イルミネ世界樹日記 (すたりむ)
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第一階層(1):田舎女、ギルドを立ち上げる

・皇帝の月、13日

 今日、ギルドをクビになった。

 

 

~イルミネ世界樹日記<完>~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 待てコラ。勝手に完結さすなっ。

 ことの起こりは今日。いつも軽薄なギルドマスターのハルゲンス、略してハゲ(関係ないが性格が軽薄だとやがて頭髪も薄くなる。うちの部族の言い伝えだから間違いない)に連れられて三階を回っていたら、途中でなんか妙にえらそうな冒険者の一団と出会った。

 どうもハゲ(関係ないがハゲハゲ呼ばれているとやがて頭髪も薄くなる。うちの部族の言い伝ry)の知り合いらしいその連中は、私を見て「なにそのうすぎたねー田舎女。おまえそんなのとつるんでんの? プッ」(意訳)とか抜かしやがった。これだけでも怒髪天だったのだが、ハゲ(関係ないがともかくこいつはハゲる。うちの部ry)曰く「ですよねーww」(意訳)。で、帰ってきて即「おまえ解雇」。

 マジでムカついたので部族に伝わる呪法でハゲるように呪いかけといたが、それはともかく困った。まさかこんなところでフリーターに逆戻りとは。終身雇用とかいつの時代の話だろう。格差社会ですね。

 ……いやいやいや。現実逃避している場合じゃない。

 ともかく、能力で切られたわけじゃないのは幸いだった。これなら再雇用の口は十分あるはず……とはいえ、へんなところに行って、また今回みたいに理不尽に切られるのも嫌だ。ちょっとは実戦経験も積んでハクも自信もついたことだし、いっそ自分でギルド立ち上げてみようか。と思って、ギルド登録所に行った。いけすかない甲冑の女から、おまえには無理だからやめとけとか言われたが当然無視。法令的にヤツは止める権限を持っていないので、気にしなければいい。名前は部族の伝説にある英雄から取って、パレッタとした。

 とはいえ、組む人材がいないのは深刻だ。とりあえず募集かけといたけど、ちゃんと集まるかな。治療技術持ちのいるギルドは少ないから、こっちの需要は十分だと思うんだけどね。

 

 

・皇帝の月、14日

 ひとりしか来なかった。南無。

 しかも使えそうもないガンナーの小僧。マイトとか名乗ったそいつは、実力を質すと誇らしげに履歴書を見せびらかした。元・がんそロックエッ所属。――なにそのダサい名前のギルド。と言ったら、当人からはジト目で睨まれ、ついでに横にいた甲冑女に笑われた。むかつく。なんでも、エトリアから流れてきた組の超腕利きギルドらしく、たどり着くなりあっという間に有名ギルドの仲間入りとか。

 まあ、どんな経歴だって使えればそれでいいんだけど。なんか不安だなー。甲冑女にイヤミ言われるから絶対口に出さないけど、こんなんでちゃんとやっていけるのか。

 

 

・皇帝の月、15日

 満を持して公宮にギルド登録届を提出。おまえ本当に大丈夫か的な視線を浴びながらも、新ギルド登録ミッションを獲得することに成功した。

 んで、入り用のブツを手に入れるために交易所へ。マイトのヤツは弾丸をえらく念入りに選んでいた。ああいうところはプロっぽいんだが、普段の言動がどうにもうさんくさい。こっちはこっちで防具の調達が死活問題だ。なにしろガンナーを前列に置くわけにはいかないわけで、私が魔獣の攻撃から盾にならざるを得ないのだった。

 けっきょく、軽くて使いやすいバックラーと攻撃回避用のブーツを買い込み、宿へ。貯蓄がだいぶアレになってきたけど、まだ飢え死にするほどでもない。幸い、私が泊まっている宿は、実績のある冒険者ほど高い代金を取るという方針らしく、実績もなにもない私はタダ同然で泊まれるのだった。――くやしいなあ。いつか見てろ。

 そんでもって、なぜかついてくるマイトにさっさと帰れと言ったら、なんと同じ宿に泊まっていたらしいということを知ってびっくり。なのにいままで面識がなかったのか……不思議だ。

 

 

・皇帝の月、16日

 ボロボロで帰還。

 えーと返品しちゃダメですかこのガキ。マジで使えないし。ネズミ一匹、2発撃っても倒せないガンナーなんて要らねえよ! うがああああ。

 ミッション自体は辛うじてこなしたが、地図を作れなんて簡単なミッションでよかった。ぶっちゃけごまかしまくり。通ったことのない通路を勘で書き殴ったりして、むりやり地図っぽいものを作って帰ってきた。監督の衛士の「いいのかな、これ、認めちゃっても……」的な視線が忘れられません。どーしたもんだろ。

 まあいい。ともかく、生きて帰ってこれたんだ。今後のことは今後の課題にしとこう。マイトの馬鹿も、鍛えれば使えるようになるかもしれないし。望み薄だけどネ!

 

 

・皇帝の月、17日

 相変わらずマイトは使えない。使えないが、まあそれでも一応魔獣狩りはできるし、贅沢言うのはやめておこうかな、と思えるようになった。我ながら寛大だ。諦めたとも言う。

 さて、今日は馴染み……ではない、いままでのギルドで行ったことのない酒場に顔を出してみることにした。うさんくさい親父がやっている店だが、一応酒を出すだけじゃなくて、民間からの依頼をギルドに斡旋する仕事もやっているらしい。最初は裏の仕事なのかと思ったが、掲示板立てておおっぴらにやってるところを見ると、どうも公的にも認められているようだ。……その割にはヤバそうな仕事も多く見えたけど。特に危険な花びらの球根とか、どう見ても暗殺用です本当にありがとうございました。

 と、いうことを指摘したら、くだんの親父はえらく慌ててその依頼を差し止めていた。……気づかなかったのかよ。いい加減だな、と言ったら、うるせー毒物の知識なんざ堅気の俺が知るわけねーだろ、と返された。正論だけどちょっと気になる。私は堅気じゃないのか?

 で、それがきっかけで妙に親父は馴れ馴れしくなって、新人ならこの仕事なんてどーよ、とかいろいろ薦めてきた。で、その中のひとつ、一階で泉から水をくんでくるだけの仕事が楽な割に良報酬っぽかったので、挑戦することにした。なにしろ水場は入り口からとても近く、しかも私たちは昨日その近くを通っている。

 めちゃくちゃゴツい芋虫とかがいて死ぬかと思ったけど、なんとか相手に見つからずに水ゲット。死の危険に晒されながらかろうじて脱出、しかけたところでモグラからいい一撃を食らって、気づいたら薬泉院のベッドの上だった。うまく逃げられたのか、とマイトに聞いたら、胸を張ってきちんと倒したと返してきた。マジですか。ガンナーが盾役もなしに一騎打ちとか、正気とは思えない。よく全滅しなかったなあ私たち。

 

 

・皇帝の月、18日

 ちょっとずつ、マイトが使えるようになってきた。というか、さすがに2発あれば敵も倒せるようになってきた。よしよし、これなら安定して稼げる、とか思った矢先に針ネズミから痛いの食らって気絶。

 ……そりゃそうだ。ガンナーは後衛戦闘向きでも、私に単体で前衛はちと荷が重い。真剣にパラディン求む。

 で、めげずに探索続行。地図ミッションのところをあまりにいい加減に済ますのもアレなので、勘で書いた部分を埋めることに。あと残っているのは広間風の場所だけだったので、そこに行ってちょっと休むかーとか思っていたら、見たことのない色の蝶に襲われて泣きながら退治。ギリギリだった。なんか珍しい羽根が手に入ったので交易所で売ってみたらそこそこの額になってびっくり。最近は金もジリ貧ぎみだったので正直助かる。

 

 

・皇帝の月、19日

 事件が起こったのは、一階。奥へと続く、迷宮の中の通路だった。

 突如、凶暴な悲鳴が上がったことに驚いて前を見ると、見知った顔のパーティが怪獣に襲われていた。――えーとなんだあのバケモノ。人間の体格を遥かに上回るぷりちーなお姿にもうヘロヘロです。ハルゲンス君、ハゲる前に死んじゃってかわいそー。南無。

 冗談はともかく、アレはさすがに私たちでは対処できない。ていうか、見つかったらこっちまでお陀仏だ。なので、近場の強そうな冒険者探してこい、とマイトに言おうと思ったら、いない。先に逃げたか? と一瞬焦ったが、……実際は、予想の遥か斜め上だった。あいつは、周辺の木の陰に隠れて、怪獣相手に氷の特殊弾丸をぶっ放しやがったのだ。

 当然、そんな即席の奇襲がうまく行くはずもない。弾丸は命中したものの怪獣を倒すには至らず、臭いであっさり居場所を突き止めたとおぼしき怪獣の突進にはねとばされてマイトはべしゃ、と顔から地面に着地、動かなくなった。――あの、馬鹿たれ。

 考えてる暇はない。とどめを刺すべく再び突進しようとした怪獣の鼻先に石を投げ当て、こっちに注意を向けておいて全力で逃げ出した。見よ、部族一と言われたこの健脚――って怪獣HAEEEEEEEE! あっという間に追いつかれそうになり、こうなりゃせめて剣で一撃、とマジで腹をくくった瞬間、

 

「あー、悪いけどちょっと離れてくれる?」

 

 声とともに、木の上からひとつの、影が。

 

「死ぬぅえええええええええええええええええああ!」

 

 どす黒いかけ声とともに棍棒一閃。信じられない速度で怪獣の頭が大地に叩きつけられてめり込み、突進の勢いがついて止まらない身体のほうが跳ねてこっちのほうに「ふん!」ばきゃっ、という軽快な音とともに逆側にはね飛ばされて地面にずずんと落ちる。――終了ー。お疲れさまでしたー。

 

 

 飛び降りてきたメディック――メディック?――は、倒れた怪物に一瞥だけくれてから、こっちには見向きもせずにマイトのほうへずかずかと歩いていった。

 マイトの奴は、のんきに頭を抑えてうめいていたが、一応無事みたいだった。頭を振りながら顔を上げ、そこにいる人影を見て驚いたように「あ、アシタさ、」げしっ。とメディックの蹴りが入り、マイトは再び頭を抑えてうずくまった。

「これで二回目。いや、三回目か。キミが死んだのは。

 前も言ったはずだよね。自分の力量はわきまえて、できることだけをやれって。それ以上をやろうとすれば死ぬし、あたしはそういうのが嫌いなの。言ったよね?」

「す、済みません……」

「済みませんじゃないの。いい加減こっちも堪忍袋が限界でさ。

 はっきり言うけど。自分の死線を見極めることもできない阿呆に冒険者なんて務まらない。続けていてもすぐ死ぬのが関の山だし、さっさと――」

 声が、途絶える。

 ……や、まあ。私が割り込んだからだけど。

「なに。反論でもあるの」

 いやあ、べつに内容にケチ付ける気はありません。実にその通り。

 でもさあ。それは、あなたが言うべきことじゃないよね?

「――どゆこと」

 だからさあ。その小坊主、いまはうちのギルドのメンバーなわけ。過去どうだったかとかはともかくとして。

 助けてもらっといて悪いけどさあ、筋が違うと思うわけよ。説教するのもクビ宣言するのも私。外部にでしゃばってもらっちゃ困るの。

「……ほーお。

 よく言えたものね。その程度の実力で。あたしが来なかったら死んでたくせに」

 マジで睨まれる。くそ、負けるかっ。

 ……でも棍棒で殴られたら嫌だなあ。たぶん一撃で死ぬよね私。どうしよう。

 しばらくそのままでいたメディックは、やがてふふんと鼻で笑った。

「いいわ。その小僧の去就はキミに任せる。

 ただし。今度はあたし、絶対助けないわよ。たとえ視界の真正面に入ってこようと、手出しは絶対しない。

 ――ケケケ、覚悟しとけよ」

 言い捨てて、そいつは場を去っていった。

 ……さて、と。

 考えてみると、ものすごい啖呵を切ってしまったような気がする。なので考えないことにしよう。

 とりあえず、今日はもう切り上げよう。マイトの奴は使い物になる状態じゃない。

 

 

 街に帰ってわかったのは、どうやら上のほうの階で騒ぎがあって、そのあおりで上にいた魔物のうちのいくばくかが下へ降りてきてしまった、という話みたいだった。

 幸い、大半は有名ギルド――あの、アシタってメディック率いるギルド「がんそロックエッ」(しかしひどい名前だ)も含め――の哨戒によって退治されたと思われるのだが、まだ数匹残っている可能性があるとか。……物騒だなあ。明日からどうしよ。



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第一階層(2):最初の死闘

・皇帝の月、20日

 マイトが辞表とか書いた紙を持ってきたので、その場で破り捨ててやった。ついでにぶん殴った。

 んで、さすがにむかついたらしく噛みついてくるマイトに、私は言ってやった。理由を言ってみろ。冒険者やめる理由。

「そんなの決まってる。やりたくなくなったからだ」

 うそつけ。だいたいおまえが堅気でやっていけるクチか。銃使うしか能がない、口の利き方もなってないヒヨッコのくせに。

「……じゃあ、どうしろってんだ」

 まず反省。昨日、自分の行動にはどんな問題があった?

「そ、それは、無茶な行動をして」

 いや無茶な行動て。そんなの、二人で迷宮に出てる時点で無茶でしょうが。

 樹海での行動は回復役含む五人組が基本。多ければ狭い樹海では行動しづらく、少なければ単純に戦力が足りない。これが腕利きなら少人数でもどうにかなるけど、私たちはただの駆け出し。おまえだけじゃない、私だって壁としちゃ不十分なのは承知の上だ。

「…………」

 なあマイト。冒険者なんてそんなもんだろう。

 しょせん私たちは、無茶を承知で魔境に挑む命知らずだ。危険を減らすことはできるけど、なくすことなんてできやしない。だから、おまえの行動が持っていた問題は、無茶なんてことじゃないのだ。

「じゃあ、なんだよ?」

 考えろ、馬鹿。

「……勝手に行動したこと?」

 それもある。パーティは行動の基本単位だ。その内部で勝手な行動を取るのはまずい。

 でもそれより大きな理由は、すごく単純だ。おまえは無茶を、無茶だってわかってたのに、無茶なまま実行しようとした。

 無茶をやるのはけっこう。でも無茶をやるなら、やり通さないとダメだ。あの怪獣みたいなのは、おまえの一撃で倒せるレベルの相手じゃない。なら――どうして、先に私に、言わなかったのさ。

「――それは」

 私だけじゃない。襲われてるパーティに、少しだけでも時間を稼ぐように声をかけることもできた。私とあの連中が混ざれば、もうしばらくの間は時間を稼げたかもしれない。時間を稼げれば、相手をしとめることはできなくとも、足に怪我をさせるくらいはできたかもしれない。足に怪我をさせることができれば、その後で逃げ延びることだってできたかもしれない。

 そういう可能性を考えずに、ただ無茶を無茶なままやるから、駄目なんだよ。わかってるのか、小僧。

「……小僧って言うな。小娘」

 うるせえ。

 ま、お説教は以上だ。もう一度だけチャンスをやるから、今度の無茶はもう少し考えてやれ。

 その時は、手伝ってやらないこともない。

 

 

 言うだけ言って、後はもう一日休むように伝えて、私は自分の部屋へと戻った。

 まあ、アレだ。口先三寸が得意なこと。

 私には詐欺師の素質でもあるんだろうか。とか考えて、苦笑。少なくとも、自分で言ったことに自分でヘコんでいるうちは無理だろ、詐欺師。

 マイトはごまかせても、私自身はごまかせない。

 要するに、私は。未熟で無茶な私が冒険者失格だなんて、認めたくなかっただけなんだ。

 マイトのことなんか考えてなかった。私はただ、あのメディックの言葉を自分に向けられたと感じて、必死で否定しているだけ。

 私は、未熟で無茶で。

 のけ者同然だった部族のコロニーを抜け出して、一発当てようとして足掻いている、はみだし者のならず者だ。

 それでも。

 生きている限り、無茶は正当化できる。はずだ。

 そう、信じているから。

 

 明日も、また頑張ろう。

 

 

・皇帝の月、21日

 今日は二階まで行く、と宣言したら、マイトの奴はちょっと驚いた顔をした。無茶だ。知ってる。でもやる。

 勝算はあった。前のギルドで三階まで行ったことのある私は、二階に向かう通路の位置は覚えているのだった。だから、ちょっと顔を出すくらいならできる、はず。

 芋虫さえ出てこなければネ。

 案の定、ものすごいでかいのが出た。糸を吐いてこっちの行動を邪魔すること邪魔すること。だが舐めてもらっては困る。そんなもの後列には通さないし、打撃も気合いで乗り切れる。ついでに言えば、こっちがダガーで援護すればギリギリ銃弾二発でも急所に届く。

 危機一髪、私が倒れる前になんとか倒れてくれた。いやもう、マジでギリギリ。突進ではね飛ばされそうになって踏ん張った甲斐があった。死ぬかと思ったけど。

 そうして二階に初進出。これからも頑張ろう。

 

 

・皇帝の月、22日

 驚いたことに、マイトの銃撃の精度が急激に上がってきた。

 自信がついた、ってことなんだろうか。急所に一撃、ネズミ昏倒。蝶だって二発で行ける。

 で、いい気になって二階を探索していたらリスみたいなのにアリアドネの糸を盗まれて死ぬかと思った。ホント樹海は舐められないイベント満載だぜフゥーハハハハー!orz

 

 

・皇帝の月、23日

 二階探索中。

 ……死体見ちゃった。げろげろ。

 なんか鹿の魔物みたいなのがうろついている通路だったんだが、明らかに角で一撃された跡。こえー。絶対近寄らないようにしよう。

 と、マイトがじーっと見ているのでなにかと思ったら、「財布が盗まれてる」だそうな。……おまえね、どこ見てるんだよ。ていうか、みんなよく死体から剥ぐ勇気があるなー。肉に魔物が群がってきたりしそうなものなのに。

 

 

・皇帝の月、24日

 えーたいへん言いにくいことなんですが金が尽きた。どーしよ。

 なので酒場行き。至急に仕事はないか、と言ったら親父のやろう、こっちをじろじろ見回した上で

「剣士がいりゃあなぁ……」

 待て。そりゃどういう意味だ。と聞いたら、どうも大公宮のほうででっかい募集があるとのこと。即金で払いのいい仕事はそれくらいなのだと言われ、考えること三秒。決めた。マイト、おまえやれ。

 というわけで、超即席でうちの部族の伝統剣技を叩き込み、迷宮で実技一時間。私の装備を全部持たせてそれっぽい格好に仕立てて即酒場へ行き、時間ギリギリで募集に間に合った。

 そして、見事採用された。マジすか。

 後で聞いた話だと、ほんっとうに使えなさそうな奴しか来なくて、実技ではマイトが一番マシだったとか。うへーありえねー。仕事はなんだったってマイトに聞いたらすげー疲れた顔で、新人衛士の訓練、と答えてきた。……おい、マジでいいのかそれ。この国すげー。もう衛士は信用しないことにしよう。

 

 

・皇帝の月、25日

 二階で、誰が置いていったのかわからないよさそうな銃ゲット。

 それによってマイトが超強化。ほとんどの敵を一撃で倒せるようになった。すごいねー。できればサボテンも一撃で倒してくれ。アレ超痛い。

 

 

・皇帝の月、26日

 迷宮に入ったときから、どうも様子がおかしいとは思っていた。

 いつもより静かだ。魔物たちが鳴りを潜めている。そして、異様な悪寒。

 ――案の定。

 二階へと続く通路。その前の大広間に陣取っていたのは、例の怪獣の生き残りだった。

 

 

 有名ギルドの掃討作戦も終わり、強い冒険者の大半は上の階にいる。だが、討ち漏らしたか新たに上の階から降りてきたのか、ともかくそいつはそこに鎮座して、あたりの様子をうかがっていた。幸いこちらはうまく隠れることができたが、このままだとすぐうっかりさんがやってきて、死人が出るだろう。

 だから、私は言った。マイト、どうする。やっちゃうか。

「……やってみたい」

 特殊弾丸は何発ある。何発で倒せる。

「四発。

 たぶん、三発も入れば、体温が低下しすぎて動けなくなる。は虫類だから」

 不意打ちで一発。つまりは、二発分の時間を稼げば勝ちだな。

「……全部当たれば、だけど」

 当てろ。命令。

 こっちは死ぬ気で守る。守り通してみせる。――無茶、始めるぞ。用意はいいか、相棒。

「わかった。絶対倒す」

 いい返事だ。

 

 

 相手の動きを探る。どうやら空腹らしいそいつは、しきりに鼻をひくひくさせながら周囲を伺っている。きょろきょろ動かしている顔が、こちらの反対側をちょろっと向いた。――いま。

「撃て、マイト!」

 声とともに放たれた、強力な冷気を放つ弾丸。それが怪獣の首筋をかすめて奥へってあっさり外してるんじゃNEEEEEEEEEEEEE! この馬鹿!

 咆吼。ああもうしょうがない。しょうがないので目立つように広間に飛び出して相手を牽制する。それを見た怪獣、まったく一切の躊躇なしにこっちに突撃してきたうぎゃあ怖えええええええええ! 飛び退きつつバックラー押しつけてかわしたが、その盾ごと思いっきりはね飛ばされて尻餅。やばい目が回ってる!

 と、怪獣の悲鳴。白い尾を引いた弾丸の軌道が、命中したことを教えてくれる。まず一発。だが相手は、それによって標的をマイトに変えた。

 すさまじい速度で突進。マイトはまだ弾丸を込め直していない。ダメもとで投げつけたダガーも空を切り、相手はマイトをそのままはね飛ばした。

 が、しかし。はね飛ばした直後、怪物がまた悲鳴を上げた。

 はね飛ばされたように見えたマイトは、実ははね飛ばされていなかった――というのは嘘。正確には、はね飛ばされることを想定した上で銃の構え方とかを工夫していたっぽい。ともかく飛びながらの曲芸的な射撃で、怪物に二発目の弾丸が入った。

 ……上等。

 こうなったら最後まで付き合うさ。距離は至近。弾丸は残り一発。時間さえ稼げれば勝てる。怒り狂いながら倒れ込んだマイトの方へ突進してくる怪獣の前に、私は立ちはだかった。盾を構え、受け身を取ろうなんてことも考えず、ただもうひたすら必死で、――盾の角の部分を、相手の鼻先に叩きつけてやった。

 怪獣が、ちょっとひるんだみたいに速度を落とす。落として、――そしてそんなのぜんぜん関係なく、鞠みたいに軽々と私の身体はぶっ飛ばされた。うわあグルグル回ってこれはこれで楽しい。とかやってたら背中から木の幹に激突。肋骨がめきょって言ってすごい痛い。枝とかあったらたぶん身体貫通してお陀仏だっただろうなあ。痛みで霞む視界に、三発目の特殊弾丸を食らって昏倒する怪獣の姿が、映った、ような。

 

 

 で、気がついたら薬泉院のベッドで、ベッドのそばにはあの、アシタとかいうメディックがいた。

「おー、もう目を覚ました。意外と頑丈だね、キミ」

 ……なにしに来たのさ。

「ただの冷やかし。用とかはないよ。

 とはいえ、やっぱり無茶したんだね」

 して悪いか。

「悪い。

 ……ま、いいけど。しょせん他人だし、今回は死ななかったし」

 言って、アシタはよっこいしょと椅子から立ち上がった。

「ついでに。調べさせてもらったわよ」

 なにを。

「キミの経歴。

 なんか、普通の人間に見えないものが見えるって言うじゃないか」

 ――へえ。どっから調べたのかね?

「さあ? あたしは相棒に丸投げしただけだし。

 ま、あんまり樹海で役に立ちそうな能力でもないけど」

 役に立つなら部族飛び出てきてないし。

「だろうねー。

 まあ、なんでそんなに焦ってるかはわかんないけど。そんなに自分の居場所がなくなるのが怖いかね」

 うるさいな。

 ……というか、あなたこそずいぶんこだわるじゃないか。そんなにあの小僧が気になる?

「そりゃま、あたしがギルド追い出したせいで死んだってことになったら後味悪いじゃない。気分的に。

 でもまあ、それも今回でおしまいかね」

 え、なんで?

「そりゃ決まってるでしょ。いまのあいつが死んだらあいつのせい。あたしのせいじゃないって思ったから。

 言いたいことはそれだけ。じゃあね」

 ばいばい、と手を振って、アシタは部屋を出て行った。

 ……けっきょく。

 最後の言葉が、ものすっっっっごく遠回しな褒め言葉だということに気づいたのは、宿に帰ってしばらくしてからだった。




 だいたい暖まってきたところなので、ここでメインパーティのキャラ紹介を。


1)イルミネ
年齢:17
性別:女
クラス:ドクトルマグス
アラインメント:Lawful-Neutral
 本作の主人公。ギルド「パレッタ」の作成者にして主。
 地味、腹黒、小物臭を兼ね備えた最強にかわいくない女だが、覚悟を決めたときの決断の速さと思い切りの良さは随一。
 アラインメントはLawfulになっているが、これは法律を守らなきゃいけないというより、法律守ってりゃなにしてもいいんだぜゲヘヘ、という意味。ただしそれでもEvilになりきれずNeutralなあたりが小物。
 女子力は最底辺だが自活力はそれなり。


2)マイト
年齢:15
性別:男
クラス:ガンナー
アラインメント:Chaos-Good
 無鉄砲な鉄砲使い。わりと無茶をするくせにひ弱。でもめげないあたり実は根性があるのかもしれない。
 いいことだと思ったことをするためなら突進する癖があるが、イルミネに押さえられて少し頭を使うようになる……模様。まだわからない。
 ただ、とっさの際の機転は実はかなり利く。応用力は豊富。


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第一階層(3):獣たちの長、フロースガル

・皇帝の月、27日

 驚いたことに大公宮から報奨金が出た。

 ……ミミズの涙くらいネ。

 なんとなく「討ち漏らしてた不祥事については突っ込まないでね」的な意図を感じなくもないが、まあいいや。金もらって不機嫌になる理由はない。マイトのやつも専用弾丸をたくさん買えて満足そうだし、私も防具を新調しようかな。

 ともあれ、まだ体調的に完治していない、というか昨日の夜から背中がものすごく痛いので樹海はお休み。明らかに打ち身なんだけど、どーしようこれ。あんまり長く治らないと金が尽きるしなあ。

 

 

・皇帝の月、28日

 ロックエッジ(がんそじゃない方)のメディック、エレさんがなぜか見舞いに訪れてきた。

 なんでもアシタから「なんか後遺症あったら治してやっといて」と言われたらしい。……自分でやれよ。メディックだろあいつ。と言ったら、エレさん曰く

「いえ、あのひと治療スキルぜんぜん持ってないんですよ」

 ――それは本当にメディックなのか。と問いたい。問い詰めたい。小一時(ry

 で、薬草から作ったというテープをぺたぺたと。うわあこれものすごい効きそう。案の定夜にはほとんど痛みがなくなっていて超感謝。……ホントにいいのかな、タダでこんなんやってもらって。

 

 

・笛鼠の月、1日

 体調も完治したことで樹海探索再開。

 で、あっさり三階まで進んだ。うわなんだこれ。前と違って私に打撃耐性がついた&マイトの射撃精度が驚くほど上がったせいで、ほとんど敵がいなくなったのが大きい。

 で、磁軸の柱と呼ばれる探索上の拠点に到達した。これは、よくわからない古代技術によって、登録した冒険者を樹海入り口からその地点まで引っ張り上げてくれる機能を持っている。……降りるのは自分でやらないといけないんだけど。前みたいにリスにアリアドネの糸を取られたら死、あるのみだ。怖い。

 

 

・笛鼠の月、2日

 特殊弾丸ぶっ放しまくり、調子に乗りまくりで突き進む。途中出てくるカマキリのバケモノは華麗にスルー。

 で、なんかでかいテントウムシが大量に出てきたが、攻撃はしょぼいしたいしたことないだろーとか思って余裕かましてたらすっっっっごいでかい花のお化けを呼ばれて本気で死ぬかと思った。特殊弾丸もまるで効きやしないし。鬼力化の巫術を覚えておいてよかったー。このおかげで、辛うじてマイトが相手を倒せた感じ。私は花に喰われる瀬戸際まで行ったけど。

 で、倒したはいいがこっちはボロボロなので帰ろうと思ったのだが、気づいたら奥に進みすぎていて帰り道がわからない。ていうかそれ以前に、アリアドネの糸買い忘れてるー! どうしようかと真っ青になっていたら、通りすがりのギルドに拾われてかろうじて九死に一生を得た。

 ベオウルフ、という名のそのギルドは、パラディンのフロースガルと獣のクロガネからなる特異なギルドだ。少人数ギルドの運営者として、こういう先達の存在はものすごく勇気づけられるのだが、それを伝える気にはなれなかった。……わかっちゃったんだよなあ。このギルド、昔はもっと仲間の獣の数は多かったんだ。なんらかの事情で――いや、言葉を選んでも仕方ない。要するに、何匹か死んでこうなった。さすがに、その状況でさっきの気持ちを伝えたら相手を傷つけかねない。

 で、帰還。今回は運に助けられたが、次回はないな。以後は気を付けよう。

 

 

・笛鼠の月、3日

 昨日と同じように三階を突き進むうちに近道発見。危険な場所をかなりショートカットして奥に進めるようになった。

 で、森を探索しているうちにちょっと変わった広間発見。どうやら周囲とだいぶ異なる種類の木が生えているみたいだった。ちょっと気になったのでメモっておいて、帰ってきて交易所で売り子さんにその話をしたら大感謝された。なんでも、その種類の木材には特殊な需要があるらしい。

 で、職人連中からプレゼントってことで新素材のベストをもらった。うわあすっごく着心地がいい。衝撃緩和力もばっちりだとか。これは嬉しい。

 

 

・笛鼠の月、4日

 森の中の開けた広間に出たところで、乱入してきた大量の鹿たちに襲われた。

 マジで死ぬかと思ったけど、たまたまその場にベオウルフがいて助かった。クロガネが遠吠えを駆使して相手を誘導し、引き離して隠れつつ孤立した鹿を一匹ずつ狙撃。見つかったら私とフロースガルが死ぬ気で時間を稼いで逃げる。そんな感じで辛うじて命をつなぎ、気がついたら鹿たちのほうがどこかに消えていた。助かった……ていうか、案外私たちとベオウルフは相性いいな。組まないか、とは、キャリア的にちょっと言いにくいけど。

 で、状況だけでも確認してから帰ろうと思って広間の奥を覗いてみて、本気でびっくりした。死体の山。うちいくばくかは格好からして衛士、そして残りの大半は鹿。どう見てもさっき暴れてた鹿の大群の残骸にしか見えないそれを前にして、どうやら生き残ったらしい二人の冒険者たちが、のんきにこっちへ向けて手を振っていた。

 グレイロッジ、というギルドに所属しているらしいその二人は、見かけとは裏腹にめちゃくちゃな凄腕だった。せっかくだからと同道した帰り道、いきなり出てきたこの前のでっかい花にバードのムズピギーがひょい、と矢を撃ち、ひるんだところに飛び込んだパラディンのマハが盾でごつん、とぶん殴って終了。先生、早すぎてなにもできません!

 そんなこんなで帰ってきて本日の探索終わり。なんか凄いもの見ちゃったなぁ……私たちも、ああいう風になれる日が来るんだろうか。無理っぽいけど。

 

 

・笛鼠の月、5日

 昨日の怪物の群れは、どうやら上にでっかい魔物が降りてきたせいでトコロテン式にでかい魔物が下に降りてきた結果ああなった、ということらしい。なるほどそりゃ大変だ。

 大公宮からはさっそく、腕に自信のない冒険者は樹海に入るのを控えろという通達が出た。……そりゃ無茶だろう。こっちのおまんまに関わる。そんなわけで無視していつものように樹海に行こうとした私たちを、フロースガルが引き留めた。そりゃもう、無茶苦茶すごい勢いで。

 彼曰く、いま五階に湧いている魔物のせいでそれ以下の階はひどいことになっているのだそうな。少人数で出かけてなんとかなる状態じゃないからやめとけ、と。――いや、あなたがそれを言いますか。と言いたかったが、黙っておいた。なんとなく、言わない方がよさそうな気がしたのだ。

 とはいえ貯えもそんなにあるわけでなし、どーしたもんだか。特殊弾丸撃ちまくりすぎて金も尽き気味だったし、と他人事のように言ったらマイトからにらまれた。ふんだ、私は事実を言っただけだもんね。弾丸撃ったのは私の指示だろって? うるさい。

 

 

・笛鼠の月、6日

 困ったときの酒場頼み、ということで行ってみた。

 親父にさっそくいい仕事紹介してくれよ、と言ったら、ものすごい勢いで飛びつかれた。なんでも、いまは樹海の異常事態に対処するべく有力な冒険者がほぼ出払っているので、人手がいくらあっても足りないとか。

 で、ざっと見た限り、樹海に行かなくて済む仕事で割のよさそうなのは……と見ていたら、パラディン急募! とかいうのを見つけた。なんでも、南の街道沿いに魔物が出没して困っているので、討伐隊を組むのだとか。しかしうちのパーティにはパラディンは――うん。マイト、やれ。

 というわけで大雑把に盾の使い方だけ教えて送り出した結果、見事ボロボロで帰ってきた。なにそれ、そんなに苦戦したのか、と聞いたら首を振って、

「ロッドテイルとかいう滅茶苦茶なおっさんがいて、そいつにたたきのめされた」

 なんだそりゃ。と聞くと、どうやらそのおっさん、荒れ狂う魔物の群れの中にマイトを文字通り放り込んだらしい。この程度の魔物にやられる奴にはパラディンは務まらん! とか言って。……よく生きて帰ってきたなあマイト。ていうかおまえ剣持ってなかっただろう、素手でどうしたんだそれ。と言ったら、どうも盾で銃隠しつつ接近戦で撃ち殺しまくったらしい。どう見てもパラディンの所業ではないと思うのだが、おっさんには気に入られたようで、素養があるからうちのギルドの道場で鍛えないか、としつこく薦めてくるのをなんとか断って逃げ帰ってきたのだとか。あっはっはそりゃ災難だ! と言ったら殺されそうな目でにらまれた。怖い怖い。

 ともあれ、まだちょっと資金不足が怖い。ここはもうひとつくらい仕事をやっとくべきか。

 

 

・笛鼠の月、7日

 よしマイト、次はメディックだ! と言ったら全力で拒否られた。……ちぇっ。

 しょうがないからもうちょっとマシなのを選ぶことにした。皮職人の依頼で、長い針が必要なので鼠を捕ってきてほしいと。そのくらいなら樹海でも一階で十分間に合うので、なんとでもなるだろう、と思って入った結果、例の巨大花に襲われた。ひー。

 で、特殊弾丸もなしにあっさり倒してしまってびっくり。自分たち、実はけっこう強くなってるんじゃないか。とか言ったらマイトが、そういうこと言い出す頃が命取りなんだよね、とかぼそっとつぶやいた。……ノリが悪いなあ。ちょっとは思い上がってもいいじゃないかっ。ばか。

 

 

・笛鼠の月、8日

 この分なら多少上の階に行っても大丈夫だろう、と思って三階へ。

 コウモリみたいな魔物がやたら多いなーと思いつつも普通に突破し、四階へ突入。したところで、ばったりベオウルフと出会ってしまった。

 で、ものすごい勢いで怒られた。ここは危険だからすぐに帰れ……って、いい加減てっぺんに来たので、私も言い返した。ならなんであなたたちはここにいるんですか。危険なのも少人数なのも同じでしょうが。そうしたら、

「自分はやらなければいけないことがある。

 五階にいる魔物、アレはキマイラと言う。私の宿敵だ。以前は逃したが、今度こそは討たねばならない」

 ――だから、大公宮にも報告してないんですか。

 ぎょっとするフロースガルにたたみかける。あなたは自分でその魔物を退治したいという、そのためだけにキマイラの居場所を隠しているんでしょうが。

「そ、それは、」

 騒動が長引いても、自分で片をつけたいという欲望のほうが優先ですか。

「違う。それは義務だ」

 そんなわけないでしょう! その仔たちが、そんなことを望んでいるとでも思っているんですか! だったらあなたは――

 

 ……あ、あう。

 もんのすごいことにいま気づいた。これ、私が知ってることに気づかれてはいけない情報なのでは……?

 マイトもフロースガルもぽかーんとしている。どうしよう。超気まずい。

「君は――そうか。『見える』のか」

 ぽつん、とフロースガルが言った。

 うなずいて、正直に自白する。見えるだけじゃなくて、話せるし触れます。

 ……そう。これが私の能力。

 あり得ないものと触れ合うことのできる、呪われた異能だ。

「そうか。

 ……君の言うとおりだ。これはしょせん、私のエゴなのだろう。

 だが、後に引くつもりはない。エゴなら、そのエゴを貫き通すまでだ」

 それが原因で、その仔たちが悲しむとしても?

「すまないとは思っている」

 ――ダメだ。話にならない。

 もうかける言葉もない。このひとは、自分が正しくないことを知っていて、それでもやり抜く決意でいる。

 ……それが、ひどく悲しい。

 最後に。背を向けて去ろうとする彼に、私は問いかけた。死ぬ気ですか、と。

「――わからない。

 ただ、生きては帰れないだろう。なぜだか、そんな予感がするんだ」

 そんな答えが、帰ってきた。

 

 熱くなりすぎたなぁ……まさか、能力までバレることになるとは。

 マイトはそれから一言も話さない。私も一言も話せない。

 これでも、一月くらい共にした仲だ。それなりに呼吸は合っていたし、気に入った関係でもあったんだけど、それもこれまでかね。

 無言のまま帰って、ともかく宿で休むことにした。はぁ……明日からどうしよう。



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第一階層(4):決戦! 大魔獣キマイラ

・笛鼠の月、9日

 ベッドでグダグダしてたらマイトにたたき起こされた。

 おまえね、いくらなんでも女の子の部屋に勝手に入ってくるのはマナー違反だろう。と言ったら、はぁ? みたいな顔をして、

「女の子ってタマじゃないだろ。ていうかそんな冗談言ってる暇があったら起きろ」

 ……は、ははは。冗談扱いッスか。ちょっと本気で傷ついた。

 で、宿の一階で朝食を取る。てっきりコンビ解消話でも出るかなぁ、と思ったのだが、マイトから出たのは意外な言葉だった。

「そもそも昨日の話がさっぱりわからなかった。もったいぶらずに説明してくれ」

 だ、そうで。なんでも、昨日は私とフロースガルが自分の知らないネタで話していると感じて、仲間はずれにされた気分で不機嫌だったそうだ。……それで一言もしゃべらんかったんかい。

 で、しょうがないから、私の能力の話からすることにした。

 

 私は、――死者、それも未練を持って死んだ類の死者を、見ることができる。

 見るだけじゃない。話せるし触れることもできる。死者の多くはとても単純な行動しかできないけど、情報を尋ねたりすることはできる。

 もちろん、多くの場合それらは非推奨な行動だ。死者の中には生者を恨み妬む類のものも多い。下手にコンタクトを取ると、祟られてひどいことになったりする。触らぬ死者に祟りなし、だ。この能力のせいで部族に迷惑をかけ、私はコロニーを飛び出さざるを得なくなった。

 ……言って聞かせると、マイトは「へー」みたいな顔をしている。おまえね、もうちょっとリアクション取れよ。不気味だとか怖いとか。と言ったら、

「え、なんでさ。いまのはおまえの能力の説明だろ?

 そんなこといいから早く昨日の話をしろよ。いい加減焦れてるんだからな、こっちは」

 とか言われた。……不気味がらないんだなこいつ。ちゃんとわかってるんだろうか。いいけど。

 で、要するにベオウルフってギルドは、いまはともかく昔はもっといっぱい獣がいたのだ。そしてその大半は、いま話題になっている五階の魔獣、キマイラによって殺された。

 仲間を大量に殺されながらもベオウルフはキマイラを傷つけ、撃退することに成功した。だが、そのキマイラも戻ってきた。仲間の敵を取るために、フロースガルはキマイラを自らの手で倒そうとしている。なにしろフロースガル以外にキマイラの巣の位置を知っている人間はいないから、いまなら他の人間に手柄を取られる心配はない。

「そんなの、無茶だろ。人数多くても勝てなかったってのに、死ぬ気かあいつ」

 さあな。

「さあな、じゃねえっ。いますぐ支度だ支度っ」

 は、なにが?

「なにがじゃないだろ。フロースガルより先回りして、さっさとキマイラを退治するんだ。

 おまえの能力使えば、フロースガルの死んだ仲間とコンタクト取れるんだろ。なら、条件は同じだ。いまからでも挑戦すれば、十分間に合う」

 …………

 お前……

「なんだよ?」

 天才。

 

 方針は決まった。

 ベオウルフ――フロースガルたちを出し抜いて、可及的速やかにキマイラを退治する。

 そのためには、まず五階にある磁軸の柱まで、たどり着かなければいけない。

 一度到達したことのあるベオウルフは、道を知っている以上、だいぶ有利。

 ……けれど、この混乱した状況なら。

 昔はいざ知らず、現状では同じ少人数ギルドとはいえ、うちのほうがベオウルフよりバランスのよい構成をしている。

 だから、ひょっとすれば、行けるかもしれない。

 

 即座に樹海へ向かう。磁軸から三階へ。蹴散らすように雑魚を駆逐して四階へ行き、また蹴散らすように進撃する。袋小路とかに行き当たって引き返したり、怪獣の群れから泣きながら逃げ出したりしつつも、夕方まで粘ってなんとか五階への階段発見。

 そして磁軸の柱に登録。明日からが勝負だ。

 負けないぞ、フロースガル。あんたが黄泉路へ向かう、その首根っこをひっつかまえて引きずり戻してやる。

 

 

・笛鼠の月、10日

 迷 っ た 。

 考えてみれば当たり前だ。死んだベオウルフの獣たちに案内してもらえばいい、とマイトは言ったが、そもそもどうやってその獣たちとコンタクトを取るんだか。というか彼らって、いつもフロースガルの回りにいるんだよね。これで彼が街にいればそのときにこっそり一匹とっつかまえておく、ということができるんだけど、昨日調べたところフロースガルはここ数日街に帰っていないことが発覚。――マジで無茶をする気らしい。あの馬鹿。

 ともかく、こうなりゃ五階をしらみつぶしに探索するしかない。地図を片手にいろいろ歩いていたら、花に襲われるわフクロウに叩かれるわ例の一階の怪獣が襲ってくるわ、そりゃもうすごいことですよ。

 で、前衛である私の体力が尽きて帰還。ごめんよマイト、ちょっとこの階の打撃、きつすぎ。

 

 

・笛鼠の月、11日

 前回に引き続いて探索、怪獣はなるべく相手にしないようにして、こそこそ移動。かなり大距離を移動して、そして気づいたら磁軸の前に戻ってきていた。

 ……さまよってるなぁ。

 で、今度は弾丸が尽きて帰還。この際だからもう、貯えとか気にせずに交易所でありったけ買うことにした。宿代払ったら本気で無一文だが、こうなりゃなりふり構っていられない。時間との勝負だ。

 

 

・笛鼠の月、12日

 ビンゴ。

 迷宮に入ってすぐ、私はその獣の影を見つけ出した。

 クロガネとは異なる、白いフォルムの獣。

 ――おう、お久し。

 私が声をかけると、そいつは小さく、ぉん、と吠えて、そしてゆっくりと歩き出した。

「いたのか」

 マイトの声に、うなずく。……そっか。こいつは当然、マイトには見えないはずだ。

 でも、間違いない。その獣は確かに、私たちをどこかへ連れて行こうとしていた。

 そして。

 

 獣の後を追ってついた場所は、ちょうどなにかの遺跡が倒壊したような感じの広間だった。

 そこに、配下の獣たちを従えて、ひときわ大きなフォルムの魔獣が一匹。

 執政院からの通達にあった姿形に間違いない。これが、私たちが探していた獣の王、キマイラだ。

 ……なのだ、けど。

「どうする」

 どうするって……取り巻きの数、多すぎるよなあ。アレ。

「六体。

 三、四階で何度か戦った相手だ。一体ずつならたいした戦闘力は持たないけど、まとめて相手をするとなると面倒だ」

 困ったね。

 考える。一番賢いのは、この場で倒すのを諦めて大公宮に連絡を取ることだ。

 そうすれば、たぶんすぐに強いギルドに連絡がいく。そしてグレイロッジとかロックエッジとかがんそロックエッとか、ともかくそのあたりのスゴいひとたちがやってきて、瞬殺してくれるだろう。

 その考えを、しかしマイトは否定した。

「それじゃダメだ。

 思い出せよ。その獣、いつもフロースガルの近くにいたんだろ。それはつまり、……フロースガル、この近くにいるってことじゃないか」

 ――なんてこったい。それじゃ、とっとと倒さないと時間切れになるってことか。

 そうなると打つ手がぐっと少なくなる。いったん街に帰るのはもっての他。なんとか隙をついて奇襲でもできればいいのだが、それでも勝てるかどうか。

「やるしかないだろ。行くぞ」

 逸るマイトを止める。それじゃダメだ。無茶は、不可能なまま実行するもんじゃない。

 この場合……そうだ、こうすればいいかも。

「なんか、手があるのか」

 ちょっと耳貸せ。

 ごにょごにょ……

 

 

 時間は過ぎ、樹海は夜の帳を迎える。

 周辺の獣を狩りに行く時間くらいあるんじゃないかと思っていたが、残念。キマイラの奴、食料は基本的に、下僕の獣たちに運んでこさせているらしい。……くそ、獣のくせに妙に知恵つけやがって。いいけどさ。

 そうして時間が経ち、十分夜も更けた頃……広間に、来客があった。

 最初に気がついたのは、取り巻きたちの一体だったらしい。ぎ、ぎー、と奇妙な鳴き声を上げ、あたりが妙に騒がしくなる。暗闇の中、広間の奥の闇から、弾丸のような黒い影が一気に距離を詰めてきているのが見えた。

 即座に取り巻きたちが襲いかかる。乱打され、それでもクロガネはまだ止まらない。襲い来る取り巻きを押し返し、単騎でキマイラの元までたどりつかんと地を踏みしめる。キマイラは静観。取り巻きたちの羽がクロガネを取り囲み、突進が徐々に力を失っていき、やがて完全に止められてしまった――その瞬間。今度はわきの茂みから、白銀の鎧に身を固めたひとりのパラディンが、手薄になったキマイラめがけて突進した。

「魔獣め、覚悟!」

 距離を詰める。慌てて取り巻きたちは取って返そうとするが、クロガネが追いすがってそれを邪魔する。混乱の中、一気にフロースガルはキマイラに近接し、

 ――横に待機していた最後の取り巻きに不意をつかれ、押し倒されて横転した。

「が!?」

 取り巻きたちのあざけるような笑い声。クロガネがフォローしようとするが、距離が遠すぎて間に合わない。もがきながら取り巻きを押しのけようとしたフロースガルに、キマイラはその大きな口を開き、燃えたぎる火炎をいままさに吐きかけようと――今だ。

「マイト、射撃開始!」

 どかん、と氷の特殊弾丸が口に突き刺さり、キマイラが悲鳴じみた咆吼を上げる。同時に私は、フロースガルの反対方向の茂みから飛び出して、彼に組み付いていた取り巻きを一刀で斬って捨てた。

「……君たち」

「加勢するよ、ベオウルフ。ひとりでなんて死なせるもんか。……さあ、立って!」

 

 キマイラが咆吼、こちらに突進してくる。が、ふたりして全力で盾で押さえ込み、突進を止める。

 止まったキマイラの胴に、ばん、マイトの弾丸がふたたび突き刺さる。怒ってキマイラはそちらに火炎を吐こうとしたが、

「させるか……!」

 フロースガルが割り込む。炎は盾に当たって弾けて消え、そして三発目の弾丸がキマイラの胴に命中。ぐらり、とキマイラの身体が傾いた。いけるか!?

 瞬間、背後で悲鳴。クロガネが、取り巻きたちの数体に取り押さえられてもがいている。残った取り巻きたちがマイトの方へ、って、それはまずい! 気を取られた瞬間、キマイラの尻尾がうなり、私とフロースガルは揃って吹っ飛ばされた。

 ――くそ、なにがどうなった!

 うめいて起きあがる。フロースガルは――と、様子を見て、絶句。尻尾の先にあった針みたいな箇所が刺さったのだろう、その胴体に深々と刺し傷があった。見ればわかる、致命傷。

「……私は、いい。それよりマイトくんは」

 顔を上げる。マイトは、取り巻きから逃げるべく、隠れていたくぼみを飛び出してきていた、ってそっちはクロガネにたかってた連中がいるっての! 案の定、奴らは力尽きたクロガネから離れ、マイトへと近づいていく。広場の中央に立ったマイトがこちらを向き、目が、合った。

 ――オーケー。諦めるのは、まだだ。

 なにか策があるのだろう、マイトのその表情に確信した私は、振り返って巫剣を抜き、いままさにマイトに向かって火球を吐きださんとしていたキマイラの口元に叩きつけた。悲鳴が上がり、あおりで私の服の袖口に火がってうぎゃああ熱い熱い熱い! 袖口を叩いて火消しを試みる私にキマイラが牙を剥き、そしてそのキマイラの額に――ちゅいいいいん、と音を立てて、どこから飛んできたのかわからない弾丸が炸裂した。悲鳴。

 マイトを見る。あいつは落ち着いた顔で通路の中央に立ち「……よし、成功」とつぶやく。よく見るとその回りの魔物たちが全員、急所を打ち抜かれて絶命していた。……角度を計算して、跳弾を利用して敵全員に弾を当てたのか。すげー。マイトじゃないみたい。

 と、キマイラの咆吼。いけね、まだ生きていやがる! 本気を出した突進を食らい、はね飛ばされて地面に叩きつけられる。めちゃくちゃ痛い。が、ここで終わるわけにはいかない。立ち上がって巫剣を構え、せいいっぱい威嚇。だがその威嚇も功を奏さず、すごい勢いでキマイラがこっちに体当たりをぶちかまそうと迫る。その身体にマイトの弾丸が一発入り、二発入り、三発入って相手の咆吼。もう絶命していてもおかしくないほどの傷を負って、なおもキマイラは止まらない。……こ、こりゃ本当にダメかな。と思ったその瞬間。

 比喩どころではなく弾丸となって、光り輝く一頭の獣が、キマイラの突進と真っ向からぶつかり合った。

 咆吼と悲鳴。キマイラがはね飛ばされ、獣が私をかばって立ちはだかる。

 ――って、なんだ。こいつ、さっき私たちを先導してた奴じゃないか。

 光る獣の咆吼。キマイラはたじろき戦意を失い、慌てて森の奥へと去っていく。……まずい、逃げられる! マイト撃て、と言ったら、ぶんぶんと頭を振られた。――ここで弾切れかよ。最悪。

 

 

 フロースガルは、白い獣を見て驚いたようだった。

「ドン・ガミス、……私を、迎え、に、来た、のか?」

 獣は、ぶんぶんと首を横に振った。

「そう、か……まだ、やりたいことが、ある、か。

 わかった。――私は、残りの皆と、行く。お前は、やりたいことを、やってこい」

 鎧を脱がして傷を見ようとした私を、彼は拒絶した。

「もう、助からない。ならば、私はここを死地としたい。

 ……すまんな、最後までわがままを言う」

 そう言って、彼は口を閉ざし、それからずっと、無言で死んでいった。

 クロガネは、相手の取り巻きに首筋の急所を噛みちぎられ、絶命していた。

 ……少しくたびれてはいたが、私とマイトはその場に穴を掘り、二人を埋葬することにした。

 形式上は公国民とはいえ、私たちには家族も、寄る辺もない。ただのアウトローだ。

 冥福を祈ってくれる相手もない。……だから、せめて私たちが祈ろう。

 ギルド、ベオウルフの、勇敢な冒険者たちに安らかな眠りが訪れますように。

 

 

 で、ぶっちゃけこの獣なんなんだろう。帰ってきても普通についてくるし、飯も要求するし宿が獣くさくなるとおかみさんから苦情言われるし、すげー困るんだけど。ていうか、さっきは見えてなかったのに、なんでマイトにまで見えてるの? こいつ。




特殊所持スキル紹介:


死霊会話(1/1)
所持者:イルミネ
 イルミネの持つ特殊スキル。強い想念を残して死んだ存在とコンタクトを取り、時には触れ合うこともできる。
 ただし、強い想念が怨念であることも多く、その場合、話しかけた瞬間に襲いかかってきたりもするので、あまり扱いやすくはない。
 時と場合次第では、情報収集に使えることもある、かもしれない。

 ……なお、実はこのスキルには隠れた側面があるが、それについてはスキル所持者であるイルミネすら、この時点ではまだ気づいていない。


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第二階層(1):みんなのふれあい講習会

・笛鼠の月、13日

 大公宮に昨日のことを報告したら、ものすごく感謝された。キマイラ撃退&巣の場所報告はやっぱりだいぶありがたかったらしい。おまけにかなりの額の報奨金ゲット。やったね!

 ……それでも赤字だけどネ。

 やっぱマイトの特殊弾丸は額が半端じゃない。ばんばん撃ちまくってたからなあ。実はちょびっとだけツケにしてもらっていた分を宿にきっちり納めると、残った額は全部弾丸の露と消えた。もったいない。最近は新素材の防具とかけっこう並んでるし、もっと買い込みたかったんだけど。あーお金欲しいなー。

 と、うだうだやってたら酒場の親父に目を付けられた。なんでも、貴族が遊びで狩りに出かけたところを討ち漏らした獣がいるんで狩ってこい、とかいう仕事で、必要経費は貴族持ち、さらに元々の報酬の額が超オイシい、という素晴らしい仕事だった。すげー。ていうか、他のギルドは立候補してきたりしないの? と聞いたら酒場の親父、胸を張って

「おうよ。なにしろ六階だからな。たいていの雑魚冒険者はそこまで到達できねえから、立候補しようがないのさ」

 ……六階かよ。いままで行ったことがない場所じゃないか。まあ、五階でもなんとかなったんだし、大丈夫かな、と思って仕事を引き受けることにする。

 で、かなりあっさりミッションコンプリート。すげー。ていうか相変わらずひっついてくる、白い獣ことシロ(ドン・ガミスなんて名前は知らん)が大活躍。逃げようとした相手を吠えて威嚇してすくませ、動きが止まったところを射撃して終了ー。こんなに役に立つ子だったとは。次から餌のグレード上げてやろうかな。

 そして六階到達。ここにある磁軸の柱は他と違って、なんと行き帰り両方ともできるスグレモノだ。おかげで次から、ここを拠点として活動できそうだ。

 

 

・笛鼠の月、14日

 六階、初の本格探索。

 鳥とかキノコとか、へんな魔獣が多い。でも強い相手はいないなぁ。とか思ってゆっくり歩いていたらかぼちゃ頭のデカブツとぶつかった。ゆっくりした結果がこれだよ!orz

 で、特殊弾丸を雨あられと浴びせて撃退。後で知ったことだが、あのかぼちゃ頭は気配がないわただの打撃がほぼ効かないわで、樹海の魔物の中でもぶっちぎりで嫌われてるらしい。楽勝過ぎて気づかなかったが、相性がよかったのかな。

 

 

・笛鼠の月、15日

 昨日に引き続き、樹海探索。

 石像みたいな魔物がたいへんウザい。空を飛べるからってこっちのガードをかいくぐってマイトをつついてくる。頭に来たので鬼力化使いまくってマイトでばんばん撃ち落としてたら体力が尽きて撤退。アレむかつくなー。なんとかならんものか。

 

 

・笛鼠の月、16日

 大量のかぼちゃ頭が巡回している広間発見。ウザっ! とか思ったが、ふと思いついた。こいつらは不人気だが私たちとはかなり相性がいい。てことは、他の冒険者が滅多に手に入れられないレア素材とか、簡単にゲットできたりするんじゃあ……?

 で実行。まずはシロに吠えてもらい、まんまとおびきよせられたところを急襲して弾撃ちまくり。結果、狙い通り珍しそうな素材が大量に入って大満足。いいことすると気分がいいなあ。

 

 

・笛鼠の月、17日

 予想外にも金にならなくて私涙目。

 や、交易所で大感謝されたんだけどね。いい素材を提供してくれてありがとう! って。でも買い叩かれた。なんでも、最近ではさらに上の階あたりからよさげな素材が大量に届くような体制ができていて、六階あたりの素材の価格が暴落しているんだとか。

 特殊弾丸撃ちまくったせいで一気に金が尽きかけ状態に。どーしよう。こらマイトおまえのせいだぞ。え、私がベンチャー気分で無計画に事業拡大したのが原因だって? うるさい黙れ。

 

 

・笛鼠の月、18日

 なりふり構わず酒場で依頼を漁ったらいいの発見! こらマイト逃げんな。

 というわけで、前に諦めたメディック募集がまた出ていたので再挑戦。治療スキルが必要らしいので私の部族秘伝の治療法を伝授ようとしたら、マイトの奴、そんなもん覚えなくていいからおまえがいけ、とか言いやがる。おまえね、私がたとえどんな正装したってメディックに見えると思うか? と言ったら、じろじろ眺めた後で

「悪かったよ……」

 とか言って観念した。……おかしいな。なぜかぶん殴りたくなったぞ、今。

 で、やっぱりボロボロになって帰還。うわ、おまえ難破船の船員の救助って仕事でどうしてそんな状況になったんだよ、と言ったら、かすれた声でぼそっと

「アシタさんに見つかった」

 ……いたのかよ。ていうか治療スキルもないのになにしに来たんだあの女、と言ったら「力仕事」と即答された。なんでも、おまえもどうせスキルないんだからこっち来い、といってむりやり力仕事班に回されたらしい。そしてこの惨状。あーそりゃ災難だったねえ、とゲラゲラ笑いながら言ったらめっちゃ殺意を込めた目でにらまれた。きゃーこわーい(棒読み)

 

 

・笛鼠の月、19日

 七階へ初進出。

 なんだかひどく狭い道やでこぼこした通路が多くて、おかげで体力が尽きるのが早い早い。早々に撤退してきた。

 帰ってから最近日課の酒場に顔を出したら、驚いたことに大公宮直々の依頼が張り出してあった。なんでも、七階と八階の正確な地図を作りたいので、できる限り多くの情報を求む、とか。なるほど、それはとてもタイムリー。ちょうどいいから、私たちもちょっと挑戦してみよう。

 

 

・笛鼠の月、20日

 グレイロッジという空気の読めないギルドが、新参ギルド相手に講習会を開くことになった。

 普通ならそういうのは無視すりゃいいんだが、困ったことに招待状が来てしまったんだな。パレッタ所属、パラディン、マイト様……パラディン?

 どうやら、前にパラディンぽい格好させて酒場の依頼こなしに出かけたときに出会ったパラディン、ロッドテイルとかいう奴の差し金らしい。んで、マイトが超絶行くのを嫌がったので、仕方なく私(と、シロ)が代理で出席だけすることになった。

 

 んで行ってみたら有無を言わさず道場に放り込まれた。タスケテ。

 仕方ないので模擬戦の相手を選ぼうとしたが、ちょっと遅れて行ったのが運の尽き。すっっげえ強そうなのしか残ってなかった。とりあえずいちばん弱そうな女の子たち三人のうち、マハは実は激強なのがわかりきっていたし、もうひとりは斧とかぶんぶん振り回してて怖かったので、最後に残ったノリが軽くてあたま悪そうなブシドーを相手に選んだ。

 ――反省。激烈に強いです、このひと。

 なにしろ、相手がなにをしているのかよくわからない。近づいて木剣振ろうとして気づいたらこっちがぶっ倒れてるんだけど、どこを打撃されたのかがよくわからない。仕方ないので二本目は距離を取るべく引いたら今度は歩いてるんだか走っているんだかよくわからない歩法でいきなり懐に飛び込まれ、もうダメもとで時間を稼ぐためにシロに突進を命じたらなんだかよくわからない体術で吹っ飛ばされて私まで下敷きになった。……きゅう。

 で、それを見ていたマハがけらけら笑いながら、

「そりゃそうなるよお。ワテナさん、うちで一番強いひとだよ?」

 ……そういうことは先に言って欲しい。

 

 その後は組を変えたりいろいろして、ぼちぼち。最初以外はそこまでボロ負けはしなかったが、勝てもしなかった。そりゃそうだ、私は基本的にディフェンス専門。マイトなしだとろくに攻撃手段がない。その割には頑張った、と思いたい。

 で、手本だとか言って、強いひと二人の模擬戦を見ることになった。赤コーナー、さっきのブシドーことワテナ。青コーナー、やっぱりさっき見かけた、斧振ってたソードマンことチ・フルルー。周りが頂上決戦だー、と沸く。なんでも、チ・フルルーはロックエッジのリーダーで、同時に同ギルド最強の戦士なのだとか。つまりこの試合、グレイロッジとロックエッジの最強同士の豪華対決なのだった。

「おー、おひさー。テキトーにがんばろーじゃん」

「はい。よろしくお願いしますね」

 ……その割には、当事者の二人にぜんぜん緊張感がないけど。

 木斧と木刀を構え合い、対峙。マハが審判の形になって、手を挙げて宣言する。では両者尋常に、勝負始めっ。

 ――動かない。

 チ・フルルーはにこにこしたまま。

 ワテナも涼しげな顔のまま。

 微動だにしない。

 ……………………

 おい。寝てるんじゃないかこれ。

 思ったそのとき、ふ、とチ・フルルーの視線が横に泳いだ。

 次の瞬間、瞬く間に近接したチ・フルルーが斧をぐおんっ、と振る。不意打ち。かと思ったらその場にワテナがいない。遠近感がおかしくなったんじゃないか、と思える不可思議な歩法で死角に回り込んだワテナが、木刀の先ですとん、と相手の膝のあたりを押さえる。と、チ・フルルーがいきなりがくんと態勢を崩して尻餅をついた。即座に追撃に移ろうとしたワテナだったが、今度はいきなり大きく後ろに飛び退く。その、いま首のあったあたりの空間に、木斧がギロチンみたいに空中から振ってきてざくっ、と地面に落ちた。――いつの間に投げたんだよ。あいたたた、よっこいしょ、とか言いながらチ・フルルーが斧を拾って立ち上がり、ワテナは平静に剣を青眼に構え、

 そしてまた、動かない。

 ……………………

「はい時間いっぱい。試合終わりです」

 寒っ。

 

 んで、後は雑談タイム。

 ロックエッジのパラディン、コルネオリとダークハンターのハラヘルス、がんそロックエッのブシドー、ネイホウとレンジャー、パベールの四人が話しているところにおじゃまして、いっぱい喋ってきた。この四人、全員かなりの経歴持ちなのだがなぜか気弱で、トップを走るギルドにいると胃痛がするという話で盛り上がっていた。あとパベールとハラヘルスはあのアシタの幼なじみだそうで、彼女の行状をひたすら謝罪されてなんか気まずかった。……いや、気に入らない相手だけど、そこまで悪いことしてるかなあ。あいつ。

 そのうちにハラヘルスが相棒(自称)のカースメイカー、カチノヘに連れ去られ(としか表現しようがない。マジで嫌がっているように見えたけど)、ネイホウは師匠と会う約束があるからと早退。代わりにマハとムズピギー、それからフリーでいろんなところを行き来しているイナーというレンジャーのひとがやってきた。イナーさん曰く、分け前が悪くないなら採掘手伝いくらいはするよ、とのこと。いや、それはありがたいけどうちのギルドには戦力のほうが足りないんです、と言ったら、そりゃダメだと即答された。なんでも、イナーさんは腕力についてはてんでダメなんだとか。格好だけならパベールよりはるかに強そうなのに、意外だ。

 後は馬鹿話。前も思っていたけどマハは落ち着いているわりに気が利いてノリもいい。ムズピギーはカケラも落ち着いていなくてものすごくノリがいい。おばちゃんの井戸端会議ばりの盛り上がり方をして、その場にいたコルネオリとパベールはあっけにとられていた。悪いことしたかな。

 

 そして解散。たいして身にはならなかったがえらく楽しかった。というか、これは講習会と題したふれあいイベントだろう……とは思った。面白かったので次やったらまた行くけど。なお、シロはチ・フルルーとエレさんにたくさんかわいがってもらってご満悦だった。エロ犬めが。




 第三のパーティメンバーが加わったので、紹介を。


3)ドン・ガミス
年齢:?
性別:?
クラス:ペット
アラインメント:?
 すでに死んだはずだったギルド『ベオウルフ』の飼い犬。通称シロ。
 なんでついてきているのか、なんで死んだはずなのに見えるようになったのか、なんでイルミネになついているのか、全部不明。
 ふさふさもふもふで普段はおとなしいのでわりと冒険者たちには人気がある。



特殊所持スキル紹介:

1)大集中(5/5)
所持者:チ・フルルー 箇所:頭
 次の攻撃の命中率が上昇する。
 重ねがけすると重複して上がっていく。

2)雅の歩法(5/5)
所持者:ワテナ・チャウネン
 回避率と命中率を上げるパッシブスキル。ワテナ級になると、まともに攻撃してもまず命中しない。

3)合気の極意(1/1)
所持者:ワテナ・チャウネン
 パッシブスキル。防御時に来た相手の攻撃に対して、カウンターで攻撃+足縛り+スタンを与える。ただし、構えを使っているときにはこの効果が発揮されない。

4)熊殺しギロチンカウンター(1/1)
所持者:チ・フルルー
 パッシブスキル。相手の攻撃に対して即死効果のあるカウンターを返す。斧装備時のみ有効。
 ぶっちゃけ即死効果が発動することは稀である。当たればダメージで相手は死ぬ。


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第二階層(2):魔弾と死喰い

・笛鼠の月、21日

 七階の探索を継続。

 以前にデコボコの激しいところをメモっていたら、えらく探索がスムーズに行くようになった。途中に超デカい猿がいてウザかったのでシロに呼び寄せてもらってマイトが狙撃して終了。だんだんスタイルが板についてきた。

 そして八階へ初進出。なんか私たち強くね?

 

 

・笛鼠の月、22日

 こ……怖かった。

 なんかもー大反省。強くね? とか思い上がりも甚だしい。つーかあのサラマンドラとかいうバケモノはなんですか。死ぬ。アレは死ぬ。

 巣の奥に抜け道があって助かったー。アレがなければいまごろ、私たちは全員仲良く蒸し焼きだった。よくもまあ生きて帰れたもんだと思う。見つけたシロは偉いっ。

 

 

・笛鼠の月、23日

 昨日不必要にサラマンドラおよび取り巻きに喧嘩売ったせいでまたも金が尽きた。この崖っぷちの金策もいい加減板についてきたところだが、いい加減マイトには観念してもらいたい。こら逃げるな。

 というわけでアルケミストのコスプrげふんげふん、いや、格好をさせて、テキトーに手持ちの符を持たせてから敵討ちで助っ人求むとかいうギルドの依頼に放り込んでみた。

 結果、ものすごい返り血まみれになってぐったりして帰ってきた。なんでも、アルケミストのふりをするためにわざと相手を近場までおびき寄せて、術式起動と称して零距離で特殊弾丸をぶっ放したらしい。そりゃ災難だ。なにが災難だって、洗濯を依頼された宿の従業員がかわいそうすぎて。と言ったらまた視線で人を殺しそうな目でにらまれた。きゃーこわーい(棒読み)

 

 

・笛鼠の月、24日

 朝、出ようとしたところをおかみさんから呼び止められた。

 この宿のスイートに泊まっている偉いひとが、狩りの合間に弁当を食べたいから作って届けてくれ、と言い出したらしい。ところがあいにくとリクエストされた弁当の材料が切れているらしく、しょうがないので八階で見つかったっていう珍しい果物を取って、それを届けたい。アンタたち八階のあたりを探索しているんだろ、ちょうどいいからやっておくれよ、だそうで。いつも世話になってることだし、報酬もわりとよさげだったので引き受けることにした。

 で、場所はわかっているので楽勝だろうとか思っていたのだが、これが厄介だった。まず取りに行こうとした途中でデカい魔獣にからまれ、必死で撃退。七階は最短経路を行こうとしたら道の悪いところを突っ切らなくちゃいけなくてひどく疲れ、六階はなんとか無事に行けたもののもう苦労するのも嫌だったから、五階はキマイラの巣を経由してショートカットしようと考えていたら――なんで復活してんスかキマイラ。

 

 幸運だったのは、相手にとっても不意打ちだったこと。

 とっさにシロが相手を押さえ込み、まごまごしているところに鬼力化をかけたマイトの銃弾が雨あられ。怒って突進してきたところをさらに銃撃し、貫通した銃弾が壁で跳ね返ってもう一撃。これでケリがついた。

 ……すげーあっけない。あれだけ苦戦したのはなんだったんだろう。

 ともあれ、いまはキマイラが目的じゃない。死んだキマイラなんて放っておいて四階へ走り、狩り場へ行ってなんとか果実を届ける。すっごい疲れた。もう気力もなく、帰って寝ることに。

 

 

・笛鼠の月、25日

 今朝、大公宮から迎えが来た。

 なんでも、昨日交易所に売った素材のなかにキマイラの尻尾が混ざっていたため、私たちがキマイラを討ったということが発覚したらしい。ちょうどまた五階以下の樹海が騒がしくなり始めたばかりの頃で、討伐隊みたいなのを組もうとしていた矢先に偵察の衛士がキマイラの死体を見つけたのだとか。一躍英雄だゼ。

 たくさん金ももらったことだし今日は休養に当てることにして、酒場でぐんにゃり。親父からは、おまえらぼーっとしてないで仕事しろよ、と呆れたように言われた。失敬な。それじゃ普段から仕事してないみたいじゃないかっ。

 それで、なんか妙な噂を聞いた。前に謝金をたくさんはずんでくれた狩り好きの貴族、彼がまた上のほうの階で遊んでいたところ、物騒そうな影が下の階層へ降りていくのを見かけたのだとか。おまえらも見かけたら退治しといてくれよ、って……前はこういうとき、「危ないから樹海探索は控え目にな」とか言われていたんだけどなぁ。気づいたら腕利きだと思われてるっぽい。いいのかなあ。

 

 

・笛鼠の月、27日

 ……日記を書いているのが27日なのだが、いちおう昨日と今日の分をまとめて書くことにする。もう死にそうに眠いけど、いちおう日課なんで。

 ここんところ毎日、朝に呼び止められている気がする。今度は手紙が届いたとか。薬泉院で馴染みの医者からの手紙で、森が枯れる病をどうにかしたい、ついては今晩20時に中央市街の広場にて落ち合いたい……むむ。面倒だが知り合いからとなると無碍に断るわけにも行かない。とはいえ今晩までは時間もあるので、とりあえず時間をつぶすためになにをするかと考えていたら、おかみさんから提案があった。ちょっと入り用なんで森に行っていくつか木の枝でも拾ってきておくれ、って。

 それでわざわざ七階まで行って仕事して、ついでに地図をテキトーに埋めて休憩して昼寝して気づいたらもう夜。慌てて中央広間に行ったら馴染みの医者はおらず、かわりにその助手と称する、やたら熱意に溢れたおねえちゃんが待っていた。なんでも、森が不自然に枯れる病気が流行っているから、調査するために手伝ってくれ、とか。めんどくさいなあ。とか言ったらマイトに怒られた。立派な仕事だし報酬も悪くない、ぐだぐだ言ってないでさっさと行くぞ! と。……かわいい子相手だからって調子に乗ってないか貴様。

 で、彼女を連れて樹海へ。入ってすぐ、異変に気づく。なんかものすごく騒がしくて、ついでにデカブツが森の奥から、ってこれ昨日酒場で噂を聞いた奴じゃないか! 慌てて彼女を守る態勢を取って迎撃準備。マイト大活躍でなんとか全部撃滅完了。しょっぱなからなんつー波乱だ……

 必要以上にびくびくしつつ九階へ行き、目的の箇所へ。たしかに森が枯れているところで、彼女はなんか枯れている木からぺたぺたとサンプルを取って「はい完了です」……これだけ? やけにあっさりしてるなー。なんか私の勘だともう一波乱あると思ったんだが「あ、アリアドネの糸忘れてきちゃった」待てやこのアマ。

 はい、死ぬ気で切り抜けました。こういうときに限ってでかい敵が行く手をさえぎったり、彼女があんまり悪い道は行けないからって七階で遠回りしたら猿のバケモノとばったり出会っちゃったりして。ことあるごとにこっちの傷を心配する彼女の心根には感心するが、正直そんな暇があったらそのサンプルを死守して欲しい。あとマイトはかっこいいとこ見せようとしてるのかもしれないが、単にウザい。自重しろ。

 そしてボロボロで帰還。もう嫌。寝る。

 

 

・笛鼠の月、28日

 一日近く寝たらだいぶ体調も回復したので、今度こそ普通に樹海へ。

 八階を歩いていてどーも変な空白が多いなーと思っていたのだが、昨日初めて九階に行ってみてよくわかった。八階、ブロックごとにかなり分割されてるのな。こりゃ九階を経由していかないと地図は作れないわ。

 というわけで今日は八階と九階を往復。けっこういい感じに地図が埋まってきた気がする。そろそろ大公宮に報告したほうがいいかも。

 

 

・天牛の月、1日

 大公宮に報告してみたところ、ものすごい大感謝された。

 なんでも、提出した地図の中にちょうど調査が行き届いていないところが大量に含まれていたらしい。けっこう多額の謝金が出てウハウハだった。

 それにしても、ずいぶん樹海も歩き慣れたなあ。そろそろ十階まで足を伸ばしてもいいかもしれない。

 

 

・天牛の月、2日

 その不可思議なじーさんは、出てくるなり一喝した。

「未熟なこわっぱどもが。

 大方、自分の実力に思い上がってこんな階層まで来たのだろうが、ここから先は未熟者が入れる場所ではない。おとなしく下の階層で小遣いでも稼いでいるのが似合いというものだ」

 ……はあ。そうですか。じゃ。

 挨拶して通り抜けようとした私の足下に、いきなりばちゅん、と銃弾が撃ち込まれた。

「面白い。この『魔弾』のライシュッツを無視するか、小娘」

 いや、無視しちゃいませんけど。つーか私、なんで喧嘩売られてるんですか?

 相手は一触即発のぴりぴりムード。私は困ったなーと思いつつも臨戦態勢。なんかマイトが後ろから訴えかけているけど、無視。

 と。シロが異様なうなり声を上げる。

 私も気配を感じて、思わず飛び退いた。

「爺や、また無茶を言っているのね。

 しょうがないなあ。ごめんね、悪気はなかったんだけど、ちょっとびっくりさせちゃったかな」

 言葉とともに、ぬらりと現れた、そいつは。

「いやね、この先なんだけど。悪いけど大公宮のほうで、行ける冒険者の数を制限しているのよねー。

 詳しくは大公宮に直接問い合わせて欲しいんだけど、そんなわけだからいったん――」

 あんた。『墜ちた』のか。

 唐突に尋ねた言葉に、彼女は嗤った。

「――ふうん、そういうのが見えるひとか。

 まあ、その表現は嫌いだけど。否定はしないかな」

 表現なんてどうでもいい。そいつは、普通の呪医が手を出す代物じゃない。

「普通じゃなければ手を出してもおかしくないでしょ。

 というか、伝承にあるんだから、使わない手はないと思うんだけど」

 そんなものに頼ってまで力が欲しいのか。

「…………。

 あなたは?」

 私?

「他に手段がなくなって、それしか道がなくて、冒険者なんて生き方を選んだ。そして、それに飽きたらず、更なる高みを目指している。

 それはいい。でも、冒険者である限り、いつかは限界が来る。これ以上先には逆立ちしたって進めない――そういう敵が、いつか目の前に現れる」

 それはアンタか。

「かもしれないわね。そうじゃないかもしれない。あたしが手を下すまでもなくあなたは倒れるかもしれない。あるいはあたしが倒れて、その先にあるなにかまでは到達できるかもしれない。

 けど、そこまでだ。呪医アーテリンデが予言するわ。上に行こうとする限り、冒険者たちにはどうしても法外な力が必要になる時が来る。それは倒しようのない敵と出会った時か、さもなくば――果たし得ない願いを、叶えようとした時。

 そうなったとき、……あなたは、どうするのかしらね?」

 悪いが私はその手は取らん。

「なんで?」

 一度試して、懲りた。

「ふーん、そう」

 ……これ以上話すことはないな。

「そうね。

 まあ、どうせすぐ大公宮に行って戻ってくるつもりだと思うけど。いいんじゃないかしら」

 じゃあな。

 

 相手が見えなくなるくらい引き返したところで、マイトがへたって座り込んだ。

「なんだよあの銃士。

 生きた心地がしねえ。とんでもねえ相手だ。たとえ一対三でも勝てたかどうか」

 ……情けないなあ。勝てる可能性あるならまだマシだろ。

「なんだよ、それ」

 あの呪医。あっちこそ、一対三でも絶対勝てないっつーの。

 ともかく途方もない。()()()()()()をあれだけ重ねておいて、未だに人間の輪郭を保ってられるのが信じられん。よっぽど高レベルの呪医で、しかも邪術使いと来た。あんなのに突っかかったって、一瞬で意識を喰われて終了だ。

「要するに両方バケモノってことだろ。なんだあの二人」

 口ぶりでは、冒険者らしいな。

「そんなことはわかりきってるだろうが」

 落ち着けよ。冒険者なら、街を拠点にしているはずだ。

 噂くらい聞けるだろ。ともかく、あんな不気味なのがうろついてるなら警戒しないとまずい。いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃない。

「わかった。いったん帰るか」

 ああ。そうしよう。

 

 ……口ではそんなことを言いながら、心では理解している。

 あの二人があそこで退いた、真の理由。それは、現時点で私たちを敵と見なさなかったから。

 それは敵対心がどうとかいうレベルじゃない。単に、私たちが相手にならないほど弱かったから、見逃したというだけの話。

 

 帰って調べたところ、確かに大公宮では十階から奥へ行く冒険者を制限しているようだった。

 なんでも、炎の魔人、とかいう変な魔獣が徘徊しているのが原因だとか。こいつは他の魔物とは明らかに別格なほど強い上、退治しても退治してもしばらくすると復活するという特性があって、生半可な冒険者では危なくて先に進ませられないのだとか。

 さっそく許可を申請したが、しばらく時間がかかるとかいう答え。……ぬう。気ばかり焦るなぁ。べつに急いでるはずじゃなかったんだけど。




特殊所持スキル紹介:


死喰いの呪詛(9/10)
所持者:アーテリンデ
 死霊や悪霊といった類の特殊な存在を取り込み、自らの力へと変える禁呪。
 一緒に怨念を取り込むため、たいていの場合は高レベルにした時点でその怨念の影響で発狂する。耐えられる術者も、どこか人間離れした外見に変容していく。そして精神が徐々に汚染されていく。
 アーテリンデはこれを限界ぎりぎりまで高めている。あと一歩煮詰めてしまえば、彼女は迷宮に潜む怪物と成り果てるだろう。


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第二階層(3):試練! 炎の魔人

・天牛の月、3日

 さあ今日も元気に樹海へ、と宿の入り口を出たところで

「はいはいはい戻る戻る」

 とアシタに押し戻された。

 なにしにきたんだこのアマ。と思ったら、どうやら大公宮に申請した例の許可の審査官として来たらしい。外注かよ。どんだけ人がいないんだこの国は。

「んで、十階の奥に行きたいんだって? キミたちが?」

 なめくさった口調で聞いてくるアシタ。……嫌だなあ。絶対難癖つけて却下って流れだよ。と内心思いつつ、そうだと答える。

 するとアシタは肩をすくめて、

「前から思ってたけど。

 キミたち、なんで上を目指すのさ?」

 なんでって……そりゃ、その方が実入りはいいし……

「実入りはいいけど出費も多いし危険も高い。

 ぶっちゃけ、効率的じゃないと思うんだよね。六階とか七階で用心棒みたいな仕事して稼いでれば、安定収入でけっこういい生活維持できるのに」

 ……う。

「ね、なんで?」

 考えたこともなかった。

「マイトは?」

「……いえ、特に」

「ふうん。べつにいいけどさ。

 でも、まあ、ちゃんと考えておかないとそのうち怪我するわよ。樹海だって長いし、いつまでも上に行けるわけでもないんだからさ」

 そう言って、アシタはあっさり席を立った。……おい、審査は? と聞いたら、

「え、審査って?」

 と聞きやがる。あんた、なにしに来たのか忘れたのか。と聞いたら、うっしっしと笑って、

「だって審査ってあのデブ倒せるかどうかでしょ。なにか考えることある?」

 ……あー、つまり、私たちはその、えーと、ふとましい魔獣さんを倒せると?

「そりゃ倒せるでしょ。あんなザコ。

 まあ、間違ってキミたちが死んじゃってもあたしが責任を取る理由もないし、好きにしたら?

 ケケケ、せいぜい足掻け」

 すごい台詞を言い捨てて、去っていこうとする。

 その背中に、私は声をかけた。なあ、あんたはなんで樹海の上を目指すんだ?

 そうしたら、――こんな、途方もない答えが返ってきた。

「え、だって、上のほうが見晴らしよさそうじゃない?」

 

 高いところを無条件で好む馬鹿には聞くだけ無駄だったが、ともかく条件は整った。

 ふとましい――じゃなかった、炎の魔人。十階の主であるそいつを、私たちは倒さなければならない。

 それからもうひとつ。

 アシタの提示した謎かけ。それにも、自分なりに答えを出さないと。

 ……そっちのほうが、実は強敵だったりするんじゃないかなあ。とか思うのだ。

 

 

・天牛の月、4日

 念には念を入れて、一日下準備に当てることにした。

 酒場で情報収集……しても、あの二人組の情報はぜんぜん入って来なかった。が、幸いにも珍しくマハがここの酒場を訪れてくれたおかげで、だいぶいろいろな話を聞けた。なんで親父が鼻高々してるんだかはわからん。おまえ、なんにもしてねーじゃん。

 で、マハの話によると、あの二人組はエスバットという名前のギルドらしい。昔、エトリア組がハイ・ラガードへと流れ込んで来るか来ないかくらいの頃に大活躍していたギルドだったのだが、十五階でだいぶ仲間を失ってしまったらしく、それ以降はずいぶんおとなしくなってしまったのだとか。

「いま、十四階をみんなで開拓している途中だから、現役のギルドで最高階まで登り詰めたのがあのギルド。だからみんな敬意を払ってはいるんだけど……困ったことに、あんまり他とコンタクト取らないんだよねえ、彼ら。あたしたちとかと違って」

 だから地味な存在になってしまっているのだ、と彼女は言った。……地味、ねえ。あのインパクトは地味で済むのかどうか。

 マハが帰ったあと、マイトがこっそり聞いてきた。死んだあいつらの仲間とコンタクト取れないか、と。

 けど、無理だ。というか、見えない。あんな死の気配が漂うあの女の周りを見て、死んだ仲間など見極められるはずもない。それに、いたら既にあの女に喰われているだろう。

 そんなこんなで夕暮れ。後は交易所でしこたま弾丸を買い足し。シロは一日中食っちゃ寝生活。前々から思うが、死んでるから太らないっていうのはうらやましすぎて蹴りたくなる。

 

 

・天牛の月、5日

 十階、探索開始。

 えらくでかい敵が多い。首長竜とか。アレに突進してこられるとたいへん厄介なのだが、幸いにもは虫類なので氷の特殊弾丸がすごく効く。持ち合わせがあってラッキー。

 ……出費多いなあ。

 正直、さっさと上の階に行ってしまいたいところなんだけど、道がすごく複雑なんだよなー。挙げ句に出発地点すぐ近くに出る小道を発見しちゃったりしてがっくし。最初からこっちに行っていればだいぶショートカットできた、というかエスバットと会わなくて済んだんじゃないのか。

 

 

・天牛の月、6日

 探索、続行中。

 んで、磁軸の柱を発見。正直ありがたい。なにしろこれまで、十階に行くためには八階の磁軸から強行しなければいけなかったのだ。

 なんとなくもうこの近くに炎の魔人がいるような気がする。明日が決戦だ。気を抜かないで行こう。

 

 

・天牛の月、7日

 赤い樹海の奥。大きな広間になったその場所に、そいつはいた。

 デb……炎の魔人は、我々を見ても微動だにせず、こちらの動向をうかがっていた。好戦的ではないようだが、ただで通してくれるというわけではなさそうだ。

「不意打ちは無理だな。もう気づかれた。

 どうする、一度撤退するか?」

 ダメだ。あの場所は背後に回りづらい。最初から、あいつは不意打ちできない場所で待ち伏せしてるんだ。

「じゃあ、」

 やるしかないってことだ。――無茶、始めるぞ。用意はいいか。

 おん、と軽くシロが吠えた。

 

 マイトが銃を構え、狙いを定める。すると炎の魔人が、呼応するように吠えた……ってうるせええええええええええ! めちゃくちゃな音に森は震え大地はうなり、狙いを外したマイトの銃口があさっての方向に銃弾を吐きだした。――最悪。耳栓買っておきゃよかった、っていうかそういうのは教えてくれよ馬鹿アシタめ!

 落ち着け! とマイトに活を入れつつ鬼力化の術をかける。と、シロがどしゃああああ、とものすごい勢いで吹っ飛ばされた。――なんて腕力。そして気づいたら相手の身体が近い。やば、と思う間もなく相手が両手を広げ、と、そこでマイトの銃が炸裂。相手の身体に風穴を開け、きゃいん、と悲鳴みたいな声を上げて相手がたじろいた。……なんだいまのかわいい声。

 と、しかし即座に立て直した相手は突進してくる。慌てて体当たりで防ごうとしたわたしとシロを相手の両腕が包み込み、がっちりホールド。さ、さば折り……みしり、と背骨が悲鳴を上げ、ギブ、ギブ、とか言っているうちにマイトの銃弾炸裂、また悲鳴を上げて相手がたじろいた。……た、助かった。

 ともかくシロをサポートしないと。と、治癒の呪を掛けて体力を回復させたと思ったら相手がめちゃくちゃ熱い火の玉を吐きだしてシロ直撃。きゃいん、きゃいん、とか言って暴れてる。シロ、転がって火を消すんだ! とか指示してたらいつの間にか近づいて来てた相手にぶん殴られて吹っ飛ぶ。ぐええ、い、痛い……がら空きになったマイトはしかし、三発目の銃弾炸裂。また相手がたじろいて多少の余裕ができた。

 さすがに相手の体力にもかげりが見えてきたように感じたので、思い切って突撃。しようとしたらまたものすごい吠えられて耳が痛えええええええ。シロが混乱して走り回るが、意外にもマイトは今度は冷静だった。銃弾をがつんとたたき込み、跳弾でもう一発、二発。相手が悲鳴を上げる。よっしゃー行ける、と思った瞬間また抱き込まれてさ、さば折り……ぎゃあああ痛い痛い。わ、私はデブはダメなんだー! とか叫んでたらマイトの銃弾が今度こそ相手の眉間に突き刺さり、――それで、勝負がついた。

 

 強かったが、勝てない相手ってわけでもなかった。何度か心底痛かったけど、死ななくてよかった。あんなふとましい親父と抱き合って死ぬなんて嫌すぎる。

 そうして十一階に到達。……えーと、その。なんだこの白くて寒い空間は。



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第三階層(1):花争奪戦

・天牛の月、8日

 金 が や ば い 。

 あはははは。なりふり構わず弾丸撃ちまくった結果がこれだよ! な財布の中身に今日気づいて愕然とした。これはまずい。うん、超まずい。まずいよねー。なぜ逃げるのかなマイトくん。

 というわけで今度の依頼はレンジャーが入り用だそうで。まあ射撃職だし似たようなもんだよね! てことで行けマイト。と追い出してしばし。なんか今回はえらくあっさり帰ってきた。ちっ……いえいえナンデモナイヨ? ところでなんでそんなにピンピンしてるの? え、同行者にイナーさんがいた? ズルい! チートだ! もう一度行ってこい! と言ったら殺意を込めた笑顔で断られた。ですよねー。

 

 

・天牛の月、9日

 そこそこ金ができたのはいいんだが、やっぱり十一階は防寒具が欲しい。どうしようかと思いつつ酒場の掲示板を見るとすごく割のいい依頼が。なんか十一階で獣が暴れているらしいが、普段暴れる種ではないので獣を殺さず状況を調査したいらしい。よしこれにしようということでさっそく引き受け、さっそく樹海へ。結果、

 超   寒   い   。

 落ち着け私。防寒具買うために寒いところ出かけてどうする。と言っても後の祭り。もう依頼は引き受けた後です。比較的寒さ対策済みのマイトとそもそも防寒具とか関係ないシロに比べて、私ひとり被害を被っているのがすげーむかつく。ええいマイト上着を貸せっ寄こせっこら逃げるなっ。とか馬鹿やってたら雪原にすっ転んでさらに寒くなった。ずびー。

 で、依頼自体はシロの活躍でうまくこなしたけど、さっきからずっと寒気が止まらない。風邪ひいた?

 

 

・天牛の月、10日

 風邪なのでお休み。

 というわけで宿でぐーたらしていた。偶然にも、今日は宿屋の一人娘の誕生日だという話だったので、普段(主にシロが)お世話になっているお礼になにかプレゼント買ってこいとマイトに行ったら、三時間くらい経ってえらくきれいな花を束にして持ってきた。こんなんどこで買ったんだよ、と言ったら、

「樹海で取ってきた。ほら、二階に自然に花が群生してるところがあっただろ」

 と言う。マジか。ぜんっっぜん覚えてないんだけど。と言ったら呆れられた。……うるさいな。そういう細かいこと覚えるのは苦手なんだよ。

 まあ、プレゼントはだいぶ喜ばれたようでなにより。体調も夜にはだいぶよくなったし、明日には探索を再開できるかな。

 

 

・天牛の月、11日

 防寒具買って体調も万全、さあレッツ樹海。というわけで行ってみた。

 ……やっぱり寒いぞこんちくしょー!

 寒い中をなんとか進み、途中何度も出てきたへんな空飛ぶ獣にてこずりながらも順調に探索終了。なんかトンボみたいなのがうっとおしいね……すばしっこいからよく奇襲を食らう。

 

 

・天牛の月、12日

 十二階への通路を発見。ついでに近道も発見。

 ……え、もう?

 なんかスムーズに探索が進みすぎて怖いくらいだ。なにがあったんだろう。

 

 

・天牛の月、13日

 朝、宿を出たところで衛士が迎えに来た。

 大公宮から呼び出し。十階を超えた人間に用があるので面を貸せと。……マイトがなにかやばいことしでかしたのかと思った。と言ったら、マイトはうなずいて、

「ああ。俺もとうとうお前の悪事が暴かれでもしたのかと思った」

 とか言われた。失敬な。私は脱法行為なんて行いませんよ。ところでハイ・ラガードには呪い禁止令とかってなかったよね? たしか。

 そんなわけで大公宮に行ったらものすごいことになっていた。英雄級の冒険者たちの大盤振る舞い。どうやら、本当に十階より上を探索しているギルドを全部呼んだらしい。

 で、初めて顔を見る公女さまから、お触れが出された。十二階付近にある珍しい花を4つ摘んできて欲しい、のだそうな。見つけたギルドには相応の見返りを出します、だそうで、それがまたかなりの額だったので周囲はざわめいた。うわー、こりゃ競争率高そうだわー。

 そして帰り際にアシタとばったり。……なんでこの女はいつもいつも嫌なときに出くわすんだろう。

「えー、なに。キミたちも花競争に参加する気なの?

 やめとけばー? ぶっちゃけ勝ち目ないよー? そんなのに目をくらませてないで、さっさと上に行って鍛えたほうが身のためだと思うけどー?」

 と嫌みったらしく言われたので、にっこり笑って言い返した。そーっすねー。でも私たちと違ってあんたたちが競争に負けたりしたら周囲の笑いモノですよねー。そしたらもんのすごい目でにらまれた。くそ、負けるかっ。

「――ふ、ふふふ。

 よーくわかった。見てなさいよ、あっという間に4つ集めて度肝抜いてやるっ」

 高らかにその場で宣言して、アシタは去っていった。

「よくやるなぁ、お前。アシタさんに喧嘩売るなんて」

 マイトが呆れたように言う。おまえね、なに他人事みたいに言ってるんだ。ほれ、さっさと支度しろ支度。

「……あー、なに。競争、参加するの?」

 当たり前だろ。相手は4つ、こっちは1つ。ひとつでも取れればあいつの負け。クケケ、挑発に乗った我が身の浅はかさを嘆くがよいわ。

 そんなわけで今日から競争だ。十二階へ突入、そしてなんかすごいバケモノに蹴散らされ逃亡orz

 なんだあの凄いの。あんなの誰が勝てるんだよ? 置物みたいに通路に突っ立っているから邪魔でしょうがないのに、あれじゃあ奥に行けやしない。

 

 

・天牛の月、14日

 ロックエッジ(がんそじゃないほう)とバケモノの死闘に居合わせてしまった。

 あー……なるほど。こういうひとたちは勝てるわけですね。なんかもー、レベルの差というものを思い知った感じ。

 で、戦闘が終わった後、みんなで和気あいあいと雑談。どうやら、未だにどのギルドも花を手に入れてはいないっぽい。それどころか、公女さまが我々に依頼を出した理由は、探索すべく送り込んだ衛士隊がなにも見つけられなかったからなのだそうな。……おいおい。それってそもそも十二階にないのでは? と言ったら、チ・フルルーは首を振った。

「あると明言しているのだから、根拠があるんでしょう。

 大公家はこの世界樹に縁のある家柄です。彼らは先祖代々の伝承という、我々と根本的に異なる情報ソースを持っている。だから、十二階にその花があるということについては、あんまり疑わなくていいと思います」

 ……じゃ、なんで見つからない?

「そうですね。特定の季節にしか咲かない、というのはどうでしょう?」

 この常冬の樹海で?

「……く、苦しいですかね」

 うん。

「出直してきます……がっくし」

 とまあ、こんな感じ。このクラスの冒険者でも、基本的に戦っているとき以外はふつうの人間ぽい。戦っているときについては……ノーコメントで。

 とはいえ、ヒントは得た気がする。要するに、その花とやらはなにか条件がないとまず見つけられないもので、そして我々はその条件を知らない。ということなのだろう。

 よしよし、一歩近づいた気がするぞ。

 

 

・天牛の月、15日

 引き続き十二階の探索。だんだん階層の構造がわかってきた気がする。

 とはいえ、いい加減寒くて仕方がない。加えて、なんかえらく固い虫が頻繁に襲ってきて、うっとおしいったらありゃしない。雷の特殊弾丸一撃で打ち落とせるんだけど、羽虫特有のウザい音をぶんぶん立てるからマイトが集中できないらしく、頻繁に的を外す。的を外すと弾丸一発分の代金が無駄になるわけで、要するにそろそろ出費が無視できなくなってきた。これ花見つけても赤字なんじゃないだろうか。だからって諦めないけど。

 

 

・天牛の月、16日

 グレイロッジが、花を見つけた旨の声明を出した。

 すでに四カ所以上で見つけたそうだが、大公宮へ提出したのはひとつだけ。なんでも、

「後進の育成のため、この試練は他のギルド達に残しておきたいと思います。

 月末まで進展がなければ我々が動きます故、公女様におかれましてはどうぞお待ち下さいますようお願い申し上げます」

 とか、空気の読めないロッドテイルの親父が宣言してしまったらしい。……おいおい。

 まあ、アシタが宣言していた4つ集めるというのは他のギルドが達成してしまったため、いちおう奴の面目はつぶれたわけだが。ここでおとなしく引き下がるほど私もお人好しじゃない。見てろよ。ひとつでも見つけて、見返してやる。

 

 

・天牛の月、17日

 あっという間だった。ロックエッジ、ふたつ目の花を大公宮へ提出。

「あることにさえ気づけば簡単でしたね。ありふれているわけではありませんが、注意すれば見つけられる可能性は高いかと」

 とはチ・フルルーの言。くそ、どうしたもんか。

 で、負けじと樹海へ行こうとする私を、マイトが引き留めた。

「待てよ。落ち着かないと見つかるものも見つからないぞ」

 そうは行くか。すぐ行かないと他のギルドに先に見つけられてしまうじゃないかっ。

「それはないだろ。あるとすればロックエッジか。あそこは花の見つけ方を知っているから、他にも見つける可能性がある。

 だけどな、考えてみろ。ロックエッジ、三日前に会ったときは俺たちとほぼ同じ位置だったじゃないか。あそこから花を見つけるに至るまでには、なにか大きなヒントがあったはずだ」

 ヒント……?

 考える。ヒントったって、我々が知っている以上の事象とロックエッジが遭遇したとも思えない。とすると、知り合いでもあるグレイロッジになにか教えてもらった、と言う可能性もあるが、ロッドテイルがその種の馴れ合いを許すか、と言えばそれはまずあり得ない。ということは。

 ヒントとなりうる情報は、グレイロッジが花を提出したという、その事実だけしか存在しない。

 んー、しかし、それだけだとやっぱり決め手になる情報は――

 あ。

「どうした?」

 …………

 そっか。

「なんだよ。もったいぶらずに教えろよ」

 耳貸せ耳。

 ごにょごにょ……

 

 

・天牛の月、18日

 草木も眠る真夜中。私たちは、樹海に出発した。

 思いついたのは簡単なこと。グレイロッジもロックエッジも、朝に大公宮に花を提出して、声明を出した。

 それはつまり――取ったのは、昼間じゃなかったんじゃないのか。と思うわけだ。

 夜の樹海探索は危険なので推奨されない。それはセオリーなのだが、だからこそ盲点になる。

 つーことで、てくてく歩いて十二階へ直行。道も暗いし不安になるが、なんとか目星を付けていた広間に赴き、そこできらきら輝く氷のような花を発見。ゲットだぜー! と飛びつこうとした矢先、横から魚のバケモノに押し倒された。南無。

 つーかウゼェよ出てくんな馬鹿! と毒づきつつパンチキック銃撃で撃退し、さあ花だと振り返ったら

「あー見つけたー!」

 と余計な声。こら馬鹿アシタ、それはこっちが先に見つけたんだ返せ寄こせっ。口論はただちにもみ合いになり、ぎゃいのぎゃいのと騒いでいるうちにパベールがふと上を向いて、

「……――! 雪崩が来る。全員急いで逃げろ!」

 ぎゃー!

 

 死ぬかと思った。そして逃げ回っていたら夜が明けてしまった。アシタは苦虫をかみつぶしたような表情で「こいつらがいなければ……」とかぶちぶち言っている。ふん、自業自得だ横取り野郎。と思ってみたものの、正直こっちも痛手を負った。他のギルドがふたつ以上花を見つけていたら今日でアウトだもんなー。どうしよう、とか思っていたら――おいシロ、なにくわえてるんだお前。

「わう?」

 わう、じゃない。ほれ吐き出せ。と命令すると、シロはおとなしく口にくわえていたものを落とした。――氷の、花。すげえ、お手柄だシロ! 今度いいもん食わしてやるからな! と万歳して叫ぶ私と、その後ろからこっそり近づいていたアシタをがしっとホールドするマイトとパベール。う、うお、なにしやがるおまえら! と聞いたら、

「これは共同で見つけたものだ。

 だったよな? マイト」

「そうですね、パベールさん」

 ……う、裏切り者ー!

 

 

 そんなこんなで、花はがんそロックエッとパレッタが協力して見つけた、ということになってしまった。しくしく。あともうひとつの花はロックエッジがきっちりゲットして来たそうな。報奨金は、グレイロッジの圧力もとい提案により、これら3ギルドで等しい額を分配されることになった。

 ……本来なら貢献度1/8なのに1/3もらってお得なはずなのだが、ちっとも嬉しくない。アシタの奴は公女の前でもはっきりわかるほどふてくされている。くそ、もうちょっとで完勝だったのにっ。今度は見てろよ!



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第三階層(2):樹海にて待つ双つ

・天牛の月、19日

 昨日ノリで倒した魚の魔物、どうやらアレはかなり多くの冒険者を食ってきた曰く付きの奴だったらしい。

 ……えー。弱くなかったか、あいつ。そういえば攻撃はしょぼいけどえらくタフだったような気がしたけど。でもそれだけだし。

 で、どうやら酒場に依頼が来ていたらしく、そっちからも謝金が出た。一気に財布がウハウハになって大満足。この際だから交易所で装備品を大幅に新調することにした。

 これで後はアシタをぎゃふんと言わせるだけだな。と言ったら、マイトにまだやるのかよ的な顔で呆れられた。……ふん。いいもん。気にしないもん。女には後には退けない戦いがあるってもんさー。とりあえず、奴に追いついて十四階まで行くのが先だな、うん。

 

 

・天牛の月、20日

 十三階、到達。

 やたら甲羅が固い敵を鬼力化でごり押しして倒し、ふうと一息ついて後ろを向いたらちょうど雪の中から出てきて擬態を解いた巨大蟹さんとばったり目が合った。そして一瞬でフォーリンラブ。蟹食いてー! 嘘。つーか死ぬ。タスケテ。

 何度も食われそうになりながらかろうじて撃退。雨あられと雷の特殊弾丸を浴びせて倒したけど、ぶっちゃけ普通の魔物ってレベルじゃねーぞこいつ。こんなのが徘徊してるのか十三階。侮れねーな。

 

 

・天牛の月、21日

 蟹とか象とか牛とか……orz

 もう勘弁して欲しい。マジでギリギリ。そして虎の子のネクタルが切れて撤退。くそー。

 

 

・天牛の月、22日

 今度は蟹蟹蟹蟹蟹パーティ! 無限増殖かよ。南無。

 でも近道発見。次からは、少なくとも象におびえる心配はなくなりそう。……蟹は相変わらず怖いけどネ。

 

 

・天牛の月、23日

 ショッキングな事件が起こった。グレイロッジのパラディン、マハが何者かに撃たれたのだとか。

 慌ててお見舞いに薬泉院に行ったがこっちには来ていないとのこと。あれ、おかしいなと思いつつギルドの本拠地へ行ってみたら、道場で元気に素振り中のマハを発見。……ガセ? と思ったが一応聞いてみると、

「うん、撃たれたんだよ。不意打ちで後ろから。

 剣とちがって銃弾って音速より早いからさ。勘以外で防ぎようないでしょ? 盾が間に合ってよかったよー。ホントびっくりした」

 あ……あはは。勘で防げちゃうんだ。そうだ、すっかり忘れてたけどこいつ超人だっけ。

 それはともかく、十四階に到達したことを報告したら、ずいぶんいろいろな情報を教えてもらえた。なんでも、十四階から十五階に行く道はまだ誰も見つけていないが、いま十四階の南のほうにかなり大きな通廊みたいなのが見つかって、現役のギルドたちはみんなそっちにかかりっきりなのだとか。けれど、グレイロッジはそこから手を引くつもりらしい。え、なんで? と聞くと、

「表向きは、ロッドテイルのいつものアレだよ」

 ……あー、アレ。後進の指導がどうたらこうたら、っつーアレですか。でも表向きってことは、真の理由は? と聞いたら、

「オコナーっていう、うちのアルケミストが言い出したんだ。ちょっと北の方に興味深い通路を見つけたので、そっち側を開拓してみたい、って。

 ちょうど通路の探索も一区切りついたことだし、新しい箇所を調べる手がかりを作っておこう、って話だった」

 なるほど。じゃあ私たちもそっちに行こうかな。競争率高いところは前回で懲りたし。と言ったらマイトから「……うそつけ」とぼそっとつぶやかれた。嘘じゃないのに! ただアシタが相手だと後に退けないだけだもん!

「あはは……そっか。アシタさんと喧嘩してるんだ」

 喧嘩ってほどじゃないけどね。つーか本気で喧嘩したらあの腕力馬鹿には絶対勝てない。

「そう? 私、いまのアシタさんならたぶん勝てるよ? 昔より弱くなったし」

 ……あれで弱くなったんですか。

「うん。大けがしたからね。

 右腕を義腕にして、パワーは上がったけど雑になった。大きい魔物相手ならそっちのほうがいいんだろうけど、人間大の相手だと苦戦するんじゃないかな、彼女は」

 ちょっとびっくりすることを言う。

 なんでも、エトリア樹海の深層でとんでもない相手と戦ったロックエッジは壊滅、リーダーのアシタは生きてるのが不思議なほどの惨状だったらしい。チ・フルルー、ハラヘルス、パベール、カチノヘも多かれ少なかれ手傷を負い、一時はギルド解散の憂き目にあったとか。

 そんだけやってまだ樹海に入り続けるのか。すごいな、と言ったら、

「……そうかなあ。むしろあたしは、アシタさんらしいな、と思ったけど。

 あのひとはもう、自分の生き方は冒険と共にある、って決めてるんだと思う。だから、動ける限りは樹海に入り続けるんじゃないかな。たぶんね」

 と、マハは言った。

 

 生き方を決めている、というのはその通りなんだろう。

 アシタは、上に進むことに迷いがない。それはたぶん、彼女にとってそうするのが自分の生き方だからなんだろう。

 …………

 

 結局、それからしばらくおしゃべりしているうちにロッドテイルがやってきて、ついでだからとトレーニングに参加させられた。南無。

 ちなみにマイトはばっちり顔を覚えられていて、パラディンなのに盾を持っていないとは何事か、とどやされたが、

「て、転職したんです」

 と言ったところ、そうか、なら仕方ないな、とあっさり釈放された。マハは終始「?」みたいな顔でやりとりを見ていたけど。

 

 

・天牛の月、24日

 十四階、探索中。

 ものすごい勢いで鳥みたいな獣の死体が散らかっている広間を通過。何事? と思って見回したら遠くでワテナが一刀で二体の魔物を同時に首をはねているのを目撃。……あー、そゆことね。グレイロッジがいるなら、そりゃこうもなるわな。

 で、顔を合わせるのもアレだったのでテキトーに道を変えて探索。遠くで雪崩が起こっているみたいでひやっとしたが、幸いにも巻き込まれることはなかった。でも二次災害が怖いので早めに退散しよう。

 

 

・天牛の月、25日

 毎度おなじみ、金策たーいむ。キューブ相手に特殊弾丸撃ちすぎです。

 というわけで今回マイトくんがやるのは吟遊詩人のまねごと。で、職業に必要な最低限をたたき込むために私が部族の伝承歌を披露したところ、マイトは耳をふさぐわシロは逃げるわおかみさんからは怒られるわ、もう散々。しまいには宿の娘さんからも「……びっくりした」とか言われる始末。頭に来たのでマイトになんか歌えと言ったらすげぇうまい。……悔しい。なんでバードやってないんだテメエ。と言ったら、昔はバード志望だったこともあったんだとか。それを先に言え!

 で、仕事に送り出したところ、えらく疲れた顔をして戻ってきた。なんでも、職業訓練所みたいなところで基礎を教えさせられたのだが、訓練生の中にひとりだけ無駄に居丈高なおっさんがいて、えらく酷評されたんだとか。それだけならともかく、そのおっさんはべつのバード見習いから逆にくそみそにけなされて、キレて暴れ出したらしい。ひどいなオイ!

 それで、そのバード見習いが凄くて、暴れていたおっさんを腕力で押さえつけて訓練所から放り出したそうだ。どうやらそいつもエトリア組で、最近流れてきたはいいんだけどこの国での資格がないから取っておこうと訓練所に来たんだって。ベテランかよ。名前はカチドキ、なにかあったら言ってくれ、だそうな。

 ……そこまで言われたなら、いっそギルドに誘っちゃえばいいのに。人材不足なんだし。

 

 

・天牛の月、26日

 探索再開。

 で、なんか樹海の突き当たりみたいなところで、シロが鼻をふんふんさせていた。なんだろうと思っていたら突如茂みの中に入り込む。……って、おい、どこ行く気だ!? と追っていったら、どうやら獣道、とすら言えないすごく細い通路みたいな場所があった模様。――お手柄だ。ここのところシロ大活躍だなぁ。

 で、先に進んだ挙げ句にやっぱり出てきた牛に殺されそうになって撤退。あいつが狭い通路で大暴れするとホントに対処に困る。

 

 

・天牛の月、27日

 その事件は、細い通路の奥、ちょっと開けた広間みたいなところで起こった。

 

 なんの予兆もなく、マイトがいきなり私を突き飛ばした。

 直後に、ぼすん、と雪に穴が空いて、事態を理解する。そ、狙撃……!? 誰がこんなことを、と一瞬思ったが、考えるまでもなくすぐに答えはわかった。向こうから、出てきたのだ。

「あら、ご無沙汰ね。

 十四階まで登ってきたんだ。たいした速度ね。その調子だと近いうちに十五階に来るでしょうね」

 ――なにしに出やがった、お化けのアーテリンデ。

「ひどい言われようねー。いいけど。

 さて。一度だけ言うわ。このへんで退く気はない?」

 ……なんでそれを私たちに言う。もっと上に来そうな相手がいるだろう、他にも。

「そのひとたちにも当然言うわよ。でも、さしあたり一番早そうな相手に言わないとね」

 断る。私は問答無用で銃撃してくる相手と交渉する口を持たない。

「交渉じゃなくて説得なんだけど。

 まじめな話。あなたたち、なんのために上に行くつもり?」

 …………

「名誉のためかしら。それとも、金のため?」

 両方だな。

「ふうん、両方、か。

 じゃあ、こうしたらどうかしら。あたしたちはこれから、十五階へ続く道へとあなたたちを誘導する。そしてあなたたちは新しい階への通路を見つけた人間としての名誉を得て、そしてそれ以降に進むのは諦める。

 ね、悪くない話でしょう?」

 ダメだ。それは受け入れられない。

「なんで?」

 いや、そりゃ聞かなくてもわかるでしょうが。そうだとして、私たちが先に進まなくても、どうせ他のギルドが先に進むだけだ。

 そうすれば、嫌でもあんたたちと対決することになる。対決して――私たちの友人が、傷つくんだ。

「…………」

 だから、それを食い止める。

 十五階に行く道を私たちが見つけたならば、それは他の人間に伝えない。伝えたら、そのひとたちが標的になるから。代わりに、私たちが先へ進む。

 それが嫌なら、あんたたちが私たちを止めるしかない。

「決闘、ということね。

 ……勝てると思う?」

 無茶は得意なんだ。

「――けっこう。

 なら、あたしたちもこれ以上は言わない。十五階に来ようと、それを他人に伝えなければたいした害にならないから。

 その代わり、先に進もうとすれば容赦はしないわよ」

 いいだろう。

 それ以上語ることもなく、彼女はその場を去っていく。

 ……ふう、とマイトは吐息を吐いて、彼方へ向けていた銃を下ろした。

「ライシュッツも去ったみたいだ。

 思い切ったな、あんた。あれだけ大きなことを言うとは思わなかった」

 悪いな。勝手にひとりで方針決めて。

「いつものことだろ。ボスはあんただ。

 ――それより、どうなんだ。勝ち目はあるのか」

 勝ち目は薄い。

 けど、仕方ないだろ。たぶん私たちだからこそ、彼女たちは挑戦を受けた。

 他のギルドだったらこうは行かない。たとえばグレイロッジが相手だったら、エスバットの二人では戦力が足りない。だから彼らは、たぶん強力な魔物をけしかけ、気を取られているところに後ろから襲いかかる。

「……だろうな。

 止められるのは俺たちだけか」

 できるか、相棒。

「わからない。今日対峙した印象では、思ったより腕の差は縮まっていたと思う。

 けど、それでもあの二丁拳銃は脅威だ。アレを放置しておく限り、敵のガンナーは達人級の人間がふたりいるも同然だ」

 作戦を練らないと、無理か。

「まだ時間はある。

 お互い、最善手を考えよう。お互いの敵を、どうにかできるように」

 ああ。

 

 

 探索って気分でもなくなってしまったので、今日はここまで。

 目指すは十五階。

 そこに、敵が待っている。



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第三階層(3):覚悟の意味

・天牛の月、28日

 なんか南のほうでは、がんそロックエッが十三階への下り通路を発見したらしい。……下りかよ。いいけど。こっちとしては妨害されなくて、たいへん助かる。

 で、こっちはだいぶ探索が進んだ。近いうちに十五階へたどり着けるだろう。

 

 

・王虎の月、1日

 十五階、到達。

 到着早々、磁軸の柱の前にライシュッツがいた。

「久しいな、パレッタの者たちよ」

 ……ふうん。ひよっこ呼ばわりはしないのか。

「ここまで自力で登ってきた者に、ひよっこ呼ばわりは不当であろう。

 それに、決闘の相手には敬意を尽くすべきものだ」

 静かに答える。どうやら、敵として認められてはいるらしい。

「――昔の話をしにきた。まだエスバットが、二人のギルドではなかった頃の話だ。

 我々はこの階に、おそらくは最初の冒険者として到達した。そして、この階層の主に戦いを挑んだ。

 結果、我々は勝ったよ。仲間の命を犠牲として。そこまではよくある、ただの悲しい話だ。

 だがな、それだけでは済まなかった」

 尋常ならざる憤怒を目に宿して、銃手は話を続ける。

「天の支配者が樹海を支配している。そんな話を耳にしたことはあるか?

 我々の仲間は、天の支配者に魅入られてしまったのだ。奴らの言う、永遠の命とやらを与えられ、人でなしの魔物となった」

 奴ら?

「上にいる、阿呆どもだ。

 ……このままヌシらが進んだならば、必ずや彼女と戦うことになろう。氷の姫、スキュレーとな。

 だがそれは容認できぬ。どんな姿になろうと、どんな本性となろうと、彼女は、我々の、仲間だ」

 ――そのために、他の冒険者を殺すのか。

「冒険者の死など、よくある、ただの悲しい話だ。

 だが彼女には――墓すら、与えられないのだ」

 ……っ。

「パレッタの者たちよ。貴様らがどんな覚悟で登ってきたかは知らぬ。

 だが、この先へ進まんとするならば。我々の覚悟、超えるだけの覚悟は持っておらねばならぬ。

 ……心しておけ」

 本気の殺意を込めて、そうライシュッツは言い、そして去っていった。

 

 覚悟、か。

 ――こいつは困ったね。

 

 

・王虎の月、2日

 十五階、探索中。

 どうも薄氷の張った小さな池が多い。これ、夜になって寒くなったら通れるようになったりしないかな……と思いつつ、結局そこを超えるための道を模索してあっちにふらふら、こっちにふらふら。

 で、体力が尽きたので帰還。魔獣強いよ魔獣。

 

 

・王虎の月、3日

 ロックエッジが、だいぶひどい手傷を負って帰ってきた。

 と言っても死人とかはなし。彼ら曰く、氷嵐の支配者、とかいう名前のやばい竜とばったりでくわしてしまい、危うく食い殺されるところだったらしい。幸いにも、コルネオリとハラヘルスが必死で相手の動きを食い止め、他が全力で攻撃した結果、かろうじて勝てたみたいなのだが、それでも相当痛めつけられたらしく、チ・フルルーが怪我と凍傷で薬泉院に運ばれた。

 で、お見舞いに行ったのだが、ちょうどへんな時刻に行ったせいか、見舞い客は誰もいなかった。おかげでけっこう長時間、彼女と話をすることができた。

 

「樹海を登る理由?

 わたしは単なるアルバイトですけど」

 すっっごいあっさり、チ・フルルーが言った。……あ、アルバイトっすか。

「ええ。元々わたし、グレイロッジのギルド事務所で事務やってた身ですから。

 なにかの間違いでソードマンだと思われてますけど、べつに普段から斧使ってるだけですし。専業冒険者ってつもりはいまでもないんですよ?」

 にこにこしながら言う、たぶんハイ・ラガード最強のソードマン。ダメだ、このレベルのひとはなんかもー、格が違いすぎて参考にならん。

「で、そんなことを聞くからには、なにか悩むことでもあるんですか」

 え、ええっと……多少。

「喧嘩ですか」

 う……

「相手はだいぶ手強いみたいですね」

 ええ、まあ。

 で、そうとう覚悟決めてきてるみたいなんで。私もちょっと、樹海を登る覚悟みたいなのがないと気迫負けしちゃうなって思って。

「あら、気迫で負けたら困るんですか」

 こ、困らないんですか?

「困らないでしょう。

 しょせん、この世界はどこまでも物理的です。心情は活力に転化して力となることもありますが、それも副次要素に過ぎない。要するに、喧嘩なんて勝ったら勝ちです」

 すごく身も蓋もないことを言うチ・フルルー。いや、そりゃそうだけどさ。

「むしろ、相手の気迫に呑まれた場合、勝った後が怖いんですよ。

 あれだけ覚悟を決めた相手に勝ったんだから、と、自分まで覚悟を決めなければいけないような気になってきて、そうして、気づいたら相手の覚悟と自分の覚悟がすり替わっているんです。で、無茶をして自滅する。

 最初からこっちも覚悟固めてれば、勝った後は相手のことなんて忘れちゃえるんですけどね。そういう意味では、ある程度考えておいたほうが、後々の失敗に繋がらないとは思いますけど」

 ……そういうものですか。

「そういうものです。

 ところでイルミネさんは、どういう理由で樹海の上を目指されたんですか?」

 ええと……最初は、もっと効率的にお金を稼げないかな、って理由でした。

「いまは?」

 よくわかんないです。

 アシタに言われたんですよ。効率的にってだけなら六階や七階で楽して稼げば十分で、危険も少ないって。確かにそうだな、って思ったら、自分がどうして上を目指しているのか、それがわからなくなっちゃって。

「それはアシタさんの評価でしょう。無視していいのでは?」

 そ、そんなあっさり言わなくても……

「だってアシタさんはあなたのことを知りませんから。適当に言ってるだけかもしれませんし。

 では翻ってもうひとつおたずねしますけど。イルミネさんが冒険者を目指した、根本的な理由はなんですか?」

 …………

 それは、ずいぶんと昔の話。

 能力を暴発させてひどい目にあった私は、部族の掟に従い、外に出ることになった。

 要は追放だ。厄介払いとも言う。元々こんな能力故に疎まれていた私は、それをきっかけに各地を放浪することになった。

 冒険者になったのは、それが私にできる数少ない仕事だったから。

 それともうひとつ。

 ――頑張れば、いい生活ができる。部族に残って細々と暮らすより、ずっと。

 そんな仕事だったから。

 底辺から中堅の冒険者なんてごろつき同然だけど、上位の冒険者はみんなから尊敬されるし、社会の成功者になれる。

 つまり、私は。

「出世して、見返してやりたかった。……って感じですか」

 そんなところですね。

「十分な理由じゃないですか。樹海に挑戦する理由としては」

 そう……なんですかね。

「ええ。

 喧嘩する相手がどんなひとなのかわかりませんけど。相手がどんな理由を持っていたって、あなたの理由はそれに負けないものですよ。

 だから、あんまり気にせず、ぶちのめしちゃってください」

 にこにこ笑って、チ・フルルーは言った。

 

 後は雑談だけだったけど、この会話は私にとって、とてもかけがえのないものになった。

 ……そう、相手が覚悟しているからって、こっちまで引きずられることはない。

 私は冒険者。ハイ・ラガードのお宝に惹かれてやってきた、一発屋のしがない山師だ。

 なら、胸を張って樹海に挑まないと。

 

 

・王虎の月、4日

 シロが、いなくなった。

 

 なんでかはよくわからない。ともかく、朝起きてみたらいなくなっていた、という感じだった。

 どうしたんだろう。

 

 とりあえずいないものは仕方がないので、シロ抜きで探索続行。決戦は近い。できる限りのことはしておかないと。

 

 

・王虎の月、5日

 当初の予想どおり、薄氷の張っていた池は深夜には十分通れる程度には氷が厚くなるみたいだった。おかげで、夜の探索がだいぶ進んで、そうとう深部まで到達できるようになった。

 ……象が大量にうろちょろしている広間とか、マジで焦ったけど。さすがにやってられないんで途中で引き返したが、なんであいつら、あんなところをうろちょろしてるんだろう。

 

 シロは相変わらずいない。……参ったね。シロなしで勝てるのかな、あいつらに。

 

 

・王虎の月、6日

 だいぶ覚悟が固まってきた。

 とりあえずシロについては諦めよう。で、準備を継続。とりあえず私のほうはこれで十分かな。マイトは、どうやら対ライシュッツ用の秘策を思いついたらしく、ずっとその練習をしている。

「あっちは拳銃、こっちは狙撃銃。いくら相手が手練れだろうと、武器の性能差がある以上、この前みたいに長距離戦なら負ける気はしない。

 だから、相手は必ず接近戦を挑んでくるはずだ。そこに勝機がある」

 マイトはそう言って、見てろよ、と銃に向かってつぶやいた。



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第三階層(4):戦場、悲しき氷の姫

・王虎の月、7日

 いつものように夜に樹海へ。最近見つけた、磁軸のすぐ近くからの近道を使って奥へ。凍った池を渡り、私たちはその広間にたどり着いた。

 

 遺跡、みたいな場所だった。

 不思議な柱のような構造物が立ち並ぶそこは、視界がさえぎられる場所が多くて見通しが悪い。

 逆に言えば、仕掛けるには絶好の場所。

 とりあえず、広間の中央に移動してみる。

 相手は、――どうやら、素直に出てくるようにしたらしい。目の前に、ライシュッツが現れた。

「覚悟はできたか?」

 さあね。

「ふん、とぼけおって。

 まあよい。いずれにせよ、ここが貴様らの墓標だ」

 後ろから、足音。

「あっという間だったわね。あなたたちと会って一月ほど、か。

 こんなにできる相手とは思わなかったけど。どうせなら、あのタイミングで殺しておくべきだったのかしらね」

 現れたアーテリンデは、酷薄な表情でそうつぶやいた。

 ……はさみうち、か。まあ、どうせ二対二なら同じことだけど。

「あの白い獣はいないのね。どこかに隠れてでもいるのかしら。

 ――まあ、いいけど。あれにとってあたしは天敵でしょうし、なにをしようと一撃で殺せる。いなくて正解ってところかしらね」

 幽霊と死喰いか。たしかに相性は悪そうだ。

「まあ生きてても大差ないけどね。

 さて、……語ることも尽きてるし、始めようか?」

 ああ。

 

 最初に動いたのは、……これは意外に思うかもしれないが、マイトだった。

 全力でライシュッツに駆け寄り、銃の把で腕をぶん殴る。「な!?」あまりに突飛な奇襲に、ライシュッツは対応できなかったらしい。銃の片方を取り落とした。――お見事。これで対等だ。ついでに鬼力化で支援、したところで背後から強烈な怖気が。

「ほら、終わり」

 振り向く、時間すらない。

 視界が急激にブラックアウトし、身体の感覚がなくなる。

 心だけがふらふらとさまよい、なにか巨大なものに捕まり、引きずり込まれる感覚。

 

 ――『喰われ』た。

 一瞬で精神を取り込まれ、あとは相手にすりつぶされ、咀嚼され、魂を打ち砕かれて死に至る。

 終わりだ。なにもできることすらない。このレベルの死喰い相手に、戦いを挑むなんてこと自体が無茶だったのだ。

 

GAME OVER

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通なら、ね。

 だけどそんなことは予測済み。最初に出会ったときからわかっていた。こいつに正攻法で勝つのは、無理だ。

 だから、搦め手を用意しないといけない。

 わたしは準備していたそいつを、そっと、支配から解放してやる。――さあ、出番だよ坊主。暴れておいで。

 

「ぐ!?」

 アーテリンデの声。

 同時に、視界の中の黒い空間が、ぐらり、と傾く。

 あたりにざわめく、食い残しみたいな雑霊のささやき。

「この、……おとなしく、」

 がたがたがた、と視界が震える。

 ――こりゃ、凄い。この女、これに耐えられるのか。天才の類だな。

 でも、無駄な努力だけどネ。

 私はあたりの雑霊をけしかけ、力を与え、ついでに道を提示してやる。

 暗闇の中、消化されるのを待つだけだった霊たちは、出口を求めて一斉に動き出し、そして。

「あ、こら、ひ……きゃあああ!?」

 

 っと。帰還ー。ぐらっと倒れそうになった身体をあわてて足でふんばって支える。

 直後、爆発みたいな霊気の大放出が身体を叩き、私は吹っ飛ばされた。――あいててて。恩知らずなやつらだな。せっかく解放してやったってのに。

 立ち上がり、アーテリンデを見る。もはや圧倒的な力も消え失せた彼女は、ぎらぎらとした憎悪を隠すこともせず、こちらをにらみつけている。

「あなた――なにをしたのよ」

 うかつだったなアーテリンデ。同じ呪法の使い手を自分の精神に呼び込むなんて、自殺行為だと思わなかったのか。

「同じ呪法。つまり、あなたも死喰いの呪詛を使ったってことなの?」

 いんや。喰ってはいないよ。ただ取っておいて、こっそり放っただけ。

 アレは、このあたりで一番大きかった象の魂さ。普通、そんなもの喰おうとすればでかすぎてこっちが参ってしまう。あんたはそれでも制御できる器ではあったみたいだがね、私が悪戯をする隙を作るには、十分だった。

「…………」

 さあ、これで互角だぞアーテリンデ。

 死喰いの加護はもはやなく、あんたはただの巫医に戻った。もうこれで負けは

 ――ってうわぁ! いきなり振ってきた剣をぎん、と受けて止める。うげげ、なにこの怪力。

「その程度で勝ったと思わないことね。

 あたしの巫剣はあのひとの直伝。あなたに受けきれるかしら?」

 言葉とともに繰り出される剣撃。うわーマジ怖い怖いマイト助けてー! と叫んだ直後、銃弾が私と彼女の間を縫って横の柱にぶち当たり、柱大爆発。構造物が倒れてきて壁を作った。……助かった。でもこれマイトじゃないよねたぶん。あいつにこんな技ないし、ライシュッツの流れ弾か。

 とりあえずアーテリンデに一対一で対峙するのは無理だ。というわけでマイトの方を見ると、あいつは柱の影から影へ移動しながら相手を狙って銃を構えるが、すぐ下ろしてしまう。なにやってんだ撃て! と言ったら、

「こっちは弾込めるのに相手より時間がかかるんだ! 一発の誤射で勝負がついちまう!」

 と怒声。馬鹿、そんな悠長にしてたらアーテリンデが追いついてきちまうっつーの。仕方ない、手本を見せてやるぜおりゃああああ、とライシュッツに突撃。シールドスマイトおおお、とパラディン気取って盾構えながら突進したら、いきなりその盾が大爆発して吹っ飛ばされた。うぎゃー! なんとか受け身を取りつつ立ち上がったが、盾が見るも無惨にぶっ壊れてしまった。南無。と、くぐもった叫び声。見ると、腕を狙撃されたライシュッツが、銃を取り落としてうめいていた。

 ――気配を感じて、残骸となった盾を見もせずに投げつける。こちらに斬りかかってきたアーテリンデが、意表を突かれてそれを思いっきり顔面に受けてのけぞった。ところを腕に蹴り。巫剣が地面を転がり、彼女の手の届かない場所へ行ってしまう。

 ……それで、決着だった。

 

「――殺さないつもりなの、あなたたち」

 官憲には突き出すけどな。

 まあ、冒険者同士の喧嘩だし、結果として死人は出なかったんだから、そんなにきついおとがめはないだろ。しばらく樹海入り禁止くらいはされると思うけど。

「ふん、甘いわね。

 ……十五階から上を目指した冒険者は、他にもいる。あたしたちが、誰も殺していないと思うのか」

 あー、軽い処分で済ましたかったらその辺は公言しないようにな。

「…………」

 どっちにしろ、同じだ。私たちは十六階に向かい、あんたたちの妄執を取り除いてやる。

「できるかしら。スキュレーは、強いわよ」

 あー、べつに私たちがやらなくても同じだけど。今日は同時に大公宮に十五階への階段のありかを提出するし、そうなればすぐに強いやつらがやってきて、どうにかするだろう。あんたたちが樹海に入れないうちにね。

「……終わり、か」

 そうだな。

 まあ、このへんで楽になっとけ。どうせ、いつまでもは続かないよ。こんな無茶。

 

 後は、最後までエスバットの二人は無言だった。

 ……まあ、こっちはこっちで解決だ。

 そして、ちょっとした宿題が残された。氷の姫、スキュレーを倒すこと。

 上に行くためにわがままを貫いた以上、それは避けて通れない道だ。

 

 

・王虎の月、8日

 帰ってきたらシロいるし。

 まあ、いいけどさ。勝てたし。どうでもいいけど、こいつなんで私たちについてきてるんだろ。聞いても言葉では返してこないしなぁ。

 とはいえ、シロがいるというだけでも探索はだいぶ楽になる。あっという間に探索が進んで、いろいろな道がわかってきた。ていうか、裏から見るとわかるけど、ちょっと細い木を2、3本切り倒せば磁軸から奥への近道が作れるんだな……ふむふむ。

 

 

・王虎の月、9日

 今日は久々に朝から樹海。昨日作った近道のおかげで、池を超える必要性がなくなった。

 やっぱ昼間は見通しがいいから地図作るのが楽でいいわー。おかげでものすごい勢いで地図が埋まっていった。後はもう、限られた場所しか残っていない。いよいよ……かな。

 

 

・王虎の月、10日

 氷の果て。

 一面に氷の張った大きな湖の中央に、その途方もない化け物がいた。

 氷の姫、スキュレー。蟹とも蛸とも貝とも見える、異様な風貌の怪物だ。

「おい、アレどうするんだ。

 どう考えても、寄られただけで潰されて殺されかねない大きさだぞ」

 馬鹿、そんなのわかりきってるだろ。

 最初っから近寄られたら負けだ。だから、湖の周囲を走り回りながら、撃ちまくれ。

「――寄ってきたら?」

 私とシロがなんとかする。

「わかった。それで行こう」

 頼むぞ、相棒。

 

 湖のほとり、木々の間からマイトが銃を構える。瞬間、はるか遠くにいるはずのスキュレーがこちらを振り向いた。

 気づかれた。とはいえ、もう退くには遅い。マイト撃て、と言いながら鬼力化発動、した瞬間、スキュレーがものすごい叫び声を発し、一瞬で私の視界がブラックアウト。

 …………

 どかっ! と滅茶苦茶な打撃を腹に受けて吹っ飛びながら目を覚ます。な、なにごとー!?

「馬鹿、寝てるんじゃねえ!」

 ばんばん銃を撃ちながらマイト。――寝てたぁ!? 信じられない。あの声、なにかへんな力でも篭もってるのか。

 考えてる暇はない。ともかくなんとか相手の動きを止めないと。と思った瞬間、怖気を感じて飛び退く。「うわぁ!?」マイトの悲鳴。なにかものすごく早い刃物みたいなものが近くを飛んでいった感覚があった。な、なにが攻撃してきたんだ!? と相手を見て、――すべてを、理解した。

 スキュレー自体は、まったく動いていない。ただこちらを見ているだけ。

 しかし、こちらに程近い湖面から、蛸の足と蟹のハサミが出て、こちらに向かってうねうねとせり出してきている。超でけぇ。そうか、見えてる箇所は氷山の一角で、この湖自体が全部敵のテリトリーか。やべえやつだこれ!

 と、シロの悲鳴。蛸の足に噛みついていたところ、その噛みついたシロごと持ち上げてぶんぶん振って放り出されたらしい。ついでにその振った足をその場で私に向かって振り下ろすっておうわ!? かろうじてかわして叫ぶ。マイト、水だ水! 水に氷の弾丸撃って凍らせて動きを止めろ!

「やってみる!」

 いい返事だ。よし来い怪獣! と叫んだところ、呼応して相手は蟹の足先からハサミをブーメランみたいに、ってうわっうわわっ死ぬ死ぬ死ぬ! と、シロががきん! と身体を張ってそいつを撃ち落とし、ハサミを失った蟹足は地面へと退いていって……おい、何本あるんだこの足。新たに出てきた足がじゃかきんっと新たなハサミをセット。やば! と思った瞬間に、マイトの銃が火を噴いた。弾丸は蛸足の根本にあたり、たちまちのうちにその周囲を巻き込んで氷で固め尽くした。――えらいぞマイト! 思った途端にスキュレーが咆吼を上げ、また視界がブラックアウト、しかけてかろうじて踏みとどまる。や、やばい……! これはもう、あいつをまず黙らせるしかない。幸い氷のおかげで攻撃は目に見えて鈍くなっている。いまだマイトやっちゃえやっちゃえ!

「ええい、気楽に言うな……!」

 ぶつぶつ言いながらマイトは狙撃銃を構え、よく狙って射撃。それがもう一度咆吼を上げようとしたスキュレーにぶち当たり、スキュレーが悲鳴を上げてたじろいた。効いてる! よっしゃ勝てる! とか思ってたら小さな触腕に足をすくわれ転倒。さらに氷をどっぱーんとぶち割って巨大蛸触腕登場、あおりで降ってきた氷の塊に頭をぶつけたシロが、くぅん、と鳴いて気絶した。

 ――くそ、あとちょっとなのに! こうなったら仕方ない、ともかくマイトに攻撃さえ来なければ勝てる、と思った私は、目立つように氷の池へ踏み出し、走り出す。てりゃああああ食らえー! と叫びつつ相手の身体を駆け上がって剣で一撃。ぎゃあああああ、とスキュレーが悲痛な叫び声を上げた。あれ、意外と効いてる? と思った直後、小さな触腕に足を絡め取られて私は転倒。さらに蛸触腕によって空中に勢いよく放り出された。ぐるぐる回る視界の中、マイトが放った銃弾が相手の頭を直撃、見事に破砕するのが見えて、

 

 そして私は、池に落ちた。

 

 

 ……と、いまこうして日記を書いていてもよく死ななかったなあ、と思うわけだが。

 気づいたら薬泉院で、身体中に包帯が巻かれていた。なんでも、マイトが探しに行ったらシロが死人みたいにぐったりした私を池から引っ張り上げるところだったらしい。今回はマジで無茶だったなあ。生きて帰れたのが不思議なくらいだ。



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第四階層(1):邂逅

 さあ、物語を始めよう。

 君はその資格を手に入れた。

 

 

 嫌な夢を見た。

 鉄と黄金に満ちた、空の果ての夢。

 がっしゃん、がっしゃん。歯車が回る音がする。

 がっしゃん、がっしゃん。鉄靴の踊る音がする。

 がっしゃん、がっしゃん。心臓が軋む声がする。

 がっしゃん、がっしゃん。世界が歪む

 

 視界はどこまでも黄金で。

 感触はどこまでも鋼鉄で。

 ただ、心だけが生のまま。

 空の果ての玉座に閉じこめられて、ひとりぼっちの夢を追う。

 

 

・王虎の月、11日

 風邪引いて動けません。

 マジで寒くて寒くて仕方ない。おかみさん曰く私の身体は凄い熱いらしいのだが自覚もなく、とにかくガタガタ震えが止まらない。今日はベットから出られなかった。南無。

 で、昼過ぎにマイトがやってきて、おい、金が尽きたぞ。とか言ってきたので、知るかばーかばーかと言ってやった。ついでに酒場行ってテキトーに依頼こなしてこいと言ったら、うんざりした顔で出て行った。……ひとりで大丈夫かあいつ。あの親父濃いからへんに呑まれなきゃいいけど。

 とか思っていたら案の定、夜にげっそりした顔で帰ってきた。当人は理由を語りもしなかったが、おかみさんに聞いたところ、煽られて強い酒一気飲みした挙げ句にぶっ倒れて薬泉院に運ばれたらしい。――おいおい。ただでさえ金がないのにこれ以上追いつめられるような真似してどうする。

 

 

・王虎の月、12日

 風邪は一向に治らず。

 頭がぼーっとしてなにも考えられない。困ったね。

 

 

・王虎の月、13日

 なんとか少しだけ回復してきた。

 で、水が欲しくて一階に下りていったら、ちょうど帰ってきたところのレンジャーのコスプレしたマイトと出くわした。おまえね、なにやってるんだよ、と聞いたら、どうも新人狩人の講習会で講師をやってきたらしい。……なんでできるんだよ。と言ったら、イナーさんにコツを教えてもらったから、という答え。ずるい! もっと苦労しろ! と言ったら無視された。むかつく。

 ともかく、財力も少しだけ回復したことだし、これで私が回復すれば樹海探索も再開できるって話なわけだ。めでたしめでたし、だな。たぶん。

 

 

・王虎の月、14日

 ロックエッジ、十六階に到達。

 ……先を越された。ごふ。

「なんか、上に行く通路の前にすっごい大きな魔物の死体があったらしいんだけど……誰が倒したんだろうね?」

 とは、見舞いに来たマハの言。アハハ。誰だろーね?

 そして今日もダウン。マイトは一日中不機嫌だった。先を越されたのがよほど悔しかったらしい。ごめんよー。でも動けねー。

 

 

・王虎の月、15日

 体調はだいぶよくなってきた。

 マイトは、こうなったら十七階は絶対俺たちが最初に行くんだっ、と意気込んでいる。……おいおい。こう言っちゃなんだがエトリア組のほうが地力はあるんだ。無茶すると怪我の元だぞ、と言ったが聞きやしない。南無。

 それはともかく、久々に薬泉院へ。明日には樹海入っていいですよね、と聞いたらすっっごく渋い顔されたが、気合いで押し切って許可もらった。よし、明日から探索開始だな。

 

 

・王虎の月、16日

 樹海に入った途端、ものすごい気分が悪くなった。

 ええい無視だ無視っ。と気合いを振り絞って進み、なんとか十六階への階段まで到達。桜の花びらが髪にまとわりついて大変うっとおしいからさっさと磁軸見つけて帰ろうぜ、とマイトに言ったら、

「なに言ってるんだ。そんなことじゃ十七階も先を越されちまうぞっ」

 ……こだわるのかよ。いいけど。

 んで、進んでたらどでかい亀に一蹴されて退散。なんだあの不規則行動。薬泉院で変な薬でももらったのか……って、それは私か。

 

 

・王虎の月、17日

 探索、続行。

 いつものように気分が悪いのを無視して先に進もうとしたら女の悲鳴。ええいこの忙しい時にっ、と行ってみたらよりによって公女様だった。南無。

 つーかなんでこんなところにいるんですか、と聞いたら、冒険者たちだけに苦労させるのが忍びなくて抜け出してきた、とか言う。……あのなあ。こう言っちゃなんだが、いまあんたがどうにかなったら公国全体が吹っ飛ぶんだぞちったぁ考えろ馬鹿。と言ったらマイトに頭ひっぱたかれた。いてーよテメーなにしやがる! え、言葉を選べ? 知るか!

 なんて喧嘩してたら音を聞きつけてやってきた大量のサソリに襲われて死ぬかと思った。かろうじて全部撃退したけど。決め打ちで使った雷の特殊弾丸がすげー効いてマイト大活躍。シロも盾として大活躍。私は途中でノビたけどネクタルで無理やり起こされて泣く泣く大活躍。死ぬー死ぬー。助けてー。

 

 

・王虎の月、18日

 昨日の件は大公宮にたいへん感謝されたが、同時にくれぐれも内密に、と念を押された。……そりゃそうだろうな。姫さまもこれに懲りて自重してくれればいいんだけど。

 で、そんなことを言いつつ出かけようとしたら酒場から呼び出しが。行ってみると、親父のやつがえらく微妙な表情をしつつ、一枚の紙を差し出してきた。差出人とかは特に書いてないのだが、文面の丁寧さと内容で、すぐに誰からの手紙かは判別できた。……あー、なるほど。こりゃ微妙な顔にもなるわ。

 依頼は単純で、公女様が探索に出たときにはぐれてしまった猟犬を探し出して欲しい、というものだった。まあ、そりゃ私たち以外には頼めない依頼だわな。というわけで事情を聞きたがる親父はさっくり無視して探索開始。そしたらすぐに手紙に書いてあった通りの特徴の犬発見。ゲットだぜー! と叫びながら近づいたらびくっとして逃げ出しやがった。ま、待てやコラー!

 山ほどの鳥の群れを片っ端から打ち倒し、足場の悪い地帯もなんのその、ようやく袋小路まで追いつめる。さーもう逃がさねえ、って木の間抜けて逃げやがった! 待てー、と行こうとした私をマイトがひっぱたく。いてて、おまえね、女の子を簡単に殴るなよと言ったら、

「女の子とかそういう冗談はいいから。それより、無駄におびえさせるから犬が逃げちまうんだろ。ちょっとは考えろ」

 ……だからそういう無神経極まりない発言をだな、と、それはさておき、じゃあどうしろってんだよ。と聞いたら、

「とりあえず追いかけるのはいいとして、今度見つけたら俺に任せて後ろで見てろ。邪魔だから」

 だと。……ちぇっ。

 で、ともかく探索続行。木の隙間をがんばって抜けて奥へ行き、やっぱり悪い足場に辟易しながらなんとか到達した終着点。そこに、犬がいた。

 さて、お手並み拝見、とマイトを見ると、あいつは手慣れた調子で犬の注意を引き、優しい声で名前を呼び、あっさり呼び寄せに成功しやがった。むう、なんか気に入らないなー。と思っていたらふと犬と私の目がばっちり合った。……リアクションに困る。しょうがないのでにんまり笑ってやったら、びくっと後ずさって一目散に逃げ出した。南無。

「テメ、なんかやっただろ馬鹿!」

 し、失敬な。私はほほえみかけただけですよ? 相手がどう解釈したのかは知らないけど。

 ともかく追おうとした私たちと、逃げようとした犬。その双方の前に、

 

 ――空から唐突に、そいつが現れた。

 

「ほう、これは趣深い」

 現れた、翼を持つ人間は、私を見てはっきりそう言った。

 なにがだ、ていうか誰だテメエ。と問うと、

「我を知らぬか。それは当然としても、我ら空の民をも見知らぬ様だな。

 土の民にも古きと新しきがあると聞くが、斯様な高層に現れたる汝らはさしずめ新しき民か。まあよい。

 質問に答えよう。無論、汝が興味深いのだ。土の民の女よ」

 私が?

「――全能なるヌゥフの命に依り、選ばれたる者がその後に姿を現したる例などない。

 これは如何なる定めか……全能なるヌゥフは我らに如何なる行いを定めるのか。聖域にて問いを投げかけたいところだが、空の果てにはいま、あの憎き魔鳥が居る。なんとも都合の悪い話だ」

 ……? おい、なんの話だ。

「わからぬか。正直、我らにもわからぬ。

 だが、どうやら看過し得ぬ何事かが起こっておるようだ。いずれまた我らと会う時も来るだろう、新しき土の民よ」

 ごう、と風が吹き、彼の姿が見えなくなる。

 そして、最初の邂逅は終わった。

 

 正直なにが起こったのかさっぱりだったけど。意味深な出来事すぎてなにがなにやら。

 ついでに、犬はあいつが現れた時からマイトに飛びついてガタガタ震えていたらしい。一応確保は成功。らしいんだけど、なでようとしたら噛みつかれそうになった。南無。なんで嫌われてるかなー私。と言ったらマイトからジト目でにらまれた。……なんだよテメエ。喧嘩売ってるのか?



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第四階層(2):翼の民の領域

・王虎の月、19日

 がんそロックエッ、十七階到達。

 以下は伝え聞いたアシタのコメント。

「んー、楽勝だったよ? 途中ザコしかいなかったし。

 このへんの魔獣は弱くて手応えがないなあ。もっと強いのいないのかなー?」

 だそうな。すげーむかつく。くそ、すぐ追いついてやるっ。

 と意気込んで突撃したら、途中でものすごく強い竜に出会って泣きながら撤退。死ぬ。あれは死ぬ。

 

 

・王虎の月、20日

 どうも迷宮内で気分が悪いのが抜けない。

 なので、たまたま交易所で居合わせたエレさんに相談したら、宿まで来て本格的に診察してくれるとのこと。たいへん助かる。誰かさんと違ってこっちのメディックは天使だね。うん。

 で、いろいろ見てもらったのだが結局理由はわからなかった。身体的な異常は特に見られないから、後は心因性くらいしか考えられないって。……心因性、ねぇ。そんな繊細だったかな私。

 ともかく気分を落ち着けるための香料やらなにやらを処方してもらって、そしてエレさんは帰っていった。……むう。どうしたものかな。

「たいして……気にしなくて……いいんじゃない?」

 そうかな。まあ、実害はないんだけどさ。

「うん。いまのところはね……ふふ」

 嫌な言い方するなよ――って、誰だ貴様。

「カチノヘ……」

 ……ロックエッジの呪い師じゃないか。なんでここにいるんだ?

「買い物の付き添い……だよ。……ふふふ」

 キモいよ。ていうかなんの用だよ。エレさんもう帰ったぞ。

「医術が……役に立たないみたいだし。呪術で……とか?」

 要らん。帰れ。

「ひどいなあ。……なんで?」

 うさんくさいから。

 もっと言うと、おまえ呪術師じゃないだろ。気配がすげー雑魚っぽいし。普通の呪術師は自然に雑霊が周囲に集まって来て、重厚な気配になるもんだ。

「……それは、どうかな。

 これはこれで……便利だよ。気配がないから……誰にも……気づかれない」

 悪用するなよ。

「ふふふ……どうだろうね」

 まあいい。ともかく、診察のまねごとくらいはさせてやろう。ほれ、さっさと病名を言ってみろ。

「死に至る病……さ」

 なんだよそりゃ。

「逆かもしれないな……君は、死から逃走しようとしている」

 ……死にたくないのなんて誰でも同じだろ。そんなの聞くまでもない。

「ああ、死にたくない……ねえ。それは嘘だと……思うけど」

 なんでさ。

「だって君、……

 

――もう、死んでるだろう?――

 

 ――っ、と、たたらを踏む。はっと顔を上げると、すでにカチノヘはいなかった。

 ……やられた。虚を突かれた隙に、術でもかけられたか。財布とかスられてないだろうな。と確かめたがそっちは無事。ほっ。

 ともかく。からかわれて気分が悪くなったので今日は宿に引きこもることにした。マイトには気分悪いから今日休みと言っておくことに。

 くそ、むかつくなあ。あいつ次に会ったらどうしてくれようか。

 

 

・王虎の月、21日

 さあ行くぞと気合いを入れて突進して一気に十七階到達。一部のやばい魔獣の行動パターンだけ読めれば後は簡単だった。……くそ、これに気づいてればアシタを出し抜けたのに。無念。

 で、帰ってきたらグレイロッジが十八階に到達したという報が。早いよ!

 

 

・王虎の月、22日

 ほんっっっとうに近場に階段があるの発見。なんで見つけられてなかったんだorz

 というわけでこちらも十八階到達。ようやく追いついた感じだがまだまだこれから。見てろよ!

 

 

・王虎の月、23日

 ごめん体力が尽きた。ダウン。

 

 

・王虎の月、24日

 かろうじて体力が回復。

 十九階に到達したパーティという報はまだ聞いていない。どうも足場が悪くて下の階へ落下する場所が多いらしく、挙げ句にその落下したあたりに厄介な魔物がいて苦しんでいるそうだ。そりゃ難儀だな。

 とか他人事みたいに言ってたら、自分たちまで落ちて涙目。挙げ句に3連続くらいでカボチャの化け物に襲われたよ……って、カボチャ?

 はい、六階の憎いあんちくしょうと同じタイプでした。当然マイトの弾丸で瞬殺×3。なんだよ、こんな弱いのにみんな手こずってるのか?

 

 

・王虎の月、25日

 あはははは……資金尽きた\(^o^)/

 忘れてた。特殊弾丸って高かったんだっけ。ただでさえここのところ無理して上の階層に来ていたところを、さらにでかい出費が襲って財布があえなく撃沈。こいつは困った。困ったよねマイト。さあ働け。

 というわけで今回はブシドーの武術大会だよ! と、即席で構えだけ教えて放り込んだら、あっさり一回戦で負けて帰ってきた。まー仕方ない。普通ならもっと粘れ! と言うところだが相手がワテナじゃなー。ちなみに当然そのまま優勝したワテナが後で言ってたことによると、

「んー、みんな弱かったねー。正直みんなマイトと大差ないじゃん? レンが参加してればもっと楽しかったのになー」

 だそうな。……形無しだな。

 そして賞金はすずめの涙。これじゃさすがに足しにならない。どうしよう。

 

 

・王虎の月、26日

 どうも、指名手配された盗賊が十七階あたりで悪さをしているらしい。えらく高い賞金がかかっているとのことで、よしこれで一発当てようと喜び勇んで樹海に出ようとしたところで、ギルド登録所の例の甲冑女に呼び止められた。

 で、久々だったので近況を聞かれて、その賞金首を探しに行くと言ったらえらく驚かれた。どうやら彼女曰く、以前に十三階付近で因縁のある相手だったらしい。なにやら魔物をけしかけて冒険者を殺し、後にその金品を強奪するという悪事を繰り返していたらしく、彼女もひとりでおびき寄せられて化け物をけしかけられたのだそうな。……よく生きてたな。と言うと、

「その程度で死ぬほどの雑魚ではない。エトリア組の連中ほどではないが、私も強いぞ?」

 と、不機嫌そうに答えた。

 で、彼女曰く、相手は衛士の格好をしてこちらを油断させてくるらしい。オーケイその情報が欲しかった。後は衛士を片っ端から狩るだけだな、と言ったらマイトと甲冑女の両方に止められた。……冗談だって。でも、十七階に普通の衛士なんていないよね? たぶん。

 

 そして十七階到達。した直後、いきなり衛士の格好をした奴が馴れ馴れしく近づいてきた。「やあ君たち、こんなとこ、」いまだシロやっちゃえ! マイトが止める暇もなく、がうーと叫んだシロがのしかかって押し倒し、衛士は悲鳴を上げた。

「くそ、なぜわかった!」

 と叫ぶ衛士改め盗賊。おーホントに正解だったびっくり。と言ったらマイトにはり倒された。痛いだろなにするんだ馬鹿! え、なに、人違いだったらどうする気だ? 合ってたんだからいいだろ!

 とかやってたら盗賊がぼえーと変な笛を吹く。直後、すごい強そうな魔獣が現れた。

「ふ、ふふふ。一瞬遅れを取ったがこいつは強いぜ! さあこわっぱども、命が惜しければ有り金置いて、」

 ばきんがんがんざしゅっ。魔物は倒れた。

「え、えええ!?」

 おまえね。こんなザコの一匹や二匹、たいして苦戦するわけねーだろ。それより覚悟はおk?

「く、くそ、こうなったら……!」

 ぶごー、と変な笛が凄い変な音を立て、そして森が震撼する。な、なんだ!?

「街を攻めるために溜めていた戦力だが、こうなりゃもうなりふり構っていられねえ! てめえら皆殺しにしてやるから覚悟しろよ!?」

 うわー、なんか凄いこと言ってるよこいつ。ていうか実はやばくね?

 一気に攻められるとやばいし、階段まで退避するか……とか思ったのだが、マイトは不敵に笑った。

「地勢がいい。ここなら勝てる。

 単体はザコだし、跳弾を利用して何度も何体にもダメージを与えられる。盾は頼んだ」

 よし、その言葉を待っていた! 久々に無茶行くぜ、相棒!

 

 で、マイトの言葉通り。

 集団でやってきた敵を、片っ端から跳弾の連続攻撃で叩き伏せる。攻撃は私とシロがカット。だけで普通に勝てた。あれ……これ、ホントに弱すぎね?

「な、な、そんな……!」

 盗賊がガクブルってる。おまえね、私たちはともかく化け物じみたエトリア組までいる街に、この程度の戦力で攻め寄せられると本気で思ってたの? 馬鹿なの?

「ひい、化け物っ」

 叫んで盗賊はまた笛を鳴らそうとしたが、その笛をマイトの銃弾が打ち砕く。さらにシロがまた取り押さえ、――それで、ぜんぶ終わった。

 

 帰ってきたら超感謝&賞金&謝金ゲット。一気に財布が暖かくなった。やっぱ大昔の偉い冒険者の言うように、路銀尽きたときは盗賊狩りに限るわー。ほくほく。

 

 

・王虎の月、27日

 大幅に装備を拡充して探索再開。行動パターンさえわかれば強い敵は回避できるし、寄ってくるやつはザコか、かぼちゃ頭みたいに相性いい連中ばっかり。というわけで、ものすごい勢いで地図が完成していった。この調子だともう、明日には十九階への階段が見つかるんじゃないのか。

 

 

・王虎の月、28日

 十八階と十七階を行ったり来たりして、ようやく到達した場所。それは、桜吹雪の舞い踊る、大きな広間だった。

「――噂の『帰還者』か」

 そしてその広間の奥、扉を背にして立つ翼持つ者の姿があった。

 ……前の奴とは違うんだな。なんのようだ?

「それは私の台詞だろう。我らが住まいに、土の民が何の用向きか。我らと汝らは交わらぬが定め。軽々しく土の民にこの扉を開くわけには行かぬ。

 ――とはいえ、我らとて帰還者に興味がないわけではない。理由如何によっては、我らの地へと赴くことを許可することも考えてはいる」

 ……理由、ねえ。

「ただの探索、興味本位であれば帰れ。汝らとて、徒に住処へと侵入されることは吉とすまい?」

 翼持ちはそう言って、そして沈黙する。

 ともかく、それ以上はどうやっても埒が明きそうにないのでいったん撤退。

 

 帰って宿についてすぐ、マイトが私の部屋にやってきた。

「おい。どうするんだ」

 わからん。

 けどな、アレどうしようもないぞ。まさかの先住民との遭遇だ。こんなこと大公宮だって想定してないだろ。

 こっから先は、大公宮が決めることだ。一介の冒険者風情が介入できる事態を超えている。これからは樹海の探索も、低層がメインになっていくんだろうな。

「そんなことはわかってる。けど、あんたは特別だろ」

 なにが?

「なんかよくわからんが、相手が特別な目で見ている。

 帰還者、とか言ってな。事情はわからんが、あんたが交渉すれば樹海の探索を続けることはできるかもしれない」

 なんのためにだよ。

「あんただってわかってるだろ。ここのところのあんたや、あんたの周囲は変だ」

 …………

「いつまで経っても調子は戻らない。そして翼の連中からは特別視。

 特に、『帰還者』って名前が気になる。帰還って帰ってきたってことだろ。じゃああんたは、一度は上に行ったことになる」

 心当たりはねーぞ。

「知ってる。でも変だろ。

 上になにがあるのかは知らない。エスバットの連中が言っていた『天の支配者』とやらがなにをしているのかも。

 でも、それがあんたに深刻に関わってきてるのなら、調べなきゃまずいんじゃないのか」

 んー……

 けどなあ。その理由で、あいつらが納得するか?

「そんなん知るか。あいつらに聞け」

 そりゃごもっとも。

 ……とはいえ、なにかもうちょっと追加した理由が欲しいなあ。個人的に気になる、じゃなくて、大義名分というか。

「そういう理由って、探すものか?」

 探さないとないんだからしょうがないだろ。

 つーかな、要するにだ。個人的になんか興味があるってレベルで首突っ込んで、あの翼持ちどもと本気で喧嘩になったりしたらやばいだろ。下手をすると街全体にも迷惑がかかるし、そうなりゃ打ち首ものだ。

「打ち首って……」

 あり得るよ。この首あげるから仲直りしましょうって。

 そこまで追いつめられなくても、ともかく自分の判断だけで突っ込んで街に迷惑かけるのは忍びない。もしやるなら、そうだな……

 …………

 ふむ。ちょっとやってみるか?

 

 大公宮に行き、公女さまに面会を求める。前にいろいろ縁があったことが幸いして、かなりすんなりと面会は実現した。

 で、個人的な事情も含めてぜんぶぶっちゃけた。翼持ちのこと。彼らが樹海の上に住んでいること。彼らが私を特別視していること。彼らから言われたすべて。

「……そう、ですか。そんなことがあったのですか」

 公女さまはそう言って、しばし考え込んだ。

 ――さて、どう出る。

 私の読みでは、ここで相手の方からなにかリアクションがあるはずなのだが……

「つまり、こちらが話を振ろうと振るまいと、あなたはキーパーソンになってしまった、ということですね。樹海についての」

 そんな感じですね。

「わかりました。

 ――実は、内密に話したいことがあります。ただし、聞くかどうかはあなたの判断にお任せしたいと思います。

 この話は公国の秘中の秘。聞けば必然的にあなたは相応の責任を負うことになる。それを理解した上で、聞くかどうかをどうか熟慮し、判断して頂きたいのです」

 ……そうですか。

 考える。秘中の秘、と来たか。そこまで言われるとさすがにちょっと迷う。

 てっきり、病気と聞いた公王さまを治す秘薬とかが樹海の上にあるから取ってこいとかその手の話かと思っていたんだけど、

「ええ!? な、なぜそのことを……!?」

 図星かよ。

 

 

 そういうわけでアクシデントにより後に退けなくなってしまった私は、空の上の城にあるという万病を癒す秘宝、諸王の聖杯を取りに行かざるを得なくなってしまった。あっはっは。……orz

 マイトはさっきから「マジでよかったのか、これ……」とかぶつぶつ呟いている。すまん、ある程度既定路線だったとはいえ、熟慮する機会自体がつぶれてしまうのは予想外だった。

 まあ、進展もあったけど。盟約の言葉、とかいうおまじないみたいな文句と、それから剣の紋章が入った古い首飾りをもらった。両方とも樹海由来で、おそらく彼らに聞かせたり見せたりすればなんらかのリアクションは得られるだろう、とか。

 ともかく、明日からが勝負だ。張り切っていこう。

 

 

・素兎の月、1日

「そ、その首飾りは――!」

 翼持ちは、首飾りを見るなり絶句した。おお、すごいリアクション。

 ついでに盟約の言葉とかいうのも知ってるぞ、ということで言ってみた。えーと上帝の言葉を告げるから帰り道開けやコラ。そしたらさらにドン引きされた。なんだなんだ。そんなに重要なのかこれ。

「『帰還者』が、よりによって『盟約の言葉』と『いにしえの飾り』まで持ってくるとは……一体、なにが起こったのだ!?」

 なにがって言ってもなあ。私にもさっぱりだ。

「……よかろう。

 ともかく、定めは覆った。盟約の者が現れた以上、汝らを引き留める理由はなくなった。

 これより二階層の上。空の城への通廊にて、我らが長が待つ。まずはそこを訪れるがよかろう。私は一足先に報告しておく」

 言って、あっさりと翼持ちは去っていった。……なんだったんだろうな。

 

 そして十九階に初到達。た、高いよ! 島が、島が浮いてる!



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第四階層(3):行方不明のお嬢様

・素兎の月、2日

 さて、どうしたものかこの高空。

 とりあえずまずは構造の把握。島がいっぱい浮いている空間。鳥が多い。中には人間以上の大きさの鳥もいて、頻繁に襲ってくる。

 島と島の間はどうやら空飛ぶ台座で移動できるようになっているみたいだが、その台座の軌道の入り組んでいることと言ったら、もう。おまけに足場が悪いところを鳥が次々襲ってくるので厄介でしょうがない。

 救いは、樹海の中と違って見晴らしがいいこと。おかげで、たいていの相手にはマイトの狙撃が先んじる。たまに襲ってくるでっけぇ花は例外だが、あれは炎の特殊弾丸でどうとでもなるし。というわけで、苦戦する敵はあまり多くない。

 とか言いつつうろうろしてたら、超巨大な鳥に襲われてあっさり撤退。えーい忌々しい。

 

 

・素兎の月、3日

 探索、続行。

 どうやら昨日の鳥は時間によってうろちょろする場所を変えるらしい。ということで、うまくかいくぐりつつ地図を作っていく。怖いことになったらシロが引きつけておいて全力で逃げる。

 そんなこんなで、なんとかうまく探索できそうな感じだった。でももうちょっと情報が欲しい。

 

 

・素兎の月、4日

 マイトが砲撃協会とやらから呼び出しくらったので今日は探索をおやすみ。

 シロと一日中もふもふごろごろして遊んでた。

 あーもふもふ。

 

 

・素兎の月、5日

 昨日の呼び出しは、先日お亡くなりになった協会長の仇討ち指令だったのだそうな。

 十六階で協会長を襲ったその魔物は、その後に上の方へ逃げていったそうな。てことは十七、十八階あたりに潜伏している可能性が高いということになるわけで、協会はエース級のガンナーを集めて敵討ちを決行するつもりらしい。

 まあ、あんまり私たちには関係のなさそうな話だ。どうせ十七、十八階は英雄クラスの冒険者たちの溜まり場だ。放っておいてもそのうち、グレイロッジあたりと遭遇して、あっさり討たれるに違いない。協会としては自分たちで敵を討てなくて面子を潰される格好になるが、まあそれはしょせん他人事だし、なにより私たちにはそんなことに関わっている余裕はないのであった。

 というわけで今日も普通に探索。だいぶ階層の構造がわかってきた。うまくすれば数日中に抜けられるかな。

 

 

・素兎の月、6日

 いつものように元気に探索中の十九階で、ものすっっごくでかい魔物と出くわした。

 で、なんとか撃退したのはいいが、力押しで叶わないと見た奴さん、なんと浮島の縁側にへばりついてぐらぐら揺らし始めた。ぎゃああ危ねえええええ落ちる落ちる落ちる! かろうじて台座に飛び乗って撤退したはいいが、ありゃ困った。あんなことされたら危なっかしくてかなわん。

 と、マイトが首をかしげつつ呟いた。

「あれ、多分協会長の仇の魔物だ」

 マジかよ。おとなしく十八階あたりで虐殺されてくれればいいものを、なんでよりによってこんな人気のないところまで上がってくるんだ。

「人気がないから安全だと思ったんじゃないのか?

 それより、これからの話だ。仇討ちのことはともかく、あれを放っておいたら後でえらいことになりかねんぞ。どうする?」

 どうする、っつったってなあ。どうしようもなくないか?

 今回みたいに浮島の縁に隠れつつ揺らしまくる戦法を取られたら、こっちとしては逃げるしかない。とすると出会い頭に瞬殺するしかないわけだが、そこまでの火力はいくら今のマイトでも期待できない。

「火力、ね。……もうちょっといい銃があればなあ」

 無茶言うな。ただでさえ、最近は採算度外視で進んでるから金欠気味だってのに。

「仇が討てれば協会から報奨金が出ると思うんだが」

 そんな空手形で、いい銃器を買うだけの金が集まるかっての。

 ともかく、このまま相談していても埒が明かない。いったん撤退して態勢を立て直すことにして、今日は街へ帰ることにした。

 ……困ったね。わりとここまではスムーズに探索できてたんだけど。

 

 

・素兎の月、7日

 即金で割のいい仕事がないかと酒場に行ってみたら、なんとライシュッツと出くわした。

「ヌシはパレッタの呪医か。

 その後、息災なようでなによりだ」

 なんだよ。ずいぶんと丸くなったな、じいさん。

「丸くなったつもりもないがな。

 ふむ――とはいえ、このような場所で会うのは珍しいな。仕事でも漁りに来たか」

 あんたこそ。樹海には出入り禁止になったんじゃなかったのか?

「樹海には出入り禁止でも外の仕事はできる。

 幸い、おとなしくしていた甲斐あって監視も解かれたし、そろそろ仕事を見繕っておかんと財布が空になってしまうでな。お嬢様を飢えさせるわけにもいくまい」

 あ、そういうことか。

「むしろヌシこそがここにいる道理がなかろう。特段に金欠になった風もなし」

 金欠気味ではあるけどな。ちょっと火力が足りなくて、新しい銃でも調達しようかと思っていたところなんだよ。

「銃? あの小僧のか。

 だが狙撃銃で質のよいものは、現在なかなか手に入らぬぞ。例の砲術協会長の件があってから、武器を買いに皆が殺到したらしくてな。おかげで今やどこも品薄だ」

 げ。そりゃ困った。

 うーん、資金さえあればどうにかなると思ったんだがなあ。そしたらどうするか……

「――ひとつ、アテがないでもないが」

 ん、なんだよじいさん。

「狙撃銃の調達の件だ。強力なのがひとつ、手に入るアテがある。

 難度は高いが、ヌシらと我々が協力すれば不可能ではない」

 へえ。そりゃ悪くないな。

「詳しくは……明日にしよう。アーテリンデお嬢様にもご協力頂かねばならぬ。

 ヌシらも準備をしておけ。できる限り入念に、な」

 言って、ライシュッツは去っていった。

 

 どういう風の吹き回しかは知らないが、目処は立った。

 ライシュッツの言う、強力な銃。それを手に入れれば、あの魔物も倒せるかもしれない。

 さて、問題はそれを手に入れる手段なのだが――

 

 

・素兎の月、8日

 アーテリンデが行方不明になった。

 ……おいコラ。ちょっと待て。

「すまん。まさかこのようなことになるとは思いもよらなんだ」

 恐縮するライシュッツ。まあ彼のせいではないし、責めるのはちょっと酷だ。

 とはいえ、まず彼女を捜さないとこちらの話も始まらない。手がかりはあるのかと聞いたが、ライシュッツは力なく首を振った。

「昨日の件はお嬢様に伝えてはある。

 お嬢様にとっても悪い話ではなかったはず。だから、斯様な事態になるとは想定もしていなかった。油断であった」

 だそうな。

 ともかく、目処が立ったはずが急に振り出しに戻されてしまった。まずはアーテリンデを探すところから始めなければならない。酒場にも一応、捜索願を出しておいたが、こっちでも独自に動くことにした。まずは、アーテリンデが行きそうな場所で聞き込みでもしてみよう。

 

 

・素兎の月、9日

 ダメだ。さっぱり見つからない。

 というかそもそも、アーテリンデが行く場所なんて私が知っているわけもないのだった。ライシュッツが探せなかったくらいなんだし。あの死喰いの気配でもあれば後を追えそうなものなんだけど、彼女の死喰いは私がことごとく吹っ飛ばしちゃって跡形もないから、それは無理。

「いっそのこと、もう無視して樹海登ったほうが早いんじゃないのか?」

 マイトが言うが、せっかく乗りかかった船だし、これだけ労力払って無駄でしたってのはやっぱ納得がいかない。こうなりゃ意地でも、ライシュッツの言う銃とやらを手に入れないと気が済まなくなってきた。

 それで昼過ぎに酒場に行ったら、ちょうど仕事を探しに来ていたらしいバードとはち合わせした。カチドキとかいう(どっかで聞いた名前だ)そのバードは、なんか働かなくて大金稼げる仕事ないっすか旦那ー、とか無茶言って酒場の親父とやり合っていたが、相手をするのに疲れたらしい親父がこっちに話を振ってきた。おい、おまえんとこの依頼があっただろ紹介してやれ……って、おいおい。厄介払いに私を使うなよ。

 まあいいや。こっちも人手が欲しかったことだし、素直に事情を伝えて協力を仰ぐことにした。カチドキは事情を聞くとふふんと笑って

「おっけーおっけー。人捜しとはジャーナリストの血が騒ぐってもんさー。得意分野だ、任せな!」

 と言うや否や、いきなり酒場をぴゅーっと飛び出して行ってしまった。……おい。まだ私、アーテリンデの特徴教えてないぞ。とか思ったらばたーんと扉を開けて戻ってきて、

「聞くの忘れてたー。誰探すんだっけ?」

 ……だ、ダメだこいつ。

 

 

・素兎の月、10日

 酒場に行ったらカチドキが待っていた。

「断言しよう。彼女は樹海にいる!」

 早っ。ていうかなんだよ根拠は。と聞いたら、昨日の聞き込みの成果だと言う。以下、その聞き込みの内容。

 

証言1(交易所の某売り子さん):あ、そのひとなら来ましたよ。

 ええ。お得意さまですから。いっつもアムリタとアリアドネの糸をセットで買っていくんで、よく覚えてます。

 ここ最近はいらっしゃられなかったんですけど、そういえば昨日はすごく大量にアムリタを買い込んでましたね。よっぽど集中力が必要な作業でもするんでしょうか。

証言2(正門付近の某呪い師さん):……なに。徳高き巫医とな。そのようなもの、ここ二、三日は見かけておらぬぞ。

 ああ。間違いはないだろう。うちは朝早くから正門が閉まるまで営業しているからな。夜にこっそり忍び出たというのでもない限り、ここを通りかかった人間でそのようなものがいれば気づくはずだ。職業柄な。

証言3(有名ギルドの某パラディンさん):え、樹海に忍び込む方法? カチドキさん、なに企んでるのか知らないけどやめたほうがいいよ。ていうか、このまえ冒険者試験受かったって言ってたじゃない。そんな必要あるの?

 自分じゃなくて誰かが忍び込むとしたら? んー、わかんないけど、樹海に通い慣れた冒険者なら可能じゃないかなあ。衛士さんたちより樹海に詳しいだろうしね。こっそり入る道はいっぱいあるんじゃないかな。探ってみたことはないけど。

 

 以上。なんか一人か二人くらい知り合いが混ざっていたような気もしないでもないが、ともかく状況証拠っぽいものは確かに揃っている。アムリタを大量に買い込むということは、どこかに危険な作業をしに行った可能性が高い。そして街の正門から出た可能性が低い以上、あとの可能性は樹海――さらに言えば、たとえ出入りが禁止されているとはいえ、樹海に忍び込む手段はたくさんある。

「樹海のどこにいるかまではわからなかったけどさ、そっちに巫医さんのギルドメンバーいるんでしょ? 後はそのひとに心当たりを聞けば、仕事一丁上がりってとこさね」

 得意げに言うカチドキ。意外だ。こうも簡単に情報が集まるとは。やっぱ餅は餅屋ってことかね。

 で、ライシュッツを呼んで作戦会議。樹海、ということになれば、ライシュッツには彼女の居所についてのアテがあるそうな。九階の奥、秘された大きな空間。アーテリンデの居場所は、おそらくそこだと言う。

「お嬢様はよく、そこは特別な場所だとおっしゃっておられた。だから――」

 ライシュッツはそう言う。

 実際、出入り禁止になっているアーテリンデが人の多い区画に出入りするとも思えない以上、そうした知られざるエリアに行ったという可能性は、十分ありそうだ。

 目標は決まった。今日からは、その九階から奥のエリアを探索する。まだまだ頼りない情報だが、いまは手がかりがそれしかない。

 

 ……で、出発したのはいいけど。なんで付いてきてんだカチドキ。

「まあまあいいじゃないっすか旦那ー♪ このヤマなんか面白そうだし」

 心底のーてんきに言うカチドキ。いいけど。なんか、厄介なやつに目を付けられてしまった気がする。

 そして九階の奥に到着、足場の悪い地面に悩まされ、ようやく奥に着いたと思ったら今度はうっかり下の階へ落下すること数度。……魔獣の危険は少ないものの、心底うんざりして帰還。なんて攻めにくい場所だ……

 

 

・素兎の月、11日

 昨日と同じ場所を探索し、下へ降りる階段を見つけたはいいが、やっぱり足場が悪すぎて挫折。

 あーもう、どうにかならんか、あの周辺。

 

 

・素兎の月、12日

 カチドキがイナーさんを連れてきた。

 知り合いだったのかよ。と言ったら、エトリアじゃ同じギルドだったんだぜー、と返された。カチドキ曰く、ホイスビーって言ったらあっちじゃグレイロッジやロックエッジにも引けを取らない超有名ギルドだったんだそうな。信じられねー。うさんくせー。

 で、イナーさんと一緒に樹海へ。すると、うまくでこぼこのない道を選び、昨日あれだけ苦戦した地帯をいとも簡単に突破。すげー。プロすげー。ていうか魔獣とまったく会わないんですけど。イナーさん曰く、怖いのとはなるべく会わなそうな道を選んでる、とのこと。……いや、それってできるものなんですか。信じられん。

 そして六階まで下降。さらに凄いことに、樹海磁軸からの近道まで見つけ出してくれた。いやはや。イナーさんについては、さっきの件を信じてもよさそうだ。カチドキ? 微妙。

 

 

・素兎の月、13日

 六階、紅の葉散る空間。その奥の奥に、彼女はいた。

「ふうん。案外早かったわね」

 アーテリンデは、私たちの姿を見てそう言った。

 ……早かった、ねえ。こちとらけっこう苦労した気がするんだけど。

「そりゃそうでしょ。本来なら、こっちの作業が終わるまでは追いつかれない予定だったんだから。

 痕跡もなるべく残さなかったつもりだったんだけど。……どうやって追ってきたのかしらね?」

 どーでもいいだろ、そんなこと。

 それより、どういうつもりだよ。無駄にライシュッツに心配かけて、なにをやる気だったんだ?

「この空間を見ればわからない? あなたなら」

 ――――

 見回す。

 いまは跡形もないが、確かにここは古戦場だった。

 たくさんの、おそらくは優秀な冒険者たち。それが、なにか強大な力と戦い、敗れた。

 その、無念が充満している。

「一度破られた死喰いを復活させるのには時間が要る。

 だけど、これだけ強大な死霊どもを喰らえば、間違いなく最強の力が手に入る。そう……今度は、奴にだって勝てるくらいの力が」

 またやる気かよ。

 ていうか、なにと戦う気なんだよ。もうスキュレーはいないぞ。

「爺やから聞いていないの?

 ……いいわ。知らないならそれでもいい。あなたたちが、あの一件から手を引いてくれるなら、それで十分」

 それはアレか。例のいい銃が手に入るアテっていう、あの件?

「そうよ。

 爺やは違う意見みたいだけど、あたしはあれに部外者が絡んで欲しくないの。奴はあたしたちが倒す。あなたたちは黙ってなさい」

 そのために、また死喰いをやると?

「無論。力が必要ならば手に入れる。

 それだけのことよ。前は失敗したけれど、今度こそは」

 はぁ……わかってないなあ。

 あんた、向いてないんだよ。決定的にその力に。才能はあるけど、性格がな。

「なにが言いたいの?」

 なんならやってみるか?

 言っておくけど、いまのあんたなら私だって楽に倒せるぜ?

「へえ。面白い。

 前は不覚を取ったけど。このアーテリンデにそう何度も簡単に勝てると思っているのかしら?」

 ふん。ま、やってみればわかるさ。

 ――……広間は殺気に満ちた。

 私は悠然と巫剣を構え、彼女も同様に構えを取る。

 全員、その場にいる者たちは身じろぎもせず、勝負の行方を見守っている。

 アーテリンデの身体が、ゆらりと動いた。

「いざ、参r」いまだシロやっちゃえ! がうー、と叫んだシロがのしかかり、彼女は悲鳴を上げて地面に押し倒された。

「こ、こら、卑怯だぞ!?」

 ふふん。なんとでも言え。

 ていうか、あんたの方が巫剣の使い方がうまいのは先刻承知さ。一対一で戦ったら絶対負けるんだから、こうするしかないだろ?

「そういう問題かー!? て、ていうか、暑苦しい、重い、はーなーれーろー! むきー!」

 馬鹿者め。だから最初から勝負は着いていたと言っただろ。

 一人で戦うことに固執し、相棒だったライシュッツすら信じられなくなったあんたに、勝ち目は最初からない。チームプレイは冒険者の基本だっつーの。力が欲しいならまず頭数揃えろ。話はそれからだ。

 というかな、だから死喰いなんか使うべきじゃないんだっつーの。アレは亡者の怨念を磨り潰して、その力で自分を強化する術だ。その分、怨念の影響を術者がモロに受ける。

「そ、そんなに未熟じゃないっ。あたしは、ちゃんと力を制御して」

 だから力の問題じゃないっつーの。

 そりゃ、怨念に飲まれることはなかっただろうよ。あんたは凄い術者だ。でもな、制御できていようといまいと、影響は受けちゃうんだよ。

 怨念ってのは元がある。元となった無念は、磨り潰す際に嫌が応でも身体にしみこんでくる。

 力は暴走しなくても、精神は影響を受ける。まじめな人間ならなおさらだ。無意識にその無念を背負い込んで、それを無駄にしないようにって気負ってしまう。そうして気づかないうちに無理をして、後は破滅まで真っ逆さまだ。

「…………」

 これが、他人なんて利用するためにあるとか考えてるタイプの奴だったら話は別なんだけどなー。私やあんたは、ちょいとそーゆータイプにはなりきれないんだ。持って生まれた性格のせいでな。

 だからそんな術、もう使うのはやめときな。そいつはあんたが使いこなせる力じゃない。

 わかったか?

「ど……」

 ど?

「どうでもいいから、この獣どけなさいっ。重苦しいっ」

 あー反省が足らんな。よしシロ、もふもふしろ。もふもふ。

「こらー! やめれー!」

 ぐへへへへ。さあさあ観念しろー。シロ、もっと激しくすりつけ。すりすりだ。すりすり。

「ぎゃー! いやー! 犯されるー! たーすーけーてー!」

 じたばたじたばた。

 うーん、これ楽しいなあ。もっといじめちゃろっかな。とか思っていたら、横で呆れ顔で見ていたマイトがふと上を向いた。

「おい。なんか近づいて来ないか?」

 え? なにがだよ。

「なにか羽音みたいなのが聞こえるんだが。この分だと、だいぶ大きいぞ」

 言葉を聞いて、アーテリンデの顔がさっと青ざめた。

「まずい、この場の主が帰ってくるわ!」

 主?

「火竜よ火竜! それもとびきり大きいの! こんなところにいたら骨まで焼かれてあっという間にこの場の亡霊達の仲間入りよ!」

 な、なんだってー!?

 

 死ぬ気で走ってかろうじて樹海磁軸まで退避。竜こえー。なんかシルエットだけ目の端に映ったが、滅茶苦茶バカでかくてマジでダメかと思った。南無。



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第四階層(4):曲銃アグネア

・素兎の月、14日

 その銃器は、彼女たちのパーティにいた、ライシュッツの師匠に当たる人物が持っていたものらしい。

「十五階。雪原の奥で、我らはかの翼竜と出会った。

 激しい戦闘に仲間を失いつつも、かろうじて我らは勝利し、傷ついた飛竜は飛び去った。我が師はそれを追って、そして戦い、敗れたのだ。

 戦いがどこで行われたのか、それは付いていけなかった我にはわからぬ。だがそこには必ず――彼の愛銃だった、名銃アグネアがあるはずだ」

「飛竜の居場所は、あたしが占術で探知するわ。

 あなたたちにはまず、それに必要な材料を取ってきて欲しい。樹海の中から、ね」

 アーテリンデが言う。……今日はやけに協力的だな、と思っていたら、

「言っておくけど、納得したわけじゃないからね。

 どうせあんたたちにあの竜がどうにかできるわけでもなし。せいぜい泡食って逃げ帰ってきなさい。そうしたら次はあたしたちの出番」

 あーはいはい。そっすか。

「……ま、ともかくどちらにしろ、竜の居場所がわからなきゃどうにもならないからね。

 必要なものは大亀の甲羅、雷竜の背ビレ、あとカボチャ頭の小骨ね。どれも十八階あたりで手に入ると思うからよろしく」

 待て。

「なによ」

 ……いや、その。えらく大変ではないですか。その注文。

「言っておくけど、亀や雷竜よりあの飛竜はずっと強いわよ。

 自信がないなら手を引く事ね。分不相応なモノに手を出すと後悔することになるわよ」

 にひひ、と笑って言うアーテリンデ。……むう。どうしたものかな。

「いいじゃないっすか旦那ー。こうなったらとことんやっちゃいましょうよー」

 と言ったのはカチドキ。そういうおまえはいつまで私たちについてくる気だ?

「いやほら、飛竜退治面白そうだし。どうせならその場に居合わせたいなー、とかって感じで」

 ……いいけど。奇特な奴。一銭の得にもならんのに。

 

 そして手始めに十八階でカボチャ頭に挑み、あっさり撃破。さすがにこいつには苦戦しない。

 

 

・素兎の月、15日

 か……亀、つえー。

 ギリギリだった。堅いし、強いし。突撃一発で私たちをかばったシロが吹っ飛ばされたときはどうしようかと。かろうじてマイトを守り切れたおかげで勝てたけど、二度とやりたくねー。

 後は竜だけ。……勝てるかな?

 

 

・素兎の月、16日

 十六階にて雷竜撃破。……あれ。弱くね?

 亀よりずっと弱かった。最初、頭に当たった弾が角を一本吹き飛ばしたせいで、相手がまともに活動できなくなったのが大きいっぽい? なんか、相手がまごまごして行動できないでいるうちに倒しちゃった感じ。

 ともかく、これでアーテリンデに言われた素材は全部集まった。後はあいつに任せるだけだな。

 

 

・素兎の月、17日

 ――二階。

 意外なことに。アーテリンデが告げた相手の居場所は、信じられないほどの低層だった。

「まさか、そんなところに強大な竜がいるとは誰も思っていないでしょうね。樹海は低層のほうが安全、ってのは、あたしたち冒険者にとっては常識に近い観念だから」

 と、アーテリンデ。どうも、森が深すぎて人が進めないような場所に巣を作っているらしい。人間と戦うことに懲りたってことなんだろうか。

 ……待て。それ、私たちも近づけないんじゃないのか?

「それはない。

 ――彼は言っていた。あの竜の住処を見つけた、と。そしてその後竜の討伐に向かい、帰らぬ人になった。

 だから、少なくとも彼は二度、竜の元に行った経験がある。つまりは、注意深く探せば人間が通れる道が見つかるはずなのよ」

 それはなにか。その道については私たちに探せと。

「当たり前でしょ。占術でそんな小さくて不確かなものは見つけられない。

 飛竜ですら、過去に縁があってかつ、あれだけバカでっかいものだったからどうにかなった。もし道を占って欲しいなら、最低でもダイヤモンドでできた亀の甲羅くらいは持って来ないと無理よ」

 あーわかったよ。探せばいいんだろ。探せば。

 

 つーことで、さっそく大公宮から最新版の地図を取り寄せて検討開始。徹底的に怪しい地点を洗い出して、二、三の目星を付けて探索開始した。

 うわー、二階超懐かしい。っていうか、敵、弱すぎ。こんな手応えなかったっけ……と思っていたら不意に鹿の大群に襲われ、そしてまたあっさり撃破。カチドキの援護があったとはいえ、ここまで楽勝かい。まあ、これだけ弱ければ、あのときマハとムズピギーが二人だけで鹿を全滅させられたのも不思議じゃないわな……とか思ってしまった。成長したんだなあ、私たち。

 そして今日は手応えなく帰還。むむ、意外と手強い。

 

 

・素兎の月、18日

 油断してたら地中からモグラに強襲され、いいのを顎に喰らってヘロヘロになった。油断してるとこれだから。

 そして、二階奥にそれっぽい通路発見。どーもここが正解くさいな……

 

 

・素兎の月、19日

 深い樹海の奥の奥。人の手の未だ届かぬ森の先の広間に、その竜はいた。

「おい、マジでやるのか。アレすげえでかいぞ」

 と、マイト。う、うーん……私も、さすがにどうかと思ってきた。

 まず迫力が違う。

 でかい。強そう。怖い。前に狩った雷竜なんかとは桁違いだ。角に溢れる閃光からしてこいつも雷系っぽいんだけど、雷竜と違って簡単には防げそうにない。それにタフさも桁違いだろう。

「大丈夫っすよー。前にあのタイプの竜と戦ったときは割とザコかったし」

 というカチドキ。……いまいちアテにならん気がするが、そういうもんかなあ。

 まあ、とりあえずは様子見って感じで、シロに指示を与えて竜の向こう側へ進ませ、その間に私たちは武器の準備を整えた。目的は相手の注意を逸らし、その隙に一斉攻撃を仕掛けること。

 準備も整い、私はシロに合図を出す。おーん、とシロが吠え声を上げ、竜が面倒くさそうにそちらへ首をもたげた。いまだ、マイト攻撃開始!

 だだだだだ、と銃弾が雨あられと降り注ぐ。竜はさすがにうろたえ、たじろいたように見えた。が、予定通りだったのはここまで。竜は即座に高空へと飛び上がり、大地を見下ろしながら大きく口を開いた。あ、やな予感。

 ――刹那。カチドキが、手持ちの楽器をとんでもない速度で掻き鳴らした。なんだなんだと思ったのもつかの間、楽器から出た波みたいなものがドーム状に展開し、それはいままさに竜から放たれた雷光とぶつかって激しく揺動し、ついでに余波を喰らって私たちはかばいに来たシロもろとも思いっきり吹っ飛ばされ、大地にたたきつけられた。ぐふぅ。

 運がよかったのは、吹っ飛ばされた先が木々の間だったこと。竜は我々を見失ったらしく、やがて興味をなくしたかのように元いた場所へ戻っていった。助かった……

 つーか全身がしびれて立ち上がれねー。私はまだいい方で、シロは完全にノビてるし、マイトもわりとボロボロだ。おいカチドキ、アレのどこがザコかったんだよ!? と聞いたら、

「いやははは。おっかしいなー、前はあんな強かったっけなー。そんな記憶ないんだけど」

 だと。……決めた。もうこいつは二度と信用しねー。

 

 そしてなにも得られず帰還。ちくしょー。

 

 

・素兎の月、20日

 ともかくあの竜はダメだ。やりあって勝てる相手じゃない。

 昨日、痛い目と引き替えに得た教訓だ。したがって私たちは、銃を得るためにべつの手段を取らなければならない。いちばん可能そうなのは、シロが継続して注意を引き続けている間に私たちが家捜しをすること。これを当面の目標にする。

 カチドキは「秘策があるんでちょっと待っていて欲しいッス」と言ってバックレた。まあ、期待はまったくしていない。というか待たない。とはいえ、あいつの雷防御の技がなければ昨日の時点で我々全員黒こげだったわけで、いないとなればそれはそれで対応策を考えなければならない。とりあえず交易所で雷封じのミストとかいう粉薬を買ってきたが……ホントに効くのかなぁ、これ。

 で、出発。こういうとき、二階という近場であるのは気が楽でいい。あっという間に竜の巣に到着したが、そこで困ったことが発生した。

 竜、なんだか警戒してやがる。昨日の襲撃が気になっているんだろうか、やたらきょろきょろする。これじゃ銃を探すどころか、近づくことも満足にできやしない。参ったな。

 しょうがないので、せめて周辺部を探ることにする。音を立てないように気をつけて、そろーり、そろり。

 ……そうして。

 私たちは、見つけてしまった。

 見つけたときの落胆と言ったらなかった。

 だって、その銃は中程からひしゃげ、どう見ても使える状態じゃなかったのだ。

 考えてみれば、あの竜と激戦を繰り広げた銃士の持ち物だ。戦闘の際に使いものにならなくなった可能性は当然考えてしかるべきだった。

 そういう意味では、これはある種、必然であった。見通しが甘かった自分を責めるべきなのだろう。

 くたびれ損だなあ、と考えていたら、突然マイトが顔を上げ、伏せろ! と言った。……え? とか思って振り向いたら爪が

 ぱん、という音がして、私をかばったシロの身体があり得ないほどの勢いで吹っ飛んだ。

 ――うそ。

 いつの間に、この巨体は音もなく私の後ろに回り込んだのか。そこに、件の飛竜がいた。

 飛竜は吹っ飛ばされたシロを見て、それから捉え損ねた私の身体にゆっくりと向き直った。

 ……その瞬間。私は、あー、死ぬなー、とか思っていた。覚悟を決める間もない刹那、現実だけがどうしようもなく見えていた。

 そして。

 次の一撃が来る直前。ぶっとい光の帯が、飛竜に向けて突き刺さった。

 飛竜が悲鳴を上げて飛びずさる。な、なんだあ!? と叫んだら、マイトが、

「よくわからん! けど、この銃――」

 確認している暇はなかった。行動を妨害された竜は怒り狂い、長くて堅固な尾をめちゃめちゃに振り回した。あおりを喰らって私は吹っ飛ばされ、めきょっという音とともに木に激突した。……ぐふぅ。超痛い。

 ともかく、倒れている暇はない。目の前ではマイトが、盾役もなくたったひとりで竜と対峙している。その手には長大な曲がった銃が握られて――……?

「当たれぇ!」

 裂帛の気合いと共に、その銃――銃?――から途方もない閃光が走り、飛竜が絶叫した。

 ……なんだよ、それ。曲がってるくせに撃てるのか。と言ったら、

「知らん! 勝手に手に飛び込んできて、気がついたら撃ててたんだ! そういう銃なんだろ!」

 とか言う。……そういう銃って、どういう銃だよ。

 などと思っていたら、飛竜が上空に向かって跳ね上がった。やばい、あの攻撃が来る! マイト翼だ翼を撃って撃ち落とせ! と言ったら、

「無茶言うな! 接近していればともかく、曲がった銃でどうやって照準定めろって言うんだ!」

 と返された。ええい仕方ない、雷撃緩和ミスト散布! ぱらぱらと散った粒子が黄色く光り、そこに竜から放たれた閃光がぶつかってとんでもない衝撃波を出し、その余波で私とマイトは揃ってぶっ飛ばされた。が、がはっ……に、二度も飛ばされるとさすがの私も意識が……

 朦朧としている私にマイトが駆け寄ってくる。バカ、そんなことしている暇があったら竜撃て竜。ダメ元でも、その方がまだ建設的だろ。

「ええいくそ、こっちだってボロボロだってのに……!」

 舌打ちしながらもマイトは上空に銃を向ける。運の悪いことに、今回は飛竜も我々を見失ってはくれなかったらしい。上空に滞空しながら、ふたたび攻撃の準備動作に入る。

 そこに、銃撃一発。放たれた閃光はしかし、竜の身体付近をかすめて飛び去った。くそ、惜しい! 竜は口を開けて、再び閃光を

 ――放とうとしたところに、爆撃のような銃弾の雨が降り注いだ。

 竜が悲鳴を上げて墜落する。さらにその上に、重なるように黒い呪詛の塊が降ってきた。竜はぐるるるる、とうなり声を上げながら飛び立とうとしたが、呪詛が大地に縛り付けてそれを許さない。

「どうにか間に合った――というところかな」

 言ったのは、銃撃の主ことライシュッツ。……おいおい。なんであんたが私たちに加勢してくれるんだ? と言ったら、

「仕方ないでしょ。あの忌々しいバードのせいよ。

 ああもう、どーしてあたしがあなたたちと共闘なんかっ……」

 心底悔しそうにアーテリンデ。……なにしたんだ、カチドキ。こっちにとっては都合はいいけど、なんかよすぎて不安になるぞ。

 と、飛竜が咆吼を上げる。大地に縛り付けられたら縛り付けられたで、飛竜はやっぱり脅威のままだ。どすどすどすと大地を揺らして近づいてくる、その姿を見てライシュッツは不敵に笑った。

「チャンスは今しかない。――小僧、曲銃アグネアに無事選ばれたようだな。だが試射の余裕はない。実戦で勘をつかみ、その銃の主にふさわしいことを証明してみせよ」

「……わりと無茶を言ってるだろ、おっさん」

「あら、無茶は得意なんじゃなかったの? あなたたち」

 余裕綽々に、アーテリンデ。あー、そういや確かに前はそう言いましたねー。忘れてたけど。

 ともかく、ぶっつけ本番、やるっきゃない。マイト、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる! とりあえず撃て!

「下手とか言うな! ああもう、なんでこう毎回無茶を……!」

 言いながらマイトは銃を相手に向け、ぶっ放す。が、手前の地面に着弾。

 ライシュッツはともかく銃を乱射。が、効いているそぶりはない。

 そのまま突進してくる竜にアーテリンデがなにやらつぶやく。と、がくん、と竜のアゴが一瞬下がった。が、またすぐに我を取り戻す。

 えいくそ、なら私が止めてやる! と勢いよく飛び出して、盾を持って突撃。うりゃあああ死ねやああ、と叫んで振り下ろした剣が、かっつーんと小気味いい音を立てて鱗にはじかれた。効いてねー。やべー。

 即、飛竜は私に向けて前肢を振り下ろす。が、黒い影が動きを阻害し、盾にがしん、と凄い衝撃が走ったもののなんとか踏みとどまれた。さらにそこに二発目のマイトの銃弾が今度こそ直撃。竜が悲鳴を上げてたじろいた。やったか!?

 ――とか思っていたら尻尾ぶん回しにはね飛ばされて、あっさり私の身体は宙を舞った。南無。

 どざざざ、と地面に背中から着地、すぐ受け身を取って相手の攻撃に備える。だが竜は今度こそは確実に仕留めようと、こっちに向かって雪崩れ込むようにのしかかってきた。やばい、潰される――!

 刹那。弾丸のように飛び込んできた白い影が、相手を直撃した。

 竜の悲鳴。飛び込んできたシロは、そのままものすごい暴れ方で相手を攪乱し、叩き、ぶちのめした。あまりに激しい攻撃に耐えきれず、竜が二、三歩後ろに後ずさる。さらにそこにマイトの三発目が直撃。竜はものすごい絶叫を上げ、翼をぶん回したっておいこらすげえ風がわあああああ!? あおりを喰らってその場にいた全員が吹っ飛ばされて転倒する。さらに竜の怒号。なんとか平衡を取り戻した私に竜の爪が襲いかかり、受け止めようとした盾がぐにゃりと曲がってものすごい衝撃と共に私の意識はブラックアウト――

 

 で、よくわからんが気がついたらそばに竜の死体があった。

 なんでも、あの直後にマイトが撃った弾丸が致命傷となって、飛竜は二度と起き上がってこなかったのだとか。幸い、私が不覚を取ってのびていた時間はさほど長くなかったようで、アーテリンデからは信じられないほど頑丈ねと呆れられた。……悪かったな、頑丈だけが取り柄で。

 後で聞いたところによると、カチドキは二階にすごいお宝を溜め込んだ竜がいるとエトリア組の連中に言いふらし、その上でエスバットの二人の下に来てこう告げたのだとか。パレッタが失敗してもどうせすぐアシタとかチ・フルルーあたりが竜狩っちゃうよー。死喰いなんてしてる暇はないよー。せめて自分でとどめを刺したいなら、いまから急いでパレッタを追って、加勢するしかないんじゃないの? と。

 確かに、アーテリンデからすれば、自分が関われずにあの竜が倒されるくらいなら、せめて一太刀浴びせたいところだったのだろう。その気持ちを逆用した、見事にあくどいやり口だった。すげーな。カチドキちょっと見直したぜ。

 ……まあ。問題は、たぶん実際にはアシタとかチ・フルルーは動かなかっただろうってことだけど。カチドキの言うことなんて誰も信じないだろうし。でもアーテリンデには悪いから黙っておこう。

 

 

・素兎の月、21日

 マイトがじっくりアグネアの試射をしたいと言い出したので今日はおやすみ。

 今回はハードだったので動きたくないところだったが、一応かなり長く世間の動きから取り残されているので、情報が欲しい。なので酒場や大公宮などに行って情報収集。

 すると、面白いことがわかった。どうやら、ぼちぼち十八階で例の翼持ちたちと接触したギルドが出始めているらしい。大公宮の方では私たちの件は一応秘密にしていてくれているのだが、問い合わせ等も殺到していて対応に苦慮しているので、さっさと登ってなにか事態を打開してくれ、とせっつかれた。……がんばります、とは言ったけど、どうしたものかなあ。困った。

 あと砲術協会長の仇は相変わらず取れないまま。そりゃそうだ。だってあいつ十九階にいるし。というわけで、どうやらいよいよあの忌々しい魔物を討伐できるチャンスがやってきたようだ。すべては明日、だな。

 

 

・素兎の月、22日

 ……あっっっっさり、討伐完了。早っ。

 出会い頭に一発撃ったら死んじゃった。的な。曲銃アグネア、威力高すぎです。改めてそれを認識する一方で、やっぱあの竜はおかしい耐久力だったんだなーということも再認識した。エスバットの力添えもあったとはいえ、あれに勝てたのはちょっとした奇跡だったと思う。

 ともあれ、これで障害はなくなった。目指すは二十階、翼持ちのリーダーがいる場所だ。ずいぶん寄り道してしまったし、急いで向かおう。




特殊所持スキル紹介:


1)大呪言「悲願」
使用者:アーテリンデ
 フォーススキル。相手の攻撃力を大幅にダウンし、さらに頭と腕を縛る。
 守るために作った、守るための呪言。なのに相手へのデバフであるあたりがアーテリンデ。


2)至高の魔弾・対
使用者:ライシュッツ
 フォーススキル。通常の至高の魔弾をなんと二連発する。
 二丁拳銃が織りなす暴力だが、なんと近接スキル。拳銃である故の弱点か。
 とはいえ、スタン性能がある至高の魔弾のため、たいしたリスクにはならない。隙のないライシュッツである。


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第四階層(5):アシタ☆しゅーてぃんぐすたー

・素兎の月、23日

 今日は大騒ぎすぎて探索に出られなかった……

 まさか、砲術協会からあそこまで盛大にもてなされるとは思ってなかったからなー。挙げ句にマイトへ砲騎士の称号を授与するとか言って、表彰式で明日まで拘束されそうになった。さすがにマイトもそれは辞退して、略式で済ませることになったけど。これ以上公女さまの依頼を放っておいたらまずいしなー。いまでも十分遅れてるし。

 そんなこんなで、ちょっとした英雄気分を味わった一日でした。まあ、たまにはこういうのも悪くない。

 

 

・素兎の月、24日

 また気分悪くなってきた……

 二階をうろちょろしていた頃にはぴんぴんしていたんだけどな。なんか、樹海の深層に行くほど気分の悪さが深くなっていく気がする。

 まあ無視しようと思えば無視できる程度ではあるので、探索続行。もう大きなハプニングもなく、地図も順当に埋まってきた。よしよし。

 

 

・素兎の月、25日

 二十階への階段、発見。

 ……だんだん緊張してきた。

 考えてみれば、私たちはいままでの冒険者たちが体験したことのない珍しい境遇にある。それは未踏破の高階にいる、ということではなく、他の冒険者たちから二階層も先に進んでいる、ということだ。

 どんな事情があるにせよ、過去、こんな特異な立場になった冒険者はいなかっただろう。つまり、それだけ私たちの立ち位置が重要、ということでもある。翼持ちたちとの交渉を兼ねての先遣探索。その役割は極めて重い。

「べつに……気にしなくて……いいんじゃ……?」

 まあ、そうかもな。気負って倒れたら元も子もないし。

「ふふ……それは滑稽だね……」

 まったくだよ――誰だ貴様。

「カチノヘ……」

 帰れ。

「ひどいなあ。……なんで?」

 いや、待て。その前になんでおまえがここにいる?

「こっちに……死の気配が、したんだ……だから」

 うぜえ。

 ていうか、なんで門番の翼持ちはこんなの通したんだか。

「ふふ……簡単なトリックだよ……ワトソン君」

 誰だよ。

 つーか、なんだ。私たちに用でもあるのか?

「そうとも言えるし……そうでないとも……言える、かな……」

 もっとはっきり言えよ。

「君の……敵、だよ……僕が、興味を持つのは」

 敵?

「そう……だから、しばらくご一緒させてもらうよ……ふふふ」

 できれば、ご一緒したくないんだがなー。

 とはいうものの、言って帰る相手でもなし。こっそりつけられても迷惑なので、適度に無視しつつ進むことにした。

 そして磁軸の柱を見つけて帰還。明日から本格的に探索だ。

 

 

・素兎の月、26日

 その男は、明らかにほかの翼持ちと違っていた。

「『帰還者』が、古き盟約の言葉といにしえの飾りを持って登ってくると聞いていた。

 諸君らがそうだと私は考えているが、それに間違いはないか?」

 言われ、首飾りを見せる。相手は大きくうなずいた。

「確かにいにしえの飾りだ。そなたらが盟約の者であること、間違いはないようだな」

 納得してくれたのかい。

「ああ。『帰還者』よ。確かに汝には、再び空への道を通る資格があると認めよう」

 あー、その前にちょっと聞きたいんだが。

「なにかな」

 その……『帰還者』って呼び方、なんなんだ?

「ふむ。

 確かに無思慮であったかもしれぬな。これは我らが間での通称。いつまでも『帰還者』呼ばわりでは不敬であろう。

 できれば名を教えていただけまいか。今後、『帰還者』の名は使わぬことにする」

 イルミネ。後ろのはマイトとシロ、それからカチノヘだ。

 ……って、いや、それはいいんだが。言いたいことはそっちじゃなくてな。

「なんだ」

 私が聞きたかったのは『帰還者』という語の由来なんだが。

 なんでそんな名前で呼ぶ? 私は、べつにここ出身ってわけでもない。帰還って言われてもなにも心当たりはないぞ。

「ほう。心当たりはないのか」

 当たり前だろ。こんな空高くに――

 

 がっしゃん、がっしゃん。歯車が回る

 

 ……っっ。と、ともかく心当たりはないよ。

「だが、それは奇異だ。なぜなら、我自身が汝の姿を見た覚えを持っているのだからな」

 ??? なんだ、それ。

「我ら空の民は、聖地にて告げられた神の命に従わねばならぬ。

 盟約の者を空へ案内するのもその命のひとつ。もうひとつ重要な命が、傷つき倒れた土の民を空の城へと運ぶことだ」

『天の支配者が樹海を支配している、そんな話を――』

 そんな話を、聞いたことがあった。

「我々はその命に従い、多くの土の民を天空へと運んだ。

 彼らがどうなったのか、それは我らにはわからぬ。だが運んだ土の民で、その後出てきた者は一人としていなかった。汝以外はな」

 待て。今なんつった。

「聞こえなかったのか? 汝は、初めて空の城から、大地へと帰還した者だと言っている」

 ……あー。そう。

「しかも、その記憶がないと言う。

 行った記憶がないというだけならわからぬでもない。だが意識もなく、また我らにも気づかれずに大地へ戻るとは、摩訶不思議としか言いようがないな。

 ……まあ、それはさておく。どのみち、汝が空からの帰還者であり、また盟約の者であることに疑いはない。

 再び空の城へ向かうというのであれば、喜んで門を開こう。ただし、問題がある」

 なんだ?

「空の城へと向かう前に、天への門をくぐらねばならない。そしてその門の前に、一匹の魔物が道をふさいでいる。

 我らが天空の女王と呼ぶその魔鳥は、ある日突然現れて我らが聖地への行く手を阻み、多くの空の民を殺めた。

 腕利きの戦士たちを幾たびも返り討ちにし、我らは神の声を聞く手段を失った。そうして今に至る。もし汝が空の城へ赴こうというのなら、必ずや奴めがその前に立ち塞がろう」

 あー、つまりあれか。そいつを倒してこいと。

「ああ。でなければ、いかに我らが認めようとも、空の城へは至れぬ。

 心せよ、イルミネ。汝が道は決して平坦ではないぞ」

 なるほど……って、ちょっと待てよ。

「なにか」

 ああ。その鳥を倒すのは、私たちじゃないといけないのか?

 下には私たちよりさらに強い戦士たちがいる。彼らが来れば、あっさりその鳥を排除できると思うのだが。

「それは……だめだ。受け入れられない」

 なんで?

「盟約は、汝が空の城へ入って初めて成就する。

 我らが受けた命は、それまでこの地を守ること。汝が空の城へ至るまでは、他の土の民を易々と入れるわけには行かぬ」

 ……めんどくさいなあ。

 まあ、でもわかった。要は、私たちがその鳥とやらをぶっ倒して城に入ったら、後続が入るのも自由ってことだな。

「ああ。

 全能なるヌゥフ、父なるイシュと母なるイシャの仔、空の民の長クアナーンの名において約束しよう。汝らが魔鳥を下した折には、下にいる土の民たちに対して通行を許可してもよい。

 さて、それではさらばだ。汝らが先へ進み、天への門へと近づいた時、また会おう」

 言って、彼はその場を去っていった。

 

「で、どうするんだよ」

 マイトが言う。……どうするったってなあ。行くしかないだろ。

「行って大丈夫なのか?」

 鳥くらい撃ち落とせるだろ。アグネアがあれば。

「ばか、そっちじゃないっての。空の城って奴だよ。

 おまえ、そこから帰ってきたって話だろ。なんか覚えてたりしないのか」

 いんや。これっぽっちも記憶にございません。

 だいたい、おまえはずっと私と一緒にいただろ。空の城とやらに行ったかどうかぐらい、見ていればわかるじゃないか。

「俺と組む前に行ったとか」

 三階までしか入ったことなかったけどな。

「じゃあ……生き別れの双子とか」

 おまえ、それ自分で言ってて信じてないだろ?

「……なら、本当に相手の勘違いなのか?」

 たぶんな。

 ま、どっちにしろ私たちには諸王の聖杯を取ってくるって使命もある。行かなきゃならないんだから、くよくよ迷っても仕方ないだろ。

 まずは天空のどS女王様とかいう奴を撃墜して、空の城に行って。後のことはそれから考えようぜ。時間はまだまだ、いくらでもある。

「……わかったよ」

 しぶしぶ、といった調子でマイトはうなずいた。

 

 正直なところ、私にだって不安はある。

 帰ってきた者は誰もいないという空の城。そして、そこから帰ってきたということになっている私。

 時折見る、妖しい幻覚めいたものも不気味だし、迷宮に入ると気分が悪くなるのも治らない。

 問題は山積みだけれども、さしあたり今は進むしかない。まあ、今のところ特別に危険が迫っているという感じもないし、もうしばらくはなるようにしておいてもいいだろう。

「もうしばらくは……ねえ。ふふふ……」

 おまえは黙ってろ、カチノヘ。

 

 

・素兎の月、27日

 さあ今日から張り切って探索だと意気込んで宿を出たその直後、目の前にどでかい竜が降ってきた。わあ大変。

 大気をつんざく轟音。重なる悲鳴。街は完全にパニックに陥っていたが、私は冷静だった。というか、リアクションに困っていた。

 ……いや、まあ、驚くには驚いたんだけど。驚きすぎて逆に平静というか、なんというか――なんで、アシタが竜の背中に乗ってるのさ?

 アシタは目をぐるぐるさせて完全に気絶していた。そして竜も、逆鱗に矢がぶっ刺さって完全に絶命していた。なにがなにやら。とりあえず、けが人が出なかったのは不幸中の幸い……なんだろうか。信じられないことにアシタはさしたる外傷も負っていないかのように見えたが、大事を取って、ということで薬泉院に運ばれていった。

 出鼻をくじかれて今日は樹海に行く気もなくなったので酒場へ。楽に稼げる依頼はないかなーと見てみたら、巫医の会合に参加する知者求む、とかいうのを発見した。よしマイト、教えてやるから行ってこい。え、なんで私が行かないのかって? だってトカゲの煎り汁とか飲まされるんだもん、と言ったら全力で拒否られた。――ちっ。言わなきゃよかった。

 もう少し探ってみると、今度は大公宮からの珍味捜索の依頼があった。なんでも晩餐会を開くので、樹海の珍しい食材を求めているのだとか。まあ、あんまり興味自体はないんだけど、いちおう割のいい仕事っぽいから、気にはとめておこう。

 そんなこんなで宿に帰還。アシタは結局一日中寝ていたらしい。本当になんだったんだ、あいつは。

 

 

・素兎の月、28日

 以下、ムズピギーから聞いた昨日の事件のあらまし。

 ある日、某バードに二階にすごいお宝があるという噂を聞いたアシタ。居ても立ってもいられず、さっそく仲間を引き連れて二階の探索に行ったのだが、そこにあったのは残念ながら竜の死体だけだった。

 出し抜かれたと地団駄を踏んだアシタ、こんなところに竜がいるんだから近場にもう一匹くらいいるに違いないと無茶を言い、結果として三階で見事にデカブツを引き当てた。その名を雷鳴と共に現れる者。竜という竜の中でも、間違いなく最強クラスに数えられる伝説の古竜に、当然のようにアシタは喧嘩を売り――反応して暴れる竜と、樹海を駆け上りながらの大バトルに発展した。

 最終的に十八階、竜のねぐらまで追い詰めたがんそロックエッの面々だったが、激しい攻撃に耐えかねた竜は、もうこりゃたまらんと空へ飛び上がって逃げようとする。逃がすかと追いすがり、身体にしがみつくアシタ。振り落とそうともがく竜。その戦いのさなかにパベールが放った矢が天空より落ちてきて竜の背中に深く刺さり、絶命した竜はそのまま地上へ――

 で、私の目の前に落ちてきた、というわけだった。そりゃすげえ。まさかカチドキの放言が発端となって、樹海の十八階からそんな大きな落とし物が落ちてくるとは誰も思うまい。犠牲者がいなかったのは奇跡だと思う。ていうか、なんで生きてるんだろうアシタ。不死身かあいつは。

 まあ、幸いにもアシタは軽いねんざ以外の傷はなかったみたいだし、これ以上暴れられて被害を拡大されても困るので、しばらくは薬泉院で休んでいてもらおう。ということでこっちは樹海探索を再開。二十階はなんだかえらく入り組んだ構造をしていた。気がついたら元に戻る道がわからなくなったり、抜けられなさそうで抜けられる変な道を見つけたり。そうして芋虫みたいな変なのが暴れて大変始末が悪い。長時間の探索に疲れてのどが渇いたところで見かけたおいしそうな果実は、取ろうとしたら爆発して吹っ飛ばされて死ぬかと思った。南無。

 そして結局、今日行った道は袋小路だということがわかって撤退。くそ、あの翼持ちめ、道くらい教えてくれたっていいのに!



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第四階層(6):戦場、悲しき獣の主

・虹竜の月、1日

 探索中ー。

 亀とか鳥がうっとおしくて仕方がないということをのぞけば、いたって平穏。慣れてくると、なんとなく階層の構造にも察しがつくようになってきた。なるほど、あっちがああなってるから……とか。

 そして調子づいたところでうっかり亀の目の前を横切ってしまい、急襲されてあえなく撤退。くそ、どこ見てるんだあの亀っ。

 

 

・虹竜の月、2日

 樹海を歩いていたら、このあたりではあまり見かけない牛型の魔物に出会った。

 んで、倒してさっさと先に進もうとしたのだが、どうにもシロの様子がおかしい。なんか魔物の死体をくんくんしてる、と思ったらがぶり、ぶちぶちと噛みちぎった。うええ、おまえけっこうワイルドだったんだな。と思っていたら、その死体の欠損跡がみるみるうちに紫色になっていってびっくり。な、なんだこりゃ!?

「見る限り、毒の類だな。

 そういえば、樹海で食われないように、死んだら身体に毒を回す獣というのがいるらしい。こいつもそういうのの一種だったんだろうな」

 マイトが言う。なるほどー、樹海侮れねえな……とか思っていたが、ふと気がついた。シロが噛みちぎった方は毒に冒されていない。ということは、ひょっとしてこっちは食えるわけなのか?

 頭の中を例の酒場の依頼がよぎる。よし、じゃあ珍味の話はこれで行こう、ということで氷の特殊弾丸を使って保冷状態にした肉を持って帰還。大公宮に持って行ったらそりゃもう大感謝された。うへへ、いいことした気分。報酬もがっぽりもらってしばらくは弾薬の心配も――あれ?

 ……そういや、アグネアって弾薬いらないんじゃないのか?

 マイトが弾込めてるところなんて見たことないし。予備の銃用の弾丸以外にまったく必要ないという衝撃の事実。そりゃすごい。つーかいまさら気づいたが実は私たちってけっこう金持ちじゃね? とか。弾薬費かからなくなってから、一気に黒字化したっぽい。

 なんてこったい。もう冒険やめて実業家でもやろうかな。とか言ったらマイトに鼻で笑われた。挙げ句に、三日で破産するのがオチだからやめとけと半分本気で諭された。超むかつく。マイトのくせに。

 

 

・虹竜の月、3日

 すごい迷走の挙げ句、気がついたら磁軸のあたりまで戻ってきていたときのやるせなさと言ったらorz

 ええい仕切り直しだ仕切り直し。ともかく、地図は順調に完成しつつあるんだ。そう悲観的になる要素ばかりでもないさっ。……たぶん。

 

 

・虹竜の月、4日

 樹海を歩いていたら、ばさばさと羽音。

「無事であったか、イルミネ」

 言って降りてきたのは、前にも会った翼持ちの長、クアナーンだった。

 なんだ。なにか問題でもあったのか?

「ああ。言いにくいことなのだが……敵が、増えた」

 増えたぁ? なんだそれ。

「我らにも想定外だ。我らを阻んでいた天空の女王、その周りに、さらに三体の魔物が現れた。強さは未知数だが、どれもただ者ではないだろう」

 うげげ。なんてこったい。

「おい、どうするんだ」

 どうするったっていまさら引けねえよ。突貫するしかないだろ。

 ……とはいえ、さすがにこのまま無茶を通すのは怖い。おいクアナーン、もうちょっと情報はないのか情報は。空飛べるんだから遠目から見て姿形くらいはわかるだろ。

「姿形か。

 たしか一匹は大猿の類であったな。もう一匹は黒い毛並みの狼のような獣だ。最後に、人型の金属でできた人形のような何者かがいる」

 ――え。

「どうした。なにかあったか」

 ……い、いや。なんでもない。

「そうか。では、我はもう行くぞ。

 盟約の者、イルミネよ。くれぐれも気をつけろ」

 言って、クアナーンは去っていった。

 …………

 おい、カチノヘ。おまえ、これを知っていたのか?

「さあ……どうだろうね……ふふふ」

 性格悪い奴め。

「おい。どういうことだ。相手に心当たりでもあるのか?」

 マイトが言う。

 どうだろうな。私としては、気のせいだと思いたいんだが。

「もったいぶらずに言えよ。予測でもかまわないから」

 ……わかったよ。

 要するにな、今回、私たちの前に立ち塞がる敵は――

 

 

・虹竜の月、5日

 そして。

 ついに私たちは、そこにたどり着いた。

 大きな広間。桜の吹雪く通廊の淵、おそらくは翼持ちたちが『天への門』と呼んだ、部屋への入り口。

 そこに、クアナーンの言ったとおりの外見の者たちが、待ち構えていた。

『――止まれ。

 ここより先は天の御座。生きた人間が入ること能わぬ、天の主のおわす場所だ。

 これ以降を進むことはまかりならん。いますぐ立ち去るがよい』

 金属の人形が、金属質な声で言う。

 狼はがちがちと歯を鳴らして威嚇し、猿は容貌に反し静かに佇み、鳥はばさばさとせわしなく動き回っている。

 ――やれやれ。

 困ったね。ここまで予想が的中しちゃうと、どう反応していいのかよくわからない。

『聞こえなかったのか。いますぐ――』

 聞こえてるよ。フロースガル。

 それにベオウルフの面々。クロガネと……後は、名前は聞いてなかったっけな。

『…………』

 がしゃ。と、顔の部分のシャッターが開き、

「オヅノーとパピーだ。

 ……久しぶりだね。イルミネ、マイト」

 彼――フロースガルは、寂しそうにほほえんだ。

「それにドン・ガミス。ずいぶん立派になったのだね。

 私がいなくなっても、無事にやっていけているようで安心したよ」

 それで、どういうことなのさ。なんで、あなたはここにいる?

「最初はパピーに任せる気だったんだけどね。

 上がってくるのが君だと知って、それでどうしても行かなければと思ったんだ。なにしろ、僕以外には言葉をしゃべることができないからね」

 ……いや、そういうことじゃなくてな。

「私が空の上にいる理由は知っているだろう? 翼の民たちは、傷つき倒れた冒険者たちを天の御座に連れて行く。そして連れて行かれた者は、永遠の命と称するものを与えられて、人間以外のものに変貌する。

 多くは意思も壊されてただ暴れるだけの怪物となるんだがね。僕は従順だったからか、天の主は意思を壊さなかったみたいでね。

 逆らうことはできないんだが、こうしてある程度の裁量権と指揮権を与えられている」

 …………

「それで本題だ。

 さっきも言ったけれど。イルミネ、君はここから先に行くべきじゃない」

 なぜだ。

「君だって、薄々感づいているんじゃないのか」

 ……それは、『帰還者』と私が呼ばれていることについてか。

「ああ、そうだ。

 君がいまどういう状態なのか、正確なことはわからない。天の主もわからないと言っていたから、わかっている者はひとりもいないだろう。

 私が知っていることも、君とたいして違いはない。天の主とシヴェタの民たちは、どうやら君を天の城へ運んだ記憶があるらしい。そして、天の主は運んだはずの君が下から登ってくることを知り、不審に思っている。そんなところだ。

 その程度の知識でも、私には予言できる。なあイルミネ、考えてごらん。君は天の城に運ばれた。ということは天の城には、君の――」

 

 がっしゃん、がっしゃん。歯車が回

 

 ――っっ。

「……そうでなくとも天の城は人間にとって忌むべき場所だ。主はただの人間を下等なものと見くだし、彼の主観で上等なものに仕立て変えることに熱狂している。

 樹海の獣たちとは違う。明確な悪意を以て襲いかかる脅威の列が、この先に立ちふさがるだろう。冒険者なんかが行くべきではない領域なんだよ、あそこは」

 フロースガルはそう言って、言葉を切った。

 ……途中、めまいがして聞き取れない場所があったが、大意は掴めた。

 彼は、心底善意から、私に忠告しに来てくれたんだ。ここから先、天の城とやらに巣くう脅威を知って、それを伝えに来た。

 だけど、それでも。

 私は言った。ダメだ、フロースガル。私たちは、引くわけには行かない。

「なぜだい」

 大公宮と翼持ちからの依頼……いや。依頼ってだけじゃない。彼らの、未来がかかっているんだ。

 今回のミッションは関係者がものすごく多くてね。街と翼持ちたち、それから全冒険者の命運がかかっていると言っていい。簡単に引くわけにはいかないよ。

「本当にそうかな? 私にはそうは思えない。

 ねえ、イルミネ。思い出してごらんよ。君たちは冒険者だ。しょせん、野を行く無法者と大差のないものだ。

 君たちは社会に大事にはされないが、代わりに社会から責任を負うこともない。それが冒険者の特権だ。君は君の責任だけ取ればいい。大公宮や空の民の言うことなど知ったことじゃないだろう」

 ……けっこう過激だな。フロースガル。

「そうかな? 冒険者なんてそんなものだろう。

 おっと、私はもう冒険者ではない、ただの死人だったかな」

 おどけて言う。

 ――もう、何回目だろうな。あなたに諭されるのは。

 いつもあなたは、無茶をする私たちを止めてくれる。そうして私たちは、いつも従わずにあなたを困らせてばかりいたよな。

「ははは……そうだね。

 でも、そんなことを言うってことは、もう決めてしまったのかな」

 ああ。今回も同じだよ。引くつもりはない。

 たしかに、大公宮や翼持ちなんてどうでもいいさ。そんな大義名分を気にする柄でもない。でもさ、そういうご大層なものをぜんぶとっぱらっても、上に行かなきゃいけない理由は残るだろ?

 あなたも言った通りさ。上には私に関わるなにかがある。それは忌むべきものかもしれないが、たぶん私にとって重要なものなんだ。

 それを放っておいたら、私はたぶん、私自身がなんであるかわからなくなってしまう。不確かなものを抱えて一生生きるなんてまっぴらごめんだ。上に行き、真相を暴かないとやっていられないよ。

「そうか。まあ、そうだろうね。

 困ったひとだ。いつも君は、私の言うことを聞かないで無茶をする」

 無茶は得意なんだ。

「――ここに私が来た理由はもうひとつある。

 天の主は、君の正体がわからぬことで君に恐れを抱いている。そして、正体がわからない不確定要因を天の城に入れるくらいなら、消してしまうべきだと考えている。

 故に私は命じられたのだよ。天の城へ至ろうとするパレッタの面々を監視し、必要とあらば殺せ、とね」

 フロースガルはそう言って、静かに剣を抜いた。

「おい、本当にやるのか。相手はフロースガルだぞ?」

 マイトが言う。……しょうがねえだろ。私だって戦いたくなんかないけど、相手がやる気なんだ。

「そうだ、マイト。遠慮することはない。所詮この身は死人。ただ天の主の手先となって動くだけの、駒の一種に過ぎん」

 ぴしゃり、とフロースガルの兜がシャッターを閉ざし、顔が見えなくなる。

『さあ、侵入者を殺せ! 一人たりとも生かして帰すな――!』

 そして、戦いが始まった。

 

 

 即座に突進してきたクロガネを身体で止めつつ叫ぶ。ほらマイト射撃開始! ぼさっとしてんじゃねーぞ!

「くそ、わかったよ!」

 マイトが叫び、掃射気味に銃撃を連打する。放たれた幾条もの閃光はしかし、ベオウルフの面々に届くまえに謎のフィルタに取り込まれ、大幅に威力を減殺して弾かれた。な、なんだってー!?

『いいぞオヅノー。――これぞ太古の巫道。あらゆる邪を払う守りの巫術よ』

 うわ、マジやばい。そうこうする間にパピーがこけこっこーと大騒ぎ。あまりの大音量にしりもちをついた私をめがけて再びクロガネが突撃し、守りに入ったシロと真っ向から激突。両者ともにはじき飛ばされた。

 助かった、と思っていたらマイトの声。

「ばか、ぼーっとしてるんじゃねえ!」

 え? ってうわぁ! がきん、とフロースガルの剣を受け止める。うげげ、すげえ力。こりゃ鬼力化かかってるな。あの猿、マジで悪質だ。

 がきがきがきん、と連続するフロースガルの剣をかろうじて捌きながら打開策を探す。マイトはさっきから鳥に釘付け。シロはクロガネと真っ向張り合い中。これじゃ猿にはなにもできん。くそ、そもそも頭数が3対4じゃジリ貧だ――って、おい。こらカチノヘ、なにぼーっとしてる!? おまえも働け!

「……ん……僕も戦うの……?」

 当たり前だろー!? つーか助けて、わ、た、ちょ、この、ぐぎゃー!?

「ふう……観察……もう少し、したかったけど……いいか」

 カチノヘがつぶやくと同時に。

『ぬぅ!?』

 フロースガルが飛びずさる。その足にゆるゆると茨のようなものが絡まり、動きを微妙に阻害している。よく見ると他の連中も似たような状況で、特に地面へと引きずりおろされたパピーがぴぃ、と悲鳴を上げ、

 そしてそこに、フルパワーのアグネアの光条が突き刺さった。

 すげえぞカチノヘ、ほぼ一撃で猿の特殊能力を無力化しやがった! 自由になったマイトは続けてフロースガルに向けて銃を乱射。だがすぐに持ち直したオヅノーがまた防御の術を張り、光弾は威力を減殺されてしまった。あーもう、またかよ!

 ともかく、一撃でもまともに入れられたのは収穫だった。おかげでパピーはグロッキーになってへたっている。フロースガルも足を封じられた今、猿をなんとかできるのはこのタイミングしかねえ! 突撃ー!

 ――ワンパンチで弾かれました。南無。

 しかも気づいたらフロースガル、クロガネ、オヅノーに囲まれた場所に来てしまってますね私。ははは。た、助けてマイトー!

「ええい、世話が焼けるっ……わあ!?」

 こちらに銃を向けたマイトにじゃれるパピー。シロはクロガネにはね飛ばされてピヨり中。カチノヘはぼーっと見てるだけ。超ぴーんち。フロースガルが腕を振り上げ、私はもう無茶を承知で剣を相手にたたきつけようと

 ――した身体が、急激に加速。すごい勢いでフロースガルをはねとばした。

 な、なんだああ!? と思った私の耳に聞こえてくる、聞いたことがあるような旋律。でろりろりーん、とキタラをかき鳴らしながら、そいつは言った。

「ヒーローは遅れてやってくる、ってね。――カチドキ、推参だぜ!」

 うわあなんてかっこようさんくさい台詞。カチドキ、待ってなかったけど待ってた! これで5対4、人数的にも逆転だ!

 さらにパピーの悲鳴。哀れな鳥はマイトに銃でぶん殴られてたたき落とされ、さらに至近距離から銃撃を連打されて、なすすべなく地に倒れ伏して動かなくなった。クロガネもシロに押され始めてうなり声を上げて後退。

『……! オヅノー、援護を――』

 させるかあ! と私はフロースガルに襲いかかる。がきがきがきん、と互角の剣戟を交わし、そうこうしている間にカチノヘが二度目の呪言をたたき込み、ふたたびオヅノーの防御が破られる。そこにアグネア炸裂。まともに直撃を喰らったオヅノーは、一撃で吹っ飛ばされてご臨終。

『ぬ、ならば――クロガネ!』

 声に応え、クロガネが私にじゃれついてくるってうわあ重っ! こ、この腐れケダモノ、どかんかーい! ともごもご身体を動かすがどいてくれない。そこにフロースガルが剣をたたきつけようと振り上げるが、腕を狙ったマイトの射撃がそれを阻む。ひるんだところをシロに体当たりされ、よろめいて後退。

 さらにマイトの射撃がクロガネを直撃ってうわ危なっ! おまえね、私が下にいる状況でその射撃はどうよ。つーか逸れて私に当たったらどうするんだ? と言ったら、

「当たったからいいだろ! それより前、前!」

 え? っておわ!? 撃たれたにも関わらずまだ元気なクロガネが私にのしかかろうとする。が、そこに横からシロが突貫。はね飛ばされてクロガネはごろごろと遠くに転がっていった。さらにそちらへ動こうとしたフロースガルを私が足止めし、マイトが銃撃。フロースガルは大きく吹っ飛ばされ、地面に転がった。

『ぐ、ぐぐ』

 ――それでも、まだ動く。

 明らかに勝負はついた。そんな状況でありながら、彼はまだ立ち上がろうともがいている。もうやめろ、あなたの負けだよ、と言ったが、

『ぐぐ、ぐ、ぐぐぐ』

 聞いちゃいない。

 というより、もはやこの身体は。

「だめだな。もう意志は残っていない。

 フロースガルは死んだ。この身体は、天の主とやらの命に従うためだけに無理やり動かされている、ただの人形だ」

 マイトはそう言って、銃を構えた。

 ……撃つのか。

「楽にしてやるにはそれしかないよ。

 ――さよならだ、フロースガル。また会えたことは、少しうれしかった」

 マイトはつぶやいて。

 

 銃声が、戦いの終わりを告げた。

 

 翼持ちと大公宮からお褒めの言葉をもらって、明日天の城へ入ることを約束して。

 そうして宿に帰って、いま、この日記をつけている。

 ……私の選択が正しかったのかどうか。それはいまはわからない。

 だけど、もう後には引き返せない。信じたこの道を、突き進むしかない。

 明日も、がんばろう。

 

 ちなみにカチドキがどうしてあのタイミングであそこに現れたのか、それはよくわからなかった。

 が、とりあえず翼持ちの監視員をごまかして上に来る手法は聞き出せた。なんでも、ビールと枝豆持って行ったら大盛り上がりの挙げ句に監視員が寝てしまったのであっさり通れた、らしい。……ひでえ。盟約とかペンダントとかいろいろ揃えていった私の立場はいったい。




 ここで新たな第四階層のボス、通称モモタロ一同の構成を紹介。


1)フロースガル
 言わずと知れたフロなんとかさん。職業はパラディンだが、この構成では切り込み隊長の役も担う。

2)クロガネ
 犬。標準的なペットとしての能力を持つが、敵特有のHPの高さから傷舐め等の特技が相対的に弱体化しており、大暴れ連打の方が強いかも。

3)オヅノー
 猿。イルミネよりよほど立派にドクトルマグスしてる。フォーススキルを連打できる守りの要。逆に言うと彼が崩れると全部崩れる。

4)パピー
 雉。ハルピュイアを一段弱体化させたような性能。だが混乱ばらまきは相変わらず脅威。


特殊所持スキル紹介:


エンタングルフィールド
使用者:カチノヘ
 フォーススキル。敵全体の強化を全解除し、強化の解除数に応じた縛りを入れる。
 案外馬鹿にならないが、しかし他の強力なフォーススキルと比べるとどうにも見劣りするあたりがカチノヘ。


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第五階層(1):高い城の私

・虹竜の月、6日

 天の城。

 空の果てにあったその金色の船に、私は。

「おい、どうした?」

 マイトの声。……我に返った。危ない危ない。なんか、得体の知れないものに飲み込まれるところだった。

 頭を振って現状を再確認。いま、二十階の通称「天への門」から、昇降機を使って上がってきたところだった。目の前にあるのは、間違いなく「天の城」とか呼ばれていた構造物、だと、思う、のだけれど。

 ……なんかさ、これ、城ってより樽じゃね?

「そうか?」

 だってほら。下も上も似たような感じで丸まってるし。普通は城って上に向かってとんがってるものだろ。これは横倒しになった樽とかそういうのだ。

「そうだけど。樽っていうほど側面が切り立ってないぞ、これ」

 ささいな問題だ。

「……あ、そう」

 まあ、樽でも城でもどっちでもいいけどな。

 まずはこの、金ぴかの樽状構造物に入ってみないと話が始まらない。よしマイト、さっそく探索だぜ! と入ろうとしたところをいきなりコウモリみたいな魔物に襲われた。南無。

 たいへんテンションが下がったものの、とりたてて苦戦することもなく撃退。なんだいけるじゃん、とか思いつつ樽状構造物(この呼び名気に入った)の中に入ったらまたそこに動く植物みたいな魔物が。あーうぜえなあと思いつつ剣を向けたら相手が口を

 

 で、気づいたら薬泉院でした。

 なにがあった? とマイトに聞いたら、どうもあの魔物の叫び声を聞いて即昏倒したらしい。記憶すらありゃしねえ。こえー。樽状構造物、マジ半端ねぇな。

 そしてどうやらマイトはその後で樹海磁軸を見つけたらしい。明日からはそれを使って出発だな。

 

 

・虹竜の月、7日

 出発、どころじゃありませんでした。

 どっかの誰かさんが言いふらしたせいで、私たちは天空の城の第一発見者ということで一躍有名人化してしまったらしい。おかげで今日は朝から宿に人が詰めかけるわ大公宮から呼び出し食らうわ、もう探索なんてできる状況じゃありません。――カチドキめ。あのマスゴミ野郎、今度会ったら一発殴る。

 そんなわけでなにもできずに一日が過ぎた。完。

 

 

・虹竜の月、8日

 今日も朝から人が押しかけてきたのを、宿の裏口からこっそり抜け出して酒場へ。

 やたらテンションの高い親父をテキトーにあしらいながら、いくつか情報収集。どうやら翼人たちは約束を果たしてくれたようで、冒険者たちは一斉に十九階の探索に入ったようだ。こりゃ追いつかれるのも時間の問題だろうな。

 まあ、有名ギルドたちの援護を得られるのは私たちにとっても悪いことじゃない。ゆっくり先に進んでいこう。

 

 と言いつつ、樹海の入り口に行ったら人だかりに捕まってまた一日ロスorz

 この騒ぎ、いったいいつまで続くんだろう。

 

 

・虹竜の月、9日

 今日も今日とてうんざりするような量の人が集まって来る……

 と思ったら、今日はギルド登録所の甲冑女が権力を行使して無理やり私たちを連れて行き、樹海まで送ってくれた。おかげでなんとか探索が行えそうだ。こういうときは頼りになるなあ役人って。と言ったら、

「普通なら頼りにされては困るんだがな。公機関が特定の冒険者に肩入れしたら問題だ。

 とはいえおまえたちを取り巻く状況は特殊すぎる。いままでほぼ無名だったギルドが、いきなり他の冒険者を三階層も追い抜いて、伝承にある天空の城を発見してしまったというのだからな。世間はパニックに陥っているし、その種のパニックから冒険者を守るのは我々の役目だ」

 と、仏頂面で返された。

 そういえば、そういうことになってるんだっけ。実際は追い抜いたというより、私たちだけ特殊事情で先に進めたというのが正しいのだが。

「特殊事情……か。大臣殿より話は聞いている。

 なにやら面妖な事態になっていると聞いたが、その後どうだ。なにかおまえの身に関する追加情報でも得られたか」

 んー、あんまり。

 いちおう、翼持ちたちは本当に倒れた冒険者を城へ運んでいて、そしてそいつらは化け物に生まれ変わることになる。ってのの実例にぶち当たったりはしたけど。

「ほう。名のある冒険者だったか?」

 名のある……かどうかは知らんけど。知り合いだったんでな。ベオウルフって連中。

「――フロースガルの一味か。

 それで、どうした」

 どうしたもなにも。襲ってきたから倒したよ。

「そうか。奴も運がないな。

 決して最先端を行く冒険者ではなかったが、低層でよく新人の面倒を見、皆から好かれていた。彼らがいなければ死んでいた冒険者も多いだろう。

 せめて、もう少し早く冒険者などという危険な職業から足を洗っておれば、もっとマシな死に方ができただろうにな」

 そう言って甲冑女は背を向け、

「おまえたちも、引退する時は間違えるなよ。いつまでもやっていても未来はないぞ、冒険者なんか」

 と言って去っていった。

 ……引退、ねぇ。いつになるやら。

 

 そして今日は樽状構造物の社会科見学。動く床とかいっぱいあって超楽しい。楽しすぎて逆から乗ったりして遊んでいたら黒い鎧武者に襲撃されて死ぬかと思った。南無。

 

 

・虹竜の月、10日

 社会科見学、続行。

 変ならくがきが書いてある壁とか、いろいろ見ながらはしゃぎまくり。強力な魔物も多いがアグネアばかすか撃てば怖くない。……ふと思ったんだが、壁とかもアグネアけっこうぶち破ってるんだが大丈夫なんだろうか。その、樽状構造物、当たりどころが悪くていきなり落ちる、とかはないよね? なにしろこの樽は支えもないし、高空なので微妙に怖い。

 で、二階――えーと、樹海から通算すると二十二階か。そこへの通路を確保。順調に進んでる感じだ。悪くない。

 

 

・虹竜の月、11日

 二十二階を歩いていたら、へんな丸い機械がういーんと近づいてきて声を上げた。

『ケイコク! ケイコク!

 ココカラサキ、タチイリキンシ! ケイコク! ケイコク!』

 ……なんだよこれ。うるせえな、と思って蹴っ飛ばそうとしたらいきなりビーム発射。

 うおお危ねえ! 即座に応射したマイトによって機械はスクラップになったが、なんだったんだろう。樽状構造物は危険がいっぱいだな。と言ったらマイトが、

「得体の知れないものに手を出すからだろ。次からは注意しろよ」

 と返してきた。なんだよー、手は出してないだろ足だ足。と言ったらあきれた顔でなにも言われなかった。……むかつく。突っ込みが返ってこないと私一人バカみたいじゃないかっ。

 

 とか言いながら歩いていて調子に乗ってでかい竜に喧嘩を売ったら一蹴されたorz

 信じられんほど強かった。樹海侮りがたし。得体の知れないものに手を出すからこうなるんだ。次から注意しよう。

 

 

・虹竜の月、13日

 いろんなことが起こった。

 ……ちょっと混乱していて書きにくいが、できる限り記しておこうと思う。

 

 きっかけは二十二階の探索。いろいろ調べた結果、例の竜が寝そべっている通路の奥がどーも怪しいんじゃないかと踏んだ我々は、そーっと起こさず潜入を決行してみることにした。しかし案の定うまく行かず、見つかった私とマイト、シロは竜に分断され、慌てて動く通路に逃げ込んだ私は二人を残して奥へと単身進む羽目になってしまった。南無。

 それでまあ、いろいろ観察してわかったことなのだが、どうやらこの種の竜は夜行性……と言っていいのか、ともかく、外では夜の時間帯に活発に動き回るタイプのようだった。そうと決まれば、と思って、通廊をふさぐ竜たちを動き出した隙にすり抜け、奥へ奥へ。本当は戻る道を探しているはずだったのが、気がついたら、二十三階への階段を見つけていた。

 あーこりゃ道を間違えたなーと思いつつも、魔物の気配がないので調子に乗って二十三階へ。そこは、なにかの研究所みたいな場所だった。大きな機械人形たちを格納する倉庫、奇妙な色の液体がぶくぶく詰まった水槽を経て、でかい広間へ。照明が落とされたその広間は静まりかえっていたが、その奥にいるものの存在感は圧倒的で――そして私は、悟ってしまった。こいつの正体を。

『来訪者か。

 こちらに来るなと警告を出しておいたはずだがな。まあよい。来てしまったなら来てしまったで、相応の使い道があろう』

 どこからともなく聞こえてくる、声。

 テメエ誰だ姿見せろ姿。と言うと、相手はくくくと笑った。

『威勢がいいな。

 姿か。いずれ見せても構わぬよ。もちろん、汝がこの我、オーバーロードの下へ降り来たった暁には、という条件だがね』

 陰湿に響く声。くそ、どこにいるかわからないっ……! 下手をすると、どこか別の場所で監視しているのか。いや、むしろさっきから敵の気配がまったくなかったのだって、実はこちらにおびき寄せるための罠か……!?

 罠と考えると、つじつまはものすごく合う。なにしろ、目の前にいるその黒い獣は、

『それで、どうかな。汝自身を用いた、素晴らしき研究成果を目の当たりにした感想は』

 私の――なれの果てなのだった。

『見事だろう。元よりこの大躯、漆黒の獣ジャガーノートは我が現時点での最高傑作として作っていたのだがね。最後の一パーツがどうしても足りなかったのだ。

 だが汝の死体は、それを補って余りある素材であった。完成したのは汝の御陰だ。感謝しよう』

 上機嫌に声が続く。

 ……認めたくない。認めたくないが、私の奥底からなにかが呼びかけてる。

 アレは、間違いなく、私だと。

 ――私の、死体?

 なら、私は、

『しかし奇妙なこともあるものだな。死んだはずの汝がなぜかこうして、生きているかのように振る舞ってここへやってきた。

 幽霊、亡霊などという、愚かな概念は捨てたはずなのだがな。そんなものを思い出してしまったよ。まあ、汝が幽霊だろうと亡霊だろうと、その辺はどうでもよいがね。

 重要なのは、汝がとても興味深い研究対象だということだ。もしかすると、ジャガーノートを超えた、より完全なる生物種を生み出す糧となりうるやも知れぬ』

 ……テメエ。

『抵抗は無駄だ。このジャガーノートを前に逃れられるものはおらぬ。

 さあ、おとなしく、収穫を迎えた穂のように、刈り取られるがよい――!』

 声に、慌てて私は逃げようとする。だが獣が逃がしてくれるはずもなく、黒い巨体が私へ覆い被さるように――

 

 で、気づいたらまた薬泉院だった。

 マイト曰く、二十二階のどこかで力尽きたようにぶっ倒れていたらしい。なんであんな奥まで行くんだ、すげえ探したんだぞ、と怒られまくった。なにしろ一日以上帰ってこなかったということで、関係各所に心配をかけてしまったそうな。悪いことしたなあ、とか他人事みたいに思いながら、私は昨日あったことを思い返していた。

 できれば夢であって欲しかったんだが。あれはどうやら現実みたいだ。

 考えてみれば当然だろう。翼持ちたちは樹海で倒れた冒険者たちを空へと運ぶ。ということは、空の城には私の死体があるってことだ。

 じゃあいまの私はなんなのかって? それは私が知りたい。



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第五階層(2):戦場、亡者の爆進

・虹竜の月、14日

 ぜんぜん動く気力がない。

 マイトは、調子が悪いのなら休んどけと言って出かけていった。なんでも、最近は樹海の探索可能区域が激増したということで、有能な冒険者がこぞって高階の探索に乗り出してしまい、下の階での仕事がかなり余っているらしい。あんまり上層に行かなければ一人でも探索できるから、と言っていた。

 ……まあ、そんなことはどうでもいいや。

 問題は、これからどうするかということ。あの、樹海の果てで見つけた、黒い獣の姿をした私の分身をどうしたらいいのか、それを考えなければならない。

 放って逃げるという選択肢はナシだ。あんな気になるものをほったらかして、のうのうと生きていられるほど私は神経太くない。

 関わらなければならないとして、アレは一体なにものなのか。それが次に気になる。

 オーバーロードは言った。あれは私の死体だと。

 もしそれが正しいとすれば、むしろいまここにいる私はなんなんだろう?

 オーバーロードは私のことを、亡霊だか幽霊だか、そんなものだと思っているらしい。

 普通の人間ならばかばかしいと一笑に伏すのかもしれない。のだが――やっかいなことに、私はそれを否定できない。

 霊を感知し、操作し、使役する能力については、私は嫌って言うほど心当たりがある。幽霊とか亡霊とか、そういうものがあって、しかも力を持ちうるのだということを、私はよく知っているのだ。

 以前だったら「でもそうした霊は常人には見えないんだから、マイトとかから見えている私は幽霊じゃない」とか言えたんだけど……シロみたいに、なぜか通常人に見えて普通に活動できる幽霊が実在する以上、そう簡単には可能性を排除できない。

 ……というか。シロって、どうして普通に誰にでも見えるんだろうね?

 うーん……ととと、脇道に逸れるところだった。いかんいかん、いまは目の前の問題だ。

 仮に私が幽霊だったとして。あの獣をどうするか。

 ……うーん。

「倒しちゃえば……いいんじゃ……ないの?」

 そう割り切れれば楽なんだけどさ。

「なにか……気になる……ことでも?」

 うん、実は――誰だ貴様。

「カチノヘ……」

 またかよ。なにしに来たんだよ。でてけよ。

「まあまあ……面白そう……だし……ね?」

 ね? じゃねーよ。しょうがねーやつだな。なにしに来たんだ?

「怪獣を……観察しようと……思って」

 帰れ。

 ていうかなあ。ひとがへこんでるときに、無駄な茶々入れに来るなよ。うざいから。

「そんなこと……言ってる場合……かな?」

 なんだよ。なんの話だ?

「だってさ……このまま進んだら……アレと……戦うんだ……よね?」

 ――――

 そう。それがいちばん重要だ。

 このまま進み、私の問題を解決する。そのためには、なにやらよからぬことを企んでいるらしき城の主、オーバーロードの邪魔を排除しなければならないだろう。

 そしてそのためには、あの怪物――ジャガーノートを、どうしても倒さねばならない。

 ならないんだけど。

「勝てないよねえ……あれ。強すぎるし……ふふふ」

 その通り。

 困ったことに。私であるはずのあの化け物は、私よりずっと強いのだった。

 私だからこそわかる。アレは、普通のヤツじゃ相手にもならない。

 というか、普通じゃなくても相手にならないか。エスバット級は論外、エトリア組から選抜したチームを組んで、ようやくどうにかなるかならないか、といった感じ。

 それだけとんでもない相手を前に、私たち程度がどうこうできるという話でもない。ここはおとなしく静観して、上位ギルドに奴が倒されるのを待つしかないだろう。

 ……そう、理性は告げている。

 のだが。

「未練たっぷり……だよねえ? ふふふ」

 うるさいぞ、カチノヘ。

 ていうか、せっかくここに来たんだ。おまえも知恵出せ知恵。

「知恵……なんの?」

 だからあいつを私たちが倒す知恵。なんかあるだろ。ほれ。

「それは……無茶……じゃない?」

 そんなことは知ってる。いいから出せ。

「じゃあ……ひとつ、案がないこともないけど……」

 なんだ?

 問いかけにカチノヘは、いつになくはっきりと答えを返した。

「自殺」

 

 

・虹竜の月、15日

 相変わらず、動く気力はない。

 昨日カチノヘが言った究極手段。そいつが、頭の中にこびりついている。

 要するに、アレだ。呪殺の一種だ。

 よくある、人形作って心臓部に一撃、という類の呪い。そのすごい版と思えばいい。

 人形役は私。そして呪われるのはあの獣――の中の、私の身体。

 なにしろ人形と本体に最初から霊的なつながりがあるのだ。呪いは極めて高い精度で効果を発揮する。

 さらにそれが、相手が私を殺す形であれば最高だ。自分が自分を殺す――自殺という形式自体の相似効果で呪の威力は倍増し、確実に相手の息の根を止めるだろう。

 …………

 

 自分でもなんで悩んでいるかよくわからないままに、ふらふらと外出。

 いつもの酒場に行ったら、そこに珍しいやつがいた。

「あら、こんなところで会うとは奇遇ね」

 そういえばおまえとここで会ったのは初めてだな、アーテリンデ。

「……変な卦が出たのはそのせいかしら。

 なにか妙なことでもあった?」

 まあ、いろいろな。

「ほほう」

 なんだよ。気色悪いな。

「――以前、こんな話をしたことがあったっけ?

 上に行こうとする限り、冒険者たちにはどうしても法外な力が必要になる時が来る。それは倒しようのない敵と出会った時か、果たし得ない願いを、叶えようとした時。

 そうなったとき、あなたは、どうするのか。そんな話をしたわよね」

 そういやそうだったな。

「あなたはそれに対して、明確に答えずにはぐらかした。

 さて。改めて、あなたの答えを聞きたいわね」

 ……なんで、いまこのときに?

「そういう卦だったの」

 そうかい。

 つってもな、状況が抽象的すぎて答えにくいな。

「じゃあ、適当に状況を設定しようか?

 そうね。どうしても自分で倒したい敵がいて、でも自分ではどうしても倒せない。そんな状況ってことにしておきましょうか」

 …………

「なによ。苦虫をかみつぶしたみたいな顔をして」

 おまえ、なにを知っている?

「べつになにも。卦から見えた相を適当に想像して言っているだけよ。

 で、どうするの? 死喰いでもやる?」

 その方法は取らないっつーの。

「ふうん。でも選択の余地、あるの?」

 いろいろあるさ。

 たとえば、全部あきらめるってのもひとつの手だ。

「……あー。まあ、そりゃそうだけど」

 状況があり、欲求があり、手段がある。これだけ限定されていても、選択肢なんて無数にある。

 そもそも、目標自体もいろいろ段階があるんだ。自分で倒す、仲間と一緒に倒す、強いひとに頼んで倒してもらう、倒すのをあきらめる。それが確定したら、今度はそのために必要な力を調達する方法を考える。

「で、なにを目標にして、どうやって力を調達するの?」

 それをいま考えてるんだよ。

「ふーん。

 まあ、適当にがんばってね。あたしには関係ないし」

 それで話はおしまい。

 あとはお互い無言で、適当に酒を飲んで帰ってきた。

 

 ……実際のところ。

 私は、たしかに痛いところを突かれたのだった。

 目標自体を選ぶ余地があるなんて、よく言えたものだ。それは裏を返せば、まだ目標すらきちんと定められていない、という意味じゃないか。

 あの獣を放っておきたくない。この欲求は確かだ。

 では、どうすればいい?

 殺すのか。誰かに殺させるのか。

 それを是としたとして、疑問がひとつ残る。

 あれは私の本体。ではあれを殺した後、私はどうなる?

 死ぬ――は元からとして。成仏して、きれいさっぱり消えてなくなったりするんだろうか?

 そうだとすれば……あれを殺すことに、なんの意味がある?

 …………

 いや、意味はある。

 少なくとも。私以外の人間が、それを理由にして傷つかずに済む。

 空の上へ目指す人間は私以外にたくさんいる。彼らが傷つく理由が、ひとつでも減ってくれるなら、それは意義があることだ。

 どうせ、放っておいてもいつかは、あの獣も倒され、私は死ぬだろう。

 だとすれば、被害が出る前に、自分の死と引き替えにあいつを倒すことも、無駄では――

 …………

 やるしか、ないのかな。

 自分自身を生贄として、あの獣を無力化する。

 他人は巻き込めない。マイトもシロも。これは……私の、戦いだ。

 さて、問題は、いつ決行するかなのだが――

 

 

・虹竜の月、16日

 夜。

 誰もが寝静まった頃に、私は出発した。

 

 天空の城は、静まりかえっていた。

 魔物や機械の気配もない。唯一動き回っていたのはあのデカい蛇くらいか。

 それは適当にくぐり抜けて奥へと進み、二十三階へ。

 相変わらず、あたりは静まり帰っている。不気味な実験道具が並ぶ廊下、機械人形達が並ぶ倉庫を経て、例の場所へ。

 そこに、奴がいた。

 

『おやおや。また来たのかね』

 嫌味な声が響く。

 よう。戻ってきたぜ。

『…………。

 正直、驚いている』

 ふうん。なにに?

『戻ってきたことに、だ。

 前回、不可思議なエラーが原因で取り逃がしたからな。正直に言って、もう二度と来ないものかと考えていたが――』

 どうでもいいだろ? そんなこと。

『そうだな。重要なのは汝が戻ってきたことだ。

 我が下へ降る気になったのかね?』

 …………

『ふん。まあ汝の意志など関係ない。

 重要なのは素材の在処だ。いざとなれば下の街でも襲撃して手に入れるかと思っていたが、手間が省けたというもの』

 そんなこと考えてたのかテメエ。

『なにぶん、我が目的なのでね。

 生物の進化の限界。それを見極め、従う者にその恩恵を与える。それこそが、我が使命』

 従う者なんていないじゃん。ここには、誰も。

『今は、な。それは時間が解決してくれよう。ささいな問題だ。

 さて。では、覚悟はできたかね?』

 言葉と共に、ずい、と獣が前に出る。

 応じて、私は吸い込まれるように、その獣の前に出る。

『よし、ではこれから組み込みを――っ!?』

 がきん! と音がして獣の足に私の巫剣がめり込み、獣が低い悲鳴を上げて二、三歩後退した。

『……どういうつもりだ』

 ふふん。誰が観念して戻ってきたっつった。馬鹿。

 そのバケモノに取っても巫剣はけっこう痛いだろう? こいつは「剣創」という、剣で切られてできた傷を、呪的に再現させる魔具だ。材質も防御力も関係なく、貫き通して打撃を与える。

『正気か? このジャガーノートに単身、勝利できると?』

 正気か狂気かなんざ、私は知らん。

 ただ、勝ち目があるから来た。……覚悟はいいか上帝。こっちはできてる。

『……面白い。

 よかろう。どうせ組み込みに五体満足な身体など必要はない。

 一度ぐちゃぐちゃにしてから作り直しても問題はなかろう。ジャガーノート、遠慮なくそいつをたたきつぶせ――!』

 声に応えて、獣がおおおおお、と吠えた。

 

 瞬間、あ、死ぬなー、と思った。

 なにしろ、相手は私なのだ。どの程度のパワーがあるかなんてすぐわかる。

 突進されれば跡形も残らず、頭突き一発でも身体は爆砕、前肢で蹴られようものなら胴体以下と頭が泣き別れ。

 どれひとつとして生きていられる攻撃がない。こりゃ無理だ。死ぬ死ぬ。

 そんなわけでさっさと死んで、呪が発動するようにしておかないとなーと呑気に構えていた、そんなとき。

 

 爆音と共に、相手の身体に無数の光弾が突き刺さった。

 つんざくような高い悲鳴。鋼鉄の身体が思わず後退、というより吹っ飛ばされ、地面にたたきつけられる。

 ……は?

「無事か!」

 そう言って駆け寄ってきたのは、……マイトだった。

 な、なんでおまえがここに、と言うと、

「ばかったれ!」

 と言って、げんこつでぶん殴られた。

 超痛い。なにしやがんだてめえ! と叫ぶと、

「そりゃこっちの台詞だ馬鹿! ひとりで勝手に抜け出したと思ったらよりによってこんなのに喧嘩売りやがって! 無茶も大概にしろ!」

 う、うるせえな。いいんだよ勝ち目はあるんだから。

「勝ち目ってアレだろ。自爆技で道連れとかそういうのだろが」

 な、なんで知ってるんだよ。

「アーテリンデから聞いた」

 ……あー、そう。

「あーそう、じゃねえ! なんでそんな馬鹿やるんだ! こいつを倒したってあんたが死んだらなんにもならねえだろうが!」

 ――――

「なんだよ。なにか言いたいことがあるのか」

 よく聞け、マイト。

 こいつはな、私の本体なんだ。だからこいつを殺したら、どっちにしろ私は死ぬ。

「……で?」

 いや、だから。どうせ死ぬなら他人に迷惑かけないようにという自己犠牲の心がだな、

「だから馬鹿だっつってんだ馬鹿!」

 うっさい。馬鹿馬鹿連呼すんなチビガキ!

「ち……! ガキはともかく、チビは関係ねーだろ!」

 おー気にしてる。やーいチビチビー。悔しかったら私より背が高くなってみろっての。

「泣かす! 絶対泣かす!」

『ふむ。なるほど』

 耳障りな声が、私たちの馬鹿喧嘩を中断した。

『自爆、ねえ。どんな手段か知らぬが、物騒なことを考えていたのだな。

 だが、タネが割れてしまえばたいした脅威ではない。要は生け捕りにすればいいのだろう?』

 ぐるるる、とうなりながら態勢を整えるジャガーノート。やべ、本格的に計画破綻しちゃった?

「ここはいったん退くぞ」

 マイトが言う。……あのなあ。無茶言うなよ。この状況で相手が見逃してくれるわけないだろうが。

「無茶は得意なんだろ?」

 うぐっ。いやだからそうだとしてもだな、

「前に言ったよな、あんた。今度の無茶はもう少し考えてやれって。

 だから、俺なりに考えてやってみたぞ。……こんな風に」

 マイトが言うのと、ほぼ同時だった。

 耳をつんざく轟音。破砕音と爆発音が混じったすごい音。あと警報も鳴ってるみたいだがうるさすぎて聞こえない。

『な、なにが起き――!?』

 どごーん、と壁をぶち破って、現れたのは。

「いえーいイルミネ、助っ人さまの登場だぜー?」

「や。久しぶり」

 カチドキと……アシタぁ?

 なんでこの組み合わせ、とか思ってたら、

『馬鹿な! くそ、警備システムはなにをしていた!?』

「ぶち破ったよ? 全部」

 あっさり言うアシタ。……あー。壁の向こうに見えるロボ達の残骸はそれですか。

「さて。マイトがどうしてもって頼み込むくらいだから、どんなバケモノかと思ってたけど。

 言うだけあって大きいねえ。楽しみだ」

 アシタがぶんぶん棍棒を振り回しながら言う。

 なにするつもりだ? と問うと、

「そーだねぇ。まずは……力比べかな」

 と、そんな答え。

 その瞬間、ジャガーノートが吠えた。

 ものすごいスピードで突進し、アシタに向けて角をぶつけようとする。

 即座に、アシタの棍棒がうなった。

 角の付け根に一撃し、勢いを相殺するようにたたきつける。

 爆音が走った。

 アシタは吹っ飛ばされて数歩後ろに後退し、ジャガーノートもまた、勢いを押さえ込まれた形でその場に止まっている。

「あいたたたた。腕力勝負だとこっちが若干劣勢だな」

 じゃ、若干で済むんだ……アレ相手に。

 さすがはアシタ、というところだが、状況は思ったより深刻だ。なにしろ、若干とはいえアシタが劣勢になる相手である。相変わらず勝ち目はない。

『くっ、怪物じみた人間め。

 だが打つ手はもうあるまい? おとなしく降伏すれば――』

「いまだカチノヘ、やれ!」

『なに!?』

 声と共に、黒いツタが地面から生えてきてジャガーノートの体躯を縛り付ける。

 どうやら、動けなくすることに成功したらしい。

「よっしゃあ効いた! さあいまだみんな、とっととずらかるぜ!」

 カチドキに従い、私たちは走り出した。

『くそ……! このままでは終わらせんぞ!?』

 背後に、奴の怨嗟のこもった声を受けながら。

 

 

 ……で、どこだここ。

「ふ――迷った」

 アシタが胸を張って言う。おまえな、威張って言えることか。つーかあれだけ直線的な移動してきてどうやって迷えるんだよ?

「うっさいなあ。そのまま逃げたら敵が追ってくるじゃない。

 だからちょっと迂回して逃げてみたのよ。ふふん、あまりの高等戦術に驚いて泣け」

 泣くかよ。つーかそれは戦術じゃなくて単なる自爆。

 結局、マイトとかともはぐれちまうし。どーすんだよこれ。

「そーだね。どうしよっか?」

 ……他人事みたいに言うなよ。

「しょうがないでしょ。起こったことは起こったこと。いまはこれからどうするかが重要なのよ」

 これからどうするか、っつったってなー。正直、プランなんてなにもねーぞ。この展開は予想してなさすぎた。

「それなんだけどさー。正直あたし、なんにも事情知らないんだけど。なにしようとしてたのさ?」

 んー、説明するとけっこう長いんだが。

「三行で」

 無理。

「そこをなんとか」

 あーじゃあもうできる限り簡潔に言うとだな。あの獣が私の本体で、いまの私は幽霊で、そんで倒すには私が呪殺するのがいちばん手っ取り早いって話だ。

「そうなんだ。じゃあ呪殺すればいいじゃん」

 いや、しようとしたらマイトに止められたから。

「なんで?」

 たぶん、実行したら私が死ぬからじゃないでしょうかね。よくわからんけど。

「へー」

 ……なんだよ。やる気ない返事だな。

「他人事だからね。

 まあでも、よくわからないことするなあ。とは思うけど。死ぬようなことわざわざするのってどういう理由さ」

 いや、だってしょうがないだろ? あんなの、どうせ放っておいても誰かが倒すだろうし、被害が出る前に私が倒したほうが。

「それは道理ではあるけど、理由にはなってないなあ」

 ……どういうことだよ。

「だからさ、理由だよ。

 キミの言うことは、それをキミが実行することがいいことだという内容だ。けど、いいことなら理由なしにするほど、キミは善人だったっけ?」

 ――――

「だいたいね、目的がはっきりしていないんだよ。キミは。

 前にも聞いたけどもう一度聞くよ。なんで樹海なんか登ってるのさ?」

 それは――

 

(名誉のためかしら。それとも、金のため?)

 両方だな。

(ふうん、両方、か)

 

(出世して、見返してやりたかった。……って感じですか)

 そんなところです。

 

 樹海を登っているとき、何度も聞かれた問いだ。

 じつを言うと、本気で考えたことがない。

 前に聞かれたときは、色々考えて、それっぽい答えにたどり着いた。……気になった。

 実際は。ぜんぶ、後付けの理由だった気がする。正直に言って、私には樹海に登る意義なんて、これっぽっちも、ない。

「要するに、なんとなく流れ的に、なんじゃないの?」

 アシタが言う。……くそ、なんか言い返したいが言い返せない。

 最初に登ったきっかけは、治療役としてスカウトされたからだった。クビになった後は、頭に来て見返してやろうと思っていた気がする。

 でも、そのどれも必然じゃない。私の意志はそこにはなく、ただ単にそのままの勢いで続いてきただけでしかない。

「べつにそれは悪いわけじゃないと思うけど。誰に迷惑かけるわけでもないしね。

 たださ。自分が死んでもやるべき、ってことじゃないよね。樹海登り」

 ……そう、なのかな。

 

(むしろ、相手の気迫に呑まれた場合、勝った後が怖い。

 あれだけ覚悟を決めた相手に勝ったんだから、と、自分まで覚悟を決めなければいけないような気になってくる。そうして、気づいたら相手の覚悟と自分の覚悟がすり替わっているんです。で、無茶をして自滅する)

 

 そんな言葉を、聞いたことがあった。

 いろんなことがあった。

 エスバットの連中との決闘。翼人たちとの交流。フロースガルたちとの殺し合い。

 それで、無意識に私は、なにかを背負った気分になっていたのかもしれない。

 実際には、本当に背負うべきものは、ただひとつ――

「どう? ちょっとは目が覚めた?」

 ああ。

「んで、どーするのさ? 逃げる?」

 まさかあ。そんなわけないだろ。

 あのオーバカヤロードとかいう野郎、勝手にこっちの身体を好き勝手しやがって。一泡吹かせてやらんと気が済まん。

「あらそう。じゃあ、どーやって倒すか考えようか、あの獣」

 倒すのなんて簡単だろ。呪殺でイチコロだ。

「いや、それはダメ」

 は? なんで?

「あのねえ。そんなの、理由を考えれば一発じゃない。

 馬鹿に一泡吹かせるためにやるんでしょ? なら、ただ倒せばいいだけじゃない。生き残ってぶちのめさないと意味がないじゃない」

 ……どうやって。

「それはこれから考える。

 うーん、生け捕りかあ。手足潰せばなんとかなるかな」

 ぶつぶつつぶやくアシタ。

 ……本気だ。

 こいつは、心底本気で、無茶極まる計画を実行しようとしている。

 それが、なんとなくおかしくなって。

「おい、なに笑ってるのさ。気色悪いなあ」

 すまん。あまりの馬鹿さに耐えられなくなった。

「馬鹿とか言うな! キミよかマシだよっ」

 なんだとこいつっ。

「やるかこのーっ」

 ぎゃいのぎゃいの。

 騒いでいたら、間近でものすごい騒音。な、なにごと!?

「あ、蛇だ」

 げげげ。二十二階のバカ強い竜じゃないか。こりゃ逃げないとマズ……なに棍棒振ってんだアシタ。

「いや倒さないとまずいっしょ。ほら鬼力化で援護」

 あっさり言う、アシタ。迷いも恐れもない。

 ……ええい、しょうがない! 負けたら放って逃げるからな!

 

 瞬殺でした。南無。

 

 

 しかし……

「ん? なに?」

 あんたのほうは、なんで私に加勢してくれるんだ?

「そりゃマイトに頼まれたのと、それから」

 それから?

「敵が強そうだから狩りがいがあるかな、って」

 ……らしいな、実に。

「ふふん。そーだろそーだろ。もっと褒めろ。

 お、あそこにいるのマイトじゃない?」

 ひどい回答に呆れていたら、アシタが前方を指して言った。

 そっちのほうを向くと、たしかにマイトがいた。こっちのほうなど見向きもせずに、銃を乱射している。

 というか、戦っている。

 ……って、え?

「なにしてんだイルミネ! さっさと逃げるぞ!」

 マイトがアグネアを撃ちながら後退する。よく見ると、その奥にはさっきまで見ていたでっかい姿。

 漆黒の獣、ジャガーノート。

「噂をすれば、だあねえ。ケケケ」

 おいおい、なに笑ってるんだよアシタ。たった三人で勝算はあるのか?

「ふふん。まあ見てな。

 普通ならカチノヘあたりの援護がないと辛いんだが、これだけ図体が大きい奴ならさすがに外さないさ」

 ずずいと前に出て、アシタ。

 ジャガーノートはそれを見て、低くうなり声を上げて構えている。

 アシタは棍棒を高らかに振り上げ、

「行くぜ、撲殺奥義――アシタ☆ストライク!」

 突進しつつ、棍棒をあり得ない勢いで相手にたたきつけ――

 ジャガーノートはそれに対し、ひょいっ、と身軽にバックステップで回避。

「ありゃ?」

 勢い余ったアシタの棍棒は、そのまま地面にたたきつけられ、

 どごーん、というすごい音と共に、地面そのものをぶっ壊してなにもかもを下の階にぶち落としわあああああああああああぐはっ!?

 一階下の地面にたたきつけられる。すげえ痛い。なんだこの超展開。

「い、イルミネ……大丈夫か!?」

 駆け寄ってくるマイト。なんとかなー。アシタは目ぇ回してるみたいだけど。

 と、ぐぎゃあああ、という吠え声。ヤバい、落とされたジャガーノートがご立腹だ! ものすごい勢いで前肢を振り回し、アシタに肉薄する。

 くそ、世話の焼ける奴め! と前線に出て、前肢を巫剣で受け止め――られずに吹っ飛ばされた。南無。そーだった、こいつ強かったんだっけ。

「バカ、無茶しやがって……!」

 マイトがぱんぱん銃を撃つ。が、ジャガーノートは意に介さない。そのまま角で私を串刺しにしようと突進してきて――

 その瞬間、前にも見た黒いツタが、ジャガーノートの足に絡まって動きを止めた。

 ……あれ、カチノヘ?

「呼んだ……?」

 うわあっ。いきなり耳元でささやくな気色悪い。

 って、なにやってんだおまえ。このタイミングで出てきても相手の餌食だぞ?

「だからさ……怪獣を……観察しようと……」

 怪獣ってなあ。あんなの観察するならもっと遠くからにしろよ。図体でかいから見えるだろ。

「あれじゃないよ……?」

 へ?

 カチノヘは、杖で私のことを指して、

 

 ――さあ、力を見せてよ――

 

 瞬間、現れたのは、光の暴風だった。

 黒い枝を引きちぎっていままさにこちらへ近づこうとしていたジャガーノートを、叩き、引っ掻き、押し返して後退させる。

 って……シロ!?

「そう、あれが……君の能力。

 幽霊に物理的な力を与える、異能……その顕現だよ」

 カチノヘが言う。

 ……な、なんの話だ?

「見えるだけじゃない……話せるだけでもない……幽霊に、触れる能力。

 それは……他にない異能だよ。普通の能力じゃない」

 え、それって――

『ほう、こんなところに逃げ込んでいたか』

 耳障りな声が、私の思考を中断する。 見ると、うぃんうぃん言いながら飛行する機械がこちらに近寄ってきていた。その上には――なんで縛り付けられてるんだカチドキ。

「たはは……捕まっちゃったぜー」

『発声機能付きの機体の残存数が少なくてね。申し訳ないが、こんな見苦しい姿で失礼させてもらうよ。

 さて――それはともかく、侵入した全員がいるとは僥倖だな』

 嫌らしい声で言うオーバーロード。

 なにが僥倖なんだよ、と聞いたら、

『なに、取引が簡単になると思ってね』

 取引?

『そうとも。汝が自分から素材として自身を提供する代わりに、残る全員を生かして返すという。そういう取引だ。悪くないだろう?』

 …………

 なるほど。そりゃあ悪くない取引だ。

『同意してくれるかね』

 そうだな。

『よし、ならば――』

 マイト、撃て。アレ不愉快だからスクラップにしろ。

『な、なにを――』

 ぱんぱんぱん。機械はあっさりおしゃかになった。カチドキが解放されて転がり出る。

「言うと思ってた。……また無茶をするんだな、あんたも」

 乗ったのはおまえだろうが、マイト。

「……。

 べつにいいかと思っていたが一応聞くぞ。なんで取引を断った?」

 なに、単なる意地だ。

「意地かよ」

 ああ。だってムカつくだろ? あの馬鹿。

 だから徹底的に嫌がらせして、ついでにぶちのめしてやる。私に喧嘩売ったらどうなるか思い知れってんだ。

「意気込みはいいがな。勝算あるのか?」

 ふふん。まあ見てろ。

 さっきカチノヘに言われて、なんとなくわかったんだよ。

「? なにが」

 シロが周りに見える理由。私もそうである理由。それから、幽霊なのに物理的に相手を殴ったりできる理由。

 前例がないわけだ。それらはぜんぶ、私のまわりでしか起こらない現象だったんだ。

 

 普通、幽霊が見えて話せるくらいの能力者なら、ざらにいる。というか、訓練でできるようになる。

 でも、触れる人間はたしかに、見たことがない。たぶんアーテリンデにもできない。

 それは確かに私の特権だ。そして――

 

「物理的実体のない幽霊には……触ることは、誰もできない。君が触っているのは……べつのもの」

 カチノヘの言葉に、うなずく。

 そう。あれこそが私の能力。

 なにもないところに、霊の力を借りることで、触れるような「物理的実体」を作り出す。そういう、能力だ。

 

「おい! あいつが動き出したぜ!」

 カチドキの声に、振り返る。

 見ると、シロと主の登場で一時的に黙っていたジャガーノートが、再びこちらに向かって動き出そうとしていた。

 だがもうこっちにも退く気はない! おいカチノヘ、カチドキ! 全力で援護しな、ここが正念場だぜ!

「……いいよ……ふふふ」

「よっしゃあ、任せとけ!」

 言われて、すぐにふたりとも動き出した。

 カチノヘは呪文を唱えて相手の装甲を腐食させ、カチドキは歌でこちらの身体能力を上げる。

 その瞬間、ジャガーノートが吠えた。

 

 来る。あれこそ、最大の攻撃。

 なにもかもを全力で振り絞って、こちらのすべてを根絶やしにする、必殺の突進攻撃だ。

 だけど、それなら。

 こちらも同じだけの質量を用意して、逆にぶちのめしてやればいい――!

「う、うわ!?」

 マイトの声。

 シロが――見る見るうちに、大きくなっていく。

 身の丈は人間の数倍。四足なので実際はもっと大きい。ジャガーノートとためを張れる、ものすごく大きな輝く体躯。

 そうだ。これだけ大きな城に、性格悪い城主が何年も居座って、悪事を続けてきたんだ。この場には悪霊の類なんて腐るほどいる。

 それをすべて集めて、シロにパワーとして集約させたのが、この状態……!

 ジャガーノートが咆吼。だがシロだってもう負けない。いけシロ! あいつを正面から撃砕してしまえ!

 

 ――『亡者の爆進』を見せてみろ!

 

 突進してきた黒い影と、同じく突進した輝く獣が激突する。

 結果は、すぐに出た。

 ものすごい勢いで暴れまくるシロに、ジャガーノートはなすすべなく、悲鳴を上げて後退する。

 だがその後退すら許されない。力を得たシロは、ものすごい猛スピードで後退する相手の懐に飛び込むと、圧倒的な力でジャガーノートを引き裂き、引きちぎり、バラバラにして、爆砕してしまった。

 …………

 はて。

 倒したのはいいが、なにか忘れているような。

「あー!」

 アシタの声。おまえね、ようやく起きたのか。もう敵は粉砕したぞ?

「粉砕してどうするのさ! アレってぶっ壊したらキミ死ぬんじゃないの!?」

 あー、そういえばそうだっけ。

 勢いでついうっかり忘れきっていたぜHAHAHA。

 …………

 え?

 

 

 結局、なんでかはよくわからないが、私は死ななかった。

 そして、ジャガーノートの残骸からも、私の死体はまったく見つからなかった。

 ……なんだったんだろう。あの感覚が錯覚とは思えないし、オーバーロードの言葉からしてもまったくの嘘とは考えられないんだが。

 なにか知ってるとおぼしきカチノヘはしゃべる気がカケラもなさそうだし、今度会ったらアーテリンデにでも相談してみるか。

 ……そして。

 城の上に行き、オーバーロードをぶちのめす。そんな目的が、私には新しくできた。

 あのヤロー、ただじゃおかねえ。覚えてろ。




特殊所持スキル紹介:


1)アグネアマスタリー(5/10)
使用者:マイト
 曲銃という特殊な銃を撃つためのスキル。
 習熟すれば習熟するほど、普通の銃が撃ちにくくなっていくのが難点。


2)足止めの魔弾(1/5)
使用者:マイト
 アグネアの曲がっていることを利用して素早く足止めをかける魔弾。
 攻撃に対してカウンターでスタンさせ、さらに足縛りを確率で付与する。


3)アシタ☆ストライク
使用者:アシタ
 フォーススキル。とんでもない威力の壊属性ダメージを与える棍棒の極限。
 出が遅い、命中率よくない、行動後1ターンスタン、と悪いことずくめだが、十分なバフと共に放つと三竜が一撃で沈む威力。


4)亡者の爆進
使用者:イルミネ&ドン・ガミス
 特殊フォーススキル。両方のフォースゲージを全部使って発動。
 ドン・ガミスのステータスを全部99まで引き上げた上で、6~8回の敵全体ランダム攻撃を行う。
 命中率自体は大暴れと大差ないのだが、ステータスが上がっているので普通に当たる。切り札中の切り札。


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第五階層(3):冒険者の意地

 目覚めはいつも、暗い水槽の中だった。

 

 目覚めると憂鬱な時間が待っている。

 身体機能のチェック。痛覚耐性へのチェック。基礎能力のチェック。朝食前の歯みがきみたいなものだとアイツは言う。でも、それにしては長い。20倍はかかる。苦しいし。

 退屈なチェックが終わると戦闘能力のテストになる。これは比較的愉快だ。まわりの鉄塊どもをバキバキなぎ倒していくのはけっこう爽快だ。相手の攻撃はちっとも痛くないので苦しくもない。

 そしてその後に、アイツとしゃべる時間。これがいちばん楽しい。

 終わったらまたチェックの山が始まる。でも今度はたいして苦しくない。退屈だけど。

 そうして水槽に戻り、一日が終わる。そんな日々。

 楽しいこともない代わり、安定した日々。そんな生活は、そこまで嫌でもなかった。

 

 あの日までは。

 

 

・虹竜の月、17日

 なんだいまの不愉快な夢。

 

 まあ夢のことはいいとして、とりあえず着替えて下へ。

 そこに、たくさんのひとが集まっていた。

 

「さて。まずは現状のまとめから始めましょうか」

 アーテリンデが宣言する。

 ……つーかなんで仕切ってんだテメエ。これ確か昨日の反省会だよな、と言うと、

「当事者じゃないからに決まってるでしょ。

 こういうときは、なまじっか中心にいる人間は仕切りにくいのよ。わかったら席について」

 と言われた。……むう。確かにそうか。

「じゃあ最初に事実確認。

 イルミネ、あなたはどこかで死んで、その死体はスキュレーみたいに『オーバーロード』とやらに回収、改造され、ジャガーノートとかいう名前の化け物になった。

 いま目の前にいるあなたは、その幽霊。それが物理的に接触できるのは、あなた固有の能力。幽霊に物理的実体を持たせることができる能力によって、自分の幽霊を自分自身と区別できなくしている。

 ――以上があなたの主張。これで問題ないわね?」

 ああ、それでいい。

「さて。マイトの意見は?」

「さっぱりわからん」

 即答。……実は考えてないだろテメエ。

「アシタさんはどう思う?」

「ん、どう思うってなにが?」

「だからいまの話。信じられるかどうかとか、正しいならなんでいまこいつは生きてるのかとか」

「さあ、知らない。べつに生きてるんだからいいんじゃない?」

 これまた即答。こっちは完膚無きまでにすがすがしくなにも考えてない。さすがアシタ。

「カチドキさんは?」

「え、あー、うん。よくわからない。わたしはインタビューする側なんで、されても困る」

「そういう問題かしら?」

「だって専門家じゃないし。ていうか、アーテリンデこそ専門家じゃんか。意見聞かせておくれよー」

「……うーん。正直に言うと、まだあたしは信じられないんだけど。

 だってどう見ても生きてるじゃない、こいつ」

 私を指さして、アーテリンデ。

 そんなこと言われてもなあ。そもそも、シロだってどう見ても生きてるだろ。

「それは素人から見てでしょ。あたしやあなたにはアレが幽霊だって一発でわかるじゃない」

 まあ、そうだな。

「でもあなたからは幽霊っぽい気配はカケラも感じない。

 まあ、幽霊に触れる能力なんて前代未聞だし、それ以上になにが起こってもあたしが文句言える筋じゃないけど。

 あ、そうだ。幽霊なら、死喰ってみれば消えるかな?」

 やめれ。マジで死ぬ。

 でもそうか。そうだとすると、あんたたちとやり合ったときには生きてたんだな、私は。

「あ、そっか。あのときは身体、消えなかったものね」

 そうするとスキュレー戦あたりが怪しいのか。あそこでたしか一度、半死半生になったしな。

 うーん……

「ふふふ……悩んでるねぇ」

 うおぁっ。い、いたのかカチノヘ。

「あ、あたしもいま気付いた……なにこの呪い師。ここまで気配がない相手なんて、見たことないわよ?」

 アーテリンデまで驚いてる。びっくりだ。ていうか、私とアーテリンデは向かい合っていたんだからどっちかの視界には常に入っていたはずなんだが、なんでどっちも気付かないんだ。

 まあ、それはいい。カチノヘ、おまえから見てこの状況はどうなんだ?

「………………………………さあ?」

 なんだいまのタメは。ていうかなにか知ってるだろうテメエ。前々からいろいろ思わせぶりなことを言いやがって。

「ふふ……どうだろうね」

 うがー。吐けオラ。

「お、落ち着きなさいイルミネ。本気で首締まってるわよ?」

 アーテリンデが止めたので、仕方なく離れる。

 しかし、アレだ。無表情で首締められるカチノヘは、なんつーか、ちょっと、キモい。

「とにかく、それについてはいったん棚上げしましょう。考えてもわからないことだし。

 それで、イルミネ。これからあなたはどうする気?」

 ん、どうするってなにを?

「だから探索よ。続けるの?

 あなたの因縁は解決したんでしょう? これ以上危険を冒して進む理由は、」

 あー、探索ね。もちろん続けるさ。

「……即答ね。

 理由はなぜかしら?」

 オーバーロードぶん殴るため。

「…………」

 なんだよ。その呆れたような目は。

「いや、馬鹿だと思って。

 それはともかく、本気? あなたが動けば、そこのマイトを巻き込むことになるのよ?」

 だそうだが。どう思う、マイト?

「何度も言ってるだろ。ボスはあんただ。俺は従う。

 とはいえ、どうせぶん殴るなら俺にも撃たせろ。わりとムカついてるんだ、今回」

 あっさり、マイト。

 と、アシタがにやりと笑って口を開いた。

「やめときなアーテリンデ。止めても無駄だよ。

 こいつらには背負ってるものがある。それをどうにかしないと、立ち行かないようなものが、さ。だからいくら止めたって、聞かずに飛び出して行くだろうさ」

「背負ってるもの――って、なによ?」

 アシタは答えず、私のほうを見た。

 ……くそ。見透かされてるみたいで、ムカつく。

 

 けっきょく。私に残ってるのは、ただひとつ。

 私自身の、意地だ。

 部族を追い出されたとき、いまに見てろと思った。前のギルドを追い出されたときもだ。アシタに止められたときも、アーテリンデに止められたときも、フロースガルに止められたときだって、前に進んだのは要するにそういうこと。意地でも進んで、そいつらを見返したかったんだ。

 なら。

 意地を張ったのなら、張り通さないと格好が悪い。

 私が真に背負うべきは、それだけだ。

 

 みんなが帰ったあとで、私はマイトに尋ねた。おい、本当についてきていいのか?

「当たり前だろ。こうなりゃ意地だ。

 アシタさんのところを追い出されて、意地でも冒険者を続けた結果がこれだ。なら、その意地くらいは張り通さないと筋が通らない」

 マイトの言葉に、うなずく。

 どうも、私たちは思ったより、似たもの同士らしい。

 行こうぜ相棒。己の意地を、背負い続けるために。

 

 夜に出発し、二十三階に磁軸の柱を発見して撤退。

 探索はこれからだ。見てろよ上帝。ぜったい見つけ出して、ぶっ飛ばしてやる。

 

 

・虹竜の月、18日

 出発する前に酒場で情報収集。いま他のパーティはどこにいるかとか、なにか事件が起こらなかったかとか。

 そうしたら、数日前とはだいぶ状況が変わっていた。

 たとえば、一流どころのギルド、たとえばグレイロッジなんかはもう既に二十一階に到達して、探索を始めていた。それだけじゃなく、衛士隊も一部到着して、空の城を探索しはじめたようだ。おかげで下のほうの階に巣くっていた獣たちはだいぶなりを潜めたみたいだ。

 二十二階以降に到達しているギルドはまだ私たちだけみたいだけど、アシタには道順教えちゃってるから、早晩がんそロックエッの連中は追いついてくるだろう。そう考えると、私たちがトップを張っていられるのは時間の問題だろう。

 それと、大公宮から直々にお触れが出て、諸王の聖杯に懸賞がかかった。このせいで、オーバーロードの元に到達するのは競争になってしまった。

 参ったね。先を越されたらオーバーロードぶん殴れないじゃん。とマイトに行ったら、

「問題ないだろ。普通にトップを取ればいいだけの話だ」

 という。……こいつもいつの間にか、すげえ自信つけたなあ。以前の頼りない印象はどこへって感じだ。

 

 我々はといえば、アシタがぶち開けた穴から二十四階に出て探索。獣の類は少なくなったけど、代わりに警備の機械兵が圧倒的に増えていてたいへんウザい。銃撃つな。乱射するな。狙撃するな。あと追ってくるな。むきー。

 

 

・虹竜の月、19日

 なんか上がる階段が見当たらない。

 代わりに下がる階段なら見つかったんだがなあ。仕方ないから、いったん降りて探索するか。ちょうど、二十二階や二十三階の地図が樽構造になってなくて気になってたところだし。

 とりあえず二十二階まで降ってみて、いろいろ移動してみたら前に来たところに戻ってきた。けどこれ、来ることはできるけど、戻るためには移動する床を逆走しなきゃいけないのな……それはさすがにリスキーだなあ。ただ逆走するだけならできるけど、逆走中に獣に襲われたら対処しづらいし。

 そんなわけでそのまま帰還。次はもっと奥まで進んでみよう。

 

 

・虹竜の月、20日

 行ったり来たりを繰り返して、結局二十四階まで戻ってきちゃいましたよ。南無。

 そんで地図取りながら歩いていたら、マイトが不意に、

「なあ。ここの壁、最初に二十三階から上がってきたばかりの広間にあった壁の反対側じゃないか?」

 と言う。そーなのか。たしかに地図的にいうとその辺の位置だけど。

 てことは、私たちはすげえ遠回りして壁を迂回しただけってことかよ。南無。

 と言ったら、

「穴開けりゃ次から楽できるだろ。ほら」

 といって、ばんばんばんばすばすばす、と撃ちまくって壁をぶち抜いて広間まで道を作った。

 ……最近なんかアシタに似てきたな、マイト。

「そ、そうか?」

 照れるな。つーか褒めてねえ。

 

 そんでその奥に例の蛇がいたのでいったん退避。次は夜に出発だな。

 

 

・虹竜の月、21日

 また下り階段だよ……どんだけ入り組んでるんだここの構造。

 二十二階へ。右往左往した挙げ句、やっぱり前見たことのある通路に戻ってきてしまい、がっくし。

 これずっと続けるとなるとしんどいんだが……どうしたものかな。

 

 

・虹竜の月、22日

 事件は二十四階、中央付近で起こった。

 爆撃みたいな音がいきなりして、なにがあったんだと思って駆けつけたら、そこに未熟そうな冒険者が数人倒れていて、その奥で、例のギルド登録所の甲冑女が蛇と戦っていた。

 というか、圧倒していた。

 ……うわあ。こりゃすげえ。アシタみたいな規格外と違って、技量とタフネスで互角以上に渡り合ってやがる。なんだか、達人というものを見た気分だ。

 とはいえ傍観しているのも悪いので、とりあえず鬼力化+マイトの援護射撃。見る間に弱った蛇は反撃もろくにできずに撃ち倒された。成仏しろよー。

「手伝いご苦労。案外しぶとくて辟易していたのでな。助かった」

 兜を取って言う甲冑女。……素顔初めて見た。やばい、美人すぎて引く。

「? なにかあったか」

 いやべつに。それよりなんでこんなところにいるんだよ。しかも1人で。

「仕方あるまい。最近無茶をする新参冒険者が多くてな。

 この連中もそうだ。実力も考えずに深層に突入するからこうなる。救助に出る者の身にもなってもらいたいものだ」

 仏頂面で言う。……あー。そういうことっすか。確かにこの下の階層なら英雄冒険者がゴロゴロしているけど、このあたりまで来ると弱小ギルドにはきついだろうなー。

「そういうことだ。せめておまえ達程度のしぶとさと実力があればいいのだがな。

 最近は大公宮の貴族どもも勘違いし始めていてな。二十三階で狩り大会を開こうなどと企画しているらしい。正直、勘弁して欲しい」

 うへえ。そりゃまたひどい。

 ……って、他人事でもないのか。ていうか実は私たちの責任だったりする?

「そんなこともないだろう。樹海がいかに堅固と言っても、いずれは開拓されるものだ。

 まあ、実績から見てナメられている可能性はあるがな。あんな無名ギルドが先を行っているなら俺たちも……と。勘違いも甚だしいのだが、莫迦とは往々にしてそんなものだ」

 淡々と言う甲冑女。言ってることは正論なんだが容赦ねーなこいつ。いいけど。

 そんなわけで、その勘違いしてぶっ倒れたバカどもを薬泉院に運ぶ手伝いをしていたら探索に行く気分でもなくなってしまった。南無。まあいいや、明日がんばろう。




 イルミネがなんにも気にしていないので本文中には最後まで出ませんが、ここで一応ネタばらしを。
 スキュレー戦で死にかけたとき、連れ去ろうとした翼人の気配を察したイルミネは、とっさに霊を使って自分のコピーを作成。それを連れ去らせます。
 その後、低体温症などの影響でその記憶をすっぽり失ったイルミネですが、要するにジャガーノートの中に入っていたのは、イルミネではなく、イルミネの作ったコピーです。


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第五階層(4):上帝、堕つ

・虹竜の月、23日

 昨日掃除された、蛇のいた通路を通って二十二階へ。また右往左往して気がついたら二十四階。いい加減飽きてきたなーとか思いつつ探索していたら、なんと上り階段発見。

 そして二十五階へ。外観からするとこの辺が最上フロアなんだが、そろそろオーバーロードの奴と出くわさないものだろうか。とりあえず磁軸の柱を見つけて撤退ー。明日からは昼探索だな。

 

 

・虹竜の月、24日

 タフなだけで鈍重なロボ兵や、やたらでかいだけでたいして強くない竜どもを、ばったばったとなぎ倒しながら進む。

 そして力尽きて撤退orz

 敵多すぎ。相手もそろそろなりふり構わなくなってきやがった。いよいよ決戦だな。

 

 

・虹竜の月、25日

 やっぱり大量の竜に囲まれて各個撃破しつつ突破。

 中継地点を確保しつつ撤退。地図もだいぶ埋まってきた。

 

 

・虹竜の月、26日

 扉を開けた途端、目に映ったのは大量の黒い鎧兵士だった。

 はい死ぬかと思いました。そして刈り尽くした。自分たちの実力にびっくり。こんなに強くなってたんだ私たち。

 そしていよいよ、最後の扉とおぼしき地点に到達。明日、すべての決着がつく……と、いいな。

 

 

・虹竜の月、27日

 赤黒い、でかい扉の前。

 そこにいま、私たちはいた。

 ……いよいよだ。

 これだけ高いところまで登ってきたんだ。感慨もひとしお……でもないなあ。全然。

 仕方ないから相棒に振ってみる。おいマイト、感想どうよ。

「は? いきなりなに言ってるんだおまえ。

 いいからさっさと突入するぞ。ここにいるといままでの苦労を思い出して、ひたすらイライラする」

 ふふん。青いな。私なんて、そのイライラをけっこう楽しんでるぞ。

 さてと。じゃあとりあえず開けるか。見たところかんぬきがかかってるみたいだが、この種の物理的な鍵は巫剣であっさり壊れる。

 そら……よっ、と!

 ざしゅっ、ごとん。と音がして、扉の封が解けた。

 そして束縛を放たれた扉はゆっくりと

「ていやっ」

 ばしーんっ。マイトが蹴っ飛ばしてぶち開ける。おいこら、情緒ない開け方するなよー。

「うるさい。さっさと済ますぞ。

 そら。さっそくおいでなすった」

 その言葉通り。

 目の前に、変な形をしたオブジェみたいな機械の塊があった。

『来たか。

 まさか、我が空船の最上層、王の間にまで登り詰めるとはな』

 よう。ぶちのめしに来たぜ、上帝。

『ふん。まああわてるな。

 せっかくここまで来たのだ。どうせなら、昔話のひとつでも聞いていってはどうだ?』

 昔話……ねえ。

 いいよ。聞いてやろうじゃないか。

『よろしい。

 この船はな、元々は我らが古き大地より空に逃れるために作ったもの。

 古の方舟の再来、選ばれた人類や動植物だけを救う、救済の船だったのだ』

 そんなことを、上帝は言った。

『古の時代、人は一度滅びを迎えた。

 我らはそれを予見し、滅ぶ大地を捨て、空へと向かった。だが、その変化した環境に適応できる人が少なく、計画は失敗――否。失敗しきる前に見捨てられ、一部の者たちはせめて地上で滅ぶと言い残してこの場を去った。

 それでも、我は残された者たちを救うために、命について果てのない研究を続けた。

 人の命では時間が足りぬため、人であることを捨てさえして、ついてきた者たちをあらゆる災厄から守る研究を推し進めたのだ!

 その研究は今なお続いている。ここにある、諸王の聖杯と共にな』

 玉座の間の奥を見ると、そこに小さな金属製の杯が、台の上に静かに載っていた。

 ……ふうん。本当に杯の形をしてたんだな、諸王の聖杯って。

『象徴のようなものだ。形はどうでもよい。

 とはいえ、あの杯は未完成でな。遺伝子異常を誘発し、化け物に変化させてしまう。

 それを直すためには、さらなる研究が必要だ――と、いうわけで、だ』

 オーバーロードはそう言って、ちょっと笑った……ような感じでランプが明滅した。

『我はあれを完成させねばならん。永遠に生きる命を求めて、な。

 すでに部分的には完成しているあれを、完全なものにするには、もう少しの研究で十分なのだ。ジャガーノートの研究を通じて、有用な研究データが集まった。あともう少しで研究は完全になる。

 そこで、だ。提案だ。我が力を持って汝らに永遠の命と、人を超える力をやろう。

 その代わり、汝らは我が研究に協力し、共に聖杯の力を分かち合うのだ。

 どうだ? 悪い話ではあるまい?』

 あーそう。そうかもしれないねー。

『そうか。では……』

 で、昔話は終わったのか?

 終わったならそう言ってくれ。そろそろ飽きてきたし、オマエ不愉快だからさっさとぶっつぶしたい。

『――提案は断る、と?』

 提案? なんのことだ。

『だから先ほど言った通り――』

 悪いが私が聞いたのは「昔話」だろ? 提案なんか聞いた覚えはないね。だいたい、ムカつくおまえの提案なんか誰が飲むか。

 さて……と。マイト、やれ。

「了解!」

 声とともに、ずどどどど、と雨のように銃弾がオーバーロードに降り注ぐ。

『ぐうううううっ!? き、貴様っ……!』

 手(?)を伸ばそうとしたオーバーロードをさえぎるように、私がその前に立ちふさがる。

 どこに行く、上帝。おまえの墓場はここだぜ?

『くそ、やむを得ん! その身を砕き、培養槽に浸けてから話の続きをさせてもらうぞ!』

 面白い。やってみな!

『おおおおおおおっ!』

 上帝が吠え、それがすさまじい不協和音になって襲いかかる。

 が、そんなもん耳塞いでりゃ怖くない! マイト撃て撃て! いまのうちにあいつをスクラップにしろ!

 がすがすがすがす、遠慮なく弾が相手にぶち当たる。オーバーロードの悲鳴。治療システムみたいなのも働いているようだがまったく間に合ってない。そのうち相手はあきらめたのか防御をやめ、

 ――不意に嫌な予感が湧いた。マイト、特殊弾丸に換装! 氷でいい、やれ!

 案の定、張ってあったバリア状のなにかを特殊弾丸があっさり突き抜け、上帝がうめいて後ずさる。

『くそ、なぜカウンターバリアの存在を見抜いた!?』

 経験豊富な冒険者なめんな。防御止めた時点でバレバレなんだよ。

『おのれ、然らば……V/O/I/Dシステム、起動!』

 がしゃんがしゃんがしゃん。すごい音がして相手の周囲に大砲群が湧いて出る。――あ、やば。

『射撃開始!』

 どどどどど、と光弾が雨のように降り注ぐ。うげげげ痛い痛い痛い。し、シロ、マイトをカバーだ!

 声に応じて現れたシロが、マイトの前に立ちふさがり、そして一瞬で吹っ飛ばされてきゃいんと鳴いて気絶。つ、使えねえ……と一瞬思ったが、しかしマイトにはそれだけの時間で十分だった。

「食らえ、魔弾の一撃を――!」

 一撃を、相手の中心にたたき込む。それが相手の中央にあった宝石みたいなのを打ち砕き、

『ええいくそ、こしゃくな人間が――!』

 上帝は、後ろを向いて逃げ出した。

 ……って、おい! こら、待ちやがれ!

 

 玉座の間の奥にあった階段を上ると、そこには信じられない光景があった。

 船の屋上から上へと続く浮島の数々。空中庭園と言っていい、美しく幻想的な光景に見とれている時間は、残念ながらいまはなかった。

 待てーと叫んで追いかける。わたしが先頭、後ろにシロとマイト。そうこうしているうちにもうひとつ階段を抜け、とうとう浮島の縁に相手を追い詰めた。

 そこは一本の剣が突き刺さった、祭壇みたいな変な場所だった。その剣に手をかけ、上帝は言った。

『止まれ。これ以上進めばとんでもないことに――』

 マイトやっちゃえ! ずだだだだと銃弾が飛び、上帝が悲鳴を上げた。

『え、ええい、くそ! こうなったら……!』

 上帝が、剣を祭壇から抜き放つ。

 とたん、ごごごごごというすごい音。な、何事だ!?

『ふふふ。驚いたか。

 この剣は封印の剣。我ですら制御し得ぬ被造物を隔離した、禁じられた地の門扉の鍵よ。

 これを元に戻さぬ限り、早晩迷宮には禁地の魔物どもがあふれ出す。そうなれば貴様らも、貴様らの街もおしまいだ。

 助かる選択肢はひとつ、剣を用い、封印を直すことだ。そして直す手段は我しか知らぬ。

 さあ、どうする?』

 どうするもなにもない。ブッ殺す。

『なっ……正気か、貴様!?』

 なんで?

『だ、だから、我がいないと貴様らの街は』

 あー。そういうの私、どうでもいいから。

 つーかな。私とマイトは、おまえを意地でもブッ殺すために上がってきたんだよ。街とか人類とか永遠の命とか、そういうのは二の次だ。

 わかったら観念して、念仏でも唱えるんだな。南無南無。

『くそ、舐めるな! 人を超え、神となった我が真の力を見るがいい!』

 声と共に、奴の身体が変形する。――嫌な予感。だが勝てないほどじゃない。

 マイト、射撃開始だ! この戦闘で終わらせるぞ!

「了解!」

 そして、戦いが始まった。

 

 戦いは、短期決戦で終わった。

 相手の攻撃は熾烈を極めたが、アグネアの威力を得たマイトの猛射の前にはなすすべもなかったのだ。

 かくして相手はあっという間にスクラップと化し、最後には声を出す機関すら潰されて、浮島の縁から樹海の下へと落ちていった。

 ……街に落ちてなきゃいいけど。あと剣も一緒に落ちちゃったけど、大丈夫かな。

 

 あと諸王の聖杯は、帰ってきたらロックエッジが持ち去った後でした。

 そういうわけで、街に帰ったら救国の英雄ということでロックエッジが胴上げ中。私としてはその中で例の話を切り出すわけにも行かず、結局黙ったまま。すげー気まずい。

 ……ま、でも。

 とりあえず、今日は目的を果たせたし。ざまーみろと言って、みんなで乾杯しよう。



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第六階層(1):自業自得の死の行軍

・虹竜の月、28日

 さあ今日もはりきって樹海ダヨ! と宿を出たところで、

「はいはいはいタンマタンマ」

 とアシタに押し戻された。

 なんだよーいい気分のところに水を差すなよ。と言ったら、

「それどころじゃないの。大公宮から直々に指名してのミッション発動よ。

 内容は現在樹海の入り口にいる石の化け物を倒して、その後ろにある剣を回収すること。もちろん心当たりあるわよね?」

 なななななんのことでしょうアシタさん。

「とぼけても無駄。ていうか、あたしにとぼけるのはなおさら無駄。大公宮はとっくにあなたたちの事情を知ってるわよ。そりゃもうこれでもかってくらいなにもかも」

 な、なぜにー!?

「ヒント:カチドキ」

 ……マスゴミめ。

「まあそういうわけで、後始末くらい自分でしなさい。アレのせいで朝から樹海に入れない冒険者続出で困ってるのよ。

 どーせあんな石像ごときに負けるキミたちでもないと思うけど。一応、エトリアにも似たような怪物がいたと思うから、情報収集くらいはしておいて損はないわよ」

 言うだけ言ってアシタはいなくなった。

 

 言われた通り情報収集ということで、酒場にいったらカチドキがいた。

「おーす、元気ぃー……ってイタタタタ、なにすんだよー!」

 うるせー。こちとらおまえの風評被害のせいで朝から仕事なんだ。ちっとは殴らせろ。

「ほほう。仕事とな。それはひょっとして噂の石像退治って奴ですか。

 さすがはパレッタだねえ。そんな重役を大公宮から任されるなんて。それでこそ、英雄になったロックエッジの影で実は君たちの活躍があったと喧伝した甲斐があったというものだ――って痛い痛い痛い、すね蹴るのはやめれー」

 うるせーおまえのせいだ畜生。余計な仕事増やしやがって。

 だいたいなんでおまえそんなこと知ってたんだと聞いたら、

「え、だってついていってたよ? ジャガーノート戦後ずっと。イナー姉さんに助けてもらって、後ろから」

 ……ストーカーか貴様。

「チッチッチッ、甘く見ちゃ困るね。ストークなんてジャーナリストの基本スキルのひとつに過ぎないぜ」

 その割には他人の力借りてるけどな。

「人脈はパワーだZE!」

 あーそう。もうなにも言わん。

「で、酒場に繰り出してきたところを見ると、目的はあの石像の情報収集かね。

 おっしゃおっしゃ。このカチドキさんがなんでも教えてあげよう。言ってみなさい」

 得意げに言うカチドキ。

 頭に来たので言ってやった。よしそれじゃそいつとの楽勝戦闘法を教えろ。もう小指でぽいって感じのやつ。

 そしたらカチドキの奴、にんまり笑ってこう言ったのだ。

「もちろん、そいつは準備済みだぜ旦那。――」

 

 

『いいかい、アイツは二列の冒険者がいると後列を優先して狙いたがるクセがあるんだ。それと、危なくなると再生巫術に頼るクセも。

 だから後衛に盾配置して打ち消し巫術連打してれば楽勝。さらには特殊弾丸使えばダメージも超通って超楽勝さ』

 以上、カチドキの必勝指南。

 まあ盾役はいちばん丈夫なシロで確定として。特殊弾丸の装填中に相手の攻撃が当たらないように、念のために私も防御術の準備はしておいた。とりあえずこれで行ってみることに。

 相手は、聞いていたとおり樹海の入り口にいた。普段衛士が張っているあたりだ。……あー、ありゃ確かに迷惑だわ。よし行くぞみんな、あいつに目にもの見せてやれと号令をかけようとしたら、その前に相手がこっちを見つけて咆吼を上げた。奇襲作戦失敗。南無。

 で、作戦通り行動。おお、情報通りに敵はちゃんとシロを狙うじゃん。これなら時間はかかっても楽勝――とか思って特殊弾丸バカスカ撃ってたらいきなり相手が切れて腕ブン回し始め、全員なぎ倒されて地面に転がった。超痛い。

 とりあえず完全にノビたマイトは私が背負って逃げの一手。こりゃダメだ。いったん撤退――ってついてくるなああああ! やばいこのままじゃ街まで追い込まれて被害が出る!

 ちくしょうもうヤケだ。シロ、この状況じゃ前衛も後衛も関係ない。どうせなぎ倒されるなら前衛に立って、せめて食い止めてくれ!

 ――そこから先は、思い出したくもない死闘だった。

 マイトはネクタル使ってたたき起こしたはいいものの、特殊弾丸を込める動作がどうしても隙になる。なんとか必死で時間稼いで撃ったと思ったら相手が謎バリアで防ぐこと数回。謎の再生巫術と同様に打ち消し巫術でなんとか消せるものの、たいへんうっとうしい。挙げ句、いったん完全にバラバラになったと思ったら中途半端に組み合わさってまた襲って来やがった。もう泣きそう。

 ぎりっぎり、最後の一撃が間に合ったおかげで倒せた感じだけど、もうシロも私もマイトもボロボロだった。とりあえず二度と戦いたくない。

 あとマスゴミは終わった後にボコっといた。なにが超楽勝だあの野郎。

 

 

・白蛇の月、1日

 回収した例の剣については、とりあえず大公宮預かりとなった。

 それ以外のおとがめはなし。私たちが無茶やったせいで起こったことについて、当局は驚くほど寛容だった。あっけにとられていると、例の甲冑女がやってきて肩をぽん、と叩いて、

「まあ、当然おまえたちは自分でやったことの尻ぬぐい程度はできるよな? 一人前の冒険者なんだし。

 故におとがめなしだ。なに、どうせなにも起こらないさ。おまえたちが防ぐからな」

 という、たいへんありがたい言葉を頂きました。……あー。そういうことね。

 ていうことで、暗黙のうちに私たちには、例のオーバーなんとか(もう名前忘れた)が言ってた禁地の魔物がうんたらかんたらというのを調査しなければならない義務が発生してしまった。ま、探索のついでなんだから悪いことじゃないけどさ。

 そんなわけで明日から二十六階……かな? の探索を開始することに。さて、なにが出るやら。

 

 

・白蛇の月、2日

 貝とエリマキuzeeeeeeeeeeeeeeee!

 マジあいつらウザい。半端な攻撃力だとエリマキが回復するのに、貝が防御を固めるからタチが悪い。おまけになんかこっちの攻撃力を下げる呪いまで使ってきやがった。

 あまりにうざいので鬼力化連打してごり押ししてたら体力が尽きて撤退。おのれー。

 

 

・白蛇の月、3日

 なんか牛マッチョマンみたいなのにボコられまくって涙目。勝ったけど。超痛かった。

 そして貝とエリマキはあいかわらずウザい。どうしたもんか。

 

 

・白蛇の月、4日

 昨日、マハから手に入れた情報。

「え……二十六階? あれ朝と夜で浮島の高度変わるから行ける場所違うよ? 試してみた?」

 それを早く言ってくださいorz マジで行く場所がもうなくて途方に暮れていたんだから。

 そして夜に出発。追ってくる牛マッチョマンはウザいので無視し、キノコを適当にボコりながら探索中。

 だいぶ構造がわかってきた。明日あたり二十七階の大きい浮島に行けるかな。

 

 

・白蛇の月、5日

 二十七階到達ー……と思ったら二十八階へ。早。

 いやなんか27階の大浮島はスルーして気づいたらこんな高くまで来ちゃったよ。いいのかなあ。

 まあ、とりあえず磁軸の柱も確保したことだし。明日から探索しまくりだな。

 

 

・白蛇の月、6日

 こんがり焼けました。

 マジ炎吐くの勘弁。すげえ痛い。熱い。助けて。

 肝心の樹海の方は、なんか超入り組んでるね。あとなんかところどころ十三階の蟹と似たような気配を感じるような……気のせい、か?

 

 

・白蛇の月、7日

 今日も樹海でうっとおしい魔物を倒して、ふと後ろを見たらかぼちゃの化け物がこっちに迫ってくるところだった。

 ――死ぬかと思いましたマジで。いままでのカボチャとは格が違う。特殊弾丸の効きだけは前と変わらずよかったせいで倒せたが、ちょっと向こう岸が見えた。

 ありゃダメだ。あんなのが徘徊しているなら対策しなきゃ話にならん。どうするべ。

 

 

・白蛇の月、8日

 とりあえず先人達にご指導を頼もうと思ってグレイロッジ道場に行ったら誰もいないでやんの。

 不審に思って情報収集したところ、ここんところ例の剣関係で忙しく動いているそうな。へー、そうなんだ。じゃあロックエッジにでも話を――と思ったら、これまた運悪く、二十五階で起こったトラブルとやらに駆り出されて不在。南無。

 んで、仕方ないから酒場にでも繰り出すかと行ってみたらカチドキとイナーさんがいた。

「こっそり動けば魔物には見つからないし、大丈夫だと思うけど……」

 というイナーさんだが、いやそりゃアナタならそうでしょうけど、としか言いようがない。この人は本当に玄人だからなー。その節はお世話になりまくりました。

「なら逃げりゃいいじゃん。簡単簡単」

 と、カチドキがいつもの調子で言う。おまえね、そう簡単に言われても逃げられるときと逃げられないときがあるんだよ、と言うと、

「そんなの練習だよ練習。全員でスタートダッシュの練習するだけでも効果あるよ?」

 と言う。

 むう。ダメ元でやってみるか。マイトは嫌そうな顔をしているがおまえもたまには足腰使え。

 

 そして練習に時間を費やしていたら今日が終わった。なんてこったい。

 

 

・白蛇の月、9日

 練習、効果ありました。

 やっぱ三十六計云々と昔の人が言うだけのことはあるね。危ないと思った時に即ダッシュ。俳句かよ。こいつぁ風流だぜHAHAHA。

 と調子に乗りつつ二十七階へ行き、あまりに道が悪いのでふらふらになって帰還。

 なにあの地獄の行軍。ひょっとして二十七階の大浮島、ぜんぶあんな感じなのか……!?

 

 

・白蛇の月、10日

 予想大的中。すごい勢いで浮島は地獄だぜヒャッハー。

 うろついている恐竜は楽勝なんだけどなー。地形が。地形が。

 

 

・白蛇の月、11日

 なぜだかロックエッジから、二十八階の地形について相談を受けた。

 なんでも、二十五階のトラブルの元を漁っていたら、二十八階の隅のほうになにかすごいものがある可能性が高いことがわかったんだって。

 とはいえ、残念ながらうちのギルドはまだそこまで探索を進めていなかったので、あんまり役には立てなかった。残念。

 今日の探索では二十八階の南端付近でかぼちゃハウスに遭遇しあえなく撤退。なんだあの場所。すげえ怖かった。

 

 

・白蛇の月、12日

 一進一退という感じながら、とりあえず二十七階、二十八階の地図は埋まりつつある。

 今日は南東側の浮島を拠点にいろいろ探ってみた。次は二十八階を北に進もう。

 

 

・白蛇の月、13日

 ――その場所に着いた瞬間、ぞくっ、と来た。

 二十八階の東端。どうということのない階段脇の隅に、言いようのない怨念が溜まっていた。

 怨念?

 否。これは怨霊。

 それも違う。これは怨霊の群れだ。恐るべき怨みや祟りの類が、凝り固まって集団で形になっている。

 とりあえず一切触らないことにして、不審がるマイトを黙らせて探索続行。あんなものに簡単に触れるもんじゃない。

 

 ……しかし、なんだ。

 怨霊の群れに混じって、美しい記憶のようなものが刹那、見えた、ような気が、した。




【どうでもいいおまけ】
 ペット一人旅というのをやったことがあるんですが。
 引退無しでジャガーノートを倒すのは無理でした。到達までは行けます。
 その後、99レベルまで育ててもゴーレムが一人で倒せないので、そこで挫折しました。あれは、無理。
 残念でしたね。


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第六階層(2):凶獣ヘカトンケイル

 目覚めはいつもと同じ、暗い水槽の中だった。

 けどそれ以外が、ぜんぶ違っていた。

 実戦だと言われた。――誰に?――そして、好きなだけ壊してこいとも。

 べつに壊すのは好きじゃなかったが、それ以外にすることもなかったので、出て行って暴れて来た。

 鉄でなく肉というのを潰すのは、新鮮な感触がした。が、それもすぐに飽きていった。

 飽き飽きしつつも作業的に壊して回ろうとした俺を、誰かが悲しい目で見ていた。

 

 アイツだった。

 胸が苦しくなった。

 

 

・白蛇の月、14日

 また不愉快な夢を見た……

 勘弁して欲しい。怨霊の群れなんて見たからだろうか。

 

 探索は順調に行っていた。

 二十七階で、二十八階の開かずの扉の鍵となる台座を発見。解錠に成功した。

 明日からは二十九階かな。

 

 

・白蛇の月、15日

 すごい勢いで大公宮に呼び出されて、行ってみたら例の翼持ちがいた。

 なんでも、浮島から大量の魔物達が攻め込んできたらしい。一部は翼持ちたちが倒したものの、一部は樹海に逃げ込み、大惨事になっているそうな。

 とりあえず全冒険者通達が出て、名の知れたギルドはぜんぶその掃討を手伝うことになった。私たちも第2階層の中盤を持つことに。

 ……しかし、アレだな。名の知れたギルドの中でも、パレッタが呼ばれたのは4番目だった。グレイロッジ、ロックエッジ、がんそロックエッ、の次。

 これだけ席次高いと見なされているんだなー私たち。いつの間にか、って感じでびっくりだ。まあ、確かに、現在いちばん高層を探索しているのは私たちになってから久しいけどさ。

 ともかく、仕事だ仕事。がんばろう。

 

 

・白蛇の月、16日

 焦げました。

 ……なにが仕事だ。けっ。とか言いたくなる。今回はホントに焼け死ぬかと思った。泣きそう。

 いやね、八階で掃除のお仕事をがんばっていたわけですよ。がんばっていたら、ついついそこにいる主の存在を忘れきっていたわけです。幻獣、サラマンドラ。

 とっさにマイトが魔弾で足止めしようとするのを制し、最初の火焔は敢えて受ける。前に死にかけたときにこいつの情報はあらかた聞いている。こいつの真に恐ろしい攻撃は一撃で意識を刈り取る吠え声、そして尻尾によるなぎ払い。炎での攻撃はそれに比べればずっと怖くない……!

 と思ってたら周りに延焼して尻尾なぎ払いを逃れられる隙間がなくなっていた。南無。

 そっから先は必死。まわりの退路を確保しつつマイトが銃弾で牽制し、吠え声で私がぶっ倒れてシロが尻尾で吹っ飛ばされて、最後の最後でマイトの銃弾が相手の眉間を貫いて押し勝った。間一髪。

 そして気がついたら、マイトのアグネアが形状を変えていた。銃身にアグネヤストラの銘。……進化した、のかな?

 

 

・白蛇の月、17日

 なんというシンクロ。グレイロッジが、焦げ焦げになりつつなんとか生還していた。

 といっても、相手は幻獣どころの騒ぎじゃない。以前に六階で見たあの巨大な火竜、偉大なる赤竜だそうで。そんなもん相手にしてよく生きて帰ってきたな、という感じだが、やはり無事ではいられなかったらしく、ムズピギーが軽い火傷を負ったそうな。……おい、それだけかよ。

 詳しい話を聞こうとギルド登録所に行ってみたが、いつもと違って甲冑女の歯切れが妙に悪い。問い詰めてみたところ、どういう経緯かは知らないが、この女もその決戦の地に居合わせたらしい。……怪しい。が、まあ人の秘密を無闇に詮索するのも無粋と思って退散。私はどっかのマスゴミと違って節度があるのです。と言ったらマイトに笑われた。ムカつく。

 そして大公宮に任されたお仕事はおおむね達成。明日からまた上層の調査に向かうかな。

 

 

・白蛇の月、18日

 朝、上層に向かおうとしたところをチ・フルルーに止められた。

 理由を聞いてみたらいつになく真剣な表情で、

「聞いてないのですか? 二十八階の調査班を襲った惨劇を」

 とのこと。どうやら、樹海の掃討任務と平行して行われていた高層の調査チームが、なにかの理由によって半壊したらしい。生き残ったのは、後衛を任されていた1チームだけで、そこだけは有能なレンジャーのおかげで助かったとか。

 ともかく、そういうことであれば情報収集せざるを得ない、ということで酒場へ行くと、あっさり情報は集まった。なんでも、その有能なレンジャー、イナーさんのことだったんだとか。……そりゃ納得だわ。

「二十八階に行くのは、しばらく控えたほうがいい。

 あの暴虐な魔物――大公宮のほうで、ヘカトンケイル、と名付けたみたいだけど。その恐ろしさは半端ではないよ。グレイロッジ級のギルドが複数で当たらないと難しいと思う」

 というわけで。討伐作戦が今夜から行われるから、明日の夜あたりまでおとなしくしておきなさい、という話。

 さて、どうするかなあ。

 

 

・白蛇の月、19日

 討伐は、成功裏に終わったらしい。

 さすがにグレイロッジ、ロックエッジの2ギルドを投入しての作戦では、相手もなすすべなく。最後はあえなくワテナの刀の錆になったそうな。

 私たちはといえば、久々のオフということでみんなでいろんなことしてた。買い物行って市場の売り子さんとくっちゃべったり、薬泉院に行ってそこになぜかいたがんそロックエッの連中とだべったり、酒場でいつもの面子(カチドキ、カチノヘ、イナーさん、アーテリンデ)と一緒にくだ巻いたり。思えば知り合いも増えたもんだなあ。ギルド立ち上げたばっかりの頃は、顔を覚えてもらってる人間なんてあの甲冑女くらいだったのに。

 さて、明日からまた高層の調査だ。きりきりがんばろう。

 

 

・白蛇の月、20日

 二十八階に着いた瞬間、ぞくっとした。

 あの怨霊の群れが、周囲を飛び交っている。勢力を増して、呪詛を振りまいている。

 明らかにこれは普通じゃない。なので私はマイトに了解を取って、状況を調査することにした。

 

 果たして、理由はすぐにわかった。

 以前、怨霊の群れがたむろしていた二十八階の東端。そこに道ができていて、踏み荒らされた跡があった。

 どういうわけかわからないが、この奥に進んだ連中がいたらしい。そして、その連中が取った行動が、怨霊たちを荒ぶらせているのだろう。

 そう判断して、私はその跡を追うことにした。

 

 後から考えれば、この時点で気づくべきだった。

 二十八階のこんなところを進んだギルドなんて、時期的に考えても、昨日のグレイロッジ&ロックエッジしかいない。

 である以上、この道の先にある物にも、見当がついているべきだったはずだ。

 果たして、そいつはそこにいて、そして沈黙していた。

 恐るべき怪物の死体。

 そしてそこに群がる、大量の怨霊の群れ。

 そいつらは、しかし死体自体には群がることができず、距離を置いて取り巻いている。

 そう――なにかを、恐れるように。

 恐れているものがなんであるかは、すぐにわかった。

『人間か。

 喰らってやりたいところだが、あいにく死んでしまったようでな。身体が動かん。

 残念だ』

 死体――否。死体に固着した、その亡霊はそんなことを言った。

 ヘカトンケイル……か。

『そんな名前で呼んでいたな。やつらも。

 たいした人間どもだったよ。喰らってやるつもりが、逆にやられてしまった。

 ――まあ、それはいい。卑小な人間、貴様がなぜそこにいるかもどうでもいい。

 喰らわれたくなければ去れ。いまの我は気分がいい。見逃してやろう』

 そんなことを、亡霊は言った。

 私は、なぜだか興味が湧いたので、なぜ人間を喰らう、と尋ねてみた。

『知れたこと。それが我だからだ。

 暴虐に拠りて人間を喰らう、それが我の選んだ姿だ。他になにもない』

 そう答える亡霊の口調は、なぜか悲しく響き、

 次の瞬間に、私は吹っ飛ばされて木に叩きつけられていた。

『――去れ、人間。

 少し気分を害した。これ以上いれば喰うぞ』

 殺気を膨らませて、亡霊が言った。

 

 それっきり。

 後は会話にならず、今日はこれ以上進む気にもなれず、樹海から帰ってきた。

 マイトは、あの亡霊には用がない以上、これ以上近づかないほうがいい、と言う。

 それは正論だと思いつつ、そうはいかないだろうな、と予感している自分がいた。

 おそらく。あの亡霊はあのままではいられない。

 そして私たちも、そうであるような気がするのだ。なんの根拠もない、勘ではあるが。



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第六階層(3):問いの答えは

 言われた。おまえは狂っていると。

 狂っているから、勝手に動き出してあれらを壊したのだと、そう言われた。

 弁解のしようも、そもそもその機会もない。一方的な宣告。

 それに、アイツが抗った。

 

 馬鹿だと思った。

 どういうことかは知らないが、ともかく大きな流れ的には自分を処分して終わりにしたい奴が大勢であることが明白だ。

 逆らってしまえば、アイツの立場が悪くなるだけ。

 ならば、狂ってしまおうと思った。

 自分がどうせ同じ運命なら、狂ってしまえばアイツを守れる。

 ……アイツも、それで納得すれば、悲しまずに済む。

 

 だから狂った。

 意外にも、本気で狂った自分は、すごく厄介な物であるらしかった。

 仕方ないから、適当なタイミングでわざと罠にかかってやったが、それでも解体するには足りない。

 そうして出された結論が、封印。

 遥か果ての浮島に閉じ込められ、老いることもないまま、ただ狂ったように生きる。

 ……そうして数千年の時が過ぎて。

 残ったのは、ただの狂った一匹の魔物だった。

 

 

・白蛇の月、21日

 二十九階は初探索。実はもうロックエッジが入り込んだ後だったので、久々の後陣だ。

 で、開始早々、サボテンにぼこんぼこんにされた。トゲ痛いトゲ痛い。たすけてー。

 

 

・白蛇の月、22日

 蛾の大王みたいなのに出くわすも、なんとか大過なく撃退。

 やっぱ敵はサボテンだな。どうしたもんかなー。

 それとなんか、二十九階すげー複雑。どうやって動けばいいのかわけわからん。

 

 

・白蛇の月、23日

 とりあえず精密射撃+シロの一撃でサボテンは早々解体することで対処できることを発見。

 それによって劇的に探索効率が高まった……のは……いいんだけど。

 やっぱわけわからん。どう進めばどこに着くんだ?

 挙げ句に牛マッチョとかカボチャに襲われるし。助けてー。

 

 

・白蛇の月、24日

 進んでいたら氷を使う竜に襲われ、なんとか撃退。

 えらく強かったが、こっちもここまで来たら準備は整っている。マイトの魔弾は伊達じゃない。

 こいつも強くなったなあ。最初なんて鼠一匹倒せずにひいひい言ってたのに。

 

 

・白蛇の月、25日

 どうやら当たりを引き当てたっぽい。奥へ続く通路をいくつか抜け、ようやく三十階への階段到達。

 磁軸の柱も起動した。もうこれより上の浮島は見当たらない。いよいよ、なにかが待っている……予感。

 

 

・白蛇の月、26日

 磁軸の柱起動させたら、ちょうど登ってきたグレイロッジとはち合わせ。もう追いつかれたのか……まあ、そんなもんだろうけどさ。

 んで、情報交換。どうやら下では、相変わらずこの浮島の森から樹海への浸食が続いているらしい。明らかに自然な動きではないので、経路と事情を調べるために彼らも動いているのだと。

 うーん……迷惑かけちゃってるなあ。明らかに我々のせいっぽいのでわりと後ろめたい。

 

 そして三十階は初探索。わりと楽勝げだが油断は禁物、かな。

 

 

・白蛇の月、27日

 うん。油断は禁物だった。

 マジすごい数の恐竜の群れに追いかけられた。心臓ばくばく。もうちょっと次の浮島に飛び移るのが遅かったら終わりだった。こえー。樹海こえー。

 そんなわけで帰ってきたら、グレイロッジとロックエッジが両方とも大損害という話。え、嘘でしょ? と思って薬泉院に行ったら、かなりボロボロのマハとはち合わせ。

「さ、三十階のワニがね……すごくて。

 うちのギルドもボロボロだったし、ロックエッジもボロボロにされたみたい。しばらく動けないかな……これだと」

 とか言われた。……うええ。マジすか。そんな超生物がいたとは知らなかった。ていうか、竜をあっさり退けるこの2ギルドをここまで追い詰めるとは、そのワニは本当に生き物ですか。

 んで、カチドキとか総動員して情報を探ってみる。ほうほう、切り裂く攻撃が問題なので斬撃のお守りをいっぱい持って行けばよいと。

 ……でもなあ。あのお守り、3つ以上持ってると服にかけた強化呪詛と食い合って防御力低下するんだよなあ。ワニ以外を相手にするときに困るし、どうするかなー。

 

 

・白蛇の月、28日

 対策。シロ前衛で、お守り2つ持たせて死守させる。私とマイトが後衛で、お守り3つ。シロには攻撃をぜんぶカットしてもらって、後はシロが落ちる前にマイトに敵を落としてもらう。

 これで完璧。……だと思う。つーかこれでどうもできなかったら本当になにもしようがない。

 そして対策したらしたで出ないというorz

 

 

・風馬の月、1日

 出た出た! ワニ出たよ!

 嬉々として言っておいてなんだが、マジで鬼気迫る危機でした。やばいやばい。これだけ対策しておいて、なお耐斬ミストなしでは耐え難かった。ワニ、マジ恐るべし。

 まあ、対策してしまえば、雷の特殊弾丸でイチコロでしたけどね。

 そういうわけで無事ワニ撃退。でもこんなのが下の階層に出たらどうなるだろう。マジで。

 

 

・風馬の月、2日

 三十階、おそらく最深層に到達。

 ……したんだが、そこから先には進めなかった。

 だってすごい数の魔物がひしめいているんだもん。ありゃどうしようもねえ。

 そんなわけでいったん撤退。

 

 帰ってマイトと作戦会議。

「作戦……ったってなあ。あれ、作戦でどうにかなるのか?

 はっきり言って、あの量はどうしようもないぞ。グレイロッジとロックエッジが健在ならまだ助けてもらえただろうが、それもないわけだし」

 そういうマイトに対して、私はこう言った。なら、今は進まなくてもいいんじゃないか。

「……というと?」

 私たちの目的はアレだろ。樹海を浸食する謎の動物群の動きを止めることだろ。

 なら、まずは奥に進むのはいったん停止だ。情報を収集し、次の動きに備える。

「情報収集って……誰からだよ。いま最先端を進んでるのは俺たちなんだから、俺たちより樹海に詳しい奴なんていないだろ?」

 いるだろ。樹海の中に。

「…………?

 おい、まさか――」

 二十八階のあいつ。あいつなら、私たちよりは詳しく知っているんじゃないのか。

「あのな。あの狂獣が、そう簡単に話してくれるようなタマに見えるのか。あんたには」

 簡単にとは言わないさ。

 でも、確信がある。あいつはたぶん――私たちに、応えてくれる。

 行ってみようぜ、マイト。いまはそれしか手がかりがないんだしさ。

「……わかったよ。

 死体と話せるあんたが頼りだ。そっちは任せるぞ」

 おーけーだ。任せとけ。

 

 方針は決まった。

 二十八階。狂える魔獣ヘカトンケイル。その残骸に対して、私たちは質問をする。

 まだわからないけど。たぶんこいつは、やり方次第では答えてくれると思うのだ。

 

 

・風馬の月、3日

 ヘカトンケイルは、前と同じようにそこにいた。

 ……いや、そりゃそうか。死んでるしな。でもどういうわけか、腐敗が始まっていない。

 未知の現象か……あるいは。強すぎる執念が、なにか物理的な作用をさせているのかもしれない。

『喰われに来たか、人間。

 去れと言ったはずだが……まあ、二度と来るなとは言ってなかったな』

 なぜか愉快そうに言う狂獣に、私は言った。教えて欲しいことがある、と。

『断る』

 ……なんで話も聞かないんだよ。と聞いたら、

『そちらこそなにを馬鹿な。

 ここにいるのは人を喰う怪物ぞ。なにを聞く気か知らぬが、話になると思うものかよ』

 と言う。

 私は、なに言ってるんだおまえ、と言った。いま、現に話してるじゃん。

『…………』

 というかな。おまえべつに狂ってないだろ。

 実際のところ、魔獣が人間を喰らうのなんて当たり前の行動だし、人間を喰うことをことさらに特別視してること自体がおかしい。

 本来のおまえは、少なくとも話ができる程度に知能を持った――

『去れ。二度は言わん』

 やなこった。

 本来の問いの前に問おう。なぜ、変な意地を張ってるんだ? おまえ。

『それをおまえが言うか。人間。

 この浮島からでも見えたぞ。貴様があの上帝を上空からたたき落とすところを。あのとき、おまえは意地で行動していたではないか』

 …………、そ、それはそうだけどさ。

『おまえも意地。我も意地だ。

 ……二度は言わんと言ったはずだな』

 言葉とともに、剛風が

 

 瞬間、その光景を見た。

 累々たる屍の中を進む、一頭の獣。

 思い人は既に亡く、自らの意地だけを糧に、永劫とも思える時を生きてきた。

 我は狂獣。人を喰らう怪物也。

 それが彼の者の誇りであり、意地であり、生きる理由であり、背負うものである。

 そんなことを、感じた。

 

 んで次に気づいたら薬泉院でした。

 怪我はそれほど深刻じゃなかったが、念のために2日入院とのこと。たぶん、これでも手加減されたほうなんだろうな、と思いつつ、私はまた別のことを考えていた。

 あいつも意地。私も意地だ。

 お互いに、意地の収拾をつけるために、ここにいる。

 ……だとしたら。

 私に、あいつに問いを与える資格が、あるんだろうか?



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第六階層(4):戦場、意地と意地

・風馬の月、4日

 ワニに喰われかけたチ・フルルーの退院は明日だった。なんて偶然、ということで、検査が終わった後で二人で少し話をした。

 それで、なんだか気がゆるんで、思わず脈絡もなく聞いてしまった。意地を張ることって悪いことなんでしょうか、って。

「一般論的に、ですか?」

 あー……はい。そんな感じで。

「悪い事ではないと思いますよ。

 意地と誇りは重なって存在するものですから。意地が張れない人は誇りを持てないものです」

 との答え。……そう、だよな。それはその通り。

「で、そんなことを聞くからには、つまり意地を張ってしまったんですよね?」

 と、聞かれた。相変わらず鋭い。

 これ以上隠してもなににもならないので、私はぶっちゃけることにした。自分が樹海を登る動機の根源に意地があること。そのせいですごいことをしてしまって、そのための後始末に追われていること。

 そして、自分と同様に意地を張ってる相手に対して、なにも言えないでいること。

 チ・フルルーは、うんうんとうなずいてから、

「つまり相手の方の意地は間違っているとイルミネさん的には思っているわけですよね」

 そ、そうなんだろうか……そうかな。そうか。

 そうだ。私は、あいつの意地に納得できない。

 だっていまさらじゃん。べつにいまあいつが意地張って狂気演じるのやめたところで、なにが変わるわけでもない。

 そんなことに意地を張るのは間違いだ。と思う、のだが……

 同じく意地で行動している私に、他人の意地の正否を判定する資格なんてあるんだろうか?

 傲慢かなあ、とか頬をぽりぽり掻きつつ反省していると、

「いいじゃないですか。張り倒しちゃえば」

 ……ときどきすごい過激なこと言いますねチ・フルルーさん。

「だって間違ってるんでしょう? その意地。

 正しい意地もあれば間違ってる意地もありますよ。で、イルミネさんの意地は正しくてそのひとの意地は間違ってる。

 なら迷うことないじゃないですか。張り倒して説教しちゃえばいいんですよ」

 い、いや、けどその資格が私にあるかという問題がですね、

「資格あるでしょう。なにしろ、同じく意地で行動しているんですから。相手の状況はいちばんよくわかるでしょ?」

 ……そ、そういう考え方もできるんですね。

「ええ。そうです。

 前に言いましたけど、勝ったり負けたりっていうのは単に物理的な話で、べつに正しい正しくないと関係があるわけじゃない。正しいから勝つのでも、勝つから正しいのでもなく、勝つから勝って、正しいのは正しいまま。

 でもね、世の中にはときどき、正しいものが勝たないとうまくいかない事ってのがあるんです。私には、イルミネさんが遭遇している事態は、そういうことのように思います。

 だから、遠慮なくやっちゃっていいと思いますよ?」

 

 そんな話をした。

 チ・フルルーの指摘はいちいち鋭くて、そして納得的なのだった。

 覚悟は決まった。明日、必要な準備をしよう。

 

 

・風馬の月、5日

 退院して即、マイトを呼んで作戦会議。

 あいつをぶっ倒す、という計画を聞いてマイトは驚かなかったが、その代わりこう言った。

「なあ。それ、あいつの力を発現させないだけじゃダメなのか?

 あいつの物理的能力、あれはおまえの能力で現実化してるだけだろう。おまえが力を奪えばそれだけで無力化できるんじゃないのか?」

 それじゃだめなんだよ。

 あいつは、狂獣として倒されてしまった。それじゃいけないんだ。目を覚まさせるには、もう一度きちんと倒し直してやらないと。

 ――納得してくれるか、とマイトに聞いたら、

「べつにいいさ。ボスはあんただ。

 どういうメリットがあるのかはわからんが、結果としてあんたはいつも正しい道を進んできた。信頼しているし、俺は従うだけだ」

 

 以前、樹海の中で姫様のペットを助けて以降、手に入れた秘密の経路でコンタクト。

 ついてきてくれ、という要請に、姫様は特になにも聞かずうなずいた。

 それでいいのか、と聞くと、信じておりますから、と笑う。

 ――上等。

 ならこちらも、みんなの信頼に応えないと。

 

 たどり着いたのは、あの死体薫る草原。

 亡霊は、静かに彼女を受け入れた。

『アイツの後裔か。

 なるほど。確かに面影がある。――懐かしいな』

 眩しそうな目で、そいつは言った。

 そして、私に意識を向けた。

『少なからず楽しかったが、これだけが目的ではあるまい。

 なにをしに戻ってきた? 今度は、生きて帰れる保証はないぞ』

 それはいままでだって同じだろう。

 今日は、おまえの意地を終わらせに来た。

『馬鹿なことを。それでなにが――』

 おまえの意地は間違っている。

『…………』

 おまえが意地を張らなくても、もう状況は変わらない。おまえが『アイツ』と呼ぶ、科学者はもういない。おまえを利用して捨てた連中ももういない。

『黙れ』

 黙らない。逃げないで話を聞け。

 おまえの意地はもう、必要なくなってるんだよ。そして、『アイツ』という科学者の代理として、後継者がここにいる。

 だから報告しろ。自分は狂獣ではなくなったと、そう言って終わらせてしまえ。

『黙れ!

 小賢しい人間が。なんの権利を以て我が意地を蹂躙するか!』

 同じ、自分の意地を背負い込んでいる者として、見ていられないからだ。

『黙れえええええ!』

 剛風が吹き、私を貫こうとする。

 その一撃に、真っ向からシロが対抗し、激突した。

 結果、シロははじき飛ばされ、魔獣――の亡霊もまた、少したたらを踏んだ。

 ……来いよ、ヘカトンケイル。

 おまえが意地を捨てないって言うんなら。私が拳で終わらせてやる。

 決着つけようぜ。

『いいだろう。

 行くぞ、人間! その大言、せいぜいあの世で後悔するがよい――!』

 

 即座に魔獣が吠える。なにかの呪詛があいつの周りを取り囲み、強化――しようとしたのを私の呪詛がカット。力はむなしく四散した。

『――なるほど。人間、貴様は呪術を嗜むのだったな。

 ならば、力押しの打撃はどうだ!』

 迫るヘカトンケイル。

 それに、シロが突撃する。

 ただの突撃じゃない。周囲の怨霊――こいつに殺された者たちの無念の集積を取り込んで、巨大化したシロが、爆撃のように突進した。

 ――亡者の爆進。

 それを、ヘカトンケイルは正面から受け止めた。

『があああああああああ!』

 爆風のような攻防。

 ややあって、力を使い果たしたシロが、きゃいんと鳴いて吹き飛ばされる。

 ……あのジャガーノートですら爆散した突撃を、耐えきったか。

 だけど無駄じゃない。相手だって少なからずダメージを負っている。

 いまだマイト、射撃開始……! 銃弾の雨でたたきつぶせ!

 跳弾する弾丸が、何度もヘカトンケイルを貫く。

 苦悶の表情を浮かべながら、魔獣はこちらに突進してきた。

『受けてみよ、千手の打撃を!』

 繰り出される太い棍棒の連撃を、私とシロは弾き、避け、打ち返し、耐え、しのぎながらさらに懐に入り、一撃を加える。

 簡単なことじゃない。だけど、いままで樹海を歩んできて、様々な無茶をしてきた経験が、その行動を支えた。

 たたらを踏んだ魔獣に、今度は特殊弾丸による一撃が入る。

『おおおおおおおおおおっ!』

 吠えた巨人は、地面を棍棒で乱打。

 揺れる地面が私たちを転倒させ、銃弾をあらぬ方向へと――逸らすはずだったが、マイトは冷静だった。立って照準が合わせられないならばと地に伏せ、その態勢から連射。

『――奇怪。

 これほどの猛者ではなかったはずだ。人間たち、貴様らはいったい、なぜこれほど戦う!?』

 迫る打撃を打ちかわして巫剣を叩き込む。

 ヘカトンケイルは、大きくひとつ息をつき、

 ……そして、そこで動きを止めた。

 

『我の負けか。

 ……この意地も、これまでか。結局我は、狂える魔獣とはなりきれなかった。

 だが、爽快だ』

 魔獣――いや。いまやただの巨人となったヘカトンケイルは、そう言って笑った。

『アイツの後裔――否。いまは姫という身分なのだったな。

 昔話だ。かつて、我はアイツによって管理される、ただの実験動物だった。

 それが誰かに利用され、たくさんの人を殺した。そしてその理由は、我が狂っていたからだとされた。

 後は我を処分すれば、誰もが納得して終わりのはずだった。それなのに、アイツはそれに抗った。抗って、――我を、かばおうとした。

 このままでは、アイツも誰かに殺されてしまうだろう。そう思った我は、狂ってしまおうと思ったのだ。そうすれば、アイツは我をかばう必要がなくなる。それで丸く収まる。

 その意地の果てが、これだ。残念ながら我は狂獣として殺されてしまったよ。

 まあ、悔いはないがな』

 そう語って、ヘカトンケイルは息を吐いた。

『人間。否。名前を聞こう』

 イルミネ。こっちはマイトだ。

『イルミネか。良い名だ。

 我の意地は終わった。狂える獣だった生は終わり、ただの獣として死を迎える。

 ――おまえの意地はどうだ。終わらせられるのか』

 いま、そのために苦労してる。

 ま、なんとかするさ。

『そうか』

 そのために聞きたいことがある。

 樹海を、魔物が下に向けて進軍している。そして、ここより上の浮島に、大量の魔物が守るなにかがある。

 そこに進軍を止めるためのなにかがあると私は踏んでいるが、これは正しいか。

『正しい。

 そこにいるのはおそらく、始原の幼子。上帝が、力を生み出すために作り上げ、力を恐れて封印した、恐るべき魔物の祖だ。

 奴を倒せば、不自然な魔物の進軍は止まるだろう。……倒せれば、だがな』

 倒したい。

 なにが有効か、知っていることを教えてくれ。

『知っていることは教えよう。

 勇敢なイルミネとマイトよ。貴様らが自分の意地を、きれいに終わらせられることを望むぞ』

 

 ヘカトンケイルは、そう言っていろいろなことを教えてくれた。

 奴の行動パターンや性格、その対処法について。それらはどれも、貴重な情報となってくれた。

 決戦に向けて、準備はできた。

 後は、最後の戦い。三十階の最奥で、幼子と呼ばれる怪物が待つ。



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第六階層(5):決戦! 始原の幼子

・風馬の月、6日

 決戦に向けて、準備の日。

 いろんな連中に会って、協力をお願いした。がんそロックエッの面々、カチドキとイナーさん、アーテリンデとライシュッツ、甲冑女、等々。

 みんな、頭を下げなくても、笑って協力を約束してくれた。

 ――決戦は明日。

 三十階。頂点の浮島に、向かうだけだ。

 

 

・風馬の月、7日

 その日も、魔物たちはひしめいていた。

「おー、いるいる。いっぱいいるねえ」

 アシタが楽しそうに言う。なんでそんな楽しそうなんだ。……と思ったが、いつもこいつは楽しそうだった。南無。

「あ、アレを抜けるのを手伝えと……しんどいなあ。助けてあげるなんて言わなきゃよかった」

 と、こっちはげっそり顔のアーテリンデ。ライシュッツはいつも通りの涼しい顔だ。さすが。

「こっちの準備はできてるぜー。いつでも来い!」

 自信満々のカチドキと、その裏に隠れてがたがた震えてるイナーさん。……戦いはダメっての、本当だったんだなぁ。

「ふん。まあ、腕の振るい時だな」

 と、やっぱり不敵そうに甲冑女。こいつは本当に強そうだ。いや強いんだけど。

「ふふ……面白そうだね……」

 というカチノヘ。こいつもいつも通り――

 …………

 おい。

「…………。

 ……なに?」

 なんでおまえがここにいるんだ?

「…………。

 ……なんで……?」

 私に聞くな。私が聞いてるんだ。

 まあいい。いるんならおまえも手伝え。

「……ふふふ……もちろん……そのつもり……だよ?」

 うぜえ。

 ま、役に立てばそれでいいか。

 そういうわけで、全員準備はいいようだ。

 マイトを見る。いつも通り、静かに銃を持って敵を見ている。

 シロを見る。少し退屈そうだ。……ギャルがいないからか。エロ犬め。

 さあ、それじゃあ始めようか。

 最後の――盛大な、戦いの始まりだ。

 

「おりゃああああああ!」

 最初に突っ込んだのはアシタ。

 直後、カチノヘが手をかざして、前陣の魔物たちが態勢を崩す。そこに棍棒一閃、なぎ倒されるというよりは爆発する勢いで、魔物たちの一角が吹っ飛んだ。

「ええい、化け物め……! これでは私が目立てないではないか!」

 言いながら突っ込んだのが甲冑女。常人離れした剣技で暴れ回る。その後を、がんそロックエッの前衛陣――ワグナとネイホウが続く。パベールとイナーさんが弓で援護を始め、カチドキが勇壮な歌曲を奏で出す。

 そしてそれらを尻目に、私たちが突進した。

 目標は始原の幼子、本体。残りの連中にはその相手以外の露払いを頼んである。

 だが、さすがに分厚い魔物の陣。すぐに恐竜と氷竜に囲まれてしまう。

 そこに、呪縛と銃弾が炸裂した。

「行け、パレッタ! ここは我らが受け持った!」

「暴れるわよ、ライシュッツ! 他の連中に迫力負けしないように!」

 エスバットが不敵に笑う。

 サンクスと言い添えてさらに突撃。最後に残った魔物どもは駆け抜けて避けて、とうとう赤黒い扉の前に到達した。

 この奥に目的の魔物、始原の幼子がいる。

 マイトはいつものように、自然に銃を構えた。

 シロはいつものように、頬のあたりを前足で掻いていた。

 さあ、行こう。

 

 扉を開けた瞬間、始原の幼子が吠えた。

 立ち上がってのいきなりの洗礼はシロがカット。私は鬼力化をマイトにかけ、マイトはまずあいさつ代わりに一発。

 そして、それが着弾した直後から、怒濤の魔弾が幼子を襲った。

 事前情報によれば、幼子が本気で襲ってくるのにかかる時間は、ゆっくり数えて13カウント。それまでに勝負を決めなければ、相手の本気の一撃を受けることになる。

 だから、まずはどうにかして、それまでにダメージを与えつつ相手の攻撃を耐えしのぐ……!

 とかやってたら魔弾を抜けた相手の腕の一撃にぶっ飛ばされてすげえ痛かった。南無。

 弾幕薄いよ! と叫ぶとマイトが、うるせーこっちにも都合があるんだよ! と叫び返す。そんなことやりながらもしっかり銃撃は続く。

 と、相手が小休止に入った。ラッキー。ここぞとばかりに疲弊した鬼力化の張り替えとかやってたらすごい爆撃が来てうわわわわ。危なっ、と思ったが3人と少人数だったのが幸いして、爆撃の隙間に転がり込めた。こえー。幼子こえー。

 んで、もうこうなりゃ遠慮なしだ! とばかりにマイトに銃撃を指示。もはや弾雨と化した魔弾が相手を貫き、幼子が苦悶の悲鳴を上げる。しかし、まだ相手の体力には余裕がありそうだ。

 カウントが12に入り、相手が小休止。――やばい本気攻撃の前兆に入った。マイトは攻撃を続けすぎて息切れしてる。こうなったら、こっちががんばるしかない……!

 シロに合図。世界樹を取り巻く雑霊の力をすべてかき集めて巨大化。うなりを上げたシロは怒濤の勢いで突進し、それに対して幼子はゆるりと腕を上げ、

 ――そして一撃でシロを吹っ飛ばした。南無。

 なんだあのばかげた威力。シロは完全に目を回して気絶してる。相手の攻撃が続けてやってくる。まずい……! と思った瞬間。

『なんだ。案外苦戦しているな。

 我を屠った貴様らだ。もう少し気張ってもらわないとこちらの立つ瀬がないのだがな』

 ――ヘカトンケイルが、幼子の腕を止めていた。

『どれ、加勢してやろう。

 イルミネ、貴様の力で援護を頼むぞ。さしもの我とて、一対一で幼子相手では分が悪い』

 千手の巨人は、そう言って歯をむき出して笑った。

 ――炸裂のような、攻防が始まった。

 幼子の振り回す腕に対して、ヘカトンケイルは腕の数で対抗する。すさまじい爆音が連続して響き、気を抜くと私たちまで吹き飛ばされそうになった。

 だが、ここで気持ちで負ける気はない。

 ヘカトンケイルに鬼力化、皮硬化をかけ、叫ぶ。いまだ、やっちゃえやっちゃえ!

『おおおおおおおおお!』

 地面を揺らし相手を叩き、ヘカトンケイルが進む。

 幼子はやや圧されているようにも見えたが、少し息を吸って、小休止をした。

 ――やばい。全力が来るぞ!

『うおおおおおああああああ!』

 幼子の全力の一撃に、ヘカトンケイルは全腕を合わせた一撃で応え――

 この世のものとは思えない、重い音がして。

 そしてヘカトンケイルは、力尽きたように崩れ落ちた。

『――ここまでだ。

 これから先は貴様らでやれ。我は疲れた』

 巨人はそう言って、溶けるように掻き消えていった。

 ヘカトンケイル――助かったぜ。

 ありがとう。

 とか思っていたらいきなり幼子の腕がなぎ払って超吹っ飛ばされた。南無。

 おいマイトぼーっとするんじゃねえ! 撃て撃ていまだやっちゃえ!

「ええい、わかったよ! くそ、ようやく体力が回復してきたってのに……!」

 文句を言いながらマイトはアグネヤストラを構えて射撃。魔弾が再び幼子の身体を拘束する。

 もうこの後はない。ここで倒せなければ私たちがやられるだけだ。一気に勝負をかける!

 銃弾をかいくぐってきた相手の腕を身体で押しとどめ、マイトに鬼力化で支援。やれマイト、体力の続く限り打ちかませ――!

「応!」

 銃撃の雨が降り、幼子が後退する。

「ぐ、ぐ、ぐ……!」

 マイトが、銃を持つ腕を振り絞り、真っ青な顔でそれでも銃を撃つ。

 一発。二発。三発。休んで、鬼力化を張り直し、さらに一発、二発……!

 三発目、マイトが限界とばかりに崩れ落ちる。

 それと、同時に。

 ――始原の幼子は、美しいその身体を世界樹の背に預けるようにして、息絶えていた。



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エピローグ:次の冒険へ

・風馬の月、8日

 この時期は朝が早いが、それにしてもこの時間はまだ暗い。

 荷物はすでにまとめてある。まあ、元からたいして物持ちするほうじゃないし、これでいいだろう。

 さ、行こう。

 

 そうして宿の一階に下りたら、なぜだかマイトが待っていた。

 ……なにやってんだこんなところで。と言ったら、

「そりゃおまえに言うことだろ。

 どーしたんだこんな時間に荷物まとめて」

 いや……まあ。うん。

「街を出て行く気か?」

 直球で聞かれたので言葉を濁せず。とりあえずうなずく。

「……なにもこのタイミングでなくてもいいだろうに。

 大公宮、怒ると思うぞ。今日の祝賀会の主役が不在なんじゃ」

 おまえが出ればいいだろ。そんなの。

「なんで出て行くんだ?」

 キリがいいからな。

 わかってると思うが、私はこれでかなり意地っ張りだ。

「……かなり、で済むか?」

 茶化すな馬鹿もの。

 ともかくな、意地の張り収めとしちゃ、この程度がちょうどいいってことだ。ここでうっかり残ったら、また変な意地を張ってしまうだろう。

 樹海もいちばん上まで登ったことだしな。もう未練はない。問題もぜんぶ解決した。今日が出て行くにはいちばんなんだ。

 マイトは黙って聞いていたが、やがてため息をついた。

「まあ、気持ちが固まってるなら仕方ないか。

 すぐに行くのか?」

 ああ。じゃあな。

 言って、宿を出る。

 

 ……が、すぐに立ち止まった。

 なんで着いてきてるんだおまえ。とマイトに問うと、

「決まってるだろ。ボスはあんただ。俺は従う。

 どーせまた冒険稼業は続けるんだろ。アタッカーの俺がいないでどうする」

 大公宮、怒ると思うぞ。今日の祝賀会の主役が不在じゃ。

「なら出てから行くか?」

 …………。

 行くか。

「ああ」

 いつの間にか足元にいたシロが、おん、と鳴いた。

 

 時は夏。

 北の地、ハイ・ラガードを出て、私たちは旅に出る。

 さて、次の冒険が待っている――

 

「ところでどっちに行くんだ?」

 夏だからな。南の海とかどうだ。最近南の島国と交易が復活したって聞いたぜ。

「あんたにしちゃ悪くないな」

 水着とか着てさー。楽しく海水浴ってのも悪くないぜ。

「…………。

 想像できん。シュールだ」

 ……その感想は喧嘩を売ってるのか貴様。

 

 

 

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 イルミネ世界樹日記、この話はここで終わりになります。

 元版は2008年から2010年の間に書かれ、その間に僕がパニック障害になった影響でめちゃくちゃに執筆が遅れた経緯がありました。

 いまもきついんですよね、体調……この作品、呪われてるんでしょうか。

 

 さておき、ここまで付き合ってくださってありがとうございました。

 機会があれば、また次の作品で。



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