PSO2_epIF バタフライエフェクト (トロイトロール)
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1. あなたともう一度

「ああ、また失敗か」

 既に何度も何度も何度も見た光景に、【仮面】(ペルソナ)はそう呟いた。

「また最初からやり直しだな」

 愛するものを失ったはずの【仮面】の表情は、いっそ薄情とでもいえるような無だった。

 そしてまた【仮面】は時間を遡る。彼女を救うために。

 

 

 

 

 

 しかし、【仮面】にとってもはや時間遡行は惰性で続けているものでしかなかった。何度繰り返しても変えることのできないマトイの深遠化という結末に、とっくに【仮面】の心は擦り切れ、諦めと絶望ともはやその始まりすら定かではない使命感しか残っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 ジリリリリリリと煩く鳴り響くアラームを解除しながら、ペルソナは目を覚ました。人工太陽の光が窓から差し込み、小鳥たちのさえずりが心地よい。

 こんな素晴らしいクソッタレな朝を迎えたペルソナは、不機嫌そうに上体を起こし、その寝ぼけ眼を擦る。

 しばらくぼうっとして、寝ぼけながらも身支度をすませ、顔を洗い、タオルで顔を拭こうとしてふと手を止めた。

 タオルを投げ捨て、鏡で自分の顔を確認すると、いつもの仮面がなかった。出すことすらできない。それどころか、フォトンの質すらダークファルスの物からアークスの物へと変化しているではないか。

「なんなんだこれは…」

 ペルソナは茫然とした顔で呟いた。

「ありえない」

 絶対にありえないと、ペルソナは鏡を凝視して呟く。ダークファルスに堕ちた自分が今さらアークスに戻ることはあり得ないと理解していたために、衝撃は大きかった。鏡の前で、ペルソナは長い時間呆然と立ちすくんでいた。

 

 

 漸く頭が再起動したペルソナは、アークスである方が何かと都合がよいことも多いと思いながら先ほど投げ捨てたタオルを拾って顔を拭く。

 カレンダーを確認すると、バツ印がずらっと並んでいて、その先にはハートマークで囲まれた日があり、初出撃と書かれていた。

「ああ、あの日か。今日があの始まりの日か」

 不快そうに呟き、ペルソナは机の上にあった黒いペンでハートマークに大きなバツを書くと、ゲートエリアへと向かった。

 

 

 

 レギアスの長ったらしい演説の間、ペルソナは装備の確認をした。武器は支給品のソードにユニットはフォトンバリアと頼りない。

「はー、肩の凝るありがたいお言葉だこと。みんな承知の上で来ているってのによ」

 演説が終わり、ニューマンの青年は愚痴を漏らす。

「ん、あぁ、俺はアフィンていうんだ、よろしくな相棒」

「知っている」

 青年が自己紹介をすると、ペルソナはそっけなく返した。

「そっか。ならせっかく同じ組になったんだ、仲良くしていこうぜ」

「ああ」

 アフィンが手を差し出すと、ペルソナもその手を取り握手をした。余計な波風は立てないに越したことはないかとペルソナは考えていた。

 久々に握った人の手は、暖かかった。

「それにしたって、さっきの長話は随分ときれいごとしか言わないんだな。嘘とまでは言わないけどよ」

「当然だ。ぺーぺーは汚い話を知る必要もない」

「なんだ相棒、まるで見てきたような言い方だな」

「まさか。ただ組織なんだから暗い部分のひとつやふたつあるだろう」

「それもそうだな」

 そう二人が軽口をたたいていると、オペレーターのブリギッタから出撃命令が下された。

「お、準備ができたみたいだな。初陣らしく、ぬるーい地域みたいだぜ?まあ気楽に行こうな」

「油断するな。何が起きても不思議じゃない」

「はいはい」

 言葉を交わしながら二人は戦場の入り口に足を踏み入れた。

 

 

 

「火力が足りないな」

「火力って、俺たち初めてなんだしこれくらいがちょうどよくないか?」

「いや、足りない」

 道中で襲ってくるウーダンをソードで躊躇なく切り殺し、後ろから飛び掛かるガルフルをアフィンが撃ち落とすとペルソナがソードで急所を貫くといったことを平然とするものだから、アフィンは顔を引きつらせながらペルソナを見ていた。

「それにしても、相棒は容赦ないよな。俺なんか原生種を撃つのにまだ抵抗があるってのにさ」

「嫌でも慣れる。何回も繰り返していればそのうち何も感じなくなってくるものだ」

「うへぇ」

 今もザウーダンの腹に突き刺したソードを引っこ抜きながら、刀身についた血を払うペルソナ。

 想像よりも血生臭い現場ですこしげんなりしたアフィンは、気を紛らわすために雑談をし始めていた。

「そういえば相棒はなんでアークスになったんだ?俺は人を探すためなんだけどさ」

「そうだな…私は」

 そこまでペルソナが言ったところで、急に警報音が鳴りだした。

『管制より、アークス各員へ緊急連絡!惑星ナベリウスにてコードD発令、ダーカーが出現する恐れがあります!繰り返します。惑星ナベリウスにて空間浸食を観測、ダーカーが出現します』

 オペレーターが鋭い声で注意を促す。そして、不吉なフォトンがあたりに広がり始めた。

「おい、相棒!あれ!」

 アフィンが指さした方向から、黒い虫のような物体が現れた。

 それだけではなく、あちこちからダーカーが湧く。ダーカーの中でもダカンと呼ばれる種類のエネミーだった。

「雑魚ばかりだ。いくぞ」

「ちょっと待てって、ああもうどうにでもなれ!」

 ペルソナがギルティブレイクで群れの中に突っ込み、サクリファスバイト零式でまとめて3体のダカンを切り捨てた。

 ダカンが後ろから鋭い足を振り下ろす。それをソードでジャストガードし、ダカンがひるんだ隙にアフィンがワンポイントで撃ち抜く。アフィンの横から襲い掛かるダカンをペルソナがソニックアロウで蹴散らす。アフィンはダカンの攻撃をローリングでよけると、ロールシュートで反撃。ペルソナが鋭く懐に踏み込み、それを蹴り殺した。

「相棒、随分と戦いなれているみたいだな」

「そっちこそ、初めてにしては上出来だな」

 互いに背を向けて全方向を警戒する二人。

 個々では埒が明かないと悟ったのか、全方向から一斉にダカンが飛び掛かる。ロール!とペルソナが叫ぶとアフィンはロールして躱し、ペルソナは大きく体を捻って思いっきりソードをぶん回した。ペルソナのノヴァストライクによって、ダカンは次々とミンチになっていく。その途中でパキリと、何かが割れる音がした。そして最後の一匹に当たるとき、ソードの刀身は粉々に砕け散る。そうしてダカンの群れを殲滅したことで集中の糸がぷつりと切れてしまい、二人はそのばにへたり込んだ。

 

 

 

 二人は暫く休憩し、乱れた息を整えて、あたりを警戒していた。

「チッ、粗悪品め」

「相棒の使い方が悪いだけだっての」

 ペルソナが悪態を尽きながら残ったソードの残骸を投げ捨て、アフィンがそんなペルソナにツッコむ。

「どうするんだよ相棒。武器無くなっちまったじゃねえか」

「どうとでもなる。最悪殴り殺せばいい」

 そういいながら、ペルソナはどうしたものかと思案する。

 いままではコートDシリーズをいつでも呼び出せたために、武器に困ることはなかった。しかし今も呼び出せるとは限らない。

 それでも試してみる価値はあるかと、フォトンを集めいつものように具現化させようとする。だがなかなか現れないどころか、かき集めたフォトンが禍々しく輝き始めた。

「おいおい相棒、何しようとしてるのか分からないけどそれはまずいだろ!」

 アフィンが焦ったように言うが、ペルソナは止めない。そしてそのフォトンは一つのダブルセイバーを形どった。深遠斬レスレクシオンという名前がペルソナの頭に浮かび、それがこの武器の名前だとペルソナは理解した。そのダブルセイバーを手に取った時、ペルソナの中に諦めと絶望があふれ出す。もはや彼女を救えない。そんな思いに屈してしまいそうになり、思わず膝を尽き、冷や汗が噴き出す。それでもペルソナは、何を今更と冷笑してその思いを切って捨て立ち上がった。

「おい相棒、大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

 そういうペルソナの表情は、不快感を隠そうともせずどこか怒りを感じさせるような表情を浮かべていた。

 レスレクシオンを一振りし、感触を確かめると、ペルソナは歩き出す。アフィンはそんなペルソナの背中を追って歩き出すのだった。




とりあえず作ってみたのであとあと大幅な加筆修正を加える予定です。


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2.

 レスレクシオンを構え、常に警戒しながら歩くペルソナと、緊張した様子であたりに銃を向けながら進むアフィン。先ほどの休憩から何度かダーカーの襲撃を受け、なかなか休む暇もない。そんな二人の後ろからおーい、と声がかけられた。

 アフィンがびくりとして思わずそちらに銃を向け、ペルソナが振り向くと、赤い戦闘服を着たアークスが立っていた。

「なんだアークスか…脅かさないでくださいよ」

「いや悪い悪い。俺はゼノって言うんだ。お前さんたちは大丈夫か?」

「なんとか生きてますよ。自分はアフィンです。こっちは相棒のペルソナっていいます」

「そうか、よろしくな。まあ生きているだけでも上出来だ。いきなりこんな状況になって新人じゃ辛いだろうしな」

「ところで帰還はまだできないんですか?」

「いまエコーに頼んで手配をしてもらってるが、しばらくは無理だろうな」

 ゼノとアフィンが言葉を交わす。アフィンは一刻も早く脱出したかったため、ゼノの返事に少し残念そうにした。

 一方ペルソナはあたりに注意を払っていた。というのも、この後聞き逃してはならない重要な声が聞こえるからだ。マトイが助けを呼ぶ声と【仮面】がマトイを探す声。これらはすべての始まりとしてペルソナの中に未だに印象深く残っている。そして、ペルソナが待っていた言葉が頭の中に響いた。

(助けて)

(どこだ)

「話の途中で悪いが、どうやら要救助者がいるようだ」

 ペルソナがマトイの声の聞こえた方向を指さして二人に伝える。

「マジか、相棒」

「ああ。助けるなら急いだほうがいい」

「ならお前さんたちはここに残って…いや、ばらけるよりは一緒にいた方がいいか、なるべく俺から離れずについてこいよ!」

 そうして、3人は飛び出すようにそちらへと駆け出した。

 

 

 

 走って着いた先には、アークスが着るような白い服装を身に着けた少女が倒れていた。彼女がマトイである。

 ペルソナが急いで容態を確認すると、目立った傷はなく、生命活動にも問題はないようだった。

「特に命にかかわるようなことにはなっていないな」

「よ、よかったぁ」

「ならエコーを待とう。あいつにこの子の面倒を見てもらうのがいいだろうからな」

 ゼノの提案に二人も頷き、3人はゼノの相棒を待つことにした。

 そしてしばらくすると、ゼノと同じ色の戦闘服を着た女性、先ほどちらっと話に出たエコーが遅れて3人に追いついた。

「つ、疲れた」

「お疲れさんエコー」

「いきなり人の救助に向かうなんて連絡が来るからびっくりしちゃったじゃない」

「すまん、けど急ぐ必要があったんだ」

「それで、この子がそうなの?」

「ああ、そうだ。エコーに念のためこの子の容態をを見てもらいたかったんだ」

「分かったわ、任せなさいな」

 エコーがマトイに近づき、念のためレスタをかけ体力を回復させていく。

「もう大丈夫みたいね。ああそれと、助けはしばらくしたらくるみたいよ」

「分かった、ありがとうな」

「どういたしまして」

 慣れた様子で会話をするふたりの横では、アフィンがあたりを警戒し、ペルソナが悲痛な表情でその少女を見つめていた。

「どうしたんだ相棒?その子と前になにかあったのか?」

 そんなペルソナが気になったアフィンは、周囲に気を配りながらそう尋ねた。

「いや、何もない」

 彼女とはなにもないんだ、とペルソナは何事もないようにそう返した。

 なにか触れられたくないという気持ちを感じ取ったアフィンはそれ以上何も聞かなかった。

 

 

 

 

 ダーカーもしばらく現れず、少しばかり緊張が和らいでいたその時。ふと気配を感じ、ペルソナがそちらに顔を向けた。

 つられて他もそちらを見ると、仮面をつけた黒いアークスのような人物が立っていた。

「お前は……」

 くぐもった声でそう呟くと、背負っていた大剣を構え、殺すと呟いて走り出す。

「ッ!皆下がれ!」

 ゼノが叫び、ソードを構える。仮面の人とゼノの剣がぶつかり、つばぜり合いになった。しかしギリギリとゼノは押し込まれていく。

 その横からペルソナがレスレクシオンを突き出す。仮面はゼノの剣を跳ね上げ、後ろに飛んで躱した。

「助かったけど無理はするなよ」

「分かっている」

 仮面の人は舌打ちをし、ペルソナに襲い掛かる。ペルソナは仮面の剣を受け止る。真正面からにらみ合う形となり、お互いの顔がよく見えた。

「なかなかいい目をしている。私よりもずっといい。覚悟の決まった目だ」

 怪訝な顔をして一瞬気がそれた仮面を突き飛ばし、ペルソナは後ろに下がる。

「なんの話だ貴様」

「さて、何だろうか」

 お互いに警戒しあい、一歩も動けない。そんな膠着した状況は、仮面の上から人が降ってくることで終わった。

 仮面は転がって難なく回避するが、いまだにペルソナから目を離さなかった。

「なんだなんだ、甘ちゃんのゼノにうまそうなやつが2匹もいやがって面白そうじゃねえか。俺も混ぜろよ」

「ゲッテムハルト……!」

「おいシーナァ!こいつらはどこのどいつだ?とっとと調べろ!」

「はい」

 シーナと呼ばれた少女は空中のホログラムキーボードに指を滑らせ、ペルソナと仮面の人のデータを検索する。しかし、仮面のデータはどこにもなかった。

「ゲッテムハルト様、そちらの方のデータがどこにもありません」

「なに?おいお前、お前は誰だ?」

 仮面はそれには答えない。そしてペルソナをひと睨みすると撤退した。

「ちっ逃げたか。あーやめだやめ、しらけちまった」

「次から次へとなんなんだあ!?」

 ゲッテムハルトは先ほどまでの雰囲気が霧散し、アフィンはめまぐるしく変わる状況についていけていない。

「おいそこのお前」

 ゲッテムハルトがペルソナとアフィンの方を向いて呼びかける。

「はいぃ!」

 ゲッテムハルトの厳つい顔と剣呑な雰囲気に呑まれたアフィンは情けない返事をした。

「お前じゃねえ、隅っこでガタガタ震えてろ!そっちのお前だ」

 そんなアフィンに嫌悪感を出しながら、ゲッテムハルトはペルソナを呼びつける。

「なんだ?」

 ペルソナは面倒そうに返した。

「お前、あいつと何か話していたよな?あいつは誰だ?ナニモンだ?」

「昔の知り合いに似ていたが知らないやつだ。あいつとは初対面だよ」

 ゲッテムハルトの問いかけに、ペルソナはしらを切る。

「本当か?嘘をついても得にはならないぜ?」

「知らないものは知らない」

 しばらく互いににらみ合っていたが、一向に話す気配のないペルソナにゲッテムハルトはつまらなそうにフンと鼻を鳴らし、不愉快そうにすると、今度はゼノの方を向く。

「よお、相変わらず甘ちゃんやってるみてえじゃねえか。弱い者同士で傷の舐めあいをして楽しいか?」

「ゲッテムハルトテメェ!」

「やめなさいゼノ!」

 ゲッテムハルトがゼノを煽り、ゼノが怒り、エコーがそれを止める。

 そんな光景を見て、ゲッテムハルトはお前にお似合いの光景だなと更に煽り、激昂したゼノを止めるのに今度はペルソナも加わるはめになった。

 ゲッテムハルトはそれを一瞥し、ある程度留飲をさげたのか、「おいシーナァ!とっとと帰るぞ、グズグズするな」と言い帰還していった。

「それでは失礼いたします」

 そう言ってシーナもゲッテムハルトの後を追うように帰還した。

 

 

「クソッ!ゲッテムハルトのやつ!」

「やめなさいってゼノ、後輩たちが見てるのよ!」

 ゲッテムハルトに詰られ、気分がささくれ立っているゼノをエコーが諫めると、ゼノはペルソナとアフィンを見てすまんと一言謝った。

「その、先輩はあの人と何かあったんですか?」

「昔ちょっとな」

 苦虫を噛み潰したような顔をしてゼノがそう呟く。

 アフィンは地雷を踏んだことに対してなんかすみませんと謝ると、それ以上は聞こうとしなかった。ゼノは気を遣わせたことに悪いともう一度謝ると、黙り込んでしまった。

「ほら、そんなに暗い顔しないの。もうすぐ救助が来るから一度帰還しましょ」

「そう、だな。よしお前ら、帰還の準備を済ませておけよ。忘れ物はないな?」

 そんなゼノを見かねたエコーの出した明るい声に乗っかる形で、ゼノも雰囲気を無理やり変えると、アフィンとペルソナに帰還の準備を促した。

「俺は大丈夫です」

「私もいつでも帰還できる、問題ない」

 二人はすぐにでも帰還できるようだ。その二人の返事に応えるように、上空にはキャンプシップが到着していた。

 

 

 

「それじゃあ何かあったらまた頼ってくれ。これも何かの縁だ」

「はい、先輩、ありがとうございました!」

「じゃあまたね」

「またの機会に」

 キャンプシップでアークスシップに戻り、ロビーに到着すると、4人はそのまま別れた。

「はあ、なんだか今日は疲れたな、相棒」

「初日からこれとは先が思いやられるな」

「流石に毎日こうなるとは思わないけど、これからどうなるんだろうな。俺たちの修了試験の扱いも気になるし」

「それは問題なく合格するだろう。あれだけのダーカー相手に生き残ったならな」

「だといいけど。まあとにかく今日はもう休むわ。じゃあまたな、相棒!」

「ああ」

 そういって、ペルソナはアフィンとも別れた。

 アフィンは休むといっていたが、ペルソナはそうはいかない。この後、二つのことをこなさなければならないからだ。保護した少女、マトイの件と、シオンに会うこと。この二つは重要な案件であるので、ペルソナはよしと改めて気合を入れてまずはマトイに会いに行くのだった。

 




遅くなり申し訳ありませんでした。
投稿後、ミスを発見したため修正しました。


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「もしもし、ペルソナさんですか?」

 医療施設に向かって移動していたペルソナに、若い女性の声で通信が入った。

 ああ、とペルソナが答えると、通信の向こう側の彼女はメディカルセンター看護官のフィリアと名乗った。

 続けて話を聞いてみると、先ほどナベリウスで保護した少女、マトイが目を覚ましたと言う。

「ですが、あの……、実はあなたの名前を口にしてから、後は一度も話さないんです。それなので、メディカルセンターに一度来ていただけますか?」

 フィリアはご迷惑をおかけしますと申し訳なさそうにする。

「いやいや、そちらが謝る必要はない。此方も今丁度そちらへ伺おうとしていたところだ。なるべく早く着くようにする」

「それはありがたいです。でもそんなに急ぐ必要もないですよ」

「了解した」

 通信が切れると、ペルソナは逸る気持ちを抑えつつも足早にセンターへと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしていました」

 通信相手だったフィリアが、センターの前でペルソナを待っていた。

「それで、彼女の容態はどのような感じだろうか」

「特に目立った外傷もなく、良好ですよ。ですがほとんどしゃべることも無くて……」

 話しながら、フィリアはペルソナを少女の病室に案内した。

 フィリアが病室の部屋をノックし、入りますよと一声掛け、スライド式のドアが開く。

 部屋に入ると、彼女はゆったりとベッドから起き上がり、ペルソナを見ていた。

 長いようで短い間、ペルソナとマトイが互いを見ていると、不意にマトイの口が動き出す。

「……ペルソナ…」

 ぽつりと、自然と彼女の口からこぼれ出た。

「……」

 しかし、その後に何か言うことはない。

「ずっとこんな感じですね。あなたは彼女に名前を教えたんですか?」

 そんなフィリアの質問に、ペルソナは首を横に振った。

「いいや、私はこの子の前で一度も名前を言ったことはない」

 ペルソナの回答に、フィリアが驚く。

「それじゃああの子はなぜ……」

 フィリアはそう呟く。

「頭の中に聞こえてきた」

 すると、フィリアの疑問に少女がそう答えるように言った。彼女がペルソナの名前を憶えているのは【若人】の件が原因だったな、とペルソナの脳裏には10年前に引き起こされた【若人】襲来とその一連の流れが思い起こされる。ペルソナにとっては何度も経験している事象だが、ひどく懐かしく感じた。

「私はマトイ」

 マトイが自分の名前を告げる。

 その名前と今までの情報をもとにフィリアがアークスのデータベースを調べた。しかし、該当するデータは0だった。

「データベースには関連情報はいっさいなし。何処かの星の原生民?でも生体パターンはアークスみたいだったのに…」

 フィリアが一通り調べ終わり、推測を口にする。

「ねぇ、マトイちゃん。あなた、どこから来たのかしら?どうしてあの星にいたの?」

 フィリアが優しく問いかける。しかし、マトイは怯えた様子でペルソナの後ろに隠れてしまった。

「あ、ああっと、怖がらせちゃった?ごめんなさい、他意はないの」

 フィリアが柔らかい声で言う。大丈夫だと、ペルソナがマトイの肩をポンポンと叩いて落ち着かせると、しばらくしてマトイも少し警戒心が和らいだのかおそるおそるペルソナの後ろから顔を出した。

「ペルソナさんに懐いてる感じ、まるで刷り込みみたいですね。あなたは何か彼女に心当たりがありますか?」

「いいや、なにもないな」

 この時間軸では、まだ彼女と私はなにもない、とペルソナは内心で呟く。

「ふうむ……知己でもないとなると分からないことが多いですね。ですが放ってはおけません」

 ペルソナさんはアークスとしての活動がありますからずっとここにはいられませんし、とフィリアは言うと、マトイの世話を引き受けさせてくれないかという提案をペルソナにした。

「ああ、お願いする」

「何かあったらすぐに連絡しますね」

 マトイもそれでいいかな、とペルソナが聞くと、マトイはしばらくフィリアのことをじっと見て、ペルソナの顔を再び見るとこくりと頷いた。

 マトイのことをよろしく頼むよ、とペルソナがフィリアに対して軽く一礼し、ペルソナが去ろうとすると、後ろからマトイに呼び止められた。

「なんだか怖い感じがするの……気を付けてね」

「ああ、心配してくれてありがとう」

 でも大丈夫だと言って、ペルソナはセンターを後にした。

 マトイにこうして心配されるのも何時ぶりだろうかと、万感の思いを抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたを待っていた」

 商業区画にある噴水のようなモニュメントの前で、ペルソナは呼び止められた。

「ああ、私もあなたに質問がしたいと思っていた」

 研究者のような見た目をした女性に、ペルソナはそう返す。

「私がなぜ何度も何度も失敗するのか。何がいけなかったのか。あなたに聞きたかった」

 諦念を滲ませて、ペルソナは彼女に問う。

「アカシックレコードよ、教えてくれ。私は何を間違えたんだ?」

「あなたは……、ああ、そうか。私と私たちは謝罪する。あなたを巻き込んでしまったことを。そして、その結果あなたがそうなってしまったことを」

「流石アカシックレコード、なんでも識っているな。けれど私がこうなってしまったことは今はどうでもいい。彼女が助かればそれでいい。ああ、それから小難しい表現にしなくてもいい。あなたの言葉は前の時間軸で一度理解している」

「承知した」

 一拍おいて、シオンは言葉を続ける。

「時間とはカオスである。カオスについては?」

「ああ、知っているとも」

「なら続けよう。カオスとは一見無秩序にふるまうように見えて、全体ではある一定のものに収束する。時間も同じである。この時間軸では、そのまま行くとマトイの死に収束する。多少起こる事象を変化させても、マトイの死に収束する。時間がカオスだからである」

「ふむ」

「しかし、ある特定の事象を改変することによって、別のアトラクターに収束させることができる。私はこの事象をマターボードで示し、あなたに改変してもらうことを行おうとし、そして行った」

 そういって、シオンは最初のマターボードを作り出す。そして、理解すればするほど、ペルソナの顔色は悪くなっていった。

「改変を積み重ね、目的のアトラクターへと辿り着く。これが、私と私たちがとった方法であり、あなたが一人で行おうとしていたことである。しかし、この手法はヒトの身であるあなたの演算能力では不可能。失敗は必然である」

 もっとも、なにかの偶然で成功する確率も極僅かにあり、マターボードの事象を中心に改変に関わればなおさら成功する確率はあるとシオンは補足した。

「ああ、ああ言われてみればそうだ、そうだとも。それでは失敗しても当然だな」

 はは、と絶望と諦めを顕わにして自嘲気味に笑う。

「そうか、私は本当の愚か者か。こんな、くだらないことのために、私は何度も彼女を殺してきたんだな」

 アハハハハと笑うしかないペルソナ。そんな姿を、シオンは感情のない瞳で見続けていた。

 

 

 

「少し落ち着いただろうか」

 シオンは少し気遣うように言う。とはいっても、シオン自身が気遣っているのではなく、シオンの中にいるフォトナーたちが気遣っていて、それを反映しただけに過ぎないが。

「ああ、とりあえずは大丈夫だよ」

 ペルソナは未だに顔色は優れないが、それでも無理やり考えを切り替える。

「さて、ほかの質問はあるか?」

 シオンがペルソナに言うと、ペルソナは少し考えてから質問を口にした。

「私がこうなっている原因を知りたい。元々ダークファルスだったはずの私がアークスに戻り、はじまりの日に戻された。このようなことは一度もなかった」

 ペルソナは取り敢えず気になっていることを尋ねる。

「では、あなたの記憶を見せてほしい。それが一番早い」

 ペルソナがそれを了承すると、シオンがペルソナの頭に手を翳す。そうしてシオンが記憶を読み取り終えると、結果をペルソナに伝える。

「では、私と私たちの見たものを話そう。あなたは前回の周回で、マトイに一回取り込まれかけている」

「あれは危なかった。危うく、深遠の一部にされるところだったな」

「その時、マトイがあなたを弄った。ダーカーとしてのあなたとアークスとしてのあなたを分けた。そして、あなたが時間遡行をするときに細工をしておいた。次の始まりが、丁度あの日の始まりの時のあなたになるように。深遠に至った彼女だからこそできた事であり、深遠に呑まれる直前の彼女だったからこそそうした。彼女は、あなたが私と私たちと話すことで助けになればよいと考えていたようだ」

 少しでもあなたの苦しみを軽くできればいいと思っていたようだ、とシオンは言う。

「もし元のダークファルスに戻るならば今背負っているレスレクシオンを受け入れればいい。そして再び時間遡行すれば、いつもの周回に戻る。もし、この周回を続けたいのなら、その姿のまま時間遡行をすればいい。これが私の演算結果である」

 それを聞いて、このできすぎているともいえる状況にペルソナは戦慄を覚える。

「そこまで彼女は考えていたのか?そして思いついたとしてもあの短時間で可能なのか?」

「然り。深遠に至ったがゆえに私と同じ演算能力を手に入れた彼女にとって、造作もないことだ」

「ああ、そうか。深遠なる闇は元々アカシックレコードの模倣体だから……」

 マトイからの置き土産。またもや彼女に救われ、手助けされたことに、ペルソナは複雑な気持ちを抱く。

 そして、ペルソナは俯いて長い時間考え込んだ。救うべき相手に救われた自分の不甲斐なさと、彼女への感謝、そして他の色々な感情を飲み込んで、ペルソナは再び顔を上げた。

 そして、ペルソナは意を決したようにシオンに尋ねた。

「シオン、彼女を、マトイを助ける方法はないのだろうか」

「ある。そしてそれは簡単な話である。あなたが、彼女の代わりになればいい。彼女の代わりに深遠なる闇を纏い、そして死ぬ。これが、最も確実な方法である」

 その方法を聞いて、ペルソナはやはりか、と呟く。

「私も考えたころはある。しかし、その方法はやり直しがきかないことからできなかった。でも今回は【仮面】が、もう一人私がいる。失敗してもそちらの私に託せると考えればできなくもない」

 いよいよ、賭けに出る覚悟を決める時が来たのだろうと、ペルソナは決意を抱く。

「なに、失敗しても、次の私がそれを元にうまくやってくれる。いづれにせよ、いつかは試さなくちゃいけなかった方法だから」

 自分を励ますように言葉を続けるペルソナ。しかし、自分が今更死ぬことに怖気づいていることに苦笑する。

「散々マトイを殺して、見殺しにして、救えずに苦しめたのにいざ自分の番となるとこのざまか。我ながら呆れるよ」

 そんな自嘲をシオンは否定する。

「生命として、その反応は正常であると私と私たちは断言する。そして、もし死ぬのが怖いのならもう一つ方法がある。しかし、そちらは不確定要素が多く、失敗したときの危険性が大きい。あなたとマトイと【仮面】、すべてが取り返しのつかないことになると私と私たちは推測する」

 そして、もう一つの手段があることを示唆した。

「ならいいさ。確実に終わらせよう。私も、もう疲れたんだ」

 しかし、ペルソナはその手段を選ばない。その顔は疲れ切った老人のようなものではあったが、その瞳はぎらぎらとしていて、決意に満ち溢れていた。




お久しぶりです。長い間空けてしまい申し訳ありません。


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4.

お久しぶりです。長い間書いてなかったため、おかしな点が多々あるかと思います。


「ではまず、貴方にはナベリウス凍土にてクラリッサの破片を探してほしい」

 ペルソナの質問も一先ずは終わり、シオンがペルソナにマターボードを手渡しながら言う。

「今回は具体的な場所はどこになるんだ?」

「そこまでは私は指し示すことができない。探す過程もまた、重要なのである。そこは理解してほしい」

「了解した。ではこのマターボードの通りに進めるとしよう」

 

 

 

 

 それからしばらく、ペルソナは凍土にて破片を探していた。その一方で、マターボードに従い、ロジオという地質学者に凍土のデータ収集を依頼され、凍土の調査も並行して行っていた。

 

 前に森林で知り合った情報屋の双子にはこの凍土についての情報を集めてもらい、そしてその双子や複数の知り合いや出会ったアークスからは奇妙な挙動を示すダーカーや、何かを探す人影の噂を聞くことができた。

 

【仮面】がクラリッサを探しているのは間違いないと改めてペルソナは確認した。

 奇妙な挙動のダーカーも、【仮面】がクラリッサを探させているのであろう。ペルソナはそれらのダーカーの情報の優先順位を下げ、凍土の調査を続行した。

 

 

 

 

 何時ものように、ペルソナがロジオの依頼を進めながら欠片を探していると、ダーカーがクラリッサを探しているところに出くわした。

「今のはダーカー、ですね」

「ああ。ここ最近は奴らのようにものを探すダーカーが見受けられるな」

「探し物をするダーカー……。だとしたら何を探しているのでしょう」

「さてね。案外、ガラクタかもしれないぞ?」

 まさか、とロジオは笑い、ペルソナも笑って流す。ロジオの指示に従い、ペルソナは次のエリアへと進んだ。

 

 

 

 

 それからしばらくすると、ペルソナはふと、懐かしいフォトンを感じた。あたりを見回すと、【仮面】が周りを見渡してクラリッサを探す姿が目に入った。

 岩壁に身を隠しながら【仮面】の様子を覗っていると、いきなりロジオから通信が入り、ペルソナの方がびくりと震えた。

「どうしました?座標データが止まっているようですが、何かありましたか?」

 それには返事をせず、息を潜めて【仮面】をやり過ごす。

 やがて、【仮面】が何処かへ行ったのを確認してから、ロジオに通信を返した。

「す、すみません。しかし、今の人は……」

「アークスではなさそうだった。前に会ったときに、データベースに情報がなかった」

「余りいいものではなさそうですね。気を付けてください」

 ああ、とロジオに返し、ペルソナは会話をいったん切る。

 そして、何か考えるようにして、暫く【仮面】がいたところをじっと見つめていた。

 

 

 また別の日。ロジオの依頼はすでに終わり、その日も特別なことはなく、ペルソナは探し物に勤しんでいた。シオンとも前回から会話をしておらず、新たな情報が教えられることもなかった。

 いい加減見つかるだろうと、ペルソナは今までの経験から推測しつつ、発見例の多いエリアを探索していると、甲高い金属音のようなものが聞こえてきた。これにペルソナは笑みを浮かべると、その音源のほうに足を進める。

 なんの変化もない雪道をただ黙々と歩いていくと、開けた行き止まりにたどり着いた。その中央にはフォトンが結晶を形成しており、音もそこから発せられていた。

 漸く見つけたぞ、とペルソナは頭の中でそう呟くと、結晶に近づいて手を翳した。その後の変化は劇的で、結晶は消え去り、ペルソナの手にはクラリッサの柄の部分が握られていた。

 ペルソナは疲れたように一つ息を大きく吐き出すと後ろを向く。

 「見ての通り今は歩き回って疲れ果てた。用があるなら後にしてくれ」

 冗談を言うように、目の前にいる人物にそう声をかけてはみたが、そこから発せられる殺気に変化はなかった。

 「それを寄越せ」

 「それはできない」

 「ならば殺す」

 そう言って【仮面】がペルソナに向かって徐々に近づきながら武器を構える。

 ペルソナは手の中にあるガラクタを邪魔そうに見ながらため息をつくと、レスレクシオンを顕現させた。

 レスレクシオンからは相変わらずの絶望が伝わってきており、ペルソナの気分が更に落ち込む。その苛立ちをぶつけるようにペルソナが思いっきりレスレクシオンを放り投げた。

 デッドリーサークル。ダブルセイバーに自身の周囲を周回させることで攻めと守りを同時に行う技だ。

 たまらず【仮面】が距離を取ると、間にゼノが割り込んだ。

 「たまたま見かけたんで様子を見に来たら危ないところだったな」

 「助かった」

 「礼はいい。今は目の前のあれを何とかしなきゃな」

 そういってゼノは【仮面】を睨みつける。

 「怪我はない、大丈夫?」

 「それは大丈夫だ、ありがとう」

 エコーの問いにペルソナはそう返すが、念のためにとエコーがペルソナをレスタで回復する。

 「邪魔をするなら殺す」

 【仮面】が低い声で唸るようにそういうと、ゼノを攻撃対象に定めた。

 「なら力づくでもご退場願うぜ」

 ゼノが叫ぶと、ソードを思いっきり振り回す。その剣先から斬撃が飛び、【仮面】に襲い掛かった。それを飛んで躱すと、空中で回転しながら切りつける。ゼノは刀身でガードをするが、ギャリギャリと嫌な金属音がする。着地後、【仮面】が突進し、ゼノの体勢を崩す。そして横薙ぎの一撃。寸でのところでソードが割り込み、装備と体の表面を薄く切られるだけで済んだ。

 その後ろからペルソナがレスレクシオンをヨーヨーのように扱い、切りつける。デッドリーアーチャーだ。

 【仮面】は振り向いたものの、その顔につけている仮面にデッドリーアーチャーが命中し、大きくのけぞった。その勢いのまま、【仮面】は大きく飛び、離脱する。

 「おのれ……」

 そう吐き捨て、【仮面】はどこかへ去っていった。

 

 

 

 【仮面】が去ってから暫くして、気配がないことを確認し終えた面々はその肩の力を抜いた。

 「それで、あいつが狙ってたのはお前さんの持っているそのガラクタか」

 ゼノがペルソナの持っているガラクタに興味を示す。

 「ああ。余程欲しかったらしい。なぜかは知らない」

 ペルソナはそう嘯きながら、ゼノの興味を無視してガラクタを仕舞った。

 「へえ。まあ考えることはロビーでもできるだろ。早く帰ろうぜ」

 「ああ」

 そうして、一行は帰路に就いたのだった。

 

 



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5.

 その後ペルソナは残り二つのクラリッサの欠片をアムドゥスキアとリリーパで回収したが、特別ほかの周回と変わったことはなかったため割愛しよう。

 

 クラリッサの欠片を集め終えた後、いつも通り刀匠のジグを頼りクラリッサの修復を依頼した。その帰り、ペルソナはいつものようにメディカルセンターを、つまりマトイの元を訪れていた。

 「こんにちは、本日はどのようなご用件で……ああペルソナさんですか。いつもお疲れ様です。マトイさんを今呼んできますね」

 「頼みます。いつもありがとうございます」

 ペルソナはフィリアにマトイに取り次いでもらい、暫く待合室で待っていると、すこし早足でペルソナの方に向かう足音が聞こえた。

 「お待たせっ」

 「問題ない。雑用を済ませていたから。お昼は済ませたか?」

 「ううん、まだだよ。この間おいしいのを見つけたから一緒に食べに行こ?」

 「それは楽しみだ」

 そんな会話をしながら、二人はメディカルセンターを後にした。ペルソナはこんな日常を心から楽しんでいた。ペルソナにとって、果たして何百、何千回ぶりなのだろうか。このようにマトイの隣を歩き、昼食を一緒に楽しむという日常を送れるのは。最後にアークスとして彼女と一緒に食べた食事の内容は、もう遥か彼方の記憶の果てに消えてしまっていた。

 

 ペルソナがマトイと一緒に昼食を堪能した後、マトイからある相談を受けていた。それは、マトイが現れたあのナベリウスをもう一度訪れたいというものだ。すっかり体調も回復し、ナベリウスやアムドゥスキア、リリーパといった惑星の冒険譚をペルソナから聞いていたマトイは、自らも先に進むためにまずは記憶の手がかりを探したいのだという。

 「しかし、それは非常に難しいだろう。まず民間人を同行させるのに七面倒な手続きを踏まなければならないうえ、ナベリウスは現在、ダーカーの出現が確認されていて余計に許可が下りにくい。さらに加えるならば、君の安全も保障できない」

 「だよね……。なにかいい方法はないのかな」

 「なら、私の方でも何か考えてみよう」

 「じゃあお願いしてもいい?」

 「いい案が出るとは限らないが、なるべく善処しよう」

 そういいながら、ペルソナは天井に目線をやって暫く思案する。考えるとは言ったものの、これがなかなかに難題で、答えを知っているペルソナでも現時点でマトイができることはすぐにはあまり思いつかなかった。

 「頭の片隅に入れておいてくれたらいいなぁってくらいだから、あまり無理に考えなくても大丈夫だよ?」

 「いや、これは大切なことだ。暫く空いた時間に考えてみる」

 「分かった。じゃあお願いね?」

 「任された」

 そうペルソナは軽く砕けた調子で言うと、普段のイメージとは違う様子にマトイはくすりと笑みをこぼした。

 

 

 

 さてそれから暫く経って。ペルソナのもとにある通知が来た。内容は民間人の護衛および惑星調査任務。同行は次期六芒と言われているコハナと、ペルソナを相棒と呼ぶ仲の良いアフィン。護衛対象はマトイ。

 幾たびの繰り返しの中で、このようなイベントが起こることも0ではなかったが、非常に珍しいケースであった。そして大抵、これは別の重大な事象を発生させるためのキーとなり得た。

 「シオン、今回は遺跡の件のフラグはこれで合っているな」

 当日の朝、ペルソナはいつもの装備に着替えながら背後にいるであろうナニかに話しかける。

 「その理解で相違ない。貴方がこの事象に対処することで、幾つかの事象が連鎖的に引き起こされるだろう。それらは貴方の予想の範囲内であり、それを逸脱することはない。アトラクターの中でも安定したものであるからだ」

 そしてペルソナの予想通りにいたシオンは、そう返した。

 「アカシックレコードの保証付きならば安心というものだ。さて、では出発するとしよう」

 そんなシオンにペルソナは軽口を返すと、レスレクシオンを背負い、部屋を後にした。

 「健闘を祈る。時を渡る者、私の知る最後のアークスよ」

 ペルソナが部屋を出る直前、そんなシオンの声が聞こえてきた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 「相棒、こっちにはいないみたいだ」

 「こちらも……、いや、アフィン、マトイを此方に近づけるな」

 「何かあったのか?」

 「随分と酷くやられている」

 それで色々と察したアフィンは、顔を真っ青にしながら露骨にしかめる。そしてアフィンがマトイをそこから離れさせると、ペルソナが管制へと通報した。管制からは、ダーカー因子汚染の可能性のある遺体からは離れるよう指示が下り、暫くして回収班が遺体を収容していった。

 「あれは刃物による傷跡だった。ここいらで見かけるダーカーや原生生物のものじゃない。何か別のヒト型のエネミーか、はたまたアークスによる可能性ですらある」

 「マジかよ相棒、勘弁してくれよ……。次期六芒均衡って呼ばれてたような人だぞ、それを殺せるのがあたりをうろついているなんて考えたくもないぜ」

 そう言ってアフィンはへたり込み、管制へと回線を繋げた。

 「管制、こちらアフィン、現場の指揮官死亡により任務続行は不可能。帰還許可を」

 アフィンは懇願するように言ったが、おそらくそれは受理されないだろうとペルソナは思っていた。

 その予想は裏切られることなく、許可は下りず、アフィンが悪態をつく。

 「上が帰ってくるなというのなら、続けるしかないだろう。一先ず寝床を見繕わないとどうしようもない」

 ペルソナが切り替えるようにそう言うと、アフィンはのろのろと立ち上がって、ああと重く頷く。そして軽く体を伸ばすと、アフィンはわざとらしい明るい声でならそんじゃさっさと行こうぜ、相棒、とペルソナに言った。

 

 

 

 事は惑星調査のためにナベリウスに降り立って暫く経ったころ、マトイが現れた地点を訪れたり、マトイがそこでなにか引っかかりを覚えたり、ペルソナがゲッテムハルトに絡まれたりしたこともあったが、特筆するべきはコハナの暴走だった。

 マトイの出現地点から暫く歩いた場所でダーカーが密集しており、そこを殲滅したあとのことだった。コハナは獣のように唸り、目を赤く爛々と光らせ、突然ペルソナに切りかかった。ペルソナがそれを蹴り飛ばして壁に激突させると、コハナは立ち上がって頭を抱えた後、どこかへ行ってしまったのだ。

 そして目的がコハナの捜索になり、暫くして先ほどの記述の冒頭につながる。

 先ほどコハナの遺体が収容された場所から更にかなり歩いたところで、ペルソナたちは野宿の場所としてはあまり悪くない場所を見つけた。あたりにある枝を拾い、火をつけて暖を取る。そして軽い食事を済ませた後、マトイは疲れから一言謝ってすぐに横になって寝てしまった。

 ペルソナは護身用にマトイにロッドを持たせるべきか、などと考えるがルーサーへの情報の漏洩を考えるとその案を一蹴した。

 「マトイはもう寝たのか?」

 「ああ。かなり疲労がたまっているようだ。少しでも回復してくれると助かるが」

 「そっか。俺ももうくたくただよ」

 「疲れたのならアフィンも休め。見張りは私がやろう」

 「いや、流石に相棒だけに任せられないから、俺も起きてるぜ」

 「そうか」

 そうしてしばらくの沈黙の後、アフィンが沈んだ表情で「色々おかしいと思わないか」と切り出した。

 「マトイを同行させるってのも可笑しいのに、コハナさんが死んでも任務続行だなんて」

 「前の試験の時にした話をまだ覚えているか?」

 「いや、どんな話だっけ」

 「組織の暗い部分なんて、ひとつやふたつあるだろうという話だ」

 「ああ、そういや相棒とそんな話もしたな」

 懐かしむように、アフィンは返す。

 「それにしたって、俺たちに降りかかってこないでもいいのにな」

 「全くもってそうだ」

 お互いに苦笑しながら、二人はぱちぱちと目の前の焚火の燃える音を聞いていた。

 「相棒。前にさ、アークスになった理由を聞いたよな」

 「ああ。結局あの時は襲撃で言いそびれたが」

 「なら相棒はなんでアークスになったんだ?」

 アフィンのその問いに、ペルソナは少し考えた後、「守るためだ。大切なものを守るため」と返す。

 「いい理由だと思うぜ、相棒」

 アフィンは少しまぶしいものを見るようにペルソナを見た。

 「アフィンは確か人探しだったか」

 そんなアフィンにペルソナがそういうと、アフィンはああ、と頷いて肯定の意を示した。

 「探しているのはさ、家族なんだ。10年前に行方不明になった姉」

 「そうか」

 そういってペルソナはそれ以上の反応を示さないので、アフィンが反応が薄いと冗談めいた突っ込みを言った。

 「まあいろんなところを回って姉貴を探そうとしてアークスになったら、こんなことに巻き込まれてさ」

 「それは災難だったな」

 「本当だぜ」

 お互いに笑う。でもその場の雰囲気は先ほどとは違って、とても穏やかなものだった。

 

 

 翌朝。爆音とともに叩き起こされたアフィンにマトイのことを頼むと、ペルソナは爆音の元へと向かう。

 そこには大量のダーカーや大型ダーカー、ダークラグネと対峙する一人の少女。クラリスクレイスだ。

 「あの程度なら造作もなく片付くだろうが、【若人】の因子回収も兼ねて少し狩るか」

 そんな少女を見て、ペルソナはそう呟いた。そして崖から足を踏み出そうとしたとき、後ろから声を掛けられる。

 「近づくと危ないわよ」

 その声の主はサラ。アークスのようなものでアークスではない彼女は一目見て勝気だと分かる笑みを浮かべてペルソナを見下ろしていた。

 「忠告感謝する。だが問題ない」

 ペルソナはサラに向かってそう言い放つと、崖から飛び降りる。

 「あっ、ちょっと」

 そうサラはペルソナを呼び止めるが、もうペルソナの姿は崖の下に消えていた。

 「まあ、情報が本当なら死にはしないか」

 そう言って、サラはペルソナの行動を観察し始めた。

 

 ペルソナが全速力で森を駆け抜けると、開けた場所に出た。そこは先ほどからクラリスクレイスがダーカーを爆破している場所だ。

 丁度ダークラグネが爆破され、その攻撃の主であるクラリスクレイスのもとへ向かって歩いているのが見えた。

 ペルソナはダークラグネの後ろに向かって駆け出す。気づかれる前の刹那、ペルソナが後脚の甲殻を破壊した。堪らずダークラグネがたたらを踏むと、その隙に前脚の残りの甲殻も木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 突然の乱入者に一瞬唖然とするクラリスクレイス。しかしペルソナがダウンしたダークラグネの核を殴りつけているのを見て、横取りする気かと激昂する。

 そして次の瞬間、核周辺のフォトンが異常に励起され、ペルソナが飛びのくと、ダークラグネの核の周りで大爆発が起きた。

 「流石の爆発だな」

 ペルソナは自分に向かって歩いてくるクラリスクレイスを見ながらそうぼそりと呟いた。ペルソナはダークファルスに堕ちてからもはや覚えてないほど何度もその炎を浴びていた。

 「おい貴様、ワタシの獲物を横取りしようとするとは狡い奴だな」

 そんなペルソナにクラリスクレイスは指をさしながら甲高い声で叫んだ。

 「助けようとしただけだ。一人で大勢のエネミーに囲まれていたようだったからな」

 そう真面目な口調で返すペルソナの言葉が一瞬理解できなかったのか、きょとんとした表情をすると、次はなにか余程面白かったのか、クラリスクレイスはゲラゲラと笑い始めた。

 「助ける?ワタシを?貴様面白い奴だな」

 「お前だと知っていたら来なかった。六芒の五、クラリスクレイス」

 そう嘯くペルソナに、クラリスクレイスはムッとした表情で睨みつける。

 「貴様、ワタシに対するケイイが足りないぞ」

 「はいはい万歳万歳」

 そう適当にあしらうペルソナに余計ムキになって癇癪を起こすクラリスクレイスであった。

 

 

 「シャオ、確かにあの人は明らかに動きが可笑しい。新兵の練度じゃない」

 「あの情報は本当だったんだね。ならばペルソナの目的も、望みも、あの通りなんだろう」

 「何のこと、シャオ」

 「なんでもないよ。こっちの話。引き続き、ペルソナには留意しておいて。サラ」

 

 

 

 



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