もしも夢の続きが叶うなら (シート)
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第一話 夢を見続ける幼馴染なアイツ

 取り戻せないもの、それが過去。

 

 時間は巻き戻せない。

 

 分かってる。だとしても、取り戻したい過去が俺/私にはある。

 

 例え夢でもいいから/ずっと見ていた夢の続きを見たいから。

 

 

 

 

 夜。

 バイトから帰って来て大体三時間。日付が変わって大体一時間ほど。

 

「そろそろ寝るか……」

 

 今丁度見ていたネット配信が終わり、硬くなった上半身を伸ばす。

 明日も朝から学校だ。そろそろ寝なければいけない。

 PCの電源を落として、椅子から立ち上がった時だった。

 ガチャっと一人でに部屋の扉が開き、中へと誰かが入ってこようとしていた。

 

「……うっ~んっ~……」

 

 入って来たのは可愛い系のパジャマに身を包んだ長い髪をリボンで二つ結びにした銀髪の女。同い歳。

 俺よりも可愛く綺麗な人形のように整った顔立ちをしたそいつは眠そうにしながら。というか、実際寝てる状態ながらゆっくりと更に奥、俺のベットへ歩いていく。

 これ(・・)は不定期ながらよくあること。来たってことは今夜はあの日か。

 部屋に来たのは慣れもあるからか別に気にしないが。

 

「扱けるなよ」

 

「ん……ああぁ~」

 

「っと」

 

 声をかけたのがよくなかったのか。

 案の定扱けそうになり、すかさず前から抱き止め受け止めた。

 

「あぅ、ぅぅ~……んん~……」

 

「落ち着いたか」

 

 小さな呻き声を上げたかと思えば、聞こえてくる寝息。

 歩いていたとは言え元からこいつは眠った状態だったが、更に深い眠りへとついたんだろう。

 落ち着いたようだし、この様子なら今日はこいつの部屋に戻しても大丈夫か。

 仕方なく抱きかかえた丁度その時。

 

「け~ん~ちゃ~ん~」

 

「うおっ!」

 

 体重を背中の方へとかけられ、バランスを崩し今度は俺が扱けた。

 幸い後ろにはベットがあったからクッション代わりになったものの、押し倒される形になった。実際今、上に乗られている。

 

銀華(しろは)。お前、起きて……いや寝てるんだろうが、とにかく大人しくしてくれ」

 

 目の前のこいつ銀華(しろは)こと白藤銀華(しらふじしろは)に一応声をかけてみたが無駄だろうな。

 ちなみにけんちゃんというのは俺、森本健太(もりもとけんた)が小さい頃こいつに呼ばれていた昔のあだ名。

 

「ん~……」

 

 銀華はのそのそと起き上がり、ベットに両手をつきながら俺を見つめる。

 二つ結びの髪が垂れる。

 眠そうに下がる瞼からはそっと碧い瞳が覗いてた。

 

「何だよ」

 

「ややぁ~けんちゃんいっしょにねよ~」

 

「分かったから大人しくしろってば。ほら寝るぞ」 

 

「ぉ~」

 

 曖昧な返事のようなものをする銀華を上からどかしてベッドの端、壁側で寝かす。

 一緒に寝ることはになるが今に始まったことじゃない。それにこの様子の銀華を部屋に帰せば、余計ぐずる。別のところ、床とかで俺が寝ようとしてもまた同じ。

 

「んん~な~にしとうのぉ~? はよきてー」

 

 眠そうな声で急かされる。

 風呂は帰ってきてすぐ入ったし、歯は二階へ上がる前に磨いた。目覚ましがちゃんとセットできているのを確認して、ようやく布団の中に入る。

 

「つかまえた~えへへ~」

 

 布団の入るなり、銀華が抱き着いてきた。

 今こんな小さい子供みたいでも体は歳相応。おまけにこいつはスタイルがいい。こんな密着していれば、当たるものは当たる。足まで絡めてくるな。

 振りほどこうものなら本気でグズり出すし、このままが最適解。大人しく寝るしかない。

 男だから当然の如く、グッとは来る。だが、こうなっている事情が事情なだけに素直に喜べない。むしろ、罪悪感みたいなもののほうが強い。何はどうあれ、役得なことには違いないんだけどなぁ……。

 

「すぅ……すぅ……んふふ……」

 

 隣からは規則正しい寝息が聞こえてくる。

 暗がりでも幸せそうな寝顔してるのが分かる。

 自由だな。昔のことを思い出す。

 

「寝るか……」

 

 ぽつりとぼやいて思考するのをあきらめる。

 疲れた。寝てしまおう。

 俺も眠った。

 

 

 遠いところで音が鳴っている。

 聞き慣れた音。朝を告げるスマホのアラーム音だ。

 音の方へと手を伸ばしたが、音は鳴り止んだ。止められたか。安心してると今度は入れ替わるように声が聞こえてきた。

 

「きて……起きて……」

 

 声と共に体を揺すられる。

 揺れに意識の覚醒を促され、まぶたを開いた。

 

「起きた。おはよう……健太」

 

「……銀華。おはよう……」

 

 最初に見えたのは隣で上半身だけ起こしている幼馴染、銀華の姿。

 相変わらずの無表情。そうだった。昨日はあの日で一緒に寝たんだった。

 いつも通り、先に起きてアラームを止めたのも銀華だろう。

 

「はい」

 

「おう」

 

 スマホに手を伸ばそうとしていると銀華からスマホを渡された。

 時間を確認するとほぼ起きる予定の時間。

 起きるか。決心すると銀華は一足先にベットを抜け出していた。

 

「朝の用意しよ」

 

「おう」

 

 そう言って部屋を出ていく銀華の後をついていく。

 どこまでもクールな様。銀華は何も言わない。一緒に寝ていることも、抱きついて寝ていたことも。

 本当今に始まったことじゃないし、銀華が振れないのなら俺からは触れられない。

 でも、昨夜のことが今に始まったことじゃないにしても、まるで夢でも見ていたのかようだ。銀華にしたら、夢みたいなものなんだろうが。

 

 一階に降りると顔を顔を洗う。

 

「はい」

 

「おう」

 

 先に顔を洗い終えていた銀華からタオルを受け取り、顔を拭く。

 

「朝ごはん作る」

 

 そう言い残して銀華はリビングへ。

 一緒に起きた日は銀華が朝ごはん、それから弁当を作ることになっている。別に決めたわけじゃないが、いつの間にかそうなっていた。別々に起きた日は俺が作ることになっている。

 銀華が朝ごはんを作ってくれてる間、俺は洗濯機から洗濯物を取り込んで、干したりタンスに直したりする。

 それが終わるとリビングへ。机の上には朝飯が用意されていた。白ご飯に出汁巻き卵にウィンナー、それから味噌汁。もう弁当まで用意されていた。

 

「食べて」

 

 既に席についている銀華の向かい側へと座る。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 俺に続いて銀華もそう言うと二人で朝飯を食べ始めた。

 

 静かでゆっくりとした朝。

 俺達の間に会話はない。あるとすれば、食器の音が小さくあるぐらい。

 リビングにいるのは銀華と俺の二人だけで親の姿はない。

 

 というのも銀華と俺の母親二人は昨日から一泊二日の旅行。今日の夕方には帰ってくるはず。

 親父は二人揃って同じところへ単身赴任中でシェアハウスしているとのこと。仲のいい親同士だ。

 それも親も幼馴染というのがデカいんだろう。銀華と俺の母さん同士が小さい頃からの幼馴染で、銀華と俺の親父同士もまた小さい頃から幼馴染。親がそんな感じで幼馴染だから、銀華とも幼馴染。産れた日が一日違うけど、本当に産れた時からの付き合い。

 こうして半年前から同居しているのも親父達が単身赴任するにあたって、母さん達は仕事の関係でついていくことが難しく。銀華はある事情でそう簡単に地元を離れるわけにもいかず、かといって女子供だけおいて単身赴任するのは……という時にお互いの家が一緒に住めば心配も少なく、お互い助け合えるということでこうして銀華と俺の家で同居してる。

 不思議な関係だとは我ながら思う。

 

「ごちそうさまでした」

 

「お粗末様。ごちそうさま」

 

 俺の後に銀華が続いてそう言い食べ終えた食器を流しへと運ぶ。

 洗い物は俺の担当。とは言っても食器は軽く流してから食器洗い機へ入れるだけだが。

 そうしている間に銀華の姿はなかった。歯を磨いて、登校の用意をしに行ったんだろう。

 俺も歯を磨いて、登校の用意をした。もっとも男の用意なんてすぐ終わる。家を出る時間までの部屋で潰していると部屋の戸がノックされた。

 

「用意できた。行ける」

 

 扉越しに聞こえてくる銀華の声。

 時間は少し早いがそろそろ出るか。

 部屋から出ると廊下に銀華はいた。学校の制服を着て、綺麗に梳かした髪を下ろしている。

 

「忘れ物ないか?」

 

「持った。そっちは? お弁当持った?」

 

「大丈夫。持った。じゃあ、行くか」

 

「ん……」

 

 戸締りをして家を後にする。

 俺達の住むところは丘にある住宅地で、学校までは下りに歩いて二十分ほど。

 今日も今日とて春の陽気を感じ、向こう側にはチラリと海が見える。このまま真っすぐいけば地元でも有名な水族館に行ける道から逸れて、別の住宅地へと入る道を進む。

 二人並んで歩くが会話はない。それが嫌というわけでもない。お互い。多分、銀華もそう。

 嫌だったらこんな風に一緒に登校はたりしないだろう。

 第一、一緒に生活してるとわざわざ話すようなことは……していうなら。

 

「そうだ。学校はどうだ? 少しは慣れたか?」

 

 まるで新入生に聞くような問いかけ。

 銀華は俺と同い歳で同じ高校二年生。こうして一緒に登校するのはまだ一ヶ月経つかどうかレベル。

 でもまあ実質、新入生みたいなもの。今年の春、銀華は復学という形で編入してきた。

 

「少しは慣れた。周りの人もよくしてくれるし……でも、私は白藤銀華だから。やっぱり……うん」

 

 言葉を濁すだけで続かない。

 言いたいことは伝わって来た。

 それもそうか。有名人だからな、銀華は。

 

「そうか。どんな些細なことでも大丈夫だから困ったこととかあれば言ってくれ」

 

「ん……ありがとう」

 

 俺が出来ることは限られているが出来ることはやっていこう。

 困りごとを言いやすい頼れる男であるのはもちろん、言いにくいこともあるだろうから気にかけるのは怠ってはならない。

 

「でも、健太がそんな気を張る必要ない」

 

「そうか……そうだな」

 

「ん……」

 

 小さく返事。

 気を張りすぎるのもよくない。するにしても悟られないようにしなければ、かっこつかない。

 俺の中で銀華のイメージは離れ離れになっていた時間のせいか、幼いころのままだがこいつももう高校生。

 昔のままじゃないんだ、何もかも。

 

「それに……」

 

 ぽつりと言い出し、こっちに顔を向ける。

 

「また、健太と同じ学校に通って、こうやって一緒に通ているだけで毎日が楽しい」

 

 ふっと笑ってみせた銀華の笑みには懐かしさを感じた。

 

 そうしていると学校に着いた。

 同学年でも流石にクラスは別なので別れる。

 

「じゃあ、また」

 

「うん」

 

 自分の下駄箱に向かい履き替える。

 

「……」

 

 昇降口を通り過ぎようとしているとまだ下駄箱前にいる銀華の姿がいる。

 履き替えてすらない。ぼさっと立ったまま何かあった様子。トラブルとかそういうのではなさそうだけではなさそうだけど。

 それに手には何か持っているような。

 

「銀華、どうかしたか?」

 

「何でもない」

 

 と言って銀華も上履きに履き替えていた。

 本当に何事もなかったかのよう。

 気にはなるが、自分のクラスへと向かうしかなかった。

 



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第二話 幼馴染なアイツは夢の中でも気にしている

「おっ、今日の弁当係りはお前じゃない日か」

 

 朝から四限続いた授業を乗り越えて迎えた昼休み。

 飯の時間となって弁当を広げるなり、目の前の友人、中学からの付き合いになる山田一郎(やまだいちろう)がそんなことを言ってきた。

 からかう気満々の顔。楽しそうにしやがって。

 

「急に何言い出すんだよ。ってか、何を根拠に」

 

「そりゃ見れば分かるだろ。綺麗で彩りいい弁当だからな。お前のだと既製品、theコンビニ弁当みたいな感じだし」

 

「……なるほど」

 

 適当に返事して、箸をつける。

 例えは気に入らないが、言いたいことは分かる。

 料理を作ると既製品っぽいと言われることがある。これでもバイトでは調理担当なんだけど。

 

 それに見れば分かるってのも分かる。

 銀華が作った今日の弁当は綺麗で彩がしっかりと考えられた美味い弁当。

 食のバランスがいいだけでなく、だし巻き卵やミートボールといった好物もちゃんと入れてくれてありがたい。

 

「なるほどって相変わらずぼんやりした返事だな。まあ、白藤さんに作ってもらったなんて言いふらせないよなぁ」

 

「おい、お前な……」

 

「まあまあ、落ちつけって」

 

 俺が一人勝手に怒ったみたいになったのが解せない。

 おまけに楽しそうに笑いやがる。

 俺が言わなくてもこいつが言ったら意味がない。

 

 銀華と交代で弁当を作るようになったのが半年ほど前。

 それまではずっとコンビニで買ったものを食べていたが、そんな奴が弁当となれば怪しまれる。

 ねちねち聞かれ続けるのもしんどいからと白状したけど間違いだった。かといって、黙っているとめんどくさいことになる。

 

「しかし、お前があの白藤さんと幼馴染だったなんてな」

 

「それ、本当に好きだな。ずっと言ってる」

 

「それだけ衝撃なんだよ。中一からの付き合いなのに高校に入るまで全然教えてくれなかったし」

 

 これがめんどくさいことその一。

 言う必要ないと黙っていたらこれだ。

 飽きないのか、ことある度に言ってくる。

 

「でもまあ知れて、いろいろ納得できたけどさ。見舞いのこととか」

 

 見舞いか……二年ほど前のこと。

 正直、思い出したくない。

 

「とは言っても白藤さんと一緒のところ全然見ないけど、心配じゃないのか?」

 

「心配って何を。幼馴染だからってずっと一緒は変だろ」

 

 あいつはあいつで自分の交友はあるようだし、そこまですると過保護が過ぎる。

 それこそ朝釘を刺されたばかりだ。

 

「そういうことじゃないんだよ。白藤さん、モテるからなおちおちしてるとってこと。実際、気の早い奴はもうアタックかけてるみたいだぜ」

 

「あー……」

 

 言われて朝、昇降口でのことが過った。

 あれはそういうことか。

 

「あーってまたぼんやりした返事しやがって」

 

「いや、本当に気が早いと思って。編入してきて一ヵ月も経ってないぞ」

 

「だからこそだよ。早い者勝ちってね。それに相手は白藤さんだ。ほら中学の頃、まだ白藤さんが入院する前、わざわざ会いに行く奴多かったの覚えてるだろ?」

 

「それはまあ」

 

「メディアに取り上げられるぐらい賢い天才美少女白藤銀華がこんなに近くにいるんだ。誰よりも早くお近づきになりたいんだよ」

 

 そういうものなんだろうか。

 でも、そういうものか。こいつの言う通り、中学の頃わざわざ銀華の通っていた超難関女子中にまで会いに行く奴は多いと頻繁に聞いた。

 銀華がメディアに取り上げられるぐらい天才少女……全国模試1位は勿論、数々の検定一級を取得するなどいろいろ天才っぷりを披露していたから興味本位で見に行ったり、美女と呼ばれるぐらいだから本気で告白しに行った奴もいたとか。

 それが今も続いていると。

 

「で、お前はどうする気だよ」

 

「どうって別に……追々考えるよ」

 

「本当、ぼんやりした返事だな」

 

「急に聞かれてもすぐに答えられるかよ……こういうのは考えなしよりかは考えあったほうがいいだろ」

 

「そりゃ一理あるけど……考えすぎて時すでに遅しってことになっても知らねぇぞ。時間は巻き戻せねぇんだからな」

 

「そうだな……気を付けるよ。ごちそうさま」

 

 話を切り上げるように手を合わせ、食べ終えた。

 時間は巻き戻せないなんて分かってる。

 でも、そういう奴らみたいに今銀華とどうこうなりたいとかそういうことは思いつかない。正直、分からない。

 今はただ、銀華とまた同じ時間を過ごせるだけで……。

 

 

 

 

 放課後、今日は掃除当番の日。

 掃除は終わってけどもじゃんけんに負けて、ごみ捨て係になってしまった。

 ゴミ捨て場につくと同じようにゴミ袋をもってきて人がちらほらといる。

 指定の場所にゴミ袋を入れるとしょんぼりと肩を落とす男子生徒がゴミ捨て場の前を通り過ぎた。

 

「何だあれ」

 

「あれ二年三組の川田じゃね? あの様子なら失敗したっぽいな」

 

「川田ー! どんまーい!」

 

「おーう……」

 

 背中を見せながら返事するその姿は哀愁漂っていた。

 何だろうと思いつつ、持ってきてゴミを捨てる。

 これでよし。後は荷物を教室に取りに行って帰るだけ。

 するとその時、見知った人と出会った。

 

「健太」

 

「銀華……どうした? こんなところで」

 

「ちょっと用事」

 

「そうか」

 

「うん」

 

 会話はそこで一旦終わる。

 

 銀華はさっきここを通った川田とかいう奴と同じ方向から来た。

 そっちの方向は体育館へと続いていて、人目に付きにくい場所になってる。

 川田の様子、それを見たあのさっきの人達の反応、それから同じ方向から来た銀華といい。そういうことなんだろう。山田の話は本当だった。

 もっとも、結果は実らなかったようだ。

 

「今日、バイトじゃなかったの……?」

 

「バイトだけど掃除当番だったらな、終わったらすぐ行くことは伝えてある」

 

「そう……帰りは遅い? 夕飯は賄い?」

 

「昨日は最後までいたから多分、今日は早いと思う。家着くのは9時過ぎになるとは思うけど。夜飯はラストまでじゃないから賄いはないけど、アレならコンビニで何か買って帰る」

 

「いいよ……お母さん達の分と一緒に作るから真っすぐ帰って来て大丈夫」

 

「分かった。じゃあ、行ってくるわ」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

 なんてない会話を交わして、別れる。

 いつものやり取り。

 山田の話は本当だったから正直驚いたのもあるが、納得の方がはるかに大きい。

 そりゃ放っておかないのもそれはそうか。

 今回は実ることはなかったが、実っていれば俺はどうしていんだろうか。

 追々考えるとは言ったけど、真面目に考える時は早くも来たのかもしれない。

 銀華の病気のこともあるし、いつまでも今のままではいかない。今のままであってほしいけど。

 

 

 夜九時過ぎ。

 バイトから帰ってくるとリビングは賑やかだった。

 

「今日もよく働いてきたようだな。ご苦労ご苦労」

 

「健太くんおかえり~」

 

 出迎えてきたのは二人の母親。

 最初に声をかけてきたのが俺の母親、森本咲来(もりもとさくら)で続いて声をかけてきたのが銀華の母親である白藤白花(しらふじきよか)

 母さんは男勝りというか親父くさいが、対して白花さんはふわふわとした雰囲気の人。正反対の二人だが、この二人も産れた時からの幼馴染。大人になって、結婚して、子供を産んでもこここまで仲がいいのは珍しいと思う。

 よく二人で夜ご飯食べに行ったりして、今回の旅行も楽しんできたみたいだ。机の上にお土産らしきものをたくさん広げながら、お茶してる。

 

「ただいま。凄い土産だな」

 

「これは全部、銀華ちゃんへの土産だ。どうしても欲しいというならやらんでもないぞ」

 

「もうさ~ちゃん、意地悪しない。健太君、好きなの選んでいいからね」

 

「ありがとう」

 

 なんて会話をしているともう一人現れた。

 

「健太……おかえり。お疲れ様」

 

「ただいま、ありがとう。ああ、夜ごはん」

 

「うん……オムライス」

 

 出してくれたのはケチャップのかけられたオムライス。

 丁度、今作ってくれたのか出来立てほやほやだ。

 荷物を置くと手洗いうがいをして、オムライスを食べ始めた。

 

「……」

 

「……」

 

 母さん達が話している傍で静かに食べる。

 目の前には銀華が座って、会話なんてない。まあ、いつもの光景。

 のはずなのに今日は少し違った。銀華が俺のことを見てる。何だ、そんなに食べているのが気になるのか。

 俺だけでなく、母さん達も気づいたらしい。

 

「しーちゃんどうしたの~? 健太君のことじーっと見つめて」

 

「別に……何でもない」

 

「健太が黙って食ってるからだぞ。美味しいの一言や二言ないのか」

 

「いつも通り美味いけど」

 

「はぁ~」

 

 母さんが深いため息をつく。

 何でため息つかれなきゃならないんだ。

 母さんが話に入ってくると何かずれていく気がしてならない。

 

「なんだよ」

 

「なんだよはこっちの台詞だ。もっと感謝の気持ちを込めなさい。そんなことだと愛想尽かされる。当たり前だと思わない」

 

「まあまあ、さ~ちゃん。大丈夫。健太君の感謝は充分、しーちゃんに伝わってるって。ね~」

 

「うん……むしろ、感謝するのはこっち。たくさん迷惑をかけてるから」

 

 それを言われるとどうにも弱った。

 調子狂う。

 

「気にしなくていいのよ、銀華ちゃん。こいつが好きでやってることだし、こいつのことは好きに使っていいから」

 

「おい」

 

「でも、健太君に迷惑かけてるのは事実よね。しーちゃんのことは健太君に任せちゃってて迷惑かけると思うけどよろしくね~?」

 

「よろしく」

 

「それはまあ……うん」

 

 白花さんにそう言われ、銀華に頭を下げられるとそう答えざるをおえない。

 迷惑とかそういうのは思ったことない。

 というか結局、話がそれてしまった。オマケに聞くタイミングを見失ってしまった。

 銀華がどうしてこっちを見ていたのかは分からずじまい。

 何かを気にしたような、言いたそうな目をしていたのは何だったんだ。

 

 

「ふぅ……」

 

 椅子の背もたれに身体を預け、深く息をつく。

 今日に限って見たい番組もなければ、おもしろそうな配信もない。

 だから、ついぼっーとしてしまう。すると、嫌でも思い出してしまうのが今日のこと。

 朝の昇降口での銀華の様子。昼休み山田に言われた言葉。放課後、掃除当番の時に察したこと。夕飯食べてる時に感じた視線。

 頭の中であれこれ答えの出ない考えが駆け巡る。すると考え疲れたのか何なのか、飯を食べて風呂から出た後だからいつしか眠ってしまった。

 どれぐらい寝てたか。誰かに身体を揺すられるのを感じて目を覚ました。

 

「――け……ん、ちゃん……」

 

 聞き慣れた声。

 若干、泣き声のようにも聞こえてくる。

 おかげでなのか、意識が一気に覚醒した。

 

「け~ん~ちゃ~ん!」

 

 起きて最初に見た銀華は、大粒の涙を流していた。

 

「銀華……なっ、おまっ! 何で泣いてるんだよ」

 

「だって~けんちゃ~ん……うぅ、うわぁ~ん!」

 

「あ~もうっ、泣くな泣くな。ほら」

 

 夜中に大声で泣かれるのは困る。

 それに理由はどうあれ、銀華に泣かれるのは居心地悪くて、罪悪感が凄い。

 だから、昔していたみたいにまずは頭を撫でて銀華を宥めた。

 

「うぅ……ぎゅっとして」

 

「……ああ」

 

「ぐすん……」

 

 抱き着かれたのを仕方なく抱き返すと次第に泣くのは治まった

 ここまでが昔やっていた一連の流れ。本当、夜泣きだ。

 普段の銀華からは想像できない。まあ、大人になったんだから夜泣きしないのは当たり前のことで、この状態の銀華は特殊だから仕方ないと言えば仕方ないけど。

 しかし、どうしてまた泣いていたんだか。悲しいことでもあったのか。落ち着いた頃を見計らって、気になったことを聞いてみた。

 

「落ち着いたか……どうして泣いてたんだ?」

 

「おへやきたのにけんちゃん、はなしかけてもへんじないんやもん」

 

「そりゃ寝てたからな」

 

「なんでねとーのっ。おそうじのアレ、なんでもなかったよっておはなししたかったのに」

 

「掃除? ああ、なるほど」

 

 いろいろ納得がいった。

 泣いていたことも夕飯の視線も。

 あれのことをずっと気にしてたんだ。だからあの視線。可愛い奴じゃないか。寝てる時まで気にしてるなんて。

 

「大丈夫。分かってる」

 

「ほんま? ごかいされたかとおもってこわかった~でも、そうやなくてよかった~けんちゃん、ずっといっしょにおってな~?」

 

 返事は頷くだけにしておいた。

 何と言うか言葉で返事するのは躊躇った。

 けれど、銀華はそれで安心してくれたようで笑顔を見せてくれた。

 

「にへへ~」

 

 眠そうに笑う笑顔の銀華。

 まだどうしたいかなんてちゃんとした答えみたいなものは出ないけど泣き顔なんて見たくないし、ずっとこんな風に笑っていて欲しい。寝てる今だけじゃなくて、笑っていてほしい。起きてる時も。

 

「ふぁ~にゃぁ……」

 

「凄い欠伸だな。寝るか」

 

「ねる~」

 

 二人でベットに入る。

 

「ぎゅ~」

 

 今夜もまた銀華が抱き着いてくる。

 いつもならいろいろ思うことはあるが、今日は不思議と安心感の方が勝った。

 銀華は今こうして現実に隣にいる。まずはそのことをもっと大事にしていこう。

 



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第三話 幼馴染なアイツはイルカの夢を見るのか

 あいつ……銀華が夜、部屋に来る頻度は疎ら。

 一日置きに来るときもあれば、毎晩続けてくる時もある。かと思えば、数日来ない時もあったりする。おかげで頻度が読めない。

 来る時間は大体、日付が変わって一時間ほど経ったいつも俺が寝る時間。銀華は遅くても二十三時頃には寝るらしいから、ああなるのは布団に入って一時間から三時間後、いわゆるぐっすり眠っている頃。もっとも、昼間とか朝はああならないからそれが幸いではある。

 ああなった銀華は脳が眠っている為、寝惚けているようで何というか幼い。まるで幼児化。昔、まだ小学校低学年、俺と凄く仲の良かった頃の銀華になる。

 いつもは俺が寝るのと合わせて寝てくれるが、たまにそうじゃない日がある。例えば今日みたいな。

 

「な~あそぼ~?」

 

「……」

 

 とっさに返す言葉が出なかった。

 いつものようにやってきたかと思えば、これだ。

 相変わらず眠そうにしてる癖に。

 

「いや、寝ろよ。いい子は寝る時間だ」

 

「やや~まだねぇへ~ん。あそぶの~!」

 

「無理するなよ。眠そうじゃねぇか」

 

「ねむくな~い!」

 

 頑固というか何というか。

 こうなった銀華は気が済むまでこのままだ。

 懐かしさに浸ってしまう。

 

「がっこうもばいともおやみなんやろ~?」

 

 この状態の銀華と普段の銀華と記憶を共有してる。

 だから、ある程度のことは分かる。明日から土日休みで俺のバイトが休みなことも。

 

「そうだけどさ」

 

「だったらええやろ。あそぼ~」

 

 ここで突き放して寝かせるのが、ベストなんだろうがそれはできない。

 寝てはいるが今の銀華はある意味で覚醒状態。

 突き放せばぐずられるのは目に見えているし、脳裏にあることがよぎって強気で出れない。

 

「仕方ない。ちょっとだけだからな。遊んだら寝るぞ」

 

「わ~い。ありがと~」

 

 折れるしかなかった。

 情けないというか、弱いな俺。

 まあ、満足して寝てくれればいいか。

 

「で、何して遊ぶんだよ」

 

「え~とね~あのね~あのね~わかんないっ」

 

「お前な……」

 

「にへへ~」

 

 眠そうな顔で嬉しそうに笑ってやがる。何が嬉しいんだか。

 ってか、まともな返答を俺は期待してしまったようだ。喋れても眠っていることには変わらない。寝言みたいなものだ。

 

「どうするかな……」

 

 考えてはみる。

 遊ばないなんて言ったら振出しに戻るが、何して遊ぶかは俺にもわからなかった。

 銀華と遊んだのなんてもう数年以上前のことだ。それに男子とは遊ぶことはあっても、悲しいことに同い年の女子とは遊んだことがない。本当、何して遊べばいいんだ。

 この銀華の精神年齢みたいなものに合わせるべきか。

 

「あっ! おえかきした~い」

 

「絵? あ~待ってろ」

 

「うんっ」

 

 遊びといえば遊びだがそうでもない気もする。

 何だ遊びたいって一人でもいいってことだったか……。

 プリンターから出した白紙の印刷紙と色鉛筆を渡す。

 

「よ~し」

 

 俺が普段使ってる机に座って銀華は絵を描き始めていく。

 眠気は全然あるようで手の動きはのろのろとして遅い。

 それを俺は横に立って眺める。

 

「けんちゃんはかかんの~?」

 

「見てるだけでいいよ。それに絵、得意じゃないし」

 

「え~けんちゃん、えのしょうとっとったのに~」

 

「絵の賞?」

 

「ほら~すいぞくかんにおるあしがびよ~んってながいかにさんのえ~」

 

「ああ……あれか」

 

 言われて思い出した。

 幼稚園の頃、近所の水族館にいる足の長い蟹……タカアシガニの絵を描いて表彰されたことがある。

 自分のことなのに言われるまで綺麗さっぱり忘れていた。今の銀華だからすんなり言われたのか。俺も思い出して分ったことがある。

 

「銀華も賞貰ってたよな。イルカ描いて。というか、二人一緒に大賞だったな」

 

「そ~やね~あのとき、めっちゃうれしかった~」

 

 まさか二人で一緒に取れるなんて思ってなかったから凄い喜んだのは思い出した。

 

「またすいぞくかんあそびにいきたいね~」

 

「……そうだな……」

 

 昔は暇さえあれば、二人でよく遊びに行っていた。

 だが、それも小学校高学年に上がる前行ったのが最後。

 まだ水族館は普通にあるけど、今更行くような歳でもない。こういっているのは寝てる銀華で起きてる銀華じゃないから、一緒に行くわけにもいかない。

 何だかな……。

 

「な~な~いるかさんじょうずやなーい?」

 

「ああ、うまいぞ。これならまた大賞取れそうだ」

 

「そーやろか? にへへ~」

 

 また眠たげな顔をして嬉しそうに笑う。

 あの頃みたいに銀華は、イルカショーをするイルカを描いていた。

 イルカとそれを観客席で見る客。客の中には幼い頃の俺達もいて、何とも言えない気持ちになる。どうしてこいつは……。

 

「さかな~さかな~さかな~」

 

 まあ強いて一言言えることがあるのなら。

 

「イルカ描きながらその歌はやめとけ」

 

「え~なんで~? すいぞくかんはおさかのてんごくやのに~」

 

「そうだけどそれは魚食べる歌だから」

 

「ぶ~ぶ~」

 

 なんてくだらないやりとりをしていると時間は過ぎていく。

 

「う~ん……むにゃ……」

 

 銀華は次何を描こうか考えていると本格的に舟を漕ぎだし、ついには座ったまま眠ってしまった。

 ようやく電池が切れたみたいだ。これなら銀華を部屋に戻しても大丈夫か。事情が事情とは言え、一緒に寝るようなことはできるだけ避けたい。

 嫌とかそういうのじゃなくて、年頃なわけだし。

 

「よしっ……」

 

 毎回お約束になりつつある言い訳もとい建前もとい決意をして、椅子で寝ている銀華を抱き上げる。

 決意した割にはあっさりと抱き上げれた。おまけに軽い。余計なお世話だが、ちゃんと食べているのか心配してしまうほどだ。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 熟睡してるみたいだし、これなら今日は部屋に帰せる。

 指で何とか部屋の扉を開けて、銀華の部屋に連れていく。

 中に入って、ベットを見つけるとそこに銀華を寝かせた。

 

「すぅ……んっんん、すぅ……」

 

 起きる気配はまったくない。

 遊び疲れて熟睡してよくあったな。

 なんてことを思いつつ、布団をかけてやる。

 すると、手を軽く掴まれた。掴んできたのは他の誰でもない銀華。

 まだあれが続いてるのか。

 

「銀華、大丈夫だから手を」

 

「ンー……ヤ、だ……」

 

 掴んでくる手をやんわり解くとむにゃむにゃと言ってきた。

 寝ぼけているのか、これは。というか、どっちの銀華だ。寝ている時の方か。判断つかない。

 声色が寂しそうなのが心苦しくなるが、ずっとこのままってわけにもいかない。

 落ち着いてもらえるようにもう片方の開いた手で銀華の頭を撫でた。

 

「ん……」

 

 次第に落ち着いてくれたのか、手を離してくれた。

 ちゃんと眠ったのを最後確認して、自分の部屋に戻った俺も寝た。

 

 

「はぁ……」

 

 目が覚めて、スマホで時間を確認して溜息をついた。

 時刻は真昼間。なんという爆睡。今日は土日休みだから問題はないけど、それでも寝すぎだ。遊び疲れていたのは俺のほうだったか。

 目は覚めたので、下に降りる。腹減った。顔を洗い終えると、飯を食べにリビングに入った。

 

「歌……?」

 

 台所のほうから歌が聞こえる。

 歌と言っても鼻歌だけど歌っているのは銀華だった。

 

「~♪ ♪~♪」

 

 銀華が鼻歌なんて珍しい。

 というか、初めて聞くかもしれない。

 しかも、歌っているのが昨日、眠っているときに銀華が歌っていたあの魚の歌。

 寝ている銀華は普段の銀華と記憶とかを共有しているが、普段の銀華は寝ている時の銀華の記憶がないらしい。

 そう聞かされていたが、そうじゃなかったってことなのか。

 

「はぅっ!?」

 

「あ……」

 

 こっちを向いた銀華に気づかれた。

 凄い驚いた顔している。鼻歌、聞いていたの気づかれたよな。

 何だか、盗み聞きしたみたいでバツが悪い。かといって、聞いてましたとこっちからいうのも何か違う感じだし。

 

「あー……それ、昼飯か?」

 

 気まずさに耐え兼ね、目についた昼飯のことを口に出した。

 そこにあるのはスパゲッティ。見た感じ、たらこスパゲッティっぽい。出来立てだ。

 

「そう……そろそろ起きてくる頃だと思って作ってた」

 

「それは助かるよ。もしかして、銀華も今から?」

 

「うん、一緒に食べた方が後片付けとか一辺にできるから」

 

「そうか」

 

 話はここでおしまいにして、渡されたスパゲッテを受け取って席に着く。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 俺の後に続いて向かいに座る銀華もそう言って食べ始める。

 静かな食事。それはよくあることなのに気まずさが物凄い。

 母さん達は休みだが、家にいないみたいだ。まあ、おそらく。

 

「お母さん達なら朝から遊びに行った」

 

「あー……やっぱりな。だろうと思った」

 

「うん」

 

 元気な母親達だ。

 子供の俺達よりもよく遊びに出かけてる。

 

 銀華と会話できたのはこの一瞬。

 また途切れてしまう。無理に会話する必要はないが、この気まずさは辛い。

 さっさと食べて部屋に戻るか。

 

「あの……」

 

「え?」

 

「さっきの……鼻歌、のこと気にしないで。びっくりして恥ずかしかったけど……嫌とかそう言うのじゃないから……」

 

「そ、そうか……分かった」

 

 本人がそう言うのなら俺が気にするのはよくない。

 銀華から話してくれたのも気を使わせてしまったみたいだし、普段通りを努めよう。

 

「起きてからあの歌ずっと頭から離れなくて……やっぱり、昨日の私が……?」

 

「ああ……昨日、部屋に来てた。あの歌、歌いながら水族館のイルカ描いてたよ。ほら、あそこの」

 

「ああ、あそこ。だからなんだ……そう……」

 

 銀華は一人勝手に納得した様子。

 頭の中であんな懐かしい歌がずっと流れでもしてたら気になるわな。

 

「昔行ったこと、夢で見たのもそのせいなんだ」

 

「夢……?」

 

「ううん……何でもない」

 

 そう言われると俺からはこれ以上のことは聞けない。

 その後は何事もなく休日を過ごした。

 



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第四話 幼馴染なアイツは夢の外でも意外な姿を見せてくれた

「し~ちゃん、今日病院だったよね?」

 

「うん」

 

 朝、昼の弁当を用意してから今朝は俺が作った朝飯を食べていると隣でそんな会話が聞こえた。

 そう言えば、今日は月に一回ある銀華の定期診断の日だったか。

 

「忘れないように~」

 

「分かってる」

 

「健太君、付き添いよろしくね~」

 

「ああ」

 

「付き添いが終わったからって銀華ちゃん一人にするんじゃないぞ」

 

「分かってるって」

 

 母さんは毎回うるさい。

 そんなことするわけないだろう。

 

 定期診断に行くのは夕方。

 学校を終えた俺達は着替える為に一旦、家へと帰ってきた。

 そして、私服に着替えると二人でバスに乗って病院へと向かう。

 

「……」

 

「……」

 

 道中は毎度の如く静かだった。

 窓側に座る銀華は外を眺め、俺は俺でスマホの画面を眺める。

 車内が静かだからか会話なんてない。家からずっとこうで、今更特に喋ることはない。いつもの通院風景。

 いつもなのは着いてからも同じ。

 

「白藤さん、森本さん、こんにちはー」

 

「こんにちは」

 

「こんにちは」

 

 診察室の中へと先生に招かれ、銀華の後に続いて挨拶をする。

 

「えっと、前回の定期診断から体調の方はどうでしょうか」

 

「はい。特に悪いところはないです」

 

「それはよかった。では、次に――」

 

 銀華と先生のやり取りを後ろから眺める。

 特に何か問題あるようには見えない。

 なら、わざわざ診察室の中まで付き添う必要はないが、これにも訳がある。

 

「森本さん、白藤さんの夜、眠って動き出した時の様子はどうですか?」

 

「あ……えーと、ですね」

 

 銀華が寝ながら俺のところに来る時の様子を先生に報告する。

 俺の役目はこれだ。銀華は寝ている時に起きている時の記憶がないので俺が説明するしかない。

 何回目かになる定期報告。初めこそ恥ずかしさがあったが、回を重ねるごとに慣れてきた。そもそも相手は病院の先生で、銀華が入院していた時からの担当医。細かい事情まで理解してくれてるのはありがたい。

 

「そうですか、ありがとうございます……頻度は変わらずのようですが、凄く落ち着いているみたいですね。次の日に不調があるわけでもないですし……」

 

「はい」

 

「よしっと……じゃあ、引続き様子見ということでお願いします。一応、お薬の方は出しておきますね……森本さんも無理はなさらないように」

 

「はい」

 

「では、今日はこれで。次はまた一ヶ月後に。何かあればすぐ連絡下さい。お大事に」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとうございました」

 

 銀華に続いてそう言うと診察室を後にした。

 いつも通り、何事もなく定期診察は無事終わった。

 

 支払いをして薬をもらうと病院を出る。

 今日の予定はこれで終わり。

 外はというと夕日が沈みだして暗くなっている。そろそろ夕飯の時間だ。

 この後はもう予定はないから帰るだけだ。

 

「銀華、帰――」

 

 帰ろうと声をかけようとした時だった。

 

「銀華じゃん」

 

「やっほー銀華」

 

「あ……瑠奈ちゃん、芽衣ちゃん」

 

 声をかけてきたのは二人組の女子。

 銀華の知り合いみたいだ。うちの制服着ているし、クラスメイト辺りか。

 

「病院の帰り?」

 

「うん。二人は何してるの?」

 

「私らはご飯食べた帰り」

 

「今からカラオケ行くところなんだ。そうだ、病院終わったんなら一緒に行かない?」

 

「ごめん……帰って夜ご飯作ろうと思ってて」

 

「あーね」

 

「ああ~」

 

 二人して俺を見てくる。

 な、何だ……内心、身構えてしまう。

 目が笑ってやがる。もっと詳しく言うなら、ニヤついたような感じ。

 何が言いたいかは分かったような気がする。

 

「噂の健太君ね」

 

「噂?」

 

「こっちの話。っと、自己紹介するわ。私は……」

 

 二人に自己紹介された。

 クラスメイトというのは正解で、友達みたいだ。

 

「俺は森本健太。クラスは一組で」

 

「知ってる。銀華から話は聞いてるから」

 

「うんうんっ」

 

「そう、なんだ……」

 

 と言うしかできなかった。

 からかわれてる気分だからか他意がある気がしてならないが、銀華が変なことや余計なことを言うとは思えないから、言葉のままの意味なんだろう。

 

「邪魔したら悪いから私らそろそろ行くね」

 

「銀華、また今度遊ぼう」

 

「うん、また今度」

 

「じゃあ銀華、頑張って!」

 

「銀華、ふぁいとー! 森本君、銀華のことよろしくね!」

 

 彼女達は去っていった。

 何か凄いこと言われたが……。

 

「……」

 

 言われた本人である銀華は気にしてない様子。適当に流すべきだな。

 

「……帰るか」

 

「先に帰ってて。私、スーパーで夜ご飯の買い物してくる」

 

「えっ?」

 

 思わず、聞き返してしまった。

 

「ほら……冷蔵庫の中何もないから。明日の弁当とかの具材買っておきたいし」

 

「冷蔵庫の中何もないのはそうだけど……何も別に一人じゃなくてもいいだろ」

 

「だって、付き添いで疲れたでしょう? 買い物ぐらい一人で行けるから。それに……さっきのこともあるし……」

 

 気にしてないと思ったがやっぱり、気にしてたか。

 

「気にするのは分からなくはないけど、こういう風にからかわれることなんて昔、よくあっただろ」

 

「そう、だけど……私達はもう高校生。小さい時とはいろいろ違う。それに昔……ごめん、何でもない」

 

 言いかけてやめた言葉の後に銀華が何を言うつもりだったかは理解した。

 卑怯な言い方だとは分かっている。昔からこんな風にからかわれることはよくあったとは言ったけど、気にしなかったのは本当に小さな頃。それこそ、男女の違いを意識する前。男女の違いを意識してからはそうもいかなくなった前科が俺にはある。

 小さい頃とは違う。歳を重ねて高校生となった俺達の違いは多くなって、あんな風にからかわれると気にしない訳もいかないか。

 それでもだ。

 

「銀華が気にするのなら無理にとは言わないけど……それでもやっぱり、お前を一人にはできねぇよ」

 

「……いいの……? その……昔みたいなこと言われたりしても……」

 

「そん時はそん時。言いたい奴には言わせておけ。言われ慣れてるよ。それに母さんにもお前を一人にするなって言われてるしな」

 

 母さんのことを出すのは情けないが、建前はやっぱり欲しかった。

 

「……今はそれでええか……言われ慣れとぉもんね」

 

「そういうことだ。じゃあ、行くか」

 

「ん……」

 

 俺達はスーパーへと足を進めた。

 

 

 スーパーに着くとカートにカゴを乗せ銀華と見て回る。

 

「朝と昼作ってもらったから今夜は私が作る。健太は何食べたい?」

 

「銀華が食べたいのでいいよ。俺はな――」

 

「何でもはダメ。私は健太の食べたいものが知りたい」

 

 言い終えるよりも先に言われてしまった。

 食べたいものか……改めて聞かれるとそうすぐには出てこない。

 今丁度、出来合い惣菜があるコーナーにいるからこんなのでいいけど、そういうことじゃないよな。

 

「う~ん……そうだな……あっ、肉じゃが食べたい」

 

「肉じゃが……分かった。じゃあ、肉じゃがにあう献立は……」

 

 銀華は肉じゃがの具材や他の具材、必要な物を選んではカゴに入れていく。

 

「これだとこっちのほうが安いけどこっちのほうがいい……よし、こっち」

 

 牛肉一つにしてもちゃんと考えて選んでる。

 しかも、決断するのは速い。

 流石というべきなのか。慣れてる。

 

 そう言えば、こんな風に銀華と買い物するのは初めだ。

 小さい頃には一緒にお使い行ったことは何度もあったが、今日のお使いレベルじゃない。ガッリ買い物。

 意外。そして、初めて見る知らない銀華の姿。

 

「特売の卵も今日は二つ買える」

 

 おひとり様一つ限りとテラシがつけられた特売の卵がカゴの中へ二つ。

 言うならば、主婦の買い物みたいだ。

 

「焼き魚、白身魚よりかは鮭のほうがいいよね」

 

「ああ。どっちかって言うとそうだな」

 

「分かった」

 

 好みを把握してくれているのは腐っても付き合い長い故か。

 

 にしてもカゴの中が段々増えてきた。

 冷蔵庫の中は空だから多くなるのは仕方のないことで、一応俺という男手がいるから荷物持ちには困らないだろう。

 しかし、気になったことが一つできた。

 

「なぁ……普段、買い物はどうしてるんだ?」

 

「どうって何が……?」

 

「その……今日ほどは買わないだろうけど、それでも結構な荷物になるだろ? 母さん達は遅くて車ないし、俺も普段バイトでいないから」

 

 母さん達が車で食材を買ってくることはあるにはある。たまにだけど。

 普段は銀華が買い物に行っているっぽい。

 家からスーパーは近いと言えば近いが荷物持って歩きだとちょっとしんどい距離。途中小さめの坂もあるし。

 

「自転車だよ」

 

「あの坂をか……」

 

「行きは漕いで登ったりするけど、帰りは降りて押すからそこまで大変じゃない。坂終ったら自転車ならすぐだから」

 

「そうか……まあ、呼んでくれたら荷物持ちぐらいする」

 

「……頭には入れておく。でも皆が働いて仕事してるなら、家事と買い物が私の仕事だから。何もしてないのはしんどい」

 

 そういうもの……なんだろうな。

 でも、銀華がスーパーの袋詰んで自転車漕ぐのか。

 何と言うか。

 

「あ、レジこっち並ぶ」

 

「混んでるけど……」

 

 必要な物を全てカゴに入れてレジに来たが、銀華は混んでる列に並んだ。

 

「こっちでいい。こういう時まず見るのはレジに並んでる人数じゃなく、並んでる人の買い物カゴを見ること」

「はい?」

 

 キリッとした目つきで銀華が何やら語り出す。

 

「向こうの列は、並んでる人数は少ない。でも、一人一人の買い物の量が多いからきっと時間かかる」

 

「……ま、まあ、そうだな」

 

「レジ係の人の処理速度にも差がある」

 

「……た、確かに?」

 

「……そういうこと」

 

「……そうか……」

 

 納得のいく説明。

 おっしゃる通りだ。

 よく買い物してるからこその知恵なのは分かった。

 

「――円になります」

 

「はい。ポイントカードあります」

 

「はーい、お預かりしまーす」

 

「袋いりません。マイバックあります」

 

「ありがとうございまーす」

 

 スームズな。

 いや、スームズすぎるやり取り。

 マイバックまで用意してんだ。この感じなら常備してそうで本当……。

 

「今、所帯じみててるって思った」

 

「……思ってねぇよ。偉いと思ったんだ」

 

「偉い……顔に書いてるけど……そういうことにしといてあげる」

 

 平然を努めたけど、肝がきゅっと細くなるぐらいヒヤっとした。

 俺が分かりやすいのか。

 付き合いの長さからくるものなのか。何にせよ、こうすぐ見抜かれるのは考え物だな。

 



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第五話 幼馴染なアイツとの帰り道は夢のように移ろう

「そうだ、今日の天気」

 

 朝、学校に行く用意を早々と終え、銀華の用意が終わるのを待つ頃。

 頭の片隅に追いやられていたことを思い出して、今いる自室のPCで今日の天気を調べる。

 季節はもう梅雨。連日朝から雨が続いていたが、天気サイトによると今日一日だけはすっきり晴れるとの予報。

 どうせならバイトが休みの今日じゃなく、バイトがある明日とか明後日の方が晴れてほしかった。明日からはまた雨みたいだし。

 それでもまあ、晴れであることにこしたことはない。雨だと気が重たくなるし、銀華が体調を崩しやすくなる。

 

「準備できた」

 

 部屋をノックしてきた後、そう声をかけられ、PCの電源を落とす。

 荷物を持って部屋を出ると、すぐ傍に銀華がいた。

 制服の衣替え時期を経て夏服を着ている銀華。やっぱり……。

 

「何……?」

 

「いや……」

 

 返事に困った。

 やっぱり、銀華の顔色が悪いように見える。

 元気な時と比べて若干って程度だが、それを口にするのはよくないか。変に心配するのもよくないだろうし。

 

「ん……そう。分かった、大丈夫」

 

 何に対しての大丈夫なのかは分かった。

 聡い銀華のことだ。俺の心配は見抜かれているだろうし、心配したことを気にさせまいという為の大丈夫。そんな気がした。

 

「行くか」

 

「うん」

 

 俺達は学校へと向かった。

 天気予報は晴れ。実際に見た外の様子もすっきり晴れている。

 これなら、天気で体調が崩れることはないだろう。

 

 

 期待は裏切られるもの。

 天気予報は外れるもの。

 

「どうしたものかな……」

 

 ぼやいて教室から外の天気を見る。

 空は薄暗く、しとしとと降る雨。一日晴れの予報とは何だったんだ。

 しかしも降ってきたタイミングがホームルーム終わって帰ろうとした頃。狙って降ってきたみたいだ。

 

「お前も傘ない感じか。折りたたみ傘とかは?」

 

 帰る用意をした前の席の山田がそんなことを聞いてくる。

 山田の手にはちゃっかり折りたたみ傘が。

 

「ないよ。忘れた」

 

「ご愁傷様。まあ、今日は急な雨だったからな……他の奴も傘なし多いみたいだし。この分だと傘の貸し出しも終わってそうだ」

 

「だろうな。仕方ない、そればっかりは」

 

「先に言っておくけど俺の傘には入れないからな。男と相合傘は御免だ」

 

 なんてこと言うんだ。つられてその光景想像しちまった。

 

「入るかよ。そもそも家の方向逆じゃねぇか。雨が弱い今のうちに走って帰る」

 

「そうしろ」

 

 そうと決まれば帰る。

 山田と別れた後ダメ元で職員室を訪ねたが貸し出しの傘は終わっていた。

 やっぱり、走って帰るしかないか。

 そう言えば、銀華は……大丈夫か。朝家を出る時あいつも傘を持って出なかったが、折りたたみ傘ぐらい持ってるだろう。

 靴を履き替え、見た天気は変わってない。走るか。

 

「健太」

 

 思わず、扱けそうになった。

 声のした方を向けば、そこにいたのは銀華。

 丁度帰る時を同じくしたのだろう。靴を履き替え、手には折り畳み傘が握られている。

 

「銀華も帰りか?」

 

「うん……」

 

「それで何か用か?」

 

 何か言いたげな様子だが何だ。

 特に何か言われるようなことはないはずだ。

 

「傘ないんでしょ」

 

「まあ、そうだけど……今のうちに走って帰るからだいじょ――」

 

「だったら、一緒に帰ろ。傘入って」

 

「は?」

 

 ちゃんと聞こえはしたが、聞き間違えかと思った。

 銀華も聞き間違えられたと思ったらしく、また同じことを言ってくる。

 

「一緒に帰ろ。傘入って」

 

「聞こえてるから。いいって、気を使わなくて。二人で入れるような大きさじゃないし。第一、二人で一つの傘なんて使ってたら……」

 

 そう言って俺は周りに目をやる。

 多いってほどじゃないが、同じように今から帰ろうとしている奴は普通にいる。

 銀華と俺のことを気にしてない奴がほとんどだが、中にはちらちら見てるのもやっぱりいる。

 あんまり目立つことは……。

 

「言いたい奴には言わせておけ。言われ慣れてるよ」

 

「ぐっ……銀華、お前な」

 

「ふふっ」

 

 何処か勝ち誇ったように銀華が小さく笑った。

 それは前、俺が言った言葉。

 忘れたわけじゃない。それとこれとは違うと言いたいが、それを言われると返す言葉がない。

 銀華もそれを分かって言いやがった。ずりぃな、まったく。

 

「早く帰ろう。雨強くなるかもしれない。濡れて風邪でも引かれたらいろいろ困る」

 

 意外に頑固で我が儘な銀華の一面が顔を出してくる。

 こうなった銀華は譲らない。

 

「……分かった。傘、入れてくれ」

 

「ん……どうぞ」

 

 傘に入れてもらい一緒に帰ることにした。

 勿論、多少なりと周りの目が刺さったような気がしなくはなかった。

 

 

「もっと近くに寄らないと肩びしょびしょになるよ」

 

「これでいいんだ」

 

「よくないでしょう」

 

 家までの帰り道。

 雨の中、二人で一つの傘に入りながら帰っているが、折り畳み傘は一人用。

 二人で入るのは狭く、どうしてもどちらかが濡れる。

 幸い背の関係上、傘は俺が持っているから銀華が雨に濡れることはない。代わりに俺の肩は濡れるが、銀華はそれが気に食わないようだ。

 

「人も少ないのに何気にしているの。昔はよく相合傘してたじゃない」

 

「昔っていつだよ」

 

「幼稚園とか小学校低学年の頃」

 

「……昔の話だろ……」

 

 覚えがありすぎて返しが情けないことしか言えない。

 

 昔みたいにってのはやっぱ、気が引ける。

 銀華が言ったその頃は男女の違いを分かっていても、意識してなかった頃。

 だからこそ、平気なそんなこと出来てたわけで……こんなに近いと腕とかが当たったりして、感触が気になるし。雨の匂いのほうが強いのに近いから銀華のいい匂いがして、ドキドキしてしまう。 

 いや、これだと俺だけが変に意識しているみたいで嫌だ。自意識過剰だろ。

 隣、内側にいる銀華はパッと見そんなこと気にしてないから尚更。

 

 ついてないな。

 天気予報に裏切られて雨は降るわ。傘はないわ。後、いろいろあるわ。

 雨のせいで銀華はそうでもなさそうなのに、俺のほうがしんどくなってきた。

 一つぐらいいい事あっても……。

 

 車が通りすぎる音。

 次に車が通ったところ。俺達からして横の辺りにある水溜まり。

 そして、それが跳ねて飛んでくる結構な量の水。

 それらがあまりにも一瞬のこと過ぎて反応できなかった。

 

「うわっ……!」

 

「きゃっ……!」

 

 物の見事に水たまりの水をかぶった。

 車はそんなこと知るわけもなく通り過ぎていく。

 

「クソッ……」

 

「大丈夫、じゃないよね……」

 

「見ての通りだ」

 

 ずぶ濡れ。

 これじゃあ、走って帰ったのと変わらなくなってしまった。

 ついてなさすぎる。

 

「銀華は濡れたりしてないか?」

 

「うん、大丈夫」

 

 せめてもの救いは俺が道路側にて、銀華の盾になれたこと。俺みたいにずぶ濡れになるようなことは免れて……。

 

「なら、よかっ……た……」

 

「どうかし……あ……」

 

 あるものを見て俺が固まった。そのことに気づいた銀華は俺の視線を追った。

 視線の先には俺が盾になりきれず、跳ねた水溜まりの水をかぶった銀華の胸元がある。狙ったみたいに濡れているのはそこだけ。濡れたそこは透けてしまっていた。

 

「……ッ」

 

 バッと両腕で銀華は自分の胸元を抱きしめて隠す。

 同時に俺は、目を反らした。

 

「っ、悪い!」

 

「大丈夫……事故だから、気にしないで」

 

 銀華の声は落ち着いていた。

 事故だから自分も気にしてないといった感じ。

 しかし、目をそらした時に一瞬だけ見えた銀華の顔は赤かった。

 

 それよりも兎も角、今は歩くことが先決。

 じっとしてるのはマズい。

 

「早く帰ろう。家まで後ちょっとだ」

 

「そうだね」

 

 家がある地区まで帰ってこれた。

 家はすぐそこだ。

 

 

 家がある地区まで帰ってこれた。

 もう家はすぐそこ。

 

 失敗した。

 下駄箱で心配そうに空を見る傘のない“けんちゃん”を見つけた時はチャンスだと思ったのに。

 相合傘を渋るけんちゃんにそれらしいこと言って、無理強いさせたからなのかな。

 けんちゃんの弱いところを突くのは私の悪い癖。

 

 でも、けんちゃんと相合傘をできてよかった。嬉しい。

 数年ぶりの相合傘。小学生低学年以来。

 朝登校する時と変わらず会話はなくて、あるのは雨が降る静かな音ぐらい。

 小さな折りたたみ傘に二人で入っているから、雨の降る外と区切られてるみたいで傘の中はまるで二人だけの世界みたい。

 なんてらしくもないことを考えちゃった。浮かれてるんだろう。

 

 けんちゃんは遠慮気味だけど傘の中にはちゃんと入っている。

 そして傘の中は狭いから、腕とかが時々少し触れ合う。

 それがドキドキする。顔が赤くならないように全神経集中させてた。

 小さな頃は全然意識してなかったのに、今は意識してる。けんちゃんを男の子として……。

 けど、意識するだけで私からも何も言えない。何もできない。こんな近くいるのに、動くのは眠っている時に姿を見せる小さな頃の私。

 今、隣にいるのに私は何もできない。今の私だって、本当はもっと近くに行きたい。こんな微妙に間がある距離じゃなく、腕を組めるぐらい近く。

 もっと話したい。たくさん感謝してることから、昔みたい一日の出来事とか些細なこととかを。

 でも、どうあれ私からも何も言えない。何もできない。恐くて、近づこうとすればまた離れてしまいそうで。

 

 そんな風に私が恐がって臆病だから、バチが当たった。

 道路にある水たまりの水が車に轢かれて跳ねた。

 それがけんちゃんにたくさんかかった。結果、けんちゃんはずぶ濡れ。走って帰ったのと変わらなくちゃった。

 けんちゃん、本当にイラっとした顔した。

 

 それだけで済めばよかったのに私も濡れてしまった。

 濡れたのが胸元っていうのがバチが当たった証拠。

 夏の制服だから薄く、濡れて下着が透けてしまった。それをけんちゃんに見られた。

 見られたのは事故だから大丈夫、気にしてない。めっちゃくちゃ恥ずかしいけど。それに、見られるのならもっと可愛いのつけてればよかったと意味不明なことを思ってしまう。

 そのことでまたけんちゃんにも気を使わせてしまったし、いろいろと本当に失敗。

 

 本当、雨の日は嫌い。

 今朝は一日晴れるから雨の日だと悪くなる体調も持ち直すかと思ったのに。

 家を出る前、けんちゃんに顔色気づかれたのがいろいろなことの予兆だったのかな。

 

 気分が沈んでいく。

 何だかだんだんしんどくなってきた……。

 



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第六話 幼馴染なアイツは案の定風邪をひき、熱の夢を見る

「……ただいま」

 

「……ただいま」

 

 二人別々に言って、家の扉を閉める。

 ようやく家に帰ってこれた。

 いつもと変わらない帰り道を歩いただけなのに雨の中、二人で一つの小さな折り畳み傘をさして帰ってきたからいつも以上に長く感じた。

 正直、疲れた。

 

「待ってて。私の方がマシだから大きなタオル取ってくる」

 

「悪い、頼む」

 

 靴はまだ履き替えず玄関に立ったまま、家の奥へと消える銀華を見送る。

 本当なら自分で取りに行った方がいいけど、こうもずぶ濡れだと家に上がるに上がれない。

 早く風呂に……いや、先に銀華に入ってもらうべきか。あいつも濡れたわけだし。

 

「はい、タオル」

 

「ありがとう」

 

 タオルを受け取ると濡れたところを拭く。

 水溜まりの水かけられたから汚いことには変わらないけど、これで少しはマシになった。

 銀華も濡れたところ、胸元にタオルを充てて拭いているのか隠しているのかしている。

 

「じゃあ、そのまま先にお風呂先に入って」

 

「俺は後で入る。だから、銀華が先に入れよ。濡れてるんだから風邪でも引いたら大変だ」

 

「気持ちだけありがたく受け取って、その言葉そっくりそのまま返す。健太、ずぶ濡れになったんだから早く入る。あ……私の体調のことを引き合いに出すのはなしだから」

 

「……分かった。先に入るよ」

 

 言うことはもっともだ。

 ここで変に譲り合いみたいなことしていても埒が明かない。

 大人しくして先に入ることにした。長風呂をするわけじゃないんだ。さっさと汚れを落として綺麗にして、早く出てしまえばいい。

 

 

 早々と風呂から出て、銀華と代わった後、部屋でゆっくりしていた。

 散々な一日だった。

 いろいろありすぎた。そういろいろ……銀華まで濡れて服が透けて……。

 

「……ッ」

 

 頭を振りかぶって邪な考えを振り払う。

 直近の衝撃的なことがあれだったから、思い出してしまう。

 忘れろ、俺。あれは事故だったんだ。いつまでも覚えてたらいけない。

 

「……ふぅ」

 

 一息ついて切り替える。

 

「暇だな……」

 

 一息ついたのはいいけども、暇を持て余していた。

 やれることはあるにはある。けど、何もやる気になれず暇してしまう。

 

「飯でも作るか」

 

 寝転んでいたベットから起き上がる。

 このままじっとしていても暇し続けるだけ。

 いつもより早い時間にはなるが、ゆっくり夕飯を作るには丁度いいはず。

 

 そう思い立ち部屋から出て一階のリビングに入った時だった。

 

「銀華?」

 

「……」

 

 リビングに銀華がいた。

 食卓でうつ伏せている。顔はうつ伏せ状態だから確認できないが呼びかけても返事がない。寝ているのか。

 珍しい。昼寝をしているところなんて今まで一度も見たことがない。しかも、リビングでこんな。

 何にせよ、こんなところで寝るのはよくない。非常時ということにして、銀華を軽く揺すりながらもう一度声をかけた。

 

「銀華、起きろ」

 

「ぅ~ん……? けん、ちゃん……っ」

 

「お、おい」

 

 起きてはくれたが、よろけた。

 寝ぼけているのか……けんちゃんっていつもの銀華じゃない呼び方してきたし。

 それに頬が赤い。例えるなら、茹ったよう。もしかしなくても、これは。

 

「ちょっとそのままでいろ」

 

 そう言って、リビングの棚を漁る。

 目的のものを見つけると、銀華に渡す。

 

「ほら、これ」

 

「えっ、体温計……私、そんな計るほどの熱なんて……」

 

「いいから、計ってみろ」

 

 どう見ても銀華には熱がある。

 それも結構な高いはず。

 だから、論より証拠。図れば正確な体温の高さは分かるだろうし、出た数字を見れば銀華も認めざるおえない。

 そうじゃないと今みたいに中々認めないだろ。

 

「……」

 

 諦めたように半ば渋々の様子で銀華は体温計で熱を測った。

 待つこと数秒、すぐに結果は出た。

 

「……」

 

 まず最初に自分で体温計を見た銀華は固まっていた。

 それほどまでに高い熱ということか。

 

「見ていいか?」

 

「……」

 

 渡された体温計を見た。

 38.6℃。かなり高いな。

 朝顔色が悪かったからそれが悪化したのか、雨で濡れたせいなのか。

 よろけていたのも熱でぼんやりしていたから。何にせよ。

 

「熱あるだろ。部屋でゆっくり寝てろ」

 

「……でも、夕飯の準備とか洗濯物が」

 

「俺がやっておくから。気にするな」

 

「……」

 

 こう言っても気にするのが銀華。納得はしてない顔している。

 それでも今は部屋で寝るのが一番。ふらついていたわけだし、無理して悪化するのもよくない。

 

「……分かった。部屋に戻る」

 

 沈黙の後、銀華はそう言った。

 

「ごめんなさい……迷惑かけて」

 

「謝ることはねぇよ。まあ、何かあればスマホのメッセでも言ってくれ」

 

「うん……分かった。ありがとう」

 

 そう言って、銀華はリビングから出ていった。

 ひとまずこれでいいか。大事にこしたことはない。

 

 けど、さっき言ったことといい。

 もしかして、銀華も早めに夕飯の準備しようと考えていたのだろうか。

 その為にリビングに降りて来たのはいいけど、熱でぐったりしてしまったと。

 いつからあんな熱出していたのかまでは分からないけど、俺もリビングに降りてこなかったら、ずっとぐったりしたままかもしれなかった。

 そう思うと怖いな。朝釘は刺されたけども、もっと気にかけてやるべきだった……。

 

 

 あの後、母さん達に銀華のことは知らせた。

 

『分かった。お母さん達、今日も遅くなるから銀華ちゃんの看病しっかりしなさい』

 

『し~ちゃんの看病よろしくね。健太君も体には気を付けて』

 

 とまあ、いつもの調子。

 熱が高いとはいえ、ひどい病気でもないんだ。

 家に銀華一人でいるわけじゃないから、親の反応なんてこんなものだろ。

 

 にしてもだ。

 

「看病か……」

 

 何をしたらいいんだろう。

 そりゃ昔、何度か銀華の看病はしたことあるけど。

 とりあえず、様子を見に行くぐらいはするべきか。夜ご飯のこともある。

 

「銀華?」

 

 部屋の前まで来て、ノックしてから声をかける。

 

「……」

 

 返事は返ってこない。

 寝ているのだろうか。勝手に入るのは流石によくないだろう。というか、気が引ける。まあ、何度も勝手に入ったことはあるがあれは事情が事情な上に寝ている銀華を部屋に戻す為だったわけで……。

 

「健太?」

 

 一人であれこれ考えていると銀華が部屋から顔を出していた。

 寝起きだろうか。パジャマを着ていて、髪型は夜寝る時にする二つ結びだ。

 

「悪い……起こしたか」

 

「ううん、大丈夫。何かあった……?」

 

「ちょっと様子を見に」

 

「そう……とりあえず、入って……」

 

 言われて、中に入る。

 長いするのはよくないな。最後見た時とあまり顔色が変わってない。

 熱もそんなに下がってないだろう。

 

 中に入ると自分はベットに腰かけるつもりなのか。銀華が俺の為に部屋の椅子をベットの前へと動かさそうとしてくれた。

 

「いいって立ってるから。それより銀華は横になってろ」

 

「……でも……分かった」

 

 銀華がベットに入って布団をかぶる。

 

「一応母さん達には連絡入れておいた。遅くなるって」

 

「そう……」

 

「それで体調のほうはどうだ? 吐き気とかあったりしてないか?」

 

「まだ熱は下がってないかも。身体がダルい以外は平気。吐き気はない」

 

「そうか……解熱剤とか熱さまシートぐらい持ってくるべきだったな」

 

 看病しろと言われていて様子見に来たのに手ぶらはなかった。

 銀華の熱が高いのを知っているなら尚更。

 もっと気にかけてやるべきだったと思った矢先にこれとは気の効かない。

 

「気を使わなくて大丈夫。一晩寝たら熱も下がると思うから、看病もいい。ただでさえこんなに迷惑かけてるのに」

 

「それこそ気を使をなくて大丈夫。体調崩してるわけなんだしさ、こんなときぐらい、な。それにほら、昔はどっちかが風邪ひいたりすると看病しあっていただろ? 今更だ」

 

 しまった。

 言った後にそう思った。

 俺のほうから昔の話を持ち出すなんて、それこそ今更だ。バツが悪い。

 それにこれじゃあ、返って銀華に気を使わせてしまう。言うにしても、もっと別のことを言えばよかった。

 

「分かった……お言葉に甘えてもいい……?」

 

 それは救いの一言だった。

 

「お、おうっ……! 何かしてほしいことがあれば、どんなことでも言ってくれ。今何か食べたいなら、おかゆでも作ってこようか」

 

「ごはんはいい。何かぬるい飲み物と熱さまシート欲しい。冷蔵庫のお茶レンジでちょっと温めてくれるだけでいい。熱さまシートは冷蔵庫の一番上の段の右側にあるから」

 

「わ、分かった。すぐ取ってくるっ」

 

「ふふっ、ゆっくりでいいから」

 

 急ぎ気味で部屋を出る後で銀華が笑ったのが分かった。

 そりゃそうか。これじゃあ、親に手伝うことを貰って喜ぶ小さな子供みたいだ。

 それに結局、銀華に気を使わせてしまったけど、それでも体調を崩した銀華の為に何かできるのはよかった。

 一階のリビングで冷たいお茶をぬるくなる様にレンジで温めると、熱さまシートと一緒に銀華へ届けた。

 

「ありがとう。ん……」

 

 お茶を飲んで一息つく銀華。

 忘れないようにこれも渡す。

 

「後ほら、熱さまシート」

 

「ん……ありがとう。よい、しょ」

 

 ベットの脇にあるサイドテーブルにお茶を置くと受け取った熱さまシートのビニールを剥がす。

 

「ふぅ……冷たい」

 

 額に熱さまシートを張った銀華は気持ちよさそうに顔をしている。

 水分も取って熱さまシートを張ったからこれで熱も下がっていくだろう。

 

「そろそろ戻るわ。また、何かあれば言ってくれ」

 

「うん……ありがとう。ちゃんと治す」

 

「そうしてくれ。お大事に」

 

 銀華の部屋を後にする。

 まだ何かしたい欲があるけども、これ以上は迷惑になる。

 今はこれのぐらいが充分だろう。

 



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第七話 幼馴染なアイツは熱の夢を見ながらもやってくる

「よっこらせ……」

 

 親父臭いことを言いながらベッドに入って布団をかぶる。

 結局あの後、銀華に呼ばれることはなかった。

 帰ってきた母さん達によれば、ぐっすり眠っていたとのこと。

 この調子なら全快は兎も角、朝にはもう熱は確実に下がっているな。

 これで安心して寝られる。

 

「け~んちゃ~ん」

 

 扉が開いたのと同時に声が聞こえた。

 銀華だ。それも寝ている方の。

 

「なんで来たんだよ」

 

 思わず、そうボヤキながら部屋の電気をつける。

 てっきり今夜は来ないものだと思っていた。

 銀華が寝てから何時間も経っていて、熱もあったわけだし。

 

 ぼやいたのが聞こえたらしい。

 部屋の明かりを眩しそうにしながら、銀華は拗ねた顔をしている。

 

「なんでそんなこというん?」

 

「お前、熱出してるだろ。覚えてないかもしれないけど」

 

「おぼえとぉもん。ねつならさがったとうよ。ほら~」

 

 額の髪の毛を手で上げるとそのまま顔を突き出してくる。

 額に手でも当てて熱を測れと言わんばかり。

 確かに熱は下がったんだろう。顔色もよくなったように見える。けど、まだダルそうにも見える。

 

「分かった分かった」

 

「はかってよ~ぶーぶー」

 

「熱は下がっても安静にしてろって。大事に越したことはないんだからさ」

 

「わかっとぉけど~……あせがきもちわるい~」

 

「ああ……なるほど?」

 

 沢山寝て熱を下げるために寝汗をかいたら体が気持ち悪くて寝るに寝れなくなった。みたいな感じだろうか。

 だから、代わりと言ったらいいのか眠った銀華が起きてきたと。

 

「いや、何しに来たんだよ」

 

「おふろはいりた~い! いっしょにはいろ~」

 

「一緒は無理だ。というか、危ないから一人でも入るなよ」

 

 一緒になんてもっとのほか。論外だ。

 一人で入るとしても危なっかしくてさせられない。

 シャワーでも浴びれば目は覚めるかもしれないが、その前に扱けでもしたら一大事だ。

 まあ、

 

「ぶーぶーじゃあ~せめてあせふきたい~」

 

「まあ、それぐらいなら……濡れタオル取ってくるわ」

 

「わーい!」

 

 ということでリビングから作った濡れタオルを持って部屋に戻った。

 

「ほ、ら……」

 

 部屋に入るなり、固まってしまった。

 

「おまっ……!」

 

「あ、けんちゃん、おかえり~」

 

「なんで服脱いでるんだよっ」

 

 ベッドの上で座る銀華は上の服を脱いでいる。

 正確に言うのなら、パジャマの前を開けているだけで脱いでないけど。

 それでも銀華は今こっちを向いていて、開いたボタンの隙間から肌が見えている。

 

「だって、あせふくならふくぬいだほうがええやろ~?」

 

 もっともらしいことを言う。

 銀華はパジャマを着ていて、体を拭く為には脱がないといけないのは確かだ。

 だからって、ここで脱ぐ必要はないだろ。

 

「せなかもひとりでできひんし。ってかけんちゃん、なにしとるん。はよきて~」

 

「ぐッ……」

 

 覚悟を決めるしか。

 平行線のままだと、銀華はずっと服を脱いだまま。

 下がった熱がまた上がるかもしれない。

 

「しかたねぇな」

 

 そう言ってベッドの上に上がって銀華の背中の方へと座った。

 

「じゃあ、拭くから」

 

「うんっ」

 

 返事をして銀華は羽織っていたパジャマの上を脱ぐ。

 案の定、何もつけてない。生まれたままの姿。

 白い透き通るような肌。今実際に見てるからか変に意識してしまう。

 今こうして会話が成立とはいえ、銀華は寝ている。何だかいけないことをしているみたいだ。

 兎も角、今は汗拭くことに集中だ。雑念を振り払うように汗を拭い始めた。

 

「んふっ、ふふふっ」

 

 突然、銀華が笑い出した。

 一旦、手を止める。

 

「ど、どうかしたか?」

 

「くすぐった~い。そんなえんりょせんでもええのに~」

 

「そりゃ遠慮もするだろ。こんなのこと」

 

「そう~? むかしどっちかがかぜひいたりするとかんびょうしあったやろ~そんときにからだふいたりしよったやん。いまさらやろ」

 

「お前な……」

 

「にへへ~」

 

 楽しそうに笑いやがって。

 俺が言ったこと、真似やがって。

 確かに看病の時、今みたいに汗を拭いたりしたことは普通にある。

 けど、それは昔の話だろ。今、お互い成長した。

 というかこれじゃあ、俺だけが意識してるみたいで嫌だ。

 

「それにけんちゃんのことしんじとぉし、すきやからなんもえんりょせんでええよ」

 

「本当お前な……」

 

 こんな状況で言われても素直に喜べない。銀華は寝ているわけだし。戸惑い半分といったところ。

 それでもまあ、振り向き様に笑顔でそう言われると嬉しさ半分。俺はなんて単純なんだろう。

 いろいろと気にしてるのが馬鹿らしくなってくる。

 

「とりあえず、拭くからな」

 

「は~い」

 

 気を取り直して拭いていく。

 今度はくすぐったさから笑うようなことはなかった。

 代わりに静けさがやってきた。

 おかげで背中を拭くのに集中できたが。

 

「ぅ……んん~……」

 

「おい、銀華」

 

「あ……ごめ~ん。気持ちよくて~」

 

 うとうと舟を漕いでいた銀華に声をかけるとハッとしていた。

 まったく……ここで本気寝されていたら一大事だった。

 

「背中、拭き終わったから前とか届くところは自分で拭けよ。俺は部屋の外で待ってるから」

 

「おって~ひとりこわい」

 

「さっき、ひとりでいただろ」

 

「いてくれなきゃ、そっちむく」

 

「おいっ」

 

 なんて凶悪な脅迫だ。

 最強の一手切ってきやがった。

 身を削りすぎだろ。

 

「分かった。分かったから早く拭け。本気で風邪引くぞ」

 

「は~い」

 

 幼い子を相手してる気分だ。

 実際、今の精神年齢低いだろうけど。

 それに俺が見なければいい話だ。

 

「ん~しょ~……ん~しょ~」

 

 のろのろと銀華が気になるところを拭いていく。

 それが目を反らしていても気配で分かった。

 器用というか何と言うか。ことある度に思うけど寝ていてもできるもんだな、こういうのは。体が覚えているみたいな感じなんだろうか。

 それにやっぱり、部屋の外に出ていくべきだったと今更になって思う。

 

「ん……ふっ……」

 

 もちろん今も尚、目どころか体ごと後ろを向き。

 銀華とは背中合わせだから、不慮の事故はないだろう。

 けど見えない分、部屋が静かなこともあってつい意識してしまうものがある。

 

「んっ……はぁ、っ……ん」

 

 それが銀華の息遣いだった。やけにクリアに聞こえて、耳から離れない。背中を拭いていた時よりも、いけないことをしている気分に陥る。

 

「おわったよ~」

 

 背中からその言葉が投げられた。

 これでようやく安心……するのはまだ早い。

 念押しは忘れてはいけない。

 

「服はちゃんと来たか?」

 

「きとぉよ~しんようして~」

 

 信用ならないが服を着た音は聞こえてきた。

 いつまでもこうしてはいられない。そろそろ部屋に帰さないと。

 渋々振り向く。そして、襲ってくる後悔。

 

「おまっ! 服っ!」

 

「な~に? きとぉやん」

 

 確かに着てるが着てないに等しい。

 何せ、パジャマの前。ボタンが上から下まで全部開いて、前が止まってない。

 本当に信用ならない。

 

「早く締めろっ」

 

 言って、振り向いて視線をそらそうとした。

 けれど、叶わない。腕を掴まれたから。

 力強いわけじゃない。本当に掴まれただけ。振りほどこうと思えば、振りほどけるはず。腕だけ残して体は振り向けばいい。なのに動けない。捕らえられている。

 

「これで最後だから」

 

「……っ」

 

 どっちの銀華が言った言葉なんだろう。

 今銀華は寝ているのだから寝ている銀華が言ったんだろうけど、普段の銀華が言っている様な気がした。

 それにこれで最後だからって……そんなことは言うなよ。それを伝えるが、一番いいのだろうけど、声に出来てない。

 

「仕方ねぇな」

 

 言えたのはそんなぶっきらぼうな言葉。

 仕方ない、俺って奴は。

 

「……」

 

「……」

 

 ボタンに手をかけると一つ一つ締めていく。

 すると、銀華は腕を掴んでいたのを離して大人しくなった。

 おかげで、スムーズに下まで止めきることができた。

 

「ほら、できた。これで――」

 

「けんちゃん」

 

 その声と共に俺の頭を抱えるように銀華に抱きしめられた。

 

「お、おいっ! 寝ぼ、けて……」

 

 寝ぼけているのかと思ったがそうではないらしい。

 なら一体……。

 

「ごめんなさい」

 

 ぽつりと聞こえてきたのは謝罪。

 戸惑うことしかできなかった。

 

「な、なんで謝るんだよ」

 

「だって今日ずっと、けんちゃん。機嫌悪そうにしとったから、一緒に帰った時とか……」

 

「そんなは……」

 

 ない、とは言いきれなかった。

 天気予報が外れて雨が降って来たこと。傘がなかったこと。銀華と一緒に帰ることになったのはいものの、車に水溜まりの水をひっかけられたこと。

 いくつものことが重なって不機嫌になったのかもしれない。それで銀華に気を遣わせることになってしまった。

 

「だから、せめて夜ご飯ぐらいは私が作ろう思ったのに……いざ作ろうとしらそれどころやなくなって」

 

 ああ、それで。

 それでリビングでぐったりしていたのか。

 

「結局、私はけんちゃんに迷惑かけて頼ってばっか……いっつもそう……ごめんなさい……」

 

 またぽつりと聞こえてきた謝罪。

 申し訳なさと悲しみに満ちた銀華の声。

 聞いていると胸が締め付けられる。銀華にそんなことは言ってほしくない。言わせたくはない。

 でも、言わせたのは俺だ。銀華に気を病ませてしまった。だから、今こそ伝えなくちゃいけないことがある。

 

「そんなこと言うな、銀華。謝らなくていいんだよ」

 

「けん、ちゃん……」

 

 喉で留まりそうな言葉を何とか送り出す。

 

「迷惑なんて思ってない。俺達は……幼馴染だろ。いいんだよ、迷惑かけて。今は一緒に住んでる家族でもあるわけだしさ。頼りぱなしってのも頼られないよりかは全然いい」

 

 場当たりな言い方だと自覚はある。

 言いたいことの意味としては合っていても、もっと別のいい方があった気がする。

 けど、それが分かるわけもなくこんな言い方しかできない。

 

「お前と遊ばなくなって話さなくなった三年間。そして、お前が入院した一年間。退院して、一緒に住むようになって半年。戸惑うことばかりだけど、もう手を振りほどいたりしない。銀華のこと自分で考えて決めていくから」

 

 何を言っているんだろう、俺は。

 意味不明でこんな言い訳みたいで……告白めいたこと。

 青臭いというか幼稚というか。でも、言わずにはいられなかった。

 

「そっか……なら、安心」

 

 安堵の声が頭の上から聞こえてきた。

 と、同時に頭を抱きしめる力が強くなったような気がした。

 しばらく……数秒ほどそのままだったが、銀華は一向に離してくれない。ずっと抱きしめられたまま。

 

「銀華?」

 

 呼びかけても反応がない。もしかして……。

 あることが頭をよぎり、抱きしめている手を解いてみた。すると、すんなりと解ける。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「……電池切れか」

 

 思った通り、銀華は寝ていた。

 俺の頭を抱き枕代わりにして体を支えていたようで、離れると倒れてきたが抱き留める。

 今夜もいろいろあったが銀華の弱音を聞けてよかった。後は全快してくれれば、それだけでいい。

 そんなことを思いながら銀華を部屋に帰し、自分の部屋に戻って寝た。

 



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第八話 幼馴染なアイツは夢を見ているような提案をしてくる

「けんちゃ~ん、暇~宿題なんかせんと遊ぼう~」

 

「何言ってんだ。馬鹿言ってないでさっさとしろよ。明日、水族館行くんだろ?」

 

「そーやけどぉ~」

 

 向かい側でごねる銀華をなだめながら何とか宿題をさせる。

 俺だって本当は宿題なんかしたくない。

 学校から帰って来たのに遊ばず真っ先に宿題をする。普段では考えられない。でも、それもこれも明日水族館に行く為だ。

 

「ちゃんとしないと明日遊びに行けないし、何より母さん達怖いぞ」

 

「うぅ~怖いこと言わんといてや~なんで小学校って宿題あるんやろ~勉強きら~い! 幼稚園のままがよかった~!」

 

 出た。お決まりの台詞。

 まあ、ただをこねているけど手は動かしてるからいいか。

 気持ちは分かるけど言っても何も変わらない。

 

「中学生になったらもっと大変らしいぞ」

 

「にゃー!? けんちゃんのいけず~!」

 

「うっさ、幼稚園のままだったらこうして好きに水族館にも行けないんだぞ」

 

 それだけじゃない。

 幼稚園のままだったら大きく、大人になれない。

 今はお小遣いとお年玉しかないけど、もっと大きくなって父さん達みたいに稼げるようになってお金いっぱいゲットできたら、もっと銀華にいろいろしてあげられる。

 だから、幼稚園のままは嫌だ。

 

 銀華も分かってはいるみたいだけど、納得できないみたい。

 

「分かっとうけど~ほんま、けんちゃんの意地悪~」

 

 そんなこと言われてもな。

 ただ目の前でこんなにしょんぼりされたら困った。

 いい感じに銀華が進めていた宿題の手がすっかり止まってしまったのはよくない。どうしよう、母さん達に怒られるのは嫌だし、明日行けなくなったりしても嫌だ。

 考えを巡らせていると銀華がぽつりと言った。

 

「ん~けんちゃんは勉強できるほうがええの?」

 

「そりゃ……できないよりかはできる方がいいよな。クールじゃん」

 

 クラスに勉強できる奴がいるけど、授業で問題が出た時、当てられたり自分から手を上げて答えをすらすら言う姿はかっこいい。

 ああなりたいと思う。無理だろうけど。

 

「そうなんや……」

 

 納得した様子。

 その点銀華はクールになれる可能性はある。

 宿題、勉強嫌いではあるけど頭と要領はいいから、やる気さえあればいいんだけどな。

 

「まあ何だ。さっさと終わらせて遊ぼうぜ。俺よりも早く終わらせられたらどんなことでも一つだけ言うこと聞いてやるよ」

 

「ほまーに!?」

 

「あ、言っておくけどお金かかるのはダメだからな」

 

「うんっ! よ~し、頑張るぞ~!」

 

 やる気出たみたいだ。

 でも、何言われるかちょっと怖いな……。

 

 

 

 

「あの……これ」

 

 突然、銀華から渡された一冊のノート。

 何だろう、これ。

 夜飯と風呂を済ませ、これから部屋に行こうと二階に上がって来た時のことだった。

 突然、銀華が部屋から出てきて今に至る。

 

「……これは?」

 

「ノート。ほら……そろそろ期末試験だから、その対策ノート」

 

 一学期の期末テストがそろそろある。

 その結果によって、夏休みがきっちりあるかどうかか決まってくる。

 その為にバイトを休みにして今日これから勉強しようとしていたところ。

 だから、対策ノートはありがたい。銀華が作ってくれたものなら確かだろう。しかし。

 

「いいよ、悪い」

 

「迷惑……だったよね……?」

 

「そういうわけじゃないけど……どうしてそれを? 銀華もそれ必要だろう」

 

 銀華の頭の良さなら俺が心配する必要なんていらないだろうが自分が使うものを渡し来てたのならそれを受け取るのは悪いというか何と言うか。

 そもそも渡してくる理由が分からない。試験前だからなのは分かるけど、こんなことは初めてだ。

 

「これは健太用のノート。それで、これはその……この間、看病してもらったお詫びに……」

 

 そんな気はしていた。

 銀華は気にし過ぎなところがある。

 大分前のことだ。気にしなくても……と言っても銀華は気にするか。現に今この通り。

 わざわざ俺用のノートまで作ってくれたみたいだから、ここは受け受け取ろう。気持ちは無下にしたくはない。断れば、迷惑だったんだとショック受けるだろうし。後は現金な話になるけど銀華が作ってくれた対策ノートがあるのなら今回の期末は百人力だ。

 

「そっか……ありがとな。そういうことならありがたく使わせてもらうわ」

 

「う、うん……そうしてもらえると嬉しい」

 

 手渡されたノートを受け取った。

 心なしか嬉しそうにしている銀華が見えた。

 

「じゃあ、部屋に戻る」

 

 このままここにいても仕方ない。

 勉強をしに部屋に戻ろうとする。

 

「ま、待って」

 

「……何だよ」

 

 話が終わったと思ったら呼び止められた。

 上手く話を済ませられたと思ったのがよくなったか。

 正直、立ち話を続けるのは話すようなこともないからしんどい。

 

「ぅ……ごめんなさい。やっぱり、何でも、ない」

 

 俺の気持ちが伝わってしまったのかもしれない。

 伸ばした手を引っ込めるように言うのを銀華はやめた。

 

 悪いことをした。

 ここであえて俺から何かあるのかと聞くべきなのか。

 いや……言いにくくさせといてそれはあんまりだ。閉じた口を割らせるようなそんなことはしたくない。

 

「そうか? まあ、何かあったら気軽に言ってくれ」

 

「うん……そっちも何か分からないところあったらメッセでもいいから言って」

 

 俺の精一杯の言葉に銀華は返事を返してくれた。

 そして、ようやく俺は部屋に戻っていく。

 背の向こう側では銀華が部屋に戻っていく音が聞こえた。

 

 

 

 

 銀華が作ってくれた期末試験対策ノート。

 その内容は言うまでもなく完璧だった。試験科目の授業を分かりやすく且つ簡略にまとめられている。それだけじゃなく分かりやすい解説付き。至れり尽くせりとはこのこと。わざわざ俺の為にここまでしてくれたなんて理由が理由だけど、嬉しい。

 おかげで期末試験の勉強が捗った。

 

「こんな感じにノート作るんだな……昔とは違うな」

 

 昔って言っても小学校低学年の頃。

 それもかなりおぼろげ。昔とは違うのは当たり前のことだけど、ノートのまとめ方といい、昔は丸かった文字が今は綺麗にきっちりとした字といい、疎遠になっていた時間というものを感じた。

 

「女々しい……寝るか」

 

 捗ったのはよかったけど、おかげで日を跨いでしまった。

 勉強の手を止めたから、感じずにいた疲れが押し寄せてきた。

 疲れてると変なことを考えてしまう。例えば今みたいに女々しい事とかを。

 

 明日も学校。テスト前日日。

 早く寝るに限るが、こう言う時に限ってやってくる。

 

「う~……」

 

「本当に来た」

 

 噂をすれば影が差す。

 と言うべきか、本当に銀華が部屋に来た。

 相変わらず、寝ている方の銀華だ。しかし、寝ていてもこういう事に限ってちゃんと聞こえている。

 

「きたらあかんの~?」

 

「いや、アカンやろ。大人しくベットで寝てろよ、って、話を聞け」

 

「ん~?」

 

 聞きたくない話は耳に入らないらしい。

 聞く耳もたず、我が物顔で俺のベットで寝転がってる。

 

「まったく、お前は」

 

「それはこっちのせりふ~けんちゃんからめっせくるのまっとったのに」

 

「メッセ? 何で?」

 

「なんかわからないところあったらいってゆうたのに~!」

 

「ああ……そのことか」

 

 お世辞とかそう言う類のものだと思っていた。

 でも、違っていたと。

 この拗ねた様子を見るに。

 

「まさか、寝るまでメッセ来るの待っていたのか」

 

「うん。せやのにけんちゃん、ぜんぜんめっせくれへんかったもん。いつくるかどきどきしとったのに」

 

「んなこと言われても起きてる時にお前がくれた対策ノートで充分だったからな」

 

 あれだけ分かりやすいノートがあったら聞く必要はない。

 実際、分からないところあってもノートを見れば解決した。

 だから、あの言葉を真に受けていたとしても聞くことはなかっただろう。

 

「わからへんところほんとーになかったの?」

 

「今のところは。あのノートは完璧って言ってていいぐらいの出来だからな」

 

「そんな~」

 

 しょんぼりしたような声を上げながら、銀華は枕に顔を埋める。

 

「私のあほ~! けんちゃんのためにってはりきりすぎ~! けいかくがだいなしや~!」

 

 顔を埋めた銀華は今度じたばたとしだす。

 何か悶えているし、一見自分に言っているみたいだけど一方で誰かに言っているような口ぶり。

 それに計画って……。

 

「け~んちゃ~ん」

 

「何だよ、情けない声出して」

 

「つかれた~もうねよ~」

 

「つかれたって勝手だな。というか、元々寝るところだったんだよ、こっちは」

 

 ぼやきながら寝る準備をして、銀華がいるベッドに入る。

 部屋に帰す云々は今から言い出したら余計疲れそうだからやめておく。

 俺も疲れたからさっさと寝たい。

 

「ねぇ、けんちゃん」

 

 ベットに入って目を閉じていると静かだった銀華が声をかけてきた。

 

「どうした?」

 

「わたしがけんちゃんにべんきょうおしえたり、いっしょにしたらめいわく?」

 

「お前が?」

 

 銀華に勉強を想像つかないな。

 と思ったがすっかり幼い頃の銀華はいる気分だったけど、寝ている方じゃなくて起きている方の銀華になるのか。

 どう言えばいいんだ。

 

「迷惑じゃないけど……」

 

「ほんま!? じゃあ、たのしみにしとって! おやすみ~」

 

「お、おいっ。本当に寝やがった……」

 

 言いたいこと言って満足したようで騒がしかったのが嘘のような寝つきの早さ。

 心地よさそうに寝息を立てるその顔は幸せそのもの。嵐だな、まったく。

 それに楽しみにって……勉強教えてくれるつもりなのか。

 まあ、寝てる銀華が言ったんだ。寝言みたいなもの。真に受けても仕方ない。

 

 

「何だよ……」

 

「……何が」

 

 夕飯を食べていた時のことだった。

 こちらの様子を伺うように銀華がしきりに見てきた。

 間違いや気のせいということはないだろう。今日も今日とて母さん達は夜遅くなるとのことで今、リビングには俺と銀華しかいない。

 銀華で間違いなく、しらを切っているのが何よりもの証拠。

 何事もないふりしていても目が動揺して泳いでいるのが分かる。

 

「何か気になることでもあるみたいだけど、言いたいことあるなら言ってくれ。そんな見られると食いづらい」

 

「うっ……それはその……そうっ、今夜のごはんはどう? それが気になってて……」

 

「美味い。でも、それじゃないだろ」

 

 白状するか迷って、とっさに目についた夕食のことを聞いた。

 そんな感じがありありと伝わってきた。

 言いにくいようなことが気になっていたのか? ご飯粒ついてるとかそういう俺の格好がおかしいのを気にしているとかではなさそうだし。

 

「……」

 

「……」

 

 訪れた沈黙の時。

 こうなったら言い出すまでとことん待ってやる。

 

「……わたし(・・・)に背中押してもらったんだもん。私が勇気出さなきゃ……」

 

 しばらくした後、何やらぽつりと言ってから言い始めた。

 

「あの……ごはん食べた後って時間ある……?」

 

「あるけど……」

 

「じゃあ、健太さえよかったらだけど……一緒に勉強しない……? ほらっ、明日から期末テストだから」

 

 そう言われて昨夜寝る前の時のことを思い出した。

 楽しみにってこの事だったのか。

 寝てる時のことを覚えていた? いやでも、たまたま似たようなことを言ったとも考えられるけど……。

 

「あっ、い、嫌なら大丈夫っ。忘れてくれていいからっ」

 

「嫌じゃないよ。やるか、一緒に勉強」

 

 戸惑いは大きいけど嫌じゃない。

 それに銀華が勇気を出して言ってくれたんだ。

 無下にはできない。

 

「ほ、ほんまに!?」

 

「あ、ああっ」

 

 机に乗り出してくる銀華は嬉しそうだ。

 思わず、方言が出るほど。

 俺は少し呆気に取られながらも頷いた。

 

「場所は……俺の部屋、でいいか」

 

「う、うん」

 

 俺の部屋ということを意識してなのか、銀華が静かに頷く。

 リビングが場所として一番適切かもしれないが、母さん達がいつ帰ってくるか分からない。茶化されたらアレだ。

 正直、起きている銀華を自分から部屋に招くのは何処か気恥ずかしさがあるけども、いろいろな意味で今更だろう。

 

 で夜飯を食べ終え、風呂に入り、準備が整った時。

 約束の時間となった。

 

「お、お邪魔します……」

 

 おずおずと銀華が部屋の中へと入ってくる。

 その姿からは緊張しているのが伝わってくる。

 起きている時にこうやって部屋に来るのはそうあることではないからそれでなんだろう。かくいう俺も緊張ないし、落ち着かない気分だ。

 

「まあ、そこら辺に座ってくれ」

 

「うん……」

 

 ベッドとPCデスクの間に用意した机に着く銀華。

 そして、持ってきたノートや教科書とかを並べていく。その一連の動きをする銀華はまるでロボットみたいにカチコチな動きをしていた。

 俺も同じく机、銀華の前に着く。PCデスクでもいいいいけど、それだと背を向けることになる。向かい合うのは緊張を強めるだけだけど、呼んどいてそれは失礼だろう。

 

「じゃあ、始めるか」

 

「えっと……どれから始める……?」

 

「とりあえずまずは……」

 

 適当な教科を選び、始まった一緒に勉強する時間。

 とは名ばかり。一緒の教科を勉強しているだけで聞くこともなければ、教えられることもない。

 ただ同じ空間でそれぞれの勉強をしているだけ。まあ、それ自体はあると言えばある。山田ともファミレスとかで勉強する時は各々の勉強をする。それでも話しながらの勉強ではある、俺と銀華の間には会話なんてものはない。黙々と自分の勉強をしている。あるのは紙を捲る音、シャーペンが走る音、時計が進む針の音。会話がない分、それらがやけに耳に付く。

 第一、各々で勉強しても今更、勉強するようなこともない。最終確認する程度。

 銀華から貰った対策ノートが優秀過ぎた。

 

「そうだ、対策ノート」

 

「へっ?」

 

「あ、いや……」

 

 声に出してしまい口を紡ぐ。

 不意に沈黙を破ってしまった。どうしよう。これで沈黙を再開させると返って、俺の中の気まずい気持ちが強くなる。

 いや、待てよ。これは沈黙をどうにかするチャンスだ。何より、ノートのお礼を言えてない。ちゃんと伝えないと。

 

「対策ノートなんだけどさ、すごく助かったよ。ありがとな」

 

「そんなお礼だなんて……迷惑にならずにちゃんと役に立てたみたいでよかった。分からなかったところとかない……?」

 

「特には……ない、な。ノート分かりやすかったし、困ったことがあったらノート見れば済んだしよ。それだけ完璧なノートだった」

 

「完璧……そう言ってもらえるなら嬉しい……」

 

 嬉しそうと言いほんのり小さく笑みを浮かべているのに、それでいて何処か残念そうな顔をしている。

 何だか寝る前のことを思い出す。あの時も残念そうにしていた。やっぱり……。

 それにまた会話が途切れるのが分かった。会話なんて無理に続けるものじゃないが、また沈黙が流れるようなことは避けたい。

 だから、無理やりにでも会話を続けることにした。

 

「でも、何だ。銀華がこんな勉強できるなんて。そりゃ中学あそこ通ってたし、いろいろ話は聞いたから知ってるけど本当凄いな。勉強嫌いだったのが懐かしい」

 

「もう、それは小さい頃の話でしょ。それこそ、小学校低学年ぐらいの……でも、ありがとう……いろいろ頑張ったから」

 

「そうだな……だったらテスト、余裕そうだ」

 

「余裕とは言いきれないけど、まあやれることはやったから自信はある。健太は?」

 

「俺は……いつもよりかは点数取れると思う」

 

「そう。頑張ろうお互い」

 

「ああ」

 

 やっぱり、会話は途切れ、沈黙が流れてしまう。

 どうやらこうなるのは避けられないらしい。

 このまま無理やり会話を続けても手を止めるばかりで、銀華の邪魔に慣れかねない。

 やるだけのことはし終ってもテスト前日、もう少しだけ集中しておくか。

 

「あの、ね……」

 

 しかし、今度は銀華から沈黙を破ってきた。

 

「どうした?」

 

「や、大したことじゃないんだけど……昔、私が宿題するの嫌がった時にけんちゃんが自分よりも早く終わらせられたらどんなことでも一つだけ言うこと聞いてやるって言ってくれたことがあったでしょ」

 

「そんなことあったな……」

 

 何となくではあるけど、覚えている。

 勉強嫌いな銀華に勉強や宿題とかをさせる為に昔はあれこれいろいろやった。

 とまた懐かしんでしまった。

 

「それで?」

 

「それでね……期末テストの結果で勝負しない? いい結果出せた方が相手にどんなことでも一つ言うこと聞かせられるって感じで」

 

「それは俺が不利すぎないか」

 

 昔ならともかく、今の銀華とテストで勝負しても結果は目に見えてる。

 勝負する意味ないだろ。

 

「じゃ、じゃあっ、私今回のテスト全教科百点取れなかったらダメでいいからっ」

 

「ほぼ一緒だろ。というか、そんなにしてほしいことがあるならそんなの関係なしに言ってくれれば……」

 

「こうじゃないとダメなのッ」

 

 いつもよりも少し強めにそう銀華は言った。

 ダメ……何がダメなのかはよく分からないが、銀華がここまで言うのならよほどのことなんだろう。

 銀華の妥協案はまったく妥協案には思えないが。

 

「分かったよ。仕方ないな。なら、勝負だ」

 

「うんっ、負けないからっ」

 

「結果は見えてるだろうが、俺だって負けねぇから」

 

 銀華からの売り言葉に買い言葉を返す。

 やるだけのことはやってやる。

 それにまあ、結局銀華が勝ったとしてもそんな変なことを言われないはずだ。

 

 そう言えば、昔はどっちが勝って、どんなお願いだったけか。

 



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