奇怪な少女と探偵録 (イーストプリースト)
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『第一話:太陽は誰も逃がさない1』

 子供の頃の話だ。親や周囲にしてはいけないと言われてても、つい好奇心に任せて言いつけをやぶったことはないだろうか。

 千原(ちはら) 純也(じゅんや)が御堂を訪れたのも同じ理由であった。

 『裏山にある御堂には夜な夜な幽霊がでるから近づくな』と父につれられて田舎に帰省した千原は祖父に言われた。

 この山にはかつて山姥がおり、夜な夜な老人や子供を攫っては鍋で煮込んでは喰ってしまったため、その怨霊がいまもさまよっているのだと、脅しつける祖父の言葉に、『え、幽霊見れるの!? むしろ、探せばまだ山姥に会えるんじゃね!』と喜び勇んで山奥に繰り出したのだ。

 棒を振り回しながら、幽霊よ、でてこーい!と言いながら枝を打ち払い、蜘蛛の巣を切り捨て、探し回ったが何も収穫がなく、日も傾き沈みかけたから戻ろうとした矢先に奇妙なものを発見した。

 鹿や猪、狸などがたまに見かけられる山奥だというのに、きちんと木を編んで組まれた柵が建てられ、道が踏み均された先に庵が立っていたのだ。

 千原の祖父などが暮らしている人里を一望できるほど高い位置にあり、暮らすには不便極まりないはずである。

 裕福層の別荘であろうか、それにしては簡素すぎる作りであり、もしかして、この先に幽霊がいるのかもしれないと、思うと千原の胸は高まった。

 友達の三明(みめい)右沢(みぎさわ)なら幽霊にビビるかもしれないが、似たようなものがついている自分なら平気であると千原は思い、ととと庵へ近づいていく。

 もし幽霊がいたなら、捕まえてしまって持って帰ってもいいかもしれない。そうしたら、祖父母やお父さん、お母さんは驚くかもしれない。

 むしろ、学校まで持って帰って三明あたりに自慢しよう、きっと悔しがるに違いない。

 そして、庵の中を覗き込んだところで千原はわっと驚いた。

 ぼうっと暗い庵の中。

 灯りのない暗い部屋の中で、外から差し込む淡い光で目のない白い能面が浮かんでいるように見えたのである。

 千原は知らなかったが若女という種類の面であったが、奇妙なことにその面の目の部分に白い布が張っており、前は見えるようになっているが面の外側からだとまるで目が付けられてないように見えた。

「……だれ?」

 能面は壁にかけられており、能面のかけられている部屋を挟んで反対側に別の部屋があるようだ。

 驚いたの声に反応したのだろうか、襖の奥からは少女の声が聞こえた。

 千原は迷いなく庵の中に入り、襖わずかに開き中を覗く。

 そこには綺麗な少女がいた。年のころは千原と同じぐらい――十代の前半――日にあまり当たってないためか肌が陶磁器のように白く、和服も白のものを着用している。

 座っているためか黒く長い髪が畳の上に垂れ落ちていた。

 千原はなんとなく彼女を見て輝夜姫を連想する。

 少女は困惑したかのように襖を見めており、千原のことにも気づいているようだ。

「こんにちわ! 君はここの子? とりあえず、入ってみたけど悪かったかな?」

 それを見た千原は躊躇いなく襖を開き、中へと入り込んだ。

 唐突に襖が開かれ、少女が悲鳴を上げる。それにつられて千原も悲鳴を上げた。

「あ、ごめん? 驚かせた? 別に悪気はなかったんだけど、驚かせたならごめんね? 謝るよ、ね?」

 そして、千原は急いで謝罪の態勢に入る。

 両手を合わせて、笑みを作り、何度もぺこぺこと頭を下げる。

 最初、少女はぱちくりと目をしばたたかせ、まじまじと千原の顔を見みていたが、やがて害意がないことを悟ったのか、ゆっくりと千原へと近づき、その顔を手で撫でた。

 おお、と困惑する千原をよそにぺたぺたと手で顔を確かめ

「……顔がある。あなた、何? 怪物?」

「え、人間って顔があるものじゃないの?」

「普通、ない」

「え?」

「え?」

 二人が同時に小首をかしげるが、千原は変なことを言ってる子だなーと流すことにした。

「……まぁ、いいや。俺の名前は千原(ちはら) 純也(じゅんや)。君の名前はなーに?」

「アカリ」

「どこから来たの? 俺は目黒ー」

「東京」

「東京のどこー?」

「わからない」

「なんで? 近くにデパートとかなかったの?」

「デパート? ……デパートって?」

「え、デパートを知らないって……。ほら、えっと、なんかこう物がいっぱい売ってるところだよ」

 アカリが長いを黒髪を揺らして首を横に振る。

「不思議な子だなぁ。じゃあ、君のお父さん、お母さんは? 俺、勝手に入っちゃったけど、怒られないよね……?」

 いまさらながら千原は不安になる。もしかして、祖父がいっていた幽霊云々はここに近づかせないための方便だったのではないか。

 だとしたら、こっぴどく叱られるかもしれない。それを思うと、ひざががくがくと震え出した。

「佐比売党の人のこと……? それなら見つかったら、怒られる、かも……?」

「え」

 千原が思わず周囲を確認する。

 先ほどから音は聞こえていないが、念のため周囲を見ましたが人影はなさそうだった。

見つかって説教をされるのはまだいい。しかし、夏休みの最中、ずっと外に出られなかったり、お小遣いを減らされるのは非常にまずい、と千原は唾を呑んだ。

「ま、いいや。それよりどうしてこんなところにいるの? 身体でもよわいの?」

「連れてこられた、から」

「外に遊びに行こうとは思わないのか?」 

「わたし、そとにでないほうがいいものだから。それに、明るいの、怖い」

「ええー、ずっと部屋にいたら退屈じゃない?」

「たい……くつ……?」

 小首をかしげるアカリ。

「不思議な奴だなー。本当に外に出たくないの?」

「……そとにでたら、いけないから」

「誰が決めたんだよ、そんなこと」

「佐比売党の神官」

「破っちまおうぜー、外にはいろいろと楽しいこともいっぱいあるよ。だから、明日、こっそり一緒に出てみない?」

「こっそり……?」

「そう、こっそり。今日はそろそろ暗くなるから危ないからさ、明日また来るよ。そしたら、ここをでていろいろと見て回ろうぜ。約束だ」

「……約束」

 そっと千原が小指を差し出す。

 アカリは何をするのかわからないといったように、千原の手をまじまじと見つめている。

「指切りげんまんも知らないのか?」

「?」

 小首をかしげるアカリの手を取り、小指を絡めると、「ゆーびきりげーんまーん、うそつーいたら、はーりんせんぼーん……」と韻をふむ。

 珍しい虫を見かけたように、自らの指を見つめるアカリ。

 しばらくみつめて、そして、こくりと頷いた。

「じゃ、また明日なーっ」

「……明日」

 小さくつぶやいたアカリに頷いて、千原は帰っていった。

 

 

「……青春の懐かしき思い出、ではあったが……」

 千原探偵事務所。

 客間を挟んだ先にある所長室。

 焦げ茶色の毛並みをした犬のあたまをなでつつ、目前におかれたアタッシュケースに添付されていた手紙を読みながら、千原は思いにふけっていた。

 あの後、暗くなって心配していた父に大目玉を喰らいながらも、次の日に抜け出して庵を訪れたものの、アカリの姿は消えたものだ。

 それもかれこれ十年以上は前の話であり、今になって約束を思い出すとは思わなかった。

 再び、手紙に目を落とす。

 そこにはたどたどしい文字で

『このこ たすけてあげて かばんのなか すきにつかっていい あかり』

 と、書かれている。

「……ふーむ」

 千原が顔を覆う。

 先ほど身に覚えのない荷物(アタッシュケース)が送られてきて、送り主を確認してみるとかつて一度会った少女の名で目を丸くし、中身を確認するために開けて(ピッキング)してみたものの、中身は予想外のものであった。

 アタッシュケースの中には手のひらサイズの黄金(スモールバー)が敷き詰められており、その上で一人の少女が目を閉じて横たわっていた。

 明らかにアタッシュケースの大きさと中にある内容物の容量が合っていない。

 試しにフタをしめてみたが、問題なくアタッシュケースは閉じて、鍵をかけることもできた。

 明らかにおかしなものであるが、今は問題ではない。

 問題はこの少女である。

 まるで幼児のように丸まってアタッシュケースに収まっているが、小柄で年のころは十二歳ぐらいだろうか。

 アカリと透き通るによ白い肌。いや、安否確認のために確認させてもらった限り、数人分の皮膚がつぎはぎされたかのように皮膚の色が違う部分が二か所みうけられた。

 全裸にしたわけではないので、正確な数は不明であるが、全身のうちいくつかの箇所は皮膚の色に違いがあるのではないだろうか。

 日焼けや日光の辺り具合による色の違いではなく、つぎはぎの跡が残っているため、皮膚移植の跡だとも思われる。

 髪の色は黒であり、ところどころ茶色が混ざってるようでメッシュのように黒髪に茶色が混ざっている。

 顔立ちは幼げだが目鼻はすっきりとしており、目を閉じていると人形のように生気を感じづらい。

 それ以上に問題なのは、

 少女の頭部、左側頭部からでこにかけて、灰色のぶにぶにとした烏賊の側頭部のようになっている。

 その異形部分は左目周辺にまで及んでおり、左目の位置には八本の短い、小さい、触手が蠢いていた。

 それは汁気をにじませた粘液を纏い、触手の真ん中には窄まった穴のような部分を覆っていた。

 軽く指で触れてみると、指に反応して触手が絡みついてくる。

 どうやら吸盤の部分は烏賊のように鋭い反しの牙がついているようで絡みついた指先に鋭い痛みを複数感じる。

 毒はなさそうなのが幸いだろうか。

「つーか痛ぇ。しかも剥がそうとしたら別の触手が絡んでくるから剥がしづれぇ……」

 悪戦苦闘しながらもなんとか千原は触手を剥がし終わる。

 目元の触手は千原の指を引き込みながら、窄まっている部分ががばりと広がったところからどうやらこの部分は口のようだ。

 中には鋭く小さな歯がびっしりと敷き詰められており、千原は昔見たペンギンの写真を連想した。

 絡みつかれた指先にはねっとりと透明な粘液が付着しており、親指と人差し指の間で線を引いていた。

 見ると、千原の指先は小さく赤い傷痕。触手の牙で皮膚が切られ、赤い身が見えていた。

 そして、彼女の左腕は存在せず、代わりに左目の触手と同じ触手が四本生え伸びていた。

 白くゆったりした和服であるためわかりづらいが、どうやら胴体部にも似たような触手が生えてるようで軽く手で触れてみると、ぶにぶにと人間とはまた違う、硬質なゴムのような弾力を感じた。

 明らかに異形、人外の類であった。

「えっと、俺はこれをどうすればいいんだ? この病気……? 病気、治すように手を尽くせばいいのか。それとも、なんか厄介事に巻き込まれてるのを助ければいいのか……?」

 額を指でぐりぐりと抑えながら考えていると、インターホンが鳴る。

 再びの来客。とりあえず、アタッシュケースをとじて、この少女のことは保留にし、千原は来客対応のために客間へと歩を進めた。

 

 

 安重(やすしげ) (とおる)と名乗る中年の警察官であった。

 垂れ下がった目尻に軽く狭められたまなじりが優し気に見える。

 頬がふっくらとしており、全体的に恰幅が良いためか、温厚で人がよさそうな印象を受ける。

「いや、最近、ここらで誘拐事件がありましてね。十二歳のアカリという子なのですが知りませんか?」

「職業がらいろいろと探したりしてますが、聞いたことはないねぇ」

「そうですか……忠告しておきますが、知っていることがあるなら早めに行った方がいいですよ」

「いやー、本当ですよ?」

 にこにこ、と笑う安重は名刺を取り出し、

「とりあえず、なにかわかったら教えてもらってもいいですか?」

「はい。わかりましたよ」

 千原もこころよくそれを受け取り、

「あ、念のために警察手帳を見せてもらってもいいですか?」

「構いませんよ」

 黒く縦折りの手帳が提示された。

 POLICEと刻印された丸い桜田門の紋章が入り、警察庁と印字されている手帳。

 それを見た千原は目を細め、職員番号を頭の中に叩き込んだ。

 

 

 

「誘拐事件、ねぇ……」

 ひらひらと名刺を弄びながら、千原が所長室へと戻ってくる。

 アカリという名前も気になるが、誘拐事件が起こったという話も聞いたことがない。

 千原自身、警察官ではないのですべての情報について知っているわけではないが、とりあえず、あとで知り合いの刑事に尋ねてみることにした。

 それよりも優先されるのは、あの少女のことである。

「これを見られたら、言いわけはできないよな」

 再びアタッシュケースを開き、少女の様態を確認する。

 とりあえず、探偵事務所の前には臨時休業の紙は貼りだしておいたので、彼女に集中して取り組むことができるだろう。

 脈拍などはさきほど確認した限り問題はない。

 ならば、あとは目覚めるのを待つだけではあるのだが……。

「問題はいつ目覚めるか、だよなぁ……」

 すやすやと眠っている彼女はしばらく起きる気配はない。

 足元にじゃれついていくる焦げ茶色の犬の頭を撫でて、遠ざけた。

 とりあえず、彼女をアタッシュケースの中から取り出して、ソファーに移そうとして、窓に何かがぶつかる音がした。

 そちらを見ると雀が一匹、窓にぶつかったようで、ひさしの傍に落ちていた。

 珍しいこともあるものだ、と千原が思っていると、卓上カレンダーがぱたりと倒れたので立て直す。

 アタッシュケースを開こうとして、

「……?」

 力を込めてみるが蓋がびくともしない。

 それどころか、アタッシュケース自体が机の上に張り付いたかのようにくっついて微動だにしない。

「なに……?」

 不審に思った千原が手を引っ込めようとしたが、今度は彼の手がアタッシュケースから離すことができなくなっていた。

 さらに見えない何かに引っ張られるようにアタッシュケースへと体が吸いつけられていく。

 さながら金属が磁石にひきよせられているようにじわじわと千原の上半身がケースへと押し付けられていく。

 舌打ちする。

 背後にあった椅子が足裏へと引き寄せられ、アタッシュケースと机で千原を挟むように浮き、彼の身体を圧迫する。

 そうこうしているうちに、彼の上半身はアタッシュケースのおいてある机にぴたりと張り付き、動かすことができなくなる。

 他にも机の上にあるものがアタッシュケースへと引き寄せられ、張り付ていく。

 机の中から何かが転がる音がする。音で判断するに、机の中身もどうやらアタッシュケースへと引き寄せられ、引き出しの裏側へと張り付いているようだ。

 これは不味い!と千原が判断したところで、アタッシュケースの前に一つの(ヴィジョン)が現れる。

 それは海月のように透明で細い触手を無数に頭部から垂らし、爬虫類のような瞳で千原を見ている。

 目以外の部分は白いマスクに隠されており、判別がつかず、身体の部分は白と黒の四角いチェック柄で覆われていた。

「スタンド……っ」

 千原が現れたスタンドヴィジョンから離れようと体に力を籠めるがびくともしない。

 まるで鉄骨に挟まれたかのような重み。

 ビルの倒壊に巻き込まれて生き埋めにされたら、このような感覚なのだろう。

 なにより問題なのは、このスタンドが誰のスタンドなのか、ということだ。

 もし、このスタンドが少女のスタンドであり、少女が身の危険を感じて発動したのだとしたら下手に攻撃するわけにはいかない。

 少女のスタンドに攻撃してしまえば少女自身が傷ついてしまうからだ。

 しかし、このままでは千原自身がいずれ押しつぶされるだろう。

 どうするか……っ、と、千原が下唇を噛んでいると、事務所の扉が開く音が聞こえた。



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『第ニ話:太陽は誰も逃がさない2』

 幽波紋(スタンド)とは。

 生命力の作り出す(ヴィジョン)であり、千差万別の姿を持ち、各々の精神的才能に従った特殊能力を持つ存在である。

 おおよそ人型の姿を取る者が多く、本体を守り守護する働きをするものが多い。

 しかし、個人の心の才能が実体化した存在である故に例外もまた多い代物である。

 そして、スタンドを見ることができるのは――スタンド使いだけである。

 

 

 机の上に突っ伏した状態のまま固定された千原が誰かの足音が近づいてくるのを感じる。

 その足音の主は迷った様子もなく、客間を抜け、所長室へと歩を進める。

 千原は無理矢理、首を動かし、視線を扉へと向ける。

 現れたのは先ほどの警官――安重であった。

「……さっき忠告したよな? 忠告をきちんと聞いていれば、俺が手を煩わせることも無かったのによぉ」

「キャラ変わりすぎだろ、おい」

 先ほどの人が好さそうな笑みはどこへやら、にやにやと厭味ったらしい笑みを浮かべた安重に苦々しい声をあげる千原。

「おい、このスタンドはお前のスタンドか? お前がこの現象を引き起こしてるのか?」

 千原が質問をすると、いらだたし気に安重は眉をひそめた。

「お前、状況わかってるのか? 質問ができる立場じゃないだろ、俺が質問をするんだ。

 俺が用があるのは、お前がいまへばりついてるアタッシュケースとその中身だ」

「何の話だ? 俺には心当たりがさっぱりないね」

「誤魔化してるんじゃないぞ。俺のスタンド、太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)はあらゆる縁にとりつき、その重力を増幅するスタンド」

「重力?」

「物と物、人と人、物と人にはそれぞれ引き合う重力としかいえない縁があるんだ。俺のスタンドはそれに憑りつき、増幅する。

 そのスタンド能力を利用して、俺たちの研究所から盗まれた実験体を追ってきたってわけさ。

 そして、それは今、俺の目の前にある」

 千原の前の前に立っている海月のような触手を頭上から生やしたスタンドは、どうやら安重のスタンドのようだ。

 それを知った千原は安堵の息を吐いた。

「……なるほど、あの子の有様はお前たちがやったんだな?」

「秘密を知ってしまったな。ならば、お前は絶対に殺害しなければならない。権蔵さまに秘密を知った者は皆、消せと命令されてるからな。

……ま、どっちにしろ消してしまうつもりだったがな」

「そうか……」

 安重がいぶかしむ。

 怪現象やスタンドに驚かず、スタンドも見えていることから、千原(こいつ)もスタンド使いであることは予想がつく。

 しかし、それでもこの落ち着き用は何なのだろうか。

 既に太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)の術中にはまっており、動く事すらままらないないはずだ。

 それとも、自らのスタンド能力にそれほど自信があるのだろうか、と安重は喉をならした。

「なら、俺のスタンドで死ね――――疾走疾駆(ナンブ)ッッ!!」

 千原の後ろに(スタンドビジョン)があらわれる。

 それは狼男であった。

 焦げ茶色の狼の皮を被った男性のビジョン。

 それは目前の太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)を殴りつける。

「――!? こいつッ」

 太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)は反応すらできない。

 のろのろと腕をあげて防御をしようとしたがまったく間に合っていない。

 その間に、無数の拳が太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)へと突き刺さっていく。

 しかし――

「……遠隔自動操縦型か!」

 遠隔自動操縦型スタンド。

 通常、スタンドはスタンド使い本体から離れるほどパワーが落ち、スタンドが届く有効な射程距離が決まっている。

 しかし、遠隔自動操縦型のスタンドは本体からいくら離れようとも破壊力が落ちることがなく、射程距離も長い。

 くわえて、スタンドからフィードバックするダメージもない。

 反面、一定の条件を満たした時にしか力を発揮せず、スタンドが何をしているのか本体も把握することができない。

 そう考えると、太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)は縁を辿って、大まかな位置を知ることはできるようだが、その詳しい内容を安重は知ることができなかったのだろう。

 そして、遠隔自動操縦型スタンドの一番の利点である本体は安全圏からスタンドだけを先行させるのをかなぐり捨てて現れた理由は――――

「ははは、ありがとうよぉ。どうやってお前との縁に繋ごうか考えていたんだ。しかし、その手間も省けたってもんだぜ」

 太陽は誰も逃がさない(ブライター・ザ・サン)がアタッシュケースの上から消えて、千原の上、まるで背後霊のように現れた。

 どうやら、“縁”とやらが繋がれたため、アタッシュケースから千原へと憑りつきなおしたのだろう。

 それを見た安重はアタッシュケースを掠め取り、距離を取る。

 疾走疾駆(ナンブ)が拳を振り回すが間一髪のところでかわされた。

 恰幅の良い体型の割に以外に素早い。

 やはり、アタッシュケースの回収のために現れたのか、と千原は下唇を噛む。

 所長室から脱出されなければ、攻撃は届く。

 疾走疾駆(ナンブ)が吠え、一瞬、身を屈め、鋭い爪を伸ばして安重へと飛び掛かる。

「無駄だ」

 途端、重いものがのしかかったかのような感覚が千原を襲う。

「机が……のしかかってくる!?」

 突っ伏した机がより強い圧力を持って、千原へと迫ってくる。

 下に突っ伏している机が自らの方へと迫ってくる、という奇妙な圧迫感。

 疾走疾駆(ナンブ)すら、机に縫い伏せられ、ぐるるると唸っている。

「俺のスタンドは全ての重力を強化する。それはスタンドすらも例外ではない。

 じゃあな、そこで押しつぶされて死んでしまえ」

 みしりみしりと部屋全体が軋み始める。

 椅子が千原に押し付けられ、机との間に挟まれる形となり、千原を苛んでいく。

 飛んできた小物を疾走疾駆(ナンブ)が腕を交差して防いでいく。

「―――― 」

「は?」

 足早に立ち去ろうとした安重であったが、千原の言葉に立ち止まる。

 何かを言ったようだが、聞き取ることは出来なかった。

「なぁ、自営業ってどれだけ大変ってわかるか? 

 自分で仕事を見つけてよ、自分で採算をとって、その上で倒れても誰も助けちゃくれないから健康管理をしっかりした上で、税金処理の計算まで自分でしないといけないんだ。

 ……かなり大変なんだぜ?」

「……だからなんなんだ。それが嫌なら企業に勤めておけばいいだろうが。

 強いものに巻かれて生きていけばいいんだから、そのほうが楽だろ?

 わざわざ独立して苦労する理由なんてないだろうが」

「誰かに使われるだけの人生なんてごめんだね。

 んで、何が言いたかったかとつーと、この事務所を開くのがくっそ大変だったって話しだよ。

 だから、できればこの手は使いたくなかったんだが、もう覚悟を決めた。――お前の負けだ、間抜け野郎」

 疾走疾駆(ナンブ)が床に手をつけた瞬間、大きな破砕音が生じ、所長室の床に罅が入り、砕け散った。

「うぉぉぉぉっ!?」

 安重と千原が落下する。

「どうやら、お前のスタンドはお前は重力の例外のようだが――――」

 破砕された瓦礫が落下し、宙でそれら全てが千原へと殺到する。

 その間に挟まれた安重たちも巻き込んで。

「全ての瓦礫の縁の強弱まで操れるかな?」

 下にテナントが入っていない。

 必要だったのは、自らの事務所を破壊しないといけない覚悟だ。

 安重が重力に引かれが瓦礫に巻き込まれ、千原の方向へと落下していく。

 その眼前には疾走疾駆(ナンブ)の姿があった。

 疾走疾駆(ナンブ)は大きく吠えると、安重に対して連続して拳を叩き込む。

「やれやれ、忠告しておくぜ。受け身はしっかりとれよ」

 ラッシュついでにアタッシュケースを取り戻した千原が片手の平でしっかりと床を叩き受け身を取る。

 安重は背中から落下し、かはっ、と蛙が潰されたような声を漏らしたかと思うと動かなくなった。

「はぁ、それにしても……これ、保険きくのかなぁ……」

 瓦礫と共に私物や所長室に置いてあった机や書類が散らばる惨状を見て、千原は肩を落としてため息をつくのだった。

 

 

 



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