カタリベとギンユウシジン (手赤)
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カタリベとギンユウシジン

どうも、他の参加者が大物過ぎて縮こまる子狐です……見渡せば日刊常連ばっか……けど設定が面白そうだったから仕方ない……
この気持ちを判りたい人はどうぞご一緒に(ダイマ)




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「────そこで剣士アルガンは言った。『貴様の剣を私に遺せ』と! 倒れゆく同胞の死力を借り、彼は最奥に座する魔物へと立ち向かった……」

 

 遊戯都市キュベテス。カジノを主として栄えるこの街だが、当然賭博(それ)だけで経済と財貨が回るわけもなく。儲けた金を使う為の高級店が、明日の英気を養う為の遊郭が、一時手を休める為の小洒落た酒場が、ちゃんとある。そして、その一角に腰を据えて、リュートを弾き語る羽帽子の顎髭親父。

 低く通る声と語られる武勇伝に惹かれて、皆グラスを片手に耳を傾ける。

 

「重なる試練を乗り越え、遂にアルガンは血湧き肉躍る激戦へと身を投じる! 幾本もの剣は託された想いの数ばかり。鋭い一閃一閃が堅牢な龍鱗を剥がしていく! しかし隻翼の黒龍とて負けてはいない。翼は奪われ、天空に舞う威容はない。だがそれがどうした! 例え地を這ってでも仇なす敵は食い千切ってやる! 撃ち出されるブレスは一撃必殺、中れば只人など鎧ごと消し炭だ。それでもアルガンは止まらない! 『ここで倒れてしまえば道を繋いだ仲間に何と言えばよいのか!』、そう克己して剣を振るい続ける。死闘は一昼夜を徹して行われた。そしてその果てに──」

 

 高らかに叫ばれる英雄譚は聴く者の心を離さない。口角から泡を飛ばさんばかりの男の迫力に、思わず琥珀を注いだグラスを握り締める。

 言葉を切った男は催促の眼差しを確認するように聴衆を睥睨し、溜めに溜めてようやくジャンッ! と一際大きく弦を響かせる。

 

「──一振りの白刃が、黒龍の口蓋を刺し貫いた!! 一吞みにしようと間抜けにも大口を開いて突っ込んできた黒龍への見事なカウンター! かくして彼の者は勇者に至り、安寧の世をもたらしたのであった!」

 

 一拍の固唾を飲んだ静寂の後、万雷の喝采が轟く。惜しみない爆音を一身に浴びる語り部は満更でもない顔。お捻りを求めてクルリと羽帽子を回せば流石は遊戯都市、金払いが潔く、あれよあれよと金銀銅で埋められる。中には話の前から握っていたぶ厚い札束を手渡す者までいる。

 

「それでは皆様、またどこかでお会いしましょう!」

 

 すっかり重くなった帽子を胸に抱え、深々とお辞儀する男を見て、観客は席に戻っていく。静かだった店内は騒然とした賑わいの中へ。

 

「いやあ、素晴らしい語り口でしたねえ。かなり改変されていましたけど。剣士アルガンが大翼黒龍を倒せたのは事前に準備した催眠毒のお陰ですし、仲間が死んだのは帰りの道中で盗賊に襲われたからですよね」

 

 ほくほく顔で立ち去る男の背に声を掛ける者がいた。魔術師然とした高級な光沢を放つローブを纏い、にこやかな表情を湛えた糸目の優男。外見は三十路手前だろう。

 

「……あー、元ネタを知ってるのか」

「ええ。二十年ほど前は北部で喜劇としてよく聞きましたよ。その毒薬を作った魔術師は僕らの界隈でも有名ですよ」

「ハハ、これは参ったな」

 

 軽やかに笑う魔術師に、調子が狂うのか苦笑いでガシガシと後頭部を掻く。堂々と大衆を相手取っていた威厳は微塵もない。

 

「あ、だから何だと言う訳でもないですよ? 面白かったので僕も満足してますし」

「……なら俺に何の用だ?」

 

 嘘を吐いたことによるクレームなら理解できるが、そうではないらしい。眉をひそめ、怪訝な顔になる。何か裏があって自分に接近してきたのではないか、黒い予感が胸の中に湧き上がる。

 

「実は僕も吟遊詩人(バードマン)の真似事をしていましてね。さっきは持ち合わせが無かったので、是非お捻り代わりに聞いてほしいのです。もちろん気に入ったならレパートリーに加えて下さっても結構です」

 

 語り部の秘めたる疑惑などつゆ知らず、魔術師はあっけらかんと両手を広げてそう言った。安堵に肩が落ちかけた男は丁重に断ろうとしたが、ふと魔術師の弓形(ゆみなり)の糸目を見る。そこには決して逃がさないとばかりに強い圧が籠められていた。断ればどうなるか分かった物じゃない。

 

「……分かった、聴かせてくれ」

「ありがとうございます!」

 

 渋々頷く語り部に喜ぶ魔術師。強めた圧は何処へやら。極めて純朴にはしゃいでいるが、心中にどんな化物を飼っているか。背筋に冷や汗が垂れると同時、魔術師兼吟遊詩人は若々しい張りのある声で語り出した。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

 今から遡る事幾星霜、とある王国に一人の魔術師がいた。其奴は只一つ、珍しい【属性】を持つ事を除いてはありふれて優秀な魔術師だった。歌劇や戯曲を好み、攻撃魔法よりも魔法薬学を専らとする、変わり者だった。(もっと)も、魔法薬学が得意だったのは彼の【属性】も影響しているのだが。

 兎に角、彼は平穏無事に一介の魔術師として国に奉仕していた。王族が病に臥せれば抗生剤を作り、疫病が流行れば低価格で量産できる薬を開発する。そうして時が流れたある日、魔術師の脳に突飛なアイディアが浮かんだ。『自分の【属性】は何処まで応用できるのだろうか』。好奇心旺盛な学者なら誰もが一度は通る道。例に違わず彼もその道を通った、()()()()()()()

 

 彼の生まれ持った属性は【固定】。

 読んで字の如く、固めて定める。(かつ)ては薬剤の安定や、実験器具の固定に使われる程度の属性だった。なのに、彼は面白半分で『今の自分を【固定】したらどうなるか』などと考えてしまった。その果てにあったのは、古今東西を問わず絶対なる禁忌。

 

 すなわち、不老不死。

 

 どんな名剣でも薄皮一枚()()()()()

 どんな魔法でも頭髪一本()()()()()

 どんな呪術でも顔色一つ()()()()()

 

 正しく不変。似たような物に【再生】という属性があるが、あれは脱線したトロッコを元来のレールに戻し、また走らせるだけ。対してこちらはレールにトロッコを縫い止めてしまう。脱線も事故も起こさないが、進展もしない。属性は認識次第で変貌するというのは有名な話だったが、真逆此処までとは思わなかった。

 だが、認識次第ならば『そうならない』と願えば固定は解けるはず。しかし残念ながら可変の時代に戻りはしなかった。当たり前といえば当たり前の話だ。どうして一度出来てしまったことを、決して出来ないなどと思い込めるだろうか。既に彼の認識は“固定”されてしまっていた。己によってギチギチに縛された彼はいわば、属性の奴隷(アトリビュート・スレイヴ)

 

 幸か不幸か当時の彼はそこまで深刻に考えていなかった。それどころか暢気(のんき)にも、『有り余る時間を手に入れた』など歓喜していた。始めの十年ほどは幸せだった。周りから莫大なアドバンテージを得たような心待ちがしていた。だが徐々に平凡な日常が、苦痛に感じるようになる。『自分はどの様に終わるのだろうか、(そもそ)も終われるのだろうか』という茫洋とした不安。何時しかその重荷に耐えきれず、自ら望んで余裕のある暮らしを手放し、辺境に隠遁するようになった。そこで研究のみに励み、自己の一切を思考から排除した。それは(あたか)もアイディアを練り、実行するのみのマシーン。そこまでして漸く彼は不安の魔手から逃れられる。

 何十年、否何百年ルーティンを続けたかは彼にも知り得ない。ただ、そのルーティンが途切れたのは、ある良く晴れた日だった。錆び付いた家の扉を誰かが叩く。ギィ……と油の足りない音を鳴らして門戸を開ければ、辺境には似つかわしくない綺麗な、それこそ彼が国に勤めていた時のような服を着た一団が待ち構えていた。

 生活感の無い部屋に招き入れて話を聞くに、付近の村から魔術師の噂を耳にしたらしい。

 

 曰く、かれこれ百年ほど閉じ篭もっている変人がいるが、その容姿が老けることは無い。魔法薬を作るようだから、不老不死の秘薬でも開発したのではないだろうか……。

 

 その噂を聞いた当時の【強欲】な王は秘薬を求め、命によって遣わされたのが彼ら一団だという。事の顛末を聞いた魔術師は天を仰いだ。不老不死の秘薬など存在しない、生きているのは属性(のろい)に拠るものだ、そう懇切丁寧に説明した。けれど一団は帰らない。隠すな、あるはずだ出せ、誤魔化すな。眩しい夢に目がくらんで現実を見ようともしない。

 困り果てた魔術師は旧いレシピを引っ張り出した。もちろん不老不死の秘薬でもなければ、属性を渡すような外道薬でもない。()()()()()()()()()()()し、生憎と当時の彼に呪術の心得は無かった。

 巨樹森竜(フォレストドラゴン)の逆鱗、瑠璃砂漠の朱砂、液状化金剛石、八股のマンドラゴラ、etc……。

 以上は特定の条件下において、擬似的な()()を得る薬の材料。どれもこれも素材としては一級品、容易に入手出来るものではない。これら全てを容易すれば、秘薬を作ってやると魔術師は約束した。大方無理だと見当をつけて。

 しかし欲の、属性の力とは恐ろしい。数年の歳月を経て材料が揃ってしまった。約束は守らねばならない。魔術師は最後に一つだけ要求した。

 『【再生】持ちの若者を』

 最初に要求した材料から秘薬を作り、それを王と若者の二人に飲ませる。彼が用意したのは、【属性】同調の秘薬。属性を分け合う為の薬。アトリ教の教えからすればアウトも甚だしいが、王の要望で秘密裏に行われた。

 

 さて、ここで疑問符が立たなかったか?

 何故魔術師は自分の【固定】ではなく、わざわざ他人の【再生】を同調させたのか。それは、最小限の思いやりと────最大限の嫌がらせ。

 

 無事同調の終えた王は、矢張りと言うべきか慢心した。元々【強欲】の下地があったのだ、最早我が覇道を妨げる者無しと強硬な政策を採り始めた。国民は反逆し幾度となく王を殺そうとしたが、その度に失敗。擬似的な不死身ともいえるのだから当然だ。誰も自分を止められない、その事実で更に王は増長し、苦渋の歴史が刻まれていく。

 

 ……まあ、この程度は魔術師の掌の上だったが。

 

 やがて民草の恨みは募り、再び王を捕らえた。それでも王は笑みを絶やさない。自分が死なないと知っているから。だが、その笑みを突き崩すようにある男が言った。『お前が本当に死なないのなら、俺達は永遠にお前を殺し続けてやる』。

 

 斬って殴って蹴って折って燃やして刺して撃って弾けて沈めて喰わせて溶かして抉って刻んで吊して墜として盛って開いて挽いて()り抜いて埋めて轢いて潰して千切って捌いて……。

 

 考えられる限り、なんて生易しいモノじゃない。想像以上の拷問のオンパレード。最期には王から介錯を願うようになる。それでも民は満ち足りた笑顔でこう言うのだ。

 

 『嫌だ』と。

 

 一欠片の救いも無いように思われた王だったが、魔術師はこうなることを見越していた。だから己の【固定】ではなく、僅かばかりの慈悲で【再生】にしたのだ。終わりのない固定(トロッコ)ではなく、終着点(じゅみょう)のある再生(トロッコ)に。

 

 斯くして王は冷たい獄中で、漸く安らぎを得られたとさ。めでたしめでたし。

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△

 

 

「それで、その魔術師がお前か」

「はい」

 

 話し終わるやいなや語り部から投げかけられる疑惑を、【固定】の魔術師──ロイド・クリンソベリルは隠し立てもせずに、肯定した。

 

「興味は持ってもらえました?」

「確かに興味深い噺だが、語るには──」

「ああ、そっちじゃなくて」

 

 ロイドはピンと伸ばした傷一つないまっさらな指を、語り部の膨らんだポケットに向ける。

 

()()()()()()とか、思いませんでした? それ、呪符ですよね。先程一枚拝借しました」

 

 指の先には、無造作に突っ込まれた札束。逆の指には複雑な紋様が描かれた紙切れが一枚、挟んである。ポケットの札束は語りのお捻りとして受け取っていたものだ。しかし思い出してほしい。その札束は、()()()()()()()()()()()()? 語り部が語り始めるよりも更に前だ。よくよく思考を巡らせばおかしいのだ、商品も見ずに代金を払う人間などいるだろうか? つまりそれは(あらかじ)め渡す事が決まっていた物。ついでにいえば金貨が飛び交うあの場で、わざわざ手渡す必要などない。

 言わずもがな全て邪推だ。彼の語りに前評判があって、会って渡そうと予定していたのかもしれない。だが、数百年生きてきた目端と勘は相当に鋭い。

 

「……本音を言っていいか?」

「どうぞ」

「滅茶苦茶試してみたいことがある。ボスにも断りをいれなくちゃだがな」

「それはよかった」

 

 獰猛に口角を上げる語り部と、大袈裟に胸を撫で下ろす吟遊詩人。傍からすればかなり奇妙な構図だ。

 

「後悔はないな?」

「そんなものはとっくの昔に枯れ果てました。今を含めて僕は死んでるようなものですし」

 

 何も変わらない、変えられない日常には限界が来ていた。生きているとはなんだろうか? 鼓動を打ち、呼吸をしていればそれでいいのか? なんというか、次元が異なっている気がした。だから彼は語り部に声を掛けたのだ。自分とは違う技術を持つ彼らなら、次元を揃えてきっと殺してくれると信じて。

 

「ならいい」

 

 羽帽子の中身をジャラジャラと布袋に移し替えて被り直せば、語り部はそのまま無言で音も立てずに歩き出す。その後をロイドは貼り付けたような偽物ではなく、初めて心底からの笑みを携えて着いていった。

 それから彼らの姿を見た者は一人もいない……。

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 ジャンッと年季の入ったリュートが弾かれ、パチパチと控えめなクラップ。ここは王都場末の酒場。

 

「……やっぱり前のような冒険活劇の方がいいですか?」

「そうさなあ……面白いんだが、こう、熱くなれないんだよな」

 

 リュートを抱えた男は聴衆の顔色を窺い、一人の指摘にううむと唸って顎を撫でる。彼のような客商売にとって客の意見とは則ち天啓だ。

 

「よし、それじゃあ次は」

「待ってくれ!」

「……なんですか」

 

 天啓に従って、落ち込み気味のテンションを引き摺り上げて次へ行こうとすれば、別の観客に止められる。八百万の(きゃく)を相手にするのは大変なのだ、不満げな雰囲気(オーラ)を醸しても広い懐で受け止めてくれるとありがたい。受け止めるスペースが足りないなら、懐から財布を出してくれるともっとありがたい。

 

「結局その語り部は何者だったんだ?」

 

 客の疑問に、うんざりした色を覗かせながらも説明してやる。遥か昔から、他人に求められれば断れないのが性なのだ。

 

「ああ、彼はさる反社会的秘密結社の構成員でした」

「じゃあ魔術師は死ねたのか」

「いいえ? 死ぬ目処は立ったんですが、その組織のトップがこれまた酔狂な人で。魔術師が語り部にしたのと同じ話をすると、属性同調の秘薬を持ってきたら殺してやる~とか言うんですよ。まあ研究熱心な呪術師からすれば古代の秘薬なんて垂涎物ですしね。おかげさまで魔術師ロイドは未だに死ねず、材料を探して世界中を歩いているって話です。え、タイトル? えーっとそうですねえ……嘘ばっかりの秘密結社構成員と、ある意味死んでる男の話ですから──」

 

 

 ──騙り部(カタリベ)吟遊死人(ギンユウシジン)、なんてどうでしょう?

 

 

 






正直、最後をやりたいだけに小説書いた節ある


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