ハリーと時間のロード (長身灰色目隠し青色系)
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プロローグ

 

 

 

 

 

 光が溢れる。

 1、2、3秒と経つにつれて次第に光は消え、もとの薄暗い空間が取り戻されていく。同時に、大小2つの影が部屋の一画に現れた。

 

 「お母さま、眩しかったね」

 「そうね。あなたの目玉は、まだちゃんとそこについている?」

 「はい、ゴーグルちゃんと着けてたから。ぴったり」

 「そう」

 

 黒髪の長身の女と5〜6才ほどの子どもは淡々と会話を続ける。どちらも顔を覆うほどの大きさのゴーグルを装着していた。

 

 「次に移るから用意なさい」

 

 杖を振りながら、女は子どもに声をかける。宙では、色とりどりの液体が満たされた容器が浮かんでいる。

 

 「はい、お母さま」

 

 女の言葉に子どもは頷いて、シャツの中に下から手を滑らせる。冷たい感触を感じて、それをそっと握りしめた。

 

 「…?どうしたの、離れなさい」

 「でも」

 「あのね、あなたの役目はわかっているでしょう?」

 「でもわたしも見たいんです。これ前にもしたことだよね。だから大丈夫だと思って。1度、見てみたいのです」

 「……」

 

 女はため息をついて、子どもから視線を外した。

 子どもは小さく笑う。女が何も言われないということは、許されたということだから。

 

 女は、沸々と煮えるビーカーにフラスコを近づける。子どもは目を輝かせて、一瞬足りとも見逃さないように気をつけた。

 

 「くしゅんっ」

 「えっ」

 

 女はフラスコから必要以上に溢れる液体を見た。

 即座に杖を向けようとしてーーやめた。一瞬の内に、間に合わないと判断した。

 女は、心臓が飛び出たような顔をしている子どもに覆い被さろうとして、子どもごと吹き飛ぶ。

 

 爆発は、3度に分けて続いた。

 強化していた1階への壁も吹き飛び、瓦礫が地下室に降り注いだ。

 

 「…おか…さま」

 

 瓦礫中で子どもが絶え絶えと声を出した。気を失いながらも、女の体は子どもを守っていた。

 しかし子どもも無事とは言えない。右腕、両足の感覚はない。背中を強打したせいで息が出来ない。視界の半分は塞がっていた。

 子どもにとっての幸運は、もはや耐えきれない激痛により、痛覚が麻痺したことだった。

 

 「おか……ぁーー」

 

 母を求めた子どもが見上げた先にあったのは、女の変わり果てた姿だった。

 顔が溶けて無くなっていようとも、それが己の母であることを、子どもは理解してしまった。

 そして理解した次の瞬間には、子どもは既に狂っていた。全身が強張り、ぐるりと白目を剥く。

 強く握っていた左手の中で、"カチ"と音が鳴った。

 

 

 

 

 

 「次に移るから用意なさい」

 

 杖を振りながら、女は子どもに声をかける。宙では、色とりどりの液体が満たされた容器が浮かんでいる。

 

 「…?ねえ」

 

 バタン、と何かが倒れる音がした。

 女はその発生源へと目を向けた。

 

 「…え?」

 

 女が見たのは、仰向けに倒れた子どもの姿だった。

 

 「ーー!」

 

 女は子どもに寄ろうとしてーー杖を一振りして浮かんでいたものを下ろして、膝をついた。

 何があったのかと子どもの様子を確かめようとすれば、子どもの胸元が発光していることに気づく。

 女は、それで原因の半分を理解した。

 しかし、なぜ。

 今までこんなことはなかった。

 

 「…まさか」

 

 女は子どもに向けて杖を一振りした。

 数秒後、子どもの身に何が起きたのかを知る。

 女は後悔する。

 己がどれほど愚かであったのか。本来ならば有り得ることのない環境に、いつからだろうか、従順になってしまっていたのだ。

 己はいつから、リスクを考えるのを止めてしまったのだろうか?

 子どもの左腕の袖をまくるーー女の顔色は真っ青になり、体を小刻みに震えさせる。

 

 「…ごめん、なさい……」

 

 人生で一度として口にしなかった謝罪の言葉は、赦しを乞うためのものではなく、無意識に口から滑り落ちたものだった。

 

 「なんてことを…こんなことになるだなんて…そんな、こんな、だって、知らなかったのーー私、のせい……いやぁ、あ、あーー」

 

 女は子どもの名前を叫ぶ。

 叫びながら、涙を流しながらも、女は子どもの治療に神経を注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「オブ………エイト」

 

 久しく聞いていない、懐かしい声。ベッドに身を預けている子どもの意識は覚醒した。ニャーと聞き覚えの鳴き声がする。

 しかし、目蓋は貼り付けられてしまったかのように重く、開かない。

 動くことを諦めた子どもは、声を出すことを試みる。

 かすれ、自分のものではない音に気味悪さを感じるも、声が出たことに安堵する。そして、縋るように呼びかけた。

 

 「…マ…マ……?」

 

 ひゅっと隙間風が通ったような音を、子どもの耳が拾う。子どもは、もう一度呼びかける。

 

 「マ…マ?」

 「嫌いだったんでしょう?見捨ててしまえばよかったのに」

 

 

 「でも、ダドリーは…」

 

 急患用の一室に、黒髪の長身の女と、年齢にしてはかなりの長身の子どもの2人がいた。2人以外、周りに1つとして人影はない。子どもの枕元で、猫が小さく鳴いていた。

 ベッドに仰向けになった子どもの身体には、様々な医療機器が取り付けられている。

 今子どもの体からは、全身の感覚が失われていた。

 

 「それより、なんでママが………え?ぅえーー」

 

 突然の吐き気に子どもの抵抗は利かなかった。迫り上がる胃液が子どもの口周りを汚していく。

 女は杖をひと振りした後、子どもを支えて背中をゆっくりとさすった。

 

 「何も考える必要はないわ」

 「で、でもママ」

 「シレンシオ ‘だまれ’」

 

 子どもの言葉を待たずに、女は杖を一振りする。そして、トランクからいくつかの注射器を出して、宙に浮かせた。

 女の口から呪文が綴られる。その間に、1本、また1本と子どもの皮膚に注射針が刺さっていく。

 最後の1本が右足に刺さったところで、女は口を閉じた。

 

 「これで問題ないわ。もう2度と、こんな風になるまで使わないように。自分のためだけに使いなさい…と言っても、おまえは聞かないのでしょうね」

 「……マ」

 「いいわ。でも、生きなさい。生きてさえいれば、この先永遠に、私がおまえを治すから。おやすみなさい、オブリビエイト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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賢者の石

 

 

 

 

 

 

 ヘルミオネが10歳になった日に聞いた話だ。

 普段は自分に関心がなさそうな母がその日は特別優しかった。お昼からお酒を飲んでいたのか、もわっとお酒臭かったが、その時のヘルミオネにはあまり気にならなかった。

 ヘルミオネは、シングルベッドに詰めたその狭さが嬉しかった。ただ暑かったので冷房はいつもより効かせた。

 17時半になっていないくらいの時間。寝物語に、母は昔話を自分に聴かせてきた。

 

 

 ーーむかしむかし、あるところに愛し合う2人がいました。

 黒髪の女は、それはそれは美しく正に私のようでした。

 白髪の男は、それはそれは巨大で正にダーリンのようでした。

 

 歌うように話す母に、ヘルミオネは幸せな気分になった。

 でもダーリンって?ヘルミオネには、おい、とかおまえ、とかしか母が父のことを呼んでいた記憶しかない。

 

 ーーしかし、そんな2人を引き裂こうとする低俗で下品極まりない害虫が現れました。

 ラブラブな2人はラブパワーで害虫を撃退しましたが、しつこい害虫によりその命と引き換えに強力な呪いをかけられてしまったのです。

 その呪いとは、2人の子孫に作用する呪いでした。なんて意地汚く、そしていやらしいのでしょうか。

 2人は名のある一族の人間で、不幸なことに正当な跡継ぎは彼ら以外にはいませんでした。呪いの事を聞いた2人の一族は当然、2人の結婚に反対します。

 だから2人は………………

 

 母はそこで寝落ちしていた。

 ヘルミオネも話の途中から眠たくなっていたので、寝た。昔から18時には必ず寝て朝の6時まではベッドの中だ。

 母には悪いが話自体、正直すごく面白くなかったのだ。

 呪いなんてもの、あるはずがないと思っていた。

 

 しかし、次の日にヘルミオネは気づいた。あれは母の、自分に対する優しさだったのではないかと。呪いなんて言葉を使って、母は自分を慰めていたのだ。

 そして…もしかすると、自分の体が呪われているのでは?と疑問に思ったのもこの日からである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「クルーシオオオウ!!」

 

 ばーん!

 

 窓から差し込む朝日を浴びながら飲むホットミルクは格別だ。そこに甘い蜂蜜を垂らせば至福である。

 向かいの席にはコーヒーのカップが湯気を立てているが、見向きもしない。大人ってあんな苦いのよく飲めるよなと、ヘルミオネは香ばしい香りを遮断すべく鼻をつまんだ。

 

 「痛っ、痛いじゃないか。朝からやめろ」

 「あああああ!!クルーシオ!クルーシオ!クルーシオ!!」

 

 トーストにマーマレードをたっぷりのせて一口さくり。

 ヘルミオネは無言だ。口は休むことなく、忙しく動いている。

 

 

 「気はすんだか。これを飲んで落ち着け」

 「クルー…っく。〜っ馬鹿!馬鹿!馬鹿っ!やめてって言ったのに!」

 

 休日の朝限定で起こる一幕は、ヘルミオネが朝食を済ませた頃には終わっていた。

 母が無闇矢鱈と父をつつき回していた杖は、既に父の懐へと収められている。

 

 「遊んでくる」

 「ワォ」

 「ニャ」

 「ああ。夕食までには帰ってくるようにしろ。気をつけて」

 「ぁぁ」

 

 父の忠告に、ヘルミオネは気怠げに返事をした。

 犬はカーペットに寝そべって目を閉じた。猫はヘルミオネの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 母は自称魔女である。

 物心ついた時から母はそう言っていた気がするので、それこそ赤ん坊相手にも同じことを言っていたに違いない。

 母は魔法が使えるらしい。しかしヘルミオネは見たことがない。

 父相手に杖を持ってクルクルやっているのは週1、2で目にするが、あの杖は勿論おもちゃであるので何も起きはしない。精々、音が鳴るくらいである。

 ヘルミオネも幼い頃は、あの杖が羨ましくて強請ったこともあった。しかし、母が貸してくれたことはなかった。父には適応されないようだが、自分が触れようとすれば歯を剥かんばかりだ。

 ヘルミオネは母の大事な大事な杖には一度も触ったことがない。

 (もう11だしおもちゃの杖になんて全然興味なんてないし別にいいけど。)

 別にいいのだ。

 ヘルミオネに対しては基本的に無関心に見える、それどころか他人とは一言も話さない母であるけれど父だけは別だ。

 父は大きい。母もそれなりにいろいろ大きいが父はまあまあ規格が違う。2メートル10センチ以上もあるうえ、全身に筋肉の鎧を纏っているハンサムな華の45歳。

 バツイチってこの前知ったヘルミオネだ。ふーん、で?って感じだった。

 今年三十路の母は180ないくらいである。そんな両親の間に生まれたヘルミオネの現在は180は超えている。去年の測定でそれくらいだったから。

 父はビジネスマンでありながら、我が家では家事全般を担当している。普段はヘルミオネも自分の分の洗濯くらいと、休暇中は夕食当番だ。

 母は家のことは何もしていない。父が家にいない時間は日柄地下室にこもっている。

 父が短期出張の時も、母は父についていって家には母の仕事仲間らしいレジーさんが来たりしていた。

 母は普段は気取っているが、その実、父にベットリだ。母は父がいなければ3日として保たないんじゃないだろうかとヘルミオネは常々考えている。

 

 「ハリーハリー、フットボールしよう」

 

 隣家のダーズリーさんとこのドアの前で友達を呼ぶ。

 別に叫ばなくてもいいのだが、いつのまにか日課になっていたのでとりあえず叫ぶヘルミオネ。

 

 一度返事があってから始めたリフティングが50を超えたところで、ハリーが家から出てきた。

 ヘルミオネはドアの隙間から朝食に励んでいるもうひとりを目にした。

 今日はダドリーは来ないようだ。アイツは100回に1回参加する。

 

 「おはようハーミー。今日はどこに行くの?」

 「とりあえず走ろう」

 「オッケー、いつも通りだね!飛ばしてこう」

 「「いえー」」

 「ボール置いてくる」

 

 ハリーがボロくてツギハギだらけのボールを戻しに行った。開いたドアの隙間から引きつって笑っているダーズリー夫妻が見える。それをチラリと見たハリーは悪どく笑っていた。

 

 ヘルミオネとハリーは今日も元気に町へと繰り出した。

 夏休みなのだ。来年のハリーの全寮制の学校への入学は阻止されたが、明ければもう、きっとこんな風には遊べないと、ヘルミオネは知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 電車に乗って都会に赴き、裏路地の壁を抜けた先には別世界があった。

 街並みは妙に古めかしい。そこには特殊な姿をした方々がひしめき合っていて、異様な雰囲気を作り出している。

 

 「すっげ」

 「ハリーハリー、1番乗りはお前に譲る」

 「ちょっやめて!力強いんだから押さないでよ!」

 

 抵抗をみせるハリーを、ヘルミオネはじわじわと押し込む。いつも新しいポイント見つけたら1番とっちゃうというのに、許せないやつだとヘルミオネは気持ち力を強めた。

 

 「びびってんのかよ?」

 「違うって!びびってるのハーミーだよね」

 

 中々抵抗する。チビのくせに。ヘルミオネは舌打ちした。

 ヘルミオネとハリーの押し合いは続く。

 

 ハリーの指摘は的を得ていた。

 ヘルミオネは恐れおののいている。レンガの向こう。母と同類の方々がいらっしゃることに。母は大丈夫でも、知らない他人なんてという線引きがあった。

 行きたくない。しかし興味がないかと聞かれたら、ある。つまりハリーに任せようと考えたのだ。

 そしてつい、力を入れすぎてしまった。予想外の抵抗に加減を忘れてしまったのだ。

 軽く30センチ以上は差があるヘルミオネに小柄なハリーが敵うはずもなく、ハリーはポーンと容易く異境へと飛び込んだ。

 ハリーが尻餅をつく。ボインボインとトランポリンに乗った時のように跳ねる。

 ヘルミオネは慌てない。

 ハリーのお尻のクッション性は抜群だ。おかげでハリーの尻が3つにも4つにも割れたことはない。

 

 「ああっ」

 

 何かがキーになったのか、適当に触って突然オープンしたレンガ群が元に戻っていく。

 

 「ああー!!?ヘルミオネー!!」

 

 閉じていくレンガの向こう側で、ハリーが大口を開けて叫んでいる。周りの奇々怪界とした格好の人らの目も独り占めだ。

 巻き込むなと、ヘルミオネはハリーを冷たく見下ろした。

 

 しかし、置いて帰るつもりはヘルミオネにはない。例え世界がひっくり返っても、置いてはいけない。

 ヘルミオネにとって、ハリーは大切な友達である。友達イコールハリー。

 ハリーとは、プリペット通りに引っ越してきた5歳からずっと遊んできた仲だ。

 学校の子たちは、知り合ってそんなに経ってないから友達になっていない。というわけでもない。

 ハリーとは、そうしたいから一緒にいる。

 

 しかし、思っていたよりも速度があり、無情にもレンガは閉じてしまった。

 最後に見えたハリーの顔を思い出してにやけながら、壁を伝ってレンガ壁の上へとヘルミオネは降り立った。

 

 何もない。

 

 またいつものトラブルかと納得して、服の中に手を入れようとしたところで、レンガがウゾウゾと動き始めた。

 レンガが開けると、ハリーが笑いながら堂々と立っていた。丸レンズの奥にある目は笑っていない。

 

 「ようこそ、魔法の世界へ!」

 「…ああ、うんイエーイ」

 

 やけになったみたい叫んで、笑った。

 ヘルミオネは、いけないことをしている気分になって楽しくなってきた。しかし、こんな場所いつできたんだろう。母が知ったら行くんだろうな、おそらく。

 

 

 

 

 

 エライところに来たな、とヘルミオネは目を回して歩いていた。

 看板には蝙蝠が垂れ下がり、決して嗅いでいたいとは言えない匂いが充満している。あっちのショウケースにはただの箒1本が宝石のようにかざってある。

 (歩いている奴らの大抵も…あれだな、イカした格好しているし…でもあのとんがり帽子は欲しくなってきた。)

 

 しかし、今はそんなことよりもだ。

 

 「おうハリー!俺のことは覚えちょるか!?前に会った時は、お前さんはほんのこれくらいだった。しっかしここにいるってことはもう誰か迎えにいっとんたんだな!」

 「うんうん、ところでキミは?僕ハリー、よろしく」

 「おおー!これは俺ってやつは大事なことを忘れちょったな。ルビウス・ハグリッド、ホグワーツの森番しとる」

 「よろしくハグリッドさん」

 「さんだなんて!お前さんと俺の仲だろう!」

 「じゃあ、よろしくルビウス」

 「ルッ…おっ…おう、ハリー」

 

 どんな仲だ。ハリーは初対面の筈の大男と一瞬で仲良くなっていた。

 大男の方はハリーのこと知っていたらしいが、ヘルミオネの記憶にこんな大男はいない。おそらく、ハリーも話を適当に合わせているだけだ。声色が悪戯めいている。

 

 向かいから歩いてきた、正体不明の汚らしい大男が、ハリーを目にした途端泣き出して、ハリーを知った風に一方的に話し始めたのだ。

 そんな大男を前にハリーは面白そうに相槌を打っていた。

 ヘルミオネはヒゲか髪か、とにかく毛もじゃの大男が怖くてチビのハリーの後ろで背を丸めていた。3メートルはゆうにある上に体格もこの前テレビで見たイエティのようだ。

 (こわい。)

 何かあるかもしれない。ヘルミオネの左手は服の中でウロウロしている。

 

 「そうだ!学用品もまだだよなハリー。こんまま銀行で金おろしてくるか。で…そっちのは友達かハリー?でっかいな」

 

 大男はたった今、ヘルミオネに気づいた風に言った。

 

 「うん、親友のヘルミオネ・ホワイトニング。ハグリッドのこと少し怖いみたいだけど、すぐに慣れると思うからから気にしないで」

 

 ハリーが手を上げてヘルミオネの背中を撫でる。

 ヘルミオネは冷たい眼差しでハリーを見下ろした。親友と言われて嬉しかったのだ。

 

 「はっはっは!お前さんそんな図体しちょるのにか!」

 

 浸っていたのに台無しである。

 ヘルミオネは憤慨して舌打ちした。

 (何笑っているんだ。いくら大きいからっていっても、お前なんかパパがいれば一発だオラ。)

 

 

 

 

 

 

 「うわぁ」

 

 大男に連れられてきた建物にはまず変な生き物がいてそのあとトロッコに乗った。しかし、そんなことはどうでもよくなった。

 大男が道中に話していた魔法使いと魔女とか自分とハリーが今年ホグワーツとかいう場所に行くとか不穏な内容だった。ハリーならまだしも、しかし少なくもヘルミオネは自分を魔女とは思えなかった。

 大男の金庫に寄った後に入ったハリーの金庫らしい場所には、部屋中輝かんばかりの硬貨で埋め尽くされていた。

 

 「いいないいなぁー。ハリーハリー…親友だよな?」

 

 ヘルミオネは普段は出さないような声を無意識のうちに出して媚びていた。金の魔力とは恐ろしいものである。

 

 「そうだね。親友のハーミーになら」

 

 ハリーはそう言って、両の手の平いっぱいの金貨をヘルミオネにポンと渡した。

 (やった!さすがハリーだ!嘘だろ。)

 3歩で正気に戻ったヘルミオネはにっこりとしている親友に愕然とした。

 

 「…」

 「え?足りなかった?まだいる?」

 「……や、今日の服にはポケットがないから…だから、また今度でいい」

 「そう?それならいいけど」

 

 ハリーはヘルミオネが返した金貨を豪快に、ポケットいっぱいに詰め込んだ。

 大男も満足げに頷いている。

 こいつはハリーの金庫の鍵も尻ポケットに入れていたくらいの奴だ。信用ならないとヘルミオネは警戒した。

 

 「ところでお前さんは金庫に寄らんでいいのか?金はいくらある?杖は持っとんのか?」

 「家にある」

 

 母のが。

 ヘルミオネは考えた。

 おもちゃだと思っていたが、こんな場所もあるし大男の半信半疑の証言もある。母は、本物の魔女なのだろうか。

 そうだったら嫌だな。急に現実感が出てきて、ヘルミオネの心に不安が生まれた。

 

 「そうかそうか」

 

 大男は納得した様子でそれ以上ヘルミオネに何も聞いてこなくなった。初対面から思っていたが、ハリーに比べて自分への態度が適当な気がする。チラチラと何かをそっと窺うような視線も投げかけてくるのが気に障る。

 

 この後、ヘルミオネは何気なく大男に母が父に向かってやっているクルーシオについて尋ねた。

 怒鳴られた。

 (うるせえ。くそ怖えよ凄むなよ大声出すなよ。初めてだ、こんな怒鳴られたの。

 何なのか聞いただけなのに。)

 

 

 

 「チッ、あの○○野郎…」

 「よーしよしよし」

 「やめろ……くっ」

 「うんうんよしよーし」

 

 街並みの隅にポツンとあったベンチでヘルミオネは大男への復讐心を滾らせていた。内心しゃくり上げていた。自称鉄の心を持つヘルミオネでもあんなにされたら、さすがにあれは泣く。しかし意地でも表には絶対出さない。

 (本当に何考えているんだあの○○野郎。復讐してやるからなあ)

 ヘルミオネは口元に現れたフルーツジュースのストローを吸いながら誓った。

 顔は両手で覆ったままである。

 

 「うめぇ」

 「全部飲んでいいよー」

 

 無言のまま、チビチビとストローを吸う。

 

 

 「おや、どうしたのかな」

 

 聞き覚えのない声がしたので、両手の隙間から覗いてみると男性が1人、心配そうな顔で立っていた。普通だ。服装も普通。いや、もしかしたら肌には母のようにイカしたタトゥーを彫っているかもしれないから油断は禁物だ。

 ヘルミオネは、ネックレスにそっと手をやる。

 

 「えっと…僕たち、ここで人を待っているんです。ハーミーが泣いているのは、いつものことなので」

 「!…ああ、そうかよかった…?その、君もホグワーツという学校の子かな?」

 「はい。なんか今年から通うみたいです。僕はハリー・ポッター、こっちはヘルミオネ・ホワイトニング」

 

 ヘルミオネは常々思う。

 自分も鉄の心を持っているが、ハリーは父の筋肉並みのハート所持してるんだよ、と。

 (でも、確かになんかだけど、なんかってハリー。寮暮らしするのかよ。)

 

 「どうもご丁寧に。グレンジャーです。私は、ここの世界でいうマグルだよ。普段は妻と歯科医だ。でも、娘には魔女の素質があったらしくてね…娘の名前はハーマイオニー。君と同じだね」

 

 グレンジャー氏はニッコリと微笑んでヘルミオネを見た。

 (この人、いい人かもしれない。)

 この人が言うんだ。魔法って本当にあるのかもしれない。

 そしてヘルミオネは落ち込んだ。せっかく寮制の学校への入学を阻止したのに、ハリー行っちゃうのかと。

 

 

 

 

 「うう…む」

 

 もうこれで何本目だろうか。ヘルミオネは杖を振り振りしていた。

 

 実は家族と引率の先生と逸れて絶賛迷子中だったグレンジャー氏を伴い、ハリーとヘルミオネ魔法使いの杖のお店に来ていた。

 大男とはまだ合流していなかったが、ヘルミオネは気にしなかった。ハリーにしても、大男のことを何も言っていない。

 

 「…ハリー、これ魔法使えないパターンだ」

 「大丈夫だって」

 「でも…もう帰ろ?」

 「ハーミーも使えるよ。前、1回だけ一緒にお尻クッションの魔法使ってたじゃん」

 「あれ魔法かよ」

 「今思えばね。お尻はボールみたいに弾むし、ハーミーが僕の散髪失敗した時だって次の日には元どおり。蛇とだって話せる。ね、魔法みたいだろ?」

 

 得意げな顔で、ハリーはお尻をふりふりと強調した。

 今でこそ、そこそこを自負しているヘルミオネだが、やっている人見て衝動的にパルクール始めた頃は、かなりの頻度で転んだり落ちたりしていた。しかし怪我をしたりは、()()()()()はしなかった。

 しかしポヨンと、さっきのハリーのように衝撃を吸収してくれる何かがあった覚えはない。普通に痛かった。

 ハリーにしても、初めの頃は事故で意識不明になることが多かった。

 (3回も死んじゃったな…。)

 ヘルミオネにとって、ハリーの死だけは慣れなかった。しかし、それも1年も経てば次第になくなってきた。怪我はするが、大きなものはない。ハリーの体はお尻を始め、クッションが利いてきたからだ。

 この前は地下鉄の下の線路に落ちたハリーだが、そのまま跳ねて戻ってきた。

 ヘルミオネは、てっきり世界が優しくなって、自分たちを生かしてくれているんだと思っていた。ハリーとはそう納得していたし、怪我を考えることなくやれたから、ここまで動けるようになった。

 しかし、確かに自分も跳ねていた。魔女である可能性がある。

 (そうだ、杖が無くても魔法って使えるんだ)

 ヘルミオネは前向きになった。

 

 久しぶりにその場で尻餅をついてみると、ボヨンと跳ねてその勢いで立ち上がった。

 

 「ほーらね」

 「あーホントだ、ああ」

 

 そのままハリーと一緒にボヨンボインと跳ね続ける。

 

 「ここまでか、ここまでなのかオリバンダー…がんばれがんばれオリバンダー…」

 

 ヘルミオネは気味悪げに横目で目にする。老人がブツブツ言っている。

 しかし、ハリーは1本目で見つかったのに、もう50本は振ってるんじゃないだろうか。

 もうないならないでいい。ハリーのように、室内で竜巻を起こしたいとは思わない。ヘルミオネとしは、お尻クッション魔法をできただけで満足している。

 

 

 「この娘…もしや…いやしかし魔法力はある……単にハナクソレベルしかないのか…」

 

 ブツブツ言い続ける店主から出た、聞き流せないフレーズをヘルミオネの耳は捉えた。

 (ハナクソって、なんだ。)

 しかし、それでハリーと同じように跳ねていられるのだから、自分には才能があるのかもしれないとヘルミオネは考えた。低燃費の才能が。

 いや、それよりも店主の状態が気になり始めたヘルミオネ。店主はプライドが砕かれたやつの顔をしている。

 グロッキー状態だ。無理はよくない。

 

 「……ハナクソならば…もしや…あれが…いやしかし…」

 「……」

 「まあまあハーミー。落ち着いて」

 

 自分は落ち着いていると、ヘルミオネはハリーの手を払った。

 じいさんは奥に行ってすぐに戻ってくる。その手にはお菓子の箱らしきものがあった。

 

 「これならば…」

 

 店主は、見たままのお菓子の箱からヘルミオネの小指ほどの木の棒を出した。

 何故かずいずい差し出してくる店主に、ヘルミオネは顔を歪ませた。

 いくらお腹が減っていると言ってもそんな怪しいものは食べるつもりなんてない。

 我が家の食事は基本的にオーガニックなのだ。それはきっと自分の口には合わないと、ヘルミオネは店主を睨みつける。

 

 「芯は…拾ったなにかの……木の材質は…これも…何なのかわかりません…」

 「…ぶほっ」

 

 (正気か。やっぱりこれって杖かよ。)

 吹き出すハリー。店主は気持ち悪いくらいにブルブルと小刻みに震え始めた。

 

 「若い頃、暇つぶしに作ったやつなんですよ…もうこの杖が無理ならば、申し訳ありませんが私めには力になれそうもございません…」

 「プクク…」

 

 もう見ていられない。ヘルミオネは顔を背けた。

 背けた先にいたハリーは、笑いを堪えてブホブホ言っている。楽しそうだ。もう我慢しないで笑ってやればいいのに。

 店主は錯乱した感じの目をして、つーと涙を流し始めた。

 というか、あくまでこれを杖と言い張るのか。こんなのヘルミオネの手で握ったら先っぽも出てこない。

 しかし店主のあんまりな様子に、ヘルミオネは木の棒を嫌々受け取るしかなかった。

 当然、振っても何も起きなかった。知っていた。

 

 

 

 

 ヘルミオネがタダで専用の杖を手に入れて店を出れば、見覚えのある大男が通りに見えた。一緒に他にも人がいる。

 いかにも魔女っぽい中年女性に、普通の服装の女性と女の子。

 

 「あ!パパ!どこに行ってたの!?」

 

 女の子が悲鳴のような声を上げてグレンジャー氏に飛びついた。迷子になったグレンジャー氏を心配していたのだろうとヘルミオネは納得する。

 向かいにいるグレンジャー夫人だろう女性もホッと息を吐いている様子だ。

 

 「ごめんよハーミー!愛しい僕のハーミー」

 「もうパパったら……っ!?」

 

 ヘルミオネと女の子の目がばっちりと合う。

 ハーミーちゃんが自分たちに気づいた様だ。ヘルミオネはニヤリとした。

 ハーミーちゃんは、パッと離れていく。グレンジャー氏は名残惜しそうな顔をした。

 

 そして。

 

 「あなた方は、どうやってこのダイアゴン横丁にきたのですか」

 

 消沈した様子の大男を背後に携えた魔女が、キレ気味に話しかけてきたのだ。

 ここでヘルミオネとハリーは悟った。この辺りが潮時だと。いや、ヘルミオネ自身はただ事態に流されていただけだ。潮時も何もない。

 魔女を前にして、まさか「パルクールしていたら…」とは言えない雰囲気だ。

 言葉を間違えたら、その辺を歩いている猫の姿に、魔法で変えられてしまうかもしれない。

 (どうしよー。)

 しかし同時に、ヘルミオネは猫になってみたい気もした。

 中年魔女が訝しげな目を向けてきている。ヘルミオネにだけ。

 

 ハリーがヘルミオネを庇うように魔女の前に立つ。上は大部分はみ出してしまっている。

 魔女の顔から険がとれて、目をパチパチさせていた。さすがハリーと、ヘルミオネは称賛を送った。

 

 しかしやはり念のために。ヘルミオネは素肌から下着と肌着を挟んだ上にあるネックレスへと、下からこっそりと手を伸ばす。

 

 『ーーーー』

 

 ヘルミオネ以外には、聞こえない音。服の上からは大丈夫なのに、直接触れると聞こえてくる。少しだけ気分が悪くなるヘルミオネだ。

 しかしあくまで、至って普通の小さな砂時計。

 母から貰ったこれのお陰で、ヘルミオネは今もこうして生きている。ハリーだって生きている。ダドリーだって、シルだって、レグだって、そして母だって。

 

 魔法なんて超常のものに比べたら、1分だけ前に戻るだけの、ただの普通の砂時計。ヘルミオネは、そう思っている。

 

 

 

 

 

 

 



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賢者の石 2

 

 

 

 

 

 ヘルミオネが魔法世界の存在を知って1ヶ月。

 昨日はハリーの誕生日で、ヘルミオネは去年から暇を見つけて編んでいたセーターをプレゼントした。

 季節外れは承知だったが、ハリーからリクエストされたのだ。決して前日に喧嘩したことへの仕返しではない。いい加減、冬にダドリーのお下がりの伸び伸びになったセーターは着たくなかったらしい。ヘルミオネが寄付した服も、サイズの関係でダドリーのとそう変わらなかった。

 2ヶ月前にヘルミオネが誕生日にハリーからプレゼントされたのは、お手製の肩たたきフリーパス。週5で、使用期限は来年の誕生日の前日まで。もらったその日から、休日以外は毎日欠かさず使用しているヘルミオネだ。

 おかげでヘルミオネは肩こりとは無縁だ。ダーズリー夫妻を練習台にして技術昇華に励んでいるらしいハリーのマッサージの腕前は、確かに日に日に上達していた。

 

 「ハーミー、ほら行こう」

 

 ハリーが急かしてくる。

 

 「お前が先に行って確かめてこいよハリー!」

 

 カートいっぱいに荷物を積んだダドリーがハリーの背中を押した。

 ヘルミオネたちの前方にあるのはただのレンガの柱だ。これが魔法界への入り口らしい。

 扉なんて上等なものはない。本当に突っ込んでいくようだ。

 今も赤毛の目立った家族らしき集団が消えてきくのが見える。

 (よし行くか。)

 ヘルミオネは気合いを入れた。

 

 「…」

 「ハーミー、ちょそんな走ったらーー」

 

 ヘルミオネはワクワク高鳴る衝動を抑えきれずに、柱へと全速力で突っ込んでいった。

 

 

 

 「ハーミー!わたし、あなたに会いたかったわ!!」

 

 突っ込んでいった先で、ヘルミオネは突っ込まれた。

 胸の下あたりにボリュームのある髪の毛が埋まっている。顔は見えない。

 

 「同じだハーミー。ずっと会いたかった。久しぶりだな」

 

 ハーマイオニーはハグを解いて、ニッコリと笑ってヘルミオネを見上げてきた。

 ハーマイオニーとはお互いにハーミーと呼び合う仲になっていた。

 1ヶ月前、ヘルミオネはハーマイオニーと出会った時から、名前がキッカケで親近感を強く抱いた。まさに運命といっても過言ではない。そして、どうやら向こうもそうだったらしい。

 友達が少ない者同士、相手を逃がさないとばかりに変な勢い乗ったヘルミオネたちはその日のうちに打ち解けた。それから3日に1回は手紙を交換したし、半月前にはハーマイオニーの家にも遊びに行った。

 ちなみに身長差は、ハリーと同じく30センチはある。

 

 「わたし、ホグワーツでも1週間に1通は絶対に手紙送るから、必ず返信してね」

 「もちろん」

 「僕も。ヘドウィグに運んで貰うから」

 「オーケー」

 「僕も、たまに送るかもな」

 「あー、ああ」

 

 ハーミー、ハリー、ダドリーと約束をして、心にすきま風が吹くのを感じながら、ヘルミオネは3人を見送った。

 (早くクリスマス休暇来ないかなあ…。)

 

 

 

 

 ダイアゴン横丁へと迷い込んだ、あの日の翌日、マグゴナガル先生がホワイトニング宅、ダーズリー家へと訪問した。

 帰宅したヘルミオネに、先生自らの手で手紙が渡された。ホグワーツへ入学資格があるという内容の手紙が。

 ハリーだけではなく、ダドリー宛のものもあって驚いた。

 先生からの説明は、ダーズリー家にて一括で行われた。先生とダーズリー一家とハリー、父とヘルミオネだ。

 母は一応呼んだが、地下室にこもっていて声をかけても出てこなかった。父も何も言わなかったから、ヘルミオネもまあいいかと特に気にしなかった。

 マグゴナガル先生の説明が終わり、まずダーズリー氏が顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。そんな訳のわからん場所に大事な息子をやれるかとか。途中からはダーズリー夫人を交えてファイトしていた。

 しかし結局、ダドリーはホグワーツに行くことになっている。ダドリー本人は先生が魔法を実演してみせた時点で虜になっていたから初めから意思はあったようだ。

 しかし、ヘルミオネには、ダドリー命な夫妻が折れることは予想できていなかった。

 

 

 ヘルミオネとしてもダドリーのホグワーツ行きは、どちらかと聞かれたら喜ばしいと言えるだろう。ハリーとダドリーの仲は良くはないが、自分とダドリーの仲は普通だ。普通ってことは貴重な存在である。

 ヘルミオネは小さい頃からデカ女とからかわれていたが、2年くらい前だっただろうか。ヘルミオネがダドリーの命を救ってからというもの、ヘルミオネに対して敬意のようなものを向けてくるから気分がいいのだ。

 (あの時は大変だった。)

 あまり思い出したくないとヘルミオネは陰鬱とした気分になった。

 

 

 

 

 

 

 ヘルミオネの元に、ハリー達から手紙が届いた。届けてくれたのは、ハリーのペットである雌の白梟のヘドウィグだ。

 3通も届けてくれて本当にご苦労様。生まれ変わっても梟にはなりたくない。

 ヘルミオネが水皿と切り身にしてあるウズラの肉を差し出すと、驚くほどの勢いでつつき始めた。

 

 ハリーからの手紙には、グリフィンドール寮になったこと。友達ができたこと。これから先の学校生活への不安などが書き綴られていた。スリザリン寮に入れられそうになったのは恐怖体験だったとも。

 ハリーのことだ。きっと上手くやれるだろうと、ヘルミオネは心配はしていない。

 

 ハーマイオニーもグリフィンドール寮入ったらしい。彼女はグリフィンドールかレイブンクローを望んでいたから、見事当たりを引けたようだ。いや、ランダムで決めるわけじゃないと思うが。とにかくよかったとヘルミオネは口を綻ばせる。

 同室になった子達とは合わなそうだと書いてあった。ヘルミオネはそれを読んで少し嬉しくなった。

 (ハーマイオニーの友達は私だけなんだ…。)

 手紙をちゃんと送ってくれるか心配だった。書いてくれてよかったとヘルミオネは思った。ホグワーツで親友を作って自分のことを忘れてしまうじゃないかと不安だったのだ。

 

 ダドリーはスリザリン寮に入った。ヘルミオネは誰にも言ってないが、母の出身寮でもある。母本人が言っていた。

 普通の人(マグル)には生きづらい場所らしいか、ダドリーはハリーの従兄弟ということで一目置かれたらしく(なんでだよ)、学校ではかぎりなく純血(なんだそれ?)ってことで通していくらしい。

 何があったかは詳しく書かれていなかったが(ダドリーは途中で書くのに飽きたんだと思うけど)、地位のある家の子にムカついたから殴って、そして殴り合って、友達になったらしい。

 (意味不明。)

 ダドリーの字は汚くてなんて書いてあるのか分かりづらいのだ。

 

 

 

 ハリー達が旅立って2ヶ月。ヘルミオネは今日も元気に過ごしていた。

 一昨日のハロウィーンは父と猫と犬と楽しく過ごした。母はいつものように地下室に篭っていた。例の魔法薬があと少しでできるそうだ。気になったヘルミオネだったが、何の薬かは教えてくれなかった。

 

 (さて。)

 11月に入って最初の手紙だと、ヘルミオネは手紙の封をジッと見つめた。

 先月は、城の中に怪物犬がいたとか銀行に泥棒が入ったとか、魔法薬の先生が最悪だとか不穏なものが多かったため、ハッピーな内容を期待する。

 ダドリーの手紙にもハリーがインチキしてクィディッチの選手になったと文句が多かった。

 

 ヘルミオネは手紙を読み終えた。

 内容は、願っていたものとは真逆であった。

 ハリーの友人の(コンチクショウ!)…が、ハーマイオニーに心無い言葉を言って傷つけたらしい。

 (ハーマイオニーは友達なのに…そう友達だと思っているのはお前だけなんじゃないかとか。なんてやつだ。)

 結果ハーマイオニーはトロールという魔法生物に襲われた。何とかハリーとその友人が駆けつけて事なきを得たらしい。

 (この野郎。)

 しかし、雨降って地は固まった。最後は仲良くなったらしい。ヘルミオネは唸った。

 とりあえずヘルミオネは、ハーマイオニーからの手紙に‘わたしとヘルミオネは友達よね…?’と震えた字で書いてあったので、便箋1枚に友達だといっぱい書いた。

 

 

 

 次の週のハリーの手紙には、これでもかというほどの喜びがつらつらと書かれていた。

 箒に乗って金の玉を口でキャッチして、チームを勝利に導いたらしい。ハリーが楽しそうなのはわかったが、残念ながらヘルミオネにはあんまり面白さは伝わらなかった。ハリーと走り回っていた頃が懐かしく感じた。遥か昔のことのようだ。

 

 ハーマイオニーからの手紙には、ニコラス何某がどんな人物か知っているかどうかと書かれていた。

 当然ながらヘルミオネは知らない聞いたこともない。しかし、頼りにされて知りませんじゃそれは悲しかったので母に聞けば、ニコラス何某は賢者の石を作った現在老人。ヘルミオネは母の言葉をそのまま返事にした。

 

 それと3枚の便箋に、わたし達は一生の友達よっ、と隙間なく書いてあった。ヘルミオネは感激した。

 

 

 

 

 

 「久しぶりハーミー!また背伸びた?」

 「成長期だから…久しぶりだなハリー」

 

 ヘルミオネは今、自分の顔が綻んでいるのがわかった。

 クリスマス休暇。ハリーがホグワーツから帰省した。この4ヶ月は長かった。ハリーには変化はない。小さいままだ。

 この休暇中、ハリーは我が家で過ごすことになっている。ダーズリー一家は、駅でダドリーを迎えてその足で旅行に行った。昔からそうだ。

 ハリーだけかわいそうとか前は思っていたヘルミオネだが、ハリー当人にとってはダーズリー達と旅行とか悪夢以外の何でもないのだ。むしろ最高のクリスマス休暇になると喜んでいた。ハリーとダーズリー一家との溝は浅いようでそこそこ存在している。

 

 

 今日はクリスマスだ。

 前日、ささやかながら我が家にてクリスマスパーティーを行った(例によって母は不参加)。父は特に気合いを入れて料理を作ったようで、どれも頬がとろけてしまいそうなほどにおいしかったが、ケーキだけは本当に次元が違った。ヘルミオネもハリーも狂ったように食べ尽くした。

 さすが父だ。美味しかった。

 

 「ハーミー!みてこれ!これ!」

 

 ベッドから半身を起こしてぼんやりしているとハリーがヘルミオネの部屋に入ってきた。

 

 「おはーーえっ…うぁ、えっ…?……ああああああああ!!あああああああああ!!!」

 

 ヘルミオネは反転して思いっきり布団に頭を突っ込んだ。

 

 (怖い怖い怖い怖い怖い!なんだよ、あれ!ハリーの体がねえ!首だけしかなかった! )

 

 「ハーミー!」

 「ああああああああああああ!!ああああああああ!!」

 

 ヘルミオネには、何がなんだか訳がわからない。ただ恐怖が押し寄せてくる。

 (あれはハリー・ポッターじゃないよ。あれはハリーの姿をした何かだ。嫌だ嫌だいやぁ…。)

 

 「パパ…ママァ!ハリーが!!」

 「ちょっ」

 「…ワフッw」

 「ニャー…」

 

 犬が笑い、猫が犬をはたいた。

 

 

 「ごめんって。僕も嬉しくって、本当ごめん」

 「…」

 

 本当に怖かったと、ヘルミオネは心の中でハリーを罵倒した。

 朝から騒がしかった。ヘルミオネの叫びを聞きつけて、父は直ぐに来てくれていたようだったが、母はくーすか夢の中だったみたいだ。やっぱり頼りになるのは父だけだと、ヘルミオネは改めて認識した。

 しかし、今回は別に何の頼りも要らなかったのだ。ハリーが首だけになった原因は、纏えば透明になるという摩訶不思議な代物のせいだった。差出人は不明だが、ハリーの父親の形見らしい。添えてあった手紙にそう書かれていたそうだ。

 

 「ハーミー、それ似合ってるよ」

 「!!ハーミーが、ハーマイオニーが、クリスマスプレゼントに送ってくれた。前髪が目に入ったら目が悪くなりそうって、選ぶのに一日もかけてくれたんだってよ!ニットキャップも喜んでくれてるといいな…」

 「きっと喜んでくれているさ」

 「……そうか?」

 

 ヘルミオネはにやけた。ハリーの言葉には基本、ヘルミオネは単純になる。

 ハーマイオニーから届いたプレゼントは、深い青色の髪留めだった。人に見られたくなくて、前髪を伸ばしていたヘルミオネでも、彼女からの物だと嬉しい。しかし、流石に外でつけるのは恥ずかしい。家ではいつもつけておこうとヘルミオネは決めた。

 ヘルミオネがハーマイオニーに送ったプレゼントは、グリフィンドール寮のカラーに合わせた手編みの帽子だ。時間があったので3個作って1番出来がいいのを送った。

 

 ヘルミオネが両親とハリーにプレゼントしたのは、毎年と同じく手編みの靴下だ。クリスマスプレゼントに靴下を送るなんて、今となっては可笑しい気もするが、昔のヘルミオネはそうは思っていなかった。もはや恒例になってしまっているので、これから先も靴下をプレゼントすることになるだろう。

 

 

 

 「……」

 「……」

 「ニャ…」

 

 ヘルミオネは、ハリーとレグと近所の公園にいた。

 空気が重い。発生源はハリーだ。虫酸が走ったような顔が継続中。見るに耐えない。

 

 事の発端は、朝食の席で父がハリーに魔法の学校での授業はどうなんだと聞いたことから始まる。ヘルミオネは帰省日には聞いていたが、父は今まで忙しくてそんな暇がなかった。

 ハリーは、ヘルミオネを相手に話した時よりも面白おかしく父に話した。

 (ハリー、パパのことめっちゃ好きだからな。)

 頬を赤く染めて興奮した表情で一生懸命話すハリーに、ヘルミオネは胸をぽかぽかさせた。

 そんな空気が変貌したのは「スネなんとかが酷い先生〜」とか、ハリーが言った時だ。ヘルミオネが、ああ聞くの二度目だしと流し聞きしていた時だ。

 それまで一言も発さずに、チマチマとトーストを齧っていた母が喧嘩を吹っかけたのは、突然のことだった。

 

 「ーー今なんて言ったの…あっあーん!?」

 

 と聞いた事のないような声と口調で叫んだ。

 本当に驚いた。ヘルミオネはミルクを口から漏らした。

 しかし、ハリーはそんな母の様子にも物怖じしていなかった。それどころか、ハリーは反抗の意思を表す。

 

 「ーーいやいや、あいつまじ最低なんすよ」

 

 というようなことを言ってツラツラとその根拠を並べ始めた。

 するとどうだろう。ハリーに対抗するように母がドンとテーブルを叩いた。

 

 「ーーセブルス様はぁ!」

 

 母は、狂ったようにスネ改めセブルス様を持ち上げ始めたのだ。

 セブルス様とはいったい何者なんだろうとヘルミオネは混乱し始めていたが、食事はあったかい内に食べるべきだと考えて、2人のファイトをBGMに黙々と口を動かした。父もそうしていた。朝から中々刺激的な食事だった。ヘルミオネは、たまにはいいかなとは思った。

 口は、母よりもハリーの方が強かった。年中引きこもって、他人と会話などしないような母の勝ち目は薄かったのかもしれない。じわじわと追い詰めるハリーに、母は劣勢になった。母よがんばれ。

 そんな劣勢を悟った母は、ついに衝撃の言葉を放ったのだ。いや、きっと勢いだけで、無意識にでた言葉に違いない。

 

 「セブルス様は、お前の母親を愛していた!なのにお前はなによ、呪ってあげましょうか…このガキ!」

 

 ハリーは、ポカンと口を開けて固まった。

 母はそんなハリーには気づかず、何かが振り切れてしまったのか、かつてないほど饒舌に話し始めた。母の舌は一生分は動いたんじゃないだろうか。

 

 

 (すげーびっくり。)

 母はそのセブルス様のことを本気で好きだったようだ。ライクではなくラブである。そして今も継続している雰囲気だ。もちろん、母はきっと父のことも愛しているはずだ。そう願う。

 母は学校卒業間近で愛を伝えたらしいが、あえなく玉砕。それでも諦め切れなかった母はセブルス様に薬を盛った。

 魔法の自白剤を飲ませて、セブルス様の好みを知って頑張って好かれようとしたらしい。猟奇的なことを実行しておいて、目的はなんともピュアなものである。

 しかし、そこで母は知ってしまった。正しくは自滅したと言うべきか。

 セブルス様が、幼い頃よりハリーの母であるリリーさんのことを心の底から愛していることを、母は愛する人の口から熱く愛を語られたのだ。

 母は号泣して、泣く泣く諦めたそうだ。リリーさんのことは物凄く憎くて本気で呪おうかと考えもしたが、結局セブルス様の嫌なことはしたくなかったらしい。

 自棄になった母は、何もかもを捨てて放浪の旅に出た。

 そして、とあるバーでお酒に沈んでいる時に父と出会い、結果、子を授かった。旅は終わった。了。

 

 言い切った母は、得意げな顔をした。

 母が楽しそうなのはヘルミオネも見ていて嬉しかったが、今回ばかりはどんな顔をすればいいのかわからない。

 ヘルミオネが複雑な目で見ていると、次第に母の顔色は悪くなっていった。口がアワアワしていた。

 そしてキッとハリーを睨み付けたかと思えば、流れるような動きでハリーを肩に担いで、食事もそのままに騒がしく走り去った。ゴトンというドアの音からして地下室に行ったんだと予想する。

 

 「パパ、ハリー大丈夫かな」

 「ん?問題ない。何かあれば私が行こう」

 「そうか」

 

 父はドン!と盛り上がった胸筋を拳で叩いた。

 父が言うならば大丈夫なのだろうと、ヘルミオネは納得した。

 

 

 それから3時間後、ハリーは疲労困憊な様子で上に上がってきた。

 薬品の匂いでいっぱいだからきつかっただろうと、ヘルミオネはハリーを外に誘ったわけだ。

 

 

 ゆらゆらとハリーと並んで無言でブランコを漕ぐこと5分。ヘルミオネが本気で漕ぎ始めたので、レグは頭から飛び降りて芝生でぐてーんと寛いでいる。

 気持ち良さそうだな、そうだ自分もしようとヘルミオネが考え、ブランコから飛び降りようとしたところで、ハリーが口を開いた。

 

 「ヘルミオネ…ヘラさんの言っていたことは今でも信じられないけど…僕、学校に戻ったらスネイプ……先生に聞いてみるよ」

 「何を?」

 「…あっ、そうだった。これは手紙に書いてなかったんだっけ…。えっとねーー」

 

 ハリーは、手紙には書かれていなかった学校での出来事を話した。

 危険な目に遭っていたようだ。レグも近くに来て、興味津々といった様子で聞いている。

 さらに問題は、詳しくは教えてくれなかったが(聞きたいとも思わねー)、進行形で危険らしいということだ。

 (大丈夫かよ、ホグワーツ 。)

 今までハリーはセブルス様が犯人だと疑って、彼の耳に届くことを恐れて誰にも相談しなかったらしいが、母の話を聞いて少し思い直した様子だ。

 (何か力になれたらいいんだけど…。)

 そう考えたヘルミオネが口にすれば、十分力になっているよってハリーは笑った。ヘルミオネもつられて曖昧に笑った。

 

 

 

 年が明けて、休暇終わりにハーマイオニーが家に遊びに来てくれた。彼女はここから家には帰らずにハリーと一緒にホグワーツへと向かう予定だ。

 つまり、2日間お泊まりする。いっしょに過ごすことができる。ヘルミオネは内心、飛び跳ねんばかりに興奮している。

 

 「どうしたのハーミー?そんなにニコニコして。わたし、なにかついてる?」

 「別にー」

 

 ハーマイオニーは、ハリーの残っていた休暇の課題をみていた。優秀な彼女にとっては、既に終わっているものだが、ハリーは四苦八苦して取り組んでいる。

 ヘルミオネは、ただ眺めているだけと言えばそれまでだったが、それだけで楽しかった。昨日会った時も、ハーマイオニーにプレゼントした帽子を被ってくれていて嬉しかった。

 明日の夕方にはもう行ってしまうが、それまではみんなでショッピングだ。このまま休暇が終わらないでほしいし、夏の休暇が待ち遠しいとヘルミオネは思った。ホグワーツに行きたい気持ちはあったが、ヘルミオネはまだ決めかねていた。学校に行かなくても自宅で魔法の教育を受けることもできるのだ。

 ヘルミオネが思い悩んでいると、不意に視線を感じた。今度はハーマイオニーがこっちを見ていた。手を伸ばしてくる。

 

 「あっ、動かないで。そう……よし、これで。うん可愛い。こっちの方がいいみたい」

 

 ハーマイオニーは、ヘルミオネの額の髪留めをいじっていたようだ。確認できないが、彼女が言うんだからきっとそうなのだろう。

 何を言えばいいか分からないヘルミオネは、ありがとうと一言だけお礼を言った。

 

 

 「またね、ハーミー。行ってきます」

 「…」

 

 抱きしめられていた時にあった心地よい温もりは、離れた瞬間、嘘のようになくなってしまった。

 (泣きそ…。)

 駅のホームで、ヘルミオネは本当に泣きそうになっていた。寂しさから心は荒み、胸は苦しい。これであと半年は会えないのだ。ハーマイオニーがあと何か一言でも言えば、ヘルミオネの涙腺は即決壊するレベルまできている。

 特徴的な赤毛の双子の少年たちに引っ張られ、一足先に別れたハリーに続いて、彼女の姿が列車の中へと消えていく。

 

 (……いいよなぁ、少しだけだ。)

 ヘルミオネは、胸元にそっと手をやる。

 

 『ーーー』

 

 "カチ"

 

 機械的な音、それとは別のもう一つの音がヘルミオネの耳だけに届いた。

 

 

 

 

 

 

 "カチ""カチ""カチ""カチ""カチ""カチ""カチ""カチ""カチ""カチ"

 

 

 

 (ふふふふ。ふふ。)

 

 「ーーあれ?」

 「どうしたハーミー?」

 「ううん…?わたし、すっごく寂しいわ。またね、ハーミー。行ってきます」

 「ああ、手紙待ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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