大神紅葉は防人である (社畜戦士 くっ殺)
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プロローグ
大神紅葉、国土綾乃1


大社。

バーテックス、頂点の意味を持つそれが現れてから、神樹様と呼ばれる土地神の集合体を奉る宗教団体。

今では四国と、その他少しの地域が安全地帯とする中でトップクラスの権威を持つ組織でもある。

 

そんな大社から“勇者”と呼ばれ、また人類の守護を担う少女達の一人、乃木若葉は、大社の本部通路を疾走していた。

 

ドタバタとした出来事がそう無い大社では、中で働く従業員が「何だ何だ」と顔を覗かせるが、走っている人と、今日の日付を思い出して「あぁ」と納得する。

 

〰️〰️

 

「――確認取れました。今回のお役目もご苦労様です。モミジさん」

 

「なぁに。こっちも大社には世話になってるからさ、ギブアンドテイクってやつさ」

 

幾つかの自動販売機と、皮張りのソファーが並ぶ休憩室で、二人の男女が会話していた。

若葉がその姿を捉えると、走って上がった息を調え、声をかけた。

 

 

「無事戻ったのだな、モミジ!」

 

「おー、若葉。久しぶりだな、今回も生還したぜ!」

 

言葉と同時に、握手を交わす。

同年代とは思えない傷だらけの、ゴツゴツとした手だったが不思議と落ち着く暖かさをしていた。

 

「今回はどうだったんだ?」

 

「おう。山口の方まで行ってはみたが、ありゃ九州は厳しいな。既に占領された霊山なんかは星屑でいっぱいだった」

 

「そうなのか……」

 

「でも、一応綾乃に“道”は作らせたからな。無理しない限りはいつでも行けるぞ」

 

「そうなのか!」

 

 

モミジの報告に一喜一憂する若葉を見て、その二人のやり取りに傍に居た上里ひなたがクスクスと笑う。

 

「若葉ちゃんたら、モミジさんが帰って来たと聞いて大喜びで」

 

「ひ、ひなた?! 誤解を招く言い方はよせ!」

 

「あらあら、誤解だなんて。私は別にやましい事は何も言ってませんよ?」

 

「んなっ……?!」

 

 

焦って顔を紅潮させる若葉に、ピンと来た顔をさせ、ニッコリと微笑みモミジは告げる。

 

「安心しろよ若葉。俺達まだ未成年だろ?大人になるまでのお楽しみだ……」

 

「お、お前まで何を言っている、モミジ! こ、これはだな……」

 

 

弁解する若葉だったが、だんだんと尻すぼみする語調に、ひなたがあらあらと頬に手を添える。

 

「カメラを持ってくれば良かったですね。せっかくの“あわあわ若葉ちゃん”なのに……」

 

「インスタントカメラならここに有るぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

 

奪い取るようにモミジからカメラを受け取ったひなたは、ジーコジーコとフィルムを回しつつ高速で撮り始めた。

次第に拳を握ってわなわなと震え始めた若葉に、「やべっ」と心で危険を察知すると同時に、雷が落ちる。

 

「お前たち、いい加減にしろーッ!!」

 

その怒号は、大社の本部長の部屋まで響いたという。

 

 

 

 

「――全く、私まで怒られたではないか」

 

「本当ですよ。モミジさん?」

 

「いやぁ、お前らの身代わりの速さには肝を抜かれたわ、マジで」

 

 

「モミジなら良いだろ」

「モミジさんなら良いかな、と」

 

「あはは、この畜生ども」

 

 

あの後、事情を聞きに来た大社のお偉いさんに、全く迷うことなく若葉とひなたの二人はモミジを売り飛ばしていた。

大社でのその一件の後、三人は次の目的地へと足を進めていた。夏は過ぎたとはいえ、まだ少しだけ残る残暑に額に汗が滲む。

 

軽口を叩き合いながらも歩けば、目的地へはすんなりと到着した。

 

 

「ご無沙汰してます。おじさん、おばさん」

 

乃木家之墓、と刻まれた墓石の前で、膝をついて座り、備え付けの線香に火を灯す。線香の香りが、煙に乗ってゆっくりと漂っていた。

 

「今回は山口まで行きました。ヤベー奴がいっぱい居たんで、尻尾巻いて帰りました」

 

「お前は真面目に報告出来んのか」

 

「こうして元気な顔を見せてるだろ」

 

「……うーむ」

 

「いや、今ので納得しちゃ駄目ですよ、若葉ちゃん?」

 

 

モミジの言葉を受け、それもそうか?と考え始める若葉に、ひなたが待ったを掛ける。

若葉とひなたも線香をあげた所で、モミジが立ち上がり大きく伸びをした。

 

 

「それにしても、あれから3年かぁ。長いような短いような」

 

「うむ。……本当に、色々とあったな」

 

「そうですねぇ……」

 

 

 

〰️〰️

 

モミジ、乃木若葉、上里ひなた、そしてもう一人、綾乃と呼ばれる少女を含めた四人は、所謂幼馴染というものだ。

 

家が近所というのもあるが、剣術の道場を開いていた若葉の祖父母が、日頃覗くように稽古を見ていたモミジと綾乃を誘ったのが始まりである。

稽古を通して若葉と、その後ひなたとも知り合い、気付けば半生迄の付き合いにもなっていた。

 

……余談ではあるが、モミジの名は紅葉と書いて“こうよう”と読む。

初めはモミジも訂正して呼ばせては居たのだが、後述する綾乃がモミジ呼びで定着させたのが主な原因である。

 

〰️〰️

 

あの後、一緒に帰還した綾乃と合流するべく、モミジ達一行は大社へと戻って来ていた。

相談したい事がある、という若葉について行くと、何時も使っている応接室へと通された。

 

 

「長野県?」

 

モミジの言葉に、「あぁ」と返しながら若葉は手元の書類を渡す。その書類には、長野県は諏訪の地域の生存者の可能性が記されていた。

驚くべきは、続く内容である。

 

 

「諏訪大社の勇者?」

 

「白鳥歌野という、私達と同年代の勇者が居るんだ。定期的に通信しているんだが、どうにも最近、様子が変なんだ」

 

続きを促す、

 

「通信の会話にノイズが頻繁に入り込むようになってな。機材の劣化は無いようだし、……なんだか嫌な予感がするんだ」

 

指を組み、思案顔でうつむく若葉に代わって、ひなたが続きを話す。

 

「あちらにも巫女の担当で藤森水都さんという方がいらっしゃるんですが、結界の力が弱っているのか、”星屑の侵攻が多くなっている”と」

 

いつの間にか空になっていた湯呑みに、ひなたがおかわりを注いでくれる。ゆっくりと立ち上る湯気が、お茶の香りを広げていた。

お上品に一口啜ると、ひなたが口を開く。

 

「はっきり言って、諏訪は防衛の要の一つでもあります。四国でも若葉ちゃんを含め、他にも4人勇者の方々が居ますが敵の侵攻までに準備が間に合うかどうか……」

 

「神樹の結界の強化は出来ないのか?」

 

「してはいますが、元々の地力や範囲が桁違いな物ですから。勇者やモミジさんみたいに“精霊”を使っても足りないかと」

 

「なるほど」

 

 

ただ、と続ける。

 

「最近の、モミジさんのお役目のお陰で、一つ分かったことがあるんです」

 

 

先程渡された書類の後ろの方を示され、続くように書類を捲っていく。

そこには今回のお役目の“成果”ともいえる内容が記されていた。

 

「――バーテックスが神樹の強化に繋がる、か」

 

「はい。此方の、“神樹様の領域”内でのバーテックスの消滅は、同じ神の力とでも言うのか、僅かながら強化出来る事が判明しました」

 

「僅かながら、ってのはどのくらい?」

 

「障子の和紙が画用紙に変わる程度です」

 

「本当に僅かだなぁ」

 

指で突いても中々破れなくなる程度の様だ。

 

 

でも、塵も積もれば山となる。小さな事からコツコツとしていかなければ、この先生き残れる筈もない。

 

 

「そ、それでだな、モミジ」

 

さっきまで言い難そうにしていた若葉が、意を決したように声を上げる。

その顔を見て何を言いたいのか分かる程度には、モミジは乃木若葉という少女を理解している。

 

「オーケー。任せときな、若葉、ひなた」

 

 

モミジの言葉に、嬉しそうに顔を綻ばせた後、すぐに不安気に曇らせる。

 

「良いのか。香川から諏訪だぞ? 向こうもバーテックスの侵攻がある。今までの過疎地とは訳が――」

 

「でも、無視出来ないんだろ、その白鳥って人の事」

 

「う……」

 

 

若葉はお人好しだ。

鉄仮面だのと、初対面の人間やあまり知らない人間は若葉をそう呼ぶが、本当は違う。

他人の為に怒り、泣き、身体を張る事が出来る人間だ。

 

今の勇者という、四国を護らなくてはいけない立場に居る以上、若葉は自分の我が儘で離れる事は出来ない。

 

それが無ければ、直ぐ様諏訪へと行っているだろうに。

 

 

「お前たちが出来ないことをするのが、俺の“お役目”だ。――若葉が白鳥さんを助けたいなら、俺が助けに行ってやる」

 

「……ありがとう、モミジ。でも絶対に無理はしないでくれ」

 

「当たり前だ、絶対に帰って来るよ」

 

 

――四国の勇者の代わりに、外界周辺の探索、物資の確保。そして生き残りの四国への誘導。

後の世では、任務内容は変わるが、“防人”と呼ばれる人間である。

 

 

これは、“勇者”になれない、一人の“防人”の少年の物語。

 

 



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大神紅葉、国土綾乃2

 

「ではモミジ様、此方を」

 

「おー、ありがとうございます」

 

 

諏訪への出立に向けて、持ち物の整理を始める。

衣食住の最低限の確保は勿論、対バーテックス用の武具も用意しなければならない。

 

バックパックへ荷物を詰め、あーでもないこーでもないと大社の人と話していると、そこへ一人の少女が現れた。

 

 

「あー……、スッキリしたぁ」

 

「よう、綾乃。久しぶりの湯船はどうだった?」

 

「何も言えねぇ」

 

「そうかい」

 

 

小柄な少女は、そのまま近くのソファーへと足を進めると、バフッと音を立てて飛び込んだ。横になり足を組んで、所謂昼下がりのおっさんの様な体勢である。

 

格好も巫女が滝行を行う際の行衣を崩して着ており、薄手のその服装はこの場にひなたが居ればはしたないと叱責しているだろう。

 

なお本人が着ている理由は、近くにあったからだ。

 

 

「あ、綾乃様?殿方の近くでその様な格好は……」

 

「あー大丈夫大丈夫。モミジはそんなんじゃないから」

 

流石にその格好は……と大社の職員がやんわりと注意するが、綾乃は聞く耳持たぬと手を振る。

あ、ダメだコイツ。と悟った女性職員は目配せすると、モミジの近くにいた別の職員がそそくさとその場を離れた。

おそらくひなた(最終兵器)を呼びに行ったのだろう

 

「おいおい、ひなたにドやされるぞ。公共の場ではちょっとは考えろ。TPOだ、TPO」

 

「今ひなちゃん居ないしー、何してようがアタシの勝手だしー」

 

もうすぐそのひなちゃん(最終兵器)が来るんだよなぁ。と正座からの説教コースまでを想像しながら、頭の中で御愁傷様と手を合わせた。

 

 

「聞いたよ。次は長野だって?」

 

「ん、おう。岐阜の手前までは前に“道”を作ったろ。そっからは自力だけどな」

 

「アタシも行くよ」

 

振り向けば、綾乃が目を合わせて笑う。

 

 

「前の疲れが取れてないだろ、死ぬぞ」

 

「それはモミジも一緒でしょ?でも行くってことは、かなりの急用って訳だし、ならアタシも行く」

 

 

それに、とテーブルに置かれた来客用のお茶菓子を手に取ると、包装紙を解いて口に放り込んだ。

 

 

「若ちゃん達からのお願いでしょ? 友達が困ってるなら助けないとね」

 

「綾乃……」

 

 

思わず荷造りの手を止めて、綾乃の方をじっと見る。マジマジと見つめられて照れたのか、綾乃はやだ、と手を振る。

 

「ち、ちょっと? そんな真面目な顔で見ないでよ。恥ずかしいってば。そんな、アタシのうし、ろに……?」

 

そう、じっと見る。()()()()()()

 

 

「綾乃ちゃん」

 

 

そう掛けられた声に、思わずひぇっと綾乃は声を上げる。油の切れたブリキの人形の様に、カタカタと揺れて振り返る。

 

そこには、良い笑顔をしたひなた(最終兵器)が居た。

 

 

〰️

 

「ひ、久しぶり、だな。綾乃」

 

「そうだね、若ちゃん……」

 

天井から縄で吊るされた上に、『反省中です』という看板を首に掛けた綾乃が、力なく返事をする。そんな様子に引き気味な若葉が声をかけていた。

 

「全く、モミジさんが居ながらなんて事を……」

 

「いや、だからね。俺は注意したんだよ、多少はね」

 

「言語道断!」

 

 

そして、正座しながら説教を食らうはめになってしまった俺は、若葉が到着するまでずっと説教されていた。

 

今後は気を付けて下さいね。と説教から解放され、痺れる足を擦りながらソファーへ座ると、吊るされている綾乃から声が上がる。

 

「あのー、そろそろアタシも」

 

「何ですか、綾乃ちゃん」

 

「あっ、なにもないですー」

 

綾乃はそのままらしい。

 

 

さて、とひなたが言うと、若葉は背中に抱えていた荷物をよいしょと下ろした。ゴドッと小さく鈍い音を立てて、ふぅと若葉は息を吐く。

 

「調整した武器だそうだ、モミジ。何時もこんなものを持ち歩いているのか、お前は」

 

「おう。生半可な武器じゃあ星屑に噛み砕かれるからな。斬るってより、ぶつ切りって方があってるよ」

 

渡されたそれを握ると、スマホ内に登録された精霊システムが反応し、軽々と若葉が持ってきた武器を持ち上げる。

その光景におぉ、と若葉が声を出し、ひなたが微笑んだ。

 

「何だかそうしてると、お伽噺の勇者様みたいですね」

 

「勇者は勇者でも、白馬に乗った方じゃなく、血味泥のバーサーカーだろうけどな」

 

「それでも誰かを救うのには変わりませんよ」

 

 

真っ直ぐなひなたの言葉に照れ隠しを言ったが、またストレートに返される。

思わず何を言ったら良いか分からず頬を掻くが、ひなたは続けて言う。

 

 

「この間避難された方も、モミジさんの事を心配していましたから、“一言お礼が言いたい”、“怪我をしていたが、私に出来ることがないかって”」

 

「そうか」

 

「……今回のお役目も、本当なら充分に休養を取ってから行くべきなのに。私達の我が儘のせいで」

 

「それは言わない約束だろ。ひなた」

 

 

気落ちするひなたに、モミジは頭を撫でて言う。

さらさらな黒髪は、大和撫子を体現したようなひなたに良く似合っていた。

 

「お前達のフォローが俺の役目だ。絶対に守るって、あの時に約束したろ」

 

モミジの言葉に、ひなたは数年前の光景を思い出した。

 

突然のバーテックスの襲来

 

勇者の力に目覚めた、乃木若葉

 

巫女の力に目覚めた、上里ひなた

 

逃げ惑う人々に、矢継ぎ早に掛けられる怒声、非難。

 

 

〰️

 

 

此方だ。

 

分かる。自分には分かる。

 

上里ひなたは、生まれながらに初めて経験する感覚に気分が舞い上がっていた。

 

焼ける様にじんじんと疼く頭に手を添えながら、迫るバーテックスを若葉に撃退してもらいつつ集団を指揮する。

 

「そのまま真っ直ぐ! 森を抜けたら、山の山道に沿って進んでください!」

 

「ひなた、あの白いのは粗方引いたぞ!」

 

「ありがとうございます、若葉ちゃん! このまま――」

 

 

騒ぎを起こさず、皆で駆け抜ければ安全域まで、というところで、それは起きた。

 

響く泣き声、後ろを見れば小さな子供の手を引く親子が居た。

転けたか、または事態の深刻さに不安になったか、両方か。

その出来事は若葉とひなたにとって、まさに突拍子もないことだった。

 

「おいお前! さっさとそのガキを捨てろ!」

 

集団の中に居た男の人が、子供を庇う母親の腕を乱暴に掴む。

止めようかと思い足を止めれば、青い顔をした青年が声を荒げる。

 

「君が居ないと何処に行けば良いか分かんないよ! 早く先導をしてくれ!」

 

若葉の方へ目を向ければ、若葉は迫るバーテックスに必死に応戦していた。

 

 

こうなると止まらない。

 

先導を頼む声。

 

親子を非難する声。

 

自分を守れと叫ぶ声。

 

声。

 

声。

 

パニックになる頭に、ひなたは目の前が真っ白になっていくのを感じた。

 

――その時。

 

 

 

「うぉらぁッ!!」

 

自分の顔の横で、鈍い打撃音と共に何かが吹き飛ぶのを感じた。顔を向ければ、バーテックスが転がるように飛んでいくのが見えた。

 

「なに、が」

 

「ひなた、大丈夫か?!」

 

「ひなちゃん平気?!」

 

 

理解が遅れるひなたに、近づく二人、さっきの青年かと思えば、モミジと綾乃の二人だった。

 

 

「大丈夫か、走れるか? 今はちょっと余裕ないぞ」

 

「モミジ、上から2匹!」

 

「あいよっとぉ!!」

 

 

ゴッッ!!とまたも鈍い音を立てて、バーテックスが吹き飛ぶ。息を切らして武器を持ち直すと、モミジが言った。

 

 

「ひなた。安全な場所が分かるんだって?」

 

「は、はい」

 

「なら、そこまで案内してくれるか?」

 

 

腰が抜けたままの自分に合わせ片膝を付いた彼は、ニカリと快活に笑う。

 

「大丈夫だ。ひなたなら出来る。後ろの若葉も、逃げ遅れてる人達も、全員、連れていくから」

 

必ず、守るから。

 

 

頭を撫でて言う彼の言葉が、驚く程ストンとひなたに落ちた。周りを見れば、避難者を中央に集め、迫るバーテックスを若葉とモミジで食い止めているのが現状だった。

時間に、余裕はない。

 

 

「――っ、此方へ!」

 

流れた涙を拭って立ち上がったひなたは、喝を入れるように声を上げた。

再び進みだした集団を守るべく、モミジは若葉へと続く。

 

「若葉!」

 

「モミジか、すまないな。ここは一つ、私と囮になってくれ!」

 

「応ッ!!」

 

 

〰️

 

「――そうですね、そうでしたね」

 

「だろ。だから何も心配すんな、行ってらっしゃいのキスでもしてくれ」

 

「おい、何ちゃっかりしてんだ」

 

 

綾乃の野次が入り、若葉とひなたは微笑んだ。ゆっくりと口元に指を立てると、そうですねとひなたは言う。

 

 

「無事に諏訪とのお役目を果たせた後には、お帰りなさいのキスでもどうですか?」

 

「ひ、ひなたっ?!」

 

 

真っ赤になった若葉が驚きの声を上げる。モミジもそう返されるとは思ってなかったのか、綾乃と揃って目を丸くしてひなたを見た。

 

「マジで?! やったぁぁぁぁ!!」

 

「おい誰か早く縄を解いて、ソイツを血祭りに挙げてやる……」

 

「おい巫女擬き。俺は味方だぞ」

 

「糞がっ!」

 

「はいはーい、それじゃあ出発前に、恒例の写真を撮りますよー」

 

真っ赤になって焦る若葉。

コンビ漫才の様な応酬をするモミジと綾乃。

そしてそれをファインダー越しに眺めるひなた。

 

「――ありがとうございます、私の勇者様」

 

「……ん? 何か言ったか?」

 

「秘密ですっ♪」

 

 

願うなら、何年も先も、この人達と。

少女は、大切な思い出を刻むようにシャッターを切った。

 

 

 



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諏訪の章
諏訪へ1


 

「――そんじゃ、行ってくる」

 

「二人共、またねー」

 

 

時間は夕暮れ。休眠と栄養をしっかりと摂ったモミジと綾乃は、諏訪への出立の時間が迫っていた。

荷物の確認をし、装備等に抜かりはないか確かめ、最後に腹ごなしに軽食を摂る。

 

用意した軽食をキレイに平らげた二人は、見送りに壁の上まで来た若葉とひなたに手を振る。

ちょっとそこまで散歩に、そんな雰囲気のまま、二人は出発した。

 

 

「行ってしまったか……」

 

「……はい」

 

「毎度の事ながら、見送るのはどうにも馴れないな、心臓に悪い」

 

「そうですね……」

 

だんだんと暗くなっていく道の先まで二人が見えなくなるくらい小さくなっても、変わらず二人は見送っていた。

 

不意に、若葉のスマホが震える、見れば、モミジからメッセージが来ていた。

 

 

『さっさと戻れ、危ない』

 

 

言葉の少ないメッセージだったが、若葉とひなたにはそれで充分だった。

戻ろう、と若葉の声に優しくひなたは答えた。

 

 

〰️

 

 

「“道”はどうよ」

 

「安定してる。でも警戒して」

 

「おう」

 

 

所々で祝詞を唱え、札を張る。そんな道程の最中、周囲を警戒しつつもモミジが問う。

擬きとは言ったが綾乃は立派な巫女だ。それもかなり特殊な。

 

“神隠し”

現在綾乃のみが使用できる、精霊の力を介した能力。

神樹のバックアップが頼りのその能力は、バーテックスから気付かれにくくなる、というものだ。

気付かれにくくなるだけで、目の前で大きな音を出せば、当然気付かれる。

故に、自然と徒歩での移動のみになっていた。

 

 

「――よし、この辺で設置しよう」

 

「よしきた」

 

 

綾乃の言葉に、手早くスマホを起動させる。

表示されるのは、樹木をモチーフにしたデザインの印。それを地面にかざし綾乃が祝詞を唱えると、僅かに発光して地面へと染み込むように消えていった。

 

 

「……成功か?」

 

「大丈夫、機能してる。“道”の維持が大分楽になってるから」

 

「オーケー。このまま進むぞ」

 

 

成功を確認すると、二人は再び、足を進める。

 

 

〰️

 

「諏訪までの“道”を繋ぐ、か」

 

「はい。これが成功すれば、かなりの結界の強化に繋がるかと」

 

 

なるほどね。と資料をパラパラと捲る。

簡単に言えば電柱を設置し、その間の導線の役割を果たすのが今回のお役目か、と理解する。

 

発電所(四国)からの電力(神力?)を導線(綾乃の“道”)を通し、目的地(諏訪)まで送る。

 

「確かに、綾乃の“道”は霊道を利用して通すものだからな。神力を使うには相性が良いのか」

 

「はい。途中神樹様の御力を封じた札を貼って貰うことで、更なる“道”の強化に繋がるかと」

 

「用意周到だな」

 

「勿論、モミジさんたちの安全にも繋がりますから」

 

 

〰️

 

香川から5日目の朝、モミジは安堵の息を一つ吐いた。

 

「――よし、ここまでは順調だったな」

 

岐阜の手前。およそ県境の場所まで来たところで、モミジは手に持った地図をパタリと畳んだ。

綾乃がそろそろ限界だ。余裕ぶっては居るが、祝詞を唱える際の集中力が薄れている。

 

「ごめん、一旦タンマ」

 

「了解。そこの岩陰にでも隠れてろ、その辺見てくるよ」

 

「うん、お願い」

 

 

携帯食料の栄養バーに齧りつきながら、綾乃は岩場へと座り込む。ペットボトルに入った水を放り渡すと、ありがとうと言って蓋を開けた。

食料は余分に持ってきてはいるが、そろそろ水分が不足してくる頃だ。近くに川か貯水地がないかと探しに出れば、見たくもないものを見つけた。バーテックスだ。

 

「5匹。殺れないことはないが……」

 

最近分かったことだが、奴等には知性がある。前に救助者の囮になろうと飛び出た事があったが、モミジの事を無視しそのまま救助者の方へと飛んでいってしまったのだ。

今戦闘を行うのは良いが、万が一綾乃に危険が及ぶかもしれない以上、下手なことは出来ない。

 

此方には気付いてないのか、バーテックスは辺りをふよふよと探索した後、何処かへと飛んでいった。

 

「そういえば、バーテックスの襲来が頻発してるって言ってたな……」

 

諏訪への到着は、かなり難しくなるかもしれない。

 

〰️〰️

 

しっかりと身体を休めた後、諏訪への“道”は進んでいた。

霊道の力場を束ね、人の通る道と仮定しそこを精霊の霊力で固定する。時折飛来するバーテックスに注意しながらだったが、綾乃は不可思議な疑問があった。

 

「……()調()()()()

 

綾乃の“道”は絶対ではない。

気付かれにくくなるというだけで、注意深く索敵するバーテックスには寧ろ見つかるのだ。その度にモミジが打ち倒すのが常だったが、

 

「だな。誘ってるのかな」

 

「というより、“私達の事に気付いてない”可能性がありそうだけど」

 

「というと?」

 

綾乃はゆっくりと腕を上げると、行き先の一点を指で示す。地図上で言えば目的地の諏訪大社を示していた。

 

 

「大きな力を感じる。さっきから“道”が完全に定着してないから」

 

ラップをかけた様な、薄い膜が地面に貼られているらしい。“道”を作ることは出来るが、完全には定着しないようだ。

つまり、下手をすると“道”が剥がれる様に消される危険がある。

 

「諏訪大社の神様の御力かね」

 

「多分ね。バーテックスは、そっちにばっか気を向けてるから、こっちには気付いてなさそうだけど」

 

なるほど。大きな存在がある以上、その他の小さな存在にはあまり目が行かないということか。

ひなたが口にしていた、諏訪の現在の状況を思い出した。

 

 

「……バーテックスの侵攻か。場合によっては即戦闘だな」

 

「ここまで“道”を繋いだのが無意味でないことを祈るわ」

 

不謹慎すぎる物言いをして、綾乃は再び祝詞を紡ぎ始める。確かに、作業完了までの時間が先程までとは大分違う。邪魔をされてるというか、元々ある上に強引に塗り潰していると言うべきか。

 

近くにバーテックスが居ることもあって、モミジは戦闘警戒のまま、大刀の柄を握りしめた。

 

 

〰️〰️

 

 

“道”の作業を開始して、二時間程たった時だった。

疲労の色が見え始めた綾乃を休ませようとしたとき、声が届いた。

 

 

「――こっちだ。そこの諏訪大社に逃げ込むんだ!」

 

「ほら、こっちよ!」

 

「奴等が来る!」

 

希望と焦りの滲む声。おそらく生存者であろうことはすぐに分かった。

 

タイミングが悪い。思わず舌打ちが出るが、考える間もなく走り出していた。

 

 

「綾乃は“道”で待機。5分経って戻らなかったらそのまま諏訪大社へ行ってくれ」

 

「分かった、気を付けて!」

 

 

“道”から外れ、前を行く生存者を追いかける。それに合わせるようにバーテックスも周りの木々の陰から現れた。

 

「てめぇらはお呼びじゃねぇッ!!」

 

包帯、のように見えるそれは大量の札だ。対バーテックス用の神樹パワーが込められたそれは、明確に倒したとされるダメージを与えればバーテックスを消滅させるものだった。

例えばこんな風に、

 

 

「はぁっ!」

 

此方に背を向ける一匹を、背後から脳天ごと真っ二つにカチ割る。

 

精霊システムを起動させ、普段の腕力では到底振り回せない大刀を、軽々と振り回していく。

 

2匹目、開いた口に横向きに切り込み、魚をおろすが如く尻尾まで切り裂いた。

 

3匹目、生存者に迫る横合いから胴体を輪切りにし。

 

4匹目、背後にいる生存者に突進してくる正面に大刀を投げつける。投げた大刀は、バーテックスの頭部に深々と刺さった。

 

 

武器を手放したモミジをチャンスと見た5匹目が、ガチガチと歯を打ち鳴らしながら生存者ごと噛み砕こうと大口を開け迫る。

それを見ても焦らず、モミジはスマホの精霊システムを起動させた。

 

「――来い。金熊童子」

 

言葉の後に、モミジの影が姿を変える。異形めいて蠢いた後、確かな鬼の形を持ってモミジの身体にも変化が出た。

 

身体の色は赤色、熱した鉄の様に染まる身体は熱気を放ち、モミジの身体の僅かな周囲の空間を陽炎の様に揺らめかせる。

 

バーテックスが異様に気付き僅かに軌道を逸らすのと、モミジが一歩踏み込んで拳を振るうのは同時の事だった。

 

地鳴りが響き、それに合わせて揺れる大地。地面にクレーターを作ってめり込んだバーテックスは、崩れるように端から消滅していた。

 

「――ふぅ」

 

一つ息を吐いて、昂る気持ちを沈めるように目を閉じる。

 

 

“精霊降ろし”

切り札ともされているそれは、四国に居る勇者も含めてあまり使用が良しとされないものだ。

神樹を通して使役出来るようスケールダウンされたとはいえ、要するに“別の生き物の魂を憑依させる”降霊術の一種であり、下手をすれば精神に害を及ぼすこともある。

 

 

 

武器を回収し辺りを見れば、先程の生存者達が腰を抜かして此方を見ていた。確かに、バーテックスを打倒する者が居れば人間同士とはいえ恐怖の対象なのかもしれない。

だからこそ、出来るだけにこやかに話しかける。

 

 

「大丈夫ですか。諏訪大社まではすぐそこです。援護をしますので焦らず、確実に向かいましょう」

 

「あ、あぁ……」

 

 

手を差し伸べ、一人ずつゆっくりと立たせる。準備が出来たところで、モミジは出立の声を上げた。

 

 

〰️

 

 

痛む頭に、耐えるように手を置いた。

 

 

「大丈夫、モミジ?」

 

「おう。倒れるほどじゃあない」

 

 

生存者達を引き連れながら、綾乃の“道”の製作を再開させる。諏訪大社までは目と鼻の先とはいえ、油断は禁物だ。

 

 

「――……っ」

 

「大丈夫。声を上げないで」

 

 

木々の影から見えるバーテックスの姿に、生存者の中の若い女性が息を飲む。青い顔をして、今にも叫び出しそうなのを綾乃が優しく抑えた。

 

残り約500メートル程。諏訪大社自体は見えてはいるのだが、諏訪神様の力によるものか、人の気配が感じられない。

 

だが、綾乃が言うように神威を感じる以上、諏訪大社は健在している。

 

 

「……ふぅ」

 

額に浮く脂汗を袖で拭いながら、内心畜生と悪態を吐いた。

嫌な汗が止まらない、金熊童子の影響だろうか。綾乃には大丈夫と言ったが、正直休憩がしたい。

 

だが、

 

「大丈夫、助かった。大丈夫、助かるんだ……」

 

「神様、ありがとうございます……っ」

 

 

助けた生存者がもう限界だ。ここで時間を喰うと言えば、何処で爆発するか分からない。

栄養補給にクラッカーを取り出そうとした所で、ふと景色が傾いたのを感じた。

 

いや、俺が倒れてんのか?

 

 

 

 

ドサリ、と背後で倒れる音がした。

 

「モミジ?!」

 

“道”の為の祝詞を中断し、モミジへと駆け寄る。滝のような汗を流しながら、苦しそうに呼吸を繰り返していた。

胸に手を当てれば微かに感じる、穢れの気配。

 

「精霊が……っ」

 

懐から札を取り出し、モミジの胸元へと貼り付ける。ペットボトルの水を取り出すと、強引に口の中へと突っ込んだ。

ゴポリゴポリと、水が体内へと入っていくのを確認すると、綾乃は貼り付けた札を反転させた。

 

 

「――うぶっ」

 

 

モミジの身体を横向けに倒し、背中を擦って水を吐き出させる。

一頻り吐くと、先程とは違い顔に幾らかの余裕が出来た。

 

そんな時に、そいつらは来た。

 

 

「うああああぁ?!」

 

「ち、ちょっと待って!!」

 

 

バーテックスが大口を開けて迫って来るのを見て、数人の生存者がバラバラに逃げ出した。制止の声を上げるが、パニック状態で聞いて貰える余裕はない。

 

“道”に隠れている綾乃とモミジを視認したのか、バーテックスがガチガチと歯を鳴らしながら綾乃へと迫る。多少なりとも抵抗を、と迎撃用の札を手に取ったところで、ヒュッ、と何かが飛んだ。

 

パァン、パァン!と、まるで鞭で打ちのめす様な、そんな音。

生存者を追い回すバーテックスも、綾乃へと迫るバーテックスも、一瞬にして制圧された。

 

 

「――四国からの、“防人”の方達ですね。乃木若葉さんから、お話は聞いています」

 

黄緑色の勇者服を着込んだその少女は、見るものを安心させる、そんな不敵な笑顔を浮かべていた。

 

 

「私は白鳥歌野。諏訪の勇者です」

 

 

白鳥歌野。

農業王を自称する彼女は、そう言って綾乃へと手を伸ばした。

 

 



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諏訪へ2

 

 

懐かしい、夢を見た。

 

 

「おーい。モミジ、元気してるか?」

 

「お邪魔しますね」

 

「げほっ、けほ。ぅ、おう」

 

 

小学生の頃の俺達。両親、なんてのは名ばかりの生活費だけを置いていく人達は、いつでも家を留守にしていた。

そのおかげか、若葉、ひなた、綾乃の三人は、よく家に来て過ごすことが多かった。

 

布団から身を起こし、咳をする俺の背をひなたが優しく擦る。ありがとうと礼を言う俺に、若葉が持ってきたスーパーの袋を掲げて言う。

 

 

「風邪を引いたのだろう。そんな時にはうどんだ、うどん。ざるうどん、鍋焼きうどん、素うどん、どれにする?」

 

「うどんしかないんですけど」

 

複数あるようで実質一択のこの問い、何か裏の意味があるのだろうか。

引き気味に言う俺に若葉はおっとそうだな、と朗らかに笑う。

 

 

「冗談だ」

 

「そっか、なら悪いけどお粥でも――」

 

「素うどんじゃなく、きつねうどんだぞ」

 

「うどんじゃねーか!!」

 

 

思わずつっこんだ。

そうこうしている内に、いつの間にか台所へと行っていたひなたと綾乃が、盆を手に此方へ来る。

 

「はいはい、病人が騒がないの。お粥持ってきたよ」

 

「ありがとう。それと文句はそこの若葉(うどんキチ)に言ってくれ」

 

「何故だ、美味しいじゃないか、うどん」

 

「俺は風邪の時にはお粥派なの!」

 

ギャーギャーと言い合いながら、手渡されたレンゲでお粥を掬い、口へと運ぶ。少し鶏ガラの風味付けをされたそれは、次をせっせと運ぶほどに美味しかった。

誰かに作ってもらう手料理は、それだけで美味しいし嬉しい、あっという間に完食した。

 

 

 

不意に、くらりと感覚が揺らぐ。熱がぶり返したか?と考えれば、

 

 

綾乃の後ろにナニカが居た。

 

 

芋虫状の白く大きなそれは、大きな歯をガチガチ鳴らしながら綾乃へと近付く。

 

 

「待て……っ」

 

 

思い出す。喰われバラバラになったそれを

 

 

「綾乃、お前らも、早く逃げ――」

 

言葉は最後まで続かなかった。若葉とひなたの背後にも、取り囲む様にアイツらは居た。

 

フラフラと覚束ない手を必死に三人へと伸ばす。もう少し、というところで死を告げる音が止み、口を大きく開けた。

 

 

「モミジ」

 

 

最後まで此方を見る綾乃の顔は、本当に穏やかで、

 

「――――」

 

綾乃が何か言う前に、モミジの意識は吹き飛んだ。

 

 

〰️〰️

 

 

「――っは?!」

 

知らない天井だった。

畳張りの大きな部屋に、丁寧に敷かれた布団が一つ。ここまで部屋が広いと逆に寂しく感じるのは何故だろうか。

 

周囲を見渡して、部屋を出るため襖を開ける。所々である紋を見る限り、ここは諏訪大社らしい。

 

 

「おや、目覚めたのかい」

 

「あ、ども」

 

廊下を歩くモミジを見た女性が、にこりと笑顔で言ってくる。此処がどこか聞けば、やはり諏訪大社のようだ。

 

「友達の女の子は、歌野ちゃん達と四国に連絡を取ってるよ。案内しようか」

 

「お願いします」

 

 

案内を頼めば、快く白鳥さんの場所まで案内してくれた。

所謂通信室の様な場所で、綾乃ともう二人の少女が居る。このどちらかが白鳥さんだろうか。

 

「歌野ちゃん、お仕事中にごめんねぇ。さっきの男の子、起きたから」

 

「あら藤宮さん、わざわざありがとう! 綾乃さん。彼、起きたらしいわよ」

 

 

簡単なプレハブ状の個室のドアを、遠慮がちに藤宮さんが開ければ、白鳥さんが笑顔で出てきた。

モミジを見てにこりと微笑めば、中に居る綾乃へと声を掛ける。

 

白鳥さんの言葉に此方を振り返った綾乃は、とてもキレイな笑顔を向ける。

 

 

やべぇ、絶対キレてる。

 

 

「おはよう、よく眠れた? 体調に不調は無し?」

 

「お、おう。迷惑掛けて、悪かったな」

 

「そう、なら――――一発殴っても平気だよな」

 

 

言葉の後、間髪入れずに綾乃の平手打ちがモミジへと叩き込まれる。来るとは分かってたとはいえ、予想以上のダメージに体勢が崩れた。この女、きっちりと体重を乗せてやがる。

 

綾乃は更に追い討ちをかけてきた。

 

 

「ちょ、一発って言ってなかったか?!」

 

「世の中は常に変わるもんでしょ? なら言ったことも変更できるさ。後は私の個人的なもの」

 

「理不尽!」

 

 

ゲシゲシとモミジの腹を踏みつける綾乃はある程度で満足したのか、はぁ、と軽い溜め息を吐いてモミジを見る。

 

「ぶっ倒れる様なキツい精霊使うなってんの」

 

「いや、あれは本当に予想外だったんだ。いやほんとマジ」

 

「何使ったの?」

 

「金熊童子」

 

 

「……金熊童子で? 何時もならそうはならない筈、いや、でもあれは……」

 

 

綾乃の思案の端々を聞いていると、白鳥さんがあのー、と遠慮がちに聞いてくる。

 

 

「お話し中ソーリー。私達の自己紹介がまだよね、やっても良いかしら?」

 

「おー、命の恩人に何て失礼を、是非とも」

 

モミジの謝罪に気にしないで、と言いつつ、来ているジャージのジッパーを解き放つと歌野は声高々に言う。

 

「私は白鳥歌野。ここ、諏訪で勇者をしています。他には、主に農業を営んでいるわ! 農業王ですので!」

 

 

あれが自慢の畑よ!と指を辿れば、思ったより本格的な広い畑が見えた。すげぇ。

 

遠目から見て分かるのはトマトに玉ねぎにキュウリに……、なるほど、自給自足の為に作れる野菜は全て作っているらしい。

 

 

「わ、私は、藤森水都。諏訪の巫女を担当しています。えっと、巫女って言っても、四国のひなたさんみたいに凄い訳じゃなくて、えーっと」

 

わたわたと話す藤森さん。見た目を裏切らない小動物っぷりで空気が軽くなるのを感じた。

そして白鳥さんが藤森さんの肩に手を置くと、自らの方へと引き寄せて言う。

 

「みーちゃんは私の大事なパートナーよ。モミジさんと綾乃さんみたいなね」

 

「なるほど、病人の腹に蹴りを入れ合うような仲、と」

 

「すみません、訂正します。……みーちゃんは私の嫁!!」

 

「うたのん?!」

 

 

突然の嫁宣言に顔を真っ赤にさせて、藤森さんが白鳥さんにあたふたと詰め寄る。

そんな二人を眺めていると、不意に肩を叩かれる、綾乃だった。

 

どうした、と視線で問えば、通信機のヘッドフォンを手渡される。

 

 

「二人に、無事だって報告しないとね」

 

 

すっかり忘れていた。

 

 

〰️〰️

 

 

『――全く、報告が遅れたかと思えば寝込んでた上に忘れてたなどと』

 

「いやぁ、すまんすまん。起きたら知らん場所だったんでな、現状把握に精一杯だったんだ」

 

 

呆れた様な若葉の溜め息がヘッドフォン越しに聞こえる。いや、実際に呆れているのだろうが流石に勘弁してほしい。

 

諏訪への“道”の接続と、生存者の救出の報告を終えた一同は、雑談の時間に入っていた。白鳥さんは、四国からの定期通信でモミジ達の事を伝えられていた為、ベストなタイミングで助けに来れたらしい。

 

『すみません、藤森さん。諏訪の神様は、今回のモミジさん達の遠征はなんと?』

 

「それが……、最近のバーテックスの襲撃のせいで神託が上手く受けられなくなって」

 

『そうですか……。強引に“道”を接続すること自体は、特に支障はなさそうですか?』

 

「温厚で、優しい神様だから、大丈夫だとは思いますけど……、すみません、自信がないです」

 

『あぁ、いえいえ、此方こそ勝手なことを……』

 

 

巫女さん二人のよく分からないトークを聞きながら、近くに居たもう一人の巫女へと声を掛ける。

 

 

「おい巫女擬き、お前はあれに混じらなくて良いのか?」

 

「黙ってろ勇者擬き。私は管轄が違うっての」

 

言いながら食べていたプリッツで此方の頬をグリグリと押し込むというか捩じ込んで来る。痛い、地味にスゲー痛い。

 

というか、綾乃のプリッツを見てると腹が減ってくる。気を失う前も栄養補給をしようとしていたところだったし。

 

腹減った。というモミジの呟きに、歌野が反応する。

 

 

「お腹が減ったの? なら諏訪の名物、蕎麦をご馳走するわ!」

 

「おぉ、蕎麦!」

 

信州そばと言えば有名な物だ。別名うどん県と言われている香川では滅多に食べられる物ではない蕎麦を食べられるとなって、モミジのテンションが上がる。

 

『なっ、ま、待て、モミジ! 香川の誇りを何処にやった?!』

 

「……若葉」

 

『うむ、思い止まったか!』

 

蕎麦を食べるとなって、通信機の向こうの若葉(うどんキチ)が必死にすがる。そんな若葉へ、モミジは通話のマイクスイッチに手をかけて言う。

 

「誇りじゃ飯は食えんぜよ」

 

『も、モミ――――』

 

ぶつりと音を立ててスイッチを切る。ピー、と機械音だけとなった空間で、モミジと歌野はお互いに無言で親指を立てた。

 

「蕎麦、ご馳走になります!」

 

「ようこそ、蕎麦の世界へ!」

 

今ここに、香川と諏訪の友情が結ばれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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諏訪へ3

ずるり、と蕎麦を啜る。

 

口の中に入った蕎麦をゆっくりと咀嚼し、その風味を、味を楽しんでいく。なるほど。

 

「――美味しい」

 

「でしょうっ?!」

 

モミジの言葉に、歌野はテーブルに身を乗り出して目を輝かせる。そして、あれやこれやと蕎麦の魅力を語りだした。

そんな歌野を見て苦笑しながら水都がごめんね、と言う。

 

 

「うたのん、二人が来るってなった時から、蕎麦を食べてもらうんだーって、一生懸命で」

 

「そうなのか。いや、でも初めて食べたよ、こんなに美味しい蕎麦」

 

「本当に。付け合わせの天ぷらとつゆの相性も抜群」

 

 

隣で綾乃が野菜たっぷりのかき揚げを食べる。サクサクとした衣の音に、シャキシャキと聞こえる野菜の瑞々しさが食欲をそそる。

 

これら全てが白鳥さんの畑から取れたというのだから驚きだ。勇者として諏訪を守って、そして畑で食料も自給自足して。衣食住全てを主に神樹任せにしている四国とは格が違う。

 

 

「はー、美味しかったぁ……」

 

「ご馳走さまでした、美味しかったです」

 

「お粗末様。そう言ってもらえて嬉しいわ」

 

 

久々のちゃんとした食事ということもあったが、かなり満足のいく食事だった。ふんふんと上機嫌で片付けていく白鳥さんに、思わず待ったを掛ける。

 

「片付けくらい手伝うよ、そこまでして貰わなくとも……」

 

「良いの! モミジさん達はお客様なんだから。それに四国からここまででしょ、遠慮なくゆっくりしてて」

 

半ば強引に席に座らされると、入れ換わりに水都が食後のお茶とお茶菓子を持ってきた。手作りの野菜を使ったお菓子だそうだ。

 

へぇ、とカボチャの薄い切り身を手に取り齧る。カボチャの甘い風味が口一杯に広がった。

 

 

「それで、諏訪への“道”の接続は何時にしますか? 準備は出来てるので、いつでも行けますよ」

 

「そうですね。……神託の時間が、夜間に来るものが多いので夜間にお願いしたいんですけど……」

 

「では、今夜にしましょうか。申し訳ないんですけど、身を清める場をお借りできればと」

 

「あぁ、それは勿論。直ぐに案内しますね!」

 

 

善は急げと、綾乃と水都は移動してしまった。時折聞こえていた水の音が不意に消える。手をタオルで拭きながら現れた白鳥さんに、綾乃達が出たことを伝えた。

 

「お風呂に行ったって事ね、理解出来たわ!」

 

「後で男湯か、どっか身体を洗える水場を貸してもらえないかな」

 

「それは勿論だけど、何だか性急ね」

 

 

頭に?を浮かべる白鳥さんに、俺は苦笑いして言う。

 

 

「そりゃ、神様に会うからさ」

 

 

〰️〰️

 

不浄。

神というモノは特に、汚いものを嫌う者が多い。

 

神職に就く者が単一な色の作務衣や、絢爛な色合いの行衣等を着る理由は、“汚い”という印象をさせないため、とされる理由もある。

 

 

諏訪大社、本殿。

時間は深夜、耳を澄ませば鈴虫の綺麗な羽音が聴こえる。蝋燭の灯火以外の光源が無い空間で、俺達四人は集まっていた。

 

「――――」

 

水都の祝詞が、空間の静寂から浮き出る様に告げられる。染み渡るようなその声音は、なんだか子守唄のようにモミジの意識をしずめていく。

 

それに合わせるように、今度は綾乃が祝詞を告げる。“道”の接続、それは諏訪への侵略などではなく、四国と諏訪、両領土の平和を築く為の物であると。

 

 

――先にも説明したが、神というのは基本的に汚いものを嫌う者が多い。

ただそれは見た目的な物もあるが、違う意味では穢れを背負うものを指す。

 

大昔の領土争いでは、自分達とは違う領土の人間は基本的には敵とされてきた。嫌われ、虐げられ、()()()()()()()()()()()

 

それは、“自分達とは違う思想に染まっているから不浄である”という、根も葉もない根拠から来た一種の押し付けであった。

 

 

「――――」

 

綾乃の祝詞が滞りなく進む、水都の表情を見る限り、何か異常が起きている事もない。

四国からの要請を受け、諏訪との“道”を繋げる。その旨を水都が告げた瞬間、それは起こった。

 

 

――蝋燭の灯火が、音もなく消える。

 

 

風などは無い、無風だ。

異常事態というのが白鳥さんにも気付いたのか、彼女は直ぐ様神前に座す藤森さんを庇うように構え、周囲を警戒する。

モミジは大刀を抜くと、同じように綾乃を庇い声を掛ける。返事はない、虚ろな目をして虚空を眺めるその様は、まるで死人のそれだった。慌てる白鳥さんを見るに、あっちも同じらしい。

 

 

「モミジさぁん?! エマージェンシーよね、これぇ?!」

 

「諏訪の神様は温厚で優しいんじゃなかったの!!」

 

怒鳴るように返答し、姿も見えないナニカを警戒する。勇者服を着てはなかったが、武器である鞭を構え、白鳥さんも戦闘待機していた。

 

 

「――“道”は、繋がったわ……ぅ」

 

呻くように綾乃が声を上げる。水都はまだ意識が無いが、先程とは違い穏やかな顔色をしていた。

 

何があった、と肩を貸して言えば、吐きそうにしながら綾乃は言う。

 

 

「かなりの量の神託を一気に受けた。頭ガンガンしてる、気持ち悪い……」

 

 

聞けば、他領土の綾乃でこれなのだから、藤森さんは更にヤバいらしい。

取り敢えず休ませようということで、綾乃に与えられた部屋へと運ぶ、うーうー唸りながら、綾乃は布団へと寝転んだ。

 

「気持ち悪い……、吐きそ……」

 

「お疲れさん、取り敢えずもう寝な」

 

 

そう言って、部屋の襖をパタンと閉める。

 

諏訪との“道”を繋げる。

 

今回の主任務は、終了した。

 

 

 

「ふっ、ふっ」

 

時間は深夜。空気が冷えてくる時間帯だが、汗が流れる程に温まった身体には丁度良かった。

振っていた大刀を降ろし、ふぅと息を吐く。少し休憩するかと本殿の階段へ腰掛けると、後ろから声が掛かった。

 

「精が出とるのー、お前さん」

 

「――藤森さんじゃねぇな。誰だ、お前」

 

姿格好は、どこから見ても藤森さんだったが、気配が全く違う。バーテックスの仕業かと白鳥さんを呼ぶ算段をつけてると、慌てて偽者が言う。

 

「待て待て、少し話がしたいだけじゃ」

 

「質問に答えろよ、お前は――」

 

 

誰だ。と続く筈が、身体が金縛りにあう。目の前の偽者が、目に神性を宿した光を灯しながら呆れた様に言う。

 

「全く、神儀に変わった奴が居ると思って声を掛ければ、とんだじゃじゃ馬じゃのぅ」

 

とん、とん、と階段を軽く音をならしながら降りると、モミジの眼前へと顔を近付けてニタニタと笑う。その顔は、水都が生涯しないであろう種類の顔であった。

 

ふむふむ、なるほどのぅ。とモミジの目を眺めながら偽者は一人ごちる。まさかと思うと、モミジは口を開いた。

 

 

「まさか、諏訪の神様……?」

 

「やっと気付いたか、理解の遅い奴よの」

 

ほれ、と指を振ればモミジの金縛りが解ける。

 

「少し話がしたくての。さっきの神儀の時に、少しこの娘の身体を借りたのよ」

 

「……そうですか」

 

信じ難い内容に、返事が固くなる。そんな事に気付きながら、諏訪神は言う。

 

「面白い因果を付けた子供が居ると思っての。日々退屈じゃ、少し老人との会話をせんかえ」

 

「……会話って?」

 

 

急に話せと言われても、と困惑すれば、大丈夫だと諏訪神は笑って言う。

 

 

「お前の“中”での対談としよう」

 

 

その言葉の返答の前に、モミジの意識は落ちた。

 

 

 

 

ここ、は。

 

大きなお屋敷。そこがかつての自分の家だと気付くのには、そう時間は必要なかった。

まるで映画のフィルムの中に投影された様に、自分を置いてけぼりにして映像が流れていく。

 

『お前の頭の中の記憶を、そのまま流しているのさ』

 

諏訪神の言葉が流れていく、その言葉を聞きながら、俺は昔の自分を眺めていた。

 

死んだ目、意思の無い目。およそただ生きている、としか評価されないその表情は何もしないまま窓の外の景色を眺めていた。

時折、ドアノブの無い扉の下の隙間から簡素な料理が乗ったトレーが差し出される。

それを横目で見たあと、また外を見る。そんな事の繰り返しを、少年は行っていた。

 

『まるで罪人じゃのー、そんなに悪ガキじゃったのか、お主』

 

「……何処の世界に自分の子供にそんな仕打ちする奴が居るんだよ」

 

『そこに居るがの』

 

 

声に見れば、二人の男女の大人が何やら言い争いをしているところだった。小さな頃の自分は、それを見て嫌気が差す様に目を背ける。

 

「……」

 

懐かしいとも、嫌なものを見たとも言えなかった。

 

()()()()()()()

 

そんな、ありきたりな感想しか懐かなかった。

 

 

『――四国との盟約は結んだ。それはこのワシの名の元に約束しよう』

 

ただし、と声は続く。

 

『お主が宿す、あの方との因果。そして、お前が内に秘めるその“穢れ”。それを代償として盟約は結ばれる』

 

 

さぁ、人の子よ。ワシと話をしよう。

 

 

――顔は見えないが、あのニタニタとしたにやけ顔が頭を過った。

 

 

 



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大神紅葉が生まれた日 1

大神家。

大社という組織において、その名を聞いて2種類の反応を示される。

 

 

一つは無知。どんな家系?

 

 

そしてもう一つは、()()()()

 

 

 

「その子は忌み子だ」

 

大神紅葉という少年は、産まれて間も無く“不要品”とレッテルを貼られた。

“一般的な子供の知育玩具”や、大量の本類が集められた部屋に、ベッドが一つ。風呂とトイレも部屋内に備えられてある。

 

食事は日に三回。ドアの下に作られた隙間から、食器の乗った盆が送り込まれる。ただそれだけだ。

 

 

「…………」

 

子供に言葉は無い。会話する相手も居ないのだ。物心付いたときから、窓際まで寄せた椅子によじ登り、夕暮れまで外の景色を眺める。それを繰り返していた。

 

 

春は桜の花が舞う景色を

 

夏は蝉が鳴き、アスファルトに浮かぶ陽炎を

 

秋は一面に真っ赤に染まる山々を

 

冬はユラユラと揺れるように降る雪を

 

 

一年を通して、外の景色をただ眺めていた。

 

 

ただ雨の日、空が雲に覆われ、太陽が隠れてしまう日には部屋の中でぼーっと過ごすのが当たり前だった。

何も考えず、ただ耳を澄ます。そうしていれば、いつの間にか眠って、次の日に進んでいるから。

 

 

――ただ、その日は違った。

 

 

 

 

その日は、激しい嵐の日だった。

バタバタと豪雨と暴風が窓を叩く音の中で、その声は混じった。

 

「可哀想になぁ」

 

「……?」

 

仰向けに転がり、目を閉じる。いつも通りな行動の最中に、それは聞こえた。周囲に人は居ない。家に居る使用人は食事の配膳以外に立ち寄ることもない。そういう場所だ。

 

「だれ?」

 

普段全く使わない声は、か細く小さなものだった。それでもと続けて口を開く。

 

「そこにだれかいるの?」

 

「おい、どうすんだ。バレちまっただろ」

 

「俺のせいか?! でも、姿までは見えまい」

 

 

声に耳を澄ませ、空間に目を凝らす。すると、その声の聞こえる場所だけ陽炎のように揺らめいている何かが居ることが分かった。

 

フラフラと手をそこに振れば、ぺちりと何かに当たる。

 

 

「ギャアアアアア?!」

 

 

軽く触れただけなのに、その声の主は大慌てで逃走した。脱兎の如く、とでも形容するその様子は、部屋内の埃を巻き上げた。

 

あっという間にそこから居なくなったそれを追うべく、そこまで広くない部屋を見渡す。すると、舞い上がった埃が、ある一方向へと流れていくのを見た。

 

立ち上がり、そこへとゆっくりと歩みを進める。運動をそこまで行ってなかった足は、覚束ない足取りで進んでいく。

 

 

そこへ近付くにつれ、風が流れているのを肌で感じた。雨独特の匂いも増し、外が近いのが分かる。

 

見れば、古い通気孔が壁紙を貼られて隠されていた。この家の人間がしたのか、はたまたリフォーム業者の職務怠慢か。

だが、そんなことは少年にとってはどうでも良かった。

 

――外に出られる。

 

少年の頭の中は、その事で一杯になっていた。

 

 

「――あぁ。やっちまった、やっちまった。あの方に怒られてしまう」

 

そんな声も、聞こえないくらいに。

 

 

〰️〰️

 

 

新鮮な空気を、肺一杯に吸い込んだ。

自然そのものというか、木々の香りを感じるそれは、少年は初めて感じたものだった。

 

古い通気孔を通って衣服や頭についたクモの巣や埃を軽く手で払う。汚れに構っているほど、今の気持ちに余裕はなかった。

 

昼の配膳は先程終わった。出された食事を手早く食べ、大きな音を出さぬよう注意しながら通気孔を通る。点検用を兼ねているのか、通気孔の中には金梯子が付けられていた。

 

 

「――~っ!!」

 

解放感?達成感?何とも言えない感覚に、少年は声を出――すのを寸でのところで堪えた。危ない。家の中の人間に聞かれれば、たちまちあの部屋に逆戻りだ。

 

靴は持ってなかったので、部屋にあった厚手の靴下を何重にも履いた。痛みなどはないか軽く確認してから、少年は歩きだした。

 

 

 

 

外出するようになって、一週間程経過した。近くのごみ捨て場に落ちていたサンダルを履いて、今日も外へと散策する。

今は秋。山へ紅葉を見に行くというのも良いなぁ、と考えていると、一人の少女が現れた。

 

息を切らせ、肩で呼吸を繰り返している。大丈夫かな? と心配していると、その少女と目があった。

 

 

「アンタ、この辺の人間?」

 

「えっ、いや……」

 

「でも、この辺歩いているってことは多少の地理はあるよね。安全な場所に案内して!」

 

 

急かす少女の声を裏付けるように、道の奥から数人の大人が周りを見渡しながら歩いている。どうみても、誰かを探しているように

 

早く! と怒鳴る少女に、ええいままよ、と半分開き直って少年は手をとって走り出した。以前散策した近くの山に、人の居ない神社が在った筈だ。

 

これからどうしよう、と多少の不安を抱えつつも少年は足を急がせた。

 

 

〰️〰️

 

「あー……、疲れた」

 

「ぜぇっ、ぜぇっ」

 

しんどい、疲れた。肺が酸素を欲しているのを感じる。

尻餅を着くように座れば、古い床板がギィと音を立てた。

 

あの場所からそう離れていない山の麓、その場所にこの神社はあった。普段はあまり使われていないのだろうか、トイレや自動販売機等の最低限の施設しか用意されていない。

神事用の道具が置かれている倉庫の様な場所で、二人は息を調えていた。

 

 

「助かったわ、これである程度は時間を稼げる」

 

「時間を……?」

 

聞けば、少女は家柄上次期の巫女になることになっているらしく、それの修行を毎日行っているらしい。だが、その修行に嫌気が差して今回の逃避行に到ったのだ。

 

少年は思う。

 

――それは、ただのサボりではないだろうか?

 

 

今からこの少女をさっきの大人達に突き出してしまおうか。と考えていると少女が言う。

 

「そういえば、自己紹介してなかったね。アタシは国土綾乃」

 

にこりと微笑んでそう言う綾乃が、アンタは?と視線で促してきた。

 

そこで少年は詰まる。生まれてこのかた、自分の名前を聞いたこともない。かろうじて使用人が両親らしき人達に「大神様」と言っていたので、”大神”というのが自分の名字なのだろう。

 

 

「僕は、大神」

 

「大神――、下は?」

 

「えーっと、秘密」

 

「秘密って……。何、そんなにキツイ感じのキラキラネームなの?」

 

 

ならそうねぇ、と綾乃はうーむと考え込む。辺りに視線をやり、山々の山肌に目を向けると、そうだと手を打った。

 

「モミジ!」

 

「え?」

 

突然の言葉に着いていけない少年が聞き直すと、だーかーらーと綾乃が笑顔で言い直す。

 

「アンタの名前――あだ名ね! 山の“紅葉”(こうよう)で、モミジよ。良いセンスでしょう?」

 

ドヤァとドヤ顔で腰に手を当てる綾乃、彼女のどうだという満足気な態度に笑いが出ながらも、少年――紅葉(モミジ)は、自分の中で何かが変わるのを感じた。

 

大神紅葉。

他人とはいえ、少年が初めて人から善意を持って与えられた物だった。

 

 

 

 

「――それが、俺。“大神紅葉”が始まった瞬間だよ」

 

 

諏訪神と対峙する真っ白な空間で、モミジはそう口にした。諏訪神の姿は無いが、何か例えようのない大きな気配がこの空間全てから感じていた。

諏訪神から敵意は感じない、だが神というのは大体が気まぐれで事を起こす。気をぬけば何をされるかは分からない。暫く身体から緊張が抜けないのは、それが原因でもあった。

 

 

『――なるほどのぅ。ふむ、ふむ……』

 

 

諏訪神には人の過去を覗く力があるようだ。俺の言葉と照らし合わせる様に、うむうむと納得する言葉が聞こえる。

 

俺、大神紅葉の過去の話に偽りはない。()()()()()()()()()()があるのかもしれないが、それは今さら知ることは出来ない。

俺が居たあの家は、あの“天災”で崩壊したのだから。

 

 

『ふむ、分かった。お主の過去に若干引き気味じゃが、理解した』

 

「勝手に見て聞いて引かないでくれます?」

 

『いや、思ったより重すぎたし』

 

なんという失礼な神だ、夢から覚めたら藤森さんの事で本人と白鳥さんにチクってやる。

 

『それだけは止めて。……ふむ。お主の生誕、その後の過程は分かった。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ヒトガタ?

 

諏訪神の言葉に首を傾げるが、それを無視して続ける。

 

 

『ならば話の続きじゃ。お主は何故戦う?』

 

その問いに対して此方が口を開く前に、諏訪神は続ける。

 

『お主の境遇、それは異常じゃ。人に捨てられた様な過程を経て、何故人を救おうと戦う? お主の幼馴染、乃木若葉であっても、戦う事は容易い事じゃろうに』

 

「……過去を覗けるなら、その理由も分かるんじゃ?」

 

『過去は過程しか見れん、そこに在る人間の想いなぞ、神にも真意は掴めんよ。だからこそ、ワシ等は人間に興味があるんじゃから』

 

はっはっはと笑う諏訪神の声を聞いて、モミジは頭の隅に違和感を感じる。最初から少しだけ思っていたが、この(ひと)と話していると誰かを思い出しそうになる。

 

 

「……そこまで言うなら教えてやるよ、爺さん。話の途中で寝るなよ」

 

『むむ。急に大きく出てきたな、こやつめ。良かろう、“大神紅葉”をここで示してくれ』

 

「はいはい」

 

 

誰だったか、と思い出しながらモミジは話しやすいよう胡座をかいた。

時間はまだある。目が覚めるまで、じっくりこの神と話し合うとしよう。

 

 

 

 



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諏訪事変 1

時刻は朝の7時。夜が明け、日も上り人という人が活動を始める時刻――

 

 

「――さて。覚悟は決まったかしら、モミジさん?」

 

「だ、ダメだようたのん!! 勇者でもないモミジさんを攻撃なんてしたら……っ」

 

――武器を構えた白鳥さんに、割りとマジで命を狙われていた。

 

 

 

時間は遡る事30分。

神様問答を終えたモミジは、そろそろ起床というところまで来ていた。

身体は充分に休めてくれているらしい。ありがたいことだ。

 

『あ。そういえばお主に謝ら――、いや良い報せがある』

 

「おい。絶対問題有ることだろ、それ」

 

『案ずるな、男なら喜ばしい事ぞ』

 

「え、それって――」

 

そこで意識が真っ白に染まり、じわじわと身体の感覚が現実に帰ってくる。

背にしていた板床の冷たさ、当たる陽射しの暖かさ、そして――仄かに香る洗髪料の甘い匂いに、柔らかな感触。

 

しっかりと感じる重さと体温に、それが自身に覆い被さる様に居ることを感じる。良い匂いと落ち着く体温に、抱き枕の様に少し強めに抱き締めている事に気付く。

 

 

「……え?」

「あ」

 

暖かさの正体、藤森水都と目があった。吐息も感じる至近距離で、彼女のとろんとした寝ぼけ眼と目が合う。

お互い最初は何事かと状況を理解し、次第に顔を紅潮させていく彼女に対して、モミジは青ざめていく。

 

 

「ちょ、ちょっと待って、藤森さ――」

「いやぁぁぁぁ!!」

 

 

諏訪の早朝に、少女の悲鳴が響いた。話を聞いて貰える状態じゃない彼女に、モミジはあたふたと慌てる。

 

「(この状況、完全に俺が黒だ……ッ!)」

 

冤罪だが言い逃れ出来ない状況、必死に藤森さんに説明するが、今一聞いて貰えない。

 

その時。

 

 

「みーちゃんッ!!」

 

寝間着のジャージ姿に、武器である鞭を携えた歌野が、息を切らして到着した。少し遅れて、ぜーぜー言いながら綾乃も到着する。

 

「な、にがっ、……あぁ、遂に本性現したわね、モミジ」

 

「誤解だ、 俺は何もしてないって!!」

 

「……本当なの、みーちゃん?」

 

「た、多分……? 私も、部屋で寝てた筈なのにいつの間にかここに居たし」

 

 

ここぞチャンスだと、モミジはみんなに説明する。諏訪神との問答、四国との“道”が受理されたこと。

あらかた話を聞いたところで、綾乃が納得いったように手を打った。

 

「あぁ、それなら私の夢にも出たわ。胡散臭かったから追い出したけど」

 

「おい。一応神だぞ、一応」

 

「一応を強調しなくても ……」

 

藤森さんの軽いツッコミが入るも、綾乃は大して気にしてはいない様子だった。神に対して不遜な態度、その内に天罰が下るかもしれない。

 

その一部始終を黙って聞いていた白鳥さんが、なるほどなるほど、と頷いて言う。

 

「なら、モミジさんはみーちゃんに何もしてはいないのね。誤解だったわ、許して」

 

「いや、俺も誤解される様な状況だったしさ。気にしないでくれよ」

 

謝る歌野に、モミジが苦笑しながら言う。確かに、半裸の男が自分の大事な友人を抱き締めて寝ていたら、邪な想像をするのも仕方がないのかもしれない。

 

 

ギルティ(有罪)かと思えば、ノットギルティ(無罪)だったのね。あぁ、朝からどっと疲れ――」

 

 

歌野が安心したように胸を撫で下ろす前に、綾乃が言った。

 

 

「でも、水都さん抱き締めたら気持ち良さそうだよねぇ」

 

「馬鹿、お前そんな事言ったら――」

 

 

「――イエスギルティ(死刑)ね」

 

 

スパァン!!と、鞭が蛇のようにうねり地面へと叩き付けられる。当たった地面が深く抉られ、その威力を物語っていた。

モミジの身体を絡め取ろうと、鞭が速度を持って飛び掛かる。慌てて身体を翻せば、間一髪避けることが出来た。

 

「ちょ、ちょっとぉ?! 俺は無罪ですよねぇ?!」

 

「だって、だってだってだって――」

 

ベシベシと地団駄を踏むように鞭を叩き付けて、歌野は叫ぶ。

 

「みーちゃんとのハグなんて、私だってそんなに出来ないことなのにッ!」

 

「うたのん?!」

 

「因みにどんな時に?」

 

「綾乃さん?!」

 

 

ハグのシチュエーションを聞きに入る綾乃に、水都が慌ててディフェンスに移行する。そんな水都を知ってか知らずか、歌野は得意気に語りだした。

 

「えっとー、お風呂でしょ、寝る前でしょ、それからそれから――」

 

「言わなくても良いから!」

 

 

わーわーと、歌野の前で大声で言うのを阻止する水都。本人は必死だが、生まれつきの声の小ささか、あまり意味がない。

 

ま、そんな訳で。と鞭をシュルシュルと巻き取りながら歌野が言う。

 

「悪いけど、このまま終わらせる訳には行かないわ。けじめを取らなくては!!」

 

「だからって鞭打ちは拷問過ぎでは?」

 

「ならば小指でッ!」

 

「いつから諏訪はVシネの世界になったのかッ!」

 

 

顔面に飛来する鞭を、膝を落としかわす。鞭はそのまま、意思を持ったかの様に俺の身体へと接近した。

跳び跳ねて避け、鞭を蹴り飛ばして明後日の方向へと向ける。このままでは埒が明かないと、歌野へ向かって走り出した。

 

取り敢えず押さえ付けて、と考えた所で、白鳥さんの顔が好戦的に笑っている事に気付いた。

 

 

「ガ……ッ!」

 

「ヒット」

 

鞭の先端が、モミジの身体をくの字に曲げていた。勝利を確信し笑みを浮かべ――違和感に気付く。

 

手応えが軽い。

 

 

「そこぉっ!!」

 

「遅いっ!!」

 

打ち抜いたのは何処から拾ってきたのか、ボロボロのずた袋。接近に気付いて歌野が鞭の柄で反撃するのに対して、モミジの掌底が柄を打ち上げた。

歌野がバランスを崩したのをチャンスと、モミジが歌野へと手を伸ばす。後はそのまま無力化する、というところで、歌野は伸ばされた腕を掴み、飛び蹴りの様にモミジの腹部を蹴り飛ばした。

 

攻撃のチャンスを潰されたモミジと、ヒラリと一回転して体勢を直した歌野。蛇のように鞭をうねらせて、歌野が笑う。

 

 

「中々やるわね、モミジさん。()()()()()()()()()

 

 

白鳥さんの言葉に引っかかる。言われてた?

 

「言われてたって、誰に?」

 

「あっ、しまった……。まぁ、良いわ。諏訪の神様によ。昨晩の夢で言われたの、モミジさんの実力を見ろってさ」

 

 

ばつが悪そうにしつつも、半分開き直って白鳥さんが笑う。

 

「なら、もう終わりに――」

 

「――っていうのは、半分の理由で。みーちゃんとのハグは、やっぱり羨ましすぎるわーッ!」

 

 

歌野の気迫に、明らかな何者かの力が加わる。これが歌野の“勇者”としての本当の力かと冷や汗をかけば、歌野は不敵に笑った。

 

 

――そして、時は再開する。

 

 

「――さて。覚悟は決まったかしら、モミジさん?」

 

「だ、ダメだようたのん!! 勇者でもないモミジさんを攻撃なんてしたら……っ」

 

 

気迫、そして神威に気圧されながらモミジは大刀を拾い上げ構える。

自分の役割は生存者の救出。ならばそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その生存者よりも弱いというのは話にならない、と威圧で滝の様に流れる汗を拭う。

 

 

自前の精霊システムを起動させ、歌野の挙動を見逃さない様に集中する。此方の準備が終わったのを見て、歌野が言った。

 

 

「準備は出来たみたいですね。……行きますよ」

 

 

歌野が一歩踏み込む。それと同時に振るわれる腕の動きを読み、回避と反撃へと繋げる。と考えたところで、

 

モミジの意識は、呆気なく失われた。

 

 

『お主、弱いのぅ』

 

 

――目の前が真っ暗になる寸前、諏訪神の呆れたような声が聞こえた気がした。



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諏訪事変 2

『いやぁ、弱すぎて笑うわ。いや、逆に笑えんわ』

 

「ぶっ飛ばすぞジーさん」

 

 

開口一番煽るように言ってきた諏訪神に、モミジは青筋を立てながら返答する。そんな様子を見つつもプププと笑い、諏訪神が言う。

 

 

『というかお主、“精霊”全く使っておらんの、何でじゃ?』

 

「精霊システムの事か、起動させてるぞ?」

 

『違う。お主が来たとき、“鬼”を憑依させたじゃろ、それの事じゃ』

 

「……あぁ、“精霊降ろし”の事か? あれは体力の消費が激しすぎるから、ここぞという時にしか――」

 

 

モミジの説明に、そりゃあお前さん、と諏訪神が被せて言う。

 

 

『お前さんが“精霊”を従えておらんからよ。とりわけ“鬼”の様な、()()()()()()()()()が精霊になったものは、反発する力も強い』

 

 

「反発?」

 

『穢れとも言うかの。身体を乗っ取ろうと、あの手この手で使用者を殺しに来る筈じゃよ』

 

 

その言葉に、諏訪で“精霊降ろし”を使用した時の反動を思い出した。何時もと違う疲労感、あのままなら死んでいた可能性がある。

 

「なるほど。ここで使ったときに倒れたのは、余分に体力を持っていかれたからか」

 

『あ。それについてはワシから謝罪が。諏訪の地に結界張っとったろ、あれが原因じゃ。ワシの神威を感じて精霊共がピリピリしてたからのぅ』

 

「お前のせいかよ!!」

 

 

思わずツッコミを入れてしまう。実際後ちょっとで死んでいたかもしれないのだ、冗談ではすまない。

 

すまんすまん、と軽く謝る諏訪神は、だから、と話を続ける。

 

『それの詫びも兼ねて、ワシが稽古でもつけてやろうかとね、おもってね』

 

「なんかこじつけが適当な気もするが……。てか、どうやって稽古をつけるの?」

 

 

某有名漫画の様に、重石を背負って鍛練でもするのか?と想像する。うん、限りなくシュールだ。

 

此方の言葉に笑い声で返答すると、一面真っ白な世界に、突如一迅の竜巻が巻き起こる。身体が引っ張られないよう踏ん張り耐えると、暴風が止むのと同時に、一人の姿が現れる。

 

姿は毎日鏡で見る姿、つまりはモミジだった。髪は下半身まで及ぶほど長くなり、それを一つに纏めた先は、白く燃えるように揺らめいている。若葉色の新緑が基調の神官服の様な物を着ており、背中には身の丈の3倍ある程の注連縄を円にして背負い、その上に御柱が4本時計回りに生えていた。

 

その姿と神威に圧倒されていると、その姿のモミジが自慢気に笑う。

 

『ワシは“戦”を司る神でもあるからの。お主のその“精霊降ろし”、ものにするまでワシが稽古をつけてやろう』

 

「――それはありがたいけど。まさか日中寝るつもりか? バーテックスが来たら」

 

 

モミジの言葉に、それは大丈夫じゃ、と諏訪神は言う。

 

 

「起きたら分かる」

 

 

その言葉の意味を知る前に、モミジはまた意識が真っ白になった。

 

 

 

「あ、起きた」

 

目が覚めると、目の前に小さな子供らの姿があった。まだはっきりしない意識と、ズキリと痛む頭に思わず手を当てる。

水都ねーちゃん、と一人の少年が間延びした声を上げると、パタパタとスリッパの音を立てながら藤森さんが現れた。

 

 

「モミジさん。良かった、無事だったんですね」

 

「一体何が、――あぁ、やっぱ良いです」

 

「えぇ?!」

 

何があったのか、と聞こうとして歌野に完璧な敗北を受けたことを思い出して項垂れる。突然落ち込みだしたモミジに、水都はあたふたと慌て出す。

それを見てケラケラと笑う子供らをため息と共にジト目で見れば、モミジは苦笑して言う。

 

 

「手も足も出なかったなぁ……」

 

「あぁ、さっきの事……。仕方ないですよ、うたのん、強いから」

 

「うたのんねーちゃんは最強だからな!!」

 

「おー……」

 

「にーちゃんは雑魚だな」

 

「うっせぇ」

 

此方を煽る少年の鼻先をきゅっと摘まむ。ふがふがと間抜けな声を立てつつ抵抗するのを、ふはは精々抗うが良いわ、と魔王的な態度で返していると藤森さんがくすりと笑った。

うたのん達に伝えて来ますね。と言うと去って行った藤森さんを見送っていると、右頬に鈍い衝撃が走ると同時に視界がぶれた。

 

見ると、仲間を助けるべく徒党を組んで此方へと攻撃を加える子供ら。良い度胸だ。

 

 

「今だ。やっちまえ!」

 

「さぁ、かかって来い。お兄さんが相手をしてやろう……ッ!」

 

 

大人気ない戦いが、今始まる。

 

 

 

 

「……随分と元気そうね?」

 

「いたたた、ちょ、諏訪のキッズ割りと容赦ない……」

 

 

諏訪の子供達にボコボコにされているモミジの姿に、歌野は驚き混じりに声をかけた。

自分の攻撃で気を失った彼に謝りに来たのだが、起きてすぐ子供とじゃれ合うくらいには回復しているらしい。

 

歌野が来たことに気付いたのか、子供達はケラケラと笑いながら蜘蛛の子を散らすごとく去って行った。元気な事だ。

 

 

「一応、謝りに来たのだけど……大丈夫そうね」

 

「おう。大丈夫大丈夫、これくらいの怪我でダウンするほどやわじゃあないさ」

 

「なら良かったわ。手伝ってほしい事があるの、来て貰える?」

 

「俺に出来る事なら、何でも」

 

ありがとう。と笑顔で言う歌野の後を、モミジは着いていった。

 

〰️〰️

 

照りつける太陽、広がる広大な大地、そして風に乗って香る青臭い匂い。

諏訪が誇る、白鳥歌野お手製の畑にモミジは来ていた。

 

 

「うっひょー、でけー」

 

「自慢の畑よ。今の時期、幾つかの収穫と種植えが重なってるから手伝ってほしいの」

 

「オーケー、喜んで手伝うよ」

 

 

籠を受け取り、トマト、キュウリ等の野菜を次々と収穫していく。幾つか手に取った所で、ふとした疑問を訊ねてみた。

 

「この野菜って、今が旬だっけ?」

 

「あぁ、()()()

 

そう。温室で育てているという訳でもないのに、様々な季節の野菜が綺麗に育っていた。プチリとトマトを切り取ると、白鳥さんは言う。

 

 

「豊穣を司る、諏訪の神様のおかげかしらね。適切な世話をしてあげると、ある程度の野菜なら早く実が育つの」

 

「へぇ、そば粉とかも?」

 

「そうよ。ここの食卓は、いつでもヘルシーなんだから!」

 

どやぁ、とドヤ顔の歌野は、でも、と苦笑いを浮かべた。

 

 

「育ち盛りの子達も居るから、魚とかの肉も獲らなきゃいけないんだけどね……」

 

「……なるほど、バーテックスか」

 

「うん。結界のギリギリの範囲に魚が棲む川があるのだけど、かなりデンジャーなの」

 

 

バーテックスが出る以上、歌野が魚を捕るしかない。

 

だが、それにばかり集中していると他の守備が疎かになる。

 

かといって、諏訪の食料事情をやりくりする歌野からすれば、魚等の肉類も何とかしたいのが現状だった。

 

 

「大人や子供達も野菜で充分って言ってくれるけど、……やっぱり美味しいものを食べたいじゃない?」

 

「そうだな。……分かった、俺たちでも何か考えてみるよ」

 

「本当? 頼りになるわね、ありがとう!」

 

 

差し出されたトマトを受け取り、がぶりと中程までかぶりついた。

甘味と酸味が程よい果汁とぎっしりと詰まった果実にもう一口と口に入れる。

その様子を見てにこりと笑うと、歌野はキュウリを採るとかじった。パキリと程よい音を立てて、ん~と目を細める。

 

「良い塩梅ね。塩や味噌が欲しくなるわ」

 

「梅肉を混ぜたマヨネーズなんかもさっぱりしてオススメ」

 

「ナイスねモミジさん! 今日のおやつは決まりだわ!」

 

 

此方の提案に目を輝かせると、白鳥さんは目に見えて作業の速度を上げていった。周囲で作業をしている人達のペースを考えるに、このままなら一時間も掛からないだろう。

そうなれば昼過ぎ、ちょうど昼御飯の時間だ。

 

 

 

「うたのん、モミジさん。お昼の用意が出来たよ」

 

 

作業が一段落ついた頃、良いタイミングで藤森さんから声が掛かった。見れば、綾乃を含めた数人の女性が、お昼が入ってるであろう重箱を手に此方へと来ている。

 

分かったわ。と返事をする歌野に合わせるように、モミジも着けていた軍手を外しタオルで汗を拭う。喉がカラカラだった。

 

 

「はい、麦茶」

 

「おー、サンキュー」

 

紙コップを手渡され口に運べば、麦茶の風味と心地好い冷たさが喉を潤してくれる。ぷはっ、と一気に飲み干し、お代わりを貰った。

 

聞けば、この麦茶等の茶葉も白鳥さんの畑からの物らしい。作物なら何でも育つのだろうか。

 

若葉なら小麦一択だろうな。と考えながら、どうぞと差し出された重箱のおにぎりを手に取る。色んな具が入ってるから、一杯食べてね。とは藤森さんの言葉だった。

 

 

「私も作ったの、今アンタが持ってるそれとか」

 

「へー、中身は?」

 

「プチトマト」

 

何故、そのチョイスなのか。

 

 

塩気の効いた程よい歯触りの米に、甘いプチトマトの酸味が加わる。まさに不味くないけど微妙、という絶妙なハーモニーに思わず頭を抱えた。

同じものをもう一つ手に取りながら、綾乃へと言う。

 

 

「お前さ、訳の分からない挑戦するの止めてくれないかな」

 

「そう言いながら食べるのね……、愛の為す技かしら?」

 

「白鳥さん、これは勿体ないから食べるだけです」

 

綾乃が作った分を消化しつつ、藤森さんから渡された味噌汁に口をつける。出汁の風味と味噌の合わせ技に箸を進めていると、藤森さんが笑う。

 

「良かった。今回の担当は私だったから、少し不安だったんだ」

 

「そうだったんだ。美味しいよ、この味噌汁」

 

「そうだよ、自信持ちなって。将来、毎朝作ってほしいくらいよ!」

 

「う、うたのん……」

 

 

最早お馴染みになった夫婦漫才に皆で笑い声を上げていると、底から響くようなサイレンの音が鳴った。

その音に諏訪の皆の顔が強張る。つまりこれは――

 

「バーテックスか」

 

「そうね。……ごめんなさい、モミジさん手伝って貰えるかしら?」

 

「元よりそのつもりだよ。場所はどこだい?」

 

精霊システムを起動させ、側に置いてあった大刀を手に取る。――僅かに感じた違和感に首を傾げるが、原因は分からなかった。

 

藤森さんが頭に手を当て、端から見ても分かる瞑想状態へと入っている。思えばひなたも、神託を受ける際には同じような状態になっていた。

 

「場所は……、社の入口方面と、――っ、そんな?!」

 

「みーちゃん?!」

 

驚きのあまり神託を強引に切ったのか、頭痛を堪えるようにしながら震える声で藤森さんは告げる。

 

「諏訪大社の後ろ、河川に来てる。彼処は確か今――」

 

「――子供達が近くに居る筈よ?!」

 

 

白鳥さんの顔が驚愕に染まる。ぐずぐずしている暇はない、行動は迅速に行うべきだ。

 

「白鳥さんは社の入口に。救助者が複数居る場合、鞭の方が処理がしやすい」

 

「でも、子供達の事もあるわ!」

 

「大丈夫。そっちは俺が行くから。任せてくれ」

 

「――分かったわ、お願いします!」

 

 

言葉を交わし数瞬後、二人は駆け出した。

 

諏訪神から言われた、精霊のコントロール。まだ何も分からない状態だが、それでも今はやるしかない。

 

駆け出す足を、更に強く踏み込んだ。

 

 

 

 




オリキャラの紹介とか、設定の説明とか近々作ろうと思います。
暇潰し程度で、この駄文にもお付き合い下さい。


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諏訪事変3

――夢の事が、本当になっちゃった。

 

蔵の中で息を潜める少女、望月梓(もちづき あずさ)は懐で震える弟妹分を大丈夫だよと優しく撫でながら焦っていた。

梓の直感は良く当たる、とは、大して頼りになりそうにない棒きれを勇ましく構える諏訪のガキ大将、サトシの言葉である。足が生まれたての小鹿の如く震えてはいるが。

 

物音はしない、だが必ず居る。元々空中を浮遊している奴等なのだ。物音立てず忍び寄るのは得意な事だろう。

 

「う、歌野ねーちゃんはまだ来ないの……?」

 

「大丈夫だよ。四国から来てくれた人も居るから、必ず来てくれる」

 

「……うん」

 

目に涙を溜めて堪える少年をあやしつつ、梓は蔵の扉へと視線を送る。

 

此処に人が居ることは分かっている筈だ、何故扉を壊して入ってこない?

 

一応逃げ込んだ時のため、要所要所に防御用の結界札を貼ってあるのは知っている。普段から勇者の補佐に就いている水都があーでもないこーでもないと、諏訪大社の大人達と相談しているのを見ていたからだ。

 

だが、そんな防御結界でもあの白い化け物には通用しないというのは、梓は身をもって知っていた。

 

 

――梓、お前だけでも逃げろ!!

――大丈夫よ、後で必ず会えるから

 

――お父さん、お母さん!!

 

 

伸ばした手が届かなかった事を思いだし、振りきるように頭を振る。最悪の想定をするな、今はこの子達を守るのが自分の仕事だ。

歌野と水都から、小さな子供の面倒を見てくれと良く言われる。別に厄介事を押し付けられている訳ではないことは、梓はよく知っている。

二人は忙しい。諏訪の大人達も、明日の為に今日を懸命に動いてくれている。ならば、皆が安心出来るよう振る舞うのが自分の役割なのだろう。

 

 

「梓、外はどうなのかな」

 

「……分からない、でも開けたら不味い気がする」

 

「まだ居るってことか?」

 

サトシの言葉に、うーんと頭を捻る。

()()()()()()()()、確証はないが気配がするからだ。

だが、諏訪大社での避難生活を始めて以来、何かの気配を感じる事が多かった。それは妖怪かもしれないわ、とは、悪戯心の芽生えた歌野の言葉であるが。

 

その時。

 

ダァン!!という、何かを打ち付ける音に、ビクリと背筋が伸びる。蔵の扉が歪む。僅かに見える隙間から、白い何かが見えた気がした。

限界を迎えたのだろう、小さな子達が次第に嗚咽を上げ始めた。それに呼応するように、打ち付ける音は回数を増していく。

 

「くそっ、来んな、来んなよッ!」

 

サトシが泣き顔で叫ぶ様に怒鳴る。阿鼻叫喚の現状に、たまに夢で思い出すあの日の事を思い出した。

 

大きく扉が歪む。見える大きな顔、ガチガチと打ちならす歯。あれでバラバラにされるというのだから、あれはギロチンか何かに違いない。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。きっと助けに来てくれる。それまで、お姉ちゃんが守るからね」

 

せめて見えないようにと胸元に子供達の顔を寄せて身を屈めた。これで、まず最初に死ぬのは自分だろうなと、どこか他人事の様に考えていた。

 

 

扉が壊された。木くずと埃を舞い上げて、役目を果たした扉が倒れる。

 

 

化け物が群がる様に梓達に殺到する。サトシが何かを叫んでいた。

 

 

大人の足で後数歩、というところで梓は諦めた様に目を瞑った。

 

 

――その時、天井をぶち抜いて何かが前に舞い降りた。

 

 

呆けた目で、梓はその正体を確認する。

 

まず姿、畑作業をよくする大人が着ている、歌野愛用のジャージ服。手にはびっしりとお札が貼られた身の丈程ある大刀。その身体から迸る様に発せられる何かの力に高揚するように、その少年は歯を見せて好戦的に笑う。

 

 

「よう、助けに来たぜ」

 

 

大神紅葉。四国から来たという、歌野と同じ勇者――らしい。

 

 

 

 

速攻だ。

 

背後で腰を抜かしている子供達を見つつも、目の前のバーテックスを睨み付ける。

突然現れたモミジを警戒したのか、少し距離を置きつつもガチガチと歯を打ちならしている。

 

囲まれたら終わりだ。だから、速攻で皆殺しにしてやる。

 

 

「――鎌鼬(カマイタチ)

 

 

精霊を降ろす。金熊童子(きんくまどうじ)を使わないのは、僅かな躊躇いと、もしもの事を考えて。

 

大刀に風が逆巻く様に巻き付いていく、小型の台風の様に渦巻くそれは、周囲の木くずや砂利も吸い込んでいた。

 

 

「はああああああ!!」

 

掛け声と共に、大刀の風を振り下ろす。打ち出されたそれは、木くずや砂利という異物を含んだ風の刃として、バーテックスを切り刻んでいった。

 

だが、まだ外に数十匹といる。モミジが外に飛び出すと人海戦術に出たのか、一ヶ所に纏まりつつ進撃してくるバーテックスを見てモミジは冷静に精霊を降ろした。

 

 

女郎蜘蛛(じょろうぐも)

 

 

辺りを浮遊するバーテックスの動きが、ぎこちないものに変わる。何かから逃れる様に身体をくねらせるが、それが間違っていると言わんばかりに更に動きを止めていく。

 

「蜘蛛の糸に捕まった時点で、もう終わりだよ。まぁ――」

 

化け物には、そんな知識はないか。とバーテックスの身体をモミジは真っ二つに切り裂いた。

 

後は単純な作業だと、精霊の連続使用で痛む頭を堪えながらモミジは大刀を構え次々に撃破していく。

 

 

全てを処理し、残るは奥の団体、と目を送った時、モミジは思わず身体を止めた。見れば、団子状に固まっていたバーテックスが、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

今までの勘が発する危険信号に、形振り構っては居られなかった。

 

 

金熊童子(きんくまどうじ)ィィィ!!」

 

 

――精霊によって、穢れの危険度が段違いに変わるのは、最近になって分かった事だった。

先程の鎌鼬や女郎蜘蛛が10だとすれば、金熊童子は50程である。

因みに、未来で若葉の使う大天狗や、高嶋友奈の酒呑童子は100程だ。

 

 

ドクリ、と心臓の鼓動が聞こえた。エンジンが激しく作動するように、鼓動の度に身体中の血液を激しく循環させる。

 

熱した鉄のように紅く染まった身体を爆発的に加速させ、合体途中のバーテックスへと迫る。

此方を無視して合体する奴等に向けて、渾身の一撃を直撃させた。

 

だが。

 

「か、てぇ……ッ!」

 

 

鬼の一撃を持ってしても、その身体を凹ませるくらいにしかならなかった。ビリビリと痺れる感覚に悪態を吐きながら一旦離れる。

 

うねうねと、その白い身体を歪めながらバーテックスは変わらず合体を続けている。元々の歯を剥き出しにした様な笑い顔に、無性に腹が立つ。

 

 

大刀を構え、尚も動かない群体へと叩きつける。相変わらずの硬度だが、

 

「大刀なら多少は効く……、ならッ!」

 

大刀を背負い、大地を踏みしめて高く跳躍する。数十メートル跳んだだろうか、勢いが死に、落下へと変わる所で背中の大刀の先を地面へと向け、照準を定める。

 

一か八か。()()()()()()()()()()()()()()()と、直感が告げている。迫る地面とバーテックスを見据えながら、モミジは大刀の柄を強く握りしめた。

 

 

 

 

「よし、殲滅完了ッ! パーフェクト!」

 

最後のバーテックスが消滅したのを確認して、歌野はふぅ、と息を吐いた。

最近は本当に襲撃が多い。だが、四国との力を繋いだからか、勇者服を着ての戦闘能力が多少は変わった気がする。

 

これならば、諏訪は問題なく守護出来る――と自分の武器である鞭を仕舞った時、モミジが向かったであろう場所から、土煙と地響きに似た物が上がったのを見た。

 

 

「ホワッツ?! 一体何が?!」

 

 

救助者を社の人に任せ、勇者の力で上昇した能力をフルに使い目的地まで走り抜ける。

ものの数十秒で到着した其処には、まさにクレーターとでも形容するほどの大穴がぽっかりと開いていた。

 

その中心にはボロボロの姿のモミジが、大刀を杖の様に使い身体を支えるように立っていた。その周囲で、普段とは違う消滅の光を放ちながら、バーテックスが消えていく。

 

 

直ぐ様モミジへと駆け寄り、身体を支えるように抱き止める。肉体が発する体温では有り得ない程の熱さに顔をしかめるが、救助が先と肩を貸し諏訪大社へと急いだ。

 

モミジの大刀はそのまま。流石に今の状態では重すぎて運べないということで、クレーターの中心で突き刺さったまま佇んでいた。

 

 

――巻いていた札が、剥がれていた。

 

 

 



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諏訪事変4

笑いが止まらない。

 

沸々と湧いてくるその衝動は、決壊するダムの様に、やがて堪えきれない物となって自身の口から発せられる。

 

心の底から楽しんでいるような、その声を聞いているだけなら自然と微笑ましく感じられるだけのそれを。

 

――俺は、誰かの生首を持ったまま上げていた。

 

 

『やっとぞ、とうとうこの時が来た!』

 

にぃ、と笑みを浮かべ、大神紅葉は高らかに謳う。

 

『あの大刀にあった忌々しい封が解かれた。この■■■■が悲願、やっと果たす時が来たぞ!』

 

嬉しそうにしている反面、次第に怒り、憎しみが浮き出てくる。

沸き上がる衝動を、持っている生首を投げ飛ばすという行為で晴らし、()を探した。

 

 

目線の先に、少女たちが居た。

 

 

止めろ。

 

 

――少女が刀を振るい、立ち向かう。それを容易く受け止め、刀ごとその身体を大地へと叩き潰した。

 

 

止めろ。

 

 

――少女が鞭を振るい、縦横無尽に走る攻撃を大神紅葉へと迫る。それを避ける事もせず、胴体から千切るように切断した。

 

 

止めろ。

 

 

――自身を捧げることで、皆を逃してほしいという少女の訴えを嘲笑で返し、見せつける様に一人一人を――

 

 

 

 

『そこまでじゃ、■■よ』

 

 

声が遮る。それまで楽しむように虐殺をしていた■■は、嫌なものを見たとばかりに目を細める。

 

『誰かと思えば、諏訪の引きこもりか。腰抜けが何の用じゃ?』

 

『お楽しみ中すまんが、その少年はワシの庇護の元にある。勝手気ままに振り回すのは止めてほしいのぅ』

 

『お前の庇護ぉ? ――ふん、ならば不要よ、こやつは我が■■の分け身、()()()()()()()()()()()()()

 

『……そこまで人間が憎いか、そこまで怒りを懐いたか、■■■■■よ』

 

 

その問いに、■■は吼える。

 

『当たり前だ!!』

 

その咆哮一つで、世界にヒビが走る。前後左右、吹き荒れる嵐の様な怒気の中、もう一人――諏訪神は、涼しい顔をして立っていた。

 

その様子に、大神紅葉もとい、■■は更に激昂する。何故理解出来ないのか、何故同意をしないのかと。

 

 

『それはの、■■よ。ワシはまだ、■そのものは変われると思っとるからよ

確かに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だがの、これからの■■■には関係のない話じゃ

■■■がどのような“答え”を出すのか。それを見てからでも悪くはないと、ワシは思っとるよ』

 

 

『黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!!』

 

『いいや黙らんよ、そんでほれ、これで詰みじゃ』

 

 

大神紅葉の身体から、ナニカが剥がれる様に消えていく。驚愕に染まった声が上がるが、諏訪神は笑って言った。

 

『此処はワシの領域じゃ、慢心したのぅ■■よ』

 

〰️〰️

 

――身体が動かない。全身が痺れた様な感覚に包まれたモミジは、そのまま倒れ、諏訪神に抱き止められた。

諏訪神は何やらぶつぶつと唱え、モミジの腹部へと手を押し当てる。じわじわと暖かい感覚が身体に浸透するように広がっていった。

 

『さて、色々と話さねばならぬ事はあるが、今お前が見たのは全てただの夢じゃ』

 

優しい声音と共に、目蓋の落ちた目に手を被せる。不思議と安心する手の温度が、モミジの緊張を解していく。

 

『ゆっくりと眠り、それから目覚めるが良い。明日の夢見にて、話をするとしようか』

 

すぅ、と遠退く声に従うように、モミジの意識はゆっくりと落ちていった。

 

 

 

 

「あ、起きた」

 

諏訪に着いてから何度目かの気絶から目が覚めると、此方の顔を覗き込んでいた少女と目があった。

部屋に備え付けられている内線で連絡を取ると、モミジの側へと腰を降ろす。

 

 

「あれから、どれだけ経った?」

 

「大体5時間くらいかな。あ、身体ボロボロだったんだから、安静にしてなきゃダメだよ?」

 

「そっかぁ」

 

 

何か夢で見た筈だが、何か思い出せない。何かの夢を見たという事実だけを残し、もやもやとした気分に少しだけ頭を押さえた。

焼けてしわがれた声しか出ない喉で話していると、苦笑いを浮かべながら少女が言う。

 

 

「助けてくれてありがと。大神さんのおかげで命拾いしました」

 

「ご丁寧にどーも。他の子達には怪我はないかい?」

 

「大きな怪我はないよ、逃げるときに転けた子が居たくらい」

 

「そっか」

 

疲労困憊、という訳ではないが、身体全体が重りを着けたかの様に重く感じる。ゆっくりと時間を掛けて身体を起こすと、目の前の少女と改めて顔を合わせた。

 

 

「改めまして、大神紅葉です。よろしく」

 

「そっか、名前言ってなかったね。望月梓って言います!」

 

 

ニコニコと元気で可愛らしい笑顔を浮かべる子だった。子供らしい、というのだろうか、ここまで純粋で素直な子は中々居ない。

 

梓を通じて、現在の諏訪の状況を整理していく。バーテックスは撃退、怪我人や犠牲者はなく、避難者も問題なく受け入れているとの事だ。

 

梓にありがとうと礼を言い、無事に終わったことに安堵のため息を吐いた。白鳥さんに任せろと言った手前、何かあったとなれば冗談では済まされない。

 

もう一つ、気になる事がある。

 

 

「俺の武器――大きな刀はあの場所に置いてあるままかな?」

 

 

「それについては、私達から話があるわ」

 

 

梓が口を開く前に掛けられた声に振り向くと、白鳥さん、藤森さん、綾乃の三人が立っていた。

モミジが無事に目覚めた事に、水都がほっと胸を撫で下ろす。

 

「良かった。身体の具合はどうですか?」

 

「本調子って訳ではないけど、まぁ普通に過ごす分には大丈夫かな」

 

 

確かめるように肩を軽く回しながらモミジが言えば、なら、と歌野が言う。

 

「一度四国へ通信を取りたいの、そこへ同席してくれないかしら」

 

モミジが自分を指差すと、同意するようにこくりと頷く。そして、側に居た梓へも顔を向ける。

 

「あと、梓ちゃんもね」

 

え、と小さく梓の声が聞こえた。

 

 

〰️〰️

 

 

『――なるほど、そんなことが』

 

「うん。何とか乗り越えたけどね」

 

通信機越しに、ひなたと綾乃がやり取りをする。水都を含めた同じ巫女として、今回の騒動で感じた事があったらしい。

 

――今回の戦闘で、結界がいつもより更に強化されたそうだ。

 

 

『それでモミジさん、バーテックスが合体したとのことですが』

 

「あぁ、多分百匹……いや、それ以上か。とにかく大量のバーテックスが混ざりあっていたよ」

 

あの時の光景を思い出し、そのまま伝える。もしあの頑強さそのままに動きだしていたら、俺はあの場で死んでいたかもしれない。

 

『私も四国に来る途中に見たことがあるが、そんなに強かったのか』

 

「おう。若葉も出会ったら気を付けろよ。完成してない状態でも手こずったからな」

 

『勿論だ。それにしても、モミジが無事で良かった』

 

若葉の言葉に、ひなたも同感ですと声を上げる。心配掛けた様子に、素直に申し訳ないと謝った。

 

ひとしきり現状を報告したところで、おほんと白鳥さんが態とらしく言う。

 

 

「単刀直入に言うわ、ひなたさん。人を一人、そちらで預かってほしいの」

 

『預かる、ですか?』

 

「えぇ、此処に居る、梓ちゃんをね」

 

 

歌野の言葉に、梓が驚きを表しながら歌野を見上げる。その目線に笑顔で返し、言葉を続ける。

 

「この子はみーちゃんと同じ、あの“天災”の後に“巫女”の力に目覚めつつあるの」

 

『“目覚めつつある”?』

 

ひなたの疑問に応えるように、歌野、水都の両名が言葉を続ける。

 

望月梓という少女は、簡単に言えば“予知夢”を見る事が出来るらしい。それは毎回ではないが、バーテックスの侵攻の際、水都の神託よりも早くに襲撃される場所の特定が出来るというもの。

 

欠点は早朝の夢だけで、一つの事柄しか見れないという事らしいが、白鳥さんが言うには四国の大社で本格的に修行をすれば、化けるのではないかとの事。

 

「わ、私がちゃんと指導出来るほどの力があれば、諏訪でも出来るんでしょうけど……、ごめんなさい」

 

『いえいえ、逆にそんな状況でも立派に巫女をこなせてる水都さんが凄いんですが……まぁ、それはそれとして』

 

一呼吸置いて、

 

『此方で預かるというのは、賛成です。遅かれ早かれ、その様な力であれば巫女として大成出来るでしょうから』

 

しかし、と続ける。

 

『梓さん自身の希望を聞いてからにしてください。無理強いをしては、その子自身の為にもなりませんから』

 

そう言って、ひなたは締め切った。

その後は、四国への帰還の予定、“道”や諏訪の結界のメンテナンス等を、綾乃も含めて細かく相談していた。

話に入れない俺と白鳥さんは、考え込んでいる梓を黙って見つめていた。

 

無理もない、突然四国への話が出たのだ。自分だって同じくらい考える。

 

 

けれど、白鳥さんも俺も、何も言わなかった。希望としては是非来てほしくもあるし、道中の危険も考えれば止めたい気持ちもある。

でもそれは、梓ちゃん自身が決めることだ。俺たちで話を進めることは、許される事ではない。

 

それでも、言うことがあるとすれば。

 

「後悔しない道を、選ぶと良いよ」

 

「……うん」

 

 

モミジの言葉に、梓は小さく頷いた。

 

 

 

 

 




この後何話か挟んで、オリジナルキャラの紹介等のまとめを作ります。
疑問等あれば(大体がばがばですが)気軽にコメントお願いします。
感想もあればどうぞ。


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諏訪事変 5

後書きにオリキャラの設定等入れてます。良かったら見て下さい。


『ようやく来たか』

 

気付けば、また諏訪神の空間へと飛ばされていた。おかしい、俺は確か今回の騒動での宴でご馳走を食べていた筈。

 

『あぁ、それはお主の隣に居た老人が間違えて酒の入ったコップをお主に渡したからじゃよ』

 

「なんと」

 

衝撃の事実に言葉を無くした。かなり腹ペコだったのに。甘辛い醤油ダレを塗ったとうもろこしが焼けるのスゲー楽しみだったのに。

 

 

『また明日作って貰うと良い。……では本題じゃが、お主武器を何処にやった?』

 

「無くした」

 

『なんと』

 

次は諏訪神が言葉を無くした。

四国との通信の後、戦闘を行った場所へと向かったのだが、クレーターの場所には無くなっていたのだ。

白鳥さんも手伝って貰い、周辺も細かく探したのだが一切見つからない。

 

 

「幸い、帰りは強化された“道”を通るしな。四国へ戻ったら、代わりの武器を探すよ」

 

『ちょ、お主……、あれが何の武器か分かっておるのか?』

 

「……ただのデカい武器じゃないのか?」

 

 

モミジの言葉に、諏訪神は大きなため息を吐いた。態とらしく聞こえるそれに少し苛立つが、堪えて返答を待つ。

 

初めて使用した後、高熱やら体調不良やらでダウンし、それを見た四国の大社の人があの大刀に調整用の札を貼ってくれたくらいだが、何か曰く付きの武器だったのか。

 

 

『あれはの、■■■■じゃよ』

 

「……なんて?」

 

聞こえてはいるが、何の事か理解が出来ない。昔綾乃が持ってきたアラビア語の吹き替えドラマを見たことがあるが、それに近い感覚だ。

因みにそのドラマは直ぐに見るのを止め、押し入れに封印された後行方不明になっている。

 

『ふむ、だが気配はまだある。ということは紛失ではなく隠れただけ……。いや、ならば何故理解出来ていないのか』

 

此方を見ながらぶつぶつと呟く諏訪神を、もうこんな感じになったら戻ってこないなと半ば諦めて放っておく。

 

 

それにしても、と思う。今朝見た夢、悪夢とも言うが、起きたときには具体的な物を忘れていたのに此処に来て全てを思い出した。

忘れていたのはこの諏訪神が何かしていたのだろうか。

 

 

『ん? そうじゃよ、ワシがこう、お主の頭をいじっての』

 

 

心を読むな。てかいじったって

 

「マジかよ。何か変なことしてねーだろうな」

 

『するか馬鹿者。お主じゃなくて可愛いおなごが良いわ!』

 

「おう。戻ったら伝えといてやるよ」

 

『絶対止めろ』

 

 

まぁ、また弄れば良いしの。という諏訪神の言葉に思わず頭を押さえる。真偽は不明だが、記憶か何かを操作する力があるようだ。

 

冗談やじゃれあいはここまでにして、本題へ行くとしよう。

 

 

『……そうじゃの、お主にもそろそろ伝えておかなければならない事じゃ。お主自身の修行の事もあるし、さっさと終わらせるとしよう』

 

そこまで言うと何と言うか、伝え方を、言葉を選ぶように諏訪神は言い淀む。モミジを気遣うように見る諏訪神に、苦笑いしてモミジは言う。

 

「気にしないでくれよ、単刀直入に、分かりやすいように言ってくれ」

 

『分かった。……では、四国の土地神“神樹”に代わり、この諏訪を守護する諏訪大社が祭神、建御名方神(タケミナカタ)が、大神紅葉へと神託を告げる』

 

 

声質が変わる。目に神性を宿す色へと変化し、身体全体が粟立つのを感じた。

 

 

――諏訪神、建御名方神は告げた。少年の本質を、その結末を。

 

 

 

四国への帰還の目処が立った。

 

怪我の療養や、諏訪でのお役目もあるため直ぐ様という訳ではないが、それでもあまり期間は残されていない。

 

食料事情、諏訪大社周辺の避難民の捜索、破壊された住居の修理、その材料の調達、etc……。

 

 

箇条書きにして予定を立てていた綾乃は、ギシリと音を立てた方へと首を向けた。

 

 

「思ったより元気そうで良かったわ、モミジ」

 

「お互いにな。諏訪の結界の方は?」

 

「取り敢えずの応急措置は終わってる。結界の力も上手く循環してるし、前みたいな不意打ちは無いと思う」

 

綾乃の言葉に、そっかとモミジは返答した。そこまで話して、少しの違和感に綾乃の首を傾げる。

 

「何か元気無い? 変な物でも食べたの?」

 

「俺を何だと思ってるんだ、お前は」

 

「突貫馬鹿」

 

「よし、表に出ろ」

 

 

そこまでのやり取りをして、はははと力なく笑った後モミジが切り出した。

諏訪神からの神託があったこと、その内容は言わなかったが何か深刻な事だろうと、綾乃は当たりを付ける。

 

「へぇ、大変そうだね」

 

「他人事だなぁ、お前」

 

「まぁ、実際他人事だしね。でも、どうにもなくなったら助けてあげるよ、安心しな」

 

「おう。その時は頼んだ」

 

 

そう話をしていると、ドタドタと音を立てて歌野が部屋へと駆け込んで来た。何事かと聞けば、何でも畑にイノシシが出たらしい。今夜は猪鍋になる様だ。

 

「でも畑が荒らされて人手が要るの、手伝ってくれないかしら?」

 

「分かった。手伝うよ」

 

「私も。出来ることがあれば」

 

「サンキューベリーマッチ!! 持つべきものは友人ね!」

 

「あっ、ちょっ?!」

 

返答して直ぐに、綾乃の手を掴んで歌野は走り出した。体勢を崩しながらも、転けまいとたたらを踏んで綾乃は歌野へと追従する。

 

〰️〰️

 

 

『大神紅葉。お主の中にある“因果”、それは人類を滅ぼさんとする勢力、“天津神”によるもの』

 

 

『つまりお主は、“人類の敵”として、この世に生を受けた者であり』

 

 

その事実は、あまりにも唐突で。

 

 

『――いずれは、人類に牙を向ける事になるだろう』

 

 

モミジの思考を停止させるには、充分過ぎる物だった。

 

 

〰️〰️

 

「――おいおい、待ってくれよ。この足じゃ速く移動できないんだってば!」

 

 

胸に残る晴れない霧を感じながら、モミジは何とか笑っていた。

 

 

 

 

 




大神紅葉(偽名)

作中 中学二年生

身長 165cm
体重 58kg

誕生日 ――

血液型A型

趣味 散策 食べ歩き

好きなもの うどん 家族(若葉やひなた等) 美味しい手料理

嫌いなもの バーテックス 息の詰まりそうな部屋


今は存在しない家系、大神家の生き残り。戦闘時の武器は身の丈程の大刀だったが、諏訪でのバーテックスの侵攻の際、紛失する。
大社支給のスマホにダウンロードされている精霊システムを使用する事で、バーテックスとの戦闘を可能にしている。

精霊降ろしという、精霊の性質を魂ごと身体に宿すという強力な切り札を持つが、反面精霊の格が高ければ高いほど生命力の減少が早い。



国土綾乃

作中 中学二年生

身長150cm
体重■■■■

誕生日 11月11日

血液型 O型

趣味 映画鑑賞 食べ歩き

好きなもの うどん 家族(若葉やひなた等) フカフカの寝具やソファー

嫌いなもの きっちりした事柄 虫全般


国土家の巫女頭首。かなりがさつな所が多く、ソファーやベッド等では適当な薄着でだらけて居ることが多い。その度にひなたに折檻されているが、直す気は無い模様。

“神隠し”と呼ばれる、バーテックスから感知されにくい霊道を形成するのが得意とする。元々は霊道を感知する程度だったが、“天災”後能力に目覚める。“式神”の使用にも精通している。



望月梓

作中 小学四年生

身長 138cm
体重 秘密

誕生日 11月15日

血液型 A型

趣味 家庭菜園 料理

好きなもの 蕎麦 歌野の作った野菜

嫌いなもの 虫全般 辛い食べ物


“天災”の後に予知夢の能力に目覚める。能力の強化と避難の一環で四国へと歌野によって勧められる。
巫女自体の才能はあるようで、“式神”使用にも才能の芽があるらしい。

歌野曰くピュアでキュートなガール
水都曰く純粋で素直な良い子


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諏訪での日々 1

 

「――精が出るわね、モミジさん」

 

早朝5時、身体の調整を兼ねたトレーニングをしていたモミジは、掛けられた声に振り向いた。

見れば、首にタオルを掛け鍬を担いだ歌野がまだ薄暗い道を籠を片手に歩いている。

 

 

「おはよう、歌野さん。もう少しで四国に戻るだろ? 最終調整も兼ねてさ」

 

「そうなの? 暇さえ有ればトレーニングしてると思うけど……」

 

「まぁ、強くなくちゃ死ぬだけだからさ」

 

 

モミジの言葉に、そうね。と歌野は返す。遠い目をしているのは、何か思い返す事でもあるのだろうか。

空気を変えるべく、何か話題を振る。

 

「これから作業だろ? 手伝うよ」

 

「ありがとう。早朝からのケアが重要だから、助かるわ!」

 

ニコリ、と見てる此方が元気になるような笑顔を浮かべる歌野と共に、畑へと足を運んだ。

 

〰️〰️

 

――諏訪のバーテックス侵攻から、5日たった。

モミジの武器の紛失、怪我の療養、倒壊した建物の復興等、諏訪ではやることが数多くあった。

四国との定期通信も短い間に交わし、武器の代わりとなる物の製作や、精霊システムの調整等四国への迷惑も多くかけている。

 

若葉やひなたは大丈夫と言っていたが、途中話した大社のお偉いさんは、明らかに疲弊した様子が声から伝わる程だった。本当に申し訳ない。

諏訪の神、建御名方神も言っていたが、それほどに痛手となる武器だったのだろう。

 

何とか探し出せないか、と聞いてみたが、帰ってきたのは要領を得ない物だった。

 

 

『あの武器はお主との縁で繋がれておる。お主が真に目覚めし時、自ずと現れるだろうよ』

 

 

具体的にいつ?と聞けば、返ってきたのは跳び蹴りだった。

“精霊”をまともに御せれないままでは話にならない、との事。細かい事は考えず、さっさと力を付けろというのが返答だった。

という訳で、現状では睡眠時は“精霊降ろし”の修行、日中は鍛練とお役目を行う。というのが主目的となっている。

 

そのお役目というと……

 

 

「おう、坊主。こんなもんで良いのかい?」

 

「……うん、良い仕上がりですね。これなら良い生け簀になりますよ!」

 

強度を確かめるように足で成らすおじいさんと、二人で生け簀を見に来ていた。

 

 

大社の中央付近、その場所に四方10メートル程の木枠が地面に据えられていた。下は地面のままではなく、砂利やコンクリート等を使用し崩れないよう防護してある。

――以前歌野さんが言っていた、野菜だけではなく肉類も安定して供給出来るようになりたい。というのを実現しているのだ。川から此方へと魚を誘き寄せ、ここで捕らえれば子供でも漁が出来るだろう。

 

 

「ありがとうございます。来たばかりの俺の我が儘を……」

 

「なに、良いってことよ。……ワシらも、悲観に暮れてないで立ち上がらにゃいかんて理解出来たしの」

 

 

聞けば“天災”の直後、家族も住む場所も失った人達の中で一早く立ち上がったのは、歌野さんだったらしい。自分も身内を亡くしただろうに、あんな小さな、自分の孫程の年代の子が頑張っているのを見たら、うじうじしているのが情けなくなったのだとか。

 

 

「だから、力になれることなら何だってしてやりたいのさ。……この事、あの子達には言うなよ?」

 

「分かってますよ。生け簀、ありがとうございました、完成を待ってて下さい」

 

「おう。旨い魚を楽しみにしとくよ。……おい、坊主」

 

ショベルを肩に掛け、水の流れを考えながら道筋を考えているとまた声を掛けられた。振り向けば、さっきの生け簀を作ってくれたおじいさんがタオルで汗を拭いていた。

 

「さっき言った“子供達”ってのは、お前も入ってるんだ。あまり無理をせんでくれよ」

 

おじいさんの言葉に、サムズアップで返答した。

 

 

「ふぃー……、ちょっと休憩」

 

掘った穴をペンペンとショベルで叩いてならし、息を吐いて座る。精霊システムを使用して掘り進めているので、思いの外作業はスムーズに進んでいた。

ちょうど大きな木陰が広がっているスペースで横たわって目を閉じる。緩やかな風が、草花の匂いと共に吹いていた。

 

 

「モミジお兄ちゃん」

 

声に起きれば、重箱を手にした梓とその後ろにサトシが居た。サトシが抱えていた大きめの水筒をよいしょと降ろすと、掘った水路を見て言う。

 

「これが、魚を誘き寄せる道?」

 

「おう。正確には生け簀へ繋がる道だけどな。明日には完璧に繋がると思うぞ」

 

「明日? もう少しで川に着くんじゃないの?」

 

 

確かに、もう川へは目視で見えるほどにまで近付いている。返答代わりに、サトシへと持っていたショベルを手渡した。

精霊システムで力任せにやっていたせいか、刃先がボロボロで使えそうにない状態になっていた。

 

 

「諏訪大社にも、もう替えが無いらしくてな。ちょいと調達に行かねばならんのだ」

 

「それって、もしかして……」

 

まさか、という顔をする梓に、笑顔でモミジは言った。

 

「市街地まで行ってくるよ」

 

 

〰️〰️

 

『そっちはどんな感じ?』

 

「目的の物は大体集まった。……何か必要な物はあるか?」

 

『ちょっと待って』

 

諏訪大社から徒歩2~3時間程にある市街地。その中の一番大きなデパートへとモミジは居た。

あの後、市街地に行くと聞いた子供達からの要望(遊び道具等)を聞き、その騒ぎに何事かと歌野さん達保護者組が来るというちょっとした事件があったが、無事に乗り越えて今に至る。

 

季節は春が過ぎ、もう少しで夏が来るという時期だからか、はたまた鉄筋コンクリートの建物で中の熱気が逃げないからか、デパートの中はじっとりと熱気を放っていた。

幸いなのは食料品が置いてあるホールは広い空間を保つためか、そこまでの熱気は無かったが二階、三階となると話は別だった。

 

「…………」

 

嗅ぎ慣れた臭いに、思わず顔をしかめる。暗い空間のなか、精霊システムで僅かに強化された眼はそれを捉えていた。

遠目からそれを見て、近くにバーテックスが居ないかを確かめる。近くにあった瓦礫を手に取ると、下へと続く階段へと放り投げた。

 

甲高い音を立てて、瓦礫が何かに当たる。その場で動かず、集中して耳を澄ませば、聞こえてくるのは何もなかった。

 

安全を確認し、足早にホールを進む。途中、手芸屋の前の造花が目に入り足を止めた。

何本か拝借し先程の場所へと戻る。そしてそれ――乾いた大きな血溜まりの痕に、造花を供え手を合わせる。

 

人類の敵。

 

諏訪神から言われた言葉が、頭の中で再生される。“天津神”、それが何者か明確には分からないが、こうやって手を合わせることくらいは許されないだろうか。

 

「大神、紅葉」

 

ポツリと、確かめるように自分の名を呟く。静かな空間に、それは寂しく響いた。

 

「俺は、大神紅葉だ」

 

かつて綾乃が与えてくれた名を再確認するように言い、モミジは再び歩きだした。

 

 

 

 

「おかえりなさい。ごめんなさい、危険な目に遭わせてしまって……」

 

「大丈夫だよ。俺が好きでやってる事だから」

 

諏訪大社へと無事帰還し、幾つかの大袋をどさりと下ろす。申し訳なさそうな顔をした歌野さんに、苦笑して応えた。

諏訪の助けとなるのが今回のお役目だ。なら、これくらいは仕事の範疇となる。

 

 

「お疲れ様、モミジさん。これ、どうぞ」

 

「お疲れ様!」

 

差し出されたコップを受け取れば、水都が笑顔を浮かべた。その隣で、梓も笑顔で言ってくる。

後はゆっくりしてて。という歌野さんの言葉に甘え、畳へと腰を下ろす。

 

横を見れば、期待に満ちた目をした梓やサトシ、並びに諏訪の子供達が居た。

それに苦笑してモミジは袋を差し出す。僅かに開いた袋からは、子供が遊ぶような玩具が覗いていた。

 

喜ぶ子供達の姿を見ながら、氷が浮かんだコップの中身を一気に喉へと流し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 



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諏訪での日々 2

少し長めになりました。
独自のルールがあります、雰囲気で伝われば良いかなと思ってますので笑って流して下さい。


 

「――気になってたんだけどさぁ」

 

時刻は20時過ぎ、夕食を食べ後は寝るまでの自由時間。モミジ達はトランプを広げて遊戯に勤しんでいた。

 

内容は“七並べ”。手札と場に交互に目線を送りながら、綾乃が口を開いた。

 

 

「何だよ」

 

「モミジ、何時から白鳥さん達の事下の名前で呼んでたの?」

 

 

綾乃の言葉に、そういえば、と歌野達も思い返す。

正直何時からかと言われれば分からない。先日のバーテックスの侵攻から呼んでいるくらいだろうか。

 

 

「自然な事で気付かなかったわ、ビックリ」

 

「私も。……でも、嫌じゃないからそのまま名前で呼んで貰っても」

 

 

綾乃が場にカードを出す。次は水都の番らしく、膝に座って一緒に手札を眺めている梓とどうしようかと悩んでいた。

悩んだ末にカードを切り、歌野へと順番が回る。あまり慣れてないのか、そうねぇ、と何度も場と手札に目を移す。

 

 

「俺も気付かず言ってたわ。まぁ、本人許可取ったし良いってことで」

 

「それはそれとして、私は切り札を出すわ! 此処を止めてる人、大人しくカードを出しなさい!」

 

口上と共に出されたカードは、ジョーカーのカードだった。それを見たモミジがぐぅと唸る。

 

 

「ぐぅぅ、折角止めてたのに……」

 

「やっぱりアンタねモミジ。良い度胸だわ……ッ!」

 

新たに開通された数字に、全員の目が手札へと向かう。ギリギリまで止めるつもりだったが、こうなっては仕方がない。

 

さて、と気合いを入れ直したモミジの視界の隅に、何やらコソコソと動く影。虫か?と思いそれを見た瞬間、考えるより先に叩き潰した。

その光景を見て、綾乃から舌打ちが出る。

 

どうやら、小型の“式神”を用いて此方の手札を覗き見しようとしたらしい。

 

「良い勘してるわねー。バレないと思ったのに」

 

「“式神”使うなんて、大人気ないのでは、綾乃さん?」

 

モミジがニッコリと外向きの笑顔で問えば、綾乃も同じ笑顔で答える。

 

「勝てば良いのよ、勝てば!」

 

「人間のクズ」

 

綾乃の返答に悪態吐いて返答したモミジは、何やら水都・梓ペアが静かなのに気が付いた。チラリと静かに様子を伺うと、何やら内緒話の最中の様だ。

 

 

「次はー、これ」

 

「これで良いの? その次は?」

 

「んっとねー、ちょっと待ってて」

 

そう言うと、その場で俯く様に梓は停止した。まるで、ひなたや水都達巫女が神託を受ける時の様――ってちょっと待て。

 

 

「ちょっとぉ? “予知”を使うのは反則なのでは?」

 

モミジの演技掛かった問いかけに対して、隣の歌野が梓へ耳打ちした。

 

「ワタシ ナニモ シテナイ」

 

「嘘つけぇ!!」

 

「いやー、“予知”はちょっと対抗策がないわー」

 

しらばっくれるようだ。

綾乃も打つ手なしと、苦笑してカードを場に出していく。止めるべき所は止めているのだが、この先の展開が分かる以上、この様な頭を使うゲームでは勝ち目がない。

 

綾乃、そして四国のひなたとの通信教育のおかげで梓の能力はレベルアップしていた。このような簡単な“予知”なら、集中して瞑想すれば直ぐに視ることが出来るらしい。

この短期間での変わりように、綾乃と、そしてひなたも驚いていた。

 

 

――そして、時は流れて。

 

 

当然というか、何と言うか。

 

「やったー、私達が一位だよ!」

 

「わ、わーい」

 

結果的に一抜けは水都・梓ペアだった。最初は子守り感覚でズルに共犯していた水都だったが、その的中精度に途中から冷や汗をかきながらどうしようと困っていたのが見えた。

子供のやったことにケチをつけるのは止めて、残った者同士で火花を散らす。

 

 

因みに、ここまで本気でやっているのは負けたくないというプライドの他に、もう一つ理由があった。

 

時間は、今日の昼間へと遡る。

 

 

「モミジさん、そろそろオーケーかしら?」

 

「……うん。大丈夫な筈、水門を開けて!」

 

「はーい!」

 

此方からの合図に、歌野さんが水門の木板を上に引き上げる。

川から繋がった水路が、音を立てて大社内の生け簀へと流れ込んで行った。

 

生け簀の方から歓喜の声が上がったのが聞こえる。どうやら上手く行ったようだ。

 

 

「成功みたいね!」

 

「あぁ、上手く行って良かった」

 

「感謝してもしきれないわ! ベリーベリーサンキュー!!」

 

「うわっ?!」

 

何時もより何倍も良い笑顔の歌野が、言葉と同時に抱き付いて来た。

少女らしい良い香りと、柔らかな感覚に思わず体勢を崩し掛ける。

間一髪立て直し、ちゃんと受け止めると胸元の歌野が顔を上げる。

 

 

「――本当に、ありがとうございます、モミジさん。私一人じゃ、ここまで出来なかった」

 

「買い被り過ぎだよ。諏訪をここまで守ってきたのは歌野さんでしょ、俺ならとっくの昔に心が折れてる」

 

「私一人じゃないわ、みーちゃんも、それに他の人達も。皆で作ってきた諏訪だもの」

 

 

歌野さんのそんな言葉を聞いて、敵わない、と感じた。

諏訪の皆、と彼女は言うがその皆を動かした、手を差し伸べたのは自分だろうに。

 

若葉が同じ勇者だという他に一目置く理由が、よく分かった気がする。

 

 

そんな事を考えていると、近くにある歌野さんの顔がだんだんと赤くなる。どうしたのだろうか。

 

「そ、ソーリー! 少しはしゃぎ過ぎちゃったみたいね!」

 

「えっ、……あぁ」

 

先程までの距離感の事を言っているのだろうか。確かに、彼処まで積極的に近付いたのは初めてかもしれない。

茶化す気にもならず、紳士的に笑顔を浮かべて気にしないで、と言うと、照れ臭そうに彼女は笑った。

 

〰️〰️

 

「良かった。魚が段々と来たね」

 

「わぁ、キラキラ光ってて綺麗……」

 

諏訪大社へと戻り、生け簀の様子を確認する。水位、水の流れ共に問題はなく本命の魚も見えていた。

生け簀の淵に座り込む水都の近くに、モミジが確認するように生け簀を見渡した。

 

モミジが手にしている鉄製の器には、魚用のエサがこんもりと盛られていた。

 

 

「それが、例の?」

 

「おう。諏訪神が言うに、成長程度なら問題ないってよ」

 

綾乃の言葉に、エサをパラパラと撒きながら答える。例の、と綾乃は言ったが、これはただの食べるには値しない穀物の残りだ。

 

 

 

――今回のこの生け簀の計画で、一番に危惧されたものがあった。

 

ずばり、魚が一定で育ち、供給されるかだ。

 

乱獲する予定はないが、川の魚を捕り尽くしてしまった、では話にならない。

その件で諏訪神に相談したところ、思わぬ返答があった。

 

 

『結界の領域内ならば、我が“豊穣”の力の一端が作用する。成長までなら、問題なく行えるじゃろう』

 

だが、と続ける。

 

『欲を出し、仔魚までをも欲するならば、早々に途絶えると考えておけ』

 

そんな、脅しに近い警告と一緒に、だったが。

 

 

 

 

「――だから、数を絞りつつ計画的に捕っていけば問題はないだろうってさ」

 

「なるほどね」

 

綾乃がちゃぷちゃぷと片足を生け簀に浸ける。水深は子供の事を考えて浅く掘ってあるから、簡単な水浴び程度なら行えそうだ。

 

子供達に声を掛けると、待ってましたとばかりに釣り用のタモを手に此方へと駆け寄る。

 

釣竿は要らない、この生け簀での漁の仕方は――

 

「そぉら、魚がそっちに行ったぞ!」

 

「今だ!」

「ちょ、すばしっこい!」

「もう少しだよ!」

 

――そう、掬い漁である。

 

 

〰️〰️

 

「藤宮さぁん、お刺身は後何人分だったかしら?!」

 

「二人分よぉ、歌野ちゃん」

 

ことり、と刺身用の醤油皿をテーブルに置いて藤宮さんが返答する。

勝者である水都・梓ペアは、目の前に置かれた刺身に目を奪われていた。

 

魚には詳しくないが、脂が乗った今が旬の物なのだろう。醤油皿に付けた後に残る脂が旨みを物語る。

 

 

「畜生、滅茶苦茶旨そうだなぁ。……おい綾乃、ここにクラッカーがある、これを」

 

「食べるならアンタが食べなさい。私は久しぶりに刺身を食べるのよ……ッ!」

 

「私も食べたいわー! 二人とも、ガチンコファイトよ!」

 

 

今回の漁での収穫分は、夜に子供達を優先に食べてしまった。

だが、気を利かせた藤宮さんが刺身用に四人分残しており、それを俺達で食べる予定だったのだが。

 

『それ、なぁに?』

 

丁度お手洗いに行く途中の梓な見付かってしまい、今に至る結果となった。

 

 

「――これで上がりよ! コングラッチュレーション!」

 

「「なにぃ?!」」

 

満面の笑みでカードを場に出し、上機嫌で刺身の置かれたテーブルへと歩いていく。

そんな歌野を見送ったモミジと綾乃の間に、バチバチと火花が散った。

 

場と自分の手札を見比べれば、結果が出るのは数ターンだ。だが、残った手札には歌野から渡されたジョーカーが残っている。

 

 

「(ジョーカーは最後に出してはいけない……ならば)悪いな、パスだ」

 

「なっ?!」

 

モミジからの宣告に、綾乃から驚愕の声が上がる。綾乃の手札も残り少ないが、それはモミジが続く数字のカードを出せばの話だった。

 

「あ、あ、アンタ、汚いわよ?!」

 

「おいおいどうした、ならカードを出せば良い話だろう?」

 

「ぐ、ぐぬぬ……、パス!」

 

綾乃はもう一度パスを使っている、つまりここでモミジがパスと言えば、自動的に綾乃が飛びになるのは確定だった。

 

 

「悪いな綾乃、パスだ」

 

 

そう言って、項垂れる綾乃を尻目に勝者の席へと向かうモミジに、あれ、と水都が思い出す様に言った。

 

 

「パスって連続で使えたっけ?」

 

 

水都のその言葉に、私達のルールでは無しだったわね、と歌野が刺身を頬張って言う。

その会話を聞いた綾乃が、ユラリと立ち上がった。

 

「席に着きなさいモミジ、ゲームはまだ終わってないわ……」

 

「い、いや、四国じゃ連続パスはありだろ?!」

 

「此処は諏訪よ、“郷に入りては郷に従え”、ということわざをご存知かしら?」

 

「ち、畜生ーッ!」

 

 

ゲーム再開。自動的にジョーカーしか切れないモミジが場に出せば、代わりのカードを綾乃が出し、続いて綾乃のターンへと切り替わる。

つまりは、枚数的にモミジの負けが濃厚となった瞬間だった。

 

 

 

「――ま、本来ならモミジの勝ちだしね。半分こなら良いわよ」

 

刺身の乗った皿を二人の間に置いて、自分の醤油皿にワサビを溶かしながら綾乃が言う。

 

「え、良いの?」

 

「良いわよ」

 

そう言って早速一切れ、綾乃は口へと放り込む。むぐむぐと数回咀嚼すると、ふにゃりと頬を弛めた。

 

「新鮮なだけあるわ、美味しー!」

 

「綾乃さんはワサビ大丈夫な人なんだ、大人だなぁ……」

 

「慣れれば平気よ、食べてみる?」

 

「えっ、うーん、じゃあ……」

 

遠慮がちに開いた水都へ、綾乃は刺身を食べさせた。少ししてワサビが鼻に来たのか、涙目で鼻を押さえる。

その様子に大丈夫?と綾乃が笑うと水都も鼻を押さえつつも笑った。

 

そんな様子を笑って見ながら、モミジも刺身を一切れ頬張る。コリコリとした食感と、刺身の甘さと醤油の辛さが絶妙に合っていた。

 

旨い。とつい口に出せば、隣の綾乃が自慢気に笑う。それにつられる様に、他の皆も楽しそうに笑った。

 

 

そんな、平和な諏訪の一時。

 

 

 

 



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諏訪での日々 3

 

とんとんとん、と木槌を打つ音が聞こえる。

 

「ここ、こんな感じで良いですか?」

 

「どれどれ」

 

救助者を更に迎え、今ある居住区では手狭になってきたという事で家屋の建て直しと増築を行っていた。

精霊システムには起動時の継続時間がネックなので、その修行も兼ねて重い材木を運んだり、また他の力仕事も手伝っている。

 

この建設方法は釘をあまり使わない。木組み式の建設を行う最中、元宮大工だと言う老人に作業の確認をしてもらった。

ふむふむと強度などを確認すると、此方へ親指を立てる。合格の様だ。

 

 

「モミジは筋が良いな。作業も丁寧に出来てる」

 

その言葉にありがとう、と返して次の作業に移る。

支柱を四方と真ん中の一本に立て、そこから支柱に掘った溝に木材を嵌め込んで行くらしい。簡素な物だが、しっかりと頑丈な造りになるのだとか。

 

「お前みたいな男になら、あの二人も任せられる。いやぁ、安泰だな」

 

「……何の話?」

 

気になる話題を振られ、木槌を振る腕が止まる。モミジの問いに、老人は疑問符を浮かべた。

 

 

「何って、歌野ちゃんと水都ちゃんを嫁に迎えるんだろ?」

 

何の話だ。

 

言いたいことがかなり有りすぎてちょっと待てと手を出す。言いたい事を纏めている最中、老人はゆっくりと茶を啜りながら待ってくれていた。

 

「噂の大元は?」

 

「今朝の朝食、藤宮さんからだ」

 

脳裏に藤宮さんがオホホと笑っている姿が映し出される。諏訪の噂の広まる速度は知っているので、こうしちゃおれんと木槌をごとりと建設途中の床に置くと走り出した。

 

「すんませんちょっと休憩頂きます!」

 

「気をつけてなぁ」

 

間延びした言葉を置き去りにして、モミジは食堂へと走り出した。

 

 

「あ、モミジ兄ちゃん」

 

食堂へと辿り着くと、梓がお盆に空の食器を乗せて運んでいた。時間はお昼前、一足早めに食べた人達のを下げているのだろう。

漂う良い匂いに腹が鳴るが、それよりもと藤宮さんの姿を探す。

周囲を見渡すが、姿は見えなかった。

 

「梓ちゃん、藤宮さんは何処に行った?」

 

「んーとね、大社の事務の人に差し入れ持って行ったよ。もう少しで戻ると思う」

 

「そっか」

 

もう少しで戻るのなら、入れ違いになってもいけない、ここは待つのが良いだろう。

大社の人達には、後で誤解を解きに行かなくてはならないが。

 

厨房から戻った梓が、お盆にお茶の入ったコップを乗せて帰ってくる。言いたい事を理解し、空いているテーブルに腰を下ろした。

はい、と手渡されたコップを受けとる。

 

「ちょっと早いけど、一緒にご飯食べよ?」

 

「おう、良いぞ。今日の献立は何だった?」

 

「蕎麦とー、天ぷらとー、炊き込みごはん!」

 

「おぉ、旨そうだな」

 

厨房からカチャカチャと食器を扱う音が聞こえる。毎日三食食べさせて貰っているが、蕎麦は勿論、他の料理も何時も美味しい。

限られた食材で作っているとはいえ、毎日食べても飽きない、とはこの事なのだろうか。

 

厨房を仕切る暖簾を上げて出てきたのは、エプロン姿の水都だった。胸元にカエルのプリントが付けられたそれは、中々に可愛らしく思う。

だが、モミジの脳内ではそんな事は考えられていない。

 

 

「(気まずい)」

 

先程の噂を聞いたせいか、水都の顔を直視出来ない。お待たせ、と目の前に二膳置かれ、梓がありがとー、と礼を言う。

流石に礼を言わないのは失礼だよな、とモミジも顔を上げて礼を言うと、水都の顔を見て止まる。

 

「な、な、なに、かなぁ……?」

 

真っ赤だった。

熱でも有るのか、と思う顔色に心配になって立ち上がる。思わず水都の手を取ると、跳ねた様に水都が小さく悲鳴をあげた。

 

「大丈夫、水都さん?」

 

「だ、だだだ大丈夫だよ?! で、でも、お嫁さんにはまだなれないから?!」

 

「……へ?」

 

水都の言ったことを考え、そして辿り着いた。既に藤宮さんから言われていたか、と。

あたふたと慌てる水都を宥め、モミジは安心したように椅子に座った。

 

〰️〰️

 

「――って訳で、全部誤解だから」

 

「そ、そうだったんだ。でも確かに、まだ中学生だし、おかしいもんね」

 

誤解を上手く解く事ができ、ぎこちないながらも水都がモミジに対する緊張をほどいていく。

まだ若干距離がある気がするが、それは仕方がないだろう。

 

 

「今日もご飯美味しー!」

 

「ありがとね。あ、ご飯粒付いてるよ」

 

炊き込みごはんが入った器を持って、元気にパクつく梓の頬から、水都が微笑みながらご飯粒を取る。

空腹を感じて、折角の料理を冷ましてはならぬとモミジは箸を取った。早速炊き込みごはんを口へと運ぶ。

 

「うん、美味しい。水都さんは料理上手だね」

 

「そ、そうかな。ありがと」

 

少し頬を紅潮させ、声が小さくなる。その隣に座る梓が言った。

 

 

「何時でもお嫁さんに行けるね!」

 

 

その言葉に、先程の事を思い出したのか、更に耳まで真っ赤に染めて、パタパタと厨房まで走っていった。

待って、というまでなく走っていった水都の後ろ姿を、止める宛のなくなった右手が宙に留まる。

 

「……何か、悪いことしちゃった?」

 

「……いんや、何もないよ」

 

声を潜め聞いてくる梓の頭に、モミジは優しく手を置いた。

 

 

 

 

「あら、ごめんなさいねぇ。そんな事になってたなんて」

 

「本当に、勘弁して下さい……」

 

諏訪大社の面々の誤解を解いた後、ばったりと会った藤宮さんと話をする。

この手の人の噂話好きは知ってるので、やんわりとだが注意するに終わった。

 

さっき逃げていった水都さんへのフォローを頼むと、快く藤宮さんは受けてくれた。……今更だが、頼んでも大丈夫なのだろうか。

 

 

完全には消えぬモヤモヤを抱えながら、建設途中だった現場へと戻る。戻ると、もうある程度の作業が終わっていた。

 

此方に気付いた老人が、シワだらけの顔に笑顔を浮かべる。

 

「戻ったか」

 

「待たせてすみません。まだやることありますか?」

 

「いや、支柱さえ立てれば後は出来るからなぁ。もうゆっくりしてても良いぞ?」

 

何でも、俺が四国に戻り居なくなった後の事を考えて、若い居住者に建設の知識を伝えるのだとか。ならば邪魔をしてはならないとモミジは理解する。

 

 

「さっきの話は済んだのかい?」

 

「えぇ、取り敢えずは――あ、歌野さんに言ってない」

 

「歌野ちゃんなら、さっき畑に歩いて行ったぞ?」

 

歌野と話をしていない事を思いだし何処に居るかと思案すると、老人が歌野の姿を見たと教えてくれた。

善は急げと、老人に別れを告げて走り出した。

 

 

 

 

 

「じいさん、これはどうすんの?」

 

「名前の後に“棟梁”と呼べ、“棟梁”と」

 

「あ、ごめんごめん。……名前何て言ったっけ?」

 

「うん? 教えてなかったか、楠 源一郎(くすのき げんいちろう)だよ」

 

 

〰️〰️

 

歌野自慢の畑で、歌野の笑い声が響いた。

 

誤解を解きに歌野へと会いに行くと、案の定畑作業に没頭していた。

俺の顔を見て話を思い出したのか、直ぐにその事でからかわれたのだった。

 

「そ、ソーリーソーリー。でも良かったわ、この年でプロポーズを受けるなんて、昔の日本じゃないんだから」

 

「そりゃあね。でも良かった、水都さんは真っ赤になって結局話にならなくて」

 

「みーちゃんはピュアだからね! 私からも言っておくわ。それに、モミジさんにはもうパートナーが居るし」

 

歌野の言葉に、モミジは首を傾ける。

このパートナーとは恐らく恋人の事だろうが、誰の事なのだろう。

 

 

「あら、綾乃さんは違うの?」

 

「なんでさ」

 

思わずツッコミを入れてしまった。そうなのか? 俺と綾乃はそんな目で見られているのか?

 

「だって、二人でバーテックスだらけのデンジャラスな土地を、力を合わせて諏訪まで来てくれたじゃない。その他でも、気付けば二人で行動してることも多いし」

 

歌野の言い分に、モミジはなるほどと思う。

確かに端から見れば、モミジと綾乃は窮地を共に掻い潜り脱出するコンビに見えたのかもしれない。そして男女というだけあって、それが恋愛に結び付いたのだろう。

 

 

「綾乃は“相棒”ってだけだよ。親友の更に上の」

 

「なるほど。私とみーちゃんみたいな感じね!」

 

「あー、似てるかも。互いに助け合う、ってのかな」

 

モミジが空に目を向けうーんと考えていると、それを見た歌野が優しく微笑んだ。

その笑顔にモミジが疑問を向けると、だって、と歌野は笑っていう。

 

 

「綾乃さんの事を考えてるモミジさん、とっても素敵な顔をしてたわ」

 

 

「…………そっか」

 

 

その真っ直ぐな言葉に、モミジは照れ隠しにそれしか返せなかった。

 

 

 

「――ってな事があったんだわ」

 

「おおぅ……、お疲れ様」

 

 

夜、風呂上がりに自分に割り当てられた部屋に行くと、同じく風呂上がりの綾乃が居た。

部屋にある小型の冷蔵庫から缶ジュースを取り出すと、一本を此方に放る。

 

サンキューと受けとれば、二人揃って座布団へと座り込んだ。

 

「今日の活動は?」

 

「此方は家屋の建て直しと増築、そっちは?」

 

「私は結界のメンテナンス。まだ少し不安定でさ」

 

数日前のバーテックスの侵攻以来、一度も侵攻を受けていなかった。諏訪神に聞けば、例の変異種にバーテックスを余分に割いた為数が少ないのでは、との事。

 

油断するつもりはないが、来ないのならその間は身体の回復に努めるだけだ。

 

 

「四国に帰るまでに、ある程度は片付けて帰りたいなー」

 

「簡単に出来るなら苦労はしないっての。まぁ、戦闘面はアンタに任せるしかないんだけどさ」

 

「おう、任せたまえよ」

 

 

今日も一日が終わる。

今夜の夢見でも諏訪神との修行、そして目覚めればトレーニングが始まるだろう。だが良い、日がたつ毎に、自分が強くなっているのが実感出来ている。

 

守るべき者達の為に、自分はいつだって戦ってみせると誓ったのだから。

 

半分ほど飲んだ缶を軽く持ち上げれば、綾乃もやりたいことが分かったのか、にししと笑って缶を持ち上げる。

 

 

「そんじゃ、今日も一日――」

 

「お疲れ様でしたっ」

 

 

コツンと、缶のぶつかる鈍い音が小さく聞こえた。




紅葉と綾乃は、毎日寝る前まで今後の進行や愚痴等を言い合ってます。恋愛感情はお互いになく、あくまで相棒。


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“紅葉”の目覚め 1

 

深呼吸をする。

臍の下辺り、丹田(たんでん)を意識し、そこから身体を巡る様に力を循環させる。

 

じわり、と何か熱い物が血液が流れるように身体を走るのを感じる。

 

『身体の隅々までそれを巡らせてみろ。そして終わったなら、全身を覆う“被膜”をイメージするんじゃ』

 

目を閉じた集中状態のまま、諏訪神の指示通りにイメージしていく。

全身の毛穴から洩れる様に出るそれを、自身を覆う膜としてイメージする――

 

「あ」

『あ』

 

“力”が、突然消えた。思わず出た声が諏訪神と被る。

 

 

『馬鹿者、“被膜”をイメージしろと言ったろうに!』

 

「したよ!」

 

『出来てないわ!』

 

そう言って、諏訪神が言い終わると同時にふん、と力む。

瞬時に、先程のモミジと同じような力が溢れると、それは綺麗に諏訪神の身体を覆った。

 

モミジとの違いがあるとすれば、モミジは風で揺らめく様な、煙を纏っている発現に対し、

諏訪神は身体に沿って、それも堅固な印象を与える発現だった。

 

 

『己の身体に沿うように流し、イメージを固定せい。御主のは風が吹いたら消えそうじゃろう』

 

「ぐぬぬ……」

 

それが出来れば苦労はない、とモミジは内心悪態を吐く。

イメージし、それを固定する。というのは、思いの外難しいものなのだ。ちょっとでも認識がずれると、すぐに崩れてしまう。

 

 

『四国の“神樹”から得た、“勇者衣”を擬似展開させる。それを出来れば、御主の戦闘力が上がるのは分かっておるだろう?』

 

「分かってるよ……」

 

勇者衣。

神樹が対バーテックス用に勇者に与えるとされる戦闘服。

対象者の身体能力を大幅に上げる事が確認されており、若葉の様な少女が大人の男を問題なく倒せるくらいには強くなるとモミジも理解していた。

 

実際、“天災”の直後はちょっとした犯罪が多発しており、若葉の様な“勇者”の力や神具を所有した少女達が対処に追われていた。

 

 

でもなぁ、とモミジは呟く。

 

違う、と。

 

『違う?』

 

「あぁ。何て言うか、その……。根本的な、根っこの部分からずれている、というか?」

 

『ふむ……』

 

 

例えば、風船で宇宙まで飛ぼうと考える様に。

 

例えば、スコップで山を掘り返そうとする様に。

 

やり方その物を考え直さなければならないと思える違和感が、モミジの中に広がっていた。

 

 

『――なるほどの、確かに一理あるかもしれぬ』

 

「え、あるの?」

 

諏訪神からの予想外の返答に、モミジは驚く。てっきり怒られるかと思っていたからだ。

 

『前にも言ったが、お主は“天津神”の因子を持っておる。ワシ等“国津神”は“勇者”という存在に神具、そして勇者衣を与える事にしたが、彼方はどうかわからんからの』

 

「なるほど……」

 

 

その集団のやり方が、そもそも違うかもしれないという事だろう。同じ神とはいえ、思想も行動も違うというのをモミジは理解していた。

 

だがそれだと、話が最初に戻ってしまう。

 

どのようにすべきか、と頭を悩ませるモミジに、そうじゃと諏訪神は手を打った。

 

 

『お主の生家に行けば良い』

 

 

〰️〰️

 

 

『モミジさんのご生家、ですか?』

 

「あぁ、その中に何か家の事に関する書物があれば一番なんだけど……」

 

目が覚めて早速、モミジは通信室で四国と連絡を取っていた。朝早くから呼んだにも関わらず、嫌な雰囲気を欠片も出さないひなたと若葉に感謝が尽きない。

 

生家での“大神家”の根源。つまりは信仰、または関わりのある神が分かれば何とかなると諏訪神は言った。

俺の中にある“天津神”との因子、その“神威”にも近い力の塊を、強引に勇者衣の様に発現させる。との事らしいが、はっきりとしたことは分からない。

 

今出来ることは、他人任せで悪いがこの二人に任せるしかないのだ。

 

 

『――分かりました。私たちで出来ることならお手伝いさせていただきます』

 

『うむ、任せろモミジ。きっとお前にとって良い知らせを持ってきてやろう』

 

「悪いな。こんなこと、急に」

 

『謝らないで下さいな。私たちの方こそ、モミジさんに大変な目に会わせているのだから』

 

 

モミジの謝罪に、ひなたが笑って言う。大和撫子、とでも言えば良いのか、いつでも余裕を持って事に当たる彼女には頭が上がらない事が多い。

 

事は急げと、通信を後にする彼女達に、モミジがお礼を言えばひなたが言った。

 

 

『大丈夫です、任せて下さい』

 

 

不思議と安心するその声音に、モミジはゆっくりと受話器を置いた。

 

 

 

 

所は変わって、四国。

 

かつては“大神家”。自分達の幼馴染である大神紅葉の生家であるその建物に、若葉とひなたは揃って来ていた。

共に来ていたクラスメートが居たのだが、待たせるのは悪いと考え、近くの川辺で昼食の準備をして貰っている。

 

 

「ここが、モミジの……」

 

「はい……」

 

屋敷、というには大きなそれは、かなり崩壊が進んでいた。

まるで数十年も放って置かれた様に、外壁はボロボロに崩れている。ドアに手を掛ければ、かなり重いが何とか開けることなら出来そうだった。

 

ずず、とドアを引く度に、パラパラと上から崩れる音がする。

 

「若葉ちゃん、勇者衣を」

 

「そうだな、安全に行こう」

 

スマホを取り出し、画面に表示された大社のマークをタップする。

神樹と連結された“勇者システム”から力が流れ込み、若葉に勇者衣として発現する。

 

 

「――ふぅ。よし、一気に行くぞ!」

 

 

息を一つ吐いて、ドアを一気に開ける。鈍いを音を立てて、中へと続くドアが開いた。それと同時に、中からカビ臭い空気が外へと流れ、若葉が顔をしかめる。

 

酷い臭いだ、と思わず声に洩らすとひなたが隣に立って言う。

 

 

「確か、モミジさんが一人で暮らし始める前にはもう、家の人は居なくなっていたらしいんですよね?」

 

「あぁ、確認したのは私の祖父だがな。モミジは部屋で一人、ただじっと待っていたらしい」

 

「……今のモミジさんからは考えられない光景ですね。あの人なら勝手に行動を起こしてそうですが」

 

「全くだ。……案外、普段見せていないだけで、本当のモミジがそうなのかもしれないな」

 

屋敷の中へと踏み込む、元は絨毯が敷かれていたのだろう、柔らかな感覚が足から伝わる。そこへと目を向ければ、積もった埃に自身の足跡がくっきりと付いていた。

 

 

そのまま歩みを進め、屋敷の奥へと二人は歩いて行った。ちょっとした冗談で持ってきた業者用の粉塵マスクだったが、それを装着したひなたが入る前と比べて楽そうに過ごして居たので良かったと心を撫で下ろした。

 

応接室、広間、調理室……。進んでいくが、どれも当たりは出ない。それどころか、書斎の様な場所は勿論、本棚にあったであろう本がかなり少ないと感じる。

 

まるで、()()()()()()()()でもあるように。

 

 

「若葉ちゃん」

 

「私も同感だ。恐らく隠してあるな」

 

本棚の数に対してあまりに少ないそれに、二人は何処か別の場所にあるのでは、と予想する。

建物の全体図を頭の中に描き、変な場所がないか確認しながら進むと、一つの通路で止まった。

 

日があまり照らされない、かなり薄暗い通路。ひなたが持ってきた懐中電灯で照らすと、“関係者以外立ち入り禁止”と書かれたドアの先に、道が続いている。

 

「家の中でこの注意書……、明らかに怪しいですよね」

 

「うむ。かなり怪しい」

 

 

ドアノブを捻ると、ガチャリとスムーズに回った。今までのドアは古く開きづらかったのだが、と若葉が考えると同時に言葉を失った。

 

「なんだ、ここは……」

 

綺麗だった。まるで今日に続くまで毎日欠かさず清掃をされたような、そんな表現がされるほど綺麗に掃除が行き届いていた。

隣に立つひなたもその様子に少し呆気に取られた後、ぶるりと身震いをさせた。心配した若葉が腕を出すと、それに掴まりながら言う。

 

「凄い気配を感じます……。若葉ちゃん、油断はしないで下さい」

 

「……分かっている」

 

ドアを開けた瞬間から、何かの突き刺す様な視線を感じる。明確な場所は分からないが、この先に自分達の求める物があるのは肌で感じた。

自身の神具である“生大刀”に軽く手を添えながら、慎重に歩みを進めていく。

 

通路の途中にある両開きのドアに目を向けると、そこには“神前の間”と書かれていた。

ひなたと目を合わせ、共に頷くとドアを開けて中に踏み込む。そこには、

 

 

「――なんと」

 

天井の天窓から差し込む日光が、その場所を真っ直ぐに照らしている。

その照らされる場所には、とある壁画が飾られていた。

 

 

地面へ伏し、必死に崇める人々。

 

その間に立つ、一人の鎧兜に身を包んだ男。

 

そしてその上空にそびえる、威圧的に人々を照らす太陽の絵。

 

 

「――そんな、まさか」

 

 

かつて“大神家”について、大社の上のお偉いさんに聞いた事がある。

かなり話すのを渋られたのだが、若葉が頼み込むと仕方ない、といった風に教えてくれたのを覚えている。

 

――大神家は大社において、その名を忌み名とされています。

 

――口に出してはいけません、名を出し、信仰と取られれば、何をされるか分かりませんので

 

そう言って、結局答えは教えてはくれなかった。

 

だが、分かった。分かってしまった

 

 

「あぁ、なるほど。モミジさん、あなたは大神(おおがみ)ではなく――」

 

 

 

 

 

 

 

「――大神(おおみかみ)と読むんですね」

 

 

壁画の太陽が、日差しを浴びて赤々と輝いていた。



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“紅葉”の目覚め 2

「ひなた、大丈夫か?」

 

「はい……」

 

持ってきたリュックが一杯になるほど詰め込んだ本を、ひなたがよたよたと歩きながら運ぶ。

若葉が自分が持つことを勧めたのだが、万が一に備え動ける者が万全な状態で、とひなたに諭され渋々諦めた。

 

結果はこの上なく上々だった。

ただ気掛かりなのは、ひなたが本に目を通した際に何やら深刻そうな顔をしたこと。それがモミジの家に有ったのだから、彼に関する事なのだろうとは直ぐに察しがついた。

 

 

帰ろうと“神前の間”から出、来た道を戻ろうとして――奥の突き当たりに何か扉があるのが目に入った。ひなたを見れば、此方の心中を察したのかこくりと頷く。

 

リュックを外し、床に一旦置いて扉へと慎重に近付く。何者かの気配は消えない。どんな理由があって姿を現さず観察しているのか分からないが、()()()()()なら抜刀する心決めだ。

 

ふと見ると、扉の面に何か文字が書かれてあるのが目に入った。

 

 

「“ヒトガタ”の間……?」

 

 

歪なカタカナで書かれたその文字を若葉が声に出して読む。その言葉の意味が分からずにひなたに助言を求めようとして、

 

思わず息を飲んだ。

 

 

「……こ、れがっ、これが自分の子供に対する行為なのですか……っ!」

 

長年ひなたと過ごしてきたが、こんなにも感情を表しているの彼女を見たのは初めてだった。

激怒、憤怒、およそ“怒り”という感情を詰め込んだその表情は、感情が昂りすぎてポロポロと目から涙を流している。

 

思わず彼女の肩に手を貸せば、ひなたは若葉にすがりつく様に身を寄せ涙を流した。

 

 

少し時間を置いて、落ち着いてきたひなたを気遣いながら若葉が問う。

 

「あの“ヒトガタ”とは、一体何なんだ?」

 

「……あれは、“ヒトガタ”というのは通称漢字でこう書きます」

 

泣き止んだひなたが、目を軽く腫らしながら空中に指で字を示す。

 

“人形” と

 

「……それは、ニンギョウとも読めるが?」

 

「えぇ、これがこの“降霊術”の恐ろしい所であり、肝と言える所ですが、説明には長くなるので話の続きは帰ってからにしましょう」

 

「む、そうだな」

 

正直、直ぐに理解出来る自信がない。

 

 

言いながら、部屋に入るためにドアノブへと手をかける。特に抵抗もなく開いたそこからは、また違った意味で目を開く光景だった。

 

 

幼児用、小学生低学年用の知育玩具。

 

風呂、トイレ、ダイニング等の生活空間。

 

その他には棚に詰まった大量の本に、内側から開けられないように無くなったドアノブ。

 

 

子供を飼っていた、とでも言いたげな空間がそこに広がっていた。

 

 

「屋敷の構造から考えれば、ここがモミジの部屋で間違いないな」

 

「そうですね……」

 

昔、若葉の祖父がモミジの境遇を聞いて、大神家へと殴り込みに行ったことがある。

その時には既に彼の両親も、居た筈の使用人の姿もないもぬけの殻の様な状態だったらしい。

 

ただ当の本人は、お行儀良く何時も通りに過ごしていたらしいのだ。

 

――たった一人で。

 

 

若葉達と本格的に関わり出したのは直ぐその後だったらしいのだが、ある日祖父に言われた一言があった。

 

“モミジの側に居てやりなさい”

 

その時は幼いこともあり、よく理由も分からないままだったが、今なら理解が出来る。

祖父は、この光景にモミジへの哀れみと、大神家への気味の悪さを懐いたのだろう。

 

 

 

〰️〰️

 

 

「……さて、長居をすることもない。荷物を持って帰ろ――」

 

部屋の捜索も終わり、今度こそ帰ろうと足を進めた所で直ぐ、若葉はぴたりと足を止めた。

一緒に行こうとしたひなたが首を傾げるが、若葉は通路の奥、出入口を鋭く睨みながら言う。

 

「居る」

 

その一言にひなたが総毛立つ。ここは建物の奥。逃げ場などそうある筈もない。

 

腰に差した“生大刀”に軽く手を添える。どうにかして手にいれた書物等を持ち帰りたいが、若葉は今一踏み込めずに居た。

 

 

――私はこの“生大刀”と勇者衣があるが、ひなたは違う。

 

相手の姿形が分からない以上、無闇に踏み込む訳にもいかない。そんな不注意でひなたに怪我でもさせれば、モミジや綾乃達からの激しいブーイングが待っているだろう。

それにそもそも怪我一つ負わせる気もない。ひなたは大事な親友でもあり、家族でもあるのだから。

 

 

ならば、此方から誘うか。

 

 

「おい、そこの貴様」

 

口から言葉を発しつつも、気を練り身体中の神経を最大限に発揮させる。少し後ろのひなたの呼吸音ですら聞こえる程集中すると、更に言葉を続けた。

 

「ここは私の身内の家だ。本人不在の上で侵入したのはお互い様、ならば互いに干渉はせず、今は退こうじゃあないか?」

 

返答はない。だがはっきりと感じる気配は、未だ動こうとはしない。

 

黙り(だんまり)か……。了承は得たと取るぞ」

 

リュックまでは後数歩。それを取り、先程のモミジの部屋の窓を突き破って逃走しよう。許してくれるだろう、多分。

 

そう作戦を練り、ひなたにゆっくりと部屋に入るよう後ろ手で促しつつ、リュックへ向けて一歩歩きだしたその時、

 

通路の向こう側で、ギシリと足音が鳴った。

 

 

「ッ!!」

 

弾かれた様に踏み込み、片手でリュックを後方に放り投げてそのまま居合いの型を作る。

目標まで数メートル、届く――

 

「はぁっ!!」

 

“生大刀”を一閃、感じた気配へと斬りかかる。柔らかい、肉体の様な感覚を切り裂くと、目の前で押し止まったそれへ全力で蹴りを叩き込んだ。

 

 

勇者衣で強化された蹴りは、容易くそれを蹴り飛ばす。調子が良ければ生木の幹をへし折る程の威力だ、彼方もタダでは済むまい。

ゴロゴロと吹っ飛んだのを確認すると、若葉はリュックを拾ってモミジの部屋へと飛び込む。

 

「ひなたぁ!!」

「若葉ちゃん!!」

 

部屋の中にあった椅子を此方へ引きずっていたひなたを見て即座に意図を理解する。リュックを片手で背負い、空いたもう片方で椅子を掴むと、窓へと向けて放り投げた。

 

だが。

 

「っち、強化ガラスか」

 

ヒビが僅かに入る程度で、割れる迄には至らず跳ね返った椅子を見て、若葉は思わず舌打ちをついた。

背後を見れば、先程の気配が入り口まで迫っている。もう復活したのか。

 

 

僅かな時間で思案する。

今回は何かモミジに関する手掛かりを求めてこの家へと来た。

 

だが最優先すべきは、ひなたと自分が無傷で帰還する事である。

 

「仕方ないな」

 

数瞬、だが神樹の加護により超人的な思考能力で得た答えに、諦めたように若葉がため息を吐き出す。

“生大刀”を窓へと一閃すると、まるでバターを切るかの様に簡単に窓は切り落とせた。

 

そしてその間に此方へ迫る気配に、背負っていたリュックを思い切り叩きつける。

中身が一杯の重さのある一撃に怯み、立ち止まるその隙にひなたを抱えると窓を突き破り二人は外へと飛び出した。

 

 

「あぁ……、折角の手掛かりが」

 

心底残念そうに言うひなたに、若葉は苦笑いをする。仕方がない、流石にひなたを抱えながらあの重いリュックも――とすれば、あの気配に追い付かれていたかもしれないのだから。

 

二兎追うものは一兎も得ず。とは、先人はよく考えて言葉を作ったものだ、と若葉は思う。

 

むぅ、と名残惜しそうに屋敷の方を見るひなたに、若葉は止めの言葉を言った。

 

 

「仕方ないさ」

 

 

こう言えば、きっと彼女は納得する。

 

 

「モミジ達が心配する」

 

「……そうですねぇ」

 

ひなたは、仕方ないと笑った。

 

 

 

『――っていうことがあったんです』

 

「大事じゃねぇか!!」

 

 

がたりと立ち上がり通信機へとモミジが怒鳴る。隣に座る綾乃がどうどうと鎮めると、大人しく席に着いた。それで良いのか。

 

昼過ぎ、連絡がついて第一声がそれだった。

流石にモミジも予想外だったらしく、通信機の向こうの若葉とひなたの安否をしつこいくらいに訊ねている。

 

あまり見ないモミジのその剣幕に歌野と水都がぽかんと呆けていれば、それを見た綾乃が笑って言う。

 

「本当に過保護なんだよ、モミジはこういう時」

 

「仲が良いのは聞いてたけど、実際に見ると凄いわねぇ……」

 

「うん……」

 

「身内愛っていうか、そういう感情が強いんだろうね、きっと」

 

「あら、皆はてっきり親戚か何かだと思っていたのだけれど?」

 

 

歌野の問いに、あー、と何やら考える仕草をして綾乃は言う。

 

「その辺り話し出すと長いから、また後でも良い?」

 

「勿論よ!」

 

さっぱりとした態度の歌野の返答に綾乃はありがとうと礼を言う。

実は聞きたかった水都であったが、ここはぐっと我慢した。

 

 

『――それでは、今回の成果を話させていただきます、が』

 

そこまで言ってひなたの声が若干詰まる。その理由が歌野と水都にあることが、二人になんとなく伝わった。

 

退出した方が良い、と感じた二人が席を外そうとするが、待ったをかける人間が居た、モミジだ。

 

「ひなた。二人にも聞かせてやってくれ」

 

『……よろしいのですか?』

 

「あぁ。いずれは話さなきゃならない事だしな、その様子だと色々見てきたんだろ、“大神家”(おれのいえ)の事」

 

 

ひなたは頭が良い。

学力云々の話ではなく、頭の回転の基礎が俺達の中でもずば抜けている。

身体を動かす尖兵がモミジや若葉ならば、戦略を練るのはひなたや綾乃だと理解出来ていた。

 

本人は気を付けているのだろうが、今回の成果と話を始めた時に僅かに口調が変わった。

 

恐らく、よっぽど酷い何かを見たのだろう。

 

 

丁度良い機会だ、俺の中の“天津神”の因子、そしてその因果。諏訪神(タケミナカタ)から聞かされた、俺の結末の神託もここで伝えてしまおう。

 

神託は予知の一種だ。絶対に決められた未来ではない。

 

大切な人が死ぬ予言だろうと、自分が地獄に落ちるという予言だろうと、変えようと思えば変えられる未来なのだ。

 

自分にとっての大切を守るために、俺は

 

 

「二人も聞いてくれ、“大神紅葉”の半生とこれから歩む道を」

 

 

最期まで、戦い抜くと誓う。



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“紅葉”の目覚め 3

 

『若葉ちゃんや歌野さん達のような、“勇者”と呼ばれる神樹様や他の神様から選ばれた方達は、何を基準にして選ばれるかご存知でしょうか?』

 

「それは、“無垢なる少女”……ですよね」

 

『正解です、水都さん』

 

 

穢れを知らない少女が“勇者”に選ばれるというのは、大社からの報告で知っていた。

若葉の持つ“生大刀”の様な神具は、あくまでもその個人の適性や、それに宿る神様が応じた副産物であり、神樹が用意したものではない。

 

その為、別に無垢ではなくとも神具に選ばれたのなら、“勇者”と同等かそれに近いだけの力を得る事が出来る。

 

因みに、諏訪の祭神である建御名方神(タケミナカタ)は歌野さんを“勇者”へと選抜した後に、自身の社にある藤蔓と同等の力を有する鞭を彼女に渡している。

若葉とは違い勇者衣に手動で着替える、というのが難点だが今日までバーテックスを撃退してきたその力は本物だ。

 

 

『神具を有し、バーテックスと戦う為に“無垢なる少女”ではないのに神樹様からのお力である“精霊システム”を起動させる資格を持つ。モミジさんがそれを出来ているのが、これから話す“ヒトガタ”によるものです』

 

ひなたの言葉に、硬質的な何かを感じた。

彼女がこうなるときは、何か感情を隠して行動することが殆どだ。

 

ごめんな。と声には出さず、モミジは心の中で謝罪した。

 

 

〰️〰️

 

 

“ヒトガタ”を行うにあたって、必ず必要なモノがある。

 

『それは、自身の子供です』

 

「子供……?」

 

『はい。血の繋がった、直接的な血縁関係のある。というのが前提条件です』

 

「…………」

 

『自らに一旦宿したモノを、血の繋がり……例えるなら“臍の緒”の様な物を通し、子に宿す。というのが分かりやすいでしょうか』

 

 

ひなたの言葉を聞いていく内に何か感付く所があったのか、面々の顔色が僅かに変わる。

 

『幼い内から外界の情報を伏せ、一般的な教養のみを教え込む。欲を生まぬよう、何も教えず、他人との関わりすらも断ち、所謂“無垢であり続ける”状態を保たせます』

 

ひなたが続ける。

 

『“無垢なる少女”を神樹様が好む様に、無垢である事を殆どの神様は好みます。そ、して――』

 

ひなたの言葉が、僅かに詰まった。隣に居るであろう若葉の気遣う言葉が聞こえ、少しの間を置いて口を開く。

 

 

『その無垢なる状態の我が子を、降ろしたい霊への依童(よりまし)とするのです』

 

それが人形(ヒトガタ)

 

中身の無い、無垢なる子供(ニンギョウ)へと霊を降ろす降霊術である。

 

 

――なるほど、お主は“ヒトガタ”なのじゃな。

 

かつて諏訪神に初めて会った際にそう言われたのを思い出した。

今思えばあの瞬間から、あの神様は見抜いていたのだろうか。

 

“大神○○”(おれ)が、何の為に産まれたのかを。

 

 

「ちょっと待って」

 

そこで待ったをかけたのは、歌野さんだった。突然の情報量を理解しようと頑張っているのか、普段あまりしない、額に僅かに皺を寄せて頭を抑えていた。

 

「モミジさんがその、ヒトガタ?っていうのにする為に利用されていたってのは理解出来たわ。その上で――」

 

歌野さんが思案顔で俯いた後に、ゆっくりと此方を見上げる。

その目は、当然というべきか、信じたくないものを見る目をしていた。

 

「モミジさんは、一体何の神様の依童にされていたの?」

 

伝える時が来た。

 

歌野さんの質問に答えるべく、モミジは一つ深呼吸をした。

 

 

 

 

 

――僅かに、通信機にノイズが走る音がした。

 

 

〰️〰️

 

 

「俺の家、“大神家”が降霊しようとしたモノ。それは――」

 

モミジさんが、指で空を示す。“天災”が起きてから多くの人が仰がなくなった空の一点に真っ直ぐ指を差し示す。

遥か上空に君臨し、今日も変わらず大地を照らす真ん丸なお天道様を。

 

「……お天道様?」

 

「そう。正確には“天津神”、その因子だけどな」

 

モミジさんが気の抜けた笑い方で笑う。何か言い渋っているような、そんな感じで。

 

「ここの諏訪に来てから、諏訪の守り神である神様とかなり話をした。それこそ、水都さんが神託で受け取る様な情報から、下らない内容まで」

 

所謂、神様問答だな。とモミジさんが言う。

続けるぞ、と言って、

 

「その内に、俺の生まれた生家の事や、今のひなたが教えてくれた内容のものまで知ることが出来たんだ。そして、それを踏まえて答える」

 

ふぅ、と息を一つ吐いて、少しの時間の後、此方――みーちゃんと私の方へと目を向ける。

その目には、決意した何かが灯っていた。

 

「俺に宿された“天津神”、それは人類を滅亡に陥れたバーテックスの親玉であり、“大神家”が信仰する祭神でもあるんだ」

 

生まれつき頭の回転は早いと言われている歌野だが、この時ばかりはその回転力と理解の早さに自身を呪った。

 

そう、それは。

 

 

「俺は、生まれつき人類の敵なのさ」

 

 

モミジの言葉と同時に、バーテックス襲来のサイレンが鳴り響いた。

 

 

『おいモミジ、そのサイレンはまさか――』

 

通信機から聞こえる若葉の声が、強制的にぶつりと切られた。

 

 

ビリビリと大気を揺らすような音の波動が、諏訪の大地に鳴り響く。何時もとは違う音の異様に、聞き慣れた歌野と水都でさえも思わず耳を手で包んだ。

 

「ワッツ?! 何か普段のと違わないかしら?!」

 

「――そんな、これは……っ」

「モミジッ!!」

 

 

歌野の困惑する声の後に、巫女の二人が顔色を青ざめる。鳴り響くサイレンと、二人のその様子に内容をある程度理解出来た為スマホを準備した時、頭の疼きを感じ動きを止めた。

 

――モミジよ

 

「ジーさんか?!」

 

頭の奥底から聞こえるその声に聞き返せば、肯定の返事が帰って来た。なるほど、これが巫女の受けとる神託か、確かに辛そうにするのも納得がいく。

 

気づけば、数瞬の後に夢見の世界へと取り込まれていた。

 

「おいおい、敵襲が来てるんだぞ?!」

 

『分かっておる。ここへ呼んだのは二つの事を伝える為じゃ』

 

 

言葉と共に、諏訪神からモミジへと物が放られた。慌てて受け取れば、それは木製の棍と幾つかの勾玉を紐で通した物だった。

 

『本当はお主の修行が完了してから渡すつもりだったが。緊急事態じゃ、仕方がなかろう』

 

諏訪神から僅かながら感じる切迫した雰囲気に、貰った武器を握り締める。

“力”の使い方を覚えているかと聞かれ肯定で返すと、ならば、と諏訪神が言う。

 

 

『お主に、最後に確認したい事がある――』

 

 

 

「女性、子供から優先的に奥へ、動ける方は土嚢を積み上げて下さい!」

 

右から左へと混乱で人がごった返す中を、水都の的確な指示が飛び幾らかの動きに変化が起こる。

バーテックスにされて困るのは家屋を破壊され、一網打尽に襲撃されること。

 

モミジや綾乃からの経験談から、諏訪の土地でもシェルターを作られていた。

小山を歌野とモミジの二人が力ずくで穴をくりぬき、そこに人を収用していく。手探りの、ありきたりの策ではあったが、まさかもう使うはめになるとは思わなかった。

 

「綾乃さん、そっちは!」

 

「オーケー、全員居るわ。入り口を固定して!!」

 

中にバーテックスを入れないためには、入り口を閉めなければならない。

だが、危険な場所に歌野を一人残す訳にはいかないと水都が顔を上げた時、勇猛果敢に鞭を振るう歌野と目が合った。

 

パクパク、と歌野の口が動く。

それを見た水都は、少しだけ押し黙ると、両手をぎゅっと握りしめ入り口へと手を掛ける。

 

 

――お願いね、みーちゃん。

 

「――任せて!!」

 

シェルターの入り口が、完全に口を閉じた。

 

 

 

「――さぁて、これで庇いながら戦う事はなくなったわね。うんうん」

 

シェルターの入り口が閉じたのを見届けて、歌野は軽く伸びをして周囲のバーテックスを見渡す。

数は圧倒的に劣勢、モミジとは引き剥がされ、よもや陸の孤島とも言える孤立状態になった。

 

だが、

 

「不思議と負ける気がしないのよねぇ、何故かしら?」

 

何時も諏訪の神様から供給される力とは別の、身体の奥底から沸き上がる力と高揚感に歌野の口が好戦的に吊り上がる。

 

 

――俺は、生まれつき人類の敵なのさ。

 

先程のモミジが言った言葉とその表情が思い出される。

 

あれは、歌野の嫌いな()()()()()()()()()()

 

「うん、気に入らないわ。終わったら一発お見舞いしましょうか!」

 

 

目の前、上空、左右、背後……、辺りを埋め尽くすかの様にふよふよと浮遊し此方を襲撃する機を待つバーテックスへと笑う。

 

 

「一斉に来ても良いわよ。――諏訪の勇者、白鳥歌野、参りますッ!!」

 

 

〰️〰️

 

 

「――おいおい、本格的に潰しに来たって訳か、うん?」

 

歌野とは離れた場所、諏訪神から譲り受けた棍で叩き潰したバーテックスの消滅を見送ると、次に来た援軍に辟易とする。

 

融合体、または進化体と呼ばれるバーテックスより遥かに強固とされるそれが、前回とは違い数体やって来ていた。

 

 

「どこでそんなに合体したんだよ。……まぁ、それでもやることは変わらんがな」

 

“精霊システム”を起動。前回の個体の堅固な身体を思いだし、一撃で破壊すべく精霊を降ろしていく。

同時に、諏訪神から教授された大神紅葉の“力”を引き出し、身体へと纏うように包んでいく。

多分これでも落第点なのだろうが、ごちゃごちゃやっている暇はない。

 

「帰るって約束したんだ、約束した以上は死んでも守る」

 

四国で待つ若葉とひなたの顔を思い出す。シェルターで待つ相棒(綾乃)の顔も。

 

 

「――さて、頭数は揃えたか?」

 

奴等(バーテックス)へ向けて、一歩足を踏み出す。

 

「決死の覚悟は抱いたか、殺す覚悟も、殺される覚悟も決めたか?」

 

自らを鼓舞するかの様に口に出しながら、モミジは徒歩から段々と足早になっていく。

 

 

「てめぇらの死に場所は此処だ。こっから先は、通さねぇッ!!」

 

 

諏訪の地を賭けた戦いが、幕を開けた。

 

 

 

 

 



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“紅葉”の目覚め 4

 

――身体が軽い。

 

「これは、武器が変わったからって訳じゃあなさそうだな、っとぉ!!」

 

身体を支柱に、小さく棍を沿わせて回転させる。大きく振りを付け、勢いをつけたそれを接近していたバーテックスへと叩き付けた。

 

打撃音と地面へめり込む様に潰れるそれを尻目に、此方へと絶えず接近する奴等へと目を配る。

そして、奥で鎮座するかの様に大人しい融合体達へも。

 

 

動かない。まるで此方の動きを観察するかの様に、その融合体達はじっと動きを止めていた。此方から手を出そうと接近すれば、他のバーテックスが阻止するかの様に立ちはだかる、というのが続いている。

 

「さて、どうしようか……」

 

積極的に攻めて来ないのであれば、一旦退いて本殿で奮闘している歌野さんの加勢に行くのもアリだ。彼方の目的がどうであれ、わざわざ付き合ってやる理由はない。

それに、虫の知らせとでも言えば良いのか何か嫌な予感がすると、自分の勘が騒ぐ。

 

 

そこまで考えて、雪崩れ込む様に殺到してくるバーテックスに思考を切り替え応戦する。

いくら勇者衣擬きを纏っているとはいえ、まともに一撃が当たれば下手すれば即死する。慢心はせず、上昇した身体能力を行使して対応するのが得策だろう。

 

それにしても――

 

「何処からわらわら湧いてやがんだ、てめぇらは……ッ!!」

 

キリがない。融合体へと足を進めようとすれば奴等の背後から飛び出し、かといって後ろに退けばいつの間にか背後に回られている。

結界で情報を断っていたとはいえ、こんな大群が居れば分からない筈がないのだが。

 

右、左、上方から背後……。次々と絶え間なく襲いかかるバーテックスを、殺しは出来ずとも対処しながらも思考を回す。

歌野さんの腕は疑っていない。諏訪の勇者であり、何年も犠牲者を出さず守ってきたという彼女は、間違いなく俺より格上の存在とも言える。

 

だが。

 

「あの融合体、何体存在している……?」

 

精霊を使用して、尚且つベストの一撃でなければ屠れなかった奴等の情報を、歌野さんは口伝でしか仕入れていない。

彼方が軍勢ともいえる大群で侵攻してきている以上、此方の戦力を根絶やしにする準備は整えて来ているだろう。

 

ならば、歌野さんの方へも融合体が行っている可能性は非常に高い。

 

 

「退こう」

 

各個撃破を狙っているかもしれない相手に対して、連携も取れない距離で離れて戦うのは危険すぎる。非常事態なのは最初からだ、ここはまず――

 

モミジの思考がぶれたのは、バーテックスが一塊になって突っ込んで来ていた時だった。

 

まずい。という言葉と同時に、回避の為に横へ飛んだ。モミジが避けた後には、地面を抉りながらバーテックスが木々を薙ぎ倒していた光景があった。

効果あり、と普段からにやけ顔に見えないともないバーテックスの顔がモミジへ向けられる。ガチガチと興奮気味にならされるギロチンの様な歯に、モミジは舌打ちを吐いた。

 

「学習されたか。……時間もない、出し惜しみしている場合じゃないか」

 

ぎゅ、と棍を握り直しながら肉体砲弾の準備をしているバーテックスへ睨む。

 

 

「進化してんのはそっちだけじゃねぇ。新しい“精霊降ろし”、見せてやるよ」

 

 

 

かたかたと震える身体を抑える様に、梓は自身の肩を抱いた。震えが止まらない、外から聞こえるガチガチという音に比例するように恐怖心が煽られる。

そんな梓の肩に優しく置かれた手があった。見上げれば綾乃が軽く手を上げて隣に座り込む。がさりという音に反応すれば、反対の手には飴が入った袋が握られていた。

 

「梓ちゃん、あーん」

 

「へ? あ、あーん……」

 

コロリと口に転がってきたそれを舐めれば、柑橘類の果実の味が口一杯に広がった。思わずきょとんとした顔をする梓に、綾乃が笑って言う。

 

「肩に力込めすぎだよ。歌野さんの事を信頼してないの?」

 

「い、いや。信頼はしてる、けど……」

 

「普段はあれな水都ちゃんでもどーんと構えてるんだから。リラックスしなって」

 

「綾乃さん、普段からあれってどういうこと?!」

 

 

さらりと出た綾乃の言葉に、少し離れた位置で子供達をあやしていた水都からのツッコミが入る。歌野が以前「みーちゃんと私のコンビは最早夫婦も同然!」と言っていたが、なるほどツッコミ役はいつでも自分の役割を理解し、待機してるんだな、と梓は納得した。

 

「水都おねーちゃんはツッコミ、と」

 

「嫌な立ち位置が確立されようとしてる?!」

 

水都の半ばガチな抵抗に、ケラケラと綾乃が笑う。そんな様子の綾乃を眺めていると、梓の頭に軽く手を置いて綾乃が言う。

 

「確かに私達は何も出来ないよ。戦う力を持たない、非力な存在だからね。でも、“巫女”っていう存在だからこそ出来る役割があるんだよ」

 

「役割……?」

 

綾乃の言葉に、未だ自信がはっきりと持てない水都も静かに耳を傾ける。

歌野やモミジに、自分から出来ることはないかと探る思いで。

 

それはね、と綾乃が指を立てて笑顔で言う。

 

「“祈る”事だよ」

 

「「“祈る”?」」

 

言葉が重なる。そう、と綾乃は胸の前で手を組んで、静かに目を閉じ言葉を続ける。

 

「恐怖から逃れようとする“逃げの祈り”ではなく、他者を信じその者の無事を“信じて祈る”という意味での祈りだよ」

 

その言葉に、外から聞こえるガチガチという音の他に鞭を叩きつける音が混じっていることに気付いた。

そうだ、私達がまだ無事なのは外で戦っている“勇者”が居るからだ。

 

「怖いのは仕方ないね。誰だって怖いものは怖いから。でもね――」

 

 

自分達よりも前で、怖い思いをしている人達が居るんだ。

 

 

「だからこそ、私達“巫女”の“信頼の祈り”を、歌野さんと、あのバカ(モミジ)に届けなくちゃいけないんだよ」

 

 

身体の震えは、いつの間にか消えていた。

 

 

 

「数が多いわね……」

 

有効打は受けていない。身体の疲労は溜まる一方だが、弱音を吐いている時間と余裕はなかった。

このままでは不味い、と歌野は今までの経験と直感から感じる。日が高い今ならまだ視界を広く保て、対処が可能だが。

 

「日の入りを狙ってるなら、かなーりデンジャーね」

 

今までにない人海戦術に思わず嫌気が差す程だった。本来ならモミジと合流すべきなのだろうが、後ろに守るべき人達が居る以上、ここは死んでも離れられない。

 

そこまで考えて、不意に身体が軽くなるのを感じた。勇者衣からの新しい恩恵か?と考えるのと同時に、何かが流れ込んで来るのを感じる。

 

――頑張って、うたのん!!

――負けないで、歌野おねーちゃん!!

 

「――……。~~~ッッ!!」

 

 

此方を気遣う言葉、そして伝わる自分の負けを考えてもいない信頼の言葉に、歌野は思わず悶絶し身体をぷるぷると奮わせる。

チャンスと見たバーテックスの群れが歌野へと殺到するが、鞭の一振りで一瞬にして塵となった。

 

 

「最ッ高にハイってヤツだわーッ!! みーちゃんに梓ちゃん、諏訪の皆、大好きよーッ!!」

 

 

目に見えて気配が変わった歌野に、取り巻くバーテックスも思わず攻撃の手が怯んだ。そんな事を知ってか知らずか、薙ぎ払いながら歌野は大きく謳う。

 

「農業王改め、農業王ハイパー、ここに見参よ!! 絶対に、守ってみせるんだから!!」

 

その傍らで、一匹の猿の精霊が静かに寄り添っていた。

 

 

蜘蛛の糸に、何かが通った。

 

反射的に棍を振るい、バーテックスを打ち落とす。円を描くように棍を振るい終わると、あれほどいたバーテックスの群れも疎らになっていた。

 

「纏え、“鎌鼬(かまいたち)”」

 

ゴゥ、と轟く様に暴風が嵐の如くモミジの身体を包む。以前使用した時とは段違いの威力に、歯を見せて笑みを浮かべた。

 

「そぉら、避けれるもんなら――」

 

身体に纏う暴風が止み、持つ棍にうっすらと逆巻く様に風が生じた。

 

「避けてみなぁッ!!」

 

棍を振るうと同時に、微風(そよかぜ)が如くバーテックスと融合体の間合いへと吹き込む。瞬間。

 

僅かな間を持って、空に浮かぶ雲をも捲き込んだ竜巻が発生した。

どっしりと地面へ据えられた融合体さえも、砂檪や木々が身に叩き付けられる衝撃で天へと舞い上がる。

 

その光景は、まさに“天災”とでも言えるような地獄絵図でもあった。

 

 

そんな光景を作り出したモミジは、しかし油断せず慢心もなく融合体を見据える。

 

「効いてはいるが、決定打ではない、か……」

 

あれを倒したとき、それは自身がボロボロになりながらも放ったまさに諸刃の剣だった。

あれをまたしようにも、諏訪神から貰った棍ですれば間違いなく折れるし、あの時とは違い敵も複数体居る。

 

 

「有利な様に見えて、あまり状況変わってないよなぁ。まぁでも、やるしかねぇんだ」

 

――お願いね、モミジ。

 

「――っは、綾乃の奴か。全く、誰に言ってんだか」

 

ぎゅっと、首もとにぶら下げた勾玉の首飾りを掴む。

 

 

「任せとけよ」

 

 

モミジの身体に、ばちりと何かが迸った。

 

〰️〰️

 

 

『前にも聞いたの。“お主が戦う理由”を最後に確認したい』

 

「えー…、今?」

 

『それが必要なんじゃよ』

 

手の中の勾玉が淡く光る。それに首を傾げながらも、急かすように要求する諏訪神へ答える。

 

「簡単だ。“俺の身内が、笑顔で居てくれる為に”だよ」

 

『身内とは、お主は天涯孤独の様なものであろうに』

 

「血の繋がりなんて関係ないさ。若葉、ひなた、綾乃……、そして、あいつらが守りたい大切な人まで、俺の“身内”だ」

 

どくりと、ゆっくりと心臓が動いた。その動きに合わせて、身体中に熱い何かが伝わって行く。

手の中の勾玉も、幾つかあるそれぞれが違う色とりどりの発光を見せていた。

 

モミジは続ける。

 

「俺はあいつらの笑顔が好きだ。泣くより笑って欲しい。苦しむより楽しんで欲しい。それを邪魔する何かがあるなら排除するし、解決出来る事なら解決したい」

 

『――相変わらず中々に我が儘じゃの、お主は。ならばその“身内”とやらが、世界中の人を守りたいと言ったならばどうする?』

 

「守るよ」

 

諏訪神との問答を続ける度に、身体中が熱く、身体から何かが迸るかの様に噴き出している感覚がある。

スポーツカーのエンジンの様に止まらないそれを感じつつもモミジは言葉を続ける。

 

 

「正義のヒーローなんかになりたい訳じゃあないさ。俺がなりたいのは――」

 

鳴り響いていた鼓動が、身体中を迸る何かが、一瞬止まった。

 

 

「――あいつらにとっての、“勇者”になりたいんだ」

 

 

〰️〰️

 

竜巻から何とか抜け出した融合体達が見たのは、神々しいまでの光だった。

此方を照らすその輝きは、まるで()()()()()()()()()()で、それで次の動きまでが遅れた。

 

その輝きの形は、鮮やかなまでの紅葉した紅葉(モミジ)の葉。それを背負うかの様に君臨するそれは、閉じていた目を開いた。

姿は先程までと大きく変わり、全身が紅葉色の神官服。背には巴型に勾玉が備えられ、それぞれが常に違う色に染まっていく。

 

目は神性を宿したものになっており、それに射ぬかれた一体の融合体は金縛りが如く動きを封じられた。

 

その融合体を見て、危険を察知した他の個体がモミジの同行を確認しようと視線を戻して――そこには姿はなかった。

 

「余所見する暇は無いぞ。……あまり時間はない」

 

再び確認した時は、自身の肉体をモミジが貫いたその時であった。

払うように手を振るうと、融合体達を見据えて言う。

 

 

「四国が防人、大神紅葉。今この一時、“勇者”になる!!」

 

 

モミジの神威を示すかの様に、背後の紅葉の輝きが光を増した。

 





モミジの防人/勇者としての覚悟。

家族を絶対に守る。イメージするのは皆笑顔の写真。
助けた人達、若葉達の友人、そして諏訪の皆。大きくなり、枚数の増えていく思い出。
それを泣き顔で汚したりしない、邪魔する者は排除する。自分で解決出来るものは率先して解決する。


ただしその写真には――


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“紅葉”の目覚め 5

 

「せいっ、やぁぁあ!!」

 

鞭が唸る。まるでそれが意思を持ったかの様に振る舞う様は、白鳥歌野という少女が可憐に鞭を扱うのに対し、打ち抜かれるバーテックス達は嵐にでも会ったような有り様だった。

 

バーテックスを蹴散らし、息を吐く間もなく聞こえた不意の風切り音。自身の胴体を貫く巨大な針――の映像(ビジョン)

 

 

考えるよりも先に身体を伏せ、頭すれすれを凶器が通過したのを確認してから跳躍、大きく距離を取った。

 

「……。さそり、かしら?」

 

初めてその目で見る融合体は、普段から見慣れたバーテックス達とは一際異質な物に感じた。

まずは大きさ。20~30メートルはあるだろうか。

特徴的なのはその尻尾。傍目から見ても鋭利なそれは、当たれば無事ですまないのが見て分かる。

 

 

ゆらゆらと揺れる尻尾に気を配りつつも、不意打ちを取られないよう周囲へも警戒を怠らない。

先程から感じる、バーテックスとは違う気配を間近に感じつつも歌野はそれを寧ろ受け入れていた。

 

融合体を援護するかの様に、バーテックスが迫る。そんな光景を、まるで他人事の様な涼しい表情で眺めていた。

 

 

「何時も諏訪に居た子かしら。貴方は味方で良いのよね?」

 

“――。”

 

 

攻撃を見ずに避ける。相手の攻めてくるコースから身を避け、その代わりと鞭の連打を食らわせる。

 

 

「そう、ありがとう。しんどくなったら何時でも逃げてちょうだい」

 

“――!!”

 

「逃げないって? それはそれは、どうも失礼しました」

 

 

歌野から笑い声が上がる。友人と話すかの様に、楽しげに。

周囲の激闘とは場違いな雰囲気の中、突如空気が一変した。

 

 

「……あれは何かしら」

 

中空に浮かぶ、鮮やかで大きな紅葉。薄暗くなってきた空で自己を主張するかの如く、その輝きは諏訪の大地を照らしていた。

 

バーテックス達の動きも変わる。先程までの忙しい動きを止め、空に浮かぶ紅葉を目を奪われた様に眺めていた。

 

その不気味な光景に、歌野は戦場の転換を見出だした。周囲はバーテックスに囲まれたままだ、この状況を変えるならば今しかない。

 

 

「っ?!」

 

動き出そうとした瞬間、見えた映像に思わず動きが止まる。撤退が失敗したものではない。

 

 

「ちょ、そっちが退くの?!」

 

 

歌野が見た映像を裏付けるように、周囲に居たバーテックスが一目散に空に浮かぶ紅葉の元へと移動を始めた。その中には融合体も含まれており、あまりの事に歌野の判断も遅れてしまう。

 

待て、と追いかけようとしたが、かくりと力が抜けた足に追随して身体も地面へと転ぶ。直ぐに立ち上がろうとすれば、疲労による筋肉の弛緩が起きていた。

申し訳なさそうに、傍らの気配が薄れていく。なるほど、さっきのあの力はこの子が原因だったのか、と歌野は乱れた思考のなか理解した。

 

 

「うたのん!!」

「歌野おねーちゃん!」

 

閉じられたシェルターから水都が慌てて飛び出してきた。座り込む歌野に肩を貸しつつ、シェルターへと誘導する。

 

「待って、あの方向にはモミジさんが居るはずよ」

 

「そんな身体で行くつもりなの?! ダメ、絶対行かせない!!」

 

 

珍しく声を荒げる水都に驚きつつも、式神で向こうの状況を調べているのか、綾乃が頭に手を添えて探る様に目を閉じていた。

 

目を開けた時を見計らって綾乃へと声を掛ける。

 

 

「モミジさんの状況は?」

 

「取り敢えず死んではいないかな。そして、あの光の元は――」

 

「モミジさんが起こしてるんですよね」

 

綾乃の言葉を繋いで、確信を持って歌野が言う。その言葉に、少しの間押し黙り、綾乃はようやく口を開いた。

 

「そうだよ。あれがモミジの中にある“天津神の因子”だろうね」

 

言葉につられる様に、三人は今もなお輝く紅葉へと顔を向けた。

鮮やかな紅の、まるで燃えているかの様に輝き大地を照らすその在り方は、

 

 

「まるで、御天道様そのものね」

 

 

歌野の言葉が、三人の間で小さく洩れた。

 

 

――制御は出来ている、のだろうか。

 

違和感は感じるが、それは身体能力にではなくこの様な戦い方で合っているのか、という疑問だった。

 

諏訪神との組み手では、あちらはこう、神様パワー的な物をぽんぽん発動していたのだが、やってみようにも上手く行かない。

 

取り敢えず、融合体に対しては力任せにぶん殴る。という対処で戦っていた。

 

 

「そろそろケリを着けないとな」

 

この力、“神花”(しんか)とでも名付けようか。自分の中にある“天津神の因子”をゴリゴリと削り取りながら発動している、というのが肌で感じる。

無くなってしまっても死にはしないだろうが、目の前の融合体に殺されるので結局の所一緒だろう。

 

モミジがうーむと悩み始めたその時。

 

融合体が一斉に飛び上がったかと思えば、一ヶ所へと纏まり始めた。

ぐじゅぐじゅと不快な音を立てているその光景に、数瞬反応が遅れる。

 

 

「融合して……?!」

 

 

今でも厄介な融合体が、この上さらに強化されると言うのだろうか。

そうはさせない、と動き始めた時目の前に何かが横槍を入れる。

 

巨大な針。見れば蛇の様な、またはサソリの様な。そんな見た目をした融合体が巨大な針の着いた尻尾を縦横無尽に振り回していた。

 

回避し、打ち払う。邪魔させまいと必死なのか、向こうも息吐く間もなく攻撃を仕掛けてくる。

 

 

「時間がないって言ってんだろ、どけよ!!」

 

針を避け、本体に通じる尾を両腕でがしりと掴めばジャイアントスイングの様に振り回した。充分に勢いがついた所で、地面へと叩き付ける。

 

地震にも似た揺れを起こしながら、サソリ型融合体は地面に大きくめり込みその身体を崩壊させていた。

 

サソリ型を倒し、急いで融合途中の場所へと移動すると、そこには異様な光景が広がっていた。

 

 

 

通常バーテックスが融合する際には百以上の個体が融合し、その体積はその融合した規模に比例して大きくなっていく。

 

だがその新しい融合体は、その逆の現象、つまり小さくなっていた。通常のバーテックスよりも一回り小さく、まるで。

 

「……人間みたいな形になったな」

 

赤黒い身体、その表面は波打つように波紋が広がり、一時たりとも鎮まる事はない。

 

昔外国のヒーロー映画の悪役にこんなのが居たなぁ、と他人事ながら考えていると、ふとそいつと目が合ったような気がした。

 

 

『…………』

 

「……何だ?」

 

何かを話すようにパクパクと口を動かす人型。思わずモミジが疑問符を浮かべ油断したその時、

 

目の前にソイツは、既に踏み込み終えている状態で居た。

 

 

故に反応が遅れる。防御の為に構えた腕に奴が触れて――

 

 

〰️〰️

 

「――ここは」

 

諏訪神が作る空間にも似た世界。だが同じ白色でも、諏訪神の世界は陽射しの様な眩しさのあった世界であったが、ここは灰色混じりの、何処か荒廃したような雰囲気を感じる世界であった。

 

見れば、先程の人型融合体が居た。空も地面も感じられない空間だったが、それでも体勢を直すには至りモミジは周囲を観察する。

 

他のバーテックスの姿はない。……何やら、人型の遥か後方に黒い円形の物が目に入った。あれは

 

『この裏切り者め』

 

覗き込もうとした時、人型融合体から声が上がる。

人型の言葉はそれが最初だった。というより話せたのか。

 

 

「裏切り者?」

 

『そうだ。我々天界よりの使者であるお前が、どうして人側についた?!』

 

非難を含む怒声が、次々にぶつけられる。俺が“天津神の因子”を持つ事を、コイツら――天界とやらの奴等は気付いているのだろうか。

 

「俺は人間だからな。ってか、あんな大口広げて喰いに来られたらそりゃ抵抗するわ」

 

おどけながら返答する。この空間によるものか、はたまた言葉の裏を読み取ったか、目の前の人型は何処か呆れた様に言う。

 

『……不良品に利用価値があるかと思い声を掛けたが、アイツとは違うな。悪戯に名を持ったのが原因だろう』

 

「……アイツ?」

 

似たような境遇の者が居るのか、と考えが頭を過るが、それを無視して人型は言う。

 

『――お前に名を付けたのは、あの小賢しい隠れ蓑を作る小娘だな?』

 

「……さぁな。誰の事だか分かんないね」

 

『惚けても無駄だ』

 

ごぅ、と荒れ狂う暴風が人型を中心に吹き荒れる。

その中でも相手の動向を注意し視線を送るモミジに、人型は嘲笑うかの様に言った。

 

『あの小娘は“我が主”の逆鱗に触れた』

 

赤黒い流動体がずるりと形を変え、人型は目の前で手を形作った。差し出した指は5本。

 

『半年に満たない内に死ぬだろう。直ぐには死なん。じわじわと苦しみ、嘆き、お前という存在を作った事を後悔しながら死んでいけ』

 

「てめぇを、逃がさなきゃ良いだけだろぅが!!」

 

爆発的な速度で暴風の中を突っ切り、拳を握り振りかぶる。そんな様子を見て、それでも人型は笑みを崩さなかった。

 

 

『いずれまた、会うときが来る』

 

 

「――っち」

当たらなかった。空を切った拳を戻し辺りを窺うが、気配が微塵もしない。逃げられたのだ。

 

「…………」

 

国土綾乃は半年で死ぬ。

 

そう予言された事実を受け止めて、モミジはどうすることもなく立ち尽くしていた。

 

 

 



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四国の章
四国へ 1


 

諏訪は壊滅したも同然だった。

 

諏訪大社は本殿以外、すなわち住人の住居スペースは軒並み崩壊。

歌野の作った畑もほとんどがダメにされており、それを見た本人はジーザスと項垂れていた。

 

幸いな事に人的被害はゼロ。体力が途中で尽きた歌野さんはシェルターで看病されていたらしい。

諏訪に居た精霊が力を貸してくれたらしいのだが、その反動か全身が筋肉痛で動き難そうにしていた。まだまだ体力が足りないわね、と本人は笑っていたが。

 

 

――そして、

 

 

「――ジ、モミジ!!」

 

「っ?!」

 

急に掛けられた声に、びくりと身体を跳ねさせる。見れば、怪訝な顔をした綾乃が此方を睨んでいた。

 

今は、綾乃とまともに目を合わせられない。

 

 

「四国に皆で移動させるって話、聞いてたの?」

 

「わ、悪い悪い。続けてくれ」

 

「だから、アンタは身体大丈夫なのかって事よ」

 

はぁ、とため息を吐いて、綾乃が日本地図に指を走らせる。“神隠し”によって作った“道”を確認しているのだろう。水都を含む、何人かの大人も交えて意見を交換しあっていた。

 

 

「この“道”は、絶対に安全という訳ではありませんが、奴等から隠れながら移動するには最適だと思います」

 

「ですね。私も確認しましたが、確かにあれなら多数の移動でも問題なく行える筈です」

 

「なるほど」

 

綾乃と水都からの説明を受けて、白髪頭の老人が納得行ったように頷いた。確か諏訪大社のお偉いさんだったな、とまだはっきりしない頭で思い出す。

 

「ただ、もし奴等に見付かった際の事について、モミジに確認取りたかったんだけど?」

 

「そうだったのか。……大丈夫だ。まだ“神花”の余力は残してあるからすぐにでも使えるぞ」

 

俺がそう返答すると、水都さんが言う。

 

「あんな凄まじい力を放つものを使用して、身体に支障は無いんですか?」

 

そう言われて簡単にだが身体を見るが、特に問題はない。

俺の身体に宿る“天津神の因子”を使用したが、特に今のところ身体に残った疲労以外は問題はなかった。

 

大丈夫だよ、と返せば安心したように水都さんは胸を撫で下ろした。

歌野さんの事が心配で看病したいだろうに、話し合いに参加している水都さんに内心感謝を送る。

 

この話し合いに特に意見は要らないだろうと、俺は静かに部屋を抜け出した。

 

〰️〰️

 

「……ふぅ」

 

本殿から抜け出して向かったのは、歌野牧場の共同休憩スペース。

雨避けの屋根が破壊され風通しが大変よろしくなったその場所で、モミジは空に浮かぶ満月を眺めていた。

 

大地を優しい光で照らすそれは、どうしようもなくモヤモヤしていた胸を少しだけ和らげてくれた。

 

 

「あら、お疲れかしら」

 

声に振り向けば、歌野さんが幾らかの野菜を手に此方へと若干ぎこちなく歩きながらも来ていた。どうぞ、と差し出されたそれを礼を言って受け取りかじりつく。

瑞々しい新鮮な野菜をあっという間に食べ終えると、歌野さんは隣に座り、同じようにかじりついて言った。

 

 

「もうすぐ此処を離れるし、残った分も綺麗に食べなきゃね」

 

「そうだな」

 

「……モミジさん、何かあったの?」

 

やはり返答が素っ気なかったか。だが、何と答えれば良いのか分からない。会話を充分に行うだけの頭を動かすことが満足に出来ない。

 

「悩んでるなら、相談に乗るわよ?」

 

此方を覗き込むようにして言ってくる歌野さんに、ならばと相談しようとして、

 

 

猛烈に、自分の背中に悪寒が走った。

 

 

「――っ」

 

ダメだ。ダメだダメだダメだ。

 

頭の中で警告がなる。何がとは言えないが、本能的な直感が()()()()()()()()()()()()と訴えてくる。

 

「モミジさん?」

 

「――っご、ごめんな。大丈夫だから。四国に行く準備、ちゃんとしておいてな」

 

それだけ言って、そそくさと離れる。歌野さんが何かを言っていたが、それを振り切り綾乃が居る本殿まで走って行った。

 

 

 

 

 

「ちょっと、うたのん! 身体が本調子じゃないんだから、安静にしとかないといけないでしょ!」

 

「あ、みーちゃん。ごめんね、どうしても畑を見ておきたくて」

 

「もぉー。…… どうかしたの、うたのん?」

 

「……いいや、一発どーんと入れようかと思ったけれど、なんだか気が抜けちゃったわ」

 

「?」

 

「いーまーはー、みーちゃん成分を吸収せねば!」

 

「ちょ、うたのん。こんな所で――」

 

 

〰️〰️

 

綾乃は何処だ

 

 

息を切らせて本殿へと着けば、綾乃は風呂から上がったばかりか、同じく風呂上がりらしき梓と部屋に向かう途中だった。

 

「綾乃!!」

 

「あ、モミジ。ちょうど良かった、明日の確認で――」

 

綾乃が何か言っていたが、そんなことはどうでも良い。

 

 

 

「身体に異変はないか?!」

 

肩をがしりと掴み、思ったより大きく出た声に自分でもびっくりする。

言われた綾乃も少しの間目をぱちくりとさせて呆けていたが、状況が読めたのかはぁ?と顔を歪ませる。

 

何言ってんの、と言い切る前に、寝間着のTシャツの腹部分を捲り上げた。

健康的な肌色、胸元近くまで上がった所からは特に変わったものは見えなかった。

 

一通り確認し終わって、モミジは安堵の息を吐いた。

改めて綾乃を見れば、わなわなと身体を震わせながら顔を赤らめるのと、隣の梓がヤバいと綾乃の顔を見上げるのは同時の事。

 

 

「いきなり何すんだ、お前はぁ!!」

 

綾乃の体重が綺麗に乗った拳がモミジの顔面に叩き付けられるのは、その直後の事だった。

 

 

『お前阿呆じゃろぅ』

「返す言葉もねーわ」

 

開口一番諏訪神から言われた呆れの言葉に、はぁとため息を吐いて返答する。あの後マウントを取られてボコボコにされかけたのだが、梓の必死な制止により一命をとり止めた。

 

というより、気になる事がある。

 

「アンタ、身体どうしたの?」

 

『うん? 今回の騒動でかなりやられての。実体を保つ余力がないんじゃ』

 

 

はっはっは、と笑い声を上げて諏訪神がそう答える。今回の騒動、つまりはそれは、

 

『勘違いをするなよ、お主は何の関係もない。領域の結界を破壊され、土地の多くを汚されただけの事にすぎないのじゃよ』

 

有無を言わさぬその語意に、モミジは喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。モミジが“神花”を発動させた際に使用した“勾玉”と武具の代わりとして受け取った棍、あれが崩壊の引き金を引いたのでは、と考えていたのだった。

 

モミジが黙ったのを見て満足するようにうむと呟くと、諏訪神はではと切り出す。

 

『先に言っておくが、此処諏訪の地に居るワシが消滅した所で、ワシは消えるという訳ではない』

 

「……どゆこと?」

 

頭に?を浮かべたモミジに説明するように、諏訪神は順を追って答えていく。

 

既に“神樹”を基盤とする四国の地に、諏訪の祭神タケミナカタは存在するとのこと。

 

だがそれは別御霊と呼ばれる、もう一つの諏訪神という扱いであり、ここでの事は情報でしか知り得ていないのだそうだ。

 

 

『だから、此処を離れる際に本尊等を持って行かぬよう、深く注意しておけ』

 

聞けば、諏訪神は昔“天津神”の一柱である天照大御神からの使いである建御雷神(タケミカヅチ)に色々あってボコボコにされ、この諏訪の地から出ない事を条件に見逃して貰ったのだとか。

 

下手にその規約を破るとどうなるか分からないので、自分は此処に残る為に、本尊は置いておいてほしいらしい。

 

 

「だっせぇ」

『やかましいわ』

 

お互いに軽口を言い合いながら、最後になるであろう神様問答も終わりに近付いていく。

 

 

夜明けが近付いて来たのか、結界が解かれる間際に諏訪神はモミジへと告げた。

 

 

『色々言わねばならぬ事があるが、これだけは言っておく』

 

なんだよ、と返せば諏訪神はモミジに指差して言った。

 

『“神花”と名付けたのだったか? その力は確かに、これからのお主を助ける物になるであろう。同じ神として感じるその力は、ほとほと我らと同等の物である』

 

だがしかし、と続ける。

 

『お主のそれは同時に、()()()()()()()()()()()であると心得ておけ』

 

結界が解かれ、何かを言いかけたモミジが光に包まれ姿を消した。

 

ふぅ、と一息吐くと今日だけは、と諏訪大社の屋根に登り山からじわじわと覗く日の入をゆっくりと眺めた。

途中寄り添うように来た一匹の精霊に笑いを溢し、ぽんぽんと隣を叩けば精霊はそこに腰を降ろした。

 

 

 

 

――神託は変えれる、そう言っていたがそれは無理じゃ

 

 

思い返すのはその内容、歌野を含む勇者達と相対するように一人佇むモミジの姿。

そして、そのモミジに抱かれて眠る一人の少女。

 

その瞳は、どうしようもないほどに揺らいでいた。

 

 

――ワシらはイメージでしか伝えられない。神の言葉は、人には理解が及ばぬ領域の物だ。

 

――そして、今お主や人に待ち受けている試練、それは自身の手で切り開くしか道はない。

 

 

大神紅葉。

人の身で神に近付き、その神を討とうとする波乱の子。

 

 

――願わくば、暫しの平穏と無事を祈って。

 

 

諏訪神は願う、彼の幸福を。そしてその幸せの成就を。

 

 

『さぁて、元気よく見送るとするかのぅ』

 

諏訪の地に、人が住む最後の朝がやって来た。

 

 

 

「――さて、荷物は持ったな。忘れ物はないか?」

 

確認すれば、肯定の返事が返ってくる。それを聞いてモミジは満足そうによしと言うと、諏訪の皆に聞こえるように言う。

 

「綾乃の“道”があるとはいえ、道中はかなり危険だ。思ったこと、感じた事は直ぐに伝えて下さい。それともう一つ――」

 

背中に手を当てれば、諏訪神から譲り受けた棍の硬い感触が伝わった。それと、暖かな何かも。

 

綾乃に来るという絶望も、此処に居る諏訪の皆も、その全てを守るとモミジは誓った。

 

 

「四国の“防人”、大神紅葉が絶対に送り届けるから、最後まで諦めないで下さい」

 

 

最後に諏訪大社を見れば、二つの影が揺らめいていた。

 

 

 

 




綾乃の呪い
“天津神”の一柱の逆鱗に触れた結果、受けてしまった呪い。本人が精神的に堕落、または呪いを口伝すればたちまち呪いは身体を蝕み、死へ至る。

“神花”
しんか、と読む。モミジの身体に宿る“天津神の因子”を大神紅葉という一個人に嵌め込み強引に神格化させたもの。
代償は身体の神化。使えば使うほど、大神紅葉という神が顕現する一歩となる。

そしてその力は――


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四国へ 2

夏風邪&夏バテでダウンしてました。
皆さんも気を付けてね。




 

早く終わらないものか。

 

乃木若葉は、会議室で議論を交わす声を聞き流しながらそう考えていた。

今の四国は、神樹様を奉り平穏を保とうとする大社と、“天災”が起こる前までの日本を統治していた日本政府が対立している。

 

現に今聞いている内容は、唯一バーテックスに対抗出来る私たち“勇者”の処遇についてだ。

 

丸亀城にて訓練、そしてバーテックスへの戦闘に備えるよう提示する大社。

対して、私達の勇者衣や神具を解析し、量産、戦力強化への一歩とすべしと提示する日本政府。

 

どちらの言い分もまぁ分かるが、若葉自身としてはそれどころではなかった。

 

「モミジや歌野達は無事だろうか……」

 

通信中に突如ぶつ切りにされた会話。ひなた曰く、神樹様からの神託では諏訪から四国へ向かう事になったと言っていたが、そう簡単に行くものではない。

 

援護に行くべきだ、と大社の上役に詰め寄ったのだが、緊急時に戦力が居なくなっては事だ。という至極全うな返答を貰い撃沈した。

 

 

はぁ、と思わずため息が出る。

 

不意に感じた視線に目を向ければ、何か言いたげな複数の視線を受け、慌てて姿勢を正す。

 

 

――あぁ、嫌だなぁ。今日は好きな具材をたくさん乗せたうどんを食べよう。

 

 

勇者というのも難儀な物だ、と若葉は現実逃避をしながらそう思った。

 

 

〰️〰️

 

「上里さん、この書類はどうしますか?」

 

「あぁ、それは此方の方に……、はい、ありがとうございます」

 

諏訪から大勢引き連れてモミジが帰ってくるという神託を受けて、大社内はバタバタと動き回っていた。

 

まず諏訪の勇者である白鳥歌野、その専属の巫女である藤森水都の大社内の受け入れ。

 

更には特異な能力を発現した巫女見習いの望月梓への対応。

 

そして更には増える住人の居住スペースの確保、当面の衣食住の用意など列挙するだけでも両手の指では足りない事柄が多かった。

 

 

 

その時、不意にひなたがハッと何かに気付いたのを側の巫女は分かった。

 

「――むむむ。若葉ちゃんたらご機嫌斜めですね。……今日は豪勢に全部乗せうどんにしましょう!!」

 

 

何やら不思議な電波を受信したひなたが、書類の隅にメモを取る。

 

傍らの巫女がそれ重要な書類――と言いかけるが、直ぐにやめ上げた手を降ろした。

大社における、“怒らせたらやべー奴等トップスリー”にランクインしているひなたに対して意見できるのは、幼馴染である若葉やモミジ、綾乃だけだ。

 

 

テキパキと書類を仕分け、担当の者に仕事を任せるとひなたは次の部署へと足を運ぶ。

 

「さてさて。モミジさん達が帰ってきたら、今以上に賑やかになりますね♪」

 

もうすぐ会える顔ぶれに楽しみにしながら、ひなたは大社の通路を急ぎ足で歩いて行った。

 

 

 

「ワオ、あれが瀬戸大橋?」

「大きい……」

「ながーい!」

 

霧がかった視界の先に広がるそれを見て、諏訪の人間から口々に声が上がる。

聞けば写真等で見たことはあるらしいが、実物を見るのは初めてとの事。

 

 

「もう目と鼻の先だから、焦らずゆっくり、確実に行こう」

 

「あら、一気に進まないのかしら?」

 

「この辺り、バーテックスが多いんだよ」

 

 

そう言って構えていた双眼鏡を歌野に手渡して瀬戸大橋付近を示せば、それを覗いた歌野からうげ、と声が上がる。

どうしたの、と心配する水都にも同じように見せれば、水都からも辟易する声が上がった。

 

「神樹の結界の目の前だからなぁ。“道”で見付かりにくいとはいえ油断するとあっさり見つかるぞ」

 

「流石にへとへとな身体であれはノーセンキューだわ……。今日は休みましょう」

 

「だね……」

 

海沿いにある旅館の大広間に皆を誘導し、就寝の為の準備、食事の準備をする者とに分かれていく。

綾乃と水都は気休め程度だが結界を張り、バーテックスの接近に備えていた。

 

 

「モミジお兄ちゃん、これどうしたら良いの?」

 

「うん? あぁ、これはこうやってな……」

 

道具の手入れを手伝っていた梓から声が掛かる。それを手伝ってやりながら、モミジは別の事を考えていた。

 

――綾乃の呪いは、今のところ特に異常はない。

 

ならばあれはあの人型バーテックスが吐いた嘘なのかと考えれば、即座に否定できるだけの自信はある。

 

あの人型バーテックス、いや、“天津神”からの使いで“神遣”(シンシ)としようか。奴の怒りは本物だった。

“天津神”は俺が得た新たな力、“神花”を自分達の為に使わせたかったが、それは頓挫。俺が大神“紅葉”という名を持っているため、自分達が介入する隙すらも無くなってしまったのだ。

 

そしてそれは、国土綾乃という存在が関わっている。となれば、

 

 

「狙われる、よなぁ……」

 

 

ふと呟けば、隣に居る梓が首を傾げながら此方を見上げていた。何でもないよ、と頭を撫でてやれば、目を細めて笑う。少しだけだが気が紛れた。

 

最悪の事態までは、シンシの話を信じるなら約半年。その間に何らかの手を打たねば――綾乃は死ぬ。

 

 

あの時、俺がシンシを倒せていれば

 

 

「テント出来たー!」

 

「うん。しっかり出来たな、偉いぞ」

 

 

あの時、俺がバーテックスの融合を阻止出来ていたら

 

 

「夕飯出来たわよー、私特製の蕎麦が!」

 

「おっ、多分ラスト蕎麦だな。味わって食べろよー」

 

「ワッツ?! 四国では蕎麦は禁じられているというの?!」

 

「若葉がうどんキチだからな。蕎麦食べるとうるさいんだよあいつ」

 

 

――俺が、もっと強かったなら

 

 

「伸びる前に食べるわよ。早く座って座って」

 

荒れた畳に布を敷いて、組立式の長テーブルを置けば、簡単な食卓が出来上がった。

その上で美味しそうな匂いと湯気を上げる器を見て、綾乃の言葉に同意して席に着いた。

 

いただきます。という言葉の後で、皆思い思いに蕎麦を食べていく。

 

「むむむ……。これは四国に着いてから一戦交える必要性がありそうよみーちゃん」

 

「私達避難させて貰うんだからね?! 争い事は勘弁だよ?!」

 

「良いぞぉ歌野ちゃん。諏訪の“そうるふうど”を四国の人達に食べさせてやろう!」

 

「ダメだから! 諏訪と四国で戦争が起こるから!」

 

 

歌野の四国での野望を聞いて水都から待ったの声が掛かる。周囲の大人達の応援から更に気持ちを昂らせる歌野を、水都は必死で抑えていた。

 

「元気ねぇ、皆」

 

「流石に疲れたか、しんどいなら早めに寝ろよ。明日は更に神経使うだろうしな」

 

「それもそうねぇ……。なら、早めに休ませて貰うわ」

 

でも、と綾乃は汁を飲み干し器をごとりと置いて言う。

 

 

「ちょっとアンタに話があるのよ、少し時間良い?」

 

 

――全部お前のせいだ。

 

 

心の中で、もう一人の自分にそう言われた気がした。

 

 

 

「話って何だよ、綾乃」

 

諏訪の皆とそう離れていない場所まで来たモミジは、先を歩く綾乃へとそう言う。その語調にも、普段とは違う違和感を綾乃は感じていた。

 

――やっぱり何かを隠している。

 

間違いない、とそう直感が告げている。伊達に数年、修羅場を潜り抜けてきた間柄ではない。相棒に何かがあった事は、直ぐに察しがついた。

問題はそれが、()()()()()()()()()()()という事だ。

 

モミジは基本顔に出やすい。本人はポーカーフェイス(笑)を気取っているが、チラチラと此方を気にしているのは分かっている。

 

共に行動を始めて日が浅い諏訪の三人にも分かるくらいなのだから、それは相当なものだろう。

 

 

――そして、それから出てくる答えは一つ。

 

 

「アンタ、私に隠し事してるでしょ」

 

モミジの顔に、焦りと不安の入り交じった感情が浮かんだ。

 

〰️〰️

 

――どうする。

 

「大体ねぇ。アンタみたいな分かりやすい奴が人に隠し事なんて出来る訳ないでしょ。何かあったの、言ってみな」

 

ため息混じりの呆れ顔をしつつ此方を見る綾乃と目を合わせながら、モミジは必死に頭を回していた。

 

()()()()()()()()、それは絶対だ。言ったが最後、何か最悪の一歩を踏み込んでしまう気がする。

 

「恐らく、アタシかひなちゃんか若ちゃんって所?」

 

「な、何でそう思うんだよ」

 

「そりゃあ、そうでもなきゃ服捲り上げて調べないでしょ」

 

ジト目で此方を睨む綾乃に、そういやそうだとモミジは頭を抱えた。

不安が先走って行った珍事だったが、綾乃からすれば何か疑問に思うのも仕方がない事だ。

 

再びどうする、と悩む。言ってしまうのは楽だ。だが、そうなると取り返しのつかない事になる可能性が高い。

 

 

――回れ、俺の頭! おぉ、神よ。今こそ神託を……っ

 

 

凡そ人生で三本の指に入る程の下らない理由で祈ったそれは、確かなアイデアとしてモミジの頭に舞い降りた。……心なしか、ニタニタと笑う老人(諏訪神)の顔が見えた気がするが。

 

 

――だが今は、このたった一つの冴えた選択を選ぶしかないだろう。

 

「……そうだな、綾乃。確かにお前の服を捲ってしまったのには理由がある」

 

「やっぱりね。ほら、さっさと吐いて楽になっちまいな」

 

「あぁ、実は俺――」

 

笑顔で此方を見上げる綾乃の肩を掴み、そう告げた。

 

 

「俺、実は貧乳派なんだ」

 

 

間。

 

間。

 

間。

 

「そう、か」

 

そうゆっくりと呟きながら、ユラリと綾乃は拳を握る。あぁ、やっぱりこうなるのね。

 

「だったら一杯夢見てこいッ!!」

 

「ぐぼっ?!」

 

綾乃の鋭い一撃が鳩尾へと突き刺さり、モミジは蹲ってピクピクと痙攣する。

ふん、と鼻息を一つ鳴らすと、肩を怒らせ綾乃は去っていった。

 

 

――翌日、女性陣からの視線が痛かったのは言うまでもない。



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四国へ 3

 

綾乃、歌野、水都の三人が揃っているのを確認して、会議用のテーブルの前に立つモミジはさて、と手を打った。

 

 

「それじゃ、今日は四国に入るためにバーテックスを暗殺してくる」

 

「暗殺? キリングって事?」

 

モミジの言葉に、歌野が聞き返す。あぁ、と返事してモミジは簡単な地図を広げた。

 

「四国の領土内は神樹からの結界で、バーテックスは足一歩入れないのが現状だ。だが、そのバーテックスが何故か数多く徘徊しているんだよ」

 

「そうなの?」

 

 

歌野への返答として、出来るだけ接近できる場所で撮影した動画をスマホで再生する。

何時もならある程度の時間で引いてくる数が、いつまで経っても変わらないのが現状だった。

 

 

「あの数に対してこの人数だからなぁ。絶対にバレる。んで戦闘になる」

 

「瀬戸大橋も走って逃げるには距離が長いし……。うーん、どうしようかしら」

 

「だろ? だから、様子見も兼ねて暗殺しようかなってな。修行してどれ程変わったのかの確認もあるし」

 

処理できるのなら出来るだけ処理したいのも事実だ。無理もしない様に気を付けたい。

 

「なら、私の出番もあるって事ね!」

 

「いや、歌野さんは此処で待機しててくれ。安地だが、万が一という事もある」

 

「むぅ……、仕方ないわね」

 

 

ガッツポーズの歌野が、モミジの言葉を受けしゅんと落ち込む。

 

歌野さんの身体はまだ本調子ではない。幾らか動けるようにはなったが、それで無理をしては元も子もないというものだ。

それが理解できているのか、渋々、といった形で了承してくれた。

 

 

綾乃から手があがりそちらを見ると、自信満々に言う。

 

「なら、アタシが同行するわ」

 

「いや……ダメだ」

 

「何でよ。“道”の確認もあるし、そこまで危険な事をするつもりも――」

 

「ダメだ」

 

思ったより強く出た言葉に自分でも驚いた。言われた綾乃も少しだけ目を見開いたが、直ぐに不満の色に変わる。

 

不満が出るのも仕方がない。自分にしか出来ない仕事をしなくても良いと言われたのだ。俺でも不満になる。

 

取り繕う様に、慌てて言葉を捻り出した。

 

 

「直感だけどさ、嫌な予感がしたんだ。俺も“神花”があるとはいえ、まだ未知数な所もあるし……」

 

「…………そうね。絶対に無理しないでよ」

 

「分かってる」

 

はぁ、とため息を吐いて引き下がる綾乃に感謝する。

 

ふと視線を感じて見れば、はー、と歌野が感心する様な顔で此方を見ていた。何だろう。

 

「どうかした?」

 

「いえ、凄い信頼関係ねと思って。流石はベストパートナーだわ」

 

「昨日亀裂が入ったけどね」

 

「うぐっ」

 

綾乃の鋭い一言に思わず胸を抑える。仕方がない事とはいえ、暫くは文句を言われ続けるだろう。というかかなり機嫌も悪い。

 

 

「でも、こんな大事な事、私達だけで決めても良いのかな……?」

 

「お偉いさんには話をしてある。勇者様方を信じていますってさ」

 

不安そうに言い出す水都に、モミジが地図を片付けながら言う。

 

皮肉ではない。諏訪の地での歌野の活躍やモミジの実力等、年長者達が納得する要素は数多くあった。

その全てを見たわけではないが、諏訪を守護していた歌野が全幅の信頼を置いている、というのが効いたのだろう。

 

 

バーテックスが天空(そら)から降ってきた“天災”のあの日、人類は当然の様に反撃をした。

あらゆる火力兵器、科学兵器……その全てを動員したが、全てが無駄の一言で終わる。

 

そんな中全国の一部各地で覚醒した、“勇者”や“巫女”の子供達や強力な結界を張る土地神様。

今まで軽視してきたそれらに護られるという形で生活基盤を立て直し、復興しているのが今の日本という国だ。

 

戦争兵器が効かないバーテックスを、神の力を宿す武具、“神具”で屠る“勇者”を認めるには時間が掛からなかった。

 

諏訪のお偉いさんがモミジを信頼してくれるのは、そういった所もあるのだろう。

 

 

因みに歌野さんはそういった信頼ではぶっちぎりらしく、”四国での諏訪組代表は歌野ちゃんに全て譲るよ!”とはお偉いさんの言葉である。

農業“王”とはあながち間違いではないのかもしれない。

 

 

「なら、準備が整い次第出発する」

 

身体の調子を確かめる様に、モミジは拳を強く握った。

 

 

バーテックスが数多く徘徊するそこを、モミジは大きな大木から眺める。

綾乃が敷いてある“道”の近くにもバーテックスが近づいており、予測通り強引に突破しようとすれば戦闘は避けられないだろう。

 

「何かを探している……というよりは、()()()()()()()って感じだな」

 

奴等はそれなりの知能がある。もし()()()()()()()から命令されているとすれば、俺、もしくは綾乃を重点に狙う筈だ。

 

または、両方か。

 

 

ふぅ、と息を一つ吐いて背中に備えた棍を取り出す。起動させた“精霊システム”に呼応して、棍に力が流れ込むのを肌で感じる。

 

“神花”はあるが、今は使わない。

奴等の数は絶えず一定であり、進化体の姿は見られない。

 

ならばタイミングは今しかない。

 

 

ポケットから取り出した小石を一つ、鋭く近場のバーテックスへと投げつける。殺すのが目的ではない、疑問に思わせ、此方へ誘導する為だ。

 

ふらふらと導かれる様に来たバーテックスが森に入った瞬間、女郎蜘蛛(じょろうぐも)を降ろした。

 

 

音もなく、バーテックスがその身を絡め取られる。大木の影に隠すように拐うと、その糸を一気に締め上げた。

 

「――――!」

 

「まずは一匹」

 

胴体を二つに別れたバーテックスは、消滅の光を出して消えた。それを確認して、バーテックスの群れへと視線を戻す。

 

次はアイツだ、ともう一度小石を手に取った。

 

〰️〰️

 

あれから大分バーテックスを暗殺した。

 

半分程とはいかないが、あれくらいの数ならば対処出来るのでは、という数まで減らすことが出来た。

 

バーテックス側も異変に気付いたらしく、先程から忙しなく広範囲に索敵を巡らせている。

 

そろそろ潮時らしい。

 

 

「行くぜ……っ!」

 

自らを鼓舞する様に静かに呟くと、棍を振り上げ飛び上がった。

 

手近に居たバーテックスの頭上を取る。影に気付いて上を向くがもう遅い。

 

勢いよく棍を頭目掛けて振り下ろす。鈍い音を立てて、バーテックスは地面にめり込んだ。

 

 

敵襲に気付いた周囲のバーテックスが、包囲するようにモミジを取り囲む。

それを見て冷静に、モミジは威嚇する様に棍を大きく振り回す。

 

「来いよ!」

 

モミジの威勢に応える様に、数匹のバーテックスがガチガチと歯を鳴らして接近した。

それを棍で吹き飛ばし、飛ばされたバーテックスが体勢を立て直した時には異変に気付いた。

 

身体にうっすらと何か、糸のような物が巻き付いている。

 

 

それを取ろうと身を捩るのと、モミジがニィと笑うのは同時の事だった。糸は強靭で、全く千切れる予兆が見えない。

 

 

「そぉぉぉらぁぁッ!!」

 

 

モミジが棍を振るう。それにつられて引きづられる様にバーテックスが宙を待った。

 

糸の巻き付いたバーテックスが他のバーテックスにぶつかる度に、二つ、三つ、四つ……バーテックスの塊が一つになっていく。

 

バーテックスの多くを巻き込み上に振り上げると、モミジも共に空へと舞う。団子状になったバーテックスの上空を取ると、モミジは更に精霊を降ろした。

 

 

金熊童子(きんくまどうじ)。これで決めるッ!!」

 

身体が熱した鉄の色に染める。諏訪での修行を経たそれは、更に熱量を増して身体の周囲を陽炎で歪めた。

 

拳を振り上げ、眼下の標的に狙いを定める。糸を縛り上げ、団子状のそれを更にぎちぎちと凝縮させると、くたばれ、と歯を食い縛る。

 

 

その一撃は、大気を大きく揺らすほどの轟音を立て、直撃したバーテックス達は地面にクレーターを生じさせて消滅した。

 

 

 

順調に育っている。

 

嗚呼、一時はどうなるかと思ったが、これは楽しみだ。

 

早く。

 

早く。

 

此方へ堕ちろ。(こっちへこい)

 

 

ふらり、とよろめいて地面へと墜落した。痛い。

 

長時間の“精霊システム”に加え、“精霊降ろし”に費やした体力の消費が激しい。

流石に無茶だったか、と地面に座り込んで息を吐けば、ふわり、と身体が軽くなった様な気がした。

 

「?」

 

思わず周囲を見るが、バーテックスの消滅の光とクレーター以外見られない。

 

気のせいか?と考えていると、スマホが震えた。画面を見れば、国土綾乃と表示されている。

 

 

「もしもし? 」

 

『もしもし?! 何か地鳴りしたけど何をしたの?!』

 

俺が何かしたの前提な事に揺らぎない信頼を感じた。全然嬉しくない。

 

まぁ、俺が原因な訳だけど。

 

「“精霊降ろし”を使ったら思いの外威力が上がっててな。でもバーテックスは掃討出来た」

 

『無茶すんなってあれほど言ったのに……』

『やっぱりモミジさんだったのね、救援は必要?』

『だ、大丈夫なの?』

 

電話の後ろで歌野さんや水都さんの声が聞こえる。大丈夫な旨を伝えると、安堵の声が帰って来た。

 

 

「今がチャンスだと思ったんだよ。明日には四国に入れるぞ」

 

『そう』

 

電話の向こうで呆れ顔をしているのが分かる。確かに無茶ではあったが、綾乃の“呪い”の事もある。四国には急いで入るのが一番だろう。

 

こっちの考えが分かったのか、綾乃がため息を吐いた。何だろうか。

 

『色々と文句言いたい事があるけど、取り敢えずお疲れ様』

 

「おう、疲れた」

 

明日は漸く、四国に帰れそうだ。

 



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四国へ 4

「アンタ……、もう人間辞めてるわね」

 

「洒落にならんからあまりそういうのは言わないで」

 

翌日、四国へと繋がる“道”を警戒しつつモミジ達一行は着実に進んでいた。

もはやバーテックスも脅威となる数も居ない。いつでも対処出来そうな数が、宛もなくふよふよと漂っているだけだった。

 

そんな中で昨日の戦闘が残る痕跡、モミジが作ったクレーター跡を見て、綾乃がどん引きしながら言った。

後ろで歌野と水都も、同意するような感想を言っている。

 

 

「わぁ、道がデコボコ……」

 

「足元気を付けて歩きなよ、梓」

 

「うん!」

 

足元を見て、一歩一歩確かめる様にふらふら歩く梓にモミジが注意を促す。四国に漸く入れる事への安堵か知らないが、梓は上機嫌で返事をした。

 

後はもう一本道。瀬戸大橋を渡りきってしまえば良いだけだ。周囲にバーテックスの気配も感じられない事に、モミジは少し気を緩める。

 

そんな雰囲気を感じ取ったのか、綾乃があー、と気ダルそうに言う。

 

「早くお風呂に入りたーい」

 

「おー、流石に今回はくたくただ」

 

前回四国に戻った時には衣服等の新調も行えなかった。歌野さん達の手配もあるし、ゆっくりと羽を伸ばす事としよう。

 

そういえば、と歌野さんが言う。

 

「私達はどうなる予定なの?」

 

「大社には伝えてあるから、取り敢えずの衣食住は事欠かないと思うよ。後は、顔合わせかな」

 

「顔合わせ?」

 

聞き返す歌野へ、モミジはニッと笑う。

 

「勿論、若葉やひなた。他にも四国で鍛練中の“勇者”達とな」

 

「わお。それは楽しみね!」

「うぅ……、いい人達だと良いなぁ」

 

「少し気難しい奴も居るが、基本は良い奴等だよ」

 

おどおどとした、小動物の様に警戒する水都へ、同じ様な気弱な彼女を思い出しながら言う。

 

暫く会えてなかったし、顔合わせを兼ねて皆で食事と行きたい所だ。

 

 

乃木若葉と上里ひなたは、揃って瀬戸大橋の出口、つまりは四国の入り口で立っていた。

大体一月。体感は数年ぶりだろうか。見送ったモミジと綾乃、そして新たな仲間の歌野と水都達を迎えるべく、ここで待ち構えていた。

 

「そろそろか……」

 

「えぇ、神託に間違いがなければ」

 

腕時計をちらりと確認すれば、神託によって予言された時刻も僅か、という所だ。

早く会いたい、という感情もあるが、同時に不安にも駆られる。早く来ないものか。

 

 

「乃木様。移動車、及び補給品の準備が終わっております」

 

「ありがとう」

 

背後を見れば、マイクロバス数台に、簡単な軽食や飲み水、医療品が揃っていた。

諏訪との連絡が断たれて日も長い。準備しすぎ、とはならないだろう。

 

若葉が礼を言うために後ろを振り返ったのと、ひなたが息を飲んだのは同時の事だった。その異変に気付いて若葉が視線を戻せば、ふわり、と風が頬を撫でる。

 

何もない空間に溶けるように入ってきたのは、家族のように大事な幼馴染の少女。それに続くように、一人、また一人とぞろぞろ連れだって現れる。

入ってきたそれぞれが感嘆の言葉を上げるなか、先頭の少女、国土綾乃は此方に気付いて近付いて来た。

 

諏訪から四国まで徒歩で移動という苦行を成した、そのどろどろに汚れた服や疲弊が見られる表情に笑顔が浮かぶ。

 

「綾乃っ」

「綾乃ちゃん」

 

「うぐ」

 

感極まって抱き付けば、少しキツそうな声を上げるがそのままされるがままになっていた。

 

存在を確かめる様に抱き締めれば、綾乃の背後からわぉ、と声が上がる。

 

「四国はかなり情熱的な出迎えをするのね……。私達もハグしましょうか、みーちゃんっ!」

 

「わっ、ちょ、う、うたのん……」

 

バーテックスという恐怖から逃れ張っていた緊張の糸が弛んだ水都は、抱き着く歌野に特に抵抗出来ないままでいた。仕方なしにもぅ、と呟くその表情は安堵を浮かべている。

 

 

うたのん、みーちゃんという言葉に、若葉とひなたの脳裏に二人の名前が上がる。

間違えては失礼と考え、恐る恐る訊ねた。

 

「す、すまない。白鳥歌野さん、藤森水都さんで間違いないか?」

 

若葉の質問に、歌野はええ、と笑みを浮かべ手を差し出した。

 

「諏訪の勇者、白鳥歌野。そういう貴女は乃木若葉さんで間違いないかしら?」

 

「……あぁ。乃木、若葉だ!」

 

差し出された手を、強く握る。

通信機越しでしかやり取りがなかった二人だが、ようやく対面が叶った瞬間だった。

 

 

「ふ、藤森、水都、ですっ!」

 

「はい。上里ひなたです、ようやくお会い出来ましたね」

 

「……はいっ!」

 

ひなたと水都の二人も、喜びを分かち合う様に手を握る。

 

 

「あれ、かなり派手な出迎えだなぁ」

 

驚き混じりの間延びした声に振り向けば、綾乃、歌野、水都達と同様に待ち望んでいた一人の少年の姿を捉える。

 

その姿を見て、若葉の目尻に涙が浮かんだ。

 

 

――私の我が儘を叶えてくれてありがとう

 

――危険だと分かりきっている事に巻き込んですまない

 

様々な想いが胸中に浮かぶが、それよりも先に、少年に向かって歩き出しながら片手を上げる。

それを見て意図を察したのか、少年もニッと笑いながら片手を上げた。

 

 

「ただいま、若葉」

「おかえり、モミジ」

 

 

パン、とハイタッチの音が鳴り響いた。

 

 

 

それからの流れは劇的だった。

 

 

諏訪から移動してきた諏訪の住民の受け入れ、衣食住の準備諸々。

 

諏訪の勇者、白鳥歌野。諏訪の巫女、藤森水都。そして巫女の才能のある望月梓の大社での受け入れ。

 

俺や綾乃は諏訪までの“道”の確認や、都市部の状況の報告。

何でも、神樹の様な土地神の集合体だけでなく、今回の諏訪神(タケミナカタ)の様な単神で強力な逸話、または信仰を持つ神様はまだ残っているのでは、という事だった。

 

実際、アイヌ神話のカムイの居る北海道、琉球神道の沖縄等、生存者の反応がある地域があるらしい。

 

ならば“道”の接続に伴い、救援に向かうべきか、と問えば答えはノーだった。

国津神、土地神達の集合体である神樹とはその系統が違う為、下手に接続すればどうなるか分からないということらしい。

 

此方に避難で向かっているという情報が掴めれば救援に行く、という形で話は終わった。

 

 

そして。

 

 

「あぁ~……、極楽」

 

身体の芯まで染み渡る温度に、疲れが癒されていくのを感じていた。

完全に脱力して湯船に足を伸ばせば、じんわりと迫る眠気に眼を閉じる。

 

大社が気を効かせてくれたのか、大社直営の温泉旅館で疲れを癒す事となった。

今まで事後処理で捕まって休めなかった為、一人気儘に湯船に浸かる。

 

天井に吊るされているテレビに目を向ければ、若葉が今回の事で取材を受けていた。四国に来た当初は緊張でガチガチだったが、最近は慣れてきたのか、すらすらと答えている。

 

 

ただ、問題はここで起きた。

 

 

スピーチを頼まれたのか、小さなカンペを盗み見しながら演説をする若葉。

歌野さんや水都さん、諏訪の皆を四国で歓迎し、勇者である自身もこれまで以上に邁進する。

 

 

ここまでは良かった。

 

演説慣れしてるなぁ、凄いなぁ。と持ってきて貰ったコーヒー牛乳を行儀悪く湯船に浸かりながら飲んでいると、若葉の表情が変わった。

 

何だこれは、と言いたげな顔。

 

 

『何だこれは』

 

事実だった。

 

突如の変化に、傍らの大社の神官が慌てて駆け寄る。先程までの変化に、報道陣もざわつき始めた。

 

 

『の、乃木様?』

 

『何故今回の功労者が私の名になっている。ここには歌野達やモミジの名を入れるべきだろう』

 

『ひっ』

 

『貴様、これはどういうこ――』

 

横からカメラのレンズへと手が伸ばされ、ブツリという音の後に音声と映像が切られる。

数秒の後にスタジオへと映像が切り替わるが、皆言葉を無くしていた。

 

「……何やってんだ、若葉」

 

怒る理由も分からない訳ではないが、きっとこの後ひなたからのお話(制裁)が待っている事だろう。

 

コトリ、と空になった瓶をタイルへと置いて、ふぅと息を吐いた。



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丸亀城の変 1

今回二本立てです


四国に戻って、数日後。

 

 

「大神様。此度の諏訪への遠征、本当にお疲れ様でした」

「んぐんぐ」

 

「国土様も。神樹様の結界の強化に繋がる大仕事、ありがとうございます」

「むぐもぐ」

 

 

「二人とも、一度食事の手を止めて……」

 

 

大社貸し切りの旅館。一般の利用者は誰も居ないだろうという中で開かれた食事会で、スーツに身を包んだ男、及川から挨拶の嵐に会っていた。

 

ほこほこと美味しそうに湯気と香りを広げる鍋料理や吸い物。艶々とした今が旬で食べ頃な刺身の数々……。炊きたてのご飯を片手に休むことなく綾乃と食べ続けていると、お茶のおかわりを注いでくれたひなたが呆れ顔で言う。

 

 

「むぐ……。んぐ。あー、うん。お疲れ様でした」

 

「雑ですね……」

 

茶碗が空になったタイミングで、自然に手を差し出してくるひなたに礼を言って渡せば及川が慌てて言う。

 

「いえいえ! お食事中に押し掛けたのは此方ですから。暫くはこの旅館でごゆるりとお過ごし下さい! では!」

 

「あっ……。行ってしまいました」

 

そそくさと。()()()()()()()()()()立ち去ったその背中をひなたが呆然と目で追う。

本人が言う通り、中々休めなかった俺を思っての事もあるだろうが、大体の原因はアイツのせいだろう。

 

「ずるずるずるずるずるずるずるずる……」

 

「若葉、うどんに罪はないだろ」

 

「むっ……、すまん」

 

しかめっ面でひたすらうどんを啜り上げていた若葉が、確かにそうだと一度麺を噛みきる。

 

あのスピーチの一件の後、荒れに荒れているらしい。

関係ないご飯のおかわりを持って来てくれる仲居さんが、びくびくと怯えながら配膳しているしまつだ。

 

 

「もぅ。むすっと若葉ちゃんはダメですよ? うどんを食べるときは何時ものぽやぽや若葉ちゃんでないと」

 

「うむ、すまな――待て、私はうどんを食べるときにぽやぽやしているのか?」

 

「ぽやぽやかは分からんが、幸せそうな顔で啜ってるぞ」

 

「マジか」

 

んんっ。と仕切り直す様に一つ咳をすると、若葉は口を開いた。

 

 

「だが、今回の功労者。所謂主役は私でなくモミジ、綾乃、そして歌野や水都達だ。私達“勇者”を御輿に上げたいのは分かるが、あれはやりすぎだろう」

 

「何々、何の話?」

 

若葉の言葉を聞いてか、まだ髪が少し濡れた歌野が若葉へと近付く。

 

「あれ、さっきの人。及川さんだっけ、 もう帰っちゃったの?」

 

「おう、若葉が追い返した」

 

「ちょっと待てモミジ、その言い方は誤解を招く」

 

「そっかー、畑を貰ったお礼を言いたかったのに」

 

「歌野も納得しないでくれ?!」

 

四国に着いて早々、畑に使って良い土地をくれと大社に迫ったらしく、そこで土いじりを終えて温泉に浸かって来たらしい。

それに付き合わされた水都が、ドライヤーを持って後から追ってきた。大変だなぁ。

 

「あのスピーチの時の事だよ」

 

「あぁ、若葉がアングリーだった時の事ね」

 

「むぅ、あまりそう笑わないでくれ。私からすれば真剣なんだ」

 

ケラケラと楽しげに笑う歌野に、ジト目で不満を訴える若葉。そんな若葉にあら、と歌野は言う。

 

「私は全員無事に四国に来れただけで満足よ。今は凄くハッピーな気分だわ」

 

「だな。俺も無事にお役目を果たせたし、ハッピーだ」

 

どうぞ、と昔話盛りを彷彿とさせる盛られ方をしたご飯をひなたから受け取ると、早速刺し身を数切れご飯に乗せ、醤油を一回し掛けて食べた。幸せ。

 

 

「わ、私も、無事に到着しただけで十分で……。寧ろこれからが不安というか」

 

「アタシみたいなのが巫女こなせてるから心配しないで良いんじゃない? あ、肉料理無くなった」

 

「なにぃ?!」

 

「おかわりを頼みますね」

 

モミジと同様にご飯をかきこむ綾乃が、空になった大皿を寂しげに見ながら言う。それを聞いたひなたが部屋の内線を手に取るとオーダーを取ってくれた、ありがたい。

 

全員から不満が無いことを聞いた若葉が、怒っているのが馬鹿らしくなったのかため息を吐いた。

テーブルに広がるオカズをどれにするかと目移りさせながら、ぼやく様に言う。

 

「だとしても、もう少しやり方はないものか」

 

「“勇者”っていう、今や人類の切り札だからな。前みたいに民衆からデモ紛いの事をされない為にも、ある程度の名声ってのが要るのさ」

 

「それが、あれだと?」

 

「おう。“諏訪を救い、多くの救助者を四国へと導いた勇者様!”新聞の一面は確定だな」

 

演技掛かった態とらしい物言いをしたが、若葉ははぁ、と沈むだけだった。

別に呆れている訳ではない。前までの四国は、治安としてはかなり悪い方だった。

 

 

「わお。四国ってそんな世紀末的な状態だったのね。皆で畑を耕せば良いのに」

 

「それはうたのんだけだから……。でも、昔に何があったんですか?」

 

「そうだな。料理のお代わりが来るまで時間もあるし、ゆっくりと話すとしようか」

 

 

〰️〰️

 

 

世界を絶望へと陥れた“天災”。それからの逃げ場として国中から逃れた人が向かったのが此処、四国だった。

その際に民衆を四国へと導いた存在が今の“勇者”達。その力を知っている人達は良かった。

 

()()()()()()()()()()()()

 

人口の増加。バーテックスの襲撃による建築物や文化の破壊により、他とは比べれば軽微だが四国もある程度の被害を受けていた。

 

それに合わせて犯罪も発生。強盗や傷害等、痛ましい事件も相次いだ。

 

住む場所を追われ命からがら四国へと逃げてきた人達に待っていたのは、歓迎の手ではない。

 

住居を作るために、自分の持つ土地を強制的に手放さなければならなくなった人や、食い扶持が増えるのを恐れて拒絶気味に接する心無い対応だった。

 

 

神樹、もとい大社はこれに危惧を抱き、直ぐ様行動を開始。“神樹様からの恵み”という名目で食料を無償で配布し、また自分たちの管理する施設などを開放して避難者達の住居とした。

 

それでも僅かながらの争い事は無くならず、元々ある暴力団紛いの組織達は、大社が組織した自警団達の手で鎮圧された。

 

因みにその際に“防人”としての力や“精霊システム”の動作確認の為モミジも勝手に参加したのだが、若葉達にバレると洒落では済まない事になるため割愛する。

 

 

そして月日は流れ、人々の生活や心に少しずつ余裕が出来るととある問題が起きた。

 

 

“勇者”を蔑ろにする動きが起きたのだ。

 

 

 

丸亀城の変。

 

後の土居球子という少女がそう名付けるその事件は、とあるネットの書き込みから始まった。

 

 

――あの白い化け物ってさ、“勇者”様とやらが持つ武器ならぶっ殺せるんじゃねーの?

 

――だろうな。俺、あの女の子が簡単に倒したの見たぞ

 

――あれ、俺たちでも使える物なのかな

 

――なら盗ってみよーぜw

 

 

その当時の俺達は、まだ大社が今とは違い完全に稼働出来ていなかった事、バーテックスがどんな条件下で攻めてくるのか詳細に把握出来てなかった事もあり、油断していた。

 

年端も行かぬ少女が、化け物と渡り合えるというだけで公然と武器を所持しているのを不審に思ってなかったのだ。

 

 

そして、事件は起こった。

 

「ねぇねぇ、君さ。あの化け物ぶっ殺してた子だよね。“勇者”様ってやつ?」

 

「……だとしたら?」

 

「その武器さぁ、ちょっと見せてくんない?」

 

「断る」

 

傍らに居たひなたは、突然として絡んできた青年達に危機感を抱いた。

明確な悪意を感じる。言葉に出さなくとも若葉に通じたのか、毅然とした態度で若葉は返答した。

 

 

「は? 何で? 訳分かんないんだけど」

 

「ちょっと貸してって言ってるだけじゃん。早く出せよ」

 

「断るッ!」

 

 

苛立つ様に言葉を掛けてくる青年達に、尚も変わらない返答をする若葉。神具である“生大刀”に自然に手を置き、“寄らば切る”と暗に警告する。

 

この時の若葉はまだ“天災”でクラスメートを失ったばかり、精神はまだ完全に安定してるとは言い切れない状態だった。

 

切れば如何に“勇者”と崇められている若葉でも非難は避けられない。それを恐れたひなたが抑えようと動いた時、それは起きた。

 

 

「いや、逃がさねーから」

 

「ぅ、い、たぃ」

 

逃げると勘違いした青年の一人が、ひなたの長い黒髪を手荒に掴む。ぶちぶちと何本か抜けた感覚と痛みに思わず声を洩らした瞬間。

 

自身の背後で、めきょりと何かが砕ける音を聞いた。

 

 

「私の親友に何をする」

 

「ひっ、ひぃぃい?!」

 

抑揚のない声。解放されたひなたが見た者は、鞘に納めた状態の“生大刀”を振り抜いた若葉の姿だった。

 

年下の少女の突然の変貌と、仲間が頭部から血を流し倒れているのを見て、青年達の顔から血が引いていく。

明らかに相手が戦意を喪失した状態なのを見て、ひなたは今がチャンスと若葉の手を強引に取って走り出した。

 

「ひなた?!」

 

「良いから、丸亀城まで走って!」

 

大変な事になるかもしれない。

 

ひなたは若葉と走りながら、胸の不安を感じていた。



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丸亀城の変 2

「――大変な事になりましたね」

 

時は流れて半日。日もどっぷりと暮れて真っ暗になる時間帯であったが、大社の要施設の一つである丸亀城周辺はスポットライトを浴びたように明るかった。

 

 

「おー……、滅茶苦茶人が集まってるなぁ。杏、タマから離れるなよ?」

 

「う、ぅぅぅ……」

 

「大丈夫だよアンちゃん! 自警団の人達も居るんだから!」

 

「…………」

 

「私がどん臭いせいで……」

 

「いや、悪いのは私だ」

 

若葉と同じく“勇者”の力を授かった少女達が、それぞれそれを見て言う。

 

 

物珍しそうに言う少女

 

それを見て小動物の様に怯える少女

 

暗い空気を晴らす様に、ポジティブに励ます少女

 

自分には関係ないとばかりに、無視を決め込む少女

 

元の原因は私だと言うひなたに、それを庇う様に自分が悪いと主張する若葉

 

 

そんな少女達の視線の先には、おびただしい程の人の群れがあった。

 

 

「“勇者”乃木若葉を出せーッ!」

「お前達大社は犯罪者を庇うのか?!」

「お前達に何の権利があるってんだ!」

 

口々に出てくる、若葉を差し出せという声や大社への不満。

四国で発生する物資や食料の半分以上の流通を握る大社を、快く思っていない人達が居る事が分かる反応だった。

 

 

「うちの息子や友人達が何したってんだ!」

「“勇者”なら何しても良いのかよ!」

 

 

「ここから先は立ち入り禁止だ!」

 

丸亀城の敷地に入ろうと迫る民衆と、それを押し返す自警団。そこで言い合っている青年を見て、若葉の顔色が変わった。

 

「あいつ……っ」

 

「……なるほど、乃木様は上手く利用された訳ですね」

 

声を荒げている青年とその父親らしき男、そしてそれを見た若葉の表情を見て、若葉の傍らに立つ大社の人間がふむと納得したように言う。

 

聞けば、旧政府の役人。つまりは前の日本においてかなりの地位に就いていた人間らしい。

 

そして、“勇者”という存在や大社のみがバーテックスに対応出来る“力”を独占する、というこの現状に不満を持っている組織の人間のようだった。

 

 

「おそらくは皆様の神具……。若葉様の“生大刀”等を奪える絶好の機会だと思っているのでしょうなぁ。神に選ばれない無力な人間が持った所で、ただのなまくらにしかなり得ないでしょうに」

 

はぁ、とため息を吐いてやれやれと首を振る。

 

 

大社の人間の言う通り、“生大刀”や高嶋友奈の持つ“天ノ逆手”を他の人間でも使えないかと試行錯誤した時があった。

 

まだ旧政府が僅かながら力を持っていた事もあり強行された事案であったが、結果は“不可能”。

 

それどころか神樹から怒り含みの神託が降ろされた事もあり、それに慌てた大社が“神具”を強引に取り返す、といった展開になっていた。

 

だが、今回のこの騒動を見るに向こうはまだ諦めてないのだろう。

 

 

「勇者様方には窮屈でしょうが……、暫くは丸亀城の敷地内での生活をお願いします。必要な物があれば用意致しますので、何なりと」

 

「本当か、ならタマは骨付き鳥がいい!」

 

「タマっち先輩、そういうのじゃなくて……」

 

「伊予島様、お気になさらず。土居様、ご用意致しますので少々お待ちを」

 

 

ずれた注文をする少女、土居球子に、先程まで小動物が如く震えていた少女、伊予島杏が呆れながら言った。

一礼をして去っていく大社の人間を見送り、窓の外の騒動を見つめていた若葉に、近くで外の騒動を興味無さげに聞き流していた少女、郡千景が視線を上げて言う。

 

 

「何時まで気にしているの?」

 

「……」

 

「遅かれ早かれ、こうなっていたんじゃない?」

 

「…………」

 

「周りの雑音なんて、気にしないで振る舞えば良いのよ」

 

カチカチと、千景は無表情で変わらずゲームを弄る。

その少女にとっては、もはや慣れた事とでも言わないばかりに。

 

 

「貴女は“勇者”なのよ。忘れないで」

 

 

千景のその言葉に、若葉は何も返せなかった。

 

 

「――という事があってな」

 

そこで区切って、若葉は湯呑みを傾ける。温くなったお茶が、話して渇いた喉を丁度良く潤してくれた。

 

コトリとテーブルに置けば、手際よくひなたがお茶のお代わりを注いでくれた。

 

 

「わー……、て事は四国って今デンジャラスゾーンって事? みーちゃん拐われたりしない?」

 

「何で私なの?!」

 

「大丈夫よみーちゃん。何度拐われたって私が瞬時に助けてみせるわ、ヒーローの様にッ!」

 

「拐われる前に助けてよ! しかも何回も拐われるの?!」

 

「いやー、ナイス漫才」

 

「違うよぉ!」

 

もはや見慣れたばかりの歌野と水都の漫才に綾乃が拍手をすれば、水都が否定の意味を込めたツッコミを返した。

 

 

それはさておき、と歌野が場を切り替え若葉へと話を促す。続きを話せ、という事なのだろうが若葉は悩むように腕を組んだ。チラリとモミジに視線を送って、

 

「私も詳しくは知らないんだ。モミジ、そろそろ話しては貰えないか?」

 

「むぐ、何が?」

 

「惚けないでくれ。あの夜、何かしたんだろう?」

 

「あー……、こう、平和的な解決をだなぁ」

 

 

「(絶対何かしたな)」

「(絶対何かしましたね)」

「(何かしたのね)」

「(何かしたんだ……)」

 

「平和的ぃ? よく言うわ、あんな暴れ方しといて」

 

渋るモミジを鼻で笑うと、綾乃は話し出した。

 

 

 

 

時は流れ、時間は深夜。

 

丸亀城へのデモ。長時間に及ぶ座り込みやバッシング等は連日行われ、丸亀城を守る自警団にも疲れの色が見えていた。

 

今が好機だ、と男は笑う。かつて国を動かしていた自分たちが返り咲く、絶好の機会。

 

“神樹”や“勇者”と呼ばれる眉唾物の存在を蹴落とし、あの化け物と戦う最前線で戦わせる。神聖な神社等の武器で戦えるというなら、それに合った適合者を探しだし、戦わせれば良い。

 

「何故あんなオカルト連中に尻尾を振らねばならぬ。“勇者”乃木若葉の事をダシに、今こそ大社を――」

 

車を走らせ、丸亀城へと急ぐ。

 

自分のコネや連絡網等を使い、荒事に秀でた連中を雇っていた。流石に殺人を犯す程の事はしたくないが、多少痛め付ける程度なら許容範囲内だろう。

 

そろそろ時間だ。現場に集まる多くの車に思わず笑みを浮かべるが、それも直ぐに疑問に変わる。

 

 

おかしい。

 

 

人は居る。見ただけで柄の悪い、ゴロツキと分かる男達と、何やら身の丈程の大きな棒切れを傍らの地面に突き刺した少年。

 

問題は男達が、地面に伏したまま動かない事だ。

 

男達の様子を探っていると、ふと少年の姿がない事に気付いた。何処だとハンドルを握ったまま視線を走らせれば、目の前からズドン、と大きな音と共に車が大きく揺れた。

 

ハンドルに頭をぶつけ、何事かと視線を上げれば先程の少年が車のボンネットに立っていた。

思わずアクセルを踏むが、何かに縫い付けられているかの様に車体は全く動かない。

 

何故だ。と焦ると同時に、車のドアが開けられ身体を外へと引き出される。胸ぐらを掴まれ引き寄せられれば、思わずひぃと声に出た。

 

「あんたが、最近騒いでる奴等の親玉か?」

 

「な、な、何の話だ?!」

 

「とぼけんな。お前の子供が、うちの者にちょっかい出したのは知ってるんだよ」

 

その言葉に、男は事の発端となった出来事を思い出した。確かに自分の子供が乃木若葉へと接触し、挑発して友人が怪我を負わせられた筈だった。

 

 

「怪我させた事に対して謝れならまだしも、これはいくら何でも大事にし過ぎじゃあないか?」

 

「っ、うるさい。お前に何が分かる。お前ら子供も、大社の様なイカれた宗教団体も、全て私が――」

 

支配してやる、と続けようとした所で、少年の顔色が変わった事に気付いた。

 

 

冷たい、どうでもいい物を見る目。

 

 

そうか、なら。と車のボンネットに手を掛ける。正確には、ボンネットを貫く様にして地面にめり込んだ、重厚な鉄の塊の様な大刀を軽々と引き抜いて。

 

「これは乃木若葉が持っている様な力を持った武器だ。これやるから、お前あの化け物と戦ってこい」

 

むんずと男の襟首を持つと、ずるずると引き摺る様に少年は歩きだした。

突然の展開に、男は理解がおいつかずただ抵抗する事しか出来ない。

 

だが化け物と呼ばれたその言葉に、脳内に悪夢が再来する。

 

 

ガチガチと打ち鳴らされる大きな歯。

 

ガチガチ

 

その音と共にバラバラに喰われる人間。

 

ガチガチガチガチ

 

一匹や二匹ではない、空を埋め尽くす様に、まるで星屑の様に――

 

ガチガチガチガチガチガチ……

 

 

 

それと、戦う?

 

 

 

「――や、やだっ、嫌だぁぁぁ!!」

 

小さな子供が駄々を捏ねる様にみっともなく暴れる。それでも万力に挟まれたかの様に、襟首を掴む手には解放される気配が見えない。

 

身体が震える。思い出した。そうだ、そうだった。

 

外はあの化け物でいっぱいだったのだ。

 

“勇者”という存在は、あの化け物を打倒する存在だったのだ。

 

「死にたくない。喰われたくない、嫌だ、助けて――」

 

何時しか意識は、勝手に身体から離れていた。

 

 

〰️〰️

 

「モミジ、やり過ぎ」

 

「綾乃か、寝てなかったのか?」

 

門からひょっこりと頭を出した綾乃に、モミジは顔を驚かせて言う。

今は深夜を回った所。柄の悪い人間が集まっていたから外に出てみれば、やはり正解だった。

 

やり過ぎと言っても、別に殺した訳ではない。大社から貰った“精霊システム”の仮運転を行っただけだ。

 

 

「どーすんの、これ」

 

「寒いし、流石にこのままはダメだろ。詰所のおっちゃんに言ってくる。面倒だし、さっさと部屋に戻れ」

 

「はーい」

 

綾乃が丸亀城の中へと入って行ったのを見て、さてとモミジは向き直る。

虚ろな目をして何かをぶつぶつと言う男を引き寄せると、聞こえる様にはっきりと言った。

 

 

「あいつら“勇者”は、お前らみたいなのでも助ける為に平気で命を張る。今お前が恐れたその化け物とも、お前とは違い逃げずに戦うんだ」

 

それを忘れるな、と言えば、男はがくりと力尽きた。死んではいない、気を失っただけだ。

 

詰所に連絡を入れようとすれば、丸亀城の入り口付近が何だかガヤガヤと騒がしい。表での騒ぎを聞き付けたのだろう、ならばさっさと逃げるだけだ。

 

 

「さて、これで若葉も元気になるだろ」

 

そう呟くと、モミジは見つからぬ様に闇へと駆けていった。

 

 

 

「やり過ぎだ」

「やり過ぎです」

「やり過ぎね」

「やり過ぎだよ……」

 

「うーむ、このアウェー感」

 

引き気味。というかドン引き顔で此方を見てくる四人にどうしたものかと思う。

 

いや、やっちまったもんは仕方ない。もう終わったことだ。

 

「やったぜ」

 

「後でお話ですね」

 

許されないらしい。

 

 

畜生、と自棄食いを始めれば歌野さんが結局、と口を開く。

 

「その人はどうなっちゃったの? もう問題はないのかしら?」

 

 

「あれ、さっきここに居たろ?」

 

 

その言葉に、綾乃を除いた四人の顔が固まる。思い出すように記憶をたどり、当てはまる人物が居たのかお互いに顔を見合わせた。

 

「……もしかして及川さんですか?」

 

「正解」

 

「何ぃ?! 風貌が変わりすぎだろ?!」

 

「若ちゃん達にバレたくないって、イメチェンを施したのはアタシです」

 

 

どや顔で申告する綾乃。それでも信じられないとでも言いたげな顔で若葉達は固まっていた。

 

終わり良ければ全て良し。多少の問題があっても、最終的に平和に終わればそれで良いのだ。

 

……ひなたに手を出した奴等に復讐したけど、それも良いのだ。うん。

 

 

及川さんはイメチェンの後、若葉にバレてないことにホッとしていたのだがこれでまた肝を冷やすことになるに違いない。ごめんね。

 

 

心の中で謝罪しつつ、俺は味噌汁をずずっ、と啜った。

 

 

 

 

 

 



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変革の予兆 1

 

辛い。

薄暗い空間。辺りを照らす光源といえば部屋の中央に置かれた蝋燭一本のみ。

 

身動き一つ満足に取れない中、ぎしり、ぎしりと何者かが床板を踏み締める音が聞こえる。

周囲には同じ様に人が居るのだろう。耳を澄ませば、僅かながら呼吸に混じってすぅすぅという寝息の様な音も聞こえる。

 

此処に居ては不味い。綾乃はこれまでの経験からその答えを導き出した。今でさえ苦痛に感じるのだ。ここに残れば、更なる拷問に掛けられるだろう。

 

ぎしり、ぎしりという音と気配が通り過ぎ、一定の速度で離れていく……、そのタイミングで綾乃は走り出した。

 

狙うは正面、唯一の入り口――ッ!

 

 

「綾乃ーッ!」

 

「うわっ、バレた?!」

 

「バレるわ馬鹿たれが!! さっさと座禅に戻らぬかッ!」

 

ぎしりという床板を鳴らしていた正体。国土和人(こくど かずひと)が、そのツルツルに剃り上げた頭に青筋を浮かべながら怒鳴る。

周囲で座禅をしていた大社所属の巫女達はまたか、と内心呆れ、何も知らない歌野、水都、梓が何事かと見渡していた。

 

和人の怒鳴り声に、当の本人である綾乃は振り返ると中指を立ててのたまう。

 

「戻れと言われて戻る馬鹿は居ませーん」

 

「モミジ君」

 

「はいはい」

 

綾乃の舐めきった態度に更に青筋を浮かべつつ、冷静に側で控えていたモミジへと声を掛ける。

掛けられたモミジは片手をくいと手招きするように動かせば、綾乃は突如として宙を舞った。

 

混乱の入り雑じる悲鳴を上げながらぷらんぷらんとさながらUFOキャッチャーの様に運ばれた綾乃は、腕を組み佇む和人の前に放り出され、ふぎゃっという間抜けな声を上げた。

 

 

「ちょっ、モミジ! 精霊降ろすなんて卑怯よ!」

 

「嫌だよ、お前逃がしたら俺が怒られるもん」

 

「“もん”じゃないわよ、“もん”じゃ!」

 

逃走が失敗に終わるとすかさず弁明にシフトチェンジした綾乃が、こくりこくりと船を漕いでいる若葉を指差して言う。

 

「若ちゃんだって真面目にしてないし! アタシが怒られるなら一緒に怒るべきよ!」

 

「コイツ汚ねぇ、一瞬で友達を売り飛ばしやがった」

 

「ハンッ。馬鹿ね、怒られるのが二人になればその分怒りが分散されいだぁ?!」

 

 

謎の持論を披露する綾乃の頭部に、固く握り締められた和人の拳骨が振り下ろされた。ゴッ、という鈍い音に周囲の人間も思わず顔をしかめる。

 

「……む? いかんいかん、寝てしまっていたか」

 

「おはようございます、若葉ちゃん」

 

「うむ。……綾乃はまた逃走したのか」

 

拳骨の音で目が覚めた若葉が寝ぼけ眼で周囲を見やれば、頭を抱え倒れる綾乃と拳を握った和人を見て状況を理解する。

 

パシャリと流れる様なスムーズさで一枚写真を納めたひなたが、肯定するように返事をした。

 

 

〰️〰️

 

「あー~……」

 

「だ、大丈夫? 綾乃さん……」

 

あの後こってりと絞られた綾乃が、休憩用のテーブルに力なく突っ伏していた。空気の抜ける風船の様な奇声を上げているが、周囲の人達は見慣れた光景の如く無視をしている。

 

「自業自得です」

「だな」

「うむ」

 

「居眠りしてた若ちゃんには言われたくないんだけどぉ?!」

 

息抜き様の茶菓子と飲み物を持ってくれば、モミジから引ったくる様に受け取った。

ズコー、と音を立てて不機嫌気味にストローを啜れば、ひなたからの視線を受けて慌てて直す。

 

「水都さんや梓さんはどうでしたか、本部での修行は」

 

「初めてすることばかりで……、少し疲れました」

「私も疲れた!」

 

「そうですか。明日からも修行が控えてますから、今日は早めに休みましょうね」

 

ひなたからの言葉に少しだけうっ、と言葉が詰まる二人。だが巫女としての役割を思いだし何とか返事をした。

 

 

「それにしても、巫女の修行って結構ハードなのね。勇者の修行も同じ位なのかしら?」

 

「……む? そうだな、神具の違いがあるから一概には言えんが、私で言えば基本は筋トレ、組手、型式の繰り返しだぞ」

 

「わぉ」

 

歌野の疑問に茶菓子のわらび餅を頬張っていた若葉が答える。顎に手を当て答える若葉に補填するように、モミジが続ける。

 

「“生大刀”みたいな刀主体の若葉ならそうだな。他にも遠距離の武器を使う奴は、一日中的当てしたりする事もあるよ」

 

「面白そうね、早く他の勇者の人達にも会ってみたいわ」

 

モミジの言葉に目を輝かせる歌野に、若葉が話が早いと考える。

モミジへと視線を移せば何を言いたいのか分かったのか、モミジは口を開いた。

 

 

「良かった。今日その勇者達との食事会を予定していてな。皆も誘おうと思っていたんだ」

 

 

モミジの言葉に、諏訪の三人娘は笑顔で了承した。

 

 

 

 

 

「モミジお兄ちゃん、ここなの?」

 

「おう、そうだぞ」

 

時刻は夕方。日も傾き、仕事を終えた人々がそれぞれ帰路に着くか、飲み屋に消えていくかの中モミジと梓は一軒の店の前に居た。

 

丸亀城から徒歩一分という場所にあるそこには、年季の入った大きな引き戸に“本日貸切”と豪快な筆で書かれた札を立てており、これを書いた人の人間性をこれでもかと表している。

 

そんな引き戸に躊躇なく手を掛ければ、ガラガラと重い音を立てて戸は開かれた。

 

 

その瞬間漂うのは、出汁や焼きダレの涎を誘う良い匂い。

二人の顔に、思わず笑みが浮かぶ。

 

 

「わぁ……!」

 

「おー、やっぱ四国に戻ったら此処だな」

 

モミジに手招きされ入ると、いかにも“定食屋”という内装が目に入った。

 

誰か探しているのか、モミジがキョロキョロと見渡していると声が掛けられる。

 

「お嬢ちゃん。すまねぇが表に出してた通り、今日は貸き――お?」

 

「おっちゃん、コイツは俺のツレだ」

 

無精髭を生やした中年男性が梓に声を掛けるが、一緒に居るモミジを見て言葉が止まる。

おー!と喜び混じりにモミジの肩に手を置くと、パン!と良い音が鳴った。

 

 

「久しぶりだな! ニュースで見たから戻ったとは聞いたが、無事でなによりだ」

 

「おっちゃんもな。この子はその諏訪から来た子で、ほら」

 

「も、望月梓です!」

 

男性の姿に若干萎縮しながらも、自己紹介を終える梓。そんな様子にゲラゲラと笑うと良しと二人の背中を軽く押す。

 

「まだ全員集まってないが、軽いお通しなら用意してあるからよ。それ食いながら話してくれや」

 

――大社指定食堂、うどん屋戌崎(いぬざき)

そこは勇者、ならびに大社職員が日々腹を満たす食堂である。

 

 

〰️〰️

 

「――はぁー、お嬢ちゃんも大変だったんだねぇ」

 

「もう大丈夫!」

 

「はっはっは、そうかそうか。おでんのおかわり要るか?」

 

「うん!」

 

二人のやり取りを聞きながら、モミジもおでん串を一本手に取り頬張る。出汁のよく染みた大根が、ある種の安心感を与えてくれた。

 

人の考えの機微は良く分からないが、梓は元気に過ごせていると思う。綾乃と同じ特異な能力を持つ巫女として修行や他の事でも大変かと思うが、そこは周囲が上手く調整してくれているらしい。

 

そんな事を考えていると、ガラガラと引き戸が開かれる音が聞こえた。そして聞こえてくるのは、聞き覚えのある少女達の声。

 

 

「あー、お腹空いたー。おっちゃーん、肉うどん肉大盛と骨付き鳥のひな一丁っ!」

 

「もー、タマっち先輩たらまたそんな偏った注文して……。私は月見うどんと日替わりのサラダを」

 

「でも訓練終わったらお腹空いちゃうから分かるなー、私は肉ぶっかけかな。ぐんちゃんは?」

 

「……高嶋さんのと同じで」

 

口々に注文を飛ばしながら席に着けば、そういえば、と少女の声が上がる。

 

「まだモミジ達は来てないのか? 若葉達は大社に呼ばれたって話だけどさ」

 

モミジ、という言葉に側の梓がモミジを見上げる。それにニコリと笑みで返すと、モミジは手を上げて言った。

 

 

「よぅ、久しぶりだな。球子に杏、友奈に千景」

 

声に反応した四人が此方を向いて、数瞬の間が空く。

 

「おわぁ?! もう居たのかよ?!」

 

「久しぶりだね、モミジ君!」

 

「あら、隣の子は……?」

 

 

そこからはお祭りというか、あれよあれよと進む話に梓は混乱していた。名乗り名乗られ誰だったっけ?となる事態が続いたが、何とか冷静に頭を整理する。

 

小柄だが大物の様な気迫と快活さを持つ少女、土居球子(どいたまこ)

 

何処ぞのお姫様の様に可憐な雰囲気を持つふわふわ系少女、伊予島杏(いよじまあんず)

 

元気の塊の様な、ムードメーカーの様な役割を感じさせる少女、高嶋友奈(たかしまゆうな)

 

濡れ羽色の長い黒髪を持つ、何処か暗い雰囲気を持つ少女、郡千景(こおりちかげ)

 

若葉以外の、四国での勇者の名前を忘れないよう梓は頭に刻み込んだ。

 

「若葉達は何時来るとか聞いたか? 大社に呼ばれたまでは聞いたんだが……」

 

「タマ達もそれくらいだな、詳しい話は知らん」

 

運ばれた骨付き鳥にかぶりつく球子に続くように、他の三人もよく知らないと返す。

スマホには少し遅れるとだけ連絡は来ていたが、それは店に着く前のやり取りでの事だった。

 

 

「……まぁ、何かあれば連絡くらい寄越すだろう。若葉も居るし、大社までは目と鼻の先だし」

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫だよ。ほら梓、次は何を食べたい?」

 

「んーとね、なら次は天ぷらが良いなぁ」

 

 

「おっ、梓ちゃん目の付け所が良いね!ここの天ぷらは絶品だよ!」

 

「……なら私も戴こうかしら」

 

 

本日貸切と書かれた札がぶら下がった店で、勇者と巫女と防人の宴会は続いていく……。

 

 

〰️〰️

 

 

「……どういう、事でしょうか」

 

大社本部、その一室。

 

ひなたに向かい合うその女性神官は、先程と変わらぬ態度で口を開く。

 

「……ですから、先程申し上げた通り――」

 

――歌野と水都を外したのは正解だったな

 

自身の神具である“生大刀”をみしみしと力一杯握り締めながら、しかし冷静に場を見据えて若葉は思う。

 

あの二人が居たら、きっと大事になっていたかもしれないと。

 

 

「反大社組織の掃討、ひいてはその粛清部隊に、大神紅葉様を据えると申しました」

 

 

四国に、不吉な波紋が広がっていく。



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変革の予兆 2

 

大社指定食堂、“戌崎”での食事会が始まって数時間経った。

若葉達4人も遅れながら参加し、歌野と水都の紹介も問題なく終了。

 

後は各々が交流をする自由時間となっていたのだが……。

 

「んー?どーしたひなたぁ。食べないのか?」

 

箸でうどんの麺を摘まんだまま、ぼーっと虚空を眺めているひなたを球子がヒラヒラと目の前で手を振りながら声を掛けた。

 

その声にはっと我に返ると、大丈夫ですよと言って麺を啜る。

 

何時もと違うひなたの態度に不審がる他に誤魔化す様に言ったのは若葉だった。

 

「諏訪の受け入れを整えるのに忙しかったからな。節目を迎えて、緊張が解けたのだろう」

 

「えっ。そ、そんな私達のせいで……ごめんなさい」

 

「い、いや。別に水都達が悪いという訳ではなくてな?!」

 

思ったより傷付いた水都に若葉が慌ててフォローを入れる。

そんな意味合いを込めて返答をしたのは歌野だった。

 

「なら、今度は私達が頑張る番ね。元諏訪の勇者の力、見せてあげるわ!」

 

「おぉ、頼もしい!」

 

ガッツポーズをしながら宣言する歌野に、友奈がパチパチと拍手をしながら盛り上げる。その隣では千景がそんな友奈を微笑んで見つめていた。

 

 

だったら、と友奈は意気揚々と立ち上がり、

 

「私は元々奈良の人。ならば私は奈良の勇者だね!」

 

「……となると私は高知の勇者?」

 

歌野に張り合うように宣言する友奈と、首を傾げながら言う千景。

それに同調するように声を上げたのは球子だった。

 

「おうおうてやんでぃ! ならタマと杏は愛媛の勇者ってぇわけだなぁ!」

 

「なんで江戸っ子口調……」

 

苦笑いしながらツッコミを入れる杏。それにしても、と続けた。

 

「出身地はバラバラですけど、皆無事でここに集まれたのは本当に良かったですね」

 

杏の言葉に、それぞれが思い返す様に記憶を辿る。

 

その中でそういえば、と口を開いたのは友奈だった。

 

「私が奈良で勇者の力に目覚めて、初めて同じ力を持った人に会ったのはモミジ君なんだよね」

 

「へぇ、そうだったのか」

 

お摘みの枝豆を口に放りながら球子が言う。そうそう、と続けて友奈が言った。

 

「奈良から四国に行くってなって、バーテックスがわーって来てピンチだったんだけどモミジ君がどかーんって追っ払ってくれて」

 

「どうしよう。モミジが四国のヤベー奴にしか聞こえないんだが」

 

「その解釈はやめてくれぃ」

 

若干引き気味の目で此方を見てくる球子。やめろ、これは冤罪だ。

 

友奈の話を聞いて笑って答えたのは店主のおっちゃんだった。

 

「おう。俺の嫁さんと子供もその中に居たんだけどよ、高嶋のお嬢ちゃんと一緒に四国まで連れてきてくれたって感謝してたんだ。勿論、俺も感謝してるけどな」

 

 

お代わりのドリンクをジョッキで目の前に置きながらそう言われる。

あの時は神樹からの要請の神託もあったが、若葉達も動けなかった為俺が動くしかなかったのだ。

 

護衛したといえば聞こえは良いが元々友奈達一行は四国の間近まで来ていた為、そこから四国までのバーテックスだけを追っ払ったにすぎない。過剰な評価である。

 

そして梓の尊敬の眼差しが辛い。恥ずかしいから止めて。

 

 

「店来る度に言ってんだろ、おっちゃん。もう聞き飽きました」

 

「ならこれから先何度でも聞くんだな」

 

がっはっは、と笑う中年親父にモミジははぁ、とため息を吐いた。

別に感謝される事を嫌っている訳ではないが、耳にタコが出来るほど聞かされれば嫌気が差す。

 

「大体、他の人達にだって感謝されてんだろ。黙って褒められてろ」

 

「そうなの?」

 

はいはい、と軽く流そうとした話題を梓が聞き返す。そうだとも、と胸を張って出てきたのは防人のモミジを含め、他の勇者達の武勇伝。

 

暴力的な話も含むためあまり話してほしくはないのだが、おっちゃんの顔を見る限り話したくて仕方がないといった所だろう。

 

もうどうにでもなれといった感じで、モミジはジョッキを煽った。

 

 

 

 

賑やかな喧騒の中、ひなたは話題の渦中に居るモミジを見つめていた。

 

思い返すのは、先程大社で言われた内容。

 

 

〰️〰️

 

「反大社組織の掃討、ひいてはその粛清部隊に、大神紅葉様を据えると申しました」

 

 

「……何故ですか?」

 

少しの沈黙を破って出たのは、若葉からの疑問の言葉だった。

 

「武力としての側面、とでも言っておきましょうか」

 

 

粛清という言葉に武力と続けば、血生臭い事であるのは誰だって理解できる。

この神官は、モミジに恐怖の象徴になれとでも言うのだろうか。

 

無茶苦茶だ、若葉がそう思うと同時に、言葉を無くしていたひなたが声を荒げる。

 

「武力……? 人同士の争いを、神樹様は黙認される筈がないでしょう?!」

 

「そうでしょうか」

 

感情の起伏の無い口調。事務的な、こちらの事を相手にしていない様な物言いに若葉は舌打ちが出かけるがぐっと堪える。

今ここで手を出せば負けだ。冷静になれ、頭を回せと自身に言い聞かせた。

 

だが、それもそこまでだった。

 

 

「これまでの人類の歴史の中で、どれ程の数人々は争いを起こしましたか? そして。どれ程の数、神々はそれに誅を、救済を下したでしょうか?」

 

そんな事は、誰だって分かる。

 

 

「……それは、」

 

「関係ない、とは言い切れませんよ」

 

逃げ道を塞ぐ様に言う神官に、ひなたは返す言葉を見つけられなかった。

 

だが、そこに待ったを掛けたのは若葉だ。

 

 

「確かに歴史上ではそうかもしれないですね。だが、今回の事はそれとは話が別な上に、私にはどうでも良いことだ」

 

「若葉ちゃん?!」

 

「下がっていろひなた。私はあの日誓った。尊い命を救い、バーテックスを殲滅させると」

 

若葉から僅かに殺気が上る。ひなたが止めようとするが、若葉はそれを片手で制した。

 

歩みを進め神官の前に立つと、感情の無い目で此方を見る神官から目を逸らさずはっきりと告げる。

 

「私の家族にそんな事をさせてたまるか。力づくでも止めさせて貰う」

 

「……そうですか」

 

「…………」

 

糠に釘。暖簾に腕押し。覇気の無い返答と反応に、若葉の気力も空回りする。

周囲に気配がないか探るも特に誰か居るような雰囲気でもない。

 

この神官は、一体どうしようというのか。

 

「ただの事務報告ですよ」

 

「なに?」

 

若葉の意図が分かったのか、神官が淡々と続ける。

 

「乃木若葉様が此処で私を無力化させようと、この粛清部隊の計画は既に進んでおります。今日ここにお呼びしたのは大社のこれからの動きを勇者、そして巫女の筆頭の立場にある両者にお伝えするだけなのですから」

 

ですから、と続ける。

 

「後日大神紅葉様には私から、もしくは別の者がお伝えするでしょう」

 

それでは、と神官は出口へと歩みを進める。

止められない、止めることが出来ないと二人は悟る。

 

ここで無理矢理にでも止めてしまえば、若葉やひなたは何らかの罰としてモミジから隔離されてしまう可能性がある。

 

ならば、先回りしてこの後会うモミジに伝えるのが得策だろう。

 

 

――と二人が考えた所で、あぁ、と神官が振り返り言った。

 

「大神様はこの話をお受けするでしょう。他の勇者様方にはこんなことさせませんでしょうし」

 

何より、と続け

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

――必ず、守るから

 

 

あの日言われた言葉が、ひなたの中で繰り返される。そうだ、他の勇者にその役目が回るとなれば、彼はきっとするだろう。

 

どれだけの地獄が待ち受けているとしても、彼は必ず引き受ける。

 

 

それでは、とその場を後にする神官を、二人は何も言えず見送るしかなかった。

 

〰️〰️

 

「――おい、ひなた?」

 

「っ」

 

気が付けば、自分達が寝泊まりする寮の入り口だった。

目の前には、スヤスヤと眠る梓を背負ったモミジが心配そうに顔を覗き込んでいる。

 

「大分疲れてんなぁ。風呂にゆっくり浸かって、早めに寝ろよ?」

 

「ぁ……、そう、ですね」

 

「俺は梓を部屋に送って帰るから。んじゃお休み」

 

「……も、モミジさん!」

 

笑って歩いて行くモミジ。ひなたにはそれが何か嫌な胸騒ぎがして、思わず声を掛けた。

 

 

――あぁ。こんな事、聞くべきではないだろうに。

 

 

少し驚いた顔をした彼は、それでも直ぐに笑顔で返事をする。

 

「どした?」

 

「……変な事を聞きます。嫌なら返事をしないで良いので、そのまま帰ってください」

 

「えぇ……」

 

明らかに困惑した様な苦笑いをするモミジに内心申し訳なく思うが、それでもと息を整えると一息で言った。

 

 

――勘の良い彼なら、直ぐにでも気付くだろうに

 

 

「もし、モミジさんの近しい人が酷い目に会いそうになったとして、モミジさんが代わりにそれを受けられるとしたらどうしますか?」

 

「……ん、難しいな。要するに、俺がその子の身代わりになれるって事?」

 

「そう、なります」

 

「うん、身代わりになるよ」

 

即答だった。

 

彼ならそうする、と分かってはいたが、ひなたはそれでも聞かずにはいられなかった。

 

何も言わなくなったひなたに質問は終わったと感じたのか、じゃあな、とモミジは背を向けて歩きだす。

 

寮のカギを開けて、玄関で靴を脱いで――そのまま、崩れ落ちる様に脱力した。

 

止めどなく涙が溢れる。嗚咽を洩らさぬよう口に手を当て、必死に堪えた。

震える手で取り出したスマホの明かりが、月明かりが射す薄暗い部屋の中でひなたの顔を小さく照らす。

 

 

――私は、何て非力な存在なんだろう

 

 

幼き日の若葉、ひなた、モミジ、綾乃が笑顔で写っている画面をひなたはただ眺めていた。

 

 

 



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貴方/貴女(あなた)の為なら 1

 

 

神託が下った。

 

 

「ここ四国へ向けて、バーテックスが侵攻を始めるそうです……!」

 

「遂に来たか」

 

緊張しているのか、水都が手を握り締めながらそう言う。勇者内でも緊張が走るが、その中でも若葉は好戦的に笑っていた。

 

何処か余裕も見えるその表情に、隣に居る歌野がひゅぅと口笛を吹いて言う。

 

「やる気充分ってとこね、若葉」

 

「あぁ。だが歌野、前線で何年も活躍していたお前の力も宛にしてという所だ。期待している」

 

「勿論よ。更に強くなった私の鞭捌き、見せてあげるわっ!」

 

歌野もまた元気よく返答し、緊張が走っていた勇者達も僅かだが解れた。

その中で友奈がよーし、と隣に居る千景と杏の手を取って言う。

 

 

「皆で円陣組もうっ!」

 

「円陣?」

「えぇっ?!」

 

友奈の提案に最初は驚き、だが良い機会だとそれぞれが輪になる。

お互いに肩を組み、勇者・巫女が一つの輪になった。

 

「ここに居ないひなたとモミジだが、志は皆一つだ」

 

「「「うん!」」」

 

 

「私達は勝つ、そして世界を取り戻すぞッ!!!!」

 

「「「おーっ!」」」

 

 

丸亀城の一室で、少女達の声が大きく響いた。

 

 

〰️〰️

 

時間は流れ、昼を少し過ぎた辺り。

 

若葉と友奈、歌野は大社運営の病院へと足を運んでいた。

受付で名前を名乗った際に受付の人に驚かれ、責任者が頭を下げまくりながら登場し、院長までが挨拶に来る。という一部喜劇の様な場面もあったのだが、それを乗り越えるのに大分時間が掛かった。

 

大社関係者が入院する病棟直通の入り口を通り、目的の病室までのエレベーターに乗り――今に至る。

 

 

因みに、その中でも完全に他人事の様にその光景を眺めていた歌野は、少し前から腹を抱えて笑っていた。

その様子に僅かながら青筋を立てる若葉を宥めるのは友奈だった。

 

 

「――ったく。病室に行くまでに毎回こうなりそうだな」

 

「セキュリティが厳重って事じゃない。安心だわ」

 

「ああも大騒ぎされてみろ、何か隠してますって言ってるような物だ」

 

「そうね。皆、若葉様、若葉様、って……ふふ」

 

光景を思い出したのか、歌野の顔がにやけ顔になる。そんな歌野に笑顔ではあるが青筋を浮かべつつ、若葉は努めて笑顔で優しく言った。

 

 

「歌野、エレベーター内などの狭所でバーテックスに遭遇した際の演習を行うぞ」

 

「若葉ちゃんどうどう! バーテックスはこんな所に現れないよ!」

 

「離せ友奈、奴には一度ガツンとやってやらねば!」

 

「それを言うなら“ガツンと言う”だよ若葉ちゃん!」

 

「あ。着いたわよー」

 

 

どたばたと暴れる若葉と友奈を尻目に、歌野は目的の階に着いたエレベーターから一番乗りで降りた。

一面リノリウム張りの床はワックスでピカピカに磨きあげられていたが、静かな病棟の中では逆に不気味さが漂っていた。

 

昼間だからか通路の灯りがあまり点いておらず、少しだけ暗さを感じる廊下を進めば目的の病室が見えてくる。

 

病室の前に立って一呼吸、すぅと息を吸って扉を叩く。

 

どうぞ、という声が返ってきて若葉は扉を引いた。

 

 

〰️〰️

 

ひなたが倒れた。

 

丸亀城で授業を受けていた若葉は、それを聞いて思わず大社の伝達人に掴み掛かった。

 

「何故だ。ひなたは今どうしている?!」

 

「ちょ、若葉、落ち着けって?!」

 

反応にしても過剰であろうその動きに、球子が肩を掴んで引き剥がした。

突然の事に驚いたが、何とか息を整えた伝達人は言う。

 

「神樹様からの神託を受けられました。今回は特に重要な物であり、その情報量も多く……」

 

「えっ、ならみーちゃんは?みーちゃんは無事なの?!」

 

「はい。藤森様も具合を悪くされましたが、今は順調に回復されております」

 

水都の無事を聞いて安堵する歌野だったが、ひなたを気にかける若葉を思いだし表情を引き締めた。

チラリと若葉を見ると、心配しているというより何か別の事が引っ掛かっているのか、思案顔で押し黙っている。

 

「やはり、昨日の事が……?」

 

「……若葉?」

 

「…………ん? 呼んだか、歌野」

 

ぶつぶつと何かを言い出した若葉に問い掛ければ、少し遅れて返事を返した。何かを隠している、直感だが歌野はそう感じた。

 

ひなたが大社直営の病院に搬送されたのを聞いて、若葉は病室等を事細かく聞き出していた。

 

一通り聞いて、自身の鞄を引っ掴んで教室を出て行こうとした若葉の肩を歌野は掴む。

 

「私も行くわ」

 

「……大丈夫だ。歌野は水都の迎えにでも――」

 

「みーちゃんは私が行くまで待っててくれるから大丈夫! それとも何? ひなたさんとの逢瀬を邪魔されるとでも?」

 

「なっ……」

 

「……わ、私も行こうかなー!」

「えっ」

 

根が頑固な上に頭が固い若葉では、歌野の提案に上手く返せず言葉に詰まる。僅かだが空気が悪くなった教室内で、ムードメーカーである友奈が仲裁を含めて付いていく事を言えば、千景が小さく驚いていた。

 

――昨日大社から帰って来た二人は、明らかに様子がおかしかった。

 

()()()()()。確信に近い答えを、歌野は胸に懐いていた。

 

 

〰️〰️

 

清潔感の漂う真っ白な病室のベッド、その上でひなたは上体を起こし微笑みを浮かべて此方を見ていた。

 

 

「……身体の具合はどうだ。ひなた」

 

「心配を掛けましたね。この通り、元気ですよ」

 

 

嘘を吐け。

 

泣き腫らした目、顔に出た疲労……。ひなたの言葉が空元気であることは明白だった。

やつれた、とでも表現出来るひなたの様子にあれこれと声を掛けようとした歌野や友奈も言葉をなくす。

 

「あ……えと、これ、お見舞いの品だよ。皆からの分も入ってるから、お腹空いたら食べて?」

 

「まぁ、わざわざすみません、友奈さん」

 

「あ、あはは……」

 

流石の友奈でも、どう声を掛けたら良いのか分からず言葉に迷いが出る。

そんな時、さてと口を開いたのは歌野だった。

 

 

「そろそろ何があったか話して貰いましょうか、二人とも?」

 

「……何の事だ、歌野?」

 

「惚けないで。昨日の二人の顔を見れば、何かショッキングな出来事があったのは一目瞭然よ」

 

「それについては、昨日言ったろう?ここ数日、ひなたも私も疲れて――」

 

言う途中で歌野の顔を見た若葉の言葉が止まる。

 

 

真っ直ぐ、馬鹿正直な彼女らしい、ただ真っ直ぐとした瞳が若葉をじっと捉えていた。

 

 

何もやましい事が無ければ、その視線を受けても若葉は何も感じなかっただろう。

だが、今回の事は違う。

 

 

――大神様はこの話をお受けするでしょう。他の勇者様方にはこんなことさせませんでしょうし。

 

 

神官から言われた言葉が脳裏に走る。その通りだ、と()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「若葉」

 

たった一言、短いその言葉に頭を上げる。迷い、俯き、何処かすがる様に歌野を見る若葉に、歌野は言った。

 

「迷ったなら相談よ、仲間じゃなかったの?」

 

仲間。

 

歌野がまだ諏訪で勇者をしていた時に、勇者通信と称して行っていたやり取り。

互いに励まし合うとき、“仲間”というその言葉が、何より若葉を元気付けていた。

 

 

「若葉ちゃん」

 

声に振り向けば、ひなたが諦めた様に首を振る。それを見て、若葉の目から次第に涙が流れてきた。

 

悲しくもないのに涙が止まらない。羞恥からか誤魔化すように袖で涙を拭えば、ぎゅっと身体を抱きしめられる。歌野だった。

 

「抱え込み過ぎよ、二人とも。綾乃さんやモミジさんだって凄く心配してるんだから、家族みたいなものなんでしょ?」

 

「……あぁ、すまない」

 

子供をあやすようにポンポンと背中を優しく叩く歌野に身を任せるように、若葉は暫く動けないままで居た。

 

 

 

「……久しぶりだな。此処も」

 

若葉達が病院に向かっている同刻、モミジは旧大神邸の目の前に居た。

若葉達からの報告で崩壊が近付いていたのは聞いていたが、想像していたよりずっとボロボロだった。

 

地面に散ったガラスの破片をバリバリと踏みしめながら歩く。何処の窓かが割れているのか?と見れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「窓ぶった斬って脱出したとか言ってたけど、別の所か……?」

 

まぁ、良いや。と軽い気持ちで扉へと手を掛け、ずず…と音を立ててゆっくりと開いていく。何処か見覚えのある様な、無い様な、そんな不思議な気持ちを懐きつつも邸の中へとモミジは足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

「…………あぁ、本当に来た。ヒトガタのガキが帰って来たなぁ」

 

 

――その後ろをじっと見つめている存在に、気付かないままに。



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貴方/貴女(あなた)の為なら 2

 

勝手知ったる(何も知らない)我が家とはいえ、モミジは一つの迷いもなく歩みを進めていた。

 

若葉が正体不明なモノと遭遇し、応戦したという通路。他の通路とは違い不気味な程に綺麗に掃除が施されたそこを、何者かの気配を感じつつモミジは警戒しゆっくりと歩を進める。

 

 

「此処か」

 

“神前の間”と書かれた扉を開け、中へと進む。日の光が神々しく差し込むそこは、まさに“神前”と言うに相応しい光景だった。

 

そしてそこに飾られている、一枚の壁画が映る。

 

 

地面へ伏し、必死に崇める人々。

 

その間に立つ、一人の鎧兜に身を包んだ男。

 

そしてその上空にそびえる、威圧的に人々を照らす太陽の絵。

 

 

“天津神の因子”。

諏訪大社の祭神、建御名方神(タケミナカタ)から伝えられたこの俺、大神紅葉という人間に込められた生まれつきある因子(のろい)

 

ヒトガタという、名を持たない、自我も薄い曖昧な魂を持つ無垢な人間(にんぎょう)に、直接別の魂を降霊させるという外道の業を使用してまでしたかった事が、その物事の異常性がよく理解できた。

 

否、薄々は分かっていた。

確証が無い、冗談とも取れる可能性ではあったのだが。

 

諏訪神が言いかけて止めた、その理由も分かる。あの神様は本当に優しい神様だった。

 

 

「――なるほどなぁ。そりゃあキレるよな。仏の顔も三度までとはよく言ったもんだ」

 

思わず笑ってしまう。こんな事が許されるのか、そんな事が有り得るのか。

 

 

――大神家は、神を産み出そう(作ろう)としていたのだ。

 

 

〰️〰️

 

人類の歴史、その神話の類において、人そのものが誤った事をし神の怒りに触れた有名な事例がいくつもある。

 

 

 

一つはノアの方舟・大洪水。

 

邪悪な人類を滅ぼさんと行われた大粛清は、この世を恐ろしい嵐と濁流で呑み込んだ。

善なる者を乗せたノアの方舟だけが、その大洪水を乗りきったのだという。

 

 

 

一つは天にも届くタワーを建設し、人の身において“神”に挑戦しようとした“バベルの塔”。

 

神々の怒りに触れた人類は、罰として言葉を分類され、まともに意思疎通を図る事が出来なくなってしまった。

 

 

「そんで次は、神様を作ろうとしたから一度人類滅ぼす事にしましたー。ってか?」

 

言葉にして分かる、あまりにも滅茶苦茶な内容に乾いた笑いしか出ない。

 

ある程度笑って、飾られた壁画を改めて見る。地に伏し何かを奉る人々は人類、上空から人々を威圧的に照らす太陽は天照大御神、要は“天津神”だ。そして、

 

「なら、これは何を示す……?」

 

その中間で仁王立ちする、鎧兜に身を包んだ……人間、だろうか?

何か頭の片隅でチリチリと放つ違和感をもどかしく思っていると、ふと笑い声が聞こえた。

 

ゲラゲラと下品に笑うその声は、モミジが入ってきた扉から聞こえている。

 

 

「誰だ」

 

止まらない笑い声。だがゆっくりと開かれた扉の陰から出てきた者を見て、モミジは驚きと警戒を強める。

 

身の丈は2メートル程。

炭を思わせる様なくすんだ黒い肌とは逆に、真っ白な頭髪は後ろに流すように纏められている。

何よりも、その頭部から太い枝の如く生えた特徴的な角がその者の威容さを語っていた。

 

「……鬼か」

 

『そうとも。だが流石だな、常日頃からあの不細工を屠っている事はある。オレの姿を見て驚かないとは』

 

「化け物なら見慣れてるんでね。……それで、わざわざ俺に何か用かい?」

 

 

モミジの問いに炭色の鬼はよっこらせと床に腰を落ち着ける。おおらかに、かつリラックスしている様に見えるがモミジの行動に何時でも対処出来るであろう事は理解できた。

 

普段より行っているバーテックスとの戦いで、自分より大きな異形の者との戦い方はある程度把握しているモミジ。

だが、この炭色の鬼の様な、人間と大差無い知力を持つ異形の者との戦い方は経験がない。

 

 

――恐らくは精霊、それも上位のクラス……。

 

若葉の報告通りであれば、切れ味抜群の“生大刀”の刃が通らない程の肉体を持っている。加えて“鬼”その物の能力、つまりは化け物染みた膂力を備えていると思っても良いだろう。

 

中堅クラスの金熊童子でも大地にクレーターを穿つ膂力がある。目の前の鬼は、単純にその倍以上。

 

 

『ふむ。いやなに、久しぶりに帰って来た“ヒトガタ様”に挨拶でもと思ってな』

 

「……お前、昔から此処に居たのか?」

 

『覚えてないのか? いや、確かに幼い時だったな。隠形のに触れたから視認していると思っていたが……』

 

「隠形の?」

 

思い出されるのは、あの全てが変わった嵐の日。陽炎の様に空間に漂うそれに触れて――

 

「まさかあの時の、見えない何かが?」

 

モミジの言葉に、それだとばかりに炭色の鬼が反応する。ゲラゲラと笑い楽しげに笑ってはいるが、モミジは未だ警戒したままだった。

 

笑い終わり、ふぅ、と息を吐くと何処からか取り出した瓢箪の栓をキュポと抜きつつ言う。

 

『そんな風に警戒されちゃあやり辛い。最初に言っておくが鬼は、特にオレは嘘は吐かん』

 

突然の宣言にモミジが内心疑問に思えば、だからと鬼は続ける。

 

『オレはお前を喰うつもりで声を掛けた訳ではないし、危害を加えるつもりは今のところない。話をしに来ただけだ』

 

「……話?」

 

炭色の鬼の意図が読めず、次の行動に踏み出せないままでいるモミジに鬼は言った。

 

 

『この家、“大神家”の全てを話にだ』

 

 

 

病室の空気が、しんと重くなったのを全員が肌で感じていた。

それぞれが考えを巡らせる中、歌野が口を開く。

 

「つまり、大社のその粛清機関の方達がモミジさんを神輿に上げてマフィア紛いの物を作ると?」

 

「ざっくりと言えば。武力、悪く言えば暴力で大社という組織の力を示すそうで」

 

「わぉ。本当に四国は世紀末だったのね」

 

わざとらしくジーザスと天を仰ぎ見ながら歌野は言う。次に口を開いたのは友奈だ。

 

「断ったら別の勇者にやらせるって……。そんなの、皆で断っちゃえば良いだけだよ!」

 

「断れば、また別の人達に行くんでしょうね。そして、誰かがその泥を被る」

 

「あぅ……」

 

友奈の提案を、歌野がばっさりと切る。言われた状況を想像して落ち込む友奈の頭を優しく撫でると、そもそも、と歌野は言う。

 

「その粛清機関とやらは何と戦うの?理由は?」

 

歌野の疑問に答えたのは若葉だった。

 

「この神樹の結界内に逃げ込んでいる人達の中に、バーテックス側に降伏すべしという考えを持つ者が居るんだ」

 

つまりはこうだ。

 

降伏すべしと考える反神樹勢力。それらの中には敵の親玉、つまりは天の神に降伏することで許しを得るというもの。

だが、一人間が高位の存在である神に申し立てをするにはあるものが必要となる。

 

生け贄だ。

 

 

「――実際に、大社内でも行方不明になっている巫女が数名いるんです。そして、それが最悪の想定によるものであるならどうにかするしかない」

 

「芽が出始めた内に刈り取るって訳ね。理解したわ」

 

ひなたがここまで思い詰めた理由、ひなたと同じくらいモミジの事を大事に思う若葉が強く抵抗しない理由がよく分かった。

 

巫女。特にその中でも才能が高く、勇者とも繋がりの強いひなたが目を付けられるのは当然とも言えるだろう。

となれば彼はこの話を断らない。というより進んでその機関に属する事になるだろう。

 

――いや、それとも。

 

 

「……歌野?」

 

「――あぁ、ソーリーソーリー。変な想像しちゃって」

 

「何だか歌野さんって、杏ちゃんみたいな策士の才能があるのかな?皆の話を纏めるの上手だし」

 

何処か目をキラキラと輝かせながら歌野を見る友奈に、歌野は謙遜気味に手を振る。

元々物事を考えるのは得意だし、順序良く計画を立てるのも得意だ。だが、

 

「(諏訪のあの時からかしら? 何だかインテリになった気分)」

 

思い出すのはあの激戦を共に潜り抜けた一時の相棒。相手の思考を辿り、自分の思うようなゲームメイクを行う事が出来た。

 

考えれば色々と思うところがあるのだが、今はさておきこの件について考えるとしよう。

 

わしゃわしゃと頭を切り替える様に掻くと、歌野はパン、と自分の頬を軽く叩いた。

 

 

『まず最初に結論を出すとすれば、お前は“忌み子”だった』

 

「だろうな」

 

ヒトガタの様な降霊術で神を降ろそうとするならば、器とするのは穢れ無い無垢なる少女だろう。

製造過程は同じとはいえ、男である俺は始めから適してはいない。

 

『いや、その解釈は違うんだが……。まぁ、続けるぞ』

 

炭色の鬼は続ける。

 

『そもそも大神家がこんなことをしたのは他でもない。宗教崇拝による洗脳と、唯一無二の存在を確立させたかったからだ』

 

「……神を作って、何をしたかったんだ?」

 

『お前達人間が昔やってたろ、現人神として崇め奉るのさ』

 

「――まさか」

 

モミジの言葉に、そう、と炭色の鬼は肯定の意味を込めて答える。

それと同時に此方に一冊の本が放られた。紙の端に穴を開け、紐を通して纏め上げた一冊の本を。

 

 

その名は、神造御記。

 

 

『奴等はな、この人が支配する世界を神の力で支配しようと考えたのよ』

 

 

ふと、壁画の絵が陽光に照らされて輝いて見えた。




主人公こと大神紅葉にまつわる話が続き、鬼と少年しか居ないという薔薇が満開してそうな展開が続きますが早めに書こうとは思ってますので皆さまお付き合いの程よろしくおなしゃすm(__)m


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貴方/貴女(あなた)の為なら 3

思ったより長くなりそうなので、区切り良いところで投稿します。続きも早めに投稿頑張るんで、ちょいとお待ちをば。


 

『大神家とは、始まりは陰陽師の一派だった』

 

遥か昔の頃から、大神家は(まじな)いを得意とした陰陽師の集団だったそうだ。

降霊術から始まり、呪いは勿論の事使い魔等も幅広く扱う事の出来る稀有な存在だった。

 

『一時期は京の守護職にとでも誘われていたんだが、それを蹴って山中のど田舎でひっそりと暮らしていたらしい』

 

何故か分かるか?という鬼の問いに答えられないでいると、鬼はニタリと笑う。

 

『簡単さ。続くであろう戦乱の世を予知し、血筋の断絶を危惧して隠れ潜んでいたんだ』

 

先程渡された“神造御記”にも、同じような事が記されている。

間に描かれた絵や、所々目立つ癖字を見て読み解くに、大神家の者であろう人達が住む周囲に、鬼の様な妖怪が無数に配置されていたようだ。

 

それを見つけたのを気付いたのか、苦虫を噛み潰した顔をして鬼が唸る。

 

『本当に忌々しい“呪い”を掛けられたもんだ。このオレ様をでっちが如く扱いやがって……』

 

瓢箪を乱暴に煽り、ごくごくと喉を鳴らして酒を呑んだ後、まぁ良いと話を続ける。案外単純な様だ。

 

『そこに絵で描いてるだろ、“鬼”、“狐”、“悪霊”……。利用が出来そうなのはどんどんテメェらの使い魔にしてんのさ』

 

まぁ、今回の件でほとんど神樹とやらにかっさらわれたがな、ざまぁみやがれ。と大笑いする。

 

話を聞きつつページを捲れば、本来ある歴史の流れと同じように年号が変わった事に気付いた。同じような癖字が、進む計画に向けて行う呪いを記している。

 

それに気付いたのと同時、違和感に気付き御記の最初のページと年号が変わるページを見比べる。年月は百年を軽く越えているのに

 

どう見ても一緒の人間が書いたようにしか見えない癖字が綴られている。

 

有り得ない。いや、それは出来てはいけない事だろう。

 

だがそれを実現させるには、そしてヒトガタという降霊術を編み出したという事実から鑑みれば

 

 

モミジの顔の変化に気付いたのか、鬼が満足そうにニタリと口を歪める。

 

「まさか。いや、有り得ないだろう」

 

『そのまさかさ。そして、その有り得ない事を研究し、突き詰めたのがこの大神家(イカれヤロー共)だよ』

 

――初代大神は、生まれた子供に自分の魂を憑依させ、生き長らえてきたのだ。

 

 

『此処に居たのか』

 

赤黒い、血液を彷彿とさせる色に流動的な皮膚。波紋が常に広がるその身体は、シルエットこそ人状ではあったが本来人にある眼や鼻等の器官はなく、有るとすれば口に見えるぽっかり空いた穴だけだ。

 

その声に反応するのは、砕けた崖の縁に座る少女。一歩踏み込めば瀬戸内海へとまっ逆さまだが、怖がる様子は微塵も見えない。

 

気だるげな目で人状のシルエット、神遣(シンシ)を見れば無感情に近い冷たさを感じる声で言う。

 

「だって、めんどくさい」

 

『そう言うな。主様からの命でもあるんだぞ?』

 

「言うこと聞かないなら殺せば良いし、呪いを掛ける位なら派手にバラバラにしちゃえば良いのに」

 

むー、と声からは分からないが頬を膨らませて不満を訴える少女。

 

それに対してシンシは言う。

 

 

『主様本体が戦闘に出られるならそれが早いだろうが、神樹の結界が完成するのを阻止するのに手一杯だ。勇者共を処理し標的を拐う方が遥かに楽だろう?』

 

「話長すぎ十文字以内」

 

『くたばれクソガキ』

 

 

くぁ、と欠伸混じりに返答する少女に苛立ちを隠さず伝えると、持ってきていた物を放り投げる。

綺麗な放物線を描いて、少女の近くにどすりと重量を感じさせる音をさせて突き刺さったそれは、少女の身の丈以上の大刀。かつてはモミジが所有していた物だった。

 

少女はそれを見ると早速手に取り、軽々と地面から引き抜く。錆びだらけの刀身を疑問混じりにぺしぺし叩けば、それを理解したシンシが言う。

 

『封印は解けたから、お前なら使えるかと思ったが……。あのガキの力が必要らしいな』

 

「なら、どちらにせよ四国には行かないと行けないんだねぇ」

 

『そういう事だ』

 

言葉の後で、取り逃がした諏訪の勇者と巫女が逃げ込んだとされる四国を揃って見る。

それに同調するようにわらわらと集うのは、数百という規模のバーテックス達だった。

 

 

『さぁ、宣戦布告と行こうじゃないか』

 

 

シンシの楽しげな声が、四国へと向けて放たれた。

 

 

『時代を跨ぎ、家系の体系を変えつつも大神家は大成の時を待った』

 

子に憑依し、更なる子を宿し、その次の子に憑依を繰り返す。

初代大神が行ったのが、簡単に言えばそれだった。

 

なら、気になる事がある。

 

「未来を見通し、自らの死をも回避する……。そんな都合の良い環境に居たのに、何故今回の“天災”は回避出来なかったんだ?」

 

『うん? ()()()()()()()というのと、初代大神の予測以上だった。という事さ』

 

「目的を達成した……?」

 

頭の片隅で起こるチリチリとした感覚が止まない。というよりかは強くなっている気がする。

 

初代大神は自らが神と崇められ、日本を支配するという支配欲を持っていた。

そしてそれは達成され、自らの予測した以上の“天災”に巻き込まれ、死亡した……?

 

そんな予測を立て、即座に違うと吐き捨てる。此方をニタニタと笑いながら見る鬼を睨み付ければ、おお怖いと鬼はおどける。

 

 

『物事を固く考えちゃあダメだぜぇ? もーっと基本的な事があるだろ、もーっと、もーっと基本的な事がさぁ』

 

 

基本的。という言葉に一度冷静に話を振り帰る。

 

だが、次第に経つ時間に鬼が痺れを切らしたのか、あーもうと立ち上がった。結構短気だ。

 

 

『お前も神職の端くれならちょっとは気付け! 神とは何を好む!』

 

「……無垢なる者?」

 

『無垢な女だ! あいつらは基本ロリコンだからな! 』

 

それは知っている。だが俺は男として産まれたのだ、だから失敗作でもあり、忌み子として扱われ――

 

そこでふと、シンシの言葉を思い出した。確か、

 

 

――……不良品に利用価値があるかと思い声を掛けたが、アイツとは違うな。悪戯に名を持ったのが原因だろう

 

 

アイツとは誰だ。

 

悪戯に名を持った。という事は、アイツと言われた者は名を持っていない……?

 

もしかして、俺と同じヒトガタの――

 

 

『うぉわ?! なんじゃこりゃあ?!』

 

鬼の動揺を含んだ大声に、思考が強制的に現実に戻る。見れば、瓢箪が逆さまになったまま宙に浮いて止まっている。

 

いや、

 

「時間が止まっている? これは……」

 

その瞬間、ごぅと音を立てて迫る光の波にモミジは飲み込まれた。

 

 

樹海化。

神樹が侵攻してきたバーテックスに勇者を迎撃させるため生み出した戦闘場。

招かれざる存在をも巻き込んだ樹海化により、大神紅葉の物語は加速する。

 



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貴方/貴女(あなた)の為なら 4

もはやオリジナル要素しかない(見切り発車)

ラストまでの大まかな構想は出来てるんで、気長にお付き合いおなしゃすm(__)m

近いうちに本編とは別の、友奈や千景達他の勇者との出会いを短編形式で上げたいと思ってるので暇潰しにどぞどぞ(⌒0⌒)/




 

「……普通の木じゃあないな」

 

周りを見る。見たこともないような木、それも普通ではなく何かカラフルチックな物や、奥の方にはコンクリートの様な無機質な印象を与える物もある。

杏が好きそうなファンシーな光景だなぁと考えていると、肩から声がした。

 

見れば、何やら小さな鬼をデフォルメしたミニキャラがくっついていた。というかさっきの炭色の鬼だった。

 

 

『おい! どうなってんだ、これは?!』

 

「神樹が作った“樹海化”とかいう現象だろうなぁ。バーテックスが攻めてきたんだろ」

 

 

以前から話は聞いていた。四国に住む住民を巻き込まず、かつバーテックスを満足に相手できる戦場を用意するという神託があったとひなたが言っていたのを思い出す。

 

「取り敢えず、何処かに若葉達が来ている筈だ。俺が勇者じゃないのに樹海化に入れた理由も分かると良いが……」

 

神というのは案外適当な物だ。あ、こいつ戦えそうじゃん、ほい追加で。なんてノリで参戦しましたなんて言われても一概に否定できない物がある。

 

『その割にはなんか嬉しそうだなお前』

 

「おう。若葉や歌野はともかく、他のメンツが戦ってんのはそう見たことないからな。俺も手伝いとして出れるなら安心して暴れる事が出来る」

 

『何コイツ。過保護なのかバーサーカーなのか』

 

「うっせぇ。心配症なだけだ」

 

落とすぞ。と頭を掴んで揺さぶれば鬼が必死に抵抗してくる。何でも、神樹からの拒絶反応が酷すぎて気を抜けば吸収されそうなのだとか。良いことを聞いた。

 

そうやって会話していると、バーテックスがわらわらと集まっていく場所を発見した。聞こえてくる戦闘音に若葉達が居ることを確信し足に力を込める。

 

 

「球子、杏、皆を頼むぞ!」

「ってわぁ?! 若葉ちゃん前!」

 

 

焦る若葉と友奈の声。そして。

 

 

「梓ちゃん、離れてはいけませんよ!」

「な、何で。樹海化は勇者だけしか入れないって話じゃあ……?」

 

 

視界を遮る大木を飛び越えた時に目に飛び込んだのは、若葉達勇者組と、ひなた達巫女組の姿と、

 

――前線に立つ千景に迫る、武器を振りかぶった見知らぬ一人の少女。

 

「おい。しっかり掴まってろ」

『え、ちょ』

 

それが目に入った瞬間、モミジは迷わず“精霊システム”を起動した。

 

〰️〰️

 

訳が分からない。若葉は本気で混乱していた。

スマホから鳴るアラーム、話に聞いていた樹海化が来たのだと理解が出来た。バーテックスと戦い、奪われた平和を取り戻す戦いが始まるのだと、意気揚々と戦いに出陣した。

 

だが。

 

「……あれ、若葉ちゃん?」

「なっ?!」

 

きょとんとした、呆けた顔のひなたが居た。他にも勇者でない水都や、梓と綾乃までも樹海化に巻き込まれている。

 

何で。と頭を回す前に、ふよふよと空を泳ぐように此方に迫るバーテックスの姿が映った。人類の仇、と憎しみが湧く前にこの状況による焦りが出る。

 

「(巫女組は戦えない。つまりは守る。だが向こうの数は?いや、居なくなるまで斬り伏せるしかないのか?)」

 

「若葉、どうする?!」

 

考えが纏まる前に攻めてくるバーテックスに、旋刃盤である“神屋楯比売”を盾の様に構えながら球子が怒鳴る。

 

 

想定外の出来事の中で考え、動けたのは身体以上の大きさを誇るデスサイス、“大葉刈”を構えた千景だった。

 

「っ。伊予島さんと土居さんは巫女組の援護、私たちは迎撃に専念するわよ!」

 

「うん!」

 

「分かりました!」

 

千景の号令に、友奈と杏が即座に動く。

第一波のバーテックスを退けると、千景は若葉や友奈、歌野と前線へと降り立つ。

 

「案外大したことないわね……。私一人でも殲滅出来そうだわ」

 

「気を抜くな、と言いたい所だが中々に昂ってるな。頼りになるぞ、千景」

 

「さっきの連携もスムーズだったわ、リーダーの素質ありって所かしら?」

「えっ」

 

何処か余裕を感じる佇まいに、若葉がほぅと感心しながら千景を称える。その言葉に頬を赤らめ嬉しそうにしつつも、千景は素直に受け取った。

その後に歌野から言われた言葉に、勇者チームのリーダーシップを取っていた若葉が思わず言葉に詰まる。

 

「ゲームで、チーム戦ならたくさんしてるから……ちょっと乃木さん、大丈夫?」

 

「あ、あああ。だだだ大丈夫だぞぞぞ」

 

「わぉ、若葉がバグったわ」

 

「若葉ちゃーん?!」

 

第二波へのクールダウンとして軽いやり取りの最中、視界に映った若葉が呆けた顔をしているのを見て安否を問えば、当の若葉は壊れたラジオの様だった。それに乗るようにボケる歌野と驚愕する友奈は対照的である。

 

 

「第二波、来るわよ……っ!」

 

ぶぅん、と大きく大鎌を振って何時でも攻撃できる様に千景が構える。

第二波のバーテックス、対処は最初の第一波と変わらないだろう。と千景が当たりを付けたところで、

 

「こんにちわ」

 

「……えっ?」

 

気付けば真横、吐息が感じられる程に近い場所に少女は居た。

赤を基調とした、自分達勇者と同じような勇者服らしきものを装着している。

 

気だるげな表情を浮かべた少女は、手にしている身の丈以上錆びだらけの大刀をゆっくりと振りかぶっていた。

 

「まずは一人目」

 

錆びだらけで切れないとはいえ、あんな鉄の塊で殴られれば無事に済むわけがない。

 

背筋に寒気が走る。

 

明確に死を自覚する。

 

来るであろう痛みに、思わず若葉達だけでも逃がそうと目を向ければ此方へと手を伸ばし、何かを叫んでいた所だった。

 

 

「モミジ、頼むッ!!」

「おうッ!!」

 

「むっ」

 

硬いもの同士がぶつかる音がして、大刀を持った少女がたたらを踏んだ。

何事か理解できていない千景だったが、熱い物に身体を包まれた感覚に驚き見ると、それはモミジその人だった。

 

「大神君?」

 

「おう、大丈夫か千景。友奈、千景と一緒に此処を少し頼む」

 

「任せて!」

 

大きな跳躍の後、ふわりと地面に降り立てば、更なる奇襲に備えて下がっていた友奈が居た。

友奈に千景を任せ、前衛から少し下がった中間地点に居る歌野へとモミジは言う。

 

「状況は?」

 

「まだ序盤よ。あのミステリアスガールが出てきたのがイレギュラーって所かしら」

 

「そうか。……あの手の相手は俺がする。ひなた達巫女組を頼んだ」

 

「オーケー。任されました!」

 

 

歌野の気持ちいい返事を受けて、前線で先程の少女と武器の打ち合いをしている若葉の援護へと向かう。

近くに来たモミジに気付くと、若葉は少女から目を逸らさず言った。

 

「モミジ。お前が樹海化に巻き込まれた事も含めて早々にトラブルだ。悪いが手伝って貰うぞ」

 

「当たり前だ。そもそも俺も樹海に入りたいくらいだったからな。……コイツは俺がやる、周りのバーテックスを頼む」

 

「うむ」

 

 

言葉はそこまで、大刀を肩掛けにして此方を眺める少女へと歩みを進める。ていうか、あれ俺の刀じゃない?

 

「初めまして」

 

「どうも。さっきは邪魔されなかったら一人目を殺せたのに」

 

「させねーよ。大事なダチだしな」

 

「ふぅん」

 

あっけらかんとした少女の態度に少し苛立つが、彼我の武器の差を認識して冷静に努める。

まともに撃ち合えば即折れる。“精霊システム”の霊力を込めながら、少女の出方をじっと見る。

 

相手は女、しかも若葉達と同じくらいの。

少し武器を持つ手の力が弛む。ダメだ、相手は“天津神”の関係だろう、気を抜くな。

 

「ねぇ」

 

「……何だよ」

 

頭を切り替えていると、少女が大刀を肩掛けにしたまま言う。返事をすれば、巫女組や千景達が居る方を指差して言う。

 

「目的はアイツらを殺すこと。邪魔しないでくれたら助かる」

 

「はいどーぞって訳にはいかねーな。大事なダチだって言ったろ。だからここで、俺を倒してから行きな」

 

「……人間のくせに、何でそこまで守りたがるの?」

 

頑ななモミジの言葉に、少女が小首を傾げて問う。純粋に疑問に思った事を聞いたのか、少し此方の気も削がれる。

 

「そりゃあお前、仲間でもあり、ダチでもあり、家族でもあるしな――」

 

 

だから、俺は――

 

 

 

「何だ、貴様は」

 

『いやいや、私に敵意はないんだよ。うん』

 

バーテックスのほとんどを斬り倒した若葉は、目の前に現れたシンシに警戒を露にする。

“生大刀”を構え、敵意を隠さない若葉に困ったなと言うとシンシは言う。

 

『あそこの女。国土綾乃だったかな、その子に用があってね。少し話でもさせて貰えると――』

 

「寄るな、斬るぞ」

 

「あら。感じたことのある気配があると思えば、諏訪で会ったかしら?」

 

『ちっ』

 

 

若葉が話に応じず、かつ歌野という援軍まで増えたことにシンシは舌打ちする。

その舌打ちに肯定の意を感じたのか、歌野はそう、と表情を僅かに変化させる。

 

「――貴方が諏訪壊滅の原因の一端ね。なら反省して貰わなくちゃ」

 

鞭が唸る。上下左右、何処からでも撃ち込める様に構えた歌野は、さながら蛇の様にじっとシンシの動きを待っていた。

 

そんな二人の様子に、シンシは最初の好意的な対応を捨て苛立ちを隠さず告げる。

 

『地を這う虫けらの分際で……。貴様ら無力な人間風情が、我らに逆らうというのか?!』

 

「別に。はっきり言って貴様のその嫌な雰囲気は苦手だ。ヤバいとさえ感じる」

「同感ね」

 

『なら何故?』

 

シンシの問いに、若葉と歌野は揃って言った。

 

 

「「仲間だから」」

 

 

『……何かと思えば、幼稚な発想を……』

 

「幼稚な発想で結構、私の仲間に手を出すならば、無事に済むと思うなよ」

 

『その為に自分の命を捨てる気か? 少しは利口になれ』

 

「――何を言うかと思えば、」

 

スラリと“生大刀”を抜き放つ。穢れを払い万物を斬り倒す脅威を、シンシはその刀から感じていた。

 

「貴様には分からんだろうが、人間には他者を思うことで更なる高みに行ける力がある。今の私には、自分よりも大切な物がこの手の平から溢れそうな程あるんだ」

 

私は弱い。

 

権力の傘にされそうな幼馴染一人助けられない。

 

涙を流す幼馴染を見て、何て言ったら良いかも満足に分からない。

 

 

だからこそ、ここ一番で頑張らず何処で頑張るというのか。

 

モミジと綾乃は諏訪から、歌野と水都、それから梓や他の住民達を犠牲なく助けてくれた。

 

ならば次は、私がモミジ達を助ける番だろう。

 

だから、私は――

 

 

 

「アイツらの為なら、何度でも戦ってやるよ」

 

「お前達の為なら、何度でも戦おう」

 

 

 

「――そう」

 

少女がぽつりと呟く。少し俯いた状態から此方を見れば、少し熱の籠った語調で言った。

 

「なら、ぶっ殺して行くね」

 

「やってみろ」

 

少女の大振りの大刀と、モミジの霊力を込めた棍が、大きな音を立てて撃ち合った。

 

 

 

〰️〰️

 

『そうか。ならば死んで後悔してろ』

 

シンシの身体が泡立つ、流動的な皮膚が形を変え、その手に一振りの刀とそれに連結された鎖鎌が現れた。

 

「来るぞ、歌野」

「ええ」

 

バーテックスは後ろで待機してる千景や友奈達に任せて、若葉と歌野はシンシへと集中して相対する。

 

 

――遠くに見える神樹の光が、大きくなった様に見えた。

 

 

 




地味にやりたかった演出?です。

やめて、BLE◯CHのパクりとか言わないで。


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ヒトガタ(モミジ)(ヒトガタ) 1

戦闘描写多め、かな。



樹海化した空間で、剣戟の音が鳴り響く。

とは言っても、鳴らしているのは木製の棍と錆びた大刀だが……。

 

「ぬっ……、ぐぅぅ……っ!」

 

次々と矢継ぎ早に来る斬撃に、思わず苦悶の声が出る。

重い。少女が放つ攻撃に真っ先に思うのはそれだった。

 

まるで子供が木の枝で行うチャンバラの様に繰り出してくるそれを棍で凌ぐが、攻撃を受ける度に腕がビリビリと痺れ、踏ん張らねば体勢を崩す危険もある。体勢を崩せばジ・エンドだろう。

 

 

「……凄いね。そんな細い木の枝でこれと撃ち合えるなんて」

 

「分かってるなら手加減してくれ。つーか、これは“木の枝”じゃなく“棍”だ」

 

「手加減は出来ないけど、逃げるなら見逃してあげるよ」

 

大刀がぶれる。来るであろう斬撃を予測し、直撃する攻撃点を真っ向から受けるのではなく、

 

「むっ、また……」

 

「っ!」

 

棍に大刀が触れ、衝撃が来る瞬間に霊力を大刀との接地面に作動させ()()()

 

重く、まともに受ければ折れるであろう攻撃をいなすには、それしか出来なかった。

相手の大刀だって重いはず、幾ら軽々と振り回しているからといっても、体力の限界はあるはずだ。

 

と、思っていたのだが。

 

 

「……。 何?」

 

「いや、かれこれ30分くらい戦ってるんだけど。そろそろ息切れくらいしてくれないと困るんだが……」

 

「まだまだ余裕。というより、また折れてるよ」

 

「あ、やべ」

 

此方の棍を指差す少女の指摘に、棍を見れば先の方が僅かに軋み、ヒビが入っていた。急いで霊力を注げば、元通り綺麗に修復される。

諏訪神の力か、この棍の元々の能力なのか、精霊システムや俺の中の“天津神の因子”による霊力を注げば元通りになるらしい。

 

初撃の撃ち合いで棍がへし折れた時は本気で焦ったが、棍が戻るようにイメージすると霊力を消費して元に戻ったのだった。

 

 

「そっちこそズルい」

 

「なら武器の交換するか? 俺は全然良いぞ!」

 

「お断り!」

 

言葉の後に、再び武器の撃ち合う音が鳴り響く。

今はどうにか対応出来ているが、使える霊力には限りがある。

 

「(もしかすると、“神花”を使わざるを得ないかもな……)」

 

疲労を欠片も見せない少女を見ながら、モミジはそう考えた。

 

 

 

『ふっ、はぁっ!』

 

「ふんっ!」

「そりゃ!」

 

刀による攻撃を若葉が、鎖鎌による変則的な攻撃を歌野が鞭で打ち落とす。

隙を見て攻撃を繰り出せば、流動的にグニャリと身体を歪ませかわされていた。

 

『……ふん。二人がかりで掠り傷一つも入れられんとはな。これなら当初の予定通り雑魚共をけしかけるだけで良さそうだ』

 

嘲笑。此方の神経を逆撫でするような態度で話し掛けてくるが、若葉と歌野は意に介さない。深呼吸し、丹田で気を練る。

 

話に乗ってこないのを理解できたのか、内心舌打ちしながらもシンシは策を練る。

 

『(地力なら此方が圧倒的に上だ。だが諏訪の勇者は兎も角、四国の勇者、あの刀はヤバい)』

 

離れた距離で相対するこの場でも感じる、不浄を祓い魔を斬り落とす威容。

覚えもある。そしてあの方と通じる“緒”からも警告を感じる。()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

腹立たしい。沸々と湧く怒りをどうにか宥め、此方に相対する二人を見る。

 

 

強い目をしている。と素直に思う。

人間の側ではなく、此方側に付くというのであれば喜んで迎える程の技量だ。

 

だが、

 

『そろそろ体力も限界なのではないか? あの少女を差し出すというのであれば、今回は見逃しても良いのだが……』

 

返答の変わりに斬撃と鞭が飛ぶ。斬撃をしっかりと刀で受け、続く鞭は身体で受ける。ビリビリとした痛みが走るが、あの刀を喰らうよりはマシだ。

 

痛みに動きを止まったことに好機と見たのか、若葉が刀を腰だめに構える。所謂居合いの型だ。

 

勇者(わたしたち)を舐めるなよ、異形のバーテックス」

 

「私達をギブアップさせたいなら、この100倍は連れて来なさい!」

 

 

若葉が飛び出す。腰だめに構えたまま、真っ直ぐにシンシへと風の如く駆け抜ける。

普通ならば万人が非難するだろう、自殺行為だと、無謀であると。

 

 

『はっ、馬鹿が』

 

だが、今の彼女には相棒とも呼ぶべき仲間が居る。

 

「私のナイスなアシストを忘れちゃ嫌よ!」

 

刀、続く鎖鎌を鞭が音を越えて弾く。体勢が仰け反り、最早無防備であるシンシの懐目掛けて、若葉が更に足を踏み込む。

 

 

――のが、シンシのイメージ通りだった。

 

 

ぐじゅりと音を立てて、シンシの身体が腹から波紋の如く広がる。風呂敷の様に広がったそれは、さながら食虫植物の様に若葉へ喰らいつこうとしていた。

 

「若葉!」

 

焦りを含んだ歌野の声に、シンシは勝機を見たりと笑う。神浄の刃は届かず、この少女は我が体内で溶かすだけ、と。

 

「……」

 

若葉は、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

〰️〰️

 

 

「まだまだ力みが入ってますなぁ」

 

「むむむ……」

 

丸亀城での鍛練中、師範代によく言われた言葉だ。力を抜け、脱力しろ、と良く言われ、実践しているのだが上手く行かない。

 

「ほれ、ここ」

 

師範代の指先には、先程切った巻俵があった。それを良く見れば切った刀が抜けた後口に、()()が出来ている。

 

「これがあるってことは、切ってる途中で減速してるって事ですの。本当に脱力した抜刀は、振り抜くまで()()()()()()

 

「加速……ですか?」

 

「そうですのぅ」

 

ほれぃ、と言って腰の刀に手を掛けると、三つ横並びにある巻き俵へ真横に一閃する。

抜刀する瞬間の人が変わった様な殺気に気構えすれば、事は既に終わっていた。

 

巻き俵は動かない。失敗か?と思えば、少しの間の後ゆっくりと切り口から倒れた。

 

切り口を見る。()()の無い、元からそうであったと錯覚するようなキレイな切り口だ。

 

思わずお見事、と言えば師範代は恥ずかしそうにポリポリと頬を掻く。

 

「いや、失敗ですのぅ」

 

「えぇ?!」

 

「真横に抜いたのに、押す前に倒れましたからの。いやはや、まだまだ精進が足りぬ」

 

ほっほっほ、と師範代は笑って言う。

 

 

「人類の仇敵、さぞかし強敵で御座いましょう。ですが、どんな時でも心は水面の如く落ち着けるのです」

 

「……明鏡止水。という事ですか?」

 

「おや、博識で。そうとも、明鏡止水の先に芯からの脱力が叶う。それが出来れば若葉様のその神刀」

 

師範代が若葉の腰の刀へと目を向ける。

 

あの“天災”の日に借り受けた、バーテックスを倒すための人類の切り札へと。

 

「文字通り神であれど斬り伏せるでしょう」

 

若葉は、そっと“生大刀”へと手を置いた。

 

 

〰️〰️

 

 

音。水音。歌野の声。相手の呼吸音。

 

目を閉じる。視覚という五感最大の情報確保器官を自ら閉じる。

相手の危険度、異常さは全て身に染みた。今、絶望的な状況であるのは分かる。

 

ならば斬るだけ。

 

脱力する。踏み込みはここで終わりだ。後は刀を抜くだけだが……、間に合わない。()()()()()()

 

 

「――来い、義経」

 

 

『なっ?!』

 

シンシの視界から、若葉が消える。

何処に行ったかと辺りを探れば、パチリと刀を仕舞う音が響いた。

 

身体を探る、痛みはない。ならば二の太刀が来る、と身体を向けた所で、

 

「動くのは止めといた方が良い。既に切った」

 

バチャリと、身体が真ん中から真っ二つになっていた。

 

突然の出来事に理解が遅れる。身体を動かそうにも、離れた半身がじたばたと動くだけだ。

 

『な、ぁ』

 

「ダメだな。まだ脱力が足りないか……」

 

意識が薄れる。このままでは消滅する。手近なバーテックスか、あの少女の元に――

 

 

「また一から鍛練だな」

 

 

シンシの身体は、いつしか動きを止めていた。

 

 

 

「っ!」

 

「ぅお?!」

 

目の前の少女が動きを止める。驚愕を表す顔に、そんな顔も出来たのかと内心驚いているとぽつりと声を洩らした。

 

「そんな……、やられるなんて……」

 

「あぁ、あの人型バーテックスか。若葉達は強いからな」

 

結局、若葉達が相手をしてくれたらしい。この手の奴はこっちで引き受ける。と歌野に啖呵を切ったのに、滅茶苦茶恥ずかしい思いだ。

 

モミジの言葉に、少女は睨むように此方を見る。その剣幕に思わず構えると、その隙に跳躍しシンシの元へと向かっていく。

 

若葉達も居るはずだ、と直ぐ様追いかければ、少女はシンシらしき物体の側へと駆け寄っていた。

 

その近くに、若葉達も警戒しながら立っている。

 

 

「大丈夫か?」

 

「モミジか。そちらも無事で何よりだ」

 

「まだ交戦中だけどな。……どうする、まだやるかい?」

 

少女へと問う。戦闘で疲弊しているとはいえ3対1、奥で護衛に付いている友奈達も含めればかなりの数になる。

人類の敵とはいえ、人間同士の戦いはあまりしたくない。

 

 

何よりこの子は――

 

 

「ねぇ、モミジさん。あの子が持っている武器、あれは」

 

「あぁ。俺が持ってた大刀だ。……シンシ、人型バーテックスの仲間と考えれば、あの子は」

 

「……モミジさんと、同じ境遇って事?」

 

「何?」

 

歌野の考察に若葉が驚く。その通りだ、と確信に近いものを感じる。

 

炭色の鬼の話と、以前シンシと遭遇した際の言葉を纏めれば、あの子も俺と同じ、“ヒトガタ”の可能性が高い。

 

俺の持っていたあの武器がまともに扱える時点で、それは濃厚とも言えるだろう。

 

 

「……同じ境遇、なんてものじゃない」

 

少女が何かに堪えながらも、絞り出すように言う。……怒っているのか?

 

肩辺りからもぞもぞとした感覚がすれば、最早ミニキャラと化した炭色の鬼が居た。そういえば居たな。

 

『し、死ぬかと思った……』

 

「悪かったな。でももう終わりそうだ」

 

『うん? どういう――おいおい、お前さん記憶喪失持ちだったか?』

 

「どういう意味だよ」

 

『どういうってお前、あのガキは』

 

俯いた少女の方を向いて、鬼が目を逸らさずそのまま言う。信じられないとでも言うように。

 

炭色の鬼が口を開く前に、少女がゆらりと立ち上がり此方を向く。

 

「許さない。何も覚えてないって聞いていたけれど、だからってこんなことは看過できないよ」

 

少女の言葉に熱が入る。シンシだった赤黒い液へと手を伸ばすと、ぐにぐにと状を変えて少女の手の平でゴルフボール程の大きさになった。

 

どくどくと、心臓の様に鼓動を打ちながら。

 

 

()()()()に手を出すならば、それが誰であっても許さない。例えそれが――」

 

 

『お前の、双子の片割れじゃねぇか』

 

 

少女が手の平のそれを口に入れ、ごくりと音を立てて飲み込む。

 

その瞬間、爆発的な神威がその場に居た俺達を吹き飛ばした。

 

 

 

「――大神家(おおみかみけ)が祭神、天照大御神の名の元に、我が敵へと告げる」

 

 

 

 

神樹が展開する樹海化の中で、一つの小さな、されども業火の様な熱度を放つ太陽が君臨する。

 

纏う衣は大きく変わり、それはさながら天女の様な、そんな印象を持たせる風貌。

 

背には身の丈程の鏡を背負い、首には勾玉を下げ、手には錆びた大刀を構えている。

 

神様みたいだ。衝撃でふらつく視界の中で、モミジは他人事の様にそう思っていた。

 

 

「貴様ら人類の切り札は、ここで皆殺しにしてやる」

 

 

ゆっくりと、手にした大刀の切っ先をモミジへと向ける。

その瞳を憎悪と、殺意で昂らせながら――

 

 

「行くよ、ここで死んで。お兄ちゃん(大神紅葉)

 

 

――俺の妹は、大刀を構えて此方へと斬りかかった。




というか今更ながら、

感想や評価くれた方ありがとうございます!大分モチベーション上がります(⌒0⌒)/

作者豆腐メンタルなので、酷評以外はどしどし受け付けております!←


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ヒトガタ(モミジ)(ヒトガタ) 2

激務で投稿遅れた……orz

主人公の詳しい過去等の描写がありますが、疲れた頭で書いてるので一部分かりづらいかも。

何度か推敲はしてますがミスあったら申し訳ない。


 

大神家。

人の身でありながら神に成り上がる事を目指しそして実践したその家系には、しかして一族において大きな誤算が起きていた。

 

 

「何て事だ。いよいよ神降ろしの段階になるというのに……」

 

その男の顔は、大きな壁にぶち当たったかの様な、苦虫を噛み潰した様な、そんな苦々しい顔をしていた。

 

大神家の家長であり、そしてその()()は初代大神家の魂に成り代わっているその存在は、おそらく人生で一番の苦難を迎えていた。

 

原因は一枚の用紙。そこには妻である女の胎内を撮影したエコー写真が貼り付けられていた。

診察結果は経過は順調、予定日を目指し安静に過ごすよう努める事という喜ばしい旨を書いた内容が綴られている。ただ、問題はその胎内の存在だった。

 

 

双子だったのだ。

 

 

古来より双子は不吉の象徴とされ、家柄や宗教、人種によっては生まれた際に双子の片割れを処分するという掟さえあった。

 

その原因は理由は主に一つの生命を二つに別ち誕生した存在である、所謂ドッペルゲンガーの様な存在である為、そして本来一つの命運を二つに別つ歪な存在である為、等といった身勝手な理由がほとんどだった。

 

 

かつて大神家にも双子が誕生したことが一度あり、その際に家系継続の為の降霊を施した事があったのだが、どういう訳か短命であったのだ。

 

()も終わりが近いというのに……、これも天命とでもいうのだろうか」

 

遥か昔から繰り返してきた降霊と代替わりだったが、初代大神にはある焦りがある。

 

魂の完全な定着が近頃危ぶまれて来たのだった。

 

直接的な血の繋がりがなければ行えないヒトガタだったが、時代の流れか、はたまた代を重ねる毎に血が薄くなっていくのか。呪いの行使処かその使用さえ上手く行かない事があった。

 

おそらく()が最後。そして遥か昔に見た予知通りであれば、今が神降ろしを行う好機。

 

――という所で出た問題が、この双子という存在だった。

 

 

「処分だなんて。そんなの勝手すぎます。私だけでも、この子達を責任を持って育てますから」

 

妻である女は毅然とした態度でそう言う。優秀な巫女の家系でもあり、日本で指折りの神職の跡取り娘であった彼女を狙い妻と迎えた時には大変喜んだが、彼女が見せるその堂々たる振る舞いは時に初代大神を悩ませる種でもあった。

 

「処分といっても、家としての関わりを絶ち何処か遠方へと送るだけだ。別に命を取ろうという訳ではない」

 

とその場しのぎの嘘偽りで宥めたとしても、

 

「ならば名を変え、私の実家でも良いでしょう。折角縁あって紡がれた生命です、親の都合で子を捨てる等とは出来る筈もありません。第一、国――」

 

等と、自分が納得のいく方法でなければ決して頷かない女であった。

 

今は男である初代大神も、かつては女として過ごした事は何度かあり、後継の為の子を孕み産んだこともある。子に愛着が湧くのも理解が出来る事ではあるのだが、それとこれとは話が別だった。

 

 

「(兎に角、時期を見て処分する)」

 

野望、欲望、願望。あらゆる物が渦巻く人間の胸中で、そんな考えが行われていた。

 

 

〰️〰️

 

 

子供が産まれた。

 

 

耳障りだと思える泣き声が病院の産婦人科で鳴り響いている。出産を終え、そんな子供の様子を妻は微笑ましく見守っていた。

 

名は無い。世を過ごすための名は用意するが、それはヒトガタの儀が完了してからだ。寄り坐しに名などは必要ない。

 

幸いな事といえば、妻の方も名を準備していないという事だった。女の実家では祭神に申し立て、その神が選んだ名を身に刻むという。

子が名を理解するまでに猶予があると知って、男は内心ほっと胸を撫で下ろした。

 

 

生まれた双子は二卵性の男女。無垢な少女であり、何より降ろす神の神話でのイメージや性別をなぞると女児の方で即決した。

妻の退院に合わせ、女児を秘密裏に回収、大神家所縁の者に預からせると男はもう一つの懸念材料へと手を伸ばす。

 

――男児の方を始末する為だ。

 

 

 

 

樹海に伸びている樹木が、広範囲に渡って変色していた。

突如起きた地を揺らす程の爆音と暴風。そしてけたたましいアラームを鳴らすスマホを鑑みて、戦場の状況を見ていた杏は指示を飛ばす。

 

「友奈さんとタマっち先輩は若葉さん達の保護をお願いします!」

 

バーテックスは粗方倒した。“切り札”を使うための余力ある体力を更に温存させて、これからの戦略を練る。

 

スマホに大きな赤い点で表示された、“最重要危険的存在”。先程の爆発を考えれば、若葉やモミジ達が居る方からの筈だろう。

幸いな事にスマホにはまだ全員の表示がある。ということは誰も死んではいない……筈だ。

 

だが動かないということは気絶、もしくは拘束されている可能性がある。ならば機動力と突破力のある二人を向かわせる方が良い。と杏は瞬時に思考を走らせていた。

 

 

「伊予島さん、私は何をすれば良いの?」

 

千景が状況の変化に戸惑いながらも指示を仰ぐ。

そういえば、千景さんはモミジさんと関わってから最初の頃の暗い雰囲気がなくなったなぁと思いながら、頭を回す。

 

「では、巫女組の護衛を。千景さんなら、もしもの時の“切り札”が今の状況には最適ですから」

 

「そうね。分かったわ」

 

「でも、本当の緊急時にしか使わない様にしてください! モミジさんの“精霊降ろし”の様な穢れの存在が確認されてますから!」

 

「勿論よ」

 

短く返事を返して、巫女組を避難させてある場所へと跳躍する。逃げ場の無い袋小路ではあったが、それこそ死に物狂いでバーテックスを殲滅させた。

 

千景がスタリと着地すると、怯える表情をした梓をひなたと水都が慰めていた所だった。

目線の合ったひなたにアイコンタクトで安全を伝えれば安堵の息を吐く。

 

 

「先程の爆発と、強力な力は?」

 

「おそらく敵の親玉じゃないかしら。私は貴女達の護衛に来たわ」

 

いや、正確には。とモミジ達が居る方を無言のまま思案顔を浮かべている綾乃を向いて、

 

 

「貴女を、なんだけどね。綾乃さん」

 

「……アタシ?」

 

 

普段あまり見ないきょとんとした驚き顔の綾乃を見て、珍しい物を見たと千景は内心思っていた。

 

 

 

 

「……ここは……?」

 

「やっほー、大神紅葉(おにいちゃん)

 

以前シンシに誘拐される形で取り込まれた白い世界。何処か荒廃した様子に思い出しながら記憶を捻る。

 

崩れていく。塗ったペンキがボロボロと崩れていく様に世界が崩壊している。

此方を見る少女の遥か後ろに見える、真っ黒な鏡の様な楕円形の物。その中に、

 

 

人間の形をしたナニカが、磔にされて居るように見え――

 

 

「ここに来るのは初めてじゃないよね。……あぁ、大丈夫だよ。ここは写し世、現世とは真逆の世界だから現実の時間からは切り離されてる」

 

「……つまり、ここに一年居ても向こうでは一瞬だと?」

 

「簡単に言えばそーだね」

 

 

ぶっきらぼうに、何処か機嫌が悪そうに少女は言う。好意は微塵も感じられない視線を送りながら、確認する様に問う。

 

「あなたは今まで、一人っ子として生きてきたの?」

 

「……そうだな。少なくとも君の様な妹が居るとは聞いてない」

 

「…………そのようだね」

 

少しの時間を置いて少女が言う。俺の言葉を肯定したという事は、俺の記憶か思考を読まれているのだろうか。

 

「両方だよ」

 

両方らしい。なんだろう。“神”の力を持つものにろくな奴が居ねぇ。特に諏訪の神様とか。

 

さて、と少女が言う。此方を見る少女の目と合った瞬間、頭の中に何かのイメージが濁流の様に流れ込む。

 

 

若い男女。

 

女の腕には男児が抱かれ、男は女児を抱いている。

 

見覚えのある家。大神家。

 

男児を庇う様に立つ女と、それに同調し立つ数名。

 

消える。

 

消える。

 

消える。

 

最後に残る女が、男児に向けて笑顔で――

 

 

 

 

「●●●、大丈夫か?!」

 

大きな神社、その本堂らしき場所で敷かれた布団に一人の女が伏している。

 

その傍らには、何も事情を知らない一人の赤子がすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。

そんな赤子を、女はやつれた顔で満足そうに見つめている。

 

 

「兄さん、あの子は……?」

 

「ダメだ。●●の野郎、しらばっくれるばかりで会わせようとしない……」

 

「そう……、残念ね。双子なのだから、一緒に育って欲しかったものなのだけれど」

 

「それより、お前の身体の方が――」

 

 

流れ込むイメージが、動画を早回しするかのように加速する。

日々頬がこけ、健康的だった顔には疲れや焦燥感が見えてくる様になった。

 

月日が流れる。

 

月日が流れる。

 

 

 

 

「――まだ、この子に名前が降りないの?」

 

「あぁ。申し立てをしてるんだが、一向に返事がない」

 

「そう……。同じくらいに産まれた子は名前が降りたのにね。綾乃ちゃんだったかしら」

 

「瞳姉さんの子だな。この子と比べてじゃじゃ馬で困るが」

 

「あら、この子にもそのくらい元気で居てほしいわぁ」

 

「それもだがお前も元気になってくれよ。そんなだとこの子が大きくなった時に困るぞ」

 

 

 

再び早回しが始まる。

 

 

 

男児を引き取りに来ていた男はぱったりと来なくなった。

そして、男児を見守っていた女はますます体調を崩していく。

 

「――和人様、●●●様の容態が?!」

 

「結界を張れ! 奴の思うままにさせるな!」

 

周囲がバタバタと慌ただしい。何も分からず、何も知らない男児はキョロキョロと辺りを見渡して宛もなく這い回ろうとしたが、その前に女に抱き寄せられた。

 

「こーら、危ないわよ」

 

頭を優しく撫でる。壊れ物を扱うかの様に、優しく。

 

何処か安心するそれに目を細めていると和人が言う。

 

「お前も危ないんだ。頼むから安静にしていてくれよ」

 

「分かってるわよー」

 

 

 

――その日を境に、女は起き上がる事さえ出来なくなった。

 

 

 

バタバタと人が走り回る音が聞こえる。

 

怖い怒鳴り声もたくさん聞こえる。

 

「怖いよねぇ。何をそんなに慌ててるんだか……」

 

耳をそっと手で覆われる。力ない手越しに見える女の顔は、それでも優しい微笑みだった。

 

「――――――――――」

 

何かを言われる。

 

「――――――――――」

 

楽しそうに目を細め、クスクスと笑っている。

 

「――――――――――」

 

ぐったりとした手が、男児の身体に寄り添われた。だんだんと閉じられていく女の瞳が、男児を見つめている。

 

 

「――ごめんね」

 

その言葉が、(おかあさん)からの最後の言葉だった。

 

 

〰️〰️

 

 

「待てッ!!」

 

此方に背を向ける人影に、和人は怒鳴り声に似た制止の言葉を掛ける。

その者の腕には、和人から見て甥に当たる男児が抱かれていた。

 

声を掛けられた者は動かない。豪雨とも取れる雨が降っているからか、厚手の雨具を着込んでおり傍目からは正体が見分けにくかった。

 

 

「その子は私の身内の忘れ形見だ。返してもらおうか」

 

強行手段に出て、赤子に万が一があってはいけない。ジリジリと間合いを詰める算段を立てていると、目の前からクスクスと笑い声が聞こえる。

 

 

――和人の時間が、一瞬止まった。

 

 

「あら、この子は私の子よ? 母親が子供をどう扱おうと勝手じゃない」

 

そう言って笑うその顔は、まさしく●●●の顔。物真似や似せ化粧ではない、本物である事は直ぐに看破出来た。

 

ならどうして、と考えると同時に最悪のシナリオが頭に流れる。そんな事があって良いのか、と。

 

 

●●●は、いや、()()()()――

 

 

「貴様、●●●にヒトガタの儀を行ったのか?!」

 

 

驚愕と悲哀に満ちた和人の叫びが響く。それを受けて(初代大神)は笑う。

 

「あぁ、そうさ。子を成し縁を持ったからなぁ。多少強引にだが降ろさせて貰った。かなり快適だな、この身体は」

 

「この……ッ!!」

 

 

嘲笑う様に此方を見る女に、和人が拳を震わせて歩き寄る。だが、

 

「殴れるのか? というより、状況は理解出来ているか?」

 

動けなかった。首筋に伸ばされた手は、軽く力をいれるだけで男児の首をへし折るだろう。

何より大切な妹を、死んだといってもその妹の子供の前で殴るという行為が和人には出来なかった。

 

 

「もしもの時のスペアだが……。コイツは国土の血を濃く受け継いでいる、だとすれば……」

 

下卑た笑い声が上がる。後に残ったのは、呆然と立ち尽くす和人の姿のみだった。

 

 

 

 

何だ、今の映像は。

 

 

莫大とも取れる情報量に、モミジの頭が混乱する。綾乃の叔父である和人の事もそうだが、今の映像に居た男女、あれがもしや。

 

「そう。私達の両親だね」

 

少女が言う。その顔を見て、あぁ、何処か似た顔立ちをしているから本当の事なんだなぁと他人事の様に感じていた。

 

というより、簡単には飲み込めなかった。

 

そして、気になる事がある。

 

「なぁ、気になる事があるんだ。俺達の母親、その人を父親が魂ごと乗っ取ったんだよな」

 

「うん。そうなるね」

 

「……彼処にある変な丸っこい奴に、人っぽいのがあるんだけどよ」

 

モミジの言葉に、少女は笑顔で告げる。

 

 

「うん。()()私達の母親だよ」

 

 

軽く放たれたその言葉にモミジは絶句する。

そんなモミジを無視して、おほんと仕切り直すと少女が言う。

 

「お父さんの事を窮地に追い込んだのは多少許してあげる。知らなかったのは、やっぱりどうしようもないからさ」

 

でも、と続けて。

 

「あの女……。国土家の巫女をこっちにくれないかな?」

 

「綾乃を……?」

 

「うん。私に降ろしてる神、“天照大御神”は本物ではない模造品とはいえ、かなり体力を削っちゃうんだよね。だから母親、国土の巫女という()()()()()()無垢な媒体を栄養源としてるの」

 

改めて真っ黒な楕円形の鏡を見る。そこに居る人間の形をしたナニカ――俺の母親――は、磔にされ身体にはガラスのヒビの様な模様が走っていた。

 

「子供を産んだってことで無垢な巫女としての能力は大分落ちてた。だけど、現存する国土の巫女を補充出来たら問題ないでしょ?」

 

 

狂ってる。

 

この少女は人を生け贄にすることを、まるで電化製品のバッテリーを交換する程度にしか捉えていないのだ。

 

そもそも、何で大神家は人類に牙を剥く?神を降ろし、人々を掌握出来るだけで良かったのならば、諏訪の壊滅やこうした四国への襲来等、被害が軽くなる物はたくさんある筈だ。

 

 

「……さぁ、初代様が何を見たのかは分からないけれど、今とりあえずはやるべき事ってのを理解は出来てる」

 

「俺の身内に手は出させねぇ」

 

「そんなの、こっちだって一緒だよ。お父さんを回復させるのに一杯あのウジ虫(バーテックス)消費しちゃうのに」

 

 

お互いに気力が沸き上がる。ここは写し世、ここでは決着が付けられないが、現実に戻れば嫌でも戦闘を行う事になるだろう。

 

 

「……伝えることは伝えた。なら、最初の宣言通り皆殺しにしていくね」

 

――モミジの視界が、眩しいほどの光に包まれた。

 

 

 

 

身体が重い、全身に広がる痺れにも似た痛みに耐えながら辺りを見れば、大刀を構えた少女が若葉と歌野に狙いを定めていた所だった。

 

――その“神花”の力。使うほどに“神”へとその身を近付けるだろう。

 

諏訪神の忠告が脳裏に思い出される。だが、躊躇している暇はない。

 

 

俺は“大神紅葉”。俺は戦う、俺の大事な全ての為に。

 

 

「さ、せるかぁぁぁッ!!!!」

 

「なっ?!」

 

“神花”を発動。纏う神衣が完璧に装着されるのを待てず、最初の戦闘の時のように力一杯少女を横合いから殴り飛ばした。

 

大刀でその一撃を防ぎつつも、生じた衝撃に顔を驚きで歪ませながら少女は吹き飛んだ。

 

 

「させねーよ」

 

 

――――ごめんね。

 

母親からの言葉を思い出す。俺の母親は、俺を全力で守っていてくれたのだ。

だが、意思は最後まで遂行されず、あの人は悔いの言葉を残して死んだ。

 

最後まで、俺や少女の事を案じていた。

 

ならば兄として、間違った事をした妹を正しい方向へと導くのが役目だろう。

 

それがあの人(おかあさん)への、俺なりの報いだと思う。

 

 

「う。痛たたた……」

 

ぶつけた頭を擦りながら少女が起き上がる。元より一撃で勝負が着くとは思っていない。

 

やるなら、徹底的にだ。

 

 

「四国が防人、大神紅葉。推して参る」

 

 

武器代わりの棍を振って構えると、モミジは少女へと踏み込んだ。

 

 



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ヒトガタ(モミジ)(ヒトガタ) 3

期間空きすぎた申し訳ナス(+_+)



 

「こっちだ、救助隊を回せー!」

 

「怪我人が居るぞ、担架持ってこい!」

 

「小さい子供とお年寄りを優先して通して、動ける人は手伝って下さい!」

 

上がる業火の手。四国の一部は大災害といっても過言ではないほどの被害が起きていた。

逃げ惑う市民、そしてこの困難に打ち勝つ為、今人類の団結が問われていた。

 

「勇者様方の容態はどうだ?!」

 

「皆様病院へと搬送されています。怪我の深い方も居られます故、治療は長引くかと……」

 

大社の一角で、そんな会話がされていた。勇者の状態を気にする男の名は及川、以前は大社排斥の一派ではあったが丸亀城襲撃時、それを察知したモミジにこれでもかと叩きのめされて以来その野望は潰えている。

 

今ではかつての横暴さは鳴りを潜め、人類存続を願う一員として日々を過ごしていた。

そんな中入った“勇者チームの壊滅的打撃”、その情報の正否を調べる為、こうして大社本部まで来ていたのだ。

 

 

「……だろうな。四国がこんな有り様だ。樹海の中で何が起きたのか、分からないのか?」

 

「はい。現場で指揮を取られていた伊予島様のご報告では――」

 

本来は決して語られる事はなく、閲覧削除対象にされるであろう情報が及川へと語られる。

 

 

 

時は遡る――

 

 

 

 

やりづらい……ッ!!

 

“天照大御神”を降ろした少女との応戦、モミジは戦況の悪さに悪態を吐いた。

背後には気を失ったまま倒れる若葉と歌野、そして何より神樹に繋がる樹海の根っこが伸びている。

 

向こうの攻撃を馬鹿正直に避けると、背後の誰かが死ぬか、神樹がダメージを受ける。といった状況だった。

 

故に。

 

「はぁぁあ!!」

「ぐぅっ?!」

 

上段からの切り落としを受け、へしゃげる棍と共にモミジが樹海へと土煙を上げて叩き落とされる。ダメージを歯を喰い縛り耐え、空を見上げれば赤く迸る稲妻の様な物を大刀に纏わせた少女がそれを振りかざしていた。

 

「“赤雷よ、咎人を灰に還せ”!」

 

言葉と同時に振るわれた大刀から、不規則な軌道を描いて赤雷がモミジ、そして若葉と歌野へと迫る。それに対しモミジは樹海へと手を置くと、気を練り上げ言霊を紡ぐ。

 

「“覆え”」

 

瞬間。樹海に根を張る新樹の根から更なる樹木がその顔を出す。互いに組合、頑強なドーム状へと成したそれに赤雷がぶち当たると、貫く様に穴を穿ち大爆発を引き起こした。

 

その光景に少女がニヤリと笑う。だが、煙が晴れ見えるそれに顔を歪める。

メキメキと音を立て、樹木は絶えず成長を続けていたのだ。赤雷はやがて突破力を失い、バチリと音を立ててかき消える。

 

ドーム状の、巨大な要塞を成したそれを足場にモミジが空へと舞う。新しく取り出した棍を軽く振って構えた。

 

 

「お兄ちゃんって精霊を操るだけなんじゃないの……? 聞いてた話と違うなぁ」

 

「多分、この姿になるときに“力”(神力)をくれた神様のおかげだろうよ」

 

 

この棍を含めて、豊穣や戦を司る諏訪神はこの樹海という神力と植物に満ちたフィールドでは本当に使い勝手の良い力だと思う。これがなければ、とうの昔に四国はぶっ飛んでいる筈だ。

 

そして、少女の話が本当であれば、俺は精霊を行使するに長けた能力であるらしい。

なるほど、穢れの影響が多少の違いはあれど、若葉達正規の勇者と違い何種類もの精霊を降ろし、使役出来るのはそういう理由があったのだ。

 

そして、

 

「聞いてたってのは誰からだい? 口ぶりからすると、さっきのゲテモノ野郎(シンシ)とは違うよな」

 

「お父さんの事をそう言わないでよ」

 

「よく言うぜ。母親の事を道具扱いしてたのに」

 

「あの女の事が大事なの? 初めて会ったのに。息子がマザコンになるってのは本当らしいね」

 

「そういうお前はファザコンだろーがよ!!」

 

言葉の後に棍を振るい、少女の構える大刀へと振り下ろす。それを難なく受け止め、振り払う少女に合わせ一度距離を取った。

 

話を流されたが、どうやらコイツら以外の何者かが居るらしい。聞く限りでは口伝での伝達だろうか、もしや。

 

四国に裏切り者がいるとでも言うのだろうか。

 

不要な思考を切り替え少女を見る。余計な詮索は後だ。今は目の前の状況を片付けるのを優先する。

 

 

その時。

 

「おーい、モミジくーんって何この状況?! そしてモミジ君の格好も変わってるぅ?!」

 

「って若葉と歌野?! 大丈夫かよお前ら?!」

 

到着と同時に慌てふためく友奈と球子を見て、この状況の打開策をモミジは見た。それに必要なのは少しの時間とこの二人が素直に聞いてくれるかだけである。

 

 

作戦は簡単だ。

 

①モミジが敵の少女を抑える。

 

②友奈と球子が若葉、歌野を抱えて逃げる。

 

それだけ。

 

 

何故それだけなのに悩む必要があるのか、それは。

 

 

「やいやい! お前がさっきの爆発と二人をこうしたのか!」

 

「見た目は完璧に人間だけど……、さっきぐんちゃんに攻撃してたよね、どうして?!」

 

――このように、人一倍友達思いな彼女達なら、いの一番に頭に血が上ると理解していたからだ。

 

 

待て、落ち着け。と二人の近くに降り立ち止めれば球子がずいと近付いて言う。

 

「落ち着いてられるか、二人がこんな大怪我してるんだぞ?!」

 

「だからこそだろ。とりあえず、俺がアイツを抑える、その間に二人は怪我人を抱えて逃げる、オーケー?」

 

「ファーック!」

 

「オゥ、シット」

 

ふんふんと鼻息の荒い球子を抑えつつ、後ろに居る友奈へと視線を送る。

友達を傷つけられ冷静では居られなかったが今自分が何をすべきか、それを理解出来た友奈が渋々頷く。

 

ありがとうと返事をして、樹木の要塞に避難させていた二人を掴み上げると少し雑だが友奈と球子のそれぞれへと放り投げる。

向こうの攻撃準備が整ったらしく、先程の赤雷が大刀へとチャージされている。

 

 

もう時間は残されていなかった。

 

 

「走れッ!!」

 

 

「っ。だーっ、タマ達の分までぶっ飛ばしとけよ、モミジィ!!」

 

「怪我には気を付けて、また直ぐに戻るから!」

 

モミジから怪我人を受け取った二人が、少女の攻撃に危機感を感じたのか脇目を振らずに勇者衣の性能をフルに使い猛スピードで走り出す。

 

モミジは少女の目線が友奈達へと向いているのを見て即座に接近、挨拶代わりに蹴りを叩き込んだ。

 

 

「お前の相手は俺だってんだろ、こっちに集中しろよ」

 

「……鬱陶しいなぁ、欠陥品のくせして」

 

 

怪我人は下がらせた。

 

これで俺が気にするものは特にない。

 

 

――さぁ、反撃開始だ。

 

 

 

此処に来る前に言われた事前情報の中に、この人(お兄ちゃん)の事も言われた。

 

『奴の権能は“御霊の使役”。所謂精霊が持つ能力そのものを自由に使役する力だ』

 

だがお前の持つ“厄災の使役”の敵じゃあない。とお父さんからは言われた。

その言葉に疑問を持ってなかったし、実際に会ってみても勝てる気しかしなかった。

 

 

なのに。

 

 

鎌鼬(かまいたち)

 

モミジの言葉と同時に棍が振るわれる。防御の為に大刀で防ぐが、棍に纏っている嵐の様な暴風が大刀越しに少女の身体を刻む。

 

「ぐぅっ、このぉ!!」

 

(さとり)

 

力任せに大刀を振るえば、見てもいない死角からの攻撃を易々と避けられる。お返しとばかりに放たれた蹴りを大刀で防ぎ、距離を取る。

 

神力が残り少ない。殲滅するために使用した“厄災”の内の一つ、“赤雷”の力が、思っていたよりも少女の身体から力を持って行っていた。

 

そして、何時もならすぐに回復する筈の体力や神力が、まったくと言って良い程に回復しない。

 

 

どうして、と焦りを感じているとモミジがニヤリと笑う。

 

「どうした。力を使いすぎたか、最初の頃の余裕がないなぁ」

 

「うるさい!」

 

刀の柄を握る。目の前の男を斬り殺すイメージを作る。そして後は実行するだけ――

 

女郎蜘蛛(じょろうぐも)

 

モミジに大刀が当たる寸前で、見えない何かに攻撃が防がれる。

それに驚き対処が遅れ、返す回し蹴りをモロに腹部に喰らって少女は吹き飛んだ。

 

〰️〰️

 

息を整える。

 

自身に降ろした精霊が剥がれるのを感じる。ありがとう、と声はなく心で思えば、どこか返事を返された様な気がした。

 

若葉達他の勇者が居るからか、此処が神樹に近い樹海だからだろうか、精霊の数や種類が桁違いに揃っている。おかげで降ろす精霊に苦労はしなかった。

 

吹き飛んだ少女に目をやる。吹き飛んだ体勢のままピクリとも動かないが、気を失っていないことは分かっていた。

 

 

此処が樹海、つまりは神樹の領域内で本当に助かった。奴等はここで戦うだけで相当なペナルティが発生するらしい。使った神力が回復しないのがその証拠だろう。

 

だが俺は違う。ここでいくら力を使おうと即座に神力は回復する。体力までは回復しないが、精霊を降ろし放題というだけで状況は全然違う。

 

 

「本当、今日は散々な日だよ」

 

 

そこまで考えた所で、少女が俯いた姿勢のまま言う。

 

 

「お父さんは瀕死。勇者達を皆殺しにするために来たのに、神樹に力を抑えられ挙げ句は欠陥品のお兄ちゃんに好き放題ボロボロにされる始末」

 

言いたい放題だなおい、誰が欠陥品だ。

 

 

バチリ、と大刀に赤雷が走る。残り少ない神力で何をする気だ。と疑問に思うと同時に、(さとり)による先読みが脳裏に走る。

 

合わせられる武器。その先のイメージが間に合わず、思わず振るわれる大刀を棍で受け流す様に防ぐ。

 

「吹っ飛べ」

 

「なっ?!」

 

武器をつばぜり合いした状態で赤雷が発動する。

 

お互いに爆発で吹き飛び、勢いそのままに地面を何度かバウンドし、大樹の一つに当たって漸く止まった。

ぐるぐると回る視界の端で、上空へと力なく吹き飛ぶ少女。

 

 

その顔が、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

()()!!」

 

少女の叫んだ声に理解が追い付かなかった。何を呼んだ?援軍か?と視線を回すが、周囲には星屑のバーテックスしか居ない。

 

 

そう、バーテックスしか居ない。

 

 

――お父さんを回復させる為に、あのウジ虫を一杯消費しちゃうのに

 

 

「まさか……」

 

少女の元へと集うバーテックス。その光景に思い出す少女の言葉、その嫌な予感を的中させる様に、

 

 

「いただきます」

 

 

――少女が、バーテックスへと大口でかぶりついた。



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ヒトガタ(モミジ)(ヒトガタ) 4

「ほい、またワシの勝ち」

 

「あー、もー。その遠隔攻撃マジで反則だろ……」

 

「かっかっか。“神の御業”とはこういうものよの」

 

 

思い返すのは諏訪での出来事。毎日の様に夢見で繰り返していた諏訪神との修行の日々。

 

あの時には今一理解できていなかった神力での攻撃に、俺は毎日の様にボコボコにされていた。

 

俺に宿る“天津神の因子”に気付いていながらにそれを教授しなかったのは、俺が天の神側へ堕ちる事を危惧しての事だったのかどうかは今更分からない。

 

もしくは、出来るだけ人の身で在り続ける事を願っていたのか。真偽は不明だ。

 

 

「つーかそれMPとかないのかよ。無制限でポンポン撃たれたら洒落にならん」

 

「えむぴーとやらは知らんが、基本は無制限じゃぞ」

 

「マジかよ。本当になんでもありだな、“神様”ってのは」

 

気軽に返答する諏訪神に、モミジは落胆にも似たため息を吐いた。そんなモミジを気遣ったのか、はたまた諏訪神のちょっとした世間話としての物なのか、諏訪神はいやいや、と手を振って答える。

 

「案外面倒なるーるがあるんじゃよ、ワシら神にもの」

 

「ルール?」

 

モミジの言葉にうむ、と言って

 

「まず、単体で顕現すればよっぽど有名な神でない限りただの雑魚じゃ。ミミズ以下の力しかなく、しかも勝手に消える」

 

「……え、何で?」

 

「ワシらの力。つまりは“神力”じゃが、これの源は人類からの畏れから生じておる」

 

「畏れ? 信仰心とかじゃなくて?」

 

「然り。ワシらを崇め、その恩恵に肖ろうとする信仰心もまた畏れ。分かるように言えば、ワシの事を一人でも多くの人間にすげーやべぇ神、こりゃ従っとこ。と思わせれば良い訳じゃ」

 

「かなりぶっちゃけたな」

 

その方が分かりやすいじゃろ、と諏訪神は笑う。

 

話の続きを促せば、うむと言って口を開いた。

 

 

「“神”がその力を振るうには、一つは力任せ。己の内の神力をごりごりと消費しながら放つ状態じゃな。ワシもしようとすれば出来るが、かなり骨が折れる」

 

「なるほど。……なら、今のアンタはどうやってんだ?」

 

「話を急かすな。もう一つは力を行使する“神”が自身の領域を作ることじゃの」

 

「領域……?」

 

モミジの疑問に頷くと、諏訪神がトンと地面を叩く。すると水で出来た鏡の様な物が生じ、そこに諏訪大社が映し出された。

 

「ワシでいえば此処、諏訪大社や諏訪湖周辺の全域じゃの。領域とはつまり自身の縄張り、近頃の言い方で言えばてりとりーとやらかのぅ」

 

それで、と諏訪神が続ける。

 

「自分の縄張りであらば、その“神”は全ての力を無制限に行使できる。まぁ、無制限でも容量があるから無限という訳でもないんじゃがな」

 

ワシだって諏訪全域にまともに結界張れんかったからのぅと頬を掻きながら言った。

 

つまり、もし諏訪神程の神威を持つ者と戦う時には、相手の領域から遠ざける。もしくは俺自分の領域で戦えという事だろう。

 

実際、四国の神樹が強い結界を張れているのも攻撃を捨て自身の領域に閉じ籠り防御に専念するという、基本に忠実にこなしているからかもしれない。

 

そしてその攻撃役が、神具と神樹に選ばれた若葉達“勇者”なのだ。

 

 

ここまで考えた所で、純粋な疑問が浮かぶ。

 

「なら、もし敵地で戦うとして……神力が無くなったらどうやって回復するんだ?」

 

「それは神々によって変わるが……、ワシで言えば諏訪湖の水を飲む。諏訪の地で成った食物を食べる、かの」

 

「なんか普通だな」

 

「やかましい」

 

 

 

〰️〰️

 

 

そんな、諏訪でのやり取りを思い出した。

 

 

 

 

「くそっ、まさかバーテックスを喰うとは!」

 

想定していた以上の結果に悪態を吐きながらモミジが駆ける。バーテックスが少女に集中しているため少女への道が塞がれる事となるが、“神花”により勇者以上に上がった身体能力で片っ端から吹き飛ばしていく。

 

突然の出来事に注意力が落ちているのか、何度かバーテックスに喰いつかれるが、その度に口から真っ二つに引き裂き消滅させる。

 

モミジが対処に手間取る間に膨れ上がる気味悪い程の神力に、焦りからか汗が流れていた。

 

 

「そんなに主様の身体が大事かぁ? そいつはパチもんだぞ!」

 

一塊の肉塊を成し突撃してくるバーテックスに思わず舌打ちを打つ。質量がデカい、コイツは素では勝てない。

 

金熊童子(かねくまどうじ)。そぉらッ!!」

 

パワーに定評のある鬼を降ろし、触れる物を大気ごと燃え上がらせる熱量と共に拳から放つ。ドロリと溶けるように着弾点から弾けとんだ風穴から、モミジは少女へと迫る。

 

 

少女はそこに居た。

 

 

「お待たせ、二回戦始めようか」

 

 

潤沢な神力と、迸る赤雷を纏わせた大刀を持って。

 

 

 

はじく。

 

反らす。

 

受け流す。

 

掻き消す。

 

 

「ほら、樹海守んなくて良いの?」

 

「くそっ……っ」

 

言葉の後に明後日の方向に振るわれる赤雷を、伸ばす大樹の木々で受け止める。樹海への直撃を避け安心したモミジが視線を戻せば、その顔へ向けて蹴りが放たれていた所だった。

 

防御が間に合わず、蹴りをモロに喰らい樹海へと吹き飛ぶ。その結果に満足そうに頬を緩ませると、少女は大刀を構える。

 

迫る少女に応じる様に棍を構える。神力と鎌鼬(かまいたち)を纏わせた棍を振るい迎撃するが、同じように赤雷を纏わせた大刀と競り合い爆発を引き起こした。

 

 

「ははっ、スリルあって良いね、この使い方」

 

「女の子が小さい内から危ないことするんじゃないの!」

 

「なら、止めてみなよ!」

 

武器と武器が撃ち合う。そこから生じる衝撃が、神威の余波が樹海に最悪の影響を与えているのを肌で感じていた。

 

このままではダメだ。戦闘が長引けば長引く程に、樹海が穢れに侵食され彼方が有利になる。

 

今現在の俺自身に出来る切り札は“精霊の使役”。生半可な精霊ではダメだ。何か、リスクを厭わない絶対的な強者の精霊を――

 

 

そこまで考えて、肩に在る精霊の存在を思い出す。

それをむんずと掴むと顔の前へと引きずり出し、

 

 

『こ、小僧? こんな時にオレをどうするつもりだ?』

 

 

そして。

 

 

「とりあえず時間稼ぎを頼む」

 

『なんとぉ?!』

「きゃああ?!」

 

少女の顔面へと叩きつける様に投げつけた。

予想外の出来事に反応が遅れた少女が、可愛らしい悲鳴を上げてじたばたと暴れる。

 

 

急ぎ足で少女から離れ、精霊システムから新樹へと直接繋ぐ。今使える強力な上位精霊。若葉達が契約しているとはいえ、まだ何体かは居る筈だ。

 

そして弾き出される、一体の精霊の名前。名を確認し、そして割りと身近に居ると反応してそこを見て、

 

『て、てててテメェくそガキ! この“大獄丸(おおたけまる)”様に何しやがる?!』

 

 

――禁忌精霊の一体、大獄丸(おおたけまる)が、そこに居た。

 

 

 

 

「おいおい、本当に大丈夫なのかよぉ。若葉と歌野は」

 

「呼吸もちゃんとしてるから、今は平気。身体中の骨が大分やられちゃってるかもだから、急いで治療に行かないと!」

 

「モミジも何か変なになっちゃってたし……、一体どうなってんだよ、色々とさぁ!」

 

自棄に近い叫びを上げながら、樹海の木々を蹴って進む。背中の若葉がぐったりとしたまま動かない事に、球子は不安と焦りで一杯だった。

 

軽い触診とで様子を見た友奈は球子へと返答するが、それでも油断は出来ない。そもそも目を覚ましても戦闘所ではないと結論付ける。

 

背後でいまだに行われる戦闘音にモミジの安否を思いつつも、早めに戻ると決意し足を早める。

 

 

その時だった。

 

 

『――――――――――ッッッ!!!!!!』

 

 

「っ?!」

「わわっ?!」

 

雷鳴にも似た轟声に、球子と友奈は思わず身を縮ませる。びりびりと音の波が身体を叩くのを感じ振り向けば、土煙を上げて何かが上空へと吹き飛んだ。あの少女だった。

 

続いて飛び上がるのは身体をロケットの様に伸ばした黒っぽい何か。それがモミジだと気付いたのは、その纏っている神官服からだった。

 

中空で体勢が整わないままの少女へと接近し、その胸ぐらを掴み引き寄せもう一度殴る。

殴られた少女はきりもみ回転しながら、樹海から伸びる大樹へと叩きつけられた。

 

雄叫びを上げて、吹き飛んだ少女へと大樹を足場に高速で迫る。踏み込んだ足を大樹にめり込ませながら、目にも止まらぬ速さで少女へとたどり着く。

 

「ちょっ、待っ――」

 

「――――ッ!!!!」

 

何かを言いかけた少女をめり込んだ大樹へ押し込む様に再び殴る。狙いなどは特に無し。目の前の少女の身体へ直撃すれば何処でも良いとばかりに殴り続ける。

 

殴る。

 

殴る。

 

殴る。

 

殴る。

 

 

響く打撃音とその光景に、友奈は震える手で歌野を担ぎ直した。モミジが身体を張って守ってくれているのだ。ならば自分達は、少しでも遠くに二人を避難させるのが正解だろう。

 

だけど、だけども。

 

「こんなこと思うのは、ダメ、なのに」

 

――嵐の如く暴れまわるモミジを見て、初めて怖いと思った。

 

 

 

 

止まるな。止まるな。止まるなッ!!

 

拳を振り抜く。脚を振り上げる。がむしゃらに、ただ滅茶苦茶に。

 

大獄丸(おおたけまる)。日本妖怪の中でも上位に位置する“鬼”の妖怪。

暴虐や残虐な言い伝えが残されており、鈴鹿御前と手を組んだ坂上田村麻呂によって討伐されるまで、神通力やその怪物じみた剛力で人々を苦しめたのだという。

 

 

自身の中の神力がごりごりと削られて行くのを感じる。気をしっかりと持っていないと、暴虐という快楽に堕ちそうになる。

 

『ひゃっひゃっひゃ、堕ちりゃあ良いじゃあねえか。今のテメーだって楽しんでんだろ?』

 

炭色の鬼が心底楽しそうに笑い転げる。うるせぇ、黙ってろ。と返せばニタリと笑い、言う。

 

『お前……モミジっつったか。モミジとオレ様は相性が良い。この身体は最高だ。だからオレ様に寄越せ』

 

集中する。少女と戦う戦闘時の自分。この“(おおたけまる)”をコントロールする自分に。

 

 

この短時間では完璧に従属させるのは不可能だ。それほどまでに濃い穢れの濃度に、コイツ自身も言っていたが俺との憑依が極りすぎている。

 

絶対に死ねない。俺が死ねばコイツは身体を乗っとるだろう。それだけはダメだ。

 

 

「こっ、のぉぉぉっ!!」

 

「があぁあ?!」

 

殴られ続けていた少女が、大声と共に大刀を此方へ放った。それが直撃すると、熱湯を血管内に流し込まれたかの様な激痛が走り、全身へと巡る。

 

巡る激痛に、恨みを晴らすかの様に少女を地面へと殴り付ける。ゴムボールの様にバウンドしゴロゴロと回転すると、何十メートルと転がって漸く止まった。

 

 

「破魔の力を込めたけど、やっぱ効くみたいだね……」

 

「ぐぅぅ、うぐ。くそ……」

 

 

(おおたけまる)の反応はない。大刀に込められた破魔の力で無理矢理に剥がされたからだろう。今頃は神樹にでも取り込まれたのだろうか、ざまぁみやがれ。

 

少女がふらつく身体で空へと浮かぶ、ボロボロの身体で手をかざせば、そこに渦巻くようにオレンジ色の炎球が出来上がった。

 

風船が膨らむ様に膨張を繰り返し、少女の身の丈を越え、更に巨大化する。

 

 

それはまるで、太陽の様だった。

 

 

俺達が住んでいる丸亀城を越える大きさまで膨れ上がると、少女が言う。

 

 

「その神力の量なら、これは防ぎきれないよね。回復する暇なんて与えない。これで終わりだよ、お兄ちゃん」

 

「く、そ……。まだだ、まだ……」

 

 

受ければ死ぬ。

 

 

避ければ四国が滅ぶ。

 

 

「じゃあね」

 

 

少女の手が、ゆっくりと下ろされた。

 

 

 

〰️〰️

 

 

 

 

 

仕方ない。

 

 

 

 

本来ならば自身で気付き、開花せねばならぬ事柄じゃが。

 

 

 

 

()()()()()()の最期の願いだ。

 

 

 

 

ほら、いつまで寝ているままだ。

早く起きねばお前の主が手遅れになるぞ。

 

 

 

 

――天叢雲よ

 

 

 

 

〰️〰️

 

 

「――なんだ?」

 

力を感じる。迫る太陽から目を離し、そちらへと目を向ける程に。

 

見れば、少女が使用していた大刀が蒼白く発光していた。呼吸をするかの様に、ゆっくりと明滅している。

 

()()()()()

 

確証が無いままにそう思う。あの錆びだらけの大刀は、確かに大神紅葉を呼んでいると。

 

 

なら、それに応えるだけだ。

 

「来い!」

 

モミジの言葉に、弾かれる様に飛び大刀がモミジの手へと収まる。久しぶりの感覚と、大刀から感じるその力に、思わず笑みが浮かぶ。

 

「チャンスは一発。俺のなけなしの神力だが、それでも良けりゃいくらでも喰らいな」

 

モミジの言葉に呼応する様に、大刀の輝きが増す。辺りを照り付ける太陽の光より、更に眩しく、そして何者をも寄せ付けぬ神浄の輝きを。

 

錆びが剥がれていく。直視できぬ程の輝きに包まれたその刀身が露になっていくのを感じつつも、モミジは言霊を紡ぐ。

 

突然の変容に面食らった少女だったが、放った太陽へと更に神力を込めながら叫ぶ。

 

 

「今更何したって無駄!! これで終われ、人間ッ!!」

 

「人は終わらない。諦めない限り、何度でも立ち上がって歩いていける、手を取り合える!!」

 

 

大刀、“天叢雲の剣”を下段に構え、迫る太陽へと狙いを定める。

 

この力なら、この神具ならば、行ける。

 

 

「“灼き尽くせ”ッ!!」

 

「“撃ち墜とす”ッ!!」

 

 

モミジ(ヒトガタ)(ヒトガタ)が互いに放つ神の業が、莫大な熱量を持って辺りを巻き込む。

 

それは決着の一撃ともなり、この四国での初戦が終わることも示していた。

 

 

そして――

 

 

 




短編を何度か挟んで、紅葉の章に行きます。


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勇者達との章
閑話 勇者青春御記


端末の交換したんで一部表記が変わっているかもしれません。

短編とか言いつつ滅茶苦茶長くなりそうなんで、一部区切って上げますm(_ _)m

続きは執筆中なんで、少々お待ちをば。


 

「大神もさぁ、“勇者”なのか?」

 

「お? 土井さんだっけ、俺は神具に選ばれただけで、“勇者”とは少し違うぞ」

 

「へぇ、そうなのか」

 

「おう。まぁ、バーテックスが現れれば戦うから、似たようなもんだろうけどな」

 

 

人類において、ほぼ壊滅的といっても言い程の威力をもたらした“天災”の日。その一月後。

 

若葉達“勇者”の力を持つ少女や、その勇者付きである“巫女”のひなたと綾乃。そしてその幼馴染みであり、神具に選ばれた稀有な少年であるモミジは、これから暮らす事となる丸亀城で他の勇者達と顔合わせをしていた。

 

それぞれが初対面であり、更に同じ“勇者”の力を持つ存在……。好奇心、警戒、緊張が渦巻く最中、更に少女達が目を引く存在が居た。

 

男の勇者だと言うのだ。

 

“勇者”とは本来、無垢な少女にしかなれぬ。そう事前に聞かされていた少女達にとって、その存在は不意打ちにも近い事柄だった。

 

 

そして、冒頭の時間まで進む。

 

 

「なるほどなぁ。タマと同じくらいの女の子しか居ないって聞いていたから、随分と男っぽい奴が居るなって驚いたぞ。許せ」

 

「そりゃあ驚くだろうな。気にすんな」

 

「おぉ、話の分かる奴だな。気に入った、タマと友達になろう。タマの事はタマと呼びタマへ!」

 

「おう。これからよろしくな、タマ」

 

がっしりと交わされる握手。まだ何処かぎこちない空気感の中行われたそのやりとりに他の一同に衝撃が走る。

 

真面目な顔で思案顔をしている様に見えるが、内心モミジすげぇと感心していた若葉が慌てて切り出す。

 

「乃木、若葉です。これからバーテックス殲滅に向けて、お互いに頑張りましょう」

 

「ん? おー、さっきも自己紹介してたな。タマは土井球子。タマ、と呼んでも良いぞ?」

 

「宜しくお願いする、土井さん」

 

「……お、おぅ」

 

暗に気楽に接する様に頼んだ球子だったが、真面目な若葉には通じなかったらしい。

苦笑したモミジが助け船の為に口を開く。

 

「若葉はドが付く真面目で、固い奴でな。だが良い奴なんだ。俺からも頼むよ」

 

「ほほーぅ、なるほどな。あ、タマからも紹介したい奴が居るんだ。おーい、杏。こっち来いよー」

 

納得行った顔をした球子が、誰かを探すように周囲を見渡した後、教室の隅へと声を掛ける。

特徴的なふわふわとした白に近い髪色をした少女が、びくりとはねた。

 

おどおどと此方を見る少女へと近付くと、腕を取って連れてくる。モミジの前へと出されたが、ひぃと短く息を吐くと球子の後ろへと滑り込む様に引っ込んだ。

 

「おいおい。モミジは大丈夫な奴だぞー。……ダメだ、返事がない。ただの杏の様だ」

 

「伊予島さんだっけ。随分と仲が良いんだな」

 

「おうよ。杏とタマは姉妹の契りを交わした仲だからなっ!」

 

 

なるほど、と球子と杏のやりとりを見てモミジは気付く。つまりは少女しか居ない筈の場所にいた男。その人物が危険かどうかを確認する為に球子は率先して話し掛けに来たのだと。

 

モミジの顔を見て、モミジの考えている事に気付いたのか球子が慌てる。

 

「あー、違うんだ、モミジ。別にお前の事を疑ってたって訳じゃ……」

 

「大丈夫だよ。そりゃ急に男が居たら驚くもんな、俺だって警戒するよ」

 

気にするな、と球子に言えば、ありがとうと返された。元々本当に気にしていなかったモミジからすれば、その程度で済む事である。

 

 

「では、私も自己紹介をしてもよろしいですか? 上里ひなたと申します。よろしくお願いしますね、土井さんに、伊予島さん」

 

「……ど、何処かのお嬢様か?!」

「失礼だよ、タマっち。よ、よよよよろしくお願いします!」

 

ひなたの所作に驚く球子に、杏が頭を上げながらツッコミを入れる。改めてその場に居る人間に目を向けつつ、かなり言い淀みながらも挨拶を終えた。

 

 

「ねぇねぇ、私達も混ぜて貰っても良いかな?」

「た、高嶋さん……っ」

 

団欒に一段落ついた頃、高嶋さんとそれに手を引かれて郡さんがやって来た。積極的に来る高嶋さんとは反対に、郡さんは人と接するのが苦手な様だ。

 

改めて自己紹介を終えて、何処かぎこちない空気感だった教室内の緊張が綻ぶ。そしてここに至るまでに、郡さんとは一度も目が合わなかった。

 

というより、避けられていた。普通にショック。

 

「勇者様方。お部屋の用意と、生活圏の設備のご説明があるため、此方へとお願いします」

 

手持ち無沙汰になっていた所に、がらりと扉を開けて神官服の男が顔を出す。昼を少し過ぎた所だし、寮の説明の後でご飯でも食べれるだろうか。

 

「ご飯食べたーい」

「うむ、うどんだな」

「本番のうどんかぁ、楽しみだな!」

 

約一名のおかげでうどんになったが、皆楽しみにしているようなので良しとしよう。

 

 

頭の中で、何かのモヤモヤが溜まっていく。

 

「っ、はぁ!」

 

武器を振るう。身体の芯を支柱にするイメージで、回転の速度を落とさず、尚且つ武器に振り回される事などないように。

自身の武器、“大葉刈”が空気そのものを切り裂いて進むのを郡千景は肌で感じていた。

 

この武器は危険だ。由来を大社の神官から聞いて、更にそれを訓練で使用している今でも分かる。敵味方関係なく、何でも切り裂く。それがこの武器。

 

生半可に振るえば、持ち主である私さえも切るだろう。実際に、好奇心で刃に指を当てれば容易く皮に切れ込みが入った。

 

「集中を」

 

「はい」

 

担当の武芸に長けた神官が言う。訓練以外で話すことがほとんど無いくらいの関係性だが、千景の集中力が切れている事を言っているのは容易に理解できた。

 

 

大鎌を振るう。

 

――今日からよろしくなー!

――おぉ、同い年くらいの子と共同生活なんて初めてだよ!

――そりゃ、そうだろうなぁ

 

……騒がしい声が消えない。

 

 

大鎌を振るう。

 

――なぁなぁ、授業終わったら皆で“犬崎”にうどん食いに行かないか?

――おっ、良いな。賛成だ。

――私もさんせーっ!ぐんちゃんも行こう?

 

……うるさい。

 

 

大鎌を振るう。

 

――――お前に喰わせる物なんかねぇよ。とっとと帰りな。

――――アンタなんか居ても居なくても一緒だから。学校来ないでよ。

 

――お嬢ちゃんちゃんと飯食ってんのか?よぉし、ガッツリ食って行きなよ。ほれ、遠慮すんな。

――そうだよー。ゲームのし過ぎで夜更かしもダメだよ?ぐんちゃんが学校来ないと寂しいもん。

 

……声が消えない。

 

 

大鎌を、振るう。

 

――――ゲームばっかして、陰気な奴だよな、本当に。

――――存在価値がない奴って本当に居るんだね。

 

――へぇ、郡さんってゲーム得意なんだ、何のゲームしてんの?

――一緒に行こうぜ、一人で居てもつまんねーだろ?

 

 

声が消えない。

 

 

がらんと金属音を立てて転がったそれにびくりと肩が跳ねた。見れば、すっぽ抜けた大鎌が武道場の床に突き刺さる形で転がっている。

突然の出来事に声も出せないで居ると、ふぅ、と担当官が息を吐くのが聞こえた。

 

「集中出来ていませんね。今日はここまで、基礎トレーニングを無理ない程度に」

 

「……はい」

 

言葉少なく去って行く担当官の背中を目線で追って、姿が見えなくなったところで耳を押さえてうずくまる。

 

消えない。

 

声が消えない。

 

冷たい声と、暖かい声が混ざって胸の奥が気持ち悪い。

 

 

「……うるさい」

 

 

千景の絞り出す様な呟きが、静かな武道場に溶けるように消えた。

 

 

 

窓から差し込む朝日を受けながら、モミジは大きな欠伸をした。

それを見たひなたがクスクスと笑い、隣に居る綾乃が呆れて言う。

 

「アンタ、また遅くまでゲームしてたでしょ。日付変更までは確認してるわよ」

 

「うげ。部屋が近いってのも考え物だな。いやぁ、郡さんから教えて貰った攻略法でゲームが進む進む」

 

「お上手ですものね、郡さん。私も一つ始めてみたいのですが……」

 

他愛ない話をしながら、三人が廊下を進む。丸亀城は“勇者”専用の建物になってはいたが、肝心の教室は遠いところにあった。

 

聞けば、防犯の為だという。

 

始業まではまだ時間がある。という事でゆっくりと進んでいた三人の前に、突如白いモコモコが現れた。

意味不明な悲鳴の様なものを上げながら突っ込んできたそれは、モミジにタックルさながらにぶつかり、逆に転がるという形で幕を閉じる。

 

「……白」

「綾乃ちゃん」

「あいよっ」

 

ほとんど反射に近い形で放たれた裏拳がモミジの顔面にヒットする。

痛みにうずくまるモミジを尻目に、ひなたは白いモコモコ、伊予島杏に手を差し伸べた。

 

 

「伊予島さん、どうしたんですか?」

 

「ああっ、ひなたさん!それに綾乃さんに大神くん!大変なんですよ~!」

 

「なにが――」

 

 

何があったんだ。とひなたが聞く前に、普段授業を行う教室から派手な音がした。

複数の怒鳴り声に、その場に居た涙目の杏以外が血相を変えて教室へと駆け付ける。

 

 

そこには。

 

 

「うるさいのよ、構わないでって言ってるでしょ!!」

「ぐんちゃん、落ち着いて……っ」

 

「そんな物の言い方があるかッ! 文句があるなら外に出ろ!!」

「バカ乃木、煽ってどうするんだよぉ……!」

 

一触即発。友奈と球子にそれぞれ羽交い締めにされた千景と若葉の姿があった。

 

 

~~

 

「何やってんだお前……」

 

「……私は悪くない」

 

ぷいと子供の様に拗ねる若葉、普段の若葉を知る者なら珍しいと思うが、今は別だ。

事実、本来なら写真を撮りまくっているだろうひなたでさえ、連写モードで10枚撮るだけに抑えている。

 

「取っ組み合いするなんて珍しいですねぇ、カッと若葉ちゃんですか?」

 

「……ひなた、今はお前の冗談に付き合っている余裕はない」

 

「はい。私も本気で怒りますから大丈夫ですよ」

 

「えっ」

 

笑顔の裏に阿修羅が見えるひなたを見て、心の中で若葉に合掌をする。頑張れ若葉、夕飯までには終われよ。

 

拗ね顔から汗を流しながら焦り顔へと変わる若葉を置き去りにして、当の本人である千景の元へと綾乃と共に急ぐことにした。

 

 

 

 

 

 

 

「私は悪くないわ」

 

「お前もかい」

 

開口一番の言葉に思わずツッコミが入る。此方も拗ねている。話にならねぇ。

 

「どっちが悪いとかは置いといてさ、喧嘩の原因って何だ?」

 

「……どうしてそこまでするの?」

 

原因追求の事だろうか、それは勿論。

 

「これから先長い付き合いだろ?出来れば仲良くなりたいしな。解決出来ることなら、協力したいんだ」

 

モミジの言葉に、じっとモミジを見つめる千景。疑い深い、真偽を確かめる様な視線に苦笑いをしながらモミジは傍らで気落ちした顔の友奈に問う。

 

「高嶋さんは何か知らないか?」

 

「あ、えと……」

 

何かを言おうと言い淀み、チラチラと千景をうかがい見る友奈。自身に直接的な好意を寄せてくる相手には甘いのか、千景が助け船を出す形で口を開く。

 

「手紙よ」

 

「手紙?」

 

言葉をそのまま返す形で問えば、返答代わりに封筒を手渡された。

そういえば、助けた避難者や四国の住民から感謝や激励の手紙が届いたと、神官から小耳に挟んでいる。

 

封筒を開けば、中には一部ビリビリに破かれた手紙を含め複数の手紙が入っていた。

 

モミジ達と同世代らしき子供や、千景の住んでいた地域の商店街の代表らしきお偉いさんからのありがたい手紙がある。破かれてはいたが。

 

「最近、ちょっとイライラしてて……。そんな心にも無い手紙を貰ってカッとなったの」

 

「それで、乃木さんが何してるんだー、って……」

 

 

なるほど。

 

 

千景がイライラしている理由や、感謝の手紙を心にも無いと断定した理由も分からないが、原因は理解できた。

 

千景自身悪くないと言い張っているが、周囲の空気を感じてバツが悪そうにしている。このまま放っておいて関係が悪化するよりは、早急に解決に持って行く方が良いだろう。

 

「郡さんはどうしたいんだ?」

 

「……どう、とは?」

 

「手紙破いちゃうくらいイライラする連中の事。確か、一度実家に戻らなくちゃいけないんだろ?」

 

モミジの言葉に、千景が思い出した様に目を見開く。

 

手紙の通りなら、周囲の他人や両親は自分の事を“自慢の我が子”だと思っているらしい。確証はない。

 

でも、“天空恐怖症候群”の疑いのある母の様子を見に行くという短時間の帰省とはいえ、あまり気乗りはしていないのも事実だった。

 

答えが出ない。いや、()()()()()()()()()()()()()()()のだが、気弱な自分にはそれを実行する勇気が持てないのだ。

 

千景が答えに迷っていると、よし、とモミジが手を打ち合わせて言う。

 

 

「俺も行って良いか?郡さんの地元」

 

「……え?」

 

そんな、突拍子もない提案を少年は行うのだった。

 

 

「いやー、電車乗ったの久しぶりだよー!」

 

「……」

「……そうね」

 

「は、ははは……」

 

 

がたんごとん、と音が響く。

 

昼前とはいえ、自分達三人しか乗っていない電車の中、高嶋友奈は苦笑いで冷や汗をかいていた。

 

視線を落とす先には、明らかに傷付いた様子のクラスメイト大神紅葉。そしてその向かい側、自分の隣に位置取るのは今回の主役である郡千景だ。

 

大神紅葉……モミジが、見て分かるほどに気落ちしているのはとある理由からだ。

 

 

千景の気乗りしない地元への帰省に今回の騒動の理由があるとみたモミジは、千景に地元へ同行すると申し出た。そして。

 

 

「…………嫌っ!」

 

「えっ」

 

 

振られた。以上。

 

 

……とはいかず、友奈が千景を宥め賺し説得して、今日この日を迎えることが出来た。

元々男子が苦手らしく、それが理由であまり考えず断ったのは後に判明する。

 

突破口として見出したのが友奈。自身もついて行くことを伝え、思い立ったが吉日とばかりに千景を急かした。千景のあまり強く言えない性格もあってか、こうして千景、モミジ、友奈の三人で出掛ける事に成功したのだ。

 

 

「それで、ぐんちゃんの故郷ってどんな所なの?」

 

「……高知よ」

 

「うん!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

終了。

 

千景も冷や汗をかいている所から悪意はないのだろうが、どう伝えれば良いのか分からないらしい。

 

「(言いたくないなら仕方ないけど、ちょっと寂しいなぁ)」

 

友奈は、自身の横で気まずそうに身動ぎする千景を見ながら、そう思っていた。

 

 




ぐんちゃん書くとどうしても闇の部分が多くなる……。
キャラ崩壊、変更ありとしてますので、お付き合い下さいませm(_ _)m


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閑話 勇者青春御記 2

お待たせしましたm(_ _)m

納得行かず推敲を繰り返した結果こんな時間に……。

続きの構想は出来てます。また気長にお願いします。


「暇だなぁ……」

「そうだね……」

 

千景の地元駅。その近くの商店街に存在する茶屋の店先で、お茶の入った湯飲みを片手にモミジと友奈は老人の様にゆったりと過ごしていた。

 

他愛ない事を言いながら、空に浮かぶ雲がゆっくりと流れる様を見送る。そんな事を始めて二時間程経つ。

 

 

「ごめんなさい。家には来ないで」

 

 

ショックに染まった友奈へと、千景が焦って弁明を始めたのはすぐ後の事だった。

 

今回の帰省は、“天空恐怖症候群”に罹った疑いのある母親への見舞い。だが、個人的な理由として家の内情を見られたくはないらしい。

 

そこまで聞いて、友奈は納得行ったのか了承の返事を返し、モミジも続いて了承した。家のことが複雑なのはお互い様だ。

 

なら何処かで過ごすか……。と千景の実家の近くで茶を飲み始めたのは良いが、思ったよりも長居しているらしい。家族とは滅多に会えないのだ、当然だろう。

 

 

「モミジ君、モミジ君や」

 

「何だぃ、高嶋さんや」

 

「“しりとり”しよう。食べ物縛りで。リンゴ!」

 

「ゴマ」

 

暇が限界まで達したのか、突如始まったしりとり。確かに暇だったのは事実だし、とモミジも即座に乗る。

 

「ま。マンゴー」

 

五穀米(ごこくまい)

 

(いわし)

 

焼売(しゅうまい)

 

「石焼き芋!」

 

次々と上がっていく食べ物の名前。つかの間の暇潰しを友奈と行っていると、視界の端で人だかりがあるのが見えた。

 

友奈も気になったのか、視線が此方から人だかりの方へと向けられる。何があったのだろうか。

 

 

「おい聞いたか、あの家の子供が帰って来てるって話」

 

「らしいな。あの()の見舞いらしいじゃないか」

 

微かにだが聞こえるその話の内容に脳裏に千景の姿が映る。商店街に店を構えている各所から、ぞろぞろと人が一人、また一人と連なり、何処かへと足を運ぶ様だ。

 

無言で友奈へと視線を移せば、此方の意図が通じたのかこくりと小さく頷いた。よし、とテーブルにお金を置けば店の方から毎度ありと声が飛ぶ。

 

 

「(それにしても、さっきの会話)」

 

 

姿を見失わないよう、そして尾行しているのが極力バレないように集団と距離を離して歩いて行く。

 

 

――最近、ちょっとイライラしてて……。そんな心にも無い手紙を貰ってカッとなったの

 

 

雲行きが悪くなりそうだ、とモミジはそう感じていた。

 

 

 

「学校はどうだ、同じ勇者の子達とは仲良く出来ているのか?」

 

「……それなりよ」

 

何処か気遣いを感じる笑みを浮かべながら、父の言葉を千景は曖昧に返した。父に対して思うところはあるが、これはそこから来る感情ではない。

 

何となくだが、原因は分かる。だが、それに対しての答えというか、どう行動に移せば良いかが分からない。

 

 

――郡さんは、どうしたいんだ?

 

 

丸亀城に居た時に感じた、暖かいのと冷たいのがまだらに混じった様な妙な気持ち悪さを思い出し、それに堪えるように胸に手を当てる。

 

彼、大神紅葉に言われた言葉が、不思議な程に頭を巡っていた。

 

 

 

――あなたを産んだのは失敗ね

「勇者に選ばれるなんて、あなたを産んで正解だわ。私の誇りよ」

 

――お前に構っている暇はないんだ。良い子にしてなさい

「千景。勇者としての生活はどうだ?頑張れよ、応援しているからな!」

 

父と母に言われた言葉が、明滅するように頭に響く。頭痛で痛む頭を抑え立ち上がると、足早に玄関へと向かう。

 

「千景、大丈夫なのか?」

 

父の言葉を無視する様に振り切り、靴を履いて引き戸を開ける。

 

 

来るんじゃなかった。出てくるのは後悔の念。

来て良かった。出てくるのは欲しかった言葉(あいじょう)

 

今更どうでも良いと、一時は捨てた過去だと割り切ってはいたものの、肉親だという情で見舞いに来ればこうだ。

 

今更親面しないでほしい。

 

産んで良かったと言わないでほしい。

 

最後まで、嫌いなままで終わらせてほしい。

 

 

分かってはいる。

 

 

愛されているのは“勇者”の郡千景だと。

 

価値あるのは“勇者”の郡千景だと。

 

 

……認めてしまえば、楽になれるのだろう。

 

 

郡千景は、“勇者”だからこそ価値ある少女なのだと。

 

 

 

「はぁっ、はぁっ……ッ!!」

 

気付けば、息を切らせながら走っていた。嫌な物を振り切る様に走ったからか、それとも疲れのせいか、幾分か気分がましになった。

 

その時だ。

 

「あ、居たぞ!」

「やっと見つけた。探したんだからね?」

 

聞いた声だった。忘れたい、無かったことにしたい過去に聞いた、そんな声。

 

 

――キモいんだよ、息しないでくれる?いんらんの娘。

「覚えてる?私達友達だったよね!」

 

 

千景の心の奥底で、何かが軋む音がした。

 

 

 

 

郡千景は、大神紅葉の事を好ましく思ってはいない。

 

粗雑な言葉遣いは威圧的に感じ、過去の忌まわしい出来事を思い出してしまうから。

 

 

郡千景は、国土綾乃の事を好ましく思ってはいない。

 

彼女の言葉は強く、独りの世界に入ろうとする千景を事ある毎に邪魔してくるから。

 

だけど。

 

――皆で飯行こうぜ。一人で食っても、味気ねーだろ?

 

――はーいはい。ゲームなら後で出来るでしょ?今は皆で行動する時!

 

 

二人が私を引っ張るその手(こころ)は、何時でも私を温めてくれていた。

 

 

 

「いやぁ本当。君はこの町の誇りだよ!」

――穢らわしい。

 

「この後時間あるかい?ご馳走を作ってあるから、食っていってくれよ!」

――お前に食わせる物はねーよ!

 

「皆でまた遊ぼうね、丸亀城に遊びに行っても良いかな?」

――こっち見ないでよ、キモい。

 

 

矢継ぎ早に掛けられる言葉が、千景の中をぐるぐると回る。上手く返す事は出来ず、出てくるのは乾いた笑い声だけ。

 

皆、“勇者”に選ばれたと知ってのこの態度だ。“勇者”郡千景だからこそ、こんなに愛されるのだ。

 

 

「皆さん」

 

 

答えないで下さい。

 

 

「私は、価値ある存在ですか……?」

 

 

“そうだ”と言われてしまえば、郡千景(ただのわたし)は無価値になるから。

 

揺らぐ目。それを知ってか知らずか、問われた民衆は皆笑顔で答えた。

 

 

「そうだ。君は価値ある“勇者”なのだから」

 

 

世の中は、なんて残酷なんだろう。

 

半ば確信していた、聞きたくなかった返答に、千景は俯く。

自分自身は無価値なんだと、そう改めて突きつけられた現実に、これから向き合わなければならない。

 

鍛錬を頑張って、“勇者”としての力を上げて。更に鍛錬を頑張って、バーテックスを数多く屠り人々から称賛されて。

 

 

“勇者”の郡千景(わたし)は価値ある存在になるだろう。価値ある存在は、皆から愛されるものだから。

 

ただの郡千景(わたし)は居ないことにされるだろう。愛されない物は、ただの道端に捨てられたゴミも同然だ。

 

 

ニコリと、偽りで出来上がった笑顔の仮面が貼られる。民衆は気付かない、誰も本当の彼女を見てないから。

 

それに気付くのは、それを貼った彼女自身か。

 

 

「郡さん、大丈夫か?」

「ぐんちゃん、やっと見つけた!」

 

 

彼女の事を真っ直ぐに見る、少年少女達くらいのものだろう。

 

 

 

郡さんの肩を掴む。前に接触を強く拒否された事があったが、今の状況を見るに形振り構っては居られない。

 

きょとんとした目で此方を見る彼女だったが、揺らぐ目といつもの余裕ある態度とは違い、今は崩れかけの砂城の様な脆さを感じさせていた。

 

「おい君、何をしているんだ」

 

後ろの男から声が掛かる。それを無視して、千景と目を合わせる様にして話し掛ける。

 

「郡さん、俺の声が聞こえる?」

 

「……大、がみ、君?」

 

「正解。高嶋さんも居るよ」

 

俺の言葉に応える様に、高嶋さんも郡さんの肩へ手を乗せ優しく声を掛ける。

 

何故此処に居るのか。と言いそうに不思議そうな顔をしている彼女へと言う。

 

 

「待ってたけど、遅かったからさぁ。待ちきれなかったんだ、ごめんね」

 

「用事は終わったんだよね。なら、帰ろうか」

 

 

「ちょっと待ちなさい。君達、“勇者”郡千景さんに何をしているんだ?」

 

言葉と共に肩に手を掛けられる。見れば、別の男が着けたメガネをかけ直しながら此方を見ていた。

 

全て読んだ訳ではないが、手紙は見た。

 

全て見た訳ではないが、先程までの展開は見た。

 

そして理解した。千景の現状を、若葉と衝突するほど気を荒ぶらせる理由を。

 

 

この町は、彼女にとっての居場所ではないのだ。

 

 

「友達が、家の見舞いが終わって疲れてるらしいんでね。迎えに来たんですよ」

 

「なら車で送ろう」

 

「いや、結構です。電車で帰りますから」

 

武器となる神具は無い。まぁ、あんなもので殴れば確実に死ぬだろうが。

 

地面を見る。舗装されていない、田んぼのあぜ道。これなら。

 

「いい加減に――」

 

苛立ち混じりに此方に手を伸ばす男を見て、千景を友奈へと任せて足の指先に力を入れ地面へとつま先が突き刺さる。

柔らかい土に入ったそれを、間髪を入れずに振り上げれば足先から放たれた土砂が目の前の数人を目潰しした。

 

 

「行くぞ!」

「うん!」

 

 

呆然とする千景を担ぎ上げ、民衆から振り切る様に走り出す。友奈も予想はしていたのか、何処かスッキリした様な顔をしながらモミジへと追従する。

 

最初の内は聞こえていた背後からの怒声も、神樹から力を与えられている二人の脚力には適わずどんどん遠ざかっていく。

 

 

こうして、千景の実家見舞いは幕を閉じた。

 

 

~~

 

帰りの電車。茜色の夕焼けが車内を照らす中、モミジと友奈はぜぇぜぇと息を切らしていた。

 

まだ完全に混乱から戻っていないながらも、自分のせいで引き起こした事態だと勝手に思い込んだ千景は何をすれば良いか分からずあたふたとしていた。

 

結局、車内販売されていた飲み物を三人で購入し、こつんとぶつけて思い思いに煽っていく。

 

 

甘い人工甘味料の味が、ぐらぐらと揺れる頭にじんわりと染みる。優しく解れていく気持ち悪さを感じていると、郡さん、とモミジから声を掛けられた。

 

 

「改めまして。俺の名前は大神紅葉。ニックネームはモミジだ。美味い飯を食うのが好きで、幼馴染みの綾乃や若葉、ひなたとよく食べ歩きをしたりする」

 

いつしか聞いた内容。更に続く。

 

「最近あったニュースは攻略が止まってたゲームが進んだ事だな。しかし恥ずかしながら、また行き詰まりそうだから助けがほしい」

 

 

こんなところかな。とモミジが終われば、したいことの理解が出来たのか友奈がはい!と手を上げる。

 

 

「私は高嶋友奈。奈良県生まれの勇者となりました。新しい生活が四国で始まって、新しい友達も出来たからこれからがすっごく楽しみ!色々したいからね、お花見とか、海水浴とか山でバーベキューとか、他にも色々!」

 

 

以上!と友奈の言葉が終わって、二人の視線が千景へと向く。その視線に戸惑えば、モミジが笑顔で言う。

 

 

「教えてくれよ、郡さんの事。どんなことでも良いからさ」

「うん!だって、私達皆ぐんちゃんと仲良くしたいから」 

 

 

――これから先長い付き合いだろ?出来れば仲良くなりたいしな。解決出来ることなら、協力したいんだ

 

 

「……ぁ」

 

 

無意識の内に嘘だと思って聞き流していた事は、嘘ではなかった。

目の前のこの人達は、四国に居るクラスメイトは、郡千景(ただのわたし)を見てくれていたのだ。

 

居住まいを正す。何を話したら良いか分からずどもってしまうが、二人は何も言わずただ待ってくれていた。

 

 

――それが、堪らなく嬉しかった。

 

 

「私は、郡千景――」

 

ゆっくりとだが、名前から始まり今更言う必要があるか頭を捻るゲーム趣味を語る。二人は真っ直ぐに聞いてくれていた。

 

喉が渇いて、ジュース缶を傾ける。

 

丸亀城までの時間は、まだたっぷりと残っている。

 

 

ならばそれまで、千景は郡千景(じぶん)の事を二人に語りたくて仕方が無かった。

 

 

 

 

 

 

大神紅葉くん。

始めて見たときは、強そうな男の子!という印象だった。

 

――教えてくれよ、郡さんの事。どんなことでも良いからさ。

 

自分の殻にこもって、何だか危ういぐんちゃんを大神くんは助けてくれた。

 

よく居る口先だけの人ではなくて、ぐんちゃんが大変なときは、一目散に私より先に前に出ていた。

 

さっき話した自己紹介。私は周りの空気を変えてまで自分の我を通すのが苦手で、あまり自己主張というものが出来ないんだけど。

 

――大神くんなら、こんな私でも変えてくれるだろうか。だなんて、

 

 

そんな事を考えてしまった。

 

 

 




ぐんちゃん可愛いよぐんちゃん。


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閑話 勇者青春御記 3

携帯のスペックが低いのか、投稿前にプレビューを押すとフリーズしたりするので投稿してから確認する事があります。

その際には手直しが終わり次第直ぐにアップしますので、ご迷惑をおかけしたら申し訳ないm(_ _)m


 

 

朝。鍛練に行くまでの僅かながらの時間の合間。

 

ちょっと良いかな、と話を出したのは友奈だった。

 

 

「球子の様子がおかしい?」

 

「うん……」

 

 

気落ちした返事をしたのは、暗い顔で俯く友奈。側では千景が、どうしようかとあたふたとしながら焦っている。

 

 

「おかしいってのは、どんな風に?」

 

「最近、授業が終わるとすぐに外に出て行くでしょ? 何時もの買い物かなって思ってたんだけど……」

 

 

話を纏めるとこうだ。

 

 

一人だけで外出する球子。

 

その帰宅時間は日が沈んでからと遅く、帰って来ても沈んだ顔をしている。

 

訳を聞いてもはぐらかすだけで話してもらえない。

 

悲しい。

 

 

話を聞いてから口を開いたのはひなただった。

 

「何かのトラブルに巻き込まれてるんでしょうか……?」

 

「うーむ……」

 

ひなたの言葉に、若葉が同意する様に悩む。

 

確かにその線もあるが、個人的に球子の話を聞くなら重要な人物が居るだろう。

 

「よし、なら話を聞きに行くかぁ」

 

「む? 誰にだ。球子は口を割らないんだろ?」

 

 

若葉の言葉に、訓練場の一つを指さして言う。

 

正確には、射撃場を。

 

「タマに詳しい人が居るだろ、本当の姉妹みたいに仲良い奴が」

 

 

~~

 

「タマっち先輩が……?」

 

「あぁ。何かなかったか、タマが悩むような事」

 

「うーん……」

 

 

友奈達と別れてから、巫女の修行まで時間のある綾乃と共に杏の居る射撃場へと移動していた。

 

友奈が一緒に行動したいと名残惜しそうにしていたが、四国を守る勇者としての義務だと神官に言われ、渋々連れて行かれた。

 

 

うーん、と悩ましげな表情を浮かべ、鍛練で流れた汗をタオルで拭きながら杏は言う。

 

「特に、ないですかね……。様子がおかしいっていうのは気付いてましたけど、聞いても答えてくれなかったんで」

 

「杏ちゃんが聞いてもダメだなんて、珍しい」

 

「そうなんですよね……」

 

 

杏なら何か知っているかも、と思い来たが無駄足だったようだ。

 

なら何が原因だろうか、と考えればそういえば、と杏が言う。

 

 

「最近、タマっち先輩が書庫から出てくるのをよく見ましたね」

 

「あぁ、それ知ってる。何か、恋愛小説を探してるって聞いたよ。杏ちゃんが読んでたシリーズの」

 

「「えぇっ?!」」

 

杏の言葉の後に出た綾乃からの情報に、モミジと杏が揃って驚く。

 

 

あの土井球子が、恋愛小説に手を出した……?

 

 

少し前に男勝りな性格と言動の球子を、少しでも乙女らしくしようと杏が恋愛小説を勧めていた時期がある。

 

球子も全く読まないという訳ではないのだが、(杏曰く)性に合わないらしく直ぐに読むのを止めるらしい。

 

「こんないかがわしい物を読むなー!って、タマっち先輩、私の部屋から恋愛小説を没収してた時もあったんですから!」

 

「あったわねー」

 

「そうなのか」

 

綾乃に聞き返せば肯定の頷きが帰って来た。

 

杏の所有する恋愛小説のシリーズの一つに、少しアウト寄りの官能表現をする物があったらしく、それを読んだ球子が羞恥で顔を赤らめながら激怒。杏にはまだ早いと没収していた時期があったようだ。

 

因みに小話として、その恋愛小説をひなたが若葉に勧め羞恥の顔を激写するという事があったらしいが、割愛する。

 

 

「まだ全部返してくれてないんですよ?先生の新作が出たから、読み返したいのに……」

 

「伊予島さんは本が好きだなぁ」

 

「勿論!本は私の宝物ですから!」

 

 

――“天災”が起こってから今日まで、人類は生きることに全てを費やしてきた。

 

その為、書物や娯楽品等の類は生産もなく、また四国で取り扱っていない物であれば作ることすらままならない。

 

杏が愛読書の恋愛小説や、千景が好むゲーム等は故障や破損すれば替えの効かない娯楽品の一つとなっていたのだ。

 

書店やゲームショップ等もまだ営業をしているが、売れた書物やゲーム等の補充や生産の目処は全くといっていいほどに立って無いらしい。

 

 

「なら、何でタマちゃん元気無いんだろうね」

 

綾乃がうーむと腕を組みながら悩む。

 

球子本人に聞いても話さない

杏に聞いても分からない。

 

となると手段は一つだけだ。

 

 

「よし、尾行するぞ」

 

 

モミジの言葉に、綾乃と杏が目を輝かせて頷いた。

 

 

 

 

次の日。

 

授業の終了を知らせる鐘が鳴り響いた。鍛練も今日の分は終わっている。

 

後は皆思い思いに過ごすだけなのだが……。

 

 

「悪い。タマは先に失礼するぞ」

 

 

言うが早いか、球子は鞄を手に取るとそそくさと教室から出て行った。

 

その背にお疲れ様、と声を掛けようとしたひなたがあらあらと驚く。

 

 

「行っちゃいましたね」

 

「うむ。何時もなら釣りに行くかうどんを食べに行くかなのだが」

 

「ま。計画通りって訳で」

 

 

ポケットから取り出したスマホを起動させる。それは?と疑問を浮かべる周囲に机の上に置いて見せる。“丸亀城”と書かれた四角い場所から、一つの赤い点が点滅しながら離れていく所だった。

 

 

「……もしかしてGPS?」

 

「流石千景ちゃん、察しが良いね。皆のスマホの現在位置を共有してるのさ、“勇者”が赤、巫女の二人が青、俺は緑」

 

「ゲームで似たようなのを見たから……。後、呼び捨てで」

 

「おぉ、悪かった。“千景”」

 

 

球子の事を大社に相談し、“勇者”の身の安全等を理由にして説得、実現したシステムだ。

 

俺が緑なのは“勇者”でないこともあるが、有事の際に“勇者”の身柄を確保出来るよう、区別して貰っている。

 

 

若干不満そうな表情の彼女に千景。と呼べば満足そうな笑みを浮かべる。

千景ちゃん、という呼び方は、高知の嫌な思い出を思い出すらしい。

 

 

とりあえず、と前置きをして話を切り出す。

 

 

「タマがどんな理由があるにせよ、街中を誰にも報告なしに歩き回るのは不用心だ。今回の件は、心配無用な事柄であれば注意だけに留める」

 

「例えば?」

 

「一人での個人的な鍛練、他には家族に会いに行ってるとかな」

 

 

モミジの言葉に、それぞれが納得行ったように頷く。

 

ここ丸亀城で“勇者”が揃っているという事実は、大社関係者の他にはその家族しか知っている者は居ない。

 

その関係者から情報が洩れる事もあるのだが、その際の万が一を考えて、勇者の外出を極力禁止しているのだ。

 

“勇者”が大人以上の力を所有しているというのは知られているのだが、逆にそれを利用しようとしている輩が居るのも事実なのである。

 

 

だが、“勇者”である彼女達はまだ子供だ。

 

ホームシック等の精神的なストレスの関係で、定期的に家族との面談は許されているのだがそれは大社の監視付き、というオマケがある。

 

本当の意味で羽を伸ばすべく、大社に秘密でこっそりと家族に会いに行く。というのは、モミジ達丸亀城組の中での暗黙のルールだった。

 

――まぁ、それはとっくにバレており、同じく“勇者”と同等の力を持つモミジが同行する。という理由で大社からは見逃されているのだが、モミジ以外の彼女達はまだ知らない。

 

 

でも、と続ける。

 

「タマの性格上それはしない。アイツが黙っているという事は、何かしらの事があるんだと思う」

 

モミジの言葉に、一同が黙る。最悪の想定はなるべくするべき事ではないが、もしかすると、と考えておくべきかもしれないのも事実だ。

 

 

「だから、尾行には最小限で行こう。俺と――」

 

 

GPSが付けてあるとはいえ、なるべく距離を離したくはない。

 

有事の際に動ける人間で固め、球子の尾行へとモミジ達は動いた。

 

 

 

 

「此方メープル。シャドウ、ホシ(球子)は居るか?どうぞ」

 

「感度は良好。今は商店街に行くところね。オーバー」

 

「了解。フレッシュ、どうだ?」

 

「誰がフレッシュだ。というか目の前で何やってる」

 

 

電柱に身を潜めながらのやりとりに、若葉は頭に手を当ててため息をついた。呆れられた。

 

千景とやったゲームにこういう潜入スパイをするゲームがあったのだが、千景はノリ良く乗ってくれた。

 

 

さて、と視線を球子へと戻す。丸亀城からバスを乗り継いだ遠い商店街まで来た。避難者等への炊き出しや物資の補給で賑わっており、かなりの人が往き来している。

 

 

そういえばここは、と口を開いたのは千景だ。

 

「確か、前までは有名なデートスポットだったわ」

 

「デートスポット?」

「えっ」

 

 

千景の言葉に、若葉とモミジはそれぞれ違う反応をする。

 

思い返されるのは杏とのやりとり。

 

 

――タマっち先輩、私の部屋から恋愛小説を没収してた時もあったんですから!

 

 

そして、前に球子がぼやく様に言っていた言葉がある。

 

 

――タマ達も、“勇者”のお役目が無ければ恋愛とかしたりとか――

 

 

デートスポット、年頃の乙女、恋愛小説……。

 

ぐるぐると脳内で回り出したワードに、モミジは一つの答えに行き着く。

 

 

……もしかして、デートに来ただけ?

 

もしそうだとすれば、自分達はとんでもないお邪魔虫ではないのだろうか?

 

 

突如として行き着いた答えに、モミジの中で焦りが生まれる。どうしようか、でも何かあってはいけないし……、と考えを巡らせていると、若葉がおっ、と声を上げた。

 

 

「誰かと話してるぞ……?誰だ、あの男は?」

 

 

若葉の言葉に、弾かれる様に視線を上げ人垣の先にある球子を見つける。

 

 

そこには、身長差のある二人の姿があった。

 

 

何やら緊張した、されど待ち遠しい物を見つけた顔の球子。

 

そんな球子を爽やかな笑顔で対応し、親密そうな雰囲気を出す青年。

 

 

二人は少し話し合うと、はぐれないよう身を寄せ合って人垣の波を抜けていく。

 

 

そんな光景を呆然と見つめていた三人だったが、はっと気を取り戻すと急いで追跡を始める。

 

 

「…………」

 

 

――その後ろ姿を見つめる視線には、誰一人気付かずに。

 



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閑話 勇者青春御記 4

その現場を見て、三人にとある問題が起きていた。

 

デートって、こんな物なのか?と。

 

 

「……何か、さぁ」

「えぇ……」

「うむ……」

 

 

モミジの呟きに千景、若葉が同じく同意する。言葉とその雰囲気から洩れ出るその感情は、困惑にも似た物だった。

 

 

その三人の視線の先には、件の二人。

 

 

「ほら、球子ちゃん。冷めない内に」

 

「わー、美味(うま)そ――じゃなかった、美味(おい)しそうだね!」

 

 

小洒落たカフェで、早めの夕飯を食べる球子とその向かいの優男。

 

運ばれてきたパスタに目を奪われた球子が普段通りの言葉遣いで口を開き、慌てて正す。

 

そんな球子をニコニコと見守りながら、優男は器用にフォークでパスタを巻き取っていた。

 

 

さて、この尾行が急遽デート現場の監視という目的に変わって、一つモミジが確認した事がある。

 

 

「この中で恋愛、好きな人がいる人ー」

 

「……ゲームの中でなら結婚してるわ」

 

「そ、そんなもの居るわけないだろっ」

 

 

全滅だった。

 

 

そう、この場の三人が恋人、またはその過程にある男女の付き合いというのを知らないのが問題であった。

 

 

危険な事に巻き込まれてはいないだろう、と推測を立てたモミジ達にとって次なる課題は、この二人の“恋愛の進度”を知ることだった。

 

“無垢な少女”を好む神、神樹もそれに当てはまる為無闇な異性との過度な接触は禁止せよ、というのが大社からの方針である。

 

早い話が“恋愛禁止”という事なのだが、モミジも千景も若葉も同じ“勇者”であり仲の良いクラスメートである球子の恋路を邪魔したい訳ではない。

 

その為まだ恋人関係にまで至っていないのであれば、球子との話し合いで終わると読んでいるのだが……。

 

 

「ほら球子ちゃん、これ美味しいよ」

 

「えっ、あーんって……恥ずかしいよ」

 

と、やりとりをする二人に対して。

 

「あれセーフか?」

「さぁ?」

「いやダメだろ?!あんな破廉恥な事はぁ?!」

 

と、それぞれの意見が食い合わない状況にあった。

 

 

「だ、だだだダメだ。良いかモミジ、これから私があの男を峰打ちで気絶させる。その隙に球子を拐うんだ」

 

「こんな人前で事件を起こすな。別にあれくらい俺らだってするだろ」

「えっ」

 

「それはお前や綾乃達は身内だからだ!赤の他人とはあんな事しないっ!」

「えっ」

 

 

羞恥で顔を真っ赤にし、自身の神具である“生大刀”をかたかたと握り締めながら若葉が立ち上がるのをモミジが制する。

その際のモミジと若葉の言葉に千景が呆けた顔で声を洩らすが、二人の耳には入らなかった。

 

球子達とは衝立を挟んで見え辛い位置関係に居るとはいえ、無闇に行動すればすぐにバレる。決定打に欠ける物がないなら、店を出た際に行動に移すしかないだろう。

 

 

 

 

“可愛い女の子”のフリってのは、難しいなぁ。

 

笑顔でフォークを口元に寄せてくる目の前の優男を見ながら、内心で愚痴る。

 

でも仕方ない。テレビでも、杏にそれとなく聞いたときも、そう言っていたし。

 

 

――男の人に可愛く見られるには、“可愛らしく振る舞う”のが良いって。

 

 

 

「ね、ねぇ、そろそろ……」

 

「ん?あぁ、そうだね。……うん、大丈夫そうだ」

 

 

どのくらい時間が経っただろうか。日が沈み、宿舎の門限がかなり過ぎた頃二人は動き出した。

 

一応、今回の事がバレては面倒なのでひなたと綾乃の二人に工作をお願いしてある。と言っても、就寝前の確認前に帰らなければ本格的にヤバい。

 

このまま食事だけとって終わらないだろうか、と考えていたが更に場所を移すらしい。移動しなければ。

 

 

「パスタとかいう軟弱な食べ物はダメだな。日本人はやはりうどんだ」

 

「柔らかさで言えばうどんのが軟弱だろーよ。二人が動いた、さっさと行くぞ」

 

「……えぇ、そうね」

 

 

腹をさすりながら物足りなさそうに言う若葉に、呆れ顔で言いながらモミジが席を立つ。

 

途中俺達も夕飯にしたのだが、その際に千景がフォークを片手に此方をじっと見ていた。何かあったのだろうか。

 

 

手早く会計を済ませ外に出れば、人混みの雑踏の中にいる球子の姿を見つける。……どうにも、様子が変だ。

 

 

先程まではニコニコと借りてきた猫の様に従順に、大人しく従っていたのだが、今ではその仮面が少し剥がれている様に見える、あれは……。

 

 

「……焦ってんのか?」

 

「うむ……。門限が迫っているのを気にしているのだろうか」

 

「なら、ご飯を食べたときに解散するのが普通じゃないの?」

 

「あの男の事を気にして……、ってセンも、あまり信憑性は無さそうだな」

 

若葉と千景の意見を取り入れつつ、今回の事について振り返る。

 

事の発端は、友奈からの相談だった。

 

 

――タマちゃんが元気なくて、相談しても答えてくれなくて……。

 

 

……仮に今日が初のデートだとしても、球子の行動には焦りが見られる。

 

気兼ねなくゆっくりとデートするのであれば、時間の取れる土日休みに行うのがベターだ。平日の、学校終わりに門限を気にしながらデートをするものなのだろうか。

 

球子の性格であれば、土日休みに口裏を合わそうと相談に来る筈。

 

 

だが、それが無い。

 

 

次に杏とのやりとりを思い出す。

 

 

――こんないかがわしい物を読むなー!って、タマっち先輩、私の部屋から恋愛小説を没収してた時もあったんですから!

 

――あったわねー

 

 

先日までの球子の不審な行動、そして焦るかの様に男とデートを始めた理由。

 

繋がらない事柄を考えていると、監視を続けていた千景が口を開いた。

 

 

「街中から外れるわ」

 

「むっ、監視が難しくなるな。周囲は暗いが、人通りが少なそうだ」

 

 

二人の言葉に目を向ければ、確かに球子と男は街中から外れ、住宅街の方へと足を向けている。

 

此方から見た様子だと、球子はまだ何やら食い下がっている様子だが、男が宥めたのか不本意ながら、と顔に浮かべたままついて行っている。

 

 

「しかし、門限は過ぎてしまったな」

 

「……悪いな。俺が責任被るから、今からでも帰るか?」

 

「断る。ただの確認だ。ここで帰っては球子の事が心配で飯も食えん」

 

「貴女さっきパスタ三皿平らげてなかったかしら……?」

 

 

腕を組みふん、と宣言する若葉へと、千景がじと目で言う。アイコンタクトでどうする?と問えば千景は口の端を上げて言う。

 

 

「大丈夫よ。こういうスニーキングミッションはゲームで鍛えたし、今更人に何か言われるのは気にしないわ」

 

「いや千景、別に大社の人は嫌味で注意するんじゃなくてだな」

 

「……訂正するわ。大切にされてるのは分かってる。けど……」

 

「けど……?」

 

 

モミジの指摘に悪いと思ったのか、謝罪を述べた後に指をついて、

 

 

「……こういう、友達同士で何かするのって、初めてだから……」

 

「……よし、終わったら球子のお叱り会を含めて“戌崎”で打ち上げしよう」

 

「うむ!」

 

 

人と関わる事に積極的になった千景に喜ばしく思いながら提案すれば、若葉が乗り気で返事した。

 

気を取り直して監視に戻れば、二人は更に住宅街から離れて足を進める。

 

……何やら、胡散臭い空気漂う領域(エリア)へと。

 

 

「……どうやら来て正解だったみたいだな」

 

「モミジ、どうするんだ?」

 

「……マズい状況なの?」

 

 

何時もの大刀は目立つ上に邪魔になるので、それとは別の物をズボンのサイドポケットから取り出す。

 

軽く振ると音を立て、長さ50センチ程の鉄の棒へと様変わりした。

 

所謂特殊警棒だ。

 

 

「若葉は周囲に奴等の仲間が居ないか警戒。千景は補助、または逃走経路の確保を頼む」

 

「分かった」

「えぇ」

 

 

何となく状況が読めた若葉と、まだ読めていない千景へと注意を促す。

 

この時間、こんな人通りがない所へと誘導をする時点で、あの男は俺の中で危険人物へと変わった。

 

 

なら、排除するだけだ。

 

 

「待って下さい」

 

 

行くぞ。と身を隠す電柱から飛び出そうとした時、声と共に肩に手を置かれた。

 

突然の事に驚くのと、振り向いた後に更に驚きの声を上げたのはすぐの事だった。

 

 

 

――私は弱い女の子だ。

 

身体も弱く、精神も弱い。

 

お伽話のお姫様みたいだ――。なんて、何回言われただろうか。

 

でも、

 

「改めて……これから、よろしく頼むわ……、よろしくお願いします」

 

変われた女の子(ゆうしゃ)が居た。

 

切欠は些細な事だったらしい、ただ、大事な事は一つだけ。

 

 

「自分を変えたい?……なら、怖がらずにどーんと一歩足を進めなきゃな」

 

 

 

 

「……なぁ、ほんとにこっちにあるのか?違った、あるの?言ってた物」

 

「ん?……そうだね、用意が出来てるらしいから大丈夫だと思うよ」

 

 

喫茶店での食事の後、人通りがだんだんと少ない場所へと進んで行っている。

さっきまでは住宅街だったけど、今周囲に見えるのは寂れた工場ばっかりだ。

 

それに、今のコイツの言葉。

 

 

「用意って……、どういう事だよ。お前持ってるって言ってたじゃないか、あの本!」

 

「あー、今その下手くそな女の子口調直すんだ。まぁ、ここまで来たら大丈夫かな」

 

 

ニコニコとした顔から一変、此方を見下すような下卑た薄笑いへと変化する。

 

その変わり様に球子が思わず後退るのと、背後の工場の勝手口ががちゃりと開くのは同時の事だった。

 

 

「おせーよ、いつまで彼氏ごっこしてんだ」

 

「すみませんね。この子の演技見てると面白くてつい」

 

「なっ……」

 

 

出てきたのは見るからに堅気ではない風貌の男。“天災”の後、食い扶持を得るために悪事を繰り返す組織が居ると聞いていたが、コイツらの事かと球子は理解した。

 

思わず丸亀城で訓練した対人への構えを取るが、それを見て嘲笑う様に男がある物を掲げる。何かと疑問に思うが、バチリと放電したそれに一瞬で理解した。

 

 

「スタンガン……っ」

 

「大事な“商品”だからな。無闇に傷は付けられん」

 

 

じりじりと迫る男に必死に策を練っていると、騙した優男が笑う。

 

 

「君らみたいな馬鹿なガキは、俺みたいなちょっと顔の良い奴にコロッと騙されるんだよね。趣味が合うー、とか、境遇に同情してやったらさぁ」

 

「っ、この外道!」

 

「ま。君の親から絞れるだけ絞ったら返してやるからさぁ。……とっとと寝てろ」

 

 

羽交い締めしようと優男が迫る。

 

スタンガンを持った男がニヤニヤと笑いながら迫る。

 

 

――ごめんな、杏。

 

 

あぁ、こんな時に限って神具を持ってきてない。と悔やむのと同時に、騙されこれから酷い目に遭う自分を球子は呪った。

 

 

その時。

 

 

ひゅ、という飛来音の後に、スタンガンを構えた男が唸り転げる。

 

突然の事に何事かと思えば、間近に迫っていた優男が続いて飛来音の後に蹲った。

 

少し呆然として見れば、からん、と音を立てて地面に鏃を潰したボウガンの矢が落ちる。

 

 

「タマっち!」

 

「……あ、んず?」

 

 

そこには、自身の神具である“金弓箭”(ボウガン)を構えた伊予島杏が堂々と立っていた。

 

 

 

 

「若葉、手前の奴」

「任せろ」

 

よろよろと立ち上がる男二人へと、警棒を構えたモミジと“生大刀”を構えた若葉が肉迫する。

 

状況が分かっていない優男は若葉の怒りの峰打ちで一撃。何やら骨の軋む音が聞こえた気がしたが、音の出所が頭でなければ大丈夫だろう。

 

 

「こ、このガキ共……っ」

 

「おせーよ」

 

男が立ち上がりスタンガンを鳴らすが、手元へと警棒を振り上げ遠くへと弾き飛ばした。

指か手首か、はたまた両方か。痛みに耐え抑えるその隙にこめかみへと狙いを定め、

 

 

「何他人様のダチに手ぇ出してんだクソ野郎……っ!」

 

 

思いきり、警棒を振り抜いた。

 

 

~~

 

 

今回の要というか、要するにオチ。

 

 

「本にカレー溢したから」

「持ってる奴を探してたぁ?」

 

「はい……、ごめんなさい……」

 

 

後日、“戌崎”にて開かれた球子のお叱り会兼打ち上げ。その場にて明らかになった事実に、全員が呆れた顔をした。

 

その周囲の反応を見て、球子の小さな身体が更に小さくなる。

 

 

杏の持ってた過激な恋愛小説を没収した後、それを見てていかがわしい(球子談)シーンでびっくりしてカレーうどんをひっくり返したらしい。

 

数に限りある本が稀少な今、謝っても許されないと思ったらしく、一人町に出ては書店を巡っていた。

 

だがそのシリーズ本自体が古いのと販売数が少ない物らしく、中々に見つからない。

 

そこに現れたのが例の優男、出来るだけ早く譲って貰うため、土日休みまで待てなかったらしい。

 

その報告を受けて、ゆらりと杏が立ち上がる。此方からは背中しか見えないが、球子の怯えようからして相当な雰囲気を放っているらしい。

 

若干、いつものふわふわな髪も逆立っている様に見える。

 

 

「タマっち」

 

「あ、あのー。一応“先輩”も付けて……」

 

「“タマっち”」

 

「あっ、はい……」

 

 

すぅ、と息を吸い込み、

 

 

「馬鹿!!!!この大馬鹿タマっち!!!!」

 

 

普段の杏からは考えられない大声で怒鳴った。

 

ぽろぽろと溢れる涙に、思わず周囲も動きが止まる。

 

 

「何で一言言ってくれないの!本なんかの為にあんな危ない事しなくても良いんだよ!」

 

「で、でも前にも本を汚した時凄く怒ってたから……」

 

「それは怒るけど!!」

 

「怒るのね……」

 

 

言ってる事が滅茶苦茶になりつつも球子へと怒鳴る杏を見ながら、一息つくためにお茶を飲む。

 

 

結局、あの後警察と救急車を呼び逃げようとしたものの周囲にあった監視カメラから素性がバレ、大社へと連絡が行った。

 

世間的には犯罪者の逮捕に貢献したわけだが、大社からすれば自分達へ報告もなく危険な行為をしたのと同意であり、簡単に言えば全員が酷く怒られた。

 

 

暫くは街中への出掛けは禁止、門限の早まり、奉仕活動の強制……等々、様々な誓約が付けられてしまった。

 

 

今こうして“戌崎”に居るが、一歩外に出れば監視と護衛の神官がうじゃうじゃといる状況だ。

 

 

「――全くもう、全くもうっ!!」

 

「あ、アンちゃん。そろそろ許してあげなよー」

 

「……そうですね。だったら、」

 

「や、やっと解放され――」

 

「続きは宿舎に帰ってからだね、“タマっち”」

 

「お、オウマイガー……」

 

 

終わらない地獄を感じ取りカウンターへと突っ伏す球子、そんな球子にご愁傷様と合掌をしていると、ドタドタと降りてくる足音がした。

 

音の方を見れば、おっさんが紙袋一杯に何やら入れている。本だった。

 

 

「おう。伊予島の嬢ちゃん、こんなので良いのかい?」

 

「見せて貰って良いですか?……こ、これは?!」

 

 

紙袋からふんふんと小説を出しては物色していた杏が鼻息荒く声を上げる。

 

 

「この先生、続編出してたの……っ?これは、今はもう絶版の本まで?!」

 

 

宝の山じゃないですか!と早速本を手に取り始めた杏を見ながら、おっさんへと問う。

 

 

「おっちゃん、恋愛小説なんて読むんだな……」

「顔に似合わないよね……」

 

「それを言うならキャラに合わないだろーが!」

 

 

荒々しく料理の乗った小鉢をモミジと綾乃の前に置きながらおっさんが怒鳴る。

 

聞けば、流行りの物や客と話を合わせる為の話題作りとして、書店に出ている話題の本は一通り買っていたのだとか。

 

 

それを聞いた杏が目を輝かせておっさんへと言う。

 

 

「まだ残ってるなら残りも見せて下さい!」

 

「お、おう……。でもかなり量があるぞ?」

 

「車で来てるんで大丈夫です!」

 

「杏よ、あれは大社の車だゾ……」

 

 

大社の車を足代わりと宣言した杏に、球子が弱々しくもツッコミを入れる。

 

ふんふんと興奮した状態の彼女は、暫くの間は本の虫へと変わったままだろう。

 

 

「ま、良いかな。迎えがあるしお腹いっぱい食べよーっと。肉ぶっかけ下さーい」

 

「そだな。俺も肉ぶっかけ!」

 

 

終わりよければ全て良し、球子の問題も解決出来たのであれば、それで良いのだろう。

 

取りあえずは、全員暫くは気軽に外に出られなくなったという事だけだ。

 

 

「…………」

「あ、杏ー?ご飯も食べなきゃダメだゾ?」

 

 

「若葉ちゃん、パスタは消化に良いと言っても三皿は食べ過ぎですよ!」

「なっ、誰だ、ひなたに密告したのは?!」

 

 

「大神君、あーん」

「えっ、千景、急にどうし――」

「あーん」

「あ、はい……」

 

「え、なにこの状況。アタシはどうしたら良いの?乗れば良いの?」

 

 

賑やかに過ぎていく打ち上げ。最初はぎくしゃくとしていた丸亀城勇者組。

 

だが、それぞれの少女が進歩を遂げ新たな自分へと歩みを確実に進めていた。

 

 

少なからずともそれらに関与している少年、大神紅葉。

 

 

 

 

「……………………」

 

そんな彼を、高嶋友奈はじっと見つめていた。



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閑話 勇者青春御記 5

今回ちょっと短めです。後編なるべく早く上げるんでお待ちを。




「…………?」

 

「どしたの、モミジ」

 

不意に視線を感じて振り返る。だが、視線を向けた先には何も無い。見慣れた風景が並んでいるだけだ。

 

別に、と疑問符を浮かべる綾乃へ返し帰路の続きにつけば、そういえばと若葉が何かを思い出すように虚空を見る。

 

 

「最近は皆今まで以上に鍛練に熱を入れていてな。私もうかうかしては居られない様になったんだ」

 

「そうなのか」

 

 

聞けば、今までは“勇者としてのお役目”、という理由でなし崩し的に行っていたらしい。

別に惰性で続けていたという訳ではなく、それはそれで真面目に行ってはいたらしいが。

 

 

「大きく変わったのは千景と杏だな。特に杏は球子へ今まで以上にビシバシ言うようになったぞ」

 

「確かに、タマちゃんがイタズラする頻度も下がったしねぇ」

 

「はい。杏さんが球子さんを折檻して下さるので大助かりです♪」

 

 

球子のするイタズラの中で一番の被害者であろうひなたが黒いオーラを放ちつつ、うふふと笑った。

 

その現場を直で目撃する側としては正直眼福としか言いようがないのだが、それを口に出すと折檻の対象がもう一人増えるだけなので黙っておく。

 

因みに吊すとは文字通りで、週に三回か四回は教室の隅で吊されているのを目撃することが多い。

 

 

「タマちゃんも懲りずに何度でも行くからねぇ」

 

「学科の神官がノーリアクションで授業を始めるくらいには吊られてるな」

 

「……うむ。まぁ、私からは何も言うことはない」

 

 

その光景を思い出しながら宿舎へと足を運ぶ。夕飯時までは自由行動な訳だが、それぞれ憩いの時の過ごし方を選ぶのがほとんどだ。

 

 

「モミジはどうするの?ゲーム進める?」

 

「いや、今日は学科ばかりであまり動けてなかったしな、軽く身体動かして来るよ」

 

 

女子寮から柵を挟んで向かい側にある家の玄関を手早く開けると、入って直ぐの所に荷物を投げ込んで玄関に置いてあるトレーニングウェアに着替える。

 

荷物を粗雑に扱うモミジの姿にひなたが静かにため息を吐くが、小言を言われる前に出るとしよう。

 

 

「モミジさ――」

 

「後で片付けるよ、行ってくる」

 

 

先手必勝。

 

ひなたが全てを言う前には、モミジの姿はとうに見えない程になっていた。

 

私も鍛練に行こうかな、と若葉が手早く準備し始めた所に、肩へと手を置かれる。

 

振り向けば、笑みを浮かべた幼馴染み。

 

 

「若葉ちゃん?」

 

「わ、私はちゃんと片付けてから行くぞ?!」

 

 

おのれモミジ、と逃げた方向へ恨みの眼を向けながら若葉は急いで荷物を運んだ。

 

 

 

 

丹田を意識しつつ、呼吸をする。

 

吐く息に身体内部の内気を混ぜ、吸う息から外からの外気を取り込み、指先まで行き渡る様に意識する。

 

本当に気を操っている訳ではない。ただのイメージだけだが、そのイメージが重要なのだと、武道指南の神官が言っていた。

 

 

――神樹様は神霊の類の存在。それを使役するモミジ様や若葉様達“勇者”は、尚更その力への知識や制御を行う事を重点に置かなければなりません――と。

 

 

聞くのは簡単だが、実際に行うのは結構難しい物である。

 

 

「ふぅー……。……?」

 

 

再び感じる視線。悪意だとか殺気混じりだとかいうのではないのだが、()()()()()()()()というのもなんだか気味が悪い。

 

幽霊だとかを怖いとは思わないが、まさかストーカーだとでも言うのだろうか。

 

 

「モーミジ君っ」

 

「ん?おぉ、高嶋さん」

 

 

不意に掛けられた声に振り向けば、同じく鍛練中なのかトレーニングウェア姿の友奈が居た。

 

ニコニコと笑みを浮かべながら此方へと歩いてくる。

 

先程の視線はいつの間にか消えていた。勇者である友奈が居るなら早急に対処せねばと考えたが、消えたのなら問題はないだろう。

 

 

「何の鍛練をしてたの?」

 

「んー、気力のコントロール……かな?」

 

「あぁ、モミジ君の神具の為?確か、モミジ君の力で振り回せてるんだっけ?」

 

「まぁ、そんな感じかな」

 

 

友奈に返答しながら、自身の神具である大刀を見る。

“天災”の後、ぶっ倒れるくらいの疲労感から大刀を調べて貰うと、凄まじい勢いで身体から力を吸い取っているのが分かった。

 

流石に毎回倒れては生死に関わるということで、大社の国土家、つまりは綾乃の家系のお偉いさんが特注で作ったのが今大刀に巻いてある札。

 

身体の負担を減らすというのが目的の札らしく、確かに使ってるとそこまで疲労感は無くなっていた。

 

因みに、綾乃がモミジに同行するのは本人の意思というのもあるが、この札が剥がれた際の対処というのも含まれている。

 

 

「ねぇねぇ、これ触っても大丈夫?」

 

「あぁ、俺以外には反応しないらしいし、大丈夫だよ」

 

 

興味津々に大刀を指先でつんつんと触れる友奈に、モミジが笑いながら促す。よーし、と柄を両手で握ると、ふんと地面に足を踏ん張った。

だが、ぷるぷると震えながら剣先が上がるだけでそこから先の動作が今一はっきりとしない。

 

 

「……無理っ!」

 

「お疲れ、持ち上げたのは若葉以来だな」

 

「重すぎだよこれぇ……」

 

「確かに、なっ」

 

 

モミジが近づき柄を握れば、何かが吹き込まれた様に大刀が軽い様相で持ち上がる。がしりと肩掛けに持ち上げると、友奈からおぉー、と声が上がる。

 

 

「やっぱりモミジ君専用なんだね、その大刀」

 

「らしいな。でも、この状態でもかなり重いからなぁ。筋トレに、今やってた気力トレーニングもしなきゃな」

 

「そっかぁ」

 

 

ざざ、と強めの風が吹く。そろそろ冷え込む時期かな、とひんやりとし出した風に思えば、友奈が顔に靡く髪を押さえながら言う。

 

 

「……ねぇ、モミジ君」

 

「どうした?」

 

 

~~

 

 

「よっ、ほっ……」

 

たん、たん、と大地を蹴って走りながら若葉はモミジの居る鍛練場へと足を急がす。

整備された道ではなく、適度な大きさの岩が転がる獣道を駆け上がるのが若葉の中でマイブームだった。

 

 

「うむ、やはりこの鍛練は足腰を鍛えられる。何時何処が戦場になるかは分からんからな、日々こうして……。っと」

 

 

そろそろ到着だ。と若葉がラストスパートをかけると、鍛練場に二人の姿が見えた。モミジと友奈だ。

何やら向き合って話をしているらしい。鍛練後の休憩中ならこの後私も混ぜて貰いたいものだ。

 

 

「友奈も来てるのか。丁度良い、組み手の相手になって貰おう」

 

 

おーい、と鍛練場へと着いた若葉が口を開こうとした時風が音を立てて吹く。舞い上がった木の葉や砂に視界が遮られ、顔を手で覆いつつ足を進める。

 

それは、そんな時に聞こえた。

 

 

 

「――付き合ってほしいな」

 

 

 

 

「えっ?」

 

若葉の間の抜けた声が、自然と口から出た。

 



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閑話 勇者青春御記 6

遅くなったorz 忙しいんや許して。
油の切れた頭回して打ち込んでるんで誤字脱字、変な表現あるかもしれないんで御容赦を……。



ふと見返したら閑話とか言いつつ6話まで来てる。閑話とは一体……。


「へぇ、初めて食べたけど結構イケるな、すだちぶっかけ」

 

「でしょ?鍛練の後お肉も良いけど、こうしたさっぱりしたのも美味しいんだよね」

 

 

友奈の言葉を聞きながら、丼の中の麵へと箸を伸ばす。うどんを口に入れた時に感じる爽やかな柑橘類の風味は、次へ次へと箸を急かす程に魅力があった。

 

 

「おろしぶっかけとかもさっぱりしてて良いよな。夏にはよく食べるよ」

 

「だね。私はたまに梅干し乗っけて貰うなぁ。あれ美味しい」

 

「あー、それも良いなぁ」

 

 

普段は食べない味の違いに舌鼓を打ちつつ、友奈とモミジの会話に花が開いていた。

 

 

 

――私に、付き合ってほしいの。

 

 

そう友奈から切り出された時には、正直何事かという感想しか出てこなかった。

 

理由を聞けば、今はそれは言えないとのこと。とりあえずは青春を感じる物ではなく、ただただ何かしらの目的があっての事だと理解できた。

 

冗談や遊びという訳には見えない真面目な顔をする友奈に、詰まりながらも了承する事しか出来なかった。

 

 

そして、鍛練を早めに切り上げやって来たのがここのうどん屋。

たまに食べに来てるの、という友奈の言葉に意外だと思いつつ食事を取っていた。

 

 

「それにしても、友奈が食べ歩きしてたなんて驚いたな。多いの?」

 

「んー、雑誌を見て気になるお店があったら行く感じかな。モミジ君や若葉ちゃんの方が多いと思うよ」

 

「へぇ」

 

 

うどんを食べきり、ふぅと一息を吐いた。食べた、という満足感はまだ薄いが付き合って、という友奈からのオーダー上余裕を残しておくのがベストだろう。

 

 

「それで、次は何処に行くんだ?」

 

「えーっと……」

 

 

店から出て、次の目的地を聞く。はっきりとしたプランは決まっていなかったのか、友奈がうーんと虚空を見ながら頭を捻る。

 

少し悩んだ後、そうだ!と閃いた様に言うと此方へと笑顔で切り出した。

 

 

「おやつの後は、スポーツにしよう!」

 

「さっきのおやつだったのか」

 

 

楽しげな笑顔でそう言う彼女に、モミジは苦笑いをして頷いた。

 

 

 

 

四角い液晶に映ったユニフォームを纏う男が、マウンド上で投球フォームへと移行する。

 

腕を振るうタイミングと共に打ち出された白球に合わせて、構えている金属バットを振った。

 

 

「ナイスばってぃん!」

 

「どんどん来ーい!」

 

 

キン、と音を立てて白球が飛んでいく。バッティングセンター等はあまり来ない場所ではあったが、中々に楽しいものだ。

 

 

「それにしても、結構、色々と、出歩いてるんだなっ!」

 

「そうだね。タマちゃんと、来ることが多いよっ!」

 

「そうかい!」

 

 

隣同士のバッターボックスに居るため、互いがバットを振りながらも会話が出来る。

普段格闘技の鍛練を行っている事もあってか、友奈の動体視力は良いのだろう。ほとんどの球を打ち返していた。

 

 

ワンゲーム30球のそれを終えると、身体が温まったからか汗が滲んでいた。友奈もそうなのか、笑顔ながらも汗を軽く拭っていた。

 

ワンゲームを終えた友奈が、コツリとバットを立てながら此方へと口を開く。

 

 

「身体は充分温まったよね、モミジ君」

 

「お互いにな。……勝負するか?」

 

「勿論!……打ち損なったら、お願い聞いてね」

 

 

チャリン、とコインを機械へと入れながらそう友奈が言った。

何処となく怖い予感がするのは気のせいだろうか、いやそうだろう。

 

 

気持ちを切り替え、バットを再び構える。遊びとはいえ勝負は勝負だ、負けたくない気持ちが大きい。

 

此方へと飛んでくる白球を打ち返して行く。隣でプレイしている友奈も、今のところミスなく打ち返していた。

 

 

そろそろ終わりだな。と考えれば、打ち返した友奈からおぉ、と声が上がる。

 

見れば、球の回収用ネットの一部分に付けられている“ホームラン”と書かれたスペースに、友奈の打球が吸い込まれていた。

 

 

「やったぁ!見てみてモミジ君!」

 

 

ファンファーレが鳴る中、友奈が笑顔で此方へと報告してくる。

 

そんな彼女の心の底からの笑顔を、思わずぼーっと眺めていた。

 

 

「あ」

 

「えっ?……あ」

 

 

――ぼすっ、という音に気付いて見れば、白球がストライクゾーンへと叩き込まれた後だった。

 

 

 

 

「いやー、鍛練以外でいい汗かいたなぁ!」

 

「そうだな。たまにはあんなのも良い」

 

 

太陽が山々へと傾きだした頃、友奈と共に丸亀城へと歩いていた。

これから戻れば門限には充分に間に合う。そんな時間帯だ。

 

ニコニコと上機嫌であるく友奈は、ホームランの景品で貰った菓子やジュースが入った袋を手に提げていた。

 

はい、とその中から差し出された缶ジュースを礼を言って受け取りプルタブを引く。傾ければ、甘ったるい味が喉を潤した。

 

 

「そういえば、負けたら言うこと聞くってなってたな。命令は何だ?」

 

 

モミジの言葉に、友奈が思い出した様にはっとする。少しの間を置いて、モミジの顔を見て、

 

 

「……冗談だよ。その方が盛り上がるかなーって」

 

 

そう、笑顔で言った。

 

 

「そうか?でもそのつもりで勝負を受けたしなぁ。出来ることなら何でも良いぞ」

 

「本当に大丈夫!普段から頼りにしてるし、そんな事出来ないよ」

 

 

遠慮する様な友奈の態度に首を傾げつつ、そうかとモミジは足を進める。本人が嫌がっているんだ、無理強いするのは止めておこう。

 

そんな事を考えていると、不意にスマホが震えているのに気付いた。

 

取り出して見れば、画面には若葉と出ている。

 

若葉から電話、と簡単に友奈に伝えて受話器のマークをタップした。

 

 

「もしもし若葉か、どうした?」

 

『も、モミジ。今日は何時に帰るつもりなんだ?!』

 

 

妙に切迫した様な若葉の声。怪訝に思いつつ、腕時計を見て時間を確認する。

 

 

「門限には間に合うよ」

 

『本当か?!……友奈も、一緒なのだろう?』

 

「え?うん」

 

 

若葉に言われて、チラリと隣の友奈を見る。目が合うと、疑問符を浮かべて此方を見つめ返した。

 

というより、友奈と一緒に出ると若葉に伝えた覚えがないのだが……。

 

 

「よく分かったな。友奈と一緒だって」

 

『あぁ、そりゃ友奈がお前に告――、何でもない。丸亀城から出るところを見てな。合流してると思ったんだ』

 

「……?」

 

 

若葉の様子がおかしい。というより言ってる事が不自然である。

 

どうして鍛練で出た俺と、遊びで外に出るのを見たという友奈が合流すると思ったのだろうか。

 

 

「どうした若葉ー?何か様子が変だぞ」

 

『おかしくなどない!ではまたな、帰るのを待ってるぞ!』

 

「え、おう……。どうしたんだ」

 

 

ぶつりと切られたスマホを、暫しの間見つめる。まぁ、住んでいる所は近いし夜にはまた会うのだ、追求はその時で良いだろう。

 

 

「若葉ちゃん、どうかしたの?」

 

「いいや、何か訳の分からない事を言っててな。まぁ、後でゆっくり話でもするさ」 

 

「……そっか」

 

 

そう短く返してくる友奈と、暫くゆっくりと歩いて帰る。

 

 

丸亀城が、見えてきた。

 

 

~~

 

――高嶋友奈と接した大体の人が思う彼女への第一印象は、ムードメーカーだと思う。

 

天真爛漫、明朗快活。元気良い彼女の笑顔や言葉に、ほとんどの人が癒やされたり励みになったりしている。大社の中でも、彼女に好印象を持っている人は多い。

 

 

皆で楽しく過ごしましょう!

 

 

皆で仲良く過ごしましょう!

 

 

集団の中の潤滑油としてこれ以上ない程の重要な存在。それが高嶋友奈へと抱いた印象だ。

 

だがそれ故に、彼女は自分の我を通すことは一切と言って良いほどにしない。

 

 

高嶋友奈の事。と聞いてほとんどが、特に仲の良い千景でさえ、血液型、誕生日、好きな食べ物――、そこで止まる。

 

好きな食べ物といっても、ただよく食べている。という印象から来るだけで、本当に何が好きなのかは分からない。

 

 

――誰も、高嶋友奈の本音を聞いた事がないのだ。

 

 

~~

 

 

ふと思い出して、友奈へと聞いた。

 

 

「付き合ってって言ってたけど、こんな感じで良かったのか?また日改めて遊びに行くか?」

 

「えっ?あ……。うん、そうだね。今度は皆と行こうか!」

 

 

モミジの言葉に、少し目を泳がせた後に友奈は答えた。それに疑問を感じ、友奈へと問う。

 

 

「なんだなんだ。友奈も様子がおかしいぞ?皆して俺にドッキリでも仕掛けてるんじゃないよな?」

 

「そんな事ないよー」

 

 

おどけて友奈へと聞けば、笑顔と共にそう返ってきた。

 

まぁ、実際に大事になったら流石に相談くらいしてくれるだろうと信じ、近付いてきた丸亀城の門へと足を運ぶ。

 

 

門の警備員に戻りましたと伝え、友奈と門を潜る。後は、寮へと歩くだけだ。

 

ねぇ、モミジ君。と呟く様に声を掛けられたのはそこでだった。

 

振り返れば、真面目な顔をした友奈が立っている。普段あまりしないその真面目な雰囲気に、少しだけ構えた。

 

 

「どうしたんだ、急に」

 

「ごめんね。……あの時の約束って、まだ有効かな?」

 

 

約束?と問えば、このときの、と菓子の入った袋を掲げる。バッティングセンターの時のだ。

 

 

「なーんだ。やっぱりあったのか。出来ることなら何でもするぞ」

 

「ほんと?なら……」

 

 

腰に付けた布袋から、がしゃりと音を立てて友奈は手甲を取り出した。

“天の逆手”、バーテックスとの戦闘に使う、高嶋友奈が有する神具だ。

 

 

「私と、組み手してほしいな。本気の」

 

「……本気で?」

 

 

モミジの言葉に、友奈はしっかりと頷いた。

 

 

 

 




一応次で閑話終了予定。ではでは暫しお付き合いよろしくお願いします


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閑話 勇者青春御記 7

遅くなりました……。納期という言葉が頭を巡る……。


今回で閑話は終了となります。
次回からは主人公、大神紅葉の物語を書いていきます。

ぐだぐだな設定、広げて畳み方の忘れた風呂敷等色々とありますが、暇つぶしの御相手にどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m


気まずい空間に居るのが、昔から苦手だった。

 

人と接するのは別に苦手ではない。寧ろ得意な方だと言える。

 

でも、人と意見をぶつけ合って、それで言い争いやケンカになったりするのが嫌だった。

 

だから、

 

 

「千ー景っ。またゲームしてるのか?最近寝不足気味になってるだろ、気を付けろよー」

 

「……む。夜遅くまで起きてるのはお互い様でしょ。部屋の電気、見えてるわよ」

 

「その分しっかり睡眠取ってるから大丈夫だ。ただし授業中にだがな!」

 

「威張るんじゃない!」

 

 

若葉の拳骨がモミジの頭部へと振り下ろされる。ゴッ、という重い音の後に、痛みから頭を押さえるモミジをため息混じりに若葉が見つめていた。

 

 

「千景も千景だが、モミジもモミジだ。有事の際に動けないようでは困るぞ。常在戦場を心掛けろ!」

 

「おいおい聞いたか千景、耳掃除で毎度ひなたにふにゃっふにゃに骨抜きにされてる奴が何か言ってやがる」

 

「説得力皆無ね……」

 

「何だと貴様らーッ!!」

 

 

怒号と共に折檻用の竹刀を振り上げる若葉を確認した瞬間、モミジと千景はそれぞれ脱兎の如く走り出した。

 

怒り心頭で二人を追い回す若葉と逃げ回る二人に、教室に居る他のメンバーはまたかと呆れていた。

 

 

「あーあ、始まった」

「あらあらまあまあ」

 

「おっ、今回はどっちが逃げ切る?」

「そうやって煽っちゃダメだよ?」

 

 

「あはは。二人とも頑張れー!」

 

 

最近になって見ることが多くなったこの光景に、私は正直嫉妬していたのだと思う。

 

 

――こんな風に、容易く相手に踏み込める関係を作れる人が、堪らなく羨ましかった。

 

 

モミジ君を中心に、皆が少しずつ変わっていく。悪い方向にではない、良い方向にだ。

 

壁を作ったり、どう接したらいいかどきまぎしていた私達をどう進めば良いか分からない道を先立って歩き、優しく照らしてくれる。

 

そんな、太陽みたいな人だと、彼に対してそう感じた。

 

 

だからこそ。

 

 

「……良いなぁ」

 

 

私もモミジ君と、丸亀城の皆と本当の意味で友達に、“仲間”になりたいなって、そう思った。

 

 

 

 

「――それではお二人とも。準備はよろしいですか?」

 

「いつでもオーケーだ」

「大丈夫だよ」

 

 

審判を務める神官の確認に、友奈とモミジが揃って答える。

 

友奈の両腕には神具である“天の逆手”が、モミジはスポーツボクシング用のサポーターを厚めに巻いている。

 

それ以外にお互いに同じ物と言えば、肩付近のポケットに厳重に収納されたスマホ。

 

 

“精霊システム”という、神具や神樹に選ばれた人間に神的な付与を与える力を秘めているらしい。

 

試運転のテスターを探していたらしいのだが、そこに丁度良く俺達が通りかかったという訳だ。

 

 

等間隔で支柱が植えられた鍛練場に立つ二人を囲むように、円が描かれている。

 

一見するとレスリングの試合場に見えるその中で、モミジが口を開いた。

 

 

「ルールの確認だ。鳩尾以外の急所への攻撃はなし、同時に相手を死に至らしめるであろう攻撃はなしだからな」

 

「うん。大丈夫だよ。円の外に出たら場外だよね?」

 

「あぁ」

 

 

言葉を返しつつも、相手の様子を窺いつつ集中する。

 

友奈との組み手は初めてではない。鍛練の時には、丸亀城組で対人の訓練として何度も拳を合わせている。

 

得意な動きは空手を主軸とした格闘技。テレビで格闘技の試合を熱中して見るほどに好む彼女は、それに応じた技能も会得している。

 

 

それでは、という神官の言葉に二人して構える。

二人が構える。それだけで二人の間に重苦しい重圧が生じた様に見え、

 

――腕を振り上げて制止する神官が、ゴクリと唾を飲み込んだのが聞こえた。

 

 

「始めっ!」

 

 

「速攻っ!」

「させないよっ!」

 

 

開始と同時に姿勢を低く下げ、下半身のバランスを崩すためのタックルを仕掛けるが背中に手をついて躱される。

 

たん、と両手を使いその場で体勢を変えているのが分かった。避けなければ。

 

 

「おわ?!」

 

 

床板を蹴って強引に横へと跳躍する。チッ、と頬にかかとが擦り、姿勢が崩れた友奈が驚いた声を上げて床に落ちた。

 

まともに受けていれば、俺は床とキスしていたらしい。

 

 

「あっぶな……。すれすれだ」

 

「うーん。やっぱり難しいね。映画のアクションにあった技なんだけど」

 

「そりゃ、見た目の派手さ重視だろうしな。……因みに、当たるとどうなるんだ?」

 

「頭がザクロみたいになってたよ!」

 

「殺す気か!」

 

 

笑顔で言い放つ友奈に思わずツッコミを入れる。

 

“精霊システム”で能力を底上げしているとはいえ、当たれば痛いでは済まないだろう。

 

 

「いやぁ、モミジ君なら大丈夫かなって」

 

「お前は俺を何だと思ってるんだ……」

 

「んー……、秘密っ。私に勝ったら教えてあげるね!」

 

 

会話が終わると同時に、友奈が此方へと接近する。

 

“精霊システム”のおかげで身体が滅茶苦茶に軽い。先程の友奈のアクロバティックな動きもそれが理由だろう。

 

 

顔目掛けて打ち出す拳を腕で庇いながら避ける。続く二打目が下段からのアッパー。身体を仰け反らせてギリギリで躱した。

 

視界の端に映る友奈の顔に笑みが浮かぶ。まずい、と思った時には遅かった。

 

 

「本気で行くよ……っ!」

 

 

後ろに倒れる身体を支えるべく足を動かすが、足払いで体制を崩される。

襟首を掴まれ下に引っ張られる為、踏ん張ろうにも動けなかった。

 

下に下げる動きと共に友奈が踏み込みを終える。流れる様に下に落ちる顔へと振り下ろされた肘鉄を、俺には避ける術が無かった。

 

 

「お父さん直伝、“喧嘩に巻き込まれた時年上の男もこれで1発パンチ”」

 

「ぐ、っああああ……っ!」

 

 

肘鉄じゃねーか!とツッコミを入れたいが痛みでそれどころではない。

 

揺れる視界の中、此方の安否を気にする神官に手を振って返し、友奈へと足を進める。

 

 

「まだまだ余裕だよ、高嶋さん!」

 

「……うん、もっと行くよ!モミジ君!」

 

 

 

 

モミジと友奈が殴り合いの喧嘩をしている。

 

 

普段の二人を知っている者からすれば驚愕の内容に、丸亀城のクラスメートは一同鍛練場へと急ぎ足を運んだ。

 

門限が過ぎてますよ!という神官の言葉を無視して、二人が喧嘩をしているという場所まで走る。

 

 

「高嶋さん……大神君も……」

 

「千景……。心配すんなって、タマが絶対に止めてやる」

 

 

心配からか顔を真っ青にした千景に、球子が肩に手を置いて力強く言った。

それに同調したのはもしもの為にと“生大刀”を持参した若葉だった。

 

 

「そうだ。それにしても何故喧嘩なんて……二人は……」

 

「どうかしたんですか、若葉ちゃん?」

 

 

ぶつぶつと呟く若葉にひなたが疑問を上げるが、大丈夫だ、と返される。

その返答に異変を感じていると、後ろでヒィヒィ言いながら走る杏が叫ぶ。

 

 

「皆さっ、くんれ、じょ、見えてゲホゲホ!」

 

「杏ぅ!!」

 

 

言い切れず咳き込んだ杏に球子が背中を擦りに走る。肩を貸して介抱されている杏に大丈夫かと思っていると、声が聞こえた。

 

 

「私は、モミジ君が大好きだよ!!」

 

 

その内容に、若葉の喉からひゅ、と息が洩れた。

 

 

 

 

殴る。

 

躱す。

 

蹴る。

 

避ける。

 

殴る――

 

 

一進一退の攻防は、熾烈を極めていた。

 

本気とは言っていたが、モミジは友奈を本気で殴る気はない。故に狙うのは組技、寝技に持って行ければベストだ。

 

だが、ノリに乗る友奈にはそれが通じない。というよりは此方の狙いが完璧に読まれていた。

 

 

拳を弾き、カウンターで腕を取りに行くが蹴りで飛ばされる。

 

反撃のチャンスとばかり拳を振りかぶった友奈に合わせる様に、モミジも友奈の拳目掛けて打ち出した。

 

“精霊システム”により神樹から流される力がぶつかり合い、ビリビリと空間が震える。気付けば、審判役の神官は居なくなっていた。

 

 

「ねぇ、モミジ君。私の気持ち、伝わってる?」

 

「気持ち?」

 

 

息を整えながら言う友奈の言葉に、モミジが聞き返す。真面目な顔をして言っているのだ、冗談の類ではないだろう。

 

 

「いや、悪いな。何も分からない」

 

「そっかぁ、だよね」

 

 

あはは、と力が抜けた様な笑い声を上げる友奈に、次はモミジが口を開く。

 

 

「何だよ、隠してる事があるのか?なら言ってみないと分からないぞ」

 

「んー、隠してるっていうか……。勝ったときのお願いなんだけどね」

 

 

少し悩んだ後、意を決した様に決めた!と声を上げる。

僅かに重心を下げた友奈に、モミジは防御の為構えた。

 

 

「私は、モミジ君が大好きだよ!!」

 

 

拳と共に放たれた言葉に、思わず数瞬時が止まる。

 

 

「綾乃ちゃんも、若葉ちゃんも、ひなちゃんも!!」

 

 

最初の様な技巧的な動きではなく、ただただサンドバッグへストレスを吐き出すため、そんな様子の見える動きだった。

 

 

「ぐんちゃんも、タマちゃんも、あんちゃんも、皆が大切で大好きっ!!」

 

「っ、ぐっ」

 

 

だが、一撃がそれぞれ重い。加えて“精霊システム”のおかげか、此方の防御力を友奈の猛攻が上回っていた。

 

全てを曝け出し、肩で息をする友奈が膝を折るモミジを見下ろす。私の勝ちだね、と意味を込めた笑みを浮かべる友奈へと、モミジが笑う。

 

 

「大好きって……、そんなの今までの態度から分かりきってる事だろ?」

 

「……私は、自分の気持ちっていうのを伝えるのが苦手なの。意見がぶつかって喧嘩したりするのが嫌だから」

 

「そうかい。俺は喧嘩するのも良いと思うけどな。それだけ、分かり合えた時には仲良く出来るだろ?」

 

「でも……、もしそれで話さなくなっちゃったら?」

 

 

不安げな顔をして此方を見る友奈、闘志は消えている。構えも解いた、

 

此処が勝機。

 

 

モミジが動く。座った状態から友奈の腕を取り、合気の要領で床へと引き倒す。視界が大きくぶれ、何事か分かっていない友奈は倒れた後に首元へと当てられた手刀で理解した。

 

 

「その時は、お互いが納得行くまでぶつかり合え。大体、最初から馬が合う奴なんか居ないんだからさ。俺も若葉達と何回喧嘩したか」

 

「……そうなの?」

 

「おう。何回もボコボコにされた」

 

 

噂をすれば何とやら。ガラリと鍛練場のドアを開き入って来たのは若葉達丸亀城組の面々だった。

 

此方へと焦り顔で入ってきた若葉は床に倒れた友奈と、それを押さえつけているモミジの姿を見て血相を変える。

 

というより、キレた様に見えた。

 

 

「モミジ貴様ーッ!!」

 

「ごふっ?!」

 

「モミジ君ー?!」

 

 

若葉のドロップキックが綺麗に極まり、モミジはゴロゴロと鍛練場の隅へと吹き飛んだ。

 

続いて球子が友奈へと駆け寄り、怪我が無いか安否を確認するが、次第に怪訝な顔付きになっていく。

 

 

「……怪我してないな、これ」

 

「えっ?」

 

 

球子の言葉に、気を失ったモミジへずんずんと歩みを進めていた若葉が呆けた顔で球子へと振り返る。マジで?と顔に浮かべる若葉に、マジで、とサムズアップして球子は返した。

 

友奈が苦笑いをして言う。

 

 

「モミジ君、全然攻撃してこなかったから……。防御の為に弾かれたくらいかなぁ」

 

「むしろモミジの方が重体だな。安心しろ若葉、傷は深いゾ」

 

「モミジーッ!!」

 

 

南無、とモミジへと手を合わせる球子。それを見た若葉が慌ててモミジを抱き上げた。必死に声を掛けるが、一向に返事がない。

近くでは千景が、救急車救急車……と青い顔をしてスマホを震える指で操作していた。

 

 

「何やってるんですか!!」

「早く病院に連れて行きなさい!!」

 

 

鍛練場に、二人の鋭い怒号が響き渡った。

 

 

 

 

友奈とモミジが殴り合いをしている、という大きな誇張があった騒動から数日。

 

くだらん理由で怪我するな、という医者からのありがたい説教を受け無事に退院したモミジは、皆と共に丸亀城の教室に居た。

 

円を作る様にして座り、その中心で気まずそうに笑うのは騒動の発端である友奈だった。

 

 

「なんか、ごめんね?私のせいで……」

 

「あぁ、安心しろ。トドメの一撃は若葉の蹴りだから」

 

「ごふっ」

 

 

モミジの言葉に、隣に居る若葉が咳き込む。ひなたに助けを求めるが、やり過ぎだと感じていた彼女は優しく微笑むだけだ。凄く怖い。

 

次に口を開いたのは球子だった。それで?と頬杖を付いて言う。

 

 

「モミジと腹割って話したかったってのは分かったけどさ。なんで殴り合いなんだよ」

 

 

球子の言葉に、他の面子もうんうんと頷く。普段の人との接し方を見る限り、友奈はその辺り不自由しなさそうだったからだ。それだけ、今回の騒動の意外性が窺える。

 

 

「その……、恥ずかしいって気持ちもあってね。それに、」

 

「……それに?」

 

 

もじもじと指を合わせて少し悩み、そして言った。

 

 

「前に読んだ漫画で、拳を合わせれば言葉が無くとも理解できる。って……」

 

 

動きが止まる一同。

 

てへ、と笑う友奈に、球子がわなわなと震えた後叫んだ。

 

 

「出来るかぁぁぁぁ!!」

 

 

丸亀城に響く球子の絶叫。

 

友奈の(ある意味)告白騒動は、こうして幕を閉じた。

 

 

~~

 

 

「此処に居たのか」

 

「お?若葉か、ひなたはどうした?」

 

「明日は大社で修行らしくてな、準備をしたら直ぐに寝たよ」

 

 

夜。大きな満月が地上を照らす中で月見とはしゃいでいると、後ろから若葉が声を掛けてきた。

 

場所は丸亀城天守閣。聞けば、ここでよく同じようにお月見をしたりひなたぼっこをしているらしい。寝ぼけたら落ちそうだが。

 

 

ほら、と持ってきた缶ジュースを渡せば、礼を言って受け取り隣に腰を下ろした。

 

二、三話をして、若葉がそれにしてもと言う。

 

 

「友奈には驚かされたな。まさかあんな一面があるとは」

 

「あれが素らしいぞ。嫌いになったか?」

 

「まさか」

 

 

冗談で聞けば、笑顔と共に返答が返ってくる。だろうなと思っていた返答を聞きつつ、缶を傾けた。

 

 

「……なぁ、聞いて良いか?」

 

「なに?」

 

 

ぽつぽつと会話をしていた中で、不意に若葉が問う。見れば、少しだけ頬を赤く染めていた。

 

 

「友奈に告白されたと勘違いした時、心臓が止まるくらい驚いてな。……何故だろうか?」

 

「それは……、驚いたからだろ?」

 

「……だな」

 

「うん」

 

 

納得がいったのか、そうだな、うん。と若葉が頷いた。

 

何が言いたかったんだ、と思えば若葉が言う。

 

 

「話は変わるが、例の“精霊システム”……だったか?驚きの性能だったな」

 

「だな。若葉達勇者に渡るときには“勇者システム”っつー更に性能を上げた物になるらしいが」

 

「本当か」

 

 

若葉の問いにおう、と肯定で返すと、湧き上がる何かを堪える様に“生大刀”を強く握る。

 

大方、あの“天災”の日にバーテックスに殺された同級生達の事を考えているのだろうか。

 

 

「いよいよだ。奴等との決着を付け、報いを受けさせる日までは」

 

「動機は復讐か。悪いとは言わないが、程々にしとけよ」

 

「……どういう意味だ?」

 

 

“生大刀”から視線を外し、此方へと向ける若葉。……少しだけだが、嫌な物を感じた。

 

 

「お前は熱くなりすぎる。猪突猛進、とでも言うかな。“仲間”が居るって事、忘れんなよ」

 

「……“仲間”」

 

 

繰り返す様に言う若葉にそうだと言う。

 

 

「タマ、伊予島さん、千景、高嶋さん。同じ戦場に立つ勇者でもあるが、“仲間”だ。ひなたと綾乃も、巫女としてサポートに就いてくれる」

 

「……そうだな」

 

「相手は強大だ。惨めでも、情けなくても、最後に笑って生き残れば俺達の勝ちだ。……それくらいかな、俺が言いたいのは」

 

 

そこまで言って、缶の中身を煽る。夜に吹く少し肌寒い風が、今は心地良かった。

 

 

「……なら、モミジは何の為に戦うんだ?」

 

「うん?」

 

 

若葉からの問いに、そうだな、と考える。

 

今まであまり意識して戦った事はなかった。ただ守りたい、それだけだ。

 

だから。

 

 

「俺は、お前達の為に戦うよ。若葉が守る物の為に、お前が出来ない事に、代わりに俺が戦ってやる」

 

「……例えば?」

 

「むかつく奴が居たら言え、ぶっ飛ばして来てやるから」

 

「ふふっ。滅茶苦茶だな、モミジは」

 

 

二人して少し笑い合った後に、どちらからでもなく缶を持ち上げる。 

お互いにしたいことが分かったのか、にやけ顔のまま缶をぶつけた。

 

 

「四国の明日の為に」

「お前達の為に」

 

 

「「乾杯」」

 

 

コツ、と缶がぶつかる音がする。

 

子供二人のお月見を、空から照らす月は優しく照らしていた。

 

 

 






これは、“勇者”(かのじょたち)の物語ではない。


「……それが、どういう意味か分かっているのか、モミジ」


「――あぁ、理解してるさ。若葉」



花は咲かず、後に続く実や種も結ぶ事はない。


それでも。


「だから、止めるなら殺す気で止めに来い。じゃねーと……」


「……モミジぃ!!」


少年は武器を振るう。守りたいモノを守る。


たった、それだけの為に。




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大神紅葉の章
歪み


大神紅葉の章、第一話です。


朝。まだ外も薄暗い早朝。

 

日課の畑仕事が一区切りした歌野は、鍬を地面に刺して大きく伸びをした。

 

諏訪から四国に移住してから早数ヶ月、誰かに請われたという訳ではないが、諏訪で勇者として戦っていた時から続けていた土いじりを今でも続けていた。

 

出来た野菜は特に美味しいと評判で、大社直営の“戌崎”を始め果てには一般の民家にまで、幅広く普及されている。

 

食べた人からの“美味しい”の一言が、今でも歌野に畑を耕させる最大の理由になっていた。

 

 

「ん~、きゅうりやトマトもグッドな出来になりそうね」

 

 

そろそろ旬を迎える野菜達の様子を見ながら、食べ頃になった時を楽しみに想い描く。

 

こうした日々変わる作物の成長具合も、畑仕事にある楽しみの一つだ。

 

 

さて、と作業が一段落ついた所で、少し離れた道を歩く人影が見えた。

 

今は薄暗い早朝、加えて此処は丸亀城付近、即ち大社の関係者以外はあまり、というかほとんど立ち入らない場所だ。

 

勇者ら少女達を狙う不埒者かはたまた畑泥棒か、と歌野がじっと人影を注視すれば、だんだんと顔が見えてきた。あれは、

 

 

「モミジ君じゃない。グッモーニン」

 

「……歌野か、お早う。今日も朝から元気だな」

 

 

軽い挨拶を交わして、丸亀城へ戻るために帰路を共にする。戻った頃には、朝の修行を終えた水都が朝食を準備してくれている筈だ。

 

 

「モミジ君は朝のトレーニング?」

 

「あぁ。毎日ある程度身体動かしてないと、寝付きが悪いし身体が鈍っちまうしな」

 

「あら、寝不足気味なのね」

 

「ちょっとな」

 

ぐい、と肩を回しながらモミジは言う。それを見ながら、そうね、と歌野は笑う。

 

 

「若葉達も毎日の鍛錬を続けているもの。当然、私もしてるけどね」

 

「畑仕事しながら“勇者”の鍛錬もこなすって、はっきり言ってスタミナぶっ壊れてるよな」

 

「ふっふっふ、もっと褒めてもオーケーよ?」

 

「元気だなぁ」

 

 

丸亀城の門を抜け、自身の住む寮へと足を進める。朝の巫女業で起きるのが早いひなたや水都の部屋には明かりが点いており、朝食を匂わせる良い匂いが微かに漂っていた。

 

それを確認して、歌野がふぅと安心した様に息を吐く。

 

 

「良かったー。お腹がハングリーだったから、みーちゃんが起きてなかったらどうしようかと」

 

「おいおい。“自炊が出来るようになりたいなぁ”と何処か他人事な抱負を書いていたのは誰だったかな」

 

「私はほら、あれだから。食材の自炊(メイキング)なら得意だから……」

 

「料理の自炊(クッキング)も頑張ろうぜ……」

 

「……夫婦は一心同体。つまりみーちゃんが料理すれば、私がしたということっ!」

 

「暴論だ!」

 

 

モミジとの論戦で言い詰まり、半ば負けを認めた様に言い捨てて水都の部屋へと急ぎ走る。

 

懐から、何故か所持している水都の部屋の合鍵を取り出すと、手慣れた動きで解錠してモミジへと振り返る。

 

 

「こ、今回はここまでにしておいてあげるわ……」

 

「此方はノーダメなんだが」

 

「みーちゃんに言いつけてやるんだからぁぁぁあ!!」

 

 

ドタドタと大きく足音を立てながら水都の部屋へと侵入する歌野。

水都の驚愕を含んだ悲鳴が聞こえたが、まぁ何時もの事かと帰路につこうとした所でガチャリと再びドアが開いた。歌野だ。

 

 

「言い忘れてたわ。あまり根を詰め過ぎない様にね。若葉もそうだけど、モミジ君も」

 

「あぁ、分かったよ」

 

 

モミジの返答に満足するように微笑むと、歌野は言う。

 

 

 

「本当よ?気を張り過ぎないでね。バーテックスも、今は大人しくしてるんだから」

 

「……あぁ」

 

 

 

歌野の言葉に、モミジは確かに頷いた。

 

 

 

 

四国でのバーテックスとの初戦闘。

 

天照大御神を降ろした少女との最後の大技のぶつけ合いは、現実世界に多大な被害を及ぼしていた。

 

死者こそ居ないもの、火災や地震といった自然災害が数多く発生し、只でさえ住民の衣食住に四苦八苦していた大社や政府関係者は大慌てで対処に追われる事になった。

 

 

俺や若葉達“勇者”も、バーテックスとの戦闘が重く、全員が病院での入院を余儀なくされる。

 

“勇者”や力を持つ俺が満足に動けない今、バーテックスが攻めてきたらどうするのか、という焦りは、しかして杞憂に終わる。

 

 

バーテックスの侵攻がなくなったのだ。

 

 

居なくなった訳ではない。

事実、結界の外に出ればうじゃうじゃと数を増した状態で浮遊しているのが確認している。

 

何故攻めてこないのか、という疑念はあるが、今はこれを好機と見て四国の立て直しに専念すると大社、政府との話し合いで決定された。

 

 

災害で崩壊した箇所を綺麗に建て直したり、満足に動けない怪我人や老人、小さな子供達が多い場所へ物資や人手不足を解消するためにと、若葉達も駆り出されている。

 

 

そして、

 

 

「おはよう。モミジお兄ちゃん。朝ご飯出来てるよ、食べる?」

 

「おう、おはよう。そうだな、頼むよ。綾乃はまだ寝室か?」

 

「うん。さっき起こしたんだけど、まだしんどいみたい」

 

「そっか」

 

 

台所で朝食の準備をしていた梓へ軽く挨拶を交わし、綾乃が居る寝室へと足を運ぶ。

 

――同じ特殊な力を持つ“巫女”としてなのか、梓はこうして一緒に寝泊まりする事になった。まだ小さいということもあるし、歌野や水都からも梓が望む事ならとお願いされている。

 

家事も問題なくテキパキとこなしてくれる為、最近は家を空けることの多い自分としては大助かりだ。

 

 

「綾乃、起きてるか?」

 

「おきてるわよー、すぐいく」

 

 

ドア越しに声を掛ければ、寝ぼけた様な声で返事が返ってくる。のそのそと動く物音が聞こえて少し経てば、ガチャリとドアが開いた。

 

 

思わず、息が止まる。

 

 

「……なに?」

 

「いや……、調子悪そうだな、て」

 

「あぁ……、そうね。結構ダルいわー」

 

 

綾乃の言葉にそうかと返事をしつつ、そっと視線を綾乃の胸元へと向ける。

 

 

――そこには、禍々しい程の穢れを放つ刻印が浮かんでいた。

 

 

綾乃本人や、若葉達には見えていない。

 

“神”の力を宿す、大神紅葉にのみ瞳に映る。その異様な呪い。

 

 

天照大御神の呪いが、綾乃の身体を確実に蝕み始めていた。

 

 

~~

 

朝のニュース番組を見ながら、綾乃が味噌汁を片手にそういえばと口を開いた。

 

 

「梓ちゃんも、今日から学校だっけ?」

 

「おう。俺達と同じ教室で、別々の内容の物をだけどな」

 

「千景ちゃんみたいな感じか」

 

 

四月で卒業し、いち早く高校の内容の勉強を受けている千景の事を思い出しながら綾乃が言う。

 

その言葉にそうだな、と返して梓へと言った。

 

 

「まぁ、勉強で分かんない事があったら気軽に聞いてくれ。内容で言えば、歌野達ともそう変わらないんだから」

 

「そうなの?」

 

「あぁ、小学生5年生くらいから“勇者”として戦ってたみたいでな。そこからの勉強はさっぱりらしい」

 

 

英語の教科書を目を輝かせながら歌野はページを捲っていた。

 

英語にかっこよさを求める彼女からすれば、それを学べる場というのは特別嬉しい事なのだろう。

 

同じくらいで勉強が止まっていた水都も、学べる環境に身を置けるのは嬉しい。と笑みを浮かべて語っていた。

 

 

朝食を終え、丸亀城へと向かう身支度をしていく。

 

特に今日から初登校である梓は相当気合いが入っているらしく、何回目かの荷物チェックに入っていた。

 

 

「モミジお兄ちゃんは行かないの?」

 

「俺は復旧作業があるんだ。他の皆は居るはずだから、安心してくれ」

 

「はーい」

 

 

準備を終え外に出ると、同じく登校していた若葉とひなたが目に入った。向こうも気付いたらしく、若葉が片手を上げて呼んでいた。

 

 

「おはよう。今日から梓もだな、よろしく頼む」

 

「おはよう。よろしくお願いします!」

 

「はい。お願いしますね」

 

 

若葉の言葉通りに返答する梓に、ひなたが微笑みながら返す。

 

二人に任せても大丈夫か、と考えているとそれを見透かしたかの様にひなたが言う。

 

 

「あら、目的地までは保護者同伴が基本ですよ?」

 

「分かってるさ」

 

 

丸亀城の敷地内で、危険性は少ないとはいえあまり油断は出来ない。確実性を増すために送り迎えはきっちりとするべきだ。

 

合流して丸亀城へと向かう最中、そういえばと若葉が口を開く。

 

 

「モミジ、最近はよく外出しているらしいが……、その、大丈夫なのか?」

 

 

若葉の言葉に、声には出さないがひなたも僅かに緊張した雰囲気を持つ。

 

 

大社本部直轄、四国防衛の為の活動部隊、通称“防人”。

 

 

その活動の事を言っているのだろう。

 

隣に居る梓を気遣って暗喩した様な言い方をしているが、実際にはこう聞きたい筈だ。

 

危険な事をしてはいないのか?

 

心配してくれる人が居るというのは、本当にありがたい事だと思えた。

 

 

「大丈夫だよ。あるといっても災害地の片付けがメインだ。ニュースでも出てるだろ?」

 

「それもそうだが……」

 

「お前らが心配するような事はあのときに“ぶっ潰した”んだから、安心してくれ」

 

「……はい。分かりました」

 

 

その時の出来事を見ていたひなたが、静かに頷く。

 

梓みたいな小さな子供の前で、あまりバイオレンスな話題を出したくはない。特に朝っぱらだし。

 

 

気分を変える様に、若葉が強引に話題を変える。

 

 

「バーテックスが攻めて来なくなったとはいえ、こうも暇だと鍛錬のしがいがないな。バトルロイヤル形式で実戦練習でもするか?」

 

「やめとけ。お前と歌野が戦うと地形が変わる」

 

「そこまで暴れはしないぞ!」

 

「地形が変わるのは本当なんだ……」

 

 

全く、と若葉が言う。

 

 

「モミジも、最近呆けている事が多いぞ?シャキッとしないとな」

 

「悪いな。寝不足気味なんだよ」

 

「それはダメですよ?環境が変わったとはいえ、しっかりと休養も取らないと」

 

 

心配そうに言うひなたにありがとうと言いつつ、頭を撫でる。さらさらとした艶のある黒髪は、指の間を流れる様に解けていった。

 

最初は驚いた様だったが、僅かに顔を赤らめたまま、されるがままにひなたは大人しくしていた。

 

 

環境が変わった。というひなたの言葉に素直にそうだな。と思う。

 

 

確かに変わった。

 

 

環境も。

 

そして、俺自身も。

 

 

――家族の様に大切な二人に対して、平然と嘘で誤魔化せる様になった俺自身に、何とも言えない歪みを感じた。



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覚悟と決意

ちょっと?かなり?ブラックかな。




時刻は深夜、まだ草木も眠る静寂な闇が広がる時間。

 

四国、神樹の結界内のとある無人の洞窟で、それは起こっていた。

 

 

 

「はぁ……、はぁ……っ!」

 

壁に掘った緊急時の身隠し用の洞穴(ほらあな)で、女は身体を震わせていた。

 

近くには、身を寄せ合う様に二人の少女が震えている。話では今年で中学生になったばかりらしい。

 

恐怖からくる震えを堪える余裕もなく、三人は迫る恐怖から身を隠していた。

 

 

コツリ、と足音が響く。

 

 

隠れた影からそっと覗けば、蝋燭が揺れる空間に一人の人影が見えた。

年は少女達と同じか少し上くらいの少年。まだ幼さの残る顔立ちだが、先程までの出来事を思えば即座に違うと言い切れる。

 

 

「さ、て。この辺りに居るはずなんだがな……」

 

 

自分たちの事だろうか。と女は思わず身体が強張る。見つかる訳にはいかない、見つかれば、

 

 

「ここか?」

 

 

大きめのテーブルが蹴りによってひっくり返る。突如起きた音に、少女がびくりと跳ねたのが理解できた。

 

衝撃で室内を照らす蝋燭が消える。静かな暗闇の中で、少年がふぅと息を吐くのが聞こえた。

 

 

「居ねぇ、か。“巫女”もとっくに逃げたみたいだし……。やっぱり、大社に内通者でも居るのかねぇ」

 

 

コツリ、コツリ、と少年の足音が部屋から出て行き遠退いて行くのを感じる。

足音が完全に離れていくのを聞き取り、女は安堵の息を吐いた。

 

女が緊張を解けたのを見て、安全だと悟った少女達からも緊張が解けたのを感じる。

 

安心させる様に、姿が完全に見えない暗闇内だが少女達へ励ます様に指示を飛ばす。

 

 

「様子を見て、直ぐに離れましょう。別の集会場に行けば、アイツから守ってくれる筈よ」

 

 

「はい……!」

「うんっ……!」

 

女の言葉に希望を見出したのか、少女達の声に熱が籠もる。

 

 

 

「へぇ、誰が?」

 

 

 

声が聞こえた。

 

反射的に声の方を振り向くと、ガシリと万力の如き怪力で首元を掴まれ強引に引き寄せられた。

 

その先に見えるのは、此方の顔を覗き込む神性を宿した碧掛かった金色の瞳。

 

 

その目と視線があった瞬間、何をするまでもなく女の意識は闇に落ちた。

 

 

~~

 

 

「御役目ご苦労様です。大神様」

 

「……おう。“巫女”は無しだ」

 

 

外に出ると、待ち伏せていたかの様に現れた神官へ三人を引き渡す。

 

瞳から光が消えた、魂が抜かれたとしか言いようのない三人は両手と腰に縄を巻かれ、昔みた時代劇の罪人が如く神官に連れて行かれた。

 

 

「それにしても、中々本命には当たりませんね」

 

「こっちの情報が筒抜けみたいな逃げ方だったぞ。大社にスパイでも居るんじゃねーのかよ」

 

「……それについては何とも言い様がありませんね」

 

 

申し訳ありません、と頭を下げる神官にモミジは諦めた様にため息を吐くしかなかった。

 

 

 

 

“天の神信仰”

 

四国に大きな災害をもたらした、先日の“勇者”の初出撃の後出来た宗教団体。

 

バーテックスという、人類には打倒できない存在に対し畏れた人々が作り上げた、簡単に言えば“天の神を奉り、少しでも人を許して貰おう”という目的の下出来た集団だ。

 

ただの素人の集まりであれば問題はなかったのだが、現実にはそうは行かなかった。

 

 

「裏切りの可能性があるのは大社の上層部である、と……?」

 

「あくまで“可能性”だけどな。集会ありと聞いて俺が此処に踏み込むまでの時間は短時間、ただの情報屋程度の腕なら捕まえていた筈。それが出来ないという事は……」

 

「私達の動きを完全に把握している者が伝達している、と」

 

「そういう事。……もしかしてアンタかもな」

 

「ご冗談を」

 

 

モミジの言葉に、呆れた様に両手を上げて無罪を主張する。モミジも神官が無関係な事は理解していたので笑って流した。

 

 

もし仮にだが、大社の上層部が大社を裏切り、“天の神信仰”に肩入れしているのであればそれは由々しき事態でもある。

 

細々とだが相次ぐ大社の“巫女”の失踪。それが奴等に渡っているのだとすれば、その目的はただ一つだ。

 

天の神、“天津神”への生け贄である。

 

 

そういえば、と前置きをして神官が言う。

 

 

「国土綾乃様のご容態は如何でしょうか?」

 

「お前らに心配される程じゃないさ」

 

「以前にもご提案しましたが、大社の病院での入院をけ――」

 

 

神官の言葉は目の前に振り下ろされたそれを見て止まる。

 

眼前に突きつけられた、“勇者”達が所有する神具に近い力を秘めた棍によって。

 

 

「前にも言ったが、」

 

凍り付いた場で、モミジは淡々と切り出す。

 

「俺の身内に手を出すな、余計な企みを練るな、邪な考えを映すな。約束が破られればこの御役目も無しだ。……そう、言った筈だ」

 

 

静かな怒気混じりの言葉に、神官は軽く居住まいを正し、神事に赴くような恭しさでモミジへと頭を垂れる。

 

それに続くように、周囲の神官もまたモミジへと恭しく頭を垂れた。

 

 

「要らぬ提案、申し訳ありませんでした。四国が“防人”大神紅葉様」

 

 

畏れ

 

奉り

 

信仰

 

 

まるで神様にでもなったみたいだな、と何処か他人事の様にモミジはその光景を眺めていた。

 

 

 

 

遡る事、一週間前。

 

 

 

「久しぶりだな、モミジ君」

 

「ご無沙汰してます、和人さん」

 

大社。国土家の代表を、と取り次ぎの巫女に頼めば応接間に通されてあまり経たない内に和人がやって来た。

 

挨拶もそこそこに、ソファへと座る。

 

 

「皆は元気かい?」

 

「えぇ、おかげさまで。……えっと、その」

 

「あぁ。綾乃の事は分かっている」

 

「……すみません」

 

 

皆まで言うな、という和人の態度に出てくるのは謝罪の言葉しかなかった。不思議そうに此方を見る和人へと窺い見る様にモミジは口を開く。

 

 

「おじさん、俺がどんな家系の血筋か分かってますよね。今の綾乃の“呪い”だって、それで……」

 

「……あぁ、分かっているとも。君が私の姉を殺した“天津神”を信仰する大神家の血を引く事も、天の神に目を付けられ、綾乃の“呪い”の切欠にもなった事も」

 

「……っ」

 

 

淡々と続ける和人の言葉に、モミジは何も言い返せずじっと耳を傾ける。

 

 

全て自分が招いた種だ。

 

悪いのは自分であり、この件について罵声を浴びせられ様が暴力を振るわれようが耐えるつもりでいた。

 

 

「――だが、それはもう終わった事でもある」

 

「……え?」

 

 

掛けられた和人の言葉に、聞き間違いかとモミジは顔を上げる。

和人の顔を見れば、モミジへの怒りなどは微塵も感じられない様子だった。

 

 

「ん? だってそうだろう。今モミジ君を叱った所で時が戻るという訳でもあるまいに」

 

「でも、俺のせいで……」

 

「それに、出自等本人にはどうしようもない運命だ。君は君だよ、モミジ君。問題はこれからどうするか、だろう?」

 

 

和人が言葉の後に懐から出した書類をテーブルの上へと広げる。そこには身元不明の巫女の情報や、不穏分子の一団等の情報が事細かに調べられていた。

 

つまり、モミジの“防人”としてのこれからの行動を把握しているという事だ。

 

 

「これを、何処で?」

 

「大社を裏まで探れるのは、君達だけではないという事だ。大人を舐めるなよ?」

 

 

言葉の後でさて、と言うと和人はモミジ君、と切り出す。

 

その目には、何かの決意を感じた。

 

 

「大人を舐めるな、と言った後で恥ずかしいんだが、君に頼みたい事がある」

 

「はい」

 

 

“防人”、そして“大神紅葉”として自分の目の届く範囲にある物は全て守ると諏訪の一件で誓った。

 

“勇者”である若葉達や“巫女”のひなた達も、全力で守ってみせると。

 

そしてそれは、目の前の叔父である和人も入るものだ。だとするならば、この頼み事は出来る限り叶えたい。

 

 

「綾乃の味方になってやってくれ」

 

「味方……、ですか?」

 

 

言葉の意味を理解するのが遅れ、聞き返す様に問う。

あぁ、と頷くと和人は苦笑いをして言う。

 

 

「綾乃に掛けられた“呪い”。それは“天の神”からの物であり。私の姉を……、つまりは、君の母親を殺したのと同じ物だ」

 

「……はい」

 

 

あの日、俺と双子の片割れである少女との戦闘の際に見た過去の断片。

 

あの時見た俺の母親は、今の綾乃と同じくじわりじわりと衰弱していったと思える。

 

 

「私にはどうにも出来なかった。解呪、即ち“穢れ祓い”等を行える力は私にはない」

 

和人が続ける。

 

「今の大社、そして四国は限界だ。“天の神”から“呪い”を受けたと広まれば、それを奉り上げる者と穢れとみなし排除しようとする者、両方居るだろう」

 

 

確かにそうだ。

 

人は脆い。精神が安定している時ならまだしも、バーテックスに家族を殺された者に、“天の神”と繋がりがあるとされる者が近くに居ると知られれば最悪どうなるか想像がつく。

 

モミジ自身の事は厳重に伏せられている状態であり、大神紅葉が“天津神”の因子を宿しているというのは、大社ではごく僅かにしか居ないのが事実だ。

 

 

「あの時と同じ“呪い”であれば、周囲に穢れが洩れるのは時間の問題だ。ならば、その時に綾乃を守りきれるかは私にも分からない」

 

だからこそ、と和人は言う。

 

「君は最後まで、綾乃の味方で居てほしい。守れ、とは言わない。あの子が四国中から非難されても、それでも、君はあの子の側に居てやってほしいんだ」

 

 

頼む。と和人は頭を下げた。

 

 

 

俺が“勇者”と同等の力を持つから

 

俺が“防人”という重要な役割を担っているから

 

 

「(違うな……)」

 

 

それらの理由とは違う。ただ純粋に、国土綾乃を幼少の頃から見てきた同士として、大神紅葉という一人の人間に頼っているのだと理解できた。

 

ならば、その答えは直ぐに返せる。

 

 

「勿論。綾乃の事は任せて下さい」

 

 

気の利いた事は言えなかった。それこそシンプルな、言葉少なくなってしまったが、それでも和人には届いたようでしっかりと頷きを返された。

 

 

 

「もう一つ、聞いてほしい話があるんだが」

 

「何ですか?」

 

先程見せた書類とは別、付箋だらけの手帳を取り出しとあるページで止めた。

 

そこには、“解呪・呪詛返し”と銘打ったページだった。

 

 

「綾乃、あの子の“呪い”を解けるかもしれない方法が、一つだけある」

 

 

和人の言葉にモミジは目を見開いた。同じ神の力を持つとはいえ、どう対処すれば良いのか分からないままだったのだ。

 

 

「どうすれば?!」

 

「その前に。モミジ君、君は――」

 

 

 

その“巫女”は、恐怖から来る震えを抑えるのに精一杯だった。

 

視線を向ける先には、凄腕のボディーガードで有名な男が喉からこひゅ、と空気が漏れる音を立てながら痙攣している所だった。

 

やがてピクリとも動かなくなると、用がなくなったとばかりにゴミの様に床へと雑に投げ捨てられる。男を吊り上げていたのは、どう見ても中高生程の少年だった。

 

 

「お前が巫女か」

 

 

底冷えするような問いに、カタカタと震えるだけで返事が出来ない。

あの神性を宿した碧金の瞳に見られるだけで、蛇に睨まれたカエルの様に動けなくなるのだ。

 

コツリ、コツリと歩を進める。それだけで、女の身体はびくりと跳ねた。

 

頭の中で警報が鳴る。ダメだ、逃げなきゃダメだ、逃げなきゃダメだ――

 

 

「“天の神”とやらは何て言ってた?アイツらが、態々人間如き相手するわけないだろうに……」

 

 

少年の言葉に、身体の震えが止まる。

“巫女”の中にある、“天の神”という絶対的な存在をけなされて恐怖より怒りが勝った結果だった。

 

 

「ふざけるな。下賤な者の分際で……っ!」

 

「…………」

 

黙って此方を見つめる少年に、火が点いた様に“巫女”は捲したてる。

 

 

「我等が“天の神”は、薄汚い野良犬の様な人間を駆除しようと御力を行使されただけの事。それらは我等の事を哀れんで行われたのを解らぬのか!!」

 

「…………、そうかい。なら“天災”で死んだ人間は死んで当然の者とでも?」

 

「当たり前よな、それも天命であろう。そして生き残った我々こそが、あの方を崇拝し繁栄へと導く選ばれし者よ!」

 

 

思い出す。あの日下った“神託”を。

 

目を閉じれば映る、あの方に邪魔な“巫女”の姿を。

 

邪魔されるわけにはいかない。懐にしまってある物を確認し、少年へと向き直る。

 

 

「計画の為ならば、幾人も生け贄になるのは仕方のない事。“勇者”やそのお付きの“巫女”共も、一緒にな!」

 

言い終わると共に、懐の拳銃を少年へと向ける。“勇者”や神具に選ばれた者といえど、銃火器等の攻撃は有効だというデータもある。

 

 

距離はある。引き金を引けば勝ちだ。

 

 

「…………」

 

 

勝ち誇った顔の“巫女”を見て、少年、大神紅葉はゆっくりと目を閉じた。

 

 

~~

 

 

「モミジ君、君は――」

 

 

 

「人を“殺す”覚悟は持てるかい?」

 

 

~~

 

何かが破ける音がした。

 

 

「ぇ、」

 

「良かったよ。アンタが“良い人”じゃなくて」

 

 

“巫女”の腹から背中まで貫通した腕。血塗れのモミジの手の平には、未だ脈打つ心臓が握られていた。

 

 

「“天の神”にはこっちも用があってな。貰うぜ、アンタの“巫女”としての力」

 

「ぁ、ぁ」

 

 

声が出ない。自分の中から何かが消える感覚がする。

 

消える。消える。消える。

 

あの方との繋がりが、消える。

 

消える。消える。消え――

 

 

 

「漸く一人目、か」

 

 

事切れた“巫女”を床へと蹴り倒しつつ、血塗れの腕を軽く振るう。べっとりと付いた血が、びしゃりと壁に飛び散った。

 

 

“解呪・呪詛返し”の第一段階は、対象の神との繋がり、パスを取ること。

 

力の根源が違うモミジには、その強い繋がりを持つ“天の神”の“巫女”を殺害し、力を奪うことは絶対だった。

 

 

「……あまり変化は感じないな。何回か繰り返せば変わるのかな」

 

 

手をグーパーして確かめる。実感はないが、繰り返して行けば変わるだろうか。

 

 

そして、それこそが綾乃を救う糸口になる筈だ。

 

 

「待ってろよ、綾乃……」

 

 

許される筈はない。

 

綾乃本人がそんな方法で助かったと知れば、どんな罵声を浴びせるか分からない程だった。

 

 

だとしても。そうだとしても。

 

 

「やってやる。例えそれが、地獄に落ちる所業だろうと……っ!」

 

 

 

――なら、アンタの名前は、山の紅葉から取って紅葉(モミジ)ね!

 

 

 

大神紅葉(モミジ)という、唯一無二を作ってくれた彼女を、救うためならば。



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七夕

ぽかぽかとした柔らかい日差しが窓から差し込む昼下がり。7月に入ったとはいえまだそんなに暑くない気温は、もう少しすれば本格的な夏に入るかなと欠伸をしながらモミジは思う。

 

今は授業中、教師役の神官の話は、今の自分には眠りに誘う子守歌にしか聞こえない。

 

実際隣を見ればうつらうつらと船を漕ぐ若葉が、パシャリとひなたからスマホで写真を撮られていた。おいひなた、今は授業中だぞ。

 

 

「暇だなぁ」

 

「鍛錬も前まで程の過密さは無くなりましたしね」

 

「平和って事でしょ?良いことだよ!」

 

 

ぼやくように言えば、ひなたが補足する様に言う。その言葉に反応した友奈が、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 

 

バーテックスの侵攻が無くなったとはいえ、“勇者”や“巫女”の必要性が無くなったという訳ではない。

 

前程の神輿に上げるような苛烈さはないが、世界はだんだんと“天災”が起きる前の平和な日々を取り戻していた。

 

 

「タマっち先輩?まだ授業中なのに荷物を纏めて何処に行く気?」

 

「うげっ……。あ、杏ぅ。これには深いようであまり深くはなさそうな理由があってだなぁ」

 

「どうせ釣りでしょ。ここで吊されるか戻るか、どっち?」

 

 

杏の低いトーンに脅され、静かに席へと戻る球子を横目に確認する。杏は強くなったなぁ、と考えていると、教室の扉がバン、と開かれた。

 

 

「ヘールプッ!!モミジさん、敵襲よ!!」

 

「何ィ!!!?」

 

 

扉を開けるなり怒鳴る歌野に、即座に目覚めた若葉が“生大刀”を握り締めながら立ち上がる。

 

鍛錬で新たな技を手に入れたと言っていたが、試す機会が無くてモヤモヤとしているらしい。

 

 

「敵は何処だ、歌野!!」

 

「私の畑よ!作物を荒らして困ってるの!」

 

「よし分かった。勇者達よ、私に続け!!」

 

 

言うが早いか、此方の返答を聞かず若葉は飛び出して行った。

 

他の面子は話のオチが想像ついたのか、友奈が苦笑いをしヒラヒラと手を振って見送るだけだ。

 

仕方ない、という様にモミジも続く。

 

 

「何が出たの、猿?猪?」

 

「猪よ!何頭も群れで来るから困ってるの!」

 

「オーケー、任せろ」

 

 

走り出しながら歌野に問えば、やっぱりか、という様な返答が返ってくる。

別段猪相手に技を試すのもアリだろうが、若葉はあまりそういうのは好まない。

 

多分、終わった後でうどんを自棄食いするんだろうなぁと思いながら、歌野の畑へと足を急がせる。

 

 

 

 

「…………あの、授業中なんですが」

 

「大丈夫です。続けて下さい」

 

「あっ、はい」

 

 

この後、人知れず涙を流す神官の姿があったとかなかったとか。

 

 

 

 

「むぅ」

 

「まぁまぁ、そう気を落とすなよ」

 

 

猪の相手を終えての帰り道、むくれる若葉へと苦笑いをしながらモミジが言う。

 

 

「お礼だってアイス貰ったろ?食いながら帰ろうぜ。俺達の特権だ」

 

「……そうだな」

 

 

最初は頬を膨らませていた若葉だったが、袋から取り出した棒アイスの誘惑に乗ったのか興味あるように覗いてくる。

 

二つに割って食べるタイプのそれをパキリと真ん中で割って、ほらと差し出せば礼を言って受け取る。

 

因みに今日狩れた猪は、後日“戌崎”で猪鍋として出るらしい。今から楽しみである。

 

 

「油断しちゃいけないとはいえ、バーテックスが攻めて来ないのは良いことだ。取り戻したかった平和の一つが、手に入ったんだから」

 

「……うむ」

 

 

まだ若干食べるには早いかと思ったが、さっきまでの騒動で身体を動かしていたせいか冷たいアイスが美味しく感じる。

 

若葉もそうなのか、目を細めてゆっくりと味わっていた。

 

 

丸亀城への帰り道、その途中にある商店街の一角の店の壁にベタベタと貼られた紙に目が向く。

 

見れば、“願い事”という形で絵に描いた笹へ短冊が飾られていた。

 

 

「七夕か」

 

「そうだな。……懐かしい物だ」

 

 

 

七夕。

願い事を綴った短冊を笹に吊るし、年に一度天の川に居るという織り姫と彦星へ願うという行事。

だがその行事は、“天災”のあの日以降、ほとんどと言って良いほどに行われる事がなくなった。

 

その理由が、“天空恐怖症候群”。

 

千景の母親も罹っているその病は、空から飛来してきたバーテックスがトラウマとして頭から離れられず、ふと空を目にした時にバーテックスを幻視してしまうという病気だ。

 

酷い物で、テレビに映った青空や本の絵でも反応してしまう程に重度の物もある。

 

その事もあってか、今の時分では七夕という行事は自然と行わない。という風潮が当たり前になっていた。

 

 

「こ、これは勇者様方?! すみません、今すぐ処分しますので……!」

 

「いや、待ってほしい。私達も飾りたいと思ってな」

 

 

店から顔を覗かせた店主らしきおじさんが、若葉とモミジの顔を見るなり慌てて剥がそうとする。

 

それを制止し、備え付けられた短冊とマジックペンを持つとうーむと考え出した。

 

 

「この場合、丸亀城勇者チームを代表として書いたら良いのか、それとも私個人として書くのか……。いやしかしな」

 

「難しく考えすぎだろ。簡単なもので良いんだよ。“文武両道”とか良いんじゃないか?」

 

「あ、良いなそれ」

 

 

モミジの言葉を受けて、キュキュッ、と音を立ててペンを走らせる。

 

今だそわそわとしている店主に、大丈夫、とアイコンタクトを送るとペコペコと頭を下げながら店へと帰っていった。

 

 

――“勇者”、“巫女”、及びその関係者に逆らうな。というのが、暗黙の了解として世間に広まっていた。

 

 

以前あった球子命名の“丸亀城の変”、その切欠となった事件を皮切りに大社の過激派グループが異を唱えたのだ。

 

 

「“勇者”様や“巫女”様方へ何という仕打ち、許されざる行為ですぞ!!」

 

「“勇者”様方の活躍のおかげで生き延びられているというのに、その事を理解しているのか?!」

 

――等々。

 

 

中には神樹からの“恵み”。即ち食料や物資の供給を断て。という意見もあったが、事件の主な被害者である若葉とひなたがそれはあんまりだと言うので、間に入ってなんとか宥めた事がある。

 

その事は秘密裏の事だったのだが、人の口に戸は立てられぬ。とでも言うのか、少しの間で四国中を噂は走っていた。

 

 

ここの店は大社や丸亀城から離れた場所にある商店街。子供達の事を思っての事なのだろうが、それは別に咎める程の事ではない。

 

――ちょっとした行事で息抜きが出来るのならば、それは素晴らしい事だと思うから。

 

 

「よし、出来たぞ」

 

「お、そう――。どんだけ願ってんだ、お前」

 

「ち、違うぞ?!皆の分もと思ってだな?!」

 

 

いつの間にか数が増えた短冊に呆れながら言えば、若葉が慌てて訂正する。

 

言われて見れば確かに、それぞれの名前で個人の事を書いていた。

 

順に見ていく中で、ふと一つの短冊に目が止まる。

 

 

早く元気になりますように。

 

 

他の比べると、おそらくは綾乃の分だろうと思える。それに気付いたのか、若葉が苦笑いをして言う。

 

 

「ずっと体調を崩しているだろう?早く元気になって、皆で遊びたいからな」

 

「……そうだな」

 

 

ありがとう。と短く言えばうむ、と力強く帰って来た。

 

 

“呪い”の事も、“穢れ祓い”の事も何一つ伝えてはいないが、モミジが何かを抱え、綾乃の体調不良が何かしら関係あるのは薄々とだが理解しているのだろう。

 

それでも何も言ってこないのが、若葉なりの優しさなのかもしれない。

 

 

ありがとう、と同時にごめんな、とも思う。

 

若葉やひなた達の時には強引にでも話を聞いて首を突っ込むのに、自分の時には何も言わないのだから。

 

 

勝手な奴だと思われても仕方ない。

 

 

だからこそ思う。全部終わって、綾乃の“呪い”もバーテックスとの戦いも決着が着いたら、今までの事を話そうと。

 

 

時間はたくさんあるはずだ。ゆっくりとでも、俺の道程を皆に伝えようと、そう思った。

 

 

 

 

丸亀城の教室に向かっていると、何だか賑やかな声が聞こえる。隣の若葉と目を合わせ、互いに小首を傾げながら教室へと入るとそれに気付いたひなたが嬉しそうに声を上げた。

 

 

「お二人とも、良い知らせですよ!」

 

「その顔見ると相当なもんらしいな。一体どうしたんだ?」

 

「むっふっふ……、じゃじゃーん!」

 

 

得意気な顔をした友奈が背から回して見せたのは、一冊の薄手の冊子。

 

そこには、“勇者様方ご案内状”と書かれていた。

 

 

「何だ、これは?」

 

「大社からの提案で、私達の慰安旅行が決定したんです。出発は明日なので、これから帰って準備しないとですね!」

 

「トランプとか持って行こうね、梓ちゃん!」

 

「うん!」

 

 

冊子をペラペラと捲りながら、なるほどこれで色めきだっていたのかと理解する。

 

泊まる旅館もかなり豪勢な物らしく、施設も勿論、宿泊している間のセキュリティも大丈夫そうだ。

 

 

「そうか。まぁ皆で楽しんで来いよ」

 

「「「えっ」」」

 

「え?」

 

 

モミジの言葉にきょんとした顔で返事をするひなた達に、思わずモミジも聞き返すように言う。

 

“勇者様方”と書いてあるのだから、“勇者”と“巫女”が行くべきではないのだろうか。

 

 

「モミジお兄ちゃん、行かないの?」

 

「いや、俺勇者じゃないしな……。梓は“巫女”だから、楽しんでおいで?」

 

「何を言っている、お前だけ除け者になんてさせるか。ひなた、担当の神官につなげ」

 

「大丈夫ですよ若葉ちゃん。元からモミジさんも参加していただく様になってますので」

 

 

文句を言う気満々な若葉に、お前勇者の特権ガンガン使うなぁと正直思う。職権乱用も良いところだ。

若葉の言葉を受けたひなたが、冊子の後ろの方にある参加者を所をとんと指で示す。

 

そこには確かに大神紅葉の名前が記されていた。

 

 

「勇者じゃないからだなんて、寂しい事仰らないで下さい。皆、友達であり仲間ですから」

 

「……悪かった」

 

 

確かに、変に考えすぎだったのかもしれない。最近は色々とあった、たまには何も考えずゆっくりと休暇を過ごすのも良いのかもしれない。

 

そうとなれば、明日の荷仕度をしなければならない。梓の分もあるし、予備の旅行鞄はあっただろうか?

 

 

「先生! おやつは500円までで良いですか?!」

「そうですねぇ、特別に許可しましょう」

 

「ひなた、うどんはおやつに入るか?!」

「若葉ちゃん、うどんは主食ですよ」

 

「先生、ゲーム機の持ち込みは何台までオーケーですか?」

「千景さん、少しの間ですから我慢しましょう?」

 

 

臨時教師となったひなたを先導に、やいのやいのと話が進む。近くには綺麗な河川が流れているらしく、景色を楽しむのも良し、泳ぐのも良しの好スポットの様だ。

 

 

とにかく、と手を打ってひなたが言う。

 

 

「明日からの慰安旅行、大社からのご厚意に感謝して楽しみましょう!」

 

 

ひなたの言葉に、一同はしっかりと頷いた。



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勇者慰安旅行-変わった自分-

あけおめことよろです。正月休み万歳。

次は早めに上げようと思います。お付き合いお願いします。


深呼吸をする。

葉が重なり擦れる音。枝葉が揺れ鳴るざわめき。風に乗って届く、新鮮な空気。

 

それを大きく吸って肺に満たし、ゆっくりと吐き出す。それだけで、何処かリラックス出来た気がした。

 

 

“神花”を長時間使ったからか、はたまた神剣である天叢雲(アマノムラクモ)を使用したからか、俺の身体は“神”にまた一歩近付いていた。

 

あの神剣はあの侵攻以来姿を消した。俺の身体と同化しているらしく、特に問題はないだろうと四国に居る諏訪神からは告げられた。

 

 

――問題は、俺の身体の方だ。

 

 

 

「おーい、モミジー!何やってんだよー!」

 

「モミジくーん、川の水すっごく気持ち良いよー!」

 

 

声に振り向けば、球子と友奈が笑顔で此方へと手を振っている。

水着の上にTシャツを一枚着ただけの姿で、皆で川へと遊びに来たのだ。

 

一緒にお昼にバーベキューをしようという球子の提案で、旅館からバーベキューのセットも借りてきていた。

 

 

「魚釣れないと飯食えなくなるぞ、一緒に手伝え」

 

「食材は旅館から支給されるとか言ってなかったか?」

 

 

そりゃ、釣れたての魚程ではないが今朝仕入れた新鮮な魚や肉、野菜があると聞いていた。

モミジのその言葉を聞いた瞬間、球子が馬鹿野郎と怒鳴る。

 

 

「お前そんな考えでこのサバイバルを生き抜けると思ってんのか!」

 

「歩いて10分くらいで旅館に戻れるんだが」

 

「けっ、このもやしっ子が。杏を見習え、釣りも自分から積極的に――」

 

 

そう言って杏へと目線を向けた球子の動きがピタリと止まる。

どうしたのだろう、と同じく見れば、そこにはお揃いの麦わら帽子を被った杏と梓が――

 

 

「撒き餌ってこんな感じで良いの?」

 

「うん。前にテレビで似たような事してたから!」

 

 

――タッパーに入った釣りの餌を、豪快に流れる川へと放り投げていた。

 

ポチャポチャと着水し、川の流れに乗って流れて行く餌に球子から悲鳴が上がる。

 

 

「杏ぅ!それは釣り針に着ける奴だぞぅ!」

 

「えっ、そうなの?だってタマっち先輩、前に撒いてなかった?」

 

「それは別の餌――ってもう無い?!」

 

「わぁ、魚がいっぱい食べてるよ!」

 

 

遠くの方で水面にバシャバシャと飛び上がりながら、程よい大きさの魚が群がる様に撒かれた餌へと集合する。ひゃっはー!とばかりに餌に食らいつく魚を、球子が悔しげに眺めていた。

 

どうやら旅館に食材を貰いに行くのは確定したらしい。それなら、少し散歩がてら取りに行くとしよう。

 

 

ヤケクソになりながら網を担いで川へと特攻する球子をがんばれよ、と心の中で応援しながらその場を離れていく。

食材を貰ってさっさと戻ろうと思いつつ歩けば声を掛けられた。ひなただ。

 

 

「どうされたんですか?」

 

「魚が無理そうだからな。先に旅館から貰って来ようかと」

 

「なら、私もお手伝いしますね」

 

 

大丈夫、と言おうとしたがひなたは案外こうと決めたら貫くタイプだ。変に言いくるめるのもおかしいし、有り難く手伝って貰うとしよう。

 

二人揃って川辺から旅館へと繋がる石階段を登る。雑多な獣道ではなくきちんと整備され、綺麗に掃除までされていた。

 

事前に此処の旅館の評価を見てみたが、なるほど高い評価をされた旅館なだけはあると改めて理解する。

 

 

「えっと……、その……」

 

 

歩き出して数分、旅館まで後半分だろうかという所でひなたが言葉を濁しながら此方を見上げる。何だろうか、と疑問に思うとひなたが照れながら言う。

 

 

「この水着、どうですか?変じゃないですか?」

 

 

その言葉に改めて、ひなたの姿を眺める。

 

水着、とは言ったが先程も言った通り水着にTシャツ等を上に着るという格好で川で遊んでいる。

 

ひなたもそれに洩れず、明るい色の水着に合わせ白の薄手の羽織の様な物を着ていた。お洒落には詳しくはないが、変ではないと思う。

 

 

「似合ってると思うぞ。少なくとも変ではないかな」

 

「そう、ですか。……なら良いです」

 

 

少し俯きながらのひなたの言葉に、だがなと一言付け加えそうになる。

 

世間的な一般男性が今のひなたを見れば、一部分で視線が止まると断言できるだろう。

 

 

――シャツが水を吸って、身体のラインがはっきりと分かる状態になっているからだ。

 

 

普段女ばかりで見知らぬ男とそう接する事がないからか、ひなたや他の“勇者”一同はその辺りが若干鈍い部分がある。

 

全くの初心(うぶ)という訳ではないが、自分が周囲からどう映るかはあまり理解できていないらしい。

 

 

旅館の勝手口にたどり着き、入る前に上に着ているパーカーを脱いでひなたへ着せる。始めは理解していなかったが、服、と一言言うと理解できたのかいそいそとパーカーに袖を通した。

 

世話が焼ける、と思いつつ勝手口のドアノブへと手を伸ばした。

 

 

 

 

『ふむ、ふむ……』

 

「……どうだ?」

 

 

四国でのバーテックスの侵攻の少し後。怪我も完治し、無事退院したその日の夜に当然の如く現れた諏訪神から検診が入った。

 

なるほど、と何かに納得するように時折頷きながらモミジの身体を物色する。

 

 

「諏訪に居た神様とは別物なんだよな……」

 

『うん?あぁ、お主の見たワシとは別物じゃな。ワシは所詮それの情報しか知らんからのぅ』

 

「情報?」

 

 

モミジの言葉に返すように、諏訪神は指を立てる。

 

 

『お主と接した諏訪のワシと、今のワシは別物じゃ。そこまでは良いか?』

 

こくりと頷くと、ならばと続ける。

 

『“情報”というのはつまり、記憶。写真のアルバムや映像のデータを眺めて理解した様な物じゃよ』

 

つまり、とモミジに指をさして

 

『お主と話したワシ(前の自分)の視点で、ワシ(今の自分)はお主とのやりとりを見た。と言えば解りやすいかの』

 

 

諏訪神の一連の説明になるほどと納得する。

 

さて、と検診を終えたのかよっこらせと立ち上がって言う。

 

ぽん、と此方の肩に手を置いて、

 

 

『おめでとう。“神”になっとるぞ、お主』

 

「……え?」

 

『正確には、8割方じゃがの』

 

 

そんな、とんでも発言をかましてきた。

 

 

 

――自分でも自覚があるじゃろ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

言われた諏訪神からの言葉は、確かに当てはまる。

 

最初は気のせいかとも思ったが、実験と観察を繰り返し事実だと理解できた。

 

 

「あら、旅館の方居ませんね。どちらにいらっしゃるんでしょうか……」

 

 

厨房に顔を出したが、料理の仕込みが置いてあるだけで人が居ない。困ったようにキョロキョロと見渡すひなたに続くように周囲を見る。

 

二階の通路で歩く仲居の姿を壁越しに発見した。

 

 

――まず一つ。“魂”の感知。

 

暗闇、壁越し、何でも問わず生き物、つまりは命を持つ者については感知、視認が出来るようになった。

結構便利な物で、前の“天の神信仰”の集会へ襲撃した際にも、暗闇で相手を確認出来る。

 

欠点とすればこれを使う際に神力を消費しているらしく、神樹の結界内であれば問題ないが、結界の外で使えば疲労する上にバーテックスからの格好の的になるだろうとの事だ。

 

 

仲居さんに事情を話し、食材を用意して貰っている間良ければどうぞとお茶を貰った。

 

水を浴びた後で少し肌寒かったのもあり、モミジとひなたは礼を言って手を付ける。

 

 

「ふぅ、落ち着きますね」

 

「あぁ、用意して貰っている身で悪いが」

 

「たくさんお礼をしておきましょう」

 

 

少しした後で、仲居さんがクーラーボックス一杯に食材を入れて持ってきてくれた。

礼を言って受け取り、勝手口から出て直ぐに視界の端に家庭菜園程の大きさの畑が映る。

 

夏場だというのにあまり瑞々しさが思えないそれを見てると、あぁと仲居さんがため息を吐いて、

 

 

「お世話はしてるんですけど、どうにも上手く育たなくて……。“勇者”の歌野様にも見ていただいたのですが……。」

 

「……なるほど」

 

 

“豊穣”を司る諏訪神(タケミナカタ)の力を貰ったからか、何が要因かは直ぐに分かった。土地の栄養自体が少なくなっているのだろう。

 

歌野もそれに気付いていたのか、腐葉土等をしっかりと混ぜ込んで対処している。だが、それでは今実っているこの植物らは間に合わない。

 

 

「歌野が見ても分かんないなら、俺に出る幕はないかなぁ」

 

 

そんな事を言いつつ、手の先を土の中に入れ神力を込める。土地と植物自体に豊穣の力を込めた、これで時間が経てば元気に育つだろう。

 

 

――二つ目。神力の制御。

 

前のバーテックスの侵攻の際には、“神花”を使うことで行えたそれが生身の状態で行える様になった。

勿論植物を使って壁を作ったり等の大技は使えないが、こうして植物に作用させ成長を促したり、少し本気を出せば植物そのものを作れたり出来る。

 

 

 

仲居さんに礼を言って別れ、元来た石階段を降っていく。その途中でひなたが口を開いた。

 

 

「さっき、何をされたんですか?」

 

「……何もしてないよ。勘違いじゃないか?」

 

 

とぼける様に言ったが、ひなたの中では何か確信めいたものがあるのだろう。

普段から神樹の元で“巫女”修行をしている彼女の前では、軽率に使う物ではなかったのかもしれない。

 

諦めた様にため息を吐くひなたに苦笑いをしながら頭を撫でる。

 

――少し驚いた様に跳ねた彼女が、足を滑らせたのは直ぐの事だった。

 

 

「危なっ……」

 

「っ!」

 

 

腕を伸ばし、抱き留める様にひなたを支える。腕に伝わる柔らかい感覚と、鼻に掛かる甘い匂いを感じた。

 

 

「大丈夫か?!」

 

「あ、はい……、その、腕が……」

 

 

遠慮がちに言うひなたの言葉に、自分の腕が彼女の胸を押さえているのを理解し直ぐに離す。

 

 

「あー、悪い。つい咄嗟の事でな……」

 

「いえ、それは分かってますから……。あの、だったら」

 

 

腕に寄り添う様に、モミジの腕に掴まりながら彼女が微笑んで言う。

 

 

「少し、ゆっくり行きませんか?少し、足を痛めてしまって」

 

「……あぁ、分かった。ゆっくり行こうか」

 

 

彼女なりの嘘だと気付いたが、モミジも微笑んで歩き出す。

 

 

――彼女の甘い匂いや柔らかな感覚に、一切何も感じなくなった自分を心から残念に感じながらモミジは内心涙して歩き出した。

 

 

 

 



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勇者慰安旅行-これから先-

早めに上げられなかった……。

ヒント:上司「仕事やぞ^^」

察して。



「ぷはーっ!食った食ったぁ!」

 

「もぅ、タマっち先輩。お行儀が悪いよ?」

 

 

時間が進み、夜。夕飯を食べ終えた球子が、腹を擦りながら満足じゃと床に倒れ伸びをする。

 

そんな球子の姿を呆れ混じりのため息を吐きながら、杏が急須のお茶を湯呑みへと注いでいた。

 

 

「でも、本当に多かったわね……。おかげでお腹がハードだわ。爆発しそうよ、ぼーんって」

 

「それは洒落にならない状況だようたのん……。でも、もう入らないかも」

 

 

二人の会話を聞きながら、確かにとテーブルの上へ視線を移す。バーテックスを見事撃退した勇者様への慰安旅行と聞いてはいたが、これは些かやり過ぎでは?と思いたくなる量だ。

 

球子、梓、友奈が並んだ料理を見てこれが満漢全席……っ!と目を輝かせていたがあながち間違いではないなぁと思える。

 

 

この後どうする?と誰ともなく切り出せば、不敵な笑みを浮かべた球子がトランプを取り出して笑う。

 

 

「くっくっく……。誰が“最強”か、今こそ決める時だなぁ。お前ら」

 

 

球子の挑発を含めた言葉に、ゆらりと三人の姿が続々上る。

 

 

「“最強”……、そう言われれば退く理由はないな。受けて立とうじゃないか、球子」

 

「ゲームとなれば負けは許されないわ……。私が勝つ……!」

 

「諏訪の最強デュエリストと言われた私に隙は無いわ。デュエルよ!」

 

 

闘志満々な面々に球子も好戦的にニヤリと笑い、ならばと口を開く。

 

 

「お腹がこなれたら勝負だ。ちょっとタンマ……」

 

「あぁ……」

「そうね……」

「ミートゥーよ……」

 

 

そんな会話を聞きながら、ひなた、杏、水都はテキパキと胃薬の準備を進めていた。

 

 

 

『ぬわーっ?!梓お前?!』

 

『もう少しで上がり……っ!』

 

『させないわ!』

 

 

ガラス越しに聞こえる騒ぎを聞きながら、やっぱりこうなったかと苦笑いする。 

 

トランプ系のゲームでは“予知”が使える梓の独壇場だ。対抗するならスピード等の手数が物を言うゲームか、千景の様に状況から次の一手を思案し打てる者かだろう。

 

玄関でサンダルに履き替え、ペタペタと音を立てながら川辺へと足を進める。

 

夕方辺りから水菓子用としてスイカを冷やしてあったのだ。お腹はいっぱいだと言っていたが、ああも騒いだ後なら果物くらい入るだろう。

 

 

「モミジ、何処に行くんだ?」

 

「若葉か」

 

 

声に振り向けば、浴衣姿の若葉が此方へと歩いて来ていた。

 

 

「ゲームはどうした。まだ決着は着いてないと思ったんだが」

 

「完全に梓の独壇場でな……。この後の人生ゲームで取り返すさ。モミジはどうして?」

 

「スイカを取りに来たんだ。喰うだろ?」

 

 

石階段を降りきる位で、薄暗い中見える結び紐へと指を差す。若葉も気付いたのか、おおと声を上げた。

 

紐を引き上げ、スイカへと手を当てる。ずっしりとした重さと共に、川の水温で程よくひんやりと冷えたのがよく分かった。

 

 

「冷蔵庫も良いが、こっちのが風情があるだろ?」

 

「だな。後は団扇と蚊取り線香と花火だ」

 

 

若葉の言葉に、幼い頃の乃木家のことを思い出す。夏になると、若葉、ひなた、綾乃、俺の四人で小遣いを出し合って花火を買うというのが恒例になっていた。

 

実際にはおじさんやおばさん達が値段の良い花火を購入してくれているのだが、その中でも若葉の爺さんが毎年スイカを振る舞ってくれたものだ。

 

色とりどりの火花が散る中、蚊取り線香の匂いの中スイカに齧り付くのは今でも思い出せる。

 

若葉もそれを思い出しているのか、懐かしそうに、そして少しだけ寂しそうな顔をしていた。

 

 

――“乃木”、“上里”、“国土”、“土居”、“伊予島”、“高嶋”、“郡”、“大神”、“白鳥”、“藤森”。

 

現在この10の家系が、大社内、つまりはこの四国において最重要とも言える家系となっている。

 

その中でも“乃木”、“上里”、“大神”、“白鳥”、“藤森”の家系は身内を亡くしており、実質的に天涯孤独の身となっている。

 

さて、バーテックスを打倒し世界に少しの平和が戻った今、次なる課題というのが。

 

 

「夕飯の前に、大社の神官からまた言われてな……」

 

「あー……、縁談の話か」

 

 

旅館への帰り道、苦笑いをしながら口を開いたのは若葉だった。

 

次世代。つまりは子孫を残せと先程上げた5つの家系は特に言われている。

 

“勇者”の資格、つまりは“神樹”や“神具”と波長が合いやすいのは“勇者”に選ばれた家系の者だという結果が出たらしい。

 

これは完全に秘密の話だが、諏訪神(タケミナカタ)の話だと“神樹”の主神格も子孫を残し備える様に主張し集合体内の他の神々と揉めているのだとか。完全に下世話だ。

 

 

「子孫を残すというのは否定はしないが……、二人以上産めというのは些か機械染みた気がして嫌だな」

 

「良かったじゃないか、二人で済んで……」

 

「……モミジはなんて?」

 

()()5人の巫女と子孫を残せとよ……」

 

「なんと……」

 

「それも、各員につき3人が望ましいとさ……」

 

 

ぼやくように会話を続け、お互いに南無と手を合わせる。

 

確かに四国には人口が少ない。これから先の未来を考えれば少子社会では話にならないだろう。

 

 

大社からしても無理を言っているのは自覚しているらしい。

 

だが出来れば、いや本当にマジで頼みます。と話を持ってきた神官は頭を下げていた。

 

 

なら、“勇者”の家系同士で子孫を成してはならないのか。という疑問も当然の如く上がったが、

 

 

「今、大社内では権力者同士でのいざこざがごさいます。その中で“勇者”様程の家格の方が結ばれるとなりますと……」

 

 

要するに、“確実なトップ”が決定するのが怖いらしい。面倒くさいものである。

 

 

はぁ、とため息を吐いて空を仰ぐ。星がきらきらと輝く中、ぽつりと若葉が言った。

 

 

「……大人になるって、面倒な物だな」

 

「そうだなぁ」

 

「これならバーテックスと戦う方がまだ楽かもしれんな。斬るだけだ」

 

「…………そうだな」

 

 

そうかもしれない。

 

若葉のその言葉に、不思議と納得した帰り道だった。

 

 

 

 

「――なら、結構早めに皆と打ち解けたのか」

 

「あぁ、球子は妹分が増えたと喜んでいたぞ」

 

 

笑みを浮かべ言う若葉の言葉に、そうかと此方も笑顔になる。

 

諏訪から越してきた梓だったが、年代が離れた皆と仲良く出来るか心配だったのだ。

 

勿論皆良い奴なのは知ってはいるが、だとしても心配してしまう。

 

 

「……悪いな、面倒事を押しつけて」

 

「面倒だとは思ってない。梓も良い子だからな」

 

 

そうやり取りをしつつ、ふと空を見上げる。夜にしてはやけに明るいとは思っていたが、そこには立派な満月が昇っていた。

 

若葉もそれに気付いたのか、ほぅと感慨深げに息を吐く。

 

 

「……あの日も、こんな夜だった」

 

「“天災”の日か」

 

「あぁ、今の私達が始まった日だ」

 

 

僅かにだが、月を見上げる若葉の目に力が籠もる。

 

あの日、バーテックスが降ってきた時の事を思い出しているのだろうか。

 

 

「バーテックスが来たことは、今では恨んでばかりはいられないと思っている。勿論、家族やあの日亡くなったクラスメート、あの人達の無念を忘れた訳じゃない」

 

「なら、どうして?」

 

「“仲間”に会えた。……もし、“天災”が起こらなかったら出会う事すら無かったかもしれないかけがえのない大切な“仲間”が」

 

 

そう言って笑う若葉の顔は、無理をしているのではない、心の底からの本音だと分かる物だった。

 

“勇者”として四国に集まった皆。

元々四国出身の者も居れば、奈良、長野と遠方からの者も居る。

 

バーテックスを倒すという使命を持って日々鍛錬をしてはいるが、本来はただの子供だ。遊びたいし、恋愛だってする。人類存続の為に戦うなんて考えた事すらないだろう。

 

 

でも、起きてしまった。

 

戦うしかない状況になったのだ。

 

 

「“次”は起こさせない。四国も、民草も、仲間も――」

 

 

「私は、もう何一つ失いたくない」

 

 

拳を強く握り締め顔を上げる若葉には、何か強い意志が宿っている眼をしていた。

 

そんな眼を見て、ドキリと心臓が跳ねる。

 

俺がしている“御役目”には気付いていないし、バレてもいない筈だ。

 

なのに、見透かされた様なその目に鼓動が速くなる。

 

 

「モミジ」

 

 

呼ばれた事に、少しだけ反応が遅れた。

 

返事をすれば、若葉がついと旅館の近くにある運動場を指で示す。

 

 

「食後の運動だ。私の鍛錬に付き合ってくれないか?」

 

 

此方に振り返る若葉を、空から差す月光が淡く照らす。

 

その姿に、少しだけ見とれてしまった。

 

 

「……なら、トレーニングウェアに着替えて来い」

 

「あ、そうだな。スイカも置いてこよう」

 

 

見とれた事への照れ隠しか、上手く返事することが出来なかった。

 

 

 

 




モミジハーレム設立確定。やったぜ。

因みに最初に縁談の話持ってきたときに、大社の上役は謎の勇者仮面にしばき回された模様。


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勇者慰安旅行-堕ちるとしても-

ちょっと凝った書き方しようと思ったら長くなりました。

個人的には暗いかな……。

暇つぶしにお付き合い下さい。


 

 

 

夢を見る。

 

 

 

 

「防人様、四国の敵を御討伐下さい」

 

 

「天の神を信仰する天の神側の“巫女”から、その力を奪うしかない」

 

 

 

 

夢を見る。

 

 

 

 

広がる呪印。

 

 

死が迫る“呪い”

 

 

 

「モミジ、お前は全て知ってたんだろう?」

 

「モミジ、アンタ全て分かってたのよね?」

 

 

大事な人達から向けられる、此方を突き刺す様な侮蔑の目。

 

 

 

 

夢を見る。

 

 

 

 

衣服、肉体を突き破り身体を貫通した手に握り締められた、天の神の“巫女”の心臓。

 

 

「……こ、ぉ、……こ、の」

 

 

 

 

夢を見る。

 

 

 

 

「「「人殺し(ひとごろし)」」」

 

 

 

 

 

~~

 

 

「――っは?!」

 

 

ガバリと掛け布団を跳ね飛ばし起き上がる。ぜひゅ、と喉を鳴らし肩で呼吸をしている自分を確認し、胸に手を当て落ち着いて今一度呼吸をする。

 

落ち着いてきた呼吸とは別に、不意に生じた胸の痛みに思わず浴衣をぐっと握り締め耐えた。

 

 

ダラダラと額から滝の様に流れ出る汗を袖で雑にぐいと拭いながら、テーブルに置かれた水の入ったピッチャーへと手を伸ばし、そのまま口を付けてゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいく。

 

 

「……ぷはっ!……っ、痛ぇ……」

 

 

穢れ。人の理に背き、同族殺し等や魔の道へと進むとその者に生じる負のエネルギー。

 

その本人を堕落させ、その魂を喰らおうと魔境のモノから目を着けられると、そう諏訪神から聞いていた。

 

魔境のモノというのは、(あやかし)(おに)の類らしい。

 

 

大嶽丸(オオタケマル)辺りが喜んで狙ってきそうだなと、ゴトリと半分ほど飲み干したピッチャーを置きながら考える。

 

 

――人殺し

 

 

「……夢だ。忘れろ」

 

 

ゴン、と頭を軽く拳骨で叩いて気持ちを強引に切り替える。

 

 

その時。

 

 

「大神様、お目覚めですか?」

 

 

コンコン、と控えめなノックの後で大社の神官の声が聞こえる。壁の時計へと目をやれば今は朝の六時だった。神事に務める者なら、この時間はとうに起床時間だろう。

 

 

「あぁ、今起きた」

 

「まだお早いお時間ですが、早急なご用件がございます。お部屋の中に入っても?」

 

 

その声にドアへと目を向ければドア越しに幾数人かの魂が見える。

 

悪意はなく、また殺意も感じられない。問題はないだろうと納得する。

 

 

入れ。と声を掛ければ、ぞろぞろと大社の神官が部屋へと入って来た。

 

面々の様子からして何時もの定期連絡ではないな、と理解しまだ濁る頭の中をガリガリと乱雑に搔く。

 

用を申せ、と言えば筆頭の神官が恭しい態度を崩さず言う。

 

 

「“天の神”が“巫女”、その内の一人の所在が割れました」

 

 

その神官の声に、思わずモミジの動きが止まる。

 

 

「“防人”、大神紅葉様に御役目の執行をお願いしたく、参りました」

 

 

神官の動きに倣う様、周囲の神官も同じくモミジへと頭を垂れる。

 

最早見慣れた光景ではあったのだが、今のモミジにはそれどころではなかった。

 

 

――人殺し

 

 

ずきりと痛む胸を、無意識の内に押さえていた。

 

 

 

 

 

旅館を音もなく飛び出し、端末に記された座標へと足を進める。

 

既に“精霊システム”を起動させており、普段からは考えられない様な機動力を可能としていた。

 

雑木林の木から木へ、飛び移る時間も短く跳ねる様に進む。

 

“神花”には大きく劣るが、これだけ動ければ御役目には支障無さそうだと感じていた。

 

 

「……彼所か」

 

 

記された地点へと到着する。

 

場所はなるほど、海岸沿いの海に面した洞窟であった。考えたものだな、と素直に称賛する。

 

 

さて、と目を凝らし洞窟へと集中する。数は多い。別の巫女が死んだのが分かっているのだろうか、近くでは武装している者が多数いた。

 

そして、その奥の部屋で鎮座する一人の“巫女”。

 

 

「――見つけた」

 

 

その魂は、“天津神”の力を放っていた。

 

 

~~

 

 

「首尾は?」

 

「問題ありません。交代行ってきます」

 

「あぁ、任せる」

 

 

一人の若い男が、壁に掛けられた槍を持って入り口へと向かう。

 

入ったばかりだが、真面目な男だ。敬虔な信徒であると、これからの道を頼もしく思う。

 

 

「おわっ?!」

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「これくらい大丈夫です!」

 

 

元気が余ってか、不安定な足場に躓きずっこけていた。頬にケガをしたのか、血が僅かに流れていたがサムズアップをして足早に進んでいく。

 

入れ違いで入り口の警護に当たっていた者が二人、此方へ会釈して仮眠室へと向かう。

 

襲撃の神託が“巫女”様に降りたのが今日。大変だとは思うが、今日だけの辛抱だ。

 

四国の“防人”、大神紅葉が我等が“巫女”を捕らえに来るらしい。

 

他の拠点の“巫女”様は亡くなった。それも、地の神である神樹を奉る大社の手によって。

 

 

捕まればどのような目に遭うか分からない。無垢な魂を持つ“巫女”の命、ここで護らずいつ護るのか。

 

 

決意を新たにした所で、入り口の警護部隊から無線に連絡が入る。

 

 

「どうした?」

 

『いえ、それが……。先程から一人の人影が見えるのですが、一向に動かないもので、どうしようかと』

 

「人影……?」

 

『はい。マント、と言いますか。身体と顔をすっぽりと隠す装いで気味が悪く』

 

 

その言葉に思わず首をかしげる。

 

地元のチンピラの類ではないだろう。では噂の“防人”だろうと当たりは付くが、何故攻めてこない?

 

 

『……ちょっと、確認して来ます!』

 

「な、ちょっと待て?!」

 

 

迂闊過ぎる、とは思ったが警護の三人はそのまま離れたのか無線が届かない場所へと離れてしまった。

 

畜生と駆け足で入り口へと急ぎ、三人の動向を窺う。なるほど確かに、そのマントで身体を覆った不審な輩へと向かっていた。

 

 

 

――その三人が、突然宙に待った。

 

 

 

「なっ?!」

 

 

遠くからでも聞こえる驚愕と悲鳴。抵抗むなしく、三人は地を滑る様に何処かへと引きずられて連れ去られた。

 

後に残ったマントの姿が、風ではためきマントが飛ぶ。

 

そこには、一本の丸太が立っていただけだった。

 

 

~~

 

 

「他の入り口は?!」

 

「言われた通りに固めました。入り口は此処だけです」

 

「よし」

 

 

時間は過ぎ夕刻。水平線へ太陽が沈むのを眺めつつ、憎々しげに薄暗くなる平原へと目を向ける。

 

朝方此方の人員を誘拐された後何故か襲撃は無かった。

 

此方の人員配置を聞き出し対策を練っているのだとすれば、それはもう遅いとも言える。

 

 

朝は人員を割いていた為対応に遅れたが、今は一つに纏め武装もしている。

 

これなら、如何に神樹に選ばれた者といえども迂闊には攻められないだろう。

 

 

その時。

 

 

「……あれは、まさか?!」

 

 

見張りの声に、双眼鏡を手に示す方向へと注視する。

 

 

――そこには、誘拐された三人が一列になって此方へと歩みを進めていた。

 

 

 

 

「大丈夫か?!」

 

声と共に肩を引き寄せられる。安否を確かめる様に顔を覗き込まれるが、何も言わない。

 

 

「ダメだ。放心状態だな、報告にあった通りだ」

 

「取り敢えず医務室へ!休ませるのが大事です!」

 

 

肩で支えられ、一歩一歩ゆっくりと運ばれる。入り口の不安定な足場を幾人かで支えられ、此方を心配する様な声も掛けられた。あぁ、なるほど。やっぱり。

 

 

――()()()姿()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

不意に違和感を感じた。

 

 

「……ん?」

 

 

最後に運ばれる、今朝見た好青年を見て何処か疑問を感じる。

 

 

疑問は、次第に確信に。

 

 

確信は、そのまま恐怖に。

 

 

「……お前、頬のケガはどうした?」

 

 

その問いに、ピタリとその場の皆の動きが止まる。

 

 

数瞬の間。

 

 

返答はぐちゃりという壁に頭を叩き付けられる音。戦慄から動きを止める一同の前で、その好青年は顔の皮膚をベリベリと剝いで言う。

 

 

「事情があって、遅れて悪ぃな。四国の“防人”、大神紅葉――」

 

 

此方を覗く眼は、碧金の光を灯した神性を象徴する畏怖の瞳。

 

 

「――お前ら全員、皆殺しに来ました」

 

 

四国の一角の洞窟内が、阿鼻叫喚に包まれた。

 

 

 

 

コツリ、と足音が響く。

 

壁に散った血、松明がその場の惨劇を轟々と照らす中モミジは歩みを進める。

 

その眼に普段からの覇気は無い。機械的に動き、ある一点を見つめ足を進める。

 

 

「なるほど、この“神具”の能力が使えないのはそういう理由ですか。同じ“神”同士、余計な諍いは起こしたくないらしい」

 

 

「……お前が“巫女”か?」

 

 

部屋の真ん中、そこで長刀(なぎなた)を手に此方を見据える少女へと問う。

 

 

「はい。此方の支部を任されております。貴方方で言うところの天の神側の“巫女”、というものですかね」

 

「へぇ。……なるほど、情報通りって事か」

 

 

油断なく此方を見据え長刀を構える彼女を見る。

 

“神具”、つまりは神の力が宿る武器に選ばれた“巫女”が居るという情報は間違っていなかったのだと再認識した。

 

 

今回侵入に手間取ったのがこれが原因でもある。“天津神”ではなく、神樹と同じような地の神同士が衝突。

 

その為互いの神が力の譲渡を止め、モミジは此方の領域内での“精霊システム”の使用諸々を、“巫女”は“神具”の能力を使用出来ないでいる。

 

 

つまりは、互いの持つ個々の能力で決着をつけよ、という意味合いだろう。

 

個々の能力とは言っても、“巫女”の方には何やら特別な力が流れているのを感じるが。

 

初めて“神具”を手にしたときの、若葉達と同じような波動を感じる。

 

 

「因みに能力ってのはどんな?」

 

「軍の能力向上、といった所ですかね。“勇者システム”を持つ“勇者”達以外なら問題なく鎮圧出来ると踏んでいたのですが」

 

「なるほど、それで結構な武装をしてた訳だ」

 

 

思い出す様に顎に手を当てる。実際武器捌きが上手い者も何名か居り、あれが自分(モミジ)レベルで動けるのであればヤバかっただろうなぁとゾッとする。

 

 

「まぁ、いいや。此処に来た理由分かってるんだろ?」

 

「えぇ、理解していますとも」

 

「なら話が早い。さっさと――、何だよ」

 

 

此方を見ながらクスクスと笑う“巫女”に、思わず肩透かしを食らう。

 

悪意ある笑みではなく、純粋に面白がる。年頃の少女の笑みが、そこにはあった。

 

毒気が抜かれ嫌な顔をするモミジに、“巫女”はいえ、とまだ僅かに笑いながら言う。

 

 

「随分と悪役(ヒール)に徹するのだなぁと。ちょっと、実家の弟を思い出しちゃいました」

 

「――は?」

 

「意地を張って強がって……、男の子って皆そんな感じなんですかね」

 

 

……やり辛い。

 

モミジの額に、一本の汗が流れ落ちた。

 

 

 

 

斬る。

 

突く。

 

薙ぎ払う。

 

打ち上げる。

 

 

長刀(なぎなた)は、一対一であれば無双出来ると聞いていたがそれは本当だと理解する。

 

速度は大したことはない。若葉の剣速、友奈の手刀、そのどれらにも及ばない程だ。

 

だが、問題はその次の手数。

 

 

切り払いを避け相手の懐へと接近する。それに対し踏み込んだ右足を下げ逆半身となり、クルリと持ち手を反転。長刀の尻の部分が打ち上げとしてモミジの顔面に強襲する。

 

ぶぉん、と空を切る音がすれすれで過ぎた事に僅かに冷や汗を流し後ろへと跳躍する。

 

 

「扱いが上手いな……。もしかして経験者?」

 

「えぇ。御家の方針で、護身術として少々」

 

「なるほど、そりゃあ教育熱心だな、っとぉ!」

 

 

薙ぎ払いを避ける。時折ずきりと痛む胸を押さえながら、攻撃を避けて逃げ回る。

 

“神花”は使えない。いや、使わない、というのが正しいか。

 

以前とは違い旅館に居るひなたや水都達“巫女”との距離が近い。もし使えば、その神力に気付かれる恐れがある。

 

若葉達も以前のバーテックスの侵攻の際に見られている。気付かれないとは言い切れない。

 

 

「貴方は、何故戦うのですか?」

 

「……今、言うべき事か?」

 

「えぇ。互いの信念を聞けば、もしかすると分かり合えるかと思いまして」

 

「……無理だろうな、そりゃ」

 

 

綾乃の“呪詛返し”の為に“巫女”の力が要る。ではその為に死んで下さい、とは通じないだろう。

 

此方の言葉にそうですか……、と少し寂しげに返しつつ、では、と続ける。

 

 

「私の事を話しますね。あ、戦闘は続けますよ」

 

「結構マイペースだな」

 

「私には一人の弟が居ます」

 

 

言葉の語調とは裏腹に、嵐の様な長刀捌きがモミジへと降りかかる。

避けて、打ち払い、躱しながらモミジは“巫女”の猛攻の中次の手段を探す。

 

 

「あの悪夢の様な“天災”を乗り越えたある日、弟は“天恐”を発症しました」

 

「大社、そして病院と方々を尽くしましたが、治る手立てがありません」

 

 

ガキリ、と壁にあった槍で長刀を受け止めるが武器の質量は向こうが上、じりじりとモミジが押し込まれていく。

 

 

「ですがそんな時、あの方からお話を受けました。此方の要望を聞くのであれば、お前の弟の病を治してやろうと」

 

「そんな詐欺みたいな話に乗ったってのか……っ」

 

「詐欺でも何でも。あの子が元気に過ごせるのなら私はっ!」

 

 

槍が折れる。押し込まれた刃を危機一髪躱し、棍の精製を試みるが強襲され失敗に終わる。

 

さっきからこれだ。此方の情報を流した奴は、モミジの戦闘法(バトルスタイル)を熟知しているらしい。

 

 

「させませんよ。貴方の神力を通した武器は、私の“神具”を超えると聞いてますから」

 

「……そいつは、誰に?」

 

「秘密です!」

 

 

振るわれる長刀。一つ、二つと洞窟の壁に斬撃の傷が走るが、意に介さない様に此方へと迫る。

 

普通崩落等を考えると思うのだが、それは頭には無いのだろうか。

 

 

「私の御役目は、ここで貴方を倒し大社の“巫女”、国土綾乃を捕らえ“天の神”への贄とすること」

 

 

その言葉に、以前力を奪った“巫女”の事を思い出す。

 

アイツも確か、“巫女”を殺すと言ってなかっただろうか?

 

 

「綾乃を……、“巫女”を狙う理由は何故だ?」

 

「さぁ、そこまでは。私はそれの報酬として、弟の病を治して貰うだけですから」

 

 

“巫女”の目に、覚悟が宿る。

 

このまま俺を殺し、隙を見て綾乃を探しだし殺すのだろうか。

 

今日ここで出会ったのも、何処からか流れた今回の慰安旅行の件を聞きつけ、好機と見たに違いない。

 

そしてそれは、他の全ての“天の神”側の派閥が把握している情報でもある。

 

 

「……させねぇ」

 

 

――人殺し

 

ずきりと、胸が痛む。

 

 

「そんなこと、させてたまるかよ」

 

 

覚悟を決めろ。

 

このままでは全てにおいて(モミジ)(天津神)の後手に回る。

 

情報、武力、その全てを網羅しなければ綾乃を守る事などは出来やしない。

 

 

覚悟を決めろ。

 

世界全てを敵に回しても、綾乃を守り抜くと。

 

 

「さて、そろそろ終わりにしましょうか」

 

 

油断なく此方を見据える“巫女”。

 

対するモミジに残されたのは、先程応戦し割り箸の様に中程から折られた槍のみ。

 

 

 

覚悟を決めろ。

 

その為には――

 

 

 

「っ?!」

 

 

モミジが足元の何かを“巫女”へと蹴り飛ばす。

 

不意を突かれた攻撃ではあったが、間一髪その飛来物を長刀で打ち払い、その正体を見る。

 

それは、折れた槍の穂先であった。

 

 

なる程、イタチの最後っ屁というやつか。と“巫女”はそれを見送り、モミジへと視線を戻す。

 

もう武器は無いはず、次の一撃で終わりにする。と見た所で、

 

 

 

――その為にはまず、武器を()れ。

 

 

 

モミジの手に、在るはずのない“棍”が確かに握られていた。

 

 

 

ゴキャ、という何かが砕ける音が鳴り響く。

 

少し遅れて聞こえるのは、“棍”によってぐしゃぐしゃに打ち砕かれた手を押さえ悲痛な叫びを上げる“巫女”の姿。

 

 

出てくるのは何故、という疑問。

 

大神紅葉が植物を操り棍を精製するのは知っていた。

 

だが、一から棍を作る時間は与えていない――

 

そこで思い出す、モミジが先程蹴り飛ばした槍の穂先、そして柄の部分。

 

 

「まさか、槍から棍を……?」

 

「あぁ、そのまさかだよ」

 

 

棍を振るい、“巫女”の武器である長刀を打ち払い明後日の方向へと飛ばされる。

 

もう扱う事が出来ない手であったが、それを見て“巫女”は戦意喪失気味に笑う。

 

 

勝敗は、確かに決した。

 

 

力を奪うべく“巫女”へと歩き出したモミジだが、最期に良いですか?という“巫女”の言葉に止まる。

 

 

「何だ?」

 

「いえ、ちょっとした老婆心というか……私まだ10代ですけどね」

 

 

脂汗を流しながらテへと笑う“巫女”、だが直ぐに真面目な顔に戻り言う。

 

 

「貴方の決断は間違いではないと思います。貴方も私も、互いに守りたいモノの為に戦い、そして決着がついた。ですから……」

 

 

す、とモミジに指を差し苦笑いを浮かべて言う。

 

 

「そんなに、辛そうな顔をしないで良いんですよ?」

 

 

“巫女”の言葉に、思わず顔へと手を当てる。

 

濡れていた。それが涙だと気付くまで、少し時間が掛かった。

 

 

さて、と辛そうに息をする“巫女”が凜とした姿勢に座り直す。

 

抵抗する為ではない、死に際で見苦しくない様にだというのは、直ぐに分かった。

 

 

 

「“次”出会うなら、友達になりたいですねぇ」

 

 

棍を握り締め、“巫女”へと一歩踏みしめる。

 

 

「出会い方が悪かったですから。ドラマチックな出会いを所望しますね、神様」

 

 

神力をギリギリまで込める。痛みを感じる間もない様に、一撃で絶命させる為に。

 

 

「……あぁ、最後に――」

 

 

モミジは、ゆっくりとその棍を振り上げ、

 

 

「――あの子をもう一度抱っこしたかったなぁ」

 

 

“巫女”へと、確かに振り下ろした。

 

 

 

 

月明かりが照らす、海辺の洞窟から一人の少年がゆらりと出てきた。

 

足取りは重い。鉛の荷物を背負っているかの様なその足取りは、まるで幽鬼のそれだ。

 

 

「御役目ご苦労様です、大神さ――」

 

 

御役目完了と理解し声を掛けた神官の言葉が、そこで途切れる。

 

ゆらりと此方に向けられた碧金の瞳に見つめられただけで、心臓を握られた感覚に陥った為に。

 

 

「……次の“巫女”の場所を、分かり次第即教えろ」

 

「かしこ、まりました」

 

「……寝る。後始末は頼む」

 

 

崩れ落ちた神官を、別の神官が支える。

 

そんな様子をチラリと見ただけで、また重い足取りで元来た道を歩き、旅館へと足を進める。

 

ざあざあと、生い茂る草花が風に吹かれて揺らめいていた。

 

 

――モミジの通る道だけ、草花は枯れ、朽ちていた。





洞窟に侵入したときの顔を剝いだやつは女郎蜘蛛の糸で作った物です(念の為)

モミジの穢れ、8割程度なう。


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残されたモノ

風邪を引きました。辛い。


ふと、目を開けた。

 

見慣れない空間、だがそれがこの世の何処でもないことはすぐに分かる。

 

一面黒に近い灰色の、何もないだだっ広い世界。

何処か、自分と同じヒトガタのあの少女(いもうと)に連れて行かれた世界に似ているな、と他人事の様にぼぅと考えていた。

 

 

大地の様な踏みしめる場所はない。ふよふよとした感覚を楽しんでいると、聞き覚えのある笑い声が聞こえた。

 

その声の方を見れば、ニタニタと嗤う灰色の鬼(オオタケマル)

 

 

『随分とまぁ身体を穢れに侵されてるなぁ、主様よぉ?』

 

「お前まだ神樹に取り込まれてなかったんだな。意外としぶとい事で」

 

 

馬鹿にしたように嗤う“鬼”に皮肉で返せば、うるせぇ!と怒って反応する。

 

以前、バーテックスの四国侵攻の際に身体に降ろしたのだが、どうやらこの“鬼”との相性がぶっちぎりで良いらしく、こうして俺の身体に寄生しているらしい。

 

身体の半分以上が“神”と昇華している今となっては以前とは違い特に害は無いのだがなるほど、こうして余裕有る態度を取ってくる辺り隙を見て俺の身体を乗っ取ろうと画策しているのだろう。

 

 

それほどにモミジの身体が、“穢れ”に侵蝕されているという事だ。

 

 

「それを言うために来たのか。案外暇なんだな」

 

『精霊に暇もクソもあるか。お前も他の“勇者”共も、ちと平和ボケしてんじゃねーかと思ってな』

 

「……どういう意味だ」

 

 

因みにこうして会話するのは初めてではない。たまにだがこうして夢に出てくるのだ。

 

その度に軽く弄って遊んでいるのだが、今回は違うらしい。

 

この“鬼”にしては珍しい、真面目な雰囲気を纏っていた。

 

 

『アイツだ、あのくそ野郎が直ぐ近くに居る』

 

 

苦虫をかみつぶしたような大嶽丸(おおたけまる)。そんな様子を見て、モミジは直ぐに合点が行った。

 

 

「アイツって、もしかして神遣(シンシ)の事か?」

 

『おう。お前と匂いがよく似てるからはっきりとは言えなかったが、この気配は確かに奴だ』

 

「何処に居る」

 

 

ずい、と近付いて聞けば、大嶽丸はモミジから離れる。見れば、引き気味に顔をしかめて此方を見ていた。

 

 

『殺気が洩れてるぞ』

 

「あ、すまん」

 

 

どうやら無意識の内に神威を放っていたらしい。心を静め、続けろとハンドサインを出せば大嶽丸はこほんと言い。

 

 

『お前達や大社とやらの連中が気付かないのも無理がない。伊達に数百年生きてねぇ程の事はある』

 

「前置きは良いんだよ、さっさと言え」

 

 

勿体ぶる大嶽丸に僅かな苛立ちを感じていると、まぁ待てよと鬼は嗤う。

 

 

『昔から言うわな、“木を隠すなら森の中”、“灯台下暗し”ってな』

 

 

――神職に就く者は今の大社にとって貴重な存在だ。故に一般人とは違い、役所ではなく大社にて戸籍などを保護され手厚い待遇を受ける。

 

祝詞や神事をこなせる者が、穏便に事を進めるため出来るだけ目立たず行動するにはどうすれば良いだろうか。

 

簡単だ。()()()()()()()()()()()()の中でひっそりと暮らせば良い。

 

 

「……まさか」

 

『そう、そのまさかさ』

 

 

モミジの驚愕する顔を見て、イタズラが上手く行った子供の様に大嶽丸は笑顔を浮かべ嗤う。

 

 

『アイツの気配は、大社から確かに感じた』

 

 

モミジの心臓が、どくりと跳ねた。

 

 

 

 

「……あの男がか?」

 

「はい。誰が、とまでははっきりとしませんが、確かに感じたと」

 

「根拠はあるのかい?」

 

「俺の“御役目”、“勇者”とそのお付きの“巫女”の動向、それら全ての情報が筒抜けである以上信憑性はあります」

 

「…………ふむ」

 

 

モミジの言葉に、国土和人(こくどかずひと)は顎に手を当て、うーむと天井を見上げる。

 

あーでもないこーでもないと思考を走らせ、答えが出なかったのかはぁとため息を吐いてモミジを見る。

 

こういう所、綾乃に似てるよなぁと思う。血筋なのだろうか。

 

 

「どう思う?」

 

「どう、とは?」

 

 

質問に答えられずそのまま返せば、和人はつるつるに剃り上げた頭をぺちりと叩きながら、

 

 

「あの男、初代大神が四国に侵入してくる理由だ」

 

「“天の神信仰”の布石の為とは考えられませんか?」

 

 

天の神、つまりは“天津神”への信仰を増やし、尚且つ大社転覆を狙うのであれば十二分に考えられる理由だ。

 

モミジの言葉に、だがと和人は言う。

 

 

「大社を、四国を潰したいのならあの化け物(バーテックス)共を継続的にけしかければ良いだろう?事実、四国は一時的に大打撃を受けた」

 

「“勇者”は強い。奴等だけでは効果が薄いと考えた」

 

「なら休む暇を与えなければ良い。“勇者”も人だ。朝昼夜、時間を問わずバラバラに侵攻すれば、万全な体勢は取れず瓦解する」

 

「それもしない。つまりは、今は動かないのではなく動けない……」

 

 

ふと出た結論に、和人が追求する。

 

 

「何か知ってるのかい、モミジ君」

 

「以前の侵攻の際、初代大神と思わしき異形を撃破しました。その際に向こうのヒトガタ……、つまりは、俺の妹が確か」

 

 

――お父さんの身体を治すのに、あのうじ虫を一杯使わなきゃならないのに

 

 

モミジの言葉に、和人の目が細くなる。

 

 

「うじ虫というのは、あの化け物(バーテックス)の事で良いのかい?」

 

「はい。奴等は“天津神”が遣わした存在。同族食いにはなるのでしょうが、エネルギーその物を喰らい充填するという点では便利な物と思います」

 

 

モミジの言葉になるほど、と納得が行くように頷く。何処か当てはまる点があったのだろうか。

 

 

「確かに、古来の神話等でも身体を治すために自身の信徒や子を喰らう神も居るという。それも有り得ない事ではないからね」

 

 

和人の言葉にそれを想像し、うへぇと思わずため息が出る。もし俺の場合はどうなるのだろうか、“棍”や野菜を作ってバリバリと戴くだろうか。

 

うん、絵的にはまだ大丈夫そうだ。

 

 

さて、と和人はよっこらせと立ち上がる。部屋の壁側に設置した木製の戸棚を開けながら、

 

 

「時間はあるかい?綾乃も知らない、ちょっとした特別な茶葉が有るんだ。飲んでいかないか?」

 

「へぇ、特別な茶葉ですか?」

 

 

あぁ、と急須に茶筒を傾けながら言う。貼られたラベルはかなり古そうで、どうやら大事に飲んでいるらしい。

 

 

「姉、モミジ君のお母さんが好きだった茶葉でね。静岡で作られる特別な茶葉だから、あまり量がないんだ」

 

 

こぽこぽとお湯が注がれる。上がる湯気と同時に漂う香りに、なるほど普段飲む物とは違う物だと感じる。

 

カチャリと急須の蓋を閉め、続いて茶菓子を用意するのか何処だったかと部屋を出て行った。

 

厚意に有り難く甘えようと、座っている座椅子に深く腰掛ける。ふぅ、と大きく息を吸って吐いた。

 

 

綾乃の“呪い”も、同時に俺の“穢れ”もかなり進行している。綾乃は何でもないように振る舞っているが、身体には大きな負担が掛かっているのだろう。

最近の食事の量がかなり減っているのがその証拠だ。

 

ぐずぐずしては居られない。早く“天の神”へのパスを手に入れ、“呪い返し”を実行しなければ。

 

 

「お待たせ、悪かったね」

 

 

開いた襖の向こうで、和人が茶菓子を二人分手に立っていた。羊羹だろうか、中に栗などが入っている。美味しそうだ。

 

さぁ、食べようと湯呑みに茶を注ぎ目の前へ差し出される。どうぞと言われるまで待って、ゆっくりと口を付けた。

 

 

「……美味しい」

 

「だろう?後味がすっきりしていてね、苦味がそう無いのが好きだと言っていたよ」

 

「はい。僕もそう思います」

 

 

茶葉の風味、そして後味。そのどれもがくどくもなくすっきりとした風味を感じる。

 

そんなモミジの様子を見て、和人は満足そうに微笑んでいた。

 

残りも、と湯呑みを手に取ろうとしたとき、ポケットのスマホが震える。和人に断りを入れて画面を見れば、それはひなたからだった。

 

 

「もしもし。どうした何が――」

 

『モミジさん?!すみません、私がついて居ながら……』

 

 

電話越しに聞こえるひなたの周囲の喧噪。どう聞いてもただ事ではないその状況に、ざわりと総毛立つ。

 

 

『梓ちゃんが、“予知夢”の影響で昏睡状態になってしまって……っ』

 

 

ひなたのその言葉に、モミジは直ぐさま部屋を飛び出した。

 

 

 

 

和人に簡単に謝罪と状況説明をし、大社の廊下を走り抜ける。

 

梓やひなた達“巫女”が修行している場所は知っている。“眼”で見れば、行こうとしている場所に確かにひなたと梓の反応を感じた。

 

 

「紅葉様?!この先は男子禁制ですよ?!」

 

「知ってるよ!!」

 

 

男子禁制の場を走り回るモミジに、ぎょっとした顔で年輩の“巫女”が声を上げる。

 

半ば投げやりな返答をしながら、それでも足を止める事無く廊下を走り回る。

 

 

ようやく一つの部屋へとたどり着いた。襖越しに見れば、他にも水都らしき反応と他の“巫女”の反応がある。

 

 

「梓はどんな感じだ」

 

「モミジさん!」

「モミジ君?!」

 

「え、ちょ、此処男子禁制じゃなかったっけ?」

 

 

ひなたは安堵の表情を、水都は何で此処にと驚愕の表情を浮かべた。説明してくれてないのか。

 

もう一人居た“巫女”の言葉に何て返そうと悩んだが、その真ん中に敷かれた布団で寝る梓を見て即座に吹き飛ぶ。

 

 

「反応は全く無しか?」

 

「はい。ごめんなさい、私がちゃんと見ていれば……」

 

「ひなた達のせいじゃない。“力”のコントロールが上手く行っていると信じていた俺にも責任はある」

 

 

恐らく、見た“予知夢”の内容にショックを受けたか、その情報量がコントロール出来ず受けきれなかったかだ。

 

ひなた達“巫女”もよくある事で、神託は“神樹”がその情報量を調整してくれるが、“予知夢”はそうは行かない。

 

 

苦しそうな顔の梓の額に手を乗せる。……酷く混乱している、寝ながらにして正気を保っていない状態だ。

 

本来なら場所を移して行わなければならないのだろうが、そうは言っていられない状態だ。

 

 

ふぅ、と息を吐きゆっくりと神力を練り上げる。

 

流石に“巫女”なだけはある。

もう一人の“巫女”も含め全員が反応を示したのを見て、モミジは笑って言う。

 

 

「ちょっと、梓を迎えに行ってくる」

 

 

練り上げた神力を、梓の中へと流し込んだ。

 

 

 

 

死んじゃう。

 

 

諏訪での事を思い出す。

 

私だけを逃がそうと、身体を張って犠牲になった両親を。

 

 

死んじゃう。

 

 

それだけは嫌だ。もうそれは嫌なのだ。周りの親しい人に死んでほしくない。その為に、その危機を察知する為に私は修行をしているのに、“力”がほしいのに。

 

 

黒い気配を感じる。怖い。でも、今の自分には何の抵抗も出来ない。

 

迫る気配にぎゅっと目を閉じれば、その前に暖かい何かが自分を抱き上げてくれた。

 

 

『帰るぞ、梓』

 

 

短い声だったが、聞き慣れたその声と共に梓の意識は浮上する。

 

 

 

 

「――ふぅ」

 

 

モミジが安堵の息と共に、疲れた様に姿勢を崩す。それと同時に昏睡状態だった梓がパチリと目を覚ました。

 

 

「梓ちゃん!!」

「良かったよ、目を覚ましたんだね!」

 

 

ひなたと水都が梓へと抱きつく。ぎゅうぎゅうになりつつも、今の現状に気付いたのか梓の目に涙が溜まっていく。

 

 

「……アンタ凄いね。神様みたいな気配を感じたけど、何をしたの?」

 

 

大丈夫そうだなと梓の泣き声を聞きながら、此方も安堵の息を吐いてもう一人の“巫女”が聞いてくる。

 

(ヒトガタ)の事は話さない方が良いだろう。そうだな、と顎に手を当て考える。

 

 

「神様の一柱と仲良しでな。“力”をお借りしたのさ」

 

「……何か、“勇者”連中の周りってぶっ飛んでるのね。球子といい、杏といい」

 

「二人を知ってるのか?」

 

「同郷ですから。あ、遅れたけど私は安芸真鈴(あきますず)。よろしくね、大神紅葉君」

 

 

握手を求められ、しっかりと返す。モミジの名前を知っているのことに驚いたが、有名人ですから、という返しになるほどと苦笑いする。

 

恐らくだが悪目立ちの方であろう。

 

 

真鈴との話が終わった所で、不意に軽い感覚が背中から感じる。見れば、梓が背中に張り付いていた。

 

どうした?と聞けば行っちゃやだとの事。どういう意味だ。

 

 

「その……。モミジさんか、その近くの誰かが亡くなる“予知夢”を見たそうで」

 

「断片的にしか見てないそうなんです。ショックで自分から切り離したのかも……」

 

 

そのせいでコントロールが乱れたのか。と納得する。

 

 

梓を正面で抱き直しつつ、ゆっくりと背中を擦って落ち着かせる。落ち着いたのを確認してから、ゆっくりと話し掛ける。

 

 

「それは俺が死ぬ夢だったのか?」

 

 

モミジの言葉にちょっと、とひなたが焦った様に言うが大丈夫だとアイコンタクトで返す。

 

 

「……ううん。私が見たときにはまだ」

 

「途中で見るの止めたからか?」

 

モミジの言葉に、ぎゅっと胸元に顔を埋めながら梓が言う。

 

「うん。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

どくりと、モミジの心臓が強く跳ねた。

 

 

 

 

「ふむ。淹れ直した方が良さそうだな」

 

 

神官の一人から詳しい事情を聞いて、仕方ないと和人は一人ごちる。

 

“力”の制御は難しい物だ。特に望月梓は綾乃と同じ貴重な特殊な“巫女”の一人。まだ小さい事もあり、制御は完全ではないのだろう。

 

取り敢えず無事だという事が分かって安心した。何よりだ。

 

 

手を付けていない羊羹にラップを掛け、戸棚へと戻しておく。その際にばさりと書類が落ちたのを見てしまったと纏めていく。

 

一枚の書類で目が止まった。初代大神らしき異形のデータ。モミジは撃破したと言っていたが、あの男がそれで死ぬとは考えられない。

 

まぁ、今はまだ焦る時ではないと気持ちを切り替える。そろそろ日暮れだろうか、日が傾き赤に近い橙色の日が差し込んだ所で。

 

 

「……ふぅ、冷めているが。この茶はやはり美味いな」

 

 

そんな、声が聞こえた。

 

 

 

 

気付くのが遅かった。

 

 

あの男が大社に潜入する理由を。その目的を。

 

“勇者”や俺と戦うには戦力が足りない。だが此方に、綾乃や俺にダメージを加えるのならどうすれば良いのかを。

 

 

側に立つ神官が息を飲む。

 

誰もが踏み込まないその部屋へ、血生臭い臭いが漂うその部屋へと足を踏み入れる。

 

 

“呪い”はその者が精神的に堕落した時に、大きく効果が発動するものが多い。

 

ならば、その者の身内を狙うのは考えられる理由の一つだった。

 

 

「……おじさん」

 

 

綾乃の残された血の繋がった唯一の身内が、

 

国土和人が、殺されていた。

 

 



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仲間だろ

個人的にシリアスです!(深夜テンション)




「和人さんが、死んだ」

 

 

何を言ってるのか分からなかった。

 

モミジと一緒に居るひなちゃんが、もう少し言い方を……!とモミジへ言っているが、そんなことはどうでも良い。

 

 

「何で死んだの?病気だったって訳?」

 

「大社の部署内で……。その、何者かに殺害されたようで」

 

「何で……?叔父さんは何か恨みを買うような事をしたの?!」

 

「違う、そんな事は有り得ない!落ち着いてくれ、綾乃!」

 

 

身体から力が抜ける。足元からかくりと崩れ、いつの間にか床に膝をついていた。

 

身体が辛い。ぜぇぜぇと音を立てないと呼吸が出来ない。苦しい。

 

 

「――!!」

「――?!」

 

 

モミジが肩を掴んで揺さぶりながら何かを叫んでいる。ひなちゃんも一緒に。

 

だけどきぃきぃという金切り音が鼓膜に響いていて何も分からない。

 

 

ひなちゃんの身体が不意に驚いた様に跳ねる。その視線は、私の身体。

 

その視線を辿って、身体へと目を向ける。

 

視線を向けられた胸元には、禍々しい程の威圧を放つ呪印があって。

 

 

「――あ」

 

 

一斉に、脈打つ様に全身へと呪印が広まった。

 

 

 

 

大社。神霊医療機関、その最奥地。

 

 

祝詞が書き込まれた札や型代等、人為的に神域を作り出した結界内にて、綾乃は病人の様にベッドで横たわっていた。

 

僅かに見える腕からは、たくさんの点滴によるチューブが見える。

 

その一つ一つ、その全てで綾乃の命を何とか保っている状態なのだという。

 

 

大神紅葉。お前が引き起こした事態だ。

 

 

「なぁ、教えてくれよ。モミジ」

 

 

待合室のガラスから、そんな綾乃の様子を眺めながら球子がギリ、と歯を食いしばりながら言う。

 

 

「何で黙ってた?!何かあったら相談しろって言ってたのはお前だろ?!」

 

「……悪かった」

 

「っ!お前ぇ!」

 

 

この後に及んで何かを隠している様子のモミジに、球子が胸ぐらを掴み怒鳴りつける。

 

そんな球子へ待ったを掛けたのは若葉だった。

 

 

「待ってくれ、球子!」

 

「離せよ、綾乃があんな状態になっちゃってるんだぞ?!」

 

「怒りは分かる。だが落ち着いて、私達からの話も聞いてほしい」

 

 

若葉の言葉に、冷静さを取り戻した球子が息を荒げたままだが動きが止まる。

 

無言。だが様々な葛藤が混じった視線を球子と若葉が交わしていると、他の面々が割って入る。

 

 

「ほら、タマちゃん……」

「タマっち先輩、話を聞こう?」

 

 

「……モミジ君、大丈夫?」

「ほら、座って下さい」

 

 

皆からの制止と仲裁に、球子はどかりと長椅子に尻をついた。

 

胸ぐらを掴まれ荒れた服を簡単に整えながら、ひなたはモミジの耳元で小さく囁く。

 

 

()()。和人さんの遺品とその書類から、分かっています」

 

 

その言葉にどきりとすると同時に、バレてしまったのかとモミジの中で諦めに近い納得が行った。

 

 

――もう、隠し通す事は出来ない。

 

 

 

 

「――じゃあ、何か」

 

 

説明を終えた中、球子が頭をわしわしと手で搔きながら言う。

 

 

「モミジは生まれつき敵側の人間で、神様の力を持ってるからタマ達みたいな“勇者”に近い力を持ってて――」

 

 

ちらりと綾乃の方へ視線を向けながら、

 

 

「綾乃に掛けられたって“呪い”を解くために、敵の“巫女”を殺してたって訳か」

 

 

何処か無感情な、何時も快活な彼女にはない淡泊とも冷淡とも言える雰囲気に、若葉とひなたが慌ててフォローに入る。

 

 

「“呪い”の事は、口伝するとその相手にも“呪い”が移る可能性が高い物だったんだ」

 

「神代の“呪い(まじない)”には、そんな高い効力を秘めた“呪い”は実際にあります。モミジさんは、決して自己満足で行動していた訳では――」

 

 

「でもさぁ!」

 

 

二人の弁明を断ち切る様に上げた球子の怒声に言葉が止まる。

 

時が止まった様に静まり返る空間の中で、球子の言葉はそれでも聞こえた。

 

 

「殺したんだろ、人を」

 

 

息を呑む音が聞こえる。誰もが口を挟めない様なそんな空気の中、モミジはあぁと口を開いた。

 

 

「殺したよ」

 

「――っ!!」

 

 

モミジが言い終わると同時に、球子は鋭くモミジへと踏み込んでいた。

普段の訓練でもこんなに速く動いてるのは見たことない、とは後に伊予島杏が発した言葉だ。

 

球子の少女らしい小さな握り拳が、訓練によって固く握られモミジへと叩き込まれる。

 

走ったその勢いで殴りつけた拳は、踏ん張る気の無かったモミジを長椅子から転がり落とした。

 

 

ぶっ飛んだモミジへつかつかと近寄り、マウントを取って尚も殴る。

 

殴り慣れてない彼女の拳は、直ぐにベロベロと皮が剥けていた。

 

 

「球子っ!」

「殴ったらダメだよ?!」

 

「離せよっ!」

 

 

事の当初は呆気に取られていた他の面々が、無抵抗で殴られるモミジに危機感を抱いたか正気に戻り球子を羽交い締めする。

 

だが、怒りによる火事場の馬鹿力かそれを直ぐに振りほどくと今度は胸ぐらを掴み、

 

 

「お前が隠し事をしてるとか、敵の親玉と繋がっててモヤモヤしてるとか、取り返しのつかない事をしてしまったとか、タマはどうでも良いんだ!!」

 

 

いや、悪い事だけども!とヤケクソ気味に怒鳴り散らす。

 

けどなぁ、と掴んだ胸ぐらを自身に引き寄せ、目と目を合わせるように顔を向き合わせると、

 

 

「お前のその死んじまった目は何なんだよ!!人を殺して、そこまでして綾乃を助けるって決めたんだろ!」

 

「――」

 

「なら、何時ものお前らしく振る舞えよ!自信満々で、お節介で、それでも絶対に皆で笑顔で居たいっていう、お前そのもので!!」

 

 

瞳に涙を溜めながら言う彼女の言葉に、その瞳越しに映る自分の顔を認識する。

 

 

覇気の無い、死んだ様な目。

 

 

……生きてんのか、こいつ?

 

 

いいや、きっと死んでる。この大神紅葉(いまのおれ)は、死んでいる

 

 

俺らしい振る舞い。

 

思えば、家族の様に思える若葉とひなたに嘘を吐ける様になってから、俺は俺でなかったのかもしれない。

 

あの日から、俺は何処か歪んだままなのだ。

 

 

「――確かに、“あの日”以降のモミジ君はおかしかったけど、まさかそんな事に巻き込まれていたとはね」

 

 

千景が球子の肩にそっと手を置いて、宥める様に手を離させる。

 

モミジの手を取り、両手で包み込む様に握り締める。冷たさを感じていた手が、じんわりと暖かくなった。

 

 

「それについて文句を言うなら、私はそれでも言ってほしかったわ。たとえ、“呪い”が伝播するとしても」

 

「……何で」

 

「友達だからよ。……昔、私が独りだった時に、モミジ君が手を引っ張ってくれたでしょ?」

 

 

普段の彼女が浮かべる事のない、柔らかな笑みを浮かべて、

 

 

「モミジ君は独りじゃない。ううん、独りにさせない」

 

 

 

 

――貴方の決断は間違いではないと思います。貴方も私も、互いに守りたいモノの為に戦い、そして決着がついた。ですから……

 

 

前に殺した、俺とは違い本物の覚悟を決めていた“巫女”の言葉を思い出した。

 

 

――そんなに、辛そうな顔をしないで良いんですよ?

 

 

あの“巫女”は、こんな俺の顔を見ていたのだろうか。穢れ、坂道を転がる様に堕ちていくであろう俺に、それでも態々声を掛けてくれたのだろうか。

 

 

「今回のモミジさんの行動は、はっきり言って論外です」

 

「杏……」

 

「行動に困ったら相談して下さい。これでも、“勇者”チームの参謀役ですから」

 

 

少しだけ緩んだ空気を察知したのか、杏が声を上げる。

 

杏の言葉に突き動かされたのか、友奈がはいはーい、と手を上げて言う。

 

 

「なら私も手を貸すよっ!」

 

「友奈がぁ?何をどうするって?」

 

「取り敢えず、悪い人ならぶっ飛ばしちゃえば良いよね!」

 

「おい、コイツさっきタマに殴るのはダメとか言ってなかったか」

 

 

友奈の主張に球子が訝しげに眉をひそめ、方法を聞いて呆れ顔に変わる。

 

先ほどまでの張り詰めた空気は何処へやら、ガラリと変わった空気の中で、ひなたが微笑んで言う。

 

 

「私も、及ばずながら手助けさせて下さい。……もう、待ってるだけじゃ嫌なんです」

 

「モミジ、私もだ。余計な事をと思うかもしれんが、首を突っ込ませてくれ」

 

 

「……でも、お前らまで綾乃みたいになっちまったら」

 

 

未だ最後まで納得出来ないモミジに、なーにと若葉が胸を叩いて言う。

 

 

「その時は直接敵の親玉まで突っ込んで行って斬るまでだ、安心しろ」

 

「……若葉だとホントにやりかねないのが恐ろしいよな。ていうか、若葉みたいなマウンテンが胸を張ると悲しいだけだゾ」

 

「なっ……、球子には言われたくないぞ?!」

 

 

顔を赤らめた若葉が、球子へと怒鳴る。

自身のと球子のを交互に見比べながら喧嘩しているのを見て、これってどんぐりの――と言いかける友奈の口を、千景が慌てて塞ぐ。

 

 

そんな皆の騒がしい様子に、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。

 

 

そんなモミジを見て、球子がにひひと笑う。

 

 

「やーっと普段のモミジに戻ったな。手間掛けさせやがって」

 

「タマっち先輩、そんな言い方しないの。立てますか?」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

差し出された手を握り、立ち上がる。殴られたダメージからか少しふらつきを感じていると、ひなたが服に付いた埃を払いながら言う。

 

 

「では早速、綾乃さんを救うための作戦を練りましょう。大丈夫、きっと何とかなりますよ」

 

 

ひなたの言葉に、例え気休めだとしてもそれで良いと思えた。

 

綾乃の“呪い”を解くには時間はない。だが、今の俺は独りではない。

 

 

“仲間”が居るのだ。

 

 

不意に鼻から何かがつぅと垂れた。視界の端で落ちていく赤いそれは、直ぐに鼻血だと理解できる。

 

あぁ、ひなたからティッシュを貰わないとな、と床に落ちていく鼻血を見れば、

 

 

ピタリと、空中で止まっていた。

 

 

異変に最初に気付いたのは若葉か、弾かれた様にある方向へと顔を向ける。

 

 

――それは、人類の敵(バーテックス)が出入りする瀬戸大橋の方向。

 

 

「……来るぞっ!」

 

 

若葉の言葉を裏付ける様に、スマホから樹海化警報が鳴り響いた。





個人的な話、前の薙刀(なぎなた)使ってた巫女さんは弥勒蓮華として出すつもりでした。
ゆゆゆいでキャラの姿が公表され、慌てて敵役に……。勇猛果敢に薙刀振り回す、武勇が多めのお嬢様にするつもりでしたが(´・ω・`)

この先の展開でもしかしたらオリキャラ続投で出るかもしれないんで、気長にお付き合いお願いしますm(_ _)m


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流れ星

会社の近くの某チェーン店で皆で出前を取るんですが(夜勤時)、その時に
「あ、もしもしー」
「〇〇様ですね。何時もご注文ありがとうございます。ご注文内容どうぞ^^」

「かしこまりました。それではお弁当出来上がり次第、其方にお届けに上がりますね^^」


名前を言わずとも認知されてる&住所も認知されてる(会社のだけども)っていう状況に、何だか乾いた笑いが出た今日この頃。




 

 

――もう後がない。

 

国土の“巫女”を確保し、計画を確実なる物にせねば、(大神)は終わる。

 

 

最奥にてそびえる神樹を忌々しく睨みながら神遣(シンシ)、初代大神はその眉間に皺を寄せる。

 

大社の“一部の巫女”を取り込み、使う計画は失敗。保険にとそのまま潜んではいたが、あのガキ(大神紅葉)の権能で居場所が完全にバレてしまった。

 

国土の“巫女”に掛けられた天照の“呪い”は発動した。そう時間は掛からず死ぬだろう。

 

問題は亡骸をどう回収するかだ。

 

 

「準備できた」

 

「そうか」

 

 

神遣の傍らへ、その娘である少女が音もなく現れる。

見開いた眼は、朱が混じる金の輝きを瞳に灯していた。

 

 

行くよ。という少女の言葉に従う様に、バーテックスの群れがわらわらと追従する。

 

その中には、融合体とは別のバーテックスも混じっていた。

 

 

「そいつが例のか」

 

「うん。まだ“魂”が入ってないから、十分な力は出せないけど……」

 

 

まぁ、と四国を眺めながら、

 

 

「神格を持った“魂”なら、一つ宛てがあるしね」

 

 

殺意が籠もった剣呑な雰囲気の眼へと変わる。少女の殺意と共に湧き上がる神威に後押しされる様に、周囲のバーテックスは津波の如く一纏めに飛翔。四国へ向けて進軍する。

 

宙をその白い身体で、無数に染め上げる様に、

 

 

それは正しく、星屑の様であった。

 

 

 

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

 

歌野の鞭が唸る。繰り出された鞭が、意志を持ったかの様に浮遊するバーテックスを次々に撃ち落としていく。

 

その隙間を埋めて攻めてくる敵を、杏が手にした“金弓箭(ボウガン)”で、更には球子が“神屋楯比売(旋刃盤)”を振るい油断なく撃破する。

 

 

第一波を抑え、次を迎える僅かな時間に球子はふぅと息を吐いた。

 

 

「多いな……。こりゃあ奴さん、相当な準備をしてきてると見た」

 

「だろうね。恐らく、モミジさんの妹さん……だっけ?あの娘が関与してると思うよ」

 

「中々にハードだわー。此方の嫌な所を突いてくる感じ、私嫌いよ!」

 

 

前線を見れば、他の“勇者”がバーテックスを次々に撃破していっているのが見える。だが、数が多すぎるのだ。

 

 

「モミジさんが簡単なバリケードを作ってくれたから助かってますが、無ければ突破されてますね……」

 

「何故か“巫女”がまーた動ける状態だからなぁ。最初に聞いてた話と違うゾ」

 

 

ちらりと視線を送った先は、堅牢な印象を持たせる分厚い木々で出来たドーム型の中。

 

その中で戦闘能力を持たない“巫女”三人が、身を潜める手筈になっている。

 

 

現在の彼女たちは、そこを起点とした二、三重の防衛ラインを引きながらの防衛戦を徹底していた。

 

 

「バーテックスも、あれがある限り入り口から入るしかないものね。そこをディーフェンスするのが、私達のお役目!」

 

 

群れからはぐれた数体が迫る。鞭を振って難無く消滅させた歌野に杏がお見事、と称賛を送るが、肝心の歌野は渋い顔をしていた。

 

 

「どーしたんだよ歌野。杏の褒美じゃ満足出来ないってか?」

 

「あぁ、そうじゃないの……。何か、今回の“奴等”は何か違和感を感じて」

 

「違和感?」

 

 

歌野の言葉に、杏が聞き返す。

 

歌野は直感的な発言をすることが多いが、それはどれも的外れな事ばかりではない。

 

発言の正否はどうであれ、策を練る事が仕事である杏からすれば少しでも情報が欲しいところであった。

 

 

「言葉に表し辛いんだけど……、そうね。今までの“奴等”とは思わない方が良いと思うわ」

 

 

スマホを操作し、簡単なメッセージとして音声データを前線の皆へと送信する。

 

間違いかも、と焦る歌野に杏は大丈夫と頷いて返した。

 

 

「この中で戦闘の経験が長いのは歌野さんですから。少しでも不意を突かれる可能性を下げるため、気になった事は直ぐにでもお願いします!」

 

 

前線から此方へと洩れたバーテックスを目視で確認し、ボウガンの矢をリロードする。

 

 

狙いを定め、引き金を引いた。

 

 

 

 

“生大刀”でバーテックスを切り裂いた。これで何匹目だろうか。

 

 

「杏から伝言だ!バーテックスの能力未知数、侮る無かれ!」

 

「「「了解!」」」

 

 

若葉の号令に、他の各々から声が上がる。

 

モミジが作った誘導用のバリケードに沿うように侵入してきたバーテックスを、次々に撃破していく。

 

 

「能力未知数……。なるほどな、確かに少々違和感を感じると思ったが、これだったか」

 

 

言葉の後で、地響きの轟音と共に土煙が高く上がる。見ればモミジが手にした棍で融合体を叩き潰した所だった。凄まじい威力だ。

 

 

「確かに堅ぇな。融合体も更に段違いになってる」

 

「モミジ! あまり無茶は――」

 

 

言ってる途中で、横合いからバーテックスが体当たり狙いか勢いよく突っ込んで来る。

 

まずい、と思った瞬間、空を切ってバーテックスにぶち当たったのはモミジが手にしていた棍だった。

 

壁に押しピンで縫い止めるが如く、串刺しにしたまま樹海の一部へとバーテックス諸共突き刺さる。

 

 

「無茶はしてねぇよ。お前達“勇者”の力も、“精霊”の力も知ってる」

 

「なら……っ!」

 

「だからこそ、限界までは使わないでほしい」

 

 

モミジの言葉が、一点を差したまま止まる。同時にその視線を追った各々が、息を飲んだ。

 

 

あの少女が居た。

 

モミジと血の繋がりがある、あの少女が。

 

 

――顔の半分程が爛れ、ケロイド状になったその表情と、爛々と輝く吊り上がった朱金の瞳はまるで般若の様で、

 

 

「……俺も、今回は最初から全力で行かなきゃならないからな」

 

 

モミジは、そんな少女を冷静に見つめていた。

 

 

 

 

「よぉ、元気そうだな。あのクソ野郎も一緒か?」

 

「元気に見える?私、お兄ちゃんのせいで死にかけたんだけど」

 

「こっちもダメージ負ったし、四国に甚大な災害も出てんだから、それでノーカンにしようぜ」

 

 

会話を続けながら、神力を練り上げる。“神花”はとうに解放。衣はまだ纏わない。狙うは――

 

 

「そんなの、私に関係ない」

 

「まずい。皆、直ぐに逃げ――」

 

 

突き出された手から、バチバチと赤雷が迸る。

その技を見た、一度受けた経験のある若葉が、急いで退避の号令を掛ける。

 

 

――速攻だ。

 

 

「えっ」

 

 

そんな言葉が誰から出たのか、少女はその一瞬の事に驚きから目を見開く。

少年、大神紅葉が瞬きの内に少女へと距離を詰めていたからだ。

 

 

武道にある歩方の一つ。縮地。

 

直立したまま倒れる様に体勢を崩さず、相手に自身と並行にあると錯覚させ距離を詰める歩方。

 

動作の起こりの後、練り上げた神力を使い少女の懐まで滑り込むかの様に瞬時に近付いたのだ。

 

 

慌てて少女が照準を此方へと定める。

赤雷が此方へと向くが、踏み込んだその勢いのまま、神力を拳に送り込みながらクロスカウンター気味に少女の顔面へと叩き込む。

 

バキャァ、と竹を割ったかの様な音をさせて、少女がきりもみ回転をしながら吹き飛んだ。

 

 

「ここを頼むぞ、お前ら」

 

「あ、あぁ……」

 

 

突然の事に言葉が出ないままで若葉が頷く。

 

まだ僅かに呆けたままの千景、友奈、若葉の三人にモミジが苦笑いしながら言う。

 

 

「おいおい、頼むぜ?アイツら倒しても四国が無くなってたら帰れねーからな」

 

「……ふふっ。任せろ、モミジ。帰ったら皆からの説教が待ってるからな」

 

「…………」

 

「おい。逃げようとか考えるなよ」

 

 

あ、やべ。と真顔になったモミジへ、若葉はジト目気味にツッコミを入れる。

 

分かってる。と言いつつ神衣を展開したモミジが口を開いた。

 

 

「そんじゃ、兄妹喧嘩に行ってくる」

 

 

そう言い残したモミジに、アイツらしいなと若葉は笑った。

 

 

 

 

「おい、この程度で寝るようなタマじゃないだろ。さっさと起きろ」

 

 

若葉達から離れて、少女が吹き飛んだ場所まで到着する。吹き飛び倒れた姿勢のまま、少女はピクリともしなかった。

 

モミジの声を受けて、指先に反応を示す。クスクス、という笑い声と共にゆっくりと上体を起こすと、ニタリと笑みを浮かべて言う。

 

 

「プレゼントは受け取って貰えた?」

 

「……何が?」

 

「何がって……もぅ」

 

 

態とらしくため息を吐いて、

 

 

「あのつるつる頭の人のこと。きれーに殺してたでしょう?」

 

「…………」

 

 

言葉に詰まったのを図星と思ったのか、少女が嗤う。

 

 

「残念だったよねぇ。こっちの神様に“呪詛返し”を仕掛けようとしてたんだって?発想は良かったけど、それじゃあちょっと弱いよぉ」

 

「おいおい。キャラ変わってんぞ、良い感じに“穢れ”をキメてるなぁ、うん?」

 

「お互い様でしょ? こっちもギリギリなの、さっさとアンタの魂回収しなきゃ――」

 

 

そこまで言って、おっと、と口に手を当てる。

 

 

「いや、バレてるぞ。言いたいこと」

 

「あ、やっぱり?」

 

 

てへ、と笑う少女。……何だろうか、何だか嫌な胸騒ぎを感じた。

 

兎に角早く決着を付けるべきだ。棍を手元に精製し、軽く振って構える。

 

少女はゆらりと立ち上がると、着用している羽衣から溶け出す様に現れた長剣を一振りして構える。

 

 

十拳剣(とつかのつるぎ)。残念ながら神具の類ではないけど、切れ味は抜群だよ?」

 

「上等。さっさと終わらせる!」

 

 

少女へと踏み込み、棍を振り上げる。それを長剣でいなし、流し、受け止められる。

 

そこで、僅かな違和感を感じた。

 

 

「……どうした、前とは違って大人しいじゃないか。お淑やかに目覚めたか?」

 

「前とは違うんだよー。お淑やかって……()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

防御に徹底的に専念されては、此方の攻撃も中々通らない。

 

 

少女は、ニヤニヤと嗤っていた。

 

 

 

 

外で、戦ってる音が聞こえる。

 

 

「――――」

 

 

目の前で、何か神秘的な力を感じる繭の様な物に包まれた綾乃を、梓はただ眺めていた。

 

 

――今日からよろしくね。同じ変わった“異能”持ち同士、頑張ろう!

 

――困った事があったら言えよ、何でも力になってやるから。

 

 

――君が、望月梓くんだね。綾乃から話は聞いている。これから、よろしく頼むよ

 

――和人おじさん、女の子に“くん”はないよ“くん”はー

 

 

私は、()ていた。

 

 

鮮血に染まる夕暮れの部屋。

 

その中で倒れ伏す、和人とモミジ。

 

 

ちゃんと、予知し()ていたのだ。

 

 

――和人さんが、死んだ。

 

――何で……?叔父さんは何か恨みを買うような事をしたの?!

 

 

私がちゃんとしていれば。

 

 

私がちゃんと強くあれば。

 

 

思い出すだけでも腹が立つ。

 

弱い自分。

 

モミジに縋り付いて泣いていた自分を、もう何度蹴り飛ばしたか分からない。

 

 

――良いんだ。仕方ないさ。

 

 

暗い目をして無理に笑いかけてくれたモミジに、何度謝ったかも分からない。

 

 

――綾乃?! しっかりしろ!!

 

 

嫌だ。もう嫌だ。

 

 

もう、親しい人が死ぬのはもう嫌だ。

 

 

 

 

「っち……。中々に数が減らないな……!」

 

 

何時まで経っても減らない敵に、思わず舌打ちが出る。友奈、千景の二人も疲労が溜まって来たのか、息が切れているのが見えた。

 

後衛の歌野達との連絡は小まめに交わしてある。此方が疲弊した今、交代し僅かにでも身体を休めるのが得策だろうか。

 

 

とりあえずの敵の波が治まり、次の波が来るまでの僅かながら余裕が出来る。

 

下がるか?とアイコンタクトを二人に送れば、同意の返事が返ってきた為によしとスマホを操作する。

 

連絡を取ろうとした所で、杏から電話が入る。丁度良いタイミングだ。

 

電話に出ようと耳に当てると、視界の端で何かが動いているのを感じた。

 

よく見ると、遠くの方で歌野が大きく手を振りながら何かを叫んでいる。

 

 

何々、“に”、“げ”、“て”――

 

 

~~

 

 

くそっ、やる気あるのか、コイツ!

 

 

少女と交戦を始めて、もう一時間近くになるだろうか。

 

若葉達から離れた所から、更に離れた場所まで来てしまった。最初は米粒程度に見えていた姿も、今では全く見ることが出来ない。

 

 

未だに少女への決定打は一度も入らない。それどころか攻撃すらも入らない。向こうが防戦一方だからだ。

 

 

別に此方の攻めが激しく、反撃の暇を与えない。という訳ではない。

 

此方がどれだけ攻撃しても、向こうは淡々と交わし、いなし、流すだけなのだ。

 

 

「こっちの体力が尽きるの狙ってんのか? なら無意味だぞ、それは」

 

「うん?それはそうだろうね。“勇者”も数が居るから中々攻めきれないだろうし」

 

「……そこまで分かってて、じゃあ何がしたいんだ?お前……」

 

 

モミジの訝しげな目に、少女は笑って宙を示す。

 

少女へと注意を切らすことなく見れば、そこには黒い幕に白を散りばめた、ロマンチックに言えば――

 

 

――宇宙に広がる星屑の様に、“無数”の数え切れないくらいのバーテックスが居た。

 

 

どくりと、嫌な予感がする。

 

 

幾ら無数に居ても、俺は問題ない。神力は尽きない限り、四国の結界内ではほぼ無敵だ。

 

 

そう、()()

 

 

少女が、ニタリと嗤い腕を振り上げる。

 

それはまるで、楽団の指揮者のようだった。

 

 

まさか……。

 

 

「くそっ、距離が?!」

 

「させないよ!!“降り注げ”!」

 

 

ターンして、若葉達の元へと駆け付けようとするがそこで少女から攻撃が入る。

 

これまでにない重さの攻撃に、モミジはいなすことが出来ずに地面へと叩き付けられた。

 

間髪入れずに入る攻撃に、棍で受け止めてつばぜり合いになるが体勢から直ぐに不利な状況へと追いやられる。

 

 

「ぅぐ……、テメェ……っ!」

 

「大丈夫だよ。直ぐに“勇者”共の後を追わせてあげるからさぁ!!」

 

 

ギリギリと押し込まれる長剣。目の前の危機もそうであるが、向こうの無事も確かめなければならない。

 

だが、この状況では若葉達の元へ駆け付ける事も出来ない。

 

“神花”の力は互角。スピードもパワーも互角。

 

向こうの援護にも迎えず、その隙さえも作れない。

 

 

万事休す。

 

 

宙から流れ星の如く離れた一点へと星屑が降り注ぐのを見ながら、モミジはだだどうすることも出来ないでいた。

 

 

 



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窮地の中で

わーい、お休みだーい。

職場で謎の体調不良が蔓延。急遽学級閉鎖ならぬ部署閉鎖となりました。

手洗いうがい大事やね。


勝って兜の緒を締めよ、という言葉が一番この状況に合っている言葉だろうか。

 

 

「……前衛が大分体力を消費しているみたいですね。そろそろ交代を視野に入れましょう」

 

 

ボウガンの矢をリロードしながら、前衛の様子を見る。“勇者”の力によって常人より格段に引き上げられた視力には、疲弊の色が見える若葉達の姿があった。

 

 

「そうだな。向こうもまだまだ数が居るから、早い内に余力を作らないと」

 

「そうね!」

 

 

同意するように球子と歌野が返答をする。その言葉に頼り甲斐を感じつつ、ふと疑問が浮かぶ。

 

 

敵は何故、総攻撃を掛けてこないのか。と。

 

 

数に限りがあるのなら、こうした波の様な波状的な攻めも理解できる。疲弊するまでの人海戦術は、向こうの専売特許の様な物だ。

 

歌野が若葉との引き継ぎの為、一足先に交代へと向かう。

 

その後ろ姿を見送りながら、ふと遙か上空に目が行った。

 

 

まるで宙に浮かぶ、星屑の群れ。

 

小さな頃に絵本で読んだ、天之川を思い出す。

 

 

――もし、私が向こうの陣営ならば、どう戦うだろうか。

 

 

その無数にも近い敵の姿を見据えながら、頭の中で戦略を練る。

 

一つは今回の様な波状的な人海戦術。疲弊するまで待ち、どうしようもなくなった所で追い打ちを掛ける。

 

だが、それはあくまで“異常”な戦力(イレギュラー)が居ない場合の話だ。

 

 

――モミジさんをどうするか。まともにやり合った所で、勝てる保障はない。ならば――

 

 

そこではっ、と気付く。

 

最悪の想定。

 

だがそれは、自分達にはかなり効果的な戦術であると。

 

 

「タマっち先輩、モミジさんは今何処?」

 

「うん、モミジぃ?……えーと、かなり遠くまで行ってるなぁ。まだ長引いてるのか?」

 

 

球子がほい、と見せてくれたGPSのアプリには、自分達と見比べてかなり遠くまで離れているモミジの位置情報が表示されていた。

 

 

もし私が向こうの陣営ならば、狙うは“異常”な戦力(イレギュラー)が居ないこの状況。

 

 

青ざめた顔で、もう一度宙を見上げる。ふよふよと遙か上空を飛んでいたバーテックスが、いつの間にかその動きを止めていた。

 

 

――ゆっくりと、目と目が合った。

 

 

「タマっち先輩、急いで防御の準備!」

 

 

最早危険本能と言うほどに早い指示と指捌きで、球子への指示と端末を操作し近場の歌野へと退避のメッセージを送る。

 

届いた瞬間何かに気付いたのか、歌野が更にスピードを上げた事に感謝をしつつ、続いて若葉へと通話を繋げる。……出ない、何をしているんだ。

 

 

「杏? 急にどうしたんだよ」

 

「良いから早く――」

 

 

杏の急な変わり様に、何かしらの異常事態というのは察した球子が、指示通りに旋刃盤をがしゃりと構えながら言う。

 

しかしその時、ガチガチ、という最早聞き慣れた不快な歯音が、確かに球子にも聞こえた。

 

 

「――バーテックスが降ってくる!!」

 

 

その光景に、三年前の“天災”の日を思い出す。

 

 

“死”が、彼女たちを目掛けて降ってきた。

 

 

 

 

一番最初に反応したのは、友奈だった。

 

何気なく、本当に何気なく上を見上げていた彼女は、そこに漂うバーテックス達の変容に眉をひそめていた。

 

奴等が此方を見ている。いや、あれは見ているとは言っても、

 

 

「……狙われてる?」

 

 

思ったことをそのまま口にしたその瞬間。バーテックス達が波打つ様に動き出す。

 

文字通り雨の様に、身を投げ打って此方へと特攻を仕掛けて来たのだ。

 

 

「アイツらが降ってくるよおおお?!」

 

「えっ」

「なっ?!」

 

 

拳で迎え撃てば良いのでは、と若干所か結構な所まで若葉と同じ脳筋思想に染まっている彼女は考えたが、目の前で地面へと轟音と土煙を立てて墜落したバーテックスを見て即座に諦める。

 

あれは無理だ。重すぎる。

 

ふと以前テレビで見たお相撲さんを思い出すが、あれよりも重いだろう物体が遙か上空から勢いを付けて降ってくるのだ。死ぬ、良くて腕がもげるだろう。

 

ならば避けるしかない。と回避に専念するが、あれだけ無数に居た、それも一体一体が肉団子の様な物がほぼ隙間無く絶えず降り続けるのだ。

 

積み上がったバーテックスの壁に阻まれ、そこに合わせる様に降ってきた一体を見ながら、最期に思い出すのがテトリスかぁ、と苦笑いをした所で声が届く。

 

 

「降りろ――“源義経”」

 

 

居合いの型を取りながら若葉が縦横無尽に高速移動をする。

 

源義経――かつて舟から舟へ、8艘跳びをし、敵将の舟まで辿り着くという逸話を残した武人。

 

その逸話を元に形取ったかの精霊は、バーテックスという肉団子は足の踏み場で充分だと若葉へその高速移動で証明する。

 

 

――天駆ける武人(源義経)。その軌跡は、何者にも邪魔することは出来はしない。

 

 

何時もの勇者服とは違い、首へと巻かれるマフラーや纏った外套が若葉が移動するに従い風に靡く。

 

友奈へと迫る一体を難無く切り捨てれば、高速移動で使用した足場のバーテックスも切り裂かれ消滅する。

 

 

「大丈夫か、友奈」

 

「若葉ちゃん! 助かったよー!」

 

 

無事を確認し、残る千景と近くに来ていた歌野の安否確認へと若葉は飛び立つ。

 

その後ろ姿を見送ると友奈はよーしと気合いを入れ直し、まだ此方へと飛来するバーテックスを見据えながらスマホを操作する。

 

 

怖がってても、何も始まらない。

 

拳で受けて砕けるなら、直接受けなければ良い――!!

 

 

「来て――“一目連”!!」

 

 

友奈の呼応に対し、即座に友奈の身体に暴風にも似た逆巻く風が展開される。

 

友奈の神具である“天の逆手(籠手)”を更にガードするように覆うそれは、友奈の咆哮と共に(ごぅ)と唸りを上げる。

 

 

猛スピードで飛来するバーテックス目掛け拳を叩き付けるが、拮抗は一瞬。当然の様に吹き飛んだのはバーテックスの方であった。

 

それもその筈、続けて空へ打ち出された拳から、見えないながら何かが撃ち出される。

 

それが別のバーテックスへと当たった瞬間、きりもみ回転をしつつ吹き飛んだ。

 

 

暴風を具現化する精霊、一目連。

 

 

それを降ろした今の高嶋友奈の拳からは、小型ながらもハリケーン程の威力を持つ暴風を撃ち出している。

 

 

「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!」

 

 

彼女の得意とする武術。その拳は加速を繰り返し、不利と思われた現状を崩す切欠となる。

 

壁の如くそびえ立っていたバーテックスの山が、彼女が拳を振るう度に吹き飛ぶように消えていく。

 

 

「――千回ぃ、勇者ぁ、パーーンチッ!!」

 

 

暴風の中で撃ち抜かれ、引きちぎれ、次々に消滅するバーテックス。大分片付いたな、と一つ息を吐いた所で、その傍らに音を立ててバーテックスが墜落した。

 

 

「わぁ?! キリが無いよ!」

 

「高嶋さん、こっちに!」

 

 

白いフード付きの羽織を纏った千景が、友奈を横合いから連れ出す。

 

向かう先はモミジが作ったドーム型のシェルター。彼処ならば安全だろう。

 

 

「っ、危ないっ!」

 

「え」

 

 

疲弊からか、数瞬気が抜けた友奈は、飛来するバーテックスに気付くのが遅れた。

 

ギリギリで気付いた千景が、友奈を投げ飛ばし安全な位置へと移動させる。

 

 

――その場に残っていた千景は、ぐちゃりという音と共に呆気なく潰された。

 

 

「――ぐんちゃん!!! っ、退いてよ!!」

 

 

直ぐさま墜落したバーテックスを消滅させる。その下に下敷きにされていた千景は……。ぼんっ、という音を立てて煙と共に消えた。

 

あれ?と呆けた顔をする友奈の近くに、すたりと降り立ったのは先程目の前で潰された親友。

 

自分の事を本気で心配してくれた友奈に、気恥ずかしさから少しだけ頬を紅潮させつつも千景は口を開く。

 

 

「私の精霊、“七人御先(しちにんみさき)”よ。今の私は、七人全員を一辺に殺されない限り死なないわ」

 

「……おー、分身の術?じゃぱにーず・しのび?」

 

「ふふっ、ニンジャ・スレイヤーかしらね」

 

 

音も無く集合した他の六人の千景が、それぞれがコクリと頷くと一斉に飛び出す。

 

触れる物を皆分け隔て無く切り裂く大鎌、大葉刈(オオハカリ)を振るい、目的地までのルートを自力でこじ開けて行く。

 

 

「ぐんちゃん、若葉ちゃんは?!」

 

「乃木さんなら近くに来ていた白鳥さんの援護に向かったわ。バラバラにならず、今はモミジ君の作ったシェルターに固まる事にしてるの」

 

 

千景の言葉に、友奈から反対はなかった。

 

敵が狙ってるのは、こうしてバラバラに引き剥がしての各個撃破。ならば今は比較的安全な場所に集合をし、互いにカバーしながら今この状況を乗り越えるしかない。

 

 

「モミジ君、大丈夫かな……」

 

 

モミジが飛んでいった方向を見ながら、友奈は心配そうに呟いた。

 

 

 

棍が十拳剣(とつかのつるぎ)との接地面から、じりじりと押し込まれるのが目で見えた。

 

切れ味抜群と言っていたが、なるほど確かに、これは“神花”している身でもまともに斬られればひとたまりもないだろう。

 

 

「どうしたの? “勇者”よりも先にお兄ちゃんが逝きそうだねぇ……っ!」

 

「な、めるなよぉぉぉ……っ!!」

 

 

互いが使用する武器もそうだが、それを振るう腕からもミシミシと音が聞こえる。どれ程の力で振るっているのか、

 

――そんなにも俺を、殺したいのか。

 

だが殺される訳にはいかない。綾乃も“呪い”で倒れている、あの流れ星の様に降り注ぐバーテックスを受けて、若葉達“勇者”も無事で済むわけがない。

 

――無茶をせずに勝てる相手じゃあない。

 

互いに鍔迫り合っていた武具を、ぐいと横にずらす。胴体への直撃は避けたが、力が弱まった事で切断された棍を通過し、そのまま首に刃が食い込んだ。

 

 

薄皮一枚とかいうレベルではない。ガッツリ刺さっている。

 

喉元ではないにしろ頸動脈付近にまで刺さった事に、痛みや動揺を圧し殺しながら次の手段に移る。

 

 

「もしかして諦めちゃった? ならこのまま、首を切り落として――」

 

 

少女の言葉が途中で衝突音と共に消える。モミジの上でマウントを取る彼女を薙ぎ払う様に、太い幹が振り払ったからだ。

 

だくだくと流れる血を手で押さえつつ、吹き飛んだ少女を見ながら新しい棍を精製する。

 

 

痛てて、と頭を押さえながら起き上がった少女は、周囲を見つつそっかぁと納得行ったように言う。

 

 

「植物操るんだもんねぇ。ならこんなことも出来るか。前にはしてなかったからびっくりしたよ」

 

「前とは神力も段違いに上がったからな。他にも色々とあるぜ?」

 

「ははっ。殺せば関係ないよねぇっ!!」

 

 

振るわれる長剣。棍ではあまり保たないのは分かりきっているので、次の棍を用意しながら捌いていく。

 

 

――何でぇ、躊躇ってんのかい?

 

 

自身の奥底から声が聞こえる。大嶽丸(おおたけまる)だ。

 

うるせぇ、黙ってろと返せば此方を嘲笑う様にゲラゲラと嗤う。

 

 

――オレを使えば直ぐにカタがつくのによぉ。みしらぬ他人は殺せても、血の繋がった妹はダメってかぁ?

 

 

苛立たせる様な鬼の煽りを無視しつつ、嵐の様な猛攻をギリギリで対処しながらモミジは考える。

 

 

大嶽丸は使えない。“穢れ”が溜まっていない前でもギリギリだったんだ。今使えば、元に戻れる自信がない。

 

 

何より、この少女には俺自身(大神紅葉)の力で勝たなければ意味が無い。

 

 

神力を練り上げる。少女の持つ長剣に対抗するには、俺も俺自身の武器を使うしかない。

 

あの神具、“天叢雲(アマノムラクモ)”を。

 

 

諏訪神は俺自身の中で眠っていると言っていた。なら、取り出せる筈だ。

 

“天叢雲”を使用した時の感覚を思い出しながら、練り上げた神力を集中し虚空へと手をやり叫ぶ。

 

 

「“来い”!」

 

「っ!」

 

 

言葉と同時に虚空から生じた蒼白い光。それにモミジが行おうとしている事に気付いたのか、そうはさせまいと少女が血相を変えて此方へと踏み込む。

 

溢れる様に眩しいくらいに輝く蒼白い神浄の光が、その場を輝かしく染め上げる。

 

手に伝わる覚え在る柄の感覚に引き抜こうと力を込めて、

 

 

唐突に、弾ける様に搔き消えた。

 

 

「……え?」

 

「……はは」

 

 

呆気にとられるモミジ。そんなモミジの様子に、勝ち誇った様に少女はニタリと笑みを浮かべる。

 

 

「さぁ、もう打つ手はないの?」

 

 

空を切り裂く長剣を持つ天女が、モミジを両断せんと襲い掛かる。

 

 



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自分を示せ

うーむ、シリアス気味で会話多いかな。読みづらかったらすまぬ。

シリアス書きすぎて身体があっぱらぱーに飢えてるので、ギャグというか日常的な短編書こうと思います。

本編も同時進行で内容練りながら書くので、少々お待ちをm(_ _)m


思い返すのは、あのバーテックスの侵攻があった後の頃。

 

モミジに応えてくれた神具、“天叢雲(アマノムラクモ)”を自在に使えたら。というモミジの提案で諏訪神監修の元、神の持つ“狭間の世界”で修行を行っていた。

 

だが、幾ら神力を込めても一切の応答無し。左手で右手を押さえ、“唸れ俺の秘められた力!”と千景辺りが反応しそうな台詞を叫ぶが、当然の如く反応はなかった。

 

 

『お主の身体には在る。まだ目覚めてないだけじゃろう』

 

「でも、あの時には使えたろ?」

 

『馬鹿者。あれはワシの声に応え、仕方なしにお主に従ってただけじゃ』

 

 

呆れた様に言う諏訪神に、えぇ……と悲観にくれた声がモミジから洩れる。

 

 

「マジでか。来い!とか格好つけて言ってたけど、あれ俺を認めたんじゃなくて渋々かよ……」

 

『傑作じゃったぞ、草を通り越して樹海が出来るわい』

 

「ぶっ飛ばすぞジジィ」

 

 

いつの間にか棍を精製しやる気満々なモミジにさておき、と流しながら諏訪神は言う。

 

 

『“天叢雲”は、お主の事は認めておるよ。人類にとって変革のあったあの日、あの剣をお主が手にしたのが良い証拠じゃ』

 

「……でもさぁ」

 

『それに、お主の持つ“天津神の因子”。それに繋がる神を、ワシは二柱知っておる』

 

 

諏訪神の言葉にモミジの動きが止まる。え、マジで?

 

一つはあの少女が降ろしていた“天照大神”だろうが、もう一つあるのは知らなかった。

 

 

「え、誰。どんな神様?」

 

『それは言えん。お主が自分で辿り着くしかなかろうよ』

 

 

素っ気なく顔を背ける諏訪神にケチと言うが、それでも無視された。

 

だが、そこでふと気付く。あの少女、俺の妹は“天照大神”を降ろしていた。それは自分で辿り着き、認められ力を手中にしたという事だろうか。

 

 

『それは違うぞ』

 

 

モミジの考えを読み取ったのか、諏訪神が顔を険しくしながら言う。

 

 

『お主の父親……、大神家の初代当主じゃったか。其奴が行った外法が、あれを可能にしておっただけじゃよ』

 

「……ヒトガタの儀式の事か?」

 

『左様』

 

 

諏訪神が人差し指を立てると、そこに淡い光が灯り、空を走らせるとペンの様に光の跡が残っていた。何それ超便利、俺も出来るかな。

 

 

『通常ならば、霊を降霊させ力を受け継ぐ時には、その相手の霊に自分を認めさせなければならぬ。これが、今のお主の課題じゃ』

 

「え、俺の場合武器じゃないの?」

 

『武器も同様。あの神剣は持ち主に依存しておる。元の持ち主である神格が認めねば、武器も真にお主を(あるじ)と認めはせぬよ』

 

 

だから死ぬ気で頑張れ、とサムズアップと共に諏訪神が笑う。

 

その態度に腹が立つが、確かに言うとおりであろう。これは俺の問題であり、自分で乗り越えるべき試練だ。

 

 

『次に、あの少女の場合じゃ。これがタチが悪い』

 

 

諏訪神が指を走らせる。先程のモミジの例では壁が幾重にもあったが、少女の場合にはそれを一本線を走らせて神に直結させていた。

 

 

『全ての過程をすっ飛ばして、直接相手の神霊に強引に繋げておる。本来受けるべき試練も、何もかも無しにしてな』

 

 

諏訪神の説明を聞きながらふと気付く。

 

ヒトガタの儀式に必要なのは、文字通り人形(ヒトガタ)の人間。

 

欲もなく、悪意も善意も何も知らない。そんな存在ならば、“神”は罰する事も出来ないのだろう。

 

 

その者が手にしていない、自覚していない“本当の自分”を、裁く事など出来はしないのだから。

 

 

『だからこそ人形(ヒトガタ)はタチが悪い。自我を、罪を犯さぬ故に、我等神は介入すら出来ぬ』

 

「……それは、俺もなのか?」

 

 

モミジの問いに、諏訪神は否定するように首を振る。

 

 

『生まれは確かに人形(ヒトガタ)ではあるが、在り方が違う。名を持ち、自分というのを持っておる。だからこそワシはお主を試し、力を分け与えたのじゃから』

 

「なら、あの少女が自我を、確かな“自分”を手に入れれば、“天照大神”を剝がすことも可能なのか?」

 

『うむ。もしあの女子(おなご)がそうなれば、“天照大神”も直ぐさま剝がれるじゃろうな』

 

 

諏訪神の言葉に、少女への打開策はあると確信する。

 

問題は、少女が振るうあの天災の如き権能だ。

 

 

『降ろす相手()が悪かったのじゃろう。権能も上手く扱えていないように見えた』

 

「そうなのか? 結構ギリギリだったんだが……」

 

『真に“天照大神”が顕現したのであれば、今のお主程度では相手にもされん。以前諏訪でお主の“穢れ”を辿りワシの神域で強引に顔を出した事があったが、完全なる相手の領土でありながらあぁも自由に動いて居たのじゃ』

 

「マジでか……」

 

『それも、塵程度の力でじゃ』

 

「マジでか」

 

 

諏訪神の説明に、相手のデカさが想像も付かないレベルになる。

 

バーテックスを倒し世界を取り戻す以上一戦交える事もあるだろうなぁと考えていたが、流石に化け物ではないだろうか。

 

だが、退くわけにはいかない。何処かで腹を括る必要があるだろう。

 

 

『だが、お主の中の一柱はそれに遜色ない力を持つ存在でもある』

 

 

そんなモミジへと、諏訪神が神妙な顔をしつつ口を開く。

 

 

『教える事は出来ぬ。それはお主の妹と同じ紛い物の力しか手に入らぬからな。だから、お主が辿り着き、その一柱に覚悟を見せろ』

 

 

そうすれば、武器にも認められるじゃろうと締め括った諏訪神。

 

だが、僅かながら辟易とした雰囲気を言葉の端々や顔の表情から感じる。何故だろうか。

 

 

「一つだけ質問。その神ってじーさんの知り合いか何か? はっきり答えなくても良いからさ」

 

『……何故そう思う?』

 

「さっきから滅茶苦茶嫌そうな顔してるし」

 

 

モミジの指摘にえ、マジで?、と顔を押さえ、諦めた様にはぁと溜息を吐いた。

 

そうじゃな、その通りじゃ。と観念した様に言う諏訪神が、引き攣った笑みを浮かべ言う。

 

 

『はっきり言って、ワシそいつ嫌いじゃもん』

 

 

国津神の中で最高位の神格に入る諏訪大社の祭神、建御名方(タケミナカタ)は小さい子供の様に言い放つのだった。

 

 

 

 

時間は戻り、若葉達“勇者”チーム。

 

 

無事に巫女が控えているシェルターまで辿り着いた友奈と千景。時を同じくして辿り着いた歌野と若葉に無事を祝いつつ、目の前の現実に向き合う。

 

 

「はぁ……はぁ……っ! 勇者ぁ、ぱーんちぃぃ!!」

 

 

掛け声と共に友奈の拳から撃ち出された暴風が、巻き込む者を切り刻む鎌鼬となってバーテックスを飲み込む。

 

“精霊”の連続使用による疲労か、友奈は膝を付いて嘔吐いた。

 

 

尚も降り注ぐバーテックスから守るべく、友奈の異変に気付いた球子が即座に旋刃盤を構え飛び出す。

 

 

「タマに、任せタマえ!! 行くぞぉ!!」

 

 

通常の使い方とは違い、旋刃盤を巨大化させた後斜めに立てかける様に構える。

 

それにより広範囲に渡り防御を可能とした球子が、戦闘状態の他の面子に声を掛ける。

 

 

「ここからはしばらくタマと杏で護りきる! お前らは今のうちに休んでおけ!」

 

「“精霊”のダメージは軽くありません。休めるときに休んで、休養を摂って下さい」

 

「だが、この数が相手では……っ」

 

 

ドカドカと流れ星の如く降り注ぐバーテックスが、球子の構える旋刃盤にぶち当たる。球子も踏ん張って堪えてはいるが、山の如くバーテックスが積み上がっていく。

 

このままでは、数に圧倒され押し潰されるだけだ。

 

重さに耐えきれなくなったか、ぐらりと体勢が崩れた球子を庇うべく若葉が“生大刀”を抜き放つ。

 

 

だが球子を見れば、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「若葉。“タマに任せタマえ”って言ったろ?」

 

 

すぅ、と息を吸い込むと足に力を入れ踏ん張り直しながら球子は叫ぶ。

 

 

「燃やし尽くせ――“輪入道(わにゅうどう)”ぉぉぉぉ!!」

 

 

球子の声に応える様に、旋刃盤が回転し轟音と共に炎が巻き上がる。積み重なったバーテックスは一瞬にして火達磨になり、あっという間に燃え尽きた。

 

炎を纏う旋刃盤を元の大きさに縮小し、まだ襲来するバーテックスの群れ目掛けて投げつける。旋刃盤の軌跡をなぞるように、輪入道の炎が大気で残り火となって燃え続ける。

 

 

――見たら最期、対象を魅了する炎は溶かすように魂を冥府へと連れ去る不吉の象徴。

 

 

輪入道の残した炎に触れたバーテックスが、此方に着弾するまでに燃え尽きるのを見ながら球子は得意気に笑う。

 

 

「どーよ。これがタマの実力でぃ!」

 

「タマっち先輩。調子に乗らない!次が来るよ!」

 

 

直ぐに調子に乗り天狗となる球子に注意を促しながら、冷静にボウガンに矢をリロードし輪入道の炎を避けて襲来するバーテックスを見て杏も精霊を降ろす。

 

相手が人海戦術で此方の体力消耗を狙ってるのは分かる。だが、今は力の出し惜しみをしている場合ではない。

 

 

「っ寒?!」

「……雪が降ってる」

 

「これが、杏の“精霊”か……!」

 

 

吐く吐息が白く染まる。いきなりの冷気と寒さに友奈は思わず肩を抱いて飛び跳ね、千景はゆらりと降ってきた雪を興味深げに手で受け止める。

 

今居る環境を強引に染め上げる杏の“精霊”に、若葉は称賛と恐怖を感じた。

 

 

「殲滅を――“雪女郎(ゆきじょろう)”」

 

 

煙と見間違うような白い高密度の冷気が、杏を起点としてバーテックスの通り道に散布される。

 

凍らされようと、“勇者”の近くへ着弾すればダメージを与えられる。とでも考えたバーテックスが強引に突っ込んで来るが、そんな奴等を杏は冷静に観察していた。

 

 

冷気へと猛スピードで突っ込み、“精霊”を降ろしている杏を押し潰そうとバーテックスが突撃する。だが、その途中で急ブレーキを掛けたように突如減速し遂には杏へと辿り着くことなく止まってしまう。

 

 

「“氷”は、不純物が混じらず緻密な凝結を繰り返すと、その強度は鋼以上の硬度になると言います」

 

 

冷気の一部が晴れ、そこに現れたのは空気中で完璧に氷付けにされたバーテックスの大群であった。

 

そこへと杏が構えたボウガンを撃ち込むと、矢が刺さった場所から蜘蛛の巣状にヒビが広がり、やがて粉々に砕け散った。

 

 

――あらゆる物を凍らせる雪と冷気の具現化。また魅了した者を冥府へと誘う死の象徴。

 

 

彼女の冷気が支配する範囲ならば、恐らく私達の中で勝てる者は居ないだろうと若葉は苦笑いを浮かべる。

 

 

「前衛チームは休憩を。その間は私達で戦線を維持します!」

 

 

そう指示を飛ばした後で、杏は手をグーパーと握って取れぬ違和感を確かめる。

 

何時もの感覚とは違う、僅かな違和感。その明らかな“異常”は、精霊達のこの能力のせいだろうか。

 

 

精霊達の力が強くなっている。それも、明らかな異常な方面に。

 

結果として今は助かっているが、いつこの状態が崩れるとも言い切れない。

 

 

――だからもうそろそろ、バーテックスが品切れになってくれないかなぁ!!

 

 

最早祈りに近いお願いを、矢を撃ち出しながら杏はヤケクソ気味に考えていた。

 

 

 

 

「――へぇ。“勇者”達、案外保ってるんじゃん。やるねぇ」

 

 

場所は変わり、モミジと少女の戦線。

 

モミジの足止めという任を終えた少女は、後はバーテックスが“勇者”へ行っている上空からの爆撃奇襲を成功させた後、国土綾乃を回収するだけだった。

 

だが、“勇者”の抵抗が思いの外しつこく予定していた時間が徐々に迫っているのが現状となっている。

 

 

声音からは余裕そうに見えるが、内心は舌打ち混じりに焦っている所である。

 

 

「“勇者”の精霊……、なるほど。お兄ちゃんの権能で精霊が強化されてあるんだね」

 

「そうかよぉ!」

 

 

モミジの神力により、少女の周りの木々が形を変える。至る所から鞭の如くしなり少女へと攻撃するが、それを手にした長剣で豆腐でも斬るかの様にスパスパと軽く切り飛ばしていく。

 

続くは棍を手にしたモミジ、その振り下ろしを長剣でしっかりと受け止める。

 

最初の様に斬れず、切れ込みが僅かに入っただけの棍を見て頬を膨らませる。

 

 

「むぅ、堅すぎだよ。ずるしないで」

 

「お前の持ってるその剣こそずるなんだよなぁ」

 

 

まぁ、良いやとモミジは息を吐く。

 

話したいことがある、とモミジは続けて口を開いた。

 

 

「話したいことぉ? 今更命乞いとか、説教染みた事は要らないよ?」

 

「んなことじゃねーよ」

 

 

モミジはごそごそと神官服を漁り、一冊の古びた本を見つけ手に取ると少女へと放り投げる。

 

緩やかな放物線を描いたそれを受け止め手に取ると、それは“神造御記”と銘打たれた本だった。

 

それを見て、少女の顔が僅かに強張る。

 

 

「……これ、まさか」

 

「あぁ。初代大神……、いや」

 

 

俯きがちだった顔を上げ、真っ直ぐに少女へと向ける。

 

 

()()の親父の、全てが書かれた本だ」

 

 

――さぁ、ここからだ。

 

 

動揺を隠せず、狼狽えた様に本へ揺れた視線を向ける少女を見ながら、モミジは自身を鼓舞するかの様に拳を握った。

 

 

――此処での全てが、綾乃が助かるかどうかの決定打となるために。

 

 

 

 



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いもうと

疲れた。〇にそう。

確認はしてますが、おかしなこと書いてるかもしれません。


()が初めて産まれた時に感じたのは、哀れみと無関心だった。

 

 

身体の奥底から感じる気配。それを身体に宿し、世界を平定するのが私に課せられた御役目だと、お父さんから聞いた。

 

私は何も知らない。自分の名前も、血液型、生まれた誕生日……。およそ()というモノを形成する、立証するものは全て知らないままに産まれ、生きている。

 

 

ただ、神の遣いだと自称するこの男が自分のお父さんだというのは、確信は無いがそうだと言える。何故だろうか。

 

 

昔、そのお父さんの事をどんな人か、聞いたことがある。

 

その結果は、ただの拒絶だった。

 

 

『お前が知る必要はない』

 

「どうして?」

 

『私が人の“欲”に触れ、そうしてその“穢れ”を背負った人間だからだ』

 

「……どういう事?」

 

 

お前は知らなくて良い。という言葉の後に、私の知る中で一度だけ、たった一度だけ頭を撫でられて言われた。

 

 

『お前は私の成果であり、希望でもある。お前が今“欲”に触れ自我に目覚めれば、お前の中の“天照大神”がお前から離れようとするだろう。それは非常に困る』

 

「……そうなの?」

 

『あぁ。だから、お前に私の事を語るとするならば、それは今の人類を滅ぼしたその先――』

 

 

ゆっくりと、目線を空へと上げて、

 

 

『“真なる人間”が、産まれてからになるだろうな』

 

 

待ち遠しい人を見ているその目を見て、私もお父さんの目指すそれを見てみたいと、そう思った。

 

 

 

でも、許せないモノがある。

 

 

 

一つは国土の“巫女”。お父さんの計画を邪魔した、厄介者の一つ。

 

 

そして、もう一つは――

 

 

――人は終わらない。諦めない限り、何度でも立ち上がって歩いていける、手を取り合える!!

 

 

大神紅葉。私の双子の兄、らしい。

 

私と同じ、御役目を受けて産まれた人間(ヒトガタ)

 

名を付けられた事で、それは忘れてしまったらしい。それはまぁ、仕方ないと思う。

私も、たまに何をすれば良いか分からないことがあるから。

 

 

でも、

 

どうして人類(ゴミ)の味方をするの?

 

どうして同じ“神”を宿すのに、私達に敵対するの?

 

 

考えれば考える程に苛立つ。“穢れ”を溜めるだけ、抑えろとお父さんは言うが、全然治まらない。

 

 

そんな時に来た、四国への二度目の襲撃。

 

 

次こそ殺す。慈悲も、何もかも与えずアイツが築いてきた全てを犯して無に返してやる――。そう、思っていたのに。

 

 

目の前に放られた、一冊の古びた書物。

 

銘には、見慣れた文字で書かれた“神造御記”という文字。

 

 

()()の親父の、全てが書かれた本だ」

 

 

ぎゅっ、と身体の中の何かが締め付けられた気がした。

 

 

 

 

「お、父、さんの?」

 

「あぁ、初代大神家当主……。つまりは俺達の父親の事だ」

 

 

此方への注意を切らさず、だが手にした書物への興味も尽きないのか、少女の気配から強い困惑と動揺を感じる。

 

その反応を見て手応えを感じると同時に、この先の展開も考える。

 

あまり時間は掛けられない。

 

 

「自分が何のために動いているのか、分かってないんだろ? そこにはアイツの計画が全部載ってる。それを見て、今一度自分の行動を省みろよ」

 

「…………、私は、お父さんの為にお兄ちゃんと国土の“巫女”を」

 

「それを行う根本的な理由は何だ。綾乃の件にしても、薄々は分かってるんじゃないのか? ()()()()()()

 

「――!!」

 

 

そう、意味など無い。

 

綾乃の身体を触媒に“天照大神”との繋がりを保つと言っていたが、それは意味など持たない。

 

そもそもの“(えにし)”を持たないからだ。

 

俺の母親の場合は、初代大神との子を成したという血縁上の“縁”があり、それを利用して身体を乗っ取られた。

 

だが、子でもなく、血縁上の関係が他人に近い綾乃に対してそれは出来ない。不可能なのだ。

 

 

~~

 

 

『そもそもあの娘の家系、国土家は代々“国津神”を奉っていたからのぅ。その名の通り、“国土”に冠する家系じゃ』

 

 

神遣(シンシ)の計画を諏訪神に伝えた時、真っ先に返されたのがそれだった。少し考えて、確かにそうだと言える。

 

 

なら何故、綾乃を狙うのだろうか。

 

 

『……いや、まさかの』

 

「どうした?」

 

 

口に手を当て思案顔をする諏訪神へと問う。モミジに話し掛けられてはっとなったが、直ぐに話題を変えた。

 

 

『それよりヒトガタの娘の事じゃ。自我を持たせ、自分という形を持たせれば自ずと“天照大神”は身体から出てくる』

 

「……そうすると、どうなる?」

 

『そこからは賭けじゃ。暴れるとしてもそうは“力”は出せんだろうが、今のお主なら確実に即死する。良くてそのまま結界の外に逃げるくらいじゃろうな』

 

 

かっかっかと他人事の様に笑う諏訪神に苦笑いする。いや、暴れられたら俺ごと四国が吹っ飛ぶだろう。

 

だからこそ、と諏訪神は此方を見据えて、

 

 

『お主の中の神性、その神柱に認めさせるしかない。そうすれば同じ“天津神”同士、話し合って穏便に事が進むかもしれぬ』

 

「やっぱりそこか」

 

 

結局は俺次第という事だ。あれから俺の中の“神性”に問いかけようとはしているのだが、中々に反応が無い。

 

以前の俺の窮地時、やっと重い腰を上げたのが神具“天叢雲”の方だった。その神柱も同じく、中々に面倒な性格をしているらしい。

 

 

『人間は追い込まれてこそ本性が出るからの。案外そこまで待っておるのやもしれぬ』

 

「マジかよ。前の時は四国が吹っ飛ぶ寸前だったぞ」

 

『まぁ、他人事じゃろうしの』

 

 

頭が痛い。どんな神格を持った神かは分からないが、面倒な神だというのはよく分かった。

 

最悪の場合、一生話すこともないのかもしれない。

 

 

~~

 

 

「どうした、読まないのか?」

 

 

此方を気遣うような口調に、思わずカッとなって武器を振るう。

 

今は戦闘中だ。余計な感情なんて要らない。

 

 

だが、簡単に流された攻撃に身体の動きが悪いことに気付いた。

 

……ムシャクシャする。

 

 

「俺達の父親は、平安の頃から身体の代替を行いながら生き延びた、呪術師の家系だ」

 

 

私が読まないと思ったのか、お兄ちゃんは口頭で語る。聞いてはダメだ。油断を誘うだけだろう。

 

 

「俺やお前の身体に神を降ろす理由は不明だ。だが、それを自身の御役目と感じた出来事があったんだろうな」

 

 

やめろ。

 

それ以上、お父さんを語るな。

 

 

「俺達の母親の事も書いてある。お前にはそう記憶がないんだろ?読めよ。此処に書いてある」

 

「うるさいッ!!」

 

 

此方を見透かすような態度に腹が立つ。お腹の中がぐるぐると気持ち悪い。

 

何でこんなにも苛立つのか、何で聞いてはダメだと分かっているのに聞いてしまうのか。

 

身体と心がバラバラになっている。今の私は、どうしたいのだろう?

 

 

「お前自身が言ってただろう。“分からない”ってさ。なら、これを読めば答えが書いてある」

 

 

うるさい。うるさい。うるさい。うるさい――!!

 

苛立ちと共に武器を振り上げる。技術も何も無い。ただ力任せに振り上げて、目の前の障害物を吹き飛ばす為の力を込める。

 

 

――殺してやる。

 

 

「“赤雷よ――!!”」

 

 

バチバチと迸る様に赤雷が長剣へと纏う。あらゆる物を破壊する災禍の雷は、少女の感情に呼応するようにその姿を猛らせる。

 

 

――お父さんの、()の邪魔をする奴は皆殺してやる!

 

 

かの敵を滅ぼす災禍の雷を長剣に纏わせ、そのまま敵へと叩き込もうとした所で、

 

 

「――えっ?」

 

 

――赤雷が、長剣から解けるように搔き消えた。

 

 

 

 

少女の動きが止まる。

 

それは驚愕か、それとも現状の把握の為か。

 

今モミジから理解出来ることは、少女の“神”としての権能が剥奪されたという事だった。

 

 

ガクンと少女の身体が傾く、持っていた長剣、十拳剣(とつかのつるぎ)が音を立てて地面に転がる。

 

咄嗟に拾い上げようと少女が手を伸ばすが、まるで地面に縫い付けられた様に剣は動かない。

 

 

「何で……? どうして急にこんな……!」

 

「権能が剥がれた……?」

 

 

先程まで感じていた圧倒的な神威が欠片も無い。まだ多少の神力は感じるが、それも雀の涙程度だ。

 

周囲の気配を探る。幾つかのバーテックス等の反応はあるが、“天照大神”程の馬鹿げた神威の反応はない。

 

 

計画は、成功したのだ。

 

 

思わず笑みが浮かぶ。成功したのだ。後はこのまま、綾乃の所まで連れて行き、少女の魂を通して“天照大神”へと“呪い”を返すのみ。

 

一度は“天照大神”そのものと繋がっていた魂だ。まだ残りカスみたいな神力も残っている。成功する可能性は高い。

 

 

『何事だ……?!』

 

「あ……」

 

 

その場にへたり込んだ少女の元へ、一人の神官が姿を現した。見た目こそ大社の神官の格好をしているが、間違いない。神遣だ。

 

その傍らに人間型の不気味な異形が佇んでいる。まさかバーテックスとでもいうのだろうか。

 

少女の現状とそこから感じられる筈の神威が無くなったのを理解したのか、神遣の顔が驚愕と憤怒に染まる。

 

 

『貴様……、一体何をした?!』

 

「神様に元居た場所へと帰って貰っただけさ。後はお前だけだよ、お父さん?」

 

 

口に出して後悔する。お父さん等と、思ってもいないことは言うものではない。

 

育ての親ではあるが、俺にとっての父親は若葉の親父さんや爺さん、そして綾乃の伯父である和人おじさんだったのだ。

 

ここでコイツを討てば、綾乃の“呪い”を解く手掛かりの一つにもなるだろう。そして、和人おじさんの仇でもある。

 

 

コイツはここで仕留める――!

 

 

『……なるほどな。詰みか』

 

「だろうな。お前に俺が止められるならともかく、今はその子でも無理だぜ?」

 

『――そうか』

 

 

……何処か落ち着いた雰囲気の神遣に疑問を持つ。諦めた様には見えない。この程度で諦めるようなら、とうの昔にコイツの計画は終わっていた筈だ。

 

ならこの余裕は何だ。と考える所で、神遣が少女を抱き起こしながら言う。

 

 

~~

 

 

『お前も知っている通り、私の計画には絶対的な力が要るんだ。お前に降ろしていた、“天照大神”のような』

 

 

強引に“神”を降ろしていた反動か、身体が全く動かない。

 

そんな私を優しく抱きかかえながら、お父さんは続ける。

 

 

『お前の力と、奴の“魂”。その“魂”の神力を組み込むことで、バーテックスの力を更に昇華させる“御霊”が出来る』

 

 

……そう、それが最初の計画。

 

だが今は私から“天照大神”の権能が剥がされ、お兄ちゃんから“魂”を奪う方法が無くなった。

 

もう、終わりだ。

 

 

『私はな。ここで終わる訳にはいかないのだよ』

 

 

ぽつりと出た言葉。だが、強い決意を感じるものだった。

 

どうしたのだろう、と感じると同時に、背中から何かが刺さる感覚がする。

 

身体の中をうぞうぞと何かが動く。掴まれた感覚の後に、ブチブチと千切られる感覚が走り、急に来た咳きを出せば血がどばどばと吐き出た。

 

 

「お前、何を?!」

 

 

視界の端でお兄ちゃんが怒鳴る。動けない身体のまま放り出されると、お兄ちゃんが抱きかかえてくれたのが分かった。

 

お父さんは? と探せば、何かを持って立っていた。あれは、そう、見たことがある。

 

 

私の、心臓だった。

 

 

言葉が出ない。こひゅ、と掠れる様な呼吸しか出来ない。

 

私、ダメだったのかなぁ。もう一回で良いから、お話出来ないかなぁ。

 

私の身体を支えるお兄ちゃんのゴツゴツした手が、いつかのお父さんの手を思い出す。

 

 

――もう一度、頭を撫でて貰いたかった。

 

 

~~

 

 

「畜生ッ!!」

 

 

棍を振り上げ神遣へと振り下ろすが、すんでの所で避けられる。

 

少女の心臓は人型の異形へと取り込まれ、ムクムクとその形を変えていく。

 

 

『不完全だが“御霊”は成される。――天の遣いである星の御子よ、此処に来たれ』

 

「させるか!」

 

 

神力を最大まで練り上げ、棍を壊す勢いでそのまま異形へと叩き付ける。

 

轟音と衝撃波が起こり、手応えにモミジの頬が上がるが、土煙が晴れる毎に驚愕に染まる。

 

傷一つ無い、文字通り無傷だった。

 

 

『無駄だ』

 

 

神遣の声が聞こえる。

 

 

『今のお前の様な“仮初めの神の力”では、これには対抗出来んよ。これと同じ、本物の神の力でないとな』

 

 

異形は何時しか、形を取っていた。

 

先程よりも精巧な、人そのものの形を。

 

 

『……ふむ、やはり力が足りないか。十二星座の内の一つしか呼び出せないとは。だが、まぁ』

 

 

神遣が何か言っているが、モミジはそれどころではなかった。

 

少女の時とは違う、また別の威容。

 

神威はまだ小さい。だが、そこから感じる殺意や悪意が桁違いに高い。

 

近くに居るだけで危機感しか感じない。まるで何時爆発するか分からない爆弾が近くにあるみたいだった。

 

 

『さて、ではお手並み拝見といこうか。“レオ・バーテックス”』

 

 

神遣の言葉に、その名を呼ばれたバーテックスが反応する。

 

 

『手始めに、そこらのゴミを一掃しろ』

 

 

“レオ・バーテックス”

 

獅子王を冠する頂点の一角が、咆哮と共に牙を剥いた。

 

 

 

 

 

「――何だ?!」

 

 

降り注いでいたバーテックスの侵攻が止まり、一度体勢の立て直しを行っていた若葉が異変に気付く。

 

何か巨大な、嫌な圧力を感じる。先程までのあの少女のとは別の力に警戒していると、音を立てて何かが吹き飛んできた。

 

周辺の細い木々を薙ぎ倒し、巨木の幹にぶち当たって漸く止まったそれはモミジだった。綺麗な紅葉色に染まっていた神官服が、ボロボロな上に血で赤黒く染まっている。

 

よく見ると、モミジの双子の妹であるあの少女が、ぐったりとした様子で抱かれていた。

 

 

「モミジ、どうしたこれは、何があった?!」

 

「わ、かばか。早く、逃げろ……っ!!」

 

「何を――」

 

「乃木さんっ!!」

 

 

かなり消耗しているモミジから話を聞こうするが、千景の切迫した声に振り向く。

 

他の“勇者”の面々が緊張した面持ちで睨むそこには、ぱっと見人と大差ない姿のバーテックスが居た。

 

だが、明らかな異質はそこから感じる濃厚な殺意。

 

 

「……戦闘態勢。気を抜くなよ、気を抜けば、」

 

 

不動のままのバーテックスに、居合いの型で“生大刀”へと手を掛ける。

 

切り札に躊躇してはいられない。それを理解しているのか、前衛の友奈、千景、歌野も同様に、バーテックスから目を逸らさず精霊を降ろす準備をしている。

 

後衛の球子と杏は理解してくれたか、“巫女”を護るためじりじりとシェルターへと向かう。

 

 

「――死ぬぞ」

 

 

バーテックスが、動いた。

 

 

 

「来い――一目連(いちもくれん)!!」

 

「駆けろ――源義経(みなもとのよしつね)!!」

 

「刈り取れ――七人御先(しちにんみさき)!」

 

目覚めなさい(ウェイク・アップ)――(さとり)!」

 

 

四国を命運をかけた最終決戦が、今幕を開ける。




一応、強さの基準としては、

アマテラスいもうと=御霊入りレオ(今作)

神花モミジ=禁忌精霊勇者

普通精霊勇者=神遣

って感じで考えてます。


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レオ・バーテックス

難産でした……。

幾つかの案があって、それを決めるのに時間が掛かりました。

オリジナル要素増えてますので、引き続き暇つぶしにどうぞm(_ _)m

最後に補足?あるので暇な方おなしゃす。


首を捻じ切られた。

 

腹を貫かれた。

 

頭部ごと叩き潰された。

 

 

七人御先(しちにんみさき)”によって生まれた分身が次々に殺されて行くのを、レオ・バーテックスへと“生大刀”を斬りつけながら若葉は歯嚙みする思いで見ていた。

 

動きが別次元だ。千景の持ち前のスピードと、“七人御先”という手数を増やす精霊が居なければ勝負はとうに着いていた。

 

 

圧倒的なパワー、スピード、手数を誇るレオ・バーテックスに対しての若葉達の対処は、千景の“七人御先”でガードしつつ、その隙に斬り込む、というジリ貧戦法を余儀なくされていた。

 

 

「勇者ぁパーンチッ!!」

 

 

千景がガードした隙に出来た敵の懐へ、“天の逆手(てんのさかて)”を構えた友奈が飛び込む。

 

一目連(いちもくれん)”により暴風を宿した腕を振るい、全身全霊の一撃をレオ・バーテックスへと叩き込んだ。

 

重い直撃音と、拳から伝わる確かな手応えに友奈に笑みが浮かぶ。

 

だが、たたらを踏む事無く持ち直したレオ・バーテックスに血の気が引いた。

 

 

レオ・バーテックスの四肢が変形する。鞭の如くしなやかになったそれは、友奈の両手を左右に捕まえると自身の身体の前へ宙吊りにした。

 

ガパリと開けた口に数瞬疑問を浮かべるが、徐々に集まる熱エネルギーを見てヤバいと直感が警鐘を鳴らす。

 

 

「っ、この、このぉ!!」

 

「友奈ぁ!! 千景、腕を切り落とすぞ!」

 

「もうやってる!!」

 

 

足を振り上げ必死に抵抗するが、空中という力が入らない状況での抵抗ではあまり効果が無い。

 

若葉、千景が急いで腕を切断しようと武器を振るうが、ギチギチと凄まじい密度の筋肉をした腕に食い込むだけで、切断までには少し時間が掛かる。

 

二人の顔に焦りが浮かぶが、その中でも冷静に動いたのは鞭を振るう歌野だった。

 

 

(さとり)”により行動を先読み。音速で鞭を振るい、脚を払うと同時にレオ・バーテックスの首元へと鞭を巻き付け地面へ引き倒す様に後ろへと引っ張る。

 

直後、レオ・バーテックスから放たれた莫大な熱エネルギーの火球はギリギリ友奈に当たること無く上空へと撃ち出された。

 

撃ち出された延長上に居たバーテックスが、身が焼ける苦悶に苛まれる暇も無いままに消し飛んだのを見て、一同がぞっとする。

 

 

「二人とも、友奈さんを!!」

 

 

「すまない歌野、助かった!」

 

「ありがとー、ってあちちちち?!」

 

「高嶋さん?! 大変、勇者服が!」

 

 

漸くレオ・バーテックスの腕を切断した若葉と千景が、友奈を抱えて離脱する。

 

助けて貰った礼をする友奈だが、火球が掠ったのか一部に火が付き燃え上がる勇者服を抑えて飛び跳ねた。

 

傍らに居た千景も気付き、急いで消化の為に友奈の勇者服を手で懸命に払う。

 

 

「さて……、どうするかしら?」

 

「……斬り続ける他ないだろう。頑丈とはいえど、他の融合体と同じで無限に回復する訳ではないだろうからな」

 

「脳筋ね、とは言いたいけれど、そうするしかなさそうね」

 

「ぐんちゃん、大丈夫? “精霊”の連続使用は危険だよ!」

 

「高嶋さん、それは貴女も同じでしょう」

 

 

歌野の確認に若葉が生大刀を構えながら宣言する。その内容にやっぱりか、とでも言いたげな目をしていた千景だが、それしか答えが出ないのか賛同した。

 

先程から連続で“精霊”を使っている千景に心配そうな顔をする友奈に、千景が笑みを浮かべて指摘した。

 

 

それにしても、と若葉がレオ・バーテックスから注意を逸らさずに言う。

 

 

「モミジはどうだろうか。正直、アイツ抜きでは厳しいな」

 

「弱音はノンノン、と言いたいけれど、確かにそうね。か・な・り、ハードだわ」

 

 

若葉の言葉に、歌野が苦笑いを浮かべながら言う。先程までのバーテックスの襲来によって疲弊していたとはいえ、万全な状態であってもまともに対処出来る自信がない。

 

四国で耳にした、“禁忌精霊”ならばまだ対抗は出来るのだろうが、あれは万全な状態であって二、三回が限度なのだそうだ。

 

また個人によって差があるらしく、人によっては一回でダウンしてしまう事もあるらしい。

 

 

だからこそ、皆が認める程の力を持つモミジに戦線に立ってほしかったのだが、

 

 

「……来るぞ、構えろ!」

 

「「応!!」」

 

 

レオ・バーテックスが立ち上がる。刺すような殺意に身を引き締めつつ、若葉は檄を飛ばした。

 

 

「モミジが耐えた戦線だ。アイツが居なくとも、私達で押し返すぞッ!!」

 

 

――モミジは、気を失ったまま目覚めていなかった。

 

 

 

 

此処は何処だ。

 

 

目覚める。だが其処は樹海化していた四国ではなく、見たこともない空間。そこがこの世の何処でもないことは直ぐに気付いた。

 

 

『お目覚めか。大神紅葉』

 

「……俺、なのか?」

 

 

声に振り向けば、子供ほどの体躯が目に映る。その異様さに気付いたのは、その者の姿を見てからだ。

 

見間違え様のない、小さな頃、“天災”が起きた頃の俺の姿。

 

 

『お仲間が必死に戦ってるのに吞気な事だな』

 

「何を……、そういえば?!」

 

 

意識が急激に覚醒する。あれからどれほど時間が経った?若葉達は無事なのか?急いで戻らなければという感情とは別に、安否確認が取れないもどかしさに焦りを感じる。

 

 

『何だ、戻るのか』

 

 

素っ気ない態度の少年(モミジ)に、当たり前だと返す。

 

 

「若葉達が……、俺の大事な仲間が危険な目に合っている。それを見殺しになんか出来るかよ」

 

『ふーん。だが、まぁ、言っちゃあ悪いが』

 

 

ちらりと、此方を見透かす様な目で、

 

 

『お前、死にに戻るようなものだぞ?』

 

 

少年は続ける。

 

 

『おかしいとは思わなかったか。本来直ぐにでも供給される筈の神力が、何時まで経っても来ない』

 

 

少年の言葉に心当たりがある。あの少女との戦闘中、そしてレオ・バーテックスとの数合のやり取り……。本来なら回復する筈の神力が、全くといっても良いほどに回復しない。

 

樹海内で、“神樹”の結界内で怪我で気を失うなんてことはよっぽどでもない限り有り得ないのだ。

 

 

――だが、そうなる心当たりならある。

 

 

『なんだ、分かってるんだな。……そうとも、大神紅葉』

 

 

ニタリと、少年はモミジを嘲笑う様に笑みを浮かべ、

 

 

『“穢れ”を溜め込み、人類を守護する者としての座から堕ちた。お前は“神樹”から見放されたんだよ。いわば、今のお前は――』

 

 

突如として身体が重く感じる。続いて感じるのは、身体の内から湧く嫌な感覚。

 

血管を通して身体中に回っていくそれを見て、朧気に理解する。

 

これは、“穢れ”だ。

 

 

――俺を、人から“堕とす”為の穢れだ。

 

 

『ゆっくりと消滅を待つだけの、ちっぽけな有象無象なだけにすぎない』

 

 

ケタケタと、少年は楽しそうに嗤っていた。

 

 

 

 

「いいか、此処を動くなよ」

 

「戦況が動き次第指示を出します。辛いでしょうが、それまで耐えて下さい……っ!」

 

 

“巫女”の護衛に入った球子と杏が、レオ・バーテックスを鋭く睨みながら口を開く。

 

直ぐにでも援護の為戦線に戻りたいだろうに。それでも護るべき仲間の為に、奥歯をギリギリと食いしばりながら我慢していた。

 

 

その中で伊予島杏は、冷静に戦況を分析する。味方の消耗具合、今時点での優劣と、これから先の戦況の移行……。

 

その上で、答えが出る。

 

この勝負、“勇者”側が負ける可能性が高いと。

 

 

最初のバーテックスとの攻防が長引きすぎた。あの消耗が無ければ、そして、“勇者”全員に“禁忌精霊”を降ろす余力があれば、戦況はひっくり返るだろうと確信する。

 

 

だが、そんな都合の良いことは有り得ない。

 

 

「……お願いします、皆を助けて――」

 

 

ただ一心に祈る。純粋で、無垢な少女が必死に祈る。

 

相手は不明。だが、この状況に手を貸してくれる、そんな好都合な神様へと向けて。

 

 

望月梓は、祈りを捧げていた。

 

 

「――神様……っ!」

 

 

――樹海が広がる神の世界に、大きな満月が爛々と姿を現した。

 

 

 

 

「――はぁっ!!」

 

「せいやぁッ!!」

 

 

若葉の“生大刀”、友奈の“天の逆手”がそれぞれ確かな威力を持ってレオ・バーテックスへと叩き込まれる。

 

だが、相手は不動。ただ攻撃を受け止め、その上で無傷だとアピールをしたいのだろうか。

 

 

――遊ばれている。

 

 

若葉はそう確信し、ぎり、と悔しさから歯を鳴らした。

 

最初ほどの攻撃の威力はなく、ただ此方の攻撃を受け止めては投げ飛ばすなどの反撃を見せるだけ。

 

最初の一撃必殺の様な殺傷力ある攻撃を放ってこないのには、理由がある。

 

 

千景が、ついに“精霊”を降ろせなくなった。

 

 

――キャパオーバーだろうと、容易に予想がつく。

 

油の切れたブリキ人形の様にろくに動くことも出来なくなり、歌野に中距離からの援護と千景の守備を任せている状態だ。

 

千景を責める事はない。全ては状況を判断しきれなかったリーダーである私の責任だろう。

 

 

だが今は、出来ることの全てを奴に叩き込むだけ――!!

 

 

若葉の剣戟と友奈の拳戟、そして歌野による先読みの鞭の乱打がレオ・バーテックスへと与えられる。

 

疲労した状態とはいえ、今出来る全力の攻撃にどうだと期待を込めて見るが、変わらずレオ・バーテックスは不動のままだった。

 

揺らがない。

 

獅子王(レオ・バーテックス)は毅然として若葉達の前に立ち塞がっていた。

 

 

だが、状況は一変する。

 

 

「がっ?!」

「うぁ?!」

 

「二人とも!! ぐっ……」

 

 

疲労がピークに達したか、それとも攻撃を繰り返せど効果が無いレオ・バーテックスに呆気に取られたか……、ヒット&アウェイを繰り返していた二人のタイミングが見事にずれた。

 

二人の首をへし折らんと掴み上げ、援護に入る歌野へと足元の瓦礫を蹴り飛ばし牽制する。動けない千景が居る以上、歌野はどうするべきかと頭をフル回転させる。

 

 

若葉と友奈の顔色が次第に変わっていく。苦悶の表情を浮かべ死へと着実に進む彼女達を見て、歌野は即座に行動を決定した。

 

 

「千景さん、モミジさん、ちょっとソーリー!!」

 

 

鞭を振るい、千景とモミジの身体を一纏めに縛ると、球子達が居るシェルターへと目測でえいやと放り投げる。

 

多少の痛みはあるだろうが、そこは勘弁してほしい。文句なら、後で幾らでも言ってくれ、と苦笑いする。

 

 

「別に、死ぬつもりなんてないけれど……っ!」

 

 

駆ける。全身全霊で駆ける。

 

回避も、防御も考えない。最短距離で、レオ・バーテックスへと肉迫する。

 

 

あの日大社の神官は確かに言っていた。

 

 

――“禁忌精霊”は万全な状態であっても使役には二、三回が限度です。

 

 

上等だ。ならばその限界(リミット)、軽々と超えてやろうではないか。と歌野は笑みを浮かべる。

 

此方へと吹き飛ばされ砲弾の如く迫る瓦礫を最小限の動きで躱す。全ては避けきれない、クリーンヒットが無いなら無問題だ(ノープロブレム)

 

 

「私はいずれ“農業神”になる女よ。こんなただの神様の使いっ走り(バーテックス)なんかに良いようにされて堪るもんですか……っ!!」

 

 

――歌野は、今は四国の“勇者”という立場ではあるが厳密にはまだ認定されてはいない。

 

別に歌野が“神樹”が認めていないから、という訳ではなく。大社が運営する“勇者システム”のデータ上に歌野がまだ完全に登録されていないからだ。

 

最低限の、“勇者”服へとボタン一つで変身する事が出来るだけで、他の若葉達の様に“精霊”を呼び、その身に降ろす“精霊降ろし”は使用できない。

 

 

先程まで力を貸してくれていた“(さとり)”は、歌野を(あるじ)と認め、“覚”から波長を合わせ自主的に力を貸してくれていただけだ。

 

その為他の“勇者”とは違い、力をダイレクトに変えるために疲労も段違いに溜まるのが欠点と言えるだろう。

 

 

あの子()……はもう無理ね、力を借りた時間が長かった。無理をさせて申し訳ないわ」

 

 

千景が“精霊”を降ろせなくなっていたのを見ていたからか、もしやと思い力を借りようとしても、“覚”から感じる反応が弱々しいのが分かった。

 

これでは意味がない。と即座に考えを切り捨て、限界が近くなっている若葉と友奈の二人を視界に入れつつレオ・バーテックスへと肉迫する。

 

 

「二人を、離しなさいっ!」

 

 

鞭を振るう。風を切って振るわれる鞭は、甲高い音を立ててレオ・バーテックスへと直撃した。

 

 

だが、決定打にはならない。

 

 

虫の息となった二人を後回しにして、先にまだ動ける歌野を仕留めようと考えたのかレオ・バーテックスが構える。

 

 

身体中ボロボロだ、多分最初の様な攻防が来れば避けきれないわね。と弱気になる自分を、ぱん、と頬を叩いて活を入れる。

 

――逃げ腰になるな、今の自分に出来ることを精一杯やりきれ!

 

 

「カモンッ!!」

 

 

レオ・バーテックスが踏み込む。

 

 

――それは今までのどの攻撃よりも早い、即ち()()()()()()()()()()()()()()

 

 

胴体を貫く手刀が歌野へと迫る。

 

徐々に実感する、死という終わり。

 

仲間達が逃げる時間を稼ぐため、せめて一矢報いる……!と歯を食いしばり相手を睥睨して鞭の柄を振り上げた時、声が聞こえた。

 

 

――――!

 

 

あの子()の声だ。逃げていない。最後まで、力を貸してくれるというのか。

 

言っている内容は分からないが、何となくこうかな?というのは予想がついた。

 

 

負けるな、頑張れ――!

 

 

――その(あるじ)を想う“精霊”の純粋な心意気にか、はたまたその一連の流れを見ていた“その精霊”の気まぐれかは分からない。

 

 

だが、

 

 

――歌野の身体を中心に、金色の風が暴風さながらに舞い上がった。

 

 

突如として現れたその威容、そして確かに感じる“神威”にレオ・バーテックスが初めて明確な警戒を露わにする。

 

金色の風が晴れる。そこに居たのは確かに歌野であったが、今までの彼女とは容姿が大きく変わっていた。

 

 

腰に巻いた派手な虎の革の袴。

 

目元には歌舞伎役者の様な紋様が入り、頭には締め付ける様に金色の細い金具が取り付けられている。

 

純白の、だが少しボロボロな法衣を纏った歌野が、目をぱちくりとさせてワッツ?!と驚嘆の声を上げた。

 

 

「ワォ?! 何事?!」

 

「……もしかして“禁忌精霊”か?」

 

「わぁ、歌野ちゃん格好いい!」

 

 

解放され少しずつ体力を回復していた若葉と友奈が、その姿を見て口々に感想を言う。

 

 

僅かに空気が弛んだのを見て、それを冷静に見ていたレオ・バーテックスが動いた。

 

 

それに反応し、マズい、と二人を庇おうと歌野が焦った瞬間、()()()()()()()()()()()

 

 

「“変われ”」

 

 

声と共に手を出せば、その手に金属製の、歌野の背丈ほどの如意棒が現れる。それを緩やかに流れる渓流の如く淀みなく振り回し、迫るレオ・バーテックスをさながらゴムボールの様に軽々吹き飛ばした。

 

その武器、そして次々と湧き水の様に頭に浮かぶ“力”の使い方に、歌野はなるほど、とその“精霊”の本質と起源を理解する。

 

 

――義理人情に重きを置く好漢、自らが抱いた野望への道を猪突猛進に進み続け、果ては“神”の座にまで至った石から産まれた石猿。

 

 

孫悟空(そんごくう)。斉天大聖とも呼ばれた貴方の力、私に貸して頂戴!!」

 

 

歌野の叫びに応じる様に、歌野の両眼が金色に染まる――。

 

 

 

 

 

 




うたのんの“禁忌精霊”の案として、もう一つ“大百足”がありました。山を何周も回るほどに大きな妖怪ですね。

その際のビジュアルが完全に闇堕ちしてたんで(鞭が“大百足”になり、巻き付いた相手をチェーンソーさながらに削り取る、身体に“大百足”からの呪いが回る等)、うたのんは闇堕ちなんかしないっ!というみーちゃんの叫びが聞こえ変更。猿の“覚”繋がりから“孫悟空”に。

自分の野望をがむしゃらに貫き、地上の猿達の王から果てには神へと登り詰めたその逸話が、目指せ農業神なうたのんに合ってるかなと言い訳&説明。


長くなりましたが、いつも読んで下さってる方々ありがとうございます。これからも頑張るので優しく、気長にお付き合い下さい。m(_ _)m


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君を、迎えに行く

スマホ壊れましたヽ(´ー`)ノ

データが吹っ飛んだのを見たときは本当に時が止まった。

終わりまでの大体の流れ(プロット?)は頭に残ってるので、いそいそと書いています。

ここ数年マジで厄年なんだがお願い誰か助けて(泣)


 

倒れた。のだと思う。

 

穢れが回り消滅するのだと聞かされて直ぐに、それは現実味を帯びた。

 

身体が動かない。冬の時期によくある手足が芯から冷えた時の様に感覚が酷く鈍り、手足の制御が効かない。

 

視界も段々と薄れてきた。倒れたかも、とはっきりしないのは、倒れたという感覚さえも鈍りきっているから。

 

 

『お前はあの日、あの家から出るべきではなかった』

 

 

少年(モミジ)の声が聞こえる。

 

あの日、というのはあの嵐の日のことか。

 

ヒトガタという、何も無かった俺が変わった大きなターニングポイント。

 

 

『お前や妹、そして“大神家”そのものが罪だ。それが無ければ、人類は今こうして絶滅の危機に立ってはいない』

 

 

“罪”

 

人の身でありながら神を降ろすという大罪を犯し、神の怒りを買った“大神家”という人間が背負う十字架。

 

 

『“天災”の起きたあの日、お前は死んでおくべきだった』

 

 

『半端な想いから“神具”を手に入れ、人を護るなどという思い上がりを得る切欠になったものの……お前はそこから、何かを得たか?』

 

 

ニタニタと、(モミジ)は嗤う。

 

 

()()()()()()()()。だろう?』

 

 

……何があっただろうか。

 

 

生まれた事そのものが悪、罪であるという俺にとって、胸を張って言える“自分”という物。

 

人々を救ったというのは違う。それは“神具”の力が在ってのことだ、俺自身の力ではない。

 

得た物等何も無い。代わりにあるとすれば奪われ、失っていくものだけ。

 

 

最初が和人おじさん。

 

そして、次が綾乃。

 

 

お前(モミジ)には何も無い。まさに人形(ヒトガタ)、空っぽのままだ』

 

 

視覚から得られる情報が断たれる。世界が真っ暗闇に染まる。

 

 

『やっと理解したか。お前は無力だ。自分一人では何も出来はしない、ただの置物でしかない』

 

 

意識が薄れる。自分の身体を構築している何かが砂のように崩れていくのを、ゆっくりと理解した。

 

 

――あぁ、俺は死ぬらしい

 

 

『お前は、生まれてくるべきではなかった』

 

 

モミジの意識が、眠るように落ちた。

 

 

 

 

「モミジお兄ちゃん……?」

 

最初にその異変に気付いたのは梓だった。

 

千景と共に歌野から放り投げられたモミジを介抱していた梓だったが、突如起きたそれに疑問符を上げる。

 

 

“神花”によって纏っていたモミジの神官服が煙の様に消失したのだ。

 

残ったのは、ぐったりとしてまるで死人の様に動かないモミジ。

 

流れていた血は止まっていた。乾いて赤黒くなった血液が、モミジの服を染め上げている。

 

 

嫌な感じの嫌悪感が、いつの間にか梓の身体を粟立たせていた。

 

 

「モミジお兄ちゃん……、嘘でしょ、嘘だよね……」

 

 

()()()()()()()()姿()に、梓の声が次第に涙混じりになる。

 

梓の声に振り向き、その様子を目撃した水都が千景の身体を拭いていたタオルをぽとりと力無く落とした。

 

その異常に気付いたのか、他の面々もモミジへと目を向ける。起きた現実に、されどそれが事実だと気付いた時、それぞれが反応を示す。

 

 

梓は泣き叫んだ。モミジの名を呼び、縋るようにして身体を揺らす。こうしていれば、きっと起きると。今はただ寝ているだけなのだと。

 

 

水都は言葉が出なかった。四国に来て長らく見ていなかった“人の死”に、ただモミジを見て恐怖か悲しみからか目元に涙が溜まっていくだけだった。

 

 

ひなたはモミジへと近寄り、容態を確認すると膝から崩れ落ち放心する。あんなに元気で()()()()()とは無関係そうな彼のそんな姿と、それを肯定するかの様な梓の悲痛な声に口に手を当て嗚咽を殺すしかなかった。

 

 

杏は見ない。起きてしまった事態を自覚しつつ、歯を食いしばり戦況を見定める。崩れるな、ここで私も崩れたらそれこそ終わる。と。強く噛んだ口の端からは、血が一筋垂れていた。

 

 

 

――球子は、土井球子は喉が張り裂けんばかりの勢いで咆哮した。

 

 

 

~~

 

 

如意棒がレオ・バーテックスの開いた口部分へと閉じるように叩き込まれる。

 

受けた者を灰へと変える火球が、精製途中で強引に解除され集まっていた熱量がレオ・バーテックスを中心に爆発を引き起こした。

 

 

「わぷ?!」

 

 

爆風と共に舞った土煙をモロに被り、歌野が顔をしかめる。

 

ぺっぺ、と口に入った土を吐き出しながらレオ・バーテックスを睨んだ。

 

 

「若葉、友奈さん、そっちは動けそう?」

 

「あぁ、大分ましになった」

 

「私も大丈夫だよ」

 

 

多少は息を整える程度には回復できたのか、二人が自身の“神具”を構え直しながら立ち上がる。

 

瞳に闘志を灯しながら立ち上がる二人を見て、歌野はナイスファイトと笑った。

 

 

さて、と改めてレオ・バーテックスと向き直る。

 

有効打までは行かないが、じりじりと向こうの体力を削れている確信が歌野にはあった。

 

相手は確かに強大だ。だがそれは、自身の畑に現れる猪等の野生動物と一緒。罠などの戦略次第で展開は変わる。

 

“禁忌精霊”により体力の消耗が激しくなってはいる。だがここで踏ん張らねば、今までの努力が水の泡だ。

 

 

打倒、もしくは撃退をし、ダウンしたモミジと千景を即刻病院へとぶち込む。

 

その後は、皆でパーティーだ。ここで勝利への立役者となれば、普段うどんうどんとうるさい若葉へ大義名分を持って蕎麦を食べさせる事が出来る。

 

 

――だからこそ。

 

 

「勝つわよ……、勝利(ビクトリー)を我が手に!!」

 

「だな……!」

「うん……!」

 

 

気を練り上げ、限界を迎えた身体に鞭を打って立ち上がる。

 

呼吸を整え何度目かの開戦へと踏み込もうとしたとき、

 

 

「くたばりやがれぇぇぇえ!!」

 

 

――聞き覚えのある声の咆哮と共に、空から降ってきた巨大な岩が轟音と共にレオ・バーテックスを押し潰した。

 

 

 

 

少年が外を眺めていた。

 

 

見覚えのある家。あぁ、大神家か。とぼんやりと思い出す。

 

その家の一角。〇〇が居た部屋を見れば、思った通り少年が一人窓際で外をぼぅ、と眺めていた。

 

 

「お前達は何をしているのか分かっているのか……!」

「話し合いの場を設けています。今一度あの子との面談を……!」

 

 

「――お引き取り下さい」

 

 

家の使用人と思う女が、詰め寄る男女に冷たく言い放っていた。そんな様子を炉端に転がる石を見るように興味なさげにチラリと一瞥すると、少年は再び外の風景を眺める。

 

春夏秋冬。季節毎に色めいていく風景をただ見ていた。

 

 

何やらジージーと騒がしいのが泣き喚く季節になると、人の服が袖の短い薄手の物に変わり、額から流れる汗を拭いつつ鬱陶しげに太陽を睨むのを見た。

 

小さな白い物が降ってくる季節なると、反対に袖は長くなり厚手の物に変わり、手を擦り合わせつつ吐息を吐き掛けていた。指の間から洩れる白い吐息が、酷く寒いんだろうなと思わせる。

 

 

部屋の中の温度は変わることがない。多少の誤差はあれど、それは誤差でしかなかった。

 

 

 

――外を眺めることしか出来ない。

 

 

『それが、お前がすべき義務だった』

 

 

――何も望まず、ただただ、自分が死ぬのを待つべきだった。

 

 

『“外”を望んだ。それが、お前(〇〇)の罪だ』

 

 

気付けば、少年(自分)が目の前に立っていた。覗き込む様に見上げるその瞳は、まるで自分の心の中を全て見透かすような物で。

 

 

――その瞳から、目をそらす事が出来なかった。

 

 

「戻ろうよ。お家に帰ろ?」

 

 

手を差し伸べられる。

 

そうだ、(〇〇)はもう死んだのだ。

 

もう、アイツらの元には帰れないのだ。

 

 

手を差し伸べる少年へと、ゆっくりと諦めた様に手を伸ばす。

 

互いの手が近付き、もう少しで触れ合う、といった所で

 

 

――横合いから頬に走った強い衝撃に、視界が大きく揺れた。

 

 

 

突然の事に動揺しつつ、視線を動かしその衝撃の主を見る。

 

そこには、怒りを抑えるようにふーっ、と息を洩らした一人の少女の姿。

 

 

「――こんな所で何やってんの、モミジ!!」

 

 

国土綾乃の姿が、そこにあった。



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君を、迎えに行く 2

どうも、風邪気味で病院に行ったら医者からコロナを疑われて2時間くらい監禁されました。

色々と泣きそう。ヽ(´ー`)ノ


――貴女に、お願いしたい事があるのです。

 

 

“呪い”によって蝕まれた身体。嫌悪感、苦痛……、およそ普段の日常では感じる事がないであろう苦しみが身体を覆っている時、その声は聞こえた。

 

嫌悪感が、苦痛が拭う様に消え去る。だが、肝心な“呪い”が消えた訳ではないことを綾乃は未だ身体に這うように刻まれた呪印を見て理解する。

 

 

周りを見れば、見渡す限りの草原。夜の帳が降りる上空には、まん丸な満月がその存在をアピールするように昇っている。

 

ざあぁ、と吹く風につられてゆったりと揺れる一面の草原を見ながら、綾乃は問う。

 

 

「アンタ誰?」

 

 

――……そうですね。望月梓ちゃん、ですか?貴女と彼の近くで寄り添い祈る彼女に心を打たれたお人好し。という事にしておいて下さい。

 

 

「ふぅん。……あの子に何もしてないでしょうね?」

 

 

お人好し。と答えていたが、おそらくは“禁忌精霊”、または“神”程の力を持つ者だろうと綾乃は直感で感じた。

 

諏訪神以来のこんな空間に呼ばれたのもそうだし、感じる存在感が桁違いだ。

 

梓の名前を出され、此方の警戒心を強く感じ取られたのか相手の声が慌てて言う。

 

 

――いえいえ、何もしてな――、……貴女と彼の身体に接触するために、ほんのちょっと、いや本っ当にちょっとだけ力を流したくらいかなー、と。

 

 

変な悪影響は無いはずです、多分。という声に取りあえず納得しておく。変に後遺症が出れば潰す、と思いながらではあるが。

 

 

「それで、何をしろって?」

 

 

綾乃のその問いに、待ってましたとばかりに声が張り切る。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()をお願いしたいと思いまして。

 

 

「眠る?」

 

 

――えぇ。貴女と同じく“穢れ”に犯されて。このままでは、

 

 

「そう、分かったわ。さっさと連れてって」

 

 

声を途中で遮って、がりがりと頭を搔きながら綾乃が言う。

 

明らかに面倒臭がっているその様子に少し声の主が戸惑っていると、綾乃が言う。

 

 

「要するにアイツ引っ叩いて起こせば良いんでしょ?任せなさい」

 

 

――わぉ、“わいるど”というやつですね……。

 

 

何だって良いわ。と言い捨てる綾乃の身体が、徐々にモミジの中へと入るために転送の光を纏う。

 

では、と送り込む段階でそういえばと綾乃が口を開いた。

 

 

「アンタ、何であの子の名前知ってたの?」

 

 

――あぁ、それは梓ちゃんが四国に来た際に土地神から経由して知りまして。

 

 

言葉の端から感じる、何処か過保護な様子の綾乃にくすくすと笑いながら言う。

 

なるほど、彼の周りには同じような人間が集まるらしい。

 

 

――だって、“望月”だなんて。あんな可愛らしい子に“()”を望まれたら応えるしかないでしょう?

 

 

その言葉の後に、綾乃の身体は一際強い光に包まれて姿を消した。

 

 

 

~~

 

 

――さて。私が手を貸すのはここまで。今回は色々と“異常(いれぎゅらぁ)”がありましたからね。それでは“公平(ふぇあ)”ではない。

 

 

仕事は片付いた。それでは帰るかと“神樹”の結界内から月が消える。

 

 

――“人”が滅ぶか。それとも存続するか。……さてさて、どうなることやら。“中立”の私は眺める事に致しましょう。

 

 

 

 

 

「おおおおおぁ!!」

 

 

球子が吼える。大岩で押し潰したレオ・バーテックス目掛けて広げた“扇子”を構え走る。

 

怒りに染まるその顔とは反対に、勇者服は大和撫子とでも言うのか、平安時代の女性をイメージさせる十二単の様な物に変わっていた。

 

その後ろ。腰からユラリと伸びるそれは、狐の尾を思わせる様な物だった。それがゆらゆらと意思を持つように球子から伸びているのに加え、頭部にも狐を思わせる耳が生えている。

 

 

広げた“扇子”の端から、黒々とした炎が灯る。それをレオ・バーテックス目掛けて投合すれば、回転に合わせ炎が廻りさながら彼女の武器である“旋刃盤”の如く空を切り裂き飛来する。

 

 

「動けねぇだろ。それは“力”を抑える物だからなぁ。因みにその炎は“呪い”の鬼火だ!」

 

 

レオ・バーテックスを抑える大岩。その名は“殺生石”。彼女に降りる“禁忌精霊”が封じられている近付く者に死を呼ぶ呪われた大岩。

 

 

かつて傾国の美女と呼ばれ、遠くの大国の皇帝さえも魅了し、最後にはここ日本国で討伐された(あやかし)の“一面”。

 

 

「“玉藻の前(たまものまえ)”……お前だけは、絶対に許さない!」

 

 

「球子さん、助かったわ!」

 

 

“禁忌精霊”を降ろした球子の参戦に頼もしさを感じつつ、歌野が礼を言いつつチラリと後ろのシェルターへと目を向ける。

 

見れば、何となくだがシェルターがぐずぐずと脆くなっているような。そんな雰囲気を放っていた。

 

あれはモミジがその神力で作り上げた物だ。

 

そして、彼はこう言っていた。

 

 

――俺が死ぬか、よっぽど強い力じゃねーと破られないよ

 

 

……まさか。いや、悪い方に考えるな。

 

 

「……球子さん。二人は無事なの?」

 

 

歌野の誤魔化しのない直接な問いに、球子が少しの間を置いてギリリと歯を食いしばる。

 

少しだけ俯いたその頬に涙が流れていたのを、歌野は見逃さなかった。

 

 

――そうか、そうなのか。

 

 

「なら、出し惜しみはなしね。手伝いをお願いするわ、球子さん」

 

「……あぁ、任せタマえよ」

 

 

如意棒を振るって歌野がするどく相手を睨みながら言う。

 

ぐい、と雑に目元を袖で拭って、球子はレオ・バーテックスを見据えた。

 

 

文字通り命懸けで四国、そしてそこに住む人達を護ってきた彼のその偉業を無駄にしまいと、今一度心に刻んで。

 

 

 

 

綾乃が居た。

 

天津神からの“呪い”に犯されていない、いつかの元気な姿の綾乃が。

 

 

「綾乃、なのか……?」

 

「そうよ、それ以外に何に見えるっての?」

 

 

問いかければ、ぶっきらぼうに返ってくる。あぁ、本物だ。と確かめる為に手を伸ばせばそれに気付いた綾乃がニコリと笑って、

 

 

「ふんっ!!」

 

「ごふっ?!」

 

 

――カウンターの拳が、モミジの頬へと叩き込まれた。

 

 

確かな重みのある一撃に、コイツそういえば友奈から武道教わってたなぁと思い出しつつ地面を転がる。

 

小柄な割に本気で痛い。

 

 

「何しやがる!」

 

「アンタが馬鹿やってるから、アタシが直々に根性入れ直しに来たんでしょ」

 

「何を――」

 

 

何を言ってんだ。と言いかけるがそれを遮る様に綾乃が肩を掴む。

 

 

「何勝手に諦めてんのよ、アンタ」

 

「……!」

 

「みっともなく敵に負けて、アンタの事を知った風な奴に言い負かされて終わり? ふざけてんの?」

 

 

綾乃の言葉にモミジが止まる。かなり辛辣な物言いだったが、確かにそうだと思う内容だったからだ。

 

だが、もう無理だ。

 

負けて心が折れたという訳ではない。

 

俺は、死んだんだ。

 

 

『無理だよ綾乃、(〇〇)はもう死んだんだ』

 

「うるさいお前。ちょっと黙ってろ」

 

 

少年へと鋭く返しつつ睨む。その目に圧されたのか、はたまた何か別の要因か少年は口を閉ざした。

 

綾乃が此方へと向き直る。

 

 

「アンタは確かに死んだ。いや、言い換えれば()()()()()()()

 

 

綾乃に言われて、ゆっくりと確かめる様に身体に手を当てる。

 

僅かに、暖かさが在るように感じた。

 

 

「身体と魂はまだギリギリ繋がってるの。アンタに必要なのは、戻りたいという覚悟よ」

 

「……覚悟」

 

「アンタに後悔はないの?守りたいものがあったんでしょ」

 

 

守りたいもの。

 

確かに沢山ある。家族の様に大事な若葉、ひなた、綾乃……。

 

そこから段々と増えて、今では抱えきれないくらいになった。

 

 

――だからこそ。そうだからこそ。

 

 

「――俺は、綾乃を守りたかったんだ」

 

 

始まり(モミジ)をくれた、君を守りたかった。

 

 

 

 

「はぁぁぁ!!」

「そらぁっ!!」

 

 

二人の咆哮が重なる。如意棒、扇子が振るわれレオ・バーテックスへと攻撃が加えられる。

 

 

「っぁ、くそ。まだまだぁ!!」

 

 

球子ががくりと膝を着いたのを見て、無理もないと歌野は舌打ちする。

 

歌野の“孫悟空”とは違い、球子は“玉藻の前”を強制的に身に降ろしている。普段使っている“精霊”とは違い、消耗も段違いの筈だ。ここまで持っているのが奇跡に近いのかもしれない。

 

それこそ、彼女の心の強さを表しているのだろうが。

 

 

レオ・バーテックスが此方へと肉迫した。

 

攻撃を避け、反撃する。これまで繰り返した動きだったが、球子の反応が遅れた。

 

マズい、と球子を助けるべく如意棒を振るうが……、間に合わない。

 

 

その時。

 

 

――二人の前に、漆黒の羽が舞った。

 

 

「勇者、パーンチィッ!!!」

 

 

直後に聞こえる、聞き慣れた声。

 

重い衝突音の後で、レオ・バーテックスが宙を舞ったのが見えた。

 

直ぐ近くに、歌野が見えた。向こうも何が起きているのか分からないのか、ぱちくりと驚いたように目を見開いている。

 

 

「すまなかったな。二人とも」

 

 

抱きかかえられている、と分かったのは感じる浮遊感と遠く離れた地面を見て。

 

声に首を回せば其処には修験者の服に漆黒の翼を生やした若葉が居た。

 

 

「……起きた事柄は理解した」

 

 

握られたスマホの画面は、若葉達“勇者”やバーテックスの位置を表示する画面。

 

――その中で、“大神紅葉”の文字が光を失ったように消灯していた。

 

 

地面へと降り立つと、まるで“鬼”の様な意匠の勇者服へと変わった友奈が、その暴虐性を表した様な“籠手”を打ち鳴らして言う。

 

 

「もう、させない。皆で帰るんだ。帰るんだよ、皆でッ!!」

 

 

「……そうだな。帰ろう、皆で」

 

 

吹き飛ばされたレオ・バーテックスが立ち上がる。

 

その姿を見て、静かに涙を流していた若葉の目が、憎しみに染まる。

 

 

「バーテックスを、掃討する」

 

 

千変万化。かつて神の国をも滅ぼす力を持った有翼の仙人。烏天狗。

 

鬼の首魁であり、その名を聞いた者を軒並み恐怖へと叩き落とした畏怖の象徴。酒呑童子。

 

少女と“精霊”の関係に心打たれ、力振るわんと戦場へと躍り出た義理人情に重きを置く石猿。孫悟空。

 

女らしさとは程遠い主に最初は力を貸す気はなかったが、その湧き出る怒りと憎しみに面白いと嗤う傾国の妖狐(美女)。玉藻の前。

 

 

「うん……!」

「そうね……!」

「やってやる……!」

 

 

若葉の“生大刀”が掲げられる。敵を討ち滅ぼすその刀は、ギラリとその刃に斬る敵を映していた。

 

 

「勇者達よ、私に続けぇッ!!」

 

 

「「「おうっ!!」」」

 

 

最終戦争。その終わりは、近い。

 

 

 

 

「……アタシ、を?」

 

 

きょとん、と呆けた顔をした綾乃を見て、先程までの勢いは何処に行ったんだと笑いが出た。

 

肯定の意味を込めて頷けば、少しの時間を置いてそっかと綾乃も笑う。

 

えーと、それは、と少し言い淀んで、

 

 

「これって今、告白に近いことされた感じ?」

 

「……違うんじゃないか?」

 

「良かった、勘違いか」

 

 

あはは、と少しだけ頬を染めた綾乃が笑う。

 

そんな姿を見て、そんな彼女を守れなかったんだと自覚してしまう。

 

俺は、何も守れてないんだと。

 

 

「……俺は、“大神紅葉”を作ってくれた綾乃を守りたかった」

 

 

黙ってじっと此方を見つめる綾乃へと、続ける。

 

 

「その為に人も殺した。嘘だって吐いた。…………最低な事を、続けてきたんだ」

 

「知ってる。全部聞いてたから」

 

 

綾乃のその言葉に、そうかと肩の力が抜ける。

 

そんなモミジへと向けて、綾乃は口を開いた。

 

 

「和人おじさんが死んで、私がこうなったのも自分のせいだと思ってるの?」

 

「……あぁ。だって、そうだろ?」

 

 

何処か他人事の様な彼女の言葉に、思わずむきになってしまう。

 

何故責めない?

 

何故罵倒しない?

 

 

俺が居なければ、生まれて来なければ皆幸せだったのに――!

 

 

「俺のせいで、お前は“呪い”に掛かった。俺のせいで、和人おじさんは死んだ!」

 

「…………」

 

「“あの日”お前と出会わなければ、俺が“(みんな)”を知らなければ、皆幸せに暮らせてた筈なんだ!」

 

 

感情が高ぶったからか、ボロボロと涙が出てきた。止まらない。

 

後悔が次から次へと出てくる様に、涙も絶えず流れて行く。

 

その涙を拭っていれば、つかつかと近付いてきた綾乃が拳を振り上げ、

 

 

「男がめそめそするんじゃない!」

 

 

ごっ、と痛そうな音を立てて拳骨を振り下ろした。

 

最初のパンチ程ではないが、痛い物は痛い。

 

何すんだ、と目線で訴えるが綾乃はやり遂げたと腰に手を当てて言う。

 

 

「――って、和人おじさんに叱られるわよ」

 

「っ!」

 

「アタシが取り乱したのも悪かったわねー。急に殺されたなんて聞かされてびっくりしたから」

 

「……違う、俺が」

 

「アンタは何一つ悪くないわ。アンタらしく生きた結果、こうなったって訳でしょ?」

 

 

綾乃がニコリと笑う。全ての不幸の元凶である俺に向けて。

 

 

「アンタが人を悪意で陥れようとして行動するような奴じゃないって、アタシは知ってるから」

 

 

ま、人殺しは確かに悪いけど。と言って、

 

 

「ただ、物事の巡り合わせが。運が悪かっただけよ」

 

 

綾乃は、それでも笑顔で言った。

 

 

でも、そうねぇ。と考える様に顎に手を当てて

 

 

「若ちゃんもひなちゃんも、他の皆もまだ戦ってる。それはどうにもしないの?」

 

「……俺は、」

 

「自分が招いた不幸ってなら、そんな不幸払ってきなさい」

 

 

とん、とモミジの胸に綾乃は拳を軽くぶつける。

 

……とくんと、何かが動く音がした。

 

 

「アタシの知ってる“大神紅葉”なら、ここで言う言葉は一つなのだけど?」

 

 

真っ直ぐ、俺を、“大神紅葉”を信じた彼女の目が俺を貫く。

 

とくん、とくん、と動き始めたそれは加速していく。

 

 

「力が足りないとか、そんな面倒な事考えて戦う戦法は忘れなさい。今思い出すべきは、()()()()()()()

 

 

気付けば、()()は目の前に突き立っていた。

 

神浄の輝きを刀身に秘める、“天叢雲”が、いつの間にかそこにあった。

 

 

()()()()()()()()()()()()。やっと気付いたのね」

 

「えっ」

 

 

驚きから声が出ないモミジへと、綾乃は疲れた様にため息を吐きつつ言う。

 

 

「そんなド派手な剣があるのに、アンタ気付いてないんだもの。目ぇ付いてんのかって思ったわ」

 

「えっ」

 

 

今更気付いた衝撃の事実に、モミジが更に言葉を無くす。

 

その時、何かを急かすように輝く“天叢雲”を見て綾乃が言う。

 

 

「若ちゃん達が危ないみたいね。急がないと、モミジ」

 

「でも、どうやって? 俺は、もう」

 

「最初に言ったでしょ。まだ戻れる可能性はあるの」

 

 

モミジを急かすように言う綾乃。さっさと立てと言う彼女に従っていると、今まで黙っていた少年が言う。

 

 

『さっきも言ったろう? 神樹から見放された君は、戻った所で直ぐに死ぬのがオチだ。そんな事をした所で、ただの無駄足だ』

 

「無駄なんかじゃないわ」

 

 

毅然とした態度で綾乃が返す。未だに状況が理解出来ていないモミジへと、その手を握って言う。

 

 

「さっきも言ったわよね。アンタの根本、根源を思い出しなさい。その剣を握った時、何を思ったのか。その純粋な思いを」

 

 

綾乃の手を通して、何かが此方へと流れ込んで来る。暖かい、血管を通してじんわりとした暖かい何かが麻痺した全身へと広がった。

 

 

「アタシは……先に逝くわ」

 

 

その言葉に見れば、綾乃の身体を呪印が覆っていく所だった。一目で致死だと分かるほどに禍禍しいそれが、染め上げる様に綾乃の身体を走る。

 

 

「あ――」

 

「アンタが本気で悪いと思ってるなら、最後までやり尽くしてからこっちに来なさい」

 

 

言葉が続かない。死んでしまうのに、大切な彼女が死んでしまうのに――

 

 

――死の間際でも強い意志を感じさせる彼女のその目に、俺は何も言い返せなかった。

 

 

綾乃は俺を、“大神紅葉”を信じてくれている。

 

なら、そんな彼女の信頼に応えるのが、彼女に対しての最高のお返しなのだろうと、そう思う。

 

 

“天叢雲”へと向き直る。柄を手に取ると、喜びを表すように輝きが増した。

 

そうだ。“防人”。

 

俺は、守り人だ。

 

 

「任せろ、綾乃。全部終わったら、何処に居ても探し出して迎えに行くからよ」

 

「うん、待ってる」

 

 

モミジの身体が、月の光に似た淡い輝きに包まれる。

 

光りが最高潮に達したとき、モミジと綾乃が照らし合わせた様に笑った。

 

 

 

「またね」

 

 

 

 

 

「げほっ」

 

「友奈!」

 

 

友奈が咳き込むと同時に血を吐き出した。がくりと膝をつくと、そのまま倒れる所を何とか倒れまいと腕で身体を支えている。

 

皆ギリギリだ。いや、限界などとうに超えている。

 

レオ・バーテックスもダメージが蓄積しているのか、最初と比べて動きも鈍く身体も傷だらけになっている。

 

 

これなら、もう少しで倒せる――!

 

 

モミジの仇だ。と“生大刀”を杖代わりにして立ち上がる。全身の息を整え、気合いと共に斬りかからんと構えた時、それは見えた。

 

 

「え……」

 

「うそ、だろ……?」

 

 

レオ・バーテックスを取り囲む様に、白いうじ虫、バーテックスがワラワラと浮遊する。

 

まだそんな数が居たのか。いや、

 

 

「もう、四国の外はそうなっているのか……っ!」

 

 

外では、バーテックスの卵が存在している。とモミジから聞いた事があった。

 

産まれるとしてもまだ時間は掛かると言っていたが、もうなのか。

 

 

「……許さん」

 

 

恨みか、それとも“精霊”による悪影響か。

 

どろどろと湧いてくるそれに、怒りが、憎しみが止まらない。

 

 

「お前達を許さん。例え四肢が砕けようと、この命が続く限り貴様らバーテックスは皆殺しに――!」

 

「若葉!」

 

 

歌野の言葉に、意識が現実に戻る。目前にまで迫っていたバーテックスの大きな口に、咄嗟に“生大刀”を振るって斬り捨てる。

 

ありがとう、と礼を返そうとした所で身体の力が抜けた。

 

 

「くっ、若葉もなの?!」

 

「ダメだ、こんな所で……!」

 

「クソ、クソぉっ!」

 

 

“禁忌精霊”の力が維持できず、服が普段の勇者服へと戻ってしまった。

 

周りを見れば、球子も友奈も、通常の勇者服へと戻ってしまっている。

 

 

唯一動けている歌野だが、衣裳の一部が崩壊しかけている。もう限界だ。

 

 

レオ・バーテックスがガパリと口を開く。

 

ゆったりとチャージされていく死のエネルギーに、こうなった今どうしようもない。

 

怒りも、憎しみも湧くがそれを実行する身体はピクピクと痙攣を繰り返すだけだ。

 

 

……いや。

 

 

「諦めてたまるか……!」

 

 

モミジは諦めていなかった。アイツが守った人達を、むざむざ殺させる訳にはいかない。

 

気力を振り絞れ、根性を入れろ。最後の最後まで敵から目を逸らすな……!

 

 

火球、いや、最早サイズ的には山ほどの大きさのそれにあぁ、これは死ねるなぁと理解する。

 

神樹に当たれば消し炭だ。ならば、少しでもそれを逸らす努力をしろ……!

 

 

 

火球が、太陽が放たれた。

 

 

 

歌野が前線で立ち上がる若葉へと叫ぶ。

 

友奈が歯を食いしばりつつ、それでも敵を睨む。

 

球子は後衛で“巫女”を守る杏へと、無事を願って目を閉じた。

 

若葉は“生大刀”を使い何とか立ち上がると、最後の力を振り絞り刀を振り上げた。

 

 

その瞬間。

 

 

――音を立てて、火球が真っ二つに切り裂かれた。

 

 

火球が崩壊した事による大爆発に、浮遊するバーテックスが巻き込まれた。

 

だが、そんな状況でも誰もが口をぽかんと開けたまま呆けていた。

 

若葉達“勇者”も、

 

レオ・バーテックス達も、

 

 

――そこに現れた一人の少年に、その少年の持つ剣の輝きに目を奪われていた。

 

 

何時もの紅葉色の鮮やかな赤の神官服とは大きく変わり、鎧甲冑の様な重々しい雰囲気を放つ装備。

 

その色は変わらず紅葉の色。背中にある巴の勾玉は、蒼白い神浄の輝きを灯している。

 

頭髪は黒から紅葉の様な鮮やかな色に染まり、瞳は神性を宿す碧金の色をしていた。

 

 

「待たせて悪かった。色々とあってな」

 

 

「も、みじ……」

 

 

その少年の声を聞いて、若葉の声音が震える。

 

涙が流れる。他の皆も、信じられないと目を見開いていた。

 

 

「申し開きは後でさせてくれ、アイツらは――」

 

 

モミジの心情を代弁するかの様に神剣は輝く。その威容に、その神威に怯える様にバーテックスが僅かに退いたように見えた。

 

 

「俺に任せろ」

 

 

守護者が、剣を構え足を踏み出した。




タマの精霊などの補填?説明は後ほど致しやす。

続編含めお待ちおばm(_ _)m


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荒野より君へ告ぐ 1

遅くなりました……。

積まれた仕事。

何か違うなこれ、と推敲する本文。

息抜きの筈がハマるソシャゲ←


前話の続き、という訳ではなく、主人公の覚醒?場面からです。神に認められるのか、否か、暇つぶしにどうぞ。


 

振り返る事はしなかった。

 

“皆を守る”。彼女と交わしたその約束を守る為に、僅かに感じる肉体への道しるべを辿り駆ける。

 

 

――力も無くした今、どうやって守り抜くつもりだ?

 

 

己の内からの問いかけが入る。そんな現実を思わせる問いに、苦笑いをして“さぁな”と答えた。

 

 

「勝算は……無い。取り敢えず、俺に残ってるみそっかすの神力をぶっ放す位かな」

 

 

頼むぞ。と期待を込めて神刀、“天叢雲”を見る。こぉぉ、と輝きが増すのを見ると、“任せろ”と言われた気がした。

 

 

――勝算無き戦いか、自滅前提の戦いか。そうやって、また誰かを悲しませるか。

 

 

「そりゃあ痛い質問だなぁ。……そうだ。これは俺の自己満足の戦いなんだ」

 

 

ひなた、若葉、友奈、千景、球子、杏、歌野、水都、梓……。

 

そして、綾乃。

 

 

「始めは一人ぼっちだった。そこから綾乃と出会って、“大神紅葉”が生まれた」

 

 

「次は若葉、ひなたと出会った。若葉の爺さんを通じて、“家族”ってこんな感じなんだって、すげぇ暖かい物なんだって理解した」

 

 

じわり、じわりと血液が巡る様に暖かい物が身体を巡る。肉体への距離が、近くなっている証拠だろうか。

 

 

「次に友奈、千景、球子、杏と出会って、“仲間”って奴の大切さが分かった。掛け値無し、頼れる相手ってのは、本当に大事な物だ」

 

 

取り戻していく四肢の感覚。吐く息に、熱が籠もるのを感じる。

 

先程までの氷の様な、死人の様な感覚はもう無い。

 

踏み込む足に力が入る。息はとうに切れて苦しいが、それでも足は止まらない。

 

 

走れ。走れ。走れ。限界を超えて更に、この昂ぶる思いを曝け出すように。

 

 

「歌野、水都に出会って、こんなにすげぇ奴等が居るんだってびっくりした。コイツらこそ、まさに“勇者”だって」

 

「梓には、“次”を託すってのが分かった気がした。綾乃との修行を見て、若葉の爺さんや和人おじさんが厳しく叱る理由が」

 

 

――お前は弱い。助けに行った所で無意味だ。また誰かを守れず、失い、絶望に崩れ堕ちるだけだ

 

 

「そんなもん、やってみなきゃ分かんねぇだろ!」

 

 

少年が吼える。その時、走っていた道が砕け、真っ逆さまに身体が何処かへと落ちていく。

 

周りは真っ白。今から色を塗るキャンパスの様な、何処か懐かしささえ感じるその空間を少年は落ちていく。

 

 

 

気付けば、目の前に自分が居た。

 

 

 

『ヒトガタの子よ。お前の真価を示せ』

 

「真価……?」

 

 

もう一人の自分が口を開く。その内容に聞き返せば、そうだと返した。

 

その雰囲気に、以前諏訪であった諏訪神との“神様問答”を思い出した。

 

まさか、コイツが俺の中の神の一柱とでも言うのだろうか。

 

 

『お前は何者だ』

 

「俺は“大神紅葉”だ」

 

『違う。それは、人から与えられた物だ。お前の名ではない』

 

 

全否定された。酷くないだろうか。

 

気付けば、手に握っていた筈の“天叢雲”が相手の手に収まっている。なるほど、以前とはいえ相手の事をまだ主人だと思っているらしい。……なんだか悔しい。

 

 

『お前は、何故戦う』

 

「俺の為に。俺の守りたい者を守る為に」

 

『偽善か。結局はお前の欲を満たすものだ。自己顕示欲が強いのだな』

 

 

落胆。そんな言葉を思わせる様な表情を浮かべて相手、俺の中の“神”がため息を吐いた。

 

確かにその通りだが、いきなり出てきて言い過ぎではないだろうか。それともこんな物なのか? 諏訪神は余程イージーだった様だ。

 

 

『お前の様な者に“力”は託せん。諦めろ、せめてもの情けだ。私があの場を鎮めてやろう』

 

 

身体へと手を伸ばされると同時に、ナニカが俺の中へと流れ込む。

 

熱い。熱い熱い!! 熱湯を流し込まれた様に、激痛が身体中を駆けめぐる。

 

段々とだが、腹が立って来た。

 

 

「ふざけんな、テメェ!」

 

 

相手の胸倉を掴み上げる。僅かにだが驚いた様な相手に、口早に怒鳴る。

 

 

「いきなり訳分かんねぇ問いかけしやがって、邪魔すんじゃねぇ! “力”? 情け? 何様だお前!」

 

『……お前の真価を』

 

「ぐだぐだうるせぇんだよ、このくそ野郎! いいか、よく聞けよ“神”とやら!」

 

 

身体中に巡る痛みを堪え、怒りでもうどうにでもなれという気構えで胸倉を掴んだまま怒鳴る。

 

視界の端に映った“天叢雲”を見て、不意に思い返すのは始めてそれを握った“天災”のあの日。

 

 

――空から降り注ぎ、人々を蹂躙するバーテックス。

 

逃げ惑うモミジと綾乃。山道で足を取られ転んだ拍子に、自身へと迫るバーテックスを見て、それでも彼女は恐怖から来る震えを抑えて言った。

 

 

――逃げなさい!

 

 

怖いだろうに、それを抑えつけて此方の安否を気遣う彼女に、モミジ()は彼女の方へと踵を返しながら心から願った――

 

 

 

「俺の名前は大神紅葉! ニックネームはモミジだ、覚えとけ! 俺が戦う理由は――」

 

 

 

――綾乃を守るだけの力を!!

 

 

 

それが、“大神紅葉”をくれた彼女への恩返し。

 

彼女自身も、彼女を取り巻く環境も何もかも、全てを守る為に。

 

 

「それ以外は何も要らねぇ。偽善だろうが何だろうが、俺の我が儘だろうが知ったことじゃない!」

 

『それは自己満足にしかすぎない』

 

「だろうよ。だが俺は後悔しない」

 

 

きっぱりと言い放つ。動きを止めた相手の手を払い。身体の自由を取り戻すと道しるべを探した。まだ残っている、急がないと。

 

押し黙って此方を見る“神”を尻目に、足に力を込めて駆け上がる。

 

時間をロスした。いや、この空間に現実の時間が関係あるのか分からないが、兎に角急ぐとしよう。

 

 

 

 

『――どうじゃ、モミジは。変わった奴じゃろう?』

 

『……建御名方(タケミナカタ)か。何の用だ』

 

『ふん。ワシも貴様なんぞに会いたくはなかったが、あやつの行き先が気になっての。最後まで見届けたい』

 

『…………人は傲慢だ。尽きることのない欲。他者を犠牲にすることを何も思わない、愚かな生き物だ。その姿を、あの方を含め我等はずっと見てきた』

 

 

モミジが駆け上がる後ろ姿を、その“神”は見つめる。自身の知る人間とは違う、その少年の純粋無垢な在り方を。

 

 

『我が神刀が選んだと知り、品定めをしたが……、正直期待外れだ。天界の守護者であり、使者である我の名を与える事は出来ん』

 

『…………』

 

『……だが、』

 

 

ダメだったか、と目を閉じ押し黙る諏訪神(タケミナカタ)。全て終わる。この戦争は終わりだと思う所で、“神”が口を開く。

 

 

『あのヒトガタの子が。この瞬きの間に我が見たあの少年が。全てを出し切り、守り、そこで何を見るのか。それが気になった』

 

 

“天叢雲”が輝く。輝きは増し、その刀身に炎の様に神浄の力が灯る。

 

ゆっくりと柄を握る手を離すと、神刀は弾かれた様にモミジの後を追って飛んでいく。

 

まるで、“次”へと託すバトンの様に。

 

 

『“大神紅葉”。貴様の言う我が儘、その真価、確かに受け取った。それはその返礼である』

 

 

『お前という存在。お前が守る物のその行く末。最期まで、この建御雷神(タケミカヅチ)に示してみよ』

 

 

モミジの中の“神”。建御雷神(タケミカヅチ)は、そう言って確かに笑った。

 

 

 

 

「くぅっ、“雪女郎(ゆきじょろう)”!」

 

全てを凍らせる吹雪が走る。

 

目の前を無数に浮遊するバーテックスを一掃し、だが一息吐く間もなく更に飛来するバーテックスに杏の背筋が凍る。

 

 

ダメだ。数が多すぎる。“神具”に、“精霊”に頼ってはいるがそれもそろそろ限界だ。

 

“精霊”が、敵への対抗策が使えなくなる。

 

死ぬ――。

 

 

「――諦、めない……!」

 

 

皆、その身を賭して戦ったのだ。全員限界なんてとうに超えている。

 

でも、守りたいものの為に頑張っているのだ。

 

こんな事で折れていては、“巫女”の護衛を任せてくれた皆に、申し訳が立たないだろう――!

 

 

自身の“神具”である“金弓葥”。本来とは異なりボウガンの形をとるそれを引き絞り、矢をリロードする。

 

此方に近付くバーテックスを次から次へと撃ち落とす。形振り構わず、リロードし、撃つ。というローテーションを続ける。

 

ぎしり、とボウガンが悲鳴を上げるのを感じた。無理も無い、本来ならもう少しデリケートに扱う物だ。こんなに乱暴に使えば、壊れるのも納得だ。

 

だが、それでも良い。

 

 

「はあああああ!!!」

 

 

撃ち落とす。撃ち落とす。撃ち落とす。

 

空中で撃ち抜かれ崩れ落ちるバーテックスを見つつ、次なる標的へと引き金を引く。

 

 

――自分を変えたい?……なら、怖がらずにどーんと一歩足を進めなきゃな

 

 

私は変わった。あの人に貰ったアドバイスの様に、守られるだけの女の子じゃない。

 

私が守る。守られるだけのひ弱なお姫様な自分とは、もうさよならしたんだ!!

 

 

バーテックスの数が目に見えて減る。何体撃墜しただろうか、もう覚えていない。

 

指が切れ、ヌルリとした感覚に血が垂れているのを感じる。残るだろう傷痕に、タマっち先輩から怒られちゃうな、と杏は笑う。

 

バーテックスの一群の中から、異様な姿が飛び出してきた。尻尾を持つ、蛇の様な、サソリの様なモノ。融合体だ。

 

 

融合体の姿を確認し、即座に矢を放つ。融合体はそれだけでも強力だ。まだ周りに残りのバーテックスも居る。さっさと倒すのがセオリーだろう。

 

矢が融合体へと当たり、手応えに笑みが浮かぶが直ぐにそれは悪寒へと変わる。矢が効かない、刺さらず弾かれたのだ。

 

だからだろうか。油断したその隙を突かれ、融合体の尻尾による刺突を躱せなかった。

 

反射的に身を守る為に“神具”を盾にする。だが、

 

 

「っぁ、ああああ?!」

 

 

盾にした“神具”は容易く壊され、尻尾はそのまま杏の脇腹を串刺した。

 

ぐぃ、と尻尾が振るわれ、杏の身体が宙に舞い地面へと叩き付けられる。

 

 

「杏さん!!」

「そんな……っ」

 

 

未だ辛うじて形を残すシェルターから、ひなたと水都の叫びに似た声が上がる。

 

その声に反応してか、融合体の尻尾がシェルターへと向くがそれを吹雪が遮った。

 

 

「させない……っ、させる、もんかあああぁ!!!」

 

 

自身の身体を省みず、最大出力で“雪女郎”による吹雪を融合体へと浴びせる。鈍くなってきた傷の痛みと、ぐらぐらと煮え立つ様に揺らぐ頭を抑えつつ融合体を見る。

 

杏の時が止まった。

 

ぴしりと、身体を覆うような薄氷を砕いただけで融合体が活動を再開させたからだ。

 

もう指先一本も動けない。

 

“精霊”も応えてくれない。

 

 

「ごめん、タマっち先輩。私、やっぱりダメだった……」

 

 

首目掛けて、此方へと振るわれる尻尾。痛いだろうなぁ。と杏は目を閉じた。

 

 

切り裂かれる音。ゴトリと何かが転がる音。

 

 

――だがそれは、杏の物ではない。

 

 

 

「ダメなんかじゃねーよ。杏」

 

 

聞き慣れた声。嘘だろう?と思わず目を開く。その声の主は、先程死んだはずだ、と。

 

 

「お前が命張って頑張ってくれなきゃ、奥のひなた達まで危なかった。痛かったよな、辛かったよな」

 

「そ、んな……っ」

 

 

手にするのは蒼白く輝く、神浄の輝きを灯す刀。

 

前までの神官服とは大きく変わり、昔の武士を思わせる様な鎧姿。

 

紅葉(こうよう)するかの様に紅く染まった頭髪をした彼が、目に涙を溜めて涙ぐむ杏に背を向けたまま口を開く。

 

 

「ありがとう。後は任せろ」

 

「はい……っ!」

 

 

守り抜いた。守り抜いたんだ。

 

憧れの一人に言われた礼に確かに頷いて、杏はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

「邪魔だ」

 

 

“天叢雲”を一閃する。それだけで、融合体と側に居た数体は神浄の炎に包まれて消滅した。

 

それと同時に感じる、自身へと漲る力。

 

 

「なるほど。元が一緒だから、その力を吸い取ってんのか」

 

 

“天の神”、天津神からの遣いであるバーテックスは、今の俺にある神力と同一らしい。

 

天津神側の“神具”である“天叢雲”は、バーテックスを倒した際にその力を吸い上げる効果があるようだ。

 

 

杏の身体を抱き上げ、ひなた達が居るシェルターへと飛ぶ。ボロボロだ、作り直さねば。

 

 

「モミジさん!!」

「モミジ君!」

 

 

着くと同時に、今にも泣きそうな顔でひなたと水都が駆け寄って来た。

 

力一杯抱き着かれる。ごめん、と謝ると嗚咽と共に更に力が増した。

 

 

「綾乃さんに続いて……、モミジさんまでって……っ!」

 

「……ごめんな」

 

「謝らないで下さいよ……。もう、大丈夫なんですよね?」

 

 

ひなたの言葉に、何も返せなかった。

 

“神樹”からその庇護に外された俺は、四国からすれば最早所謂“敵”の様なものだ。

 

この戦いが終われば、自然と結界から外され外に放り出されるだろう。

 

――即ち、もう四国に帰る事など出来ないのだ。

 

 

返答に遅れる俺を見るひなたの目に、次第に涙が溜まる。

 

元々の素養の高い水都も気付いたのだろう、信じられない、とでも言うように手を口に当てる。

 

 

「……嫌です」

 

「それでも、行かなきゃ」

 

「行かないで下さいよ……!」

 

「皆を守るって、約束して来たから」

 

 

言葉の後で、シェルター奥で眠る綾乃へと目を向ける。

 

もう二度と目覚める事はないだろう、彼女へと。

 

側では、梓が縋り付いて泣いていた。

 

 

「綾乃と約束したんだ。皆を守るって、幸せになって貰うために」

 

「無責任な事、言わないで下さい……!」

 

 

ひなたがモミジの手を取る。離さない、とでも言うようにぎゅっと腕ごと抱くと、叫ぶ様に言った。

 

 

「あなたの、モミジさん自身の幸せは、何処にあるんですか!!」

 

 

言葉の後で、ひなたが嗚咽を上げる。

 

分かっている。このまま引き留める事は出来ないと。

 

今も前線で戦っている強力なバーテックスを倒すには、彼の力は不可欠だと。頭では理解できている。

 

 

でも、不憫な生まれの彼が、一番幸せを知るべきであろう彼を犠牲にしなくてはいけないこの状況が嫌だった。

 

 

若葉を、他の勇者を、そして四国を思うなら送り出すしかない。

 

 

彼を、彼の幸せを尊重するなら、このまま引き留め全ては崩壊するだろう。

 

 

後者は論外だ。だが、だからといって前者を選び送りだすのは、ひなたには出来なかった。

 

 

「ひなた」

 

真っ直ぐ此方を見るモミジ。

 

その言葉だけで、全て分かった。

 

彼が何を選ぶのか、そして、その決意の固さを。

 

 

「俺は行くよ。守りたい物を、守る為に」

 

「そんな……」

 

「んな顔すんなって、水都。笑って見送ってくれ」

 

 

「待って、待ってよ!!」

 

 

奥から走ってきた梓が、モミジに縋るように抱き着く。別れが分かったのか、ぽろぽろと涙を溢しながら離さない。

 

 

「行っちゃやだよ! もう居なくならないで、お願いだから何処にも行かないでよ……!」

 

「……梓」

 

 

モミジがしゃがむ。涙を堪えようと我慢するが出来ずにいる梓に笑いながら言う。

 

 

「綾乃と約束してな。これ守んねーと、次は本気でぶっ飛ばされそうなんだ」

 

「でも、それでも……!」

 

「俺は“防人”。言うなれば守護者だ。なら、梓の居る四国を、皆の住む四国を守るのが俺の御役目だ」

 

 

頭を優しく撫でる。梓は良い子だ、道を正しく導いてやれば、きっと大成できると信じている。

 

 

「だから、泣き顔じゃなくて笑顔で見送ってくれないか?」

 

 

ニカリと歯を見せてモミジが笑う。

 

年相応のその笑顔に、梓は時間を置いて頷いた。

 

ありがとう。と礼を言えば、再び上がる嗚咽を誤魔化す様に水都へと抱き着いた。

 

 

さて、と千景、杏へとモミジは近付く。肌で感じる“穢れ”。“精霊”を降ろし続け、酷使したのが直ぐに分かった。

 

 

「二人ともありがとう。……元気でな」

 

 

手を握り、そこを通じて“穢れ”を吸い取る。“穢れ”が薄くなったからか、二人の顔色は大分良くなった様に見えた。

 

流石に全ては吸い取れない様だ。だが、致死量となる程にはなくなった。時間をかければ、体調も良くなるだろう。

 

 

不意に膨れ上がる神威を感じ見れば、太陽を思わせる炎の塊があった。

 

レオ・バーテックスだろう。急がねば、若葉達が危ない。

 

何か言いたげなひなた達に、先に口を開いて言う。

 

 

「時間が無い。湿っぽいのはもう無しで頼むぜ」

 

 

「はい。……行ってらっしゃい、若葉ちゃん達にも、ちゃんと挨拶して下さいね」

 

「うん。……またね、モミジ君」

 

「……またね。モミジお兄ちゃん」

 

 

少年の、モミジの在り方を認め送り出してくれた少女達の言葉にモミジは笑顔で応えた。

 

 

「おう、またな」

 

 

バチリ、とモミジが雷の如き早さで飛び出して行くのを、ひなた達はずっと見送っていた。

 

 

その中で、ふとひなたは思う。

 

 

「――あぁ、そういえば」

 

 

以前モミジの生家、大神家に行った際に神前の間で見た壁画。

 

大地に平伏す人々を、太陽の威光を背に鎧甲冑の武士が見下ろす。という風に見ていたが、それは違うのではないのかと。

 

あの鎧甲冑の武士は、守護する者を背に“太陽/神”へと立ち向かった者なのではと、太陽へと駆けるモミジを見て思う。

 

 

「“神樹”様、奇跡があるのならあの人に何卒、何卒どうか……!」

 

 

我慢していた筈の涙が流れる。それを袖で拭い、ひなたはモミジを最後まで見送っていた。

 

――その背中を忘れないように、ずっと。

 




モミジは神に認められた訳ではなく、大神紅葉という人柄から、神力だけ貰った形です。神格としてはクソ雑魚ナメクジ、でも内蔵する神力はバケモノ級。

綾乃を助けられるだけの力。バーテックスの脅威から、これから先降りかかる暴威から……。天叢雲が発現したのは、今と未来、一切合切を“薙ぐ”力を求めたモミジの覚悟に応えて。後の草薙の剣である。

本編としてはまだ進めてません、申し訳ない。続きは誠意執筆中です、気長にお待ち下さいませm(_ _)m

長くなりましたが、読んで下さりありがとうございます。


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荒野より君へ告ぐ 2

とある仕事中の会話
「コロナ騒動のせいで仕事溜まってるよ、皆頑張ろう!死ぬ気で頑張ろう!」

「ヘイ上司。一日缶詰でも終わらへんぞ。これ何日予定や?」

「明後日」

「ふぁ?」

「明後日」

「ふぁっ?!」

「大丈夫、一日23時間頑張ればイケルイケル」

「イク前に逝きそうなんですがそれは……」

終わらせましたよ、そう、気合いでね……。

なお会社内死屍累々。

誰か助けて。





蒼白い神聖な炎を纏う刀が、浮遊するバーテックスを切り裂いた。

 

――?!

――!!

 

切り払い、吹き飛ばし、焼き払う。あらゆる方法で次々とバーテックスを消滅させる中で、聞こえる疑念と叫び。

 

無理もない。自分達と同じ力を持ち、行使する者が次々とその味方に襲いかかるのだから。

 

人類という、滅ぼすべき悪へと振るわれる筈の神刀が、自分達へと向いているのだから。

 

 

『――――――!!!!』

 

 

レオ・バーテックスが咆哮を上げる。その意図を察した融合体や他のバーテックスが、裏切り者へと殺到する。

 

次々と作業の様に斬り殺されるが、レオ・バーテックスも準備を終えていた。

 

先程迄とは比べものにならない大きさ、熱量の火球が現れる。

 

足元の樹海が燃え上がり、レオ・バーテックスを中心に大規模な火災の様に火が広がった。

 

 

焼け死ね、とばかりに火球が放たれた。モミジの元へと通過する箇所を抉るように蒸発させながら、死を撒き散らす。

 

 

それを目にしても焦ることなく、モミジは“天叢雲”を握り直す。

 

 

「纏え、“神浄の雷”よ」

 

 

紡ぐ言霊。数瞬の後に、天から一条の雷が“天叢雲”へと落ちる。

 

雷を受けた神刀は、雷鳴の様な轟音を放ちながら蒼白い雷をその刀身に宿していた。

 

 

「“雷よ、不浄を祓え”」

 

 

迫る火球、そしてその奥で立つレオ・バーテックス目掛けて神刀を一閃する。

 

その直後、火球が弾ける様に消し飛び、そこから生じた雷がレオ・バーテックスへと直撃した。

 

最期の悲鳴を、苦痛の声を上げる事も無くレオ・バーテックスが消滅するのを見て、そこまでその戦闘を見ていた若葉達から信じられないと驚愕から声が洩れた。

 

 

「勝った……、のか……?」

 

「うん……、あっという間に終わっちゃった……」

 

 

球子と友奈が呆然と声を上げた。

それを皮切りに、力無く座り込んでいた若葉が“生大刀”を杖代わりに立ち上がるとモミジの元へと足を進める。

 

 

「モミジ!」

 

「おう、若葉」

 

 

若葉の声に、モミジが振り向く。いつもの、聞き慣れた返事に若葉に笑みが浮かぶ。

 

 

「先程の戦い、見ていたぞ。お前には何というか、いつも度肝を抜かれるな」

 

「若葉達が奮闘してくれたおかげだよ。俺一人じゃ、こうはなってなかった」

 

「……なぁ、モミジ。私の見間違いじゃなければ、お前は」

 

 

こうはなってなかった。というモミジの言葉に、若葉は言い淀む。

 

()()()()()()()()()。言外にそう言うモミジにどう話し掛けようかと考えれば、そこに声を掛ける者が居た。

 

 

「モミジさん、色々と聞きたい事があるわ」

 

 

――画面の中の“大神紅葉”の反応が消えたままのスマホを握る歌野を見て、若葉は無意識に息を飲んだ。

 

 

 

 

レオ・バーテックスを消滅させた時、一つの魂が放り出されたのが見えた。

 

まるで迷子の子供のように、当てもなくふらふらと浮遊するそれは、直ぐに自分の片割れの物だと気付く。

 

言葉に出さず、こっちにおいで。と念じればふよふよと漂いながら身体に溶け込むように入った。

 

前までの彼女が持っていた、悪意や殺意は微塵も感じない。疲れ、眠るように落ち着いたのを感じつつ、此方を見据える歌野へと向き直る。

 

 

その手に持つのは、大社から支給された“勇者システム”を内蔵するスマホ。

 

表示されるその画面は、皆の位置情報をリアルタイムで表示する物であり、

 

 

――“大神紅葉”の文字が、消灯した様に光を失っていた。

 

 

「お前達が思っている通りだよ。俺は一度死んだ」

 

「……っ」

 

「今の俺は偶々、本当の偶然から生き返っただけだ。いや、違うな……綾乃が助けてくれたんだ」

 

 

自分が死んだ。ということを何てこと無いように言うモミジへと、一同が言葉を無くす。

 

 

「今の俺は、“神樹”から敵と見なされた存在だ。この樹海化が解ければ自然と結界の外、つまり、四国の外へと放り出される」

 

「そんな……っ、どうにかならないのか?!」

 

「ならないな。……もう、どうしようもないんだ」

 

 

モミジの言葉に、若葉の脳裏に過去の記憶が蘇る。

 

大神家

 

天津神の因子を宿す子

 

ヒトガタの呪術

 

 

それを一緒に聞いていた歌野も、思い当たる節があるのか黙ってそれを聞いていた。

 

だが、そこへ待ったを掛けたのは球子だった。

 

 

「ふざけんなよ、モミジ……」

 

「球子」

 

「自分はダメだ。って言われて、納得出来るわけないだろ?! お前自身はどうなんだよ?!」

 

「そうだよ。要するに“神樹”様から認めて貰えたら良いんでしょ? なら皆で考えようよ!」

 

「友奈……」

 

 

球子と友奈の言葉に、嬉しさと恥ずかしさが混じった笑みが浮かぶ。

 

純粋に此方を気遣う彼女達の言葉に、こんな状況でなければ揺らいで居たかもしれない。

 

 

だが、もう無理だ。遅すぎるのだ。

 

 

「さっきのバーテックスを見たろ。四国の外は奴等でいっぱいだ。それに、さっきの様な進化体の事もある」

 

「……っ」

 

「そう。四国はもうジリ貧だ。防衛に全てを回し、抵抗という手段はお前達“勇者”しかない四国は、数の差で押し切られる」

 

 

その内容に、面々の顔が曇る。

 

そうだ。今回のこの一戦ですらこの有様。これが更に続くとなれば、自分達の身は保たない。

 

 

だからこそ、とモミジは言う。

 

 

「俺が、向こうの敵と交渉してくるのさ」

 

 

 

 

もうじき堕ちる。

 

 

さぁ、もう少しだ。

 

 

毒は回った。土地神の後ろ盾も無くなった。

 

 

あの身体は、私の物だ。

 

 

――さぁ、後もう一押し。

 

 

 

 

「交、渉……だと?」

 

「あぁ、交渉だ。だが、上手く行く確率は高い」

 

 

「……具体的に、どうするの?」

 

 

話の内容が分からず繰り返す若葉に返せば、歌野が目を細めながら言う。

 

彼女ならば知っているだろう。何せこれは、彼女が元いた諏訪の神様がとった行動なのだから。

 

 

「“国譲り”。四国、つまりは神樹の結界内のみを国土として認めて貰い、相手の神様へと許しを請うんだ」

 

 

かつての諏訪神。建御名方(タケミナカタ)建御雷神(タケミカヅチ)に負け許しを得るために行った神事。

 

諏訪から出ないことを条件に交わされたそれのせいで、四国への移動の際かの神は共に逃げることを断念したのだ。

 

 

「願うは四国内の長期の安寧。その間はバーテックスの侵攻は止めてくれって形でな」

 

「その供物は、どうするつもり?」

 

「勿論、俺だよ」

 

 

ヒトガタとして“神”を人の身で閉じ込め、かつ“天災”の引き金となった神の怒りをかった大神家。その子供ともなれば、供物には相応しいだろう。

 

 

「……モミジ、ふざけているなら怒るぞ」

 

「ふざけてないさ。至って真剣だ」

 

「っ、お前!!!」

 

 

球子が拳を握り締め振り上げる。

 

冗談でも何でもない、モミジは本気だ。

 

なら、止めるのは言葉ではなく行動で示すしかない、と。

 

 

だが。

 

 

「……ほら、こんなにもボロボロだ。こんなんで、これから先も戦うつもりか? 無理だろう」

 

 

握った拳は、モミジへと届く前にしっかりと掴まれた。

 

同時に気遣う様に言われた言葉に、球子に羞恥と怒りが湧く。

 

 

「だからって、モミジが死ぬ理由になるわけないだろうがぁッ!!」

 

「いだっ?!」

 

 

咆哮と共に放たれたのは、拳でも蹴りでもなく頭突き。石頭である球子の頭突きをモロに喰らい、モミジがたたらを踏んでよろめく。

 

 

「タマは“勇者”だ! なら、敵が強いっていう理由で逃げる訳には行かないだろ!」

 

「……タマちゃんの言うとおりだよ。私だって“勇者”だもん、なら、戦うときは私も一緒に戦うよ!」

 

 

球子、友奈の勇者服がその意匠を変える。

 

“禁忌精霊”ではないが、“一目連”に“輪入道”をその身に宿している。もうそこまで回復したのか、いや。

 

 

――神樹が、目の前の敵を討てと言っているのか。

 

 

「……球子の言うとおりだ。モミジが犠牲になる理由ではない。四国の平和は、私達だって無関係ではないのだから」

 

「そうね。モミジさんは一々自分だけで抱え込み過ぎだわ」

 

 

若葉、歌野も立ち上がる。言葉での説得は不可能、ならば、残った手段は力尽くだというのはその場の面々は感じていた。

 

 

 

「……そうか、分かってはくれないか」

 

 

――これは、“次”へと託すための戦いである。

 

“花”は散るまでに“種”を残し、次世代へとその種を存続させる。

 

そうやって地球上の生き物は、人間は今日まで生き延びて来たのだから。

 

 

「なら、本気で行くしかねーな。死ぬのは俺一人で充分だ」

 

 

――その為の礎となるのなら、それでも良い。

 

彼女達の為になら、俺は命を張ろう。

 

 

 

これは、“勇者”(かのじょたち)の物語ではない。

 

 

「……それが、どういう意味か分かっているのか、モミジ」

 

 

「――あぁ、理解してるさ。若葉」

 

 

 

花は咲かず、後に続く実や種も結ぶ事はない。

 

 

それでも。

 

 

「だから、止めるなら殺す気で止めに来い。じゃねーと……」

 

 

「……モミジぃ!!」

 

 

少年は武器を振るう。守りたいモノを守る。

 

 

たった、それだけの為に。

 

 

 

 

 

「――降りろ、“源義経”(みなもとのよしつね)

 

「――少しだけで良いわ、力を……、“覚”(さとり)

 

 

 

二人の意匠が変わる。目にも止まらぬ早さで駆ける武士、相手の予測を見通す妖に。

 

普段であれば軍師役である杏の指揮の下動くが、今回は違う。

 

 

これは、意地と意地のぶつかり合いだ……!

 

 

“生大刀”を抜く。駆け出す前に歌野を見れば、任せろとばかりにコクリと頷いた。本当に頼もしい限りだ、と足に力を込める。

 

体力は完全にではないが回復はした。モミジに勝てるかは分からないが、勝算はある。

 

 

「モミジ君、覚悟……!」

 

「っ!」

 

 

友奈の暴風を纏った拳を躱すのを見て、やはりかと確信する。

 

モミジは反撃しない、いや、出来ない。

 

 

普段の鍛錬でも反撃らしい反撃など滅多にすることはない。その甘い所は欠点ではあったが、今はその欠点に救われる。

 

友奈、球子の連撃に隠れ必殺の隙を見付ける。そこを、この精霊の神速とも言える速度で峰打ちを打ち込むのだ。

 

 

球子の盾により視界を遮り、歌野の鞭と友奈の拳で考える時間を与えない。

 

どれも当たれば今のモミジでも痛いでは済まない威力だ。だが気を緩めるな、じっと待て。

 

 

「はぁっ!」

 

「くっ……」

 

「貰ったわ!」

 

 

友奈の地面を巻き込んだ連打に、巻き上がる土煙の煙幕にマズいと思ったかモミジが跳び退く。そこを見逃さなかった歌野が、空中で鞭で雁字搦めに拘束した。

 

 

――ここだ……!

 

 

両手は塞がっている。空中に跳んで居るため、躱すことは出来ない。

 

“生大刀”を居合いの構えに落とし、呼吸と共にモミジ目掛けて全速、一拍の間に踏み込む。

 

 

「っ、お前ら……!」

 

「モミジ、取り敢えず今は寝ておけ!」

 

 

間合いは三歩半、後は峰打ちを首目掛けて――

 

 

「――強くなったな、本当に」

 

「……え?」

 

 

精霊が、いつの間にか消えていた。突然の異変に、打ち込む筈の攻撃が放てず止まる。

 

その瞬間に、蒼白い雷がモミジの身体から全方位へと放たれた。

 

 

雷により身体から力が抜ける。ダメだ、動こうにも上手く動けない。

 

友奈、球子、歌野もモミジの攻撃で気を失ったのか勇者服から普段の制服へと変身が解除されていた。

 

 

「流石は若葉だな、今の攻撃で気絶しないとは」

 

「な、にを、した……」

 

「ん、あぁ。俺の神様としての力、って言えば良いのかな。“御霊の使役”なんだがな。精霊を自由に操れるのさ、取り込んだり、――強引に剥がしたり」

 

 

なるほど、それでか。と納得する。全員の姿を視認するまで、待っていたのだと理解する。逃げる暇等与えず、一網打尽にするためだと。

 

 

「もう立つな。樹海化が解けて四国に戻ったら、綾乃の葬儀を頼む。穢れに染まってたから、よーく清めてな」

 

「ま、て……!」

 

「さて、取り敢えずはこの樹海の穢れも直しとくか」

 

 

モミジが手を地面へと当てる。目には見えない力の様な物が大地へと流れると、先程の戦闘の跡地がみるみるうちに直っていくのが見えた。

 

ひなたから聞いた、神力を流しているのか。

 

 

「全部は無理か……、まぁ、この程度なら大丈夫だろう。何なら、この後で奴等から補充出来る」

 

 

モミジが大地に刺していた神剣を抜く。ダメだ、このままでは行ってしまう。

 

 

「行く、な。モミジ……!」

 

「……何度も言ったろ。俺は、」

 

「それでも、お前に行って欲しくないんだ……!」

 

 

“生大刀”を支えに立ち上がる。今日何度も杖代わりにしてるな、そろそろコイツからも怒られそうだ。

 

 

「私もひなたも、お前の事は家族も同然だ。家族が死ぬことを看過出来るわけがない!それに、ひなただって……!」

 

「若葉」

 

 

一瞬の内にモミジの姿が消え、声が直ぐ後ろから聞こえた。

 

固い決意の、そこから微かに洩れた優しさを感じる声音で、モミジが最期に告げる。

 

 

「ありがとう。お前達と出会えて、本当に良かった」

 

 

バチリ、という音の後に身体が倒れて行くのを感じる。

 

行かせまいと手を伸ばそうとするが、ピクリとも動かせず若葉の意識は闇に消えた。

 

 

 

 

「――よぉ、お出迎えか?」

 

 

四国の結界の外へと踏み出せば、そこには埋め尽くす様にしてバーテックスが無数に浮遊していた。

 

ガチガチと歯を打ち鳴らすそれは、此方への明確な敵意。

 

 

神剣“天叢雲”を掲げる。これから始めるのは俺の償い、そして、四国の先を守るための“防人”としての役割。

 

 

「天の神よ、聞き給え! これより行うは我が咎の清算! そして、我が願いは一つ!」

 

 

……見えないが、何かバカでかい、巨大な気配を感じる。上空を見れば、広大な青空に透ける様にうっすらと、何か巨大な円盤の様な物が、あれは……古代の鏡だろうか。

 

 

「人類の健やかな安寧なり! 愚かな人間は変わる! ならばそれまでの間、手出しをしないでほしい!」

 

 

“天叢雲”が輝く。これから行う戦闘に高揚しているのか、モミジを鼓舞する様にその輝きを増していく。

 

 

「我に試練を! それを乗り越えし時、我が咎を赦し、人類に今一度の猶予を与え給え!」

 

 

モミジの口上が終わると共に、バーテックスの群が波を打ってモミジへと雪崩れ込む。

 

それに呼応するように輝く“天叢雲”に応えるように、神力を流し込みながらモミジは笑う。

 

 

「我が名は大神紅葉! 人類の守護を担う、防人だぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

どれ程の時が経っただろうか。

 

 

何日?何ヶ月?それとも年?

 

 

四国外の理が既に書き換えられているのか、夜が来ないままにモミジは戦い続けていた。

 

 

分かるのは、残るバーテックスが残り少ないという事だけ。

 

 

武器を振るう。疲労なんて物はない。武神の冠を持つかの神に、闘争による衰えなど無いからだ。

 

 

ただ、地形が大きく変わっていた。

 

結界の外にあった山々は何時しかその姿を消し、草原等の自然を感じる風景は見る影もない。

 

環境破壊の現行犯だ。焼け野原しか無ぇ。

 

 

飛来する進化体の攻撃を躱し、剣で薙ぎはらう様に斬る。

 

 

やはりというか、あの少女(いもうと)の魂を入れていたあの人型バーテックスが別格なだけだったらしい。同じような見た目ではあるが、コイツらは何というか、脆いのだ。

 

 

消滅を確認し、ふぅと地面に腰を降ろす。

 

 

疲労は無いが、精神的に来る。一日という概念が無いからか、気が狂いそうになるのだ。

 

 

上空にうっすらと見える鏡に、光が点く。円を描くように配置された十二の紋章が点り、とんでもない量の神力が集まるのを感じる。

 

 

――それこそ、世界を書き換える力が使役される予兆だろう。

 

 

攻撃ではない、ということは認められたのだろうか。

 

 

「どっちにしても、此処までだなぁ」

 

 

やれやれ、と地面に剣を刺す。お疲れさん、と言葉に出さず言えば役目を終えたかの様に輝きが消えた。

 

 

地響きの様な音に見れば、これまでに見たことのないような火球、いや、あれこそが太陽というべきだろうか。が地上へと降りてくる所だった。

 

 

地上に落ちると、大地を嘗めるように炎が這い燃え上がる。

 

 

四国の周りの海は一面の溶岩に、陸だった場所は赤く発熱する燃えさかる大地に。

 

太陽の表面に走るというプロミネンスによく似た炎が、至る所から舞い上がっていた。

 

 

呼吸と共に入る熱気に、これ生身だと一瞬で焼き肉になるなと苦笑いする。凄まじい熱気だ。

 

 

「……なぁ、おい。これで良かったか、綾乃」

 

 

唯一無二の相棒へと、確認を兼ねてポツリと呟く。神力が尽きてきた。もうすぐにでも俺は死ぬ。

 

 

返事など返ってくる筈がない。綾乃はちゃんと葬儀されただろうか、まぁ、若葉とひなたが居るから心配はしてないが、そこが心残りだ。

 

 

「さーて、次は綾乃探さねーとな。どっか遠くまで行ってないと良いんだが……」

 

 

ぐっ、と伸びをして欠伸をする。これから昼寝をするかの様に、一つ息を深く吐いて吸う。

 

 

「……悔いが無い。といえば嘘になるんだが、まぁ、一つ言うなら――」

 

 

ゆっくりと、大きな岩に背中を預けて目を閉じる。

 

夢見心地のまま逝くというのも、悪くはない。

 

 

 

「――アイツらと、もっと一緒に生きたかったな」

 

 

 

少しの時間の後、少年の身体は炎に包まれた。

 

 

大神紅葉の人生は、こうして幕を閉じた。

 

 

 

 

土地神の集合体であり、四国の奉り神。“神樹”。

 

その中では、とんでもない騒ぎが起こっていた。

 

 

原因は、一つの神格。

 

 

ふらふらと迷い込んだそれは、余所者でありながらまるで自分の庭かの様に土足で踏み荒らしていた。

 

 

それに激怒した一つ神格。木っ端のそれを消し去ろうと躍り出るが、

 

 

「邪魔」

 

 

その未熟な神格からは考えられないその力に、蝋燭の火を吹き消す様に掻き消された。

 

 

周りの神が処罰をと“神樹”の主人格へと詰め寄るが、“神樹”は応えない。

 

 

とある一つの高位の神格は、「手出しせねば無害じゃ」と宣う始末。

 

 

だが、とある一つの魂を見つけてからは借りてきた猫の様に大人しくなった。

 

 

穢れが酷く、浄化に300年程掛かるだろうと見込む一つの魂をだ。

 

 

あれほどの暴れん坊が見初めた、穢れし魂……、神々の興味を引き、手を出すには充分な素材だった。

 

 

そして引かれる二度目の怒りの引き金。

 

 

そんな騒動に、神々を宥めていた高位の神格はため息を吐いた。

 

 

 

 

 

時が経った。

 

 

花弁を纏う魂が、次々に流れてくる。

 

 

最初が姫百合(土井球子)、そして紫羅欄花(伊予島杏)

 

次に(高嶋友奈)、そして彼岸花(郡千景)

 

 

怒られた。泣きながら怒られた。

 

もっと話したかったと、何で考え直さなかったのかと。

 

時間を掛けて話して、やっと許して貰えた。

 

でもやっぱり許さないらしい。何故だ。

 

 

次に流れ着いたのは金糸梅(白鳥歌野)とそれに着いた黄緑色の魂(藤森水都)

 

 

怒ってはいたが、それも程ほどにこれまでの事を話してくれた。蕎麦屋をチェーン展開したのだとか、蕎麦愛凄し。

 

野菜を育て、そしてそれを配達するという事をしていたらしい。なるほど、夫婦営業とはこの事か?と言えば笑われた。

 

 

少し時間が経って流れたのは、気品を感じる赤色の魂(上里ひなた)

 

 

ずっと待っていました。と開口一番に言われた。怖い、顔が見えないのに怖いのは分かる。近くの綾乃も怯えていた。

 

説教もされた。こうして怒られるのは何十年振りだろうか。神になったし余裕、とは思ったが別物だった。誰か助けて。

 

 

怒られ、泣かれて、また怒られ……そうして待つが、肝心のもう一つが来ないままだ。どうしたのか。

 

 

聞けば、誰にも分からないのだとか。そろそろ来ても良い頃合いだ、遅れては、正しく逝くことが出来ない。

 

 

 

――迎えに行ってあげて下さいな。

 

 

 

彼女に言われ、分かったと二つ返事で飛び出した。

 

もしかすると、心の何処かではそう言われるのを待って居たのかもしれない。

 

 

 

 

 

少し前に、ひなたが逝った。

 

死因は老衰。大きな病気もせず、綺麗に逝った。

 

 

「――ふぅ」

 

 

眠れなくて、布団から出て縁側へと腰を降ろした。

 

闇夜を照らす満月の月明かりが、懐中電灯なぞ不要とばかりに明るく地上を照らしている。

 

 

――こんな夜は、あの日の事を思い出す。

 

 

皆で旅館に泊まりに行った、あの日の夜の事を。

 

 

「……そろそろ寝るか」

 

 

茶を飲み干し、ただぼぅとしているのも嫌になり寝ようと思う。

 

年寄り臭いとあの二人にはよく笑われていたな、と思い返すと声が聞こえた。

 

 

「ん、旨いなぁ。この緑茶、良いとこのか?」

 

「――」

 

「んだよ、呆けた顔して。……あ、もしかして忘れ去られてる俺?」

 

「……忘れるものか、この馬鹿者が」

 

 

大神紅葉が、そこに居た。

 

あの日と変わらない、年相応の笑みを浮かべて。

 

 

~~

 

 

「――怖いなー、ひなた。そんな事したなんて」

 

「……お前が救った平穏を守るためだ。ひなたも、私も、それしか考えられなかった」

 

「……そっか」

 

 

俺が綾乃を探してる間、四国で起きていた歴史を聞いていた。

 

何でも、また“天の神信仰”が復活していたとか。そしてそれを掃討する組織が在るとかないとか。

 

 

二人とも、子宝には恵まれたらしい。その事について語る若葉の顔は、少し誇らしげだった。これが親の顔か。

 

 

「……モミジは、どうなんだ?」

 

「綾乃も見つけて、他の皆も一緒に居るよ。そろそろ頃合いなのに、中々若葉が来ないーって、ひなたが文句言ってたぞ」

 

「ふふっ、そうか。ひなたは何時まで経ってもひなたらしい」

 

 

嬉しそうに笑う。ひとしきり笑うと、何処か神妙な面持ちで若葉が言う。

 

 

「……これからの事を考えていてな。大丈夫なのだろうか、と」

 

「人類がって事か?」

 

「あぁ。あの“天災”を知る者は、おそらくもう数える程しか居まい。あの恐怖が、あの苦痛を知る者が居なくなる時、どうなるかと考えてしまう」

 

 

湯呑みに口をつける。少し前まで熱かったそれは、冷めたのか飲みやすいぬるめの温度にまで下がっていた。

 

お前ならどう考える。と言われ思う。そうだなぁ。

 

 

「分からねーな」

 

「……そうか」

 

 

モミジならば、答えを出してくれるかもしれない。

 

そんな淡い期待を持っていた若葉だったが、予想外の答えに正直落胆した。

 

 

「……それが、心残りか?」

 

「……え?」

 

「“この先、人類が正しく歩めるのか”。それが心残りかって聞いてる」

 

「あ、あぁ……」

 

 

若葉が突然の事に言い淀んでいると、よし、とモミジが立ち上がる。

 

 

「お前の願いなら叶えない訳にはいかないな。特別に叶えてやろう」

 

「ど、どうやってだ?!」

 

 

困惑を隠せない若葉に、落ち着け、と促して得意気に指を立てる。

 

 

「“大神紅葉”の名において、乃木若葉、お前の願いを聞き届けよう。これより行うは花より花へ。命のバトンとも言える魂のリレー」

 

 

散り際に残す“次”への種。

 

それが芽吹くか、それとも枯れるか、それは神にだって分からない。

 

花から花へ、その魂のリレーとも言える繋がりを結ぶ儀を、こう呼ぶとしよう。

 

 

「“花結いの儀”。若葉、お前自身の目で、未来を見定めてこい」

 

 

此方へと差し出されたモミジの手の平で、一輪の桔梗が淡く光ながら花を咲かせる。

 

嘗て当たり前の様に感じていた力が戻るのを感じながら、若葉の目の前が光に包まれた。

 

 

 




さぁ、ここからが(自分的な)本編。ゆゆゆい始まるよー!深夜テンションです。前書き見て察して。

もうちょっとだけ進むんじゃ的な感じなので、そこまでドシリアスは無いかな。ゼロではないけれど。

簡単な説明。その後の勇者、そのお付きの巫女組。

大神紅葉→死亡
国土綾乃→死亡

乃木若葉→子供出来る。大社総合トップ

上里ひなた→子供出来る。大社巫女トップ。でも若葉を抑えつけられるから実質の総合トップ。

土井球子→子供出来るが勇者の力は引き継がれず。警備隊教官としての道を歩む。

伊予島杏→子供は出来ず、その代わりというか孤児院を設営。晩年は大社の書庫の管理人に。

高嶋友奈→戦いの終わりを知り神具を神樹へ返還。大社から身を引いて彼女が望む平凡な人生を進む。若葉の願いで名誉家系としての名は残る。

郡千景→友奈と同じく、大社から身を引いた。名誉家系としての名は残る。子宝に恵まれ、隣人の高嶋家と共に平凡な日々を送る。

白鳥歌野→ホワイトスワンファームを設営。四国の野菜事情を牛耳る程に。ついたあだ名が農業神。結婚はするが、子供は無し。

藤森水都→ホワイトスワンファームから出荷する物流センターを経営。四国一の企業へ。ついたあだ名が物流神。これもう分かんねぇな。キャリアウーマン一筋で結婚せず。


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花結いの章
結ぶ歴史 1


長くお待たせしました……m(-_-)m


コロナ蔓延、緊急事態宣言発動

作業ストップ、溜まる一方の仕事

まさかの自宅での作業⬅️イマココ!


コロナ死滅しろ





◆□◆□

 

 

 

何故?

 

何故そんな事をするのですか?

 

 

 

「――様が下した決定です」

 

「テロリストがこれ以上蔓延らない様、必要な事なのです」

 

 

 

嘘だと言って下さい。

 

 

 

「――私は、私達には、あの二人が守った世界を守る義務がある」

 

「貴女にも、その気持ちは分かるでしょう?」

 

 

 

…………分かって、たまるものか。

 

 

 

◆□◆□

 

 

 

私達が暮らしていた時代から進むこと300年後。

 

 

世界は、“平和”を取り戻していた。

 

 

「――若葉ー、ぼーっとしてどうしたの? お鍋出来ちゃってるわよー?」

 

「……あぁ、戴こう」

 

 

目の前で此方へと小鉢を差し出す少女、犬吠埼風(いぬぼうざき ふう)から礼を言いながら受け取る。

 

ほこほこと美味しそうに湯気を上げるそれをぼぅと見ていると、隣に座るひなたが心配そうに此方を覗き込んだ。

 

 

「どうしたんですか、若葉ちゃん?」

 

「いや、心配ない。……少し、西暦の時代の事を思いだしてな」

 

 

目の前に広がる、その光景をただ見つめる。

 

“防人”と呼ばれる、この時代において四国外の調査を行っている彼女達の歓迎会が開かれていた。

 

実は彼女達が此方に来て大分期間が経っては居るのだが、最近は戦い続きだったという事で気を緩める事が出来ず、すっかり延期していたのだ。

 

 

「――おい弥勒、俺の唐揚げに勝手にスダチ掛けてんじゃねーよ! つーかレモンか塩だろ、唐揚げにはよぉ?!」

 

「スダチだって美味しいじゃありませんの!! 普段ラーメンばかりと偏っているのだから、ビタミンをしっかりと摂って下さいましッ!!」

 

「うるせぇ!! お前は俺の母親か!」

 

 

「雀、貴女はもっと食べなさい」

 

「あ、メブーよそってくれたの? ありがとー、雀うれしぃ!」

 

「明日から訓練のメニューに筋トレを増やすからね、スタミナは常に多く保って貰わないと」

 

「ひぃぃ?!」

 

 

“防人”で入った面々が思い思いに過ごしている。個々の個性が強いと感じる事も多い面子だが、同時に心強い戦力でもある。

 

 

“防人”のリーダーである楠芽吹(くすのき めぶき)

 

しずくとシズク。二つの人格を持つ陰在る少女。山伏(やまぶし)しずく

 

引っ込み思案の自分に自信の無い、大人しい少女加賀城雀(かがじょう すずめ)

 

気品あるお嬢様の様な振る舞いをする、何処か抜けた少女弥勒夕海子(みろく ゆみこ)

 

 

そして――。

 

 

「あややー、メブが虐めるよー! 小動物虐待反対ぃ!!」

 

「あ、こら。亜耶ちゃんに抱き着かないの!」

 

 

「大丈夫ですよ、芽吹先輩。雀先輩、これも“勇者”としての御役目ですから、頑張りましょう?」

 

 

――芽吹達“防人”のお付きの“巫女”である少女。国土亜耶(こくど あや)

 

 

泣きつく雀へとぐっと両手を握り励ます彼女を見ているのが分かったのか、ひなたが懐かしい物を見るように目を細める。

 

 

「……やっぱり、気になりますか。亜耶ちゃんの事」

 

「……どうしても、な」

 

「綾乃ちゃんとは性格的な意味で正反対ですけどねぇ」

 

「それは私も同じようなものだ。園子はどんな突然変異から産まれたのか……」

 

「もう、自分の子孫ですよ?」

 

 

ひなたからの苦笑いを受けて、改めて亜耶を見る。

 

国土。という名字に、ぐっと心臓が掴まれた様な感覚に陥った。

 

()()()()()()()()()()()()()私達からすれば、あの“呪い”を受けた綾乃が生きていた。という事を決定付ける物ではあるが……。

 

 

それにしても、とひなたがぼやく様に切りだして思い直した様に言葉を止める。

 

何を言いたいのか分かる。ひなたは、それを分かるから止めたのだろう。

 

 

「……来ないな、モミジと綾乃。梓も来る可能性があるのか?」

 

「梓ちゃんは、“巫女”としては申し分ないですが幼すぎますからね……」

 

 

ひなたの言葉に、そうかと短く返す。

 

 

造反神。“神樹”の中に在る、嘗て“天の神”側だった神の一柱が、突如暴れ出したらしい。

 

力の強い神らしく、このままでは結界ごと内側から瓦解する……のを阻止するべく、私達が呼ばれたという事だ。

 

ここ、“神樹”そのものの中へと。

 

“勇者”や“巫女”として戦える者、その資格を持つ者ならば呼べるという事なのだが、待てど暮らせど彼等は来ない。

 

“防人”という、正規の“勇者”ではない彼女達が呼ばれたから可能性があるかと心待ちにしていたが、“神樹”からの応答は全く無しだ。

 

 

私とひなただけでなく、球子も杏も、千景や友奈も何処か寂しそうな目をするときがある。

 

これほどの平和、待ち望んだ風景の中に本来あるべき姿が無いのが心に深く刺さるのだろうか。

 

 

私達西暦の時代。平和の為に誰よりも先頭で奔走した彼等が、何故此処に呼ばれないのか、この平穏を味わえないのか。

 

 

「……いや、まさかな」

 

「若葉ちゃん?」

 

 

不意に浮かんだ考えを、ぶんぶんと頭を振って振り払う。

 

赤嶺友奈(あかみねゆうな)。四国の、大社にその名を連ねる赤嶺家の者が反乱者、造反神側の“勇者”として名乗りを上げている。

 

 

――私の時代に生きた人なら、造反神様側に着く理由も分かるだろうけどね。

 

 

()()()()()で、確実に何かが起きた事を示すその言葉。起きた事件も、その理由も分からない。

 

――だが。

 

 

一瞬、ほんの一瞬だが、彼への冒涜、侮辱とも思える考えを懐いてしまった。

 

四国にバーテックスが攻め入らない、猶予とも言えるこの平和な時代を作った大神紅葉。

 

そんな彼は、その身に“天津神の因子”。即ち“天の神”との繋がりとも言える物を宿していた。

 

 

「大丈夫、何でもないよ。ひなた」

 

 

――大神紅葉は、“天の神”。つまりは造反神側の“勇者”として召喚されてはいないだろうか。と。

 

 

◆□◆□

 

 

ずきりと頭が痛む。

 

 

雨が降る中、白い息を吐きながら山道を道なき道へと進む。

 

後ろを見れば、怒号と共に追っ手の物だろう灯りが見えた。

 

 

「――私は、悪くない……っ!」

 

 

ギリギリと歯を食いしばり、足に力を入れて立ち上がる。

 

そうだ。私は悪くない。

 

悪いのは、アイツらだ。

 

 

――あの人達を消したのはアイツらだ。

 

あの人達の功績を、居なかった事にしたのはアイツらだ――!

 

 

()()()()()()()()()を庇う、息が荒いが整える暇は無い。

 

 

今回は失敗した。ならば次だ。何度でも、何度でも挑戦してやる。

 

 

殺してやる――。

 

 

「――――は、絶対に殺してやる……っ!」

 

 

◆□◆□

 

 

「四国ももうすぐで奪還出来るわね。何事も無くて良かったわ」

 

 

四国。讃州中学校、その中にある“勇者部”部室。

 

机で地図を広げ、ペンでキュ、キュと取り返した土地を塗り潰しながら歌野が感慨深そうに呟いた。

 

 

神世紀の“勇者”達は若葉達西暦組とは違い、バーテックスに対する危険視が緩いのが歌野や若葉達にとってのネックだった。

 

“勇者システム”の性能が上がっているから安全――。そう言えば聞こえは良いが、それは即ち敵に対する警戒心の浅さに繋がる。

 

 

「最初はどうなるかと思ったけれど、思ったより問題なかったわね。何だか肩透かしを受けた気分」

 

「まだ気は抜けないがな。……赤嶺友奈、アイツがこのまま何もしてこない訳がない」

 

 

ふぅ、と塗り潰した地図を腕組みしながら見れば、若葉が目を細めながらそう言う。

 

“精霊”による精神攻撃。数に物を言わせた人海戦術……。その悉くを何とか対処し、クリアしているがこんな物で終わらないと若葉は言う。

 

 

「……まさか、向こうもお仲間(フレンド)を連れてくるって?」

 

「可能性の話だが……な」

 

 

考えすぎだろうか、と口には出さず苦笑いを浮かべた。

 

そんな若葉へと、歌野が口を開こうとしたとき、ガラリと部室のドアが開く。

 

 

「あれ、若葉まだ残ってたの?」

「あ、二人ともお疲れー!」

 

 

開いたドアの先に居たのは、風とぱっと見友奈にそっくりではあるが、西暦の高嶋友奈ではなく、神世紀の結城友奈(ゆうき ゆうな)

 

此方へと来たときには、そのあまりにも瓜二つな容姿に驚いたものだ。正直、今でもたまに間違える。

 

 

人懐っこい笑みを浮かべて手を振る友奈へと手を振り返し、実は……、と先程までの話を二人へとしてみた。

 

 

「赤嶺の仲間……ねぇ」

 

「机上の空論だ。流してくれて構わない」

 

「でも、なら他に心当たりのある人間が居るの? 西暦に、若葉達の他に“勇者”が居たとか?」

 

 

友奈からの問い掛けに、話すべきか、と少しだけ悩み歌野を見る。同意する様に頷いた彼女を見て、ならばと言ってみる事にした。

 

 

「大神、紅葉……?」

 

「なんか、東郷さんが喜びそうな名前だねー。雅っていうか、和風って感じ?」

 

「本人は、パワフルな人だったわよ」

 

 

風が確かめる様に名前を呟き、何処か引っ掛かる様な声音を上げる。

 

紅葉。という名前に和風だ雅だと言って笑う友奈へと、歌野が笑って訂正する。うん、確かに雅は無いな、雅は。

 

 

「もう一人の国土綾乃って、亜耶ちゃんのご先祖様なのかな?」

 

「恐らくは……、亜耶は分からないらしいが」

 

「まぁ、300年も前の人ならねぇ……。若葉みたいに有名ならまだしも」

 

「それなのよね。二人の事が、何も残ってないのよ。まるで……」

 

 

歌野が何かを言いかけて、いいやと言い淀む。

 

それは分かる。恐らくは私やひなたに気遣って言うのを止めたのだろう。だが、可能性としてはあり得る。

 

 

 

――何らかの要因で、()()()()()()()()()()()()のだと

 

 

 

「……ま、まぁ。赤嶺が何をして来ようと、私達も戦力が増えたんだし……余裕じゃない?」

 

「そうだよ! 赤嶺ちゃんの友達が来ても、皆仲良く出来るはずだよ!」

 

 

二人の深刻そうな雰囲気に、仕切り直す様に風が声を上げる。

 

それに合わせて友奈も、彼女らしい提案をして場を和ませようとしてくれた。

 

その有り難い気遣いに、思わず笑みが浮かぶ。

 

 

「それに、その二人とも会えると良いね!」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

本当に、その通りだと若葉は笑った。

 

 

 

◆□◆□

 

 

 

……ここまでか。

 

 

もう意識が保てそうにない。

 

先程までドバドバと出血していた腕からは、もはや血が流れない。

 

 

「…………このままじゃ、終われないのに……っ!」

 

 

涙が流れる。あの日以来もう泣かないと決めたのに、悔しさで涙が止まらない。

 

動こうにも身体が言うことを聞かない。

 

死を間近に感じた時、――の口から自然と言葉が出た。

 

 

「――――――」

 

 

その言葉が、確かに届いたのかどうか分からない。確かめる術もない。

 

 

雨が降り続ける雲の切れ間から、一筋の月の光が差し込まれた。

 

その一筋の月光は、その女の身体を包み込むと女諸共音もなく姿を消した。

 

 

 

◆□◆□

 

 

突如響き渡る警告音。

 

それは、樹海化の合図。

 

なのだが……。

 

 

「……夜?」

 

 

何時もと違う樹海化の風景に、近くに居た風の妹である犬吠埼樹(いぬぼうざき いつき)が疑問符を上げて首を傾げる。

 

その場に居た皆がそう思ったのか、同意する様にそれぞれが声を上げる。

 

 

「なんか、空気も何時もと違うわね。静か……?というか」

 

「えぇ。……嫌な静寂ね」

 

 

周りを見渡しながら、三好夏凜(みよしかりん)東郷美森(とうごうみもり)がそう呟いた。

 

 

その時。

 

 

「あ。あっちに赤嶺さんが居るよー?!」

 

 

三ノ輪銀(みのわぎん)鷲尾須美(わしおすみ)乃木園子(のぎそのこ)(小)からなる小学生組の一人、園子が一方向に指を差して声を上げる。

 

 

その方向へと見れば、そこには確かに赤嶺友奈の姿があった。

 

 

「…………っ」

 

「……おい。どうしたんだよ、アイツ」

 

 

何時もの飄々とした余裕ある態度とは違い、何処か切迫したその表情に球子から疑問の声が上がる。

 

ふらふらというか、疲弊しているのか?

 

 

「赤嶺……、何があった?」

 

「お姉さま――」

 

 

沖縄の同郷だからだろうか、敵であれど何処か気に掛けている古波蔵棗(こはぐらなつめ)が心配そうに声を掛ける。

 

それに一瞬、ほんの一瞬だが縋る様な顔をした赤嶺だが、直ぐさま表情が切り替わる。

 

 

「――助けて……!」

 

 

――感情を殺した、人形の様な能面顔に。

 

 

「――火色舞うよ」

 

「っ!」

 

 

間髪入れず繰り出される脚撃。それに反応したのは棗だった。

 

武器であるヌンチャクで受け止め、その威力に顔に驚愕が浮かぶ。

 

 

「っ、赤嶺、お前……?!」

 

勇者拳(ゆうしゃパンチ)

 

 

普段と違う彼女の様子に、反応が遅れる棗。パイルバンカーの様な籠手がガコンと起動し打ち込まれる寸前、そこに横やり……文字通り横槍を入れたのは秋原雪花(あきはらせっか)だった。

 

 

「棗さん、さっさと体勢直す! 平和ボケで鈍ってんの?!」

 

「……だが、今のアイツは何かおかしい」

 

「んなもん見りゃ分かるっての! 大人しくさせるためにさっさと手伝ってよね!」

 

「っ、ああ!!」

 

 

矢継ぎ早に繰り出される攻撃を槍で捌きながら、雪花が急かすように言う。此方を気遣う雪花の物言いに、棗も漸く本腰を入れてヌンチャクを握り締めた。

 

 

「雪花、私達も加勢に――」

 

「ノギー達はあっち! 何か見たことない奴等も居るからさぁ!」

 

 

雪花の声にその方向を見れば、確かに何人かの姿が見えた。

 

自分達と同じような“勇者服”が数名、そして……。

 

 

――心臓が、止まるかと思った。

 

 

それを見た者、その者を知っている、西暦の“勇者”の面々が息を飲むのが分かった。

 

 

「――初めまして、乃木若葉さん?」

 

 

気付けば、その一団は直ぐそこまで近付いていた。

 

雪花と棗の二人と応戦していた赤嶺も、大きく振り払って撤退する。

 

 

「……お前は、何者だ!」

「そこに居るの……、モミジさん、よね……?」

 

 

突然の事態に理解が追いつかない若葉から怒鳴るように声が上がる。

 

歌野が信じられないとばかりに口を開けば、それから声が上がる。

 

 

「――あっはっはっは!!! おいおい、平和な世界に来て平和ボケしたかぁ、若葉よぉ?」

 

 

嘲笑う様な嗤い声。此方を見下すようなその物言いと視線は、彼が一切見せたことがないもの。

 

 

「オレの事を忘れるとはよぉ。薄情な連中だぜ、お前もそう思わねぇか――」

 

 

モミジの後ろに立つ、“穢”の顔布を着けた女の顔布をペラリと捲る。

 

そこには、こんな形で会いたくない人の顔。

 

 

「――綾乃よぉ?」

 

 

国土綾乃が、虚空を見る様な、感情を感じさせない目でそこに居た。

 

 

 

 

 

「感動の再会はそこまでにして、早く目的を果たしましょう?」

 

 

パン、と手を打ち鳴らし、リーダー格の様な仮面を着けた女がそう声を上げる。

 

側に控える他の面々は何も言わない。ただ、次の指示を待つ人形の様に静かに佇んでいた。

 

 

「ぁん? おいおい、一々オレ様に命令してんじゃねーぞ、ガキ」

 

「…………」

 

「おい、何とか言えよ」

 

「“なんとか”」

 

「喧嘩売ってんのかコラァ!」

 

 

グルル、と掴み掛かりはしないが女へと威嚇するように唸るモミジ。仲が悪いらしい。

 

そんな彼を無視しつつ、仮面の女が此方を見て言う。

 

正確には、若葉を。

 

 

「私達は、四国の土地神である“神樹”の支配を企む者」

 

「何ィ?!」

「あらやだ、随分とストレートね」

 

 

言い回しもへったくれもない女の主張だが、そっちの方が分かりやすいでしょ?と返答が来る。

 

 

「その為の手段として、まずは貴女方“勇者”、“巫女”の()()に参りました」

 

「……()()ねぇ。絶対にろくな手段じゃないよね?」

 

 

苦笑いしつつ声を上げる雪花へと、えぇ、と返事をして女が言う。

 

 

 

「――だって、殺した方が手っ取り早いでしょう?」

 

 

 

女の声と共に、双方が動く。

 

正確には、()()()()()()()()()()()()

 

 

「はっはっは。さぁ、存分にヤローか、お前ら?」

「…………」

 

 

「球子、杏は他の援護も視野に、三人とも気張れよッ!!」

「うん! 次こそ止める……!」

「最初からフルスロットルで行くわよ……!」

「モミジ君……」

 

 

 

「赤嶺、これはどういう事だ?!」

「……あー、もう。マジの本気って訳ですかい?!」

 

 

「“鏑矢(かぶらや)”、放つで」

 

「――火色、舞うよ」

「――御役目を遂行するわ」

 

 

 

「お、お姉ちゃん。どうなるの?」

 

「離れないで、陣形を組んで! 周りのバーテックスを排除しつつ、若葉や雪花達の援護も行うわよ!」

 

「「「はい!!」」」

 

 

 

突如発生した、樹海化の夜。

 

新たな来訪者を増やしつつ、それぞれの思惑を交えて時間は加速する。

 

 

――――――。

 

 

その様子を、空に浮かぶ大きな月が明るく照らしていた。




はい、ギャグ全くないですね。取り敢えず修羅場に持ってくの大好きらしいです、はい⬅️

区切りで載っけたので、続きは書き上がり次第即載せていきます。それまでお待ちをば。

お読み頂き、ありがとうございました(*´ー`*)


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結ぶ歴史 2


「さぁ、お仕事いっぱいあるよー」
「へい上司。会社もコロナで休みなのにやる理由あるのかい?」
「ちゃんと理由はあるさー」
「何でー?」

「だって、このまま日数稼がれたら働いてないお前らに給料払わないといけないじゃん?って社長が言ってたから」
「マジでクソだなこの会社」
泣きたい。


はい。戦闘描写を細かく?(当社比)したところ何か読みにくくなってて推敲を何度も繰り返しましたヽ(´ー`)ノ

取り敢えずの表現したいことは描写してるんで、何となく読み取って下さい。  考えるな、感じて(必死)


ではでは、コロナ休みのお暇潰しにどうぞm(_ _)m




 

「――はぁ、変なモンに好かれちゃってるなぁ」

 

「ま。あの子はそういう優しさもあるから」

 

「さてさて。私達はどう動きましょうかね」

 

 

激しさを増す戦場。それを遙か高い樹木から見下ろすその三つの目があった。

 

 

「んー、俺はちょい別件。“疑似精霊”出してるとはいえ、ちょっと心配になってきた」

 

「なら私もそっちで。うちの子孫可愛いって噂だし?」

 

 

「ちょっとちょっと! かつてのお仲間では?!」

 

 

戦場そっちのけで別へと行こうとする二人に、残る一人が苦笑いをして制止を掛ける。

 

正直どうでも良いのだが、二人の淡泊というか、どちらかと言うと冷たいその反応に思わずツッコんでしまった。

 

 

その言葉に、んー?と値踏みする様にもう一度戦場をチラリと見ると、どうでも良いと言いたげに手をヒラヒラと振って、

 

 

「あの程度じゃあ死にはしないさ。多分な」

 

「多分って、えぇ……」

 

「大体、これは若葉が望んだ“試練”だ。記憶が無いとはいえ、俺達が手を貸す事はない」

 

 

声の主がそういうと、バチリ、と静電気の様に神力がその身に宿る。

 

 

「……とはいえ、ヤバそうなら援軍として行ってやってくれぃ。――あ、今日の晩飯どうする?」

 

「面倒だし外食行こうか」

 

「私、和食が良いです」

 

「オーケー。探しとくよ」

 

 

言葉の後で側に居たもう一人の少女を抱き上げると、数瞬の内に姿がぶれ、掻き消えた。蒼白い一筋の雷光が走った跡を見て、あれ速すぎて何だか酔いそうだな。と正直な感想が出る。

 

 

「まぁ、そんなことは置いといて……。何時出ましょうかねぇ」

 

 

眼下の戦場を眺める。見覚えのある過去の“勇者”、そして現代の“勇者”。その力の差ははっきりとしており、それは彼我共に理解しているのか、そこを弱さとして突き攻めて来ている。

 

 

「“平和という殻の中に居る雛”、ですか……。ふふ、案外良いセンスです」

 

 

クスクス、と笑う少女の横に突き立つ薙刀が、呼応する様に光を灯す。

 

 

「その“雛”が羽化する勇気を持つか……。はてさて、見物(みもの)ですねぇ」

 

 

 

 

「くそっ、また姿が消えた!」

 

 

球子からそう悪態を吐いた声が聞こえ、目の前のモミジから目を逸らさず耳を澄ます。

 

姿が消えたのは仮面の女と綾乃、そして赤嶺と居たもう一人の巫女だろう。

 

 

「姿は見えずとも、実体はそこに在る筈だ! 足音や空気の流れで感知しろ!」

 

「それが出来るなら苦労しないんだよ脳筋野郎!」

 

「なっ?!」

 

 

アドバイスのつもりで言ったのだが、球子が青筋を立てて言い返したのを見て若葉は言葉が詰まった。何故だ、出来るだろこれくらい。

 

そこへ歌野が鞭を振るい、自身と若葉達を中心に円を描くように打ち弾く。

 

それを見たモミジが拳で鞭を弾き飛ばし、危ねぇと嗤う。

 

 

「こっちの非戦闘員に手ぇ出されちゃあ困るんだなぁ。これが」

 

「あら、ならコソコソしてないで姿を現したらどう? ベンチで観戦してたら良いじゃない」

 

「はっはー、それじゃこっちの“御役目”を果たせないだろうが!!!」

 

 

モミジが拳を握り振り上げる。それだけで肌に感じる威圧感と脅威に、攻撃を受ける事を考えず回避に専念する事を頭に入れた。

 

――彼女以外は。

 

 

「させないよ、モミジ君!! 勇者ぁ、パーンチィ!!」

 

「ならオレは、“鬼”のパンチだッ!!!」

 

「――っ、やっぱり、この力は……!」

 

 

護る為に握られた桜の拳と、破壊一辺倒の灰の拳の両軌跡が衝突する。

 

衝突の衝撃波を散らしながらのその一合は、僅かに力負けした友奈が吹き飛んだ。

 

 

「樹ちゃん、今!」

 

「はい! 大人しく、して下さいっ!」

 

 

西暦の場合とは違い、友奈に精霊によるバリアが発動しているのを見て大丈夫と判断し杏が樹へと指示を飛ばす。

 

樹の持つ勇者武器から放たれた黄緑色のワイヤーが、技と技の衝突後で動けないモミジをぐるぐる巻きに拘束した。

 

 

「タマっち先輩っ!」

 

「おうよ。喰らえモミジィィィィ!!」

 

 

杏からの掛け声に待ってましたとばかりに球子が旋刃盤を投合する。球子の気迫に追随する様に、その大きさを何倍、何十倍、何百倍にも膨張させて。

 

宙で身動きが取れず、そしてそこへと炎を纏いながら飛来する巨大な旋刃盤。殺す気は無いが、モミジならば大丈夫だろうというその場の皆の予想の下、旋刃盤がモミジへと直撃する。

 

 

――その直前。

 

 

ぶちりと、樹の放ったワイヤーがいとも容易く引き千切られた。

 

 

「何だと?!」

「えぇっ?!」

「嘘……」

 

「ふんっ!!!」

 

 

皆の驚愕の声が上がる中、飛来する球子の旋刃盤を避ける事をせず真っ正面から白羽取りの要領で腕を使い全身で受け止める。

 

旋刃盤の勢いに吹き飛ぶが、吹き飛んだ先の巨木を背にぎゃりぎゃりと火花を上げ廻る旋刃盤を止めきった。

 

 

がらん、と投げ捨てられた旋刃盤は、球子が虚空へと手を伸ばせば即座にその手へと再召喚される。

 

 

「うーん。やっぱり、何つーか……」

 

「モミジ、覚悟ッ!!」

 

 

ゴキゴキと首を捻りながらブツブツと呟くモミジを無視し、若葉が“生大刀”を手に駆ける。

 

その背後には“大葉刈”を構えた千景も追従し、若葉からの無言の連携へと入った。

 

 

「はぁっ!」

「ふっ!」

 

「っち、面倒臭ぇ……っ!」

 

 

超近接で若葉が“生大刀”を振るい、モミジの反撃を千景が“大葉刈”を大振りに振って迎え撃つ。

 

西暦の際には彼我の能力差で出来ない事ではあったが、能力が飛躍的に向上したこの世界であればモミジを打倒できる。と若葉に笑みが浮かぶ。

 

 

状況の不利を悟ったか、モミジが不意に地面へと腕を肩程まで突き刺した。突然の行動に何事かと疑問が浮かんだが、次のアクションに即座に撤退を選ぶ。

 

 

――地面を、畳返しの様に引っ剥がしたのだ。

 

 

「どわぁ?!」

「無茶苦茶するわ……!」

 

 

「まとめて吹き飛びな!」

 

 

足場を崩され体勢を崩した二人へと、モミジが手にした土塊を投合準備に入る。

 

まずい、と自身の神具で防御しようとした時、そこへ細身の日本刀が飛来した。

 

 

「させるかぁぁあ!!」

 

「夏凜か!」

 

 

若葉の声に応える様、手にした二振りの日本刀でモミジの土塊を両断する。

 

そのままモミジへと斬りかかれば、振り下ろす夏凜の腕を容易く掴みモミジがニヤリと嗤う。

 

 

「選べ。折られるか、潰されるか」

 

「っ!」

 

 

「アンタを“押し潰す”ッ!!」

 

 

返ってきたのは第三の答え。真上から振り下ろされた巨大な大剣に、土煙を上げてモミジの姿が消えた。

 

確かな手応えに、大剣を振り下ろした本人である風は夏凜を抱え即座にその場から離れる。

 

 

「油断してんじゃないわよー、完成型勇者さん」

 

「な、なによ! ホントはあれから華麗な反撃を……!」

 

「あー、はいはい。全く、素直にお礼を言えるのは何時になるやら」 

 

 

「風さん! 助かった」

 

 

普段のやり取りはそこそこに風と夏凜は若葉達と合流した。そこに居た妹の樹の安全を知って、ほっと胸をなで下ろす。

 

 

「樹、無事で良かった」

 

「お姉ちゃんもね。さっきの一発、凄かったけどあの人大丈夫……?」

 

「大丈夫な筈よ、モミジ君なら。……多分だけど」

 

「千景さぁん?!」

 

 

やり過ぎな位で良い。と戦闘開始時に若葉達から言われていた風達だったが、その風の大剣による一撃の威力を見て千景が僅かに言葉を濁した。

 

姉が人殺しに……!と危機感を懐いた樹だったが、その直後。

 

 

「あっはっはっは!!!」

 

 

「「「!!!」」」

 

 

響き渡る嗤い声に、一同の動きが止まる。

 

冗談で不謹慎な事を言ってはいたが、少なくとも動けないくらいにはダメージを負っている筈だ。と。

 

だが、そんな期待を裏切る様に、晴れた土煙の中でモミジは傷一つなく佇んでいた。

 

 

「最後の女、お前は合格だ」

 

「あ、あら、そう?」

 

「いやぁ、オレじゃなかったら死んでるぜぇ?多分だがよ」

 

「いや、寧ろ何でお前はピンピンしてるんだかタマには理解不能だゾ……」

 

「鍛え方がちげーからな。そんで、そこの赤いお前、お前は……保留。今後に期待」

 

「……はぁ?」

 

 

ぴっ、と夏凜を指差してモミジが言えば、言われた夏凜は何の事か分からず首をかしげる。

 

合格だの保留だの、何だというのだ。

 

 

そんな不満を感じ取ったのか、モミジがゲラゲラと嗤って言う。

 

 

――じわりと、その肌を変色させながら

 

 

「オレがこうしてお前達と戦っているのは、とある理由からでな」

 

「先程言っていた“御役目”と関係あるの?」

 

「そうだ。大有りさ、歌野」

 

 

肌は段々と灰色へと変化し、頭髪は黒。両眼も真っ黒へと染まっていく。

 

 

「ちょっとした予想外(イレギュラー)も入っちまったが、それでもオレのやることは変わらねーよ」

 

「モミジ……。いや、この感じ……お前は、まさか……?!」

 

「やーっと、気付いたか。友奈の方が気付くのが早かったぞ」

 

 

見覚えのあるその威容に、若葉が驚愕から顔を強張らせる。その力の源に、その本来の暴虐性に。

 

その言葉に反応したのは、吹き飛ばされて戻ってきた友奈だった。

 

 

「やっぱり、あの時の“禁忌精霊”だったんだね……」

 

「高嶋さん! あの時の……ってまさか、あの“鬼”は」

 

「……そう。あの“鬼”は」

 

 

同じ“鬼”を宿す友奈だからこそ早くに気付いたのか、確信を持ってその名を告げる。

 

かつて、初めて素直に怖いと思えたその“精霊”を。

 

 

――コイツ、制御が難しくてな。直ぐに身体を乗っ取ろうとしてくるんだ。

 

 

彼が、彼ほどの者が“危険”だと話していた。その“禁忌精霊”の名を。

 

 

「――“大嶽丸(オオタケマル)”」

 

「御名答。オレこそが、大嶽丸様だ」

 

 

かつての日本、その“妖”の中において日本で三本指に入る“鬼”は、ニタリと口角を上げて嗤った。

 

 

 

 

「――さて、話を戻すが」

 

 

モミジ、否、大嶽丸が口を開く。

 

本来の姿。灰色の肌に黒の頭髪といった具合に変貌を遂げた彼は、その威圧感のまま周囲を見やり、やがて一点で止まる。

 

 

「えっ、私……?」

 

「あぁ、そうだ。お前は“不合格”だ」

 

「不、合格……?」

 

 

「おい。“疑似精霊”を出せ」

「…………」

 

 

“不合格”。という言葉にぽかんとしているその場の中で、大嶽丸は突如何も無い空間から現れた綾乃へと手を伸ばす。

 

伸ばされた手に、何やら書き込まれた札を綾乃が手渡すと大嶽丸が嗤う。

 

 

「さっきのワイヤー?だっけか。拘束せずにそのままオレの身体を刻めると思ったが、何故しなかった?」

 

「ぁ、え……?」

 

「見た目相応。中身もガキって訳か……。なら、“次”はまともな奴だと良いなぁ」

 

 

「「っ!!」」

 

 

膨れ上がる殺気と威圧感に、呑まれている樹を除く全員が構える。

 

風と夏凜が樹を庇うようにして背に置けば、大嶽丸を鋭く睨む。

 

 

「うちの妹に手ぇ出すんじゃないわよ」

 

「バラバラがお好みならアンタで実演してあげようか?」

 

「お姉ちゃん、夏凜さん……」

 

 

「おー、怖い怖い。これくらいの“覚悟”があれば、問題なかったんだが……。あぁ、そういえば」

 

 

二人から感じる確かな殺意に、大嶽丸が愉しそうにゲラゲラと嗤う。

 

ひとしきり満足そうに嗤って、ニタリと口角を上げると樹を見つめながら言う。

 

 

「“今、お前の後ろに居るぞ”」

 

 

「……ぇ?」

 

 

目線上、それも離れた場所に見ていた筈なのに吐息を感じる程に近く、それも背後から声が聞こえた。

 

咄嗟に振り向けば、そこにいるのは拳を、“死”を振り上げた灰色の死神。

 

 

「“覚悟”の無いお前に、“神”に挑む資格はない」

 

 

「樹ぃ!」

「樹ちゃん!逃げて!」

 

 

振るわれる拳が、スローモーションの様にゆっくりと此方へと振りおろされるのが見える。

 

それを見ながら、為す術無く、こんなに呆気なく“死”は来るんだと樹は悟る。

 

精霊バリアでも、衝撃は、強すぎる攻撃は軽減されない。

 

嗚呼、嫌だなぁ。こんな事なら――と来る衝突に目を閉じた所で、声が聞こえた。

 

 

「あらら、まだ終わりではないですよ?」

 

「えっ?」

「……お前は」

 

 

声に目を開ければ、目の前には拳を止めるように翳された薙刀。

 

音も無く、大嶽丸の拳を防いだその薙刀の持ち主を見る。

 

 

巫女服、だろうか。大赦の物とは違うのか、ひなたや水都が着ている巫女服とは何処か違うデザインの巫女服の様な物。

 

東郷……いや、どちらかと言えばひなたの様な気品ある大和撫子なその顔立ちと艶のある黒髪に、思わず見蕩れてしまう。

 

 

「大丈夫ですか? 何処か、お怪我でも?」

 

「ふぇっ、い、いえ。大丈夫でひゅ!!」

 

「ふふ、そうですか。……少し、下がっていて下さいね」

 

 

思わず噛んでしまった事に赤面しながら、樹は姉の風と共にその場を離れる。

 

突如現れたその巫女へと、嫌悪感を隠さず大嶽丸は言う。

 

 

「おい。“話”がちげーだろ」

 

「ですが、“彼”から死人が出ないように、と厳命されてまして……」

 

「……信用ならねーな」

 

「……なら、ここで一合交えますか?」

 

 

女がそう言うと、ふぅ、と大嶽丸からため息が上がる。

 

そのまま気怠そうに女を数秒見つめ、

 

 

――拳を振り抜いた。

 

 

合わせる様に薙刀が振るわれ、難無く拳を防ぐ。

 

続く攻撃に合わせ、薙ぎ、払い、打ち上げ、払い落としていく。

 

武道に精通する若葉、そして夏凜から見ても精密、そして優雅な薙刀捌きに加勢しようとした手が止まる。下手に手を加えれば、逆に邪魔になるだろう、と。

 

 

「おらぁ!!」

 

「ふっ!」

 

 

大振りの大嶽丸の攻撃に、同じく大振りに薙刀を振るう。何度打ち合っても無駄と理解したか、大嶽丸が悪態を吐く。

 

 

「やめだやめだ。こんな奴が居ちゃあ満足に狙えやしねぇ」

 

「あらあら、助かりますわ」

 

「っ。ちょっと、“約束”と違うじゃない!」

 

 

戦意を解き、欠伸混じりに伸びをする大嶽丸。肌の色も元の色に戻りつつある彼に、慌てた様子で仮面の女が飛び出してきた。

 

そんな彼女を面倒臭げに見ながら、

 

 

「別にオレはお前の手下になった訳じゃねぇ。続きがしたいなら、あの“鏑矢”の連中か綾乃を使って戦れよ」

 

「そんな……、アンタだって分かって――!」

 

「理解できるし共感するさ、お前の言い分はな。だが今日はここで幕引きだよ、大人しく帰った方が良いぞぉ?」

 

 

ゲラゲラと嗤いながら、モミジの姿に戻った大嶽丸は踵を返す。

 

そんな彼に待ったを掛けたのは、他でもない若葉だった。

 

 

「待てっ!」

 

「若葉か、何だ?」

 

「っ、呼び止めておいて何だが、気安く名を呼ぶな」

 

 

若葉、とモミジの顔で、声で呼ばれる事に嫌悪感が募る。コイツは本物ではない、所詮は偽物だと。

 

だが、その言葉に嗤ったのは大嶽丸。

 

 

「酷ぇなあ。この身体は()()()()()残る記憶も、全て大神紅葉が手にしていた物だってのによぉ」

 

「……何だと?」

 

「穢れが回って、オレ様が身体を戴いたのさ。――まぁ、その後に色々とあったがな」

 

 

言葉を濁して言う大嶽丸。若葉が疑問符を浮かべるが、さて、と振り返って言う。

 

 

「アイツからの伝言だ。若葉」

 

「っ」

 

「“自分の目で、良く見定めろ”だとよ」

 

 

アイツ、という言葉に即座に誰かが浮かぶ。

 

つまり、居るのだ。彼が。

 

大神紅葉は、この世界に召喚されているのだ。

 

 

じゃあな、という言葉の後で、大嶽丸は大きく跳躍して場を離れる。

 

その場に残ったのは、若葉達一行と未だ戦闘をつづける“鏑矢”の三人。そして仮面の女と綾乃。薙刀を持つ巫女だった。

 

 

「どうしますか? 操るのも、そろそろ限界なのでは?」

 

「っ。うるさい……っ!」

 

「詰めが甘いと聞きましたが、確かにその通りですねぇ。……もう充分でしょう、皆を連れて退きなさい」

 

「…………次は、必ず殺す」

 

 

「なっ、待て、赤嶺!」

「棗さん、追っかけるの禁止ぃ!」

 

 

少しの間睨み合っていたが、状況の不利は理解していたのか赤嶺達を呼んで暴風と共に消えた。

 

様子のおかしい赤嶺を助けようと棗が追いかけるのを、雪花が必死に羽交い締めして阻止する。

 

 

戦闘が終わった事に安堵したのか、ふぅ、とため息を吐いて薙刀の巫女が言う。

 

 

「皆さん、お疲れ様でした」

 

「お疲れ様でしたー。凄かったです、さっきの薙刀捌き!」

 

「ねー。若ちゃんやにぼっしーのとはちょっと違う感じだったもんね」

 

 

巫女の言葉に反応したのは、目をキラキラと輝かせながら言う園子(中)と(小)の二人。子孫に自分より凄いと言われた気がして一瞬むっとなったが、直ぐに取り直して若葉も慌てて言う。

 

 

「先程は、助かりました。貴女が居なければ、我々も危なかった」

 

「いいえ。私も言われてやった事ですので」

 

「ねぇ、貴女モミジ君の事知ってるの? 彼は今何処に?」

 

「ぐ、ぐんちゃん……」

 

 

若葉のお礼もそこそこに、千景が本物のモミジの居場所を聞くべく巫女へと詰め寄る。友奈が失礼だとやんわりと言うが、聞きたいのも本心なのか期待を込めた目で巫女を見る。

 

そんな彼女達にクスクスと笑い声を溢しながら、巫女はそうですねぇと薙刀を担ぎ直して言う。

 

 

「私もこれから会いに行くところなので、良ければ一緒に来ますか?会える保障は出来ませんが」

 

 

会える保障は出来ない、という彼女の言葉に何故と聞けば、モミジ本人がそう言っていた様子。

 

 

「新しいお仲間さんを迎えに行ってるので、もしかしたら会えるかもしれないですけどね」

 

「新しい仲間……?誰のことだ?」

 

 

球子の呟く様な疑問に、えーと、と顎に手を当てて思い出すように虚空を眺める。

 

確か……。

 

 

「望月梓さん、と仰ってましたよ」

 

 

移動の為に地を蹴り出しながら、巫女は確かにそう言った。




最初に言っておきます。

樹ちゃんは好きです。作中で普通に殺しに掛かりましたが好きです。
狙ったUR SSRを狙って樹ちゃんだった時もあったけれど、大好きです(白目)←


さて、読んで何か難しいな。と思ったそこの貴方、ごめんなさい。私の語彙力と執筆力ではこれが限界です。

物語のオチが付く頃、補填を行うので今は耐えて下さいm(_ _)m

短編がそろそろ出来るんで、また不意打ちで載っけます。気長にお待ち下さいね。

ではまた次話で、ここまでお読み下さりありがとうございましたm(_ _)m



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結ぶ歴史 3

「ゴールデンウィーク休みだよ」
「今も休みみたいなもんだけどやったー」

「でもさー、外出自粛で外でないよね?」
「家でゴロゴロして寝るんで大丈夫です」

「ここに新しい企画の資料が有るんだけどさぁ、やってこない?」
「話聞けや」


休みなんて無かった\(^o^)/


皆さんは体調お大事に。

最近第五人格っていう鬼ごっこのゲーム始めました。速攻捕まりますけどハラハラして楽しいですね(*・ω・)


◆□◆□◆□◆□

 

 

護らねばならない。

 

 

「――敵の勢力、未だ増す勢いであります。乃木若葉様、御決断を」

 

 

彼が死んでまでも託してくれた。この世界を。

 

 

上座に座る自分。そしてそこから眼下に写るのは、皆一様に傅く大赦の神官達。

 

私の言葉を待っている。私の意思を、そして覚悟を。

 

 

「――――――っ」

 

 

言葉にしようと口を開いた所で無意識の内に詰まってしまった。

 

理由は分かる。これを言ってしまえば、命じてしまえば、

 

 

 

――沢山の“人”が、死ぬ事になるのだから。

 

 

 

敵だろう、と私が憤る。

 

 

護るのだろう、と私が毅然と言う。

 

 

別の方法があるのではないか、と私が嘆く。

 

 

 

「…………」

 

「っ」

 

 

不意に感じた視線。それに目を向ければ、彼女が居た。

 

共にあの日常を生きた、仲間を、私達を知る最後の人間が。

 

ぱくぱく、と動く口の動きに、何が言いたいか彼女が何を思うかが理解した。

 

否、してしまった。

 

 

――また後悔するの?

 

 

「…………“鏑矢”を此処へ」

 

「「「はっ」」」

 

 

もう止まれない。

 

 

私の言葉に従うように、三人の姿が前へと並ぶ。

 

今の時代の、所謂“勇者”と“巫女”と呼べるであろう彼女達が。

 

――“平和の象徴”が。

 

 

「四国の、国の安寧の為にお前達の力を貸してほしい」

 

「はい」

「分かりました」

「そのつもりです」

 

 

何事にも報いを。それが乃木家の家訓でもあり、今にとっては私自身の指針とも言える。

 

 

四国を、民草を護ったモミジに報いを。

 

“次”へと繋げる、私達のこの行いにも報いを。

 

そして。

 

 

「“鏑矢”を放て。……次代の“防人”よ」

 

 

――その安寧を崩す奴等には、死の報いを。

 

 

◆□◆□◆□

 

 

普段の樹海とは違い、夜の帳が降りる静寂に包まれた“夜”の樹海。

 

以前一度だけ普段の樹海、つまり昼の樹海を見たことある水都は、わー、何だか神秘的。だなんて何処かわくわくしていた自分を叱責したかった。

 

 

見てみろ、あの光景をと。

 

 

砂を詰めた重い物同士がぶつかり合う、その低く響く音にびくりと水都の肩が跳ねる。

 

先頭を走るひなたの背を息を切らしつつ見て、自身が背負っている存在を見やる。

 

 

「亜耶ちゃんっ、大丈夫……?!」

 

「水都先輩っ、お邪魔でしたら私のことは良いですから……」

 

「ダメ! そんな簡単に諦めちゃダメだよ!」

 

 

「二人とも危ないっ!」

 

 

ひなたの言葉に驚き、走っていた足がもつれそのまま地面へとダイブする。

 

庇うこともなくモロにぶつけ、ジンジンと痛む鼻を涙目で押さえようと頭を上げた時、すれすれを何かが通り抜けた。

 

 

どさりと転がるその白い肉塊。身をよじり空へと浮かび、此方に向けられる大きな剥き出しの歯。

 

忘れられない。忘れる事などない。

 

星屑。バーテックスだ。

 

 

ガチガチと威嚇する様に鳴らされる歯。それが向けられたのは……。

 

 

「うぅ……、へ?」

 

 

先程までの水都に背負われ、転げた拍子に投げたされていた。亜耶だった。

 

まだ状況が理解できていないのか、はたまた理解した上で脳が考えることを拒否しているのか、亜耶はバーテックスを見たまま凍り付く。

 

 

「亜耶ちゃん!」

「早くそこから逃げて!」

 

「ぁぅ、あ、あぁ……!!」

 

 

ひなたと水都、どちらも間に合わない。迫るガチガチという歯音に、腰を抜かしながらも這って逃げようとするが、それを嘲笑う様にバーテックスが喰らいついた。

 

 

鳴り響く、身が竦むような骨が割れる音。

 

だがそれは、亜耶の身体からではない。

 

 

消滅していくバーテックスと、それをきょとんとした顔で見て動かない亜耶。その目の前を、よちよちとその寸胴体型に見合わぬ短い手足で亜耶へと歩み寄り、ソレは言う。

 

 

『すぃ、むーちょ』

 

 

「「「!!?」」」

 

 

体長23センチという生き物としても小柄なソレは、そのファンシーな見た目に似合わないダンディーな声でそう囁いたのだった。

 

 

 

 

『すぃ、むーちょ』

「此処なら安全なの?」

 

 

『すぃ、むーちょ』

「え、くれるんですか? わぁ、フルーツみたいな見た目の木の実ですね!」

 

 

『すぃ、むーちょ』

「一応、食べられるみたいですが……。大丈夫なんですか?」

 

 

 

『…………』

「「…………」」

 

 

 

『すぃ、むーちょ』

 

 

 

「本当に大丈夫なんでしょうか……」

「本当に大丈夫なのかな……」

 

「ひ、ひなた先輩、水都先輩っ! サンチョさんを信じましょう!!」

 

 

胴長短足手の人形。サンチョと合流してから、かなりの時間が過ぎていた。

 

サンチョに案内されるまま、夜の樹海を歩き続け辿り着いたのは広く開けた泉の傍。

 

こうして世話を焼いてくれるのは素直に有り難いのだが、何度話し掛けても惚けた表情を変えず同じ返しばかりされれば不安が募るのも仕方ない。

 

 

「それにしても、樹海化してるって事は何処かで戦闘中って事ですよね?」

 

「ええ。バーテックスを打倒すれば、元に戻る筈です」

 

「夜の樹海……。不謹慎かもしれませんが、何だか落ち着く場所ですね。綺麗なお月様も上ってますし」

 

 

ほら、と亜耶が指さす方を見れば確かに大きな月がその存在を示すように輝いている。

 

不気味な静寂を感じてはいたが、亜耶にとっては親和性が有るのだろうか。

 

 

空腹を感じて、サンチョから渡された木の実の皮を剥いてみる。そこには亜耶が言うとおり、美味しそうな果肉が詰まっていた。見た目からすれば、葡萄やライチが近いだろうか。

 

あむ、と少しはしたないが大きめのそれに齧り付く。瑞々しい果肉が、噛めば噛むほどフルーティな甘さと喉を潤してくれた。

 

諏訪に居た頃、夏にこうしてスイカを食べてたな。と少しの郷愁に思い更ける。

 

 

 

 

 

「――さて」

 

 

全員が食べ終え、泉の水で身を整え終わるとひなたが口を開いた。

 

 

「こうして樹海化が終わらない以上、何かの試練を与えられた。と考えるのが正しいのかもしれません」

 

「試練ですか?」

 

「はい。その試練を突破してこそ、元の四国へと戻れるのでは。と」

 

 

ひなたの言葉に、なるほどと水都は考える。

 

今回のこの造反神の騒動。それの狙いの一つでないかとひなたは考える、と。

 

 

名目上は喧嘩別れして神樹の内部で暴れ回っている。というものだったが、そもそものそれがおかしいのだ。

 

天の神から人類を護る。という思想の元集った神達が、そんな子供の様な理由でクーデターを起こす訳がない。

 

 

その時。

 

 

『すぃ、むーちょ』

 

 

突如言葉を発したサンチョの視線の先へと、三人が見やる。

 

そこに立っている者を見て、それぞれが驚愕の顔をした。

 

 

「こんばんは。もう一人の私、水都さん、国土亜耶ちゃん」

 

 

「――っ」

「え、ひなた……さん?!」

「えええー?!」

 

 

そこに居たのは、間違いなく上里ひなたその人。

 

ただし、その周囲に浮かぶそれらを見て三人の顔に恐怖が浮かぶ。

 

 

ムカデの様な長く、鋭い尾を持つ形態。

 

矢の様なものを発生させている形態。

 

巨大な蛇のような姿の形態。

 

 

進化体。融合体。そう呼ばれるバーテックスの強化形態が、堂々ともう一人の上里ひなたの後ろに鎮座していた。

 

 

「さて、“お話し合い”をしましょうか?」

 

 

“上里ひなた”が、妖しく嗤う。

 

 

 

 

「あら、あらら?」

 

「どうかしましたか?」

 

 

先頭をスマホ片手にてくてくと歩いていた薙刀の巫女が、あらやだ困ったわ、とでも言う様に声を上げるのを見て若葉が問う。

 

たぷたぷとスマホをぎこちなく操作する彼女に、他の者からも不安げな視線が移る。

 

 

「うーんと、結果から申しますと……。ごめんなさい、案内するのダメになっちゃいました!」

 

「なっ?!」

 

 

てへ、と舌を出して詫びる彼女に球子が焦って言う。

 

 

「おいおい、ここまで来てそりゃないだろー? じゃあ、せめてひなた達の所に案内してくれよ」

 

「そうよ。こんな危ない所に亜耶ちゃんを置いておけないわ。早く案内しなさい!」

 

 

薙刀の巫女の態度に逆上したか、芽吹が肩を怒らせて彼女へと詰め寄る。

 

亜耶に対しては人一倍過保護な芽吹、それを知る若葉が慌てて抑える。

 

 

「待て芽吹。怒っても仕方がない。すまない、何故案内が中止になったのですか?」

 

 

冷静に、冷静になれ。とひなたの事を心配しつつ若葉は問う。

 

ここで揉めても時間の無駄だ。おおよその場所さえ分かれば、後は人海戦術で探すことが出来る。

 

 

だが、そんな若葉の考えを裏切る様に巫女は愉しげに笑みを浮かべた。

 

 

「皆さんは、何故今こうして各時代の“勇者”が一堂に会しているか、その理由をお知りですか?」

 

「理由……? 造反神が、神樹の内部で暴れ回って――」

 

「あー、違います違います。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

巫女の言葉に、一同の動きが驚愕で止まる。

 

では何故だ。何故こんな事になっている?

 

神樹は、“勇者”を集めて何がしたいのだ。

 

 

「普通に考えて有り得ない事象でしょう? 本来出会う事のない過去の偉人、過去の自分、……死んだ人。だなんて、ねぇ?」

 

「「……!!」」

 

 

ちらりと巫女が一瞬だけ送った視線の先の人物に、美森と園子が固まる。

 

何故コイツが、銀の事を知っているのかと。

 

 

「つまり……、貴女は何が言いたいんですか?」

 

 

若葉が募るピリピリとした空気を感じつつ、慎重に言葉を選ぶ。

 

此方を煽るような言動の巫女に、不満が募る者が芽吹、美森、園子を始め何人も居るのだ。

 

 

うーん、と少し考えるように顎に手を当てて巫女が笑顔で言う。

 

 

「ま、本筋は自分で考えて頂くとして……。今、“巫女”の三人には試練を受けて頂いております」

 

「試練だと?」

 

 

戦闘能力が皆無であろう面子への試練。

 

若葉が焦りを顔に浮かべるが、否定する様に大丈夫ですよと巫女が言う。

 

 

「試練といえど、“問答”の様な物ですから」

 

「そ、そうなのか……」

 

「――ただし」

 

 

安堵の表情を浮かべる若葉へと、巫女が言った。

 

 

 

「失敗すれば、全員死にますけどね」

 

 

 

「そこを退きなさいッ!!!」

 

 

 

即座に動いたのは芽吹。そして他の“防人”メンバーだった。

 

銃剣を構え突撃する芽吹に合わせ挟撃するように突撃する夕海子。

 

頭上から銃剣を振り下ろすために跳躍するシズク。

 

そして、攻撃が失敗した者のフォローに入る雀。

 

 

幾らかの出だしの遅さはあっても、己のやるべき事を理解している動きだった。

 

 

「――“鎌鼬”(かまいたち)

 

「「「っ!」」」

 

 

突如吹き荒ぶ暴風に、接近した芽吹達が軽々と吹き飛ぶ。

 

空中で体勢を整え着地した彼女達(顔から着地した夕海子と雀を除く)が見たのは、七人の薙刀の巫女。

 

 

“七人御先”(しちにんみさき)

 

 

「あれは、私の“精霊”……?!」

 

「最初のスピリットはモミジさんのだったわ!」

 

 

遅れて構える千景と歌野が、信じられないと驚きを表す。

 

そんな“勇者”達へと、彼女達はクスクスと笑って、

 

 

「あらあら」

「言ってません」

「でしたっけ?」

「私の仲間に」

「貴女たちの知る」

「大神紅葉さんが」

「居るんですよ?」

 

 

「頭がこんがらがるんだよ一人が言えー!!」

 

「「「「「「「私で一人ですよ?」」」」」」」

 

「むがー!!」

 

 

此方をおちょくる様な態度の巫女へと球子が怒りをぶつける。

 

そんな彼女を無視して、巫女は言った。

 

 

「大切な」

「試練です」

「邪魔する」

「ことは」

「許され」

「ません」

「よ。……うーん、慣れませんね」

 

 

 

「だったら――」

 

「此処に居る全員で――」

 

「押し通るまでよッ!!」

 

 

……先程力の差は見せた筈なのだが、と袖で口元を押さえて少し驚く。

 

仲間、友人ではあるが、それでも他人の為にここまで身体を張ることが出来るのか。と。

 

――なるほど、これが勇ましき者(勇者)なのだ。

 

 

分身の自分で隠しつつ、手に持ったスマホの画面を見る。

 

そこのメッセージボックスに、先程新着で入ったメッセージが表示されていた。

 

 

――時間稼ぎよろ。

 

 

「夕飯はワンランク上が良いですねぇ」

 

 

無茶振りが過ぎる彼の事をため息混じりに思いつつ、薙刀を握り締めた。

 

 

 

 

 

◆□◆□◆□

 

 

―月―日

 

最近、――の様子がおかしい。

 

かの事件の後、一時期は精神を病んでは居たが月日が流れ正常に戻っていると大赦の医者も言っていたのに。

 

彼女を知る――――にも相談してみようとしたが、上からは却下された。

 

……何故だか。不穏な空気を感じる。

 

――――や――――には相談できない。

 

仲間といえども、下手をすれば処断されるだろうから。

 

 

今は様子を見よう、彼女が間違った行動をしたとき、私が必ず止めに入る。

 

 

それが、――――が正しいと思う正答だから。

 

 

          大赦検閲済

 

 

 




簡単な強さ基準。

モミジ(チート)

大嶽丸、薙刀の巫女

赤奈、蓮華(忘我状態)

勇者一同

仮面の女、綾乃


何度も書き直して、納得行った形で途中投稿ですごめんなさい。
続きも絶賛書いてます、もうちょいとお待ちをばm(_ _)m


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結ぶ歴史 4

最近、昔ハマってたアニメを見返してます。

らき☆すた、とらドラ、ハルヒ……。

あぁ、懐かしいなぁ。この時は深夜まで起きて生で見て、次の日学校で友達と話してたなぁと思い返して今はおっさんになったなぁと思うもうすぐアラサーの夜。

なんか泣いた。




 

 

 

 

少し昔。“天災”の後、“巫女”として動き出した少し後の頃。

 

私は、少し離れた森の中で木に背を任せて座り込んでいた。

 

 

 

「――こんな所で何やってんだ?」

 

 

 

頭の上から声が降ってくる。俯いていた頭を上げれば、何処か安堵した様な顔をした彼が居た。

 

眉間に僅かだが皺が寄っている。怒っているのだろう、それは仕方ない。私が逆の立場でも、同じように怒るだろうと思う。

 

 

――巫女の訓練が嫌になって、訓練場から逃げ出してしまった。

 

端的に言えば、疲れたのだと思う。

 

 

四国に逃げ込んで来て、まだ少し。まだ慣れないこの環境に身体が、心が軋んでいる様な気がした。

 

夜の森にざああと葉鳴りと共に風が吹く。天に上る満月を眺めて彼は言った。

 

 

「サボるか」

 

「……へ?」

 

「ちょうど良く、お茶のセットを持ってたしな。パック物だけどさ」

 

「それは、良いのですけど。……大丈夫なんですか?」

 

「心配させた奴が何言ってんだ。最近、ちゃんと休めてなかったろ、息抜きしようぜ」

 

 

手慣れた様子で焚き火の準備を始める彼をぼぅと眺める。

 

この人は強い。腕っ節という訳でなく、魂が、その在り方が。

 

 

 

――だからこそ。

 

 

 

「……あ、やべ。大社の人に伝えて貰わなきゃな。えーと……」

 

 

スマホを取り出し、手慣れた様子で操作すると耳に当てる。

 

やはりというか、その相手は彼女だった。

 

 

「あ、もしもし綾乃? ひなたなら見つけた。帰り少し遅くなるって、大社の人に――」

 

 

だからこそ、彼に頼りにされる国土綾乃に私は――

 

 

 

 

 

 

「さてさて、それでは“試練”を開始しましょうか」

 

 

にこやかにそう切り出す偽物の上里ひなた。

 

その背後に佇む三体の進化体のバーテックスに、ひなた、水都、亜耶は息を飲む。

 

慎重に、言葉を選びつつ口を開いたのはひなただった。

 

 

「その“試練”とは? その背後のバーテックスの相手は、私達には厳しいですが……」

 

「あぁ、驚かせて申し訳ありません。これらは気にしないで良いですよ、これは"保険"の様な物ですから」

 

「保険……?」

 

 

返すように問う水都へと、偽物のひなたが言う。

 

 

「貴女方の“勇者”に邪魔されないように用意した物ですから。残念ながら、その必要は無い様ですが」

 

「それは、どういう事ですか?! うたのんに、皆に何を?!」

 

「み、水都先輩っ!」

 

 

不穏な言い方をする偽ひなたへと、水都が思わず声を荒げる。歌野に何を、と掴み掛かろうとする勢いの水都を止めるため、亜耶が必死にしがみついた。

 

 

そんな水都の憤りにくすくすと笑いつつも偽ひなたが言う。

 

 

「こちら側の人間が足止めをしてくれているだけですよ。まだ誰も仕留めていないという話ですから、安心して下さい」

 

 

話の真意に安心したのもつかの間、仕留めるという言葉に三人の顔に不安の色が出る。

 

そんな三人の様子に笑みを変えず偽ひなたがさぁ、と切りだした。

 

 

「そろそろ“試練”を始めましょう。魂の価値を、その在り方を私に示して下さいな♪」

 

「……ならば、私から行きます」

 

「ひなたさん!」

 

 

一歩前へと踏み出したひなたに、水都が声を上げる。大丈夫、と何とか笑みを浮かべて返し、口を開く。

 

 

「水都さんは、万が一に備えて亜耶ちゃんを。……サンチョさんが護ってくれるのであれば、良いのですが」

 

 

サンチョは動かない。見届ける様に、その小さな身体は此方を見続けている。

 

普通のバーテックスには反応し撃退してくれたが、今回の目の前のバーテックスには無反応だ。

 

目の前の自分の偽者は此方を害する敵意は無いと言っていたが、それは本当の事なのか。それとも、

 

 

――このぬいぐるみが彼女達の仲間であるが故か。

 

 

「言っておきますが、逃げようだなんて思わないで下さいね? 知った顔が死ぬ有様を見るのも嫌ですし、それに――」

 

 

暗に“逃げれば殺す”、と脅しを掛けると同時に彼女が手を上げれば一体のバーテックスがゆったりと彼女の元へ泳ぐように近付く。

 

その背中には、気を失った様にぐったりと倒れる見慣れた少女の姿があった。

 

 

「――望月 梓ちゃんが、串刺しになる所なんて見たくないでしょう?」

 

 

「「っ!」」

 

「あの子が、先輩達が仰っていた……!」

 

 

ふりふりと、挑発する様にその鋭い尻尾を振り見せつける進化体を思わず睨む。

 

 

 

逃げ場など、そのチャンスなど始めからない。

 

 

 

この状況を打開するには、“試練”に打ち勝つしかないのだ。

 

 

 

「覚悟は決まりましたか?」

 

「っ。……はい」

 

「よろしい」

 

 

こほん。と偽物は一つ間を置いて、

 

 

「――これより始まるは、その在り方を示す魂の“試練”。自らの本質に(あらが)わず、そして(いつわ)らわず、自らの価値を示しなさい」

 

 

すっ、と偽物から指を差された瞬間、背筋が粟立つのをひなたは感じた。

 

異質な、明らかな異物と自身の中身を結びつけられた様な嫌悪感を感じる。

 

 

 

「どーーーん!!!」

 

 

 

……何処かで聞いたフレーズだなと、落ちていく意識の中ひなたはそう思った。

 

 

 

 

気が付けばそこは、全てが真っ白に染まった世界。

 

空も、大地も、何もかも。白いキャンパスにポツンとある染みの様に、ひなたはそこに立っていた。

 

 

「ここは……」

 

『貴女の精神世界……。とでも言いましょうか、もう一人の上里ひなた(わたし)

 

 

声に振り向けば、そこには先ほど会った自分とはまた違う雰囲気の自分。

 

世界広しと言えども、ここまで自分に出会った人間はそう居ないだろうなとふと思った。

 

 

「ここで、"試練"を執り行うのですね」

 

『その通りです。お話が早いようで』

 

「早く始めましょう。さっさと終わらせて、梓ちゃんを迎えに行かないといけないので」

 

『そうですね。……ふむ、ふむふむ……』

 

 

ひなたの言葉に同意を示し、偽物が目を閉じ吟味するかの様に思考する。

 

まさか……。と思えばそのまさかですよと偽物がにたりと嗤う。

 

 

『私はこの"試練"用に作られた"擬似精霊"。ですが、この世界においては貴女本人と寸分違わぬ存在でもあります。……見える、見えますよぉ♪』

 

 

ぴっ、と指をひなたへと差し口を笑みで大きく歪める偽物に、身体の奥から響くぞくぞくとした悪寒を感じひなたは身震いした。

 

……大丈夫だ。

 

"巫女"としての修練も今まで伊達にこなしてきた訳ではない。

 

この程度の問答の"試練"等、軽々と突破してみせる――!

 

 

『もう一人の私。貴女と同期の国土綾乃さんの事をどうお思いで? 邪魔な存在で合っていますか?』

 

「……綾乃さんは、大事な親友でもあり、家族でもある大切な存在です。邪魔だなんて、そんな事一度も――」

 

『でも』

 

 

ひなたの言葉の途中で遮る様に、偽物が割り込んで言う。

 

確信染みたその語調にひなたが口を閉じれば、偽物は嗤う。

 

 

『貴女、国土綾乃さんの事をこう思ってるのでは?――想い人である彼、大神紅葉の側に居る邪魔な存在だと』

 

「……」

 

『四国外への遠征を始め、彼が何か行動を起こす際に頼るのは何時も国土綾乃。大好きな彼に付くその虫を、邪魔に思わない日なんて無い!!』

 

「……」

 

 

俯き、何も言葉を発しないひなたに手応えを感じ、偽物が更に捲し立てる。

 

魂が、在り方が揺れるのが見えた。

 

 

 

――"巫女"の、上里ひなたに"試練"を頼む。若葉がメインっつっても、アイツも強くならなきゃダメだしな。

 

『"試練"に潰されれば、あの肉体は使い物にならなくなるが?』

 

――大丈夫だ。その程度なら、軽々と突破すると信じてる。

 

 

 

此処へ来るまでに話した、若年の神の言葉を思い出す。

 

気に食わない。所詮はこの程度ではないか。

 

人などは所詮自分本意の生き物。自身のあらゆる欲を満たすためならば、畜生にも容易く堕ちる生き物だ。

 

 

 

『国土綾乃が死んだあの時、こう思いましたよねぇ。"あぁ、やっと死んでくれた"と!』

 

「……っ」

 

『これで彼の隣は私の物! 良いじゃあないですか。これから先も、ずーっと、私が独占出来るんですから!』

 

 

――精神の中にある、自我と呼ばれる支柱が揺れるのが見えた。

 

 

強い感情によって揺れるそれは、偽物が願う展開通りの動きを見せ思わずその顔に笑みが浮かぶ。

 

 

さて、そろそろ仕上げだ。

 

 

『――質問を絞ります。貴女、"上里ひなたは、国土綾乃を大切な存在と思っているかどうか"』

 

 

魂の在り方、その正否を問う言霊がひなたへと投げ掛けられた。

 

 

己を偽らず、在るがままに答えれば何もない。

 

だが、己を偽り仮面を被る真似をすれば不浄とみなされ魂に寄生される。

 

 

掛けられたその問答を聞いたひなたは――

 

 

~~

 

 

「ほら、ひなた」

 

「ありがとう、ございます……」

 

 

彼が差し出したマグカップを受け取り、包むように手で持った。

 

温かさが伝わるそれに、僅かに寒さで悴んだ指が解けるのを感じる。

 

ふと、マグカップの中の紅茶に写る自分と目が合った。

 

――ひどい顔をしているな、と他人事の様に思う。

 

 

ずず、と少し啜れば少し煮出し過ぎた紅茶の風味が口一杯に広がった。

 

飲んでそれに気付いたのか、モミジが少しだけ顔をしかめる。

 

 

「あちゃー、少し煮過ぎたな。砂糖とミルクがあるから使いなよ」

 

「……何でも出てきますね、モミジさんのバッグは」

 

「おうよ。因みに中身の8割くらいは大社の備蓄庫からパクったおやつです」

 

「もう。……ふふっ」

 

 

神樹が出してくれるから平気だろ。と聞く人が聞けば怒られる台詞を吐く彼に、思わず笑みが溢れる。

 

ひなたの笑みを見て、モミジが安心した様に笑った。

 

 

「やーっと笑ったな」

 

「へ?」

 

「最近お互い忙しくて話せなかったし、綾乃が元気ないって言っててな。心配だったんだ」

 

「そう、ですか……。凄いですよね、綾乃ちゃんは」

 

「ん? 何処が?」

 

 

モミジとの会話の中で出てきた彼女の名に、ひなたがそう呟いたのをモミジは聞き返す。

 

 

「"巫女"としてのお役目に、四国外の捜査に一緒に行って、周りにも気を配れて……。こんな事で止まってうじうじしてる私とは、全然違う」

 

「なーんだ、そんな事か」

 

 

砂糖を足した紅茶をくるくるとスプーンでかき回しながらモミジが言う。

 

簡単な様に言う彼に思わず唖然とすれば、モミジは笑って言う。

 

 

「それは、綾乃にしか出来ない事をしてるからだよ。アイツだって、神事でひなたに敵わないって言ってたしな」

 

「……本当に、ですか?」

 

「おう。万能な人間なんざ居るわけないだろ? お互いに弱いところを庇いあって、立ち上がるのが"人"って字だって若葉の爺さんも言ってたぞ」

 

 

ニシシ、と笑う彼の言葉にひなたは少し前の事を思い出した。

 

"天災"のあの日、あの化け物に囲まれたあの時を。

 

この人は、迫り来る化け物に対峙しそれでも絶望せずにこう言っていた筈だ。

 

 

 

――大丈夫だ。ひなたなら出来る。後ろの若葉も、逃げ遅れてる人達も、全員、連れていくから

 

 

―必ず、守るから

 

 

 

「私に、出来ることを……」

 

「おう。自分と他人を比べたらキリがねーぞ。自分は自分だろ」

 

「……そうですね」

 

 

渋いままの紅茶を啜り、そこに写る自分と目が合う。

 

 

――もう、ひどい顔をしてはいなかった。

 

 

 

~~

 

 

――ぐらぐらと、上里ひなたにある支柱が揺れている。

 

 

「貴女は、記憶を眺めることは出来てもそこにある気持ちは分からないのですね」

 

『……なんと?』

 

「確かに綾乃ちゃんに私は嫉妬していたのでしょう。不甲斐ない私とは違い、彼女は先へと進める人ですから」

 

 

支柱が揺れる。

 

だが、それは。

 

 

――激しい怒りからだ。

 

 

「でも私は、彼女を、国土綾乃という人を尊敬していました! 私には出来なかった、彼の隣に立ち先へと進める彼女を!!」

 

 

助けを求める人に手を差し伸べる彼女を。

 

化け物が大量に居る"外"へ、足を進める事が出来る彼女を。

 

そして何より、大神紅葉という人間の支えになれる彼女を。

 

 

「彼女の様に強く。それが私が目指す道です!貴女の言う下衆な目的など、一度だって抱いた事はありません!」

 

『……!!』

 

「"国土綾乃は、私にとって大切な存在"。それが私の答えです!」

 

 

揺れていた、砕ける寸前だと思っていたその支柱は全くの間違い。

 

更に強く、さながら巨木の如く根を張ったそれに偽物は言葉を失う。

 

 

それを知ってか知らずか、言葉を失い戦く偽物へとひなたは指を差し真っ直ぐな瞳で射貫いて言う。

 

 

「この程度の"試練"で、私の在り方は揺らぎません。――それが分かったなら、とっとと消えなさいッ!!」

 

 

『っ。おのれ、おのれこの"巫女"風情が――!』

 

 

顔を醜く歪め、本性を剥き出しにしてひなたへと襲い掛かろうと"擬似精霊"が飛び掛かったその瞬間。

 

 

――真っ白なひなたの精神世界に、一筋の蒼白い稲妻が迸った。

 

 

 

 

「ふむ、この程度ですかね」

 

「く、そぉ……」

 

 

場所は変わって薙刀の巫女と対峙する"勇者"一同。

 

化け物か。と若葉は肩で息をしながら思う。

 

 

歯が立たないとはこの事だ。此方の攻撃も、全く手は抜かず本気で攻撃しているのにも関わらずダメージが入っている様子が見えない。

 

――この女、あの鬼(大嶽丸)より強い……ッ!

 

 

「分身すら消滅出来ないなんて……」

 

「あぁ。郡千景さんは、この"精霊"の元の所有者でしたね」

 

 

納得行ったように千景を見た後、すっと薙刀を見せつつ言う。

 

 

「私も皆さんと同じ"神具"に選ばれた者でしてね。この薙刀は、とある能力を持つんですよ」

 

「能力……?」

 

 

巫女の言葉に、杏が疑う様に目を細めながら言う。

 

あの化け物染みた力への対抗策を練ってくれているのだろうか。

 

 

「はい。簡単に言えばその能力は、"軍としての能力の向上"」

 

「……まさか」

 

「おや、御理解がお早いようで。――そうですよ」

 

 

巫女の話を聞いて、杏の顔が僅かながら青ざめる。

 

それを見た巫女が、()()()()()がクスクスと笑い言う。

 

 

「"軍としての能力の向上"」

「それは即ち」

()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()

「さぁ」

「貴女達はこれを」

「どのように攻略致しますか?」

 

 

聞かされたその能力に、"勇者"の面々から乾いた笑いが上がる。

 

一人でもあの"鬼"と渡り合っていた化け物が、七人に分かれその分強くなる……?

 

 

「攻略も糞もない……まさにクソゲーね」

 

「千景……?」

 

「まともに戦りあっても時間の無駄よ」

 

 

数歩前へと出た千景へと、何をするつもりだと若葉が問う。

 

勝てる見込みがない相手へと、何をするのだ?

 

 

「私が相手するから、その隙に全員走って」

 

「何を言っている?! そんな隙、どうやって――」

 

 

どうやって作るんだ。と言おうとした若葉の言葉が止まる。

 

その異変は、離れた場所にいる薙刀の巫女にすら直ぐ様分かった。

 

 

「――寒い」

 

 

正確には、物理的な冷気ではなく魂が感じる危機感からの悪寒。

 

全員が戦慄を走らせるその空間の中、一人涼しげな顔をした千景が薄く笑う。

 

 

「この"禁忌精霊"は、高嶋さんの鬼より特別な品。――あの世とこの世、その境目にあるとされる領域を再現したもの。つまりこの精霊は、()()()()()()()()()()

 

 

郡千景の勇者服のモチーフは彼岸花だ。

 

彼岸花とはその名の通り、あの世で咲き誇る花とも言える。

 

そして、彼女を選んだ"神具"は"大葉刈(おおはかり)"。

 

斬った相手を魂ごと刈り取る、まさにその見た目に相応しい死神の大鎌。

 

 

郡千景を中心として、濃い霧が徐々に立ち込め始めた。

 

それは時間と共にじわじわと広がり、薙刀の巫女の一人を包み込むと。

 

 

「っ、ぐぅっ?!」

 

 

悲痛な声を残して、跡形もなく姿を消した。

 

 

「……霧に身を隠して倒すわけですか。でも、無駄……っ?!」

 

「復活しないわよ。魂そのものを刈り取ったから」

 

 

復活する筈の分身が生まれず焦る巫女へと、千景が大鎌を振るい言う。

 

その姿は大きく変わり、ボロボロの幽鬼が纏うような漆黒のローブ。更に刀身を大きくした漆黒の大鎌を持つその姿はまさしく。

 

 

「死神……!」

 

「残念。これの名前は"魂刈り(ソウルイーター)"よ」

 

 

――あの世とこの世の境目。そこにある川で咎人の罪を計り、そして刈り取る者。魂刈り(ソウルイーター)

 

 

「……申し訳ないけど、時間がそう無いわ。死にたくないなら全力で逃げて頂戴」

 

「「「「「「っ!!!」」」」」」

 

 

千景の言葉に、薙刀の巫女の面々が各々構えを取る。

 

 

――死、そのものを振るう死神が魂を分ける亡霊へと躍り出た。

 

 

 

 

 

 

 




"試練"の擬似精霊は赤嶺ちゃんのとは別の精霊でゲス。

ぐんちゃんの精霊は三途の川、奪衣婆と懸衣翁そのものの具現化。
強さなんて関係ない、此処では皆只の刈られるだけの魂に過ぎないのだから。

善人は安全に、悪人は苦痛を伴い渡るこの川だがぐんちゃん死神は違う。

目が合えば斬る。善人?悪人?見た目じゃ分かんないから嫌なら逃げて頂戴。
善人も悪人も、私が居た地獄にはたくさん居たわ。とニッコリスマイル。

でも親友の場合は無条件で通しちゃう。良いよね別に。

若葉ちゃんには大鎌の背でグリグリしちゃおう。


続き、書けたら上げるんでお待ちを(*´ー`*)


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結ぶ歴史 5

大変長らくお待たせしました……!

終わらない仕事、納得行かない執筆、抜け出せないスマホゲー⬅️

今回と次で一旦シリアスとはバイバイする予定(予定は未定)なので、もう少しおまちくだせえ(*´ー`*)


それでは、暇潰しにどうぞ(。-ω-)


・神世紀における、神樹様の結界についての特記事項。

 

 

かつての"天災"の際、土地神を纏め上げ四国に結界を張られた神樹様。

 

それを護るべく初代勇者である乃木若葉様と、他四名の勇者様方が奮闘され四国は護られてきた。

 

神樹様のお恵み、結界の維持……。様々な奇跡のそのお力は、決して無限ではない。

 

■■の巫女である■■■■様を名で縛り、奉る事で神樹様は神世紀における今まで大赦、ひいては四国の平和を護られている。

 

次の巫女の替えは検討され、同じく■■の巫女である■■■■で決定された。

 

無垢なる少女が汚される事がないよう、防人の部隊にてお付きの巫女という形で護衛に当たらせている。

 

余計な混乱を避けるため、部隊の人間には伝えず本人にも伝える事は禁止事項とする。

 

      大赦検閲済

 

 

 

「いい加減にしてよっ!」

 

 

物陰に隠れ、じっと巫女の動向を窺っていた仮面の巫女へと赤嶺友奈が苛立ちを隠さず声を荒げる。

 

首もとで淡く光る首輪の様なものを掴み言うその顔は、疲労や焦燥で酷く歪んでいた。

 

 

「早くシズ先輩とレンチのこれを解除して!」

 

「……何を言うかと思えば。相変わらず仲間思いだな、お前は」

 

 

赤嶺の言葉を受けて、確認するように弥勒蓮華(みろく れんげ)桐生静(きりゅう しずか)へと視線を向ける。

 

女が使う"傀儡の術"に掛かった二人は、物言わぬ人形の様に静かに佇むだけだ。

 

 

「さっきの戦闘でかなり良いのを何発も貰ってたの。治療をさせてよ……!」

 

「自分のミスでしょ、それは。放っておいても死にはしないわ。それに――」

 

 

仮面越しに、女の視線が蓮華に突き刺さる。

 

表情が見えない赤嶺でも、そこから放たれる剣呑な空気をピリピリと肌で感じていた。

 

 

「土壇場で私を裏切った裏切り者共には、お似合いの姿でしょう?」

 

「……っ!!」

 

 

――誰でも良い。

 

――誰か、助けてよ……。

 

 

侮蔑、怒り……。様々な意味が込められたその言葉に、赤嶺はどうしようもなく歯を食い縛る事しか出来なかった。

 

 

~~

 

 

蒼白い、神浄の稲妻が走った。

 

 

「ぎゃあああああ?!」

 

 

ひなたへと飛び掛かろうとしていた偽物を貫き、その痛みで偽物は悲痛な叫びと共にバタバタと転げ回る。

 

吐き出すような嗚咽と共に口から吐き出され上がる煙は、身体の内部まで焼き焦がしているのを示していた。

 

 

精神世界から引き戻され、現状の把握に頭が追い付かないひなたの目に入ったのは、ファンシーなその姿。

 

 

「サンチョ、さん……?」

 

『すぃ、むーちょ』

 

 

ぴこ、とその短い手とも腕とも受け取れる部分を振り上げ、此方へとダンディーな声でサンチョは返答した。

 

ふざけているのではないのだろうが、今の空気では何処か場違いなその光景に思わずひなたは苦笑いを浮かべる。

 

 

「ひなたさん!」

「ひなた先輩!」

 

 

ひなたの無事を確認して、安堵の表情を浮かべて二人が駆け寄って来た。

 

喜びを分かち合っている三人の元へ、先程の脅威が咆哮を上げる。

 

 

「貴様ァァァァ! 約束と違うではないか!」

 

 

先刻までのひなたを模した落ち着きある話し方とは変わり、何処か獣の様な荒々しさを感じるその口調。

 

明らかに感じる憤怒のその様相に、だがしかしサンチョは何処吹く風かの如く返答する。

 

 

『すぃ、むーちょ』

 

「だが邪魔はしないと言った筈だ! やり方は私に任せるとも!」

 

『すぃ、むーちょ』

 

「そんなものは詭弁であろうが!」

 

 

 

「会話が……?!」

「成立してる……?!」

 

「凄いですね。園子先輩や園子ちゃんも、ああして会話が出来るんでしょうか……?」

 

 

何が言いたいか分からない。というよりか一種類の言い方しかないのに成立する偽物とサンチョの会話にひなたと水都は驚きを隠せないでいた。

 

その隣で呟く亜耶の疑問に流石にそれはないだろうと思うが、色々と規格外なあの二人(同一人物)を思いだしもしかすると……?と思い直す。

 

 

「……まぁ、良い。此方としても、多少の手段が変わっても魂を戴ければ良いのだから」

 

『すぃ、むーちょ』

 

「それは其方とて同じこと。先に契約を破ったのはお前の方ではないか」

 

 

偽物の言葉を体現するように、その背後の進化体のバーテックスが動き出した。

 

実力行使。その恐怖を知るひなたと水都に緊張が走る。

 

 

だが。

 

 

「ひなたさん。さっきのあの稲妻って……」

 

「えぇ。僅かな力でしたが、確かにあの人の力を感じました」

 

 

偽物を退けた、ひなたを護ったあの蒼白い稲妻に二人は見覚えがある。

 

頼もしさでいえば他の追随を許さない彼を思い出す。

 

 

"防人"、大神紅葉を。

 

 

進化体が動く。此方の三人とぬいぐるみ一体を追い込む様に、逃がす隙なんぞ与えない。という様に扇状に取り囲む。

 

背後に逃げ道を塞ぐかの様にそびえ立つ巨木に気付き万事休すと三人は身構えるが、()()は違った。

 

 

自身を見下ろす様に眺める、三体のバーテックスをその愛らしい目で眺めながら、

 

 

Vamos de fiesta(パーティーをしよう)

 

 

その小さな身体から、蒼白い稲妻を迸らせた。

 

 

 

 

霧が、辺りを包んでいく。

 

 

「不味いですね……」

 

 

一人、また一人と消されていく分身を目にしながら薙刀の巫女はそう呟いた。

 

急所に当たれば即死。切れ味からしてガードも糞もないとはどんな理不尽だと乾いた笑いが出る。

 

 

「――鎌鼬(かまいたち)!」

 

 

最後の分身が薙刀に暴風を纏わせ、立ち込める霧もろともに吹き飛ばそうと"精霊"を行使する。

 

 

だが。

 

 

「それは貴女の物じゃないわ……。モミジ君のよ」

 

 

『――?!』

 

 

能力が霧に触れた瞬間、その華奢な手に捕まれたのは具現化した"鎌鼬"であった。

 

"精霊"そのものも何が起きたのか分からないのか、千景に掴まれた状態でじたばたともがくだけだ。

 

 

 

奪衣婆と懸衣翁。

 

罪人の衣服を罪として剥がし、三途の川の近くの木に吊るして罪の重さを量るとされる妖。

 

地獄の獄卒とも呼ばれる二人の力を、千景は相手の"精霊"の徴収として使用していた。

 

七人御先(しちにんみさき)の分身が復活しないのも、その能力によって発動前に徴収されていたからだ。

 

 

「さて、残るは一人だけね」

 

「おやおや……、困りましたね。どうも」

 

「命乞いするなら聞いてあげるわよ」

 

「あらら、見逃してくれるんですか?」

 

 

思わぬ千景の提案に、薙刀の巫女は意外そうに顔に浮かべる。

 

それを見て、カツリと鎌を地面に突き刺しながら千景は言った。

 

 

「貴女にはさっき助けて貰った恩があるしね。あと一つ、して貰うとすれば……」

 

「……何でしょう?」

 

「モミジ君と綾乃さんの所に案内しなさい。……少人数でと言うなら、乃木さんと上里さんだけでも良いから」

 

 

キョロキョロと辺りを見渡して、若葉や他の面子が近くに居ないことを確認して小声で千景がぼそりと言う。

 

若葉に聞かれやしないかという気恥ずかしさから、僅かに顔を赤らめたその千景の表情に巫女はクスリと笑う。

 

 

「な、何を笑っているの?!」

 

「い、いえ。予想外に可愛らしかったので思わず……っ。――んん……、それにしても」

 

「……何よ?」

 

 

仕切り直す様にごほん、と咳を一つして巫女は言う。

 

 

「望月 梓ちゃんの事は気に掛けて居ないのですね、と純粋に疑問に思って」

 

 

巫女の純粋な疑問。此処に居た、あの幼い少女の事を知っている誰もがあまり気に掛けていないことを疑問に思ったのだ。

 

その巫女の言葉に、あぁ、そんな事か。となんてことないように千景は返す。

 

 

「そんなの当たり前よ。モミジ君が居るなら、梓ちゃんをいの一番に迎えに行ってるだろうし。心配いらないわ」

 

「……何処にそんな根拠が?」

 

「モミジ君だから、としか言いようがないわね。綾乃さんも居るなら、確実と言う他ないわ」

 

「なるほど……」

 

「彼は、身内のピンチには鼻が良く効くから。伊達に番犬だなんて呼ばれていないわ」

 

 

偽物とはいえ、大嶽丸(おおたけまる)が乗っ取ったモミジも仮面の巫女達を護っていたなと思い返す。

 

そういった、弱者を護るという想いが肉体に無意識レベルで宿っているのだろうか。

 

 

「では、お言葉に甘えて逃げさせて戴きますね。――また、何処かで」

 

「っ、待ちなさい。案内を……!」

 

「乃木若葉さんが巫女を迎えに行ったのであれば、自ずと会える筈ですよ。そこに、今言った望月 梓ちゃんが居ますから」

 

 

そう言い残して空間に掻き消える様に姿を消した薙刀の巫女を見送って、千景は自身を落ち着かせる様に呼吸を深く吐くと"精霊"を解除する。

 

ボロボロの黒衣が消え、"大葉刈"が普段の形状に戻ったのを見てすぐにその額に大粒の汗が浮かんだ。

 

 

「やっぱり、これはしんどいわね……」

 

 

脱力感を感じ、無防備にその場に座り込んで休憩を取る。

 

バーテックスに襲われる心配があるが、スマホの画面に高嶋の方の友奈を始めとした勇者数名の反応がある為、霧が晴れれば直ぐにでも来てくれるだろうと予測を立てる。

 

 

「それにしても……」

 

 

撤退はした。いや、()()()()()と言った方が正しいか。

 

"魂刈り"を降ろして直ぐ、薙刀の巫女から戦意が薄れたのが感じ取れた。

 

恐怖からではない。ただ純粋に、これ以上は正真正銘の殺し合いになると感じ取ってのこと。

 

 

出来るなら殺し合いなんてしたくない。それを感じてくれたのか、スムーズに撤退まで行ってくれた。

 

……根が、本当に優しい人なんだろうなと、千景は巫女が消えた方向を見上げながら微笑む。

 

もし、ゆっくりと話すことが出来るならばお友達になりたいものだ。

 

 

「ぐんちゃーん! 大丈夫?!」

 

「高嶋さむぎゅ」

 

「怪我してない?! 何処も痛めてないかな?!」

 

「だ、大丈夫よふぎゅ」

 

 

親友の過度とも言える心配性に、幸福とも言える気持ちを感じていると、ふと思った。

 

 

――アイツからの伝言だ。“自分の目で、良く見定めろ”だとよ

 

 

――次は、必ず殺す……。

 

 

大嶽丸と、仮面の巫女の言葉がふと甦る。

 

 

乃木若葉に、何を見定めさせたいのか。

 

乃木若葉に強い恨みと殺意を持つあの女と、何があったのか。

 

 

「……ぼーっとなんてして居られないわよ。乃木さん」

 

「んー? どしたのぐんちゃん?」

 

「何でもないわ、高嶋さん。さ、行きましょう」

 

 

小首を傾げて疑問符を浮かべる彼女に笑みを溢しつつ、先に巫女の元へと急いだ若葉達を追う。

 

その目は、いつも伏し目がちな彼女とは違い、確かに真っ直ぐに前を向いていた。

 

 

 

 

「……なるほど。"造反神"に呼ばれたお前は私の呪詛に耐性が有るわけか。納得納得」

 

「っぐ?! かはっ……」

 

 

足下に転がる赤嶺を冷たく見下ろしながら、爪先で確かめる様に頭を小突いた。

 

呪詛による苦痛で動きが阻害された赤嶺は、抵抗出来ぬままなす術もない。

 

 

――やっぱり、狂ってる。

 

 

「さっさと隷属した方が楽だぞ? 苦しいのが好みならドン引きだが」

 

「マゾじゃないから……!」

 

 

――"緋色舞うよ"!

 

自身のルーティン。戦闘時における集中力を高める言葉を脳内で呟き、覚醒するのを感じる。

 

ビキビキと呪詛によって悲鳴を上げる身体を無理に酷使しながら、拳を振り上げパイルバンカーを起動させる。

 

殺しはしない。ただ、暫くは動けないようにするだけ……っ!

 

威力を抑えた一撃を放とうとして、直撃する寸前に目の前に立ちはだかったそれに動きが止まる。

 

 

弥勒蓮華。桐生静。

 

親友とも、家族とも言える二人が光を失った目をして赤嶺の前に立ちはだかっていた。

 

 

仮面の巫女を、護るための肉盾として。

 

その為、蓮華の動きに反応が数瞬遅れた。

 

 

蓮華のしなるような足が放つ重い蹴りが、赤嶺の腹部へとモロに突き刺さる。

 

ガードも何も出来なかった赤嶺は、ボールの様に吹き飛ばされ数回地面をバウンドして漸く動きが止まった。

 

 

――この人は、やっぱり変わってしまった。

 

 

「そこで見てろ。赤嶺」

 

「や、めろ……!」

 

「ここで変える。この世界なら、神樹の内部からなら、変える事が出来るッ!!」

 

 

蓮華が、自身の武器であるビームサーベルを取り出すと音を立てて刃が形成される。

 

"精霊"の力を借りて作り出すそれを、彼女は精霊刀と名付けていた。

 

 

「乃木若葉は無理だったが、ならば外枠から崩せば良い。奴の支柱でもある上里ひなたからだ」

 

 

視線の先に映るのは三人の巫女。上里ひなた、藤森水都、国土亜耶。

 

一人を暗い目で。

 

一人を懐かしい物を見る目で。

 

一人を複雑な目で。

 

 

三人をそれぞれ確認した後、指揮者がタクトを振るように手を振り上げる。

 

 

――助けてよ、誰か。

 

 

「アイツを殺せ!」

 

「レンチ、ダメだよっ!!」

 

 

 

――この人を、救ってあげて!

 

 

 

少しの間の後、どさりと間近で何かが倒れる音が二つした。

 

目を開けて見れば、そこには倒れ伏す蓮華の姿。少し離れた所で、静が倒れているのも見えた。

 

隷属の呪詛が解かれたのか、その表情に苦痛の色は見えない。

 

 

「そんな事は、しちゃダメだ」

 

 

続いて聞こえた、そんな声。

 

小さい子供に大人が言い聞かせるように叱る時に言うような、厳しくも優しい、そんな言い方。

 

見上げれば、仮面の巫女の振り上げた手を掴む少年と見覚えのある少女の姿があった。

 

 

「……お、にいちゃ……!」

 

「お前の気持ちは分かる。でも、このやり方はダメだ」

 

「……っ! 私は、悪くない……!!」

 

 

目の前に立つ少年の手を払い、後ろへと跳躍する。

 

仮面の巫女がなにやら唱えると、何もない空間から"穢"の顔布を着けた巫女が現れる。

 

そうだ。あの少年の隣の巫女、あれは確か。

 

 

「ふーん。それがアタシのコピー、ねぇ。……良いとこ40点ね」

 

「厳しいな。綾乃」

 

「式神の使い方も、"(神隠し)"も雑。修行不足も良いところだわ」

 

 

「……!」

 

 

下らない物を見るように、綾乃と呼ばれた少女が顔布を着けた偽物の国土綾乃を見る。

 

綾乃のオブラートに包まない評価に、仮面の巫女が言葉に言い詰まった。

 

 

「賢いお前なら分かるだろ。こんなことは無意味だ。変わったとしても、それは混乱を招くだけだって」

 

「……モミジ、アンタ引っ込んでなさい。言っても分からない子には、仕置きするのが一番よ」

 

 

「子供扱いしないでっ!!」

 

 

二人のやり取りを聞いて、仮面の巫女が我慢ならぬと声を荒げる。

 

そんな慟哭を、二人は静かに聞いていた。

 

 

「私は間違った事をしていない! 二人が頑張ったから"今"があるのに、それを無かった事にするアイツらが悪いんでしょ?!」

 

「モミジお兄ちゃんは戻って来なかった! 綾乃お姉ちゃんの遺体は消えた!」

 

「四国の為って何?! 私の家族を、弔いすらさせて貰えないって何?!そんな二人を居なかった事にするなんて……」

 

 

「皆の為に、平和の為に頑張った二人への仕打ちが、許せるかぁぁぁあ!!!」

 

 

どす黒い何かが吹き荒れる。

 

仮面の巫女の感情の高ぶりにつられる様に、穢れと呼ばれるそれが渦を巻いて仮面の巫女へと集束していく。

 

 

その白い仮面に、涙の様に黒い何かを垂らしながら巫女は言った。

 

 

「待ってて、モミジお兄ちゃん、綾乃お姉ちゃん。私が、二人を居なかった事になんてさせないから……」

 

「っ待て!」

 

 

モミジの制止を聞くことなく、仮面の巫女は偽物の綾乃と共に姿を消した。

 

制止の為に出した手が、力なく垂れ下がるのを見て綾乃がバカと呟く。

 

 

「何で力尽くで止めなかったのよ……」

 

「止められるわけねーだろ。あんな事言われたらよ……」

 

 

少しの間の後、はぁとお互いにため息を吐いて。

 

 

「……兄貴分と同じで過度な家族想いって訳ね。困った妹を持ったものだわ」

 

「そりゃお前もだろ。……別に、お前達が幸せに暮らしてくれれば、俺はそれで良かったんだよ――」

 

 

 

 

 

「――梓」

 

 

モミジの呟きが、樹海に消える溶ける様に消えていった。

 

 

 

◆□◆□◆□

 

デモ隊。その内容から、一部抜粋。

 

 

 

 

決行は明後日。

 

その日に、全てにケリを着ける。

 

 

"勇者"の生き残りの乃木若葉を殺害し、大赦の主導権を此方が握る。

 

 

それが成されれば、神樹との交渉、壁外への調査が共にスムーズに行われる筈だ。

 

 

正義の名の元に、我らが指揮官に、

 

 

――"防人"国土梓様に、忠誠を。

 

 

 

◆□◆□◆□




"天災"によって理不尽に両親を失った。納得行かないけど、でも仕方ないよね。うん。

え?あの二人を何で居ないことにするの?何でモミジお兄ちゃんは帰ってこないの?何で綾乃お姉ちゃんの遺体が無くなるの?お葬式?何にお別れすれば良いの?

全部大赦のせい?そのトップは……なーんだ、若葉さんかぁ。……家族同然に大事って言ってたのに、こんな仕打ちするんだ、ふーん。

許すわけないよね。○んで詫びてよ。


……さて、純真無垢な少女の変わり様。気付いた人は居ましたか?居ない?伏線の描写が下手?ごめんなさいorz

続き書き次第上げます。短編も出来たら載っけるんでお待ちをば(*´ー`*)


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結ぶ歴史 6

長くなりました……m(_ _)m

マジで仕事終わらんのや…、堪忍して…。

長くなるので、一旦区切って載っけます。

続きは頑張って書いてます。暫しのお待ちをm(_ _)m


 

 

『よくも飽きませぬなぁ、"神樹"よ』

 

『……建御名方(タケミナカタ)

 

 

結界内、詳しく言えばその中の勇者の様子を観察していた"神樹"はのんびりとした口調で話しかけてきた建御名方(タケミナカタ)――元は諏訪大社の諏訪神を見て、僅かに怯えた様に辺りを見渡す。

 

以前自分の元に来て、様々な想いが入り混じる激情を向けてきた若い神格が居ないことにほっと胸を撫で下ろすと、それを見た諏訪神が笑う。

 

 

『モミジなら居りませぬ。あやつは今"試練"の監督でしたでしょうに』

 

『そ、そうだった……。でも、あの子の勝手な行動に、"あの人"がかんかんだったよ』

 

『――素戔嗚尊(すさのおのみこと)様がですかの?』

 

『うん』

 

 

つぃ、と指を振るうと、本来不干渉の筈のモミジがガッツリと横やりを入れる様子が映し出された。

 

造反神役の素戔嗚尊(すさのおのみこと)――スサノオが、『我激おこ。おこである』と中指を立てていたのを思い出し、鎮めるのに苦労したなぁと神樹はため息を吐いた。

 

 

『おやおや、それはご迷惑をお掛けしましたの。この老体でも役に立てば良かったのですが』

 

 

――最初に神威消して逃げてた(ひと)の台詞がそれか……っ!

 

 

のらりくらりと責任を逃れる諏訪神へ神樹がわなわなと拳を握るが、怒っても無駄だなと理解し再び結界内の観察へと戻った。

 

それを後ろから覗き込む様に見ながら、諏訪神がそれにしてもと言う。

 

 

『モミジとしても想定外だったのでしょうなぁ。本来招かれる事のない"異物"が、結界内に入り込んで居るのですから』

 

『……でもこれは、人間達の"試練"だよね?』

 

『然り。ですがあやつは、身内の事となるとリミッターが壊れますからの』

 

 

それは分かる。()()姿()()()()()()()()から察するに、あの神格は家族、またはそれに近い者に悪意を持って危害を加える物に容赦はしない。

 

私は悪意でそうした訳ではないから、怒りを向けられはしたがぶつけられる事はなかった。黙って睨む彼はすっごく怖かったけども。

 

 

『勇者らが自らで選び、勝ち取る事に干渉はしないでしょうが、それ以外の事はまぁ……諦めた方が宜しいかと』

 

 

それに、と諏訪神は続ける。

 

 

『長い年月、魂の浄化に充てていたあやつからしても人の歴史はそう知ってはおらぬのですよ。……だからこそそれを知り、そしてどう導くのか。これはあやつにとっての"試練"でもあるのです』

 

『……そうだね。あの子が落ち着いたら、一度ゆっくりお話してみたいな』

 

『ほっほっほ、きっと叶いましょう』

 

 

――諏訪神の笑みに、()()()()に良く似た少女は柔らかな微笑みを浮かべ頷いた。

 

 

 

 

「――おら、そろそろ吐いた方が良いんじゃあないのかい? 兄ちゃんよぉ?」

 

 

身体の自由を奪われ、胴体ごとロープでぐるぐる巻きにされた挙げ句天井から吊るされ、スタンドライトの光を顔面にこれでもかと浴びせられる。

 

うっ、と眩しさから顔をしかめれば、目の前のサングラスを掛けた小さな体躯の少女はにぃと笑った。

 

 

「おらおら、相棒がどうなっても良いのかぁ?」

 

 

隣を見れば、同じように吊るされた巫女である相棒が同じくサングラスを掛けた赤みがかった茶髪の少女に迫られている。

 

指をわきわきと動かしながらにっひっひと悪戯染みた笑みを浮かべているのを見るに、どうやら拷問に掛けられる様だ。

 

 

……相棒のピンチだ。ここは。

 

 

「相棒には何をしても良い! だが俺には酷いことをしないで!」

 

「おいコラァ! 何人の事軽々と売り飛ばしてんだぁ!」

 

 

同じくロープで手荒にぐるぐる巻きにされた綾乃が、身をよじりながら此方へと怒号を飛ばす。

 

 

「綾乃」

 

「あぁん?」

 

「これはあれだ。コラテラルダメージだ」

 

「ならアンタが犠牲になってろ!!」

 

 

綾乃とそうしたやり取りをしていると、少し離れたテーブル席から不満の声が上がる。

 

見れば、仲間である筈の薙刀の巫女がもっきゅもっきゅとご飯が盛られた茶碗を片手に此方を見ながら、

 

 

「ちょっとー、じたばた暴れないで下さいよ。今私たちご飯中なんだから、ねぇ、梓ちゃん?」

 

「あ、あはは……」

 

「んー♪ 困った顔も可愛いですねぇ」

 

 

むぎゅう。と上機嫌で梓を抱き締める薙刀の巫女に、抵抗少なく梓はされるがままになっていた。

 

出会ってからこの調子だ。最初は恥ずかしさから抵抗していたが、今となっては抵抗する気力すら失せたらしい。可哀想に。

 

 

というより。

 

 

「ぅおい! なーに平和に飯喰ってんだ、お前! ご主人様が捕まってんだぞ早く助けろお願いします」

 

「今ご飯中なんで」

 

「なら仕方ないな。ゆっくりお食べ」

 

「それで良いのか……」

 

 

「アンタ達。ご飯の準備が終わったから、おふざけはそろそろ終わりにしなさい?」

 

「「はーい!」」

 

 

茶碗片手に最早動く気すら見せない巫女にモミジが諦めていると、入り口の扉を開けて入って来る少女、犬吠埼風がそう声を上げる。

 

勇者部部長である彼女の言葉は絶対なのか、目の前の球子と綾乃をくすぐっていた友奈がサングラスを取り外してはーいと元気良く返事をした。

 

 

「今、降ろしますからね」

 

「「ありがとうおっぱいちゃん」」

 

「あらあら、失礼な口はここかしら」

 

「東郷先輩落ち着いて下さい?!」

 

 

モミジと綾乃を吊し上げた東郷美森がロープをほどくのを止め、自身の愛銃である"シロガネ"を取り出したのを見て犬吠埼樹が羽交い締めに入る。

 

まったくもう、と呆れた様にため息を吐きながらロープをほどいてくれたのは、ひなただった。

 

 

「サンキュー、ひなた」

 

「いえいえ。――あら、うっかり忘れてました」

 

「ん? 何がだ?」

 

 

あらやだ。と言わんばかりに照れ笑いをする彼女に疑問符を浮かべれば、帰ってきたのはガチャリと手元から鳴る金属音。

 

よく刑事ドラマ等で見る、主に対象の手首へと掛ける無骨な頑強さを思わせる金属製の二つの輪っか。

 

 

要するに手錠だった。

 

 

いや、何で持ってんの?

 

 

「乙女の必需品ですよ?」

 

「そっかぁ」

 

 

女性は荷物が多いイメージがあるが、なるほど、こんなものを常備してるなら多いのも頷ける。

 

 

「乙女の必需品にそんな物があるかぁ!!」

 

「あまりのぶっ飛び具合に夏凛さんがツッコンだー?!」

 

 

普段のひなたとの違いに、戸惑いつつも夏凛がテーブルを叩いて主張する。

 

そんな彼女へ同意を示すように銀が声を上げていた。

 

 

一瞬で騒がしくなった勇者部一同を眺めつつ、部長である風がテーブルへと料理を運び終わると口を開く。

 

 

「早く食べないと冷めちゃうわよー? ほら、アンタ達も座って座って」

 

「……俺たちも良いんですか?」

 

 

出会ったばかりの相手に無警戒過ぎないか?と思えば、風が柔和に微笑んで言う。

 

 

「若葉達の態度を見れば悪い奴じゃないって分かるし、顔を見てピンと来たわ。あなた達二人の事」

 

「……?」

 

 

風の言葉の意味が分からず綾乃と二人で疑問符を浮かべていると、風が椅子を引いて急かしながら言う。

 

 

「"防人"大神紅葉に、そのお付きの"巫女"国土綾乃。二人には、私のご先祖様が世話になったらしいから、そのお礼をね。お腹空いてるでしょ、食べちゃって」

 

 

 

~~

 

 

 

「――なるほどにゃあ」

 

 

ちゅるりとうどんを吸うと、秋原雪花は感心した様に声を漏らした。

 

 

「つまり、恩人である大神さんに風さんのご先祖様が助けて貰ったは良いものの、恩返しが出来てなかったと……、300年越しの恩返しですか」

 

「俺もびっくり。……まさか"戌崎"のおっちゃんの子孫にご馳走になるなんてな」

 

「私も驚いたわよ。引っ掛かる名前とは思っていたけれど、まさか本当に会えるなんて。偽物の鬼を見たときに、聞いてた人相と違うと思ったけれどね」

 

 

偽物の鬼。おそらくは"大嶽丸"の事だろうか。

 

それにしても、と思う。

 

 

「あのおっちゃんの子孫に風さんみたいな可愛い娘が産まれるとは……、血筋ってのは分かんねぇ物だな」

 

「そ、そう?! 確かに、これでも私チアリーダーした時に告白された事があってね。それもこれも私から溢れでるこの女子力が――」

 

「あ、何処と無く残念そうな所がそっくり」

 

「どういうことよッ?!」

 

 

 

「――モミジ」

 

 

 

適度に返してくれるノリの良いツッコミにモミジが風を弄っていると、うどんを食べ終えた若葉が静かに口を開く。

 

静かに、だがそれでいてピリピリとした殺気が洩れるその様相に、それまで程よく騒がしかった食事の場がしんと静まり返った。

 

 

事情を知る若葉以外の丸亀城の面々が不安げな色を顔に浮かべるのを見て、苦笑いしてモミジが言う。

 

 

「殺気が洩れてるぞー、若葉。小さい子も居るんだし、取り敢えず落ち着けよ」

 

「……すまない」

 

 

ちらりと園子、須美、銀へと視線を送った後梓の事をゆっくりと見る。何処かぎこちなく見るそれは、先程の仮面の女――大きくなった梓とのやり取りを、ひなたから聞いたからだろうか。

 

 

「私が聞きたいのは大きく三つ。この"試練"の本当の意味。あず――あの仮面の女の事。お前達二人の事だ」

 

 

指を立てて言う若葉。その質問の内容に、"試練"に関係のある他の面々に緊張が走るのを感じた。

 

そんな面々を見渡しながら、モミジは確認するように口を開く。

 

 

「本当に良いのか? 知らなければ良かったと、後悔は無いか?」

 

「私には無い。……聞きたくない者が居るなら、言ってくれ。場所を変える」

 

 

若葉からの問いに、誰もが席を立つ事はなかった。

 

途中加賀城と呼ばれていた弱気な子が腰を浮かした様に見えたが、隣に居る芽吹という子に肩を掴まれ涙目になりながら押し戻されていた。凄まじいパワハラを見た気分だ。

 

 

「そうか。……なら順を追って話すとしよう。先に断っておくが、これは俺が見た訳でなく若葉本人から聞いた話だ」

 

「……あぁ」

 

「――事の始まりは、俺達が生きた西暦の時代からだ」

 

 

その渦中だった、 丸亀城の面々。そして、カーテンで仕切られた中で眠る"鏑矢"の三人に目を向ける。

 

 

「――天の神信仰の奴らが、活動を再開した事だった」

 

 

その名前を聞いて、ぞわりとした嫌な物が背中を伝うのを若葉は感じた。

 

 

 

 

天の神信仰。

 

 

最初は"天災"の折りに降臨した天の神へと許しを乞い、生け贄などをくべる事で助かろうとする連中だったが、時代の流れと共に大きく形を変えた。

 

 

 

――天の神へ忠誠を!

 

 

――土地神を奉る大赦を排除し、我々が四国を統一する!

 

 

――その為には、()()()()()()が必要だ。

 

 

 

「こうして、天の神信仰の奴等は自分達の御輿を探し始めたんだ」

 

 

胸糞悪い話だ。

 

自らが責任を負う事はなく、かつ指導者という体で操りやすい何者かを求める。

 

こういう時に巻き込まれ酷い目にあうのは、何時だって何も知らない無垢な者だけ。

 

 

「――そして、見つけた」

 

 

御輿を探すのではなく、作る方法を。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……ま、さか。そんな……?!」

 

「そのまさかだよ。ひなた」

 

 

ひなたの顔が青ざめる。そんな事があっても良いのか。

 

二度としてはならぬ、外法の業の行いを。

 

 

「アイツらは、ヒトガタの儀を行っていたんだ」

 

 

その言葉に若葉は、ひなたは理解した。

 

何故家族そのものであるモミジが、綾乃のデータが丸々消えていたのか。墓すら作られていないのか。

 

時代と共に忘れ去られた訳ではない。

 

 

 

「大神紅葉という、()()()が露見する事を恐れた大赦は俺が居たという全ての記録を消すことにしたのさ」

 

 

 

――私は間違った事をしていない! 二人が頑張ったから"今"があるのに、それを無かった事にするアイツらが悪いんでしょ?!

 

――皆の為に、平和の為に頑張った二人への仕打ちが、許せるかぁぁぁあ!!!

 

 

 

話ながら、仮面の女――梓の叫びをモミジは思い出した。

 

きっと、明確な悪人は居ない。と思う。

 

誰しもが、その人の護りたい物の為に行動したのだろうと。

 

 

――見誤るな、良く見定めろよ。若葉

 

 

青い顔をした彼女へ苦笑いしつつ、モミジはそう思った。

 

 

 

 

 




最近暑くなりましたね。皆様お身体にはお気を付けを。

アイスが美味しすぎて喰いまくってます。間食でなく主食となるレベルで。

今ハマってるのはスーパーカップのチョコチップ(*´ー`*)


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結ぶ歴史 7

大変長らくお待たせしました。

個人事で、身体ぶっ壊して入院しておりましたm(_ _)m

今は快復しておりますo(^o^)o

これからは今までの道理の大体週一?(調子良ければ2,3日)ペースで上げようと思うのでお付き合い下さいm(_ _)m


 

「はぁっ……はぁっ……~~っ!!!」

 

 

人気の無い暗闇。何処かの山中にある洞窟の中で、荒い息遣いが聞こえていた。

 

その息遣いの主である仮面の女――国土梓は、手にしていた注射器の中身を注入し終えると力なく地面へと落とした。

 

 

「最初から飛ばし過ぎたかな……。いや、どのみちあの人数差は押し切られていた。……"鏑矢"の傀儡を解除されたのは、痛手だけど」

 

 

荒かった息も整い、ふぅと一息吐くように洞窟の壁に背中からもたれ掛かり、ずず、と地面に腰を降ろす。

 

雲間から覗く月の光が、懐中電灯が要らないくらいに地上を明るく照らしていた。

 

 

少し離れた場所にいる"穢"の顔布を着けた綾乃に気付き、梓が宙に指を走らせる様に振るえば綾乃が何処か覚束ない足取りながらもゆっくりと梓の元へと足を進める。

 

 

ゆっくりとだが目の前まで来た綾乃に、国土梓はその存在を確かめる様に抱き締めた。

 

 

――ふーん。それがアタシのコピー、ねぇ。……良いとこ40点ね

 

――厳しいな。綾乃。

 

 

「――っ」

 

 

国土綾乃(本物)から言われた言葉を思いだし、思わず身が固まる。

 

 

「変わってなかったなぁ……、綾乃お姉ちゃんとモミジお兄ちゃん」

 

 

そう、変わってなかった。身内贔屓する訳でなく、実力を真っ向から評価する綾乃に何処かフォローするようにやんわりと言うモミジ。

 

確かに自分はまだ未熟だ。師である国土綾乃の技能には、今ですら遠く及ばない事を理解できている。

 

 

「……でも、私だって"力"を得たから」

 

 

ゆっくりと、壁に手を当てながら立ち上がる。綾乃(人形)を操作して肩を貸してもらうと、身体を休める為に目的の場所へと足を進める。

 

 

「ここなら出来る。全部やり直せる。ここなら、歴史を変えられる……っ!」

 

 

苦痛に顔を歪ませながらも、梓は奥に続く暗闇へと足を進めた。

 

 

 

 

「私が、お前達を……?」

 

 

「そうみたいだね」

 

「若葉本人から、そう聞いたからな」

 

 

大神紅葉と国土綾乃が歴史から消失している理由と行った人物。

 

それが利己的な物で、かつ自分達大社の人間が行っていると理解し若葉は何も言えないで居た。

 

 

「勘違いの無いように言っておくが、これに関しては俺から何も文句は無い。同じような状況になれば、俺も似たような事をしただろうしな」

 

「――……」

 

 

何か言おうと口を開こうとして、そこで見たモミジの表情に若葉は止まる。

 

"それ以上何も言うな"

 

拒絶、嫌悪の類いではない。

 

過ぎた事は、歴史は、もうどうしようもないのだから。

 

 

モミジにとって、それはもうとうの昔の出来事に過ぎないからだった。

 

 

「俺の生家。つまり、大神家の本家も排除し、"ヒトガタの儀"への手掛かりは完全に絶たれたかの様に思えた」

 

「……()()()()それはつまり、思い違いだったって事?」

 

 

腕を組み静かに耳を傾けていた歌野が、訝しげに眉根を寄せながら言う。

 

そしてそこまで言って気付く。仮面の女の事を、彼処まで激しい慟哭の、衝動の原動力を。

 

 

その時。

 

 

「そこからの事は、私が話すべきかな……」

 

 

モミジが続けようとした時、痛む身体に顔を僅かに歪めたその少女が奥のベッドの部屋から顔を出した。

 

 

「赤嶺! 目を覚ましたんだな、良かった……」

 

「お姉様、ありがとうございます。皆にも、迷惑を掛けたみたいだし……レンチとシズ先輩も、無事で良かった」

 

 

未だにベッドで横たわる蓮華と静を見て、不安混じりの視線を送る赤嶺にモミジが言う。

 

 

「"傀儡"なら解呪してる。二人とも疲労が溜まってたみたいだからな。お前はまだ休まなくても良いのか?」

 

「そこまで柔じゃないよ。……柔じゃない、です」

 

 

「あの小生意気な赤嶺が……?!」

「敬語を使うなんて……?!」

「棗相手の時だけじゃなかったのね」

 

 

「私だって敬語くらい使うよ?! それに……聞いてた以上、だったし。二人とも」

 

 

チラリと反応を見るようにモミジと綾乃を見る赤嶺へと疑問符を浮かべれば、赤嶺は若葉を見て言う。

 

 

「初代様……乃木若葉その人が、よく語ってくれたの。大神紅葉、国土綾乃の二人の事を」

 

「へぇ、どんな風に?」

 

「"あの二人以上の人間は見たことない"、"あの二人が居たからこそ、今の平穏がある"ってね」

 

 

「ほー……」

「へー……」

 

 

「な、なんでそんな目で私を見るんだ?!」

 

 

赤嶺の言葉に、何だかリアクションがしづらく素直に若葉を眺めてしまう。そんなことを思ってたのか、若葉。

 

何だか照れてしまう。

 

 

「……でも、あの人は違った」

 

「赤嶺」

 

「分かってる」

 

 

赤嶺が醸す空気が変わる。重い空気の中、梓の名を出さぬように牽制すれば赤嶺はこくりと頷いた。

 

 

「私達は、大赦が反大赦組織を粛正する為に作り出したチーム、"鏑矢"」

 

 

知っている。

 

先ほど話した"天の神"を信仰する組織を潰すべく、当時の大赦のトップが作った存在。

 

つまり、若葉とひなたが関与した事柄という事だ。

 

 

「神樹様の御力を受け"神具"で武装した私赤嶺友奈と、そこに居る弥勒夕海子さんの祖先、弥勒蓮華。そしてそのお付きの巫女である桐生静の三人のチーム」

 

 

「偉大なる御先祖様ですわ……。可憐な見た目とは裏腹に、武勇に事欠かない方らしいですが」

 

「安心しなよ。脳筋で猪武者な子孫が居るんだから」

 

「雀さぁん……?!」

 

 

青筋を立てて雀へと迫る夕海子を見て、赤嶺が話続けて大丈夫かなと苦笑いする。

 

数秒の後に、芽吹から鈍い音を上げて拳骨を喰らわされた二人が揃って頭を押さえていた。

 

 

「続けるよ……。そしてそんな"鏑矢"のチームだったけれど、私達に神事の方面で修行を付けてくれる指導者が入った」

 

「……なるほど、それが」

 

「そう。あの仮面の巫女だよ」

 

 

納得行った様に手を打つ杏へと、赤嶺が頷いて言う。

 

 

「私達は"神具"を所有し、神樹様に選ばれた人間と言ってもあくまでそれまででしかない。あの時代は、その程度の巫女はゴロゴロ居たの」

 

 

そんな時に来た、快活な人懐っこい何処か子供の様な笑顔を浮かべていたあの人。

 

間違っても、あんな憎悪と殺意に溢れた顔をするような人ではなかったのだ。

 

 

「お役目ははっきり言って辛かったけれど、でも皆が居たから毎日が幸せだった」

 

 

けれど、変わってしまった。

 

 

()()()が来てからあの人は、国土梓は変わってしまった。

 

 

「疑問が不安へ、不安が確信へと変わりつつあるその時、それは起きた」

 

 

どくりと心臓が強く跳ねる。落ち着かせる様に手を当てれば、どくどくと心臓の鼓動をはっきりと感じ取れた。

 

言うのは怖い。けれど言わなければならない。

 

裏切りのケジメは、取らなければならないのだから。

 

 

「――緋色舞うよ」

 

「……赤嶺?」

 

 

不意に呟いた戦闘へのルーティンに、若葉が疑問符を上げる。

 

戦意は感じられない。だが何か、強い決意を秘めた目を赤嶺はしていた。

 

 

「私達の世代において、最大であり最悪のその出来事は起きた」

 

「神樹様に選ばれた乃木若葉さん達"勇者"がバーテックスと戦ったその後の世。……次は、人間と人間が生存を賭けた争いを始めたの」

 

 

「「「っ?!」」」

 

「……聞いた事はあるよ~。それが、()()()()をはっきりと形作る原因となったって」

 

 

――人間と人間が、今の自分達の様に命懸けで戦う。

 

戦争という、その凄惨さを知る西暦組みは勿論の事、それを知らない神世紀の面々も驚愕をしていた。

 

乃木家の人間である園子は聞いた事があるのか、はたまた盗み見た事があるのか、神妙な顔付きで同意する様に頷く。

 

 

「大赦を潰そうとする反大赦側は人数が多く、幾ら神具を所有する私達でも苦しい場面が多かったの」

 

「神具だけじゃ、限界な部分があるものね」

 

「うん。……そして、時間が進み大赦の人達が全員駆り出され手薄になった時、あの人は――仮面の巫女は言った」

 

 

続く言葉が直ぐに出ず、すぅ、と口を開けてゆっくりと大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

「"この混乱に乗じて、乃木若葉を殺害する。"……ってね」

 

 

 

 

 

「……嘘、でしょ?」

 

「嘘じゃないわ。これは私が下す決定よ」

 

「何言うとるんや、自分頭おかしゅうなったんか?!」

 

 

信じられないという赤嶺と、分かりやすい怒りを浮かべる静の言葉にそれでも国土梓は言う。

 

 

「この戦争の原因は大赦。つまりはあの乃木若葉と上里ひなたよ」

 

「でも、だからこそそれを止めるために私達が居るんでしょ?!」

 

「それで止まる? 無辜の民を"神樹様の導き"という名目で植物人間にするのが正しい事なの?」

 

「っ、それは……」

 

 

「せやけど、殺すっちゅーのはおかしいやろ。若葉様には自分も世話になっとんたんやないんか?」

 

 

自分でも思うところはあるのか、赤嶺の言葉が止まる。口下手な赤嶺をフォローするように、次は静が口を開いた。

 

そんな静を面倒臭そうに横目に見つつ、ごそごそと自身の手持ちの武器を確認して言う。

 

 

「恩があるからといって、何をしても許されるという訳ではないわ。私は神や仏でもない、傲慢だと言うのなら、別にそれで良い」

 

「……っ。ロック、さっきから黙っとるけど、お前の意見は?」

 

 

聞く耳持たず。そう言いたげな態度をとる国土梓に埒が明かないと感じ、今まで壁に背を預け黙って聞いていた蓮華へと話題を飛ばす。

 

今までの話を逡巡して少しの間考える様に沈黙した後、静へチラリと視線を送ると口を開いた。

 

 

 

――私は、赤嶺友奈は。

 

 

 

「……弥勒は。弥勒が正しいと思った事を成す。それだけだわ」

 

 

 

――弥勒蓮華が出したこの答えを、

 

 

 

弥勒蓮華という人の事を、

 

 

 

友人として、誇りに思う――

 

 

 

~~

 

 

「――見ろ。良い月が昇っている」

 

 

若葉が居る屋敷に着くと、此方の姿を確認するまでもなくそう告げられた。

 

親しい間柄の者へと言うようなその声音は、此方が誰なのか気配で感じ取ったのかもしれない。

 

 

「ああいう月を見ると、昔を思い出すんだ。がむしゃらに、奴等へと刀を振るう日々を」

 

「……そうですか」

 

「お前は何か思い出はないのか? あの二人は――モミジと綾乃は、こういう風情には乗り気だったと思うが」

 

 

縁側に腰を下ろし、若葉は此方へゆっくりと視線を向ける。

 

――何だ、その目は。

 

 

「……止めろ」

 

「あの二人は、お前には特に甘かった様に思うよ。特に酷いのはモミジだな、アイツは――」

 

「止めろって言ってんのよっ!!!」

 

 

此方が、"鏑矢"の面々が武装して此処に居る意味が分からないのか。

 

分からない筈がない。この人は、乃木若葉はそんな耄碌をするような凡人ではないのだ。

 

 

懐から匕首を取り出し、引き抜くと鞘を投げ捨てる。からん、と木製のそれが地面に転がるのを見て、赤嶺が息を飲んだのを見た。

 

 

「乃木若葉。お前を殺し、この暗黒の時代を終わらせる」

 

「そうか」

 

「最早命乞いすらないか。……総員、戦闘準備」

 

 

梓の言葉を皮切りに、場の空気が更に重い物に変わる。

 

ぴりぴりとした空気が肌を刺す中、涼しげな顔をしながら若葉は梓を真っ直ぐに見て言う。

 

 

「さて、私も最期の仕事を果たすとしよう」

 

 

若葉が、ゆっくりと立ち上がる。

 

その瞳に射ぬかれたそれだけで、重圧感がのし掛かるのを赤嶺は感じた。

 

 

「来い、(わっぱ)共。稽古をつけてやろう」

 

 

「――殺せッ!!」

 

 

国土梓の声に、弾かれた様に赤嶺と蓮華が走り出す。

 

真ん中を進む梓をサポートするように、若葉を両サイドから挟撃するのだ。

 

 

「……っ!!、"緋色――」

 

 

こんなことしたくない。という逆らう感情に、それを塗り潰す為にお役目のルーティンを赤嶺が唱える。

 

 

その時だった。

 

 

「っ、あああああぁ?!!!」

 

「え…?」

 

 

突如上がる悲鳴。突然の事に思わず目を見開いてその悲鳴の主を見れば、血が吹き出す肩口を押さえて苦悶の声を上げていた。

 

狙う対象の乃木若葉、ではなく。

 

自分達の側の、国土梓がだった。

 

 

「言った筈、なのだけれど」

 

 

混乱する場の中で、梓の腕を切り落とした本人、弥勒蓮華が刀の血を振り払いながら言う。

 

 

「弥勒は、"弥勒が正しいと思った事を成す"、と」

 

「弥勒、蓮華ぇぇぇえ!!!」

 

「国土梓。可憐な華の様だった貴女は変わった。いや、()()()()、と言った方が良いのかしら」

 

 

ふぅふぅと獣の様に荒く息を吐きながら、梓はギラギラとした目付きで蓮華を睨む。

 

そんな中、焦りを含んだ声が上がった。

 

 

「梓!! 大丈夫か?!」

 

 

乃木若葉。命を狙われた本人が、その命を狙った主犯格を庇うように心配する。

 

先ほどのぴりぴりとした空気を発する目とは違い、その前の、見るだけで嫌気が差すその目に梓は顔を横に振る。

 

 

「止めろ……っ」

 

 

だってそれは、まるで――

 

 

「その目を止めろ……!!」

 

 

――あの二人が、見ている様で。

 

 

 

「若葉様、大丈夫ですか?!」

 

 

警備隊の者が駆け込んだのを見て、赤嶺は計画が失敗に終わってくれたと知り安堵から腰が抜けた。

 

この場において味方が居ないと即座に理解した梓が、若葉を振りほどいて逃走の為に走り出す。

 

 

「裏切り者が逃げたぞ!!」

 

「逃がすな! どうせ敵側の者だ、撃っても構わ――」

 

 

「ちょ、それは待って――!」

 

 

懐から銃を取り出したのを見て、赤嶺が焦った様に声を上げる。

 

それと同時に。

 

 

 

「撃つなッッ!!!」

 

 

 

先ほどまでの穏やかな声音とは違う、怒りを含んだ若葉の怒号にその場に居た全員がびくりと跳ねる。

 

普段からでも見せた事がないその表情に警備隊の者が戸惑っていると、冷静さを取り戻した若葉が言う。

 

 

「……国土梓には聞くことがある。生かして連れてこい。手荒に扱うのも、乱暴にすることも許さん」

 

「しかし……」

 

 

「"私"の決定に異を唱えるか。貴様」

 

 

「……失礼、致しましたっ」

 

 

乃木に逆らうという事は、四国全土を、世界を敵に回すという事。

 

その無謀とも言える愚かさに、警備隊員は震える身体を抑えながら頭を下げた。

 

 

 

 

「――梓」

 

梓が逃げた方向を見ながら、若葉はぽつりと呟く。

 

家族の様に大事な二人から託された、あの二人の子のような存在。

 

それの凶行を止められなかった事に、今さらになって情けなく思う。

 

 

「――やはり無理だな。モミジ、綾乃」

 

 

綺麗に昇る満月を見上げながら、自嘲気味に苦笑いして若葉が言う。

 

 

「私は、お前達の様にはなれない様だ」

 

 

冷たい夜風が、若葉の頬を撫でていた。

 

 




後1話位で日常編に行くと言っていたな。あれは嘘だ。

纏める能力のない私を許してください……m(_ _)m


お読み頂き、ありがとうございます。


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結ぶ歴史 8

大変長らくお待たせしました……orz

体調不良、戻らない体力、夏バテのコンボをくらい寝込んでいた次第です( ・ω・)

相も変わらずの拙い文章と語彙力ですが、それでも楽しんで頂けたらと思います。




 

「――私が知ってるのは、これで全部だよ」

 

 

ふぅ、と肩の力を抜くように脱力する赤嶺。何処か達成感やスッキリしたような印象を与えるその表情は、若葉への後ろ暗い感情があったからだろうか。

 

 

「……その後の事は知らないのか?」

 

「その騒動の後、直ぐに此処に……って状況かな」

 

「そう、か」

 

 

仮面の巫女、すなわち国土梓の安否を気にしていた若葉だが、返ってきた赤嶺の分からないという返答に気落ちした様に肩を落とした。

 

腕を切り落とされる程の深傷だ。出血多量で大事になる前に保護するのが最優先だと思っているのだろう。

 

 

「でも、さっきの夜の樹海で出会った時には両腕じゃなかったかしら?」

 

「多分、義手を着けてるんだと思う。……あの人、少しだけなら植物を操る力を持っていたから」

 

「……そうか」

 

 

"植物を操る力"。と聞いて幾つかの目線が此方へと集まったのを見て、モミジは思わず苦笑いを浮かべた。

 

神力というのは、そもそもがその神様を信仰、または同じ宗派に属せれば同じ神力に染まる傾向がある……というのを和人おじさんから聞いた事がある。

 

神樹で言えばひなた達"巫女"へ神託をスムーズに受け取らせる為だったり、悪い道へと進む信徒を引き留める為だったりするらしいが、真相ははっきりとは分からない。

 

 

だけど。

 

 

「……? モミジお兄ちゃん、どうかしたの?」

 

「んー? 何でもないよー」

 

「……えへへ、変なのー」

 

 

信仰とみなす程にモミジの事を想ってくれていた梓に、そして仮面の巫女へと今更ながら何と言えば良いか分からず取り敢えず頭を撫でる事にした。

 

頭を撫でられながら疑問符を浮かべ梓が此方を見上げるが、モミジの返答にも嫌な顔を一つしなかったので本人も満更ではないのだろうか。

 

 

「話を進めよう。……綾乃はどうなったんだ?」

 

 

慎重に、言葉を選ぶように若葉が問う。

 

言葉が少ないのは、幾つかの禁句を取り除いた為か。

 

本当はこう聞きたいのだろうと、同じく綾乃を知る西暦の四国の面々は理解していた。

 

 

"綾乃の遺体はどうなったのか"

 

"国土亜耶は国土綾乃の血縁なのか?"

 

 

幼い梓や亜耶本人に聞かれるのも……という事で濁した言葉であったが、モミジには届いたらしく頷いて返した。

 

 

「あの戦い……終末戦争の後、大社としても、人類史としても大きな出来事があった」

 

 

一つは、"天の神"からの人類への猶予

 

"防人"大神紅葉が成した、バーテックスの殲滅戦。

それでバーテックスの全てが死滅した訳ではないが、あの時代に居た物は全てその際に消滅している。

 

つまり、人類がバーテックスに攻められる事は一時的に皆無となった。

 

結界の外が一面の地獄と化したのと同様に、これは神樹、そして大社のごく一部の人間しか知らないトップシークレットとなる。

 

 

「戦いは終わった。次に動いたのは、"勇者"、"巫女"と呼ばれる者達だった」

 

 

 

 

 

「若葉ちゃん、これ」

 

 

話がある。という理由で呼び出された若葉を待っていたのは高嶋友奈だった。

 

お互いに忙しく、ここ数年は会っていない間柄であったが久しぶりに会った彼女は変わらず元気そうだ。

 

 

「友奈……、これは」

 

「うん。私にはもう、必要ないかなってね」

 

 

差し出されたのは、彼女の"神具"である"天の逆手"の籠手。

 

バーテックスと戦う際の大きな武器である筈だが、これをどうするというのか。

 

 

「必要ないって……、どうして?」

 

「……えーっと、ね」

 

 

嫌われた訳でも、裏切られた訳ではないだろうという想いはある。

 

突然の事に若葉が友奈へと聞けば、友奈は少しの間の後に口を開いた。

 

 

「昔、モミジ君が言ってたから。私の、私が思う道を進めば良いって、それを応援するって」

 

「っ」

 

「私は、皆で守った今の平穏の中で幸せを探したいの」

 

「幸せ……をか?」

 

 

モミジ。という彼の名前を出され若葉が僅かながら身構える。それを知ってか知らずか、友奈は若葉へと続けた。

 

 

「美味しい物を食べて、綺麗な景色を見に行って、新しい事を始めて……。好きな人と恋愛して、結婚して、その人と家族になって――」

 

「そんな、平凡だけど小さな幸せを、私が選んだ幸せを……モミジ君と綾ちゃんに教えてあげたいんだ」

 

 

「――っ」

 

 

「……だからね。"勇者"高嶋友奈は平和な今の四国にもう要らないの」

 

 

ギュ、と拳を握る友奈と目が合う。

 

何故だか、その目と目を合わすことが出来ず直ぐに反らしてしまった。

 

 

「私の"勇者"としての覚悟は、次の"勇者"に託したいから」

 

 

手渡された"神具"が、布袋にあるそれがズシリと若葉の手にのし掛かる。

 

重い。物理的にではない。友奈の言葉が、彼女の想いが乗っているが故に。

 

 

――"神具"の返還は、友奈だけの話ではない。

 

 

球子が、杏が、千景が。

 

若葉と諏訪の神様から頂いたという歌野以外が、全員"神具"を返還している。

 

皆、それぞれの理由があった。

 

だが、その中でも友奈のその言葉に若葉は大きく揺さぶられた。

 

 

――モミジ。綾乃。

 

――お前達の魂は、今も皆の中で生きているらしい。

 

 

「……若葉ちゃん?」

 

「――む、すまんすまん。ぼーっとしていた」

 

「えぇ?! 大丈夫?! 大社のお仕事そんなにキツいの?!」

 

「まぁ、暇ではない……。それより友奈。先ほどの"神具"の件、確かに預かるぞ」

 

 

コロコロと感情をはっきり出す彼女に、相変わらずだなと思いながらくすくすと笑みを溢し若葉は"天の逆手"が入った布袋を抱える。

 

 

この想いは無駄にはしない。

 

更に先の時代へ。血脈の様に、"勇者"と呼ばれる者達が彼女の想いを受け取れる様に。

 

その資格を持つ者が、いつの時代か現れる様に。

 

 

~~

 

 

大社本部。

 

その奥にある"神樹"を奉る本堂。

 

 

その場所へと、ひなたはゆっくりとした足取りで進んでいた。

 

本堂へ入る大扉を前にして、自分が緊張していることに気付いて一つ息を吐いた。

 

 

「――ふぅ」

 

 

大丈夫だ。大丈夫だ。……大丈夫だ。

 

 

胸に手を当て呼吸を落ち着かせると、神事に挑む時の様な心持ちで扉へと手を掛ける。

 

ぎぃ、と音を立て扉を開ければ幾度か見たことのある注連縄(しめなわ)とそこに鎮座する"神樹"を見つけた。

 

そして、その隣にある一つの棺桶も。

 

 

「神樹様。役目を終えた勇者から、武具の返還を承りました。此方をお納め下さい」

 

 

"天の逆手"を布袋から取り出し、神樹へと奉る台座へと置く。

 

今までの"神具"も納めてきたが、そのどれもが何時の間にか姿を消している。

 

神樹からの神託もないので、特に問題があるという訳ではないだろうが。

 

 

「……覚悟、ですか」

 

 

"神具"を預かる際に若葉から言われた言葉を、ふと思い出す。

 

"神具"を奉り、去り際に目に入ったそれを見ながらぽつりとひなたは呟いた。

 

 

"国土綾乃"と名前が彫られた、()()()()()()を。

 

 

「――"国土"という、"国津神"に関わりある名を持つ綾乃ちゃんを吸収して、神樹様は結界の維持を安定されました」

 

 

身体を清め終わり、棺へと納棺した筈なのに葬儀になって遺体が消えていたのを、今でも覚えている。

 

あの時は驚きもあったが、同時に例えようのない怒りが沸いたものだ。

 

 

「"人類存続の為に、堪えてください"……でしたっけ」

 

 

綾乃が消えた動揺から神託を受けきれず困惑していたひなたへと、神託を受けた別の"巫女"が言った言葉だ。

 

ふざけるな。と口に出そうなのを必死に堪えた記憶がある。

 

だが。

 

 

「……自分一人の感情で動かず、"次"を、未来を考えて行動しなければならないんですよね」

 

 

自分本意な、子供の様な考えはもう出来ない。

 

私は四国を守護する大社、そしてその守り神である神樹の"巫女"なのだから。

 

だから、"覚悟"を決めなければならないのだ。

 

それが、彼や彼女に対する一番の恩返しになるのだろうから。

 

 

「――ひなたお姉ちゃん」

 

 

声に振り向けば、入り口のドアの所に見慣れた少女の姿があった。梓だ。

 

本来は下の"巫女"は立ち入り禁止。怒られるだろうな、と不安げな顔をして此方を見る彼女に、思わずくすりと笑ってしまった。

 

丁度良かった。話があったのだ。

 

 

くいくい、と手招きすればぱぁと笑顔になって此方へと駆け寄って来る。

 

……ここまでの道のりといい、手慣れた風の入室といい。

 

 

「さては初犯じゃありませんね?」

 

「ぎくっ」

 

 

梓が分かりやすいリアクションを浮かべ冷や汗をかいている。

 

その様子にはぁとため息を吐いて、何時の間にかさっきまでとは違い、自身の肩の力が抜けているのを感じた。

 

 

「綾乃ちゃんを見にきたんですか?」

 

「……うん。もしかしたら、帰ってないかなって。モミジお兄ちゃんも」

 

「そうですね……。私も、ここに来ると緊張します」

 

 

嘘や気休めではない。

 

神樹から告げられたのは、"神力の補充の目処が立つまで"だった。

 

 

つまり、遺体が返って来る可能性はゼロではない。

 

 

「何時になるんでしょうかねぇ」

 

「私の"予知夢"でも分かんないや……」

 

「まぁ、神様の事ですからね。……それはそうと、梓ちゃん」

 

「なぁに?」

 

 

しょんぼりと気落ちする梓の頭を優しく撫でながら、伝えようと思っていた本題をひなたは切り出した。

 

 

「実は、綾乃ちゃんが居なくなった事で"国土家"の血筋を引く者が居なくなったのです」

 

「そうなんだ?」

 

「はい。それで、梓ちゃんに"国土"の名を継いで貰えないかなと」

 

「……え?」

 

 

家名というものは、読んで字の如く家の名そのものを表す。

 

今の四国の、特に大社にとっての"国土"の名は"勇者"と同等に重要な物だ。

 

以前、綾乃本人からはどーでも良い物よ。と煎餅を齧りながら聞かされていた梓だが、自分が今どんなに大変な場にいるかは直ぐに理解できた。

 

 

「で、出来ないよ?! 私なんかじゃ、とても……」

 

「若葉ちゃんや、他の皆からの賛同は得ています。それに……この話は、元々綾乃ちゃんからでして」

 

「綾乃お姉ちゃんから?」

 

「はい。"アタシの弟子は、アタシの家族も同然"と。修行の終わりと共に、伝える予定だったそうですよ」

 

「そう、なんだ……」

 

 

ゆっくりと、胸に手を当てて噛み締める様に言葉を嚥下する。

 

自分が学んだ事、あの二人から伝えられた事を思い出し、ひなたを見上げた。

 

 

「私、まだまだ未熟だよ」

 

「えぇ」

 

「綾乃お姉ちゃんから教わった"力"も未完成だし、祝詞も唱えられないし」

 

「そうですね」

 

「それでも……。こんな私でも、綾乃お姉ちゃんは家族だって認めてくれるかな?」

 

 

きっと。

 

あのずぼらな彼女がこの場に居れば、気恥ずかしさから真っ直ぐには答えてないかもしれない。

 

でも、答えは決まっている。

 

 

「"当たり前の事を言うんじゃないわよ。嫌だって言っても逃がさないからね"」

 

「――!!」

 

「あの子なら、綾乃ちゃんならそう言うでしょうね」

 

 

一瞬。綾乃の姿を幻視してしまう程に言われたその言葉に、梓は流れる涙を袖で拭う。

 

そんな彼女をゆっくりと抱き締め、ひなたは言う。

 

 

「決まりですね。……貴女はこれから、以前の"望月"から"国土"の名を継ぐ事となりました」

 

「はい……!」

 

「"国土綾乃"の名を汚す事のないよう、その名に恥じぬ働きを期待します」

 

 

ひなたの言葉に、涙を拭うと強い決意を宿した眼で梓――国土梓が頷いた。

 

"大社"は"大赦"と名を改めた。大神紅葉の働きにより、敗北を認めた人類が"天の神"から赦しを得た……そんな意味合いを込めて。

 

だがそれでは終わらない。人類は、いつかきっと"天の神"の支配を打ち破るのだ。

 

 

その為に一歩一歩、着実に"次"へと進んでいこう。

 

 

それが、上里ひなたが決めた"覚悟"だから。

 

 

 

 

「そして、その"国土"の名を継いだ"巫女"は無事子宝に恵まれましたとさ」

 

「……なるほど、その人が亜耶ちゃんのご先祖様って訳ね」

 

 

所々の人物の明確な名前を伏せ、何とか説明を終える。

 

真面目な顔して聞いていた芽吹が納得するようにうんうんと頷いた。その近くに居た当の亜耶は、ほへーと気の抜けた顔をしていた。どうしたんだ。

 

 

「どうかしたか?」

 

「あ、いえ。ご先祖様が、そんなに凄い方とは知らなかったので」

 

「あら、文献とか残ってないの? "巫女"なら修練方とか残すでしょ」

 

「それが、全く残っていないんです……」

 

 

申し訳なさそうに肩を落として返答する亜耶。

 

おそらくだが、綾乃のデータを抹消した際に一緒に処分したのだろうか。

 

当時は結構ごたごたしていたらしい。あまり考えず綾乃に関係ある、という事で取り敢えず処分したのだろう。

 

 

「ま。色々な人間の思惑やしがらみによって、いろんな事が起きたって訳だ」

 

「わー、凄く大雑把に纏めた」

 

「長い説明は苦手でな。分かりやすいだろ?」

 

 

多分今の話を理解してないであろう高嶋の友奈――もう高奈で良いや。に笑顔を向ければ、それもそうだねと返事をした。

 

 

「……本当に、色々とあったんだな。あの後の四国は」

 

「人類にとっての歴史の切り替わりそのものさ。"天の神"からの猶予に人間同士手を取り合い繁栄を望むか、はたまた絶滅を選ぶかのな」

 

「神世紀の四国は見ての通り平和だから、皆が尽力したんですね」

 

「そうだな。球子に杏、お前ら二人も大赦の人間として動いてたらしいぞ」

 

 

しみじみと、讃州中学と"防人"の面々の顔を眺めながら球子が呟く。

 

神世紀の四国へと転移して、一段とその平和を感じていた杏が笑みを浮かべて同意するようにそう言った。

 

 

――その時だった。

 

 

最初に異変に気付いたのは、人数が増え動かしていた物をいそいそと整理していた風。

 

手を滑らせた拍子に落ちた書類が、ぴたりと空中でその動きを止める。

 

 

「――まさか、こんなに早く……?!」

 

「お姉ちゃん!」

 

 

風の言葉に、不安を煽られた様に妹の樹が声を上げる。

 

助かったとはいえ、危うく大怪我を負う場面があったのだ。不安も大きいのだろう。

 

気遣うように樹を庇う風を見て、若葉が冷静に指示を出す。

 

 

「皆、疲労があると思うが堪えてくれ。全員でかかれば――」

 

 

問題ない。と言おうとした所で、モミジが遮るように手を上げる。

 

 

「どうした、モミジ?」

 

「悪いな若葉。今回は俺に行かせてくれないか」

 

「何……?」

 

 

神力を含め、強い力を持っているとしても中々に危険な試みに若葉の眉間に皺が寄る。

 

 

「それは自惚れか、モミジ」

 

「そんなのじゃないさ。俺が此処に来た理由、まだ話してなかったろ」

 

 

御馳走様でした、と茶碗を置いて椅子から立ち上がれば、いつの間にか園子(小)に拉致られていたサンチョを頭からむんずと持ち上げる。

 

 

「あぁ~……、サンチョがぁ……」

 

「これが無いと困るんでな。ちょいと返してくれよ」

『すぃ、むーちょ』

 

 

サンチョを奪還された事にショックを受ける園子(小)へと、銀と須美が慰める様に声を掛ける。

 

 

「お前あれ一杯持ってるだろー?」

 

「あの色合いは見たことないからレア物なの~! 良い感じの23cmだったしー」

 

「分かるよそのっち、あれは何処で買ったか是非聞かないとだね!」

 

「わ、分からないわ……23cm」

 

「私もよ、須美ちゃん……」

 

 

樹海化の光が迫る中、行われたそんなやり取りに思わず笑みが溢れた。

 

 




直ぐに投稿出来るかは分かりませんが、足りない頭を使って誠意執筆中ですので、お待ち頂けたら幸いです(*´ー`*)


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結ぶ歴史 9

シリアスが終わらない……。書きたい事が多すぎぃ!

まだリハビリ中です。語彙力や表現におかしな点があると思いますが、ご了承くださいm(_ _)m

後書きでモミジや他のキャラクターのスペックを書いておきます。暇なら読んで下さいませ(*´ー`*)

それでは、暇潰しにどうぞ。


――神樹の中で"試練"が行われる、少し前の事。

 

 

『……のぅ、モミジよ』

 

 

かつて諏訪の地で奉られていた"建御名方(タケミナカタ)"は、何時もと変わらず一つの場所に居座る若き神格へと声を掛けた。

 

 

――"大神紅葉"と呼ばれていた、元人間の神格に。

 

 

『……すまん、寝てた。何か用か、じーさん』

 

『うむ。此度の人の"試練"、どうする気かと思っての』

 

 

寝ぼけ眼の様な、とろんとした眼で建御名方を見上げるモミジに老人はにこりと笑みを浮かべる。

 

その胡散臭い笑みに、胡乱気な眼を隠さず建御名方へとモミジは言う。

 

 

『"試練"自体は協力するさ。その後は俺の好きにさせてもらう』

 

『……それは、復讐か?』

 

 

言葉と同時に、モミジの気配が変わった。

 

神樹の結界内に生じた、かつて感じた(いびつ)で嫌な気配。

 

敵方とはいえ、同じ神格を悪鬼に堕としたその男を、今でも腹立たしく思う。

 

……そしてそれは、この少年にとっても。

 

 

『復讐かと言われれば、そうかもしれない』

 

 

無意識で固く握りしめていた手を緩め、懐で庇う様に隠しているそれを見た。

 

懐で何百年にも渡り"穢れ"を浄化している小さな魂(綾乃)を見つめ、モミジは呟く様に言う。

 

 

『でも、違う。俺は――』

 

 

 

 

 

樹海。

 

先ほどまでの仮面の女(国土梓)と出会った樹海を"夜の樹海"とするならば、今の此処は"昼の樹海"とでも呼ぶのだろうか。

 

異質な風景が広がるそこで、無数に浮かぶ異物を見て何処からか声が上がる。

 

 

「あれって……前まで相手にしてた星屑バーテックス……?」

 

「デカイ奴も居るぞ! どーなってんだ、これも造反神の仕業か?!」

 

 

球子の怒号に目を向ければ、勇者が束になって封印していた大型のバーテックスが数体、そこに佇んで居た。

 

放たれる重い威圧感に、その場にいた"勇者"、そして――

 

 

「やはり、私達も呼ばれるのですね……!」

 

「梓ちゃん、此方においで!」

 

「うん!」

 

 

水都に呼ばれ、複数の"勇者"で固まり陣を作る中に梓は飛び込んだ。

 

此方の方が数は居るとはいえ、"巫女"は所詮ただの人間。油断は禁物だ。

 

 

「……デカイのが5。小さいのは無数、か。あの時みたいだな」

 

「加勢するぞ、モミジ」

 

 

"巫女"の安全を横目に確認しつつ、眼下に広がる敵を確認する。

 

()()()、というのが終末戦争の事だろうというのは若葉には容易に想像がついた。

 

 

その地獄を知っている人間だからこそ、加勢を申し出る。

 

だが。

 

 

「最初に言ったろ、加勢は要らないよ」

『じょーじぃ……』

 

 

むんずと頭部を掴んだそれを、モミジが乱雑に振り上げる。表情に変化はない筈なのに、ぬいぐるみから漏れる声には何処か悲壮感が漂っていた。

 

 

「持つのが俺に変わって、露骨に嫌がるんじゃねぇ。このエロ猫」

『すぃ、むーちょ』

 

「後でまた抱いてもらえ。今は仕事だ」

Vamos de fiesta(パーティーをしよう)!』

 

 

「っ、来るぞ!」

 

 

ぬいぐるみと会話する少年という奇妙な光景を一同がぽかんと眺めていると、空を覆い尽くすかの様な星屑バーテックスが波打って此方へと迫る所だった。

 

津波の様な、だがしかし圧倒的な物量が迫る中でモミジがとった行動は、

 

 

「ほいっ」

 

「あぁっ?!」

「サンチョさんが~!!」

 

 

ぬいぐるみをバーテックスの群れへと投げ込む。ただそれだけだった。

 

園子二人の悲痛な叫びを聞きつつ、それで何をと若葉が戸惑うと同時にモミジを見て動きを止める。

 

 

「行くぞ――」

 

 

それを見たとき、若葉の頭に浮かんだのは何故という疑問と驚愕。

 

それもその筈。モミジの瞳、その片方が。

 

 

「"()()()()()()()()穿()()"」

 

 

――あの、天津神の一柱を宿していた少女と同じ朱金の輝きを灯していた。

 

 

 

 

数の利とは、"戦い"、特に戦争において古来より勝利を占める要素として一番に上る重要な物である。

 

敵の何倍もの陣営で包囲し、袋叩きにするように蹂躙する……。智略に乏しい者でも執れる指揮の一つだ。

 

 

白い化け物。星屑バーテックスと呼ばれるそれらも、今の現状でどちらが優位かは理解していた。

 

 

敵は精々20そこら、此方は数万。

 

どちらが優位かなんて、考えるのも馬鹿馬鹿しい。

 

 

"勇者"の能力は非常に強力であれど、此方の人海戦術の前では体力が直ぐに尽きるだろう。

 

そうなれば此方の勝ち。後はどう逃げ惑うか、楽しんで追い込み、噛み砕くだけだ。

 

 

その集団の中の唯一の男が出てきた。

 

大きさは普通。"無謀"、という言葉がぴったりだろう。

 

 

周囲の別個体と共に、数万、数十万という数えきれない程の星屑バーテックスが、男目掛けて雪崩れ込む。

 

 

「――――」

 

 

ぶつかる直前、男が何やら呟いて何かを放り投げた。

 

何だそれは、と思ったのもつかの間。

 

 

――バチりと、"死"が弾けた。

 

 

 

 

眼前まで雪崩れ込んでいた星屑バーテックスの群れが、一瞬で蒸発した。

 

投げ込まれたサンチョぬいぐるみから生じた赤雷が、"百舌鳥の早贄"の如くバーテックスの身体を穿つと即座に絶命させた。

 

更に穿った赤雷の先から、残る別のバーテックスを貪る様に穿ち、更に別の個体へとその赤雷は伸びていく。

 

 

次へ、更なる次の敵へ。

 

 

貪る様に、大気を侵略するかの様に赤雷が(とどろき)吼える。

 

 

それは、正しく神が振るう"厄災"そのものであった。

 

 

 

「…………」

「すご……」

 

「……満開した園子以上ね、今のは」

 

 

――枝分かれしたそれが、空を覆い尽くす程に居た星屑バーテックスを残らず全て蒸発させたのは、時間にしてほんの一瞬の事だった。

 

 

あまりの圧倒的な光景に、"勇者"の面々は言葉を失う。それでも夏凛は、冷静に自分達の最大戦力である園子よりも上と判断を下した。

 

 

何かを見つけたモミジが空へと手を翳せば、ふらりとその手へと納まる様に長い何かが降ってきた。

 

身の丈程の大剣。大太刀と違うのはその刀身の幅。

 

持ち手であるモミジの身体を丁度隠す程のそれは、呼吸をするように淡く明滅している。

 

 

その輝きは、見る者を圧倒する神浄の輝きであった。

 

 

その神剣の銘は、"天叢雲(アマノムラクモ)の剣"。

 

 

 

「ふーむ、流石に"御霊"入りは頑丈だな」

 

 

感心するような視線の先には、星座の名を冠した大型のバーテックスが5体。

 

それぞれが警戒する様に此方を静視している。

 

 

「モミジ。大丈夫なの?」

 

「おう、大丈夫だ。試運転がてらと思ったが、問題はなさそうだな」

 

 

がしゃりと天叢雲を肩掛けに置き一息吐けば、ひょっこりと薙刀の巫女と共に現れた綾乃が声を掛けてきた。見えないと思えば、"道"を作って隠れていたのか。

 

大丈夫?というのは、戦闘による怪我の安否ではない。綾乃の真意を理解しているモミジは、それでも大丈夫だと笑みを浮かべて頷いた。

 

 

「も、モミジ。今の"雷"は……、それにその眼は……!」

 

「あの時の、モミジさんのシスターの"力"よね……?」

 

 

驚愕を浮かべていたのはあの日、あの場所で俺の双子の妹――"天照大御神"を降ろしていた少女と直に戦った若葉と歌野だった。

 

流石に覚えているか、と思うのと同時にバーテックスに力が集まるのを感じる。

 

攻撃の波長だ。

 

 

「っ、サジタリウスが!」

 

「皆、退避準備!」

 

 

大きな半月状の顔面、と表現出来るバーテックスが、ガパリと開けた口から無数の光の矢を吐き出していた。

 

放物線を描いて空から降ってくるそれに、戦闘経験のある勇者部一同が退避の体勢に入るが、それでは間に合わないだろう。

 

 

「"護れ"」

 

 

ダン!、と足を強めに立っている巨木の根へと踏み込めば、バキバキと音を立てて根が壁の様に聳え立った。

 

サジタリウス・バーテックスから放たれた光の矢が突き刺さるも貫通するまでには行かず、光の粒子となって矢が消えた後に穿たれた穴が即座に修繕される。

 

 

「うわぁ……規格外だと思ってましたが、ここまで来ると笑えもしませんねぇ」

 

「ドン引きするのやめて。腐っても"神"の空間だしな、神力も扱いやすくて助かる。護衛は…………頼んだ」

 

「今正直要らねぇかもとか言いそうになってませんでしたか?」

 

「なってないです」

 

 

手持ち無沙汰に薙刀を地面に刺して、巫女が分かりましたよと返事する。

 

正直負ける気は微塵もないが、不穏分子が何時来るとも言えない。油断せず対処すべきだろう。

 

 

「……モミジお兄ちゃん」

 

「んー? どうした、梓?」

 

 

さて、と"天叢雲"を構え直した時裾を引かれる感覚がして振り向けば梓が居た。

 

どうした、と言って不安そうな梓の顔に即座に合点が行く。

 

 

 

そうだ、俺は。

 

 

『――またな』

 

 

あの日、帰る事が出来なかったのだ。

 

 

「……大丈夫だよ。梓」

 

 

慰めも、その場しのぎの嘘も吐かない。

 

仮初の、偽物の世界の中だとしても、今此処に俺たちは居るのだから。

 

 

()()()()()

 

「!」

 

「直ぐに戻るさ。それとも、俺は頼りないか?」

 

 

掛けられた言葉に、諏訪での事を思い出す。

 

 

『よう、助けに来たぜ』

 

 

子供達で倉庫内に避難した時、万事休すといった所で天井をぶち抜いて現れた(ヒーロー)の事を。

 

迷う時間なんて、要らなかった。

 

 

「行ってらっしゃい!」

 

「おう!」

 

 

頼りになる背中が走り出した。

 

戦うのは、相も変わらず人類の敵。

 

――でも。

 

 

「――さて、梓。モミジの勝利を祈るわよ?」

 

「うんっ!」

 

 

この人達はもう居なくなったりしないって、何処か安心したように梓は笑っていた。

 

 

 

 

「……ビンゴだな」

 

 

感じる。

 

アイツの気配を。

 

神遣(ちちおや)の力を。

 

 

明確に何処に居る。とまでは分からないが、少なくとも気配は感じていた。

 

俺が此処に居る理由。

 

俺自身の、"大神紅葉"への試練の相手。

 

 

行かせまいと、バーテックスがその身体で此方を包囲する。

 

先ほどの"赤雷"ではダメージは大して入ってないようだったが、それでも断言出来る。

 

 

「俺に敵わないと知りつつも、神遣(シンシ)を庇うか」

 

 

言葉に反応はない。返ってくるのは、明確な殺意を含んだ矢と尻尾。

 

それを"天叢雲"で弾き、いなし、ふとバーテックスが並ぶ光景に思う。

 

護るべきそれの為に身体を、命を張るそれは、

 

 

「……なるほど。お前達は"天津神"側の"勇者"みたいな物なんだろうな」

 

つまりは、

 

「俺は、お前達の仲間な訳だ」

 

 

"天津神"の因子をその身に宿したヒトガタ、大神紅葉。

 

本来であれば、俺の立ち位置は奴らの側だったのかもしれない。

 

 

「……行くぞ」

 

 

柄を固く握り締める。神浄の輝きが、徐々に光を強めていた。

 

 

~~

 

 

『――俺は、アイツの話を聞きたいんだ』

 

『ほぅ?』

 

 

返ってきた予想外の言葉に、建御名方がふむと顎に手を当てる。

 

やはり、この男は違うと。

 

自分が感じていた違和感を、漸く理解した。

 

 

『何で、神を降ろしてまで人を支配しようと考えたのか。何百年も生き永らえてまでも、果たしたいその訳を』

 

『その理由を聞いてどうする。納得すればお主は許すのか、あ奴に手を貸すのか?』

 

 

建御名方の問いに、諏訪に居た時を思い出すな、と思わず笑みが溢れる。神様問答、そのものだ。

 

懐の綾乃の魂を撫でつつ、モミジが口を開いた。

 

 

『さぁな』

 

『む?』

 

『その時になってみないと分からねぇ。それを聞いて、漸く俺が成すべき事が分かる気がするんだ』

 

 

"神"という者は、殆どが我を持たない。

 

操り人形という訳ではなく、寿命による死や苦痛を感じない身体を持つ神々に、他人へと向ける感情等は不要な物であるから。

 

無断で自身の領土へとずかずか踏み込まれたりはしない限り、お互いに無視をするというのが殆どだ。

 

 

『……お主は何を思う。モミジよ』

 

 

だからこそ、建御名方は目の前の若き神格、元は人間だった神へと問う。

 

人としての側面を強く在るこの者こそが、今の人類に必要な者ではないかと。

 

 

建御名方の言葉に、モミジは真っ直ぐに目を逸らさずに言った。

 

 

『今も昔も、"俺の家族"の幸せだ』

 

 

それはまさに、あの日聞いた"大神紅葉"の言葉(こたえ)だった。

 

 

 

 

『……うん、彼なら問題無さそうだね』

 

 

国土綾乃の姿をした神格――"神樹"が、球体状のそれを地べたへと座り込んで覗き込む。

 

それに映されていたのは、送り込んだ若き神格が敵の尖兵を次々に屠っている所だった。

 

 

後でまた"造反神"役のスサノオから中指立てられて『我、激おこである』とグチグチ言われるんだろうなぁと思うと、何だか痛まない筈の胃がキリキリとしてきた。畜生。

 

 

その時。

 

 

『……何で、貴女が此処に?』

 

突如感じた神威(けはい)。自分、または月の神格(ツクヨミ)と同等なそれに目を向ければ一人の女が立っていた。

 

その姿と、間違え様もないその神力に"神樹"は思わず目を見開く。

 

 

『――人の子の姿を譲り受けたのじゃが、よくぞ気付いたの』

 

『……誰だって気付くよ――』

 

 

悪戯が成功し薄くだが笑うその女へと、"神樹"が呆れた様に言う。

 

それもその筈、この場に現れた、その神威を纏う神格は。

 

 

『――天照(アマテラス)

 

 

『――300年も行われているこの騒動について、話したい事があってこの場に罷り越したのじゃ』

 

 

天照大御神。

 

人類に牙を剥く第一人者が、そこに現れた。

 

 




簡単スペック表。

大神紅葉 チート。莫大な神力に加え、妹の魂を取り込んだおかげで"御霊の使役"と"厄災の使役"両方を使える。もうこいつ一人で良いんじゃない?

国土綾乃 モミジの神力のバックアップにより、"道"と"式神の使役"の即時展開と使用が可能になった。

薙刀の巫女 名前が決まらない巫女。実は誰かの祖先。戦闘時はモミジを経由して精霊を柔軟に使用する。純粋な武具の取り扱いでは作中人間部門で一位。

大嶽丸 鬼。禁忌精霊。モミジからの命により、国土梓を影ながら警護している。力のみの脳筋プレーなら誰にも負けない。

国土梓 望月梓の闇落ちした姿。"疑似精霊"、"道"、"式神"、"呪術"等オールマイティーに立ち回れる。綾乃から言わせると半端者。モミジと綾乃を歴史から抹消した事から、若葉とひなたを恨んでおり殺害を狙っている。


こんな感じです(*´ー`*)

基本俺TUEEEや俺また何かやっちゃいました?は好きではないので、モミジの戦闘はそこまで引っ張りません。

続き、そして短編も牛歩ながら書いております。気長にお待ちくださいm(_ _)m



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結ぶ歴史 10

身体の調子が戻って来て、着実に一歩ずつ社畜へと戻る今日この頃。お元気ですか?(*´ー`*)

僕は死にそうです。体力落ちすぎぃ!


さて、今話で結ぶ歴史は一応終わりです。期間が長くなりましたが、これから先の展開にもお付き合いお願いします。


――初めてあの方と出会ったのは、焼き払われた村の中だった。

 

 

 

この世に、神も仏も居ない。

 

私がそれに気付いたのは年が7の頃。戦に巻き込まれ焼き払われたその中で、先に逝った親兄弟の後をもう少しで追うかといったその時。

 

二頭の馬が、家屋の目の前で動きを止めた。

 

 

「御館様、生き残りが此方に」

 

「うむ」

 

 

声が聞こえ、虚ろに染まる眼を上げる。

 

鎧甲冑に身を包んだその男は、私の顔をじっと眺めると目の前に片膝を着いて言う。

 

 

「こうして間に合ったのも何かの縁じゃ。儂と共に来ぬか、(ぼん)

 

「……良い。親も、兄弟も皆死んだ。神に祈っても駄目だった、仏に念仏唱えても無駄だった」

 

 

ゆっくりと、視線を上げて空を見上げる。

 

家族が先に逝った、あの空を。

 

 

……生きる理由も無いのだ。

 

 

「もう、死にたい」

 

 

目の前の男が醸す雰囲気が変わったのを感じた。怒り、殺意の類いだろうか。

 

御館様、と呼ばれていたから相当に偉い人間なのだろう。無礼な態度に憤っているのだろうか。

 

……切り捨ててくれるなら、その方が楽だな。

 

 

そう考えていたが、返ってきたのはその逆。

 

気付けば、がしりと抱擁されていた。

 

 

「え……?」

 

 

突然の出来事に反応が出来ず、ぱちくりと目を見開くだけ。抱き付いていた御館様とやらは、目から熱い涙を流していた。

 

 

「情けない……儂は自分が情けない……ッ!!」

 

ずず、と鼻を啜り、子供の様に嗚咽を溢しながら言う。

 

「お主の様な坊に、その様な目をさせるなど……! 儂の領民に、この様な惨めな思いをさせるなど……!」

 

 

泣いている。

 

この男は、私の為に泣き、憤っているのだとそこで理解できた。

 

 

「御館様、その辺りで」

 

「邪魔をするな!」

 

「ですが。甲冑でそのように強く抱いては、痩せぎすな子供の身体には辛ぅ御座いますが」

 

「あっ」

 

 

やべ、といった風に慌てて身体が離れる。実際に痛かったのだが、それよりも驚きが強かった。

 

 

「それに、そのような赤子同然に泣かれてはみっとものぅ御座います」

 

「やかましいわ!」

 

 

従者らしきもう一人が、腰に付けた瓢箪を引き抜き栓を開ける。

 

飲みなさいと言われ傾ければ、口へと流れ出る水を感じた。

 

身体中がカラカラだったのもあり、つい全てを飲み干してしまった。

 

まずい、と従者を横目に盗み見れば、気にするなという様に笑う。

 

 

「良い。喉が渇けば水を欲し、腹が減れば飯を欲するのは人として当たり前よ。……だが、しかし――」

 

 

つい、と指を私へと向けて。

 

 

「――水を欲しがるということは、お主の身体は生きたがっておるように見えるぞ、坊」

 

ちらり、と従者が御館様へと視線を飛ばせば、

 

「……はっ?! ――うむ。ならば城へと来い、次は飯を食らうとしようぞ!」

 

「なっ、え?!」

 

 

痩せていたとはいえ、座り込んだ体勢からひょいと担がれ、そのままスタスタと馬へと運ばれる。

 

トントン拍子に進む状況に目を白黒させていると、御館様とやらがニシシと歯を見せて笑った。

 

 

「神も仏も、ただの石ころや木細工よ。結局は人の行いが物を言うのじゃ。――まぁ、でも」

 

 

馬が走り出す。育った家が、村がどんどん遠くに、小さくなっていく。

 

 

「人と人が手を取り合えれば、死ぬことなんて阿呆らしく思える。そんな素晴らしい国が創れると思うのじゃよ、儂は」

 

 

「坊は、どう思う?」

 

 

それが、私を救い第二の生を与えてくれた御館様との出会いだった。

 

 

 

 

 

樹海での戦闘も難なく終わり、讃州中学にある"勇者部"へと戻ったモミジと勇者一同。

 

そして、流れる様にひなたに椅子へと座らされ歌野と若葉によって椅子へと縛り付けられていた。

 

あれ、またこのパターン?

 

 

「何で?」

 

 

「モミジさんには、確認したい事が増えましたので♪」

 

「ひなたに同じく」

 

「私はその場のエアーを読んだわ!!」

 

「おのれ勇者共め」

 

 

一応よじよじと身を捩って脱出を試みるが、がっちりと固定された縄はギシギシと悲鳴を上げるだけだった。何でこんなに人を縛り上げる事を手慣れてるの、この子達は。

 

 

「はっはっは、観念しろモミジィ! タマを幾度となく縛り上げたひなた達の捕縛術はとんでもないことになってるゾ!」

 

「何で誇らしげなのか」

 

「いやぁ、日に日に大きくなってる杏の胸を揉むとな。油断してすーぐ捕まるんだ、これが」

 

「そろそろ警察にやっかいになりそうだな」

 

「そうだねー、タマっち先輩ー?」

 

「ひぇっ?!」

 

 

何処からか荒縄を取り出した杏に球子が小さく悲鳴を上げる。

 

そこまでを見届けた若葉が一つごほんと咳をすると、おふざけを切り上げて皆が口を閉じる。

 

 

「さて……、全て喋って貰おうか?」

 

「俺が知ってる事は話した筈だが」

 

「それではない! お前のその"眼"の事だ!」

 

 

若葉が机を叩いて立ち上がる。その言葉に注目を集め、どうしたことかと考えていると不意に声が聞こえた。

 

 

――良いんじゃないの? どのみちバレるだろうし。

 

 

妹の声。その言葉に逡巡する様に眼を閉じるが、ため息の後に少し時間を置いてゆっくりと眼を見開いた。

 

碧金と朱金、片方ずつにそれぞれの輝きを放つ眼を。

 

 

放たれる神威に、ぴり、とした緊張が走る。まだ此方を信用してはないのか、秋原雪花さんと三好夏凛さんが僅かに指を動かした。良い反応だ。

 

 

「綾乃。人形(ヒトガタ)のストックあるか?」

 

「あるわよ」

 

 

綾乃へと声を掛ければ、準備していたのか直ぐに此方へと紙で出来た人形を飛ばしてくる。

 

それを受け取り集中すれば、少しの間を置いて人形が一人手に動き出した。

 

 

周囲が驚愕に包まれる中、ふわりと飛んだそれが若葉の目の前でぴたりと動きを止め、

 

 

『――それで、何か用かしら。"四国の救世主様"?』

 

 

皮肉たっぷりの言葉を、若葉へとぶつけたのだった。

 

 

~~

 

 

「お前、その声は……!」

 

『あら、覚えて戴いてて光栄だね。此方はその顔を見るまではさっきまで忘れてたけど』

 

「なっ……?!」

 

 

けらけらと楽しげに笑う少女の声。怒りから僅かに顔を紅潮させる若葉をふんと嘲笑うと、人形を中心に風が渦巻いていく。

 

霧の様な(もや)が発生すると、それは次第に人間の形を取り、徐々に細かな輪郭もはっきりとしていた。

 

 

「っ」

 

『……そんなに怖い顔をしてどしたの? 未だにあの時四国を吹っ飛ばそうとした事根に持ってるわけ? 誰も死んでないなら良かったじゃん』

 

「貴様……!」

「若葉! ウェイトよ、ウェイト……!」

 

 

少女の顔を見て、死傷者は居ないとはいえ四国を災厄のどん底に、そしてその混乱を作り出した張本人だと思いだし、若葉が拳を握る。

 

それをニタリと意地悪気な顔で嗤うと、煽るような物言いをする少女へ若葉が掴み掛かるが歌野が即座に抑えた。

 

……無論、歌野も堪える様に歯を食い縛っていたが。

 

 

開始数秒で早くも火花を散らす二人を見て、モミジが少女へと呆れた様に言う。

 

 

「あのなぁ、喧嘩させる為に呼び出した訳じゃあないんだぞ?」

 

『どうでも良いでしょ。そんなの私の勝手だし』

 

「あらやだ反抗期」

 

 

此方の話に聞く耳を持たず、つんとそっぽを向く少女にモミジが更にため息を吐いた。話が出来ねぇ。

 

 

「モミジ、お前どういうつもりだ! 事の次第によってはいくらお前でも……!」

 

「おいおい、話し合いにならないだろー? 少しは落ち着けよ、若葉」

 

「そうだよ若葉ちゃん!」

 

 

悪びれる素振りもない少女へと若葉が腕捲りを始め、球子と高奈(高嶋友奈)が羽交い締めする。

 

 

「あ、あわわ。どうしようお姉ちゃん……!」

 

「これはちょっと不味いわね。こら、二人と――」

 

 

場の混乱を感じ、勇者部部長である風が喧嘩の仲裁をしようと声を上げた瞬間。

 

 

パンっ!!

 

 

という、手を打ち鳴らす音に皆が静まり返った。

 

手を鳴らした犯人であるひなたが、にこりと笑みを浮かべ言う。

 

 

「さ。落ち着いて話し合いをしましょうか」

 

 

……と、彼女を良く知る者であれば戦慄する表情で言った。

 

 

「「「「「(き、キレてる……)」」」」」

 

 

丸亀城で寝食を共にした、"上里ひなた"という人間をよく理解している面子は震え上がる。

 

兄であるモミジが目の前の"巫女"に怯えてるのを感じ、嫌な物を感じつつも怪訝な目をした少女はニコニコと話しかけて来るひなたと真っ向から相対した。

 

 

「あまり、うちの若葉ちゃんを困らせないで下さいますか?モミジさんの妹さん」

 

『……はんっ、たかが"巫女"風情が、何を――』

 

僅かに冷や汗を垂らしつつ、それでも虚勢を張って威圧しようとするが、

 

 

「よ ろ し い で す ね ?」

 

『ぁ……ぅ……』

 

「い、妹ぉぉぉぉ!!」

 

 

がしりと肩を掴まれ、笑顔という表情とは裏腹に感じる"逆らったら殺られる"というひなたの気迫に即座に少女はダウンした。

 

涙目でがくがくと足元から崩れ落ちる少女を、モミジが肩に抱いて介抱する。うんうん、怖いよな。分かるよ、すっごく分かる。

 

 

「あらモミジさん、何か仰いましたか?」

 

「いいえなにも」

 

 

勘が良いのは"巫女"独特の物なのだろうか。

 

 

 

 

「はい、ぼた餅。東郷さんのは美味しいんだよ~♪」

 

『……ありがと』

 

 

紙皿に乗せられたぼた餅を受け取る少女をチラリと横目に見ながら、モミジは目の前に座る若葉を見る。

 

パイプ椅子にどかりと座り腕を組むその様子は、誰が見ても不機嫌だと分かる物だった。

 

 

さっさと話せ、と視線で要求してくる若葉にため息を感じつつも、別に隠すことじゃないしな、とモミジは頷く。

 

 

「俺とコイツが双子なのは知ってるよな?」

 

「あぁ」

 

「えぇ?!」

「モミジ、お前妹が居たのか?!」

 

 

頷く若葉に驚く高奈と球子。そういえば、それが発覚したときには居なかったな、と思いつつ話を続ける。

 

 

「あの終末戦争の日。人型のレオバーテックスの御霊として、妹の魂は取り込まれていた」

 

 

出来損ないとはいえ、"神"そのものを媒体とした御霊を入れたバーテックス。

 

先程の戦闘でもバーテックスとは戦ったが、あんなものとは比較出来ない程の力を持った存在だった。

 

それこそ、同じ"神"でないと相対出来ない程の。

 

 

「それを屠った際に魂が出てきてな。成り行きで、俺の身体に住まわせてある」

 

『双子であり、同じ"神"を受け入れる器の素養もあるからね。案外快適だわ』

 

 

ぼた餅を平らげた妹が、ペロリと口の周りを舐めながら言う。それに、と続けて。

 

 

『ウジ虫共から神力を吸い上げたからね。立ち上がりとしては上々だよ』

 

「モミジ、お前が一人でやると言ったのは、まさか……」

 

「それもある。だが、もう一つの目的の為だよ」

 

 

ぽん、と態とらしくお腹を叩く少女を見て、青い顔をした若葉がモミジへと訊ねた。

 

あの圧倒的な力を知っている者からすれば、目の前に何時爆発するか分からない爆弾が置かれている様な物だ。

 

若葉に安心しろ、とハンドサインを出しつつ話を続ける。

 

 

「俺が今回この"試練"に参加したのは、神遣に会う為だ」

 

「何だと?」

 

「力を感じた。間違いなく奴はこの世界に居る」

 

 

西暦の時に相手をしていた星屑バーテックス。そしてそれを率いていた"御霊"入りのバーテックス。

 

それらから感じたあの力は、確かに神遣のものだった。

 

 

「奴が? 何故だ、何を目的に……」

 

「まぁ、確かなのは"神樹"を狙ってるって事くらいだ。真っ向から来るか、裏でこそこそ動くかは置いといて、だがな」

 

「ふむ……」

 

 

難しい顔をして思案する若葉へと口を開く。

 

 

「その話しは置いといて。つまりはまぁ、妹に与える神力の補充を定期的にするから、あの手のバーテックスは俺に任せといてくれたら良い」

 

「……ふむ、なるほどな。なら次の話だが」

 

 

まだ続くらしい。

 

 

「お前達は、これからどうするつもりだ?」

 

「どうするって、何を?」

 

「衣食住、生活に決まってるだろう! モミジや綾乃……とそこの巫女さんはまだ良いとして」

 

 

「えー、私をあーぱー達と一緒にしないで下さいよぉ」

 

「おい、後でじっくりと話し合おうじゃないか」

 

 

モミジと綾乃の二人と同列に扱われた事に不満を洩らす巫女だったが、その傍らでぽんと肩に手を置いて綾乃が微笑んでいた。

 

仲良いなぁ、この二人。

 

後、誰があーぱーだ。

 

 

若葉が顔を向けた先を見れば、東郷と呼ばれた少女からぼた餅を受け取る梓の姿があった。

 

 

「梓はどうするんだ。まさかずっと野宿させる訳ではないだろう?」

 

「あぁ、それなら……綾乃」

「えぇ」

 

 

モミジが何かを確認するように綾乃へと目線を向ければ、そうねと綾乃が立ち上がる。

 

若葉、ひなた。と二人の名前を呼ぶと、隣に来ていた綾乃と共に、

 

 

「「ウチの子をお願いします!!」」

 

 

「……はぁ?」

 

 

そういって、凄まじい勢いで土下座をかました。

 

 

 

 

土下座。

 

日本における、謝礼の最大の形。

 

近年に至っては、五体を地に伏せるという土下寝なるものもあるらしい。

 

 

「――ふむ、つまり」

 

 

モミジと綾乃の話を聞き終えた若葉が頭の中で話を纏めながら口を開く。

 

 

「モミジの"試練"に付き合わせる訳にもいかないし、不定期に動くから此方で面倒を頼みたい、と」

 

「おう。基本的には近場に居るが、神遣の奴が何するか分からないからな。そっちの方がセキュリティはばっちりだろ」

 

「モミジさんの方がセキュリティ万全そうですけどね、ある意味……」

 

「俺のはほら、周り吹っ飛ばして巻き込むの前提だから」

 

「自爆装置ね……」

 

 

杏の言葉に返せば、千景がゲームを片手に苦笑いしていた。

 

体術で対処するなら小規模で済むが、神力を使うとなるとどうしても広範囲になる。結構扱いが難しいのだ。

 

 

納得が行ったのか、よし、と若葉が口を開く。

 

 

「事情は分かった。まだ聞きたい事があるが、そろそろ時間も時間だ。各々帰るとしよう」

 

「えっ、ノギー良いの?」

 

 

若葉の提案に、雪花が僅かに驚いた様に言う。

 

 

「これでお別れという訳ではないしな。もう夜も遅くなるし、また日が昇ってからで良いだろう。なぁ、モミジ」

 

「おう。それで良いぞ」

 

 

時計を見れば、普段の就寝の時間が迫っていた。静かだと思えば、小学生組や一年生組を始め、他にも幾らかの面子がうとうとと眠そうにしているのが見えた。

 

 

「なら、今日は私達の所に住めば良いわ、梓ちゃん」

 

「う、うん。ありがとう、歌野お姉ちゃん」

 

 

久しぶりに諏訪組集結ね!と喜ぶ歌野を尻目に、何処か不安そうな顔でモミジを見る梓に、モミジが苦笑いする。

 

 

「大丈夫だ。直ぐにまた会えるさ、梓」

 

「本当に……?」

 

「おう、お前達を近くで見守っているよ」

 

 

そう言うと、先に失礼する。とモミジが言うと同時にバチリという蒼白い稲光と共に姿が消えた。

 

 

~~

 

 

東郷、結城の二人をまだ平気だと言う棗に任せ、犬吠埼姉妹は夏凛にお願いした。園子(中)は実家からの送迎だ。

 

 

「モミジさん、何処まで行ったのかしらね。サバイバルでしょ?」

 

「一緒に寄宿舎に住めば良かったのになー。なーに気を使ってるんだか」

 

 

球子の言葉に、正直そうだなと感じる。

 

頼ってほしい、と言えば頼って貰えてるのだろうが。もっと我が儘に振る舞ってもバチは当たらないだろうにと思う。

 

 

四国に居たときからそうだが、モミジは自分を抑圧する事が多い。

 

また会える、とは分かっているが何処か寂しさを感じてしまう。

 

他の皆もそうなのか、その横顔に僅かながらの寂しさが映っていた。

 

 

寄宿舎組で一緒になって帰っていると、その寄宿舎の隣に何か靄がかった物を発見する。あれは、

 

 

「こんな所に、鳥居なんて有りましたっけー?」

 

「いや、無かったと思うが……」

 

 

朱色の鳥居。若葉より少し大きな程のそれは、世間一般の神社にあるそれよりは小さめの物だ。

 

というより、この鳥居から感じるこの気配、これは……。

 

 

「モミジお兄ちゃん……?」

 

 

力の機微に聡い梓がそう声を上げると、ぐにゃりと靄が蠢き人が顔を出した。モミジだ。

 

 

「おー、やっぱ"勇者"や"巫女"にはバレるか。"人払い"の結界を張ってあるんだがな」

 

「まぁ、元が"神隠し"だし。効力が薄いのも仕方ないわ」

 

 

続いて顔を出した綾乃がそう口を開く。

 

なるほど、綾乃の結界の力も使用しているのか。

 

 

「えぇっ?! 何でこんな所に居るんだ、モミジ?!」

 

「近くに居るって言ったろ、タマ」

 

「いや、近すぎだぞ……」

 

 

球子の驚愕とツッコミに、思わずひなたと一緒に笑ってしまった。

 

勝手に遠くに離れると思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

 

 

「懐かしいですね。丸亀城の寄宿舎を思い出しました」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

"勇者"、"巫女"への試練。

 

国土梓の件。

 

他にも山積みにある様々な試練。

 

 

色々と大変だが、着実に一歩ずつ進んでいこう。

 

大丈夫さ。今の私には、頼れる仲間が全員揃ったのだから。

 

 

 

 

 

力も何も無い私だったが、幸いにも呪術師(まじないし)、陰陽道に繋がる力が僅かにあるらしい。

 

神やら仏やらは信じていないが、星占術等は身に付けても損はないはずだ。

 

 

御館様なんかは乗り気らしい。あれやこれやと国中から(まじな)いに関する書物を集めてくれた。

 

噂に聞いた程度だが、"鬼"や"妖"を使役することで肉体への憑依……即ち擬似的な不滅の身体を手に入れる事が出来るのだとか。

 

不老不死等には興味がないが、学ぶのならそういった技術は修めておきたいものだ。

 

 

――"神造御記"から、一部抜粋。

 

 

 




次回からはギャグ、というよりかるーい空気のお話が多くなります。

原作やゆゆゆいの話を交えながらゆっくりと進めようかなと思っているんで、お暇な方や時間潰しにご使用下さいませm(_ _)m


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緊急時には開き直りが大事

展開練り直してたら気付けば大分経ってました……(*´ー`*)許して。

数話は伏線や若干話を進めながらも軽い話で行こうと思うので、またお付き合い下さいまし。

それではどうぞ( ・ω・)


 

――空を見上げれば、上空をゆったりと飛ぶ(とんび)の姿。

 

ぴーひょろろー、なんて気の抜ける鳴き声を聞きながら、鷲尾須美はふっ、と一息笑う。

 

 

「遭難してしまった……」

 

「そうなんよ~……、なんちゃってー」

 

「園子。流石に今のは良くない」

 

 

鷲尾須美、乃木園子、三ノ輪銀の三人娘は、何処か知らない山で絶賛遭難中だった。

 

 

~~

 

 

事の始まりは、一匹の仔犬。

 

仔犬が多く産まれた、家では飼いきれない為に里親を探してほしい。という勇者部では割りとよくある依頼なのだが……。

 

 

「ひっ?!」

 

「あら、本当にダメなのね。須美」

 

 

勇者部部長である風が抱き上げた仔犬を見て、短く悲鳴を発する須美に意外そうな顔をした。

 

 

「嫌いなの? こんなに可愛いのに~」

 

「い、いえ。今まで生き物と触れ合う機会がなかったもので、どう接したら良いか分からず……」

 

「なら、抱き上げてみれば良いじゃない。ほれほれ」

 

「ひぃぃ?!」

 

 

結奈(ゆうきゆうな)からの質問に冷や汗を流しつつ答えると、それを聞いた風が腕に抱いていた仔犬を須美へと近付ける。

 

それだけで、須美は悲鳴と共に部屋の隅まで後退りした。

 

 

「あまり、須美ちゃんを虐めないで下さい。風先輩?」

 

「ごめんごめん。普段冷静沈着の須美が、あんな反応するなんて珍しいから……。東郷は、平気なのね」

 

「私は、勇者部の依頼で動物の相手に慣れましたから」

 

 

須美をからかって面白がる風へと、美森がため息混じりに注意する。

 

平気なのか?と差し出された仔犬を、美森は笑顔でゆっくりと撫でた。

 

 

「な、なるほど。慣れ、なんですね……!」

 

「そうよ、須美ちゃん。こんなに大人しい仔なんだから、怯えずに触ってみて?」

 

「は、はい……」

 

 

風に抱えられ、美森、結奈(ゆうな)が楽しそうに触れ合っている姿に須美の警戒心が徐々に緩んでいく。

 

ちょっとずつ、ちょっとずつではあるが、震える手でそーっと仔犬へと手を伸ばす須美を見て、仔犬の尾がぶんぶんと振るわれた。

 

 

――余談ではあるが、ここで一つ"仔犬"について説明をすると。

 

仔犬とは、大きくなった成犬と比べ遊び盛りである。

 

同じ様な雰囲気の犬吠埼風、結城友奈、東郷美森の反応はこの仔犬からすると"見慣れた反応"。

 

だがしかし。

 

びくびくと、何かに怯える様に此方に手を伸ばして来る鷲尾須美という少女の反応は、"初めて見る反応"だった。

 

では、何が起こるか。

 

 

「わふっ!!」

 

「うわっ」

「ひゃ?!」

 

 

その身を大きくくねらせ風の腕からの脱出を成功させると、その光景を見て驚く須美(おもしれーやつ)へと一直線に走り寄る。

 

ここで覚悟を決めて仔犬と触れ合えば、後の事を思うと楽だったのだが……。

 

 

「いやあああああ?!」

 

「わふーっ!!」

 

 

「す、須美ーッ?!」

「わっしぃー?!」

 

 

「あ、ちょっと。アンタ達?!」

 

 

悲痛な叫び声と共に、追い掛ける仔犬から部室を出て逃げる須美を銀と園子(小)は即座に追い掛けた。

 

後ろから掛かる風の声を無視して、三人と一匹はどんどん讃州中学から離れていく。

 

 

商店街で。

 

「何処まで追い掛けて来るのー?!」

 

「はっはっ」

 

 

「おーい、待てよ二人ともー!」

「わっしー止まってぇ~」

 

 

橋の上で。

 

「ぜぇ、……こ。ぜぇ、ぜぇ、来ないで……」

 

「わふ……わふ……」

 

 

「おま、えら、……いい加減、止まれ……」

「ひぃー、ひぃー……」

 

 

森の中で。

 

「もう……無理ぃ……」

 

「わ、ふ……」

 

 

「やっと……、おい、ついたぁ……」

「…………」

 

 

滝の様な汗を流しつつ、ばたりと倒れる須美と仔犬。

 

それに肩で息をしながら追い付いた銀の背中には、酸欠で青い顔をした園子が背負われていた。

 

 

ぜぇぜぇと激しく身体で息を整えて居ると、何やら生暖かいモノがペロリと顔を撫でた。

 

驚いて目を見開くと、仔犬が須美の顔を舐め上げる。

 

 

「く、くすぐったぃ……!」

 

「あはは。その犬に気に入られた様だな、須美は」

 

「えぇ?!」

「わふっ」

 

 

銀の気に入られた、という言葉に須美が驚きの声を上げると仔犬が肯定するように尚も舐める。

 

そんな仔犬を見て、そーっとその身体を撫でればもふもふとした毛並みの感触が手に伝わった。

 

 

「ふ、ふふ……」

 

「どうしたー、須美?」

 

 

仔犬を撫でながら力無く笑う須美に、銀が疲れて気でもおかしくなったかと不安そうに須美を見る。

 

だが返ってきたのは、苦笑する須美の顔。

 

 

「何で仔犬にあんなにも恐れてたのか、って馬鹿馬鹿しくなっちゃって。落ち着いて見れば、こんなにも可愛いのに」

 

「だろー? アタシもよく拾ったりしてたけどさ、どんな奴でも可愛いんだぜ?」

 

「そうね。……あら」

 

 

銀のトラブル体質なら、よくそういった出来事も多そうだな。と微笑んだとき、ぴたりと手が止まった。

 

 

そういえば、此処は何処だ?

 

 

「……銀。此処が何処か分かる?」

 

「へ? 何処って……山のなかだな」

 

 

~~

 

 

そして、冒頭へと戻る。

 

 

「何処か目印になるものって有るかしら?」

 

「木がいっぱいあるなぁ」

 

「それは目印とは言わないのよ!!」

 

 

道無き道を掻き分けて進むが、行けども行けども森の中。

 

先ほどのマラソンの疲れもあるのか、三人と一匹の顔に疲弊の色が見えた。

 

 

「――にしてもさぁ。どうする?」

 

「……最悪、"勇者システム"を起動して走って帰る? 球子さんが以前愛媛に"カガミブネ"でテレポートした時みたいに」

 

「そうだね、そうしようよ」

 

 

日がだんだんと傾いて来て、空に朱色が混じり始めるのを見て須美がそう提案する。

 

"樹海化"や鍛錬以外で変身するな、とは言われているが今回の場合は特別見逃してくれるだろう。

 

 

その時。

 

 

きゅるる~、という音が鳴り、音の出所を見れば仔犬がぐったりと銀の腕の中で項垂れていた。

 

音に気付いた三人が互いに顔を見る。須美が取り出したスマホには、もう少しで夕飯刻といった所だ。

 

 

「お腹が空いたのね」

 

「うー、私もお腹減ってきたよー」

 

「アタシも。……ってうわ、風さん達からメールや電話がバンバン来てる?!」

 

 

銀が此方に見せてきたスマホの画面には、風を始め他の勇者部のメンバーからのメールや電話が数多く入っていた。

 

最初は"何処に行ったの?"や"大丈夫?"等の心配を思わせるメールだったが、終盤の方では"取り敢えず連絡しなさい!"等の焦りや不安を抱えているのが見える。これは不味い。

 

 

「急いで連絡しないと……って圏外ぃ?!」

 

「私もよ……」

 

「い、急いで戻らないと……!」

 

 

不安を募らせて、警察や大赦等に連絡されては大事だ。

 

それを焦った三人がスマホを操作するが、"勇者システム"を起動させようとした園子の顔が青ざめて行く。

 

 

まさか、嘘よね……?

 

 

園子の反応に、須美も恐る恐るスマホの画面をタップする。本来であれば勇者服へと変身するそのボタンを押せば、

 

 

"精神の不安定、または霊道を確保出来ない為変身不可能です"

 

 

「嘘、でしょ……?」

 

 

何処か知らない森。

 

もうすぐ訪れる夜。

 

何の装備も持たない三人(と一匹)。

 

 

――言い逃れ出来ない程に、三人は遭難していた。

 

 

 

 

喉が渇いた。お腹も減った。

 

 

ぐるるー、と音を立てる腹を擦りながら、須美達は森を彷徨って居た。

 

日は遠の昔に完全に落ちた。月は出ているが、木々の葉に阻まれ森には静寂と暗闇が広がっている。

 

 

「くぅーん……」

 

「大丈夫だ。銀様が無事に帰してやるからな」

 

 

先頭を歩く銀が、力無く鳴く仔犬にニシシと笑いかける。

 

時折ふらふらともたつく足は、彼女の体力が限界に近いことを知らせる物だろう。急がなくては。

 

 

それにしても。

 

 

「この森、おかしくない……?」

 

「須美?」

 

 

須美が上げた疑問の声に、銀が首を傾げる。

 

その声に肯定するように返答したのは園子だった。

 

 

「うん、絶対におかしいよ。かれこれ数時間来た道を下るように歩いてるのに、一向に住宅街が見えてこないもん……」

 

 

仔犬に追いかけられ無我夢中に逃げたとはいえ、ここまでの道のりをざっくりとは覚えている。

 

数時間一方の方向に歩き続ければ、何かしらの人工物が見えねばおかしいはずなのだ。

 

 

「同じ所を、ぐるぐる回ってる……?」

 

「そう感じさせる程に広大な山が無ければ、おそらくはそうね」

 

「"勇者システム"も反応しないし……。でも、バーテックスがこんなこと出来るわけないし……」

 

 

三人が思い思いに考えをぶつける。"三人寄らば文殊の知恵"という言葉があるが、まさしくその通りにどうすべきかという方法が次々に出てくる。

 

 

――その時だった。

 

 

ガサリ、と少し離れた所から、大きな何かが動く音がしたのは。

 

 

「わぅ?!」

「「「?!」」」

 

 

最初に反応したのは仔犬。次第に怯え、ガタガタとその身体を震えさせるその様子に銀の脳裏に過去に聞いた話が過る。

 

 

「……こういう時、動物は相手が自分よりデカければビビるんだってさ……」

 

「その子より大きな動物なんて、いっぱい居そうだけどね……」

 

「っ、音がだんだん近くなって……!」

 

 

ろくに見えない暗闇の中、ガサガサという草木を掻き分ける音が此方へと近づいて来る。

 

勇者の力も振るえない、無力な子供三人。

 

震える足で、抱いていた仔犬を須美へと放る様に任せて足元に落ちていた棒を振るい銀が勇ましく吼える。

 

 

野犬か?

 

猪か?

 

それとも熊か?

 

 

「アタシにぃ、任せろッ!!」

 

 

何があっても、コイツらを守ってやる!!

 

 

そんな決意を決めた銀の前に現れたそれを見て、

 

 

闇の森に、少女の悲鳴が響き渡った。

 

 

~~

 

 

「そっちには居たか?!」

 

『いいや、此方にも居ない!』

 

「分かった!」

 

 

耳に当てた通信機から聞こえた球子の返答に、若葉は腹立たし気に返答した。

 

 

須美達が帰ってこない。

 

勇者端末にも、位置情報が表示されない。

 

 

ひなたから聞いたその言葉が、時間が遅くなるにつれて心の中で嫌なざわめきを立てる。

 

以前ならまだしも、今は様々な予想外な存在が四国に居る。

 

もしかすると、あの仮面の女や大嶽丸以外にも自分や赤嶺達の時代から来ているかもしれない。

 

大赦転覆を狙う奴らの狙いが、もし勇者へと向かえば……。

 

 

「っ、くそぉ!!」

 

「乃木さん、落ち着きなさい」

 

 

闇雲に駆け出そうとする足を、掛けられた千景の言葉によって制止する。

 

落ち着かねばならない事は理解しているが、頭では分かっていても身体の抑えが効かない。

 

 

「分かってはいる、だがもしも……!」

 

「貴女一人で闇雲に走ろうと? 状況も、どんな危険があるかも分からないのに? 」

 

「っ」

 

「だから、まず落ち着きなさい。冷静さを欠けば状況が酷くなる一方よ」

 

 

その言葉に若干の冷静さを取り戻し、ふぅ、と身体の力を抜く。空気を吐いて、吐いて、吐いて……。

 

空っぽになった肺に新鮮な空気を取り入れ、全身へと酸素を駆け巡らせる。

 

よし、少しだけ冷静になれた。

 

 

「三人はどうやって居なくなった?」

 

「部活で、仔犬とじゃれてたみたいね。その中で、仔犬が苦手な鷲尾さんが仔犬に追い掛けられて学校を出た……らしいわよ」

 

「銀と園子も、それに付いて行ったと」

 

「えぇ。犬吠埼さんがそう言ってたわ」

 

 

死人かと見間違える程に顔面蒼白だった風を思い出す。

 

私が変に茶化さなかったら……。と若葉に土下座でもする勢いで謝る風は、現在自宅で妹の樹と共に居る。

 

あれこそ、闇雲に何処かに行ってしまいかねない。

 

 

ざざ、と通信機からノイズが走る。

 

 

『あーあー、ノギー聞こえるー?!』

 

「雪花か、何があった?」

 

『商店街の人たちが、須美ちゃん達を見たってさ。それで仔犬と共に走ってった方向が――』

 

 

ぴこん、と勇者端末のマップに地点表示のピンが立つ。

 

 

『――未開放地域の、目の前の山だって!!』

 

 

その言葉を聞いた瞬間、若葉と千景は猛然と走り出した。

 

 

~~

 

 

「若葉さん!」

 

「杏か、何を……っ?!」

 

 

雪花に教えられた山へと向かえば、その入り口付近に数人の人影を見つけた。

 

その一人である杏が、勇者服でなく普段着に戻っている事に気付くと同時に若葉に異変が起きる。

 

 

勇者服が、強制的に解除されたのだ。

 

 

何事と端末を見れば、"精神の不安定、または霊道を確保出来ない為変身不可能です"という表示。

 

何だ、これは。

 

 

「分かりません。此処に来ると皆、変身が解除されてしまって……」

 

「今、友奈さん達が大急ぎでライトを集めてくれてるわ。それが集まり次第山に入りましょう」

 

「ちょっと待って。素人で山に入るのは危険よ。警察や消防に任せた方が良いんじゃないの?」

 

「ただの遭難ならね。でも、もし敵が居るなら……」

 

 

敵。

 

私達を狙う敵。

 

 

歌野が神具である鞭を取り出したのを見て合点が行く。

 

彼女はこういった時、頭の回転が速い。

 

おそらくだが幾つかの確信があるのだろう。

 

この出来事は、()()()()()()()()()という確信が。

 

 

「モミジさんは? 男手が有る方が助かるのだけど」

 

「家は留守だった。スマホにも連絡が着かない状況だ」

 

「そう。……もしかすると、彼も巻き込まれてる……?」

 

 

真っ先に頭に浮かんだ希望だったが、残念ながら協力は得られなかった。

 

今の四国で敵う奴の居ないであろう彼の存在は、居ると居ないでは安心感が大きく変わる。

 

 

「……全員、取り出せる人は神具(ウェポン)を取り出した方が良いわ。何が居るか分からないから」

 

「そうだな。……友奈が戻り次第、踏み込もう」

 

「えぇ」

 

 

直ぐには動けない自身の無力さに、歯痒い思いから若葉は拳をぎゅっと強く握り締めた。

 

 

 

 

一方その頃。

 

 

パチパチと、何かが弾ける音が静かに響き渡っていた。

 

周囲を仄かに照らす焚き火の炎は、幾つかの木串に刺さったソレを食べ頃にまで焼いている。

 

じゅぅ、と焼かれた肉から汗の様に垂れる肉汁を見て、それを見守る一人の口の端から涎が垂れた。

 

 

――食べ頃になったのか、一人が串を引き抜くと身の一部を手で千切り口へと放り込む。

 

にぃ、と口の端がつり上がった。

 

 

「良いぞ。食べようぜ」

 

「「「いただきま~す!!」」」

 

 

少年、大神紅葉の号令に須美、銀、園子は串を手に取ると魚や肉へとかぶりついた。

 

腹が減っていたのもあるのか、塩を振っただけの物だがかなりの美味に感じる。三人の目元が、味わう度に細くなっていた。

 

 

「それにしても災難だったなぁ。こんな所で遭難しちまうなんてよ」

 

「大神さんが居たから助かりましたよ! もしかしたら、朝まで迷ってたかも……」

「うっ……」

 

「モミジで良いぞ。まぁ、結果良ければ全て良し。ってな」

 

 

銀が責めた訳ではないが、遭難の切欠を作った須美がその言葉に罰が悪そうに唸る。

 

大方の話を聞いていたモミジは、そんな須美の顔を見て苦笑しつつだがフォローした。

 

 

「モミジさんは、こんな所で何をしてたんですかー?」

 

「ん? "精霊"の反応が幾つかあってな。探してた物かと様子を見に来てたんだ」

 

「探し物ですか?」

 

 

焼いていた魚肉ソーセージが頃合いになったのを見て、串から取り外すと皿代わりの大きな葉に乗せ仔犬へと差し出す。

 

そうだよ。と返事をしながら、がつがつと魚肉ソーセージに一心不乱に食らい付く仔犬へと手を伸ばすと、背中を摘まむように引っ張った。

 

 

「……?」

 

「よっ、と」

 

「わぁ?!」

 

 

何をしているのか、と三人が疑問符を上げていると、掛け声と共にモミジが手を振り上げる。

 

すると、ばたばたと暴れながら半透明な何かがその手に摘ままれていた。

 

 

「タヌキ?!」

 

「半透明のタヌキー?!」

 

「いや、そんなタヌキ居るわけ……居たわ?!」

 

 

三者三様の反応に、モミジがくっくと笑う。

 

じたばたと暴れるタヌキを少し離れた草むらへと放り投げて、一仕事終わったとばかりに元の位置に座り込んだ。

 

 

「"マヨイガ"に似た、人間を森等で迷わせる力を持った"精霊"だろうな。完璧な"精霊"じゃない、"疑似精霊"だ」

 

「"疑似精霊"?」

 

「"精霊"擬き、って言った方が良いかな。スマホの電波障害も、これで直る筈だよ」

 

 

須美がスマホを手に取れば、その通り画面には圏外の文字は消え変身が可能となっていた。

 

驚く須美の様子を見ながら、焼けた魚を手に取りあちちと言いながらモミジはかぶりついた。パリパリと良い感じに焦げ目の付いた皮が、噛む度に良い塩梅に旨さを出している。美味い。

 

 

「まぁ、その内改めて話すとして。どんどん焼けるから、じゃんじゃん喰ってくれ。急がないと焦げるぞー」

 

「それは勿体無い!」

 

 

モミジの言葉に、最初に取った分は食べきったのか銀が骨を焚き火へと放り込んで次を取る。

 

私も!と園子と須美も新しいのを取るのを微笑ましく見ていると、何かの気配が近付くのを感じた。

 

 

これは――

 

 

「お前達! 無事――だな?」

 

「ワッツ?! 貴女達何をしているの?!」

 

 

鬼気迫る表情で登場した若葉は、焚き火を囲んで食事をしている四人と一匹を思わず呆けた目で見ていた。

 

続いて登場した歌野が、目を丸くしてその場の面々を見やる。

 

 

お互いに状況の整理が着かないのか、互いに静かに見つめ会うこと数秒。

 

ぐぅ、と誰ともなく聞こえた腹の音に、モミジがまだ残る串を手に取ると言う。

 

 

「……食べる?」

 

「……頂こう」

 

 

若葉が、小さく頷いた。

 

 

 

 

「あ゛ん゛だだぢぃ~、無事でよ゛がっだああああ!!」

 

「「「うぐぅ……!」」」

 

 

帰ったのは深夜。出迎えた風は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で三人へと抱きついた。

 

苦しげな声を上げるが、それでもお構い無しに離さないとばかりに抱き締める。

 

 

「ごめんねぇ須美ぃ!! 二度とあんな事しないからぁぁ!!」

 

「い、いえ、私の方こそ大袈裟だったというか……。というより、そもそも風さんは悪くないと思いますけど……」

 

「それでも謝らせてぇぇぇ!!」

 

 

自分達の無事に本気で喜んでくれていると分かるのか、おいおいと泣く風を突き放す事も出来ずにどうしようかと須美と銀が頬を掻く。

 

そんな中、嗚咽が一つ聞こえた。

 

 

「うああああ、助かって良かったよぉぉぉ!!」

 

「うわ?! 園子まで感染した!」

 

「感染って……。あぁ、もうそのっち落ち着いて……」

 

 

何時もの騒がしさに加えて無事に三人が見付かった事への安堵もあるのか、漸く若葉は肩の荷が下りた様に息を一つ吐いた。

 

用事も終わったし、後はもう寝るかな。とモミジが考えていると、歌野が声を掛ける。

 

 

「ねぇ、モミジさん」

 

「おー? 何だ、歌野?」

 

「探し物とやらは見つかったの?」

 

 

歌野の言葉に、須美達が喋ったかとモミジは頭を回す。誤魔化せたと思っていたのだが。

 

別に隠すような事ではないが、心配症な若葉に気取られないようにしなくては。勝手に動かれては困る。

 

 

「本命はまだかな。まぁ、結果は重畳って所だ」

 

「そう。……危険(デンジャー)な事ではないのよね?」

 

「俺にとってはな。歌野ならよく知ってるだろ?」

 

「えぇ、それはよく」

 

 

泣く風を妹の樹と夏凛が抑えながら、帰路に着くのを見送る。明日には(アイズ)が腫れ上がってそうね、と歌野が笑う。

 

寄宿舎の方へと歩き、そこまでの距離はないがそれぞれを見送った。

 

また明日。と手を振る中で、歌野がモミジにのみ聞こえるように言う。

 

 

「危険な事なら、絶対に相談して。一人でなんて、絶対にダメ(ノー)なんだから」

 

 

そう言った後、モミジが返事をする前におやすみ。とドアを閉められた。

 

こんなことを言う理由分かる。俺が一人で行っていた、あの大社の粛正組織に居た頃の事を言っているのだろう。

 

 

「……勿論、頼らせて貰うさ」

 

 

天に昇る見事な満月を見ながら、モミジはぽつりと呟いた。

 

 

 

~~

 

 

同刻。とある山中にて。

 

 

「――お久しゅうございますぅ。国土梓様ぁ」

 

「同じく。もうお会いする事はないと思いましたがね」

 

「……また御役目?」

 

 

暗い洞窟の中、国土梓の前に三人の人影が傅いている。

 

一人は言葉尻に感じる程に気だるげで。

 

一人は誠実な、堅そうな口調で。

 

一人は気弱な、蚊の鳴く様な小さな声で。

 

 

国土梓の横にいる、大赦の神官服に身を包んだ男は震える身体で梓へと口を開く。

 

 

「こ、これが初代勇者様方の後継である、"鏑矢"部隊の方々ですか……?」

 

「えぇ。実働の赤嶺、弥勒、桐生とは別の、所謂()()()()()をする存在ですがね」

 

「なるほど……。しかし凄いものですな。覇気と言いますか、感じる気迫が……」

 

「勿論。それこそ、稽古の相手には事欠かなかったものですから。なんたって――」

 

 

にぃ、と梓の口の端がつり上がる。

 

 

「彼女達の師は、初代勇者様達ですもの」

 

 

狂気を含んだ嗤い声が上がる。

 

そこから離れる木々の上で欠伸をしていた大嶽丸が、チッと舌打ちをした。

 

 

「穢れに完璧に染まってやがる。まぁ、オレ様としてはどーでも良いんだが、一体どうするつもりだよ、モミジよぉ?」

 

 

四国の一部で、黒い闇が広がり始めていた。

 




オリキャラ入りまーす!

元々入れる予定でしたので、へー、くらいの感じで受け入れて下さいm(_ _)m

簡単ながら補足おば。

国土梓 穢れMAX。目的の為なら手段も選ばない状態。

最後のオリキャラ三人。 "鏑矢"部隊の一員。若葉等の良識ある大赦上層部には存在を伏せられていた。目的の為なら何でもする。文字通り何でも。


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雨の日にて。来訪者来る

ちょいと遅れましたorz

ギャグにしたいのに、どーしてもシリアスに走る修羅場大好き社畜野郎です(・c_・。)

だって好きなんだもん。闇堕ち。美少女の病み堕ち。

それでは、暇潰しにどうぞ(*^^*)


数メートル先くらいから闇に包まれる、薄暗く霧が漂う森の中。

 

 

「はぁ……、はぁ……っ!」

 

「梓ちゃん! 此方ですよ!」

 

 

息も絶え絶えな梓の手を引くのは、怪我した腕からダラダラと血を流すひなた。

 

庇いながらも走るその姿に何時もの余裕はなく、目は何かを探すように常に周囲へと走らせている。

 

 

「モミジお兄ちゃんと、若葉さんは……?」

 

「二人は……、ダメでした」

 

「そんな……っ」

 

 

頼れる兄貴分とそんな彼が信頼する若葉の安否を問えば、帰ってくるのは最悪の答え。

 

なんて事だ。あの二人が居ないと、帰れないのに……!

 

 

その時。

 

 

「「っ!!」」

 

 

静寂の場に生じた物音に、梓とひなたが即座に振り返る。

 

振り返ったその場には……、何も居ない。

 

 

ただの気のせいか。と安堵したと同時に、隣のひなたがドサリと音を立てて地面に倒れた。

 

 

「え……」

 

 

倒れた背中に走る刃傷から、それが深く、尚且致命傷である事が一目で分かる。

 

それを確認出来る程に、スローモーションの世界の様に梓の視界はゆっくりと動いていた。

 

 

そして眼に写る、ひなたの背後に居るソレ。

 

 

「みぃーつけたぁ……」

 

「っひ……!」

 

 

ソレが手にする血塗れの大鉈を振り下ろすと同時に、梓の断末魔が響き渡った……。

 

 

 

 

「――っか~! 負けた負けた!」

 

「千景さん強いよ~」

 

 

「当たり前よ。C-シャドウは伊達じゃないわ」

 

 

画面に映る"敗北"という文字を悔しげに見ながら、梓が手にしていたゲーム機を床に置いた。

 

その隣ではモミジが、畜生とは言うが楽しげに笑っている。

 

 

「4人がかりでもダメか」

 

「そうみたいですねぇ」

 

「いや、ハンターから逃げるゲームなのに何故立ち向かったんだ、若葉」

 

 

一足先に脱落した若葉が、呑気にお茶をずず、と啜りながら他人事の様に言う。

 

同意するひなたとは違い、ゲームの趣旨に真っ向から立ち向かうプレイをした若葉へとモミジがジト目で言うが、

 

 

「いや。ワンチャン行けるかな、と」

 

「懐中電灯でどう戦うつもりだったんだお前はぁ!!」

 

 

開始早々に、フィールドに置かれているボックスから懐中電灯を手にした若葉。

 

 

「うぉお!! ハンター覚悟っ!」

 

「待てぇ、若葉ぁ!」

 

 

止めるモミジ達の言葉を振り切りハンターである千景へと立ち向かうその姿は、そんな光景を見学していた他の者もこう思った。

 

 

"いや、そういうゲームじゃねぇ。"と

 

 

「乃木さんはまずゲームのルールから覚えるべきね……」

 

 

「よーし、なら次は私が良いなー! 誰か代わって代わって~!」

 

「おっ、タマもするぞー!」

 

 

若葉の奇行に千景が苦笑いして言えば、高奈(たかしま ゆうな)と球子が手を上げる。

 

 

「っし。なら、俺抜けるよ。ちょっと休憩」

 

「私も、お茶を淹れて来ますね」

 

 

モミジとひなたが抜け、代わりに入った高奈と球子が意気揚々とゲーム機を握る。

 

球子は兎も角、高奈(ゆうな)はゲームがそこまで得意ではなかった筈だが、大丈夫なのだろうか。

 

 

「ちょ、友奈さんそっちはハンターが居る方向だよ?!」

 

「えっ、何処だろここ……」

 

「友奈ぁ、今助けに行くぞぉ!」

 

「お前は大人しく発電機回してろ!」

 

 

トイレへと続く通路を歩いていると、後ろからそんな会話が聞こえる。

 

きっと、今頃ゲーム画面にはハンターへと突撃する若葉の姿が映っている事だろう。

 

 

~~

 

 

「モミジさんもお茶で良いですか?」

 

「おう。ついでに杏達に差し入れ入れてくるよ」

 

「分かりました」

 

 

こぽこぽと急須にお湯を注ぐひなたの言葉に、戸棚からお茶菓子とティーバッグを取り出しながら言う。

 

紅茶の銘柄等は知らない。不味くなければ大丈夫なのだという精神でカップにお湯を淹れて温める。

 

ふと耳を澄ませば、お湯を注ぐ音に混じって雨粒が窓を叩いていた。

 

 

「……雨、止みませんね」

 

「んー?……あー、そうだな。タマが釣りにも山にも行けないってぼやいてたしな」

 

「アウトドア趣味な人には辛いですもんねぇ」

 

 

台所の小窓から外を眺め言うひなたへと、小皿を取り出して言う。

 

 

――ここ数日、天気がずっと雨模様だった。

 

 

今日のゲームの集まりもそれが原因で、外に出られずストレスの溜まった球子や高奈が暴れださないよう、発散する場を作ってやるのが目的だ。

 

千景に複数人で遊べるゲームがないかと聞いてみた所、300年先の未来のゲームを手当たり次第にプレイした千景が推すゲームを皆でしている。

 

日常的にゲームをする面子ではないが、気心知れた仲間内での対人戦の為か必然的に複数人で行うゲームは白熱していた。

 

 

だがまぁしかし、集まった全員がゲームをしているという訳ではなく。

 

 

「よっと」

 

 

複数のカップとクッキー等のお茶菓子を乗せたトレーを持ち、紅茶の入ったポットを持って台所を出る。

 

ゲームをしている連中が居るその手前の一部屋の前で立ち止まると、コンコン、とドアをノックした。

 

 

「……?」

 

 

反応が無い。返事や、ドアへと寄ってくる足音さえも。

 

部屋の中に複数の気配は感じる為、誰かが居るのは分かるのだがノックにも反応しないとは何をしているのだろうか。

 

 

「入るぞー?」

 

 

トレーを上手く支えつつ、肘を使いドアノブを下ろして開ける。

 

 

そこには。

 

 

『俺、もう我慢出来ねぇ……!』

 

『っ……、ダメだよ。だって私には許嫁が居るのに……!』

 

『そんなの関係ない!』

 

 

…………。

 

 

「あぁ~……、そんな所までイっちゃうのぉ……?」

 

「あ、あわわ……!!」

 

「わー……、すっごくえっちな映画だね……」

 

 

赤面しながら、どちらかといえばアウトよりの濃厚な絡みのシーンを、固唾を飲んで観ている杏、樹、亜耶の中一トリオが居た。

 

 

――なんでも、杏が西暦の時代の時に好きだった恋愛小説を元に映画化した物らしい。

 

 

そんなにも面白いのか、ドアをノックした挙げ句足音を忍んでさえもいない俺の存在に気付いていない。

 

 

そっかー。気付いてないし、ここは紅茶とお茶菓子を置いてクールに立ち去――ってちょっと待て。

 

 

「おい、お前ら」

 

「「ひゃい?!」」

「わぁ?! ……あ。大神様!」

 

 

リモコンで映像を一時停止し、DVDのパッケージを手に声を掛ければ、杏と樹の二人は跳び跳ね、亜耶はびっくりした後に此方を奉る様に綺麗なお辞儀をした。

 

 

「モミジと呼んでくれ、亜耶ちゃん。……それで、だ。杏?此処に書いてある文字が読めるか?」

 

「え?! えーっと……」

 

 

大神の名は好きじゃない。亜耶にモミジと呼ぶようお願いをして、パッケージを杏に見えやすい様に態と目の前に吊り下げる。

 

タイトルの下にあるレート、つまりは対象年齢の欄を見せれば、杏は明後日の方を向いて冷や汗をかいていた。

 

やはり確信犯か、こやつ。

 

 

「これ、16歳以下……。つまりは高校生以下は観たらダメな奴だが?」

 

「か、借りた時には何も言われませんでしたし? それにそんなに小さな文字じゃ気付きにくいと言いますか……」

 

「ほぅ。これは誰が借りたんだ?」

 

 

ぷふぃー、と下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうと画策する杏だが、続くモミジの言葉にギクリと肩が跳ねる。

 

えーっと、と指をつんつんと合わせながら、

 

 

「大赦の大人ですけど?」

 

没収(ぼっしゅーと)

 

「そんなぁ?! 今が一番良いところ何ですよ?!」

 

 

DVDデッキに手を伸ばすモミジの腕へ、杏が身体ごと縋る様にしがみついた。

 

 

「没収なんて止めて下さいよぉ! 私がどれだけ楽しみにしてたか分かるでしょ?!」

 

「わ、ちょ、待て杏! 取り敢えず落ち着け?!」

 

 

必死過ぎて気付いてないのか、腕に伝わる柔らかい感覚に此方が焦る。

 

外野で見てる樹は気付いたのか、顔を赤らめた後に自身のモノを見てがっくりと気落ちする。

 

 

頑張れ、お姉ちゃんは立派じゃないか。ってそれどころじゃねぇ。

 

 

「分かった、分かったから取り敢えず離れようぜ、な?な?」

 

「離れるのはモミジさんの方ですよ! リモコンを此方に渡してDVDデッキから100メートル以上離れて下さい!」

 

「家から出ろってか?!」

 

 

「あ、あの、お二人とも冷静になって……」

 

 

迫る別の脅威を感知して言っているが、杏は一向に気付かない。

 

どたばたと暴れる二人をあわあわと亜耶が止めに入るが、暴れた拍子にリモコンが宙を舞った。

 

 

綺麗な放物線を描いたリモコンは、床に落ちると勢いそのままに転がり入り口のドアの前で止まる。

 

 

――それを、ゆっくりと拾い上げる者が居た。

 

 

「「「あ」」」

 

「……どたばたとうるさいと思ったら、何をしているんです?」

 

 

若い男女の過激なラブシーンが映るテレビ、その前で密着して縺れ合うモミジと杏、それを見守る樹と亜耶。

 

そんな光景を前に、リモコンを手ににこりと微笑むひなたはこの状況をどう受け取ったのだろうか。

 

 

「……モミジさんが、私(が観てる映画を消す為)に無理やり……」

 

「伊予島ぁ!重要な要素を略すんじゃねぇ! それじゃ誤解しか受けなってちょ、ひなたさん待っ――」

 

 

――鬼が、降臨した。

 

 

 

 

「酷い目に遭った……」

 

 

ひなたの折檻から命からがら逃げ出した先は歌野の農園。雨も降ってるし、此処ならひなたも易々と来れまい。

 

野菜を入れるプラケースを裏返し椅子にして一息吐く。回収した野菜を配達先に振り分ける倉庫に来たが、歌野や水都の姿はなかった。明かりは点いていたので、休憩中だろうか。

 

 

野菜の振り分けで忙しいと言っていたので、手伝おうかと思っていたのだがどうやら的を外したようだ。

 

 

「んー。……お」

 

 

二人が来るまで暇だな。と手持ち無沙汰に周囲を見渡せば、熟れすぎたか、形が奇形で食用に満たない野菜が入ったカゴを発見した。

 

小腹も空いたし丁度良い、とカゴからトマトときゅうりを拝借する。

 

 

「"実れ"」

 

 

神力を使い、細目の樹木を精製しそこに野菜の成長を促す様に神力を込めて地面へと埋める。

 

発芽から早送りをするように、最初に精製した樹木を軸に立派なトマトときゅうりが成った。

 

へぇ、と俺の中に居る妹の声が聞こえる。

 

 

『お兄ちゃんが居れば飢える事はなさそうだね』

 

「野菜やフルーツしか作れないけどな」

 

 

元は建御名方(タケミナカタ)、つまりは諏訪神の権能でもあったが、神力の譲渡時にそのまま俺の権能にもなったらしい。本人に聞いてみたが、その辺り神の権能とは結構適当なのだとか。

 

がぶりと一口齧れば、トマトの甘酸っぱさが口に広がった。旨いには旨いが、どちらかと言えば歌野が作る野菜の方が旨い。

 

 

『――――』

 

『――!』

 

 

「……うん?」

 

 

トマトを齧っていると、雨音に混じって誰かの声が聞こえる事に気付いた。

 

俺が入ってきた所とは逆の農園の入り口の方で、傘も差さずに話し合い……いや、口論か。スーツ姿の男数名と見慣れたジャージ姿の歌野と水都が居た。

 

 

「……何やってんだ?」

 

 

何時も笑顔で居ることが多い二人が、険悪な雰囲気を醸して男達と相対している。

 

相手は男の大人、そもそもが二人は中学生の上に女だ。どちらが悪いにせよ、このまま静観している訳にはいかない。

 

 

 

~~

 

 

 

どうしよう……!

 

 

先程から毅然と相手している歌野とは違い、水都は内心ハラハラしていた。

 

 

「だから、何処に居るのか教えてくれるだけで良いんだ」

 

「此方がそれを教える理由がありませんし、存じ上げておりません。すみませんが、お引き取りを」

 

「嘘を吐かないで貰えるかな。此方の情報網を舐めないでほしいね」

 

 

男達の中の一人が、眼鏡をくいと上げながら口を開く。眼鏡の奥の瞳に暖かみが無いことを感じた水都の背筋に冷たいものが走る。

 

でも、だからといって素直に答える訳にはいかない。ここは堪えるか、誰か助けを呼んだ方が――

 

 

「どうしたんだ、お前ら」

 

 

「モミジ君……!」

 

 

ジャストタイミングとばかりにやって来た頼れる存在に、水都が安堵からかほっと息を吐く。

 

歌野も助かったのか、険しかった目付きが幾らか緩んでいた。

 

 

モミジが二人の前に割り込む様に立ち、男達と相対する。

 

大人と比べれば身長こそ低いけれど、その身体から放たれる威圧感は段違いだった。

 

萎縮する様に一歩退く男達へと、モミジが問う。

 

 

「突然すみませんね。二人が何か粗相でも?」

 

「……いいや。ちょっと訊ねたい事があって、お二人に話をしていた所だよ」

 

 

ニコニコと愛想よく言っているが、その皮一枚の下に感じる得体の知れないモノに男が言葉を選びながら返答する。

 

 

「そうですか。僕も二人とは付き合い長いし、この辺りの事も熟知してますから、俺が代わりますよ」

 

「いや、それには及ばないよ。お二人から直接聞きた――」

 

 

モミジの事を避けるように、強行手段……とは言いがたいが、男の一人が歌野へと手を伸ばす。

 

言葉が途中で途切れたのは、動いた男の肩に手が置かれたから。

 

 

()()()()()()()

 

 

一言一言、はっきりと伝わる様に口に出すモミジに今度こそ動きが止まる。

 

場が膠着し、お互いに次にどう動くか伺いあっている時、別の声が掛かった。

 

 

「なぁーにちんたらやってんですかぁ。さっさと居場所を……おやぁ?」

 

 

気だるそうに、面倒臭げに現れたのは一人の少女。

 

傘から覗く覇気の無い眼にモミジを映すと、僅かながら驚いた様に眼が見開く。

 

 

「これはこれは。初代防人様ではないですかぁ。御会いできて光栄ですねぇっと」

 

「……何処かで会ったか?」

 

 

けらけらと笑う少女の言葉に、モミジが訝しげに眉を寄せる。

 

神世紀の、()()()()()()()がモミジの事を知っている筈がないのだが。

 

 

「私の上司が、貴方の大ファンでしてねぇ。耳にタコが出来るくらい話し込まれてしまいましてぇ、あははは」

 

 

一頻り笑うと、さて、と腰に手を当てて少女が言う。

 

 

「待ち人は居らず、って事なら帰りますよぉ。勇者様とその御付きの巫女様、はたまた防人様となれば命が幾つ有っても足りないしねぇ」

 

「……待ち人?」

 

「あ、口が滑った。ほらほら、さっさと行きますよぉ――」

 

 

モミジの言葉に意味深に返すと、傘を翻しすっぽりと姿を隠す。払い除ける様に掴み取れば、そこには先程居た筈の少女の姿は消えていた。

 

何処へ、と視線を周囲へと向けるが、そこには歌野、水都以外誰も居ない空間が広がるだけ。

 

 

「……歌野、あの男達は誰を訪ねに来てた」

 

 

僅かに感じる"疑似精霊"の反応に、梓の仲間かと警戒しつつ、何時でも動ける様に構えていた歌野へと問う。

 

歌野が、僅かに目を細めて言った。

 

 

「私達と同世代の、西暦の"勇者"や"巫女"達の居場所(ホーム)を聞かれたわ」

 

 

 

 

 

部屋のチャイムが鳴った。

 

 

ピンポーン、という、無機質なチャイムの音に部屋に居た梓が反応する。

 

お菓子が無くなったという事で球子や高奈、そのついでに必要な細々な物を買ってくるとひなたと若葉も出掛けてしまった。

 

入れ違いで綾乃が帰宅しており、鳴ったチャイムに目を合わせると数秒後にお互いに手を突き出した。

 

 

綾乃がグー。梓がチョキ。

 

 

「新聞なら追い払いなさい」

 

「はーい」

 

 

負けた梓が玄関へと歩き、ドアに付いた外を見れるスコープを覗き込むが、雨のせいか滲んではっきりと見えない。

 

かろうじて見えた数名の姿に、球子さん達かな?でも鍵持ってた様な……。と疑問に思いつつも、ガチャリとドアを開けた。

 

 

「――え?」

 

 

~~

 

 

 

「じゃあちょっと買い出し行ってくるから、雪花はゆっくりしてて」

 

「はいはーい、留守番は雪花さんにお任せあれー」

 

 

犬吠埼家。風からの提案で寒い雨の日に鍋パーティーを行う事になり、その材料の調達に行った一同を雪花は見送っていた。

 

暇ならテーブル出しといてー、と風に言われてた事を思いだし、押し入れに有るという折り畳みのテーブルを探しに行く。

 

 

という所で。

 

 

「――あ、あの、こんにちわ……」

 

「?!」

 

 

不意に背後から聞こえた声に、雪花が跳び跳ねる様に後退する。

 

声の場所を見れば、一人のおどおどとした少女が立っていた。

 

 

「……貴女、誰かにゃー?」

 

「えと、秋原雪花さん、で合ってるよね、ますか?」

 

「だから、誰かって聞いてんの!」

 

 

素性を問うが、要領を得ない答えに声が荒くなる。

 

普通の女の子じゃない。この感じは、この心にへばり付く様な嫌な感じは、

 

 

「申し遅れました。私どもは、"鏑矢"という部隊の者であります」

 

「っ!」

 

「突然の来訪、申し訳ありません。しかし、こうでもしなければお話がしたくとも難しいだろうと思いまして」

 

 

新たに増えた声の主。軍隊を思わせる様なピッシリとした口調に態度であったが、一人目の少女との共通点に警戒心が更に募る。

 

……冷たい、心の奥底へと染みる冷えた眼に。

 

 

「話ぃ? ……私が仲間呼ぶとは思えない訳? やってることは普通に犯罪だよ?」

 

「うーん、でもぉ、そっちにとっても悪い話じゃないと思うんですけどぉ」

 

「また新手か……!」

 

 

三人。いつの間にかドア、窓の脱出路を抑えられた事に舌打ちしつつ、スマホを持って牽制する。

 

勇者には何時でも成れる。だが、この三人の狙いはそうじゃないらしい。

 

 

「話って何かにゃあ? 早くしないとお仲間が来るよん?」

 

 

スマホを見ずにタップして、来る予定の美森と友奈に"急いで"とだけ送信する。巻き込みたくはないが、誰かの手を借りないと流石に危ない。

 

さぁ、仲間も呼んだ。後は時間を稼ぐだ――

 

 

 

「この世界で、永遠に暮らしたくありませんか?」

 

 

 

言われた言葉に、雪花の時間が止まる。

 

この世界に留まり続ける。

 

それは、今の勇者部の面子と出会って切に願う願い事。叶わないと、願ってはならないと思いつつも諦められない雪花の願い。

 

 

……二度と戻りたくない、あの寒い地獄からの逃避行。

 

 

 

「……何を、言ってるの?」

 

「我々ならば可能です。元の地獄の様な現代に戻るのではなく、この神樹の空間で無限に暮らす。そんな夢物語の様な願いが」

 

「そんなの……、造反神を静めなきゃならないのに……。それに、今会ったばかりの貴女達の事を信じられる訳な――」

 

 

信じてはならない。

 

信じれば、ナニかが崩れる。

 

 

転がり堕ちてはならない坂道を、必死に踏ん張っているのが現状なのに、言われたそれは今の雪花には猛毒にも近い誘惑だった。

 

 

だからこそ。

 

 

「自分に素直になりましょうよぉ。嘘なんか吐かないでねぇ」

 

「……!」

 

「この世界なら出来るんですよぉ? 貴女の想い描く、幸せな生活が」

 

「……や、めて」

 

「また、辛くて苦しい現実に戻るんですかぁ?」

 

「黙ってよ!!」

 

 

気だるげな少女に言われたその言葉に、雪花は大きくぐらついた。

 

堅そうな雰囲気の少女が何かを察し、おいと他の少女に声を掛ける。

 

それに同意する様に頷くと、懐から一枚の名刺を差し出した。

 

 

そこには、電話番号だけが記されていた。

 

 

「お仲間さんが来たようなので、今日は失礼させて頂きますねぇ」

 

「――色好い返事をお待ちしております」

 

 

ごぅ、と一陣の業風と共に三人の姿が消えた。

 

そこに残るのは、手渡された名刺を持つ雪花のみ。

 

 

「雪花!」

 

「雪花ちゃん、大丈夫?!」

 

 

血相を変えた友奈と美森が部屋へと踏み込んで来たのは、そのすぐ後の事。

 

本来ならば、敵の可能性があるものが襲撃してきた。と報告するのが正答ではあるのだが、

 

 

「――にゃはは。ごめんごめん。野良猫が突然入ってきて暴れちゃってさ、逃げられたんだけども……」

 

 

雪花は、無意識の内に誤魔化した。

 

 

「えぇー?!」

「あらあら、妙に汚れてるのもそれで……」

 

「そうなんだよー。だから、片付けるの手伝ってほしいにゃあ」

 

 

雪花からの御願いに、任せて!と自信満々に胸を張る友奈を見てズキリと心が痛む。

 

 

 

――雨が、勢いを増していた。

 

 

 

 

 

「――んで、何?」

 

「あ、綾乃お姉ちゃん……」

 

 

場所は変わってモミジの家。綾乃と梓が並んで座る対面に座するのは、赤嶺友奈、弥勒蓮華、桐生静の"鏑矢"の三人。

 

肘を付いてぞんざいに問う綾乃の横で、梓がそんな態度はダメだよと焦って言うが綾乃は黙って視線を赤嶺達に飛ばす。

 

 

「……分かってると思うけど――」

 

「国土綾乃様。どうか失礼を許して下さい」

 

 

国土梓の事は言うな、と釘を刺そうとした綾乃を遮る様に静が普段の似非関西弁を伏せて言う。

 

 

「…………」

 

 

「貴女が望月梓様の事を想って言われてるのは、私どもも理解しています。ですが……」

 

「私達も、あの人を知ってるからこそ助けたいんです」

 

 

黙る。腕を組み、"鏑矢"の三人の話を黙って聞く。

 

 

「ここが仮初の世界だというのは理解しています。……でも、それでも」

 

「私達は、あの人を。……国土梓を助けたい!」

 

 

「っ、アンタら……!」

「……私の事?」

 

 

国土梓。望月梓の前ではタブーとなる名前を出したことに綾乃が怒りを露にするが、それでも三人は怯まずに真っ向から向かい合う。

 

 

「言ってどうなる。この子に辛い現実を思い知らせてどうするの?」

 

「違う! あの人が変わったのは別の原因で――」

 

「だとしても! この子にそれを態々教える理由はないって言ってんのよ!」

 

 

激化する論争。それに口を出したのは、梓本人だった。

 

 

「お姉ちゃん」

 

「……梓、アンタは黙ってなさい」

 

「綾乃お姉ちゃん」

 

 

強い意思を感じる口調に、綾乃の言葉が止まる。

 

 

「私は、弱い私が嫌だ。ずっと守られてばっかりで、このまま二人のお荷物になるんじゃないかって」

 

「私は、そんな風に思って――」

 

「二人が私の事を大事に思ってくれてるのは知ってる。でも、だからこそ私だって変わりたいの」

 

 

ぎゅっと、膝に置いた手を拳に握る。

 

 

「胸を張って、モミジお兄ちゃんと綾乃お姉ちゃんの、二人の妹だって、弟子だって言いたいの」

 

「…………!」

 

 

梓の真っ直ぐな眼に、綾乃は何も言えず口ごもる。

 

葛藤が、長い沈黙が場を静寂にした後に、綾乃のため息が聞こえた。

 

 

「後悔するんじゃないわよ?」

 

「うん」

 

「痛いし、辛いわよ?」

 

「大丈夫だよ、綾乃お姉ちゃんの弟子だもん」

 

「……仕方ないわね」

 

 

綾乃からのOKが出たことに、赤奈(あかみね)の顔に笑顔が浮かぶ。

 

他の二人も、安堵からかほっと息を吐いた。

 

 

 

――そうして、少女は知る。

 

 

 

自身の絶望を、苦しみを、痛みを。

 

それは地獄に落とす厄災か、それとも――

 

 

 

 

 

 




それぞれの思惑が交錯していく展開ですね。

雪花ちゃんはどうするのか、梓はどういった変貌を遂げるのか。

続きは執筆中です、気長にお待ち下さいm(_ _)m


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寒い日には、暖かい物が欲しい。

お待たせしました。orz

気に入らず書き直し、を繰り返して幾日。漸く完成です( ̄▽ ̄;)

どんどん深くなる闇を見つつ、お暇潰しに付き合えたらと思えます。

それでは、どうぞ(*・ω・)




 

この人なら、何処へでも着いて行こうと思えた。

 

 

(ぼん)。まぁた書物とにらめっこか。剣も振らねば強くなれんぞー?」

 

「(脳筋の)御館様と違って坊は書官向きなのでしょうな」

 

「おい、今変な伏せ語が聞こえたのは気のせいか」

 

 

誰にでも真っ直ぐ相対し、変に媚びへつらったり威張り散らしたりしないこの人に。

 

 

 

誰かを祝福出来るこの人に。

 

「御館様、先日産まれた我が子です。是非とも抱いて、名を考えては頂けませんか?」

 

「おぉ! それはめでたいな! うぅむ、今は春先……なんと付ければ良いかのぅ」

 

 

 

誰かの為に怒れるこの人に。

 

「御館様ぁ! 山に山賊が!家畜や子供達が危ねぇだ!」

 

「者共ワシに続け! 我が家の庭に土足で上がる輩を逃がすな!」

 

 

 

誰かの為に泣くことが出来るこの人に。

 

「御館様、此度の戦での戦火が想定外に多く……」

 

「ワシの采配の結果だ。……すまない……!!」

 

 

 

誰かと共に笑う事が出来るこの人に。

 

「いやぁめでたいな!! よーし、今宵は宴じゃ。村の者も招いて宴を開くぞ!! たらふく飯と酒を準備せい!!」

 

「またこの人は急に無茶を言う……。(ぼん)。手伝ってくれないか?」

 

「はい!」

 

 

 

この人になら、この第二の人生を捧げるのも悪くはないと思えていた。

 

 

 

「人に、失望するな。自分を強く持って、最期まで幸せに生きろ」

 

 

 

――あの日までは。

 

 

 

 

「――先生?」

 

 

覚醒する。

 

重い瞼を上げ、覗き込む様に見上げる仮面を付けた小柄の女の存在を確認し、現状を即座に把握した。

 

 

「……寝てしまっていたようだね。済まない」

 

「いえ。先生もお疲れでしょうから。今日はもう休まれますか?」

 

「今のうたた寝で目が冴えた。大丈夫だよ」

 

 

心配してくれているのだろう。女の申し出にそう思いつつも断った。

 

この身は最早人のそれではない。見かけは人であれど、中身は全く違う物だ。人でないこの身に、疲労による睡眠は不要なのだから。

 

 

でもなぜか。この世界に来てからではあるが、ふと息抜きに深呼吸をした最中で夢を見る。

 

……何か、虫の知らせとでも言うのだろうか。

 

 

「経過は?」

 

「今のところ順調かと。後は……、向こうの人員をどのくらい此方へと引き込めるかですかね」

 

「"勇者"は一人でもその戦力は充分に強い。気付かれないよう、慎重にね」

 

「分かりました」

 

 

頭を下げ立ち去って行く仮面の女を見送って、分厚い雲に覆われた空を仰ぐ。

 

もう少しだ。きっと、きっと、これで……。

 

 

「"真なる人間"に、一歩近付ける……!」

 

 

 

 

「ん~♪ 雨が降って肌寒いから、温かい物が美味しい!」

 

「そうだなぁ。あ、すみませーん。肉うどん大盛りと、肉豆腐と天ぷら盛り合わせ追加で」

 

「良く食べるわね……」

 

 

昼時。とあるうどん屋にて。

 

偶然会った千景と友奈(たかしま ゆうな)との三人で食事に来ていた。

 

上機嫌でうどんを啜る友奈に触発され、メニューを捲ってお目当ての物を頼めば向かい側に座っていた千景に軽く引かれていた。なぜだ。

 

 

連日の雨のせいで初冬なのに真冬の様に寒いのだ。温かい物をお腹一杯食べたい。

 

 

「モミジ君は食べ過ぎだと思うわ」

 

「そうか? 俺からすれば千景の量は少なすぎだと思うが。腹減らないか?」

 

「これで丁度良いくらいよ。……このかりんとう美味しいわね」

 

 

友奈と同じ肉うどんの並盛とサラダのセットを食べ終えた千景が、店員からサービスで付けられた蕎麦のかりんとうを食べて僅かに目を丸くする。

 

追加の料理を待ってる間一つ摘まめば、なるほど確かに蕎麦の豊かな風味と上品な砂糖の甘さが上手くマッチしていた。

 

 

「本当だ。旨いな、これ」

 

「最近取引を始めた仕入れ先から、オススメのお菓子だって教わってねぇ。お客さんの反応も良いし、万々歳よぉ」

 

「へぇ、何処かのお菓子屋さんか何かですか?」

 

 

モミジ達の会話を聞いていた店のおばさんが、トレーに料理を載せてやって来た。

 

かりんとうを一口食べて美味しい!と目を輝かせた友奈が、料理を受け取りながらおばさんへと問えば違うわよぉ、と間延びした声が返ってきた。

 

 

「農園からよぉ。"ホワイトスワンファーム"から」

 

 

「……ホワイトスワン、ファーム……?」

 

「何処かで……」

「聞いたような……?」

 

 

割りと身近な所で聞いたなぁ、いやでもそんな野菜の卸売りだなんてしてる筈ないよな、ましてやうどん屋相手に。

 

と、千景と友奈に対しアイコンタクトで聞けばこくりと頷いて肯定の意味で返ってきた時、

 

 

「私を呼んだかしら?!」

 

 

我らが農業王、白鳥歌野(ホワイトスワン)が店の入り口でそう叫んでいた。

 

 

やはりお前か、ホワイトスワン。

 

 

「う、うたのん?! 大声出したらお店の人に迷惑でしょ?!」

 

 

「あ、水都ちゃんも一緒だ」

 

「二人がうどん屋に来るなんて珍しいわね」

 

 

歌野の堂々たる態度とは反対に、周囲の視線を集めないように慌てる水都を見て友奈と千景がぽつりと呟く。

 

四国に居た際にも、"戌崎"以外のうどん屋には一切入らなかった二人が進んで足を運ぶのは正直珍しい。

 

というより。

 

 

「このかりんとう、水都のアイデア?」

 

「うん、そうだよ。諏訪に居た時に良く作ってたお菓子でね、皆にも受けが良かったから作ってみたの」

 

 

美味しい。という高評価に頬を綻ばせる水都に、やっぱりかとモミジは思う。

 

初めて諏訪に救援に行った際にも、お茶菓子として野菜で作ったお菓子でおもてなしをしてくれたのを思い出す。

 

 

こういう、身近な物を使っての新たな物を作り出すのは俺の知る限りでは水都が一番才が有るように思えるのだ。

 

 

「虎穴に入らずんば虎児を得ず。みーちゃんから教わった言葉に私は(サンダー)に撃たれた様だったわ」

 

 

ぐっ、と拳を握り、

 

 

「蕎麦を広めるなら、まずは利用者(ユーザー)の多いうどん屋から攻めるべきだってね! ゆくゆくはメニューの半分以上を蕎麦で埋めるわ!」

 

 

そんな、若葉が聞いたら激怒しそうな野望を歌野は語っていた。

 

 

「待て! 私の目の黒い内はそんな横暴は許さんぞ!」

 

 

というか居た。どうしたんだ?

 

 

水都の後ろから現れた若葉に続くように、上着に付いた雨を払いながら現れたひなたが口を開く。

 

 

「もう、お店で騒ぐのは駄目ですよ。歌野さんも、若葉ちゃんも」

 

「ひなた? そんな人数で……、偶然か?」

 

 

狙った様に同じ場所に集結した面々に思わず口に出せば、それを聞いたひなたが口を開く。

 

 

「私たちは、西暦の人間で話をしないか。とお食事に誘われまして」

 

「――西暦の人間で? 誰に?」

 

 

変わった提案をするなぁと思えば、千景が興味を持ったのか口を開く。

 

その返答をしたのは、ガラリと開けられたドアの先に居た人物。

 

 

「私だよ~ん。現実に戻った時の為に、色々と各地の情報を仕入れたくてねん」

 

「……わかめうどん。ミニ海鮮丼のセットが良いな」

 

 

秋原雪花と、ぼーっとメニューを見ては呟く様に注文を決めた古波蔵棗の姿があった。

 

 

 

 

ぷは、と出汁まで飲み干して一言。

 

 

「……旨かった。沖縄そば程ではないが」

 

「そだね、美味しいよ。ラーメン程じゃないけど」

 

「うん。美味しい(ベリーグッド)なのは認めるわ。蕎麦程じゃないけど」

 

「うどんがあれば良いな。他の麺類とか要らんだろう」

 

 

「何故勇者部にはこんなにも麺類キチが多いのか」

 

 

自分の推し麺を強く主張する四人に、思わずツッコミを入れてしまった。

 

腹も膨れて一息吐いたのか、温かいお茶が入った湯呑みを両手で包むように持ちながら雪花が言う。

 

 

「ま、そのへんは追々話し合うとして……」

 

 

「何時でも受けて立つぞ」

私もよ(ミートゥー)

「私もだ」

 

「本当に仲良いよね、君たち」

 

 

こほん、と咳を一つして、

 

 

「取り敢えず、各地の情報を擦り合わせない? 四国はノギー達一行として……、沖縄は?」

 

「沖縄か? こっちは……」

 

 

話を振られた棗が顎に手を当てて、思い返す様にうーむと悩んで数秒後、

 

 

「バーテックスが居たな」

 

「それは全国各地だろうね」

 

 

「……夕飯は大抵海の幸だった」

 

「土地柄かな」

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

数秒、頭を抱えた棗を周囲が見守るという静かな時間を置いて、

 

 

「………………海が、青かった」

 

 

搾り出すように出た返答がそれだった。

 

 

「沖縄は平和だった……のか?」

 

「バーテックスは確かに居たが……。あ、そうだ」

 

 

呟く様な若葉の言葉に、棗が思い出したのかそういえばと口を開いた。

 

 

「四国が安全だと聞いて、今居る生存者を可能な限り連れていこうとしていたが……。どうなったのだろうか」

 

「成功したんじゃない? その人達の子孫の一人が赤嶺さんでしょう?」

 

「あ、そうか。そうだったな」

 

 

千景の返答に納得が行ったのか、棗が悩みが晴れたように顔を綻ばせる。

 

寡黙な様で、良く見れば結構多彩な表情をするようだ。

 

 

次は、と答え終わった棗が雪花へと言う。

 

 

「北海道はどうだったんだ?」

 

「んー……。北海道はでっかいどーだから、大変と言えば大変だったけど」

 

 

思い返す様に、棗と同じく雪花も顎に手を当ててうーむと悩む。

 

少しだけ時間を置いて、たははと苦笑いをしながら口を開いた。

 

 

「守らなきゃいけない人も多いし、四国までの道も長いから籠城だったかにゃあ」

 

 

雪花が言ったその言葉に何処か変な違和感を感じたが、はっきりと何処か変なのかが分からない。

 

違和感に考え事をしていると、雪花がそういえばと口を開く。

 

 

「歌野達は諏訪……、長野だったんだよね。どうやって四国までたどり着いたの? 蕎麦のおかげ?」

 

「そうね。蕎麦の力があれば可能だと言えるけれど……。それは冗談として、違うわ」

 

 

話を振られた歌野が、得意気にしながら言うが直ぐにおふざけを止めてモミジへと手で示す。

 

蕎麦の力で可能なのか。恐るべし諏訪のソウルフード。

 

 

「四国に行く切欠も、手段もくれたのはモミジさんと綾乃さんのおかげよ」

 

「……へぇ、というと?」

 

 

歌野の言葉に、雪花の目が僅かに細くなった。

 

 

「モミジさん達は"防人"として、私達の居る諏訪へ救援(レスキュー)に来てくれたの」

 

「人数もかなり多かったし、大変だったけど無事に着けて良かったよね!」

 

 

歌野の説明に当時の事を思い出したのか、水都が興奮気味に話し出す。

 

 

「バーテックスがうようよ居て怖かったけど、四国に辿り着けた時には凄く嬉しかったよ」

 

「私達もだ。はっきり言って、生きて会える望みは薄いと思っていた。こうして会えて、本当に嬉しいぞ」

 

「私もです。通信越しの交流とはいえ、知己の者の不幸は辛いですから」

 

 

水都の言葉に応える様に、若葉とひなたが口を開く。それに同意する様に、同じ四国の友奈と千景が微笑みながら頷いていた。

 

此処に居ない球子と杏の二人も、居たらきっと同じように答えていた筈だ。

 

……そういえば。

 

 

「タマと杏は何処行ったんだ? 連絡したんだろ?」

 

「えぇ。でもまだ返信が……、今来たわ」

 

 

西暦の人間で食事、ということで杏と球子にも連絡をしたのだがまだ返信どころか姿も現さない。

 

自由奔放な球子一人だけならまだしも、真面目な性格の杏が? と考えていると、スマホを操作していた千景が画面を此方へと向ける。

 

 

『亜耶達が湿気取りとかの掃除用具買いに行くらしいから、タマ達は護衛兼荷物持ちで着いて行くゾ! 雪花には悪いが、また後日と伝えておいてくれタマへ!』

 

 

というメッセージと共に、杏、タマの他に大赦からの帰りなのか亜耶と梓、綾乃の姿まであった。

 

モミジのスマホを見れば、綾乃から似たようなメッセージが入っているのが見える。

 

 

「そういえば、掃除用品が不足していると亜耶さんが言っていましたね」

 

「こんな雨の日に……、と言いたい所だが連日だしな。大事ないだろうか」

 

「人数居るみたいだし大丈夫だろ。何かあれば直ぐに行ける距離だ」

 

 

アプリのマップ機能で確認すれば、そう離れてはいない場所に居ることが分かった。買い物が終わったならば、合流して帰るのも良いかもしれない。

 

 

「ねぇねぇ、コーヨー君」

 

「……ん、俺か?」

 

「そうそう。大神紅葉で、コーヨー君」

 

 

聞き慣れないニックネームに反応が遅れれば、ニコニコと笑みを浮かべる雪花が此方を見ていた。

 

モミジ、と呼んでくれるのが一番楽なのだが。何だか新しいニックネームは気恥ずかしい。

 

 

「"防人"、って聞いた話だと四国の外で活動してた組織なんだよね? 色々とお話聞きたいなぁって」

 

「それもそうだな。モミジ、私達も結局細かくは聞けなかったし、折角だから話してくれないか」

 

 

雪花の話しに何故か反応した若葉が、新しくお茶を貰いながら湯呑みを傾ける。聞く気満々の様だ。

 

仕方ない、と肩を竦めながらも話をするためにリラックスして身体を落ち着ける。皆が、何処か期待するような目で見ているのを気付いて恥ずかしくて目を反らしてしまった。

 

 

「――――」

 

 

睨むような、恨みがましい目線が向けられた事にも気付かない程に。

 

 

 

 

同時刻。ショッピングモール。

 

 

「えぇーっと、これと、これと……」

 

「亜耶ちゃん、この洗剤も無かったよね?」

 

「あ、そうだったね。……あ」

 

 

暫くは出来なかった物資の買い出しに、記憶を辿りながら次から次へとカートへと放り込んでいた亜耶の顔が曇る。

 

何が、と一緒に居た梓が思えばそこには山盛りに積まれた物資の山。あぁ、そうか。

 

 

「どうやって持って帰ろうか……、今からでも減らす? うぅ、でもなぁ……」

 

「タクシーでも、人が乗るのを含めたら二台分は必要だね……」

 

 

金銭は大赦支給のクレジットカードが有るとはいえ、あまり無駄遣いはしたくない。

 

かといって、この大荷物を寄宿舎まで持って帰るのはあまりにも辛いものがある。

 

 

その時。

 

 

「どうかしたの、アンタら」

 

「あ。綾乃お姉ちゃん」

 

 

食料品の買い出しを終えた綾乃、球子、杏の三人が此方へと歩いて来ていた。

 

やはり数日分となるとかなりの量になるのか、重そうな買い物袋を三人で分担して提げている。

 

 

「そっちもかなりの量ですよね……」

 

「うん? ……あぁ、そういうことか。大丈夫よ」

 

 

買い物の量の事を懸念しているのを察知したのか、綾乃がにこりと笑っていう。

 

 

「此処にタマちゃんが居るじゃろ?」

 

「ぅおい?! タマの両手は既に重量オーバーだゾ?!」

 

 

軽々と球子の事を犠牲にしようとした綾乃へと、球子が必死に抗議する。

 

冗談よ冗談。と綾乃は言うと、買う物が決まったカートをレジへと持っていくと店員へクレジットカードを出しながら言う。

 

 

「すみません、配送をお願いしても良いですか?」

 

「配送ですね、分かりました」

 

 

カードの明記先が大赦なのを見て、店員がパタパタと忙しそうにカートの中身をサービスカウンターへと運んで行く。

 

暫し待つこと数分、少量の物資が入った袋を持った綾乃がはいと亜耶へ手渡しながら言う。

 

 

「食料品と違って腐らないなら、こうして必要な分だけ避けて配達して貰うのが楽よ」

 

「なるほど、そんな手が有るんですね!」

 

「初めて知ったよ~」

 

 

重たい荷物の分配が終わって、さてタクシーでも拾って帰るか、と考えた時視界の端に居た杏が何かを見つけた。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「う、うぅ……。お腹が……」

 

 

腹部を押さえてしゃがむ少女を、心配そうに駆け寄った杏が安否を確認する。

 

続いて駆け寄った球子が立てるか、と肩を貸せば、少女が青い顔をして力無く呟いた。

 

 

「お、お腹空いた……」

 

「「…………へ?」」

 

 

聞き間違いかと聞き直した二人の耳に飛び込んで来たのは、きゅるるーなんていう可愛らしい腹の音だった。

 

 

 

 

「へぇ。"道"を使って、他の神域と接続、かぁ。通信ケーブルみたいな物だね」

 

「おー。まぁ似たような物かな」

 

 

"防人"としての四国外での活動内容を話せば、雪花が納得するように手を打った。

 

先程何か違和感の様な物を感じたが、あれは気のせいだったのだろうか。

 

 

その時。

 

 

「――!」

「こ、これって……」

 

 

ひなた、水都の二人が突如として何かに反応する。流れ込む何かを抑える様に、頭に手を当てて目を閉じ、何かを読み取るように集中していた。

 

"巫女"である二人が反応する出来事といえば、あるのは一つしかない。

 

 

「神託です。……ここ最近のこの連日の雨、水害の原因となるモノを撃破せよ。という事でしょうか」

 

「多分そう、だと思います。……大型のバーテックスが数体、進行しています」

 

 

「なるほどな。この雨模様続きはバーテックスが原因だったか、出撃は何時だ?」

 

 

湯呑みを手に取り、ぐいと飲み干した若葉がテーブルへと戻しながらひなたへと問う。

 

 

その湯呑みが置かれたのはテーブルの上ではなく、空中でぴたりと止まった。

 

 

「これからです……!」

 

 

樹海化の侵食するような光の中で、ひなたの焦る様な声が届いていた。

 

 

~~

 

 

ふざけるな。

 

 

ふざけるな。四国の連中。

 

 

『北海道や沖縄には、遠かったから行かなかったんじゃないですよぉ』

 

 

あの間延びした、気だるげな声の少女に言われた内容が頭に響く。

 

 

『神としての在り方が違う、異質なモノを四国に組み込んで土地神が喧嘩するのを防ぐ為に、貴女方は切り捨てられたんですよぉ』

 

 

信じたくはなかった。

 

違うと言ってほしかった。

 

ここは、全部が暖かい所だったから。

 

 

「北海道? 救援に行く予定だったんだが、結局は行けなかったな」

 

 

"防人"である大神紅葉のその言葉に、四国の考えが読み取れた。

 

見捨てたのだ。切り捨てたのだ。

 

バーテックスへの囮の一つとして、私達を差し出したのだ……!

 

 

……ふざけるな。

 

 

『でもぉ、ここで全部(ぜーんぶ)変えれるんですよぉ?』

 

 

『――()()、をねぇ』

 

 

~~

 

 

樹海。

 

神が造りし、バーテックスとの戦闘の場はその風景を普段とは異なる物に変えていた。

 

 

「な、なにこの雨ぇ……?!」

 

「台風でもここまで降らないわ……?!」

 

 

変身を終えた千景と友奈が、一瞬にして身体をずぶ濡れにするほどに降り注ぐ雨に驚愕する。

 

バケツをひっくり返した様な。という比喩表現がぴったりなそれは、数メートル先ですら見通せない程に絶えず雨を降り続けていた。

 

 

「"覆え"」

 

 

モミジがだん、と足を樹木に打ち付ければ、メキメキと音を立ててあっという間にドームの様な物が出来上がった。

 

その場に居たものを中に入れると、この場の指揮官である若葉と援護対象のひなたへと言う。

 

 

「若葉、これはお前達への試練らしい。気張って頑張れ。ひなた、水都の"巫女"組は此処に。俺は綾乃と梓と亜耶ちゃんを迎えに行ってくる」

 

「なっ、手伝ってはくれないのか?!」

 

 

モミジの言葉に、若葉が驚愕を顔に浮かべて言う。

 

そりゃあ私達への試練であるとは分かっているが、こんな異常(イレギュラー)があるとは聞いていない。

 

 

「ここまでじゃないが、俺も四国の外で環境異常の中で戦った事はある。……どうしてもヤバそうなら手は貸すさ。取り敢えずは頑張ってみろ」

 

「お、おぉ……?」

 

 

少し冷たい様な雰囲気のあるモミジに、若葉が困惑しつつ返事する。

 

それに気付いたのか、モミジが悪い、と苦笑いして言う。

 

 

「妙な気配を感じるんだ。悪いが、先に行くぜ」

 

 

言うが早いか、ばちりと音を立てると瞬間的に姿が掻き消えた。

 

蒼白い火花が軌跡を残し、雨の中に消えていく。

 

 

それを見送って、幾らかこの状況に余裕が出来た若葉が口を開く。

 

 

「取り敢えずは仲間との合流だ。レーダーを見るに、風さん達も固まって動いている。最低三人一組で動く様にしよう!」

 

「うん!」

「分かったわ」

「そうね」

「あぁ」

 

 

スマホを取り出し画面を見れば、他の仲間が固まって居るのが見えた。

 

……なるほど確かに、これならば彼女達と話が出来るかもしれない。

 

 

「――分かったにゃあ」

 

 

雪花の目に、暗い何かが見え隠れしていた。

 

 

 

 

「あの子、大丈夫かなぁ」

 

「戦闘終わった後、さっさと戻れば大丈夫だよ! 切り替えろよ!」

 

 

心配するような声音の杏に、球子が激を飛ばす。

 

先程出会った少女だったが、何か食べれる物を……と探している内に樹海化したのだ。

 

終わったら直ぐに戻ろう。うん。

 

 

「若葉達が近い。 直ぐに行くぞ!」

 

「そうだね。二人ともはぐれないでね」

「うん!」

「分かりました!」

 

 

先が見えない雨の中、レーダーを頼りに球子を先頭に置いて間に"巫女"の綾乃、梓、亜耶、後ろに杏という並びで進んでいく。

 

バーテックスの反応もあるが、向こうもこの雨で此方に気付けないのか向かってこない。

 

 

「ったく、馬鹿みたいに雨を降らしやがってこん畜生……!」

 

 

雨を掻き分ける様に進む中、愚痴る様に球子はそう呟いた。

 

 

~~

 

 

「さぁて、見せて貰うぞ。人の子よ」

 

 

球子達から少し離れたそこで、少女が雨の中気にする事なく自然体で呟く。

 

見た目には似合わない尊大な言葉遣いが、少女の異質さを極立てていた。

 

 

「滅びの火は再び灯った。300年前は消えたが、此度(こたび)はそれが燃え上がるか、それともまた消えるか、お主達次第じゃからの」

 

 

その両目には、朱金の輝きが灯っていた。

 

 

 




雪花ちゃんまじ闇メガネ。でも可愛い。



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日々の平穏の章
短編1


内容が広げられずボツ、不意に浮かんだ小ネタ等の短編です。
作者の実体験もあったりなかったり……。

のわゆ本編を知ってる人ならおっ、と思う話もあるかな。では暇つぶしにどうぞ。

キャラ崩壊多めなのでご注意を。


『散髪』

 

 

「モミジ、髪が伸びてきたんじゃないか?」

 

「ん……、そうだなぁ」

 

 

丸亀城、その中の一つ。まだ学生程の年齢である勇者達が勉学に励む為の部屋。

 

所謂(いわゆる)学校の教室の様な場所でそれぞれが勉学に励む中、ぼんやりとモミジの事を眺めていた若葉がそう切り出した。

 

若葉からの指摘に、そういえば視界に前髪が入ることが多くなったなぁとモミジが前髪を摘まみながら言う。

 

 

「その内切らなきゃな」

 

「近いうちにテレビの取材があるんだ。早めに切っておくと良い」

 

「いや、俺の用事もあるしなぁ。またひなたに切ってもらうか」

 

「……また?」

 

 

今日は大社に用事があるとの事で、水都と共に朝から出掛けているひなたを思い出しながら言う。

 

英語以外にやる気が出ない歌野は、監視役である水都が居ないという事で隣でイビキをかいている綾乃同様、朝から勉強そっちのけで机に突っ伏して惰眠を貪っている。

 

 

もう少ししたら帰って来るはずだ。二人とも後でチクってやろう。

 

 

またひなたに切ってもらう、という言葉に若葉が眉根を寄せる。どうしたんだ?

 

 

「“また”とはどういう事だ。たまに切って貰っているのか?」

 

「整えて貰う程度だけどな。……なんだ、若葉も髪の手入れはしてもらってるだろう?」

 

「うむ、そうだが……。なるほどな」

 

 

ふむふむ、と一人で納得が行ったように頷き、何やら使命を手にしたかの様な目をして此方を見る。嫌な予感しかしねぇ。

 

 

「モミジ」

 

「嫌」

 

 

間が一拍空いて、

 

 

「まだ何も言ってないだろうが!!」

 

「言わなくても嫌な予感しかしねぇんだよ!!」

 

 

立ち上がり襲いかかる若葉に応戦する。こやつ、鍛錬の成果か力が強くなってやがる……っ!

 

手四つの状態で争う若葉とモミジ。格闘技に詳しい友奈が、それを見て目を輝かせる。

 

 

「おぉーっ、良いぞー! もっとやれーっ!」

 

「……授業中なのだけど、まぁ良いのかしら」

 

 

それを横目に見ていた千景だったが、まぁ親友が楽しそうだし良いか、とプレイ途中で止めていたゲームを取り出し起動させる。

 

先程まで静かだった教室が一転。騒がしくなったその中で、音頭を取ったのは球子だった。

 

 

「どっちが勝つんだ! 負けたらどうなるかは分からんが、取り敢えず頑張れ!」

 

「体勢としては若葉ちゃんが有利だね。モミジ君の足腰次第だよ!」

 

 

球子と友奈の実況が混じり、白熱する戦況。おぉー、と二人の取っ組み合いを見ていた梓だったが、あんなの見ちゃいけませんと杏に目隠しをされていた。

 

 

「お前に昔切らせた事あっただろ……っ」

 

「ならば今回も良いじゃないか!」

 

 

押し合っていた二人が少し力を緩めて、

 

 

「髪切るのに何使う?」

 

「バリカン」

 

「帰れッ!!」

 

「男は坊主が基本だろう!」

 

 

交渉は決裂。戦いは再開し、熾烈を極めていく。

 

さて、そんな教室に二人の人影。

 

 

一人は藤森水都。彼女はぐーすかとよだれを垂らして寝ている歌野を見て、うたのんお仕置きだねとうふふと笑った。

 

もう一人は上里ひなた。勉強そっちのけで暴れるモミジと若葉。そして平和そうに寝ている綾乃を見て、柔和な笑みを浮かべる。

 

 

二人とも、背中に般若を背負っていた。

 

 

ガラリと開いた教室の扉。そこに立つ二人の般若に、一同はピタリと動きを止める。

 

 

少しの間を置いて。

 

 

「さーて、タマは勉強勉強」

 

「ぐんちゃん、この問題教えてー」

「良いわよ、高嶋さん」

 

「杏お姉ちゃん、ここは?」

「えっとね……」

 

 

バーテックスより恐ろしい存在の帰還に、外野は仲間より自分をとった。それを理解した当事者二人は、青い顔をして滝のような汗をダラダラと垂れ流す。

 

 

様子の変化を感じ取ったのか、歌野と綾乃がむにゃむにゃと目を覚ます。周りを寝ぼけ眼で見渡し、教室の入口で笑顔を浮かべる二人を見て綾乃は戦慄が走り、歌野はオウマイガーと思わず洩らす。

 

 

「三人とも、ちょっと来なさい」

 

「お、俺は悪くないっ」

「モミジ! 私を見捨てるのか?!」

「逃げるが勝――ごふっ?!」

 

 

「うたのん」

 

「みっ、みーちゃん?! これにはそう、とーってもディープな理由があってね?! あ、ちょ、もうちょっと優しく――」

 

 

その後の惨状を見た神官が、後に仲間の神官へと秘密裏に回した情報がある。

 

 

――“巫女”の御二方は、決して怒らせてはならない。と、

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『この争いは、いつまでも』

 

 

歴史に刻む人類の軌跡の通り、人と人は分かり合えず、争う事が多い。

 

大きな物から言えば国と国の戦争を始め、子供同士がぶつかり合う小さな物まである。

 

 

その中の個人の趣向が絡む特殊なケースで言えば、“きのこ派かたけのこ派か”、という一歩間違えば死人が出てしまう様な物もある。

 

 

さて、今回の話はその特殊なケースの一つ。

 

 

香川という、その後に“うどん県と改名してしまう”・“医者から炭水化物の食べ過ぎでドクターストップが掛かる”、等と言った具合にうどんへの愛が傾き過ぎている県で立ち上がった、一人の少女の話。

 

 

 

「――歌野が?」

 

「あぁ、何やら“そば”の収穫を手伝ってほしいってよ」

 

 

とある日の昼下がり。四国で増えすぎた住民用の住宅の県設の手伝い中、休憩がてら話してた宮大工の楠 源一郎(くすのき げんいちろう)(通称 源さん)が煙管を加えてそういえばと口を開いた。

 

元諏訪大社の巫女さんである藤宮さんが持ってきたおにぎりを頬張っていたモミジは、その内容に疑問を浮かべる。

 

 

「手伝うのは良いけど、諏訪から持ってきたそばのストックもう全部食ったの?」

 

「いんやぁ。歌野ちゃんが考えてるのは良く分からん。あ、でも……」

 

 

ふぅー、と煙を空へと吐き出しながら源さんが思い出すように呟く。

 

 

「確か、“諏訪ゆーざーが……”とか、“香川のそうるふうどを……”とか寸胴鍋を用意しながら笑ってたな」

 

 

その言葉に何やら嫌な予感がしながら、モミジは食べ終わると歌野の畑へと足を運んだ。

 

 

 

 

「合言葉を言いなさい」

 

 

畑に着いて早々、柵に囲まれた畑の入口でジャージにサングラスを掛けた不審者に声を掛けられた。

 

というか歌野だった。

 

 

「言わない場合はスパイとみなすわ」

 

「何やってんの……。合言葉?」

 

「諏訪で暮らし、蕎麦を食した者ならば即座に分かる合言葉よ」

 

 

知るかそんなもん。

 

と突き放すのは簡単だったが、歌野もちょっとした遊び心だったのだろう。ならば乗ってやるのも良い。

 

合言葉、合言葉……と考え愚直だが歌野にならば効くだろうという合言葉を言い放つ。

 

 

「“蕎麦大好き”」

 

「味方ね」

 

「正解なのかよ」

 

 

そうは思ったが、なるほど答えを思い返せば若葉の様なうどん至上主義者であれば絶対に使わない言葉だと思う。

 

その証拠に、先程から少し離れた電柱の影から視線を感じる。チラリと視線を向ければ、麦穗色のポニーテールが揺れるのが見えた。

 

 

「奴は敵国のスパイよ」

 

「ここはその敵国なんだが……。というか、そういう意地悪は止めにしないか?」

 

「そうね、ごめんなさい。……若葉! 貴女も収穫を手伝ってくれないかしら!」

 

 

歌野も理解していたのか、簡単な謝罪の後電柱に隠れていた若葉へと声を掛ける。

 

呼ばれた若葉はびくりも肩を跳ねさせた後、そっと覗くように電柱から顔を出す。何をビクついてるんだ。

 

 

「何してるんだ、早く来いよ」

 

 

中々此方に来ない若葉に疑問符を浮かべながら言うと、だが、と言い辛そうにして若葉は口を開く。

 

 

「モミジ……、お前が蕎麦派に着いたというのは本当の事なのか……?」

 

「何の話だ」

 

「私は悲しいぞ!!」

 

「話を聞いて?」

 

 

畜生! と嘆き此方の話を聞かない若葉に困っていると、歌野が助け船を出してくれる。

 

 

「以前話したじゃない? 大晦日に食べるのは年越しそばか年越しうどんかって」

 

「あー、そんな話したなぁ」

 

 

確か、“戌崎”で歌野の指南を受けたおっさん手製の蕎麦を皆で食べた時だっただろうか。料理のレパートリーが増えたと、おっさんも喜んでいた。

 

その際に、大晦日で蕎麦を提供出来るとおっさんが言ってた気がする。香川では年越しはうどんを食べるのが殆どだったので、そうなのかと話題になったのだ。

 

だが、それとこれになんの関係があるのだろうか。

 

 

「何で俺が蕎麦派に?」

 

「その後、今年の年越しは蕎麦を食べるって言ってたわよね?」

 

「おう。まぁ、確かに」

 

「おめでとう、蕎麦派代表が歓迎するわ」

 

「強引すぎる!」

 

 

話題に出ただけで入信とは、何処の悪質な宗教だろうか。今時保険屋や新聞屋でもそんな事はしないぞ。

 

 

「近い内に避難者への蕎麦の炊き出しをするわ。そこで新たなカモ――違った、同志を手に入れましょう!」

 

「おい。今とんでもねぇ事言いやがったぞこの党首」

 

 

なるほど、寸胴鍋を手に入れてたのはそれが理由か。

 

その計画はどうでも良いとして、確かに避難者への炊き出しは大事だ。腹が減れば気が立つし、逆に言えば、衣食住が事足りれば多少の苦難でも耐えることが出来る。

 

源さんが建てた仮設住宅もそろそろ出来上がりだ。タイミング的にも丁度良い頃合いだろう。

 

 

うどんに馴染みある香川の人とは違い、避難者は大体が他県だ。であれば蕎麦を好む人も多いし、歌野としては蕎麦派獲得の良い機会なのだろう。

 

 

そういえば、と先程から黙りこくっている若葉へと視線を向ける。

 

見れば、わなわなと拳を振るわせて何かを堪えている様子だった。

 

 

「……させん」

 

「へ?」

 

「そんな勝手な振る舞い、断じてさせん! かくなる上は、私達もうどんの炊き出しを行い――」

 

 

メラメラと若葉の目に覚悟の炎的な何かが灯る。

 

固く握った拳を胸に当てると空へと掲げ、

 

 

「蕎麦派より多くのカモ――違った、愛好者を獲得するのだ!!」

 

「お前ら避難者を何だと思ってんだ」

 

 

欲望に忠実な二人に溜息が出る。“無垢な少女”とは一体……。

 

我欲まみれである。

 

 

 

――数日後。

 

 

 

「勇者達よ、私に続け! 出陣する!」

 

「おーっ!」

「はいっ!」

 

 

良い出汁の香りが上るうどんの乗ったトレーを片手に、若葉は避難区域を走り回っていた。

 

それに付き合うのは、同じく楽しそうに炊き出しを手伝う友奈とひなた位である。とは言っても、ひなたの目的は若葉の写真撮影だろうが……。

 

 

「よくやるわね……」

 

「おう、千景。休憩か?」

 

「えぇ。高嶋さんがお先に、って」

 

 

気怠そうに此方へと来た千景に、紙の器にうどんをよそい手渡す。

 

トッピングの入ったバットをどれにしようか、と悩む千景を見ていると声を掛けられた。

 

 

「モミジ~、ちょっとこっちを手伝ってくれよ~。歌野が張り切りすぎて疲れたゾ……」

 

「腕が……、パンパン……」

 

 

うどんもそうだが、蕎麦も手打ちにしたらしい。昨日の仕込みから始め、今朝からも蕎麦を打たされた球子と杏が疲労感を漂わせながら此方へと逃げてくる。

 

 

因みに、両チームのリーダーは麺を打ってそれを配布してと働き通しだ。よく働くものである。

 

 

「何時まで続くの、この不毛な戦争は……」

 

「あの二人、通信取ってた時から決着着いてないらしいからなぁ。これから先も定期的に炊き出しあると思うぞ」

 

「ひぇぇ……」

 

「多分、次は年越しだろうな」

 

「――」

「杏ぅ?!」

 

 

後ろで何かが倒れる音がする。直後の球子の叫びから察するに、杏が絶望から気絶したらしい。頑張れ杏、超頑張れ。

 

 

さて、俺も昼飯を。と器を用意すれば、横からすっと何かが突き出される。

 

見ると、蕎麦の入った器を持った歌野が居た。つゆの香りがまた良い匂いをしている。

 

 

「お昼でしょう? 持ってきたわよ、蕎麦をッ!!」

 

「おのれ歌野、此方の陣営に手を出すな!」

 

 

党民の危機を感じたのか、若葉が即座に間に割って入る。直ぐさまうどんを用意すると、蕎麦を押し返す様にして此方へと差し出した。

 

 

「さぁ、モミジ……」

「蕎麦か、うどんか……」

 

 

器をずいと出しながら、若葉と歌野が此方へと迫る。

 

男としては美少女二人に迫られるという非常に喜ばしい事態なのだが、その前提にある問題に素直に喜ぶ事が出来ない。

 

 

「どっちにするんだ?!」

「どっちにするの?!」

 

 

……先程千景が言ってたこの不毛な戦争だが、恐らく、いやきっと――

 

 

「……両方好きなんだがなぁ」

 

 

――終わることは、ないだろうなと思う。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『あなたにお裾分けを』

 

 

 

「作りすぎたな……」

 

「ですねぇ」

 

 

とある日。大社の食料倉庫の整理の際、期限の近いホットケーキミックスがあったから、それを使いパンケーキを作ったのだが……。

 

 

「立食パーティーレベルですよ、これ」

 

「うーむ、流石に処理しきれん」

 

 

勿体ない精神で始めた事だが、明らかに度が過ぎている。一緒に作っていた若葉、ひなた、杏が苦笑いしてどうしようかと悩んでいた。

 

出来たてが一番美味い。悩む時間はそう無いと切り替えると、案外直ぐに案が出てきた。

 

 

「配るか、お裾分けだ」

 

「良いですね。なら、梓ちゃん達子供組に渡してきます」

 

「おう。頼んだ、杏」

 

 

お裾分け、という提案にいち早く反応したのは杏だった。ふんす、と鼻息荒く気合いを入れている。子供が好きなのだろうか。

 

 

「うむ。ならば私は友奈と千景を呼んで来よう。皆配り終わったら直ぐに合流してお茶会にしよう」

 

「だったら、いっその事子供組をこっちに呼んだらどうだ? 食べ盛りだし、配る分じゃ足りないだろうから」

 

「賛成です!」

 

 

となれば、配布する分は俺がちゃっちゃと配ってしまおうと冷めないように保温の効くタッパーへと大量に詰める。

 

警備員の詰め所や大社の神官等、普段忙しそうにしている所では、こういう甘い物は結構喜ばれるのだ。

 

 

手早く荷物を纏めると、一言断って丸亀城を後にした。

 

 

 

 

「おや、これは大神様」

 

「お疲れさん。良かったらこれ、皆で食ってくれ」

 

「おぉ、これはこれは」

 

 

たまには風変わりなおやつも良いですな。と詰め所の警備員のおじさんに喜ばれた。

 

んじゃ、これで。と次へ向かおうとすると呼び止められた。

 

手渡されたのは、一つのスーパーの袋。中に入っているのはチョコレートのお菓子だった。

 

 

「お返しです。是非とも皆様で食べて下さいね」

 

 

~~

 

 

「あ、モミジさんだ!」

 

「お久しぶりです、その節は……」

 

 

「よっ、元気になったか?」

 

 

以前大阪で救出した姉妹が居た。その時には栄養失調でガリガリだったが、回復したようだ。良かった。

 

これどうぞ。とタッパーを手渡すと、お礼と共にお返しを貰った。

 

 

「これ、さっき皆で取ってきたの!」

 

「私達は二人だけですから、勇者様方と召し上がって下さい」

 

 

艶々と輝く、美味しそうな果物達の盛り合わせだった。

 

 

~~

 

 

「あら、大神様」

 

「これはこれは、モミジ様!」

 

 

大社の本部に行けば、丁度何かの会議だったのかかなりの数の神官が居た。

 

パンケーキを作るのは知っていたのか、タッパーの中身を見るなりテキパキとお茶の準備を始める。

 

ご一緒に、と誘われたが若葉達が待っていると告げると及川さん以外はなら仕方ないと諦めてくれた。

 

及川さんはしょげた。いい年して止めてくれ。

 

 

「なら一緒に来る? 若葉とひなたも居るけど」

 

「……止めておきます」

 

 

まだ話し掛けるのは勇気が足りないのか、落ち込んだ雰囲気で去って行った。今度来るときには、ゆっくりと茶でも飲みながら世間話の一つでもしていこう。

 

やはりと言うべきか、去り際に声を掛けられた。巫女のおばちゃんが差し出したのは、紙袋一杯のお茶菓子。

 

 

「……ありがとう」

 

 

荷物を減らすために来たのに、逆に増えたなぁと苦笑いしか出なかった。

 

 

~~

 

 

「お帰り、って、何よその荷物」

 

「いやぁ、予想外だわ」

 

 

丸亀城に着くと、丁度通りかかった綾乃がモミジの手に持つに目を丸くする。

 

パンケーキ配ってたんじゃ?と言う綾乃に、色々あって、と返せば何かを察したのかそうかと返ってきた。

 

 

「ま、アンタの人徳でしょ。今までの功績があっての事じゃない」

 

「そうか? たまたまだろ」

 

 

神具の力も、危機を乗り越えてきたのも、自分一人の力ではないように思える。

 

モミジの言葉に、綾乃がはぁと溜息を吐いて言う。

 

 

「なら、それ()が無かったら誰も助けなかった?」

 

「…………む」

 

 

中々に返答の難しい事を言う。

 

でも多分、危ないと分かっていても動くだろうか。若葉やひなた、綾乃達がバーテックスに襲われている……。

 

うん、助けに行くだろうな。

 

 

「だから、アンタは神具に選ばれたのよ」

 

 

綾乃が言葉の後で教室のドアを開ける。中を見れば、全員集まっていたのかこれからお茶会を始める所だった。

 

新たなお茶菓子も手に入れた事だし、今日はゆっくりとお茶を楽しむとしよう。

 

 

そんな、平和な日々の一時だった。

 

 

 




三話目の姉妹。大阪で日記にあった姉妹ですね。暴動を起こしてた大人達は、モミジが大人しく(物理)させて救出しました。

これは不定期です。貯まればまた放出します。何か短編でこんなの見たいってリクエストがあれば頑張って書くんでお気軽にどうぞ。


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短編 2

息抜きに書いた短編です。

キャラ崩壊注意!


 

 

『大神紅葉の長い一日』

 

 

「御役目お疲れ様です、大神紅葉様」

 

「おう。これ、報告書と頼まれてた奴。確認頼む」

 

「失礼します。…………確かに、確認致しました」

 

 

早朝。大社から秘密裏に頼まれた調査を終えて、その報告の為に大社へと足を運んでいた。

 

何てことはない。夜間においてバーテックスの行動パターンに変化はあるか、そして四国にはない物資の調達だ。

 

“神樹”からの恵みはあるにしても、それでも生産や製造が難しい物。所謂娯楽品が欲しいらしい。

 

 

調達品が入った布袋の中身を確認し、目星の物があったのか神官の顔に安堵の表情が浮かんだ。

 

 

「大変だな。どうせ上役に行くもんなんだろ?」

 

「そうですね……。恐怖も、喉元過ぎれば何とやら……、他人事ながら、人とは欲深な物と再確認しますよ」

 

「おいおい。誘っておいて何だが、上役の愚痴なんて大丈夫か?」

 

「モミジ様なら良いか、と」

 

 

神官の顔がニコリと綻ぶ。この神官とは丸亀城の案内をしてもらって以来の付き合いだが、ここ数年で老けたように見える。それだけ苦労しているのだろう。

 

 

「ここだけの話、最近四国の方でまた反大社側の動きがありまして……、襲われないように大人しくしないといけないのにアイツら本当に……」

 

「ヘイヘイ、ダークサイドに堕ちかけてるぞ落ち着いて」

 

 

苦笑いしつつんじゃこれ、と別の袋を手渡すと、中を見た神官の顔がおっ、と目を僅かに見開く。

 

袋の中身はほとんどが酒だった。ちゃんと賞味期限を加味し、大丈夫そうな物だけを厳選し持ってきていた。保存の利く缶詰などのつまみも一緒だ。

 

 

「神官友達と一緒に呑んでくれ。色々と厳しいって聞いてさ」

 

「いやはや……、なんとも恥ずかしい事で」

 

 

神官は受け取った袋を仲間内しか知らないであろう戸棚にさっさと隠した。

 

何でも、“神樹”から産み出される酒は数が少なく、特別な物として上役や有力な家系に優先的に回されるらしい。下の者、つまりは一般の職員への配布などは、呑まない方がマシというレベルの量の様だ。

 

 

さてと、と大社を後にしようと荷物を担げば、不自然に多いその荷物へと神官の視線が注がれる。

 

先ほど受け取った酒とそれを見比べ、なるほど口止め料かと納得すれば部屋の灯りを落として棒読みで言った。

 

 

「あ、急な停電ですねー。うーん、これじゃあ荷物の検閲は難しいなー」

 

「態とらしい演技ありがとう。次も何か持ってくるよ」

 

 

そんじゃ、と出入り口へと足を運べば、月明かりに照らされて神官がお辞儀しているのが見えた。

 

 

 

 

「さ、て、と。これが杏用、これが球子用……」

 

 

丸亀城へと足を運びながら荷物を簡単に整理する。

 

馬鹿正直にはいと調達品を贈れば、一言もなく四国の外に出ていた事がひなたや若葉にバレて吊されるだろう。

 

ここで素直に渡すのは、そうした事情を黙っていてくれる面子だけだ。

 

 

まだ朝の薄い霧が残る道を歩けば、離れた所から声が掛かった。

 

 

「モミジさんじゃない、グッモーニン!」

 

「おはよう、歌野」

 

 

畑弄りを終えたばかりなのか、頬に付いた泥をタオルで拭いながら此方へと手を振っていた。

 

じっとしているのが苦手なのかは分からないが、歌野は此方に来てから毎日の様に何かしら行動を起こしている。

 

 

避難者の為の仮設住宅の準備の手伝い。

 

日課、本人曰く本業らしい農作業。

 

避難者への炊き出し、または物資の配布。

 

etc……。

 

 

その働きぶりは凄まじく、それを見た他の大社の職員や、バーテックスに襲われマイナス思考ばかりしていた避難者すら立ち上がらせるという始末だ。

 

自身の行動により、周囲を巻き込んで鼓舞する歌野はなるほど、まさに“勇者(勇ましい者)”だと、彼女の姿を見て素直にそう思えた。

 

 

だが、そんな彼女に不満を抱く者が一人。

 

 

「大丈夫なのか? また水都に怒られるんじゃ?」

 

「うぐ、の、のののノープロブレムよ……」

 

「声震えてるぞ」

 

 

ぎくりと跳ね、しどろもどろに冷や汗を流しながら答える歌野へと呆れながら返す。

 

以前、諏訪の時以上に働き詰めの歌野についに水都が不満を爆発させた時があった。

 

 

諏訪から離れ、平和かつ穏やかに過ごせると期待していた水都からすれば毎日の様に外へ出掛ける歌野に不満を持つのも仕方ないと言える。

 

早い話が、二人でイチャつけないのが気に食わないのだ。

 

 

「頼むぜ歌野、俺はもうあんな笑顔を水都に向けられたくない」

 

「本当にソーリーよ、モミジさん……。でも、ならどう過ごそうかしらねぇ」

 

 

“モミジ君、そんなに四国って大変なの?”、と笑顔(重圧付き)を向けられ問い詰められた時の事を思い出し身震いする。ひなたもそうだが、“巫女”はどうしてあぁも怖い笑顔を振り撒けるのだろうか。梓には是非ともそのまま、可愛らしいままで居てほしい。

 

その光景を見ていた歌野がモミジへと謝罪すると共に、うーむと時間の潰し方を考えていた。そうだ、丁度良い物がある。

 

 

ゴソゴソと袋を探る。そんなモミジへと歌野は疑問符を浮かべながら眺めていたが、出てきたそれにおぉ、と目を輝かせた。

 

 

「DVDね! 貸してくれるの?」

 

「勿論。ホラー、恋愛物、B級の〇シネ。どれが良い?」

 

「何故にV〇ネ?!」

 

「登場人物がサイコガン付けたり、かめは〇波撃ったりしだすハチャメチャ系が観たいかなぁって」

 

「え、普通に気になるわ。後でレンタルさせて!」

 

「オーケー」

 

 

冗談はさておき、と幾つかまとめて手渡す。“天災”が起きる前話題になっていた作品や、上映されていた作品が混じっていた。

 

これならば人をそう選ばないし、本数もあるから長い時間過ごせるだろう。俺も帰ってゴロゴロしながら観たい物がある。

 

 

「適当につまみでも作って観たらどうだ? その方が水都も喜ぶよ、きっと」

 

「そうね、サンキュー。今日は朝から大規模な神事を行うらしいから、帰ってきたらそれで労うわ!」

 

 

大規模な神事、という言葉にそういえば綾乃やひなたも参加すると言っていたなと思い出す。

 

守り神である“神樹”を奉る大社としては蔑ろに出来るものではないらしく、それで今回の探索は一人で行う事になったのだ。

 

目的地も近くなり、手を振って歌野と別れる。

 

さて、次は杏と球子達へだ。お腹も減ったし、急ぐとしよう。

 

 

 

 

「おぉー?! こ、これは最新式のリールにロッド!!今じゃもう手に入らないやつばかりじゃないか!」

 

 

目を輝かせながらそれを手に取り、色々な角度から球子は眺めた。嬉しそうな球子にモミジも笑みを浮かべる。

 

 

「釣り道具とかよく分からんからな、取り敢えずお値段が高そうなのをかっぱらって来た」

 

「かっぱらって来たって……。モミジ、お主も悪よのぅ」

 

「タマお代官様こそ……」

 

 

ささ、と言って空いているコップへとジュースを注いでやると、ニシシと笑って球子はコップを煽った。

 

 

そんな風に球子と遊んでいれば、ドアの開く音がしてパタパタと足音が此方に近付いてくる。聞き慣れた控えめな足音は、確認するまでもなく杏の物と理解できた。

 

 

「ごめんなさい! 準備に時間が掛かっちゃいました……」

 

「良いよ、気にすんな。朝の早くから来た俺が悪いんだし。杏は髪が長いから寝癖凄そうだもんな」

 

「そうだぞぉ、杏の寝癖は酷いときはあれだ。ペガサス昇天盛りとかいう……」

 

「適当な事言わないでよ、タマっち先輩の馬鹿!」

 

 

笑う球子と頬を膨らませて怒る杏のやり取りに仲が良いなぁと感じつつ、荷物の一つを杏の目の前へと置く。やはりというか、中身は全て本だ。

 

それを見た杏から、歓喜の声が上がる。

 

 

「わぁ、この先生の新刊まだ残ってたんだ! 都会の方から先に出るって情報だったから、もう手に入らないかと諦めてたのに……」

 

「あぁ、それは倉庫の方にあってな。貴重な物なら見つかって良かったよ」

 

「ありがとうございます!!」

 

 

ははー、と此方へと頭を下げる杏に苦笑いしか出ない。お目当ての物が見つかって嬉しいのか、テンションが普段より右肩上がりだ。

 

ふんすふんすと鼻息荒く本へと目を通す杏とは別に、球子がその中の本の一つを手に取り声を上げる。

 

 

「これも欲しかった物なのか、杏ー? “世界歴史”……?」

 

 

ハードカバーの分厚いそれには、年号毎に起きた細かい事象が記されていた。

 

他にも日本以外の海外の歴史書が入っており、それに球子が目を丸くする。

 

 

そんな球子へ向けて、杏が少しだけ恥ずかしそうに口を開いた。

 

 

「私、“天災”以前の歴史や世界の事をまとめておこうと思って。将来世界を取り戻した時に、地理が残ってたら生存者の探索も楽でしょ?」

 

 

えへへ、と笑う杏とは逆に、球子の目にうるうると涙が溜まっていく。杏ぅ!!と声を上げると、ひし、と抱きついて泣き喚く。

 

 

「お前は本当に良い子だなぁ! そうだ、世界を取り戻した時、お前の力が必要になるぞぉ!」

 

「もう、タマっち先輩大袈裟すぎだよ……」

 

「……お前ら本当に仲良いなぁ」

 

 

よいしょ、と荷物を片付けつつ、二人が抱き合う光景を眺める。つい口に出た言葉に、おうよと球子が笑顔で言った。

 

 

「タマと杏は姉妹の契りを交わした仲だからな! 来世では本当の姉妹になるのだ!」

 

「なるほどな。杏みたいな姉貴ならしっかり者だろうなぁ」

 

「“姉”はタマがなるんだ!!」

 

「えー? タマっち先輩がお姉ちゃんって色々と心配……」

 

「なにおぅ?!」

 

 

今でも充分に姉妹で通じるような二人を見ながら、この二人なら本当に来世で姉妹になってそうだ、とモミジは笑った。

 

 

 

 

さて、場所は変わって千景の部屋。

 

 

俺、大神紅葉と、部屋の主である郡千景は今窮地に立たされていた。

 

正座する二人の目の前には、きゅっ、と不安そうに胸の前で手を握る友奈の姿。

 

 

「こんな朝早くから何してたの。二人の秘密の事って、何……?」

 

「…………」

「…………」

 

 

結論から言うと、面倒な事になった。

 

日も昇りきらないこんな朝早くから、二人して、それも男女という異性で会っているのがバレたのだ。

 

 

――千景からの要望はやはりというかゲームだ。常日頃からゲームを嗜んでいる彼女らしいとも言えるチョイスである。

 

 

それを渡しに来た際にタイミング悪く、とでも言うのか、千景から借りた漫画を返しに来た友奈と遭遇した。

 

別にここで上手く立ち回れば良かったのだが、

 

友奈に知られる

 

→いけない事に加担していたとバレる

 

→嫌われる

 

とダメな思考をしてしまった千景が突如として暴走。

 

 

「た、たたた高嶋さん! 私とモミジ君は……、そう!」

 

目を泳がせまくって、友奈とモミジ、どちらも大切な親友両方に申し分が立つ言い訳を探して、辿り着いた答えが一つ。

 

「――秘密を共有する、(友情的な意味で)深い仲なの!!」

 

 

と、爆弾を投下した所で冒頭へと戻る――。

 

 

「……あー、実はなぁ友奈」

 

 

これ以上沈黙、そして隣で限界まで追い詰められた顔をして俯いている千景がいたたまれなくなり、モミジは諦めて口を開いた。

 

最初から下手に誤魔化そうとするから変に拗れるのだ。こうなったら本当の事を喋ってしまえ。

 

 

「俺が前に黙って四国の外に出てたこと、知ってるだろ? 」

 

「うん、ひなちゃんがすっごく怒ってた時のだよね」

 

「おう、それそれ」

 

 

あの時のひなたは怖かった。怒られている当事者でもない若葉が、離れた物陰で此方を見ながらガタガタ震えていたのをよく覚えている。

 

 

「実は、あれまだやっててさ。でも誓って無茶はしてないぞ、本当に。んで、その活動の中で欲しい物を拝借して、欲しい奴等に配ってんだ。千景の場合はゲームって訳」

 

「(コクコクコクコク)」

 

 

友奈からのツッコミを避けるため、一息で説明を終えた。隣で座る千景も、赤べこなんぞ非にならないレベルで首を縦に振る。

 

モミジからの説明を反芻し、頭で整理しているのか友奈が顎に手を当てて暫し黙る。

 

普段の彼女からは感じられない無言の圧に、モミジと千景からタラリと汗が垂れる。怖い、友奈さんめっさ怖い。

 

 

「……こんなに朝早くから居るのは、外から帰ってから直ぐ来たからって事?」

 

「え? おう、まあな。こんな大荷物背負って日中歩き回れないし、早めに配ろうと思ってさ」

 

 

モミジの言葉に、何とも感情の読みにくい顔をして友奈がじっとモミジの顔を見つめる。少しの間の後、なーんだ。と何時もの笑顔を浮かべて彼女は言う。

 

 

「あんちゃんの恋愛小説読んだからかな。変に勘繰っちゃった、ごめんね?」

 

「あー、恋人でもない奴と朝一緒の部屋で目覚めたって本? 前の日の記憶がなくってー、って内容だったか」

 

「そう、それそれ!」

 

 

杏が珍しく熱心に推してきた本だったな、と思い出す。

 

たまに俺や綾乃、千景をチラチラと盗み見しながら鼻息荒くノートに何やら書き殴っていたが、あれは何だったのだろうか。ひなたは苦笑いしていたが。

 

 

納得行ったのか、友奈が安心したように息を吐いて床に座る。

 

 

「安心したら喉渇いちゃった。ぐんちゃん、何か貰っても良い?」

 

「あ、うん。待ってて、飛びっ切り良いの淹れてくるわ! モミジ君も待ってて」

 

 

親友にお茶を淹れるとなり、張り切って台所へと姿を消す。

 

まぁ、何とか収まって良かった。と安心していると、友奈が身を寄せながら口を開く。

 

 

「他にはどんなのを持ってきたの?」

 

「んー? えーとだなぁ……」

 

 

ダメな事とは理解しているのだろうが、外からの物資も気になるらしい。個人へ向けた荷物の他にある、個人的に持ってきた物を確認しながらそうだなぁと手に取る。

 

 

「これなんかどうだ? キャンディボトルなんだけど、そのままでも綺麗かなって」

 

「良いねぇ、これ!」

 

 

小さなキャンディボトルを友奈へと手渡す。綺麗な意匠が施されたそれは、朝の日の光を浴びてキラキラと輝いていた。

 

友奈は一目見て気に入ったのか、それを手に取ると目を輝かせる。気に入ってくれたらしい、良かった。

 

 

ニコニコと笑顔を浮かべる友奈を眺めながら、やっぱり笑顔が一番似合うなと思っていると、不意にスマホが震えた。

 

ディスプレイを見れば、最近大社の上役になった元過激派及川さんの名前。どうしたのだろうか。

 

 

「もしもし?」

 

『モミジ様、朝早くから申し訳ありません。緊急で申し上げたい事が……!』

 

 

電話口から聞こえる焦りを含んだ声。落ち着いて、と言って続きを促す。

 

視界の端で友奈がテレビを点けるのが見えた。直ぐに開いたチャンネルで、“緊急速報”と大きく表示されているのが見えた。

 

そこに映るのは、“神事中起きた事故、巫女誘拐?!”という文字。

 

 

『“巫女”様方が、件の反大社組織に襲撃にあってしまったようで……!』

 

 

気付けば、“神花”を纏いつつベランダから飛び出していた。

 

 

 

 

 

「おい、例の“巫女”は居たか?!」

 

「俺達素人に分かるわけねーだろ! 先生が来るまで待てよ!」

 

 

とある廃ビル。人がとうに住むことを止め、時が経ったことを思わせるような荒廃したそこにそれらは居た。

 

一つは男女の集団。焦りを含んだ会話を飛ばし、苛立ち混じりに部屋の隅に居るターゲットを見やる。

 

今回の目的は大社側の“巫女”だが、誰でも言い訳ではない。それの区別をしたい訳だが、どうにも今居る自分達ではどうにもならなかった。

 

 

もう一つは、四肢の自由を奪われ、口に猿ぐつわを噛まされ転がされた“巫女”の集団。

 

突然浚われ、こんな所に連れて来られた挙げ句訳の分からない事を言われている。近くに居た、入ったばかりの小学生程の少女は目に涙を溜めていた。私だって泣きたい。

 

 

「……なぁ、もうちょっとちゃんと見たのかよ。胸元くらいってだけで、他の所にもあるんじゃないか?」

 

「ちゃんと見たわよ! 私は本格的な“巫女”じゃないの! 先生が来るまで待ってなさいよ!」

 

 

男の一人が面倒くさげに此方を見る。その後の言葉に、女の一人が喚くように声を張った。

 

胸元とは言ったが、先程行われた身体チェックの事だろうか。同性にされたとはいえ、いい気にはならなかったが。

 

 

大人達の怒鳴り合いに遂に限界が来たのか、涙を溜めていた少女が嗚咽を上げる。

 

子供の泣く声に苛立ったのか、リーダー格の男が少女の胸倉を掴み上げて怒鳴る。

 

声と共に懐から出したのは、任侠映画で出るならず者が持つ長い刃渡りのドスと呼ばれる刃物。

 

見た目から誇るその殺傷力と切れ味に、少し離れた場所で見る自分ですら背筋が凍った。

 

 

「面倒くせぇ、この中にその標的が居るんだろ?! こうなりゃ全員殺しちまえよ!」

 

 

男と目が合う。自分達は殺されてしまうらしい。

 

嫌だ。死にたくない。

 

まだこれからの人生、どれだけの時間があると思ってるんだ。それをこんなふざけた事態で台無しにされるなんて堪った物ではない。

 

心ではそう思うが、身体はそれに反してガタガタと震える。情けない、今にも殺されそうなあの少女の方が怖いだろうに。

 

 

男がドスを振り上げる。それに合わせ、少女の引き攣った悲痛な悲鳴が上がる。

 

 

 

その時。

 

 

 

――部屋と部屋を仕切る、分厚いコンクリートが吹き飛ぶ音がその場の一同の動きを止めた。

 

 

 

 

「……おぇ、粉っぽいな」

 

 

“神花”により上昇した身体力でコンクリートを蹴り飛ばせば、思ったより風化していたのか埃の様に粉が舞う。

 

もう人が住んでいないからと豪快に行ったが、少々失敗の様だ。

 

 

「な、なな、何だぁ、お前は……?」

 

 

声に振り向けば、部屋の中央で男が唖然と此方を見ていた。

 

突然の事に理解が及ばないのだろうが、その男が持つ物にモミジが目を細める。

 

長い刃渡りの刃物。そして、

 

 

「く、来るな! コイツがどうなっても――」

 

 

――暗くて良く見えないが、刃物を突きつけられた梓程の体格の少女。

 

 

少しの時間の後、何かが砕ける音がした。

 

 

 

 

 

 

時間は流れて、陽が傾きそろそろ山へと消え行く夕方。

 

 

簡単に言えば、今回のオチ。

 

 

「結局お前ら無事だったんだな……」

 

「はい。私達が乗る車は、もう少し後だったので」

 

 

“勇者”が寝食を共にする寮。その一階にある大広間で、他の面子を含め集合していた。

 

 

ソファーへと疲れた様に腰を降ろすモミジへと、ひなたが笑顔で言葉を放つ。

 

その額には、僅かに青筋が立っていた。

 

 

その理由としては仕方ない。とその場に居た他の者も思う。

 

だが、ひなたには悪いが外野から見ている分には面白いから黙っておこう、と球子は苦笑いしながらお茶を啜った。

 

 

おほん、とひなたが仕切り直し、

 

 

「まぁ、四国外捜査に勝手に行っていた事は神官さんを含め色々とお話をすることとして……」

 

「あぁ、許されないんですね……」

 

「当たり前です。……それに……!」

 

 

ちらりと、モミジの横に居るものを見る。

 

自分と同じ、高位に立つ大社の“巫女”の一人である少女を。

 

 

「貴女は何時までそこにいるおつもりですか? 迎えの方もいらっしゃっていますが」

 

「えー? だってまた誘拐されるかもしれないし、紅葉様に守って貰わないと」

 

「お帰り下さい」

 

 

ぴしゃりと言い放つひなた。だが言われた少女はどこ吹く風か、何てことない様にモミジへと言う。

 

 

「なら、私の家に一緒に行きましょう! そしたら何時でも守って貰えるわ!」

 

「良いわけないでしょう!」

 

「おぉ、千景が立ち上がった」

 

 

堪えきれなくなったのか、握った拳を振るわせて千景が立ち上がる。

 

 

「なぁ、お前ら。こんな小さい子にそんな言わなくても……」

 

 

自分より年下の子供との怒鳴り合いに不憫に思ったか、モミジはまぁまぁと苦笑いして仲裁に入る。

 

だが。

 

 

「モミジさんは黙ってて下さい」

「モミジ君は黙ってて」

 

「あっ、はい」

 

 

「モミジ弱っ」

 

「いや、お前。あれには逆らえないわ……」

 

 

謎の威圧感(プレッシャー)を放つ二人に直ぐさま陥落する。ダメだ、ああいう時の二人には逆らっちゃダメだ。

 

球子が茶化す様に言うが、ならばお前が言え、と視線で言うと直ぐさま目を逸らされた。ほら、一緒じゃないか。

 

 

壁に掛けた時計をチラリと見れば、もう夕飯時くらいだった。

 

この騒動は終わりそうにないし、助け船に若葉へと視線を送るがふいと逸らされる。何故だ。

 

一日何も食べてないし、疲れたし、と座り込んだソファーで虚空を仰ぐ。黙って“戌崎”に行ってはダメだろうか。

 

 

「モミジさん、聞いてるんですか?」

 

「聞いてまーす」

 

 

直ぐにバレるな。逃げ場は無いらしい。

 

 

ぎゃーぎゃーと騒ぐ三人を見ながら、まだ時間が掛かりそうだとため息を吐いた。

 

 

「……長い一日だなぁ」

 

 

吐き出すようなその呟きは、誰にも拾われる事無く消えていった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『誰が食べた?』

 

 

「おい、俺が大事にとって置いたBIGプリンが冷蔵庫から姿を消していた。心当たりがある物は挙手しろ。今ならケツ叩きで勘弁してやる」

 

 

「「「「………………」」」」

 

 

「若葉」

 

「た、球子も食べていたぞ!」

 

 

「タマ」

 

「千景が食べようって誘うからさぁ……!」

 

 

「千景」

 

「……一番美味しそうに食べてたのは白鳥さんよ」

 

 

「歌野」

 

「ご馳走様、ガッチャ!」

 

 

 

「「「「散ッ!!!」」」」

 

「逃がすかぁ!!!」

 

以後、一時間の追いかけっこ(ガチ)

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『誰が食べた?2』

 

 

「おい、そこにあった貰い物のケーキを俺の分まで食った奴は誰だ。今、自己申告するなら過度なセクハラで勘弁してやる。申し出ろ」

 

 

「「「「…………(モグモグモグモグ)」」」」

 

 

 

「若葉、頬に付いてるぞ」

 

「うむ、美味だった」

 

 

「タマ、何味だった?」

 

「良い感じの甘さのショートケーキだったゾ」

 

 

「千景、何切れ目だ?」

 

「……追加を含めて1.5人前ね」

 

 

「歌野、申し開きはあるか?」

 

「モグモグしてやった。今は消化している」

 

 

 

「「「「散ッ!!!」」」」

 

「貴様らそこになおれぇ!!!」

 

 

以後、“勇者”システムVS神花の四国全土を巻き込んだ追いかけっこ(マジ)

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『例えるなら?』

 

 

「若葉はうさぎじゃねーか?」

 

「あー、寂しがり屋」

 

「年中発情期……(ボソッ)」

「千景、模擬戦をしよう」

 

 

「友奈、千景はネコ。球子、杏は犬か?」

 

「うーん、びみょー」

 

「綾乃はネコだよな。モミジは……」

 

「「「「番犬」」」」

「満場一致?!」

 

 

「ひなたさんは?」

 

「「「「鬼」」」」

 

 

「さーて、皆さん大人しくして下さいねぇ……?」

「わ、私は何も言ってないぞ?!」

 

丸亀城に、4体のてるてる坊主が吊された。




最後に吊されたてるてる坊主は球子、千景、モミジ、綾乃です。千景ちゃんいたずらっ子路線。

巫女の少女は奉火祭の六人の巫女の一人……?

もしかすると本編に出るかも(望み薄)。


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短編3

溜まった短編です。


蛇足感がありますが、あくまでもぽっと出の話だったり、進行の都合上消した話もありますので悪しからず。


それでは、暇潰しにどぞどぞ(*・ω・)


 

 

『君の手』

 

 

 

コンプレックス。という言葉がある。

 

広く使われる使い方としては、その事柄、内容に対し他者と比べ劣等感や卑屈に感じる物。

 

良い例としては、肉体における体型や容姿に直結するものだろうか。

 

さて、今回話すのがその肉体、容姿にコンプレックスを持つ少女達の話。

 

 

……そして、それに巻き込まれた一人の少年の話。

 

 

 

「くぁ……、ねむぃ……」

 

 

大きな欠伸をしながら、丸亀城の中を歩いて行く。目的の場所は医療室だ。

 

今日は学科の授業はなく、それぞれの鍛錬、または身体の調整に充てる日程となっている。ならば、睡眠を貪るのは妥当だろう。

 

……まぁ、眠い理由はゲームのし過ぎなのだが。

 

 

「失礼しまーす」

 

「おや、大神様。……またサボりですか?」

 

「違います。肉体を休め、精神統一をするんです。寝ながら」

 

「人はそれを睡眠と呼ぶんですが……。まぁ、奥のベッドが幾つか空いてるんで、どうぞ」

 

 

呆れながら案内をする年配の女医に礼を言ってベッドへと進む。

 

空いてて良かった。何時もなら鍛錬の扱きに耐えられない警備員の死体(比喩)が並ぶのだが、今日は空いてるらしい、ラッキーだ。

 

もう限界だ。目に入るベッド(楽園)に、睡魔が本気を出す。

 

ドサリと倒れ、そのまま導かれる様にモミジは目を閉じた。

 

 

凄い、幸せに包まれるってこんな感じか?もう抗えない、このまま寝てしまう――

 

 

「あ、そういえば今日は“勇者”様と“巫女”様の身体測定を此方で行うので、それまでには出て下さいねー」

 

 

意識が落ちると同時に言われた言葉に、モミジは返事をすることが出来なかった。

 

 

 

 

『――――で……、』

 

『それ――――かよー!』

 

 

「……ぅん?」

 

 

すやすやと気持ち良く寝ていたのだが、普段静かな医療室が騒がしくなっていることに気付き目を覚ました。

 

彼方と此方を仕切るカーテン越しに、幾人かの影が移る。分かる影と声からして、若葉達だろうか。

 

 

こんな場所で何やってんだ?と内心首をかしげつつカーテンに手を掛けて、

 

 

『お前らそんなにも見せつけやがって~、そろそろもぎ取るぞォ!!』

 

『ひやっ?!』

『わわっ?!』

 

 

『こら球子、何をしてるんだ?!』

 

 

――そんな、女子達の会話を聞いて即座にカーテンから手を離した。

 

音も無く並べられたベッドに潜り込み、息を殺してじっとする。気分は獲物を狙うネコ科の気分だ。

 

 

待て。待て待て待て、落ち着け。

 

まだ見つかった訳じゃあない。ここで息を殺して寝たふりをしやり過ごせば、向こうは此方に気付かずやることを終えて帰る筈だ。

 

それにこれは事故だ。俺は眠たかったから医療室へと来て、寝ていた。だから無罪だ。きっとそうだ。

 

 

そう考え出すと、あれ、なら何事もないようにベッドから抜け出しさっさと帰れば良いんじゃないか?と思えた。そうだ、そうしよう。

 

ベッドから起きてカーテンに手を掛ける。その時、僅かに開いた隙間からある物が見えた。

 

 

同年代の女子と比べてもナイスバディと声が上がる存在感のある胸。それを本来は隠すように下着を着用し、制服なり普段着を着るのだが……。

 

何故か、キャミソールの様な姿でそこに居た。

 

 

惜しげも無く曝け出された首回りや腕。普段見ることのない面々のその姿に、思わずゴクリと生唾を飲んだ。

 

いや、飲んだじゃないよ。

 

変態か。

 

 

現実逃避に自分へそうツッコミを入れて、またコソコソとベッドへ戻る。

 

あれはダメだ。絶対に言い逃れ出来ない奴だ。と判断し、ベッドへ潜り込もうとした所で、

 

 

『ん? 今物音がしたような?』

 

――マズい?!

 

 

声と共に開かれたカーテン。間一髪ベッドへと潜り込む事を成功させ、寝息を立てるように呼吸を整える。落ち着け、バレたら殺される。

 

 

『あれ? 誰か寝てるわね』

 

『もう、うたのん。起こしちゃマズいでしょ?早く閉めて!』

 

『それもそうね。グッドスリーピン♪』

 

 

小声でそうやり取りする声に冷や汗が出るが、直ぐにカーテンが閉じられる音がした。ナイス水都、今度何か奢る。

 

 

さて、ならばどうしようか。とベッドで目を閉じて考えるが、目、即ち視覚を閉じたからか他の器官である聴覚が鋭敏になったのだろうか。

 

 

『わぁ、ぐんちゃんスラッとしてて良いなぁ。スレンダーって言うのかな、綺麗に見えるよ!』

 

 

そんな、友奈の声が聞こえた。

 

 

『……そう? これでも、此処に来てから大分体重が増えたのだけど……』

 

『そうなの?!』

 

 

えぇ。という千景の返事の後でがしゃりという体重計の音が聞こえた。

 

少ししてうーん、という女医の声が上がる。

 

 

『標準体重でいうと、まだ足りないですね。郡様、お食事は三食摂られてますか?』

 

『はい。……自分としては食べ過ぎなくらい』

 

 

『千景はゲームばかりで、食事が疎かになってたイメージだったが、きっちり食べていたんだな』

 

『……モミジ君とか、綾乃さんが強引に誘ってくれるから』

 

 

若葉からの言葉に、千景が呟く様にボソリと返事をする。名前が出たからか、綾乃から声が上がる。

 

 

『そりゃ、あんなガリガリだとね。大人しく着いてきてくれて助かったけれど』

 

『抵抗したら何するつもりだったんだ』

 

『抱えて連れて行くか、椅子に縛って食べさせるかね』

 

『拷問ですか……?』

 

 

杏のその声に、失敬なと思う。

 

裸の付き合いで風呂を一緒になった綾乃が、千景が酷くガリ体型だと言っていたから心配しての行動だ。

 

そもそもが小食な上に、あんなに不定期に食べていてはいざという時に力が出ない、という笑い事にもならない事態になる。

 

 

『世間的には、伊予島さんや上里さんの様な体型がモテるんじゃないの?』

 

『わ、私、ですか?』

 

 

話題が振られるとは思ってなかったのか、ひなたが若干言葉に詰まりながら返事する。

 

その言葉に待ってましたとばかりに声を上げたのは、やはりというか球子だった。

 

 

『そうだそうだ! そんなポンヨヨヨンを見せつけやがって! ちょっと揉ませろ!』

 

『タマっち先輩……? 吊すよ?』

 

『ごめんなさいでした』

 

 

意気揚々とした球子の声が瞬時に消沈する。

 

全くもう、という後に杏が言う。

 

 

『タマっち先輩も可愛いんだから、もう少し身なりに気を使えば良いのに』

 

『えぇー……? タマは良いよ。柄じゃないし』

 

『そう言わないでさ。ほら、こうして髪を下ろして、ちょっと整えれば……』

 

『うわ、ちょ、杏。やめろって……!』

 

 

球子の焦ったような声が聞こえる。そんな騒ぎを聞きつけたのか、計測を終えたらしい若葉の声が聞こえた。

 

 

『こら、お前達騒ぐな……、どちら様ですか?』

『何してるのー? あれ、この人は誰?』

 

 

『タマはタマだッ!!』

 

 

突如として響く球子の怒声。若葉と直ぐ後に来た友奈の驚く声が上がる。

 

 

『球子か?! すまない、ちゃんと女の子だったんだな』

『全然気付かなかったよー、見たことない可愛い子が居たからびっくりしちゃった』

 

 

『離せ杏っ、千景ぇっ! タマはあの二人をガツンとやってやらないと気が済まないんだ……ッ!!』

 

 

暴れているのか、どったんばったんと騒ぐ物音が聞こえる。目には見えないが、球子を取り抑える杏と千景の姿が目に浮かぶ様だ。

 

 

 

『検査が終わった方はお帰りを! 郡様は後ほど、また医務室へと立ち寄って下さいね!』

 

 

 

そんな、医務室のおばちゃんの一喝でその騒ぎは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

「――では、何か異変を感じたら直ぐに来て下さいね」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 

笑顔で応対する女医へと、ぺこりと頭を下げる。

 

“天空恐怖症候群”、略して“天恐”に罹ってしまっている母親。その子供である千景は大丈夫なのかと大社から通達があったらしい。

 

別に“天恐”の事は隠していないのだから皆が居る前でも良かったのだが、どうやら気遣ってくれたようだ。

 

 

「失礼しまし――」

 

 

部屋を出る直前、仮眠室でチラリと見えた姿に千景の動きが止まる。

 

音を立てぬ様にゆっくりと忍び寄り、ベッドで横たわる彼を確認するように見れば、それは確かに思った人だった。

 

 

「朝から姿を見ないと思えば、こんな所で寝ていたのね……」

 

 

すぅすぅ、と寝息を立てる彼をじっと眺める。普段は球子と同様に騒がしい彼だが、眠る時には静かに寝るようだ。

 

 

つい魔が差して、指で頬を突いてみた。んん、と嫌がる様に声を上げるモミジを見てクスリと千景が微笑む。

 

ふと視線を下げれば、そんな彼の手が目に入った。

 

 

――郡千景の今までの人生において、男という生き物にはロクな思い出がない。

 

自分勝手な父親を始め、自分が悪いことをしていないのに髪を引っ張って来たり、暴力を振って来たり……。

 

 

――髪長くて気持ち悪いだろ、キレーにしてやるよ!

 

 

小学生時代のそれを思い出して、震える手で耳元の()()を押さえる。

 

消えない傷。一生残ると言われたその傷は、千景にとって人生のトラウマとも言える物の一つだ。

 

 

郡千景にとって他者の、特に男の“手”は自分に痛い事をしてくる物だという認識だった。

 

 

だが。

 

 

ゆっくりと、起こさない様にモミジの手を触る。

 

ざらざらとした感覚。硬質化した皮膚が、細かい傷に合わせて凸凹とした溝を作っていた。

 

 

「傷だらけね……。皮膚が厚いのは、あんな大きな武器を振っているからかしら」

 

 

自分も大柄な鎌を振っているが、それでもここまで皮膚は硬くなっていない。多少のマメが出来ているだけだ。

 

手の平に手を合わせれば、じんわりとした温かさが伝わってきた。

 

ゴツゴツとした骨の感覚を確かめていると、不意に手が握られる。

 

 

「も、モミジ、君……? ……寝ているわね」

 

 

ドキリと心臓が跳ねたが、むにゃむにゃと寝相を変えただけのモミジに安堵の息を吐いた。バレたかと思った。

 

千景の手の感覚を確かめるようにニギニギと触るモミジに、千景は少しの気恥ずかしさから顔を赤らめる。

 

 

だけど、この“手”は違う。

 

 

千景の知る、痛い事をしてくる“手”ではない。

 

 

「……もう少しだけ、触ってても良いかしら」

 

 

備え付けの丸椅子に座り、両手で包むようにモミジの手を握る。

 

身体を、心を温めてくれるその暖かさを感じつつ、千景はゆっくりと目を閉じた。

 

 

~~

 

 

人の気配と、同時に片手に違和感を感じる。

 

眠たい目を擦りつつ上体を起こせば、そこには千景が寝ていた。

 

 

「……ん?」

 

 

俺の手の平を枕にするように、ベッド脇で丸椅子に座って千景が寝ていた。

 

その光景と、その状態に理解が追いつかない頭が出した結論。

 

 

「……寝るか」

 

 

これは夢だ。と割り切り、千景を起こさない様にゆっくりとベッドに倒れる。

 

 

 

――後日、モミジと千景が同衾していたと大社を大きく賑わせる事になるが、それはまた別の話。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

『今際の幻』

 

 

「モミジ。お前も剣道やってみるか?」

 

 

ふと掛けられた声に上を見れば竹刀を持った若葉の爺さんが居た。

 

場所は乃木家の剣道場。隣に居る綾乃と一緒に小窓から覗いていたがバレたらしい。

 

 

「ん……。別にいい」

 

「うむ? 嫌いか、剣道」

 

 

思っていた返事と違ったのか、小首を傾げながら爺さんが言う。

 

別に嫌いではない。なのだが。

 

 

「難しそう。特にルールとか」

 

「あぁ、そういう事か」

 

 

納得行った様に爺さんが手を打つ。

 

他の門下生を見ながら思うことだが、どうもルールというか、攻め方が性に合わなそうだ。

 

 

「なら、お前が思うように剣を振るえば良いさ」

 

「……良いの、そんなんで?」

 

 

ルールはどうした、と訴えるモミジの視線に笑いながら爺さんが言う。

 

 

「ルールに縛られちゃ強くはなれんからな! 若葉も最初はチャンバラから入ったもんだ」

 

「へぇ」

 

「要するに勝てば良いのさ、勝てば!」

 

「指導者がそれで良いのか……」

 

 

呆れる様に言うモミジに、ニカリと笑って言う。

 

 

「“他者を嬲る暴力”でなく、“抑止としての力”として身に着けりゃあ良い。きっと、損する事はないしな」

 

「……まぁ、そうだろうけど」

 

「そして場を制圧し言うんだ。“俺がルールだ”と」

 

「そりゃアンタの実体験でしょうが!!」

 

 

ブォンと音を立てて飛んでくる木刀。それを難無く躱して爺さんが笑う。

 

木刀を投げたのは婆さんだろうか、その側に居る若葉が焦って婆さんを止めに入っている。

 

というより、今のは実体験なのか。

 

 

ごほん、と咳を一つしてともかくだ。と爺さんが言う。

 

 

「どうせ暇だろう? なら一緒に剣を振ろう」

 

「む、モミジも剣を習うのか? 大歓迎だ!」

 

 

やるとは言っていないが早合点した若葉が目を輝かせて此方へと来る。

 

それをニヤニヤと笑いながら見る爺さんに、この野郎狙いやがったなと思うが直ぐに諦めた様にため息を吐いた。

 

 

確かに暇なんだ、なら、剣を教わるのも悪くはないだろう。

 

 

 

――今思えば、俺のこの口調も、性格もあの爺さんから多少なりとも影響を受けていたのかと思う。

 

 

 

教わった“力”で色々やった。

 

バーテックスを倒した。

 

他者を害した。

 

人を、殺した。

 

 

褒められない事ではあるだろう。特に乃木の婆さんからは半殺し以上にされる自信がある。

 

 

「“俺が、ルールだ”。だっけか……」

 

 

目の前に広がる燃え盛る大地に力無く座りながら、モミジはそう思い出すように呟く。

 

今思えば滅茶苦茶な理論だ。我が儘極まりない。

 

 

「……俺の“力”は、間違ってたかなぁ」

 

 

爺さんの、師の教えに背いてないかと今際になって思う。

 

返事が返ってくる筈も無く、ただただ燃え盛る炎の轟音の中、落ちる瞼を特に抵抗することもなく目を閉じていく。

 

 

その中で。

 

 

――頑張ったな、モミジ

 

 

「――――」

 

 

そんな声が聞こえた気がして、モミジは僅かに微笑んだ。

 




千景ちゃんは魔性の女。決して"いんらん"ではない。


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短編 4

本編の方がシリアス書きすぎ&考えすぎて脳が拒否反応起こしてるんで、短編に逃げちゃいましたヽ(´ー`)ノ←

今回は個人的にはギャグ路線。普段よりまったりと読んで下さい。

本編はもう少しで書き上がります、少々お待ちをm(_ _)m


 

「――はい、少しきゅーけー!」

 

 

少し長い笛の音の後で、無精髭を蓄えたジャージ姿の男が声を張る。

 

張った声は覇気に満ちた物ではなく、何処か呆れたような雰囲気を感じさせた。

 

それもその筈。今年丸亀城の警備隊に入隊した隊員の指導に当たっていたのだが、準備運動程度の()()()で死屍累々になっているのだから。

 

そして、その中で満足そうな笑みを浮かべる一人の少年。

 

 

「ふぃー、良い汗かいたなー」

 

「お疲れさん。やっぱり生半可に鍛えてはないな」

 

「一応、“防人”ですからね」

 

 

“防人”。白い化け物が現れ、それを打倒出来る力を得た少女達を“勇者”。そして、それと同等の力を得たこの少年、大神紅葉を“防人”と呼ぶ。

 

ここの警備隊は、この“勇者”と“防人”、そしてそのお付きの“巫女”を護る為の組織である……のだが。

 

 

「ったく、その警護対象より弱くてどーすんだお前ら」

 

「いや、隊長……。恥ずかしい話ですけど無理っす。さっきのフル装備マラソン(デスマーチ)涼しい顔してクリアする奴と一緒にしないで……」

 

「あぁん? なら同じ位頑張りゃ良いだろうが!! 甘えてんじゃねぇ!」

 

 

うぷ、と青い顔をしてそう言う若い隊員へ檄を飛ばす。そう言うと、何処か気を失った様にバタリと倒れ伏した。ダメだコイツは。

 

 

「それにしても……、坊主はどれくらい鍛え込んでるんだ?」

 

「ん、俺? えーっと……。普段は日の出前に丸亀城をグルグルとランニング。日が昇ったら筋トレする位かな。後はぼちぼち、色々やってるよ」

 

「色々って例えば?」

 

「おっちゃんと組み手とか」

 

「……凄いなぁ。坊主は」

 

 

ニコリと笑ってモミジが此方に指を差す。

 

朝早起きをするとよく走ってる姿を見るが、なるほど普段からあれ程走っているならこの体力にも頷ける。

 

“対人戦を鍛えたい”という要望で、喜んで今まで培った技術を叩き込んで来たが、それをこなした後で来ていたのかと驚く。

 

 

「そりゃ勿論。アイツらを護りたいしさ」

 

「ふむ、そうか……」

 

 

モミジの言う“アイツら”とは、恐らくだが他の“勇者”や“巫女”の面々だろうと予想がついた。

 

まぁ、役割云々を抜いても、彼女達の容姿は整っていると思う。このまま年を取れば、それぞれが高嶺の花として咲くだろうなぁとは容易に想像が出来た。

 

 

「坊主はあの娘達の王子様って訳だな、かっかっか」

 

「王子様って……、表現がメルヘンだなぁ。顔に似合わず」

 

「ほっとけ」

 

 

実際、警備隊に来る特に若い年代には、あろう事か警護対象である“勇者”や“巫女”へ()()()()()を向ける輩が居る。

 

男として同情出来るのだが、もしそれで何かあれば流石に擁護は出来ない。

 

 

“防人”、大神紅葉が四国外調査へとスムーズに赴ける様にという理由もあり出来たこの警備隊だが、警護対象に手を出すなんて以ての外だ。

 

 

そんな時。

 

 

「お~い、モミジく~ん!」

「おーおー、やってんなぁ」

「皆さん、こんにちは。毎日お疲れ様です」

 

 

件の彼女達が、自分達の用を終えたのかぞろぞろとやって来た。

 

“巫女”の上里ひなたが持つ書類から察するに、大社からの通達を持ってきたついでだろうか。

 

 

「警備部長さん、此方大社本部からの書類です」

 

「態々すみませんね。……確かに、受け取りました」

 

「いえいえ、此方も彼の鍛錬風景を見たかったものですから」

 

 

見たかった。というが、その取り出したバズーカみたいなカメラは撮る気満々なのでは?と思う。

 

本来なら鍛錬風景などは部外秘、撮影なんぞ以ての外だが、ニコニコと笑みを浮かべる彼女からは口を挟める余裕が一切見えない。

 

 

……うん、面倒だし、放置だな。

 

 

いちゃもんを付けると後が怖いし、と見なかった事にする。後は知らん、好きにしてくれ。

 

 

「――にしても……、はぁー」

 

 

やはり、というかまさに予想通り。彼女達“勇者”、“巫女”の登場で色めき立つ若い衆を見て思わずため息を吐いた。

 

先ほどまでの死屍累々は何だったのか、立ち上がり笑顔を振り撒き余裕とアピールする始末。

 

……それがガクガクと震える足で、青い顔で昇天しそうな顔を浮かべていなければ、少しは格好がついたのかもしれないが。

 

 

ひえっ、と“勇者”と“巫女”の数名から悲鳴が上がった。

 

 

しかし、そこである妙案が浮かぶ。

 

 

――これならば、警備隊と“防人”の坊主を満足に動かせられるのでは?

 

 

集合!と声を上げればわらわらとぎこちない動きで皆が集まる。

 

死にそうな者、昇天しそうな者、良いところを見せたいと息巻いている者をそれぞれ見つつ、ニヤリと笑って口を開いた。

 

 

 

 

「集団組み手、か」

 

 

ぐいぐいと四肢を伸ばす様にほぐしながら、円陣を組んで作戦会議をする警備隊の面々を見やる。

 

教官である警備部長が何やら話すと、次第にメラメラとしたやる気を感じた。何だ、何があった。

 

 

「モミジ君、身体ほぐすの手伝おっか?」

 

「おー友奈。悪い、柔軟したいんだが背中押して貰えるか?」

 

「任せて、行くよー!」

 

 

声の後に、程良くぐいぐいと背中を押される。格闘技をするだけあって、こうした柔軟には理解があるのだろう。無理しない程度に押してくれる力加減が嬉しかった。

 

ありがとう。と礼を言えば友奈はどう致しまして、と笑顔を返してくれた。

 

そんなやり取りの最中感じる視線に目を向ければ、警備隊の一部の連中と目が合い、直ぐに逸らされた。

 

 

――悪意、殺意の類ではない。今のは……何だ?

 

 

「何だよモミジ、怖い顔しちゃってさ」

 

「ん……。ちょっと気になってな」

 

 

飲み物を手渡しつつ、球子が小首を傾げて疑問符を上げる。飲み物に礼を言いながら受け取ると、またもや感じる視線。

 

対象(ターゲット)は俺だ。少なくともさっきの友奈や目の前の球子に当てた物ではない。

 

 

そこまで考えた所で、指導教官のおっちゃんから声が掛かる。

 

 

――用があるのならば、そこで聞こう。

 

 

飲み干した容器を足元の芝生へと突き刺し、モミジは立ち上がった。

 

 

 

 

「坊主は打撃無しで投げ技。全員急所は全般無し。組み技は首以外ならオーケーだ」

 

 

目。 目。 目。

 

怒りを宿した目。

 

嫉妬を宿した目。

 

此方を見下す目。

 

 

審判であるおっちゃんの話を聞く最中でも突き刺さる目に、モミジは確信する。

 

コイツらの狙いは俺だ、と。

 

顔を見渡すが、特に恨みを買うような事をした連中でもない。

 

 

「――――しやがって……」

「絶対――――す」

「――――――は俺が……」

 

 

ぶつぶつと何かが呟かれる中、ふぅとため息を一つ吐く。

 

熱くなるな。心は冷静に、フルスロットルに入れるのは身体だけだ。

 

 

開始の合図を待つ。多対一。救助に行った先で飢えた要救助者に襲撃されたり、未だ居るチンピラに絡まれた時と考えろ。

 

 

「――始めッ!!」

 

 

火蓋が切って落とされる。視線を左右に動かし、やはり此方を囲もうとするのを確認した所で。

 

 

「いつもいつも、イチャついてんじゃねーぞオラァ!!」

 

「……へ?」

 

 

――そんな、嫉妬心にまみれた怒号が聞こえた。

 

予想外の突飛な事に反応が遅れるが、間一髪繰り出された拳を躱しカウンターを叩き込む。

 

あ、殴ったらダメだった。

 

 

「ぐあああああ?!」

 

「沢田ーッ! 畜生、これでも喰らえぎゃふん」

 

「今田ーッ?!」

 

 

襲いかかる警備隊(暴徒)を、合気道や柔術の要領でいなし、投げ飛ばして行く。

 

何というか、肩透かしを受けた気分だ。皆、己の欲望に忠実らしい。

 

 

「絶対にぶちのめす……!!」

「リア充に制裁を……!」

 

「何言ってんだコイツら」

 

 

武器を模した木剣をいなし、武器を払い落としつつもう一人へと投げ飛ばす。

 

ぐぇ、とカエルを潰した様な悲鳴を上げて男達は沈黙した。

 

だが、まだまだ人数は居る。気を引き締めろ。……と心では思うのだが、何処か腑に落ちない事が引っ掛かる。

 

 

リア充に制裁をと言っていたが、俺は別にリア充ではない。

 

もしかして先程の友奈達とのやり取りの事を言っているのなら、それは大きな誤解だ。

 

 

「次は俺だぁ!」

 

 

大柄な一人が此方へと姿勢を低く、突っ込んで来る。

 

タックルか、倒されれば数に押されて終わりだ。と迎撃の準備をすれば、別の男が吼える。

 

 

「やっちまえ山田! ここでけちょんけちょんにやってやれば、俺らにもチャンスが有るぞ!」

 

「おうよ、あのぼいんちゃんは俺が頂――」

 

 

その言葉と同時に感じる、訓練で火照った身体すら凍り付く殺気。

 

その発信源に目を向ければ、“あ、俺死んだな。”と確信する存在が、腰だめにいつの間にか拳を構えていた。

 

 

 

――この時、“防人”大神紅葉へとタックルを仕掛けた山田隊員は、後ほどこう語る。

 

 

「――あ゛?」

 

 

――国を護る程の“防人”って役割の方は、自分達とは本当に段違いの存在でした。と。

 

 

~~

 

 

「「「山田ぁぁぁぁ!!!」」」

 

 

「おー、ぶっ飛んだ」

「死んでないですか、あれ……」

 

 

複数の叫び声の後に、錐揉み回転しつつ宙に舞う隊員を見て友奈と杏がそれぞれ反応を見せる。

 

杏の引き気味な顔に近くでカメラを構えていたひなたも苦笑いする。

 

先程までの隊員による魂の叫びの様な物を聞いていたが、正直苦笑いしか出ない。

 

まぁ、素直に言ってしまえば最低と非難するものなのだが。

 

 

「あっちー……」

 

「モミジさん、シャツで拭わずタオルで拭かないとダメですよ?」

 

「あぁ、悪い悪い」

 

 

小休止に入ったのか、シャツで雑に汗を拭うモミジへとひなたが呆れた様に言う。

 

その際に走ったパシャ、という音に振り向けば、球子が笑いながらスマホを構えていた。

 

 

「普段は中々撮れないからな、油断した横顔をパシャリ、だ」

 

「写しても得しねーだろ? 汗臭い奴が写るだけだぞ」

 

 

ひなたが渡したタオルで汗を拭いつつ、得意気に見せてくる球子のスマホの画面をモミジが覗き込む。

 

 

「確かに普段モミジ君写真写らないもんね……。私も一枚!」

 

「あ、なら私も撮っとくか」

 

 

「何だこの突如始まる撮影会。……止めろ止めろ!!」

 

「モデルが逃げたぞ、追い掛けろ!」

 

 

友奈の提案に若葉がノリ、皆がスマホを取り出したのを見てモミジが気恥ずかしそうに駆け足で逃げ出す。

 

そこへ綾乃が発破を掛け、友奈、若葉、球子が笑いながら追い掛ける事となった。

 

 

「元気ね……」

 

「本当に」

 

 

呆れながら、だが微笑ましい物を見るように笑みを浮かべる千景に同意してひなたは確かに頷いた。

 

 

 

 

その日の夜のこと。

 

 

明日の予定に向けて、荷物の準備をしていたひなたのスマホからメールの着信音が鳴った。

 

こんな時間に誰が、と見れば連絡アプリの“RAIN”にグループチャットで球子の発言が表示されている。

 

 

『今日の写真載っけるぞー! ひなた、保存よろしくぅ!』

 

 

そんなコメントの後に続く、モミジが主体とした写真の数々。

 

羞恥心で顔を赤らめた彼の写メにあらあらと微笑ましく思いながら見ていると、一枚の写真で止まる。

 

 

それは、最初に撮影されたモミジがシャツで汗を拭う場面。

 

 

普段まじまじと見ることのない真面目な彼の横顔と、服から覗く汗が滴る筋肉。

 

そんな彼の写真を見て、思わず見入っていた自分を自覚して頬を赤らめる。

 

 

「そ、そんな……っ。こんな写真持ってるなんて、変態じゃないんですから……!」

 

 

そんな自分を恥じて、ぶんぶんと煩悩を振り払う様に頭を振る。

 

そんな時、ぴこん、という着信音と共にメッセージが表示された。件のモミジからだ。

 

 

『そんな写真残すなよ……。さっさと消してくれぃ』

 

 

少し遅れて、表示されるメッセージ。

 

 

『分かった。もうちょい待ってくれ、やり方分からんから杏から聞く』

 

 

そこからのひなたは素早かった。

 

 

即座に画像をダウンロードし、いつも保存してあるフォルダではなく、カートリッジすら新しい物に変える始末。

 

パスワード設定を済ませ、画像が無事に保存されてあるのを確認しほっと一息吐いた所でやっちまったと頭を抱える。

 

 

「私、昼間の警備隊の方々とそんなに変わりません……!」

 

 

悶々とした気持ちのまま過ごし、若葉とモミジから要らぬ心配をされることになるのだが、また別の話。




身内に手を出そうとすると無意識で殺る気スイッチ入るモミジ君まじ番犬。

むっつりスケベ風味のひなたちゃんでした。

写真を保存したのは誰も一人だけとは言っていない……←


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短編 5

短編です。本編はお待ちをば。


唐突に甘いストーリー書きたいなぁって事で、それが一話目。甘いかどうかは判断任せます(*・ω・)


二話目は……。個人的にはギャグが書きたかったんです、はい。


『太陽の様な君と』

 

 

 

――じゃんけんに負けるんじゃなかった。

 

 

「あ゛ーづーい゛ぃー……」

 

「本当だねー……」

 

 

ガサリと音を立てるスーパーの袋を手に、丸亀城へと続く坂道を歩いて行く。

 

空からガンガンに照りつける太陽を前髪越しに睨みつつ、もわもわと陽炎が立つアスファルトを友奈と歩いていた。

 

いくら快活系少女代表の友奈といえど、この暑さの前には参っているらしい。

 

 

「くっそぉ。アイツら、後から注文増やしおって……」

 

「丁度無くなっちゃったんだから、仕方ないよ」

 

 

コピー用紙やら、電球やら……。出掛ける前に渡されたメモには書かれていない物があれやこれやと増えてしまった。

 

というより、そんな物は大社の人間に頼んで欲しい。

 

…………広義に解釈すれば、俺も大社の人間だ。

 

 

本気の愚痴を垂れたわけではない。友奈もそれを分かっているのか、じりじりと照りつける日差しの中苦笑いで言うだけだ。

 

何処かで一度休憩を挟みたいと考えていると、友奈が一方向を指さして声を上げる。

 

 

見れば、小さいながらも公園があった。

 

 

~~

 

 

「あー、ぬるいけど気持ちいいな」

 

「だねー。もう少しで暑くて倒れちゃう所だったよ」

 

 

水道の水をじゃぼじゃぼと垂れ流しつつ、小さな子供の水浴び用なのか受け皿となっている所に二人して足を突っ込む。気分は足湯ならぬ足水だ。

 

冷たくはないが、先程まで熱々のアスファルトを歩いて靴ごと熱せられていた足が喜んでいるのが分かる。

 

もう少し冷たければ完璧だったのだが、と思っていると風鈴の音が聞こえた。

 

 

「あ、アイス屋さんだ」

 

 

友奈も聞こえたのか、氷の旗が目に入りそう呟く様に言った。

 

チリンチリンと良い音色を流しながら、カートを引いたおじさんがゆっくりと歩いている。

 

 

少しの間その様子を見て、照らし合わせた様に視線があった友奈と同時に無言で手を出す。

 

 

俺がグー、友奈がチョキだ。

 

 

「連敗打破!」

 

「なんとぉ……!」

 

 

イエイ!と思わずガッツポーズを浮かべてしまう。

 

わなわなと自身が出した手を悔しがりながら眺めていた友奈が、不意に笑みを浮かべる。何だ、嫌な予感しかしない。

 

 

「モーミジ君っ!」

 

「……俺、バニラね。はい、お――」

 

 

はい、お金。と手渡そうとした時、その手をきゅっと握って友奈が言った。

 

 

「私、此処で涼んでたいなぁ」

「……」

 

「モミジ君みたいな優しい人なら、買ってきてくれるんだろうなぁ」

「……」

 

「…………」

「…………」

 

 

 

「何味が良いんだ?」

「ストロベリー!」

 

 

ダメだ。どうあがいても負ける結果しか見えなかった。

 

イタズラが上手くいった子供の様に笑う彼女に見送られながら、小銭を握り締め炎天下の中歩き出した。

 

 

 

 

「んー、美味しー♪」

 

「だなぁ」

 

 

二人分のアイスクリームを購入して、友奈の元へと戻る。

 

因みにアイス屋のおじさんがサービスしてくれて、二段重ねのアイスとなった。“バッチリ決めろよ!”と言っていたが、何を決めれば良いのだろう。

 

 

「私のはストロベリーとソーダ味なんだね」

 

「あぁ。変わり種が良いかと思ってな。……嫌だったか?」

 

「んーん! 凄く美味しいよ!」

 

 

上機嫌で話す友奈。重なったアイスを落とさない様に慎重に舐めて堪能している。

 

それを微笑ましく見ていると、その視線に気付いた彼女が笑顔で、

 

 

「はい、どーぞ!」

 

 

アイスを、差し出してきた。

 

 

突然の事にドキリと固まる。友奈は、あれか。間接キス等は気にしないのだろうか。

 

別に綾乃とならばもう慣れたという領域なので気にはしないが、以前球子と似たような事をしたときにひなたからこっぴどく注意を受けたのだ。

 

“誰が見ているか分からないのだから、異性との軽率な行動は控えて下さい”との事。

 

なるほど確かにと納得し、気をつけていたのだが……。

 

 

「わわっ、モミジ君、落ちちゃうから……!」

 

「あ、わ、悪い」

 

 

友奈の言葉にはっとすると、ズレ落ち始めていたアイスに気付き思わず支える様にパクついた。

 

甘いストロベリーの味が広がる。うん、確かに美味しい。

 

 

「どう?」

 

「美味しいな。今度から俺も迷ったらこれにしてみようか」

 

「本当に? なら良かった!……なら、あーん」

 

 

コロコロと表情を変える友奈。特に何も言い出さない事に内心安堵したが、友奈の次の行動に固まった。

 

あむ、と俺の持つアイスへと口をつけていたのだ。

 

 

「んー♪ バニラも良いねぇ♪」

 

「……そうだな」

 

 

……何だか、一々間接キス等と気にしているのが馬鹿らしくなり、照れ隠しにアイスへと齧り付く。

 

そんなモミジをニコニコと笑顔で眺めつつ、友奈は自分のアイスを舐めていう。

 

 

「ねーねー、モミジ君」

 

「んー? なんだ、友奈」

 

 

 

「私との間接キスはどう?」

 

「ぶふぉぁっ!!」

 

 

 

突如放り込まれた爆弾に堪らず吹き出す。気管に入ったアイスをゲホゲホと咳していると、友奈がごめんね!と苦笑いしながら言った。

 

 

「昨日見たテレビのドラマで、似たようなシーンがあったから、真似したくなったの!」

 

「なるほどな……」

 

 

何処で手に入れたそんな小悪魔テク、と思ったがテレビの影響か。

 

杏にしてもそうだが、テレビや小説から影響される“勇者”や“巫女”が多い。以前球子が杏の小説を健全かどうか検閲していたが、あながち間違いではないかもしれない。

 

 

だが、それにしても。と友奈を見つつ思う。

 

 

「変わったよな、友奈」

 

「へ? 私?」

 

 

きょとんとした顔をする彼女に、おうと返事をして、

 

 

「本音っつーか、自分が出せないって悩んでたろ? でも、今は自然体に見えるからさ」

 

「……そ、そう、かな……」

 

「おう。俺からみたら、の話だけどさ」

 

 

溶け始めたアイスを食べ進める。バニラを食べ終え、次はサービスで貰ったオレンジ味だ。

 

一口囓れば、シャリシャリとしたシャーベットの様な食感が口いっぱいに広がった。爽やかな、控えめな甘さが丁度良い。

 

 

不意に、友奈が少し離れていたモミジとの距離を詰める。寄るように座り直すと、モミジのアイスへと目を向けて口を開く。

 

 

「モミジ君って、私の中で太陽みたいな人なんだよね」

 

「太陽?」

 

「うん」

 

 

ぱくり、とアイスを一口囓って、

 

 

「太陽みたいに、隠し事のない真っ直ぐな人。誰に対しても同じで、暖かくて。だから皆、モミジ君に惹かれて集まるんだ」

 

「そうかぁ?」

 

「そうだよ。……だから、私も素で居られるんだと思う」

 

 

ばしゃり、と足元の水を弄びながら友奈が呟く様に言う。

 

その真面目な表情は、何時も笑顔でいる彼女にしては珍しい、普段見ない部類の表情。

 

それこそが、高嶋友奈の本当の部分なのだろう。

 

 

「――隙有りっ!」

 

「あ!」

 

 

後ろから回り込む様に回された友奈の腕が俺の左腕を抑え込む。突然の事に驚いていると、アイスを持つ右手を押さえた友奈が俺のアイスへと囓りついた。

 

 

「ん~♪ オレンジもシャーベットで良い感じ!」

 

「お前なぁ……」

 

「ふっふっふ~、隙を見せたモミジ君が悪いんだよ?」

 

 

そう言って本当に楽しそうに笑う友奈を見て、怒る気も失せてため息が出た。

 

俺の事を太陽の様だと言ったが、友奈こそ太陽の様な人だと俺は思う。

 

何せ、彼女にかかればどんなに曇天模様の曇り空でも、途端に晴れ模様になるから。

 

 

彼女の笑顔こそ、人を惹きつける魅力を持った太陽だろう。

 

 

「だから、真っ直ぐな私の事もちゃんと見ててほしいなーって」

 

「――……」

 

 

えへへ、と気恥ずかしそうに笑みを浮かべる友奈。

 

年相応の、ありのままの彼女が見えた気がして返事が少し遅れた。

 

 

「……前みたいな殴り合いは勘弁だぞ」

 

「あ、あんなことはもうしないって~……!!」

 

 

焦った様に言う友奈に漸く一本取れたとモミジは笑う。

 

 

そんな、平穏な日々の一時。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

『RAIN storys』

 

 

SAKIMORI:腹減った。これからメシ

 

 

うどん命:む、少し遅いな。今日は何うどんにするんだ?

 

 

SAKIMORI:何でうどん食う前提何だよ、今日は違う奴

 

 

農業王:蕎麦ねッ!! 私には分かるわモミジさん!

 

 

うどん命: う わ で た

 

 

SAKIMORI:蕎麦じゃないよ! つーか無闇に煽るのを止めろと言ったろ若葉ぁ!

 

 

農業王:では此方の契約書にサインを。今なら特典で、みーちゃんの生写真が付いてくるわよ!

 

 

SAKIMORI:そしておまけ感覚で売られる相方よ。

 

 

農業王:いやー、このお陰か最近蕎麦党の人数が爆上がりで……。

 

 

うどん命:ちょっとひなたの所行ってくる。

 

 

農業王:いてーら☆

 

 

SAKIMORI:止めろぉ!

 

 

~~5分後~~

 

 

うどん命:たす

 

 

SAKIMORI:あぁ……狩られたな、あいつ。

 

 

農業王:党首が滅亡した今、うどん党の人間を取り込むチャンスね。みーちゃんの次の写真も準備しなきゃ

 

 

SAKIMORI:いや、若葉がやられたって事は水都にも話が行ってるんじゃ?

 

 

農業王:ソーリー。ちょっと来客よ、外すわね

 

 

SAKIMORI:あっ(察し)

 

 

農業王:momijikun imadoko?

 

 

SAKIMORI:かな表記に直ってないぞ、水都。そして俺は無罪だ、冤罪だぞ。

 

 

農業王:ほら、うたのんも一人だと寂しがるでしょ?

 

 

SAKIMORI:容易く捨てられる俺の命

 

 

農業王:というより、ひなたさんがそろそろ着くと思う。

 

 

SAKIMORI:え

 

 

SAKIMORI:ちょ、インターフォンカメラ隠しながら鳴らしてるの誰?

 

 

SAKIMORI:怖い怖い怖い怖い

 

 

SAKIMORI:誰かチャット入ってないのか? ちょっとで良いから俺の部屋の玄関覗いて。ついでに俺も救って

 

 

うどん命:モミジさん

農業王:モミジ君

 

 

 

「「こっちだよ」」

 

 

「へ?」

 

 

 

 

 

うどん命:チャットからログアウトしました

農業王:チャットからログアウトしました

SAKIMORI:チャットからログアウトしました

 

 

 

 

 

 




ご覧の有り様だよ!(二話目を指差して)

こんな感じの甘めのストーリー、まだまだ書きたいのでネタが出来たら書こうと思います。生暖かい目で優しく見守って下さい。(゜o゜)\(-_-)

それではまた、次のお話で(*・ω・)


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短編 6

リハビリがてら、久しぶりの短編です(*´ー`*)

物語の登場人物にまつわる事など、進行上省いた事が書かれてありますが、気にしないでください←

新しい登場人物の事は、後書きで補填しておきます。

それでは、暇潰しにどうぞm(_ _)m


家族(きょうだい)

 

 

「紅葉様、此方をどうぞ」

 

「あ、わざわざすみません」

 

 

ある晴れた日。大社で修行をしている綾乃と梓をいつも通り迎えに来ていた。

 

もはや顔馴染み同然で、雑務等をしている巫女さんが待つ間摘まむ物を出してくれる程には仲が良い。

 

 

「……ん、相変わらず美味しい」

 

「手間を掛けてやれば、どんなお茶でも美味しく淹れる事が出来るんですよ」

 

 

一口飲んで、口に広がる味と風味に頬が緩む。

 

そんなモミジに機嫌を良くしたのか、盆を下げながら自慢気に巫女は話していた。

 

此方もどうぞ、と去り際に置いて行ったのはこれまた美味しそうなお茶菓子。以前にも食べた事があり、その際に気に入った味だったのを覚えている。

 

 

「……ほぅ」

 

 

熱い茶をずず、と啜り、甘いお茶菓子を頬張り、また茶を啜る……。

 

何処か老成したように思えるが、大社の隣にある修練用の滝の音を聞きつつ茶を飲んでいると、なんだかぼぅとしてしまうのだ。

 

 

「平和だなぁ……」

 

 

平和なのは良いことだ。とお茶菓子へと手を伸ばすと同時に、

 

 

「こらぁ! 綾乃ぉ、何処に行ったぁ?!」

 

 

襖を蹴り抜き飛び出した、静寂を切り裂く怒号に身体が思わずびくりと跳ねた。

 

ぽとりと楊枝から取り落としたお茶菓子を空中でキャッチし、あぶねぇと思いながら口に放り込むとその声の主、国土和人から声が掛かる。

 

 

「モミジ君、綾乃が此処に来んかったか?!」

 

「綾乃が? いや、見てないですけど……」

 

 

此方までは、今和人おじさんが飛び出した襖を挟んで一方通行だ。幾らすばしっこい綾乃とはいえ、それを見逃す程俺も間抜けではない。

 

なら何処に……、と視線を宙に上げた時通路に置いてある金属製の大きな仏像に目が行った。

 

 

正確には、その仏像にしがみついている綾乃にだ。

 

 

「…………」

「…………」

 

「あんの馬鹿たれ、大事な術符に落書きしおって……!」

 

 

怒り頂点まで来てる和人おじさんは気付かないのか、この付近に居るであろう綾乃をキョロキョロと探し回っている。

 

俺と目があった綾乃は、必死に口元に指を当て何かを伝えている。

 

まぁ、状況を見れば分かるのだが。

 

 

「本当に余計な所まで母親そっくりだよ、あの子は」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ、そうさ。術符に悪戯するなんて可愛い方だ。酷い時なんて……」

 

 

和人おじさん曰く。

 

・本堂の仏像に落書き(油性マジック)

 

・読経の中身を漫画にすり替え読破する

 

・屋根裏に脱走用の通路を作る

 

・当然の様に修行から脱走する

 

 

とんでもない巫女だった。

 

 

「豪快な人ですね……」

 

「我が姉ながら恥ずかしい……。妹も、悪い様に感化されていたが」

 

「妹って……」

 

 

モミジの言葉に、和人が僅かに口ごもるが直ぐに口を開いた。

 

 

「あぁ……、モミジ君のお母さんだよ」

 

 

懐かしい物を見るように、和人が目を細める。

 

おそらくだが、昔を思い出しているのだろうか。

 

 

「昔から病弱な子でな。姉と一緒に看病していたからか、何時でも後ろを追い掛けて来る奴だった」

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん子って事ですか?」

 

「あぁ、そうさ。こんなに甘えん坊で大きくなったらどうする気かと思ったが、君を抱いて帰って来た時には酷く驚いたよ」

 

 

ははは、と笑いながらモミジの横へと和人が腰を下ろす。

 

ゆっくりとモミジへと顔を向けると、あぁ、と声を洩らしながらモミジの顔へと手を伸ばした。

 

 

「目元がそっくりだな。物腰が柔らかそうでありながら、強い意志を感じるその目は特に」

 

 

妹が居るみたいだ。と和人おじさんがそう言う。

 

 

……俺にある母親の記憶は、もう一人のヒトガタ――俺の妹と戦った時の断片的な記憶しかない。

 

病気で痩せ細った姿しか見えなかったが、確かに真っ直ぐな目をした人だった。

 

 

「……今だから言うが、当時の国土家の長老達は君の事を良く思っていなかった」

 

「!」

 

「双子は一人の運命を別つ物として、古来より忌み子として扱われる。そして、大神――あの男の所業にかんかんに腹立っていたからね」

 

 

そうだったのか。

 

でも、俺は今生きている。ということはつまり――。

 

 

「そうさ。妹は、国土葵(こくど あおい)は長老達にこう啖呵を切ったんだ」

 

 

――私の子供達に手を出すな。

 

――お前達に、私の子供をとやかく言われる筋合いはない!

 

――分かったら大人しくしていろ、この老いぼれ共!

 

 

それからはとにかく大変だったらしい。

 

"天災"の日にその長老達は亡くなったらしいが、その日までに数多もの手で嫌がらせを受けていたのだとか。

 

 

「……どうして、その話を?」

 

「モミジ君を見て、懐かしい物を見た気がしたからかな。口が滑った、って事にしておいてくれ」

 

「そうですか」

 

 

別に、母親について知りたいと思った事はない。

 

母親が嫌いだとかいう理由ではなく、知った所でもう会う事が出来ないのだから。

 

寂しさが増えるだけなら、知らない方がマシだと思ったからだ。

 

 

だが。

 

 

「梓君、だったかな。あの子と君たち二人が一緒に居るところを見ると、子供の頃を思い出してしまう時があるんだ」

 

「……そう、ですか」

 

 

今心に湧いたこの感情は、例えようのない暖かさに溢れていた。

 

 

 

 

 

「――因みに、綾乃はそこの仏像の上です」

 

「何ぃ?!」

 

「あ、ちょ。モミジ、アンタ裏切ったわねー?!」

 

 

~~

 

 

「い、いたたたた……」

 

「その歳で尻叩きは色んな意味で痛いよな」

 

「誰のせいだと思ってんのよ?!」

 

「綾乃お姉ちゃん、落ち着いて~」

 

 

帰り道、梓を含めた三人で歩けば折檻で叩かれた尻を抑えて綾乃が悲痛な声を上げていた。

 

現場は見てなかったが、凄まじい音だけは聞こえた。これでも懲りてないのだから、筋金入りのサボり魔なのだろう。梓には見習ってほしくない。

 

 

「綾乃は聞かされてたか、俺の母さんの事」

 

「噂程度には。国土家の恥だって、じい様ばあ様方がグチグチ言ってたわね」

 

「そうか」

 

「耳障りだったから線香の灰をぶっかけてやったわ」

 

「何で?!」

 

 

ええー?!と驚く梓に、陰湿な奴は嫌いなのよ。とふんと腕を組ながら綾乃が言う。

 

 

「気に入らないならぶっ飛ばせば良いのよ」

 

「どんな解決方法だ」

 

 

お前は何処の蛮族だ。

 

 

梓に真似しちゃダメだぞ。と注意しながら梓の手を引けば、梓が空いた反対側の手で綾乃の手を掴む。

 

気恥ずかしいが、ニコニコと楽しげな梓を見れば何処か仕方ないと思えた。綾乃を見れば、同じ考えらしい。

 

 

「腹減ったな」

 

「今日は何にするの?」

 

「時間も遅いし、"戌崎"に行きましょ」

 

「「賛成!」」

 

 

三人で手を繋いで、本当の兄妹の様に歩いて行く。

 

血の繋がりのない、一人身の集まりであるが、そんなものはどうでも良いのだ。

 

 

「俺は肉ぶっかけかな。温玉乗っけて貰おうっと。後天ぷら」

 

「私は前に見た名古屋の味噌カツが気になってるわ」

 

「それ、すっごく美味しそ~!」

 

 

他愛のない会話をしながら、沈む夕日を追い掛ける様に目的地へと進む。

 

伸びる影が、三人を家族の様に繋げていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

『耳かき』

 

 

「さ、此方にどうぞ」

 

「いや、ちょっと待ってくれ……」

 

 

ぽんぽんと膝を叩くひなた、その逆の手には竹製の耳かきが握られている。

 

どうしてこうなった。と事態の把握に努めると同時に、モミジは脳みそをフル回転させていた。

 

 

~~

 

 

遡る事5分前。

 

 

四国外の調査結果をまとめていると、ふと違和感がモミジを襲った。

 

 

「……ん?」

 

がさり、と耳の中で何かが転がる音がして、モミジはとんとんと耳を叩くが出てくる気配がない。

 

仕方ない、と部屋にある備え付けの救急箱の存在を思いだし中から耳かきを、と思った所で声が掛かった。

 

 

「どうしたんですか、モミジさん?」

 

「おー、ひなたか。いや、耳掃除でもしようかと思ってな」

 

 

丁度扉を開けて部屋に入って来たひなたが疑問符を上げれば、モミジが自身の耳を差しながら言う。

 

でしたら、とひなたがいつも持ち歩いている小物入れから取り出したのは、正に今探していた耳かきだった。

 

 

「耳かきなんか持ち歩いてるのか?」

 

「若葉ちゃんを、何時、何処でも耳掃除してあげられますから!!」

 

「尽くされてるなぁ、若葉」

 

 

目を輝かせ声高に言うひなたに礼を言って、差し出された耳かきを受け取ろうとすれば、

 

 

「はい、此方にどうぞ♪」

 

「……え?」

 

 

ひょいと遠ざけられ、ひなたは正座して膝を叩いていた。

 

 

~~

 

 

膝枕。

 

何時か見たテレビ番組で、"男が彼女にしてほしい事"ランキングにあったなぁと他人事の様に思い出す。っていやいやちょっと待て。

 

 

「……どうしたんですか?」

 

 

小首を傾げて此方を見上げるひなた。そんな彼女の顔を見て、スカートから出た白い足に目が行く。

 

ごくり、と唾を飲んだ。

 

 

「チェストぉ!!」

 

「モミジさん?!」

 

 

自分を戒める為に頬へと拳を叩き込めば、ぐらりと揺れる視界とじんじんと響く鈍い痛みに現実に戻って来た。危ない所だった。

 

 

「大丈夫ですか?! 突然どうしたんです?!」

 

「いや、最近こういう鍛錬しててさ。ハマってるんだ」

 

「どんな鍛錬ですか?!」

 

 

モミジの奇行に戸惑うひなたを見ながら、大きく深呼吸して意識を整える。

 

ひなたは恐らく善意での申し出だ。ならそれに対して変に戸惑うのは、ひなたに対してやましい気持ちを持っていると言っている様な物だろう。

 

すなわち。

 

 

「悪いな。よろしく頼む」

 

「はい、任せて下さい♪」

 

 

覚悟を決めて、大人しく耳かきを受ける。それがひなたに恥を掻かせない唯一の正答だ。

 

ひなたに導かれる様に、その太ももの上へと頭を乗せる。

 

女の子特有の柔らかさと、何処か甘く感じる匂いが一度にモミジを襲った。

 

 

「なら、手前からしていきますね。力を抜いてください」

 

「あ、あぁ……」

 

 

頭部に感じる柔らかさ、甘い匂いに加え、耳かきが耳へと侵入する感覚が加わる。

 

普段正直まともに取り組んでいない読経の詩を思い出す限り頭の中で唱えながら、ひなたの耳掃除が終わるのを待つ。

 

 

「んっ、結構ありますね。普段からしてないとダメですよ?」

 

「忙しくて中々出来なくてなー」

 

「なら、私が定期的にしてあげますね」

 

 

……コロリと堕ちそうな自分を張り倒しつつ、自分を取り巻く今の環境から意識を飛ばす。

 

頭部に感じる柔らかさを、甘い匂いを意識しないように目を瞑り、余計な意識を逸らす事に集中していく――。

 

 

~~

 

 

「モミジさん、終わりましたよー……あら?」

 

 

耳掃除を終え、声を掛けるが反応が無い彼に不審に思えば聞こえてくるのは規則正しい寝息。

 

あらあらまあまあと、若葉ちゃんも良く寝ますものね。とひなたが思うと同時に、ふと思い返す。

 

 

そういえば、"異性"に膝枕をするのは初めてだな。と。

 

 

「…………――?!」

 

 

段々と紅潮し、僅かに早くなった鼓動を抑えながら自分を落ち着かせる。

 

彼の頭を置いてある箇所から感じる重さと暖かさ、若葉とは違う男性らしさにどぎまぎしつつ、誤魔化す為にさらりとモミジの髪を手で鋤いた。

 

 

「……身体は大きくなりましたけど、寝顔は可愛いですね」

 

 

幼少期と比べて、いつの間にか抜かされた身長を思いつつ、平和そうに寝息を立てる彼にくすりと笑う。

 

何時もあちらこちらへと忙しいのだ。今は、こうして休める内に休ませておこう。

 

一つ言っておくが、決して開き直った訳ではない。

 

 

「……こうして寝顔を拝めるのも、役得ですからね♪」

 

 

すぅすぅと寝るモミジを見ながら、ひなたは優しくその髪を撫でるのだった。





国土三兄妹

長女 国土瞳(こくど ひとみ)。 綾乃の母親。その我が道を往く佇まいは、何処か綾乃にも似ている所がある。"天災"の日に夫と共に行方不明。死亡と判断された。

長男 国土和人(こくど かずひと)。モミジ、綾乃の叔父にあたる。国土家の現当主。モミジを連れ帰った葵を、前当主の長老達から守っていた。抵抗するで、拳で。

次女 国土葵(こくど あおい)モミジの母親。病弱でまともに巫女としての修練も積めない程。初代大神と出会い恋に落ち、周囲の反対や意見も聞かず結婚。双子の妹は無理だったが、モミジを守るため命掛けで守った。

需要あるか分かりませんが、お暇な際にお読みください。長女の国土瞳は、名前だけならチラッと出てます(*´ー`*)


え?耳掃除?膝枕?
母親にして貰ったのが最初で最後ですけど何か?(半ギレ)


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