ふたりきりの長い夜 (さくらみや)
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ふたりきりの長い夜
9月17日、私の誕生日。
この日はマナが主催で私の誕生日パーティをぶたのしっぽ亭で開いてくれた。
マナ、ありす、そして、まこぴー、亜久里ちゃん、レジーナ、エルちゃん…
沢山の人が集まってくれて、私の誕生日を祝ってくれた。
こんなに沢山の仲間たちに囲まれる誕生日は初めてで、とても嬉しかった。
そのパーティが終わるとお片付け。
マナの誕生日と同じように、私は食器の片づけをする。
マナはいいって言ってくれるけど、なんだかやらないと気が済まない。
お皿が重なる音、水の流れる音。私は食器をスポンジで洗っていく。
と、お皿を布巾で拭くマナの視線に気づいて声をかける。
「どうしたの?」
「うん。今日の夜、六花の家に行くね」
それは毎年の約束。ふたりきりで過ごす誕生日の夜のこと。
でも、毎年のことなのに珍しく、少しだけためらうような口調。
少しだけ気になったけど、マナが約束を守ってくれることが嬉しくて、
「ええ、ありがとう」
少しだけ弾んだ声で答える。
すると、マナの表情はいつも通りに戻っていたので、私は気のせいかと思って気にしないことにした。
お片付けが終わったので、私は荷物を…みんなからもらったたくさんのプレゼントと共に…まとめて、マナの家を出て自宅に戻ることにした。
と、そこに、大きな荷物を持ったマナが現れた。
私はびっくりして思わず声をかける。
「マナ? どこへ行くの?
すると、マナは少しだけ恥ずかしそうな顔をして「六花の家」と言った。
「今日、お泊りするの?」
そう尋ねると、うん、ってうなずくマナ。
ここ最近は泊まりに来ることはなかったから珍しいと思ったけど、私は「いいよ」って答えた。
マナは嬉しそうな顔をして私の手を握る。
「今日は六花の家に泊まってくるね」
家の中に声をかけると、マナのママの声はいいよ、って届いて、私たちは玄関を出た。
「最近、涼しくなったね」
私の手を握りしめて、振りながら、道を行くマナが口にする。
細くなった月は微笑んで私たちを見つめているよう。
その、黄色い月を私は見上げて、
「うん…でも、びっくりした。泊まるとは思わなかったから」
私の言葉にマナは慌てたように私を見る。
マナは慌てた表情を無理に抑えて、
「うん。今日はたくさんお話したかったから」
いつもと違う表情のマナに私は不思議に思って見つめるけど、そうすると、いつものマナに戻ってしまう。
私は頭の中に「?」を浮かべながらも、こういうこともあるのかな、ってそのまま家へと向かって行った。
家についてからのマナは普通だった。
「これ、いつもの!」
嬉しそうな、そして、期待を込めた瞳で私を見つめるマナの手にはお手製のケーキ。
「Happy BirthDay Rikka!」
そう書かれたチョコレートプレートが乗った、ふたり分のホールケーキ。
「嬉しい、マナ! ありがとう!」
その、マナの心、想い、すべてを受け取ってお礼を言う。
リビングでふたり、ケーキと紅茶で小さなパーティ。
その、とても尊く、大切な時間を過ごすことができて、私はとても嬉しかった。
小さなパーティが終わったら、お風呂の時間。
お客さんのマナに先にお風呂に入ってもらおうと思ったら、固く拒否された。
「今日は六花が主役さんだから」
もう夜半近くだっていうのに、そんなことを言うマナを珍しいと思いつつも、先にお風呂に入る。
そして、マナがお風呂に入っている間に、私はベッドの用意をする。
ベッドの上、私の枕をずらして、マナ用の枕をその横に置いて、これからの時間を想う。
いつも、いつも、マナが泊まりに来た時は沢山、沢山、お話をして、いつの間にかとんでもない時間になっていたこともあった。
でも、今日は水曜日。明日は学校。あまり長くならないように…でも、結局長くなってしまうのでしょうね。そう思うと少し笑いがこぼれてしまう。
と、マナが階段を上がる音が聞こえてきた。
扉を開くとパジャマ姿のマナ。
「ちゃんとあったまった?」
私の言葉に「うん」ってうなずくマナは少しだけいつもと様子が違う。
「どうしたの?」
私の言葉にマナはいつもの表情に戻って首をぶんぶん横に振る。
私は少しだけおかしいな、と感じながらも、掛布団を上げてマナを促す。
お布団に入るマナを見送って、私も電気を消してお布団に入った。
宵闇の中、私たちのおしゃべりは続いていた。
普段の何気ないことの会話…例えば、学校のこと、お勉強のこと、ありすやまこぴー、大切な仲間たちのお話。マナも楽しそうにお話をしてくれる。
そして、私自身の話になった。
将来の夢、これからの目標、そして、新しい歳になっての誓い…夜のせいか、暗いせいか、相手がマナだからか、私の想いは、例えば、少し恥ずかしいお話でも、するすると心から抜け出して言葉に代わる。
でも、今年は違っていた。
いつもなら、沢山の応援、助言をくれるマナなのに、その口からは何も言葉が出ない。
不思議に思って、私は言葉を止めてマナに尋ねる。おそるおそる…
「もしかして、つまらなかった?」
暗闇の中、マナの方向に視線を向けると、かすかな音をさせてマナは枕の上で首を振る。
「マナ…? どうしたの?」
私の言葉にマナは小さな声でこうささやく。
「なんか、六花が遠くに行っちゃったみたいで…」
私はその言葉に少しびっくりした。
マナがそんなことを思っていたなんて。
そんな、心配をしていたなんて…
私は思わずマナを抱きしめてしまった。
「大丈夫よ、マナ…私は決して、マナのそばから離れたりしない」
私の腕の中のマナは少し震えて、小さく丸まって、いつものマナじゃないみたい。
でも…私と同じ歳の女の子なんだって、そういう風に思えて。
私はマナの頭を撫でながら、ささやき続ける。
「私こそ、マナと離れ離れになるのは、嫌…。ずっとそばにいてほしい…もっと、もっと、マナと一緒に過ごしてほしい…ずっと、ずっと…」
私の本心が心からあふれてマナに伝わる。
マナは顔を上げて、私をじっと見つめて、言葉を受け止める。
闇の中、震えるマナの瞳は不安なしるし?
私は安心してほしくて、もっと腕に込める力を強くする。
マナも、私の背中に腕を回してぎゅっと私を抱きしめた。
「六花…」
マナの自信なさげな声。
そんな声はマナらしくなくて、私はもう一度強く抱きしめる。
「あたしも、ずっと一緒にいたい…大好きだから」
その言葉に、私の胸が強く打つ。
それは、私も同じ気持ちを持っているから。
私もマナの耳元に唇を寄せてささやく。
「私も…マナのことが大好きなの…ずっと、ずっと、好きだった」
嬉しさに少し涙声。
マナはもう一度私の耳元でささやいた。
「あたしも、大好き…六花…これからも、ずっと、ずっと、六花のこと…」
マナの言葉はそこで途切れる。と、その代わりに私の耳に口づけする。
思わずくすぐったくて声が出そうになるけど、マナはそのまま私の頬、そして、唇へとキスを繰り返す。
初めてのその感覚に私のドキドキは止まらない。
でも、くすぐったいけれど、マナだから、私の大好きなマナだから、抵抗しようとは思わなかった。
沢山のキスを受けて、私はとても幸せを感じていた。
「六花……愛してる」
「うん、私も…」
私のささやく言葉が唇でふさがれると同時、マナの手が私の胸の上を滑ってゆく。
私は一瞬緊張したけど、すぐに力をほどくと、マナの愛撫への答えを伝えるように、自分から唇を重ねた。
下の鳩時計が2時を告げる。
その音を聞いたら、いつもならもう寝なくては、そう思うのだけど、今日は違う。
私に重なる、マナの体の暖かさに、
私をたどる、マナの指の優しさに、
ずっと、身を任せていた。
この時間が永遠に続けばいいのに、そう思いながら。
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