「プリキュア版深夜の文字書き1時間一本勝負」参加作品(2) (さくらみや)
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「プリキュア版深夜の文字書き1時間一本勝負」参加作品(2)

◆ひみつの香り

 

 毎年5月になると近くの公園に咲くばら。

 小さい頃は遊んでいる時にそのとげに触れてしまうことがあって痛かったけど、真っ赤な花はとってもきれいで毎年楽しみだった。

 今年もそろそろ5月。その花が楽しみで毎日学校に行く時につぼみの様子を眺めていた。

 だんだんとふくらむつぼみ、真っ赤に咲くのを頭の中で想像するとなぜか亜久里ちゃんのことが頭の中に浮かぶ。

 どうしてだろうって考えて考えて、考えて、でも、答えは出なかった。

 

「それは楽しみですね」

 公園のばらの花の話をすると亜久里ちゃんは目を輝かせてそう言ってくれた。

「私もばらの花は大好きです。咲いたら一緒に見に行きませんか?」

 その顔は本当に好きなんだなってわかる顔。

 私はもちろん大かんげい。大きくうなずいて、

「うん、一緒に見ようね」

 そう伝えると、亜久里ちゃんの顔はもっとうれしそうになる。

 私たちは笑顔でもう一度うなずいた。

 その時わかった。どうして亜久里ちゃんを思い出すのか。

 亜久里ちゃんのお洋服の色がばらみたいに真っ赤だったから。

 わかったような気がしたけどそれだけじゃないような、心の中に引っかかるものがあって。

 

 土曜日の午後、学校が終わった後、私と亜久里ちゃんでおかし作りをしていた。

 今日はクッキー。亜久里ちゃんの得意なアイスボックス。

 ほとんど亜久里ちゃんがやっちゃうんだけど、私も出来る限り手伝って。

 あとは焼き上がるのを待つだけとなったその時、亜久里ちゃんの携帯電話が音を鳴らした。

「はい、亜久里です…え? そうですか…わかりました。今行きますわ」

 それはマナさんからのお電話。何か緊急事態が起こったみたい。

 亜久里ちゃんとの時間が取られちゃうのは少し残念だけど、がまんがまん。

 だって、亜久里ちゃんはこのお仕事をすごい大切にしていること、わかっているから。

「亜久里ちゃん、気をつけて」

「はい…ごめんなさい。途中なのに…」

「うん、大丈夫」

 本当は行かないで欲しいって気持ちも心の中にあるけど引き止めるわけにもいかないからそのまま見送って。

 そして、しばらくして出来上がったクッキーは今日も美味しそうだった。

「あっ」

 焼きあがったクッキーを冷ましながら私は思った。

 できたてで美味しいから持って行ってあげようって。

 亜久里ちゃんだけじゃなくって、マナさんや六花さんたちにも。

 元々そのつもりで亜久里ちゃんはたくさん作っていたから。

 そう決めると私はクッキーを袋に入れて家を出た。

 

 今日もいつもの場所、ばらのきれいな公園にいるはず。

 私は早足で、せっかくのクッキーが壊れないように注意して急ぐ。

 5分くらいでそこに着くと、ばらの香りが漂ってきた。

 まだばらが咲くのには早いはずなのに。

 公園の中に入ってばらの植えてある場所に行ったけどやっぱりまだ咲いていなくて。

「エルちゃん?」

 私を呼ぶ声は亜久里ちゃん。

 ふり返るとそこにはすでに元の姿に戻っている亜久里ちゃんとマナさんたち。

「おかえりなさい、亜久里ちゃん。こんにちは、みなさん」

 小さくおじぎをすると不思議そうな声で亜久里ちゃんが言葉を続ける。

「どうしたんですの?」

「うん、クッキーができたから持ってきちゃった」

「クッキー!?」

 クッキーという言葉に反応したのは亜久里ちゃんではなくてマナさん。

「私とエルちゃんで作っていたんですの」

「あら、おいしそうですね」

 ありすさんに真琴さん、そして、六花さんも私たちのクッキーをのぞきこんでほめてくれます。

「それじゃ、せっかくだからこのままあたしの家に行こう! ティータイムにしよ?」

 マナさんの一言に皆さん賛成。私ももちろん賛成。これからの時間に私はワクワクして亜久里ちゃんと並んで歩き始めた。

 

 マナさんの家に行く途中、亜久里ちゃんとお話ししながら歩いていると、まだ続くばらの香り。

 どうしてだろう、どうしてだろうって考えていると亜久里ちゃんが顔をのぞき込んできて、

「どうかしましたか?」

 そう尋ねてきた顔は少し心配そうだった。

 私は笑顔になって、

「ちょっと気になることがあって」

 そう言うと同時にまたばらの香りが届いてきて。

 その元を確認しようと匂いをかいでいると、どうも亜久里ちゃんから来ているみたいだった。

 亜久里ちゃんからばらの香り?

 私はどうしてだろうどうしてだろうって考えてぱっとひらめいた。

「どうしました?」

 亜久里ちゃんの心配そうな顔は変わらなくて。

 私はもう一度笑顔になって、

「ううん、解決したから大丈夫」

 さっきから届くばらの香り、それは、亜久里ちゃんが変身する時に包まれるばらの香り、だと思う。

 でも、亜久里ちゃんは気づいていないのかな?

 それだと、亜久里ちゃんに教えちゃうと恥ずかしいからって香りがしないようにしちゃうかも。

 それはとっても残念だから私はしばらくひみつにしておこうって決めた。

 せめてあの公園のばらが咲く、その日までは。

 

 

 

◆いつもの質問、変わるふたり

 

「ふたりって、夫婦みたいね」

 私の周りの人たちは私とマナの様子を見ると思わずこう言ってしまうらしい。

「ただの幼なじみよ」

 もう言われ慣れすぎて私の感情はひとつも動かずにこう答える。

「もしかして、付き合ってるとか?」

 私を覗き込む瞳には、わずかな興味と期待が含まれている。

 私はわずかに動いた感情を隠し、わずかに上がった脈拍を悟られないようにもう一度伝える。

「ただの幼なじみだから」

 

『ただの幼なじみ』

 それならどれだけよかったか。

 常識的な…普段家にいないことを除いて…両親に育てられた私は常識的な人間に育つはずだった。

 でも、マナとの出会いはあっさりとその常識のひとつを打ち破った。

「同性を好きになること」

 マナの存在はそんな非常識をあっさり私の心に形に描き、描かれた恋心は今でもはっきりと形作って輝いている。

 そんなマナのためならなんでもしてあげたいって思ったから、いつもマナのそばにいて、いつもマナのためになんでもしてあげた。

 そのうちに、マナの求めることはすぐにわかるようになった。

 マナの思っていることは手に取るようにわかるようになった。

 そして、私もすぐにマナのために動くことができるようになった。

 そんな様子を見て周りの人間からは夫婦のように見えてしまったのかもしれない。

 小学生から中学生の中頃までは尋ねられるその言葉がくすぐったくてムキになって否定していた。

 でも…私は気づいて、そして、目覚めてしまった。

 

 最近のマナが、色気づいてきたことを。

 

 それまでマナはリップクリームなんてつけることはしなかった。

 どれだけ乾燥してもそのまま、だから冬場のマナのくちびるはカサカサになっていたこともあった。

 それが、薄い桜色のリップクリームをいつの間にかつけるようになっていた。

 リボンも毎日同じものをつけていたはずなのに、最近は少し桃色というよりは紅い色のリボンを使っている。

 紅に桃色の縁取りのリボン、紅に水色のチェックのリボン…いくつか買い揃えたみたいだった、私が知らない間に。

 

 これが示すことはただひとつ。

 マナに好きな人ができたってこと。

 

 そのことはとても素敵なことで応援してあげたいけど、でも、私はどうしても応援できない。

 幼い頃から大好きな人が他の人のものになってしまうかもしれないのに、心の底から応援なんてできない。

 でも、マナには嫌われたくないから、その日までマナのそばにいたいから、だから、いつも通りマナのそばにいた。

 

 恋するマナは日に日に可愛くなっていくように見えた。

 私服も少しだけ可愛いのが増えてきた気がする。

 いつかはこんな服を着てデートに行くのかなって。

 そんなことを思うととても胸が痛かった。自分で想像したことなのに。

 

 いつかはこんな風に私達がふたりきりでいられなくなる日が来るのかも。

 そう思うと私たち関係がちょっとずつ変わっていくように思えて…

 でも、周りには私たちの関係が全く変わらないように見えるみたいで、夫婦みたい、とか、付き合ってるの、なんて言われることが未だにあった。

 私は全ての感情を止めていつも同じように答えていた。

 

 そんなある日の放課後、生徒会のお仕事をしているとき、不意に後輩が聞いてきた、私たちに。

「おふたりって本当に仲がいいですよね。もしかして、付き合っているとか?」

 失礼なことを聞いてごめんなさい、そんな表情だけど興味のほうが勝ってしまったのかもしれない。

 今まで聞いてきた人たちも同じような表情をしていた。

「ただの幼なじみよ」

 私はいつものように答える。

 マナもいつもと同じように…?

 私たちふたりでいるときもよく聞かれたこの質問。

 私が答えた後にマナも同じ答えを口にしていた、毎回。

 それが、マナから言葉はない。

「マナ…?」

 横に座るマナを見ると顔が赤くなっている。

 少しだけ震えているみたい…と思うとマナは立ち上がって急に部屋を出てしまった。

 私はわけがわからずマナの後を追いかけた。

「ごめん、ちょっとお願いね」

 後輩に留守番を頼んで。

 

 どこに行ったのか、そう思う間もなくマナは見つかる。すぐそばの階段で座っていた。

「スカート汚れるわよ?」

 そう言いながらもその横に私は座ってしまう。

 どうしてこんな行動に出てしまったのか、わからない。

 今までのことを思い出して、私はひとつ気づいてしまった。

 とても…悲しいけど……

 マナは私と恋人同士に思われるのが嫌なんだ。

 好きな人に誤解されるのが嫌なんだ。

 だから、こんな風に逃げ出して…

 …私はそのまま立ち上がる。

 こんなところを見られたらもっとマナは困っちゃうと思うから。

 私の気持ちは決まった。

 マナへの恋心を諦める。

 もう、マナとはただの幼なじみ。

 少しずつ離れていかないと…

 でも、マナの手は私のスカートをつかんでいる。

 どうして? こんなところを見られたら嫌でしょう?

 離さないと、マナ。

 そのとき、マナは顔を上げて私を見る。

「いかないで、六花」

 潤んだ瞳で私を見つめる。

 私は座り直すとマナはただひとつだけ、口にした。

「恥ずかしかったから…」

 逃げてしまった理由らしい。

 でも、恥ずかしい? どうして?

 そんな質問だった? 今までも何度もあったと思うけど…

 あの質問で恥ずかしい……

 私はそのとき気づいた。マナのその様子はいつかの私と一緒ではないかと。

 …もしかして、マナは……

「六花鈍すぎだよ…」

 マナは少し恥ずかしそうに、私への想い、今までの色気づいた行動の理由を告白してくれた。

 私はとても嬉しかった。だって、両想いだったから。

 内緒の関係だねって笑うマナはもういつもの表情だった。

 

「ふたりって夫婦みたいだよね」

 またこの質問、もうこれで何度聞かれたことだろう。

 私はいつものように表情を変えず、

「ただの幼なじみよ」

 そう答えようと思ったのに…

「うん、これから私は総理大臣になって夫婦になれるよう頑張るよ!」

 なんて答えるから、私はまたこの質問にはドキドキさせられてしまうようになってしまった。

 

 

 

◆めばえの時

 

 幼稚園の頃。

 朝のお集まり会で園長先生のお話を聞くのが大好きだった。

 いつもいつも優しい笑顔でお話ししくてくれる園長先生。

 それは、物語だったり、普通のお話しだったり。

 その中に、人間として生きていく中でとても重要なお話がたくさん散りばめられてた。

 その中で、一番好きだったのが種のお話。

 あたし達はまだ種なんだっていうお話。

 

 種はあたたかい土のお布団の中で沢山の栄養と沢山の水を受けてやがて芽を出す。

 あたしたちも同じで、パパとママの用意してくれるあたたかいお布団の中で美味しいものを沢山食べてパパとママ、そして、おじいちゃんおばあちゃん、近所の人の優しい眼差しと愛のあるお説教でやがて芽を出すんだって、そんな素敵なお話。

 でも、小さい頃はそんな言葉の意味もあまりよくわからなくて、周りの大人達があたしのことを大切にしてくれているんだなってことだけおぼろげに分かったようなわからないような…

 

 そんなことを思い出したのは美智子ちゃんの恐怖に満ちる顔を見たからかも。

 こんな怖いことがあったらそんな顔になっちゃうよね。

 ちゃんと芽を出すことができないよね。

 そんなことを考えたら体が勝手に動いていたけど…だけど…

 あたしにはどうすることもできなくて、なんとかできないかなってそう思って…でも何も浮かばなくって。

 そんな時、不意に聞こえた声。小さな妖精さん…?

 その子に導かれるようにあたしは…

 

 変身して「キュアハート」になったあたし。

 さすがにこれはあたし自身もびっくり。

 でも、その時、あたしはしっかり感じた。

 胸の中の種がしっかりと芽吹くのを。

 あたしになにかが始まることを。

 それは周りの保護がなくなることも意味するけど、でも、怖くない。

 芽生えたら今度はおひさまが私を見つめてくれるから。

 素敵な自然が私をもっと育ててくれるから。

 

 あたしは一歩を踏み出す。

 あたしがもっと成長していくために!

 

 

 

◆私はあなたのツバメになれない?

 

 思わず言ってしまったことがよくよく考えると恥ずかしいことだったりすることが特に幼い時にあった。

 言ってしまった後でどうしてあの時あんなことを言ってしまったんだろうって思ったり。

 今、ちょうどその時と同じ気持ちになっている私はうっすらとそんなことを思い出していた。

 

「私はあなたのツバメになれない?」

 

 秘密を抱えていたマナ。

 その秘密が大きなものってなんとなくわかっていたけど、いつまでも教えてくれなかったマナ。

 でも、さすがにひとりで危険に立ち向かおうとしているのに平気な顔をしているマナには私は我慢がならなかった。

 どれだけ、私がマナのことを心配しているのか、わかってほしかった。

 どれだけ、私がマナのために何かをしてあげたいって思っているかわかってほしかった。

 そして、マナが私のことを全然わかってくれていないことが悔しかった。

 いろいろなマナへの不満が爆発して、思わず出てしまったあの言葉。

 

「私はあなたのツバメになれない?」

 

 この言葉でマナは私の思っていることを全部わかっていてくれたみたい。

 私たちは力を合わせて怪物をやつけることができた。

 

 色々なことをマナから聞いて色々なことを知った1日。

 そして、私の気持ちをマナに知ってもらえた嬉しい1日…

 そこで、はたと思いだす、あの言葉。

 

「私はあなたのツバメになれない?」

 

 あのお話でツバメが王子にキスをして息絶える描写がある。

 だから、そんなことを言う私はマナにそんなことをしたいって言っているようなもの。

 そのことをマナに気付かれたらどう思われるか…嫌がられたらどうしよう…避けられたらどうしよう…

 私は恥ずかしさよりも心配で胸がつまってしまいそうになる。

 こっそりと、オムライスを嬉しそうに食べているマナを見ていると気が気でなくなる。

 私は心の中でため息をつきながら、オムライスを小さくスプーンにすくっていた。

 

「そういえば!」

 元気な声で私に顔を向けるマナ。

 私はドキッとして思わずスプーンを落としそうになる。

「六花のあの言葉、えっと…ツバメになれない…だっけ」

「ガシャン!」

 その言葉で私は本当にスプーンをお皿の上に落としてしまった。

「ごめんなさい…」

 私は小さな声で伝える。

 ドキドキしながらマナの顔を見ると、マナは嬉しそうな声で、

「あの絵本のこと、思い出したよ、六花」

 なんて言うから、私の心配はさらに大きくなる。

 マナに変な風に思われなければいいけど…思われちゃったらどうしよう…

 でも、私の気持ちを知ってかしらずかマナの笑顔は変わらず。

「あたし、六花があの時ああ言ってくれなかったらどうなっていたかわからない」

 その顔は真剣なものに変わっている。少しだけ手が震えている。

「最初は六花を危険な目に会わせたくないから内緒にしていたけど、でも、六花があたしのためにって気持ちを伝えてくれたから、だから、あの時戦えたし、あたしも助かった。だから六花…」

 私の手を優しく包み込むマナの手。

 私は頬が徐々に赤くなるのを感じる。

「これからもずっと、私のツバメさんでいてね」

 その言葉に私はどうにかなってしまいそうだったけど、でも、なんとか抑えて、

「もちろんよ、マナ」

 なんとか笑顔で応えた。

 キスのことは気づいていないみたいで少しだけ、安心した。

 

「それじゃ、マナ、また明日」

 ぶたのしっぽ亭を出るころにはもうすっかり暗くなっていた。

「うん、また明日ね、六花」

 手を振るマナ。私も手を振り返す。

 と、マナは私に近づいてくる。

 不思議な顔をしていると、マナは私の耳元で一言だけ、囁いた。

「六花って、大胆だよね」

 一瞬何ことだかわからなかった。

 不思議に思っているうちにマナはお店の扉を開けてもう一度こっちを向く。

 少しだけ赤くて嬉しそうな顔、元気な声に乗せられるその言葉に、私は全てを理解して歩けなくなってしまった。

「おやすみ、ツバメさん」

 

 

 

◆十六夜までもう少し

 

 私の仮の名字、十六夜。

 みらいと出逢った夜のことを思い出してつけた名字。

 それはみらいとの大切な思い出の証でもあって結構自分では気に入っている。

 でも、呼ばれるのは別の話でいつまでも慣れなくて…

 十六夜さん、って呼ばれてもみらいに背中で教えてもらってやっと気づくのもよくあること。

 だから、私はみんなに「リコ」って呼んでもらうようにしたけど、さすがに先生には無理だから…今日も呼ばれていることに気づかずに怒られてしまって…

「はぁ…」

 ベランダで大きな月を眺めながら私はため息をついてた。

 今日は十三夜、もうすぐ満月、そして、十六夜…

「カラカラ…」

 聞こえてくる窓を開く音。

 振り向かなくてもわかる、みらい。

 私のため息が聞こえてしまったのかもしれない。

「どうしたの? リコ」

 優しく囁く声に私の胸が少しあたたかくなる。

 でも、いつもの悪い癖が出てしまう。

「別に、どうってことないわ」

 振り返ってみらいを見る。少しだけ心配そうな顔。

 本当にみらいったら心配性なんだから。

 そんな心に浮かんだ言葉もすぐに消える。みらいの顔が優しく変わるから。

「もうそろそろ十六夜だね」

 みらいは私の横に並んでそんなことをつぶやく。

「そうね…」

 私は小さく返事する。

 少しだけ欠けた月、この世界の月はとても綺麗で見ていて飽きない。

「今月はうさぎさん、見えるかな?」

「うさぎさん?」

 唐突な言葉に私は思わす大きな声が出る。

 みらいは少し驚いた表情を、そして、また優しい顔になる。

「この世界の月は満月になるとうさぎさんに見えるんだよ」

「そうなの…?」

 初めて聞くこと、私は月をじっと見つめるけどどうしてもよくわからなくて…

「ほら、これ」

 みらいは図鑑を持ってきてくれた。その解説を見ると確かにうさぎに見える。

「おもしろいことを考えるのね、ナシマホウ界の人は」

 私が感心したような声をあげるとみらいは少しだけ誇らしげな顔をする。

「そうでしょう? でも、外国では他のものに例えられることも多いみたいだよ」

 そう言って図鑑をパラパラとめくっていると確かに色々と書いてあった。

 女の人に見えたり、ライオンに見えたり、見ていて面白い。

「国によって見え方が違うのも面白いわね」

「本当だね…リコは何に見えた?」

「私?」

 突然聞かれて少し困ってしまう。

 特に何にも思っていなかったから。

「そうね…」

 とは言うけれども、私は何も思い浮かばなくて。

「私はね、うさぎだったけど、もうひとつ増えたの」

 私が考えているなか、みらいはそんなことをつぶやく。

 その横顔は少しだけ嬉しそう。

「あの夜、リコが空を飛んでいた夜に月に対するイメージ変わっちゃった」

 それは、あの夜…みらいと出逢う前の晩のことを言っているって思うと少し恥ずかしくてもう一度月に視線を戻す。

「月を見るとうさぎよりリコのことばっかり考えちゃう。リコとの出逢いはそれくらい素敵なことだったんだよ」

 みらいの優しい声はますます優しくなったみたい。

 私は視線を戻す。少し恥ずかしいけど、嬉しいから。

 みらいも少しだけ頬を赤く染めて。

「今度の十六夜も一緒に見ようね」

 それだけを言うとみらいは「おやすみ」って言って部屋に戻ってしまった。

 私はその背中をただ見ることしかできなかった。

 ほっぺたが熱くてどうしたらいいかわからないまま。



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