ふたりきりで迎える誕生日 (さくらみや)
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ふたりきりで迎える誕生日
細くて折れそうな三日月の日。
少し開かれた窓から流れ込んでくる微かな風はカーテンを揺らして、その三日月の姿を見せたり隠したり。
もうとっくに消灯時間は過ぎていたから部屋の明かりはもう消している。でも、外は灯りがなく、街から離れているから、こんな細い月でも結構明るく部屋を照らしてくれる。
本当は寝なくてはいけない時間なのに、私たちはいつまでもちゃぶ台を挟んでお互い見つめ合っていた。
コチ、コチ…
秒針の音はいつも以上に大きく聞こえてきて、その音がするたび私の心は少しずつ、少しずつ、鼓動を大きくする。
微かに、くちびるが動くけど、でもすぐにそれは閉じて。
私も同じようにくちびるが動きそうになるけど、はたと止めて。
聞こえてくるのは、私の大きくなる鼓動、外からの風が草原を渡る音、それだけ。
月灯り、その光まで音を発して聞こえてきそうで…
カチッ。
時計の時針と分針、そして、秒針が重なる。
新しい日、9月17日、私の誕生日。
目の前のマナのくちびるが待ちかまえたように開かれる。
「お誕生日おめでとう、六花」
「ありがとう、マナ」
私のくちびるもその言葉を待ちわびたかのように開かれ、お礼の言葉をマナに届ける。
今年も、マナに一番最初に誕生日のお祝いの言葉を言ってもらえる。それはなんて幸せなこと、そんなことを思いながら。
マナの笑顔は三日月に照らされて、まつげが輝いて見える。
私も笑顔でマナに応える。しっかりとその目を見つめながら。
「それじゃ、もう寝よ?」
しばらく見つめあった後マナはそう言って立ち上がり、自分のベッド…二段ベッドの下段…に入り込む。
私も自分のベッド…二段ベッドの上段…にあがろうとすると、その手をマナに捕まれる。
「今日はせっかくだから一緒にね?」
「あ、うん…」
私は少しだけ恥ずかしさを感じたけど、せっかくのマナのお誘いを断る理由はない。
マナのベッドにおじゃますると少し狭いから体がどうしてもくっついてしまう。
でも、マナの体温はやわらかいあたたかさで気持ちよくて、嫌な気分になんてならない。
「六花も大人だね」
「どうしたのよ、急に」
いきなりマナが変なことを言うから、私の声が軽く裏がえる。
「背も高くなって、美人になって、大人になったな~って」
「それを言ったらマナのほうが」
そう。マナは高校に入って急に大人びた感じになった。
結んでいた髪を高校に入ると突然ほどいた。今や肩の少し下くらいまでの長さ。
背だって私よりも高くなっていつの間にか私が見上げるように。
幼さをにじませていた顔も今やほとんど大人の顔に。
そして、がむしゃらに走り回っていた中学の頃と違い、自分で考え、必要なときにだけ走り出すようになっていた。
大人になるってこういうことなんだって、自分のことでなくマナのことで気づいてしまうのは少し寂しかったりして。
「六花の方がだよ」
「マナの方がよ」
「ううん、六花だって」
「マナだって」
そう言い合っているうちに私たちはどちらともなく笑い出してしまう。
笑顔のマナは中学の頃のマナと同じ顔で、少し懐かしい。
「でも、変わらないことがひとつだけあるよ」
ひとしきり笑った後、お互いを見つめながらささやき声。
「それは?」
「あたしたちはいつまでも一緒」
「うん。一緒」
変わったところ、変わらないところ、それぞれたくさんあるけど、こうやって変わらずにマナと一緒にいられることが変わらない、かけがえのないこと。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
私が疑問を浮かべるまもなく、マナの唇が私の唇に重なる。
私はとたんに頬が熱を持つのを感じる。
「今年の最初の、誕生日プレゼント」
マナのささやき声は少し照れたような声だったみたいだけど、それよりも私の頭の中が真っ白でそれどころではなかった。
「日曜日、楽しみだね。みんな来てくれるって」
熱に浮かされた頭の中はもうすっかり戻っていて、マナの声もいつもどおり。
日曜日は私の誕生日のお祝いに遠くここまでみんなが来てくれる。
夏休みに帰省して以来だからまだ1か月ぐらいしか経っていないけど、少し懐かしさも感じる。
「みんなと一緒の夢ヶ浜、楽しみだね」
「ええ、とても楽しみね」
高校に入ってみんな離ればなれになってしまったけど、こうやってなにかあるごとに集まってくれる。仲間ってやっぱり嬉しい存在。
「でも、今日は一日六花のことを独占しちゃうよ!」
それよりも、一番嬉しいのは、大好きなマナがすぐそばにいてくれること。
「部活の助っ人は?」
「今日は六花部」
「ふふ、なにそれ?」
「生徒会もお休み。六花独占委員会に参加するから」
「もう、マナったら」
こんな素敵な日々が、マナと一緒に日々が続くように願いなら、マナの背中に腕を回す。
マナも、私の背中に腕を回してくれる。
やがて、小さく聞こえてくるマナの寝息。私はそれを聞きながらマナの体に顔をうずめていた。
この幸せな日々が続くように祈りながら。
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