ハリー・ポッターと翡翠の魔法使い (ごま丸)
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第一章 一年生
第1話 手紙


初作品初投稿です。



「ついにきましたね……」

 

 セリア・レイブンクローは微かに興奮した声で呟いた。

 手に持った手紙はホグワーツ魔法魔術学校から送られてきたもので、緑色のインクで入学の知らせと記されている。

 七月のとある朝食の席にいくつかの書類と共に置かれていた手紙は、セリアが昔からずっと待ち望んでいたものだった。

 

「レイモンド! ルン! 来てください」

 

 朝食を食べ終えたセリアが呼ぶと、パチン、と何かがはじけるような音と共に、テーブルの横に執事服を着た男と屋敷しもべ妖精が現れた。

 

「なにかご用でございますか? お嬢様? もしや朝食が口に合われませんでしたか?」

 

 キーキーと甲高い声で、屋敷しもべ妖精が首を傾げながら主に尋ねる。

 

「いえ、朝食はとてもおいしかったです。いつもありがとうございます、ルン」

 

 セリアがそう言うと、ルンと呼ばれた屋敷しもべ妖精は嬉しそうにお辞儀をして、食後の紅茶の準備を始めた。

 

「では、書類の中になにか緊急の案件でもございましたか?」

 

 ルンの次に執事服を着たレイモンドと呼ばれた男が尋ねる。

 

「いえ、そうではなく……もう、二人共わかっていて言っていますね?」

 

 セリアは少し眉をひそめて言った。

 レイモンドの口元に、からかうような笑みが浮かんでいたからだ。

 

「申し訳ありません、お嬢様」

 

「申し訳ありません!」

 

 声を揃えて謝罪する執事としもべ妖精。

 セリアは、まったく……と呟き紅茶を一口飲んで気を取り直すと、二人に尋ねた。

 

「このお手紙は、いつ?」

 

「今朝方、他の手紙と共に届きました」

 

 レイモンドの答えを聞いたセリアはむう、ともう一度手紙に目を落とす。

 

「なぜ届いたその時に、持ってきてくれなかったんですか?」

 

「レイモンド様が、お嬢様を驚かそうとおっしゃられたのです! ルンはすぐに持って行くべきだと申し上げましたのに!」

 

 目を落としたままのセリアが怒っていると思ったのか、ルンが少し焦ったように言い訳を始めた。

 

「何を言ってる。私がお嬢様の驚く顔が見られるぞと言ったら、すぐに賛成しただろう?」

 

 しかしすぐにレイモンドに反論され、うぅ……と呻きながらセリアの顔色を伺った。

 

「まったく……二人共ひどいです。私を驚かせて、そんなに楽しいですか?」

 

「はい」

 

 呆れたようにセリアが言うとレイモンドは即答し、その横で申し訳なさそうにしていたルンまでもが肯定するように頷いていた。

 頭が痛そうにしながらため息をついたセリアは、心を落ち着かせようともう一口紅茶を飲んだ。

 

「申し訳ありません。……それでは、今日は入学に必要なものを買いに行くのですね?」

 

 セリアをひとしきりからかい満足したのか、姿勢を正したレイモンドが聞く。

 すると、セリアはきょとんとした顔で答えた。

 

「お買い物? いえ、持ち物の一覧を見ましたが、屋敷にあるもので間に合うのでそれでいいかと。それよりも、ホグワーツへ行く前に調べておきたいことがいっぱいあって……」

 

 そんなセリアの答えを聞いたレイモンドとルンは顔を見合わせた。

 

「レイモンド様! お嬢様を連れてお買い物へ行ってきてくださいませ! お屋敷の事はルンにお任せください!」

 

「わかっている。今日は来客はないし、一日中使えるな」

 

「え?」

 

 ルンが風のように駆けて部屋を出て行き、それに驚いて目を白黒させているセリアに、レイモンドは微笑みながら言った。

 

「お嬢様、着替えてきてください。買い物へ行きますよ」

 

「そんなことより調べものを……」

 

 そう言って立ち上がろうとするセリアの肩を優しく抑えて座らせ、レイモンドは更に言う。

 

「お嬢様、たまには贅沢をしてください。ホグワーツへの入学は一生に一度しかございません。家にあるお古で済ませるなど、いけませんよ」

 

「でも調べもの……」

 

「それに、お父様もきっと、研究を放り投げ買い物へ付き添われたはずですよ」

 

「それは……」

 

 レイモンドがそう言うと、反論しようとしたセリアはおし黙り目を伏せ考え込む。

 レイモンドはセリアを見つめ、待つ。

 それから数十秒も考え込んでいたセリアが口を開いた。

 

「……わかりました、行きましょう」

 

 それを聞いたレイモンドは安心した顔を浮かべてから、すぐからかうように笑う。

 

「それでは、うんとお洒落な服に着替えてきてくださいね」

 

 そう言うレイモンドに、紅茶を飲み終えたセリアは苦笑しながら答えた。

 

「べつに、いつもどおりですよ」

 

 椅子を立ち部屋を出て行こうとするセリアに、レイモンドは優しく声をかけた。

 

「ああ、そうだ。言い忘れていました。……入学おめでとう、セリア」

 

 それを聞いたセリアは立ち止まり、振り返って満面の笑みで答えた。

 

「うん、ありがとう! レイモンド!」

 



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第2話 ダイアゴン横丁へ

「いつも通りとは言ったけれど、少しはお洒落するべきかな?」

 

 セリアが呟く。

 ここは屋敷の二階にあるセリアの自室。

 広々とした室内には多くの戸棚や本棚が並び、大きな机の上には本や書類、さらにはマグルの漫画雑誌までもが乱雑に積まれている。

 床には本や書類に加えガラス瓶や植物の束、その他よくわからない物などが散らばり、まっすぐに歩くことができないほどだ。

 さらに服を選ぶためか、クローゼットは全開でタンスも全ての段が飛び出ており、ベッドの上には引っ張り出した衣服が山のようになっている。

 

「ふう……こんなものでいいですよね」

 

 そんな中で身支度を整えたセリアは、鏡の前に立ち自分の姿を確認する。

 低めの背丈、人形のように整った顔立ちに明るい青緑の、いわゆる翡翠色の瞳の目は目元がきりっとしている。

 窓から入る日の光を浴び、一切のくすみも無いゆるくウェーブがかった銀髪がきらきらと輝き、背中までのびている。

 透き通るように白い肌は、まるで肌そのものが微かに光っているかのようだ。

 胸元にリボンがある白いブラウスにふんわりとした黒いスカートは膝下まである。

 白いハイソックスに足を通し、靴には黒い飾りリボンがついている。

 ブラウスと靴についているリボンはセリアのお気に入りだ。

 

「ちょっと白黒すぎたかな? まあ時間もあまりありませんし、これで行きましょう」

 

 そう言って鞄を手に取り部屋を出ようとしたセリアだが、扉を出たところでふと足を止め部屋の惨状を見渡す。

 

(ちょっと散らかりすぎかな……。ルンにあまり迷惑はかけたくはないですね)

 

 セリアは杖を取り出し、意識を集中させ空中で払うように動かした。

 すると、部屋に散乱している物がひとりでに動きだした。

 本や漫画雑誌は本棚へと戻り、書類はまとめて重ねられ、床に散らばっていたものは開いたままになっていた戸棚へ並べられる。

 山のように積まれていた服もタンスやクローゼットへと納まる。

 しばらくしてすべての物が片づいたことを確認したセリアは、杖を下ろしてふう、と息をついた。

 

(ルンなら指を一度鳴らすだけですぐに片付けられるんでしょうね……。やっぱりまだまだ難しいです)

 

 杖を鞄にしまい一階へ降りると、すでにレイモンドとルンが待っていた。

 

「ごめんなさい、遅れてしまいました」

 

「問題ありません。お洋服とてもお似合いですよ、お嬢様」

 

 謝るセリアに気にしてないようにレイモンドが答える。

 

「ありがとうございます。ところで、ダイアゴン横丁にはどう行くのですか?」

 

 褒められて嬉しそうに少し笑ったセリアが聞くと、レイモンドは暖炉を見やり言う。

 

「今日は行きは暖炉を使いましょう。食後すぐに姿あらわしだと、少し気分が悪くなるかもしれませんので」

 

「わかりました」

 

 セリアは頷くと、暖炉の上に置いてある鉢を取り中を確認した。

 

「煙突飛行粉(フルーパウダー)が少なくなっていますね……。今日ついでに補充しましょう」

 

 セリアは粉をひと握り取ると暖炉の火にふりかけた。

 すると、暖炉の火はエメラルド色に変わり激しく燃え上がった。

 その火の中になんのためらいも無く入ったセリアは、振り向いて言う。

 

「それでは先に行きます。ルン、お屋敷のことは任せました。それと、晩御飯はクリームシチューがいいです」

 

「お任せください、お嬢様!」

 

「私もすぐに参ります。到着されたら動かずお待ち下さい」

 

 ルンとレイモンドの言葉に頷くと、セリアは小さく息を吸いはっきりと叫んだ。

 

「ダイアゴン横丁!」

 

──────────

 

 くるくると回転するような浮遊感がおさまると、そこは薄暗くあまり広くはないが、暖かく居心地の良さそうな場所だった。

 パブ《漏れ鍋》である。

 

「ミス・レイブンクロー! お久しぶりです」

 

 暖炉から出たセリアが服を軽くはたき少しついたすすを落としていると、カウンターにいたしわくちゃ顔で腰の曲がった店主のトムが声をかけてきた。

 

「こんにちは、トムさん。お久しぶりです」

 

 答えるセリアの後ろで暖炉の火がエメラルド色に輝き、レイモンドが姿を現した。

 

「お待たせしました、お嬢様」

 

 セリアとレイモンドの顔を交互に見てトムが尋ねる。

 

「おや、レイモンドさんも。お二方お揃いで、本日はどのような用事で?」

 

 暖炉から出てきたレイモンドもすすを落としながらトムの問いに答えた。

 

「やあトム、久しぶり。実は今朝、ホグワーツから手紙が届いてね」

 

 レイモンドの答えにトムは得心がいったとばかりに頷いた。

 

「ああ、ミス・レイブンクローも今年いよいよ入学ですか! なんとまあ、おめでとうございます!」

 

 トムの祝福の言葉に嬉しそうにセリアは微笑んだ。

 

「ありがとうございます、トムさん」

 

 するとトムはカウンターの中で忙しなく戸棚を探りだした。

 

「いやあ、めでたい。お祝いに一杯、お酒などいかがですかな?」

 

「お酒……」

 

 お酒と聞いて目を輝かせ始めたセリアを見てレイモンドが言う。

 

「だめですよ、お嬢様。トム、子供に酒を出そうとするな」

 

「いえいえ、冗談ですよ。ところで、これからお買い物ですかな?」

 

 まったく悪びれた様子のないトムを軽く睨み、レイモンドが答える。

 

「ああ、だからこんな所で喋っている暇はないんだ。お嬢様、行きましょう」

 

「あ、はい。それではトムさん、失礼します」

 

 レイモンドが歩き出し、セリアはトムに一礼してからその後に続いた。

 裏庭へ向かう二人にトムは声をかけた。

 

「良い一日を」

 

──────────

 

 セリアとレイモンドは数本の雑草とゴミ箱しかない裏庭へ出て、レンガの壁の前に立つ。

 このレンガを決められた順番で叩くことで、ダイアゴン横丁へと続く道が開くのだ。

 レイモンドは杖を取り出し壁を叩こうとするが、セリアが立ち止まり俯いているのに気づいて手を止めた。

 

「あの、レイモンド……」

 

「お嬢様、どうなされました?」

 

 レイモンドはもしや煙突飛行で酔ったか、と心配そうに尋ねる。

 するとセリアは顔を上げ、覚悟を決めたかのように言った。

 

「お酒、少しくらいなら飲……」

 

「だめです」



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第3話 夜明け

「お? おおっ? おおおっ?!」

 

 七月のとある日の早朝、ふくろうから手紙を受け取ったリジー・スキャマンダーは、興奮のあまり全身を震わせていた。

 ちなみに手を離していないので、手紙を運んできたふくろうもリジーと一緒に震えている。

 

「おっと、ごめんねふくろうさん。そうだ、クッキー食べる?」

 

 迷惑そうにホー、と鳴くふくろうに気づいたリジーは動きを止め、謝りながら腰につけたポーチからクッキーを一枚取り差し出す。

 クッキーをくわえて飛び去るふくろうを手を振って見送ると、リジーは家へと走って行った。

 

「兄ちゃん兄ちゃん! 兄ちゃーん!」

 

 家へ飛び込みリビングの椅子にポーチを投げ捨てたリジーは、二階へと駆け上り兄の部屋の扉を連打する。

 

「うるせえ! 今何時だと思ってんだ!」

 

「六時だよ! おはよう!」

 

 怒鳴りながら部屋から出てきた兄、ロルフにリジーは無邪気に笑顔を向けた。

 

「おはようじゃねーよ。こっちはついさっきおやすみしたばっかだっつーの」

 

 ロルフはぼさぼさの髪をかき、眠たそうに目を瞬かせた。

 

「兄ちゃん、夜ふかしばっかしちゃだめだよ。それより見て見て! ホグワーツから!」

 

 そんなロルフを気にも止めず、リジーはその顔に手紙をぐいぐいと押し付ける。

 

「押し付けてちゃ見えねーよ。……ああ、入学の知らせか。それで?」

 

 顔からはがした手紙を読んだロルフが尋ねると、リジーは元気に答えた。

 

「ダイアゴン横丁に連れてって!」

 

「……今から?」

 

「うん!」

 

「あのなあ、まだ六時だぞ。こんな時間に店が開いてるわけねーだろ」

 

「えー」

 

 ロルフが呆れたように言うと、リジーは頬を膨らませ不満の声を上げた。

 

「えー、じゃない。それに、俺はもう少し寝る。起こすなよ」

 

 部屋へ戻ろうとするロルフだが、頬を膨らませ続けるリジーを見てため息をつく。

 

「はあ……起きたら連れてってやるから」

 

 それを聞いたリジーは目を輝かせた。

 

「ほんと!? じゃあ早く起きてね!」

 

 そう言ってリジーが階段を駆け下りて行く。

 リジーが一階でヒャッホー! と叫んでいるのを聞いて、ロルフは苦笑しながらベッドへ戻った。

 

──────────

 

 十一時を過ぎた頃にようやく目を覚ましたロルフが一階へ降りると、リジーはキッチンで料理をしていた。

 

「あっ! 兄ちゃんおはよー。ご飯すぐに出来るよ!」

 

「おー」

 

 ロルフに気づいたリジーが元気に言う。

 ロルフが適当に答えながら椅子に座ると、すぐに朝食が置かれた。

 リジーも自分の分を置き席に着く。

 

「なんだリズ。まだ朝飯、いやもう昼飯か。食ってなかったのか?」

 

「兄ちゃんと食べようと思ってて。待ってたらお腹すいちゃったよ。クッキーは食べたけどね」

 

 トーストをかじりながらのロルフの問いに答えたリジーは、口いっぱいにソーセージを頬張る。

 

「あんまり腹につめすぎるなよ? 満腹で姿あらわしはきついぞー」

 

 ロルフは言うが、リジーは気にせず食べ続ける。

 

「大丈夫大丈夫。私をなめたらダメだよ? 兄ちゃん?」

 

 なぜか自信満々なリジーを、ロルフは心の中でまあいいか、と呟き放っておくことにした。

 しばらくしてリジーより先に朝食を食べ終えたロルフは、紅茶を飲みほすと切り出した。

 

「それじゃ、ダイアゴン横丁行くか」

 

「行く! 着替えてくる!」

 

 リジーは朝食の残りを口に詰め込むと、自分の部屋へと走って行った。

 

「まったく、後片付けくらいして行けよ」

 

 そう呟いたロルフは、一階へ降りて来る前に着替えを済ませている。

 ロルフは杖を軽く振った。

 するとテーブルの上に残っていた食器が浮き、キッチンへと飛んでいった。

 ひとりでに洗われはじめた食器をぼんやりと眺めながらロルフが待っていると、着替え終えたリジーが戻ってきた。

 

「どう? 兄ちゃん?」

 

 リジーはその場で一回転してロルフに聞く。

 その動きで肩までの長さの明るい茶髪がさらさらと柔らかく揺れた。

 活発そうな顔に大きな目は丸く、瞳は透き通るような緑色をしている。

 上は明るいピンク色のパーカーで、紐が角度によって違う色に見えるようになっている。

 下は黒い細身のパンツで長い脚が強調されており、銀色の刺繍で星座が描かれている。

 腰にはポーチをつけて足にはスニーカーを履いており、全体的に動きやすそうな服装だ。

 

「できるだけマグルにまぎれても目立たない服装にしたんだけど、似合ってる?」

 

「あー、うん。いいんじゃね? マグルのいる所は通らないけどな」

 

「かわいい?」

 

「はいはい、かわいいかわいい」

 

「えへへ」

 

 ロルフがおざなりに答えるとリジーは嬉しそうに笑った。

 いつも適当なロルフだが、リジーに嘘をついたりしないとわかっているからだ。

 

「ほれ」

 

 ロルフはどこからともなく巾着袋を取り出し、机の上に置いた。

 中にはそれなりのお金が入っているようだ。

 

「どうしたの、このお金? まさか、危ないお金?」

 

 驚いたリジーが聞く。

 

「ちげーよ。父さんと母さんが研究に行く前に置いて行ったんだよ。わざわざグリンゴッツに寄るのもめんどくさいだろうって」

 

 ロルフが言うと、リジーはとたんに不機嫌な顔になった。

 

「なんだ、パパもママも忘れてるんだと思ってたよ。一緒にお買い物行きたかったな」

 

 リジーは寂しそうに言う。

 

「俺のときなんか、一人で買い物行かされたんだぞ? それに比べればまだましだろ」

 

「うん……」

 

 ロルフの言葉にリジーはいまだ寂しそうに答える。

 それを見てロルフはため息をついて立ち上がり、リジーの頭を乱暴に撫でた。

 

「わわっ」

 

「俺が付き合ってやるから。だからそんなめんどくさい顔すんなよ」

 

 ロルフはぶっきらぼうに言う。

 

「えへへ、うん!」

 

 乱暴だがその手に確かな優しさを感じリジーが笑う。

 

「それじゃ、買い物行くか」

 

「うん!」

 

 元気を取り戻したリジーは、ロルフの差し出した腕を掴む。

 

「距離あるから姿あらわし連続でするけど、大丈夫か?」

 

「大丈夫だって。なめたらダメだって言ったじゃん」

 

「そうかい。んじゃ、いくぞ」

 

「こい!」

 

 言い終わるやいなや、パチン! という音と共にリビングから二人の姿が消えた。



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第4話 出会い

今日は映画の日ですね。


 数多の店舗が軒を連ねるダイアゴン横丁の中でも、一際大きく佇む白亜の建物。

 小鬼が牛耳る魔法界の銀行グリンゴッツ。

 その建物の中でセリアは真っ青な顔をしていた。

 

「うぅ……気持ち悪いです……」

 

「お嬢様、大丈夫ですか? ですから私がお金を取って来ると申し上げましたのに」

 

 なぜセリアの顔色がこんなにも悪いのか、その原因はグリンゴッツのトロッコにある。

 グリンゴッツの金庫は地下深くに広がっており、張り巡らされた線路をトロッコに乗って移動する。

 レイブンクロー家の金庫はグリンゴッツの中でも最下層に位置するため、トロッコでの移動の時間も長かった。

 それでも行きはまだ良かったのだが、帰る頃にはだんだんと顔色が悪くなり、地上に戻ってきたときにはレイモンドに支えられていたのだ。

 

「いえ、自分のお金は自分で取らないと……。でも、ちょっとお手洗いに、行って来ます……」

 

 呻くようにセリアが言い、近くにいた小鬼へトイレの場所を聞いた。

 場所を指差して教えてくれた小鬼に礼を言うと、セリアはふらつきながら歩いて行った。

 

「私は外で待っておきます」

 

 後ろからレイモンドが声をかけると、セリアはそれに手を振って答えた。

 ところで、このグリンゴッツの建物の前は交差点で中央が広く、ちょっとした広場のようになっている。

 この場所は買い物客が姿あらわしするのによく使われる。

 ちなみにこの交差点を少し行くと、怪しげな店が並ぶ夜の闇(ノクターン)横丁がある。

 グリンゴッツから出てきたレイモンドは、入り口の辺りでセリアを待っていた。

 

(食後すぐの姿あらわしを避けても、トロッコでやられるとはな。今度この件でお嬢様をからかってみよう)

 

 そんな事をレイモンドが考えていると、少し離れたところでパチン、 という音と共に新しく青年と少女が現れた。

 二人とも若く、少女の方はセリアと歳が近そうだ。

 

「到着っ、と。何から買いに行くんだ? ……リズ?」

 

 青年が聞くが、少女は俯いたまま返事がない。

 訝しげに青年が少女の顔を覗き見ると、その顔は真っ青だった。

 

「うお⁉︎ どうした!」

 

「気持ち悪い……」

 

「まじか! だから言ったのに! ていうか、あんなに自信満々だったのはなんなんだよ!」

 

 口元を覆う少女に青年が慌てて周りを見渡すが、助けになりそうなものは何もない。

 すると青年は杖を取り出した。

 

「よし、しょうがないな。出しちまえ。エバネスコしてやるから」

 

「それは、だめだよ……女の子だもん……」

 

 そんな様子を見てレイモンドは小さくため息をつくと、二人に近づいて行った。

 

「そこの方」

 

「うん? 誰だおっさん?」

 

 レイモンドが後ろから声をかけると、青年は杖を持つ手に力を入れながら振り向き、不審そうに尋ねた。

 レイモンドは青年の警戒心の高さに感心しながら言葉を続ける。

 

「私はただの執事です。それよりも、お連れの方のご気分が優れないようですね。グリンゴッツの中にお手洗いがございます。よろしければそちらを使われてはいかがでしょうか?」

 

「まじか! 聞いたか、リズ? なんとかこらえて行ってこい!」

 

 レイモンドの言葉を聞いた青年が言うと、少女はこくこくと頷き物凄い勢いでグリンゴッツへ走って行った。

 少女のあまりの勢いに、守衛の小鬼が思わずのけ反るほどだった。

 

「いやー、助かったよ。ありがとなおっさん」

 

 少女がグリンゴッツの中へ消えて行くのを見送った青年は、警戒を解いてレイモンドに笑いながら礼を言った。

 

「グリンゴッツってトイレあったんだなー。……ところで何でこんなとこに執事さんが?」

 

「私の主がグリンゴッツで用事を済ませているところでして」

 

「ほー」

 

 レイモンドの答えに青年は気の抜けた声で相槌を打ち、グリンゴッツの入り口をぼんやりと眺めだした。

 レイモンドもそれにならいセリアの帰りを待つ。

 周りの人間から見ると、だるそうな青年と執事服姿の壮年の男が並んで立ち、銀行の入り口を眺めているというなんとも不思議な光景となっていた。

 

(それにしても、お嬢様は無事なんだろうか……)

 

──────────

 

 やばい、気持ち悪い! 死ぬ! 

 近くにいた小鬼さんにトイレの場所を聞いて(なぜか不思議そうな顔をされたけど)、私はグリンゴッツのホールの中を疾走していた。

 あ、トイレ発見! 私は速度を落とさずトイレに飛び込む。

 なんだかやたらときらきらとしたトイレだな、シャンデリアとかいらないでしょ。

 それはさておいて、本当に吐きそう! 早く個室に……あれ? 洗面台の前で誰かうずくまってる……女の子だよね? 

 早く個室に駆け込みたいほど気持ち悪かったけど放っておくこともできず、私は思わずその子に声をかけた。

 

「ちょ、ちょっと、あなた大丈夫?」

 

「はい……?」

 

 うずくまっていた女の子が顔をあげ、私とその子の目が合った。

 その女の子は、今まで見てきた誰よりも綺麗で可愛くて、それでいて今まで見たこと無いくらいに顔色が悪かった。

 この女の子が私の人生をあんなに変えるなんて、この時は思ってもなかったんだ。



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第5話 初めての

ある映画を字幕と吹き替え両方見てきました。
どちらも最高でした。


(うわぁ……綺麗な子だな。お人形みたい)

 

 少女の翡翠色の瞳に見とれながら、リジーは思う。

 

「あの……?」

 

 ぼうっと見つめ続けられ、少女が怪訝そうな声をあげた。

 リジーはその瞳から目を離し慌てて言う。

 

「あ、ご、ごめんね。じっと見ちゃったりして。それより、そんなとこでうずくまってどうしたの? 大丈夫?」

 

「あ、はい……ちょっと、気分が悪くて」

 

 少女の答えにリジーはなるほど、と頷く。

 

「そっか……よし! 背中さすってあげる!」

 

「へっ?」

 

 突然背中に手を当てたリジーに今度は少女が慌てだした。

 そんな少女にリジーは元気に言う。

 

「気分が悪いときはね、背中をさするのが一番なんだよ! 任せて任せて」

 

「えっと……じゃあ、お願いします……?」

 

 困惑しながらも勢いに負けた少女がそう言うと、リジーは背中に当てた手を動かす。

 活発そうな見た目に反して、その手つきはとても優しかった。

 

(気持ちいい……)

 

 最初は戸惑っていた少女だが、その心地よさに徐々に身を委ねていった。

 

 ──────────

 

 一方、グリンゴッツ前では。

 

「おせーなー。そっちのご主人様も。生きてるよな?」

 

「グリンゴッツの中ですし、そうそう危険なことなど起こらないでしょう」

 

「だよなあ。……て言うかさ、敬語やめてくれよ。おっさんに敬語使われるのちょっと気持ち悪い」

 

「そうか? なら、やめさせてもらおうかな」

 

「おう、いきなりかおっさん。意外とノリいいんだなー」

 

 ──────────

 

「あの、ありがとうごさいました」

 

 しばらくして、だいぶ顔色が良くなった少女がリジーにおずおずと礼を言った。

 

「いいよいいよ。もう大丈夫?」

 

 リジーは気にするなとばかりに手を振り答えた。

 

「私もさ、気持ち悪かったんだけどね。あなたの方が具合悪そうで、気持ち悪いの吹っ飛んじゃったよ」

 

 からからと笑いながら言うリジーにつられ、申し訳なさそうな顔をしていた少女も微かに笑った。

 

「私、リジー・スキャマンダーって言うんだー。よろしくね!」

 

 片手を差し出しながらリジーが自己紹介をする。

 

「はい、よろしくお願いします。……スキャマンダーさん、ですか?」

 

 握手に応じながら少女が聞くと、リジーは胸を張り得意げに言った。

 

「そう! 何を隠そう、私のおじいちゃんはあのニュート・スキャマンダーなのだ! すごいでしょ!」

 

「うわあ……すごいです! 私、《幻の動物とその生息地》は何度も読みました。それに、実験的飼育禁止令といった魔法生物に関する法令の制定や狼人間登録簿の作成などの数々の偉業、挙げればきりがありません!」

 

 少し興奮したように言う少女を見てリジーは満足そうに頷く。

 

「ふふーん、そうでしょ。おじいちゃんすごいでしょ。それで、あなたのお名前は?」

 

 リジーが尋ねると、感心したようにリジーの顔を見つめていた少女ははっとした表情になった。

 

「すみません、まだ名乗っていませんでしたね」

 

 そう言うと、少女は背筋を伸ばして姿勢を正した。

 すると急に空気が引き締められ、リジーは少女から目が離すことができなくなった。

 少女はふんわりとしたスカートの裾を少しつまみ、片足を後ろに少し引いた。

 そしてもう片方の足を軽く折り、誰もが魅了される柔らかな微笑を浮かべた。

 

「はじめまして、スキャマンダーさん。私は、セリア・レイブンクローと申します。先ほどは助けて頂きありがとうございました。心よりお礼を申しげます」

 

 その洗練された優雅な仕草と少女の可憐さに圧倒され、少し呆けていたリジーだがふと気づく。

 

「あれ、レイブンクローってあの? えっ、本当に⁉︎」

 

「はい。ロウェナ・レイブンクローの直系の子孫ではありませんが、私は現在一番血の近い子孫だと思います」

 

 リジーの驚きの声に少女、セリア・レイブンクローは微笑んで答えた。

 そんなセリアを見てリジーは、ほー、はー、と変な声を出している。

 

「すごい、まさかレイブンクローの子孫の人に会えるなんてなー。……あれ、私レイブンクローの子孫の人相手にあんな自慢してたの? うわ、恥ずかしい!」

 

「いえ、そんな! スキャマンダーさんのお祖父様も、とても素晴らしい偉大な方です」

 

 先ほどまでの自分の行動を思い返し両手で顔を覆い恥じ入っていたリジーだが、セリアの言葉を聞いてすぐさま気をとりなおした。

 

「えへへ。私のことはリジーでいいよ! ねえねえ、セリアって呼んでもいい?」

 

「へっ? あ、あの、それは、その、はい……」

 

 セリアは突然慌てふためく。

 なにしろセリアは今まで同年代の人と会うことは少なく、ましてや同性の少女とは話などほとんどしたことがない。

 ファーストネームで呼ばれるなんてことも当然全くないのだ。

 これでは慌てるのもしょうがない。

 そんなセリアを気にも止めずリジーは続ける。

 

「ねえねえ、セリアは今日なんでダイアゴン横丁に来たの? 歳はいくつ?」

 

 矢継ぎ早に飛んで来る質問にセリアはあたふたとしつつ、なんとか答える。

 

「えっと、今年ホグワーツに入学でそのお買い物に……歳は十一です」

 

 セリアの答えを聞いたリジーは、両手をパチン! と合わせた。

 

「やっぱり、同い年だね! 私も今日お買い物なんだー! 良かったら一緒に行かない?」

 

 そしてリジーは輝くような笑顔でセリアに言った。

 

「私とお友達になって下さい!」

 

 その言葉とともに差し出された手を、セリアは呆然と見つめる。

 そして、リジーの顔と手を何度も交互に見て、こわごわと両手の指先だけでちょこっとその手を握った。

 手を握りながら顔を真っ赤に染めて、消え入りそうな声でセリアが言った。

 

「は、はい。よろしければ、その、お友達に、ならせて下さい……」

 

 そんなセリアを見てぷるぷると全身を震わせたリジーは、我慢ならないとばかりにセリアを両腕で強く抱きしめた。

 

「えっ? えっ? な、なんですか? どうしてですか? 何事ですか!?」

 

「セリア、かわいい! すっごいかわいいよ、セリア!」

 

 突然の出来事にセリアは声を上げて驚く。

 しかし驚くセリアをよそにリジーはさらに強く抱きしめ、その頭を撫でまわす。

 

「かわいいよー。あ、クッキー食べる?」

 

「あ、あの! と、とりあえずここから出ましょう。ここ、お手洗いですし……」

 

 セリアが苦しそうに言った。

 忘れかけていたが、二人がいるのはまだグリンゴッツのトイレの中である。

 

「あ、そうだね。兄ちゃん心配しちゃってるかも」

 

 リジーはセリアを離す。

 ようやく解放されたセリアは、真っ赤になった顔を両手でぱたぱたと冷まし、大きく息を吸った。

 

「ふう……私も一緒に来ている人が待っていますので、ひとまず合流しませんと」

 

 そうして、二人は長い間入っていたトイレを後にした。

 並んで出てきたセリアとリジーを、一人の小鬼が不思議そうに見ていた。

 

──────────

 

「あ、戻ってきた」

 

「こちらも戻ってきたようだ」

 

 ずっとグリンゴッツの入り口を眺めていた二人は、セリアとリジーが出てきたことにすぐに気がついた。

 すぐに気がついたのは出てきた二人も同じで、リジーが元気よく手を振ってこちらへ向かってくる。

 

「やっと戻ってきたか。てか隣の女の子誰だ?」

 

「あの方が、私の主だよ」

 

「まじか」

 

 そんなことを話しているうちに、二人の元に少女達が戻ってきた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

「ただいま戻りました。待たせてしまい、ごめんなさい。レイモンド」

 

 一礼し主を迎えた執事、レイモンドにセリアは申し訳なさそうな顔で言った。

 

「お気になさらないで下さい。もう体調の方はよろしいのですか?」

 

「はい。こちらの方が助けて下さって」

 

 気遣うレイモンドが聞くと、セリアがリジーを紹介しながら答えた。

 レイモンドはセリアの隣に立つリジーへ向かいお辞儀をする。

 

「主を助けて下さり、心よりお礼申し上げます。貴女も、ご気分はもうよろしいのですか?」

 

「は、はい。私ももう大丈夫です。おじさんが、セリアと一緒に来た人だったんですね。こちらこそありがとうございました」

 

 仰々しく礼を言うレイモンドに、リジーもつられて丁寧な口調で答えた。

 その様子を見て青年が言う。

 

「おーい、リズ。俺にも紹介しろよ。なんか俺だけ蚊帳の外じゃねーか」

 

「あ、忘れてた。セリア、これ私の兄ちゃんだよ! 兄ちゃん、心配かけてごめんね!」

 

 兄へ突撃するように飛びついたリジーがセリアへ紹介する。

 突撃された兄の方は、ごふっと声を漏らしつつもリジーをしっかりと抱きとめた。

 

「これとはなんだ、失礼な。あー、セリア、でいいんだよな? 俺はロルフだ。よろしくな」

 

「はじめまして、ミスター・スキャマンダー。私はセリア・レイブンクローと申します。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 妹をぶら下げながらのロルフの自己紹介に、セリアはリジーへしたようにスカートの裾をつまみ軽く膝を曲げ、ふわりと微笑みを浮かべて答える。

 その優雅さから気圧されそうなセリアの挨拶だが、ロルフは全く気にしていない様子だった。

 

「俺のことはロルフでいいよ。それより、レイブンクロー? まじで?」

 

「そうだよ、兄ちゃん。あのレイブンクローの子孫なんだって。すごいよねー」

 

「へー、そりゃすごい」

 

 自分の首にぶら下がったままのリジーと普通に会話するロルフ。

 そんな兄妹の様子をセリアは微笑ましそうに見つめていた。

 

「あ、そうだ。兄ちゃん、セリアもお買い物なんだって! 一緒に行きたいんだけど、いいよね?」

 

「いや、俺はいいけど。そちらさんはいいのか?」

 

 ぶら下がるのを止めてリジーが聞くと、ロルフはちらりとセリアに目を向けて尋ねた。

 ロルフと目が合って少し慌てつつ、セリアが答える。

 

「は、はい。こちらからもお願いします。……構いませんよね、レイモンド?」

 

「ええ、お嬢様」

 

 セリアがレイモンドに聞くが、特に問題ないようだ。

 

「んじゃ、お願いするか」

 

「やった! それじゃ行こ! セリア!」

 

「わっ、ま、待ってください」

 

 了承を得たリジーはセリアの手を取り走り出した。

 

「なんか変な展開になったけど、まあよろしくな、おっさん」

 

「ああ、よろしく」

 

 少女達に取り残された二人が握手を交わすが、そうしている間にも少女達はどんどん遠くへと離れていく。

 それに気づいたロルフも走り出し、すぐ後にレイモンドも続いた。

 

「って、どんだけ走ってんだあいつら! 待ちやがれ!」

 

「とりあえず二人を捕まえないとな」

 

「そうだな……って、おっさん、めっちゃ足早いな!」

 

 こうしてようやく買い物が始まるのだった。

 ちなみに、少女達はすぐにレイモンドによって確保された。



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第6話 買い物

 セリア達がまず向かったのは、《マダム・マルキンの洋装店》だった。

 この店はおよそ着る物ならばなんでも揃う。

 

「いらっしゃい。まあまあ、とっても綺麗なお嬢ちゃんにとってもかわいらしいお嬢ちゃんだこと」

 

 店内へ入って来たセリアとリジーを見て丸っこい女主人、マダム・マルキンがそう言った。

 

「ローブ下さいな!」

 

「あら、元気ねー。新入生かしら? 二人とも、私に任せなさい。腕がなるわねぇ」

 

 リジーが元気に叫ぶと、マダム・マルキンは上機嫌に二人を採寸台へと誘う。

 その後に続こうとするレイモンドとロルフだが、マダム・マルキンに制された。

 

「男性方はお待ちになって下さいね。すぐにお嬢ちゃん達の晴れ姿を見せてあげますから」

 

「それでは行ってきます、レイモンド」

 

「ごゆっくり」

 

「楽しみにしててね、兄ちゃん!」

 

「はいはい」

 

 三人が去った後、ロルフが暇そうに店内を見渡した。

 

「ただ待っとくのも暇だなー。ちょっと店の中見てくる。おっさんはどうする?」

 

「私はここでお嬢様方が戻ってくるまで待っておくよ。店内を回るのはいいが、勝手に店の外には出るなよ」

 

「いや、言われなくても分かってるから」

 

 そう言ってロルフも店の奥へと消えて行き、後にはレイモンドだけが残った。

 それからしばらくして、採寸が済んだ二人がローブを購入して帰ってきた。

 二人とも真新しいローブを身にまとっている。

 

「どう、ですか? おかしくないでしょうか」

 

「とてもよくお似合いですよ、お嬢様」

 

 おずおずと尋ねるセリアにレイモンドは笑顔で答え、それを聞いたセリアは安心したように微笑んだ。

 その横でリジーはきょろきょろと辺りを見渡して首を傾げた。

 

「あれ? レイモンドさん、兄ちゃん知りませんか?」

 

「ああ、彼なら暇だから店内を見てくると行ってしまいましたよ」

 

「えー!」

 

「リ、リジー、店内で大声はだめですよ」

 

 リジーが兄の行動に憤慨して叫んだ。

 そんな妹の声が聞こえたのか、ロルフがふらりと戻って来た。

 手には袋を持っている。

 

「おう、買ってきたか」

 

「兄ちゃん! なに勝手にいなくなってるのさ!」

 

「だって暇だったし。いい感じの作業着があったから買ってきた」

 

「もうー! 兄ちゃんに一番に見せてあげようと思ったのにー!」

 

 怒るリジーをまったく気にも止めず、ロルフは手に持った袋をふりふりと揺らしていた。

 

「ん、似合ってるぞ」

 

「え、本当? えへへ」

 

 怒っていたリジーはロルフの無愛想な一言で一転してすぐに上機嫌になる。

 新品のローブは汚れないように脱ぎ、四人は店を後にした。

 次に向かったのは薬問屋だ。

 店内は薄暗く、たくさんある樽には様々な魔法薬の材料が積まれてあり、腐った卵と蒸したキャベツの混ざったような匂いがする。

 

「新入生が用意するのは基本的な材料だけだったよな。だったら大体同じ場所に置いてるはず……お、あの辺か」

 

 ロルフが指差して言う。

 その言葉の通り、ホグワーツからの手紙に書いてあった材料は、大体同じ場所に陳列されていた。

 そちらを確認してからセリアは辺りを見渡す。

 

「煙突飛行粉(フルーパウダー)はどこにあるんでしょうか? 少なくなってきていて……」

 

「あー悪い、わっかんねー。リズ、家は煙突飛行粉まだあったよな?」

 

「ぜんぜん使ってないからね。いっぱい残ってるよー」

 

「私の屋敷にはいろいろな方が訪ねて来られるので、消費量も多いんですよ」

 

「そっか、あのレイブンクローのお家だもんね。有名人とかも来たりするの?」

 

「有名人ですか? そうですね、たまに来られますよ」

 

「へえ、どんな人が来るんだ?」

 

「最近ですと、闇祓い局の局長さんが来られました。とても美味しいケーキを持ってきてくれたんですよ」

 

「まじかよ」

 

「お嬢様」

 

 三人が話しながらきょろきょろと探していると、少し前から姿を消していたレイモンドが戻ってきた。

 

「あ、レイモンド。今煙突飛行粉を探しているんです。見ませんでしたか?」

 

 セリアが聞くと、レイモンドがいつの間にか持っていた二つの包みを上げる。

 

「ここに。手紙にあった材料と、その他あると便利な物をいくつか見繕い購入してきました。リジー様の分もございます」

 

「すみません、レイモンド。ありがとうございます」

 

「わあ! ありがとうございます、レイモンドさん! あ、お金払いますね」

 

 お礼を言いながらセリアとリジーはレイモンドから包みを受け取る。

 

「すごい早業だなおっさん。何者なんだよあんた?」

 

「私はただの執事だよ」

 

 薬問屋を出た一行はその後、天文学の授業で使う望遠鏡、魔法薬学で使う真鍮製の秤、錫製の大鍋などを購入していった。

 リジーは自動でかき混ぜる大鍋や純金の大鍋などを目を輝かせながら見ていた。

 

「ねえねえ兄ちゃん、お腹すいたー。なんか買って」

 

 教科書類を買おうと本屋へ向かっている途中で、お腹を鳴らしたリジーが言った。

 

「そんじゃ、なにか食うか?」

 

「はい! もうおやつの時間だし、甘いものがいいと思います!」

 

 ロルフが言うと、リジーが元気に手を上げて主張する。

 甘いものと聞いてセリアは目を輝かせてレイモンドを見上げた。

 

「レイモンド、甘いもの……」

 

「贅沢をして下さいと言ったでしょう。好きなだけ買って下さい」

 

 四人は《フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラー》へ向かった。

 どこに行くかという話になったときに、ロルフがこの店を提案したのだ。

 

「あそこのアイスうまいんだよなー」

 

 愛想のいい店主に料金を払い、四人揃ってアイスを食べる。

 レイモンドは最初は遠慮していたが、セリアが少し涙目でアイスを差し出すと、仕方なさそうに受け取った。

 ロルフは誰よりも先に買っていた。

 レイモンドはビターチョコレート味、ロルフはカシスとバニラのダブル、セリアはなんとストロベリー、チョコ、クッキーバニラ味のトリプルに挑戦した。

 リジーはバニラ、パンプキンに加え、注意の印がついた別容器入りの百味ビーンズ味を選んだ。

 ちなみに、ロルフとレイモンドはコーン、セリアとリジーはカップだ。

 

「レイモンドもちゃんと食べて下さいね。絶対ですよ」

 

「はい、頂きます。お嬢様。……百味ビーンズか……」

 

「バニラうめー。……おい、リズ。まじでそれ食うのかよ? 絶対にやばいぞ」

 

「何事も挑戦だよ! 兄ちゃん!」

 

 四人はしばらくアイスを堪能する。

 セリアはスプーンで一口すくい食べる度に顔をほころばせており、それをレイモンドは優しく微笑んで見ながらアイスを口に運んでいた。

 ロルフは早くも上のバニラを食べ終え、下のカシスを食べて行っている。

 リジーはバニラとパンプキンを交互に食べていたが、ついに百味ビーンズ味にスプーンを入れた。

 

「よーし、行くよ!」

 

「おー」

 

「き、気をつけて下さい」

 

 ロルフがコーンをかじりながら適当に答え、セリアはアイスをすくう手を止め固唾を飲んで見守る。

 そしてたっぷりとすくったアイスをリジーが口に入れ、味わう。

 

「ぐはあっ!」

 

 リジーはひっくり返った。

 その勢いでアイスが宙を舞い、慌ててセリアが飛び込むが到底間に合わない。

 カップは地面に落ちるかと思われたが、直前で止まった。

 いつの間にかロルフが、杖を取り出しカップを浮かせていたのだ。

 

「だから言ったろう。ほれ」

 

「あ、ありがとう、兄ちゃん」

 

 よろよろと立ち上がったリジーに、ロルフはため息をつきながらカップを差し出す。

 

「大丈夫ですか……?」

 

「いやー、なんだろ。なんて言うかこう、鼻にすごい刺激が。あと涙が勝手に出る」

 

「ふーん……うわ! なんだこれ?」

 

 鼻声で語るリジーの様子に興味が湧いたのか、ロルフが百味ビーンズアイスを勝手に少しすくい口に入れ、鼻を抑えてのけぞった。

 

「まだ鼻が変な感じー……。セリアも食べてみる?」

 

「え? あ、い、頂きます」

 

「うん。気をつけてね」

 

  リジーが鼻をさすりながら涙目でアイスを少しすくいセリアに差し出すと、セリアはあたふたとしながら食べた。

 

(こ、これが、あーんというやつですか。初めてだからとても緊張するな……あれ?)

 

「これは……わさびでしょうか?」

 

「わさび? なにそれ?」

 

 セリアの呟きに聞きなれないという顔をするリジー。

 ロルフも聞いたことないのか首をかしげている。

 レイモンドは知っていたのか、少し驚いたような顔をしていた。

 

「わさびは、ニホンという国の香辛料、みたいなものです。あんまり一度に口に入れると、お鼻がツーンとするんですよ」

 

「あー、サムライの国だね。なるほど、サムライの食べ物なんだ」

 

 セリアの解説に何を納得したのか、うんうんとリジーが頷く。

 

「セリアは何で知ってたんだ?」

 

 リジーがおっかなびっくりでアイスを食べ始めると、ロルフがセリアに尋ねる。

 

「以前、ニホンを訪れた際におスシと言う料理を食べたのですが、そこにわさびが使われていたんです。なんでも、生のお魚の匂いを消したりできるそうなんですよ」

 

 答えたセリアはリジーの持っている百味ビーンズアイスをちらりと見る。

 その色は真っ白だ。

 

「ちなみに、わさびは緑色なんですけれどね……」

 

 百味ビーンズアイスの騒動がなんとか収まり、食べるのを再開しようとしたセリアだが、ふとアイスを手に持っていないことに気がついた。

 

(もしかして、さっきどこかに飛ばしてしまったのかな……?)

 

「お嬢様、アイスならここに」

 

「あ、ありがとうございます、レイモンド」

 

「落としたりしたらすぐに泣くんですから、気をつけて下さいね」

 

「泣きません!」

 

 色々あったアイスタイムを終えて一向は再び買い物に戻る。

 次は教科書を買いに、《フローリシュ・アンド・ブロッツ書店》へ向かった。

 広い店内には多くの本棚が迷路のように並び、それでも納まりきらない本は通路や店先にも積まれている。

 

「必要な教科書は全て家にありますし、買わなくてもいいですよね?」

 

「古い本を使うのはどうかと思いますが……まあ、同じ本をわざわざ買うものでもないですしね……」

 

 セリアが言うとレイモンドは渋々頷いた。

 四人は店員を探し話しかける。

 

「すいません! 教科書が欲しいんですけど」

 

「いらっしゃい。ああ、新入生かな? 一覧を貸してくれたら用意してあげるよ」

 

 リジーが言うと少しくたびれた様子の店員が答えた。

 リジーが教科書の一覧を渡すと、店員はざっと確認して頷いた。

 

「それじゃあ、少し待ってて下さい」

 

 店員が教科書を用意してくれている間、四人は思い思いに本を手に取って眺める。

 

「セリア、見て見て」

 

「どうしました?」

 

 リジーがちょんちょんとセリアの背中を突いて呼んできた。

 セリアが振り向くと、リジーは嬉しそうに手に持った本を見せてきた。

「幻の動物とその生息地」だ。

 

「また重版したんだって! すごいよね」

 

「ふふっ、ええ、すごいですね」

 

 しばらくして店員が本を抱えて戻ってきた。

 

「これで全部だよ。一応確認してください」

 

「えーと……大丈夫です! ありがとうごさいます」

 

 教科書を買い終わった四人は店を出た。

 ロルフは教科書が重いのかしんどそうな顔をしている。

 

「兄ちゃん、私も持つよ?」

 

「いいよ。お前に持たせたら何があるかわかんねーし」

 

 二人の様子を見たセリアは、レイモンドを見上げて言った。

 

「レイモンド、あれの予備はありましたか?」

 

「ええ、お嬢様。どうぞ」

 

 レイモンドは答えながら懐から小ぶりの鞄を取り出しセリアへ渡す。

 セリアはお礼を言って受け取ると、ロルフへ差し出した。

 

「あの、よかったらこれを使って下さい」

 

「なんだ? これ?」

 

 ロルフとリジーが鞄を開けて中を覗き込むと、そこにはとても広い空間があった。

 

「なんだこれ⁉︎」

 

「なにこれ⁉︎」

 

 二人が驚いて大声を上げたので、道行く人々が何事かと振り向いた。

 

「その鞄には「検知不可能拡大呪文」をかけられているんですよ」

 

 セリアが説明すると、二人は信じられないと言う顔で鞄を見ていた。

 「検知不可能拡大呪文」は実は割と使われている呪文だ。

 こういった鞄はよく売られているし、魔法族の使うテントや魔法省の所有する車、その他住宅などの様々な施設もこの呪文で拡大されている。

 しかしこの鞄には、既製品とは比べものにならないほどかなり高度に呪文がかけられているようだ。

 

「こんなの、店で金出して買うやつだろ普通。それを自分でって……」

 

「おじいちゃんも昔似たようなトランクを持って、世界中旅してたんだよね」

 

 二人は鞄をしげしげと見ながら驚きを隠せない様子だった。

 

「私はそこまで上手にできないので、レイモンドが作ってくれたのですが……よろしかったら差し上げます。構いませんよね、レイモンド?」

 

「ええ、問題ありません」

 

 セリアがそう言うと、ロルフは首を振り鞄を返そうとする。

 

「いやいや、こんな高価な物さすがに受け取れねーよ。ほらリズ、お前もなんか言え」

 

「えー、でもこれがあったら便利だよ?」

 

「こら!」

 

 リジーが名残惜しそうに鞄を見ていたのでロルフが叱りつけた。

 それに対しセリアが微笑みながら言う。

 

「手持ちの鞄に魔法をかけただけで、お金なんてかかってないですよ。それに、作ろうと思えばいつでも作れるんです」

 

 そう言いながらちらりと見上げて「レイモンドがですけれど……」と付け足した。

  そんな主に続いてレイモンドも言う。

 

「まあ確かにいつでも作れるし、受け取ってくれ。それに、お嬢様は初めてできた友達に気の利いた贈り物がしたくて、張り切っているんだよ」

 

「レイモンド! 余計なことは言わないで下さい!」

 

 顔を赤くしてセリアが大きな声を出したので、また道行く人々が振り返った。

 ここまで言われると受け取るしかないので、ロルフは仕方なさそうに引き下がり荷物を鞄へ入れていく。

 

「うわー、どんどん入ってくね」

 

「鞄を開けて取り出したい物を言えば、自動で出てきますよ」

 

「めっちゃ高性能じゃねーか」

 

 大量にあった荷物があっという間に収まり、後には軽い鞄だけが残った。

 

「いや、こんなすごい鞄ありがとうな」

 

 ロルフが頭をかきながら改めてお礼を言うと横にいたリジーも嬉しそうに頷いていた。

 

「こんな素敵なプレゼント貰ったし、私もお友達になった記念に何かあげるね!」

 

「ありがとうございます、リジー」

 

 リジーが言うと、セリアはとても嬉しそうに微笑んだ。

 

「俺もセリアに礼したいし後でどこか寄るとして、そろそろあれを買いに行かないとな」

 

 ロルフの言うあれというのはもちろん、魔法使いにとっては最も重要でありまた当たり前のもの。

「魔法の杖」である。

 



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第7話 杖

 四人は古ぼけた店の前に立っていた。

 店の名前は《オリバンダーの店》、紀元前から続く魔法界屈指の名杖店だ。

 

「懐かしいなー、この店」

 

「杖かー。どんなのになるか、わくわくだね」

 

 リジーは店を見上げながら目をきらきらと輝かせている。

 セリアは鞄に入れている杖に触れながらレイモンドを見上げた。

 

「杖、買わないといけませんか……?」

 

 セリアが普段使っている杖、それはセリアの父が使っていた杖だった。

 彼女が魔法を学び始めたときからずっと使ってきているので、新しく買うのは気が進まないのだろう。

 しかしレイモンドは首を横に振る。

 

「はい。お下がりの杖では、どうしても少し弱いですからね。やはり自分にあった杖でないと、全力は出せませんよ」

 

 それを聞いてセリアは肩を落とすが、理解はしていたのだろう、もう文句を言うことはなかった。

 先頭のロルフが扉を押し開け、四人は店内へ入る。

 店内は四人入るとかなり狭い。

 店のカウンターには誰もおらず、小さな呼び鈴が置かれていた。

 リジーが嬉々として呼び鈴を押すと、店の奥の方でちりん、という音がした。

 

「店主さんいないのかな?」

 

「有名店ですし、お忙しいのかもしれませんね……」

 

 そんなことを話している新入生二人を見てロルフはいたずらっぽく笑う。

 

「そろそろ来るぞ」

 

「へ? 来るって何が?」

 

 リジーがそう聞いた途端に、突然霧の奥から聞こえてくるような声が響いた。

 

「いらっしゃいませ、オリバンダーの店へようこそ」

 

 カウンターに白髪頭の老人がいつの間にか立っていた。

 リジーは飛び上がって驚き、セリアは飛び上がりはしなかったが、びくりと体を震わせすばやくレイモンドの後ろに隠れた。

 この老人こそがイギリス一の杖職人、ギャリック・オリバンダーである。

 オリバンダーは薄い銀色の目で四人を見渡し、ロルフに目を止めた。

 

「ロルフ・スキャマンダーじゃないかね! ちゃんと杖の手入れはしているんじゃろうな?」

 

「おう、久しぶりだな爺さん。ちゃんとやってるよ。一年に一回くらいだけどな」

 

「おお……なんということだ……」

 

 ロルフの言葉に絶望に満ちた表情を浮かべ首を振ったオリバンダーは、次にレイモンドに目を止める。

 

「レイモンド・アッカーソン! なんと久しぶりか! 三十五センチ、樫、ドラゴンの心臓の琴線、強くて優しい、だったの」

 

「ええ、オリバンダーさん。この杖は何度も私の命を助けてくれた、最高の相棒です。もちろん手入れはしていますよ」

 

 レイモンドは杖を取り出しオリバンダーへ見せた。

 オリバンダーは杖をためつすがめつ眺め、感嘆する。

 

「これほど使用してもこの状態とは、すばらしい。見事に手入れされておる……。見習ってほしいものじゃ」

 

 後半は明らかにロルフへ向けられた言葉だが、ロルフはなぜか窓の外の景色を夢中になって見ていた。

 オリバンダーはため息をつき、そわそわと立っていたセリアとリジーに目を向けた。

 ちなみにセリアはまだレイモンドの陰に隠れたままだ。

 

「君たちは新入生じゃな。オリバンダーの店では杖の芯に力のある物を使う。ユニコーンの尻尾の毛、ドラゴンの心臓の琴線、不死鳥の尾羽根、など。この店に来たからには、間違いなく最高の杖を選んでみせよう。もちろん、杖が持ち主を選ぶのじゃがのう」

 

 オリバンダーが一気にそう言って杖でカウンターを叩くと、引き出しから巻尺が二つ飛び出てきた。

 

「杖腕はどちらですかな?」

 

「私右ー」

 

「私も、右です」

 

 リジーが元気に右腕を突き出し、セリアはおずおずと右腕を上げる。

 すると二人の腕を巻尺が測りだした。

 

「それでは、どちらから選ばれるかな?」

 

「私先でいい? セリア?」

 

「ええ、大丈夫です」

 

 リジーが一歩前に出ると、オリバンダーは頷いて店の奥へと消えて行った。

 ちなみに、巻尺が変な所まで測ろうとしていたので、レイモンドとロルフが巻尺を床に叩き落としていた。

 少ししていくつか細長い箱を持ったオリバンダーが戻って来た。

 箱には杖が入っているのだろう。

 

「それでは試すとしよう。手に取って振ってみて下され」

 

「はーい」

 

 オリバンダーは一箱開け杖を取り出しリジーへ渡した。

 

「二十六センチ、胡桃、ユニコーンの尻尾の毛、握りやすい。どうぞ」

 

 リジーは杖を振ってみた。

 すると、店の奥にある棚から箱がいくつも飛び出て床へ散乱した。

 オリバンダーはリジーの手から杖を取ると、箱にしまい込む。

 

「うわー、大惨事……」

 

 リジーが苦笑しながら言った。

 オリバンダーは二箱目を開けて杖を取り出した。

 

「いかんのう。次は三十二センチ、マホガニー、ユニコーンの尻尾の毛、強力だが頑固。どうぞ」

 

 リジーは杖を受け取り振り上げようとしたが、その前にオリバンダーにもぎ取られた。

 

「これもいかんのう……。それでは、三十センチ、桜、不死鳥の尾羽根、変身術に適している。どうぞ」

 

 三本目を受け取る。

 すると、リジーは杖を持つ指先が暖かくなるのを感じた。

 杖を振ると杖先から鳥が数羽飛び出し、綺麗な声で鳴きながらリジーの周りを飛び回った。

 

「ブラボー!」

 

「やるじゃん」

 

「お見事です」

 

「リジー、すごいです!」

 

「えへへ、どうもどうも」

 

 リジーは照れくさそうに頭をかきながら杖をオリバンダーに返した。

 杖を受け取ったオリバンダーは丁寧に箱へ杖をしまい、引き出しから一枚の書類を取り出した。

 

「結構結構、この杖は必ずや良き相棒となるじゃろう。それでは、この書類に名前を書いてもらえるかの」

 

「あ、はい」

 

 リジーは書類に署名し、代金七ガリオンを支払う。

 オリバンダーは書類を丸め机にしまい、リジーへ杖の入った箱を渡した。

 

「大事にして下され。くれぐれも、手入れは忘れぬように」

 

「はい!」

 

 リジーは嬉しそうに杖を受け取り、ロルフに飛びついた。

 

「兄ちゃん! 私の杖だよ!」

 

「おう、やったな」

 

「えへへ」

 

 しがみつくリジーの頭をロルフが撫でると、リジーは嬉しそうに笑う。

 

「やりましたね、リジー!」

 

「おめでとうございます、リジー様」

 

 セリアとレイモンドからも祝福の言葉をもらい、リジーはまた照れくさそうに笑う。

 

「えへへ。……それじゃ、次はセリアの番だよ!」

 

「は、はい……!」

 

 やっとレイモンドの陰から出てきたセリアは、緊張で震えながらオリバンダーの前まで行った。

 すると、何かに気づいたようにオリバンダーはセリアのことをじっと見つめる。

 いや、正確にはセリアの目を見ていた。

 

「あの……」

 

「失礼じゃが、名前を聞いてもよいかの?」

 

 セリアにオリバンダーが尋ねると、それにセリアは戸惑いながらも答えた。

 

「セリア・レイブンクロー、です」

 

 それを聞いたオリバンダーは少し目を見開き、レイモンドへと視線を移した。

 

「ええ、彼の娘です」

 

 レイモンドがそう言うと、オリバンダーはふう、と息を吐き、セリアへ視線を戻した。

 セリアはますます混乱しているようだった。

 

「お嬢さん、今使っている杖があれば、見せてはくれんかの?」

 

「は、はい」

 

 セリアは鞄から杖を取り出しオリバンダーへと渡した。

 オリバンダーは杖を手に取りじっくりと眺めた。

 

「二十五センチ、楓、ドラゴンの心臓の琴線、とても柔軟性がある。そう、この杖をあなたのお父様が買われて行った日のことを、よう覚えておる」

 

 オリバンダーが静かに言うと、セリアは小さく息を飲んだ。

 オリバンダーはセリアに杖を返して言う。

 

「もしかしたら……少し、待っていて下され」

 

 オリバンダーは店の奥へと入って行き、すぐに戻って来た。

 手には一つだけ箱を持っている。

 

「実はあなたのお父様の杖と同じ木からもう一本、杖を作っていたのじゃ」

 

 オリバンダーはそう言って箱から杖を取り出した。

 

「二十八センチ、楓、ユニコーンの尻尾の毛、よくしなり振りやすい。どうぞ、試して下され」

 

「お父さんと、同じ……」

 

 セリアは震える手で杖を受け取り、そして振る。

 すると杖の先から眩く輝く銀色の光が飛び出し、空中をきらきらと漂った。

 その光をセリアの髪が反射して互いに輝き合い、幻想的な光景が広がる。

 セリアを除いた四人がその光景に目を奪われる中、オリバンダーが呟く。

 

「不思議なことじゃ……」

 

 しばらくすると光は消えたが、セリアは俯いて杖を抱きしめていた。

 

「そちらの杖で、よろしいかの?」

 

「ええ……! この杖が、いいです……!」

 

 オリバンダーが尋ねると、セリアは俯いたまま振り絞るようにして答えた。

 セリア以外の四人からはその顔を伺い見ることはできないが、その目は熱く潤んでいた。

 

──────────

 

 しばらくして落ち着いたセリアは、書類に署名をして料金を払い杖を受け取った。

 深々とお辞儀をするオリバンダーに見送られ四人は店の外へと出た。

 

「お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません……」

 

「よく泣きませんでしたね、お嬢様」

 

 セリアが三人に謝ると、レイモンドがセリアの頭を撫でた。

 

「まあ、なんだ。これで必要な物はそろったな! あとは適当に店とか回ろうぜ」

 

「そうだよ! 私、セリアにプレゼント買いたいしね!」

 

 ロルフとリジーが慌てて言った。

 そんな二人にセリアは心の中で感謝をする。

 セリアの頭から手を離してレイモンドが口を開いた。

 

「プレゼントを買うなら、雑貨屋にでも行きましょう。意外な掘り出し物などあるかもしれませんよ」

 

 それから四人は雑貨屋へ移動し、買い物を楽しんだ。

 

「見て兄ちゃん! 持ち主以外には解けない縄だって! 魔法生物を捕まえるのに使えそうだよ」

 

 リジーが魔法をかけられた縄を手に取りしげしげと眺める。

 

「強い魔法生物だったら解けなくても引きちぎるだろうけどなー。……ていうか、インカーセラスでいいじゃん」

 

 その近くではレイモンドが、小さい悪戯道具売り場にあった絵をこっそりと持ってきてセリアに見せていた。

 

「お嬢様、見てください」

 

「わあ、綺麗な絵ですね……きゃあ!」

 

 セリアがもっとよく見ようと顔を近づけると、突然恐ろしい悪魔の絵に変化した。

 驚いて悲鳴を上げるセリアを見てレイモンドはくすくす笑った。

 そんなレイモンドの態度にセリアは憤慨する。

 

「もう! 驚かせないで下さい!」

 

「これくらいで驚いていたら、悪戯専門店に行けませんよ」

 

「そ、そんな所には行きません!」

 

 セリアとレイモンドから少し離れた所で別の商品を見ていたロルフの背後に、リジーが先ほどの縄を持ってじりじりと近づく。

 そしてロルフに縄を投げつけた。

 

「くらえ! 兄ちゃん!」

 

「うわ! 何しやがる!」

 

 瞬く間にぐるぐるとがんじがらめにされたロルフは、立っていられずに倒れる。

 そして倒れたロルフを見下ろしてリジーは邪悪に笑う。

 

「勝った」

 

「ぶっとばすぞ!」

 

 二人の元にセリアとレイモンドがやってきた。

 ロルフが倒れているのを見てセリアはおろおろと慌て、レイモンドは呆れたように見下ろしている。

 

「リジー、店員さんに怒られますよ。早く解かないと……」

 

「それもそうだね。しょうがないなー。……あれ?」

 

 セリアに言われ縄を解こうとするリジーだが、解き方がわからないことに気づく。

 

「あ、あれ? こうかな?」

 

「お前ふざけんなよ!」

 

「ど、どうしたら……。レイモンド、なんとかできませんか?」

 

「できますが、縄は駄目になりますね」

 

 さすがに騒ぎすぎたのか、店員がやってきて発見された。

 店員は激怒しリジーとロルフは散々説教され、縄はリジーのお買い上げとなった。

 そうして買い物も終わり、四人は雑貨店を後にする。

 

「リズ、家に帰ったら説教だからな」

 

「うう、ごめんなさい……」

 

 ロルフに言われてしょんぼりするリジーは、手に雑貨屋の袋を持っている。

 

「リジー、元気を出して下さい」

 

「ありがとー、セリア。あ、そうだ……」

 

 リジーは雑貨屋の袋をごそごそと探り、プレゼント用に包装された袋を取り出した。

 

「私と兄ちゃんから、お友達になった記念とさっきの鞄のお礼! どうぞ!」

 

「大したもんじゃないけどな」

 

「うわあ……! お二人とも、ありがとうございます!」

 

 プレゼントを受け取ったセリアは輝くような満開の笑顔を浮かべた。

 その笑顔を見てぷるぷると震えたリジーは、またしてもセリアを抱きしめる。

 

「あーもう! かわいいなあ、セリアは!」

 

「きゃっ! もう……」

 

 セリアは不満そうな声を出すが、まんざらでもないように顔をほころばしている。

 その二人を尻目に、ロルフは懐から時計を取り出し時間を確認する。

 

「そこの二人、じゃれ合ってるとこ悪いけどもう遅い時間だぞ」

 

 確かにもう日も沈み、どこからか夕飯の匂いも漂ってきている。

 

「そうだな。お嬢様、早く帰らないと夕飯が冷めてしまいますよ」

 

 ロルフとレイモンドに言われ、セリアとリジーは名残惜しそうに離れた。

 

「それじゃ、九月一日に会おうね!」

 

「はい、キングズ・クロス駅で」

 

「いろいろ世話になったな、おっさん」

 

「いや、私も楽しかったよ。また会おう」

 

 四人は思い思いに別れの言葉を交わす。

 そしてリジーはロルフの腕を、セリアはレイモンドの腕をしっかりと掴んだ。

 最後にセリアとリジーが手を振り合い、パチン! という音と共に四人の姿が消えた。

 

──────────

 

「お帰りなさいませ! お嬢様、レイモンド様!」

 

 玄関ホールに姿あらわしをしたセリアとレイモンドを、屋敷しもべ妖精のルンがキーキーと甲高い声で出迎えた。

 

「ただいま帰りました、ルン」

 

「ただいま。何か変わったことはなかったか?」

 

 ルンが問題ないと首を横に振ると、その勢いで長い耳がぱたぱたと揺れる。

 リビングへ移ると、キッチンから一人の魔女が出てきた。

 

「お帰りなさい。お嬢様、あなた」

 

「おばちゃん。ただいま帰りました」

 

「ああ、今帰ったよ」

 

 この魔女はレイモンドの妻で、有名なお菓子店である《ハニー・デュークス》に勤めている。

 小さい頃、セリアは名前にさん付けで呼ぼうとしていたのだが、おばちゃんと呼ぶように強制されていた。

 ちなみにセリアは昔、レイモンドをさん付けで呼んでいた。

 

「いい匂いがするな。もう夕飯は出来ているのか?」

 

「ええ、できていますよ」

 

 キッチンからはいい匂いが漂って来ている。

 セリアはくんくんと匂いを嗅ぐと、期待するようにルンに聞いた。

 

「晩御飯は何ですか?」

 

「ご希望通りクリームシチューでございます、お嬢様! おばちゃんと一緒にお作りになりました!」

 

 それを聞いたセリアはとても嬉しそうに歓声を上げた。

 

──────────

 

「ただいまー、と」

 

「ただいまー。すぐご飯作るから待っててね、兄ちゃん」

 

「まあ待て」

 

「ぐえっ」

 

 家に到着するやいなや逃げ出そうとするリジーだが、パーカーのフードをロルフに掴まれ静止させられた。

 

「さて、説教の時間だ」

 

「……優しくしてね?」

 

 その後リジーに特大の雷が落ちたのは言うまでも無い。

 



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第8話 九月一日・朝

 リジーと再開を約束して別れてから一ヶ月と少し、セリアは忙しい日々を送っていた。

 なにしろ今年からホグワーツに入学するので、学校にいる間はレイブンクロー家の仕事ができない。

 そのため学校が始まるまでに、様々な仕事をこなさなければならなかったのだ。

 予定は八月末までぎっしりと詰まっており、間違いなくセリアの今までの人生の中で一番忙しいときだっただろう。

 そんな日々が過ぎ去り九月一日の早朝、セリアはルンに起こされ、眠い目をこすりながらふらふらと一階にある応接室へと向かっていた。

 なにやら来客があったらしい。

 

「お嬢様、おはようございます」

 

 早朝だというのにしっかりと執事服を着こなしているレイモンドが、セリアへ声をかける。

 

「おはようございます、レイモンド……。けれど、どうしてこんなに朝早くに? もう予定などなかったはずですよね」

 

「それなんですが……ちょっと、断れる相手ではございませんでしたので」

 

 セリアが少し不満気に答えると、レイモンドは少し困ったように笑い、応接室の扉を開けた。

 セリアはレイモンドの言葉に首をひねりつつ応接室へと入った。

 

「やあ、おはようセリア。こんな早くにすまないね」

 

 そこにいたのは、縦縞のローブを身にまとう少し太り気味の魔法使いだった。

 

「ファッジさん! おはようございます」

 

 応接室にいた縦縞ローブの魔法使いの正体は、イギリス魔法省大臣、コーネリウス・ファッジだった。

 セリアがファッジの対面のソファに座ると、レイモンドが素早く紅茶をセリアの前に置き、ファッジのカップにお代わりを注いだ。

 

「お久しぶりですね、ファッジさん。今朝はどういったご用件で?」

 

 紅茶を一口飲んだセリアがそう尋ねる。

 

「ああ、君のホグワーツ入学のお祝いにね。本当はもう少し早く来たかったのだが、忙しくてこんな時間になってしまった。急にすまないね」

 

 ファッジは額に手をやりながら答えた。

 それを聞いたセリアは嬉しそうに微笑みを浮かべる。

 

「お忙しい中わざわざお祝いに来てくださって、ありがとうございます。嬉しいです」

 

 セリアが言うと、ファッジは少し照れくさそうに笑った。

 

「いやいや、それにしてももう君も入学なんだな。月日が経つのは早いものだ……」

 

 紅茶を飲みながらファッジは遠い目をしていた。

 

「君のお父さんも、きっと喜んだだろうね」

 

「……はい」

 

 セリアは杖を取り出し、ファッジに見せる。

 

「この杖は、お父さんの杖と同じ木から作られたそうです。この杖を持っていると、お父さんを近くに感じられる気がします」

 

 ファッジはセリアの杖を受け取ると、しげしげと眺めてふう、と息をついた。

 

「お父さんと同じ木から作られた杖とは……なんとも、素敵な縁だね」

 

 それからセリアはファッジと朝食を共にした。

 朝食を食べ終わると、ファッジはすぐに立ち上がった。

 

「ごちそうになってすまないね。私はそろそろ行かなければ」

 

 立ち上がったファッジは、ライムグリーン色の山高帽に頭を押し込んだ。

 セリアも立ち上がりファッジを見送りに行こうとしたが、ファッジは片手を上げてそれを制する。

 

「いや、いや、構わんよ。君は学校へ行く準備をしたらいい」

 

「いえ、そんな……」

 

「せっかくの入学の日だ。しっかりおめかしして行きなさい。楽しむんだよ」

 

 そう言うとファッジは部屋を出て行った。

 残されたセリアはレイモンドに言う。

 

「レイモンド、私の代わりにお見送りをお願いします」

 

「わかりました」

 

 レイモンドはそう答えると、部屋を出て行きファッジの後を追った。

 廊下の中頃で追いつき、二人は並んで歩く。

 

「大臣、私がお見送りさせていただきます」

 

「ああ、ありがとうレイモンド」

 

 程なくして二人は暖炉の前に到着した。

 

「さて、では失礼するよ。……ああ、そうだ。レイモンド、セリアは入学して、しばらく屋敷にいないだろう?その間だけでも、魔法省に戻ってくる気はないかね?」

 

 暖炉の前で立ち止まったファッジが振り返りながらそう聞くが、レイモンドは首を横に振った。

 

「すみません。私は彼に、あの子を守ると誓っていますので」

 

 穏やかな口調だがはっきりと断るレイモンドに、ファッジは残念そうに肩をすくめる。

 

「そうか……いやまあ、分かっていたがね。それではまた」

 

「はい、行ってらっしゃいませ」

 

 ファッジは暖炉へ入り、エメラルド色の火の揺らめきを残して去って行った。

 見送りを終えたレイモンドは応接室へ戻ったが、セリアの姿はない。

 次にレイモンドがセリアの自室へ向かうと、着替えようとしたのかタンスから服を引っ張りだしたセリアが、その服に身にまといベッドで眠っているのを発見した。

 幸せそうに眠るその顔を見て、レイモンドは優しく笑いながらもセリアを起こすのだった。

 

――――――――――

 

「それでは、行って来ます」

 

 セリアは大きなトランクを携え玄関ホールに立っていた。

 大きな目にいっぱい涙をためたルンがセリアに言う。

 

「お嬢様、どうかお気をつけて! 何かございましたら、すぐにルンをお呼び下さい!」

 

「ええ、気をつけます。だから泣き止んで、笑って見送って下さい」

 

 セリアが優しく言うと、ルンはぐしぐしと涙を拭ってにこりと微笑んだ。

 それを見たセリアは頷くと、周りをきょろきょろと見渡した。

 

「レイモンド、おばちゃんはもう行ったのですか?」

 

「はい。お見送りできなくて、申し訳ないと詫びていましたよ。……それではお嬢様、手を」

 

 レイモンドが伸ばした腕をセリアが掴むと、またもやルンは目に涙をためはじめる。

 

「お屋敷のことを頼みます、ルン。クリスマスに会いましょう」

 

「はい!」

 

 パチン、という音と共に二人の姿が消えた。

 二人が姿あらわししたのは、キングズ・クロス駅に近い路地裏だった。

 さっと周りを見渡したレイモンドは、誰も見ていなかったことを確認する。

 そしてセリアからトランクを受け取ると、二人は駅に向かって歩き始めた。

 

「お嬢様、足元にお気をつけください」

 

「大丈夫ですよ」

 

 五分もしないで二人はキングズ・クロス駅へ到着した。

 レイモンドはカートにトランクを乗せると、人混みをすいすいと進んで行く。

 セリアはレイモンドの後ろについて行くだけでよかった。

 

「お嬢様、あそこです」

 

 レイモンドが指し示す九番線と十番線の間のレンガの壁、そこが九と四分の三番線への入り口だ。

 

「それでは行きますよ。大丈夫ですか?」

 

「は、はい」

 

 緊張した声で答えたセリアはレイモンドとカートを押しながら進み、なにげなく壁の方へと寄って行く。

 壁が目前へ迫り思わずセリアは目を閉じる。

 そしておそるおそる目を開けると、そこは広々とした駅のホームで、線路には紅色の立派な列車が鎮座していた。

 その車体には金文字で「ホグワーツ特急」と書かれている。

 

「お嬢様、早めにコンパートメントを確保しておいたほうがいいですよ」

 

 セリアがホグワーツ特急に見とれていると、レイモンドがそう言った。

 まだ出発までは一時間弱あるが、辺りにはすでにそれなりの数のホグワーツの生徒の姿があり、これから混雑することは確実だ。

 

「あ、はい」

 

「トランクは私が見ておきますので、お嬢様はコンパートメントを探して来て下さい」

 

「ありがとうございます。行って来ます」

 

 セリアが車内へ入ると、車内ではすでに多くのコンパートメントが埋まっていた。

 セリアは真ん中の車両の辺りで空いたコンパートメントを見つけた。

 コンパートメントに入ったセリアは窓を開けて身を乗り出す。

 

「レイモンド、見つけました」

 

 セリアが呼ぶと、すぐに目の前にレイモンドが現れた。

 

「お嬢様、少し窓から離れてください」

 

「わかりました」

 

 セリアが窓から離れたのを確認したレイモンドは、杖を取り出して振った。

 すると彼の横にあったトランクが、一瞬でコンパートメントの中へ移動した。

 

「ありがとうございます、レイモンド。荷物棚には自分で置きます」

 

 セリアはそう言うと、杖を取り出して振った。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ、浮遊せよ」

 

 するとトランクが浮かび上がり、ゆっくりと荷物棚へとおさまった。

 窓の外でレイモンドが拍手をする。

 

「お嬢様、お見事です」

 

「これくらい当然ですよ」

 

 そう言っているが、セリアの口元は嬉しそうにほころんでいた。

 レイモンドは懐から時計を取り出し時間を確認した。

 

「出発まであと四十分ほどですね。リジー様もそろそろ来られるでしょう」

 

「そ、そうですね」

 

 セリアは急にそわそわと髪をなでつけたり、服を整えたりし始めた。

 ちなみに服装はリジーと初めて会った日と同じで、唯一違うのは胸元に光るロケットだけだ。

 銀色のそれは、同じ色の細い鎖と共にセリアの髪ととても良く合っている。

 そんなセリアの様子を見てレイモンドは少しおかしそうに笑う。

 

「早く会えるといいですね」

 

「はい!」

 

――――――――――

 

 時間は早朝へ戻り、ここはリジーの家があるとある森の奥。

 空が白み始めた中、リジーは木々の間の小道を駆けていた。

 

「ふう……」

 

 足を止めたリジーは、腰に巻いたポーチから小さな水筒を取り出し水をゆっくりと飲む。

 冷たい水が火照った体に入っていくのがとても心地良い。

 リジーは口元をぬぐい水筒をしまうと、走って来た道を歩いて戻る。

 

(いよいよだ……。学校、楽しみだな)

 

 リジーは歩きながら考え事をするこの時間が好きだった。

 走った後に帰り道をゆっくりと歩いていると、いつも良い考えが浮かぶ、そんな気がしていた。

 

(それに、セリアに久しぶりに会えるしね。うーん、楽しみ!)

 

 こらえきれなくなったのか、リジーは家へと駆け出していった。

 家に着いたリジーは、衝動の赴くままに口元に布を巻き箒と雑巾を手に握る。

 

「いざ!」

 

 それからしばらくして眠い目をこすりながら起きて来たロルフは、一瞬別の場所に姿あらわししてしまったのかと思った。

 家のどこもかしこも輝いている。

 埃などは室内から一切消え失せ、磨き上げられた窓はまるで鏡のようだ。

 こころなしか空気までもが澄み渡っているような気がする。

 

「あ、兄ちゃんおはよー」

 

 呆然とロルフが立ち尽くしていると、部屋の中央に立ち満足気に辺りを見渡していたリジーが声をかけた。

 

「おう……何してんだ?」

 

「明日から家に誰もいなくなるでしょ? だから気合い入れてお掃除したんだよ」

 

 リジーは胸を張りながら自慢気に言う。

 

「それなら昨日までに終わらせとけよ」

 

「それを言っちゃいけないよ」

 

「お前思いつきでやっただろ」

 

「ばれたか。なんか盛り上がっちゃって。すぐ朝ごはん作るから待っててね」

 

 リジーはキッチンへと走っていった。

 ロルフはどこもかしこも輝く室内を見渡し、居心地が悪そうにこれまた新品同様になった椅子に座った。

 それからすぐに朝食が出来上がった。

 

「リズ、ちゃんと準備できてるんだろうな? 忘れ物してもふくろう便で送れないぞ」

 

「大丈夫だよ、昨日何回も確認したもん。兄ちゃんのほうこそ準備できてるの?」

 

「俺を誰だと思ってる」

 

「兄ちゃん」

 

 そんなことを話しながら朝食をとる。

 これからしばらく共に食事をとることができないので、無意識のうちに二人は惜しむようにゆっくりと食べていた。

 やがて食べ終わった二人は並んで食器を手で洗う。

 

「そろそろだな……リズ、着替えてこい」

 

「うん」

 

 リジーとロルフは二階へ上がって行った。

 すでに着替えていたロルフは、荷物を持ち一階へ戻りリジーを待つ。

 少ししてリジーが、トランクを階段のあちこちにぶつけながら降りてきた。

 

「もうちょっと慎重に降りてこいよ」

 

「だって重いんだもん。それより兄ちゃん、荷物それだけ?」

 

 リジーが聞く。

 ロルフが持っているのは鞄が一つだけだった。

 

「金と杖、あとは適当に魔法薬が何個かあれば意外と問題ねーんだよ。お前こそ、本当に忘れ物ないだろうな?」

 

「大丈夫だって」

 

「セリアにもらった鞄も持ってるか?」

 

「もちろん! 見て!」

 

 リジーが腰を指差すと、そこには先ほどまで巻いていたものとは別のポーチがあった。

 

「鞄の持ち手を取り替えてポーチにしてみました」

 

「お前器用だな……。壊れたりしてないだろうな?」

 

 少し心配そうに聞くロルフにリジーは自信満々に答える。

 

「ちゃんと確かめたから大丈夫だよ!」

 

「それならいいけどよ。んじゃ、腕掴め」

 

 ロルフが差し出した腕を掴もうとしたリジーはふと手を止め、リビングの中をぐるりと見渡した。

 

「……行ってきます!」

 

 リジーがロルフの腕を掴み、パチン、という音と共に二人の姿がリビングから消えた。

 二人は駅に近い路地裏に姿あらわしした。

 周りを確認したロルフは時計を取り出し時間を確かめた。

 

「時間は……大丈夫そうだな。リズ、トランク貸せ」

 

「うん」

 

 少しして二人はキングズ・クロス駅へ到着した。

 ロルフはカートにトランクを乗せて歩く。

 

「うわ、人多いなー。はぐれるなよ」

 

「私もカート押すー」

 

 二人はカートを押しながら進む。

 やがて二人は九と四分の三番線の入り口の前にたどり着いた。

 

「あそこだ」

 

「よーし、行くよ!」

 

「おい! 重いんだから走るな!」

 

 リジーが猛スピードで押すので、ロルフは必死にカートを操作する。

 そのまま壁に突っ込んだ二人は駅のホームに出た。

 周りは生徒とその家族でいっぱいだ。

 

「まったく。おいリズ、セリアとは待ち合わせしてるのか?」

 

「うん。昨日届いた手紙には、先に来てコンパートメントを取ってるって書いてたんだけど……」

 

 二人は辺りをきょろきょろと見渡す。

 しかしあまりの人の数に、全く見つかる気配はなかった。

 

「やばい、ぜんぜん見つからない……」

 

「時間も無いし、中に入って探したほうがいいかもな」

 

「その必要はないよ」

 

「うお⁉︎」

 

 いつの間にか二人の後ろにはレイモンドが立っていた。

 思わず飛び上がって驚く二人をよそにレイモンドが言う。

 

「お久しぶりです、リジー様。お嬢様は会えるのをとても楽しみにしていましたよ」

 

「あ、はい。お久しぶりです。セリアは元気ですか?」

 

「ええ、とても。すぐにお嬢様の所へご案内します」

 

 次にレイモンドはロルフのほうを向く。

 

「君も久しぶりだな。元気だったか?」

 

「お、おう、久しぶりおっさん。て言うか、あんたどこから現れたんだよ……」

 

「君達の気配がしたからな。それより時間もない、お嬢様がお待ちだ。付いてきてくれ」

 

 言い終えたレイモンドはロルフからトランクを受け取って歩き出し、ロルフとリジーはその後に続く。

 

「気配って……どういうこと?」

 

「わっかんねーよ」

 

「着いたぞ」

 

 かなりの人混みだがなぜか苦もなく進めた三人は、真ん中の辺りの車両前に到着した。

 レイモンドはその中にある窓の一つに近づき声をかける。

 

「お嬢様」

 

「あ、レイモンド。突然いなくなってびっくりしましたよ。どうしたのですか?」

 

「一人で心細くて泣いていましたか?」

 

「泣いてません!」

 

 その窓から顔を出したのは、セリアだった。

 セリアに気づいたリジーは叫ぶ。

 

「セリア!」

 

「リジー! わあ、お久しぶりです!」

 

「うん! ちょっと待っててね!」

 

 リジーはそう言うと車両の入り口まで走って行った。

 そして車内を駆け抜け、セリアのいるコンパートメントを発見すると飛び込んだ。

 

「セリアー! 相変わらずかわいいね!」

 

「きゃあ!」

 

 コンパートメントに入るやいなや、リジーはセリアに飛びついて抱きしめる。

 その勢いで二人は座席に倒れこんだ。

 

「こらリズ! 危ないだろ!」

 

「お嬢様、大丈夫ですか?」

 

 窓の外からロルフが叱りつけ、レイモンドが心配そうに声をかける。

 

「いてて。セリア、ごめんね。大丈夫?」

 

「は、はい、大丈夫ですよ」

 

 セリアから離れたリジーはしょんぼりとしながら謝った。

 しかし、すぐ気をとりなおして顔をほころばせる。

 

「改めて、久しぶりセリア! 会いたかったよ!」

 

「ええ、私もその、あ、会いたかったです」

 

「かわいいなあ……。あ! それ、付けてくれてるんだね!」

 

「ようセリア、久しぶり。いきなりリズが悪いな。ロケット似合ってるよ」

 

「はい、お久しぶりですロルフさん。二人とも、こんな素敵な物をありがとうございます」

 

「みなさん、そろそろ時間です」

 

 三人が挨拶を交わしていると、レイモンドが時計を取り出して言った。

 言い終わると同時に、特急が汽笛を鳴らす。

 ホームに残っていた生徒達は急いで特急に乗り込み、各々窓を開け家族に別れを告げている。

 それにならってセリアとリジーも窓から身を乗り出した。

 

「レイモンド、屋敷のことを頼みます。ふくろう便を絶やさず、常に情報を送って下さいね」

 

「ええ、お任せを。お嬢様も、調べ物に熱中して体調を崩されないようお気をつけ下さい。寝込んで寂しくて泣いていても、私もルンもいませんからね」

 

「だから泣きません! ……それと、例の物もちゃんと送って下さいね」

 

「はい」

 

 レイモンドとセリアが話している横で、リジーとロルフも別れの言葉を交わしていた。

 

「それじゃ、行ってくるね兄ちゃん! ちゃんとご飯食べなよ?」

 

「わかってるっての。お前のほうこそ、授業について行けなくて落第とかするんじゃねーぞ」

 

「私そんなに馬鹿じゃないよ! あと、調査はいいけどあんまり危険なことはしないでよー?」

 

「ああ、大丈夫だよ。だから心配せず、お前は学校を楽しんでこい」

 

 四人が話していると再び汽笛が鳴り、ゆっくりと特急が動き始めた。

 最初は歩いているほどの速さだったが、すぐに走っても追いつけない速度になる。

 

「行ってきます!」

 

 セリアとリジーは、ホームにいるレイモンドとロルフの姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。

 ホグワーツ特急が見えなくなり、ホームから見送りの人々が去っていく。

 

「さて、君はこれからどうするんだ?」

 

 並んで歩きながらレイモンドがロルフに問いかけた。

 ロルフはぽんぽんと鞄を叩いて答える。

 

「俺はこれからいろんなとこ回って研究に調査だな。新種の魔法生物を探すんだ」

 

「そうか。あまり危険な場所には行くなよ」

 

「わかってるよ。あんたはどうするんだよ?」

 

「主の留守を守るだけさ」

 

 二人はキングズ・クロス駅から出た。

 

「そんじゃもう行くよ。またな、おっさん」

 

「ああ、気をつけろよ」

 

「おう」

 

 ロルフとレイモンドはそれぞれ別の方向へ歩き出した。

 そして人通りの無い場所まで行くと、二人の姿は煙のように消えた。

 



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第9話 九月一日・ホグワーツ特急

先日初めて感想を頂きました。
嬉しかったです。


 ホグワーツ特急は街を抜け、現在はのどかな田舎を走っている。

 窓を閉めたコンパートメント内でセリアとリジーは隣り合って座っていた。

 

「私はずっとお仕事でした。こんなに忙しいのは初めてでした……」

 

「そっかー、大変だったんだね。私は兄ちゃんのお手伝いしたり教科書読んだりしてたよ」

 

「お兄さんのお手伝いですか。そういえばロルフさんは、どのようなお仕事をされているのですか?」

 

「魔法生物の研究だよ。兄ちゃんは新種を見つけるのが一番の目的みたいだけどね。ちなみに、パパとママも研究してるんだー」

 

「なるほど、やはりご家族は魔法生物関係のお仕事をされているんですね。それに新種の発見ですか。すごいです」

 

「そう簡単に見つからないけどねー。あ、そうだ。セリアは予習した? 私は教科書は読んだけど、呪文はまだ使ってないんだよね。兄ちゃんに止められちゃって」

 

「お仕事が忙しくてあまり……けれど、レイブンクローの名に恥じないよう、頑張りたいです。リジーはどの教科が気になっていますか?」

 

「私は変身術かなー。私の杖って、変身術に適している、らしいし。それに、ちょっと目標もあるしね」

 

「目標ですか?」

 

「えへへ、内緒。それよりセリアはどの教科が気になってるの?」

 

「そうですね、私は……」

 

 そのとき、こんこんとコンパートメントのドアを叩く音が響いた。

 二人は顔を見合わせ、セリアが「どうぞ」と応じる。

 するとドアが開かれ、そこには三人の少女が立っていた。

 

「あの、ここ空いているかしら? 他のコンパートメントが全部埋まっちゃってて」

 

 真ん中に立っていた黒髪の可愛らしい少女が尋ねる。

 どうやら特急の中を歩き回ったらしく、三人とも疲れた表情をしていた。

 

「セリア、大丈夫?」

 

「ええ、構いませんよ。どうぞ入ってください」

 

「本当に? ありがとう! ほら、二人共入って」

 

 三人の少女達は口々にお礼を言いながら、コンパートメントへ入ってきた。

 セリアとリジーも協力して三人分のトランクを荷物棚へしまうと、三人はセリアとリジーの対面の座席に座った。

 ようやく座ることができたためか、三人ともほっとした顔をしている。

 

「あらためて、本当にありがとう。もうくたくたで……」

 

 真ん中に座った先ほどの少女が言うと、他の二人もうんうんと頷いた。

 かしこまっている三人を見て、リジーは気にしなくてもいいと手を振る。

 

「困ったらお互い様だよ。三人は多分新入生だよね? 私達もなんだー。お名前聞かせて?」

 

 リジーがそう聞くと、先ほどの少女がまず口を開いた。

 

「ええ、私はチョウ・チャンよ。よろしくね」

 

 次に他の二人、ブロンドの巻き毛の少女とチョウと同じく黒髪の、こちらは少し気が強そうな少女がそれぞれ名乗る。

 

「私はマリエッタ・エッジコムよ。よろしく」

 

「私はケイティ・ベルよ。よろしくね!」

 

 三人が名乗り終えると、次にリジーが口を開いた。

 

「うん、三人ともよろしくね! 私はリジー・スキャマンダーっていうんだー。なんと、あのニュート・スキャマンダーの孫なのだ!」

 

 胸を張りながらのリジーの自己紹介を聞いた三人は驚いたように声をあげる。

 

「それって本当?」

 

「すごーい!」

 

 驚く三人の様子に得意げだったリジーは、ふとセリアがずっと喋っていないことに気づいた。

 トランクを棚に片付けた後、セリアは持ち前の人見知りを発動させ、座席の端っこに座り体を縮こませていたのだ。

 

「ほら、セリア! ちゃんと自己紹介しないと!」

 

「わ、わ、引っ張らないでください」

 

 リジーに引っ張られたセリアは、対面の三人に見つめられ緊張で体を強張らせる。

 しばらくおろおろと慌てていたが、リジーが大丈夫だと言うように頷くとふう、と息を整え背筋を伸ばし姿勢を正した。

 セリアの雰囲気が変わり、コンパートメント内の空気が引き締まる。

 そしてセリアが口を開く。

 

「初めまして、チャンさん、エッジコムさん、ベルさん。私は、セリア・レイブンクローと申します。同じコンパートメントになったのも何かのご縁です。これからどうぞ、よろしくお願いします」

 

 セリアは座ったままで胸に手をやり、優雅に会釈をしてにこりと微笑んだ。

 その雰囲気にのまれた三人は、声を出すこともできずぼうっと顔を赤らめてただセリアを見つめる。

 そのままコンパートメントは沈黙につつまれた。

 

「セリア、硬い」

 

「ひゃあっ!」

 

 このままでは埒があかないと思ったのか、リジーがセリアの脇腹を指で突いた。

 突かれたセリアは不意打ちに驚いて声をあげたが、そのおかげでコンパートメント内の空気がゆるんだ。

 三人の顔色も元に戻り、ゆっくりと深呼吸をした。

 

「も、もう! 何をするんですか!」

 

「だってさー、硬いんだもん」

 

 怒るセリアだがリジーは全く悪びれる様子はなく、そんな二人をチョウ達はくすくすと笑いながら眺めていた。

 セリアはまだ頬を膨らませていたが、おかげで緊張が解けたのか、先ほどのように縮こまることはもうなかった。

 

「三人はお友達なの?」

 

「ええ、マリエッタもケイティも親が魔法省で働いてて。昔から三人で遊んでいたのよ」

 

「魔法省ですか。もしかして、エッジコムさんのお母様は煙突飛行規制委員会にお勤めを?」

 

「え? ええ、そうだけど。どうして?」

 

「はい。お仕事でお会いしたことがあるんです。お母様はお元気ですか?」

 

「ええ、とっても元気よ。成績が悪かったら呪いを送るって言ってるくらいにね」

 

「セリア、呪いを送るとかできるの?」

 

「はい、できますよ。封筒や手紙に魔法を閉じ込め、開けたり触ると発動するようにするんです。ただ、結構難しいですよ」

 

「へー、全然知らなかったや」

 

「ねえ、セリアとリジーって、クィディッチは好きなの?」

 

「私、クィディッチはあまり知らないんです」

 

「私もあんまり知らないなー。三人はどうなの?」

 

「そうなの……。私とチョウはクィディッチが大好きなのよ! ね、チョウ」

 

「ええ! 特に私はトルネードーズってチームが大好きで。ただ、マリエッタはクィディッチにあんまり興味ないみたいね」

 

「クィディッチになると二人は面倒くさくなるのよね……」

 

 チョウとケイティをマリエッタはうんざりした顔で見る。

 そんなマリエッタを尻目に、チョウとケイティは大盛り上がりだ。

 

「ホグワーツの寮にもクィディッチチームがあるし、絶対に入りたいわ!」

 

「ただ、一年生は自分の箒を持つことはできないらしいの。残念だわ」

 

 それからしばらくクィディッチの話を続けていると、こんこん、とまたしてもコンパートメントの扉が叩かれた。

 扉が開かれると、そこには色とりどりのお菓子などが大量に積まれたカートを押す魔女が立っていた。

 

「車内販売ですよ、いかがですか?」

 

 お菓子を前にした少女達は、それぞれお金を手に通路に飛び出しカートへと群がる。

 

「あれ? セリアは買わないの?」

 

「いえ、私は最後に買いますよ」

 

 リジー達が大量のお菓子を抱えて席に戻ると、セリアもお金を手に通路へと出た。

 セリアはカートの商品をしげしげと眺める。

 

「それでは……大鍋ケーキと百味ビーンズ、かぼちゃジュースをお願いします」

 

「はいはい、どうぞ」

 

「ありがとうございます。代金です」

 

「はい、確かに。……お嬢様、行ってらっしゃい。楽しんでくださいね」

 

「ええ、行って来ます。おばちゃん」

 

 魔女はセリアにウインクをすると、カートを押して去っていった。

 セリアが戻るとそれぞれが購入したお菓子を開けて広げており、コンパートメントの中はちょっとしたパーティー会場のようになっていた。

 

「おかえりー、セリア。何買ったの?」

 

「大鍋ケーキと百味ビーンズ、あとは飲み物ですよ」

 

「うげ、百味ビーンズかー……。この間のアイスでちょっとトラウマだよ」

 

「実はレイモンドは、百味ビーンズが好きなんですよ」

 

「あら、百味ビーンズが好きな人がいるなんてびっくりね。マリエッタなんて、小さい頃百味ビーンズのはずれに当たって気絶したこともあるのよ」

 

「余計な事言わないで、チョウ! ケイティだって昔、百味ビーンズを食べて吐いたことあるわよ!」

 

「ちよっと、内緒にしてって言ったじゃない!」

 

 お菓子と言う起爆剤を投与された少女達の話題は尽きず、気がつけば随分と日が傾いてきた。

 

「もうすぐ着くかな?」

 

「なんだか特急の速度もちょっと遅くなってきた気がするわ」

 

 チョウの言葉が終わると同時に、車内放送が流れてきた。

 

『あと五分程で到着します。荷物などは後ほど学校に送りますので、そのまま降車してください』

 

「あら、もう着くのね」

 

「結構早かったわね」

 

「みなさん、学校に着く前にローブに着替えないといけませんよ」

 

「あ、忘れてた。……ってセリアいつの間に着替えてたの!?」

 

 どたばたと少女達が着替えたり片付けたりしている間にも、特急はどんどん速度を落としていく。

 

「これで最後……あっ!」

 

 いよいよ特急が停止する直前、チョウがトランクを閉めようとした際にローブのポケットに入れていたお菓子が滑り落ち、中身が床に散乱してしまった。

 

「ご、ごめんなさい! 私片付けるから、みんなは先に降りてて!」

 

 もう特急は停まって他の生徒達は降車を始めており、今から片付けていたら確実に遅れてしまうだろう。

 泣きそうになるチョウを前に、リジーとマリエッタ、ケイティはどうしていいかわからず足踏みする。

 しかしセリアはチョウに歩み寄り、肩を抱いて立たせた。

 

「大丈夫ですよ、チョウ。任せてください」

 

「セリア……?」

 

「リジー、お菓子の袋を広げて持っていてくれませんか?」

 

「え? う、うん」

 

 リジーは落ちていた袋を拾い広げた。

 四人が見つめる中セリアは杖を抜き集中すると、空を払うように杖を振る。

 すると散乱していたお菓子は巻き上がり、瞬く間に袋の中へと飛び込んでいった。

 全てのお菓子が収まるとセリアはリジーから袋を受け取り、きっちりと袋の口を閉じた。

 

「ふう、これでよし。あとでちゃんと捨てませんとね。さあ、早く降りましょう。……みなさん?」

 

 セリアは声も出さずに立ち尽くす四人を見て、不思議そうに声をかけた。

 すると、せきを切ったように四人は一斉に驚きの声を上げる。

 

「ちょっと、セリア! 今魔法を!」

 

「それに呪文も使わないなんて!」

 

「すごい! すっごいよセリア!」

 

「セリア、ありがとう!」

 

「あう……みなさん、早く降りないと……」

 

 四人に揉みくちゃにされセリアがうめく。

 そうしている内にもう通路に生徒の姿がなくなっていた。

 そのことに気付いたセリア達は、慌てて通路へ飛び出し特急から降りた。

 

「イッチ年生! イッチ年生はこっち! これで全部かー?」

 

 多くの生徒はホームから出て行っているが、新入生と思われる小さい影が一ヶ所に集まっていた。

 そこに大声をあげて新入生を呼んでいる人物がいたのだが、明らかに大きさがおかしい。

 縦におよそ人二人分、横に三人分はあるかもしれない。

 その謎の大男に怯えながらもセリア達は近づいていき、リジーがおそるおそる尋ねた。

 

「あの、私達も新入生なんですけど……」

 

「ん? そうかそうか。ならこれで全部だな。みんな俺に着いてこーい!」

 

 大男は真っ黒なコガネムシのような目を瞬かせてセリア達を見て頷き、ずんずんと歩き出した。

 背丈が大きければ歩幅も大きいので、新入生達は小走りで大男に着いて行く。

 ぐねぐねとした暗い道をセリアは何度も転びそうになりながら、その度にリジーに助けてもらっていた。

 しばらく進むと、まるで海のように広い湖のほとりへと出た。

 岸にはいくつものボートが停まっている。

 

「四人ずつボートに乗るんだ!」

 

 新入生が息を切らしながら全員集まると、大男が大声で言った。

 新入生達は息も整わないままにボートへ向かう。

 

「セリア、一緒に乗ろー」

 

「はい」

 

「私達は別のボートに乗るわ」

 

「うん、分かった。また後でね」

 

 セリアとリジーはチョウ達三人と別れてボートに乗った。

 新入生達が全員ボート乗ったのを確認した大男は、一人でボートに乗り込んだ。

 

「出航!」

 

 大男が叫ぶと、すべてのボートがひとりでに動きだした。

 新入生達を乗せたボートは滑るように湖面を進んでいく。

 少しすると、目の前に蔓のような草が垂れ下がった岩が現れた。

 その草の下をくぐり抜けボートは進む。

 

「頭、下げぇー!」

 

 大男の号令と共に新入生達は皆頭を下げる。

 

「うわあ……!」

 

 セリアとリジーは同時に感嘆の声を上げた。

 いくつもの高い塔がそびえ立ち、深い歴史を思わせる城壁。

 何世紀に渡り幾人もの魔法使いが学んで来たであろう古代の城、ホグワーツ城。

 その荘厳な姿が月の光に照らされ浮かび上がった。

 

「セリア!」

 

「はい!」

 

 セリアとリジーは笑顔で頷き合う。

 新入生達を乗せたボートは、ホグワーツ城に向かい進んで行く。

 

(ホグワーツ城……ついに、来たんだ……!)

 

 セリアは喜びと興奮で震える両手でロケットの鎖を強く握りしめた。

 もう間も無く、ボートは岸へとたどり着く。

 新入生達の大きな大きな希望を乗せて。

 



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第10話 九月一日・組み分け

主人公達の寮が決まります。



 滑るように進んでいたボートは、こつん、という軽い衝撃と共に停止した。

 先導していた大男はすべての新入生達が降りた後、忘れ物がないかボートを見て回っている。

 

「よーし、みんないるな? 湖に落っこちたやつはいねえか? ならついて来い」

 

 確認を終えた大男は大声で言い、またずんずんと城に向かって歩き出した。

 新入生達はとてつもなく広い校庭を見渡しながら、小走りでついて行く。

 しばらくして城へたどり着くと、樫の木で作られた巨大な扉が現れた。

 大男は巨大な扉へと歩いていき大きな拳で叩いた。

 するとすぐに扉は開かれ、そこにはエメラルド色のローブを着た魔女が立っていた。

 きっちりと髪を結い上げた厳格そうな顔つきの魔女は、ぐるりと新入生達を見渡す。

 それだけで新入生達は、この魔女が決して逆らってはいけない人物であると悟った。

 

「マクゴナガル先生、新入生のみんなです」

 

「ありがとうございます。ここからは私が引き受けますので、あなたは大広間に向かいなさい。新入生達はついて来なさい」

 

 マクゴナガルと呼ばれた魔女はそう言うと歩き出し、新入生達はその後に続く。

 玄関ホールは小さな家ならば丸々入るのではないかというほどに広く、いくつかの扉や大きな階段がある。

 その階段の向かいには大きな扉があり、そこから賑やかな声が響いてきている。

 

「すっごい広いね、セリア」

 

「はい。それにすごく綺麗です」

 

「きっと屋敷しもべ妖精さん達が、頑張って掃除してくれてるんだね。あの大きい扉はどこに続いてるのかなあ?」

 

「おそらく、マクゴナガル先生が先ほどおっしゃっていた大広間ではないでしょうか」

 

「ああ、そっか。なるほどね」

 

 そのまま大広間へ向かうと思いきや、マクゴナガルは大広間の横の扉へと進む。

 そこは特に何もない小部屋だった。

 新入生が全員小部屋に入ったことを確認すると、マクゴナガルは口を開いた。

 

「さて、皆さん。まずは入学おめでとうございます。これから新学期の宴会が行われますが、その前にあなた達が所属する寮を決めなければいけません。寮はホグワーツで生活する中での家であり、寮生は家族となります。

 ホグワーツには四つの寮があります。グリフィンドール、スリザリン、ハッフルパフ、レイブンクロー。それぞれに輝かしい歴史があり、あなた達もそれに恥じぬようによく学び、成長していくことを願います。各寮には得点があり、良い行いや成績を残した者の寮には加点を、その反対には減点が与えられます。

 また、学期末に得点がもっとも多い寮には、たいへん名誉のある寮杯が贈られます。間も無く組み分けの儀式が始まります。準備の間、できる限り身だしなみを整えておきなさい」

 

 言い終えるとマクゴナガルは新入生を見渡し、服装が乱れている何人かに目を止めると、小部屋を出て行った。

 マクゴナガルが出て行ったとたんに、新入生達は一斉にひそひそと話し出す。

 

「ねえねえセリア。組み分けってどうするのかな? 前に兄ちゃんに聞いたんだけど、教えてくれなかったんだよね」

 

「えっと……」

 

 リジーの質問にセリアは言いよどむ。

 イギリス魔法界では、ホグワーツに入学するまで組み分けの方法を秘密にするのが一つの伝統だ。

「ホグワーツの歴史」というホグワーツについて詳しく書かれた本にも、組み分けに関しての詳細は記載されていない。

 しかしセリアは、昔ホグワーツについて調べていた際にその方法を知ってしまっていた。

 

「あれ? その感じ、セリア知ってるの?」

 

「そ、その……秘密です!」

 

「えーなんでー。教えてよー。えいえい」

 

「だ、だめです、つつかないでください……きゃあ!」

 

 頑なに黙秘するセリアの口を割らせようとリジーはつつき攻撃をくりだした。

 それでも口を割らないセリアに、これまたどうしてやろうかとリジーが思案していると、突然壁から銀色の影が飛び出して来た。

 銀色の影に驚いたセリアは悲鳴を上げリジーに飛びついた。

 

「な、なんですか?」

 

「あー、ゴーストだね。ホグワーツにいっぱい住んでるって兄ちゃんが言ってたよ」

 

 銀色の影の正体はゴーストだった。

 ホグワーツにはゴーストが数多く住んでおり、その一団が大広間へと向かっていたのだ。

 

「今年もピーブズは出席を許されなかったようですな」

 

「当たり前ですよ、修道士。やつの出席を許した暁には、どのような惨事となるやら。考えるだけで恐ろしいですよ」

 

「しかしですな、一度くらい機会を与えてみてもよろしいのでは?」

 

「いえ、いえ、その一度がどれほどの被害をもたらすか……おや?」

 

 太ったゴーストとつめ襟服を着たゴーストが、新入生達を発見して立ち(滑り?)止まった。

 太ったゴーストは微笑みながら口を開く。

 

「新入生じゃな? 入学おめでとう」

 

 太ったゴーストの言葉に何人かの新入生がこわごわと頷く。

 

「もう組み分けも始まるでしょう。そんなに緊張しなくとも大丈夫ですぞ」

 

 つめ襟服のゴーストがそう言うと、二人のゴーストは去って行った。

 全てのゴーストが壁を通り抜け大広間に消えると、小部屋の扉が開かれマクゴナガルが戻ってきた。

 

「組み分けの準備ができました。それでは並んでついて来なさい」

 

 マクゴナガルに続いて新入生達は大広間へと進む。

 扉をぬけた先はとても広く、天井には星がまたたく夜空が広がっており、数えられないほどの蝋燭が浮かび大広間の中を照らしている。

 

「天井開いてるのかな?」

 

「いいえ、天井に魔法がかけられていて、本物の空のように見えるそうですよ」

 

「へー、すごいね」

 

 入り口からみて四つの長テーブルが縦に並び、そこにそれぞれの寮生達が座っている。

 四つのテーブルの前には横向きに一つ長テーブルがあり、そこには教職員が座っていた。

 新入生を引き連れたマクゴナガルは大広間の真ん中を進んで行く。

 その先には一つの椅子があり、そこに古ぼけた帽子が置かれていた。

 マクゴナガルが立ち止まったので新入生達も立ち止まり、椅子の上の帽子をしげしげと眺める。

 すると突然帽子のつばの部分が口のように開き、帽子が歌い始めた。

 

「この世に帽子は数あれど

 私を越える帽子はない

 私はホグワーツ組み分け帽子

 君たちの頭の中そのまた奥の

 君たちの真実を覗き識る

 

 グリフィンドールへ行くならば

 君は気高く勇敢で

 恐れず進む騎士の道

 他とは違う、グリフィンドール

 

 ハッフルパフへ行くならば

 君は正しく勤勉で

 忍耐強く誠実で

 友を愛する、ハッフルパフ

 

 レイブンクローへ行くならば

 君は賢く博識で

 学びを求める知識欲

 溢れる叡智、レイブンクロー

 

 スリザリンへ行くならば

 君は優れて狡猾で

 手段を選ばず事を為す

 誇り高き、スリザリン

 

 かぶってごらん、恐れずに! 

 さあさあ座って私の下へ

 それで私は間違えない

 教えよう行くべき寮を

 私は考える帽子、賢い帽子!」

 

 帽子が歌い終えると教員と在校生が一斉に拍手をする。

 拍手の中帽子は各テーブルにそれぞれ一礼すると、動きを止めた。

 

「帽子をかぶるだけでいいんだ。楽勝だね」

 

「そうですね……けれど、こんなに大人数の前だとどきどきします」

 

 セリアは資料でしか見たことのない組分け帽子を見ることができて感動していたが、大人数に注目される緊張がその感動を上回っていた。

 緊張で硬くなるセリアを内心かわいいと思いながら、リジーはセリアを元気付ける。

 

「大丈夫大丈夫、すぐ終わるって」

 

「そうですよね……」

 

「あ、でもセリアすっごいかわいいし、目立っちゃうかもね」

 

「もう! からかわないでください」

 

 怒るセリアだがもう硬さは抜けていた。

 拍手がおさまると、下がっていたマクゴナガルが巻き紙を持って前へ出て来た。

 

「これからABC順に名前を呼びます。呼ばれた生徒は前に出て、椅子に座りなさい」

 

 そうして名前を呼ばれた新入生達は組み分け帽子をかぶり、寮が次々と決まっていく。

 特急の旅を共に過ごしたチョウとマリエッタはレイブンクロー、ケイティはグリフィンドールへと組み分けされた。

 RとSのセリアとリジーは名前が呼ばれるのを待ちながら、緊張に包まれていた。

 そして、その時が来た。

 

「レイブンクロー・セリア!」

 

「セリア、頑張れ!」

 

「はい……!」

 

 セリアの名が呼ばれると、大広間内の喧騒が小さくなりささやき声がさざめく。

 その中セリアは緊張で震える足で歩き出す。

 

「レイブンクロー?」

 

「本物?」

 

 生徒達の好奇の目の中椅子に歩み寄ったセリアは座り、マクゴナガルが組み分け帽子を頭にかぶせる。

 組み分け帽子は大きく、セリアの顔の半分以上を覆い隠した。

 視界が暗闇に包まれると、頭の中に直接響くような声が聞こえた。

 

「おや、おや、ロウェナの血縁の者だね? これほどにロウェナに近い者は久しぶりだ。確か二十年か三十年くらいぶりかな?」

 

「はい、それは私の父だと思います」

 

「ああ、彼の子か。どうりで。と、昔話はここまでで、仕事をしなければ」

 

「よろしくお願いします」

 

「ふーむふむ、何か大きな事を成したいという野望があり、それに足る才能を秘めている。また、自分の血に対する強い誇りも。もちろん機知に富んでいて、それ以上に新たな知識を求めるすばらしい欲もある。スリザリンかレイブンクローへ入れば、君は必ず成功をおさめるだろう」

 

「はい、私もそんな気がしていました」

 

「しかし……君が本当に深く求めているものが、他にあるのではないかね? 一度、自分を見つめてみるといい」

 

「それは……」

 

 組み分け帽子にそう言われたセリアは、戸惑いながらも自分を省みる。

 

(もちろん、レイブンクローの名に恥じない何かをしたいというのは本当。それは私の昔からの願いであり、義務なのだから。そしてそのためには、知識はどこまでも必要)

 

 そこまで考えて、セリアは自分の心に何かが引っかかるのを感じた。

 その引っかかりに戸惑いながら、セリアは思考を続ける。

 

(けれど、それは本当に私の求めるものなの? もしかしたら、私は私自身をレイブンクローという名で縛っていたのでは? セリア・レイブンクローという一人の人間が、本当に欲しいものは何なんだろう?)

 

 思考が進み、自分の奥底の望みを識る。

 

(ああ、そうだ。私が、セリア・レイブンクローが、本当に求めるものは)

 

 自分の底で見えたもの、それは鮮やかなグリーンの瞳を持つとても暖かく心地良い人。

 自分を初めて「友達」と呼んでくれた人。

 

(リジーみたいな大切な「友達」が、たくさんできたらいいな)

 

 そこまで思考がいたると、頭の上で組み分け帽子が頷く気配がして声が聞こえる。

 

「自分を識れたかい? よろしい。ならば、ハッフルパフ!」

 

 最後の言葉だけが大広間に向けて叫ばれ、一瞬の静寂ののち、割れんばかりの拍手と歓声が上がった。

 

「ありがとうございました」

 

「頑張りなさい、レイブンクローの子供」

 

 最後に組み分け帽子と言葉を交わすと、セリアの頭から組み分け帽子が取られた。

 見上げたセリアと視線が合ったマクゴナガルは、微笑みを浮かべると頷いた。

 セリアは椅子から立ち上がり、ハッフルパフのテーブルへと向かう。

 その途中リジーと目が合い、リジーは満面の笑みで親指を立てる。

 それにセリアは恥ずかしそうに微笑み軽く手を振って答えた。

 席に着いたセリアを、ハッフルパフの生徒が出迎えた。

 

「ハッフルパフへようこそ!」

 

「何かわからないことがあったら、なんでも聞いてくれ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 ハッフルパフ生達の歓迎に、緊張していたセリアは暖かさを感じ小さく微笑む。

 

「あら、かわいい」

 

「こっちにおいでー」

 

「は、はい」

 

 セリアが上級生の女生徒に撫で回される間にも、組み分けは続く。

 少ししてリジーの順番が来た。

 

「スキャマンダー・エリザベス!」

 

 リジーの名が呼ばれると、また少し大広間がざわついた。

 そんな声を気にも止めずリジーは元気に進み、組み分け帽子をかぶる。

 その顔には笑顔が浮かんでいた。

 

(リジー、頑張って下さい……!)

 

 上級生に撫で回されながらセリアは心の中でリジーを応援する。

 隠れていない口元を見ると、リジーは組み分け帽子と何か盛んに話していた。

 そして組み分け帽子が叫ぶ。

 

「ハッフルパフ!」

 

 それを聞いたリジーはぐっと拳を握りしめると、組み分け帽子が取られたとたんに立ち上がった。

 そして組み分け帽子に手を振ると、ハッフルパフのテーブルへと元気に向かった。

 ハッフルパフの生徒に熱く歓迎され、リジーは照れくさそうに笑いながらセリアの横に座った。

 

「いやー、どうもどうも」

 

「リジー! 一緒の寮です!」

 

「うん! これからもよろしくね!」

 

「はい! とっても嬉しいです!」

 

「今までで一番元気だねー、セリア」

 

 興奮冷めやらぬセリアに苦笑しつつ、抑えるようにリジーはセリアの頭を撫でた。

 セリアとリジー、これから二人は同じ寮で過ごし、成長していく。

 リジーと、友達と一緒ならばどんなことでもきっと乗り越えられる。

 セリアはロケットの鎖を握り、これからの学校生活を思いながら笑顔を浮かべた。

 

──────────

 

 椅子へ座った私の頭に、組み分け帽子がのせられた。

 意外に大きくて視界が覆われると、頭の中に声が聞こえてくる……その前に私は口を開いた。

 

「組み分け帽子さん、私ハッフルパフがいい!」

 

 いきなりの私の言葉に、組み分け帽子さんは驚いた様子だった。

 

「そんなことを言われても。ちゃんと君を見ないと、組み分けはできんよ」

 

 組み分け帽子さん、意外と声若いなあ。

 まあ、それは置いといて。

 

「じゃあ早く見てください!」

 

「せっかちな子だ……。どれどれ……ふむ、好奇心が強く、行動力と勇気がある。それに、知らないことを知りたいという知識欲も。また忍耐強く素直な性格のようだ。君にはグリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフの三つの道があり、私としては特にグリフィンドールをすすめるのだが……?」

 

 組み分け帽子さんが何やらむにゃむにゃ呟いて聞いてきたけど、答えは変わらないね。

 

「もちろん、ハッフルパフで!」

 

「ぶれないねぇ。まあ、迷いなく選ぶというのであれば、間違いないのだろう。良いかい?」

 

「はい!」

 

 組み分け帽子さんの最後の確認に、私は間髪入れずに返事をした。

 組み分け帽子さんは頷くと叫んだ。

 

「ハッフルパフ!」

 

 それを聞いて私は笑顔を浮かべる。

 私は立ち上がると、マクゴナガル先生が持っている組み分け帽子さんに手を振って、ハッフルパフのテーブルへ走らない程度に急いだ。

 ハッフルパフのテーブルでは、目をきらきらと輝かせている私のかわいい友達が私を待っててくれていた。

 セリアと一緒に七年間生活するの、すっごい楽しそうだな。

 セリアの隣に座りながらこれからの学校の暮らしを思い浮かべて、私の口元は自然と緩んでいた。

 



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第11話 九月一日・寮

オリキャラが出ます。


 最後の生徒の組み分けが終わり、マクゴナガルは巻き紙を巻き取って下がっていった。

 それと入れ替わるように、職員テーブルの中央に座っていた一際目立つ老魔法使いが立ち上がった。

 

「新入生諸君、おめでとう! 歓迎会を始める前に、一言二言言わせてもらおう。それでは、うんとこしょ! どっこいしょ! さあ、どんどん食べるのじゃ!」

 

 全生徒の前で意味不明なことを言った長身痩躯の老魔法使い。

 一度巻いても地面まで届きそうな長い髭をベルトの金具で留め、高い鼻は二度は折れ曲がっており、明るいブルーの瞳が銀縁眼鏡の奥できらきらと輝いている。

 この老魔法使いこそ、ホグワーツ魔法魔術学校の校長で、二十世紀でもっとも偉大な魔法使いと讃えられているアルバス・ダンブルドアその人だ。

 そのダンブルドアがけったいな掛け声の後に両手を打ち鳴らすと、長テーブルの上に数多く並ぶ空の金色の食器に、多種多様な料理が大量に現れた。

 生徒達は歓声をあげると、目の前の食べ物をかきこんでいく。

 

「うわあ! こんなご馳走見たことないよ! すごいね、セリア」

 

「はい、さすがはホグワーツです。だけど、私に仕えてくれている屋敷しもべ妖精が見たら、これくらいは作れるって言いそうです」

 

「へえ、セリアのお家には屋敷しもべ妖精さんが働いてるんだ! さすがレイブンクロー家だねー」

 

「ええ。でもルンはしもべなんかじゃなく、とても大事な家族なんですよ。……あ、シチューがある」

 

「シチュー好きなの? ちなみに私はかぼちゃ料理に目がないのだ」

 

 それから歓迎会は何事もなく進んだ。

 途中かぼちゃ料理を口につめこみ過ぎたリジーが自身の顔色をかぼちゃ色にしたり、一年生が自己紹介している際にセリアのお辞儀が炸裂し、テーブルの半分以上、さらには近くにいた他寮の生徒が呆けてしまうということがあったが。

 ご馳走が食器から消え次にデザートが現れると、生徒達はご馳走でお腹がはちきれそうだったことも忘れてまたデザートに群がった。

 

「いやー、自分で作らなくても料理が出るなんて。楽でいいねー」

 

「リジーは自分で家事をしているんですか?」

 

「うん。昔からパパもママも、お仕事で家にあんまりいなかったからねー。兄ちゃんは家事できるくせに、めんどくさがってやらないし」

 

「私は昔からおばちゃんかルンがしてくれていましたから、家事は全くです。甘えてばかりだったんですね……」

 

「これから覚えたらいいよ!」

 

 そうしてデザートも食器の上から消え去り、またダンブルドアが立ち上がった。

 

「さて、みな良く食べよく飲んで眠くなっておるじゃろうが、ベッドへ入る前にいくつかお知らせがある。まず新入生への注意じゃが、校庭にある森は大変危険なので、入ってはいかん。これは特に何人かの生徒に注意してもらいたいのう」

 

 そう言うとダンブルドアは一度言葉を切り、グリフィンドールのテーブルの方をちらりと見た。

 

「次に管理人のフィルチさんからで、廊下で魔法は使わぬように、とのことじゃ。また、持ち込み禁止の品の一覧がフィルチさんの事務室にあり、誰でも自由に確認できる。それと、各寮のクィディッチチームに参加したい者は予選が行われるので、各寮の寮監へ連絡をするように。そして昨年の学期末でも言ったが、昨年までマグル学を教えてくださっていたクィレル先生が今年一年、見聞を広めるため世界を回る旅へ出られた。その代わりにチャリティ・バーベッジ先生がマグル学を教えてくださる。最後に、今年新しく来られた先生を紹介する」

 

 そう言ったダンブルドアが教職員テーブルへ顔を向けると、一人の男が立ち上がった。

 

「デレク・クーパー先生じゃ。闇の魔術に対する防衛術の先生を務めてくださる。なさけない話じゃが、今年わしはなかなか新しい先生を見つけることができなくてのう。そこで魔法省と相談した結果、一年に限ってじゃがクーパー先生がホグワーツで教鞭を執ってくださることになった。クーパー先生は現職の闇祓いじゃ。今年試験のある五年生、七年生にとっては、とても参考になるじゃろう」

 

 現職の闇祓いと聞いて生徒達はざわめき、ぱちぱちと拍手がおこる。

 闇祓いとは凶悪な犯罪者を捕らえたり要人警護などを行う機関で、魔法省の中でも最も高い実力を持つ者のみが就くことを許される職業だ。

 クーパーは一礼すると着席した。

 

「連絡事項は以上、それではみなベッドへ行くのじゃ。新入生達は監督生について寮まで行くように。新たな監督生達よ、よろしく頼む。そーれ駆け足、ぴっぴ!」

 

 ダルブルドアの号令で生徒達は一斉に移動を開始する。

 各寮のテーブルで、男女二名の監督生が一年生を呼び集め大広間を出た。

 

「一年生達、僕達について来るんだ。もし迷ったら危険だから、注意して」

 

 一年生の前に立った監督生はそう言うと歩きだした。

 紅色のグリフィンドールと青色のレイブンクローは階段を上がって行き、緑色のスリザリンは地下へと続く階段をおりて行く。

 セリア達ハッフルパフも階段を一番下までおりて進んでいく。

 下った先には松明に照らされた広い廊下があり、その壁には様々な果物が賑やかに描かれた絵画が飾られていた。

 果物の絵画を通り過ぎて少しすると石造りの窪みがあり、そこに大きな樽が大量に積まれ山となっていた。

 監督生はその樽の山の前で立ち止まった。

 

「ここが僕たちハッフルパフの寮への入り口なんだ。それじゃあ、入るために必要な手順があるからしっかり見ててくれ」

 

 男子監督生がそう言って女子監督生に目配せをすると、女子監督生は頷いて樽の山の前に立つ。

 一年生がよく見えるかどうか確認した女子監督生は、樽の山の二列目の中央、下から二番目の樽の底を独特なリズムで叩いた。

 すると樽の山が割れ、開けた先に土の坂道が現れた。

 女子監督生が樽の山を抜け坂道へ入ると樽の山は閉じた。

 

「今のが寮へ入る手順なんだ。二列目の下から二番目の樽の底を叩く。さっきのリズムは「ハッフルパフ・リズム」と呼ばれていて、間違ったリズムで叩いたり別の樽を叩くと、他の樽に熱々のビネガーを浴びせかけられるから注意してくれ」

 

 そう言った男子監督生がさっきのリズムをもう一度、今度は少しゆっくりと叩き樽の山を開いて、一年生達を手招きする。

 開いた先では女子監督生が待っていて、一年生達は監督生達に続いて土の坂道を登った。

 

「さっきのリズムだけど、「ヘルガ・ハッフルパフ」の発音のリズムになっているから、何回か練習しておいたほうがいいわよ」

 

「七年生にいまだによくリズムを間違えてビネガーをかけられる人がいるけど、大体みんなすぐに覚えられるから心配いらないよ」

 

 坂道を登りきると、広々とした談話室へとたどり着いた。

 談話室を目にした一年生達は、全員感嘆の声をあげた。

 談話室は天井は少し低めだが明るくて広く、黄色と黒色の内装だ。

 はちきれそうなほど詰め物のされた座り心地が良さそうな椅子やソファが並び、ぴかぴかに輝く蜂蜜色のテーブルもたくさんある。

 丸い壁面に沿うように備え付けられた棚には、踊る植物などの不思議だが愉快な植物が飾られている。

 いくつか丸窓があり、地面と同じ高さなのか夜風に揺れる芝生が見てとれる。

 壁には掲示板と丸い扉があった。

 柔らかな火が揺れる大きな暖炉には、ハッフルパフの紋章であるアナグマがびっしりと刻まれており、その上の壁にはヘルガ・ハッフルパフの肖像画が飾られていた。

 肖像画の中のヘルガ・ハッフルパフは、新入生達を見下ろしカップを掲げ乾杯している。

 

「ここが僕達ハッフルパフの寮、その談話室だ。授業が終わった後や休みの日にはここで過ごすことになる。もしわからないことがあれば、何でも上級生に聞いてくれ」

 

 一年生がきょろきょろと談話室内を見渡してると、男子監督生がそう言った。

 全体的に居心地の良さそうな談話室で、一年生はみんな安心した様子だった。

 

「今日はもう遅いから、みんなもう寝室に向かいなよ。寝室はそこの丸い扉の向こうにあるわ」

 

 壁にあった丸い扉の先には、寝室へと続くぐねぐねと曲がったまるで巣穴のような道があった。

 途中で男子と女子とで別れ、一年生達はぐねぐねした道を進む。

 

「あ、セリア。こっち一年生って書いてるよ」

 

 上に一年生と書かれている角を曲がると、いくつか扉がある道へと出た。

 扉の横にはその部屋に割り振られた生徒の名前が書かれている。

 

「あった! セリア、一緒の部屋だよ!」

 

「本当ですか!?嬉しいです、リジー!」

 

 同じ部屋に名前があったセリアとリジーは手を取り合って喜び、寝室の扉を開けた。

 寝室は銅製のランプが暖かく室内を照らし、四本柱の木製のベッドが四台ある。

 ベッドはパッチワークのキルトで覆われており、とても寝心地が良さそうだ。

 ベッドの横には水差しと戸棚、クローゼットが置いてあり、壁にはベッドウォーマーが吊るされている。

 特急に置いていたトランクはすでに運び込まれていた。

 

「うわー。談話室もそうだったけど、寝室もすごくいい感じだね!」

 

「はい、とても暖かくて居心地が良くて。これからの生活がすごく楽しみです」

 

 セリアとリジーは笑い合う。

 リジーは寝心地を確かめるようにベッドへ飛び込み寝転がった。

 

「もう、お行儀が悪いですよ、リジー」

 

「おー! うちのベッドより断然寝心地良い! セリアも寝転がってみなよ!」

 

「でも……」

 

「いいからいいから」

 

 リジーに言われ渋々セリアもころんとベッドへ寝転がると、たちまち破顔する。

 

「うわあ、ふかふかですね……!」

 

「でしょ? 屋敷しもべ妖精さん達、すごくいいお仕事してるよねー」

 

「会うことがあったら、お礼を言わないといけませんね……」

 

 セリアとリジーがそれぞれベッドの上でころころと転がっていると、寝室の扉が開いた。

 そこには同じ部屋の生徒であろう女子生徒が二人立っていた。

 扉が開いたとたんセリアは驚いて跳ね上がり、ベッドの上で背筋を伸ばし固まった。

 一方でリジーはベッドに寝転がったまま仰向けで声をあげた。

 

「あ、もしかしてこの部屋の人? 入って入ってー」

 

 リジーがそう言うと、二人の女生徒はそろそろと寝室へ入ってきた。

 

「え、ええ、失礼するわね」

 

「……お邪魔します」

 

 寝転がっているリジーを見ながら挨拶した女生徒は、きらきらと輝く金髪がさらりと腰まで流れ、少したれ目気味の目の瞳は薄い灰色だ。

 ベッドの上で固まっているセリアをちらりと見て挨拶した、小柄で寡黙そうな女生徒。

こちらはふわふわとした赤毛のショートヘアで、鳶色の瞳の眠そうな目をしている。

 二人が寝室に入るとリジーはようやくベッドから起き上がり、二人の元に歩み寄り握手を求めた。

 

「私、リジー・スキャマンダー! リジーって呼んでね! 二人は?」

 

 リジーの自己紹介を受け、まず金髪の女生徒が名乗った。

 

「ええ、私はアイビー・ベケットよ。アイビーって呼んで。これからよろしくね」

 

 次にふわふわ赤毛の女生徒が名乗る。

 

「私はメーガン・バーク。メグって呼んでくれていいよ」

 

「アイビーとメグだね! よろしく!」

 

 リジーは二人の手を握りぶんぶんと振り、いまだ固まっているセリアに声をかけた。

 

「ほら、セリアも挨拶しないと」

 

「は、はい」

 

 ようやく硬直がとけたセリアはベッドを降り、リジーの隣まで歩いてきた。

 

「あ、さっきのお辞儀の子」

 

「レイブンクローの……」

 

 二人に見つめられる中、セリアはローブをちょん、とつまみ片足を後ろに下げ、もう一方の足を軽く曲げてふわりと笑顔を浮かべた。

 そしてセリアの優雅が炸裂する。

 

「初めまして、アイビーさん。メグさん。私はセリア・レイブンクローと申します。これから七年間、良き友人として共に充実した学園生活を送りましょうね」

 

 至近距離からのセリアの挨拶に二人はのまれ、ぼうっと顔を赤らめて動くことができなくなる。

 そんな中リジーはセリアの背後に忍び寄り、両手の人差し指でセリアの腰をつついた。

 

「だから硬いってば。えい」

 

「ひゃああ!」

 

 リジーの急襲にセリアは叫び声を上げ床へとへたり込む。

 アイビーとメグはその叫び声ではっと我に返った。

 へたり込んだセリアはぷるぷる震えながら、リジーを恨みがましそうに見上げた。

 

「リジー……だからつつかないでくださいって、何度も言ったのに……」

 

「セリアがお辞儀で凍結呪文をかけるかぎり、私はつつき続けるよ!」

 

 リジーはとてもいい笑顔で親指をぐっと立てた。

 そんな二人を見てアイビーは声をあげて笑い、メグもにこりと口元を緩めていた。

 

「あはは! 二人とも面白い! これから楽しくなりそうね! ね、メグ」

 

「うん、楽しみ」

 

「えへへ、私も楽しみ。でももう遅いし、着替えよっか。ほらセリア、早く立って」

 

「もう、ひどいですよリジー……」

 

 少女四人はお喋りしながらそれぞれパジャマに着替える。

 

「へー、アイビーとメグは幼馴染なんだ」

 

「ええ、家が隣でね。メグの家はでっかいお屋敷なのよ」

 

「バーク家と言いますと、たしか聖二十八一族の?」

 

「うん。といっても、うちは純血主義に傾倒してるわけじゃないよ。遠い昔の親戚が、闇の魔術の道具を扱う店をやってたくらい」

 

「闇の魔術ってさ、名前だけ聞いたらなんかかっこいいよね」

 

「メグのお屋敷は闇のやの字もないけどね。なんたって、メグのお父さんは闇祓いだし」

 

「そうなんですか? もしかしたら私、メグのお父様にお会いしたことがあるかもしれません」

 

「多分、あると思うよ。昔お父さんがセリアのこと言ってたし。レイブンクローの綺麗なお嬢さんに会ったって。そしたらお母さんに怒られてたよ」

 

「セリアって確か、闇祓い局の局長さんと茶飲み友達なんだっけ?」

 

「そうなの? セリアすごいわね」

 

「違いますよ! ただ何度かお会いしたことがあるだけです」

 

「あはは、冗談だって。そういえばメグ、新しい先生って人知ってる? あの人おじさんの同僚よね?」

 

「うん。確かお父さんの部下の人だったと思う。現場ばっかりで、あんまり闇祓い局にいないらしいよ」

 

「私もあの方とは会ったことはありませんでした」

 

「そっかー。でも現役闇祓いの教える授業って、すごそうだよねー」

 

 リジーは枕をぽふぽふしながら言った。

 今四人はベッドに腰掛けながらお喋りをしていた。

 すると壁に掛けられた時計がなる。

 そちらを見ると、もう遅い時間だった。

 

「そろそろ寝ないと。初日に寝坊したら大変だもんね」

 

「そうですね……。朝、弱いので不安です」

 

「普段どうやって起きてるの?」

 

「普段はルンが起こしてくれてるんです」

 

「ルンって誰? ひょっとして屋敷しもべ妖精?」

 

「はい。私の家族です」

 

「屋敷しもべ妖精がいるなんてすごいわね。メグの家にもいるのよ」

 

「うん、私も起こしてもらってた。朝苦手」

 

「お嬢様方二人寝坊しないようにねー」

 

「ねえリジー、私達一般庶民が、お嬢様達を起こしてさしあげないといけないのかしら?」

 

「そうだねー。寝坊しそうだったら起こそっか」

 

「寝坊なんかしません!」

 

「私も授業楽しみだし、大丈夫だと思う」

 

 四人はお喋りを続けながらベッドへと入っていく。

 四人ともベッドに入ると、ランプの灯りがゆっくりと消えて室内は暗くなった。

 

「それじゃみんな、お休みー」

 

「はい、お休みなさい」

 

「お休みなさい」

 

「お休み」

 

 ふかふかのベッドに包まれ、すぐに四人分の寝息が室内を満たした。

 いよいよ明日からホグワーツでの生活が始まる。

 




ビネガーをかけられるのは、いったいどこの水の妖精なのでしょうか。


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第12話 ホグワーツ初日・朝

 朝、私はいつも通り夜明け前に目が覚めた。

 ふかふかで凶悪なほど寝心地のいいベッドだけど、いつもの習慣は抜けないみたいだね。

 私はゆっくり起き上がると、トランクから動きやすい服を取り出して着替え、腰にポーチを巻きローブを羽織った。

 今日中に荷物を整理しないとね。

 着替え終わった私は隣のベッドを見る。

 そこでは私のかわいい友達が、これまたかわいい寝顔で眠っていた。

 朝からいいものを見たなあ。

 これから毎日見れるんだよね、最高。

 みんなを起こさないように忍び足で寝室を出て、談話室に向かう。

 談話室には当然まだ誰もいない。

 談話室を抜けて私は上の階に上がっていく。

 入り口から寮が近くて助かったな。

 広々とした玄関ホールは耳がちょっと痛くなるくらい静かで、私は早足で玄関へ向かう。

 巨大な扉は、昨日寮に向かうときは閂がされていたけど、今は外されている。

 軽く押すと扉は勝手に開いてくれた。

 外に出ると少しだけ肌寒い風が吹いていたけど、草や水の匂いがして心地良い。

 私はローブを脱いでポーチに片付けて、ゆっくり体をほぐすように体操をする。

 そして靴の紐をしっかり結んでいることを確認すると、軽く走りだす。

 初日でどこに何があるとか全然知らないし、とりあえず適当に走ってみよう。

 しばらく走ると、先になんだか大きな建物が見えた。

 なんだろあれ? 気になるからあそこに向かおうかな。

 近くまで来ると建物の正体がわかった。

 その建物はクィディッチ競技場だった。

 試合のときは、全生徒が集まって熱中するんだろうね。

 セリア達と見に行くの楽しみだ。

 いつかチョウやケイティもここでクィディッチをするのかな? 

 さて、次はどこに向かおうかなあ。

 そうだ、昨日校長先生が言ってた森の方に向かおうかな。

 校長先生も兄ちゃんも危ないって言ってたから入らないけど、見に行くくらいはいいよね。

 私は森に向かって走り出す。

 鬱蒼とした広大な森は、きっといっぱい生き物がいるんだろうなー。

 入りたいけど、我慢我慢。

 森を眺めてちょっと休憩していると、遠くで物音がした。

 そっちを見てみると何やら小屋があって、その中から人が出てきた。

 あれ? なんだかあの人でっかいな。

 ああ、昨日一年生を城に連れて行ったでっかい人だ。

 でっかい人はぐぐっと伸びをした後、私を見つけて少し驚いた顔をした。

 目が合ったし挨拶しないとね。

 私はでっかい人の元へ向かって走る。

 

「おっはよーございまーす!」

 

「おお、おはよう。お前さん、ずいぶんと早起きだなあ」

 

 私が挨拶すると、でっかい人も朗らかに挨拶を返してくれた。

 でっかいせいで見かけはちょっと怖いけど、優しそうな人だなあ。

 あ、でっかい人が水のたまった樽に顔を突っ込んだ。

 すっごい豪快な顔の洗い方だね。

 

「私、毎朝走るのが日課なんだー。でっかい人は何してんの?」

 

 ぶるぶると顔を振って水を飛ばしてるでっかい人に尋ねる。

 でっかい人はタオルで顔をごしごし拭きながら答えた。

 

「俺は森番だからなあ。朝はいろんな仕事があるんだ」

 

「森番? てことはでっかい人がハグリッドだったの?」

 

「んー? 俺のこと知っちょるのかい?」

 

 森番のハグリッド。

 兄ちゃんが生物の知識や飼育の技術をべた褒めしてたからね。

 背が高いって言ってたけど、想像してた以上だね。

 ただ凶暴な生物ほど好きってのがたまに傷とも言ってたけど。

 

「うん、去年まで兄ちゃんがホグワーツにいたから。ロルフ・スキャマンダー。知ってる?」

 

「おお! お前さん、ロルフの妹か! いやあ、奴さん、生意気だが魔法生物に関してはすごかったからなあ。兄さんは今何しとるんだ?」

 

「兄ちゃんは魔法生物の研究をしてて、特に新種の発見に燃えてるよ」

 

 私が言うと、ハグリッドはうんうんと力強く頷いた。

 頷くだけですごい勢いだな。

 

「奴さんなら、本当に見つけるかもしれねえなあ。と、そろそろ仕事しねえと」

 

「あ、ごめんね。私が話しかけたせいで」

 

 朝は忙しいだろうに、時間取らせちゃった。

 私が謝ると、ハグリッドは片手をぶんぶん振って気にしないでいいと言ってくれた。

 

「そう言えばお前さん、名前は?」

 

「私はリジーだよ」

 

「そうか。リジー、そろそろ大広間も開くだろうし、もう戻ったほうがええぞ」

 

「うん、わかった。もう戻るね。じゃあばいばい、ハグリッド」

 

「おう、じゃあな」

 

 私はハグリッドと別れ城に向かって走りだした。

 ここら辺は斜面になっててしんどいな……。

 玄関に戻った私はポーチからローブを取り出し羽織った。

 まだまだ誰もいない玄関ホールを抜け、談話室へとゆっくり歩いて向かう。

 さて、樽の山の前についた。

「ハッフルパフ・リズム」いってみようか。

 まあ、ビネガーが発射されても避けるけどね。

 私は慎重に樽を確認して叩く。

 叩き終わってすぐに避けれるように身構えたけど、問題無かったみたいで樽の山が開いた。

 土の坂を登ると、談話室にはいまだに誰もいなかった。

 もう日が昇ったのに、ホグワーツの生徒って意外と起きるの遅いのかな? あ、何人か出てきた。

 みんなそろそろ起き始めるのかな?

 私は起きてきた数人に挨拶すると、談話室を抜けて寝室へ向かう。

 寝室に戻ったけど、やっぱりと言うかなんと言うか、まだ誰も起きてないや。

 そろそろみんな起き始める時間みたいだし、起こしてあげようかな。

 誰から起こそうか。

 ローブを脱いだ私はそう思案して、かわいい友達の寝顔を見下ろす。

 うん、やっぱりセリアからだよね。

 そう決めた私はセリアを優しくゆすった。

 

「セリアー。そろそろ起きたほうがいいよ」

 

 ホグワーツ初日、楽しみだなあ。

 

──────────

 

「セリアー。そろそろ起きたほうがいいよ」

 

 どこからか暖かな声が聞こえる。

 眠っていたセリアの意識は、ゆっくり覚醒へと向かっていった。

 目を覚ましたセリアの目の前にあったのは、大好きな友人の姿。

 なぜかこれから運動でもするのかという格好をしていたが。

 

「リジー……? おはようございます……。ふわぁ……」

 

「あらら、かわいいあくびだねー」

 

 思わず漏れてしまったあくびをからかわれ、セリアは少し顔を赤くして体を起こした。

 

「リジー……どうしてそんな格好をしているんですか……?」

 

「さっきまで走ってたからね。日課なんだー」

 

「そうなんですか……」

 

 寝起きのせいか、セリアはぼんやりと気の抜けた返事をする。

 そしてベットから降りようとして、トランクにつまづいて転びかけた。

 すぐにリジーが抱きとめてくれていなかったら、セリアはホグワーツ初日を鼻に擦り傷をつけた状態で過ごしていただろう。

 

「す、すみません、リジー」

 

「あはは、いいよいいよ。目、覚めた?」

 

「はい……二人はまだ寝ているんですね」

 

 残る二つのベッドには、姿勢良く眠るアイビーと体を曲げ縮こまって眠るメグの姿があった。

 二人とも熟睡しているらしく、当分起きそうにないだろう。

 リジーはセリアに濡れタオルを渡しながら言った。

 

「うん。私は二人を起こすから、セリアは顔洗って着替えておきなよ。それで二人が起きたら、トランクの荷物を整理しよう」

 

「そういえば、昨日は遅くてそのままになっていましたね……わかりました、着替えます」

 

 顔を拭いたセリアはトランクから着替えを引っ張り出し、パジャマを脱いだ。

 白いワイシャツにネクタイを締め、黒いスカートを身につけ、白いハイソックスに足を通し靴を履く。

 ホグワーツの制服はローブだが、その下に着る服には特に指定はない。

 ただ、あまり派手だと注意を受ける。

 毎日私服を着るのも面倒なので、生徒達は大体同じようにシンプルなワイシャツにスカート、もしくはズボンという服を着て上からローブを羽織る場合が多いのだ。

 これが冬になると、セーターを着たり首にマフラーを巻いたり手袋を着けたりする。

 ちなみに極少人数だが、下着の上から直接ローブを着る魔法使いも存在する。

 セリアが着替えている横でリジーは、今だ眠る二人のベッドへ近づき優しくゆすって起こしている。

 すると二人はすぐに目を覚まし、眠そうに目をこすりながら起き上がった。

 

「おはよう……早いのね、二人とも」

 

「おはよ……」

 

「おはよー二人とも。すっごい熟睡してたねー。とりあえず顔洗って着替えなよ。朝ごはん行く前に荷物の整理をするよ」

 

 リジーは寝起きで朦朧としている二人に濡れタオルを渡しながら言った。

 顔を吹き終わったアイビーとメグがトランクから服を取り出し着替え始め、セリアはトランクを開け荷物を出していっている。

 その間にリジーは全員のベッドを整え、ささっと着替えた。

 

「リジー、あなたすごく手際がいいのね」

 

「昔からずっと家事してたからねー」

 

「私もそれなりにできると思っていたけれど、ぜんぜん敵わないわ……」

 

「あはは、そんなことないって。それより早く整理しよっか」

 

「そうね……。あ、こら! メグ起きなさい!」

 

 メグは取り出した服をまとい、座り込んでこっくりこっくりと船を漕いでいた。

 メグの目を覚まし着替えさせようとしているアイビーをリジーがにこにこと見ていたら、ちょんと袖を引かれた。

 リジーが振り返ると、セリアが少し得意げな顔をしていた。

 

「リジー、整理終わりましたよ」

 

「そっか! どれど……れ?」

 

 クローゼットにはくしゃくしゃに服が吊るされ、私物を入れる戸棚は物が押し込まれ閉まっていない。

 教科書は適当に積み上げられている。

 つまりぐちゃぐちゃだった。

 

「ねえセリア、普段片付けるときどうしてたの……?」

 

「普段はルンがやってくれていたんです。たまに私も魔法で。魔法を使わず自分の手で片付けたのは初めてですけれど、なかなかうまくいきました」

 

 セリアはふんす、と鼻息を荒くして答えた。

 どうやらセリアにとって片付けるとは、とりあえず物をどこかに詰め込むということらしい。

 そんなセリアを少し見つめたリジーは、セリアの肩に手を置き無情に告げた。

 

「正直に言うね、セリア……めっちゃ汚い!」

 

「ええ!?」

 

 セリアは仰天して声を上げる。

 セリアの声に驚いたのか、整理していたアイビーとメグもこちらに目を向けた。

 

「どうしたの? 二人とも……うわあ」

 

「汚い……」

 

 セリアの荷物の惨状を見て、アイビーとメグの口からも思わず声が漏れる。

 セリアはがっくりと膝をついた。

 

「そんな……私、片付けようとしていつもルンに迷惑をかけていたの……? どれだけ甘やかされてきたの……?」

 

 絶望しているセリアの背中をぽん、と叩き、リジーは元気づけるように言う。

 

「ま、まあ、昨日も言ったけど、これから覚えればいいって! 私も手伝うから!」

 

「はい、お願いします……」

 

 それからリジーも手伝い綺麗に片付いた寝室を四人は後にし、談話室を抜け大広間へと向かう。

 

「まさか、セリアにあんな弱点があったなんてねー」

 

「意外」

 

「お恥ずかしいです……」

 

「まあまあ、ほら、朝ごはん食べて元気だそうよ!」

 

 大広間にはすでに多くの生徒がいた。

 四人は並んでハッフルパフのテーブルに着き、朝食をとる。

 昨日の歓迎会ほどではないが、朝食もかなり豪華だった。

 

「あなたたち、一年生ね?」

 

 四人が朝食をとっていると、ずんぐりとしてつぎはぎだらけの帽子をかぶった魔女が声をかけてきた。

 この魔女の名前はポモーナ・スプラウト。

 ハッフルパフの寮監を務める教師だ。

 スプラウトはセリア達に羊皮紙を一枚ずつ渡していく。

 

「これが今年の時間割よ。授業を行う場所がわからなかったら、上級生にでも聞きなさい。みんな教えてくれるわ。最初の授業は薬草学よ。城の裏側に温室があるから、そこに向かいなさい」

 

 言い終わるとスプラウトは他の一年生に時間割を渡しに行った。

 四人は食事の手を止め時間割を眺める。

 

「今日は午前は薬草学、午後は変身学ね」

 

「変身学楽しみだったんだよねー」

 

「変身学、かなり難しいらしいよ?」

 

「頑張るよ!」

 

「授業、遅れないようにしませんとね」

 

 朝食を食べ終えた四人は寮に戻った。

 それぞれ鞄に羊皮紙や羽根ペン、教科書などを入れ授業の用意をする。

 

「あれ? リジー、荷物それだけなの?」

 

「ほぼ手ぶらだね」

 

「ふふん、このポーチを見てごらん」

 

「なになに? ……わあ、何これ⁉︎」

 

「もしかして、「検知不可能拡大呪文」? すごいね」

 

 アイビーとメグはリジーのポーチを覗き込み驚きの声をあげた。

 

「セリアと初めて会ったときにもらったんだー。いいでしょ」

 

「へえ! いいなー!」

 

「すごい高度に呪文がかけられてる……。お父さんでもここまではできないかも」

 

「リジーも、お兄さんと一緒にこれをプレゼントしてくれたんですよ」

 

 セリアは微笑みながら鎖を握ってロケットを持ち上げた。

 

「プレゼント交換かー。なんかいいわね」

 

「アイビーとメグにも、プレゼントしましょうか?」

 

「え、いいの?」

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

「これ、セリアが作ったの?」

 

「いいえ、私の家でお手伝いをしてくれている人が作ってくれたんです」

 

「すごく腕の立つ人なんだね」

 

「すごいよー。あの人、キングズ・クロス駅で私と兄ちゃんのこと、気配を察知して見つけたとか言ってたし」

 

「何よその超人?」

 

 準備を終えた四人は談話室を後にし、玄関ホールへと足を向けた。

 いよいよホグワーツでの初めての授業が始まる。

 四人は期待と少しの緊張を胸に抱いて、城から一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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第13話 ホグワーツ初日・初授業

 玄関ホールを抜け城の裏側へと行くと、いくつか温室が立ち並んでいる。

 その温室群の前にセリア達と同じハッフルパフの一年生が集まっていた。

 まだ授業まで少し時間があるので、みんな思い思いに会話をしたり教科書を読んだりしている。

 

「時間までどうしようか?」

 

「そうね……って、二人は教科書読んでるのね」

 

 セリアとメグは温室の前に着いたとたんに、予習だと言って教科書を読み始めていた。

 手持ち無沙汰なリジーとアイビーは、そんな二人にちょっかいを出したりして遊ぶ。

 そうしてしばらくすると、城の方からスプラウトがやってきた。

 

「さて、みんないるわね? 今日は一号温室で授業をするわ。ついて来なさい」

 

 スプラウトに続き一年生達は温室の中にぞろぞろと入っていく。

 温室の中は湿気が多く様々な植物があり、中には何やら音を出したり動いている物もあった。

 

「初めての授業なので、今日は簡単な作業を行います。みんな温室の奥まで進みなさい」

 

 スプラウトの言葉に従い進んで行くと作業台があり、その上には鉢植えが大量に置いてあった。

 鉢植えの植物は踊るように葉っぱや茎をくねらせている。

 

「この植物が何か、わかる人はいるかしら?」

 

 スプラウトの問いに何人かが手を挙げ、セリア達は四人とも手を挙げていた。

 

「それじゃあ、あなた」

 

「はい。その植物は「踊り草」といって、特に魔法薬などに使われることは無く、主に観賞用に栽培されています。確か談話室にも飾られていたと思います」

 

 スプラウトに指名されたアイビーは、よどみなく答えた。

 アイビーの答えを聞きスプラウトは満足気に頷く。

 

「そのとおり、いい説明ね。それに談話室に飾っていることにも気づいてくれて嬉しいわ。ハッフルパフに五点」

 

 初の得点に一年達は歓声を上げアイビーに拍手をおくる。

 アイビーは照れくさそうに笑っていた。

 

「さて、それではこれからみんなには、「踊り草」の植え替え作業と肥料やりをしてもらいます。これからやってみせますので、よく見ておきなさい」

 

 そう言うとスプラウトは「踊り草」を優しく鉢植えからすくい上げ大きい鉢へと移し、ふかふかした土を入れ肥料をふりかけた。

 いともたやすく作業をしているように見えるが、実際に作業をすると簡単にはいかないだろう。

 

「こんな感じね。「踊り草」は葉っぱや茎だけじゃなく根も動いているので、すぐに土で埋めるようにすること。それじゃあ、みんなやってみなさい」

 

 スプラウトが言い、一年生達はそれぞれ鉢植えを取り作業を開始した。

 スプラウトの言うとおり「踊り草」は根もせわしなく動いており、とくに元気な物は軽快なタップダンスのような動きで作業台を駆け抜けて逃げていった。

 四苦八苦してすべての鉢植えを植え替えると、もう授業の終わる時間となった。

 アイビーは最も多く「踊り草」の植え替えを行い、授業終了間際またしても五点獲得した。

 

「それじゃあみんな、次回は座学をするわ。教室の場所は追って知らせるので、教科書の第一章を読み直しておくように」

 

 城へ向かう一年生達は少し疲れつつも、楽しかった初授業を振り返り盛んにおしゃべりをしていた。

 

「いやあ、面白かったね。うねうねしてて」

 

「はい。知識はあっても、実際に作業をするのはまた別物でしたね」

 

「そうだねー。あ、そうだ。アイビー、さっきは大活躍だったね?」

 

 リジーがそう言うと、アイビーは嬉しそうに答えた。

 

「ええ。昔から薬草と魔法薬について本をいっぱい読んでいたの。将来は癒者になるのが夢で」

 

「癒者ですか。すごく難しい職業だと聞いたことがあります」

 

「アイビーは薬草と魔法薬の本だけはよく読んでたよ。他の本には一切手を出さなかったけどね」

 

「本を読んでると眠くなるのよねえ……。ねえ、メグも将来の夢言いなさいよ」

 

「え」

 

 メグはあまり言いたくないようだったが、セリアとリジーが教えて教えて、という目で見つめると、少し顔を赤くして口を開いた。

 

「その、私は闇祓いになりたいんだ。お父さんみたいに立派な闇祓いに」

 

「闇祓い! すごい!」

 

「すごいですメグ!」

 

「もちろん難しいのはわかってるけど。でも、頑張りたい」

 

「メグ頭いいし、きっとなれるよ。それで私は癒者になって怪我を治してあげるわね」

 

 リジーとセリアにきらきらとした尊敬の眼差しで見つめられて、アイビーにはそう言われ、メグはますます顔を赤くして誤魔化すように言った。

 

「セリアとリジーは? 何か夢あるの?」

 

「そうだなー。私はやっぱり魔法生物の関係かな? ママの実家がおっきい動物園を経営しててね、そこで働きたいんだ」

 

「私は、何になりたいかは特には……。ただ、何か新しい魔法を作りたいという思いは、昔からあります」

 

 メグの問いにリジーははきはきと、セリアは言葉を選ぶようにして答えた。

 

「私達みんな、将来のこと考えてるのね」

 

「なんか私達かっこいいね」

 

 リジーがそう言って四人は笑い合う。

 話しているうちに四人は玄関ホールまで戻ってきた。

 

「ねえ、昼食の前にさっとシャワー浴びに行かない? 土も触ったし」

 

 アイビーの提案で四人はシャワー室へと向かった。

 各寮にはそれぞれシャワー室があり、広い部屋の中に仕切られたシャワーがいくつも並んでいる。

 偶然居合わせた上級生の話では、監督生やクィディッチチームのキャプテンになると、広々としたプールのような特別な浴室が利用できるようになるらしい。

 体についた土をシャワーで洗い流した四人は、大広間へ向かい昼食をとる。

 しかし気がつくと思っていたよりも時間が過ぎており、慌てて大広間を飛び出した。

 しかし城の中の百以上ある自在に動く階段に阻まれ、このままでは遅刻してしまうだろう。

 

「やっばい、のんびりしすぎた!」

 

「ねえメグ、あと時間どれくらい!?」

 

「あと、五分くらい、かな!」

 

「変身術の教室、どこ!?」

 

「ごめんね、私がシャワー浴びようなんて言わなかったら……!」

 

「みなさん、こっちです!」

 

 周りを見渡していたセリアはそう言うと、突然走り出した。

 三人が慌ててついて行くと、セリアは迷いなく階段を駆け廊下を曲がり、ひとつの教室の前で止まった。

 中には同じハッフルパフの一年生達が座っている。

 

「はあ、はあ、つ、着きました……」

 

「ほんとだ……セリア、なんで道わかったの?」

 

「家に、ホグワーツの見取り図があって、それを覚えていたんです。ちゃんと着いてよかった……」

 

「あ、ありがとう、セリア」

 

「とりあえず、教室入ろう……」

 

 息を荒げながら入ってきた四人に他の生徒は驚き、口々に大丈夫かと尋ねてきた。

 四人はそれに答えながら空いた場所に座り、授業の準備をする。

 すぐにベルが鳴り、それと同時に変身術の教授であるマクゴナガルが教室に入ってきた。

 マクゴナガルは教卓に立つと教室をぐるりと見渡した。

 

「みなさん、そろっていますね。結構。それでは変身術の授業を行いますが、その前に忠告しておきます。変身術はホグワーツで最も複雑な科目です。なので、いい加減な態度で授業を受けるのであればこの教室から追い出しますし、二度と教室に戻ることは許しません。心しておきなさい」

 

 言い終えたマクゴナガルは杖を振り、目の前の教卓を大きな鳥に変え、またすぐに元の教卓へと戻した。

 それを見た生徒達は驚きの声を上げる。

 それからマクゴナガルがまた杖を振ると、チョークが浮かび黒板に文字を書き始めた。

 

「ではまず、黒板に書いてある変身術の理論を羊皮紙に書き写しなさい」

 

 それから教室の中はしばらく板書を書き写す羽根ペンの音のみが響いた。

 しばらくしてようやく全ての生徒が板書を写し終えると、マクゴナガルは一人一人にマッチを配り針へと変身させるように言った。

 

「先ほど書いた理論をよく読み、やってみなさい」

 

 教室の中は先ほどとは違い、生徒達が口々に呪文を唱える声で騒がしくなった。

 マクゴナガルは教室の中を見て回り、それぞれ助言などをしていた。

 なかなか成功する生徒は出なかったが、何度目かの挑戦でリジーが成功し、それに続くようにセリアも成功させた。

 そして授業が終わる直前にメグも変身させることができた。

 

「今日はここまで。初めての授業で三人も成功させたのは、とても久しぶりです。大変すばらしい。一人五点、ハッフルパフに差し上げます」

 

 終始厳しい顔をしていたマクゴナガルが最後に優しく微笑んで言い、初日の授業は終了した。

 今日一日で二十五点も獲得した喜びでみんなが意気揚々と夕食に向かう中、リジーは席から動かず座ったままだった。

 

「リジー? どうしたんですか?」

 

「うん。ちょっとマクゴナガル先生にお願いしたいことがあってね。先にご飯行っといて」

 

 セリアが尋ねると、リジーはいつもよりも真剣な目をして答えた。

 セリア達三人は顔を見合わせる。

 

「わかった。それじゃあ待ってるわね」

 

「リジー、早く来てくださいね」

 

「うん。それじゃまた後で」

 

 リジーを残し三人は大広間へと向かう。

 三人がデザートを食べ始める頃になって、ようやくリジーは大広間にやってきた。

 リジーはセリアの隣に座る。

 

「やー、お待たせ。お腹すいたー」

 

「お帰りなさい、リジー。遅かったですね」

 

「夕食取っておいたわよ」

 

「おおー。ありがとー」

 

 リジーはお礼を言うと、ものすごい勢いで食事をかきこんでいった。

 セリア達三人がデザートを食べ終える頃には皿の上は綺麗になって、リジーは満足気にお腹をぽんぽんと叩いていた。

 

「リジー、マクゴナガル先生と何をお話ししていたのですか?」

 

「うん? えーっと……」

 

 セリアが尋ねる。

 アイビーとメグにも聞きたそうな目を向けられ、リジーはデザートのアイスを取りながら少し考えると口を開いた。

 

「三人とも、内緒にしててね?」

 

「はい、もちろん」

 

「誰にも言わないわ」

 

「約束するよ」

 

 リジーは三人の答えに頷くと、小さい声で話し出した。

 

「ねえセリア、私が特急で目標があるって言ってたの覚えてる?」

 

「はい、覚えています」

 

「それでね、マグゴナガル先生にお願いしたいことっていうのがそれなんだ」

 

「それで、目標ってなんなの?」

 

「えっとね……私、昔から動物もどき(アニメーガス)になりたかったんだ」

 

 リジーがそう言うと、三人は驚きの声を上げた。

 

「動物もどき、ですか……変身術の中でも群を抜いて習得困難だと言われていますよね」

 

「リジー、本気なの?」

 

「うん、小さい頃からの夢だったからね」

 

「確か、マクゴナガル先生も動物もどきだって聞いたことがあるわ」

 

「そうなんだよ。だから、さっきマクゴナガル先生に頼んだんだ。動物もどきのなり方を教えてほしいって」

 

「それで、マクゴナガル先生はなんとおっしゃったのですか?」

 

「最初は先生も驚いてたんだけどね。それから動物もどきの難しさとか色々教えてくれて、その覚悟はあるのかって言われた。あるって答えたら、校長先生とスプラウト先生に相談してみるって。あと、マクゴナガル先生も在学中に校長先生に指導してもらって、動物もどきになったんだって。だから許可が出たら、全力で力を貸すって約束してくれたよ」

 

 リジーは語り終ると紅茶を飲みふう、と一息をついた。

 

「許可、もらえるといいですね」

 

「うん。頑張るよー」

 

 食事を終えた四人は大広間を後にし寮へと向かった。

 談話室には多くの生徒がおり、新学期最初の授業についてやクィディッチの話などで盛り上がっている。

 また、上級生と思われる生徒達は初日にも関わらず、大量の宿題と格闘していた。

 宿題の無い四人は寝室へと向かった。

 

「明日の授業はなんだったっけ?」

 

「確か、呪文学と魔法薬学ですよ。呪文学は基本ですが重要だとレイモンドが言っていました」

 

「魔法薬学はかなり難しいらしいよ」

 

「それに先生がスリザリンの寮監らしくて、隙があればすぐに他の寮を減点するって聞いたわ」

 

「うわー、私減点されないか不安だなー」

 

「怖い先生なのでしょうか……」

 

「まあ、実際授業を受けてみないとわからないわ。私は特に魔法薬学が楽しみだったんだけどね」

 

「癒者には必須だもんね」

 

「ええ。リジーを見習って頑張らないとね。そうだ、みんなで教科書を読んで予習しておかない?」

 

「いいですね、賛成です!」

 

「うん、私もいいよ」

 

「私も減点されたくないし、賛成ー」

 

 四人はそれぞれ教科書を取り出し、ああでもないこうでも無いと言い合いながら読み進めていった。

 そうして夜が更けていき、セリアがリジーの肩に寄りかかって寝入ってしまったので、全員就寝した。

 こうしてセリア達のホグワーツの初日が終了した。

 

──────────

 

 全員が教室から出て行ったことを確認すると、私は机で作業しているマクゴナガル先生の元に向かい声をかけた。

 

「あの、先生」

 

「おや、どうかしましたか? ミス・スキャマンダー? もうみんな夕食に向かいましたよ」

 

「そのー、先生にお願いしたいことがあるんですけど……」

 

「なんですか? 言ってみなさい」

 

 マクゴナガル先生は作業の手を止め私に顔を向けた。

 うわあ、緊張するなー……でもここまできて引けないよね。

 

「あのですね、本で見たんですけど、先生は動物もどきなんですよね?」

 

「ええ、そうですよ。それで?」

 

 マクゴナガル先生は怪訝そうに私を見つめる。

 いや先生、目怖いなあ。

 なんとなく先生の目が見れずに、私は先生から目を逸らしながら両手の人差し指をつんつんする。

 

「それでですね。実はそのー、私も、動物もどきになりたくて、ぜひ先生に教えていただけないかなー、なんて……」

 

 言っちゃったー! 先生、どんな顔してるんだろう……? 

 恐々と先生の顔を見てみると、先生はかなり呆気にとられた顔をしていて、手に持っていた羽根ペンを机に落としていた。

 先生、そんな顔できたんだ……。

 それから先生はすぐに気をとりなおした。

 

「本気なのですか?」

 

「は、はい」

 

「動物もどきは、複雑な変身術の中でも極めて難易度の高い術です。もし術に失敗すると、変身を解くことができず人間の姿に戻れなくなったり、特にひどいと精神までもが動物に変わってしまうこともあります。それほどに危険であるからこそ、魔法省が厳しく取り締まっているのです。それは分かっていますか?」

 

「はい」

 

「習得には長い時間がかかりますし、それだけ時間をかけても習得できないことも当然、あり得ます。長い時間をかけ厳しい訓練に挑む覚悟が、ありますか?」

 

「はい!」

 

 私はずっと夢見てきたんだ。

 そんな覚悟、もうとっくの昔からしているに決まってる! 

 先生は真剣な目で私を見つめる。

 さっきよりもずっと怖い目だけど、私は目を逸らさずに見つめ返す。

 それからしばらくの間見つめ合い、ふと先生は目を閉じふう、と息をついた。

 

「覚悟はあるようですね。わかりました。それでは、校長先生とあなたの寮の寮監であるスプラウト先生に相談してみましょう」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 その言葉を聞いた私はつい小躍りして喜んでしまった。

 突然踊りだした私にマクゴナガル先生はちょっと引いてたけど、再び口を開いた。

 

「実は私もホグワーツに在学していたときに、当時変身術の教授だった校長の手ほどきを受け、動物もどきを習得したのですよ」

 

「そうだったんですか?」

 

「ええ、ですので……」

 

 マクゴナガル先生は一度言葉を切ると、さっき授業が終わるときに浮かべた表情よりも優しい表情で言葉を続けた。

 

「許可が出たら、あなたが動物もどきになれるよう全力で力を貸しましょう」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 先生の言葉に嬉しくてちょっと泣きそうになった私は、赤くなった目を隠すようにお辞儀をした。

 マクゴナガル先生は頷くと、夕食に向かうように言った。

 その言葉に従い、私は変身術の教室を出て大広間へと向かう。

 マクゴナガル先生、いい人だな。

 動物もどき、絶対になってやるぞー! 

 私は決意も新たに気合を入れなおしたけど、入れすぎちゃったのかお腹がなる。

 うん、何はともあれとりあえずご飯だよね。

 セリア達も待ってるし急ごう。

 私は大広間へと走って行った。

 



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第14話 ホグワーツの生活・一

 セリア達一年生は様々な授業を受けた。

 一年生の間は基礎となる授業が多いのだが、はじめて知る内容も多くみんな苦労しながらも充実した日々を送っていた。

 

 まずは呪文学。

 この授業では、生活に必要だったり使えたら便利な魔法を多く学ぶ。

 レイモンドの言うとおり基本だが重要な教科なのだ。

 この教科を教えるのは、レイブンクローの寮監も務めているフィリウス・フリットウィック教授だ。

 フリットウィックは小鬼の血をひいているらしくとても小柄だが、昔決闘チャンピオンであった程に腕が立つ魔法使いらしい。

 そんなフリットウィックはすべての生徒が必ず進級できるように丁寧に教えるので、生徒達やかつてその指導を受けた親達からかなり慕われている。

 その授業内容は面白く、フリットウィック本人もどこか愛嬌のある人物であるため、呪文学が苦手だという生徒はほぼいない。

 

「さてみなさん、はじめまして。私は呪文学を教えるフィリウス・フリットウィックです。呪文学では様々な呪文を学ぶことになりますが、よく呪文を理解し練習すれば、必ず呪文を使えるようになります。なのでみなさん、心配はいりませんよ」

 

 最初の呪文学の授業は、多くの呪文の名前と特徴、その効果を羊皮紙に書き連ねていくという内容だった。

 とにかく呪文の名前とその特徴をよく覚え、その後に実際に使用するらしい。

 呪文を使うのは二週間くらい後だとフリットウィックが言うと、生徒達からは落胆の声が上がった。

 しかしフリットウィックの説明はとてもわかりやすく、授業後にはみんな満足げに教室を後にした。

 それからしばらくしてからの初めての実践では、浮遊呪文「ウィンガーディアム・レビオーサ」が課題となった。

 物を浮かせるという動作は、魔法使いなら息をするようにできて当然な基本中の基本だ。

 セリアは元々使用していたので難なく成功したが、他の生徒はなかなかうまくいかなく、終了時間までに成功しなかった生徒は宿題となった。

 ちなみに一度で成功したセリアは、フリットウィックから五点をもらった。

 

 次に魔法薬学。

 この授業では魔法使いと聞いて想像するものと少し外れ、杖を使うことはほとんどない。

 生徒達はみんな薬の複雑な調合の手順を確認し、湯気をあげる大鍋の前に立ち、材料を放り込み大鍋をかき混ぜる。

 少しでも手順を間違えると魔法薬はまったくの別物へと変わるため、集中力が要求されるかなり危険な科目だ。

 セリアは昔から屋敷でレイモンドの指導の下、簡単な魔法薬の調合を行なっており、アイビーも魔法薬に関する本を読み込んでいたので手際よく作業を進めていった。

 反対にメグは呪文を唱えないこの科目は比較的苦手らしく、リジーも複雑な調合の手順に目を回しそうになっていた。

 セリアがリジーと、アイビーがメグと組むことで問題は解決した。

 魔法薬学を教えるのは、スリザリンの寮監を務めるセブルス・スネイプ教授だ。

 スネイプはべっとりとした黒い髪が色の悪い顔に張りつき、それなりに長身だが痩せぎすな体に纏っている真っ黒なローブも相まって、まるで育ちすぎた蝙蝠のような容姿だ。

 しかしスネイプはとても高度な技術を持っているようで、スリザリンの生徒以外にはかなり厳しく減点も容赦無く行うらしいが、説明はわかりやすく生徒に与える小言のような助言も的確だ。

 そんな魔法薬学の初めての授業。

 この科目は他寮との合同で、セリア達ハッフルパフはレイブンクローと一緒だった。

 元は地下牢だった教室は暗く、壁にはよくわからない物が詰まったガラス瓶や魔法薬の材料などがいろいろと並んでいる。

 その不気味な空間に一年生達は尻込みし、教室の後ろの方に固まっている。

 リジーやアイビー、メグも恐々としていたが、意外にもセリアは真っ直ぐと一番前の机まで向かい教材を並べていった。

 そんなセリアに続きリジー達も前の机へと向かう。

 

「セリアー、怖くないの?」

 

「え? ええ、屋敷の地下はもっと暗い所もありますし」

 

「いえ、それよりもあのガラス瓶とか。なんだか不気味じゃない?」

 

「そうですね……これくらいなら、何とも」

 

「セリア、結構肝が据わってるんだね……」

 

 四人が授業の準備をしていると、隣にレイブンクロー生がやってきた。

 チョウとマリエッタだ。

 

「セリア、リジー、久しぶりね!」

 

「お久しぶり」

 

「あ、チョウとマリエッタだ! 久しぶり!」

 

「そう言えば、レイブンクローと合同でしたね。お久しぶりです」

 

「ええ。ホグワーツって最高ね! どの授業も楽しくて楽しくて!」

 

「チョウったらずっとこんな調子で、大変だわ。それより、そっちの二人は?」

 

 マリエッタがアイビーとメグを見やり尋ねる。

 準備を終えたアイビーとメグはマリエッタとチョウの方を向いて答える。

 

「初めまして、私はアイビー・ベケット。この子はメーガン・バークよ。よろしくね」

 

「よろしく。メグって呼んでくれていいよ」

 

 四人が挨拶を終えるとベルが鳴り、扉が開かれスネイプがやってきた。

 スネイプが教室に入ってくると生徒達のざわめきは消え、沈黙が広がる。

 その空気の変化を全く気にも止めず、スネイプは出欠をとる。

 淡々と名前を呼んでいくスネイプだが、セリアの名まで来ると一瞬名簿から目を上げて、またすぐに名簿に目を落とした。

 

「この授業では、魔法薬による絶妙な化学と神秘について学ぶ。杖を馬鹿のように振り回すことは無い。高温に沸く大鍋、くゆり立つ湯気、血管を巡り心を、体を、感覚を、惑い狂わせる薬の魔力。諸君らがこれらの芸術を真に理解するとは期待はしておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえふたをする方法である。ただ、諸君らが我輩が教えてきたウスノロよりもましであれば、の話ではあるが」

 

 スネイプの演説により、教室の中はますます静まり返る。

 スネイプは教室を見渡すと、数人の生徒を指名しいくつか質問をしていった。

 どれも一応教科書には載っている内容だったのだが、全ての生徒が答えられたわけではなく、質問を終えたスネイプは呆れたような口ぶりで生徒達に言った。

 

「まったく、諸君らは授業が始まる前に教科書を読んでこようとは思わなかったのかね?  おできを治す薬の調合の際、ヤマアラシの針は薬を火からおろしてから入れる。膨れ薬の解毒薬はぺしゃんこ薬だ。ウルスベーンと呼ばれる植物は別名アコナイトとも呼ばれ、トリカブトのことだ。ベゾアール石というヤギの胃から見つかる希少な結石は、大抵の毒薬の解毒剤となる。さて諸君、なぜ今言ったことを書きとらんのだ?」

 

 スネイプが杖を振るうとチョークが黒板に言った内容を書き、生徒達は慌てて羊皮紙に写していく。

 全ての生徒が書き終えると、またスネイプが口を開いた。

 

「先ほど言った程度を答えられんようでは、今まで卒業していったウスノロと大差ない。先ほどの質問を全て答えられた、ウスノロではないという者は?」

 

 スネイプが生徒達に問いかけると、自分はウスノロではないという自信からかレイブンクロー生の半分以上が奮然と手をあげた。

 対してハッフルパフで手をあげたのはセリアとアイビーだけだ。

 

「ふむ……それでは聞こう。アスフォデルの球根の粉末に煎じたニガヨモギを加えた物を何と言う? ダモクレス・ベルビィ氏によって最近開発された、新しい魔法薬とは? 数ある愛の妙薬の中でも、一番強力な薬の名前とその特徴は? ウスノロでない諸君に教えてもらおうか?」

 

 スネイプの質問に、悔しそうな顔をしたレイブンクロー生達の手が下がる。

 しかしハッフルパフ生であるセリアとアイビーは手をあげたままだったので、スネイプは小さくほう……と呟き、二人を指名する。

 

「それでは、一つ目と二つ目の質問をミス・レイブンクロー、三つ目の質問をミス・ベケット、答えたまえ」

 

 指名されたセリアが答える。

 

「はい。アスフォデルの球根の粉末に煎じたニガヨモギとその他の材料を加えた物は、生ける屍の水薬と呼ばれる薬になります。この薬は非常に強力な眠り薬で、成分が強すぎると生涯眠り続けることもあり、取り扱いには特に注意が必要です。ダモクレス氏が近年開発なされた薬は、先ほどの質問にもあったウルスベーン、つまりトリカブトを使用する脱狼薬と呼ばれる薬です。この薬を人狼の方が満月の前の一週間飲み続けることで、狼人間に変身してもその本能を押し込め自我を保つことができます。この薬の開発により、人狼の方々の社会的地位の向上が期待されています」

 

「ああ、よろしい。素晴らしい回答だ、ミス・レイブンクロー。それではミス・ベケット、答えたまえ」

 

 セリアの回答に頷いたスネイプは、次にアイビーに答えるよう促した。

 アイビーは緊張しているのか、少し声を震わせて答える。

 

「は、はい。えっと、たくさんある愛の妙薬の中で一番強力だと言われているのは、アモルテンシア、魅惑万能薬です。この薬は強い執着心や強迫観念を引き起こします。特徴としては真珠貝のような光沢、螺旋を描いて立つ湯気、そして嗅いだ人にとって一番好きなものの匂いになる、といったものが挙げられます」

 

「ふむ、よかろう。ただ二つ付け加えよう。アモルテンシアは執着心、強迫観念を引き起こすが、実際に愛を生み出すわけではない。愛とは、薬で生み出せるほど簡単なものでは断じてない。複雑怪奇、摩訶不思議なものなのだ。また一番好きなものの匂いになると言ったが、最も惹かれるものの匂いに感じる、というほうが正しい。実際に薬の匂いが変わっているわけではないのでな。故に、このアモルテンシアの本当の匂いを知る者はいないのだ」

 

 回答を聞いたスネイプがそう付け加えると、アイビーは納得したように大きく頷き羊皮紙に書き込んでいく。

 他の生徒達は話の内容について行けずに置いてけぼりになっていた。

 

「どうやら少しはましな者がいるようだ。諸君らが少なくとも先ほどの問い程度は、卒業するまでには答えられるようになっていることを願おう」

 

 スネイプはそう言って再び杖を振った。

 すると先ほど書かれた黒板の文字が動きだし、魔法薬の調合の手順に変わった。

 

「では、残りの時間で簡単な薬を調合してもらう。黒板に書いてある手順をよく読み、調合するのだ」

 

 その後は数人が調合に失敗したが大きな問題は無く進み、最後にスネイプが教科書をよく読んでおくように言って授業が終了した。

 

「いやー、難しかったねー」

 

「うん。次の授業までに教科書暗記しておこうかな」

 

 地下牢教室から廊下に出ると、ぐぐっと伸びをしたリジーが言い、メグもそれに同意する。

 

「教科書暗記なんて普通無理だと思うけど、メグならやれそうね」

 

「メグ、頑張ってくださいね」

 

 アイビーとセリアからの応援を受け、メグの眠そうな目にやる気が満ちた。

 

「私は暗記とか絶対無理だね。それよりアイビー、昨日に続いて大活躍だったね!」

 

 アイビーは嬉しそうに答えた。

 

「ありがとう、リジー! 指名されたときはとっても緊張したわ」

 

「本当に。アイビー、すごかったですね」

 

「何言ってるのよ。セリアだって質問に答えられていたじゃない。それに緊張もせずにあんなにすらすらと。セリアのほうがすごいわ」

 

 セリアがアイビーを褒めると、アイビーは逆にセリアを褒め返した。

 

「うん。アイビーが魔法薬学が得意なのは昔から知ってたけど、セリアはすごいね。セリアって弱点あるの?」

 

「そんな、私はたいした人間じゃありませんよ。家事はぜんぜんですし……」

 

 メグが聞くと、セリアは昨日の自分の失態を思い出ししょんぼりとなった。

 

「あはは、それくらいの弱点なら、セリアのかわいさが増えるだけだよ。私からしたら、セリアもアイビーもすっごいもん」

 

 リジーがセリアの頭を撫でながら元気づけるように言うと、セリアの顔に小さく笑みが浮かんだ。

 

「そうだよね。アモルテンシアなんて、私聞いたことも無かったし。二人ともよく知ってたね」

 

 メグが感心したように言うとアイビーは得意げに答えた。

 

「いっぱい本を読んだもの。当然よ」

 

「私は一度見たことがあって、興味があって調べていたんですよ」

 

「へえ! どこで見たの?」

 

 アイビーが興味津々な様子で尋ねた。

 

「魔法省の神秘部という所です」

 

「神秘部か……お父さんから聞いたことあるよ。変な場所だって」

 

「私は聞いたこともないや」

 

 神秘部とは魔法省に存在する部署で、謎が多く解き明かすことの難しい分野を研究する機関だ。

 愛や死、運命や宇宙、そして時などその研究の分野は多岐にわたる。

 

「実物なんて見たことないわ。羨ましいなあ……。ねえセリア、実際見たときはどんな匂いに感じたの?」

 

「そうですね……シチューの匂いや屋敷の書庫の匂い。あとは、昔嗅いだことのある、なんだか懐かしい匂いに感じました」

 

 アイビーの問いに、セリアは思い出すようにゆっくりと答えた。

 

「本当に色んな匂いに感じるのね」

 

「ええ、とても不思議な薬でした」

 

「私ならどんな匂いになるのかなー」

 

「うん、なんだか気になるね。卒業する頃には調合できるかな?」

 

 メグがそう言うと、アイビーは顔に手を当てて考える。

 

「うーん、どうかしらね? アモルテンシアはたしか「いもり試験」の範囲内だし。けど確かに、どんな匂いがするか気になるわ」

 

 いもり試験はいわば卒業試験のようなもので、この試験の結果が直接就職などに関わってくる。

 七年間の集大成であるためその内容はとても難しく、毎年多くの生徒が精神的に追い込まれ医務室のお世話になるらしい。

 

「スネイプ先生は、なんでそんな薬について一年生に質問してるのさ」

 

 いもり試験と聞いてリジーは不満げに口をとがらせた。

 

「たしかに、一年生で取りあげる薬ではありませんよね。スネイプ先生、やはりお話に聞く通り厳しい方でしたね」

 

「そうね。けど最初の質問は、教科書の内容を予習してきたかどうかの確認だったし、実際しっかり内容を把握してないと危険だもの」

 

「そう言えば、先輩達が言ってた理不尽な減点とか無かったね」

 

「あ、本当ですね」

 

 もちろん生徒達に厳しく指導はしていたが、レイブンクローもハッフルパフも特に減点されるようなことはなかった。

 

「噂はあてにならないってことかな?」

 

「私もめっちゃ注意されたけど、説明は丁寧でわかりやすかったなー」

 

「ええ、とてもいい授業でしたね」

 

「あ、そうだ。スネイプ先生の説明聞いた後に作業してたらさ、なんか先生セリアをよく見てたよ」

 

「え、そうなんですか?」

 

「リジーの気のせいじゃないの?」

 

「ううん、見てたよ」

 

「セリア、何か心当たりはないの?」

 

「いえ、特には」

 

 メグが聞くが、セリアは首を横に振る。

 四人は揃って首を傾げるのだった。

 



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第15話 ホグワーツの生活・二

先日、USJで買ったホグワーツの校章入りの定期券を無くしてしまいました。
とてもショックです。



 次に魔法史。

 この授業では魔法界の歴史について学ぶ。

 マグルの世界も魔法使いの世界も同じく長い歴史によって、今の世界が成り立っている。

 その長い歴史を紐解いて知るのは大事なことなのだ。

 この教科を教えるのは、カスバート・ビンズ教授だ。

 ビンズはホグワーツで唯一のゴーストの教員で、もうとてつもなく長い間教えている。

 なんでも、生前すでにかなり高齢だったビンズは職員室の暖炉の前で居眠りをしており、翌朝起きて教室へ向かう際に生身を忘れて行ってしまったらしい。

 そんなビンズは毎回授業の際、黒板を通り抜けて教室に入ってくる。

 この教科において面白いのはそれだけであり、授業中はビンズがただひたすら講義を単調に語り続ける。

 そのビンズの講義はどうやら催眠作用があるようで、生徒達は講義が始まると五分ともたずに意識が朦朧としてくるのだ。

 セリア達ハッフルパフの一年生の中でそれに対抗できたのはセリアとメグだけだった。

 アイビーは教科書と羊皮紙を広げ最初は頑張っていたが結局睡魔に負け、リジーは最初から両腕を枕にしてすやすやと穏やかな寝顔を見せていた。

 魔法界の長い歴史を知ることは大事なのだが、これではろくに学ぶことができない。

 

「いやー、よく寝た」

 

「私も寝ちゃったわ……」

 

「二人ともよく寝てたね」

 

「あはは……。あれは仕方がないですよ」

 

 授業が終わり、四人は廊下を歩いていた。

 リジーはしきりに大あくびを浮かべており、アイビーは少し落ち込んでいた。

 セリアは苦笑いを浮かべながら二人を慰める。

 

「セリアもメグも、よく寝ないで聞いていられたねー。私一分ももたなかったよ」

 

「私もすごく眠たくはなりましたけれど、なんとか頑張りました。歴史は好きですしね」

 

「私はあんまり眠くならなかったな」

 

「なによ、そんなに眠そうな目をしてるくせに」

 

「目は関係無いでしょ」

 

 次は天文学。

 この授業では様々な惑星や衛星の名前やその動き方、特徴などを学ぶ。

 星の動きが昔から占いで用いられていたり、なにかと魔法使いと夜空は関係が深いのだ。

 この教科を教えるのはオーロラ・シニストラ教授だ。

 セリア達一年生は週に一回、深夜にホグワーツの中で最も高い天文塔の一番上まで上がり、望遠鏡を覗き込んで夜空を見上げる。

 満天に広がる夜空は美しくそれだけで楽しいのだが、それに加え授業の合間にシニストラが様々な星や星座にまつわる逸話を語ってくれるので、生徒達、特に女子生徒には密かに人気の教科なのだ。

 ただセリアは夜更かしが苦手らしく、最初の天文学の授業では授業が終わる少し前に眠ってしまい、リジーに背負われて寮に戻った。

 それ以降セリアは天文学の授業の前に昼寝を欠かさないようになった。

 

「セリア、セリア起きて」

 

「ううん……」

 

「これはだめね」

 

「うん、完全に寝入っちゃってる」

 

 三人はセリアを起こそうとするが、セリアの眠りは深いようで起きる気配がない。

 三人が困ったように顔を見合わせていると、そこにシニストラがやってきた。

 

「そこの三人どうしたの?」

 

「あ、先生。その、セリアが寝ちゃって……」

 

「あら……」

 

 シニストラは眠るセリアに気づき、三人は怒られるのではと恐々とシニストラを見上げる。

 シニストラはセリアから目を離した。

 

「気にしなくていいわ。一年生にはたまに寝ちゃう子もいるし、初めての授業ということもあるので、今回は見逃します。次からは気をつけなさいね」

 

「す、すみません」

 

「ありがとうございます……」

 

 三人がお礼を言うと、シニストラは片手をひらひらと振りながら他の生徒の方へ歩いて行った。

 

「助かったー……」

 

「ええ。減点されちゃうかと思ったわ」

 

「先生が優しくて良かったね」

 

 三人が胸をなでおろしてる横で、セリアはすやすやと寝息を立てている。

 

「もう、人を困らせておいてずいぶんのんきに寝てるわね、このお嬢様は」

 

「全くだよ。こんなに気持ちよさそうに寝て……」

 

 リジーはセリアの寝顔をじっと見つめると、強く拳を握りしめた。

 

「もう! かわいいなあセリアは!」

 

「リジー……ちょっと引くよ」

 

「そうよ! メグの寝顔だってすごくかわいいんだから!」

 

「いや、アイビーも何言ってるの?」

 

 夜中のせいか少し調子のおかしくなってる二人にメグはめんどくさそうに突っ込む。

 翌朝目を覚ましたセリアは、朝食が終わるまで三人にひたすら謝り続けていた。

 

 次は闇の魔術に対する防衛術。

 この授業では、魔法界において起こり得る様々な危険に対して、身を守るすべを学ぶ。

 ホグワーツの授業の中でも最も重要だと言ってもいいのだが、ある時期からこの教科を担当する教師が毎年変わっており、安定して学ぶことができなくなっている。

 そんな闇の魔術に対する防衛術を今年教えるのは、現職の闇祓いであるデレク・クーパー教授だ。

 クーパーは長身で体格が良く、見た目は魔法使いと言うよりはマグルのスポーツの選手のようだ。

 まずクーパーはぼさぼさな髪の毛をかきながら、面倒くさそうに出欠をとった。

 

「あー、全員いるな。よし、それじゃ教科書開いて第一章読んどけ」

 

 出欠をとり終えたクーパーはそう言って椅子に腰掛けると、驚いたことに居眠りをしだした。

 闇祓いのまさかの暴挙にセリア達ハッフルパフ生に動揺が広がる。

 そのままクーパーが寝息を立てはじめたので、仕方なく生徒達は教科書を開いた。

 

「ねえメグ、あの人本当に闇祓いなの?」

 

「うん、そのはずなんだけど……」

 

「なんかちょっと兄ちゃんに似てるかも」

 

「ロルフさんにですか?」

 

「うん、兄ちゃん家ではあんな感じだよ」

 

 セリア達もひそひそと話しながら教科書を読み進めていくが、二十分も過ぎるとみんな読み終えてしまった。

 生徒達がちらちらと視線を向ける中、クーパーは眠り続ける。

 このままでは埒が明かないと思ったリジーは口を開く。

 

「あの、先生ー。みんな教科書読み終わりました」

 

「あ? まだ時間残ってるだろ」

 

 リジーが言うとクーパーは眠たそうに腕時計を見てそう言った。

 その言葉にハッフルパフ生達は思わず聞き返す。

 

「まさか、ずっと教科書を読んでおくんですか!?」

 

「魔法は使わないんですか!?」

 

 するとクーパーはまた面倒くさそうに頭をかいて言い放った。

 

「あのな、お前ら一年だろ? そんなガキ共にいきなり防衛術を教えるわけないだろうが。まずは教科書を読め、教科書を」

 

 そんなクーパーの言い分にますますハッフルパフ生達は色めき立ち、口々に文句を言い始める。

 その声がうるさかったのか、クーパーは苛ついたように舌打ちをすると杖を振り爆音を響かせた。

 その音に驚いてハッフルパフ生達は口を閉じ静かになった。

 

「まったく、どの寮の一年も同じような文句言いやがって。なんで俺が教師なんかやらないといけないんだよ、くそ」

 

 クーパーはまた頭をかきながら毒づいた。

 静かになった中、メグが手を挙げた。

 

「あの、先生。少し聞いてもいいですか?」

 

「あ? お前……えっと、バークか。ん? バーク?」

 

 クーパーは出席簿で名前を確認すると、何かに気がついたようにメグを見た。

 

「お前、バークさんの娘か?」

 

「はい、メーガン・バークです」

 

「うわ、まじかよ……。で、何だよ?」

 

「はい。先生の教育方針を教えていただけないでしょうか?」

 

 メグがそう言うと、クーパーはまた頭をかこうと伸ばした手を止め、ため息をついて立ち上がりチョークを手にした。

 

「俺の教育方針なんかあるか、面倒くさい。俺は上司からの命令で、無理矢理赴任させられただけなんだからな。だから魔法省の方針に従うだけだ」

 

 そう言うとクーパーは黒板に文字を書き込み始めた。

 

「まず一年から二年は、基本的な知識を学んでいく。お前ら全員「闇の力ー護身術入門」を持ってるだろうが、二年が終わる頃には内容を全部頭の中に叩き込んでもらう。つまり二年まではほぼ座学だ。少しは魔法を使うかもしれないけどな」

 

 クーパーはまず一年、二年と書き、その横に「基礎知識」と殴り書きをする。

 その次に三年と書いた。

 

「そしてそれが終わって三年になると、まずは危険生物への対処を学ぶ。グリンデローとかレッドキャップとか、名前くらいは聞いたことはあるだろ。それで」

 

 クーパーは黒板に対危険生物と殴り書き、次に四年と書いた。

 

「四年になったら、ようやく本格的に防衛術を教えていく」

 

 最後に防衛術と殴り書くと、クーパーはチョークを置いて生徒達を振り返る。

 

「これがだいたいの魔法省の方針だ。とにかく基礎知識を身につけないと、防衛術なんざ使えない。この教科にどんな期待をしていたのか知らんが、戦い方まで学べるのは少なくとも「ふくろう試験」を突破できたやつだけだ。そして突破するにはまず知識だ。文句を言う暇があるんなら、教科書を黙って読んどけ」

 

 そう言うとクーパーは椅子に座り、目を閉じてまた眠り始めた。

 その後は教科書をめくる音のみが響き、授業終了の時間となった。

 

「これで授業は終わる。何か質問があるやつはいるか?」

 

 クーパーが問いかけるが、誰も手をあげる生徒はいなかった。

 

「んじゃ、お疲れさん」

 

 クーパーはそう言うと、自室へと戻っていった。

 一年生達はひそひそと話しながら教室を出て行き、セリア達四人も夕食のために大広間へと向かう。

 

「なんだか思ってたのと違ったねー」

 

「まさか教科書を読むだけなんて思わなかったわね」

 

「けれど、正しい知識を持っておくのは大切ですよ」

 

「まあ、魔法薬を作るのにも正しい知識は必要だし分かってはいるんだけど、なんだか少し拍子抜けだわ」

 

「私もちょっと不満かな。二年が終わるまでに教科書全部覚えろって」

 

「メグなら覚えられるでしょ? 私は無理な自信あるけどねー」

 

「だってもう全部覚えてるから」

 

「さすがね、メグ……」

 

 最後は箒の飛行訓練。

 魔法界で最も多く使われている移動手段である箒の正しい扱い方を学ぶ。

 移動キー(ポートキー)や姿くらまし、煙突飛行など移動手段はいくつかあるが、中でも箒による飛行は一番安全で確実なので、正しい操作を学ぶのは必須と言える。

 ちなみに、飛行訓練があるのは一年生のみだ。

 ハッフルパフはレイブンクローと合同で、教えるのはロランダ・フーチ教授。

 フーチは短く切りそろえられた白髪と、鷹のような黄色く鋭い目を持っている。

 

「さあみんな、早く集まって! まずは箒を上げるわ。箒の横に立って上がれ、と呼びなさい」

 

 フーチが号令し生徒達の上がれ、という声が校庭に響き渡る。

 一度で箒がすぐに上がる生徒もいれば、ただその場で箒が転がるだけ、もしくは全く動かなかった生徒もいた。

 すべての生徒が箒を手にすると、まずフーチは箒の正しい跨り方を指導していった。

 入学前から箒を使用していた生徒も多かったようだが、間違った跨り方や箒の柄の握り方をしていた生徒も同じく多かった。

 正しい姿勢をとれるようになると、少し浮かんだりそのまま移動する訓練に移った。

 何人かの生徒がぶつかったりはしたが大きな問題が起こることはなく、最後に授業が終わるまでは自由に飛んでいいとフーチが告げ、飛行訓練の授業は終了した。

 

「アイビー、相変わらず箒に乗るの下手だね」

 

「うるさいわよ、メグ!」

 

「あれ? アイビーこの間クィディッチ好きだって言ってなかったっけ?」

 

「ええ、そうなんだけど。飛ぶのは昔から苦手で、クィディッチも観戦専門なの」

 

「へー、なんか残念だね?」

 

「昔はクィディッチができなくて悩んだりしたけど、今は見るのが楽しいから何とも思ってないわ。それより……」

 

 アイビーがちらりと目を向けた先では、真剣な表情を浮かべたセリアが箒に跨っていた。

 姿勢もお手本のように良く、ぐらついたりせず安定して飛んでいたが、驚くほどに速度が出ていなかった。

 その姿を見て三人は楽しそうに笑う。

 

「セリア、めちゃくちゃ遅いね」

 

「普通あんな速度は出せないと思う」

 

「本人が大真面目なのがまたなんとも言えないわね」

 

「まあ、すっごいかわいいけどねー。セリアー! こっちおいでー!」

 

 リジーが呼ぶと、気がついたセリアが進路を変え三人の元へ向かってきた。

 しかしあまりに速度が遅いため、三人も歩いてセリアの元に向かう。

 ようやく三人の元へ到着したセリアは軽やかに箒から降りた。

 

「お待たせしました。リジー達はもう飛ばないのですか?」

 

「うん、久しぶりにいっぱい飛んだから疲れちゃったよ。メグとアイビーは?」

 

「私はもういいわ」

 

「うん、もう満足」

 

 四人は箒置き場まで歩いて向かう。

 

「ねえねえセリア、どうしてあんな速度で飛んでたの?」

 

「正しい飛び方をしていると思うのですが、なぜか私が箒に乗るとああなるんです」

 

「そんなの聞いたことないけど……不思議だね」

 

「無意識のうちに箒に乗るのを怖がってるんじゃない? だから勝手に箒の安全装置が発動しているとか……ないかしら?」

 

「そんなことあるのでしょうか?」

 

「箒はセリアの意外な弱点二つ目だねー」

 

「リジーはすいすいと飛んでいましたね。かっこよかったです」

 

「え、本当? 照れるなー」

 

「リジーもメグも、あんなに自由に飛べてすごいわね」

 

「闇祓いなら箒くらい乗りこなせないとだからね」

 

「私は箒を使わず自力で飛んでみたいなー」

 

「道具を使わず空を飛ぶ魔法は、魔法使いが長年追い求めてきた魔法ですよね。リジーが飛びたいのなら、きっと私がその魔法を発明してみせますよ」

 

「おー! お願いします!」

 

「そんなことできたらすごいわね」

 

「セリア、頑張ってね」

 

「はい! 頑張ります!」

 

 セリアはふんす、と鼻息を荒くして気合を入れた。

 その様子をリジー達三人は、微笑ましそうに眺めるのだった。

 



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第16話 ホグワーツの生活・三

 入学してから初めての休日。

 朝の日課を終えたリジーが寝室へと戻ってくると、目を疑うような光景がそこにはあった。

 なんとセリアとメグがすでに目を覚まし、着替えまで済ませていたのだ。

 アイビーはまだ姿勢良く眠っているがそれはさておいて、普段リジーが声をかけなければ確実に遅刻するであろう二人が起きているのは、リジーを混乱させるには十分な事態だった。

 

「ど、どうしたの!? セリアもメグも一人で起きるなんて! 何か悪いものでも食べたの!? あ痛っ!」

 

「リジー、大丈夫ですか!?」

 

「何やってるの……」

 

 我を忘れて二人の元へ駆け寄ろうとしたリジーは、ベットの足に右足の小指をぶつけ悶え苦しむ。

 セリアはおろおろと慌て、メグは呆れたようにため息を吐いた。

 

「いたた……いやー、二人が自力で起きてるなんて、もしかして何か闇の魔術にでもかかってるのかなーって思ってさ」

 

 痛む小指をさすりながらリジーは答えた。

 それを聞いたセリアは不満げに頬を膨らませる。

 

「もう、失礼ですよリジー。私もメグも、ちゃんと起きれます!」

 

「だったら普段から起きてほしいなー。それで、なんで二人ともこんなに早起きなの?」

 

 ようやく痛みが引いてきたのか、おそるおそる右足に体重をかけながらリジーが尋ねた。

 

「ええ、今日は図書館に行ってみようかと。ホグワーツの図書館の蔵書数は、英国でも随一だと聞いていましたので」

 

「私もずっと行ってみたいって思っててね。セリアも行きたいって言ってたから、一緒に行くことにしたんだ」

 

 そう言ってセリアとメグは顔を見合わせて、ねー、と笑い合った。

 それを聞いてリジーも興味がわいてきたようだ。

 

「へー、なんだか面白そうだね。私も行こうかな」

 

「本当ですか? リジーも来てくれるなら、嬉しいです」

 

「お、かわいいこと言ってくれるねー」

 

 そう言ってリジーがセリアの頭をなでると、セリアは嬉しそうに小さく笑った。

 そんな二人の微笑ましい光景を眺めながら、メグは思い出したように言う。

 

「そう言えばリジー、何個か宿題出ていたけど、それは終わらせてるの?」

 

「もっちろん! いつも寝る前か、朝みんなを起こす前には終わらせてるよ!」

 

 リジーが胸を張って答えると、メグは感心したように頷いた。

 

「本当にリジーはそういうとこ、意外としっかりしてるよね。アイビーにも見習ってほしいな。……ねえ、アイビー?」

 

 メグが言うとアイビーはびくっと反応した。

 そして三人が見つめる中ゆっくりと体を起こした。

 実はアイビーは、リジーが小指をぶつけて叫んだ際に目を覚ましていたのだ。

 セリアとリジーは気づいていなかったが、さすがは幼馴染と言うべきか、メグには見抜かれていたようだ。

 

「あはは……おはようみんな。私はベッドでごろごろしてるから、みんなは気にせずゆっくり図書館でお勉強してきてね」

 

 アイビーはそう言って再びベッドに潜り込もうとしたが、メグに首根っこを掴まれベッドから引きずり出された。

 

「ほら起きて。せっかくだし、一緒に図書館に行って宿題終わらせるよ」

 

「嫌よ! どうしてせっかくのお休みに、勉強なんてしないといけないの!?」

 

「計画的に宿題をしないアイビーが悪いんでしょ? ほら、無駄な抵抗はやめなよ」

 

「ちょっと、離してよメグ! いやー! 誰か助けてー!」

 

 抵抗するアイビーを、メグは無慈悲にずるずると引きずって寝室を出て行った。

 アイビーの叫び声が少しずつ遠くなるのを聞きながら、セリアとリジーは顔を見合わせる。

 

「朝ごはん、食べに行こっか?」

 

「はい」

 

 その後朝食を終えた四人は、準備を済ませて図書館へと向かった。

 その蔵書数は数万冊は下らないと言われ、全ての本を読むことなど到底不可能だろう。

 司書を務めるイルマ・ピンスでさえ、おそらく全ては把握しきれてはいない。

 奥には禁書がおさめられている棚へ続く扉があり、普段は鎖で封印されている。

 上級生が闇の魔術に対する防衛術の授業で使う場合、もしくは教員による許可証が無ければ、禁書棚の本に近づくことは許されない。

 図書館に到着すると、セリアとメグはきらきらと目を輝かせて図書館の中を見渡した。

 

「すごい……こんなに本があるなんて!」

 

「屋敷よりも多いかも……! ああ、どれから読みましょうか!」

 

 興奮する二人をリジーはにこにこと眺める。

 その隙をついてアイビーは逃げ出そうとしていたが、すぐにメグに捕まった。

 

「逃げないの。ほら、早く宿題出して」

 

「うう……ひどいわメグ……」

 

 アイビーは渋々と宿題を机の上に出していく。

 それを監視しながらもメグは本が気になるのかそわそわとしており、その二人の様子をリジーは苦笑いしながら見ていた。

 ちなみにセリアはすでに本の山へと消えていった。

 

「メグ。アイビーは私が見ておくから、本見に行ってきなよ」

 

「え、でも……」

 

「変身術の宿題だし私でもわかるよ。それに、そんなにそわそわしてるしね」

 

 リジーがそう言うと、気づかれていないと思っていたのかメグの頬が微かに赤くなる。

 

「赤くなっちゃって。メグかわいい」

 

「なっ……! うるさいよアイビー、集中しなよ! リジー、その……アイビーをよろしくね?」

 

「任せてー」

 

 リジーの返事を聞いたメグは本棚の隙間へと消えていった。

 

「ほらほら、手を動かしなよアイビー。分かんない所があれば教えるから」

 

「リジー、見逃してよ……」

 

「別にいいけど、今逃げ出すか週明けにマクゴナガル先生に怒られるか、どっちがいい?」

 

「宿題頑張ります……」

 

「うん、頑張れー」

 

 こうして初めての休日は図書室で過ごし一日が終わった。

 セリアとメグはとても充実した顔で両手一杯に本を抱え寮へと戻った。

 一日中かけて宿題を終わらせたアイビーは燃え尽きた様子だった。

 それを監視しながらリジーは動物もどきについて書かれた本を読んでおり、その本を借りて寮へ戻った。

 

──────────

 

 とある休日四人が朝食をとっていると、手紙や小包を携えた大量のふくろうが現れた。

 見慣れた朝の風景である。

 その内の一羽がセリアの前に舞い降りた。

 

「大きい荷物だねー。誰から?」

 

「屋敷から送られてきたものです。私の署名が必要な書類やその他連絡事項など、まあ色々ですね」

 

 セリアはそう言ってふくろうの足から包みを外すと、お礼を言いながら皿に残っていたベーコンの皮を差し出した。

 ベーコンの皮をくわえて飛び立ったふくろうを見送ると包みを開く。

 

「すごい量だね」

 

「こんなにたくさんあるの? 大変ね……」

 

「屋敷では毎日処理していたのですが、ホグワーツにいる間は休みの日にまとめて処理することにしたんです。時間がかかってしまうと思いますので、みなさんは先に寮へ戻っていて下さい」

 

 申し訳なさそうに三人へ告げたセリアに、リジー達は顔を見合わせると言った。

 

「終わるの待っとくよ」

 

「それより、何か手伝えることはないかしら?」

 

「気にしないでゆっくりお仕事してね」

 

「……ありがとうございます」

 

 三人の答えに一瞬驚いた後、セリアは微笑んでお礼を言う。

 しばらくして大広間からセリア達以外の生徒がいなくなって、ようやく書類の処理が終わった。

 セリアは大きく息を吐くと、両手を上げぐぐっと伸びをした。

 

「おつかれセリアー」

 

「はい、かぼちゃジュースだよ」

 

「ありがとうございます、メグ」

 

 メグからかぼちゃジュースを受け取ったセリアは、こくこくと喉を鳴らしながらジュースを飲む。

 

「それにしても、本当に多いわね。もう少し減らせないの?」

 

「確かに、思っていたよりも量が多かったですね。署名が必要じゃない書類を省ければ、大分量を減らせるのですが……。それより、みなさんを待たせてしまって申し訳ないです」

 

「大丈夫だよー。だよね? アイビー?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

「行きたい所があるって言ってたけど、なんなの?」

 

「ええ、午後からクィディッチチームの予選があるそうなの。みんなで見に行かない?」

 

「クィディッチですか。実際に見るのは初めてです」

 

「本当にクィディッチ好きだね、アイビー 」

 

「それじゃ準備して行こうか」

 

 セリア達は処理を終えた書類をふくろう便で送るために、ふくろう小屋へと向かった。

 その後一度寮に戻り、午後になるとクィディッチ競技場へと向かった。

 城を出て歩いていると、競技場の方向から大勢の生徒がこちらへ歩いてきた。

 その生徒の内何人かは紅色のローブをまとっている。

 

「あれ、グリフィンドールのチームよ。午前中はグリフィンドールが使っていたらしいわ」

 

 アイビーが三人にそう言うと、一団の中から一人の生徒が飛び出してセリア達の元へ走ってきた。

 

「こんにちは、みんな!」

 

「こんにちは、ケイティ」

 

「久しぶりだねー」

 

 その生徒は、セリアとリジーと共に特急の旅を過ごしたケイティ・ベルだった。

 

「ケイティもクィディッチの見学してたの? 私達はこれから行くんだー」

 

「ううん、私クィディッチチームに入りたくて。それで予選に参加したの」

 

「へえ、すごいわね! それで、結果はどうだったの?」

 

 アイビーが勢い込んで尋ねると、ケイティは得意げな表情を浮かべた。

 

「合格したの! まだ補欠だけど、来年には試合に出てみせるわ!」

 

「すごいですケイティ!」

 

「チョウも予選に参加するって言ってたし、来年戦うのが楽しみだわ! みんなはこれからハッフルパフチームの予選の見学に行くのね?」

 

「うん。アイビーが行きたいって言うからね」

 

 四人とケイティが立ち話をしていると、グリフィンドールの一団の中から髪も服も赤い二人の生徒がやってきた。

 

「よう、何やってんだ? 我らが期待の新人ケイティ?」

 

「何やってんだ? ゴールを抜きまくってウッドを撃沈させたケイティ?」

 

 赤い生徒はほとんど同じ声で話した。

 声だけではなく顔もまったく同じなので、おそらく双子だろう。

 

「紹介するわ。フレッドとジョージ・ウィーズリー、二年生で今年からのビーターなの」

 

「おいおい、間違えてるぜ? チームメイトなんだから気をつけてくれよ」

 

「その通り。僕らはグレッドとフォージさ」

 

 ケイティとやかましい赤毛の双子が加わりわいわいと話していると、遠巻きに見ていたグリフィンドールの一団から一人こちらへやってきた。

 

「おい、フレッド、ジョージ。他の寮の生徒にあんまりちょっかいを出すなよ」

 

 声をかけてきたのは双子と同じく燃えるような赤毛の、体格のいい男子生徒だった。

 

「ちょっかいなんて出してないぜ、チャーリー。ただ少し話してただけさ」

 

「そうさ、チャー兄。かわいい子ばっかだから声をかけたわけじゃないぜ」

 

「いいからさっさと戻れよ。お前達は新入りなんだから、他のメンバーにもちゃんと挨拶するんだぞ」

 

「オーケー、しっかりご挨拶するよ。僕らなりのやり方でね」

 

「普通の挨拶をしろよ。ほら、戻れ戻れ」

 

 チャーリーと呼ばれた生徒は双子をシッシッ、と追い払うように言った。

 フレッドとジョージはやかましく騒ぎながらも、グリフィンドールのチームの元へ戻っていった。

 チャーリーは一つため息を吐くと、次にケイティに声をかける。

 

「ほら、ケイティも。来年チームに入りたいんなら、上級生達の技術をしっかり研究するんだよ」

 

「うん、わかったわ。それじゃみんな、またね」

 

「はい、さようなら」

 

「ばいばーい」

 

 ケイティはセリア達に手を振るとチームの元へ走っていった。

 

「まったく……ごめんよ、僕の弟達が邪魔して。それじゃあ……あれ? リジーかい?」

 

 チャーリーはリジーを見つけると驚いたような声をあげた。

 セリア達も見慣れぬ男子生徒にリジーの名を呼ばれたことに驚き、リジーを振り返る。

 リジー少し前に出ると、のんびりと手を振って答えた。

 

「久しぶりー、チャーリー。元気だった?」

 

「ああ、元気だよ! リジーも元気そうだね。学校には慣れたかい?」

 

「まあまあかな。みんな頭良くて、助けてもらってるんだー」

 

「それは良かった。そうだ、ロルフは最近どうしてるんだ?」

 

「兄ちゃんは新種を見つけるーって言って、どっか行っちゃったよ」

 

「ははは! ロルフらしいな!」

 

 リジーとチャーリーが談笑していると、アイビーが少し震えながらセリアとメグのローブを引っ張った。

 

「どうしたの? アイビー?」

 

 怪訝そうにメグが聞くと、アイビーは震える声で答えた。

 

「お、思い出したわ……。あの人、チャーリー・ウィーズリーよ……」

 

「有名な方なんですか?」

 

 セリアが尋ねると、アイビーはこくこくと頷く。

 

「ええ、グリフィンドールのキャプテンよ。あの人が初めてチームに入った年に、グリフィンドールはかなり久しぶりに優勝したの。ポジションはシーカーで、今まで一試合もスニッチを取れなかったことはないわ。ナショナル・チームからも注目されているすごい人なの」

 

「そうなんだ……て言うか、アイビーすごい詳しいね?」

 

「先輩達からクィデッチの話をいっぱい聞いたの。あの人もそうだけど、スリザリンにもナショナル・チームから注目されている人がいるそうよ」

 

「そんなすごい人と、なぜリジーは知り合いなのでしょうか……?」

 

 リジーとチャーリーは依然として楽しそうに話している。

 その二人の様子からして、それなりに古くからの知り合いであることがわかる。

 三人が見ていることに気づいたのか、リジーは振り返った。

 

「ごめんね、三人とも。結構久しぶりに会ったから話し込んじゃった。この人はチャーリー・ウィーズリーだよ。兄ちゃんと私とは、魔法生物好き仲間なんだー」

 

 リジーはにこにこと笑いながら三人に紹介した。

 

「こんにちは、僕はチャーリー・ウィーズリーだ。ロルフは僕の一つ上の学年で、夏休みにたまに彼の家に遊びに行ったりしてたんだ」

 

「私が小さい頃から知ってるし、親戚の兄ちゃんって感じなんだよ」

 

 昨年ホグワーツを卒業したロルフは、どうやらグリフィンドールに所属していたようだ。

 

「はじめまして、私はメーガン・バークです」

 

「は、はじめまして! 私はアイビー・ベケットって言います! チャーリーさんのご活躍は色んな人から聞いてます! チャーリーさんの素晴らしいプレイ、早く見たいと思っています! 応援しています!」

 

 メグは淡々と、アイビーは勢いよく名乗った。

 それを受けてチャーリーは素朴に笑った。

 

「僕は一応敵のチームだし、あまり応援はしない方がいいと思うよ。それで、そっちの女の子がレイブンクローの子だね?」

 

 緊張からか二人に遅れてしまったセリアは、一つ深呼吸するとローブを少しつまみ、ふわりとお辞儀をして微笑んだ。

 

「はじめまして、チャーリーさん。私はセリア・レイブンクローといいます。チャーリーさんは素晴らしい選手だと伺っています。クィディッチは見たことが無いのですが、貴方の試合を見れることをとても楽しみに思っています。これからどうぞよろしくお願いします」

 

 久しぶりに発動したセリアのお辞儀を間近に受け、チャーリーは顔をその髪とローブと同じ色に染めた。

 リジーはこそこそとセリアの後ろに忍び寄って脇腹を狙ったが、セリアはひょいと飛びのいてそれを避けた。

 

「あ、避けられた!」

 

「ふふ、いつまでもつつかれる私ではありませんよ、リジー」

 

「くそー……ねえチャーリー、チームに戻らなくてもいいの?」

 

 グリフィンドールチームはキャプテンを置いていけないのか、少し離れた所で待っている。

 リジーに声をかけられ、呆けていたチャーリーは正気に戻った。

 

「あ、ああ、もう戻るよ。またな、リジー。君達もまたね」

 

「ばいばーい」

 

 チャーリーは慌ててチームの元へ戻って行った。

 それを見送った四人は再びクィディッチ競技場へと歩いていく。

 

「ああ、緊張した……」

 

「久しぶりに話せて楽しかったなー」

 

「あんなにすごい人が敵チームにいるなんて、ハッフルパフ勝てるのかな?」

 

「そうね。スニッチを取られても逆転されないくらいにチェイサーが点を取らないと、勝ち目は無いと思うわ」

 

「そのためにも、いっぱいいっぱい応援をしないといけませんね……!」

 

 その後四人はハッフルパフチームのメンバーの予選を見学した。

 アイビーは見たこともないほど真剣な目で予選を凝視していた。

 セリアは試合ではないものの初めて見るクィデッチに大はしゃぎで、リジーもそれをにこにこと笑って見守りながら楽しそうに予選を見学していた。

 だからこそ三人は、予選に参加していた一人の男子生徒を見て、急に顔を赤らめて俯いたメグに気づくことはなかった。

 無事にメンバー入りをはたしたその男子生徒の名は、セドリック・ディゴリー。

 一学年上の彼は子供ながらも整った顔立ちをしており、誠実さがあふれ出ているような少年だった。

 



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第17話 ハロウィン・一

今回はすべてリジー視点のお話です。
ハグリッドの口調難しい……。


 朝、私は気分が高揚しながら朝の日課をこなしていた。

 しばらく走った後にハグリッドの小屋に向かう。

 初めて走ったときに会って以来、毎朝ハグリッドとお喋りするのがお約束になっていた。

 ちょっとお仕事のお手伝いとかもしてるんだけどね。

 ハグリッドの小屋に着くと、そこにはとても素敵な光景があった。

 小屋の横にあるかぼちゃ畑、そこから少し離れた場所におっきなかぼちゃがごろごろと転がってる。

 そう、今日は私にとって一年で一番の大イベント、ハロウィンの日。

 ついでに言うと私の誕生日。

 ハグリッドは毎年ハロウィン料理に使うかぼちゃを育ててるそうだ。

 畑の横に転がっているかぼちゃは、前に私もお手伝いして収穫をしたもの。

 かぼちゃは収穫した後、二週間から三週間くらい日が当たらなくて風通しのいい場所に保管するんだ。

 そうするといつも食べてる、甘くておいしいかぼちゃになるんだよ。

 それにしても、こんなにおっきいかぼちゃだし、きっと何か魔法を使って育ててるんだろうね。

 ハグリッドが杖を持ってるの見たことないけど、誰が魔法かけてるのかな? 

 なんかピンク色の傘を持ってるのは見たことあるけど。

 私がそんなことを考えながらうっとりとかぼちゃを眺めていると、小屋の扉が開き中からハグリッドがのしのしと出てきた。

 

「おお、おはよう、リジー。お前さん、いつにも増して早起きだな」

 

「おはよー、ハグリッド! そりゃあこんな素敵な光景が広がってるんだもん。思わず夜明け前に起きちゃうよ」

 

 朗らかなハグリッドの挨拶に、私はおっきなかぼちゃに抱きつきながら答える。

 ああ、両手で抱えるほどのかぼちゃ……素敵だなあ……。

 私がすりすりとかぼちゃに頬ずりしてると、ハグリッドは少し引いたような表情を浮かべていた。

 

「そ、そうか……今からかぼちゃを城に運ぶんだが、お前さんも来るかい?」

 

「いいの!? やったー! あ、もちろんお手伝いはするよ」

 

「よし、なら少し待っといてくれ」

 

「了解ー」

 

 ハグリッドは水の入った樽に顔を突っ込むいつもの洗顔をすると、タオルで顔をごしごしと拭きながらちょっと離れた牧場へと歩いていった。

 私は小屋から駆け出してきたファング(ハグリッドの愛犬。めっちゃかわいい)と戯れながら待つ。

 少しすると、とてつもなくおっきな荷車を引いたハグリッドが戻ってきた。

 

「すごいね、こんなおっきな荷車見たことないよ」

 

「大きなかぼちゃだからな。これくらいのじゃないと運べねえんだ。リジー、荷車にかぼちゃを乗せるの手伝ってくれや」

 

「任せて!」

 

 私とハグリッドは二人で大量のかぼちゃを荷車に積んでいく。

 私は持ち上げるのは無理だから、浮遊呪文を使って乗せる。

 呪文のいい訓練になるね。

 ファングもしっぽを振って周りを駆け回りながら応援してくれた。

 

「とりあえず、これくらいでええぞ」

 

 転がっているかぼちゃを半分ほど荷車に積むと、ハグリッドが言った。

 

「二回に分けて運ぶんだね」

 

「量が量だからな。俺が荷車を引くから、お前さんは後ろから押してくれ」

 

「頑張るよ!」

 

 ハグリッドは荷車の持ち手を掴むと、唸り声をあげながら全身に力を込めた。

 ふっとい腕に血管が浮き出るほどで、まるで元からおっきいハグリッドがさらにおっきくなったみたいだ。

 すごい迫力だなー。

 ハグリッドが荷車を引き始めたから、私も後ろに回って押す。

 けど、なんだか全然力になってる気がしないなー……荷車、呪文で浮かせられるかな? 

 私は杖を抜くと荷車に向けて振った。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ、浮遊せよ」

 

 ……だめだ、やっぱり浮かばないや。

 私がちょっとがっかりしてると、前からハグリッドの驚いた声が聞こえてきた。

 

「おお!? 急に軽くなったぞ!? リジー、何個かかぼちゃが落ちてねえか? 潰されてねえだろうな!?」

 

「だ、大丈夫だよ、ハグリッド! ちょっと浮遊呪文をかけてみたんだけど、軽くなったの?」

 

「おう、軽くなったぞ。そのまま呪文かけといてくれ」

 

「了解!」

 

 杖を荷車に向けたまましばらく進み、城の玄関までたどり着いた。

 

「ねえねえ、ハグリッド。これからかぼちゃをどこに運ぶの? 大広間?」

 

「うんにゃ、俺の仕事はここまでだ。ここからはあの連中が厨房まで運んで、ハロウィンの料理を作るんだ」

 

「あの連中?」

 

 私がそう聞き返すと、大きな扉が開いて数人の小さな影が転がり出てきた。

 

「お疲れ様でございます、ハグリッド! あとは私め達にお任せを!」

 

 小さな影はキーキーと甲高い声を上げた。

 それにハグリッドは頷いて答える。

 

「ああ、頼む。ほらリジー、こいつらがホグワーツ城を支える屋敷しもべ妖精達だ」

 

「うわあ……初めて見たよ!」

 

 私がびっくりしてると、私に気づいた屋敷しもべ妖精さん達は恭しくお辞儀をしてくれた。

 

「おはようございます、お嬢様!」

 

「ハグリッドのお仕事をお手伝いしてくださり、ありがとうございます!」

 

「ううん、私も楽しいからいいんだよ。そうだ! 屋敷しもべ妖精さん達、いつもお布団を整えたりお城を綺麗に掃除してくれて、本当にありがとう! いつかお礼言いたかったんだー」

 

 私がお礼を言うと、屋敷しもべ妖精さん達は嬉しそうににやけたり、感極まったように目を潤ませた。

 

「滅相もございません!」

 

「そのようなお言葉をかけていただけるなんて……感激でございます!」

 

「あ、頭を上げてよ!」

 

 屋敷しもべ妖精さん達はますます深くお辞儀しようとして、ほとんど跪く勢いだった。

 

「あー、お前さん達。早くかぼちゃを運んだ方がいいんじゃねえか? 厨房の連中が待っとるだろうが」

 

 ハグリッドの言葉でようやく屋敷しもべ妖精さん達は頭を上げた。

 助かったー……。

 あれ? そういえばハグリッド、厨房って言ったよね? 

 

「厨房ってどこにあるの?」

 

「厨房は、大広間のすぐ下にございます、お嬢様!」

 

「入り口は果物が盛られた絵画に隠されています!」

 

「お嬢様の所属されています、ハッフルパフ寮へ続く廊下に飾られている絵でございます!」

 

「絵の中の梨をくすぐると、厨房に入ることができるのです!」

 

 私がふと尋ねると、屋敷しもべ妖精さん達は間髪入れずにキーキーと答えてくれた。

 あー、あのおいしそうな絵か。

 あんな所に厨房があったんだ。

 ていうか、ハッフルパフ寮のほとんど隣にあるんだね。

 

「そうなんだ。生徒が入っても大丈夫なのかな?」

 

「是非お越しください!」

 

「しもべ総出でおもてなしいたします!」

 

 そう言ってもう一度お辞儀をすると、屋敷しもべ妖精さん達は荷車を取り囲んだ。

 そして同時に指を鳴らすと、荷車の上のかぼちゃがふわふわと浮かび上がった。

 かぼちゃを浮かべながら最後にお辞儀をすると、屋敷しもべ妖精さん達は城へと戻っていった。

 

「すごいね、屋敷しもべ妖精さん達。全部浮かべるなんて」

 

「魔法族はあの連中を見下してる奴が多いんだがな。本当は連中の使う魔法はすげえんだ。正直俺は、人間よりも連中の方が魔法を使うのが上手いと思っちょる」

 

 その後もう一度ハグリッドの小屋に戻ってかぼちゃを積み、お城に運んだ。

 

「おいしいかぼちゃ料理、よろしくお願いします!」

 

「私め達にお任せください、お嬢様!」

 

 城から出てきた屋敷しもべ妖精さん達に向かって言うと、屋敷しもべ妖精さん達は細い腕に力こぶを作りながら答えてくれた。

 これでかぼちゃ運びは完了した。

 いやー、大変だったけど、その分ハロウィン料理がすっごく楽しみだよ。

 

「お疲れさん、リジー」

 

「お疲れ、ハグリッド! 私、ちゃんと力になれてた?」

 

「ああ、すごく助かったぞ。早くかぼちゃを積めたし、軽くて運びやすくもなったしな。ありがとうよ」

 

「えへへ、どういたしまして」

 

 私が尋ねると、ハグリッドは朗らかに笑いながらお礼を言ってくれた。

 良かったー、邪魔にならなくって。

 

「いつもより遅くなっちまったな。もう戻れ、リジー。みんな起きてくるぞ」

 

「うん、分かった。お仕事頑張ってね、ハグリッド」

 

「おう」

 

 玄関前でハグリッドと別れ寮へ向かう。

 その途中、果物の絵の前の廊下はとても素敵な匂いが漂っていた。

 やばい、涎が止まらないや……ここは危険だ! 早く寮に戻ろう。

 私は足早に廊下を抜け、樽の山も抜け寮へと到着した。

 談話室にはいつもより多くの人が起きてきていた。

 その人達に挨拶しながら寝室へと戻ると、アイビーがすでに起きて着替えを済ませていた。

 

「あ、おはようリジー。今日はいつもより遅かったのね」

 

「おはよーアイビー。今日はハロウィンだからね! かぼちゃを運ぶの手伝ってたんだー」

 

 私はアイビーの丁寧に髪を梳かしながらの挨拶に答える。

 

「ああ、今日はハロウィンだったわね。けれど、朝からそんなに動いて大丈夫なの?」

 

「うん、大丈夫。厨房からのかぼちゃの匂いで元気いっぱいだよ」

 

「そう言えば、すごくいい匂いがするわね。お腹が空いてきちゃうわ」

 

「かぼちゃ料理楽しみだなー……あれ?」

 

 そこで私は自分のベッドの足元にいくつか包みがあるのに気づいた。

 そうだそうだ、誕生日だったね今日。

 私はちょっと幸せな気分でプレゼントを眺める。

 

「お誕生日おめでとう、リジー」

 

 アイビーがそう言ってプレゼントを渡してくれた。

 

「ありがとう、アイビー! 開けていい?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 私は包みを開けていく。

 そこには、かぼちゃの形をしたかわいい鉢と何かの種があった。

 

「スプラウト先生に紹介してもらった品種なの。室内みたいな狭い場所でもかぼちゃを育てて収穫できるのよ」

 

「お部屋の中でかぼちゃを育てられるの!? すっごい!」

 

 そんな夢のようなかぼちゃがあるなんて、まるで魔法だよ! 

 

「普通のかぼちゃより少し小さいけど、短い期間で収穫できるし、一度種を植えれば何度か実がなるそうよ」

 

「うわあ……アイビー! ありがとう!」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 私幸せ者だなー。

 みんなの誕生日にも素敵なプレゼントを送らないとね。

 

「リジー、そろそろみんなを起こしましょう。私はメグを起こすわ」

 

「あ、うん。分かった」

 

 とりあえず鉢は置いて、私はセリアを起こしに行く。

 セリアのベッドを覗き込むと、すっごくかわいい寝顔があった。

 かわいいなあ……ずっと見つめていられるけど、起こしますか。

 私はセリアを優しくゆする。

 ちなみにアイビーはメグの布団に手を入れ、メグを思い切りくすぐって起こしていた。

 なんて凶悪な起こし方なんだ。

 

「セリアー、そろそろ起きて。朝だよー」

 

「ん……」

 

 すると、セリアは小さく声を上げて薄っすらと目を開けた。

 セリアの寝ぼけ眼と私の目が合う。

 

「おはよーセリア」

 

「おはようございます、リジー……」

 

 私が挨拶すると、セリアはふにゃりと微笑んで挨拶を返してきた。

 うわー、かわいすぎて意識が飛んじゃいそうだったよ。

 抱きつきたいのをぐっとこらえていると、セリアはゆっくりと身を起こしてふらふらとベッドから出た。

 そして小さい鼻をくんくんと動かすと、周りを見渡した。

 

「なんだかいい匂いがします……」

 

「かぼちゃの匂いだよ。今日はハロウィンだからね」

 

「かぼちゃ……いいですね……シチューもあるでしょうか……」

 

「きっとあるよ。それより早く着替えなよ。着替えたら髪の毛やってあげるね」

 

「はい……」

 

 セリアはもそもそ着替え始めた。

 私もその間に着替えてセリアと自分のベッドを軽く整える。

 うーん、プレゼントは気になるけど、今はちょっと時間ないかなあ。

 

「着替え終わりました、リジー……」

 

「お、早かったね。はい、顔も拭いてね」

 

「はい……」

 

 セリアに濡れタオルを渡すと、着替えを終えたメグが私の所にやって来た。

 なんだか息切らしてるし、後ろで倒れたアイビーが頭にこぶ作ってるし、ちょっと見てない間に何があったのかな? 

 

「おはよう、リジー……」

 

「おはよーメグ。大丈夫?」

 

「うん。アイビーの起こし方、いい加減にやめてほしいよ。それよりリジー、お誕生日おめでとう」

 

 そう言うとメグはプレゼントを渡してくれた。

 ずっしりとしてるけど、この感触から見て本かな? 

 

「ありがとーメグ! 何の本かなあ?」

 

 包みを開けると、立派な本が出てきた。

 題名は「偉大な変身の心髄」、なんかかっこいい……。

 

「私の家で一番難しい変身術の本だよ。私は全然理解できなかったんだけど、リジーにはぴったりだと思って」

 

「すごい……ありがとう、メグ。大切にするね」

 

「どういたしまして」

 

 私がお礼を言うと、メグはにこりと笑った。

 

「メグがにこってした……かわいい」

 

「うるさい、アイビー。離してよ」

 

 復活したアイビーがメグを後ろから抱きしめた。

 それを仲いいなー、って眺めていたら、セリアがちょんと私の袖を引っ張った。

 

「どうしたの? セリア?」

 

「リジー、その素敵な本はなんですか……?」

 

「えへへ、いいでしょ。メグが誕生日プレゼントでくれたんだー」

 

「そうですか、お誕生日の……お誕生日!?」

 

 セリアは突然おっきな声を出した。

 私達三人が驚く中、すっかり目が覚めたセリアはトランクに頭を突っ込んでごそごそと探りだした。

 

「早起きしてお誕生日プレゼントを一番に渡そうと思っていたのに……! ごめんなさい! リジー!」

 

「わ、私は大丈夫だから、落ち着いて? セリア?」

 

 私がそう声をかけると、セリアはトランクから顔を出した。

 手には包みがある。

 

「リジー、お誕生日おめでとうございます。お友達のお誕生日をお祝いするのは初めなので、喜んでもらえたら嬉しいのですが……」

 

 セリアは緊張して震えながらおずおずと私に包みを差し出した。

 私はそれを受け取ると、セリアを安心させるために笑顔でお礼を言う。

 

「ありがとう、セリア!」

 

 セリアはほっとしたようにかわいく微笑んだ。

 セリアのプレゼント、何かな? 

 触った感じだと、メグと同じで本っぽいけど。

 包みを開いていくと、羊皮紙を束ねて装丁した物が見えた。

 表紙には「動物もどき(アニメーガス)について」とセリアの手書きで題がつけられている。

 

「先日、動物もどきを学ぶ許可が出たと言っていましたよね。なので、レイモンドに頼んで屋敷にある動物もどきに関する物を送ってもらい、それをまとめました」

 

「こんなにたくさん……大変だったでしょ?」

 

 だってこれ、教科書と同じくらい分厚いんだもん。

 それにちょっと中身を見たけど、すっごい丁寧にまとめられてて、お店で売っててもおかしくないくらいだよ。

 

「教材の準備ができたら、授業を受けられるということでしたよね。レイモンドにも十分教材として使えるとお墨付きをもらいましたので、一度マクゴナガル先生に見せてみてください」

 

 確かにスプラウト先生とマクゴナガル先生から許可が出たけど、まさか教科書を作ってくれるなんて……。

 私が驚いていると、メグとアイビーが覗き込んできた。

 

「すごい……売られている本みたいだね」

 

「本当ね。それに、すごく分かりやすいわ。セリア、あなた本も書けるのね?」

 

「いえ、それを研究してきたのはご先祖様達です。私はただまとめただけですよ。リジー、喜んで頂けましたか……?」

 

 セリアが再びおずおずと聞いてきた。

 それに私は精一杯に笑ってセリアを思い切り抱きしめて答える。

 

「ありがとう! すっごい嬉しいよ、セリア! 私頑張って動物もどきになるからね!」

 

「わあ……! リジーに喜んでもらえて、私も嬉しいです!」

 

 セリアも私に抱きつき返してきた。

 セリアから抱きついてきたの、初めてだなあ。

 

「本当、二人は仲良いよね」

 

「本当よねえ」

 

「二人もありがとう!」

 

「うわ!」

 

「きゃあ!」

 

 私はメグとアイビーも引き寄せ、無理矢理抱きしめる。

 四人でぎゅっと抱き合ってたらちょっと苦しかったけど、そんなのは気にならないほど私は幸せだった。

 ハロウィン料理もあるし、間違いなく今日は今までで最高の誕生日だよ。

 抱きしめる力をさらに強くすると誰かが苦しそうな声をあげたけど、私は気にせずただただ笑っていた。

 




ちなみにセリアの誕生日は2月2日、アイビーは4月26日、メグは5月12日です。


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第18話 ハロウィン・二

ハロウィン後半です。


「もう、苦しかったじゃないリジー」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 リジーの拘束から解放されたアイビーは、リジーを睨んだ。

 それに対しリジーはからからと笑い、悪びれる様子はない。

 そんなリジーの袖をセリアはちょんと引っ張った。

 

「うん? どうしたのセリア?」

 

「あの、リジー、髪を梳かしてもらってもいいですか……?」

 

「あ、そうだったね。おいでー」

 

「はい!」

 

 リジーがセリアの髪を梳かし始める。

 リジーの指が優しくセリアの髪に触れると、セリアは気持ち良さそうに微笑んだ。

 

「セリアの髪、綺麗だよねー。触ってていつもすっごく楽しいよ」

 

「ありがとうございます。リジーも、髪を梳かすのがすごくお上手です」

 

「本当? 嬉しいなー」

 

 二人の様子を見たアイビーは、メグの方をちらりと見る。

 

「ねえねえメグ、久しぶりに髪梳かしてあげようか?」

 

「アイビーがやりたいだけでしょ?」

 

「そうだけど、お願い!」

 

「はあ、わかったよ。いいよ」

 

「やった!」

 

 アイビーは嬉々としてメグの髪を梳かしていく。

 アイビーが髪に触れると、メグはくすぐったそうに少し首をすくめた。

 

「相変わらずふわふわねえ。気持ちいいなあ」

 

「私は触られるの、あんまり好きじゃないんだけど?」

 

「知ってる。それでも触らせてくれるメグが好きよ」

 

「もう、調子いいなあ……」

 

 メグは呆れたように言うが、口元が緩んでいた。

 しばらくして四人は朝食のため大広間へ向かう。

 かぼちゃのいい匂いは、リジーが寮に戻るときは厨房の近くだけに充満していた。

 だが四人が大広間に向かう頃には、城中に匂いが広がっていたのか、他の寮の生徒達も期待するように鼻を動かして大広間へと入っていった。

 しかし朝食には特にかぼちゃ料理はなく、リジーは酷く落胆した。

 

「なんでかぼちゃ、ないの……?」

 

「おそらく、かぼちゃ料理が出るのはハロウィンパーティーだと思います。昼食にも出るかもしれませんけれど……」

 

「確実に出るのは夕食だけってこと?」

 

「こんなにいい匂いがするのに、お預けなのね。お昼には出たらいいのに」

 

 残念そうにメグとアイビーが言う。

 リジーは残念そうをはるかに超え、絶望したような表情を浮かべていた。

 そのせいで午前中の授業はほとんど耳に入らなかったようで、リジーは何度も注意を受けてしまった。

 そして午前中最後の授業である変身術が終わった。

 

「これで授業を終わります。本日羽ペンを果物ナイフに変えることができなかった生徒は、次の授業の始めにもう一度呪文を行ってもらいますので、練習をしておくこと」

 

 マクゴナガルがそう言うと、変身させられなかった生徒は呻きながら教室を後にした。

 生徒達が教室を出て行く中、セリア達はマクゴナガルの元へ向かう。

 

「すみません、先生」

 

「どうかしましたか、みなさん? あなた達は変身させることができたでしょう?」

 

 リジー、セリア、メグは早々に変身術を成功させ、アイビーは手こずったが授業終了間際になんとか成功していた。

 リジーは腰のポーチからセリア作の教科書を取り出すと、不思議そうに四人を見るマクゴナガルへと差し出した。

 

「あの、これを見てもらえますか?」

 

「これは?」

 

「セリアがお屋敷の動物もどき(アニメーガス)の資料をまとめてくれたんです。それで教科書として使えるか、先生に確認してもらいたくて……」

 

 そうリジーが不安げに言うと、マクゴナガルは少し驚いた顔をした後に教科書を受け取り、内容を確認し始めた。

 セリア達四人は緊張しながらマクゴナガルが確認し終えるのを待つ。

 マクゴナガルは読み進めていく内に、段々と驚きの表情を浮かべていった。

 そしてマクゴナガルは確認を終えると、少しの間目を閉じた後にセリアを見つめた。

 セリアはマクゴナガルの眼光に怯え、半身ほどリジーの陰に隠れた。

 

「ミス・レイブンクロー、これはあなたがまとめたのですね?」

 

「は、はい……内容は、ご先祖様が調べられたものですけれど……」

 

 マクゴナガルが問うとセリアは震え声で答える。

 セリアの答えを聞いて、マクゴナガルは再び教科書に目を落とした。

 

「そうですか……結論を言いますと、これは教科書としての基準を十分に満たしていると、私は思います」

 

 そうマクゴナガルがそう言うと、セリア達四人は喜びの声を上げた。

 マクゴナガルは少し微笑むと続ける。

 

「それどころか、この中には私の知らない新たな発見がかなり多く見られました。これは動物もどきに関する、とても重要な資料となるかもしれません」

 

 そう言ったマクゴナガルは再びセリアを、今度は少し熱っぽい目で見た。

 怯えたセリアはついに全身が隠れた。

 

「すばらしいです。ミス・スキャマンダー、少しの間この資料を預かってもよろしいですか?」

 

「え? は、はい」

 

「ありがとうございます。動物もどきの授業については、なるべく早く連絡をしますので、少し待っていてください」

 

「分かりました!」

 

「よろしい。それではみなさん、昼食に向かいなさい」

 

「失礼します!」

 

 四人はお辞儀をすると退室し、大広間へと向かった。

 ちなみに四人が退室した後、マクゴナガルは上機嫌でセリア作の教科書を読みだし、そのせいで昼食を食べそびれた。

 

「よかったわね、リジー」

 

「おめでとう」

 

「えへへ、ありがとう! セリアのおかげだよ」

 

「お役に立てて、私も嬉しいです」

 

「早く授業したいなー……って、ああ!?」

 

 大広間に入るとリジーは突然大声をあげた。

 セリア達が驚く中、リジーは足早にハッフルパフのテーブルに向かう。

 するとすぐに理由がわかった。

 昼食にいくつかかぼちゃ料理が出ていたのだ。

 リジーはどんどんとかぼちゃ料理を食べていき、それを笑いながら見たセリア達も昼食をとり、午後の授業に臨んだ。

 午後一番の授業は魔法史だったのだが、昼食後に魔法史ということで、この日は大抵五分もたたずにほぼすべての生徒が眠ってしまう。

 存分に昼寝をしたハッフルパフ生達は、魔法薬学の教室である地下牢へ向かう。

 今日は魔法薬学で授業は終了だ。

 

「うわあ……」

 

 地下へ降りると、午前中とは比べものにならないほどの料理のいい匂いが満ちていた。

 リジーは呆けて涎が垂れてしまいそうだ。

 セリア達三人もその匂いを嗅ぎ、思わずお腹が鳴ってしまう。

 

「これは、すごいわね」

 

「うん。ホグワーツのハロウィンパーティーはすごいって聞いていたけど、想像以上だよ」

 

「早く食べたいですね……」

 

 ハッフルパフ生達はその匂いのせいか気もそぞろに授業を受ける。

 魔法薬学はそんな気分で受けられるほど甘い教科ではないため、何人かの生徒が減点されてしまった。

 そしてリジーも当然のように集中できておらず、何度もスネイプに注意を受ける。

 

「ミス・スキャマンダー。見つめていても大鍋は沸かん。火をつけるのだ」

 

「ミス・スキャマンダー。コガネムシの目玉は一つまみで良い。なぜ一瓶入れようとしているのかね?」

 

「ミス・スキャマンダー、なぜ薬の色が青ではなく、真っ赤になるのだ? 我輩には理解ができん」

 

「スキャマンダー、一度良く落ち着いて、調合の手順を確認するように」

 

「ええい、スキャマンダー! いい加減にせんか! ハッフルパフ十点減点!」

 

 リジーが間違った材料を入れると、魔法薬が小さく爆ぜ、近くにいたセリアとアイビーにかかりかけてしまった。

 そこでついにスネイプの怒りが爆発し、ハッフルパフは大きく減点された。

 

「うう……ごめんなさい、スネイプ先生」

 

 リジーが少し涙目で見上げると、スネイプはその目から嫌そうに顔を逸らし他の生徒の元へ向かった。

 そして授業が終わると、スネイプは苛立った様子で教室から去って行った。

 大きく減点されたハッフルパフだが、それよりもハロウィンパーティーが気になるのか、みんな足早に大広間へと向かった。

 

「ごめんね、みんな……」

 

「いえ、その……また、点を取り返しましょう」

 

「そうだよ。減点されたのはリジーだけじゃないし」

 

「でも、魔法薬学は本当に危険なんだからね。今度からは絶対に集中して授業を受けるのよ」

 

「はい……」

 

 暗い気分で大広間に到着した四人だが、入った瞬間にそんな気分など吹き飛んだ。

 一言で言うならば、すばらしい。

 大広間の天井を千匹を超える蝙蝠が覆い、羽ばたいている。

 大広間の中を照らしているのは、いつも大量に浮いている蝋燭に代わって、様々な表情のジャック・オー・ランタンだ。

 そして入学式の宴の際に並んでいた金色の食器が、テーブルの上できらきらと輝いていた。

 セリア達はハロウィンパーティーの飾りをうっとりと見渡しながら、ハッフルパフのテーブルに着いた。

 しばらくすると、教職員テーブルの中央に座るダンブルドアが立ち上がった。

 

「みなの者、今宵はもう言葉はいらんじゃろ。思い切り、かっこむのじゃ!」

 

 そう言ってダンブルドアが両手を打ち鳴らすと、金色の食器に次々と料理が現れた。

 かぼちゃのパイ、かぼちゃのサラダ、かぼちゃのシチュー、かぼちゃのソテー、かぼちゃのグラタン、かぼちゃのコロッケ、そしてなぜかかぼちゃのテンプラなどなど。

 溢れんばかりのかぼちゃ料理が並ぶ。

 生徒達は歓声をあげ、どんどんと料理をかきこんでいった。

 どの料理もとても美味しく、その勢いは衰えるところを知らなかった。

 リジーは手当たり次第の料理を口に運び、彼女の周囲から一時的に料理がなくなるほどだった。

 これはホグワーツの歴史上初めてのことだったらしい。

 

「おいしいね、アイビー」

 

「そうね。だけど、食べすぎちゃいそう……」

 

「かぼちゃのシチュー、とてもおいしいです」

 

「ここは夢の国だね! 手が止まらないよ!」

 

 リジーは上機嫌に叫ぶ。

 メグは全ての料理を少しずつ皿に取って食べていて、セリアはかぼちゃのシチューを何杯もおかわりしていた。

 アイビーは最初はお腹に手を当てて悩んでいたが、やがて諦めたのかどんどん食べていった。

 こうして宴が進み、デザートの時間になる。

 かぼちゃのプリン、かぼちゃのムース、かぼちゃの各種ケーキ、かぼちゃの焼き菓子などが並んだ。

 これには甘いものが大好きなメグが大喜びで、リジーに迫る勢いでデザートを皿に取った。

 アイビーはさすがに甘いものを大量に食べるのは気が引けたのか、少しずつ皿に取っていた。

 セリアは色々な種類のデザートを取り、にこにこしながら食べていた。

 楽しいハロウィンパーティーはいつもの夕飯よりも何時間も長く続き、お腹いっぱいになった生徒が名残惜しそうに一人また一人と大広間を去って行った。

 一方でセリア達はかなり遅くまで残っていた。

 

「ふー、食べた食べた。お腹いっぱいだよ!」

 

「リジー、とてもすごい勢いでしたね」

 

「えへへ、朝からずっと楽しみにしてたからねー。セリアもいっぱい食べてたね?」

 

「はい、リジーにつられて食べすぎてしまいました。ちょっと動けないです……」

 

「あはは、セリアお腹が少しぽっこりしてるよー」

 

「つ、つつかないでください、リジー」

 

 リジーにつんつんとつつかれ、セリアは身をよじって逃げだした。

 そのリジーはあれほど食べたにもかかわらず、まったくお腹が出ていない。

 それをアイビーが自分のお腹に手を当てながら恨めしそうに見ていた。

 

「なんであなたは、あんなに食べたのにお腹が出ないのよ……」

 

「うーん、筋肉があるからかなー? たまに走った後に腹筋とかしてるんだ」

 

「本当です、すごく細いですね」

 

「あはは、くすぐったいよセリアー」

 

 セリアがリジーのお腹を撫でる。

 それにつられたか、アイビーもリジーのお腹に触れる。

 そして深くうなだれた。

 

「ものすごく細いわ……」

 

 その様子をデザートを頬張りながら見ていたメグは、ごくりと飲みこんでアイビーに言う。

 

「別に、太ってないでしょ? アイビーは気にしすぎだよ」

 

「メグだって、いっぱい食べてるのに全然お腹出ないじゃない」

 

「私は料理、そんなに食べてないから」

 

「デザートいっぱい食べてるでしょ!」

 

「何言ってるの? 甘いものは別腹でしょ」

 

 アイビーの言葉にメグは本当に不思議そうな顔をして答えた。

 アイビーは話にならないとばかりに首を振ると、セリアをぎゅっと抱きしめた。

 それを見てリジーが抗議の声を上げたが、アイビーは無視した。

 

「どうしたんですか? アイビー?」

 

「あれだけ食べて太らないなんて、この子達は敵よ。セリア、あなただけが味方だわ」

 

 すると、セリアは少し気まずそうな表情を浮かべた。

 

「すみませんアイビー、実は私、食べてもあまり太らない体質で……。それに、消化するのも早いんです」

 

 それを聞いたアイビーは無表情になると、セリアのお腹に手を伸ばす。

 

「……セリアの裏切り者!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「そんなに気になるなら、朝私と一緒に走ろうよ!」

 

「そんな朝早くに起きれるわけないでしょ!」

 

「えー」

 

「セリアと私はいっぱい頭を使うし、リジーはいっぱい体を動かす。ちゃんと勉強しなよアイビー。それと適度な運動だよ」

 

「メグうるさい!」

 

「ア、アイビー、落ち着いてください……」

 

 セリア達三人は、アイビーを宥めながら寮へと戻った。

 寝室に入ると四人はパジャマに着替える。

 着替え終えると、アイビーは両腕でメグを捕まえた。

 

「アイビー、何してるの? 離してよ」

 

「さっき私はすごく傷つきました。だからメグ、今夜は私の抱き枕になりなさい」

 

「はあ? なんで私がそんなこと……」

 

 当然のようにメグは、アイビーの拘束から逃れようとする。

 するとアイビーは悪い表情を浮かべ、メグの耳元に口を寄せ囁いた。

 

「セドリックを好きになったってこと、みんなに言っちゃうわよ……?」

 

「なっ、なんで!?」

 

 メグが驚いて大きな声を上げると、残りのプレゼントを開けていたリジーとそれを見ていたセリアが、何事かと振り返った。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「ネズミでも出たの?」

 

「な、何でもない、気にしないで!」

 

 メグが必死に誤魔化すと、セリアとリジーは首を傾げながらもプレゼントを開ける作業を再開した。

 ほっと一息ついたメグは、アイビーを睨みつける。

 

「……なんで分かったの?」

 

「幼馴染のことなら、なんでも分かるに決まってるじゃない。それで、どうするの?」

 

 アイビーが決断を迫る。

 メグは悔しそうな表情を浮かべると、苦々しげに口を開いた。

 

「わ……分かったよ……だけど、今夜だけだからね」

 

「やった!」

 

 アイビーは嬉しそうにそう言うと、メグのベッドから枕を取り自分の枕の横に置いた。

 悪魔の脅しに屈したメグは、ただ見ていることしかできなかった。

 プレゼントの確認が終わったリジーとセリアは、その様子を見て不思議そうに再び首を傾げた。

 

「どうしたのアイビー? なんだか上機嫌だね」

 

「ふふ、メグが今夜一緒に寝てくれるそうなの」

 

「それは良かったですね、アイビー」

 

「ええ! ほらメグ、おいで」

 

 ベッドに入ったアイビーは手招きしてメグを呼ぶ。

 メグがとぼとぼとベッドに近づくと、アイビーはメグをベッドに引きずり込んだ。

 

「お二人とも、仲良しですね」

 

 それを見てセリアがにこにこと笑うが、リジーはなぜか魔法生物が捕食する瞬間を見たような気がしていた。

 リジーは首を振ってそれを気のせいだと思うことにした。

 

「それじゃ私達も寝ようか、セリア」

 

「そ、そうですね。……リジー」

 

 リジーがセリアに声をかけると、なぜかセリアはもじもじとしながらリジーを見上げた。

 セリアの上目遣いを受け、リジーはセリアを抱きしめたくなったがぐっとこらえた。

 

「どうしたの? セリア?」

 

「そ、その……わ、私達も一緒に、寝ませんか?」

 

 セリアの言葉にリジーは一瞬目を丸くすると、すぐに笑顔を浮かべる。

 

「もちろんいいよ! 一緒に寝よう!」

 

「ほ、本当ですか? 嬉しいです!」

 

「私もすっごく嬉しいよ! セリア、おいで」

 

「はい!」

 

 セリアは自分の枕を持つと、リジーのベッドへ向かった。

 

「あら、あなた達も一緒に寝るの?」

 

「えへへ、うん!」

 

「今夜はみんな、幸せな夢を見れるわね。それじゃあ、二人ともおやすみ」

 

「うん。おやすみ、アイビー、メグ」

 

「おやすみなさい」

 

「……おやすみ……」

 

 四人がベッドに入り、ランプの灯りが消えた。

 

「えへへ、プレゼントとかぼちゃ料理だけでも幸せなのに、セリアと一緒に寝れるなんて。今日だけで幸運使いすぎたなー」

 

「私も、まるでフェリックス・フェリシスを飲んだように幸せです」

 

「何それ?」

 

「魔法薬ですよ。これを飲んだら幸運になるんです」

 

「へー、すごいね」

 

 ベッドの中で二人は向かいあって寝ながら話していた。

 近くで見るセリアはいつにも増してかわいらしく、リジーは手を伸ばしてセリアの頭を撫でる。

 セリアは気持ち良さそうに微笑んだ。

 

「最高の誕生日をありがとう。セリアに、みんなに、大感謝だよ」

 

「喜んでもらえて、嬉しいです……」

 

「みんなの誕生日も、最高にしようね」

 

「はい……」

 

「それじゃ、おやすみ、セリア……」

 

「おやすみなさい……リジー……」

 

 リジーのベッドから二人の寝息が聞こえ始めた。

 するとアイビーは、背を向けているメグに話しかけた。

 

「二人とも寝つきいいわねえ」

 

「……」

 

「……ごめんね、メグ」

 

「……はあ、もういいよ」

 

 アイビーが謝ると、メグはため息混じりに答えた。

 アイビーはメグの頭を撫でる。

 

「ねえメグ、いつセドリックのことを好きになったの?」

 

「……クィディッチの予選のときだよ」

 

「あー、あのときからだったんだ」

 

「気づいていたんじゃなかったの?」

 

「クィディッチに集中してたからね。気づいたのは、その少し後よ」

 

「そんなに分かりやすいかな?」

 

「さっきも言ったけど、幼馴染だもん。分かるわよ」

 

「……そっか」

 

 そこで会話が途切れ、少しの間沈黙が続いた。

 ふとアイビーがメグを抱きしめ、メグは特に抵抗せずそれを受け入れた。

 

「メグの初恋ね?」

 

「う、うん」

 

「セドリックかっこいいもんねー。他の女の子達からも大人気なのよ」

 

「知ってるよ」

 

「そうよね……。メグ、私、応援するからね」

 

「……そっか」

 

「ええ、だから、頑張ってね? それじゃあ、おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

 そこで会話が終わる。

 しばらくすると、アイビーの寝息が聞こえてきた。

 メグは眠りながらも自分を抱きしめている幼馴染の手に少し触れると、小さく微笑んで呟いた。

 

「……ありがとう、アイビー」

 



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第19話 クィディッチ・開幕戦

オリキャラが出ます。


 ホグワーツ城は十一月を迎えた。

 空気は冷たくなってきており、これから一月も経つと本格的な冬が訪れるだろう。

 しかし気候の変化とは裏腹に、ホグワーツ城の中は異様な熱気に包まれていた。

 あと少しすると、今学期最初のクィディッチの試合があるのだ。

 クィディッチとは、魔法界で最も人気があるスポーツだ。

 選手の数は各チーム七人で、箒に乗って飛び回り二つのチームで対戦する。

 ピッチはとても広く細長い形をしていて、両端には三本の柱があり、その頭に丸い輪がついている。

 この丸い輪はゴールで、相手キーパーを抜いてボールを入れることで得点となる。

 競技時間は定められておらず、あるボールを獲得するまで試合は続く。

 七百にも及ぶ反則行為があるが、そのすべてを把握している者はほぼいない(魔法ゲーム・スポーツ部がすべてを公表していないため)。

 試合で使われるボールは全部で三種類ある。

 まずはクァッフル。

 見た目は赤く一番大きなボールで、一試合で一つ使用する。

 このボールをゴールに入れると得点となり、一度の得点で十点が入る。

 次はブラッジャー。

 見た目は黒くてクァッフルよりも一回り小さく、一試合に二つ使用する。

 このボールは物凄い速さで飛びまわり、選手を箒から叩き落とそうとする。

 ホグワーツでは死者が出たことはないそうだが、毎年多くの生徒を医務室に送っている。

 最後はスニッチ。

 見た目は金色で銀色の羽を持ち、胡桃くらいの大きさで一試合に一つ使用する。

 小さくて素早く飛び小回りもきくので、見つけることも捕まえることも容易ではない。

 このボールを獲得したチームには百五十点が入り、試合終了となる。

 ちなみに大昔は、スニジェットと呼ばれる鳥を捕まえると試合終了だった。

 スニジェットとは金色のまん丸な鳥で、スニッチと同じくらいの大きさをしている。

 非常に早く飛び、真っ赤な目と鋭い嘴を持つのが特徴だ。

 クィディッチでの使用や乱獲により数が激減し、現在は保護鳥獣の一種である。

 スニッチには「肉の記憶」という機能があり、一番最初に触れた人物を特定できる。

 これは判定争いになったときのためのもので、スニッチを作る職人も手袋をつけ直接触れないようにして作業するのだ。

 選手のポジションは全部で四つある。

 まずはチェイサー。

 各チームに三人で、クァッフルを扱ってゴールを狙う。

 一度の得点は十点だが、チェイサーが優秀だとスニッチでは取り返せないほどの点数を取ることができる。

 次にビーター。

 各チームに二人で、ブラッジャーを相手にする。

 クラブと呼ばれる棍棒でブラッジャーを打ち、その脅威から味方を守ったり相手選手を妨害したりする。

 ちなみにクラブで選手を殴るのはルール違反だ。

 次はキーパー。

 各チームに一人で、相手チェイサーの放つクァッフルから三本のゴールを守る。

 相手チェイサーが三本の内どのゴールを狙うのかを見抜くなど、とっさの判断が要求される守りの要だ。

 最後はシーカー。

 各チームに一人で、飛び回るスニッチを探し捕まえる。

 小柄で素早い選手がシーカーに向いていると言われるが、例外もある。

 ほとんどの場合スニッチによる点数で試合が決まるため、責任が大きいポジションだ。

 それと同時に、ビーターに一番狙われるポジションでもある。

 このようなクィディッチの話を、試合が近づくにつれほぼ毎日のようにアイビーはセリア達に語っていた。

 最初は聞いていたセリア達だったが、あまりに語り続けるので少々げんなりとしていた。

 クィディッチに夢中なのはアイビーだけではなく、ほぼ全生徒だと言ってもいいだろう。

 そして、開幕戦当日の朝がきた。

 

「それでね、去年の試合だと特にすごいのが……」

 

「もう、うるさいよアイビー。宿題はしたの?」

 

「え? あ、忘れてた……。メグ見せて?」

 

「やだ」

 

「そんなあ」

 

「セリアもリジーも、見せちゃだめだからね?」

 

「わかったー」

 

「すみません、アイビー……」

 

「みんな意地悪ね……」

 

 メグは朝食の席で弾丸のように語っていたアイビーを黙らせることに成功した。

 今朝の大広間は異常だった。

 会話が全くないという訳ではないのだが、みんなどこか声を出すのを遠慮しているように、ひそひそと話している。

 もちろん、クィディッチの試合の前は毎回独特な雰囲気になるのだが、今回は特におかしい。

 その理由は今回出場する選手にある。

 伝統の一戦と言われるグリフィンドールとスリザリンが戦う開幕戦。

 この両チームに、学内のみならず学外からも注目されている選手がいるのだ。

 一人はグリフィンドールチームキャプテン、チャーリー・ウィーズリー。

 ポジションはシーカーで、チームに入って以来一度もスニッチを逃したことがない。

 その飛行技術は並外れており、一度相手チームのビーターが二人掛かりで彼を狙ったが、それを軽々くぐり抜けスニッチを掴んだことがあった。

 しかも、仲間の選手に指示を飛ばしながらだ。

 その他にもある数々の偉業から、グリフィンドールチーム史上最高のシーカーと称されている。

 そしてもう一人はスリザリンチームキャプテン、ジェニファー・マレット。

 ポジションはチェイサーで、彼女がキャプテンになってからスリザリンチームは一変した。

 試合前はどの寮でも多少なりは生徒同士の小競り合いがあるのだが、スリザリン生はそれが特に酷かった。

 しかし彼女はキャプテンになると、それらを一切禁止にしたのだ。

 そしてチームの力を高めることに専念し、史上最高のチームを作りあげた。

 彼女が非常に優れた選手であるのは当然だが、その真価は仲間との連携にある。

 スリザリンチームのチェイサーは彼女がキャプテンになってから変わっておらず、同級生の三人が務めている。

 彼女達は互いに考えていることがわかるかのように、ピッチを縦横無尽に飛び回ってどんどん得点を稼ぐ。

 それは学生が止められるようなものではなく、毎回彼女達が百五十点を取るまでにスニッチを掴めるかどうかが勝負を分ける。

 この両選手がぶつかる最後の試合であるため、優勝チームが決まる試合にもまさる熱気が渦巻いていたのだ。

 

「それにしても、本当に不思議な雰囲気ですね……。私が試合に出るわけではないのに、なんだかどきどきしてきました」

 

「本当だね。私もなんだか落ち着かないなー」

 

「そうね。なにせチャーリー・ウィーズリーとジェニファー・マレットの最後の対決だもの。お金を出してでも見たいって人もいるはずよ」

 

「校外からプロチームのスカウトマンが見にくるって噂、聞いたことあるよ」

 

「チャーリーってそんなにすごかったんだね。後でちょっと応援しに行こうかなー」

 

「それなら私も行くわ!」

 

 一方グリフィンドールのテーブルでは、クィディッチチームのメンバーが固まって座っていた。

 彼らは少し早めに大広間にやって来ていたようで、あとから来た生徒達がメンバーに激励の言葉を送っていた。

 

「おはよう、チャーリー! 今日は頑張れよ!」

 

「スリザリンに負けるな!」

 

「ありがとう、みんな! 頑張るよ」

 

 応援に笑いながら答えたチャーリーは、特に緊張した様子もなく自然体だった。

 しかし他のメンバーはそうでなく、朝食を口に運ぶ手が少し遅い。

 特に酷かったのが、チャーリーの両隣に座る赤毛の双子のフレッドとジョージ、そしてフレッドの隣に座る黒人の少女だ。

 三人は今にも倒れてしまいそうな顔をしており、朝食は全く減っていなかった。

 チャーリーはそんな双子の頭をがしがしと強く撫でた。

 その勢いでフレッドとジョージは机に突っ伏しかける。

 

「いてて……何すんだよ、チャーリー」

 

「僕らに皿に頭を突っ込む趣味なんてないぜ」

 

 不満そうに二人が言うがその声にはとても弱々しく、いつもの悪戯っ子な様子は微塵もなかった。

 

「二人ともそんなに緊張するな。いつもの調子なら、誰もお前らを止められないから。アンジェリーナも同じだよ」

 

 チャーリーの言葉に、双子ともう一人の少女、アンジェリーナが疑うような目を向けた。

 

「僕だって初めての試合のときは、三人と同じだったよ。だけど箒に乗ってしまえば、そんなの全部吹っ飛んだんだ。それから先は知っての通りさ」

 

 チャーリーは三人に笑いかけながら続ける。

 

「つまり、クィディッチを楽しめってことだよ。一年間の試合の数なんて少ないんだから、楽しまなきゃ損だ。そうだろ? みんな?」

 

 チャーリーがそう問いかけると、同調するように他のメンバーも頷く。

 それを見て三人は少し元気が出たのか、朝食を食べる手が動き出した。

 

「それとオリバー、お前がマレット達を止められるかどうかが勝負の鍵なんだからな。頑張れよ?」

 

「な!? そんな、脅かさないでくれ!」

 

 チャーリーがチームのキーパー、オリバー・ウッドをからかい、チームメンバーは笑い声をあげる。

 もう全員いつも通りの顔になっていた。

 そこへセリア達四人がやってきた。

 

「おはよー、チャーリー。応援に来たよ」

 

「おはようございます、チャーリーさん」

 

「おはようございます」

 

「お、おはようございます! 今日の試合、頑張ってください!」

 

「ああ、おはようみんな! 応援ありがとう。頑張るよ!」

 

 リジーののんびりとした挨拶に続いてセリア達は挨拶をする。

 アイビーは少し上ずった声になってしまったが、チャーリーは気にせず笑顔で返した。

 

「あ、この間のかわいい子達じゃないか」

 

「僕らのファンになったのかい?」

 

 セリア達に気づいたフレッドとジョージが元気に言う。

 もうすっかりいつもの調子を取り戻したようだ。

 二人の冗談をリジーとメグ、アイビーは軽く笑って流すが、セリアは律儀に答える。

 

「おはようございます、フレッドさん、ジョージさん。お二人のご活躍も、とても楽しみです」

 

「あ、ああ、うん。ありがとう」

 

「普通に返されると、調子狂うな……」

 

 二人は面食らったように頭をかく。

 その二人の頭をチャーリーは軽くこづいた。

 

「こら、二人とも。ふざけてないでちゃんと朝食を食べろよ。力出ないぞ」

 

「分かってるさ、チャーリー」

 

 チャーリーに言われた双子は食事を再開した。

 

「食事の邪魔だろうし、私達はもう戻るよ」

 

「悪いな、リジー。あまり相手できなくて」

 

「いいよいいよ。そのかわり、かっこいい所見せてね?」

 

「ああ、任せてくれ!」

 

「それじゃ頑張ってね。みんな、帰ろっか」

 

 リジーが声をかけると、他のチームメンバーと話していた三人もそれに続く。

 

「それではみなさん、ご武運を」

 

「応援しています」

 

「精一杯応援します! が、頑張ってください!」

 

 最後の挨拶でもアイビーの声が上ずってしまったが、チームメンバー達は笑顔で手を振って見送った。

 セリア達はハッフルパフのテーブルの席に戻った。

 

「デザートの続きを食べないと」

 

「メグ、まだ食べるの?」

 

「まだ全然食べてないからね。それに応援するには体力が必要だよ」

 

「そうですね。私も、もう少し食べることにします」

 

「じゃあ私もー」

 

「もう、しょうがないわね……」

 

 四人は朝食を再開した。

 それからしばらくすると、グリフィンドールのテーブルから歓声が上がった。

 グリフィンドールチームが朝食を終えて席を立ったのだ。

 他の生徒達の歓声を浴びながら、グリフィンドールチームは大広間を出ようとする。

 しかし大広間の扉を目前にしてチームは立ち止まり、それと同時に大広間の中に沈黙が広がった。

 静まり返った中、足音が響き七人の生徒が大広間に入ってきた。

 入ってきた生徒達は、グリフィンドールチームの前まで進むと足を止めた。

 この生徒達はグリフィンドールチームの対戦相手、スリザリンのクィディッチチームだ。

 両チームのメンバー達が睨み合う中、チャーリーが一歩前に出て口を開く。

 

「おはよう、マレット。随分と遅い登場じゃないか。寝坊でもしたのかい?」

 

 するとスリザリンチームの中からも、一人の女生徒が前に出た。

 

「おはよう、ウィーズリー。残念だけど、寝坊なんてしていないわ」

 

 チャーリーの軽口に答えた女生徒。

 女性にしては高身長な彼女は、陶磁器のように白い肌をしている。

 すべてを飲み込むような漆黒の髪が、背中の辺りで滑らかに揺れている。

 冷めた目にうすい青色の瞳が浮かび、より雰囲気を冷たく見せていた。

 彼女の名前はジェニファー・マレット、スリザリンチームのキャプテンであり、並外れたチェイサーでもある少女だ。

 

「そうか、なら今日は朝食を食べずに試合をするのか? それとも、今から食べるのか?」

 

「もう試合まで時間もないのに、今から食べるわけないじゃない。みんなで寮で食べたわ」

 

「寮で食べただって? おいおい、そんなのまともな物食べれないだろう?」

 

「そちらの寮と一緒にしないでくれるかしら? あなたは料理という言葉、知らないの?」

 

「料理だって? 寮で?」

 

「厨房の子達に頼んだのよ。静かな場所で、ゆっくりと食べたかったから」

 

 ジェニファーはそう言うと、一人の背の高い男子生徒にちらりと視線を送った。

 その男子生徒の目の周りには青あざがあり、手には七人分の食器を持っていた。

 

「あの子達がお皿は大広間に置いてほしいって言ったから、持ってきたの。そうじゃないとこんなに騒がしい所には来ないわ」

 

「……なんでフリントが皿を全部持ってるんだ?」

 

「ああ、マーカス? 彼、あの子達に上から目線で生意気なことを言ったのよ。だからちょっと痛めつけて、お皿を持たせてるの」

 

「あの子達って屋敷しもべ妖精だよな? あいつ、なんて言ったんだ」

 

「お前達が運んできてお前達が回収しろ、しもべ共、ですって」

 

「よくやった、マレット」

 

 チャーリーとジェニファーは、そろってフリントを睨みつける。

 フリントは大きな体を居心地が悪そうにすくめ、スリザリンのテーブルへ食器を置きに行った。

 フリントが戻ってくると、ジェニファーは踵を返した。

 

「これで私達の用は終わりよ。一応スリザリン寮のみんなに顔も見せたし、お先に競技場へ行かせてもらうわ」

 

「ああ、また後で会おう。まあ今日勝つのは、僕達だけどな」

 

 チャーリーは去っていくジェニファーの背に向かって言う。

 するとジェニファーは立ち止まり、顔だけ振り向いた。

 彼女のその目には、静かだが激しく燃えるような闘気が満ちていた。

 

「勝つのは私達、スリザリンよ。もちろん今日の試合だけじゃなく、優勝杯もね」

 

「負けないさ。優勝杯は僕達の物だ」

 

 二人の視線がぶつかり合う。

 少しの間睨み合い、ジェニファーはチームを引き連れ大広間を去って行った。

 スリザリンチームが去ると、チャーリーはふう、と一息ついた。

 そして、会話に割り込むことができなかったチームメンバーを振り返り、笑いかけた。

 

「それじゃあ、行こうか?」

 

 そしてチャーリーは歩き出し、それに続いてグリフィンドールチームも大広間を出て行った。

 

「すごい迫力だったね」

 

「え、ええ……」

 

「はい。キャプテンのお二人共、凄まじい気迫でした」

 

「あんなに恐いチャーリー、初めて見たよ……」

 

 セリア達はひそひそと話す。

 両チームがいなくなっても、大広間の中は静まり返っていた。

 チャーリーとジェニファーは普通に話していたように見えていたが、どうやら周囲を威圧するような空気を作っていたようだ。

 

「なんだか、食欲がなくなってきたなー」

 

「そうですね……」

 

「ねえ、もう寮に戻らない? それで早く競技場に行って、いい席を取りましょう?」

 

「お、いいね。行こう行こう」

 

「まだデザート……」

 

「ほら、行くわよメグ。セリアもいい?」

 

「はい。行きましょう」

 

 四人は席を立ち、静かな大広間から出て行く。

 大広間を出ると、生徒だけではなく絵画の中の人物や、城を滑るゴースト達も興奮したようにひそひそと話していた。

 いよいよホグワーツ城の中の緊張は頂点に達した。

 まもなく、激闘が始まる。

 




先日、お気に入りが百件を超えました。
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第20話 クィディッチ・伝説対伝説

ハリーポッターの魔法同盟に夢中で、少し投稿が遅れてしまいました。
申し訳ありません。
それと、オリキャラが出ます。


「みんな準備はできたわね」

 

「はい!」

 

「私は大丈夫」

 

「ばっちりだよ!」

 

 寮の寝室で仁王立ちしたアイビーが尋ねると、三人は元気に答える。

 みんなそれぞれ小さなグリフィンドールの旗を持ったり、真紅のタオルを首から下げていた。

 特にセリアは鼻息荒く両手に旗を持っており、気合い十分だ。

 四人は意気揚々と寝室を後にして寮の出口へと向かう。

 談話室に着くと、そこには二人の男子生徒がいた。

 その一人を見ると、メグは顔を首に下げたタオルと同じ色に染め、アイビーの陰に隠れた。

 

「ほらセド、早く行こうぜ! いい席を取らないと!」

 

「分かってるよ、スコット。僕だっていい席で見たいんだから、そんなに急かさなくても……」

 

 一人は茶色の短い髪で背の高い誠実そうな男子生徒。

 瞳の色は灰色で、非常に整った顔立ちをしている。

 彼の名前はセドリック・ディゴリー。

 クィディッチチームの予選にて出会い、メグが密かに想いを寄せている少年だ。

 そしてもう一人は、セドリックの親友であるスコット・ブルクハルト。

 背はセドリックほど高くないが体格は良く、彫りの深い顔をしている。

 黒色の髪は少し長めで、瞳の色は明るい褐色だ。

 そこでスコットが、セドリックを押すようにして寮の出口へと向かっていたのだ。

 メグが後ろに隠れてからセドリック達に気がついたアイビーは、にやりと笑って二人に話しかける。

 

「セドリック、スコット! 私達も今から競技場に向かうんだけど、一緒に行ってもいいかしら?」

 

「ちょ、ちょっとアイビー! 何を……」

 

 アイビーの陰からメグは小さな抗議の声をあげたが、セドリックが振り返ると再び素早く隠れてしまった。

 

「やあアイビー、君達も早めに行くんだな。もちろん構わないよ。なあスコット?」

 

「別にいいから、早く!」

 

 セリア達は寮を出て玄関へ向かう。

 かなり早くに寮を出たため、まだ大広間では多くの生徒が朝食を食べていた。

 朝食を終えていても、まだまだ寮に残っている生徒がほとんどだろう。

 競技場へ進む道には、セリア達の他に生徒はほんの数人いるだけだった。

 

「これならいい席で見れるな!」

 

「そうだな。けど、少し早すぎないか?」

 

「そんなことないって。あと少ししたら絶対混みだすから……あれ? なんか数多くないか?」

 

 スコットは今気づいたのか、セリア達を見て驚いたような顔をしていた。

 

「寮を出る前、声をかけたじゃない。聞いてなかったの?」

 

「え、本当に?」

 

「ああ、本当だよ。それにスコットだっていいって答えていたじゃないか」

 

「全然聞こえてなかった……」

 

 本気で驚いているスコットに、セドリックとアイビーは呆れた目を向ける。

 恥ずかしそうに少し顔を赤くしたスコットは、誤魔化すようにセリア達へ話しかけた。

 

「えっと、アイビーは何回かクィディッチの話したけど、他の子達は初めてだっけ? 顔は見たことあるけど」

 

「僕もアイビーとは話したことはあるけど、君達とは初めてだったな。僕はセドリック・ディゴリーだ」

 

「俺はスコット・ブルクハルト。セドの親友やってるから、よろしくな!」

 

 セドリックとスコットは肩を組みながらセリア達へ自己紹介をした。

 

「私はリジー・スキャマンダーだよ。よろしくね、セドリック、スコット!」

 

「メーガン・バークといいます。よろしくお願いします、ブルクハルトさん、ディ、ディゴリーさん」

 

 リジーは元気いっぱいに、メグはセドリックの名前を言うときに少し口ごもりながら自己紹介を返す。

 セリアは一度立ち止まると、手に持っていた旗をポケットに入れた。

 そしてローブを少しつまみ優雅にお辞儀をして、にこりと微笑んだ。

 

「初めまして、セドリックさん、スコットさん。私はセリア・レイブンクローといいます。本日はいきなりの同行を許してくださり、ありがとうございます。よろしければ、これからもどうぞよろしくお願いします」

 

 セリアのお辞儀を受けセドリックは少し顔を赤くしたが、雰囲気にのまれることはなかった。

 一方でスコットは、ぼけー、と呆けた表情になって、セリアから目を離すことができなくなっていた。

 

「あ、ああ、三人ともよろしく。ほらスコット、目を覚ませ」

 

「あた! ……あれ? 俺何やってたんだっけ?」

 

 セドリックが軽く頭を叩くと、どこかへ意識が飛んでいたスコットが戻ってきた。

 自己紹介を終えた一行は、しばらくするとクィディッチ競技場へ到着した。

 広々とした競技場を囲むようにそびえ立つ木製の観客席には、やはりまだ数人しか生徒はいなかった。

 セリア達は観客席の最上段で、ピッチ全体をよく見渡せる一番いい席を取ることに成功した。

 これはアイビーとスコットのお手柄だ。

 

「めちゃくちゃいい席取れたな! アイビー!」

 

「ええ! これで両チームの動きがよく分かるわ!」

 

 アイビーとスコットはいい席が取れたことで大盛り上がりだ。

 しかしアイビーは盛り上がりつつも、さりげなくセドリックの隣の席にメグを座らせていた。

 人数が少し多いので最上段にセリア、リジー、アイビーが座り、最上段の一つ下にスコットとセドリック、メグが座っている。

 席に座ったセリアは落ち着かないのか、手に持った旗をそわそわといじっていた。

 

「セリア、落ち着かない?」

 

「はい、なんだかすごく緊張します……試合開始まで、あとどれくらいでしょうか?」

 

「うーん、あと一時間くらいかな」

 

「い、一時間ですか。どきどきしすぎて、心臓が持たないかも……」

 

「が、頑張って、セリア! 背中さすってあげようか?」

 

「お願いします……」

 

「何してるのよ、二人とも……」

 

 そんなセリアとリジーのやり取りを見て、アイビーが呆れたように突っ込む。

 一方前列では、セドリックの隣に座ったメグが顔を真っ赤に染めて固まっていた。

 

「楽しみだね、メグ」

 

「は、はい……」

 

「あれ? なんだか顔赤いな。風邪?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「本当に大丈夫かい? もし体調が悪いなら、無理せずに城に戻るんだよ?」

 

「わ、分かりました……」

 

「もういい席は取れたし、医務室に送って行ってやろうか?」

 

「結構です」

 

「なんだか俺にだけ冷たくない?」

 

 メグはセドリックからの言葉には丁寧に返していたが、スコットの言葉には淡々と答えていた。

 スコットが悲しそうに言うと、後ろの席からアイビーが声をかけてきた。

 

「メグは少し人見知りでね。あんまり喋ったことない人にはそうなっちゃうのよ」

 

「でもセドとは話せてるじゃないか」

 

「そりゃあセドリックはかっこいいし、話しやすい雰囲気を出しているもの」

 

「え、俺もそこそこかっこいいだろ?」

 

「スコットはなんて言うのかしら……ちょっと馬鹿っぽい? それにかっこよくはないわよ」

 

「ひどい! なあ、そんなことないよなセド!」

 

 スコットは涙目になりながら隣のセドリックに問いかける。

 しかしセドリックは答えず、少し気まずそうにスコットから目を逸らした。

 そんな親友の反応に、スコットは雷に打たれたような衝撃を受けた。

 親友に裏切られたスコットはメグへ救いを求める。

 

「俺、そんなに馬鹿っぽくないよな! なあメグ!?」

 

「すみません、気安く呼ばないでください」

 

「みんなひどすぎるだろ!?」

 

 しかしメグにばっさりと切り捨てられ、スコットはついに涙を流す。

 するとセリアの背中とついでに頭を撫でていたリジーが、会話に加わってきた。

 

「スコット面白いし、私は結構好きだけどなー」

 

「リジー……君は天使なのか……?」

 

 リジーの言葉にスコットは泣き止み、崇めるようにリジーを見上げる。

 

「ねえセリア、スコット面白いよね? かっこいいとは思わないけど」

 

「ふふ……え? すみませんリジー、気持ち良くて話を聞いていませんでした……」

 

「寮の後輩達が、俺をいじめてくる……」

 

 セリア達の仕打ちにスコットはひどく落ち込んでしまった。

 しかし全員特に気にすることはなく、そのまま試合開始の時間を待つ。

 徐々に観客席に生徒が増えていき、すぐにほぼ満席の状態となった。

 観客席は綺麗にグリフィンドールの紅色とスリザリンの緑色の二つに分かれていた。

 ここまで来るとスコットは調子を取り戻し、セリア達は今か今かと試合開始の時間を待つ。

 それからしばらくして観客席から歓声があがった。

 両チームのメンバーが更衣室から飛び出て、箒を手に持ったフーチが待つピッチの中央へと集まっていく。

 集合した両チームは箒を手に横一列で並び向かい合う。

 フーチがボールが入っている箱を置き、口を開いた。

 

「それではキャプテン同士、握手を」

 

 チャーリーとジェニファーはそれぞれ一歩前に出ると、お互い目を逸らすことなく強く握手をする。

 そして同時に手を離し、選手達は箒に跨った。

 フーチはボールが入った箱を開け、まず金のスニッチを放った。

 スニッチはきらめきながら飛び出し、すぐに姿が見えなくなった。

 次に鎖で封じられていた暴れ玉、ブラッジャーが空に解き放たれた。

 最後にフーチはクァッフルを手にする。

 

「両チーム、正々堂々と戦うように」

 

 フーチはそう言うと首に下げたホイッスルを咥え強く吹き、ついに試合が始まった。

 甲高いホイッスルの音が空を切り裂き、選手達は天へと舞い上がっていく。

 そこで競技場内に大きな声が響き渡る。

 

「さーて! 今年もクィディッチの試合が始まりました! 皆さんはじめまして、私は今年から試合の実況を担当するぴちぴちの二年生、リー・ジョーダンと申します! グリフィンドールチームの予選には落ちても実況に名乗り出る、諦めの悪い男でございます!」

 

「ジョーダン! きちんと実況をしなさい!」

 

「了解! 解説を務めてくださるのは、皆さんご存知のマクゴナガル先生! そんなマクゴナガル先生、お若い頃はクィディッチでぶいぶい言わせていたそうですよ! まあ、まだまだお若いですが!」

 

「ジョーダン!」

 

「冗談ですよ、先生! さて、選手はそれぞれのポジションへとついたようですね! フーチ先生がクァッフルを高く投げ、両チームのチェイサーが飛び込んでいきます!」

 

 フーチが高々と放り投げたクァッフルは、最初にグリフィンドールチームの手に渡った。

 グリフィンドールチームのチェイサーは、クァッフルを巧みにパスしあいながらゴールを目指していく。

 

「グリフィンドールチーム、凄腕のスリザリンチームのチェイサーを見事なボールさばきで避けていきます! そしてクァッフルはアンジェリーナ・ジョンソンの手に渡ります! 行けっアンジェリー、あ、危ない!」

 

 ゴールを放とうとしたアンジェリーナだったが、スリザリンチームのビーター、マーカス・フリントが打ったブラッジャーが彼女を掠め、クァッフルは大きく逸れてしまった。

 

「スリザリンチームのビーターの活躍により、アンジェリーナのゴールは外れてしまいました……くそったれめ」

 

「ジョーダン?」

 

「なんでもありませんよ、先生! さて、クァッフルはスリザリンチームのチェイサーの手に渡りました。スリザリンチーム、ボールをパスしあいながら矢のようにピッチを飛んでいます! グリフィンドールのチェイサーは追いつけません! ああっ、おしい! 双子のウィーズリーが打ったブラッジャーは避けられました! 頼むぞ、ウッド!」

 

 しかし、ジェニファーが放ったクァッフルはウッドの守りを抜けゴールを通り、先取点となった。

 先取点にスリザリン側の観客席は大きく沸きあがった。

 

「スリザリン先取点! 十点が入ります! クァッフルはグリフィンドールチームに渡ります。ゴールを目指し、どんどん進む……ああ! スリザリンチームのチェイサー、ジェニファー・マレットにクァッフルを奪われました! みんな、頑張って止めるんだ!」

 

 だがジェニファー達を止めることはできず、再びスリザリンに得点が入る。

 

「大丈夫、まだ二十点差だ! スニッチさえ取ってしまえば勝てる! 頼むぞチャーリー!」

 

「ジョーダン! 公平に実況なさい!」

 

 両チームのシーカーはピッチの上空を飛んでいて、まだスニッチを見つけることはできていなかった。

 それから試合が進み、スリザリンは順調に得点を重ねていった。

 チャーリーは執拗にフリントに狙われており、それを守るためにフレッドとジョージはチャーリーの近くを飛ぶ。

 そうするとグリフィンドールのチェイサーがブラッジャーに狙われて、クァッフルを手放してしまうという悪循環に陥っていた。

 その結果、スリザリンが百点を取った段階でグリフィンドールは十点しか取れていなかった。

 そこでチャーリーは一度タイムアウトを要求し、両チームは一度ピッチに降り集まった。

 

「さて、タイムアウトで両チームが集まります。このままスリザリンが逃げ切るのか、はたまたグリフィンドールが追い上げるのか! 頑張れグリフィンドール!」

 

「ジョーダン!」

 

 セリア達は上空で繰り広げられる激闘に魅了され、それぞれ大きな声で声援を送っていた。

 そして両チームがタイムアウトでピッチに降り立つと少し気が抜けたのか、いつの間にか立ち上がっていた座席に座り直した。

 

「すっごいね! セリア! 試合は初めて見たけど、こんなにすっごいなんて!」

 

「はい! 皆さんあんなに速く飛ばれていて、目で追うのがやっとでした!」

 

「うん! すっごいね!」

 

 セリアは顔を紅潮させながらはしゃぎ、リジーは興奮からかすごいを連呼していた。

 

「やばい、やばすぎるだろ! プロの試合みたいだ!」

 

「ええ! スリザリンのチェイサー達、噂以上よ! プロにも負けてないわ!」

 

「それになんて言っても、チャーリー・ウィーズリーだよ! あんなにブラッジャーに狙われて、なんで当たらないんだ!? しかも他の選手に指示とかもしてたし!」

 

「意味不明よね!?」

 

「意味不明だ!」

 

 中でもスコットとアイビーは一番興奮しており、声を張り上げすぎたのか少し声がかすれていたのだが、全く気にしていなかった。

 メグも珍しく大声を上げていて、少し喉を痛そうにしていた。

 それに気づいたセドリックは隣に座るメグに優しく声をかける。

 

「試合やっぱりすごいな、メグ」

 

「は、はい! 凄かったですね、どっちのチームも」

 

「まったく、あんなチームと戦わないといけないなんて。荷が重いよ」

 

「そんなことないです! 何度か練習を見させてもらったんですけど、ハッフルパフチームもすごかった! それにディゴリーさんも、その、とてもかっこよかったです……」

 

 メグは言葉の途中から顔を赤くなり、最後の方は尻すぼみになっていた。

 それを聞いたセドリックは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべる。

 

「ありがとうメグ、僕も頑張るよ。それと、ディゴリーさんじゃなくて、セドリックって呼んでほしいな」

 

「え、あ、あう……セ、セドリック……さん」

 

「うん」

 

「うぅ……」

 

「ああ、そうだ」

 

 メグが顔を真っ赤に染めてうめいていると、セドリックがローブのポケットから小さな袋を取り出した。

 

「メグ、応援しすぎて喉が痛いんじゃないか? これ喉にいい飴なんだけど、食べないかい?」

 

「い、いいんですか?」

 

「ああ。スコットが毎回声を出しすぎて喉を痛めるから、試合のときは持ってきてるんだよ。アイビーに聞いたけど、メグは甘い物が好きなんだよね?」

 

「は、はい……ありがとうございます、セドリックさん」

 

「うん、どういたしまして」

 

 メグは飴を受け取ると、嬉しそうに微笑んで少し握りしめた後、大事そうに口に入れた。

 セドリックはセリア達にも飴を配り、セリア達は口々にお礼を言いながら飴を受け取る。

 

「ほらスコット、飴食べておけよ」

 

「お、サンキュー! セド!」

 

「みんなもよかったらどうぞ」

 

「わーい! ありがとーセドリック!」

 

「わあ……! ありがとうございます、セドリックさん!」

 

「さすがセドリックね。ありがとう! ねえ、メグにもあげた?」

 

「ああ、よほど甘い物が好きなんだな。嬉しそうに食べてくれたよ」

 

「そう……ふふふ」

 

 幸せそうに頬を染めて飴を舐めるメグを見て、アイビーは小さく笑った。

 一方ピッチでは、両チームが集まり作戦会議をしていた。

 

「さて、いい流れね。このままいつも通りに試合を進めれば、私達の勝利よ」

 

 集まったメンバーにジェニファーはそう言う。

 

「それとマーカス、とてもいい動きだわ。あなたがウィーズリーを妨害してくれているお陰で、私達はたくさん得点を取れた。引き続きお願いね」

 

「ああ、任せろ! 絶対あいつにブラッジャーを叩き込んでやる!」

 

 ジェニファーが褒めるとフリントは試合中で興奮しているのか、クラブを振り回しながら答えた。

 するとジェニファーは目を細め、フリントに冷たく言い放つ。

 

「ただし、ルールを破ったら私が箒から叩き落とすから、覚悟しておきなさい。妨害したいならブラッジャーを使うこと。分かったわね?」

 

「あ、ああ……分かっているよ……」

 

 ジェニファーの冷たい覇気に、フリントは少し震えながら答えた。

 

「みんな、他に何か無いかしら?」

 

 ジェニファーはそう言ってメンバーを見渡すが全員何も言うことはなく、絶対的な信頼を寄せるキャプテンをただ強い目で見ていた。

 メンバーからの視線を受けたジェニファーは、小さく頷く。

 

「よろしい。さてそれじゃあ……勝ちに行くわよ?」

 

「おう!」

 

 ジェニファーの言葉にメンバーは声を揃えて力強く答える。

 スリザリンチームの士気が最高潮に達した中、間もなく試合が再開する。

 




思ったよりも長くなったので分割します。
続きはできるだけ早く投稿できるよう、頑張ります。

さて魔法同盟ですが、コードネームは他の方と被ると使用できず、大変でした。
セリアの名前がすでに使用されていたので、レイモンドの名前で開始することに。
ハリーポッター好きならきっと夢中になると思いますので、ぜひ試してみてください。



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第21話 クィディッチ・決着

投稿が遅くなり、すみません。


 スリザリンチームと同じく、グリフィンドールチームも集まり作戦会議をしていた。

 しかしスリザリンチームとは違い、グリフィンドールチームの空気はとても暗い。

 特にグリフィンドールのキーパー、ウッドが悔しがっていた。

 自分がチェイサーを止めることができなかったせいだと、顔をくしゃくしゃに歪めて謝っていた。

 

「気にするなよオリバー。正直僕も予想外だった。今回のマレット達は、これまでとまるで違う。僕のほうこそ、スニッチを掴めなくてすまない」

 

 チャーリーはウッドの肩を叩いて慰めながらそう言う。

 実際チャーリーは何度かスニッチを見つけていたのだが、フリントにより阻まれていた。

 性格には難があるが、フリントは優秀な選手でもあるのだ。

 

「ちくしょう、フリントのやつ。チャーリーをしつこく狙いやがって」

 

「そのせいでみんなをブラッジャーから守れなかった……くそっ」

 

 ビーターであるフレッドとジョージも、チャーリーをブラッジャーから守ることに気を取られて他の味方を妨害されていた。

 二人は悔しそうにクラブを握りしめる。

 

「二人もそんな顔をするな。お前達は悪くないよ。それにチェイサーのみんなも、マレット達を相手によくやってる。……みんな、聞いてくれ」

 

 チャーリーはそこで一度言葉を切り、メンバー達が注目するのを待つ。

 全員がチャーリーを見ると、チャーリーは再び口を開いた。

 

「フレッド、ジョージ、次からはもう僕を守るな。相手の妨害とみんなの守りに集中するんだ」

 

「はあ!? 何言ってんだチャー兄!?」

 

「そんなことできるわけないだろ!?」

 

 チャーリがそう言うと、フレッドとジョージが叫ぶ。

 他のメンバー達も同じく口々に反対するが、チャーリーは首を横に振る。

 

「お前達はみんなを守れ。そうじゃないと、僕らは勝てないんだ。……頼む、フレッド、ジョージ」

 

 そう言って頭を下げるチャーリーに、フレッドとジョージは何も言い返すことができなくなった。

 

「だ、だけど、もしチャーリーがブラッジャーに落とされたら、どうするの?」

 

 アンジェリーナが不安そうに言う。

 もしもチャーリーが怪我により退場したら、シーカー不在となり得点差はとてつもないものになるだろう。

 その場合グリフィンドールのクィディッチ優勝杯獲得の可能性は、確実に消えてしまう。

 

「大丈夫さ、僕は絶対に当たらない。そして絶対にスニッチを掴む。誓うよ」

 

 不安そうに自分を見つめるメンバー達を見渡して、チャーリーは続ける。

 

「僕を信じてくれ」

 

 チャーリーの固い意志を感じたメンバー達は、一瞬何か言いたげに口を開いたが何も言わずに黙った。

 チャーリーはメンバー達を見渡し、ウッドに目を止めた。

 

「ウッド、僕の代わりに指揮を執れ」

 

 突然チャーリーにそう言われたウッドは、驚いて大声を上げる。

 

「ど、どういうことだ、チャーリー!?」

 

「フリントは性格はどうあれ、優秀な選手だ。あいつに集中狙いされていちゃ、さすがにみんなの指揮を執るのは難しい。だからお前がやるんだ」

 

「そ、そんな……チャーリーの代わりなんて、俺には……」

 

 ウッドは顔色を真っ青にしながら俯く。

 いきなり大役を任され、その重圧に押し潰されそうになっていた。

 チャーリーは震えるウッドの両肩を掴み、自分の方を向かせる。

 

「お前は僕なんかよりも、よっぽどキャプテンの素質がある。お前だからチームを任せられるんだ。いいか、ウッド? よく聞け」

 

 チャーリーは揺れるウッドの目と自分の目を合わせて言う。

 

「次のキャプテンはお前だ」

 

 それを聞いたウッドは、愕然と目を見開く。

 それでもチャーリーがウッドと目を合わし続けていると、ウッドの目にだんだんと力がこもってきた。

 そしてウッドは覚悟を決めたのか、勇ましい顔で言った。

 

「チャーリー……ああ、分かったよ! 俺に任せてくれ! やってやるさ!」

 

「よく言った!」

 

「痛い!?」

 

 チャーリーに思いきり背中を叩かれ、ウッドは勇ましかった顔を歪め情けない声を上げた。

 それを見て他のメンバー達は笑い声をあげ、チームの雰囲気が明るくなった。

 

「……みんな、準備はいいな?」

 

 チャーリーはチームメンバーの一人一人と目を合わせ、問いかける。

 メンバー達が力強い目でチャーリーを見つめ返すと、チャーリーは頷いて楽しそうに笑った。

 

「よし、それじゃあ、楽しもうか!」

 

「任せとけよチャーリー!」

 

「ああ、ぶちこんでやるさ!」

 

「おー!」

 

 フレッドとジョージがクラブを振り上げて叫ぶと、それに続いてメンバー達も大声を上げ箒に跨った。

 そして両チームのメンバーがそれぞれのポジションにつき、ホイッスルの鋭い音と共に試合が再開した。

 選手達が一斉に動き出すなか、空中でチャーリーとジェニファーがすれ違う。

 二人は少し視線を合わせた後、全く逆の方向へと飛んで行った。

 

「さて、試合再開です! まずクァッフルを手にしたのは、グリフィンドールチーム! ゴールへと突き進んで行きます! っと、しかし、スリザリンチームのチェイサーにクァッフルを奪われてしまいました……よし、いいぞ! フレッドだかジョージだか知りませんが、とにかく双子のウィーズリーが打ったブラッジャーが掠めてスリザリンチームがクァッフルを落とし、それをアンジェリーナが拾いました! そのままクァッフルを持ち、ゴールを狙います! 行けっアンジェリーナ!」

 

 力強くクァッフル振りかぶったアンジェリーナをスリザリンのビーターが狙うが、その前にジョージがそのビーターにブラッジャーをぶつけた。

 ブラッジャーがぶつかったスリザリンのビーターは、箒から落ちかけたがなんとかこらえる。

 そしてアンジェリーナがゴールを決め、ようやくグリフィンドールチームに追加点が入った。

 

「いいぞ、アンジェリーナ! よくやった! グリフィンドールの得点です! 現在百対二十、十分取り返せるぞ!」

 

「ジョーダン! 公平に実況ができないのであれば、マイクを取り上げますよ!」

 

「冗談きついぜ、マクゴナガル先生! ……あ、ごめんなさい、マイク取り上げないで! 真面目にやります、本当です! ……ふう、失礼しました、皆さん。しかし、先程までチャーリー・ウィーズリーを守っていた双子のウィーズリーが、それを止めてしまいましたね。勝負に出たグリフィンドール、ブラッジャーによりチャーリーが競技場に散るのか、スニッチを掴み大逆転をするのか、見逃せない試合が続きます! 頑張れ! グリフィンドール!」

 

「ジョーダン!!!」

 

 グリフィンドールの方がビーターの数が多くなったことにより、スリザリンチームのチェイサーの連携が少し崩れる。

 その結果グリフィンドールチームが少しずつ得点を重ねて、スリザリンチームとの差を縮めていった。

 しかしジェニファーはすぐに対応し、それまでグリフィンドールチームの妨害を優先させていたビーターを、チームメンバーの守りを優先するよう指示を変えた。

 そしてチェイサーの連携の速さをさらに上げ、ゴールを狙う。

 ウッドもゴールを守りながら果敢に声を上げ指示を出していたが、それでも純粋に実力で勝るスリザリンチームの方が優勢であり、すぐに縮まった差が広がっていく。

 チャーリーは、フリントが次々と打ち込んでくるブラッジャーを神技のような飛行で避けながら鋭く辺りを見渡していたが、スニッチは姿を現さない。

 スリザリンのシーカーは、味方が圧倒的に優勢な状況ながらもなかなかスニッチを見つけられず、徐々に焦りを募らせる。

 そのまま試合は長期戦になっていった。

 

「スリザリンチームの得点! 現在スリザリン二百二十対グリフィンドール八十! まだ、まだスニッチを掴めば勝てるんだ! チャーリー頼む、勝利を掴んでくれ!」

 

 実況のリーがそう叫ぶが、諌めるはずのマクゴナガルも拳を振り上げながら試合に熱中しており、それを止める者はいなくなっている。

 と言うよりも、もはや観客席に実況を聞いている者はおらず、全ての観客が試合に釘付けになっていた。

 スネイプですら組んだ両手に力がこもっており、空を飛ぶ選手達を睨みつけていた。

 そして再びスリザリンチームが得点を決めたその時、チャーリーはついにスニッチを見つけた。

 スニッチはピッチの芝生の上をきらきらと飛んでいる。

 

「っ、やっと、見つけた!」

 

 チャーリーは空を切り裂くように滑空していく。

 慌ててスリザリンのシーカーも後を追うが、焦っていたこともあり完全に出遅れてしまった。

 

「行かせるか! ウィーズリー!」

 

 フリントはそう叫び、自身に向かってきていたブラッジャーをチャーリーへ目がけて強く叩き込んだ。

 観客席まで響くような鈍い音と共に、ブラッジャーは猛烈な速さでチャーリーへと向かっていく。

 チャーリーはそれをちらりと見て確認する。

 

(あれは、避けないと当たる。だが構うものか。骨が折れたとしても、必ず、スニッチを掴んでやる! ここで終わらせる!)

 

 ぐんぐんとブラッジャーがチャーリーに迫る。

 チャーリーもスニッチに近づいてはいるものの、それを掴む前にブラッジャーが彼に当たるだろう。

 いよいよブラッジャーがぶつかりそうになり、チャーリーはその衝撃に備えて強く箒の柄を握りしめた、その瞬間。

 

「こんの……舐めんなよ!」

 

 そう雄叫びを上げたフレッドが強く打ったブラッジャーが、チャーリーに迫るブラッジャーに激突し弾き飛ばした。

 その奇跡のような出来事に、クィディッチ競技場全体が驚きの声を上げる。

 

「おい、嘘だろ!?」

 

「へい! 余所見してていいのかよ!?」

 

「何っ? ぐわあ!」

 

 そして弾き飛ばされた先に待ち構えていたジョージが、そのブラッジャーをフリントに叩き込む。

 ブラッジャーを腹部に受けたフリントは、泡を吹きながら箒から落ちていった。

 

「行け! チャーリー!」

 

「決めてくれよ、兄貴!」

 

「ははは! まったくお前ら、最高の弟だ!」

 

 チャーリーは声を上げて笑い、必死に逃げるスニッチに迫る。

 そしてついに、その手にスニッチを収めた。

 

「取った!」

 

 チャーリーはピッチに降り立つと、スニッチを高々と掲げた。

 しかし、競技場は静まり返っていた。

 通常スニッチを掴むと、競技場は大歓声で沸き立つものだ。

 そして競技場に実況の声が響き渡る。

 

「……双子が奇跡のようなファインプレーを決めてくれた後、チャーリー・ウィーズリーがスニッチを掴みました。しかし……しかし、その直前、ジェニファー・マレットの得点がありました。試合終了です」

 

 そこでリーは一度言葉を切り、悔しそうに唇を噛んだ。

 そしてマイクを掴んで立ち上がり大声を上げた。

 

「二百四十点対二百三十点で、スリザリンチームの勝利です!」

 

 その大声をかき消すように、競技場から割れんばかりの大歓声が起こった。

 そのせいで観客席がぐらぐらと揺れ、慌てて教師陣が杖を振りそれを抑えていった。

 そんな大混乱のなか、長かった今年度のクィディッチ開幕戦は幕を閉じた。

 もうすでに日は沈み、空には星が瞬いていた。

 

──────────

 

 興奮して騒ぎながら生徒達が城へと戻って行く。

 しかしセリア達は、気が抜けたように呆然としながら観客席に座ったままだった。

 

「本当に、意味不明な試合だったな……」

 

「ええ……ただ一つ確かなのは、今まで見た中で一番すごい試合だったってことね……」

 

 スコットとアイビーは一気に全身の力が抜けたのか、まるで席と一体化したようにぐったりとしていた。

 

「世の中に、こんなにすごい物があったなんて……! 私、とても感動しました!」

 

「うんうん! すごかったね、セリア! チャーリーかっこよかったなー」

 

「はい、皆さんとてもかっこよかったですね! だけど旗を振りすぎて、少し手首が痛いです……」

 

「え、大丈夫? ……って、セリア、旗の上から半分は?」

 

「え? あれ? どこに行ったんでしょうか?」

 

「強く振りすぎて、どっかに飛んでっちゃったんだねー。そりゃ痛くもなるよ」

 

「そ、そんな、恥ずかしい……」

 

「おっちょこちょいだなー、セリアはー。うりうり」

 

「うう……突かないで下さい……」

 

 リジーに頬をぷにぷにと突かれ、セリアは顔を赤く染める。

 それをかわいく思ったリジーはセリアを抱きしめた。

 そんな微笑ましい二人の前では、スコット達と同じく燃えつきたように脱力したセドリックとメグが話していた。

 ただメグは、セドリックの横で大きな声を上げていたことを思い出し、今さら顔を赤くして恥ずかしがっていた。

 

「いや、本当に、すごかったなあ」

 

「は、はい、すごかったですね」

 

「うん。それにしても、僕はあのチャーリー・ウィーズリーを相手にしないといけないのか……」

 

 セドリックは呆然と呟く。

 今年からクィディッチチームの一員となったセドリックは、二年生ながらもシーカーの座を勝ちとっていた。

 しかし今回の試合を見て、チャーリーという存在の大きさと勝敗を左右するシーカーの重圧を、改めて実感していたのだ。

 メグは少し顔色を悪くするセドリックを見てしばらく逡巡していたが、意を決して彼の手を両手で握った。

 セドリックが驚いてメグを見ると、彼女は顔を真っ赤に染めながら叫ぶ。

 

「き、きっと大丈夫です! 私も、アイビーも、ブルクハルトさんも、みんながあなたを応援してます! あなたの力になります! だから……だから、自分を信じて下さい! セ、セドリック!」

 

 叫び終えたメグは、息を切らしながらも慌ててセドリックの手から両手を離し、恥ずかしそうに俯いた。

 

「その通りさセド! 俺達がついてるぜ!」

 

「そうよ! セドリックだってかなり優秀な選手なんだから!」

 

「チャーリーはすっごいけど、セドリックだってすっごいってこと、みんな知ってるよ!」

 

「私ももしできることがあるのなら、微力ですがお手伝いします!」

 

「みんな……」

 

 メグの声は当然全員に聞こえており、セリア達も次々にセドリックを激励する。

 それを受け、セドリックの顔がだんだんと明るくなっていく。

 

「みんな、ありがとう。優勝できるよう、頑張るよ!」

 

「いいぞ! セド!」

 

「セドリック、かっこいいわよ! ね、メグ?」

 

「え、う、うん、かっこいいです」

 

「メグ、君のおかげで勇気が湧いてきたよ。本当にありがとう!」

 

「い、いえ、そんな、私は……うぅ……」

 

 セドリックに笑いかけられ、メグはどんどん赤くなっていく。

 それをアイビーはにやにやと笑いながら見ていた。

 するとリジーが元気に手を上げて言った。

 

「よーし! それじゃあセドリックを応援しようってことで、寮でパーティーしようよ!」

 

「そんなことを勝手にしてもいいのですか?」

 

「ええ。クィディッチの試合の後は、どの寮もパーティーをして大騒ぎするそうよ。そうよね、スコット?」

 

「ああ。暗黙の了解みたいになってて、先生達も注意しないんだ」

 

「あんまり騒ぎすぎると怒られるそうだけどね。でもリジー、料理はどうするの?」

 

 アイビーがそう尋ねると、リジーはどんと胸を叩いて言う。

 

「任せて! 前に厨房の場所を聞いたから、屋敷しもべ妖精さん達に何かもらってくるよ! なんなら私が作るしね」

 

「私もお手伝いします!」

 

「よしそれじゃあ、セドの大激励パーティー、やるぞー!」

 

「おー!」

 

「ははは……お手柔らかに頼むよ」

 

 大盛り上がりで城へ向かうセリア達、セドリックは苦笑しながらもその後に続く。

 その帰り道アイビーはメグに近づき、耳元で囁いた。

 

「ねえメグ、セドリックと仲良くなれた?」

 

「う、うん……名前も、呼べるようになったよ」

 

 メグは真っ赤な顔でアイビーに答える。

 そんなメグを見てアイビーは優しく笑い、メグの頭を撫でる。

 

「良かったわね、メグ。それにしても、ずっと顔真っ赤じゃない。それじゃあセドリックも気づいちゃってるかもね?」

 

「え! そ、そんな……本当に!? ど、どうしたらいい、アイビー!?」

 

 焦ったメグがアイビーに縋り付くと、アイビーは悪戯っぽく笑う。

 

「あは、冗談よ!」

 

「な! 酷いよアイビー!」

 

「ふふふ、ごめんねメグ。でもそんな反応だと、すぐに気づかれちゃうわよ?」

 

「それは……」

 

 アイビーの指摘にメグはばつが悪そうな顔をする。

 

「まあ私も協力するから、なんとか慣れるようにしなさいよ?」

 

「う、うん。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 まだ顔が赤いメグがお礼を言い、それにアイビーは微笑んで答える。

 その後セドリックとハッフルパフチームを激励する会が談話室で開催された。

 それは怒っていくつかの魔法植物と共に突入して来たスプラウトが、全ハッフルパフ生達を寝室に放り込むまで続いたのだった。

 

──────────

 

「みんな、お疲れ様。今日はゆっくり休んでくれ」

 

 時間は少し戻り、試合終了後のグリフィンドールチームの更衣室。

 沈んだ表情で選手達が寮へ戻る中、着替え終えたチャーリーは更衣室に残っていた。

 他の選手達がいなくなると、チャーリーはタオルを頭に乗せたまま俯いて座っている双子の元へ向かう。

 

「ほら、二人とも。はやく着替えて寮に戻れよ。初めての試合だったんだし、ちゃんと休むんだぞ?」

 

 チャーリーの声に二人が顔を上げると、その顔は悔し涙で濡れていた。

 ジョージが震える声で言う。

 

「ごめん、チャーリー。俺が、フリントなんて放っといてマレットを狙っていたら、引き分けだったのに……」

 

 そしてフレッドも震える声で続く。

 

「俺も、そうだよ。もっとみんなを守れてたら、負けなかったんだ。俺達のせいで負けたんだよ……」

 

 そこで二人の目に涙が浮かんできて、二人は再び俯いた。

 チャーリーはそんな二人を両手で抱きしめた。

 

「お前達のせいじゃない。フレッドは奇跡みたいなプレーを見せてくれたし、ジョージだってブラッジャーが弾かれる位置を完璧に見極めていた。二人の息が合ってたからできたんだし、普通のビーターじゃできないよ」

 

 そう言ってチャーリーは二人を離す。

 二人が顔を上げると、チャーリーは笑って続ける。

 

「実を言うとな、スニッチを見つけとき、勝てないって思っていたんだ」

 

 チャーリーの告白に、フレッドとジョージは驚いて目を見開く。

 

「ど、どう言うことだよ……?」

 

「スニッチを掴むまでに、点差が百五十点以上になるって分かっていたんだ。だけど僕は構わないって思った」

 

「……なんでだよ?」

 

 二人が問いかけると、チャーリーは目を閉じて少し考える。

 そしてゆっくりと話しだした。

 

「あそこでスニッチを見逃しても、その後点差を縮めることはできないかもしれない。むしろ点差が広がる可能性の方が高い。だったらもし負けるとしても、点差をできるだけ小さくした方が良い。他の人はそう思うだろうし、それが普通だろうな」

 

 そこでチャーリーは一度言葉を切り、首を横に振った。

 

「でもそんなのは関係ない。僕はただ、相手が強くて圧倒的な点差があったとしても、僕の納得のいく形で試合を終わらせたかった。……それに、マレットには負けたくない。それだけなんだよ」

 

 チャーリーの言葉に、フレッドとジョージはよくわからないという表情で首を傾げる。

 涙が止まった二人の頭にぽん、と手をやり、チャーリーは笑いながら言う。

 

「まあ、二人が責任を感じる必要は無いってことさ。そんな顔はせずお前達はいつも通り悪戯をして、みんなを笑わせてくれよ」

 

 そしてチャーリーは箒を手に更衣室の出口に向かう。

 

「チャーリー、どこ行くんだよ?」

 

「軽く飛んでから寮に帰るよ。お前達はさっさと寮に戻るんだぞ」

 

 そう言うとチャーリーは箒に跨り、夜空を舞い上がっていった。

 

──────────

 

「ふう……」

 

 チャーリーはクィディッチ競技場を出て、湖のほとりに降り立った。

 そしてそこに寝そべり、湖を漂う大イカやそれを追う水中人(マーピープル)をぼんやりと眺める。

 しばらく眺めていると、空から箒に乗った生徒が降りてきた。

 

「……よう、マレット」

 

「こんばんは、ウィーズリー。こんな所で何をしているのかしら? 風邪をひくわよ?」

 

「もう帰るところだったんだよ。マレットこそ何をしているんだ?」

 

「散歩をしていたら、たまたまあなたがいたのよ」

 

 そう言ってジェニファーはチャーリーの横まで来ると、膝を折り上品に座った。

 そのまま二人そろって湖を見つめる。

 

「……負けたわ」

 

 ぽつりとジェニファーが呟く。

 チャーリーがジェニファーを見ると、彼女は少し悔しそうな表情を浮かべていた。

 

「何を言ってるんだ? スリザリンの勝利じゃないか」

 

「わかっているくせに。あなたに負けたと言ってるのよ、ウィーズリー」

 

 チャーリーが言うと、ジェニファーは彼を睨みつけながら答えた。

 チャーリーは彼女から目を逸らした。

 

「今回の試合、私の総得点は百四十点。それが分かっていたから、スニッチを掴んだんでしょう」

 

 ジェニファーがそう言うと、チャーリーは観念したように答えた。

 

「ああ、そうだよ。君に負けたくなかったからスニッチを掴んだ。スリザリンに負けたとしても、君には負けたくなかった」

 

「自分が納得いく形で、試合を終わらせようとしたのね?」

 

「……ああ、そうさ」

 

 そこで会話が途切れ、少しの間沈黙が広がった。

 

「……あなたの気持ち、分からないでもないわ」

 

 ふとジェニファーがそう言う。

 チャーリーは彼女を見ずに言葉に耳を傾ける。

 

「自分が満足する試合をしたい。私はいつもそう思っている」

 

 ジェニファーは立ち上がり、寝そべるチャーリーを見下ろす。

 

「けれど私は、勝利をした上でそうしたいと思っているの。そこがあなたとは違うわ、ウィーズリー」

 

 そして彼女はチャーリーに背を向けると、箒に跨った。

 そして思い出したかのように振り返る。

 

「そう言えば今回の試合に、プロチームのスカウトマンが来ていたみたいよ。おそらくだけど、明日には数通お手紙が届くでしょうね」

 

「ああ、噂通り来てたのか。しかし、負けたチームのキャプテンにスカウトなんてくるかな」

 

「必ずくるわ。あなたは、私が知る限り最も優れた選手なのだから」

 

 そう言うとジェニファーは、軽く地面を蹴り少し浮かび上がった。

 

「私は卒業したらプロチームに入るつもりよ」

 

「へえ、そうなのか。まあ君なら十分通用するだろうな」

 

「あなたはどうするの? ウィーズリー?」

 

「そうだなあ……」

 

 ジェニファーが問いかけると、チャーリーは少し考えた後に答える。

 

「迷ってる。クィディッチは好きだけど、他にもやりたいことがあるんだ」

 

「そう……」

 

 それを聞いたジェニファーは小さく呟くと、箒の柄を握り直した。

 

「私はもう帰るわ。もう冷えるし、あなたもはやく帰るのよ」

 

「わかってるよ」

 

 チャーリーがそう答えると、ジェニファーは飛び去っていった。

 チャーリーは再び湖をぼんやりと眺めだす。

 大イカ達はいなくなっており、湖の周辺には他の生き物の姿はない。

 揺れる草木と水の音を聞きながら、チャーリーは目を閉じる。

 

(クィディッチ以外で僕のやりたいこと、それは……)

 

 目を閉じていたチャーリーは、やがて湖のほとりで寝入ってしまう。

 十一月の夜はかなり冷えるので、当然のように彼は風邪をひいてしまい、翌朝スカウトの手紙を直接受け取ることはできなかった。

 このことはホグワーツ城内に瞬く間にひろまり、こうして伝説のシーカー、チャーリー・ウィーズリーの伝説がまた一つ増えたのだった。

 



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第22話 見えない馬

投稿が遅くなってしまい、申し訳ありません。


 十二月となり本格的に冬を迎えたホグワーツ城。

 雪が降り積もり白く染まった校庭では、休日になるとたくさんの生徒が雪遊びに夢中になる。

 ハグリッドが運んできた十二本の立派なもみの木が大広間に立ち並び、本気を出した教師陣の手によって飾り付けられ、それは見事なクリスマスツリーとなっていた。

 そんなとある朝、支度を終えたセリア達が談話室の扉をあけると、寮生達が掲示板に群がっていた。

 

「あれ何かしら?」

 

「み、見えないです……」

 

「私も見えない……」

 

「私が見てみるね」

 

 アイビーが怪訝そうに言うと、セリアとメグがその場でぴょんぴょんと跳ね何があるのか見ようとした。

 しかし小柄な二人では見えず、悔しそうな表情を浮かべる。

 その二人を見たリジーは、苦笑いをしながらその場で少し跳ねて掲示板を見る。

 そしてそこに書かれていた内容を確認すると、嬉しそうに笑った。

 

「あれ、クリスマス休暇についてだよ! クリスマスに学校に残る生徒は、あの紙に名前を書くんだって」

 

 それを聞いたセリア達もリジーと同じく嬉しそうに笑う。

 クリスマス休暇はクリスマスの前日から年明けまで続く長期休暇で、一年間で唯一実家への帰宅が許可されている。

 家の事情などでホグワーツに残る生徒も毎年それなりの数がいるが、ほとんどは実家に戻り家族とクリスマスを過ごすのだ。

 セリア達一年生は初めてのクリスマス休暇ということもあり、特に楽しみにしているようだった。

 

「クリスマス休暇、とても楽しみですね!」

 

「本当ね! お手紙は書いてるけど、はやく家族と会いたいわ!」

 

「そうだね。私もお父さんに学校生活を報告したいな」

 

「私も久しぶりにみんなに会いたいなー。けど家に帰ったら、家事をしないといけないから大変だよ」

 

 リジーがからからと笑いながら言う。

 セリア達に限らず、大広間ではどの寮もクリスマス休暇の話で持ちきりだった。

 

「ねえみんな、クリスマスはどう過ごすの? 私は家族と一緒にメグのお屋敷にお呼ばれして、パーティーをするのよ。ねえメグ」

 

「うん、毎年そんな感じ。私の家族はみんな、アイビー達のことをすごくかわいがっているんだよ」

 

 幼馴染であるアイビーとメグは、家も隣同士で二人が生まれる前から交流がある。

 

「すっごく楽しそうだね! 私は毎年違うかなー。パパとママもお仕事で帰ってこれないこともあったから。でも今年は一緒に過ごせるから、気合い入れて料理するんだー」

 

「リジーのお料理……すごく食べたいです」

 

「私も食べたいな……リジーの料理、本当においしいよね。初めて食べたとき驚いたよ」

 

「私、お料理はかなり自身があったんだけど、完敗だったわ」

 

「ほんと? そんなに褒められると嬉しいなー」

 

 リジーが頭をかきながら照れ臭そうに笑う。

 クィディッチの試合後のパーティーで、リジーの料理を初めて三人は食べたのだが、そのおいしさに仰天していた。

 セリア達だけでなくハッフルパフの生徒全員がリジーの料理を褒め、パーティーは大いに盛り上がった。

 盛り上がりすぎて激昂したスプラウトが突入してきたのだが。

 その後ハッフルパフ生は学年を問わず、リジーに料理のコツをよく聞きに来るようになった。

 

「私もいつか、お料理をできるようになりたいです」

 

「私もいっぱい練習して、いつかあなたを追い抜いてみせるわ! 覚悟しておきなさい、リジー」

 

「私はアイビーが作ってくれるし、できなくてもいいかな」

 

「メグはもっと自分でできるようになりなさい!」

 

「リジー、いつかお料理を教えてくださいね」

 

「まかせてよ! それで、セリアはクリスマスはどうするの?」

 

 リジーがセリアに尋ねる。

 

「私のお屋敷では、毎年クリスマスはお客様を招いてパーティーをしているんです」

 

「へえ! レイブンクローの屋敷でパーティーかあ。なんだかすごそうね」

 

「うん、すごいお客が来そうだね」

 

「ねえねえ、どんな人がくるの?」

 

「そうですね……毎年決まって来てくださるのは、ファッジさんです」

 

「え、ファッジさんって、コーネリウス・ファッジのこと?」

 

「魔法省大臣!?」

 

「はい。ファッジさんが大臣になられる以前からお父さんと親しかったそうで、小さな頃からとても良くして頂いているんですよ」

 

「ほんと、予想の斜め上を行くわねこの子は……」

 

 まさかの名前に三人は驚きを隠せないでいた。

 

「セリアのお家、いつか行ってみたいなー」

 

「そうねえ。メグのお屋敷とどっちが大きいのかしら?」

 

「私のお屋敷はあまり大きくはないですよ。ただ地下がとても広いんです。地下はほとんどが書庫になっています」

 

「すごい! 行ってみたい!」

 

「急に食いついたわね、メグ」

 

「ぜひみなさん、お泊りに来てください! 頑張っておもてなしします!」

 

「夏休みは、みんなでセリアの家にお泊りだね!」

 

「ええ、とても楽しそうだわ」

 

「その前にクリスマス休暇だけどね」

 

──────────

 

 それからクリスマス休暇まで何事もなく日々は過ぎて行った。

 ハッフルパフとレイブンクローのクィディッチの試合があり、セドリックがすばらしい活躍を見せ勝利を掴んだ。

 セリアとメグはクリスマスまでにできるだけ多くの本を読もうと、空いた時間は図書館へ足を運んでいた。

 アイビーは同じ寮の生徒だけでなく他寮の生徒とも頻繁にクィディッチの話をしており、よくチョウやマリエッタ、ケイティとも行動を共にするようになった。

 リジーはいよいよ動物もどき(アニメーガス)の個人授業が始まり、週に一回放課後にマクゴナガルの研究室で勉強に励んでいた。

 まずは変身術の知識を深めようということで、リジーは早くも二年生の内容を学び始めている。

 マクゴナガルの授業は厳しかったが、リジーは必死になって食らいつき、元より良かった変身術の成績がさらに跳ね上がった。

 そしてついに自宅へ戻る日がやってきた。

 朝の日課を終えたリジーが寝室に戻ってくると、まだ誰も目を覚ましていなかった。

 昨夜は家へ持って帰る荷物をトランクに詰めており、ベッドに入るのが普段より少し遅かったため、セリア達が眼を覚ますまでまだ時間があるだろう。

 

(もう少しみんなを寝かせといてあげようかな)

 

 リジーはメグからもらった「偉大な変身の心髄」を持ち、静かに寝室を出て談話室へと向かった。

 この本は最上級者向けであるため、リジーはまだ序章から先は理解できない。

 それでもうんうんと唸りながら本を読んでいると、あっという間に時間が経ち寮生達が続々と談話室へやってきた。

 しかし本を読むことに夢中でリジーはそれに気づかない。

 すると一人の少女がリジーを見つけ、大欠伸を浮かべながら声をかけてきた。

 

「ふわぁ……おはよーリジー。相変わらず早起きね」

 

「あ、おはよー……って、相変わらずすっごい髪の色してるねー、トンクス」

 

 リジーに声をかけてきたけばけばしい青色の髪の少女。

 彼女の名前はニンファドーラ・トンクス、学年は七年生だ。

 気さくで親しみやすい性格をしているが、「かわいい水の妖精」という意味がある自分の名があまり好きではないらしく、周囲にはトンクスと呼ぶように言っている。

 すさまじい髪色をしているが、これは彼女の趣味というわけではなく、彼女が持つ「七変化」という特殊能力によるものだ。

「七変化」は先天的に発現する能力で、杖を使わずに身体の形状を自在に変化させることができる。

 トンクスは朝が少し苦手で、寝ぼけて毎朝勝手に髪の色が変わるらしい。

 リジーはそれを見るのが密かな楽しみだったりもする。

 

「うわ、すっごい青い。自分で言うのもなんだけど、これはないわ」

 

 自分の髪色に驚いたトンクスは、目を閉じて少し力んだ。

 すると瞬く間に髪色が明るいピンク色に変わった。

 

「これでよし、と」

 

「それもすっごい色だと思うよ?」

 

 変化した髪色を見て満足げなトンクスにリジーがそう言った。

 しかしトンクスは気にせず、リジーが読んでいる本を覗き込む。

 

「何読んでるの?」

 

「誕生日にメグからもらった変身術の本だよ。すっごい難しいんだー」

 

「へえ、それなら私が教えてあげよっか?」

 

「トンクスが? 大丈夫なの?」

 

「失礼ね。私はこう見えて、成績優秀なのよ。それに変身術はけっこう自身あるんだから」

 

 リジーが少し不安そうに言うと、トンクスは不満げに口を尖らせた。

 トンクスはかなりおっちょこちょいな性格で、歩けば高確率で何かしらにぶつかる。

 さらに七年生になってもしばしば「ハッフルパフ・リズム」を間違えるほどだが、意外なことに首席ではないものの成績はかなり優秀なのだ。

 ちなみに今年の首席はジェニファーだ。

 トンクスは「どれどれ……」と言いながら自信満々に本を手に取った。

 リジーはトンクスが顔を上げるのを待つが、彼女は本に目を落としたまま一向に動かない。

 それどころかページもめくらないので、怪訝そうにリジーが声をかけた。

 

「トンクス? どうしたの?」

 

「えっ!? ああ、な、何?」

 

 トンクスは慌てた様子で答えた。

 

「いや、なんだか固まってたから。それで、教えてくれないの?」

 

「あ、あー……うん。これはリジーにはまだ早いと思うわ。だから、もっと大きくなってから読めばいいんじゃない?」

 

「そっかー……うん、わかった。今はとりあえず、普段の授業を頑張っておくよ。ありがとうトンクス!」

 

 少し残念そうにしながらもリジーが笑顔でお礼を言うと、トンクスはリジーから目を逸らして頷く。

 

「ど、どういたしまして。それじゃあ私はもう大広間に行くわね」

 

「あ、もうそんな時間だったんだ! みんなを起こさなくちゃ。それじゃあね、トンクス!」

 

「ええ、また後で」

 

 時計を見たリジーは慌ただしく寝室へ向かった。

 トンクスは手を振ってそれを見送ると、がっくりと肩を落とした。

 

「一年生に得意科目も教えられないなんて……私、ほんとに闇祓いになれるのかなあ。はあ……朝ご飯食べに行こ」

 

 トンクスはとぼとぼと談話室を後にした。

 

──────────

 

「みんな、忘れ物はない?」

 

 寝室のドアの前でアイビーが尋ねた。

 四人の傍らにはそれぞれの荷物が入ったトランクがあるが、一時帰宅のため来るときと比べ荷物は少なめだ。

 

「大丈夫です!」

 

「うん、問題ないよ」

 

 アイビーの問いにセリアとメグは自信満々に答えた。

 

「私も大丈夫だよー」

 

 最後に寝室全体を確認したリジーがそう答えると、アイビーは頷いた。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

「はい!」

 

 寮を出た四人は巨大な樫の扉を抜け、雪の降る校庭に出る。

 扉の前には駅へ向かう馬車が大量に並んでおり、乗り込もうする生徒達でごった返していた。

 しかし奇妙なことに馬はいなく、馬車はひとりでに動いていた。

 

「すっごい! 馬がいないのに、馬車が動いてるよ!」

 

「さすがホグワーツね」

 

「高度な移動魔法なのかな……すごいね」

 

 リジーとアイビー、メグが馬車を見て驚いている中、セリアだけは不思議そうな表情を浮かべ小首を傾げていた。

 

「みなさん、見えていないのですか……?」

 

「え? どういうこと、セリア?」

 

 リジーが尋ねると、少し怯えながらセリアは馬車の前方、本来ならば馬が繋がれている空間を指差した。

 

「あ、あそこに、羽の生えた黒い馬がいるんです。どうして、私にしか見えないの……?」

 

 三人はセリアが指差す方を目を凝らして見るが、何も見えない。

 アイビーとメグが顔を合わせて首を振るが、リジーは口元に手を当て考えこんでいた。

 そしてリジーはセリアに尋ねる。

 

「うーん……ねえセリア、その馬って目が白くて、なんだか骨ばってない?」

 

「え? は、はい、そう見えます」

 

「そっか……うん、やっぱりそうだ」

 

 セリアの答えを聞いたリジーは、驚いたようでどこか嬉しそうな顔で頷いた。

 

「その馬、セストラルだと思う」

 

「セストラル? ねえメグ、知ってる?」

 

「ううん、聞いたことないよ」

 

「……セストラル、ですか」

 

 アイビーとメグは知らなかったが、セリアは聞き覚えがあるようで、どこか硬い表情で呟いた。

 

「ねえねえ、それってどんな生き物なの?」

 

「うん、聞きたい」

 

 アイビーとメグが尋ね、リジーは早口で話し始める。

 

「うん! セストラルは天馬の一種で、結構希少なんだよ! どんな箒にも負けないくらいすっごく速く飛ぶし、すっごく賢くて目的地を言うと、知らない場所でも連れて行ってくれるんだ。それでね、分かってると思うけど、セストラルには姿が見えないっていう不思議な生態があるんだ! でも、見える人もいるんだよ。それはね……」

 

 そこで言葉を止め、リジーは何かに気づいたのか再び馬車の前方を見た。

 そして少し迷ったような顔になって、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「人が亡くなるところを、見たことがある人、なんだよ」

 

 リジーがそう言うと、はっ、とアイビーとメグの顔が強張った。

 三人が恐々とセリアの顔を見ると、彼女の顔には儚げな微笑が浮かんでいた。

 その瞳は深い深い哀しみの色に染まっていた。

 

「……みなさん、そろそろ馬車に乗りましょう」

 

 静かなセリアの言葉に従い四人が馬車に乗り込むと、馬車は動き始めた。

 重い沈黙が広がる馬車の中には、がたごと、と車輪が回る音だけが響いていた。

 セリアは馬車の窓から外を見ており、その表情をうかがい知ることはできない。

 

「ご、ごめんね、セリア! 私、よく考えずに喋っちゃって!」

 

「いいえ、私達が無神経に聞いたのがいけなかったの!」

 

「ごめんなさい、セリア……」

 

 沈黙に耐えかねた三人が口々に謝ると、セリアは小さく息を整えて振り返った。

 少し弱々しいが、その顔にはいつもの微笑みがあった。

 

「いいえ、大丈夫ですよ。みなさんは悪くないです」

 

 セリアがそう言うと、安心したのか三人の強張っていた顔がほぐれた。

 セリアは三人を見渡し、膝の上で両手をきゅっと握りしめた。

 

「リジー、アイビー、メグ、私の話を、聞いてくれますか……?」

 

 セリアは囁くような声で三人に問いかける。

 

「えっと、私達が聞いてもいいお話……なのかな?」

 

 リジーが遠慮がちにそう聞くと、セリアは小さく頷いた。

 

「はい、みなさんに知ってもらいたいんです」

 

 真剣なセリアに見つめられ、三人は居住まいを正した。

 馬車の中に先程とは違う沈黙が広がり、セリアは語り出す。

 それは始めて他人に語る、自身の大切な人との別れの話だった。

 

──────────

 

「人が亡くなる瞬間を見たのは、今から二年前、私が九才のときです」

 

「誰が亡くなったの……?」

 

「私のお母さんです。お父さんと出会った頃から体が弱かったそうで。お父さんも、私がまだ物心がつく前に亡くなりました」

 

「そんな……」

 

「お父さんが亡くなってから、お母さんは苦労してレイブンクロー家の仕事をこなしながらも、私を育ててくれました。それをお父さんの親友だったレイモンドとその奥様であるおばちゃん、お父さんと親交があったファッジさん、お父さんのホグワーツでの後輩である方、みなさんがお手伝いしてくださって、私はとても幸せに暮らしていたんですよ」

 

「そうだったんだ……お父さんに聞いた魔法省大臣とは、だいぶ印象が違うよ」

 

「確かにファッジさんは少し保守的なところもありますが、とても心優しい方ですよ。私は幼い頃よく知らなかったので、おじさんなんて失礼な呼び方をしていて。よくファッジさんの帽子を隠したりなどの悪戯をしては、お母さんに叱られていました」

 

「へー、なんだかかわいいね」

 

「意外とやんちゃだったのね、セリア」

 

「む、昔のことですよ? レイモンドとおばちゃんが家の内側から、ファッジさん達が家の外側から助けてくださって。それで毎日幸せに暮らしていた中、いつ頃からかわかりませんが、ふと気が付いたんです。お母さんが、少しずつ弱っていっていることに」

 

「どうして……?」

 

「先程言った通り、お母さんは体が弱かったんです。お父さんが研究していたのですが、その進行を遅らせることしかできないままに亡くなってしまい、緩やかに……お母さんは、蝕まれていきました」

 

「大丈夫? セリア?」

 

「大丈夫ですよ、リジー。……そうしてお母さんは弱っていき、わたしが九才の年に亡くなりました。それからは私がレイブンクローの当主として、働いてきました。もちろん、色々な方に助けていただきながらですけれど」

 

「同じ年なのに……あなた、本当に苦労しているのね」

 

「辛かったよね?」

 

「ええ、勿論辛かったですし、苦しかったです。まるで世界が闇夜に飲まれ、二度と日の光が差すことがないようで。けれど、私は自分が不幸だとは思いません。お父さんはとてもたくさんのものを残してくれましたし、お母さんは溢れるほどの愛情をくれました。レイモンドとおばちゃんは日の光を取り戻してくれましたし、ファッジさん達は最大限に力添えしてくださいました。そして私は、とても素敵な出会いをしました。……リジー、アイビー、メグ」

 

「セリア……」

 

「私とお友達になってくれて、ありがとう。みんな、大好きだよ」

 

──────────

 

 顔が熱い。

 セリアが、見たことないほどにかわいらしい笑顔を浮かべてる。

 だけど、その姿はどんどんぼやけていってしまう。

 もう、涙なんて邪魔だよ、止まってよ。

 けど止まらない、どんどん流れていく。

 ふと視界を移すと、アイビーもメグもすっごい勢いで涙を流していた。

 アイビー、目が真っ赤だよ、メグ、顔くしゃくしゃだよ。

 ……セリアの過去は、想像できないほど悲しくて、苦しかった。

 だけど、私達が身勝手に同情なんて、しちゃいけないよね。

 すっごく重たいはずなのに、セリアは全部受け止めて抱えて、それでも幸せだって言ってるんだ。

 本当、セリアはすごいなあ。

 それに、友達になってくれてありがとうなんて……そんなのこっちの台詞だよ。

 不意打ちだよ、もう。

 私もアイビーもメグも、大好きだよ、セリア。

 




クリスマス休暇の日数がよくわかりませんでした。
次回は早く投稿できるよう頑張ります。


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第23話 一年目のクリスマス休暇・一

投稿が遅くなり申し訳ありません。
前日まで沖縄へ行っていました。
ウミガメが可愛かったです。めんそーれ。


 セリアの過去知った三人は何も言わず、ただ涙を流しながらセリアを抱きしめていた。

 それは馬車を降りてから特急に乗り、コンパートメントに入って三人が泣き疲れて眠ってしまうまで続いた。

 チョウやマリエッタ、ケイティを始めたくさんの生徒が挨拶に来たのだが、その三人の様子に驚き、全員挨拶もそこそこにその場から去って行った。

 三人はホグワーツ特急がロンドンに到着する直前に目を覚ました。

 

「あ、あの、リジー、そろそろ離してくれませんか……?」

 

「やだ」

 

 泣き止んで特急を降りてからも、リジーはセリアを抱きしめ続けていた。

 セリアが困ったように離れるよう促しても、リジーは首を振って拒み、抱きしめる手に力をこめた。

 アイビーもメグもそれを止めることはなく、二人のトランクを持って特急を降りていた。

 降車する生徒達の流れに乗って四人が駅のホームに出ると、すぐに四人の後ろに人影が現れた。

 

「お久しぶりです、お嬢様。お元気そうでなによりです」

 

「あ、お久しぶりです。レイモンドも元気ですか?」

 

「ええ、元気ですよ。お嬢様、そちらの方々は?」

 

 レイモンドはアイビーとメグに目を向ける。

 二人は突然現れたレイモンドに驚き固まっていた。

 

「はい! アイビーとメグ、私のお友達です!」

 

 セリアがにこにこと笑いながら二人を紹介すると、レイモンドは優しい表情を浮かべ頷いた。

 

「そうですか。アイビー様、メグ様、初めまして。私はお嬢様の執事をしております、レイモンドと申します。お嬢様と仲良くしてくださり、ありがとうございます」

 

「も、もう、レイモンド。恥ずかしいのでやめてください……」

 

 レイモンドが丁寧にお辞儀をしながら挨拶すると、二人は慌ててそれに答える。

 

「は、はい! アイビー・ベケットです! セリアにはよくお世話になっています!」

 

「メーガン・バークです。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします。ところで……」

 

 そこでレイモンドは、セリアを抱きしめ続けているリジーを見た。

 

「お嬢様、リジー様はどうなされたのですか?」

 

「えっと、みなさんにお母さんのことを話したんです」

 

「……そうですか」

 

 レイモンドは一瞬驚いた後少し目を閉じ、再び深くお辞儀をした。

 

「皆様、これからもどうか、お嬢様をよろしくお願いします」

 

「はい!」

 

 アイビーとメグが声を揃えて答える。

 セリアは少し頬を染めながら、それでも嬉しそうに微笑んでいた。

 

「おーい、おっさん。やっと見つけたよ。勝手にいなくなるなよなー」

 

 セリア達の元に、少しくたびれたローブを着た青年がやってきた。

 

「ああ、すまない。お嬢様の気配がしてな」

 

「出たよ、お得意の気配。意味わかんね」

 

「ロルフさん、お久しぶりです!」

 

「ようセリア。久しぶり」

 

 セリアが挨拶すると、ロルフは気だるげに片手を上げて答える。

 その会話が聞こえたのか、リジーがセリアの髪に埋めていた顔を上げた。

 

「あれ? 兄ちゃんの声?」

 

「ようリズぐふっ!」

 

「兄ちゃん兄ちゃーん!」

 

 セリアから離れたリジーは一瞬で距離を詰め、ロルフに飛びついた。

 ロルフは腹部にリジーの頭が激突しながらも、しっかりと受け止めた。

 

「馬鹿お前、死ぬかと思ったぞ」

 

「えへへ、ごめんね?」

 

「まったく……お帰り」

 

「ただいま! 兄ちゃん!」

 

 ロルフがぐりぐりと押し付けられている頭を撫でると、リジーは嬉しそうに笑う。

 その様子を見てアイビーとメグは目を丸くした。

 

「リジーがあんなに甘えてるなんて、なんだか新鮮だね」

 

「そうよね。いつもみんなを仕切ってくれてるのに、意外だわ」

 

「リジーはロルフさんとすごく仲良しなんですよ」

 

「うん、兄ちゃんすっごく好きだよ」

 

「はいはい。それで、君達がアイビーとメグか?」

 

「あ、はい。アイビー・ベケットです」

 

「メーガン・バークです」

 

「おう、よろしく……ん?」

 

 セリア達が話していると、どこからか白く輝くものが飛んできた。

 周りの生徒達やその家族も珍しいのか、そろってその輝きを目で追う。

 それはメグの目の前までくると、熊の形に変わった。

 輝く熊が口を開くと優しく深い声が響いた。

 

「メグ、アイビーもいるかい? 私は先頭車両の近くで待っているから、こちらまで来なさい」

 

 言い終えると輝く熊は消えていった。

 それを聞いたアイビーとメグは、それぞれの荷物を持つ。

 

「呼ばれたから、そろそろ行くわね」

 

「はい、それではお休み明けに会えるのを楽しみにしています!」

 

「みんな、またね」

 

「うん! お手紙書くからね!」

 

「楽しみにしてるわ。レイモンドさん、ロルフさん、失礼します」

 

「おー」

 

「ええ、いい休暇を。それとメグ様、お父様によろしくお伝えください」

 

「え? はい」

 

 アイビーとメグはトランクを手に、人混みの向こうに去って行った。

 残されたセリア達も駅の出口に向かう。

 レイモンドはセリアから荷物を受け取った。

 

「お嬢様、荷物を」

 

「ありがとうございます。ところでレイモンド、先程の呪文はまさか……」

 

「ええ、守護霊の呪文ですね。力のある魔法使いならば、あのように声を送ることもできるのですよ」

 

「やはりそうですか……」

 

 セリアは顎に手を当て考え込む。

 守護霊の魔法とは、吸魂鬼(ディメンター)やレシフォールドといった魔法生物を追い払うことができる唯一の魔法だ。

 難易度の高さから扱える魔法使いの数は多くはなく、声を送るとなるとさらにその数は激減する。

 そんなセリアとレイモンドの横で、ロルフもリジーの荷物を持つ。

 

「ほれリジー、荷物貸せ」

 

「ありがとー兄ちゃん。それよりさ、なんだかそのローブ、すっごくくたびれてるね?」

 

「あー、ほとんど着っぱなしだったからな」

 

「どんな生活してたのさ。ちゃんと食べてた?」

 

「死なない程度にはなー」

 

「もう、やっぱり! 今夜はいっぱい作るから、ちゃんと食べるんだよ!」

 

「はいはい。そうだ、父さんと母さんも夜には帰ってくるってさ」

 

「……そっか! えへへ」

 

 四人はレンガの壁に隠された通路を抜け、駅から出た。

 そこから人通りの少ない道まで進む。

 

「この辺りでいいでしょう」

 

「はい。リジー、またお休み明けに会いましょうね」

 

「うん、お手紙書くね」

 

「私もいっぱい書きます」

 

 リジーがセリアを抱きしめると、セリアもそっと両手を回し抱き返す。

 しばらく抱き合った後、名残惜しそうに二人は離れた。

 セリアがレイモンドの、リジーがロルフの腕をそれぞれ掴む。

 そしてセリアとリジーが手を振り合うと、パチン、と弾けるような音と共に彼女達の姿は消え去った。

 

──────────

 

 パチン、という音と共に、レイブンクローの屋敷の玄関ホールにセリアとレイモンドの姿が現れる。

 セリアが久しぶりの屋敷を見渡していると、扉が開き小さな影が飛び出してきた。

 

「お帰りなさいませ! お嬢様!」

 

 セリアに飛びついたルンは、大きな目に涙をたたえながらセリアを強く抱きしめる。

 セリアはルンの腕に優しく手を当て微笑む。

 

「ただいま帰りました、ルン。元気でしたか?」

 

「はい! ルンはとっても元気でいらっしゃいます!」

 

 セリアが聞くとルンはにっこりと笑って答え、はっと我に返り慌ててセリアから離れた。

 

「も、申し訳ありません、お嬢様! 急に飛びついてしまい……!」

 

「いえ、大丈夫ですよ。私もとても嬉しかったです」

 

 ルンが長い耳が床につくほど深くお辞儀して謝るが、セリアはにこにこと笑いながらそれを許した。

 ルンはほっとした表情を浮かべると、レイモンドを見上げる。

 

「レイモンド様、お嬢様のお荷物をお運びします」

 

「ああ、頼む」

 

「待ってください」

 

 レイモンドがルンにトランクを渡そうとすると、セリアはそれを制しトランクを受け取った。

 

「私が自分で運びます。二人はお仕事に戻って下さい」

 

 セリアがそう言うと、雷が落ちたかのような衝撃がレイモンドとルンを襲った。

 ルンはあたふたとしながら何も無い所で躓き、いつも冷静なレイモンドも驚きのあまりに口がぽかんと空いたままだった。

 

「……二人とも、何ですかその反応は?」

 

 そんな従者二人を半目で睨み、セリアは不満そうに言う。

 

「い、いい、いえ! ルンは大丈夫です!」

 

「申し訳ありません……ですがあまりのことで、現実とは思えないのです……」

 

「もう! 失礼ですよ、二人とも! ホグワーツで過ごして、私はみなさんに頼りすぎていたと思ったんです。だから、できることは自分でやりたいんです!」

 

 セリアはぷんすかと怒りながらトランクを持ち階段へ向かう。

 それを呆然と見送っていたレイモンドとルンだが、慌ててその背中に声をかけた。

 

「お嬢様、夕食の用意が済みましたらお呼びします」

 

「わかりましたっ!」

 

 二階へ上がったセリアは廊下を進み、自室を目指す。

 そして自室の扉を開けて中に入ると、ゆっくりと見渡した。

 教室程の広さがある室内の半分を本棚と様々な物が詰まった戸棚が占め、残りの半分にセリアの机やタンス、ベッドなどがある。

 セリアはベッドの横にトランクを置くと、ベッドにころんと寝転んだ。

 寝転んだまま深く息を吸い、セリアは微笑みながら呟いた。

 

「ただいま」

 

──────────

 

 パチン、という音と共にリジーとロルフは森の中に姿を現す。

 二人の目の前には自分達の家があった。

 それを見たリジーはにっこりと笑うと、ロルフの袖を掴んで走りだす。

 

「ほら兄ちゃん、早く行くよ!」

 

「こら、引っ張るな」

 

 扉を吹き飛ばす勢いで家に駆け込んだリジーは、家の中をぐるりと見渡した。

 室内のあちらこちらにはうっすらと埃が積もっていた。

 

「うーん、やっぱりちょっと汚れてるねー。掃除しなきゃ」

 

「はあ? 今からかよ。久しぶりに帰ってきたんだし、後でいいだろ」

 

「汚れてちゃ休めないでしょ。ほら、兄ちゃんも手伝ってよ。パパとママが帰ってくるまでに綺麗にするよ!」

 

「めんどくせーなぁ」

 

 引っ張り出した箒と雑巾を手にしたリジーに急かされ、ロルフは渋々手伝いだす。

 ロルフが魔法であらかた汚れを取り除き、リジーが細かい所を掃除する。

 数十分で二人は掃除を終え、ロルフはぐったりとソファに座り込んだ。

 

「あー、疲れた……」

 

「お疲れ、兄ちゃん。手伝ってくれてありがとね」

 

 ロルフにお礼を言うとリジーはキッチンへ向かう。

 

「おいリズ、何してんだ?」

 

「夕食の準備だよ。久しぶりにパパとママに食べてもらうんだもん。すっごいご馳走作らないとね」

 

「ちょっと待て」

 

 ふんす、と気合十分なリジーだが、ロルフはそれを制する。

 

「帰ってきてからずっと動いてるだろ。ちょっとくらい休憩しろよ」

 

「でも……」

 

「いいから。ほれ、こっち来い」

 

 不満そうなリジーをロルフはソファをぽふぽふと叩きながら呼ぶ。

 それに吸い寄せられるように、リジーはロルフの隣へ腰を下ろした。

 

「ほらほら、休め休め」

 

「うー……家事が残ってるのにゆっくりするなんて、落ち着かないなー」

 

「久しぶりのわが家なんだ。休んでもいいんだよ」

 

「……うん、そうだね」

 

 ロルフの言葉に頷くと、リジーはこてん、と体を傾けてロルフの膝に頭を乗せた。

 リジーの頭にロルフは手を乗せる。

 

「兄ちゃん、撫でてー」

 

「おう」

 

「えへへ」

 

 ロルフに撫でられリジーは上機嫌に笑う。

 

「兄ちゃん、お料理手伝ってね?」

 

「はあ、しょうがねーな」

 

 ロルフはめんどくさそうに言うが、その口元は優しく緩んでいた。

 

──────────

 

 アイビーとメグはトランクを持って人混みを進み、特急の先頭を目指す。

 

「メグ、人混みに流されないでね」

 

「わかってるよ」

 

 二人が進んで行くと、遠くにきっちりとローブを着込んだ一人の長身の男がいた。

 その男は細身ながらもがっしりとした体つきをしており、短く真っ黒な髪と精悍な顔立ちから、かなり若々しく見える。

 しかしその表情はとても柔らかく、周囲を安心させる穏やかな空気を放っていた。

 その男は近づく二人に気がつくと、片手を上げて挨拶をした。

 

「お帰り、メグ、アイビー。元気そうで良かったよ」

 

「うん、ただいまお父さん」

 

「おじさん、お久しぶり!」

 

 二人はにっこりと笑って答える。

 この男はメグの父親であるアーロン・バークだ。

 アーロンは大きな手で二人の頭を撫でる。

 

「お母さんが忙しいそうで、代わりに私が迎えに来たよ。お父さんは残業で、迎えに来れないのがとても悔しそうだったよ」

 

「そうだったんですね。それにしても、しょうがないわね母さんは……」

 

 アイビーはため息をつきながら呟く。

 アイビーの母親は引きこもりがちで、家を出たがらない。

 なのでおそらく、忙しいと言ったのも嘘だろう。

 人のいいアーロンは疑わず、たまにこうして都合良く使われてしまうのだ。

 二人を撫でたアーロンは頭から手を離すと、二人のトランクを受け取った。

 

「それでは帰ろうか。人が多いから、私のローブをしっかりと掴んでおきなさい。特にメグは小さいんだからね」

 

「一言余計だよ」

 

 アイビーとメグがローブを掴むと、アーロンは人混みを物ともせず悠々と進む。

 しばらく進むとマグルが使用する駅のホームへ出た。

 少し人の数も減ったので、三人は並んで歩く。

 

「帰ったら学校の話を聞かせておくれよ」

 

「わかった」

 

「近くにいたんだし、セリアとリジーを紹介すれば良かったわね」

 

「ああ、手紙に書いていたお友達だね?」

 

「うん」

 

 メグは嬉しそうに笑い、それをアーロンは優しい表情で見つめる。

 

「リジーはいつもみんなをまとめてくれるんです。それにお料理もすごく上手で」

 

「アイビーよりも上手なのかい?」

 

「悔しいけれど、いつか追いついてみせます!」

 

「セリアはすごく頭がいいんだよ。私も負ける気はないけど」

 

「なるほど、さすがはレイブンクローの子だね。頑張るんだよメグ」

 

「うん。あ、そう言えば、セリアの執事さんがお父さんによろしくって言っていたよ」

 

 メグがそう言うと、アーロンは怪訝そうに首を傾げる。

 

「本当かい?」

 

「うん。だよね、アイビー?」

 

「ええ」

 

 アーロンは考え込んでいたが、心当たりがないようで首を横に振った。

 

「誰だろう……名前はわかるかい?」

 

「レイモンドさんだよ」

 

「レイモンド? いや、まさか……その人の姓は?」

 

「たしか、アッカーソンだったような……おじさん?」

 

 それを聞いたアーロンは、驚愕の表情を浮かべ思わず立ち止まっていた。

 今まで見たことのない父親の様子にメグは驚く。

 

「お父さん? どうしたの?」

 

「あ、ああ、すまないね」

 

 メグに声をかけられ、アーロンは再び歩き出す。

 

「知っているんですか? おじさん?」

 

「ああ、昔少しね。それにしても、あの人がレイブンクローの子の……いや、不思議ではないか……」

 

 アーロンはぶつぶつと呟きながら、心ここに在らずといった様子だ。

 アイビーとメグは顔を合わせ、首を傾げる。

 

「っと、この辺りでいいだろう。二人とも、しっかりと掴まりなさい」

 

 人気のない道に出ると、アーロンはアイビーとメグにそう言う。

 二人がしっかりとローブを掴んだことを確認すると、パチン、という音と共に三人の姿が消え去った。

 



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第24話 一年目のクリスマス休暇・二

投稿が遅くて申し訳ありません。


 屋敷へと帰ってきてから書類の処理や色々な場所へ視察へ赴くなど、セリアは仕事をこなす日々を過ごしていた。

 特に数ヶ月ぶりに視察へ行くと、どの場所でもセリアは大歓迎を受けていた。

 小さなセリアは働く大人たちにとって、娘や孫のようにかわいらしい癒しの存在なのだ。

 そんな日々を遡りホグワーツから帰ってきた翌日のクリスマス、レイブンクローの屋敷では朝早くからクリスマスパーティーの用意が行われていた。

 セリアはレイモンドと共に飾り付けを行い、ルンとおばちゃんはパーティーのご馳走を用意している。

 

「レイモンド、頼みたいことがあるのですがよろしいですか?」

 

「なんでしょうか?」

 

 セリアが作業をしながら言う。

 レイモンドは、ここ最近セリアがよく考え事をしていたことを知っていたので、すぐさま返事を返した。

 

「屋敷の仕事のことなのですが、ホグワーツにいる間はまとめて送ってもらっていますよね」

 

「はい」

 

「それが思っていた以上に量が多くて。どうしたものかと考えていたんです」

 

 レイモンドはなるほど、と頷く。

 セリアは休日にまとめて書類の確認や署名などを行なっていたのだが、毎回かなりの時間をとられてしまっていた。

 

「何かいい案が?」

 

「はい。守護霊の呪文を覚えてみようかと」

 

 セリアがクリスマス飾りを作りながらそう言うと、レイモンドは一瞬止まってから聞き返した。

 

「守護霊の呪文ですか? しかしそれは……」

 

「難しいのはわかっています。けれど、先日メグのお父様が使っているのを見て、これしかないと思ったんです」

 

 守護霊の呪文の応用で声を送ることができるとは知っていたが、実際に目にしたことでよりその便利さに強く惹かれたようだ。

 

「それに使えて良いことはあっても、損にはならないはずです。お願いしますレイモンド、私に守護霊の呪文を教えて下さい」

 

「……わかりました」

 

 セリアの強い眼差しで見つめられ、レイモンドはそれを承諾する。

 

「それでは時間があればお教えします。しかし、守護霊の呪文はとても難しいです。すぐには覚えられませんよ?」

 

「わかっています。でも、リジーもアイビーもメグも、夢に向かって努力しているんです。私も負けられません!」

 

 セリアはやる気満々な様子で拳をぐっと握りしめた。

 それを見てレイモンドは優しく笑う。

 

「そうですか。ならば厳しくいきますが、よろしいですか?」

 

「どんと来いです!」

 

「泣いても手は抜きませんよ?」

 

「泣きません!」

 

 それからしばらく作業を行い、飾り付けは終了した。

 厨房ではまだ料理中のようで、とてもいい匂いが漂って来ている。

 

「それでは少し早いですが、お昼ご飯が済みましたら各所へクリスマスの挨拶に行きましょうか」

 

「わかりました」

 

 二人は昼食をとりに食堂へと向かった。

 

──────────

 

 ここはうねるような丘が複数続く山あいの小さな町。

 町のすぐ近くには大きな都市へ続く道があるが、この辺りには農業や畜産業を細々と行なっている家が多く、この町へわざわざ訪れるような酔狂な者はほとんどいない。

 しかしこの小さな町には、驚くほどに周囲から浮いている大きな屋敷が存在していた。

 屋敷の周りはぐるりと塀で囲まれていて、中の様子を伺うことはできない。

 また奇妙なことに、町に住む人々はこの屋敷に対し一切違和感を覚えていなかった。

 その不思議な屋敷の一室で、不釣り合いなほどに大きなベッドの上で丸くなって眠っている少女がいた。

 少女の頬にはふわふわとした赤毛がかかり、少女の寝息により揺れている。

 誰もが物音をたてるのを躊躇するほどに幸せそうに眠っている少女。

 しかし彼女のベッドへ近づく小さな影があった。

 小さな影の正体は、この屋敷に仕える屋敷しもべ妖精だ。

 屋敷しもべ妖精はふわりと浮かんでベッドに着地すると、柔らかいベッドに沈み込みそうな足を懸命に動かして少女の元へ向かう。

 そして少女のあどけない寝顔を見下ろし、申し訳なさそうな表情を浮かべた後に大きく息を吸うと、キーキーと甲高い声を上げた。

 

「お嬢様! お目覚めの時間でございます!」

 

 それは小さな体のどこから出ているかわからないくらいの大声だったが、少女は一瞬ぴくりと反応しただけで目を覚まさない。

 それから屋敷しもべ妖精は繰り返し同じ台詞を叫び続ける。

 するとようやく少女は布団の中でごそごそと動きだし、ゆっくりと上体を起こした。

 屋敷しもべ妖精は起き上がった少女にお辞儀をする。

 

「こほっ……おはようございます、メグお嬢様」

 

 起き上がった少女、メグはゆらゆらと体を揺らしながら眠そうな目をこすると、隣に立つ屋敷しもべ妖精の頭をぽんと撫でる。

 

「うん……おはよう、ネリー……。今何時?」

 

 メグが尋ねると、ネリーと呼ばれた屋敷しもべ妖精は撫でられ嬉しそうにしながらも、すぐさま答えた。

 

「まもなく十一時でございます、メグ様」

 

「そっか……お父さんは?」

 

「旦那様は朝早くお出かけになっておりましたが、間もなくお帰りになるそうです。メグ様と昼食をお召し上がりになりたいとおっしゃっていました」

 

「わかった……」

 

 メグはもぞもぞと這ってベッドから降りた。

 続いてネリーもふわりと浮かんでベッドから降り、指をパチンと鳴らした。

 するとメグの服が一瞬で変わり、今まで来ていたパジャマがネリーの手の中へ移動した。

 

「寝間着をお洗濯いたしましたら、すぐに昼食をご用意します。食堂でお待ちくださいませ」

 

「わかった。ありがとう、ネリー」

 

 メグがお礼を言うと、ネリーはぺこりとお辞儀をしてパチン、という音と共に去って行った。

 メグはまだ眠たそうな足取りで食堂を目指す。

 食堂の扉を開けると、そこにはすでに父親であるアーロンが座って新聞を読んでいた。

 

「やあ、おはようメグ」

 

「うん、おはようお父さん。出かけてたそうだけど、何かあったの?」

 

「今日はクリスマスだからね。ちょっと騒ぎすぎてしまった連中がいたので、それを抑える手伝いをしていたんだよ」

 

「そうなんだ。どんな騒ぎだったの?」

 

「ああ、ここからそう離れていない街だったんだけどね。連中何を思ったのか、クリスマスチキンを元気にしてね。街中をクリスマスチキンが走り回っていたんだよ」

 

「なにそれ? 変なの」

 

「それだけなら良かったんだが、連中はチキンにマグルを襲わせていてね。そのチキンがまたなかなかに凶暴で、さすがにまずいということで、私の元へ応援要請が来たということさ」

 

 アーロンが朝に起きていたおかしな事件について話していると、厨房からおいしそうな匂いが漂ってきた。

 そしてメグのお腹が鳴ると同時に扉が開き、昼食を乗せた台を押すネリーと、続いて一人の女性が入ってきた。

 女性はかなり小柄で、メグと同じ色の髪の毛は背中まで伸び、ふわふわとしていて柔らかそうだ。

 この女性はアーロンの妻でメグの母親のヘイリー・バークだ。

 

「お待たせいたしました、昼食でございます」

 

「ああ、ご苦労様」

 

「お腹空いた……」

 

 テーブルの横までカートを押してきたネリーは、ぺこりとお辞儀をする。

 それにアーロンが頷いて答えると、ネリーはテーブルの上に料理を並べていく。

 ヘイリーはメグの元まで向かうと、メグの頭を軽く小突いた。

 

「痛っ、何するのお母さん?」

 

「あんた、休みだからってだらけすぎよ。何時だと思ってんの?」

 

「一応午前中には起きてるし……」

 

「ネリーが起こさなきゃ一日中寝てるでしょうが。そんなので学校でやっていけてるの?」

 

「だ、大丈夫だよ。遅刻なんてしたことないもん」

 

「まったく、あんたを毎朝起こしてくれてるっていう子に申し訳ないよ」

 

 メグは小さくなりながら反論するが、ヘイリーの説教は止まらない。

 ネリーが昼食を並べて終えお辞儀をして退室すると、アーロンはまあまあ、と言いながらそれを制する。

 

「この子も久しぶりに帰ってきて、少し気が抜けているだけさ。それにこの子がどれだけ勉強熱心かは、君も知っているだろう? この子なら大丈夫さ」

 

「けどねえ……」

 

「ほら、昼食が冷めてしまうよ。こんなにおいしそうなのに、冷めてしまったらネリーにも申し訳ないだろう?」

 

「……それもそうね。ごめんなさい、二人とも」

 

「私もごめんなさい。ちゃんと起きれるよう頑張るよ」

 

 ヘイリーとメグが謝りあって、張り詰めていた空気が弛緩する。

 アーロンは穏やかな笑顔を浮かべると、グラスを持って少し掲げる。

 

「それでは頂こうか」

 

 それから三人は、ネリーによって完璧に仕上げられた昼食を堪能した。

 そして昼食が終わると、ナプキンで口元を拭ったアーロンがメグに言う。

 

「それでは少ししたら行こうか。準備はできているかい?」

 

「うん、あとは着替えるだけだよ」

 

「そうか。それならもう着替えてきなさい」

 

「わかった」

 

 メグは食堂を出ると足早に自分の部屋へ向かった。

 ヘイリーは食後の紅茶を一口飲むとため息をついた。

 

「まったく、自分の好きなことなら動きが早いんだから」

 

 今日はクリスマスで、魔法界全体がお祭り騒ぎになる。

 それは魔法省も例外ではなく、この日は最低限の職員を残しほとんどの部署が休日となるのだ。

 なので国際魔法協力部に勤めるヘイリーも、今日は屋敷にいた。

 アーロンはこの休日を利用し、メグを闇祓い本部の見学に誘ったのだ。

 もちろんメグは二つ返事で了承し、この日をとても楽しみにしていた。

 

「そうだね。好きなことに一直線な所は、君に似たんだと思うよ。少し周りが見えなくなってしまう所も含めてね」

 

「そんなことないわよ」

 

 アーロンが微笑みながら言うと、ヘイリーは口を尖らせてそっぽを向いた。

 ヘイリーはメグが退室してアーロンと二人きりになると、どこか不機嫌そうにしていた。

 するとアーロンはおもむろに手を伸ばし、ヘイリーの柔らかい髪の毛を撫でた。

 

「せっかく午前中に散歩でもしようかと言っていたのに、行けなくてすまなかった」

 

「別に、気にしてなんかないわ」

 

 ヘイリーはつっけんどんに返すが、アーロンの手を払わないでいた。

 アーロンは彼女の髪を撫で続ける。

 

「代わりと言ってはなんだが、本部に脅は……もといお願いをして、明日一日休日になったんだ」

 

「……私も、明日は休みよ」

 

「ああ、だからもし君が良ければ、明日デートしてくれないか? どうかな?」

 

 アーロンが顔を見ようとするがヘイリーは顔を逸らして逃れ、怒ったような口調で言う。

 

「別に、今日のことを許す訳じゃないけど。でもあなたがどうしてもって言うなら、付き合ってあげてもいいわよ?」

 

「ああ、どうしても頼むよ」

 

「そ、そう。それじゃあ明日は空けとくわ。あなたが頼むから、仕方なくよ?」

 

「分かっているよ。ありがとう、ヘイリー」

 

「そっ、それじゃあ私は部屋に戻るわ」

 

 早口で言ったヘイリーは顔を逸らしたまま立ち上がり、食堂をそそくさと出て行った。

 ちなみに廊下に出たヘイリーは、火照った自分の両頬に手をあて、にへらと笑っていた。

 食堂に残ったアーロンは紅茶を飲み干すと、一人楽しそうに笑う。

 

「まったく、かわいいなあヘイリーは」

 

 それからしばらくして、屋敷内の暖炉の前には着替えたメグとアーロン、それを見送るヘイリーとネリーがいた。

 

「メグ、準備はいいかい?」

 

「うん、早く行こうよお父さん」

 

 メグはそわそわと体を動かしており、見るからに落ち着きがない。

 

「わかったわかった。それじゃあヘイリー、ネリー、留守を頼むよ」

 

「ええ、行ってらっしゃい。メグ、ちゃんとお父さんの言うことを聞くのよ」

 

「わかってるよ」

 

「旦那様、メグ様、行ってらっしゃいませ。パーティーの用意をしてお待ちしております」

 

「ああ、そうそう。アイビーが料理を手伝ってくれるって言ってたわよ」

 

「本当? やった」

 

「それは楽しみだ。早く帰らないとな」

 

 アーロンが暖炉に煙突飛行粉(フルーパウダー)を撒き、エメラルド色の火が燃え上がる。

 

「それじゃあ行ってくるよ。メグ、しっかり後についてくるんだよ」

 

「うん」

 

 アーロンは火の中に入り行き先を告げる。

 

「魔法省」

 

──────────

 

 煙突飛行を終えたアーロンは暖炉から出る。

 出た先はとても長く広いアトリウムで、黒い木で作られた床と壁は見事に磨き上げられている。

 天井には絶え間なく変化し続ける記号があり、まるで大きな掲示板だ。

 そして左側の壁にはいくつもの金張りの暖炉が設置され、アーロンと同じように魔法使いや魔女が現れている。

 その反対の右側の暖炉では、数人が出発のために暖炉へ入っていっていた。

 アーロンが少し待つと暖炉の火が高く上がり、メグがやってきた。

 暖炉から出たメグは、魔法省のアトリウム内を見渡して感嘆の声を上げる。

 

「こっちだよ。ついて来なさい」

 

「あ、うん」

 

 メグはアーロンのついて行きながらも、周りをきょろきょろと見渡す。

 アトリウムの中ほどには噴水があり、魔法使い、魔女、ケンタウルス、小鬼、屋敷しもべ妖精の大きな黄金の像がいくつも立っていた。

 その噴水の底ではシックル銀貨やクヌート銅貨が光っている。

 どうやらこのお金は《聖マンゴ魔法疾患傷害病院》に寄付されるそうだ。

 二人は噴水の前を通り黄金のゲートへ向かって進む。

 

「こんなに広いんだね」

 

「普段はもっと人が多くてね。朝はまともに動けないこともあるくらいだよ」

 

「へえ。あそこで座っている人は何?」

 

「あの人は守衛だね。外来者などはあそこで用件を言って、杖を登録しないといけないんだよ。……なんだかぼんやりしているな……」

 

「私はしなくていいの?」

 

「ああ、私が付き添っているから大丈夫だよ」

 

 黄金のゲートの先は小さなホールになっており、そこには二十機以上のエレベーターが並んでいた。

 

「魔法省の中はエレベーターで移動するんだよ。ここも朝は大渋滞さ」

 

 二人が話しているとちょうどエレベーターがやってきた。

 降りてきたのは無精ひげを生やした魔法使い一人のみで、その魔法使いはアーロンを見ると片手を上げた。

 

「やあアーロン」

 

「やあエリック。今から守衛の仕事かい?」

 

「ああ、交代で今から終業までな。クリスマスだと言うのに、まったく……。君はどうしたんだ? 闇祓いはほぼ全員休みだと思ったが」

 

「娘が闇祓いを目指していてね。今日は人も少ないし、見学に来たんだよ」

 

「それはいい。その子か?」

 

「ああ。私の自慢の娘だよ」

 

 褒められて嬉しそうに少し頬を緩めたメグは、ぺこりとお辞儀をする。

 

「はじめまして、メーガン・バークです」

 

「へえ、君に似ずかわいらしい子じゃないか。ヘイリーに良く似ている」

 

「お母さんを知ってるんですか?」

 

「有名だよ。あの小さな体で、外国の魔法使い達と対等以上に渡り合っているからな。優秀だよ彼女は」

 

 母親であるヘイリーも褒められメグはにこにこと笑い、アーロンはそれを温かく笑って見下ろす。

 

「エリック、時間はいいのかい?」

 

「と、まずい、そろそろ行かないと。それではまたな、アーロン、メーガン」

 

「ああ、それでは」

 

「頑張ってください」

 

 守衛を見送った二人はエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターはがらがらと鎖を鳴らしながら上へ動きだす。

 すると五階で扉が開き落ち着いた女性の案内音声が響く中、紙飛行機が数機飛び込んできた。

 メグはエレベーターのランプの周りを飛び回る紙飛行機をしげしげと眺める。

 

「この階でお母さんは働いているんだよ」

 

「そうなんだ……。ねえお父さん、この紙飛行機は何?」

 

「ああ、これかい? 魔法省内の連絡メモだよ。昔はふくろうを使っていたそうだが、糞が問題でね。これに変わったんだよ」

 

「へえ……面白いね」

 

 その後二人は二階の魔法法執行部で降りた。

 ここは魔法省で一番大きな部署で、法律に関する、もしくは取り締まる部局が複数存在する。

 二人は窓がたくさん並んだ廊下に出た。

 廊下を進んでいると、メグは窓から空が見えることに気がついた。

 

「お父さん、地下なのに外が見えるよ」

 

「窓に魔法がかけられているんだよ。魔法ビル管理部が毎日天気を決めているんだ」

 

 しばらく廊下を進むと、先に大きな樫の両開き扉が現れた。

 

「あそこが闇祓い本部だよ」

 

「あそこが……」

 

 メグは緊張と期待が混ざった表情を浮かべる。

 扉を抜けるとそこはとても広い空間で、間仕切り壁で区切られた小部屋がいくつもあった。

 

「闇祓いには一人一人小部屋が与えられている。今日は人が少ないが、普段はもっと騒がしいんだよ。許可を貰ったので見るのはいいが、何も触ってはいけないよ」

 

「わあ、すごい……」

 

 メグは興奮したように本部の中を見渡す。

 小部屋の中は壁に手配書が貼ってあったり書類が山になっていたり、勝手に羽ペンが何かを書いていたりとなかなかに慌ただしい。

 本部には片手で数えられるほどの闇祓いしかおらず、アーロンはそれぞれに挨拶をしている。

 メグが興味深そうに小部屋を覗いていると、アーロンが彼女を呼んだ。

 

「何? お父さん……あれ?」

 

「げ、お前までなんでいるんだよ……」

 

 やってきたメグを嫌そうに顔をしかめて迎えたのは、現在ホグワーツで闇の魔術に対する防衛術を教えているデレク・クーパーだった。

 

「どうして先生がここに?」

 

「クリスマスの間は学校では特に仕事がないからね。休暇が終わるまで、ここで事務作業をさせているんだよ」

 

 クーパーは憮然とした表情を浮かべ書類に何かを書き込んでいる。

 机にはいくつもの書類の山があり、終わりがまったく見えない。

 

「お父さん、どうして先生にそんなに厳しいの?」

 

「ああ、それはね……」

 

「おい、お前には関係ないだろ」

 

 メグが不思議そうに聞くと、クーパーはそれを遮ろうとする。

 しかしアーロンは気にせず続けた。

 

「彼は優秀な闇祓いなのだが、少しやりすぎる傾向があってね。追跡中に何人も怪我をさせていたんだ。それが何度注意しても直らないので、丁度教師を探していたダンブルドアに相談したんだよ」

 

「それで先生をすることになったんだ……」

 

「……別に悪党なんだから、少しぐらい怪我させてもいいじゃないっすか」

 

 クーパーが不満げそうにそう言うと、アーロンは呆れたようにため息をつく。

 

「まったく、いつまでもそうだと闇祓いを除隊させられるぞ? 君はいい加減に程度というものを知りなさい」

 

「はあ……わかりましたよ」

 

「いっそのこと教師に転職したらどうだい? 授業も高学年の生徒には好評らしいじゃないか」

 

「嫌っすよめんどくさい。何が嬉しくてあんなガキどもの相手なんて。一年限りって条件、絶対忘れないでくださいよ?」

 

 クーパーが気分が悪そうに言うと、アーロンは苦笑しながら頷いた。

 

「わかったわかった。そうだ、スクリムジョールは今いるかい?」

 

「局長は今来客の相手してますよ」

 

「そうか、なら少し待っていないと」

 

「いや、大丈夫だと思いますよ? その来客ってそいつもよく知ってるやつなんで」

 

 クーパーは、すっかり蚊帳の外になり小部屋の散策を再開していたメグを指差す。

 

「私ですか?」

 

「おう。だから挨拶しに行ってこいよ」

 

「デレク。一つ聞くが、私達を追い出したいから適当なことを言ってるんじゃないだろうな?」

 

「んな訳ないっすよ。あとで叱られるのもめんどうですし」

 

「そうか。それでは私達は行くが、手を抜くんじゃないぞ? メグ、来なさい」

 

「うん。それじゃあ先生、失礼します」

 

「おう、さっさと行け痛っ!」

 

「それと、もう少し口の聞き方にも気をつけなさい」

 

「すいませんっした……」

 

 アーロンはクーパーにげんこつを落とすと歩き出した。

 小部屋の並びを抜けると、立派な扉が現れた。

 その扉の横には、「闇祓い局局長・ルーファス・スクリムジョール」と書かれた表札がかかっていた。

 

「あそこは闇祓いで一番偉い人の部屋だからね。行儀良くするんだよ」

 

「う、うん」

 

 二人が扉をノックしようと近づくが、その前に扉が開いた。

 そこから出てきた人物に驚きメグは声を上げる。

 

「セリア!」

 

「メグ!? なぜここにいるんですか?」

 

「お父さんに見学に連れてきてもらったんだよ。セリアは?」

 

「私はスクリムジョールさんに、クリスマスパーティーの招待状を届けに来たんです」

 

「そう言えば茶飲み友達だって言ってたっけ」

 

「もう! そうじゃないって言ったじゃないですか!」

 

「ごめん、冗談だよ。メリークリスマス、セリア」

 

「メリークリスマスです、メグ!」

 

 メグとセリアは手を取り合い、わいわいとはしゃぐ。

 それをセリアに付き添っていたレイモンドが微笑みながら眺め、そのレイモンドを驚愕の表情でアーロンが見る。

 

「レ、レイモンドさん……ほ、本物ですよね?」

 

「ああ、アーロン。随分と久しぶりだな」

 

「お久しぶりです。まさかあの人の娘さんの執事をしていたとは、思いもしませんでした。……闇祓いにお戻りにはならないのですか?」

 

「彼との最後の約束でね。この子を私は生涯守り続けると誓ったんだ。だからすまないが、戻ることはできない」

 

「なんだ、何の騒ぎだ?」

 

 少し騒ぎすぎたか、局長室から白髪混じりの黄褐色の髪をたてがみのように生やした魔法使いが出てきた。

 細縁眼鏡の奥で鋭く光る黄色がかった瞳とその身に纏う威圧感に、メグは驚き少し怯える。

 しかしセリアはその魔法使いを恐れることなく見上げる。

 

「す、すみません、スクリムジョールさん。偶然お友達に会い、つい大きな声を出してしまいました……」

 

 セリアが申し訳なさそうに言うと、魔法使い、ルーファス・スクリムジョールの威圧感は途端に消え、まるで孫を前にした祖父のような笑顔を向ける。

 

「そうかそうか、それなら仕方ないな。その子が友達か?」

 

「はい!」

 

「は、はじめまして、メーガン・バークと言います。今日は父に連れられ、闇祓い局の見学をさせていただいています」

 

「バークの子か。礼儀正しいお嬢さんだ。いい娘を持ったな、バーク」

 

「ありがとうございます、局長。お騒がせしてしまい、申し訳ありません」

 

 スクリムジョールがそう言うと、アーロンは軽くお辞儀をして返す。

 

「かまわん。今朝はクリスマスだというのに、出動してもらってすまなかったな。明日はゆっくり休むといい」

 

「ありがとうございます。ところで局長、レイモンドさんのことはご存知で……?」

 

「ああ、毎年こうして会っているからな。わざわざ言うことでもないので、周りには言っていなかったが」

 

「そ、そうでしたか……」

 

 スクリムジョールがあっさりと言うと、アーロンは動揺したままで答えた。

 そのやりとりをレイモンドは楽しそうに見ていた。

 

「バーク、アッカーソン、せっかくの機会だ。中で紅茶でもどうだ?」

 

「それでは私がお淹れしましょう」

 

「は、はい! よろこんで」

 

 不意にスクリムジョールが誘い、レイモンドはすぐさま応じアーロンは上ずった声で返す。

 

「ということだ。すまないがセリア、少しお友達と話していてくれるか?」

 

「はい! ありがとうございます、スクリムジョールさん!」

 

 セリアが微笑みながら言うと、スクリムジョールはセリアの頭を撫で局長室へと戻っていった。

 それにレイモンドとアーロンが続き、セリアとメグは二人残された。

 

「まさかお休み中に会えるなんて、思っていなかったです」

 

「うん、びっくりしたよ。セリア、招待状って毎年渡しに来ていたの?」

 

「ええ、お母さんは屋敷からなかなか出られませんでしたので、小さな頃からレイモンドと一緒に」

 

「そっか……でも、ふくろうを使わず毎年手渡しなんて、大変だね」

 

「この招待状は少し特別なんです。見てみますか?」

 

 セリアは手に持った鞄からカードを取り出してメグに渡す。

 受け取ったメグはそれをじっくりと眺め、魔法がかけられていることに気づいた。

 

「これって……?」

 

「この招待状は移動キー(ポートキー)なんですよ。時間が来ると、お客様を屋敷まで運んでくれるんです。屋敷は保護魔法がかけられていて、普通の方法では行くことができないんですよ」

 

「へえ、すごいなあ。……って、宛先魔法省大臣だ……」

 

「はい、招待状はファッジさんにお渡しする分で最後です。後はお屋敷に帰って、パーティーの準備をお手伝いするんです」

 

「私の屋敷もパーティーの準備中だよ。アイビーが料理を手伝ってくれてるんだ」

 

「アイビーのお料理ですか……ホグワーツでは食べる機会がありませんでしたね」

 

「リジーがすごかったからね。でもアイビーの料理も、すごくおいしいんだよ。正直お母さんの料理より好きだし」

 

「いいなあ……食べてみたいです」

 

「特にお菓子がおいしいよ。今度ホグワーツでも作ってもらおうか」

 

「うわあ、とても楽しみです! そういえばメグ、今日は見学をしに来ているんですよね?」

 

「うん。魔法省に来たのも初めてなんだけどね」

 

「それなら、一緒に見学してもいいですか? これまでお仕事で来ていましたので、あまり見て回る機会もなくて……」

 

「もちろんいいよ。行こう、セリア」

 

「はい!」

 

 それから二人は闇祓い本部を探索した。

 途中会った闇祓い達に任務の話や学校でどのような勉強をしていたかなど、闇祓いを目指す上でしておいた方がいいことをメグは真剣な表情で聞いていた。

 そうして約一時間後、局長室から三人が出てきた。

 

「レイモンド、お帰りなさい」

 

「お待たせしました、お嬢様」

 

「待たせて済まないな、セリア。退屈ではなかったか?」

 

「いえ、とても楽しかったですよ」

 

「そうかそうか」

 

 スクリムジョールは笑いながら、出迎えたセリアの頭を再び撫でる。

 

「バーク、私はそろそろ帰宅するので、他の闇祓い達にももう帰るよう伝えておいてくれ」

 

「わかりました」

 

「頼む。メーガン、十分見学できたか?」

 

「は、はい、とても充実した時間でした」

 

「それは良かった。聞くところによると、君はとても優秀だそうだな。これからも期待しているよ」

 

 スクリムジョールはメグの肩を軽く叩き、ローブを翻して大股に歩いて去って行った。

 それを見送ったレイモンドは時計を取り出し時間を確かめる。

 

「お嬢様、そろそろ大臣に招待状をお届けしませんと」

 

「分かりました。それではメグ、私はもう行きますね。バークさん、あまりお話できなくてすみません。失礼させていただきます」

 

「うん、また学校でね」

 

「これからも娘をよろしくお願いします」

 

「お父さん!」

 

「ふふ、こちらこそよろしくお願いします。それではまた」

 

 アーロンが笑いながら言うと、メグは怒ったように声を上げる。

 それにセリアは微笑んで答えると歩き出し、レイモンドも二人にお辞儀をしてセリアの後に続く。

 

「メグ、みんなに帰るよう言ってくるから、少し待っていなさい」

 

「わかった」

 

 他の闇祓いが全員部屋を去ったことを確認すると、アーロンとメグは闇祓い室を後にした。

 二人は再びエレベーターに乗りアトリウムを目指す。

 エレベーターを降り守衛に挨拶した後、噴水の横まで来るとメグが立ち止まった。

 

「お父さん、ちょっと待って」

 

 メグはそう言うとポケットを探り、数枚の銅貨と銀貨を取り出した。

 そして噴水に走り寄りそれを投げ入れた。

 

「メグが募金するなんて、珍しいね」

 

「将来きっとアイビーが働くだろうし、私もお世話になるかもしれないから、今からでも力になりたくて」

 

「ふむ、そういうことなら私も入れないとな」

 

 アーロンはそう言うと、ポケットからガリオン金貨を取り出して噴水に投げ入れた。

 

「よし。それじゃあ帰ろうか。パーティーの準備も手伝わないといけないしね」

 

「わかった。今日はありがとうお父さん。最高のクリスマスプレゼントだったよ」

 

「喜んでもらえて私も嬉しいよ。これからも頑張りなさい」

 

 アーロンに頭を撫でられ、メグは恥ずかしそうに頬を染めながらも微笑む。

 アーロンもそれを見て微笑み、しばらく撫でた後に暖炉へと向かう。

 そして二人は暖炉に入りエメラルド色の火と共に魔法省から去って行った。

 



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第25話 一年目のクリスマス休暇・三

投稿がかなり遅れてしまい、本当に申し訳ありません。
用事や試験が重なってしまい小説を書く時間があまり取れず、気がつけば三ヶ月近くも空いてしまいました。
これからはこんなに期間を空けずに投稿したいと思います。


 山あいの小さな町にある大きな屋敷。

 その屋敷をぐるりと囲んでいる塀から少し離れて、一軒の家が建っている。

 屋敷の隣に建つ二階建てのその家は、何の変哲のない普通の家に見える。

 しかし、その家の住人は普通ではない。

 その家の中でキッチンに立ち、忙しなく動き回っている少女。

 腰まで流れるさらりとした金髪を一つにまとめ、エプロンを着けて料理をしているこの少女、アイビーは新米魔女だ。

 

「うん、おいしい」

 

 アイビーはスープを少し味見をして、にこりと笑いながら頷く。

 すると突如二階から大きな音が聞こえ、アイビーは驚いて頭上を見上げる。

 少ししてどたばたと足音が響き、二階から一人の男性がネクタイを締めながら駆け下りてきた。

 

「ど、どうしたの父さん? そんなに慌てて」

 

「お、おはようアイビー! いや、昼前には大学に行かないといけないのに、寝坊してしまったんだ! このままじゃ遅刻だよ!」

 

 驚いたアイビーが聞くと、アイビーの父親、ジャクソン・ベケットが切羽詰まったように答える。

 彼はこの町から少し離れた都市にある大学で教授を務めている。

 クリスマスである今日に加え明日は祝日で世間は休日なのだが、大学で少し問題があったようでジャクソンは昨日に続き出勤しなければいけなかった。

 まもなく時計は十時を回ろうとしており、都市までは車で一時間以上はかかるので、あまり余裕はないだろう。

 アイビーは洗面所へ駆け込んだジャクソンに尋ねる。

 

「父さん、朝ご飯食べる時間はある?」

 

「ないね!」

 

「分かったわ。サンドイッチを作るから、持って行って食べてね」

 

「ありがとう、アイビー!」

 

 アイビーが手早く作ったサンドイッチを包むと、洗面所からジャクソンが戻ってきた。

 

「父さん、スープだけでも飲んで行って。お腹が空いたままで運転すると、事故しちゃうわよ」

 

「でも時間が……」

 

「いいから、ほら!」

 

 アイビーはジャクソンの背中をぐいぐいと押して椅子に座らせる。

 娘の気迫に負けたジャクソンは渋々スプーンを手に取り、時計を気にしながらスープを口に運んだ。

 そして口に入れた瞬間目を見開くと、ものすごい勢いでスープを飲み始めた。

 瞬く間にスープを平らげたジャクソンは、満足気に息を吐いた。

 

「いやあ……すごくおいしかったよ、アイビー。料理の腕上がったね」

 

「すっごく料理が得意な友達がいてね。なんだかやる気になっちゃったの。サンドイッチも楽しみにしててね」

 

「もうすぐにでもお嫁さんになれるなあ……娘はやらんぞ! って言う練習をしておかないと」

 

「何を言ってるのよ。ほら、遅刻しちゃうよ」

 

「うわあ! い、行ってくる!」

 

 ジャクソンは慌てて家を出ると、車に飛び込んでエンジンを吹かす。

 

「気をつけて! 今夜はメグのお家でパーティーだから、遅れないでね!」

 

「わかってるよー!」

 

 走り去るジャクソンを見送ったアイビーが家に戻ると、一人の少年がキッチンに立ち紅茶を淹れていた。

 アイビーは少年に気がつくと声をかける。

 

「あ、起きたのねケビン。おはよう」

 

「おはよう。そりゃあれだけ騒いでたら起きるよ」

 

「それもそうね。母さんは?」

 

「まだ寝てるよ」

 

「まったく、母さんったら……」

 

 アイビーの弟、ケビン・ベケットは紅茶を手に椅子に座る。

 

「ねえ、私が学校に行ってる間もあんな感じだったの?」

 

「まあね……本当、姉さんがホグワーツに行ってから大変だったよ。父さん何回遅刻しかけたことか……」

 

「あはは……お疲れ様。すぐ朝ご飯用意するから待っててね」

 

 アイビーが聞くとケビンはため息を吐きながら答えた。

 アイビーは疲れた様子のケビンを労うと、再び朝食の準備を再開した。

 そして数分後朝食が完成する。

 ケビンはテーブルに並んだトーストに目玉焼き、ベーコン、ソーセージ、焼きトマトとサラダを前にして感嘆の声を上げる。

 

「ああ、久しぶりにちゃんとした朝ご飯を食べられる……。この所ほとんどトースト一枚とかだったんだよ」

 

「だからあんなに作ってあったジャムが全部なくなってたのね……。本当にお疲れ様。学校に戻る前にまた作っておくね」

 

「ありがとう姉さん」

 

 朝食を終えた二人は並んで食器を洗う。

 

「姉さん、この後はどうするの?」

 

「お買い物に行くわ。昨夜は冷蔵庫の中を見て、本当に驚いたんだから」

 

 昨夜帰宅したアイビーは早速夕食を作ろうとしたのだが、冷蔵庫にはほとんど食材が残っておらず仕方なく外食したのだった。

 残っていた数少ない食材は朝食で使い切ってしまったので、現在冷蔵庫は空っぽだ。

 

「僕も行こうか?」

 

「ううん、大丈夫よ。もし荷物が多くても、お店の人に配達を頼むから。ケビンはお勉強頑張ってね」

 

「そっか。他に手伝えることはない?」

 

「そうねえ……。母さんを起こしてくれると助かるんだけど」

 

「無理だね」

 

「そうよね」

 

 二人はそろって天井を見上げてため息を吐く。

 その後ケビンは自室に戻り、アイビーは準備を整え家を出た。

 向かう先は多くの店が立ち並ぶ通りだ。

 アイビーは買い物鞄を手に、まずどの店に向かおうか思案しながら歩く。

 

「あらアイビー、おはよう。朝から買い物?」

 

 すると、前方から歩いてきた小柄な女性がアイビーに声をかけてきた。

 女性に気づいたアイビーは立ち止まる。

 

「あ、おはようございます、ヘイリーおばさん。はい、もう家に食べ物が残ってなくて……」

 

 声をかけてきたこの小柄な女性は、メグの母親であるヘイリー・バークだ。

 ヘイリーはアイビーの言葉を聞いて目を丸くする。

 

「家に食べ物が残ってないって……マーサはどうしてるの?」

 

「あはは……多分まだ寝てます」

 

「まったく、あの子は昔と変わらないわね」

 

 ヘイリーは怒ったような顔でため息を吐く。

 アイビーは苦笑いしながら話していたが、ふとヘイリーがどこか不機嫌であることに気づいた。

 

「おばさん、何かあったんですか?」

 

「えっ? どうして?」

 

「えっと、なんだか嫌なことがあったような顔をしている気がして……。勘違いでした?」

 

「あー……。ねえアイビー、聞いてくれる?」

 

「はい、私で良ければ」

 

 二人は並んで歩き出す。

 通りへと歩いていると、多くの町民、特におじいさん達が親しげにアイビーに声をかけてきた。

 アイビーはその一つ一つに笑顔で答える。

 

「アイビーは人気者ねえ。学校でも男の子達が放っておかないんじゃない?」

 

「近くにセリアっていう美人すぎる子がいるから、全然ですよ……」

 

「レイブンクローの子ね。いつか会ってみたいわ」

 

「それでおばさん、何があったんですか?」

 

「ああ……」

 

 ヘイリーは少し口ごもると話し始めた。

 

「今日はクリスマスでしょう?」

 

「はい、そうですね」

 

「それで、私もアーロンもお休みだったのよ。だからお散歩でもしようって約束したの」

 

「わあ……素敵ですね!」

 

 アイビーはきらきらと目を輝かせるが、ヘイリーが沈んだ表情になったことに気づいた。

 

「えっと、どうなったんですか?」

 

「今朝急な事件があったみたいで、アーロンに応援要請が来たの。そのせいで出かけられなくなって……。仕事だししょうがないってわかっているんだけど、一緒に出かけるなんて本当に久しぶりだったから、その……」

 

「うわあ……」

 

 ヘイリーは俯き加減にぽつりぽつりと話す。

 普段は小柄ながらもてきぱきと行動する、アイビーが理想とする大人の女性であるヘイリーだが、今は恋に悩む年頃の少女にしか見えない。

 その姿が現在片思い中のメグと重なり、アイビーは親友の母親を思い切り抱きしめたい衝動に駆られた。

 

「アイビー? どうしたの?」

 

「な、なんでもありません」

 

 ヘイリーに不思議そうに声をかけられ、アイビーは湧き上がる衝動を必死に押しとどめて答える。

 

「おばさん、その事件が解決してからお出かけはできないんですか?」

 

「今日はこの後、メグを闇祓い本部に連れて行く予定なのよ。それに私もパーティーの準備があるし」

 

「ああ、そう言えばメグ、すごく楽しみにしてましたね……。それじゃあ明日は?」

 

「私は休みなんだけど、アーロンは仕事なのよ。だから今日しか無かったのに……」

 

 ヘイリーは再び沈んだ表情になった。

 それを聞いたアイビーはどうしたものかと思案する。

 そしてしばらく無言の時間が過ぎ、アイビーが口を開いた。

 

「おばさん、明日おじさんとデートしましょう」

 

「でも明日は仕事が……」

 

「そんなの関係ないです。お休みなのに仕事に行ったおじさんが悪いんですから」

 

「だ、だけど、アーロンを困らせたくないわ」

 

「困らせちゃえばいいんですよ! かわいい奥さんに困らされて、嫌な旦那はいませんから!」

 

 どんどん熱くなっていくアイビーに押されヘイリーは後ずさりし、道の横に立つ塀まで追い込まれた。

 アイビーはヘイリーに覆い被さるように塀に手をつく。

 ヘイリーが小さく悲鳴をあげるが、アイビーには聞こえない。

 

「いいですかおばさん、おじさんにこう言うんですよ! お仕事と私、どっちが大事なのって!」

 

 アイビーの勢いに押され、思わずヘイリーは首をこくこくと縦に振る。

 それを見て満足気に頷いたアイビーは、軽く涙目になっているヘイリーにようやく気がついた。

 

「わあ! す、すみませんおばさん! 私ったら一人で盛り上がっちゃって!」

 

「いえ、いいのよ……」

 

 慌てるアイビーの前でヘイリーは胸に手をあて息を整える。

 

「ふう……アイビーの言う通りね。せっかくの休みなのに、仕事に行った彼が悪いのよ」

 

「えっと、私が言うのもなんですけど、本当に大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫大丈夫、たまにはわがままを言っても許されるはずだわ。うん」

 

 ヘイリーは自分に言い聞かせるように何度も頷く。

 アイビーは少しそれを不安そうに見ていたが、ヘイリーが歩きだしたので慌てて後に続く。

 

「アイビー、相談に乗ってくれたお礼に何でも買ってあげるわ」

 

「え!? そんな、悪いですよ!」

 

「いいからいいから」

 

 それから二人は共に買い物をした。

 ヘイリーは宣言通りにすべての代金を払おうとしたのだが、アイビーはそれをどうにか止めた。

 しかしそれでは納得できないヘイリーは、ジャムの材料にと大量の果物を購入しアイビーに押し付けた。

 

「あの、ありがとうございます、おばさん」

 

「いいのよ。本当は全部払いたかったんだから。でも、ジャムが完成したら少し分けてね?」

 

「はい!」

 

 購入した大量の食材はヘイリーが魔法で運んだので、アイビーは配送を頼むことなく帰宅することができた。

 

「おばさん、果物だけじゃなく荷物まで運んでもらって、ありがとうございます」

 

「気にしないでいいわ。ねえ、マーサまだ寝てるんだったら、叩き起こしてパーティーには絶対に遅れないよう言っておいてくれる?」

 

「あはは、わかりました。言っておきます。そうだ! おばさん、パーティーのお料理お手伝いしてもいいですか?」

 

「え? ええ、もちろん構わないけど、どうして?」

 

「お友達にお料理がすごく上手な子がいて、その子に追いつくためにも練習したいんですよ。だからお願いします」

 

「そういうことね。ぜひ来てちょうだい。メグもきっと喜ぶわ」

 

「ありがとうございます! それじゃあ、また後でお家に行きますね」

 

「ええ、それじゃあまた後でね」

 

 ヘイリーと別れた後、アイビーは購入した食材を片付けて二階へ向かう。

 そしてある部屋の扉の前まで行くと、ノックもせずに扉を開けると部屋に入って行った。

 カーテンが引かれ薄暗い部屋の中、ベッドの上に布団を被っている影がある。

 アイビーは勢いよくカーテンを開けて布団に手をかけると、思いきり布団を引きはがした。

 

「痛っ」

 

 すると引きはがされた布団から人影が落ちてきた。

 アイビーは腰に手を当て、その人影に怒鳴りつける。

 

「母さん! いつまで寝てるのよ! 早く起きなさい!」

 

「んー? ああ、朝ね……。おはよ」

 

 ベッドに転がっている人影はぼんやりと言った。

 その正体はアイビーの母親、マーサ・ベケットだ。

 マーサは緩慢な動きで身を起こすと、ベッドの上に海のように広がっている豊かな金髪を蓄えた頭をがりがりとかき、布団から這うようにして出てきた。

 立ち上がったマーサは背が高く、アイビーの頭は彼女の胸より少し低い。

 

「おはようじゃないわよ。もうお昼よ? 何時まで起きてたの?」

 

「うーん……空が明るくなってたのは覚えてるわ」

 

「夜更かしじゃなくて徹夜じゃない! もう! 早く着替えてよ!」

 

「はいはい」

 

 マーサは面倒くさそうに答えると、服を脱ぎ捨て下着姿になった。

 下着姿でタンスをごそごそと漁る母親を見て、アイビーは顔を真っ赤に染めながら叫ぶ。

 

「ちょっと! いきなり脱がないでっていつも言ってるでしょ!?」

 

「下着は着けてるわ」

 

「だから……! もう! 早く降りてきてよ!」

 

「行っちゃった……」

 

 アイビーは真っ赤な顔のままそう言うと、部屋を飛び出して行った。

 マーサはそれを見送った後不思議そうに頭をかき、下着も外してタンス漁りを再開した。

 

 




短くて申し訳ありません。
それでは良いお年を。


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第26話 一年目のクリスマス休暇・四

 昼食後アイビーは自室にいたマーサに声をかけた。

 

「それじゃあ私はメグのお家に行ってくるから、遅れずに来てね」

 

「うん」

 

 マーサは机の上の四角い機械をじっと見つめ、何やらボタンのような物がたくさん並んだ板をいじりながら答える。

 

「母さん、前から思ってたんだけど、その機械は何なの?」

 

「ん、これ? パソコンだけど」

 

「ああ、なんだか聞いたことあるかも」

 

 その機械の正体はパーソナルコンピューター、通称パソコンと呼ばれるもの。

 ほとんどが企業などで使われ個人の普及はまだあまり多くないのだが、魔女であるマーサは数年前からパソコンを購入していたのだ。

 

「それで、その機械で何ができるの?」

 

「うーん……」

 

 マーサはパソコンをいじる手を止めコーヒーを一口飲む。

 

「きっと、何でもできると思うわ」

 

「はあ? どういうこと?」

 

 マーサの答えを聞いたアイビーは意味が分からないという顔で首を傾げる。

 

「これはすごい機械なの。私の予想ではあと十年後には、マグルの世界はコンピューター中心になるわ。もうなりつつあるけどね。そして二十年もすれば、マグルの一人一人が小型化したコンピューターを持つ時代もくる」

 

 マーサは一度言葉を切り、再びコーヒーを一口飲む。

 

「手作業を効率化するための機械の進化。蒸気機関の発明やその材料の石炭の利用によって生まれた、交通の拡大、生産技術とエネルギーの革新。もちろん電気も。魔法を持たないマグルは、知恵と技術によって繁栄してきた。それに比べて魔法界は、古い思想がこびりついて停滞して、ほとんど腐ってる。マグルの技術はもうすでに魔法みたいなものなのに、その成長はまだまだ途上。ねえ、本当に優れているのはどっちの世界なのかな?」

 

 独り言を呟くように言っていたマーサは、ようやく全くついて行けていないアイビーに気がついた。

 

「え、えっと、つまり……魔法界よりもマグルの世界を知るほうが楽しいから、勉強してるの」

 

 おろおろとマーサがそう言うと、アイビーは腕組みをしながら難しい顔を浮かべた。

 

「うーん、なんだかよく分からない話だったけど、母さんは未来を見てるってこと?」

 

「そうそう、そういうこと」

 

「なるほどね。でも……」

 

「でも?」

 

 首を傾げるマーサをアイビーはびしっと指差して厳しく言う。

 

「母さんは未来を見る前に、まず現在を見ること!」

 

「わっ!」

 

 驚いたマーサは竦みあがるが、アイビーはなおも続ける。

 

「父さんとケビンに負担かけ過ぎ! 家事くらいしなさい!」

 

「で、でも……」

 

「でもじゃない!」

 

「私、家事苦手だし……」

 

「やらないと上達しないわよ!」

 

「うぅ……」

 

 マーサは頭を抱えて椅子の上で小さくなって呻く。

 そんな情けない母親の姿を見て、アイビーはため息を吐いた。

 

「はあ……学校へ戻る前にお料理の作り方をまとめておくから、せめてご飯くらいは作ってあげてよ。分かった?」

 

「分かったわ……」

 

「母さんもただでさえ不規則な生活してるんだから、ちゃんと栄養摂るのよ? あとちゃんと寝なさい」

 

「うん……ごめんなさい、アイビー」

 

「分かればいいのよ。それじゃあ行ってくるね」

 

「いってらっしゃい」

 

 アイビーはマーサの部屋を後にして自室に戻った。

 そして手早く準備を済ませると、家を出てメグの屋敷へと向かう。

 屋敷に到着したアイビーが門に付いている取っ手をこんこんと鳴らすと、門は一人でにするすると開いた。

 それに驚くことなくアイビーは門をくぐる。

 

「いらっしゃいませ、アイビー様」

 

 すると、どこからともなく屋敷しもべ妖精が現れ、アイビーに深々とお辞儀をした。

 

「こんにちは、ネリー。パーティーのお料理のお手伝いに来たわ」

 

「承知してございます。ネリーがご案内いたします」

 

 アイビーはネリーの後に続き、手入れの行き届いた庭を抜け屋敷へ入る。

 屋敷へ入るとまず客間へ案内され、そこに荷物を置いて厨房へと向かった。

 広々とした厨房では、ネリーとは別の屋敷しもべ妖精が二人とヘイリーがすでに料理を始めていた。

 

「おばさん、こんにちは」

 

「ああ、いらっしゃいアイビー!」

 

 アイビーが声をかけると、満面の笑顔を浮かべたヘイリーが振り返った。

 

「あれ? おばさん、なんだか機嫌良いですね?」

 

「ふふ、そうなのよ。アーロンが明日休みになったから、一緒に出かけるの」

 

「わあ! 良かったですね!」

 

「アイビーに相談して良かったわ! お礼に今日は、いっぱいお料理を教えてあげるわね!」

 

「はい! よろしくお願します!」

 

 それから二人は、厨房にいた屋敷しもべ妖精が驚くほどに猛烈な勢いで料理を仕上げていった。

 そして全てのパーティーの準備が終わり少し休憩していると、ネリーの声が響いた。

 

「ご主人様とお嬢様がお帰りになりました!」

 

 ヘイリーとアイビーが暖炉の元へ向かうと、ちょうどメグが暖炉から出てくるところだった。

 

「お帰りなさい、メグ」

 

「あ、アイビーだ。ただいま」

 

「お帰り。どう? 勉強になった?」

 

「ただいまお母さん。うん、すごく楽しかったよ」

 

 三人が話していると、暖炉の火がエメラルド色に変わりアーロンが出てきた。

 

「やあ、ただいまみんな。パーティーには間に合ったかな?」

 

「ええ、大丈夫よ。アイビーも手伝ってくれたから、とても豪華になったわよ」

 

「それは楽しみだ。アイビー、ありがとう」

 

「いえ、私もとても楽しかったです! メグ、ケーキも焼いたから、楽しみにしててね」

 

「やった。お父さん、早く行こう」

 

「分かっているよ。ネリー、父さんと母さんを迎えに行ってくれるかい? 町の集会所にいると思うから」

 

「お任せください」

 

「頼んだよ」

 

 アーロンに言われ、ネリーはお辞儀をするとパチン、という音を残して去って行った。

 

「よし、それじゃあみんな、クリスマスパーティーを始めるとしよう」

 

「おー!」

 

 アーロンの掛け声に全員が声を上げ、食堂へと向かう。

 

「そうだ。アイビー、闇祓い本部でセリアに会ったよ」

 

「えっ、なんで!? ねえ、詳しく聞かせて!」

 

「食べながら話すよ。とにかくケーキを食べないと……」

 

 その後遅れずにベケット家も屋敷にやってきて、両家揃って賑やかなパーティーを楽しんだ。

 話の中心はほとんどがメグとアイビーの学校生活で、二人は話しながらもセリアやリジー達と過ごす楽しいホグワーツに早く戻りたいなと思うのだった。

 

──────────

 

 レイブンクロー家の敷地内には、屋敷の他にもいくつか建物がある。

 その一つである屋敷と隣接した大きな建物は、かなりの賑わいを見せていた。

 この建物はパーティーホールで、現在クリスマスパーティーが催されている。

 その賑わいの中、セリアは人気の少ない場所にあった椅子に座り、小さく息を吐いた。

 パーティーが始まってから今まで、ひっきりなしに招待客が挨拶をしにきていたので、朝から動いていたセリアはかなりくたびれていたのだ。

 

「お嬢様、お疲れ様です。飲み物をどうぞ」

 

「ありがとうございます、レイモンド」

 

 グラスを受け取ったセリアは、こくこくとのどを鳴らしながら飲み干した。

 

「ふう……。レイモンドもお疲れ様です」

 

「いえ、会場の方はルン一人で十分対応できますし、料理も問題ありませんので、まったく疲れていませんよ」

 

「それなら良かったです」

 

 セリアとレイモンドが話していると、新しくパーティーホールに二人やってきた。

 その二人は会場を見渡してセリアを見つけると、まっすぐとセリアの元へやって来た。

 

「やあセリア、遅くなってすまないね。毎年のことながら、すばらしい飾りつけだ」

 

「遅くなってすまない、セリア。少し準備に手間取っていたのだ」

 

「ファッジさん! スクリムジョールさん! メリークリスマスです!」

 

 ファッジとスクリムジョールに声をかけられ、セリアは嬉しそうに微笑みながら返した。

 

「ああ、メリークリスマス」

 

「メリークリスマス」

 

 レイモンドはどこからともなく椅子を取り出した。

 

「大臣、スクリムジョールさん、椅子をどうぞ」

 

「ああ、ありがとう」

 

「ありがとう、アッカーソン」

 

 二人が椅子に座ると、再びレイモンドがどこからともなく飲み物を取り出し机に並べた。

 

「お二人ともお忙しい中毎年来てくださり、ありがとうございます」

 

 セリアがそう言うと、ファッジは照れくさそうに笑った。

 

「いやあ、私が毎年来たくて来ているだけだよ」

 

「うむ、その通り。そうだセリア、今年も持ってきたぞ」

 

 そう言うとスクリムジョールは、空中から巨大な箱を取り出し机に置いた。

 その箱を開けると、中には大きくて見事なクリスマスケーキが入っていた。

 

「このケーキを準備するのに、時間がかかってしまったのだ。今までで最高の出来だぞ」

 

「うわあ……! すごいです! レイモンド、早く切り分けてください!」

 

「はいはい、少し待っててくださいね」

 

 セリアは目をきらきらと輝かせながら、レイモンドの服を引っ張り催促する。

 レイモンドが苦笑いしながら杖を取り出して振ると、ケーキが三人分切り分けられ、いつの間にか現れていた皿の上に乗った。

 そしてもう一度杖を振ってティーセットを取り出し、紅茶を淹れ三人の前に並べた。

 

「やあ、これはすごいな……。ルーファス、引退したらケーキ屋にでもなればどうだ?」

 

「誰がなるものか。というよりも、なぜ貴方まで食べているのだ? 私はセリアのために作ってきたんだ」

 

 ファッジの前に置かれたケーキを見て、スクリムジョールは不満げにそう言った。

 

「まあいいじゃないか。それより見てみろ、セリアの幸せそうな顔を」

 

「何っ?」

 

 ファッジの言葉を聞いて、スクリムジョールは慌ててセリアの方を振り返る。

 そこでは、セリアがにこにこと微笑みながらケーキを頬張っていた。

 それを見たスクリムジョールは、柔らかい表情を浮かべてセリアに尋ねた。

 

「どうだ? 美味いか、セリア?」

 

「はい! スクリムジョールさんが作ってくださるケーキは、いつもとても美味しくて大好きです!」

 

「そうかそうか」

 

 セリアの答えを聞いて、スクリムジョールは顔をほころばせながら頷く。

 そしてファッジの顔を見ると、勝ち誇ったような表情を浮かべた。

 

「どうやら私のプレゼントは、セリアをとても喜ばせたようだ……。さて、貴方は何を持ってきたのかな?」

 

 スクムジョールが言う。

 その挑発を受けたファッジは、腕を組んでにやりと笑った。

 

「見事だよ、ルーファス。このケーキは、店で買うならガリオン金貨が必要なほど、素晴らしい出来だ。だが君は、セリアのことをまだ知らないらしい」

 

「……ほう? 私がセリアを理解していない、だと? そう言うのならば、貴方は私のケーキを越えるプレゼントを用意しているのだろうな? え?」

 

「ふふふ……その通りだ」

 

「あの、お二人とも、喧嘩はなさらないでください……」

 

 セリアが心配そうに、ファッジとスクリムジョールを交互に見るが、二人は火花を散らしたまま睨み合う。

 

「さあ、見るがいい! これが私の用意したプレゼントだあ!」

 

 ファッジはカッと目を見開くと、懐から大きな包みを取り出し、高々と掲げた。

 形から見ると、どうやら本が何十冊も包まれているようだ。

 

「本だと? 何か貴重な品か?」

 

「どうだろうな? さあセリア、開けてみなさい」

 

「は、はい……」

 

 包みを受け取ったセリアは、おそるおそる広げていく。

 そしてその本の表紙を見ると、椅子から飛び上がる勢いで立ち上がり、きらきらと目を輝かせた。

 

「こ、これは……! まさか……!」

 

 その尋常ではない様子に、スクリムジョールは狼狽して思わず立ち上がり、ファッジを問いただす。

 

「い、いったい、何を持ってきたのだ!?」

 

「ふふふ……君は知らないだろうなあ」

 

「何なのだ!」

 

 ファッジは得意げな表情で、自分を睨みつけるスクリムジョールを見上げる。

 

「セリアはな……漫画が大好きなのだ!」

 

「漫画……だと……!?」

 

「そして今渡したのは、ただの漫画ではない。彼女が漫画に夢中になるきっかけとなった、マグルの世界の作品だ! 私は自分の権限を最大限に使い、今発売されている全巻を手に入れ、英語に翻訳したのだ! 君のケーキは勿論すばらしい。だが! 食べれば無くなるケーキと、いつまでも残る漫画。どちらが優れているかは、セリアの反応を見れば明らかだろう!」

 

「ぐっ、くぅ……! こんなはずでは……!」

 

「くくく、はっはっは! どうだ、私の勝ちだ! ルーファスぅ!」

 

「おのれっ! ファッジいぃ!」

 

 スクリムジョールは崩れ落ち、固く握った拳を床に何度も打ち付ける。

 スクリジョールを見下ろし、ファッジは延々と高笑いをする。

 そしてセリアは、きらきらと顔中を輝かせながら、漫画を高々と掲げてくるくると回る。

 そんな混沌とした空間を、一歩引いた位置から見ていたレイモンドは、無表情で呟いた。

 

「……何なんだ? これは?」

 



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第27話 一年目のクリスマス休暇・五

毎度毎度、投稿が遅くて申し訳ありません。
今回は少しだけ長めです。


 クリスマスの翌日、ここはとある森の奥にある二階建ての家。

 その家のリビングで、リジーはロルフの腕をぐいぐいと引っ張っていた。

 

「兄ちゃん、早く早く!」

 

「分かってるから、引っ張るんじゃねーよ」

 

 今から出かける様子の二人だが、その服装はいつもと異なりローブや帽子ではなく、上下ともにマグルが着ている物だ。

 

「だって早く行きたいんだもん。楽しみ過ぎて早起きしちゃったよ」

 

「普段から馬鹿みたいに早起きだろ、お前は。俺は眠くて死にそうだぞ」

 

 ロルフの目は半分以上閉じており、体もふらふらと前後に揺れていた。

 しかしリジーはお構い無しにロルフを引っ張る。

 

「あーもう、分かったから。腕掴め」

 

「うん!」

 

 リジーがロルフの腕を掴むと、パチンという音と共に二人の姿が消えた。

 二人が姿あらわししたのは、ロンドンの人気のない道。

 誰にも見られていないことを確認し、二人は歩き出す。

 程なくしてたどり着いたのは、古くからある動物園だった。

 ロルフがマグルのお金を使って入場券を購入し、二人は入り口をくぐり抜けた。

 

「うわあ……」

 

 リジーは入り口でマグルの職員から受け取った園内の地図を見て、目を輝かせる。

 

「ほら、早く行くぞ」

 

「うん!」

 

 ロルフに言われ、リジーは元気に歩き始める。

 古い動物園だが、園内の建物はマグルの有名な建築家が建てたらしく、中々見事な物だった。

 二人はしばらく動物園を満喫し、昼頃になるとリジーが用意したサンドイッチを食べた。

 

「どうだ、リズ? 面白かったか?」

 

「うん! すっごく楽しかったよ!」

 

 ロルフが聞くと、リジーは満面の笑みでそう答える。

 

「そりゃ良かった」

 

 そう適当に答えるロルフだが、彼も動物園を楽しんだようで、珍しく年相応な笑顔で動物達を見ていた。

 最後のサンドイッチを飲み込むと、ロルフは時間を確認した。

 

「そろそろいい時間だな。そんじゃあ、今日の本命に行くか?」

 

「うん!」

 

 二人が向かった先には、ペンギンが飼育されている建物があった。

 複雑な形をした建物をペンギンが歩く姿はかわいらしく、その姿を見たリジーは思わず立ち止まってしまったが、ロルフに急かさせ再び歩き出す。

 ペンギンの施設を通り過ぎると、小さな用具入れのような建物があった。

 

「ここ?」

 

「ああ。ほら、入るぞ」

 

「あ、うん」

 

 ロルフは用具入れの扉を勝手に開けると、さっさと入って行った。

 リジーも慌ててロルフに続き、用具入れに入る。

 建物の中は二人入るだけで少し狭く、棚が一つあるだけだった。

 その棚にはオランウータンのぬいぐるみが座っていた。

 リジーがきょろきょろと室内を見渡すのをよそに、ロルフはそのぬいぐるみに近づき話しかける。

 

「施設の見学を予約していた、研究員のロルフ・スキャマンダーと妹のリズだ」

 

 ロルフが言い終わると、ぬいぐるみは顔を上げてロルフとリジーの顔をじっと見つめ、こくんと頷いた。

 

「リズ、少し揺れるぞ」

 

「う、うん」

 

 リジーがロルフの腕を掴むと、がたんと建物が揺れ、床が少しずつ下がっていった。

 あっという間に地面よりも低く下がり、二人の視界は真っ暗になった。

 床に揺られしばらくすると徐々に足元が明るくなり、広い空間に出た。

 二人は眩しくて一瞬目を閉じたが、すぐに明るさに慣れ目を開いた。

 

 

「うわあ……!」

 

「ここが魔法省魔法生物規制管理部動物課、魔法生物の生態研究ならびに飼育部門特別施設だ。バカみたい長いから、動物園って呼ばれてるけどな。いろんな所飛び回ってるけど、一応俺もここの所属なんだよ」

 

 二人が出た先には、驚くほどに広大な地下空間が広がっていた。

 その広さは地上の動物園とほぼ同じくらいだったが、歩いている人間はほとんどが研究員らしき魔法使いばかりだ。

 その研究員に案内されてごく少数の客がいた。

 施設内には檻や牧場が無数にあり、すでに多くの魔法生物の姿が見える。

 この施設は魔法生物の研究が最大の目的だが、一般の見学も受け入れている。

 見学は完全予約制で一日の受け入れ数も少なく、値段もそれなりのものになる。

 ロルフはクリスマスプレゼントとして、この日のために数ヶ月前から施設見学を予約していたのだ。

 リジーは地上の動物園に入ったときの数倍目を輝かせ、ロルフの服をちぎれるほどの力で引っ張る。

 

「すっごいよ! 早く見に行こう!」

 

「待て待て、まず事務所に行くぞ。母さんが待ってるぞ」

 

「うん!」

 

 二人は広い敷地内の建物へ向かう。

 この施設において建物は一つしかなく、ここに勤める全ての魔法使い達が集まっている。

 その建物の事務室に向かった二人は、施設の責任者兼主任研究員である母親に迎えられた。

 

「二人ともよく来たわね! 特にリズは初めてだものね。どう? すごいでしょう?」

 

「うん! ずっと来たかったから、本当に嬉しいよ!」

 

「ロルフにお礼言いなさいよ? この子リズが入学するからって、ずっと前から計画してたんだから」

 

「や、やめろよ母さん」

 

「ありがと兄ちゃん!」

 

「ぐふっ! だから、やめろって言ってるだろうが……!」

 

 飛び込んできたリジーの頭が鳩尾に突き刺さり、さらにぐりぐりと押し付けられてロルフは悶絶する。

 その様子を微笑みながら見ていた母親だったが、手を叩いて二人に注目するよう促した。

 

「ほら、仲がいいのはわかったから、こっち見なさい。ごめんねリズ、時間もあまり無いの。ついて来て」

 

 母親に言われ、二人は続いて彼女の研究室へと入った。

 広い室内は研究で使うと思われる道具や、数々の本や資料でとてつもなく散らかっている。

 研究室の惨状にリジーは半目になって母親を見上げる。

 

「ママ、ちゃんと掃除しなよ」

 

「確かにこれはひどいな」

 

「いや、その、しようとは思ってるのよ? でもこれはこれで、いい感じの配置になってるって言うか……」

 

 子供達に睨まれ彼女はしばし慌てていたが、一つ咳払いをして真面目な表情になった。

 

「こほん。リズ、ロルフ、一日遅れだけど、今からクリスマスプレゼントをあげます。けど、ただのプレゼントじゃないのよ」

 

「どういうこと?」

 

「まあまあ。それじゃあ付いて来なさい」

 

 母親は二人を研究室と繋がっている個室へ誘う。

 二人が続いて個室に入ると、母親は机の上に置いてある小さな籠を指差した。

 

「二人とも、あれが何か分かる?」

 

 籠の中にはふわふわとしたクッションが敷かれており、そこにとても小さな、小指の先に乗るほどの卵が置かれていた。

 それを見たリジーは首を傾げていたが、ロルフは難しい顔で卵を見つめて呟く。

 

「母さん、もしかしてこれ……?」

 

「さすがねロルフ。考えてる通りよ」

 

「まじかー……」

 

 母親が頷くと、ロルフは信じられないという表情を浮かべた。

 二人に置いていかれたような気分になり、リジーは不満気に叫ぶ。

 

「もー! 二人ともなんなのさー!」

 

「ごめんごめん。これはね、スニジェットの卵なのよ」

 

 母親は笑いながら言う。

 スニジェットは個体数が激減している、金色の小さくて真ん丸の鳥だ。

 それを聞いてリジーも驚きの表情になる。

 

「えっ本当に!? 卵なんて初めて聞いたよ!」

 

「私も、というよりも多分史上初でしょうね。保護区でも見つかったことはないそうだし。密猟者が逮捕されてスニジェットを保護したんだけれど、その個体は本当に残念なことに助からなくて……。保護して一週間くらいでね」

 

「そんな……」

 

「よし、そいつ殺そうぜ」

 

「私も殺したかったけど、アズカバンで終身刑になったわ。それで保護していた場所を掃除しようとしたら、卵が三つ見つかったのよ。二つは見つけたときに死んでしまっていたけれど、一つだけ生きていた。それがこの卵よ。すごく貴重だから二人に見せてあげようって、お父さんと決めたのよ。孵化して元気になったら、スニジェット保護区に送る予定よ」

 

 母親の言葉を聞きながら、二人は再びしげしげと卵を見つめる。

 その様子に母親は自慢気に聞く。

 

「どう? すごいでしょう?」

 

「うん、すっごい。本当にすっごいんだけど……」

 

 リジーは研究室と同じく散らかっている室内を見渡し、深くため息を吐いた。

 

「部屋が汚すぎて、集中できないよ。ママ、さすがに酷いよこれ」

 

「あ、あー……。そ、そうだ、ロルフ。休暇明けのお仕事について話があるから、ちょっとついて来てくれない?」

 

「え、やだよ。もっと見ておきたい」

 

「いいから! ついて来なさい!」

 

「あーもう、めんどくせーなあ」

 

 リジーが言うと、母親はロルフを押して部屋から出て行ってしまった。

 リジーは再びため息を吐き、卵の上にそっと手をかざした。

 卵の周囲はほのかに温かく、温度が一定に保たれるような魔法がかけられているようだ。

 さらに一定の間隔でクッションの表面が動き、卵の位置や向きを変えていた。

 鳥は卵を温める際に、卵を回転させて中身が偏らないようにする転卵という行動をしており、それを再現しているのだ。

 

「ちっちゃいなあ。スニジェットの雛なんて聞いたことないけど、元気に育ってくれるといいな……。それにしても散らかり過ぎだよ。そうだ、掃除でもしようかな」

 

 リジーは卵から目を離し、掃除道具を探し始める。

 

(全然見つからない……。もしかして掃除道具、置いてない? 信じられない……ん?)

 

 どこからか音が聞こえたような気がして、リジーは手を止め辺りを見渡す。

 しかし何も聞こえない。

 

(気のせいかな?)

 

 リジーは掃除道具探しを再開しようとしたが、またしても小さな音が、先程よりもはっきりと聞こえた。

 

「なんだろう?」

 

 リジーがきょろきょろと見渡す間にも、こんこんという音はかすかに聞こえ、音が鳴る間隔も徐々に短くなってきた。

 

「こ、怖いんだけど……。あ、そうだ! もしかして……!」

 

 何かに気づいたリジーが慌てて籠を覗き込むと、卵が僅かに震えており、そこから音が響いていた。

 

「うわわ、どうしよう! ママ達を呼ばないと……!」

 

 リジーがおろおろとしていると、ぱし、と今までとは違った音が鳴り、卵に小さなひびが入った。

 ひびは少しずつ広がっていき、やがて小さな小さな嘴が見えた。

 リジーが我を忘れて見つめる中、一度音が止んだ後に一際大きな音が鳴り、ついにスニジェットの雛の顔が見えた。

 雛はさらに卵を割り、金色の体をぐいぐいとねじりながら卵の外へ出た。

 そして体をぷるぷると振って羽を伸ばし、リジーを見上げて小さく鳴いた。

 

「うわぁ……すっごく綺麗……輝いてるよ……」

 

 リジーがその特徴的な赤い目と見つめ合っていると、不意に雛がふわりと飛び上がり室内を猛烈な速度で飛行し始めた。

 

「わあ! 待って待って! 待ってよー!」

 

 リジーは飛び回る雛をどたばたと追いかける。

 雛ながらもスニジェットは素早く、なかなか捕まえられなかったが、徐々にその速度が遅くなってきた。

 どうやらまだ雛であるためか疲れたようだ。

 そして一瞬の隙を突き、リジーは両手で包み込むようにして雛を捕獲した。

 

「捕まえた! 良かったー……って、両手で掴んじゃったけど、大丈夫!?」

 

 リジーは捕獲して安心したのもそこそこに慌てて手の中の雛を見たが雛に怪我はなく、それどころかどこか満足気に小さく鳴いていた。

 そこでようやくリジーが安心していると、扉が開き怪訝そうな表情を浮かべた母親とロルフが入って来た。

 

「すごい音が聞こえてたけれど、どうしたの……って何これ! 部屋がぐちゃぐちゃに……わあー! スニジェットが孵ってる!」

 

「おいおい、まじかよ……!」

 

「あ……」

 

 二人がそれぞれ仰天している中、雛は我関せずといった様子で相変わらず嬉しそうに鳴いていた。

 

──────────

 

「なるほどねえ……。これからどうしようかしら……」

 

 リジーに事情を聞いた母親はそう呟いて、雛を見つめながら考え込む。

 雛はリジーが説明している間は室内を飛んだりリジーの元へ戻ったりを繰り返していたが、現在はリジーの手の中で丸い体に頭を埋めるようにして眠っていた。

 ちなみにロルフは説明中、ずっと雛を観察していた。

 

「ねえ、どうしてこの子はこんなにおとなしいのな? スニジェットって警戒心が強いんだよね?」

 

 リジーは眠る雛をそっと撫でるが、雛は全く起きる様子もなく安心しきっていた。

 リジーの問いに雛を見ながらロルフが答えた。

 

「それは多分、刷り込みだな」

 

「でも最初は逃げたよ?」

 

 ロルフの答えにリジーが首を傾げると、ロルフは腕を組んで続けた。

 

「スニジェットの雛は生まれた瞬間から飛べるみたいだし、最初に逃げた雛を捕まえた動物を親と思うのかもしれない。まあスニジェットの生態なんて謎だらけだから、仮説でしかないけどなー」

 

「へー……」

 

 言い終えると、ロルフは雛の観察を再開した。

 リジーも再び雛を撫で始めると、考え込んでいた母親がようやく顔を上げた。

 

「よし。リズ、その雛育てなさい」

 

「ええ!」

 

「はあ!? 何言ってんだよ!」

 

 母親の爆弾発言に二人は驚きの声を上げ、雛は目を覚まして小さく鳴いた。

 しかし母親は二人を手で制すると、雛を見つめて話しだした。

 

「確かにスニジェットの生態は謎に包まれていて、どうなるかわからないわ。でもさっきのロルフの説に私は賛成だし、もうそうなら雛はリズを親だと思ってるわ。……だとしたら、生まれて間もない雛から親を離すのは愚行よ。もしスニジェットの保護区に戻しても、その雛は死んでしまうかもしれない。……動物は一度人間と接したら、野生への復帰は困難になる。二人ともわかってるでしょう?」

 

 母親の言葉を聞いてロルフは黙り、リジーは手の中の雛を見下ろす。

 片方の手のひらの半分もない雛は、リジーと目を合わせると首を傾げて、小さく鳴きながらリジーの指に体をこすりつけた。

 リジーはその小さな雛を撫でると、意を決したように顔を上げた。

 

「うん、わかった。私、この子を育てるよ!」

 

「よく言った! 偉いわよリズ!」

 

 母親はリジーの頭をくしゃくしゃと撫でながら褒める。

 しかしロルフは難しい表情で母親に尋ねた。

 

「でも大丈夫か? そんなこと母さんの一存で決めて?」

 

「この施設の最高責任者の私に、不可能はないわ! 魔法生物規制管理部にも誰にも、文句なんて言わせないわよ」

 

「うわー、これが権力ってやつかよ。やだなー」

 

 首を振りながらロルフはそう言うが、その口元は笑いを堪えていた。

 リジーは雛を顔の前まで持ち上げ笑いかける。

 

「よろしくね!」

 

 雛はそれに答えるように、今までで一番大きな鳴き声をあげた。

 

──────────

 

 その後母親が関係者に連絡を入れ急遽会議が開かれ、そこで母親はリジーへ雛を預けることを提案。

 もちろん最初は否定意見が多かったが、ロルフの説を上げながらの母親の説明で、最終的に定期的に報告をすること、もし死亡させたら全責任を母親が取るという条件のもとにリジーが雛を育てることが認められた。

 その会議があまりにも長く続いたため、二人の帰宅は翌日の夕方になった。

 もっとも、二人は施設の見学を満喫していたので、全く退屈をすることはなかった。

 

「すっごい施設だったね! 色んな動物と会えて楽しかったよ!」

 

「俺もゆっくりと見たのは始めてだったから、すげー楽しかったよ」

 

 地上の動物園を出た二人は、姿あらわしした道へ到着した。

 昨日と違う点は、リジーの手に小さな籠があることだ。

 一切の衝撃、振動を通さない、温度調整もできるその籠の中では、スニジェットの雛が眠っている。

 

「リズ、そいつの名前はどうするんだ?」

 

「えへへ、もう決めてるんだー。帰ったら言うよ」

 

「そうかい。それじゃ腕掴め」

 

 パチン、という音と共に二人の姿が消え去った。

 

──────────

 

 年が明けて数日後、ホグワーツへ戻る日が来た。

 特急が出る一時間以上前に、リジーとロルフはキングズ・クロス駅にいた。

 

「兄ちゃん、よくこんなに早起きできたね?」

 

 リジーが尋ねる。

 リジーは平気そうだがロルフはとてつもなく眠たそうな顔をして、足元もふらついていた。

 

「あー……お前に言っときたいことがあってなー……セリアのことなんだけど……」

 

「セリアのこと?」

 

 リジーが訝しげに言うと、ロルフは顔を振って眠気を払い話し始めた。

 

「おっさんから聞いた話だ。お前に話していいか昨日聞いたら、いいって言われてな」

 

 リジーがロルフの話を聞いておよそ十分後、ヘイリーと共にメグとアイビーがやってきた。

 アーロンは忙しく見送りにこれず、ヘイリーも挨拶もそこそこに仕事へ向かった。

 

「久しぶりねリジー!」

 

「元気だった?」

 

「うん、元気だったよー。そうだ、私の新しいペットを見せてあげるね」

 

「どれどれ……わあ、小さい鳥ね! かわいい!」

 

「かわいい……なんていう鳥なの?」

 

「スニジェットだよー」

 

「嘘!?」

 

 三人がわいわいと話してる横で、ロルフは柱に寄りかかって眠っていた。

 それから数分後に、レイモンドとセリアがやってきた。

 

「みなさん、お久しぶりです!」

 

 三人の姿を見て、セリアは輝くような笑顔で駆け寄る。

 

「私が最後だったんですね……待たせてしまい、すみません」

 

「あはは、全然待ってないわよ。久しぶり! セリア!」

 

「クリスマスぶり、セリア」

 

 アイビーとメグが挨拶を返す中、リジーはセリアを引き寄せてぎゅっと抱きしめた。

 

「リジー、どうかしたんですか?」

 

「んーん、なんでもないよー。久しぶりセリア。会いたかったよ!」

 

「私も会いたかったです!」

 

 二人は抱きしめあい、周囲はそれを微笑ましそうに眺める。

 

「みなさん、お久しぶりです。それにしても、ご友人を待たせてしまうとは……お嬢様、いけませんよ」

 

「え? で、でも、レイモンドが忘れ物をしたって……」

 

「人のせいにしてはいけません。お嬢様、お詫びにコンパートメントを確保してきてください」

 

「ええ! そんな!」

 

「ほら、泣いていないで早く!」

 

「泣いてませんよ! もう!」

 

 レイモンドに急かされセリアは頬を膨らませながら特急へ向かい、それをリジーも追いかける。

 

「セリアー、私も手伝うよ! あと新しいペット見せてあげるー」

 

「新しいペットですか? 見たいです!」

 

「スニジェットなんだけど」

 

「ええ!? スニジェットですか!?」

 

 二人が特急へ入っていくと、レイモンドはメグとアイビーの方へ振り向いた。

 

「さて、厄介払いできました。アイビー様、メグ様、お嬢様について、お二人にお伝えしておきたいことがあります」

 

「セリアのこと、ですか?」

 

 アイビーが聞き返すと、レイモンドは頷いて話し始める。

 

「みなさんはお嬢様の昔の話を聞いたのですね?」

 

「はい」

 

「それについて、少し付け加えたいことがあるのです。お嬢様はどのように話していましたか?」

 

「えっと、お父さんが亡くなってからお母さんが家の仕事をしていて、少しずつお母さんの体調が悪くなって、そしてその……」

 

「お母さんも亡くなって、すごく落ち込んだけれどいろんな人に助けられて、自分は幸せで、私達と友達になってくれてありがとう、と言ってくれました」

 

「私達も同じ気持ちです! ねえメグ?」

 

「うん、もちろん」

 

 二人の言葉を聞き、レイモンドは嬉しそうに微笑んだ。

 

「お嬢様に素晴らしい友人ができて、嬉しく思います」

 

「その、付け加えたいことって……?」

 

「はい……お嬢様は、とても泣き虫なのですよ」

 

 レイモンドが言うと、変な沈黙が広がった。

 

「え、えっと……そうなんですか?」

 

 アイビーが動揺しながらそう返すと、レイモンドは真面目な顔で続けた。

 

「ええ、泣き虫だったのですよ……お母様が亡くなるまでは」

 

「え……」

 

「昔からよく泣く子でしたよ。そしてお母様や屋敷しもべ妖精に、いつも慰められていました。そしてお母様が亡くなられ、お嬢様は部屋に篭りきり、数日ずっと泣いていました。食事も通らないほどに」

 

 レイモンドは悲しげな目で話し続ける。

 

「さすがに心配になり、様子を見ようかと相談していると、お嬢様は部屋から出てきたのです。そしてこう言いました。もう大丈夫です。私はレイブンクローの当主です。まだまだ未熟ですが、力を貸してください、と。私達は喜びましたよ。お嬢様が立ち直ってくれたと。もう安心なんだと……。それは間違いでした」

 

「すぐに気がつきましたよ。どれだけ仕事が忙しくなっても、どれだけ勉強が難しくなっても、転んでも、苦手な物を食べても、怖い話を読んでも、驚かせても、あの子は泣かなくなりました。以前ならば、確実に泣いていたのに」

 

「それからあの子は今日に至るまで、私達に一度も涙を見せたことがありません。私達はみんな、あの子が悲しみを押さえ込んでいるのだろうと、ずっと心配してきました。しかし何もできずにいた……。学校へ入学するときも、不安だったのですよ」

 

「しかし、あの子には素晴らしい友人ができました。この休暇で屋敷に帰ってきたあの子は、以前のあの子に近づいていたのです。入学する前が暗かった訳ではありませんが、比べ物にならないほど明るく、元気に……。それを見た私達が、どれほど嬉しかったことか」

 

「長々と話してしまい、申し訳ありません。リジー様には、彼から伝えてもらいました。……みなさん、お嬢様のことを、どうかよろしくお願いします」

 

 レイモンドは、いつの間にか目を覚ましていたロルフへ頭を下げた。

 そしてアイビーとメグに向かっても頭を下げる。

 アイビーとメグは目に涙を浮かべながら、強く答える。

 

「はい、もちろんです! 私達が支えます!」

 

「ええ、いっぱい笑って、いつか一緒に泣いて、あの子とずっと一緒にいます!」

 

 二人の強い決意を聞き、レイモンドは安心したように頷いた。

 それを黙って見ていたロルフは、ふと気になったことをレイモンドに尋ねる。

 

「なあおっさん、セリアをよくいじめてるのは、我慢せずに泣いてもらいたいからか?」

 

「いや? それは私が楽しいからやっているだけだよ」

 

「そうかよ……」

 

──────────

 

 私はセリアと手を繋いで空いてるコンパートメントを探しながら、さっきの兄ちゃんの話を思い出す。

 悲しくても泣けないって、どんな気分なんだろう……きっと苦しいよね。

 別にセリアを泣かせたい訳じゃないけど、ずっとため込んで苦しいくらいなら、泣いて欲しいと思う。

 ……私には、ずっと一緒にいることしかできないだろうなあ。

 けど、一緒に笑って、怒って、哀しんで、……それで、いつか一緒に泣けるといいな。

 

「リジー! コンパートメントを見つけましたよ!」

 

「やったね! それじゃみんなを呼びに行こっか!」

 

「はい!」

 

 ああ、でも、このかわいい子の泣く顔なんて、やっぱり見たくないなあ。

 笑顔が一番だよね、うん。

 見るとしても、嬉し涙でいいや。

 コンパートメントを確保した私達は特急をでて、みんなの所へ向かう。

 レイモンドさんの話も終わってるよね。

 まあでも、これからもみんなで楽しく学校生活をしていけばいいんだよ。

 いつも通りいつも通り。

 みんなと合流して特急に乗り込んで荷物を載せ終わると、少しして汽笛が鳴って特急が動き始めた。

 よーし、久しぶりのホグワーツ、みんなで楽しむぞ! 

 




ロルフとリジーの両親は名前が判明していないので、悩みましたが設定しないことにしました。(多分ほとんど出番ないでしょうし)
スニジェットの設定はほとんどオリジナルです。
私の文章力の拙さのせいで、クリスマス休暇にこんなに話数をかけてしまい申し訳ありません。
ここからは少し駆け足で原作に入れるよう努力いたしますので、応援していただければ嬉しいです。


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第28話 城に戻るまでが休暇/セリアの誕生日

新型コロナウイルス、怖いですね。
みなさんも体調にはお気をつけ下さい。


 クリスマス休暇が終わりホグワーツへと向かう特急の中で、セリア達は楽しく話しながら過ごしていた。

 話題は休暇中にあった出来事が中心だ。

 

「そういう訳で、この子を飼うことになったんだー。責任重大だよ」

 

 リジーが雛を撫でながら言う。

 現在雛は籠から出てリジーの手のひらに乗り、少し警戒するように他の三人をじっと見つめていた。

 

「そんなことがあったんですね……。応援してます、リジー」

 

「ありがとーセリア」

 

「報告ってどれくらいの頻度でしないといけないの?」

 

「それが毎日なんだよねー」

 

「毎日!? 大変ねぇ……」

 

 話しながらリジーの隣に座るセリアがそっと雛に指を差し出すが、雛は後ずさって逃げセリアは悲しげにしゅんとなった。

 

「ねえリジー、この子にもう名前はつけたの?」

 

「うん。ミコって言うんだ」

 

 リジーが言うと雛改めミコが名前に反応し、リジーを見上げて鳴き声を上げた。

 

「ミコ! かわいい名前ね!」

 

「うん、ミコって名前、すごく合ってると思うよ」

 

「よろしくお願いします、ミコ」

 

 三人が口々に名前を呼ぶと、先程まで警戒していたミコが少し興味が出てきたように三人を見渡した。

 

「多分少ししたら慣れると思うよ。それで、みんなはどんな休暇だったの?」

 

 リジーが三人へ尋ねる。

 それに最初に答えたのはアイビーだった。

 

「私はちょっと大変だったのよ。帰ったらお家に食べ物がぜんぜん無くて……。家中なんだか汚れてたしね」

 

「えっ? どうして?」

 

 アイビーの言葉にセリアとリジーは驚くが、アイビーの家族を知っているメグはうんうんと頷いていた。

 

「私の家族ね、すごく家事が苦手なのよ。父さんと弟は頑張ってくれてるんだけど……。母さんは引きこもりだし……」

 

「大変だねー。私も家に帰ってすぐ、掃除に洗濯だったよ」

 

「二人とも、本当にすごいですね。私はまた、レイモンド達に任せきりでした……」

 

「アイビーの家の家事は、アイビーに依存してたからね。予想通りだったよ。頑張ったねアイビー」

 

 休暇だというのに忙しかった日々を思い出しアイビーは落ち込み、メグはそんな彼女を撫でながら労う。

 

「ありがとメグ。料理の作り方も書いておいたし、母さんちゃんと作ってくれたらいいんだけど……」

 

 アイビーは物憂げに呟き、頭を振って気を取り直すようにセリアに尋ねた。

 

「そう言えば聞いたんだけど、セリア、魔法省でメグに会ったのよね?」

 

「えっ!? そうなの?」

 

「はい、びっくりしました」

 

「闇祓い本部の見学のときにね。私も驚いたよ」

 

 その時のことを思い出しセリアとメグが笑い合っていると、その様子をリジーが羨ましげな顔で見ていた。

 

「いいなー……私だけ誰とも会ってないや」

 

 そう言っていじけるリジーにセリアはおろおろと慌てる。

 

「あ、あの、えっと……」

 

「えへへ、冗談だよセリア。驚かせてごめんね?」

 

 リジーが笑顔になってそう言うと、セリアはほっと安堵の表情を浮かべた。

 ふとメグが思い出したように言う。

 

「そうだ。セリア、レイブンクローの屋敷のパーティーはどうだったの?」

 

「あっ! それ私も気になるわ!」

 

「どんな人が来てたの?」

 

「えっと、そうですね……」

 

 興味津々な三人に聞かれたセリアが何人かの名前を挙げていくが、それは大抵の魔法使いが聞いたことのある人物ばかりだった。

 

「うわあ、やっぱりすごいわね……」

 

 その招待客達の名前に三人は少し圧倒されるが、当のセリアは楽しげにパーティーでの出来事を話していた。

 

「それでですね、スクリムジョールさんがまた、美味しいケーキを焼いてきてくださったんです。今までで一番美味しかったなあ……」

 

「あの人、ケーキ焼くんだ……」

 

 闇祓い本部で出会ったあの威圧的な風貌でケーキを作る姿が想像できず、メグは微妙な表情で呟く。

 

「あと、その……実は私、漫画を読むのが好きで。ファッジさんは、私の好きな外国の漫画を持ってきてくださったんです。恥ずかしながら、嬉し過ぎてちょっと変な行動をとってしまいました……」

 

「あー、そう言えば、時々こっそり読んでたねー」

 

「し、知っていたんですか?」

 

「ええ、だってセリア隠し事苦手だし」

 

「仕事の書類に紛れて何冊か届いて、読み終わったらこそこそとふくろうで返してたよね」

 

「は、恥ずかしい……!」

 

 自分の秘密の楽しみが周知の事実だったと判明し、セリアは真っ赤な顔を両手で覆いながら俯いてしまった。

 リジーは笑いながらセリアの頭を撫でて励まし、アイビーとメグは生温かい目でセリアを見ていた。

 

「別に恥ずかしいことないよ。今度おすすめの漫画貸してね」

 

「はい……」

 

 それからは何事もなく穏やかな時間が流れた。

 昼を過ぎた頃にお菓子が満載のカートを押した魔女が現れ、四人は思い思いのお菓子を購入した。

 四人がお菓子パーティーをしていると、コンパートメントの扉がこんこんと叩かれ、チャーリー・ウィーズリーが現れた。

 

「あ、チャーリーだ」

 

「こんにちは、チャーリーさん」

 

「こんにちは」

 

「こ! こんにちは!」

 

「やあ四人とも。他のコンパートメントに向かう途中に君達を見かけてね。ちょっと挨拶に来たよ」

 

「そうなんだ。じゃあすぐ行くの?」

 

「うん。ちょっと寄っただけだから」

 

「もっとお話したかったんですが……残念ですね」

 

「あ、あの! 残り二試合も、頑張って下さい!」

 

「アイビー、その内一試合はハッフルパフとの試合だよ?」

 

「あ、そうだった! えっと……」

 

 メグに指摘され、アイビーは口ごもる。

 それを見てチャーリーは朗らかに笑いながら言う。

 

「うん、頑張るよ。ハッフルパフの新しいシーカーはかなり手強そうだし、対戦が楽しみだ」

 

 シーカーであるセドリックが褒められて、メグはにこりと微笑んで頷いた。

 

「それじゃあ僕は行くよ」

 

「あ、そうだ。チャーリー、ちょっと待って」

 

 コンパートメントを出ようとするチャーリーを呼び止め、リジーは腰のポーチの中を探り小さな包みを取り出した。

 

「なんだい?」

 

「これ、兄ちゃんからだよ。忘れる所だったよ、危ない危ない」

 

 包みを受け取ったチャーリーは、怪訝そうな顔で包みを開け中を見た。

 そして大きく目を見開いた。

 

「ねえねえ、何が入ってたの? 兄ちゃん教えてくれなかったんだよね」

 

「あー、うん。これだよ」

 

 包みの中には、白い尖った何かと大きな鱗が数枚入っていた。

 白い物も鱗もとても頑丈そうで、どこか神秘的な雰囲気をまとっていた。

 

「これ何?」

 

「えっと、ドラゴンの牙のかけらと鱗、でしょうか?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「初めてみた……」

 

「強力な魔法薬の材料になるのよね。欲しいわ……」

 

「でもなんで兄ちゃんはこれを送ったのかなー?」

 

 ドラゴンの牙と鱗を見下ろしていたチャーリーは少し考え、口元に笑みを浮かべた。

 

「さすがロルフだなあ。適当そうで、その実周りをよく見ている……」

 

 チャーリーはぽつりと呟くと、牙と鱗を懐に入れた。

 

「ありがとうリジー。また僕からロルフにもお礼を言うよ。それじゃあ」

 

「あ、うん。ばいばい」

 

 チャーリーはセリア達に手を振ると、コンパートメントから去っていった。

 セリア達は少し不思議そうに首を傾げていたが、気を取り直してお菓子パーティーを再開した。

 そして日が暮れて、ついにホグワーツ特急が停車した。

 四人ははやる気持ちを抑えつつも待ちきれない様子で特急を降り、早足でセストラルが引く馬車へと向かって行くのだった。

 

──────────

 

 クィディッチチームの仲間達への挨拶を終えたチャーリーは、何か考え込みながら兄弟達が待つコンパートメントを目指して特急内を歩いていた。

 すると前方から、背が高く漆黒の長髪を揺らした美しい女生徒がやってきた。

 その女生徒はチャーリーに気がつくと立ち止まった。

 

「こんにちはウィーズリー」

 

「ん? ああ、やあマレット」

 

 声をかけられようやく気がついた様子のチャーリーを、ジェニファーは小首を傾げながら見つめる。

 

「考え事かしら? 余所見をしていると怪我をするわよ」

 

「分かっているよ」

 

「残りの試合、怪我をしたから負けたなんて言い訳、されたくないのよ。気をつけることね」

 

「心配ありがとう。でも大丈夫さ。最後には僕らが勝つから」

 

 二人は睨み合う。

 そのただならぬ雰囲気に、周りのコンパートメントから注目が集まる。

 周囲の視線に嫌そうな表情を浮かべたジェニファーは、チャーリーから目を逸らした。

 

「それじゃあね」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 去って行こうとするジェニファーをチャーリーが呼び止めた。

 ジェニファーが振り返ると、チャーリーは決意をした顔で言った。

 

「やりたい事、決まったよ」

 

「……そう。良かったわね」

 

 チャーリーの言葉を聞いたジェニファーは、驚いて少し目を見開いた後にそう言った。

 

「それじゃあまた」

 

「ええ」

 

 ジェニファーは歩き去って行くチャーリーの背中をしばし見つめ、目を閉じてどこか寂しげに呟く。

 

「さようなら、ウィーズリー」

 

 それから少し歩いて、チャーリーは兄弟が待つコンパートメントに到着した。

 コンパートメントの中では、双子の弟がもう一人の弟の眼鏡を奪って遊んでいた。

 眼鏡を奪われた兄弟の中でも特に生真面目な弟は、双子を怒鳴りながら追いかけている。

 その様子を見てチャーリーは思わず笑ってしまう。

 そしてコンパートメントの扉を勢いよく開いて中に飛び込み、チャーリーは大きな声で宣言した。

 

「みんな! 僕はドラゴンの研究をするぞ!」

 

──────────

 

 クリスマス休暇が明け学校が再開し、早くも一ヶ月程が過ぎた。

 そして二月二日、セリアの誕生日がやってきた。

 セリアのベッドの横には、方々から送られてきたセリアへのプレゼントで、小山が複数できている。

 運良く休日だったので、前日夜遅くまで読書をしていたセリアはすやすやと幸せそうに眠っていた。

 そんな彼女に不審な三つの影が忍び寄る。

 影達はセリアのベッドを取り囲むと、それぞれ何やら怪しい筒を取り出した。

 その筒には紐がついており、三人はその紐を掴むと目配せし合う。

 そして頷くと、三人は同時にその紐を引っ張った。

 すると、まるで大砲を撃ったかのような轟音が鳴り響き、寝室内を真っ白な煙が包んだ。

 その煙が少しずつ薄くなっていき、だんだんとセリアの姿が見えてくる。

 そしてやがて煙が完全に晴れると、影達、リジーとアイビーとメグが、声を合わせて高らかに言った。

 

「誕生日おめでとう! セリア!」

 

 三人はセリアの反応を待つが、セリアは横になったまま身を起こさない。

 それを不思議に思った三人がセリアのベッドを覗き込む。

 そこには恐怖の表情を浮かべながら気絶するセリアの姿があった。

 

「わー!? セリアー!?」

 

 三人は驚いて叫び声を上げた。

 三人はそれぞれセリアを揺さぶったり、蘇生魔法をかけたり、何か良い魔法薬が無いかと教科書をめくりだしたりと、大慌てでセリアを目覚めさせようとする。

 それからしばらくして、ようやくセリアは意識を取り戻した。

 しかし当然ながら、目を覚ましたセリアは怒り心頭な様子だった。

 

「もう! もう! 三人ともひどいです! 死んでしまうかと思ったんですからね!」

 

「ごめんねー、セリアー」

 

「ごめん、ちょっとふざけ過ぎたね……」

 

「ごめんなさい、セリア……」

 

 ぷりぷりと怒るセリアに三人は必死に謝るが、セリアの怒りは鎮まらない。

 ついにはそっぽを向いてしまったセリアに、たまらなくなって三人が言う。

 

「なんでもするから! 許して!」

 

「わ、私もなんでもするから!」

 

「私もよ! 許してセリア!」

 

 それを聞いたセリアは三人の方へ振り返ると、小さく、しかし悪そうに笑った。

 

「みなさん、今なんでもって言いましたね?」

 

 そのセリアらしからぬ笑みに三人は気圧され、しかし恐々と頷いた。

 怯える三人を見渡したセリアは立ち上がり、いつもの優しい微笑みを浮かべた。

 

「それではみなさん、私の言うことを聞いてくださいね?」

 

 それから数分後。

 

「うー……恥ずかしいよセリア……」

 

「駄目ですよ、リジー。じっとしていてください」

 

「んっ、あのセリア、もうそろそろいい……?」

 

「メグもじっとして、ちゃんと頭を上げていてくださいね」

 

「ねえセリア。これ他の二人には悪いけど、私にとってはむしろご褒美よ? いいの?」

 

「いいんです」

 

 今セリアはベッドに腰掛けている。

 そして顔を真っ赤にして恥ずかしがるリジーに膝枕をして、足下にクッションを敷いてそこにメグを座らせて、彼女のふわふわとした髪の毛を思うさまに撫でて楽しんでいた。

 アイビーはセリアの後ろに回り、彼女の髪の毛を梳かした後色々な髪型を試していた。

 

「いつも優しくしてくれているので、たまにはリジーに甘えてほしくて。どうですか?」

 

「うん、すっごく気持ちいい……。けど、それ以上にすっごく恥ずかしいよー」

 

 リジーは両手で顔を覆う。

 セリアの膝枕は少し固さもあるがふんわりとしており、何よりもセリアのどこか気品のある爽やかな匂いに包まれ、リジーはどうにかなってしまいそうだった。

 

(恥ずかしいけど……これは人を駄目にするやつだよー……!)

 

 セリアは膝の上のリジーを見下ろし満足気に笑うと、メグの髪をもふもふと触る。

 メグは触られる度に、頭から首筋にかけてくすぐったいようななんとも言えない刺激が走り、思わず口から吐息が漏れていた。

 

「アイビーが時々メグの髪を触っているのを見て、いつも羨ましいと思ってたんです」

 

「気持ちいいでしょ?」

 

「はい。ふわふわしていて、いつまでも触っていたいです」

 

「んぅ、私はぜんぜん、ひっ、気持ち良くないよ……」

 

「ごめんなさいメグ、でも手が止まらないんです……えいっ」

 

「うひゃあ!」

 

「うわ、メグのあんな声、初めて聞いたわ……」

 

 絶え間なく走る刺激に必死に耐えながら、メグはこのもぞもぞする地獄が早く終わることをひたすらに祈り続けた。

 セリアはメグの髪を撫でながらアイビーに話しかける。

 

「アイビー、どうですか?」

 

「うーん、よくセリアの髪型をいじっていたけど、一番ってなると難しいわね……」

 

 アイビーへのセリアからの指令は、自分に一番合う髪型を見つけてほしい、ということだった。

 普段は梳かした後はそのままに髪を流しているが、セリアもお年頃なのでおしゃれな髪型に興味があるのだ。

 

「セリアはかわいいから、なんでも似合うのよねー。でも安心してね。ばっちりな髪型を見つけるわ!」

 

「お願いします!」

 

 アイビーは気合を入れなおし、櫛とブラシを手にセリアの銀髪に挑む。

 セリアとアイビーにとっては至福の、リジーとメグにとっては色々と辛い時間は午前中いっぱい続いた。

 最終的にセリアの髪型は、ゆるく縛った髪を片方の肩から前に流すというものになった。

 鏡を見たセリアは目を輝かせて満面の笑みを浮かべ、それを見たアイビーは渾身の作品に何度も頷いていた。

 それはセリアにこの上なく似合っており、解放されてふらふらと立ち上がったリジーとメグも、そろって褒めそやすほどだった。

 

「えへへ。アイビー、ありがとうございます! 今度この髪型の作り方を教えてくださいね」

 

「ええもちろん! すごく簡単だし、すぐ覚えられるわよ。私の方こそとっても楽しかったわ!」

 

 セリアとアイビーが両手を取り合ってはしゃぐのをよそに、リジーとメグは互いに力なく自分のベッドに倒れこんでいた。

 

「こんなに楽しいお誕生日は、お母さんがいたとき以来です……。みなさん、本当にありがとうございます!」

 

 セリアは満面の笑みでそう言う。

 しかし他の三人は首を横に振ると、それぞれの荷物を探って何かを取り出し、それをセリアに向かって差し出した。

 

「何を言ってるのよ、セリア」

 

「そうそう、お誕生日はまだまだこれからだよー!」

 

「プレゼント、まだ渡してないでしょ?」

 

「あっ……」

 

 どうやら本気でプレゼントの存在を忘れていたセリアは、三人から差し出されたプレゼントを呆然と見つめた。

 そして震える手でそれらを受け取ると、幸せそうに抱きしめ微笑む。

 

「……ああ、こんなに幸せで、いいのでしょうか?」

 

 そんなセリアを三人は嬉しそうに笑いながら見る。

 

「ほらほら、早く開けなよ!」

 

「はい!」

 

 セリアはプレゼントを開けていく。

 リジーからのプレゼントは、手編みのマフラーだった。

 ただしそれは既製品よりも丹念に編まれており、手触りはまるで水の表面のように滑らかだった。

 レイブンクローの象徴である静かな青色に、たくさんの鷲が緻密に描かれて、まるで大空を大量の鷲が舞っているような力強さもあった。

 その鷲に混ざって一羽、金色の小さなスニジェットがいるのはご愛嬌だ。

 

「わあ……素敵です、リジー!」

 

「え、すごい! あなたこんなことまでできるのね!」

 

「綺麗……」

 

「えへへ。編み物は最初に覚えた家事で、一番得意なんだよ。間に合って良かったー」

 

 三人に褒められリジーは照れくさそうに笑う。

 セリアは早速マフラーを首に巻き、その温かさに顔をほころばせた。

 アイビーからのプレゼントは、小さなスノードームのようなガラスの置物だった。

 その中には小さくも鮮やかな花々が咲き誇っている。

 

「すごく綺麗です……」

 

「すっごいねー。これ本物のお花?」

 

「その中の花は造花なんだけど、魔法で毎日色と形が変わるのよ。組み合わせは何万通りもあるから、毎日違う景色を楽しめるわ」

 

「アイビーにしてはいいプレゼントだね」

 

「どういう意味よ?」

 

 茶化したメグをアイビーは睨みつける。

 セリアはその置物をそっとベッド横の棚の上に置き、嬉しそうに微笑みながらそれを見つめた。

 メグからのプレゼントは、特注品の高級羽根ペンとインク壺のセットだった。

 試し書きをしてみたセリアは、その余りにも心地よい滑りに驚いた。

 

「すごく手に馴染みますし、書いていてとても気持ちいいです……。これなら何時間でも使えそう」

 

「セリアはいつもお仕事でいっぱい書いてるからね。お仕事の助けになればって思ったんだ」

 

「これ、高かったんじゃない?」

 

「それほどでもないよ」

 

 アイビーの問いにメグは事もなさげに答えるが、その羽根ペンは普段あまり使わないメグの全財産の半分近い値段はした。

 

「もし壊れても、一生交換無料の補償付きだよ。インクはさすがに有料だけどね」

 

「こんなに良い物を、ありがとうございます! 一生使いますね!」

 

「セリアー、私にも少し書かせて?」

 

「ええ、どうぞ」

 

「ありがとー。うわあ、すっごい書きやすいね!」

 

 セリアは三人から送られたプレゼントを見渡し、再び幸せそうに微笑んだ。

 

「みなさん、今日は本当にありがとうございます。とても幸せです。一生大事にしますね」

 

 それに対してリジー達も、幸せそうに笑いながら頷いて返す。

 その後セリア達は全員で協力して、学校外から送られてきたプレゼントの小山の数々を開封していった。

 その作業は夕食の直前まで続き、さらにセリアは一つ一つにお礼の手紙を書いたため、結局丸一日がプレゼントの対応で終わった。

 休日とは思えない忙しさだったが、セリアは終始幸福感に包まれており、この日は今までの人生でもっとも幸せな日となった。

 

(今なら守護霊を出せるかも……)

 

 セリアはこれからの守護霊の呪文の訓練では、この記憶を使うことにした。

 そして、これからまた訪れる親友達の誕生日には精一杯の気持ちを込めた贈り物をしようと心に決め、セリアの十二歳の誕生日は終わりを告げるのだった。

 



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第29話 イースター

 三月を迎えたホグワーツは凍えるような日々に終わりを告げ、そろそろ春の足音が聞こえてきていた。

 まだ朝や夕暮れ時は寒いが、じきに防寒着の必要もなくなるだろう。

 ホグワーツの生徒達も、間も無くやってくる春が待ち遠しいようだった。

 ただセリアだけは、リジーからもらったマフラーが巻けなくなると少し不満気だったが。

 そうして三月末、イースター休暇が訪れた。

 しかし休暇とは言っても、後二ヶ月もすれば学年末試験が始まるため、クリスマス休暇にはなかった宿題が山ほど与えられた。

 多くの生徒達はその宿題に追われ悪戦苦闘していたが、普段から予習復習を欠かさない一部の真面目な生徒は、宿題をこなしつつも穏やかな休暇を楽しんでいた。

 その一部の真面目な生徒であるセリア達は、宿題を一時中断し校庭に出てハグリッドの小屋を目指していた。

 これは早朝いつも通り走っていたリジーがとても良い天気だったことに大喜びして、寝室を戻ってすぐにお出かけしようと提案したからだ。

 朝の仕事を手伝った後に遊びに行ってもいいかと尋ねたところ、ハグリッドは快諾してくれたらしい。

 気温は少し低いもののぽかぽかと心地良い太陽の光を浴びながら、四人はハグリッドの小屋に向かって歩く。

 

「よくリジーからお話は聞いていましたけれど、実際に会うのは初めてだったんですね……」

 

「そうよねえ。なんだかいつも聞いていたから、初対面って感じがしないわ」

 

 少し緊張したようにセリアが言うと、アイビーがそれに同意するように言った。

 リジーはよくこんな手伝いをした、こんな動物を見せてもらったなどの話をセリア達にしていたのだ。

 ちなみに密かに動物が好きなメグは、いつも目をきらきらと輝かせながらその話を聞いていた。

 

「ねえリジー、色んな動物を飼ってるっていう牧場、見せてもらえるのかな?」

 

「いいねそれ! ハグリッドにお願いしてみよっか」

 

 四人はハグリッドの小屋に到着した。

 小屋の煙突からは細く煙が出ていて、ハグリッドが室内にいることがわかる。

 リジーが扉をノックすると、小屋の中からくぐもった犬の鳴き声が聞こえてきた。

 そしてのしのしという足音が聞こえ、扉ががちゃりと開いた。

 

「ほれファング、下がれ下がれ! 下がれっちゅーとるだろうが。リジー、よく来たな! お友達達も早く入れや」

 

 ハグリッドは、今にも飛び出しそうなファングを制しながら四人を室内へ招いた。

 室内はそれなりに広く、動物の毛のようなものやよくわからない植物など、天井から色々とぶら下がっている。

 また家具がハグリッドの体に合わせたものであるため、その全てが大きく四人は小人にでもなった気分だった。

 

「茶入れるから、適当に座っといてくれ」

 

 ハグリッドがそう言ったので、一つの大きなソファに四人が並んで座った。

 座った瞬間にファングがリジーに飛びつき、彼女の顔をものすごい勢いで舐め始めた。

 リジーは笑顔を浮かべ全力でファングを撫で、メグも夢中でもふもふとファングを触る。

 それを見てアイビーは笑い、セリアは大きな犬が少し怖いのかリジーの陰に隠れ、しかし興味はあるようでファングをじっと見つめていた。

 ハグリッドはすでに沸かしていたのだろうお湯を、四人分のマグカップと自分用の特大のカップに注いで机に置く。

 そして手作りだというフルーツケーキも切ってくれた。

 ハグリッドはよっこらせ、と言いながら椅子に座った。

 

「他の三人ははじめましてだな。俺はルビウス・ハグリッド、ホグワーツの森と鍵の番人をしとる。そいつはファングだ。でかいが臆病なやつなんだ。仲良くしてやってくれ」

 

「はじめまして! 私はアイビー・ベケットよ。ねえ、あそこにぶら下がっている植物とか、後で見せてもらっていいかしら?」

 

「おう。全部森で採ったやつなんだが、欲しけりゃ持って帰ってええぞ」

 

「本当!? やったあ!」

 

 アイビーは嬉しそうに大声をあげる。

 彼女は小屋に入ったときから、ぶら下がっている物を興味津々な様子で見上げていたのだ。

 次にメグが自己紹介をする。

 

「はじめまして、メーガン・バークです。メグと呼んでください」

 

「ん? バークっていうと、お前さんアーロンとヘイリーの子供か?」

 

「はい。お父さんとお母さんを知ってるんですか?」

 

「おう、熱々で有名な二人だったからなあ。笑いながら逃げるアーロンを、顔を真っ赤にしたヘイリーがよく追いかけていたな」

 

「そうなんだ……。あの、後で牧場を見せてもらってもいいですか?」

 

「おっ、動物好きなのか? いくらでも見ていってくれや!」

 

 ハグリッドに許可をもらい、メグはにこりと微笑んだ。

 最後にセリアがソファに座ったままで胸に手をあて、ふわりと微笑みを浮かべて優雅にお辞儀をした。

 

「はじめまして、ハグリッドさん。私はセリア・レイブンクローといいます。どうぞよろしくお願いします」

 

 セリアのお辞儀を受け、ハグリッドは真っ黒な目をぱちぱちと瞬かせながら顔を赤くする。

 

「お、おう。リジーから聞いていたが、本当に美人さんだな。レイブンクローっちゅうことは、あいつの子供か……」

 

「お父さんを知っているのですか?」

 

「直接喋ったことはなかったけどな。レイモンドっちゅう生徒と仲が良かったから、そいつから聞いたり校内の噂で聞いてたくらいだ。……だが、本当に偉大な魔法使いだったと思うぞ」

 

「……ありがとうございます。ちなみにレイモンドは今、私の家のお手伝いをしてくれているんです。お父さんと約束したそうで」

 

「本当か!? あの戦いの後、急に闇祓いを辞めたとは聞いてたんだが……そうかぁ」

 

 しみじみと言いながらハグリッドは紅茶をすする。

 全員の自己紹介が終わり、リジーは得意げな表情でハグリッドに言う。

 

「みんなが私の親友だよ! みんなかわいいし、すっごいんだから!」

 

「ああ、いいお友達だな! お前さん達、今日はゆっくりしていってくれや!」

 

 それから四人はお茶会を楽しんだ。

 ハグリッドお手製のケーキは少し酸味があり、紅茶も不思議な香りがしたがとてもおいしかった。

 聞けば両方とも森で採れた物を使っているらしい。

 リジーが籠に入れて連れてきたミコを見せると、初めて間近で見るスニジェットにハグリッドは感激していた。

 ミコはハグリッドの大きな手の上を歩き回り、ただでさえ小さなミコがもはや豆粒ほどに見える。

 ハグリッドの小屋が気に入ったのか、ミコは室内を楽しそうに鳴きながら飛び回っていた。

 ファングがミコの飛ぶ早さに驚きぽかんとした顔で見上げており、その間の抜けた顔を見て全員が大笑いをした。

 ミコはファングも気に入ったのか、昼寝を始めたファングの頭の上に乗って眠り始めた。

 お茶会の後四人はハグリッドに連れられ、少し離れた所にある牧場で遊んだ。

 セリアとアイビーはパフスケインやニフラーといった、比較的おとなしい動物を撫でその感触を楽しんでいた。

 ただニフラーは金属や宝石などを好むため、セリアはいつも付けているロケットをしっかりとポケットに入れていた。

 

「あは、かわいいわね! ふわふわ!」

 

「はい! ニフラーを抱っこしたのは初めてです。光るものがなかったら、こんなにおとなしいんですね。かわいいです」

 

 そしてリジーやメグは、大型の動物を見せてもらい大はしゃぎをしていた。

 

「よーし! 次はこいつら、ヒッポグリフだ! 美しかろう? え?」

 

「わあ……! かっこいいし綺麗だね。触ってもいい?」

 

 すっかり敬語が抜けたメグがハグリッドに尋ねると、それにリジーが答えた。

 

「ヒッポグリフは誇り高いんだー。まずこっちがお辞儀をして、敬意を払うんだよ。ヒッポグリフがお辞儀を返してくれたら、触っても大丈夫! けど触るときも、失礼な態度じゃだめだよ。ヒッポグリフの脚見える? すっごい鉤爪でしょ? あれでひっかかれたら痛いよー。敬意を忘れない、これが大事!」

 

「おお! すげえなリジー! 俺の言いたいこと、全部言われちまった!」

 

「でもハグリッド、ヒッポグリフを見せるのは早くない? もしかしたら怪我しちゃうかもしれないし。私はいいけどさー」

 

「そんなことねえ、こいつらが傷つけるなんて! それよりリジー、触ってみるか?」

 

「もちろんだよ!」

 

 リジーはヒッポグリフに歩み寄りお辞儀をした。

 ヒッポグリフはじっとリジーを見つめ、少しして前脚を折ってお辞儀を返した。

 リジーが嬉しそうにヒッポグリフを撫で始めるのを見て、メグは我慢できないようにもう一度尋ねる。

 

「ねえハグリッド、触ってもいいの?」

 

「おういいぞ。ゆっくり近づけよ」

 

 その後無事にヒッポグリフに認められたメグは、夢中になってその嘴や触り心地の良い滑らかな羽毛を撫でた。

 四人は日が暮れるまで遊び、ハグリッドの小屋で夕食を食べ(ハグリッドがよくわからない牙などを入れようとしていたので、リジーが料理した)、大満足で城に戻った。

 ポケットはお土産に持たされたケーキや干し肉などの食べ物、アイビーは分けてもらった魔法薬の材料になる植物でぱんぱんに膨れ上がった。

 

「すっごい楽しかったね! みんなも楽しかった?」

 

「はい! ハグリッドさんも優しくて、動物さん達もふわふわで、とても楽しかったです!」

 

「ええ、あんなに動物を触ったのは初めてだけど、とっても楽しかったわ。それにこんなにいい材料ももらえて、最っ高よ!」

 

「うん。珍しい動物を見れて、すごく良かったよ。三年生からの選択授業では、絶対魔法生物飼育学を選ぶよ」

 

 四人はまずシャワーを浴びてさっぱりしてから寮へ帰った。

 寝室に戻って寝る準備をしながら、アイビーがからかうようにメグに言う。

 

「それにしても、あんなにはしゃいだメグを見たのは久しぶりだったわね。ふふ、かわいかったわよ、メグ?」

 

「むっ……。宿題、見せてあげないから」

 

「え!? ちょっと待って! 手伝ってもらわないと、私死んじゃうよ!」

 

「知らないよっ。セリアもリジーも見せちゃだめだからね」

 

 メグの反撃を受け、アイビーはこの世の終わりといった表情を浮かべる。

 そして救いを求めてセリアとリジーを見たが、アイビーの自業自得であるため二人は苦笑いで首を横に振り、アイビーは崩れ落ちた。

 こうして穏やかで充実したイースター休暇が過ぎていくのであった。

 ちなみにメグは見せないとは言ったものの手伝わないとは言っていないので、結局は三人に手伝ってもらいアイビーは余裕を持って宿題を終わらせることができた。

 

──────────

 

 イースター休暇が終わったホグワーツ。

 スリザリンとハッフルパフのクィディッチの試合があり、スリザリンチームのシーカーとの壮絶な競り合いの末、セドリックは見事にスニッチを掴んだ。

 しかしスリザリンチームのチェイサーがそれを超える点を取っていたため、残念ながらチームは敗北という結果となった。

 残る試合は、学年末試験の後にあるグリフィンドールとハッフルパフの対決だ。

 現在のところは、スリザリンチームが全試合に勝利したので優勝杯に最も近い。

 一年で三回ある試合のうち二試合でスニッチを奪われながらも首位であることから、スリザリンチームのチェイサーがいかに優秀であるかがわかる。

 だが今回の試合でハッフルパフがスニッチを掴んだので、まだまだ優勝確実というわけではない。

 次の試合でグリフィンドールは、ハッフルパフと五十点以上の差で勝利した場合優勝となる。

 一方ハッフルパフは、グリフィンドールと百点以上の差があった場合にスニッチを掴めば、優勝となる。

 条件は非常に厳しいが、ハッフルパフにも優勝の可能性がある。

 ハッフルパフが最後に優勝杯を手にしたのは随分と昔のことなので、ハッフルパフ寮全体が熱気に包まれていた。

 そして四月も後半に入り、いよいよ学年末試験に向けて本格的に授業も難しくなってきた。

 生徒達の熱気も今は勉強の方に向いており、日に日に図書館や談話室で羽根ペンを走らせる生徒の数が増えている。

 そんな中、アイビーの誕生日がやってきた。

 

「おはよーアイビー! お誕生日おめでとう!」

 

 朝の日課から寝室へ帰ってきたリジーは、すでに起床していたアイビーにそう言った。

 

「ありがと、リジー!」

 

「えへへ。プレゼント渡すから、ちょっと待っててね!」

 

「あ、待ってリジー。その前に二人を起こしましょう?」

 

「了解! それじゃあ私はセリアを起こすねー」

 

「わかったわ」

 

 リジーがすやすやと眠るセリアを優しくゆすると、セリアはすぐさま目を覚まし、ふらふらと状態を起こした。

 一方アイビーは、丸まって眠るメグのベッドに飛び込んで起こしていた。

 相変わらずひどい目覚めさせ方だ。

 案の定アイビーはすぐに目を覚ましたメグに跳ね飛ばされ、さらに頭に拳骨を落とされていた。

 それから着替えや授業の準備を終わらせ、ようやく誕生日プレゼントを渡す時間がきた。

 

「改めて! アイビー、メグ、お誕生日おめでとう!」

 

「お二人とも、おめでとうございます!」

 

 今日はアイビーの誕生日で、メグの誕生日は二週間ほど先だ。

 しかし誕生日の近い二人は、毎年同じ日に誕生日を祝われていたそうだ。

 二人も今さら別々に祝われるのもなんだということで、今回も一緒に祝うことにしたのだ。

 

「ありがとう二人とも! それとメグも、お誕生日おめでとう!」

 

「うん、ありがとう。アイビーもおめでとう」

 

 セリアとメグに祝福を受け、二人は満面の笑みを浮かべる。

 まずはリジーが二人にプレゼントを差し出した。

 

「まずは私から渡すね! はいどうぞ!」

 

 アイビーに贈った物は、薬草学や魔法薬学で使用する作業用の手袋だ。

 アイビーは普段の授業に以外にも自習することが多く、現在使っている手袋は一年ですでにぼろぼろになっていた。

 それを知ったリジーはロルフに連絡して、魔法生物の研究や調査で使用する高性能な手袋を取り寄せてもらったのだ。

 これは頑丈なのはもちろん、表面に付いた汚れや小さな傷などを自動で綺麗してくれる優れ物だ。

 メグに贈った物は、脚に着けることができる杖入れだ。

 メグは普段はローブのポケットに杖を入れている。

 しかし彼女は四人の中で一番背丈が低いが杖は一番長く、いつも取り出しにくそうにしていたのだ。

 

「わあ、この手袋すごく頑丈ね! これなら長い間使えそう!」

 

「兄ちゃんに一番良いって教えてもらったんだよ。兄ちゃんこういう作業用の服とか、いっぱい集めてるんだー。もしまた駄目になったら言ってね」

 

「ええありがとう! 大事に使うわね!」

 

 アイビーは手袋を着けて手を開いたり閉じたりしながら、嬉しそうにリジーへお礼を言う。

 

「これ、杖入れ?」

 

「うん。いっつもなんだか杖を抜きづらそうにしてたでしょ? だから作ってみた!」

 

 リジーは自慢げに言う。

 試しにメグが太ももに巻いてみると、それはぴったりと着けることができた。

 そして杖を差して少し歩いてみたが、杖が歩行の邪魔になることはなく、なんの抵抗もなくすばやく杖を抜くこともできた。

 

「すごい……これ、本当に使いやすいよリジー!」

 

「そう? 大きさも大丈夫?」

 

「うん、ぴったりだよ」

 

「よかったー。メグが寝てるときにこっそりと測った甲斐があったよ」

 

「……今なんて言ったの?」

 

「一応調節はできるようにしたけど、もし合わなくなったら言ってね!」

 

「あ、うん。ありがと……」

 

 メグは釈然としない顔でリジーにお礼を言った。

 次にセリアがプレゼントを差し出す。

 

「どうぞ受け取ってください!」

 

 アイビーに贈った物は、医療に使える呪文や魔法薬が多く紹介されている本だ。

 これには癒者を目指す魔法使いに必要な知識が詰まっている。

 数多くの高度な専門知識が載っているため、なかなかに高額な本なのだ。

 本の題名は「癒者要らず」。

 メグに贈った物は、セリアがメグからもらった特注の高級羽根ペンとインク壺のセットだった。

 

「これ知ってるわ! 一人前の癒者なら絶対持ってるって本! メグのお家にもなかったし、いつか読みたいって思ってたの!」

 

「とても難しい本ですけれど、いつか役に立つと思って。素敵なお癒者さんになれるよう、応援しています!」

 

「ええ、頑張るわ! ありがとうセリア!」

 

 アイビーがお礼を言いながらセリアを抱きしめ、その腕の中でセリアも嬉しそうに微笑んでいた。

 

「これ、私があげたのと同じ?」

 

「は、はい。その羽根ペン、本当に使いやすくて、お仕事もすごく捗って……。最近はお勉強のときにも使うくらいなんです。メグもすごくたくさんお勉強をしているので、ぜひこの羽根ペンを使ってほしくて……。その、同じプレゼントですが、大丈夫ですか……?」

 

 セリアが不安げにそう言うと、メグは少し苦笑を浮かべながら、しかし嬉しそうに頬をかきながら答えた。

 

「えっと……実はあの羽根ペン、いつか自分用に買おうと思ってたんだ。だけどセリアがものすごい量のお仕事してるのを見て、これはこの子に必要なんだと思って贈ったんだよ。だから、贈ってもらえて本当に嬉しい。ありがとうセリア」

 

 そう言ってメグは、セリアに近付いてそっと抱きしめた。

 セリアは安心したように微笑み、メグを抱きしめ返した。

 その様子をリジーとアイビーは優しく笑いながら見つめる。

 

「ほらほら、時間もないんだし早く離れて! メグ、プレゼント頂戴!」

 

 アイビーが元気にそう言うと、メグはセリアから離れ苦笑しながらトランクを探りだした。

 

「わかってるよ。ほら、これ」

 

「ありがと、メグ! ……なにこれ?」

 

 包みから出てきたのは、表紙に宿題計画帳と書かれた日記帳に似た本だった。

 怪訝そうに尋ねるアイビーにメグは微笑みながら答える。

 

「そこに勉強の計画を書いてね。アイビーは興味があること以外の勉強は苦手なんだから。ちなみに計画通りにやらないと、その本が色々な文句を叫ぶよ」

 

「なによそれ!」

 

「あー、なんだかそれ、見たことあるかも。古道具屋さんとかで」

 

「ほとんど売れなかったと聞いたことがあります。初めて見ました……」

 

 アイビーは憤慨して叫び、セリアとリジーはしげしげと宿題計画帳を見る。

 

「ちゃんと使ってね。せっかく贈ったのに使われなかったら、すごく悲しいから……」

 

「うっ……! わかったわよ! 使うから!」

 

 メグに寂しそうな表情で言われ、アイビーは渋々そう言った。

 するとメグは、すぐさまいつも通りの表情に戻った。

 

「それで、アイビーのプレゼントは?」

 

「この子はもう……」

 

 アイビーは一つため息を吐くと、首を振った。

 

「ここには無いわ。昨日厨房にお邪魔して、トライフルを作ったの。授業が終わったらみんなでお茶しましょう。メグの分は特別に大きく作ったわ」

 

「やった! アイビーのお菓子だ」

 

 アイビーの言葉を聞いたメグは嬉しそうにはしゃぎ、それを見てアイビーも笑顔を浮かべる。

 

「メグ、確か以前アイビーのお菓子はとてもおいしいと言っていましたね?」

 

「そうだよ! ああ、早く食べたいなあ……」

 

「へー! 楽しみだね!」

 

「はい! 放課後が待ち遠しいです!」

 

「ふふ。すごく上手にできたから、みんな期待しててね!」

 

「そうだ! 私もアイビーに貰ったかぼちゃを使って、クッキーを焼くよ!」

 

「あら! ならどっちがおいしいか、勝負よリジー!」

 

「望むところだよ!」

 

「どちらもすごく楽しみです!」

 

「甘いものが増えるのは大歓迎だよ」

 

 誕生日プレゼントを贈り終え、四人は寮を出て朝食を食べ授業へと向かった。

 放課後のお茶の時間が待ち遠しく、珍しくメグは授業に集中しきれていなかったが、他に大きな問題はなく一日が過ぎていくのだった。

 ちなみにアイビーお手製のお菓子は三人に大好評で、リジーもお菓子作りにおいては自身の敗北を認めざるを得なかった。

 




クィディッチの得点のところは、かなり適当なので間違っているかもしれません。

みなさんは今どのように過ごされていますか?
私はコロナのせいで学校もバイトも行くことができず、現在引きこもり中です。
本当に一刻も早く収束すればいいのですが……。
感染していないだけ幸運と思わないといけませんね。
みなさんもお気をつけて。


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第30話 学期末試験/クィディッチ最終戦・開始

 学年末試験が近づくにつれ、各教科で山ほど宿題が出るようになった。

 その宿題の多さと徐々に近づく試験の重圧により、数多くの生徒が体調を崩して医務室のお世話になった。

 セリアやメグはともかく、得意教科以外は並であるリジーとアイビーはもはや限界だった。

 そうして厳しい日々が過ぎ、いよいよ試験当日がやってきた。

 一年生の生徒達は初めての試験に緊張しながらも、必死に解答用紙に自身が一年間で学んだことを書き込んでいった。

 また、いくつかの試験では実技もあった。

 フリットウィックが教える呪文学では、メロンにタップダンスを踊らせることが課題となった。

 多くの生徒が小刻みな動きをさせることに苦労する中、セリアは見事な踊りをメロンに行わせ、フリットウィックから拍手をもらった。

 マクゴナガルが教える変身学では、ネズミを紅茶缶に変身させる課題だった。

 きちんと密閉できて柄が美しい缶は高い点が、密閉できていなかったりネズミの毛の色が残っている缶は低い点が与えられる。

 難易度は少し高めだが、マクゴナガルとの個別授業ですでに二年の終わり近くまで学んでいるリジーは、様々なネコ柄が楽しそうに踊る紅茶缶に変身させた。

 これにはマクゴナガルも思わず笑顔を浮かべた。

 スネイプが教える魔法薬学では、一年生の実技試験は毎年忘れ薬を調合する課題らしい。

 しかし忘れ薬は一年生で学ぶ薬で最も調合が難しく、加えて試験中スネイプが生徒達の間を巡回するため緊張感は凄まじいものだった。

 薬が完成した者からガラス瓶に入れてスネイプに提出していくのだが、アイビーは他の生徒が調合の手順の半分を過ぎた頃にはすでに瓶に薬を入れ、スネイプに提出していた。

 あまりにも早いのでスネイプは厳しい表情で瓶の中を確認したが、薬は完璧な状態に仕上がっていた。

 そんな精神力がどんどん奪われる試験を受け続け、ついに試験最終日。

 最後の試験である魔法史の解答用紙が回収されビンズが試験終了を告げると、一年生達はこぞって立ち上がり歓喜の声を上げた。

 中には感極まって泣き出している生徒もいるくらいだ。

 

「終わった! ついに終わったのね!」

 

「うん! やったよ! これでもう何も怖くないね!」

 

「私達頑張ったわよね、リジー!」

 

「お疲れ様、アイビー!」

 

 リジーとアイビーはお互いを抱き締めながら健闘をたたえ合う。

 試験勉強を彼女達はセリアとメグに手伝ってもらっていたのだが、こと勉強においては二人は一切妥協を許さず、その指導はかなり厳しかったのだ。

 メグは毎回のように逃げようとするアイビーを拘束し、試験に出そうな内容を山ほど羊皮紙に書き込ませ続けた。

 セリアも普段のほんわかとした雰囲気は消え去り、リジーが間違った答えを書くたびに辛辣に、しかし的確な助言をしてリジーの気力をがりがりと削っていった。

 その鬼教師である二人もさすがに大変だったようで、互いに疲れた顔で微笑みあっていた。

 これから試験結果が発表される一週間後までは自由な時間となる。

 生徒達はようやく訪れた平穏な日々を、思い思いに楽しんでいた。

 しかし全ての生徒が楽しんでいたわけではない。

 クィディッチ最終戦を控えるグリフィンドール、ハッフルパフの両チームは、試験勉強の鬱憤をぶつけるかのように練習に打ち込んでいた。

 クィディッチ最終戦の前日、ハッフルパフチームの最後の練習はセリア達四人も見学しに行った。

 チームが行なったのは最低限の連携の確認のみで、練習は早く終わった。

 

「明日はもう試合だし、調整だけだったんだろうな」

 

「そうでしょうね……。グリフィンドールも同じようにしていたそうよ」

 

「それしても、明日はどうなるんだろうな……」

 

「伝説のシーカーを相手に、百点以上差をつけてさらにスニッチが必要だもの……難しいなんてものじゃないわ」

 

「俺達にできるのは祈ることだけか……」

 

「ええ……頑張ってみんな……!」

 

「頼むぞセド……!」

 

 一緒に見学に来ていたスコットとアイビーは、真剣な顔で話し合っていた。

 この二人はほとんど全ての練習を見学しており、チームを除いて最も強く勝利を望んでいる二人なのだ。

 祈るように両手を組んでいる二人の横で、リジーも緊張した様子でセリアとメグに話しかける。

 

「いやー、なんだかすっごくどきどきしてきたねー……」

 

「そうだね……ハッフルパフはもう何十年も、優勝杯を手にしたことないらしいし」

 

「な、なんだか、学年末試験よりも緊張します……」

 

 チームは最後に作戦の確認をしてから解散するとのことで、セリア達四人は先に寮に戻った。

 メグはもじもじとしながらセドリックを待とうとしていたのだが。

 

「わ、私はその、セドリックを待とうかな……」

 

「お、メグも待つのか? なら一緒に待とうぜ!」

 

「……ブルクハルトさんも待つんですか?」

 

「おう! いっつもセドと城に戻ってるんだ!」

 

「帰ります」

 

「え、なんでだよ!?」

 

 スコットが驚いて声を上げるが、メグは彼を半目で睨みつけてから観客席から去っていった。

 

「なあアイビー、メグはなんで怒ったんだ?」

 

「はあ……やっぱりスコットはだめね」

 

「だからなんで!?」

 

 呆れたようにアイビーに言われ、スコットは助けを求めてセリアとリジーを見る。

 しかしリジーはアイビーの言葉に頷いており、セリアは苦笑いを浮かべていた。

 メグのセドリックへの想いは、すでにセリアとリジーにも知られてしまっているのだ。

 

「メグを追わなきゃだし、私達は帰るわね。スコットはそこでなんでだめだったのか考えてなさい」

 

「ばいばい、スコット!」

 

「失礼します」

 

「えー……」

 

 残されたスコットはハッフルパフチームが解散するまで、一人観客席で頭を悩ませていた。

 そして練習が終わり一時間程たって、セドリックが更衣室から出てスコットの元へやってきた。

 

「お待たせスコット。それじゃあ戻ろうか」

 

「うーん……。お、セド、お疲れ! 調子はどうだ?」

 

「うん、思ったよりもいつも通りに飛べたよ」

 

「良かったじゃん。これは勝ったな」

 

「あはは、それはどうかなあ」

 

 二人は話しながら城を目指して歩く。

 しかしスコットがたびたび腕を組んで頭を捻っていたので、気になったセドリックはスコットに尋ねた。

 

「うーん……?」

 

「スコット、どうしたんだい? なんだかさっきから唸ってるけど」

 

「ああセド、聞いてくれよ。さっきこんなことがあったんだけど……」

 

 スコットは先ほどの出来事をセドリックに話す。

 

「……って感じで、みんな帰っちゃったんだけどさ。俺、何がだめだったんだ?」

 

「うーん……? なんでだろう? 別にスコットにおかしい所はなかったように思うんだけど……」

 

 二人はそろって首を傾げる。

 スコットはともかく、セドリックも女の子の気持ちというものにはかなり鈍感らしい。

 考えても考えても理由がわからず、結局二人は考えるのをやめた。

 

「とりあえず謝ればいいんじゃないかな? 僕も一緒に謝るよ」

 

「セド……! やっぱりお前はいい奴だな!」

 

 スコットは顔をほころばせながらセドリックの肩を組み、セドリックも笑顔でそれを受け入れた。

 それから二人は少し無言で歩く。

 

「……明日、厳しい試合になるな」

 

「……ああ。僕達ハッフルパフの戦いは、いつもそうだよ。よく劣等生が集まる寮なんて言われるけど、そんなの関係ない。勝つ。それだけだ」

 

「おう! セドならやれるぜ!」

 

 二人は拳をぶつけ合いながら笑う。

 その後寮に戻った二人は、談話室で読書をしていたメグに謝罪をした。

 メグは顔を赤く染めながらひとしきり慌てた後、スコットを睨みつけて寝室へと逃げて行った。

 そして再びアイビー達にため息を吐かれ、残された二人は訳がわからないといった様子で顔を見合わせた。

 

──────────

 

 クィディッチ最終戦、グリフィンドール対ハッフルパフの試合当日。

 クィディッチ競技場には全校生徒に加え、ダンブルドアも含め全教員が集まっていた。

 スリザリンが連覇を伸ばすか、グリフィンドールがついに栄冠を手にするのか、はたまたハッフルパフが数十年ぶりの優勝を飾るか。

 先が読めない状況に、今年のクィディッチ最終戦はここ数十年で最大の盛り上がりを見せていた。

 

「いよいよね……」

 

「うおー! セド頑張れ!」

 

「どきどきしますね……!」

 

「そうだねー。セドリックのかっこいい所、見れたらいいね。ね、メグ」

 

「う、うん、そうだね」

 

 急にリジーにそう言われて、メグは顔を赤く染めながら答えた。

 その頃両チームの更衣室では、最後のミーティングが行われていた。

 

──────────

 

「さて、みんな準備はいいか?」

 

 チャーリーが他のメンバーを見渡してそう言った。

 グリフィンドールのメンバー達は頷き、キャプテンの言葉を待つ。

 

「……今日は、僕の最後のクィディッチの試合になる。僕はクィディッチの選手にはならないからな」

 

 その言葉に、双子以外のメンバーに動揺が走る。

 特にウッドは全教科落第だったかのような顔だった。

 

「こんな直前に言うことじゃないかもしれないな。けど後で教えるのも、なんだか違うと思ったんだよ。まあ僕の自分勝手だな」

 

 そう言ってチャーリーは笑う。

 

「ま、でもいつもと同じだよ。みんな変に気負わず、いつも通り楽しんで、ついでに勝とう」

 

 彼がそう言うが、他のメンバーはまだ動揺したままで何も言えなかった。

 その中でフレッドとジョージが立ち上がり、おどけたような声を上げた。

 

「へいへい、みんな! 何辛気臭い顔してるんだよ!」

 

「そうだそうだ! 特にウッド! トロールが悩んでる顔みたいになってるぜ!」

 

 そして二人はチャーリーの前に行き、真剣な表情で彼を見上げた。

 

「任せとけよ兄貴。俺達が勝たせてやるよ」

 

「チャー兄は楽しく飛んでおけばいいぜ」

 

 チャーリーは驚いて二人を見下ろし、そして満面の笑みで二人の頭をがしがしと撫でた。

 初めての試合では悔しさで涙を流し俯いていた二人が、今は強い目で自分を見上げている。

 そのことがチャーリーにはとても嬉しかった。

 

「そうだ! 任せとけチャーリー! 絶対勝つぞ!」

 

「おう! 野郎ども、やるぞ!」

 

「ちょっと、女の子もいるんだから!」

 

「そうよそうよ!」

 

 気を取り直したメンバー達も、口々に声を上げ始めた。

 それをチャーリーは嬉しそうに見渡し、拳を掲げた。

 

「よーし! それじゃあみんな、頼むぞ!」

 

「おう!」

 

 気合十分にグリフィンドールチームは更衣室を出て、競技場の中心を目指した。

 

──────────

 

「いよいよだ。みんな、俺から特に言うことはない。ハッフルパフに優勝杯を! 勝つぞ!」

 

「おー!」

 

 ハッフルパフチームのキャプテンが檄を飛ばし、メンバー全員が声をそろえて答える。

 そして試合開始まで各々が準備をする中、準備を終えたセドリックは目を閉じて座っていた。

 手強い相手に厳しい勝利への条件。

 しかし彼は自分でも驚くほど緊張はしておらず、心は静まっていた。

 

(うん、いい調子だ)

 

 セドリックは目を閉じたまま頷く。

 一年前、新入生だった彼が一番楽しみにしていたのは、クィディッチだった。

 普段のセドリックはわがままなど一切言わず、常に人のことを考えて行動できるとても良くできた子供だ。

 セドリックを両親は溺愛し、彼もまた両親を愛していた。

 そんな彼が唯一わがままを言うのは、クィディッチのことだった。

 試合があると知れば見に行きたがり、箒屋に行けば目を輝かせて箒を見て、欲しいとねだる。

 セドリックの父、エイモス・ディゴリーは彼の唯一のわがままに応え、全てを与えた。

 試合に行きたいといえば魔法省でのコネを使いチケットを手に入れ、箒が欲しいと言えば笑いながら高級な箒を購入する。

 さらに家の近くに小さなクィディッチの練習場を作るほどだ。

 そんなセドリックが、入学してから楽しみで仕方がなかったクィディッチの試合、その開幕戦。

 毎年開幕戦はグリフィンドールとスリザリンの伝統の対決なのだが、セドリックはわくわくしながら試合を見に行った。

 噂で聞いていたグリフィンドールのシーカーとスリザリンのチェイサー、一体どれほどの選手なのか楽しみだった。

 そして試合が始まり、圧倒された。

 箒と一体になったように、まさに神業としか言えない飛行を見せるチャーリー・ウィーズリー。

 目にも止まらない、誰にも止められない連携を見せるスリザリンのチェイサーと、それを指揮するジェニファー・マレット。

 それは今まで見てきたどの試合よりも、セドリックを惹きつけた。

 その試合が心に焼きついたまま二年生になって、ようやく自分の箒を持ち込めるようになり、セドリックはクィディッチチームの予選に参加した。

 他の参加者を遥かに上回る飛行を見せた彼は、見事にシーカーとなり試合でも活躍した。

 そして今日、ついにあのチャーリー・ウィーズリーと対決するのだ。

 しかも、彼と同じシーカーとしてだ。

 

「よし、時間だ。みんな、行くぞ!」

 

 キャプテンの声が響き、セドリックは目を開けて立ち上がった。

 彼は箒を手に、メンバー達が気合十分に更衣室から出る後に続く。

 更衣室から出ると、割れるような完成に包まれた。

 頭上には赤と黄の二色に綺麗に分かれた観客席が見える。

 そして対面の更衣室から、紅色のローブをまとった七人の影が出てくる。

 両チームは同時に更衣室の入り口から飛び立ち、審判であるフーチが立つ競技場中心を目指す。

 箒から降りた両チームは向かい合って並び、お互いを好戦的な目で睨んだ。

 

「両チームキャプテン、握手」

 

 チャーリーとハッフルパフのキャプテンが強く握手して、他のメンバーは箒に跨る。

 

「それでは正々堂々戦うように」

 

 両チームの箒を握る手に力が入る。

 割れるように騒々しかった観客席も、それが嘘であったかのように静まり返っていた。

 そんな中、不意にセドリックとチャーリーの目が合った。

 

(チャーリー・ウィーズリー、伝説のシーカー……。だけど、緊張はない。恐れもない。そうだな、むしろ……)

 

(セドリック・ディゴリー。二年生だけど、すごく優秀なシーカー。自分を見てるみたいだ、なんてな。うん、そうだな……)

 

 偶然にも二人は心の中で同じことを思う。

 

(楽しみで、仕方がない!)

 

「試合開始!」

 

 スニッチ、ブラッジャーが解き放たれ、甲高いホイッスルの音が静寂を切り裂き、復活した大歓声の中を両チームの選手が飛び立つ。

 いよいよクィディッチ最終戦が始まった。

 



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第31話 クィディッチ最終戦・終了

グリフィンドールは五十点差以上で勝てば優勝。
ハッフルパフは百点差でスニッチを掴む(二百五十点差以上)と優勝。
それ以外はスリザリンが優勝。
こういう感じになっています。
わかりにくくてすみません。


「さあ、始まりました! クィディッチ最終戦、グリフィンドールとハッフルパフの対決です! チャーリーが初めてシーカーになった年から優勝を逃しているグリフィンドールは、今年こそついに優勝できるのか! 見逃せない戦いです! 実況は私、リー・ジョーダン、解説はクィディッチ大好きマクゴナガル先生が担当いたしております!」

 

「ジョーダン!」

 

「すみません! さて、クァッフルはまずグリフィンドールの手に! 見事な連携でゴールを目指します! いけ! っ、あー残念! キーパーに阻まれてしまいました。はあ……ハッフルパフにボールが渡りまーす」

 

「ジョーダン! しっかり実況なさい!」

 

「こほん、失礼。ハッフルパフにクァッフルが渡りました! いけみんな、止めろ! って、なんだって!?」

 

 実況のリーだけでなく、観客席中から驚きの声があがる。

 なんとハッフルパフチームのチャイサー達が、凄まじい連携を見せたのだ。

 ジェニファー達の連携ほどではないが、それを彷彿とさせるものだった。

 グリフィンドールのチェイサー達は止めることができず、ハッフルパフのチェイサーはそのままゴールを狙う。

 

「ハ、ハッフルパフチームがゴールに迫ります! いけウッド!」

 

 ウッドがクァッフルを放とうとするチェイサーの動きを油断なく見つめ、投げようとした動きに素早く反応して飛びつく。

 しかしそれはフェイントだったようで、ゴールに投げずに後ろにいた別のチェイサーにクァッフルを渡し、そのチェイサーがそのまま無防備になったゴールにクァッフルをたたき込んだ。

 その見事な得点に、観客席は大盛り上がりだ。

 

「ハッフルパフチームの得点です! まさか、ハッフルパフのチェイサーがこれほどとは、誰が予想したでしょうか! 今までの試合ではこんなにじゃなかったのに!」

 

 リーの実況が響き渡る。

 そう、この試合以前ではハッフルパフチームは、これほどの連携を見せてはいなかった。

 むしろ他のチームのチェイサーに必死に食らいついてなんとかゴールを守り、その間にシーカーがスニッチを掴む。

 こういった展開が多かったのだが、実はハッフルパフチームはわざとそうしていたのだ。

 今年はチャーリーとジェニファーの最後の対決ということもあり、グリフィンドールとスリザリンの戦いばかりが注目されていた。

 レイブンクローチームはここ数年優秀なシーカーがおらず、元々どこか勝利を諦めているようだった。

 そしてハッフルパフチームは、全く注目されていなかった。

 ハッフルパフ以外の三寮は、普段からどこか下にハッフルパフを見ている。

 そこにチャーリーとジェニファーの対決だ。

 グリフィンドールもスリザリンもレイブンクローも、ハッフルパフをほとんど危険視していなかったのだ。

 そのことにハッフルパフチームは新学期が始まってすぐに気づき、さらにシーカーとして優秀なセドリックがチームに加わった。

 そこでハッフルパフチームのキャプテンは考えた。

 三試合の内二試合は、勝つとしても負けるにしても僅差で終わらせる。

 そうしてぎりぎりの勝負を演出して、最後の一試合で一気にひっくり返す。

 とても大きな賭けだったが、ハッフルパフチームはここまでやり遂げた。

 

「ハッフルパフチームのチェイサーを、グリフィンドールは止められません! 次々と得点が決まる! みんな、何やってるんだ!」

 

 リーが必死に叫ぶが、グリフィンドールのチェイサー達はスリザリンを相手にしていたときのように、ハッフルパフのチェイサーに翻弄されていた。

 双子のウィーズリーが打ったブラッジャーが隙を作り、数回はゴールできたものの、それより多くハッフルパフに得点が入っていく。

 

「このような展開を誰が予想したでしょうか! まさかあのハッフルパフが、こんなに……! そうだ、チャーリーはどこに!? チャーリー、早くスニッチを掴んでくれ!」

 

「ジョーダン! 公平に実況をしなさい!」

 

 マクゴナガルがそう注意するが、マクゴナガル自身も動揺を隠しきれない顔で試合を見ていた。

 そしてチャーリーだが、まだスニッチを見つけていなかった。

 いや、探すことがほとんどできないでいた。

 神業のように飛行するチャーリーに必死になってセドリックが張り付き、チャーリーを妨害していたのだ。

 それに加えてハッフルパフチームのビーターがブラッジャーを打ち、的確にチャーリーを牽制していた。

 今まではチャイサー達が必死に妨害し、シーカーであるセドリックが試合を決めた。

 しかしこの試合では、セドリックがチャーリーを妨害し、チェイサー達で得点を稼ぐ。

 これがハッフルパフチームの作戦だ。

 このためにハッフルパフチームは並ならぬ努力をしてきた。

 チェイサー達はこっそりとスリザリンの練習を偵察し、ジェニファー達の連携技術を観察し、それを元に練習した。

 キーパーはそのチェイサーの練習相手として、ひたすら放たれるクァッフルを防ぎ続けた。

 ビーターの二人は連携を守るため、正確な位置にブラッジャーを叩き込めるよう腕が上がらなくなるほどブラッジャーを打ち続けた。

 そしてセドリックはグリフィンドールの練習を偵察し、チャーリーの飛び方をひたすら観察し続けた。

 そしてそんな彼らの練習を、他の寮は見に来ることはなかった。

 元より格下と見ているハッフルパフチームを、わざわざ偵察はしない。

 だからこそ、そこに付け入ることができるのだ。

 圧倒的に実力が上のチームの動きを観察し、分析し、対抗できるように練習をする。

 そしてそれを気づかれないようにする。

 もちろん簡単にできることではないし、何度も諦めそうになった。

 しかし彼らはやり遂げた。

 勤勉で努力家で、苦労を苦労と思わないハッフルパフだからこそできたことなのだ。

 

(かっこいいとは思わない。卑怯かもしれない。けれど、僕達が勝つための道はこれしかなかった)

 

 セドリックはチャーリーの前方を横切ったり、急加速してスニッチを見つけたかのようなフェイントをしかけたり、考えうる全てでチャーリーを妨害する。

 

(これが僕達ハッフルパフの力だ! 絶対に勝つ!)

 

 圧倒的な実力差があるチャーリーとセドリック。

 普通ならチャーリーを妨害することなど、セドリックにはできない。

 徹底的な偵察のおかげでようやくチャーリーの動きを読むことができるのだ。

 

(自由に動けない……。こんなに動きが読まれたのは初めてだ)

 

 再びセドリックにフェイントにかけられ、それに騙されたチャーリーは驚きながら苦笑する。

 

(慢心しすぎてたな。マレット以外を全然見てなかった……。反省しないと)

 

 こうしている間にもハッフルパフは得点を重ねていく。

 

「ハッフルパフの得点! 現在ハッフルパフ百三十点対グリフィンドール三十点! 今スニッチを掴めれば、優勝だ! 行けチャーリー!」

 

「ジョーダン! 公平に実況できないなら、魔法のマイクをよこしなさい!」

 

「へん、やなこった! チャーリー頼む! グリフィンドールに優勝を!」

 

 反抗的なリーからマイクを奪おうと、マクゴナガルがリーに飛びかかった。

 そしてリーとマクゴナガルがもみ合い、リーはマイクを取り上げられた。

 リーは猿ぐつわをかまされロープで縛られて観客席に放置され、マクゴナガルが実況を引き継いだ。

 

「みなさん、失礼しました。ここからは私が実況をいたします」

 

 チェイサー達の争いは激しくなってきた。

 現在の点差だと、グリフィンドールがスニッチを掴めば百八十対百三十で五十点差で勝利となり、ぎりぎりグリフィンドールの優勝が決まる。

 しかしあと一度でもハッフルパフが得点すると、たとえすぐにスニッチを掴んで勝利してもスリザリンの優勝だ。

 そしてハッフルパフは今スニッチを掴めば、現在百点差なので優勝となる。

 しかしチャーリー相手にスニッチを掴めるとは思っておらず、長期戦に持ち込みこのままじりじりとクァッフルで勝利に持ち込むつもりだ。

 一回でも多く得点を重ねようとするグリフィンドールに対し、どこまでも試合を長引かせようとするハッフルパフ。

 グリフィンドールとスリザリンの優勝争いばかり見ていた観客席は、予想外の展開に開幕戦と同じくらいの盛り上がりを見せていた。

 しかし思わぬ状況に焦るグリフィンドールと、作戦通りで冷静なハッフルパフでは明らかにハッフルパフが有利だ。

 このままだとすぐにまたハッフルパフが得点を決めるだろう。

 そう、このままだと。

 

(本当にすごいな。けど……)

 

 セドリックに妨害されながらも、チャーリーは目だけを動かしスニッチを探し続ける。

 目だけでスニッチを見つけるのはとてつもなく難しく、普通は競技場全体を飛び回り血眼になって探すものだ。

 しかし普通ではないチャーリーの目は、ついにはるか遠くの地上近くで羽ばたくスニッチを捕らえた。

 

(だてに伝説のシーカーなんて、呼ばれていないさ!)

 

 チャーリーは急にスニッチとは逆の方向に進路を変え、慌ててセドリックがこちらを向くと再び急旋回し、セドリックの横を抜いてスニッチへ向かった。

 

(フェイント……!? しまった!)

 

(一度くらいはお返ししないとな)

 

 必死にチャーリーを追うセドリックも、スニッチの姿をその目にとらえた。

 

(ここでスニッチを取られるわけにはいかない! 何とか妨害しないと……!)

 

(スニッチを掴むまでに、彼に追いつかれるか。けどスニッチを見つけたからには、もう逃がさない)

 

 なんとかチャーリーに追いついたセドリックは、チャーリーに体を押し当てて妨害する。

 チャーリーはそれを押し返しつつ、なおもスニッチに向かって進む。

 

 

(まずい! このままじゃ……!)

 

(悪いけど、ここで決める!)

 

 チャーリーは押し合っていた力を急に抜いた。

 するとずっと力一杯に競り合っていた力が抜け、セドリックの体勢が少し崩れる。

 

(しまった……!)

 

 すかさずチャーリーがセドリックに体をぶつけ、セドリックは大きく弾かれてしまった。

 そしてチャーリーはハッフルパフのビーターが打ったブラッジャーを回転して避け、スニッチに迫り手を伸ばす。

 

(これで、勝ちだ!)

 

「負けるもんか!」

 

「なっ!?」

 

 チャーリーは驚きの声を上げる。

 弾かれたセドリックが戻ってきて、同じようにスニッチに手を伸ばし始めたのだ。

 確かにグリフィンドールと百点以上差がある今、スニッチを掴めば優勝だ。

 だがスニッチの奪い合いでは、絶対にチャーリーには勝てない。

 そう結論が出たから長期戦を選んだのだ。

 

(たしかに勝てないかもしれない。けど、負けるとしても、全力で戦いたいんだ!)

 

(はは、おもしろい! 受けて立つ!)

 

 スニッチは地上付近にいたため二人も地面すれすれを飛んでおり、ときおりローブが芝生に触れる。

 二人は手を伸ばしながら抜きつ抜かれつ逃げるスニッチに迫る。

 そして同時に大きく身を乗り出し、二人は箒から転がり落ちた。

 しかしもう空中にスニッチの姿はなく、二人のどちらかが掴んだのは確かだ。

 

「スニッチが捕まりました。スニッチを掴んだシーカーは、立ち上がって下さい」

 

 マクゴナガルの実況が響き、観客席達はどちらが立ち上がるのかと固唾を飲んで見る。

 そして立ち上がったのは、チャーリーだった。

 チャーリーが高々とスニッチを掲げると、競技場から大歓声が上がった。

 そしてセドリックは転がったまま、空っぽな自分の手のひらを呆然と見つめていた。

 そんなセドリックにチャーリーが歩みよる。

 

「ほら、立てよ。大丈夫か?」

 

「ああ、うん。立てます。大丈夫……」

 

 セドリックはふらふらと立ち上がり、悔しげに俯いた。

 しかしぐっと堪え、顔を上げて笑顔を浮かべた。

 

「おめでとう、グリフィンドールの優勝だね」

 

 しかしチャーリーは頬をかきながら苦笑を浮かべた。

 

「いやあ、それがそうじゃないんだよあ……。耳すましてみろよ」

 

「え?」

 

 言われたようにセドリックが耳をすませると、割れるような歓声の中からマクゴナガルの声が聞こえた。

 

「グリフィンドールチーム一百八十点対ハッフルパフチーム百四十点で、グリフィンドールの勝利です。そしてその結果、今年のクィディッチ優勝杯は、スリザリンの物となりました。優勝杯の授与を行いますので、スリザリンクィディッチチームはピッチまで降りてきてください。繰り返します……」

 

 マクゴナガルの言葉を聞き、信じられないという顔を浮かべているセドリックに、チャーリーが軽く声をかけた。

 

「どうやら僕と君がスニッチを追いかけてる間に、ハッフルパフが得点したみたいだな。ハッフルパフがあんなに強かったのを見抜けなかったなんて、自信なくすよ」

 

「……普段からみんな、ハッフルパフを舐めすぎなんですよ。だから足元をすくわれるんです。それに、結局負けたのは僕らだし……」

 

「試合には勝っても、優勝は取られしまったよ。ていうか、開幕戦と同じような終わり方しちゃったなあ……」

 

 チャーリーはそう言ってため息を吐くが、その顔はどこか晴れやかだった。

 それを疑問に思ったセドリックはチャーリーに尋ねる。

 

「あの、悔しくないんですか?」

 

「ん? もちろん悔しいさ。けどすごく楽しい試合だったから、なんだか満足してるんだよ」

 

「楽しかった、ですか?」

 

「ああ」

 

 そう言ってチャーリーは、セドリックに手を差し出した。

 

「ここ数年で、一番手強い相手だったよ。楽しい試合をありがとう、セドリック」

 

 セドリックはしばし差し出された手を見て、震える手でその手を握った。

 すると、セドリックの目にじわじわと涙が浮かんできた。

 

「負けたけど、悔しかったけど、僕も、楽しかったです……。ありがとう、ございました……!」

 

 セドリックは嗚咽混じりにそう言った。

 チャーリーはセドリックの涙を周りから隠すように抱き寄せ、彼の背中をぽんぽんと叩いた。

 

「来年からも頑張れよ」

 

「はい……!」

 

 大歓声は気がつけば大きな拍手に変わっており、試合を戦い抜いてきた選手達をたたえているかのようだった。

 

──────────

 

 試合後観客席でアイビーとスコットは、魂が抜けたかのような顔で席に座り込んでいた。

 二人だけではなく、観客席に座る生徒達の多くは同じような顔をしている。

 現在ピッチでは、ダンブルドアによってクィッディッチ優勝杯の授与が行われていた。

 優勝杯を受け取るのは、スリザリンチームのキャプテンであるジェニファーだ。

 普段あまり表情を変えない彼女であるが、珍しく喜びで満面の笑みを浮かべながら優勝杯を受け取った。

 ダンブルドアも朗らかな笑みを浮かべながら、嬉しそうに頷いてジェニファーと握手をしていた。

 ジェニファーが高々と優勝杯を掲げると、再び割れるような声援が観客席から上がった。

 このときばかりは四寮の隔たりはなく、ただただ選手をたたえていた。

 新たな課題を見つけたグリフィンドールチームは、慢心を捨て来年からさらなる実力の向上を目指す。

 スリザリンチームは来年には絶対的なキャプテンとチェイサーがいなくなることを思い、戦力の補充についてすでに考え始めていた。

 レイブンクローチームは今年のクィディッチの成績を振り返り、優れたシーカーの確保と練習量を増やすことを決めた。

 そしてハッフルパフチームは、自分達が十分に他の寮に通用することがわかり、自信を取り戻すと共にもっともっと強くなろうと思っていた。

 それぞれのチームがそれぞれの思いを胸に優勝杯の授与は終了し、ついにここ数十年で最高の盛り上がりを見せたクィディッチシーズンが終了した。

 




あと一話と少し閑話をいれて、一章は終了です。


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第32話 一年目の終わり

この第32話と閑話を同時に投稿しています。
できれば32話から読んでいただけると嬉しいです。

この作品では、学年の上位10位まで、生徒個人に返却される成績表に記載される、という設定です。
公表はされず、学年上位だった本人だけが分かるようなっています。


 学期末試験の結果が出て、セリア達四人は無事進級できることとなった。

 セリアは見事学年首位となり、全ての科目において満点に近い成績で、特に呪文学は百点満点を越える結果だった。

 リジーは変身学で学年首位となり、魔法薬学が少し危なかったものの、その他の科目はだいたい良い結果だった。

 メグは闇の魔術に対する防衛術でかなりの高得点を取り、その他も総じて良い成績だったため学年三位となった。

 アイビーは魔法薬学と薬草学の二科目で学年首位を取ったが、その他の科目の成績はあまり良くなく、最終的には真ん中より少し上くらいの結果だった。

 ハッフルパフの生徒がこれほどに良い成績を取るのは珍しいため、寮監であるスプラウトは大変喜んだ。

 そして最終日の前日夜、学期末パーティーが開かれた。

 大広間はきらびやかに飾り付けられ、さらに今年度の寮杯を獲得した寮の旗がいくつもあった。

 今年寮杯を獲得したのはスリザリンで、これで六年連続だ。

 元々スリザリンには優秀な生徒が多く、さらにクィディッチの全試合で勝利したことが大きいだろう。

 寮監であるスネイプが事あるごとに、スリザリンに加点していたことも影響している。

 ちなみにハッフルパフは第三位だった。

 

「明日で一年生も終わりかー。なんだかあっという間だったね」

 

「はい。入学した日が、まるで昨日のことみたいです」

 

「みんなと会ってまだ一年も経ってないなんて、なんだか変な感じねえ……」

 

「もうみんな一緒にいるのが、普通になってるもんね」

 

 セリア達はテーブルを挟んでセリアとリジー、メグとアイビーに分かれて座っている。

 するとセドリックとスコットが大広間に入ってくるのが見えた。

 

「あ、セドリック! スコット! よかったらこっちに座らない?」

 

 アイビーがそう呼びかけると、それに気づいた二人はこちらにやって来て座った。

 ちなみに、セドリックを誘おうとしていた他の女子生徒がこちらを恨みがましく睨んでいたが、アイビー以外は誰も気づいていなかった。

 アイビーはそれをまったく気にせず、自然な流れでメグの隣にセドリックが座るよう誘導した。

 スコットはリジーの隣だ。

 

「やあみんな。誘ってくれてありがとう」

 

「よう! ありがとな」

 

 座りながらセドリックとスコットが言う。

 メグは早くも顔を赤く染めていた。

 

「いいのよ。ねえ二人とも、試験の結果はどうだった?」

 

「うん、まあまあかなあ」

 

「嘘つけ、めっちゃいい成績だっただろ」

 

「さすがセドリックだねー。スコットはどうだったの?」

 

「進級はできるから問題なし!」

 

「来年からはちゃんと勉強してくれよ……。僕だって、勉強を教える余裕なんてないんだから」

 

「おう、任せろ」

 

「去年もそう言ってたじゃないか……」

 

 セドリックが疲れたようにそう言う。

 対してスコットは気にした様子もなく、けらけらと笑っていた。

 

「みんなはどうだったんだ?」

 

「ふふん、聞いて驚きなさい。セリアは学年首位! メグは三位よ!」

 

「しかも私は変身術、アイビーは魔法薬学と薬草学が学年首位だよ! すごいでしょー」

 

「おお、まじかよ! 凄いな!」

 

「セリアもメグもすごいなあ。尊敬するよ」

 

「ありがとうございます!」

 

「あ、ありがとう、ございます……」

 

「ん? メグ、顔赤いぞ? 大丈夫か?」

 

「大丈夫です。放っておいてください」

 

「心配しただけなのに……」

 

 セリア達を含め全生徒がやかましく話していると、ダンブルドアが立ち上がって大広間中に響くほど大きな音で両手を叩いた。

 そして生徒達が静かになると、ダンブルドアが微笑んで話し始めた。

 

「また一年が過ぎた! 今年もみなよく学び、成長したことじゃろう。ご馳走の前にちょこっとだけ話があるので、聞いてくれるかのう。まず、今年の寮対抗の表彰を行う。第四位グリフィンドール、三百八十九点。第三位ハッフルパフ、三百九十七点。第二位レイブンクロー、四百十点。そして第一スリザリン、四百二十五点」

 

 スリザリンのテーブルから大歓声が爆発し、他の寮からぱらぱらと拍手が鳴る。

 そしてしばらく大歓声が続き、それが少し小さくなると再びダンブルドアが話し始めた。

 

「今年はなかなかの僅差じゃったのう。その中で第一位となったスリザリン、ようやった。また来年も頑張るんじゃよ。そして次に、連絡事項が少しだけある。ああ、すぐに終わらせるから、お皿を叩くのはやめなさい。こほん。まず、今年闇の魔術に対する防衛術を教えてくださっておったデレク・クーパー先生が、今日をもって退任される。一年という短い期間じゃったが、先生の教えはとてもためになったじゃろう」

 

 クーパーは立ち上がり一礼する。

 生徒達は上級生はかなり大きな拍手をしており、下級生になるにつれ拍手の音は小さいものとなっていた。

 

「次に来年の闇の魔術に対する防衛術じゃが、去年までマグル学で教鞭を執っておったクィレル先生が担当してくださる。先日連絡があって、予定通り旅を終え無事に帰ってくるそうじゃ。一年生の諸君は会ったことはないじゃろうが、とても良い先生なので、来学期を楽しみにしておくんじゃよ。そして上級生は、来年からもバーベッジ先生がマグル学を教えてくださるので、心配せずマグル学の授業を受けるように。以上! それではみな、思いきり食べ、飲んで、また新学期に元気な姿を見せておくれ! いただきます!」

 

 そしてダンブルドアが両手を打ち鳴らすと、各テーブルにご馳走が現れた。

 生徒達は歓声を上げてご馳走に飛びつき、しばらくの間楽しめないホグワーツでの食事を、長い時間をかけて堪能するのだった。

 こうしてセリア達の一年間が終わりを告げた。

 

──────────

 

 学期末パーティーの翌日、生徒達はセストラルの馬車で駅まで行き、ホグワーツ特急に乗った。

 セリア達四人は、チョウ、マリエッタ、ケイティの三人と共に帰りの旅を楽しんだ。

 マリエッタは、レイブンクロー生でありながらセリアとメグに試験で負けたことを悔しがり、来年こそ勝つと宣言した。

 それにメグは受けて立つと正面から言い、二人の間に火花が散った。

 アイビー、チョウ、ケイティは今年のクィディッチを振り返り、大興奮で語り合っていた。

 特にチョウとケイティは、来年必ずクィディッチチームに入ると燃えていた。

 そしてセリアは、しばらく友達と会えなくなるので寂しがり、頑張って自分からみんなに話しかけていた。

 しかししばらくすると疲れたのか、リジーの肩に寄りかかって寝息をたて始めた。

 リジーは寄りかかっているセリアを見て優しく微笑みながら、彼女の頭をゆっくりと撫でていた。

 そして日が沈んでいき、特急はキングズ・クロス駅に到着した。

 ローブから私服に着替え、セリア達はチョウ達と別れてホームに降り、それぞれの家族を探す。

 すると突然背後にレイモンドが現れた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

「ただいま戻りました、レイモンド」

 

 セリアは気にせずそう返したが、リジー達はまだ慣れないのか、一瞬驚いてから挨拶を返した。

 

「みなさん、こちらへどうぞ」

 

 レイモンドがそう言ったので、四人は彼に続いて人混みを歩く。

 そして少し歩くと、ロルフ、アーロンとヘイリー、マーサがそろっているのが見えた。

 

「兄ちゃん!」

 

「ごふっ!」

 

 リジーはロルフの姿が見えた途端に彼に突進し、ロルフは苦しそうにしながらもリジーをしっかりと受け止めた。

 

「えへへ。ただいま!」

 

「ったく。おう、お帰り」

 

 アイビーとメグも、自分の家族の元へ向かう。

 

「お帰り、メグ、アイビー。元気そうだね」

 

「お帰りなさい。アイビー、メグはみんなに迷惑かけていなかった?」

 

「あはは、大丈夫ですよ」

 

「もう、お母さん、何言ってるの……」

 

 そしてアイビーはマーサの方を向いた。

 マーサはひどく疲れた顔で椅子に座っていた。

 

「母さん、珍しいわね? 迎えに来てくれるなんて」

 

「ヘイリーに無理矢理連れてこられたの……。ああ、太陽が眩しいわ……」

 

「もう、しっかりしてよ!」

 

「うう……」

 

 マーサはよろよろと立ち上がると、杖を軽く振って椅子を消した。

 そしてアイビーの頭に手を置いた。

 

「ふう……。アイビー、お帰りなさい」

 

「ふふ、ただいま」

 

 リジー達が家族との再会を楽しんでいる様子を、セリアはレイモンドの横でにこにこと微笑みながら見ていた。

 そしてふと疑問に思ったのか、レイモンドを見上げて尋ねた。

 

「レイモンド、どうしてみなさんと一緒に待っていたんですか?」

 

「ああ、メグのお父様の気配がしましたので挨拶をしに行ったら、次にロルフの気配がしましたので。どうせなら全員でお出迎えをしようということになったんですよ」

 

「そうだったんですね」

 

 セリアとレイモンドが話していると、リジーがセリアに声をかけてきた。

 

「セリアー! こっちにおいでー!」

 

「へ? は、はい!」

 

 リジーに呼ばれ、セリアは慌ててリジーに駆け寄った。

 

「セリア、お父さんとは前に会ったけど、お母さんは初めてだよね?」

 

「はじめまして、ヘイリー・ベケットです。いつも娘がお世話になってるわね」

 

「い、いえ、そんな」

 

「セリア、私の母さんよ」

 

「はじめまして。……ふうん、あなたがレイブンクローの……」

 

「あ、あの、はじめまして……」

 

 知らない人に続けざまに話しかけられて、セリアはおろおろと焦る。

 しかしリジー、アイビー、メグに微笑みかけられると、一度目を閉じて深呼吸して落ち着くことができた。

 セリアはすっと背筋を伸ばしてスカートの裾を少しつまみ、片足を後ろに引いた。

 そしてもう片方の膝をちょこんと曲げ、誰もが魅了される微笑みを浮かべた。

 

「みなさん、はじめまして。私はセリア・レイブンクローといいます。リジー、アイビー、メグにはいつもお世話になっています。みんな、とても大切なお友達です。これからもどうかずっと、よろしくお願いします!」

 

 初めてセリアのお辞儀を見た者は、目が彼女に釘付けになって離せなくなった。

 それは見かねたリジー達三人が、セリアの脇を指で突くまで続いたのだった。

 それからしばらくして。

 

「それでは、私達はこれで失礼します。メグ、アイビー、私につかまりなさい」

 

「うん」

 

「わかりました」

 

 メグとアイビーはアーロンのローブをしっかりと掴んだ。

 マーサはヘイリーの腕につかまっていた。

 

「ヘイリー、私を連れていって」

 

「はあ? 姿くらましくらい自分でしなさい!」

 

「めんどうくさいの……」

 

「ちょっと、座り込まないで、みっともない。もう、わかったから立ちなさい!」

 

「やったわ」

 

 それをセリアとリジーは苦笑いしながら見ており、アイビーは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

 

「もう、母さんったら……。それじゃあ二人とも、またね。お手紙書くからね!」

 

「元気でね、セリア、リジー。私も手紙書くね」

 

「うん! 私も毎日書くよ! 元気でね!」

 

「私もお手紙いっぱい書きます!」

 

 そしてアイビーとメグがセリアとリジーに手を振り、パチンという音と共に姿が消えた。

 

「そんじゃあ俺たちも帰るか」

 

「うん」

 

 リジーはセリアをそっと引き寄せて優しく抱きしめた。

 

「それじゃあね、セリア……」

 

「はい。お元気で……」

 

 しばらく抱き合った後、リジーはロルフの腕を掴んだ。

 

「じゃあなセリア、元気でな。おっさんも」

 

「ああ、また会おう」

 

「ばいばい、セリア!」

 

「さようなら、リジー!」

 

 リジーが元気いっぱいに手を振り、パチンという音と共に姿が消えた。

 

「それではお嬢様、手を」

 

「はい」

 

 セリアがレイモンドの腕を掴むと、パチンという音と共に二人の姿がホームから消えた。

 次にセリアの目に映った景色は、久しぶりの我が家の玄関ホール。

 セリアは確かめるように大きく深呼吸をした。

 そしてそんな彼女を見下ろして、レイモンドは優しく笑いながら彼女に言う。

 

「お帰り、セリア」

 

 それにセリアは満面の笑みで答えた。

 

「ただいま、レイモンド!」

 

 

 




今日で初投稿から一年になります。
まさか第一章にこんなに時間がかかるとは……遅筆過ぎて申し訳ありません。
原作主人公が一年も出ないなんて、自分でびっくりです笑

これからも頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。
そして可能であれば、一言でもいいので感想など頂ければ、とても嬉しいです笑


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昔話・一

この話と同時に第32話を投稿しています。
まずは第32話から読んでいただければ嬉しいです。


 ギャリック・オリバンダーは店内の掃除をしていた。

 何世代も続くこの店には膨大な数の杖が置いてあり、少し油断するとその全てにぶ厚い埃が積もってしまうのだ。

 オリバンダーがすばやく、しかし丁寧に埃を取り除いていると、遠くでチリン、という呼び鈴の音がした。

 来客の合図だ。

 オリバンダーは音を立てぬように静かに客の元へと向かった。

 

「いらっしゃいませ、オリバンダーの店へ……」

 

 そこで言葉が途切れた。

 なぜなら、そこに客がいなかったからだ。

 訝しげに首を傾げたオリバンダーは、カウンター横の仕切り板が上がっていることに気がついた。

 そして薄く埃の積もった床に、店の奥へと続く足跡があったのだ。

 オリバンダーは杖を構えてその足跡をたどる。

 

(盗っ人か? しかし、ならばなぜ呼び鈴を鳴らした?)

 

 店の奥へ行くと棚の前に人影があり、二つの箱を持って立っていた。

 

「何者だ!」

 

 オリバンダーが厳しい声でその人影に怒鳴った。

 その人影は焦ることなく、ゆっくりとオリバンダーの方を向いた。

 

「ああ、失礼しました。杖を買いに来たのですが……」

 

 オリバンダーは、その人影の顔をまじまじと見つめる。

 まだ幼い顔だ。

 杖を求めるということは年は十一歳、つまり今年ホグワーツに入学するのだろう。

 髪は深い青色が入った黒色で、少し長めだ。

 そして驚くほど端正な顔立ちで、特に目が特徴的だった。

 きりっとした意志の強そうな目で、瞳の色は美しい翡翠色。

 その少年は右手に持った箱を上げた。

 

「この杖を頂けますか?」

 

 そこで我に返ったオリバンダーは、慌てて少年に言う。

 

「あ、ああ。いや、きちんと見なければ。何しろ持ち主が杖を選ぶのではなく……」

 

「杖が持ち主を選ぶ。ええ、分かっていますよ」

 

 オリバンダーの言葉を遮って少年が言う。

 

「この杖が僕を呼び、僕もこの杖を求めていた。資料通り、屋敷の敷地内の林にある楓の木を使った杖……二本あるとは知らなかったけど。でも、僕はこっちだな」

 

 少年は左手の箱を棚に戻した。

 それをオリバンダーは呆然と見ていたが、ふと少年の言葉を頭の中で繰り返した。

 屋敷の敷地内の林にある、楓の木。

 オリバンダーは震える声で少年に尋ねる。

 

「すまないが、名前を教えてくださらんか……?」

 

「ああ、すみません。名乗るのが遅れてしまい……」

 

 オリバンダーは、自分の作った杖を一本一本全てを覚えている。

 そして店にある祖先が作った杖も、その詳細をしっかりと把握している。

 どの木を使い、どの芯材を使い、長さはどれだけか、そして杖の個性、その全てだ。

 少年が手にしていた杖は、芯材や長さは違うが、どちらも同じ木を使ったもの。

 とても柔軟性があり、長さは二十五センチ、芯材にはドラゴンの心臓の琴線、使った木は楓。

 その楓の木が立っていた場所は、あのレイブンクローの屋敷の敷地にある林。

 少年は左手を腹部の辺りに当て、右手を後ろに回してオリバンダーにお辞儀した。

 そして少年の雰囲気に圧倒されるオリバンダーを見つめ、名乗り上げた。

 

「僕は、ジェイド・レイブンクローといいます。よろしくお願いします」

 



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第二章 賢者の石
第33話 はじめてのお泊まり会


新章突入です。
投稿が遅れてしまい、申し訳ありません。


 ホグワーツでの一年が終わり、夏休み期間に入ってからしばらく。

 七月も終わろうとしているある日の朝、レイブンクローの屋敷には魔法省大臣、コーネリウス・ファッジが訪れていた。

 ファッジがレイモンドが淹れた紅茶をおいしそうに飲んでいると、目の前に座るセリアがそわそわと落ち着きのない様子であることに気がついた。

 ファッジはセリアに尋ねる。

 

「セリア、どうしたんだい? ずいぶんと落ち着きがないようだが」

 

「あ、ごめんなさい、ファッジさん。実は今日、お友達が屋敷に遊びに来るんです。しかもお泊まりなんですよ」

 

 セリアは恥ずかしそうに頬を染め、しかし嬉しそうに微笑みながら答えた。

 その様子を見てファッジも笑みを浮かべる。

 

「そうかそうか、セリアがお友達を! めでたいね」

 

「はい! でも、ちゃんとおもてなしできるか不安で、なんだか落ち着かなくて……」

 

「そんなこと気にする必要はないよ」

 

 ファッジはそう言うと腕を伸ばし、セリアの頭を優しくなでた。

 

「セリアはセリアらしくすればいい。きっと、お友達もそう言うよ」

 

「ファッジさん……わかりました。私らしく頑張ってみます」

 

 セリアはにっこりと笑ってそう言った。

 それを見てファッジは頷くと、立ち上がって山高帽を被った。

 

「それでは私は行くよ。頑張るんだよ」

 

「はい、ありがとうございます。レイモンド、お見送りをお願いします」

 

「了解しました」

 

 応接室から出るファッジを見送った後、セリアは自室に戻り大切な親友を迎えるために、まず着替えを始めるのだった。

 

──────────

 

 ここはとある森の中にある二階建ての家。

 昼食を終えたリジーは、セリアからの手紙を手に持ってリビングの中を歩き回っていた。

 この手紙は移動キー(ポートキー)となっており、決められた時間になるとレイブンクローの屋敷へと運ばれるのだ。

 

「おいリズ、ちょっとは落ち着けよ。ずっと歩き回られるとうっとうしいぞ」

 

「あ、ごめんね兄ちゃん。でも、セリアのお家だよ? すっごくどきどきするよー」

 

 ロルフに言われて止まったリジーは、椅子に座りながらそう言う。

 

「きっとすっごく大きくて、見たことない物がいっぱいあるんだよ。緊張するなあ……」

 

「焦っててもどうせ時間になったら行くことになるんだし、気にしなけりゃいいじゃん」

 

「私は兄ちゃんみたいに能天気じゃないんだよ! って、わあ!」

 

 突然手紙が青白く光りだして、リジーは驚いて叫び声を上げた。

 

「お、そろそろだな。荷物ちゃんと持っていけよ?」

 

「う、うん!」

 

 リジーは慌てて立ち上がり、近くに置いていた荷物を持った。

 その間にも徐々に光が強くなっていく。

 

「それじゃ行ってくるね!」

 

「おう、楽しんでこいよ」

 

 リジーがロルフに手を振ると強くなった光が彼女を包み込み、やがて光が消えるとそこにはリジーの姿はなかった。

 リジーを見送ったロルフは、椅子の上でぐぐっと体を伸ばすと一人呟く。

 

「……よし、寝るか」

 

──────────

 

 山あいの小さな村にある大きな屋敷。

 その屋敷内の食堂で、朝ご飯兼昼ご飯を食べ終えたメグは手元の手紙を見下ろす。

 

「時間は……良かった、大丈夫みたい」

 

 移動キーとなっている手紙に記された時間はあと数分後で、メグは時間に間に合ったことに一安心する。

 メグは夏休みが始まってから、両親が仕事に行っている日は毎日昼近くまで寝るという生活を送っていた。

 ホグワーツに入学する前はいつも屋敷しもべ妖精であるネリーに起こされていたが、それではまずいと思ったメグは自力で起きるようにしていたのだが、なかなかうまくいかない。

 優しい祖父母はメグを起こすことはなく、ネリーも泣く泣く彼女を起こさずにいたが、二度寝三度寝を繰り返し、結局毎回昼近くに起きていたのだ。

 

「今日は何とか起きれて良かったよ……」

 

「お嬢様、お荷物を持ってまいりました」

 

「ありがとうネリー」

 

 メグの横に荷物を持ったネリーが現れた。

 荷物を受け取ったメグがネリーの頭をなでると、ネリーは嬉しそうにお辞儀した。

 すると手紙が青白い光を放ちはじめた。

 

「時間みたいだね。それじゃあ行ってくるね」

 

「はい、行ってらっしゃいませ」

 

 立ち上がったメグがネリーに言うと、ネリーは深々とお辞儀をしてメグを見送る。

 徐々に光が強くなってメグを包み込み、やがて光が消えるとメグの姿はなかった。

 

──────────

 

 メグの屋敷の隣に立つごく普通の一軒家。

 準備を整えたアイビーは時間を確かめると、荷物と手紙を手に立ち上がった。

 

「もうそろそろね。母さん、今夜はちゃんとご飯作ってよ?」

 

「んー」

 

 アイビーは、リビングにあるソファに寝転がりだらけきっている母、マーサに声をかける。

 アイビーが料理本を置いて行ったこともあり、マーサはクリスマス以降毎日ではないものの、料理を作るようになっていた。

 しかしアイビーが帰ってきてからはまったく作らなくなり、以前のように戻っていたのだ。

 マーサの気の抜けた返事を聞き、アイビーは深くため息をつく。

 

「心配しないでよ姉さん。母さんが作らなくても、僕が作るから。姉さんの書いた本のお陰で、少しは料理できるようになったからね」

 

 弟であるケビンがそう言うが、アイビーは首を横に振った。

 

「母さんを甘やかしちゃだめよ。それに、ケビンは学校に合格できたんだから、しっかりお勉強しておかないと。……本当は一緒にホグワーツに行けたら嬉しかったんだけど」

 

 ケビンは幼い頃から魔法が発現せず、七月に入ってもホグワーツから入学の案内が届くことはなかった。

 もっとも、ケビンは近くの大きな都市にある名門の学校に入学が決まっており、元々ホグワーツには興味はないようだった。

 

「僕は魔法にはあまり興味がないからね」

 

「でも、私は一緒に行きたかったなあ。それに頭のいい学校って聞くし、ケビンが勉強についていけるか心配なの」

 

「この子の学力なら、あれくらいなら全然大丈夫。余裕よ」

 

 アイビーが不安そうにしていると、ソファで寝転がりながらマーサが言った。

 

「母さんが言うなら、そうなんだろうけれど……本当に大丈夫?」

 

「うん、大丈夫。試験の問題もそれほど苦労しなかったしね。姉さんは心配せず、学校を楽しんできてよ」

 

 ケビンが微笑みながらそう言うと、アイビーは安心したように笑った。

 その時、アイビーが持つ手紙が青白く光りはじめた。

 

「わあ、びっくりした! えっと、そろそろ時間みたい。行ってくるわね」

 

「うん。行ってらっしゃい、姉さん」

 

「行ってらっしゃい」

 

「父さんによろしくね! それじゃあ!」

 

 青白い光がアイビーを包み込み、光がおさまると彼女の姿は消えていた。

 

「これが魔法か、すごいな……。ところで母さん、今日のご飯は僕が作ろうか?」

 

「……ううん、私が作るわ」

 

 マーサはのっそりとソファから立ち上がった。

 

「あの人、最近アイビーの料理をいっつも褒めてばかり……。だから帰ってきたら、おいしい料理を作って思い知らせてやるの」

 

「あはは、そっか。頑張ってね母さん」

 

「うん、頑張る」

 

──────────

 

 レイブンクローの屋敷の玄関ホールに、ひどく緊張した様子のセリアが立っていた。

 セリアはずっと懐中時計を見つめており、その時計が約束の時間がまもなく来ることを示していた。

 

「そ、そろそろですね……」

 

「頑張ってくださいね、お嬢様」

 

「はい……!」

 

 セリアがそう言った直後、玄関ホールに小さな青白い光が三つ現れた。

 その光は徐々に大きくなっていき、その奥に小さな影が見える。

 その影がだんだんと形を変えていき、やがて人影となった。

 そして一際大きく光り輝くと突如光がおさまり、そこにはリジーとメグ、アイビーが目を閉じて立っていた。

 目を開けた三人は玄関ホール内を見渡すと、セリアを見つけ笑顔を浮かべる。

 

「み、みなさん、いらっしゃいませ! 今日は精一杯おもてなしを、きゃあ!」

 

「セリアー! 久しぶりー!」

 

 セリアの緊張しながらの挨拶は、凄まじい勢いで飛びついてきたリジーによって遮られた。

 そしてリジーに続き、メグとアイビーもセリアに飛びついて抱きしめる。

 

「本当に久しぶり! 元気だった?」

 

「会えて嬉しいよ」

 

「あ、あの、みなさん、離してください……」

 

 セリアはもみくちゃにされて苦しそうに声を上げるが、三人は気づかずに抱き締め続ける。

 レイモンドはその様子を面白そうに眺めて、しばらくしてから声をかけた。

 

「みなさん、そろそろお嬢様が限界なので、離してあげてください」

 

 レイモンドの言葉を聞いて三人はセリアから離れた。

 解放されたセリアは少しふらついていたが、ひとつ深呼吸をして微笑んだ。

 

「改めまして、みなさんお久しぶりです! お友達を招待するのは初めてですが、精一杯おもてなしします。よろしくお願いします!」

 

 そう言うとセリアは、スカートをちょこっとつまんでお辞儀をした。

 セリアの挨拶を聞いて三人はぱちぱちと拍手をする。

 

「それでは客室にご案内します。みなさん、ついて来てください」

 

「はーい」

 

 セリアは三人を連れて玄関ホールを出ると、階段を上がって二階へ向かう。

 三人は屋敷の中をきょろきょろと見渡しながら、セリアの後を続いて歩く。

 

「セリア、たしかお屋敷は二階建てなんだっけ?」

 

「はい。前にも言いましたけれど、地下がとても広いんです。後でご案内しますね」

 

「うん、楽しみにしてるよ」

 

「珍しい薬の材料とか、あったりするのかしら?」

 

「ええ。よろしければ、少し持ち帰ってくださってもいいですよ」

 

「本当!? わあ、すごく嬉しい!」

 

「セリアー、地下に珍しい動物っていたりするの?」

 

「えっと、動物はちょっと……。けれど近くにある林には、ボウトラックルがいっぱいいる木がありますよ」

 

「ボウトラックルがいるんだ! 知ってたら妖精の卵持ってきたのになー」

 

 おしゃべりしながら階段を上がり二階を進むと、いくつか扉が並んでいる廊下へ着いた。

 

「ここにあるのは全て客間です。お掃除はちゃんとしていますので、お好きな部屋を選んでください」

 

「みなさんが来るからと、お嬢様が頑張って部屋の掃除をしたのですよ」

 

「もう! 余計なこと言わないでください!」

 

「申し訳ありません。それでは私はこれで。お嬢様、頑張ってくださいね」

 

「はい、頑張ります!」

 

「失敗して泣いても、手助けしませんからね」

 

「泣きません!」

 

 セリアがレイモンドに文句を言っている様子を、他の三人は微笑ましそうに見る。

 その後三人はそれぞれ部屋を選び、持ってきた荷物を部屋に置いた。

 荷物を置いた三人は再び廊下に出る。

 

 

「それではお屋敷の中をご案内します。みなさん、行ってみたい所はありますか?」  

 

「はい!」

 

 セリアが聞くと、リジーが元気に手を挙げた。

 

「私、セリアの部屋見てみたいなー」

 

「わ、私の部屋ですか?」

 

 セリアは予想もしていなかったのか、驚いた表情を浮かべる。

 リジーの言葉にメグとアイビーも頷く。

 

「そうね、私も見てみたいわ」

 

「私も気になる」

 

 三人に期待の目で見つめられ、セリアは仕方なさそうに頷いた。

 

「わ、わかりました。どうぞこちらへ」

 

 歩き出したセリアに三人が続く。

 一つ廊下を曲がると二つ扉がある廊下に出て、奥は行き止まりだった。

 セリアは手前の扉の前で立ち止まる。

 

「ここが私の部屋です。何もない部屋ですが、どうぞ」

 

 そう言ってセリアは扉を開けた。

 セリアの部屋に入った三人は、辺りを興味深そうに見渡す。

 

「わあ、すっごく広いねー」

 

「うん、私の部屋の倍くらいあるかも」

 

「でも、棚がいっぱいあるのね」

 

「お仕事の書類は、ほとんどこの部屋で保管しているんです。その他にも色々と大事な物もあるのですが、棚にはあまり触らないでくださいね。魔法で保護していますので」

 

 広い室内に立ち並ぶ棚の間を抜け、クローゼットやベッドがある場所まで進む。

 机の上は珍しく綺麗に片付いていた。

 

「ここでセリアは寝てるんだねー」

 

「あ、漫画がいっぱいあるね。ちょっと読んでみたいかも」

 

「あら? あまり服はないのね。セリアかわいいのに、もったいないなあ」

 

 三人に自分の生活空間を好き放題に見られ、セリアは恥ずかしそうに頬を染める。

 

「あ、あの、それくらいで許してください……」

 

「わあ! ごめんねセリア!」

 

 やがてセリアが耐えきれなくなって震える声でそう言うと、三人は慌てて部屋を出た。

 

「ふう、ごめんねセリア」

 

「ごめん」

 

「ごめんなさい」

 

 部屋を出ると三人は口々にセリアに謝る。

 

「いえ、大丈夫ですよ。それでは、次はどこをご案内しましょうか?」

 

「私は外の林に行ってみたいなー」

 

「私は地下で珍しい本を見たいよ」

 

「えー。地下より外の方がいいよ」

 

「ううん、こんな機会あまりないし、本を読むべきだよ」

 

 リジーとメグの意見が分かれて言い合いになり、セリアはおろおろと慌てる。

 

「うーん、地下の魔法薬の材料も気になるし、林の植物も気になるわ……。あら? セリア、あの奥の部屋は何の部屋なの?」

 

 地下か林かで迷っていたアイビーは、奥にある扉に気がついてセリアに尋ねる。

 尋ねられたセリアは一瞬体を強張らせると、少し迷ったように答える。

 

「えっと……あの部屋は、お父さんが使っていた書斎です。お母さんはあの部屋でレイブンクローの仕事をしていたんですが、亡くなってからは私も入っていなくて……」

 

 セリアの答えを聞いてアイビーは顔色を真っ青にして、言い合っていたリジーとメグも口を閉じた。

 

「あ、あの、本当にごめんなさい。私、無神経で……」

 

 アイビーが震える声でそう言うが、セリアは静かに首を振った。

 

「……私も、そろそろ乗り越えないといけないと思っていたんです」

 

 セリアは小さな声でそう言うと三人を見渡した。

 

「ご案内しますね」

 

「セリア、いいの?」

 

 リジーに心配そうに聞かれてセリアは頷く。

 

「リジー、メグ、アイビー。力を貸してください」

 

「セリア……うん、わかったよ」

 

「任せて」

 

「わかったわ」

 

 四人は奥にある扉の前まで進む。

 セリアはゆっくりと数回深呼吸をすると、扉に手をかける。

 しかし手が震えだし、扉を開けることができない。

 セリアは扉を開けようと必死で力を込めるが、その分震えが大きくなっていく。

 セリアが悲しげに顔を歪めていると、彼女の震える手に三人の手が重ねられた。

 

「セリア、私達がいるよ」

 

 リジーがそう言って、メグとアイビーも力強く頷く。

 その言葉を聞いてセリアの手の震えが止まり、彼女は再び息をつくと、手に力を入れる。

 少し鈍い音が響いて扉が開かれた。

 その部屋にセリアはゆっくりと足を踏み入れる。

 セリアの父、ジェイドの書斎は天井がとても高く、その天井に届くほどの本棚が扉の左右の壁にあった。

 扉から見て正面には大きな窓があり、日の光が入って灯りがついていない室内を明るく照らしている。

 その窓の前には大きな机があり、書類や羽ペン、封蝋の道具などが置かれていて、まるで普段から使われているかのようだ。

 セリアに続いて部屋に入った三人は、書斎の中を物珍しそうに見渡す。

 

「本棚、すっごく大きい……」

 

「しかも、外国の本ばかりだね」

 

「全然読めないわ……」

 

 セリアは部屋の中を進んで机に歩み寄り、机を優しく撫でる。

 そして机についている小さな傷に気がつくと、その傷に触れて微笑んだ。

 その時、突然室内に声が響いた。

 

「お嬢様」

 

「きゃあ!」

 

 セリアは悲鳴を上げ、他の三人も飛び上がって驚いた。

 声の正体は、いつの間にか部屋の中央に立っていた屋敷しもべ妖精、ルンだった。

 

「ル、ルン? 突然どうしたんですか?」

 

 セリアが尋ねると、ルンは恭しくお辞儀をした。

 

「突然申し訳ありません。お嬢様にお渡しするものがございます」

 

 ルンはそう言うと指を鳴らし、どこからか小さな手帳と手紙を取り出した。

 ルンが手帳と手紙を丁寧に差し出し、セリアは動揺がおさまらないままにそれを見つめる。

 

「えっと、急ぎのお仕事ですか?」

 

 ルンはセリアの問いに首を横に振る。

 

「いえ、こちらはジェイド様から贈られたものでございます」

 

「え……」

 

 セリアは目を見開いて驚く。

 

「ジェイド様はわたくしに、お嬢様が十一才になられて書斎へいらっしゃったら、こちらをお渡しするようにご命令されました」

 

「お父さんが……」

 

 セリアが手帳と手紙を受け取ると、ルンは再び恭しくお辞儀をした。

 

「それでは、確かにお渡しいたしました。わたくしは仕事に戻ります」

 

 ルンはそう言うと、音もなく姿くらましをして去って行った。

 書斎には呆然と立ち尽くすセリアと、どうしたら良いのか分からない三人が残された。

 

──────────

 

 しばらくしてセリア達は書斎を出た。

 

「セリア、それどうするの?」

 

 メグが尋ねる。

 セリアは手に持った手帳と手紙を見下ろし、少し悩んだ後に答えた。

 

「ひとまず、部屋に置いてきます」

 

「え、いいの? セリアのパパからのお手紙なんでしょ?」

 

「すぐに読んだ方がいいんじゃない?」

 

 リジーとアイビーがそう言うが、セリアは首を横に振る。

 

「いえ、今はみなさんをご案内しないと。それに後で時間があるときに、ゆっくりと読みたいですしね。すみませんが、少し待っていてください」

 

 セリアは自分の部屋に足早に向かう。

 そしてすぐに部屋から出てきて三人に微笑んだ。

 

「それでは行きましょう」

 

 それから四人が一階に降りると、階段の下にはレイモンドが立っていた。

 

「お嬢様、少し時間がかかっていたようですが、大丈夫ですか?」

 

「はい、大丈夫ですよ。……レイモンド、お父さんの書斎に入ってきました」

 

 セリアの言葉を聞いて、レイモンドは目を見開いて驚愕の表情を浮かべた。

 

「それは、本当に……?」

 

「はい、やっと一歩踏み出せましたよ。それと、少し不思議なことがあったんです」

 

「不思議なことですか?」

 

 セリアは書斎であったことをレイモンドに話す。

 レイモンドはそれを難しい表情で聞いていた。

 

「彼がルンに……。まあ彼のやることは予測できないからな。手紙は読んだのですか?」

 

「いえ、後でゆっくり読みますよ。今からみなさんをご案内します」

 

「そうですか」

 

 レイモンドはそう言うと、三人を見て頭を下げた。

 

「お嬢様を支えてくださり、ありがとうございます」

 

 その言葉に三人は困ったような表情で答えた。

 

「私達なんにもしてませんよ」

 

「はい、何もしてません」

 

「セリアが頑張ったんです」

 

 三人の答えを聞いてレイモンドは嬉しそうに笑う。

 

「本当に、みなさんがお嬢様の友達となってくれて良かった。心からそう思いますよ。お嬢様、しっかりご案内するんですよ」

 

「はい、任せてください」

 

 レイモンドは頷くと去って行った。

 

「それではみなさん、まずは外からご案内しますね」

 

 それから四人はレイブンクローの屋敷の探索を楽しんだ。

 林ではボウトラックルがたくさん住んでいる木に向かい、人懐っこいボウトラックルばかりだったのでリジーが驚いていた。

 アイビーは周囲の植物を興奮しながら見ており、ときおり歓声を上げていた。

 メグはたくさんのボウトラックルに体によじ登られて、嬉しそうに微笑んでいた。

 しばらく林で遊んだ後、次は地下室に向かった。

 地下は二階層になっていて、上が書庫、下が倉庫という構造だ。

 ちなみに書庫の奥にはもう一つ部屋があり、そこには代々レイブンクローが研究してきた資料の全てが保管されている。

 書庫に足を踏み入れたメグは目を輝かせて周囲を見渡し、すごい勢いで駆け出して行った。

 リジーは、セリアに変身術に関する本が多い本棚へ案内してもらい、嬉しそうに動物もどき(アニメーガス)の本を手に取った。

 アイビーも複雑な魔法薬がたくさん載っている本を見つけ、瞬く間に没頭して読みはじめた。

 四人は読書を夕方になるまで続け、リジーのお腹が鳴ったことを合図にして、地下から上がった。

 夕食にはルンとおばちゃんが作った豪華な料理が用意され、そのすばらしい食事を心ゆくまで楽しんだ。

 ちなみに、夕食を持ってきたルンにセリアが書斎でのことを聞いたが。

 

「ジェイド様の書斎でございますか? ルンは今日ずっと、お屋敷のお仕事をなさっていました! 特に今夜のシチューは、とてもお上手でございます!」

 

 どうやらルンは覚えていない様子だった。

 夕食を終えると、おばちゃん特製のケーキがデザートとして振る舞われ、アイビーはそのケーキを食べ感激していた。

 ちなみに甘い物好きなメグは、二つもケーキを食べた。

 食後は先ほど行けなかった倉庫に向かい、保管されている珍しい物を見学した。

 

「セリアー、この壺に入っている水は何?」

 

「それは命の水という物です。賢者の石から精製される水で、それを飲み続けると不老不死でいられるんです。大昔にご先祖様が、研究のために少し分けていただいたそうです」

 

「この燃えている木は?」

 

「グブレイシアンの火の枝という物です。ご先祖様が開発した永遠の火の呪文という魔法があって、試しに使ったときの火が今も燃え続けているんですよ」

 

「この小さな金属の容器に入っているのは何かしら?」

 

「それに入っているのは、バジリスクという魔法生物の毒です。とても強力で普通の容器だと耐えきれないので、その容器は小鬼(ゴブリン)族に依頼して作ってもらったそうです。小鬼製の鋼には、鋼を強化する物質を吸収するという特性があるんですよ」

 

 リジー達は紹介される品々のすさまじさに驚きっぱなしだ。

 そんな刺激的な倉庫見学を終え、四人はそれぞれシャワーを浴び、就寝前のお茶会を始める。

 

「えっと、みなさん、どうでしたか? 楽しんでいただけましたか?」

 

 紅茶を一口飲んだセリアは、少し不安げにそう言う。

 それに対し三人は満面の笑みで答えた。

 

「うん! すっごい楽しかったよ! それに珍しい物もいっぱい見れたし!」

 

「そうだね。あんなにいろんな本が読めるなんて、すごく良かった。また読ませてね」

 

「本当に楽しかったわ。貴重な魔法薬の材料ももらえたし、最っ高よ!」

 

 三人の答えにセリアは安心したように微笑んだ。

 

「不安でしたけれど、喜んでもらえて嬉しいです!」

 

「明日はダイアゴン横丁でお買い物だねー」

 

「まあ、新しい教科書もあまり多くないから、そんなに忙しくはないけどね」

 

「私はローブが小さくなっていたから、新しく作り直さないと」

 

「あ、私もー」

 

「私、去年のローブぴったりです……」

 

「私もだよ、セリア……」

 

「だ、大丈夫よ二人とも! まだ成長期が来てないだけだから!」

 

「アイビーはどんどん成長してるよね……身長も、それ以外も……」

 

「ちょっと、どこ見てるのよ! それにリジーの方が成長してるでしょ! 色々と!」

 

「リジー、羨ましいです……」

 

「セリアはちっちゃくてかわいいから、そのままでいいんだよー!」

 

「私ももっと大きくなりたいです!」

 

 四人のお茶会は長く続き、四人が同時にあくびをしたことを合図にベッドへと向かった。

 

「それではみなさん、おやすみなさい」

 

「うん。みんな、おやすみー……」

 

「おやすみ……」

 

「おやすみなさい……」

 

 セリアは三人が客室へ入ったことを見届けると、自分の部屋へ入って奥へ進み、椅子へ座って父からの手紙を手に取った。

 

「お父さん、読ませてもらいますね」

 

 それからセリアは手紙を読みはじめ、セリアの部屋の灯りが消えたのは真夜中を過ぎてからだった。

 



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第34話 お買い物・一

投稿が遅くなってすみません。



 

 目を覚ましたら知らない天井で少し戸惑ったけど、すぐに昨日のことを思い出した。

 

(そっか、セリアのお家に泊まったんだったね)

 

 私はベッドから身を起こしてぐっと体を伸ばす。

 体からぽきぽきと軽い音が鳴るのがなんだかおもしろい。

 ベッドから出て動きやすい服に着替える。

 やっぱり日課はこなさないとね。

 着替えを終えた私は扉を開いて、ひっそりと静まりかえっている廊下に出る。

 メグとアイビーの部屋からも音はしないし、やっぱり寝てるよね。

 

「おはようございます、リジー様!」

 

「わあ!」

 

 突然足元から元気な声が響き、私は思わず飛び上がって驚く。

 見下ろすと屋敷しもべ妖精さんのルンが、にこにこと笑いながら私を見上げていた。

 

「びっくりしたよー。おはよう、ルン!」

 

「驚かせてしまい、申し訳ありません! リジー様は、朝の日課でございますか?」

 

「そうだよ。よくわかったね?」

 

「リジー様はいつも朝にお走りになると、お嬢様のお手紙にお書きになられていたのです!」

 

 セリア、そんなことまでお手紙に書いてたんだね。

 他にもなにか知られてるのかな? なんだかちょっと恥ずかしいよ。

 

「そうなんだねー。それじゃあ私は走ってくるね」

 

「はい! あ、そうでした! リジー様、お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

 お願い? 

 

「うん、いいよ」

 

「実は、お嬢様もとても早く起きてこられて、お散歩に行くとお屋敷をお出になったのです!」

 

「え? セリアが?」

 

 セリアが朝早く起きるなんて、聞いたことがないよ。

 

「はい! ですので、お走り終わられましたら、お嬢様も連れてきていただけないでしょうか?」

 

「わかったよ、任せて!」

 

「ありがとうございます! それでは、行ってらっしゃいませ!」

 

 私が頷くと、ルンは膝に頭がつきそうなくらい深くお辞儀をして、姿くらましで音もなく消えて行った。

 うーん、それにしてもセリアが早起きなんて、信じられないな。

 私は一階に降り、玄関ホールを抜けて扉に向かう。

 軽く押しただけで開いた大きな扉を抜け、軽く運動をしてから走りだす。

 まだ日の出前だから薄暗く、周囲はあまりよく見えない。

 

(お庭を一周したんだけど……)

 

 お屋敷の周りにはセリアはいなかった。

 

(どこかな? もしかして、林の中?)

 

 私は林に入る。

 昨日も入ったけど、本当に綺麗な林だなー。

 ホグワーツの森とおんなじくらい緑がみずみずしいよ。

 まあ、まだホグワーツの森には入ったことないけどね。

 林の道を走ったけど、まだセリアは見つからない。

 気がついたら、昨日ボウトラックル達と会った大きな木の近くまで来ていた。

 

(せっかくだし、またボウトラックル達を見ようかな)

 

 ちょっと進むと大きな木が見えてきた。

 

「あ!」

 

 大きな木に到着した私は、思わず声をあげてしまう。

 大きな木の下で、杖を握りしめたセリアが木に寄りかかって座って目を閉じていて、その近くにたくさんのボウトラックルが集まっていたからだ。

 

「セリア! 大丈夫!?」

 

 セリアに慌てて駆け寄ると、周りにいたボウトラックル達が驚いて細長い指で私を威嚇する。

 

「驚かせてごめん、でもちょっとどいて! セリア! ……ね、寝てるだけ?」

 

 セリアには特に怪我があるようには見えなくて、ただ規則正しく呼吸してて寝てるだけのようだった。

 よ、良かったー。

 安心して私が大きなため息をつくと、セリアがぴくりと動いてうっすらと目を開いた。

 

「リジー……?」

 

「セリア! 良かった、大丈夫だよね? 気分が悪かったりしないよね?」

 

「だ、大丈夫ですよ」

 

 私がセリアの体中を触って無事を確かめてると、セリアは顔を赤くしてかわいく慌てていた。

 体調も良さようだね。

 安心したけど、今度はなんだか怒りたくなってきたよ。

 

「セリア! こんな所で寝てちゃだめだよ! 体に悪いでしょ!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 しゅんと落ち込むセリアを見ると、怒りはすぐに消えた。

 

「ううん、元気そうだしいいよ。でも、なんでここにいたの?」

 

「それは……」

 

 私が尋ねると、セリアは大きな木を見上げた。

 

「昨夜、あの後お父さんの手紙を読んでいたんです。それでなんだかあまりよく眠れなくて」

 

「そうだったんだ……。でも、なんでこの木の下にきたの?」

 

 セリアは杖を撫でながら答える。

 

「実は私の杖は、この大きな楓の木を使っているそうなんです。リジーも知っていますよね? お父さんと同じ木で作られた杖です」

 

 セリアはまた大きな木を見上げ、ゆっくりと目を閉じた。

 その姿がとても儚く見えて、私はなんだか不安な気持ちになった。

 

「小さな頃からずっとお父さんの杖を使ってきて、去年には自分の杖も買って。それなのに、ぜんぜん知りませんでした」

 

「セリア……」

 

「三人が泊まりに来てくれなかったら、きっともっと長い間知らなかったと思います」

 

 セリアは目を開くと、私を見てにこりと微笑んだ。

 

「リジー、ありがとう」

 

 そこでやっと登りきった朝日の光が降り注いできて、セリアの髪がそれを反射してきらきらと輝きだした。

 私はこの世のものと思えないその光景を、なにも言えずにただ呆然と見つめる。

 

「それではお屋敷に戻りましょうか。私もリジーにならって、走ってみます」

 

 セリアは立ち上がって走りだす。

 そして私がついてきていないことに気づくと、振り返って悪戯っぽく笑った。

 

「リジー、置いて行ってしまいますよ?」

 

「あ、待ってセリア!」

 

 私は逃げるセリアを慌てて追いかける。

 すぐに追いついたけど。

 

「リジー、お屋敷まで競争です!」

 

「そんなに飛ばすと、体力がもたなくて倒れちゃうよ?」

 

「大丈夫ですよ!」

 

 元気に答えてセリアは走る。

 まあ、案の定お屋敷に着いた頃には、ふらふらだったよ。

 

「大丈夫?」

 

「は、はい……。リジー、いつも走った後は何をしているんですか?」

 

「家だと家事とか朝ご飯の準備なんだけど……」

 

 きっと家事も朝ご飯も、全部ルンやレイモンドさんがやるよね。

 どうしようかな? 私が悩んでいると、横でセリアが大きなあくびをした。

 

「リジー、私は二度寝をしますね……」

 

「うーん、私もそうしようかなー。でも、結構汗かいちゃったよ?」

 

 いくら早朝とはいえ、夏に走れば汗だくだ。

 

「大丈夫ですよ。ルン」

 

「はい!」

 

「私とリジーの体を綺麗にしてください」

 

「お任せを!」

 

 セリアがルンを呼んで、どこからか現れたルンが指をぱちんと鳴らした。

 すると一瞬で体にあった汗の感触が消え、汗で濡れて気持ち悪かった服が乾いた。

 あまりに早い展開に、私はまったくついていけない。

 

「ルン、ありがとうございます」

 

「それではルンはお仕事にお戻ります!」

 

 深々とお辞儀したルンが消えた。

 まだついていけてない私の手をセリアが握り、優しく引っ張った。

 

「リジーも二度寝しましょう」

 

「はあ、しょうがないなー。それじゃ、一緒に寝よっか!」

 

「はい!」

 

 その後、朝食の時間となってルンに起こされるまで、私はセリアの部屋で一緒に二度寝をした。

 お昼からはダイアゴン横丁でみんなでお買い物。

 すっごい楽しみだなー。

 

──────────

 

 レイブンクローの屋敷にリジー達が泊まりに来た翌日、午前中は四人で宿題をした。

 セリアとメグは早々に終わらせていたが、リジーは少ししか、アイビーにいたってはほとんど手もつけていなかったのだ。

 学年主席と三位であるセリアとメグの助けもあり、すべては終わらなかったもののほとんどの宿題が片付いた。

 そして昼食も食べ終わり、セリア達四人とレイモンド、ルンが玄関ホールに集まった。

 

「レイモンド、行ってきますね」

 

「ええ、お気をつけてください」

 

 レイモンドがそう言うと、リジーが少し驚いたように尋ねる。

 

「あれ? レイモンドさんはついてこないんですか?」

 

「はい。お嬢様がお友達だけで行きたいと言ったので、私の代わりにルンが行きますよ」

 

 レイモンドの言葉を聞いて、セリア以外の三人はルンを見る。

 一斉に見つめられルンは照れ臭そうに笑った。

 

「姿を消したルンが、みなさんを陰から守ります。そういった技は、人間よりも屋敷しもべ妖精の方が得意なのですよ」

 

「そうなんだ。ぜんぜん知らなかったわ」

 

「ルン、よろしくね」

 

「よろしくー!」

 

「お任せください!」

 

 ルンは自信満々に答える。

 四人は玄関ホールにある暖炉の前に移動し、セリアが小さな鉢から煙突飛行粉(フルーパウダー)を取り出す。

 それを暖炉の火に振りかけると、火は高く燃え上がりエメラルド色に変わった。

 セリアは一歩踏み出して暖炉の中に入る。

 

「それでは、先に行っていますね」

 

「うん」

 

「すぐ行くから待っていてね」

 

「勝手に動いちゃだめよ?」

 

 セリアは頷くと、小さく息を吸ってはっきりとした声で叫んだ。

 

「ダイアゴン横丁!」

 

──────────

 

 くるくると回転するような浮遊感がおさまり、セリアは暖炉から出て服についた煤を軽く払う。

 そして周りを見渡して首を傾げた。

 パブ《漏れ鍋》はいつも多くの客が入り、とても騒がしい。

 しかしセリアには、いつもの店内の喧騒とは少し違うように思えたのだ。

 

「どうしたの、セリア?」

 

 その声にセリアが振り返ると、ちょうどリジーが暖炉から出てきたところだった。

 

「いえ、なんだか店内の様子がおかしいような……」

 

「そうかな?」

 

「ちょっと気になりますので、店主さんに尋ねてきます。少し待っていてください」

 

「わかったー」

 

 セリアはカウンターでグラスを磨いているトムに近づく。

 

「トムさん、こんにちは」

 

「おや、ミス・レイブンクロー! お買い物ですか?」

 

「はい。ところで、なんだか店内が騒がしいのですが、何かあったのですか?」

 

「ああ、そうなんですよ! 聞いてください、ミス・レイブンクロー!」

 

 セリアが聞くと、トムは興奮したように急に大きな声をあげた。

 ちなみにその大声に驚き、セリアは少し飛び上がった。

 

「え、えっと、何が……?」

 

「実はですね、お昼前にハグリッドが店に来たのですよ。まあ、これは珍しくもないですがね。いつも樽で飲んでくれるので、店としてもありがたいですしねえ。ところが、今回は驚くような人を連れてきたのですよ。誰だと思いますか!?」

 

 グラスを置いたトムが、カウンターから飛び出しそうな勢いで語りだし、セリアは少し引き気味でそれを聞く。

 その様子を見たリジーや、暖炉から出てきたメグとアイビーが近づいてくる。

 

「セリア、大丈夫?」

 

「あ、みなさん」

 

「おや、ミス・レイブンクローのお友達ですか? ではみなさんにも聞いてもらいましょうか。今日ハグリッドが凄い方をこの店に連れてきたのです。なんと……!」

 

 トムの剣幕に呑まれ、四人はごくりと喉を鳴らす。

 そして目一杯ためて、トムが口を開く。

 

「なんと、ハリー・ポッターを連れてきたのですよ! あの生き残った男の子です!」

 

 それを聞いた四人は驚愕に目を見開く。

 

「ハリー・ポッター、ですか……」

 

「それって、「例のあの人」を倒したって人よね?」

 

「今年ホグワーツに入学ってことなのかな?」

 

「年下だったんだねー」

 

 驚く四人の少女達を見て、トムは満足げに頷く。

 

「いやあ、ハグリッドがポッターさんを連れて店内に入ったときは、大騒ぎでしたよ。なにせ、英雄のお帰りですからな。客が寄ってたかって握手を求めるわ、拝みだすわ……。もう出て行かれましたが、たまたまいらっしゃったクィレル教授も、驚きのあまり震えておられた」

 

 しみじみと語るトムの言葉に、メグがぴくりと反応する。

 

「クィレル先生ですか?」

 

「ええ。ああ、そういえば、去年一年間は学校を出て旅をなさっていたそうですねえ。でしたら、みなさんは今年が初めてなんですね」

 

「はい。闇の魔術に対する防衛術の授業、とても楽しみです」

 

 メグの興味はまだ見ぬ教師、クィレルに移ったようだが、他の三人はまだまだハリー・ポッターが気になっているようだ。

 

「店長さん、ハグリッド達がどこに行ったか知ってますか?」

 

「わかりませんなあ。先ほどまでハグリッドが、グリンゴッツのトロッコにやられたと言ってそこで酒を飲んでいましたが……」

 

「ハグリッド、グリンゴッツのトロッコで酔ったんだ。セリアと一緒だね」

 

「も、もう、からかわないでくださいリジー」

 

 リジーに言われてセリアは顔を赤く染める。

 二人の出会いの様子を知らないメグとアイビーは、その様子を興味津々で聞き出そうとする。

 リジーが嬉々として語り出そうとしたので、セリアは慌てて声を上げた。

 

「みなさん、早くお買い物に行きましょう!」

 

「あ、それもそうだねー」

 

「私も羊皮紙とかインクとか色々買いたい」

 

「そうね、行きましょうか。店長さん、お騒がせしてごめんなさい」

 

「いえいえ、お買い物楽しんできてください」

 

 四人はお辞儀をするトムに見送られ、《漏れ鍋》の中庭に出て石の門をくぐってダイアゴン横丁に足を踏み入れる。

 ダイアゴン横丁は相変わらず人でいっぱいだ。

 四人はさんさんと降り注ぐ日差しを浴びながら、ダイアコン横丁を歩き始める。

 

「まずはどこに向かいましょうか?」

 

「あ、私杖を見てもらいたいから、まずオリバンダーさんの店に行ってもいい?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「私もいいよ」

 

 四人は途中の《フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラー》でアイスを買い、それをぺろぺろと食べながらオリバンダーの店を目指す(百味ビーンズアイスもあったが、リジーは一切目もくれなかった)。

 その途中にある箒用具店に数人の子供達が集まり、熱心に一本の箒を見つめていた。

 その箒を見たアイビーが、興奮したように口を開いた。

 

「あれ、ニンバス2000よ! 少し前にでた最新型!」

 

「へー、綺麗な箒だねー」

 

「とてもお小遣いじゃ買えないですね……」

 

「もし買っても、アイビーじゃ乗りこなせないよ」

 

「うるさいわね。わかってるけど、素敵な箒を見るとわくわくするじゃない」

 

 そんなことを話していると、前方にオリバンダーの店が見えてきた。

 四人が店に近づくと、店内から一人の女性が出てきた。

 すらりとした体型で肌は色白、長いブロンドの髪のその女性は、店から出て眩しげに青い目を細めると、セリア達四人に気がついた。

 そして笑顔を浮かべ口を開いた。

 

「セリア、久しぶりね。元気だった?」

 

「はい、こんにちは、ナルシッサさん。私は元気ですよ」

 

 ナルシッサと呼ばれた女性の挨拶に、セリアは微笑みを浮かべて返した。

 

「たしか、寮はハッフルパフだったかしら? 私としては、ぜひスリザリンへ入って欲しかったのだけど」

 

「実は組み分け帽子も、スリザリンかレイブンクロー悩んでいたんです。けれど少しお話をして、自分で決めました」

 

「それならいいわ。学校は楽しい?」

 

「ええ、とっても楽しいです!」

 

「そう、安心したわ」

 

 ナルシッサは少しセリアと会話をすると、置いてけぼりになっていたリジー達に目を向けた。

 

「それでセリア? その子達はお友達かしら?」

 

「はい! 大切なお友達です!」

 

 セリアが笑顔でそう言うと、ナルシッサも嬉しそうに頷いた。

 

「それは良かったわ。私にも紹介してくれる?」

 

「はい! みなさん、お願いします」

 

 セリアに言われ、三人は少し戸惑いながら自己紹介をする。

 

「えっと、リジー・スキャマンダーです。セリアとは入学前にダイアゴン横丁で会って、仲良くなりました。寮のお部屋も一緒です」

 

「スキャマンダー? もしかして、あのニュート・スキャマンダーの?」

 

「はい、おじいちゃんです」

 

「驚いたわ……。私が学生の頃も、おじい様がお書きになった教科書を使っていたのよ」

 

「そうなんですか? えへへ」

 

 祖父が褒められ、リジーは照れくさそうに笑った。

 次にメグが自己紹介をする。

 

「私はメーガン・バークです。こんにちは」

 

「ああ、あなたはアーロン・バークさんの子ね。パーティで何度か見かけたけれど、お話するのは初めてかしら?」

 

「はい。よろしくお願いします。セリアとは同じ部屋で、お友達です」

 

「ええ、よろしくね」

 

 最後にアイビーが口を開く。

 

「私はアイビー・ベケットです。メグとは家がお隣の幼馴染みで、父はマグルですが母が魔女です。二人と同じで、セリアと寮の部屋が一緒です」

 

「そう、お母様が魔女なのね。私の知っている方かしら? お母様のお名前は?」

 

「えっと、母はマーサと言います」

 

「……マーサ? マーサ・キャンベル?」

 

「キャンベルは母の旧名です」

 

「やっぱり。あの天才、どこにいるかわからないと思ったら、メーガンの両親にくっついて行っていたのね。まさか子供がいるとは思ってもいなかったけれど。よろしくね、アイビー」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 三人の自己紹介を受けたナルシッサも、自己紹介を返す。

 

「私はナルシッサ・マルフォイよ。夫も私も、セリアのお父様にお世話になっていたのよ。セリアは少し大変な子だけれど、仲良くしてちょうだいね」

 

「はい!」

 

 三人は元気に答え、セリアは顔を赤らめて恥ずかしそうにする。

 

「ナルシッサさんは、杖を買いにきたのですか?」

 

「ドラコが入学だから、今日は家族で必要な物を買いにきたのよ。ついでに今まで杖の整備をしてもらっていたわ」

 

「ドラコとは誰ですか?」

 

「私の息子よ。学校で会ったら優しくしてあげて頂戴」

 

「わかりました、仲良くなれるかしら?」

 

「ドラコは優しい子ですよ」

 

「セリア、その子のこと知ってるんだ?」

 

「はい、数少ない同年代のお友達なんですよ」

 

 五人が話していると、集まっているのが気になったのか、店内から怪訝そうにオリバンダーがこちらを見ていた。

 

「すみません、ナルシッサさん。まだお買い物が残っていますので、失礼します」

 

「わかったわ。呼び止めてごめんなさいね。良かったら、後でまた会えないかしら?」

 

「はい、大丈夫です。教科書類は最後に買おうと思っていましたので、夕方頃書店で待ち合わせでどうでしょうか?」

 

「それでいいわ。ルシウスもドラコも、きっと喜ぶでしょうね。それじゃあまた後で」

 

「はい」

 

 ナルシッサは四人に手を振ると、上品に歩き去って行った。

 

「みなさん、勝手に予定を決めてしまってすみません」

 

「大丈夫だよー」

 

「ええ、そのドラコって子にも会ってみたいし」

 

「私も問題ないよ」

 

「ありがとうございます。それじゃあ、お店に入りましょうか」

 

 四人はオリバンダーの店に入る。

 カウンターにはオリバンダーが立っており、お辞儀をして四人を出迎えた。

 

「いらっしゃいませ、オリバンダーの店へようこそ」

 

 まずはリジーがカウンターに近づく。

 

「こんにちは! 杖の点検をお願いします!」

 

「ええ、お任せくだされ。きちんと点検に来てくださり、ありがとう」

 

「えへへ」

 

 オリバンダーに微笑みかけられ、リジーは嬉しそうに笑う。

 オリバンダーは他の三人に視線を移した。

 

「みささんの杖も見てみましょうかの?」

 

「いいのですか?」

 

「ええ。むしろ、こちらからお願いしたいくらいじゃ」

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

「お願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

 三人も杖を取り出してオリバンダーに渡し、オリバンダーは恭しく杖を受け取った。

 

「それでは、少しの間待っていてくだされ」

 

 そう言ってオリバンダーは店の奥へと入って行った。

 待っている間、この後どこに向かうかなどを話していると、さほど時間がかからずにオリバンダーが戻ってきた。

 

「みなさん、良い杖の使い方をしておったようでなによりじゃ。杖はみな良い状態じゃった。お代はいらんよ」

 

「でも」

 

「大事に使ってくれているだけで満足じゃ」

 

 無料でいいと言われ四人は遠慮しようとしたが、オリバンダーが本当に満足げに頷いていたので、ご厚意を受け取ることにした。

 杖を受け取り店を出ようとしたとき、セリアは自分の杖を見て少し迷ったような顔をした。

 そして意を決したように振り返り、オリバンダーに話しかけた。

 

「オリバンダーさん、私の杖とお父さんの杖は、お屋敷にある大きな木を使っています」

 

 セリアがそう言うとオリバンダーは驚いたような顔になる。

 しかしそれは一瞬で、穏やかな微笑みを浮かべ頷いた。

 

「そうじゃ。先先代のオリバンダーが、当時のレイブンクローの当主に許可を得て、木を採取させてもらったものだ。それから長年買い手がつかなかったが、二本ともふさわしい方の手に渡った」

 

 オリバンダーはセリアの持つ杖をじっと見つめる。

 

「どうか大事にしてくだされ」

 

「セリアは杖を抱きしめると、強く答えた。

 

「はい。私の魂が尽きるまで、例え何百年でも共に在り続けます」

 

 セリアの答えにオリバンダーは嬉しそうに笑う。

 

「ありがとう」

 

──────────

 

 オリバンダーの店を出た四人は、狭い店内で縮こまっていた体をぐっと伸ばした。

 

「それじゃあ、まずはローブを買いに服屋さんだね」

 

「ええ、それから薬問屋にも行きたいわ」

 

「それから羊皮紙とかインクとか必要な物も買わないとね」

 

「最後に教科書を買って、ナルシッサさんとの待ち合わせですね」

 

 この後の予定を確認して四人は頷き合う。

 

「それじゃあみんな、行こっか!」

 

「はい!」

 

「ええ!」

 

「うん」

 

 四人は元気良く歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 




なぜか思ったよりも進まず長くなったので、2つに分けます。
あと1話でお買い物が終わらせ、ホグワーツ特急に乗ります。


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第35話 お買い物・二

投稿が遅くなりすみません。
実習や試験がありなかなか時間が作れず、今回は少し短めになっています。


「そう言えば、本当にルンはついて来ているのかしら?」

 

 服屋に向かう道すがら、アイビーがふとそう言う。

 

「はい。見えませんけれど、きっと近くで見守ってくれています。それにいざとなれば、魔法で身を守れば大丈夫ですよ」

 

 セリアの言葉にリジーが不思議そうに首を傾げる。

 

「あれ? 学校の外で魔法を使ったらだめなんじゃないの?」

 

「お父さんに聞いたんだけど、未成年の魔法使いの近くで魔法が使われたことが分かっても、誰が使ったかまでは特定できないそうだよ」

 

「え、そうなの?」

 

「はい。匂いと呼ばれている監視のための魔法があるのですが、基本的には家族が子供を監督するようになっているんですよ。匂いの魔法をレイブンクローが開発していたら、こんな欠点はなかったと思います」

 

 セリアが自信満々にそう言う。

 知らなかったリジーとアイビーは感心したように頷いていた。

 

「あれ? それじゃあ家にいる間も、魔法の練習はできるってこと?」

 

「うん。私は宿題をするときだけ、魔法を使うのを許してもらってるよ」

 

「私は宿題をするときや魔法の練習をするときに、レイモンドに許可をもらっています」

 

「そうなんだねー。私も兄ちゃんに言って許してもらおうっと」

 

 そのように話していると、《マダム・マルキンの洋装店》に到着した。

 丸っこい店主に迎えられ、四人はローブの丈合わせをする。

 まずはリジーとアイビー。

 

「お嬢ちゃん達はもう合わないし、新しく作り直した方がいいわねえ」

 

「お願いしまーす」

 

「お願いします」

 

 次にセリア。

 

「お嬢ちゃんは、そうねえ。背丈は問題ないけれど、所々合っていないわ。今作り直しても来年にしてもいいけれど、どうしますか?」

 

「うーん。昨日試しに着てみてもあまり違和感はありませんでしたし、今年一年はこのままにしておきます」

 

「わかったわ」

 

 次にメグ。

 

「お嬢ちゃんは……このままで問題ないわね」

 

「え……」

 

 一人だけ成長していないと言われたような気がして、メグは膝から崩れ落ちた。

 その様子をセリア達は何とも言えない表情で見る。

 メグは弱々しく立ち上がると、引きつった笑みを浮かべた。

 

「あはは……私はどこか近くのお店を見ておくから、みんなはゆっくりしていってよ……」

 

 そう言ってメグはふらふらと店を出て行った。

 そんなメグをセリアは慌てて追いかける。

 

「メ、メグ、待ってください! リジー、アイビー、私はメグと一緒にいますので、お買い物が終わったら少し待っていてください!」

 

「う、うん、わかったよ」

 

「メグをよろしくね、セリア」

 

「はい!」

 

 セリアも店を出て行き、後には心配そうなリジーとアイビー、そして困ったように苦笑いをしているマダム・マルキンが残された。

 それからしばらくして採寸が終わり、リジーとアイビーは新しいローブが仕上がるのを待っていた。

 すると店の扉が開き、セリアとメグが入ってきた。

 メグは店を出て行ったときと違い、もう落ち着いた様子だ。

 

「ごめんね二人とも、飛び出したりして」

 

 申し訳なさそうにメグが言う。

 

「ううん、気にしなくていいよ!」

 

「そうそう。それにメグはとってもかわいいんだから大丈夫よ!」

 

 リジーとアイビーがそう言うと、メグはほっとしたように微笑んだ。

 セリアも安心したように微笑むと、鞄からいくつか包みを取り出した。

 

「メグと二人で羊皮紙や羽根ペンのインクを買ってきました。二人の分もあるので、受け取ってください」

 

「お、ありがとーセリア!」

 

「メグもありがとね」

 

「うん」

 

 服屋を出た四人は次に薬問屋に向かい、少なくなっていた材料や新しく指定された材料を購入した。

 アイビーは学校指定の材料以外にも色々なものを買っていた。

 

「アイビー、そんなに色々買ってどうするの?」

 

「授業以外でももっと魔法薬を作ろうと思ってね」

 

 その他にも細々とした小物類、寝るときや休日に着る服などを購入していき、時間は過ぎていった。

 

「他に必要なものはあったかしら?」

 

「私はもう特にありません」

 

「私も大丈夫かな。そうだリジー、ミコのご飯とかは買わなくていいの?」

 

「うん。スニジェット保護区から必要な物は支給されるから、私は特に何も買わなくても大丈夫だよー」

 

 言い終わってから、リジーは小さく「なんだかすごくミコに会いたくなってきた……」と呟いた。

 

「それでは書店に向かいましょうか」

 

「ええ」

 

「早く行こう!」

 

「どんな子なのか楽しみだねー」

 

 四人は《フローリシュ・アンド・ブロッツ書店》を目指す。

 書店は近くにあったので四人はすぐに到着した。

 

「セリア」

 

 四人が書店に入ろうとすると、後ろから呼ぶ声がした。

 振り返ると先ほどオリバンダーの店の前で会ったナルシッサが立っていた。

 四人は上品に片手を振っているナルシッサの元へ駆け寄る。

 

「ナルシッサさん! すみません、お待たせしてしまいましたか?」

 

「いいえ、今来たところ。そろそろ来る頃だと思って迎えに来たのよ。二人とも待っているわ」

 

「分かりました。すぐに買い物を済ませますので、あと少々お待ちください」

 

「大丈夫よ、必要な本は夫が買っておいたわ。もちろん四人分よ」

 

 ナルシッサの言葉に四人は驚く。

 

「い、いえ、そんな……」

 

「さすがに受け取れないわ……」

 

「うん、申し訳ないよ」

 

「そうだよね……」

 

 四人が戸惑っていると、ナルシッサは少し呆れたように小さく笑った。

 

「私もそう言ったのだけど、あの人が買うって聞かなかったのよ。セリア、きっと久しぶりに会うあなたにいい顔を見せたかったのね。悪いけど、夫の見栄に付き合ってくれないかしら?」

 

 そう言われて、セリアは小さく頷いた。

 

「わ、わかりました……」

 

 セリアの答えを聞いてナルシッサも満足げに頷く。

 

「よかったわ。それじゃあ四人とも、付いてきてちょうだい」

 

 四人はナルシッサに続いて歩きだす。

 しばらくすると大勢いた買い物客の姿が減り、代わりにお金持ちそうな人々が歩く通りに出た。

 

「な、なんだか場違いな気がするわ」

 

「そうだね……私もあんまり得意じゃないよ……」

 

「なんだか綺麗な所だねー」

 

「この辺りに来るのは久しぶりです」

 

 四人はきょろきょろと辺りを見渡しながら歩く。

 

「ほら、着いたわ」

 

 到着したのはいかにも高級そうな料理店。

 恭しくお辞儀をする店員が開けた扉をナルシッサとセリアはごく自然に通り、その後を残りの三人が恐る恐る続く。

 シャンデリアが輝くきらびやかな店内を店員に案内され奥まで進むと、明らかに貴族御用達といった様子の個室へ着いた。

 個室内には、グレーの瞳とプラチナブロンドの手入れの行き届いた髪を持ち他とは違う風格をまとった男性と、その男性と同じ髪と少し薄いグレーの瞳を持つ少年が豪華な座席に着いていた。

 

「待たせてごめんなさい、ルシウス」

 

「ああナルシッサ、案内ありがとう。セリア、久しぶりだな」

 

 個室へと入って来た五人に気がついた男性が、優雅に片手を上げて声をかける。

 

「お久しぶりです、ルシウスさん」

 

 男性、ルシウス・マルフォイに、セリアは嬉しそうに微笑んで返す。

 ルシウスも満足そうに微笑むと、セリアの後ろに所在なさげに立つリジー達に目を向けた。

 

「ああ、その子達がナルシッサが言っていた友達だな? セリア、良ければ私に紹介してくれないか?」

 

「はい! みなさん、こちらへ」

 

 セリアはリジー達に一歩前へ出るように促し、三人は恐々と前に出た。

 

「私の大切なお友達の、リジーとメグとアイビーです」

 

「は、はじめまして、リジー・スキャマンダーです」

 

「メーガン・バークです」

 

「アイビー・ベケットです。よろしくお願いします」

 

 三人が緊張しながら自己紹介をすると、ルシウスは頷いて自分の胸に手を当てた。

 

「私はルシウス・マルフォイだ。セリアの父上には良くしてもらった。セリアのことも自分の娘だと思っている。これからも仲良くしてあげてくれ。それと……」

 

 ルシウスは隣に座る少年へと目を向けた。

 少年はセリア達が入ってきたときからそわそわと落ち着きが無い様子だったが、隣に座る父の目が光っていたため動けないでいた。

 

「こっちが息子のドラコだ。今年ホグワーツへ入学するので、良くしてやってくれると嬉しい。ドラコ、挨拶をしなさい」

 

「はい、父上!」

 

 ルシウスにそう言われて、少年は待っていたとばかりに答えた。

 

「僕の名前はドラコ・マルフォイです。セリアとは昔から仲良くしています。みなさん、よろしくお願いします」

 

 ドラコはセリア以外の三人へ行儀良くお辞儀をしてそう言った後、セリアの方を向いて満面の笑顔を浮かべた。

 

「やあセリア、久しぶりだね! 今年から僕もホグワーツさ! 僕はスリザリンに決まっているだろうけど、学校でもよろしく」

 

「ええ、お久しぶりですドラコ。私もスリザリンでしたら、寮でも一緒だったのに……」

 

「ハッフルパフだって、スリザリン程じゃないけどすばらしいよ。今日ローブの採寸のときに僕と同じ新入生に会ったんだけど、あまりホグワーツについて知らなかったようだから、スリザリンとハッフルパフについて色々教えてあげたよ」

 

「そうなんですか? ドラコは親切ですね」

 

 にこにこと微笑むセリアに褒められ、ドラコは少し頬を赤らめながら得意げに話し続ける。

 その様子を見てリジー達は、ドラコがセリアに対してどのような感情を抱いているのかを何となく理解した。

 ドラコの両親も微笑ましそうに見ていたが、しばらくしてからルシウスが両手を軽く叩いて会話を遮った。

 

「ドラコ、積もる話もあるだろうが、まずは夕食を食べようか。用意しているシェフを待たせては失礼だろう」

 

「はい、父上」

 

 ドラコが黙ると、ルシウスは杖を取り出して軽くテーブルを叩いた。

 すると個室の扉が開き、複数人の店員が料理を手に入室してきた。

 どの料理も作り立てのようで、とても豪華で美味しそうだ。

 

「それではセリア、それにお友達の子達。料理を楽しんでくれ」

 

「ありがとうございます、ルシウスさん」

 

 セリアが笑顔でお礼を言い、リジー達も慌ててそれに続く。

 それから豪華な料理に舌鼓を打ち、ドラコやその両親との会話も弾み、とても楽しい時間が流れた。

 こうしてはじめてのお泊まり会の二日目が過ぎていった。

 

──────────

 

 お泊まり会三日目。

 朝の日課を終えたリジーは、ルンに案内され屋敷の厨房に立っていた。

 

「ごめんねルン。お仕事を取っちゃって」

 

「いえ、ルンは平気です! それでは頑張ってくださいませ!」

 

「うん、ありがとう!」

 

 ルンは深々とお辞儀をすると、音もなく姿を消した。

 

「よーし、やるぞー」

 

 リジーは腕まくりをしてそう呟く。

 リジーが厨房にいる理由は朝食を作るためだ。

 楽しいお泊まり会のお礼に朝食を準備しようと思い、リジーはこっそりとルンに頼んでいた。

 鼻歌まじりにリジーが朝食を作り始めてからしばらくして、他の三人が眠たそうに食堂へやってきた。

 

「みんなおはよう! 朝食できてるよー」

 

「え、リジーが用意してくれたの?」

 

「えへへ、うん! お泊り会のお礼だよ!」

 

「うわあ、嬉しいです!」

 

「リジーだけずるいわ! じゃあ私は昼食を作る!」

 

 朝食はトーストや目玉焼き、ソーセージや豆料理など特別な物ではなかったが、とてもおいしかった。

 朝食を食べ終えて午前中、四人はレイモンドの監督の下、魔法の練習をした。

 

「うーん、やっぱりしばらく魔法を使ってなかったから、少し違和感があるわね」

 

「夏休み中毎日じゃなくても、少しは実際に使っておいた方がいいよ」

 

「これからそうするわ。ねえメグ、この呪文ってどうしたらうまくできるの?」

 

「えっと、これはね……」

 

 リジーがメグに教えてもらいながら呪文を練習している横で、リジーは大量のフォークをどんどんネズミに変えていき、続けて元のフォークに戻していた。

 連続で変身術を使うの高度な技術であり、実際かなり集中しているのか、リジーの額にはうっすらと汗が滲んでいた。

 そしてセリアは杖を構えて目を閉じ、集中力を高めていた。

 

「ふう……、エクスペクト・パトローナム、守護霊よ来たれ」

 

 セリアの杖先から白く輝く光が飛び出し、何かの形を作った。

 何かしらの動物であることはわかるが、はっきりとした形は成していない。

 その光はしばらく漂った後消え、杖を下ろしたセリアは小さく息をついた。

 

「なかなかうまくいきません……」

 

「いえ、その歳でここまでできていれば十分ですよ。大人の魔法使いでも、守護霊の呪文は大多数が使えないのですから。この様子なら、練習していけば必ず成功するでしょう」

 

 レイモンドにそう言われ、悔しそうにしていたセリアは少し気を取り直したようだ。

 

「まあ、ジェイドは入学したときから使えましたが。彼は規格外なので参考にはなりませんよ」

 

「そうなんですか……さすがお父さんですね。レイモンド、また守護霊の呪文を見せてもらってもいいですか?」

 

「もちろんいいですよ」

 

 魔法の練習の後は朝に宣言した通り、アイビーが昼食を作った。

 お菓子作り以外ではリジーに及ばないものの、セリアの好物であるシチュー(今日はビーフシチューだった)とデザートのケーキでセリアとメグの心をしっかりとつかんだ。

 そして食後の紅茶を楽しみながらゆっくりと話していると、いよいよ三人が帰る時間が近づいてきた。

 荷物をまとめた三人とセリア、レイモンドは玄関ホールに集まった。

 

「みなさん、こちらをどうぞ」

 

 セリアがリジー達に三つの石を渡す。

 三人は石を見下ろすが、きらきらと綺麗に輝いているものの特に変わった物ではない。

 首を傾げたリジーがセリアに尋ねる。

 

「セリア、これ何?」

 

「これは移動キー(ポートキー)ですよ。時間になるとみなさんを家まで送ってくれます。その石は特別な力はありませんが、はじめてのお泊まりの記念にもらってください」

 

 セリアは恥ずかしそうに微笑みながらそう答えた。

 それを聞いて石を受け取った三人も笑顔を浮かべる。

 

「ありがとうセリア!」

 

「大事にするわね!」

 

「ありがとう」

 

 三人はセリアを抱きしめる。

 セリアは少し苦しそうな顔で、しかしとても嬉しそうに抱きしめられていた。

 しばらく四人が抱き合っていると、石が青白い光を放ち始めた。

 

「そろそろ時間ですね……」

 

 三人がセリアから離れてそれぞれ荷物を持つと、徐々に光が強くなっていった。

 

「それじゃあセリア、九月一日に!」

 

「またお手紙出すわね」

 

「すごく楽しかったよ。またね」

 

「はい。みなさん、また会いましょう」

 

 光はやがて三人の姿を覆い隠し、一際大きく輝いた後に消えた。

 そしてそこにはもう三人の姿はなかった。

 セリアは三人が立っていた場所をしばらくじっと見つめていた。

 

「お嬢様、お疲れ様でした。頑張りましたね」

 

「ええ、お疲れ様ですレイモンド。私、ちゃんとおもてなしできていましたか?」

 

「はい、立派でしたよ」

 

「それなら良かったです! 明日からはお仕事も頑張ります」

 

 セリアは両手の拳をぐっと握りしめてやる気満々な様子だ。

 レイモンドはそれを見て楽しそうに笑う。

 

「頑張りすぎると、風邪を引いて泣いてしまいますよ」

 

「泣きません! ……お仕事を頑張っていれば、早く時が流れるように感じるでしょう?」

 

 セリアは杖を取り出して見つめ呟く。

 

「ああ、早く新学期にならないかなあ……」

 




次回、ホグワーツ特急に乗ります。


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第36話 生き残った男の子

 九月一日の朝。

 この日キングス・クロス駅には、ホグワーツ魔法魔術学校へ向かう魔法族の子供達とその家族が集まる。

 セリア・レイブンクローもその中の一人だ。

 楽しかったはじめてのお泊まり会から約一月、セリアは忙しく仕事をこなしつつ新学期を待ち遠しく過ごしていた。

 そして今日、楽しみのあまり珍しく早起きをして、特急が出発する二時間近く前にキングス・クロス駅の九と四分の三番線に到着していた。

 まだまだ駅には数えるほどしか人影はない。

 

「お嬢様、だから言ったでしょう。まだ早すぎると」

 

「うう、わかっています……。けれど、楽しみだったのですから仕方がないでしょう」

 

「みなさんが来られるまでどうするのですか?」

 

「とりあえず、コンパートメントを確保しておこうと思います。レイモンド、荷物を見ていてもらえますか?」

 

「お任せください」

 

 トランクをレイモンドに預けてセリアは特急に乗り込む。

 コンパートメントはほぼ空いており、どこでも好きな場所を選ぶことができた。

 コンパートメントを確保したセリアは、荷物を積み込み特急から出た。

 

「さてお嬢様。今から二時間弱ほど余裕がありますが、どうしますか?」

 

「うーん……レイモンド、何かお話してください」

 

「何かとは、ずいぶんと大雑把な。そうですね……お嬢様、今年はどういう年か知っていますか?」

 

 セリアの曖昧な要求に、レイモンドは少し考えた後に言った。

 セリアは首を傾げて思案していたが、やがて諦めたのか首を横に振ってレイモンドを見上げた。

 

「うーん、よくわかりません。何かあるのですか?」

 

「はい。今年はあのハリー・ポッターが入学するのですよ」

 

 レイモンドの答えを聞いて、セリアはダイアゴン横丁へ買い物へ行った日のことを思い出す。

 確か『漏れ鍋』の店主のトムが、店にハリー・ポッターが来たと言っていた。

 

「そう言えば、この間お買い物に行ったときに噂で聞きました。でもレイモンド、あなたがそういった噂話をするのは珍しいですね?」

 

「ええ、実はハリー・ポッターの両親と面識がありまして。なので安否が気になっていたのですよ」

 

「そうだったんですね。どうして赤ん坊だった彼が、「例のあの人」を打ち破ることができたのか……実に興味深いです」

 

 口元に手を当てて考えるセリアの仕草が父親によく似ており、レイモンドは懐かしさを覚え小さく笑った。

 

「それは私も気になりますね。それに、彼の両親は共に優れた魔法使いでした。きっと彼も優秀ですよ」

 

「もしハッフルパフに選ばれたら、色々と聞いてみたいです」

 

「あと詳細はわかりませんが、今年一年ホグワーツで何か貴重な物を保管するそうです」

 

「へえ……。それはこの間、グリンゴッツに侵入者があったことと何か関係があるのでしょうか?」

 

「どうでしょうね。しかし、一応覚えておいてください」

 

「わかりました」

 

 二人が話していると、徐々に人の数も増えてきた。

 セリアは懐から時計を取り出して時間を確認する。

 

「そろそろみなさんが来ると思うんですが……」

 

「セリアー!」

 

 セリアが呟くと同時に、彼女の名前を元気に呼ぶ声が聞こえた。

 そちらを見ると片手を大きく振りながら、リジーがセリアの元へ駆け寄る姿があった。

 

「リジー!」

 

 リジーは勢いのままにセリアに飛びついて強く抱きしめる。

 

「セリア、会いたかったよー!」

 

「私も会いたかったです!」

 

 セリアもリジーを懸命に抱き返す。

 その様子をレイモンドが微笑ましく見ていると、荷物が乗ったカートを押しながらロルフが歩いてきた。

 

「おいこらリズ、荷物放り投げて走り出すんじゃねーよ」

 

「あ、兄ちゃん。ごめんね」

 

「ロルフさん、お久しぶりです」

 

「おうセリア。元気か?」

 

「はい、元気です」

 

「兄ちゃん、私も元気だよ」

 

「知ってるよ。おっさんも久しぶりだな」

 

「ああ、元気そうで何よりだ」

 

 こうして話している間も、リジーとセリアはお互いを抱きしめあったままだ。

 それから数分して、アーロンに連れられたメグとアイビーもやってきた。

 

「二人とも久しぶりね!」

 

「セリア、リジー、元気だった?」

 

「二人とも、お久しぶりです!」

 

「元気だよー! やっとみんなに会えて嬉しいよ!」

 

 アーロンはレイモンドに話しかける。

 

「レイモンドさん、お久しぶりです」

 

「ああ、久しぶり。よく見送りに来られたな?」

 

「同僚のシャックルボルトに仕事を代わってもらって、何とか午前中だけ休みを取れたんですよ。今夜彼に酒を奢らないといけませんがね」

 

 再会した四人は、ひとしきりおしゃべりしてから特急に乗り込んだ。

 コンパートメントに入って窓を開け、レイモンド達に出発前の最後の挨拶をする。

 

「んじゃリズ、頑張れよ」

 

「兄ちゃんも体調には気をつけてよ? ちゃんと食べないとだめなんだからね」

 

「おう、わかってるよ」 

 

「もう、ちゃんとわかってるのかなー……?」

 

「わかってるって」

 

 適当な答えにリジーは頬を膨らませるが、ロルフに頭を撫でられるとたちまち嬉しそうに笑う。

 その横でアーロンも、大きな手でメグとアイビーの頭を撫でていた。

 

「メグ、アイビー。良く学んで、しっかり楽しんで来るんだよ」

 

「はいおじさん」

 

「わかってるよ」

 

「メグ、ちゃんと朝は起きるようにね」

 

「うっ……が、頑張るよ」

 

「おじさん、私がしっかり見ておくから大丈夫ですよ」

 

「頼んだよアイビー」

 

 セリアは三人が撫でられているのをちらちらと見ながら、レイモンドと話していた。

 

「今年はまだふくろうを使いますが、来年には守護霊で連絡を取れるようになってみせます」

 

「ええ、期待していますよ。お嬢様、お体に気をつけて楽しんできてください。……それと」

 

 そこでレイモンドは、一度周囲に目を走らせてから声をひそめて続ける。

 

「お嬢様、あの魔法はあまり多用はしないようにしてください。できれば誰にも知られない方がいい。あの魔法は強力すぎる」

 

「わかっています。お父さんが私に遺してくれた魔法です。いざというときにしか使わないようにします。……ところでレイモンド」

 

「どうしました?」

 

 セリアは顔を赤らめて少し迷った後、消え入りそうな言った。

 

「その、三人がしてもらっているように私のことも、な、撫でてくれませんか……?」  

 

 そんなセリアのかわいいお願いに、レイモンドは笑顔を浮かべてセリアの頭に手を乗せた。

 

「ふふ……やはりまだまだ子供ですね」

 

「わ、悪いですか……?」

 

「いえ、とても良いですよ」

 

「そうですか……えへへ……」

 

 レイモンドに頭を撫でられ、セリアはにこにこと笑う。

 ちなみにその様子を見ていたリジー達は、にやにやと笑っていた。

 そうこうしている内に汽笛が鳴り響き、しばらくして特急が動き始めた。

 四人は窓から身を乗り出して大きく手を振る。

 

「行ってきます!」

 

 特急はどんどん速度を増し、駅を出てホグワーツ城に向けて走りだす。

 こうしてセリア達の二年目が始まった。

 

──────────

 

 ハリー・ポッターの周囲では、たびたびおかしなことが起きた。

 両親は物心がつく前にすでに亡く、母方の親戚であるダーズリー家で育ったハリーは、叔母夫婦には疎まれて邪魔者扱い。

 いとこのダドリーには度々暴力を振るわれ、いつも彼の持ち物はいとこのお下がりだ。

 しかし本当に嫌なことがあれば、おかしなことが起きるのだ。

 母の妹である叔母、ペチュニアに髪を刈り上げられたときには、次の日には髪は元通りになっていた。

 いとことその取り巻きに追い回されたときには、いつの間にか建物の屋根の上へと逃れていた。

 そしてたまに街中で、ローブを身にまとった不思議な人々に声をかけられることもあった。

 その理由がついにわかった。

 十一歳になる今年、プリベット通りにあるダーズリー家に、ハリー宛の手紙が届いた。

 ハリーに手紙を出す人間など、学校からの手紙などを除くと今までまったくいなかった。

 期待に胸を膨らませるハリーだったが、手紙は叔父であるバーノンに取り上げられてしまう。

 しかし次の日も手紙は届き、やがて複数の手紙が届き、どんどんとその数は増えていった。

 そして十一歳の誕生日当日、ホグワーツの森番を名乗るルビウス・ハグリッドに直接渡された手紙を読み、すべてを知ることになる。

 ハリー・ポッターは魔法使いだったのだ。

 それからちょっとしたいざこざがあったが、ハグリッドに連れられて買い物を済ませ、九月一日の今日を迎えた。

 なんとか電車に乗り込み早速友人もでき、不安はありながらも新しい世界への期待に満ちていた。

 しかし、現在ハリーは最悪の気分だった。

 

「本当かい? ここにハリー・ポッターがいると特急内で噂になっているんだけど、君がそうなのかい?」

 

 昼時、ハリーはカートに乗ったお菓子を大量に買って駅で出会った初めての友人、ロナルド(ロン)・ウィーズリーと楽しんでいた。

 しかし突如としてコンパートメントの扉が開き、プラチナブロンドの髪を持つ気取ったような少年と、その両脇の守るようにして立つ体の大きな二人の少年が入ってきた。

 そしてハリーを見て、少し馬鹿にするような表情を浮かべた。

 ハリーはその少年が、ダイアゴン横丁でローブの採寸をしているときに出会った少年であることに気がつき、顔をしかめる。

 

「そうだよ」

 

「まさか「闇の帝王」を倒したという英雄が、こんな魔法も何も知らないやつだったなんてねえ」

 

「そう言う君達は誰なんだ?」

 

 ハリーが少し語気を強めてそう言うと、少年はふん、と鼻を鳴らして答えた。

 

「こいつらはクラッブとゴイル、どっちがどっちか見分けはつきづらいけど、良く見たらわかる。そして僕はドラコ・マルフォイだ」

 

 その名前を聞いたロンはなぜか吹き出した。

 ドラコはロンを目を細めて睨みつける。

 

「僕の名前がそんなにおかしいか? お前の名前は聞くまでもない。「純血」の恥、小汚い赤毛のウィーズリーめ」

 

「なんだって!」

 

 ロンは怒って立ち上がろうとするが、クラッブとゴイルがドラコの前に立ち塞がりロンを威嚇する。

 思わず座り直したロンを嘲笑ったドラコは、ハリーに向けて手を差し出した。

 

「君も魔法使いならば、付き合う人間は選んだ方がいい。そのうち、家柄の良い魔法族とそうでないのがわかってくるよ。その辺りのことは僕が教えてあげよう」

 

 しかしハリーは、その手を取ることなく冷たい口調で答える。

 

「悪いけど、間違ったかどうかは自分でちゃんとわかると思うよ。どうもご親切様」

 

 それを聞いたドラコは、怒りで顔をわずかに赤く染めて何か言おうと口を開いた。

 そのとき、開けたままになっていたコンパートメントの扉の向こうから、美しい声が響いてきた。

 

「ドラコ? こんな所に立って何をしているのですか?」

 

「セ、セリア!?」

 

 ドラコの名を呼んだ後にコンパートメントを覗きこんできた少女。

 その少女は、ハリーがこれまでの人生で見てきたどの生き物よりも美しかった。

 作り物以上に整った顔立ちに、きりっとした目と思わず息をつくような翡翠色の瞳。

 小さく形の良い鼻と口に、背中まで流れる緩くウェーブのかかった白銀色に輝く髪を持つ少女。

 その少女は、呆けたようにぼんやりと自分を見つめるハリーとロンに気がついた。

 

「ドラコのお知り合いですか? なら私もご挨拶をしませんと」

 

 その少女はスカートの裾を少し摘み、優雅にお辞儀をしてにこりと微笑んだ。

 

「私はセリア・レイブンクローと言います。ドラコとは昔からのお友達なんです。よろしければ、ドラコと仲良くしてくださいね」

 

 そのお辞儀を受けて、ハリーとロンは何も言うこともできず、ただ口をぱくぱくと開け閉めしていた。

 セリアの横ではドラコ達三人もセリアに見とれていた。

 

──────────

 

 お辞儀をしながらセリアはコンパートメント内に視線を走らせる。

 そして黒髪の少年の額に特徴的な傷があることに気がついて、わずかに目を細める。

 

(なるほど、この人がハリー・ポッターですか。見た限り、特に卓越した部分があるようには見えないけれど……。それにもう一人は、おそらくウィーズリー家の方かな)

 

 セリアがここにいる理由は、ヒキガエルを探しているからだ。

 少し前まで四人は、夏休みにあった出来事やスニジェットのミコと遊んだりして楽しく過ごしていた。

 しかし突然コンパートメントが開き、泣いている少し太った少年とふさふさと広がった栗色の髪の少女が入ってきた。

 少女の方は少し前歯が大きく、すでに新しいローブに着替えていた。

 その少女は、自分に注目しているセリア達をぐるりと見渡して口を開いた。

 

「あの、誰かヒキガエルを見ませんでしたか? ネビルのペットがいなくなっちゃって」

 

「いえ、私は見ていません」

 

「私も知らないなー」

 

「私も見ていないわ」

 

「私も知らないよ」

 

 どことなく威張ったような話し方をする少女だが、四人は特に気にすることなく答えた。

 むしろセリアは、一切迷わずに少年に話しかけた。

 

「こんにちはネビル。私はセリアです。覚えていますか?」

 

「ぐすん……。セ、セリア?」

 

「はい、セリアです。お久しぶりですね。ヒキガエルを探しているのですか?」

 

「う、うん、急にどこかに行っちゃって……」

 

「わかりました。なら、私も探すのをお手伝いします」

 

 そう言うとセリアは他の三人を見る。

 

「みなさん、少し待っていてもらえますか?」

 

「そんなの私達も手伝うよ! ね、みんな?」

 

 リジーの言葉にメグとアイビーも頷く。

 セリアは嬉しそうに微笑むと、ネビルを見上げて尋ねる。

 

「ネビル、そのヒキガエルの特徴を教えてくれますか?」

 

「う、うん」

 

 ヒキガエルの特徴を聞いた四人は特急の通路に出る。

 

「それじゃあ、手分けして探しましょうか」

 

「そうだね。私とアイビーは前の車両を探すよ」

 

「それでは、私とリジーで後ろの車両へ行きますね」

 

「それじゃ、行こうか!」

 

「あ、あの」

 

 そこでネビルと一緒にいた栗色の髪の少女が声をかけてきた。

 

「どうしました?」

 

「えっと、どうして手伝ってくれたんですか? 他の人は誰も手伝ってくれなかったのに……」

 

「知っている人が困っていたら、手伝うのは当然でしょう。それに」

 

 セリアは不安げに自分を見る少女に、ふわりと優しく微笑んで言った。

 

「あなたもネビルを手伝っているではないですか。あなたはとても良い人ですね」

 

「そうそう! えらいよー!」

 

「初対面の相手になかなかできないわよね」

 

「うん、私なら無理かな」

 

 四人に褒められた少女は顔を真っ赤に染めると、消え入りそうな声で「ありがとうございます……」と言った。

 

「それでは、探しましょうか」

 

「おー!」

 

 それからしばらくヒキガエルの捜索をして、ドラコの声を聞いたセリアがハリー達がいるコンパートメントを覗き込んで、先程の状況が生まれたのだ。

 

(色々と聞きたいことはあるけれど、とりあえず今は……)

 

「すみません、どこかでヒキガエルを見ませんでしたか? 知り合いのヒキガエルがいなくなってしまったんです」

 

 セリアがそう尋ねると、ハリーとロンはぎこちない動きで首を横に振った。

 

「さ、さっきも同じことを聞いてきた子がいたけど……」

 

「し、知らない、です」

 

「もう探した後でしたか……分かりました」

 

 セリアは残念そうに呟く。

 

「セ、セリア、ヒキガエルを探しているのかい?」

 

「ええ、ドラコは見ませんでしたか?」

 

「僕も見てないな……。でも、僕も手伝うよ!」

 

「本当ですか? 嬉しいです!」

 

 セリアがにこりと微笑んで言うと、ドラコは顔を真っ赤に染めた。

 

「お、おい、お前達! ヒキガエルを探すぞ!」

 

 ドラコはそう言ってクラッブとゴイルを引き連れ、コンパートメントを出て行った。

 

「セリアー。どこー?」

 

「リジー! ここです! それでは失礼しますね。ポッターさん、ウィーズリーさん」

 

 セリアは再びふわりとお辞儀をすると、てくてくとコンパートメントを出ようとして、何か思い出したように振り返る。

 

「そうでした。もうそれほど時間がかからずに到着するので、そろそろローブに着替えた方がいいですよ」

 

 そう言ってセリアはコンパートメントを出て行き、ハリーとロンは呆然とそれを見送った。

 そしてしばらく経ってからようやく口を開いた。

 

「な、なんだったのかな、今の」

 

「わからないけど、兄貴達に聞いたことあるよ。ホグワーツにレイブンクローの子孫がいるって」

 

「レイブンクローって、さっき言ってた四つの寮の?」

 

「うん。レイブンクローとその友達は、ものすごく優秀な生徒だって言ってたよ」

 

「そうなんだ……」

 

「……とりあえず、着替える?」

 

「そうだね」

 

 それから二人はのそのそと着替え始める。

 着替えながらふとハリーは違和感を覚えて呟いた。

 

「あれ? 僕達名前を言ったっけ……?」

 

──────────

 

「うーん、見つからないなー……。あっセリア。どう? ヒキガエルはいた?」

 

「いえ、こちらも見つかりませんでした。ですが、ハリー・ポッターを見ましたよ」

 

「へえ! どんな子だったの?」

 

「普通の男の子に見えましたよ。でも……」

 

「でも?」

 

 セリアは首元のロケットの鎖を軽く握って少し考える。

 「例のあの人」を打ち破った生き残った男の子の帰還、そして先日発生した難攻不落のはずの銀行グリンゴッツへの侵入事件、それからホグワーツに何か貴重な物が預けられたという情報。

 同時にこれらの異変が発生したことは、はたして偶然なのだろうか? 

 

「もしかしたらこれから魔法界に、何か変化が起きるかもしれませんね」

 




ついに原作主人公が登場しました。


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第37話 歌/新しい教師

ジョニー・デップさんがグリンデルバルドを降板するとは……。
あの方の演じるグリンデルバルドはカリスマ性や妖しい魅力があり、この先どのような物語になっていくのか楽しみにしていたのですが、残念です。
もちろんシリーズは全て観に行くつもりですが、後任はどんな俳優さんになるのか、これからの情報は注視しなければいけませんね。


 

「私はきれいじゃないけれど

 人は見かけによらぬもの

 私をしのぐ賢い帽子

 あるなら私は身を引こう

 山高帽子は真っ黒だ

 シルクハットはすらりと高い

 私はホグワーツ組み分け帽子

 私は彼らの上をいく

 君の頭に隠れたものを

 組み分け帽子はお見通し

 かぶれば君に教えよう

 君が行くべき寮の名を

 

 グリフィンドールに行くならば

 勇気ある者が住う寮

 勇猛果敢な騎士道で

 他とは違うグリフィンドール

 

 ハッフルパフに行くならば

 君は正しく忠実で

 忍耐強く真実で

 苦労を苦労と思わない

 

 古き賢きレイブンクロー

 君に意欲があるならば

 機知と学びの友人を

 ここで必ず得るだろう

 

 スリザリンではもしかして

 君はまことの友を得る

 どんな手段を使っても

 目的遂げる狡猾さ

 

 かぶってごらん! 恐れずに! 

 興奮せずに、お任せを! 

 君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)

 だって私は考える帽子!」

 

 組み分け帽子は椅子の上で高らかに歌い終わると、大広間中の拍手喝采の浴びながら各テーブルに深々とお辞儀をして動かなくなった。

 ハッフルパフのテーブルで拍手をしながら、リジーは首を傾げる。

 

「ねえ、今の組み分け帽子さんの歌、私達の組み分けのときと違ってたよね?」

 

「実は組み分け帽子の歌は、毎年新しいものなんですよ。一年かけて組み分け帽子は新しい歌を考えるそうです」

 

「へえ。つまり、これから毎年違う歌が聞けるのね?」

 

「それはちょっと楽しみかも」

 

 セリア達がそう話していると、マクゴナガルが巻き紙を手に持って一歩前に進み出てきた。

 

「これからABC順に名前を呼びますので、呼ばれた新入生は椅子に座って帽子を被るように」

 

 組み分けを待つ新入生達はみんな、不安と期待が混じり合ったような表情を浮かべている。

 それを見ながらセリアは自身の組み分けを思い出し、まだ一年しか経っていないのにひどく懐かしく感じた。

 マクゴナガルに名前を呼ばれた新入生達は、次々と組み分け帽子を被り寮が決定していく。

 

「グレンジャー・ハーマイオニー」

 

 そう呼ぶ声に応えて元気に前に出てきたのは、特急の旅でネビルと共にヒキガエルを探していた少女だ。

 その少女の顔をほとんど覆うように組み分け帽子が被せられる。

 組み分け帽子は少し悩んだ後に「グリフィンドール!」と叫んだ。

 少女は笑顔を浮かべてグリフィンドールのテーブルに駆け寄り、暖かい拍手と共に迎え入れられた。

 

「あの子はグリフィンドールかー」

 

「初対面の相手のペットを一緒に探すほど、正義感がある人ですからね」

 

 ちなみに、ヒキガエルに逃げられていた少年、ネビル・ロングボトムはグリフィンドールに組み分けされた(後で聞いたところによると、ヒキガエルは無事保護されたらしい)。

 ハーマイオニーの組み分けから少ししてドラコの名前が呼ばれたが、組み分け帽子は彼の頭に触れるやいなや「スリザリン!」と叫んだ。

 満足そうな表情で椅子から立ち上がりスリザリンのテーブルへ向かうドラコに、セリアは目立たないように小さく手を振る。

 それに気がついたドラコは、微かに顔を赤く染めながらも誇らしげにスリザリンの席に着いた。

 それからも順調に組み分けが進んでいき、やがて一つの名前が呼ばれた。

 

「ポッター・ハリー」

 

 その瞬間大広間には沈黙が広がり、組み分け帽子が待つ椅子へ向かう少年の姿を一目見ようと、生徒達はみんな首を伸ばした。

 ハリーは緊張で固まった表情を浮かべながら組み分け帽子を被った。

 ハリーと組み分け帽子は何やら話し合っているようで、その組み分けは長い。

 

(さて、生き残った男の子はどの寮になるのでしょうか。ハッフルパフだったらいいなあ)

 

 セリアはそんなことを考えながら組み分けを見守る。

 今まで呼ばれたどの新入生よりも長時間組み分け帽子は悩み、やがて大きな声で叫んだ。

 

「グリフィンドール!」

 

 その声が響き渡ると、大広間は大歓声に包まれた。

 ハリーは安堵の表情を浮かべてグリフィンドールのテーブルに向かい、熱烈な歓迎を受ける。

 双子のウィーズリーが「ポッターを取った! ポッターを取った!」と何度も繰り返し叫び、グリフィンドールの生徒がこぞってハリーへ握手を求めたりして、少しの間組み分けが止まったほどだ。

 教員テーブルでは、ダンブルドアでさえも両手を叩いて祝福をしていた。

 

「あーあ、グリフィンドールかー……。ちょっと残念だね」

 

「はい……色々と聞いてみたかったです」

 

「あれだけの有名人が同じ寮になったら楽しそうだったのに……グリフィンドールが羨ましいわ」

 

「私はセリアと同じで、色々と聞いてみたかったかな」

 

 ハリーの組み分け以降は特に変わったことはなく、無事全ての新入生の寮が決まった。

 マクゴナガルが名前が書かれた巻き紙を片付け、椅子と組み分け帽子を下げた。

 それと入れ替わるように、教員テーブルの真ん中に座っていた校長、アルバス・ダンブルドアが立ち上がった。

 ダンブルドアは両腕を大きく広げて大広間をぐるりと見渡すと、にっこりと笑った。

 

「新入生達、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言三言言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」

 

 ダンブルドアはそう言い切ると席に着き、両手を打ち鳴らす。

 すると大広間にいる全員が拍手をして歓声を上げる中、空っぽだった皿が食べ物でいっぱいになった。

 生徒達は我先にとご馳走に群がる。

 

「うーん、やっぱりホグワーツの料理はおいしいわね!」

 

「そうだねー。これからしばらくご飯を作らなくていいなんて、すっごく楽ちんだよ」

 

「どれもおいしいですけれど、シチューが一番おいしいです!」

 

「私はもっと甘い料理があってもいいと思うな」

 

「こらメグ! ちゃんとお野菜も食べなさい!」

 

「ちょっとアイビー、野菜ばっかり入れないでよ」

 

「セリアー、シチューがおいしいのはわかるけど、ちゃんとお肉も食べなよ?」

 

「はい!」

 

 セリア達も楽しく話しながらご馳走を堪能する。

 どの寮のテーブルも大盛り上がりで、教員達も和やかな雰囲気で食事を楽しんでいた。

 

「あっ! ねえメグ、あの人が新しい先生じゃない?」

 

「え、どこ? どの人?」

 

「ほら、あの紫色の布? を頭に巻いてる、スネイプ先生と話してる人」

 

 アイビーが言う方向を見てみると、青白い神経質そうな顔をした男が、少し怯えたようにスネイプと話している姿があった。

 

「なんて言うか、見た感じだとあんまり強そうに見えないねー」

 

「でもホグワーツの教師だし、優秀なはずよね?」

 

「うん。今年は教科書を読むだけじゃなくて、ちゃんと防衛術を習えたらいいなあ」

 

「あはは。メグ、すっごく楽しみにしてるねー。ねえ、セリアはどう思う? ……セリア?」

 

 セリアからの返事が無く、リジーは怪訝そうにセリアの顔を見る。

 そのセリアはというと、新しい教師ではなくスネイプの顔をじっと見つめていた。

 

「セリア、どうしたの?」

 

「えっ? す、すみませんリジー、少し考えごとをしていて……。なんでしょうか?」

 

「えっと、あの新しい先生はどうかなーって話してたんだよ」

 

「メグは期待しているみたいなんだけど、セリアはどうかしら?」

 

 セリアは口元に手を当てて少し考える。

 

「そうですね……一昨年までホグワーツで教えていたということは、優秀であることは確かだと思います。実際に授業を受けるまでわかりませんが、悪いということはないと思いますよ」

 

 セリアの答えを聞きメグは満足そうに頷く。

 

「私は楽しみだよ。早く授業始まらないかな……」

 

「私は早く変身術をしたいなー。マクゴナガル先生に私の進歩を見てもらうんだー」

 

「私は魔法薬学ね。せっかくセリアに貴重な材料をもらったのに、休暇中はあんまり魔法薬を作れなかったのよ」

 

「私は全て楽しみです。今年も成績を落とさないよう、頑張ります!」

 

 しばらくするとあらかた食べられた料理が皿から消え、代わりに色々なデザートがテーブルに現れた。

 生徒達は再び歓声を上げながら皿に群がり、ほんの少し前までご馳走を食べていたとは思えないほどの勢いでデザートをかきこんでいく。

 メグは「甘い物は別腹」と一言言うと、ぱくぱくとデザートをたいらげていった。

 アイビーはそれに少しうらめしそうに見ながら、ちびちびとデザートを口にする。

 セリアとリジーは二人とも少量ずつ色々なデザートを取り、おいしそうに頬を緩ませながらデザートを楽しんでいた。

 そしてデザートもほとんど食べられてテーブルの上から消え去り、再びダンブルドアが立ち上がった。

 去年と同じく禁じられた森へ入らないようにすること、廊下での魔法使用の禁止と持ち込み禁止の一覧をフィルチの事務所で確認できること、クィディッチチームに入りたい生徒は、各寮監とフーチに連絡をすること、などといった連絡事項が伝えられた。

 そしてダンブルドアは、最後に去年とは違うことを言う。

 

「それと最後に、とても痛い死に方をしたくない生徒は、今年いっぱい四階の右側の廊下に立ち入らないこと」

 

 今までされたことのなかった注意に極少数の生徒は笑う。

 しかし大多数の生徒は怪訝そうな表情を浮かべ、ひそひそと話し声があちらこちらから聞こえてきた。

 その雰囲気を吹き飛ばすように、急にダンブルドアは声を張り上げた。

 

「では、寝る前に校歌を歌いましょう!」

 

 それを聞いた瞬間、和やかだった教員達全員の顔が急に強張った。

 ダンブルドアが杖を取り出して楽しそうに振ると、杖先から金色のりぼんが出てきて、空中に歌詞を書いた。

 

「それでは自分の好きなメロディーで、さん、し、はい!」

 

──────────

 

「ホグワーツ、ホグワーツ、ホグホグワツワツホグワーツー」

 

「とっても楽しい歌でしたね!」

 

「そうかしら……? メロディーもばらばらだし歌詞も変だったじゃない」

 

「私、ホグワーツに校歌があるなんて知らなかったよ……」

 

 寮の寝室に戻った四人は、パジャマに着替えながら先程の個性的すぎる校歌を思い出す。

 

「私あんまり歌は得意じゃないんだけど、さっきのは楽しかったなー」

 

「リジーの歌、素敵でしたよ」

 

「お、ありがとーセリア。セリアは歌、すっごい上手だったね?」

 

「お母さんがいつも歌を口ずさんでいて。私もよく一緒に歌ってたんですよ」

 

 リジーに褒められたセリアは、照れたように微笑みながら言う。

 

「メグ。あなた口は動かしてたけど、歌ってなかったでしょ?」

 

「だって恥ずかしいし。アイビーは歌うまいからいいよね」

 

 アイビーにからかうように指摘されると、メグは不貞腐れながらそっぽを向いた。

 その様子を見てアイビーは笑いながらメグを抱き寄せた。

 

「ごめんなさい、許して。ね?」

 

「はあ……もういいよ」

 

「お詫びに今夜は一緒に寝ましょう」

 

「それお詫びになってないと思うんだけど……」

 

 呆れた口調でメグは言うが、顔は笑っており本気で嫌がっているわけではないようだ。

 

「アイビー、メグと一緒に寝るんだ。ねえねえセリア、私達も一緒に寝る?」

 

「いいんですか!? すごく嬉しいです!」

 

「そんなに嬉しいの? 照れるなー」

 

 パジャマに着替え終えると、セリアとリジー、メグとアイビーはそれぞれ同じベッドに入った。

 ゆっくりと部屋の電灯が消え、室内を窓から入る月と星の明かりがうっすらと照らす。

 

「それじゃあみんな、おやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

「おやすみー」

 

「おやすみなさい」

 

 挨拶を交わすと、それほど時間がかからずに四人分の寝息が聞こえてきた。

 

──────────

 

「んー、今日もいい天気だなー」

 

 大扉から城の外に出た私は、大きく体を伸ばしながら準備運動をする。

 ある程度体が温まってきたらゆっくりと走りだす。

 今日でホグワーツに来て二週間が過ぎた。

 久しぶりの授業はセリアのお家でいっぱい勉強したおかげか、四人とも今のところ苦労することなくついていけてる。

 特に変身術なんてすっごくうまく呪文を使えたから、マクゴナガル先生に点をもらったしね。

 この間の週末には四つの寮がそれぞれ予選をしていて、ケイティがチェイサーに、チョウがシーカーに選ばれた。

 二人ともすっごい喜んでいて、やる気満々だったなー。

 けど、グリフィンドールチームは優秀なシーカーが見つからなかったみたいで、新しくキャプテンになったキーパーのオリバー・ウッドって人が頭を抱えていた。

 チャーリーの後任だもん、なかなか見つからないよね。

 ハッフルパフチームは去年と変わらずセドリックがシーカー。

 セドリックも気合十分って感じだったし、きっと今年こそ優勝だよ。

 おっと、考えながら走ってたらもうハグリッドの小屋が見えてきた。

 ハグリッドは私に気がつくと、手をぶんぶんと振って挨拶をしてくれる。

 

「よお、リジー! 相変わらず早いな」

 

「おはよー、ハグリッド! 何かお手伝いできることはある?」

 

「うんにゃ、今はもうほとんどやることはないなあ。いつもありがとうよ」

 

「えへへ、どういたしまして」

 

 私はしばらくファングと遊んでから城に戻り、廊下を進んで寮を目指す。

 寝室ではまだ三人が寝てた。

 まだ少し時間あるし、みんなを起こす前にミコにご飯をあげて、その後ちょっと変身術の練習でもしておこうかな。

 新学期最初のマクゴナガル先生との特別授業では、実技がすっごい上達してるって褒められたんだよね。

 座学の方も基本はもう一通りできたから、今年からは本格的に動物もどき(アニメーガス)について進めていくそうだ。

 夢にどんどん近づいていくって感じがして、なんだかすっごく楽しいよ。

 

「リジー、おはよう……」

 

「あ、アイビーおはよー」

 

 しばらくベッドの上でボタンをコガネムシに変身させたり戻したりしていると、アイビーがベッドから身を起こして眠そうに言った。

 それからほとんど間をおかずにセリアとメグも目を覚ました。

 もっとも目を覚ましただけで、二人ともなかなかベッドから出てこないんだけどね。

 ベッドから出ようとしないセリアはすっごいかわいいんだけど、毎朝これだからちょっとだけ大変。

 アイビーと一緒になんとか二人をベッドから引っ張り出して支度をさせる。

 

「ねえ、今日の最初の授業は何だったかしら?」

 

「確か闇の魔術に対する防衛術ですよ」

 

「はあ……」

 

 アイビーの質問にセリアが答えると、メグが悲しげに大きなため息をついた。

 まあ、メグが落ち込むのもしょうがないよ。

 今年の闇の魔術に対する防衛術の授業だけど、その……正直微妙だった。

 クィレル先生は優秀な人で、去年は世界中を回って吸血鬼と遭遇したりゾンビを退治したりと、色々な体験をしてきたらしい。

 だけど先生はその話を全然してくれないし、質問してもいっつも話を逸らすんだよ。

 授業も教科書を読むだけって訳じゃないけど、呪文は使わずに座学ばっかりだし。

 メグだけじゃなく、去年クーパー先生の授業が人気だった上級生の人達も、クィレル先生の授業には物足りなく思ってるそうだ。

 

「メグ、元気出して。きっと来年にはすっごい魔法を学べるよ」

 

「うん……」

 

 だけど、二年続けて期待が外れちゃってるメグの落ち込みようは、見ていて本当にかわいそう……。

 闇の魔術に対する防衛術の先生は毎年変わってるし、来年新しい先生が来るんならすっごく優秀な人だったらいいなー。

 そうして話していると大広間に到着した。

 とりあえずメグに甘い物をいっぱいあげて、なんとか元気にさせてあげないとね。

 

 



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第38話 ハーマイオニー・グレンジャー

グリンデルバルドの後任が正式決定しましたね。
私は海外の俳優についてあまり詳しくないのでどんな方なのか調べてみたら、007での敵役やドクター・ストレンジのカエシリウス、ドラマ版のハンニバル・レクターを演じられた方のようです。
とてもすてきな雰囲気の俳優ですので、この方の演じられるグリンデルバルドがどのようになるのか、これから楽しみにしたいです。


 セリア達が特急の旅で出会った少女、ハーマイオニー・グレンジャー。

 グリフィンドールに組み分けされた彼女は、実に優秀な生徒だった。

 教科書は一通り暗記しているし、突然の教師からの質問にも適切な答えを返す。

 習った魔法は大抵すぐに成功するし、もしできなくとも何度か練習をしたら使えるようになる。

 授業時間外でも予習復習を欠かさない。

 さらに魔法族の生まれではなくマグル生まれだということも、彼女の非凡さを表していた。

 一方でその優秀さと頭の固い性格のせいか、彼女はなかなか友達ができないでいた。

 同学年の女子生徒達は彼女の頭の固さから少し距離を測りかねており、男子生徒達はまるで母親のような小言の多さに鬱陶しさを感じ、彼女に近づこうとはしない。

 そのためか、彼女はよく図書館へ訪れて本を読んで時間を過ごしていた。

 そういった事情があって、同じく図書館を頻繁に利用するセリアやメグとよく話をするようになったのは、不思議なことではなかっただろう。

 

「あ、また来てたんだ、ハーマイオニー」

 

「こんにちは」

 

「あ、こんにちは……」

 

 図書館に入ったセリアとメグは、ハーマイオニーの姿を見つけ近づいて声をかけた。

 対するハーマイオニーは目の前に本を広げているものの、あまり集中できておらず心ここにあらずといった様子だった。

 

「ハーマイオニー? 何か嫌なことでもありましたか?」

 

 ハーマイオニーからよく人間関係について相談を受けていたため、彼女の様子をおかしく思ったセリアは何かあったのかと不安げに尋ねる。

 

「いえ、嫌なことがあったんじゃないんだけれど……」

 

 ハーマイオニーは何かを言おうとして、ためらうように再び口を閉じた。

 

「何かあるんだったら話してよ。図書館仲間として力になるよ」

 

 メグがそう言って、さらにその横でセリアもこくこくとうなずくと、ハーマイオニーは少し迷っていたがやがて小さな声で話し始めた。

 

「実は昨夜、こんなことがあったの……」

 

 ハーマイオニーの話はこうだ。

 昨日飛行訓練中に起きたいざこざから、売り言葉に買い言葉でハリーとドラコが決闘をしようということになってしまったらしい。

 

「……ドラコとポッターさん達は、仲が悪いのですか?」

 

「え? ええ、顔を合わせればだいたい喧嘩をしているわ」

 

「そうだったんですか……」

 

 ドラコが真夜中に時間を指定してハリー達もそれを了承、それを偶然聞いていたハーマイオニーはやめるように言ったが、二人はまったく聞く耳を持たなかった。

 そして夜、談話室で待ち構えているとやはりハリーとロンがやってきて、ハーマイオニーは寮の入り口前まで付いていき説得をするも二人は止まらず。

 呆れて寝室に戻ろうとしたが、寮の入り口を守る絵画の「太った婦人(レディ)」が外出してしまったため、彼女は寮から締め出されてしまった。

 仕方なくハリーとロン、さらに合言葉を忘れて締め出されていたネビルを加え、一緒に決闘の場所まで行くことに。

 しかしそこにはドラコは現れず、代わりに管理人であるフィルチがやってきて、ようやくドラコの罠にはまったことに気がついた。

 無我夢中で逃げ回り鍵がかかった扉を魔法で開けて入り、なんとかフィルチの目を逃れることができた。

 だが安心したのも束の間で、なんとその扉の中には大きな三頭犬がいたらしい。

 再び無我夢中で逃げなんとか寮へ戻ることができたが、考えてみるとその場所は立ち入りが禁止されていた四階の廊下で、ハーマイオニーが言うには三頭犬の下の床には扉があったそうだ。

 

「最初は規則を破ってしまって落ち込んでいたんだけど……。今はどうして学校にあんな生き物がいたのか、あの扉には何が隠されていて何を守ってるのか気になって。今日は全然授業に集中できなかったわ……」

 

 ハーマイオニーの話を聞いて、メグとセリアは顔を見合わせた。

 

「ハーマイオニー、意外とやんちゃなんだね」

 

「ち、違うのよ? 全部あの二人が悪いんだから」 

 

 メグが呆れたように言うと、ハーマイオニーは慌てて弁明する。

 一方セリアは口元に手を当てて少し考えると、ふと口を開いた。

 

「以前新聞に載っていましたので知っているかもしれませんが、夏の休暇中にグリンゴッツが侵入されるという前代未聞の事件がありました。狙われた「何か」は、侵入される前にすでに移動されていたため無事だったそうですが……」

 

 そこでセリアは一度言葉を切り、ロケットの鎖を片手で軽く握りながら少し目を細めて続ける。

 

「それに加えて実はもう一つ、今年ホグワーツに何か貴重な物が持ち込まれたという話もあるんです。……もしかしたらグリンゴッツに保管されていた「何か」が狙われていたため、その「何か」をホグワーツに移動させ、そしてそれを三頭犬が守っている、ということがあるのかもしれません。なんにせよ、そのように危険な場所にはもう近づかないことが一番ですね。ハーマイオニーもこのことは忘れた方がいいですよ」

 

 セリアが言い終わると、メグとハーマイオニーが驚いたように彼女を見ていた。

 

「えっと、二人とも、どうしたのですか?」

 

 首を傾げながらセリアが聞く。

 

「セリア、どうしてそんなに色々知ってるの?」

 

「屋敷には様々な情報が入ってきますので……。あ、先ほどのホグワーツに「何か」が持ち込まれたという件は秘密なので、できれば内緒にしておいてくださいね」

 

 メグに尋ねられ、セリアは思い出したように口元に指を当てて「しー」と言った。

 ハーマイオニーはセリアを見ながら呆然と呟く。

 

「やっぱり、レイブンクローってすごいのね……」

 

「うん、すごいよ。夏休みにセリアのお屋敷に行ったんだけど、貴重な本とか物がいっぱいで。また行きたいくらいだよ」

 

「ふふ。メグ、また来てくださいね。ハーマイオニーも良ければぜひ」

 

「いいの?」

 

「はい、お友達ですから」

 

「ハーマイオニー、私も友達だよ?」

 

「……ええ、喜んで!」

 

 セリアとメグに微笑みかけられ、ハーマイオニーは頬を赤く染めながら嬉しそうに頷いた。

 

──────────

 

 とある休日、いつものように図書館でセリア達と会ったハーマイオニーは、少し荒れていた。

 

「それで、箒はマルフォイのおかげで買ってもらいました、なんて笑いながら言っていて! 本当、あの二人ってなんなのかしら!」

 

 ぷりぷりと怒りながらの愚痴を四人は苦笑いを浮かべながら聞く。

 

「まあまあ、落ち着いて。ハーマイオニーは二人に退学になって欲しかったわけじゃないわよね?」

 

「それはそうだけど……」

 

 アイビーになだめられたハーマイオニーは、少し落ち着きを取り戻した。

 

「マクゴナガル先生、クィディッチ大好きだからなー。けどわざわざ箒を贈るなんて、やりすぎだと思うけどね」

 

「しかもニンバス2000だしね」

 

「いくら彼が箒に乗る才能があるからといって、あんな高級な物を生徒に与えるのはどうかと思うのですが……」

 

 セリア達は呆れたようにそう言う。

 マクゴナガルは普段は厳格・公平な教師の鑑とも言える人物だ。

 しかしクィディッチのこととなると人が変わるというのは、実は割と知られているマクゴナガルの欠点なのだ。

 一方のハーマイオニーは落ち着きは取り戻したものの、腹は立っているらしく頬を膨らませたままだった。

 そこでセリアは一つ咳払いをしてハーマイオニーに話しかける。

 

「こほん。ところでハーマイオニー? 勉強をするのではなかったのですか?」

 

「あっ、そうだったわ!」

 

 セリアの言葉を聞いたハーマイオニーは膨らんでいた頬を元に戻すと、鞄から数冊教科書を取り出した。

 習ったことはもうほとんどこなせるハーマイオニーだが、それだけでは満足できないのか、寮を問わず図書館で会った成績の良い上級生や教師によく授業内容の質問などをしていた。

 そして二年生の生徒達がこぞって優秀だと言っていたのが、セリア達四人だった。

 それを聞いたハーマイオニーはハリー達に怒りながらも、図書館でセリア達を見つけると真っ直ぐに向かってきて勉強を教えてほしいと頼み込んだのだ。

 いきなり頭を下げられた四人はしばらくの間戸惑っていたものの、快く了承した。

 

「私、もっともっとたくさんのことができるようになりたくて。みんなセリア達がすごいって言うから、色々教えて欲しいのよ」

 

 改めてハーマイオニーがそう言うと、リジーが腕を組んで不適に笑った。

 

「ふっふっふ。ハーマイオニー、私達に頼むなんて見る目があるねー」

 

 続いてアイビーも腕組みをして同じように不適に笑う。

 

「リジーは変身術で学年一位、そしてこの私は、魔法薬学、薬草学で学年一位よ……」

 

 そしてメグもにやりと笑った。

 

「私は総合成績で学年三位、そしてセリアは全ての教科の試験で二位以内に入っていて、学年主席だよ」

 

 最後にセリアがふわりと微笑んだ。

 

「ハーマイオニーが本気で頼むのであれば、私達が全力でお教えしましょう。どうですか?」

 

 ハーマイオニーは四人の気迫に圧されてごくりと喉を鳴らしたが、意を決して再び頭を下げた。

 

「よ、よろしくお願いします。全力で頑張るわ!」

 

 ハーマイオニーがそう言うと四人は嬉しそうに頷いた。

 

「わかりました。それでは私も、試験前と同じくらい本気で教えますね。ついでにリジーとアイビーにも」

 

「……え?」

 

 不意にセリアにそう言われ、不適に笑っていたリジーとアイビーは顔を強張らせた。

 にこにことしているセリアに続いてメグも微笑みながら口を開く。

 

「そう言えば、二人とも自分の好きな教科は大丈夫だけど、その他の教科はちょっと遅れ気味だったよね?」

 

「ええ。ですので授業に置いていかれないように、私達二人で背中を押してあげましょう」

 

「そうだね。それが良いよ」

 

 セリアとメグに微笑みかけられている二人は、絶望の表情を浮かべてがくがくと震える。

 

「ふ、二人とも、どうしてそんなに怯えているの? 一体なにが……」

 

 ハーマイオニーは恐々とセリアとメグを見て、はっと息を飲んだ。

 微笑んでいる二人だが、その目の奥は一切笑っていない。

 セリアは教科書を取り出して机にゆっくりと置いた。

 

「それでは始めましょう。最初はどの教科ですか?」

 

「今日と明日はお休みだし、ずっと勉強できるね。……とりあえずは夕食まで大体七、八時間くらいやろう」

 

「夕食後も少し勉強できますね。ふふ……なんだか充実した休日になりそうです」

 

 セリアとメグは楽しそうに笑い、リジーとアイビーはこの世の終わりのような顔で震える。

 

(も、もしかして私、選択を間違えたのかしら……?)

 

 ハーマイオニーはそう思ったが、時はすでに遅かった。

 その夜ハーマイオニーは、就寝時間ぎりぎりにグリフィンドールの寮へ戻ってきた。

 その顔は虚ろな表情を浮かべており、それを見て同室のパーバディ・パチルとラベンダー・ブラウンは思わず抱き合って悲鳴を上げた。

 しかしその声にハーマイオニーはなんの反応も示さず、ベッドにふらふらと近づくとローブを着たまま倒れこんでぴくりともしなくなった。

 パーバディとラベンダーは顔を見合わせると、びくびくしながらハーマイオニーの顔を覗き込む。

 ベッドの上でハーマイオニーは、ほとんど気絶するように眠りについていた。

 二人は再び顔を見合わせると、首を傾げながらとりあえずハーマイオニーに布団を被せ、自分達のベッドに逃げ込むのであった。

 一方ハッフルパフのセリア達の寝室でも、リジーとアイビーがベッドにぐったりと倒れ込んで、セリアとメグはどこかすっきりとした表情を浮かべてベッドに座っていた。

 

「いっぱい勉強ができて、今日はとてもいい日でしたね、メグ」

 

「うん、こんなにいい休日は久しぶりだったよ。明日も楽しみだね」

 

「あなた達は楽しかったんでしょうけど……私はもう限界よ……」

 

「私もー……」

 

 楽しそうに話すセリアとメグをリジーとアイビーは恨みがましそうに見る。

 

「なんで試験前でもないのに、あんなに勉強しないといけないのよ?」

 

「そうだそうだー」

 

「だって二人とも、授業に遅れてたでしょ? このままいくと、試験前に困ってたのは二人だよ?」

 

「うっ……」

 

 メグの正論に二人はぐうの音も出ずに黙る。

 それを見ながらセリアは苦笑いを浮かべて口を開いた。

 

「そう悪ことばかりではありませんよ? 今日は良い情報を手に入れられましたし」

 

 セリアの言葉に他の三人は首を傾げた。

 

「セリアー、どういうことなの?」

 

「ポッターさんのことですよ」

 

「ハリー・ポッターがどうしたの?」

 

「実は今日のハーマイオニーの話を聞いて、わかったことがあります」

 

 三人に見つめられたセリアは指を一本立てた。

 

「まず最初に、ポッターさんはかなりの高さから投げられた「思い出し玉」を、見事な急降下で怪我一つなく受け止めるという、並外れた箒の才能を見せましたね。初めての飛行訓練だというのに。それを見ていたマクゴナガル先生が、授業中にも関わらずポッターさんを連れて行きました」

 

 セリアはもう一本指を立てる。

 

「次に、そのマクゴナガル先生の行動です。ポッターさんを叱るために授業から連れ出したのであれば、おかしくはありません。しかし実際には特に何もなく、ポッターさんは普通に夕食を食べていたそうです。それどころか教師であるマクゴナガル先生が、一生徒であるポッターさんに高級な箒を与えました。禁じられている一年生の箒の所持を、わざわざ特例で許可を得てまで、です。これは明らかに異常ですよね」

 

 セリアが三本目の指を立てる。

 

「最後に、各クィディッチチームの予選からしばらく経つ今日まで、グリフィンドールチームが再び予選を行ったという話は聞きません。ここまででなにかわかりませんか?」

 

 セリアの考えを聞いてアイビーは何かに気がついたのか、はっと息を飲んだ。

 

「ま、まさか……ハリー・ポッターが? まだ一年生じゃない!」

 

「さっき少し調べてみたのですが、少ないものの過去に例はあるようですよ」

 

 リジーとメグはセリアとアイビーの話についてまったくついて行けていない。

 

「二人とも、わかんないから教えてよー」

 

「気になる……」

 

 二人がそう言うと、アイビーが重たそうに口を開いた。

 

「……グリフィンドールチームが、新しく優秀なシーカーを見つけたってことよ」

 

 アイビーの言葉にリジーとメグは驚いて顔を見合わせる。

 

「ハリー・ポッターがシーカーに?」

 

「そんなことあり得るの……?」

 

「私はほぼ確実にあり得ると思いますよ」

 

 リジーとメグが思わず呟くと、セリアは自信ありげに頷いた。

 

「アイビー、ちなみにハリー・ポッターがしたことって、どれくらいすっごいの?」

 

 リジーがおそるおそるそう聞くと、アイビーは少し考えてから答えた。

 

「そうね……あれだけの高さから投げられた物を急降下して取って、さらにかすり傷もなく地面に着地するのは、普通のプロ選手でも難しいんじゃないかしら……。去年のチャーリーさんならできそうだけど」

 

「そんなになんだ……。ハッフルパフ、勝てるかな?」

 

「だ、大丈夫だよ。ハッフルパフにはセ、セドリックがいるんだから……」

 

 リジーの不安そうな言葉に、メグはセドリックの名前の部分で赤面しながらもそう言った。

 アイビーは真剣な顔で頷く。

 

「そうよ、こっちにはセドリックがいるわ。それに、チェイサーもビーターもキーパーも、去年のメンバーが残ってるんだから」

 

「それにあちらは、私達がポッターさんがシーカーになったことをまだ知らないと思っています。これは大きいですよ」

 

「明日セドリック達に教えないとね!」

 

「そうね、できるだけ早く教えてあげましょう」

 

「私、頑張って早起きするよ」

 

「それでは少し早いですが、もう寝ましょうか。みなさん、おやすみなさい」

 

「おやすみー」

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 翌日、四人はハッフルパフチームのメンバーにハリーについて話した。

 チームのキャプテンは最初は驚いていたものの、すぐに真剣な表情で話を聞き、セリア達にお礼を言った。

 セドリックにも笑顔でお礼を言われ、メグは顔を真っ赤にしながらも嬉しそうだった。

 

──────────

 

 十月三十一日、今日はハロウィンでリジーの誕生日でもある。

 朝からセリア達にプレゼントを貰ったリジーは、城中にかぼちゃの匂いが満ちていたこともありご機嫌だった。

 

「やっと授業終わったー! 早くかぼちゃ料理食べたいよー!」

 

「リジー、終わったと言っても、まだ最初の授業ですよ?」

 

「でも本当に、この匂いはすごいわよねえ。私だってパーティーが待ち遠しいわ」

 

「私もかぼちゃのお菓子がすごく楽しみだよ……あれ?」 

 

 セリア達が次の教室に向かっていると、前方にあった扉から生徒達が出てきていて、その中にハーマイオニーの姿があった。

 四人に気がついたハーマイオニーは小さく手を振った。

 セリア達はハーマイオニーと一緒になって廊下を歩く。

 

「やっほー、ハーマイオニー! かぼちゃの匂いって最高だよね!」

 

「え、かぼちゃ? 確かにいい匂いだけど」

 

「リジーはかぼちゃが大好きなのよ」

 

「ハーマイオニー、さっきはどの授業だったの?」

 

「フリットウィック先生の授業よ。今日初めて浮遊呪文をしたんだけど、一度で成功したの」

 

「すごいですね、ハーマイオニー」

 

「私は何回もやってやっと成功したんだよねー」

 

 セリア達に褒められてハーマイオニーは少し頬を赤くして嬉しそうだ。

 そのとき前方にいた二人の内、赤毛の少年の大きな声が聞こえてきた。

 

「だから、誰だってあいつには我慢できないって言うんだ。まったく悪夢みたいなやつさ!」

 

 その声が聞こえてきた瞬間、ハーマイオニーはみるみるうちに瞳に涙を溜め、走り出した。

 

「ハーマイオニー!」

 

 セリア達が呼ぶがハーマイオニーは止まらず、黒髪の少年にぶつかってそのまま追い越して行った。

 

「ハーマイオニー、大丈夫かしら……」

 

「心配だね……」

 

 セリア達が去っていくハーマイオニーの背中を不安そうに見ていると、前方にいた二人、特急でセリアが出会ったハリー・ポッターとロン・ウィーズリーの会話が四人の耳に入ってきた。

 

「今の、聞こえたみたい……」

 

「そ、それがどうしたのさ。誰も友達がいないってことは、とっくに気がついてるさ」

 

 それを聞いたセリアは眉をひそめると、その二人にずんずんと近づいていった。

 他の三人も怒った表情でセリアに続く。

 

「そこのお二人、すみません」

 

 セリアに声をかけられ、ハリーとロンは振り返って自分達よりも低い位置にあるセリアの顔を見る。

 

「君は?」

 

「確か、レイブンクローの?」

 

 怪訝そうに自分を見る二人に、セリアは眉をひそめたまま言った。

 

「先ほどの会話が聞こえてきました。一体なぜあのような暴言を?」

 

「えっと……」

 

 トゲのあるセリアの言葉に、ハリーは困ったように口をつぐんだ。

 しかしロンは一瞬ばつが悪そうな顔をしたが、すぐに言い返した。

 

「き、君になんの関係があるって言うんだ!」

 

「私達はハーマイオニーの友達よ」

 

「友達が悪く言われたら、怒るのは当然だよねー」

 

 すぐさまリジーとアイビーが言い返すと、ロンは言葉に詰まって黙った。

 メグは何も言わなかったものの、鋭い目つきでハリーとロンを睨みつけていた。

 

「お友達にあのような暴言を吐かれて、黙ってはいられません。お二人とも、彼女に謝ってください」

 

 セリアがそう言うと、二人はむっとした表情になった。

 

「確かに僕達も悪かったけど、ハーマイオニーだって悪いんだ」

 

「いつもいつも上から指図して、さっきの授業でも僕が失敗したのを、偉そうに馬鹿にしたんだ!」

 

 二人がそう言い返すと、リジーがきっと眉を吊り上げた。

 

「確かに、ハーマイオニーはときどき厳しい言い方をするよ。けど君達は、ハーマイオニーの言葉をちゃんと聞いたことはあるの? うるさいからっていっつも聞き流してたんじゃないの?」

 

「そ、それは……」

 

 リジーの言葉に思い当たる節があったのか、ハリーは歯切れが悪そうに口ごもった。

 しかしロンは顔を真っ赤にしながらセリア達に怒鳴りつける。

 

「だいたい、ハーマイオニーの友達だからって君達にはなんの関係もないんだ! それに君は、マルフォイなんかとも友達なんだろう!」

 

 そんなロンの叫びに呆れた口調でアイビーが返す。

 

「はあ? セリアがドラコと友達なんて、それこそなんの関係もないじゃない。あなた、何が言いたいの?」

 

 しかしロンは止まらずわめき続ける。

 

「マルフォイの友達ってことは、あいつと同じで純血主義なんだろう! マグルを馬鹿にして、自分達が一番偉いって思い込んでいるんだ!」

 

 その言葉にセリアは首を振って反論する。

 

「ドラコはまだ理解しきれていませんが、本当の純血主義というのは、そのように他を見下すものではありません! 自らの血を高め誇るために、常に向上を目指し高潔であろうとする精神で……」

 

「知るもんか! マルフォイみたいなスリザリンの連中は、みんな一緒さ! 本当最低な連中だ!」

 

「そんなことはありません! 私の父はスリザリンでした。しかし、お父さんはとても立派な、誰からも尊敬される魔法使いです!」

 

 セリアが必死にそう言うが、ロンはふん、と鼻を鳴らして言い放った。

 

「スリザリンだったって? なら君のお父さんは、すごく嫌味な性格をしているんだろうさ!」

 

 ロンがそう言い終わった瞬間、しんと廊下中が静まり返った。

 リジー達三人が絶句している中、セリアは顔を強張らせながら震える声で言う。

 

「……お父さんがどんな性格だったのか、私は直接は知りません……。お父さんはすでに、亡くなっていますので」

 

「ロ、ロン! それは言い過ぎだよ!!」

 

「あ、そ、そんな……、ぼ、僕はそんなつもりじゃ……」

 

 ハリーに大きな声で言われてロンはしどろもどろとそう呟くが、セリアは唇をぎゅっと結ぶとハリー達を追い越して走って行った。

 

「あ、セリア! 待って! ……君達、自分が何言ったかわかってるの!?」

 

「あなた達、バカじゃないの!? 本っ当に最低ね!」

 

 そう言い残して、リジーとアイビーはセリアを追いかけて行った。

 そしてずっと黙ってハリー達を睨みつけていたメグも、一度心底つまらない物を見る目で二人を見た後に歩き出した。

 

「あ、あの、僕達、本当にそんなつもりじゃなか……っ」

 

 自分の横を通り過ぎようとしているメグに、ハリーは手を伸ばしながらそう言うが、不意に言葉が途切れた。

 メグが目にもとまらぬ速度で杖を抜き放ち、ハリーの鼻先に突きつけたからだ。

 

「うるさいよ」

 

 メグが冷たい声で言うと、ハリーは思わず後ずさる。

 メグは脚に巻いた杖入れに杖を差すと、ハリー達に目もくれずに歩き去って行った。

 廊下の真ん中での出来事だったためこの騒ぎは大勢が目撃しており、その大勢は一斉に非難する目でハリー達を見る。

 残された二人は居心地悪そうに身を縮めながら、そして大きな罪悪感と後悔を抱えながら次の授業の教室に向かうのだった。

 



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第39話 トロール・一

投稿がかなり遅れてしまい、すみません。
色々なことが重なり、執筆の時間が取れませんでした。


 

 リジーとアイビーが魔法薬学の教室に駆け込むと、セリアはすでに到着していた。

 まだ少し早いため他の生徒はおらず、授業の準備を終えたセリアが一人座っているだけだった。

 

「セリア!」

 

 二人が声をかけるとセリアは二人を見上げて微笑んだが、その顔は明らかに元気がない。

 

「リジー、アイビー、突然走り出してしまってすみません」

 

「ううん、いいんだよ」

 

「セリア、大丈夫?」

 

 椅子に座りながら二人がそう聞くと、セリアは一つ頷いてため息を吐いた。

 

「私も、少し言い過ぎてしまいました……。事情も知らずに好き勝手言われて、あのお二人が怒るのも当然です……」

 

「よしよし、元気出して……」

 

 落ち込むセリアの頭をリジーが優しく撫でる。

 一方アイビーは未だ怒りが収まらないのか、不機嫌そうに頬を膨らませたままだ。

 

「でも、あれは言い過ぎよね。親のことをあんな風に……私なら絶対、手が出てたわよ」

 

「アイビー、おじさん達のことが大好きだもんね」

 

 アイビーが何かを叩くような仕草をしていると、メグがそう言いながら教室に入って来た。

 メグは三人の元まで来ると心配そうな顔でセリアに尋ねる。

 

「セリア、大丈夫?」

 

「はい、大丈夫です。ご心配をおかけしてすみません……」

 

「そっか……。一応伝えとくけど、あの二人は反省してたよ。うるさかったから、杖を出して黙らせたけど」

 

 メグの物騒な発言に、三人は驚いて彼女を見る。

 

「いやー……メグは怒らせると怖いね」

 

「メ、メグ、まさかあなた……」

 

「魔法は使ってないよ?」

 

 アイビーが恐る恐る尋ねると、メグは小さく首を傾げてそう言った。

 

「メグ、私のために怒ってくれてありがとうございます。でも、杖まで出してはいけないですよ」

 

「……まあ、セリアがそう言うなら、気をつけるよ」

 

「それにしてもセリア、あなた足が速いのね。リジーも追いつけなかったし」

 

「あ、そういえばそうだね。前にセリアのお家に泊まったときは、そんなに速くなかったのに」

 

「実はあのとき、すぐに疲れてしまったのがなんだか少し悔しくて……。あれから毎日体を動かすようにしていたんです」

 

「へえ、偉いわね。メグも見習いなさいよ?」

 

「魔法使いに足の速さは必要無いし……」

 

「セリア! 朝一緒に走ろうよ!」

 

「あ、朝はちょっと……、あっ! ほら、もうそろそろ授業が始まりますよ」

 

 他のハッフルパフの生徒達が教室に入ってきたので、そこでひとまず話は途切れた。

 すぐに同じ授業を受けるレイブンクロー生と教授であるスネイプもやってきて、授業が通常通りに始まった。

 ちなみに先程の出来事は教室の移動中に起きたことなので、ハッフルパフ生はもちろん、ここにいるレイブンクロー生も何人かが目撃していた。

 ちらちらと視線を向けられながら、セリアは居心地が悪そうに授業を受け、普段はしない小さな失敗をいくつかしてしまった。

 

「これで授業を終わる。次回はふくれ薬の調合を行うので、教科書を確認しておくこと」

 

 二限続きの授業は、終業のベルが鳴りスネイプがそう言って終わった。

 生徒達が教室を出る中、セリア達も同じように廊下に出る。

 すると、教室の中では魔法薬などの匂いで分からなかったが、廊下はかぼちゃ料理のとてもいい匂いで満ちていた。

 その匂いを嗅いだリジーは、きらきらと目を輝かせながらごくりと喉を鳴らした。

 

「うわあ、すっごいいい匂いだね!」

 

「はい。なんだか、とてもお腹が空いてきました……」

 

 その匂いでセリアは少し元気を取り戻したようで、アイビーとメグは顔を見合わせて微笑んだ。

 その時教室の中から声がかけられた。

 

「ミス・レイブンクロー、少し残りなさい。それほど時間はかからん」

 

 声をかけたのはスネイプだった。

 セリアは少し驚いたが、三人に振り向いて言った。

 

「すみません、先に昼食へ向かってください」

 

 しかし三人は首を横に振った。

 

「セリアを待っとくよ」

 

「すっごくお腹空いたけど、頑張って待つよ」

 

「いいですか? スネイプ先生?」

 

 アイビーがそう聞くと、スネイプはぶっきらぼうに答える。

 

「かまわん。レイブンクロー、入りなさい」

 

「はい」

 

 セリアが教室に入り扉を閉めると、背を向けたスネイプが生徒達が今日提出した魔法薬が入った瓶の中から、一つを取り上げた。

 その瓶はセリアが提出したものだ。

 

「これは十分に調合されていて、問題のないものだ。だがいつもであれば、君はもっと上質な薬を調合していた……」

 

 スネイプはぽつりと呟くようにそう言って、瓶を置いて振り向きセリアの顔をじっと見た。

 

「さらに授業中、多くの生徒が君を気にしているようだった…….何があった?」

 

 スネイプの暗い目をセリアは恐れることなく見つめ返す。

 

「授業の前に、他の寮の生徒と言い争いになったんです。そこで少し……」

 

「解決はしたのか?」

 

「いえ。しかし、私はもう平気です。ご心配をおかけしてすみません」

 

 セリアが頭を下げながらそう答えると、スネイプは探るようにセリアを見る。

 しばらく無言の時間が続き、やがてスネイプが口を開いた。

 

「……そうか。話は以上だ」

 

「はい、ありがとうございました。失礼します」

 

 セリアはぺこりと一礼して教室を出る。

 そして廊下で待っていたリジー達の元へ駆け寄った。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「大丈夫だよー。それより、早く大広間に行こう!」

 

 セリアが申し訳なさそうに言うと、そわそわしながらリジーそう答えた。

 四人は大広間へ向かう。

 

「セリアー、何の話だったの?」  

 

「スネイプ先生は私の様子がおかしいと思われたようで、心配してくださったんですよ」

 

「へえ、気づいてたんだ。スネイプ先生すごいね」

 

「スネイプ先生はすごいわよ! 授業は難しいけど楽しいし、先生の調合の腕はすばらしいんだから!」

 

 アイビーは興奮したようにそう話す。

 アイビーはよく授業中にスネイプに質問をするし、たびたび魔法薬を調合してはスネイプに一方的に見せに行き、助言ももらっているらしい。

 そのアイビーの言葉にセリアは深く頷く。

 

「はい、スネイプ先生はいい方だと思います」

 

 その後四人は昼食を食べた(かぼちゃ料理がいくつかあり、リジーは大はしゃぎだった)。

 昼食の席にはハーマイオニーの姿はなく、伝え聞いたところによると、彼女は女子トイレにこもって泣いているらしい。

 セリア達はハーマイオニーが心配だったものの、今は一人にしておいた方が良いと思い、彼女に会いに行くことはなかった。

 そして一日が過ぎて全ての授業が終わり、生徒達は浮き立ってぞくぞくと大広間へ向かって行く。

 もちろんセリア達も、最後の授業が終わるなり足早に大広間を目指した。

 しかし大広間に到着する直前に、リジーがお腹に手を当てて呟いた。

 

「うーん、なんだかちょっとお腹痛いかも……」

 

「リジー、大丈夫ですか?」

 

 辛そうに呻くリジーを見て、セリアは不安げにそう尋ねる。

 

「お昼、あれだけいっぱい食べていたものね」

 

「まだパーティーまで時間あるし、先にトイレに行ってきなよ」

 

 アイビーとメグに呆れたように言われ、リジーは頭をかいて照れくさそうに笑った。

 

「えへへ、そうするよ」

 

「リジー、席を確保しておきますので、早く来てくださいね」

 

「わかったよ。みんな、私の分のお料理ちゃんと残しておいてね」

 

「食べきれるわけないでしょう」

 

「それじゃ行ってくるねー」

 

 リジーはセリア達に手を振ると、一番近い地下のトイレを目指して足早に駆けて行った。

 

「それじゃ、先に行っておこうか」

 

「そうね」

 

「はい」

 

 大広間は昨年と同じくとても豪華な飾り付けで、セリア達三人は目を輝かせながら辺りを見渡す。

 セリア達はハッフルパフのテーブルに向かい、大広間の入り口に近い席に座った。

 

「とりあえず、リジーの席は確保できたわね」

 

「早く来るといいんだけどね」

 

「リジー、大丈夫でしょうか……」

 

 今はまだ各寮のテーブルは半分ほどしか埋まっていないが、もう程なく大広間は生徒でいっぱいになるだろう。

 セリア達は大広間に来たセドリック達やチョウ達と挨拶をかわしつつ、パーティーが始まるのを今か今かと待ちわびる。

 そしてついにテーブルの上の皿にご馳走が現れ、生徒達の歓声が鳴り響く中パーティーが始まった。

 

「うわ、やっぱりすごいご馳走だね。これはデザートが楽しみだよ」

 

「メグ、ちゃんとデザート以外も食べなさいよ。セリア、リジーの分の料理、取っておく?」

 

「あ、はい。いっぱい取ってあげないと……あれはクィレル先生? 何事でしょうか?」

 

 ご馳走を生徒達が我先にと皿に取っていると、突如大広間の扉が開き、闇の魔術に対する防衛術の教師であるクィレルが駆け込んできた。

 その顔はいつも以上に恐怖で引きつっている。

 クィレルは教員テーブルの中央に座るダンブルドアの元まで行くと、テーブルにもたれかかるようにして息も絶え絶えに言った。

 

「ト、トロールが地下室に……お知らせしなくてはと思って」

 

 言い終わるとクィレルは糸が切れたかのように倒れ、気を失ったようだった。

 すぐに大広間は混乱に包まれ、ダンブルドアが杖を何度か振るい爆発音を響かせ、ようやく少し落ち着いた。

 静かになった大広間にダンブルドアの声が重く響く。

 

「監督生達よ、すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に帰るように。先生方は、生徒の安全を第一に行動してくだされ」

 

 教師達が杖を手に大広間を飛び出して行き、監督生が生徒達を集めはじめる中、セリア達は厳しい表情を浮かべていた。

 

「ま、まさかトロールなんて……大丈夫かしら」

 

「自力で城に入れるとは思えないんだけど、今はそれよりも……」

 

「リジーとハーマイオニーは、このことを知りません」

 

「そうね……どうしようかしら?」

 

 セリアは俯いてロケットの鎖を少し握り締める。

 そして顔を上げると、決意のこもった目でメグとアイビーの顔を交互に見た。

 

「私は、リジーを探しに行きます」

 

 それを聞いて二人も頷く。

 

「私も行くよ」

 

「私も行くって言いたいけど……二人の足手まといになっちゃうわね。私は残って、リジーのことをなんとか先生達に伝えるわ」

 

「メグ、アイビー……ありがとうございます」

 

 二人の力強い言葉にセリアは小さく微笑んでお礼を言う。

 

「二人とも、気をつけてね」

 

「はい!」

 

「アイビーもね」

 

 セリアとメグは他の生徒に紛れ大広間を出て、地下を目指して走り出した。

 

(二人とも、無事でいてください……!)

 

──────────

 

 痛たた……さすがにお昼、食べ過ぎちゃったなー。

 でもしょうがないんだよ、去年よりもさらに進化したかぼちゃ料理だったから、食べる手が止まらなかったんだよ。

 あんな料理を作れるなんて、屋敷しもべ妖精さん達すっごいよね。

 あ、トイレ見えてきた。

 早く済ませて、大広間に向かわないと。

 私はトイレに駆け込んで個室を目指す、その途中で気がついた。

 一つ扉が閉まっている個室があって、そこから泣き声が聞こえてくる。

 そっか、ここにいたんだね。

 私はその個室にゆっくりと近づいて、なるべく優しい声で声をかける。

 

「ハーマイオニー、ここにいたんだ?」

 

「リ、リジー……?」

 

「うん、私だよ。大丈夫、じゃないよね」

 

「ご、ごめんなさい、今は一人にして……」

 

「うーん、それでもいいんだけどねー。でも見つけちゃったし、放っとけないかな」

 

 泣いてる女の子がいるんなら、見なかったことにはできないよ。

 私はできるだけ優しい声でハーマイオニーに話しかける。

 

「ハーマイオニー、大丈夫だから。おいで」

 

 ハーマイオニーは黙ってすすり泣いていたけど、やがてゆっくりと扉が開いてハーマイオニーが出てきた。

 こんなに泣いちゃって、かわいそう……。

 泣いてるハーマイオニーの姿を見てると、気がついたら抱きしめちゃってた。

 ハーマイオニーは驚いたのか、一瞬体を強張らせたけど、すぐに私にしがみついて泣き声を上げた。

 

「大丈夫、大丈夫だよー」

 

 私はハーマイオニーが落ち着けるように、何度も大丈夫って言いながら彼女の髪と背中をゆっくりと撫でた。

 それにしても髪、柔らかくてふわっふわ……パフスケインを撫でてるみたいだよ。

 しばらくするとハーマイオニーは私から離れて、恥ずかしそうに私を見上げた。

 その見上げる角度、かわいいねー。

 

「あ、あの、リジー……ごめんなさい」

 

「なんでハーマイオニーが謝るの? 気にしないでいいよ!」

 

 無神経なあの二人が悪いんだもんね! 

 

「でも私……」  

 

「いいからいいから! それで、ハーマイオニー。もう大丈夫?」

 

「ええ。その……ありがとう、リジー」

 

 ハーマイオニーはまだ少し目は赤いけど、にこりと微笑んでそう言った。

 あとは美味しい物を食べたら、きっと元気になるよね。

 

「それじゃあハーマイオニー、パーティーに行こうか! あのかぼちゃ料理を逃すなんて、とんでもないよ!」

 

「ふふ、楽しみだわ。……これ、何の匂いかしら?」

 

 ハーマイオニーが不意に訝しげな声を上げると、私の元にもなんだか嫌な匂いがしてきた。

 なんだろう、この匂い……。

 二人で匂いの元を探して辺りを見渡していると、何かを引きずるような音と、低い唸り声みたいなのが聞こえてきた。

 そしてそれは、私達のいる女子トイレの前で止まった。

 私とハーマイオニーが恐るおそる女子トイレの入り口を見ると、そこにはハグリッドよりもずっと大きい生物が立っていた。

 灰色っぽい肌でごつごつした体、小さな頭に短い足を持ち、長い腕には大きな棍棒を持っている。

 嘘でしょ、これ……! 

 

「な、なに……あれ……!」

 

「なんで、トロールがこんな所にいるの……!」

 

 トロールはきょろきょろと周りを見ていて、まだ私達に気がついていないようだった。

 私は今にも悲鳴をあげそうなハーマイオニーの口を塞ぐと、音を立てないように個室に入った。

 

「ハーマイオニー、ちょっと我慢してね」

 

 私がそう言うと、ハーマイオニーは真っ青な顔でこくこくと頷いた。

 

「このまま出て行ってくれたらいいんだけど……」

 

 だけどトロールは、女子トイレに入ってきた。

 なんで来ちゃうのかなー、もう! どうしようどうしよう! 

 この子だけは逃してあげたいんだけど……。

 ちらりと隣を見ると、ハーマイオニーはかわいそうなぐらいに震えていた。

 私がなんとかしなくちゃ。

 

「ハーマイオニー、頑張ってトロールの気をひくから、合図したら入り口まで走って」

 

「で、でも、リジーはどうするの?」

 

「大丈夫、私も行くから。トロールはすばやくないから、トイレから出たら逃げれるはず……。ハーマイオニー、できる?」

 

 ハーマイオニーの目は不安げに揺れていたけど、頷いてくれた。

 私は個室からちょっと顔を出してトロールの様子を見る。

 トロールはトイレの中を興味深そうに見渡してた。

 そんなに見る物もないだろうし、早く出て行ってくれないかなー……まあ、そんなにうまくいかないだろうけどね。

 なぜか入り口の扉が閉まってたけど、トロールの体でも当たったのかな? とりあえず、まだ気づかれてないみたいで良かった。

 私は杖を抜き、服についているボタンを数個ちぎった。

 うわあ、心臓の音がすごい……怖いなあ。

 でも、やるしかないよ。

 

「よし……!」

 

 私は意識を集中させて、ボタンをネズミに変身させていく。

 そして変身させたネズミ達を送り出し、トイレのできるだけ奥の方へ向かわせて鳴き声を上げさせる。

 トロールはネズミの鳴き声を聞いて興味が出たのか、のろのろと奥の方へと進んで行った。

 そしてネズミを発見すると、なんだか不思議そうな表情で首を傾げてネズミを観察し始めた。

 よし、今だ! 

 

「ハーマイオニー、走って!」

 

「え、ええ!」

 

 個室から先にハーマイオニーを出して、私も後に続く。

 そしてなんとか入り口にたどり着き、ハーマイオニーが扉を開けようとした。

 だけど……。

 

「な、なんで? 鍵がかかってるわ!」

 

「嘘、どうして……!」

 

 ハーマイオニーは混乱して何度も扉を叩き、私は驚きのあまり頭が真っ白になってしまった。

 だけど、そんなことをしてる場合じゃなかったんだ。

 低い唸り声が響き、私とハーマイオニーは驚いて飛び上がって振り向いた。

 するとトロールが、小さな目を見開いてこっちを見ていた。

 足音とか扉を叩く音で気づかれちゃったんだ……! どうしよう……! 

 私が何も出来ずにいると、恐怖が限界を越えちゃったのか、ハーマイオニーが甲高い悲鳴を上げて再び個室に隠れようと走り出してしまった。

 

「だめ、待って!」

 

 悲鳴に驚いたのかトロールは顔をしかめ、唸りながら棍棒を振り上げた。

 あんまり広くないトイレだから、あのままだとハーマイオニーが……! 

 私はハーマイオニーを止めようと走る。

 

「ハーマイオニー!」

 

「きゃあ!」

 

 トロールの棍棒が振り下ろされる直前、ハーマイオニーをなんとか引き寄せることができた。

 しかしその勢いで倒れ込んでしまい、杖もどこかに飛んでいっちゃった。

 トロールの一撃で個室や洗面台がいくつか砕け、木片とかがいっぱい散らばった。

 だけどそれで終わりじゃなく、トロールがまた棍棒を振り上げ始めた。

 どうしようどうしようどうしよう!! 

 

「こっちに引きつけないと!」

 

 その時、入り口の方から突然大きな音と声が鳴り響き、トロールが目をぱちぱちしながら振り返った。

 そこには、昼間セリアとハーマイオニーを傷つけた二人が立ってた。

 

「おーい、このウスノロ!」

 

 二人は落ちていた木片やパイプなどをトロールに投げつけている。

 

「なんで……」

 

 トロールは唸り声をあげると、赤毛の、確かロンって子の方へ向かって行った。

 その隙にもう一人の生徒、ハリーが素早い動きでトロールの後ろに回り込んで、トロールに飛びかかって首にしがみついた。

 そしてなぜか、杖をトロールの鼻に思いっきり突っ込んだ。

 すっごい痛そう! って、実際に痛かったのか、トロールは大きな声でわめきながら激しく棍棒を振り回した。

 私はハーマイオニーに覆い被さって、出来るだけ低く伏せて棍棒が当たらないようにする。

 無茶苦茶に暴れるトロールに、今にもハリーは振り落とされそうで、慌ててロンが杖を取り出して無我夢中に呪文を叫んだ。

 

「ウィンガーディアム・レビオーサ! 浮遊せよ!」

 

 すると棍棒がトロールの手を抜けて浮かび上がり、空中で少し回った後トロールの頭に落ちた。

 すっごく嫌な音が鳴り響き、トロールはふらふらとしながらやがて倒れた。

 ……助かった、のかな。

 

「はあ……君達、ありがとう!」

 

 私が何とかそう言うと、呆然と立ち尽くしていたハリーとロンがこちらを向いた。

 そして二人は互いに目を合わせると、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。

 

「うわあ、死ぬかと思ったよ……」

 

「えっと、二人とも大丈夫かい?」

 

 ロンが体中から力が抜けたような声で呟いて、ハリーが遠慮がちに私とハーマイオニーに聞いてきた。

 私は立ち上がって、ハーマイオニーに手を貸して起き上がらせた。

 そして私はトロールに近づく。

 

「すっごいなあ、トロールをこんなに近くで見たの初めて……」

 

 まじまじと見てると、トロールの鼻にまだハリーの杖が刺さっていることに気づいた。

 私は意外に深く刺さってたその杖を抜くと、まだ座っているハリーの元へ近づく。

 

「はい、これ。鼻くそが付いちゃってるけど……」

 

「うわあ、なにこれ……」

 

「あははは!」

 

 ハリーは嫌そうな顔で杖を受け取って、その顔がおかしくて私は思わず笑っちゃった。

 ロンとハーマイオニーもうっすらと笑っている。

 ハリーが恨めしそうに私を見上げて、すぐに顔を強張らせて私の後ろを指さした。

 

「後ろ!」

 

「え……」

 

 私が振り返ると、すでにトロールが上体を起こしてた。

 そしてすぐに立ち上がりすぐそばに転がっていた棍棒を拾い、痛そうに片手で小さな頭を撫でていた。

 そして小さな目に怒りを浮かべ、目の前にいる私とハリーを睨みつけて雄叫びを上げた。

 

「う、あ……」

 

 私は足がすくんで動けず、目の前で持ち上げられている棍棒を見つめることしか出来なかった。

 後ろではハリーも立ち上がれずにいた。

 なんとかハリーだけでも守らないと……! でも、もうだめ……! 

 

「……セリア」

 

 棍棒が振り下ろされる瞬間、思わず口から漏れたのは、かわいい親友の名前だった。

 




次回は早く投稿できるよう頑張ります。


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第40話 トロール・二

投稿が遅れてしまいすみません。


 大広間を飛び出したセリアとメグは、地下の一番近い女子トイレを目指し走っていた。

 メグが走っている姿はかなり貴重だが、意外にもセリアに遅れることなく廊下を駆けている。

 

「とりあえず、リジーにこのことを伝えたら、寮に戻りましょう」

 

「ハーマイオニーは、どうしようか?」

 

「ハーマイオニーが、どこのトイレにいるのか、わかりませんが、地下にいるトロールと、遭遇する確率は、低いと思います」

 

「そう、だね。二人とも、トロールに会ってないと、いいんだけど」

 

 二人は息を切らして話しながら階段を下る。

 そのとき、かすかに甲高い悲鳴が聞こえ、さらに何かが壊れるような大きな音が響いてきた。

 

「セリア!」

 

「はい!」

 

 二人は目配せして頷き合うと、さらに走る速度を上げる。

 そしてようやく女子トイレが見えてきた。

 女子トイレの扉は開け放たれており、そこから土煙のような埃が舞い出ていた。

 セリアとメグは走ってきた勢いのままに女子トイレに飛び込む。

 その二人の目に映ったのは、立ち尽くしているロンとハーマイオニー、座り込んでいるハリー、そしてまさに今、トロールの棍棒を叩きつけられそうになっているリジーの姿だった。

 それを見た瞬間二人は素早く杖を抜き、同時に叫ぶ。

 

「インカーセラス! 縛れ!」

 

 呪文を唱えると二人の杖から魔法の縄が飛び出した。

 メグの縄は杖に繋がったままトロールの首に絡みつき、杖で縄を引っ張り首を絞める。

 セリアの縄は杖から何本も飛び出し、トロールの手足や体など様々な場所に絡みつき、トイレ内にある柱やパイプに繋がってトロールを縛りつけた。

 棍棒を振り下ろす体勢のまま縛られたトロールは、体を縛る縄を引きちぎろうとする。

 しかしメグに首を絞められ、苦しそうに動きを止めて棍棒から手を離した。

 棍棒は床に落ちて大きな音を立てながら転がる。

 動きを止めたトロールに、二人をはほっと息をついた。

 リジーは腰が抜けたのか、その場にへたり込んでしまい、荒い呼吸を落ち着けるように胸に手を当てていた。

 

「リジー!」

 

「っ、セ、セリア……」

 

 セリアがリジーの元に駆け寄ると、リジーはセリアを見上げ強張った笑みを浮かべた。

 

「あ、あはは……腰抜けちゃったよ……」

 

「リジー、無事ですか!? 怪我はしていませんか!?」

 

「うん、なんとかねー……二人のお陰だよ」

 

 それを聞いてセリアは安心したように微笑えむが、リジーの体の所々にすり傷があることに気づき、悲しげに顔を歪めた。

 メグはリジーの無事に一瞬頬を緩めた後、すぐに顔を引き締めトロールの警戒を続ける。

 セリアはトイレ内にちらりと視線を送り、ハリーやロン、ハーマイオニーを見て少し目を細めた。

 

「リジー、何があったのですか?」

 

「う、うん。えっとね……」

 

 リジーはセリアに、ここで起こったことを簡単に説明する。

 ハリーとロンが助けに来たと聞いてセリアが二人に目を向けると、二人は少し気まずそうに目を逸らした。

 

「……それで、ハリーがトロールの鼻に杖を刺してね。トロールが暴れて危ないってなったとき、ロンが浮遊呪文で棍棒を浮かばせて、トロールの頭に落として倒したんだよ」

 

「鼻に杖を……。それに、棍棒を頭にですか」

 

 鼻に杖を刺したと聞いて、セリアは想像して顔を少し青くする。

 ぶんぶんと首を振ってその想像を消し、セリアはハリーとロンの方を向いた。

 二人は今は並んで立っている。

 

「お二人とも、助けてくれてありがとうございました。ハーマイオニーも、無事で良かったです」

 

「ええ、ありがとう」

 

「い、いや……」

 

「結局、トロールは倒せなかったし……」

 

 セリアがお礼を言うと、ハーマイオニーは素直に頷いたが、ハリーとロンはまだ気まずそうに口ごもっている。

 そのとき、メグが鋭く叫んだ。

 

「セリア!」

 

 その声にセリアが振り向くと、トロールが縄を振りほどこうともがいていた。

 メグの縄がトロールの首に食い込んでいるが、苦しげに顔を歪めながらトロールは強引に体を動かしている。

 このままだとそう時間もかからない内に、トロールは拘束を解いてしまうだろう。

 ハリー達やリジーが慌て出すが、セリアは顔色を変えずにトロールの前まで進む。

 トロールは目の前に来たいかにも非力そうな少女を睨みつけ、怒りに満ちた咆哮を上げる。

 

「セ、セリア、危ないよ!」

 

「大丈夫ですよ、リジー。……ウィーズリーさん、まだ攻撃できる魔法をあまり習っていない中、トロールの武器を利用して倒すという臨機応変な考えは、とてもすごいと思います」

 

 セリアに急に褒められたロンは、困惑するように目をぱちぱちと瞬かせた。

 ちなみに思いついた呪文をとっさに使っただけで、ロンは特に何も考えてはいなかった。

 

「しかし、少し足りませんね」

 

 セリアはそう言うと、杖を床に転がっているトロールの棍棒に向け、杖を振る。

 その動きは、先程ロンが使った呪文と全く同じ動きだ。

 トロールの棍棒は床から浮かび上がり、空中で回転を始めた。

 回転は初めはゆっくりで、やがてどんどん速くなっていく。

 杖を棍棒に向けて回転させながらセリアが言う。

 

「室内だと天井が高くなく、ただ落としただけではそれほど威力を出すことができません。ならば、棍棒を落とすのではなく、叩けつける方がいいでしょう」

 

 全員が呆然と回転する棍棒を見つめる中、セリアはトロールに話しかける。

 

「トロールさん、あなたに恨みはありません。けれど……」

 

 セリアは一度言葉を止める。

 トロールは目の前で回転する自分の棍棒を見て、本能的に危険を感じたのか、逃れようといっそう激しくもがく。

 それをメグが杖で縄を引き、動きを止める。

 そしてセリアは、トロールを射抜かんばかりの鋭い目つきで睨む。

 

「私の友を傷つけたことは、許しません」

 

 セリアはその言葉と共に大きく杖を振る。

 その動きに呼応して棍棒が大きく振りかぶり、回転する勢いのままトロールの頭を打ち抜いた。

 鈍い音がなり響き、トロールは白目を向いて気絶した。

 トロールが動かなくなったことを確認して、セリアとメグは魔法を解除して縄を消した。

 メグはセリアを見て小さく笑うと、親指をぐっと上げた。

 

「セリア、お見事」

 

「はい。お疲れ様です、メグ」

 

 セリアも親指をぐっと上げてそれに答え、微笑みを浮かべる。

 リジーは急いで立ち上がり、二人の元に駆け寄る。

 

「私も混ぜてー!」

 

「リジー、無事で良かったよ」

 

「メグ、助けてくれてありがとう! それにセリア、さっきのすっごいかっこよかったよ!」

 

「えへへ、ありがとうございます」

 

 三人がほんわかと話している様子を、ハリー達は未だに呆然としながら見つめる。

 そのとき、廊下から誰かが走ってくる音が聞こえてきて、全員が女子トイレの入り口を見る。

 セリアとメグが杖に手を添えて警戒していると、厳しい表情のマクゴナガルが飛び込んできた。

 その後に続いてスネイプとクィレルもやってくる。

 クィレルはトロールを見た瞬間、怯えた声を上げて座り込んでしまった。

 そしてスネイプが油断なく杖を構えながらトロールを調べ、マクゴナガルは厳しい表情のままセリア達を見渡した。

 

「いったい全体、あなた達はどういうつもりなのですか? 殺されなかったのは幸運でした。しかし、寮にいるはずのあなた達が、なぜここにいるのですか?」

 

 冷静だが怒気をまとわせながらマクゴナガルが言い、一年生の三人は身をすくめる。

 スネイプはトロールを調べた後、ハリーとセリアに素早く鋭い視線を向けていた。

 セリアがどう説明しようかと思案していると、小さな声がした。

 

「先生、私が悪いんです!」

 

「ミス・グレンジャー? それはどういう意味ですか?」

 

「わ、私、トロールを倒そうと思ったんです。トロールについては、本で読んで色々知っていて。だけどだめで……。たまたまトイレに来たリジーが助けてくれたんです」

 

 ハーマイオニーはマクゴナガルの視線に怯えながらも、一生懸命に口を動かしている。

 セリアは真面目なハーマイオニーが嘘をついていることに驚きながらも、口を挟まずに黙っていることにした。

 

「リジーはボタンをネズミに変身させて、トロールの気を引いてくれました。けれど私、気が動転して、悲鳴を上げてしまったんです。それでトロールが私達に気がついて、危なくなった所で、ハリーとロンが来てくれたんです」

 

 ハリーとロンにマクゴナガルがじろりと目を向けると、二人はびくりと飛び跳ねた。

 

「ハリーはトロールの鼻に杖を刺して、ロンはトロールの棍棒を浮かせてトロールの頭に落として、トロールを気絶されてくれました。でも、トロールが目を覚ましてしまって、リジーが襲われそうになりました。そこに、セリアとメグが駆けつけてくれました」

 

 次にマクゴナガルは、セリアとメグにじろりと目を向けた。

 セリアとメグはその視線に、ハーマイオニーの話が事実であると頷くことで答えた。

 

「二人は魔法で縄を出して、トロールを縛りつけました。そしてセリアがもう一度トロールの棍棒を浮かせて、今度は空中で回転させて勢いをつけてから、トロールを攻撃しました。それでトロールが倒れたんです。みんな、誰かを呼ぶ時間がなかったんです……。みんなが来てくれなかったら、私は死んでいました」

 

 最後まで聞いたマクゴナガルは、眉間に皺を寄せながら目を閉じ、しばらく考えこむ。

 そして一度ため息を吐いて口を開いた。

 

「なんという愚かなことを……。ミス・グレンジャー、トロールを一人でどうにかできるなど、なぜそのようなことを考えたのですか?」

 

 マクゴナガルに問われて、ハーマイオニーは何も言わずにうなだれる。

 

「ミス・グレンジャー、あなたには失望しました。グリフィンドールは五点減点です。怪我がないのなら、寮へ戻りなさい。生徒達が中断になったパーティーの続きを、寮で行なっていますので」

 

「はい……」

 

 ハーマイオニーは女子トイレから出て行った。

 マクゴナガルは次にハリーとロンの方に向き直る。

 

「先程も言いましたが、あなた達は運が良かった。しかし一年生でトロールと対決できる生徒は、そうはいません。一人五点ずつあげましょう。この件は、校長先生にもご報告しておきます。帰ってよろしい」

 

 マクゴナガルにそう言われ、ハリーとロンは頷いて女子トイレを出て行った。

 次にマクゴナガルはセリア達の方を向いた。

 

「実は私が地下でトロールの捜索をしていたら、ミス・ベケットが私にミス・スキャマンダーとミス・グレンジャーの二人が、トロールのことを知らないと教えてくれました」

 

「アイビーが……」

 

 それを聞いてリジーは驚いたように呟く。

 二人がトロールのことを知らないと聞いていたということは、先程のハーマイオニーの言葉は嘘だと気がついているはずだ。

 しかしマクゴナガルは頷くと、ほんの少し微笑んだ。

 

「運が良かったのは事実ですが、トロールによく対処しました。軽率な行動ではありますが、見事でした。なので一人五点、差し上げましょう。もちろん、ミス・ベケットを含めてです」

 

 思わぬ展開に三人は驚き、しかし嬉しそうに顔をほころばせる。

 

「ミス・スキャマンダー、あなたは怪我をしているようなので、一度医務室に行くといいでしょう。私が付き添いますので、ミス・レイブンクローとミス・バークは寮に帰りなさい」

 

「わかりました」

 

「失礼します」

 

 セリアとメグは素直に頷いたが、リジーは早く戻りたかったのか、少し嫌そうな顔をした。

 

「……それほど時間はかかりません」

 

「はーい……」

 

 マクゴナガルが呆れたようにそう付け足すと、リジーは渋々といった様子で頷いた。

 

「それではリジー、先に戻っていますね」

 

「待ってるから、早く戻ってきてね」

 

「うん!」

 

 セリアとメグはリジーに手を振って言うと、女子トイレを出て寮に向かう。

 寮に向かう道すがら、二人はどちらともなく疲れたように息を吐いた。

 

「本当に、間に合って良かったよ……」

 

「そうですね……。あともう少しでも遅れていたらと思うと、ぞっとします」

 

 落ち着いているように見えていたが、実は二人はかなりいっぱいいっぱいだったのだ。

 二人は重い体を引きずるように歩き、それほど離れていない寮に到着した。

 樽の山を「ハッフルパフ・リズム」で開くと、すぐそばでアイビーが待っていた。

 落ち着かない様子で立っていたアイビーは、二人の姿が見えた瞬間に駆け寄ってきた。

 

「二人とも、無事だったのね! 良かった……。あれ? リジーは一緒じゃないの? まさか……!」

 

 矢継ぎ早に言うアイビーを、メグが背伸びして彼女の頭を撫でて宥める。

 

「アイビー、落ち着いて。リジーは大丈夫だから。すぐに戻ってくるよ」

 

「本当?」

 

「はい。すり傷が何ヵ所かあったので、今は医務室に。マクゴナガル先生が付き添ってくださってますので、安全です」

 

「そうなの……良かったあ……」

 

 二人の言葉を聞いて、アイビーは安堵のため息を吐きながらその場にしゃがみ込んだ。

 待っている間ずっと気が気でなかったのだろう、体に力が入らない様子だった。

 セリアとメグはそんなアイビーの頭を撫でて慰めていたが、やがてアイビーは勢いよく立ち上がった。

 

「わっ」

 

「きゃあ!」

 

「落ち込んでる場合じゃないわね! リジーはすぐ戻ってくるんでしょう? だったら、料理を取っておいてあげないと! 談話室に料理が運ばれてきて、パーティーを再開してるのよ!」

 

 そう言うとアイビーは足早に談話室に駆けていき、セリアとメグは驚いて少し固まっていたが、顔を合わせて微笑み合う。

 

「それでは行きましょうか」

 

「だね」

 

 談話室の中は大勢の生徒達で賑わっていた。

 そしていくつか並んだ長机にはご馳走が並んでおり、生徒達が思いおもいにそのご馳走を楽しんでいた。

 セリアとメグが空いている場所を見つけて座ると、両手にご馳走の乗った大皿を持ったアイビーがやって来た。

 そしてその後ろに二人、同じように大皿を持った男子生徒がいた。

 

「二人とも、料理を持ってきたわよ!」

 

「ありがとうございます、アイビー。けれど、なぜセドリックさんとスコットさんも?」

 

 大皿を机に置くセドリックとスコットに、セリアが不思議そうに尋ねる。

 それにセドリックとスコットは笑いながら答えた。

 

「セリア達が談話室にいないことにセドが気がついてな。アイビーに聞いたら、トロールのことを知らないリジーを助けに行ったって言うじゃないか」

 

「僕らも行こうと思ったんだけど、アイビーが先生に言ったから、きっとすぐに戻ってくるからって、僕らを止めたんだよ」

 

「そうだったんですね……心配をおかけしてすみません」

 

 セリアは頭を下げて謝る。

 セドリックは慌てて手を振ってそれを止めた。

 

「いや、謝らないでいいよ! 二人は正しいことをしたんだから」

 

「おう。けど、あんまり心配かけんなよ? 無事だったから良かったけどさ」

 

「はい」

 

「二人とも心配してたから、無事だったって伝えたのよ。それでリジーの分の料理を取るって言ったら、二人とも手伝ってくれたの」

 

 アイビーがそう言って机の上の大皿を指さす。

 四つある大皿にはご馳走が山盛りだ。

 

「こんなに食べ切れるでしょうか?」

 

「大丈夫! リジーならぺろりと平らげるわよ。ね、メグ?」

 

「え? あ、う、うん」

 

 突然アイビーにそう言われたメグは、口ごもりながら答える。

 メグはセドリックがやって来てから、顔を赤らめて恥ずかしそうにずっと俯いていたのだ。

 

「よくトロールと戦えたね? 僕には無理かもなあ」

 

「い、いえ、セリアもいたので……」

 

「だなあ。トロールってどんなのだった?」

 

「すごく大きくて、なんだか変な匂いがしましたよ」

 

「へえ、どんな匂い?」

 

「なんというか……魔法薬学で使った雑巾を、干さずにずっと放置していたような……」

 

「うわ、めっちゃ臭そうじゃん!」

 

「最悪じゃない! 鼻がおかしくなりそう!」

 

「そんな匂い嗅ぎたくないなあ……。メグ、鼻は大丈夫?」

 

「は、はい、なんとか……」

 

「体に匂いとか付いてないよな?」

 

「そんなのついてません。放っといてください」

 

「やっぱりメグ俺に冷たくない!?」

 

「いや、普通に最悪よ、スコット」

 

「僕も今のはひどいと思うよ?」

 

「えっと、良くないと思います」

 

「ごめんなさい!」

 

 セリア達が話していると、リジーが寮に戻ってきた。

 リジーは談話室内を見渡してセリア達を見つけると、ぱっと笑顔を浮かべて走ってきた。

 

「ただいまー!」

 

「お帰りなさい、リジー!」

 

 セリアが自分の隣にリジーを誘い、彼女も迷わずそこに座る。

 

「リジー、本当に無事で良かったわ! リジーの分のお料理取っておいたわよ」

 

「うん、心配かけてごめんね、アイビー。それに、お料理ありがとう! もうお腹が空いて大変だよー」

 

 それから会話を楽しみつつ、セリア達はパーティーを楽しんだ。

 話題は主に先程のトロール騒ぎについてで、セリア達の活躍をアイビーだけでなく、ハッフルパフ生全員が聞きたがった。

 セリアとメグは注目されて少し恥ずかしそうにしながらも、生徒達に聞かれるままに話した。

 特にセリアが棍棒でトロールを倒した部分では、生徒達は「おー!」と声を上げて拍手喝采だった。

 そして最後に全員に五点が送られたと聞いて、生徒達は爆発したかのような大歓声を上げて、セリア達を担ぎ上げかねない勢いになった。

 ちなみにリジーは話しながらも食べる手を止めず、なんと山盛りになっていたご馳走大皿二皿分を一人で平らげていた。

 こうしてパーティーは盛り上がり、日付が変わるまで続いたのだった。

 そして長かったパーティーが終わり、四人は寝室に戻ってきていた。

 

「ふあー、お腹いっぱいだよー」

 

 ごろりとベッドに転がりながら、リジーは幸せそうに呟いた。

 

「私が取っておいてなんだけど、よくあれだけ食べられたわね……」

 

「おいしかったから、仕方ないよ!」

 

 力強く言うリジーに三人は思わず笑い声を上げる。

 メグは少し考えるような顔をして、セリアに尋ねた。

 

「ねえ、セリア。セリアって無言呪文が使えるの? それにさっきのインカーセラス、すごかったね?」

 

 尋ねられたセリアは少し驚いたように目を開いたが、すぐに小さく笑いながら答えた。

 

「一応レイモンドに教えられて、最低限身を守れるように鍛えていたんです。もし襲われても、あんな風に相手を縛っておけば、レイモンドかルンを呼ぶことができますので」 

 

 セリアの答えにメグとリジーが感心したように声を上げた。

 

「それと無言呪文ですが、まだまだ修行中です。今はまだ使い慣れている浮遊呪文と、近い位置の物を呼び寄せ呪文で引き寄せられるくらいで……」

 

「十分過ぎるよ。すごいなあ……」

 

「セリア、すごいのねえ。でも、メグもできるわよ、きっと」

 

「うん。帰ったら、お父さんに頼んで修行しようかな」

 

「セリアはやっぱり、すっごいんだねー」

 

 口々に褒められ、セリアは顔を真っ赤にして照れる。

 そして話を逸らすようにリジーに話しかける。

 

「リ、リジー、もう怪我は大丈夫ですか?」

 

「あ、うん。マダム・ポンフリーがあっという間に治してくれたよー」

 

 そう答えるリジーだが、何故か口元が緩んでいて嬉しそうだ。

 

「リジー、何かあったの?」

 

 アイビーが首を傾げながらそう聞くと、リジーは「ふっふっふ」と笑った。

 

「えっとね、医務室に送ってくれてるときに、マクゴナガル先生に色々聞かれたんだー。トロールの気を逸らすために、ボタンを変身させたって言ったでしょ?」

 

 そしてそれを聞いたマクゴナガルは、感心してリジーをかなり褒めてくれたらしい。

 

「それでね、次からもっと段階を上げて教えてくれるんだって! いよいよ、体を変身させるんだよ! 楽しみだなー」

 

 輝くような笑顔で話すリジーに、セリア達もつられて笑顔になる。

 

「すごいです、リジー!」

 

「本当ね!」

 

「体を変身させるのは、本来もっと先に習うことだよ。難しいと思うけど、頑張ってね」

 

「頑張るよー!」

 

 お喋りしていた四人だが、色々と騒動があったため疲れていた。

 そのため電気を消すとすぐに全員眠りについた。

 

──────────

 

 四人が就寝して数時間後、真っ暗な寝室でセリアはベットから身を起こした。

 そして水差しからカップに水を入れると、三人を起こさないように静かに寝室を出た。

 セリアは通路を進み談話室に向かう。

 談話室は暖炉の火が完全に消えてきたが、地面と同じ高さの窓から星あかりがさしており、ぼんやり薄暗かった。

 セリアはふかふかした肘掛け椅子に座ると、何もない場所に声をかけた。

 

「ルン」

 

「お嬢様、お呼びでしょうか!」

 

 呼びかけるとすぐに目の前に音もなくルンが現れた。

 

「ルン、こんな時間にすみません。それと、もう少し声を抑えてください」

 

「申し訳ありませんっ、お嬢様っ」

 

 慌てたようにルンがひそひそと言うと、セリアは微笑んで頷いた。

 そしてすぐに真剣な表情になる。

 

「ルン、伝言があります。なるべく早く伝えたいので、ふくろうだと少し遅くて」

 

「ルンは大丈夫ですっ」

 

 セリアはゆっくりと話しだす。

 

「レイモンドに、今年ホグワーツに預けられた物が何なのか、探るように伝えてください」

 

「かしこまりましたっ。レイモンド様にお伝えしますっ」

 

「ありがとうございます。ルン、起こしてしまってすみません。でも帰ったら、ちゃんと寝てくださいね。伝えるのは明日でもいいですので」

 

 セリアがお礼を言いながらルンの頭を撫でると、ルンは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

 

「ルンにお任せください! おやすみなさいませ!」

 

「だ、だから、声を抑えて……」

 

 しかしセリアが言い終わる前に、ルンは音もなく姿を消した。

 

「だ、誰も起きていませんよね? 良かった……」

 

 セリアはそう呟くと、肘掛け椅子に深く座り直して窓から外を眺めた。

 窓の外では地面に生えた柔らかそうな草が、夜風でさらさらと揺れている。

 

「こういうときのために、早く守護霊の呪文を使えるようにならないとなあ……」

 

 セリアはカップに入れた水をゆっくりと一口飲む。

 

(ホグワーツにトロールが紛れこむなんて、考えられない。しかも千年以上そんなことなかったのに、今回たまたまなんてこともあり得ない)

 

 セリアは口元に手を当ててさらに考え込む。

 

(だとしたら、なんであり得ないことが起こったのか。普段のホグワーツと違うことと言えば、城に持ち込まれたという「何か」)

 

 再び一口水を飲み、カップの中の水は半分を切った。

 

(今回のトロールは、「何か」を狙った者の仕業? だとしたら、その犯人は城の中にいるはず。外から城に手を出すなんて、できないだろうし。その犯人が誰なのか……)

 

 セリアは一気にカップをあおり、水を全て飲み干す。

 

「とりあえず、「何か」の正体を知る必要がありますね」

 

 そう呟くと、セリアは小さく欠伸を浮かべる。

 しばらく外を眺めていたが、やがて眠気がどんどん強くなってきたため、彼女は寝室に戻り再び眠りについた。

 ちなみに屋敷に戻ったルンは、そのままの勢いで就寝していたレイモンドに突撃してセリアの言葉を伝えた。

 怒ったレイモンドにぐるぐる巻きにされて放り投げられたが、ルンはセリアからの命令を遂行できて、誇らしそうににこにこ笑っていた。

 

 




初めて戦闘っぽい描写を書いた気がしますが、読みにくかったかもしれません。
次は早く投稿できるよう頑張ります。


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第41話 呪われた箒

初投稿から早いもので、二年が経ちました。
それなのに毎回の投稿が遅く、申し訳ありません。



 

 トロール騒動の翌日、セリア達が朝食のため大広間に入ると、ハッフルパフのテーブルから拍手が上がった。

 まるで英雄を迎えるかのような歓迎に、セリア達は苦笑いを浮かべながら椅子に座る。

 他の寮生達にもトロールの話は伝わっているらしく、ちらちらと珍しそうにこちらのテーブルに視線が送られている。

 セリア達が朝食を食べようとすると、周囲がわずかにどよめいた。

 セリアは首を傾げたが理由はすぐにわかった。

 グリフィンドールのテーブルから、ハリーとロン、ハーマイオニーがやってきたのだ。

 ハリーとロンが昨日、セリアにひどい態度を取ったことはすでにハッフルパフ生に知られているため、セリアの周囲の生徒達は警戒するようにハリー達を睨みつける。

 ハリーとロンはその視線にたじろぎながらも、セリアの元までやってくると勢いよく頭を下げた。

 

「昨日はごめんなさい!」

 

「僕、本当にひどいことを言っちゃった……ごめんなさい!」

 

 突然謝られたセリアは、目を白黒させながら困惑して黙り込む。

 それを見かねたのか、ハリー達の横にいるハーマイオニーが口を開いた。

 

「私にも謝ってくれたし、二人はすごく反省してるのよ。セリア、許してあげてくれる?」

 

 ハーマイオニーにそう言われて、セリアは困ったようにリジー達の顔を見る。

 リジー達はセリアの視線を受け小さく頷いた。

 それを見たセリアは少し顔を引き締めると、ハリーとロンを見た。

 

「私も、お二人の気持ちも知らずに好き勝手に言ってしまいました……ごめんなさい」

 

 セリアはそう言って頭を下げると、ハリーとロンは慌て出す。

 セリアはすぐに顔を上げ、二人を安心させるように表情を和らげた。

 

「お二人を許しますので、私も許してください。そして、ハーマイオニーとずっと仲良くしてください」

 

 そう言い終えたセリアは、小さく首を傾げてにこりと微笑み言葉を続けた。

 

「それと、私とも仲良くしてくれたら嬉しいです」

 

 セリアの可愛らしい微笑みを受け、ハリー達三人は顔を紅潮させながらぶんぶんと首を縦に振った。

 

「も、もちろんだよ!」

 

「僕もだ!」

 

「よろしくね、セリア!」

 

 リジーはセリアの肩に手を置いて、不満げに口を尖らせる。

 

「セリアだけじゃなくて、私とも仲良くして欲しいなー」

 

「そうよねえ。私達も昨日、傷ついたのになー」

 

 リジーとアイビーがそう言うと、ハリーとロンは慌てて言う。

 

「も、もちろん、リジー達もよろしく」

 

「昨日は本当にごめんなさい!」

 

「あはは! 冗談だよ。よろしくね、二人とも!」

 

「よろしく! ハリーとロンって呼んでもいいかしら?」

 

「うん、嬉しいよ」

 

 リジーとアイビーに笑いかけられて二人は嬉しそうに頷いた。

 するとここまで黙っていたメグが口を開いた。

 

「私も、昨日のことはもう気にしてないよ。でももしまた同じようなことがあったら、絶対に許さないからね」

 

 メグが棘のある口調でそう言うと、ハリーとロンは緊張して顔を強張らせる。

 特にハリーは昨日杖を突きつけられたこともあり、ごくりと唾を飲んでいた。

 続けてメグが言う。

 

「でもまあ、もし勉強でわからないことがあったら、私達に言いなよ。教えてあげるから」

 

 メグが小さく笑うと二人は安心したように笑い頷いた。

 あまり良い出会いではなかったハリー達とセリア達だが、トロールとの対決は両者を結びつけた。

 セリアは新しい友人ができたことを喜び、心からの笑顔を浮かべるのだった。

 

──────────

 

 十一月を迎えたホグワーツは、本格的に冬が近づいてきてとても寒くなってきた。

 銀色に光る雪が降り積り、校庭で柔らかく揺れていた草たちは、しばらくの間その姿を隠す。

 湖の表面には氷が張り、たまに油断した大イカが凍りついて動けなくなる様子が見られる。

 しかしその寒さとは反対に、城の中には熱気が渦巻いていた。

 いよいよ今年のクィディッチ・シーズンが始まるのだ。

 グリフィンドールチームは、伝説のシーカーことチャーリー・ウィーズリーのポジションを誰が継ぐのか、城中から注目されていた。

 そして今年入学したハリー・ポッターが、一年生でありながらシーカーに抜擢されたのだ。

 グリフィンドールチームは、ハリーを秘密兵器としてその存在を隠していた。

 しかし十一月ともなるとさすがに城中に知れ渡ることとなり、あのハリー・ポッターはどれほどの実力なのかと、ハリーのことを好奇の目で見る者が続出した。

 ハリーはクィディッチ自体は楽しかったものの、注目されている状況にうんざりしていた。

 さらに、最初の対決相手であるスリザリンの生徒からの嫌がらせなどもあり、いっそうハリーは追い込まれた。

 

「ハリー、スリザリンの連中の言うことなんて、気にすることないよ。試合が始まってからのやつらの顔が楽しみなくらいさ」

 

「去年のスリザリンチームは正々堂々戦ってたって聞いたけれど、今年はぜんぜん違うわね……。でもあんなずるい人達に、グリフィンドールが負けるはずないわ」

 

 ロンとハーマイオニーがそう慰めるが、ハリーの気分はいまいち晴れない。

 そして彼の初試合前日、そんなハリーを見てロンとハーマイオニーは少しでもリラックスできるようにと、城外への散歩に彼を誘った。

 外はとても散歩できるような気温ではなかったが、ハーマイオニーが魔法の火を作り出してそれを解決した。

 彼女が作った火はぽかぽかと心地良く、さらに瓶に入れて持ち運べるのだ。

 三人はその火で暖を取りながら図書室で借りてきた「クィディッチ今昔」を読み、ハリーは久しぶりに楽しい気分だった。

 しかしそこにハリーを憎んでいる(彼はそう思っている)スネイプが現れた。

 スネイプは三人が読んでいた本を取り上げ、「図書室の本は城外へ持ち出してはならない」と言ってグリフィンドールから減点した。

 そしてスネイプは脚を少し引きずるようにして歩き去って行ったのだ。

 

「あの足、どうしたんだろう?」

 

「知るもんか。でも、すっごく痛いといいよな」

 

 ハリーが不思議そうに言うと、ロンは苦々しげにそう吐き捨てた。

 そしてその夜、どうにも落ち着かないハリーは本を返してもらおうと、職員室へ単身向かった。

 他の先生達がいる中なら、きっと返してくれるに違いない。

 そんな勝算を持って職員室の扉を叩いたが、何の返答もない。

 

(もしかしたら、スネイプが本を置きっぱなしかもしれない)

 

 そう思ったハリーがわずかに職員室の扉を開けると、その隙間から衝撃的な光景が飛び込んできた。

 職員室の中に居るのは、スネイプと管理人のフィルチだけだった。

 スネイプが服の裾を持ち上げ、そこから引き裂かれたように傷を負った足が見えていたのだ。

 

「全く忌々しい……三つの頭を同時に注意なんてできるか?」

 

 そう言いながらスネイプは小瓶を取り出すと、中に入っていた軟膏薬を傷に塗りつけた。

 フィルチはスネイプに包帯を渡しながら聞く、

 

「全く、お疲れ様です。ところでその薬はなんでしょう?」

 

「ああ、生徒の一人が持ってきたのだ。我が輩が怪我をしていると気づき、調合したらしいが……」

 

 スネイプは薬を塗った傷を観察すると、小さく頷いた。

 

「調合は成功しているようだ……いい出来だ」

 

 ハリーは気付かれないように扉を閉めようとしたが、ふと顔を上げたスネイプが隙間から覗くハリーに気がついた。

 慌てて服の裾を下ろしたスネイプに出ていけと怒鳴られ、ハリーは一目散に寮へと逃げ出した。

 

(あの傷、三頭犬にやられたんだ! きっとトロールが入ってきたとき、スネイプが隠されているものを奪おうとして、それで噛まれたに違いない!)

 

 寮へと駆けながら、ハリーは自分の考えが正しいと確信していた。

 早く親友である二人にこの危機を伝えないといけない。

 

──────────

 

 ハリー達が校庭に出て本を読んでいた頃、セリアは図書室で宿題をしていた。

 一緒にいるのはリジーにメグ、そして頭にスニジェットのミコを乗せたドラコだ。

 リジーはうんうん唸りながら、スニジェット保護区へ提出するミコの報告書を書いており、メグはセリアと同じく宿題をしている。

 そしてドラコは宿題をしつつも、目前に迫ったクィディッチの開幕戦についてセリアと話していた。

 セリアは宿題をしながらにこにこと微笑み、その話を聞いていた。

 

「つまり、グリフィンドールに勝ち目なんかないのさ。スリザリンは今年も優勝だね」

 

「そうですか? グリフィンドールの新しいシーカーは、とても優秀らしいですよ」

 

「ふん。ポッターなんて、偶然うまく飛べたからシーカーになっただけだよ。特別扱いで箒までもらって、いい気になってるんだ」

 

 ハリーの話になるとドラコは不機嫌さを隠さず、いらついたように吐き捨てた。

 そんなドラコの様子にセリアは思わず苦笑いを浮かべる。

 

(うーん、ハリーとドラコが仲良くするのは、難しいかも……)

 

「まあグリフィンドールも、チェイサーはなかなかやるけどね。でもそれだけさ」

 

「本当ですか? 実は今年から、友達がグリフィンドールのチェイサーになったんですよ」

 

「そうなのかい? でも悪いけど、スリザリンの勝利は変わらないよ。……そうだ! セリア、明日の試合一緒に観戦しないかい?」

 

 ドラコが顔を赤くしながらセリアを誘うが、セリアは申し訳なさそうに断る。

 

「えっと、ごめんなさい。先程言った友人の初試合なので、彼女を応援したいので……」

 

「そうか……それなら仕方ないね」

 

 なにしろ、初めてのホグワーツ特急の旅を共にしたケイティの初試合なので、彼女を応援しないという選択はありえない。

 それが理解できたのだろう、ドラコは残念そうに呟いた。

 

「できたわ!」

 

 そこに突然アイビーが歓声を上げながら、勢いよく図書館へ駆け込んできた。

 マダム・ピンスにじろりと睨みつけられ勢いは止まったが、セリア達を見つけたアイビーは早足でやって来て椅子に座った。

 

「みんな、できたのよ!」

 

「何ができたの?」

 

 興奮するアイビーを宥めるため、一度宿題の手を止めてメグが尋ねる。

 リジーも報告書を書く手を中断して頭を上げた。

 アイビーは自慢げにローブのポケットから小瓶を取り出した。

 小瓶には軟膏が入っているようだ。

 

「これよ!」

 

「いったい何なんだい?」

 

 ドラコはその小瓶を訝しげに見つめる。

 ちなみにドラコは、頭の上で眠るミコが落ちないよう、頭を極力動かさないようにしていた。

 

「セリアにもらった本にあった傷薬よ。ハナハッカのエキスでもいいんだけど、あれはかなり強力だから、ちょっと体の負担が大きいの。でも……」

 

 アイビーは少し小瓶を振りながら続ける。

 

「この薬はゆっくりと、でも確実に傷を癒せるの。それに負担も小さいし、傷跡も残らず綺麗に治るわ」

 

 本来この薬の調合は難しいのだが、アイビーは見事に成功したようだ。

 セリア達はそろって称賛の声をあげる。

 

「すごいです!」

 

「さすがだねアイビー」

 

「すっごい!」

 

「へえ……なかなかやるね」

 

 全員に褒められてアイビーは照れくさそうに笑う。

 

「夏休みにセリアが貴重な材料をくれたおかげよ。ありがとう!」

 

「そんな……アイビーの実力ですよ」

 

 アイビーは小瓶をポケットに再び入れるとたちあがった。

 

「それじゃあ行ってくるわ」

 

「それ、誰にあげるんだい?」

 

「もちろん、スネイプ先生よ!」

 

 アイビーの答えにドラコは目を丸くしたが、セリア達には特に驚くことはなかった。

 もっとも元々はセリア達三人も、スネイプが負傷していることは気がついていなかった。

 スネイプ自身も生徒に知られたくはなかったのだろう、少し足を引きずってはいたが、痛がる素振りは見せていなかった。

 しかしアイビーは、トロール騒動後に授業があったその日にすぐ気がついた。

 そして何度もスネイプに突撃し、勢いに負けたスネイプは渋々「動物に噛まれた」と答えたのだ。

 アイビーはそれを聞いてからすぐに薬の調合を始め、ついに先程完成したのだ。

 

「スネイプ先生が怪我をしていたなんて、気がつかなかったよ……」

 

 ドラコが驚きからそう呟いていると、アイビーに続いてセリアも立ち上がった。

 

「アイビー、私も行きます」

 

「あら? セリア、宿題はもういいの?」

 

「もう終わりましたよ」

 

 そう言ってセリアは宿題を片付けた。

 

「それではみなさん、先に行きますね」

 

「また後でねー」

 

「いってらっしゃい」

 

「セリア、また明日」

 

 リジー達に見送られてセリアとアイビーは図書館を出る。

 

「セリア、早く早く!」

 

「ま、待ってください、そんなに階段で急いだら……」

 

「きゃあ!」

 

「アイビー!?」

 

 急ぎすぎてアイビーは階段を転げ落ちてしまったが、運良く無傷だった。

 そこからは早足で職員室を目指したが、ちょうどスネイプが廊下を歩いているのが見えた。

 相変わらずわずかに足を引きずっている。

 

「スネイプ先生!」

 

 その姿が目に入った瞬間にアイビーは駆け出し、慌ててセリアもその後を追う。

 スネイプは振り返ってアイビーを見ると、少し嫌そうな表情を浮かべた。

 

「……ベケット、廊下は走らないように」

 

「あ、すみません……」

 

「お忙しいところ申し訳ありません」

 

 セリアがそう言うと、スネイプはいつものような仏頂面に戻った。

 

「我が輩に何か用か?」

 

「スネイプ先生、これを使ってください!」

 

 アイビーが勢いよく差し出した小瓶を、スネイプは少し引きながらも受け取った。

 スネイプは小瓶の中身をしげしげと眺める。

 

「これは……」

 

「足の怪我に使ってください。調合には成功しているはずです!」

 

 スネイプはアイビーの顔をじっと見た後、小瓶をローブのポケットに入れた。

 

「二年生でうまく調合ができるかは疑問だが、受け取っておこう。……しかし、今後このような高度な薬を調合する場合は、報告をするように」

 

「は、はい!」

 

 アイビーは嬉しそうに答えた。

 スネイプは「ふん」と鼻を鳴らすと、くるりと身を翻して歩き出そうとする。

 そこにセリアが不意に声をかけた。

 

「スネイプ先生、学校にはそのような怪我を負わせる動物がいるのですか?」

 

 スネイプは首だけで振り返ると、セリアに睨むような視線を向けた。

 その視線に負けずセリアはスネイプをじっと見つめる。

 

「……トロールが入り込むくらいだ。そういった猛獣も、いても不思議ではなかろう」

 

 スネイプは言い終えると今度こそ歩き去って行った。

 アイビーは不思議そうにセリアに尋ねる。

 

「セリア、何であんなことを聞いたの?」

 

「いえ、少し気になったので」

 

「そう? でもそんなに怖い動物もいるのねえ。先生、森にでも行ったのかしら?」

 

「それなら、森へ入るのが禁止されていることに納得ですね」

 

 二人はハッフルパフ寮へ戻る道を歩く。

 アイビーと話しながらも、セリアは先程のスネイプの言葉を思い出す。

 

(トロールが入るような状況だから、猛獣が必要ってこと、かな?)

 

──────────

 

 今年度のクィディッチシーズンが始まった。

 伝統の一戦であるグリフィンドールとスリザリンの対決を見ようと、ほぼ全ての生徒がクィディッチ競技場へ集まっている。

 セリア達もまた、セドリックとスコットと共に客席へやってきた。

 新しくチェイサーになったケイティの応援ということもあり、グリフィンドールの応援席だ。

 

「グリフィンドールは、チャーリー・ウィーズリーが抜けてシーカーに不安があったんだけどな……そこにあのハリー・ポッターが入ったときたもんだ」

 

「それに、チェイサーの実力もかなり上がってるわ。やっぱり去年までのスリザリンやハッフルパフの試合を見て、チェイサーの重要性に気がついたのよ」

 

「新しいメンバーもそうだけど、去年からいるオリバー・ウッドやビーターのウィーズリー兄弟もかなりの脅威だよ。正直、グリフィンドールチームが一番の優勝候補だと僕は思うな」

 

 アイビー、セドリック、スコットの三人はかなり真剣な表情で話し合っている。

 

「ケイティとハリーは、大丈夫でしょうか……怪我などしないといいのですが」

 

「大丈夫だって! 練習を見に行ったとき、すごかったしねー」

 

「そうだね。それにハリーも練習のとき、スニッチを一度も逃してなかったし」

 

 セリアは心配そうにしているが、リジーとメグはそれほど心配はしていなかった。

 見学という名の偵察に行った際、ケイティもハリーも見事な動きを見せていた。

 さらにスリザリンチームも昨年までの絶対的エース、ジェニファー達が卒業したことで、大幅に戦力が削がれている。

 元々能力が高いチームではあるものの抜けた穴は大きく、反対に他寮のチームは力を上げてきているので、優勝杯の行方は予想し辛くなっているのだ。

 間もなく試合の開始時刻となる頃、不意にセリア達の頭上に大きな影が差した。

 見上げてみるとそこにはハグリッドが立っており、楽しそうに笑っていた。

 

「ハグリッド! 何してるの?」

 

「ようリジー! 今日はハリーの初めての試合だから、来てみたんだ。小屋から見ようかと思っとったが、直接見るのはやっぱり違うからな」

 

 リジーの問いにハグリッドが双眼鏡を振りながら答えた。

 

「私達はケイティの応援に来たんだー」

 

「もちろんハリーも応援するよ」

 

「ハリーが負けるはずはねえ。なんせ、 あの子の父親も、すげえ選手だったんだからな!」

 

 ハグリッドが誇らしげにそう言うと、それを聞いたセリアが首を傾げた。

 

「ハリーのお父さんもクィディッチの選手だったのですか?」

 

「おう! ハリーと違ってチェイサーだったけどな。でもスニッチを捕まえるのも得意だったぞ」

 

 ハグリッドは言い終わると、「ロンとハーマイオニーを探す」と言って離れて行った。

 

「ハリーのパパも選手だったんだねー。親子そろってなんてすっごいね」

 

「父親の才能を受け継いだんだね」

 

「知りませんでした」

 

 ちなみにアイビーやスコットは知っていて、「クィディッチ好きなら知っていて当然」の情報らしい。

 しかしそれを聞いていたセドリックは知らなかったようだった。

 それから少しして競技場全体から歓声が上がった。

 いよいよ両チームの選手が登場したのだ。

 選手達は審判であるフーチが待つ競技場中心に集まる。

 そして甲高いホイッスルの音が響き渡り、選手達が一斉に動き始めた。

 いよいよ今年のクィディッチ・シーズンが始まったのだ。

 

──────────

 

(な、なんなんだ、一体!)

 

 上空でハリーはひどく焦っていた。

 理由はハリーの跨っていた箒、ニンバス2000が突然暴走を始めたからだ。

 ハリーは振り落とされないように必死に箒にしがみついている。

 観戦席では心配のあまり、泣きそうになったり叫んでいる声が響いていた。

 

「これは……!」 

 

「うわわ、危ない! ねえ、試合は止まらないの!?」

 

 セリアは考え込むように小さく呟いており、その隣でリジーが叫ぶ。

 しかしそれにアイビーが首を横に振りながら、少し震える声で答えた。

 

「どんなことがあっても、クィディッチは止まらないわ……」

 

「でもこのままじゃ、ハリーが落ちるかもしれないよ」

 

 メグが固い声でそう言うと、三人はそろって上空のハリーは見上げる。

 しかしセリアは後ろを向くと、同じように見上げていたスコットに声をかけた。

 

「スコットさん、予備の双眼鏡を貸してもらえますか?」

 

「え? あ、ああ、いいぜ」

 

 スコットは毎試合予備を含めて二つ双眼鏡を持ってきていた。

 よく試合に熱中して落としたり、ひどいときは椅子の上に置いていて気づかずに座ってしまい、壊したりすることがあったからだ。

 セリアはお礼を言いながら双眼鏡を受け取ると、すぐに双眼鏡で遠くを見始めた。

 しかし見ているのは他の観客とは違い、教員用の席だ。

 

(箒の故障は、新しい箒だからあり得ない。だったら誰かが箒に細工をしたのかもしれないけれど、最初は普通に飛んでいたし、試合の前に道具の点検がある。ならば今この瞬間に、箒に何かをしかけているはず。生徒じゃそう簡単に箒には手出しできない。だとしたら、可能性は一つ)

 

 教師しかいない。

 セリアは素早く教員席を見渡すと、スネイプともう一人がハリーから目を離さず、何かを小声で唱えているのを発見した。

 

(スネイプ先生は違う。……まさか、あの人だったの? ……ん、あれは?)

 

 犯人の正体に驚いていると、視界の端に小さな影が入り込んできて教員席を進み始めた。

 身をかがめており顔は見えないが、ふさふさした栗色の髪の毛が見えていた。

 

(ハーマイオニー、どうしてあそこに……? あっ!)

 

 ハーマイオニーは急いで移動しており、途中で犯人を押し倒しながらスネイプの近くまで行った。

 そのおかげで犯人の魔法は解けたが、ハーマイオニーがスネイプのローブの裾に放火したため、少しの間教員席は慌ただしくなった。

 箒の暴走が終わったハリーは、箒に跨り直すと凄まじい勢いで急降下を始めた。

 そしてスリザリンチームのシーカーとの競り合いの末、スニッチを飲み込んでしまうという事態があったものの、無事スニッチを獲得。

 開幕戦はグリフィンドールの勝利で終わったのだった。

 

──────────

 

 試合終了後の夜、セリア達四人はベッドに座って話していた。

 その内容はクィディッチの試合についてだ。

 

「本当、びっくりしたよねー。ハリーが無事で良かったよ」

 

「そうだね。スニッチを飲み込んだときは驚いたけど、勝ちが認められて安心したよ」

 

「スニッチに触れて捕まえたら勝ちだもの、飲み込んでも勝ちに決まっているわ。それにしても、箒が暴走するなんて……」

 

「箒、壊れちゃったのかな?」

 

「そんなことあるはずないわ。ハリーの箒は買ったばかりだし、何よりニンバス2000よ。不良品や故障は絶対に違うわ」

 

「ハリーは試合中にぶつかられてたけど、あれくらいじゃ壊れないよね?」

 

「ええ。それに、箒に悪さなんかもできないわ。箒ってすごく頑丈なんだから」

 

「だったら、何であんなことになったのかなー。セリア、どう思う?」

 

 リジーがセリアに聞いたが、セリアは口元に手を当てて考え込んでいて答えなかった。

 試合が終わってからセリアは考えことをしており、口数がかなり少なかった。

 

「セリア? どうしたの?」

 

「……え? ごめんなさい、少し考えごとをしていました」

 

 リジーに心配そうに声をかけられ、セリアはようやくそう答えた。

 

「セリア、具合でも悪いの? 大丈夫?」

 

「はい、大丈夫ですよ。それで、何の話でした?」

 

「箒がなんで暴走したのか話していたのよ」

 

「セリアは何か考えはある?」

 

 メグに聞かれてセリアはどう答えようか迷う。

 犯人はわかっている。

 しかしそれを三人に伝えるべきかどうか、判断が難しい。

 

「そうですね……。私は、誰かが呪文を使ったのだと思います」

 

 明言するのは避けることにしてセリアがそう答えると、三人は驚いたように目を見開いた。

 

「呪文を使ったって、ハリーが誰かに狙われてるってこと!?」

 

「あんな高さから落ちたら、死んでしまうのに……?」 

 

「で、でも、箒に呪文なんて、そう簡単にはできないはずよ!」

 

「ええ。けれど、生徒以外ならどうでしょう?」

 

「まさか……先生?」

 

「……誰かはわかりませんが、私はそう思っています」

 

 セリアがそう言うと三人は絶句して黙り込んだ。

 

「誰、なのかな?」

 

 しばらく沈黙が続いた後、小声でメグが言う。

 しかしセリアはそれに首を横に振りながら答える。

 

「わかりません。それに、そもそも先生がハリーを狙っているのかどうかも、確実ではないのです」

 

 再び沈黙が広がり、それからは誰も話すことはなく四人はベッドに潜り込んだ。

 それぞれが色々なことを考えながらやがて眠りにつく中、セリアは最後まで起きていた。

 

(今回の事件と、ハロウィンのトロール、城に運ばれた「何か」、三つが繋がった。まさかハリーが関わってくるなんて、思っていなかったけど。……本当に、城に隠されている物は何なんだろう。それに)

 

 セリアは閉じていた目を開いて、ほとんど何も見えない暗闇をじっと見つめた。

 頭に浮かぶのは、双眼鏡で見た犯人の顔。

 普段はびくびくと怯え、話すときはどもり、自信なんてないような表情をしている。

 しかし今日は堂々と顔を上げて、鋭い目つきでハリーを睨み、滑らかに口を動かしていた。

 その二つの顔の違いが恐ろしい。

 その正体は……。

 

(クィレル先生。あなたは一体、何?)

 




実はこの四月から社会人になりました。
そのため色々と忙しく、流れは考えていても中々書く時間が取れず、このペースだと賢者の石編も何年かかのか……。
もっと早く書けるようになりたいです。


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