バカと、転生オリ主 (狩る雄)
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第1話 チート

私立文月学園という高校。

 

他校と比べて突出した特徴を挙げるのなら、試験召喚システムを導入している試験校である。科学とオカルトと偶然によって完成したとされるそのシステムは、召喚者をデフォルメした分身を創り出す。その分身を戦わせるのが召喚戦争であって、2年次になる前に試験によって振り分けされたクラス同士が『教室』を取り合うのだ。

 

Aクラスは絶対に負けまいと勉学に励み続け、他のクラスは少しでも這い上がろうと努力する。このシステムを使って、各生徒の学習の動機付けをもたらそうとするとは、実に興味深い。

 

まして、この召喚システムの仕組みも気になる。

 

「やばい、もう8時だ……」

 

急いで、家を出た。

 

桜が舞う道を急いで駆ける。学園までの道のりを確認しようとして、学園の公式サイトを見ていたのだ。ギリギリ間に合うかどうかなのだろうが、新学期早々に遅刻するのはいろいろとしこりを残してしまうだろう。

 

まあ、この身体の元持ち主は訳アリなのだが。

 

「月村、久しぶりだな。」

 

「まあ、はい。そうですね。」

 

「そうか。元気そうで何よりだ!」

 

笑顔で俺を迎えてくれるが、心苦しい。

 

月村伊月という少年はもうこの世にはいない。

それを伝えるべきか否か。

 

「……振り分け試験を受けなかった以上、Fクラスなんだ。何度か掛け合ってみたものの、もう手遅れだということでな。」

 

反応の明るくないことを心配してくれた。

ずいぶんと生徒思いの先生で、慕われていそうだ。

 

「鉄人、おはよう!」

「西村先生だ。」

 

少し幼げのある顔立ちの少年だ。

人懐っこい印象を受けるし、実際にそうらしい。

 

「まったく、お前は変わらんな。」

 

「えっ、1年前から僕変わってないの!?」

 

「ほら。」

 

「Fクラス……、ウソだ!?」

 

あの問題は解けたはずだよね、いつもより運勢は良かったはず、と自問自答を繰り返している。

 

「後悔は、ないのか?」

 

「10問中2問、解けなかったこと……?」

 

「ふっ、正真正銘のバカだな。ほれ、2人とも行ってこい。遅刻するぞ。」

 

「わかったよ~」

 

西村先生とは別れ、校門をくぐった。

特に召喚システムがあるとは思えない校舎だが、真新しさはある。長い廊下の途中にはAクラスの豪華な教室があって、彼は羨ましそうにのぞき込む。教室にいる生徒がこちらを不思議そうに見るのも無理はない。

 

1人の女の子と目が合って、どうにかしろと伝えられる。

 

「行くよ。」

 

「あっ、うん。」

 

Bクラス、Cクラス、Dクラスと、教室の設備は少しずつグレードダウンしていく。どうやら目的のFクラスにたどり着くのはなかなか骨が折れるらしい。

 

「自己紹介がまだだったね。僕は吉井明久。」

 

「……月村伊月。」

 

「あまり学校に来てなかったんだよね。僕も雄二とたまにサボる時があって……あっ、でも僕の方が先輩じゃないか! なんでも聞いてね?」

 

「いや、1年が入学しただろう。2年生。」

 

「2年生、いい響きだね。僕は、先輩なんだ!」

 

本当にいい意味で、バカなようだ。

いろいろ考えていたのだが、今は忘れられそうだ。

 

「さあ、ここがFクラスだ!」

 

「吉井君、月村君、早く席に着きなさい。」

 

ボロボロの座布団、ボロボロのちゃぶ台、ボロボロの畳、ボロボロの窓、ボロボロの教卓、とにかくボロボロの教室だ。まあ、屋根はちゃんとあるし、地べたというわけでもない。先生が壊れた教卓を取り替えに行ったことで、身体の大きい男子が悠々自適に寝そべった。

 

吉井には仲の良い友達が何人かいるようで、クラスでたった1人の女子とは夫婦漫才までしている。校則に反して、携帯型ゲーム機を持ちこんで遊んでいるし、奇妙な覆面で怪しげな儀式を始めているし、スカート覗こうとしているし、なんていうかカオスなクラスである。

 

「お主は?」

 

「俺は、月村伊月だ。」

 

「なるほど、元気になったようでよかったのじゃ。ワシは木下秀吉。1年間、よろしく頼む。」

 

「ああ。よろしく、1年間な。」

 

差し出された手を取って、握手。

吉井が飛び込んできたのを、慌てて避ける。

 

「伊月! うらやまけしからん!」

 

「いや、なんでだよ。」

 

「だって、秀吉だぞ!」

 

「……ああ。男の娘だからか。」

 

「伊月だけじゃ、男の子だと言ってくれるのは……」

 

「うん。でも、唯一の女子がいてくれてよかったよ。やっぱり女子っていうのは優しくておしとやかで、島田さんのようなガサツじゃあね。………あっ、島田さん。そっちの関節は曲がらないっ!!」

 

吉井に負けず劣らず、木下は小柄で華奢であって中性的な顔立ちだ。吉井が男の娘好きだということがわかったが、人の恋路を邪魔する気はない。しかし、新しくクラスに入ってきた女子を見つめているし、どっちでもいけるのだろうか。

 

「姫路さん……」

 

「あっ、吉井君!」

 

スカートを無事に覗けたムッツリーニと呼ばれる男子は鼻血を出し、多くの男子がいい感じな雰囲気の吉井に殺意を抱き、木下と女子2人は仲良く談笑しているし、なんていうかカオスなクラスだ。

 

しかしこのクラスの埃っぽい設備は、姫路さんの体調不良を起こしてしまうようだ。吉井がまたバカみたいに真剣な顔をして、ニヤニヤとしている坂本と話をしていた。

 

「みんな、聞いてくれ!」

 

坂本が、カオスな空間に呼びかけた。

 

「俺たちFクラスは、試験召喚戦争を仕掛けようと思う!」

 

教室への不満。

そこをモチベーションにして、打倒Aクラスを掲げる。

 

「我がFクラスには戦力がいるんだ!」

 

吉井の名を挙げた。

まあ、観察処分者という問題児らしいが。

 

続いて、姫路さん、木下、ムッツリーニの名を挙げれば、どんどん勢いは増していく。Fクラスメンバーが単純ということもあるが、各分隊長となりうるメンバーを、威厳ある代表が示すことで士気が凄まじいことになった。

 

「姉上ほど、成績は良くないのじゃが……」

 

そう小さく呟かれた声は、隣の俺にだけ届いた。

詳しく聞けば、Aクラスに双子の姉がいるらしい。

 

坂本が説明を始めた。

ガサツそうに見えて、懇切丁寧に地図まで書いてわかりやすく伝えてくれる。

 

科目は、数学。

戦争は明日だ。

 

 

 

****

 

召喚戦争の戦力は、最後に受けたテストの点数が影響される。つまり、姫路さんや俺は0点のままなのだ。試召戦争が始めれば回復試験というものが受けることができ、点数を得られる。

 

途中でやってきた島田さんの焦った様子を見ると、戦争の状況は芳しくはないらしい。始業2日目から戦争をしかけたのだから、振り分け試験の結果からすればFクラスのメンバーはEクラスのメンバーに勝てる道理はない。

 

そう判断したEクラス代表は自ら全員を引き連れて、本拠であるFクラスになだれ込んできた。吉井では、その軍勢から坂本を守り通すことはできないだろう。その軍勢を力でねじ伏せることができるのは、Aクラスレベルでないといけない。

 

「姫路瑞希が受けます! 召喚!」

「同じく、召喚。」

 

「まさか、姫路さんって!?」

「なんだ、あのバカげた点数!!」

「412点と、450点!?」

「チートかよ!」

 

そう、チートだ。

吉井が姫路さんを助けたいのなら、俺は惜しみなく力を貸そう。

 

「うっそだー!?」

 

「姉上に匹敵するやもしれん。」

 

「おいおい。これは予想外のジョーカーをゲットしたな!」

 

さて、

召喚獣は俺たちをデフォルメした姿なのだが、コスプレである。姫路さんが女性騎士で、俺が傭兵。どちらも身の丈以上の大剣を持っているのは、点数によるものだろう。

 

 

頭で思った通りに、ある程度スムーズに動かせる。

脳波を読み取っているのは、どういう仕組みなのか。そういうことを考えながら、俺たちに比べればパワーのない攻撃を力づくで押し返す。点差というステータスの暴力が彼ら彼女らを襲う。

 

 

「これでとどめです!!」

 

 

坂本の作戦通りになったということだ。

姫路さん単騎で、Eクラスは十分に攻略できる。

 

 

 

 

戦争には勝利。

教室の交換はせず、打倒Aクラスは掲げたまま。

 

しかし、Aクラスには姫路さん並みの実力者が何人もいることを考えると、まだまだ戦いは始まったばかりなのだろう。今のFクラスでは勝つことはできないし、各個人がパワーアップしてくれると幸いなのだが。

 

「秀吉か?」

 

「秀吉は、私の弟よ。」

 

「双子の姉か。よく似ているな。」

 

「コホン……、我々Aクラスは、Fクラスに宣戦布告します!」

 

ビシッと指差してきて、言い放ってくる。

 

「……みんな、帰ったぞ?」

 

「えっ……、なんでよ。」

 

心の準備でもしてきたのだろうか。

 

放課後になった途端に、多くのメンバーがゲーセンやカラオケに行ってしまった。吉井たちは家に帰ると言っていたが、木下は姉と一緒に帰宅するわけではない。放課後は自習して教室で帰る、そういう彼女の優等生としての設定らしい。

 

「まったく、これだからFクラスは……」

 

埃っぽいボロボロの教室で顔を顰めて、Fクラスを非難する。

 

「年相応だよな。」

 

「幼稚園児の間違いじゃない? あんたは違うみたいだけど。」

 

「今の俺じゃあ、Aクラスには敵わないしな。」

 

日本史の教科書を開いて重要語句を纏めている。そんな俺のノートを見てそう告げた。こういう地道な暗記なんて久しぶりだし、日本史の勉強は何年もやっていない。理系科目ならAクラスレベルだろうが、ブランクがある文系科目では太刀打ちできないだろう。

 

 

荷物を纏めて、学校から出た。

すでに夕暮れ時で、食欲をそそる香りがあちこちからする。

 

「ちょっと、時間いい?」

 

「いいぞ。」

 

勉強をしようとしない弟について愚痴ったり、自分が弟よりモテないことを愚痴ったり、弟より可愛く見られないことを愚痴ったり、優等生としての仮面なんて剝がれていた。

 

本屋に立ち寄り、彼女の趣味について楽しげに話した。優等生である以上、クラスメイトにはこういう話題は話せないのだろう。今の瞬間だけは、年相応な表情がちゃんと表れていた。

 

「うーん、スッキリしたー!」

 

「いろいろ溜まってたんだな。」

 

「ありがと。なんかあんたって口が堅そうなのよね。」

 

「俺だっていろいろ話してしまったしな。」

 

「ええ。アタシの秘密バラしたら、こっちもバラすからね!」

 

走り去っていく彼女に、俺は背を向けた。

 

 

「ホント」

みんなが『異物』に優しいよな

 



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第2話 バカ

各クラス5人ずつの一騎打ち。

何でも言うことを聞く、という権利をかけた勝負でもある。

 

「件の霧島さんに勝てるのか?」

 

「まあ、任せておけ。」

 

大将を務める坂本がそう言うのなら、任せるべきだろう。

 

 

「くっ、僕はどうすればいいんだ!」

 

「勝つことに専念すればよかろう。」

 

Aクラス代表である霧島さんは姫路さん狙いということが、すでに吉井の頭の中の9割強を占めているらしい。それが正しいことなら、吉井にとっては恋敵となるわけだ。ただし吉井本人はいまだに自分の恋心にもクラスメイトからの好意にも気づいていない。

 

「吉井、まずはお前だ。」

 

 

「ふっ、僕の隠れた実力を見せてあげよう。」

「よ、よろしくお願いします。」

 

霧島さんと姫路さんか。

美少女同士なのだから、さぞ絵になるだろう。

 

Aクラスは女子の割合が大きいし、そういう関係を築いている女子たちがいるかもしれない。だがしかし一方通行な好意は俺は求めているわけではない。

 

「召喚します!」

「僕は左利きなのさ! 召喚!」

 

サーかば、なのフェイ、……etc、今まで二次元でしか理想のカタチは見ることはできていないが、さて。

 

「イタタタタ」

「だ、だいじょうぶでしょうか?」

 

観察処分者である吉井には、召喚獣に対するダメージのフィードバックが大きい。召喚獣の操作は吉井に軍配が上がるが、圧倒的な点差の前に敗れた。数学だけはBクラス並だという島田さんの慰めにもバカな答えを返して、夫婦漫才が今日も始まる。

 

 

 

「さあ、ここからが本番だ。」

 

「僕のことは信頼していなかったのかよぉ!」

 

「……行ってくる。」

 

ムッツリーニが、静かにフィールドへ向かっていく。

科目選択は、『保健体育』。

 

「じゃあ、ボクが相手をしようかな♪」

 

「お前は……」

 

Aクラスで一番保健体育が得意な女子らしい。

 

甘い誘惑に屈して鼻血を出しながらも、冷静沈着な表情を保ちつつ召喚獣を出した。背後では吉井とFクラス女子2人は夫婦漫才をしていて、『異端審問会』というリア充撲滅組織は殺意たらたらなのだが、いつもの光景なので坂本や俺は戦況に集中するだけだ。

 

「ふっ、さすがだな。」

 

400点を超えると得られる『腕輪』の効果のぶつかり合い、制したのはムッツリーニ。非常に大きい加速度によって得たスピード、そして普段は使い方の間違っている観察眼を持ち味とした戦い方だった。

 

「まさか、ボクが負けるなんて……」

 

「なかなかだったな。」

 

保健体育だけで、570点だ。

それでもFクラス入りしたということは、他の点数の悲惨さを物語っている。一体どれだけの努力を一科目に費やしたのだろう。常に持っているカメラで、今もなおコソコソと女子のスカートを撮ろうとしているのだけれど、警察沙汰にならないことを祈ろう。

 

 

Aクラスから1勝をもぎ取ったことで、はしゃぐ。

吉井と一緒に喜んでいるし、基本的にみんな単純だよな。

 

 

「次は僕が相手をしよう。」

 

「久保か。」

 

学年次席。

どちらかといえば文系寄りとはいえ、どの点数も一般的なFクラスメンバーでは太刀打ちできないだろう。まして総合科目を指定してきたのだ。俺や姫路さんで対抗するか、それとも戦力を温存するか。

 

「ここは私が。」

 

「がんばってきて!」

 

「はい!」

 

坂本も、姫路さんがフィールドに向かうのを止めることはない。

 

 

「僕は彼の前で負けるわけにはいかないんだよ。召喚!」

「いきます、召喚!」

 

4000点と、4400点。

2人とも、この学園でトップ3を争う実力者だ。

 

 

「私はこのクラスのために。彼がいるこのクラスで。」

 

「まさか、ここまで伸びているとは!?」

 

Aクラスでなかったことに後悔はないらしい。

吉井のバカっぽい表情は、今だけ少し大人びていた。

 

「がんばりたいんです!」

 

「僕も、譲れない想いがあるんだ!!」

 

4000点台の召喚獣ということもあって激しいぶつかり合いだ。400点差なんて感じさせない。互いに譲れない想いをぶつけ合う。成績としてもライバルであって、同じ人を好きになってしまったことで恋敵でもある。

 

「がんばれぇー!」

「負けるんじゃないわよー!」

 

木下さんは顎に手を当てて吉井と久保を交互に見ているのは、攻めか受けかを考えているのだろう。表情は冷静沈着なままなのだから、戦争のことをそっちのけであることには俺以外は気づかない。

 

 

今回勝ったのは、姫路さん。

これで2勝1敗であって、Fクラスのリーチなのだ。

 

 

「頼んだぞ。」

 

「ああ。大将の出番、ないかもな。」

 

「よしっ、伊月なら勝ったも同然!」

「うん! 姫路さんに匹敵するからね!」

 

期待というプレッシャーが背後から俺を襲う。こういう人の前に立つ場数は踏んできたので、動じることはない。対する木下さんは仲間の期待をちゃんと受け取って、力にしている。

 

 

「まさか、あなたと戦うことになるなんてね。」

 

仲間に壁を作り続けている点では俺たちは同じだが、その厚さは圧倒的に違う。

 

「科目はどうする?」

 

「日本史よ。」

 

「なるほど。」

 

「「召喚!」」

 

木下さんの396点に対して、俺は349。

騎士の巨大なランスを大剣で弾き返そうとしたが、吹き飛ばされた。

 

「思った通りに動くのね。」

 

「ああ。仕組みが気になるよな。」

 

召喚獣の操作は初めてなのだろうが、彼女にとってランスは馴染み深いもので扱いやすいらしい。

 

「でも、今は決着をつけましょうか!」

 

モンスターを狩る某ゲームでは双剣使いであったし、まだまだ大剣の扱いが拙い。

 

 

ランスが、召喚獣の身体を貫いた。

 

「今回はアタシの勝ちね。」

 

「これでも伸ばした方なんだけどな。」

 

「そ。次は楽しみにしているわ。」

 

付け焼き刃の日本史では敵わなかったらしい。

しかしみんなは責めることなく、俺の健闘を讃えてくれた。

 

「どんまい!さすがAクラスだったね!」

「……たしかにAクラス。」

「それ、姉上の前で言わないでおくのじゃぞ?」

 

 

「さて、俺の出番だ。」

 

「雄二……」

 

2勝2敗、つまり各クラス代表同士の戦いで決着がつく。

 

 

日本史の、限定テスト対決。

そう告げた。

 

 

100点満点のテストで、決着をつけるらしい。

 

「どういうことじゃ?」

 

「小学生レベルなら、2人とも満点じゃないの?」

 

「小さなミス1つで敗けるってことですよね?」

 

「……例えば、年号」

 

「小学生の時に、間違って雄二が教えたとかか?」

 

彼女の記憶力は、『完璧』だと聞く。

 

「まっさかー! あの雄二に霧島さんみたいな美少女の幼馴染がいるわけないよ!」

 

「美少女……」「ここにもいるんだけど」

「えっ、なんで、ぐぇ!?」

 

 

 

俺や木下は、テストを受ける2人を見つめるだけだ。

 

「今は代表を信じるだけじゃ。」

 

「そういうことだな。」

 

 

 

―――数十分後、テストが終わりを告げた。

 

「97点、だと。」

「我らが代表が……」

「まさか、そんなことって……」

 

彼ら彼女らに一時的とはいえ、Fクラスの設備を使わせることになるのか。そもそも、Fクラスの設備はもう少しくらいマシにしてもいいだろうに。今の時点で健康被害が出るレベルなのだ。

 

「やったっ!これで僕たちの勝ちだ!」

「……フラグ」

 

 

53点

 

「「「は?」」」

「「「は?」」」

 

 

 

「ここからが、勝負だ!」

 

呆気なく、召喚獣は凶刃に貫かれた。

約2倍のステータスの前には、屈するしかない。

 

「くっ、ころ!」

 

「雄二、キサマぁ!?」

 

「作戦は完璧だったのにな。」

 

 

敗北だ。

しかしFクラスがAクラスに一矢報いたという点では、成功なのかもしれない。

 

 

「雄二。なんでも言うこと聞くって。」

 

「あー、まあ、そうだったな。」

 

「こっち」

 

「あっ、おい。待てって。」

 

校舎裏に霧島さんに連れて行かれた雄二。そんな彼を殺意たらたらで追いかけようとした異端審問会メンバーたちは、霧島さんによる覇王色の覇気のような何かで気絶していく。もしかしたら幼馴染ということは合っていたのかもしれない。

 

 

 

「なんでも聞くって、言ったでしょう。」

 

「あれは雄二たちのことでしょうが。」

 

「あっち見なさい。」

 

ムッツリーニに至っては、対戦相手の女子が逆になんでもしてあげるって言い寄っている。重要なところでヘタレそうなムッツリーニなのだから、からかって面白がっているだけだろう。もし実技をすればムッツリーニの身体が耐えられない。

 

 

「あまり出せるものはないぞ。」

 

「そうね……散髪。」

 

「はい?」

 

「散髪してきなさい。」

 

「まあ、それならいいか。」

 

元の身体の持ち主が前髪を伸ばしたままだったし、そのままにしておいたのだ。

 

 

「それで、放課後は一緒に勉強会。たまに本屋に行くのに付き合いなさい。」

 

「1つじゃないのかよ。無理難題じゃないからいいけど。」

 

 

この学園で、友達はどんどん増えていく。

だから少しずつ、年相応な俺になれるといいな。

 

 

 

 



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第3話 嘘

 

みかん箱の上に、教科書を広げる。

FクラスがAクラスに敗れたことで、ちゃぶ台から格下げになったのだ。さらに問題行動をよく起こす吉井たちの対抗策として、西村先生による補習授業も行われるようになっている。

 

「木下秀吉をすこれ」「木下秀吉をすこれ」

「木下秀吉をすこれ」「木下秀吉をすこれ」

 

「リア充滅べ」

「裏切り者は雄二」

「吉井滅べ」

「僕!?」

 

基本的に補習を課されることはない女子2人はそれぞれ食材の買い物に行った。2人とも吉井のためにがんばっていて、今日なんて姫路さんから手作り弁当を渡された吉井は死ぬほど喜んでいた。

 

「緊急連絡!」

「須川か!」

「異端者が出たぞ!」

「絶対に逃がすな!」

 

 

さて、今日の補習はプリント学習。反逆者や裏切り者だの言って、みんな凶器を持ってどこかへ行ってしまったので、彼らに課されたノルマは達成されることはないだろう。ムッツリーニはいつも通り盗撮に行ったし、坂本は霧島さんとのデートに行ったし、つまり教室は閑散としている。

 

「なにこの教室、そもそも教室?」

 

「木下、戻ってきたのか。」

 

カーテンに加えて暗幕で日光は遮られていて、薄暗い教室には凶器が散らばっている。埃っぽい教室を少しでも良くしようと各自の私費で設備へ投資しているのだが、みんながバカみたいに私物を持参してくる。すでに教室の後ろ側には遊び道具や中二心をくすぶるアイテムでいっぱいだ。

 

火のついた蝋燭を持って、安全なルートを一緒に通るしかない。

 

 

「足元注意な。」

 

「て、て、……」

 

手を繋いで誘導しないと、危ないのだ。

 

それにしても、木下の手のひらってまるで女の子のように柔らかいな。本人的にはコンプレックスかもしれないから、口には出さない。声も高いのだからもし女装をすれば、全く気づかれることはないだろう。

 

女装しなくても、男子だと認知してくれる人は限りなく0に近いらしい。

 

 

「なんでこの教室は暗いの……、じゃ?」

 

「儀式。さっきまで数珠持ってお祈りしていたり、藁人形を作っていたりしていたな。まあ、素人の呪いが本当に効くかどうかはわからないけど。」

 

「そ、そう……」

 

「今は鬼ごっこでもしているんじゃないか。ケガしないといいけどな。」

 

藁人形を作る体験はなかなか新鮮だった。

愛着も沸いたので、部屋に飾っておこうと思う。

 

てるてる坊主とは違った、趣きがある。

 

「あ、アハハ……、すごいバカなクラス……」

 

「楽しいことに飽きないクラスだよな。」

 

比較的常識があるのが姫路さんと島田さん、木下だけなのだ。坂本も悪ノリして吉井と一緒に暴れることがあることがたった数日でわかった。異端審問会という非公認リア充撲滅組織に属する彼らも誰かの命までは取らないだろう。

 

「自習してるの、じゃ?」

 

「宿題と、教室の番。」

 

貴重品も置いているし、凶器も散らばっている。

もし他クラスの女子が来てしまったのなら、悲鳴を上げてしまうかもしれない。

 

 

まあ、Fクラスに来るのは霧島さんだけだ。

異端審問会から坂本は必死に逃げて、放課後デートに向かっていくのはよくあることだと思う。

 

「2人ともかなり毒されてるじゃない……」

 

それだけ小さく呟いて、携帯とイヤホンを出した。音楽を聴くのは珍しいなと思い、そのジャンルや曲名について聞いてみようかというところで、木下は勢いよく立ち上がった。

 

「あいつ!!」

 

「足元気を付けろよ。」

 

木下が、廊下へ飛び出していった。

学校の中でやっている鬼ごっこに混ざりにいったのだろうか。

 

 

 

「た、ただいま。」

 

「早かったな。」

 

10分ほどで帰ってきた木下は、肩で息をしている。

怪我をしていないようでよかった。

 

「つ、月村はバラしてない?」

 

「何を?」

 

「あ、姉上の趣味のこと、じゃ。」

 

「俺から契約は破る気はないぞ。」

 

「そ、そう……」

 

木下がよく吉井たちにバラしているだろうに。

 

イヤホンをつけて、また何かを聴く。そして飛び出していくことを繰り返す。

 

 

 

「大丈夫か?」

 

「そ、そうかの!?」

 

なんていうか、今日の木下は挙動不審だ。

 

「……横溝って?」

 

「クラスメイトだろ。」

 

「そう。……もしかして告白?」

 

チラリと、俺を見た。

薄暗い部屋の中で蝋燭の光に照らされた木下は、やはり木下さんに似ている。

 

「髪、切ったんだ……」

 

「ああ。木下のお姉さんに言われた通り、散髪したぞ。」

 

「そ、そう。」

 

イメチェンを意識してやったことは初めて。

これから暑くなってくるし、かなり短髪にした。

 

 

ボーっと、木下が俺の顔を見ている。

 

「集中しなくていいのか?」

 

「あっ、うん。」

 

ムッツリーニ同様、木下も盗聴が趣味だったとは。

まあ、趣味なんて十人十色だろう。

 

 

「……それでいいのよ。そのまま断りなさい。」

 

どうやら盗聴することは訳アリらしい。

真剣な表情なのだから、木下さんが告白されているのだろう。

 

 

「ショタコンって何よ!?」

 

木下さんって、ショタコンなんだな。

その事実は、心にしまっておいた。

 

 

 

****

 

学生で賑わうファミレスで、どんよりとした空気。

 

「だれがショタコンよ……だれがノーパンよ……だれが女好きよ……」

 

「噂が広まるの、さすがに早いな。」

 

「うん、後悔しているわ……」

 

帰宅するくらいには、特にAクラスの女子を中心としてその噂が広まったようだ。どこかクラスメイトに壁を作っていた木下さんに話しかける人も増えるだろう、話題はともかく。

 

学園のプロモーションビデオ、さっきまでその撮影をしていたらしいのだが、今は意気消沈している。ブツブツ言っている内容はよく木下が吉井たちに言っていることなのだが、彼らの命に関わるので情報の出所は言うつもりはない。

 

「どの噂も本当のことじゃないんだろ?」

 

「もちろんよ。私が暴力女に見える?」

 

「見えないな。」

 

「そうでしょう?」

 

木下さんや島田さんは関節技、霧島さんはスタンガン。

何かと物騒なこともあるし、護身術を持っていて損はないだろう。

 

 

「秀吉には、それなりに注意しておくぞ。」

 

「もう手遅れじゃない。」

 

「まあ、噂なんて一時的なものだろ。」

 

「ほんと、そうだといいわね。」

 

肘をつきながら、コーラの入ったコップに口をつける姿はいわゆる模範的な優等生ではない。木下曰く、家の中ではズボラな木下さんだ。だがしかし、この光景は学園の生徒に見られることはない。学園の近くに最近新しくできたこのファミレスは個室がいくつもあって、価格も学生サービスでかなり安いのだ。

 

『俺は犬か!?』

 

女子同士で和気藹々と食事したり、ドリンクバーだけでカロリー摂取しようとしたり、女性店員さんを盗撮しようとしたり、将来を誓い合ったパートナーと放課後デートしたり、思い思いの青春がここには溢れている。

 

『追加するな!いっぱいいっぱいなんだ!!』

時折り、男子の叫び声が聞こえることにはもう慣れた。

 

 

ともかく、ここでよく一緒に勉強することになっている。

 

「数学なら、代表にも勝てるんじゃない?」

 

「全科目が大学生レベルっていうのがヤバいんだよなぁ」

 

「まあね。でも、姫路さんもなんだけど、Aクラスに欲しいわ。」

 

「俺はイレギュラーなだけだからな。」

 

「ふふっ、面白い言い方ね。」

 

チートで、嘘の塊だ。

バカみたいなことを一度経験している。

 

「そういえば、Fクラスで大丈夫なの? もし振り分け試験がちゃんと受けられていたら、あんたや姫路さんの実力なら、Aクラスは確実じゃない。」

 

「姫路さんも俺も、すでに愛着があるんだ。」

 

「そっか。」

 

手作りの藁人形を、手の中で弄ぶ。

バカやってるのを見ると、悩むのがバカらしくなる。

 

 

「そうそう。あんたは髪短い方がいいわよ。」

 

「イメチェン成功か?」

 

「まあね。隠しているのがもったいないくらいだわ。」

 

 

 



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第4話 信じて

文月学園主催豪華賞品争奪オリエンテーリング大会。

 

「新作ゲーム、食券1年分だとぉ!」

「……カメラ」

「ずいぶんと大盤振る舞いじゃのう。」

 

図書カード、圧力鍋、洋服引換券、西村先生の熱血指導券、遊園地のペアチケット、そして『シークレットアイテム』などなど。クラスメイトは最高潮の盛り上がりを見せている。

 

試験の答えをもとにxyz座標を決定し、その場所にある商品を得ることができる。しかも2クラスずつで行うのだからかなりサービス精神溢れる学校行事だ。だがしかし俺たちFクラスはAクラスと合同なので、かなり辛い戦いになるだろう。

 

「一体、あのババアは何を企んでいるんだ。」

 

「訳アリだろうな。」

 

「ああ、ロクでもないことだろう。」

 

学園長は、システムの管理人である。

あの実力主義者がこんな生徒が喜ぶイベントなんて、何かしら意図しているはずだ。

 

「ストラップセット! これだ!」

 

「吉井君、こういうの好きなんですね。」

 

「ふっ、訳アリなのさ。」

 

「アキが言っても、バカっぽいわよ。」

 

「バカとはなんだ!?」

 

 

 

時間は放課後。

 

与えられた学園の地図には座標軸があるが、z軸については階数に影響を及ぼすくらいだ。今回重要になってくるのはxy座標だ。課された問題も大学入試レベル、しかも複数の問題を解いてようやく1つの値を出すようになっている。

 

英語なんて、長文読解問題である。

 

「ほれ、頼んだぞ。」

「いや~、伊月がいてくれて助かったよ。」

 

吉井と坂本に、俺を加えた3人チーム。

 

この2人の手綱を握れ、ということだろうか。

ムリだ。

 

「1つ座標を決めたら向かうのでいいか?」

 

「いや。3つくらいは決めておこう。いちいち戻ってくるのも面倒だ。」

 

「どういうこと?」

 

「早い者勝ちで、景品の数は限られている。」

 

「そして、もしAクラスのやつらに鉢合わせたとしても。」

 

「勝てるわけがない!だから、僕たちは早めにゲットするしかないのか!」

 

「そういうこと。」

 

「よくわかったな。」

 

「それならいそがなきゃ! 選択問題は得意だし!」

 

鉛筆を転がし始めた吉井の、今日の運勢次第だろう。

 

「まあ、がんばれよ。」

 

 

さて、どの問題を解くかにもかかっている。

 

例えば、理科だ。

複数の分野がある以上、各問題を解く人数は分散される。

 

 

「……まて。ペアチケットだと?」

 

寝転がって、商品一覧を見ていた坂本の目つきが変わった。

 

「霧島さんと行くのか。本気出さないとな。」

 

「ちっがう!?」

 

照れてるのか。

 

「くそっ、誤算だった。あのババア、俺を陥れるつもりなのか!?」

 

頭をかきながら、問題に向かう彼は必死。

 

科目は英語。

かつて神童と呼ばれた彼なら、ある程度単語の意味も推測できそうだ。

 

 

「僕はもう5つも候補が出たよ!」

 

「ようやく、2つ。」

 

物理と数学、それぞれ1つずつだ。

英文を読み進めていた坂本も、机に勢いよくペンを置いた。

 

「とりあえず、1つだ! すぐに行くぞ!!」

 

「いそごう!」

 

Fクラスの教室。

 

初めから吉井の出した座標に行ったのだが、坂本はかなり冷静さを失っているのだろう。だがしかし吉井の星占いは1位だったらしいし、バカにできないだろう。姫路さんのバスケットを手にしたとき、姫路さん自身に声をかけられた。

 

「吉井君、言いそびれていたんですけど……今日、実はシフォンケーキを焼いてきたんです♪」

 

「あっ、うん、ウレシイナー」

 

「吉井、よかったな。」

 

「ドンマイ」

 

「よかったら、お2人もどうぞ。あっ、私は美波ちゃたちを待たせているので、先に行きますね!」

 

まるで天使のような笑顔だった。

ほんわかとして、悟った表情の吉井は坂本の口にシフォンケーキを押し込み、勢いよく自分も口に入れる。

 

 

もう少し味わって食べればいいのに、そう思いつつ俺も残りのシフォンケーキをありがたくいただくことにした。

 

刺激臭が口いっぱいにひろがって

 

 

 

そこまでは、記憶がはっきりしていたはず。

 

「あんたは……?」

 

いわゆる神様っぽい人に手を振られているのが、ぼんやりと―――

 

 

 

 

 

「起きるんだ!!」

「「はっ!」」

 

「くそっ! 30分もロスしたぞ!?」

 

どうやら俺たちは気を失っていたらしい。

 

 

「今回も生きてたなぁ……」

 

「体育館に急ぐぞ!」

 

次の吉井の座標へ、一直線に向かっていった。体育館倉庫をドッタンバッタン散らかしながら探す彼らは、よほど譲れないものがあるのだろう。俺の足元に転がってきたカプセルを拾う。

 

「これじゃないか?」

 

「よっしゃー!!!」

 

遊園地ペアチケットの引換券。

坂本は、泣き崩れるほど嬉しいことのようだ。

 

「よしっ、次に行こう!」

 

「まあ、吉井の運のおかげだしな。付き合ってやるよ。」

 

 

俺や坂本の答えを見てきたが、ハズレ。

 

どうやらダミーもいくつか混じっているし、すでに回収された物もあるらしい。すでに諦めモードで、少しずつ校庭で談笑する生徒が増えてきた。

 

だが吉井は諦めず、鉛筆を振り続ける。

俺たちもすでに誰かが解いたかもしれない問題に取り組む。選択問題であって、そしてx,yの値は有限である以上、試行回数が多ければ多いほど、当たりを見つけられるのは確かだ。

 

 

 

「答えが間違っていたか?」

 

屋上、ここにも見当たらない。

 

「でも、伊月が得意な数学じゃんか!」

 

「翔子に匹敵するんだ。もっと自信を持て。」

 

「……ありがとな。」

 

すでに回収されたのだろう、残念ながら答えが間違っているのだろう、そういった考えで次の場所へ移る生徒は多い。だから、今残っているカプセルはそう簡単に見つからないはずだ。

 

 

「ここに大切な物を隠すなら、どうする?」

 

「ふっ、そうだね。家族にいかに見つからないように、でも取り出しやすいように。今時、ベッドの下なんて時代遅れさ。」

 

「ふっ、そうだな。翔子にも見つからないようにするには、それなりの工夫が必要だ。」

 

「2人は、ずいぶんと得意分野らしいな。」

 

俺は苦笑い。

そして、頷き合う。

 

3人で屋上の床をさする。もし隠した後に板を被せたと考えるのなら、ガタッと揺れる場所を探せばいい。

 

「あったー!!」

 

吉井が、カプセルを掲げた。

 

 

 

「あら、奇遇ね。」

「それってもしかしてチケット?」

「もらってみればいいよ、そういうルールだもんね。」

 

マズい、俺たちの考えはその1つだ。

 

Aクラス代表である霧島さん、そして木下さんと工藤さん。彼女たちも諦めるとこなく、あちこちを探していたチームらしい。

 

「「「召喚!」」」

 

科目は数学だ。霧島さんと俺が互角とはいえ、合計のステータスの差は歴然。そして真っ向勝負を挑むしかない今の状況では召喚獣の操作性で勝つしかない。

 

「こうなったら、やけくそだぁー!」

「「「召喚!」」」

 

 

チャイムが、鳴る。

 

 

つまり制限時間ということで、召喚フィールドは自動的に消えていった。もしかすると、Fクラスの教室で気を失っていたことさえも、運が良かったからかもしれない。

 

「ペアチケット……」

「「どんまい。」」

 

しょんぼりとする霧島さんは、2人に慰められていた。

 

 

 

****

 

賞品を引き換えた俺たちはFクラスの教室まで戻ってきた。

遊園地のマスコットキャラクターのキーホルダーを知り合いの女の子に渡せるということで、吉井は嬉しそうだ。

 

「よかったな。」

 

「ああ、ほんと。」

 

「いやー、伊月のおかげだよ!」

 

なんていうか、むず痒い。

吉井はバカみたいに本気でストラップを探していて、彼の力になれたのだ。

 

「運や、物を隠すことの上手さ。たぶん俺の回答だけじゃ見つからなかったと思う。」

 

「へへっ、そうかな~」

 

「おっ、他にも何か入っているぞ?」

 

 

黒金の腕輪。

召喚獣システムに関わる物らしい。

 

 

「「「起動!」」」

 

フィールドが形成され、召喚獣が呼びだすことができた。教師の承認のもと、基本的にフィールドは使えるので、生徒個人が使えるようになるのだ。どのクラスも喉から手が出るほど欲しいアイテムだろう。

 

戦略の幅が、広がるのだ。

 

「こいつはすげぇな!」

 

「すっごーい!」

 

坂本の召喚獣にノイズができ、やがて消えた。

いまだ不備があるという注意書きは、こういうことらしい。

 

「バカにしか使えないはずの腕輪だが、月村が使えるのはどういうことだ。吉井はともかく。」

 

「誰がバカだって!? 雄二もバカだろ!」

 

「じゃあ、至高のバカだな。」

 

「しこう……?」

 

「何はともあれ、いいものゲットしたな。」

 

「だな。」

 

「あっ、僕は先に帰るね!」

 

 

葉月ちゃんに渡しに行かなきゃ、と駆けて行く吉井。

悪寒がする、と必死に走っていく坂本。

 

 

「俺も早めに帰るか。」

 

 

教室の戸締まりをしながら、机に置いていかれたペアチケットを手に持った。

 

「……霧島さんに渡しておけばいいか。」

 

黒金の腕輪のことですっかり忘れていた。

まだAクラスにいるかなー、っと

 



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第5話 騒がしい休日

 

少しずつ、気温が高くなってきた。

快晴の日には、汗をかくほどである。

 

Fクラスにはエアコンなんてものはない。

 

「ねぇ。水着の秀吉、見たくない?」

 

「別に。」

 

「なんでさ!!」

 

「吉井は何を企んでいるんだ? 浅はかに。」

 

「なぜバレたんだ!?」

 

「明久がプールのシャワーを勝手に使っているのがバレて、そのペナルティの掃除だ。」

 

「雄二も共犯者じゃないか!」

 

「うっせぇ、主犯。」

 

「じゃが、2人だけでは大変じゃろう。」

 

「さっすが、秀吉! 愛してる。」

 

「ワシは男なんじゃが……」

 

木下の魅力について、吉井はよく熱弁してくる。姫路さんたちの好意に気づかないこともあって今まで男の娘好きかと思っていたが、単に木下が好きなのだとわかった。

 

木下と男子の組み合わせは、双子の姉的には論外らしい。

 

「俺は週末なら空いているぞ。」

 

「ワシもじゃ。」

 

「よしっ、これで2人は確保できたな。」

 

「ムッツリーニも手伝ってくれるよね!」

 

「……パス」

 

「午後から姫路や島田も呼ぶか。」

 

「行く。」

 

シャキーンとカメラを構えたムッツリーニも、吉井並みに単純だ。

 

 

「アタシたちがなんだって?」

 

「えっとね。日曜日にプールを使えることになったんだ! 僕のおかげでね!」

 

「プール開きもまだなのに、すごいですね。」

 

「どうせ、アキが何かやらかしたんでしょ。」

 

「なぜバレた!!」

 

「どうする? 2人は。」

 

「えっとー。明日、ですか……。」

 

「準備が、ね……」

 

「水着買うお金がないとかー?」

 

「まずその考えが浮かぶんだな。」

 

「こいつの食生活を鑑みれば、な。」

 

ゲームに1ヶ月のお小遣いを費やしていることによって、食べる物に困っている。つまり単なる自己責任だ。しかし昼食については姫路さんからよく手作り弁当をもらっているのだから、死ぬほど幸せなことだろう。

 

「こういうとき、木下はうらやましいわ。」

 

「そうですね。どんな秘訣があるのでしょうか。」

 

女子の天敵という理不尽な称号が、木下には与えられている。

 

「まあ、行かせてもらうわ。」

 

「うぅ、時間がないですぅ」

 

「……もっと増やそう。」

 

当日のための入念な準備をすでに始めている、ムッツリーニが真剣に訴えてきた。掃除をする人数を増やすのではなく女子の人数を増やそうと提案しているのだ。欲望に忠実すぎる。

 

「木下さんや霧島さん、……とか?」

 

予想以上に、俺の交友関係が狭かった。

 

「……もし後からバレたら怖いな。」

 

「いさぎよいね、雄二。」

 

「姉上にはワシから聞いてみよう。」

 

 

 

****

 

 

「こんなもんだろ。」

 

「水を入れたら、完了だな。」

 

数ヶ月分の汚れ、たった5人でプール掃除。

 

バカみたいに体力や耐久力のあるメンバーなので、数時間で終わった。ムッツリーニが本気以上の力を出してくれたことも大きい。あちこちに完璧に仕掛けた隠しカメラは西村先生が全部握りつぶしてくれるだろう。

 

「昼飯を食う時間はあるな。」

 

「そうじゃの。」

 

「……ここで食べる。」

 

「ムッツリーニも涼んでおけ。倒れたら、元も子もないだろ。」

 

「……わかった。」

 

休憩がてら、エアコンの効いた男子更衣室に行く。

おにぎり、麺類、菓子パン、カロリーメイト、コンビニで買ってきた物をそれぞれ広げた。意識していないと炭水化物ばかりになって、コンビニでの買い物は栄養バランスが偏った食事になる。それなりに高額な物も多いからだ。

 

もう少し早起きしていれば、弁当でも作ったんだが。

 

「いただきまーす!」

 

砂糖と油を持参して食べる吉井は、猛者だ。

こういう食生活を続けるのはあまりよくないだろう。

 

「なんでっ!雄二みたいなするのっ!!」

 

食物繊維たっぷりのこんにゃくを、奢ってあげた。

 

「ははっ、カロリー0だ。良かったな。」

 

 

プールの方からは女子の声が聞こえてきて、ムッツリーニはそわそわし始めた。木下も『秀吉更衣室』で着替えている頃だろう。専用の更衣室を作ることでしか、倫理とか真理とかいろいろなものを守ることができない。

 

着替えた瞬間に走っていった吉井とムッツリーニ、欲望に忠実だ。

 

 

「し、翔子……」

 

霧島さん、工藤さん、木下さん。

姫路さん、島田さんとその妹、そして木下。

 

「めつぶしぃ!!」

 

こうして見ると、美少女揃いだなと思う。

姫路さんや島田さんも心配することなく、スタイル抜群だ。

 

「霧島さん。視界を塞ぐ方法、他のじゃダメか?」

 

「そっか」

 

「まて。このやわらかいものは何だ。」

 

目隠しである。

 

吉井やムッツリーニが女子の水着に死ぬほど欲情しているのだ。雄二も他の女子に浮気するのではないかと、妻としては心配なのだろう。プールで仲良く水に浸かる姿はお似合いである。

 

「代表が好きな人って、こいつ?」

 

「ああ。将来を誓い合ったパートナーだ。」

 

「そこまで進んでいるのね……」

 

「ところで、なんでスクール水着なんだ?」

 

「が、学校のプールだからよ!」

 

「真面目だな。」

 

「……スク水も、いい!」

 

「きゃっ! ちょっと撮らないでよ!」

 

「……買う?」

 

「本人の許可が得られたらな。」

 

「……残念。」

 

そろそろ貧血になるだろうし、倒れた時にカメラのデータを消しておくことにする。しかし、自動でバックアップが取られるようになっていそうだが、それを口にすれば木下さんによってムッツリーニが殺されてしまう。

 

「あいつ、誰?」

 

「クラスメイト。写真のことは消すように言っておく。」

 

「あ、ありがと……」

 

吉井は姫路さんたちに囲まれていて、木下は吉井に口説かれていて、坂本たちは仲良くプールで鬼ごっこしていて、ムッツリーニは輸血していて、本当に彼ら彼女らは見ているだけで飽きない。

 

「やっぱり。」

 

肩をがしっと、掴まれる。

 

「胸の大きい女子の方が、イイノカシラ」

 

「まてっ! そういうの、俺は気にしない!」

 

「ホント?」

 

「ほんと。」

 

「そっか!よかったわ。」

 

本当によかった。

関節技を体験しなくて。

 

「じゃあ、女子のどういうところが気になるの?」

 

「あー、……強いていうなら、髪型。」

 

「そう」

 

セミロングの髪を一つ結びにしている黒い紐に、触れた。

 

 

「アキ、まちなさーい!」

 

「ほ、ほら。木下さんと一緒くらいじゃないか!」

 

「ちょーっと、同志の加勢に行ってくるわね」

 

ここにいる女子たちの機嫌を損ねないようにしようと、心に誓った。

 

 

 

 

****

 

プール掃除をやって夕方まで遊び、冷えた身体を銭湯で温める。

今日は、高校生の休日を謳歌したのだと実感が湧く。

 

 

「翔子―!シャンプー貸してくれ!」

 

高い壁を越えて飛んできた物を、坂本はキャッチする。

 

「サンキュー」

 

「まるで夫婦だな。」

 

「俺たちはまだ夫婦じゃねぇ。」

 

坂本が放り投げたのだが、ちゃんと受け取っているだろう。

 

バカみたいに騒がしい彼らも、今は穏やかだ。

もちろん、騒がしいのも嫌いではない。

 

「関節に染みる~」

 

「最高の避難場所だな~」

 

「……この壁の向こう、女湯」

 

「なにっ!?」

 

ボソッと呟かれた言葉に、吉井が騒ぎ始める。

穏やかな時間は続かなかった。先日手に入れた黒金の腕輪を起動して、召喚獣を出すまでに至っている。常識人である木下は専用の湯船に行ってしまっているし、俺が止めるしかないのだろうか。

 

「イタタタタ」

 

まあ、女子たちの召喚獣の圧倒的ステータスの前に屈した。

 

 

「0点になった戦死者は、補習!!」

 

「鉄人!?」

 

湯船から現れる西村先生。

まだまだ吉井の休日は終わらないらしい。

 

 

 

 



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第6話 疑問

 

とある曇りの日。

突如、学校は召喚フィールドに包まれた。

 

猫娘、サキュバス、赤ずきん、狼男、そしてゾンビの山、このFクラスの教室に召喚された召喚獣の装備はいつもと異なる。さらにマスコットキャラクター化するはずの召喚獣が等身大である。

 

ムッツリーニや吉井たち男子は、鼻血をぶちまける。

木下の魅力の前に、敗れたのだ。

 

「……これはなかなか。」

 

「落ち着け。」

 

「えっ、あー、うん。」

 

抱きつき合う2人の召喚獣を、頬を紅くした木下さんがうっとりと見ていた。ムッツリーニが男好きということはあり得ないし、霧島さんの前で坂本が浮気するはずはない。

 

「システムの不調だろうな。」

 

「そうだな。すぐにババアが何とかするだろう。」

 

「学園長のこと、ババアって……」

 

「雄二。召喚獣の様子がおかしい。」

 

「あ?」

 

いつも通りの召喚獣に戻った途端、暴走。

もちろん、コントロールはできない。

 

「吉井、月村。学園長がお呼びだ。」

 

「鉄人、なにかあったのー?」

 

「西村先生だ。とにかく急げ。」

 

俺たちにこれといった害はないとはいえ、学園としては大問題らしい。観察処分者である吉井、そして俺は学園長に呼びだされることになった。成り行きで木下さんたちも付いていきた。

 

システムの不調かと思いきや、サーバールームの配線に問題があるらしい。サーバーへの直接干渉に対する防犯システムによってドアが閉まっているということは、普段侵入が許されていない場所へ誰かが立ち入ったことになる。

 

坂本や霧島さんも、同じ考えのようだ。

 

「さーばーるーむ?」

 

しかし今は、問題解決が優先か。

 

「……システムの心臓」

 

「そうさね。そこにある不具合を直してきてほしいのさ。」

 

「なんで僕たちが?」

 

「黒金の腕輪、それを使いな。そいつは不具合のあるフィールドからは別領域のシステムなのさ。それが使えるお前たちに任せるしかない状況さ。」

 

「よくわかんないけど、わかった!」

 

「月村。バカのフォローを頼んだぞ。」

 

「了解です、西村先生。……ですが、俺の召喚獣では物理干渉はできませんから、観察処分者である吉井がこの作戦の要になりますね。」

 

「そうか。僕がパーティーリーダーなんだね!」

 

「アキ!がんばりなさいよ!」

 

「吉井君、ファイトです!」

 

「えへへ~」

 

吉井君の扱い方わかってるわね。と木下さんに囁かれた。

 

 

「行くぞ、吉井。」

「うん!」

 

「「起動!そして、召喚!」」

 

ムッツリーニの秘蔵のビデオカメラを受け取り、召喚獣は通気口の中を走っていく。彼のおかげで召喚獣と視覚を共有することができるのだ。西村先生も事件完了しても一定期間は没収しないだろう。

 

『次は右じゃ!』

 

「ありがとう、秀吉。まるでRPGだね。」

 

『2人とも、止まって!』

『毒沼。気をつけるさね。』

 

「なんでそんなものがあるんだよ!」

 

「対召喚獣のトラップだな。」

 

「危ないじゃないか!こんなとこ通ろうとするなんて僕らくらいだよ!」

 

『ババアの見え見えなトラップに引っかかるのはお前くらいだ。』

 

「……吉井!召喚獣が来るぞ!」

 

「勝てるわけがない!逃げるんだ!」

 

まずは、吉井を後退させる。

霧島さんの召喚獣の攻撃を耐えたが、総合点は互角。

 

「木下さんに、工藤さんの召喚獣まで。」

 

「イタタタタ!!」

 

「挟み撃ちか!?」

 

雄二とムッツリーニの召喚獣。

 

ムッツリーニの召喚獣に吹き飛ばされ、馬乗りになって殴られ続ける吉井の召喚獣。そして、隣の吉井の悲鳴が聞こえたことで、俺は召喚獣の操作から意識を逸らしてしまった。

 

「戦死者は、補習!」

 

俺たちの召喚獣は0点になって、消滅したのだ。

 

 

 

****

 

吉井の召喚獣へのダメージは、フィードバック。

限界まで痛めつけられたはずの吉井はよく生きているなと感心する。

 

「もう僕は行きたくな~い!」

 

本人のやる気の問題については、姫路さんや島田さんに慰めてもらうしかない。

 

 

「まさか召喚獣が立ち塞がるとは。」

 

「ムッツリーニ、前回のテストの点数は?」

 

「……保健体育は590」

 

「前より伸びてる。」

 

「呆れた点数ね……」

 

「それに、召喚獣の数も多い。」

 

「だから点数を稼ぐしかないな。チートでな。」

 

数学、いや算数だ。

四則演算どころか、足し算。

 

配点は、1問100点。

 

「アキの点数が、すごい!」

 

「10000点を超えましたよ!」

 

これで絶対的なステータスを俺たちの召喚獣を得た。

 

 

「起動!そして、召喚!」

 

 

ムッツリーニたちの召喚獣が襲ってくるが、敵ではない。

道中、見え見えなトラップも、大した痛手ではない。

 

「イタタタタ、やっぱり痛い~」

 

サーバールームには警報が鳴り続け、やはりシステムロックがかかっている。吉井には何もいじらないように言っておいて周囲の不具合を確認したが、ずいぶんとわかりやすい場所だった。

 

「学園長、ケーブルが抜けています。」

 

『それを繋いでおくれ。』

 

足元にケーブルを置くのは、危険だ。

一体、誰が躓いたのだろうか。

 

「美波!姫路さん!」

 

「くそっ、数が多い。」

 

次々と湧いてくる召喚獣で、俺も精一杯。

俺たちは、全校生徒を相手にしているのだ。

 

吉井の点数はすでに4000点を切っている。いくら吉井の召喚獣の操作が上手くても、最適化された動きには一歩及ばない。たとえステータス差があろうと、操作性次第で実力を超えて勝てるのが試召戦争だ。

 

そして、吉井の召喚獣にはフィードバックという弱点がある。

 

『吉井君、がんばってください!』

『アキ、なんとかできないの!』

 

「こんな、ところで……」

 

「これで、終わるのか……」

 

俺には何もない。

 

少しくらい年上だからっていい気になっているだけだ。ムッツリーニや木下は趣味や特技に誇りがあって、姫路さんや島田さんは好きな人のためにがんばっていて、坂本は本気を出せばまさに神童で、霧島さんは坂本のためならなんだってできる。

 

吉井は、バカだ。

バカみたいにいつも優しい。

 

『伊月君、がんばって!』

 

日本史なんて、もう勉強しないと思っていた。

 

木下さんは、こんな俺を初めて認めてくれた。

 

 

(がんばっている人を見るのが好きなんでしょ。だから、一緒に教師を目指しましょう。)

 

 

いまだエラーを発しているサーバー。

キーボードに、触れた。

 

「吉井! 俺がなんとかするから、耐えろ!」

 

「……わかった!」

 

『伊月君、私が時間を稼ぐわ!』

 

「ああ!」

 

エラーを修正する時間はない。

 

ターミナルを生成。

言語は、Fortan。

 

もしシャットダウンまでしてしまえば、吉井の召喚獣まで消えてしまう可能性が高い。だから、実行中のプログラムの中を探して、教師フィールド生成を強制停止。

 

 

起動された召喚フィールドは、俺たちの物だけ。

だから、教師のフィールドを媒介としたみんなの召喚獣は消えていく。

 

「つなげたぁ!!」

 

 

 

****

 

汗びっしょりな俺たちは、皆に出迎えられた。

 

なぜ木下さんの召喚獣だけコントロール下にあったのか、あの時一瞬だけ物理干渉を得たのか、そしてなぜ端末へのアクセスのパスワードが頭に浮かんだのか。

 

そんな疑問が湧いてくるけれど、オカルトのせいなのだろう。

人の意志なんてものは、ようやく研究が始まったところだ。

 

「戦死者は補習だ。」

 

「待て、鉄人!召喚獣が勝手に!?」

 

「みんな補習にしちゃったのか。」

 

「なんていうか、申し訳ないな。」

 

「はあ~、だが今回は免除だ。お前ら、今日は外で遊んで来い!」

 

「「「やったーっ!!」」」

 

どうやら杞憂だったらしい。

 

 

「ねぇ!みんなで行こうよ!」

 

「……プール」

 

「い、今からはちょっと……」

 

「無難にカラオケでいいだろ。」

 

「うん。最近できたところがある。」

 

「そこって個室がたくさんあるとこよね!」

 

「そう。いっぱい道具がある。」

 

「待て、翔子!今度は何を企んでやがる!?」

 

「ドリンクバー……、じゅるり」

 

 

特別な報酬はいらない。

ありふれた大切なものを、もらっているから。

 

日々を、俺は一度失った。

 

 

「姉上はどうするのじゃ?」

 

「も、もちろん。私も行くわよ……」

 

 

木下さんは音痴ということが、今日はわかった。

 



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第7話 バカ

 

島田さんと木下さんによって朝から吉井が関節技を受けて、いつものドタバタな日々が始まりを告げた。基本的には俺たちはFクラスで授業を受けるのだが、体育の時は誰もいなくなる。

 

坂本は婚姻届を失くし、ムッツリーニが全女子のバストサイズ一覧を失くし、秀吉がナース服を失くし、島田さんが秘蔵の写真を失くし、姫路さんも封筒を失くした。Fクラスのメンバーが全員体育に出ていたとなると、Fクラス以外のメンバーがこの事件に関わっていることになる。

 

「鉄人が金庫に持って行ったらしいんだ!」

 

「ダンボールの中に大切な物が入っていてな。」

 

「それを間違えて持って行ったらしいのじゃ。」

 

「まあ、協力はするが……」

 

「サンキュー」

 

「恩に着る。」

 

焦っている彼らについていけば、大きな金庫の前。

 

「どうだ?」

 

金庫というより金庫室、よくルパン三世が侵入するようなものだ。どうやら普段は重大な倉庫として使っているので、理由を言ったとしてもそう簡単に許可が下りることはないだろう。

 

「今開けなきゃダメなのか?」

 

「「「ダメ!」」」

 

「……そうか。」

 

まあ、俺ならどうなってもいい。

 

開けるには、パスワードと鍵。

鍵は教師の誰かで、特に西村先生が持っている可能性が高い。パスワードについて知っている教師もそう多くはない。また、物理干渉ができる吉井の召喚獣なら力づくでも破壊できるが、その手段はない。

 

「やっぱり、月村もそう考えるか。」

 

「まあな。」

 

ノートパソコンを膝の上に置き、コードでサーバーと繋ぐ。

 

「何をするのじゃ?」

 

「パスワードを探す。」

 

「でも、下手に打ちこんだら警報が鳴るらしいわよ。」

 

「誰から聞いたんだ?」

 

「根本ってやつだ。」

 

「……そうか。」

 

坂本が特に気にしていなら、問題はないだろう。

俺は構わず、操作を続ける。

 

「……それなら、警報が鳴らない。」

 

「以前、サーバールームに入った時、端末にアクセスするパスワードがわかったんだ。それを使って、何か手がかりがないか調べてみる。」

 

「「「おおっ!!」」」

 

そこまでは複雑ではないから、俺でも操作できる。

 

召喚システムはまさにプロトタイプと言えるもので、オカルトの要素さえなければ動かせないことは確かだ。だから、積もった情報の中に金庫のパスワードが残されていてもおかしくはない。

 

「あった。」

 

数字4桁。

学園長のガサツさがわかる。

 

「これなら鍵さえあればなんとかなるね!」

 

「ここからは俺たちの出番だな!」

 

 

数十分。

吉井が包帯を頭に巻いているとはいえ、生還。

 

これで、鍵は手に入った。

 

「よしっ、開けるぞ。」

 

積もれたダンボール。

各自の探し物も、ちゃんと取り戻せたようだ。

 

「ほんと、よかった。」

 

「そうだな。よかったよ。」

 

「あんたは?」

 

「根本君だよ。ここにあるって教えてくれたんだ。」

 

「有能だったよ、君は。」

 

俺の肩を軽く叩き、根本はダンボールの中からプリントの束を1つだけ取り出す。

 

「試験問題か。」

 

「そんなっ!」

 

「それってカンニングじゃない!」

 

「そうだな。お前らも一緒に見るか?」

 

「……乗せられた。」

 

「くそっ! 最初からこういうつもりだったのかよ!」

 

「は? ま、まて。坂本雄二。あんた、気づかなかったのか?」

 

「すまん。」

 

「ははっ、俺はつくづく運がいい! バカがまちがってダンボールを運び、気が動転した坂本は真意に気づかず、そしてバカ正直な有能君がいてくれた! 最低で屑で、踏み台には相応しいんだよ、Fクラス。」

 

「そんなこと! Fクラスはみんな、やさしくてあったかくて。最低なんかじゃありありません!」

 

「はっ、勝手にほざいてろ。」

 

「「てめぇ!」」

 

「お前らは共犯者さ。バレれば一緒に停学。運が悪ければ、退学さ。」

 

「くそっ、そんなこと怖くない!ぶん殴ってやる!」

 

「まてっ、明久!」

 

「でも!」

 

「このことは秘密にしようぜ。お互いのためにな。」

 

「根本、ロクな死に方はしないぞ。」

 

「おおっ、こわ。じゃあな、踏み台のバカたち。」

 

―――賢く生きようぜ

 

嗤いながら去っていく、根本。

俺たちは、沈黙を続けるしかない。

 

「とりあえず、ここから出るぞ……」

 

「そうだね……」

 

「システムのことはやっておく。だから、鍵持って帰ってくれ。」

 

「あ、あのっ。」

 

「全部、俺が後始末するから。俺があいつを道連れに」

 

言葉は途切れる。

頬の痛みが俺を襲い、胸ぐらを掴まれる。

 

「月村君!?」

「アキ、あんた!」

 

「ふっざけんなよ!誰がそんなこと頼んだ!僕たちが巻き込んだことなのに、なんであんただけが責任を取るんだ!」

 

「俺が勝手にお前らを信用して、俺が勝手にやっただけだし、これからも勝手にやる。……閉めるぞ。」

 

 

扉が、閉じた。

 

 

 

****

 

 

誰もいないFクラスの教室に入った。

 

真っ暗で、でも必要な物の場所はわかる。

彼らの私物を使うことは心苦しいが、仕方がない。

 

「伊月君、待ちなさい。」

 

細い腕だ。

振りほどくことも容易い。

 

「そんな怖い目をしているのに! 心配しない友達がいるわけないでしょ。」

 

「……なあ、俺ってバカなのかな。」

 

「どういうこと?」

 

「何も言わずに勝手にいなくなる。それをまた繰り返そうとしている。」

 

こんなに苦しいのだ。

転生なんて、しなければよかった。

 

「……伊月君のこと、私はほとんど知らないの。学校に来てなかった理由も、あまり自分のことを話してくれないから全然わからない。だから、まだまだいろんなことを聞いてみたい。」

 

―――あなたがいなくなるなんて、私は嫌よ。

 

「キツいな。」

 

「ええ。簡単には、逃がさないから。」

 

「関節技は、まだ経験したくないな。」

 

「そう、よかった♪」

 

「……決着をつけてくる。」

 

 

行き先は、学園長室。

まずやることは、土下座。

 

 

俺たちが金庫室に入ったこと。

テストの問題を見たのは、根本だけ。

 

 

全部、バカ正直に話した。

 

「……それを信じるバカがどこにいるさね。」

 

「学園の模範生である私が、バカ正直な彼を信じます。」

 

「そうかい。」

 

嬉しそうに、微笑んだ。

学園長は俺たちに背を向け、呟くように告げる。

 

「なぜパスワードがわかったのか疑問だろうね。」

 

「それは、まあ。」

 

「あんたの召喚獣は、あのバカのより特殊なのさ。なぜか意識を持ち、召喚していないときでもサーバーの中を動き回る。そしてたとえフィールドがなくても展開できる、あくまで今は腕輪を媒介としているだけ。まったくこれだから、召喚システムの研究は楽しいのさね。」

 

「俺の召喚獣、よっぽどの問題児らしいですね。」

 

「そういうことさね。だから罰の代わりに、これからは召喚システムの向上に力を貸しな。それで、お前は将来……。まあ、この話は今度にしようさね。」

 

 

窓の向こうでは、テスト問題が舞っている。

バカたちが、バカやったみたいだ。

 

 

「バカどもと一緒に、決着をつけてきな。」

 

 

扉が、蹴り開けられた。

 

 

「「やるぞ。試召戦争!!」」

 

「了解。」

 

バカは、転んでもただでは転ばない。

 

 

****

 

Bクラスとの決戦が始まる。

 

「開戦だ!」

 

「「「うおおおお!!」」」

 

Fクラスで突出した点数は、数学の島田さんと保健体育のムッツリーニ。そして、俺や姫路さん。しかし、気迫なら他のクラスメイトも負けていない。リア充であるBクラス代表を敵視した異端審問会メンバーは、Bクラスメンバーを集団で囲んで同士討ちにまで持ち込んでいる。

 

「なるほどな。ムッツリーニ、引き続き頼んだぞ。」

 

「……了解」

 

「まるでニンジャだな。」

 

「ああ。頼りになる。」

 

 

Fクラス教室のボロボロの扉が、開かれた。

 

「お客様が来たか。」

 

「いたぞ!坂本だ!」

「船越先生、頼みます!」

 

「承認しました。」

 

「「「召喚!」」」

「「召喚。」」

 

250点くらいが3人。

島田さんにも敵わない実力で、戦線の後方から乗りこんできた。

 

「300オーバーに、500オーバー……?」

「うそだろ。」

「なんでこいつらがFクラスなんだ。」

 

かつては神童と呼ばれた坂本なら、あり得る。

前世は理系学生だった俺なら、あり得る。

 

拳と大剣が、敵を蹴散らした。

 

「威力偵察だろうな。」

「ああ。引き際を間違ったな。」

 

「戦死者は補習!」

 

3人を抱えて、走り去っていく。

そして、教室の外から見ていたやつをわざと逃がす。

 

攻撃と防御、それぞれに人数を割く必要がある。Fクラスには切り札がある以上、一斉攻撃することは慎重派の根本は選ばない。じっくり追い詰めることをするからこそ、わざと戦線の反対側を開けているのだ。

 

「西村先生、戦場を駆けまわっているんだよな。」

 

「まさに鉄人だな。」

 

だからこそ、今回の鍵だ。

 

「雄二!伊月!」

 

ボロボロの扉が勢いよく開かれて、壊れた。

彼は根本が警戒する、黒金の腕輪の持ち主の1人。

 

「目立つバカ。おつかれさん。」

 

「ずいぶん走り回ったみたいだな。」

 

「はぁはぁ……、奇襲をかけるよ!」

 

「「ああ!」」

 

さて、ここでこの学園の構造を説明しておこう。旧校舎にあるのがFクラス、新校舎にあるのがBクラスだ。それぞれの校舎は渡り廊下で繋がっていて、渡り廊下こそが戦争の中心となる。

 

島田さんと姫路さんがそこで今も戦っている。

 

「まったく、俺を使うとはな。今回だけだぞ。」

 

そして、BクラスはAクラスと向かい合っているのだ。

 

「頼んだぞ、鉄人。」

「よろしく、鉄人。」

「よろしくお願いします、鉄人先生。」

 

「月村まで……」

 

屋上から俺たち3人を抱えて、Aクラスの窓から侵入。

 

「「「鉄人、さっすがー!!」」」

 

木下さんと、俺は頷き合った。

 

 

「行くぞ。」

「「「ああ!」」

 

 

真向かいにある、Bクラスの扉を、蹴り壊す。

 

「「「根本、来たぞ!!」」」

 

「なにっ!?」

「代表!Fクラスに坂本も月村もいません!」

「バカ!ここにいる!」

 

秀吉の声真似や演技。

それで、とどめの一斉攻撃を行わせたわけだ。

 

「残念ながら、俺を過剰に気にしすぎたな。」

 

ムッツリーニによって情報操作は完璧。俺が霧島さんに匹敵するという情報は、慎重派の根本をさらに慎重にさせることは簡単だった。もし、俺を倒したければ保健体育でも持ってくればいい。

 

「鉄人!!科目は保健体育!!」

 

「承認した!」

 

坂本や吉井は、徹夜してムッツリーニの補習を受けたのだ。

 

「起動!」

 

そして俺は、保健体育以外の科目ならいい。

科目は物理。

 

俺の周囲だけは別科目で戦うことになる。

 

「運が良かったな。」

 

吉井たちは300点。

そして、俺は580点。

 

召喚獣の操作は、俺たちが上。

 

「姫路さんも、そろそろ到着する頃だろうね。」

 

「くそっ、お前ら!俺を守れ!」

 

護衛は10人。

慎重派の、根本らしい人数だ。

 

「「「ムッツリーニ!」」」

「……加速!!」

 

根本の召喚獣の首を、忍者が刈り取った。

点数は600点オーバー。

 

「まさか、お前らさえも囮だと……」

 

「そういうことだ。」

 

「……勝った。」

 

「戦争終結! 勝者Fクラス!」

 

「「「よっしゃー!」」」

 

Fクラスのメンバー、誰1人欠けてはならなかった。

バカができることをやったからこその勝利だ。

 

 

「これは罠だ!」

 

「は?」

 

「なぜAクラスから来て、騒ぎにならなかった! 他クラスとの協力は規定違反だろ!」

 

「雄二と協力……、ぽっ」

 

「一体、なにがあったのかしらね。」

「ボクたちのクラスに鉄人先生が入ってきたんだよね!」

「吉井君たちと一緒にね。」

 

「そう。俺たちは勝手に窓から入ったんだ。」

「最近暑いから、窓が開いていてよかったよ。」

「他の皆は、他の教室に行っていたみたいだな。」

 

「く、くそっ。お前らのせいだ!お前らが俺を守らない、から……」

 

駒として扱い、責任をなすりつける上司は最悪だろう。

 

Bクラスは3ヶ月もFクラス教室になるのだが、自滅。ヘイトを根本自身が集めてくれた。そもそも私物まみれのFクラス教室にはみんな愛着が湧いているし、教室交換は行われない。

 

「……後でお前はみっちり指導してやる。補習では済まないぞ。」

 

ともかく、Bクラス生徒は根本を睨みつけた。

鉄人先生によって、こってりしぼられるだろう。

 

「すっきりした?」

 

「……ありがとう。」

 

「ど、どういたしまして……」

 

頬をかく木下さんの頬は赤い。

もし木下さんがいなければ俺は、まちがい続けたと思う。

 

 

「明久君!やりましたね!」

「アキ!すごいじゃない!」

「柔らかいものと固いものに挟まれて!?」

 

明久は姫路さんや島田さんに抱きつかれ、秀吉やムッツリーニとも健闘を讃え合う。雄二も霧島さんの胸にうずめられて、顔を真っ青にしてイチャイチャしている。Fクラスをバカみたいに勢いづけるのは、やはり明久と雄二なのだ。

 

 

「「「異端者は、処す!!」」」

 

「なんでだよ!?」

 

「やっと解放されたんだが……」

 

ブラックリストに俺も載ってしまったなっと

 

「まあ。とりあえず」

「「「逃げる!!」」」

 

 

これ以上は、自分の気持ちから目をそらすことはできないだろう。

 



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