世界でたった一人の花嫁と銀ノ魂を持つ男 (ハムハム様)
しおりを挟む

第一章『現実の恋愛にハーレムなんてほぼほぼ無いからね』
1.男とは、女に惚れて半人前、女を手に入れて一人前である


はじめまして。まさか五つ子の誕生日に初投稿とは………


素人ですが頑張っていきます。


一つの出会いがその後の全てを決めるのなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つの違いは、その後の全てを変える………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これはもしも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界に彼が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らが存在したら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなお話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Zzz………Zzz………じゃんぷはもえるごみでもいいはずだ………だってよんだらなんかもえるもん……Zzz……」

 

「全く君は……ほら、もう昼休み終わるよ」

 

「……Zzんぁ?」

 

浅倉総介《あさくら そうすけ》は腐れ縁と思っている大門寺海斗《だいもんじ かいと》に起こされた。昼休み、通っている高校の屋上で愛読書の『週刊少年ジャンプ』を顔にかぶせて心地よい眠りについていたのに、隣にいた男によってそれは終わりを告げられる。

まぶたを開き、眠たげな目で自身の至福の時を終焉へと導いた犯人を見遣る。

 

星のように輝く銀髪、

 

アイドルのように整った顔立ち、

 

何頭身あんだよという高身長、

 

大学生と間違われてもおかしくない大人な雰囲気、

 

穏やかな口調、

 

多分こいつ『アイドリッシュセブン』に出てたんじゃね?と思われる程の美貌を辺りに撒き散らかしている。とりあえず、総介はこう言った。

 

「死ね」

 

「起きて始めにそんな事を言うのは君ぐらいだよ」

 

「じゃあ爆発しろ」

 

「どうやって⁈」

 

「親父さんにダイナマイト買ってもらって火点けて抱きかかえたままイッちまいな」

 

「一本だけ君の口の中にも突っ込んでからにするよ」

 

「やめろ殺すぞ」

 

こんな物騒なことを目の前のイケメンに容赦なく言い放つ総介だが、さすがに昼休みの終わりと聞いては起き上がるしかなく、「どっこいしょ〜いちっと」と寝て硬くなった体を起こして、海斗と並んで教室へと戻る。

 

あまりセットされていない無造作な髪に、目元が隠れるほどの長さの前髪

 

彼の横顔の表情を隠す黒縁眼鏡

 

顔立ちや身体は細身で、これと言った特徴もなく

 

常に気だるげで、眉から離れた目元

 

周りと比べると高い身長も、海斗の横では小さく見えてしまう

 

カッターシャツの上に着ている黒いパーカー

 

それが総介の普段の出で立ち、要は見た目は完全に『陰キャ』である

 

『陰キャ』である

 

 

「お〜い何で2回言った〜?っていうか、なんか俺らの紹介格差ありすぎじゃね?主人公俺なのに海斗の方が主人公ぽくね?」

 

「メタ発言はほどほどにしときなよ。しつこ過ぎたら読者に飽きられちゃうからね」

 

「構うもんかよ。こちとら作者の趣味で作られたオリキャラなんだ。どうせなら好き勝手言いまくってやらぁ」

 

「………もう僕は何も喋らないことにするよ」

 

のっけから世界観ぶち壊しの会話しかしてない二人。こんなんでこの作品本当に大丈夫なのだろうか………

 

 

「そういえば、面白い情報をクラスの友達から聞いたんだけど」

 

教室へと戻る道すがら、海斗は思い出したかのように言う。

 

「ん?」

 

「近々違うクラスに転校生が来るらしいよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それも5人」

 

「5人だぁ⁈随分大所帯じゃねーか」

 

総介もさすがにその5人の多さには驚く。

 

「それが、その転校生達はみんな『きょうだい』らしいんだよ。要は五つ子」

 

「……………何それ?どこの『おそ松くん』?いや、今は『おそ松さん』か?」

 

「まあまあ、そう思うのも無理はないよ。五つ子なんて珍しいからね」

 

「……………全員横並びにさせて『シェーー!!』てさせてみてえ」

 

「それはイヤミだよ……」

 

 

「ま、俺らの教室にはこねーんだろ?だったら関係ないだろ?情報としちゃおもしれーけど」

 

「まぁね。配属されたクラスも、僕たちのいるクラスだけには来なかったみたいだし、出会う機会も少ないだろうね」

 

「じゃーいーや。すぐ忘れるだろ。」

 

総介の無関心な態度に、海斗も毎度の事ながら呆れてしまう。昔からこうだ。彼は自分に関係無いと判断したらすぐに関心を示さなくなるし、すぐに忘れる。

 

「全くきみは……そうだ、斎藤君がまた、君に教えてもらいたい所があるって言ってたよ」

 

「斎藤?あいつこの前日本史のやつ教えたばっかだろ?」

 

「それが国語でも教えてほしい場所があるんだって。是非君に!とも言ってたよ」

 

「ったくよ〜。世話焼かせやがって……」

 

それでも、優しい。口では文句を垂れつつも、彼に関わって来る少ない人に対してはちゃんと対応する。これは最近になってから、かな?

 

浅倉総介と大門寺海斗は、幼馴染である。2人の出会いは、10年以上も前で、それ以降は小、中、高校に至るまでずっと一緒にいた。彼らがで汚い言葉で冗談を言い合えるのが、どれほど長く共にいたか証明できよう。男女問わず人気者の海斗と、あまり人との接触をしない総介。別々の道を歩んでそうな2人が、今こうして並んで歩けているのも、腐れ縁としての性なのだろう。それとも、互いが内心ではそれなりに信頼し合っているからか………

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

「やっべ、予鈴だ!先急ぐぜ海斗!」

 

「あ、ちょっと、総介!………もうホント君は」

 

予鈴を聞いた途端、猛ダッシュで教室へと戻る総介。あんな風に見えて、遅刻や欠席をほとんどしたことが無いのだ。ずぼらな見た目に反して、結構律儀だったりする。しかし、もう1人をあっという間に置き去りにして1人教室へ戻るのはどうなのか………

そんな海斗の思いもすぐに消え、走りながら教室へと戻る。今日も今日とていつも通りの午後を過ごしていく2人なのであった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャリーン、チャリーン、ポチっ、ガコン

 

「…………は?………」

 

翌日、総介は授業の休みの合間に自販機の前に来ていた。目的は、彼がソウルドリンクと勝手に言っているコーラを買うためである。何のことはない。ここの自販機でコーラを買った回数、計148回。彼からすれば、いつも通りの流れ作業だった。

いつもと同じ自販機で、

いつもと同じ金額を入れ、

いつもと同じボタンを押し、

いつもと同じ赤い缶のジュースを飲む。

 

それが今回、出てきた缶の色が………緑色………缶を回してみればそこにはこう書かれていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『抹茶ソーダ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………」

いや待て、何これ?何コレ?ナニコレ!?

抹茶ソーダってなに!?そんなもんあんのかよ!?何だよ抹茶なソーダって!?抹茶をソーダで割ったってか!?割り切れねぇよ!抹茶も俺の気持ちも割り切れねぇよ!

 

ボタンはいつもの場所を押した。なのにコーラが出てこない。ふとコーラならボタンの場所を見ると、隣には『抹茶ソーダ』が、(総介にとっては)これ見よがしに並んで立っていた。そして、その抹茶ソーダとコーラのボタンには、仲良く『売切』の文字が表示されていた。

 

 

つまりだ、コーラはもう飲めないのである。

 

 

(冗談じゃねぇぞー!こちとらお前にどんだけ貢いでやったと思ってんだ!?それの見返りがコレか!?恩を仇で返すってか!?なんて恩知らずなんだこのクソ自販機!!てめえ、もう買ってやらねーからな!!今度からは別の自販機で買ってやらぁ、別の自販機とランデブーしてやらぁ!……チクショー!どうすりゃいいんだコレ!いつもこの時間に愛しのコーラタイムだったのによぉ!こんな飲んだことねぇジュースでどうやって昼まで我慢すりゃぁいいんだヨォォォ!!!?)

 

言葉には出さないものの、頭を抱えて身悶えする総介。彼にとってコーラとは癒しであり、正義なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛………………はい?」

 

絶望に伏していた総介に、背後から声をかけられた。

 

「……どいてほしい」

 

「あ…………はい、すんません」

 

どうやら自販機の前にいたままで、邪魔をしてしまったようだ。自分に非があるため、振り向いて謝ってから自販機を譲る。どうやら女子らしいと、声である程度判断ついたのだが……

 

(………あれ?この子………)

 

見たことが無かった。この場所の自販機を使うのは、ほぼほぼ2年生だけのはず。仮に2年生だったのなら、せめてすれ違っただけでも頭の片隅に「そういやこんな奴いたな」的なことがあるものなのだが、全く覚えがない。よく見たら、制服もこの学校のものでもない。

 

(………あー、海斗の言ってた、五つ子の転校生か……)

 

総介は昨日の会話を思い返して、合点がいった。見たこともない生徒。違う制服。どう考えても転校生である。………それか、この世でないものか、ただの侵入者か………

 

「…………何?」

 

「………いや、ごめん」

 

総介は転校生(かもしれない)の女子生徒に謝ると横から少し見てみる。

大人しそうな雰囲気。赤みがかったセミロングの髪。顔に半分ほどかかった前髪。首にかけている青いヘッドホン。整った顔立ちに、眠たげで、あまり開いていない目元。

 

(………かわいいなおい)

 

総介のドストライクである。

ジャンプに連載されていた恋愛モノの漫画でも、「小野寺さん」とか「西蓮寺」とか、大人くて素直な子を好む総介。今目の前にいる少女は、見た目と雰囲気なら彼のド真ん中ストレートであった。と、

 

「………あ」

 

少女の指が、自販機のボタンの前で止まる。どうやら、買いたかった飲み物が売り切れていたらしい。

 

(………ん、売切?)

 

総介はその指の先を見てみる、その先には『抹茶ソーダ』のボタンが……

 

(…………ありゃりゃ……)

 

抹茶ソーダはもともと売り切れていた。こればっかりはどうしようもない。ていうか、何で最後の一本がコーラんとこあったんだよ?と考えながら、少女の方を見る。

 

「………………」

 

哀しそうな目をしていた。どうやらこの少女は、『抹茶ソーダ』がソウルドリンクらしい。総介は『好きなものは人それぞれ』という考え方の持ち主なので、少し変でもそれはそれ、と割り切っている。と、 彼は手の中にある自分の抹茶ソーダを見て、そして、

 

 

「…………はい」

 

「え?」

 

少女へと差し出す。突然のことに少し驚くヘッドホンの少女。

 

「最後の一本。これでしょ?よかったらあげるよ」

 

「…………でも」

 

遠慮しているのか、言い淀んでしまう少女。

 

「俺、コーラ買うつもりだったんだけど、コーラじゃなくてこれが出てきてさ。捨てるの勿体無いし、どうしようか考えてたら、ちょうど君が欲しがってたから」

 

総介は海斗と話すときのは違う優しい口調で、話しかける。元来彼は、初対面の人間に対してはそれなりに礼儀正しい方であり、増してや思春期の男子。女子に優しくしてしまうのは、当然の行動なのである。

 

「…………いいの?」

 

「いいの。さ、ほら」

 

「あ……」

 

総介は少女の手を取り、抹茶ソーダを渡す。ここで彼の弁明(言い訳)をすると、総介は合法的に女子の手を触れると思ってジュースを渡したのではない。絶対にない(笑)!!!!

 

「だ、だったらせめて、お金……」

 

少女が財布を出し、抹茶ソーダ分の料金を渡そうとする。

 

「いらんいらん。それに、ほら、君、転校生の子でしょ?」

 

「………う、うん」

 

「だったら、その、転校祝い?ていうの?とりあえず、そんなもんだから、お金なんてとらないよ……」

 

「じゃあ、せめてなにかお礼」

 

とりあえず理由をつけてお金を払うのを断ったのだが、それでも少女は食い下がってきたので、総介は優しく断りを入れる。

 

「大丈夫だって、たかだか110円程度のことだから。俺は昼に別のところで買えばいいし」

 

「そう………」

 

ようやく少女の方も引いてくれたみたいだ。これでいいだろう。かわいい転校生にジュースおごった程度のことだ。コーラは飲めないが、ちょっと良い体験をさせてもらった。またどこかであった時に話でもすれば良い。そう思った総介が、教室へ戻ろうとした時だった。

 

 

「……………ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介の時が止まった。

 

 

 

上目遣いで、顔を少し赤らめて、目を潤ませ、胸の真ん中で抹茶ソーダを両手で握りしめながら、その少女はお礼を言ってきた。

 

 

 

 

 

 

「……………ど、どういたしまして」

 

 

それは周りからすれば、だったら数秒の出来事だったのかもしれない。しかし、総介からすれば、何分にも、何時間にも感じた瞬間だった。

 

彼の視界には、床も、壁も、自販機も、何もかもが映らなくなった。ただ、自分を見上げてくる少女だけが、真っ白な空間の中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

「……………っ!!!!!!」

 

「あっ………」

 

チャイムが鳴った瞬間、総介は我に帰り、その場から猛ダッシュで駆け出した。少女が背後から何か言ったような気がするが、もう気にしなかった。いや、何も考えれなかった。

 

 

必死に走るが、遅れたくないからではない。顔が熱いが、熱があるからではない。心臓がメッチャ鳴っているが、走っているからではない

 

 

 

総介は走りながら、自身の内側から湧き上がってくるとんでもなく熱い何かに対して疑問をぶつけ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレ何だコレナンダコレェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

A.一目惚れです

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………優しい人、だった…………」

 

 

 

 

 

 

 




オリキャラ紹介

浅倉総介(あさくらそうすけ)
高校2年
身長183cm
体重69kg
好きなタイプ『大人しくて素直な子』
長身細身、眼鏡、前髪長い、見た目は完全に『陰キャ』

大門寺海斗(だいもんじかいと)
高校2年
身長191cm
体重77kg
得意科目『全部』
イケメン、成績優秀、スポーツ万能、人が良くて社交的、実家は超大金持ちという『完璧超人』



初めて連載しようと思いました。駄文で申し訳ありません。ゆっくりとやっていきます。よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.アニメ二期のタイトルは全く同じタイトルには出来ないので「°」とか「'」とかつけて誤魔化そう

アニメ『五等分の花嫁』二期が製作決定したそうですね。それはめでたいことなんですが……








個人的には『かぐや様は告らせたい』の二期をやって欲しいです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介が転校生のヘッドホン美少女と会ってから1日が経過した。その間、彼は頭のど真ん中には彼女の姿がどんと居座り続けていた。

教室に戻ってもあの子、

昼休みに屋上でパンを食べててもあの子、

放課後に帰宅途中でもあの子、

帰って夕食を作っててもあの子、

食べてもあの子、

風呂でもベッドでもあの子、

寝ても覚めてもあの子………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………ありがとう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全にその子に落ちてしまった…………

 

 

 

 

「……どーすりゃいいんだよコレ……」

 

朝、ベッドから起きた総介が発した言葉がコレ。彼自身、これが一目惚れだと気づくのには時間がかからなかった。漫画の登場人物のツンデレとは違い、自らの気持ちに理解が早い彼は、恋愛というものを受け入れるのにも若干の抵抗で済んだ。

しかし、こういった感情を味わった事は人生で一度も無かった。これまでも可愛いと思える女子や女性には時々遭遇し、なんなら少し世間話などの会話もしてきた。しかし、今回のように、全身の血が高速で流れ、顔が破裂しそうなほどの熱に侵される感覚に陥ってしまうを経験した事は無かったのだ。

 

 

 

世の人々はこの現象を俗に『初恋』と呼んでいる………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。大体の事情は分かった。君が昨日からずっと変だった理由も、その子に恋しちゃったって事なんだよね?」

 

「ああ、我ながらもう完全におかしくなっちまった。情けねえ………」

 

朝、教室に着いてすぐ、総介は先に登校していた海斗と人気の無い屋上へ移動し、昨日の件を話していた。仮にも初恋というデリケートな事柄。昨今の学生の拡散力は馬鹿に出来ず、誰かに相談をすれば瞬く間にクラス、学年へと知れ渡ってしまう時代。そんな火のついた爆弾の如き危ない相談を何の躊躇もなく海斗に出来るのは、彼が誰よりも人の秘密を厳守していることを総介は長い付き合いで知っているからで、何より彼が海斗を信頼しているに他ならない。……総介本人は頑なにただの腐れ縁だと否定しているが。

 

「いやいや、素敵じゃないか。青春だよ、初恋なんて。『1年前までの僕たち』と比べたら、想像出来ないほどに学生生活を謳歌しているじゃないか」

 

「……………そりゃそうだがよ」

 

1年前に何があったかはさておき、総介は片手で眼鏡の上から頭を抱えながら、未だに脳内に出現するヘッドホンの少女のことを考える。

この子は一体いつまで俺の中に居続けるんだ。しかも延々とお礼を言ってきている。賃貸契約すらして無いのに、無断で頭の中に入居され続けても困るってもんだ。せめて家賃払ってくれるならと思ったが、俺の1N(脳みそ)DKに一銭の価値すらあるのかも疑わしい(てかねーよ)。

 

「それで、君はどうしたいんだい?」

 

「タイムマシンが欲しい」

 

「そんなものないよ。それにいくら過去に戻っても君はもうすでに彼女と出会ってるんだよ?それじゃ意味ないんじゃ……」

 

「だったらコレで俺の頭殴ってその子の記憶だけ消してくれ」

 

「総介、僕エスパー?」

 

総介はどこからともなく取り出したトンカチを海斗に渡そうとするが、記憶の部分的消去なぞ現代科学ですら難しい。ましてやトンカチで殴るというローテク手段でどうにか出来るものでは無いし、正気の沙汰ではない。てか最悪死ぬから。と海斗に即断られた。

 

「とにかく、もう会ってしまったものは仕方ないんだ。今後彼女と近づきたいのかどうか、それはあるのかい?」

 

「………そりゃ、まぁ………あるにはあるが………」

 

どうにも答えが濁ってしまう総介。と、海斗が続ける。

 

「だったら昼休みにでもその子を探して、一緒に話をしてみればいい。感謝の言葉を言われた以上、君に対する印象は悪くはないはずだよ?」

 

「んなこと出来んのてめーかヨ○スケぐれーだよ。話しながら勝手に昼飯もいただく気だろ?『突撃!あの子の昼ごはん』だろ?」

 

「ヨ○スケじゃなくてだね……普通に、『お昼ご飯一緒にどうですか?』と聞いてみればいいじゃないか?君なら出来ないことではないだろう?」

 

「ただの女子ならな。でもその子なら………出会ってすぐに頭ん中から脳みそ無くなるわ」

 

「そんなに!?」

 

どうやら事は海斗が考えていた以上に深刻らしい。緊張して口下手になるどころか、思考の中枢を紛失してしまうほどに。

 

「そんなもんだ恋愛ってのは。俺には全てが分かる」

 

「百戦錬磨の猛者みたいに言わないでくれるかな。君惚れたの昨日だよね?初恋から24時間すら経ってないよね?」

 

総介の不安の原因は、そのヘッドホンの子が目の前に現れると彼の練りに練ったボキャブラリーを完全に破壊しにかかるやもしれないということだ。頭の中で考えることさえ先程から顔を赤くしているというのに、実物に再会してしまったらどうなってしまうのやら………

 

「あぁもぉ!いいよな〜、てめーは。『許嫁』ってもんがあって。将来安定じゃねーか。しかもイケメンでモテモテ。さぞ女には困らねえだろうな。本当いいよな〜、死んでくんないかな〜」

 

「愚痴を言うぐらいならその子と何を話すかを考えときなよ。あと、『彼女』とは形だけのものだ。恋愛感情は持ち合わせていないよ」

 

「余裕ぶっこきやがって、この『Mr.完璧超人』。………だがまあ、その子をなんか別のモンだと思えば、どうにかなるかもな……」

 

「別の物……例えば?」

 

「エリザベス」

 

「やっぱりね」

 

総介が想像したのは、白い体をしたペンギンのような化け物。要は『銀魂』に出てくるあの『エリザベス』である。

 

「相変わらず君は昔から『銀魂』が好きだね」

 

「何度も言っちゃいるが、俺の人生のバイブルなまである」

 

「漫画や小説全部持ってて、DVDも全巻揃えているんだ。本当に筋金入りだよ」

 

「グッズとかもある程度持ってるぞ」

 

「完全にマニアの域だね」

 

「いや〜、空知先生はとんでもないものを盗んでいきました。………私の心です!」

 

「その後に生み出された心は昨日女の子に盗まれたけどね」

 

「うめー事言ってんじゃねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁとにかく、何事もチャレンジだ。まずはその子を探すことからやってみなくちゃ始まらないよ」

 

「………努力します」

 

ぶっちゃけてしまうと、総介は既に自分の答えは見つけていた。

『その子を探して、話とかをしてお近づきになる』。

まさに海斗から言われたことと同じものだった。総介も海斗がそれを言う事を分かっていた。だったら何故海斗に話をしたのか?

 

簡単な話、『誰かに話して安心したい』のである。自分は間違っていないかと言う不安を消したい、もしもダメだった時に慰めて欲しい、成功した時に祝って欲しい、相談に乗って欲しい。心にあるモヤモヤを、誰かに打ち明ける事で解消されることもある。今の総介は正にそれを求めていた。

結果として、それは成功したと言える。少し心が楽になった。やはり持つべきものは、便利な腐れ縁である。

 

「………今僕のこと変な風に言わなかったかい?」

 

「んや。それよりも、そろそろ戻ろうぜ。予鈴もなるし、早く来て1限目に遅刻なんてカッコつかねーしな」

 

「君がここに連れてきたんだろうに………」

 

2人は屋上の扉に向かって歩き出す。

 

「………頑張りなよ、総介」

 

海斗は先を行く総介に、声をかけた。

 

「…………うっせぇよ」

 

総介は振り向かずに呟くようにして答えた。それでよかった。彼が海斗に対して素直に『ありがとう』と言うのは逆に調子が抜けてしまう。最初は彼が転校生に恋をしたと聞いた時は、彼が何者かに入れ替わったのではないかと言うほどに内心驚いていた海斗だったが、どうやらいらぬ心配だったようだ。

ようやくいつもの総介、かな?と、海斗は考えながら、総介とともに朝の授業へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とは言ったものの……………」

 

 

 

 

昼休み、総介は食堂にいた。ここがこの時間に一番学校で人の集まる場所であり、例のヘッドホンの少女を探すにうってつけの場所だと考えたからである。教室からここに向かう際、海斗を見たら爽やかに親指を立ててきたので、うざったいから無視してやった。

道すがら、例の自販機で、先程補充されたコーラと、念のための抹茶ソーダを購入し、現在に至る。別に昼飯は食べなくてもある程度は過ごせる。授業中にパンでもこっそり食えばいい。

 

だが一つ問題が……

 

 

 

 

(コレ、ストーカーじゃね?)

 

 

………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……………イヤイヤイヤ、これは断じてストーカーではない!ただ気になるあの子いないかなーってフラッと探しに来ただけだ!断じてストーカーじゃない!ストーカーってのはアレだ!好きになった人をどこまでもつきまとう陰湿な行為であって、俺のはアレだ、そう!ピュアな人探しだ!決してどこぞのゴリラでも、どこぞのメスブタでも、どこぞのあんぱん大好き野郎でも無い!ただ勝手に走って逃げたことをあの子に謝ってあわよくばお近づきに〜って考えているピュアな男子高校生の人探しだ!そうだよ人探し!覚悟を決めろ俺!俺は世界の一部であり、世界は俺の一部だ!よし、行くぞ!探すぞ!探しまくるぞ!)

 

 

勝手に悩み、勝手に自己解決し、勝手にストー……人探しを始めた総介。なのだが………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………いねーな)

 

 

見つからない。教室で弁当でも食べてるのだろうか?

だとしたらあのこのいる教室を知らないため、総介にはどうすることも出来ない。

 

(しゃーねー。戻るか)

 

まだ探し始めて5分も経っていないにもかかわらず、総介は元いたクラスへと戻ろうとした。と、彼が振り向いた瞬間。

 

 

「……………あ」

 

「……………お?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長くて顔を隠す前髪、眠たそうであまり開いていない瞼、首にかけている青いヘッドホン、大人しそうな独特の雰囲気。

 

 

 

 

 

 

 

 

間違いない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介の視界から一瞬、周りの世界が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のだが、総介はエリザベスを想像してなんとか持ち直し

 

 

 

 

 

 

 

「…………ど、どうも……昨日ぶりだね」

 

 

 

 

「……………うん」

 

 

何とか声をかけることには成功した。ヘッドホンをした少女も、小さくではあるが返事をしてくれた。ここからだ。ここからどうにか話を伸ばさなければ!と、ヘッドホンの子が手に持ってたもの見る。お盆の上に、サンドイッチと、抹茶ソーダ………

 

 

「…………コレ、いる、じゃなくていります?」

 

妙なところで敬語になる総介。差し出したのは自身が買った抹茶ソーダ。

 

 

「え………でも、もう買ったから」

 

「ああいや!別に今飲まなくていいんだ!飲みたくなった時でいいし、それに、昨日勝手に走りだしたから、その、あれ、お詫びとして、その、受け取ってほしいといいますか、………勝手に逃げ出して、ごめんなさいと、謝りたくて………」

 

無論、総介にも謝罪の気持ちもちゃんとある。あの状況で、予鈴を言い訳にして何も告げずに少女を置き去りにして猛ダッシュで走り去ったのだ。謝って当然の行為である。しかし、それを口実に話を進めればいいとも思っている打算的な気持ちがここでは勝る!

 

「…………じゃあ、もらう」

 

何とか抹茶ソーダを受け取ってもらうことには成功。しかし問題はここからだ。

 

「そう、そりゃよかった「でも」……え?」

 

突然少女が総介の言葉にかぶせてきた。

 

「…………今回はお礼、させてほしい」

 

「…………い、いや、だからこれは、謝罪の」

 

「だったらこれはいらない」

 

そう言って少女は総介が買った抹茶ソーダを返そうとする。総介は瞬時に考えた。まずい。ここでこれを受け取ってしまえば、もう話すことがなくなってしまう。そうなったら、最悪二度と会話しなくなるかもしれない。そうならないための打開策を……………………………………………思いついた。

 

「…………じゃ、じゃあさ」

 

「…………」

 

「…………お昼ご飯、2人で一緒にどうかな?」

 

 

意を決して、総介は聞いてみた。

 

 

 

 

「…………………それでいいの?」

 

 

 

 

「え?あー…………うん、それで」

 

 

 

 

 

果たして、答えは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………うん、いいよ」

 

 

 

 

 

 

成功だ。というより、第一関門クリアだ!

 

「じゃ、じゃあ、空いてる席、探そうか」

 

「…………うん」

 

口数は少ないものの、今のところ悪い印象は持たれていない。総介は自分の選択が何とか功を奏していることに安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてここから、総介の初恋相手であるヘッドホン少女に対するアプローチ大作戦が始まる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、『総介失恋!!海斗に慰めてもらうの巻!』に続く………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って何勝手に決めつけとんじゃコルルルゥゥアアアアア!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この小説を書くために、原作9巻までと、『3年Z組銀八先生』を4巻買いました。原作は資料としてこの小説と同時進行で読んで、『銀八先生』は息抜き並びにギャグ小説の参考として楽しみながら読んでいきます。

今回もこんな駄文をここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.距離感って、大事だよ大事。

小説書くのってすごく眠たくなります。楽しいですけどね。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介が転校生のヘッドホン少女と食堂にて再会し、どうにか2人でお昼を共にするとこまでこぎつけた。どこか空いてる席はないか、と探していた際、ヘッドホンの子はスマホをいじっていた。何回かタップして再びポケットへとしまったのを見るに、おそらく友達か、海斗の言ってた『きょうだい』へ連絡しているのだろう。

一緒に食べる約束をしていたのだろうか?だとしたら悪いことをしてしまった………

そう一瞬頭で考えたが、彼女がOKを出してくれた以上、今さら無しにするわけにもいかない。ていうかこんな千載一遇のチャンスをくれてやるつもりなど毛頭ない。

そんな事を思っていると、食堂の端っこにテーブルと、2つの空いた椅子を見つけた。なぜかそこは、周りに他の席が無い。個室と呼べるほどでは無いが、他の席からは明らかに遠い場所にあった。

 

「…………あそこでいい?」

 

「…………うん」

 

ようやく席についた2人。正面に向き合って座ったことで、文字通り話し合いのテーブルについたというもの。ここまでは、何とかトントン拍子に事が運んでいる。もしや総介にラブコメの神が微笑んでいるのか………

しかし、ここからは彼のトーク次第。この昼休みという限られた時間で、またおしゃべりしたいと思わせておけば、今回の作戦は大旨成功と言える。次の機会を得るためにも、総介は何か話す事はないかと、高速で思考を張り巡らせていた。すると、

 

「…………お昼、それでいいの?」

 

「ん?」

 

少女の方から、声を掛けてきた。指のさされた方向には、赤色の缶をしたジュース。総介のソウルドリンク、コーラである、

 

「ああ、今はコレで足りるし、戻ったらパンあるから、放課後とかに食えばいい」

 

「そう………」

 

この会話を皮切りに、総介は少女に対して話を掛けていった。

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

「え?黒薔薇女子って、あの黒薔薇女子?」

 

「うん。五人みんな、そこから転校してきた」

 

あれから、ヘッドホンの少女はサンドイッチを食べ、総介はコーラを飲みながら会話を行い、しばらくは少女の話題になった。五つ子だという事は総介にとっては周知の事実だったが、五人全員が女子だということに少し驚いた。彼はその時、(女版『おそ松くん』かよ)と思ったが、馬鹿にしてるように聞こえてはいけないので、口には出さず。さらには前の学校が金持ちの集まるお嬢様学校の『黒薔薇女子』だと聞いて、苦笑いした。

 

(いいとこのお嬢様じゃねぇか。まいったな……)

 

どの程度の金持ちなのかは分からないが、手を出して話がややこしくなるのはあまり望ましくはない。といっても、総介にはそんな事で目の前の少女へのアプローチを止める気はさらさらないが。

 

「………それで、君らは何でここに転校してきたの?」

 

「………………」

 

「あー、ごめん、今の無し。今の質問は無しって事で」

 

どうやら聞いちゃいけなかった質問のようだ。冷静になれば、金持ちの学校から普通の学校に転校してくる理由は大体ネガティブなものが多い。

親が事業に失敗した、前の学校で何か問題を起こした、イジメにあった、落第したなどなど……

 

(この子にそんな事があったとは思えんが……)

 

まぁ理由はさておき、総介は別の話題へと切り替えることにした。

 

「この学校はどう?うまくやっていけそう?」

 

「…………なんとか……」

 

「………そか。ま、時間はあるんだしのびのびやってきなよ。共学で男子に慣れるのは多少かかるかもしれないけど、少なくとも、君らに不埒をはたらくような輩はいないはずだから」

 

ナンパみたいな事をしてる奴が何を言ってんだか………

 

「…………ありがとう」

 

「…………!!!!」

 

総介は少女から目をそらしてしまう。これだ。この子、改めて見てみたがとんでもなく可愛い。

昨日の事が自分の中で誇張されまくって、とんでもない美少女にハードルが上がってるだけ、というのを総介はどこかで考えていた。勝手に美化し過ぎたせいで、いざ実物を見ると『あれ、そうでもないな』っていうアレを期待したのだ。その方が冷静になれるから、と。

ところがどうだ?実際に少女と再会し、容姿を拝み、声を聞き、会話をしてみたら…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……………かわい過ぎんだろぉぉぉおおおおおおお!!!!!)

 

 

 

 

 

総介は頭の中でシャウトした。ハードル高くなってるのに、この子はウルトラマン並みの図体で軽く超えてくるのである。たまったものじゃない。

 

(やべえ、顔見れなくなりそうだ。見たらアレだ、石になっちまう奴だ!あれ、なんだっけ、あの見た奴をみんな石にしていく化物………てこの子は化物じゃねーよ!………何だったっけアレの名前……)

 

総介がくだらん事で頭を悩ませている間、少女は再びスマホを動かしていた。何でも先程の連絡の返事が今さら来たらしい。適当に返信文を打って返信し、画面を消してポケットにしまおうとしたときだった。

 

 

「…………メデューサだ!」

 

「!!?」

 

突然総介が両手をパン!と叩き、意味不明な事を叫んだ。それにビックリした少女はビクッと震えた拍子に、スマホをテーブルの下に落としてしまう。

 

「………あ、ごめん、考え事してて、つい」

 

どんな考え事をしてたのかは言えるわけもなく、総介は座りながら自分の椅子の近くに落ちてきたスマホを拾う。すると、画面が起動した。どうやら傾いてる方向によって起動する画面のようだ。

 

「?」

 

起動した画面には菱形四つ並んだマークと、その中に四つの漢字が記されていた。

 

「………風林火山………」

 

「!!!?」

 

そう口にした瞬間、少女がとんでもない速さで総介からスマホを取り上げる。速っ!?と思う間も無く、彼女はスマホを両手に握りしめ、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………見た?」

 

 

 

途轍もなく冷たい目で聞いてきた。

 

「…………見た」

 

それに正直に答えるしかなかった総介。別に彼女が怖いからではなく、ただ単に聞かれたから答えただけである。

 

「…………!!!」

 

少女は顔が赤くなってから、スマホをしまって両手で顔を覆ってしまう。

 

「…………だ…誰にも言わないで……」

 

「?」

 

「戦国武将、好きなの………」

 

 

そう言われた総介は

 

「………ほー、そうか、あれは武田信玄の……」

 

「…………そう、『武田菱』と『風林火山』」

 

どうやら合っていたようだ。この子、歴史好きなのか……そういや歴女って言葉あったな、と、総介は思い出しながら聞いてみた。

 

「………なるほど。いいじゃん。どんなこときっかけで好きになったの?」

 

相手の土俵に上がり、好きなことを話させてこちらはリスナーに転じる。人の話を聞く上で、相手から信頼を得る方法の一つである。この子が武将が好きなら、話すだけ話させてみようと、総介は考えた。すると少女は、顔を覆っていた手をおろし、ゆっくりと話を始めた

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

「きっかけは四葉から……妹から借りたゲーム……

 

 

 

野心溢れる武将達に惹かれて………

 

 

 

たくさん本も読んだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも

 

 

クラスのみんなが好きな人は

 

 

 

 

 

イケメン俳優や美人のモデル………

 

 

 

 

 

 

それに比べて私は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

髭のおじさん………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………変だよ」

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

「そうか?」

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

少々重そうな話だったにもかかわらず、総介はあっけらかんと答えた。

 

 

 

「………別にいいじゃねーか。人と変わったもの好きになったってよ。

 

 

 

 

 

 

 

言いふらせってわけじゃねーけどさ、

 

 

 

 

 

 

 

自分の好きなモンを好きって言うことに、何をそんなに躊躇する?何をそんなに恥ずかしがる?

 

 

 

 

 

 

 

 

笑われるからか?からかわれるからか?おかしいからか?その好きなモンに自信がもてねーからか?

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも、自分に自信がもてねーからか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

んなモン勝手に笑わせときゃいいんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

相手がそれを笑ってくるなら、その程度の奴だと逆に笑ってやればいい

 

 

 

 

 

 

それに興味を持ってる人がいたなら、自分がもっと教えてやればいいし、

 

 

 

 

 

 

むしろ相手の好きなものにも興味を持ってやればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんたの事情は詳しく分かんねーし

 

 

 

 

 

 

 

月並みの言葉になっちまうが

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな趣味持ってても、そんなのは人それぞれ違うし

 

 

 

 

 

 

 

違ってて当然だろ。

 

 

 

 

 

 

萎縮なんてする必要全くねーよ。

 

 

 

 

 

 

 

自信なんて後からいくらでもやった分だけついてくらー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の自分を信じられるのは友達でも妹さんでもねー

 

 

 

 

 

 

 

自分自身だろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

本音だった。それなりに気を遣った言葉ならいくらでも言える。だが総介は、いつものように、海斗と会話するような口調で話をした。勇気を振り絞って自分に好きなものを教えてくれた彼女に、そんな着飾ったもので答えたくは無かった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

「別に言いふらしはしないよ。そうゆうもんは自分で言うもんだからね。」

 

それに、と総介は、自らもスマホを取り出してロック画面を見せる

そこには赤い色の中に金色の文字で『誠』と書かれ、下部には白いダンダラ模様があった。

 

 

「何かわかる?」

 

「…………新撰組?」

 

「正解」

 

と言いながら、総介はスマホをしまう。

 

「俺も漫画がきっかけででね、幕末の侍達にどハマりしてしまった時期があって、今でもそれをみて調べて楽しんでる……程度はどうかわからないけど、君と似たようなもんかな?」

 

無論、その漫画とは『銀魂』のことである?

 

え?『るろうに剣心』の方がちゃんとしてるって?いいんだよ細けーことは。

 

「…………だからさ、変だとは微塵も思ってないよ。俺も戦国武将のゲームやってたけど、幕末より昔の話だから調べようとしても事実関係がわかんない部分もあったし、入り込むの早々に諦めた方だから、もし君が結構深い所まで知ってたなら、むしろ尊敬する」

 

 

ここで言う戦国武将のゲームとは、奥州筆頭が英語を駆使し、馬をハーレーのように乗りこなして『Let's Party‼︎』するゲームのことである。まあそんなことはどうでもいいんだけどね。

 

それにだ、と、総介は続ける

 

「互いに好きなものを教え合ったら、知ってる仲間が増えるし、もっと楽しくならない?」

 

 

少女はスマホの画面を見るとき以外は、俯きながら話を聞いていた。表情が読めない。これ以上どうフォローすればいいのか………そう総介が考えていると、少女が顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………て、……しい」

 

「ん?」

 

 

「……教えて、欲しい。新撰組の、こと」

 

顔を赤くして、目を横にそらしながら、少女は呟いた。どうやらフォローは成功したようだ!伊達にフォロ方十四フォローさんの元ネタ人物を尊敬している総介では無い。彼はここに活路を見出した!

 

「ああ!お安い御用だよ!俺も、君から武将の話をたくさん聞きたい!いいかな?」

 

「…………私の知ってることだけでもなら、構わない」

 

総介は内心とんでもなく大きいガッツポーズをした。もはや彼の脳内が『Let's Party‼︎』である。とはいえ、これで仲良くなれるきっかけは作った。あとは。ゴールテープに向かって走り続けるだけである。

 

 

 

 

 

 

 

あれ?これのゴールって何だっけ?

 

まあいいや。とりあえずは仲良くなろう。話ははそれからだ。

 

 

「じゃあまずは「キーンコーンカーンコーン」げっ!?」

 

こんな時に限って、時間とは非情である。予鈴のチャイムが鳴った瞬間、総介は思い出した。

 

「やば!次移動教室じゃねーか!……ああ、ごめん!この話はまた今度に!!また明日ここに来るから!それじゃ急ぐね!ごめん!!」

 

「え?………あ………行っちゃった」

 

少女の返事を待たずして、総介は手を合わせて謝ってから走り去った。そして道中、彼はとんでもないことに気づいてしまった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「名前聞くの忘れてたぁぁああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊張とフォローに心が行ってしまったせいで、肝心のヘッドホンの少女の名前を聞いていなかったのだ。それに今更気づいた総介は猛ダッシュしながらシャウトし、通りかかった先生に注意された。愚かにも程がある……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………名前、聞けなかった……」

 

 

 

 

ヘッドホンの少女は歩いて教室へ戻りながら、先ほどの彼との会話を思い出していた。

自分の好きなものを変だと思わず、人の好きなものは人それぞれ違う、と当たり前のように受け入れてくれたこと。それを尊敬すると言ってくれたこと。時代が違うとはいえ、似たような趣味をもっていたこと。武将のことを教えてほしいと言ってくれたこと………

 

 

 

「…………!!」

 

思わず顔が赤くなってしまった。会ってまだ一日しか経っていないのに、初めてまともに会話をした男子だからなのだろうか。暗そうな見た目だけど、悪い人ではなさそう、だがどこか抜けている………そんな印象だった。でも、私が自分の好きなことを言ったとき、彼の雰囲気は変わっていた。ぶっきらぼうでも芯のある口調で自分に物を言う様は、彼と会話した中で1番印象に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………自分を信じられるのは、自分自身だろうが、か………」

 

 

彼の言葉を反芻する。彼の言ったこの言葉には、何か言いようのない重さがあった。彼がそういった経験があるのか、それとも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が五人の中で一番落ちこぼれだからなのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人はそれぞれ違うし

 

 

違ってて当然だろ

 

 

 

 

萎縮なんてする必要全くねーよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………また、会いたいな」

 

 

 

 

 

 

お礼をするはずだったのに、逆にほんのちょっぴり勇気と自信を貰ってしまった。

昨日から貰ってばっかりだ。お返しもそろそろしたい。

そう言えば、彼は明日も来るって行っていた。

お礼はその時でいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいや違う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お礼なんて口実だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼に会って話をするための

 

 

 

 

 

 

 

ヘッドホンの少女は未だ名も知らない彼のことを考えながら、少し小走りで教室へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで書いて原作キャラの名前が四葉だけって……しかも本当に名前だけ………



今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.オリ主と原主の邂逅ってドキドキするよね。え?しない?

今連載中のマガジンで1番好きな漫画は







『川柳少女』です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪夢だ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺、『上杉風太郎』は絶望のどん底の2歩ほど手前まで来ていた。

何が悪夢かって?連載4話目まで原作主人公の俺が全く登場しなかったからというわけではない。いや、それはそれで悪夢なのではあるが……そんなこと以上の悪夢が降りかかっていた。

 

 

 

妹の『らいは』から薦められた家庭教師のバイト。『アットホームで楽しい職場!相場の5倍の給料』と聞いた時から不穏な空気がしていた。実際想像していた『白いコナ』や『タマが発射される鉄の塊』などを取り扱う人たちではなかったのだが、ぶっちゃけそっちの方がマシにも思えてくる程に事態は深刻だった。

 

先日から受け持った家庭教師のバイトの生徒は、五つ子の転校生の女子だ。まあここまではいい。問題はここからだ。バイトの初日に、その女たちから『家庭教師はいらない』と拒否された上、睡眠薬的な薬を飲まされて強制的に追い出された。

 

まあここまでもいい。いや、本来ならいい訳無いのだが、それでも無事卒業させることが出来ればと、目を瞑る事にした。勉強ができる奴が何人かいれば、そいつにはあまり付かなくていいと思ったからだ、

 

 

 

 

ところがだ。そいつらの学力を見るために実施した実力テストを見て、俺はもう絶望感に苛まれた。何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五人全員が赤点候補だったからだ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更にこの五人、極度の勉強嫌いと来ている。一昨日実施したテストの復習すらしていない。更に俺の事も嫌いっぽいし……

 

そして今となり俺は、学校の廊下をその五つ子たちの後ろで歩いていた。かなり遠い。これが俺とあいつらの距離感だというのか……

まずは信頼関係を気づくところから始めなきゃいけないのか……俺の最も苦手な分野だ……しかし、どうにか打開せねば……

と、俺が作った『五つ子卒業計画ノート』を開こうとした時、他に廊下を歩いていた生徒達がこんな会話をしていた。

 

 

「テストももうすぐあるからなー。勉強してる?」

 

「ぼちぼちだなぁ。2年になって難しいとこ多くなったし……」

 

「だよなぁ。……あ、そういや知ってる?」

 

「何?」

 

「別のクラスだけど、『勉強を教える天才』がいるんだよ。そいつ、自分の成績は普通なのに、人に教えると教えたやつの成績結構上がるんだって」

 

「まじでか⁈なんだよその微妙な天才。そんなのがいるのかよ?」

 

「本当だって!俺、一年のとき、そいつと一緒のクラスでさ、2.3回そいつに教えてもらったら、そこの部分すんなり覚えれて、テストでもいいとこいったんだぜ!」

 

「まじかよ………で、そいつって誰なんだよ?」

 

「えと、『浅倉』ってやつ。メガネかけたノッポの。ほらあの大門寺と一緒のクラスの」

 

「ふーん。じゃあ俺も教えてもらおっかな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強を教える天才………

 

俺はそれを聞いて一瞬考えた………

そいつにちょこっと、ほんのちょこっとだけ、こいつらの面倒見てもらえれば、と……

誰かに頼る事は普段は良しとはしない俺だが、流石に今の状況は最悪だ。赤点候補五人、信頼度ゼロ、自分の勉強との両立……

このままでは身が持たなくなってしまうのは、学年1位の俺の頭脳をもってすれば簡単に想像できる。このまま1人で崩壊してしまうくらいなら、助手、補佐、代理、何でもいい。そいつに頼んで手伝ってもらうしか無い。らいはのことも考えると、このバイトを投げ出すわけにもいかないし、金の事もあるが、それは後で相談しよう。

何より命と妹が大事だ!

 

親父?知らね。

俺はその瞬間だけは無駄に高いプライドを放り出して、その会話をしていた生徒に聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なあ、その『浅倉』って人のクラス、知ってるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サンキュー浅倉!バッチリ覚えれたぜ!!また教えてくれよな!」

 

「その前にてめーで覚える努力ぐらいしやがれ斎藤。ホクロちぎるぞコノヤロー」

 

「いや、俺ホクロ無いんだけど……」

 

 

 

場所と時間は変わり、午前中の休み時間、総介は上で会話されていた『人に勉強を教える天才』としての役割をやる気なさげに全うしていた。

 

あのヘッドホンの美少女との2回目の邂逅『セカンドインパクト(笑)』から3日が過ぎた。総介はことの事情を海斗へと話し、少女の名前を聞くことを忘れたことに対して大笑いされた。あまりにうるさかったので、頭にゲンコツを食らわせてやったが……

 

そんな幼馴染とのじゃれ合いはさておき、総介の中ではこんな思いがあった。

 

「明日も来るって言っちまったのにな……」

 

「その日金曜日だった事を忘れて言っちゃった君が悪い」

 

 

週末だということがすっかり頭から飛んでいたのである。

あの後、家で何度後悔して身悶えしたことか……

 

 

普段は女子との会話に慣れていないのか変な口調で話しかけ、某銀髪天パー侍のような説教じみたことを言い、時間を忘れてしまったせいで会話も中途半端に終わってしまい、最終的には『また明日』とか言っときながらその翌日は学校が休みというマヌケっぷり………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒歴史……圧倒的黒歴史!!!!

 

 

 

ざわ………

 

 

ざわ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあまあ、次に会う約束も取り付けたんだから良かったじゃないか」

 

海斗がすかさずフォローする。

 

「ああ、そこんところは作戦成功って感じだ。後は今日の昼にあの『ヘッドホンさん』が昨日の場所にいてくれれば上出来だ。ゆっくりとお近づきになって行きゃいい。その後は成るように成るだろ。ケセラセラ〜♩」

 

名前がわからないので、とりあえず『ヘッドホンさん』と呼ぶことにした総介。黒歴史は作ってもタダでは転ばない。意外と周到なのである。彼はマンガとかラノベとかの主人公みたいに鈍感ではないし、恋愛に対して臆病でもない。思春期特有のテンションをうまく活用しつつ、策を練って対象を落としにかかる強かさも持ち合わせていた。なお、今のところあまり発揮されていないが……

 

 

 

 

 

 

 

いいか?俺たちゃ現実生きてんだ。漫画とかアニメとかみてーに、奥手な主人公とか、難聴とか、唐変木とか、両想いなのにくっつかないとか、そんなもんはもううんざりなんだよ!!!!!!

んで何?2人が結ばれたらそれで終わりってか⁈付き合ったらゴールってか⁈んなわけねーだろ!!恋愛は成就してからがスタートなんだよ!!それに昨今のラブコメもんは、ハーレムにするだけして焦らすだけ焦らしてテキトーな設定追加して打ち切り怖さに伸ばし続ける………まさに愚の骨頂だよコノヤロー!!

誰かを好きになって、アプローチして、思いきって告白して、それが何故か成功して、存分にイチャイチャパートするだけでもいいじゃねーか!!それをお前、単行本をもっと出したい〜、とか、魅力的なキャラをもっと描きたい〜、とか、ハーレムエンドまでやりたい〜、とか………

 

 

 

バッキャロォォオ!!!!こちとら一対一の甘酸っぱい青春モノが好きなんだよ!お前らもう付き合っちまえよ!とか、あいつらもう夫婦だな、とか、他の奴が入る余地のない2人だけの甘い空間みてーなもんが欲しいの!それを何⁈最近の恋愛もんは⁈ハーレムハーレムハーレムハーレムハーレムハーレムハーレムちょい三角関係ハーレムハーレムハーレムハーレムハーレムハーレム…………

 

 

 

 

 

 

シャラァァアーーーーップ!!!!!どこもかしこも同じもんばっかじゃねーかぁあ!!!!そんなじれってーもん見せられたら読む気も失せるわ!ネタ切れかよ!?って思うわ!!無駄にハーレムにしたシワ寄せキターー♪───O(≧∇≦)O────♪とかなるわ!

そんなんで稼ぐくれーなら矢吹先生みたいに割り切ってちく」

 

 

「オーケーそこまでだ、ブレーキだよ総介、殆ど声に出てるから」

 

「………」

 

 

いつの間にか片足を椅子の上に、もう片方を机の上にして大きなアクションで自分のラブコメモノに対する思いをを熱弁していた総介にまた一つ、黒歴史が加わってしまった。しかし、海斗に止められなければ、どこまで言っていたのやら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圧倒的、暴走的黒歴史!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

ざわ………ざわ…………

 

 

ざわ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

時は過ぎて昼休み、総介は再び『ヘッドホンさん』に会うべく、食堂へと向かうために席を立ったその時、

 

 

「おーい浅倉ー!お前に客だぜ〜!」

 

「あ?客?」

 

「ほら、あそこにいるメガネの………そうそうあいつ……」

 

こんな時に誰だよ?と、総介は内心5回ほど舌打ちしてクラスメイトと会話をしている客を見た。どうやら男子のようだ。だが、見たことがない。と、ここで海斗が客を見ながら総介に言う。

 

「彼は……確か『上杉風太郎』君だね」

 

「上杉風太郎?んだお前、知ってんのか?」

 

「知ってるも何も、『唯一、僕の成績の上をいく人』だからね」

 

「学年一位?てか?んなガリ勉野郎が俺みてーなのに何の用あんだよ?」

 

この学年の成績は、一位『上杉風太郎』二位『大門寺海斗』と、入学時から一つも変わらない。最も、海斗は全てのテストで本気を全く出さずに二位という超天才なので、本気を出せば風太郎は同率一位が関の山だが……

 

 

ちなみに総介は50位半ばを行ったり来たり……

 

「しゃーねー、ちゃっちゃと要件終わらせて食堂いかねーとな」

 

「断る選択肢は無いんだね」

 

「向こうからわざわざ来てくれてんだ。無下にすんのも寝覚めがわりーからな」

 

「だと思った」

 

何だかんだ言いつつも、自分に用のある人にはきっちりと対応するのが、総介であった。

 

 

 

 

 

 

 

廊下に出て、互いに向き合い、相手の容姿を確認する。

 

頭頂部にある二つのアホ毛、眉まで隠れて横に流れる前髪、悪い目つき、シャツイン、170半ばほどの華奢な体格。

 

『なるほど、ガリ勉だな』

 

総介の風太郎に対する第一印象は、そんな感じだった。

 

 

一方で、無造作な髪型、目元を隠すほどの前髪、黒縁眼鏡、気だるげな表情、180cmはある長身、しかし痩せ身、薄手の黒パーカー。

 

『暗そうなヤツだな』

 

風太郎の総介に対する印象は、こういったものだった。

 

 

ぶっちゃけどっちもどっちである……

 

 

 

 

 

と、ここで、口を開いたのは総介だった。

 

「………んで、学年一位のチミがこんな俺に何の用かな、上杉クン?」

 

「え、し、知ってるのか、俺の事?」

 

「さっき知り合いから聞いた」

 

「そ、そうか……」

 

総介は頭をわしゃわしゃとかきながら言った。

 

「まぁ手短にいこーや。俺もこの後予定あるからよ」

 

「あ、ああ、そうだな。本題に行こう。一つ頼みがあるんだ」

 

「頼み?」

 

「ああ、浅倉が勉強を教えるの上手いって聞いて、それで来たんだ……」

 

総介は考えた。学年一位の上杉が、俺に勉強を教えてほしいというのはまず無い、となると、誰か別の人の勉強を教えてほしいと言ったところか……

 

 

 

「………聞こうか」

 

総介は話を聞くだけ聞いてみることにした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風太郎が総介に頼んだこと、それは『家庭教師の手伝い』をして欲しい、ということだ。何でも相場の5倍の給料で家庭教師ができるといううまい話に飛びついたところ、人数も5倍だったらしい。しかも赤点もしくは寸前の成績というオマケ付きで……

 

 

「………5人も?お前一人で?その雇い主頭大丈夫かマジで?」

 

総介は呆れた口調で言った。

 

「……なんかの金持ちらしいんだが……俺も流石にそれは……」

 

しんどい。と言いかけてしまう風太郎。

 

「そりゃそうだわな。ただでさえ赤点候補なのに、5人もいるなんてやってらんねーわ。………ったく、金持ちの言う事やる事はつくづくぶっ飛んでてわかんねー」

 

総介はどっかの銀髪イケメン腐れ縁野郎を思い出しながら呟く。いくら学年一位の成績を持つ風太郎とは言え、それは無理があるだろう。しかも全員卒業させなければならないとか、ブラックバイト以外の何者でもあるまい。

 

「………しかも全員、俺の事嫌いらしくて、まともに勉強しようともしないんだ……」

 

「詰んでんじゃねーか。全員赤点間近で、お前のこと嫌いとか、一件一件そいつらの家回るだけで時間取られるのによ〜」

 

「………いや、家は一緒なんだ。五つ子だから、一応一箇所で勉強出来るようにはなってる」

 

「余計タチわりーな。その五つ子仲良く揃って赤点候補とか笑えねーよそこまでいくと。てかそれもはやリアル『おそ松さん』だよ。もういっそのことそいつら全員………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前、今なんつった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽快なリズムで喋っていた総介が、言葉を止めた。

 

「え?」

 

「何て言ったんだ?答えろ」

 

「い、五つ子で、家は一緒だから、一箇所で勉強出来るって……」

 

「………」

 

 

 

 

 

五つ子……………まさか………

 

 

 

 

「その五つ子ってさ、この前転校してきたとかいう」

 

「あ、ああ。黒薔薇女子から転校してきた、五つ子の姉妹たちだ!………浅倉?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

近々違うクラスに転校生が来るらしいよ。

それも五人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

え?黒薔薇女子ってあの黒薔薇女子⁉︎

 

 

 

 

うん、五人みんな、そこから転校してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

………それで、君らは何でここに転校してきたの?

 

………………

 

あー、ごめん、今の無し。今の質問は無しって事で

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

 

 

 

………

 

 

 

間違いない。今話題に上がっている赤点候補の五つ子の姉妹たち……

 

 

 

1人は完全に『ヘッドホンさん』のことだ……

 

 

 

 

(………こんな事ってあんのかよ、本当に……)

 

 

偶然という言葉は、時に異常な程の力を発揮する。

総介はまさに今、それを直に体感していた。

 

 

「…………少し考えさせてくれ」

 

「?あ、ああ……」

 

 

 

 

嘘だ。もう既に総介の中で答えは決まっていた。

こんなチャンスは二度とはやってこないだろう。彼はそれにしがみつくことにした。

では何故考える時間が欲しいと言ったのか?

頭を冷静にさせるというのもあるが、本命は『悟られてはいけない』のだ。誰が今日初めて会った男に『初恋の人がその中にいるから手伝わせてほしい』なんて言えようか。言えるはずがない。

よしんば言ってしまったとして、ドン引きで済めばいいが、最悪断られる可能性もある。そう言った邪な考えは、家庭教師をする上で大いに邪魔だと思われてしまうからだ。

ましてや相手は学年一位の優等生。見た感じ彼女もいなさそうだし、堅物そうなので、余計に拒絶反応を起こされてしまう。

さらにここで即決をしてしまえば、何か変な考えのもとに決めたと思われなくもない。

ここはいかに『悩んだけどとりあえずやってみよう感』を出せるかが肝となる。

 

「…………ちなみに、それはいつからだ?」

 

「ああ、できるだけ早いほうがいい。浅倉を紹介したいから、今日からでも行ければいいんだが………」

 

「今日か……」

 

それっぽい質問をしてみるのも、一つの手段だろう。

 

「……………とりあえず、だ。そいつらがどんなものか、見極めさせて欲しい。判断はそれからでも構わねーか?」

 

「………ああ!それで構わない。今日の放課後でも、アイツらを集めるから、一緒に来てくれないか!?」

 

「ああ、それでいい。でもな、もしそいつらが俺の気にそぐわねーことしたらすぐ帰るからな」

 

「…………だ、大丈夫だ。問題ない」

 

(おい、今の間は何だ?)

 

「じゃあ、放課後に俺と一緒にそいつらの家に行くということで、いいか?」

 

「……わーった。放課後は空いてるからそれでいい」

 

「助かる。ありがとう」

 

変な空いた間があったとはいえ、どうにか勘ぐられることもなく、自然に話をうまくもっていくことが出来た総介は、心の中で一安心した。そして、これからの事態がどうなろうとも、『ヘッドホンさん』と仲良くなるには手段は選んでいられないと、決意を新たにするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………棚からぼたもちどころか、棚から女の子が降ってきやがった。これを逃すわけにはいかねー。是が非でも掴み取ってやらぁ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介の初恋は、ここで急展開を迎えた。しかし彼は、その急展開をモノにしようとここで勝負に踏み切った。

そしてこの放課後、『ヘッドホンさん』と呼ばれる子の人生を決定づける足掛かりとなる3度目の出会いが待っていることを、彼女は未だ知る由もなかった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

親方!棚から女の子が!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いい子じゃないか、誘っておやり………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嵐はやみ、雲は晴れた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペンタゴンは本当にあったんだ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天空のペンタゴン

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜今夏公開〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大嘘ついてんじゃねぇぇぇええええええええ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 




ようやく、ようやくだよ………



今回もこんな駄文を最後まで読んでくださって本当にありがとうございます!



次の投稿は日曜日の予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.思春期のテンションは、時に取り返しのつかないことになる

すみません、日曜日中に更新出来ませんでした








眠たすぎて


 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、総介は風太郎との話し合いで昼休みを費やした。主に風太郎の話で。

 

家庭に借金があったり、妹が可愛かったり、いつも『焼肉定食 焼肉抜き』を頼むほど節約しないと家庭がどーたらこーたらだったり、妹が可愛かったり………何回妹の話すんだよ。

 

そんなわけで、風太郎の妹自慢話を総介が止める頃には、昼休みも残り五分という時間になっており、今食堂へ向かっても『ヘッドホンさん』はいないだろうと諦めて教室へ戻ることにした。

 

「じゃあ、放課後に校門で。あいつらには俺から言っとくから」

 

「その姉妹(あいつら)に嫌われてんじゃなかったかお前?」

 

「うぐっ!……で、でも一人が一緒のクラスなんだ。そいつに言って他の連中にも連絡するように説得するから大丈夫だ。多分」

 

「あっそ。んじゃ頼まー」

 

適当な返事で背中を向けて手をひらひらと振りながら廊下から教室へ戻る総介。

彼の机は、窓側の後ろから二番目にある。その場所はゆったりと戻ると、彼の真後ろの席で銀髪イケメン野郎が余裕の笑みを浮かべて(総介にはそう見える)待っていた。ムカつく。

 

「長かったね、話。『ヘッドホンさん』という子に会いに行かなくて良かったのかい?」

 

「うっせーよリア充野郎。色々あんだよ」

 

「へぇ。この前までいの一番にその子に会いたがっていたのに、随分と余裕だね?」

 

「………まあ、気が向いたら教えてやらなくもねー。あ、俺放課後用事あっから、遊ぶの無しで」

 

「そうかい、残念。わかったよ」

 

椅子に座りながら海斗と軽いやりとりをしてから、総介は授業が始まるまで考えに耽った。

 

 

 

思わぬところから『ヘッドホンさん』に会える事は総介からしたら願ったり叶ったりの嬉しい出来事であった。

上杉風太郎という少年の介入により、ただ話をするだけの仲ではなく、勉強を教えることのできる仲まで一気にレベルアップすることが出来る。凄まじい進歩である。まぁ勉強嫌いだと聞いてしまってその辺をどうしようか考えないといけないが…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ここで冷静になって考えてみると、物事は別の角度から見ることもできる。それは……

 

 

 

(………『ヘッドホンさん』はどう思ってんだろうな……)

 

総介は、今までは自分の思うがままに『ヘッドホンさん』と接触すべく行動してきた。思春期特有のテンションで、後先あまり考えずにやってきたことを、客観的に省みる。

 

彼が今までしてきたことをメチャクチャ短く要約すると『抹茶ソーダを2日連続押し付けて、ナンパして、知って欲しくない秘密を知ってしまって、それのフォローでいっちょまえの台詞吐いて逃げてきた奴』である。

 

(………大丈夫かコレ?大丈夫なのか俺?)

 

完全に不審者である。物の見方によっては変態、最悪ストーカーにもなってしまう。

好きな人を探して、好きな人を見つけてナンパ紛いのことをして、好きな人とテキトーにした約束で会いに行こうとして、好きな人がいると知った家庭教師の手伝いをすると言って………

 

 

 

 

 

(………………ホントに大丈夫か?)

 

 

 

 

 

幸い真意を知っているのは自分の後ろの席の海斗だけで、他に知る人はいない。え?読者の皆様?ソンナモノハコノセカイニハソンザイシマセン。

 

さらに、総介から見たら、彼女から嫌われているようには少なくとも見えなかった。お昼の誘いにしても何にしても、嫌だと思えば直接、婉曲問わず断ってくるものが女子なのだ。世の中の男性諸君には経験があるのではなかろうか?

例「お昼ごはん?あ、ごめんね。友達と約束してて、また今度空いてたらね」(訳:キモいんだよてめー。お前みたいなカスと食う飯なんざねーんだよ。二度と近づいてくんじゃねーよ死ね)………作者はロクでもない青春を送ったんだな、と決めつけないでいただきたい。

 

まあそれはそれとして、大概は会って間もない見た目陰キャのお昼の誘いなど、速攻で撃沈するはずなのだが、それを彼女はお昼を一緒にするどころか、総介が詳しく知っている趣味を教えて欲しいと言ってきた。

 

 

 

 

『……教えて、欲しい。新撰組の、こと』

 

 

 

 

(………ネガティブすぎるか?………いや、それでも最悪の事態は想定してないといけないな)

 

 

万が一あの子にストーカー認定されてたらたまったものではない。その子どころか、他の姉妹からも嫌われてしまう可能性も大アリだ。そうなったら家庭教師の手伝いどころではない。上杉にも迷惑をかけてしまう。………流石に詰む。

 

(……とにかく、会ってまずは金曜のことを謝んないとな……。それと事態の経緯も説明しねーと駄目だ……)

 

なるべく他の姉妹より、『ヘッドホンさん』に会って、『自分は無害』ですという認識をしてもらわなくちゃいけない。良い人ではなくとも、悪い人ではないアピールだ。流石に『好きです』なんて言えないので、五つ子ときいて彼女がいると知ったことと、金曜日に『また明日』というヘマをしでかしたこと、勉強とはいえ何か力になれればと思って手伝いを受けたこと。この3つが伝えるべきことだろう。無論これらは総介の本音でもある。

 

 

(………それでも駄目なら仕方ない。諦めるしかねーな)

 

嫌われてもなお彼女に付きまとってしまえば、いよいよストーカーで停学、退学、もしくはブタ箱行きである。そこまで陰湿なことをしたくない。ゴリラ局長みたいに。ただ自分の学生としての思い出に『失恋』が刻まれる程度のことである。それで今後の人生が守られるのならかすり傷にもなりはしないだろう。あとは年月が経てば思い出してみるのも一興なものだ。

 

 

(……まあ何にせよ、会ってみないと始まらねーな)

 

総介はそう結論を出し、放課後のことを一旦頭の片隅へとしまうことにした。昼休みの終了を知らせる予鈴が鳴ったのはその直後だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、校門で待っていた風太郎と合流し、彼に五つ子の家へと連れて行ってもらう総介。その道中、会話をしながら歩いていた。

 

「……なあ、浅倉」

 

「んだよ?」

 

「ほ、本当にいいのか?給料の話」

 

「いいも悪いも、お前ん家貧乏なんだろ?借金返すためにお前が家庭教師やって稼ごうとしてんだろうが。そんな話聞いてお前から金取ろうって、俺は悪魔か?」

 

昼休みの会話で、2人は給料の話になった。今回、風太郎は雇い主を通さずに総介に助けを求めた。よって支払われる給料は風太郎一人分となる。風太郎にとってはこの話はなんとしても総介としておきたかった。

家計が苦しい上杉家。それの支えともなる家庭教師のアルバイト。しかし、生徒の五つ子は極度の勉強嫌い、かつ自分は彼女たちにとっては目の上のタンコブ。給料を貰う前に自分がノイローゼになると察知した風太郎は幾らかの折半も覚悟のつもりで総介に助っ人の話をもちかけた。だが……

 

「で、でも……」

 

「俺は別に金には困ってねーし、時間もヒマな時が多かった方だ。別にボランティアみてーな感じでも構わん。そりゃお前の家の話がなきゃ幾らかせびるつもりだったが、そんな気も今はねーよ。俺に金渡すぐれーなら、大好きな妹に服でも買ってあげやがれシスコン」

 

なおこの時の総介の考えは[『ヘッドホンさん』に毎回勉強を教えることができたら、それはそれで給料みたいなもの]である。

 

「…………済まない、本当に」

 

「謝んじゃねーよ。それに言っただろうが。給料はお前一人でもらう代わりに結果が出なかったらお前の責任になるって。俺は存在しない扱いだって。それなりにリスクも背負ってんだぞ」

 

「で、でも浅倉は『勉強を教える天才』だって……」

 

 

「んなわけねーだろ」

 

 

 

「………え?」

 

 

総介の言葉に、風太郎は固まってしまう。

 

「俺は人にもの教えんのはうまいと思ってるが、『天才』なんてもんじゃねー。勝手に尾ひれがついたんだろ、それ?」

 

気だるげに頭をわしゃわしゃかきながら総介は答える。

 

「そ、そうなのか?」

 

「ったく、そんな感じで噂になってんのかよ。はた迷惑もいいとこだぜチクショー。だいたい天才なんてもんはな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………浅倉?」

 

「………いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 

 

 

言葉を急に止めて、会話を一方的に切る総介。彼が考えたのは、『天才』という言葉で真っ先に連想した海斗のこと。そしてその先の『忘れたくても忘れられない過去(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………とにかくだ。俺を『天才』なんて思わないでくれ。人に教えるのが人より上手いってだけだ」

 

「………ああ、わかった。すまん」

 

 

 

風太郎は一瞬ヒヤッとしたが、総介がただ『天才』じゃないだけと聞いて一安心した。

 

 

 

 

 

そうこうしている内に、2人は目的の場所に到着した。

 

 

 

「ここがそうなのか?」

 

「ああ」

 

 

到着した場所はこの辺りでは1番高いタワーマンション『PENTAGON(ペンタゴン)』。そのエントランスである。

そして風太郎はその……

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おかしい。何で開かないんだ?」

 

「何してんだてめー?」

 

ガラスのドアの前に立っていた。自動ドアだと思っているのだろうか?総介が呆れながらツッコミ、横にある文字盤を指差す。

 

「オートロックだっつーの。ほら、このボタン。知らねーのかよ?」

 

「い、いや〜〜知ってた知ってた。今のは浅倉を試したんだあははは(棒)」

 

風太郎は冷や汗を流しながら目を右往左往させる。明らかにオートロックを知らないようだ。

 

「あっそ」

 

相手にするのも面倒なので、総介はボタンの前に立った。

 

「………部屋番」

 

「へ?」

 

「部屋番教えろ。ここで打ち込めば部屋に繋がるから」

 

「……あ、ああ。部屋は30階の……」

 

風太郎に指示された部屋番を押していく総介。それが最上階だと気づくも、特に意味も無かったため考えもそれまでにした。

部屋番と呼び出しボタンを押して、待つ。すると………

 

「………いねーみてーだな」

 

「は?……嘘だろ?」

 

「だって出ねーもん」

 

反応が返って来ず。呼び出し中の電子音だけがエントランスに響き続けた。

 

「嘘だろ……五月にわざわざ全員にメールさせのに……先に帰って待ってろって……」

 

「お前相当嫌われてんな」

 

うなだれる風太郎を見て、改めて彼の人望の無さを知った総介。『五月』という子が『ヘッドホンさん』かどうか知らないが、少なくともその少女が彼のクラスメイトなのだろう。その子すら帰ってきていないとなると、よっぽど風太郎が嫌いらしい。もしくは居留守しているか………

 

「どーすっかな……」

 

と、総介が呟いた瞬間、後ろから声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえちょっと」

 

 

うなだれる風太郎と、総介が同時に振り向くと、そこには1人の少女がいた。

 

ピンクに近い赤く腰まで届く長い髪、その頭に二つついた黒いリボン、学生服だが黒っぽい上着を着て、白いニーソックスらしきものを履いて、胸の前で腕を組んで、強気な目つきでこちらを睨んでいる。

 

そして総介はその少女の顔立ちを見て、すぐに確信した。雰囲気や装飾は全く違うが、顔や体格がほとんど同じ……

 

(………なるほど。五つ子のうちのひとりか)

 

「に、二乃⁈」

 

「五月から家庭教師の助っ人が来るって聞いたわ。何勝手に知らない奴呼んでるのよ?」

 

二乃と呼ばれた少女は風太郎をキッと睨みながら言う。

 

「し、しょうがないだろ?ただでさえ五人相手にしなきゃいけないんだ。それにお前達全員俺のいうこと全然聞かないし……」

 

「『あんなこと』されてまだやる気でいるんだ?んでビビって今度は助っ人?ただのチキンじゃん。ウケる」

 

「うぐっ」

 

二乃は鼻で笑いながら風太郎に見下した言動をする。総介はここで確信した。この子は『ヘッドホンさん』ではないこと。そして……

 

 

 

(……ああ、コイツ俺の1番嫌いなタイプの女だわ)

 

総介の好きな女性のタイプは『大人しくて素直な子』

そして嫌いなタイプはその全く逆で『ガミガミやかましくて上から目線のツンデレ』である。二乃はまだデレてはいないが、ほとんどが総介の嫌いなタイプに合致していたため、総介は早々に察知した。

 

(同じ腹から生まれてこうも違うかね……)

 

五つ子とはいえ、一人一人が違う人間なので、性格が違うのも無理はないのだが、流石にこれは真逆ではないか、と総介は考えていた。

 

「それで、この人が例の助っ人ってヤツ?」

 

「あ、ああそうだ。」

 

「ふ〜ん」

 

どうやら考えている最中に話が進んでたようだ。総介が気づくと、二乃が品定めをするかのように彼を見ていた。

 

「…………陰キャじゃん!!」

 

二乃は盛大に叫んだ。そして続ける。

 

「キモ!何コイツ?ほんとに助っ人?髪もボッサボサで、メガネかけてて、死んだ魚の目してて、まぁ背が高いのは評価できるけどそれ以外全然ダメ!てかキモ!オタクってヤツ?嫌よこんなヤツ!とっとと帰って!」

 

出てくる言葉は毒まみれの悪口ばかりであった。

 

「二乃!初対面の人に向かってそれはないだろ!」

 

流石の風太郎も、ボロクソに言われる総介に同情し、二乃に怒鳴りつける。

 

「アンタは黙ってて!てかアンタでしょコイツ連れてきたの?早く帰らせてよ!」

 

「なんでだよ!?だいたい浅倉は助っ人で」

 

「そんなの頼んでないし、アンタが家庭教師なのも認めてない!いいから2人まとめてここから出てい「ギャーギャーギャーギャー、やかましいんだよ。発情期ですかコノヤロー?」っ⁈」

 

二乃と風太郎が言い争いをしている中、総介は頭をかきながら『銀さんこと坂田銀時が初めて行った台詞』を二乃にぶつけた。

 

「……何よ?何か文句でもあるの陰キャくん?」

 

二乃が総介を睨みつけ、高圧的な態度で迫るが、そんなものは総介にとっては全く意味をなさなかった。

 

「さっきからブーブー文句たれてんのはてめーだろーがヒス女。黙って聞いてりゃ口から毒ばっか吐きまくりやがって。あれか?てめーの口の中は毒キノコでも栽培してんのか?キノコ栽培所ですか?それとも自然に生えてきたってヤツですか?だったら歯磨けコノヤロー。口くせーぞ」

 

「なっ⁈」

 

二乃は総介を陰キャだと勝手に決めつけ、何も言い返してこないと勝手に思い込んでいた。ところが彼から帰ってきたのは、まさに皮肉を皮肉ったような彼女に対しての罵倒だった。

 

「な、何よ!?死んだ魚の目なんかしちゃって。アンタこそその目も毒みたいなものじゃないの!目から毒垂れ流してんじゃないの!」

 

「いいんだよ。いざという時きらめくから」

 

「んなわけあるか!もう既に手遅れっぽいわ!」

 

「んなことねえ、俺は信じてる。俺にはいつかこの目が聖闘士星矢みたいにキラキラときらめく目になったらいいのになぁ」

 

「後半ただの願望じゃないのよ!?」

 

「夢をつかんだ奴より夢を追ってる奴の方が時に力を発揮するもんだ」

 

「意味わかんないわよ!」

 

完全に総介のペースとなった。ああ言えばああ言う。こう言えばこう言う。総介は伊達に『銀魂』を読んではいない。あの世界で繰り出される軽快なボケ&ツッコミのやりとりは、彼が作中で好きなものの一つであり、その口車のうまさにも見事に彼の力となっている。二乃は完全にそんな総介の手玉に取られていた。

 

「だいたいてめー、初対面の人に向かってなんだその口の利き方は?あぁ?張り倒されてーのか?それともその巨大な胸ん中になんかつっかえてんのか?なら俺が確かめてやろう、どれ、お兄さんに見せてみ?」

 

「初対面でセクハラしてくるアンタに口の利き方なんて言われたくないわ!その言葉そのまま返すわ!!」

 

「いらねーよ、んなもん。当社はクーリングオフは一切受け付けておりません。お客様の自己負担となります。わかったか竹(ピー)彩奈?」

 

「ってそれアニメでの中の人でしょうが!ちゃんと名前で呼びなさいよ名前で!…………………って中の人って言っちゃったわよ!」

 

「二乃……」

 

風太郎も今のはメタ的にやばいんじゃ?と中の人とか言ってる少女を見る。

そんな色々とギリギリなやりとりをしている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わお!二乃と上杉さん!来てたんですね!」

 

 

 

 

 

 

 

エントランスの入り口のほうから声がした。3人がそちらに目をやると、また1人少女が立っていた。

 

「四葉……先帰ってろってメール来なかったのか?」

 

「えへへ〜。実は携帯見るの忘れちゃってて。帰る途中で三玖から教えてもらったんです」

 

その子は頭を自分で撫でながら言う。

どうやら風太郎の口調からして、この子も五つ子の1人のようだ。

オレンジに近い赤いショートヘア、頭には緑のリボンをつけて、学生服の上からは黄色いベストをきている。二乃と違って明るく元気そうな雰囲気を持った少女だ。顔立ちも二乃や『ヘッドホンさん』とほとんど一緒だ。でもこの子も『ヘッドホンさん』ではない。と、リボンの子……四葉がこちらを向いた。

 

「んん〜?もしかして、この人が『助っ人さん』ですか?」

 

「あ、ああ。彼が家庭教師の助っ人のあさ「そうなんですかーー!!」……聞いてくれよ」

 

四葉は風太郎の話も途中に、総介の前まで来て彼の右手を握る。

 

「私、中野四葉っていいます!助っ人さん、よろしくお願いします〜〜〜!!」

 

ブンブンブンブン!

 

「お、おう、よろしく……あの、そろそろ手離してくれ」

 

四葉は総介と勝手に握手と自己紹介をすると、総介の手を勢いよく上下にブンブンしたが、総介に注意されてようやく離した。

 

「あっ!ご、ごめんなさい!」

 

「い、いや、構わん。助っ人の浅倉総介だ。よろしく頼む」

 

「はい!よろしくおねがいします、浅倉さん!」

 

どうやら四葉は素直な元気っ子のようだ。声も大きいし、体育会系のノリもある。友好的なので、少なくとも二乃よりはだいぶ性格的にもマシだろう。

 

(………バカっぽいけど)

 

さりげなく失礼な総介だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと!!アタシはまだ認めてないわよ!」

 

と、そのマシじゃない方の二乃が口を挟んできた。

 

「ん?いたのか中野梓。部活はいいのか?」

 

「いや苗字同じだけどそれ某女子校軽音部アニメの唯一の後輩でしょうが!!」

 

「いくら先輩がやる気ないからってお前まで流されることはないと思うぞ?」

 

「やってやるです!!…………て言わせんな!!」

 

「あははっ!浅倉さんと二乃ったらおもしろーい!!」

 

カオスなやりとりをする総介と二乃、それを見て笑う四葉。風太郎は一瞬この状況にめまいがするが、どうにか持ち直した。

 

「そういや四葉。三玖と一緒に帰ってたんじゃなかったのか?」

 

「え………あ、三玖置いてきちゃいました」

 

四葉は自分で頭をコツンとする。多分『テヘッ』とか言ったらぶりっ子の完成である。

 

「………お前なぁ……」

 

風太郎が四葉に対して呆れてしまう。総介はここで確信した。

 

 

 

この子は『バカ』だ。

 

「だ、大丈夫ですよ〜!私が走ったのはすぐそこですから………あ、ほら、三玖が帰ってきました!」

 

おーい!と四葉はエントランスの入り口に向かって手を大きく振る。

皆がそちらを向き、総介も視線をそちらへと移した。すると

 

 

 

 

 

「三玖ー!遅いよ〜〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「四葉がいきなり走るから………………………っ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに現れた少女こそ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………うそ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介が2度会った『ヘッドホンさん』だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、『浅倉総介』とヘッドホンさん改め『中野三玖』は三度出会った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この話を投稿した後、タグを大幅に変更します。




今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
次回は火曜日に更新予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.『中野三玖(ヘッドホンさん)』と『浅倉総介(メガネのひと)

今回は『彼女』の視点からです。難しかったです。







全然悪ふざけが書けないのってすんごいめんどくさい………


 

 

 

 

 

 

 

 

時を遡ること昼休み

 

 

総介から『ヘッドホンさん』と呼ばれている少女、中野三玖は食堂に来ていた。

目的は昼休みなので、そりゃお昼ご飯がメインなのだが、三玖の場合はもう一つあった。

 

「三玖〜、どうしたの?さっきからキョロキョロして」

 

「……なんでもない」

 

一緒にお昼を食べに来た四葉が聞いてくるも、適当にあしらう。

 

「フータロー君でも探しているのかなぁ?」

 

そう聞いてくるのは五つ子の長女の中野一花。ニヤニヤしながら三玖に聞いてくるあたり、彼との色恋沙汰を気にしているのか……

 

「違う」

 

「ありゃりゃ、即答……こりゃ脈なしかな?」

 

残念、と手を広げながら肩を落とす一花。何の脈なのかと思ったが、突っ込むのも面倒なので三玖は聞き流すことにした。

 

「あははー、せっかく共学の学校なのに、恋愛したくても、相手がいないんだよねー」

 

「そうだねー。四葉もやっぱり?」

 

「うん、まだー。」

 

そんないかにも女子高生みたいな会話をしていると、四葉が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三玖はどう?好きな男子とかできた?」

 

 

「えっ?」

 

何気なく三玖へと聞いた質問。直後、三玖は頬を赤く染めてながら

 

 

「……い、いないよ」

 

そう言い残してタタタっと空いてる席に行ってしまった。

 

「おやおや〜、四葉さん、これはもしや〜?」

 

「そうですねぇ一花さん、これはもしかするともしかするかもですよぉ〜?」

 

わざとらしい敬語を使ってニヤニヤと笑い合う一花と四葉。

その場に三玖がいないのをいいことに、姉妹の色恋沙汰を勝手に考え始める2人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖は適当な席について、黙々とお昼のサンドイッチと抹茶ソーダをお腹へと入れて行く。

 

先ほどの四葉の質問を考えながら…………

 

 

(…………どうして……)

 

四葉から聞かれたとき、真っ先に思い浮かぶ姿があった。

それは先日から自分たちの家庭教師だと名乗っている上杉風太郎という男子………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではない。

 

 

 

確かに彼は姉妹に関わってくる数少ない、いや唯一の男子と言ってもいい。一花が真っ先に風太郎の名前を出したのも、この学校で知ってる男子が彼しかいないからだろう。

しかし、他の姉妹はどうなのか知らないが、三玖は風太郎以外に話をした男子がただ一人だけいた。

 

 

 

 

(………あのひとの顔が……)

 

 

 

 

それは転校してきた初日、自販機で抹茶ソーダを買おうとしていたところ、売り切れてしまっていたそれを『転校祝い』と言って譲ってくれた人。すぐさま走り去って行き、名前は聞けなかったので、三玖はその男子を『メガネのひと』と心の中で呼んでいた。

 

 

 

 

最初は『優しい人』、それだけだった。今度会ったらお礼でもしよう。そうして恩を返すだけの人、その程度の認識だった。

 

ところが翌日、事態は急変した。

 

昼休みに食堂にその『メガネのひと』がいた。誰かを探しているのか、歩き回ってキョロキョロしている。ふと彼の手元をみると、左には赤い缶のコーラ、右手には緑色の見慣れた缶、抹茶ソーダが握られていた。それを見て三玖は気づいた。もしかして今彼が探しているのは……

 

 

(………私?)

 

 

そんなことを思っていると、彼が近づいてきた。しかし、こちらには気づいていない様子。どうしたものか、と三玖は考えた。

 

 

 

 

 

(…………行こう)

 

少なくとも、昨日もらった抹茶ソーダのお礼はしたい。その思いが、彼女を『メガネのひと』のすぐそばまで身体を導いた。三玖が彼の背後についたその直後に、彼が振り向いて二人は二回目の出会いを果たした。

 

 

 

 

 

 

三玖はその『メガネのひと』に再び抹茶ソーダを渡されたが、先にお礼をしなきゃ受け取らないと言った。すると彼が言ってきたのは、『お昼ご飯を一緒に食べること』だった。

 

それだけでいいのか?と三玖は思ったが、別に変なお願いではなかったので、了承することにした。

 

三玖は四葉たちとお昼ご飯を食べる予定だったが、スマホで連絡すれば大丈夫だと思い、連絡を入れてから、彼が見つけた席に向かい合って座り、その後は彼とのトークに興じていた。その途中に事件は起こった。

ひょんなことからスマホを落としてしまい、『メガネのひと』に画面を見られてしまった。

誰にも、姉妹にすら言っていない三玖だけの秘密を、会って2日しか経っていない人に知られてしまった。彼女自身、変なことは自覚していた。みんなはイケメンやモデルを好きになってるのに、自分は髭の生えた暑苦しそうなおじさん達が好き。受け入れてもらえるわけがない。そうしたネガティブな感情が彼女の中で渦巻いていた。

ところが彼は、全く気にしなかった。それどころか、彼は不器用な言葉で三玖を勇気付け、さらに三玖のことを尊敬するとまで言った。

 

『メガネのひと』の言葉の後で、彼が好きなものも知った。彼も似たような趣味を持っていた。もしかしたら話が合うかもしれない。新しいことを知れるかもしれない。そして彼のことも………

 

 

 

 

 

そんな時にチャイムが鳴って、彼はまた去っていった。

 

 

(名前、また聞けなかった…………それにまた明日って言ってたけど…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は金曜日なんだけど……………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの3日間、三玖は彼の言葉を思い返し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

『自分の好きなモンを好きって言うことに、何をそんなに躊躇する?何をそんなに恥ずかしがる?』

 

 

『自分に自信がもてねーからか?

 

 

んなモン勝手に笑わせときゃいいんだよ。』

 

 

『どんな趣味持ってても、そんなのは人それぞれ違うし

 

 

違ってて当然だろ。』

 

 

『今の自分を信じられるのは友達でも妹さんでもねー

 

 

 

 自分自身だろうが』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

側から見れば、ただの痛いセリフにしか聞こえないだろう。しかし三玖は、彼があの時言った言葉の数々に不思議な何かを感じていた。重いなにか……何か引きつけられる重力のような何かが言葉の節々にあった。

 

 

 

 

 

 

 

そして気がつけば、三玖は頭の中で彼のことを考えるようになった。今日のお昼に食堂に来ても、『メガネのひと』がいないかと周りを見渡してしまうほどだ。いないと知ると少し落ち込んでしまう。どうしてだろうか。

 

 

 

そして極め付けは、四葉に言われた言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖はどう?好きな男子とかできた?

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬だった。三玖の頭の中がその『メガネのひと』で埋め尽くされてしまった。まだ名前すら知らないのに。まだ少ししかおしゃべりしてないのに。まだ彼のことを何も知らないのに………

 

 

 

あの場から逃げてきて正解だった。あのままいたらきっと、一花と四葉に問い詰められていただろう。

 

 

(………好き……なのかな……?)

 

 

まだ三玖には、自分の感情がどういったものか整理が出来ないでいた。恋愛などしたこともないし、ましてそれがどういうものなのかも分からない。ただ、彼女の中で『メガネのひと』が存在し続けているのは事実だった。

 

 

(…………また会いたい)

 

好きにしろそうでないにしろ、会ってこの感情が何なのか、確かめたい。はっきりさせたい。彼と色んな話がしたい。そのうち分かるはずだ。このよく分からない何かが。

 

 

 

 

そう考えながら、三玖は残りの抹茶ソーダを飲み干し、教室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、三玖はスマホを開いていた。内容は先ほど、五つ子の末っ子でもある中野五月から届いたメールだった。

 

 

 

『上杉くんがどうやら家庭教師の助っ人を連れてくるみたいです。』

 

 

 

 

そのメールを見て、三玖はうんざりした。

 

(フータロー、まだ諦めてないんだ)

 

先日、二乃に睡眠薬入りの水を飲まされて追い返され、自分たち全員が赤点候補を知ってもなお、姉妹に食い下がってくる。彼女はそんな様を見て滑稽だと思っていた。そして彼が出した次の策は、助っ人を呼ぶということ。要は2人で姉妹を包囲して無理やりにでも勉強させるのが魂胆だろう。

 

(………毛利元就の三本の矢)

 

三玖はそれを思い出していた。一本の矢は容易く折られてしまうが、それが束になった場合は容易には折れない、という故事である。戦国武将マニアの彼女ならではの考えだった。しかし

 

 

(私たちは五人、あっちは二人。………戦力差は一目瞭然)

 

 

たとえ一人増えようとも、大して変わりはない。また二乃が風太郎にバレないように何か薬を持って追い返すだろう。そうこう考えていると

 

 

「三玖ー!一緒に帰ろー!」

 

四葉が声をかけてきた。どうやら彼女も帰宅するところらしい。

 

「わかった」

 

とりあえず、三玖はゆっくりと家路につくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

帰宅中、自宅のマンションがあと少しのところで三玖は四葉に五月からのメールの話をした。

 

「そういえば四葉」

 

「ん、何ー?」

 

「フータローが連れてくる助っ人、どんな人か分かる?」

 

「え?助っ人⁈何の話⁈」

 

 

四葉、ここで助っ人の件を知る。

 

「……五月からのメール見てないの?」

 

「え?ちょっと待って!………」

 

そう言うと四葉はポケットからスマホを取り出して、画面を数回タップして確認した。

 

「あ!ホントだ!いつの間に五月からメールが!!しかも、上杉さんが助っ人を連れてくるんだって!?すごいね三玖!」

 

「それさっき私が言った」

 

「いや〜、どんな人なんだろうな〜!打率三割はキープできる人かなー!それとも抑えのエースかなー!楽しみだねー!」

 

「それ違う助っ人。家庭教師だよ家庭教師」

 

「うおっと、そっだった!こうしちゃいられない!早く挨拶に行かないと!いっくぞー!!」

 

そう言うと四葉は思いっきりダッシュをして走り去っていった。

 

「あ、ちょっと四葉…………はぁ……」

 

ため息をついて走っていく妹に呆れを見せる三玖。仕方ないのでそのままのペースで歩くことにした。

 

 

「………助っ人………」

 

 

どんな人なんだろう。フータローが連れて来ると言ってた訳だから、変な人ではないとは思う。多分……それでもだ。

 

 

(……勉強、嫌だな………)

 

 

分からない事をするのは、嫌いだ。四葉みたいにやる気があるわけでもないし、一花みたいに大人の対応で軽く受け流すこともできない。二乃のように強引にでも追い返せなければ、五月のようにしっかりしてるわけでもない。

 

(………やっぱり私は……)

 

 

落ちこぼれなのかな、と思いかけた時、あの言葉が頭に浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『萎縮なんてする必要全くねーよ。

 

 

 

 

自信なんて後からいくらでもやった分だけついてくらー』

 

 

 

 

『今の自分を信じられるのは友達でも妹さんでもねー

 

 

 

 

自分自身だろうが』

 

 

 

 

 

 

 

(…………)

 

彼の、『メガネのひと』の言葉。ただ口先から出たようには全く聞こえなかった、力強く、芯の通った言葉。

 

 

もし、私に、自分を信じる力があれば………

 

 

 

 

(……………自信なんて、後からいくらでもやったぶんだけついてくる………)

 

 

 

今はまだ何もやっていない。だから自信がわかない。自分を信じれない。でも、これからやれば………

 

彼がこの場にいれば、同じことを言っただろうか……それとも……

 

 

 

 

(………ふふっ)

 

 

笑ってしまう。彼は関係ないのに、思い出してしまう。それは私が、彼の言葉を信じようとしているからなんだろう。

 

(………信じて、みようかな)

 

 

 

 

 

 

 

彼を、

 

 

 

 

 

 

彼の言葉を、

 

 

 

 

 

 

自分自身を、

 

 

 

 

 

いろいろ考えるのは後からでいい。今はただ信じてみよう。

 

 

 

 

 

 

そう思い私は、自宅のマンションのエントランスまで、少し速く歩いていった。

 

 

 

 

 

すると、エントランスに何人かが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三玖ー!遅いよ〜〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四葉が手を振って私を待っていた。周りを見ると、フータローに二乃もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「四葉がいきなり走るから………………………っ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、フータローのとなりにいた人に、私は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………うそ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにいた人こそ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が会いたいと思っていた『メガネのひと』だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、私の世界が、全てが真っ白になってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四葉もいない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二乃もいない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フータローもいない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周りの景色も全てなくなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ一人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『メガネのひと』だけが、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、中野三玖と、『メガネのひと』改め『浅倉総介』は三度出会った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作キャラ、ましてやヒロインの視点はメチャクチャ難しいです。




今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
次回更新は明日を予定しているのですが、更新されなかったらまた来週の火曜日になるかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.肉まんはうまいよ

実写映画版『銀魂2 〜掟は破るためにこそある〜』の主題歌でもあるback numberさんの『大不正解』の歌詞にこういうものがあります


『同じ物を欲しがって
同じ時を過ごしたのが運の尽き』

こちらの曲は凄くカッコ良くて大好きなんですが、ここの部分だけとても気になりました。
おそらく違う意味で作詞されたのだと思いますが、私は真っ先に『主人公を取り合うヒロイン達の構図』が浮かんできました。……後書きに続く



前回のあらすじ……二人、三度出会う、以上!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、まあそれは合っているんだが、問題はここからである。

 

偶然、必然、様々な要素が重なり合い三玖との再会を果たした総介。しかし彼は彼女を前に、再び硬直してしまっていた。

 

 

 

 

(…………やべぇ、どうしよう……)

 

 

三玖の可憐さにまたまた頭が真っ白になってしまう。何度会っても慣れない。もうこれホントどうにかならないだろうかと、は後で考えてしまうのは別の話。今の本人は心臓の鼓動もさっきより高くなり始めている。早くなんとかしなければ。

 

(……いかんいかん、落ち着け。金曜のことをまず謝らないと。エリザベスエリザベスエリザベス………)

 

 

頭の中でエリザベスを何匹も想像し、なんとか正気を取り戻す総介。そもそも頭の中でエリザベスが何匹もいること自体正気ではないのだが………

まぁそれはそれとして、総介は三玖に謝罪すべく行動を起こした。彼女の前まで歩いていき、

 

 

「………ゴメン!!」

 

顔の前で手を合わせ謝った。

その言葉で遠い世界に行ってた三玖も、総介の言葉で我に返った。

 

「………え?…え?」

 

三玖からすればずっと会いたかった人にいきなり目の前で謝られたので少し、いやいや大分びっくりしてしまった。

 

「いや、この前の金曜日『また明日』なんて言っちゃって……あの時すごいテンパってて、完全に週末なの忘れてしまってたし……名前も言わずに勝手にどっか行っちゃったから……だから、これだけはどうしても謝りたくて……本当にごめん!」

 

 

総介は再び手を合わせて顔を下げて謝る。三玖は彼はどうやら金曜日の件を気にしていたようだ、と、ほっとする。彼女からすれば別に謝られるほどのことでもないし、大して気にはしていなかった。それよりも、彼が自分に会いに来てくれた喜びに心を躍らせていた。

 

「………いいよ」

 

「え?」

 

総介の顔が上がる。

 

「私もあの時、金曜日だって気づくのあなたが行っちゃった後だったし、抹茶ソーダ、二本ももらってるし、一本目のお礼もまだできてなかったから…………これで、おあいこ……」

 

「………いいの?」

 

「うん、だから………」

 

 

 

三玖は総介に聞いた。

 

 

 

 

 

 

「………名前、教えて欲しい……」

 

 

 

 

 

 

 

ずっと彼に聞きたかったことを……彼女がずっと知りたかったことを……

 

 

 

 

 

 

 

「……………浅倉総介。君らの家庭教師の助っ人として、ここに来た」

 

 

 

「…………やっぱり、そうなんだ」

 

 

三玖は薄々気づいていた。さっき五月から風太郎が助っ人を連れてくるとのメール、そして風太郎と一緒にいる彼、この場所に彼しか知らない人がいないこと、赤点候補の自分でもわかることだ。すると

 

 

 

 

「………君の名前も、教えて欲しい。いいかな?」

 

 

 

総介も彼女の名前を聞いてきた。四葉が先ほど言ってたのを思い出したが、改めて彼女の口から聞きたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………中野……三玖」

 

 

 

 

 

 

 

ようやく互いの名前を知ることが出来た。

ここ数日、名前を知らないために『ヘッドホンさん』、『メガネのひと』としか呼ばなかった2人。

名前を知れたことで、2人はようやく出会えた気がした。2人の間にあった果てしない距離が、今まさに触れることのできる距離まで、縮まったような感覚。総介と三玖、その感覚が2人を包み込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ち、ちょっと待って待って!ストップ!ストーーーーーーップ!!!!」

 

 

 

 

高い声の叫び声が、そんな空気を一変させた。2人だけいた世界が一気に戻り、周りのものや人物も蘇った。

 

 

「何2人きりの世界に入ってるのよ!ってかあんたら2人知り合いだったの⁈」

 

「ええええ!浅倉さん、三玖のこと知ってたんですか〜〜!!?」

 

二乃が2人の関係に問い詰め、四葉もそれに続く。

 

「…………転校してきた時に、少し……」

 

それに三玖が答える。総介の方も頭をかきながら、うるさく聞いてくる二乃を睨み言う。

 

「っせーな。やかましいぞ塔城小猫。いや、白音の方がいいか?」

 

「誰がグレモリー眷属の戦車よ!中野二乃よ!いい加減覚えなさいよ!!」

 

「ええ〜」

 

総介は渋い顔をする。

 

「ええ〜って言うな!アンタがええ〜って言っても全然可愛くないのよ!っていうか、アタシと三玖で扱い全然違うじゃないの!!」

 

二乃がギャーギャー騒いでいるが、総介はどこ吹く風。まだうるさくなんか言ってる彼女に気に留めずに、彼は視線を風太郎へと向ける。

 

「………上杉、すまんな」

 

「あ、浅倉?」

 

「実はお前から五つ子だということを聞いたときに、彼女、ええと、中野さんがいる事はほとんどわかってたんだ。彼女に会って謝る機会が欲しかった。それがお前の頼みを受けた理由だ。邪な理由になっちまって、悪いと思ってる」

 

風太郎にも頭を下げて謝る総介。どんな形であれ、彼を三玖と会うために利用してしまったのは事実なのだ。謝罪してしかるべきである。

 

「い、いや。三玖と知り合いだったのは驚いたが、その……助っ人の件は」

 

どうやら風太郎はそこが一番気がかりだったようだ。

 

「ああ。依頼を受けた以上断るわけにもいかねーからな。そこは心配いらねーよ。助っ人の役割はちゃんと果たすつもりだ」

 

「そ、そうか!それなら「だぁかぁらぁ!アタシはそんなの認めないって言ってんでしょうが!!」に、二乃……」

 

風太郎が総介の言葉を聞いて一安心と胸を撫で下ろそうとしたのも束の間、二乃が会話に割って入った。どうやらまだ文句があるらしい。その様子を見て総介は溜め息をついた。

 

「そもそもアンタが家庭教師をする事自体認めてないってのに他の知らない奴なんか家に入れろっていうの⁈冗談じゃないわ!!そんな訳わかんない理由でこれ以上ずけずけとアタシたちの家に入んないでよ変態!!陰キャ!!」

 

「うぅ………」

 

「…………」

 

二乃の怒涛の罵倒ラッシュが続く。風太郎は少しばかりうろたえたが、総介は意に返さず、訳わかんない理由って家庭教師っつってんだろ、と内心突っ込んだが、言葉にはしなかった。同時に二乃の言葉の一部に注目していた。

 

(……『アタシたち』ねぇ……)

 

この女、どうやらただの自分勝手でもないようだ。無意識だが、姉妹を知らない男から守ろうとしている。上杉はどうか知らんが、俺に対しては敵意むき出しで威圧してくる。言うなれば、番犬が牙をむいて『ガルルル』と威嚇しているアレだ。うん、分かりやすい。そして番犬には必ず『守る対象』がいる。この女は、何かを守ろうと必死に俺を威嚇している。そして俺が彼女と既に知り合いと知るや否や、露骨に敵意を向けてきた。つまりだ、こいつが守りたいものは……と、

 

「大体アンタ何なの⁈三玖とちょっと知り合いだからって何⁈どうせ仲良くなれるんじゃないかって考えで近づいて来たんじゃないの!?」

 

おっとバレてたようだ。野生の勘てのは怖い怖い(棒)。まぁお前に教えてやる義理はねーけどな。

 

「ふん!どうせ体目当てで近づいたんでしょ!?それとも女子の部屋にでも入ってみたいなんて考えてんでしょ!?そんな下心なんて丸わかりなのよこの陰キャ!!アンタなんか絶対このドアの向こうに通すもんか!!三玖が目当てなんかどうか知んないけど、とっとと帰れ!そして二度とアタシたち近づかないで!!この変態陰キャやろおおお!!」

 

悲鳴にも近い叫び声で二乃が総介に対して罵倒の限りを尽くす。途中、四葉と三玖が彼女を止めようとするも、総介が手をかざして静止した。その動作を見た風太郎も、総介の視線が自分に流れてきたことにより二乃を止めようとする動きを止めた。そして総介自身も、一歩も動かずに彼女の罵倒を聞いていた。

ハァハァと息を荒くする二乃。どうやら相当体力を使って叫んだようだ。実際結構甲高い声だった。しばらく二乃の荒い呼吸が続いた後、総介が口を開いた。

 

 

「…………気は済んだか?」

 

「ハァ……ハァ……は?」

 

「だから、気は済んだかっつってんだ。有る事無い事、いや、この場合は無い事ばっかりか。まぁいいや。汚ねぇ言葉ばっか並べやがって。スッキリしたかって聞いてんだよ?」

 

「何……ハァ…ですって……ハァ」

 

総介には二乃の罵倒は一切聞いてなかった。言い返すどころが、二乃が悪口を言い切るのを待つ余裕まで見せた。

 

「おめーがそんなに俺を拒絶する理由なんざどうでもいいし、聞くつもりもねー。でもな、俺はこの土俵に乗るって決めてここに来たんだ。せめてその土俵で相撲ぐれーとらせてくれや。色々罵んのはその後でいいだろ?ええ?」

 

後ろで「ええ!浅倉さん相撲をしにきたんですか!?」という四葉(バカ)の声がしたが、聞き流すことにした。中野さんか上杉が説明してくれんだろ、と勝手に丸投げして話を続けた。

 

「おめーらが勉強できないことも、勉強嫌いなことも、全部コイツから聞いた。中野さんの事を知ってなかったとしても、俺は上杉の依頼は受けてたと思うし、せめて検討はしていた(嘘です彼女の話が無けりゃ速攻で断る気満々でしたはい)。まぁ断ったとしても、どうせ上杉はまたここに来ただろ。」

 

「………アタシはそんな事話してんじゃ」

 

「そうだな。全くお前の考えてる事と違うもんな。……しゃーねー。じゃあ言ってやろう。お前は家庭教師をつけられんのが嫌なんかじゃねー。俺達がお前ら姉妹に(・・・・・・・・・)近づくのが気に食わねーんだろ(・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 

 

「っっ!!!?」

 

「「!?」」

 

「……は?」

 

二乃が驚きと同時に顔を真っ赤にさせる。そして四葉と三玖は総介の言葉に驚き、風太郎はイマイチ理解できてない様子だ。

 

「………ちょ、ちょっと待ってくれ!浅倉、それってどういう事なんだ?」

 

たまらず風太郎が総介に質問してきた。

 

「つまりだな上杉、こいつは姉妹思いのとぉ〜〜ってもいい子な『番犬ちゃん』だったってわけだ。これで分かんだろ?」

 

総介がニヤニヤしながら風太郎の質問に答える。

 

「なっ!!?」

 

二乃の顔が更に真っ赤になり始める。風太郎もどうやら気付き始めたようだ。

 

「えっと……つまり、二乃は」

 

「ああ、勉強よりも、俺達がこのマンションや、他の姉妹に近づいて何かしたりするんじゃねーかって心配してんだ。あんなに汚ねぇ言葉並べて俺らにボロカス言ったのも、ヘイトを自分に向けさせて他の子の安全を確保するためだろーよ」

 

抑揚なく続く言葉を一旦そこで止めて、総介は後ろにいる三玖と四葉に目を向ける。

 

「………後ろの2人が驚いてる様子を見りゃ、姉妹はこのこと知らないみてーだな。多分、仲悪いのを演じて、姉妹と自分を分断させて、もし自分だけ手ぇ出されても、他の姉や妹だけは守ろうとした。その結果がさっきのあの悪口の嵐なんだろう。姉妹のことを大切に思ってると知られたら、その子らをダシに使われて、余計彼女たちに迷惑かけちまうからな。………違うか?」

 

二乃に聞いてみるが、答えは帰ってこない。口が動かない代わりに、体がプルプルと震え、顔がゆでダコの様に真っ赤っかになってしまっている。あ、顔下に向けた。もうこれは聞くまでもないだろう。

 

「………二乃……」

 

三玖が彼女の名前を呼び、近づいていく。

 

「………知らなかった……二乃がそんなこと思ってたなんて……」

 

「そ、それは!………!!」

 

二乃は否定しようとするが、顔が熱くなってしまい、どうにもうまく言葉に出来ない。すると三玖は言葉を続ける。

 

「………二乃が心配してくれるのは、嬉しい。でも……」

 

三玖は二乃の前に立ち、総介の方へと振り返る。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ソースケは、悪い人じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

「…………はい?」

 

 

二乃と同時に、総介が力の抜けた返事をしてしまう。まず、『いきなり名前で呼ばれた』事と、『会ってそんな経ってないのに悪い人ではない』と断定された事。いや、どっちもうれしい。特にいきなり名前で呼ばれるなんてすんごいうれしい。しかし、そんな早く悪い人ではないと結論を出されても、困る。実際あなた目当てで来てるんですが………今後仲良くなりたいのに逆に近づけなくなっちゃうんですが………

 

 

 

「…………何でそんなの分かるのよ?会ってそんなに経ってないんでしょうが?」

 

二乃が顔を上げて三玖に聞いてくる。

 

「うん。少し話をしただけ………でも、分かる。ソースケは、女の子を襲う様な、女の子目当てで来るような、悪い人じゃないよ」

 

(予防線張られたーー!!!!一番仲良くなりたい人にとんでもなく固ぇATフィールド展開されたァァア!!!シンジ君助けてェェェ!!てか俺の信頼度何でそんな高いの!!?逆に辛ぇよ!!今後どうすりゃいいか選択肢逆に狭くなっちまうじゃねーかぁぁあ!!)

 

総介の脳内がorz←こんな風になってしまった状況で、二乃が少し笑う。

 

「……ハハッ何それ?女の勘て奴なの?」

 

「………そうかも、しれない」

 

「わ、私も、浅倉さんはいい人だと思います!!」

 

ここで四葉が手を上げながら参戦する。

 

「浅倉さん優しそうな人だし、えっと、背が高いし、何か周りの人のことよく見えてそうで、あと………優しそうだし!」

 

(おい待て突っ込みどころしかねーぞ!背ぇ高くて周りよく見えそうっていい人じゃねーだろ!!精々集合場所にされるぐらいのメリットしかねーし!しかも『優しそう』ってそれ誰かの良いところを言うやつで何もない時に出てくる常套文句じゃねーか!!つまり俺のいいとこって、背ぇ高いだけじゃん!!中身ゼロじゃん!!!)

 

 

総介の脳内が○__/__/チーンとなってしまった瞬間、エントランスの方から声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、これってどう言う状況なのかなぁ……」

 

 

「い、一体何があったんですか?」

 

 

 

全員がそちらを向くと、2人の女の子が立っていた。

 

 

1人はアシンメトリーのピンクのショートヘアに、耳にはピアス、上はカッターシャツだけで、黄色い上着はお腹で袖を結んでおり、あと、胸元のボタンが無駄に開いている。もう少しで見えるのではなかろうかと言うぐらいに。いかにもイマドキの女子高生的な雰囲気をこれでもかと言うほど醸し出している。

 

もう1人は赤く癖のあるロングヘアーに、頭頂部にはアホ毛が立っている。そしてこめかみ辺りには星型の髪飾りが2つ付いており、服装はカッターシャツに赤いベスト。こちらはもう1人と違って、真面目そうな子である。そして何故かその子の手には食べかけの肉まんがあった。

 

そしてこの2人、顔立ちがそっくりだ。いや、この2人だけではない。この場にいる他の3人ともそっくりなのである。つまりは………

 

 

「一花!五月!」

 

「いつからそこに……」

 

 

四葉が2人の名前を呼び、三玖がジト目で問いかける。

 

「えっと………二乃がそこのメガネ君にボロクソ言ってたあたりから」

 

ショートヘアの子が答える。

 

「結構前からじゃないのよ!!?」

 

二乃の顔が再び赤くなる。どんだけ赤くなるんだよと総介は内心突っ込む。

 

「し、しょうがないでしょう!二乃がその人と何か言い争いをしてて、入るに入らなかったんですから!」

 

アホ毛の子が言い争いを言い訳にして入って来れなかったという弁明する。そもそも言い争いってか、総介が一方的にボロクソ言われてただけなんだが……と、ここでショートヘアの子が……

 

 

「それにしても〜二乃ったら〜、私たちのことそんなに大切に思っててくれたんだ〜」

 

ニヤニヤしながら二乃に近づいて行き、抱きつく。

 

「ちょ、ちょっと!何すんのよ!」

 

「いいじゃ〜ん!いつも私たちにも素っ気なかったのは私たちを守ってくれてたんだってね〜。お姉ちゃん嬉しいぞ〜♪」

 

「だ、だから!それは、こいつが!……ヒャッ!?どこ触ってんのよ一花!!」

 

「まあまあ、姉妹思いの妹にお姉ちゃんからのスキンシップを〜「いらんわ!いいからはーなーれーろー!」あちゃー、フラれちゃった。姉さんショック」

 

ベタベタ抱きついてくるショートヘア、もとい一花を引き剥がす二乃。

 

 

と、ここで、ようやく総介が口を開いた。

 

 

「………なあ上杉」

 

「………なんだ?」

 

「こいつらが………」

 

「ああ、ここにいる全員で五つ子だ………」

 

風太郎の久しぶりの台詞を聞き、改めて五つ子を見渡す。

 

 

 

 

 

 

やたらお姉ちゃん言いたがるイマドキ系女子高生『一花』

 

 

悪口毒舌吐きまくりでも姉妹思いの『二乃』

 

 

大人しそうな見た目も中身もとっても可愛い女の子(総介目線)『三玖』

 

 

明るいバカ『四葉』「ちょ、私だけ短くないですか!?」

 

 

生真面目そうだがさっきから肉まんばっか食ってる。あ、二個目取り出した『五月』「二個目とは失礼な!三個目です!」あ、はい、すんませんでした。

 

 

 

 

 

 

ともあれ、これで五つ子全員が揃ったわけだ。改めて見てみると壮観である。

 

 

(五つ子なんて本当にいたんだな……)

 

双子でもそうそう会えないのに、五人なんてこの子らの母ちゃんどんだけ頑張ったんだよ、と思ったが口には出さないことにした。

 

 

 

と、ここで一花が切り出した。

 

「おっと、私たちはメガネ君とは初対面だったね。この子たちのお姉さんで長女『中野一花』です。よろしくね、メガネ君♪」

 

総介の目の前まで来て、前屈みになって上目遣いというなんとも斬新な自己紹介をする一花。その際、ボタンが開いた胸部がやたらと強調される。

 

「……………」

 

総介は一点を見つめながら黙り込む。その視線は明らかに一花の胸部を捉えていた。彼の考えはこうである。

 

 

 

 

『見て欲しいなら、見続けてやろうではないか!』

 

 

 

「………えっと、どこ見てるのかな?」

 

少し顔を赤くした一花が尋ねる。

 

 

 

 

 

 

 

「肉まん(あんたの)」

 

「こ、これはあげませんよ!!!?」

 

総介の言葉に一花よりも速く五月が反応して、肉まんを隠す。一花はその隙に胸元を隠し、総介の前から離脱した。顔が真っ赤なのを見るあたり、攻められるのには弱い方のようだ。まぁ総介からすれば三玖以外はそんなに興味無いので、どうでもいいことなのだが。

 

「いや、いらないから。てか何故に肉まん?」

 

「お、美味しいじゃないですか⁈」

 

「まあ確かにそうだが……」

 

こんな状況でも肉まん食べ続けるのはどうかと思うが………

 

 

 

「ちょっと待ってください……もぐもぐ……ゴクン。私は『中野五月』です。あなたが上杉くんの言ってた助っ人の方ですか?」

 

肉まん全部を飲み込んでから、何事もなかったかのように五月は自己紹介を始めた。

 

もうめんどくさいので受け流すことにした総介。

 

 

「………はぁ、そうだ。浅倉総介。今回上杉からの依頼であんたらの家庭教師の助っ人をすることになった」

 

「フータロー君とは知り合いだったの?」と一花

 

「いや、今日初めて会った」

 

「へぇ〜、そ〜なんだ〜」

 

わざとらしい言い方をする一花。しかしまだ顔は赤い。

 

「………今日初対面の人の頼みを、よく受けましたね……」

 

五月が何か疑うような目で言ってきた。

 

「………悪いか?」

 

「………いえ」

 

「まあまあ、いいじゃん、面白そうだし!」

 

と、一花が先ほどのやりとりから復活したのか、元気よく話に入ってきた。

 

「こんなところで立ち話も何だからさ、もう部屋行こうよ!フータロー君や浅倉君からも話聞きたいし」

 

「ちょ、こいつら部屋に入れるの!?」

 

一花の提案に二乃が、再び拒絶反応を見せる。

 

「いいっていいって。彼も悪そうな人じゃなさそうって三玖も言ってたしさ。一旦話し合おうよ、今後のこととか」

 

「私も賛成〜〜!!」

 

「………異議なし」

 

一花に続いて、四葉と三玖も肯定する。

 

「………仕方ないですね」

 

五月も渋々了承する。

 

 

「ぐぬぬぬ……」

 

「………どうすんだ?」

 

諦めろ、と言わんばかりに総介が聞いてきた。もやは二乃に先ほどの叫び声を上げて追い返す力は残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………わかったわよ!入れればいいんでしょ入れれば!でも、なんか変なことしたら、すぐに追い出すわよ!!いいわね!?」

 

「へいへい」

 

ようやく二乃が折れた。一花がカードキーを使ってオートロックが解除される。自動ドアが開き、五人が中へと入ってエレベーターへと向かう。

 

「おい、どうした上杉、とっとと行くぞ」

 

 

「……!あ、ああ……」

 

 

総介に呼ばれ、彼についていく風太郎。彼の背中を見ながら、考え事をしていた。

 

 

(あの二乃を黙らせたり、何考えてるか分からない三玖が味方したりするなんて……さっきも、二乃が考えてたこと全部言い当てるし、浅倉って何者なんだ一体……)

 

 

 

総介の彼女たちに言うことを聞かせたことへの頼もしさと、場の空気を制圧できる存在感に少しばかりの恐怖を覚えた風太郎であった。

 

 

 

かくして中野家の五つ子と上杉風太郎、そして浅倉総介はついに一つの場へと集まった!今後彼ら彼女ら7人はどういった道を辿るのか、果たして五つ子は無事赤点を回避して卒業できるのか、そして総介と三玖の恋路はどうなってしまうのか!そして地球の運命は………うん、どうでもいいや……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては、作者のみぞ知るところである………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに総介がオートロックが開いてから考えていたこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………頭使ったのと肉まんの匂いのせいで腹減った……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前書きの続き……なのでみんな違う物を欲しがっちゃえばいいんじゃね?と思い書き始めたのが当作品となります。


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。

昼休み潰して投稿しました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.普段怒らない奴が怒ると怖いように、普段笑わない子が笑うとめっさカワイイ

お待たせしました!1週間空いちゃいました。






昨日書いた分を急いで見直して、家を出る前に投稿してます。


前回のあらすじ(毎回はやんないから、今は勘弁して)

 

 

 

エンヤ〜コ〜ラヨット

ドッコイジャンジャンコ〜ラヨッ♪

 

 

タンタラタンタンタランタタンタン♪

タンタラタンタンタンタン♪

 

 

五つ子だョ!全員集合〜〜!!!!!

 

 

はい、回想終わり〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風太郎「って全然回想出来てねぇじゃねーかぁぁぁあああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあそんなこんなで、風太郎に連れられてきたマンションでようやく三玖と再会し、五つ子全員と対面した総介。

 

 

五つ子の後に続き、エレベーターに乗り、最上階の30階へ向かう。エレベーターの中で、二乃がまだブツブツ文句を言ってたが、総介は全く聞いておらず、マイペースにあくびをしていた。逆に風太郎はソワソワしっぱなしだった。横から聞こえてくる愚痴の数々、それにまったく気にするそぶりを見せない助っ人、五人の美少女に、ガリ勉に、死んだ魚の目の見た目陰キャ。なんともシュールな空間がエレベーター内に広がっていた。

目的の階に到着し、姉妹が住んでいる部屋へと向かう。一花がドアを開け、ゾロゾロと中へと入っていく。

 

「さ、浅倉さん!どうぞ、入ってください!」

 

「じゃあお邪魔しや〜す」

 

「おい、俺は?」

 

四葉の一声で部屋へと入っていく総介。気が抜けたような返事で入室するが、声がかかるまで動かなかったあたり、それなりの礼儀は弁えている。一方、自分の名前が無かったことに突っ込む風太郎だが、総介の「いいんじゃね?」の呟きで、彼の後に続いて入っていった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい浅倉さん!ささ、どうぞこちらへ〜。ゆっくりくつろいでくださいね〜!」

 

「お、サンキュ〜」

 

「いやだから俺は?」

 

「あ、上杉さん、いたんですね!」

 

「ひどい!扱いのランクが完全に下がってる!」

 

広いリビングにて、四葉に完全にいない子扱いされてしまった風太郎。でもこの子らに勉強させるまで風太郎は泣かないもん。

 

 

四葉に言われて腰を休めようとしたが、いきなりソファに座るのはアレなので、総介は長いソファの正面、大きなテレビを背にした絨毯の上にあぐらをかいて座る。それを見た風太郎も彼の隣にある一人用の椅子に座る。続いて荷物を各部屋に置いてきた姉妹が階段を降りてきて座り始めた。

総介と風太郎の正面には、顔がそっくりな姉妹たちが座っていた。二人の向かって左から、星型の髪飾りをつけたアホ毛の五月、アシンメトリーのショートヘアの一花、緑のリボンをつけたボブカットの四葉、黒いリボンのロングヘアの二乃………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あり?

 

 

 

もう一人、総介の好きな人のヘッドホンの少女、三玖がいない。いや、正確には『姉妹が座っているソファ』にはいない。ならどこにいるのか。それはもう全員知っていた。四人の姉妹の視線が風太郎が座っていない方の総介の隣に向いている。

 

 

 

 

 

「ってなんでアンタはそいつの隣に座ってんのよ!?」

 

堪らず二乃が突っ込んだ。三玖はさりげなく総介の隣まで来て女の子座りで絨毯の上に座っている。しかもこの上なく総介に近づいて。

 

「そっちは狭いから嫌。ここの方が楽」

 

「いやコッチのソファもあるでしょうが!?」

 

「どこに座ろうが私の勝手」

 

二乃は隣にある小さい方のソファを指差すが、三玖は全く聞く耳持たず。まさに『動かざること山の如し』である。

一方、気だるそうな表情を崩さない総介だったが、三玖が隣に座ったことで彼の内心はとんでもないことになっていた。

 

 

 

 

 

(いや待って!?何これ?何コレ!?ナニコレ!!?なんでこの子俺の横に座ってんの!?なんでこんな近いの!?なんで肩と肩当たりそうなの?………待て待て待て待て!!マジで!?何この子?俺のこと好きなの!?……ってなっちゃうよ?勘違いしちゃうよ?勘違いして変な期待して告白して振られちゃうよ!?………って振られんのかい!?イヤイヤイヤイヤ!?でもコレはアレだよね?少なくとも気はあるよね?嫌いでこんなことやんないよね!?もしこの子が演技でやってたら、女優の才能あるよ!薦めるよ女優に!?日本アカデミー賞ぐらい簡単に取れるよコレは!?)

 

 

なんかもう訳わかんないことも考えてしまうほどにテンパっていた。

とりあえず心を落ち着かせ、頭の中でエリザベスと定春という巨大な犬を想像しながら、総介は三玖へと顔を向ける。

 

「あ、あの、中野さん?なんで俺の隣に「誰?」……へ?」

 

「中野さんはここに五人いる。誰のことを言ってるの?」

 

食い気味で言葉を挟んだ三玖が、ジト目で総介を睨んでくる。彼からすればそんな彼女さえ可愛く見えてしまうため、全く怖くはないのだが……そんなことより、彼女の訴えは、名前で呼んで欲しいとのことらしい。総介はいち早く察知した。したのだが……

 

「じゃあ、ええっと…………」

 

「…………」

 

「……………三玖、さん……」

 

「『さん』はいらない」

 

三玖は余計に目を細めて、さらには頬っぺたを膨らませながら総介を睨む。しかしコレも、総介にとってはさらに可愛く見えてしまうので全くの逆効果である。

 

(か、可愛すぎる……)

 

頬をプクーっと膨らませた三玖は、総介からすればものっそい可愛かった。もう愛玩動物とか、そんなもんがかなうぐらいのレベルでは無い。ある種の兵器だ。『対浅倉総介用兵器、中野三玖の頬っぺたプクー』により総介は、自身の頬も熱くなるのを感じて思わず顔を逸らしてしまう。何とか気を取り直して、彼女が望むものを届けまいと心を落ち着かせた。

そもそも好きな人を名前で呼ぶのは、彼にとってはとてつもなくハードルの高いものだった。数日前までは完全な一目惚れの、完全な片想いだったにもかかわらず、今その対象が、もう触れるほど近くにおり、自分を名前で呼べと言っている。例えるなら、信仰してる神様がいきなり近くにきて「俺のこと呼び捨てでいいわ。なんか他人行儀なの嫌いだし」と肩を組んで信者に向かって言ってるようなもんである。まあさすがの総介も彼女を信仰する程までには至ってはいないのだが……

 

 

「………………三玖」

 

「!!なに、ソースケ?」

 

どうにか勇気を出して名前(呼び捨て)で呼んでみた。すると初めて名前を呼ばれた三玖は、あまりの嬉しさからパァーッと子供のような笑顔を見せて返事を返した。この笑顔を見た総介の反応は……

 

 

 

 

 

 

 

 

(かわええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!)

 

 

奇跡的相性(マリアーーーーージュ)!!!!!!!

 

 

 

 

普段表情の乏しい子が見せる笑顔ほど、男を落とすに最適なものはない。ましてや好きな人の笑顔ともなれば、その効果は倍、否!二乗となろう!この笑顔は総介を完全に落とすには十二分過ぎた。最初は理性を保ち、別の場所へ移ってもらおうと思っていた総介だったが………

 

「………別に好きな場所に座っていいと思うよ」

 

「!!!!……うん!」

 

そんなものあっさりと切り捨てた。テンパりが過ぎて一周回って冷静になった総介は、この果てしなく可愛い存在を自分の近くに座らせておくことを選択。彼も一人の男子高校生。欲望には忠実に従う時もある!

一方の三玖も、総介にそう言われた嬉しさのあまり顔が綻んでしまったままだった。別の場所へ行けと言われてしまうと覚悟もしていたが、顔を少し赤くさせて隣にいていいと言われてしまえば、そりゃ嬉しくなるもんですよ奥さん。

互いに顔を赤くしながら、二人の間にいい雰囲気が漂いはじめた。

 

 

 

 

 

が、

 

「ちょっと!なにアンタらまた二人の世界に入ってんのよ!」

 

そんな二人を二乃の大声がぶち壊しにする。

 

「黙ってろ中野二乃宮金次郎。別にどこに座ろうが三玖の勝手だろうが、口を挟むんじゃねーよ」

 

「ニ乃、空気読んで(また名前で呼んでくれた……)」

 

「何よその名前!?もはや中の人ネタでも無いじゃないの!!」

 

「言い過ぎるとストックがなくなっちまうからな」

 

「んなもん気にせんでいいわ!っていうか三玖、空気読めってどういうことよ!?」

 

「そのまんまの意味」

 

「わかるか!」

 

「わかれよそこは。バカだろ?お前バカだろ?」

 

「バカバカ言うなこの陰キャメガネ!」

 

総介、三玖と二乃のワーキャーなやりとりをしている中、とある姉妹の二人は三玖を見ながら小さな声で話しをしていた。

 

「(ねぇ一花、もしかして三玖の好きな人って)」

 

「(だろうねぇ〜。三玖のあんな嬉しそうな顔、ほとんど見たこと無いし、もう決まりじゃないかな?)」

 

「(ええ!!じゃあやっぱり浅倉さんが!?)」

 

「(だと思うよ〜。でもいつ知り合ったんだろうね、あの二人?)」

 

「(三玖は転校した時にって言ってた)」

 

「(ふ〜ん)」

 

一花と四葉は先程、昼休みのやりとりを思い出しながらヒソヒソと話をする。二人の中で三玖の好きな人が総介ということで合致したようだ。

 

(………なんだこれ?)

 

残された風太郎は状況について行けなかった。勉強させるために連れてきたはずな助っ人が、姉妹の中に溶け込んでいる。これ悪化してなくね?

 

 

と、ここで

 

「あの、そろそろいいでしょうか?」

 

五つ子の最後の一人、五月が手を上げながら言った。すると全員がそちらに注目する。

 

(ナイスだ、五月!)

 

風太郎は心の中で五月に親指を立てた。この訳の分からない状況から早く抜け出して勉強させよう。五月がそれぞれの会話を止めたことで、リビングは一瞬静寂に包まれた。

 

「浅倉君は私たちの家庭教師の助っ人ということで、ここにやってきたんですよね?」

 

「……ああ」

 

「具体的な事は考えているんですか?」

 

「いや全然」

 

「「即答ですか!(かよ!)」」

 

五月と風太郎が同時に突っ込んだ。

 

「って、上杉には言っただろ。彼女たちがどれほどのものか見極めてから考えるって。今日はそのために来たんだっつーの」

 

「あ、ああ、そういえばそうだったな……」

 

風太郎は昼休みの会話を思い出す。

 

「だからとりあえず、彼女らがどのくらい成績わりーのか、分かるもんねーのか?それが分かんねーと判断のしようもねぇからよ」

 

「あ、ああ。それなら、これを……」

 

「「「「「!!!???」」」」」

 

そう言って風太郎が鞄から取り出したのは、5枚の用紙。それは先日、姉妹の学力を見るために実施したテストだった。さすがにあれを見られるのは……と五人、特に三玖は思ったが、助っ人としてやってきたこと、ここまでの一連のやりとりで総介には逆らえないと感じていたことで、全員動こうとはしなかった。

総介は用紙を受け取り、1人ずつテストの結果を見ていった。

 

 

 

 

(まずは……一花……あのショートヘアの………12点!?……………そんな難しい問題でもねーな。俺だったら……まあ70は取れる取れないかぐれーか。これで12点とか、マジかよ……)

 

総介は一花を見る。本人も自分のテストを見られていると気付いたようで、冷や汗を流しながら顔を逸らす。自覚はあるようだ。

 

(はぁ……んで次は……ああ、住之江あこか。「誰か義弟大好きな双子の姉よ!ってかせめてモノローグくらい本名で呼びなさいよ!!」……うっせーなぁ。モノローグにまで干渉してくんなよ………んでこいつは、と………20点………)

 

総介は二乃に目を向ける。

 

「な、何よ?」

 

しばらく無言で彼女を見た後、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ハッwww」

 

鼻で笑った。

 

「なーに草生やしながら笑っとんじゃコラァァァアア!!」

 

「二乃!落ち着いて!キャラが崩れてるってば!」

 

テーブルを飛び越える勢いで総介に掴みかかろうとする。そんな二乃を隣にいた四葉が必死に制止する。

そんな光景を総介は完全無視し、用紙に目を向け直す。

 

 

 

(まったく………んで次は、………三玖、か…………32点……………今までよりは高い方だが……)

 

総介が横にいる三玖の方を見ると

 

「………うぅ」

 

恥ずかしさからか、落ち込んでいるのか、どよーんという効果音が似合うほどに顔を伏せていた。

 

(………かわいい)

 

もはや彼女の何にでもかわいいと思ってしまうほど、総介の片想いは重症である。しかし、落ち込む想い人を見逃す総介ではない。

 

「……………まぁあれだ。覚えることは多いけど、伸び代は十分あるってことの裏返しだから、そんなに落ち込むことないよ」

 

「………本当?」

 

「もちろん、これからの三玖のやり方次第で、いくらでも成績は伸ばせるんだから。自信持って。ね?」

 

すかさずフォローを入れる。ホント三玖と話すときだけ別人のように優しくなる総介。恋愛とは人を変えてしまうものなのである。

 

「………ソースケが言うなら、頑張る……」

 

三玖が顔を上げながら言ったとき、

 

 

 

 

 

 

「待たんかいいいい!!!なにこの扱いの差!!?三玖とアタシでなんでこんな差ついてんのよ!!?」

 

「ひいきだ、ひいきー」

 

二乃と一花がまた2人の空間に割って入る。一花の方は大分棒読みだったが……

 

「ったく、いちいちうるせーな。てめーに頑張れっつっても素直に頑張るやつじゃねーだろーが」

 

「そりゃそうだけど!ってかアンタ三玖と話すときだけ口調変わってるじゃない!!アホみたいなしゃべり方じゃなくなってるじゃない!!」

 

「アホがアホみたいなとか言うな。お前に三玖と同じ口調で言っても『キモっ!』しか返ってこねーのはわかってんだよこのアホ」

 

「大正解!!そんなんで話されてもキモいわよ!ってアホって何回言うのよ!?」

 

ギャーギャーと騒ぐ二乃を尻目に、総介はテスト用紙に目を戻す。

 

 

(本当にうるさい女だな。話が全然進まねーじゃねーか。まだ原作の一巻だぞここ……次は四葉か……名前ひらがなかよ……………8点……………はい、次)

 

「ちょっと!!?私だけなんも無しですか浅倉さん!?」

 

自分だけ見向きもされなかった四葉が、総介にたまらず突っ込む。

 

「あー、バカだって予想はしてたんですが、それが予想以上だったので、すごく驚きました。アレ、作文?……はい、終わり」

 

「短い!そして酷い!!」

 

落ち込む四葉なんざいざ知らず、総介は最後の一枚へと目をやった。

 

(最後は五月………あの肉まん食ってた子か………28点………全員ヤバイなこりゃ……)

 

とりあえず五月に目をやると、気まずい表情で顔を逸らされた。

 

 

「…………はあ〜」

 

「ど、どうだった、浅倉?」

 

ため息を吐いた総介に風太郎が尋ねてくる。彼が助っ人をするかどうか、かなり気になっているようだ。

 

 

そして暫く黙った後、総介が重い口を開いた。

 

 

 

 

「いや言いたいことは色々あるんだがな、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず上杉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前やめたほうがいいぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………え?」

 

 

 

 

 

 

果たして総介が言った事の真意とは………次回へ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最後取ってつけた感満載だなおい」

 

「ソースケ、それは言っちゃダメ」

 

 




まぁ自己満足の限りを尽くしている小説なので、ネガティブな意見もいっぱいあります。直さなければならない部分は勿論直して然るべきですが、自己満足は妥協し過ぎちゃうと自己満足じゃなくなってしまうので、可能な限り頑張りたいと思います。



今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!

5月中に10話は行きたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.メタ発言のご利用は計画的に

まさかのUA10000&お気に入り100件突破………



こんなはずではなかったのですが……本当にマジ嬉しいです!
こんな自己満足の駄作を読んでいただき、そしてお気に入りに登録していただき本当にありがとうございます。これからも頑張ります!


「とりあえず上杉

 

 

 

お前やめた方がいいぞ」

 

 

 

 

「……………え?」

 

 

突然だった。総介はしばらく黙り込んだと思ったら突然「やめたほうがいい」となんかもう、いろいろと根底を覆す発言をしてきた。

 

「ど、どう言う意味だよ浅倉⁈」

 

「どう言うって、そのまんまの意味だけど?」

 

あまりにも唐突な発言に立ち上がった風太郎の問いにも全く動じることなく、相変わらずやる気のない表情を一切崩さないまま淡々と答える総介。彼はその後に軽く首を回して周りを見渡す。

 

「や、やめた方がいいって、……家庭教師のこと、だよな?」

 

「この状況でそれ以外の何やめろっつーんだよ?あれか?お前のその髪型か?まぁやめてもらって角刈りにしても面白れーけどな」

 

「いや髪型じゃなくて……い、いきなりそんなこと言われても………そんなこと言う理由を説明してくれないと納得できないぞ」

 

「いや説明も何も、割に合わなさすぎだろこれ」

 

風太郎の説明を求める言葉に、間を空ける事もせず即答で答える総介。一瞬で帰ってきた答えに再び「え?」とポカンとしてしまう風太郎。

 

「昼休みにも言ったが、雇い主頭大丈夫なのか?これ完全に無理ゲーだぞおい」

 

「む、無理ゲー?」

 

「クリアさせる気のねー無理なゲームっつー意味だよ。」

 

余計な説明も交えて、総介は一呼吸置いて再び話し始めた。

 

「成績わりーっつーのはこの際話すことはねー。問題はその先だ。まずこの問題一通り見てみたが…………ほれ何か気付かねーか?」

 

そう言って総介は5人のテストの用紙を風太郎に見せる。風太郎はその神をそれぞれに目を配らせながら脳内で考えを走らせる。

 

「これが一体………………………!!!」

 

しばらく目を通していた風太郎が、何かに気付いた。

 

「………正解してる問題が一つも被ってない」

 

「そうだ。5人それぞれ点数は違えど、問題全てが綺麗に1人だけ正解している。他の4人は間違いでな。

 

 

……つーことは、だ。どういう意味か分かるか?」

 

「………全員得意不得意がバラバラ………」

 

「ああ。見事なまでにな。1人が国語の問題が出来れば他の4人は出来ない。数学、英語とかも然り。その組み合わせが5人分存在してるってことだ。」

 

「………で、でも、それだったら、他の4人にも」

 

風太郎は何か思いついたように話そうとするが、総介の抑揚のない言葉がそれを遮る。

 

「うまくやれば全員に可能性はあるって言いたいのか?まぁ気持ちは分からねーでもねー。

 

 

でもな、それは全員何かしらの科目に『特化』してたらの話だ。数理は全く駄目だが、文系、特に国語は70点取れるってくれーに特化してねーと話にならん。それがこの5人で可能性を感じられんのは、贔屓目なしに見て三玖だけだ」

 

総介の言葉に名を言われた三玖が一瞬ビクッとなるが、彼は三玖の方を見ることなく話を続ける。

 

「つってもまだ可能性の段階ってだけだ。得意科目って呼べるほどには毎回70点以上取れるような実力は欲しいが………」

 

総介はそこで三玖を見て反応を待つ。すると、70点という言葉が重くのしかかったのか、三玖は名前を呼ばれてから上げていた顔を再び下げて俯いてしまった。

 

「………どうやらそこまでには到達していないらしい。一番点数の高い彼女でこれだ。それ以下の4人は………聞いてみるか?」

 

そう言って目を他の4人に向けると、見事に逸らされ、皆明後日の方向を向いてしまった。

 

「………まぁわかってたけどな。そんなもんは得意科目って言わねー。『ちょっとぐらい出来る科目』だ。他の教科と同じぐらい伸ばさなきゃならんことに変わりはねー。それにそんなバラバラな5人の成績を上げるには、それこそ膨大な時間が必要になっちまう。………ここまで質問あるか、上杉?」

 

総介は一旦ここで言葉を切ってから風太郎の言葉を待った。彼の説明に口が閉じたままだったが、なんとか彼に言い返せる言葉を探した。

 

「………だ、だが、5人それぞれ違っていても、全く出来ない訳じゃないだろ?それに点数が低いということは、いくらでも伸びる可能性があるということだ!今はあんな成績でも、どうにか卒業までには5人全員伸ばして、赤点を回避させれば「その5人全員やる気ないのにか?」!!!???」

 

風太郎が言った言葉も、総介のたった一言の返しで黙らせられる。その返しに、何も答えることが出来なくなってしまう。

 

風太郎は知っていた。この姉妹は全員勉強が大嫌いだということを。その為なら薬を使って眠らせてでも家庭教師をさせないということを。

 

 

「別に上杉の言ってることは間違ってねーんだけどよ、なんというか、めんどくせーけど、5人の勉強嫌いってのを計算に入れなきゃいけねーんだよな。それがどの程度かさっきまでわからなかったんだが…………今わかったから聞く必要ねーわ」

 

「は?」

 

「さっき俺がお前に『やめた方がいい』って言ったろ?あの時、全員の顔が一瞬笑ったんだよ」

 

「なっ!?」

 

「「「「「!!!!!?????」」」」」

 

風太郎と姉妹全員が驚きの顔をする。総介は発言をした直後、4人と隣にいた三玖に目をやって表情を伺っていた。再び姉妹に顔を向けると、中には自覚がなくて笑っていたの私?という顔や、すぐに顔変えたのになんでバレたの?という顔、さらには、肉まんもう一個買っておくべきでした、という考えのやつもいた。うん、肉まんのやつ、今全く関係ないよね……。

 

「じゃあ、5人の表情を見るためにあんなことを言ったのか?」

 

「いや、あれはガチで言った」

 

「ガチなのかよ⁈」

 

風太郎は突っ込んしまう。

 

「まぁそれも含めてのアレだったんだけどな。思ったよりコイツらの勉強嫌いっぷりが深刻なのが分かっただけで、むしろマイナスだったわ。特に……」

 

総介は向かいのソファーに座る4人の中で、先程から全く表情を変えない彼女に目を向けた。

 

「俺がああ言ってからお前、笑った顔隠そうとすらしてねーもんな?」

 

「……悪いかしら?」

 

二乃は悪びれる様子もなく、ニヤニヤと総介と風太郎を見ながら笑っている。

 

「別にアンタらがここから出て行くならなんでもいいわよ。アタシはアンタの言ってることに賛成だし……やめたら?」

 

挑発するように言ってくる二乃だったが……

 

「上杉、見ての通り、全員勉強に対するモチベーションはゼロどころかマイナスだ。お前はそん中で5人全員のモチベーションを上げた上で、全員20点前後の成績を卒業出来るまでに持って行かなきゃなんねー。…………………これのどこが割に合ってるっつーんだよ?」

 

完全に無視されてしまった。声を上げて突っ込むのも疲れるので、悔しいが二乃は黙っておくことにした。

 

「……………もし、仮にだ。このまま家庭教師を続けて次のテストで赤点を回避できる可能性は」

 

風太郎が口を開いて、総介に聞いてみる。しかしその問いは愚問だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「0に決まってんだろ、んなもん」

 

即答で返された。そりゃそうだ。成績を上げる以前に、まず5人を勉強机に座らせるところから始めなければならない。しかしこの五つ子の勉強への後ろ向きすぎる姿勢。そこをクリアすること自体、どれほどかかることなのか……下手したらテストまで間に合わないかもしれない。

 

「1人や2人ならなんとかなるだろーな。でも5人だ。多分宝くじで1億円当てる方が優しいと思うね俺は」

 

「そ、そんなに……なのかよ」

 

 

天文学的な低い確率に、風太郎は言葉を失ってしまう。一方二乃は風太郎が家庭教師としてやる気が無くなってきていると見えたのか、先ほどにも増して顔のニヤけ具合が上がっている。他の姉妹も、もしかしたら、と思い顔を綻ばせる者も現れる。

 

「…………」

 

「俺みたいなぽっと出の奴が偉そうに決めれることじゃねーが、少なくともこんな無茶苦茶な条件を出してきた雇い主に文句ぐらいは言えるだろ。1人で5人相手にするだけでもめんどくせーのに、全員勉強嫌いときてらー。こんな無理ゲー寄越すのは、頭イかれてるか、お前に対する嫌がらせかのどっちかだな」

 

 

「ちょっと!パパのこと悪く言わないでくれる!」

 

二乃がなんか言ってきたが、総介は今は相手にするだけ無駄だと思い無視する。

 

「…………」

 

風太郎は自分がいかにとんでもない状況にいるのかを改めて思い知らされた。総介に指摘されるまではうまく行けると思っていた。しかし、それは自分だけの目線で見た主観でしかなかった。それが、外から見た客観的な目線でズバリ言われてしまった。ぐうの音も出ないまでに。

とは言え、総介の言ってることが全て正しいわけではない。5人の今後の気持ち次第では赤点を回避できないことでは無いからだ。だが、風太郎の見たところでは、今の5人からはそういったものは見られない。

少し考えれば、自分でも分かることだった。それを、妹のこと、借金のことを考えすぎてなりふり構わずに引き受けてしまった。雇い主の無茶苦茶な条件もあるが、何よりそれを無視して強引に受諾してしまったのは誰でもない風太郎自身でもあった。

 

(………何が学年1位だよ。何も分かってねぇじゃねぇか……)

 

そう打ちひしがれる風太郎に、総介は声を掛けた。

 

 

「上杉、悪いことは言わねー。もう一度考えてみろ。やめた方がいいぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人でやんのは」

 

 

「……………え?」

 

総介が最後に付け足した一言に風太郎は顔を上げた。

 

「確かにこのまんま行けば、5人全員卒業どころか、次のテストは誰かが確実に赤点になっちまうだろうな。それどころか、お前の家庭教師のバイトも満足に出来ねーかもしれん。

 

 

 

 

でもそれは、お前1人だけでやったら(・・・・・・・・・・・)って話だ。」

 

「あ、浅倉?」

 

「でもな。お前は自分がそうなっちまうって思ったから、俺を助っ人として頼みにきたんだろ?」

 

「!」

 

そうだった。思えばそんな状況があまりにも苦しすぎたからこそ、総介に助っ人を頼んだのだ。

 

「俺がここに入ったところで、可能性が上がんのはほんのわずかだ。………まぁ5パーぐらいと思ってもらえりゃいいが、それでも0なんかよりよっぽどいいだろ?」

 

「そ、それは、そうだが………助っ人、やってくれるのか?」

 

風太郎の問いに、総介は一呼吸置いて目を瞬かせる。

 

「どこまで出来るかはわかんねーが、この船に乗りかかった以上、下船するときゃ一仕事終えてから下りるつもりだ。それに………」

 

言葉を一旦止めて総介は三玖と目を合わせるが、直ぐに離して風太郎へと向き直る。

 

「………いや、何でもねー。俺はそこの笑ってる性悪女が計算式や英文法で悶え苦しむ姿が見てみたいからな。その為には家庭教師だろうが何だろうがやってやろうじゃねぇか、ええ?」

 

総介はゲス顔で二乃を見下しながら言う。二乃も家庭教師の話が破綻する方向から一転して2人体制になったことと、総介への個人的恨みも込めて舌打ちをした。

 

「チッ………悪かったわね、性悪で。非モテ陰キャメガネ男くん」

 

「正直でいいこった。こちとら生半可でやってやるつもりねーからな。もしかしたらお前に教えるときだけ間違った知識与えるかも知んねーから気をつけな、時代遅れのツンツンアニメキャラ女」

 

「いや、そこはちゃんと教えてくれよ浅倉……」

 

風太郎の静かなツッコミも入ったところで、ここまでほとんど喋ってなかった四葉が口を開いた。

 

「じ、じゃあ、浅倉さんは助っ人として、正式に中野家の家庭教師に加入、ということですね!」

 

「俺はメジャーリーガーか!……まぁ、分かりやすく言やそうなるわな。もし異存があるなら、そこの黒リボン以外で言ってくれ。もうこいつとのやり取り、読者は飽きてしまってそうだしな」

 

「メタいわ!てかアタシだけ発言権無いってどういう「あーもうそういうのいいから。はい、こいつの出番ここまで!」ちょ、何すんのよ!まちな……!?……!!」

 

二乃の言葉をメタフィクションの力で強引に遮り、黙らせた。そんな二乃に目もくれず、総介は残りの4人に意見を伺った。とりあえず、一番近くにいる三玖へと目を遣る。

 

「………私は、ソースケが助っ人で来てくれるなら、やってもいい。フータローだけじゃなくて、ソースケも教えてくれるなら、やる気出るかも……」

 

(もうこの子俺のこと好きなんじゃないかな、うん。あとかわいい)

 

そんなことも考えつつ視線を五月へと移す。

 

「……私は、まだ浅倉君の事は信用できません。二乃が言ってたように、いきなり助っ人と言われて来られても「俺の機嫌次第で肉まん奢ってやるぞ」浅倉君、これからよろしくお願いします!」

 

「チョロい!チョロすぎるぞ五月!?」

 

肉まんという餌に光の速さでかぶりつくほどの五月のチョロさに、風太郎は思わず突っ込んでしまった。まぁ協力してくれることは嬉しいのだが……

 

次に総介は四葉を見たが……

 

「はいはい!上杉さん、浅倉さん、私も頑張ります!!」

 

一瞬で終わった。これで3人。多数決を取れば、過半数は超えた。そして総介は最後に四葉と同じくほとんど黙っていた一花へと視線を向けた。

 

「ん?お姉さんの番?……そうだね〜。二乃以外みんなOKしちゃったしな〜。どうしよっかな〜?ね、浅倉君はお姉さんのことも教えてみたい?それとも三玖の専属かな?2人とも相性良さそうだもんね〜。ちょっと妬けちゃうな〜♪」

 

小悪魔的な笑みを見せて一花は総介を二乃とは違うタイプの挑発をする。三玖は顔を赤くしてしまったが、そんな陳腐なものが総介には効くはずもなく、

 

「ゴチャゴチャ言ってねーでさっさと答えろや。それとも横の女みてーに、アンタも声優ネタでイジってやろうか?アンタの中の人の手数はソイツの比じゃねーぞぉ?いいのか?……では手始めに、天使ちゃんマジてry」

 

「いやホントやめてくださいお願いします。それだけは勘弁してください。はい、協力します」

 

「わかればよろしい」

 

あっさりと一花は落ちた。

 

(それでいいのか一花……)

 

(ソースケ、それは反則………)

 

(ピピー!浅倉さん、イエローカードです!)

 

(手抜きが疑われてしまいますよコレ……)

 

(……!……!!…)発言権剥奪中につき、文字表記されず。

 

とまぁ限りなくアウトに近いセーフ(つかアウトだなコレ)な方法で一花を丸め込んだ総介だったが、一花にしても、面白そうなのと、彼の話を一通り聞いたこと、何よりあの三玖が、彼に全幅の信頼を寄せていることから、総介に協力することは決めていた。

少し風太郎みたいに遊んでみようと思ったが、いちいち焦れったいのでそれが総介の癇に障ってしまい、見事に返り討ちにあってしまった。そして一花は、今後は彼の前では挑発行為は控えることを心の中で誓った。

 

 

 

 

「うし!コレでそこのうるさい次女以外は認めてくれたってことでいいな」

 

「いや肉まん賄賂と完全に時空を超えた手段で無理やり協力させただけだよな?実質三玖と四葉だけだよな?」

 

「結果的に家庭教師として勉強教えれるんだ。人数も多いし、これぐらい強引な手段は必要だろうが」

 

「いやそれは………まぁ、ようやく浅倉の言う通りこいつらに勉強教えれるんだ。もうこの際なんでもいいわ」

 

 

風太郎はどんな形であれ、この五つ子たちにちゃんとした家庭教師として勉強ができることにひとまず安堵した。何しろ2人でこの5人を卒業まで持っていかなければならない。時間と労力はいくらあっても足りない。早速仕事に取り掛かろうと思ったのだが……

 

「んじゃ、助っ人やることも決まったし、帰るとするか」

 

「は!?」

 

突然の総介の帰宅宣言に、風太郎は声が裏返ってしまった。

 

「だってよ上杉、時間見てみろよ」

 

そう言われて風太郎は携帯の時計を見た。すると時刻は『18時30分』と表記されていた。

 

 

「あ………」

 

「世間的に言えば夕飯の時間だ。流石に一学生が腹ペコ状態で家庭教師出来るわけねーだろ。次回からにすりゃいいだろ?」

 

「いやでもテストまで時間が」ググぅ〜

 

いい続けようとしたところで、風太郎の腹が鳴った。彼は恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまった。

 

「ほれみろ。体は嘘つかねーからよ。今日のところは一旦帰ろうぜ。俺も腹減ってるし……」

 

「……し、仕方ない……」

 

「え、お二人とも、帰っちゃうんですか?」

 

四葉が寂しそうに言う。

 

「今日のところはな。次来た時から勉強教えるからな。ちゃんと学校の授業とかも聞いとけよ。特にお前は一番ドベなんだからよ」

 

「うぐっ!……が、頑張ります……」

 

ドベという単語が四葉の心臓に突き刺さる。

 

「じゃ、じゃあ、俺たちは今日は帰るから。次回からはちゃんと勉強するからな」

 

「「「はーい……」」」

 

風太郎の勉強発言に、何人かの元気なさげな返事が返って来た。やはり勉強嫌いはすぐには治りそうもないな、と総介は心の中で思った。

 

 

 

「……………」

 

 

ただ1人だけ、元気なく俯いている彼女がいることに気づいたのは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

総介と風太郎が部屋を出てエレベーターの前で待っている時、2人は特に会話をしていなかった。登りのエレベーターが到着して風太郎が先に乗り、それに続いて総介も乗ろうとした時、後ろから声を掛けられた。

 

 

 

 

 

 

「ソースケ!」

 

 

 

振り向かずとも総介には誰の声が分かった。しかしそれでも、総介は体ごとゆっくりと振り向いた。誰よりもその姿が見たかったから。

 

 

「………三玖………」

 

三玖はこのエレベーターがあるホールまでどうやら走って来たようで、間に合ったと見るや、膝に手をついて息を整えた。そんなに距離がないのに、結構疲れているように見える。おそらく体力が無いのだろう。女の子特有の走りでこちらに向かってくる彼女も、総介にとっては可憐な姿に見えていた。

 

「…………大丈夫?」

 

「ハァ……う、うん……ハァ……ハァ……」

 

相当ダッシュしてきたようなので、まだ息を整えるのに時間がかかっている。彼女が何故ここに来たかはまだわからないが、総介はここで決断した。

 

「………上杉、先行ってくれるか?」

 

「え?浅倉?」

 

「ちょいと三玖と話があるからさ。先に降りて帰ってくれ」

 

「あ、ああ………じゃあ、先帰るわ」

 

「おー、お疲れー」

 

そう言って風太郎が乗ったエレベーターが閉まるのを見ると、総介は三玖の方へ再び向き直った。

 

「…………落ち着いた?」

 

「………うん」

 

ようやく息を整えた三玖は、少し乱れた髪を手で直す。総介にとって、三玖の仕草のひとつひとつが、儚くもとても可愛く映ってしまう。顔が熱くなるのを感じ、少し振ってから彼女に話しかける。

 

「それで、どうしたの?」

 

「…………」

 

 

三玖は何も答えない。というより、答えを持っていないように思えた。指をもじもじとし、顔をキョロキョロさせては「あの……」や「その……」を繰り返してる。総介は三玖の行動から思いをいち早く察し、彼の方から優しく声をかけた。

 

 

 

 

「……俺はまだ時間あるから、ちょっとお話しようか?」

 

「!………う、うん!」

 

どうやら正解だったようだ。三玖は顔をぱあっと明るくしながら、総介の言ったことに頷く。

 

(かわいい。それに、今日三玖とあまり喋れなかったからな)

 

元々家庭教師の助っ人をする理由が彼女の存在なのだ。三玖がいたからこそ風太郎の頼みを聞いたようなものだ。その目的の子が、自分と話をしたがっているのだ。ここでそのまま帰ってしまってはただのアホだ。唐変木だ。鈍感系ラブコメの主人公だ。

そうなってたまるかと、総介は三度訪れた三玖との2人きりの時間を過ごすことを決断した。

 

 

 

 

 

 

次回、総介と三玖との、名を知り合った2人の初めての会話が始まる………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!



あと一話、今月中に書きたい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.頭撫でるのって、意外と使えるよね。

5月中に間に合わなかったです。

申し訳ありませんでした。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『PENTAGON』のエレベーターを降りた1階のエントランスには、一つのベンチがある。総介と三玖はそこに座った。

今日初めて訪れた2人きりの時間。今まで2回会って話をしている2人だが、今回はなんだか今までと雰囲気が違う。2人を取り巻く雰囲気はなんというか、その………甘ったるいものが漂っていた。言うなれば『付き合いたてのカップルがまだ互いの距離感が分からずに測り合っている』かのような雰囲気である。

 

 

 

別にカップルでも付き合ってもいないのに………

 

 

 

 

やはり今まで話をした2回と違い、今は三玖の方も総介をかなり意識しているせいなのかもしれない。

 

「しかしまぁ……三玖の姉妹は皆個性的というか……愉快な連中だね」

 

「……ごめんね。二乃があんなことを……」

 

「別に気にしてないよ。わがままな子供を相手にするようなもんだから。それにアイツもアイツで、俺と上杉が君らに何かしないか網張ってたみたいだしね」

 

少し笑いながら二乃とのことを振り返る総介。彼女は彼女で、姉妹を見知らぬ輩どもから守るためにあんな刺々しい言動になってたに過ぎないと、思いを汲んで許していたし、総介自身、それほど気にするほどのことでもなかったからだ。そんな彼を見て何を思ったのか、三玖が口を開く。

 

「……あのね、ソースケ」

 

「ん、何?」

 

「実は……」

 

三玖はここで、先日の土曜日に、風太郎が二乃に水を混ぜた薬を盛られて追い出された話をした。総介はその話を表情一つ変えずに聞いた。

 

「………なるほど。アイツはその程度の手段なら迷わず使う。そういうことだね……」

 

「うん……二乃は、フータロー以上にソースケが嫌いみたいだから、もしかしたらまた同じことをするかもしれない」

 

「上杉が言い渋ってたのはこのことか……合点がいった」

 

「フータローから聞いてたの?」

 

「いや、俺がなんか問題あったら帰るって言ったら変な間をおいて返されたから、アレはそういうことなんだなって」

 

「そうなんだ……」

 

前回と違って、総介はとても落ち着いて話ができていた。先ほどまで三玖と同じ空間に(というか真横に)いたおかげで慣れていたことで、だいぶ心を冷静に三玖との会話をスラスラと進めていけた。話題も姉妹のことを話していくことで、会話を途切らさずに笑う程まで余裕もできていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問題は、三玖の方である。

 

(ど、どうしよう………会話が無くなっちゃった……)

 

金曜日の出会いから、ずっと話をしたいと思っていた。それなのに、いざこうして2人きりになると、話したかった内容がすぐに頭から飛んでいってしまう。今の三玖の頭の中には、総介と2人きりでいれる嬉しさと緊張感がほとんどを占めていた。さながら、先週の金曜日の総介である。

 

しかし、今回は総介の方に多大な余裕が生まれているので、会話のリードは彼がうまくしてくれていた。

 

「しかし睡眠薬って……どこで手に入れたんだよ全く……」

 

「………お父さんが、お医者さんなの……」

 

「お父さんって、上杉の雇い主?」

 

「うん……」

 

「マジかよ……ていうか子供にんなもん渡すなよ……」

 

総介は手を額に当てて言った。

 

「お父さんは基本私たちに甘い……」

 

「……………んで、三玖はその薬でグースカ眠らされた上杉を何もせずに放置した、と?」

 

「そ、それは……」

 

少しきつめの口調で、総介が聞いてくる。

否定出来なかった。あの後、一花がタクシーを呼んで、四葉が風太郎を担いで、五月が風太郎の家まで付き添って………

薬を盛った二乃以外で、彼に何もしなかったのは三玖だけだった。それぞれの役割が決まってから彼女はそそくさと自室に入っていったのだった……

 

「………ごめんなさい……」

 

「それ俺に言ってもしょうがないでしょ?…………今度みんなで上杉に謝ること。いいね?」

 

「………はい」

 

なるべく穏やかにしたつもりだが、総介の注意で三玖は黙りこくってしまった。

 

彼とて物事の善悪の区別はきっちり理解している。たとえ初恋の人がオイタをしでかしても(実行犯は二乃だが)、何も注意しないというのは論外である。好きな人だから、と言ってなんでも許すようには育ってはいない。総介はそこまでは腐っていなかった。

その分とんでもなく贔屓はするけどね………

 

 

 

 

 

 

 

「………勉強、そんなに嫌い?」

 

「…………」

 

なんとなく聞いてみた。自分が来るまで、姉妹は薬を盛ってまで家庭教師を拒んだのだ。姉妹の中に俺たち異物が入るということ自体、彼女たち(特に二乃)からすればたまったものではないだろう。しかし、それだけで風太郎が姉妹からめちゃくちゃ避けられるのも納得いかなかった。やはり三玖を含めた5人は、勉強も嫌いなのだろう。

 

「…………嫌い………いくらやっても分からないものが多いから……」

 

三玖は下を向いたまま答えるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そうだな。俺も勉強は嫌いだ」

 

「え?」

 

三玖は思わず顔を上げて総介を見てしまう。

 

「………勉強、嫌いなの?」

 

「ああ嫌いだ」

 

「で、でも、家庭教師の助っ人だって………」

 

「別に家庭教師する奴がみんな勉強好きなわけないよ」

 

「じゃあ、ソースケも成績悪いの?」

 

「だいたい学年で50番前後ぐらい」

 

三玖は信じられないという表情で総介を見つめた。風太郎が助っ人と言って連れてきたのだ。彼ぐらい成績が良いと思っていた。それが勉強嫌いかつ、成績もずば抜けて良いというわけでもない。せいぜい中の上だ。

 

「昔から人にモノを教えるのが得意でね。それが変な噂になって上杉の耳に入ったのがきっかけで、助っ人してくれって依頼が来たんだ」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

「どうにも人に教えるのは出来るのに、自分の事になるとさっぱりでね」

 

昔、総介は海斗から言われたことがある。

『君は自分を70点までしか伸ばせないけど、誰かを120点に出来る才能があるよ』と。その時に彼はそう言ってきた幼馴染に、

『全てにおいて150点取れるテメーがナマ言ってんじゃねーよ、殺すぞ』と返してやったが……

 

 

 

「昔から勉強が嫌いだったから、手を抜いて楽にやりたいな〜ってずっと思ってた。

 

 

それで、楽に覚える方法を必死に考えてね。

 

 

 

勉強なんて結果さえ出ればなんでも良いんだから、カンニングとか替え玉とかは抜きにして。

 

 

 

そのためにいくらでも楽に覚える方法を作って、人に教えているだけだよ。」

 

 

「ら、楽に覚える……」

 

「別に覚えた数式や物理の法則とかが今後世の中に出て役に立つことなんて、ほとんど無いんだ。

 

 

学生時代だけで、とりあえず楽して点取るためだけの覚え方が、一番効率がいいと思ってね。

 

 

三玖みたいに好きな戦国武将とかがあったら、すぐ覚えられるんだけど、勉強全部を好きになるなんて普通出来ないから、ほんと楽して覚えられるものをいっぱい開発したんだ。

 

 

そしたら、その覚え方が周りに好評になってしまったもんで……

 

 

 

そういう覚え方を教えてたら、気がついたら『勉強を教える天才』なんて言われてたみたいでさ

 

 

別にそんなんじゃ無いのにね…………そこは傍迷惑な話だよ」

 

総介は苦笑いをしながら語りを終えた。彼とて普通の学生である。いい点を取るために勉強はするし、いい点を取れなかったら落ち込んだりする。しかし、勉強が嫌いなことは五つ子とは変わらない。それに必死に勉強をしたわけでも無い。それでは何故そこそこの成績を保てているのか………

 

それが彼が『楽をするために必死で努力したから』である。矛盾極まりないが、勉強そのものとは違い、その一歩前の段階に全てを注ぎ込んだのだ。加えて、彼は人に教えることに特化した才能があると海斗にも言われている。それらが合わさってしまい、皮肉にも『人に教える天才、浅倉総介』が出来上がってしまったわけだ。まぁ総介も、人にそう呼ばれるのは気にくわないが、そういった才が自分の中にあることはまんざら嫌でも無いと思っている。

 

 

「………ふふっ」

 

総介の話を聞いて、三玖は思わず笑ってしまう。ありゃ?今の笑うとこあった?と、彼は三玖に目線を向ける。

 

「楽をするために必死になる………全然楽できてないね」

 

「………ははっ、そう言われたらそうだな」

 

そう指摘されて、総介も笑ってしまう。言われたこともそうだが、それ以上に、三玖とこうして話をしていることが何より楽しい。今のその状況を、総介はゆっくりと噛み締めていた。それは三玖も、全く同じ思いだった。2人は少しの間、静かに笑いあった。その後に、総介が口を開いた。

 

 

 

 

 

「………三玖」

 

「なに、ソースケ?」

 

お互いにベンチに座りながら、そのまま顔だけ向き合う。

 

「もし君が、本気で成績を上げたいなら、俺はそれを全力でサポートするよ。俺が今まで作った楽な方法をいっぱい教えるし、なんなら俺も一緒に勉強もする。もちろん助っ人として、やるべきことはちゃんとやるつもりだから…………やってみる?」

 

いつもの気だるげな感じとは違う、真剣な表情で、総介は三玖に言った。

 

 

 

「………いいの?私で……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………君じゃなきゃ、こんなことは言わない」

 

 

「!!!!!!!………………じゃあ……勉強、やってみる……」

 

三玖の顔は総介の一言で真っ赤になってしまった。そりゃもう、耳まで真っ赤っかになるほどに。ぶっちゃけネタバレすると、今の総介の一言で三玖は完全に落ちました。

 

 

ん?どういう意味って?惚れたっつーことだよ。はい、とりあえず総介は爆発してください。マジで。

 

 

(………アレ?俺今、とんでもないこと言わなかった?……いや、言ったな………)

 

 

 

 

気がついても後の祭りである。見ようによっちゃ完全に口説き文句だが、言ってしまったものは仕方がない。何事も無かったかのように続けよう。

 

 

「……………ありがとう」

 

「ううん…………でも……」

 

「?」

 

三玖は赤い顔が少しずつ引いていき、不安そうな表情になってしまう。

 

 

 

 

 

「………私に、本当にできるのかな………」

 

「…………」

 

どうやらまだ自信が持てないらしい。そう呟いて下を向いてしまった三玖を見た総介の脳内に、こんなコマンドが思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Q.頭を撫でますか?

 

はい

いいえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普段総介はニコポとか撫でポとか、そんなもの二次元だけの話だ、あんなのただのご都合主義の産物だ、と馬鹿にしていたが、今この場においては、撫でポなら効果あるんじゃね?と一瞬考えてしまった。とはいえ、彼は女子の頭なんて撫でたことは人生で一度もない。果たしてうまくいくのか?というか、そもそもやっていいものなのか……しかし彼は、

 

 

(………やべぇ、めっちゃ頭撫でてぇ……)

 

 

めっちゃ撫でたくてウズウズしてた。横でしょんぼりとしている初恋の人。撫でるにはうってつけの条件である。もし成功すれば、ますます距離が縮まることは考えるまでもなくわかる。ただし、失敗すれば、気安く体を触ってくる変態とドン引きされてしまう………ハイリスクハイリターンとはこのことだ。重要な分岐点である。どうする、浅倉総介?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………よし、行こう)

 

今までの三玖とのやりとりを見て、総介はリターンの確率が高いと考え、撫でることを決意した。選択肢が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Q.頭を撫でますか?

 

はい←

いいえ

 

 

ピコン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ラブコメの神様、オラにご都合主義を分けてくれ〜〜〜!!!!)

 

 

 

 

 

 

某元気玉を集めるような感じで身も蓋もない願いを心の中で叫びながら、総介は三玖の頭に手を伸ばした。ちなみに三玖が下を向いてから総介が手を伸ばすまで、わずか数秒である。

 

総介の手が、三玖の髪に触れた。

 

 

 

 

「あ………」

 

「………言ったでしょ?自分を信じれるのは自分自身だって。勉強だって一緒だよ。それに勉強はやった分だけ必ず力になる。今自信がないのは、まだ何もしてないからだよ」

 

「………ソースケ……」

 

「約束する。俺は最低でも、三玖の成績を必ず卒業できるまで面倒みる。でもそれには、三玖自身の力も必要なんだ。俺だけじゃ絶対出来ない……」

 

「………私の力も……必要……」

 

「そう。当たり前だけど、俺は三玖にはなれない。勉強をしたり、テストをするのは結局は三玖自身なんだから。………でも君を支えることなら出来る」

 

 

「…………」

 

総介が頭を撫でながら、三玖への言葉を口にする。撫でてる最中に髪からいい匂いがするとか、すごい柔らかい髪質だとか、邪念がポンポンと浮かんできたが、総介は今はそれは横に置いとくことにした(本当はじっくり堪能したい)。

 

 

「………今はただ、信じてほしい。俺を。三玖自身を……」

 

 

前回からの話を見ていると、完全に『誰コレ?』状態になってしまっているが、コレもれっきとした総介です。

 

 

 

 

「……………ソースケ」

 

「………何?……………!!!!」

 

三玖は頭を撫でていた総介の手をとり、頭から外す。流石にダメだったかなと思った総介だったか、次の瞬間、脳内に衝撃が走った。

三玖は彼の手を、両手で握りしめてきた。力は入っているが、痛みは感じない。今、総介の手は、三玖の小さな両手に包まれていた。

 

 

「…………」

 

三玖の行動に、総介は言葉を失ってしまった。同時に、顔が徐々に赤くなってきた。

 

「………私、ソースケを信じる」

 

 

 

「……三玖……」

 

 

 

 

 

 

 

「………あの時、ソースケが言ってくれたこと、ずっと考えてた。でも、まだ自信が持てなかった。……でも、ここでソースケに会って、話をして、また信じたくなった………だから……」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

三玖は、総介を見つめ、頬を染めた笑顔で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「責任とってよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言われた、総介の頭は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(かわええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!)

 

 

 

奇跡的相性(マリアーーーーージュ)!!!!!!!

(2回目)

 

 

 

 

 

(この子は一体何回惚れさせたら気が済むんだチクショォォォォオオオオオオオオオオ!!!!!!)

 

自分の手が好きな人の両手で握られて、自分を信じると、今日一の笑顔で言われた日にゃ、そりゃ惚れ直すもんである。この三玖の思いもよらない行動に、今まで冷静さを保っていた総介の思考回路がショートしてしまった。

とは言いつつも、自分を握ってくる両手をちゃっかり握り返す総介であった。この男、なかなか欲望に忠実である。

 

(や、柔らか!何この手!?指も細長くて、白くて、小さいのに、こんなに柔らかいのか!?なんだコレ!?天使?いや、天使の手がなどんなんか知んねーけどさ、もうそんなもん超越してんじゃねーのか!?)

 

 

 

(………ソースケの手、大きくて硬くて、それにあったかい……)

 

 

三玖は三玖で、総介の手を握りながらこんなことを考えていた。もうお前ら付き合えよとっとと。そして総介は爆発しろ。

 

 

「…………も、もちろん。ちゃんと成績はあげるから……」

 

「………じゃあ、土曜日から、よろしくね、ソースケ」

 

「………わ、わかった」

 

そこで会話は一旦途切れたのだが、2人は一向に手を離そうとしなかった。むしろ、握る力を少し上げていた。この時、

 

 

2人はほとんど同じことを考えていた。

 

 

 

 

(ずっととは言わねー。その分寿命削ってもくれても構わねー。もう少し、この状態でいさせてくれ、ラブコメの神様とやら。頼む、300円あげるから……)

 

(………もうちょっと、ソースケと、このまま……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

((もう少し………もう少しだけ……))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、2人の願いとは裏腹に、現実は非情である。

 

 

 

ピロロロロ♪

 

 

「「!!??」」

 

どこからか、電子音が響く。その音で我に帰った2人は手を離す。どうやら三玖のポケットに入っていたスマホが鳴っているようだ。

 

三玖はスマホを取り出して、耳に当てた。電話だった。

 

 

 

「………もしもし、何?………うん、わかった。もうすぐ戻るから……今一階のエントランス………うん。………大丈夫。……じゃあね」

 

しばらく話をした後、三玖は画面をタップして電話を切った。

 

「…………五月が、ご飯できたから戻ってこいって」

 

「五月……あの肉まん娘か」

 

「そう。五月は大食い。いつも何か食べてる」

 

2人の邪魔されたせいか、ここにいない五月に対していささか辛辣である。

 

総介がスマホを見ると、デジタル時計で19時50分と表情されていた。考えた見れば総介も昼から何も食べていなかった。というか、風太郎との会話もあったので、朝から何も食べてなかった。

 

(………腹減ったな、今更ながら……)

 

三玖と会話をしてたら、腹の虫なんかどっかに行ってしまっていた。

 

「………お開きだな、今日は」

 

「…………うん」

 

三玖はまた悲しそうな顔をしてしまう。

 

(そんな顔されたら勘違いしちまうだろうが……いや、あながち勘違いでもねーのか…………そうだ!)

 

 

総介は自分のスマホを再び取り出す。

 

「三玖、連絡先交換しない?」

 

「ソースケ?」

 

「ほ、ほら、これから家庭教師するから色々連絡取ったりするんだし、早い方がいいかなって……」

 

なんかよく理由としてまとまっていないのだが、もうこの際総介にはどうでもよかったし、そんなことを考える気力もわずかしか残ってなかった……彼のHPの残りは15である。

 

「………うん、いいよ」

 

三玖も、断る理由がないどころか、これをチャンスと見て了承した。

 

「本当!ありがとう!」

 

総介のHPが20回復した。まったく単純極まりない男である。

こうして2人は電話番号、メールアドレス、ラインを交換し合った。そしてそれが終わると、いよいよ別れの時である。

 

エレベーターがの前まで行き、降りてくるのを待つ。あっという間に降りてきた。それなりに上の階にあったはずなのだが……

 

開いたドアを三玖だけが通り、30階のボタンを押す。

 

「何かわからないことがあったら、いつでも連絡してね」

 

「うん………これから、よろしく……」

 

「よろしく。それじゃあ、また土曜日に……」

 

ドアが閉まる直前に、三玖は胸元で小さく手を振りながら……

 

 

 

「………またね、ソースケ」

 

その直後、ドアは閉まって上へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

エレベーターが上へ向かったことを確認すると、総介は何か憑き物が取れたかのように、いつもの気だるげな表情に戻っていた。

 

 

 

 

 

「………疲れた……腹減った……」

 

 

今日一日、いろいろなことが起こった。上杉風太郎からの依頼、五つ子との出会い。『ヘッドホンさん』こと中野三玖との再会、彼女との2人の時間………とても一日で起こったほどの内容とは思えないものばかり。しかし、どこかで満足感もあった。踵を返した総介は、オートロックのドアへと向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

エントランスを出た外は、すっかり暗くなっていた。雲ひとつない夜空に、青白い月がポツンと光っている。

 

「………牛丼でも買ってくか……」

 

帰って飯を作る時間もないので、どこかの牛丼チェーン店でテイクアウトでもしよう。飲み物は、途中自販機かコンビニで買えばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………中野三玖……か……」

 

 

 

彼女から感じた不思議な魅力。ただ単に、自分のタイプだから、というわけではない。彼女の全てに夢中になってしまうほど、総介はぞっこんになってしまった。知れば知るほど抜け出せなくなる、底なし沼のスパイラルに……それでも、総介はその沼がとても心地よかった。

 

 

 

 

 

「……………とりあえず、ラブコメの神様、あざーす」

 

 

 

 

礼儀もへったくれもない言い方で、存在するかどうかも分からない存在に礼を言いながら、総介はマンションから離れ、晩御飯を買いに街へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方………

 

 

 

 

「おっかえりー!ね、浅倉くんとどうだった?」

 

「………別に……」

 

「ええ〜?き〜に〜な〜る〜。いきなり『ソースケに言いたいことがある』って言って飛び出していったんだから、彼がそんなに気になってるのかな〜って思ったのになぁ〜」

 

「一花には関係ない」

 

「いけず〜………むむむ、仕方ない。四葉、やっておしまい」

 

「了解です!一花隊長!」

 

「よ、四葉?何を……ひゃあ!?」

 

「ほれほれ〜こちょこちょこちょこちょ〜!!」

 

「や、やめっ!……はひゃっ!よつ、ばぁ!!」

 

「ほらほら〜、まだやる?それとも話す?四葉のくすぐりは効果抜群だよ〜♪」

 

「は、話すぅ!話すからぁ………あは、あははは!四葉、やめてぇ……あははは!!」

 

「あんたら、さっさと食べなさいよ!ご飯冷めちゃうでしょうが!」

 

「モグモグ……まったく、にぎやかですね…パクっ」

 

「ってアンタは何先に食べてんのよ!?」

 

 

この後、一花と四葉に総介との会話をほぼほぼ話させられた三玖であったが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一花がいじめるって、ソースケに言いつけてやる」

 

「いやそれだけはマジ勘弁してください」

 

 

反撃はしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は新キャラ登場予定です。

今回全然ふざけられなかった………


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11.オリキャラって動かしやすいけどストーリー全然進まないんだなこれが。困った困った……

幼い頃からいろんな漫画を読みました。いろんなアニメを観ました。いろんなラノベを読みました。








それでもやっぱり、1番好きなキャラは銀さんでした。それは今も昔も相変わらず……多分私の人生で彼を超えるキャラクターが現れることは無いかもしれません。


中野家の五つ子姉妹、上杉風太郎、そして初恋の相手『中野三玖』との出会いから1日が過ぎた。

 

昼休み、総介はいつものように幼馴染みの大門寺海斗とかいう金持ち完璧超人イケメンと屋上で昼ご飯を食べていた。

総介は売店で買った3つのパンとコーラ、海斗は家のシェフが作った高級弁当をそれぞれ食していた。たまに総介が伊勢海老やら牛タンやらを横取りしたりするが、ほぼほぼいつものことなので海斗も特に何も言わなかった。

少し前に「そんなに欲しいなら総介の分も作らせようか?」と言われたが、「そんな情けはいらねー」「お前のを横取りする飯は倍うまいんだなこれが」と、最低な返しをしやがるのが浅倉総介という男。三玖と話すときとは本当に大違いである。最も、これも幼馴染みの戯れということで海斗は許してやっていたのだが……

そんな昼休みでも、この日に限ってはいつもと違った。総介は海斗に、前日起きたことを掻い摘んで話していた。

 

 

 

「………なるほど。その『ヘッドホンさん』と、その姉妹の家庭教師をすることになったと。なかなか楽しそうじゃないか」

 

「楽しそうって……まぁ距離が近づいたのは幸運だったよ……上杉が来なけりゃ、最悪何も進まなかったかもしんねーからな」

 

「それにしても、君にぴったりだね、家庭教師。彼女たちの成績も伸び代は十分あるんだから、全員赤点も直ぐに回避出来るんじゃないかな?」

 

「勉強嫌いっつったの忘れたのか?他の4人はともかく、1人は薬盛ってまで邪魔してきやがる筋金入りのアホだ。オマケに俺らに対しての警戒レベルはMAXときてやがる。まずペン持たせんのから始めねーといけねーよコイツは」

 

総介が苦い顔で二乃の話をすると、海斗は爽やかな笑顔で笑う。

 

「はははっ、面白い子だね。『ヘッドホンさん』よりその子に興味が湧くよ。」

 

「………正気か?頭大丈夫か?イケメンすぎて普通の女じゃ満足できなくなったか?」

 

「酷い言い様だね……でも、そうまでして守りたいものがあるんだ。外側は周りを攻撃する分、中身はすごく繊細な子だと思うよ。」

 

「………そうだな。アイツにそう指摘したら、顔真っ赤っかにしやがった。多分、無意識だったんだろうな。周りを攻撃してる分、姉妹にもなんか刺々しかったみたいだ。それも1人でスケープゴートになろうとも、姉妹を守ろうとしてたんだろうな」

 

「ほら、中身は姉妹思いの良い子なんだよ。そういう子はやっぱり優しい一面を出した時に際立つって言うじゃないか」

 

「テメーのツンデレ女講座なんか聞く気にもなんねーわ」

 

総介かそう吐き捨てて、コーラをごくごく飲み干す。いつもより話が弾んでいる気がする。ここ数ヶ月、何ともない話をしていた2人だったが、ここ数日は総介の身の回りで起きていることで話題が尽きない。海斗もそれを聞くことを楽しみにしているし、総介も話をするのもまんざらでもなかった。

 

「それで、君のイチオシの『ヘッドホン』さんとは仲良くなれたのかい?」

 

「………それがだな……」

 

総介が言い渋る。珍しいこともあったものだと、海斗は考えながら松茸ご飯を口に入れる。

 

「………あの子、俺のこと好きっぽい」

 

「…………は?」

 

海斗が驚いた顔をしながら箸を止めて総介を見る。

 

「………正気かい?頭大丈夫かい?」

 

「コピペやめろや。………いや、言いたいこと分かる。分かるけどよ、……」

 

総介は昨日、三玖との間にあった出来事を事細かに話した。特にマンションのエントランスでの話を、彼はとても楽しそうに口を動かしながら言葉にしていた。

 

「………で、最終的には笑顔で『またね』って言われたんだが、これらを俺に社交辞令でできると思うか?」

 

「…………総介、君ってやつは……」

 

海斗は内心感激していた。あれほど日常で無気力極まりない、寧ろ無気力そのものと言っていいほど無気力だった幼馴染みが、たった1人の初恋の人のために奮闘し、さらにはその子からも好意を寄せられている(かもしれない)までに進展するほどに頑張っていたとは思わなかった。

 

「おい、気持ちわりーからそんな目で見んな。吐き気がする」

 

まるで息子の成長を喜ぶお父さんのような目で見守ってくる海斗にとんでもなく嫌な顔で反応する総介だった。

 

 

 

 

 

 

 

と、その時、屋上の入り口から1人の生徒がこちらへと向かってくる。2人からすれば、見知った顔ではあるのだが、昼休みにこちらに来ることは滅多にない事なので、どうしたのだろうとその生徒に注目した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……若様、ここにいらしたのですね」

 

「アイナ、どうしてここに?」

 

「いえ、厳密に申し上げれば、若様への御用ではございません。用があるのは……」

 

アイナと呼ばれた女子生徒(・・・・)は、若様と呼ばれる海斗へ挨拶すると、総介の方へと目を向ける。

 

「貴方ですよ、総介さん」

 

「俺だぁ?テメーに用ができるほどのことでもしたっつーのか?」

 

「えぇ。先日から出来た私の友人が、貴方のことをずっと話されるものですから、お伝えすることがありまして参った次第です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の名前は渡辺(わたなべ)アイナ。大門寺海斗の実家である『大門寺家』の使用人であり、海斗の侍女、つまりはメイドである。そして彼女は日本、果ては世界でも指折りの大財閥『大門寺財閥』の幹部の娘であり、こちらもある意味で金持ちの娘である。

 

容姿は金色の地毛を左側でサイドテールに結んでおり、碧眼で白い肌という、明らかな日本人ではない見た目だ。彼女はイギリス人の母と日本人の父の間に生まれたハーフである。

海斗ほどでもないが、成績は学年でトップ10に入るほど優秀であり、身体能力も高くて女子の中ではスポーツ万能。おまけに分け隔てなく敬語を使い、お淑やかな佇まいと、ハーフ特有の可憐な容姿から男子生徒にとても人気がある。しかし彼女は恋人を作る気は無いようで、これまで10人ほどに告白されているが、全て丁寧に断っている。まさに女版海斗である。

海斗とは生まれた時から主従関係にあり人として、メイドとして英才教育を受けて育った。その影響か、海斗を含む大門寺には絶対的な忠誠心をもっている。最も、アイナは両親から溺愛されて育ったため、皆に対して心優しい性格を残したまま優秀に育ったのだが……

とはいえ、海斗とは生まれた時から一緒だということは、彼と幼馴染みの総介とも旧知の仲となる。

 

 

 

「おめぇのダチだぁ?何で俺のことを…………え、まさか……」

 

 

「はい。先日にこの学校へと転校されてきた、中野家の五つ子の姉妹のことです」

 

アイナの言葉に、総介はもしかしたらと、期待に胸を膨らませた。言ってしまえば彼女も清楚が売りで人気の女子。あの中で、相性が良さそうなのは絞られてくる。大分ワクワクしながら彼女に聞いてみた。

 

 

「………それってもしかして、三玖のことじゃ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいえ、二乃です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬で期待の全てがフライアウェイしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………二乃です」

 

「2回も言わんでいいわボケ!」

 

まさかの二乃という答えに、苛立ちを一切隠さず突っ込む総介。

 

「何であのヒス女が俺のこと話してんの⁈つか、お前ら友達だったの!?」

 

「はい、転校されてきた初日に、同じクラスなので二乃と友人関係になりました。彼女はとても社交的で明るく、すぐにクラスに馴染んで友人を沢山作られています。先ほども彼女と昼食を共にさせていただきました」

 

ほら、と言ってアイナはスマホの自撮り画像を2人に見せた。そこにはツーショットで映る控えめの笑顔のアイナと、満点のスマイルの二乃が写っていた。総介からすれば彼女の笑顔がなぜか腹立たしい。

 

「へぇ。可愛い子だね」

 

可愛いと評価する海斗を尻目に、総介はツッコミ続ける。

 

「真逆だろあれ!!どこが社交的なんだよ!言葉のバイオレンス加減がえげつねーほど高い毒舌女じゃねーか!口ん中毒キノコ製造工場じゃねーか!敵めっちゃ作りそうなタイプじゃねーかぁ!」

 

「既に男子からも人気のようで、既に何人かから狙われています」

 

「人気!?アレが!?人を貶すことしか知らなさそうなあの女が!?嘘だろおい、やめといた方がいいって!ボロッカスに貶されてフラれるのがオチだって。毒キノコと男子のトラウマ製造機だって!

だってツンデレのツンしかねー女だもん!毒キノコだもん!!竹(ピー)彩奈だもん!!!『俺の五つ子がこんなに可愛いわけがない』だも〜〜ん!!!!」

 

とあるラノベとそっくりになってしまったが、総介は昨日の二乃からは想像も出来ない人間性におかしくなってしまう。おそらく二乃も、知らぬ所で総介にボロクソに言われているとは思わないだろう……それを聞いてた海斗は、笑って言った。

 

「ははは。どうやらその二乃って子が、総介の言ってた薬を盛った子みたいだね」

 

「薬、ですか?」

 

「ああ、実は……」

 

海斗が会話に入り、事の説明をした。

 

 

 

 

 

「………なるほど。姉妹を思うが故に、そう言った行動に出たと。なかなか強い子なのですね」

 

「うん、僕もますます興味が湧いてきたよ。その子に会ってみたいな」

 

「おいいいい!なんかいい感じに昇華されてんだけど⁈アレ一歩間違ったら犯罪だからね?捕まるやつだからね!?」

 

皆さんも他人に勝手に睡眠薬を盛るのはやめましょう。

 

「それで、その二乃ちゃんが総介の何を話してたの?」

 

「一言で申し上げますと、『猛烈な罵倒』です」

 

「だろうな!!!!」

 

待っていたかのように総介は叫んだ。

 

「総介さん、あまり二乃をいじめないでもらえないでしょうか。これでもちゃんとした友人関係でありますので、彼女の愚痴を聞く身としては少々思うところもありますので」

 

「あっちの方から喧嘩売ってきやがったんだ。買うっきゃねーだろ?んでろくに反撃の言葉も持ってねーアイツが悪い。出直してこいやっつっとけ」

 

「はぁ、貴方という人は……」

 

アイナも総介の人となりは理解しているので、それ以上は何も言わなかった。考えてみれば、彼女も総介の幼馴染みなのである。海斗ほどではないにしろ、総介がどういった人間かは側で見てきているので、彼の好き嫌いは何となくわかっていた。

 

「ここに来るの、あの女に言ったのか?」

 

「いえ、二乃には申さず此方へ参りました。若様ならまだしも、総介さんとの関係をもらせば、友人関係に亀裂が生じると危惧したものですから」

 

「さりげなく酷いなお前……」

 

その総介との会話を最後に、アイナは教室へと戻ろうとした。

 

「では私はこれで失礼致します。若様、総介さん、御昼食の邪魔をしてしまい、大変申し訳ございませんでした」

 

丁寧に謝りながら頭を下げるアイナ。

 

「気にすることはないよ。君のおかげで面白いことも色々と聞けたし、ね。総介?」

 

「ほぼ聞きたくなかったけどな……」

 

「全く君は……」

 

海斗は呆れてしまうが、アイナは再度総介を向いて言った。

 

「……それと総介さん、二乃の家庭教師の件ですが……」

 

「正確には五つ子の家庭教師の助っ人な」

 

もっと言えば、俺が主に教えるのは三玖だけど、と付け足そうとしたが、ややこしくなるのでやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………友人としてのお願いです、あの子をよろしくお願いします」

 

 

アイナは総介に頭を下げて頼んだ。

 

 

 

 

 

 

「………それはアイツ次第だ。アイツが自分でペンを持ってやる気にならねーと何も始まらん」

 

「……………そうですか……」

 

アイナが呟くと、頭を上げて何も答えずに戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

「………良かったのかい?ああ言って」

 

暫しの沈黙を破って海斗が聞いてくる。

 

「………ああ。あんなの見せられたら、嘘はつきたくねー。『まかせろ』なんて何も保証のねえ言葉は、逆に失礼だろ?」

 

「…………」

 

「俺らも戻ろうぜ。あまり長居し過ぎてもいいことねーしよ」

 

「………そうだね」

 

海斗は総介の言葉を聞いてからあまり喋らなくなっていた。あの場面で頼まれたら、普通は『まかせろ』とか『やってみる』とかを言ってみるとものだが、総介はそれは嘘だと決めて言わなかった。

彼が答えた『二乃(アイツ)次第』という言葉の裏にはもう一つの意味があると海斗には読み取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……それってある種の信頼じゃないかい、総介?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女にどう言った可能性を見たのか分からないが、少なくとも、嫌だったら断るだろうし、もう1人の家庭教師の上杉風太郎に丸投げしているはずだ。それをせずに彼女次第と言ったのは、彼が何だかんだで二乃の全てを悪く思っていないからだろう。

 

 

 

 

 

 

まぁ口にすれば拳骨されるのは分かっているので、海斗はその思いを胸の奥へとしまい込んだ。

 

 

 

2人は屋上の入り口へと歩き始めて、教室へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、俺トイレ行ってから戻るわ。先行っててくれ」

 

「了解。遅れないようにね」

 

「うぃ〜」

 

 

……………………

 

 

 

戻る途中でトイレを済ませた総介が1人で教室へと戻っていると、背後から何かが猛烈な勢いで近づいてくる気配がした。それが徐々に近づいてくるにつれ、ドドドドドという音とともに接近して、そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっさくっっっっらさーーーーーーーーーーん!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の名前を叫びながら飛び込んできたので、総介は半身になってひょいっとそれをかわした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って!!!あばばばばばばばーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

 

 

それは抱きつこうとしたのか、総介が身をかわしたことによって、身体を地面に向けたまま落下して、見事なヘッドスライディングを決めてしまうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イタタタタ………ひどいじゃないですか!!!!乙女のハグをよけるなんて、『じゅうざい』です!!!」

 

「重罪なんて言葉、よく知ってたもんだな……………ええと……」

 

 

「四葉です!中野四葉ですよ浅倉さん!!忘れちゃったんですか⁈」

 

飛び込んできた少女、四葉はプンスカ怒りながら総介に迫ってきた。

 

 

 

 

 

 

「………ああ、四バカ。思い出した」

 

「字が違います!バカって入ってますよ!!」

 

「大丈夫だ。本当にバカだから問題ない」

 

「ひどいです!!たしかにバカだけどひどいです!!!!」

 

そう涙目になって突っ込む四葉を見て、(こいつは別ベクトルのイジりやすさがあるな)と思ったのは別の話。

 

 

「んで、いきなり飛び込んできて何の用なんだよ?」

 

「あ、はい……実は学校で浅倉さんを見かけたの初めだったから、つい興奮しちゃって飛び付いちゃいました」

 

「ガキかてめーは」

 

あははと手を頭の後ろに回しながら笑う四葉に冷たく突っ込みを入れる総介。こうも子供っぽい行動が多いと、イジってる最中にこっちがツッコミになっちまうよ。ていうか、今の走ってきた速度、相当なものだったな。

 

「………運動、得意なのか?」

 

「はい!私、バカですけど、体力には自信があるんですよ!!」

 

にしし、と力こぶを作るポーズをとってアピールする四葉。

 

(体力自慢のバカ………神楽みてーだな)

 

総介は『銀魂』のヒロインであるチャイナ娘『神楽』に四葉が似ていると考えた。頭のネジがぶっ飛んだようなバカさ加減、今の飛びつきの身体能力の高さがそっくりである、見た目も青っぽい瞳にオレンジの髪と似ているので、これで大食い属性が加わってコスプレさせれば、あっという間に神楽ちゃ〜ん♪。……あれ、いつの間にか絵描き歌になっちゃったアル。

そんなくだらないことを考えてたら四葉が唐突に口を開いた。

 

 

「そういえば浅倉さん、三玖には会わないんですか?」

 

「なんでそこで三玖が出てくんだよ?」

 

「だって2人ともすごく仲が良かったから、今も三玖の名前すぐ言えてましたし……好きなのかな〜って……」

 

そう言いながら、四葉のリボンがピョコピョコと動く。どんな原理なんだよ……

 

 

 

「……………」

 

 

そしてこの女、意外と鋭い。まぁ皆の前であれだけ2人の世界に入ったりしてたら、そう思われるのも無理もない。だが、1番バカの四葉にまで感づかれているということは、他の姉妹、特に一花とかいう見た目ビッチ(失礼)にはもうすでに気付かれてるよな……昨日も煽ってきてたし……こんな時は、これだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜やっぱり怪しいですよね〜。昨日も三玖に聞いたんですけど〜。大事な部分はなんかはぐらかすんですよね〜。でもやっぱりあれは恋をしているんだと思いますよ〜。なんでわかるのかって?そりゃ姉妹ですから分かりますよ〜。そこで、浅倉さんは三玖のことどう思ってるんですかと……………

 

 

 

 

 

ってあれ?浅倉さん?……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いなくなってるぅぅぅぅぅぅ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これぞ忍法『ペチャクチャ独り言の合間にさらば!の術』である。え?全然忍法じゃないって?

 

もう!そんなこと言うならお母さん知らない!!勝手にすればいいじゃない!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、この週の残りは何ともなく時間を過ごし、ついに家庭教師をする日がやってきた。果たして風太郎と総介は、五つ子を無事に卒業へと導けるのか?そして彼と三玖との恋路は、どう動いていくのか?そして今のこの文章を書いている途中に下痢気味の作者の運命は!!!

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、トイレ行ってきます。

 

 

 




オリキャラ紹介

渡辺 アイナ(わたなべ あいな)
高校2年
身長162cm
体重51kg
普段は女子高生だが、大門寺家の使用人であり、海斗の侍女。周りには隠している。金髪碧眼で、イギリスと日本のハーフ。常に敬語を使うクールで優しい性格。海斗と同じで、成績優秀、スポーツ万能、異性からモテモテ。二乃とは転校してきた時から友達。


アイナの外見と境遇の一部は『かぐや様は告らせたい』の早坂愛から拝借しました。また、アイナだけでなく、総介や海斗にも秘密があります。

今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.喧嘩するほど仲がいい

今回で原作一巻がようやく終わります。




いつもより長くなってしまいました。


総介の自宅から五つ子のマンション『PENTAGON』まではそう遠くはない距離にあるので、彼は徒歩で向かっていた。

イヤホンをスマホに繋ぎ、お気に入りの曲をかけながら時々好きな曲調の部分を口ずさむ。肩には通学用の手さげカバンをかけ、かけていない方の手にはビニール袋を持っていた。

 

 

今日、家庭教師の助っ人としてマンションに行くまでの数日間は、特に何の変わりも無い日常だった。違う点があったとすれば、連絡先を交換した三玖とラインでのやり取りをしていたことだろう。三玖が戦国武将の豆知識を教えれば、総介も幕末の侍達の逸話を語ったりする。放課後に家に帰ってからは、それが日課となっていた。

総介自身、三玖とラインができると言うだけでとても嬉しさが爆発しており、彼が送ったメッセージに対する三玖の返信が初めて返って来た時は自室で身をくねらせるほど喜んだそうな。

前日には『家庭教師、頑張って』と、まさかの教える人からの励ましのメッセージに、『三玖とその他の姉妹の成績を上げれるよう頑張るよ』と律儀に返していた。マジで爆発してくんないかな、コイツ。

 

ちなみに、その直後に海斗からきた『家庭教師とヘッドホンさんの件、頑張って』と、後ろに親指が立った絵文字に対しての総介の返信が『うっせぇ死ねボケ』と後ろに中指を立てた絵文字である。

………扱いが天と地の差とはこのことであろう。彼にはいつか何かしらの罰が当たるのではなかろうか?イケメン完璧超人リア充王の海斗だが、この返信が速攻で返ってきたことには同情する。

 

そんな準リア充野郎と化しつつある総介のどうでもいい出来事を語っているうちに、彼はマンションのエントランスへと到着した。さて、ここで一つ疑問が浮かぶ。

 

このまま風太郎を待つべきか、先に上がっておくべきか……

 

昨日三玖から聞いた時間より、15分ほど早く到着してしまった総介。おそらく風太郎はまだ到着はしていない。していればここで待ってくれているはずだ。彼の助っ人という立場上、一人で入って良いものかと少々不安になる。

こんなことなら、彼と連絡先を交換しておけばよかったと少し後悔した総介だったが、直後にそんなことはどうでもよくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソースケ」

 

エントランスの入り口から、今、総介が一番会いたい人の声が聞こえてきた。ていうか、いつでも会いたい。

 

「三玖、おはよう」

 

とりあえず、総介は会ったので挨拶をする。三玖もそれに同じ言葉で返してくる。

 

「おはよう……何やってるの?」

 

三玖が腕にビニール袋を抱えながら総介に尋ねた。彼女はおそらく買い物帰りだろう。

 

「いや、予定より早くここに着いたのは良いが、助っ人の手前、俺一人で中に入るのもどうなんだと思って……上杉が来るのを待ってたんだ」

 

「………なんだ、そんなこと」

 

軽く笑いながらカードキーを文字盤の下に差し込み、オートロックを解除する。

 

 

「いいよ、入って」

 

「いいの?」

 

「私がいいって言ったから、大丈夫。みんなも何も言わないから、一緒に上がろう?」

 

三玖はそう言うと、開いたドアを通り過ぎて、総介に振り向く。

 

 

 

 

 

「家庭教師、するんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

はにかみながら、総介に聞く三玖。総介はそんな彼女にまたしても見とれてしまう。いや何回目だよお前……

 

 

 

 

 

 

 

(もう俺、この子嫁さんにもらいたい………)

 

 

 

色々とぶっ飛び過ぎな考えになってしまうが、総介は三玖のこととなると思考回路がショートどころかライトニングサンダーを起こしてしまうので、これがデフォルトである。決して口には出さないが、いつか漏らしてしまうのでは?と、密かに恐れているのは彼だけの話。

 

「三玖………かたじけない」

 

「苦しゅうない……ふふっ」

 

「………ふふ」

 

武士のようなやり取りをして笑い合う2人。まるでいつも一緒にいて冗談を言い合っている様な雰囲気が、2人の周りを包み込む。ホントコイツら付き合ってないんだよこれで。両想いだけど。書いててイライラしてきたよマジで。こんな青春、いいな〜作者も送りたいな〜羨ましいな〜………

 

 

 

 

おっと、失礼しました。

 

 

三玖の了承も得たところで、総介もドアを通過して、2人並んでエレベーターへと向かおうとする。すると後ろから、

 

 

 

 

 

「おーーい!待ってくれーー!!」

 

 

男の声が聞こえてきた。思わず反応してしまい、振り向いた。

 

 

 

 

「上杉……」

 

「フータロー……」

 

 

合わせて上杉フータロー。まあ、それだけである。

風太郎はドアが閉まるギリギリで滑り込み、間に合った。

 

「ゼェ……ゼェ……まに、あった……ゼェ…」

 

汗をかいて手に膝をつき、荒い呼吸をする風太郎。

時間的に見れば、彼の到着は5分前なので、別に急ぐほどでもないのだが、ドアが閉まって2人が上へ行ってしまえば、オートロックを解除するには文字盤のボタンを使って部屋番号を押して呼ばなければならない。そんな慣れない作業をするよりも、なんとか2人を呼び止めてドアが閉まる前に滑り込めばと思い、数十メートル手前から猛ダッシュでドアを駆け抜けたのだ。それにしても………

 

 

 

「おめーも体力ねーのな」

 

「ハァ、ハァ、……え、なんだって?」

 

「どこで難聴発動してんだよ…………まぁいいや、先行くぞ、上杉」

 

「え?ちょ、待って、もうちょい、はぁ……休ませてくれ」

 

総介が先を急ごうとするのを、風太郎が待ってくれと止める。だが、ドアの外ならまだしも、通過したのであってはもはや待ち続ける理由もないので、早々に三玖とエレベーターへ向かおうとする。

 

「オートロック通ったんだからいいだろ後から上がったってよ。あ、そだ、あとで連絡先おしえてくれ」

 

「え?ソースケ、フータローの連絡先知らなかったの?」

 

「まぁ、色々ありすぎて聞きそびれてな。忘れない内に聞いておこうと思って」

 

「そうなんだ……」

 

「あの時、三玖に連絡先を聞いててよかったよ。いつくればいいのか分からなくなっちゃってたからね」

 

「ふふ、学校で聞けば良かったのに」

 

 

もはや風太郎なんていないかのように、総介と三玖は楽しそうに会話をしながらエレベーターへと入るが、再び息を吹き返した彼の猛ダッシュによって、またもや閉まる直前に間に合うこととなった。その時に三玖の口から「はぁ〜」というため息、総介からはまさかの「チッ」という舌打ちが聞こえ、風太郎には息切れと精神的ダメージが一気に襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

(三玖と2人きりの時間を邪魔しやがって)

 

(もっとソースケと話したかったのに………)

 

(神様、俺何か悪いことしましたか?)

 

 

 

頑張れ上杉風太郎!

 

 

 

負けるな上杉風太郎!!

 

 

 

体力をつけろ、上杉風太郎!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございまーす」

 

 

 

そんなこんなで、俺、三玖、ついでに上杉は五つ子の家に到着、中に入ると、1人以外の全員がリビングで待っていた。あと、五月とやらは団子を食べていた。この子はいつでも何か食べてるな。

 

 

 

「準備万端ですっ!」

 

やる気満々の四葉。ドベだがいい心がけだ。やる気が成績上昇の第一歩である。

 

「私も。まぁ見てよっかな」

 

と、一花。オイコラお前も勉強すんだよ何一段上のポジション気取ってんだよ12点の分際で。

 

「私はここで自習してるだけなので勘違いしないでください」

 

と、五月。ツンデレ乙。あと自習で成績上がるなら家庭教師雇ったりしないからな親父さん。

 

「約束通り、勉強教えてね」

 

と、三玖が言ってくるので、無言のサムズアップで返す。ホント素直でかわいい好き。もう結婚してくんないかな?

 

 

…………

 

と、四者四様な返答にそれぞれ反応する総介(一部なんか気持ち悪い心理描写がございました。申し訳ございません)。

 

風太郎も、ようやく勉強が始められると安堵する。

 

(なんだ、今日は従順じゃないか。三玖は浅倉だけにっぽいけど……でもねまぁ、こいつらだって人の子、優しく接すれば理解し合えるんだ)

 

「よーし、やるかー!!」

 

風太郎もようやく元気を取り戻したようで、やる気もいつもよりマシマシだ。彼の一声で、和やかな雰囲気が訪れた。

 

 

 

 

さあ、いよいよ勉強開始

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 

 

 

と、いきたいとこだったが、上から声がした。今この状況で、リビングにいる6人が発した声が、上から聞こえてくるのは有り得ない。となると、この中にいない人物の声だ。そんなのは1人しかいない。総介と風太郎は、同時に声がした方向へと向いた。

 

 

「なーに?また懲りずに来たの?」

 

 

 

「二乃」

 

「…………」

 

 

「先週みたいに途中で寝ちゃわなきゃいいけど」

 

二乃が、階段を登った姉妹の部屋のまえで、余裕綽々の笑みを浮かべながら見下ろしていた。

 

 

「てめぇが薬を(おっといけない、優しく優しく)」

 

 

「……………」

 

青筋を立てて今にも怒鳴りそうな風太郎だったが、なんとか自制する。

 

対して総介は、いつものように無気力な表情で二乃を見るが、違和感を感じていた。

 

 

(おかしい………何でこの女俺の前であんな余裕なんだ?)

 

 

実はここ数日、五つ子とはすれ違ったりする形で学校で会っていた。話をするほどもない短い時間だったが、軽い挨拶を交わしたり、手を振ったりしてきていた。二乃以外は。

彼女は総介を見つける度に、「げっ!」とか「ひっ」とかいう畏怖するような声を上げてそそくさとその場を去っていった。いかんせん初めて彼女たちに会った日に、二乃だけいじり倒したせいだろう、と総介は結論づけてさほど気にしなかった。彼女が謝ってくれば、総介もそのことを謝罪するつもりでいたのだが、どうやらその時は訪れることはなさそうだ。2人は目が合うが、二乃は余裕の表情を崩さない。

 

 

(…………何考えてんだ、この女?)

 

総介の疑念をよそに、隣にいた風太郎が二乃に声をかけた。

 

「どうだい、二乃も一緒にry」

 

「死んでもお断り」

 

食い気味に否定してくる二乃。風太郎に再び青筋ができる。

 

(………なら死ね)

 

と、流石にそれはただの理由なき暴言になってしまうので口にできない。トラブルの元にもなり兼ねないので、総介は心の中で留めておくことにした。

 

「……仕方ない。今日は俺らだけでやるかー」

 

「はーい」

 

四葉の元気な返事に何を思ったのか、二乃は階段を降りてきてスマホを取り出す。そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ四葉

 

 

 

 

 

 

バスケ部の知り合いが大会の臨時メンバー探してるんだけど

 

 

 

あんた運動できるし今から行ってあげたら?」

 

 

 

そういうと風太郎と四葉が反応してしまう。

 

「いっ」

 

「今から!?」

 

「…………」

 

「えっと……でも……」

 

四葉は行こうかどうか、迷っているようだ。と、ここで二乃の一声がかかる。

 

「なんでも五人しかいない部員の一人が骨折しちゃったみたいで

このままだと大会に出られないらしいのよ

頑張って練習してきただろうに

あーかわいそう」

 

(…………なるほどな。よくもまぁいけしゃあしゃあと……)

 

 

総介は二乃が余裕な理由がようやく読めた。

 

この女、俺と上杉の邪魔をする気だ。助っ人の件はおそらく本当だろう。彼女は既に友達が何人もいると先日聞いたばかりだ。そういったことも耳に入っててもおかしくはない。そしてそれを四葉へと投げかけた。ここ数日でわかったことだが、四葉という女はバカで、純粋だ。多分困っている人は誰彼構わず手を差し伸べてしまう性格だろう。この女はそれを利用した。

 

総介が答えにたどり着いた瞬間、四葉が頭を下げて謝った。

 

「上杉さん、浅倉さん、すみません。困ってる人をほっといてはおけません!!」

 

「嘘だろ……」

 

(ほらな)

 

「あの子、断れない性格だから」

 

三玖が補足を入れる。やはりそうだったか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………待て」

 

 

四葉は部屋から出ていこうとするが、総介はすんでのところで彼女の首根っこを右手で掴んだ。

 

 

「は、離してください、浅倉さん!私がいかなきゃ!」

 

「別にお前じゃなくてもいいだろ。ちと待ってろ」

 

その場で走ろうとする四葉だが、総介の力が強いのか、一向に進まない。彼は空いた左手を取り出して、スマホを取り出す。画面を何回かタップし、耳へと当てた。電話だ。

 

 

 

prrrrr

 

 

 

「…………あ、もしもし、わりーな、いきなり。んで、今日非番だよなお前?予定とかは?…………ああ、おっけ。バスケ部の人がさ、助っ人探しててさ、大会近くて、人数足んねーんだよ。………ああ、今から行ってくんねーか?………いや、理由は後で話すし、礼もする。とにかく今日行ってくんねーか?………すまんな、オフのところ………ああ、アイツにもよろしく伝えといてくれ。ありがとな。………んじゃ、おつかれ〜」

 

そう言ってから、総介は耳からスマホを離し、電話を切った。

 

「知り合いに助っ人の件は頼んどいた。たった今、お前が助っ人に行く理由は無くなった」

 

「えっ?」

 

「なっ!?」

 

その言葉に、四葉と二乃が同時に驚きの声を上げた。特に二乃は信じられないような表情のまま固まってしまう。総介はそんな彼女に目も向けずに、四葉へと話しかける。

 

「だから、お前はここで心置きなく勉強に集中出来るぞ」

 

「ほ、ほんとですか………よかった〜…」

 

一安心して胸を撫で下ろす四葉。彼女もこの場を出て行くのは負い目を感じていたのだろう。

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

不安そうな表情で風太郎が聞いてきた。

 

「ああ、後日礼をせがまれるが、今この場はなんとかコイツを留めておける」

 

「そ、そうか。サンキュー、浅倉」

 

風太郎も一安心する。ようやく勉強を始められるのに、またバラバラになってしまっては元も子もない。

 

「…………」

 

そんな彼を尻目に、総介はいつも通りの気だるげな表情で二乃を見る。すると、先程彼女がしていた余裕のある表情は、もうどこにも無くなっていた。

まるで殺すかのような鋭い視線、眉間に寄せた皺、剥き出しの歯、そこから聞こえる歯ぎしり。全てが総介へと向いていた。彼女が用意していた策は、1手目から彼によっておじゃんにさせられたのだ。そしてその悪意を感じ取った総介は、目線だけでこう言った。

 

 

 

 

 

 

『次はどんな手があるんだ?』と。

 

 

 

 

この挑発は、見事に二乃に届いた。彼女は一瞬、鋭い目を更に鋭利にして睨んだ後、冷静さを保ちながら次の人物へと声をかけた。

 

 

「………一花、そういえば二時からバイトって言ってなかった?」

 

「え?あー、忘れてた」

 

そう言った一花は立ち上がり、部屋を出ていこうとする。

 

「ごめんねー。この日だけはどうしても抜けられなくて。また埋め合わせするから。許してね♪」

 

手を合わせながらウインクをする一花。いや、デートドタキャンする彼女かよ!って思った人は素直に手を挙げなさい。はい、私です。

 

じゃなくて、その様子を見た風太郎は、総介を見る。また彼が何とかしてくれるだろうと思っているのだろうか……

しかしそんな期待とは裏腹に、総介は一花が出て行くまでの間、一切口を開こうとしなかった。

 

「あ、浅倉………」

 

「…………さすがにこればっかりは、どうしようもねーよ……」

 

「!!?そ、そんな……」

 

これは二乃に軍配が上がった。バイトは代理を立てられないし、無理に残しても、シフトに穴が開いて働き先に迷惑をかけてしまう。そうまでして止める理由も強くない。この件は総介の完敗である。

 

(大体あの女なんでこの日この時間にバイト入れてんだよ。テメー絶対勉強嫌だから入れただろ。マジ勘弁してくれよ。今度から一花じゃなくて『ビッチ花』て呼ぶぞあの女……)

 

心の中で悪態を吐くが、一花がどんなバイトをしているか知らない分、一概に彼女だけが悪いとも言えないので、総介はこの件は考えることをやめることにして、二乃を見た。

 

 

 

「…………♪」

 

 

先程とは違う、勝ち誇ったかのような笑顔。四葉は無理だったが、一花を離脱させることには成功した。それが自信へと繋がったのだろう。それを勉強に活かして欲しいものである。

 

「………五月、こんなうるさいとこより、図書館とか行った方がいいよ」

 

「それもそうですね」

 

次のターゲットは五月だ。案の定二乃の一声に耳を貸してしまう五月。出ていこうとする彼女に総介は声をかける。

 

 

「………出て行くのか?」

 

「はい。私は自分一人でも勉強はできますので」

 

「……そうか、残念だ」

 

総介はわざとらしく肩を落としてから、持ってきてたビニール袋に手を伸ばす。

 

「せっかくお前さんに肉まん買ってきたのに、これじゃあここで食べながら勉強できなry」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているんですか浅倉君?早く私に勉強を教えてください。そして肉まんを私にください!」

 

「チョロい!チョロすぎるぞ五月!!」

 

五月は肉まんというワードを総介が口にした瞬間、テーブルにノートと参考書を広げ、シャーペンを取り出し、メガネをかけて勉強体制を整えた。

 

 

 

その間、わずか1秒!!!!

 

思わず風太郎が前回と同じツッコミをしたくなるのも無理はない。

 

「…………」

 

ニ乃はアホみたいな顔をしながら、開いた口が塞がらなかった。妹がこんなにも簡単に餌付けされてしまうとは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつき」と「えづけ」って似てるよね…………え、似てない?

 

 

 

 

 

 

 

総介は今までとは違い、ドヤ顔で二乃へと顔を向けた。残っているのは三玖ただ一人。しかし、総介に絶対の信頼(好意)を寄せる彼女が、二乃の言うことを聞くはずがない。総介もラブコメの鈍感主人公とは違い、三玖が自分を信じてくれていると言う絶対的自信があるため、あえて二乃だけに見えるように三玖を指差した。

 

 

 

『ほら、やってみろよ?』という意味で……

 

ぐぬぬ、と苦虫を噛む二乃だったが、残された道は一つしか残っていなかった。二乃の一声が、遂に三玖へとかかった。

 

「………三玖、そういえばあんたが間違って飲んだアタシのジュース、買ってきなさいよ」

 

「………それならもう買ってきた」

 

「えっ」

 

そう言って三玖はビニール袋に手を入れて、缶ジュースを二乃へと渡した。それはもちろん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『抹茶ソーダ』である。やぁ、久しぶり。

 

 

 

 

 

 

 

「何コレ⁉︎」

 

驚く二乃を尻目に三玖は総介に声をかける

 

「そんなことより、授業始めよう」

 

「そうだね、時間もないしね」

 

 

 

 

こうして、原作では二乃と三玖以外誰もいなくなった勉強会だが、バイトの一花以外は離脱を免れた(助っ人代理と餌付け)。

 

特に勝負などはしていないが、スコアは3ー1で総介の勝利である。

 

しかし、二乃はこのままでは納得いかないのか、それとも三玖と仲良くしている総介が気にくわないのか、再び三玖へと食い下がる。

 

「…………はっ!アンタ何?そう言う冴えない陰キャが好みだったの?趣味悪〜」

 

まだやるのかコイツと、総介は二乃に物申そうとしたが、三玖が彼を止めた。

 

「ソースケ、気にしないでいいよ。……二乃はメンクイだから」

 

「………君もなかなか酷いこと言うね、三玖」

 

まさかの三玖の返しに少し驚く総介。するとここから、中野家の次女と三女の口喧嘩が始まった。

 

「はぁ?メンクイが悪いんですか?イケメンに越したことはないでしょ?」

 

「外見ばかりにとらわれるのは愚の骨頂」

 

「なーるほど、外見を気にしないからそんなダサい服で出かけられるんだ」

 

「この尖った爪がオシャレなの?」

 

「あんたにはわかんないかなー!?」

 

「わかりたくもない」

 

二人の止まることのない言い争いに、四葉と五月があわあわと困惑して震えてしまう。総介は黙って二人を見ている。

そして我慢できなくなった風太郎が、二人の言い争いを止めに入る。

 

「お、お前ら、姉妹なんだから仲良くしろよ。外見とか中身とかそんなのどうでもいいだろ」

 

その言葉で、二人は一旦黙り込んだが、三玖の方から、口を開き始めた。

 

 

 

 

「………二乃、もうやめよう?」

 

「は?あんた、ソイツに言われてハイそうですかって……」

 

 

 

「違う。もう私達を守ろうとするの、やめよう?」

 

「!!!!」

 

「……………」

 

三玖の一言で、二乃は言葉を失ってしまう。総介は三玖を一瞬見たが、すぐに二乃に視線を戻した。

 

「……な、何を」

 

「ソースケが言ってたでしょ?二乃は私達ことを思って、ソースケやフータローを攻撃してるって。そのために二乃は自分だけ恨まれてでも、姉妹を守ろうとしてるって」

 

「…………」

 

三玖の話に、その場にいた全員が黙り込む。

 

「二乃の気持ちは凄く嬉しいし、少し前の私なら、二乃と同じだったかもしれない。でも私は、今の私は、ソースケに勉強を教えてもらいたいし、四葉もフータローとソースケに教わろうとしてる。五月は………肉まん食べてるだけだけど、四葉と私の2人は、二乃がこんなことをすることを望んでいない」

 

その言葉を受けた二乃は、顔をうつむかせてしまう。ここで、総介が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………別に勉強したくないならそれでも構わん。

お前が嫌がりながら無理やり勉強させても、成績なんざ上がるもんじゃねーからな。

お前の好きな時に勉強すりゃいいし、好きな時にこっちに来ればいい。その時はちゃんと教えることを約束する。

 

 

 

 

 

 

 

 

けどな、自分から勉強しようとしてる子らの邪魔をしようとすんなら、いくら女だろーが容赦はしねーぞ。

頑張ってる奴を、必死で努力してる奴を横から棒で叩くような真似をするような奴は、三玖の姉妹だろーが何だろうが、俺は許さねー。

………これ以上邪魔するってんなら、それ相応の覚悟は出来てんだろーな?」

 

今までにない、低くドスの効いた声で、二乃へと問う総介。二乃はしばらく俯いてから、肩を震わせ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………れ………ない……」

 

 

「………二乃?」

 

 

「何それ!!!!意味わかんない!!!!!!!!」

 

 

そう叫んでから、彼女は階段を駆け上がって、自室へと入って行ってしまった。

 

 

 

 

「……………」

 

「………ニ乃」

 

四葉が心配そうに二乃の部屋のドアを見つめるが、それだけではどうにもならないと悟ったのか、総介がパチンと手を叩く。

 

「さ、俺たちは切り替えて勉強するぞ。このままじゃ時間もなくなっちまうからな」

 

「あ、浅倉⁉︎いいのかよ?二乃があんな……」

 

「それはアイツが悪い。俺たちが気に食わないからっつーだけで、真面目に勉強しようとした三玖と四葉の邪魔をしようとした。当然の報いだ。いや、これは機会だ」

 

「機会……ですか?」

 

五月が肉まんを頬張りながら尋ねる。

 

「これでアイツが自分を見つめてくれれば、みちは切り開けるだろーよ。俺たちも、アイツも。それが出来ずに、また邪魔してくるようなら………」

 

「邪魔してくるなら……どうするんだよ?」

 

「これでしめーだ。アイツには今後一切、勉強は教えん。俺も、上杉もだ」

 

「なっ!?………そ、それって!!!?」

 

「雇い主にそれぐらい言えるだろ?お宅の娘さんの1人が、執拗に勉強の妨害をしてくるので、彼女抜きで家庭教師をやらせてくださいって。別に悪いこと言ってるか?」

 

「そ、それは……」

 

「それにこれは、アイツにとっても最期のチャンスだ。三玖がきっぱりと『望んでない』って言った以上、アイツも絶対に考えるはずだ。今までしてきたことを……そして良くも悪くも、答えを出すはずだ。どうなるかは知らねーけどな」

 

それに、と言って総介は、三玖と四葉に視線を向けた。

 

「俺ら2人が駄目でも、三玖と四葉なら、アイツを変えれるかもしれない」

 

「私達が……」

 

「二乃を変えれる、ですか?」

 

三玖と四葉が、互いを見合う。

 

「少なくとも、三玖が喋っている間、アイツは耳を傾けていた。姉妹の意見を聞く耳はちゃんと残ってるはずだ」

 

「……ソースケ……」

 

「………三玖、こんなことを押し付けてしまって、本当にごめん。でも、5人で成績を上げるには、やっぱり俺たちだけじゃ無理なんだ。君達姉妹の力も必要になってくる」

 

「………私達の力……」

 

三玖は先日、2人きりで総介と話をしたことを思い出していた。

 

成績を上げるには、彼らだけの力じゃできない。勉強し、テストを受けるのは自分たち姉妹。 そう総介は言った。

 

「…………」

 

「………浅倉、二乃は……」

 

「………これに関しては、俺がしたことだ。ちゃんと責任はとる」

 

「…………」

 

「さ、今は切り替えるぞ。勉強を終わらせてから呼びに行けばいいし、何よりここで躓きたくねー。ここにいる3人の成績を上げるのも、残りの2人のモチベーションになるはずだ」

 

「………ああ」

 

「うん……私は、勉強する」

 

「………わ、私も、二乃のために、頑張ります!」

 

三玖と四葉は、なんとか切り替えてくれたようだ。総介は2人に安心すると、五月の方へと目を向ける。

 

「………五月、今のお前に聞きたい」

 

「………何をですか?」

 

「肉まん抜きで、お前は上杉と俺から教わりたいと思うか?」

 

五月は肉まんを食べる手を止めて、しばし考えた後に答えた。

 

「………思いません………でした」

 

「………」

 

「五月………」

 

風太郎が消沈してしまうが、五月は言葉を続けた。

 

「でも、今の二乃は、間違っていると思います。勉強をしようとしてる三玖と四葉を邪魔することは、やっていいことではありませんから……だから、今日は大人しく、勉強を教わります」

 

「は、本当か⁉︎」

 

沈んでいた風太郎が、蘇って明るくなる。

 

「か、勘違いしないでください!三玖と四葉に遅れを取るわけにはいきません。私も、二乃のことは心配なんですから!」

 

直後、四葉が五月に抱きついてきた。

 

「五月〜!」

 

「よ、四葉⁉︎離してください!」

 

「どんな形でも、動機でも構わん。一緒に勉強してくれることには感謝したい。ありがとな」

 

と、そんな二人を気にせずに総介は一応味方についてくれた五月に、感謝の意を示す。

 

「で、でももし、成績が上がらなかったら、学食の全メニューを奢ってもらいますからね!!」

 

「………マジで?」

 

「マジです!!」

 

「………食えんの?」

 

「3日あればなんとかなります!」

 

 

どんな胃袋してんだコイツ?と思ったが、とりあえずスルーすることにした。とにかく勉強をしなければ、ということで、総介は風太郎の方へと向く。すると、風太郎は視線を察して、総介に提案をもちかけた。

 

「浅倉、三玖はそっちに任せてもいいか?知っている二人の方が、勉強教えやすいだろ?俺は四葉と五月に教えるから、空いた時にどっちかを見てやって欲しい」

 

「あいよ、それでかまわん(上杉、お前は神か?)」

 

「よろしく、ソースケ(フータロー、ぐっじょぶ)」

 

「頑張りましょう!上杉さん、浅倉さん!」

 

「私も、今日だけは教わってあげてもいいでしょう。今日だけは、ですよ?」

 

「あ、肉まんもう一個あんだけど?」

 

「いつでも教えてください!お願いします!」

 

 

「「「「…………………」」」」

 

 

 

 

 

 

 

それぞれの思いを胸に秘めながら、5人は勉強会を始めた。赤点を回避するため、成績を上げるため、姉の姉妹を守ろうとする呪縛から救うため、肉まんと学食をいっぱい食べるため……この子コレばっかりだな……

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの勉強会の後、もう一つの大事件が起こってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

それは彼女にとって、彼らにとって、一体どのような結果をもたらすのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、五等分の逆転裁判

『風太郎、ペンタゴンに(社会的に)死す』

 

 

 

異議あり!!

次回はこんなタイトルではありません!!!

 

 




気がつけば10000字を超えてしまいました。





今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13.自分の弁護が出来てこそなんぼ

おはようございます。早朝投稿です。
今回から原作2巻に移行です(ようやく)。
ところで、原作のキャラブックが出ると聞いて喜んでいます。





登場人物の身長が判明するので(身長厨)



どうして………こんなことに…………

 

 

 

 

 

 

上杉風太郎は今、絶望のどん底にいた。彼の周りには五人の顔のそっくりな女子。皆風太郎を見ている。そして自らは床に正座をしている。つい先ほどまでは、二名を除いて助っ人の死んだ魚のような目の黒縁メガネの男子と勉強の指導に励んでいた。だいぶ落ち着いた雰囲気だったのだが、今はもう、殺伐とした空気が周りを包んでいた。

 

 

 

何故こんな事態になったのかというと、時は少し遡る……

 

 

 

以下回想……

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ俺たちは帰るけど、ちゃんと次回までに宿題終わらせておけよ」

 

 

勉強会を終え、それぞれに次までやる宿題を提示した総介と風太郎。三玖は総介から、四葉と五月は風太郎、彼が空いたときに総介から教わっていたのだが、まあそれぞれひどかった。

 

三玖は理数系の問題が壊滅的だったし、五月も化学や物理の基礎が少し出来ていた程度で、その他が全然ダメ。四葉に至っては、もう中学生が出来て当たり前程度の国語以外は全部アウトオブアウトである。

そういった3人の現状を改めて思い知った2人。風太郎は頭を抱えてしまい、総介は『ここは3年Z組かよ』と、分かる人には分かる酷評をするほどの惨状だった。

それにもめげず、レベルを数段下げて限られた時間でなんとか教え込み、3人にそれぞれに合った宿題を2人で作成して今回の授業は終わった。

 

 

「わ、わかりました………」

 

四葉がいかにも疲れたかのような口調で答える。普段体を動かすのは姉妹の中で一番得意なのだが、頭を動かすのは一番苦手な彼女のことだ。疲れも恐らく相当なものだろう。と、総介が口を開いてこんな事を言った。

 

「おい『妖怪みどリボン』、テメーは次の宿題やってこなかったらこう呼ばせてもらうからな」

 

「妖怪!?そ、そんな、あんまりですぅ……」

 

「テストと違って、自力で調べられるんだ。それに、ほぼ中学レベルの問題なんだからあれぐらいこなしてみろ。でねーと赤点回避なんて夢のまた夢だぞ」

 

「は、はい……頑張ります……」

 

総介なりに四葉へ激励の言葉を口にすると、彼女は疲れながらもやる気のある言葉で答えた。次に彼は五月へと顔を向ける。

 

「肉まん娘、お前の場合は『中身がカラシだけの肉まんの刑』な」

 

「鬼ですかアナタは!?ていうか肉まん娘って何なんですか!?」

 

総介の言葉に、五月は声を荒げてしまう。彼女は食べるのは好きだが、こういった罰ゲーム系の食べ物は例外なのである。

 

「やってこなかったらの話だ。期限まで時間あんだし、作ったのはお前に合わせた優しい問題なんだから、出来ねーとシャレになんねーぞ。……肉の入った肉まんか、カラシの肉まんか、2つに1つだ」

 

「…………わかりました」

 

不服そうな五月だったが、返事をするしかなかった。出来なければカラシの肉まんが待っている。それは絶対に避けなければならない。普通の美味しい肉まんのために!と、彼女は内心で決意を新たにした。

 

 

 

 

そして総介は、最後の1人、三玖へと目を移す。

 

「そ、ソースケ、私は………」

 

一体何をされるのだろうと、不安丸出しで聞いてきた三玖に、総介は表情を無にしてこう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そうだね。じゃあ宿題をやってこなかったらこれから苗字で呼ばせてもらおうか。……『中野さん』」

 

「!!!!!」

 

「ま、待ってください!浅倉君、いくらなんでも三玖を贔屓しすぎです!苗字呼びなんて、1人だけ明らかにレベルが低いじゃないですか!」

 

五月が罰の内容の差にたまらず異議を申し立てる。しかし、総介はこれでいいと思っていた。何故なら……

 

「いや、でもほら、見てみろよ?」

 

「見てみろって、何を………なっ!?み、三玖!?」

 

「……………」

 

そこには目の光を無くし、どこを見てるかもわからず、口をぽかーんと開けて、背景に『がーん』と言う文字が世界で一番似合う、真っ白な姿をした三玖がいた。彼女にとって総介からの苗字呼びは、この世の終わりと呼ぶにふさわしい絶望的な罰なのである。

 

「……………」

 

「み、三玖!しっかりしてください!戻ってきてください!!」

 

「三玖ーーーー!起きてーーーー!!!」

 

「……………」

 

五月と四葉の必死の呼びかけにも、三玖は答えるどころか一切動かない。もはや石像である。と、ここで総介が動く。さすがの彼も、三玖がここまでになることは想定外だったらしく、急いで彼女の目の前まで移動し、名前を呼んだ。

 

「三玖!」

 

「………はっ⁉︎そ、ソースケ!……い、いや!それだけはいや!」

 

三玖の名前を呼ぶと、瞬く間に彼女の全身に色が戻り、再起動した。すると、苗字呼びがよっぽどトラウマになったのか、目を潤ませておもちゃを買ってもらえない小さな子どものようにイヤイヤと首を横に振る。かわいい。

 

「お、落ち着いて三玖!宿題やってこなかったらの話だから!ちゃんとやってきたら苗字で呼ばないから!ね?」

 

「………ホント?」

 

目をウルウルとさせて不安な表情をしながら総介を見上げる。

 

「(かわいい)大丈夫だから。宿題も今の三玖に合わせたやつだから。無理な問題は出してないし、ちゃんと調べたら答えにたどり着けるよ」

 

「……………なら、がんばる」

 

三玖は涙目になりながらも、プルプル震え両手の握りこぶしを前に出して決意を露わにする。……ほんとかわいい。

 

「どうしてもわかんないとこがあったら聞いてもいいよ。やりやすい覚え方教えるから、一緒にやってこう」

 

「………うん、ありがとう、ソースケ!」

 

「どれだけ三玖に優しいんですか!?やっぱり贔屓してるじゃないですか!!」

 

「ぶーーーー!!ぶーーーー!!」

 

ようやく元気を取り戻した三玖を見て、一安心する総介だったが、五月の非難と四葉のブーイングで2人の時間は強制終了させられた。

 

 

 

(…………本当に大丈夫なのかコレ?)

 

唯一会話に入らず見守っていた風太郎は、3人の馬鹿さ加減と助っ人のなかなかの暴君具合に、これからの家庭教師生活に不安を募らせていた。これであと2人加わったらどうなってしまうのだろうか……

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

2人が帰る直前に、三玖は総介に二乃のことについて話しをしていた。結局、あれから二乃は一度も部屋から出てこなかったのだ。

 

「ソースケ、二乃のことなんだけど………」

 

「………どうしたの?」

 

二乃の名前を聞いて、総介は気だるそうな表情を少し引き締めて三玖に尋ねる。

 

「…………私に、任せてほしい……」

 

「三玖に?」

 

「うん………二乃は、本当は優しい子なの、知ってる……でも、うまく自分が出せないから、あんなこともしちゃうのも、わかるの……だから……」

 

「…………」

 

総介は少し考えたが、彼女からのそう無理でもない頼みということもあり、聞き入れることにした。

 

「……わかった。三玖がそう言うなら、アイツのことは任せるよ」

 

「ホント?」

 

「アイツのことを一番理解しているのは、君たち姉妹だから、任せてと言われたら、任せるしかないからね……」

 

「………ありがとう」

 

「………でも、今日のことに関しては、あれは俺の責任だから、そこは俺にとらせてもらいたい。いいね?」

 

「………うん、わかった」

 

元々、二乃がああして部屋に閉じこもってしまったのは、総介の言葉がとどめとなった事が原因である。いや、それ以前に、彼女が家庭教師の邪魔をしなければよかっただけの話なのだが、二乃の行動の根底には、彼女なりの姉妹への思いやりがあり、それが良くない形で出てしまったことが、今回の騒動の始まりであった。

総介に自分の用意していた策を悉く打ち破られ、その場で三玖からきっぱりと否定され、更には総介からも追い打ちをかけられたことは、彼女にとってはショック以外の何者でもないだろう。

と、同時に、二乃はそのことについて必ず考える。自分のこと、風太郎と総介のこと、姉妹のこと………その考えの先に彼女がどのような答えを出すのか、それは二乃自身しか分からない。最低でも、今のままじゃいられないことは、彼女だって気づくはず……

 

「………心配かい?」

 

「うん………だって、姉妹だもん」

 

そりゃそうだと、総介は自分が愚問を聞いてしまったことに少し笑ってしまう。五人は同じ(はら)から生まれた、一部分身のような存在。今も五人が一緒に暮らして同じ学校に通っているあたり、相当仲が良いのだろう。総介には一人っ子なので彼からすれば推測に過ぎないが、おそらく年違いの姉妹でも心配なはずなのに、五つ子、出生を共にした肉親だ。それぞれのことはまるで自分の事のように気がかりなはずだ。

 

(……何聞いてんだ、俺は……)

 

当たり前のことを聞いた総介。心の中で反省する。

 

「………ごめん、変なこと聞いちゃって。長居しちゃったね」

 

「ううん、大丈夫。また勉強、教えてね」

 

「………ちゃんと宿題やってくるように」

 

総介がジト目で三玖を見る。

 

「は、はい……」

 

冷や汗をかいてやや自信なさげな返事をしてしまう三玖だったが、総介とのその日の別れの方が重要なのか、すぐに元に戻る。

 

「………またね、ソースケ」

 

「またね、三玖」

 

そうお互いに言葉を交わして、二人は玄関で別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ場にいた風太郎を完全に無視して。

 

「おーい、俺はー?」

 

「あ、いたんだフータロー。……またね」

 

「…………もしかして、これからずっとこんな感じ?」

 

本当にどうなってしまうのかと、忘れ去られた風太郎は今後の家庭教師生活に不安をさらに募らせていった……

 

 

 

 

 

がんばれ上杉風太郎!!

 

 

 

 

 

 

 

負けるな上杉風太郎!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

影が薄いぞ!上杉風太郎!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

「あ……財布忘れた」

 

マンションを出てすぐに、風太郎は自身のポケットに財布がない事に気づく。

 

「すまん、浅倉。部屋に戻って財布取ってくる」

 

「おー、じゃ、先帰るわ〜。………あ、風呂場覗くんじゃねーぞ上杉」

 

「覗くか!」

 

「あそ。じゃ、おつかれ〜」

 

「まったく……お疲れさん」

 

そう言ってから、風太郎はマンションの入り口に向かって走って行った。

 

 

(………あいつオートロック大丈夫か?)

 

 

少し心配になった総介だったが、まいっか、と、あまり気にせずに1人で帰る事にした。

 

 

「………あ、今日ジャンプ発売日じゃねーか」

 

今週が土曜発売だったのを完全に失念していた。すぐ近くにコンビニがあるから、そこで買っていこう。

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

[ありがとうございました〜]

 

 

 

 

 

総介は予定通りジャンプをコンビニで購入し、鞄にしまって帰宅の途につこうとした。すると、

 

 

 

〜〜〜♪♪♪

 

 

 

総介のスマホが振動して、電話のメロディが鳴り響いた。

 

 

(誰だ?アイツか?)

 

彼は先程、四葉の助っ人の代理を頼んだ人物からの電話かと予想したが、それは大きく外れてしまう。なぜなら電話をかけてきた人物は……

 

 

(………三玖?)

 

 

画面に表示された『中野三玖』の文字。何故彼女が電話を?と少し思ったが、少し前まで話をしてたとはいえ、想い人からの初めての電話に心躍らせた。通話ボタンをタップして、耳に当てる。

 

 

「もしもし、三玖?どうしたの?」

 

 

すると、三玖からは、普段は聞き慣れない慌てたような声が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ソースケ!大変なの!今すぐ戻ってきて!……フータローが……フータローが!……』

 

鬼気迫るような彼女の声に、総介は思わず身体を動かし、姉妹のマンションへと走り出した。

 

 

 

 

 

「何があったかは着いてから話して!今すぐ向かう!」

 

そう言い残した総介は、電話を切ってダッシュする。

 

幸いマンションまでそう遠くはない。風太郎に何があったかは、そこに戻ってから聞けばいい。今は早く現場に行くことが先決だと判断して、総介は走るスピードを少し上げて『PENTAGON』へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

回想終わり

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

で、総介が5分足らずでマンションへ戻り、部屋まで通してもらうと、リビングで冒頭のような状況が広がっていた。彼と風太郎が先ほどまで勉強を教えていた3人はもちろん、バイトから帰宅した一花、更には先ほどまで部屋に閉じこもっていた二乃もいた。彼女だけは何故か、下を向いて表情は伺えなかった。

 

「ソースケ………」

 

「三玖……一体何があったの?」

 

総介は三玖に説明を仰いだ。すると三玖は、総介だけに聞こえるように、一団から少し離れたところまで彼を連れて行って説明を始めた。

 

 

だいぶ端折って説明するとこうだ。

 

 

 

 

〜『財布を取りに来た風太郎が、リビングで風呂上がりでバスタオル姿の二乃と遭遇。二乃はコンタクトをしていないため気付かず、どういうわけか、風太郎が二乃を押し倒していた状況を部屋から出てきた五月に撮影された』〜

 

 

 

 

 

そのことを聞いた総介は………

 

 

「………なんじゃそら。わけわからん……」

 

そりゃそうだ。意味不明だ。彼の人となりは、会って一ヶ月も経っていないので全ては知らない。知っててもシスコンなことぐらいだ。しかし、無防備な姿の女を襲うような肝っ玉をしているような奴には、少なくとも総介には見えなかった。それを込めての『わけわからん』である。

 

「うん、だから、今から裁判が始まる」

 

「………は?裁判?」

 

そう、裁判である。審判である。ジャッジである。ジャッジメントですの!………言いたかっただけである。

 

どういうことだ?と疑問に思う総介を、三玖は再びリビングの中央へと連れて行く。

 

 

「裁判長、弁護側の証人を連れてきました」

は?何?証人?しかも弁護側?俺上杉の味方って設定なの?

 

「よろしい。ではこれより、『上杉風太郎君痴漢裁判』を始めます。」

 

と、裁判長こと一花が開廷の宣言をした。

 

(てかお前が裁判長かよ。この時点で上杉不利な気もするが……)

 

「でははじめに、検事は被告の罪状と、証拠の掲示をお願いします」

 

「はい」

 

と、五月が返事をして立ち上がった。あ、ちなみに四葉は傍聴人ね。

 

「裁判長、ご覧ください」

 

そう言って五月は、風太郎が二乃を押し倒している動かぬ証拠の画像を皆に見せた。彼と彼女の周りには、本が散らばっている。

 

(……うわ、見た感じ完全にアウトだな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※一旦総介以外の時を止めます。

 

総介をはじめ、全員がバスタオル姿の二乃の上に、風太郎が覆いかぶさりそうになったのは紛れも無い事実だということを確認する。争点はこうなった事態までの経緯だ。もし風太郎が二乃を襲う目的で押し倒したなら、完全に有罪だ。原告側は家庭教師のクビを要求するだろう。そして芋づる式で俺もクビだ。そうなっては元も子もない。せっかくスタートしたのだからここでパーになるわけにはいかない。何より……

 

 

(コイツが負けちまえば、三玖との勉強の時間がなくなっちまうじゃねーか!)

 

 

やはりというか何というか、彼は三玖のことを考えていた。今自分が合法的に三玖と一緒にいれる時間は、家庭教師をしている時間だけである。これが無くなってしまえば、今後2人を繋ぐものはほとんど無くなってしまう。下手すれば二乃は、俺にとんでもないくらいにアンテナを張るだろう。三玖にももう会えないかもしれないほどに………それは緊急事態だ。この立場を失う訳にはいかない。ならば、総介のすべき事は一つ。

 

(上杉を無罪にして、三玖との家庭教師の関係を維持する!)

 

 

総介の腹が決まった。絶対に負けられない裁判が、そこにはある!!

 

 

※それでは時を動かします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「被告は家庭教師という立場にありながら、ピチピチの女子高生を目の前に欲望を爆発させてしまった……」

 

五月が罪状を読み上げながら(読み上げるもの無いんだけどね)風太郎へと体を向け、彼に画像を確認させる。

 

「この写真は上杉被告で間違いありませんね」

 

風太郎は証拠の画像を前に、目を逸らしてしまう。そして顔を青くしながら、小さな声で呟くだけだった。

 

「え……冤罪だ……」

 

(オイコラ、テメーもっと強く否認しろやボケ。テメーがそんなんじゃ、アイツに付け込まれるだけだっての!今のお前隙だらけだぞ上杉!しっかりしやがれ!)

 

無茶苦茶だが、総介の言うことも一部は正しい。あんなあからさまに目を逸らして、いいどもってしまえば、相手に隙を与えてしまう。そして二乃のような、自分が有利と見るや一気に叩き込むような奴にとっては、今の風太郎は格好の餌。まな板の上の鯉状態なのだ。

 

「裁判長」

 

「はい、原告の二乃くん」

 

(そらきた)

 

やはりこの女、上杉がしどろもどろと見るや否や、自分も直接参戦してきた。現状はあちら側が一歩リード。あの女は有利な立場をさらに固くするつもりだ。

 

「この男はマンションから出たと見せかけて私のお風呂上がりを待っていました。悪質極まりない犯行に、我々はこいつと、もう1人のメガネ野郎の今後の出入り禁止を要求します」

 

総介の予想していた通り、やはり二乃はたたみかけてきた。彼女は風太郎はもちろんのこと、これをチャンスと見て総介も一緒に追い出す魂胆だ。

 

「お、おい、それはいくらなんでも!浅倉は何もしてねーのに……」

 

(いくらお前が俺を庇ったところで、この女は口八丁で俺ごとお前を追い出すだろうよ)

 

「たいへんけしからんですなぁ」

 

と一花が笑いながら口を挟む。

 

(笑ってんじゃねーよ。てかテメー楽しんでるだろこの状況を)

 

そんな一花に総介はジト目を向けるが、彼女はまるでどこ吹く風。それがさらに彼をイライラさせる。

 

「………スピ〜……クカ〜……」

 

四葉はつまらなさそうなのか、座ったまま鼻ちょうちんをたてて寝てしまった。

 

(お前に関しては真剣さとか緊張感とかゼロだなオイ)

 

青筋を立てて、よだれを垂らしながら寝る四葉に目を向ける総介。しかし、今はバカリボンにイラついている場合ではない。

 

(イカンイカン。冷静にならねーと)

 

「一花、俺は財布を忘れて……」

 

「…………」

 

一花はぷーんと、顔を膨らませて顔を逸らしてしまう。

 

「………さ、裁判長」

 

そう聞いた一花は顔をにっこりとさせた。

 

(……なんか、ぶっ飛ばしてぇんだけど、コイツ……)

 

一花の好き勝手な態度に軽い殺意を覚える総介。ぶっちゃけお前も似たようなもんだぜ?

 

と、ここで、弁護側の三玖から手が挙がる。

 

「異議あり」

 

全員が三玖へと注目する。

 

(三玖!)

 

「フータローは悪人顔してるけどこれは無罪」

 

「………」

 

さりげなく毒を吐く三玖に、風太郎は怪訝な顔をする。

 

「私がインターホンで通した。録音もある。これは不慮の事故」

 

「三玖〜」

 

まるで救世主を見るかのような目で三玖を拝む風太郎。

ちなみに三玖の心の中はこうである。

 

(フータローが負けちゃえば、ソースケに会えなくなっちゃう。……そんなのは嫌)

 

………総介と全く一緒なので、別に言わなくても良かったのであった。

 

(ほんと心から感謝しろよテメー。しなかったらマジブッ殺すぞ)

 

一方、もはや身も蓋もない暴言となりつつある総介。この男はほんとメチャクチャである。と、ここで彼も挙手して口を開く。

 

「俺もいいすか?工場長?」

 

「裁判長ね。私工場持ってないから。どうぞ、証人の浅倉君」

 

「上杉と俺はマンションを出てすぐに、財布を忘れたのに気づきました。それはオートロックのドアが閉まりきった後です。普通最初から盗撮する気なら、オートロックのドアを通る前に忘れ物したと嘘をついて戻ります。しかも上杉はオートロックが苦手なんで開けんのに時間がかかります。これから盗撮する奴が、そんなややこしい真似するわけないでしょーが。」

 

「ふむふむ、なるほど」

 

「あ、浅倉〜」

 

風太郎が総介を三玖と同じく救世主を見つけたような目で見てくる。

 

(別に、アンタのために弁護したんじゃないんだからね!三玖との関係を維持するためにやってるんだから、勘違いしないでよね!(裏声)…………やべ、気持ち悪……)

 

テンプレなツンデレキャラを演じてみたが、どうやらハマらなかったらしい……

 

「……………」

 

と、弁護側が有利となると、面白くないのは二乃の方である。一気に男2人を追い出す算段が整ったというのに、これではすぐに瓦解してしてしまう。何かいい手は無いものか……そうだ!

 

 

「三玖、アンタそいつらの味方する気?」

 

二乃は総介には口喧嘩では勝てないとみて、三玖にターゲットを絞った。

 

「こいつはハッキリ『撮りに来た』って言ったの。盗撮よ!」

 

(ハッキリ言うのは盗撮じゃねーよ)

 

「忘れ物を『取りに来た』でしょ」

 

「……………」

 

二乃は黙ってしまうが、もちろん策がないわけでは無い。

 

「裁判長〜、三玖はそこのメガネと一緒にいたいがために、被告を庇っていま〜す。完全な個人的感情で〜す」

 

そう暴露された三玖の顔が、ゆでダコのように真っ赤になった。

 

(……そう来たかぁ……)

 

いや、バレてるとは思ってたよ。あれだけ贔屓して、あれだけ2人だけの世界に何度も入ってたら、そら周りにもバレるわ。でもそれ今言うかね……

 

「ち、違……」

 

三玖は否定もできずに(したくないけど)顔から煙を出してしまう。こりゃダメだ。見事に一本とられたが、総介はここで負けるわけにはいかん。と大きく手を挙げ反論する。

 

「異議あり!看守長、今の原告側の発言は本件には全く関係ない発言です!」

 

「裁判長ね。ここは刑務所じゃないし、裁判の後の話だからそれ」

 

「何が関係ないよ?アンタだって三玖と離れたくないからコイツを庇ってるだけなんでしょう?」

 

二乃がニヤニヤしながら総介に聞いてくる。正解だ。大正解だ。彼が風太郎を庇う理由は三つ、

①三玖と一緒にいたい

②三玖に勉強を教えたい

③三玖の成績を改善したい

 

である。ワン、ツー、スリーで三玖、三玖、三玖の三連単である!

なお、二乃は今回①を当てたんで単勝なんですけどね……

 

んなことよりだ。二乃は風太郎を責め立てることから、このカップルモドキ弁護団へとベクトルを動かしてきた。無論それに気づかない総介ではない。こんな事など、想定の範囲内である。

 

「これは上杉の行為に対する裁判だ。俺が三玖にどんな感情を持っていようが、今この状況とは全く関係ねぇじゃねーか。そこまで言うなら、俺と三玖の関係と、上杉の今回の件がどう関係してるのか、それを提示していただきたいもんだね俺ぁ?」

 

「………」

 

総介の返しに、二乃は少し考える。すると、何かぴーんと来たのか、一気に顔が嫌な笑い顔になった。

 

「…………三玖、あんたインターホン出た後、お風呂に入ったわよね?」

 

「…………それが何?」

 

「それ、コイツに言った?」

 

二乃は風太郎を指差す。

 

「言ったけど?」

 

「…………決まりね。謎は全て解けたわ!」

 

 

そう言って二乃が何かを結論づける。明らかに勝算があるような顔だ。すると彼女は、某名探偵の如く、豪快に総介を指差して高らかに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタは三玖の裸を見るために、上杉を使ってお風呂場を盗撮させようとした!つまり、この事件は上杉とそこのメガネの共謀。実行犯は上杉、そしてその首謀者は………浅倉総介、アンタよ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んなわけあるかぁぁぁぁぁ!!!!もうちょいマシな推理しろやぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

こじつけにもほどがある、二乃のアホアホな推理に思わず立ち上がってシャウトする総介。ガバガバだ。アホアホのガバガバ過ぎる風通しマックスの推理だった。まあ落第寸前の成績なんだから、こんなんになるよね。しょうがないよね。ってなるわけない!

 

「おい係長代理補佐!コイツどんな頭してやがんだ!脳みそババロアでも詰まってんじゃねーのか!?」

 

「何ですって!?キモ陰キャのくせに、うっさい声出してんじゃないわよ!」

 

「裁判長ね。ていうか、どこまで行くのそのボケ?」

 

「ば、ババロア!?ババロアが食べれるんですか!?」

 

ババロアという単語に、食いしん坊の五月が反応してしまう。

 

「テメーは黙ってろや万年食い意地女!今は相手してる場合じゃねーんだよコルァ!」

 

「てか、アンタもその写真消しなさいよ!」

 

総介と二乃、2人が五月に対してとんでもない威圧感で恫喝する。

 

「ヒィ!!」

 

当然、怖がりの五月がそれに耐えれるわけもなく、

 

「裁判長〜」

 

一花に泣きついた。一花はそれを豊満な胸で受け止める。もにゅんって感じで。

 

「よ〜しよし。頑張ったね〜」

 

五月の頭を撫でながら彼女をあやす一花。なんだかんだで彼女も長女である。きっちりと姉属性は持っている。

 

「うーん、でも、三玖や浅倉君の言う通りだとしてもこんな体勢になるかな〜?」

 

「…………」

 

2人は改めて画像を見直す。五月の方は何か腑に落ちない部分があるようだ。

 

「一花、やっぱあんた話がわかるわ!コイツは突然私に覆い被さってきたのよ!」

 

二乃は総介との口喧嘩の勢いのままに風太郎を指差しながら畳み掛ける。

 

「滑って転んだってのもあんだろーが?勝手にコイツが故意に覆い被さってきたって決めつけてんじゃねーよ高坂桐乃」

 

「ツンケンしてるくせに本当は兄貴大好きな妹じゃないわ!アンタは黙ってなさいよ!あとあやせ…….じゃねーや三玖に近づくなバカ兄貴!」

 

「影響丸々受けてんじゃねーか!クリソツじゃねーか!!」

 

総介と二乃の言い争い(?)が続く中、風太郎は己が状況をどうにか打破しようと頭の中で考えていた。

 

(や、やばい。否定しないと……このままじゃ家庭教師ができなくなる。信じてくれるだろうか……)

 

不安になりながらも、彼は二乃を押し倒してしまった時の状況を説明しようとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「棚……」

 

「………棚から落ちた本から二乃を守った?」

 

「え?」と風太郎が反応する

 

「は?」続いて二乃。

 

「ら?」と総介。

 

「………マサヒロ?」と三玖。

 

「いや、モノマネ芸人じゃないから。三玖も乗らないで。それで、どう言う事、五月ちゃん?」

 

一花が軽く突っ込むが、あまり気にせずに五月の発言に疑問を投げる、

 

「いえ、2人の周りに、本がいっぱい落ちているんです。それが気になって……」

 

そう言って再度画像を皆に見せる。

 

「………確かに」

 

「散らばってんな」

 

「こ、これは……」

 

三玖、総介、二乃、それぞれが2人が写った周りの本を見て反応を示す。

 

「つまり、何らかの拍子に本棚から落ちてきた本がコイツに直撃しようとしたのを、上杉が身代わりになるために覆い被さったと?」

 

「よく見ればそうとも受け取れますが………違いますか?」

五月が写真から風太郎へと目を移して問いかける。

 

「そ、その通りだ!ありがとな、五月!」

 

風太郎は真実を代わりに明らかにしてくれた五月に礼を言った。その礼を言われた彼女は、ムスッとした表情のままだが……

 

 

 

「………お礼を言われる筋合いはありません。あくまで可能性の一つを提示したまでです」

 

「確かに」

 

「やっぱりフータロー君にそんな度胸はないよねー」

 

「あったらとっくにアンタなんか食われてるかもしんねーな長女さん?」

 

「あはは、それは褒められるてるのかな?」

 

「好きに受け取れ。………うし、真相も判明したことだし、そろそろかえry」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと!」

 

事態が解決したかのように振る舞う一同を見て、二乃がたまらず口を挟む。

 

「何解決した感じ出してんの!?適当なこと言わないで!」

 

「俺ごと上杉犯人に仕立て上げる方がテキトーなんじゃねーの?」

 

「二乃、しつこい」

 

「!!……あんたらねぇ……」

 

鋭い目で三玖と総介を睨む二乃。しかし一花が彼女を諌めた。

 

「まあまあ、みんなそうカッカしないで」

 

「いや、コイツだけなんだけど……」

 

総介が軽くツッコむも、一花は無視。

 

「私たち、昔は仲良し五姉妹だったじゃん。浅倉君も言ってたよね。二乃は私たちが大好きだって」

 

「………っ!!」

 

「…………」

 

「……いや、とはいえ、俺の注意不足が招いた事故だ。悪かったな。浅倉も、戻ってきてもらって、本当にすまない」

 

「全くだぜチクショー。ジャンプ買って家でじっくり読もうと思ってたのによ〜」

 

 

 

 

 

「………昔はって……私は……」

 

そう呟いたあと、二乃は走り出して部屋から出て行った。

 

「………あーあ、今度は部屋から出て行きやがった。ま、これで裁判はお開きってことで」

 

「………おかげで助かったが、いいのか?」

 

「………さーな」

 

「………ほっとけばいいよ。いずれ話はするから……」

 

三玖の言葉を最後に、総介と風太郎は再び帰る準備を始めた。

 

 

 

 

こうして『上杉風太郎痴漢裁判』は、原告側である二乃の逃亡により、風太郎の逆転無罪が確定して閉廷となった。

 

 

 

 

 

しかし、2人はまだ、帰宅の途につくには少し早かったことを、この時は知る由もなかった……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁぶっちゃけ、総介は薄々感じていたんですけどね。

 

(あれ、これでこの話終わらなさそうな気がする……)

 

 

 

気がするじゃなくて、終わらないのである。

 

(……………マジかよ………)

 

 

次回へ続く!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

「四葉、起きて。終わったよ」

 

「……んぁ?……あれ、三玖?……どうしたの?」

 

「裁判、終わったよ。風太郎の無罪で」

 

「ふぁ〜、そうなんだ〜。良かった〜、上杉さんは最低な変態野郎じゃなかったんだね〜」

 

「……何気に四葉も酷いよね……」

 

「ん、何が?」

 

「何でもない。それより、そんなに眠たかったの?」

 

「ん〜、なんだか私は、あの場には居ないような気がした瞬間に、いきなり眠くなったんだよね〜。なんでだろ?」

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




また10000字超えちゃいました。……文字数に応じて、書く時間も長くなっちゃいます。


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.嫌いなヤツって大体自分と似てるヤツ

昼休みに投稿してます。


今回は短くなりました。


風太郎の冤罪が証明されたことで、彼と総介は、部屋を出てエレベーターに乗ろうとしていた。二人は一様に疲れた表情でエレベーターが登ってくるのを待つ。総介の方は比較的マシだが、風太郎の方は事件の当事者であるため、より疲れが濃く見える。加えて、三人の赤点候補のうち2人に勉強を教え、冤罪を晴らすために奔走もしたので、元気でいられるわけもなかった。

すると、風太郎のスマホから着信音が鳴り響く。それを取り出して、画面をしばらく見ると、彼は口元がわずかに微笑んだ。それを見た総介が、思わず呟いてしまう。

 

 

「…………そんな顔すんだな」

 

「え?」

 

どうやら風太郎にも聞こえてたようだ。

 

「いや、いつもワリー目つきしてっからよ、そんな優しい顔すんだなって」

 

「余計なお世話だ。お前だって二乃に死んだ魚の目って言われてるじゃないか」

 

「だから言ったろ?いざという時きらめくって」

 

「いやどんな時だよ」

 

「キレイなねーちゃんのスカートが風でめくれたときさ」

 

「三玖に言おうか?」

 

「やめろ殴んぞテメー」

 

そんな冗談を飛ばしながら、2人はエレベーターへと乗り、一階のエントランスへと下降する。

 

「………なぁ」

 

エレベーターの中で、風太郎が口を開く。

 

「………あいつら、これでいいのかな……」

 

「…………」

 

総介は彼の問いに口を動かさずに聞く。

 

「人の家に過度な干渉するのはよくないってわかってるけど……やっぱ家庭教師やってく上で……どうなんだろうなって……」

 

すると、黙っていた総介が風太郎に顔を向けずに口を開く。

 

「三玖が言ってただろ?『任せてほしい』、『あとで話はする』ってよ。姉妹の彼女にそう言われたら、そうするしかねーよ」

 

「………まあ、そりゃ……」

 

「あの五人には、五人の事情がある。上杉には上杉の、俺には俺の、それぞれ他が入る余地のねーもんがな。今回の五人のがそれだ。三玖がああ言ってたのも、俺達じゃあどうにも出来ねー部分なんだろうよ。思考か本能か、あの子はそれが分かってて、俺達に言ったんだと思うぜ。

まぁ所詮は家庭教師と生徒だ。基本はビジネスライクな関係でいればいいし、相手が懐を俺らに開けてくれれば、挨拶でもして入って行きゃいい。今の俺らには、あの五人だけのVIPルームに入るにゃ、ポイント不足だってことだ。せめて会員証でも作れるぐれぇな関係じゃねーとな」

 

総介の長い話に、風太郎は思わずこう口をこぼしてしまう。

 

「浅倉……お前本当に同級生だよな?」

 

「留年してるって言いてぇのか?喧嘩売ってんのか?じゃあ喧嘩するか?ん?」

 

総介は青筋を立てて、風太郎の前で握り拳を作る。風太郎は慌てて否定する。

 

「そうじゃなくて!その、ドライというか、大人だなぁって……」

 

総介は拳を下ろし、再びドアの方に向き直る。

 

「………俺が大人だったら、あの野郎はオッサンだろうな……」

 

「は?」

 

「何でもねぇよ。クソムカつく連れを思い出してただけだ」

 

総介がどっかの銀髪王子様の話をした直後に、エレベーターは一階に到着。そのままエントランスの出口へと向かい、オートロックの扉を開けて通過した。そしてそこには、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

ドアの横で体育座りをする二乃がいた。

 

「「…………」」

 

「………!!」

 

二乃は開いたドアを見るとすぐさま立ち上がり、中に入ろうとするが、無情にもドアは、彼女が通過する前に閉じてしまった。

 

「…………」

 

入らなかったことにガクッとうなだれてしまう二乃。

 

「チッ………使えないわね」

 

遂には2人に八つ当たりする始末。どうやら彼女は鍵も持たずに出てきたようだ。

 

(それで、中の4人に開けてもらうのもバツが悪いということか………四葉なら開けてくれそうなんだがな、寝てたし……)

 

(変なプライド持ちやがって……まぁどうでもいいが……)

 

風太郎、総介はそれぞれに思いながら二乃を見る。彼女はその視線に気づいたようで、鋭い目をして睨み返す。

 

「何見てんのよ。あんたらの顔なんて見たくもないわ」

 

「………」

 

「あそ」

 

総介だけ短く答えながら、二人は歩き始めた。しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………)

 

風太郎は何を思ったのか、踵を返して二乃の元へ歩き始めた。

 

「………おい、上杉」

 

総介の呼ぶ声にも耳を貸さず、風太郎は二乃から少し離れた隣にドカッとあぐらをかいて座った。

 

「………な、何してんの?」

 

「どうしても解けない問題があってな。解いてから帰らないとスッキリしないんだ」

 

そう言って風太郎はポケットから暗記カードを取り出して 見始める。

 

「……………」

 

その様子を見て総介は眉間に皺を寄せる。

 

「浅倉、先帰っててくれ。俺はこれ見てから帰るから」

 

「………………」

 

風太郎の言葉を聞き、しかめっ面をしたまま、総介は歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エントランスの入り口まで。

 

「………何よ、あんたまで」

 

「……………」

 

総介は何も答えず、二乃の目の前で止まり、鞄かから『週間少年ジャンプ』を取り出して読み始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………俺の顔なんか見たくないっつったよな、お前?」

 

「………ええ、言ったわよ。それが何?」

 

「そりゃ残念だ。俺はテメーみてーな奴が悔しさで泣きそうになってる面を見るのが大好きでね」

 

何より、と言葉をつないで総介はジャンプを少し顔から下ろし、目元を出して二乃を見下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣きっ面を肴に読むジャンプは、格別面白いんだなこれが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………アンタってほんっっと性格悪いわね」

 

「……テメーほどじゃねーよ」

 

「………わかんないわ」

 

二乃は体育座りのまま、総介を睨みつける。

 

「………なんでアンタみたいな奴に、三玖が懐いてるのか………バカみたい……」

 

「…………」

 

「………嫌い」

 

「…………」

 

「嫌いよ。アンタも、上杉も、みんなも……バカばっかりで、嫌い……」

 

「………姉妹のこともか?」

 

ここで、風太郎が口を開いて話に入る。

 

「それは嘘だろ」

 

「……!!嘘じゃない!」

 

顔を上げて否定するが、仄かに二乃の顔が赤くなってきている。

 

「あんたらみたいな得体の知れない男を招き入れるなんてどうかしてるわ………私たちの」

 

「『五人の家に、あいつらの入る余地なんてない』」

 

「!!」

 

「…………」

 

風太郎が、誰かの台詞を復唱するかのようにしゃべる。恐らく二乃が言ったことだろう。

 

「そうお前は言ったよな」

 

「…………」

 

「浅倉が言ってたよな。俺らに暴言吐くのも、姉妹を守るためだって。俺たちのヘイト、まぁつまり恨みを自分へ向けさせるためだって」

 

「………もういい、黙って」

 

「姉妹のことが嫌い。やっぱり逆だろ、どう見ても。俺達を罵るのも、薬を盛るのも、追い出そうとするのも」

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「五人の姉妹が大好きだからなんじゃないのか」

 

 

 

 

 

 

「………っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから異分子の俺たちが気に入らないんだ」

 

 

「…………」

 

「…………」

 

風太郎の話に、二乃と総介は黙ったままだ。しかし二乃は、下を向きつつも顔を真っ赤にさせている。一方の総介はジャンプを顔の近くで読んでいるため、表情が全く窺い知れない。しばらく経ったところで、二乃が口を開いた。

 

 

 

「………何それ」

 

「?」

 

「見当違いも甚だしいわ。

 

人のことわかった気になっちゃって。

 

 

そんなのありえないわ

 

 

 

 

キモ」

 

「………二乃……」

 

 

 

 

 

 

「………何よ……悪い?」

二乃が赤くなった顔を上げて聞いてくる。

 

「いや、わかるぞ、その気持ち。俺も妹がいてな」

 

「そうよ!」

 

風太郎の話を、二乃は何か納得したかのように遮った。

 

「私、悪くないよね」

 

「え?」

 

「バカみたい。なんで私が落ち込まなきゃいけないの?」

 

「………」

 

「やっぱ決めた」

 

 

二乃は立ち上がり、風太郎の方へと体を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、あんたらを認めない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえそれで、あの子たちに嫌われようとも」

 

 

「………うっ」

 

「…………」

 

そう風太郎に宣言すると、二乃は次に総介の方に体を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それからアンタにも言うわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンタに三玖は絶対に渡さない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子がどんなに私を恨もうともね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

どうやら風太郎は、余計なことをしてしまったようだ。二乃に勉強とは別の決意をさせてしまったようだ。それを理解した彼は顔を青くしてしまう。総介は未だジャンプを読みながら顔を隠したまま。と、その時、エントランスのドアが開いた。中から現れたのは………

 

 

 

 

 

「二乃、いつまでそこにいるの?早くおいで」

 

「み、三玖……」

 

「あ、ソースケ!ちょうどよかった。あのね、明日のことなんだけど…………ソースケ?」

 

三玖が待ちかねたのか、上から降りてきて二乃を迎えにきたようだ。彼女は総介をがいると知ると、声を弾ませて話しかけようとしたが、先程と様子の違う彼を見て少し困惑する。

 

「三玖!帰るわよ!」

 

そんな三玖を、二乃は強引に抱えてドアを通過する。

 

「でも、まだ話が……」

 

「いいから」

 

「………」

 

三玖を無理やり連れて行き、最後は舌を出して「べーっ!」という顔をした二乃を最後に、ドアは閉まった。

 

 

「…………」

 

残されたのは、風太郎と総介だけとなった。

 

 

(………はぁ、また厳しくなりそうだな……)

 

ため息をつきながら肩を落とす風太郎。

 

(これだから過度な干渉は嫌なんだ)

 

 

「………すまん浅倉、お前にも迷惑をかけてしまって…………

 

 

 

 

 

 

 

浅倉?」

 

 

名前を呼びかけても、彼は動かない。そういえば、彼は先程三玖が来たというのに、全く反応を示さなかった。いつもなら周りを忘れて2人だけの世界に入るはずなのに……と、風太郎が考えていると、彼は片手で持っていたジャンプを下ろし、顔を露わにする。だが……

 

 

 

 

 

 

 

「………!!!!!!!!!!」

 

 

 

露わになった彼の顔、正しくは目を見て、風太郎は腰を抜かしてしまった。尻を地面へと打ち、手をついて総介を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介の表情は、今までのやる気の無い表情とは比べ物にならないほどに違っていた。目は、まるでゴミクズを見るような絶対零度の視線、能面のような無表情、人のものとは思えないほどの無機質な顔。そしてその視線は、風太郎が心の底から恐怖を覚えるほど、暗く、冷たく、深い闇が漂っていると錯覚するほどに塗り潰された瞳から、真っ直ぐ彼へと向いていた。そしてお面のような顔にある口が、ゆっくりと動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんなので何かできると思ったか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い上がってんじゃねーぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下手くそ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、総介はジャンプを鞄へとしまい、一人帰路へとつきはじめた。風太郎はそれを姿が見えなくなるまで見続けることしかできなかった。

 

 

 

暗くなりつつある空だけが、風太郎をただただ見下ろすだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談。

 

 

 

 

〜放課後、屋上にて〜

 

 

 

 

「すまんな。この前の助っ人の件。ほれ、ゴリバのチョコ詰め合わせだ」

 

「問題ありません。皆いい人でしたし、自分も上手くできたので。チョコ、ありがとうございます」

 

しばらく経ったある日、総介と大門寺家の侍女、渡辺アイナは屋上で話をしていた。先日、二乃の邪魔で四葉の代わりにバスケ部へと助っ人に向かったのは彼女である。

彼女は身体能力も高く、校内では有名人だったため、快く歓迎された。しかもその活躍っぷりに、バスケ部に正式に勧誘されたほどだったが、侍女としての仕事もあるので、バイトがあるからという名目で、あくまで部員の怪我が治るまでと丁寧に断りをいれたのは別の話。

 

「…………そうですか。二乃がそう言って……」

 

「ああ、あの時あの女が邪魔してきたおかげで、みんなバラバラになっちまうところだったが、お前がいてくれたおかげで四葉はなんとかいさせることができた。ありがとな」

 

「いえ、私の方こそ、二乃に向き合ってもらって、ありがとうございます」

 

「………………」

 

「総介さん?」

 

総介は屋上の柵に腕をかけながら、遠くを見つめる。

 

「………アイツ、こう言ってた。『みんな嫌い』だと……」

 

「…………」

 

「………姉妹を守ろうとするあまり、何も見えなくなっちまって、守ろうとしたものすら失いそうになってた」

 

「!………それは」

 

「ああ。あの頃のどっかの誰かにそっくりじゃねーか」

 

総介は空を見上げて、何かを思い出すかのように言葉にしていく。

 

 

 

 

 

 

「大好きなもん守りたくて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

守りたかったもん目の前で失って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全部が嫌になって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周りを全部壊そうとした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで俺を見てるようだったよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アホなことをしていた悪ガキみてーにな」

 

 

 

 

「…………大変失礼かもしれませんが、あの人のことは、どうしようも無いと思います。総介さんも、当時はまだ………」

 

「わーってるよ。それについては一応区切りはつけた。じゃなきゃ今ここでこうしちゃいねーよ」

 

「………二乃は、どうするのでしょうか?」

 

「………同じ轍は踏ませねーさ。もうたくさんだ。失うのも、失うとこを見るのも……」

 

 

「………本当に、よろしくおねがいします」

 

アイナは頭を深く下げた。

 

「………助っ人の件、アイツには内緒にしとくな。アイツとの関係が壊れるのは嫌だろ?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「礼を言うんじゃねーよ。元はと言えば俺が持ち込んだ厄介事だ。そのセリフは俺が言うべきだっての」

 

 

そう話を終えた総介に、アイナは尋ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………総介さん。まだ、戻って来られないのですか?」

 

「………ああ。言ったろ。少なくとも1年は休むって。俺も海斗も、しばらくは戻るつもりはねー。学生生活を謳歌するさ」

 

「………『鬼童(おにわらし)』は、表沙汰では死んだということになっております。やはり、長く姿を見せない影響が、じきに出てくるかと」

 

「………裏の世界に表たぁ滑稽だねぇ。それでも、お前たちがいるだろう。お前とヤツや、あの人達がいれば、大門寺は安泰だからな。頼んだぜ、『戦姫(いくさひめ)』」

 

「………久方ぶりですね。貴方が私をその名で呼ぶのは」

 

「そだっけか?………ま、もうちょい頼むわ」

 

「………わかりました。『父』にもそう伝えておきます」

 

「ああ。………あ、これから三玖と本買いに行く約束してたんだった!やべ。じゃあ先行くわ!」

 

「………わかりました。お気をつけて……」

 

そう言って総介は屋上の出口へと向かって走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………鬼の子、『鬼童(おにわらし)』。

 

 

 

 

 

 

 

貴方は、鬼を失くして人となり、愛を知り、何を果たさんとしているのですか………その先には、一体何が待っているのですか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋の空は、移ろいやすい。すでに空は、紅くなりはじめ、雲もそれに重なるように色を変え始めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

アイナは柵にもたれながら、誰もいなくなった屋上で一人静かに呟くのだった。

 

 

 

 

 




彼らは一体何者なのか………



今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!




次回は花火大会編です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章『好きな女のためならキャッホーしちゃうのが男って生き物』
15.銀魂好きに悪い奴はいない


20000UA、本当にありがとうございます!これからも頑張りますので、よろしくお願いします!

今回から第二章に突入です。



総介をはじめとしたオリキャラ達は一体何者なのか。
その正体は、この章で明らかになります。


 

 

 

 

 

日曜日、サンデー。

 

 

 

 

 

ジャンプでもマガジンでもチャンピオンでもない。サンデーである。あ、週刊誌じゃない方ね。ある中学テニス界の俺様部長はこう言った。

 

 

 

 

 

 

"日曜日(サンデー)じゃねぇの!!!"

 

 

 

 

 

 

 

まぁそれは置いといて、学生にとっての日曜日は、部活か、休みかのどちらかがほとんどである。

浅倉総介の場合は後者で、普段の予定の無い日曜日と同じく、朝は適当にテレビのローカルニュースを見ながら簡単な朝食を作り、 食べながらのんびり見ていた。

 

 

『〜さて、続いては本日開催される東町での花火大会の特集です』

 

アナウンサーの声に耳を傾けて自らが作ったトーストと目玉焼き、ベーコンを口へと運んでいく総介。その時、 彼のスマホが鳴った。メールだ。

 

 

「ん?」

 

 

テーブルに置いてあるそれを手に取り、タップして差出人を確認する。

 

「………♪」

 

今まで無気力そのものだった彼の表情が、一気に喜びを弾ませているような顔になる。内容を見てでは無い。差出人を見ただけで彼は一瞬でハッピーになった。画面に表示された『中野三玖』という名前だけでこれである。どれだけ彼女に惚れてるかが手に取るように分かる。

 

『おはよう。今日東町の花火大会、みんなで見に行くんだけど、もし予定が無かったらソースケも一緒に行かない?』

彼は三玖から送られてきたこの内容に即効で文字を打って返信をする。

 

『おはよう。今日は予定も特に無いから、一緒に行けるなら行きたい』

 

送信ボタンを押して1分も経たずして、返信が返ってくる。そこからはたった数分間のメールの応酬である。

 

『わかった。じゃあ16時にマンションまで来て欲しい』

 

『了解。着いたら連絡するね』

 

『わかった。待ってる』

 

「………♬」

 

何も予定のなかった日に、初恋の人物と花火大会を見に行けることにさらに喜びを弾ませる総介。普段なにを考えているかわからないと言われる彼だが、三玖のこととなるととんでもなく分かり易くなる。と、

 

『〜〜〜♪』

 

先程とは違うメロディーがスマホから流れた。電話だ。スマホを取り相手を確認した総介は、一気に顔をしかめた。画面には彼の幼馴染の名前である『大門寺海斗』と表示されていた。

 

「………」

 

切ってやろうかと思ったが、とりあえず通話ボタンを押してみる。

 

「………何の用だ?」

 

『おはよう、総介。元気かい?』

 

「じゃあな」

 

『待った待った!せめて要件くらい言わせて欲しいな』

 

「じゃあさっさと言え。くだらねー挨拶なんかすんじゃねーよ」

 

『すまないね。じゃあ早速本題だよ。今日、東町の花火大会があるんだけど、それに行く予定はあるかい?』

 

「ああ、たった今行くところが決まったところだ」

 

『………その口ぶりだと、どうやら君のお気に入りの子と行けるようだね?』

 

嫌味ったらしく言ったことが逆に海斗に答えを与えてしまったようで、彼に余裕の返しをされた総介は、怒りマークを二つほど頭に露わにする。

 

「だったら何だ?テメーとは行かねーぞ?切るぞ?」

 

『待って待って。今日は僕も父が参加するパーティに行かなきゃいけないんだ。僕は行く予定はないよ』

 

「行かねーなら何でそんなこと言うんだ?あれか?嫌味か?『庶民はタコ焼き食ってるけど僕らはフォアグラですが何か』か?ブチ殺されるか斬られるか、どっちか選べ。俺が直々に介錯してやらぁ」

 

『どっちも死んでるじゃないか……そうじゃなくて、もし君が花火大会に行くなら、君の耳に入れておきたいことが一つあって、それを伝えるために電話したんだよ』

 

「伝えること?んだよそれ?」

 

『ああ。今日の花火大会なんだけど…………。…………、…………。』

 

海斗が総介に説明を始めると、総介の表情から気だるげな雰囲気が一切消えた。眉間に皺を寄せて、真剣な顔でスマホに耳を傾ける。

 

「…………それ、本当なのか?」

 

『うん、確かだと思う。ルートもこっちに近づいてきているようだしね…………』

 

「………」

 

『君一人なら大丈夫だとは確信してるけど、誰かと行くなら気をつけたほうがいいと思ってね……』

 

「………そうか、わかった。すまねーな」

 

『いいよ。でも一応言っておくよ。気をつけて……』

 

「ああ」

 

『………でも、万が一彼女が』

 

「そんなことはさせねー。絶対にだ」

 

海斗の言葉を、総介はすぐさま断ち切った。

 

『………そうだね』

 

「ああ。………ありがとな。教えてくれて」

 

『構わないさ………健闘を祈るよ』

 

「あいよ、じゃあな」

 

その言葉を最後に、海斗との電話を切った。

 

「…………」

 

総介スマホをテーブルへと置くと、しばらく天井を見上げ、考え事に浸る。何を思っているのか、それは彼しか知らないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

16時になる5分前、総介は五つ子の住んでいるマンション『PENTAGON』までやって来た。彼は一応私服で、ズボンは学生服ではなく紺色のチノパンなのだが、相変わらず上は薄手の黒パーカーである。違うとすれば、中がカッターシャツでは無い事くらいだろう。

オートロックの前まで行き、三玖へと『エントランスまで着いたよ』とメールをする。送信して間も無く、三玖から返信が来た。

 

『ドアを開けるから部屋まで上がってきていいよ』

 

そのメールを見た数秒後に、オートロックが解除されて、ドアがスライドした。

 

(しかしまあ、こうも簡単に男を入れていいのかねぇ、あの子も……)

 

総介はそんなことを考えながらオートロックのドアを通過する。

 

三玖が自分に特別な感情を持ってくれていることは、彼女を見ていれば分かることだ。それは総介にとっては嬉しいことなのだが、こうも簡単に行き過ぎていると逆に不安になる。ドッキリとか…………いや、それは無いかさすがに……

 

(まぁ、現実なんてラブコメの作品とかと違うんだし、こんなもんなんだろうな)

 

ラブコメみたいに全員から好意を寄せられたりしないし、それに全く気づかない鈍感主人公でも無い。そこから繰り広げられる主人公の取り合いや、修羅場なんぞもってのほかだ。現実を生きている以上、恋愛というものはハマればこうも簡単に進んでいくものなのかもしれない。

 

(………普通の恋愛ってのも何だかわかんねーけど)

 

百人いれば百通りの恋愛がある。それのどれが普通なのかは、本人たちしか知らないものなのだろう。今更普通の事は?と考えたとこで、野暮な事である。

 

エレベーターに乗り、最上階へと向かっていく総介。ドアが開き、姉妹のいる部屋の前へと行き、インターホンを押す。しばらくしてドアが開いた。開いたのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい、ソースケ」

 

 

「…………」

 

 

中から出てきた三玖の姿に、総介は言葉を失った。

なぜかというと、彼女の服装がいつもと違ったからだ。

 

首元のヘッドホンはいつも通りなのだが、水色をベースに、白い二本の細い縦縞、全体にまんべんなく青い燕の模様があしらわれた浴衣姿なのだ。

 

「………ど、どうかな?」

 

総介の視線に気づいた三玖が、自信なさげに尋ねてきた。総介に見られるのが恥ずかしいのか、顔がほんのり赤い。

 

 

 

 

 

 

 

「………綺麗だ」

 

「え?」

 

「綺麗だ。本当に、凄く似合ってる」

 

「………そ、そう?」

 

「本当だよ。色も模様も、ていうか浴衣自体が三玖にあっていて、とても素敵だよ」

 

「す、素敵……あうぅ」

 

三玖は総介からの褒め倒しにあってしまい、嬉しさと恥ずかしさで顔全体を真っ赤にしてしまう。

 

(………やべぇ、綺麗過ぎて何も考えなかった)

 

総介の方は完全に口から先に本音が溢れてしまっていた。もっといい褒め方もあったはずなのだが、彼にはありきたりな言葉しか持ち合わせていなかった。しかし、三玖にとってはそのストレートな褒め言葉が、何よりも嬉しかった。ていうか、お前らさっさと付き合えやボケ。

 

「ま、まだ、みんな時間かかるから、上がって待ってて」

 

「あ、ああ。それじゃあ、お邪魔します……」

 

互いに恥ずかしさで顔を赤くしながらも、なんとか持ち直して部屋へと入る。

リビングに入ると、本当に誰もいない。どうやらそれぞれの部屋で浴衣を着ているのか……

 

 

「アイツらは部屋で浴衣着てるの?」

 

「うん、お互いに着付けしあってる」

 

「ほう。着物とは中々めんどくさいものですな」

 

「ふふっ、そうだね。でも、ソースケに褒められるなら、時間かけた甲斐、あった」

 

「…………」

 

三玖の言葉に、総介は再び頬を赤く染めて黙ってしまった。喜んでくれたから良かったが、とんでもなく恥ずかしいことと、自分のボキャブラリーの無さに呆れてしまう。ていうか、三玖も中々に心臓をえぐってくることを言う。

 

「花火っていつから上がるの?」

 

「19時からだって」

 

「じゃあだいぶ時間あるね」

 

「うん、だから屋台で色々食べる予定」

 

「なるほど」

 

三玖と祭りの話をしていると、階段上のドアが開く音がした。

 

「ふぅー、やっと終わったわ。三玖ー、準備でき………ってなんでアンタがいるのよ!?」

 

「あれ、浅倉君じゃん。来てたんだね〜」

 

「ええ!?浅倉さん、いつの間に!?」

 

二乃、一花、四葉が上から降りてきた。それぞれ皆浴衣姿なのだが………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな浴衣を着てるかは割愛させていただく。

 

 

「待たんかいいいい!!!なにこの扱い!!なんであたしたちだけなんも無いのよ!?」

 

「作者がいちいち全員分の浴衣紹介すんのめんどくせーんだとよ」

 

「いやしなさいよ紹介!すれば結構な文字数稼げるはずよ!?」

 

「いやこれ以外にも書くことあるんだっての。どうでもいいことに時間割きたくねーんだよって言ってた」

 

「どうでもいいって何よ!?こんなかわいい姉妹の浴衣姿、特にあたしは需要あるはずよ!!なんせ今は三玖に次いで人気なんだからね!!」

 

「それ、てめーで言うかね………わかった。じゃあこうしよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五つ子の浴衣姿は、原作、又はアニメDVDをお買い上げの上、ご確認ください」

 

 

「いや結局手抜きじゃないの!!!」

 

「なに言ってんだよ。ちゃんと原作とアニメの宣伝してんだろうが。これで売り上げ向上したら、お前ら更に人気上がんぞ?」

 

 

「だとしても、それぞれどんな服装してんのか言わないとわかんないじゃないのよ!」

 

「ったくしょうがねーな。服装を紹介すりゃいいんだろ?じゃあこうだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二乃はフリルのついたピンクの裸エプロン。一花はうさ耳のついたバニーガール姿。

そして四葉は真ん中に『よつば』と書かれたスクール水着の姿で、階段を降りてきた」

 

 

 

 

「大ウソついてんじゃないわよ!!!アンタ何アタシ裸エプロンにしてんのよ!!!ただの変態じゃないの!!!」

 

「メンクイの時点で変態みたいなもんだろ?」

 

「アンタの想像力の方が変態だわ!変態の極み三銃士だわ!!」

 

「………二乃、裸エプロン、俺はいいと思うぞ?」

 

「そこおおおおおお!!?よりによってアタシの名前を初めて呼ぶのそこおおおおお!?もっとシリアスなシーンとかあったでしょうがぁ!!」

 

「………じゃあ、私も裸エプロンに」

 

と、ここで三玖がまさかの参戦。

 

「三玖!?アンタまでボケに行ったら処理しきれないから!!頼むからボケはコイツだけにしてちょうだい!!」

 

「いや、三玖は白無垢姿で頼む。俺もちょいと袴の準備してくるわ」

 

「アンタはなにこのボケにかこつけて三玖と結婚しようとしてんのよ!?てかもう完全にコスプレ大会になってるわよ!!」

 

「………チッ、バレたか」

 

「………ソースケと、結婚……」

 

「私、クロールなら自信あります!!」

 

「流石に私は、そんな露出高い衣装は恥ずかしいかな〜。でも一度はやってみたいよね〜」

 

「………もういくらでもボケなさい……」

 

二乃がツッコミを放棄したところで、話を元に戻そう。ズレすぎたら修正でき無さそうだし……

 

 

 

 

 

 

 

「で、何でアンタここにいんの?今すぐ出てってくれない?今日はアタシたち予定あるの」

 

「私が呼んだ。ソースケも一緒に花火見に行こうって」

 

「はぁ!!何勝手なことやってんのアンタ!?」

 

三玖が総介を呼んだことに驚きを隠せない二乃。それに反論する三玖。

 

「別に一人増えてもいいでしょう?」

 

「いい訳ないわよ!?毎年五人で見る花火なのよ!それを、なんで今年はこんな奴入れてまで見なきゃいけないのよ!?」

 

「まぁまぁ、別にいいじゃん、人数多いと面白いし、一緒に行こうよ

 

「私も、浅倉さんと一緒に花火見に行きたいです!」

 

「あ、アンタらねぇ……」

 

一花と四葉も問題無いようだ。とここで、総介が気づく。

 

「………あれ、そういや、肉まん娘がいねーな」

 

「………五月は、フータローの家」

 

独り言のつもりで言ったが、三玖には聞こえていたようだ。

 

「上杉?あいつも誘ってんのか?」

 

「違う。五月は、フータローにお給料を渡しに行ってる」

 

「………ああ、なるほどね」

 

そういやアイツ、金もらって家庭教師やってんだったなと、今更ながら総介は思い出していた。ここで、一花が口を開く。

 

「それじゃあ、みんな準備できたみたいだから、行こうか」

 

「………肉まん娘はどうするよ?」

 

「五月ちゃんは後で合流することになってるからね〜」

 

「あっそ」

 

「浅倉さん!私、射的すごく得意なんですよ!勝負しませんか!?」

 

「ああいいぞ。とりあえずてめーの脳天ブチ抜けば100点な」

 

「こ、怖いですぅ!!」

 

そう言い合いながら、先に一花、四葉、総介が玄関へと向かっていった。

 

「………ぐぬぬぬ」

 

そんな姉妹と完全に打ち解けた総介を見て、悔しさをにじませる二乃。

 

「二乃、諦めも肝心。ソースケは何か悪さをする人じゃない」

 

三玖がそんな彼女を見て一言物申す。

 

「………何で」

 

「?」

 

「何でアンタはアイツを信じれるのよ……」

 

「………」

 

何で?そういえば、何でなんだろう?

優しいから?でも、たまに叱る時もある。少し怖い。

じゃあ頼りになるから?でも、それは家庭教師のことだけ。他のことは全く知らない。

かっこいいから?でも、普段の彼は、やる気なさげな暗い人って言う印象。じゃあどうして彼を信じれるのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………好きだから?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

「ちょっと?三玖?三玖ー!?」

 

「………はっ!な、何?」

 

「何?じゃないでしょ!顔真っ赤じゃないの!」

 

「………ここ暑い」

 

「冷房きいてるわよ!惚れたんか!?アイツに惚れたんか!?」

 

「早とちりは良くない」

 

「どー見てもそーとしか見えないわ!」

 

「ちゃうちゃう。ほんまに、ほんまに」

 

「なぜに関西弁!?」

 

「さ、花火見に行こー」

 

「あ、ちょっ、待ちなさいよー!!」

 

結局、三玖から肝心なことは何も聞けずじまいだった二乃も、慌てて玄関へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花火大会へと向かう途中、総介は一花と四葉と話をしていた。彼とて何も三玖とばっかり話をしているわけではない。友好的な四葉や、話題を振ってくる一花ともそれなりに話はする。

 

 

「そう言えば、浅倉君は何かテレビとか見たりしないの?」

 

「見ててもほとんど流してるな」

 

「ドラマとか見ないの?」

 

「あんまりだな。ニュースとかをずっと流して聞いてる」

 

「………へえ、そうなんだ」

 

一花が何かを含んだかのような返事をする。何だ今の間?と思ったが、間髪入れずに次は四葉が話しかけてきた。

 

「アニメとかは見てないんですか?」

 

「銀魂の放送は全部見てる」

 

「銀魂ですかー!あれ面白いですよねー!」

 

「お、まさかあれを見てる女子高生がいるとは、わかってんじゃねーか」

 

四葉、まさかの銀魂を見ているということが判明する。それに反応しない総介ではない。

 

「私は神楽ちゃんが好きなんですよー!可愛くて、強いところとか、凄く憧れます!」

 

「なるほど、神楽に憧れたから、アイツみたいに頭がバカになっちまったんだな」

 

「ヒドイですっ!!」

 

涙目でツッコむ四葉。

 

「それにしても四葉、今度神楽のコスプレでもしたらどうだ?地味にそっくりだぞお前?」

 

「そ、そうですかね?……えへへ」

 

四葉が頭に手を置いて照れ笑いするが

 

「ああそっくりそっくり。バカさ加減がまるで瓜二つだわ」

 

「やっぱりヒドイです!!!」

 

総介の一刀両断により再び涙目でツッコミを入れる。すると、一花が何かを見つけたように前方を指差した。

 

「あれ、五月ちゃんじゃない?フータロー君もいるよ」

 

「あ、ホントだ!おーい、五月ー!上杉さーん!」

 

二人を呼んだ四葉だったが、それに反応したのは、五月でも風太郎でもなかった。その後方にいた小さな少女が振り向いて、こちらを指差した。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん。五月さんが四人と、変な人がいる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(変な人って俺?)

 

総介、地味にショックを受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

風太郎が振り向くと、そこには四人の浴衣姿をした残りの五つ子の姉妹と、何故か自分が家庭教師の助っ人を頼んだ人物が一緒にいた。

 

 

 

 

 

 

 

「お、お前ら!?浅倉まで……何で……」

 

 

そう言い合いながら状況を把握出来ていない風太郎を尻目に、総介は少女と風太郎を交互に見たあと、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上杉…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なに女子小学生誘拐してんだよ?犯罪だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

んな訳あるかぁぁぁああああ!!!!

 

 

 

 

 

 

風太郎のシャウトが辺り一面に響いた。

 

 

 

「集まったし、早くお祭り行こうよ」

 

それに対してマイペースな三玖

 

「デート中にごめんねー」

 

何を勘違いしてるのか、それともからかっているのか一花。

 

「五月!なんでそいつといるのよ!」

 

二人に噛み付く二乃。

 

「………ところで、このお嬢さんは誰なんだ?」

 

と、総介はオーバーオールを着て、頭頂部の髪を小さなリボンで縛った少女を見ながら聞く。と、彼女の方から口を開いた。

 

 

「はじめまして!私は上杉らいはです!お兄ちゃんの妹をしています!」

 

そう元気よく自己紹介すると、少女、らいははお兄ちゃんこと風太郎に抱きついた。風太郎も彼女の頭を撫でる。

 

「妹………………妹?」

 

総介が信じられないような目で、二人を見る。

 

「え、この子が?コレの?妹…………え、コレが兄で、この可愛い子が妹?……え、コレ?コレ兄貴?………え?コレ?」

 

 

「コレコレコレコレうるせぇぇぇぇ!!!!」

 

 

再びシャウトする風太郎。しかし、総介は未だ信じられないようで、

 

 

「イヤイヤイヤイヤ、無い無い!こんな可愛い子の兄貴が、こんな目つき悪いガリ勉野郎なはずない。アレだよ。あったとしても遺伝子の誤作動だよ。なんか悪い感じにDNAの配置が間違って生まれちまったのがコレで、正常に機能して生まれたのがこの子だよ!うん、そうだ!そうに違いない!コレは完全な失敗作だよ!」

 

 

「なんでこんなにボロクソ言われなきゃいけないんですかね、俺?泣いていい?泣いていい?」

 

風太郎は泣きそうになりながらも静かにツッコむ。

 

「あははは、面白い人〜!」

 

一方、らいはには総介の印象は悪くないようだ。

 

「………もう泣くわ」

 

そんな風太郎を無視して、四葉がらいはの前にかがむ。

 

「わー、上杉さんの妹ちゃんですか?これから一緒にお祭りに行きましょう!」

 

「あっ!」

 

四葉がらいはも一緒にと誘う。どうやら子供好きなようだ。

 

「でもお前ら、宿題は……」

 

「………ダメ?」

 

風太郎が余計なことを言うが、らいはが振り向き、涙目で兄に訴える。

 

「もちろんいいさ」

 

妹に勝る兄はなし。今ここに新たな格言が誕生したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな時まで勉強のことかよ。空気読め、コレ」

 

 

 

 

 

「だからコレじゃねぇぇぇえええ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から、完全なオリジナル展開となります。そのため、一花の話はほとんど飛ばす予定ですので、悪しからず。




今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.集団でイキる奴ほどサシでは弱い

自分のボキャブラリーの少なさに悶え苦しむ今日この頃……




今回汚い言葉のオンパレードです。ご注意下さい。


 

 

(俺たち、花火見に来たんだよな………)

 

と言う総介のモノローグから今回の話は始まる。彼が何故かのようなことを考えたのかといえば……

 

 

 

「もう花火大会始まっちゃうわよ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで私たち家で宿題してんのよ!!!!」

 

 

 

 

 

 

「週末なのに宿題終わらせてないからだ!片付けるまで絶対祭りには行かせねー!」

 

 

 

そう、宿題である。

あの後、姉妹は全員風太郎に家まで連れ戻されて宿題をさせられていた。先日二人が作成した家庭教師用の宿題ではなく、『学校の宿題』である。この姉妹、学校の宿題を日曜日の夕方までやっていなかったのである。総介?朝に三玖とメールしてから宿題だけは終わらせていたので問題はない。なので……

 

 

「ここはこういう覚え方はどう?」

 

「………いまいち分かりにくいかも……」

 

「そうか、じゃあ………こんなのは?」

 

「………これ、すごく分かりやすい」

 

「そりゃよかった。じゃあここの3つの問題も同じやり方で出来るから、やってみて」

 

「うん!ありがとう……」

 

五人には難易度が高い分、こうしてイチャイチャ………もとい、勉強を教えることができるのだ。総介はとりあえず三玖の横について宿題のサポートをしていた。そのおかげで、三玖は一番早く宿題を終えることができた。

 

「………終わった」

 

「早っ!!三玖!ずるいわよ!そいつ貸しなさいよ!」

 

「浅倉さぁあん!この問題がわかりませぇん!」

 

二乃が総介を要求し、四葉が泣きつくそれを総介は……

 

「上杉、チェンジで」

 

「俺かよ!?」

 

風太郎へ丸投げした。こういう時は変わり身を使うに限る。

 

「あんたでもいいから、さっさと教えなさいよ!ていうか、答え書いて!」

 

「それお前俺に宿題やらせたいだけじゃねーか!」

 

「上杉さぁあん!助けてぇ!」

 

「うわ、四葉!抱きつくな!今教えてやっから!」

 

風太郎の方がしっちゃかめっちゃかになっている時、総介は比較的大人しい一花の宿題を見ていた。

 

「だからここの部分はこうだっつーの。この文法はここでは使わねーの」

 

「うわ、ホントだ。すごいね、浅倉君。天才?」

 

「高1の初歩の英語だ。そんぐらいで天才なら世の中天才まみれだ」

 

「う、辛辣だね……でもありがとう。おかげで助かったよ。お礼にお姉さんがイイコトしてあげようか?」

 

「あ゛?」

 

宿題の最中だというのにからかってくる一花を、総介はたった一文字で黙らせる。

 

「じ、冗談だって。でも、私を早く終わらせたら、すごく君にとって嬉しいお礼しちゃうよ?」

 

「………なんだそれは?」

 

と、一応聞いてみる総介。

 

「それは終わらせてからのお楽しみ♪でも、間違いなく君が喜ぶやつだよ?」

 

「………チッ……とっととペン進めろ……」

 

「了解♪」

 

どんな礼であれ、これを終わらせなければ祭りには行けないのだ。不本意だが、一花の案に乗って、彼女を優先的に教えて三玖の次に宿題を終わらせた。

 

「終わった〜!ありがとね、浅倉君、それじゃ、お礼の準備してくるから、ちょっと待っててね♪」

 

「どこにでも行きやがれ」

 

冷たく突っぱねる総介。それほど期待もしていないので、当然である。

 

「ぶー、絶対驚かせてやるからね!」

 

喜ばすんじゃないのかよ……と思いながらも、総介は次の姉妹へと行こうとしたところで、風太郎の方を見る。

 

「おめ、バカ!何でweをWiiって書いてんだ!?」

 

「えへへ……Wii久しぶりにやりたいなぁって……」

 

「あ、あたしもやりたい!………あ、答えこれなのね!いただき!」

 

「あっ!私のプリント!返してください!」

 

「………いいじゃん五月〜。ちょっと写させてよ〜?」

 

「ちゃんと自分で解きやがれーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、入るのはやめよう。全員言うこと聞かなさそうだし、じきに終わるだろ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「「おわったーー!!!」」

 

「はぁ、やっと終わりました……」

 

「みんなお疲れさまー!」

 

 

アホ三人がようやく宿題を終え、祭りへと向かう。五月も浴衣に着替え終え、らいはが皆を労う中、風太郎の方は体力が尽きてしまったのか、どよーんとした雰囲気をしている。どんだけ体力ねーんだよ、と、総介は彼をで見ながら思っていた。

 

 

 

「でも、一花と三玖はまだなの?」

 

「すぐに追いつくって言ってましたけど……」

 

今この場において、一花と三玖だけがいなかった。一花は総介にお礼をすると行ったきり、姿を消してしまった。マンションを出る際も、すぐに追いつくから先に言ってて、と言って同行しなかったのだ。

 

「トイレじゃないかな?」

 

「アンタじゃあるまいし、それに三玖もいないのよ?一体何してるのかしら?」

 

「さあ……あ、来ましたよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんごめん、お待たせ〜!」

 

ようやく追いついた一花と、彼女に手を引かれて一緒に来た三玖。追いついて早々、一花は総介の側まで走り、声を掛けた。

 

「はい、浅倉君、私からのお礼だよ?どうかな?」

 

「はい、て……三玖を渡されても…………っっ!!!!!」

 

一花が手を引いて連れてきた三玖を、総介の前に立たせた。

三玖を前に出されてお礼と言われても、それはそれで嬉しいが、というなかなか複雑な気持ちになった総介だったが、彼女を見た瞬間、そんな気持ちは瞬時に吹き飛んでしまった。

 

 

正確には、彼女の首から上を見て、なのだが……

 

まず、彼女の外見の中で一番の特徴である青いヘッドホンが無かった。そして肩ほどまで伸びていたセミロングの髪は、後頭部に集められて小さなリボンで結われていた。つまり、今の三玖は、首元丸出しである。そこにある白い首元は、普段地味目な彼女に艶かしさを与えながらも、上品な気質を失わせない絶妙な外見が完成していた。まあ難しい言葉ばかり並べても分からないので、四文字で表すとこうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大和撫子』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

そんな彼女を見て、総介は完全に言葉を失った。と同時に、三玖から目一切を離せなくなってしまった。

 

「………あまり、見ないで……恥ずかしい……」

 

三玖が手を上げて首元を隠すが、その仕草さえ総介には、彼女の美しさを際立たせるものにしか写らなかった。というか、浴衣姿だけでも見惚れてしまってた総介。この瞬間彼には『中野三玖』という存在そのものが、この世界で一番美しいものであるということを本気で思っていたのだから仕方がない。なので、彼の口は彼女の魔力にあてられたかのように、自然と動いていた。

 

 

「………綺麗だ」

 

「………え?」

 

「綺麗で、美しくて、素敵で………何だコレ……俺今勝手に……」

 

完全に無意識で言ってしまってたようで、自覚した直後に、総介は顔を真っ赤にする。顔は逸らそうにも、三玖から目を離せず、正面を見たま片手で隠す。

 

「う、美しい………うぅ……」

 

当然、三玖もそんな褒められ方をされてしまえば、同じく顔を赤くしてしまうわけで……ていうか、彼女の方は顔から煙が上がるほどに重症だった。

 

「ありゃりゃ、効果ありすぎたかなこれ?」

 

そんな二人を見て、一花はあっけらかんとしながら言葉を放つ。

 

「アンタそれで時間かかってたの?」

 

「うん、まあね……」

 

「ふぇ〜、三玖顔真っ赤〜」

 

「あの、早く行きませんか?アメリカンドッグ食べたいんですが……」

 

と、食い意地が張った五月の言葉で、「そうだね」「行こう!」と、ようやく動き出した一同。総介もそれに合わせて、祭りの中へと向かうことを決めた。

 

 

「………行こうか?」

 

「………うん」

 

二人は未だ顔が赤いままだが、自然と肩が触れるほどまで近づいて並んで歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………人多いな」

 

「うん、すごいね」

 

一同は人混みの中で揉みくちゃにされながらも、なんとか固まって移動をしていた。

 

「そういえば、花火はどこから見るんだ?」

 

「二乃がお店の屋上を借り切ってるからついていけば大丈夫」

 

「なるほどね」

 

総介は幼馴染みに超絶金持ち銀髪イケメン野郎がいるからか、それほど驚きはしなかった。

 

「お兄ちゃん、みてみて!四葉さんがとってくれたの!」

 

と、らいははいっぱいに入った金魚たちの袋をいくつか風太郎に見せている。

 

「もう少し加減は出来なかったのか……」

 

 

全くだ……あと先考えずに取りすぎだよあの数は……

 

「あはは……らいはちゃんを見てると不思議とプレゼントしたくなっちゃいます」

 

いや気持ちは分からなくも無いが……

 

「これも買ってもらったんだ」

 

 

と言ってたらいはは手持ち用の花火を見せた。

 

「それ今日一番いらないやつ!」

 

打ち上げ花火を見に来たのに手持ち用花火とはこれいかに……

 

「だって待ちきれなかったんだもーん」

 

「いつやるんだよ……四葉のお姉さんにちゃんとお礼言ったか?」

 

風太郎がそう言うと、らいはは四葉の元まで行き抱きついた。

 

「四葉さん、ありがとう!大好き!」

 

そのらいはの言動に四葉は、完全に心を奪われたようで、らいはを抱きしめ返してほっぺたを擦り付ける。

 

「あーん、らいはちゃん可愛すぎます!私の妹にしたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

待ってくださいよ、私が上杉さんと結婚すれば、合法的に義妹(いもうと)にできるのでは……」

 

 

 

おいなんかとんでもないこと考えてんぞコイツ!

 

「自分で何言ってるか分かってる……」

 

後ろで見ていた風太郎と二乃も呆れているようだ。本当に四葉という女は、神楽ばりのおバカさんのようだ。

 

 

「………何やってんだか」

 

「本当だね」

 

「俺らだけでも、先に行く?」

 

「うん、そうしようか」

 

「待ちなさい!」

 

総介と三玖が先を急ごうとすると、二乃が2人を止めた。そして一同は一旦二乃の元へ集合する。

 

「んだよ?」

 

「せっかくお祭りに来たのに、『アレ』も買わずに行くわけ?」

 

「アレ?」

 

と、風太郎が尋ねる。すると、姉妹全員が二乃に同調した。

 

 

「そういえばアレ買ってない……」

 

「あ、もしかしてアレの話してる?」

 

「アレやってる屋台ありましたっけ?」

 

「早くアレ食べたいなー!」

 

「アレ?……もしかしてアレ食べるのか?」

 

「なんで浅倉まで同調してんだ………てかアレって何だよ?」

 

そう聞いてきた風太郎を合図に、二乃が声を上げた。

 

 

 

「せーの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人形焼き」

「かき氷」

「リンゴ飴」

「焼きそば」

「チョコバナナ」

「カツ丼土方スペシャル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員バラバラじゃねーか!!!ってか誰だ今カツ丼土方スペシャルって言ったやつ!?」

 

「俺だけど?」

 

「お前かよ!!!何なんだよカツ丼土方スペシャルって!?」

 

「カツ丼にこれ見よがしにマヨネーズをぶちまけた通称『イヌのエサ』と呼ばれる真選組鬼の副長『土方十四郎』至極の一品だ」

 

「そんなもんもう料理じゃねーよ!ってかイヌのエサって呼んでる時点で既に食いもんでもねーよ!」

 

「よし、全部買いに行こーっ!」

 

「お前らが本当に五つ子か疑わしくなってきたぞ!ってかカツ丼土方スペシャルは買わねぇからな!ってか存在するのかカツ丼土方スペシャル!?」

 

 

 

 

そんなこんなで、まあイヌのエサはいいとして、一同はそれぞれの欲しいものを買いに行って人混みを歩いていた。その中でも二乃は誰よりも先に先頭を歩いていた。

 

 

「あんたたち遅い!!」

 

騒がしい中、二乃の声が辺りに響く。

 

「………あいつ、やたらと今日テンション高いなぁ……祭りだからか?」

 

総介の疑問に、隣にいた三玖が答えた。

 

「………花火はお母さんとの思い出なんだ」

 

「え?」

 

「お母さんが花火が好きだったから、毎年揃って見に行ってた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さんがいなくなってからも、毎年揃って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちにとって花火って

 

 

 

そういうもの」

 

 

 

 

 

 

 

「…………そうか」

 

話を聞く限り、この姉妹の母親はもう既に亡くなられているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介の母と同じように(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

「………ソースケ?」

 

 

「いや、何でもない。だったら、今年もみんなで揃って見ないとね……」

 

「………うん!」

 

 

 

三玖が総介の言葉に笑顔で頷く。そんな彼女を見てドキッとしてしまうが、直後にそんなことは考えられない事態が発生してしまった。

 

 

 

『大変長らくお待たせいたしました!まもなく開始いたします!』

 

 

どこからかのスピーカーから聞こえてきたアナウンスに人混みが一斉に動き始める。

 

 

「え、どこどこ?」

 

「もう始まってんの!」

 

「どっちだっけ?」

 

ガヤガヤと皆が騒ぎ始め、それぞれがバラバラな方向へと動こうとする。

 

 

(………まずい!)

 

 

「三玖!」

 

総介はこの場で全員がはぐれる可能性を感じ、すかさず三玖の手を握って引き寄せた。

 

「ひゃっ、そ、ソースケ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺から絶対離れないで、いいね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………う、うん」

 

総介が耳元でいう言葉に、三玖は顔を赤くさせながら答える。総介爆発しろ。

そして三玖も彼のパーカーの裾を掴んで離れないようにする。

 

 

「………くそ」

 

総介はこの状況が悪い方向に向かっていることを懸念していた。

 

 

(海斗が言ってたことが正しかったら、バラバラになるのは避けたかったんだが………上杉の方に集まってくれればいいが……)

 

昼に海斗と話をしたことを思い出しつつ、三玖を人混みから守りながら抜け出す。その先には、上杉兄妹と姉妹の姿が1人も見当たらなかった。

 

 

「………抜け出せたはいいが……」

 

「………はぐれちゃったね………」

 

完全に総介と三玖ははぐれてしまった。皆が固まっていればいいが……

 

「………すまない。もっと早くに集まってれば」

 

「ううん、あの時は身動きも出来なかったし、仕方ないよ……っ」

 

三玖が言い終えると、顔を歪ませる。それに総介はすぐに気づいた。

 

「どうしたの?」

 

「………足が……」

 

「足?」

 

三玖の左足の甲を見ると、赤く腫れ上がっていた。

 

「踏まれちゃって……」

 

「歩ける?」

 

「………ちょっと痛むかも……」

 

三玖の顔を見るに、どうやら引きずるほどの痛みのようだ。

総介はそれを知ると、しゃがんで彼女に背中を向けた。

 

「………三玖、背中乗って」

 

「え?」

 

三玖が言われるがままに総介の背中に乗ると、彼は一気に立ち上がった。

 

「え?……え?」

 

何が起きたか、要はおんぶですはい。

 

 

 

 

 

『おんぶ』です!

 

 

 

 

「三玖、誰か見える?」

 

「………み、見えない」

 

突然の総介の行動に驚きながらも、周りを見渡して誰も見えないことを伝える。

 

 

「………そう……」

 

「……ど、どうするの?」

 

「とりあえず、足の手当てをしよう。少し離れるけど」

 

そう言って総介は三玖を背負ったまま歩き出した。

 

「そ、ソースケ、重いよ?」

 

「むしろ軽すぎる程だよ。もうちょっと食べないと、痩せてくよ?」

 

「…………」

 

総介の言葉に、顔を赤くしながらも、彼の気遣いに嬉しさで顔を綻ばせる三玖。

 

「………ありがとう」

三玖か礼を言った瞬間、辺り一面が一気に明るくなった。2人が、周りを照らしたものを見上げる。

 

「………花火」

 

「………上がっちまったか……急ごう、まだ時間はある」

 

「………うん」

 

次々と夜空に花火が上がっていく中、総介は三玖の足を手当てすべく人混みから離れて人通りの少ないところまで彼女を背負って歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを見る者たちがいることに気付かずに………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、アレ見ろよ」

 

「………イイネェ、アレにするか」

 

「なかなか上玉じゃねぇかオイ」

 

「へへへへ、楽しみだぜェ」

 

「男はどうする?」

 

「金取ってから見せつけながらヤっちまおうぜ?」

 

「ギャハハ、趣味悪いなオイ!」

 

「行くぞ、今夜はゴチソウだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

総介は人通りのの少ない場所まで行き、歩道橋の階段に三玖を座らせて三玖の足の手当てを終えたところだった。

 

 

「………これで、とりあえずは大丈夫かな。どう。痛む?」

 

「うん、少し……でも、さっきほど痛くない……」

 

「そうか。でも無理に走ったりしない方がいいね」

 

「………ありがとう、ソースケ」

 

「どういたしまして」

 

みんなとははぐれてしまったが、総介と三玖は、二人きりの時間が出来たことにどこか嬉しさを感じていた。もちろん、みんなで花火を見ることが何よりの最優先であるのだが、こうして好きな人と二人きりになると、どうもこちらの喜びが出てきてしまう。

 

「………ソースケ」

 

「………どうしたの?」

 

「花火、まだ終わらないよね?」

 

三玖が心配そうな顔で総介を見つめる。

 

「あと40分くらいだね。それまでには、みんな揃わないといけないから……三玖、誰か連絡出来るかな?」

 

「うん、ちょっと待ってね?」

 

そう言って三玖は、スマホを取り出す。

 

「………そういえば、アイツが言ってた店に行けばいいんじゃ……」

 

「………あそこは二乃しか知らないの……」

 

「マジか……じゃあアイツに先にかけた方がいいかも………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!!!!!!」

 

「うん、そうだね…………ソースケ?」

 

三玖が二乃に電話をしようとしたその時、総介は背後から気配を感じていた。

 

 

それは一人や二人ではない。5人、8人、10人……それほどまでの人数が、こちらに向かってくる足音。そしてそれらは、決してここに用があって来たわけではない、とんでもなく粘っこくて、気持ち悪い、厭らしさでまみれた纏わり付いたら離さないような、そんな気配。彼はそれを知っている。何度もそれに晒されて、何度もそれの前に立って来た。

 

 

 

(………こんなところでかよ……)

 

 

徐々に足音が近づいてきた。そして、

 

 

 

 

 

 

「ウヒョー、近くで見るとスゲー美人、こりゃたまんねーなぁ」

 

「ああ、やべぇ、ひっぺがしてぇ!早くシテェなぁ!」

 

「バッカオメー、発情してんじゃねーよ!なー彼女!オレ達と遊ばない?近くに誰も来ないイイトコ知ってんだよねーオレら」

 

「ギャハハハ!それお前がヤリてぇだけじゃねーかよ!全員平等に一回ずつマワす約束だろー!」

 

「つーわけで彼氏クン、この子オレらにくんない?今なら金と女置いて行ったら見逃してやらなくもねーぜ!」

 

「あぁそーだぜ?ボッコボコにされたくなかったらその女置いてった方が身のためだよぉ?それとも、彼氏クンも一緒にやるぅ?」

 

「あーいいねぇ!一夏の思い出ってやつかなぁ!まあもう10月だけどな?」

 

「ギャハハハ、うまくねーよバーカ!」

 

総介が振り向くと、そこには10人ほどの男の群れがこちらを向いていた。ただの男どもではない。全員が不良のような格好をし、髪を茶髪や金髪に染め、顔にはいたるところにピアスを開けている輩もいる。そしてそいつら全員の視線が、三玖へと向けられていた。まるで獲物を見つけたハイエナのような表情で。

 

 

「そ、ソースケ……」

 

三玖はあまりの恐怖に、思わず総介の背中に隠れて縋り付く。顔を隠して見たくないと言わんばかりに、彼女は目を瞑って総介に後ろからくっついた。

 

 

(…………なるほど、海斗が言ってたのはコイツらで違ぇねぇな)

 

 

 

 

昼、海斗から来た電話の内容を思い返して、それが合致したことで総介は納得した。

 

 

 

 

 

 

ここ数ヶ月、近くで開催される大きな祭りや花火大会に現れては、恐喝や暴行、強盗や強姦を繰り返している不良集団がいる。そいつらは大人しそうな女性や男をターゲットにし、人通りの少ない場所に行くのを見計らっては襲いかかり、男性には集団リンチで怪我を負わせて金品を強奪、女性は人のいない茂みや、時には車の中に連れ込んで集団で暴行して辱め、それらの写真や動画を撮影して脅すと言った、卑劣極まりない悪党どもがいると。連中は警察の目を盗み、巧みに逃げては行方をくらましていると……

 

そして次に来るのが、この花火大会の可能性が高いということ。それらを総介は、海斗から聞いていた。

そして今日、狙われたのが自分と三玖であることも、総介は気配を感じた瞬間に察した。

今の場所なら人も全くいないし、花火とは逆方向の場所だ。大会が終わるまでは、そう人は通らないだろう。

 

 

(…………完全な俺のミスだ……)

 

 

総介は自分が三玖を危険に晒してしまったことを痛感する。しかし、そんな事を考えている場合ではない。一刻も早く三玖の安全を確保しなければならないのだ。その方法はただ一つだけ………

 

 

「オイ、聞いてんのかよオタク野郎!?テメーにこんな女はもったいねーんだよ!さっさと金おいてどっかいけ!」

 

「何?お前俺らにボコボコにされたいの?ドM?まじかぁ!じゃあ俺らも、お前に協力しちゃおっかなぁ?」

 

「ギャハハ!どうせ助け求めてもボコボコにすっけどなぁ!んでよ、この女俺らが美味しくいただいてるとこ見せてやんよ!いいだろぉ!?」

 

「お、やーさしー!よかったな、オタククン。彼女の裸見れるぜ?まあ触っていいのは俺らだけどな!」

 

「ホラ、とっとと消えな!今だけ特別サービスで見逃してやるからヨォ!!」

 

見せてやるとか消えろとか、矛盾ばかりな事をほざきながら、悪党どもは勝ち誇ったかのように、全員で笑う。その笑い声を聞いて、三玖が服にしがみつく手の握りを強める。総介はすぐに気づいた。彼女の手は震えている。この後のことを考えて、恐怖している。

 

 

 

 

それを感じた瞬間、総介の中で、とてつもない怒りが湧いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰だ、この子を怖がらせた奴は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰だ、この子に手を出そうとしてる奴は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰だ、この子を泣かせようとしてる奴は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………てんだ」

 

 

 

 

 

「ギャハハハハハ………あぁ?んだって?」

 

 

 

 

「テメェらが消えろっつってんだ、クソ豚ども」

 

「ぁあ?んだとテメー!!!?」

 

 

悪党どもが凄んで威嚇してくるが、総介にそんな虚仮威しなど、全く効かない。

 

 

 

「揃いも揃ってブヒブヒ泣きやがって、発情ブタどもが。てめーらのエサはここにはねーんだよ。とっとと豚小屋に戻りやがれ」

 

総介がブタどもをひと睨みして警告する。しかし、集団で一人を相手にしている故か、悪党どもは自分たちの有利を信じて疑わない。

 

 

「テメー、誰に口聞いてんだコラ?ぶち殺すぞ?」

 

「ブタにきく口なんかあるか。とっとと消えろブタピアス」

 

「んだとコラァァ!!!」

 

 

顔中にピアスをした男が、ブチ切れて総介の顔面目掛けて殴りかかってきた。しかし、総介はそれを顔を瞬時に横にずらして避けて、上半身を屈ませて、ピアス男の懐に入り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………死ね」

 

 

 

 

 

 

「なっ!?……ぎゃふぁっ!!」

 

 

 

 

ピアス男のあごに向かって強烈なアッパーカットをかました。

ピアス男は宙を舞い、地面に落下して気を失う。そして総介は、ブタどもが唖然とする中、三玖の方を振り向き、彼女を抱きかかえて走り出した。

 

 

 

「三玖!逃げるよ!」

 

 

「え?きゃっ!」

 

右手で三玖の肩に手を回し、左手で足を抱えて走り出す。所謂お姫様抱っこである。

 

 

 

「ま、待ちやがれぇぇ!!!!」

 

 

「誰が待つかブァーーーーカァ!!バトルパートに入るとでも思ったかカスどもぉ!!ジャンプの見過ぎだおめぇら!出直して来いや!!アーハッハッハッハッハ!!!!」

 

 

世にもゲスい笑い顔をしながら逃げる総介。これではどっちが悪党なんだかわからない。彼は花火の方向へと向かって走り出した。

 

 

 

 

そこからしばらくは、総介とブタどものチェイスが行われた。ブタどもはメンツを汚された恨みで、彼をどこまでも追いかけた。

しかし、総介は祭りの人混みの中へと入り込み、ブタどもの追跡を巧みに躱していく。

途中で見つかったとしても、そもそもの彼の脚力に誰も追いつけなかった。ひと一人抱えているというのに、総介は全く苦にせずに走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては、初恋の人を守るために…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はぁ、はぁ、はぁ………」

 

 

なんとか撒けた。あれから数十分間、彼はひたすら走り続けた。幸いだったのが、ブタどもが各々別れずに追ってきたことぐらいだ。思考回路までブタだったようだ。おかげで楽に逃げることができたが、大分無理しすぎた。

 

 

 

「………ソースケ、大丈夫?」

 

「ああ、疲れたけど、問題はない。もうあいつらも完全に見失ったみたいだしね」

 

総介は三玖を抱えたまま、近くのベンチへと座り込んだ。そこでようやく彼女を下ろして、隣に座らせる。

 

 

「………怖かった」

 

三玖は自身の体を抱き締める。彼女の体はまだ、震えていた。無理もない。10人近くの不良に囲まれ、これからされることを汚い言葉で言われ続けたのだ。怖くない筈がないのだ。だから……

 

 

 

 

 

 

 

「………三玖」

 

 

「な、何………ひゃっ?」

 

 

 

 

総介は、三玖を抱き寄せた。自分の胸元に、三玖の頭を持ってくる。人の目もチラホラあるが、そんなもの今は気にしている場合ではない。

 

「………そ、ソースケ?」

 

 

「………ごめん」

 

「え?」

 

「俺、ああいう連中がいるってことは、事前に知ってたんだ……警戒してたのに、君を危険に晒してしまった……」

 

「………」

 

「どんな形でも、君だけは守りたかった………だから、ああするしかなかった………本当に、怖い目に合わせてしまって、ごめん……」

 

「………ソースケ……」

 

「………三玖……なっ!?」

 

総介の話を聞き終えた三玖は、彼の背中に手を回して抱きついた。彼は突然の出来事に、一気に顔を赤くする。

 

「み、三玖!?何を……」

 

「………私ね」

 

三玖が総介なら言葉を遮り、話を始めた。

 

「すごく怖かった。あの人たちに、何をされるのかって………ソースケに、見捨てられるんじゃないかって」

 

「っ!!そんなこと!!」

 

あるわけない!と言おうとしたが、三玖が話を続けたため、総介はそのまま黙った。

 

「でも、ソースケは守ってくれた。私を、守って逃げてくれた。………凄く嬉しかった……」

 

「………三玖……」

 

総介は三玖の言葉を聞き、彼女の背中に手を回す。互いに抱き締め合う形となるが、いつもとは違い全く動揺はなかった。二人は抱き合ったまま話を続ける。

 

「あいつらに凄い腹が立った。三玖を怖がらせて、乱暴しようとしやがったから………すぐ逃げようと思ったけど、我慢できなかったから、一発入れてやった」

 

「………見てたよ、あの時だけは」

 

「………マジで?」

総介が驚きの顔をする。

 

「うん、あの時だけ、目を開けたの。ソースケが、殴って倒したところ……………凄くカッコよかった」

 

「………暴力にカッコいいも何もないよ。ただ血が流れるだけの醜い世界でしかないよ」

 

「それでも、私を守るためにしてくれたんでしょ?」

 

「……………」

 

「………ありがとう」

 

三玖の礼を最後に、総介は彼女を体から離そうとするが、彼女は動こうとしなかった。それどころか、抱き締める力を更に強めてきた。

 

「………三玖?」

 

「………もうちょっと、このまま」

 

「…………」

 

彼女はもう震えてはいなかったのだが、このままでもいいかも、と少し下心が勝ってしまった。総介は再び彼女の背中に手を回す。花火は既に、夜の空に打ち上がることは無くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソ!あの野郎どこ行きやがった!」

 

「探せ!探し出してブチ殺せ!」

 

「女だ!あいつ殺す前に女を目の前で犯してやる!」

 

「応援も呼べ!全員でここら一帯シラミ潰しだ!」

 

「ぜってぇにがさねぇ!骨全部へし折って殺してやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブタどもが地獄に落ちるまで、あと少し………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これ引っかかるかな………





今回も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17.(わら)う門には鬼来たる

銀魂完結…………本当の本当の本当に完結………





空知英秋先生、長い間、本当にお疲れ様でした!


そして今回の最後、人によっては不快になる描写がございますので、ご注意下さい。


総介と三玖は不良集団から辛くも逃げ切り、総介の体力の回復と、三玖が落ち着くまでの間、2人はベンチで休んで過ごしていた。

 

 

それまで抱き締め合っていた2人は、ハグこそ解いたものの、肩をくっつけあい、三玖は頭を総介の肩の上に寄せて乗せている。そして2人の手は、自然と握り合う形となっていた。側から見ればどう考えてもラブラブな恋人同士である。

しかし三玖は体の震えは止まったとはいえ、総介が握る手がまだわずかに震えていた。

逃げ切ったとはいえ、不良たちを挑発し、そのうちの1人をアッパーカットでノックアウトさせたのだ。メンツを潰された奴らは必ず復讐のために総介を血眼になって探しているに違いない。ああ言う連中は、自分の顔に泥を塗られることを人一倍嫌う奴らだ。メンツを汚したものはどんな奴だろうと容赦はしないだろう。

それらのことを考えているのか、三玖の顔から未だ不安の色は拭いきれず、総介は険しい表情のまま周りに対して警戒を一切怠っていなかった。

 

 

 

 

「………ねぇ、ソースケ」

 

「どうしたの?」

 

 

黙り込んだままの空気が嫌だったのか、三玖が口を開く。

 

 

「ソースケって、喧嘩とか強いの?」

 

三玖が肩に頭を乗せたまま、ソースケに尋ねた。

 

 

「…………どうして?」

 

「だって、さっきの人たちが殴ってくるのを避けて、1人倒してたし、走るの凄く速かったから、強いのかなって……」

 

「…………」

 

その問いに総介は黙り込んでしまった。何かを考えるように少し目を閉じた後、再び開いて話を始める。

 

「……………道場に通っててね」

 

「道場?」

 

「うん、まあ、護身術の道場かな?主に剣術を教わる場所だったけど、基本的な格闘術もちらほらやってたから………小さい頃に、そこに入って、鍛えてたんだ……」

 

「……剣術って、剣道の?」

 

三玖が剣術に興味を示したのか、さらに聞いてきた。戦国武将好きの彼女らしいことなのだが、総介からすれば今回はあまり深く聞いて欲しいことではなかった。

 

「………うん、基本剣道だけど、………俺が銀魂が好きって言ったっけ?」

 

「うん、さっき四葉と話しているのを聞いた」

 

先程の四葉との会話を思い出してから、総介は話を続けた。

 

「その漫画を小さい頃に、初めて読んでから好きになってね。子供ながらに刀でチャンバラするシーンと、何より『普段はダラけたちゃらんぽらんでも、決める時は決める主人公』に憧れて、自分もこんな風になりたいって思って、親に駄々をこねて道場に通わせてもらったんだ。そこで、今でも付き合いのある腐れ縁とも出会って、そいつと鍛え続けてたけど、互いに中学卒業を機ににやめちゃった……」

 

 

「そうなんだ……」

 

総介にとって『銀魂』は、今の自分を作り上げたきっかけであって、彼にとって『坂田銀時』という男は、幼い頃からの憧れなのだ。ちょうど子供たちが戦隊ヒーローや、虫の仮面を被ったライダーに変身するヒーローを見るような目で、彼は漫画を見て、アニメを見て、その世界の侍たちに思いを馳せていた。

見るだけでは飽き足らず、自分も銀時のような強くて皆を守れる男になりたいと、たまたま道を通ったところにあった道場に入ったことが、幼馴染みの大門寺海斗との出会いにも繋がった。銀時の背中を追うあまり、銀髪にもしたいと思った時期もあったが、天然物の銀髪持ちの海斗が側にいたため、そちらは譲ることにしたのは別の話。

 

 

「ま、そんな感じで、道場で鍛えてた成果が今回あのブタ野郎をぶっ飛ばす形で現れたってわけ。はい、話終わり!」

 

少々強引だが、総介はここで話を切ることにした。これ以上は流石に話したくないし、話せない(・・・・)……。

 

 

「これ以上はいくら三玖でも喋らないよ。ていうか、人の過去はそう簡単に語るもんじゃないし、聞くもんでもないよ?」

 

「………わかった」

 

なんとか諦めてくれたようだと、総介は内心安堵した。

 

 

 

………………………

 

 

 

 

「………花火、終わっちゃった」

 

「………ごめん、本当に……」

 

2人がこのベンチに腰掛けた頃には花火はクライマックスとなっており、抱き合ってすぐに花火は上がらなくなった。

 

「毎年五人で見るって言ってたのに、今年は三玖だけはぐれちゃって………なんと言ったらいいか……本当に申し訳ない……」

 

他の4人がどうなったのか分からないが、少なくとも三玖が一人いない状況に変わりはない。総介は彼女から花火への思いを聞いていた分、一層申し訳ない気持ちになってしまい謝罪をした。

 

「…………いいよ、ソースケのせいじゃないから」

 

「………でも」

 

「ソースケがいなかったら、私は一人になってたし、あの人たちから逃げられなかった。……でも、ソースケがいてくれたから、足も手当してくれた。守ってくれた。それに………」

 

そこまで言って、三玖一旦言葉を切ってから、話を続けた。その時、若干彼女の頬が赤くなった。

 

「………少しだけど、ソースケと花火、見れたから……」

 

総介が三玖を背負って手当をするために歩いていた時、ちょうど花火が打ち上がり始めた。あの時、ソースケは早く三玖を手当して合流することを考えていたのだが、三玖は別のことを考えていた。

 

 

『もう少し、ソースケと花火を見たい』

 

 

もちろん、皆で集まって花火をみるのが一番だったのだが、初恋の人と2人で花火を見れる……それだけでも三玖は充分だった。

 

「………ありがとう」

 

三玖の優しさに、総介は礼を言うことしかできなかった。それを三玖は、彼を最初から責める気などさらさらなかった。

 

「ううん、私も助けてもらったから………ねぇ、ソースケ……」

 

三玖は総介と握り合っていた手を動かし、指の間に入れて握り合う形へと変えた。総介もそれに合わせて指を動かし、自分と比べて彼女の小さな手の指と絡める。よく道を歩くカップルがしている『恋人繋ぎ』の完成である。この繋ぎ方が何故恋人繋ぎと言われるのか、それは、一度握り合ったら、この繋ぎ方では簡単に離れないのである。息を合わせて互いが力を緩めない限り、片方が握り続けていれば、恋人同士が離れることができない故に、『恋人繋ぎ』と呼ばれるているんじゃないかなぁ?まぁ知らんけど……

 

「………三玖……」

 

彼女が握り方を変えてきた理由を、総介はなんとなく察していた。それを止めようとしなかったのは、同じ想い故なのかもしれない。もう彼の中でも、覚悟は決まっていた。

 

 

 

 

 

 

彼女が頬を赤くしながら、想いを告げる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私ね………ソースケが」

 

 

 

prrrrrrr♪

 

 

prrrrrrr♪

 

 

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

 

……と言う場面で、電話である。

 

 

 

「………電話だね」

 

「………うん」

 

 

三玖のスマホが鳴り響いている。おそらく、というか間違いなく姉妹からの電話だろう。花火が終わっても合流できない姉妹を心配しているのも無理はない。

 

仕方ない、と、総介は握る手を離そうとしたが、三玖は全く緩めなかった。それどころか、更に強く握ってくる。

 

「………ダメ」

それを言う彼女は、真剣な表情で総介に訴えかけた。まだ、離れたくない、と。その想いは総介にも届いたのだが、これではスマホをどうやってとるのか……

 

 

と思っていたら、三玖は器用にも空いている方の手で、体を捻らせてスマホを取り出した。そして、片手でタップし、電話へと出る。

 

「………もしもし?」

 

『三玖!?やっと出た!あんた今どこにいるのよ!?』

 

 

甲高い声が、総介にも少し聞こえた。二乃だ。こう言う時は決まって彼女な気がする。

 

 

 

「二乃、落ち着いて。これから話を」

 

『あいつに連れてかれたの!?せっかくみんなで見る花火だったのに、信じられない!アイツ三玖を独占したかっただけじゃない!!あの男!』

 

完全に俺が三玖を独占しようとわざとはぐれたと誤解している。全く短気ってもんは怖いねぇ。

 

「だから違うの。話を聞いて」

 

『許せないわ!!アイツ今いるんでしょ!?今すぐ代わって!!今日という今日は怒ったわ!!アイツにガツンと』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二乃!!!!!」

 

『っ!!!!』

 

「っっ!!!!!」

 

今まで聞いたことないような、三玖の大きな声が辺りにこだました。

その衝撃に総介もビクンっと少し跳ねてしまい、電話の向こうの二乃も、普段三玖が発さないような怒鳴り声に黙り込んでしまった。

 

「………話を聞いてって何度言ったらわかるの?」

 

『……わ、わかった。わかったから怒らないで……』

 

「怒らせたのは二乃でしょ?」

 

『う、ご、ごめん。いや、ごめんなさい……』

 

完全に縮んでいるのが電話越しでもわかる。三玖の表情も、勝手に早とちりして勝手に話を進めた二乃に対してイラついていたのが爆発したようだった。まあ彼女の場合、総介への告白を邪魔されたという理由の方が大きいが………

 

(………三玖を本気で怒らせるのはやめよう)

 

総介は一人、心の中で密かに誓った。大人しい子が本気で怒ったら、マジ怖いですはい………

 

 

 

 

 

 

それから、三玖は事の経緯を順を追って説明していった。足を踏まれて総介に手当てを受けた事、連絡しようとした途端に悪質な集団ナンパにあった事、総介が自分のために自分を担いで逃げ続けてくれた事、そこまでを事細かに説明した。二乃は怒鳴られたせいか、三玖が説明を終えるまで黙って聞いていた。

 

 

「………だから、ソースケは私を助けてくれた。ソースケがいなかったらどうなってたか、わからない……」

 

『………三玖、ソイツに代わってくれない?』

 

「二乃、だから」

 

『違うの。ちゃんと別に言いたいこと、あるから……』

 

「………」

 

三玖は少し考えたが、姉妹の言うことを信じて総介へとスマホを差し出す。

 

「二乃が代わってって」

 

「俺に?」

 

「多分、変なことは言わないと思う……」

 

「…………」

総介は自分を一番嫌っている二乃のことだから、何か文句でもあるのかと一瞬思ったが、三玖の口ぶりからすると、どうやら文句ではないようだ。それを信じて、空いている方の手でスマホを受け取り、耳に当てた。

 

「…………代わったぞ」

 

『………三玖に怪我なんてさせてないでしょうね?』

 

「足踏まれたとこ以外は無傷だ。連中も撒いたが、そっちにいる可能性もある。変な奴らは見てないか?」

 

『見てないわ。ていうか、さっきからパトカーが凄く通ってんだけど、アンタ警察呼んだ?』

 

「パトカー?いや、俺は通報してない」

 

『なんでも、逃げる男女を追いかける10人近くのヤンキーがいたって通行人が話をしてたわ。これアンタ達じゃないの?』

 

「…………それ、俺らだわ」

 

総介は思考を回転させて、ひとまず結論を出した。

自分が三玖を抱えて人混みを利用して逃げてたところを、ただ事ではないと思った見知らぬ一般人が通報したようだ。その影響か、今二乃たちがいるところには、不審な連中は現れていないようだ。これは助かる。

 

『やっぱりね……三玖から話を聞いて、まさかとは思ったけど……本当に逃げ切れたんでしょうね?』

 

「めちゃくちゃややこしい道や、人混みを存分に利用したからな。オマケに警察が出てきてるんじゃ、表立った行動は出来ねーだろうよ」

 

『………じゃあ、本当にアンタのせいじゃないのね……』

 

「三玖がそう言うんなら、そうだろうな」

 

『………一度しか言わないわよ………』

 

「は?」

 

二乃はその後に、少し黙り込んでから、おそらく二度と総介に言わないであろう言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………ありがとう…………三玖を守ってくれて………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを総介は黙って聞き返事の代わりにこう言った。

 

 

 

 

 

 

「…………俺からも一度しか言わねーぞ。耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すまなかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…………もういいわよ。アンタのせいじゃないんだし……』

 

その言葉を聞いた瞬間、

 

「そうだな!俺のせいじゃないもんな!おめーが姉妹に店の場所教えてなかったのが悪いんだよな!よし、今回は全部お前のせいってことで!」

 

総介は一気に真剣な顔をほぐして、下衆な表情で全ての責任を二乃に押し付けた。

 

『なっ!?ふざけんじゃないわよ!?アンタだって三玖にベッタリついてたくせに、全然違う場所行ってたじゃないの!!』

 

「あれは人混み抜け出すためですぅ!ついてこなかったお前のせいですぅ!」

 

嫌味ったらしく言う総介に、二乃はブチ切れた。

 

『ムキャーーー!!アンタってホントにクソみたいな奴ね!!やっぱ反対!!三玖をアンタなんかに渡すもんか!!』

 

「それは三玖が決めることですぅ!お前が決めることじゃありましぇ〜〜ん!!」

 

『ムカつくーーー!!!殺す!!アンタいつか絶対殺してやるーー!!』

 

電話越しで和解かと思ったが、総介により一気に元の口喧嘩をする仲に戻る2人。

なんだかんだでそう言う距離感が好きなのだろう。二乃も先程とは違い生き生きした声で怒鳴っていた。

 

「…………ほい、あとは三玖がよろしく」

 

総介はスマホを三玖へと返す。

 

「え?……もういいの?」

 

「うん、俺とアイツはこれがちょうどいいから……」

 

「………ふふ、変なの」

 

クスリと笑いながら、三玖はスマホを受け取った。

総介にとっては変に仲良くなるより、二乃と口喧嘩してる方が面白いのだ。

 

「もしもし、代わったよ。…………うん………うん………その公園にいるの?………わかった………じゃあそっちに向かうね……それじゃあ」

 

しばらく二乃と話をして、三玖は通話を切った。

 

 

「家から近くの公園に、みんないるって」

 

「そうか。待たせるわけにはいかないからね。行こうか」

 

「うん………」

 

2人は立ち上がり、二乃と集合する公園へと歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手を繋いだまま……だったのだが

 

「…………あ、あの、ソースケ」

 

「ん、どうしたの?」

 

「…………手」

 

「手?……あ、ああ!ご、ごめん!!」

 

さすがにこのまま公園についてはまずいと思い、一度離すことにした。よくよく考えたら、電話してる時も握り合ったままだったことを思い出し、顔を赤くする2人。ホントなんで付き合わないんだおめぇらよぉ?あ、二乃の邪魔があったからか。なら仕方ない。

 

 

「…………行こうか」

 

「…………うん」

 

互いに手を離しながらも、ピタリと横にくっつきながら歩き出す2人。もはや結ばれるのは時間の問題であった。

 

 

 

 

 

ていうか、とっとと結ばれてください……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介と三玖が公園まで歩いている道中、二乃の言ってた通り、パトカーが何台も通っていた。どうやらあの連中は警察も必死で探しているようだ。被害も相当出ているのだろうか?……いずれにしても、こうして警戒が続いていると、奴らも下手には動けまい。

 

 

「あれだけパトカーが通ってたら、会うことはなさそうだね」

 

「うん、安心……」

 

そう話していると、目的地の公園へとついた。

 

 

 

 

「あ!三玖!!」

 

二乃が最初に気づいた。急いで三玖へと駆け寄ってくる。

 

「え!本当?よかった〜!大丈夫?」

 

「三玖ーーー!!!」

 

「心配したんですよ、もう!」

 

一花、四葉、五月も続いて駆け寄ってきた。四葉に至ってはよほど心配だったのか、いの一番に抱きついた。

 

「ちょ、四葉。大丈夫だから。何も無かったから」

 

「だって、三玖に何かあったらって思うと……私……わだじ……」

 

遂には泣き出す始末である。

 

「大丈夫。ソースケが助けてくれたから」

 

「浅倉君が?」

 

「…………意外です」

 

おいコラ肉まん娘!人を見た目で判断するんじゃありません!

 

「フン!礼はもう言わないんだから!一回だけだからね!」

 

はいツンデレのテンプレ乙。

 

「へぇ〜、そうか〜。やるじゃん、浅倉君♪」

 

一花が総介の肩をパンパンと叩いてくる。というか気になった点が一つある……

 

「……それはそうと、何で着替えてんだ、長女さん?」

 

今この場において、浴衣姿でない姉妹は一花だけであった。

 

「いや、これは……色々あってね」

 

「…………あそ」

 

これ以上聞くのも野暮なので、聞かないことにした。

 

「ところで、上杉はどうした?」

 

「ああ、フータロー君なら、あそこ」

 

そう言って一花が指差した先には、ベンチに座り、妹に膝枕をして優しい目を向ける風太郎の姿があった。

 

(………なるほど、あの時の顔は妹の……)

 

少し前のことを思い出しながら、総介は風太郎へと歩いていく。後ろで「よーし、みんなで花火しよう!」と、四葉がらいはのために買った手持ち花火を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ」

 

「……浅倉」

 

「悪かったな。はぐれちまって」

 

「いや、それはいいんだ。理由も二乃から聞いたし、俺と一花もさっき来たとこだから」

 

「一花?お前長女さんと一緒にいたのか?」

 

「あ、ああ。色々あってな……」

 

風太郎の薄い反応と、一花の先ほどの反応で、総介は察した。『この2人は何か隠している』と……

 

「…………上杉、お前もしかして長女さんとヤンキーどもに絡まれてないよな?」

 

「ち、違う!俺たちはそんなのとは会ってないし、絡まれてもない!ただ、別のことがあっただけだ……」

 

「別のこと………ならいいんだが」

 

風太郎は総介のあっけない態度に顔を上げた。

 

「き、聞かないのか?」

 

「お前らがあのブタどもに絡まれてなきゃそれでいい。それ以外の陳腐なナンパならどうにかできるだろ?」

 

「ぶ、ブタども……」

 

総介の辛辣な言葉に少し動揺する風太郎。彼は前回、総介に冷たい目で見られてからこの調子でであった。集団での彼との会話なら問題ないのだが、一対一だとどうもぎこちない。

 

「気をつけろ。やつらは10人単位でくるから、囲まれたらおしまいだぞお前。せめて妹はちゃんと守ってやれ」

 

「あ、ああ。気をつける…………なあ、浅倉」

 

風太郎は総介に、ずっと聞きたかったことを聞くことにした。

 

「…………なんだ?」

 

「この前のことなんだが……」

 

「ありゃ完全にテメーが悪い」

 

総介はどんなことを聞かれるのか大体予想はついていたので、即答で返した。

 

「や、やっぱ?」

 

「たりめーだろうが。三玖が任せてっつったのに、余計な節介焼いてアイツの火に油注ぎやがって。もうちょい考えてモノ言いやがれ、学年一位のくせに」

 

「うっ………す、すまん」

 

風太郎は謝るしかなかった。あの時、余計な事を言ってしまって二乃に更に嫌われてしまった自覚は自分にもあった。あのまま帰っていれば、三玖がなんとか説得してくれたのかもしれない。しかし、風太郎は残った。残った結果、総介にも飛び火する形となってしまった。

 

「ほ、本当にすまん」

 

「成績は一位でも社交性は赤点だなお前。どっかで見切りつけてやってかねーと、0か100になっちまうぞ。ある程度は踏み込んでもいいが、引くべきところは引け。そんなにポイポイ感情移入せずに、それなりに割り切った関係を築くことも、社会で人間関係を保つコツだ」

 

「…………本当に同い年だよな?」

 

「おっさんって言いてぇのか?喧嘩するかここで?え?」

 

総介がファイティングポーズを軽く構える。

 

「やらねぇっての!らいはもいるんだ!勘弁してくれ……」

 

そう言って2人は兄の太ももでぐっすり眠る少女に目を向ける。

 

「…………まあそうだな。可愛い妹に免じて見逃してやる」

 

「だろ?可愛いだろ?自慢の妹だらいはは!何がいいって兄思いなところがry」

 

「シスコン乙。さて、俺も花火すっか〜」

 

「えー……」

 

そう言って総介は、五つ子の元へとそそくさと歩いて行った。のだが、2人が話している間に、四葉がらいはのために買った花火は残りが三玖の持っている数本の花火のみとなっていた。

 

 

「早!お前らいつの間に全部やったんだ!?」

 

「えへへ、実はフライングでやっちゃってて、残ってたのがわずかだったんですよ……」

 

すみません、と四葉が謝って一花も続く。

 

「遅かったから、三玖の分だけしか残してなかったんだよねー。ごめんね?」

 

「いや、仕方ないことだが、一本ぐれーやりたかった……」

 

「…………はい、ソースケ」

 

少し落ち込むソースケだったが、三玖が自分の持っていた線香花火、ではなく、手持ち花火を渡す。

 

「三玖、いいの?」

 

 

 

 

 

 

 

「うん、いいよ。一緒に花火しよう」

 

そう言ってくれる三玖に総介はもう何回目かわからないほどに、彼女に惚れ直した。しかし、今回はそんなインパクトのあるものではない。胸の奥に、じんわり、ゆっくりと言葉という形になって浮き出てくるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『少しでも長く、この子と一緒にいたい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

総介は三玖から花火をもらい、四葉の持つライターにつけてもらった。総介の花火に火が点き、一気に吹き出す。それを三玖の線香花火へと移す。すると、他の姉妹はなぜか風太郎の元へと行ってしまった。二乃はぶつぶつ文句を言いながらだが。まあ気を遣ってくれていることぐらい、2人にはすぐに分かった。ならば今は甘えよう。

 

 

「はい、三玖」

 

「ありがとう、ソースケ」

 

総介の花火から火をもらい、三玖の線香花火にも火がつく。総介は勢いのある派手な花火。三玖は控えめであるが、綺麗な形の線香花火。

 

 

 

 

 

 

「…………三玖」

 

 

「…………何、ソースケ?」

 

 

互いに花火を見ながら、話をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………待ってるから」

 

「え?……」

 

「あの時、三玖が言おうとした言葉、待ってるから。ずっと……」

 

 

 

 

 

「…………ソースケ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、さすがに我慢できなくなったら、俺から言うかもしれないよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………じゃあ、私も待とうかな……」

 

 

 

「いやそれはさすがに……」

 

 

「…………ふふっ冗談………ソースケ」

 

 

 

「…………何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………待ってて、欲しい。必ず、もう一度………言うから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………じゃあ、待ってる……」

 

「…………うん」

 

 

 

 

 

 

 

そうして、2人の花火はやがて終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

公園での花火を終えて、皆は五つ子のマンションまで到着したところだった。

 

「送ってくれてありがとね、2人とも」

 

一花が姉妹を代表して礼を言う。

 

「気にするな。パトカーが回ってるとはいえ、女だけで帰らせるのは危ないからな」

 

「ま、無事につけて何よりってことで」

 

「上杉さん、浅倉さん、ありがとうございました!」

 

「まぁ、食べ物は美味しかったですから、問題はありませんでしたけどね」

 

「フン!三玖を守ってくれたこと『だけ』は感謝してるわ!それ以外は嫌いだけどね!」

 

「あそ、じゃあ帰れ」

 

ムキーー!!と騒ぐ二乃を四葉が抑えてエントランスへと向かっていく。それを合図に、姉妹もぞろぞろと帰って行ったが、

 

 

 

「…………ソースケ」

 

三玖だけは、最後まで残っていた。他の皆は例のごとく気を遣ってくれて、離れて行った。

 

「…………じゃあな、浅倉、お疲れ」

 

「…………おう、お疲れさん、気をつけて帰れよ」

 

「ああ、ありがとな」

 

風太郎も、眠るらいはをおんぶしながら家路に着いて行った。

 

「…………今日は本当にありがとう」

 

「…………三玖………」

 

「…………また、来年一緒に花火、見に行ってくれる?」

 

三玖の問いに総介は、ノーと答えるはずがなかった。

 

「もちろん、三玖の綺麗な浴衣姿、また見たいからね……」

 

「…………う、うん、ありがと……」

 

 

もはや全く照れずに口説き文句を言えるようになってる総介。まじ一回爆破してやろうかコイツ?と、ここで顔を赤くした三玖が、何かに気づいたように、総介の頭を見つめる。

 

 

 

 

 

「あ、ソースケ、髪に何かついてるよ?」

 

 

「え、まじ?どっち?」

 

 

「とってあげるから、ちょっとしゃがんで?」

 

「う、うん」

 

そう言われて総介は、少し頭を下げた。三玖の手が、総介の髪に伸びて、そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、頬に柔らかい感触が当たった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………み、三玖!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふふ、ほら、とれた」

 

 

 

そう言って、三玖は右手にある小さなゴミを総介に見せた。そして顔が赤い。

 

 

「……ほ、本当にあったんだ……」

 

 

彼が少し呆気にとられていると、

 

 

 

「…………またね、ソースケ」

 

総介の言葉も聞かず、三玖はマンションの方を向いて小走りで帰って行った。あの様子なら足は大丈夫だろう。少し安心した総介は、唇が当たった頬を少し手でさする。

 

 

「…………またね、三玖……」

 

 

 

もう彼女はいないのだが、きっと届いた筈だ。総介には、不思議とそう思えた。

 

9月最後の夜、月明かりが少し赤みを帯びて、夜空を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

 

 

帰り道、総介は途中から違和感を感じ始めた。

 

 

 

 

人の足音……それもかなりの数………

 

 

 

 

それを感じた数秒後、正面から10人以上もの男が総介に向かって歩いてきていた。だんだんと近づいていき、その集団は総介を阻むかのように止まる。

 

 

 

 

「よぉ、見つけたぞクソ野郎」

 

 

「てめぇ、ぶっ殺してやるからな、覚悟しろよ」

 

 

「泣き喚いたって許さねーぞ!今度は全員でお前を血祭りにしてやらぁ」

 

 

「あの女の場所を教えろ?じゃなきゃもっと痛い目見るぜ?」

 

 

 

 

 

先ほどのブタどもが、援軍を連れてやってきたようだ。目視で大体20人前後……ほとんどが木刀、鉄パイプ、バタフライナイフ等の武器を持っている。

 

 

 

 

 

しかし、このブタどもは根本的な間違いを犯した。数で仕掛ければ、武器で脅せば、相手はひれ伏す。考えが浅はかすぎた。

 

 

 

 

 

「…………よぉ、クソブタども。エサが欲しいのか?あいにく家畜用のエサは持ってなくてな、他をあたってくれ」

 

恐怖するどころか、余裕の表情すら見せる総介に、先ほど彼に見事にアッパーを決められたピアス男が喚く。てか、生きてたんだお前……。

 

「調子乗ってんじゃねーぞテメェ!こっちは全員で来たんだぞ!!とっとと女の場所吐きやがれ!」

 

「全員?これで全員か?」

 

「そうだぁ。ここにいる全員でテメェを血祭りにあげてやんだよ。女はその後にいただくとしようかぁ」

 

 

「おいてめぇ、10秒やるから裸んなって土下座しろ。そうすりゃ半殺しで許してやるよぉ?ギャハハハ!」

 

 

 

 

 

 

 

ブタどもの言葉に、総介はすぐさま返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、5秒やるからその糞みてぇな面とっととどけて消え失せろ。吐き気がすんだよカス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一言に、ついにブタどもがブチ切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!やっちまええええぇ!!!!!」

 

 

 

「ははぁ!!ぶち殺してやらぁぁぁ!!!」

 

 

「死ねクソやろおおおお!!!!」

 

 

 

「オタクやろおがぁ!!くたばりやがれぇぇえ!!!!」

 

 

 

 

各々が叫びながら武器を振りかざして総介へ飛びかかった。そして彼は最後に一言言って、そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………じゃあ、皆殺しだ、ブタども」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼が、嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「…………もしもし、海斗、俺だ。昼に言ってた例の件なんだが……ああ、案の定三玖と俺を狙ってきてな。一回は撒いたんだが、んでさっきお礼しに来やがった………んや、殺しちゃいねーよ………ああ……んで、コイツらの携帯見たら、出るわ出るわ、女を無理やり襲ってる動画やら写真やらが大量にな…………ああ、情状酌量なんざ要らねー。大門寺のナワバリでオイタしようとしたんだ。…………ああ、………面倒だが、『(かたな)』を動かしてくれ………すまんな………ああ、コイツらの脳みそはブタ同然だが、それ以外の臓器(モン)なら役に立つだろ………ああ、場所はGPSで………警察が先に来てたら、あとは継ぐように………ああ、急いでくれ………じゃあな」

 

 

総介その言葉を最後に電話を切る。総介の足元には、先ほどまでいきがっていたブタどもが、ボロボロな状態で地に伏していた。

 

 

あるものは顔面をボコボコに破壊され、あるものは全身の骨をバキバキにへし折られ、あるものは血の泡を吐きながら意識を飛ばされ、あるものは四肢をグチャグチャに破壊されて変な方向に歪んでいた。しかしただ1人、気を失っていない者がいた。

 

 

 

 

「ば、バケモノ……バケモノ………」

 

その男は、両足を折られて立つこともできない。総介はあえてこの男だけは気絶させなかった。理由は女性を弄んだ証拠を押さえるためである。それも達成した今、この男にはなんの価値も無くなっていた。

総介が男へと近づいていく。

 

 

「…………ひっ、た、頼む!助けて!……見逃してくれ!」

 

立ち上がることが出来ないので、手で這いずるしか出来ない男を、総介は無表情で追いかけ、そして壁へと追い詰める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………助けて?見逃してだぁ?」

 

総介が表情を変えないまま喋る。

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら、今までどんだけその頼み言われた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんだけやめてって懇願された?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんだけ助けてって乞われた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんだけ見逃してってお願いされた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前ら助けたのか?見逃したのか?その人たちを?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

んなわけねぇよなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

証拠は全部あんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分だけ他人にやっといて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他人にされたら『助けて』『見逃して』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな甘い考え通じるわけねぇよな、えぇ?」

 

 

 

 

 

 

まるで楽しむかのように嗤う。その表情を見て、男は涙や鼻水を出しながらもなお、命乞いをする。

 

 

「お、おねがいだ!たすけて!なんでもするから!いうことなんでもきくから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………じゃあ、社会の役に立ってもらおうか」

 

 

 

そう言って総介は、その場をくるくると歩き出した。

 

 

「し、しゃかい?」

 

 

 

 

「ああ。この世界は、いろんな病気を抱えてる人たちがいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中には臓器提供者、ドナーを待ってる人たちがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな人たちのために、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社会のために内臓全部提供してくれや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テメーらクズのブタでも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

社会にちゃんと役立てるんだぜ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よかったなぁおい」

 

 

 

歯をむき出しにして嗤いながら、総介は淡々と話していく。それは事実上の死刑宣告だった。それを知った男は、総介にすがりついた。

 

 

「たのむ!それだけは、それだけはやめてくれ!しにたくねぇ!まだしにたくねぇよ!しにたくないしにたくないしにたくないしにたく……げふぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

あまりにうるさかったので、総介は男を蹴り上げて引き剝がす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっせぇ黙れよ虫ケラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テメェらは俺の大事な女に手ェ出そうとした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時点で終わりなんだよ」

 

 

総介の言葉に男は絶望したのか、最後に呟くように吐き捨てた。

 

 

 

「……あくまめ、バケモノめ……」

 

 

 

「俺が正義の味方だとでも思ってたのか?

 

 

 

 

 

 

んなわけねぇだろ

 

 

 

 

 

 

 

 

テメーらごときにぶつける正義なんざねーし、

 

 

 

 

 

 

 

 

テメーらごときにやる情なんかねぇよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わかったらとっとと死んでろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クソブタ」

 

 

 

 

「…………がふぁっ!!」

 

 

 

 

総介は最後に男の顎を蹴り上げて、完全に気絶させた。これで彼以外に声を上げる者は一人としていなくなった。

 

 

彼の周りにはまさに地獄のような、血みどろの世界が広がっていた。

赤く輝く月が、それらを一層引き立たせる。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

鬼は道端に転がる肉塊に一瞥もくれることなく、ゆっくりと歩いてその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、日本から20人近くの戸籍が消え去った。しかしそれに気付く者は、ごく僅かしかいなかった。

これと同じタイミングで、日本を中心とした臓器提供者を待つ患者たちのもとへ、適合する健康的な臓器が提供され、50人以上もの人間が救われた。それらの臓器提供者は、一概に『不明』と記されていた。

 

 

 

 

 




一応補足しておきますが、この世界にファンタジーや異能力は存在しません。全て人間対人間です。





今回も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.祝いのメッセージは長ったらしいのに限って中身はそんなに無い

お気に入り登録者数200件達成しました!!
登録してくださった皆様に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございます!



銀魂………本当に完結!お疲れ様でした!(祝)

かぐや様は告らせたい………両想い成就!おめでとうございます!(祝)






五等分の花嫁………ハーレムの弊害、ここに極まれり!(笑)


季節は10月。季節も移り変わり、秋も本格的にやってくる。街中の葉っぱが紅色に変色していく中、全く変わらない色の男が一人いた。

 

 

男はあくびしながら通学路をゆっくりと歩く。黒縁眼鏡の奥にあるその目は、死んだ魚の目と呼ぶにふさわしいほど、気だるさに満ちていた。

服装は相変わらずの学生服の上に黒パーカー。総介はこれが気に入ってるのか、私服でもだいたい黒パーカーを着ている、余談だが、彼は同じ物を5着持っており、日々使い回している。オシャレに頓着は無いため、一番しっくりくる服を何着も買うのが彼のこだわりである。というか、主人公が毎回違う服装されたら色々とめんどくさいんです、はい。

 

 

そんなこんなで、月が変わろうとも、浅倉総介の朝は何も変わらずに始まっていくのであった。

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

「アドレス交換?」

 

 

「うん。一花がソースケとメアド交換したいって。昨日みたいに、緊急で何かあった時に、ソースケから直接連絡できたら便利だから……」

 

昼休み、特に予定のなかった総介だが、三玖から『昼休みに図書室に来て欲しい』というメールを受けて、光の速さのダッシュで図書室へと馳せ参じた(海斗を完全無視して)。するとそこには、三玖と、一花と四葉、ついでに風太郎もいた。皆勉強会をしていたようで、テーブルを囲むように椅子に座っていた。そこで何の用なのかと聞いてみたところ、上述の通り、三玖からアドレス交換の話を持ちかけられたのだった。それにいち早く反応したのが四葉だった。

 

「アドレス交換!大賛成です!

 

 

 

 

 

 

…………その前にこれ終わらせちゃいますね」

 

そう言う四葉の前には、何羽かおられた折り鶴と、何も折られていない折り紙が数十枚。

 

「…………一応聞くが、何やってんだ?」

 

風太郎が静かに尋ねた。

 

「千羽鶴です!友達の友達が入院したらしくて!」

 

「勉強しろーー!!」

 

元気に答える四葉に風太郎は半ギレで叫んだ。それに続いて総介も四葉に一言物申す。

 

「友達の友達って、それもうただの他人じゃねぇか」

 

「だとしても、困っている人を放っておくわけには行きません!」

 

「赤の他人からいきなり千羽鶴もらうのも迷惑な話だけどな」

 

そう呟くも聞き入れて貰えずに黙々と折り鶴を折る四葉。それを見かねた風太郎がが、まだ折られていない紙を手にとり、一緒に折り始める。

 

「半分よこせ、これ終わったら勉強するんだぞ」

 

「お前もやんのかよ…………」

 

そんな少し脱線した状況に、三玖がコホンと咳払いをして話を戻す。

 

「私はもうソースケと交換してるから、あとは4人と交換して欲しいんだけど、大丈夫?」

 

「別に構わないけど、長女さんとそこのバカリボンはいいとして、アイツはそう簡単に教えてくれるもんかね〜?」

 

「バカリボン!?ひどいですぅ!」

 

四葉が涙目になりながらツッコむも、事実なので誰も拾ってくれなかった。と、ここで一花が口を開く。

 

「まぁフータロー君はともかく、みんな浅倉君に色々感謝してるし、二乃も悪くは言ってなかったから大丈夫じゃないかな?」

 

「俺はともかくってどーゆー意味?」

 

「そう簡単にいきゃ苦労はしねぇがね。上杉はともかく」

 

「だからどーゆー意味?文脈おかしいだろ今の?」

 

「…………フータローはともかく」

 

「上杉さんはともかくー!」

 

「お前らは言いてぇだけじゃねーか!!」

 

そんなこんなで、今はここにいる2人とのアドレス交換を優先する総介であった。風太郎はともかく………

 

 

 

………………………

 

〜総介、一花と四葉との連絡先交換完了〜

〜風太郎、三玖と四葉との連絡先交換完了〜

 

………………………

 

 

「ありがとうね、浅倉君」

 

「わ〜い!上杉さんと浅倉さんのアドレス、ゲットですー!」

 

無事に交換を終えた二人だったが、総介はあることに気づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なぁこれ、三玖が俺の連絡先を他の姉妹に教えればいいだけの話じゃね?」

 

 

「あ………」

 

「確かに………」

 

「わお!浅倉さん天才です!」

 

「…………俺も今思った」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は全員(総介、風太郎含む)もれなくアホでした…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

「三玖、足の怪我は大丈夫?」

 

「うん、もう痛みも引いたから……ソースケが手当てしてくれたおかげ……」

 

「………そ、そりゃ良かった……」

 

「うん、ソースケ、ありがとう……」

 

「…………どういたしまして………」

 

 

 

 

「あ〜ら四葉さん、昼間から図書室であんなにイチャイチャしてますわよ!」

 

「けしからんですねぇ一花さん。最近の若者は節度というものを知らないのかしら全く?」

 

「お二人とも顔をあんなに真っ赤にして。こうも甘い空間にいたらブラックコーヒーが欲しくなりますわ。そう思いませんか四葉さん?」

 

「そうですねぇ一花さん。ですが私はブラックコーヒーより抹茶ソーダでもいただこうかしら?」

 

 

 

 

 

 

「……………あうぅ」

 

「黙ってろや小野寺姉妹。二人仲良くヤクザの息子にでも構ってろ」

 

「ふ、二人いっぺんに中の人ネタ……………」

 

「扱いが雑ですぅ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わってたまるかぁぁあ!!!!!!

 

 

まだ2000字も書いとらんのに勝手に終わろうとすんじゃねぇぞクソ作者!!」

 

 

 

ええ、主人公からクレームを受けたので、時間と場所を変えて、まだまだ続きま〜す。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

「お断りよ!お・こ・と・わ・り!」

 

 

 

 

 

放課後、食堂にやってきた総介と風太郎。三玖から『二乃と五月は食堂にいる』と聞き、彼女も同伴してやってきたのだが、二乃から帰ってきた反応は何というか、当然の回答だった。

 

「確かに、私たちにはあなた達のアドレスを聞くメリットがありません」

 

「頭悪い奴ほどメリットとかいう意識高そうな言葉使う傾向にある。これ、覚えとけよ上杉?」

 

「大丈夫だ、こいつの頭が悪いのは前から知ってる」

 

「あなた達酷すぎるでしょ!?もういいです!絶対に教えませんから!」

 

 

総介の余計な一言に風太郎が便乗したため、不機嫌な五月がさらに不機嫌に。それを見た総介が、あるものを取り出した。

 

「まぁそう言うな肉まん娘。アドレス交換してくれりゃいいもんやるからよ」

 

総介はポケットから取り出した物をヒラヒラと見せびらかす。それはチケットの束だった。五月は総介の手にある紙を見て、目の色を変えた。

 

 

 

 

 

「そ、それは!?558の肉まん1個無料券!?」

 

「それも5枚あるぞ。どうだ?これのどこがメリットが無いっつーんだ?」

 

そう食べ物で釣る総介に、風太郎もポケットから携帯を取り出して続く。

 

「俺も今なら、俺のアドレスに加えてらいはのアドレスもセットでお値段据え置き!お買い得だ!」

 

総介は肉まん、風太郎は妹の連絡先をエサに五月を揺さぶった。当然、五月がこれに食らいつかない筈もなく……

 

 

「…………背に腹は代えられません……」

 

あっさりとスマホを取り出す。これで二人とも五月のアドレスもバッチリゲット出来た。

 

 

 

(ほんとチョッロいなこいつ……)

 

(多分五人の中で四葉並みにわかりやすいな)

 

「……五月は本当に食べ物に弱い」

 

 

「三玖!アンタ五月を売ったわね!?アンタも身内売ってアドレスゲットするなんて卑怯よ!」

 

二乃がギャースカ騒ぎ立てるが、そんなもん二人にはどこ吹く風である。まぁその騒いでいる奴が残りの一人なのだが……

 

「二乃は教えてくれないのか?」

 

「当たり前よ!」

 

風太郎の質問をキッパリと切り捨てた二乃。それに対して、総介が動いた。彼は二乃をじっと見つめる。

 

「…………何よ?なんか文句あんの?」

 

苛立ちを隠せない彼女が総介に噛み付く。その後に、総介から言葉が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………おめでとうございます」

 

 

頭を下げて、祝いの言葉を言う総介。それに周りの皆が一瞬ポカンとなった。

 

 

「………は?何よいきなり?私何もしてないわよ?」

 

総介の突然の祝いの言葉に、少し戸惑う二乃だったが、総介が話を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、お前の中の人が結婚したってニュースに出てたから、これは一言祝わなくちゃな〜と思って……改めまして、ご結婚おめでとうございます」

 

案の定中の人のことだったので、やっぱりかと、二乃は盛大にずっこけた。

 

 

「やっぱ中の人ネタかい!!そりゃ一瞬そう思ったけどさ!アンタ前回のシリアス回から一転してこの話でメタ発言多すぎよ!!一花と四葉を一気にそれでイジるし、あげくの果てには作者にクレームつけるし、やりたい放題じゃない!!………ていうか、アタシと五月が出る前に話終わらそうとしてんじゃないわよ作者!ぶち殺すわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

あ、はい。すんませんでした。以後気をつけます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったくもう…………あと、アタシの中の人、ご結婚おめでとうございます!!エレンの中の人と末永くお幸せに!!!……ほら、アンタ達も言いなさいよ!」

 

 

そう言って二乃は他の三人に目を向ける。てか何なのこのカオスな空間……

 

 

 

「ええ!私たちもですか!?…………ご、ご結婚おめでとうございます!末永い幸せを心より願っています」

 

「ハイ次、三玖!」

 

「ご結婚おめでとうございます。私も最終的にはソースケと結こry」

 

「ハイ次!!」

 

「…………むぅ〜」

 

途中で切られてしまったことに、頬を膨らませながら二乃を睨む三玖。かわいい。

 

「お、俺も!?………ええと、ご結婚おめでとうございます…………これ何のコーナーなんだよ……」

 

そう言いながら風太郎も乗っかってくるあたり、かなり毒されてきているようだ。と、ここで、この混沌とした雰囲気を作り出した言い出しっぺが口を開く。

 

 

 

 

 

「…………うし、じゃ、俺はもう帰るわ」

 

突然の帰宅宣言に、風太郎と二乃が反応した。

 

「え?」

 

「は?アンタ、アタシのアドレス聞きにきたんじゃないの!?」

 

 

二乃が目を開いて驚く。アドレス交換が目的で来たのなら、もう少し食い下がってもいい筈なのだが……

 

 

「いや、俺は祝辞言いに来ただけで、お前に別にアドレス聞こうなんざ思っちゃいねーよ。てか、お前のアドレス聞かなかったら、俺のスマホにはお前の名前だけ無いことになっからな〜。まぁその一人だけ名前のないアドレス帳見ながら、『あ、あいつだけハブられてるわクソワロタ』ってな感じでジャンプの肴にでもすっかな〜」

 

ゲスい笑顔を思い浮かべながら二乃を挑発する総介。彼はもちろん本気で帰るつもりもなく、二乃にとって屈辱的なことを口から発して挑発し続ければ、いずれは折れてアドレスを教えるだろう。そういう魂胆である。何とまあ腹の黒いこと黒いこと。

 

 

 

「ぐ、ぐぐぐ……」

 

案の定二乃は彼の挑発に反応してしまい、歯をくいしばる。それを見て総介はさらに畳み掛ける。

 

「ま、お前のアドレスなんざ興味もねーし、第一、俺は三玖のアドレスさえあればそれでいいから、俺が三玖とどう連絡とろうがお前はそれを知る由もねーry」

 

「わかったわよ!交換すればいいんでしょすれば!!さっさとスマホよこしなさい!!!」

 

んで、あっさりと落ちましたとさ。短気って本当に単純だね。二乃は総介からスマホをぶん取り、自分のアドレスを打ち込んでいく。

 

「…………はい、これ、アタシのアドレス!これで三玖とは好き勝手させないわよ!覚悟しなさい!!」

 

そう言って二乃は総介にスマホを返す。

 

「いやメールは邪魔できんからなお前」

 

「三玖といかがわしいメールしてると知ったら、迷惑メール死ぬほど送りつけてやるんだから!」

 

「そん時は着拒するわ」

 

「……ギギギ」

 

おどりゃ総介、みたいな顔で二乃が睨む。

どこまでも総介が一枚上手である。

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、俺と三玖は用事あっから、上杉頑張れよ〜」

 

そう言って総介は、三玖を連れて食堂から去ろうとする。それを見た風太郎が総介の背中に声をかける。

 

 

「は?俺にも教えてくれよ浅倉!」

 

「本人いんだろそこに。お前も男ならちゃんと面と向かって土下座して聞きやがれ」

 

「いやお前土下座してないだろ。しかも二乃にアドレス聞くどころか、めっちゃ挑発してたし……」

 

風太郎のツッコミも二人にはそんなに効かず。と、ここで

二乃が割って入る。

 

「ちょっと三玖!ソイツとどこにいくつもりよ!?」

 

「一花のところ。この後にソースケと話があるんだって」

 

「一花が?それで何でアンタまで行くのよ?」

 

「事態の説明と、一花がソースケを誘惑しないように」

 

「さらっと変なこと言ってんじゃないわよ」

 

「昨日聞いたこと、まだソースケだけ知らないから……」

 

そう三玖が言うと、総介がそれに反応した。

 

「え、俺だけ?上杉も知ってんの、長女さんの秘密?」

 

「一花はフータローに最初にバレたって……」

 

「…………ああ、なるほど」

 

昨日、公園でのやり取りを思い出して、総介は納得する、どんな秘密なのかは知らないが、あの時に風太郎は一花の秘密を知って、隠していたと言うわけだ。

 

そう話をしながら、二人は歩き出して食堂を去って行った。そして残ったのは風太郎と二乃、五月となった。

 

 

「…………二乃、俺にも」

 

「イヤよ」

 

「…………」

 

 

 

その後は原作通りなので、何も言うまい………

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

「うぃーす。ちゃんと全員分交換してきたぞー」

 

「私が証人。ソースケはみんなとちゃんとアドレスを交換した」

 

 

あの後、総介と三玖は一花の待つ屋上へと到着した。人の気配は一切無く、少し出口から離れたところならば、話はそうそう聞かれないだろう。柵にもたれた一花の元へと向かい、総介は一花へとアドレス帳の画面を見せる。

 

 

「お疲れ様〜。じゃあ約束通り、私の秘密、まだ浅倉君に言ってなかったから話すね」

 

 

昼休み、一花、四葉とアドレス交換をした総介は、一花から早速メールを受信した。内容はこうである。

 

 

 

 

 

〜『お姉さんが昨日何で服が違ったのか、みんなのアドレスをゲット出来たら教えちゃうよ。ちなみにみんなはこの秘密知ってるよ。

 

PS.三玖に話しておくから、二人で集めて回ってね♡』〜

 

 

 

 

 

総介は一花の秘密にはこれっぽっちも興味は無かったのだが、『三玖と二人で』というパワーワードに負けてしまい、残りの2人のアドレス交換をして今に至るというわけだ。

 

「やばいやつの話とかやめてくれよ?」

 

「だいじょぶだいじょぶ。そんな裏の事じゃないから。でね、昨日の話になるんだけど………」

 

 

 

そこから、一花の説明が始まった。自分が駆け出しの女優だということ、花火大会の日に急遽オーディションが決まったこと。そのゴタゴタの中で、風太郎の協力もあって何とかうまくいったこと。全てを話した。

 

一花が説明を終えたところで、総介はただ一言だけ言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜ん、大変だな」

 

 

気だるげな表情を一切崩さないまま、総介は一花の話の感想を述べた。その淡白な反応に一花は少し戸惑う。

 

「…………あれ、驚かないの?」

 

「驚くも何も、俺アンタに興味ねぇし」

 

即答で超絶失礼なことを返す総介。

 

「うわ、すごい辛辣。もう少し反応すると思ってたけどなぁ」

 

「三玖が女優って聞いたら2メートルぐらい飛んで驚くが、長女さんじゃなぁ……あんまし」

 

「………君って最近露骨になってきたね」

 

「私は、そこまで演技は上手くないかも……」

 

そんなことを言って照れる三玖を無視して、苦笑いをする一花。この男はあくまで三玖しか見ていないのだろう。すごく、すごく面白い。そして、少し羨ましい。

 

 

 

 

今まで自分たち五つ子は、よく間違われたりすることもよくあった。五人でまとめられることもあった。それをこの男はどうだ?

三玖だけを見て、三玖だけに関心を示し、三玖だけに優しくする。あからさまな贔屓だが、同じように扱われてきた今までと比べたら、大分新鮮な感じがした。そしてその対象である三玖も、目の前の男にぞっこんときている。それも分かりやすいほどに。

だからこそ、一花はこの男に興味が湧いた。どこまで三玖しか見ていないのか、それを確かめてみようと思った。女優というステータスをひけらかせば、彼は少し反応を示すのではないかと、ちょっとしたいたずら心が出てしまったのだが、結果はご覧の通り。

 

総介は全く反応しなかった。それどころか、自分を三玖と比べるまでも無いように無下に扱う。少し腹が立ったが、それ以上に妹に対する羨望が増した。三玖が、彼の中ではとんでもなく特別な存在で、三玖にとっても彼はそれに匹敵するほどの男であると。つまりは両想いだ。その証拠に、二人は隣同士のまま一切離れようとしない。まだ付き合っていないのに、二人は既にデキているかのような甘ったるい雰囲気をこれ見よがしに出している。そんな二人を見て、一花はこう思った。

 

 

 

 

 

(私も、フータロー君とこんな風に…………なんてね)

 

 

そうは思った一花だが一方で、総介がきっかけで、姉妹がバラバラになるのでは?という危惧もあった。三玖が総介と結ばれたら、それに準じて皆新しい友人や恋人を作って、姉妹同士を顧みなくなるのではないかという懸念も、一花の中では生まれていた。しかし、これで改めて彼女は思い知らされていた。

 

 

自分たちは顔こそ同じだが、まったく別の人間であると………

 

 

 

いつか五人は、離れ離れになる時が来てしまうことも………

 

 

 

「…………一花?どうしたの、一花?」

 

考え事をしている最中、三玖が様子がおかしいと思って顔を近づけて呼びかけてきた。

 

「え!?……い、いや、何でもないよ」

 

「ぼーっとしてたぞ。あんま三玖に心配かけんなよ長女さん」

 

総介も話しかけてくる。一花は、総介にずっと気になってることをぶつけてみた。

 

「………その、長女さんというのは……できれば名前で呼んでほしいな。『一花ちゃん』とか?」

 

少々かわい子ぶって言ってみたのだが、抑揚のない口調で速攻で返される。

 

「じゃあ天使ちゃんは?」

 

「いやマジそれは勘弁してください。ガードスキルとか持ってないんで」

 

この男、本当に油断できない。こうして第4の壁を嘲笑うかのように踏み越えてイジってくるのだから。ここだけは二乃とは一緒にしないでほしい。

 

「まあ、俺の気分が良かったら呼んであげなくもないな。せいぜい頑張れよ、長女さん」

 

「ものすごく上からだね……」

 

「実際成績は上なんで」

 

「それを言われたら……」

 

 

 

もう何も返せない……

と、ここで三玖が二人の話に入る。

 

「…………じゃあ、私とソースケはこれから本屋さんに行くけど、一花はどうする?」

 

「え?本屋さん行くの?どうして?」

 

「参考書を買いに。ソースケにどんな勉強が効率いいか教えてもらいたいから」

 

「アンタも来るか?別に二人っきりだけって決めてもねーし、アンタも生徒だから教えるとこもいっぱいあるしな」

 

 

そう言われてしまったら、生徒の身としては断るわけにもいかず、

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、私も行こうかな。でも、2人のデートの邪魔はしない程度にしないとね♪」

 

やられっぱなしもアレなので、少しからかってみようと思い、言ってみた。

 

「で、デート!?……」

 

「マジでか?じゃあ三玖、今からコイツほったらかしにしてデートしよう」

 

「え、ええ!!?」

 

「待ってください私が悪かったです許してください」

 

三玖には効果絶大だったが、総介には悪ノリされて一花は上を行かれる始末。本当に何なんだろうかこの男は……三玖も顔真っ赤にしてるし……

 

 

「………ついてくんならそれでいいぞ。アンタに見合う参考書でも見てけばいいしな」

 

「う、うん。そうだね」

 

気だるげな表情は、ここに来てから一切崩れていない。二乃がよく彼の目を『死んだ魚の目』と言っていたが、一花にはそれが何を考えているのかわからない、入ったら抜け出せない沼のようなものに見えて少し怖かった。ただ一つ、彼女に分かるのは、彼が誰よりも三玖を大切に思っている事だけだった。

 

 

 

「じゃあ行くか。俺も見たいもんあるし」

 

「うん、善は急げ……」

 

そう二人が声をかけあって、屋上の出口へと歩いて行き、一花もそれに続く。二人の背中を見て、一花はこんなことを思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この2人は、いつか本当に結婚するかも』

 

 

 

 

将来なんて、今はまだ分からない。だが、何となく、思ってしまった。見えてしまった。

 

 

(まだ一ヶ月も経ってないのに、何でなんだろうね……)

 

 

転校初日から会っていたとしても、2人があった回数は指で数えるほどだ。それが何故、2人が長年連れ添ったかのように信頼しあっているように見えたのか、一花は不思議でいっぱいだった。しかし、すぐに考えるのをやめた。考え続けても、答えが出なければいつまで経っても堂々巡りだ。

 

 

(………いつか答えは出るよね……)

 

 

2人の関係も、自分の風太郎への思いも………何かは分からないが、いつかは決着がつく。今は気長に待とう。そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。今はただ、こう思っておけばいい。

 

 

(………妹を、三玖をよろしくね、浅倉君)

 

 

聞こえることもない思いを胸に留めながら、一花は総介と三玖に続いて屋上を後にしていった。

 

 

 

秋も本格的に突入し、オレンジ色の夕日が、誰もいなくなった屋上から見える空の端を染め始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、二乃に借りパクされた生徒手帳を取り戻すため、風太郎が中野家を訪れて一悶着あったことは、総介にとってはどうでもいいことなので、原作2巻の169ページから見てください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の扱いが雑過ぎるだろうがぁぁぁあああ!!!!!!

 

 

 

 




そして最後にもうひとつ。

アニメでの二乃の中の人がご結婚されたということで、おめでとうございます!(祝)




これにて2巻は終了です。次回から3巻の話に入って行きます。
あと、一花が一番動かしづらいです………

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!(感謝)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.仏の顔だって三度まで

前回散々メタ発言や中の人ネタでふざけたのは、この話からはしばらくシリアスな場面が続きます。そのため、今のうちにふざけるだけふざけとこうと思いまして……ここからはギャグは最低限となりますのでご注意(ご安心)ください。

また、この第二章の終了と同時に、小説のタイトルを変更する予定です。


いよいよ総介達の正体が明るみになってきます。果たして彼らは風太郎と五つ子の味方か、それとも………


いや、味方ですよ(笑)


中間試験一週間前

 

ホームルームでのテスト前の先生の長ったるい話をジャンプの隠し読みでほとんど聞いていなかった総介。

 

復習がどうとか、30点未満は赤点だとか、何回もくどい事なんぞ言われんでも分かると、2年生に進級してからは総介にとってこの時間はジャンプの読書タイムと化していた。もっとも、彼にとって今回の試験は、いつもと違うものになっているのだが………

 

 

 

 

(…………)

 

 

 

 

 

ジャンプを読むことに集中しながらも、頭の端では今回のテストとは違うものの原因である五人を思い浮かべつつ机の下に隠しているジャンプを黙々と読んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、総介、海斗、その侍女である渡辺アイナは屋上にいた。誰も来ないことを確認しながら、3人は出入り口から離れた場所で話し合いを始めた。

 

 

「すまないね。急に話があると呼び出して」

 

はじめに海斗が総介に謝った。

 

「構わねぇよ。どうせ呼び出したのは例の件の事後報告だろ?」

 

「はい。先日の花火大会に来ていた男たちのことです」

 

総介の問いにアイナが答える。

 

「やっぱそれか……」

 

 

 

 

花火大会の日、三玖を連れて行こうとして総介に返り討ちにあい、その復讐で仲間を連れてきたにもかかわらず全員もれなくボコボコに倒された連中を総介は思い出していた。

 

「で、あのブタどもはちゃんと出荷(・・)できたのか?」

 

「ああ。あの後に『(かたな)』が回収して、『きちんと』処理させてもらったよ」

 

「証拠品は調べたのか?」

 

「それも解析済み。調べたら、40人以上の人間が被害に遭っていたことが分かった。携帯だけじゃ分からないから、被害者は少なくとも50人は超えると思う」

 

海斗の言葉に総介は顔をしかめて反応する。

 

「はっ、欲望のまま好き勝手やりまくった末路が、大門寺の縄張りで暴れようとして内臓抜き取られて終わりたぁ滑稽じゃねーか。まぁ臭ぇ汁撒き散らかすブタどもでも世の中の役に立てるようにしてやったんだ。むしろ感謝して欲しいもんだな、あの世で」

 

 

「まったくです。もし二乃に手を出そうものなら、この世のあらゆる残酷な拷問を全て使って殺してあげようと思ってたんですが……生憎当日は若様の警護をしていましたので」

 

丁寧な言葉に似合わない、アイナの毒舌が炸裂する。

 

「おお怖。流石は『戦姫(いくさひめ)』。現役バリバリの人間ははやっぱり違うね〜」

 

アイナの物騒な物言いに皮肉を飛ばす総介。

 

「『鬼童(おにわらし)』に言われたくありません。聞けば、今回の男たち全員を素手で重傷を負わせたそうじゃないですか。1年前と全くお変わりないようで、『父』も喜んでいましたよ」

 

「あんな数だけでイキがるブタどもが何匹こようが遅れなんざとるか。ていうか勘弁してくれ。『あの人』に何を言われようが、今の俺は一学生だ。この機会に戻そうとしても、この前も言ったように、俺は後半年は戻らねーよ。そうだよなぁ、『神童(しんどう)』の若様?」

 

 

総介は海斗の方を向きながらニヤついた笑みを浮かべる。海斗はそれに同調して返す。

 

「その名で呼ばないでほしいな。でも君の言う通り、僕も今はただの学生で、あの家の一後継ぎに過ぎない。ただ、今回の件は本当に総介に感謝しているんだ。殆どがパーティの警護に回っていたから、祭りの方が手薄になってしまった。ありがとう」

 

「私からもお礼をさせてください。総介さん、間接的とはいえ、二乃に及びそうになった危険を退けていただき、本当にありがとうございます」

 

2人からのお礼に、総介は目をそらしながら頭をかく。何か考えているようにも見えるが、すぐに2人へと視線を戻した。

 

「………じゃあ一つ貸しだ。俺の方に何かあったら、そん時は手ェ貸してくれ」

 

「もちろん。協力できる事なら、進んでさせてもらうよ」

 

「分かりました。何か困ったことがあれば相談したください」

 

「そうか?じゃあアイナ、あのバカをどうにか説得してry」

 

「それは出来ません。二乃のことは総介さんがどうにかしてください」

 

「……………」

 

 

 

 

 

未だ勉強をしようとしない二乃の説得の協力をバッサリと切り捨てられた総介。ていうか、なんでも相談してって言ったじゃん君………

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで総介。家庭教師の助っ人はうまくいっているのかい?」

 

話は変わり、海斗が何気なく彼の助っ人業について聞いてきた。それに、総介は腕を組んで首を傾げながら苦そうな顔をして答える。

 

「………いや、総合的に見ると上手くいってない」

 

「というと?」

 

「三玖は一番素直に耳を傾けてくれて、メキメキと力をつけている。このままいきゃ来週のテストで赤点取らずに行けるかもな」

 

「いいじゃないですか。彼女は総介さんの事が好きな子なんでしょう?上手く言うことを聞いてくれて、問題ないと思うのですが?」

 

「いや、彼女は問題ないんだ。他の4人がな……」

 

 

 

三玖の場合、総介が贔屓していることもあるが、それは彼女が、積極的に彼から勉強を教わろうとしている姿勢があるからだ。総介が言った覚え方を聞いては試し、上手くいかなければ別の方法を試し、見事にハマったらスラスラと覚えていく。分からない箇所があれば直接聞いたり、彼がいない場合はメールや電話で聞いたりなど、ここ一ヶ月で彼女の勉強嫌いは、どこかへ消えてしまっていた。

 

少し前に、三玖は総介からこんな言葉を言われた。

 

『勉強する理由なんて、別に何でもいいんだよ。成績を上げたいだけじゃなくて、[好きな人に振り向いてほしい]とか、[嫌いな奴に勉強で負けたくない]とか、[クラスの奴らを見返したい]とか、[親から小遣いアップしてもらう]とか、本当にどんな理由でもいいんだ。モチベーションさえ上がれば、嫌なことでも多少は頑張れるもんだよ。勉強ほど結果が重視されるものは無いからね。どんな理由だろうが、どんな勉強法だろうが、結果さえ出せばなんとかなるのが勉強だよ。その過程でどんな勉強をしたとかは、あまり注目されない。高得点取ったもん勝ちなゲームだと思えばいいさ』

 

三玖自身に、この言葉がどう響いたかは、総介がそれを知る術はない。それはいずれ彼女自らが、結果で示してくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

それよりも、問題は三玖を除いた4人である。

 

 

 

「長女さんは、事あるごとに世間話とか恋バナをしてきやがってまるで勉強が進まねぇ。

二乃だかミノだかハツだか知らん奴は、そもそも俺と上杉から勉強すら教わろうとしねぇし、バカリボンは、元々の地盤がグラグラで、中学生の基礎からやり直している状態。

肉まん娘は、気難しい気質のせいか、一個の問題が分かんなかったらずっとそれを考えてやがる。とんでもなく要領が悪い」

 

 

総介から見ればヤバさで言えば上から二乃、四葉、五月、一花である。とは言っても、どんぐりの背比べなので、全員やばいことに変わりは無いのだが……ていうか、そもそも二乃は勉強してないんですけど……

 

「………大変ですね。少し同情します」

 

「するなら何かくれ。あのバカ4人には俺も上杉にも苦労してんだ」

 

「………今度、二乃に少し言っておきますね」

 

さすがにマズイと思ったのか、アイナは二乃に軽く注意することにした。と、ここで海斗が口を開く。

 

「けれど、その三玖ちゃんの成績を上げれば、彼女が他の姉妹にも教えることもできるんじゃないのかい?」

 

「ああ。だから三玖を重点的に教えてる。無理に全員少しずつ成績を上げるより、誰か1人の成績を一気に上げて、その子に他の姉妹にも勉強を教えた方が負担は減るし、効率もいいからな」

 

総介は何も依怙贔屓で三玖にばかり勉強を教えていたわけではなく、こう言った長期的な戦略を立てているのである。

 

 

 

 

 

 

いや、決して2人でイチャイチャしたいわけじゃ無いよ。本当だよ………

 

 

 

しかし、そんな総介の戦略をぶち壊しにする出来事が起ころうとは、彼はこの時知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

prrrrr♪

 

 

prrrrr♪

 

 

 

 

3人で話をしていると突然、総介のスマホが鳴った。電話だ。

 

 

「悪い、電話だ」

 

「構わないよ」

 

「問題ありません」

 

2人の許しを得てスマホを見ると、画面には『上杉風太郎』と、家庭教師の助っ人を頼んできた張本人の名前が表示されていた。

 

(上杉?何の用なんだよ?)

 

彼から電話なんて珍しいこともあるもんだと思い、総介は通話ボタンをタップして、耳に当たる。

 

 

「もしもし、上杉か?」

 

『浅倉!よかった。今、大丈夫か?』

 

電話に出た途端、慌てたような声で総介に話しかける風太郎。それを聞いて総介は彼を落ち着かせる。

 

「何があったかは知らんが落ち着け、ほれ、ヒ、ヒ、フー」

 

『ヒ、ヒ、フー、ヒ、ヒ、フー………て、俺は出産間近の妊婦じゃねー!!』

 

典型的なノリツッコミが返ってきたところで、総介は話を元に戻す。

 

「んで、何があった?お前が電話よこすなんてよっぽどのことなんだろうな?」

 

『無視かよ……まぁいいや。それどころじゃ無いんだ!実はさっき………』

 

 

そう言って風太郎の説明は始まった。

 

先ほど、五月からスマホを渡され、それに出たら、なんと相手は雇い主であり、五つ子の『父親』だったこと。さらにその『父親』から、一週間後の中間試験で5人のうち1人でも赤点を取ったら、家庭教師をクビになってしまうことを一方的に知らされたこと。それらを総介に話した。総介は眉間にシワをよせながら、電話相手の風太郎に返す。

 

 

「バカじゃねーのか、その雇い主?」

 

今もって、その『父親』は、上杉が一人で家庭教師をしていると思っている筈だ。それに、五人の成績も知っていることだろう。それを、雇っておきながらいきなり五人の赤点回避が出来なければクビだときた。正気の沙汰では無い。あまりにも無茶苦茶だ。

 

「卒業させるのがバイトの内容じゃねーのかよ」

 

『そ、それが、[この程度の条件を達成出来なければ娘たちを任せられない]って、ここでハードルを設けるってことも言われて、一方的に切られた………』

 

「頭イかれてやがるな。ならテメーでやってみろっつーんだ全く」

 

この程度?一人ならまだしも、五人も受け持って、さらに勉強嫌いの五つ子。それらを未だ全員机に向かわせることすら出来ていないのに、この程度とは、どうやら雇い主は、娘たちの事情を全く理解していないらしい。

 

『………浅倉、実はもう一つ言うことがあって……』

 

「あ?今度はなんだよ?」

 

この期に及んでまだ言うことがあると。風太郎の口調からして、いい知らせでは無いのだろう。総介はそれをあまり聞きたくなかった。

 

『じ、実は………』

 

 

 

 

 

 

〜風太郎、説明中〜

 

 

〜説明終了〜

 

 

 

 

「……………ブチ殺すぞテメー」

 

『ほ、本当に悪かった!つい焦って感情的になっちまったんだ!』

 

 

事情を簡単に説明するとこうだ。電話が切れた後、風太郎は焦るあまり五月と口論になってしまい、挙句互いに『お前にだけは教えない』『あなたにだけは絶対に教わらない』と完全な仲違いをしてしまったのだ。最悪のタイミングにも程がある。さすがの総介も、今回の風太郎の対応にはブチ切れ寸前であった。

 

「焦る前に冷静に状況判断しやがれ。テメーがすることは肉まん娘と口喧嘩することか?え?」

 

『い、いや、それは………』

 

「無駄に高えプライド押し付け合って何の意味があんだ?結局両者痛み分けKOに終わってんじゃねぇかコノヤロー。テメーもあの女も、ちったあ割り切った人間関係ってのを学べねーのかクソガキどもが」

 

同い年に向かってクソガキ発言をしてしまうほど、今の総介は苛立っていた。雇い主の件もあると言うのに、風太郎のプライドの高さが原因で、事態は悪化の一途を絶賛爆走中である。普段なら総介の物言いに反論する風太郎だったが、先日の総介が見せた底の知れない恐さを知っているが故に、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

『す、すみません……』

 

「…………もういい。切り替えて対策練るぞ」

 

総介の方も、これ以上の怒りはただの自己満足にしかならないと判断して、次のステップへと進むことを決めた。

 

『い、いいのか?』

 

「今やることはテメーにグチグチ文句を言うことじゃねぇ。事態の改善させる方法を一つでも多く考えることだ。後退してしまった分を一歩でも多く取り戻す事が最優先だ。違うか?」

 

『ち、違わない』

 

「ならテメーも切り替えろ。いちいち引きずってんじゃねー。あとで土下座でもしとけ」

 

『土下座!?五月にか!?』

 

「たりめーだろうが。金が欲しーんだろ?だったらそんぐらいして当然だ。稼ぎたくても稼げないスラムの連中からすれば、お前は幸せ者の部類だ。ちったあ下でも見て自分がいかに恵まれた境遇か考えろ」

 

世の中には働きたくても働けない人などゴマンと存在する。戸籍もなく、スラムで暮らす人々。身体に障害を持ち、思うように働けない人々。親から捨てられ、着の身着のままで暮らして行かなくてはならない子供たち。そんな過酷な運命を背負っている人たちと比べれば、五体満足で生活し、学校に通い、バイトをしている総介や風太郎は幸せ者なのだ。

 

『わ、わかりました………』

 

「ならよし。んじゃあ早速対策に入るが、こればっかりは協力者がいる」

 

『き、協力者?』

 

総介の言葉に、ビビりながらも相槌を打つ風太郎。

 

「そうだ。外部からの協力もあるが、今回はそれは使わない。身近な協力者に相談する」

 

『い、一体誰なんだよ?』

 

「今現在、あの五つ子の中で一番協力的で、秘密を守ってくれそうなのは誰だ?」

 

『…………』

 

総介の問いに、風太郎はしばらく考えて答えを出した。

 

 

一花……交換条件とかいうめんどくさいものを提示されそう。

 

四葉……バカだから、すぐに口に出してしまいそう

 

五月……喧嘩中

 

二乃……論外

 

 

 

 

となったら………

 

 

 

 

 

『…………三玖か?』

 

「そうだ。三玖に事情を説明して、協力してもらう。それが今の俺たちが出来ることの中で最善の方法だ」

 

総介に好意を持ち、積極的に勉強も教わっている三玖ならば、事情を知れば協力してくれるし、他の姉妹にも上手く秘密にしてくれるだろう。特に二乃には絶対に知られるわけにはいかない。しかし、風太郎には一つの懸念があった。

 

『で、でもそれじゃ、三玖に余計なプレッシャーになってしまうんじゃ』

 

「誰のせいでこうなったと思ってんだ?俺らにそんな余裕残されてると思ってんのか?」

 

『あ、浅倉はいいのかよ!?三玖がもし重圧を感じてしまったら』

 

「それは俺が三玖に上手く話をつけておく。そんなことより、お前は現状を改善することを考えろ。あと一週間で赤点回避させるのと、肉まん娘との和解。両方やらなきゃいけねーんだぞ」

 

『うっ!……わ、わかった』

 

総介は一呼吸置いて、最後に風太郎へと言葉を送った。

 

 

 

 

 

 

 

「いいか上杉。お前がやると言った以上、俺もそれについて行く。途中下車するなら、俺も降りなきゃいけねー。言っちまえば、赤点回避出来なきゃ俺もお前と道連れだ」

 

『………お、おう』

 

「どうする?今降りるか?」

 

『お、降りるわけないだろ!俺も生活かかってるんだ!諦めてたまるか!!』

 

意外にも即答で返ってきた。しばらく考えるかと思ったが、風太郎のプライドの高さがいい方向に働いたようだ。

 

「そうか。なら俺も助っ人としてテメーについて行く」

 

『………済まない』

 

「最初にも言ったが、俺も入れてあの5人が赤点回避出来る確率は5%も無いぞ。それでもやるのか?」

 

総介が最初に風太郎、五つ子と会った日に言われたことを、風太郎は思い出す。そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……可能性がゼロじゃないなら、諦めたくない』

 

 

 

 

腹は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

「………わかった。お前はなるべく早く肉まん娘と和解しろ。俺は三玖に事の事情を話す」

 

『あ、ああ。ありがとう。…………ところで浅倉』

 

 

「んだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………やっぱお前同級生じゃ無いんじゃry』

 

 

「今度会ったら一発ブン殴る。はい確定」

 

『あ、ちょまっ!じょうだry』

 

 

風太郎の言葉も無視して、総介は電話を切った。そして、その一部始終を聞いてた海斗とアイナへと顔を向けた。

 

「すまん、さっき言ってた貸しの事なんだが、早速返しちゃくれねぇか?」

 

「それはいいんだけど、何をすればいいんだい?」

 

「事情を知らなければ私達も動くことが出来ませんので、説明していただけないでしょうか?」

 

2人がそう言うのも無理はないと、総介は事情を説明した。

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

「…………なるほど、話は分かった。それで、僕たちにして欲しい事は何だい?」

 

「五つ子の父親のことを調べて欲しい。中野って医者らしいんだが、どこの病院か、それと性格、交友、身辺、娘との関係、余すことなくだ」

 

「それは出来るけど、それだけでいいのかい?」

 

「いや、もう一つある。こっちは時間がかかるかもしれんが………」

 

 

総介は2人に、もう一つの調べて欲しい内容を説明し始めた。すると、聞いていた2人の表情が一気に険しくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………以上だ。出来るか?」

 

「…………少なくとも明日までには揃えられないな。最低でも3日はかかると思う」

 

「出来ればテストが終わるまで調べて欲しい」

 

3人は一気に真剣な表情となって話し合う。と、ここでアイナが会話に入る。

 

 

「………しかし、本当によろしいんですか?それはとても」

 

「あくまでこれは最終手段、最悪の場合の一発逆転の切り札ってわけだ。それにそうなったとしても、後は俺1人で片をつける」

 

「そんな!!危険すぎます!」

 

アイナが珍しく声を荒げる。

 

「いくら『鬼童(おにわらし)』と言えど、あまりに無謀です!せめて私だけでもお供をさせてください!」

 

「駄目だ。お前はこの件には首を突っ込むな」

 

総介はお供を提案したアイナを冷たく突き放す。

 

「何故ですか!?私も事態を知っています!関係無い立場ではありません!」

 

「関係あるとか無いとかじゃねぇ。これは俺1人でやらなきゃ意味がねぇんだ」

 

「……!?それはどういう」

 

「アイナ」

 

食い下がるアイナを、海斗が静止した。

 

「総介に任せよう。これは彼と上杉君、それに五つ子の子たちの問題だ。僕たちは見守るしか無いよ」

 

「若様…………」

 

その言葉に、アイナはようやく黙った。彼女とて、総介とは幼き頃からの友人の1人。心配するのも無理はない。なぜならその最終手段は、文字通り命を賭けた戦い(・・・・・・・)となるかもしれないからだ。

 

 

 

 

 

「総介、僕は君を信じて、君から頼まれたことを大門寺で調べささせる。それがこの前の借りを返すことになるからね。でも、そこから先は、君1人でやってもらう事になる。それでいいね?」

 

「ああ、それで構わねぇ。情報さえくれれば、あとは俺で何とかする」

 

 

 

 

 

 

「…………わかった。でも最後に一つだけ、言わせてくれ」

 

 

海斗は一呼吸置いて、総介を見つめながら言葉を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死ぬなよ、相棒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に、総介は笑いながら返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………俺は死なねぇよ、相棒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

海斗とアイナが去っていった屋上に、総介は1人残っていた。あの後、アイナからも『気をつけてくださいね』と言葉をもらったが、『なめんじゃねーよ』と軽口で返した。先ほどの彼らとの会話を思い返しながら、総介はスマホをタップして電話をかける。

 

 

 

 

かけた先は、彼が人生で初めて恋をした相手であり、今回のキーパーソンともなり得る相手である。

 

 

 

prrrrr

 

 

prrrrrガチャ

 

 

 

電話をかけてから、たった2コールで繋がった。

 

『もしもし、ソースケ?』

 

「三玖、突然電話をかけて、ごめんね。今大丈夫?」

 

『ううん、謝らなくても大丈夫だよ。どうしたの?』

 

三玖の方からしても、初恋の男子からの電話に心踊っているのか、声のトーンがひとつ高くなっている。しかし、それは今の総介には、心苦しいものであった。

 

「今1人?」

 

『ううん、一花と四葉も一緒にいる。何で?』

 

「実は、2人きりで話がしたいんだ。今後の家庭教師のことについて、三玖と話がしたい。夜、マンション前でもいいから、聞いてくれないかな?」

 

『今後の………家庭教師のこと?』

 

「うん………もしかして、アイツら横にいる?」

 

総介はまさかと思った。もしこれを一花か四葉に聞かれてたらマズイことであるからだ。

 

『大丈夫、いない。お店の外に出て喋ってるから、2人には聞こえない』

 

「そう………もしかして、食事中だった?」

 

『うん……駅前で抹茶パフェ、食べてた』

 

「………ごめんね、食べてる最中に」

 

『もう食べ終わってるから、大丈夫。それで、この後話、私は構わないよ』

 

「本当?ありがとう」

 

『それじゃあもうすぐ帰るから、マンションの下で待ってて欲しい』

 

「分かった。今すぐ向かうね」

 

『うん………またね、ソースケ』

 

「またね、三玖」

 

いつもの2人の別れの挨拶をしてから、通話を切る総介。

 

 

「…………言うしかねぇよな……」

 

 

彼も心を決めて、三玖に全てを打ち明けるために、カバンを肩にかけて、五つ子のマンションへと向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

そして、この先に待ち受ける総介と三玖の運命は、ここから急展開を迎えることとなる。果たして、2人が辿る道とは……そして風太郎と総介は、無事に五つ子の赤点を回避させることか出来るのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く………

 

 




プライベートが忙しかったため、だいぶ更新が空いてしまい申し訳ありませんでした。

皆さんも総介達が何者なのか、是非考えてみて下さい。


今回も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20.『リスクマネジメント』って言葉、人生で一度は使ってみたい。

お待たせしました!最新話です!
長らく更新出来ず、大変申し訳ございませんでした。
7月は大変忙しく、執筆の時間がほとんどありませんでした。
8月は最低でも週1回ペースで更新出来たらなと思います。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖に電話をして、話をするために『PENTAGON』を訪れた総介。

到着してすぐに、三玖へと『ついたよ』とメッセージを送ると、『私ももうすぐつく』という返信がきたため、少し待つことに。

 

 

数分後、

 

 

「ソースケ!」

 

三玖が一人、小走りでやってきた。

 

「三玖、ごめんね。急に話があるって呼び出す形になっちゃって」

 

そう言って謝る総介。先ほど、海斗に言われたセリフを、今度は自分が言うことになってしまうとは何とも皮肉な話である。

 

「ううん。大丈夫だよ」

 

「…………そういえば、2人と一緒にいたんじゃなかったの?」

 

総介は、三玖は電話で一花と四葉といると聞いていたのだが、後ろを見た限り2人の姿は遠くにも見当たらなかった。

 

「代金を置いて、私だけ抜けてきた」

 

「そうなんだ……何か言われなかった?」

 

「………別に。『デート楽しんでね』とか、『2人きりで話とか、三玖もやるようになったね!』とか言われてないもん」

 

三玖はほっぺたを膨らませながら、プイと顔をそらす。かわいい。

 

 

てか絶対言われたなコレ。

からかわれたのは明白なので、その原因を作ってしまった総介は、

 

「…………(かわいい)今度抹茶ソーダおごります」

 

モノで解決を図った。

 

「………なら許す」

 

そう言って三玖は顔を元に戻した。チョロい。

 

「よかった………」

 

「それで、話って何なの、ソースケ?」

 

「それなんだけど、ここじゃ他の連中が来たときに聞かれちゃうから、この前の公園まで行かない?そこで話すよ」

 

「うん、いいよ」

 

花火大会の日に、皆で集まって手持ち花火をした場所。マンションから近く通学路とは逆の場所のため、そこで話をすることにした。万が一にも、姉妹の誰かに聞かれてはならない。特に二乃にはバレたらお終いのレベルだ。

 

そのことを先ほどの電話でのやりとりで理解している三玖も、特に反対はしなかったし、何より総介と公園デートのような気がしたので、即了承することにした。

 

 

というわけで、二人は公園へと移動することに……

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

 

 

目的地の公園に到着した総介と三玖は、以前風太郎が妹を膝枕をして寝させていたベンチへと腰掛けた。

 

 

「ソースケ、話って……」

 

三玖は先ほどからずっと気になっていたようで、着席して直ぐに話しかけてきた。

 

「……じゃあ早速話すね。実は………」

 

本音を言えば、総介はあまり三玖に話をしたくなかった。風太郎には何とかするとは言ったが、彼が言ったように、三玖にはもしかしたら相当なプレッシャーとなるかもしれない。彼女は五人の中で一番二人から、特に総介に勉強を教わっている。このまま教わり続ければ、赤点回避は大した問題ではないだろう。しかし、この話をして彼女がもしも動揺で勉強に手が回らなくなってしまえば、赤点も出してしまう可能性もある。そうなれば、三玖自身の自信の喪失のきっかけともなってしまう。リスクも非常に高い。

 

しかし、今この場で話をしなければ、後に事実を知った時の動揺も大きい。全く何も言わずに赤点回避が出来なければ、三玖に相談すればよかったかもしれないという後悔も後で襲ってくる。 終わってからいくら嘆いても所詮は後の祭りだ。ならば、『やらない後悔』より『やる後悔』………いや、後悔は絶対しない。少なくとも三玖の赤点回避は絶対不可避だ。それは必ず成し遂げてみせる。

言ってしまえばリスクも高くなるが、五人の赤点回避の確率も僅かだが減る。ここは個人的な感情を優先している場合ではない。少々動揺もしてしまうだろうが、そこは総介が上手くフォローを入れればいい。むしろ、今回の彼の最大の役目はそこにある。いかに三玖に平静を保たせるか、それによって今後の対応も大きく変わってくる。 事態をこれ以上ややこしくするわけには行かない。そのために、三玖へと協力を仰ぐのだ。言うしかない。ここまで来たならば………

 

 

 

 

 

 

「………さっき、上杉から電話があってね」

 

「フータローから?」

 

「うん。それで、あいつはその前に、上杉の雇い主、つまりは君達の父親から電話があったんだ」

 

「お父さん、から………」

 

三玖は父と言う言葉を聞いて、顔を少し強張らせた。

 

「そのお父さんから、上杉はこう言われたんだ

 

 

 

 

 

 

『次の中間試験で五人の内の一人でも赤点をとれば、家庭教師を辞めてもらう』ってね」

 

 

 

「や、辞める?」

 

総介の話を聞いて、三玖は驚きを隠せなかった。と同時に、彼女の中で一つの疑問も湧いた。それは三玖の中で、一番重要で、聞きたいことで、同時に聞きたくないことでもあった、何故なら三玖は、その答えが何なのか、なんとなく察していたから。

 

 

しかし、口が勝手に動いてしまった

 

 

「………じゃあ、ソースケは……どうなっちゃうの?」

 

 

 

 

 

 

「………俺は上杉に依頼で助っ人として家庭教師をやっているからね………上杉がクビになれば俺も一連托生、つまり辞めることになる……」

 

 

 

「そんな………」

 

それを聞いた三玖は、薄々分かってはいたが、やはり驚き、そして悲しみが彼女の中で大きくなってしまう。今、総介と三玖を繋いでいるものは、表面上は家庭教師と生徒という関係のみだ。いくら恋人同士に近い仲とはいえ、日本という国は、口約束で互いに確認し合って交際する文化が強いので、二人からその関係をとってしまえば、ただの知り合いとなってしまう。

総介の場合、それほど気にするようなことでは無いのだが、問題は三玖の方だ。今まで、彼女が真剣に勉強が出来たのは、浅倉総介という男子への恋慕の感情があってこそなのだ。彼から勉強を教わり、彼が作った宿題をこなし、彼と一緒に机に向かって、勉強してきた。

 

 

それがもう、出来なくなってしまう………

 

 

 

 

 

「…………」

 

「……三玖、もう一つ、言わなきゃいけないことがあるんだ」

 

「………何?」

 

段々と、目から光を無くしてゆく三玖にとっては、追い討ちとなるのかもしれないが、それでも言わなければ話が進まない。

 

「………上杉が電話の後、肉まん娘……五月と喧嘩したらしい」

 

「……え?」

 

「どうやら、互いに感情的になって、『勉強を教えない』『教わらない』って仲違いしたそうなんだ」

 

その言葉を聞いて、三玖の瞳から完全に光が消えてしまった。彼女も理解したのだろう。全員の赤点回避が、この時点で絶望的になったということに。

 

「うそ………そんな………」

 

もうそんな言葉しか、三玖は出てこなかった。もう総介から、勉強を教わることが出来ない。あんなに楽しく、かけがえのない時間を過ごしていたのに、もう後一週間で終わってしまう。彼女の中には真っ黒な絶望が、全てを覆い尽くしそうになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

そんな三玖の心情を、察せない総介ではない。

 

「三玖、そこで、君に協力して欲しいんだ」

 

 

 

いちかバチか、最後の希望を掴み取るためには、総介と風太郎だけではない。三玖の力も必要なのだ。

 

 

 

 

 

「…………協力?」

 

光を失くした目で、総介を見る。

 

 

「うん。君の協力があれば、みんな赤点回避出来るかもしれない」

 

総介の言葉に、希望を見出したのか、三玖はバッと総介を見て、慌てて彼の両肩を掴み、迫ってきた。

 

「な、何、ソースケ!?何でもするから、教えて!」

 

「お、落ち着いて三玖!今から言うから!」

 

三玖の手首を掴んで、自信の肩から離し、説明を始める。

 

「ふぅ……三玖、協力といっても、君は今まで通り、俺や上杉から勉強を教わっていればいいんだ」

 

「え?でも……」

 

それがどう協力することになるのか……そう言いたげな三玖だったが、総介は説明を続ける。

 

「でも一つだけ、一人で勉強するときは、出来るだけ『みんながいる場所』で勉強して欲しい」

 

「みんなが、いる場所?」

 

「そう。三玖が勉強しているところを、リビングとか、なるべく姉妹の目につく場所で見せてやればいい。それだけだよ。一人が勉強をしていれば、自然と周りもそれにつられていく。試験も来週に迫っている分、より勉強を意識しやすい環境が出来ているから、効果は大きいんだ。四葉と長女さんなら、それに上手く乗ってくれるし、そうなれば、あの二人も必然的に勉強を意識する筈だよ」

 

日本という国は、多数派を正義とする傾向にある。極端な話、例えそれが犯罪でも、大多数の人間が、『仕方ないことだった』と言ってしまえば、自ずと『仕方ないこと』となり、時には大きな力をも味方につける事態を起こしてしまう。そういった『多数派こそ正義』という空気を作り出すことが、圧倒的に日本は多い。それは、小さな家族間の出来事でも通ずる。

 

今は三玖一人でも、それに風太郎と総介に協力的な四葉、一花が共感すれば、残った二乃と五月も、意識せざるを得ない状況が出来てしまう。五月の場合は、成績はともかく自分で勉強しているみたいなので、効果は薄いかもしれないが、総介と風太郎に反抗して全く手付かずの二乃には、効果は絶大だ。何より、一人だけはぶられてしまっている状況をあの実は繊細な女が気にしない筈がない。総介は、二乃の弱点を完全に見抜いていた。

 

「空気を作ってしまえば、あとは乗らざるを得ない。特にアイツは、流行モノみたいな周りの空気に敏感な女だ。必ず最後は折れる」

 

もっとも、それは二乃に事情がバレなければの話だ。勉強する理由がなくなった途端、いくら周りの空気に敏感な二乃でも、絶対に勉強はしないだろう。

 

一通り説明を終えた総介は、三玖を見る。彼女は未だに不安な表情のままだ。そんな彼女が、口を開く。

 

「………うまく、いくかな……」

 

「………」

 

それを聞いた総介は、自然と右手を三玖の頭へと持っていき、撫でる。

 

以前、二人きりで話をした状況と、全く同じだ。

 

「信じて欲しい。俺を。三玖自身を………前と同じだね」

 

「………ソースケ……」

 

「あの言葉は、あの時から何一つ変わらないよ。三玖はこれまで、ちゃんと勉強してきたし、それに応じて知識もつけてきた。正直、君は今回の試験で赤点を回避できる。俺が保証する」

 

「………そ、そんなこと……」

 

「出来る。君なら」

 

そう断言して総介は頭を撫でていた手を離した。

彼にとっての嬉しい誤算は、三玖が思っていた以上のペースで知識を身につけていってることだった。これまで、何人かの人間に勉強を軽く教えてきた総介だったが、本格的に面倒を見るのは、三玖、ひいては五つ子が初めてだった。その中でも三玖は、総介が、想定していたより早いスピードで、勉強を進めていった。今となっては、もうすぐで普段の授業に追いつくレベルだ。

総介は人に勉強を教えるのが上手い。しかしそんな彼にも、大きな弱点がある。

 

 

 

それは、教わる側に全くやる気がない場合、効果は半減どころか、ゼロになってしまうのだ。覚える意欲が無い人間に教えても、全く効果を発揮しない。それは普通の家庭教師でもそうなのだが、総介の場合は彼の人間性含め、余計に効果大となってしまう。顕著な例で言えば、二乃がそうだ。彼自身がマイナス印象となってしまい、勉強を教わりたいという意欲すら無ければ、それは全く意味を成さないのである。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、逆に、教わる対象がやる気に満ちていれば、効果は絶大なものとなる。三玖の場合、信頼を超えて総介に恋愛感情を持っているので、それが普段の倍に近い効果が出ているのだ。彼の言うことを忠実に守り、宿題をこなし、分からない箇所があれば聞く。ひと月程の間でそれらを繰り返していき、試験一週間前で赤点回避はよっぽどのことが無い限り大丈夫だろうと総介に言わしめたのである。そして……

 

 

 

「三玖はこのまま勉強し続ければ、間違いなく赤点はとらない。もう少し進めば、君が他の姉妹に勉強を教えることも出来るようになるんだ」

 

「わ、私が、勉強を?」

 

三玖は自分が教える立場になると聞き、少し驚いてしまう。

 

「まぁそれにはもう少し時間がかかるけどね。もしそうなれば、俺と上杉の負担も減るし、その方が効率も良くなる。それに三玖のいうことなら、アイツや五月も俺たちなんかよりずっと素直に言うことは聞けるかもしれない」

 

花火大会の日、三玖は一瞬二乃に本気で怒ったときがあった。その時の会話からして、二乃はすぐに言うことを聞いた。つまり、姉妹から勉強を教わる分には、アイツも動くことがあるということだ。そこから光明が見えてくる。しかし、全てを彼女に期待しすぎてもいけない。

 

「………三玖、ごめん。色々と押し付けてしまうようになってしまって………いっぱい頼んだけど、それでもまずは、君自身のテストに集中して欲しい。君が勉強している姿勢を見せれば、自ずと他の4人も動くはずだから」

 

「………わかった」

 

三玖は目に光を戻し、何かを覚悟したような表情で、総介の提案を受け入れた。初めて好きになった人が、自分を頼ってくれている。自分わ信じてくれている。それだけで、すごく嬉しい。それに応えたい。彼女は自分のため、姉妹のため、そして何より、総介のために頑張ることを決意した。

 

 

「………ありがとう」

 

そんな彼女を見て、総介は素直に礼を言った。もしかしたら、動揺して勉強どころじゃなくなってしまう可能性も懸念していたが、どうやらそれは杞憂に終わったようだ。

 

「………がんばる」

 

 

「……無理しないでね。何かあったら、相談にのるから」

 

「うん………」

 

三玖の返事に少し安心した総介。しかし彼はこの時気付かなかった。三玖がほんの少しの不安を抱えていたことに……そしてその小さな不安は、今は三玖すらも知らない………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが後に、ある出来事の種となることを、2人はこの時は全く思いつきもしなかった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、話を終えて、三玖をマンションまで送った総介は、特に何も話すことは無かったので、エントランスの前で別れることになった。

 

「またね、ソースケ」

 

「またね、三玖」

 

いつもする別れの挨拶。そして、また会おうという約束をして二人は背を向け合い、帰路についた。

 

(…………三玖………すまない……)

 

総介は別れる際、三玖に心の中で先ほどの会話について謝罪した。

 

 

 

 

期待はしているし、彼女にはそうするほどの力もある。しかし、念には念を入れておいて損はない。最悪の事態に陥ったとき、初動が遅れてしまうと対処のしようも無くなってしまう。だからこそ、結果が出る前から動いておかなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ノルマが達成出来なかった際の最後の一歩前の手段として。

 

 

 

 

(………明日にでもあたってみるか)

 

総介は早速、行動に移すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日昼休み、食堂にて

 

 

 

 

 

 

 

「おっす、邪魔するぞ」

 

「…………珍しいですね、浅倉君。何故あなたがいるのですか?」

 

総介は、五月が1人で食事をしている場所に現れた。対面の空いている椅子に座り、まず彼女の本日の昼食の献立を見て苦笑いする。

 

『トンカツ定食大盛り』

『味噌ラーメン』

『さばの塩焼き』

『サラダの盛り合わせ』

『プリンアラモード』

 

………大の大人でも食べるのに苦労するような量を、五月は普通に口へと運び、咀嚼して飲み込んでいく。ペースは全く落ちない。

 

 

「よく食べるなお前。朝、何も食べなかったのか?」

 

「食べましたよ。ちゃんとハムエッグと、味噌汁二杯とご飯三杯、いつも通りですね」

 

「………どんな内臓してんだ一体?」

 

モキュモキュと、リスのように頬を膨らませて食べる五月。それを見て、四葉よりコイツの方が神楽に近いのでは?と考えを改めかける総介だった。

 

「それで、どういった御用ですか?」

 

五月は総介がここに来た理由を再度尋ねた。思えば、総介がこうして五月と二人で話をするのは、初めてのことだった。三玖は無しにしても、二乃は電話、一花、四葉とはちょくちょく話をするのだが、五月とはあまり接点が無かった。

 

 

まあ今そんなことは総介にとってはどうでもいい事なので、早速本題へと入る事にした。

 

「上杉と喧嘩したんだって?」

 

「!?………」

 

風太郎の名前を出した途端、五月はそれまで動かしていた箸を止めて、総介を睨む。

 

「………上杉君に聞いたんですか?」

 

「他に誰がいる?」

 

「………あなたも、私に一緒に勉強させようとするのですか?そう上杉君に頼まれたんですか?」

 

どうやら五月は、総介が風太郎に頼まれたからここに来たと考えているようだ。しかし、それは不正解である。

 

「違えな。俺は上杉から相談を受けただけ。俺がここに来たのは俺自身の考えのためだ」

 

「考え……とは?」

 

総介の言い方に疑問を持つ五月。それに答えるかのように総介が話を続ける。

 

「上杉から絶対教わらないっつったんだ。じゃあ俺から教わるのはどうなんだ?」

 

「…………はぁ、何を言うかと思えば、そういうことですか……」

 

五月はない肩を落として、呆れたようにため息をつく。総介はそれで何か感じ取ったのか、ポケットからある物を取り出す。

 

「もちろんタダでとは言わねーよ。この前の558の肉まん無料券と、41アイスの無料券もつける。それでどうだ?」

 

その言葉に、五月の頭頂部そびえ立つアホ毛がピーンと反応し、続けて表情も変わって行き、総介がヒラヒラと見せびらかす半券へと目が泳いで行く。しばらくは目がそればかりに向いていたが、慌てて首をブンブンと大きく振って邪念を払う。そうした後、五月は総介へと目を向けて、口を開いた。

 

「………あいにくですが、私はあなたからも教わりません。私一人でも、勉強はできます」

 

「…………」

 

五月が食べ物に食いつかなかったのは予想外だったが、総介は動揺せずに彼女の話を聞く。

 

「上杉君にも言いましたが、私たちはあなた達の金儲けの道具ではありません。浅倉君のことは彼ほど嫌いではありませんが、私は私で勉強しますので、どうかお引き取りください」

 

丁寧な言い回しだが、つまりは「話を聞くつもりは無いからさっさと帰れ」ということだ。どうやら今回ばかりは、五月も譲るつもりは無いらしい。これ以上は時間の無駄のようだ。

 

「そうか、わかった。そこまで言うなら、もう何も言わねーよ」

 

「え?」

 

驚いたのは、五月の方だった。彼女は呆気に取られた表情で総介を見つめる。

 

「………んだよ?」

 

「い、いえ……もう少し食い下がってくるのかと思ったのですが……」

 

「食いもんで釣れねー時点で、いくら話しても時間の無駄だからな。お前は頑固そうだから、これで無理だったら他のもんで釣っても無理だろーよ」

 

総介は何が何でも五月に一緒に勉強させるために話をしに来たわけでは無い。物で釣ろうとしても、頑なに断れば、最初から彼女の意思を尊重するつもりでいた。それがそのまま事が運んだだけである。何より、無理矢理勉強させても、成績はそう簡単に上がるものでは無い。

 

「じゃあ、お前は1人で勉強するって事でいいんだな?」

 

「………はい。足手まといにはなりたくないので」

 

「………分かった。悪かったな、食事中に。詫びと言っちゃなんだが、これやるよ」

 

そう謝って、総介は立ち上がり、手に持っていた無料券の束を五月の前の机に置いた。

 

「い、いいんですか?」

 

「別に俺はいらねーし、期限は今月末までだから、好きに使ってくれ。礼は次のテストの赤点回避で返してくれりゃいいさ」

 

「………分かりました。ありがとうございます」

 

五月から礼を言われたタイミングで、総介はその場から離れようとするが、五月は彼に声をかける。

 

 

 

 

 

 

「………浅倉君は、優しいんですね。上杉君とは大違いです………」

 

 

「……………」

 

 

 

「私の思いをちゃんと尊重してくれて、きちんと意見を聞いてくれて………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが、

 

 

 

 

 

浅倉君が、

 

 

 

 

 

 

私たちの家庭教師だったら良かったのに」

 

 

 

 

 

五月の話をそこまで聞いた総介は、一言だけ言ってその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

「………じゃあな」

 

 

 

 

そこから、総介は五月に振り向く事なく食堂をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………めでてー女だな」

 

 

 

 

 

教室に帰るまでの廊下で、歩きながらそう呟く総介。その言葉は、とてつもない冷気を帯びて、人通りの少ない廊下へと響く。彼は五月に呆れていた。ポジティブというか、都合が良いというか、とにかく呆れ果てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優しい?

 

 

 

 

 

 

意見を聞いてくれる?

 

 

 

 

 

 

 

総介が家庭教師だったら?

 

 

 

 

 

 

 

 

勘違いも甚だしい。上杉の方がよっぽど優しいし、五月のことを考えてくれている。

 

 

 

 

 

五月は、総介の真意に全く気付いてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、彼女は思いもしなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………ありゃもうダメだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5人の姉妹の中で、一番最初に総介に見限られてしまったことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総介」

 

 

後ろから声がして、振り向くとそこに海斗がいた。

 

「海斗、どうだった?」

 

彼がこのタイミングで総介に声を掛けてきたということは、『調べさせていた事』が解ったという事だろう。

 

「ああ。その件だが、放課後に話をしよう。昼休みも直に終わってしまうからね」

 

「わかった。屋上でいいか?」

 

「うん。なるべく人のつかない場所に」

 

「りょーかい」

 

 

 

この放課後、総介は姉妹の父親について知ることとなった。

テストまであと少し。彼は何を思い、どの道を進んで行くのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして週末、事態は急展開を迎えることとなる。

 

 




この次の話で、ついに2人は………!?


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

ご感想、ご質問お待ちしてます。お暇がございましたら是非お書きください。
尚、誹謗中傷、作品に関係無い事、作品への要望等は受け付けておりませんのでご注意願います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21.人生はゲームのようにはいかない

銀魂の最終巻の七十七巻と、公式キャラブック『広侍苑』を購入しました。
キャラブック、3000円高すぎぃ!!

裏表紙に空知先生がこうコメントしていました。
『生粋の銀魂バカだけ買ってください』



先生、ここにもバカがいます!


時は流れて翌日……

 

 

 

 

 

 

「上杉さん、私、結婚しました!ご祝儀ください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

と、今回の話は四葉のまさかの結婚宣言に始まるのだが、別に本当に結婚した訳ではない。

今、四葉の周りには風太郎、一花、三玖、そして総介がテーブルを囲んでおり、彼女たちの中央にあるテーブルには、お金を使ったり、稼いだりして、最終的には大富豪と言う名のゴールを目指すすごろくゲーム、というか人○ゲームが置かれていた。

 

「えっ?」

 

風太郎が間抜けな声を出す。考え事をしていたのか、どうやら聞いていなかったようだ。

 

「おめでとー」

 

「じゃあ次、私の番」

 

そう言って三玖が中央にあるルーレットを回して、止まった数字の分だけコマを進める。

 

「スカウトされて女優になる、だって」

 

「もー!!それ私が狙ってたのに!」

 

「いやアンタ現実世界で既に女優やってんじゃねーか」

 

各々がゲームを楽しんでいる中、風太郎はというと、

 

(あ……ボードゲームの話か……)

 

ようやく状況を理解したところだった。そして手元を確認し、自分が持っているゲーム内で使えるお金を数える。そして……

 

「ゲームでも貧乏な俺……

 

ははは

 

 

はは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってエンジョイしてる場合かー!!

 

自分の人生どうにかしろ!」

 

 

 

 

 

 

 

乾いた笑いの後に突然シャウトする。

 

「うっせーな。いくらテスト前でも、勉強後の息抜きぐれー必要だろうが」

 

「今日はたくさん勉強したし、休憩しようよ」

 

「もう頭がパンクしそうです」

 

そう言う総介を筆頭に、一花と四葉も同調する。特に四葉は、普段は勉強しない上に、一番成績が悪いので、疲れが人一倍に見て取れた。

 

「そうだが……」

 

それでもどこか不安を隠せない風太郎。

 

「………」

 

その様子を、総介は横目で見ていた。そして、昨日海斗から調査結果を聞いたことを思い出す。

 

 

 

 

 

五つ子の本当の父親(・・・・・)は、彼女たちが生まれて間もなく、母と子を残して突然いなくなってしまったこと、その母も、五年前に病で他界してしまったこと、その前に母が再婚した男が、今回風太郎を家庭教師として雇っている義父だということ………

 

 

他にもいくつか聞いたが、あまり関係無いことだったので頭の端に留めておく程度にした。

そしてその義父について、『最も重要な情報』は、もう少し時間がかかるそうで、現在調査中とのこと。

 

 

彼女たちに思うところは勿論ある。しかし、物事には踏み込んではいけない部分もあることを総介は重々承知している。

 

 

 

しかし………

 

 

 

彼にとっての初恋の相手である三玖、そして総介と同じく、母と死別した境遇。これらが普段は他人の事情に淡白な彼の心をじわじわと侵食し、判断を鈍らせてしまう。

彼とてまだ一人の高校生。いくら周りより大人な考えの持ち主であっても、感情的な部分で割り切れない事も多く存在する。ましてや、それが好きな人のことだったら尚更だろう。

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

「………ースケ?………ソースケ?」

 

「え?」

 

総介が考え込んでいると、三玖が声を掛けてきた。

 

「すごく怖い顔してた。大丈夫?」

 

どうやら、考えすぎて眉間に皺が寄ってしまってたようだ。三玖がとても辛そうな表情で総介の顔を覗き込んでくる。

 

(いかんいかん。三玖に余計心配をかけてどうすんだよ……)

 

「………大丈夫だよ。少し疲れてただけだから」

 

そう言って総介は眉間に手を当てて、皺の寄った部分をほぐす。

 

三玖には姉妹の中で唯一事情を説明している分、これ以上余計な負担をかけるわけにはいかないというのに、要らぬ心配までさせてしまう始末。総介は自分が情けなくなってついため息をついてしまう。

 

「大丈夫ですか、浅倉さん?」

 

四葉も心配して声をかけてくる。すると、一花がここで皆に聞こえるように話しかける。

 

「本当に疲れてそうだね。

 

 

 

でね、そこで私に提案があるんだけどー」

 

一花が何かを言いかけた時、

 

 

 

 

「ああー!!」

 

 

 

 

後ろから声がした。二乃である。

 

 

「なんだー、勉強サボって遊んでるじゃない」

 

彼女の登場に風太郎が反応する。

 

「にっ……」

 

「私もやる。アンタ代わりなさいよ」

 

 

風太郎と二乃、二人のやりとりを尻目に、総介は未だ考え込んでいた。その様子を見てられなくなったのか、三玖が総介の頭に手を伸ばし、優しく撫でる。

 

「ソースケ」

 

「………ごめん、三玖。心配かけて」

 

「ううん。私たちのために頑張ってくれてるんだもん。もし私に出来ることがあったら、何でも言ってね?」

 

そう言って優しく微笑む彼女を見て、総介は心の奥からゆっくりと癒されていく感覚を味わう。と同時に、顔に熱が生じて赤くなってくる。今まで考え込んでいた自分がバカに思えてくる程に、三玖の優しい笑顔は総介に無いものを与えてくれる。彼は改めて思ってしまう。『少しでも長く、この子のそばにいたい』と……

 

「………ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

互いに頬を赤く染めて、二人の間に甘ったるい雰囲気が流れる。総介爆破されろ。ダイナマイト巻き付けられて。

 

そんな二人を、一花と四葉はニヤニヤしながら鑑賞していた。

そして二乃は、その様子をジト目で見るも、すぐにテーブルに視線を戻す。

 

「お金少なっ!」

 

どうやら風太郎の持ち金を見たようだ。確かに少ない。ゲームでも貧乏クジを引く男、それが上杉風太郎である。

 

「あんたも混ざる?」

 

二乃はそう言って後ろを振り向く。するとそこには、五月もいた。

 

「………」

 

「五月………一昨日は」

 

「私はこれから自習があるので失礼します」

 

風太郎は五月の姿を見るや、一昨日の口論のことを謝ろうとするが、聞く耳持たずに踵を返して部屋へと戻ろうとする。その様子を、総介は聞いてこそいたが、一切視線を向けようとはしなかった。

 

「お、おい!」

 

風太郎は五月を止めようとするが、一切取り合ってもらえず、階段を登って部屋へと戻られてしまった。

 

「………」

 

その様子を見ていた二乃が、突然風太郎の背中を押して帰らそうとする。

 

「ほら、アンタも今日のカテキョーは終わったんでしょ、帰った帰った!」

 

「あ、ああ……」

 

彼の背中を押す二乃が、総介の方を振り向いて帰宅を催促する。

 

「アンタも、三玖とイチャイチャしてないで、ちゃっちゃと帰りなさいよ!」

 

「い、イチャイチャ……」

 

そんな風に言われた三玖が、恥ずかしさで頬を赤く染める。総介は二乃の言うことに嫌々ながらも立ち上がろうとするが、ここで一花がとんでもないことを言い出す。

 

「待って二乃。

 

 

フータロー君何言ってるの

約束が違うじゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は浅倉君と二人で、泊まりこみで勉強教えてくれるって話でしょ」

 

 

 

 

そんな一花の言葉に、その場にいた全員が固まった。

 

 

 

 

 

「「えっ?

 

 

 

 

 

ええーーーー!!!?」」

 

 

 

 

 

 

 

「…………俺も?」

 

 

風太郎と二乃が驚きの叫び声を上げた後、総介が一言だけハンバーグの横についてるパセリの如く添えられた。

 

 

 

いや例え下手くそ過ぎだろ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………一体何考えてんだ、この女)

 

 

あれから、しばらく一花、三玖、四葉に勉強を教えた後、風太郎に一花が風呂入るようにすすめ、彼もそれに従って浴室へと向かった。その間に、総介は一人で3人を相手にすることとなったのだが、彼にはどうも腑に落ちないことがあった。

 

 

 

風太郎の反応を見た限りでは、とても事前に約束をしていたとは思えないし、仮にそうだとしても、総介に一言言っていたはずだ。

つまりは、完全に一花の独断だということだ。何故このタイミングで、泊まりこみの話を持ってきたのか……

 

 

(………解雇の話、まさか知ってんのか?)

 

総介の頭に思い浮かんだのは、これだった。三玖から聞いたのか、義父から一花へ連絡があったのか、それとも別のルートから情報を手に入れたか…………まあ入手経路はどうであれ、一花がもしそのことを知っていたのならば、辻褄合うのだが、知っていたとすれば、それよりも前に何かしらのアクションを起こしていてもおかしくはない。それを二人が帰ろうとするギリギリまで何も言わなかった………

 

 

(………まぁどうでもいいか)

 

 

そもそも一花は二人によく勉強を教わっている方であり、解雇のことがバレていたとしても、あまり支障はない。問題はそれを餌に、何かしら頼みごとなどをされてしまわないかという懸念だが、今のところはそのようなそぶりを見せていないので、このまま放置でいいだろう。それに泊まりこみで教えるのは、勉強の時間も増えるので、赤点回避の条件もクリアし易くなってくる。

 

 

 

 

 

 

それよりも総介には、気になることがあった。

 

 

 

 

 

それは………

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜〜♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖の機嫌が、すこぶる良いのだ。

 

「三玖、ここはこんなは方法はどう?やり易いと思うけど?」

 

「……………うん!分かりやすい。ありがとう、ソースケ!」

 

普段とは1オクターブほど大きな声と、屈託の無い笑顔で総介に礼を言い、再び問題集にペンを走らせる三玖。それに総介は、頬を赤くしてしまう。

 

 

この子こんなキャラだったっけ?

と、ここで向かいに座っていた四葉が声を掛けてくる。

 

「浅倉さん!ここってどうすればいいんですか?」

 

「ああ?ちょい見せてみろ………ここはだな……」

 

四葉の方へと向かい、解らない箇所を教えていく総介。それをジーっと見ていた三玖だが、途端に横から一花に小声をかけられた。

 

「四葉に愛しの彼を取られてヤキモチですかな〜?」

 

「な、なんのこと……」

 

三玖はペンを走らせながら否定しようとするが、頬が赤くなってしまう。

 

「またまた〜、顔に出てるよ〜、『ソースケと夜も一緒に勉強できて嬉しい』って♩」

 

「…………ああう」

 

一花のからかいに三玖は耐えられなくなり、ついには顔が真っ赤になり、煙をだしてしまう。どストライクで図星だったようだ。

 

「あはは、か〜わい〜♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花(ピー)香菜さ〜ん、勉強に集中しましょうかぁ〜?」

 

「へ?」

 

花……一花が顔を上げると、そこには腕を組み、とんでもないほど怖い笑顔で佇む総介の姿があった。

 

「いや〜、俺もアンタの中の人は好きな声優だから今まで何も言わなかったけど、流石に俺も鬼になっちゃいますよぉ〜、シャルロットさ〜ん?」

 

「い、いや僕、じゃねーや私は男装したフランス代表候補生じゃないから。IS適正とか無いから。どうか中の人に免じてご勘弁を」

 

「じゃあ口より先に頭とペンを動かしましょうかぁ〜?くだらね〜事のたまったら次は誰でイジって欲しい?ホレ言ってみ?」

 

そうニヤリと不気味な笑みを浮かべる総介に恐怖を感じたのか、一花は速攻で頭を下げて、

 

「す、すみませんでしたーーー!」

 

と、大声で謝った一花は、三玖から離れて勉強を再開した。

 

「ったく……」

 

「自業自得……」

 

「………三玖も集中するように」

 

「は、はい……」

 

油断も隙もねぇな、と総介が呆れていると、風呂場の方から何故か二乃が姿を現した。テクテクと歩いて、椅子のある方のテーブルへと座り、スマホをいじりはじめた。しばらく時が経ち、総介は二乃の方をチラッと見ると、彼女と目が合う。

 

 

「………♪」

 

「………!」

 

総介と目が合った二乃は、まるで勝ち誇ったかのようなドヤ顔をした。それは、勝利が確定した、某ギャンブル漫画の如く、恍惚を浮かべたような表情。総介はそれを見て、風呂場の方から現れたことを加味し、全てを察した。すると、今度は風呂場から風太郎が現れた。彼に気づいた四葉が真っ先に声を掛ける。

 

「あ、上杉さん、おかえりなさーい!」

 

そう声を掛けられた風太郎は、ギギギ、と、さながらブリキロボの如く首を回して応えた。

 

「ああ……おあとー」

 

そんな彼の顔は、顔中汗まみれで、目の焦点が合っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

決まりだ。しかし、念のために確認しておかなければ。

 

 

 

 

「じゃあ俺も風呂借りるわ」

 

「あ、はい!行ってらっしゃーい!」

 

「上杉、シャンプーとか着替え入れる場所とか、教えてくれや」

 

「え、ちょ、おい、浅倉!?」

 

総介は風呂の腕を引っ張って、そそくさと風呂場の方へと消えた。

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂場の前に到着した総介は、風太郎の腕を離し、彼の方へと向いた。

 

 

「………バレたのか?」

 

「!!…………すまん」

 

総介の質問に、何が言いたいのかを理解した風太郎は、そう言葉を絞り出すしかなかった。

 

「………何があった?」

 

「………実は………」

 

風太郎は事の経緯を説明した。自分が入浴している時に、二乃が五月と偽って話しかけきたこと、そこでドア越しに謝罪したら、事情の説明を求められて、五月だと思い込んで全てを話してしまったこと、直後に二乃が自分の正体を明かしてきたこと。

 

それら全てを聞いた総介は………

 

 

「……………」

 

「イダダダダダ!頭折れる!頭折れるぅぅぅ!!!!」

 

風太郎にアイアンクローを決めていた。ちなみに、本気は出していないが、風太郎の頭蓋骨がミシミシと音がしている。しばらくして、総介は彼の頭から手を離す。

 

「テメーまじいい加減にしろよ?ドア越しに謝罪だあ?謝る事ぐれー面と向かって言えねーのか?あ?」

 

 

「ほ、本当にすまん!俺も必死すぎて……考えてなかったんだ……」

 

風太郎が手を合わせて、ペコペコと頭を下げながら総介に謝罪する。

その様子を見て、総介は、はぁ、とため息をついて話しを続けた。

 

「……まぁいい。過ぎたこたぁもう戻せねー。これでしめーだ」

 

「こ、これからどうするんだ?」

 

「とりあえず、長女さんと三玖と四葉はちゃんと勉強している。その3人だけでも赤点は絶対に回避させるぞ」

 

「で、でも、『全員』赤点回避しなきゃ、俺は………」

 

風太郎は顔を下げて、うなだれてしまう。その様子を見た総介は少し考えてから、風太郎の右肩に手を置き、口を開く。

 

「…………上杉、今は先のことは何も考えるな。勉強に積極的な3人の事だけ考えろ。後のこたぁ俺もどうにかして対策を練る。お前は勉強を教えることに集中しろ」

 

「浅倉………」

 

今のままでは、二乃と五月の赤点回避は絶望的だ。この2人はもう諦めるしかない。五月は自習すると言っていたが、そもそも地力が低く、要領も悪いため、誰かのサポート無しでは赤点回避は望めないだろう。

 

 

 

二乃?聞くまでもない。

 

 

 

 

 

「とにかく切り替えろ。3人に勉強を教えることが最優先だ。あの2人に必死になるあまり、残った3人を疎かにしたら本末転倒だ。それこそ全員赤点ってことになりかねねーぞ」

 

「わ、わかった……」

 

とりあえず納得した風太郎を、総介はリビングへと戻し、入浴のために服を脱ぎ始めた。

 

 

 

入浴中、彼は今後の事を考えていた。

 

(…………やっぱやるしかねぇのか………)

 

数日前、総介が緊急で海斗に頼んで調べさせている五つ子の義父のもう一つの情報(・・・・・・・)。このまま行けば、恐らくこれを使う事になってしまうだろう。彼の中で考え得る最終手段まで、後一歩手前と迫ってきた。出来ればその手前で止まってくれれば御の字なのだが………

 

 

「……………世の中うまくいかねーな、全く……」

 

 

湯船に浸かりながら、総介は誰に向けたものでもない言葉を呟くのだった………

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

風呂から上がり、シャツとジャージに着替えた総介。シャツは白地で、胸元にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

『ビーチの侍』

 

 

 

 

 

わかる人にはわかるよね?

 

 

 

彼がリビングへと戻ると、何やら話をしていたようだった。何だと思い歩いて行くと、三玖が振り向いて総介に気づく。彼女は総介に声をかけようとしたが、何故か一瞬ためらってしまい、次に総介に気づいた四葉が話しかけてくる。

 

 

「あ!浅倉さん!突然ですが、浅倉さんの好きな女子のタイプは何ですか!?」

 

「ち、ちょっと四葉!」

 

「………はい?」

 

いきなりそう聞いてくる四葉に、慌てて四葉を止めようとする三玖。聞けば、ノートを埋めるたびに風太郎の好きな女子のタイプを教えてもらっていたらしい。それを書き記したフリップが、テーブルの上に置いてあった。てかいつ作ったんだコレ?

総介がそれを拾って、詳しく見てみると、フリップにはこう書かれていた。

 

『上杉風太郎の女の子の好きなトコBest3

 

1.お兄ちゃん想い

2.料理上手

3.いつも元気』

 

 

 

 

「…………」

 

言葉も出ない。ただのシスコンじゃねーか………

 

 

「それで、今度は浅倉さんの好きな女の子のタイプは何だろなーって、三玖が呟いたんです!」

 

「き、聞いてたの!?」

 

三玖が驚いた顔をすると同時に、今日何度目か、顔が真っ赤になってしまう。それを聞いた総介は、

 

「………言っていいのか、コレ?」

 

と、少し困惑した。

 

「はい!私も気になります!」

 

「私も気になるな〜。浅倉君がどんな子が好きなのか」

 

「い、一花まで……」

 

「俺も、なんか気になる」

 

「おお!上杉さんも気になるんですか!」

 

ついには一花と風太郎まで参戦してきた。そして遠くでは、二乃がチラッチラッとこちらを見ている。お前も気になるんかい。しかしまあ……

 

「………別に教えてもいいけど……」

 

「………おお!!聞きたいです!ぜひぜひ教えてください!」

 

そう迫ってくる四葉の顔を手で押し戻して、総介は意を決して口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ言うぞ

 

 

 

 

 

俺が好きな女子のタイプは

 

 

 

 

 

 

 

『大人しくて素直な子』だ」

 

 

 

 

 

「「「「「………………」」」」」

 

 

 

それを言った瞬間。全員が固まった。

 

 

 

 

 

「………それだけ?」

 

と、一花が最初に口を開く。

 

「それだけ」

 

「料理とかは?」

 

と、三玖。

 

「んなもん後で覚えりゃいい」

 

「………そう」

 

三玖はホッと安心する。

 

「なんというか………イメージ通りですね」

 

と、四葉

 

「ズバリ言うな」

 

と、ここで一呼吸おいて、総介が言葉を繋ぐ。

 

「因みに嫌いなタイプは、『ガミガミとやかましいツンデレ女』だ」

 

「………なんでアタシの方見ながら言うのよ」

 

総介は嫌いなタイプの女を、二乃をガン見しながら発表した。別に誰も聞いてないのに………

 

「ああ、そうだよね」

 

「わかる」

 

「これもイメージ通りです」

 

「なんか納得だな」

 

「だろ?」

 

と、全員が二乃を見ながら話をする。

 

 

 

 

 

 

 

「アンタらぶっ殺すわよ!!!」

 

 

 

そう二乃が叫んだ後、上のドアがガチャっと開いた。中から五月が出てくる。

 

 

 

「騒がしいですよ

 

 

 

 

勉強会とはもう少し静かなものだと思ってましたが」

 

そう言って五月は階段を降りてきた。

 

「ごめんねー」

 

一花が手を合わせて謝る。風太郎は彼女に話しかけようとするが、どうも躊躇ってしまう。そんな彼を尻目に、五月は三玖に声をかけた。

 

「三玖、ヘッドホンを貸してもらっていいですか?」

 

「?いいけどなんで?」

 

三玖が五月にヘッドホンを渡しながら尋ねる。

 

「一人で集中したいので」

 

そう言ってヘッドホンを借りた五月は、再び部屋へと戻ろうとする。

 

「………お前のこと、信頼していいんだな」

 

風太郎が、自室へと戻ろうとする五月に声をかけた。五月は少し間を開けて、答えた。

 

「足手纏いにはなりたくありません」

 

そう言って五月は、階段を登り始める。その二人のやりとりに、総介は相変わらず一切視線を向けなかった。しかし、彼の近くに座っていた一花は、二人を見て声をかけた。

 

「五月、待てよ!じゃあなんで」

 

「フータロー君、見て、星が綺麗だよ。ちょっと休憩しよ」

 

そう言って一花がベランダの窓を開けて、外へと出て行った。

 

「一花、また突飛なことを……まぁいい、三玖、四葉、お前らも休んで……」

 

一花の行動に呆れつつも、二人に声をかける風太郎だったが、

 

「家綱、綱吉、家宣」

 

「なるほど、家綱、綱吉、家綱」

 

「違う、二人いる」

 

「家綱吉、家宣」

 

「合体してる」

 

そんな二人の様子を見ていると、総介が風太郎の方を向いてベランダに行くように促す。

 

「………行ってやれよ。こっちは俺が見とくからよ」

 

「……ああ、ありがとう」

 

そう礼を言って、風太郎はベランダへと出て行った。

 

その後も、夜遅くまで勉強会は続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして就寝時間になってこんな問題が浮上した。

 

 

「しかしだな」

 

「俺は別にここでも構わねーぞ」

 

「お客様をソファで寝させられません!」

 

風太郎と総介がどこで寝るかで、ちょっとした揉め事があった。どうするかと悩んでいると、三玖が四葉の後ろからとんでもないことを言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「ソースケ

 

 

 

 

 

 

 

 

私のベッド使っていいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなやりとりがあって、今現在、三玖の部屋には総介1人が立っていた。

 

 

「………どうすりゃいいんだコレ」

 

風太郎は四葉のベッドを使う事になり、三玖は一花、四葉は二乃の部屋で寝ることになった。

 

 

「………」

 

総介は、ベッドを前にして、暫く立ったままの体勢が続いていた。

まさかこんな形で、初恋の人のベッドを使う事になるとは………想像もしていなかったであろう。

 

 

とりあえず、彼も眠気が回ってきたので、ベッドへと入る事に………

 

 

 

 

しかし

 

 

 

 

「!!!!!」

 

 

とんでもなくいい匂いがして、否が応でも意識してしまう。

 

(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ…………)

 

 

そんなヤバイ事しか考えていなかったが、心地よさも同時に襲ってきたため、意識が遠のいて行った。

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後、総介は突然目が覚めた。

 

 

(………誰だ?)

 

彼は何かが起こると、すぐに目を覚ます性質をしているので、何者かが部屋に入ってくる音ですぐに目を覚ました。誰かがこちらに近づいてくる足音がする。彼は起き上がり、部屋に入ってきた者の正体を確認しようとした。が!

 

 

 

 

「………み、三玖!?」

 

「…………ふぇ?」

 

 

なぜか三玖が、ベッドの前に立っていた。

 

「………え?……そ、ソースケ!?」

 

彼女の様子を見るに、どうやら寝ぼけてこの部屋まで来てしまったようだ。元々三玖の部屋なのだから、こうなってしまうのも無理はない。総介に声をかけられた三玖の意識が、段々と戻ってきた。

 

「三玖、寝ぼけてたの?」

 

「う、うん……トイレ行ってて、戻ったらこっちに……」

 

「そう…………ところで、それ、隠してもらえないかな?目のやり場が……」

 

「え?…………っっっ!!!!!!!!」

 

そう言われた三玖は、何故か顔を赤くしている総介が指をさした先を見ると、パジャマのボタンが大胆に開いて、彼女の豊満な胸の谷間が露わになっていた。それに気づくと、慌てて胸元を手で覆い隠し、後ろを向いてボタンを留め直す。

 

 

「………えっち」

 

三玖がジト目で見てくるが、総介は冷静に反論する。

 

「不可抗力です………早く戻りな。コレ、誰かに見られたらヤバイし……」

 

そう言って三玖を一花の部屋へと戻そうとする総介だったが、何を思ったのか、自分のベッドへと腰掛けた。

 

 

「………三玖?」

 

彼女の行動に疑問を思った総介だったが、次の瞬間、三玖が彼に問いかけた。

 

 

 

「………ソースケ…………何かあったの?」

 

 

「え?」

 

「お風呂から上がったソースケ、すごく辛そうな顔してた。入る前はあんな顔じゃなかったのに………」

 

「…………」

 

どうやら、顔に出てしまっていたようだ。いや、それでも微々たる差だろう。あの時はあまり意識してはいなかったが、三玖が声をかけるのを躊躇したのもそう言った理由があったからだろう。

 

「………バレてたか」

 

「………教えて。何が……」

 

流石にこれ以上は誤魔化せまいと、総介は諦めて話す事にした。

 

「………アイツに、二乃に、解雇の件が知られた」

 

「………え?」

 

三玖の時が、一瞬止まってしまう。しかし、総介は説明を続けた。

 

「上杉が風呂に入ってる最中に、アイツが上杉にカマかけて、事情を知ったんだ」

 

三玖は、その事を聞いてはいたが、耳に入ってこなかった。

 

 

 

 

二乃に知られた………つまりは、五人全員での赤点回避は、この時点で絶望的になったということだ。

 

 

 

 

 

 

三玖の中で、今まで溜めていたものが、決壊しいく。

 

 

 

 

「………ごめん。俺がもっとアイツの動きを警戒していれば…………三玖?」

 

 

「……………嫌だよ………」

 

下を向きながら、震える三玖を心配した総介が、彼女に話しかけようとしたその時、三玖が振り向いて、

 

 

 

 

 

「!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介に抱きついてきた。

 

 

 

「………嫌……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで、頑張ってきたのに………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソースケと一緒に………勉強、いっぱいしてきたのに……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと…………

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強、楽しくなってきたのに…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わりたくない……………………終わりたくないよぉ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

何も答えられなかった。三玖が、どれだけ勉強を頑張ってきていたのか、総介は知っていたから。

 

彼女の思いを聞いた総介は、優しく三玖の背中にてをまわして抱擁した。彼女は数分の間、総介の胸で泣き続けた。総介は、三玖の背中をポンポンと叩いて宥めることしか出来なかった。

 

 

 

彼は痛感した。自分は三玖に、知らないうちに多大な負担を与えてしまった事を………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………落ち着いた?」

 

「………うん」

 

あれから、総介も三玖と同じくベッドの端に腰掛け、二人並んで肩を寄せ合っていた。

 

「………ごめん。昨日、俺が言うべきじゃなかった……三玖のプレッシャーになってしまって……本当にごめん」

 

総介は、昨日、三玖に話してしまったことを本気で後悔した。表では平気な顔をしながらも、内心ではとんでもないプレッシャーになっていたことを、彼女が涙を流した時点で察してしまったからだ。しかし、過ぎた時間は戻らない。彼は、三玖に謝ることしか出来なかった。

 

「ううん、ソースケは悪くない。あの時、私に言ってくれて、嬉しかった……信頼されてるって実感できたから………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまでこれたのは、総介がいてくれたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが、家庭教師として、風太郎と一緒に、頑張ってくれたから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが、私のそばにいてくれたから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう三玖が返すと、彼女は総介の手を握り、指を絡める。総介も、彼女の手を握り返す。

 

 

 

 

 

 

 

「………三玖………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソースケ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。


第二章、早く進めたい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22.男とは、女を手に入れて一人前、女を愛して『漢』となる

銀魂、アニメ劇場版決定を受けて、私の銀魂熱が暴走特急便になっちゃってます。




もう誰か助けてください!!(笑)


 

 

 

 

 

「ソースケ…………

 

 

 

 

 

 

 

好き」

 

 

 

 

 

 

 

彼女の、三玖の口から、放たれた言葉。

総介はそれを、耳で聞き、目で見て、肌で感じ、心に響かせた。

 

 

 

 

 

「………私は、ソースケが好き。

 

 

 

 

 

私に自信をくれた

 

 

 

 

 

私に勇気をくれた

 

 

 

 

 

私に知識をくれた

 

 

 

 

 

 

ソースケが、好き

 

 

 

 

 

 

大好き」

 

 

 

 

 

真っ直ぐ自分を見る三玖の目から、目を逸らさず、三玖の言葉から、耳を塞ぐことなく、総介は彼女の想いを聞いた。

 

 

 

しかし………

 

 

 

(…………どうすればいい………)

 

 

 

分からなかった。今ここで、彼女の想いを受け止めて、それでいいのか。今後にも、すぐにテストはやってくる。そんな重要な局面での三玖からの告白。このまま、自分の想いを打ち明けて、いいのだろうか………

 

 

 

テストもそうだが、問題はまだある。

 

 

 

他の姉妹にどう示しをつけるか。風太郎や姉妹の父親にどう話すか。

 

 

 

そして最も大きいのは、三玖にも、姉妹にも風太郎にも打ち明けていない、いや、打ち明けられない、総介の中の『鬼』の存在………

 

 

 

 

(どうすればいい…………どうすれば………)

 

 

彼は思わず、目線を下げてしまう。

 

「………ソースケ………」

 

三玖が、目線を下げた瞬間に名前を呼ぶ。

 

「………ソースケの思いも、聞かせて欲しい……」

 

 

「………俺は……」

 

 

 

彼は悩んだ。

 

 

 

悩んで……

 

 

 

悩んで……

 

 

 

悩んで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、総介は、あの日のことを思い出した。

それは、遠い昔、総介が大好きだった人との何気ない会話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ総介』

 

『なに、おかあさん?』

 

『総介には好きな人はいないの?』

 

『すきなひと………ん〜………おかあさん!』

 

『ふふ、嬉しいけど、そうじゃなくて、学校で恋をしてる人はいないの?』

 

『こい?いないよ?』

 

『あら、まだ早かったようね』

 

『おかあさん、"こい"ってなに?』

 

『恋はね、いつか、本当に大好きな人が出来た時に思う気持ちなの』

 

『ぼくはおかあさんだいすきだよ?』

 

『ふふ、親子じゃ恋は出来ないわよ?あなたもいつか、本当に大好きな人が出来たら、どんなことがあっても、ちゃんとそばにいて守ってあげないとね』

 

『ふーん………じゃあいまは、ぼくがおかあさんをまもる!ぼく、おかあさんだいすきだから、おかあさんのそばにいて、ぼくがまもる!』

 

『あらあら、頼もしいわね。頼りにしているわ。頑張ってね、総介』

 

『うん!』

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時が経ち、総介と彼の母は最も悲しく、最も残酷な別れ方をしてしまうこととなる。

 

 

 

 

守れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世で一番大好きな人を、守れなかった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

母があの時言ってくれた、あの言葉……

 

 

 

『いつか本当に大好きな人が出来たら、どんなことがあっても、ちゃんとそばにいて守ってあげないとね』

 

 

 

 

 

母との思い出を、今になって思い出す。

 

 

 

 

 

 

今ここで、三玖を突き放すことは容易いが、それはただの自己満足に過ぎない。理由をつけて彼女の想いを無下にしたところで、それはただ、自分がそうして彼女を遠くから守った気でいるだけ。そんなくことで後に残るのは、虚しさと後悔のみだ。本当に大切な存在ならば、そばに置いてこそ価値があるのではなかろうか。しかし……

 

 

(俺には……)

 

 

理屈で止められるなら、とっくにそうしている。それでも、彼には三玖を受け止めることが、未だ出来なかった。

 

 

 

もし、母のようにまた失ってしまったら……その恐怖が、まるで鎖のように総介に纏わり付いて離れない。

 

それならば、いっそ何も持たなければ良い。そう思えてきた総介にブレーキをかけたのが、もう一つ、別の人物が放った言葉。それは、ごく最近、ある男が言った台詞だった。

 

 

 

 

 

 

 

『失うもんがねぇ強さは、何も護れねぇ弱さと同じだ』

 

 

 

 

それは、どっかの銀髪プー太郎侍の言葉。所詮は漫画の台詞に過ぎないが、今の総介には充分心を響かせた言葉。

 

何かを手にすれば、それを失うかもしれない恐怖が付いてくるのは必定。それから逃げるために、彼女を突き放すのか?ただ自分が怖いから、手元から彼女を放り出すのか?

 

 

 

ひと時の虚しい満足感のために、三玖を拒絶するのか?

 

 

(………違う)

 

 

そんな腰抜け、俺が目指した人はしねぇ。

 

俺が見ていた『あの男』は、重い荷を何度も背負っても、それを守り通してきた。なら、俺は………

 

 

(俺は………もう失くしゃあしねぇ。

 

 

 

 

 

 

今度こそ護ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖を、三玖の想いを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんなことがあっても………どんなことをしてでも………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の貫くと決めた『侍』の道だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう迷わねぇよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介は、三玖に両手を伸ばし、自身へと引き寄せた。

 

「そ、ソースケ?」

 

突然抱きしめられた三玖だが、心を許している人の行為なので、自然と自分も彼の胸元へと入っていった。

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………三玖………ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺も、三玖が好きだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖はその言葉を、彼の言葉を一切聞き逃しはしなかった。

 

 

 

 

 

 

「初めて会った時から、ずっと好きだった。

 

 

あの時からずっと、三玖のことを考えてた。

 

 

三玖と会って話をして、上杉や、三玖の姉や妹に会って

 

 

 

一緒に過ごす中で、色んな三玖を見てきて

 

 

 

もっともっと好きになった

 

 

 

これからも、一緒にいたい

 

 

 

 

ずっととは言わねぇ

 

 

 

一日でも、1秒でも長く

 

 

 

 

三玖と一緒にいたい

 

 

 

 

 

それほどまでに三玖が

 

 

 

 

 

 

 

大好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

今言える言葉を、総介は何とか絞り出した。腕の中にいる三玖を抱きしめる力を、少し強くする。

 

 

誰にも、この子を渡したくない………

 

 

心臓の奥深くから、有り余るほどの独占欲が湧いて出てくる。醜い、そう思った。それでも………

 

 

 

 

 

 

エゴと言うなら言うがいい。恋愛なんて所詮はエゴとエゴのぶつけ合いなのだ。欲に忠実でなにが悪い。

 

そう開き直っていると、三玖の体が少し震える。総介は、力を緩めて彼女を解放した。

 

「………三玖?」

 

 

彼女は総介の言葉を全て聞き終えると、瞼に涙を浮かべながら、顔を上げた。

 

 

「………ありがとう、ソースケ

 

 

 

 

 

すごい嬉しい」

 

あまりの嬉しさに、彼女はポロポロと、涙を零し出す。月夜に照らされる彼女の目から落ちる雫は、まるで宝石の如く輝きを放ちながら、頬を伝っていった。

 

 

「………私も、ソースケと、一緒にいたい。

 

 

 

 

いっぱいソースケと勉強したい

 

 

 

ソースケと、色んなところに行きたい

 

 

 

ソースケと、ご飯を一緒に食べたい

 

 

 

 

ソースケ

 

 

 

 

好き

 

 

 

 

大好き」

 

 

 

 

三玖は今度は自分から、総介の胸元に飛び込んだ。彼はそれをしっかりと受け止め、片方の手で彼女を抱きしめ、もう片方の手で頭を撫でる。

 

 

 

「………君は、俺が護る

 

 

 

 

どんなことがあっても、護ってみせる」

 

 

 

「………うん」

 

 

 

 

 

「………ありがとう

 

 

 

 

 

 

こんな俺を好きになってくれて

 

 

 

 

 

こんな俺に好きって言ってくれて

 

 

 

 

 

本当にありがとう」

 

 

 

 

「………ソースケ

 

 

 

 

 

 

私も

 

 

 

 

 

 

 

私を好きになってくれて

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

何度でも言わせて

 

 

 

 

 

 

 

ソースケ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたが好き

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大好き」

 

 

 

 

三玖は顔を上げて、総介と目を合わせる。しばらく互いを見合った後、三玖の方から、目を閉じる。

 

 

「………ソースケ」

 

 

彼女が何を待っているか、それは総介にもすぐに伝わった。彼は三玖の前髪を指でかき分け、顔を近づけていく。

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花火大会の日、総介が最後に頬に感じた唇の感触を、彼は自身の唇で感じた。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

三玖は少し肩を強張らせてしまったが、それもほんの一瞬で、次の瞬間には、力を抜いて、総介の背中に腕を回した。

 

 

 

 

一瞬にも思える短い時間を、永遠にも思える長い時間を、2人はしばらく堪能した後に、互いに唇を離し、見つめあった。

 

 

 

 

 

 

「………ふふっ」

 

「………ははっ」

 

初めてキスをしたというのに、何故か自然と出来てしまったことに、2人は少し笑ってしまう。

 

 

「………初めて、だよね?」

 

「当たり前だろ?少なくとも物心ついた時からしてないよ」

 

互いに笑いあっていると、三玖があることに気づく。

 

「………そういえば」

 

「ん?」

 

「ソースケがメガネをかけていない顔、初めて見た」

 

「………あ」

 

総介は目元のあたりを触ると、確かにいつもしている黒縁眼鏡がないことに気づいた。どうやら、起きてからずっとかけずにいたようだ。

 

「………あんまり見ないでくれ」

 

「ふふっ、何だか新鮮」

 

思わず目を逸らしたくなるが、総介もここで三玖の首元を見て気づく。

 

「………それを言えば、俺も三玖のヘッドホンしてないとこ見るの、初めてかも」

 

「花火大会の時もしてなかったでしょ?」

 

「でも、あの時は髪おろしてなかったから………普段はヘッドホンで分からないけど、髪、結構長いんだね」

 

右手を三玖の耳元へと伸ばして、彼女の髪を優しく梳く。

 

「………ソースケも、すごく綺麗な目、してる」

 

三玖は今は露わになっている総介の裸眼を、優しい眼差しで見つめる。

 

「いや、よく『死んだ魚の目』って言われるんだけど……」

 

「そんなことない。とても優しくて、強い目をしてて………好き」

 

頬を赤くしながら、総介の瞳を見続ける。三玖の言葉に、彼もまた顔に熱を感じてしまう。と、ここで、彼の瞳を見続けてきた三玖の顔が、徐々に近づいてくる。その目元は、何かに当てられたように、トロンと垂れて、大好きな彼を見つめていた。

 

「み、三玖?」

 

「ソースケ………んっ」

 

互いに瞳を閉じて、あっという間にその距離はゼロになった。今度は三玖の方から、総介の首に腕を回して、唇を重ねてくる。

 

「ん………」

 

「……んふぅ……ん……」

 

先程、ただ触れ合わせただけのキスとは違う、互いの唇を啄むような口づけを、2人は繰り返す。

 

「………ん……はぁ」

 

「…はぁ……ソースケ………もっと」

 

一度顔を離したものの、三玖のその言葉で、総介を縛っていた鎖は、完全に外れてしまった。

 

「っ!!……三玖!」

 

「きゃっ!………んんっ!」

 

彼女をゆっくりとベッドへと押し倒し、体重をかけないように上から覆い被さる。そして驚きの声を上げた三玖の唇に、三度自分の唇を重ねた。

 

「んん……ふぅ…ん……」

 

「ん!……んふぅ……んちゅ……」

 

彼は自分の舌を、口の中から出して、繋がっている三玖の口の中へと送り込む。途中、彼女の歯列がそれを止めたのだが、総介の意図を察した三玖は、多少驚きながらも、すぐに口を開けて、彼の舌を受け入れた。そこからは、完全に総介がキスの主導権を持っていった。

 

「………ん……んん……」

 

「んふぅ……ちゅ……レロ……ちゅる……んん」

 

三玖の口から舌を絡めとり、自分の舌と繋ぎ合う。互いの唾液が混ざり合う感覚が、2人の脳の中枢を、愛欲と快楽で埋め尽くし、他の考えの一切を排除した。

三玖も、総介を離すまいと、手をもう一度体に回して、密着させる。柔らかく、弾力のある胸部が総介に押し付けられ、更に欲望の炎に油が注がれ、一層激しく燃え上がる。

 

「ちゅ……れりゅ…ちゅ、ちゅ……んんふっ」

 

「はぁ……んんちゅりゅ……ちゅう……んん」

 

顔の傾きを変えながら、二人の口内では激しく舌が絡み合い、互いの唾液を啜る音すらきこえてくる。おおよそ10分間、総介と三玖は全てを忘れ、激しい口づけに夢中になった。

 

 

「ちゅる……はぁ、はぁ、はぁ」

 

「んちゅ……はぁ、はぁ、ソー、スケぇ」

 

頃合いと見て、総介は唇を三玖から離す。その口からは、月夜に照らされキラキラと輝く唾液の糸が、三玖の口へと伸びて、二人を繋いでいた。それもすぐに切れて、三玖の口の中へと落ちてゆく。彼女はそれを、躊躇することなく飲み込んだ。そして、三玖が手で拭った口から、総介を更に夢中にさせようとする言葉が飛び出した。

 

 

 

 

 

「ソースケ………いいよ?」

 

 

「!!」

 

 

『いいよ』………その言葉が何を意味するのか、総介は知っている。彼も思春期真っ只中の高校生。そういう本や、画像や動画をスマホで見たことはある。今の三玖の一言が、まさに『それ』をしていいと、言っているのだ。

ちなみに総介は、30歳になると魔法使いへと昇格できる権利を、今現在有している。このままいけば、その権利は失われるであろう。

 

できればこのまま、そんな権利、この場で捨て去ってしまいたい。この子を、たくさん愛したい。抱きしめたい。無茶苦茶にしたい。

そんな総介の欲望を助長するかのように、三玖は仰向けに寝たまま、パジャマのボタンをひとつずつ外していった。彼女の抜群のスタイルを象徴する豊満な胸が、少しずつ露わになってゆく。彼女の白い肌に、総介は目を離せなくなる。心臓の鼓動が、早まり、血液が下半身へと移ってゆく。彼女の手が、へそあたりのボタンへと差し掛かった、その時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………ダメだ!)

 

総介は、ボタンを外そうとする三玖の手を掴み、止めた。

 

「ソースケ?」

 

どうしたの?という表情で、総介を見上げる三玖。

 

「………ダメだよ、三玖」

 

「え?……」

 

「これ以上は、できない……」

 

その言葉を発すると、三玖の表情が、段々と変わっていった。目を潤ませて、今にも泣きそうな表情で総介に問うてくる。

 

「と、どうして……」

 

彼女も、総介に全てを捧げる覚悟で、あの一言を言ったはずだ。総介自身も、その覚悟を受け止めたいという思いは勿論ある。しかしだ。

 

「三玖……できれば俺もこのまま、三玖とそうなりたい。

 

 

三玖が欲しい。

 

 

でも、今はダメだよ」

 

ゆっくりと、優しく、傷つけないように言葉を使う。 しかし、三玖は悲しみの表情を変えようとはしない。

 

「………どうして?私、ソースケになら何をされてもいいよ?

 

 

私のはじめて、ソースケにあげたいの

 

だから」

 

「だからこそだよ」

 

彼女の言葉を、総介は遮るように、口を開いた。

 

「今この状況じゃ、リスクが高すぎる」

 

「………リスク?」

 

 

「今ここは、五つ子の家で、三玖の部屋だ。隣の部屋には二乃と四葉、上杉が寝ているし、その更に隣には、一花と五月もいる。万が一、音や声が聞こえて仕舞えば、怪しんで部屋に来るし、例え防音だとしても、三玖の姿がいない一花が探しに来たら、それこそ詰みだ。テストも直前なのに二人で『おたのしみ』してましたなんてバレてしまったら、それこそお終いだ。信頼なんてもの、一気に崩れていっちゃうし、三玖も他の姉妹に示す顔できないでしょ?」

 

「………」

 

三玖は、総介の説明に、何一つ返すことが出来なかった。ド正論だった。仮にバレでもしたら、起こったことの無い事例だけに、他の姉妹が何をするのかは三玖自身でも分からない。特に二乃は、激昂するのか、呆れ果てるのか、いずれにしてもポジティブな反応ではないだろう。何より、総介が説明をしている時に姉妹の名前をふざけた呼び方を一切しないことからも、彼の真剣さが三玖には充分伝わってきた。そして総介は、更に補足を入れる。

 

「もしその条件をクリアできたとしても………俺、『持ってない』」

 

「………?」

 

何を持っていないのか、と、疑問に思った三玖だったが、総介は『それ』をジェスチャーで説明した。するとたちまち、三玖の顔が真っ赤になっていく。

 

「………ね。流石に無しじゃ出来ないし、それをしなかった場合のリスクが、さっきの家族バレなんかよりよっぽど高いよ」

 

万が一、このまま欲望に忠実に、三玖を愛せば、それは途轍もない幸福感に包まれるだろう。だが、その先に待っているのは、とても辛い道のりだ。こんな時にオイタをしでかしてしまった後の結末を彼は想像しただけでゾッとしてしまう。

 

総介は三玖を起こして、パジャマのボタンを締めさせて、最初のように、ベッドの端に並んで座る。

 

「………三玖のことは大好きだよ。でも、今ここでするには、今後のことを考えたらリスクだらけなんだ。高校生で、ましてやテスト前でそんなことが発覚したら、三玖の姉妹は勿論、君たちのお義父さんも、黙っちゃいない。ヘタしたら何をするか分からないしね」

 

総介が義父の名前を出した途端、三玖の顔が一気に青ざめる。彼女も、色々と理解したらしい。どうやら効果は抜群だったようだ。

 

「………わかった」

 

「………ありがとう、三玖」

 

理解してくれたお礼に、総介は三玖の髪へと軽くキスをする。こんなキザなことをするのは彼も慣れてなくて、結局後になって勢いに任せてしまった恥ずかしさで悶絶してしまうのだが……

 

「………でも」

 

三玖が何か残念そうに、言葉をこぼした。

 

「?」

 

「………やっぱり、ソースケに……あげたかったな」

 

「………」

 

やめろ、やめてくれ。そんな寂しい顔されたら、また復活しちまうじゃねーか………

 

総介は何か無いか、何か無いかと考えて、速攻で答えを導き出した。

 

「………三玖、じゃあこうしない?」

 

「え?」

 

「もし来週のテストで、三玖が赤点を回避できたら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の家に来て欲しい」

 

総介が、三玖の目を見つめながら言う。

 

「そ、ソースケの家に?」

 

「うん。俺ん家、今ほとんど一人暮らしの状態だし、使える部屋も余ってるから、出来れば、泊まりに来て欲しい………

 

 

 

 

そこで、三玖が望んだこと、全部してあげるし

 

 

 

 

俺も、その……そうなりたいから……」

 

後半は、流石の総介も言ってる内容が色々とぶっ飛んでることを理解したようで、顔を赤くしながら三玖へと説明した。

 

「………ど、どうかな?」

 

赤くなった顔を彼女から少しをそらして、総介は三玖へと尋ねるた。すると、三玖が、ゆっくりと口を開く。

 

「………本当に」

 

「え?」

 

「本当に、赤点じゃなかったら、ソースケの家に、行っていいの?」

 

そう行った彼女の顔は、ウルウルと上目遣いで見つめるという、男子の心臓をブチ抜くトンデモ破壊兵器の表情をしていた。コレ、マジで反則です。

 

「………も、もちろん!なんならもう一緒に住んで、じゃねーや!土日とかで泊まって、どっかにデートとか行こう!」

 

「デート………」

 

危うく欲望が噴き出してしまった総介だが、三玖はデートというワードに気を取られているおかげで、気づいてはいないようだ。助かった……

 

「………わかった。じゃあ、赤点とらなかったら、ソースケの家に泊めてね」

 

「……ああ。約束だ」

 

「うん、約束」

 

その言葉の後、三玖は目を閉じて、口を総介の元へと突き出す。何をして欲しいか、彼にはすぐわかった。断る理由も無いので、彼は三玖の肩を優しく掴んで、く顔を近づけていった。

 

「………ん」

 

「ん……」

 

最初と同じような、触れ合わせるだけの優しい約束のキス。

 

「………ありがとう、ソースケ」

 

「どういたしまして………テスト、頑張ろうね、三玖」

 

「うん……」

 

そう言葉を交わして、三玖は一花の部屋へと帰ろうとする。総介は部屋の出口まで見送るために立ち上がり、ほんの短い距離だが、二人で歩き、三玖がドアを開く前に、最後に振り向いてきた。

 

「………ソースケ」

 

再び目を閉じる。え、また?

 

そう思ったのだが、彼女が求めてくるのが余りにも嬉しいため、総介は速攻でキスを返した。

二人がたったままで口づけをするには、身長差がかなりあるため(総介183cmと三玖推定159cm)、三玖が背伸びをして、総介が前に屈んで彼女の背中に手を回して支えながらキスをする形となる。

 

おやすみのキスを終えて、二人はしばし見つめあった後、三玖から口を開いた。

 

「………これから、よろしくね」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

それは、二人の想いが、ようやく結ばれたと実感できる言葉。

 

 

「………おやすみ、ソースケ」

 

「………おやすみ、三玖」

 

いつも別れる時は「またね」なのだが、今日だけは違った。互いに寝る場所が近いからなのだろうか。それとも、恋人となって初めての別れの挨拶だからなのか……

 

総介は回していた手を離して、三玖は振り向いてドアを開け、部屋から出て行く。その際、二人はドアが閉まるまで、手を振り続けた。

 

 

 

扉が完全に閉まった後、総介はその場に暫く立ち尽くし、そしてゆっくりとベッドへと移動して、寝転がった。

 

 

 

 

 

 

 

「……………夢じゃねーよな?」

 

 

そう錯覚してしまうほどに、幸せな時間だった。もし、これが夢だったら………

 

 

 

いや、考えたくない。

 

 

「………寝たくねーよ」

 

 

 

もし寝てしまって、夢だったら、という子供みたいな想像をしてしまうのだが、そんな時に限って、眠気は襲ってくるものだ。

 

 

「………三玖……」

 

意識が落ちる直前に思い浮かべたのは、今の意識の中で、恋人となった最愛の人の笑顔。

 

 

 

 

これだけは、この笑顔だけは、夢にしたく無い。

 

 

 

 

 

 

 

頼む

 

 

 

 

 

現実であってくれ

 

 

 

 

 

もし夢だったとしても

 

 

 

 

 

 

永遠に覚めないでくれ

 

 

 

 

 

 

 

ラブコメの神様とやら

 

 

 

 

 

 

 

頼む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

300円払うから

 

 

 

 

 

 

そんなことを最後に考えた総介は、ゆっくりと、幸福に包まれた思いのまま、眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

この話を通して、総介に言いたいことはひとつだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介爆発しろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おめでとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方………

 

 

一花の部屋に戻った三玖はというと……

 

ギィ、バタン

 

「…………」

 

「………〜〜〜〜〜!!!!!」

 

(ソースケと、ソースケと恋人に!!!)

 

「っっっ〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 

嬉しさのあまり叫びたいけど、大声を上げるわけにはいかないので、腕をブンブンさせてジタバタする。かわいい。

 

(ゆ、夢じゃ無いよね……本当に、現実だよね!)

 

こっちもこっちで、夢では無いかと疑ってしまう三玖であった。試しに自分で頬をつねってみる。

 

「……イタタっ」

 

夢では味わえない確かな痛みが返ってきた。これが夢ならば、三玖は戦国武将に斬られる夢を何度も見ているので、斬られた痛みで精神崩壊しているはずである。

 

「………っっっ〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

改めて現実だと実感した彼女は、再び腕をブンブン動かして、一花を起こさないように声を立てずに喜びを表現するのであった。ほんとかわいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん、みく〜、なにやってんの〜?」

 

「っ!!!!?」

 

 

 

起きちゃいました。

 

 

でも適当にごまかしたけどね………

 




というわけで、2人は結ばれ、晴れて恋人同士となりました。
このタイミングで2人が結ばれるのは、作品の創作の初期段階から決まってたことだったのは小話とさせていただきます。
てか、ラブシーン書くの難しスギィ!

これからも結ばれた2人を温かく見守っていただけると幸いです。
そして総介、お前はリア充となったのだ。よって爆発しろ。


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23.変装って結構バレバレなの多い

第二章、いよいよ佳境に入っていきます。


 

 

 

 

 

 

 

スズメがチュンチュンと鳴く晴れ晴れとした翌朝、『PENTAGON』の最上階、中野家のリビングでは、五つ子の姉妹全員がテーブルを囲んで朝食を摂っていた。

 

「一花が休日のこんな時間に起きてるなんて珍しいですね」

 

五女で末っ子の五月が一花を見ながらそんなことを言う。一花は普段は長女として振舞っているが、その私生活は五人の中では飛び抜けてズボラだ。部屋は散らかり放題で、休みの日は昼まで起きてこないことも多々ある。

 

「いつもは五人の中じゃドベだけどね、今日は三玖に起こされちゃってさ」

 

「………早起きは三文の徳」

 

「三問?三玖は早起きするとクイズやってるの?」

 

「四葉、違うわよ。早起きすると、なんかこう、色々いいことがあるって意味よ」

 

三玖の言うことわざを、四葉があらぬ方向へと聞き間違え、二乃が適当な訂正を説明を入れる。皆が思い思いに朝ご飯を食べる中、五月か再び口を開いた。

 

「……彼らは?」

 

「さぁ、まだ寝てるんじゃない?」

 

五月の言う彼らとは、昨晩この家に泊まっていった二人の男子『上杉風太郎』と『浅倉総介』のことだ。一花が『泊まり込みで勉強を教える約束』と称して二人を一泊させようと言ったことが、事の発端である。そしてこの長女の行為が遠回しとはいえ、三女の三玖と、総介を結びつける原因となった事は、未だ本人たち以外知る由のない事である。

 

「…………」

 

三玖が下を向いて黙ったまま、昨日の事を思い出す。前髪が長く、顔が隠れやすいため、赤く染まった頬は、まだ他の姉妹にはギリギリ見つかっていないようだ。と、ここで四葉が立ち上がった。

 

「じゃあ私、上杉さん起こしてくるね!」

 

四葉が勢いよく階段を駆け上がっていく様子を見て、三玖も続けて立ち上がる。

 

「わ、私も、ソースケを起こしてくる」

 

タタタと早歩きで自室へ向かっていく様を、一花は何かを知っているかのようにニヤニヤとしながら見送った。一方の二乃は、苦々しい表情で三玖をチラッと見ただけで、直ぐに視線をテーブルへと戻した。

 

「………アイツら、本当に泊まったのね。

 

ま、それもあと少しの辛抱だわ」

 

二乃は昨日、風太郎を騙して『姉妹の一人でも赤点をとれば家庭教師はクビ』という事実を知ったため、ようやく自分たちの周りをうろつく連中を排除できる、と内心歓喜していた。

 

「二人も勉強参加すればいいのに。案外楽しいよ」

 

「お断り」

 

一花の薦めもそっぽを向いてキッパリと断りを入れる。そして二乃は、五月に視線を移す。

 

「五月、あんたは絆されるんじゃないわよ」

 

「…………」

 

そう二乃に言われた五月は、何かを考えるように黙り込む。

 

「素直になればいいのに」

 

そんな末っ子を心配しているのか、一花が優しく声をかける。

 

「………どうも上杉君とは馬が合いません。この前も諍いを起こしてしまいました。些細なことでムキになってしまう自分がいます」

 

「ふーん、フータロー君とは、ねえ。じゃあ浅倉君は?」

 

「彼は………あまり話をしたことが無いので、よく分かりません」

 

「アイツ、いつも三玖にベッタリじゃないの!ちゃんとみんなに教える気あんの⁈」

 

二人の会話に、二乃が割って入ってきた。キツイ物言いに、一花がすかさずフォローに入る。

 

「まぁまぁ、浅倉君が三玖と仲良いのは否定できないけど、彼、私や四葉もちゃんと勉強見てくれてるよ。教えるのも上手いし、素直に話を聞いてれば普通に良い人だと思うけどな〜」

 

「フン!どうかしらね………」

 

二乃からしてみれば、総介は風太郎以上に異端な存在だ。家庭教師として義父に雇われている風太郎でさえ、彼女にとっては煙たいというのに、その助っ人としてやってきた浅倉総介という男は、目障り以外の何者でもないのだ。

こちらが向こうに噛み付いても、向こうはまるで意に介さず、大人と子供の関係のような上から目線で扱ってくる。そんな彼の態度が、とても鬱陶しい。さらに、二乃にとって一番腹立たしいことは、妹であり、誰かに入れ込むような性格ではなかった三玖が、総介には心を許していることだ。それも、総介に特別な感情を持ってるかのように懐いており、彼の方も、三玖を特別に想っているのか、とても優しく接している。自分たちと三玖への言葉遣いの差を聞いていれば、そんなことはいくらバカでも分かる。

四葉もそれに近いが、アレはお人好しな性格のため、あまり気にしないでいい。まあそれはそれで四葉が心配なのだが……

とにかく、このままでは近いうちに三玖を発端として、姉妹全員がバラバラになってしまう……そういった危機感が、二乃の頭を常によぎっていた。

 

 

 

そんな時に知った、『誰か一人でも赤点をとれば家庭教師はクビ』の件。

チャンスだと思った。これで自分が犠牲となり、赤点となれば、もうあの二人とは縁を切れるし、あの男も、三玖には容易く近づけなくさせることが出来る。どこの誰だか知らない馬の骨に、姉や妹達、自分が引っ掻き回されるのはもうたくさんだ。遅くとも、あの二人は後一週間ほどで退場する。それまで耐えればいい。それでまた、元の仲の良い姉妹の場所が戻ってくるのだ。この場所は、私達だけの居場所は、もう誰にも踏み込ませやしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そんな二乃の思惑は、完全に周回遅れとなっていた。

 

 

 

 

 

いくら二人を引き離そうとしても、もう手遅れなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故なら、二人は昨晩既に、見事結ばれて恋人同士になっていたのだから………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二乃、浅倉君のこと嫌いだもんね〜」

 

「ええ嫌いよ。早く死んでくれないかしら、アイツ」

 

「そ、そんなに、なんですか……」

 

物騒な物言いに五月は口を引きつらせてしまう。

 

「だって二乃はいっつも浅倉君に言い負かされてるからね〜。天敵だね」

 

「負けてないわよ!ていうか、勝負もしてない!」

 

一花が二乃を挑発してからかう。そんな様子を見て、五月はポロっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

「………羨ましいです」

 

「「え?」」

 

「一花や三玖、四葉は、彼らとうまくやっているみたいですから……

 

 

 

 

私は一花や三玖のようにはなれません」

 

 

そんな五月がボソッとこぼした言葉を聞いていた一花は、何かを閃いたようで、目を『キラーン』と輝かせた。

 

「………なれるよ」

 

「えっ」

 

「ほら、ここの髪をもってきて……」

 

一花は隣にいた五月に近づいて、髪をセットし直した。

 

「はい、三玖のできあがり!」

 

そう言われた五月の髪型は、それっぽく前髪が長く、分け目もできていたのだが、それでも完成度は三玖には程遠い。

 

「私は真剣に言ってるんですが!」

 

「ごめんごめん、五つ子ジョークだよ」

 

 

プンスカと怒る五月をよそに、一花は楽しんでいるようだった。

と、

 

「一花!

 

 

 

 

髪の分け目が逆よ、もっと寝ぼけた目にして」

 

二乃までもが、五月の髪いじりに参戦してきた。

 

「この髪が邪魔だなー」

 

「私で遊ばないでください!」

 

こうして末っ子は、長女、次女の二人におもちゃにされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょうど三玖もいないし、これで二人騙せるか試してみようよ」

 

「え……マジ?あいつらに私たちの区別なんてできるわけないでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

 

 

 

時は少し戻り、総介を起こしに行った三玖………ではなく、四葉は、自室の部屋へと入って、風太郎が寝ているベッドの横に立っていた。

 

 

「……………」

 

彼女の顔は、いつもの元気いっぱいな表情とは違い、穏やかに、未だ夢の中の風太郎を見つめていた。その顔は、どこか懐かしさ、寂しさ、他にも色々な何かが入り混じったような、複雑だけど、とても静かな顔で、彼の顔に視線を向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………風太郎君………」

 

 

 

 

 

普段とは違う彼を呼ぶ声が、たった二人の部屋に響き、消えていった。

 

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

 

 

一方で、四葉が自室へと入った直後に、三玖も、総介の眠る自分の部屋の前に立った。なるべく音を立てないように、ゆっくりとドアを開け閉めをして、忍び足でベッドへと近づいてゆく。幸い、ベッドの横に立つまでは、彼は起きなかったようであり、掛け布団を肩の下まで被り、未だ静かに寝息を立てて、仰向けにスヤスヤと眠る総介の姿がそこにはあった。

 

「…………」

 

彼の寝顔を見て、少し得をした気分になる。この寝顔を知っているのは、姉妹や他に近しい人間では自分だけのはず。彼の隙だらけの寝顔を見て、自然と笑みが出てくる。

 

 

 

(ふふっ………まだ、夢みたい)

 

何度も現実だと確認したにもかかわらず、そう思えてくるほどの衝撃的な夜だった。

昨晩、このベッドで、二人は結ばれた。手を繋いだ。抱き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度もキスをした。

 

 

「……っ!!」

 

思い出す度に、顔が赤くなってしまう。先ほども、唐突に思い出してしまい、危うく姉妹の前で真っ赤っかな顔を晒してしまうところだった。慌てて平静を装って自室へと向かったものの、目の前で眠る恋人の姿を見て、否が応でも昨日のことがフラッシュバックする。慌てて首を左右に振って、雑念を払う。

 

(お、起こさないと……)

 

 

このまま彼が起きるまで寝顔を拝むのも楽しいが、そうすればいつ起きるのかわからないため、姉妹が様子を見に来るだろう。そうなる前に、起きてもらいたい。そして確認したい。昨日のことを……

 

 

 

「………ソースケ、起きて」

 

三玖は彼の肩に手を置いて、ゆっくりと揺すりながら声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソースケ起きて。朝だよ」

 

 

 

総介は重くなった瞼をゆっくりと開く。誰かにユサユサと揺らされている感覚と、自分を呼ぶ控えめで優しい声が聞こえてきたことが、彼の意識を眠りの世界から戻すきっかけとなった。眠気でボヤッとする視界の中で目に入ったのは、自分を起こそうとしている世界で一番愛おしい人の姿だった。

 

「ん〜……?……みく……?」

 

「起きた?」

 

総介はあまり眠れていない寝起きのためか、今の状況を直ぐには理解できなかった。とりあえず体を起こして、今の状況を確認する。

 

 

「おはよう、ソースケ」

 

「………ん、おはよう、三玖……」

 

彼女のかけてくる声に、総介は安らぎを感じながら、昨日のことを順を追って思い出していく。

 

(………そうか、俺……この子の部屋に………泊まって……)

 

いつもとは違う天井と、何故か横にいる初恋の女の子を見て、彼はようやく理解し、意識をはっきりとさせた。左手で頭をかき、少しあくびをする。

 

やがて、昨晩、夜中に起きた記憶が総介の頭を駆け巡る。

 

(…………昨日………本当に………)

 

思い出すのは、三玖が寝ぼけて部屋を間違えたこと、彼女に二乃に隠していたことを知られてしまったこと、

 

 

三玖からの告白、それに対する葛藤………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖を受け入れ、自分も本音を告白し、結ばれたこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も、口づけを交わしたこと………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………夢……じゃねーよな……」

 

 

「夢じゃないよ」

 

思わず呟いてしまった一言は、三玖にもはっきり聞こえていた。未だ半分夢の世界に飛んでいそうな総介にはっきりとそう告げて、掛け布団の上に置かれている彼の手に、自分の手をゆっくりと重ねる。

 

「………三玖………」

 

「夢じゃない………総介の、恋人になれたんだもん。夢になってほしくない」

 

 

優しく笑いかけてくる彼女を見ると、心なしか安堵感が湧いてくる。心臓か、脳か、それらがどこから出てくるのか分からないが、たちまち全身を優しく温かい感覚が総介を包み込んだ。ようやく、ようやく想いが通じたのだ………

 

「………そうか……」

 

手を裏返して、重ねられた白くて細長い三玖の手と握り合う。それにすぐさま彼女も、ゆっくりと握り返してくる。

 

「………ソースケ……大好き」

 

三玖が頬を赤くした笑顔で、昨日の振り返りのような告白を、改めて口にする。その言葉を受けた総介は、頭をかいていたほうの左手を、彼女の背中へと回して、ゆっくりと抱き寄せた。三玖も、それに一切抵抗することなく、なされるがままに、すっぽりと総介の胸に上半身を埋めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺もだよ、三玖。大好きだよ……」

 

繋いでいた方の手も、背中へと回して、優しく抱きしめる。やがて、三玖は顔を上げて、総介と見つめ合う。自然と、目が閉じられて、顔同士が近づいていく。総介も、近づいてくる彼女を一切止めることなく、あるがままに受け入れて、唇同士が重なった。

 

 

(…………夢じゃねーな)

 

 

キスの最中。昨日、同じ感触を幾度となく味わったことを、総介は思い出す。

これが初めてだったらば、昨日味わったアレは何なのだろうか?そう言いたくなるほどに、彼の記憶からは、昨日の口づけの感覚も蘇ってきていた。

 

触れ合うだけのキスを終えて、再び見つめ合うと、三玖は恥ずかしさか、喜びからか、総介の胸に顔を埋めた。総介も左手を三玖の頭へと置き、ゆっくりと撫でる。倦怠感にも似た心地よさが、二人を包み込む。

 

「…………ずっとこのままでいてーな」

 

「だめだよ、もうみんな起きてる」

 

「そりゃそうか……起きなきゃな」

 

寂しいが仕方あるまいと、総介は三玖を胸元から離してベッドの中から起き上がる。

 

三玖も立ち上がって、部屋から出て行こうとする。

 

「朝ごはん用意してあるから、着替えたら降りてきてね」

 

「わかった。ありがとう」

 

まるで新婚夫婦みたいなやりとりだなと思いながら、総介は立ち上がり、三玖が部屋を出て行ったタイミングで、着替えを始めた。

 

総介は服を着替えている途中、昨日のことを考えていた。

 

(………『あの女』のことはどう三玖に言やいいんだ)

 

昨日、告白される前に総介は、二乃に隠していたことがバレたことを告げた。それを知ってしまった三玖が抑えていた感情を吐き出してしまい、あのような事態になったのだが、それに夢中になってしまい、二乃のことは頭からポーンと抜けてしまっていた。しかし、総介は風太郎からそのことを聞いた時点で、既に打つ手を決めていた。それを説明するのは今度として、問題は三玖に話すかどうかだ。

 

(もう後はねーぞおい……)

 

あと打てる手は『2つ』。とはいえ、それらはいずれもテストが終わった後の話(・・・・・・・・・・・)であるし、最終手段のもう一つの方は海斗に頼んで調査してもらっている。

 

場合によっては、三玖に話さないままテストに臨ませることになるが……

 

(………まあ、何とかなるか)

 

三玖は自分と恋人同士になれて、だいぶ落ち着いたように見える。後はお互いあまりそれに夢中にならずに、勉強での細かい修正をしてやれば、赤点回避は問題ないだろう。

 

一花と四葉も、勉強に精力的に取り組んでいるため、最初に見たテストの点数ほど悪い結果は出ないだろう。この二人はあと一週間弱でどこまで詰め込めるかだ。

 

 

残りの二人は………

 

 

(……………)

 

 

 

考えないことにした。そもそも、二乃にバレた時点で、五人全員の赤点回避は完全に不可能になった訳だし、後はどうでもいい。

 

 

そんなこんなで、総介はいつもの黒パーカーに紺のパンツへと着替えて、あと忘れないように黒縁眼鏡をかけ、いつも乃彼の格好となり、三玖の部屋を出てリビングへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………のだが。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、浅倉さーん、おはようございまーす!」

 

リビングの下から、四葉が声をかけてきた。その横には、風太郎もいる。そして、二人の前には、異様な光景が広がっていた。

 

 

そこには…………

 

 

 

 

「………おう、四葉、おはようさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何で三玖が4人に影分身してんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖の髪型と、三玖の顔をした4人が、リビングの横に並んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

総介が着替えている間に起こったこと、それを簡単に説明しよう。

 

 

五月を三玖にするために、一花と二乃はあの手この手を尽くして、見事に三玖のコピーを作り出すことに成功した。そこに出てきた四葉と風太郎。四葉の方はすぐにわかったのだが、風太郎は五月を三玖だと完全に誤認し、

 

「おはよう三玖」

 

と声をかけた。大成功である。風太郎は本物の三玖が出てきた時には「み、三玖が二人!?」と訳が分からない状態になり、寝ぼけてるのか?と思うほど困惑してしまった。

 

これに味をしめた一花は、次に総介にもやってみようと言い出し、それに二乃が

 

「どうせなら、あたしも変装する」

 

と、どこからか取り出した手鏡で髪を整え始め、それに一花も

 

「面白そうだし、私もやってみようかな」

 

と便乗し、これまたどこからか取り出したウィッグを被って、4人の三玖が完成した。これを見た風太郎は、「み、三玖が4人もいる!?」と、変装の様子を見ていながら、目をぐるぐるさせてしまった。それを唯一変装していない四葉が彼を落ち着かせて、総介が降りてくるのを待った。待ってる間、三玖には「これで総介が三玖を当てたら凄いね」的なことを言って丸め込み、絶対に喋らないことを約束させて、服装でバレないように、ブランケットや何かしらの布で隠して、準備を整えた数秒後に、総介が三玖の部屋から出てきた。

 

 

 

 

 

以上、説明終わり

 

第1回『本物の三玖は誰だろな?選手権』のはじまりはじまり〜

 

 

………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介が階段を降りてきたと同時に、四葉が彼に駆け寄り、今回の趣旨を説明した。

一通り説明を終えた四葉は、目の前の四人に手を向けながら総介に言った。

 

 

 

 

「さぁ浅倉さん!誰が本物の三玖か当ててくだry

 

 

 

 

 

「この子だろ?」

 

 

 

 

 

 

………へ?」

 

 

 

 

 

「「「!!!!!?」」」

 

 

「………」

 

 

一瞬だった。三玖の容姿をした4人を見回すと、総介は迷うことなく横に並んでいるうちの、一番左端の彼女の前へと行き、頭に手をポンと置いた。

 

 

「んで、聞くまでもねーけど、正解は?」

 

総介はいつもの気だるげな表情で、四葉の方に顔を向けて問う。

 

「え、えーと……何でわかったんですか?」

 

それは、遠回しに正解と言ってるようなもので、総介ははぁ、とため息をついて言った。

 

「いや、普通わかるだろ?」

 

その言葉に信じられない表情をする四葉と風太郎、そして三玖に変装した3人。何当たり前のことを聞いてんだ?そう総介が疑問に思っていると、頭を撫でていた子が、我慢できなくなったのが、総介に抱きついてきた。

 

 

 

 

 

「ソースケ!」

 

 

 

 

 

勢いよく抱きついたつもりだったが、総介は突然のことで驚いただけで、体勢を崩しはしなかった。

 

 

「………当たり」

 

彼の胸の中で、正解を告げる本物の三玖。嬉しいも何も、これ以上の幸せは無い。

正直、総介が来るまで三玖には不安が8割方を占めていた。自分を見つけてくれるだろうか……もし、別の子を指したら………

生まれてこの方、五つ子として、何回も間違われてきた。今までは別段気にはならなかったが、今回に限っては違う。昨晩とはいえ、恋人関係になった彼に間違われたら、自分はどれだけショックを受けてしまうだろうか……仕方ない事かもしれないけど、やっぱり不安になる。一縷の望みにかけて、三玖は沈黙を貫いた。そして、それは叶った。自分の頭に手が置かれた瞬間、告白された時と同じくらいの嬉しさと幸福感がこみ上げてきた。

もう、離れたくない。こんなに簡単に、自分を見つけてくれた大好きな人を、離したくない。

姉妹の目なんて全く関係ないかのように、三玖は総介に抱きついた。

 

 

 

「………ありがとう、

 

 

 

 

 

 

私を見つけてくれて」

 

 

胸に顔を埋めながら感謝する三玖の頭を、総介は優しく撫でる。

 

 

「間違えないよ………

 

 

 

 

間違える訳ないさ、絶対に」

 

 

そんな仲睦まじい(総介爆発しろ)二人を黙って見ていた一同だったが、四葉が気を取り直して、総介へと尋ねた。

 

 

「………こ、コホン!で、では浅倉さん!、その勢いのままに、次は一花が誰が当ててくだry

 

 

 

 

 

「知らん」

 

 

 

 

…………へ?」

 

 

「「「!!!」」」

 

 

一瞬だった(デジャブ)。残りの3人を見るまでもなく、総介は答えた。

 

 

「し、知らんって、どーゆーことですか?」

 

「だから知らんって。こいつらが三玖じゃねーことだけは分かるが、誰が変装してるのかはわからん」

 

「へ、へー……」

 

総介にとっては、五つ子の中では三玖だけが全てであり、他は所詮その姉と妹という『他人』に過ぎないし、女性としての興味すら持っていない。よって、それらが変装してたら分からないし、めんどくさいので見極めようともしない。ただし、『誰かが三玖に変装している』『三玖が誰かに変装している』といった、三玖が絡んできている場合にのみ、少し見たら一発で判別することができるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え?何で三玖だけ分かるのかって?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛ですよ愛(小並感)。

 

 

 

「第一アレだ、俺こいつらに興味ねーもん」

 

「誰が興味ないですって!!!!」

 

たまらず、右端で三玖に変装していた二乃が大声で怒鳴ってきた。

 

「お、お前は!?枝垂ほたる!」

 

「誰が大手菓子会社の社長令嬢の駄菓子厨よ!てかアンタ三玖から離れなさいよ!」

 

「いや、俺が抱きつかれてんだけど……」

 

二乃の怒鳴り声に自分の行動が恥ずかしくなったのか、三玖は名残惜しくも総介から離れた。総介は少し残念に思うが、あまりテスト前という時期に付き合っていることはバレたくないため、なんとか冷静になって対処する。

 

「あはは、いや〜、これは筋金入りだね……」

 

「………納得いきません」

 

二乃に続いて、一花と五月も正体を明かす。無論、総介にはどうでもいいことなので、別に驚きもしないことなのだが。

 

 

 

 

 

そんなこんなで、第1回『本物の三玖は誰だろな?選手権』は、総介と三玖の2人勝ちとなりましたとさ。めでたしめでたし〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

その後、総介と風太郎は朝ごはん(二乃製、薬は無し)を食べて、たまには気分も変えてと、一花、三玖、四葉と一緒に図書館で勉強することとなった。尚、五月は相変わらず部屋で自習をすると頑なに勉強会に参加せず、二乃に至っては友人と映画を観に行く始末。まあ2人を追い出したいのだから、この行動は二乃にとっては正しい選択なのだが……

 

そんなこんなで、5人で図書館まで歩いていると、総介のスマホから着信音が聞こえてきた。

 

 

電話だ。

 

 

「すまん、電話するから、ちょっと離れるわ」

 

「いいですよー」

 

 

総介は着信相手を見て、風太郎たちに断りを入れて、電話に出た。

 

 

「……海斗か?」

 

『ああ、総介。例の件について、話がしたい。渡す物もあるし、今から会えるかな?』

 

「………わかった。すぐ向かう」

 

普段なら、三玖との時間を邪魔しやがってと、悪態をついて断るのだが、今回は勝手が違う。『例の件』、つまり、総介が依頼していた調査の件の報告だ。三玖と離れるのは申し訳ないが、今は海斗の方を優先するしか無い。

 

電話を切って、三玖たちの元へと戻り、事情を説明した。

 

「すまん。急用が出来ちまった。先に図書館に行っててくれないか?」

 

「え?……」

 

「そうか。戻ってくるのか?」

 

「1.2時間で戻ってくる。それまで上杉、頼めるか?」

 

「あ、ああ、わかった。気をつけてな」

 

「サンキュ」

 

総介は風太郎と話はつけたが、三玖は未だ寂しそうな目で彼を見ていた。それに気づいて、総介は三玖の頭を撫でる。

 

「………ソースケ………」

 

「………大丈夫、すぐに戻ってくるよ」

 

「………うん、気をつけてね」

 

彼の言葉に少し安心したのか、三玖は柔らかい笑顔を見せて総介を送り出した。

 

「いってらっしゃ〜い」

 

「浅倉さーん、早く戻ってきてくださいねー!」

 

一花と四葉も、総介に声をかける。彼はそれに対して、手を振って応えた。なんだかんだで、あの2人に対する面倒見も良いのである。

 

総介は小走りで、海斗と指定した待ち合わせ場所へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで彼は、海斗から五つ子の義父のもう一つの重要な情報を手に入れることに成功する。果たして、それは一体何なのか…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして遂に、五つ子と風太郎、総介は、試験当日を迎えることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその試験がきっかけで、総介は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、全ての舞台は整った

 

 

 




総介の正体まで、あと3話………多分


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24.優しさだけじゃ何も救えない

過去一番長い話となってしまいました。



10000字はあまり越えたくないのですが………
長くなってしまい申し訳ありません。極力読みやすいようにはしましたので、ご勘弁ください。


あれから日にちは流れて、試験当日の朝となった。

総介は中野家のリビングでテーブルに突っ伏していたが、一番に目を覚まし、多少の寝ぼけも入りながらもキョロキョロと辺りを確認する。

 

 

 

テスト前日、風太郎の提案で、最後の後詰めとして、一夜漬けで教えるということで、総介共々また泊まることになった。その際、二乃が色々と文句を垂れながらか反対したが、一花と四葉の説得でなんとか納得してもらった。五月は相変わらず自習をするということで、自室に入ったままだった。まあ彼女の性格からして、ちゃんと勉強はしたのだろう。二乃?もちろん参加せずに自室に入って行きましたとさ。

 

そんなこんなで、総介含む残った5人はリビングで夜遅くまで勉強会を続けたのだが、やはり眠気には勝てず、夜中12時を回ったところで続々と脱落者が出始め、最終的には言い出しっぺの風太郎まで寝落ちしてしまう始末。なので、最後の1人となった総介も、翌日に備えてソファにもたれながら就寝した。

 

 

そして朝になって起きた彼の左側には、布団にくるまってスゥスゥと寝息を立てて眠る恋人がいた。

 

(………寝顔、すんげーかわいい……)←アホです。

 

1分ほど、総介は三玖の寝顔に見とれてしまう。もう十分見た所で、テーブルの上に置いてある自身のスマホを取って時間を見る。

 

「………7時18分……」

 

試験のことも考えたら、早めに学校には着いておきたい。なので、準備に時間のかかる女子連中には、そろそろ起きてもらわねば………

 

「………三玖、起きて〜。朝だよ〜」

 

横でぐっすりと眠る愛しい恋人の肩を揺すって起こす。

 

「ん〜、?………ん〜そーすけ?」

 

「起きて〜。もうすぐ7時半だよ〜」

 

「………んん、おはよー、ソースケ……」

 

「おはよう、三玖。顔洗ってきな。目、覚めるから」

 

「………わかった」

 

まだ半分夢の世界にいる三玖を起こして洗面台へと行かせ、総介は残った3人も起こしにかかる。

 

 

 

 

だが

 

 

 

「おい、起きろやこのガリ勉。テスト当日だ。ちゃっちゃと目ェ覚まして準備しやがれ」

 

ゲシゲシと床に眠る風太郎の胴体を足で蹴る。

 

「んん〜、みんな100点だ〜。夢みたいだ〜zzz」

 

「夢だっつーの。さっさと起きろやボケ」

 

胴体の次は側頭部に蹴りを入れる。

 

「イタ!痛いって!ちょ、やめ!イデッ!」

 

容赦なくガンガン頭に蹴りを入れる総介。三玖との起こし方の違いが月とスッポンどころか、スッポンのウンコぐらい差が出てしまっている。

とまあ、手荒く風太郎を起こしたあと、総介は残った一花と四葉を起こそうと2人へと向かい、

 

そして

 

 

 

 

「「………zzz」」

 

「……スゥ、起きろやバカ姉妹共ーーー!!!」

 

「「ウヒャァアアアアア!!!!?」」

 

仲良く並んでテーブルに突っ伏して寝ている2人の間に入り、耳元に口を近づけて大声で叫んで、その衝撃で両者共に飛び起こした。

ていうかこの男、三玖以外の人間の扱いがホントに酷くないか?

 

 

 

 

 

「………これでよし」

 

「よくないよ!」

「よくないです!」

「よくねぇよ!」

 

と、総介に酷い起こされ方をした3人が一度に吠える。が、総介は呑気にあくびをして聞き流すような図太い神経の持ち主なので、顔色ひとつ変えることは無いのである。諦めましょう。

 

「うし、テメーら。今日が試験本番だ。ちゃっちゃと着替えてちゃっちゃと飯食って学校行くぞ。全員遅刻とかシャレになんねーしよ」

 

「……で、でも二乃と五月がまだ……」

 

そう、まだそれぞれの部屋に、二乃と五月、この2人が寝たままいるのだ。

 

「心配いらねーよ。どうせすぐにry

「うっさいわねぇ、朝から何なのよ一体〜」

……ほらな?」

 

 

あれだけ大声で騒げば、そりゃ部屋にいる2人にも伝わるわけで。総介の咆哮の2次被害を受けて目を覚ました二乃が、ヒョコッと眠たそうな顔を上から出した。これで残りは五月だけに。

 

「………浅倉、五月はどうするんだ?」

 

二乃が出てきて1分ほど経ったが、まだ五月は姿を現していなかった。しかし、総介にとってはこんなものは想定内である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おい!今日の朝飯は肉まん100個か!美味そうだが、こんなにあったら食い切れねぇよ!誰か一緒に食べてくんねぇry

「肉まん100個!!?ズルイです!私にも分けてください!!!」

…………」

 

 

やはりというか何というか、肉まん100個というワードを寝ていながら聞き取った五月が高速で起きて部屋から飛び出してきた。

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 

 

洗面所から戻ってきた三玖を含めた全員が、部屋からものすごい勢いで飛び出てきた五月をかわいそうな人を見る目で見上げていた。しかし、五月はそれに気づかなかったようで、

 

「………あれ、肉まんはどこですか?」

 

 

 

 

 

 

総介が前にも言っていたが、本当にめでたい末っ子である………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ色々とありつつも、全員ちゃんと起床し、二乃の作った朝ごはんを食べ、各々準備をして学校へと登校した。

 

 

原作にあるように、ギリギリに起きて遅刻なんてしないし、迷子になった外国人の子どもは、どっかのハーフ侍女(英語ペラペラ)によって無事に母親のもとに届けられた。

 

 

ドッペルゲンガー作戦?………知るかんなもん。

 

 

 

………………………………

 

 

 

原作のイベントすっ飛ばしはいいとして、何事もなく余裕を持って学校に到着した総介、風太郎と五つ子たち。それぞれが自分の教室に向かう前に、風太郎が全員に声をかけた。

 

「みんな、ここまでよく頑張った!あとは自分たちの積み重ねてきたことを本番にぶつけるだけだ。落ち着いて、緊張せずにテストに臨んでくれ。俺が言えるのはそれだけだ」

 

「はい!頑張ります!」

 

「いい点取って、2人を驚かせないとね」

 

「………がんばる」

 

風太郎の言葉に、四葉、一花、そして三玖が、それぞれの意気込みを口にする。この3人は、テストまでの一週間、風太郎と総介が付きっきりで教えてきた者たちだ。少なくとも、前に風太郎によって実施された実力テストの点数よりは、成績は伸びているはずである。

特に三玖は、3人の中でも飛び抜けて知識を身につけている。当初は総介がマンツーマンで勉強をおしえていたが、ここ一週間は、彼は三玖に対してもう心配はいらないと判断して、一花と四葉を重点的に教えていた。三玖は、わからない箇所があれば総介と風太郎に聞き、覚えるまで何度も繰り返していた。無論、一花と四葉も、精力的に勉強に取り組んでいたので、あとは結果を出すのみである。

 

 

「あなたに言われるまでもありません。私は、自分のしてきたことを信じるまでです」

 

3人に遅れて、五月も言葉を発する。彼女は結局、3人の中には入らずに、一人で勉強をした。それがどう結果に現れるのか………

 

「………言っとくけど、あたしはパパに真実をそのまま伝えるから」

 

最後に二乃が口を開く。彼女は最後まで、勉強会に参加するどころか、ほとんど勉強をせずに試験当日を迎える結果となった。

 

「…………」

 

 

「三玖」

 

そう話す二乃を、不安な表情で見つめる三玖。そんな彼女を見た総介が、三玖の肩に手を置いて、声をかけた。

 

「………まずは自分のことに集中すること。話はそれからだよ」

 

「………ソースケ………」

 

彼の言葉に、三玖は少し気が楽になる。

あれから総介は、三玖と話をしたのだが、結局、試験が終わるまでは、恋人としての関係は皆には明かさないことで落ち着いた。それで他の姉妹が試験に集中できなくなるといけないし、何より二乃にバレてしまえば事態がどんな事になるかもわからない。既に互いに想いが通じ合っている分、皆の前での過度な接触はあまりしない方が良いということで、2人はキスはもちろん、手を繋ぐことも、あの日の翌朝以降から避けていた。

 

「……最後に自分を信じれるのは、自分だけだよ」

 

「!」

 

あの日、2人が食堂で初めて話をした日のことを、三玖は思い出していた。

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

『自信なんて後からいくらでもついてくらー

 

でもよ、今の自分を信じられるのは友達でも妹さんでもねー

 

自分自身だろうが』

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

総介と話をして、自信を持とうと考え始めた、あの日の彼の言葉。そう思い始めてから、彼に出会った。今度は、家庭教師と、生徒として。

 

 

 

彼といろんな話をして

 

勉強を教わって

 

初めて人を好きになって

 

お祭りに行って

 

守ってもらって

 

家に泊まってもらって

 

告白して

 

両想いだと知って

 

恋人同士になった

 

 

ここまでしてきたことを、無駄にはしたくない。彼に、変わった自分を見せたい。このテストで、自信を持てるような結果を出したい。

 

 

 

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

 

 

 

「………ありがとう、ソースケ」

 

 

 

 

 

今はこれだけ。大事なのはこれから。大好きな人からもらった勇気を私は、今できる最高の結果を出して、彼に恩返ししたい。

 

 

「ほら、三玖も一緒に〜!」

 

「え?」

 

ふと、後ろから来た四葉に腕を掴まれた三玖。五つ子全員が円になって集まり、それぞれの親指と小指を結ぶ。

 

 

 

 

 

「………死力を尽くしましょう」

 

 

 

 

「頑張るぞー!」

 

「おー!」

 

 

 

 

 

いよいよその時が、やってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてテストを迎え、最初の教科の社会の残り10分、風太郎はペンを起き、手を組んで、下を向きながら、気が気でない状態だった。

 

そんな彼を見てどこぞのハゲ教師はしたり顔をしているが、既に彼は全部の空欄を埋め、見直しも完璧に終えていた。彼の中で渦巻いていたのは……

 

 

 

 

 

(………みんな、頼むぞ!)

 

 

 

 

五つ子の心配だった。

 

 

 

 

 

というわけで、得意教科ごとに、五つ子の試験の様子を見ていきましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・中野三玖〜社会〜

 

(難しい問題ばっか……でも歴史なら分かる……)

 

社会のハゲ教師が風太郎のために用意した問題のせいで、思わぬ妨害を受けた三玖。しかし、

 

(………あ、ここ、ソースケに教えてもらった所………すぐに思い出せた……)

 

総介と一番一緒に勉強してきたのは伊達ではなかった。今までとは比べものにならない程に、空欄が埋まっていく。

 

(………ソースケ、私、頑張る……ソースケの家に行くために…)

 

決意を新たに、三玖はペンをカリカリと進めていった。

 

 

 

 

・中野四葉〜国語〜

 

(う〜ん………思い出した!)

 

四葉がカッ!と目を開いて思い出したもの、それは……

 

(五択問題は四番目の確率が高いっと)

 

…………ハイ次。

 

 

 

 

 

・中野二乃〜英語〜

 

(討論……討論……わかんないや、次……)

 

問題を飛ばそうとした二乃だったが……

 

『[でばて]と覚えるんだ』

 

(…………勝手に教えてくるんじゃないわよ)

 

たまたま聞こえた風太郎の言葉を思い出してしまった二乃。仕方なく解答欄へと書き込んでいく。その様子を、後ろの席から友人の渡辺アイナが見つめていた。

 

(………二乃、頑張ってくださいね)

 

試験前、念のために互いに頑張ろうと健闘を誓った(と言う名目でテストに集中させる)彼女を見ながら、アイナはズバズバと信じられない速さで空欄を埋めていった。

 

 

 

 

 

・中野一花〜数学〜

 

(終わった〜。こんなもんかな………おやすみー)

 

ある程度空欄を埋めて、一花は机に突っ伏して寝ようとした。

 

(……………式の見直しくらいしてもいいかな)

 

再び起き上がり、試験の用紙を見つめる一花。どうやらしばらくは寝れそうにないみたいだ………

 

 

 

 

 

・中野五月〜理科〜

 

(…………あなたを辞めさせはしません)

 

実を言うと五月は、風太郎と仲違いした日、あの後に独自に義父へと電話をして、真実を知ったのだった。

 

………………

 

『一人でも赤点なら辞めてもらうと先程伝えたんだ』

 

「本当ですか、お父さん?」

 

………………

 

その真実を知りつつも、五月が風太郎と仲違いしたままだったのは、彼女の気難しく頑固な性格のせいだろう。

ちなみに五月は、総介と三玖、二乃もこの件を知っていることを知らない。なので……

 

(らいはちゃんのためにも!念のためです!)

 

完全な独り相撲状態になっていることにも、気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各々が各教科で奮闘し、試験は思った以上にあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

え?総介?彼は………

 

 

 

 

 

(…………はい、ジャスタウェイ完成〜)

 

 

 

 

大体答えを書き終えて、問題用紙の裏にジャスタウェイの落書きしてましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

それから日にちが経ち、試験の結果が帰ってきた。全員が全教科受け取ったのを確認した風太郎は、総介に連絡をして、五つ子の中間試験結果の報告会を開くと言った。総介は彼の提案に、

 

「あんま周りに聞かれんのもアレじゃねぇか。どうせなら、五人の家ですればいい」

 

と返し、彼らは五つ子のマンション『PENTAGON』へと集合した。

 

 

 

 

「よぉ、集まってもらって悪いな」

 

「てかここ『あたしンち』なんだけど?」

 

「アニメのタイトルみてぇに言うな。お前あのアニメに中の人出てなかったろうが」

 

「別に中の人が出てるアニメ言ったんじゃないわよ!ていうか、何で出てる前提で言わなきゃいけないのよ!」

 

二乃のツッコミを、総介がメタボケで返す。この光景も、出会ってからだいぶ板についたようだ。その様子を、風太郎が咳払いをして、話を戻す。

 

「………ゴホン!話を戻すぞ。今日は中間試験の報告をしてもらうために来た。と言うわけで早速だが

 

 

 

 

 

 

 

答案用紙を見せてくれ」

 

 

 

内心緊張しながらも、平静を保って彼女たちへと呼びかけた。

 

「はーい。私は……

 

 

 

「見せたくありません」

 

一花から見せようとしたのだが、それを五月が遮った。

 

「テストの点数なんて、他人に教えるものではありません」

 

「………」

 

「個人情報です!断固拒否します!」

 

「………五月ちゃん?」

 

涙目になりながらも、頑なに結果を見せない五月。つまりは、そういうことなのだろう。

 

 

二乃を除いた全員が、五月を心配そうに見る。ただ総介だけは、気だるげな表情を一切崩さずに、椅子に座りながら彼女に冷たい視線を向けていた。風太郎はその様子を見て、全てを察したようで、腹を決めて彼女へと話しかける。

 

 

「………ふぅ……ありがとな、五月。でも、覚悟はしてる。教えてくれ」

 

その言葉に、五月も折れたのか、ようやく答案用紙を見せる気になったようだ。それに続いて、他の四人も続々と用紙を取り出す。

 

 

 

 

ここで、中間試験の五つ子の結果を見ていこう。

 

 

 

 

 

 

・中野一花

国語……29

数学……55

理科……38

社会……30

英語……37

五計……189

 

「国語が赤点になっちゃったけど、今までこんな点数取ったことないよー。ありがとね、2人とも♪」

 

・中野二乃

国語……15

数学……19

理科……28

社会……14

英語……43

五計……119

 

「国数理社が赤点よ。言っとくけど、手は抜いてないから」

 

・中野三玖

国語……40

数学……41

理科……38

社会……77

英語……31

五計……227

 

「英語が危なかった……でも、ちゃんと全部赤点回避できた。ありがとう、ソースケ。……あと、フータローも」

 

「『あと』ってどういう意味?」

 

・中野四葉

国語……44

数学……20

理科……29

社会……34

英語……23

五計……150

 

「ジャーン!国語と社会が30点以上でした。ほとんど山勘ですが、浅倉さんや上杉さんに教わったとこも、少し覚えてました。こんな点数初めてです!」

 

・中野五月

国語……27

数学……22

理科……56

社会……20

英語……23

五計……148

 

「合格ラインを超えたのは一科目………理科だけでした……」

 

「………そうか」

 

 

 

 

これが、今回の中野家五つ子の中間試験結果である。総介、風太郎から教わった者と、教わらなかった者の差がはっきりと出た形だ。

その中でも三玖は、唯一の全教科赤点回避と見事にノルマを達成した。特に社会は、総介と得意科目が被っていただけあって、頭一つ飛び出て70点台を叩き出すという快挙を成し遂げた。

一花、四葉も、自身のベスト記録を大幅に更新出来たが、一花は1つ、四葉は3つ赤点をとってしまった。とはいえ、十分成績を上げることには成功したのだ。

 

「………まぁ、これが今俺たちが出来ることの全てだな」

 

「………浅倉……」

 

五つ子に初めて会った時には、この5人の成績を上げるのは不可能だと風太郎は思っていた。その中で藁にもすがる思いで連れてきた家庭教師の助っ人。あの時、頼んでおいて本当に良かったと、彼は思った。

 

「………ありがとな、浅倉」

 

「ん?」

 

「お前がいなきゃ、みんなここまで成績が上がることはなかった。本当に、礼を言わせてくれ」

 

「………今回の試験じゃまだ早いが、例えお前一人でも、いずれはここまでいけたはずだ。それを俺は少し早めた………ただ、それだけだ」

 

そう言うと総介は立ち上がって、まずは一花と四葉の二人へ目を向けた。

 

「お前ら、すげーじゃねぇか。あのテストから比べりゃ、月とスッポンのウンコぐれー差が出たんだ。誇っていいぞ」

 

「す、スッポンのウンコ……ですか」

 

「せめてスッポンで止めてよ……」

 

そうげんなりする二人の元へと総介は向かい、両手を二人の頭に乗せる。

 

 

 

 

 

 

 

「………よく頑張ったな。これからも成績落とさねーようにしろよ」

 

「………えへへ、はい!頑張ります!」

 

「……なんかこういうの、照れるね」

 

二人の頭を優しく撫でる総介。だったのだが……

 

「………でもな」

 

「「?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せめて30点以上ちゃんととれやぁぁあ!!!」

 

その叫びと同時に、総介は一花と四葉の髪をワシャワシャとかき乱し始めた。

 

「ギャァア!浅倉さん!髪が、髪がボサボサになっちゃいますぅう!」

 

「せっかく朝セットしたのに〜〜〜!」

 

「知るかぁぁあああああ!!」

 

しばらく彼のワシャワシャ攻撃は続いた。 まあこれも、総介なりの労いなのだろう。こんな労い方はされたくないけどね!てか総介、笑いながらしてるし………

 

「ったく……」

 

ワシャワシャ攻撃を終えて、パンパンと手を払いながら総介が呟く。

 

「うぅ、髪がボッサボッサですぅ」

 

「直さないと……はぁ」

 

鏡を見て髪を整える二人を尻目に、総介はつぎの人物へと目を向けた。

 

「………ソースケ……」

 

目を向けられた三玖は、少し悲しそうな表情をしていた。言いたいことは分かる。しかし今は、彼女の健闘を称えるべきだと、総介は彼女に手のひらを向けて呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三玖…………おいで」

 

 

「!!………うん!」

 

控えめに手を広げる彼の呼びかけに、三玖は素直に応じて、彼女は総介の胸元に飛びついた。それを優しく受け止めて、肩と髪に手を回す。

 

「………よく頑張ったね。すごいよ」

 

「………ソースケが、私に勇気をくれたから……初めて総介と話したあの言葉、ずっと思ってたから……」

 

総介は、三玖の頭を優しく撫でながら、彼女と食堂で初めてちゃんと話合ったことを思い出す。半分心の中で黒歴史になる事も覚悟していたのだが、どうやら彼女の心に響いてくれてたみたいだ。

 

「………それでも、頑張ったのは、三玖自身だよ。三玖が頑張ろうと思わなかったら、赤点回避は出来なかった…………ありがとう」

 

「………頑張れたのは、ソースケのおかげ。ソースケがいたから、いろんなことを覚えることができた。………ありがとう、ソースケ」

 

「………三玖……」

 

互いに礼を言いながら、三玖と総介は抱き合ったまま微笑みながら見つめ合う。しかし、三玖の方はどうしても先のことが気になるようで、再び悲しい表情へと戻ってしまう。

「………でも……ソースケは、もう……」

 

「………」

 

全員の赤点回避は、結局叶わなかった。よって義父に雇われている風太郎は、ノルマ未達成ということで、クビとなる。そうなれば、自然と彼の助っ人である総介も、道連れとなってしまうのだ。しかし、総介は、

 

「………心配いらねぇよ」

 

「え?」

 

「………上杉をクビにはさせやしねぇ。

 

 

 

 

君らは精一杯頑張ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここから先は、俺の仕事だ」

 

総介の言う言葉に、三玖は疑問を隠せない。

 

「………?それって、どういうry

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待って待って!!ストップストップストォォォォッッップ!!!!!」

 

二人きりの世界の中、叫びにも近いおおきな声で二乃が話を止めた。

 

「三玖!!アンタ何ソイツに毎回抱きついてんのよ!しかもこの上なくイチャイチャして、まるで彼女と彼氏じゃないの!

 

アンタも、三玖から離れなさいよ!」

 

どうやらイチャイチャしてたのが癇に障ったらしい。てか『まるで』とか言ってるけど、ほんとに彼氏彼女だからね。

 

「うるせえな。デケェ声出すんじゃねぇよゼシカ」

 

「誰がドラクエVIIIの巨乳令嬢よ!メラゾーマ唱えるわよ!」

 

「………二乃、これは……」

 

「………いい、三玖。俺から言う」

 

三玖が説明しようとしたところで、総介が彼女を止めた。そして彼の口から、全てが語られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけで紹介するわ。1週間前から恋人として交際してる、中野三玖です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………え?」

 

 

 

 

「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!」」」」」

 

 

総介と三玖以外の全員が絶叫にも近い雄叫びをあげて驚いた。そんな中総介はというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………はい、報告終わり。次はと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てぇぇぇぇぇええええええええ!!!!!!!」」」」

 

総介が何の表情も変えずに次の人の寸評へ行こうとしたら、めっちゃ止められた。そりゃもう急ブレーキ横から踏まれたような感じで止められた。

 

「浅倉!三玖と恋人同士って!?……ええ!?」

「ていうか、二人ともいつの間に付き合ってたの!?」

「浅倉さん!やっぱり三玖の事が好きだったんですね!おめでとうございます!」

「ふざけんじゃないわよ!!何勝手に妄想言ってんのよ!!いい加減にしなさいよ!!」

 

一度に全員が総介に迫りながら喋ってくるで、彼は彼女たちを止めて、一人ずつ処理していく。

 

「………いっぺんに喋んなやテメーら……まぁいい。まず上杉。そういうこった。この前テメーが闇のオーラ抱えながらボロクソ言ってた恋愛関係って奴だ」

「や、闇のオーラ……」

 

「んで長女さん。アンタが上杉と俺を泊めた日に、互いに告白して付き合うことになった」

「やっぱり……あの夜、三玖が変なことしてドアの前に立ってたのって、そういうことだったんだ〜」

「………い、言わないで……」

 

「次に四葉。ありがとさん」

「どういたしまして!浅倉さん、三玖!幸せになって下さい!」

「四葉………ありがとう」

 

「んで最後に、俺は妄想とかしてねぇ。三玖と付き合ってんのは、現実だってんだ」

「ちゃんと私から告白して、それにソースケが応えてくれた」

「………認めないわよ、あたしは」

 

二乃はとってはあくまで、総介と風太郎は姉妹の中に入ってくる害虫でしかない。さらに、その内の一人が三玖と交際していると言っているのだ。たったひと月で、姉妹のうちの1人に彼氏が出来た。それも、自分の一番嫌いな男。認めてはならない。このままではコイツのせいで、いずれ姉妹がバラバラになってしまう。彼女はそう感じていた。

 

「………認めてたまるか。アンタなんかに……三玖が……」

 

顔を下に向けて怒りを堪える二乃だったが、総介は無表情のままでこう言った。

 

「お前が認めようが認めまいが、そんなのは関係ねーんだよ。要は俺の気持ちに、三玖が応えてくれた。それだけだ」

 

正論だった。総介の気持ちを三玖が受け止めた。三玖も、総介に気持ちをぶつけた。これで互いは結ばれたのだ。二乃がいくら吠えようとも、二人の、三玖の想いが変わる事は、万に一つも無いだろう。

 

「………ッ!」

 

遅かった。やっとこれで、邪魔な連中は消えると思ったのに、それよりも前に、二人は結ばれていた。完全に自分の空回りとなってしまった。

しかし、いずれ彼女たちは、それぞれ別の道を歩むことになるのだ。二乃のまだ仲の良い五人のままでいたいという思いも、他の姉妹には十分理解できる。しかし、根本を見れば、彼女たちはひとりひとり別の人間である。体も違うし、心も違う。誰かが好きな人を皆が同じく好きになることなんてないし、それぞれも別々の想いを抱くだろう。遅かれ早かれ、いずれその時はやって来るのだ。

 

「………二乃……」

 

悔しさ、寂しさ、怒り、悲しみ……そんな複雑な表情が重なって見える二乃を、三玖を始めとした姉妹たちが見つめている。しかし、彼女は意を決して、顔を上げて、彼と風太郎を指差しながら反撃へと出た。

 

「………でも、もう終わりよ。このテストで、アンタたち二人は、家庭教師クビなんだから!」

 

「………」

 

「え?クビ?どういうことですか、浅倉さん?」

 

「………何だか事情があるみたいだね。教えてくれないかな?」

 

四葉が意味不明だという表情をする。一花も、事情を察したようで、四葉と同じく総介に疑問を投げかけた。

 

「………実はだな」

 

「いや、浅倉。これは俺に言わせてくれ」

 

「………上杉」

 

説明しようとした総介を風太郎が制止した。しかし、

 

「………いや、その前に、話を変えよう。もう一人、色々言いたい奴がいる」

 

「え?」

 

事情の説明をしようとした風太郎を、次は総介が制止した。さらに、別の話があると、彼はこの件はいったん後に回すことにし、もう一人のその『言いたい奴』に視線を向けた。

 

 

 

「………」

 

そこには、総介と三玖の交際に驚きながらも、それ以降は黙ったままの五月がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………どうだ。『足手まといになるつもりは無い』って言っときながら、一番の足手まといになった気分は?」

 

冷たく、棘のある総介の言葉が、五月の心を抉り始める。

 

「あ、浅倉。五月も頑張ったんだ。それを……」

 

「黙ってな、上杉」

 

風太郎が彼を鎮めようとするが、冷たく突っぱねられる。どうやら本気らしいと感じた風太郎は、総介を止めようにも、止められないと思い、今はただ静観するしかなかった。

 

「………」

 

五月は黙ったまま、下を向いている。

 

「別に俺から教わったら、赤点回避できるとまでは言やしねぇさ。現に長女さんと四葉も、俺たちと一緒に勉強していても、赤点回避はできなかったんだ」

 

その言葉を聞いて、一花と四葉は申し訳ない表情になってしまうが、総介は彼女たちを責める気はさらさらなかった。

 

「………けどな、それでも、あの二人はお前よりは良い点数は取れた。あの最初に見たテストでドベだった四葉が、今やお前より合計点数が勝るぐれーに成績が上がったんだ。」

 

総介の言葉に、四葉は嬉しくも、ちょっと複雑な気持ちも混じった表情になってしまう。

 

 

「………た、たまたまです」

 

「そうよ!今回は山勘が当たったって四葉も言ってたじゃない!」

 

五月がささやかな抵抗を試みて、二乃もそれに便乗する。しかし、総介は二乃の方には一切目を向けることはなく、五月だけを見据えていた。

 

「俺や上杉が気にくわねーんなら、好きに言っときゃいい。いくら吠えようとも結果は変わんねー。

 

 

でもな、『偶然』とか、『たまたま』とか、そんなもんで、コイツらの努力を片付けんのは頂けねーな」

 

頭をかきながら、総介は気だるげで、アンニュイな雰囲気を一切崩さない。黒縁眼鏡の奥にある目も、死んだ魚のような目と例えられるにふさわしいやる気の無い表情であるのに、彼の言葉だけが、一様に棘を帯びて五月へと刺さっていった。

 

「この3人は恥もプライドもかなぐり捨ててまで、上杉と俺と一緒に必死で勉強してきたんだ。わからんとこがあったら誰かに聞いて、間違えたら何度もチャレンジして………小さな失敗を積み重ねてでも、みんなで修正し合って、コイツらはこれだけ点数を伸ばせたんだ。俺たちが教えたってのは、成績の上がった要因の一割にすぎねー。それぞれが必死で頑張った九割が、コイツらの背中を押して、これだけの結果を出せたんだ。

 

 

 

 

 

それを『たまたま』なんてもんで片付けてんじゃねーよコノヤロー」

 

総介の声が、一段と低くなる。その凄みに、強気で反論してきた二乃までも、口を開かないほどの重い空間が部屋に立ち込めていた。

 

「………」

 

五月は目に涙を溜めて、ソファに腰掛けてスカートに置いていた手を、スカートごと皺くちゃになるまで握りしめる。

 

「ならテメーはどうなんだ?『一人でも勉強はできる』とか言っといて、このザマか?上杉にくだらねープライド振りかざしてまで貫いた結果が、これか?」

 

「………」

 

とうとう五月の目から、涙が溢れ落ち始めた。それを見た他の皆は動揺を隠せず、五月を心配するが、総介は一ミリとも表情を変えず、氷の棘で出来た言葉を容赦なく叩き込む。

 

「自分の今の位置を知っときながら、チンケなプライド守るために、誰にも頼る事なく一人でやって、結果自滅した。

 

 

 

 

そういうのを『独り善がり』ってんだよ」

 

「………ソースケ」

 

溢れ続ける末っ子の涙に、我慢できなくなったのか、三玖が彼のパーカーの裾を握りしめ、止めた。

 

「………もうやめて。五月も、十分わかったはずだから……」

 

彼女の言葉に、ソースケは………

 

 

 

 

 

「………これだけは覚えとけ。一人で勉強なんざ、そんなの、誰でも出来るんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもな、今のテメーじゃ、『一人で成績を上げることは、いくらやっても出来ない』………」

 

頃合いと見て、最後に彼女へ向けた言葉を突き刺してから、視線を外した。それを合図と見たのか、三玖と四葉が、五月へと近づいて、慰め始めた。

五月はしきりに、二人に向けて泣きながら「ごめんなさい」と、試験で足を引っ張ったことを謝り続けたが、二人がそれを咎めることは一切なかった。

総介は肩の力を緩めて、目元を指で抑える。そんな彼に、風太郎が声をかけた。

 

「………浅倉、いくらなんでもあれば言い過ぎじゃ」

 

「テメーは優しすぎるんだよ」

 

食い気味で風太郎へと言葉を返す。

 

「え?」

 

「優しさだけで、全部が救われると思うんじゃねーぞ、上杉。そんなもんをしても、数字上の『結果』は変わりゃしねーんだ。今ここでアイツを慰めて、それでアイツは自分のオイタを反省すんのか?次に向けて進めんのか?」

 

「………それは」

 

「そう思ってんのなら、考えを改めろ。寄り添うばかりじゃなく、時には見捨てろ。それも一つの道だ。社会じゃ当たり前に起きていることだ。情が移った事が原因で、全員の足を引っ張ったら、それこそ取り返しのつかねーことになるぞ」

 

「………」

 

風太郎は何も言い返せなかった。今現在、彼の置かれている状況が、五月と酷似していたからだ。

風太郎も五月も、結果を出せずに、非情にも切り捨てられてしまう存在だ。前者は家庭教師の雇い主から。後者は総介から。

ノルマを課され、それを達成出来なかったら、クビ。今現在の社会では、当たり前に起きている出来事だ。言ってしまえば、学校のテストや通知表などはまんまその縮図である。

目標へと向かうグループの中で、誰かが足を引っ張る存在となろうものなら、トカゲの尻尾の如く、容赦なくバッサリと切り捨てる。これも世間では一般的に起きている。

理不尽だが、これらは社会では当たり前の現実なのである。

 

「………じゃあ、二乃はどうなんだよ?アイツも全く勉強しなかったじゃねーか」

 

風太郎も反論に出るが、総介は冷静に、答えを返す。

 

「アイツの場合は別だ。俺たちをクビにするのが目的ならば、勉強をする必要は無い。アイツはアイツで、自分の目標を持って、それを達成したまでだ。それを俺らがとやかく言えるもんじゃねーんだ」

 

「………そんな……」

 

風太郎は改めて思い知った。二乃もどこかで、きっと力になってくれるはずだと思っていた。しかし、最後まで彼女は、自分と総介の敵だった。二乃にとっては、風太郎と総介は不要な存在。それが変わることは、一度たりとも無かった。それを敵である風太郎や総介が、どう糾弾出来ようか……

 

「………」

 

彼は痛感した。自分の考えの甘さを。二乃、五月。この二人に対して、認識が甘すぎたのだ。信じるばかりで、結局は何も見ようとしていなかった。

 

 

 

 

 

 

『優しさだけじゃ、何も救えない』

 

 

 

「………ッ!」

 

今はただ、この言葉を反芻して、後悔することしか、出来なかった。

 

「………ねぇ二人とも」

 

そんな中で、一花が声をかけてきた。

 

「一花……」

 

「………さっきから、『クビ』って言ってるけど、一体なんの話なのかな?」

 

「………」

 

風太郎は、一花にそう問われたところで、総介を見た。総介も、もう言っていいだろうと思い、風太郎を見て軽く頷いた。

 

「………わかった。全部話す」

 

そう言うと風太郎は、この場にいる全員に聞こえるように、説明を始めた。

 

 

 

 

「………試験の1週間前に、お前たちの父親から、連絡があったんだ。『五人のうち誰か一人でも赤点をとれば、家庭教師を辞めてもらう』って」

 

「………え?」

 

「そんな!」

 

それを初耳で聞いた一花と四葉が、驚愕の表情を見せる。対して、二乃、三玖、五月の三人は、そのことを知っているので、黙ったままだった。

 

「………じゃあ、浅倉君も?」

 

一花は次に総介へと尋ねる。

 

「………俺は上杉に頼まれてやってきた助っ人だからな。しかも、あんたらの父親は、俺の存在を知らねー。上杉がクビなら、俺も芋づる式で道連れだ」

 

「………そう、だよね」

 

一花は事実を聞いて、不服の表情を浮かべながらも理解した。

 

「そんな!嫌です!」

 

四葉の方は、まだ納得できてない様子だ。

 

「せっかく上杉さんや浅倉さんに会えて、勉強もたくさん教わって、点数も上がったのに……これで終わりなんて、そんなの……あんまりです……」

 

「……四葉……」

 

普段は姉妹一元気な四葉も、この事実を聞いて悲しみの表情を浮かべる。心なしか、頭のリボンもクタクタに垂れ下がったようにも見える。

一番明るい四葉がそうなってしまったからか、部屋には暗い雰囲気が全体を包んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

prrrrr♪

 

それに追い打ちをかけるように、電話の着信音が鳴る。

 

「………父です」

 

「「「「「!!!!!」」」」」

 

ようやく泣き止んだ五月が、電話を取り出して通話相手を告げる。あたり一帯が、緊張で満たされる。

 

(………来やがったか)

 

そんな中でも総介だけは、いつもの表情を崩さないまま、五月のスマホに目を向けていた。そして彼は、風太郎へと視線を移す。

 

 

 

 

 

 

 

(…………上杉、テメーをクビにはさせやしねぇよ。

 

 

 

 

 

デカイ借りもあるしな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遂に、最終手段のうちの一つを使うときがやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果たして、総介がクビを回避する手段とは一体何なのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして彼らは、本当にクビを回避することが出来るのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今ここに、総介と義父『マルオ』の直接対決が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




総介の正体まで、あと2話…………かもしれない。



今回もこんな駄文、しかも長文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

次回はいよいよ総介と五つ子の義父の直接対決です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25.男は結局チャンバラが大好きな生き物

第二章もいよいよクライマックスです。


今回、銀魂から色々持ってきちゃいました。反省はしていますが、後悔はしていません!

時間に追われて書いたので、誤字だらけかもしれないです。申し訳ありません。後日修正する予定です。


「………父です」

 

その五月の言葉を聞いてから、周りの空気が一変した。総介を除いた全員が顔を強張らせて、五月のスマホに注目している。五月は先ほどまでの総介の説教が吹き飛ぶほどに、手に握った自分のスマホを注視していた。やがて、そのスマホを風太郎へと渡し、彼が通話ボタンを押して、電話に出た。

 

「………はい、上杉です」

 

『あぁ五月くんと一緒にいたのか。個々に聞いていこうと思ったが、君の口から聞こうか』

 

「はい」

 

風太郎はどうやら覚悟を決めたのか、電話に出ると思いのほか冷静に会話ができていた。その様子を、総介含めた全員が固唾を飲んで見守る。

 

『嘘は分かるからね』

 

「つきませんよ。

 

ただ……」

 

風太郎がそこで一呼吸相手から、口を開く。

 

「………こいつらには、もっと良い家庭教師をつけてやってください」

 

それは、自分がどのような結果を出したのかを、遠回しに言ったことと同じだった。それぞれが驚き、悲しみ、諦観、安堵……様々な表情に変わる中、総介だけは一切表情を崩さずに椅子に座っていた。

 

『……ということは……試験の結果は……』

 

「………はい、結果は

 

 

 

 

 

 

 

 

一人を除いて、赤点回避は出来ませんでした」

 

それを告げた瞬間、一花は諦めと寂しさ、二乃は安堵による溜め息、三玖と四葉は悲しみ、五月は悔しさ、それぞれの反応を浮かべて、その後の義父の言葉を待った。

 

『……そうか』

 

「お役に立てず、申し訳ありません」

 

『………私はどうやら、君を買い被っていたようだ』

 

義父の言葉が、小さくとも全員の耳へと伝わる。風太郎は目を閉じながら、複雑な表情で義父へと返事を返す。

 

「俺は貴方が思われるほど、有能ではありません」

 

『仕方ない。約束は約束だ。君は本日をもって娘たちの家庭教師を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!約束だぁ?テメーの方から一方的にノルマ課してきた野郎が、笑わせるなぁオイ」

 

「「「「「「!!!!」」」」」」

 

『………』

 

 

 

ここで遂に、総介が動いた。彼は電話の向こうにいる義父にもはっきりと聞こえるように、挑発的且つ大きな口調で口を開く。

 

「………あ」

 

『……上杉君。他の男の声がしたように聞こえたのだが、君は今、何処から電話をしているのだね?』

 

「え、あ……その……」

 

風太郎は総介を呼ぼうとしたが、彼は義父にとって未知の存在であるため、迷ってしまった。その上、義父からの問いも相まって、言葉に迷ってしまうが、ここまできたらと思い、総介を見て、彼が頷いたのを確認すると、深呼吸をして問いに答えた。

 

「娘さんたちの部屋から、話しています」

 

『………別の男の声が聞こえたのだが、僕の聞き間違えかね?』

 

「………いえ。一人、同じ学校の男子が、俺の近くにいます」

 

 

 

 

 

 

 

『……何故だ?』

 

その言葉は、電話越しでも分かるほど、威圧感に満ちていた。その小さなスピーカーの音を聞いて、五つ子全員に恐怖が襲いかかる。手足を震わせる者、電話から目を背ける者、恐怖で固まってしまう者……反応は様々だ。

総介の隣にいた三玖も、彼のパーカーの袖を握りしめながら、プルプルと手を震わせる。

電話の相手をしている風太郎は、一気に冷や汗をかくが、平静を装って、義父からの問いに答えることに努めた。

 

「………彼には、俺から家庭教師の助っ人を要請しました」

 

『……助っ人?』

 

「はい……」

 

風太郎の助っ人という言葉を聞いてから、義父は数秒黙り込んだ。その沈黙の間は、姉妹たちのと風太郎の精神をじわじわと削る。すると、義父がため息を吐きながら口を開いた。

 

『………はぁ〜、上杉君』

 

「………は、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

『………君には失望したよ』

 

「………え?」

 

呆れ果てつつも、怒りを隠そうとしない言葉が、容赦なく風太郎へと襲いかかった。

 

『君個人を前提として雇った家庭教師だったのにもかかわらず、私の相談なく独断で他人に助っ人を頼み、更に娘たちの家にまで上げるとは……君は僕に嫌がらせでもしたいのかい?』

 

「い、いえ、そんなことは……」

 

『……やはり君に家庭教師を頼んだ事が、間違いだったようだな。あの男の言葉など信用するんじゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間違いだぁ?現場の状況も知らねぇくせに、随分と上から物を言ってくれるじゃねーかぁ!さすが上流階級様は格が違うなぁオイ」

 

再び総介の挑発的な言葉が、部屋へと響く。その声は、当然義父にも聞こえているわけで、

 

『………うるさいネズミが、鳴いているようだな』

 

「俺がネズミなら、テメーはカエルだな」

 

義父の言葉を嘲笑うかのような挑発で返す。そして総介は、風太郎へと声をかけた。

 

 

 

「………上杉、構わねー。電話変わってくれ。俺が直接話をつける」

 

「あ、浅倉!?」

 

「元々その親父には、色々言いてーことがあるからな。ちょうどいい。今ここでぶちまけてやらぁ」

 

彼の交代の言葉に、少し困惑してしまう風太郎。そんな時、電話の向こう側から、義父が言葉を発した。

 

『……ちょうどいい。僕も彼と話をしてみたくなった。上杉君、もう君にもう用は無い。代わってくれたまえ』

 

「で、でも……」

 

『用は無いと言っている』

 

「!!………はい……」

 

風太郎は義父から非情な宣告をされて、肩を落としてしまう。そんな彼を見て、総介は風太郎の彼の肩に手を置いて、今までの事全てを労う。

 

「………上杉、よくやってくれた。後は任せてくれや」

 

「………浅倉……」

 

小声で、力強くそう告げる総介を見て、彼は涙が出そうになった。自分の情けなさ、無力さ、総介の物怖じしない胆力、度胸……他にも色々なものが、絡み合って得体の知れないものとなり、目から溢れ出てこようとする。

しかし、まだ泣くわけにはいかない。総介はまだ、何も成し遂げていない。せめて、何か出来ることがあれば、全力でサポートしたいが、今はただ、こう願うしかなかった。

 

(………浅倉……頼む……)

 

「みんなに聞こえるようにスピーカーモードにするが、ここからは俺と向こうのサシでの話し合いだ。余計な事は喋らないようにしてくれ」

 

周りに一度確認を取る。二乃以外の全員が頷いたのを確認すると、総介は電話を受け取り、皆にも義父の声が聞こえるよう、スピーカーモードに設定する。

 

(………ソースケ……)

 

三玖も、恋人の彼を心配しながら見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、総介と義父の直接対決が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

「………変わりましたよ」

 

気だるさを含んだ喋り口調で、総介は電話の向こうの義父に声をかけた。

 

『………君は、誰だ?』

 

まず名を名乗れと、義父は総介に向かって問い始める。総介は、少し間を置いて、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「犬の散歩から世界の平和を護るまで何でもござれ

 

 

 

 

 

 

どうも〜、万事屋銀ちゃんで〜〜す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

「………」

 

 

 

 

 

『………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………嘘で〜す」

 

 

 

スベった。めっちゃスベった。そう思い込んだ総介は頭を抱えてうなだれてしまうが、なんか色々根本的に間違っている気がする。

 

彼が名乗った瞬間に、部屋中が『シーン』と静まり返り、全員の目が点となってしまった。更に、嘘だと改めた瞬間、風太郎と二乃と四葉は盛大にずっこけた。一花は苦笑いし、五月は苦々しい表情で総介を見て、三玖に至っては何とも言えないような呆れ顔をしていた。

 

 

『………冗談に付き合うつもりはない。早く答えろ』

 

スマホの向こう側から、苛立ちを隠せない義父の声が聞こえる。先ほどとは違い、スピーカーモードにしているため、声が皆にもダイレクトに伝わる。よって、総介以外の全員の面持ちが、恐怖に染まっていった。

 

「………ったく、ノリ悪いっすねぇ」

 

しゃあねぇなぁ、と、頭をかきながら、総介はこの手の冗談は通じない堅物だと判断したため、仕方なく名乗り出ることにした。

 

 

「………浅倉総介っす。以後お見知り置きを、旦那」

 

『……浅倉……総介……ぉぃ』

 

名前を確認すると、義父は誰かに指示を出した。大方、総介の情報でも集めろとでも部下に命令したのだろう。しかし……

 

 

(どうぞ調べてくださいってんだ………まあ、何も出てこねぇがな(・・・・・・・・・))

 

 

『………では浅倉君、単刀直入に聞こうか。何故上杉君からの助っ人の要請を受けたのだ?理由を述べて貰いたい』

 

(ああこの男、娘に手ェ出してないか探るつもりだな)

 

 

「………明らか無理ゲーでしょ、これ?」

 

『……何だと?』

 

総介は義父が、彼が娘目的で近づいてきたと判断、というか偏見を持っていると直ぐに見極め、話を一旦逸らすことにした。義父の判断は間違っておらず、彼が三玖が目的で、家庭教師の助っ人を受けたのは紛れも無い事実である。総介は否定しようとすれば、後々のことに支障をきたすと思い、否定せずに別の話へと移行することを決めた。

 

「5人の赤点取りそうなほど成績不振の娘たちを、全員卒業出来るまで成績を上げて面倒見る。……どう考えても一人で出来るようなもんじゃ無いでしょコレ?」

 

『………その分報酬は弾んでいるのだが』

 

「金云々の話じゃなくて、そもそも勉強嫌いな娘たちを勉強させることから始めにゃいけねーのに、そんな難易度高ぇことが1人の高校生に務まるわけねーでしょうがよ」

 

いつものアンニュイな口調で、淡々と義父へと物申していく総介。しかし、相手は総介の倍以上の人生を歩んでいる大人。いつ穴を突かれてもおかしくない。彼は適当に見えて、細心の注意を払いながら、義父との会話に臨んでいた。

 

『上杉君は全国模試でも1位を取るほどの秀才だ。彼ならば、娘たちをうまく導けると思い家庭教師として雇ってみたのだが……』

 

「頭の良さと指導力の高さは比例すると思わねぇ事っすね。現に、俺を入れても、五人の赤点回避は出来なかった。数字だけ見て、大事なもん色々見落としてますよ旦那」

 

『………そうだな。今度はとびきり優秀な家庭教師をつけることにしよう。成績でも、指導力でも彼にry』

 

「だぁかぁらぁ!そんなことでこいつらの成績が簡単に上がるはずねぇでしょうが!バカだろ?アンタバカだろ!?」

 

『……何だと?』

 

細心の注意を払いながら………だよね?

 

総介のバカ発言に、義父の声色が一層低くなり、無意識に電話の向こうの7人を威圧する。総介は全く意に返さなかったが、風太郎や五つ子には効果はあり、皆、義父に対する恐怖で慄いている。二乃でさえ、顔を強張らせて固まっているのだ。よっぽど何かトラウマがあるのだろう。だが、そんなことはお構い無しに、総介は義父との会話を続けた。

 

「コイツらは接続したら勝手に起動するコンピューターなんかじゃねぇ。一つ一つの魂を持った人間なんだ。テメェが頭ん中で考えてるシステムみてぇに単純じゃねーんだ。そんなコロコロ家庭教師変えて、娘たちがハイそーですかって納得すると思ってんのか?え?」

 

総介はそこまで言うと、少し苛立ってしまったのか、深呼吸をして、頭を冷やす。そして再度、スマホに向けて話し始めた。

 

「………いいすか?人間には、数字で表せられない、特別なモンがあるんですよ。コンピューターみてぇに、破損したら交換していいような、そんな単純なもんじゃねぇんだ。教師と生徒、互いの信頼関係ってのが初めて一致して、前に進める。上杉はようやく、何人かの信頼を得て、前に進もうとしてたとこなんすよ」

 

総介は、助っ人としてこの家に来てからのことを、細かく思い出していた。勉強だけでは無く、遊んだり、ご飯を食べたり、相談に乗ったり……ただの教師と生徒だけでは無い何かが、彼らには生まれつつある。そしてそれは後に、大きな力となる。総介は彼らを見て、そう確信していた。そして彼自身も……

 

「今はまだ、全員の信頼は得ちゃいねー。現に今回、名前は言えねーが、上杉をクビにする目的で最後まで反抗し続けた奴もいる。上杉と喧嘩して、自分だけで勉強して自滅した奴もいる。

 

でも残った奴らは、上杉や俺を信頼し、共に歩んで、中間試験で目に見えて成績が上がった。自滅した奴も、自分の行いを反省した。このテストで、コイツらの船は、ようやく軌道に乗り始めたんだ。

 

 

 

それをアンタは、娘ごと沈没させんのか?」

 

『………』

 

総介の話に、義父も少し黙る。その様子を見て、風太郎、五つ子の姉妹は、総介に驚きの目線を送っていた。

 

自分たちの恐怖の対象である父と、対等に渡り合っていると言う事実が、彼女たちの総介に対する意識を変化させていく。

 

(この男は、一体何者なんだ?)と……

 

そんな中でも、三玖は変わらずに、総介の身を案じるかのような視線を送っていた。

 

「………考え直して貰えないすか?上杉の家庭教師の件。もうちょい長い目で見ていいでしょ?」

 

『………』

 

総介の願いに、義父は再び黙り込む……しばらくそれが続いて、そして、スピーカーの向こうから、声が発せられた。

 

 

『……浅倉君……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それも議論したいが、なぜ君が助っ人を受けたのかを未だ聞いていないのだが?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱバレてたぁぁあああ!!)

 

うまく話を逸らして誤魔化せるかと思ったが、そうは問屋がおろさなかった。総介は元来交渉ごとが苦手なので、無理もないが……

 

(行けると思ったのに!いい感じに誤魔化せると思ったのにぃ!!)

 

地団駄を踏みながら、彼は悔しさを露わにする。その様子を、三玖を含めた全員が呆れた目で見ていた。

 

(あー、コイツやっぱ無理なんじゃね?)と………

 

 

『……聞こえているのか?』

 

「え?あ、ハイ。理由っすね。ええと……」

 

総介はスタート地点に戻された気分となり、一気に意気消沈したが、どうにか持ち直す。未だ娘たちとの関係を疑っているの義父。果たしてどうするか………答えは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あえて火に油を注ぐことにする。

 

 

「………旦那」

 

『その呼び方はやめろ』

 

「じゃあお父さん」

 

『君にお父さんと呼ばれる筋合いは無い』

 

「………じゃあ中野先生でいいすか?」

 

『………何だ?』

 

それでいいんかい!と、心の中でツッコむが、話を続けることにする。

 

 

 

 

 

 

 

そして総介は……

 

 

 

 

 

 

 

「………まぁいいや、はい。娘さんの一人に、一目惚れしました。それが理由っす。んで、アプローチして、交際関係へと発展しました」

 

「「「「「「!!!!!?」」」」」」

 

あっさりと暴露した。その言葉に、全員が一様に驚く。こうも簡単に言ってしまって大丈夫か?と………

 

 

『………それは誰だね?』

 

義父の声色が一層低くなる。完全に怒っているようだ。どの世界でも、父親は娘の彼氏が嫌いらしい。

 

「それは言えません。ですが、その子は今回の中間試験で、姉妹の中でダントツで好成績を残しました」

 

その問いを、総介は毅然とした態度で断り、その子が好成績をおさめたことを主張する。

 

『………君が贔屓したからでは無いのか?』

 

痛いところをついてくる。しかし、総介もこの質問は想定内だ。

 

「………そう思われても否定はできません。ですが、彼女は姉妹の中で一番勉強に積極的に取り組んでいました。俺だけじゃなく、上杉にも教えを請い、テスト前の一週間は、ほとんど自習に近い状態でした。その子のおかげで、俺は他の姉妹にも勉強を教える時間が増えました」

 

赤点を回避できたのは、あくまでその子が勉強に真摯に取り組んだからということを、はっきりと伝えると同時に、その子がいかに自分を信頼しているかも、暗に示す。これに気がつかないほど、彼女らの義父はバカでは無いだろう。

 

『………』

 

「確かに恋人として交際はしていますが、勉強のことは割り切ってはいるつもりです。実際にこうしてそれぞれに成果は『くだらんな』……は?」

 

総介の話を、義父が途中で遮った。

 

『恋人だと?僕にとっては貴様と娘の関係など、何の価値にもならん。貴様が娘に邪な感情で近づいたことが重要なのだ。やはりそうだったか……』

 

義父はそこで言葉を止めると、暫し考え事をしてから、再び話し始める。

 

『………知っていると思うが、僕は各界に知り合いが沢山いる。君のことを調べ上げることなど、造作も無いのだよ。これの意味が、分かるかね?』

 

つまり、義父はこう言っている。『娘にこれ以上近づいたら、自分や家族の身に何が起こるか分からない』と……さらに要約すると、『娘と別れろ』だろう。しかし、そんなことでハイわかりましたと返事をする総介では無い。

 

「………悪役が言いそうなセリフNO.1選手権すか?」

 

『君にはそう映るか……だが僕からすれば、娘に勝手に近づいて、土足で家に踏み込んでいる君の方がよっぽどの[悪]だがね』

 

「ハハッ!違いないっすね」

 

否定はしない。もしも自分に娘が出来たら、同じことを言ってしまうだろうと、総介は思ったからだ。その返事を返すと、義父がさらに総介に畳み掛ける。

 

『悪いことは言わない。君の身の安全を考えたら、今後どうすればいいかわか「無理っすね」……何だと?』

 

義父の遠回しの脅迫を、総介はあっさりと拒絶した。

 

 

「お言葉ですけど、恋人としての交際なんて、本人の間で成立するもんスよ。そこに親のアンタが立ち入るなんて、ナンセンスじゃないすか。結婚となりゃ話は別ですけど」

 

現在の世の中の男女関係は、殆どが口約束だ。「好きです」「私もです。付き合いましょう」これだけで交際関係は成立する。その逆も然り……どちら側がオイタをしない限りは、親がとやかく言うものではないと、総介は考えている。もっとも、心配する気持ちは分からなくもないが、過剰な干渉はいけない……

 

「俺はまだ彼女と恋人になって少ししか経っていませんが、互いを信頼していることは自負できます。早々に別れることはありませんし、家庭教師としても、話は別だと互いに認識し合っています」

 

「………」

 

総介の言葉に、三玖も緊張の面持ちで義父の言葉を待つ。果たして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………最後の警告だ。娘から離れろ。僕が怒らないうちにな』

 

返ってきたのは、総介を脅す言葉だった。総介は義父の物言いに、呆れ果ててしまう。

 

「………はぁ、アンタさ、()ジで娘の事しか頭に無い()()ヤジ、略して『マダオ』だな」

 

 

『………何?』

 

聞き慣れない言葉を聞いたからか、義父は少し間の抜けた返事を返してしまう。

 

「権力で脅して娘護ろうとするたぁいい性格だなって思ったんだが、娘が心配なのダダ漏れだ。そんなんじゃ悪い連中にすぐにバレて、娘を人質にとられるぜ。もうちょい隠すこったな、『マダオ』」

 

義父は『マダオ』がどういう意味かは分からないが、馬鹿にされているのだけは分かった。年下の、それも娘と年の変わらない子供に、完全にコケにされた。それを理解したマダオ……義父の怒りは、ついに頂点に達した。

 

『……そうか。そう君が言うのなら、こうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

娘たちには、遠いところに転校してもらうとしよう』

 

「「「「「!!!!?」」」」」

 

「………」

 

その言葉に、一同が驚愕の表情をあげた。しかし、総介だけは、冷静に直ぐに返した。

 

「バカか?アンタ。これは俺の問題じゃねえ。上杉の家庭教師としての進退の問題だ。話を別の方向へ持って行くんじゃねぇよ」

 

『それは貴様も同じだろう。それに僕からすれば、貴様は今すぐ排除しなければならない存在だ。私は医者という身分もある。人の命には多少敏感でね。君を痛い目には合わせたくは無い。だから娘たちから引き離すしかあるまい』

 

(あーダメだコイツ、言ってる事メチャクチャだ。多分もうめっちゃ怒ってるわ。君とか貴様とか、二人称メチャクチャだし……)

 

やはりここまできたら、最終手段を使うしか無いかと、総介は覚悟を決めたその時、何者かが横に来て、声をあげた。

 

 

 

 

 

「お父さん!もうやめて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………三玖!?」

 

 

三玖が、その場にいて耐えきれなくなり、父に向かって声を掛けたのだ。

 

 

『………三玖くんかい?』

 

「うん………もうやめて……ソースケは、悪い人じゃない………

 

 

 

 

私たちに勉強をちゃんと教えてくれて、フータローと一緒に向き合ってくれた。

 

 

 

 

二人が、ソースケがいなかったら、私は赤点になってた。

 

 

 

 

 

自信のなかった私に、いっぱい勇気をくれた

 

 

 

 

 

 

私は、ソースケに、フータローに、このまま家庭教師でいて欲しい

 

 

 

 

 

 

 

お願い、お父さん

 

 

 

 

 

 

 

 

フータローをクビにしないで」

 

 

 

「………」

 

三玖の問いかけに、総介は、しばらく沈黙する。が、今の義父は、もはや三玖でも………

 

 

 

『………そうか、三玖くん、君が……』

 

(……マズイ!)

 

恐らく、今のやりとりで察したのであろう。総介と三玖が恋人同士だということを。そして義父は、それすらも利用してくることを、総介は確信した。そして義父が、暫しの沈黙の後に、総介に言葉を発した。

 

 

『………浅倉君、ここからは君に選択肢を与えよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖くんと交際すると言うならば、上杉君は家庭教師としては辞めてもらう。

 

 

 

しかし、君が三玖くんと別れ、娘たちにも今後一切近づかないと誓うならば、上杉君の家庭教師は続投させてあげよう』

 

 

「「!!!!?」」

 

「………」

 

三玖と風太郎が、共に信じられないと言うほどの驚きと絶望感に似た表情を浮かべた。他の姉妹も、余りにも無茶苦茶だと、驚き隠せない様子だ。対して総介だけは、今までと違う表情を浮かべていた。それは、三玖が悪漢どもに襲われそうになった時と同じ、怒りの表情。

 

『君も男なら、僕に覚悟を示したまえ。場合によれば、君の無礼は綺麗さっぱり忘れよう』

 

勝ち誇ったように、義父は総介へと告げた。

 

「………」

 

総介は暫く黙り、そして口を開く。

 

 

「………覚悟を示せば、いいんですね?」

 

『そうだ。君の覚悟によっては、上杉君は救われる』

 

まるで風太郎の命運は、総介が握っているかのような口調で話しかける。総介は暫く考えた後に、義父に答えた。

 

 

 

「………分かりました。ですが、3日ください。それまでは、この家にも、三玖にも、一切近づきません」

 

「!!」

 

「あ、浅倉!?何を!」

 

総介の言葉に、三玖と風太郎が愕然とした。それは、二人にとっては、総介が義父に屈したようにしか思えなかった。

 

『………いいだろう。一応マンションには見張りも付けさせてもらう。それまでは娘たちには一切近づくな。近づいたことがわかれば、三玖くんや上杉君だけじゃない。君自身にも何が起こるかは分からないよ?』

 

 

「………分かりました。3日後に、答えを持ってそちらに伺います」

 

『………そうしてくれ。私も忙しいから、会えるか分からないがな』

 

総介の言葉に、義父は諦めがついたとタカを括った。これで邪魔な虫は排除されると。風太郎が家庭教師として残るのは、本意ではないが、彼も次のテストまでだろう。

 

 

 

 

 

しかし、

 

「………では俺はこれで。

 

 

 

 

 

ああ、最後に一つ、言わせてください」

 

 

 

 

『………何だね?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首の皮洗って待ってろ、コノヤロー」

 

 

部屋の全てが、戦慄した。今まで聞いたことの無い、総介の底無し沼のような低い声が、部屋中に響き渡る。まるで地獄の底から出たようなドスの効いた低い声に、辺り一帯が恐怖で包まれた。

総介はその言葉を最後に、電話を切った。そして、椅子から立ち上がって、皆を見渡し、口を開く。

 

 

 

 

 

 

「………わり、ちょいと父親んところに直談判してくるわ」

 

先ほどとは違う、いつもの気だるそうな声に戻った総介が、あっけらかんと話した。

 

「じ、直談判って、浅倉!お前本気かよ!」

 

「本気だっつーの。あんなアホみたいな選択肢、誰が鵜呑みにするかよ」

 

総介はハナから二択を選ぶつもりはない。三玖と別れる気なんかさらさら無いし、風太郎も見捨てることはしない。

 

「………で、でも、どうするんだよ、一体」

 

不安そうな風太郎に総介はニヤケながら答える。

 

「そりゃ企業秘密ってもんだ。心配すんな。必ず吉報持って帰ってくるからよ」

 

「あ、浅倉!」

 

風太郎の声に耳を貸さず、総介は家から出て行こうとするが、横から腕を掴まれた。

 

 

 

 

「………行かないで、ソースケ……行っちゃダメ……」

 

「………三玖……」

 

三玖が、両手で総介の左腕を掴んでいた。目には涙をためて、彼を見上げている。

 

 

恐らく彼女は、これが総介との今生の別れとなってしまうと思っているのだろう。

そんな彼女を見て、総介は三玖にも優しく微笑み、右手で彼女の頭を撫でる。

 

「………大丈夫。必ず戻ってくる。だから、離してくれ」

 

「………」

 

そう優しく声をかけて、三玖の手を右手で離していった。彼女の方も、総介に力では叶わないと知っているのか、抵抗せずに両腕を離した。

 

「………三玖」

 

「………!」

 

総介は腕から三玖を離すと、彼女を胸元まで引き寄せて、抱きしめる。三玖は驚きながらも、彼の抱擁を受け入れ、背中に手を回す。やがて総介が、彼女の耳元で小さく囁いた。

 

「あの約束、絶対に守るから」

 

「!」

 

それは、二人が結ばれたあの日、もし赤点を回避したらと誓った約束。それを二人は、思い出していた。

 

 

「………うん」

 

「………じゃあ、行くね」

 

そう言うと総介は、三玖から体を離す。そして彼は、視線を一花へと向けて、三玖を託した。

 

「……三玖を頼む」

 

「………行っちゃうんだね」

 

寂しそうな目をしながら、一花が問いかける。

 

「ああ」

 

「………絶対、帰ってきてね」

 

「………分かってる」

 

一花とも約束を交わし、総介は部屋の出口へと向かう。

 

 

 

 

 

 

それをドアの前で道を塞ぐ者がいた。

 

 

 

 

「………行かせないわよ」

 

「………」

 

「二乃……」

 

二乃が、相変わらず強気の顔で総介を睨んでいた。

 

「どうせアンタが行ったところで、パパがアンタを許すわけないでしょ。もう終わりよ」

 

「テメーらにゃ迷惑かけねーよ

 

どけ」

 

二乃の言葉を、総介は聞く耳を持たずに、頭をかきながら彼女に声を掛けるが、二乃も譲る気は無いようだ。

 

 

「聞いてたでしょ!パパ、今までに無いぐらい怒ってたのよ!すごいお金持ちだし、色んな人と繋がってるから、何するか本当に分かんない。もし行けば、アンタ死んじゃうかもしれないのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かなくても俺ァ死ぬんだよ」

 

 

 

「え………」

 

 

総介は二乃に目を向けながら、ゆっくりと話しかける。

 

 

 

 

「俺にはなァ、心臓より大事な器官があるんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そいつァ見えねーが、確かに俺のどタマから股間をまっすぐブチ抜いて俺の中に存在する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そいつがあるから俺ァまっすぐ立っていられる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フラフラしてもまっすぐ歩いていける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで立ち止まったら、そいつが折れちまうのさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魂が、折れちまうんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉と同時に、総介は歩き出して二乃の横を通り過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心臓が止まるなんてことより、俺にしたらそっちの方が一大事でね

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつァ老いぼれて腰が曲がっても、まっすぐでなきゃいけねー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ気長に待ってなさいよ

 

 

 

必ずまたここに来て、テメーの文句でも聞いてやるからよ」

 

 

 

 

その言葉を最後に、総介は部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

「………バカよ、アンタ……ホントに……バカよ……」

 

 

 

二乃の目からは涙がこぼれ落ちていた。

 

 

総介の出て行く様子を見て、それぞれが彼を思い、無事を願っていた。

 

 

 

「………ソースケ」

 

「………浅倉」

 

「……浅倉君……」

 

「………」

 

「………浅倉さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(それ、銀魂の台詞なんじゃ……)」

 

 

 

 

 

ただ一人、四葉には銀時の台詞を完コピしたことがバレていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

マンションを出てすぐに、総介は海斗へと電話をした。

 

「……海斗か?すまねぇ。やっぱダメだったわ……ああ、今からそっちに向かう。………ああ、移動手段の手配だけ頼むわ……わーってる……俺は死なねーよ。じゃあな」

 

そう言って、電話を切った。

 

 

 

 

遂に彼は、最後の手段に打って出た。

 

 

 

 

 

 

 

「………ひっさびさにチャンバラやっちゃいますか、コノヤロー」

 

いつもの気だるそうな言葉を発して、彼は『そこ』へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某怖〜いおじさん達がいっぱいいる事務所

 

 

そこでは強面の男たちが、話し合いをしていた。

 

 

「オイ、中野のヤローはまだ断り続けてんのか?」

 

「ヘイ、どうやら、正規の品じゃねーと、うちの病院では使わねーの一点張りでさぁ」

 

「ずっとそれじゃねーか!せっかく海外から値を張るもんとってきたのによぉ」

 

「こうなったら、無理矢理にでもやりますかい」

 

「確か奴には、娘がいたな」

 

「はい、5人います。全員高校生です」

 

「うし、そいつら人質にとって、中野のヤローと交渉すっぞ。そうすりゃ奴も折れるだろうよ。オイ、娘どもの場所は分かるか?」

 

「バッチリです!直ぐにでも向かえます!」

 

「よし、じゃあ早速」

 

そこまで男が声を発したところで、事務所の外から男が入ってきた。

 

「あ、アニキ!カチコミです」

 

「何だと!?まさか、中野のヤローの手先か!」

 

「わ、わかりません!ですが………ぎゃふぁ!」

 

そう男が続けようとしたが、背後から何者かに殴打され、気絶した。

 

「な、何もんだテメー!!」

 

そこに現れたのは、黒いパーカーに、フードを被った、眼鏡をかけた細身の男。そして手には、黒い鞘に収められた赤い柄の日本刀。その男が、声を発した。

 

「………わりーな

 

 

 

 

 

 

テメーらに恨みはねーが、

 

 

 

 

 

 

こちとら色々と事情があんだ

 

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女一人のために、テメーら潰すわ」

 

 

 

 

鬼が、眼鏡の奥に覗く赤い瞳をギラつかせながら、刀を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

 

3日後、某病院にて

 

 

 

 

「………江端、浅倉総介の情報はまだ出てこないのか?」

 

「はい……どういうわけか、彼に関する詳しい情報が一切出てこないのです……」

 

「………」

 

この病院の医院長で、五つ子の義父である『マルオ』と呼ばれる男は、側近の江端の言葉に、疑問に思っていた。何故情報が出てこないのか、と……まあいい。

 

今日、彼がここへやってくる。しかし、自分は彼と話をするつもりはさらさら無いし、娘もやるつもりもない。上杉風太郎も、頃合いを見て家庭教師を辞めてもらう予定だ。と、医院長室のドアが開いた。

 

「中野先生!」

 

中年の白衣の医者が、部屋へと勢いよく入ってきた。

 

「………どうした?」

 

「こ、高校生くらいの男が、先生と話をしたいと……」

 

来たか……

 

「私は忙しいんだ。彼には帰ってくれと伝えてくれ」

 

『マルオ』は目を閉じて、冷静に医師へと命令を出す。

 

「し、しかし!」

 

「?」

 

医師の様子が何やらおかしい。

 

 

 

 

 

 

「………に、日本刀のようなものを持って、警備員の警棒を、飴細工のように切って……ここに向かってます!」

 

「……何?」

 

「は、早く避難を!」

 

 

その時だった。ガチャリと、再びドアが開いた。そして……

 

 

日本刀を腰に差した、黒パーカーで黒縁眼鏡の長身の男が、中へと入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、医院長先生すか?

 

 

 

 

 

 

 

すんませーん、急患ですー、診察してもらえませんかね〜?

 

 

 

 

 

 

 

いやーね。どうも最近ね、ある女の子を見るとね、ドキドキが止まんないんすよ〜。

 

 

 

 

 

 

 

これって〜、あれなんだと思うんですよ〜

 

 

 

 

 

 

 

 

診察して〜、どうか止められるもんなら、止めてくださらないっすか〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この『恋の病』って奴を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男が、『マルオ』にゆっくりと近づいてきた。

 

 

 

「………何者だ」

 

 

 

『マルオ』の問いに、男は立ち止まり、不敵な笑みを浮かべながら答えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙一バカな侍だ、コノヤロー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この台詞をずーっと言わせたかった!



今回も、こんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。



次回、総介の正体が明らかになります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26.サムライハート

タイトルはアニメ『銀魂』のエンディングテーマにもなったSPYAIRさんの『サムライハート(Some Like It Hot!)』から頂きました。


エンディングのアニメーションで、雨の中対峙する銀時と次郎長が、この作品での総介と『マルオ』に見えた故に、数ヶ月前にこの話を構想している段階から、いつもこの曲を聴いていました。


それでは、総介の正体を刮目してくださいませ。


少し前、総介が『マルオ』の経営する病院に到着した時の話。彼は受付にて、医院長室の場所を聞いただけなのに、何故か怪しまれて、オマケに警備員が2人やって来て、挙げ句の果てに警棒を出されてしまうものだから、危ないから叩かれてしまう前に、見えない速さで刀を抜いて警棒を輪切りにした。その後に改めて医院長室の場所を聞くと、何かに怯えながら教えてくれたので、そこまで向かうことにした。受付の人は総介が医院長室へ向かったのを見ると、「誰か、誰か〜!!」と悲鳴をあげながら、何処かへ走っていった。警備員達も、腰を抜かして立てないようだ。一体何なのだろうか?……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………って、そりゃまあ病院にいきなり日本刀持った黒パーカーの陰キャ風の男が、「すんません。医院長先生に会いたいんスけど、医院長室の場所ってどこスか?」って聞いてきたら、怪しまれるのも当然ですわな………

 

 

 

 

 

 

てな訳で、回想は終えて、話は前回の直後へと進み、この病院の医院長であり、五つ子の義父『マルオ』と対面した総介。

 

 

 

 

………どっかの調査兵団の兵長に似てるな

 

 

 

 

彼が『マルオ』の容姿を見て抱いた第一印象は、これだった。椅子に座っているので、身長は確認できないが、少なくとも兵長よりは遥かに高いだろう。髪型は真ん中でキッチリとセンター分けされており、表情は絵に描いたような無表情だったが、苛立ちが募っているのか、眉間に皺が寄っている。まあその原因は総介なのだろうが。

 

 

「………俺の声に聞き覚え、あるかねぇかで答えてください、旦那?」

 

 

「………浅倉……総介」

 

忌々しさを込めた視線を、『マルオ』は目の前の少年へと向けた。本来ならば、彼には即お帰り願う筈だった。それをこの男は、まるで知った事かと言うように、目の前に現れた。

無造作な黒髪に、長く目元まで伸びた前髪。黒縁眼鏡の奥には、まるでこちらの全てを見透かしているかのような、死んでるかのような重たい目。嘲笑を含んだやる気のない気だるげな雰囲気。それに準じて、口元も不気味な笑みを浮かべている。

体格の方は、若干細身で、180cm程の高身長。黒いファスナー付きのパーカーに学生ズボン。デザインを見る限り、娘と同じ高校の生徒であるに間違いは無い。

そして一際目立つのは、彼の左腰に差された、黒の鞘に、赤い柄の日本刀。

駆けつけた医師によれば、警備員の警棒を飴細工の棒を切るが如くバラバラに切り刻んだと聞く。おそらく、いや、確実に本物だろう。更に、そのような繊細な剣戟を行えるということは、真剣の扱いが達人の域に達していることを表している。

 

(……何者なんだ)

 

『マルオ』は更に苛立ちを募らせた。側近であり秘書の江端や、部下の者達を使って調べさせても、『浅倉総介』という男の情報は一切出てこなかった。偽名かと疑い、その線も調べたが、国籍や本籍地、在学校はいとも簡単に見つかったため、本人は実在することは証明されている。しかし、それ以外の情報が、一切合切無くなっているのだ。こんな事があるのだろうか……

マルオが頭で考えを巡らせていると、総介がゆっくりと話し出した。

 

「名前を言ってくるってこたぁ、話が早えようだな。

 

 

正解だ。俺が3日前に、電話越しで話をした、上杉風太郎の家庭教師の助っ人の『浅倉総介』だよ、中野センセー」

 

「………その喋り方、どうやら年上に対して敬意を払うことを知らない様だな、貴様は」

 

「アンタに敬意を払えってか?悪いが、それは俺が決めさせてもらうことだ。対応によっちゃ、敬語に戻してやらなくもねぇぜ?」

 

どこまでも食えない男。そう思った。考えが読めない。まるで『あの男』、上杉風太郎の父、勇也を見ているようだと『マルオ』は思い出す。ただ、あの男と違うのは、目の前の少年の方が、遥かに底が知れないということだ。実際に目の前の総介を見ても、全く見透かせない。こんな男に、『マルオ』は出会ったことなど一度も無い。

 

「………好きにしろ」

 

「そうさせてもらわぁ。じゃあ中野センセー。早速本題にいきましょか。アンタは俺に『覚悟を示せ』っつった。違うか?」

 

それは3日前、電話越しに会話をした時の事。総介と娘の1人『三玖』が男女交際をしていると知った『マルオ』は、怒りを抑えきれずに、『風太郎を家庭教師として継続させたければ三玖と別れ、今後一切近づかない』か、『三玖と付き合うなら風太郎は家庭教師をクビ』といういかにも悪役の男が提示しそうな二択を、総介に突きつけた。これに対して総介が『3日で決める』と言ったため、『マルオ』は今日まで待った次第だ。

もっとも、『マルオ』は決めようが決めまいが、どの道総介と風太郎は淘汰する予定だったのだが……

 

「………そうだ。その話に持ち込むということは、覚悟を決めてきた、と?」

 

「ああ」

 

総介はどうやら、どちらかを決めてここに来たと、『マルオ』は思い込んだ。それを今すぐ聞こうとしたが、邪魔者がいることを思い出した。

 

「………君は下がってくれないか?」

 

『マルオ』は呆然と立ち尽くしていた中年医師に医院長室から出ていくよう指示する。

 

「し、しかし先生……」

 

「大丈夫だ。もしもの時は江端がいる」

 

「………はい、わかりました」

 

中年医師は頷くと、そのまま部屋を後にした。これでこの医院長室には、総介、『マルオ』、江端の3人だけが残った。

 

「待たせてすまない。では聞こうか

 

 

 

 

君の答えを」

 

相変わらず無表情の『マルオ』だが、その話し方はまるで『勝者』のような振る舞いだ。例え総介がどちらかの選択をしようとも、総介も風太郎も、潰す算段は整っているのだ。風太郎は独断で助っ人を連れて来たことに、総介は勝手に娘達の住む家に上がり込み、そのうちの1人を落として恋人にした事に、いい加減『マルオ』も限界だった。それも今日、終わる。この得体の知れない少年とも、二度と顔を合わせないで済む。そう思った。しかし……

 

「じゃあ、俺の覚悟を、示そうか」

 

そう言って、総介は、パーカーのファスナーを半分開けて、右手を胸元に突っ込んだ。何かを取り出すつもりだ。

 

 

 

 

 

……まさか、拳銃!?

 

江端が身を構えるが、総介は冷静だった。

 

「安心しなジイさん、危ねーモンじゃねーよ。ほらな」

 

そう言って総介が取り出した物は、一つの薄茶色い書類封筒だった。どうやらパーカーの内側にしまっていたものは、これのようである。

 

「アンタへの土産だ。自分で確認してくれや」

 

そう言うと、総介は封筒を『マルオ』の前にある机へと投げ捨てた。バサ、と、紙の束が落ちる音が部屋に響く。

 

「………江端、確認を」

 

「かしこまりました」

 

『マルオ』に指示された江端が、封筒を拾い上げ、中の書類を取り出し、確認作業を行う。

 

 

 

 

 

 

 

 

その途中から、江端の顔色が徐々に変わっていった。年期の入った壮年の男性の顔は、みるみるうちに青白くなっていき、額からは汗が流れ落ち始める。。

 

「………こ、これは……」

 

「………どうした?」

 

明らかに様子が変わった秘書に声をかけるが、手を震わせる江端には、聞こえなかったようだ。彼は『マルオ』の側まで近づいていき、書類を差し出す。

 

「………だ、旦那様、これを……」

 

江端はそのまま、書類を『マルオ』に渡そうとする。『マルオ』は、一瞬総介に目を向けるが、彼はプイっとわざとらしく目線を逸らす。

 

『自分で確かめてみたらどうだ?』

 

そう言っているように見えた。堪らず、彼は江端から書類を受け取り、内容を確認していく。

 

 

 

 

 

 

 

そこに記されている内容に、言葉を失ってしまった。

 

 

 

 

「ったく、3日徹夜して、ようやく全部潰したんだぜ、おい。アンタどんだけ敵作ったんだよコノヤロー」

 

 

 

その書類の内容は、報告書だった。その内容を簡単に説明するとこうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[『マルオ』にちょっかいかけようとしていた5つの悪〜い組織を、総介が単独で全部潰しちゃいました]

 

 

え?簡単過ぎる?詳しく説明?わかりましたよ、もう………

 

 

『マルオ』もそれなりの資産家であり、金持ちだ。そしてそう言った人間には、必ずと言っていいほど商売敵や、敵が存在する。その中でも、海外の違法な薬品や、ドラッグ、医療機器等、日本では使用を認められていないものばかりを医者達に斡旋して、売りつけてくるような連中もいた。『マルオ』は医者としての誇り故に、そのようなモノには一切手をつける事は無く、そう言った勧誘を軽く流して来ていた。しかし、最近では、脅迫に近い形で交渉を迫って来ていたため、彼も焦りつつあったのだ。

 

 

総介が海斗に調べさせていた、『最も重要な情報』はまさにこれだったのである……

 

 

 

「中にはアンタの娘達誘拐して、人質として交渉に持ち込もうとするアホまでいやがった。奴ら、たとえアンタが条件を飲んだとしても、娘は何人か裏で人身売買で売りつけようとまでしやがったんだからな。その大元まで全部ぶっ潰すのに、どんだけ時間のかかったことやら……」

 

「………」

 

信じられない、いや、信じたくなかった。この連中の中には、少ないが銃などの武器を海外から国内に密輸している組織もいることを、『マルオ』は知っていた。それも、規模は決して小さくない。暴力団のように、それを専門とする輩もいるはずだ。それを彼は、たった1人で、それも見た様子では、"無傷"で潰したのか……

 

「………しかし、これほどまでの組織が一度に崩壊したら、新聞やニュースになる筈なのだが……」

 

『マルオ』は冷静さを保ちながら、疑問を投げかけた。彼は新聞を欠かさず読む。その中でも、これらの組織のニュースが上がる事は、一度たりとも無かった。それは何故か……

 

 

 

 

 

その答えも、総介が持っていた。

 

「ああ、そりゃ、新聞社やテレビ局に、今日の夜まで報道しないように指示したからな……」

 

 

「………何だと……」

 

メディア媒体に指示して、報道規制をする……このような事が出来るほど、目の前の男は、権力を有しているとでも言うのか……

 

『マルオ』は、いつぶりだろうか、全身をあるものが包み込み始めた。それは、得体の知れない目の前の少年に対する、『恐怖』に他ならなかった。それを知りたく、自然と口が動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様は………君は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体何者なんだ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その問いに総介は、しばらく黙り込み、大きく息を吐いて、腰に差していた日本刀をゆっくりと抜いた。出てきたものは、白く輝く銀色の刃。

 

 

 

 

 

 

その抜いた日本刀の切っ先を、『マルオ』に向けて、彼は自らの正体を明かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大門寺家対外特別防衛局『(かたな)』が一人、『鬼童(おにわらし)』こと浅倉総介

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以後、お見知り置きを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ソースケ……」

 

 

三玖は、自宅のリビングから、激しく雨の降りしきる降りしきる外を見ていた。

もう3日も、彼と連絡をしていない。父に直談判に行くと言ったきり、彼は一切連絡を絶っており、学校にも姿を現さなかった。

 

「三玖」

 

そんな様子を心配しているのは、姉妹皆そうなのだが、長女である一花は、誰よりも彼女を気にかけてていた。三玖の肩に手を置いて、優しく励ます。

 

「大丈夫。浅倉君は帰ってくるよ」

 

「一花………」

 

「言ってたでしょ。必ず帰ってくるって。彼、三玖との約束は絶対に守る人だと思うよ?」

 

「………でも……」

 

そう言われても、やっぱり心配だ。あの父の怒り様は、今まで聞いた事が無かっただけに、不安は拭いきれない。

どうか、無事であってほしい。

どうか、自分の元へ帰ってきてほしい……

 

「………今は信じよう、浅倉君を。三玖の大好きな人を、信じないと」

 

「………一花……ありがとう」

 

一花に励まされて、少し不安が解けた三玖。こういう時に、長女の力は発揮されるものなんだなぁと、妹は改めて一花に心の中で礼を言った。

 

そうして2人は、共に窓の外にある灰色の雨雲を見ながら、遠くにいる男の無事を願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらも、外が激しい雨が降る中、2人の対決が佳境を迎えていた。

 

 

 

 

「………『大門寺』………『刀』……」

 

その言葉を聞いた瞬間、『マルオ』は今日初めて、いや、何年かぶりに驚愕の表情を浮かべて、目の前の少年に目を見開いた。

 

「アンタぐれーの階級の人間なら分かるだろ?『刀』の存在を……ジイさん、アンタも分かるよな?」

 

総介は日本刀を『マルオ』へ向けたまま、横に控える江端へと質問をする。勿論、江端も信じられないと言わんばかりの様子で、総介に目を向けていた。

 

「………大門寺家専属の、特殊防衛部隊……」

 

「そうだ。俺は一年半ほど前から、そこに所属して世話になってる」

 

「………馬鹿な……そんな……」

 

2人は、どうやら完全に頭が真っ白になってしまっているようだ。

そこまでして2人が驚く『刀』とは、一体何なのか………

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

〜大門寺家対外特別防衛局『刀』とは〜

日本、ひいては世界屈指の財閥グループである『大門寺』。その経済力は、都市伝説で語られる『ロックフェラー財団』や、『ロスチャイルド一族』にも匹敵する、超巨大勢力である。勿論、傘下の企業も多ければ、敵対する企業や組織も多い。中には暴力、武力などの強硬手段に出るものも少なくなく、幹部や役員はもちろん、現総帥である『大門寺(だいもんじ)大左衛門(だいざえもん)』、妻の『天城(あまぎ)』、息子の『海斗』を誘拐、果てには暗殺しようと目論む輩どもが存在する。

そこでそういった要人、総帥家族の護衛、敵対勢力からの防衛又は排除、そのための情報の収集、作戦の立案及び実行を任されている実働部隊が『刀』である。

メンバーは100名程と少数だが、大門寺に忠誠を誓った各分野のスペシャリストが配属されるエリート中のエリート部隊。

総介は昔、剣術を主流とした護身術道場に通っていたのだが、実はそこは、将来の『刀』の局員の育成も兼ねていた道場だった。そこで、親友となった海斗と切磋琢磨し合い、道場を卒業する頃には『神童』と呼ばれる海斗を倒せる程腕が上がっていたので、そこに来ていた局長である『渡辺剛蔵(わたなべごうぞう)』に武道の才を買われてスカウトされ、中学卒業までは道場に通う傍ら、剛蔵や、副長の『片桐刀次(かたぎりとうじ)』からの指導を受けて、中学卒業から1年間、警備会社のアルバイトという名目で入局することとなった。

ちなみに息子である海斗も「武を鍛えぬものに譲る座など無し」という父の言葉を受けて、総介と同じタイミングで入局。メンバーで局長の娘であり、2丁拳銃と格闘術を自在に操る『"戦姫(いくさひめ)"渡辺アイナ』、幼き頃、大門寺に拾われた孤児で二刀流の天才『"夜叉(やしゃ)"御影明人(みかげあきと)』とともに、総介と海斗は日々訓練と任務に就いていった。

そして『刀』の中でも、特に戦闘能力が高い者は、『異名』を与えられ、それは部隊の中でも、10人にも満たないほどに特別な存在となる。この異名を僅か十代にして与えられた『鬼童』の総介、『神童』の海斗、『戦姫』のアイナ、『夜叉』の明人、この4人は『新世代の刃』と呼ばれ、剛蔵から将来を期待されている。

メンバーの個人情報は大門寺の最高レベルのセキュリティよって保護されており、世界でも総帥や一部の幹部クラスでしか閲覧することが出来ない。

組織の情報力は世界でも指折りであり、『switchの俺たちと比べりゃCIAなんざゲームキューブ並みのスペックよ』と剛蔵は豪語しているほど。

実績も多く、その名声は裏の世界で知らない者はおらず、局員の殆どが日本刀を武器に扱うことから、それなりの富豪たちや裏の世界の住人からは畏敬の念を込めて『現代に生きる侍たち』、『大門寺の懐に刀あり』と呼ばれている。

隊服は銀魂の銀ノ魂篇での真選組の隊服で、上は黒のロングコートで、下は黒のズボンを着用している(発案者は総介)。改造も可能で、総介はロングコートの中に黒パーカーを着ており、海斗はロングコートの代わりに、上に大門寺の家紋を背中にあしらった白い羽織を羽織っている(銀時の白夜叉の様な感じ)。アイナはジャケット風の上着にベストとカッターシャツにネクタイ、下はホットパンツとロングブーツを着用して、両腰に銃を収納するホルダーが付いている。

 

そして半年前に、とある巨大組織との抗争の末に、『大門寺』は勝利して世界で最高峰の財閥グループへとのし上がり、『刀』も非公式ながら、『世界最強の特殊部隊』という称号を手にしたのだ。その抗争の末に、総介と海斗は、最低一年間の休養をとることになるのだが、それは別の話としよう。

 

 

 

 

 

 

つまり何が言いたいかというと、

 

 

 

 

総介は『世界最強の特殊部隊の中でも、10本の指に入るほどの強い侍』ということである。

 

わーい、『ぼくのかんがえたさいきょうのしゅじんこう』の完成だぜキャッホォォォオオオオ!!!!

 

 

 

じゃなくて!色々あったの!総介も苦労したの!はい、説明終わり!

 

 

戻るよ!

 

 

………………………

 

 

 

「………君が、その『刀』の一員、だと?」

 

「だからさっきからそう言ってるじゃねーか。あれか、アンタの耳には毛がボーボー生えてんのか?耳毛の森ですかコノヤロー?」

 

総介はようやく日本刀を下げて、頭をかきながら喋り出す。

質問をした『マルオ』の声が、明らかに震えだした。

 

「………どうして、君は『刀』に……」

 

「総帥の息子の大門寺海斗は、俺の幼馴染で、ずっと剣の腕を磨き合ってきた。そんな時にスカウトされて入ったのさ。一応俺は、海斗の護衛役も兼ねている。奴も今、俺やアンタの娘と同じ学校に通っているぜ」

 

「!!」

 

『マルオ』は総介から出てくる言葉に、もはや思考が追いつかなくなっていた。

海斗には先日、パーティで会ったことがある。彼と少し話をしたが、とても17歳とは思えないほどに、余裕と信念に満ちた男だった。彼が今後の日本、世界を引っ張って行くのなら、それも悪くないなと、『マルオ』は感心した。その護衛役が、目の前にいる少年だと……

 

その少年が、娘である三玖と交際しているだと……

 

 

 

「………何故、三玖くんに……娘たちに近づいた?」

 

彼の質問に、総介は想定内だな、と、余裕綽々に対応した。元々、正体を明かせば、この質問は必ずされると確信していたのだ。

 

「だから言ったろうが。一目惚れだって。そこに組織の打算なんざ、ひとつもねー。

 

 

 

 

あの子に、三玖に、目も心も全部持ってかれたんだよ」

 

恥ずかしいことを惜しげも無く暴露する総介。それは、彼が本当にそう思っているからで、そこに大門寺の陰謀なんか一つも絡んでいないことを表す。

 

「んでなんとか仲良くなりてーなぁ、って思ってたら、上杉から助っ人の依頼が来て、三玖がいる事を知ったから、受けたまでだ」

 

「………そう、か」

 

どうやら『マルオ』は、これ以上考える事を放棄したらしい。自分が喧嘩を売った相手が、世界でも有数の巨大権力を持つ財閥の防衛部隊、その中でも最強クラスの実力を持つ男………そりゃ思考も放棄したくなるわさ……

 

 

「………茫然としてるとこ悪いが、俺はこうして覚悟を示したんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、アンタはどんな覚悟を示すんだ?」

 

「!!!!?」

 

唐突や総介の質問に、肩をビクっと震わせた『マルオ』。さっきまでの勝者の様な態度は何処へ言ったのやら……

 

「………」

 

「俺ばっかりに覚悟とかほざいといて、いざ自分の番となったら、用意してませんでした、ってこたぁねーだろう?ほら、見せてみろよ。アンタの覚悟を」

 

総介はいつもの死んだ魚の目で、『マルオ』へと言葉を投げ掛ける。しかし、『マルオ』はその言葉を、一切返す術を持っていなかった。

 

 

「………」

 

「………どうやら、アンタは一方的に自分が殴れるとタカ括って、なんも用意してなかったらしいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな状況、全く想定してなかったらしいな」

 

 

 

総介はそう言うと、『マルオ』へとゆっくり近づいていき、右手に持った日本刀を左側へと振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、『マルオ』の右側の首めがけて、日本刀を振り払った。彼は椅子に座ったまま、ピクリとも動こうとはしなかった。いや、動けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旦那様!!!!!!!」

 

 

 

 

江端の叫びが、部屋中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本刀は、『マルオ』の首の数ミリ手前で止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「テメーに一つ、言っとくことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の努力を知らねー奴が、上からその努力を嘲笑ってんじゃねー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殴り返される覚悟もねぇ奴が、上から拳振るってんじゃねーぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タコ助

 

 

 

総介は、今までにないほどの殺意を、静かに『マルオ』へとぶつけた。

 

 

 

 

 

 

それに当てられた『マルオ』は、見た。彼の後ろにある[ソレ]を。

 

 

[ソレ]は、赤黒い肌に、鋭い牙を剥き出しにし、禍々しく逆立った髪に、頭に生えた二本の角を持つ、途轍も無い怒りの形相をした………

 

 

 

 

 

 

『鬼』

 

 

 

 

 

 

 

幻かもしれないが、彼は見た。総介の具現化された殺意を。その『鬼』に、首を食い千切られるビジョンを。

裸一貫で、『鬼』の罠にかかった『マルオ』が今、残された力を振り絞って出来ることは、平静を装って喋ることだけだった。思考は全て、そちらへと持っていかれていった。

 

 

「………何が……望みだ……」

 

「望みだぁ?んなもんねーよ」

 

その様子に総介は殺意を緩め、マルオの首に添えていた日本刀を離してから答えた。これ以上は会話にならない。一方的なイジメになってしまうからである。

 

「電話で言ったろ?考え直してくれと。アンタが上杉の家庭教師を解雇すんのを、もうちょい待ってくれと」

 

総介は先程とは違い、真剣な眼差しで、『マルオ』へと向きながら話をする。

 

「アンタがもし、じっくりと考えて、娘たちからも意見を聞いて吟味した結果、上杉は家庭教師として相応しく無いっつーんなら、俺は何も言わねーさ。

 

 

でもな、たかが電話でしか喋らねー会話で、全てを決めてんじゃねーよ。んなもんはアンタの部下にでもしてろ」

 

そう言い終えると、総介は日本刀を鞘へと納めた。『チン』と言う音が、静かに部屋にこだまする。

しばらくして、『マルオ』が口を開く。

 

「………三玖くんのことは、いいのか?」

 

「それはアンタの許可なんざ要らねー。交際なんざ勝手にするさ。

 

 

ったく、そんなに娘が心配なら、今度一緒に飯でも食ってやれっつーんだ」

 

呆れた口調で総介がはぁ、と溜息をつくと、彼は何か思い出したようで、ポケットから紙切れを取り出して、話を始めた。

 

「………それと、これは業務連絡だが

 

 

 

 

 

アンタ、『大門寺』と同盟を組まねぇか?」

 

「………同盟、だと?」

 

総介の『マルオ』の顔が再び、驚きの表情へと変わる。

 

「ウチは今、専属の医者の人数が少なくてね。出来れば大病院を経営している人物と、同盟を組んで、治療とか見て欲しいって、探してたところなんだ。

アンタの事を調べさせてもらったが、中々に腕の立つ医者だって聞くぜ?それを知って、上の連中はついでに俺に『おつかい』を頼んだわけだよ」

 

そこで一旦話を切って、彼はふぅ、と一呼吸入れてから、再び話し出す。

 

「同盟を組めば、アンタや、娘たちの護衛も任務に入る。今回、アンタにしつこく迫っていた連中が、娘たちを誘拐しようとしたが、それを潰したのは、完全な俺個人の事情だ。もう二度とやらねぇぞ?それで娘がどうなろうが、俺は三玖だけを最優先で助けるつもりだ。他は場合によっちゃ………そうなるかもな。

 

 

 

 

 

 

 

だが、正式に同盟を結べば、仕事として、アンタの娘全員を護衛出来る。

そういうアホなことを考えている組織を、今回のように事前に潰す事もできる。

 

 

さあどうする?くだらんプライド捨てて、娘たちを助けるか、自分自身のために、アンタが惚れた人の娘の変わり果てた姿を見るか……

 

 

 

 

 

じっくり考えるこったな」

 

 

 

そこまで話を進めると、総介は手に持った紙切れを机に置いた。

 

「………コレ、ウチの『局長』の番号だ。答えが決まったら、5日以内に、ここに連絡してくれ。

 

 

 

 

それと、今日の夜、娘に電話をして、答えを聞かせてくれ。上杉も俺も、そこで待ってるからよ」

 

そこまで話をして、総介は踵を返し、ドアの方を向いた。

 

 

「………んじゃ、俺は帰るとするわ。報告もあるしな」

 

そう言って、総介は歩き出し、医院長室から出て行こうとしたが、『マルオ』が最後に、声をかけた。

 

「………待て」

 

総介はその言葉を聞き、無言でドアの前で立ち止まって振り向いた。

 

「………君にとって、三玖くんは……」

 

知りたかった。彼の真意を。転校してから、2ヶ月も経っていない。にも関わらず、彼は他の娘を見捨ててでも、三玖だけは護ると言った。そこまで言い放つ男の想いを、確かめたかった。その父親としての思いを悟った総介が、口元を緩めながら口を開いた。

 

 

 

 

 

「………全てさ。今の俺にとっての。

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖が俺を心の底から拒絶すれば、

 

 

 

 

俺は潔くあの子から身を引くし、

 

 

 

 

 

 

三玖が俺にそばにいて欲しいと心の底から願ったなら、

 

 

 

 

 

 

どんな事があったとしても、あの子の元へ帰るさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな奴だろうが、あの子を悲しませるなら俺は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国の一つや二つ、喜んでぶっ潰してやらぁ

 

 

 

 

 

 

本気だった。本気の目で、総介は言った。

目から、言葉から、彼自身から、娘への想いを聞いた『マルオ』は、まるで憑き物が取れたかのように、肩の力を抜いて、一言呟いた。

 

 

「………そうか……」

 

 

 

「………じゃあな。家庭教師と同盟の件、賢明な判断を期待しとくぜ、中野センセー………あ、俺が『刀』に入ってるって事、娘たちや上杉には内緒にしといてくれ。根気強く交渉したってことで話合わしといてくれや。そんじゃ」

 

その言葉を最後に、総介はドアを開けて、退室した。ドアが閉まり、10秒ほど経った瞬間、『マルオ』は一気に緊張を解き、全身から汗を吹き出し、呼吸を荒くした。

 

「はぁ…はぁ、はぁ、はぁ……」

 

「だ、旦那様!ご無事ですか!」

 

江端も総介の殺気に当てられていたのか、一歩も動けずにいたが、彼の退室を見てから、主人である『マルオ』へと寄り添う。彼は手も、足も、体も、顔も、余す事なく、小さくではあるが、ガタガタと震えていた。意識しているものではない。総介の殺気が、『マルオ』の根源的な恐怖、つまりは『死』の恐怖をこの上なく刺激したのだ。こうなってしまうのも無理はない。

 

 

「………何なんだ」

 

「………は?」

 

震えた声で小さく呟く『マルオ』に、江端は聞き返す。

 

「………何なんだ、あの男は……本当に、娘と同じ高校生なのか……」

 

「………」

 

答えられなかった。江端もそう思ったからだ。一般の高校生とは、明らかに逸脱した佇まい、常軌を逸した『殺気』、日本刀を操る達人級の『剣術』……全てが規格外だ。とても高校生とは思えないが、それを調べることは出来ない。大門寺家の最高峰のセキュリティの前では、自分たちはただの砂つぶだ。抗うことすら許されない。

 

「今すぐ、お水を用意します」

 

「………ああ、頼む」

 

今は、ただ、あの強大な武力の前に、世界をも変える巨大な権力の前に、ひれ伏すしかない。2人の思考は、皮肉にもここで共通してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

「………雨、メッチャ降ってんじゃねーか」

 

ヘルメットをかぶり、スクーターを走らせながら、総介は呟いた。彼はこう見えて、原付の免許持ちである。持っている車種は『銀魂』で銀時が乗っているのと同じ、『ベスパ』である。色も銀色だが、後輪カバーには『銀』の字は入っていない。

 

「歩いてくりゃよかった……風邪ひきたかねーしよ」

 

先程まで殺気ムンムンだったとは思えない、誰でもいいそうな独り言を言いながら、雨に打たれる総介。彼は雨の中、スクーターをある場所へと走らせていた。

 

 

 

 

 

 

それは、彼が半年以上前から行っていない場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『局長』元気にしてっかな〜……『副長』は………どうせ愚痴るんだろうな〜めんどくせ〜………明人の奴、俺のあげた『沖田のアイマスク』捨ててねーだろうな……」

 

 

 

 

誰に向かって言ってるのか分からないことをブツブツ呟きながら、総介は『大門寺家本邸、対外特別防衛局『刀』屯所』へと『ベスパ』を走らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、第二章最終回

(しろがね)ノ魂を持つ男』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼』は、人を愛せるのか

 

 

 

 

 

 

 




お気に入り300件突破しました!!!
登録してくださった皆々様、本当にありがとうございます!これからも頑張りますので、よろしくお願いします!


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
次回、遂に第二章最終回です。総介と三玖、いよいよ2人が真の恋人同士になりますので、ブラックコーヒーをご用意してお待ちください(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27.(しろがね)ノ魂を持つ男(上)

これにて第二章は終了となります。となる予定だったんですが……



ごめんなさい。思っていた以上にあまりにも文字数が多くなってしまったため、1話で収めきれずに、前後半で分けて投稿します。読者の皆様の手間をかけてしまって、本当に申し訳ありません。

銀魂特有の『終わる終わる詐欺』だと思ってください。

後半も既に完成しているのですが、前半をお楽しみいただくため、日にちを空けて投稿します。後半は土曜日に投稿予定です。


郊外の離れた土地にある『大門寺家本邸』。敷地面積は東京ドーム4つ分というアホみたいな広さを誇り、作りは日本風の豪華な家屋である。外見的に屋敷は主に平屋で、所々が二階建ての部分もあるのだが、数ヶ所に地下への入り口が存在し、緊急避難用のシェルターや居住区の役割も果たしていると噂にある。屋敷の他には庭園や池も存在し、よくある『昔の超大金持ちの家』をこれ見よがしに表している。

敷地の外には掘りがあり、表向きの入り口は正面の橋を渡った巨大な門のみとなっている。

 

そんな広大な敷地の離れに存在するのが、大門寺家対外特別防衛局『(かたな)』の屯所であり、作りは大体銀魂の真選組の屯所と同じである。

 

 

 

 

この作品、銀魂を知っていること前提で話を進めているが、一体何人の読者がついて来れるのだろうか……

まぁここまで来たら詳しくは銀魂の原作をご覧くださいとしか言いようがあるまい。

 

 

 

 

 

そんなことはさておき、その大門寺の巨大な入り口の門へとスクーターを走らせて到着した総介。そんな彼を待っている人物がいた。

 

「お疲れ様です、総介さん」

 

「出迎えが来てくれるとは思ってなかったんだがな、アイナ」

 

大門寺家の一人息子『海斗』の侍女であり、『刀』の一員で『戦姫(いくさひめ)』の異名を持つ渡辺アイナが、いつもの学生服ではなく、給仕の格好で、雨の中黒い傘をさしながら門の前で待機していた。

 

「父が早くあなたに会いたいと言うものですから、ここまで迎えに来た次第です」

 

「………なるほど、セキュリティ厳しいもんな」

 

この巨大な門を潜るには、来客ならば事前に交付される大門寺の推薦状が必要であり、更に、指紋照合、網膜スキャン、必要ならばその他の本人確認の工程をパスしなければ、この巨大な門は開くことはない。門や塀を越えようものなら、直ちに見張りの者に取り押さえられ、それでも突破しようとすれば、敵と見なされて『刀』が出動し、世界最強の特殊部隊により捕獲又は始末されてしまうのがオチである。

とまぁ、これ程に厳重なセキュリティなのだが、例外として総帥や一部の幹部、それらの人物の了解を得た者のみが、この門の開け閉めを自由に行えるのだ。

 

アイナは今回、『刀』の局長である父の了承を得て、門の前で総介を待っていたのだ。

彼女は門の脇にあるスキャン装置に、カードをかざし、パスワードを入力した後に、門がゆっくりと開いた。大門寺家の造りは日本風の建物だが、中はハイテクノロジーで出来ているのだ。

 

「どうぞ、お入りください」

 

「サンキュ。休養中の身だし、色々と手間が省けたぜ」

 

総介は門が完全に開いたのを見て、『ベスパ』を敷地内の駐車スペースへとトコトコ知らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

バイクを駐車スペースへと置いて、総介はアイナと共に屯所の廊下を歩いてゆく。その途中で、総介がアイナへと話しかけた。

 

「海斗は?」

 

「若様は只今、奥様と別の場所にお出掛けになっておられます」

 

「そうか……」

 

「……まさか本当に無傷だったとは思いませんでした」

 

「あ?何がだよ?」

 

「いくら『鬼童(おにわらし)』とは言えど、三日三晩休み無く戦い続けるのは無謀だと考えていたので……」

 

アイナは一週間程前、総介が風太郎から連絡を受けて、たった一人で『マルオ』にちょっかいを出そうとしている連中の全てを制圧しようという事を心配していた。3日前に総介が最初の事務所を潰しに行く際も、愛銃を取り出して付いて行こうとしたが、再び総介と海斗に止められ、やむなくそれを飲み込んだのだが、それでも万が一の為にと、そのまま屯所にていつでも出動できるように待機をしていた。

もっとも、その心配は結局取り越し苦労となってしまったが……。

 

「あんな武器持ってイキってる連中なんざ数に入んねーよ。どこもかしこも剣やら銃やら振り回して暴れるだけで、てんで歯ごたえのねー奴らばかりだ。おかげで移動の時間にグースカ寝れる余裕まであったわ」

 

「まったくあなたは………」

 

アイナは総介に呆れつつも、未だ気だるげな表情を崩さない彼に末恐ろしさを感じた。

 

彼は今年の3月から、『刀』の一員としての活動を休んでいた。約半年もの間、実戦から離れていたにも関わらず、そのブランクなど一切無かったかのように、5つの組織を流れ作業のように壊滅させて行ったのだ。

総介は余裕だと言っていたが、5つの組織の中には、『刀』が名を挙げてマークするほどの手練れも何人か存在した。その手練れも、事後処理を行った『刀』の同志の報告によれば、全員がズタボロに叩きのめされていたと聞く。

 

(あなたは……一体どこまで……)

 

アイナ自身も、総介や海斗と共に、幼き頃から道場で武術を鍛え上げてきた。彼女も、周りと比べてズバ抜けて身体能力が高く、体術の達人とも言えるまでに強くなっていき、『戦姫(いくさひめ)』の異名を与えられる程、『刀』の中でも上位の戦闘能力を持つに至っている。

それでも、全てにおいて人の倍のクオリティを持つ海斗や、こと戦闘になれば海斗以上の強さを誇る総介には幾分か劣ってしまう。

海斗の場合は、産まれてすぐにその才能を遺憾無く発揮し、大門寺の後継として申し分ない程の実力を持つ神の子を意味する『神童』の異名が与えられた。勉学、運動、芸術、人柄、政事、容姿、その他にも全ての事柄を150%まで昇華できる程の100年に1人出るか出ないかの逸材、それが大門寺海斗である。大門寺家の跡取りとして、一つの文句の付けようがないだろう。

 

 

 

しかし、総介は違う。一般家庭の生まれで、身体能力は周りと比べて少し優れはいたものの、容姿や頭脳、感性も、最初は平々凡々とした一般人のそれだった。剣術においても、最初は海斗に連戦連敗を重ねており、一度も勝てていなかったのだ。それでも二人は親友であり、強さは違えど、互いを認め合い、剣術を日々鍛え上げていった。しかし……

しばらく経った時に、総介の人生の全てを変えてしまう、『ある事件』が起きてしまう。それは、アイナの記憶にも刻まれており、彼にとってはあまりにも唐突に訪れた、残酷な悲劇であった。

その時を境に、総介は『それ』を開花させた。いや、させてしまった。『それ』は、才能と呼ぶにはあまりにも強大な力であったが為に、彼は自分を見失ってしまい、自分以外の全てを壊そうとした。アイナの『父』や道場の師範が止めてくれなかったら、何もかもが無茶苦茶になっていたかもしれない。

そこから、総介は海斗をも凌駕する『力』を手に入れた。その力で敵をなぎ倒していく様はまるで、無力な人間を容赦なく蹂躙する『鬼』に見えた。そこから、あまりにも圧倒的な力を持つ『鬼の子』から由来し、彼は『刀』の入局時から異例の早さで『鬼童(おにわらし)』の異名を与えられた。今の彼にとっての救いは、その力を使うべき場所が与えられたことと、半年前、運命のあの日(・・・・・・)に、全てを終わらせたことだろう。そう、悲劇の発端となった全てを断ち切ったあの日………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……イナ……アイナ」

 

 

「!!は、はい!何でしょうか?」

 

アイナは屯所の廊下を歩きながら、後ろを振り返る。見ると、総介が怪訝な表情で彼女を見ていた。

 

「考え事も結構だが、呼びかけに応えられないほどの事なら、一人の時にしてくれ」

 

「も、申し訳ありません……」

 

どうやら深く考え過ぎたようだ。あまりにそちらに頭が回ってしまっていたため、総介の再三の呼びかけも全く耳に入ってこなかった。

いけない。もうすぐ局長室だというのに。気を引き締めなければ……

 

首をブンブンと振って、アイナは局長室へと歩を進め、総介もその様子をいつもの気だるい目で見ながら、その後に続いていった。

 

 

 

………………………………

 

 

2人は、屯所の奥の部屋にある、『局長室』の襖の前に到着した。

 

「特別防衛局、『戦姫』渡辺アイナ、『鬼童』浅倉総介、入ります」

 

アイナが襖の向こうの人に向かって言い、襖をゆっくりと開けた。

 

 

 

すると………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイナちゅわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んぬっ!!!!!」

 

 

 

巨大な物体が、アイナと総介、厳密にはアイナへと向かってすごいスピードで向かってきた。てか飛び掛かってきた。しかし、アイナはそれに全く慌てる事なく、

 

 

 

 

 

「……ふん!!!」

 

「ぐぼぁぁぁぁあ!!!!!」

 

巨大な物体に対して見事なカウンターでアッパーカットを決めた。巨大な物体は綺麗な弧を描いて、畳の床へと落下していった。総介は一連の様子を呆れ果てながら見ている。

 

(………まぁそうなるわな)

 

「何度申せばお分かりになるのですか、お父様(・・・)?私を見つけるなり抱きしめに掛かるのはお止めくださいと、あれほど口を酸っぱくして貴方の耳に入れたのですが?」

 

「分かっている!分かっているさ!!でも、キュートでビューティフォーなマイラブリードーター『アイナちゃん』を目の前にしたら、どうも条件反射で抱きしめたくなってだな!!」

 

ま○ぐり返しで床に倒れこむ巨大な男という、誰得な姿をした人物は、アイナに向かって自身の彼女への愛を叫ぶが、当のアイナは、冷たくゴミを見るような目で、その巨大な男を見下す。

 

「今すぐ死ぬか消えるか失せるか灰になるか選んでください。さもなくば、押入れに保管してある私の成長過程という名の盗撮写真のアルバムを全て燃やし尽くします」

 

 

「そんな!!?そうなったらどの道死んでしまうじゃないかアイナちゃん!!頼む!!それだけはやめてくれ!あれは俺の、俺たち家族の宝なんだ!家宝なんだ!それを燃やすだけは勘弁してくれ!その代わりに、俺を気が済むまで踏んづけるだけで勘弁してくれ!いや、むしろ踏んづけてくれ!!!」

 

「死んでください」

 

 

変態的な言動をする男にただ見下したまま冷たく突き放すアイナ。と、ここで、さすがにこれ以上放置すれば話が出来ないと悟った総介が、男へと声を掛けた。

 

「お久しぶりです、剛蔵(ごうぞう)さん。相も変わらず激烈な親バカっぷりを発揮してますね」

 

「その声は、総介!?総介か!久しぶりじゃねぇかあ!半年ぶりだな!元気にしてたか?」

 

「おかげさまで。休暇を楽しませてもらってますよ」

 

総介が普段は殆ど使わない敬語で声を掛けたこの男こそ、大門寺家対外特別防衛局『刀』の局長、渡辺剛蔵(わたなべごうぞう)であり、アイナの実父でもある。

勢いよく立ち上がった彼を見て、まず目を引くのは、その巨体であろう。身長は驚きの200cmジャストであり、他の人物たちと一線を画している。そして体格も、身長に見合うよう筋肉質であり、いかにもパワーめっちゃありまっせ!というのが隊服の上からでも手に取るように分かる。

人相も、どこかのゴリラ……じゃなくて、武人らしく、短髪のオールバックであご髭を蓄えた武骨な表情をしており、その性格も、見た目通りに豪快な人物である。

『刀』のトップとしての実力やカリスマ性も十二分に兼ね備えており、今現在の世界で、最も最強に近い男である事は間違いないであろう。さらに、『刀』の局長以外にも、様々な肩書きを持っており、名実共に『大門寺のNo.2』『総帥の右腕』と呼ばれて、組織の内外から大いに信頼を寄せられている。当然、彼も異名持ちであり、彼の固い意思と、強靭な肉体に因んで、『金剛(こんごう)』の異名を持つ。しかし、そんな彼だが、先ほどのやりとりからも分かるように、剛蔵は病的なまでに娘思いというとんでもなく残念な面を持っているのである。

この前も、娘の成長を見届けるという口実で、アイナの入っている風呂場を覗こうとしたら、速攻で見つかってしまい、娘に半殺しにされたところである。

 

 

 

「いや〜よく来てくれたな!海斗と学校楽しんでるか?」

 

「ええ。大分青春させてもらってますが………今は世間話はまた今度にしましょう」

 

総介も、半年ぶりに上司に会えた懐かしさに浸りたいが、話を進める方が先だと判断して、早速本題へと入った。

 

「……剛蔵さん、今回の件での情報収集と、移動手段の手配、そして俺に独自行動権を与えてくださり、本当にありがとうございます」

 

 

総介は腰を曲げて、頭を深々と下げて剛蔵に感謝の意を示した。今回、五つ子の父親の『マルオ』の情報を集めてもらい、彼や娘たちに手を出そうとした組織の場所まで、移動の手助けをしてもらい、また、それらを単独で潰すことを許可したのは紛れも無い、目の前にいる『刀』の局長の剛蔵である。

剛蔵は自身の大きな手を、未だ頭を下げる総介の頭に置いて、まるで息子を見るような優しい目で、彼の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「気にするんじゃねぇよ、総介。顔を上げてくれ」

 

その優しく放たれる言葉に、総介は顔を上げて剛蔵の顔を見上げた。

 

「俺たちもお前に小さくねぇ借りがあるんだ。東町での花火大会の件、あれと総帥一家出席のパーティがバッティングしちまって、例年なら5人ほど配置させていたうちの連中を、そっちの警備に持っていけなかった。そのせいでお前や、お前の想い人の子に迷惑をかけちまった。いや、そうならなかったとしても、民間人に被害が出ていたはずだ。それを休んでいるはずのお前が、処理をしてくれたことには、とても感謝しているし、デカイ借りを貰った。その借りを返せる機会を与えてくれたんだ。ここで返さなきゃ男じゃねぇだろうよ」

 

「剛蔵さん……」

 

剛蔵はとても義理堅く、人情に厚い人物だ。それも、彼が四方八方から人望を集める一つの要因だろう。もちろん総介も、彼の懐の深さを心から尊敬しており、大門寺家、何より剛蔵を慕っている。

 

「……本当に、ありがとうございます」

 

こんなにも大きな漢を前にして、総介は自分のわがままに協力してくれたことにただただ礼を言うことしかできなかった。剛蔵はそれを見てにかっと笑い、総介の肩をポンポンと叩く。

 

「だから気にすんじゃねぇって。それより、アイナちゃんから聞いたぞ?オメェ好きな子の為に頑張ったんだってな?その子の話も、色々聞かせてくれないか?」

 

「それはまぁ、剛蔵さんにも話をしたいんですが、時間が無いもんですから……」

 

 

 

 

 

 

 

「気にいらねぇな」

 

2人の会話に、局長室にいたもう1人の人物が割って入った。その男は、座布団の上にあぐらをかいて座っていたが、立ち上がって総介へと近づいてきた。

日焼けしたような褐色の肌に、銀と言うより灰色といった方がしっくりくる髪の色。目つきはとても鋭いが、顔立ちは整っているワイルド系イケメンである。服装は剛蔵と同じ『刀』の隊服に、腰には日本刀を指している。身長は剛蔵ほど高くはないが、総介よりも若干背丈はある高身長。

 

彼こそ、渡辺剛蔵の右腕であり、『銀狼(ぎんろう)』の異名を持つ『刀』の副長『片桐刀次(かたぎりとうじ)』である。

 

「………刀次さん」

 

「俺らは便利屋じゃねぇんだ。てめーのくだらねー色恋沙汰ごときに、『刀』が時間を割いてる暇なんかねぇっつーのに、余計な手間かけさせてんじゃねえよ」

 

剛蔵とは違い、バッサリと切り捨てる刀次。彼は何より規律を重んじる性格であり、厳格で気難しい性格も相まって、隊内からは一部恐れられているが、人情家な剛蔵といいバランスが取れており、刀次を支持する声も多い。

総介は、彼の突き刺すような鋭い視線に一切怯むことなく、睨み返す。

 

「……アンタでしょ、刀次さん?」

 

「あ?何がだよ?」

 

「花火大会の人員を、そっちのパーティに全て持ってくることを提案したのは、アンタだと海斗から聞きました」

 

花火大会の日の朝、総介は海斗からの電話で、パーティに毎年配置する警備が、全て大門寺一家の護衛に回ったと聞いた。そしてそれが刀次が提案し、指示をしたことも………

 

「……チッ、海斗の奴……」

 

刀次は舌打ちをして、海斗に恨み言を言った。本来なら、大門寺家の跡取りの海斗には『若様』と呼んで敬語を使のが当たり前だが、海斗も『刀』に所属しているため、刀次は彼を『部下』として名前で呼び扱っている。無論、海斗もそれを了承済みである。

 

「アンタの指示のおかげで、こちとら色々手間取るハメになったんですが?あの豚野郎どもが来ることが予想されていたにも関わらず、人員をそっちに持ってくってのはどういう了見なんですか?」

 

総介が鋭い視線を刀次へと送るが、それも彼は全く気にせずに淡々と答えた。そこから、2人の怖すぎる世界最強クラスの口喧嘩が幕を開けた。

 

「俺たち『刀』が何より優先すべきは、『総帥一家の安全確保』だ。今回のパーティには、大門寺を良く思わない連中もいくつか出席していた。そんなチンピラどもに構っている暇なんざどこにもねぇんだよ」

 

「『大門寺の縄張りの治安維持』も、俺たちの役割の中に含まれているでしょうが。それに今回は、ただのチンピラじゃねぇ。あらゆる場所で罪なき人を食い物にしてきたクソ豚どもの一味だ。下手したら死亡した人もいたかもしれねぇんだ。そんな中で、俺の大切な人が、奴らのターゲットにされた。一家の安全が最優先なら、いくらでも民間人に被害が出てもいいって言うのかよ、アンタは?」

 

「ナマ言ってんじゃねーぞクソガキ。その程度の連中に、『刀』を動かす価値があんのか?俺らは呼ばれりゃホイホイ出動する警察じゃねーんだ。少しは『大門寺の懐刀』としての自覚を持ちやがれ。恋愛なんてくだらねーことして、脳みそ溶けちまったのか?え?」

 

「救えるはずの命を見捨てて、何が侍だ?アンタこそ、その腰につけたモンは飾りか?ただただ番犬としての役割を果たすだけのマニュアリストが、それこそ警察みてぇじゃねぇかよ。そこんとこどう思うんだ『銀狼』さん?いや、番犬だから『銀犬』?『銀チワワ』でいいか?それとも『銀トイプードル』………どっちがいいスか?好きな方にワンって吠えて答えてくださいよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に、刀次がいよいよぶち切れそうになった。彼は人1人殺せそうな視線を総介に向けて、静かに口を開けた。

 

「……上等だ。抜きやがれ」

 

「……殺りますか?」

 

総介も殺気を全開にする。2人は激しく言い合った末に、腰につけた日本刀に手をかけた。一触即発の重く不穏な空気が流れる中、剛蔵が止めに入る。

 

「やめろ刀次!今回は俺が総介に許可したんだ。剣を抜くのは許さんぞ」

 

「剛蔵さん……しかし……」

 

「総介も、落ち着け!ここに斬り合いをしに来た訳じゃねぇだろう?」

 

「………分かりました。すみません」

 

剛蔵の注意に総介は平静を取り戻して、日本刀から手を離したが、刀次は未だ不服そうだ。と、ここで、局長室の入り口から声がした。

 

「ありゃりゃ、皆さんお揃いで。浅倉の旦那が来てるって聞いて警備すっぽかして来てみたら、何の騒ぎですかい、この状況は?」

 

抑揚のないマイペースな声が、室内へと響き渡る。全員が、入り口の方へと向いた。その姿を見で、総介が口を開く。

 

明人(あきと)か……久しぶりだな」

 

「お久しぶりです旦那。何でも、女作って孕ませたって言う噂じゃないですかい?」

 

「孕ませてねーよ!てか何なんだよその噂!?」

 

「俺が今作りやした」

 

「今かよ!それぜってー周りにその嘘流すんじゃねーぞ!!」

 

抑揚の無い江戸っ子口調で淡々と話す彼は『刀』のメンバーの1人である『御影明人(みかげあきと)』。

青っぽい黒髪に、くりっとした目とやる気のなさそうな表情が特徴的な美少年である。身長はそれほど高くなく、総介と10cmほど差がある。服装は、標準の『刀』の隊服だが、その両腰には一本づつ日本刀が差さっており、つまりは『二刀流』の使い手である。年は総介やアイナより1つ下だが、学校には通っておらず、刀の仕事を専属でこなしている。

彼は元々、幼い頃に両親を失った孤児であり、剛蔵が引き取って息子のように育てて来た経緯を持つ。この事から、彼は剛蔵を誰よりも深く尊敬し、慕っている。総介や海斗、アイナと幼い頃より知り合い、現在までに至る。

彼は大門寺の中で何か別に肩書きがあるわけではないのだが、こと戦闘に関しては、総介と同等の才能を持っていると言われており、そこからも由来の一因となって、『夜叉(やしゃ)』の異名を与えられている。そして、前回にも記述した通り、僅か十代にして『異名』を与えられた総介、海斗、アイナ、明人の4人は、『刀』の中でも『新世代の(やいば)』と呼ばれて、剛蔵から期待と信頼を寄せられている。

と、現在の上司である刀次が明人へと注意がなされる、

 

「テメー何サボってんだ?さっさと持ち場に戻りやがれ」

 

「いいじゃねーですかい片桐さん。こっちの方が面白そうじゃありやせんか。それに俺んとこの警備はその辺にいた局員に押し付けてきたんで大丈夫ですぜ?」

 

「何が大丈夫なんだ?お前の頭が大丈夫か?」

 

「片桐さんの石頭よりマシでい」

 

「テメー……」

 

マイペースな明人は、刀次が睨みつけてきてもどこ吹く風。全く気にしていない。

 

「明人、俺があげた『沖田のアイマスク』ちゃんと使ってんのか?」

 

「使ってますぜ旦那。これのおかげで、午前の仕事もぐっすり眠れたんで、今すこぶる元気なんでさぁ」

 

「一日中サボってんじゃねーか!」

 

刀次が明人に思いっきり突っ込み、追いかけ回す。が、明人は全く意に介さずに飄々としたまま部屋中を逃げ続けた。やがて、その様子を見て呆れた様子の剛蔵が2人を止める。

 

「もういいだろ刀次。明人ももうすぐ勤務終了の時間だ。丁度いい、ここで話を聞いて行きなさい」

 

「さすが剛蔵さん。話わかってくれてありがてえ」

 

「………納得いかねぇ」

 

3人の様子を見ていると、いつ見ても『銀魂』の真選組の3人にそっくりだなと総介は思う。剛蔵がゴリラ局長、刀次がマヨラー副長、明人がサド王子、見事にシンクロしている。まぁそれもいいが、今は話を進めよう。

 

「………剛蔵さん、『彼』から連絡はまだ来ていないんですか?」

 

『彼』とは総介が先程交渉に行った相手『マルオ』のことである。

 

「ああ。今んとこはまだだ。まぁお前が交渉に行ったのがさっきだからな。まだ期限まで5日ある。気長に待とうじゃねーか」

 

数時間前、総介は『マルオ』に大門寺との同盟を結ぼうと持ちかけた。『マルオ』の周りに不穏な動きを感じた総介は、このままでは五つ子の姉妹にも牙が向いてしまうことを懸念し、剛蔵へと話を持って行き、彼の承諾を得た上で、同盟の交渉へと臨んだ。もちろん、大門寺も、お得意様となり得る医者との同盟成立はプラスとなるため、それらを考えた上での今回の事態であるが。

 

「……はい」

 

「大丈夫だ。『彼』にとっても、この同盟は得する方が多い。パーティでも少し拝見したが、そこまで己の考えに固執するような男でも無かったしな。きっと上手くいくさ。後のことは、俺に任せてくれ」

 

総介の肩に手を置いて、厳しい表情の彼を落ち着かせる。

 

「………分かっています。そちらの方は頼みます」

 

「うむ。お前さんはその想い人のところに行って、彼女を安心させてやれ。きっとお前のことで頭が一杯の筈だ」

 

「それは……そうかもしれませんね」

 

総介は頭の中に、愛する恋人の姿を思い浮かべる。自分をあんなに好きだと言ってくれた三玖のことだ。きっと気が気でない状態だろう。

 

「………」

 

「それに、刀次はくだらねーと言ってたが、俺はそうは思わねー。誰かを愛するということは、相当な覚悟を持った上で愛さないきゃいけねー。それをお前は、俺たち『刀』を動かしてでも、彼女を護ろうとした。その時点で十分覚悟は伝わってきたんだ。花火大会の件や、今回の同盟の件でも、お前はたった1人、その娘の事を第一に考えて、行動した。すげーじゃねーか。俺は、それこそが『侍』のあるべき姿だと思っている。忠義を尽くす主君もそうだが、まず何より、愛する人、大切な人をどんな事があっても護り通す事こそが、侍の真のあるべき姿だとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前は立派な侍だよ、総介」

 

「………剛蔵さん」

 

剛蔵の言葉に、総介は感極まってしまう。自分のわがままを肯定してくれて、さらにはその姿勢が『侍』としての本分だと言ってくれる。この人はどこまで器が大きいのだろう。総介は改めて、この人と出会えて良かったと、尊敬を込めて心の底から思った。

 

「それにだ。俺も刀次の言う『くだらねー恋愛ごとき』ってやつのおかげで、今の妻と出会い、結婚してアイナを授かったんだ。

 

 

 

 

 

そこんとこどう思ってんだ、刀次?」

 

ニヤついた顔を浮かべて、剛蔵は刀次にイジワルな質問をする。その様子に、先程まで刺々しい雰囲気を出していた刀次が狼狽えてしまう。

 

「い、いや………それはだな……」

 

「俺は良くても、総介はダメだって道理はねぇだろう?俺も今の妻を手に入れるために無茶苦茶やったもんだがな。それと今回の総介のとは違うのか?なら俺もお前に説教されなきゃいけねーなー」

 

「………それは……その……」

 

イジワルに迫ってくる剛蔵に、言葉が出てこない刀次。その様子を見ていた明人が、同じくニヤついた笑みを浮かべて割って入ってきた。

 

「あーあ、こりゃ一本取られやしたね片桐さん?確かに旦那のことばかり責めるだけで、剛蔵さんのことは別件だから関係ねぇって筋のねー道理が通るわけありやせんよねー。

 

 

 

 

 

つーわけで、矛盾だらけの事言いまくった片桐さんには切腹してもらいまさァ」

 

 

「いやなんで切腹!?そこまでやんなきゃいけねーのかよ!?」

 

刀次のツッコミをよそに、その中に総介まで参戦してくる。

 

「明人、俺が刀次さんの腹掻っ捌くから、お前は介錯の方頼まぁ」

 

「いいですねー旦那。それで行きやしょうか」

 

「しくじんじゃねーぞ」

 

「へい」

 

「へい、じゃねーよ!!何サイコなミーティングしてんだテメーら!!!」

 

2人の猟奇的な打ち合わせに大きなツッコミを入れる刀次。剛蔵はその様子を見てガハハと笑い、アイナは男衆のアホなやり取りに呆れ果てていた。『刀』の中では、これが日常茶飯事なのである。

 

 

 

 

本当に、沖田と銀時のドSコンビにツッコむ土方みたいだよな………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ俺は、帰ります。待っている人がいるんで」

 

総介は話を終えると、最後に向かう場所へといくために、屯所を後にしようとした。

 

「また遊びに来てくだせー旦那。今度いいコーラでも用意してますんで」

 

「サンキュー明人。また来るわ」

 

「いやここ友達ん家!?屯所を何だと思ってんの!?」

 

ふざけた2人に突っ込む刀次。総介はそれを無視して、出口の襖へと手をかけた。と、ここで剛蔵が彼の背中に声をかけた。

 

「………総介」

 

「……はい?」

 

総介は振り返り、離れたところに立つ剛蔵を見る。そして剛蔵は、総介に言葉を送った。

 

 

 

 

 

 

 

「お前はもう、『あの時(・・・)』とは違って、誰かを護れる『力』があるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度こそは、何が何でもその剣で護り通してやれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛する人を、その魂で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精一杯愛してやれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前の母親に出来る、最高の親孝行だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はい、ありがとうございます」

 

総介の返事に、もう迷いは無かった。彼は剛蔵に頭を下げて礼をして、局長室を後にした。

 

「お父様、総介さんのお見送りに行って参ります」

 

「うむ、頼んだよ」

 

「はい」

 

アイナは総介の後に続いて、部屋を出て行った。残されたのは剛蔵と刀次、明人の3人となる。

 

 

 

 

 

 

「………旦那、変わりやしたね」

 

明人が、誰もいない襖を見て呟く。

 

「そう見えるか?」

 

「はい……今まではスゲーギラギラしてた感じだったんですけど、落ち着いたっていうか……かといって、弱くなったって訳じゃありやせん。あれは寧ろ……鋼の刀のように真っ直ぐな魂みたいでさァ」

 

「………お前にもいずれ分かるさ、明人。大切な人を護る力っていうのは、本当に強いもんだということがな……」

 

「………そうですかねぃ」

 

剛蔵と明人の会話が、静かな部屋へと響き渡る。しんみりとした空気が、この空間に流れかけていた。

 

 

 

 

 

 

が、

 

 

 

「さて、俺は仕事も終えたし、部屋帰って寝まさァ」

 

「いやお前仕事サボりまくってただけじゃねーか。一日中寝てたじゃねーか」

 

「寝る子は育つって言いますからね。もっと寝て、もっと成長しまさァ」

 

「何が成長してんだ!?むしろ寝すぎて退化してんじゃねーのか!?」

 

「片桐さんの成長しねーガチガチの脳みそに比べたらまだマシですけどねー」

 

「今日こそ決着つけるか?え、コラ?」

 

 

こんなやり取りが、今日も『刀』で繰り広げられるのだった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

一方、バイクを拾って門の前まで来た総介。それに見送りに来たアイナも横に並んで歩く。雨はすっかりと止み、夕方の陽が差しこんでいた。

 

 

「じゃあ、俺は姉妹のとこに向かうわ。見送り、ありがとな」

 

「いえ。総介さんも、久々に皆さんに会えて、どうでした?」

 

「変わんなかったな、あの人たちは。色々話せた事もあったし、来てよかったよ全く」

 

「そうですか」

 

総介はヘルメットを被り、鍵をさして『ベスパ』のエンジンを起動させる。どこか嬉しそうな表情をしているのは、気のせいだろうか。

 

「………総介さん」

 

「ん?」

 

アイナが、出発しようとした総介に声をかけた。

 

「……二乃のことですが……お役に立てず、申し訳ありませんでした」

 

アイナは頭を下げて、総介に謝罪する。どうやら、二乃のことで、うまく立ち回れなかった事を悔いているらしい。

 

「気にすんじゃねぇよ。お前が上手くやってくれても、他の連中の赤点は回避できなかった。アイツも色々と考える事もあったようだしな」

 

「………はい」

 

自分(テメー)を責めんじゃねーぞアイナ。お前の悪い癖だ。今回はアイツのせいにしておけばいいんだよ」

 

「………ありがとうございます」

 

少し落ち込むアイナをフォローして、総介はバイクにまたがった。

 

 

「じゃあな。他に報告する事があったら、学校で直接するか、海斗にでも伝えといてくれ」

 

「分かりました。お気をつけて」

 

その言葉を最後に、総介はバイクを走らせて去っていった。

 

 

彼の心にはもう、最愛の人の事しか浮かんでいないのだろう。アイナは、その人の事を考えながら、豆粒のように小さくなって行く総介をただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人を容赦なく殺すことしか知らなかった『鬼』が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人を護る力を知り、愛する人を手に入れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方は、一体どこまで行かれるのですか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介さん」

 

 

 

 

 

誰にも聞かれる事のないアイナの独り言が、雲が晴れ上がった夕焼けの空へと、小さくなって消えていった。

 

 

 




・オリキャラ紹介

渡辺剛蔵(わたなべごうぞう)
45歳
身長200cm
体重98kg
大門寺家特別防衛局『刀』局長
異名は『金剛(こんごう)
武器は大太刀。豪快で義理人情に溢れたカリスマ性抜群の『刀』のトップで、大門寺のナンバー2の大幹部。アイナの父親で、娘を溺愛しており、時折度が過ぎてアイナから鉄拳制裁を受けている。

片桐刀次(かたぎりとうじ)
27歳
身長188cm
体重76kg
大門寺家特別防衛局『刀』副長
異名は『銀狼(ぎんろう)
武器は日本刀。褐色肌に灰色の髪が特徴。規律に厳しく気難しい性格だが、実は子供好きで世話焼きな面もあり、部下たちから信頼されている。

御影明人(みかげあきと)
16歳(高校1年相当)
身長174cm
体重60kg
大門寺家特別防衛局『刀』所属
異名は『夜叉(やしゃ)
武器は二刀一対の日本刀。青っぽい黒髪の甘いマスクをした弟系美少年。マイペースな性格で、大抵は総介があげた『沖田のアイマスク』をかぶって寝ている。

この3人のモデルはもちろん『真選組』の3人です。今後も要所要所で登場する予定です。

今回もこんな駄文を読んでくださり、本当にありがとうございます。
初めて原作キャラが1人も出てきませんでした。コレ、本当に『五等分の花嫁』だよね………?
後半へと続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28.(しろがね)ノ魂を持つ男(下)

こちらが最終話の続きとなります。これ話にて第二章は終了です。
そしてこの話の投稿と同時に、作品のタイトルを
『世界でたった一人の花嫁』から
『世界でたった一人の花嫁と(しろがね)ノ魂を持つ男』
へと変更しました。
長ったらしい名前なので、『嫁魂(よめたま)』とでも略してください(笑)


総介は大門寺家からベスパを走らせて、一旦自宅へと帰宅した。そこで自身の持つ日本刀を置き、着ていた服を洗濯機にぶち込んでから軽くシャワーを浴び、着替えを済ませてから徒歩で五つ子の住むマンション『PENTAGON』へと向かった。

 

 

 

 

(…………眠て〜)

 

アイナには強がってはいたが、総介はこの3日間での総睡眠時間が5時間にも満たなかった。それも移動中の車内での睡眠のため、熟睡と呼ぶには程遠い状態が3日続いた。その中で圧倒したとはいえ、命のやり取りを5回も繰り返したのだ。彼の眠気も限界を迎えようとしていた。

それでも何故彼が余裕の表情が出来るのか?『刀』に所属してから厳しい訓練の成果とも言えるが、この場合はやはり、最愛の恋人に会わずして、一人夢の世界へ旅立つことは是が非でも出来ないという意地に他ならない。

 

せめて、三玖と会って、彼女を安心させたい……

 

今、総介を動かしているのは、この一つの願いのためだった。それまでは、くたばるわけにはいかない。彼は眠たくなる体にムチを打ちながら、決意を新たに三玖のもとへとはを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩いて十数分で、総介は『PENTAGON』の敷地の入り口へと到着した。そこに到着すると、向かい側から、見覚えのある姿がこちらへと向かってくる。

それは、癖のあるロングヘアに、頭頂部にはチョン、と立ったアホ毛、目より少し上の髪には、星型の髪飾りが付いている。

彼女の肘には、白いビニール袋がかけられており、袋口からはネギや大根が見える。おそらく、買い物帰りなのだろう。そしてその手には、彼女のアイデンティティとも言えるかもしれない、ホカホカと白い煙をあげる丸い食べ物を口へと持って頬張っている。しかし、こちらに気づいたようで、その食べ物を口へと運ぼうとする手が止まり、驚愕の表情をしてこちらを見つめていた。

 

 

「お前はいつ見てもそればっか食べてんのな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肉まん娘」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ、浅倉君!?」

 

 

 

 

総介がはぁとため息をついて見る先には、驚きの顔のまま固まった中野五月の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

五月と思わぬ合流を果たした総介は、いちいち別れて入るのも面倒だということで、彼女と一緒に部屋に行くことにした。

だが、出会ってから五月の様子がどうもおかしい。なんというか、こちらを怖がって避けようとしてるようにも見える。

 

(まあそらそうか。あんなこと言っといて、意識しねぇわけねえもんな)

 

総介がこの部屋を出て行く前に、彼は五月に対してかなり厳しい言葉を浴びせた。総介にとっちゃ独り善がりで周りに頼らなかった彼女に現実を突きつけたに過ぎないが、五月にとっては軽いトラウマほどのレベルになっていた。自分への説教と、義父の『マルオ』に一切臆することなく啖呵を切ったことが、元々怖がりな性格も相まって、五月は総介を恐怖の対象のような見方をしてしまっていた。

しかし、総介からすれば、そんなことはどうでもいい事だし、説教の件については謝る気は一切無いので、ビクビク震える彼女を完全無視し、五月にエントランス内に入れてもらい、ちょうど一階に止まっていたエレベーターへと乗り込む。

 

「………乗らねーのか?」

 

「え!あ、はい……乗ります」

 

どうも挙動不審が過ぎる。しかも、エレベーターに入ったら端っこに身を寄せて縮こまってしまった。めんどくさい………総介は振り向いて、端っこでビクビクする五月へと声をかけた。

 

「………なぁ」

 

「ひっ!……な、何でしょうか」

 

「俺は別にお前をとって食ったりしねぇし、なんかするつもりもねぇからそれやめてくんねーか?こっちまで無駄に気ィ遣っちまうんだが」

 

「わ、私は美味しくありませんよ!」

 

「だから食わねぇっつーの俺を何だと思ってんだよ……」

 

「……お、鬼みたいな人です」

 

「………」

 

"ある意味"正解である。

 

「はぁ……」

 

彼女の挙動っぷりに呆れて物も言えなくなる。気まずい空気が、エレベーター内へと立ち込めてしまう。と、五月が口を震わせながら言葉を発した。

 

「………ごめんなさい」

 

「ん?」

 

突然の謝罪に、総介は後ろの端にいる五月に振り向いた。彼女が下を向き、未だ震えながら総介へと体を向けている。

 

「……試験のとき……あんな事言いながら、何のお役にも立てず………足を引っ張ってしまって……ごめんなさい……」

 

「何で俺に謝るんだ?」

 

「え?」

 

意を決して、勇気を振り絞った五月の謝罪に、総介は即座に疑問を呈した。五月が、顔を上げて目を見開く。

 

「別に俺は怒ってないし、俺はお前のテストの結果に対してはああなって当たり前だと思ってるし。つか、俺はお前のことなんかどうでもいいし」

 

「ど、どうでもいい……」

 

その言葉に、五月は心を打ちひしがれてしまう。怖がりながらも精一杯の謝罪を、一切表情を変えることなく冷たく突っぱねられた。こんなにも頑張って謝ったのに……

五月の中で、総介に対し軽く怒りが湧き上がる。

 

「………じ、じゃ何で、何であんな事を私に言ったんですか!?」

 

「アレをお前の為を思って言った事だと思ってんのか?つくづくめでてー女だなテメーは」

 

「……え?」

 

「長女さんとバカリボンは、どんな思いかは知らねーが、成績を上げたいって思ったから、上杉と俺と一緒に勉強してたんだ。三玖も、まぁあの子は俺を好きでいてくれたからってこともあるけど、それなりにしんどい思いして、試験まで頑張った。そして上杉は、一枚岩じゃない姉妹に振り回されながらも、俺に助けを求めてまでお前たちに勉強を教え続けたし、お前を最後まで信じていた。

 

 

どんな思惑はあれど、それぞれが赤点を取らねーために、必死こいてやってきたんだ。

 

 

それをお前は、自分が嫌だからって上杉を拒絶した挙句、ロクな点数も取れなかった」

 

「………」

 

五月は黙り込み、再び下を向いてしまった。総介のチクチクと突きつけてくる事実に、何も言い返すことが出来なくなってしまった。その様子を見た総介も、エレベーターの出口へと顔を戻す。

 

「………もちろん上杉にも落ち度はある。言い方はきつい奴だが、野郎は最後までお前を信用してた。それを裏切ったのは他ならねーお前だ。

 

 

 

 

ここまで言えば、お前が本当に謝る相手も、今ならわかるよな?」

 

「………はい」

 

小さい声だったが、確かに五月はそう呟いた。総介は彼女に背を向けたまま語りかける。

 

「………なら、ちゃんと謝ってやれ。その後に、この先どうするのか、ちゃんとあのガリ勉に伝えろ。

 

 

 

 

俺らがお前に勉強教えんのは、それからだ」

 

「………わかりました」

 

五月が返事をしたと同時に、エレベーターが30階へと到着した。五月を先に降ろし、総介も後に続く。そして2人は、家の入口に立ち止まったところで、総介がふと思った。

 

(なんか、すげ〜久しぶりな気がする)

 

たった3日、ここから離れていただけだというのに、もう2、3ヶ月ここに来ていないような懐かしい感覚に襲われる。そんな懐かしさに浸るのも束の間、五月は鍵を開けてドアを開けた。

 

「………どうぞ」

 

「……お邪魔します」

 

五月に促されて、少し緊張気味にドアを通過する総介。ドアをくぐり、靴を脱いで廊下を歩く。そして彼女の後に総介は、ここ1ヶ月で既に見慣れたリビングへと入っていった。すると、1人ソファに座っている人物を発見する。

オレンジ色のボブカットに、頭に緑色のリボンをした女の子がいた。

 

ていうか四葉だった。

 

「あ、五月〜、おかえ………り……」

 

四葉がこちらを振り向き、総介を見つけた途端に、彼女が止まってしまった。

 

「よ、相変わらず馬鹿面下げてんな、バカリボン四葉」

 

総介の失礼な挨拶にも全く反応せず、四葉は固まったままだ。すると、急に立ち上がり、猛ダッシュで階段を駆け上がっていく。

 

「み、三玖!!三玖ーーーーーー!!!!!」

 

三玖を呼ぶ叫び声を上げながら、彼女は三玖の部屋のドアを開けた。その叫び声を聞いたのか、真ん中より右のドアが二つ開き、それぞれの部屋の主が出てきた。

 

「……凄い叫び声だったけど一体………あっ!!」

 

「うっさいわね〜。なんなのよ四葉?……!!!」

 

薄ピンク色のショートヘア、一花が総介の方を向き、四葉が三玖の名前を叫んだ理由を察したのか、驚きの表情ながらも、口に手を当てて、名前を呼ぶのを必死に堪え、こちらに向けて手を振る。その姉を見たピンク色のロングヘアに、横に黒いリボンを二つつけた二乃が、彼女の視線の先を見ると、こちらも驚きの表情を浮かべた。

 

「おっす。帰ってきたぜ、長女さん。それと……

 

 

 

 

 

 

 

 

誰だっけ?」

 

 

「アタシで落とさないと気が済まないのかアンタは!!!?」

 

無表情でボケる総介に、強烈なツッコミを入れる二乃。どうやらこの2人の関係も健在のようだ。と、ここで、四葉が前髪で顔が隠れたヘッドホンの少女、三玖の手を引っ張って引きずり出し、2人の姉に目もくれずに通り過ぎて階段を降りる。

 

「早く早く!!」

 

 

 

 

 

 

「ち、ちょっと四葉、一体な…………!!!!」

 

 

階段を降りたところで、『それ』に気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖の時が、止まった。

 

 

 

 

 

「………」

 

総介も、彼女にどういう表情をすればいいのか、わからなくなってしまう。しかし、決して目を逸らしはしない。その目は、何者にも視線を移すこと無く、ただ1人、最愛の恋人を見つめていた。

 

 

 

 

 

「………」

 

「………ス…ケ」

 

三玖の口が、先程から何かを呟くように小さく動いている。彼女の目が、だんだんと水分を含み、瞳が揺れ始め、

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソースケ!!!!!」

 

 

彼女はずっと会いたかった恋人に、迷わず走って行き、抱きついた。総介も、三玖を一切拒絶すること無く、胸元に飛び込んでくる彼女を優しく受け止め、背中に手を回して抱擁する。 もう何年も会ってなかったかのように、総介は三玖を大切に抱きしめた。

 

 

「………ソースケ!……ソースケぇ!」

 

あまりに突然訪れた再会に、三玖は思考が総介にしか向かなくなってしまう。何を言えばいいかも分からず、ひたすら彼の名前を呼び続ける。その目からは、涙が濁流のように溢れ出てくる。

 

 

「………三玖、本当に心配をかけたね」

 

他の姉妹とは全く違う、優しく温もりを帯びた口調で、三玖へと話しかける。彼が言葉を発すると、三玖は総介の胸に埋めていた顔を上げて、首を横に振る。

 

「……ソースケなら、帰ってくるって、信じてた……でも……でも……」

 

三玖の目元からは、涙がとめどなく流れ続けている。いかに彼女が総介を想っていたのかということを、彼はその涙で痛いほど感じた。右手を三玖の顔持っていき、涙で濡れた頬を拭う。

 

「不安だったよね。こんなに泣いちゃうぐらい、君に心配かけちゃったね。

 

 

 

 

 

 

でも帰ってきたよ、三玖。

 

 

 

 

 

 

俺はここにいる」

 

 

総介は三玖の背中を左手でポンポンと叩き、右手で頭を撫でながら優しく微笑む。三玖も、彼の言葉を聞き、総介が拭ってくれた頬が、再び目から流れる雫で濡れ始める。しかし、彼女の顔は、恋人と再会できた嬉しさからくる喜びに満ち溢れた表情で、彼を見つめ、帰ってきてくれた総介に言葉を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おかえり、ソースケ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、三玖」

 

 

 

 

 

総介が返事を返すと、2人は再び立ったまま抱きしめ合う。その様子を見ていた4人は、それぞれに反応を見せていた。

 

「何だか、テレビとかで見るドラマより感動しちゃうね」

 

「………フン」

 

「うう〜三玖〜浅倉ざん〜。良かったでずう〜」

 

「こ、これが、恋人というものですか……」

 

それぞれにリアクションを取りながらも、2人を邪魔するようなことは一切しなかった。2人を歯がゆく思っていた二乃も、今は苦々しく感じながらもこの場に横槍を入れるのは野暮だと思い、静観を決めた。

 

 

 

やがて、2人は十分抱き合ったと見るや、ゆっくりと体を離し合う。それでも、三玖は寂しそうだったのだが。

と、総介は一花に目を向けて、話しかける。

 

「長女さん、上杉にここに来るように連絡してくれねーか。もうじきアンタらの親父さんから、連絡が入ることになってんだ」

 

「え、そうなの!?」

 

総介の言葉に、5人全員が震えてしまう。が、総介は話を続けようとした。

 

 

 

「大丈夫だ。親父さんが話があるのは上杉にだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが終わったら少し俺と話をする予定………だか………ら……」

 

 

 

話をしている途中で、総介はゆっくり前へと倒れていった。うつ伏せで倒れる彼に最後に聞こえてきたのは

 

 

 

 

「ソースケ!?しっかりして、ソースケ!!」

 

 

 

 

 

世界で最も愛する人の自分を呼ぶ声を聞き、彼は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………見たことある天井だ」

 

総介はゆっくりと目を覚ます。彼は意識を戻し、体を起こすと、すぐさま周りを確認する。彼が目を覚ました場所は、以前に一回、寝たことのある部屋だった。彼はここを、強烈に覚えている。何せここで、愛する人と結ばれたのだから……

 

「………三玖の部屋か……」

 

総介が周りを確認すると、次は意識を絶つ前の事を思い出す。一花に上杉に来るように伝えている途中で、彼は気を失ってしまったのだ。

 

「………限界だったか」

 

どうやら疲労と眠気がピークに達したらしい。今まで集中して意識を保っていたが、三玖と出会えて安心したのか、一気に集中の糸が途切れてしまった。流石に三日三晩あんなことしてたら、普通途中で限界を迎えてしまう。

そして彼は次に、時間を確認する。

 

「………7時半………」

 

日時を確認すると、翌日の7時32分だった。窓の外が明るいのを見る限り、どうやら朝らしい。ここに着いたのが19時なので、丸半日寝ていたことになる。と、ガチャっとドアが開き、中に人が入ってきた。

 

 

「………そ、ソースケ!?」

 

「………三玖」

 

そこには、カッターシャツの上から青いカーディガンを着て学生スカートとストッキングを履く三玖の姿があった。しかし、彼女のアイデンティティとも言えるヘッドホンは首元にはつけていない。机の上にそれがあるのを見る限り、それを取りに来たのだろう。

 

「良かった、目を覚まして。体、大丈夫?」

 

「うん、大丈夫……」

 

三玖はベッドの端に座り、総介のそばに寄り添う。彼も、優しく笑いながら元気である事を示して、三玖に心配をかけないようにする。そして彼女に、優しく声をかける。

 

 

「三玖、あれから何があったのか、教えてくれる?」

 

彼は意識を失ってから、何が起こったのかを知らない。本来なら、風太郎を呼んで、そこで『マルオ』の連絡を待つ予定だったのだが、それができずに翌日を迎えてしまった。今後のこともあるため、今すぐに情報を得る必要があった。

 

 

「………うん、わかった。話すね」

 

三玖は総介が気絶した後のことを、順を追って丁寧に彼に伝えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介が意識を失い、心配して駆け寄ったが、ただ寝てるというだけか分かったので、皆一安心する。そして、四葉を中心に彼を三玖の部屋へと運んで寝かせてから、一花は風太郎へと連絡を入れて、彼が到着した。その直後に、五月が風太郎へと謝罪をし、風太郎も、以前総介に言われていた通り、面と向かって謝罪を返し、2人は和解した。その10分ほど後に、五月のスマホに義父『マルオ』から電話が入った。

 

 

「………はい、五月です」

 

『五月くん、僕だ。上杉君はいるかい?』

 

「………はい、変わりますね」

 

「ああ、頼む」

 

五月は風太郎へとスマホを渡す。念の為に、後で総介に伝えるように三玖の提案でスピーカーモードにする。

 

「………変わりました」

 

『……浅倉君はいるか?』

 

「………今は、眠っています」

 

『寝ている?』

 

「はい、どうやら、ここに来て突然倒れたみたいで……」

 

『……そうか』

 

『マルオ』は総介と対峙した時、3日間寝ずに『マルオ』にちょっかいを出そうとしていた組織を潰したと聞いていたので、直ぐに合点がいった。

 

「すみません、すぐに起こしてきます」

 

『いや、構わない、そのままにしておきなさい』

 

『マルオ』にしても、出来れば総介と話をするのは避けたかった。大門寺という超巨大勢力、さらには『刀』という世界最強の特殊部隊が彼のバックにいる分、これ以上の腹の探り合いは、自身の胃がもたないからだ。下手をすれば、自分の病院に通院する羽目になってしまう。

 

「は、はい……」

 

そして『マルオ』は、風太郎に対して最も大切な話に入った。

 

『それと上杉君、家庭教師の件だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅倉君に感謝するんだな』

 

 

 

「………え?」

 

風太郎と、五つ子は全員あっけにとられてしまう。

 

『君にはしばらく娘たちの家庭教師でいてもらう。助っ人を呼ぶなり、誰かに助けを求めるなり、好きにしたまえ』

 

『マルオ』はどこか投げやりにそう言った。その言葉を聞いて、6人は全員驚愕の表情を浮かべた。風太郎は、電話の向こうにいる『マルオ』に礼を言った。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

『礼なら彼に言いたまえ。3日間寝ずに僕の前に現れては説得を続けたんだ。僕もいい加減仕事にならないんでね。目障りだったので嫌々了承するしかなかった』

 

嘘です。実際はマジで人一人殺せそうな総介の殺気に当てられて、冷静に考え直させられました。その結論がコレですはい。

 

『ただし、くれぐれも娘たちの不利益になる事はしないように、そうなったら、僕も本当に君には幻滅することになる』

 

「わ、わかりました」

 

『うむ。それと…………三玖くんはいるか?』

 

「!!!」

 

『マルオ』が三玖を呼んだという事は、間違いなく総介との恋人関係のことだろう。三玖は義父の言葉を聞いて不安な表情になってしまう。

 

「………はい、います」

 

嘘はつけないので、風太郎はただ返事をするしかなかった。風太郎は三玖へとスマホを渡す。皆、固唾を飲みながら、『マルオ』の言葉を待つ。

 

 

「………お父さん。三玖です」

 

『ああ、三玖くん………彼との件だが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好きにしなさい』

 

 

「………え?」

 

三玖の顔が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 

『何でも、男女の交際に親が介入するのはナンセンスだそうだ。だから僕からは何も言うつもりはない』

 

つまりは、『マルオ』は自分たちの関係を認めてくれたということだ。この言葉に一番驚いたのは、三玖と二乃だった。

 

「パ、パパ!?本当にいいの!」

 

『二乃くんかい?ああ、構わない。彼にあんなにも熱く三玖くんへの愛を語られたのでは、僕はもう何も言えないからね』

 

「っっ!!!」

 

一部本当です。実際は三玖のためなら一国ぐらい喜んで潰すと本気の目で言われて、マジでやりそうじゃんコイツ……ってビビっちゃいました☆。熱くは語ってはいませんハイ。

 

今の『マルオ』の話に、二乃は衝撃的な顔をしてしまい、三玖は顔を真っ赤にしてしまう。

 

『それと、彼にこう伝えておいてくれ

 

 

 

 

 

 

 

"君の言っていることに、賛同する"とね』

 

『マルオ』が総介へと言葉を送った。その内容に、再び6人が驚きの表情となる。それも束の間、『マルオ』は最後の言葉を続けた。

 

『………言いたい事は以上だ。また何かあったら連絡する』

 

その言葉を最後に、電話は切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………そうか」

 

三玖から話を聞いた総介は、『マルオ』が自分へと送った言葉の意味を理解した。

 

 

 

 

 

 

"君の言っていることに、賛同する"

 

つまりは、『大門寺と同盟を結ぶ』という意の暗号文だろう。念の為、総介は後で剛蔵に確認を取っておくことにした。

 

「……ソースケ」

 

「ん?」

 

三玖が、総介に体を寄せ、話しかけてくる。

 

「………ありがとう。私たちのために、頑張ってくれて」

 

「………」

 

きっと三玖の認識している『頑張る』と、実際の『頑張り』は全く違う。自分はこの3日で、ただ剣を振るい、『鬼童』として暴れまわった。その最後に、『マルオ』に殴り込みをかけた。ただの暴君そのものだが、今更戻るつもりはないし、三玖たちに危険が迫っていたのも確かだ。後悔も何も、今はこれで良かったのだと正当化するしかない。

 

 

 

 

 

この子だけは、三玖だけは、自身の生涯を賭して護り通すしかないと。

 

 

 

 

 

「………三玖」

 

「?どうし……きゃっ!」

 

総介は目の前にいる恋人が、堪らなく愛おしくなり、腕を引っ張り抱き寄せ、ベッドへと寝転がった。

今三玖は、総介に抱きしめられながら自分のベッドに寝転がる体制となっている。

 

「そ、ソースケ?」

 

顔が真っ赤になってしまうが、さりげなく彼女も総介なら背中へと手を回す。

 

 

 

 

 

 

「………ずっと、会いたかった」

 

「………ソースケ………私も」

 

横になりながら2人は、互いの温もりを感じあった。やがて、2人は互いに見つめ合い、顔を近づけていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日の朝以来の、触れ合うだけの口づけを、2人は交わす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ソースケ、大好き」

 

 

 

 

三玖は口を離して、喜びの涙を浮かべながら、彼への想いを口にした。総介はそれを聞いて、自身の中で、最も彼女に言うにふさわしい言葉を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………三玖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛してる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞き、三玖は顔をさらに真っ赤にし、涙を流し始める。それは決して、悲しみの涙ではない。むしろ、自身の体の中にある喜びが、涙になって溢れ出したもの……

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ……

 

 

 

 

 

 

こんなにも、幸せなことがあるんだ………誰かに愛してもらうことが、こんなにもあったかくて、嬉しいことなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なら、私も、この幸せを分けてあげたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界で一番愛する人に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ソースケ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も、愛してる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人は、偽りの無い本当の愛を伝え合い、再び唇を重ね合わせた。

永遠にも、一瞬にも思える2人きりの時間が、三玖の部屋の中に流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、青春ですなぁ〜」

 

「………ギギギ、おどりゃ浅倉総介」

 

「三玖、本当に良かったね。浅倉さん、三玖を幸せにしてあげてくださいね!」

 

「あわわわわ……あ、あれが、キス……は、破廉恥ですぅ!」

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「………あぅぅ」

 

キスの途中、ドアの向こうから聞こえる声で、総介は白目になり、三玖は頭から煙を出すほどユデダコになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに

 

 

中間試験結果

 

 

・浅倉総介

国語……83

数学……56

理科……59

社会……91

英語……70

五計……359

 

 

・上杉風太郎

原作通り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の扱いいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

 

 

「オール100点なんていちいち表記すんの面倒だろうが。てか死ね」

 

「死ね!?」

 

 

 

こんな感じでした。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは

 

 

 

 

 

 

 

 

その生涯にわたって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の少女を愛し続けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて『鬼』と呼ばれた男の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(しろがね)ノ魂』を持つ男の物語

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界でたった一人の花嫁と(しろがね)ノ魂を持つ男

 

 

 

 

 

 

 

 

第二章《完》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三章『結びの伝説?んなことよりそこの醤油とってくんない?』に続く

 

 

 

 




これにて、第二章は終了です。


ここまでこんな駄文を28話も読んでくださった皆様、本当にありがとうございます!
第三章も頑張っていきますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。



・お知らせ
9月の投稿はここまでとなります。続きは10月中旬からを予定しております。

それまでに今一度、第1話から読んでいただき、全体のご感想やご意見をいただけると幸いに思います。作品やキャラクターへの質問も受け付けておりますので、ドシドシお送りください。
※根拠なき誹謗中傷、他の感想への批判は受け付けておりませんので悪しからず


それでは、最後はこの言葉で締めさせていただきます。




ここまでこの小説を読んでいただき、ありがとうきびウンコォォォォ!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29.子供がまだキャラクター紹介してるでしょうがぁぁああ!

タイトルの通り、第二章までのキャラクター紹介コーナーです。しばらく更新が途絶えますので、息抜きにどうぞ。


世界でたった一人の花嫁と(しろがね)の魂を持つ男

キャラクター紹介(オリキャラ編)

 

浅倉総介(あさくらそうすけ)

「宇宙一バカな侍だ、コノヤロー」

17歳、高校2年生

10月10日生まれ

A型

身長183cm

体重69kg

好きな食べ物…甘いもの、コーラ(ソウルドリンク)

嫌いな食べ物…ピーマン、青汁

 

本作の主人公。目元まで隠れるほどの無造作な髪型と、長身痩身で黒縁眼鏡、ファスナー付きの黒パーカーと『死んだ魚の目』と呼ばれるほどのやる気のない目が特徴の男子高校生。その見た目のせいか、よく『陰キャ』と呼ばれる。基本的に無気力で、自分からは動こうとはしない性格だが、興味を持った事柄には積極的に動くタイプ。

原付免許持ちで、愛車は『ベスパ』。

普段はぶっきらぼうで上品とは言えない口調で会話をするが、三玖や剛蔵など、一部の人間に対しては口調がガラリと変わる。

自身の成績は普通だが、人に物を教えるのが上手く、勉強を教えるのも得意だが、実態は自分が楽をするために編み出した勉強方法が他の人物にも覚えやすかったが故。本人は『勉強を教えるの天才』というのを否定的に思っている。

『週刊少年ジャンプ』、もっと言えば『銀魂』の大ファンであり、よく『銀魂』のセリフを引用して完コピするほど台詞を覚えている、原作コミック、小説、キャラブック、アニメDVDも全巻持っており、その他のグッズもいくつか所持しているという筋金入りの『銀魂バカ』。

特に主人公の『坂田銀時』に強い思い入れがあり、幼少の頃に原作を読んで、銀時のような普段はダラけていても、いざという時に皆を護れる強い侍になるために道場に通わせてもらうほどに、彼のキャラクターに影響を受けている。さらに、そこから派生して、本家の『新撰組』や、幕末の志士達のことにも詳しい。

五つ子が転校してきた日に、偶然三玖と出会い、そこで彼女に一目惚れをする。それ以降、何とかお近づきになりたいと色々画策していたが、家庭教師の助っ人として助けを求めてきた風太郎から、三玖がその生徒の一人と知って以降、彼の家庭教師のバイトの助っ人として、三玖や中野姉妹に関わっていく。

三玖とは五つ子の住むマンション『PENTAGON』にて再会して以降、互いに意識し合っており、普段の会話や、花火大会での経験を経て、中間試験の1週間前に恋人同士となる。

当初は普通に彼女への恋心を持っていたが、三玖と交流を深めていくうちに、『国を滅ぼしてでも、自身の生涯を賭してでも護りたい』と思えるほどに大切な存在となっていく。普段は他人に厳しい彼だが、三玖相手となるとどうしても甘くなってしまい、もう『デレデレ』の領域と言えるほど彼女に優しい。しかし、常に三玖に甘いわけではなく、厳しい時は厳しい。三玖本人からも、控えめながらも深く真っ直ぐな愛を向けられており、総介もそれに気づいて尊重している。もはやバカップル状態である。

他の五つ子に対しては、三玖以外に興味が無いため、かなりぞんざいな扱いをしている(特に二乃)。姉妹同士で変装したとしても、三玖に関わるものだったら一発で見抜くことができるが、三玖が関わっていない変装は見分けることができない(というより、興味が無いため見分けようとしない)。

ここまで書けば、一見少し変わった恋する男子高校生だが、その正体は、世界でも有数の財閥グループの『大門寺家』の私有の特殊部隊『(かたな)』のメンバーであり、その中でも高い戦闘能力を持つ者のみが与えられる『異名』が与えられる程に強い凄腕の侍。異名はその容赦なく敵を蹂躙していく戦闘スタイルから『鬼の子』を意味する『鬼童(おにわらし)』。主な武器は日本刀。

上述の通っていた道場が、『刀』の次世代の構成員を鍛えるための道場も兼ねており、そこで今日までの縁のある幼馴染である大門寺家の一人息子の海斗や、その侍女のアイナ、1つ年下の明人と出会う。その後、その才を『刀』の局長である剛蔵に見出され、中学卒業から1年間『刀』に所属するが、高校2年の進級時に海斗と共に最低一年の休暇を取る。

海斗には憎まれ口を叩きながらも、幼馴染として、相棒として多大な信頼を寄せている。

『刀』の中でも異名を与えられるだけあって戦闘能力はとても高く、武器を持った不良数十人を素手から無傷で全員ボコボコに再起不能させたり、三玖を抱えたまま全速力で、彼を追いかけてくる男たちから何十分も逃げ続けたり、三日三晩無傷のまま『その手』の組織をたった一人で5つ壊滅させたり、五つ子の義父で、冷徹無表情な『マルオ』に殺気だけで『鬼に喰い殺される』という『死』の幻影を見せて恐怖させるなど、もはやその強さは人間離れしており、化け物じみている。

家族構成は不明だが、一般的な家庭の生まれであることは分かっており、『母』を幼い頃に亡くしている描写がある。

 

 

 

大門寺海斗(だいもんじかいと)

「死ぬなよ、相棒」

17歳、高校2年生

4月2日生まれ

AB型

身長191cm

体重77kg

好きな食べ物…アカムツ(ノドグロ)

嫌いな食べ物…特に無し

 

総介の幼馴染であり、世界有数の大財閥『大門寺家』の一人息子にして次期当主。

星のように輝く銀髪に、某男性アイドルアニメに出ているかのような大人な雰囲気を持つイケメン、190cm以上の高身長、学年2位の成績、運動神経抜群でスポーツ万能、実家は超大金持ち、人柄も良く、社交的で誰にでも優しい穏やかな性格という文句のつけようも無いほどの『完璧超人』。

風太郎に次ぐ学年2位の成績だが、本人はほとんど勉強せずにこの成績のため、ちょっと勉強すればオール満点をいつでも取れるという生まれついての天才。

勉学、スポーツ、芸術、人柄、その他全てにおいて完璧以上の実績を残せる『100年に1人の逸材』。総介曰く『全てにおいて150点取れる男』。

総介の恋路や五つ子(特に二乃)に興味を持っており、彼を影ながら応援している。

大門寺の跡取りにも関わらず、彼自身も『刀』のメンバーであり、神の子を意味する『神童(しんどう)』の異名を持つほどの高い戦闘能力を有している。武器は日本刀。

総介と同じ時期に、『刀』としての活動を1年間休んでいる。

 

 

渡辺アイナ(わたなべあいな)

「死んでください」

17歳、高校2年生

4月3日生まれ

身長162cm

体重51kg

好きな食べ物…マグロの刺身

嫌いな食べ物…納豆

 

総介と海斗幼馴染の1人で、『大門寺家』の使用人の1人。普段は2人と同じ学校に通いながら、海斗の侍女としても働いている。

日本とイギリスのハーフであり、白い肌に左側に結った金髪のサイドテールと碧眼を持つ。

成績は学年でトップ10に入るほど優秀であり、身体能力も高い。また、誰に対しても敬語を絶やさず、優しい性格から、男子からはモテモテである。

キャラを作ってるわけではないのだが、総介や海斗といると静かに毒を吐く時もある。

二乃とは彼女が転校してきた初日から親交を持ち、友人となる。彼女のことを気にかけており。時々総介に二乃のことを頼むこともある。

大門寺家対外特別防衛局『刀』の局長である『渡辺剛蔵』の一人娘であり、彼女自身も『刀』のメンバーの1人で異名持ちである。異名は可憐な容姿で戦場を縦横無尽に駆ける様から『戦姫(いくさひめ)』と呼ばれている。

武器は2丁拳銃(セミオート銃ということだけは分かっている)で、同時に格闘術も使用する。

父に対してはその過保護な言動にうんざりしており、過剰な際は鉄拳制裁で返り討ちにしているが、いち武人としては尊敬している。

 

 

 

 

 

渡辺剛蔵(わたなべごうぞう)

「アイナちゅわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んぬっ!!!!!」

45歳

身長200cm

体重98kg

9月4日生まれ

好きな食べ物…ステーキ

嫌いな食べ物…もやし

 

大門寺家対外特別防衛局『刀』の局長であり、アイナの父。もちろん異名持ちであり、固い意志とその強固な肉体から『金剛(こんごう)』と呼ばれている。

オールバックの短髪に顎髭、200cmという巨体に筋肉質な体格を持つ。

豪快で義理人情に厚い人物であり、その戦闘力とカリスマ性から、多くの人から尊敬を集めている。

『刀』の局長以外にも、大門寺関連で様々な肩書きを持つ名実共に大門寺のNO.2の大幹部。

アイナはもちろん、総介や海斗、明人を実の息子のように可愛がっている。特にアイナには過保護過ぎる愛情を向けており、彼女から煙たがられている(いきなり抱きつこうとする。風呂場を覗く。盗撮してアルバムに保管する)という残念な面を持つ。

武器は大太刀。

 

 

 

片桐刀次(かたぎりとうじ)

「気にいらねぇな」

27歳

身長188cm

体重76kg

5月5日生まれ(五つ子と同じ)

好きな食べ物…鯖

嫌いな食べ物…甘いもの

 

大門寺家対外特別防衛局『刀』の副長。『銀狼(ぎんろう)』の異名を持つ。

灰色の髪に色黒の褐色肌、人を殺す気なのかと疑うほどの鋭い目つきの持ち主。

規律に厳しく、気難しい性格で、プライドが高い。反面、世話焼きであり、部下の相談にも真摯に対応したりする。子供好きなのを隠しているが、局員からバレバレである。

よく総介と明人からイジられており、彼らのボケに対するツッコミ役。ちょっとした挑発に乗ってしまうこともしばしば。

武器は日本刀。

 

 

 

御影明人(みかげあきと)

「片桐さんの石頭よりマシでい」

16歳、高校1年生相当

身長174cm

体重60kg

7月8日生まれ

好きな食べ物…さんま

嫌いな食べ物…ほうれん草

 

大門寺家対外特別防衛局『刀』のメンバー。青みがかったサラサラの黒髪に、くりっとした目が特徴の美少年。江戸っ子口調で喋り、マイペースでユルい性格で、よく仕事をサボっている。

元は孤児であったが、剛蔵に拾われて、実の息子のように育てられており、彼を誰よりも慕っている。

一対の日本刀を武器とする二刀流の天才であり、その実力は総介にも匹敵するほど高いと言われており、『夜叉(やしゃ)』の異名を持つ。史上最年少で『刀』の異名持ちとなった人物。

 

 

 

新世代の刃

 

わずか十代で『刀』の異名持ちとなった総介、海斗、アイナ、明人の4人を指す言葉。『刀』の歴史上、彼らを除いて十代で異名を与えられたのは現副長の『片桐刀次』のみだったが、この4人が極めて異例だったため、こう呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャラクター紹介(原作キャラ編)

基本的には原作との違いを主に記す。

 

 

中野三玖

「私は、ソースケが好き」

総介の呼び方…ソースケ

総介からの呼ばれ方…三玖

 

五つ子の三女で、この作品の絶対的ヒロイン。クールであまり喋らないのは原作と変わらないが、転校初日に総介と出会ったことが、彼女の運命を大きく変えていく。翌日に話をして、自分の趣味を知られてしまうが、それを全く笑わずに、むしろ尊敬すると言った彼に興味を持つ。その後、会ってまた話がしたいと思っていた矢先に、風太郎が家庭教師の助っ人として総介を連れてきたことにより、三玖にとっては思わぬ再会を果たす。そのことと、総介との一対一の話から、彼に好意を持つようになる。

好きになった相手にはとても素直になるのは原作と同じであり、感情表現も豊かになる。加えて、総介も三玖に対して好意的だったので、2人の関係はトントン拍子で進展していく。花火大会で汚い男どものナンパから逃げ続けて守ってくれた総介を心から愛するようになり、試験の1週間前に告白して結ばれ、恋人同士となる。

総介から一番勉強を教わっており、その甲斐もあって、中間試験では唯一の全教科で赤点回避に成功する。

 

 

上杉風太郎

(神様、俺何か悪いことしましたか?)

総介の呼び方…浅倉

呼ばれ方…上杉

 

原作主人公。五つ子の家庭教師をすることになったはいいが、どうしようかと悩んでいたところを総介の噂を聞き、藁にもすがる思いで彼に助っ人を要請する。この彼の行動が、総介と三玖の関係を一気に縮めることになった。

この作品では新八どころか、山崎並みに地味な存在で、雑に扱われており、姉妹からも時々いるのを忘れられてしまう。

原作とは違って、総介と話をしているため、若干思考も柔らかくなっている。

総介の言動があまりにも大人びているため、彼が同い年だということを疑っている。

 

 

 

中野一花

「いやそれだけはマジ勘弁してください」

総介の呼び方…浅倉君

呼ばれ方…長女さん

 

五つ子の長女。原作と同じで、風太郎に惚れるが、三玖が総介に惚れているため、彼女のことはからかいながらも心から応援している。総介には友好的で、彼を風太郎と同じくからかおうとするも、ほとんどリアクションが無い上に、逆にメタ発言をちらつかされたりするので、最近では鳴りを潜めている。

 

 

 

中野二乃

「ってそれアニメでの中の人でしょうが!」

総介の呼び方…アンタ

呼ばれ方…基本的には中の人の他のキャラ

 

五つ子の次女。アイナとは転校してきた初日から親交を持ち、友人となる。

五つ子の中で明確に総介に敵意を持っており、彼が姉妹の関係に亀裂を入れる存在だと危惧して、三玖から離そうと暗躍(笑)するが、結局2人は結ばれることになる。

二乃にとっては総介は何があっても排除したい天敵だが、総介からすれば二乃は小さな子供が癇癪を起こしているのと同じであり、主に中の人ネタで軽くあしらわれている。

 

 

 

中野四葉

「やっぱりヒドイです!!!」

総介の呼び方…浅倉さん

呼ばれ方…四葉、バカリボン

 

五つ子の四女。突然助っ人として現れた総介にも友好的に接しており、素直な性格も相まって、彼からも三玖の次に信頼されている(バカだけど)。『銀魂』のアニメを見ており、好きなキャラクターは『神楽』。

三玖と総介の関係を心から応援しており、幸せを願っている。

原作のネタバレになるが、風太郎が幼い頃に一度会ったことがあり、その時の彼の初恋の人物。まぁそんなこと総介からすれば知ったこっちゃないため、今後どうなってしまうのやら……

 

 

 

中野五月

「………あれ、肉まんはどこですか?」

総介の呼び方…浅倉君

呼ばれ方…肉まん娘

 

五つ子の五女。意地っ張りで頑固な性格は原作通りだが、それが災いして、総介から一時見捨てられてしまう。最初はあまり干渉して来ずに、肉まんをくれる彼を『優しい人』だと思っていたが、テストの報告会で厳しい言葉を浴びせられたことで、総介に軽いトラウマが出来てしまい、若干恐れるようになる。三玖と総介の恋人関係については、キスをしただけで破廉恥だと思っている。

原作以上に食い意地が張っている気がする。特に肉まん一つで態度を変える様から、総介からは『肉まん娘』と呼ばれて体よく扱われている。

 

 

 

 

五つ子の義父『マルオ』

 

 

原作と同じで、冷淡で無表情のリアリストなのは変わらないが、本心で娘を大切に思うあまり多少過激な言動をしてしまう。特に総介に対しては散々挑発された挙句、本心を見透かされてしまい、怒りを露わにする。

原作通りに、姉妹全員が赤点を回避できなかったら風太郎は家庭教師を辞めさせることにするが、話の途中で総介の存在を知り、勝手に姉妹の部屋に男をいれた風太郎に失望する。その後、総介と三玖が交際していると知るや、2人を引き離そうとするが、世界的に見ても巨大な権力を持つ『大門寺』がバックにいることと、彼の三玖に対する底知れぬ愛と覚悟を知ったことで断念し、風太郎の家庭教師も継続となる。その際、総介から『巨大な鬼に首を喰い千切られる』という、彼の殺気で明確な死の幻影を見せられてしまったことで、総介に対して表向きではそのままだが、内心恐怖の感情を持つようになる。

その後、総介に持ちかけられた『大門寺との同盟』を正式に結ぶこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




男衆
総介183cm
海斗191cm
剛蔵200cm
刀次188cm
明人174cm
平均身長187.2cm

高っ!お前らバスケ選手か!

てなわけで、オリキャラと原作キャラの紹介でした。
なお、これはあくまで主観的なキャラクター紹介ですので、何か紹介についての追記や、気づいたことがございましたら、感想にてお待ちしております。

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章『結びの伝説?んなことよりそこの醤油とってくんない?』
30.恋愛成就がゴールにあらず、これスタートなり


お待たせいたしました!第三章の始まりです!


この第三章では、注目のイベント『林間学校編』が待っています。
ここで、事前予告です。この『林間学校編』、めちゃくちゃハッチャけます。ボケまくります。ギャグしまくります!


と、その前に、総介と三玖のイチャイチャラブラブチュッチュパートが3話ほど続きますので、そちらをご覧ください。


とある週末の金曜日。学校を終え、放課後になって数時間ほど経ち、日も段々と傾いてきた頃。

 

 

その少女は、両手で旅行にでも持っていくような藍色の大きなボストンバッグを持ちながらも、軽やかな足取りで目的の場所へと向かっていた。しかし、決して軽いわけでは無い。むしろ重いくらいだ。それでも、少女の足がスキップしそうなほど軽く見えるのは、これからの事に想いを馳せているが故だろう。

 

 

右眼が隠れるほどの長い赤色の前髪、首元にかけてある青いヘッドホン、眠たげで半開きでもどこか嬉しそうな目元、桜色の整った形をした口は、口角が上がっている。

その少女、『中野三玖(なかのみく)』が今にも鼻歌を口ずさみそうなほどのご機嫌な様子で向かっている場所には、彼女が愛して止まない人物が、三玖を今か今かと待ちわびていた。

 

 

 

 

 

 

今日は、三玖にとっても、その待ち人にとっても、特別な日。

 

 

 

 

 

 

 

「……ソースケ!」

 

目的地であるブランコと滑り台と砂場しかない小さな公園に着いた三玖は、すぐにその待ち人を見つけ、彼の座るベンチへと駆け寄っていった。

その男は、ベンチに座りながらスマホをいじっていたが、三玖の声がした途端に顔を上げて、彼女の方へと向いた。

黒く無造作で、目が隠れるほどの前髪に、黒縁眼鏡の奥には、普段はやる気の無い『死んだ魚の目』と言われるような目元は、今はとても穏やかな眼差しで、少女を見つめ、立ち上がる。いつも着ている黒いパーカーに、紺色のズボンという出で立ちと、細身だが、周りと比べて比較的高い身長。その風貌から、一見暗い印象を受ける。

 

「三玖」

 

しかしそんな見た目に反して、男は、とても優しく、労わるような口調で、彼女を呼び迎える。

彼こそ、中野三玖の初恋の人にして、両想いで結ばれた恋人である『浅倉総介(あさくらそうすけ)』だ。

2人はほんの数ヶ月前まで、出会うことの無い赤の他人だったが、今ではれっきとしたカップルである。

 

「ごめんね。荷物を入れて行こうとしたら、みんなに止められて色々聞かれちゃって……」

 

「三玖が謝るようなことじゃ無いよ。遅れるメールもしてくれたんだから、それに合わせて動くこともできたし、大丈夫だよ。

 

 

 

 

にしてもあいつら……」

 

総介は右手で頭をかきながら、はぁ、と呆れたようなため息をついた。彼の言う『あいつら』とはもちろん、三玖を除いた五つ子の姉妹達のことだ。

三玖がこの公園に来る前に、総介は彼女から、『みんなにも一応伝えてから来る。もしかしたら、遅れちゃうかもしれない』という旨の連絡をもらい、おそらく100%止められるだろうなと確信していた。特に、自分を疎ましく思っている次女の二乃は、今日のことを知ると何が何でも三玖を行かせまいと妨害してくるだろう。というのも、今回はただ放課後に総介とデートをするわけでは無いからだ。

 

 

 

 

 

 

 

なぜなら今日三玖は、恋人の総介の家に泊まることになっているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

彼女がそうする理由は、少し前に行われた中間試験に関係する。

この試験の1週間前に、総介と三玖は、『三玖が全教科赤点を回避できたら、総介の家に泊まる』との約束をしたのだ。何故こんな約束をしたのかというと、総介と三玖は、約束をする直前に、互いの想いを告白し合い、晴れて恋人同士となった。ようやく結ばれた2人は、時間も忘れてチュッチュチュッチュとキスをしている最中に、三玖が総介とチョメチョメするのを許して行為を誘うのだが、周りに姉妹と、家庭教師の上杉風太郎が寝ている状況、ちゃんとした避妊具を両者持ち合わせていないということから、その場は断念し、総介が上記の提案をし、三玖もそれを飲んで約束を交わした。

その結果、三玖は見事に全教科赤点を回避し、総介の家に泊まる権利を得たのだった。

 

その後、色々とゴタゴタ(・・・・)があったのだが、なんやかんやで丸く収まったので、ここでは記載しないことにする。てかめんどくさいので、25話あたりから読んでいただきたい。

 

こうして、2人は今日のお泊りの日を迎えることができたのだが、三玖の方で一つ問題が生じた。

それが、三玖の姉妹たちへの説明だ。この部分が、彼女の最大の障害として立ちはだかったのだ……

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

約一時間程前

 

 

 

 

 

学校から帰宅し、自室で荷造りを終えた三玖は、その大きめのボストンバックを手に持ち、部屋を後にしようとしていた。しかし、ドアノブに手をかけ、部屋を出る直前に気がついた。

今日自分が、まだ姉妹の誰にも総介の家に泊まりに行くことを告げていないことに。

彼女はどうしようと少し悩んだが、リビングにいる誰か1人に伝えておけば、あとはどうにかなるだろうと結論づけて、改めてドアノブに手をかけた。せめてリビングにいるのが一花か四葉あたりであって欲しいと願いながら、階段を降りた。しかし、

 

 

 

「あれ三玖、どこかにお出かけ?」

 

「何そのカバン?アンタ旅行でも行くの?」

 

「ホントだ。でもこんな時間に?」

 

「……怪しいです……まさか、全国の美味しいものを食べるグルメ旅行に行くのでは!?」

 

 

 

全員いた。1人おかしな末っ子が含まれてたけど。

 

 

 

 

 

見事に4人とも、リビングでテレビを見たり、お菓子を食べたり、トランプをしたりとくつろいでいた。言葉を失ってしまいそうになるが、仕方ない。もうこうなったら、強硬突破するしかないと、三玖は決めた。

 

 

 

 

 

 

「……ソースケの家に行ってくる。あと、泊まりだから、晩御飯はいらない」

 

 

「分かったわ。迷惑かけないようにしなさいよ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って待たんかいいいいいい!!!!!」

 

 

絵に描いたようなノリツッコミが、リビングの全体へと響いた。とんでもない形相で驚く二乃だが、彼女だけでなく、他の3人も目を見開いて、口を大きく開けて驚きの表情を浮かべていた。

 

「アンタちょ、ええ!?泊まりって…………えぇぇ!!?アイツの家って………ちょっまっ……えぇぇぇ!!!!?」

 

「そ、そういうのは、流石に予想外だったなぁ……」

 

「あ、浅倉さんの家に泊まりに!?み、三玖1人で!?」

 

「……まさか、浅倉君の家に、美味しいものを食べに行くグルメ旅行ですか!?」

 

四者四様の驚きを見せるが、五月はどこか頭でも打ったのだろうか?三玖は姉として彼女の頭が心配になってしまう。

まあ五月の行く末は別の姉妹に任せるとして、皆には軽く説明して納得してもらうしかない。総介を待たせているのだから、時間をかけるわけにはいかない。

 

「ソースケと約束した。私が赤点を一つもとらなかったら、家に泊めてくれるって。だから、約束を守ってもらう」

 

「い、いくら恋人同士でも、いきなりお泊まりは……」

 

さすがの一花も、妹のまさかの発言に難色を示す。彼女は姉妹の中でも、三玖と総介の仲を応援している1人だ。総介なら、三玖を任せられると、心の中では彼に信頼を置いてはいるが、さすがにいきなり彼氏の家にお泊まりという、妹の斜め上の発言には驚きを隠せなかったし、長女として色々と心配になってしまうものだ。

 

「む、向こうのご両親からは許可はとっているのですか?」

 

と、ここで『食べ物の国の夢(なんだそれ)』から戻ってきた五月が三玖に尋ねた。五月は、2人の仲というよりも、男女の付き合いというものに抵抗があり、2人のイチャイチャっぷりも、破廉恥だと良くは思っていない。

 

「ほとんど一人暮らしの状態って言ってた。だから今日も多分いないと思う……」

 

「いや、余計ヤバイじゃないの!!」

 

三玖の言葉に、誰よりも早く二乃が反応した。彼女こそ、2人の仲をよく思っていない姉妹の筆頭であり、隙あらば別れさせようと考えているめんどくさい女なのである。

 

「て、ことは、つまり……三玖と浅倉さんの2人きりで泊まりってこと!?」

 

ここで、ことの真相に行きついた四葉が、驚きのあまり頭のリボンがピョコピョコと動きまくる。彼女は基本アホの子だが、恋愛沙汰には敏感で頭が回る方であり、今回もその恋愛脳を駆使して、答えにすぐさまたどり着いた。そしてその先にも……とはいえ、四葉も一花と同じく、三玖と総介の仲を応援しているので、そうなった2人を見てみたいという下心もあるのだが……

 

「はぁ!?2人きりで!?三玖、アンタそんなところに行くつもりなの!?」

 

更に、今明かされる衝撃の真実ゥ!を知った二乃が、三玖にものすごい形相で迫ってくる。三玖も、これ以上この次女を刺激させまいと、二乃の追求をいなそうとする。

 

「………二乃には関係ない」

 

「いや関係無いとかそんな話じゃ無いでしょ!2人きりでお泊まりとか、アンタ何考えてんの!?ナニされるか分かんないのよ!?絶対襲いかかってくるわよアイツ!」

 

「お、襲いかかる………ふ、不潔です!ケダモノです!!破廉恥ですぅ!!」

 

二乃の言っていることの意味を、数秒かかって理解した五月も、顔を真っ赤にさせて叫ぶ。いいよいよ状況がカオスになってきた。

 

「み、三玖、さすがに2人きりはまずいんじゃ……」

 

「う、うん。もしかしたらってことも……日帰りじゃダメなの?」

 

一花と四葉も、2人きりでのお泊まりが何を意味するのか理解しているので、一応は三玖を止めに入る。2人も、何だかんだで彼女が心配なのだろう。

 

 

 

 

 

 

しかし、今の三玖にとっては、それは余計なお世話に過ぎなかった。もう総介との待ち合わせの時間も迫ってきていることなので、彼女は他の姉妹にトドメを刺すことにし、頬を赤く染めながらも、とんでもない爆弾発言をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………2人きりじゃないと……ダメ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって………私、ソースケに………お…お……襲われに、行くから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その発言に、姉妹は言葉を失った。三玖以外の時が、止まった瞬間である。

 

 

 

彼女の言動に、4人の姉妹が目を点にして、口をぽかーんと開けて、時が止まったその隙を三玖は見逃さずに、急いで玄関に向かい、エレベーターまで走り出した。

 

 

「………あ!ち、ちょっと三玖!待ちなさいよ!!」

 

二乃をはじめとした姉妹も、ようやく我に返ったが、気づいた時にはすでに遅し。彼女は靴を履いて、エレベーターの前にいた。彼女にとって幸いだったのは、エレベーターが自分のいるフロアに停まっていたことだろう。そのおかげで、すぐに乗ることができ、猛ダッシュで追ってくる四葉を振り切ることに成功したのだ。

 

 

こうして、姉妹という強敵から精神を削られながらも何とか逃れた三玖は、一安心して総介の待つ公園へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、遅れながらも総介の待つ公園へとたどり着いた三玖。よく見ると、肩で息をしているし、汗も少し流している。そして両手は、重いカバンを持っているせいか、腕がプルプルと震えている。

それを見た総介は、即座に三玖の持つカバンに手を伸ばし、取手を掴んだ

 

「あ……」

 

「重たいでしょ?家まで持つよ」

 

思わず手を離してしまった三玖だが、すぐに総介の手を掴んで止める。

 

「い、いい。持てるから……」

 

「腕、プルプルって震えてたよ。それにここまで軽く走ってきたんでしょ。いいから、これぐらい大丈夫だよ」

 

それに、と総介は三玖の手を優しく離して、バッグを軽々と右肩の後ろまで持っていき、右の手で持ち肩で支える形をとりながら言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余計なお世話ってのは、野暮な男の特権だからね。これぐらいはさせてくれなきゃ、君の恋人として顔が立たないよ」

 

その言葉に三玖は、いつも総介に頼るしかない申し訳なさを感じると共に、どこまでも自分を気遣ってくれる彼の優しさに、胸の内がキュンっと締め付けられてしまう。

いつもはやる気のないだらけた雰囲気を持つ総介だが、こと三玖に関しては、こうも態度がガラリと変わる。普段は決して八方美人では無い、むしろ他人に対してドライな対応をする彼が、自分だけを特別だと思ってくれていることは、三玖にとって言葉にできる表現が見つからないほど嬉しいことだった。

特に、姉妹が三玖に変装して総介の前に姿を見せた時、彼は数秒とかからずに本物の三玖を見つけ、他の姉妹なぞ知ったことかと言った時は、皆には申し訳ないが、涙が出るほどの喜びが溢れ出てきたのだ。

彼に会うまで、幾度となく五つ子の見分けがつかずに、間違えてきた人はごまんといた。もともと一卵性で、容姿も服装も昔は同じだったので、間違えられることには彼女たちも慣れていたし、もはや当たり前のことだとも思っていた。現に、風太郎は変装した五月に騙されてしまったし、一花と二乃が変装した時も軽くパニックになる程見分けがつかなかった。

ところが、総介は……この世で一番大好きな人は、自分だけをあっさりと見つけることができた。この止め処なく溢れ出てくる歓喜をどう言い表せようか。もう目の前にいる大好きな恋人に言えることはひとつだけしかない……

 

 

「………ありがとう、ソースケ」

 

自分だけに向けてくれる総介の優しさに、三玖は目を潤ませながら顔を赤くしてお礼を言った。その様子を見た総介はというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

「………すんげぇかわいい」

 

「え……?」

 

「あ……」

 

今まで心の中で思うだけだったのだが、あまりの可愛さに声に出してしまっていた。

思えば、初めて出会った時も、抹茶ソーダをあげて礼を言われた。その時と同じような表情だった。彼は、三玖の今のような姿をみて一目惚れをしたのだった。

総介のこぼれた言葉を聞いた三玖は、ますます顔が赤くなってしまう。

 

「か、かわいいなんて……そんなこと……ないのに……」

 

顔をうつむかせて、モジモジとしてしまう三玖。総介も、思わず言葉にしてしまった自分が恥ずかしくなってしまい、赤くなった顔を左手で抑えて隠す。

 

 

てか、なんだこのバカップル。爆撃してやろうか?

 

 

とろっとろの甘い空間がしばらく流れたところで、総介が口を開いた。

 

「……じゃあ、行こうか」

 

「う、うん」

 

このまま立ち尽くしても埒があかないと判断して、2人は公園を離れて、総介の家へと向かうことにした。公園を出る際に、並んで歩いていた2人はどちらともなく、自然と開いた方の手を伸ばして、指を絡めて貝殻のように手を繋いだ。優しく、でもがっしりと繋ぎ合った手を、お互いに顔を真っ赤っかにしながらも、総介の家へと到着するまでは、両者ともに決して離そうとはしなかったそうな………

 

 

 

 

 

 

 

よし、総介は爆発してしまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

2人が歩き始めて10分程が経ち、総介はある場所で足を止めた。

 

「着いたよ」

 

そう言った総介と、彼の視線の先を追うように見上げる2人の先には、白い10階建のマンションがあった。何か特徴があるわけではない、若干クリーム色寄りの白の外壁に、部屋の窓とベランダがあるL字型のマンションである。

 

「ソースケもマンションに?」

 

「うん、ここの9階にね」

 

会話を交わしながら、2人は中へと入り、一旦手を離してオートロックの鍵を開けて、鍵をしまうと再び手を繋いで中へと入る。三玖の住んでいる『PENTAGON』と比べたら、そう広くはないものの、綺麗に清掃されているのか、塵ひとつとて落ちていない。エントランスの奥にある二台の内1つのエレベーターに乗り、9階へと登っていく。エレベーターが上がっていく中でも、2人は繋いだ手を離そうとはしなかった。9階に到着し、廊下を歩いて、総介の苗字である『浅倉』の名札がついた901号室へと到着する。そこで漸く、2人は手を離し、総介は扉の鍵を回して、ドアを引いて開ける。

 

「どうぞ、先に入って」

 

「う、うん。お邪魔します……」

 

「いらっしゃい、三玖」

 

そう言った総介は、三玖が通過するまでドアを開けたまま家へと招き入れた。玄関へと入り、互いに靴を脱ぎ、総介が三玖を部屋の奥へと案内する。

 

「とりあえず、リビングに行こう。ソファあるし、しばらくそこで休んでていいよ」

 

「う、うん」

 

「んで、ここが洗面所と風呂で、ここの奥にあるのがトイレだから。遠慮なく使っていいよ」

 

「わかった……」

 

玄関に入って直ぐ左手にある洗面所と浴室から、少し廊下に進んだ先にあるトイレを指差して、位置を教える。

三玖の返事を聞いて、総介は歩を進めて、廊下の奥にあるスライド式のドアを開け、リビングへと入っていった。

 

総介の家のリビングは至ってシンプルだった。入って右手にはL字タイプの黒いソファとテーブル、正面には台に乗った家庭用の大型テレビ。左を見ると、奥行きのあるキッチンに、正面は外から見れるようになっており、そこには木製の四脚の椅子とテーブルが。おそらくここで食事をしているのだろうか……

三玖は人生で初めて同級生の男子の、それも恋人の家の中に入って、心臓の鼓動が少し早くなっていき、辺りをキョロキョロと見回してしまっていた。

 

「カバン、ここに置いとくね。立ったままもなんだから、適当な場所に、座ってて。俺、ご飯の準備してくるから」

 

「う、うん。ありがとう」

 

黒いソファにボストンバッグを置いた総介は、そのままキッチンへと向かい、夕飯の準備を始めようとした。思えば、もうすぐ夕飯の時間だった。テレビの上の壁に付いている白黒の針時計を見ながら、三玖は言われるがままに、総介が置いた自分のバッグの横にちょこんと腰掛けて、辺りを見渡す。

特に何かあるという訳では無いが、彼女の視線はある場所で止まる。その先には、テレビの右に小物を入れる横長の木製のラックがあり、その中にはいくつか写真立てが入っていた。

 

 

(……ソースケの、小さい時の写真?)

 

三玖が、その写真を注視しようとしたその時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい」

 

「ひゃっ⁈」

 

頬に冷たい感触が当たった。いきなりのことで驚いてしまい、何事かと思いそちらを振り向くと、総介が手に持った缶ジュースを三玖の頬に当てていた。どうやら、冷蔵庫から取り出したもののようだ。と、ここでジュースへと目を向けると、

 

「あ……」

 

彼の手には、三玖がよく飲んでいる『抹茶ソーダ』が握られていた。

 

「少しの間待たせてしまうからね。その間はテレビでも見ながら、暇でもつぶしててくれればいいよ」

 

三玖は総介の手にある『抹茶ソーダ』を受け取る。きっと彼が、自分のために昨日より前から用意してくれていたのだろう。こんな小さなことでも、三玖は彼の全く無駄の無い気遣いに大きな感謝の念が湧いてくる。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして。じゃ、俺飯作ってくるね」

 

「うん……」

 

そう言葉を交わして、総介は再びキッチンへと歩いていった。三玖は何か手伝おうと思ったが、初めて来る家で勝手が分からないことと、もし言ったとしても『客人なんだからゆっくりしてていいよ』と遠慮されそうなので、そのままゆっくりと待つことにした。

 

外の日も随分と傾き、空も赤く染まって夜の訪れを迎える。初めて2人きりで過ごす夜は、雲一つと無い夜空となるのだろう。東側の空が、それを暗示するかのように、いくつかの星が見え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ。これで全部だよ」

 

「………こ、これ、全部作ったの?」

 

あれから一時間ほど経ち、総介が出来た料理をキッチンの前にあるテーブルへと並べていき、全てが出揃った。三玖はテーブルに並んだ夕食を見て、そして美味しそうな匂いに驚愕してしまった。どれも見た目が、旅館で出てきそうな程に上品な出来映えなのである。

 

本日のメニューは、和食が好きそうな三玖に合わせて、魚料理を中心とした献立となっていた。

 

・御飯

・ワカメ、豆腐、ねぎの味噌汁

・ほうれん草のおひたし

・だし巻き玉子

・ノドグロの塩焼き

・ノドグロの刺身

 

 

これ、全て総介の手作りである。

 

「さっ、料理が冷めないうちに食べよう。特にこのノドグロ、めっちゃ美味しそうだし」

 

「の、ノドグロ……」

 

ノドグロと言えば、知る人ぞ知る高級魚である。なぜかのようなものが総介の家にあるのかというと、話は1日前に遡る。

 

夕方、総介の家に宅配が届いた。差出人は総介の幼馴染の超大金持ちの息子のイケメン『大門寺海斗(だいもんじかいと)』からだった。

その中身はというと、新鮮なノドグロが2匹丸ごと入っていた。添えられていた手紙を読むと、どうやら総介と三玖の結ばれた記念として贈ったようだ。しかし、総介は直ぐにこう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『捌いたヤツを贈って来いやボケ』と………

 

 

 

 

 

 

 

どうせなら、手間暇かけずに料理したかったので、完成品を贈ってきて欲しかったと愚痴ったのである。しかもこんな高え魚贈ってきやがって。捌き方分かんねぇよ。今度会った時に『神経締め』してやろうかあのヤロー、とも考えていた。浅倉総介とは、三玖以外の人間には本当に血も涙もない外道な男なのである。

ブツブツとここにいない幼馴染に文句を言いながらも、仕方なくスマホでノドグロを捌いている様子の動画を検索して、それを見ながら見よう見まねで捌き、身はペーパーとラップで包んで熟成させ、頭や中骨のアラは冷凍庫へと放り込んだのだった。

 

 

 

 

「それじゃ、いただきます」

 

「……い、いただきます」

 

2人とも、テーブルに向かい合って座り、手を合わせて食事の挨拶をしてから、料理に箸を持っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「……んま!なんじゃこの魚!!?」

 

「お、おいしい……!」

 

2人とも、まずはノドグロの塩焼きを選び口へと運んで咀嚼し、その味に驚嘆した。とんでもなく旨味があり、上品な脂の質。ほろほろと口の中で崩れていく身。そら高級魚って呼ばれるわと、2人はノドグロのクオリティを絶賛して、食事を進めていった。

 

 

 

 

…………………………

 

 

「ごちそうさん。すげぇなノドグロ」

 

「ふふ、ごちそうさまでした。でも総介の作っただし巻きや味噌汁も美味しかった」

 

「お口に合ってくれて何よりだよ」

 

食事を終えて、2人は食器をキッチンまで片付けていた。三玖も、「私も手伝う」と言ってきたので、総介はそれに甘えることにした。

 

「……ねぇ、ソースケ」

 

「ん?」

 

「どれもすごく美味しかった。ありがとう」

 

「どういたしまして。作った甲斐があったよ」

 

2人並んでキッチンで洗い物をする様は、まさに新婚のカップルそのものだ。誰か総介を爆破してください。洗い物をしながら、三玖は素朴な疑問を総介に尋ねた。

 

「ソースケの料理って何でこんなに美味しいの?」

 

「……ああ、それは……

 

 

 

 

とあるスパルタ教育の成果」

 

「す、スパルタ教育?」

 

「昔からの腐れ縁が料理すげぇ上手くてね。それで、中学の頃に俺がこんな状態で暮らしてるって知った時から、家に上がり込んできて、別に覚えなくてもいい料理を強制的に覚えさせられたんだ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

ひと昔の思い出を、苦々しく三玖に語る総介。

彼の料理の腕が上達したのは、『ある人物』の英才教育(笑)の賜物なのである。その人物とは、総介の幼馴染の1人であり、大門寺家の侍女である『渡辺(わたなべ)アイナ』のことだ。彼女も幼少の頃より、総介と海斗と一緒にいることが多く、中学の時に、ほとんど一人暮らしの彼の食事情を心配して、しょっちゅう家へと上がり込んでは料理を自分で作れるようにと指南していたのだ。

 

 

 

 

『総介さん、小麦粉は150gだけでいいんです。そんなドバッと豪快に入れないでください!』

 

『包丁を剣のように使う人がありますか!まな板ごと真っ二つじゃないですか!』

 

『ちょ!火が強すぎます!弱にしてください!』

 

 

 

 

(……まさかここで役に立つとはな……何事もやってみるもんだぜっまたく……)

 

……色々トラブルもあったが、おかげで今は一人で難なく料理ができるようになった。その腕を今日恋人に存分に発揮できたのだ。アイナに心の中で少し感謝をする総介だった。

 

 

一方三玖は、皿を洗いながらも、その腐れ縁という人物が気になっていた。料理が上手い……もしかして、女の人?

やはり、恋人の周りの事情が気になってしまう。私たちの他にも、仲がいい女の子がいるのだろうか……

三玖は少し迷った挙句、その人のことを聞こうとすると、総介の方から言葉が出てきた。

 

「今度は三玖の料理も食べてみたいな」

 

「え……」

 

突然のことに、少し驚いてしまう。総介に限らず、そりゃ、付き合っている人がいれば、彼女の手料理を食べたいものだ。無論、彼もその一人でたる。

 

「う、うん。今度来たときに、総介のために作るね」

 

「そりゃ楽しみにしないわけには行かないな。期待してるよ」

 

そういった総介の言葉に、三玖は少し冷や汗をかいてしまう。

かつて、五つ子が5人で暮らすと決まった時に、料理当番を決める会議が行われた。その時、議長の料理上手な二乃を中心として進められていたのだが、フィーリング(四葉)、一人前が多すぎ(五月)、寝坊で出前(一花)と、誰も結果は散々だった。

唯一ちゃんと料理をしたのだが……

 

『こだわりは……』

 

『クビ!』

 

一発で場外へと追いやられてしまった。これは暗に、三玖が姉妹で一番料理下手を示しているに他ならなかった。

 

(だ、大丈夫だよね……前より成長してるから、上手くできる……多分)

 

流石に今日の総介のような料理は作れないにしても、人が食べれるレベルの料理なら大丈夫なはず。それに、恋人の料理は通常の3倍美味しいと聞いたことがある。三玖、貴様ニュータイプか!?

今度、総介が家に来た時、頑張って作ってみようと、彼の横で洗い物をする三玖が決心した時から、総介の悲劇のカウントダウンは始まっているのだった。総介ざまあ(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洗い物を終えて、2人はしばらくゆったりとしていたのだが、ここで三玖がこういうことを言い出した。

 

 

「ソースケの部屋が見てみたい」と。

 

 

総介は最初渋ったが、せっかくの恋人の頼みだということで、自分の部屋を案内することにした。彼は三玖が来る前に、自室の部屋の掃除を徹底的にしておいた。チリ一つ残さず、消臭剤を満遍なく撒き散らし、三玖に似た大人しそうな子の載っているエロ本を絶対見つからない場所へと隠して、準備は整っていた。

総介の部屋は、玄関を入ってすぐ右にある。つまりは、風呂場の正面が、その部屋となる。そこに到着して、ゆっくりとドアを開け、電気をつける。三玖も、恋人のプライベートスペースだけあって、自然と固唾を飲んでしまう。明かりがパッと点いて、2人は部屋に入り、三玖は中を見渡した。

中には、特に変わったものはない。勉強机とべっど、学生服を壁のフックにかけ、小型のテレビ、道場時代の名残なのか、机の横には竹刀と木刀が置いてある。木刀は二本あるのだが、そのうち一本の柄には漢字で『洞爺湖』と書かれていた。

そしてベッドの横にある三段式の黒いラック二つの中には、所狭しと『銀魂』の単行本とDVDが今現在出ている全巻が入っていた。

 

(ここが……ソースケの部屋……)

 

決して言うほどのものがあるわけではない。むしろ、『銀魂』と竹刀、木刀を除けば、かなり質素な部屋だ。しかし、三玖は彼の部屋に入っているという実感が、彼女の心をじんわりと満たしていった。と、ここで、部屋の外側から電子音とアナウンスが聞こえて来る。

 

『ピー、ピー、ピー、おゆはりが、完了しました』

 

「あ、風呂、今出来たって。どうする?先入る?」

 

「う、うん。じゃあ、先にもらうね」

 

そう言って三玖は、来客用のスリッパをパタパタとさせて、ボストンバッグが置いてあるリビングへと向かった。残された総介は、ふぅ、とため息をついて、ベッドへと腰掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いよいよか……)

 

 

今日、三玖が泊まりに来たのは、ご飯を食べに来たわけでも、部屋を見に来たわけでもない。これから起こる『コト』のためである。

 

 

 

(……やば、緊張してきた)

 

 

 

彼とて思春期の男子高校生。そういった知識もちゃんと有しており、むしろ性欲となると人より多い部類に入る。こうなることも覚悟の上どころか、早く今日きやがれと、このベッドの中で悶々としていたのは言うまでもない。

 

ベッドに広がった赤い髪、トロンと垂れた目元、火照った赤い頬、誘っているかのような表情、大きく開いた豊満な胸元……

 

『私、ソースケになら、何をされてもいいよ?』

 

『私のはじめて、ソースケにあげたいの』

 

 

 

「っっっ!!!」

 

現に今も、2人が結ばれた夜のことを思い出して、顔を真っ赤にしてしまう。あの日は、周りに姉妹や風太郎がいたおかげで、何とか自制はできた。しかし、今宵は誰もいない。部屋もマンションの端であるし、何なら隣は空き部屋だ。邪魔するものなど誰もいやしない。

 

(落ち着け。初めての実戦だ。シミュレーションは完璧だ。あとは流れに任せれば、上手くいけるはずだ!)

 

総介はこの日のために、近所のドラッグストアで『0.02』と大きく表示された黒い箱を3箱も買った。その時の店員の引き顔など、今の状況からすれば取るに足らないことだ。自分を信じろ総介!君ならできる!

 

 

 

(……コレ、もしかして実戦に突入しようとしたら、演習で終わるパティーンじゃねーよな?)

 

と、要らぬ心配もした総介。しばらくは、彼の中で葛藤が続いたのだった。

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

「お風呂、上がったよ、ソースケ」

 

「う、うん。わかっ………!!」

 

三玖が部屋に入り、風呂から上がったことを告げる。そちらを向いて返事をした総介が見たものは今の彼には劇薬だった。

 

濡れた髪に、お風呂上がり特有の火照った顔、離れても感じるシャンプーの香り、あの日と同じ青いパジャマ。

それらを目にした総介は思わず、三玖の横を猛スピードで通り過ぎ、風呂場のドアを閉めて服を脱ぎ、シャワーを浴びた。

 

 

その間、彼は何も考えなかった。考えられなかった。余計なことを思えば、何をしでかすかわからなかったから………

 

 

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

 

湯船につかり終え、ある程度落ち着いた総介は、黒の短パンと赤いロングTシャツを着て、タオルで髪を乾かしながら自室へと入った。

 

 

 

 

 

すると

 

 

 

 

 

 

 

「えい」

 

「うおっ!」

 

ドアを開けた瞬間、三玖が、いきなり抱きついてきたのだ。不意打ち、奇襲である。総介は彼女の突然の行動に、戸惑いを隠せない。

 

「み、三玖!?どうしたの?」

 

「………ソースケ、私がお風呂上がったとき、すごくえっちな顔してた」

 

「なっ!?」

 

バレていた。あの時、顔を見せないためにも急いで風呂場へと向かったのに、完全に見られていた。

 

「そ、それは……」

 

「……べつに、襲ってもいいのに……」

 

三玖の抱きしめる力が、強くなる。力は強くないのだが、それによって、彼女の控えめな性格とは正反対の胸部が、ムニュっと総介の胸板に潰れていく。その感触に、総介の繋いでいた糸も段々と引きちぎれてゆく。

 

「み、三玖……」

 

「……私、言ったよ。『ソースケに、はじめてあげたい』。『ソースケになら、何されてもいい』って」

 

 

三玖は震える声で、顔を総介の胸に埋めながら口にした。

 

「……うん」

 

「ソースケは、私のはじめて、欲しくないの?」

 

「そ、そんなことない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、何でキスも何もしてこないの?」

 

「!?」

 

三玖から、衝撃の言葉が出てきた。上を向いて目を合わせた彼女の目は、ウルウルと涙を溜めていた。彼女も、いつでもいいとタカを括って待っていたのだ。総介の家に入った時から、覚悟はしていた。しかし、襲うどころか、キスすらしてこない。さらには、自分を猛スピードで横切って風呂に入ってしまう。そんな彼を見て、三玖は少し不安になった。

 

『総介は何もしてこないんじゃないか』と。

 

 

ここで、総介が三玖に向かって口を開いた。

 

「……三玖、聞いて欲しい」

 

「……何?」

 

落ち着きを取り戻した総介は、三玖の肩を掴み、優しく離す。

 

「俺も、三玖とそうなりたいのは変わらないよ」

 

「……じゃあ、何で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三玖と、経験したかったから」

 

「……え?」

 

総介から出てきた言葉に、首を傾げてしまう。そんな彼女を見て、総介は話を続けた。

 

 

 

 

 

「三玖と、2人で色んなことを経験したかったんだ。

 

 

 

 

 

三玖と、手を繋いで街を歩いて

 

 

 

 

 

 

三玖と、部屋でゆっくりと過ごして

 

 

 

 

 

 

三玖と、一緒にご飯を食べて

 

 

 

 

 

 

三玖と、一緒に皿を洗って

 

 

 

 

 

 

 

三玖と、2人きりで、色んな話がしたかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今までも、そして、これからも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖と2人で、色んなことを経験したい

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、今まで避けてたんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識しちゃうからね

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、ずっと待たせちゃってしまったのは変わらない

 

 

 

 

 

 

今まで放ったらかしにして

 

 

 

 

ごめんね」

 

 

目を合わせて、優しい顔で謝る総介。三玖は、彼の目を見ながら、潤ませた目から、涙が溢れ出た。

それは、決して悲しみから流れたものではなかった。自分のことをどこまでも想ってくれる彼への、感謝と愛慕の涙……

 

彼女は、首を大きく横に振った。

 

 

「ううん

 

 

 

私の方こそ

 

 

 

わがままを言ってごめんなさい」

 

三玖の謝罪に、総介は彼女の頬に流れた涙を拭い取りながら、微笑んで言葉を返す。

 

「三玖が謝ることじゃないよ。ずっと待ってくれてたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう待たせないよ」

 

 

 

 

「あ……」

 

 

 

三玖のほほに手を添えて、ゆっくりと顔を近づけていく。2人は、何も言わずに目を閉じて、やがて唇が重なる。

 

 

「……ん」

 

数秒の間のキス。2人は顔を離して、目を合わせて見つめ合う。

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

「三玖、愛してる

 

 

 

 

 

今までも、これからも」

 

 

 

 

 

 

「……ソースケ、大好き

 

 

 

 

 

愛してる」

 

 

 

 

 

2人は互いの背中に、腕を回して抱きしめ合い、再び口づけを交わす。先ほどとは違う、舌を絡め合う濃厚な口づけを。

 

 

「ん……ふっ……ちゅっ……ちゅる」

 

 

「んん……ちゅっ、ちゅ……れりゅ…」

 

唾液の混じる音と、舌を舐め合って強く繋げて絡め合う感触に、総介はその場で倒れそうになるが、それを抑えて、キスをしたままベッドへと歩いて行き、三玖を背中からゆっくりと押し倒した。

 

「ん!……んふっ」

 

「ん!……はぁ、ん」

 

ベッドに倒れながらも、濃厚なキスを、かわし続け、抱き合う腕も、離そうとはしない。もう2人に考えられるのは、お互いの事だけだった。しかし、総介の深層心理だけは、よくわからない誰かへと訴えかけていた。

 

 

 

 

 

(おい、ラブコメもののクソ主人公ども。

 

 

 

 

 

 

お前らがハーレムとか鈍感とか難聴とかやってる間に

 

 

 

 

 

 

俺は今から、世界でたった1人の愛した女を抱くぞ

 

 

 

 

 

 

たった1人の女を愛しただけで

 

 

 

 

 

 

ここまで来れるんだ

 

 

 

 

 

 

 

何が『ハーレム』だ

 

 

 

 

 

 

 

何が『みんな大好き』だ

 

 

 

 

 

 

そんなもん全部クソ食らえだ

 

 

 

 

 

 

 

1人の女を一途に愛するのが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなに贔屓だっつーのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなに悪いのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だったらテメーらにハッキリ言ってやる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かを愛する覚悟がねぇなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一生自己満足にでも浸っていろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋愛というエゴをぶつける気がねぇなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一生偽善の沼にでもハマっていろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はそんなのは嫌だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この子だけを愛するし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今後もこの子以外の他の女なんざいらねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌なら好きなだけ文句を言いやがれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

童貞(ヘタレ)どもが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本気で愛した人が欲しいなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんだけ泥にまみれてでも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんだけ血を浴びようとも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その子のそばにいてやるもんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが『自分勝手』だっつーんなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一生キレイなところでほざいてろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クソ主人公ども)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、はぁ」

 

 

 

 

「はぁ、ソースケ」

 

 

互いに唇を離して、至近距離で見つめ合う。すると、三玖が口を開きながら、総介の顔に手を添えた。

 

 

 

 

「………いいよ」

 

 

 

あの時と同じあの言葉。

 

 

あの時は、止まった。しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

総介はもう、止まる気は無かった。

 

 

 

 

 

「……いくよ」

 

 

 

 

 

「うん、来て」

 

 

 

三玖の両手が、総介の首へと回る。総介は三玖の頬に軽くキスをして、三玖の青い瞳を見ながら囁いた。

 

 

 

 

「三玖、愛してる」

 

 

 

 

 

 

その言葉に、彼女も、総介の赤い瞳を見ながら返す。

 

 

 

 

 

 

 

「ソースケ、愛してる。私も」

 

 

 

 

 

 

互いに、愛の言葉を交わしながら、総介は三玖へと覆い被さっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この夜、浅倉総介は、『30歳になったら魔法使いになれる権利』を放棄、それは彼の中から、永遠に失われるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

てか、元からんなもんいらねーよ




しばらくして区切りができれば、Rー18でその後を書きたいと思います。


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます!

総介爆発しろ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31. 初デートとかどんな時もトラブルはつきもの

『かぐや様は告らせたい』第2期制作決定キターーーーーーーーー!!!!!!!!!
♪───O(≧∇≦)O────♪



ぶっちゃけ五等分の花嫁の2期の1億倍嬉しいです(下衆)
とりあえず、あと2話ほどは2人のイチャイチャを中心にやっていきますので、皆さんブラックコーヒーを忘れずにね☆彡


チュンチュンと、小鳥がさえずる音が、外から聞こえてくる。外では晴れ晴れとした雲一つと無い青い空が、朝の街並みを彩り、日の光を浴びる人たちは、思い思いに違う格好をしながら、別々の目的の場所へと向かっていた。

今日は土曜日。朝の部活に向かう学生たちや、土曜日に仕事をする人々、どこかへと遊びに行く若者や子供たち、朝の散歩をする老人など、多種多様な人々が、道を歩いてゆく。

 

 

 

朝日も登ってしばらく経った頃に、彼は、目を覚ました。

 

「……ん」

 

総介は、シングルベッドの肩まで被った掛け布団の中で、いつも眠そうな目をさらに眠そうにさせながらも、頑張って意識を戻そうとする。その過程で、彼はいくつかの違和感を覚えた。

 

まず『自分の肌に直接布団の感触が感じ取れる』こと。

続いては『横に伸びた右手が何かの重さによって動かせない』こと。

最後が『その重さの正体が、横ですやすやと眠る最愛の恋人の頭』だということ。

 

 

これらを順を追って脳内で咀嚼し、総介はこうなった経緯を思い出していった。

 

 

 

 

 

 

(………ああ、俺、昨日……三玖と……)

 

昨晩、総介は三玖と『本当の意味で』結ばれた。そこには打算、計算、建前………何も無かった。全ての邪なものをとっぱらい、2人の穢れのない純粋な愛をぶつけ合い、心と体を通わせた。

それも一度だけでは無い。彼女の体力を気遣い、休みを入れつつ何度も何度も互いに愛し合った。一体何時に眠りについたのかも、はっきりとは覚えていないが、最後に2人とも笑って抱き合ったことだけは鮮明に覚えていた。本当に、初夜とは思えないほど濃密で幸福に包まれた夜を、2人は過ごしたのだ。ここでふと総介は、横で眠る美少女へと顔を向けてみる。

 

 

(………ほんとに、かわいいなぁ……)

 

 

横で眠る一糸纏わぬ少女の寝顔を見ながら、呆れるほどの回数思ったことを反芻する。

左手で彼女の前髪を分けて、顔を晒してみれば、まつ毛の長い閉じた目と、整った顔立ちをした小さな顔、真っ白で布団から覗かせる白い肩、重力に従って、腕の間に挟まっている白く、大きな乳房。全てが総介にとっての癒しであり、彼の心を優しい光で潤していった。

 

できればずっと見ていたいのだが、生憎、そういう訳にもいかないと、彼は重々承知している。右手は三玖の腕枕で塞がっているので、総介は左の手で、枕の上に充電してあるスマホをとり、時間を確認すると、

 

「……9時7分」

 

休みとはいえ、総介は9時以降に起きたことは殆ど無かったのだが、彼がこの時間まで寝ていたということは、結構遅くまで三玖と事に及んでいたのだろう。

満足感と幸福感で満たされ、何もする気になれなかった身体に鞭を打ち、総介は起床することにした。途中、未だ夢の中を彷徨うお姫様を起こさないように、ゆっくりと腕枕をしていた手を抜いて、ベッドを出る。

ベッドの横の床には、昨日脱ぎ捨てた2人のパジャマや下着、汗やら何やらを拭いたタオルが散乱していた。更にベッドのすぐそばには、昨日2人が愛を求め合った回数分使用した『ソレ』と、くしゃくしゃのティッシュの入ったゴミ箱が置いてある。流石にそのまんまはまずいと、総介は自身の服を着た後に、ゴミ箱を離れた位置へと持っていき、三玖のパジャマも拾い、畳んでいく。その最中、彼女の下着を手に取ることに一瞬戸惑いと躊躇いを見せたが、昨晩の事を思い返すと今更だと割り切り、パジャマと同じく折りたたみ、下着を見えないようにして床に座布団を敷いて、そこに折り畳まれた衣服を置いた。そして、枕元に置かれていた黒縁眼鏡をかけて、部屋を出ていく前に最愛の人の頬に唇を落としてから、総介は洗面台で顔を洗い、朝食を作りにキッチンへと向かった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「…………うし、完成と♪」

 

あれから数十分経ち、総介は2人分の朝食を作り終えた。

昨日のあまりの味噌汁と、ベーコンと目玉焼きを焼いて、キャベツとニンジンを千切りにして和えて、皿に盛り付けて上にプチトマトを乗せる。これで立派な朝ごはんの完成である。

 

『朝ごはんは毎朝摂ってください。一日の健康は朝食から始まりますからね』

 

昔、そうアイナから言われてたとはいえ、いつもは朝ごはんなぞかったるいと思っていた総介だったが、未だベッドの中で眠る恋人のためならと、今朝はノリノリで朝食作りに励んでいた。そして、昨日と同じテーブルへと料理を置いてから、総介は夢の中にいると思われるお姫様をお越しに、自室へと向かった。

 

 

 

 

ドアをゆっくり開けて、総介はベッドのすぐそばまで行き、ベッドに腰をかけながら彼女の寝顔を拝見する。

 

(……やべ、起こしたくねぇ)

 

起きた直後に見たのと同じ、スゥスゥと寝息をたてて安らかに眠る三玖を見ながら、彼女の頭を撫でて、再びこの寝顔を見ていたい衝動に駆られてしまう。

 

 

(本当に、かわいいなぁもう……)

 

 

湧き上がる愛欲が抑えられなくなってしまう。普段、こんなに誰かを想う事など無かった総介が、こうもデレデレになってしまうのは、彼が三玖に特別な何かを見出し、それに夢中になってしまったからだろう。

 

(……この子だけ(・・・・・)が持ってるモノ、か……)

 

 

 

 

三玖には他に、4人の姉妹がいる。それも歳が同じで、顔立ちがそっくりの『五つ子』の姉妹。髪型や服装には皆それぞれ個性はあるのだが、変装をすれば、彼女たちは見分けがつかないほどにそっくりな容姿を作ることができるのだ。総介も以前、三玖に変装した3人を見て、見た目は完全に模しているなと、内心驚いたほどだった。しかし彼は、本物の三玖を一発で見つけることができた。それは何故か……

 

(……アイツらは、どう取り繕ってもこの子にはなれねぇよ……)

 

いくら見た目を真似できたところで、総介は愛する人を見失いはしない。三玖にしか無い魅力に彼は本能的に気付いていたからだ。いくら同じ姿をしたとしても、総介にとってそれは紛い物であり、代用品ですら無い。それは、彼から見える三玖と、他の4人との決定的な差であった。仮に三玖以外の全員から告白されたとしても、総介には三玖以外の選択肢はそもそも存在しないため、速攻で断るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……もしも、だ。三玖がいなくっちまったら……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしこの子を失うようなことになってしまったら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母の時のように(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……させねぇさ、そんなことは)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この子は、この子だけは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえ自分が死ぬことになったとしても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

護ってみせる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう二度と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんな思いはしねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

してたまるか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この子は

 

 

 

 

 

 

 

三玖は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が護る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな事をしてでも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中で、そう改めて決意した総介は、一度肩の力を抜いてから、ベッドで眠るお姫様をお越しにかかった。

 

「三玖〜起きて〜、朝ですよ〜」

 

彼女の白くて柔らかい肩に触れてゆっくりとゆすりながら、優しく声をかける。体を揺すられた三玖も、「んん〜」と呻きながら、目元に皺を寄せてから、ゆっくりと目を開ける。

 

「ん〜………?……そーすけ?」

 

まだ寝ぼけているのか、目を擦りながら、こちらを焦点の合っていない瞳で見ようとしてくる。その仕草さえも、総介にとってはかわいいものであり、つい笑みがこぼれてしまう。

 

「うん、そうだよ。総介だよ。よく見てごらん」

 

柔らかく、穏やかに三玖に話しかけ、彼女を夢の世界から現実へと戻るのを後押しする。

三玖は、その声にだんだんと目を覚まして、目の前にいる人物が世界で一番大好きな恋人の姿と認識すると、心の奥底から喜びが湧き出てきた。朝起きて、一番最初に目にするのが、恋人の姿だということは、以前もあった。しかし、今この状況は2人きりだということを理解すると、三玖の中での喜びは、湧き出る泉の如く止まらなくなってくる。それを抑えるためにも、彼女は体を起こして、すぐそばにある総介の体へと手を伸ばす。

 

「……そーすけ」

 

「み、三玖、それは……」

 

三玖の格好を見て、それはさすがにと思ったが、彼女がそう求めているならと、恋人としての甘さを選んでしまった総介は、手を伸ばしてくる三玖に答えて、自身の上半身を彼女へと預けた。

彼女は、総介の首へと手を回して、抱きつく。朝一番の寝起きに、恋人の温もりを感じれるのはこんなにも幸せな事なんだと、心と体に染み渡ってゆく幸福感に満たされながら、愛しの彼へと声をかけた。

 

「おはよう、ソースケ」

 

「……おはよう、三玖」

 

総介も、三玖の肩を優しく掴んで、体を離して向かい合わせる。三玖は、ソースケの目を見つめて、目を閉じながら近づけた。

それに応えるように、総介も目を閉じて、向かってくる彼女の顔を迎え、唇を重ねる。

 

「ん……」

 

「んん……」

 

昨晩、幾度となく交わしたキスだというのに、まるでお互い初めてするかのように、ただ重ねてるだけの口づけを、10秒ほど行い、2人は顔を離した。

と、さすがに言わなきゃダメだなぁと、総介は顔を赤くしながらも、優しく微笑む三玖と目を合わせながら口を開いた。

 

「三玖、俺が言うのもなんだけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

服着ないと、風邪ひくよ?」

 

 

 

 

「え………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!!!!!!」

 

 

 

 

総介の言葉を聞いてから、三玖は固まってしまい、チラッと下を見てから、顔を、もっと言えば体全体を真っ赤っかに変色させた。

 

三玖は体を起こしてから、ここまで衣類を一切纏っていない状態で、総介に抱きついて、キスをしたことに気がついた。更には、何故自分が裸なのかも、徐々に思い出してきた。

 

昨日何度も、総介と抱き合い、総介とキスをし、総介と何度も……

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜っっ!!!!!」

 

 

 

 

三玖は悲鳴を上げることも忘れて、落としてしまった布団を拾い上げてからその中へと潜り込んでしまった。

布団の中でモゾモゾと悶えている恋人を見た総介は、あまりのおかしさに声を出して笑ってしまった。すると、その笑い声を聞いたのか、布団の穴から、顔を真っ赤っかにした三玖の顔だけが、ピョコッと姿を見せて、ほっぺたをプクーっと膨らませながら総介を睨みつけてきた。かわいい。

 

 

「………むぅ〜」

 

「はははっ!ごめん、ごめんよ三玖。朝ごはんできてるから、着替えてリビングにおいで。一緒に食べよう。ね?」

 

「………」

 

三玖はコクンと、出した顔だけでうなずいてから、総介が座布団ごと差し出した折り畳まれた自分のパジャマを手を出して取り、布団に隠れながら着始める。総介も、三玖の姿が見えなくなるのを見ると、「リビングで待ってるからね〜」と伝えてから、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「……ソースケのバカ」

 

「悪かったって。三玖がその、ええと……かわいすぎてさ、つい夢中になっちゃったんだよ」

 

朝食中、未だ顔が赤くなったままの三玖が、顔を膨らませて総介に対して恨み言を言う。

 

「許さない、切腹」

 

「いや重すぎるよ!俺そんなに重罪!?」

 

そう切り捨てて、三玖は先程から膨らましたほっぺたをそのままにプイッと横を向いてしまう。

そんな仕草でさえ、可愛くてしゃあないと思ってしまう総介はもう病気である。とはいえ、このままプリプリと怒られたままでは埒があかないので、どうにか機嫌を取り戻してくれる方法は無いかと、総介は考えていた。すると、三玖の方から口を開いた。

 

 

「………もういっぱく」

 

「え?」

 

 

 

 

 

「………もう一泊、させてくれたら………許してあげる……」

 

「………」

 

横を向きながらも、手をモジモジとさせて顔を赤くして総介をチラッチラッと見ながら、彼女はそう言った。

そんな衝撃的な事をしれっと言っちゃったので、総介もポカンと間が出来てしまうほど絶句するが、すぐに我にも戻って首をブルブルと振った。

 

「も、もう一泊って……いいの、本当に?」

 

総介としても、三玖がもう一日止まってくれるのはウェルカム案件であるが、泊まるということは、つまりは、昨晩のリプレイが待っているわけで……

 

「……うん。まだ……ソースケと、離れたく……ないから……」

 

そんな事を恥ずかしげに言ってのける三玖を見て総介は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(かわえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

奇跡的相性(マリアーーーーージュ)!!!!!

 

 

 

 

 

(アニメ化2期制作決定おめでとうございまぁぁぁぁす!!!!)

 

 

 

訳の分からないことを心の中でほざきながら、自身の恋人の果てしない可愛さを再確認させられる。マジで爆発してくれ。

 

「………ダメ?」

 

首を傾げながら、上目遣いで尋ねてくる三玖はもはや人間兵器である。この子がいれば、世界の戦争は一瞬で終わる気もしてきた。だって可愛すぎるんだもん。

 

「……お、俺はいいけど、姉妹には言ってあるの?」

 

「……夕方までには連絡する」

 

「着替えとかは?一旦帰る?」

 

「ちゃんと2泊分持ってきた」

 

「………」

 

この事を見越してなのかは分からないが、三玖は初めからもう一泊する気満々で来たようだ。恐ろしい子!そしてかわいい。

総介はそんな彼女に対して、笑いながら両手を挙げる。

 

「……分かった。参ったよ、降参。もう一泊していいよ」

 

「!……ほ、本当?」

 

「本当も本当。そもそもそうしたら許してくれるって言ったの、三玖だし………俺も、三玖がまだいてくれて……嬉しいから……」

 

後半に連れて、総介も顔を赤くしながら自分の思いを告げた。三玖は総介の言葉に、更に顔を真っ赤にさせて、俯いてしまう。

 

「………ありがとう、ソースケ」

 

「……飯、冷めちゃうから、食おうか」

 

「うん……」

 

こうして、ちょっとしたトラブルがありながらも、持ち前のイチャイチャっぷりを存分に発揮して乗り切り、2人は朝食を済ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

お前らイチャイチャしやがって、マトモに飯も食えんのかホンマ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を済ました総介と三玖は、私服に着替えて(もちろん部屋別で)、出掛ける準備をしていた。2人は一泊を総介の家で過ごした翌日に、近くのショッピングモールへとデートをする約束をしていた。林間学校も近いので、そのための備品も色々と買っておこうという事で、今回のデートプランとしてまとまった。

 

「忘れ物とか大丈夫?」

 

「うん、大丈夫」

 

「じゃあ行こうか」

 

「うん………あ、ソースケ」

 

「?どったの?」

 

玄関で靴を履いた総介を、三玖が後ろから呼び止める。その声に総介が振り向いたのを確認すると、三玖は恥ずかしがりながらも、ゆっくりと目を閉じた。その様子に、総介は三玖が何を望んでいるのか、すぐに理解して、彼女へと顔を近づけていき、右手で優しく髪を撫でながら、唇を重ねた。重ねるだけで、2人の顔はすぐに離れていく。

口づけは数秒で終わってしまったが、三玖は満足そうにはにかみながら、目を開ける。

 

「……ありがとう、ソースケ」

 

「どういたしまして………行こうか」

 

「うん」

 

顔を赤くした2人は、玄関から出てすぐに、手を繋いで指を絡め合う。総介の左手と、三玖の右手がガッチリと繋がり、目的の場所へと歩いていく。

これまで、2人で本屋などへ行ったことはあったものの、それはまだ家庭教師と生徒という関係の上であり、何処かに境界線はあった。しかし、恋人となった今、2人の間を隔てる物などありはしない。そんなまどろっこしいものは粗大ゴミにして捨てたと言わんばかりに、総介と三玖の肩は触れ合うほどに近づいて歩きながら、初めてのデートの場所へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介爆発しろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マジで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的の場所であるショッピングモールまでは、そう時間はかからない。そこまで片時も手を離さずに歩いた総介と三玖は、休日の人で賑わう店内へと入っていった。

店内はカップル、家族連れ、若者、老人など、様々な人たちで賑わっており、休日の憩いの場と化していた。その中を2人は、手を繋ぎ合いながら歩いてゆく。総介はそれを全く気にせず、いつものように気怠げな表情を眼鏡の奥に漂わせながら歩いていたのだが、一方の三玖は、初めて恋人と手を繋いで買い物をするということで、顔を赤くさせながら若干俯き加減で歩を進めていた。

元々、控えめで目立つことがあまりない三玖は、周りからの2人を見る目線にたじろいでしまった。それは決して冷やかしの目線だけではなく、初々しい2人を見る目線は、憧憬や羨望、果てには嫉妬と言った様々なものが混じった視線が、2人へと向いていた。三玖はそれに気付いて、顔を赤くして頭を下げてしまったが、直後に総介が、三玖の耳元まで口を持っていって囁く。

 

「大丈夫だよ。周りなんて気にしないで。俺がいるから」

 

「う、うん……」

 

優しく囁く恋人の声に、何とか平静を取り戻す三玖。総介にとっては、周りの視線なぞ知ったこっちゃないので、いちいち気にせずに、三玖のフォローを最優先して買い物コースを歩いていった。そんな様子を見て、三玖も、彼のこういった時の頼もしさもあると知って、一層総介へと惹かれていき、繋いだ手を握る力を強めていくのであった。

 

 

 

 

 

〜そんなこんなあって〜

 

 

 

 

 

 

「まぁ、こんぐらいかな?三玖はどう?なんか他に買う物ある?」

 

「ううん、大体は揃えれたから……大丈夫」

 

買い物を始めて2時間強ほど。その間、総介と三玖は、ショッピングモールの中を見て回り、時には本屋で三玖が武将の本を見て目をキラキラさせたり、時にはペアでで挑むミニゲームに参加したり、時には総介がトイレから戻ると三玖がいないと思ったら後ろから目を隠されて「だ、だ〜れだ?」といった三玖のイタズラもあったりと、まさに『リア充爆発しろ年間大賞』を受賞できるようなデートを満喫しながら、2人は目当ての物の買い物を進めていき、ようやくひと段落した。ここで、総介がスマホを見て時間を確認する。

 

「13時40分か……そろそろフードコートも開くから、ご飯にしようか?」

 

「うん、そうする」

 

2人は時間を見て、昼食をとることにした。ちょうどお昼も過ぎた頃なので、それほど混んではいないだろうと推測して、総介がスマホをポケットにしまったタイミングを見て、再び手を繋いで歩き出した。総介の手には、買い物袋が握られており、三玖が買ったものは、ミク自身のリュックの中にはいっていた。

 

 

 

そんな2人がフードコートへ向かおうとすると、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み、三玖に、浅倉君?」

 

「浅倉さん!?それに三玖も……」

 

2人が振り向くと、そこには私服姿の三玖にそっくりな顔立ちをした2人が立っていた。

1人はアシンメトリーの薄いピンクのショートヘアに、右耳にはピアス、もう1人はオレンジのボブカットの髪に、緑色のウサギのリボンをした女子。2人とも、総介と三玖を見つけて驚きを隠せないでいた。そして、それは三玖も同じ訳で……

 

 

「い、一花、四葉………」

 

2人を見て、三玖は気まずくなってしまった。何せ昨日、不本意な形で家を飛び出してきたのだ。今、総介と手を繋いでデートしているというタイミングでの鉢合わせ。一応一花と四葉は、2人の仲を応援してくれているとはいえ、気まずい空気が姉妹の間で流れる。そんな空気を、総介は知ったことかと断ち切って口を開いた。

 

 

「よぉ、長女さんに四葉、奇遇じゃねぇか。アンタらも買い物か?」

 

総介の挨拶に、思わず四葉が反応してしまった。

 

「そ、そうなんですよ!一花と一緒に買い物に来てたんです!」

 

「そっか……アレ?そういや今日家庭教師の日だよな?上杉はどうしたよ?」

 

「ああ、上杉さんは、家の用事があるようで、明日に振替にするって朝連絡が来たんですよ」

 

何気なく会話をしているが、この時でも総介は、三玖と手を繋いだままである。ていうか、2人は手を離したく無いのか、繋いだ手を離さずにクルリと振り向いて話をしていた。そんな様子を見た一花は、少し考え事をして、総介へと声をかけた。

 

 

「浅倉君、ちょっといいかな?」

 

「ん?何だ?」

 

総介の目線が、一花へと向けられると、彼女はそのまま話を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「三玖を少し、貸して貰える?」

 

「!?」

 

「い、一花?」

 

「………」

 

一花の言葉に、三玖がビクンと反応し、四葉も一花の頼みに少し驚く。一方の総介は、一切表情を変えずに、一花を見ていた。

 

 

「貸してって……状況的には俺が借りてる方なんだが?」

 

「まぁそうだけどね。でも、浅倉君は三玖の彼氏だから、一応許可は取らなきゃな〜って」

 

「まぁ、そうか……でもな〜」

 

ちょうどお昼時なので、ご飯でもと思っていた矢先の事だ。長く時間はかけられない。

 

「大丈夫だって。ほんの少し話をするだけだから。終わったらすぐに浅倉君に返すから」

 

ね?と、両手を合わせて頼み込む一花を見て、総介は少し考える。少しだけなら、ということもあるが、総介は『別の事』も考えて、やがて答えを出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかった。但し、30分だけだぞ」

 

「ホント?ありがとうね、浅倉君」

 

 

「そ、ソースケ……」

 

総介の出した答えに、三玖は愕然としてしまうが、総介は買い物袋を置いて、三玖の頭を撫でながら、優しく声をかける。

 

「その様子だと、昨日のこと、まだちゃんと話してないみたいだね。この2人になら、いいんじゃない?」

 

「そ、それは……」

 

三玖は目を右往左往させながら、戸惑いを露わにしてしまう。図星のようだった。

 

「俺はこの近くで待ってるからさ、色々話してきなよ。全部までとは言わないけど、ある程度までなら大丈夫だから。ね?」

 

「………分かった」

 

総介がこう言うのは、三玖には自分のことで姉妹との仲をないがしろにして欲しくないという理由から来ている。

海斗に頼んで『マルオ』や、姉妹の経歴を調べさせた時に、彼女たち姉妹の境遇を知った。

肉親と言える人間は、蒸発した実父を除けば、今や5人の姉妹しか残されていない。その5人は、今まで助け合って、支え合って生きてきた。その絆は、他の何にも例え難く、硬いものだ。そんな中で、姉妹の1人の三玖が総介と出会い、恋人となった。姉妹の中では唯一にして初の彼氏持ちとなったのだ。これから、彼女はその恋人と過ごす時間が増えるだろう。現に、昨日一泊し、今晩も泊まる予定となっている。恋人が出来たら、姉妹と過ごす時間が減るのもまぁ当然だとも言える。

しかし、だからといって他の姉妹との仲を悪化させて欲しくはない。いずれは他の4人も、思い思いの人生を歩んでいくのだし、三玖はその先がけと言う認識程度で留めて欲しい。今のうちに彼女たちには気付いて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姉妹はそれぞれ、5つの別々の道を辿ることを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな道を辿ろうと、姉妹の絆は不変であることを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介はそれを切に願いながら、三玖と繋いでいた手を離した。彼は本当は離したくは無かったが一花と四葉、2人なら話は出来るだろうと信頼して、彼女を2人の元へ送り出そうと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、総介がそうした理由は、もう一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどから後ろを尾けてきてる存在(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

「………」

 

総介は3人を見ながらも、後ろから感じる気配がまだあることを確認する。

 

「じゃあ、三玖ちょっと借りるね」

 

「浅倉さん!すぐに帰ってきますんで、待っててくださいね!」

 

2人の声に総介は一旦警戒を解いて反応する。

 

「お〜。30分以内に返さなかったらお前ら明日の授業の宿題3倍な〜」

 

「さ、3倍!?」

 

「ちゃんと返すよ、も〜」

 

そう言って前を歩く2人の少し後ろにいた三玖も、総介の方へと振り返り、控えめに手を振る。総介も、離れていく恋人を惜しみながらも、また直ぐに会えると開き直って、彼女へと手を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

3人の姿が見えなくなると、総介は頭をかきながら後ろへと振り向いて、姿の見えない正体へと声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「隠れてねぇで出てきたらどうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邪魔者は追っ払ったぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明人(あきと)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃりゃ、バレてやしたか。さすが浅倉の旦那だ」

 

 

 

 

 

 

総介が声をかけると、物陰から姿を現したのは、青っぽい黒髪に、イヤホンをして音楽を聴きながら、プクーッと風船ガムを膨らませているクリッとした目をした美少年『御影明人(みかげあきと)』だった。

彼は総介が所属している大門寺家の対外特別防衛局『(かたな)』のメンバーである。その中でも、特に戦闘能力が高いものにしか与えられない『異名』を持っており、明人の場合は『夜叉(やしゃ)』、総介は『鬼童(おにわらし)』の異名を持つ。

ちなみに、三玖をはじめとした中野姉妹や、上杉風太郎は、この事を一切知らない。

 

 

「そりゃあんだけ感じたことある気配が近くにあんだ。否が応でも気付くわ」

 

「そりゃすんませんでした旦那」

 

抑揚のない口調で、あっけらかんと話す明人。彼は元来マイペースな性格で、他人の心情は気にしない質である。

 

「んで、何で俺らの後尾けてきてたんだよ?海斗にでも言われたのか?」

 

「いや、オフの日に買いもんに来てたら、旦那とあそこのお嬢さんを見かけたんで、面白そうなんでついて行ったんでさァ」

 

「お前な……」

 

まったく、と、再び頭をかく総介。この男の突拍子のない言動には、『刀』に所属していた時から困っていたものだ。まぁ、それらは全部副長に丸投げして、自分も悪ノリしていた訳なんだが。

 

「……まぁいい。せっかくだ。少しだけだが、話でもすっか?」

 

総介の提案に、明人は表情を変えずに返した。

 

「そりゃいいですね。俺も旦那に色々聴きたいことがあるんでさァ。どっか座れる場所にでもいきやしょうか」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

こうして、三玖は一花、四葉と、総介は明人と話し合いをすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(もっとソースケとデートしたかった……)

 

 

(もっと三玖とイチャイチャしたかったな〜)

 

 

「次の話終わったらいくらでもお嬢さんとイチャイチャできますぜ旦那」

 

 

「モノローグ読むんじゃねーよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は三玖と一花、四葉、総介と明人の話し合いをお送りします。そのあと、再びイチャイチャが戻ってくるぅ!


今回も、こんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。


こんにち殺法返し!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32. 一対一の恋愛(ノットハーレム)こそ至高だってどっかの誰かが言ってたような言ってなかったような

投稿時点でお気に入り400件&UA60000突破しました!!!!
登録してくれた皆様、ご覧になってくれた皆様に心から感謝します!
こんな駄文の小説ですが、これからも更新頑張りますので、よろしくお願いします!



オリ話って難しい……そんな一ヶ月間でした。


総介をその場に置いて離れた一花、四葉、そして三玖は、ショッピングモール内に複数存在する休憩用ベンチへと腰をかけた。座った順番で言えば、左から四葉、一花、三玖の順番である。

 

「ごめんね。浅倉君との時間を削ってもらって」

 

真ん中に座った一花が、真っ先に三玖へと謝罪した。一花も何も、2人の仲を邪魔したくて三玖を連れてきた訳ではない。出会ってしまった以上、やはり昨日の話にケリはつけたいし、このままいたのでは、姉妹同士の関係にも影響してくる。4人の妹を持つ長女として、それを見過ごすわけにはいかなかった。少なくとも、今ここにいる3人だけでも、僅かでも話はしておくべきだと考えていた。

 

「………いいよ、大丈夫」

 

三玖も、一花の考えは理解しているつもりだった。昨日は、自分の爆弾発言によって、辛くもその場は切り抜けることが出来たのだが、姉妹には満足に説明出来ずに出てきてしまった。こちらにも非があることは百も承知なのだが、それでも、総介と一時的とはいえ引き離された事実には変わり無く、口では大丈夫と言いながらも、少しふて腐れてしまう。

一花はそんな三玖を見て、からかってみたい気持ちも少しあったのだが、今はそんな場合じゃないことと、この後に総介に告げ口されて、後日にオシオキされることだけは避けたいということで、昨日三玖が出て行った後からの出来事を説明することにした。

 

 

三玖が出て行った後、すぐさま二乃がその場にいない総介に対して怒りを爆発させた。「三玖に一体何を吹き込んだのよ!?」とか「アイツやっぱり体目当てだったんじゃないの!」とか、もう完全に目をギラつかせて癇癪を起こしてしまい、挙げ句の果てには総介の家へと乗り込もうとすり始末。しかし、彼の家はあの時点で姉妹の誰も知らないし、仮に知ろうとして調べても、大門寺家の最高レベルのセキュリティに保護されているため、何一つ情報は出ては来ない。それでも二乃は、どこにいるか分からない総介を見つけ出そうと三玖に続いて家を出て行こうとしたのだが、さすがに止めなきゃと、四葉が彼女を後ろから羽交い締めにして、一花が何とか説得して次女の暴走を治めた。

それでも、二乃を止めたのはその場の応急処置に過ぎず、根本的に総介に対する敵意を無くしたわけではない。それどころか、今回の件で余計総介への恨みを買った形となってしまった。これについては、一刻も早く自体を改善しないといけないと、一花の心中は黄色信号を点滅させていた。

二乃の暴走がようやく収束したところで、立て続けに別のトラブルが発生した。その時に、一切関与していなかった五月が、頭から煙を上げて倒れてしまった。彼女は、三玖の爆弾発言から、一切動かずに、しばらく立ち尽くした後に、そのまま仰向けにバタンと倒れて気絶してしまった。

原因としては、三玖の爆弾発言により、今まで性知識や下ネタに大きな偏見と免疫のあった五月の脳内がそれら一色になってしまいショート、結果、ブツブツと「卑猥、破廉恥、ケダモノ、変態、淫乱」などという危ない言葉を永遠と呟きながら、頭からプシューっと煙を昇らせて気を失ってしまった。それを見た一花、二乃、四葉の三人は、すぐさまベッドへと運んで、顔が真っ赤になった五月の額に冷えたタオルを乗せて看病したのだった。

 

 

「……で、五月ちゃんはもう大丈夫だけど、二乃はまだ浅倉君のことよく思ってない感じかな。どう、四葉?」

 

「う、うん。二乃、まだ浅倉さんが三玖と付き合ってること認めてないみたい。ていうか、昨日のアレで、ますます怒っちゃってるかも……」

 

「……ご、ごめん、色々迷惑かけて……」

 

それら全てを一花と四葉の口から聞いた三玖は、冷や汗を流しながら2人に謝罪した。妹の謝罪を受けた一花が、まるで気にしていないといった感じで返す。

 

「いいっていいって。最初三玖の言ったことにはビックリしたけど、私は浅倉君との仲応援してるし、いずれそういうことにもなるって思ってたから」

 

一花の言うことに四葉も賛同する。

 

「私も。一花と同じで、2人のこと応援してるよ!それに三玖と浅倉さんには幸せになって欲しいから……頑張ってね、三玖!」

 

「……うん、ありがとう」

 

三玖は今までのように、自分に接してくれる2人に、心から感謝する。彼女は心のどこかで、姉妹に会ったら互いによそよそしくなってしまうのではないかと、不安に思っていたのだが、現状では、一花と四葉は何ら変わりはないし、2人の仲を応援してくれているようだ。今後も変わらずに接してくれるだろう。しかし、問題は二乃と五月である。総介に敵意を持っている二乃と、男女関係に潔癖な五月。この2人がどう出るのか分からない。帰った時にどういった反応をするのだろうか……

三玖がこの場にいない2人に一抹の不安を感じていると、一花が訪ねてきた。

 

「三玖、今日帰ってくるの?それとももう一泊?」

 

その問いに少しピクンと反応してしまうものの、元々一花か四葉に連絡してもう一泊することを言うつもりだった三玖は、丁度いいのでこの場でいっておくことにした。

 

「……もう一泊、していく」

 

「……そっか。じゃあ私から伝えとくね」

 

「うん……」

 

一花は二乃や五月のことを心配している三玖を気遣い、自分が伝達しておくと言って安心させた。ここで、四葉も話しかける。

 

「三玖、明日には帰ってくるんだよね?」

 

「うん。多分、お昼ぐらいに帰ると思う」

 

「浅倉さんも一緒?」

 

「うん、家庭教師、明日あるから……」

 

「わかった!じゃあ、上杉さんにもそう言っとくから、安心して!」

 

「ありがとう、四葉……」

 

「にししっ、まかせて!」

 

三玖は2人の気遣いに改めて感謝した。どこまでも優しくしてくれる2人に、頭が上がらなくなってしまう。

 

「じゃあこれくらいにしとかないと、浅倉君が寂しがっちゃうから、三玖を返してあげないとね〜」

 

一花がそう言いながら椅子から立ち上がる。どうやら話は終わったようだ。軽く揶揄われた三玖は顔を赤くしながらも呆れて、四葉と一緒のタイミングで立ち上がった。

 

「もう……じゃあ、私はソースケのとこ行くね」

 

「うん!三玖、いってらっしゃい!」

 

「……ありがとう、一花、四葉」

 

最後に2人に礼を言ってからその場を離れていく三玖を、四葉は手を振りながら見送った。やがて彼女の姿は、休日の人混みに紛れて見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……三玖、変わった、のかな……?」

 

「……分からない。でも前と違うような雰囲気だった気がする……」

 

「それって……やっぱり?……」

 

「いや〜……そうだと思うよ〜……」

 

「……そうだよね〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホント青春ですねぇ〜♪」

 

「お熱いお二人ですねぇ〜♪」

 

 

 

いつもの姉妹とする、いつも通りの会話だったのだが、何処かで違和感を感じ、その正体の目星が大体ついていた2人は、渋い顔をしながらも面白がり、その場から立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、三玖を見送った総介は、デートの途中から後をつけて来ていた明人に気付いており、彼を隠れている場所から呼び出して、近くのベンチに座って話をしていた。人混みが多いので、隣同士で話をしていても、周りの雑音に消されて誰にも聞こえないような声量で話し合う。とはいっても、内容は主に総介の身の回りの話になっていたが……

 

「………へぇ、あのお嬢さんに一目惚れですかぃ。こりゃ驚きやした」

 

「……幻滅したか?」

 

「しやせんよ。剛蔵さんも言ってたじゃないですか。『大切な人を護ることこそ侍の本分だ』って。現にあの人も妻子持ちですし、何より俺自身、片桐さんみてーな古りー考えなんざ好きじゃありやせんしね」

 

「それってお前が刀次さん嫌いなだけじゃなくね?」

 

明人は何より、身寄りの無かった孤児の時に、自分を拾い、父親代わりとして育ててくれた剛蔵を心から慕っている。普段はマイペースで奔放な彼も、剛蔵の言うことには耳を傾ける程に絶大な信頼を寄せ、剛蔵自身も、明人を息子のように大切に思っている。反面、副長の片桐刀次にはこの上なく反抗したり、イタズラやイジりなどは日常茶飯事であり、刀次もそんな彼に手を焼いている。もっとも、普段は厳しい刀次が明人をあまり罰しないのは、彼を弟のように思っているからとかそうでないとか……

 

「まぁそれもありますけどね。そう言って何か色々禁止されて、狭い思いすんの嫌なんですよ」

 

さらっと刀次の兄心を切り捨てた明人。総介もそうだが、この男も中々の下衆である。

 

「しかし意外でさァ。俺ァてっきり旦那はアイナとくっ付くもんだと思ってたんでね、驚きやしたよ」

 

「………どうだかなぁ」

 

「そう言いつつも否定しないんすね」

 

「色々世話してくれてたからな。あのまま何も無かったら、自然とそうなるもんかなぁって思っちゃいたが、アイツにゃそんな気はねぇみてーだからな」

 

アイナは数年前、総介が一人で生活してると知るや、彼の家に乗り込み、料理をはじめとした家事の世話を侍女の仕事の傍らでやっていた。しまいには彼に家事のイロハを教え込んでいき、一定のレベルに達するまで厳しく指導していった。なお、これらを総介は一つも頼んでいない。完全に彼女の独断である。

 

「アイツの世話焼きはどうも度が過ぎてる時あるからな。ホント疲れる」

 

「同感でさァ。この前俺んとこにも来ましてね。『そうダラけてないで仕事をしなさい』とか喧嘩売ってきやがって、うるさくてうるさくて仕方ないんで刀投げつけたら、そっからもう斬ったり撃ったりの大喧嘩でね。結構な暇つぶしになりやしたよ」

 

「いやそれ100パーお前が悪いよね?完全に喧嘩売ってんのお前だよね?」

 

「結果、剛蔵さんと片桐さんの二人から大目玉くらいやした。全くどうしたらああも細かいこと気にし過ぎる女になるんですかね〜?」

 

「俺はお前が色々気にしなさ過ぎが問題だと思うがな……にしてもお前ら、相変わらず仲悪りーのな」

 

明人とアイナ。この二人は幼い頃よりすこぶる仲が悪い。元々、マイペース、奔放、サボり魔の明人と、几帳面、世話焼き、職務に忠実なアイナと、性格的な面でも相性の悪さが表れているのだが、一番の原因は、アイナが剛蔵の実子であり、彼が娘を溺愛しているのを面白く思っていないことだろう。

 

「ま、あの女の話は置いといて……旦那、変わりましたね」

 

「………海斗にもよく言われるな、それ」

 

「若様は一番近くで旦那見てて分かりやすいと思いますよ。俺でも分かるんですから、尚更でしょうねィ」

 

「………まぁ、俺自身も変わっちまったって思うからな」

 

 

「………『お袋さん』のこと、まだ引きずってるんですかい?」

 

「……時々考えるが……一応は区切りはつけたさ」

 

「………やっぱ変わりやしたね」

 

「………」

 

「まだ『刀』を休む前は、本当にギラギラしてたっつーか……まさに『鬼童』って感じでしたからねぇ。まぁあのヘッドホンのお嬢さんと出会ってからってこともありやすけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けど一番変わったのは、旦那があの男(・・・)を……」

 

「明人」

 

総介が今までの会話と違い、語彙を強めて明人の言葉を制止した。

 

ヤロー(・・・)はもう死んだ。いねぇ奴の話なんざする気にもなんねぇし、ヤロー(・・・)の話ともなれば尚更だ」

 

「………すいやせんでした」

 

その一言で、明人は謝って黙り込んだ。総介も、少し昔を思い出したのか、ベンチにの端肘置きに肘をつき、掌に顎を乗せてどこか別の方を向いた。そして、明人が再び口を開く

 

「………旦那、失礼を承知で、聞かせてくだせェ」

 

「………んだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旦那はいつ、あのヘッドホンしたお嬢さんに、『刀』のこと言うつもりですか?」

 

「………」

 

明人の質問に、総介は言葉が出なくなってしまった。

 

 

「あのお嬢さんと今後も添い遂げてぇなら、いつかは話さなくちゃいけやせんぜ?そこんとこ分かってるんですかィ?」

 

 

「……わーってるよ。ちゃんと言うさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『刀』のことも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がだだの『人斬り』だっつーこともな」

 

 

 

総介も重々承知している。人を護ることは、人を斬る以上に覚悟がいることも。その果てに待っているのは、長く険しい茨の道だと言うことも。

そんなことを嘲笑うかのように、明人は総介へと尋ねた。

 

 

 

 

 

「……もし、ですよ。旦那が原因でヘッドホンのお嬢さんがお袋さんと同じような(・・・・・・・・・・)事に(・・)なっちまうもんなら……

 

 

 

 

 

 

 

 

アンタは、どうするんでィ?」

 

 

 

 

 

 

明人の問いに、少し間を開けて、総介は答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………させねぇさ。もう、絶対に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんな思いすんのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう沢山だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖は、そんな目に会わしゃしねぇよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何人斬ろうが、何人潰そうが構やしねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子を護れるのなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼』だろうが『化け物』だろうが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何にでもなってやらぁ」

 

 

 

「………そうですかィ………ん?」

 

 

明人が総介の答えを聞き、しばらく黙り込んでいると、前からこちらを向く気配がした。彼が気配のする方を向くと、そこには先ほどまで総介と一緒にいた、右目の隠れるほど長い前髪に、首元に青いヘッドホンをした女子がこちらに向かって歩いてきていた。その女子は、こちらに歩いてきて、数メートル手前で止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソースケ……」

 

 

総介の恋人である三玖が、総介へと近寄っていくが、途中で明人の存在にも気づいたようで、戸惑っているようだ。そんな彼女に、総介が声をかける。

 

 

「三玖、話終わったの?」

 

「う、うん……ええっと……」

 

三玖は総介の問いに返事をしたものの、どうやら明人の方も気になるようで、チラチラと目を向けている。それに総介も気づいて、説明を入れる。

 

「ああコレ、俺の中学の後輩。たまたま(・・・・)会ったもんだから、暇つぶしで話してたんだ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

たまたまは嘘だが、中学の後輩は事実であり、総介と海斗とアイナ、明人は同じ中学出身であり、明人は、その中で唯一の後輩となる。と、ここで、明人は立ち上がってこの場を去ろうとする。元々、三玖が帰ってくるまでの時間稼ぎなのは間違いではないのだから、当然の行動である。

 

「じゃあ旦那、俺ァこれで。お嬢さんとのデート、楽しんでくだせェ」

 

「お〜、みんなによろしく伝えといてくれ〜」

 

「分かりやした。あ、孕ましたら一報くだせェ。コーラ一年分ご祝儀用意するんで」

 

「死に晒せボケナス」

 

「そのセリフ、片桐さんに言ってくだせェ」

 

「あの人には『一生独身人生送ってろカタブツ』とでも言っとけ」

 

「ヘイ。それじゃ俺はこれで」

 

「おー、お疲れ〜」

 

「お疲れした〜」

 

 

 

そんなぶっ飛んだやりとりを行った後、明人はベンチにから離れてどことなく去っていった。その場を離れる瞬間、明人は三玖と一瞬目があったが、特に会話をすることなく目を離して、その場を後にした。

 

 

 

明人が去って、ようやく二人きりになった2人。最初に総介が三玖へと話しかけた。

 

「ごめんね。待たせちゃって」

 

「ううん、大丈夫………変な人だったね」

 

「そう?」

 

「うん、話し方とか、総介の呼び方とか……」

 

どうやら明人の江戸っ子口調や総介への呼び方が気になったらしい。そりゃそうだ。どこの世界に先輩を『旦那』と呼ぶ後輩がいるのか。それは稀である。しかし、総介は別のことでも気になった。

明人は海斗とはベクトルは違うものの、中々のイケメンである。青っぽい黒髪のサラサラヘアに、クリッとした目が特徴の、さながら『弟系イケメン』と呼ぶにふさわしいだろう。街中を歩けば、大抵の女は振り向いて明人の話をするものだ。現に、2人が話をしている最中も、通行人の女たちが明人を見て心をときめかせていた。アイドルじゃない?とか、すごくかわいい、とか噂をしながらも、明人は全くそんな声を気にする素振りを見せなかったが……

そんな10人中9人がその見た目にときめく彼を見て、三玖は最初に言ったのが『変な人』である。総介は自分の恋人ながら、三玖も独特なセンスの持ち主だなとふと思ってしまう。だがそれがいい

 

「まぁ昔からああだから、あまり気にしたことは無いかな俺は。いつもあんな感じだし、久々に会っても全然変わってなかったから……」

 

「昔から、なんだ……」

 

「うん………それよりも、俺すんげぇ腹減った。そろそろフードコート空いてるころだし、お昼食べに行こう」

 

「うん。そうだね。私もお腹すいた」

 

ようやく本来のデートに戻れた2人は、分かれる前のように手をつなぎながら、フードコートへと向かって行き、デートを再開した。

 

 

 

 

 

 

その後も、ご飯を食べたり(総介おごり)、ペットショップで犬猫を見たり、ゲームセンターで遊んだりと、初めてのデートを充分に楽しんだ2人は、夕方になってようやくショッピングモールを後にした。

帰路の途中でも、2人の手はガッチリと繋がれたまま、離れようとしなかった。帰りの途中、三玖は総介へと声をかける。

 

「ソースケ」

 

「ん?」

 

「今日はありがとう」

 

「……三玖」

 

「ソースケと、ちゃんと2人で出かけて、色々買い物したり、遊んだりして、すごく楽しかった」

 

三玖が、総介の顔を見上げながら礼を言う。夕日に照らされているせいかどうかわからないが、顔が赤くなっているように見える。しばらくの間があり、総介も口を開く。

 

 

 

「………礼を言うのは俺の方だよ」

 

「え?」

 

 

「三玖とデートするのが、こんなに楽しいなんて思わなかった。もし他の女と出かけても、絶対にこんなに楽しいって考えないし、買い物して良かったなんて思いもしないよ……ありがとう、本当に」

 

総介も、三玖を見ながら彼女に礼を言う。途中、イレギュラーもあったが、それを除けば非常に充実した初デートだった。多分、暫くは忘れはしないだろう。

三玖は総介から礼を言われると、夕日に染まった赤い顔から自然と笑顔が溢れ、手を繋いでいない左手を伸ばして、ゆっくりと総介の背中へと手を回す。頭が、身長差のある総介の胸にすっぽりと収まり、彼の胸に耳を当て、ドクン、ドクンと、彼の大きな心音を聞きながら、彼への想いを込めて、一言言葉を発した。

 

 

 

 

「……大好き、ソースケ。ずっと、ずっと……」

 

 

三玖がそう言った時点で、総介も繋いでいた右手を離し、両手を背中へと回す。三玖も、離れた右手を総介の背中へと回して抱きしめ合う。そして、頭の上から出てくる彼の言葉を、聞き逃しはしない。

 

 

「三玖、俺も大好きだよ。また、一緒に出かけようね」

 

「うん……」

 

三玖は総介の胸に当てていた耳を外し、彼を見上げ、目が合う。自然と互いに目を瞑り、顔を近づけていき、やがて西に沈んでいく夕日は、2人の黒いシルエットが重なって全く見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ママー!あの2人チューしてるー!」

 

「コラコラ、あまり見ちゃダメよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここが天下の公道で、周りの皆に見られていることを完全に忘れてしまっている2人だった。

 

 

「………カエリマショカ、ミクサンヤ?」

 

「う、うん……あぅぅ」

 

大勢の人々にラブラブな姿を晒してしまった2人は、ハグを解いてそそくさと総介の家へと帰るのだった。

マジ爆発してしまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの日も、三玖は総介の家に泊まったのだが………ナニがあったのか、そりゃあ、ねぇ……

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クッソイチャイチャラブラブ(一部子供には見せられない表現あり)な展開ですよっと……その辺はいずれ出る大人バージョンの番外編で確認してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、一言だけ言わせてくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介死んでしまえリア充ヤロォォォォオオオオオオオオ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大門寺家対外特別防衛局『刀』屯所

 

 

「そうか。総介に会ったのか」

 

「はい。デート中でしたが、旦那も元気そうでしたよ。剛蔵さんによろしくと」

 

「ガッハッハ!そりゃ何よりだ!アイツも男になったもんだなぁ!!」

 

「あの野郎、女にうつつ抜かしやがって……海斗の護衛としての自覚あんのか?」

 

「そんなんだから結婚出来ねーんだよカタブツの片桐コノヤロー……って旦那が言ってやした」

 

「それお前の気持ちも入ってるよな?総介だけの気持ちじゃねーよな?」

 

「やだなー片桐さん、旦那がそう伝えとけって言ってたんですよ〜。まぁ俺も、旦那の気持ちは98パーわかりますけどね〜」

 

「ほとんどお前の気持ちじゃねぇかぁぁぁぁああ!!!」

 

「に〜げろ〜」

 

「待ちやがれぇぇぇえ!!!!」

 

「……全く、明人はいつもいつも……」

 

「いいじゃねぇかアイナちゃん。それがアイツのいいとこでもあるんだ」

 

「お父様は明人を買い被り過ぎです。もう少しあの子にも厳しくしなきゃいけません」

 

「そりゃそうだがなぁ……-あ、そうだアイナちゃん!今度の林間学校なんだが……」

 

「なんでしょうか?」

 

「俺も一緒に行っていいかな?」

 

「………一応お聞きしますが、その理由は何でしょうか?」

 

「いや〜林間学校のアイナちゃんをカメラに収めたくてなー!スキーをする姿や、友達とご飯を食べる姿、部屋で寝る姿や、お風呂に入ってる姿をこの最新式の一眼レフキャメ〜ラで……」

 

「骨ひとつ残さずに滅びてください」バキャッ!バチコーン!!!

 

「ギャァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

大門寺家対外特別防衛局『刀』では今日もこんなことが起きているのだった……

 




正直、この31話と32話は蛇足だったなと反省しています。しかし朝チュンは絶対書きたかったので後悔はしていません。
次回からやっと原作への流れへと戻ります。ようやく林間学校編へ突っ走ってく予定です。

今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33. 暗黒物質(ダークマター)は永久に不滅です!

ここから原作に戻ります。


なお、原作の流れに戻ったからといって、総介と三玖のイチャイチャは止まりませんので、続けてブラックコーヒーをご用意いただくことを推奨します(笑)
楽しい楽しい(意味深)林間学校まで、今しばらくお待ち下さい。


「……………何これ?」

 

「コロッケ」

 

 

中野四葉は目の前の皿の上に置かれている3つの黒い物体を見て、テーブルの向こうにいる姉の三玖へと尋ねた。すると、彼女は何の躊躇もなくその黒い物体の名前を言って見せた。

 

昨日のデートから遡ると、三玖は恋人の総介の家にもう一泊し、翌日の昼前に総介を連れて帰宅。昨日行われるはずだった家庭教師の日は、風太郎の用事の影響で今日へと流れてしまったので、2人がリビングに到着した時には風太郎はすでに来ていた。三玖はそんなことには目もくれず、荷物を部屋に置くや直ぐにキッチンへと向かい、冷蔵庫から食材を取り出して料理を始めた。

実は総介の家を出る前に、三玖は彼に料理を帰ったら振る舞うと約束をしていた。それを聞いた総介は、三玖の手料理を食べれると朝からテンション爆上がりであり、リビングに着いてからは、エプロンを着て料理に勤しむ彼女をテーブルに座りながらずーっとにやけが止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

この後に悲劇が待っているとも知らずに………

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、完成した料理が、見ての通りの黒い物体である。その物体を、四葉の隣で見た総介は……

 

 

 

 

 

 

 

 

(だ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗黒物質(ダークマター)ァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!)

 

 

 

 

 

心の中で絶叫していた。

 

 

 

 

 

 

 

(イヤイヤイヤイヤ待って待って待って待ってぇぇぇ!!?何これ?なにこれ!?ナニコレ!!?どう見てもアレだよね、暗黒物質(ダークマター)だよね!?

ウソーーーン!!!三玖ってもしかしてお妙さんだったの!?)

 

恋人の作った料理を、無表情ではあるが冷や汗を流しながら凝視する総介。目の前の黒い物体は、『銀魂』で『志村妙』が作ると言うか、錬成する自称『卵焼き』もとい『かわいそうな卵』こと暗黒物質(ダークマター)に酷似していた。

 

 

銀魂を見ている人にはご存知の通り、志村妙の作る料理は尽く黒焦げの何かができてしまう。それを食した者は、下痢の症状から即気絶、果てには食べた者の記憶の全てがどこかにフライアウェイしてしまうという近代兵器も真っ青な効果を発揮する代物なのだ。

そんな兵器にそっくりなものが今、総介と四葉の前に置かれているのだ!何故かトマトケチャップが横に添えられて……

 

 

「石じゃなくて?」

 

さりげなく失礼な四葉。しかし三玖は気にしない。

 

「味は自信ある。食べてみて」

 

確かに料理は見た目では無いというが、これは流石に、結末が見えているのでは……と、総介は心の中で思い、チラッと四葉を見る。すると彼女も、同じ考えだったのか、こちらをチラッと向き、うん、と少し頷いた。

 

(え、何今の?…行くの?コレ食うのマジで?)

 

四葉は箸を持って、皿の上にあるそれをひとつ挟んで持つ。

 

「ほら、浅倉さんも」

 

そう名前を言われて四葉に催促された総介。『かわいそうな卵』の威力を知っている分、余計に躊躇ってしまうのだが、三玖の手料理という手前、食べないわけにはいかない。現に三玖の方へと目を移すと、不安と期待の混じった表情で総介を見ていたのだ。

 

 

 

もはや彼に逃げ場など無かった。

 

「……じゃあ、いただきます」

 

そしてさようなら、と、念のために心の中で別れを告げて箸を持ち、自称コロッケを掴む。

 

「じゃあ食べるよ」

 

四葉もソレを口元へと運び、2人は一斉に食べようとした、その時……

 

 

 

 

 

「おはぎ作ったのか、いただき」

 

「あっ」

 

どこからともなく現れた風太郎が、残りの一つを手に取って、何の躊躇も無く暗黒物質(ダークマター)を口の中へと入れた。

ちなみに2人は、突然現れた風太郎を気にする余裕もなく、ただただ目の前の黒い食物を口の中へと入れ、むしゃりむしゃりと咀嚼するだけだった。

 

 

 

「普通にうまい!」

「あんまりおいしくない!」

 

 

まず風太郎と四葉の2人が、感想を言って、綺麗に意見が分かれた。

 

「何だ四葉、お前意外とグルメなんだな」

 

「上杉さんが味おんちなだけですよ。あんち!」

 

(…どっち…?)

 

真っ向から意見が食い違う2人を見て、三玖は戸惑ってしまうが、ここで四葉がまだ何も言ってない総介に聞くことを提案した。

 

「それなら、浅倉さんに聞いてみましょうよ!」

 

「ああいいぞ。三玖の彼氏の浅倉なら、うまいと言うに決まってるからな!」

 

「浅倉さん、お味はいかがですか?」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介はなんて言っていいのか、この上なく迷っていた。

 

(………どうしよう、うまくねぇ……なんならまずい…)

 

結果から言うと、この自称コロッケはとても美味しいと言えるものでは無かった。さっきまで想像していたお妙さんの暗黒物質(ダークマター)のように、気絶や下痢、記憶障害の症状が現れるような化学兵器では無かったのは、何よりの幸いだろう。てか現実にそんなもんあったらたまったもんじゃないわボケ!

しかし、この自称コロッケは、料理と呼ぶには最低点の味だった。

 

(上杉は何でコレがうまいって言えるんだ……貧乏性か?)

 

風太郎の味覚に疑問を覚えつつも、総介は三玖にどう言おうか迷ってしまう。コレを単純にマズイと言ってしまえば、彼女の心は深く傷ついてしまうだろう。それが恋人の総介から出た言葉なら、ショックは何倍にもなってしまうこと間違いなしだ。とは言え、嘘をついてうまいと言うのも、彼は出来なかった。仮にここでうまいと言ってしまえば今後、三玖は自分にますます手料理を振る舞ってくる。気持ちはとても嬉しいが、流石にこの低クオリティの料理が今後も出てくるとあっては、こちらもいくらなんでも耐えられなくなる。もっと言えば、総介はこういった大事なことで三玖に嘘をつきたくなかった。

 

三玖に正直に話すか、それともうまいと嘘をつくか……

 

 

 

 

 

「浅倉?おーい、浅倉〜?」

 

「……ソースケ……どう?」

 

心配してくる三玖と風太郎の声に反応して、総介は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、アレだ。独創的な味というか……他の誰にも真似できないモノを作ったというか何だ……料理はオリジナリティが必要な時もあるから……アレだよね、いい意味で、イイ意味で伸び代が期待できる逸品だよね〜って……」

 

 

 

 

チキった。この男、恋人を傷つけるか嘘をつくかのどちらかを決められずに、盛大にチキりやがった。どっちつかずの感想が、総介の口からベラベラと出てくる。

 

「……………」

 

そんな煮え切らない恋人を見て、三玖は体中から青いオーラを出して、頬をプクーっと膨らませる。かわいい……いや、今回は怖い。

 

「どっちだよ?……まあいいや、うまいってことで、そしたら試験の復習を……」

 

 

 

「待って」

 

風太郎の言葉を、未だ不機嫌な様子の三玖が止めて、驚きの一言を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「完璧においしくなるまで作るから

 

 

 

 

食べて」

 

そう言って、三玖はキッチンへと踵を返した。幸い(?)、コロッケのタネや衣はまだ沢山残っているので、今から作ろうと思えばいくらでも作れる。

と、なるとマズイ展開になってくるのは総介と四葉で、彼の方は頭から冷や汗をドバッと流しながら、三玖に慈悲を求めていった。

 

 

 

「いや、ちょ、まって。三玖さん、俺アレだ、もうお腹いっぱいって言うか〜、気持ちだけで胸がいっぱいで、入るとこなんてもう無いんで……だから待って!お願い!頼むから思いとどまって!今はもういいから!今度いっぱい食うから!悪かった!俺が悪かったから許して!助けて、助けて下さ〜い!!三玖、三玖ーーーーーー!!!」

 

 

総介の悲しき絶叫を、三玖は全く聞く耳持たずに、コロッケ、もとい暗黒物質(ダークマター)もどきを錬成し続け、3人に、主に総介に食べさせ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介、ざまぁメシウマwwwww

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぎゅるるるる……

 

「う〜、う〜…だ、だーくまたーが、だーくまたーがこっちにくるよ〜」

 

「くっ……せっかくの家庭教師の日だってのに、不覚……」

 

「お腹の調子はどうですか?三玖がすぐにお薬買ってきますからね」

 

 

 

あの後、三玖が次々と錬成させていった暗黒物質(ダークマター)もどきを食べさせられ続けた総介と風太郎は、完全にダウンしてしまった(風太郎は食べ過ぎて満腹、総介は暗黒物質(ダークマター)の過剰摂取(笑)により)。

主に被害に遭ったのは、恋人の総介であり、ポンポンと作られていく自称コロッケのほとんどを三玖から与えられ、口に運んで行った。もうダメだと思い何個か口にして流石に拒否しようとしたが、三玖のウルウルとした目を見てしまい、もはや歯止めが効かなくなって、黒焦げに量産された自称コロッケを食べ続けるしかなったのだ。マジざまぁw。そして総介が限界を迎えたところで、味音痴な風太郎がここで腹一杯になるまで食べて、四葉もその流れ弾をくらい、彼女は倒れるまでとはいかなかったものの、風太郎はが食べすぎのせいでダウンしてしまった。さすがの三玖も、緊急事態と察したようで、急いで薬局に胃薬を買いに出かけたのだった。

 

「倒れるまで食べさせられるとは思わなかったぞ」

 

「私も、お腹パンパンです……」

 

「えへへ、だーくまたーがひとーつ、だーくまたーがふたーつ……」

 

「……浅倉、完全に壊れたな。なんだよダークマターって……」

 

「あはは、まぁ、一番多く食べてましたからね……」

 

ハイライトを無くした瞳で、うわ言のように呟く総介。もはや正気は残っていなかった。

 

「お前が文句言い続けたせいだ! 俺は本当にうまいと思ったが、嘘も方便だろうが」

 

「私の嘘なんて三玖に気づかれちゃいます!」

 

四葉に当たるものの、コイツは嘘つけないタイプだなと思い、風太郎はため息をついてしまう。

 

「はぁ……好きな味とでも答えておけば誤魔化せるだろ」

 

風太郎の一言に、四葉のリボンがピコーンと伸びる。てかどうなってんのこのリボン……

 

「好きな味……なるほど、勉強になります」

 

「はぁ……そんなこと教えに来たんじゃないんだけどなぁ」

 

「三玖〜、あいしてるよ〜、頼むから帰ってきてくれ〜、でも料理はやめてくれ〜」

 

少しはマシになったのか、総介はここにいない恋人を求めるが、彼女は未だ帰ってこず。しばらく待つしかないのであった。

 

 

 

 

 

 

代わりに、総介にとってめちゃくちゃややこしい人物がやってきた。

 

 

 

 

 

 

「あれー?

 

 

 

 

 

 

 

 

人ん家でお昼寝ですかー?薬でも盛られたのかしら?」

 

 

二乃と五月が、風太郎の元へとやってきた。

 

「二乃…五月…皮肉なもんで、今日は逆に薬が欲しいくらいだ」

 

「ふーん、どうでもいいけど

 

 

 

 

 

それにしても……」

 

二乃は風太郎には目もくれずに、もう1人、倒れている人物に目を向けて、ニヤニヤしながら近づいていく。

 

「あんなにあたし達に色々言ってきたのに……ザマァないわね〜♪」

 

二乃は総介の頭の前に立つと、ゆっくりと足を総介の額に持っていって、踏みつけてグリグリとする。総介うらやま……ゲフンゲフン!かわいそうに(笑)。

 

「ずーっとアンタをこうしてやりたかったのよね〜♪。どうかしら、三玖の姉妹に見下されながら顔をふまれる気分は?場合によっちゃお金取るほどのご褒美じゃないかしら♪」

 

「に、二乃、流石にそれはマズいんじゃ……」

 

四葉が止めようとするが、二乃は恍惚の表情を浮かべたまま聞く耳を持たない。

 

「いいじゃないの〜。今まで散々コイツに引っ掻き回されて、色々と溜まってたのよ。コイツから受けた屈辱を、何倍にもして返すチャンスじゃないの♪」

 

 

そう嬉々として言いながら、かかとで総介の額をグリグリとする二乃。しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだな。自分から進んでそんなパンツ見せて返してくれんなら、踏まれる価値はあるよなぁオイ」

 

「なっ!!!?」

 

 

ふと下から声がしたかと思ったら、顔を踏まれていた総介が、ニヤニヤとしながら目を見開いていた。彼の視線は当然、真上にある二乃のスカートの中なわけで……

彼女はそれを理解した瞬間、足をどけて、顔を真っ赤にしながらスカートを手で押さえて隠す。が、ガッツリと見られたので、もう遅いが……

 

 

「しっかしお前、逆ナンでもしにいくのか?どうやったらそんなエロいパンツ履こうと思うんだよ?」

 

「ッッッ!!!死ね!!!」

 

二乃は再び、今度は踏み潰す勢いで総介の顔面目掛けて足を下ろすが、彼は首をヒョイっと曲げて避ける。その結果、二乃の足は総介の首の横へと思いっきり着地した。ダンッ!という音が、リビングに響く。

 

「はい、また見えた。お前いくら男に飢えていても、流石にそれはヤバいだろ〜。なんたって……」

 

「うっさい!!!潰れろ!!!」

 

二乃はまたパンツを見られ、さらに今度は特徴を言おうとした総介を本気で踏み潰そうとするが、再び首を曲げられて避けられた。

 

「はい、ざ〜んねん」

 

「くっ!!このぉぉ!!!」

 

その後も、二乃は総介の顔面を踏もうとしても、それらを全て避けられる。端から見れば、二乃が悔しさのあまり地団駄を踏んでいる構図にしか見えない。そんな光景がしばらく続いた。

 

 

………………………………

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ………」

 

「はいは〜い、もう終わりですか〜?」

 

数分間踏み続けてさすがに疲れたのか、二乃は膝に手をついて息を荒くしている。そんな彼女を、総介は相変わらず死んだ魚の目で見上げながら、仰向けのまま動こうとしない。二乃はそう言って余裕をかます総介を、非常に憎たらしく思った。

 

「はぁ、はぁ……くそっ…なんで、アンタみたいな奴に……三玖が……」

 

「…………」

 

二乃は恨み節を吐きながら、息を整える。そんな様子を見ていた彼は、無言のまま彼女を見上げていた。しばらく二乃を見た総介は、彼女へと口を開く。

 

 

 

「お前が俺に何を言おうがどうでもいいし、何をしようが構やしねぇが、そのことで三玖を恨むんじゃねぇぞ。あの子に落ち度は一つもねぇんだ。恨むなら俺だけにしとけ」

 

「ッッッ!!!」

 

総介の言葉に、二乃は何も返せなくなってしまった。彼女は危うく、三玖への文句も出てきそうになったからである。

総介をここに入れたのも、花火大会に誘ったのも、試験で風太郎の家庭教師の継続に貢献したのも、遠回りとはいえ、三玖のせいである、と。オマケにこの男は、父からの交際の公認も得て、さらには三玖を男の家にお泊りまでさせた。そのおかげで、色々とトラブルも起きた。もう、二乃は当初の2人を追い出す計画からは程遠いところまで来てしまっていた。彼女は強く実感していた。もう、あの頃の5人だけのような生活は出来ないことも。

 

 

 

 

 

 

総介に当たったところで、何も変わりはしないことも……

 

 

「………アンタ達は……」

 

「………」

 

「アンタ達は、どこまで……あたし達を、引っ掻き回せば、気が済むのよぉ……」

 

二乃は総介を見下ろしながら、涙を溜めた目で吐き出すように言った。

 

「二乃……」

 

そんな彼女を見て、四葉は心配そうに名前を呼んだ。他の2人も、今は黙って見続けていたが、そんな中、総介が口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「変わらねぇ日常が永遠に続くと思ったか?」

 

「………」

 

総介の言葉に、目を閉じかけた二乃が、再び開いて総介へと瞳を向けた。

 

 

「いずれ来るかもしれねぇが、お前らもそれぞれ別の男と結婚すんだ。まあそれはどうかわかんねぇが、少なくとも、就職なりなんなりで、お前らはバラバラになる時は来る。そん時が来たらお前はどうするんだ?」

 

 

「……そんなの、わかってるわよ。いつか5人がバラバラになることぐらい……でも、アンタ達は違うじゃない……いきなり家庭教師とか、助っ人とか……三玖の恋人とか……そんなの……」

 

 

 

 

「そうだな、俺が今言ったのは、いずれ必ず起こる『決められた変化』だ。だが、お前で言う俺や上杉はその中に無い、本来起こりうるはずのなかったはずの変化、いわば『イレギュラー』だ。そんな『イレギュラー』が人生で何回起こるのか、どんな『イレギュラー』が起こっちまうのか、んなもん分かったもんじゃねぇ。

 

 

けどな、どんな奴にも必ず人生で『イレギュラー』ってもんに直面する。俺が言うのもなんだが、お前達にとっての俺と上杉がそうであるように、その逆もまた然りだ。今後それ以外にも、色々と『イレギュラー』は待ってるだろうな。いいモンか悪いモン、もし悪いモンだとしても、うまくいけば回避できるモンと自分じゃ到底回避できないモン、どっちが待っているか分からねぇ。もし回避できないモンが来たら、初めは戸惑っちまうだろうし、怖くてたまらねぇ。今のお前みたいにそれに八つ当たりしたくなるだろうが、それでもどうしようもねぇ時は、受け入れていくしかねぇんだよ。それが人生ってやつだ。

 

 

そんなどうしようもねぇ『イレギュラー』を受け入れて、人間ってやつぁ少しずつ大人になってくんだよ。難しいがな……」

 

自嘲するように乾いた笑みを浮かべながら、総介は長い話を締めくくった。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「……浅倉……」

 

皆が総介の話を黙って聞いている中、風太郎は彼の名前を呼んだところで、思わず言いかけてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

『お前本当に17歳なのかよ?』と……

 

 

 

さすがに口にしてしまったら、前みたいに拳骨されるので言わないが、今の総介は、高校生では普通思わないようなことを、易々と言ってのける。思えば、この男と出会った時からいつもそうだった。

 

 

 

初めてここに来て、二乃の姉妹への思いを言い当てた時、

 

二乃の家庭教師の妨害を、総介が有無を言わさない言葉で黙らせた時、

 

独りよがりで失敗してしまった五月に説教をした時、

 

五つ子の義父『マルオ』と対峙した時、

 

マルオの元へ行こうとするのを妨害した二乃に向けて言葉を発した時、

 

 

 

 

 

 

(浅倉、お前は………一体何者なんだよ……)

 

横になりながら、風太郎は同じ体勢で横になっている総介を見ながら、そう思った。

彼は未だ知る由もない。総介が、とても辛く、悲しく、何物にも例えられない半生を送ってきたことを。

その齢にして、敵味方から『鬼』と呼ばれるほどに畏怖され、血にまみれた修羅の道を歩いてきたことを……

 

 

 

もしかしたら、二乃に向けた今の話は、彼女だけでなく、『総介自身(・・・・)』にも言った言葉なのかもしれない。

 

 

 

母を亡くした時の自分自身に対して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、ここで、二乃がこの沈黙を唐突に破った。

 

 

「……あたし達の……三玖の人生を変えた……アンタに言われたくないわよ……」

 

絞り出すような言葉を、総介へとぶつける。彼はそれを聞き、口角を上げて笑いながら、返した。

 

「ま、まだ分からんでもいいさ。いずれ気付く時がくらぁ。そん時は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんと受け入れて、今お前が履いているパンツが似合うぐれーの大人にならなきゃいけねーわな」

 

 

「なっ!!!」

 

二乃の顔が、再び真っ赤っかに染まる。いい話をしていたのに、台無しである。プルプル震えて、今にも爆発しそうだった二乃だったが、ここでまさかの伏兵が……

 

 

 

 

「へ………へ………」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変態!!!!!!!!」

 

 

ゴスッ!!!

 

 

 

「アピャッ!?」

 

 

 

ガンッ!!!!

 

 

 

「ヘスティアッ!!!」

 

 

 

チーン………

 

 

 

 

 

 

「あ、浅倉さーーーーーーーん!!!!」

 

 

今の一連の動きを説明すると、それまで全く動かなかった五月が、総介のセクハラ攻撃に耐えられなくなり、総介の側頭部をフリーキック!そして蹴られた頭が向かった先は、テーブルの脚であり、そこに額を思いっきり激突。某ダンまちのボクっ娘巨乳女神の名前を断末魔に叫びながら、額から煙を出して気絶してしまった。

意識を失う間際、聞こえてきたのは自分を心配して名前を叫ぶ四葉の声だった。薄れゆく意識の中、総介が最後に思ったことは……

 

 

 

 

 

 

(もう一度、三玖に会いたかっ……た………

 

 

 

 

 

でも暗黒物質(ダークマター)はもう勘弁)

 

 

 

こんな感じで、今日の総介はまさしく踏んだり蹴ったりの一日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいこと言ってカッコつけたのに……マジざまぁww

 

m9(^Д^)ぷぎゃー

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……んん……あれ、俺は……」

 

「あ、ソースケ、良かった起きてくれて。大丈夫?」

 

「三玖……どうして……」

 

「お薬買って帰ってきたら、ソースケが気を失ってて、四葉から理由を聞いた」

 

 

「そうか……」

 

「また二乃をいじめたんでしょ?」

 

「アイツが突っかかってくるのが悪い。俺は自分から喧嘩を売りはしない」

 

「ふふっ、もう……」

 

「……それはそうと、三玖」

 

「ん、何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はなぜ、君のふとももの上にいるのだろうか?」

 

 

総介が目覚めて、はじめに見たのは、自分の上にいる三玖の顔だった。状況を見るに、自分は仰向けになって、三玖のストッキング越しのふとももの上で寝ている。これぞ通称『膝枕』である!膝枕なのに頭を乗せるのがふとももなのはこれいかに………

 

 

「嫌だった?」

 

「嫌ではないし、出来ればしばらく堪能したいです」

 

「もう、ソースケったら……」

 

三玖は総介の額から髪へ向けて頭を撫でながら、四葉から聞いた経緯を説明した。

 

あの後、正気に戻った五月は、自分がしでかしたことにパニックとなってしまったが、四葉がなだめてどうにかなった。総介のセクハラ発言が原因とはいえ、人の頭を蹴って気絶させた事実に変わりはなく、多大な罪悪感を感じてしまったが、二乃が五月を宥めてこう言った。

 

 

「五月、よくやったわ!むしろせいせいしたわよ!三玖が帰ってくるまでそこで寝てなさい、この変態セクハラ男!」

 

と吐き捨てて、三玖が帰ってくるまで総介と風太郎を四葉に任せて、2人はランチへと出かけたのだった。

 

「……それで、そこからは、私が帰ってきて、ソースケが帰るまで膝枕してた」

 

「……そうか……」

 

総介が何より気になったのは、二乃が自分たちを追い出さずに、そのまま家に残したこと。それは、自分の話が彼女の何かを少しでも響かせたのか、それとも……と、ここで総介はふと三玖を見上げる。すると、彼女は少し不機嫌な様子で、総介を見下ろしていた。

 

 

「……二乃のパンツ、見たんだ?」

 

どうやらそれが、彼女の不機嫌な理由らしい。総介は嘘をつけないなと思い、正直に弁明することにした。

 

「むしろアイツから見せに来た、が正解。スカートで人の頭踏んづけてきたら、そりゃ見えるに決まってる」

 

「何回も見たんだ?」

 

「何回も見た」

 

と、ここで、三玖がとんでもないことを聞いてきた。

 

「………興奮した?」

 

「正直ドン引いた。アレは男に飢えすぎだろ〜って思った」

 

「……なら、許す」

 

そう言って、ようやく三玖から不機嫌な表情が消え、頭を撫でる頻度も増えた。総介は彼女の細長い指を頭で感じながら、安らぎの時間を過ごした。

 

しばらく堪能すると、三玖が口を開いた。

 

 

「………ごめんね」

 

「ん?」

 

「私の料理が、ダメだったから……ソースケが、こんなことに……」

 

「………」

 

 

三玖は頭を撫でる手を止めて、総介へと謝る。彼がこうなったのも、自分がマズい料理を何回も総介に食べさせてしまったせいで、と。

 

総介は無言のまま三玖を見ていたが、ここで、彼の顔に、滴が一つ落ちてきた。それは、三玖の青い瞳の目から出てきた、少ししょっぱさを含んだ悲しい液体だった。それは、時を追うごとに、ますます彼の顔へと落ちてくる。

 

 

 

 

「………私……やっぱりなにもできない……勉強も……運動も……料理も……みんな、何もできない…うぅ……みんなより……ぐすっ……いちばん…うう…おちこぼれだから……ソースケに……よろこんでほしかったのに……ひっく……」

 

三玖の目から、涙が止めどなく溢れ出てくる。同時に、自分が抱えていた他の姉妹への劣等感が、全面に押し出されて、彼女は自身への嫌悪を募らせてしまう。総介はここで初めて知った。初めてちゃんと話をした時、自分に自信がなさそうに感じたのは、他の4人に対する劣等感だった。勉強は当初は皆同じくらいだったのでアレとしても、彼女は誰よりも運動が苦手で、料理も下手。得意なのは、戦国武将の知識と、他の姉妹への変装。が、前者は周りに言えるようなものでは無いし、他の4人でもできると思っており、後者にいたっては、その特技は諸刃の剣だ。なぜなら、他の4人に変装するのが上手いということは、『自分自身が無個性』だと暗に表しているようなものだからだ。他の人からはそうは見えなくても、三玖自身は、どこかでそう感じているのだろう。

自分に出来ることは、他の4人にも出来る。絶え間なくついてくる個性的な4人から霞んでゆく自分、それが、三玖の劣等感の正体だった……

 

それを今知った総介。彼は三玖が劣等感に押し潰されてしまうと懸念した。そうはさせまいと、ゆっくりと彼女の頬へと手を伸ばす。

 

 

「………三玖」

 

「……ソースケぇ……わたし……ぐすっ、やっぱり……ダメな子だから……」

 

「前にも言ったでしょ?料理なんて、後から覚えればいいって。正直、あのコロッケはとても食べれたものじゃなかったけど、それだけ伸び代はあるってことだよ」

 

彼女の頬へと流れる涙を拭い取りながら、総介は体を起こして、三玖と向き合い、優しく声をかけて続ける。

 

「それに、勉強も料理も同じだよ。今はまだ、やり方を教わって無いだけで、ちゃんとしたやり方さえ覚えれば、三玖だって美味しい料理を作れるようになるよ」

 

「ぐすっ……でも……わたし……」

 

「何なら、今度泊まりに来たとき、勉強と一緒に、料理も教えるから、一緒に作っていこう。俺だって、初めは料理なんて全くしないで、失敗ばかりだったけど、三玖がおいしいって言ってくれるぐらいまで出来たんだ。三玖だってそうなれるよ」

 

総介は右手で三玖の頭を優しく撫で、左手は背中へと回してポンポンと優しく叩きながら、彼女を宥める。それが功を奏したのか、三玖の流れていた涙が、徐々に止まってゆく。

 

「……ソースケ……」

 

三玖の自分を呼ぶ声に、総介はどこかで優越感にも似た何かを感じたのは。この声で、このすがるような甘えた声で、名前を呼んでもらうのは、自分だけだ、と。中野三玖にとっての特別が、浅倉総介だけである、と……

そしてそこから生まれた優越感を、自分自身の特別を、三玖へと分け与えるために、総介は三玖へと話し始めた。

 

 

 

 

「三玖、聞いて欲しい………」

 

「……うん」

 

「俺が初めてここに来て、最初に他の4人に会った時、正直何も感じなかった……

 

 

君に会ったのが最初だからかも知れないと思ったけど、

 

 

それも違う

 

 

もし三玖に最後に会ってたとしても

 

 

俺は三玖を好きになってた

 

 

それは三玖が、他の4人には無い特別なものを持っているからなんだよ」

 

 

「特別な……もの?」

 

「魅力とか、オーラとか、言葉に表すのは難しいけど、それは三玖を知れば知るほど増して

 

 

俺を釘付けにするんだ

 

 

 

それは、今後姉妹がどうあがいても、持つことができない

 

 

三玖しかないものなんだ

 

 

他の4人がいくら三玖を真似ても

 

 

 

そんなのは偽物で、何の価値を持たない

 

 

 

三玖だからこそ、この上なく愛おしくて

 

 

大切だって、特別だって思うんだ」

 

「………私が……特別……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん……三玖、俺は今まで、ずっととか、永遠にとか、そんな言葉、好きじゃなかったけど

 

 

 

 

 

今なら言える

 

 

 

 

 

君が持っているものは、ずっと俺を夢中にさせてくれるし

 

 

 

 

 

 

君への想いは、永遠だよ

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、もう苦しまないで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君は他の4人とは違う

 

 

 

 

 

 

他の4人じゃ君の足元にも及ばない

 

 

 

 

 

 

 

 

何より俺にとって、浅倉総介にとってこの世界でたった1人の特別な存在

 

 

 

 

 

 

 

俺の恋人の

 

 

 

 

 

 

中野三玖なんだから」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、三玖は再び、涙を溢れさせた。しかし、この涙は、前のようなものでは無い。

 

 

自分を愛してくれる、特別だと想ってくれる、愛する人の言葉。

 

 

 

その愛を、自分だけが独占できると約束する誓い。

 

 

もう、他の4人とは、比べなくていい。ただ、君は、唯一の存在として、愛されて欲しい。

その意味を、体の奥、心臓の中心部まで染み渡らせた結果、涙腺がどうにもなく壊れてしまい、涙を流し続けた。

 

それを見た総介は、自身の偽りの無い想いが通じたと安堵し、三玖を自身の胸元へと迎え入れる。三玖もその流される体に逆らうことなく、総介の黒パーカーを着た胸元で、歓喜の涙を流し続けた。

 

 

「……料理、一緒に頑張ってうまくなろうね」

 

 

「……うん……ぐすっ、うん…」

 

総介の優しかかられる声に、すすりながらも何度もうなずく。

恋人同士になっても、残っていたわずかにして最大の不安が、彼女の中から全て消え去った。それらは全て、目の前の愛する人が、受け入れて、それらを彼の中で消し去って、愛へと変えてくれたのだ。もう彼女にも、迷いは無い。ただ、目の前の愛する人に、自身の愛を心ゆくまでぶつけるのみ。

三玖は顔を上げて、未だ溢れる涙を拭きながら、総介の目を見つめ、自身の気持ちを、たった一言で彼へとぶつけた。

 

 

「ソースケ……愛してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺もだよ、三玖………愛してる」

 

 

 

 

何も言っていないのに、2人は同時に目を閉じて、顔を近づけて、やがて唇が重なった。今までとは違う、涙の味がするしょっぱい口付けに、互いに笑みが溢れてしまう。

 

「しょっぱ」

 

「ふふっ……口の中にまで入ってきた」

 

「……三玖……」

 

「あっ……んっ」

 

再び、総介が三玖の頭を抱えて、顔を近づける。何をされるのかは、三玖は一目瞭然だったので、それをされるがままに受け入れ、瞳を閉じて長く、溶けそうになるほどの甘いキスを交わした。

想いを通わせ、体を重ね、不安と恐怖を吐き出し、それらを受け入れて消した。

 

 

 

 

 

この2日間は、総介と三玖にとって、大変意味を持つ特別な休日となり、後世にまで語られる、2人の忘れられないエピソードの一つに刻まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その隣で同じく膝枕をされてる風太郎と、膝枕している四葉も含めて。

 

「……なぁ、四葉」

 

「……何でしょうか、上杉さん」

 

「あの2人、俺らがいるの忘れてね?」

 

「忘れてますね」

 

「めっちゃキスしてんだけど……これからずっとこれ見させられるの?」

 

「私は一度見てますよ?」

 

「……マジで?」

 

 

 

 

 

 

 

「何なら、私たちもキスしちゃいますか?」

 

四葉がそう言って、段々と顔を近づけてくる。

 

「え?ちょ、まっ、マジ……え、……」

 

「上杉さん………」

 

「ち、ちょっと待て四葉!お前もこういうのは好きな人と……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「好き、ですよ?」

 

「!!!?」

 

告白と同時に目を閉じた四葉と、もうすぐ唇同士が当たる………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘」

 

……瞬間に四葉がニンマリと風太郎の顔の上で笑った。

 

「やーい、引っかかりましたね!私だってやればできるんです!」

 

そう言い残して四葉は、トコトコと歩いて何処かへと消えていった。

 

「……もう誰も信用しない」

 

風太郎の心が少し閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、昼間から公然とイチャつくとは、最近の若者は盛ってんな〜おい」

 

「TPOを弁えて欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らに言われたくねぇぇぇぇぇぇえええええええ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

作者と一部読者の皆様が思ったであろう心の叫びが、風太郎の声となってリビング全体に響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ、キィ、バタン

 

 

 

「……もう、三玖ったら

 

 

 

 

 

 

風太郎君の前であんなの見せられたら

 

 

 

 

 

 

 

私も我慢できなくなっちゃうよ……」

 

 

 

 

顔を真っ赤にしたリボンの少女が、自室のドアを閉めて呟いた一言は、誰にも聞こえることなく部屋の中へと消えていった。

 

 

 

 

 




ギャグ先行だったはずが、結局甘々な展開に……この2人ホントどうなってんだ……
最後に四葉がってなりましたが、風太郎とくっつくのは誰か、それは今後のお楽しみです!

苦しいひと月でしたが、今回は久々に書いてて楽しかったです。クオリティとかの話じゃなくて。やっぱ自己満足はまず自分が楽しまなくちゃね!と思いました。
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34.知らない人の名前とかいちいち覚えてらんない

もうすぐ林間学校〜♪






おや、原作の様子が……?(焦)


 

林間学校……

 

 

 

 

それは、二学期の中間試験の後に開催される、総介の在学する高校の二年生が参加する一大イベントである。

総介や海斗にアイナ、風太郎と中野家の五つ子たちは皆二年生なので、それぞれがこのイベントに思いを馳せていた。特に四葉は、鼻歌を歌いながらスキップするほど楽しみなようで、ウキウキ気分のまま、風太郎主催のプチ勉強会をする図書室へと入った直後に、林間学校の中で実施される肝試しの担当となったクラスで、実行委員を押し付けられた風太郎の金髪ピエロの仮装に驚いて叫び、図書室の人に注意されてしまった。

その後、その場に一緒にいた三玖と3人でしばらく話をしている中で、風太郎は林間学校にあまり乗り気ではない様子を見た四葉が、風太郎のテンションを上げようとこんなことを言い始めた。

 

 

 

「では林間学校が楽しみになる話をしましょう。

クラスの友達から聞いたんですが、この学校の林間学校にはこんな逸話が……

 

 

 

 

 

 

 

最終日に行われるキャンプファイヤーのダンス

 

 

 

 

 

 

 

そのフィナーレの瞬間に踊っていたペアは

 

 

 

 

 

 

 

 

生涯を添い遂げる縁で結ばれる、というのです

 

 

 

 

 

どうですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「非現実的だ、くだらないな」

 

 

 

四葉の話を、風太郎はバッサリと切り捨てた。

 

「冷めてる!現代っ子!」

 

そんなドライな風太郎に四葉は非難を浴びせる。

 

 

「学生カップルなんてほとんどが別れるんだ。時間の無駄遣いだな」

 

「う、上杉さん。それ、三玖の前で言っちゃ……」

 

「あ……」

 

目の前にその『学生カップル』の片割れがいるにもかかわらず、つい口を滑らせてしまった風太郎。四葉とともに、2人に緊張を走らせながらそちらの方を見る。すると、ハイライトの無い冷めたジト目で風太郎を睨む三玖の姿があった。

 

「い、いや、ほ、『ほとんど』ってだけで、全部が全部別れるわけじゃない!中には本当に四葉の言った通りになるって可能性も……」

 

必死に弁解しようとする風太郎だったが、三玖の冷たい視線は変わらず、そのまま口が開かれる。

 

 

「……別に、フータローに言われても、何も思わないから」

 

「う……」

 

三玖はそう突き放すと、プイと横を向く。口では気にしてないと言われたが、言い方にトゲがあるあたり、かなり根に持ったようだ。風太郎は彼女の地雷を踏んでしまったことを後悔するが、もう遅いためどうすることもできない。もし今の発言が総介に知られてしまったら、彼に何をされるか分からない。風太郎は一ヶ月ほどの付き合いだが、総介の人となりは大まかに掴んだつもりでいた。

あの男は、三玖の事となると人が変わったように彼女に甘くなるが、それ以外には全く無関心、または敵対するものには一切容赦はしない。無論、あまり気分を害さなければ、普段は気怠げな雰囲気を持つ人畜無害の少年だ。しかし、もし総介の気を損ねてしまえば、その限りではない。彼は見掛け倒しとかではなく、本物の恐ろしさをその中に秘めている。風太郎は幾度か、彼の底の知れない『何か』を見て、本気で恐怖を覚えた事がある。そんな核弾頭を抱えた外道モンスター(風太郎目線)に睨まれたら最後、多分命は無いんじゃないかと大袈裟に思えるほど、彼は怒った時の総介を偏見と言えるほど恐れていた。

 

 

 

 

 

 

まぁ『鬼童(おにわらし)』って呼ばれてるぐらいだしね。仕方ないね。

 

と、ここで、冷や汗をかく風太郎を見た四葉が、すかさず彼のフォローに入る。

 

「み、三玖!もしかしたら、浅倉さんも林間学校すごく楽しみにしてるかもしれないよ!」

 

「え?」

 

「今言ったキャンプファイヤーのことも、三玖と踊りたいな〜って絶対考えてるって!」

 

「そ、そうかな……?」

 

四葉が総介の名前を出した途端、今まで冷めた表情だった三玖の顔が、徐々に綻んで、頬が少しずつ赤くなってゆく。チョロい。

 

「そうだよ!きっと浅倉さん、三玖にキャンプファイヤーでダンスを踊ろうって誘うはずだよ!三玖のこと『愛してる』って言ってたんだから、間違いないよ!」

 

「そ、ソースケが、私と……」

 

四葉のおだてに、総介とダンスを踊る自分を想像してしまい、ますます顔を赤くして照れる三玖。そして両手を頬に当てて、口角を上げて控えめに笑う。どうやら彼女も乗り気になってきたようだ。チョロかわいい。

その様子を見て、ようやく機嫌が戻ったと、風太郎もとりあえず安堵した。そもそも風太郎は、恋愛というものについてはあまり良い印象は持ってはいないが、総介と三玖の2人を見ていると、僅かだが、ホントに僅かながらではあるが、認めていいのでは?と思えてしまう。

2人が異常にイチャイチャしているのはどうかと思うが、その甲斐もあって、三玖は前回の試験で唯一赤点を回避できた。単に総介から一番勉強を教わっていたからというのもあるが、やはり一番の要因は、三玖のモチベーションの上昇だろう。総介から教わったおかげで、勉強に対する姿勢も良くなり、教わるだけでなく、自分から進んで勉強をするようにもなった。風太郎からすれば、これは嬉しい誤算の一つであり、総介を助っ人として連れてきて良かったと、心の中で彼に感謝した出来事だった。そのことを思えば、今の発言は本当に申し訳なかったと思える。

 

「……三玖、今のはすまなかった。あまりに軽率すぎた」

 

なので風太郎は自分の非を認めて、三玖へと謝罪した。

 

「う、ううん。私も、少しムキになっちゃったから……ごめんね、フータロー」

 

三玖も、彼の謝罪を受け入れて、自分も悪かったところを素直に謝った。2人がすぐに仲直りした様子を見て、四葉は一安心する。が、今自分が『総介も楽しみにしている』と言ったことを思い出して、ちょっとだけ不安になる。

 

(だ、大丈夫だよね?三玖と踊れるんだから、浅倉さんも楽しみにしているよね……)

 

三玖の機嫌を戻すため、口から出まかせで出た言葉だったが、あの総介のことだ。三玖のこととなると、一気にテンションを上げて、きっとキャンプファイヤーのダンスを心待ちにしているはずだと、四葉はそう思って不安を消し去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くだらねぇ」

 

「あれ?今の君になら、この言い伝えには食いつくと思ったんだけど」

 

 

同じ頃、学校の屋上で手すりにもたれてジャンプを読んでいる総介は、久々登場の『容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、190cm越えの超高身長、実家は超大金持ち、誰にでも優しく社交的、女子からモテモテ』という全てのリア充要素を兼ね備えた完璧超人『大門寺海斗』から、四葉が言っていたことと同じ“結びの伝説"の話を聞いていたのだが、四葉の思惑とは裏腹に、総介は風太郎と同じく、キャンプファイヤーのダンスの話をバッサリと切り捨てた。それを海斗は、少し眉を上げて驚く。

 

「なーにが『最後に踊っていたペアは生涯を添い遂げる』だ。よくある『学校行事特有のテンションで異性と触れ合って意識しあった結果、付き合い始めたけど日常に戻ったらあの時となんか違うって気付いて結局別れる勘違いリア充パターン』じゃねぇか。そんなもんどうせ誰でもいいからズッコンバッコンしてぇ性欲にまみれたアホな男子どもが調子乗って作った噂に決まってんだろうが。そのイベントで彼女作って帰ったら家で『アハーン♡ウフーン♡』的な事が出来ると舞い上がった思春期特有の何かキメたようなテンションで出来た伝説(笑)だろうが」

 

死んだ魚のような目のまま、風太郎以上にボロクソに毒を吐く総介。彼は林間学校に何か恨みでもあるのだろうか?

 

「彼女持ちの君が言うことかい?」

 

「俺はちゃんと日常の中で三玖と恋人関係になっただけですぅ〜。イベント限定の舞い上がったテンションでの付き合いじゃないですぅ〜」

 

「中間試験はイベントに入らないのかい?」

 

「あれがイベント?ならテンション高い思春期の男子は皆満点だろうな?保健体育の実技は」

 

「まったく君は……その辺りは恋人が出来ても変わらないよね」

 

嫌味ったらしい総介の言い分に、海斗はゆっくりと首を振りながら呆れてしまう。総介も三玖という大切な人ができて、全てがガラリと変わった訳ではないのだと、彼を見てきた海斗は思い知った。と同時に、彼に現れた変化にも気づき始めていた……

 

「だいたい俺ァそんなイベントや言い伝えってのをダシに告白して彼氏彼女ゲットってのがいけすかねぇんだよ。本気で好いた相手がいるってんなら、普段の生活からちゃんとアピールしとけってんだ。『いつも話さないあの男子が、たまたま一緒の班になって過ごしてただけなのに、私のこと色々分かった風なよくわからないテンションのまま告白されました』とか、女子からすりゃいい迷惑だコノヤロー。んなもんで普段からコツコツ頑張ってる奴にゃ敵わないの。ちゃんと日々を過ごす中で段々と仲良くしてようやく意識するレベルに上がるの。裏技使ってステージ飛ばせる初期のマリオブラザーズじゃねーんだよ。ここ、テストに出るからな。しっかり覚えとけよ」

 

「誰に言ってるんだい………はぁ」

 

海斗は訳のわからないことをのたまう総介にため息をついてしまう。この男、彼女が出来たからと言って完全に調子に乗っている。それも一目惚れした子を自力で落として恋人同士になったが故に、今の彼には根拠の無い何でも出来る万能感に支配されている。その結果、回り回って総介もそのテンションの上がった思春期の男子高校生の1人であることに気が付いていないと、 海斗はぺちゃくちゃぺちゃくちゃと愚痴の出てくる幼馴染みを見ながら思った。

 

(これはちょっとブレーキが必要かな?)

 

海斗はクールダウンと、少しばかりのお仕置きも兼ねて、総介の変な方向に上がっているテンションを抑えることにした。

 

「じゃあそれなら、もし君の愛しの三玖ちゃんが、誰かにダンスに誘われてOKしたとしても、君は『くだらない男子高校生の俗事』という事で黙って見ているのかな?」

 

海斗はイジワルそうに総介尋ねてみた。中野家の五つ子の姉妹は全員、赤系統の髪色に青い瞳、そして顔立ちの整った美少女である。その中でも堂々とした他の4人とは違い、三玖は控え目な性格で、前髪で顔の大半は隠れてはいるものの、美少女であることに変わりはなく、クラスの何人かの男子から好意に近いものを向けられている。もしかしたら、総介の知らないところでダンスの誘いを受けているかもしれない。海斗がそんなイジワルな質問をすると、今の今まで毒を吐きまくっていた彼の口が、瞬時に止まり、読んでいたジャンプを閉じて黙り込んでしまった。

 

「…………」

 

「……総介?」

 

さすがの海斗も、いきなり黙り込むとは思っていなかった。何かしら変な理屈で反論してくると予想していたので、想定外の出来事に、彼は突然黙ってしまった幼馴染を少し心配する。と、その瞬間に総介も口を開いた。

 

「……いや、もし三玖が本気でそうしたのなら、俺は止めるつもりはねーよ」

 

「……まさかの答えだね」

 

海斗は総介が『いやその誘った奴の両腕チョン斬る』や、『ふざけんな!ぜってーそんなことさせねーぞクソッタレ!』みたいな反応をすると予想していたのだが、意外と冷めた答えが帰ってきたことに驚いた。

 

「客観的に見りゃ、恋人なんて、所詮は口約束だけなもんだしな。結婚みたいに正式に書面に書くようなもんじゃねー。そんな拘束力もねぇ口約束程度の関係で、あの子の意思を阻害することなんざ俺ァしたかねぇし、何より三玖が心の底から考えてることは極力尊重してぇんだ。それがたとえ、俺を本気で拒絶したとしてもな……」

 

 

「………」

 

海斗は黙って、総介の次の言葉を待つ。

 

「ただ……」

 

 

「……ただ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「個人的な感情を言や

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖を誰にも渡したくないし

 

 

 

俺のそばに一緒にいて欲しい

 

 

 

 

 

 

 

 

尊重したいっつーのもあるが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今はそっちの方が本音だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ったく、醜い独占欲持っちまって、あの子のおかげで色々とむちゃくちゃだよチクショー」

 

 

 

 

 

ははっ、と自虐を含んで笑う総介。それを見た海斗は、自嘲する彼に向けて、真剣な眼差しで言った。

 

 

 

 

 

「………醜くあるもんか」

 

「………」

 

「誰だって、好きな人と一緒にいたいという気持ちはあるし、愛する人のそばにいたいという想いは存在するんだ。

 

 

それが、醜いはずがない。

 

 

総介、僕は……僕らはそんなのが霞むほどの『醜い人間』をたくさん見てきているだろう?そんな連中に比べれば、愛する人を独占したいと思う気持ちなんか、ちっとも醜くないよ。

君が三玖ちゃんの意思を尊重したいという気持ちも、独り占めしたいと思う心も、どっちもそれほどまで大切に思っているってことだよ。それは普通の、いや、何よりも綺麗で汚れのない、本当の意味で信頼し合っている恋愛関係だと思うよ?」

 

「………」

 

海斗の話に、総介は黙ったまま聞き入る。彼はまさか海斗が、こうも自分に熱く彼に語りかけるとは思わなかった。こうして彼に励まされるのも、いつぶりだろうか……少し過去を振り返って懐かしみながら、総介は少し笑う。すると、海斗がさらに言葉を続けた。

 

 

 

 

「ま、それもちゃんと限度というものがあるけどね。それを考えたら、今の君はギリギリセーフかな?」

 

「………ぬかしやがれ」

 

そう返した総介も、少しは本音を喋って重い荷が取れたように、楽で落ち着いた顔つきに戻った。気怠げな表情はあまり変わらないが。

 

「じゃあ質問を変えようか。もし彼女の方からダンスのお誘いがあったら、どうするんだい?」

 

「喜んで踊らさせていただきます」

 

「驚きの切り替えの早さだね……」

 

海斗の質問に間を置かずに即答する総介。もはや最初の方と言ってることがめちゃくちゃである。

 

「なら、テメェはどうなんだよ?どうせ一緒にダンス踊ってくれって女子どもの連中から誘われてんだろ?」

 

「ああ、既に36人から誘われてはいるけど、あまりそういうのは乗り気じゃないから、今のところは全員断っているよ」

 

「死ねクソリア充モンスターが」

 

ちゃっかりと総介の斜め上を行くリア充アピールをしてくる海斗に辟易しながらも、彼らはその後もいつものようにバカ話に花を咲かせて(いや咲いてねぇし、花咲いてんのコイツらの頭)、時の流れる屋上から見える空の下でダベりながら過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、海斗と階段で別れた総介は、帰りに風太郎のプチ勉強会に行ってる三玖のもとに足を運んでいた。もうすぐ勉強会も終わる頃だと予想して、出来れば途中まで一緒に帰れればなと、風太郎や他の4人の事は全く考えずに、恋人との下校デートの妄想をしながら図書室へと向かって歩いていると、廊下の途中で見慣れた男子生徒と遭遇した。というか風太郎だった。

 

「あっ……」

 

「お前何してんの?勉強会終わったのか?」

 

「あ、ああ。もしかしたら浅倉がいるかな〜って今から教室に行こうとしてたところだ」

 

そうイマイチ理由になってない風太郎の返答に疑問を持ちながら、総介は彼が後ろの方をチラッチラッとしきりに気にしていることに気付く。

 

 

 

 

 

 

「……何だ?後ろになんかあんのか?」

 

「あ、いや、そこは……」

 

どうも歯切れが悪い風太郎を無視して、総介は風太郎の後ろを覗いた。すると、そこにはショートヘアの女子が、教室の前に立っていた。そして窓後ろのドアの小窓から中を覗くと、1人の男子生徒がどうもよそよそしい感じで向き合っている。女子の方は教室の壁との境界で顔は確認できないが、男子の方は染めたオールバックの髪に眉毛の薄い厳つい顔にシャツ出しの格好と、いかにもチャラ男というかヤンキー風の男だった。そして総介は、もう1人のショートヘアの女子の後ろ姿に見覚えがあった。

 

 

(長女さんか?………だが……)

 

後ろ姿だけを見れば、三玖の姉の五つ子の長女『一花』だが、総介は彼女に強烈な違和感を覚えた。

 

 

 

 

 

(何だ………この気持ち悪い感覚っつーか……嫌な予感は……)

 

このシチュエーションは、おおかた告白の流れだろう。もしくは、キャンプファイヤーのダンスパートナーへと誘いの申し出だろうか。いずれにしても、男の方が女の方に好意を持っているのは間違いない。恐らく一花をここへ呼び出して、ここで自分の想いを告げるつもりだ。その事は総介にとってはどうでもいいことだ。たとえ三玖の姉だとしても、彼には興味の外の筈だ。

 

 

 

 

 

 

しかし、総介は今のこの状況を看過できなかった。それは何故か。今の彼には分からなかった。何故自分には関係無いはずの一花が告白されるというのに、こんなにも複雑な感情が湧いてくるのだろうか、もっと言えばこんなにも嫌に思えてくるのだろうか…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この直後、総介はその答えを知ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

「な……中野さん来てくれてありがとう」

 

ヤンキー風の男が口を開いた。その様子を、総介は後ろの小窓から確認する。

 

「あれ?えーっと……クラスのみんなは?」

 

「悪い、君に来てもらうために嘘ついた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その女子の声を聞いた瞬間、総介は自分の血が全て冷たくなる感覚がした。

 

 

 

 

 

 

(………三玖⁈………)

 

 

 

 

今の彼女の声で、彼は一発で分かった。

 

 

 

 

 

 

彼女は一花ではなく、恋人の三玖だということを……

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と一緒にキャンプファイヤーを踊ってください」

 

男が一花(三玖)にそう申し出る。

 

「え?私と?何で?」

 

 

 

 

 

 

「それは………好き……だからです」

 

 

 

 

 

 

 

男の告白を耳にした瞬間、総介は吐き気がするほどの強い嫌悪感に襲われた。変装しているとはいえ、三玖が告白されている状況に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれに激しく動揺する『自分自身』にも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………)

 

 

自分自身の動揺に、総介はまったくもって辟易してしまう。あの男は『一花』が好きで、本人だと思って告白したというのに、それが何かの理由で三玖が一花と入れ替わり、三玖が代わりに告白された。間違えて告白されただけで、これほどまでに心が揺れてしまうとは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………ガキだね、俺も……)

 

 

嫉妬というか、危機感というか……一瞬でそれに包まれた自分に呆れ果ててしまう。と、同時に、自分がどれほどまで三玖を独占したいというかということを思い知り、頭の中を自己嫌悪が覆い尽くしてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……束縛激しいな、俺……)

 

この程度の事で危機感を持ったら、この先どうすればいいのだと、総介は眉間にシワを寄せて自己嫌悪の沼に陥っていくのだった。

 

 

 

総介のその様子を見た風太郎も、焦りを露わにする。どうやら、総介が三玖が一花に変装していることに気付いたようだ。

 

(み、三玖……)

 

風太郎は後ろを振り返り、彼女を心配する。すると、しばらく黙ったままの三玖が、男に対して答えを返した。

 

 

 

「告白してくれてありがとう………

 

 

 

 

 

 

 

 

でもごめんなさい。大事なことだから、少し考えさせてくれないかな?」

 

「今答えが聞きたい!」

 

「えっ」

 

男が一花(三玖)に食い下がる。

 

(やめろおおお!今は引いてくれ!頼むから!浅倉の顔が凄いことになってるから!)

 

風太郎は心の中で、男に向かって絶叫する。目の前には眉間にシワを寄せた、物凄い形相をした総介がいる、これ以上三玖に食い下がろうものなら、総介は何をするか分からないと、風太郎もある意味での危機感を募らせた。

 

「ま、まだ悩んでるから……」

 

「ということは可能性があるんですね!」

 

「いやあ……」

 

まだ食い下がっては自分に都合よく解釈する男。それに一花(三玖)も動揺してしまう。と、ここで男が何かに気づいた。

 

「おっ?

 

 

 

 

 

 

 

 

中野さん、雰囲気変わりました?」

 

 

男が一花(三玖)に近づいていき、間近で顔を凝視する。この男……見かけによらず感は良い方のようだ。一花(三玖)はそれに固まってしまい、冷や汗を流す。

 

 

「髪………ん?なんだろ……」

 

 

 

マズイ。このままではバレてしまう……

 

 

「中野さんって、五つ子でしたよね……

 

 

 

 

 

………もしかして」

 

もうダメだと、一花(三玖)がたかを括ったその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一花、こんなところにいたのか」

 

 

「「!?」」

 

突然横から風太郎が現れた。彼はこのままいけばさらにややこしいことになるだろうと思い、事態を収集するために渦中へと飛び込むことにしたのだ。そんな彼の唐突の登場に、男と一花(三玖)、そして総介までも驚いた。

 

(………上杉……)

 

風太郎の行動に、総介は自己嫌悪のループから一旦抜け出した。下手をすれば自分に火の粉が飛んでくるかもしれないというのに、彼はそれを一身に引き受けることもやむなしと、一花(三玖)へと声をかけたのだ。

 

(………すまねぇ、上杉)

 

それを見て、総介は心の中で風太郎に礼を言った。タダでさえ彼には『大きな借り』があるというのに、これ以上借り作っちまってどうすんだと、総介は心を落ち着かせながらそう考えた。彼の行動が、自分を取り戻させてくれた。いつか、違う形で、必ず礼はする。だから………

 

 

(俺も出歯亀するとしますか、コノヤロー)

 

自己嫌悪に陥ってる場合では無い。今はまず、『三玖』に食い下がるあの男を何とかしなくては……総介も、この場に参戦する事を決めた。

すると既に、フータローと男の間で、少し小競り合いが起こっていた。

 

「お前の姉妹4人が呼んでたぞ。早く行ってやれ」

 

「ふ、フータロー……」

 

「何勝手に登場してんだコラ」

 

「誰だよお前コラ?気安く中野さんを下の名前で読んでんじゃねぇよコラ。お、俺も名前で呼んでいいのかコラ?」

 

何だか語尾みたいにコラコラ言ってるが、彼は決してアルコバレーノの赤ん坊の1人ではない。

 

「返事くらい待ってやれよ。少しは人の気持ち考えろ」

 

「フータローが言うと説得力ない……」

 

三玖が小さくツッコむ。この前にそのせいで五つ子の末っ子と仲違いしたのはどこの誰だったのだろうか。と、ここで……

 

 

 

 

 

「そうだぞ上杉。お前ついこないだ肉まん娘にさっき言ったような事したばっかじゃねーかよ」

 

「!?」

 

「!!ソ、ソースケ!!?」

 

「あ、浅倉……」

 

総介がここで参戦した。すると、一……いや、三玖は突然の恋人の登場に思わず名前を呼んでしまう。そして男の方も、黒パーカーを着た長身痩身のメガネな容姿をした総介の突然の登場に三玖と同じく驚きを見せるが、どうも様子がおかしい。

 

 

 

「お、お前は……あん時の!」

 

どうやら総介を知ってる様子のようだ。

 

「あ、浅倉、知り合いなのか?」

 

風太郎が総介に尋ねた。実をいうと、総介と男は、一年ほど前に面識があった。それは、男が総介と学校で人気の学食メニューを争った話だ。と言っても、総介がそれを頼んだ直後に、それが売り切れになって男が買えなかっただけなのだが……それに総介の見た目を見てイケると判断したのか、「テメェ割り込んだだろコラ」と難癖つけて絡んできた男を、当時ギラギラしてた頃(『刀』に所属していてバリバリ現役だった頃)の総介が男をあまりにもしつこくウザったいと思ったため、わざと挑発して一発顔を殴らせてから(頬にあざが出来ただけでビクともしなかったが)、カウンターで渾身の『鼻フックデストロイヤーファイナルドリーム』を喰らわせて、総介が一週間の停学処分(大門寺のコネで減刑、男はお咎め無しで手打ち)を受けたという、あまりにもくだらない話である………

 

男はあれから、総介に復讐しようと心に誓ったのだ。だが、探しても探しても、どこにいるのか見つからない。一花に恋をしてからもうそんな事どうでもいいくらい忘れかけていたときに、目の前に因縁の相手が現れたのだ。場は悪いが、今ここで復讐を果たさなければ、次はいつ会うかわからない。男は自分の力を誇示するため、彼にここで復讐しようと打って出た。

 

 

「よぉ、あん時以来だな、コラ。コイツと知り合いなのか知らねぇが、ここであん時の仮り、返させてもらうぞコラ」

 

そう言って両手の指をポキポキと鳴らす男。三玖、風太郎も合わせて、辺りに緊張が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……君、誰?」

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

「……え?」

 

 

 

総介は全く覚えていなかった。カケラも覚えていなかった。それどころか……

 

 

「あ……もしかして多串(おおぐし)君か?アララ、すっかり立派になっちゃって。何?まだあの金魚デカくなってんの?」

 

総介は男の肩に手を置いて、顎に指を添えて喋るが、男を何と間違えたのだろうか、よく分からない『多串君』の話をする。すると、男が総介の態度にキレたのか、肩に置いた手を払って大きな声で怒鳴り出した。

 

 

「お、俺は『前田』だコラ!間違えてんじゃねぇぞコラ!」

 

「名前も知らん奴のことなんかいちいち覚えてるかよ。あとお前はコロネロか?コラコラコラコラ、うっせーよさっきから。アレか、コラ画像漁んのが好きなのか?コラージュ大好き野郎ですかコノヤロー。んなもんはグラビアだけでやっとけ。ま、俺はああいうの嫌いだけど」

 

「お前何言ってんだコラ!意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇぞコラ!」

 

「お前他の誰かと間違えてんじゃねぇのか?知らんもんは知らんから、この話は終わりったことで。じゃな、多串君。じゃ、『長女さん』、遅れたら他の連中に心配されっから、とっとと行こうか。ほら、いくぞ上杉」

 

そう言って総介は三玖と風太郎を連れてこの場を去ろうとするが、男……『前田』がまだ食い下がる。しつこい。

 

「ま、待ちやがれ!まだ中野さんとの話が残ってんだろうがコラ!」

 

どこまでも一花(三玖)にこだわる前田に、総介は呆れてため息をついてしまう。

 

「はぁ……お前な、それは『この子』が『考えさせてほしい』って言ったんだ。好きな女の頼みも聞けねぇのか?え?」

 

「そ、それは、答えが今聞きたいだろうがコラ」

 

「そりゃテメーの都合だろうが。『この子』には『この子』の事情もあんだ。それを聞き入れずに無理やり迫るような真似しやがって……本気で好きなら、『長女さん』がちゃんと考えた答えを待ってやるもんが男ってもんだろうが。

 

 

 

 

それにな、本気で恋人同士になりてぇなら、キャンプファイヤーの言い伝えなんかんダシにしてんじゃねー。そんなくだらねぇもんにかこつけて彼女手に入れようと考える奴ぁ腹立つんだよ。

アレか?チキってんのか?イベントを利用しなきゃ好きな女にも告れないニワトリ君ですかコノヤロー。だったらテメーのそのトサカみてーな頭も納得だな。ホレ、『コケコッコー!』つってみ?」

 

「んだとコラァ!」

 

総介の物言いに、前田もブチ切れ寸前、まさに一触即発の状態だ。三玖と風太郎の2人が慌てて2人を止める。

 

「や、やめろ多串君!浅倉も!これ以上挑発するな!余計ややこしくなるから」

 

「だから前田だって言ってんだろコラァ!」

 

「そ、ソース……浅倉君も落ち着いて。悪口言っちゃダメ」

 

総介は三玖が止めたことで、喧嘩腰になりそうだった態度を落ち着かせるが、前田はそうはいかない。

 

「テメー何中野さんとイチャついてんだコラ!」

 

そりゃ恋人同士なんだからイチャつくわな……三玖、総介が来た時嬉しそうだったし……と、ここで、三玖が総介に小声で話しかける。

 

「(ソースケ、私に任せてほしい)」

 

「(………いいの?)」

 

「(うん、うまくやるから……)」

 

「(……わかった)」

 

そう三玖の言葉を信じた総介。三玖は前田へと振り返り、彼へと話しかける。

 

「………話を聞いてほしいの

 

 

 

 

 

 

 

多串君」

 

 

 

「いや中野さん、俺前田だってば……」

 

その前田の気の抜けたツッコミを無視して、一花(三玖)は話を続ける。

 

「私とダンスを踊りたいってことは、私と付き合いたいってことだよね?」

 

「……お、おう」

 

「……じゃあ、やっぱり今は答えられない。男の人と交際するのは、小さなことじゃ無いし、本当に信頼できる人でも、友達としての付き合いと恋愛感情は違うから……ちゃんと考えて、ちゃんと答えを出したい。それまで、待っててほしいの……」

 

「………」

 

「それに……まだここに転校して来て、少ししか経ってないし……『よっぽど信頼できるような人』がいない限りは、私は誰とも付き合うつもりは無いから……」

 

三玖はその言葉と同時に、総介の方に少し振り向いた。彼も、少し口を緩めて微笑む。すると、彼女の話を聞いた前田は何を勘違いしたのか、急に「くそーっ!」と叫び出した。

 

「林間学校までに彼女作りたかったってのに、結局このまま独り身かーっ!」

 

そう残念がる前田を、総介は「あーいるいる、こういうイベントまでに彼女作って一緒に楽しんで、あわよくばヤるところまで持って行こうとする奴な」と嫌味ったらしく毒づいて汚物を見るような目で見下すが、三玖は彼に気になったことを尋ねる。

 

「あの……私が今聞くことじゃないと思うんだけど

 

 

 

 

 

 

なんで好きな人に告白しようと思ったの?」

 

 

「……中野さんがそれを言うか?

 

 

 

 

そーだな、とどのつまり

 

 

 

 

 

 

 

相手を独り占めしたい

 

これに尽きる」

 

 

 

 

 

 

「……それは思う」

 

それに何故か総介が答えた。そのまま総介は話を続ける。

 

「テメーの言うように、好きな人を独り占めしたいってのは当然の感情だ。それは否定しねぇ。

 

 

 

 

でもな、それがテメーだけの感情かもしれねぇってことを忘れんな。相手がどう思ってんのか、それを考えた上で好きって想いをぶつけやがれ。さっきテメーは『考えさせてほしい』っていう『この子』の思いを無視して、自分が独り占めしたいって考えを最優先させた。んなもんで好きな人が振り向くわけねぇだろ。テストで言えば赤点も赤点だ。少しでも相手の考えを尊重できるようにしやがれ」

 

総介の話を黙ったまま聞く風太郎と三玖。すると、前田が総介を睨みながら口を開いた。

 

「……んだよ、テメェ分かったような口聞きやがって。まるでテメェが彼女いるみてぇにじゃねーかよ……」

 

そう吐き捨てた前田に、総介はとんでもない爆弾を投下した。

 

「そりゃ少なくともテメーよりは分かるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって俺の彼女、この『長女さん』の妹だもん」

 

 

 

「えっ!!?」

 

「なっ!!?」

 

 

三玖と風太郎が口を開けて絶句した。

 

そして

 

 

 

「え………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

今日1番の前田の絶叫が、校舎全体にこだまするのだった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

あの後、前田に色々と説明をして、ようやく下校することになった総介、三玖、風太郎の3人。三玖は既に一花の変装を解いており、首に彼女のトレードマークの青いヘッドホンをかけている。

 

下校する最中、総介が三玖へと声をかけた。

 

「いやほんと驚いたよ。どういうわけか、三玖が長女さんの変装して、男に告白されてんだもん。一瞬パニックになったまである」

 

「……ごめんね。一花が、『クラスの子に林間学校で決めてないことがある』って言ってたから、油断してた」

 

あの後、三玖と風太郎から大体の事情を聞いた。どうやら一花は撮影とクラスの子の呼び出し(実際は前田の告白)がバッティングしてしまい、三玖を代理として送ってあのような状況になったようだ。

 

「ややこしいことしてくれやがって。長女さんは今度『OSHIOKI(オシオキ)♡』が必要だな」

 

「あ、あはは、そうだね……」

(一花、ご愁傷様……)

 

不可抗力とはいえ、かなりややこしい事態にまで発展させた一花には後日、三玖からの説明とともに総介のきつ〜い『OSHIOKI(オシオキ)♡』が執行された。あまりにも酷く、羞恥に溢れたものだったため、この場では記載しないでおく。そのまた後日、一花(本物)が前田へと正式に断りの返事をしに行ったのは別の話……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとう、ソースケ」

 

3人で三玖は総介に礼を言った。すると、総介は少し考えて三玖の方を向き、こう答えた。

 

「……俺じゃないよ」

 

「え?」

 

総介が後ろを振り向く。そこには、2人の後に続いて歩く風太郎の姿があった。

 

「あの時、上杉が三玖に声をかけながら、俺はパニック状態のままから抜け出せなかった。あの時、上杉がにの一番に行動を起こしてくれたから、俺も続いて行けたんだ」

 

「……そうなんだ」

 

2人が立ち止まって風太郎を見つめる。それを等の本人は、前を歩くカップルにそう言われて、少し戸惑ってしまった。

 

「……ど、どうしたんだ?」

 

その少し困ったような声に、総介が頭をかきながら最初に答えた。

 

「上杉……一回しか言わねーぞ、ちゃんと聞きやがれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとな、三玖を助けようとしてくれて」

 

 

 

 

 

 

 

「……お、おう」

 

普段はミク以外に礼などほとんど言わない総介が、少し照れて目を逸らしながら感謝の意を示した。風太郎も、誰かに感謝をされるのも久々なので、それに釣られて頬を赤くしてしまう。

 

 

 

 

今BLタグ入れろとか言った奴、廊下に立ってなさい!

 

 

 

 

総介に続いて、三玖も風太郎に礼をする。

 

 

 

 

 

 

「私も、

 

 

 

 

 

ありがとう、フータロー。

 

 

 

 

 

 

あの時、私を助けてくれて」

 

 

「………お、おう」

 

 

 

三玖のニンマリと微笑んで礼を言う姿に、風太郎はますます顔が赤くなってしまう。

 

 

(や、やべ……浅倉が三玖に優しくする理由、少し分かった気がする)

 

風太郎は今の笑顔で、三玖の女としての魅力が、出会った時より格段に上がっていることを感じた。初恋を経験したからだろうか?恋人ができたからだろうか?

 

 

 

 

 

それとも、名実共に総介に『女』にしてもらったからだろうか?

まあそれを風太郎が理解するときは相手が現れるまで来ないんですが……

 

 

「さて、帰るか」

 

「うん」

 

そう2人が掛け合うと、総介と三玖は自然と手を近づけて繋いだ。遠慮なくガッチリと手を握りあいながら帰る2人を、風太郎は少し見惚れてしまう。

 

 

(………はっ!………お、俺は今、何を……)

 

 

一瞬、ほんの一瞬、思ってしまった。『恋人関係って、いいものだな』と。そして目の前にいる2人を、かつての自分と京都で出会った女の子(・・・・・・・・・・)と重ねてしまった。あの日、自分の初恋となった女の子……

 

(………会いたいな………)

 

総介と三玖の仲睦まじい様子を見てたら、そう思えてきてしまう。そして三玖を見てたら、その女の子を何故か思い浮かべてしまう。

 

(………まさかな……)

 

あり得ないことだなと、風太郎は首を振りながら、2人の数メートル後ろを歩き続けた。もう今の自分には無理なんだと、諦めをつけて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その女の子が少し前から、すぐそばにいることを未だ知らぬままに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、時は経ち林間学校前日、一つの事件が起きてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




総介とて決して万能ではありません。
嫉妬ぐらいしますし、三玖が告白されたら、焦りもします。
ただ彼の場合は、ほんの少し特殊です(これ以上は続きを乞うご期待)。
あと、総介×風太郎は無いっスよ(笑)



今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35.借りたモノは返せ

あ、危なかったぁ……




まあ原作は原作として、『嫁魂』世界の三玖は総介と幸せになりますんで無問題(モウマンタイ)です。
そういえば、随分前に『二乃の出番を増やしてほしい』というご要望を感想でいただいてたんですが………フフフフフフ(意味深)


時は流れて、林間学校を明日に控えた日の放課後。総介と三玖、さらには風太郎、二乃、四葉、五月の6人は、以前に総介と三玖がデートをしたショッピングモールへと足を運んでいた。

理由は、林間学校へ着ていく服や備品を買い揃えるためである。なお、既に買い物を終えているはずのこの場にカップル2人がいるのは、以前のデートで大体のものは揃えていたので、買い忘れたものを買うためについてきたのだ。

一花は……撮影じゃないスか?

そして、姉妹たちは私服に乏しい風太郎に似合う服を、彼に着せながら遊んで……もといコーディネートしていくのだった。

 

「上杉さんが林間学校に着ていく服を見繕いました。地味目なお顔なので、派手な服をチョイスしました」

 

「多分だけど、お前ふざけてるよな?」

 

のっけから風太郎に失礼なことを言う四葉。彼女が選んだ服は小さな子供が描いたような動物がたくさんプリントされた上着と、つばを後ろにかぶったキャップである。なんかこう………ガキ大将っぽい。

 

「フータローは和服が似合うと思ってたから、和のテイストを入れてみた」

 

「和そのものですけど!」

 

そんな三玖が選んだ服は、ご想像の通り、和服。完全に和服。圧倒的和服である………動き辛そう。そして三玖はかわいい。

 

「私は男の人の服がよくわからないので、男らしい服装を選ばせてもらいました」

 

「お前の男らしい像はどんなだ」

 

五月が選んだ服はドクロの描かれたノースリーブのインナーシャツに、パンク風のノースリーブのレザージャケットにレザーのパンツ、指出し手袋……なんかもう、これで頭をモヒカンにしたら某世紀末である。

「ヒャッハァァア!!五つ子だぜぇ!!」みたいな……んでお次は、

 

「もうコイツはこれでいいだろ。さっきゴミ捨て場に落ちてたのを切って作った。感謝しろ」

 

「オマエ、俺ノ服ヲ真面目二選ブ気ナイダロ?」

 

三玖がいるからという理由だけでついてきた総介は、ここまで来る途中に先程ゴミ捨て場に置いていた段ボールの山を切り取りくっつけて、段ボールのスーツ、段ボールのパンツ、ネクタイはその辺に落ちていた季節外れの七夕の短冊をチョイスした。……てかこれ、『銀魂』でマダオ………長谷川さんが着ていたヤツそのまんまである。

さて、最後は二乃なのだが………

 

「………」

 

「あ、二乃本気で選んでる」

 

「ガチだね」

 

「ホント空気読めよ。ラーメンばっかり食いやがってよぉ」

 

「誰が『ラーメン大好き小泉さん』よ!あんたたち真面目にやりなさいよ!」

 

唯一、ちゃんと服を選んだ彼女が浮いてしまい、皆から悪態をつかれる始末である。

とまぁ、そんなこんなで、風太郎は1人の男と4人の女にオモチャにされながら、買い物は進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁそんなこんなで(2回目)、風太郎で遊ぶのに飽きた一行は、真面目に買い物をして、次の店へと移動していた。

 

「ふー、買ったねー」

 

「三日分となると大量ですね」

 

「お前ら洋服に一万二万って……俺の服40着は買えるぞ」

 

「こんなの安い方よ」

 

「40ってお前、1着500円前後じゃねーかよ……(そういや海斗の服、あのコート確か1着で15万したっつってたな)」

 

総介がどっかの金持ち幼馴染を思い出していた時、三玖が風太郎に紙袋を渡した。中には先程皆で選んだ服が入っている。……いや、ちゃんと選んだヤツだからね。

 

「はい、フータロー。お金はいいから」

 

「……しかし……」

 

渡そうとする三玖に風太郎は難色を示すが、総介がそれに押しを入れる。

 

「受け取ってやれよ。流石に古着ばっかはクラスの奴らの前でカッコつかねぇだろ?」

 

「……すまん」

 

ひと言言って、風太郎は紙袋を受け取った。そんな周りの様子を見た四葉の言葉で、周りにいた5人がピタッと止まった。

 

「うーん、男の人と服を選んだり、一緒に買い物するって……

 

 

 

 

 

 

デートって感じですね!」

 

 

 

 

 

「………」

「………」

「………」

「女4対男2のコレがデートだったら、俺と上杉はどんだけ甲斐性なしなんだろうな?」

「……私は現在進行形でソースケとデートしてる」

 

流石に恋人同士の2人は、一瞬止まったものの、動揺することなく口を開いて再び歩き出す。これぞ風格!カップルの風格!!圧倒的カップル!!!

 

「………」

 

そんな2人の背中を、二乃は閉じた口の中で歯を噛みしめながら眉間に皺を寄せる。

 

「……これはただの買い物です」

 

異性に対して潔癖な五月も、四葉のデート発言をバッサリと切り捨てる。

 

「学生の間に交際だなんて不純です」

 

「悪かったな肉まん娘」

 

「五月は古風な考え方の子だから」

 

「な〜るほどね〜」

 

その交際している学生が目の前にいるというのに、ズバッと斬り込む五月だが、総介は意に介していないようで、三玖の補足に耳を貸す。

 

「あ、上杉さんみたいなこと言ってる」

 

先日風太郎が言ったことをまんまコピった発言に、四葉が反応するが、五月は無視して何故か風太郎に向かって迫って行く。

 

「一緒にしないでください。あくまで上杉君とは教師と生徒、一線を引いてしかるべきです」

 

「言われなくても引いてるわ!」

 

五月の言ってる事が正しいのなら、一線どころか、もうなんか色々な城壁を悠然と跨いでいった総介と三玖の関係はどうなってしまうのだろうか……

 

「「………」」

 

2人はジーっとジト目で五月を見るが、彼女はややこしい事態は避けたいのか、プイッと目を逸らし、見て見ぬ振りをしてその場をやり過ごす。

 

「ほら、そんなヤツほっといて、残りの買い物済ますわよ」

 

そんな時に二乃が、五月へと声をかけた。

 

「……そうですね。あなたはここで待っていてください」

 

「……は?」

 

そう言い残して、その場を去ろうとする二乃と五月。だが何故か、風太郎は2人の後と追おうとする。

 

「なんでだよ」

 

「いいから待ってなさい!」

 

「そうはいくか、俺の服を勝手に選ばれたんだ。お前らの服も選ばせてもら……」

 

 

 

 

 

 

 

「下着!」

 

「買うんです!」

 

「……待ってまーす」

 

しつこく追いかけてこようとする風太郎を2人は振り向いてひと言で止めた。

 

「デリカシーの無い男ってほんとサイテー!」

 

全くだ。そんなのは五月が待っていろと言った時点で少しぐらい察して欲しいものである。二乃の言う通り、風太郎は本当にデリカシーの無い男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら〜ほどほどにエロくないパンツ買えよ〜」

 

「地獄に落ちろクソ陰キャ!!!!!」

 

「変態!!!最低です!!!」

 

 

 

 

……もっとデリカシー無い奴がいた。

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

2人の姿が見えなくなったところで、総介と三玖は別方向へと向いて歩き出す。

 

「んじゃ、俺と三玖も、そこら辺ブラブラしてから帰るわ」

 

「はーい」

 

「四葉、フータローをよろしくね」

 

「まかせて!」

 

「俺は子供扱いかよ」

 

少し会話を交わしてから、総介と三玖は手を繋ぎ合って、その場を去っていった。……このカップル、だんだんと自重しなくなってきている……

そしてこの場に残されたのは、風太郎と四葉の2人きりとなった。

 

「はー……じゃあ、俺も帰る」

 

「上杉さん!」

 

四葉に背中を向けて、ため息をつきながら帰路につこうとする風太郎を、四葉が名前を呼んで止めた。

 

「明日が楽しみでもしっかり寝るんですよ」

 

「言われなくても寝るよ」

 

「しおりは一通り読みましたか?」

 

「読んでねーよ」

 

「サボらずに来てくださいね」

 

「あーわかったわかった」

 

 

 

 

 

「うん偉い!最高の思い出を作りましょうね!」

 

小学生の親子のようなやりとりをした後に、四葉は満面の笑みで風太郎に言った。そんな時に、風太郎の携帯から電話の着信音がする。それをポケットから取り出して、耳へと当てる。

 

 

「はい、上杉です…………え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

らいはが……?」

 

物事はいつも上手くはいかない。五つ子の家庭教師を始めてから風太郎は、それを嫌というほど味わってきた。そしてまた、それを再び味わうこととなる………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、風太郎、四葉と別れ、2人で軽いショッピングを楽しんだ総介と三玖は、一足先にショッピングモールを後にし、仲睦まじく指を交互に絡ませて手を繋ぎながら帰路についていた。残してきた2人の事情を知る由もないバカップル2人は、明日から始まる林間学校の話をしながら、三玖の自宅へと総介が送っていく形となっていた。

 

「……明日だね、林間学校」

 

「うん、そうだね」

 

「あまり、ソースケに会えなくなっちゃうの、寂しい……」

 

林間学校は普段とは違い、クラスや班で行動することとなり、拘束される時間の方が多い。2人はクラスが違う分、余計に疎遠になってしまうのは自然と見えて来る。唯一許された自由時間も、クラスメイトの好奇の目や、先生達の監視がある分、どうも長い時間話をするのは難しいだろう。

そのことを改めて感じた三玖は、自然と握り合うての力を強めてしまう。総介も、少し斜め下を向いて俯く彼女の思いを察し、歩きながら話を進めた。

 

「そんなことないよ。自由時間に2人きりの場所を探して会えばいいし、実習の時もなにかと動いたりするから、その時に三玖に会いにいくよ」

 

「……うん、ありがとう」

 

優しくフォローしてくれる総介に、三玖は顔を赤くしながらお礼を言う。この男、さっきまで三玖の姉妹にセクハラしてた時とは大違いである。まぁ今に始まったことじゃないんだけれども……

 

「……ねぇ、ソースケ」

 

「どうしたの?」

 

三玖は顔を上げて、頬を赤く染めて総介を見ながら、先日話題になったことの話をした。

 

「さ、最後の日の、キャンプファイヤーのダンス……私と、踊ってほしいの」

 

ドキドキしながら、三玖はその願いを口にする。四葉に言われた時は、そんなに気にはしていなかったが、多串君(前田)との一件から、三玖はキャンプファイヤーのことを考えるようになった。

もし最後に一緒に踊っていれば、その後一生を添い遂げられる。

 

 

でももし、総介に別の踊る人がいたなら……

 

まぁ三玖大好きな総介が別の女子とペアになるなんてあり得ない話なのだが、一応万が一のこともあると、三玖の中に一抹の不安が残っていた。

 

「……三玖はあの言い伝え、信じてるの?」

 

「……分からない……でも、2人が結ばれるのが本当なら……私は、ソースケと踊りたい、から……」

 

三玖は今の気持ちを、総介に正直に伝えた。すると、総介が小さくため息をついてから、話し始める。

 

「はぁ……俺は正直、あんな噂は信じてない」

 

「え……?」

 

「たかがダンスひとつでその後の人生決められるとか、アホらしくて仕方ないからね。もしそれで結ばれても、結局あのダンスのおかげってなるのは、俺はちょっと後味悪いかな」

 

「……そう」

 

三玖は下を向いて、なんとも言えない複雑な表情となってしまう。せっかく勇気を振り絞って言ったというのに、アホらしいの一言で片付けられてはそれは落ち込んでしまうものだ。たかが言い伝えでも、恋する乙女からしたら、一回ポッキリの、好きな人とのかけがえの無い時間なのである。それを恋人に冷たく跳ね返された……

 

 

 

いつの間にか、強く握っていた手の力が抜けていく。

 

 

 

それが離れようとしたその時、総介はしばしの沈黙の後、三玖の俯く頭を少し見て、言葉を続けた。

 

「……三玖、聞いてほしい」

 

「……何?」

 

少し、いやかなり不機嫌な返事が、三玖から返ってくる。総介にとっては想定内である。彼は歩みをとめ、三玖と手を繋ぎあいながら向かい合う。いつの間にか2人は、五つ子の住むタワーマンションである『PENTAGON(ペンタゴン)』の前に到着していた。

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺はそんな言い伝えを理由にして、三玖と踊りはしない」

 

「……え?」

 

その言葉は、三玖にとっては非情な宣告のように聞こえた。目の前がブラックアウトしかけるが、総介はそのまま言葉を続ける。

 

「俺が三玖を好きになったのは、俺自身の意思だ。もし、万が一他の女と踊ったとしても、俺は三玖への想いは変わらないし、その女が言い寄ってきても、それに応えるつもりは毛頭ない」

 

「……ソースケ…?」

 

 

 

 

 

 

 

「三玖、君がその言い伝えを信じたい気持ちも、分かるよ

 

 

 

 

 

でも俺は、そんな言い伝えひとつで揺らいだりなんかはしない

 

 

 

 

 

 

俺が好きなのは………愛してるのは、三玖だけだから

 

 

 

 

 

 

そう、俺自身が決めたから

 

 

 

 

 

 

 

 

君が願い続ける限りは、君を愛し続けると

 

 

 

 

 

 

 

俺の魂に誓ったんだから

 

 

 

 

 

 

 

そんなどこの誰が作ったかも知らんくだらん伝説で、俺の魂は折れやしない

 

 

 

 

 

 

だから俺は、どんなことがあっても、三玖以外を好きになることなんてないよ

 

 

 

 

 

 

 

 

安心して

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が三玖のそばにいたいと思う限り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖が俺にいてほしいって想う限り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな言い伝えに頼らなくても、俺は君のそばにいるから」

 

 

ね?と、話を区切って、総介は三玖を引き寄せ、胸の中へとすっぽりと収めた。三玖も、自分に真剣な眼差しでそう言ってくれた彼がとてつもなく愛おしく、彼の自分へと愛に胸が一杯になり、顔を赤くさせて全てを受け入れる。他の人間が聞けば、総介の言ったことはイタいセリフに聞こえるだろう。だがそれでも、三玖にとっては自分への不動の愛を誓ってくれる、愛する人の言葉なのだ。嬉しくないはずがない。

 

「……ソースケ……」

 

「……俺は、伝説とかそんなの関係なく、三玖と踊りたい。ただ単純に、好きな人と踊りたい。でも、三玖がどうしても他の人と踊りたいって言うなら、俺は引くけど」

 

「そ、そんなことない!」

 

総介の胸に顔を埋めていた三玖が、上を向いてブンブンと首を横に振る。

 

「私は、ソースケと踊りたい。ソースケじゃなきゃやだ」

 

「三玖……」

 

「ソースケは私に、大事なものたくさんをくれたから。勉強も、一緒の時間も、料理も、愛も……だから、何も関わって無いような他の人と踊るのなんて考えてない……その、伝説が理由じゃなくても、私はソースケと……一緒に過ごしたいの……たった一回の、林間学校だから……」

 

「………三玖」

 

「きゃっ」

 

三玖は自分が言える言葉で、総介に伝えたいことを精一杯伝える。無論、それが届かない訳がなく、総介はもう一度、三玖を力一杯抱きしめた。その際、三玖は驚きの声を発するが、あまり気にせずに総介の背中に手を回す。

 

 

「……ありがとう。すごく嬉しいよ」

 

「……うん。私も、嬉しい……」

 

片方の手を三玖の頭へと置いて、優しく撫でる。柔らかい髪の間を指が通る感触が、このままずっと撫でていたいと思わせるほどに、総介に癒しをもたらし、三玖も、頭を撫でられる感覚がとても心地良く、いつまでも愛する人の胸元で抱きしめられていたいと願うほどに、安らぎを与えてくれる。

しかし、冬も近い季節の風がその場を通り過ぎたことで、2人は寒気を感じとり、マンションの中へと入ることにした。

 

「エントランスまで見送るよ」

 

「うん、ありがとう」

 

……何気ない会話で、こんなに幸せになれるのは、自分の心の内の全てを、この人にさらけ出せたからかもしれない。自分の好きなものを褒めてくれて、自分に勉強をたくさん教えてくれて、成績も上げてくれて、5人の中から瞬く間に自分を見つけてくれて、身を投げ出して悪い人達から守ってくれて、自分の嫌いな部分を優しく包み込んで受け入れてくれた。

 

 

 

 

 

私は今、生きている中で、ソースケより好きな人に会えるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、考えるだけ無駄だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

答えはもうわかっている

 

 

 

 

 

 

 

そんな人は、永遠に現れない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がこの世界の中でこんなにも愛したのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私を『中野三玖』として見てくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『浅倉総介』ただ一人なのだから……

 

 

 

「ここでいいよ」

 

「……そっか」

 

「ありがとう、ソースケ」

 

エントランスのオートロックの前まで到着した2人は、本日はここでお別れとなる。カードキーを通して、スライドしたドアを通るその前に、三玖は総介の方へと振り向いて、目を閉じた。総介も、もはやいつものことのように、下に屈みながら、身長差を埋めて、顔を近づけていく。やがて、2人の唇の距離は0となり、触れるだけの口づけを数秒交わした後、ドアが閉まる前に通過して、最後の挨拶を交わした。

 

「またね、ソースケ」

 

「またね、三玖」

 

その言葉の直後に、ドアが閉じ、総介は三玖の姿が見えなくなったところで、振り向いて自宅への道を歩き始めた。

 

 

「……林間学校か……何もなきゃいいが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やべ、フラグ立てちった」

 

そんな総介の心配はもう遅く、フラグはその発言の前に既に立っていた。そんなこと、今の彼には知るはずもないことだ。とりあえず、彼にはこの言葉を贈ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介爆発しろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

林間学校当日の朝。

 

 

生徒たちが出発するバスの前で待機する中、総介も例外ではない。彼は海斗と共にバスの出発時間を待っていた。

 

「ふぁ〜、とっとと出ねーかな〜。もう待ちくたびれちまったぜコノヤロー」

 

「あと10分ほどで出るみたいだね。そうなれば、バスの中で寝放題だよ」

 

「てか、もう中入っても良くね?中で待たせてくれよ」

 

「そう思うんだけどね………ん?」

 

何気ないいつもの会話をしていた2人だったが、ここで海斗が、別の方向を見て、再び総介へと顔を向けた。

 

「……総介、どうやら君の退屈な時間は無くなったみたいだ」

 

「あ?何でだよ?」

 

ほら、と海斗が指さした方向を見ると、そこにはこのバスの前にいるはずの無い人物がいたからだ。それは………

 

 

 

 

 

「……浅倉君」

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

一方、風太郎はというと、前日に体調を崩した妹のらいはの看病をしたまま、自宅でバスの出発時間を迎えていた。そこに急いで帰ってきた父『勇也』が、看病を継いて、風太郎を林間学校へ行かせようとするが、彼は諦めてしまったのか、虚な目で答えるしかなかった。

 

「一生に一度のイベントだ。今から行っても遅くないんじゃないか?」

 

「……バスも無いし、別に大丈夫だ」

 

もうどうでもいいかと、思ったその時だった。

 

「あー!!お腹空いた!」

 

らいはが、元気な姿で飛び起きたのだ。

 

 

ピィー!ピィー!

 

「え…らいは?……熱は?」

 

「治った!」

 

ピィー!ピィー!ピィー!

 

「なんでお兄ちゃんまだいるの?ほら早く行った」

 

「お前!俺の気遣いを返せ!!」

 

らいはは風太郎の背中を押す。

 

ピィ、ピィ、ピ・ピ・ピ!ピ・ピ・ピ・ピ・ピィピィー!!

 

「うるせぇなさっきからピィーピィーピィーピィー!ちょっと注意してくる!」

 

勇也は外へと出て行き、先ほどからするクラクションの音を注意しにいく。

 

その途中でも、らいはは気にせずに兄を林間学校へ行かそうとする。

 

「お兄ちゃん、ありがとう!私はもう大丈夫だから、林間学校行ってきて」

 

「だから、バスが……」

 

もう行ってしまったバスを今更戻してもらうわけにはいかないと、考えていたところで、勇也が戻ってきた。

 

「おい、風太郎、お前に客だぞ」

 

「客?」

 

「外出てみろ」

 

勇也の言葉に、風太郎は外へと向かって客とやらを確認しにいく。それにらいはもトコトコとついて行った。

 

玄関を開けて、彼は自分の視界に飛び込んできたものに、目を疑った。

 

 

 

「なっ!お前!?」

 

そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうも〜、万事屋銀ちゃんで〜す」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀色の『ベスパ』に跨ってヘルメットを被った総介がいたからだ。

 

「あ、浅倉!?何で、お前……」

 

「あ〜!!『あさくらさん』だ〜!」

 

風太郎はここにいる彼に呆気にとられるが、後ろからヒョコッと姿を見せたらいはが、総介を指差して彼がいることを喜ぶ。

 

「ようらいはちゃん。元気か?」

 

「はい!昨日寝込んでたけど、もう元気です!」

 

「……なるほど、妹の看病でずっと家にいたっつーわけか。シスコンは腐ってもシスコンだなぁオイ?」

 

「いや意味わかんねぇよ……ていうか、何でここに……バスは?」

 

「バスならもう行った」

 

「……じゃあ何で」

 

風太郎はどうして総介がここにいるのか、気になってしゃあないようだ。それをきかれた総介は、肩をすくめながらここに来た理由を説明する。

 

 

 

 

 

 

「……まぁ言うとアレだ、どっかの肉まん娘のお節介の結果だよ」

 

「い、五月が?!」

 

そこから総介は、ここまで来た経緯を簡潔に説明し始めた。まぁ読者の皆さんには時間を戻して一部始終をご覧いただこう。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「……上杉が来てない?」

 

「はい……連絡もまだ……」

 

「……それで、俺にどうしろってんだよ……?」

 

「……お願いです!上杉君を迎えにいくのを、手伝ってくれないでしょうか?」

 

総介の前に現れた五月は、状況の説明をして、総介に頭を下げて頼み込んだ。総介はしばらく黙り込んだ後、頭を下げたままの五月に向かって

尋ねる。

 

「………それはお前からの『依頼』って事でいいんだな?」

 

「……はい。そう思ってもらって構いません。ですからry」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やだよ、めんどくせぇ」

 

「……え?」

 

総介の発言に、五月は信じられないような顔をして、頭を上げた。

 

「なん……で?」

 

「今更迎えに行ったって、めちゃくちゃ手順かかんじゃねーか。そんなしんどい依頼頼んでこられても、俺ァごめんだね。つか、早く寝てーし」

 

「………」

 

「……そんな……」

 

総介が五月の依頼を冷たく断るのを、彼の後ろにいた海斗は黙って聞いている。そして五月は、自分が風太郎のために頭を下げてまで頼み込んだことを死んだ魚の目のままあっさりと断る彼を見て、怒りと軽蔑のような感情が湧いてきた。

 

「そんなに……他人に興味が無いんですか?」

 

「ああ無いな。どこで不幸に会おうが、どこでのたれ死のうが、俺には関係ねぇ。どうぞ好きにしてくれっての」

 

「……そんなに、三玖だけが大事なんですか?」

 

「ああ大事だね。それ以外はどうでもいい。言っとくが、お前らもそうだ。三玖以外のお前ら姉妹は、俺にとっちゃただの教師と生徒、一線を引いてしかるべきだ。そうだろ?」

 

「っっっ!!!!」

 

昨日、自分が風太郎に言った言葉をそのまんまの形で自分に返された。屈辱以外のなにものでもない。五月はもうあらゆる感情が交錯して、涙が出てきてしまった。今目の前にいる男に、この上なく怒りが湧いてきたからだ。

 

「あなたは……」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは人間じゃありません!鬼です!悪魔です!!人の気持ちを知ろうとせずに踏みにじる化け物です!!!」

 

息を荒げてしまうほどの声量で大きく叫んだことにより、周りにいた生徒が五月達の方を向く。それを総介は、知ったことかと全く気にせずに、口を開く。

 

「……分かってんじゃねーか」

 

「……」

 

「……けどな、肉まん娘……お前はまだ知らねーみてぇだな」

 

「……何がですか?」

 

軽蔑の眼差しを総介に向けたまま、五月は総介に問いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼だろうが、化け物だろうが、どんな生き物でもな、『借り』はぜってー返さなきゃいけねーんだよ」

 

「……?」

 

総介の言っていることを、五月はイマイチ理解できていない。しかし

総介の後ろにいる海斗は、今の発言ですべてを察したようで、口元に笑みを浮かべる。

 

「お前の依頼なんざ知ったこっちゃねー。いくら頼んでこようが、めんどくせぇから、やるわけねーのは変わらねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

けどな、それがデカイ借りを作っちまった相手なら、話は別だ。

 

オイ肉まん娘。お前さん上杉の住所知ってんだろ?」

 

「……は、はい」

 

「今すぐ教えろ。それと、お前も頼みにきたってこたぁ、お前も遅れる覚悟があるってことだよな?」

 

「………はい」

 

五月の答えに、総介は笑って返した。

 

「上出来だ。車の用意頼むぜ。俺ァ上杉を迎えに行ってくる」

 

「!!そ、それじゃあ!!」

 

「上杉を今から迎えにいく。言っとくが、お前の依頼じゃねーぞ。ヤローのために動くのはあくまで俺の個人的感情だ。そこんとこ間違えんなよ?」

 

「か、構いません!住所は……」

 

五月が総介に風太郎の住所を教えている間、海斗は総介を見ながらこう思っていた。

 

(どんなツンデレだよ)と……

 

風太郎の現状を聞いた時点で、海斗は総介が彼の元へ行くと確信していた。彼はなんだかんだで面倒見が良い、『断わらない理由』を探す男だからだ。最初は少し心配したが、結局は彼の嫌いなツンデレで事を済ますとは、なんという皮肉だろうか……

 

と、五月から住所を聞き終わったのか、総介は海斗の方へと向かってきた。

 

「すまんな、ちょっくら上杉迎えに行ってくるらぁ」

 

「……わかった。先生には伝えておくよ」

 

「サンキュ。あとは頼んだぜ、相棒」

 

「まかせろ、相棒」

 

2人は拳をコツンと合わせて、逆の方へと向かっていく。そうして総介は、最低限の荷物を持ったまま一旦帰宅して、愛車である銀色の『ベスパ』に乗って、五月から教えてもらった住所へと、愛車を走らせるのだった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「………てな訳だ、ほら、とっとと行くぞ」

 

「………浅倉、俺、お前に何も」

 

簡単に説明した総介は、風太郎に後ろに乗るように催促するが、風太郎は貸しを作った覚えはないと言いたいのだろうか、未だ渋っている。

 

「……貸したさ。テメーは、俺にデケーもんをな」

 

「……それって、一体……」

 

風太郎が聞いた瞬間、少し強めの風が、2人の間を突き抜ける。それと同時に、総介は彼に向かって、借りたものを伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上杉………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前がもしあん時、『助っ人』を頼んでくれなかったら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今、三玖と恋人になってねーんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前が来てくれたから、俺は三玖とまた会うことが出来た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけの話さ」

 

 

 

「…浅倉……」

 

「ほら、説明したんだ、行くぞ。『みんな』待ってる」

 

「え?」

 

総介の発言に疑問を覚えた風太郎だが、直後に予備のヘルメットを渡されて、強制的に後ろに乗せられる。

 

「んじゃ、上杉借りてくな。3日後に返すからよ」

 

「はーい!いってらっしゃーい!!」

 

らいはに軽く挨拶をしてから、総介はエンジンをブンブン言わせて走り出した。

 

「つかまってろ。飛ばすぞ」

 

「は?ちょっまっ!?」

 

そう言って、法定速度ギリギリ、時にはちゃっかりオーバーしてる時もあったりな感じで、総介が『ベスパ』を走らせた先は、姉妹の住むマンションの『PENTAGON』だった。そこに到着した総介と風太郎。

ベスパから降りた風太郎を待っていたのは……

 

 

 

 

「ソースケ!フータロー!」

 

「おそよー」

 

「上杉さん!浅倉さん!こっちこっち」

 

「ったく、何してんのよ」

 

「急いでください、もうすぐ出発します」

 

 

その光景を見た風太郎は、絶句してしまう。そんな彼に総介がこの状況の補足を入れる。

 

「……まさか全員残るとは俺も思わなかったわ。あの黒リボンも、みんな残るならって言って行かなかったみてぇだけどな」

 

「……五月……」

 

風太郎は、この状況を作ったうちの1人の五月に声をかけてる。

 

「……肝試しの実行委員ですが、暗い場所に一人で待機するなんてこと、私にはできません。

 

 

 

 

 

 

オバケ怖いですから、あなたがやってください」

 

どう見てもツンデレのテンプレです。本当にありがとうございました。

 

(本当は試験で上杉に迷惑かけた罪滅ぼしのくせに……)

 

総介はそう心の中で思いながらも、めんどくさいので言うことはしなかった。そのまま『ベスパ』を手で押して、四葉に止める場所を尋ねた。

 

「これ、どこ止めりゃいい?」

 

「あっちに来客用の駐車スペースがありますから、そこを使ってください!」

 

「うい〜」

 

「……ソースケ、今度私も、乗せて欲しい」

 

「うん、いいよ。運転は流石に駄目だけど、後ろならいつでも乗せるから、また言ってね」

 

「うん。……やった」

 

三玖は小さく両手でガッツポーズをする。かわいい。

 

「にしても浅倉君、バイクの免許持ってたんだね〜」

 

「原チャだけだけどな。夏休みにとった」

 

そんな会話を姉妹と交わしながら、総介は愛車を駐車スペースに駐めに行った。一連の様子を見た風太郎は、少し安心して、首を回しながら呟いた。

 

「……仕方ない、行くとするか」

(……ありがとな、浅倉、五月)

 

心の中で、いつか本人に言うつもりも含めて、礼を言う。すると、生徒手帳を落としてしまったようで、二乃がそれを拾った。

 

「……もう、見られたくない写真が入ってるなら慎重に扱いなさいよ」

 

「あ、悪い」

 

二乃は手帳を開き、挟んであった写真に写るクソガ……もとい金髪の少年を見つめる。

 

「いつ見てもタイプの顔だわ。親戚って言ってたけど、いつ撮ったの?」

 

「えっと、5年前……かな……」

 

「ふーん、5年前ね……やっぱりこの子……

 

 

 

どこかで見たような……」

 

『中野二乃』は知らない。そのタイプの少年が、目の前にいることを……そして、そんなことがどうでもよくなる『とんでもない出逢い』が、この林間学校で待っていることを……

 

 

 

 

 

「三玖、キャンプファイヤーは浅倉君と踊るの?」

 

「うん、昨日、ソースケと約束したから……」

 

「んふふ〜♪青春してるね〜。羨ましいぞ、コノコノ〜♪」

 

一花が三玖を肘でつっつく。

 

「……もう、一花、それ以上言うとまた総介にお仕置きされるよ?」

 

「さーて、じゃあ私は先に車に乗るかな〜」

 

「……逃げた」

 

『中野三玖』は愛する人を待つ。彼と共に過ごす最初で最後の林間学校、一つも無駄にしたくはない。彼との最高の思い出を作りたいと、切に願う。そしてあわよくば隙を見つけてイチャイチャしたいと、欲望も湧いて出てくる。総介爆発しろ………

 

「……いいなぁ」

 

『中野一花』は妹を羨む。初恋の願いを叶え、まさに『青春』を謳歌する妹。そんな彼女が、この上なく羨ましい。嫉妬ではなく、あのように自分もなりたいと言う、憧れを抱いて、今日も彼女は『女優』であり続ける……

 

「おまた〜」

 

「あ!浅倉さん!どうぞ、乗ってください」

 

「おう、サンキュー」

 

総介が車に乗り、これで全員車へと乗った。助手席には三玖、中部座席には正面から見て左から二乃、四葉、総介。後部座席には左から風太郎、五月、一花、の順番である。

 

(……先の試験で指導してくれる人の必要性は感じました。浅倉君から言われたように、私一人じゃ何も出来ないことを思い知らされました。

 

ですが上杉君、あなたは私の理想とする教師像からかけはなれすぎている……

 

上杉君、あなたの家庭教師としての覚悟、この林間学校で確かめさせていただきます。

 

浅倉君は……怖いのでいいです)

 

『中野五月』は見極める。彼が自分の理想の『教師』としての資格があるかどうか……そして怯える。もう一人の助っ人の、底の知れない人間性に……『母』という理想を追い求めながら……

 

「ようこそ上杉さん。どうですか、乗り心地は?」

 

「ああ、ふわっふわだ!」

 

風太郎はシートの感触を堪能しているようだ。

 

「浅倉さんはどうですか?」

 

「隣がお前じゃなくて三玖だったらよかったのに」

 

「ガーン!ヒドイです!」

 

そう落ち込みながらも、すぐに元気を取り戻し、決意を新たにする。

 

(私がこの三日間を、上杉さんの思い出の1ページにしてみせます!)

 

『中野四葉』はどこまでも『彼』を想い続ける。家庭教師としての『彼』、5年前、京都で会った時の『彼』。どちらも同じ男だが、それを隠して、自分の想いも隠して、ただただ『彼』のために尽くすことを誓うのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは……

 

 

 

 

 

 

 

 

しゅっぱーつ!」

 

 

 

 

 

 

かくして、男2人と女5人(うちカップル1組)の、遅れて走り出した林間学校の幕が、今ここに上がり、激動の林間学校編が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!ジャンプ持ってくんの忘れた!」

 

「それなら、私が持ってる。今週号」

 

「うおー、ありがとう三玖!大好きだ!」

 

「だ、大好き……/////」

 

「あんたらのっけからイチャイチャすんな!ってかこの小説の原作、マガジン連載よ!そんなにジャンプネタ出しまくってていいの!?」

 

「いいんじゃね?土方もジャンプ連載中にマガジン読んでたし」

 

 

 

………終われ

 

 

 

 

 

 




『彼女』が選ばれる事は大体予想してました。
これで色々と設定を変更せずにすみました(安堵)。
これで風太郎が「ごめん、お前じゃないんだ」って言いに来ただけならもうアレだ、今度この作品中で裁判を起こしたいと思います(笑)
まぁ万が一の場合の予備プランもちゃんと用意してますが……

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださりありがとうございました!
ついに林間学校が始まります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36.旅行でテンション上がって調子乗ってるやつって大体財布とかなくす

今回の話から4巻に突入します!いやぁ、3巻の分長かった〜(19.から35.の17話)。



4巻表紙の三玖、めっちゃかわいいです………。


「『五つ子ゲーム』!」

 

「「「「「「イエーイ!」」」」」」

 

説明しましょう!『五つ子ゲーム』とは、隠した手から伸びる指を当てるゲームで、

一花=親指

二乃=人差し指

三玖=中指

四葉=薬指

五月=小指

です。by四葉

 

と、車中で移動に暇を持て余した中野家の五つ子と、その家庭教師と助っ人は、学生らしく皆んなでできるゲームに興じていた。何ゲームか行い、現在の親は二乃。彼女の左手で覆われて隠された右手から指が一本伸びているが、どの指かは分からない。それに、他の皆が答えていく。

 

「二乃」

「三玖かな」

「四葉!」

「二乃です」

「お前」

 

あ、最後の総介ね。しかもジャンプ読んでるから完全にテキトーに答えたっていうね……

 

「………」

 

風太郎はしばらく迷い、やがて二乃の指に手を伸ばす。

 

「ちょっと!触るの禁止!つーか触んな!」

 

指の感触で確かめようとしたのだろうか……てか、一歩間違えたらセクハラである。

 

「くっ……二乃だっ!」

 

こうなったら感で当てるしかないと、風太郎は目をくわっ!っとさせて回答した。

 

 

 

果たして正解は………

 

 

 

 

「…………残念、三玖でした」

 

「なぜ裏返ってる?」

 

二乃が正解を見せたが、何故か手の甲が外側を向いており、完全に『FU○K!』のポーズをしてるようにしか見えない。

 

「ざーんねーんだったわねぇ〜」

 

「………」

 

二乃はさらに、隣にいた四葉を越えて、総介の目の前までその中指を持っていったのだが、総介にはまるでどこ吹く風であり、全くそちらを向こうともしない。

 

と、総介はジャンプを閉じて、二乃の中指の方を見てから、右手で二乃の中指を掴もうとする。

 

「ち、ちょっと!何しようとしてんのよ!?」

 

二乃は慌てて手を引っ込め、あえなく総介に中指を掴まれる事態を避けた。

 

「いや、もうその指使ったんだから、次に回ってくる時に使えないようにへし折ってやろうかと」

 

「物騒過ぎるわ!たかがゲームで指犠牲にする奴がどこいんのよ!」

 

総介と二乃がギャースカ言い争いをしている中、風太郎が大きな声を出して次に進もうとする。

 

「くそー!!次、俺な!」

 

「やけにハイテンションですね」

 

普段より高いテンションに、隣に座る五月が突っ込む。

 

「お前たちの家を除けば、外泊なんて小学生以来だ

 

 

 

もう誰も俺を止められないぜ!」

 

一体何を止めろというのか分からないが、風太郎の高いテンションとは裏腹に、車内の空気は若干重かった。というのも……

 

「………」

 

「………まぁ

 

 

 

 

 

 

 

もう一時間以上足止め食らってるんですけどね」

 

外は一面、猛吹雪の世界が広がり、渋滞が起こって車が動かない状況になっていたのだ………

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「おおっ!なかなかいい部屋だな!」

 

場所は変わり、とある温泉旅館。中野家五姉妹と男2人の七人は、林間学校の宿泊地には時間までには辿り着けないと判断して、1番近くの温泉旅館に泊まることにした。

 

「でも、四人部屋ですよ?」

 

「ねぇ、本当にこの旅館に泊まるの?」

 

二乃には一つ心配なことがあった。

 

「こいつらと同じ部屋なんて絶対嫌!」

 

二乃は風太郎、総介と一緒の部屋で寝るのを、断固拒否した。しかし……

「団体のお客さんが急に入ったとかで一部屋しか空いてなかったんだもん、仕方ないよ」

 

キーキー喚く二乃を四葉が沈めるが、二乃は眉間にシワを寄せたままであり、受け入れようとはしない。

 

「車は⁈」

 

「午後から仕事があるって帰っちゃった」

 

「ほら、旅館の前にもう一部屋あったでしょ」

 

「あ、明日死んでるよ……!!」

 

それは旅館の前にある犬小屋を指しており、二乃は2人をそこで寝さそうとする。この吹雪じゃ、風太郎はともかく、さすがの総介も死んじゃうわさ……

 

ところで、その総介はというと……

 

 

 

「……つーわけだ。初日は合流出来そうにねーわ」

 

『そうか、分かった。アイナや先生には事情を説明しとくよ』

 

「わりー。頼むわ」

 

彼は皆と離れたところで、海斗へと電話をしていた。とは言っても、今の状況の連絡だけなので、大した用事ではないのだが……

現に、海斗と数回言葉を交わした後、総介は電話を切って部屋へと入った。すると、部屋の中では、風太郎はらいはからの手紙と、お守りのミサンガを手にして気持ち悪い笑みを浮かべており、五つ子は部屋の隅っこに集合して、何やら話をしている。

 

「不本意だけどご覧のありさまよ。各自気をつけなさいよ」

 

「気をつけるって何を……?」

 

「それは……ほら……一晩同じ部屋ですごすわけだから……

 

 

 

 

 

あいつらも男ってことよ………」

 

「………」

「………」

 

 

 

「私は別に……」

 

 

「……そんなことありえません」

 

三玖と五月が何か言おうとするが、そんな時に風太郎が姉妹へと近づいていき……

 

 

 

 

 

 

 

 

「やろうぜ」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

その一言で、姉妹はドタドタと部屋の隅に逃げて固まる。何をそんなに怯えているのか……

 

(………三玖含めて、全員意識し過ぎじゃね?)

 

一連の様子を見ていた総介は、少し呆れながら考える。まだ何も直接的なことを発してすらいないのに、何かを察しているかのように体を震わせる。それは、彼女たちも『そういうこと』を意識していることの裏返しに他ならないのだ。

 

「な、何を!?」

 

その質問を、風太郎は手に持っていたものを突きつけて、ハイテンションで答えた。

 

「トランプ持ってきた、やろうぜ!」

 

風太郎が持っていたトランプのケースを見て、姉妹はとりあえず安堵を見せる。

 

「き、気が利くねー。懐かしいなぁ」

 

「何やります?」

 

「七並べっしょ!」

 

(………やけにテンション高ぇなコイツ)

 

林間学校というイベントのせいか、それともトラブルによるものなのか、とにかく今日の風太郎は、どこか様子がおかしい。

 

(だ……大丈夫ですよね……私たちは生徒と教師ですから……)

 

頭頂部のアホ毛をフニャらせながら心配する五月をよそに、風太郎はケースを開けてトランプを配り始めた。それに総介も彼の隣に座って参加をし、夕食まで暇を潰していった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

時は流れ、部屋には旅館の豪華な食事が並んでいた。

 

「すげぇ!タッパーに入れて持ち帰りたい!」

 

「やめてください……」

 

「ここで貧乏症だすなよ……」

 

「なんだよ浅倉、テンション低いぞ!」

 

「お前が高すぎんだよ。俺ァ平常運転だコノヤロー」

 

「お、今のはバイクの免許とってるからそれにかけてるのか?うまいな!」

 

「めんどくせぇ。コイツの旅行のテンションめんどくせぇ。誰かコイツつまみ出してくれ。バニシングしてくれ」

 

風太郎の意味不明に高いテンションに、総介はもう完全にお手上げ状態という、珍しい構図が出来ている。

 

「こんなの食べちゃっていいのかなー、明日のカレーが見劣りしそうだよ」

 

四葉の言う明日のカレーとは、翌日の飯盒吹さんで作るカレーのことである。……おこげって美味しいよね?

 

「三玖、あんたの班のカレー楽しみにしてるわ」

 

「うるさい、この前練習したから」

 

二乃のからかいを三玖はムスッとした表情で返す。

 

「そういえば、スケジュール見てなかったかも」

 

一花の言葉を聞き、風太郎が即座に答えた。

 

「二日目の主なイベントは

10時オリエンテーリング

16時飯盒吹さん

20時肝試し

 

三日目は

10時から自由参加の登山、スキー、川釣り

そして夜はキャンプファイヤーだ」

 

「なんでフータロー君暗記してるの…?」

 

この前まで林間学校に乗り気じゃなかったり、しおりは読んでいないと言った時と同じ男とは思えない。まぁ、風太郎はしおりには付箋をはり、しわくちゃになるまで読み返しまくったのだから、覚えていて当然なのだが……天邪鬼にも程がある。

 

「あと、キャンプファイヤーの伝説の詳細がわかったんですけど」

 

「またその話か」

 

「あ、あー、あれね……」

 

四葉の言った伝説の話を聞き、一花は先日、三玖に入れ替わってもらい、ダンスパートナーとして三玖が多串君(前田)から誘いを受けてしまった件を思い出した。あの後、総介に恥辱的な『OSHIOKI(オシオキ)♡』をされ(性的なものでは無い)、後日ちゃんと本人が断りの返事をしにいったのは記憶に新しい。彼女はそれ以降、総介に対してだいぶ苦手意識を持つようになった。普段話す分は問題ないが、オイタをしでかした時が怖いと思うようになり、彼の前で調子に乗った発言は極力控えるようにしているのだ。

 

「関係ないわよ、そんな話したってしょうがないでしょ、どうせこの子たちに相手なんていないでしょ」

 

「私はソースケと踊ry」

 

「あーあー!聞こえない聞こえなーい!!」

 

食事をしながら二乃は三玖の言葉を大声で遮る。

 

「……二乃、誰からも誘われなかったんでしょ?」

 

「そっか、拗ねてるんだ」

 

「あんたたちねぇ……」

 

「そんな性格してたら男も寄って来ないわな」

 

「あんたは黙ってなさい!」

 

二乃がやたらと伝説の話を避ける理由を推察した三玖と四葉。それに冷やかしを入れる総介に、二乃は怒鳴り散らす。

 

「そういえば、ここ温泉あるって書いてたよ」

 

一花はパンフレットを見ながら言っていると、視線がある場所で止まった。

 

「……え、混浴?」

 

「「!」」

 

「「!!?」」

 

一花の言った一言に、三玖と四葉がピクっと反応し、二乃と五月は驚愕の表情を浮かべる。

 

「はぁ!?こいつらと部屋のみならずお風呂まで同じってこと!?」

 

「言語道断です!」

 

「なんで一緒に入る前提?」

 

2人の慌てふためく様子に、四葉が力なくツッコんだ。すると、テンションの上がった風太郎が、

 

「二乃……一緒に入るのが嫌だなんて心外だぜ……俺とお前は既に経験済みだろ〜?」

 

こんな事を言いやがるので、二乃は汗を流してガクガクと震える。おそらく、風呂上がりの二乃に遭遇したことを言ってるのか、風太郎が入浴中に二乃が入ってきたことを言ってるのか、両方か……

 

「二乃、ハレンチ」

 

「学生ながら不純だなまったく」

 

「あんたらに一番言われたくないわ!あんたも、わざと誤解招く言い方すんな!」

 

「ははは!いつものお返しだ!」

 

三玖の冷めたツッコミと総介の便乗、風太郎の変な言い方に二乃はツッコんでいく。普段ボケ倒してる総介だけでも大変なのに、ここに来て風太郎まで変なテンションで来られたら、二乃の負担も倍になってしまう。現に、ツッコンだあとの彼女は、息を荒げて呼吸している。誰か二乃に新八を派遣してあげてください……。

 

「あ、混浴じゃなくて温浴でした」

 

まぁそれも、一花の漢字の見誤りで収束したので、新八は必要なしとのことで………

 

 

 

 

「おいいいいいいい!!」

 

おや、どこからか聞き慣れたツッコミの声がしたような……

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「今日の上杉(あいつ)、絶対おかしいわ」

 

そんな二乃の怪しむ一言も、夜空の星々まで届かずに消えてゆく。

姉妹は食事を終えた後、全員一緒に温泉に入っていた。無論、混浴ではないので、風太郎と総介はいないが……

 

「あー気持ちいい」

 

一花が伸びをして疲れをほぐす。

 

「みんなで一緒にお風呂に入るなんて何年ぶりでしょう」

 

五月は久々に5人で入る風呂に懐かしさを覚える。

 

「三玖のおっぱい大きくなったんじゃない?」

 

四葉は三玖の豊満な胸部を見て、もしやと思い尋ねてみる。

 

「みんな同じだから……多分……」

 

三玖はその答えに、何故か歯切れが悪くなってしまう。というのも……

 

 

「……もしかして、浅倉君に大きくしてもらっちゃったりして〜?」

 

「!?」

 

一花の一言で、三玖は湯に浸かって赤くなっていた顔が、さらに赤く染まっていく。彼女は、総介の家に泊まった日の夜のことを、姉のからかいで思い出してしまっていた。

 

「そ、それは……あうぅ……」

 

三玖は顔半分まで湯の中に沈め、ブクブクと泡を吐かせる。

 

「あ、あはは、本当だったみたい……」

 

「あ、み、三玖がだんだん沈んでいく!」

 

「は、破廉恥です!」

 

「………ギリっ!」

 

一花は三玖の反応を見て、顔を引きつらせて苦笑いをする。ある程度察してはいたのだが、三玖の反応で何があったのかを完全に知ってしまった。

顔半分どころか、全部沈みそうになる三玖を四葉が慌てて救出する。

五月もまだ、2人のこういった交際は不純だと思っているようだ。

そして二乃は、そんな様子を見ながら歯軋りをさせて、余計に総介への憎悪を募らせてゆく。

先日、彼から言われた『いつか5人はバラバラになる時が来る』という旨の話を聞き、彼女なりに少しは納得したかに思えたのだが、それでも三玖と総介が恋人同士で交際し、増してや2人が『体の関係』をも築いたことには、とてつもなく敏感に反応し、拒否反応を示した。

元は五つ子で、同じ顔、同じ体なのだから、三玖が体験したことがどうしても自分の体験のようにも思えてしまう。実際はそんなことはないのだが、まるで総介に自分の体をいじくり回されたような感覚を覚えて、気持ち悪さと彼への嫌悪がますます増えていった。と、そんな彼女の心情に気付いてはいないのか、四葉が別の話を切り出す。

 

「上杉さん、普段旅行とか行かないのかな?」

 

「まるで徹夜明けのテンションだったね」

 

四葉と復活した三玖が語るように、風太郎はその後もハイテンションのまま総介を温泉へと連れていった。

 

……………

 

『浅倉、温泉行くぞー!』

 

『はぁ……コイツの相手誰か代わってくれ……』

 

……………

 

「珍しくソースケがフータローに困ってた」

 

「あはは、そうだったね〜」

 

「………それなんだけどさ」

 

「「?」」

 

2人が会話をしていると、一花が割って入ってきた。そして、彼女の口から、そもそもの原点とも言える疑問が飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……浅倉君って、何者なんだろうね?」

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

一花が出した疑問に、誰も答えられなかった。それは、総介の恋人である三玖も例外ではなかった。と、沈黙の中、二乃が真っ先に口を開く。

 

「何者って………どういうことよ?」

 

「だって、初めて会った時にさ、私と五月ちゃんは隠れて見てたけど、二乃が私たちを大切に思ってくれてることを見抜いてたし」

 

「あ、あれは……」

 

「そのあとも、私たちのテストで、得意不得意がバラバラなのをすぐに見つけたり、三玖だけじゃなくて、私と四葉の勉強のこともちゃんと見てくれて、五月ちゃんを全く容赦なく叱ったり」

 

「…今思い出しても怖かったです」

 

「何より、『あの』お父さんが、浅倉君の説得で、浅倉君と三玖の交際や、家庭教師の件をフータロー君ごと認めたんだよ……これって、普通できる?」

 

「………それは」

 

「確かに………」

 

「浅倉君は、一体お父さんに何と言ったのでしょうか?」

 

「………」

 

それぞれが総介に対する疑問が出てくる中、三玖だけは、言葉を発さずに、下を向いたままだった。それを見た一花が、三玖へと話を振る。

 

「三玖、何か彼のこと知らない?」

 

そう言われた三玖は、顔をゆっくりと上げて答えた。

 

「……わからない……」

 

「三玖、浅倉さんの家泊まったとき、何か分かったことある?」

 

続いて四葉も聞いてくる。

 

「……料理が上手い」

 

「へぇ、アイツそんな特技あんのね……ま、あたしほどじゃないでしょ」

 

何故か二乃が反応して張り合ってくる。料理上手のプライドが刺激されたのだろうか?

 

「……一人暮らし」

 

「え?親と住んでないの?」

 

「……分からない……ソースケは、『過去なんてそう簡単に語るものじゃない』って言ってたから」

 

「はぁ!?アンタ、アイツのことなんも知らないで付き合ってんの!?」

 

「まぁまぁ、人間言いたくないことはあるもんだって」

 

「あとは……昔道場に通ってて、喧嘩が強い」

 

「ケンカ?浅倉さんケンカするの!?」

 

「……花火大会の時、悪い人達が10人くらいきて、ソースケに殴り掛かろうとしたけど、すぐに交わして、カウンターを決めて倒した」

 

「すごっ。二乃から聞いてたけど、三玖を抱えて逃げたって時だよね。浅倉君ってもしかして有段者なのかな?」

 

「……剣道やってたって」

 

「剣道、ですか……意外です」

 

「……カッコ良かった」

 

「いやそれアンタの感想じゃないの!」

 

「でも浅倉さん、三玖を守るヒーローみたいだね!」

 

「ヒーローは言い過ぎかもしれないけど、浅倉君は悪い人じゃないよね。私たちの面倒もなんだかんだで見てくれるし……ちょっと怖いけど」

 

「……正直、怖い人だと思いますが、彼が言ってることは的を射ていますので、逆らえません」

 

「人を中の人でイジッできたり、セクハラしまくりの奴だけど、三玖を守ってくれたことだけは感謝してる。それだけよ。他は全部嫌い」

 

「……ソースケは、優しいし、カッコいい。私を大事にしてくれる……大好き」

 

 

 

 

 

皆、それぞれ総介に対する印象を言い合うが、彼女たちは知る由もないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が世界最強の特殊部隊の一員で、その中でも指折りの実力を持つ侍であるということに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が、その手で何人もの人間を斬り殺してきた『修羅』だということに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、二乃が話を変え、部屋に布団が六枚しかないことを告げた。人数は一花、二乃、三玖、四葉、五月、風太郎、そして総介の7人であり、1人余りが出てしまう。それをどうするかの会議を、湯に浸かりながら始めた。とりあえず、現状で5人それぞれの意見が出る。

 

二乃「やっぱアイツらどっちも追い出しましょう」

 

四葉「それじゃかわいそうだよ!私が出るから、浅倉さんと上杉さんは布団で寝させよう!」

 

五月「それもダメです!上杉君と浅倉君には一緒の布団で寝てもらいます」

 

一花「う〜ん、私は五月ちゃんと同じかな。それが一番丸く収まるしね」

 

三玖「ソースケは私と一緒の布団で寝ry」

 

「はい!一花と五月の案で決まり!」

 

三玖の言葉を遮って、二乃が結論を出した。これ以上三玖に喋らせたらとんでもないことを言い出しそうなので、追い出せないのは残念だと思いながらも折衷案として五月の出した案で結論づけた。三玖は、自分の意見の途中で終わってしまったことで、プクーっと頬を膨らませながら二乃を睨む。かわいい。

 

そんなわけで、姉妹の会議により、風太郎と総介が一緒の布団で寝て、その隣に三玖が寝るというフォーメーションで話は決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

一方、こちらは男子湯。

 

「………」

 

風太郎は、腰にタオルを巻いて湯に浸かりながら、総介の体をジロジロと見つめていた。

 

「……さっきからなんだよ、ジロジロ見やがって」

 

「い、いや……浅倉、すげーなって」

 

「何がだよ、ったく……」

 

風太郎が目を奪われるのも無理はなかった。更衣室で共に脱衣したとき、風太郎は総介の体を見て驚愕したのだ。

細身ではあるが、腕や足はしなやかではあるが、ちゃんと筋肉がついており、二の腕や太腿は隆起して、血管が浮き出ている。肩の筋肉もしっかりとついており、胸の筋肉も、太くはないががっしりとし、少し胸筋が前に出ている。極め付けは、見事に亀の甲羅の如く、6つに割れた腹筋。おそらくそこらの不良が一発本気で殴っても、ビクともしないだろう。

この体つきに、180cm以上ある長身も手伝って、総介は一流アスリート並みの肉体美を持っていた。

 

 

そら、まあ、これは剣術をはじめとした護身術の道場や、『刀』で鍛えた努力の賜物であり、本人も、この肉体を崩さない程度の努力は日々行なっている。いつまた、『鬼童』として任務に復帰しても支障がないように……

 

そんな『究極の細マッチョ』とも言える肉体を目の前で見せられたのだから、風太郎が釘付けになってしまうのも当然である。

 

とまぁ、2人は特段変わった会話をする事なく入浴を終えたため、女子どもとは違い、30分ちょっとで風呂から上がり、部屋へと戻った。すると、ここで風太郎の様子に異変が出てくる。

 

「いやぁ……いい湯だったぜ……」

 

「お前大丈夫かよ?フラッフラだぞオイ」

 

「……すまん浅倉……先寝るわ」

 

どうやら、限界が訪れたらしい。風太郎は先に1人端の布団へと入って、夢の世界へと旅立っていった。

 

「………」

 

その様子を見た総介は、頭の中で今日一日の風太郎のテンションが終始高かった答えを、ある程度予想していた。

 

「………なんだかんだで、俺らの中で一番楽しみだった林間学校に、妹の看病での徹夜……そらおかしくなるわな」

 

風太郎の寝顔を見ながら、総介は口角を上げて微笑む。

 

「……無理しやがって………

 

 

 

 

 

 

しっかり休みやがれ、コノヤロー」

 

その数分後に五つ子が部屋へと戻ってきて、彼女たちから就寝の配置を聞いた総介は、消灯とともに、風太郎の布団に入り、目を閉じるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、一花が目覚めると、何故かその横には風太郎がいた。

 

「んー……

 

 

 

 

 

!」

 

横に寝返りをうった拍子に、目が覚めた一花。その視線の先には、何故か風太郎。

 

「フータロー君……なんで…」

 

一花は何故彼が横にいるのか、それは彼女が周りの状況を見て知ることとなる。

 

「って、はははっ……みんなめちゃくちゃ」

 

皆、布団から出てバラバラな場所で就寝していたのだ。って、子供がお前ら……と、一花はここである違和感に気づく。

 

「……あれ、五月ちゃん?……三玖に、浅倉君もいない……」

 

五月、三玖、そして総介の姿が無いのだ。と、ここで、もう一つの違和感が視界に入る。それは、ある一つの布団だった。そのひとつだけ、ちゃんと布団の中に入っている人物がいた。しかも、その布団の配置で寝ていた人物を思い出し、一花は冷や汗を流しだす。

 

「……三玖……まさかね……でも……」

 

その布団に、三玖が寝ているはずの布団だった。そしてその布団は今、三玖が入っているには明らかに膨らみが大きい。つまり……

 

 

 

 

 

 

 

「………よし」

 

一花は意を決して、その布団をめくることにした。頭まで被って、何も見えない布団を、恐る恐る剥がしていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

すると中には………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やっぱりねーーーーーーーーーーーー!!!!!)

 

 

その中を見て、一花は予想していた事態に、心の中とはいえ、大きな声でシャウトした。

布団の中には、安らかな表情で眠る総介と三玖が、互いに絶対に離すものかと言わんばかりに、がっしりと抱き合いながら眠っていた。両者共に浴衣をちゃんと着ているため、『そういった行為』は行われていないようだが、2人の顔は、鼻先がチョン、と当たるほど近づいており、今にもキスしそうなほどの距離にあった。

 

実を言うと、この2人は寝相が悪くてこうなったわけでは無い。それは、昨晩消灯してしばらく経った後のこと……

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

消灯してからしばらく経ったその時、総介の肩をつつく感覚を感じた。

 

「(ソースケ、ソースケ、起きてる?)」

 

「(……起きてる)」

 

「(よかった)」

 

声にならないほどの小さな声だったが、総介にはそれが三玖の声だとすぐにわかった。

 

「(どうしたの?)」

 

「(………あのね……)」

 

三玖は暗闇の中、もじもじとしながら、総介へと顔を近づけて告げた。

 

「(……私の布団、来る?)」

 

その言葉に、総介の心臓が飛び跳ねる。

 

「(……いいの?)」

 

「(うん、もうみんな、寝ちゃったから、大丈夫)」

 

「(……じゃあ)」

 

三玖が他の全員寝たことを確認したと聞いた総介は、風太郎の布団から隣の三玖の布団へと移動して、一緒に掛け布団を被って横になった。

 

「(……ソースケ)」

 

「(み、三玖……)」

 

三玖は、総介と一緒の布団に入った瞬間に、背中に手を回して抱きついた。総介も、初めは戸惑ったが、やがて心を落ち着かせて、三玖の背中に手を回す。やがて、2人は互いに想いを打ち明け合う。

 

「(私ね、こうしてソースケと一緒になれて、嬉しい)」

 

「(俺もだよ、三玖。こうやって一緒になれるなら、こんなトラブルも有りかなって思えてきたよ)」

 

「(ふふっ、フータローに感謝しなくちゃね)」

 

「(……まぁ、こうなったのも間接的とはいえ、上杉が原因になるか……)」

 

そこまで話を続けて、三玖は暗闇に目が慣れてきたのか、ソースケと目を合わせて、うっとりとした表情で見つめる。

 

「(……ソースケ……)」

 

「(三玖………)」

 

自然と2人の顔が近づいていき、やがて唇が重なった。数秒、重ね合うだけのキスをしてら顔を離して見つめ合う。

 

「(……好き、ソースケ。大好き)」

 

「(俺もだよ、三玖。愛してる)」

 

愛の言葉を交わし合い、2人は再び唇を重ねた。

 

「……ん……んっ」

 

「んっ……んん」

 

流石にリップ音が激しい濃厚な口づけはできないので、重ねたり、啄み合うキスをして、2人きりの時間を堪能する。やがて、唇が離れて、互いに鼻先がくっ付くほどの距離で会話が始まる。

 

「(ふふっ、すごくドキドキする)」

 

「(さすがにね、バレたらやばいし……)」

 

「(バレてもいい。私たち、恋人同士なんだから)」

 

「(いや、そうなんだけど……)」

 

総介は少し周りを気にしながらも、三玖を抱きしめた腕を一切緩めようとはしなかった。彼も彼で、三玖と一緒に入れる時間が嬉しいのだ。すると三玖が、総介の耳元で悪魔ならぬ天使の囁きをしてきた。

 

「(このまま一緒に寝よう?)」

 

「(このまま?大丈夫なの?)」

 

「(浴衣着たままだから、エッチしたとは思われない。抱き合うだけならセーフ)」

 

「(あのヒス女的にはアウトなんだけどな……)」

 

「(……二乃は関係ない)」

 

二乃のことを出したのが少しふまんだったのが、三玖は少し頬を膨らませて抗議する。かわいい。

 

「(……そうだね。このまま寝よっか)」

 

「(!……うん!)」

 

総介が承認したことで、三玖の機嫌が一気に良くなる。総介も、三玖の当たる乳房や、太腿の感触に、理性が飛びそうになるが、今ここに他のメンツがいることと、林間学校が終わってから三玖と再び『お楽しみ』をする事を頭の中で計画して、この場は我慢をすることにした。第一、三玖とこうして抱き合って寝れるだけでも幸せなので、彼の心は既に十二分に満たされているのだが……

 

その後も、抱き合ってキスをしながら過ごした後、互いに眠気がやってきて、そのまま寝ることにした。

 

「(おやすみ、三玖。愛してるよ)」

 

「(おやすみ、ソースケ。愛してる)」

 

もはや恋人というより、夫婦のような就寝の言葉を掛け合って、その日最後のキスを交わした総介と三玖は、抱き合いながら夢の世界へと落ちていったのだった……

 

 

 

 

 

総介大爆発しろ!!

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

とまぁ、そんな夜があって、一花が見ているのは今この三玖と総介が抱き合って寝ている状態である。

 

「………どうしよう……起こした方がいいよね?」

 

この2人を起こすのは億劫だが、やがて全員起きてしまう。しかもこの状態を二乃に見つかったら、どうなってしまうのか、それは一花には想像に難くないことだった。

意を決して、一花は2人を起こそうしたが、2人の顔を覗き込んだ時に、見てしまったのだ。

 

 

 

 

 

「んん……そーすけ」

 

「………!!!!」

 

 

 

 

三玖が、あまりにも幸せそうな顔をして、愛する人の名前を呼ぶ。一花は、その幸福に包まれたような妹の顔を見て、茫然としてしまった。

 

「………三玖……」

 

今まで、三玖のこんな顔を見たことがあっただろうか。あのあまり人の前に出ない三玖が、愛する男の人に抱きしめられて、安らかに、そして幸せな表情を見たことがあっただろうか……いや、三玖だけではない。他の姉妹で、こんな幸せに微笑む顔を、している子はいただろうか?

 

 

 

「………五等分」

 

 

 

花火大会の日、五月が言ってた『お母さんの言葉』。

 

 

 

 

『誰かの失敗は、5人で乗り越えること。誰かの幸せは、5人で分かち合うこと』

 

 

 

 

『喜びも、悲しみも、怒りも、慈しみも、私たち全員で、五等分』

 

 

 

 

昔、お母さんはそう言った。でもこれは……浅倉君は、三玖だけの……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この三玖の幸せは………私たち4人も分かち合うモノなの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は……」

 

この時。一花の心の中で何かに亀裂が生じた。ほんの、ほんの小さな亀裂だったのかもしれない。しかし、亀裂はいずれ、大きなものとなり、終いには割れてしまう。それがいつになることか、明日か、10年後か…確かなことは、今、一花の中で、何かの崩壊が始まろうとしていたことだった。

 

 

と、その時、部屋のドアが開いた。

 

 

 

「もう朝ですよ。朝食は食堂で」

 

「い、五月ちゃん!?」

 

外から五月が入ってきた。一花は咄嗟に、2人に布団を隠した。

 

「一花、起きてたんですね」

 

「あ、あはは、おはよう、五月ちゃん」

 

一花は目を右往左往させながら末っ子に朝の挨拶をする。そんな長女に、五月は違和感を覚えた。

 

「?どうしたんですか?」

 

五月がそう聞いた瞬間、彼女の後ろから声がした。

 

「中野、ここで何やってるんだ?」

 

「えっ?」

 

振り向くとそこには、

 

「先生……?」

 

ハゲとゴリラとメガネの先生たちがいた(超失礼)。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

『例年より早い猛吹雪で足踏みしてしまいましたが、1組の皆さんが揃ったということで、今日こそ楽しい林間学校にしましょう!』

 

そうバスガイドさんのアナウンスで、バスは目的地へと向かっていた。バスの中には、風太郎と五月のクラスメイトである1組の生徒たちがいた。

 

「まさかこいつらも同じ旅館で泊まってたなんてな、よく会わなかったもんだ」

 

「そうですね。びっくりしました」

 

1組のバスも、猛吹雪により、急遽風太郎たちが泊まった旅館へと泊まっていたのだ。クラスは違うが、総介、三玖、一花、二乃、四葉も、同じバスで目的地まで乗せてもらうことになった。

 

「はい、ソースケ」

 

「ありがとう、三玖」

 

「あ、三玖!私にもアメちょうだい!」

 

「はい」

 

「ありがとう!」

 

「あ、四葉、その味アタシ欲しかったのに!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

三玖があげたアメを舐める中、一花は1人スマホの画面をじっと見ていた。画面には、このような一文が見え隠れしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『女優業に専念』

 

 

 

『休学も選択肢の一つ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、林間学校の1日目が終わり、2日目が始まった。

 




どうやら原作は『彼女』で決まるようですね。
良かった。でも油断できない。ちゃんと決まるまでは予備プランも考えとかなきゃ……



今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

次回、カレー作りと肝試し!そしてついに……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37.人生とはオールタイムで肝試し

いやぁ、もうこの小説書き出してから7ヶ月以上ですか……よく飽きずにやってるな自分……




というわけで、ついに『2人』が出逢っちゃいます。


林間学校2日目、夕刻。

 

生徒達は、16時の飯盒吹さんで、カレーを作るスケジュールである。生徒は各自、班での役割を全うして、それぞれのカレー作りへと勤しんでいた。それは、風太郎や五つ子はもちろん、総介や海斗も同じである。

 

「じゃあ、私たちでカレー作るから、男子は飯盒吹さんよろしくね」

 

「うーい」

 

ここの班では、料理が得意な二乃の指示のもとで、カレー作りは進んでいた。彼女はその女子力の高さを遺憾なく発揮して、トントン拍子で食材を捌いていく。

 

「わっ、二乃野菜切るの速っ」

 

「家事やってるだけのことはあるね」

 

「これくらい楽勝よ」

 

彼女の手際の良さに、班の女子は感心し、二乃はドヤ顔で返す。

 

(ついに始まったわね、林間学校)

 

まぁもう一日過ぎてるんですけどね……

 

(あの子たち、うまくやれてるかしら)

 

二乃は、食材を切る傍ら、他の姉妹たちの心配をしていた。

 

てなわけで、他の姉妹たちがどうなっているのか、見ていきましょか……

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「これ、もう使った?片付けておくね」

 

「は、はい」

 

一花の気遣いたっぷりの振る舞いに、男子どもは彼女に釘付けになってしまう。

 

「中野さん、美人で気が利いて、完璧超人かよ」

 

「俺の部屋も片付けてほしいぜ」

 

自分の部屋もろくに片付けられない彼女に、片付けられる部屋など存在するのだろうか……

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

一方、四葉はまさかりを大きく振りかぶって、薪を割っていた。のだが……

 

「いや、もう薪割らなくていいから!」

 

「あはは、これ楽しいですね」

 

四葉の横には、山盛りの割られた薪が置かれていた。一体どんだけ燃やすつもりなのだろうか……

 

「これ、もらってくぞ〜」

 

「はーい、どうぞ!」

 

割りすぎた薪は、他の班の人に持っていかれたそうな……

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

そのころ、五月は……

 

「そろそろ煮込めてきたかな」

 

「待ってください、あと3秒で15分です」

 

「細かすぎない……?」

 

この子は食に対するこだわりが、いささか強すぎではないだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

んで、最後、問題の三玖はというと……

 

「三玖ちゃん!何入れようとしてるの⁈」

 

「お味噌、隠し味」

 

「自分のだけにして!」

 

 

 

………これはちゃんと総介に料理教わった方がいいな………

 

無論、毒味役は総介で。

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

んで、その我らが総介は……

 

 

 

ザクッザクッ……

 

トントントントン……

 

「…………」

 

「大門寺君、食材切り終わったよ」

 

「ああ、ありがとう。じゃあ、お鍋に入れて煮詰めようか」

 

「う、うん、じゃあ釜に薪入れて火焚けるね(かっこいい)」

 

「大門寺くーん、お米ってこれくらいの量でいいかな〜?」

 

「どれどれ……うん、これでもいいけど、もう少し多くてもいいんじゃないかな?」

 

「わかった。じゃあ、もう少し増やすね」

 

「うん、よろしくね」

 

「は、はい(かっこいい)」

 

「大門寺くーん」

 

「大門寺君」

 

「海斗様〜♡」

 

「大門寺殿!」

 

「大門寺さん!」

 

「大門寺氏ー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

女子達は全員、海斗へと寄ってたかっており、総介に話しかける者はほとんどおらず、彼は1人、黙々と四葉からもらった薪を火の中にぶち込む作業をしていた。

 

 

割といつも通りである……

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

そのころ、風太郎は、飯盒吹さんのご飯の具合を見にきた時に、先日トラブルのあった『多串君(前田)』に遭遇し、絡まれるが適当に受け流し、最終的には愚痴を聞かされる始末。早くカレーできないかな、とうんざりしていた時、少し離れたところで何やら言い争いのする声が聞こえてきた。

 

「なんでご飯焦がしてんのよ!」

 

見たところ、女子がご飯を焦がしてしまった男子に怒っているようだ。そしてその生徒たちは、二乃と同じ班の生徒達だった。

 

「どーせほったらかしにして遊んでたんでしょ!」

 

「ち、ちげーよ、少し焦げたけど食えるだろ!」

 

「こっちは最高のカレー作ったのに!」

 

ここで、坊主頭の男子が、やけくそに大声で喚く。

 

「やったことねーんだから誰だってこうなるんだよ!」

 

「なっ……」

 

男子の開き直りに、驚いて固まってしまう女子達。だが、その沈黙を1人の人物が破る。

 

「……そうかもしれません。ですが、そのように自身の失敗を棚に上げていい理由にはなりませんよ」

 

その一言を発したのは、金髪の地毛を左側のサイドテールでまとめた碧眼の女子だった。

 

「わ、渡辺さん……」

 

「アイナ……」

 

その女子、『渡辺アイナ』は表情を一切崩さず、物腰も柔らかいまま言い争いをしている双方へと話しかける。

 

「失敗してしまうことは、必ずしも悪いということではありませんが、それを一切悪びれもせずに他の何かに責任を押し付けるのは、良いことではありません。……それに、失敗した理由を勝手に決め付けるのもいけないですよ?」

 

「そ、それは……」

 

「………」

 

「……まだ時間はあります。もう一度、炊き直しましょう。予備のお米を先生から貰ってきますから……二乃、それでよろしいですね?」

 

「……はぁ。ええ、それでいいわ」

 

アイナは後ろにいた二乃へと振り向いて確認をとる。彼女は不機嫌な顔でため息をつきながらも、アイナの提案を受け入れた。

 

 

「……すげーな」

 

その様子を遠目で見ていた風太郎は、アイナの立ち振る舞いに感心していた。

言い争いをする男女の双方を鎮静化し、その原因の解決まで一人ですみやかに持っていった。さらには、顔を見れば、かなり不機嫌な様子の二乃を、二つ返事で納得させたのだ。よほど皆が彼女のことを信頼しているのだろう。

 

「結構頭きてたはずの二乃を……本当にすげーな」

 

「そうか?」

 

と、ここで前田が風太郎の独り言に返してくる。

 

「それでだ……どうやったら彼女が作れるか……」

 

「まだ続いてた!」

 

先程が続いてた愚痴がまた始まるのはごめんなのでと、風太郎は話を切ることにした。

 

「勘弁してくれ。他人の世話焼いてる場合じゃないんだ。

俺は今夜の肝試しをやりくりしなきゃいけない……

 

 

これだけが嫌だったんだよなぁ……」

 

そうため息をつこうとした時だった。

 

「上杉さん!肝試しの道具、運んじゃいますね」

 

そう声をかけられた風太郎は横を見ると、◯の中に肝という字が書かれた段ボール箱を持つ四葉が立っていた。

 

「四葉……お前、キャンプファイヤーの係だったろ?」

 

「はい!でも、上杉さん一人じゃ無理だと思って、クラスの友達にも声かけました。

 

 

 

 

勉強星人の上杉さんがせっかく林間学校に来てくれたんです。私も全力でサポートします!」

 

「………」

 

四葉の言葉に、風太郎は少しの間黙り込み、やがて立ち上がる。

 

「よし、『多串君』、俺の班の飯の世話もしててくれ」

 

「俺は前田だっつてんだろーが!命令してんじゃねーよ!つーか、俺の話の続きは⁈」

 

「肝試しは自由参加だ。クラスの女子でも誘って来てみろ」

 

四葉から荷物を受け取りながら、風太郎は振り向いて彼に向かっていやらしい笑みを浮かべる。そして、

 

 

 

 

 

 

 

「ただし。こっちも本気でいくからビビんじゃねーぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は経ち、夜がやってきた……

 

 

 

 

 

 

 

「このように!!!」

 

「ひぃ!!」

 

「うわぁぁあ!!!」

 

肝試しの時間となり、金髪のカツラを被り、道化師の仮面をつけてカラフルな衣装を着た風太郎は、突然茂みから現れてはコースを通る生徒たちを脅かしていた。先程の多串君(前田)も例外ではなく、ペアの女子と共に驚いて逃げていった。

 

「くくく……」

 

「絶好調ですね。ジャケットどうぞ!」

 

隣では、顔や体に包帯を巻いた四葉が風太郎にジャケットを渡す。

 

「私、嬉しいです。いつも死んだ目をした上杉さんの目に生気を感じます」

 

「そうか、蘇れて何よりだよ」

 

なんかそれはそれで失礼な気もするが………

ていうか、身近にもう1人、死んだ魚のような目をした男がいるし……

 

「……もしかしたら、来てくれないと思っちゃったから……」

 

四葉は地面に指で渦巻きを描きながら、言葉を続けた。そして……

 

 

 

 

 

「後悔のない林間学校にしましょうね」

 

 

 

 

 

ししし、と風太郎に向けて笑う顔を見せる四葉。

 

「………」

 

その様子を見た風太郎は、夕方と同じように黙り込む。と、そんな2人の後ろに、何やら怪しい影が迫っていた。

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しそうなことやってんじゃね〜か〜、え〜?」

 

 

 

 

「うわぁぁあ!!」

 

「キャアァァア!!」

 

風太郎と四葉の2人は、突然後ろからかけられた声に驚き、飛び上がってしまう。何だと思い、立ったまま後ろへと振り向くと、そこには黒いパーカーに黒縁眼鏡、死んだ魚の目をした男が、しゃがみながらこちらに不気味な笑みを浮かべていた。

 

 

ていうか……

 

 

 

「あ、浅倉!?」

 

「浅倉さん!?どうしてここに?」

 

総介だった。彼はいつもの服装に、手には何かが入った紙袋を持っていた。そして何故彼がここにいるのかというと……

 

「なぁに、肝試し自体には興味はねぇが、俺ァ他人の泣き叫んで逃げ惑う様が大好きでね。夕方のストレス発散がてら、俺も参戦して、来る連中を恐怖のどん底に落として回ろうと思ってな。んで今日はそんな連中の悲鳴を肴にぐっすりと寝る予定だ」

 

「うわぁ、筋金入りのクズ人間ですね」

 

「まさに外道だな」

 

四葉と風太郎のトゲのある言葉が炸裂するが、総介は全く気には留めていない。と、風太郎が彼に尋ねる。

 

「しかし、本当にできるのか?」

 

「ま、論より証拠だ。見てろ、今にお前ら以上の悲鳴を聞かせてやっからよ………そら、来やがった」

 

 

そう言った総介が指を差すと、その先には、人影が2つと、ライトが一つ点いていた。風太郎と四葉のふたりは、総介の脅かし方がどれ程のものか見極める為に、一旦茂みへと隠れる。そして総介は、近づいてきた人影に向かって、紙袋から何かを取り出して、人影の方へと向かい、そして、ライトを照らして叫んだ。2人が見守る中、果たして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マヨネーズが足りましたぁぁぁあああ!!!!!

 

 

総介は手に上がマヨネーズまみれの焼きそば(食品サンプル)を持ちながら、2人の人影へと迫って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャッ!………って、浅倉君!?」

 

 

「………何やってるの、ソースケ?」

 

 

 

 

 

「……………(´・ω・`)」

 

 

ぜぇ〜んぜぇん怖がってくれませんでした。ていうか、この2人おもっくそ知り合いでした。ていうかていうか、そのうちの1人は恋人でした。

 

 

 

 

 

 

 

テヘッ(≧∀≦)☆

 

 

 

 

 

「っておいいいいいい!!!全然驚かせてねぇじゃねーか!!何だよマヨネーズ足りましたって!!?」

 

「あ、あはは、私は元ネタ知ってますので、何とも……」

 

茂みから、2人が現れる。四葉はそのままだが、風太郎はカツラをかぶっただけで、仮面は外している。

 

「あ、フータロー君に四葉まで!」

 

「そこに隠れてたんだ……」

 

一花と三玖は全く驚く様子もなく、そのまま5人は少しの間談笑するのだった。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「じゃあ2人とも、看板が出てるからわかると思うが、この先は崖で危ない。ルート通りに進めよ」

 

「オッケー」

 

「気をつける」

 

風太郎の注意を受けた一花と三玖は、そのまま先へ進もうとする。すると、三玖を総介が呼び止める。

 

「三玖」

 

「?どうしたの、ソースケ?」

 

三玖は自然と彼の近くまで寄り、話を聞こうとする。総介は、すぐそばまで来た彼女に、自身のスマホを見せる。

 

「何かあったらいつでも連絡してね。すぐに駆けつけるから」

 

「……わかった。ありがとう、ソースケ」

 

三玖が礼を言うと、総介が三玖の方へと頭を下げて、2人は互いの額をコツンと合わせる。

 

「無事でね」

 

「うん。ソースケもね」

 

顔を触れそうなほど近づけて、言葉を交わして微笑み合う2人を、風太郎と四葉は頬を赤くさせながら見ていた。

 

「三玖……もぉ……」

 

「アイツら、本当に遠慮を知らないよな……」

 

 

 

 

「………」

 

一方の一花は、2人を見ながらなんとも言えない複雑な表情をしていた。

 

 

「じゃあ、行くね」

 

「うん」

 

三玖は惜しみながらも、徐々に離れていき、総介手を控えめに振りながら一花と一緒に先に進んで行った。

 

「………うし、今のはウォーミングアップだ。次からは容赦しねーぞ」

 

「いやマヨネーズのどこが容赦しねーんだよ?てか何なんだよそれ?」

 

風太郎は総介が手に持っているマヨネーズのかかりまくった焼きそばを指を差しながら、

 

「焼きそば土方スペシャルだ。生憎だが食品サンプルだけどな」

 

「いやこれのどこが焼きそばだよ!もうこれ焼きそばじゃねえーよ!黄色いヤツだよ!」

 

花火大会に続いて、土方スペシャルに突っ込む風太郎。コイツ意外と好きそうなんじゃね?と作者は思ったような思わなかったような……

 

「上杉さん、コレは『銀魂』に出てくる真選組の副長『土方十四郎』さんがよく食べているんです。彼は極度のマヨラーなんで、実はこの量じゃ足りないんです。ですがさっき浅倉さんが『足りました』って言ったのは、アニメでの最後のおまけシーンでマヨネーズが足りた時に言ったオリジナルのセリフなんですよ!」

 

「どうでもいい情報をありがとよ!」

 

風太郎は『銀魂』を見たことが無いので、彼にとっては本当にどうでもいいムダ知識、トリビアである。ていうか、マガジン連載の主人公が『ジャンプ』作品読んでたらそれはそれで問題だけどね……

 

「さて、次の生贄(きゃく)のために準備すっぞ〜」

 

「今生贄っつったよな?言い方は『きゃく』だったけど、文字は『生贄』だったよな?」

 

「こまけーこと気にすんなよ上杉。3日目に熱出してぶっ倒れんぞ?」

 

「いやネタバレしてんじゃねーよ!!」

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

そして、次の生贄(きゃく)がやって来た……

 

 

 

 

 

「うううう………やはり参加するんじゃありませんでした……」

 

「ちょっと、離れなさい」

 

五月はオバケの類は苦手のため、二乃にしがみつきながら歩いている。彼女も注意はしながらも、無理やりは引き剥がそうとはしない。

 

「クラスメイトが言ってたのですが、この森は出るらしいのです。森に入ったきり、行方知らずになった人が何人もいるのだとか」

 

「デマに決まってるじゃない。伝説もそうだけど、信憑性がなさ過ぎるわ」

 

2人がそう話をしながら歩く道の途中には、いかにも手作り感満載の赤い舌を出したちょうちんがあった。

 

「こんなチープなおもちゃで誰が驚くのよ」

 

2人は矢印のマークを頼りに、先へと進んでいく。

 

「はぁ……林間学校ってもっと楽しいと思ってたんだけどなぁ」

 

「?まだ始まったばかりじゃないですか」

 

五月は怯えながらも、二乃の言葉に疑問を感じた。

 

「始まりから躓いてたでしょ!昨日のこと、忘れたとは言わせないわよ」

 

「まぁ……それは……」

 

昨日のこと、すなわち、風太郎を迎えるためにバスに乗るのを見送り、雪の中で立ち往生。近くの旅館で嫌いな男ども2人と一緒の部屋で寝るという事態にまで発展したことを二乃は言ってるのだろう。そして、彼女の不機嫌の最大の原因は間違いなく総介の存在である。

 

「『何もなかった』から良かったものを……」

 

「……まぁそうですけど」

 

まあ実際は総介と三玖がチュッチュしながら抱き合って添い寝したんスけどね(笑)

多分コレ二乃に言ったら発狂しちゃうよね?そうだよね?

 

 

 

 

 

 

 

と、突然、近くの茂みがガサガサと揺れる。

 

「な、何ですか!?」

 

「ど、どうせタヌキとかそんなんでしょ?」

 

身構える2人の前に現れたのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マヨネーズが足りないんだけどおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあああああ!!!!!もう嫌ですぅぅぅぅ!!!!!」

 

「!!五月、待ちなさい!!」

 

総介が物凄い形相で飛び出した瞬間、五月は二乃を置いて一目散に逃げ出して行った。二乃は慌ててそれを追い、やがて2人は見えなくなった。

 

 

 

 

「………どんだけ怖がりなんだよ」

 

「本当に苦手だったのか……」

 

「五月、マヨネーズで逃げちゃいました……」

 

2人が離れていく様子を見ていた3人だったが、ここで風太郎がふと気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ………?

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつら……どっちに行った?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、こちらは一花、三玖のペア

 

「三玖、せっかく浅倉君に会えたんだから、もうすこしいたらよかったのに……」

 

「大丈夫……今は、あれで十分だから」

 

一花の心配をよそに、三玖は頬を赤く染めながら口の角が上がりっぱなしだった。

当初は、総介とはそれなりに会えなくなることも覚悟していたのだが、蓋を開けてみると、トラブルで一緒の布団で夜を明かし、つい先ほどの肝試しでも出会えたのだ。思ったよりも、多く彼の顔を見ている。それはさも自分の恋人が近くにいてくれるような気分だ。うん、総介は爆発しろ。

と。ここで、一花が、とんでもないことを言い出した。

 

「………浅倉君と抱き合って寝てたもんね」

 

「!!?」

 

一花の不意に発した一言に、三玖は一気に顔中が赤くなってゆく。なぜ彼女がそれを知っているのかという表情だ。

 

「……み、見たの?」

 

「うん、浅倉君を起こしたの、私だから……」

 

あの時、先生が五月と話をしている隙に、一花は総介を先に起こした。彼の方を先に起こせば、大きなトラブルにはならないだろうと思い、総介の肩を叩いて先に目覚めさせた。すると、案の定彼は、何もなかったかの様子であくびをしながら「おはよ〜さん」と挨拶をし、横で寝ている三玖を起こしたのだ。その間、彼は一切そのことを恥ずかしがったり、抱き合って寝たのを見られたということを一つも気にせず、あたかも自然なことのように振る舞っていた。……やっぱ総介爆発しろ。

 

「大丈夫、私以外は誰も見てないし、他のみんなには言ってないから」

 

「……そう」

 

三玖は少しホッとする。もしも二乃か五月に最初に見つかっていたなら、彼女らは大声で叫んだり、総介を糾弾してややこしい事態になっていただろう。ましてや偶然とはいえ、他の生徒や先生が同じ旅館で泊まっていたので、あんな状況を見つかってしまえば、どうなっていたことか……あまり想像はしたくない。もっとも、総介からすればそんなこと気にするような事でもないのだが……

 

「……ねぇ、三玖」

 

一花はその場で立ち止まり、少し先を行く三玖の方を向きながら話しかける。三玖も、彼女がその場で止まったことで、数歩先で歩みを止める。

 

「どうしたの、一花?」

 

 

そして一花は、朝から心の中にあるしこりを解消するため、三玖へと聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして浅倉君を好きになったの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わり………

 

 

 

「五月ー、どこ行ったのよー」

 

案の定二乃と五月の2人は、看板の矢印とは違う方向へと行ってしまい、二乃はどこかへと走り去ってしまった五月を探していた。スマホのライトを照らしながら、周りを見て彼女を捜索する。

 

「こっちで合ってんのかしら?一旦戻ろうかな……」

 

と、その時……

 

「えっ?」

 

フッと、突然スマホのライトが消えた。

 

「嘘っもう!?昨日充電するの忘れてたかも……」

 

いかにもなタイミングでライトが消えるとは、何のホラー作品だろうか……ちなみにパニックホラーの場合、いきなりライトが消えるのは大抵は死亡フラグです。

 

 

「……なんなのよ……せっかくの林間学校なのに……

 

 

 

 

 

 

あんな奴らと同じ部屋に泊まらされるし、

 

 

 

 

 

 

班の男子は言うこと聞かないし……まぁアイナがなんとかしてくれたけど……

 

 

 

 

 

 

しまいにはこんな所で一人に……」

 

 

二乃がぶつくさと愚痴をこぼしていると、突然風が吹き出し、あたりの草木がザァァァっと音を立てて揺れだす。そして彼女が周りを見渡す先には、何もない暗闇の世界が広がっていた。

 

 

「…………」

 

 

それを実感し、そのまま茫然と立ち尽くす二乃。すると、後ろの方から突然『ザッ』という物音がした。

 

 

「いやっ!」

 

彼女は思わず反射で驚いてしまい、その場に蹲ってしまう。

 

「……最悪」

 

彼女の機嫌は、今や最底辺へと落ちていた。

 

 

 

 

思えば、今の学校に転校してから、嫌なことだらけだった。

 

 

アイナや他の友人に出会えたことはともかくとして、転校してすぐに同級生のストーカーもどきが家庭教師とか言って家に上がりにくるし、

 

 

その自称家庭教師が連れてきた見た目陰キャの助っ人には、終始主導権を握られてイジられまくるし、

 

 

 

何より、姉妹の一人がその見た目陰キャの助っ人と仲良くなって、最終的には恋人同士で交際して、不確定ではあるが、『体の関係』を持ったことを匂わせるし、

 

 

 

それでも、チャンスはあった。テストで赤点を取れば、あの2人は目の前からいなくなるチャンスが。

 

 

 

それも、義父に何を吹き込んだのか知らないが、全ておじゃんになるし、妹カップルは余計にイチャイチャしだすし………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『変わらねぇ日常が永遠に続くと思ったか?』

 

 

 

 

 

『いずれお前らは、バラバラになる時が来る。その時お前はどうするんだ?』

 

 

 

 

 

 

『どうしようもねぇ時は、受け入れていくしかねぇんだよ。それが人生ってやつだ』

 

 

 

 

 

 

『まだ分からんでもいいさ。いずれ分かるときがくらぁ』

 

 

 

 

 

 

「………ッッッ!!!」

 

 

思い出すのは、一番嫌いな男の言葉。

 

 

 

「……何なのよ……一体………」

 

 

二乃が、その場で大きな声で同じことを叫ぼうとした、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

突然後ろから声をかけられた。それに振り向くと、1人の男がいた。

 

 

 

 

 

 

それは、金髪の髪をした、どこかで見たことのある少年

 

 

 

 

 

 

 

 

写真で見たことのある、あの時の少年が大きくなった少年

 

 

 

 

 

 

 

 

ていうか、金髪のカツラをかぶった風太郎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その男は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗闇の中ですら、光を放っているのかというほどに、星のようにきらめく銀髪(・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他の男とは比べものにならないほどの高い身長

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とても落ち着いた大人のような雰囲気

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして何より、10人中10人の女性たちが、道ですれ違ったら振り向き、話しかけようとするほどの美貌を持った顔立ち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな男が、二乃の前にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、『大門寺海斗』と『中野二乃』の突然すぎる出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボキッ!

 

 

「………あっ」

 

「どうしたんだ浅倉?二乃か五月がいたのか?」

 

「………すまん、上杉」

 

「………は?」

 

「今、とんでもないフラグの折れる音がした」

 

「何言ってんだお前」

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、出逢っちゃいました。予想していた方も多いのではないでしょうか?
何故海斗がここにいるのか、それは次回明らかになります。

できれば今年中にもう1話仕上げたいです。

今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38.全てにおいてイケメンが勝ってしまうこんな世の中じゃポイズン

大晦日ですね。この話が今年最後の投稿です。

そういえば、この前『この作品が低評価の数が多くなり過ぎて話の続きが投稿できなくなる夢』を見ました。めっちゃビビりました。自己満足でやってる小説なのですが、アレは本当にこたえました。
なのでお願いです。もし本当に面白いと思ってくだされば、高評価ならびにお気に入り登録よろしくお願いします!
めっちゃあの夢怖かったんです!マジで!


『完全無欠』

 

 

 

 

この言葉ほど、大門寺海斗に相応しい言葉は無いだろう。

日本だけではなく、世界の経済をも自在に操れるほどの力を持つ名家に生まれた海斗。

容姿は、異性である女性はもちろん、同性の男までも虜にするほどの顔立ちを持つ『イケメン』というにはあまりに言葉足らずなほどの美貌を持ち、

191cmというモデルもビックリの超高身長、

学業成績は常にトップクラスであり、全教科満点の上杉風太郎に続く2位、加えて言えば、彼はほとんど勉強をしない。

あらゆるスポーツも、彼が少しかじれば、プロ顔負けのレベルにまで昇華できるほどの身体能力を持つ。

さらには、そのことを一切鼻にかけず、誰に対しても物腰の柔らかい穏やかな対応をする人の良さ、

社交的で、教師や生徒だけではなく、生徒の保護者たちからも信頼されている顔の広さで、誰からも慕われる人間性とカリスマ性。

 

 

どれをとっても、海斗を『天才』という言葉で片付けるには、あまりにも簡単過ぎて他の『天才』達が霞んでしまう。

 

 

故に人々は彼をこう呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『神童』と………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼が今、森の中で迷った妹を探す1人の少女の前に現れた。

何故海斗がこの場所にいるのか。

それは少し前に遡る………

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「………駄目です。電話にも出ません」

 

「恐らくサイレントモードにしているんだろうね……」

 

「もう、総介さんは……」

 

数十分前、宿舎のとある部屋に、海斗とアイナはいた。2人が揃っているのは、総介も入れて『とある話』をするために集まったのだ。それは、彼らが所属している大門寺家の対外特別防衛局『刀』に関する話である。無論、そのことを海斗は昼に総介に伝えたのだが、彼はこう返した。

 

「緊急を要することじゃねーんだろ?こんな時ぐらい忘れさせてくれや、ったく」

 

と、一切取り合わなかった。総介が言ったように、緊急の連絡というわけではなかったが、一応耳に入れておいて欲しいと総介を招集したのだが、緊急ではないことを知った総介は、林間学校の時はそういったことは忘れたいようで、すぐにその場を離れていった。なので、部屋には海斗とアイナだけが残っていた。

 

「一体どこに行かれたのでしょうか……?」

 

「もうすぐ肝試しの時間だからね。それが実施される近くの森に行ったんだろう」

 

「肝試し……ですか?」

 

肝試しは自由参加なので、参加しない生徒にとってはフリータイムとなり、各々が思い思いの時間を過ごしていた。海斗とアイナも、その内の2人である。

 

「多分総介の恋人も参加してるはずだから、彼女と一緒に回ってるんじゃないかな?」

 

「中野三玖さんとですか……はぁ、あの人は……」

 

総介は三玖と恋人同士になってからというもの、彼女に夢中になっている。片思いならまだマシになるだろうが、当の相手の三玖も、彼を愛しており、相思相愛の関係のため、余計にイチャイチャイチャイチャとしているのだ。総介爆発しろ。

それを海斗やアイナも知っており、海斗の場合は時々、三玖とのバカップルエピソードを聞かされていた。

 

「それか、彼は明人ほどじゃないけどイタズラ好きだから、もしかしたら驚かす方に行ってるかもしれないね」

 

「……仕方ありませんね。私が呼び戻してきます」

 

アイナは座っていた椅子から身を起こして、部屋を出て行こうとする。が、それを海斗が止めた。

 

「いや、僕が行こう」

 

「若様が、ですか?」

 

海斗も椅子から立ち上がって、アイナを止め、自分が行くと言った。

 

「森は広いけど、総介のことは僕の方が知ってるからね。どこにいるのか、大体分かるよ」

 

「しかし……」

 

「大丈夫、見つけたら必要事項を伝えて戻ってくるから、アイナはゆっくり休んでていいよ」

 

「………申し訳ありません」

 

アイナが謝ると同時に、海斗は上に紺色の厚めのセーターを来て、スマホをズボンのポケットへと入れる。

 

「何かあったら連絡するよ。アイナはそれまで宿舎で待機、それでいいね?」

 

「……"主"の指示ならば、逆らう訳には行きません。ですが、夜の森ですから、迷うことの無いようにお気を付けてください」

 

「ありがとう……行ってくるよ」

 

 

 

………………………………

 

 

 

こうして、海斗は総介を探しに単身、肝試しが行われている森へと向かい、ライトを照らして総介を探している途中に、遠くに見覚えのある人物を見かけた。

 

「……あれは?」

 

見ると、彼女は以前にアイナの写真で見せてもらった、総介の恋人である三玖の姉の二乃だった。彼女も肝試しに参加いたようだが、どうも様子がおかしい。

 

「五月ー、どこ言ったのよー」

 

どうやら逸れてしまった妹を探しているようだ。

 

(……この辺りには崖もある……)

 

そう海斗が周りの地形のことを考えていると、二乃の持っていたスマホのライトがフッと消えた。恐らく電池切れだろう。

 

(……まずいな)

 

二乃の妹のこともそうだが、このまま彼女を一人で歩かせるには、あまりにも危険だと判断した海斗は、彼女の元へと歩いていき、そして声をかけた。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫かい?」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

そして、話は前回の終わりへと戻る。

 

「………」

 

二乃は、海斗の顔を見たまま、固まってしまっていた。

 

 

……が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(か………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カッコいいいいいいいい!!!!!!)

 

 

心の中で、思いっきり叫んでいた。

元々、ワイルド系のイケメンが好みの彼女だが、面食いであることは間違いなく、そんな彼女が、海斗の容姿を見て反応を示さない筈がなかった。整った美しい顔立ちに、星のように輝いてるように見える銀髪。キリッとした力強い目元に、シャープな鼻筋。どれをとっても、文句の付け所が無いイケメン・オブ・イケメンだった。

 

(え、ウソ⁈何この人、超カッコいいじゃん!っていうか、大学生?大人?宿舎の人かな?何でこんなところに?)

 

二乃は海斗を見て、大学生か、大人だと勘違いした。何せ、高い身長に、大人びた青年の雰囲気を出しているイケメン。どう見ても他の男子達よりも年上に見えてしまう。と、暫く心の中で考えていると、海斗が再度声をかけてきた。

 

「……立てるかい?」

 

そう聞いて、海斗は二乃に手を伸ばす。

 

「え?あ……はい…」

 

二乃は海斗の手を取って、地面に座っていた体を立ち上がらせる。

 

(背、アイツより高い……それに、手もすごく綺麗で大きい)

 

二乃は立ち上がって海斗と向き合った時に、改めて彼の背の高さに口を開けて驚いてしまう。

彼女が最近出会った人の中で、一番背が高かった人物は総介(183cm)だった。だが目の前にいる海斗は、それよりも大きい(191cm)。それに、自分があまり力を入れずに立たせてくれたところを見ると、かなり力もあるようだ。体型は少し細く見えるが、大きく力のあった手のことを考えると、ナヨっとしているとは思えない。それに、自分に気を遣って、立つのを支えてくれたさり気ない優しさも、イケメン好きの二乃にとっては申し分なく、それも海斗を見つめてしまう要因となっていた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

思わず敬語になってしまう二乃。どうやらまだ海斗を年上だと思っているらしい。そんな彼女の言葉に、海斗はクスリと笑って返す。

 

「ははっ、いいよ、敬語じゃなくて。同級生なんだから、そんなにかしこまらないで」

 

「え、え?同級生?ウソ!?」

 

海斗の言ったことに、二乃は目を見開いて驚く。信じられなかった。目の前の青年が、自分と同じ高校生だということに。最低でも、大学生くらいだろうとふんでいたのだが、答えはまさかの『同級生』だった。それほどまでに、海斗の雰囲気は、自分が今まで関わってきた男子高校生とはまるで違う次元にいるほどに大人びていたのだ。

 

「本当だよ、『中野二乃(・・・・)』さん」

 

二乃は海斗の口から自分の名前が出てきた事に、驚愕する。

 

「!!私の……名前、知って……?」

 

「有名人だからね、君たち五つ子は。特に君のような可愛い子の噂は、よく流れてくるよ」

 

「!!!………」

 

海斗が自分の名前を知ってくれていたことと、自分のことを可愛いと言ってくれた海斗に、二乃は嬉しさで顔を真っ赤にしてしまう。

 

「そ、そんな、私……」

 

今までの強気の態度は何処へやら。今の二乃は完全に、恋する乙女へと成り果ててしまった。

 

 

 

どうしてこうなった?

 

と、海斗が顔を赤くした二乃に向かって尋ねる。

 

 

 

「見たところ、誰かを探してたように見えたけど…違うかな?」

 

「あ、はい……妹とはぐれちゃって……」

 

二乃はなんとか正気に戻り、海斗の質問に返す。そして、今度は二乃の方から海斗へと尋ねた。

 

「あ、あの……」

 

「ん?どうしたの?」

 

手をモジモジとさせて頬を赤くしながら、二乃は勇気を出して彼に尋ねた。てか、誰だお前?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、名前、教えてくれませんか?」

 

「………」

 

その質問に、海斗は少し間を開けてから、自分の名を名乗った。

 

 

 

 

 

 

「……僕は大門寺海斗、よろしく」

 

「だいもんじ……かいと、君……」

 

二乃はその名前に聞き覚えがあった。それは、今の学校に転向して、アイナをはじめとした他の友人が何人かできて、彼女らと話をしていた時に、海斗のことが話題になった。海斗はこの学校で一番の有名人であり、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、実家は超大金持ち、人当たりもよく、自分のことを鼻にかけないため、多くの生徒たちから信頼され、女子たちの憧れの的だということを聞いた。

そして、その話を聞いた二乃も、彼を一目見てみたいと思っていたのだが、あいにく、写真の類は誰も持っていなかった。それは、先生たちが、生徒に海斗の写真を故意に撮らないように警告していたからであり、万が一写真を撮ったことが発覚すれば、写真をフォルダごと『全て』消去される上に、厳しい罰則が課せられてしまうからだ。従って、海斗の容姿を確認するには、彼を直接目にするしか無いのだが、彼は休み時間になると、まるで消えたかのようにフラッと何処かへといなくなるのだ。それも、1人の男子生徒(総介)とともに……

 

そんなこともあって、海斗はこれまで、二乃はおろか、五つ子と誰一人とも会わずに、過ごしてきた。いや、関わるのを避けてきたと言うべきか……しかし今宵、ついに、五つ子のうちの1人との接触をしてしまったのである。

 

「あなたが、『大門寺海斗』君だったのね……」

 

「その様子を見ると、僕のことを知ってるようだね?」

 

「すごく、噂されてたから……カッコよくて、頭も良くて、運動もできる人だって……」

 

「買い被りすぎだよ」

 

二乃の言った事に、海斗は表情を変えずに返した。

 

「噂が一人歩きしすぎてるだけだよ。僕はそれほど有能じゃない」

 

よく言うよ、学年2位の成績でアスリート並みの身体能力持ったイケメンのくせに……

 

「そ、そんな!」

 

そんなことない、とも二乃は言おうとしたが、海斗がそれを止めて言葉を続けた。

 

「妹とはぐれちゃったんだろ?なら、直ぐにでも探さないとね」

 

「……う、うん」

 

話をここで区切って、海斗はライトを周りに照らしながら最適な道を選んで歩き出そうとする。

 

「僕も手伝うよ。ここの森は一歩間違えたら危険だ。君一人で行かせたら、君も危ない目に遭いかねない」

 

「い、いいの?海斗君も人を探してるんじゃ……?」

 

この女、ちゃっかり下の名前で読んでやがる。森の中で超絶イケメンに出会えたことで、気分はもう有頂天なんだろう。が、海斗は別にそんなことを気にするような男ではないので、何もなかったかのようにスルーした。

 

「僕の探してる人は後回しでも十分見つかる奴だし、最悪放って置いても勝手に帰ってくるさ。

それよりも、早く君の妹を探そう。時間が経てば経つほど、見つけ辛くなる」

 

 

「う、うん。分かったわ」

 

海斗が先を歩いて、二乃がそれについていく。海斗の背中を見ながら、二乃は先を行く彼の背中を見て、その頼もしさに心を打たれてしまう。

 

(アイツらとは、全然違うわね……)

 

二乃は頭の中に、ゴチャゴチャと文句やらなんやら言い返してくる家庭教師と、死んで欲しいほど嫌っているその助っ人を思い浮かべて、海斗と比べる。彼女の中での男の像が、海斗一人によって全て覆された。

 

 

 

この人なら……

 

 

 

 

そういうわけで、二人は五月を見つけるまでの間、暫く行動を共にする事にした。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「……へぇ、普段はみんなのご飯も作ってるんだ。二乃ちゃんは料理得意なんだね」

 

「ええ。他の子たちがあまり料理しないからっていうのもあるけど」

 

「じゃあ僕も一回食べてみたいな。二乃ちゃんが作った料理を」

 

「も、もちろん!海斗君が食べたいなら、お弁当だけど、作ってくるわ!」

 

「ふふっ、ありがとう。期待してるよ」

 

それから十数分ほど経ち、二人並んで歩いている最中にも、何気ない会話で話は続いていた。二乃は海斗の一言一言に、胸がキュンキュンと鼓動を高鳴らせ、頬がリンゴのように赤くなってしまう。

それに加えて、話をしてみれば、そこら辺の男子どもとは比べ物にならないほど大人びており、一つ一つの言葉に説得力と重みもある。ただイケメンなだけではない。精神的にも成熟しており、常時冷静で落ち着いた態度で、自分を気遣ってくれる。二乃はそんな海斗に、完全に"ぞっこん"となっていた。

 

(あ〜んもう!なんで今までこんなステキな人と会わなかったんだろう私!)

 

二乃をはじめとして、五つ子は全員海斗の存在を知らなかった。いや、それぞれに耳にしていたのだが、結局それまでであり、半ば伝説のようになっていたのだ。

ちなみに、三玖は総介が大好きなので、海斗の噂などこれっぽっちも気にかけていなかった。

 

何故海斗の存在が噂で止まっているのかというと、それは彼が世界経済界のトップに君臨する財閥の跡継ぎでもあり、その中の世界最強の特殊部隊の所属のため、あらゆる手段の根回しで彼の存在を極力消しているのが原因なのだが……と、二乃には一つ気になることがあった。

 

「ねぇ、海斗君?」

 

「どうしたんだい?」

 

「さっきから普通に歩いているけど、道分かるの?」

 

二乃は海斗の後をついていってるだけなのだが、その彼が、なんの迷いもなく森の中を進んでいるのだ。二乃はそれが気になって海斗に尋ねた。

 

「覚えてるからね、来た道を」

 

「お、覚えてるの?」

 

「ここに来るまでに見た木の形や、配列は全部僕の頭の中に入っているから、それを辿って戻れば、ひとまずは森を抜け出せる。もしかしたら君の妹も、既に森から出ているかもしれないからね」

 

「す、すごい……」

 

『絶対記憶』

海斗には、見たものを即座に頭の中に記憶し、それを必要なときに瞬時に取り出すことができる天性のスキルを持ち合わせている。彼が普段、勉強をほとんどせずに最高クラスの成績を残せるのも、この絶対記憶が助けになっているからに他ならないのだ。まあ、それだけではなく、ちゃんと読解力や計算力、応用力も海斗には十二分に備わっているのだが……

その甲斐あって、海斗はただ闇雲に森の中を歩いているのではなく、来た道を自分の記憶と照らし合わせて戻っているのだ。

 

「本当にすごいわね、アイツとは大違いよ」

 

「アイツ?」

 

「自分の成績をこれ見よがしにひけらかしてくる奴がいるのよ。本当ムカつくわ〜」

 

「………」

 

二乃の言ってる人物を、海斗は風太郎のことだと理解するには秒もいらなかった。今ここで、彼の存在を言えば、なぜ知っているのか聞いてくるだろう。色々とごまかせはするが、もしかしたら二乃は、自分と関わってきた人物を思い返すかもしれない。そうすれば、いくら馬鹿の二乃でも、総介との関わりにたどり着くはずだ。

彼女が総介を目の敵にしているのは、海斗も本人やアイナからよく聞いている。今自分が総介と幼馴染だとバレて、それにショックを受けた二乃が、単身どこかへ行ってまた迷子になる事態はできれば避けたい。それに……

 

(……結構面白い子だしね)

 

彼は二乃ことを以前から総介やアイナに聞かされていたが、実際に本人を見て、海斗は彼女を面白いと興味の対象として見ていた。今まで人生の中でそんなに会ったことのないタイプの二乃に、彼は若干興味が湧いたのだ。

 

 

と、ここで二乃が何かに気づく。

 

「!……ねぇ、何か、声みたいなの聞こえない?」

 

「声?」

 

「うん……」

 

「………いや、僕には聞こえなかった」

 

「そう……」

 

と、その時

 

 

 

 

 

 

『あああ……』

 

「「!」」

 

遠くから、何やらうめき声のようなものが、二人の耳に確かに聞こえた。二乃は驚きのあまり、海斗の背中にくっつき、海斗も彼女を庇うように声の方向から二乃の前に立つ。

 

「……今の声かい?」

 

「そ、そう!この声!」

 

「………」

 

海斗は幽霊を信じている訳ではないが、頑なに信じないというわけでもなく、もしもの場合も存在すると柔軟な思考を持っているので、その場での対応力や適応力も持ち合わせていた。

 

「……今はとにかく、先を急ごう」

 

「わ、分かったわ……!」

 

声を気にするよりも、海斗は先に森を抜け出すことを選択した。海斗の提案に二乃も賛成し、そのまま歩き出すと、二乃が横に抜けた道を見つけた。

 

「この道の方が楽そうだわ。こっちからいきましょう!」

 

「ん?……!」

 

海斗は二乃の方を振り向いて、その道を確認すると、何かに気付いて止めようとする。

 

「ほら、森も抜け出せる」

 

それよりも早く、二乃が走り出していく。

 

 

 

 

 

 

 

「二乃ちゃん!駄目だ、そっちは!」

 

海斗は二乃の走り出した方向に何があるのか、気付いていた。しかし、二乃はそのまま足を止めずに、足を出して地面を踏もうとしたが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!………え?」

 

二乃は地面の感触が無いことを感じ、下を向いた。そこに地面は、無かった。

 

 

 

 

いや、はるか下に存在した。

 

 

「あ……」

 

彼女やようやくそこで、崖だということを自覚した。そして、頭の中で一瞬、大好きな姉妹たちや友人、そして遠い昔に大好きだった『母』のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

「!!!!」

 

 

 

自分の手を何かに掴まれ、真っ逆さまに落ちようとしていた身体が、急にふわりと浮く。

 

「くっ!!」

 

二乃の腕を掴んだ海斗が、力一杯に引っ張り、彼女を引き揚げた。

 

ガシッ!

 

ドサッ!

 

「キャッ!」

 

思いっきり引っ張った反動で、海斗は二乃を胸元に収めたまま、仰向けに倒れる。幸い、雑草がクッションとなって、強く打つことは無かった。

二乃は海斗に抱きかかえられたまま、そのまま彼の上に一緒に倒れ込んだ。

 

「……危なかった……二乃ちゃん、大丈夫かい?」

 

「う、うん……ありがとう……」

 

二乃は海斗の胸におさまったまま、顔を赤くして礼を言った。

 

二乃はもう死ぬかと本気で感じ、走馬灯も頭の中で駆け抜けたが、その絶望の縁から、海斗が自分を救ってくれた事に、心から感謝すると同時に、彼がもう、自分というお姫様を助けに来た白馬の王子様にしか見えなくなった。妄想ですありがとうございます。

 

彼女の顔が、真っ赤に染まり、心臓の鼓動が早くなる……

海斗はそのことを知ってから知らずか、抱きしめていた二乃をゆっくりと離して、座り込ませる。

 

「怪我はない?」

 

「う、うん。大丈夫……」

 

「そうか、よかった……この辺りは崖が多いから、十分注意して進んだ方がいいよ」

 

「……ごめんなさい……」

 

海斗の優しい警告に、素直に謝罪する二乃。本当に誰だお前?

そして、海斗はそのまま立ち上がり、服についた草を払って再び歩き出そうとしたが、二乃はそうはいかなかった。

 

「……立てそう?」

 

「……ごめん、ちょっと動けないかも……」

 

一瞬とはいえ、本当に死ぬかもしれないと思ったのだ。実際に、海斗がいなければ、最悪崖から真っ逆さまに落ちてデザイアー♪……じゃなくて死んでいたかもしれない。その恐怖が、今になって二乃に降り注ぎ、全身が震えて立ち上がらなかった。が……

 

「その……海斗君」

 

「何だい?」

 

「………怖いから……手、握って……」

 

「………」

 

「って!初対面の男子に何言ってんだろ!今のなし!」

 

二乃はすぐ否定したが、彼女はこの状況をも利用し、海斗とイチャつくことを選択した。それは天然なのか、計算なのか……いずれにしても、二乃が死の恐怖に慄いてしまって立ち上がれないのは、確かである。が、この女はそれをいいことに積極的に海斗へスキンシップを求めてくる。

 

 

やれ(おっと)ろしいことじゃ!

 

と、両者が一瞬沈黙したところで、二乃が引っ込めようとした手を、海斗が優しく包み込み、ゆっくりと引っ張る。

 

「え?……」

 

彼女も、手に伝わる感触と、先ほどまでに震えていたのに、ふわりと起き上がる体に、疑問を感じたが、引かれる手に決して逆らうことなく、そのまま立ち上がった。

 

「……これでいいかい?」

 

「あ……」

 

海斗が持ち上げた手には、二乃自身の小さな手が、繋がれていた。彼女は互いの握られた手を見て、赤面するが、同時になんの躊躇いもなく自分のお願いを聞いてくれた海斗に、心臓を射抜かれてしまった。

 

「……ありがとう、海斗君」

 

「どういたしまして」

 

海斗は赤くなった二乃の礼を、穏やかに微笑みながら返した。多分、この微笑みを見た女子は全員、海斗に心臓を今度はビームライフルで射抜かれて倒れてしまうだろう。もちろん、二乃も例外ではない。

 

「……!!!」

 

海斗の優しい微笑みに、二乃もまた、倒れそうなほどに胸キュンしていた。おい。誰かコイツら止めろ!てかさっさと五月探せや!

が、しかし、なんとか正気を保ち、二乃は気絶することは無かった。

二人はそのまま歩き始め、しばらく森の中を進んだところで、二乃が海斗に『あの事』について尋ねた。

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、海斗君」

 

「どうしたの、二乃ちゃん」

 

「海斗君は『キャンプファイヤーの伝説』のこと、知ってる?」

 

「……ああ、キャンプファイヤーの終了の瞬間に踊っていたペアは結ばれるって言う伝説のことだね?」

 

「う、うん、そう!……でね、あの伝説って結構大雑把だから、手を繋いでるだけで叶うって話もあったりで、生徒たちは脇でこっそりやってるみたい」

 

「……らしいね」

 

「………それでね、海斗君」

 

二乃はその瞬間、海斗の手を離して、彼の前に立ち、正面と向き合う。そして、スカートの裾を両手で摘んで持ち上げ、姿勢を低くして、彼女は海斗へと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大門寺海斗君

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私と踊ってくれませんか?

 

二乃は自分の中に秘めた全ての想いを込めて、海斗へとダンスパートナーの申し込みをした。

 

 

「…………」

 

 

 

「……待ってるから」

 

 

「……二乃ちゃry」

 

 

 

ガサッ!

 

『あぁああぁ……』

 

「「!!」」

 

海斗が二乃に何かを言おうとした瞬間、奥から先ほどのうめき声と、草木をかき分ける音がした。それは、だんだんと二人に近づいてくる。

 

「さっきの……」

 

「………」

 

海斗も少し警戒する。そして、音と声がすぐそばまで迫ってきた。

 

「……来るっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガササッ!

 

 

 

「わあぁあぁ……二乃ぉ……どこ行ったんですか〜」

 

ガサッガサッ

 

「………」

 

 

それは、草木をかき分けて、泣きながら二乃を探す五月だった。

 

「五月!」

 

「ふぇぇ」

 

五月は二乃に名前を呼ばれて、そちらを向く。

 

「あんた紛らわしいのよ!」

 

「よかった〜心細かったです〜!」

 

先ほどのうめきも、全部は五月の声だったのだ。二乃からすればなんとまぁややこしいことだろう。

五月は二乃を見つけるなり、全力で走って二乃へと駆け寄った。二乃もなんやかんやで妹が心配だったようで、ようやく会えたと一安心する。

 

「もう帰るわよ」

 

「二乃はよく一人で平気でしたね」

 

「違うわ、私は……!」

 

そう言って振り向いて、海斗を紹介しようとした二乃だったが、その後ろには、誰もいなかった。

 

 

 

「あれ……?」

 

「?どうしました?」

 

二乃の様子を、五月が少し不思議に思う。しかし二乃は、何事も無かったかのように返した。

 

 

 

「ううん、なんでもないわ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……待ってるから」

 

 

 

 

いなくなってしまったが、『彼』は確かに存在した。かねてより少し会いたいと思っていた人は、たった数分で、自分を虜にした。

 

 

 

 

 

 

 

必ず、また会えるだろう

 

 

 

 

 

 

その時は………

 

 

 

 

 

 

 

 

二乃は、海斗と繋いでいた手を握り締めて、明日のキャンプファイヤーを待ち望むことにした。

 

 

そして、二乃と五月の2人は色々あったが、森から抜け出して、宿舎へと戻ることに成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「……危なかった」

 

一方、海斗は五月の姿を確認すると、木の影に隠れて、その場をやり過ごした。

 

("彼女"にはまだ、会うわけにはいかないからね……)

 

林間学校初日に、五月は総介の元まで足を運んで、海斗の姿を見ていた。五月自身はさほど気にしてないように見えたが、万が一のことを考えて、海斗は五月と会うのは避けたかった。五月を介して二乃に自分のことがバレてしまえば、総介やアイナに迷惑がかかると思ったからである。特にアイナは、二乃と『親友』のような関係を築いているため、今は彼女と総介の関係を結びつけては絶対にいけない。

そう思いながら海斗は、2人がその場を離れて、元の道へと戻っていったのを見計らい、再び総介を探すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして……

 

 

 

 

「お、海斗じゃねーか」

 

「まったく探したよ、総介」

 

「何だよ、お前も肝試しに来たのか?」

 

「そうじゃなくて、君を探しに来たんだよ」

 

「俺?……ああ、例のやつな……別に林間学校終わってからでいいだろうよ〜」

 

「まぁそうだけど……アイナが呆れてたよ」

 

「んな林間学校来てまで『刀』のことなんか考えてんじゃねーよ、ちったぁ休んで羽伸ばせって伝えとけ」

 

「はぁ……そうするよ。僕も少し疲れたしね……」

 

「?……そうだ。ところで海斗、途中で三玖の姉妹たち見なかったか?2人なんだが、肝試しのコース外れて迷っちまってよ……」

 

「ああ、それなら大丈夫。偶然出会って道を案内して、無事に戻っていったよ」

 

「そうか、それならよかっ………え?出会った?」

 

「いやなに、本当にたまたま姉妹の子の1人と出会って、その子としばらく行動を共にしただけだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

(……………まさか)

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ちなみに、それはどっちだ?」

 

「?二乃ちゃんだけど?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………二乃ちゃんだけど?」

 

「2回も言わんでいい………はぁ……んで、あのヒス女はお前と会ってなんか言ってたか?」

 

「とても赤い顔をしながら、ダンスパートナーを申し込まれたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………」

 

 

 

総介はここで、先ほどへし折れたフラグの音が、気のせいではなく本物だったと確信したのだった。

 

(本当にすまん、原作の上杉……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに……

 

 

 

 

「……ていうかお前、ダンスパートナー誘われたの、何人目なんだよ?」

 

「二乃ちゃんでちょうど50人目だね」

 

 

「…………海斗、お前爆発しろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前もな、総介。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本年最後の投稿が『総介と三玖』じゃなくて『海斗と二乃』になるとは……総介に殺されそうだ。


というわけで、今年一年本当にありがとうございました!また来年お会いしましょう!皆さん、良いお年を!!
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
本当に気に入ってくださったなら、高評価とお気に入り登録、お待ちしてます!マジでショックだったんです、あの夢!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39.体育倉庫とかでチョメチョメしようとすると100%誰か入ってくる

新年あけましておめでとうございます!
2020年も『嫁魂』をよろしくお願い申し上げます。




新年一発目の投稿ですが、中々に苦しかったです。何度頭を抱えたことか……


二乃が海斗と運命的な出会い(二乃視点)を果たしている頃、先に風太郎たちの元へと到着し、正規のルートで肝試しに回っていた一花、三玖のペアは、少し立ち止まって、話をしていた。

 

「三玖は、どうして浅倉君を好きになったの?」

 

 

 

「……『どうして』……」

 

一花の質問に、三玖は少し戸惑ってしまう。何故そのようなことをいきなり聞いてきたのか……しかし、三玖は質問されたからには、答えようと考えた。元より、一花の質問は、答えられないようなものでもなかったし、答えなければ先に肝試しを進められないような気がした。

 

「……ソースケは、優しいし、私のことを大事にしてくれる。それに普段はあまり表に出さないけど、私以外にも、フータローやみんなのことをちゃんと見ている……それに……」

 

「……それに?」

 

一花がそう尋ねると、三玖は少し俯きながら頬を赤くする。

 

「……私を守ってくれた時、すごくかっこよかった……」

 

「守ってって……花火大会の時?」

 

「うん……」

 

三玖は一花の質問に頷くと、花火大会の日の出来事を話し始めた。

 

「私ね、あの日、何人も男の人たちに囲まれて………すごく怖かった。

 

 

 

でも、ソースケは……怖がらずに、怒って……男の人を、1人倒して……私を抱えて、ずっと走り続けてくれた……」

 

「……なんとまあ」

 

一花は三玖から花火大会の時の事を具体的に聞くのは初めてだったため、総介がとった行動に少し驚いてしまった。

三玖はあの日のことを、鮮明に覚えていた。

何人もの不良の男たちに囲まれ、これから自分がされることを想像して、恐怖で震えてが止まらなくなってしまった。彼女が出来ることは、後に恋人となる総介にしがみつくことだけだった。

しかし、総介1人に頼っても、多勢に無勢。1人と10人近い不良相手では、結果は分かりきっていた……

 

 

 

 

筈だった。

 

 

 

 

三玖が恐怖で慄いていたのに対し、総介は不良達に怒り、挑発をして、殴りかかってきた不良の1人をカウンターで倒したのだ。

その瞬間を、三玖はちょうど目を開けたところで、目撃していた。

不良の顔面目掛けたストレートを、総介は軽く避けて、相手の懐に入って、アッパーカットを決めた。

その後すぐ、彼は三玖をお姫様抱っこで抱えて、何十分も逃げ続けた。

 

「その時なんだと思う……ソースケが好きだって自覚したのは……その前も、好きだったんだと思うけど………ハッキリと好きって出てきたのは、ソースケが私のために、守ってくれた時……」

 

あの時、三玖は総介1人だったにも関わらず、彼は10人近い不良の集団に一切臆することなく、体を張って自分を守ってくれた。元々総介に好意的な三玖だったが、あのような出来事がきっかけとなり、彼女は総介に対する好意を自覚した。あの後に、三玖は総介に告白しようとしたが、二乃からの電話の邪魔が入ったため、その場は持ち越しとなったが、総介への愛は消えることなく、数週間後に恋人同士になることに成功したのだ。花火大会の出来事が、三玖の総介に対する意識を決定付けたのは、間違い無いだろう。

 

「だから、私はソースケが好き。私をいろんな事で助けてくれた……だから私は、ソースケのために、何かできることがあれば、……してあげたい……」

 

「……そう……」

 

一花は、三玖の答えを聞き、一応は理解はしたが、まだどこか腑におちないようだ。と、ここで次は三玖が尋ねてきた。

 

「……ねぇ、一花」

 

「ん、どうしたの?」

 

「どうして、そんなことを聞くの?」

 

三玖は、何故一花が、そのようなことを聞いてきたのか、純粋に疑問に思った。何もこのタイミングで、総介を好きになったことを聞いてきたのか……

次の瞬間、一花がゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

「………三玖は今、幸せ?」

 

「……え?」

 

一花の突然の質問返しに、三玖は思わず声をあげてしまう。

 

「幸せ?」

 

一花はもう一度、三玖にはっきりと質問した。三玖は少し目線を下げて考え、首を縦に振った。

 

「うん……幸せ……」

 

「………そう……」

 

「……一花、何を」

 

「私ね」

 

一花が三玖の言葉を遮り、そのまま話をし始めた。

 

「三玖が浅倉君と一緒に寝てる時の顔、見たんだ」

 

「!!!」

 

三玖は一花の言ったことに、昨日の寝顔を見られたことを思い出して、両手を頬に当てて顔を赤くした。が、一花は気にせずに話を続ける。

 

「すごく幸せそうな顔だった。三玖だけじゃなくて、他のみんなでも、あんな顔見たこと無いぐらい、幸せそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さんが生きてたときみたいに」

 

「………」

 

三玖は一花の言葉に、昔を思い出す。かつて、母と一緒に暮らしていた時のことを……

 

 

決して裕福では無かったが、あの頃は本当に幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母がいなくなる、『あの日』が来るまでは……

 

 

 

「一花………」

 

「………前に、五月ちゃんが言ってた、お母さんの言葉、覚えてる?」

 

「………」

 

「『喜びも、悲しみも、怒りも、慈しみも、私たち全員で五等分』だって……

 

 

『誰かの失敗は、みんなで乗り越えて、誰かの幸せは、みんなで分かち合うこと』だって……」

 

「……うん……」

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、今の三玖の幸せは、みんなで分かち合えてるのかな……」

 

 

 

「!……それは……」

 

 

一花の一言に、三玖は言葉を詰まらせてしまった。

確かに、今の三玖は幸せだった。初恋の人の総介と相思相愛で恋人同士になり、その後も順調に関係を進めて、つい数日前には、共に夜を過ごすまでに至った。

今のところは、喧嘩の一つもないラブラブな二人であり、互いが相手を尊重し合い、それを苦にしない、恋人としてはこの上なくベストな関係を築けている。

 

しかし、それは『三玖個人』の問題だ。

 

母が言った通り『誰かの幸せは、皆で分かち合うこと』とするなら、今の三玖の幸せは、皆で共有すべき幸せだ。しかし、実際はどうだ。

 

明らかに、三玖と総介の関係を良く思っていない姉妹が一人いる。それに、学生での恋愛は不純だと、表立っては口にしないものの、あまり前向きには捉えていない者もいた。

 

残りの二人は、三玖と総介の関係を応援してくれると言った。しかし、そのうちの1人、長女の一花が今、そのことを三玖へと投げかけている。

 

「……私は、三玖と浅倉君の仲は応援してるよ。でも、二乃があれだけ嫌がってるのも、少しわかっちゃったんだ」

 

「………」

 

「いつか私たちはみんな、別々の道を歩むことになるんだって……そう考えたら、少し不安っていうか、怖くなっちゃって……」

 

「……一花……」

 

一花は話を途中で切って、ははっと笑いながら三玖へと謝った。

 

「ごめんね。こんな事言っちゃって。……何言ってんだろうね、私………そんなの、当たり前の事なのに……」

 

「………」

 

「少し寒くなってきたし、先に進もう。さっきのことは忘れて、三玖は三玖で楽しんで、ね。」

 

一花は三玖に謝り、そのまま歩き始めて、彼女を追い越して先を歩き始めた。

 

三玖はその長女の背中を、黙って見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

忘れられるわけがなかった。あの言葉を………母の言葉を……

 

 

 

 

「………私たち5人は、平等……」

 

辛いことや、嬉しいこと。困難や幸福は、5人みんなで分ち合う……平等に………

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さんや、一花が言ってたのがそういうことなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしかして、ソースケが私にくれる『幸せ』も

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソースケが、私に誓ってくれた『愛』も

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなで分ち合わないといけないの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………私は………」

 

 

三玖の中でも、何かに亀裂が走る音がした。しかし、それに気づいたのは、一花や本人含めて、誰もいなかった。一度ヒビが入れば、あとは割れるのを待つばかり………

 

 

 

『何か』の崩壊が、彼女達の中で始まっていた…………

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

肝試しも終わり、全ての生徒たちはログハウス風の宿舎で自由な時間を過ごしていた。その中で……

 

 

 

 

 

「あ〜〜、林間学校がいつまでも続けばいいのに〜♪」

 

一際機嫌の良い生徒が1人いた。まあ二乃ですよ。海斗に会ってしまった二乃ですよハイ。

彼女は頬を赤くさせて、今まで見たことないような満点のスマイルを浮かべながら宿舎を歩いていた。

 

「………ご機嫌だな、いいことでもかあったのか?」

 

「教えなーい。明日驚かせてあげるわ」

 

そんな中で、風太郎とすれ違うが、一切相手にせずに通り過ぎていく。

 

「気になるなー、教えてくれよー」

 

「…………」

 

「……なんだよ一体?」

 

いつになく上機嫌な二乃が気になって食い下がってみる風太郎だが、二乃は無視を決め込んでその場を去って行った。

と、その場を通る風太郎の知るもう1人の人物が、何やら外へと出て行こうとしていた。

 

「四葉、どこに行くんだ?」

 

「あ、上杉さん!はい、これから明日のキャンプファイヤーの準備をしに行くんですよ」

 

「キャンプファイヤー……」

 

例の伝説のアレか……と、風太郎は考えながら、この後に準備をしに行く四葉のことも考えてみる。

外に先程出ていたが、かなり風が寒く感じた。なるべく早く終わらせて屋内に入らなければ、体調を崩しかねないだろう。

 

 

(…………)

 

 

 

 

 

 

 

『どんな生き物でもな、“借り"はぜってー返さなきゃいけねーんだよ』

 

 

 

 

 

『貸したさ。テメーは俺にデケェもんをな』

 

 

 

 

 

(借りは、必ず返さなきゃいけねー……)

 

 

 

林間学校初日の朝に、総介が言ってた言葉。彼は三玖と自分を巡り合わせてくれた『借り』を返すためだけに、自分のことを後回しにして、風太郎を迎えにきてくれた。あの時、風太郎は総介と、そのきっかけを作ってくれた五月に(心の中で)この上なく感謝した。

 

 

ならば、今自分がすべきことは……

 

 

 

 

 

総介の存在が、少しではあるが、風太郎をも変えようとしていた。

 

 

「………上杉さん?」

 

考え込む風太郎を、四葉が心配そうに顔を覗く。すると、風太郎が突然口を開いた。

 

「……なぁ、四葉」

 

「は、はい、何でしょうか?」

 

 

 

「……俺もキャンプファイヤーの準備、手伝っていいか?」

 

その一言に、四葉が「えっ?」と驚きの声を上げる。

 

「い、いいですけど……どうしたんですか、いきなり?」

 

普段の彼は、総介ほどではないが、他人にはあまり干渉しない。そんな彼が、行事の手伝いを率先して行おうとしている。四葉は少し不思議に感じ、風太郎に尋ねた。

 

「ほ、ほら、肝試しの時、お前も手伝ってくれて、すげー助かったからな……その……その時の『借り』を返させて……くれないか?」

 

風太郎は横を向いて、頬を少し赤くして照れながら四葉に聞いた。それを言われた四葉はというと……

 

「う、上杉さん〜……」

 

目を潤ませて感心していた。彼は血も涙もない冷血人間(失礼)だと思っていたが、今の風太郎の発言に、涙が出そうなほどの感動が、四葉の体をジーンと駆け巡っていた。

 

「上杉さんは他人に氷のように冷たい非情人だと思ってたのに……上杉さんにも人の心は残ってたんですね!私、感動しました!」

 

「そう言われても、全然嬉しくないんだが……」

 

全然褒められた気がしない四葉の言葉に冷静にツッコむ風太郎。普段彼はどんな人間だと思われているのかを知り、遠くを見つめてしまう。

 

「そうと決まれば、善は急げです!上杉さん、早速行きましょう!」

 

「ちょ!引っ張らなくていい!自分で行けるわ!」

 

テンションの上がった四葉は、風太郎の手を引っ張りながら、準備の作業をする場へと走って行った。その場で何人もの生徒に見られるのを、風太郎は恥ずかしがりながらも四葉にされるがままに引っ張られていく。

 

(……うまくいった……のか?)

 

総介のように自然体で言えたとは思えないが、どうやらその気持ちは四葉には伝わったようだ。

そのことに風太郎は一安心しつつ、四葉に手を引かれながら倉庫の方へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこでもまたトラブルが待っているとは知らずに………

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく経ったところで、ここまで出番の無かった総介はというと……

 

「ったく、アイナの奴……グチグチグチグチ、うるせぇったらありゃしねぇ……」

 

肝試しの後、海斗と共に宿舎へと戻った総介に待っていたのは、アイナからの説教だった。

やれ「『刀』としての自覚をちゃんと持ってください」だの、やれ「いかなる場合でも報告はちゃんと聞くべきです」だの、グチグチグチグチと堅い言葉を聞かされたが、海斗が仲介してくれたことと、総介の、

 

「俺は今は休養中の身だって言ったろうが。それに、林間学校ぐれ〜自由にさせてくれや。お前は色々と細かく考え過ぎなんだよ。たまには色んなもん忘れて羽伸ばせ。んなんじゃ一生疲れとれねぇぞ」

 

という言葉で、ようやく沈黙したのだった。その後に、総介は宿舎の自販機まで行き、ソウルドリンクのコーラを買って飲んでリラックスしていた時、よく知る人物が声をかけてきた。

 

 

 

 

 

 

「ソースケ」

 

彼が声のした方を向くと、そこには恋人の三玖と、後ろに五月がいた。

 

「三玖………それと肉まん娘」

 

「『それと』って何ですか!?私はついでですか!?」

 

オマケ扱いされた五月が総介に向かって吠えるが、彼は気にするそぶりも無く、三玖の方へと目を向ける。彼女の表情は、何故か芳しく無かった。

 

「どうしたの?何かあった?」

 

総介が三玖に尋ねると、三玖は用件をすぐに話しはじめた。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「長女さんがいない?」

 

「うん……もうすぐ消灯の時間なのに、誰も見てないって」

 

三玖が言うには、先程から一花の姿が見当たらないらしい。彼女の言う通り、消灯時間も迫ってきているので、心配なようだ。

 

「浅倉君は一花を見ていませんか?」

 

「んや、肝試しで会ってからっきり見てねぇよ」

 

「そうですか……」

 

誰も一花を見ていない……これでは、あとは闇雲に探すしかないのだが、時間がかかってしまう。

どうしたものかと、3人が考えていると、総介の背後からこちらを呼ぶ声がした。

 

 

「あ!三玖、五月、浅倉さん!ちょうどよかった!上杉さんを見ていませんか?」

 

背後から走ってきた四葉が、風太郎の居所を聞いてきた。

 

「四葉……」

 

「上杉君、ですか?……見ていませんが」

 

「てか、行方不明者多過ぎじゃね?」

 

一花に続いて風太郎まで行方をくらますとは……総介は知り合いがこうもポンポンと行方不明になる状況にツッコんだ。まあ肝試しでは二乃と五月もそうなっちゃいかけたからね……総介のせいで。

「一緒にキャンプファイヤーの準備を手伝ってくれてたんだけど、途中でどこにいるか分からなくなっちゃって……」

 

四葉が風太郎が行方不明になった状況を説明していると、ここで五月も、一花の居場所を知らないかと四葉に尋ねる。

 

「四葉、上杉君もそうですが、一花を見ていませんか?」

 

「一花?」

 

「フータローと同じく、一花を誰も見てない……」

 

「え、一花なら、私や上杉さんと一緒に、さっきまでキャンプファイヤーの準備してたよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「……………え?」」」

 

 

四葉の発言に、3人が固まってしまった。

 

 

 

「え?ど、どうしたの?」

 

突然その場にいた全員が固まってしまったため、四葉はあたふたして皆に目を移す。すると、総介が気を取り直して四葉へと質問をした。

 

「おい四葉、それっていつのことだ?」

 

「え?……さ、さっきです。30分も経っていません」

 

「どこでどんな作業してた?」

 

「えっと………倉庫から丸太を持ち出して、広場に運んで行きました」

 

「……倉庫?」

 

「はい。ここから少し離れた場所にある、木材や色んなものが置いてある倉庫です」

 

「………」

 

総介は四葉から聞いた倉庫の話を聞き、少し考えに図った。

そして、四葉へと自身のまとめた考えを話す。

 

「………多分、その倉庫だな、2人は」

 

「「え!?」」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

総介の言ったことに、三玖と五月が声上げて、四葉もそれに続き、総介に話しかける。

 

「で、でも、倉庫は誰もいませんでしたし……鍵もかけちゃって……」

 

「倉庫の中までちゃんと見たのか?」

 

「い、いえ。入り口だけです……」

 

四葉の答えを聞き、総介は更に話を続けた。

 

「だったら尚更、そこにいる可能性が高いな。2人を宿舎で見ていないなら、その倉庫の中か、それ以外なら外だが……外にいるなら、寒さですぐ帰ってくるだろうが、その気配は無い。なら、何かしら帰れない事情があるつーこった。例えば……どこかに閉じ込められてる、とか」

 

「あ……」

 

「……では、一花と上杉君は」

 

ここで、五月が総介へと尋ねるが、どうやら彼女も答えが分かっているようだった。

 

「今ごろ鍵かかった倉庫で2人っきりでチョメチョメでもして体温めてんじゃねーの?」

 

「チョメチョメ……」

 

「あ、浅倉君!破廉恥です!」

 

「オメーは古手川かよ」

 

「さ、さすがにチョメチョメは……」

 

四葉は否定しようとするが、最近の一花を見ていると、もしかしたらこれを機に風太郎と本当にそうなっているかもしれないと、完全には否定出来なかった。

 

「ま、上杉はそんなオツムは持っちゃいねぇし、恋愛なんざ勉強の邪魔だっつーような奴だ。流石にそこまではなっちゃいねぇかもしんねぇが、倉庫には暖房とかは置いちゃいねえ筈だ。もしかしたら、寒さをしのげずに震えてっかもな」

 

「そ、そんな!」

 

「わ、私、急いで先生から鍵貰ってきます!」

 

「私も行く!先生に説明しなくちゃ!」

 

四葉と五月の2人が、鍵を貰うために先生の元へと走って行った。そして残されたのは、総介と三玖だけとなった。

 

「……本当に、倉庫にいるのかな……」

 

「長女さんはどうか知らないけど、この時間に、少なくとも上杉が外にいる理由は無いし、もし片方だけだったとしても、上杉と長女さんが途中まで一緒にいた可能性が高いから、片方を見つけたらもう1人もすぐに見つかる筈だよ」

 

「……そう」

 

「………」

 

総介は、先ほどから三玖の様子が気になっていた。林間学校なのであまり近づき過ぎるのもいいことでは無いのだが、今は2人きりだというのに、2人の間には一定の距離がある。普段なら、彼女は総介のすぐ横に寄り添うはずなのだが、今はそのような素振りは見せない。加えて、総介を見た瞬間に、彼女の表情は少し暗くなったような気がする。肝試しの最中とは、まるで表情が違う。何があったのだろうか……

 

 

「………三玖」

 

総介が、三玖にそのことを尋ねようとしたときだった。

 

「浅倉さん!先生から鍵、貰ってきました!」

 

「急ぎましょう!一花も上杉君も、倉庫にいるはずです!」

 

倉庫の鍵を貰ってきた四葉と五月が戻って来た。四葉の手には、輪っかに繋がれた鍵を持っている。

 

「……わかった。とりあえず急ごう」

 

「………うん」

 

2人は特に話をすることなく、四葉と五月に続いて、件の倉庫へと足を急がせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

その頃、4人の話の中心となっていた風太郎と一花の2人は、総介が読んだ通りに、鍵の閉められた倉庫に閉じ込められていた。

上着を一花に貸した風太郎は、倉庫内にあった木材で火を起こして暖をとっていた。

 

 

途中で、一花は風太郎に女優業の優先のために、学校を辞めるかもしれないとカミングアウトしたのだが、その場では明確な答えを出さないまま、時間が過ぎて行った。

一花とて、何も考えずに学校を辞めようととは思ってはいない。他の姉妹たちとの学園生活も楽しんでいたいし、先ほどはああ言ってしまったが、妹の恋路もまだまだ見てからかったり、応援したい。

 

それに………

 

一花は横にいる風太郎を見つめ、しばらくして『あのこと』を尋ねた。

 

「ねぇ、フータロー君」

 

「なんだよ?」

 

「フータロー君はキャンプファイヤーのダンス、誰か踊る人いるの?」

 

一花はすでに、キャンプファイヤーの伝説のことを知っていた。

『キャンプファイヤーのフィナーレで最後に踊っていた2人は、生涯結ばれる』というもの……

 

 

じゃあ、私が踊りたい人は………

 

 

 

 

 

「いや、いないな」

 

無表情のまま、即答で答えた風太郎を見て、一花は少し黙った後に「プッ」と笑い出す。

 

「やっぱり〜、そうだと思った」

 

「お、俺は浅倉達と違って、あんなくだらないことに時間を割きたく無いだけだ!あんなのに行くぐらいなら、部屋で公式を覚えていた方が効率がいいし、他の奴らとの差もつけられるからな!」

 

「またまた〜♪そんなこと言ってぇ、本当は踊る人誰もいなかったんでしょ〜?」

 

「ち、違う!俺は……」

 

一花はしばらく風太郎をからかっていたが、2人は立ち上がって一花が後ろへと下がった拍子に、後ろに壁に寝かせていた3mほどの丸太に当たってしまう。その衝撃で、丸太が一花目掛けて倒れてきた。

 

「一花!」

 

風太郎は一花を自分の元へと引っ張り、倒れてくる丸太から彼女をなんとか避けさせた。それは奇しくも、2人が踊っているかのような態勢となり、その直後に、丸太が床へと落ちる衝撃音が、倉庫内に響き渡った。

 

「はぁ〜………セーフ」

 

風太郎はニヤつきながら、一花へとからかい返す。

 

 

 

「お前さぁ………

 

 

 

 

 

意外とドジだな」

 

 

 

 

その瞬間、ドアの上にあった、衝撃を感知するブザーが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

ビー!

 

 

ビー!

 

 

ビー!

 

 

ビー!

 

 

 

しばらくそのままの態勢でいた2人だったが、ここで一花が、いち早く状況を理解して、顔を赤くさせながら離れようとする。

 

「は、離して!」

 

「おまっ、暴れんな!」

 

離れようとする一花は態勢を崩してしまい、そのまま風太郎も巻き込んで情けなく倒れてしまう。ここで、風太郎がようやくブザー音に気づいた。

 

「というか、なんだこの音……?」

 

すると、ブザースピーカーか、電子音声が流れてきた。

 

『衝撃を感知しました

 

 

30秒以内にアンロックしてください

 

 

解除されない場合、直ちに警備員がかけつけます』

 

 

 

「まずい、誰か来る前に逃げるぞ!」

 

「う、うん」

 

閉じ込められているというのに、一体何処へ逃げる場所があるのだろうか……

 

と、ここで更なる想定外の事態が起きてしまう。

 

 

 

 

シュワアアアアアアア!

 

 

「うわっ!なんだこれ?!」

 

「スプリンクラー……火消さないと」

 

おこしていた火の熱を感知して、スプリンクラーが起動し、それを2人はモロにかぶってしまい、ずぶ濡れとなった。

 

「ひとまずセンサーをなんとかしよう!」

 

「なんとかって……だから鍵が無いと……」

 

軽いパニックになる2人だったが、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鍵ならここにあんぞ」

 

「「!!」」

 

 

その声と同時に、倉庫の扉がガチャっと開いた。

 

「あっ……」

 

「助かっ……!!」

 

そこにいた人物に、風太郎は驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、『お楽しみ』はこれからですか、コノヤロー?」

 

 

「あ、浅倉!?」

 

「浅倉君!?……それに……」

 

風太郎が総介に驚く中、一花が彼の後ろにいる人物に、再び驚かされた。

 

 

 

 

 

 

「一花、2人してこんな所で、何してたんですか?」

 

「………」

 

「三玖……五月ちゃん……」

 

五月、そして何より、一花は三玖がいることに驚愕し、思わず目を逸らしてしまった。

肝試しの時、あんなことを言っておきながら、自分は風太郎と2人っきりで倉庫の中にいた。そして、ずぶ濡れになって、一花が倒れている状況は、誤解されるにはうってつけのシチュエーションだ。

 

彼女は妹の顔を見ることが出来なかった。もしかしたら、軽蔑されてるかもしれない。

自分だけ、風太郎を独占しようとして、妹には不満のようなことを言って………

 

 

 

と、ここで、周りの状況を見回していた総介が、はぁ、とため息をついた後に口を開く。

 

「………なるほどな。

 

 

 

 

 

閉じ込められて暖を取ろうと火を起こしたら、熱感知でスプリンクラーが起動しちまって、ビショビショになってパニクってた所に、俺らが来た。違うか?」

 

総介の推理に、風太郎が頷きながら答えた。

 

「あ、ああ……大体合ってる」

 

「へ、変なことはしてないんですね?」

 

「してないよ!」

 

五月の疑いを、一花は即座に否定した。

 

「上杉はアレだから無いとして、長女さんならここで上杉をってこともあり得るな」

 

「アレって何だアレって?」

 

「浅倉君は普段私をどういう目で見てるの?」

 

「い、一花!やっぱりそういう趣味があったんですね!?」

 

「いや無いから!五月ちゃんまで何言ってるの!?」

 

「………」

 

 

皆がそれぞれに会話をする中、三玖は未だに複雑な表情で一花を見つめていた。

それに、総介が目配せをして、いち早く気付いて、話を変える。

 

「……さっさと戻るぞ。四葉がさっき他の先生に捕まって、事情を説明してるとこだ。説教ぐれぇは覚悟しとけ」

 

「……マジかよ……疲れたのに……」

 

「あ、あはは……仕方ないよ……」

 

2人はげんなりしながらも、立ち上がって倉庫から出て、元に戻ろうとする。

 

「………」

 

すると、総介が自身の黒パーカーを脱いで、一花の肩へとかける。

 

「あ、浅倉君?」

 

「……それ、上杉のだろ?それもビショ濡れじゃねーか。これ使え」

 

「……いいの?」

 

「構わねぇよ。俺は宿舎までそう距離はねぇし、予備もある」

 

「………そうじゃなくて」

 

一花はチラッと三玖に目線を移す。それを見た総介が、はぁ〜、とまたため息をつき、三玖へと声をかけた。

 

「……三玖」

 

「……え、な、何?」

 

突然総介に呼ばれたことに、三玖はビクンとしながらも返事をした。そして総介が、彼女にある質問をする。

 

「ずぶ濡れになった女を目の前にして、それに上着を貸そうとしない男をどう思う?」

 

 

 

 

 

 

 

「…………最低」

 

三玖がわずかな沈黙の後に、一言で答える。それを聞いた総介は、

 

「だ、そうだ。アンタに上着貸さねぇと、俺は三玖から最低の烙印を押されちまうからな。それだけはゴメンだ」

 

「………浅倉君って……」

 

「?んだよ?」

 

「………ううん、何でもない。ありがとう。上着貸してくれて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、レンタル料一回2980円な」

 

「酷い!そして料金が生々しい!」

 

そんなやりとりをしながらも、一行は倉庫から離れて、元の宿舎へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、俺は………?」ガタガタブルブル……

 

「貸せる上着が無いんです。上杉君は宿舎まで我慢してください」

 

「さ、寒い……」

 

ちなみに風太郎と一花は、この後にゴリラ顔の先生から説教を食らうハメになったとさ(主に風太郎が)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

ソースケが言ってたように、一花はあの場所にフータローを連れて行ったわけじゃないのは分かる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ズルい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしたいいの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう分からない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしたらいいのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ソースケ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の少女の亀裂が、徐々に大きくなっていき、やがて起こる崩壊へと足を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

その亀裂が走る音を、『()」だけは聞き逃さなかった。




この話、多分今までで一番難しかったかもしれません。ですが、次回はハッチャけます。
ヒントは………
「アニメ化飛ぶぅぅぅ!!!」
です。
わかるかな〜?(笑)
今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
改めまして、今年もよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40.雪降って地固まらず

元日の正午に、銀魂のOP、ED等で活躍されていたロックバンド『DOES』さんが活動再開を発表。
そして2021年早めに銀魂映画公開。



これは、つまり………そういうことだよね?



林間学校3日目の朝……

 

 

「おはよー」

 

「今日どこ行く?」

 

「やっぱスキーでしょ」

 

この日は朝から自由参加で『スキー』『登山』『川釣り』の選択制となっており、生徒たちは各々自由に選ばことができる。そしてその後の夜にはメインイベントと呼ばれる『キャンプファイヤー』が待っている。

 

そんな朝……

 

「三玖ちゃん。おはよ」

 

「……うん、おはよう」

 

同じ部屋で寝ていたクラスメイトが先に起きていたのを見て、三玖は軽くあくびをしながら朝の挨拶を返した。

上半身だけを起こしながら、三玖は窓の外を見る。

 

 

 

 

 

『今の三玖の幸せは、みんなで分かち合えてるのかな……』

 

「………」

 

昨日から、肝試しで一花に言われた一言が、頭から離れなかった。それは、睡眠を挟んでもなお頭の中にこびりついていて、三玖に問いかけてくる……

 

総介と共にいれる幸せは、他の四人にも分けなければいけないのだろうか……

 

(私たちは平等……だとしたら、私はどうしたら……)

 

あの後、総介と会う機会はあったのだが、特に話をせずにそのまま別れて就寝した。というより、三玖自身が少々避けてしまったのもある。

 

(……ソースケ……)

 

できれば今日、ちゃんと話をしなければならない。

でもこのままでは、総介に会わせる顔が無い。

もしかしたら彼なら、何か知恵を貸してくれるかもしれない。この心の中に住み着いた黒い何かを追い出してくれる方法を教えてくれるかもしれない。

 

 

 

 

でも、答えを知るのが怖い………

 

 

 

 

三玖は今はただ、ぼーっと窓から見えるキャンプファイヤーが開催される広場を見つめながら、曇った心の中に恋人の姿を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「…………最終日か」

 

同じ頃、風太郎も目覚めて、ベッドから上半身を起こした。その髪は寝癖でボサッとしており、頬も少しやつれていた。

昨日あの後、四葉が説明したゴリラ顔の先生に大目玉を食らい、色々と疲れた風太郎は部屋に戻った後に倒れるように眠った。

総介や三玖と五月は状況を見て色々と察してくれたようだが……

 

(楽しいはずの林間学校がなぜこんなことに……)

 

風太郎はトラブル続きの我が身を嘆きながら、今日はこの後どうしようかと頭の中で考えを巡らせた。

 

 

その結果………

 

 

 

 

 

「………だるいし寝よう」

 

何もしないことを選択した。

 

 

 

 

しかし!

 

 

「上杉さん!」

 

扉がばん!と勢いよく開き、四葉がやってきたのだ。

 

「うおっ!四葉!」

 

「自由参加だからって逃しませんよ!スキー行きましょうスキー!!」

 

こうして、四葉に無理やり起こされた風太郎は、二度寝する間も無くスキーをしに引き摺られてゆくのだった……

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「………寒い、眠たい、帰って寝たい」

 

一面広がる銀世界。リフトに登る親子に、一緒に滑るカップル。まさにスキー場の典型的な光景である。その中に、風太郎はスキーウェアを着て一人ポツンと置物のように突っ立っていた。

 

「てか、四葉はどこ行ったんだよ……」

 

スキー場に着いた途端、四葉は「すこし手伝うことがあるので、ちょっと外しますね」と言って何処かに行ってしまった。

 

「………帰るか」

 

風太郎はそのまま四葉をほったらかして帰路につこうとし、振り向いた先にある人物を見つけた。ていうか、思いっきり知り合いなのだが……

その人物は、同じスキーウェアを着て、雪で作った台の上に、これもまた雪で作った球状の丸いものを2つ、少し距離を開けて並べて置いていた。

 

「………何してんだ、浅倉?」

 

「ん?おお、上杉か」

 

呼ばれて振り向いた男、浅倉総介は、風太郎を見つけるや軽く挨拶をしただけで、そのまま視線を元に戻して球を固める作業を続けながら言葉を続けた。

 

「何、スキー場が殺風景なもんだからな。なんだったら雪像の一つでも作ってやろうと思ってよ」

 

「雪像?」

 

総介の言った事に、風太郎は首を傾げる。雪像を作っているのは分かったが、玉を2つ置いて、何を作ろうをしているのだろう?

 

「雪像って……一体何を……」

 

「まァこんなトコか………

 

 

 

 

 

 

あとは真ん中に棒を立てて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小説終わるぅぅぅぅ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

総介の最後の一言に全てを察した風太郎が、目を血走らせて絶叫をあげながら左に置かれている玉を思いっきり右足の欧州サッカーばりのキックで粉々にした。

 

 

「オイオイ、なにすんだお前は。俺がその左の玉つくるのにどれだけ苦労したかわかってんのか、コラ?」

 

「お前こそなに考えてんだ!小さな子どももいんのに、どんだけ卑猥なモン作ろうとしてんだコラ!」

 

玉を壊されてもなお、冷静に風太郎に怒る総介に対し、風太郎を冷や汗を流しながら大声で怒鳴り散らす。

2人が口論をしていると、総介の後ろから、人影がやってきた。

 

「浅倉さーん!棒できましたー!」

 

「きゃああああ!!何もってんだ四葉あああああああ!!!」

 

女の子のような悲鳴を上げて風太郎がツッコむ先には、先っぽが盛り上がっている、明らかに『ソレ』を意識したデザインの大きな棒を肩で担いできた四葉がいた。彼女が言ってた『手伝い』とはどうやらこの事だったようだ。

そんな彼女にも突っ込んでいるとここで、風太郎の様子を見かねた総介が彼に向かって釈明する。

 

「上杉よォ、お前何?何を勘違いしてるか知らないけどよ、これ、アレだよ。『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』だよ」

 

「アームストロング2回言ったよ!あるわけねーだろこんな卑猥な大砲!!」

 

全然釈明になってなかった。あろうことか訳の分からない名前の大砲を言い出して(笑)言い逃れをしようとする始末。

ここまで行ってもなお食い下がってくる風太郎に、総介と四葉は呆れながら雪像作りを再開する。

 

「ったく、思春期はエロい事ばっか考えてるから、『棒』とか『玉』があればスグそっちに話もってくんだよ」

 

「マジキモいです。しばらく私に話しかけないでください」

 

よいしょ、と棒を玉の間に立てる総介は割といつも通りだが、壊れた左の玉を作り直しながら珍しく毒を吐きながら軽蔑の眼差しを風太郎へと向ける四葉だが、当の風太郎はそんな彼女を気にする暇もなく、2人に疑問を投げかける。

 

「いや……だって明らかにおかしいだろ……アレじゃないとしてさ、じゃあ一体何よソレ?」

 

風太郎が力なく2人に聞いている最中、後ろからとある人物が声をかけてきた。

 

「やっほー、寒いねー」

 

その声に風太郎は振り向いて、誰かと確認しようとしたが……

 

「……誰だ!?」

 

マスクとフードとゴーグルで誰か分からなかった。すると、その謎の人物がマスクとゴーグルを外して正体を現した。

 

「一花だよ」

 

「一花!?」

 

「おいおい、大丈夫かよ」

 

姿を現した一花(?)に、3人は驚きを露わにした。風太郎は先程、四葉から一花は体調を崩して五月に看病してもらっていると聞いた。そんな彼女が今目の前にいるのだ。風太郎や四葉はもちろん、総介も驚いて一花(?)を見ていた。

 

「体調はよくなったのか?」

 

「ゴホゴホッ、まだ万全じゃないけど、心配しないで」

 

咳をしながらも、一花(?)は心配はいらないという。

 

「五月は?」

 

「1人で滑ってるって」

 

そう風太郎と話をしていると、一花(?)は総介たちの方を向いて、何かに気付いたような顔をする。すると、風太郎がすかさず一花(?)に2人を止めるように説得しようとしたのだが……

 

「一花!ちょうどよかった。2人を止めてくれ!こいつらとんでもないものを作ろうと……」

 

 

 

 

 

「あ、コレ、『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』じゃん。完成度たけーなオイ」

 

「えええええええ!!!!?なんで知ってんの!???あんの?マジであんの?!俺だけ知らないの!!?」

 

なんと、一花(?)が『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』の存在を知っていたのだ。最後の方は何故かオッサンっぽい口調になっていたが……それにしても、こんな卑猥な大砲をなぜ知っているのか……そもそも本当に存在するのだろうか……

 

とここで、総介が皆に補足を入れる。

 

「黒船来航の折、日本に開国を迫ったペリー艦隊の決戦兵器だ」

 

「ペリーこんなカッコ悪い大砲持ってる訳ねーだろ!!」

 

絶対嘘だろ、というような補足を入れる総介。それを聞いた一花(?)が、何かを思い出したかように言い出した。

 

「あ、そうだ。私、お薬飲むの忘れてたから、飲んでくるねー」

 

「はーい」

 

「お大事にな〜」

 

一花(?)がその場を去っていくのを、総介と四葉は手を振って見送り、『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』の製作を再開するのだった。

 

 

「オイ、俺今スゲー事思いついた。翼つけよう翼」

 

「浅倉さん凄いです!どうしてそんな発想ができるんですか?」

 

「いや、なんかしらねーけどピンときた、ピンと」

 

「お前らいっそ逮捕されてしまえ」

 

作業をしながらアホな会話をする2人と、その光景を死んだ目で見つめる1人。と、そこに、

 

「あなたたち、ここにいたんですか」

 

「五月……」

 

「一花とすれ違って、ここにいると聞いたものですから」

 

五つ子の末っ子の五月がやってきた。どうやら途中で、先程やって来た一花(?)から3人がここにいると聞いて来たらしい。五月は目線を風太郎から四葉と総介へと移し、2人が作っている雪像に反応する。

 

「コレは……『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』ですね。完成度たけーなオイ」

 

「だからなんで知ってるんだよ?」

 

五月もまた、『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』のことを知っていた。そして五月も一花(?)と同じく最後は何故かオッサン口調。この姉妹どもは一体どういう教育を受けてきたのだろうか………と、今度は五月が続けて補足を入れた。

 

「別名『走る雷』。ヤキニク戦役における惨劇『火の7日間』を引き起こした地獄の兵器です」

 

「さっきと話違うんですけど。何、ヤキニク戦役って?何、『火の7日間』って?ソレただ7日間焼肉してただけじゃね?」

 

総介が言った補足とは全く違う事を言う五月にツッコむ風太郎。彼も新八ポジションが板についてきたようだ。

 

「私はこのまましばらく滑りますが、皆さんはどうされるのですか?」

 

「私と浅倉さんはもうちょっと作ってるね〜」

 

「俺はこいつらがこの小説サイトの規約に違反してないかどうか監視してる」

 

「上杉君、メタいです。ですが分かりました。では私はこれで失礼します」

 

そう言うと五月は、スキー板とポールを持ちながら山の上へと向かっていった。ここで、風太郎は一つ疑問に思った。

 

「……なんでアイツ、ここに来たんだ?」

 

疑問に思う風太郎を尻目に、総介と四葉は『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』の製作を続けるのだった。

 

 

 

てか作者、『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』言いたいだけだよね?文字数稼げるし……

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

それからしばらくして………

 

 

「オイ、コレすごくね?四葉、お前もしかして天才じゃね?普通『すべり台』つけようなんて思いつく?」

 

「よくわかりませんけど、フッと降りてきました!インポテーションです!」

 

「インスピレーションな……」

 

あの後、四葉が棒の真ん中にすべり台を足そうとの案を総介が採用し、結果完成したのが『男のナニにすべり台と翼がついた意味不明な雪像』である。………コレ、R-15で済むのか?

そして総介と四葉の2人は、完成した『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲+すべり台と翼』を、感慨深げに見つめていた。と、その時、こちらへとやってくる人物が三度現れた。

 

「どーも」

 

「………今度は誰だ!?」

 

風太郎が振り向けば、次に来た人物は一花(?)と同じような感じで、ゴーグルとニット帽を着用しており、またもや正体が分からない。が、すぐにゴーグルを上げてその者は正体を現した。

 

「……三玖」

 

「あ、三玖!」

 

「!」

 

三玖という名前に、総介がピクッと反応して、彼女の方に目線を遣る。彼女はいつものとは違い、隠れる前髪を真ん中で分けて、ニット帽を被って両眼がはっきりと見えるようになっていた。ふと目が合い、三玖が総介に軽く手を振ってくるので、彼も胸元で小さく手を振って返す。

 

(かわいい……でも)

 

愛おしい恋人のスキーウェア姿を見れて大満足の総介だが、昨日の一花と風太郎の捜索から、三玖の表情が優れないのは、総介にとっては見逃せるようなことではなかった。そのまま三玖を見つめ続けると、彼女は何かやましいことがあったのだろうか、そのまま目線を外して、総介と四葉が作った雪像へと目を向けた。

 

「……コレは、『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』。完成度たけーなオイ」

 

「もう原型ねーのになんでわかるんだよ!?」

 

毎度のことながら、最後に謎のオッサン口調で2人の製作した雪像を当てて見せた三玖。しかも、すべり台やら翼やらをドッキングしているにもかかわらず、何故『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』だと言い当てられるのだろうか?この姉妹勉強出来ないくせに……と、ここで三玖も五月と同じく補足を入れる。

 

「惑星『イエヤース』と『ミツナリン』の星間戦争において、『イエヤース』側を勝利に導いた『タダカツ砲』とは裏腹に、ずっと倉庫に入れられっぱなしだった悲しき兵器」

 

「どーでもいいし長げーよ!!てか関ヶ原?その戦い関ヶ原だよね!?星間戦争じゃないよね!?」

 

戦国武将好きの三玖らしいっちゃあらしいが、なんかもう説明がめちゃくちゃになってきている。と、ここで、風太郎が三玖に尋ねる。

 

「ていうか、何でここに来たんだ?」

 

「……それは」

 

「私が呼んだのです!」

 

四葉が2人の話に割って入ってきた。

 

「上杉さんと三玖の運動神経は壊滅的に悪いので、2人は私と浅倉さんがレクチャーしてあげようと思いまして呼んだんですよ!」

 

えっへんっといった様子で、四葉はスキーウェアの上からでも分かるほどの大きな胸部を前に突き出すように張る。

 

「壊滅的……」

 

「合ってるがもう少し柔らかく言ってくれ」

 

「てか、俺も教えんのか?」

 

「もちろんです!浅倉さんは三玖を見てあげてください。私は上杉さんをお世話するので」

 

「!」

 

「……まぁそれなら構わねぇけど」

 

四葉にそう言われて納得した総介だったが、三玖の方は少し、いやかなり動揺していた。思い詰めている渦中の人物とのマンツーマンでのスキーの指導なので、ほぼゼロ距離まで近づくことになる。三玖は突然この状況で総介と2人きりになることに、少し恐怖を覚えてしまった。

 

「………」

 

そんな恋人の様子を、総介は横目で見ていた。

 

「じゃあ、『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』も完成したことですし、ビシバシいきますよー!」

 

「え、アレ放置したままなの?」

 

そういうことで、しばらくこのゲレンデには、誰が作ったかは知らないが、とてつもなく卑猥に見える翼の生えたすべり台の雪像が存在ているという噂が、この冬の期間流れ続けるのだった。

 

 

「ねぇ。何アレ?」

 

「変な形ぃ」

 

「わー、すべり台だー!」

 

「なんだあのヘンテコなオブジェは?」

 

「んアレか?なんだよ、『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』じゃねーか。完成度たけーなオイ」

 

何人かの人間には存在を知られているというね………

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

その頃、二乃はというと……

 

 

「………海斗君はどこ行ったのかしら……」

 

ちゃっかり海斗とエンカウント出来ないかと期待してスキーをしていたが、残念、海斗は川釣りに行ってましたとさ。

 

 

 

 

あ、アイナは山登りね。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

その後、しばらく風太郎は四葉から、三玖は総介から滑りを教わっていたのだが、どうも2人はぎこちなかった。風太郎の場合は元々の身体能力の低さもあるのだが、三玖は平静を保って総介から教わっているものの、昨日のことを気にしてか、イマイチ総介の教えたことわ飲み込めずにいた。

そんな時に、薬を飲んで帰ってきたという一花(?)が合流し、四葉が鬼で逃げる鬼ごっこを提案し、他の皆も別に断る理由も無いので、なし崩し的に行うこととなった。

 

「……さて」

 

総介は1人、ブレーキの仕方が分からずに盛大にズッコケた風太郎を無視して、軽く下に滑って逃げおおせ、フードを被って正体が見えないようにして、とある建物の裏で今後どうするかを考えていた。四葉から逃げおおせることなど彼にとっては造作もないことなのだが、そんなことより三玖のことが気になる。

 

「……何があったんだ?」

 

総介自身、三玖の元気の無さの原因を、根本的な意味では把握していない。表面では、自分が関わっていることはうっすらと分かるのだが、いくら恋人同士でも、細部まできっちりと理解できるわけでもなく、このなってしまってはもう当人に聞くしか術が無い。

総介がそう三玖の事へと考えを巡らせていると、建物の影から声がした。

 

「あれ?」

 

その声に、総介はだいぶ聞き覚えがあった。そして……

 

「もしかして………海斗君?」

 

人の気配を感じたのか、その声の主、二乃は建物の向こうにいる総介の気配を、もしや海斗では?と思い覗いてみることにした。それにしても……

 

(どんだけ恋愛脳なんだよこの女)

 

未だ姿が見えない気配を海斗と誤認するほど、二乃の頭は海斗一色のようだ。

 

(………はぁ)

 

そんな二乃に総介は呆れてため息をつきながら、彼女と会うとややこしい事態になるのは目に見えているため、その場を離れようとして逆方向へと歩き出したのだったが、その建物の角を曲がった時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜、浅倉さん見ーっけ」

 

「………あれま」

 

そこには、鬼の四葉が待ち構えていた。

 

(………どうしましょ?)

 

総介は建物の角を曲がらずに、中央に戻って高速で思考する。

一方は鬼の四葉(バカ)。もう一方は自分を海斗と勘違いしてる二乃(バカ)。この2人をやり過ごす方法は………

 

(………よし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人とも殴って気絶させよう)

 

人として最低最悪の手段に打って出ようとした。

 

総介が両手をあげて、ニヤリと外道の笑みを浮かべながら握り拳を作り、二乃と四葉を待ち構える。そして………

 

 

 

「海斗君!」

 

「浅倉さん!」

 

2人が建物の角を曲がった時にあったのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「!」」

 

 

 

雪の山に置いてあるスキー板やスノボだけだった。総介の姿など、微塵も無くなっていた。

 

「……あれ、四葉じゃない」

 

「二乃みっけ」

 

偶然出会った2人。てか、二乃は鬼ごっこしてません。どっちかというと追う側です(海斗を)。

 

「そっちに銀髪の男子行ってない?」

 

「二乃こそ、浅倉さん見なかった?」

 

「?見てないわよあんな奴………おかしいわね……」

 

「わたしも、銀髪の人なんて見てないよ」

 

2人は探している人物を互いに尋ね合うが、どちらも覚えがないようで、しばらく会話をしてからその場を離れていった。

 

んで、総介がどこに消えたかと言うと………

 

 

「………助かったよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖」

 

 

「……危ない

 

 

 

 

 

捕まるとこだった」

 

総介の後ろの建物の前にあるスキー板やスノボが置いてある雪山は、実はかまくらであり、そこに隠れていた三玖が、総介を引っ張って中へと入れ、スノボで蓋をして2人をギリギリでやり過ごしたのだった。これにより、総介の理不尽極まりない暴力で哀れな犠牲者2人を出さずに済んだわけだ。えかったえかった。

 

 

「かまくらか………もしかして、作ったの?」

 

「ううん、元からあった」

 

「そう……結構あったかいね」

 

「うん……」

 

2人は体制を整えて、体育座りで自然と身を寄せ合う。

 

「俺もしばらくここにいていい?これなら四葉から逃げきれそうだし」

 

「うん、それがいいよ」

 

「…………」

 

「…………」

 

そのまま2人は、しばらく沈黙してしまった。普段なら、何も考えずともポンポンと話の話題が出てくる2人なのだが、今の総介と三玖の間には、微妙な気まずさが漂っていた。

 

「……ねぇ、三玖」

 

「!!」

 

それでも、総介はいつもの気怠そうな表情を崩さずに、三玖に昨日からのことを尋ねた。

 

「……な、何?」

 

「昨日から、まあ正確には長女さんと上杉を探す時から様子が変だけど………何があったの?」

 

「…………」

 

三玖は一瞬、誤魔化すことも考えたが、自分が総介を小手先の手段で誤魔化せるとは到底思えないし、誤魔化したとしても、この距離は続いたままだ。何より、総介にできる限り嘘はつきたくは無い。

少し怖いが、三玖は昨日のことを話すことを決めた。

 

 

「………あのね、ソースケ」

 

「ん?」

 

「昨日のことなんだけど………」

 

 

三玖はそれから、昨日一花から言われた言葉や、それについてずっと悩んでいることを打ち明けた。

 

 

 

嘘偽り無く、自分がどうすればいいのか分からずにいるということも、全て………

 

「……だから、私たち5人は、平等にしなくちゃいけないのかなって……」

 

「…………」

 

三玖の話が終わるまで、総介は一切喋らずに黙って聞いた。

そして三玖が悩んでいたことを全て話し終えたとき、彼は膝の上に置いていた手を彼女の頭へと伸ばし、ニット帽と手袋越しで触れて、自身の方へと引き寄せた。そして……

 

 

 

 

「………辛かったろう」

 

「!!………ソースケ……」

 

「一人で抱えることも、すごく苦しいのは分かるし、それを誰かに相談することが、とても勇気がいるのは、俺も知ってる。

 

 

 

 

ずっと苦しかったかもしれないけど、もう一人で悩まなくていいよ。

 

 

 

 

三玖の苦しみも、悩みも、不安も、怖さも、全部俺にぶつければいいし、

 

 

 

恋人なんだから、遠慮なんてしなくていいよ

 

 

 

 

俺でよかったら、全部受け止めるから

 

 

 

 

三玖が苦しかった分を俺にぶつけて欲しい

 

 

 

 

だから、もう大丈夫だよ、三玖」

 

 

「………」

 

三玖は総介の言葉を聞いて、ようやく肩の荷が降りたように軽くなった

感覚と同時に、目頭が熱を帯び、その中から溢れ出てくるものが頬を伝い、冷たく冷えていく感触を感じた。

今までの不安を、全て総介にぶつけるかのように、三玖は横から彼に抱きつき、彼のスキーウェアの胸部に顔を埋めた。総介も、顔を埋めながらプルプルと震える彼女を、黙って受け入れて、右腕を三玖の背中に回して、手でポンポンっと優しく叩く。

 

「君は泣いてばっかりだね」

 

「ぐすっ……ごめんね……私、ずっと……ぐすっ、こわくて……ふあんで……」

 

「いいよ。三玖がいいって言うまで、ずっと隣にいるから………がんばったね」

 

「………うん」

 

それから数分は、三玖は総介の胸中で泣き続けた。不安だった気持ちを涙とともに流して、総介がそれらを全て受け入れた。その間、総介はいつものやる気のない表情とは違い、優しく慈愛に満ちた眼差しを三玖の頭へ向けて、慰め続けた。

 

 

 

コイツ、さっきまで三玖の姉妹を殴って気絶させようとしてた奴と同一人物です。

 

 

………………………………

 

 

 

「………落ち着いた?」

 

「うん、ありがとう……」

 

少し経ち、ようやく涙を流し終えた三玖は、総介の右肩に体を寄せ

頭を乗せていた。その目の周りは、少し赤くなりながらも、どこかスッキリとしたように透き通った瞳が映っていた。しかし、そんな目元とは裏腹に、彼女の表情は完全に晴れたものではなかった。

 

「でも……どうすれば……」

 

総介に自身の悩みを吐露したものの、未だ一花の言葉が三玖の心の中から消えず、解決できずにいた。

 

「そうさなぁ………」

 

総介はそう言いながらも、言い方に全く悩んでいるような感じがしなかった。もっと言うなら、彼は少し笑っていた。そのまま、彼は口を開いた。

 

「………俺はさ」

 

「……うん」

 

「長女さんの言うことも分かるけど、三玖の幸せは、別に他の連中に分けないでいいと思う」

 

「……え?」

 

その言葉に、三玖が総介の肩から頭を離して、彼の横顔を見つめる。

 

「いや、ていうか、分けないで欲しいな。それは、三玖だけの幸せ(・・・・・・・)なんだから」

 

「私だけの……幸せ?」

 

「うん。三玖の幸せを祝福するのはいいけど、俺はそれを、他の4人に分けるために、三玖を愛してるわけじゃないから……

 

 

 

 

 

俺の愛は、三玖だけが独占していいものだから」

 

「独占………」

 

総介の言葉を、繰り返して口にして考えながら、三玖は総介の次の言葉を待った。

 

「……三玖、前に俺は、三玖だけが『特別』だって言ったよね?」

 

「……うん」

 

「俺は、今でもそれは変わらないし、今後も、変わりはしない。俺にとって、『三玖だけ』が、特別な存在だし、三玖にとっても、俺は『特別』な存在……だよね?」

 

「うん……もちろん、ソースケは、特別な人……」

 

「ありがとう………でね」

 

「?」

 

「でもそれは、他の5人にも言えることだよ?」

 

「!?」

 

三玖はその言葉に、口を開けて驚きを露わにした。

 

「長女さんには長女の特別があるし、それは四葉だったり、肉まん娘だったり………まぁアイツもそうだ。他の四人にとっても、それぞれ『特別』があるんだよ」

 

「………」

 

「それが一緒のものか、別のものなのか、そんなのは俺は知ったこっちゃないけど………でも、それを無理やりに一緒にして、『平等』にする必要なんてないよ」

 

「………」

 

総介の話を、三玖は黙ったまま耳を傾け続ける。そして……

 

「君らは五つ子だけど、1人1人は全く違う人間なんだから、いつかは別々の道を行くんだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうせ違う道を行くなら、もうちょっと『自由』にしてもいいんじゃないかな?」

 

 

「……『自由』……」

 

総介が言った『自由』という言葉を、三玖は頭の中で何度も響かせた。

今まで、一緒にいた自分達5人。容姿もそっくりで、昔はそれこそ影分身の如く同じ容姿、服装だった。それがいつしか、それぞれが違う髪型、服装、アクセサリーが変わった。一花はピアス、二乃は蝶々型の2つリボン、三玖はヘッドホン、四葉は緑のリボン、五月は星形のアクセサリー。見た目、服装、装飾も変わり、次第にそれぞれの好みも変わっていった。

それでも心の中では皆平等で、皆同じだと思っていた。

 

 

 

いや、違う。『バラバラ』だと思いたくは無かっただけなのだ。

5人『平等』だと思わなければ、どこかでバラバラになってしまう。そうなれば、あの頃の仲の良かった姉妹に戻れなくなってしまう。

実際そうなるかは分からないが、5人の意識の中には、それぞれ同じ考えが存在していた。それが一番顕著に出ていたのが、二乃であっただけである。

それは三玖とて変わらず、だからこそ悩み、不安になったのだ。

 

 

 

しかし、三玖のその悩みや、自身をや姉妹を支配していた『平等』という意識を、総介の『自由』という言葉が粉々にぶっ壊す感覚が、彼女の中に響き渡り、やがて消えていった。バラバラに崩れるのではなく、自分の足で自分の道を歩く『自由』……

 

 

 

 

 

 

やっと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと見つけた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私だけの『特別』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………自由に……」

 

総介の言葉を、もう一度反芻する三玖。

その表情にはもう、不安の破片は一欠片も残ってはいなかった。

 

 

 

 

「……とまぁ、愛する人の手前カッコつけてみたものの、俺が言えるのはこれぐらいしかないかな………こんな俺でも、少しはお役に立てたかね、三玖さんや?」

 

「うん、充分………もう、大丈夫」

 

「そりゃよかった……」

 

 

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

 

 

「………どういたしまして」

 

横目で三玖の表情を確認した総介は、どうやら悩みは解消できたようだと悟って安堵した。

 

 

 

 

と、

 

 

 

 

「………ねぇ、ソースケ」

 

 

「ん?どうし……!」

 

 

 

総介が三玖に呼ばれてそちらに顔を向けると、すでに間近に迫っていた彼女の顔面があった。

そのまま三玖は、横を向いた総介の唇に、自身のそれを重ねた。

 

「ん………」

 

「…………」

 

初日に、布団の中でして以来のキスだったが、不安が心の中を占めていた分、長い時間していなかったように感じた2人。2日ぶりの口付けも、すごく久しぶりに感じたようで、しばらく2人は唇を重ねたまま動かなかった。

 

 

「………はぁ」

 

「………三玖」

 

やがて、2人はようやく顔を離して見つめ合う。総介も三玖も、寒さが原因ではないほどに頬赤く染まっていた。

 

「……ふふっ、唇冷たいね」

 

「……ふふっ、そうだね。かまくらとはいえ、外だから」

 

小さく笑い合った後、三玖は総介の背中へと手を回す。総介も、それにつられて三玖を抱きしめ、そのまま顔を再び近づけて目を合わせる。

 

 

「じゃあ、暖かくなるまで温めて欲しい」

 

「………承知」

 

少しわざとらしく総介か答えた後、2人は再び唇を重ねあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……はぁ」

 

「はぁ……三玖……」

 

 

「ソースケ………大好き」

 

「三玖……俺もだよ。愛してる」

 

「私も、愛してる……ん」

 

2人は視線を一切外すことなく見つめ合いながら、互いに愛を伝え合うと、三度口付けを交わした。

 

(ありがとう、ソースケ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私に『自由』を教えてくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の大切な

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『特別』な人)

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、総介と三玖はめちゃくちゃキッスとハグで温め合い、かまくらの中の温度と2人のラブラブ係数が比例しながら上昇し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介久々に爆発しろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしこの後、2人や姉妹にまたまたトラブルが舞い込んできちゃうのですが、コイツらはまともに林間学校を満喫できない運命のようですはい。

 

 

 

 

 

 

 

 




この話の前半は、林間学校の中で一番書きたかった部分です。後悔はしていません(笑)
そして、イチャイチャラブラブカップルが戻ってきました。しかも更にレベルアップして……クソリア充め……海斗もそうだけど……


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
『かぐや様』の2期と、『銀魂』の映画を見るまでは死ねない……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41.トラブルメーカーは2人もいらん。ってか、1人もいらん!

投稿時点でお気に入り登録500件到達しました!登録してくださった皆様、本当にありがとうございます!
加えて一時ですが、1月27日に日間ランキング総合9位まで行きました!その直後にアクセスがグングン伸びました!ですがまぁ、すぐに圏外になりましたけど……
活動報告にも書きましたが、これからも頑張っていきますのでよろしくお願いします!


前回、総介は三玖とかまくらでしばらくイチャイチャチュッチュした後、色々な意味で温まったということで、かまくらから出ることにした。

 

「……だいぶ温まったね」

 

「うん、ぽかぽか……」

 

かまくらから出た2人は、かまくらで温まったおかげか、顔を赤くさせながら横に並んで歩き出した。いや、それは多分温まっただけでは無いと思う。総介爆発しろ。

総介は目線を横に向けて、三玖の顔を見てみる。その顔は、晴れやかでスッキリとしていて、先ほどまでの悩みは吹っ飛んでいったような面持ちだった。

 

(……とりあえずは、この子の悩みは解消ってとこか?)

 

彼が言った『自由』という言葉で、三玖は自身や姉妹のことについて、一区切りついたようだ。そんな恋人の曇りの無い表情を見て、総介も一安心する。

その後、しばらく2人は雪の積もったコースを歩きながら進んでいると、後ろから何者かの影が現れ、そして……

 

 

 

 

 

「三玖と浅倉さん見ーっけ!」

 

「!」

 

後ろから三玖に抱きついてきた何者か……四葉に対応できずに、三玖はそのまま前に倒れ込んでしまうが、雪がクッションになっているおかげで、ケガをせずに済んだ。

 

「へへーん、こんな所で油断してちゃダメですよ!」

 

「忘れてた……」

 

「そういや俺たち鬼ごっこしてたんだったな」

 

「ヒドイ!!」

 

2人はかまくら内でイチャイチャしているうちに、鬼の四葉から逃げることを忘却の彼方へと捨て去ってしまっていたのだった。

 

「ま、まぁでも、他の3人も捕まえたし、残りは五月を見つけるだけですね!」

 

四葉は気を取り直し、残りが五月だけだということを告げる。と、同時に、四葉の後ろの物陰から風太郎と一花(?)、それに二乃が姿を現した。その3人を、四葉が呼ぶ。

 

「おーい、こっちこっち!」

 

「まったく、私も人捜ししてるのに……」

 

「ま、まさかあっという間に捕まるとは……四葉は化け物か……」

 

「やっほー」

 

3人がこちらへとやってくる中、二乃が総介を見てあることに気がつく。そして、彼を指差してこう言った。

 

 

 

 

 

 

「あら、コレ『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』じゃない。完成度たけーなオイ」

 

「違うから!明らかに違うよね!どう見ても浅倉だよね!」

 

「バカヅラさげてホントしょーもないアームストロングね」

 

「何!?結局なんなのアームストロング砲!!」

 

前回のやり取りで製作の四葉意外で唯一参加していなかった二乃が、今更『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲』のくだりを持ってきた。それに反射するように、風太郎が即座にツッコんでゆく。おめでとう風太郎、君は二代目新八だ!

まぁもうこのくだりはもう終わりとして、2人の横にいる一花(?)は相変わらずマスクをしている。その様子を見て、三玖は彼女を心配する。

 

「一花、体は大丈夫?」

 

「うん、今のとこは大丈夫だよ」

 

「そう。でも一応安静にしてね」

 

「わかってる。そろそろ戻るとこだから」

 

そんな会話をしている中、総介は目を風太郎へと向ける。すると、彼の顔がやたらと赤く染まっていることに、総介は気づいた。そしてその体は、わずかだがフラついている。

 

「お前ボーッとしてんぞ。大丈夫かよ?」

 

「あ、ああ……なんとか……」

 

「汗も結構かいてんぞ?……上杉、お前……」

 

「………」

 

風太郎はその場をごまかそうとしたが、さすがに総介は騙せなかった。

 

(自分はともかく、浅倉を騙すのも限界か……やはりらいはからもらっていたか……ということは一花のも……悪いことをしたな……)

 

恐らくは、らいはの風邪をそのまま貰い患ったのだろう。そしてそれを、自分が一花へと移してしまった。風太郎はそのことに罪悪感を感じながらも、平静を保つことに精一杯努める。

その中で、総介は四葉に話しかけていた。

 

「四葉、肉まん娘はあの後見たのか?」

 

「いえ、五月も捜したんですが、見かけもしませんでした」

 

「そうか……」

 

「……!……あ、浅倉……」

 

四葉の話を聞き、風太郎は少し考えた後、何かに気がついたように、総介に声をかけた。

 

「ん、どうしたよ?」

 

「もしかしたら、事態は思ったよりも深刻かもしれない……」

 

「………」

 

「「「!」」」

 

「……話聞かせなさいよ」

 

今まで沈黙していた二乃が、風太郎に向けて喋り出した。このただならぬ事態に、さすがに危機感を抱いたのだろう。

風太郎は二乃の言葉の直後に、その場にいた皆に説明を始めた。

 

 

 

………………………………

 

 

 

「……遭難?」

 

「ああ……いくらゲレンデが広いとはいえ、5人がこれだけ動き回って会わないのは不自然だ」

 

風太郎は皆に、五月がゲレンデで遭難したかもしれないと、持っていたマップを広げて話をした。その話を、多少は疑いながらも、完全に否定せずに一同は聞き入れる。ここで、三玖が一花(?)に話しかける。

 

「五月はスキーに行くって言ったんだよね?」

 

「え……うん」

 

「私たち、雪像を作ってる時に一回会ってるよ」

 

「だがそれもほんの一瞬だ。俺たちの方に来てからすぐ後に肉まん娘はどっか行っちまった」

 

「……もしかしたら、上級コースにいるんじゃない?」

 

「そこは私も行ったけどいなかったわ」

 

「………」

 

誰もあの後に、五月を見ていないので、話し合いは暗礁に乗り上げてしまう。その沈黙の中、総介が再び話し始める。

 

「ま、遭難の線も捨てられねーが、もしかしたらフードコートで飯でも食ってんじゃねーのか?誰も行ってねーんだろ?」

 

「うん……そうかも」

 

「……私、一応見に行ってくるよ」

 

「………!」

 

一花(?)がフードコートに行き、五月がいないか確かめようとした時、四葉がマップを見て何かに気がつく。

 

「ここ、まだ見てないかも」

 

「えっ」

 

四葉がマップの『ある場所』を指差した。そこは……

 

「こっちは……」

 

「えっと……最初に先生が言ってたよね

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ整備されていないルートで危険だから立ち入り禁止って……」

 

 

 

 

その言葉に、総介を除いた一同がにわかに慌ただしくなる。

 

「本当にコテージにいないか確かめてくる」

 

「私は先生に言ってくるよ」

 

それぞれが動こうとした時に、一花(?)が何故か皆を止めようとする。

 

「ちょっと待って。もう少し捜してみようよ」

 

「なんでよ?場合によってはレスキューも必要になるかもしれないのよ」

 

二乃が、一花(?)の止める様子を見て疑問を投げかける。どうも彼女の様子がおかしい。

 

「えっと……五月ちゃんもあんまり大事にしたくないんじゃないかなーって」

 

「………」

 

総介は、その一花(?)の言葉が気になった。普段の彼女を知っている訳ではないが、妹の緊急事態かもしれないのに、そのようなことを言う女だろうか?

いや、それよりも、彼女は何かを隠している(・・・・・・・・)ようにも見える。

総介が頭の隅で疑問を浮かべた直後に、二乃が一花(?)に迫りながら言った。

 

「……大事って、呆れた

 

 

 

 

 

五月の命がかかってんの!気楽になんてしていられないわ!」

 

二乃のその言葉に、一花(?)は黙り込んでしまい、そのまま謝った。

 

「……ごめんね」

 

5人の中で最も姉妹思いの二乃だからこそ、出た言葉である。もちろん、五月を心配しているのは、何より他の3人も一緒なのだが、中でも二乃は人一倍その思いが強かった。それは今回のようなことでもそうであるし、『悪い意味』でも然りである……

 

「どこにいる、五月……」

 

風太郎は考えを巡らせるが、立ちくらみで頭が回らない。それでも、五月を見つけるべく、何か手がかりはないかと思い返す。

 

「フータロー、大丈夫?もう休んだ方がいいよ……」

 

遂には三玖にもわかるほどにフラつき、顔色を悪くしてしまうが、それでも風太郎は、五月を探そうとすることを諦めなかった。

 

 

 

そして………

 

 

「!!」

 

とある一つの違和感に気づき、そこからある仮説を立てた。

 

 

 

もしかしたら………

 

 

 

「もういい。わたしが先生を呼んでくるわ」

 

二乃が、その場を離れて先生を呼びに行こうとした時だった。

 

「待ってくれ、俺に心当たりがある」

 

「?」

 

風太郎の一声に、全員がそちらを向く。

 

「心当たりって……?」

 

「大丈夫だ、恐らく見つかる」

 

「………」

 

自信、いや、何かを確信したような目をした風太郎を、総介は見つめながら何かを考えていた。彼の声に、二乃が確認する。

 

「………信じていいのよね?」

 

 

「ああ。

 

 

 

 

 

 

一花、付いてきてくれ」

 

「!」

 

風太郎は一花(?)を指名した時に、総介もとある仮説を浮かべた。

 

(…………)

 

総介からすればまだ確証は無いが、風太郎が確信している様子の辺り、恐らくそうなのだろう。

 

「……んじゃ、俺と三玖はフードコートでもさがしてくらぁ」

 

「う、うん……」

 

「ああ、そうしてくれ」

 

「じゃあ、私と二乃はコテージの方に行きますね」

 

こうして、三手に分かれて、五月の捜索を開始することとなった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「………やっぱりいないか」

 

「……そうだね」

 

一同は別れた後、総介、三玖の2人はフードコートにて五月を捜したのだが、結局見つからずじまいだった。総介は少しため息をつきながら、三玖へと話しかける。

 

「……ホント、君らは誰かが行方不明にならないと気が済まないのかね?」

 

「……ご、ごめんなさい」

 

花火大会の時は三玖と総介がはぐれ、肝試しでは二乃と五月が、その後に一花が、そして今回は五月の行方がわからなくなった。

 

「いや、三玖が謝るようなことじゃないよ」

 

「………」

 

総介は表情を変えないまま三玖をフォローする。それでも、三玖には多少の申し訳なさが残ってしまう。

 

「………ねぇ、ソースケ」

 

「ん?」

 

「五月……見つかるかな………」

 

三玖は俯きながら、総介に尋ねた。せっかく心の中の曇が晴れたというのに、また別の問題がやってきた。三玖の今の頭の中は、妹の心配でいっぱいだった。総介はそんな彼女の不安が大きくならないよう、優しく声をかける。

 

「………上杉は何かを確信したような表情をしてた。多分、肉まん娘がいる場所が浮かんだんだと思うよ」

 

「五月が、いる場所?」

 

「うん、一応俺たちも別の場所を探してるけど、今は上杉と長女さんが一番見つけられる可能性が高いだろうね」

 

「………」

 

「もしもそれでもアウトなら、先生に言って捜して貰うしかない、かな」

 

「……うん」

 

(もし上杉の考えも違っていたら最悪、海斗に連絡するか……大門寺を動かすことも視野に入れねーとな……)

 

同盟を結んだ相手の娘ならば、大門寺の力を用いての捜索も可能となる。総介は最悪の状況をよそくしながらも、その中で想定し得る最善策を常に考えていた。事態が大事になれば、必然と出てくる手段である。

そう思いつつ、そのまま2人はフードコートを後にし、二乃と四葉に合流するためにコテージへと戻ろうとした、その時に、三玖のスマホから着信音が鳴った。

 

「………一花?」

 

着信の相手は、一花と表示されていた。

もしかしたら、五月を見つけたのかもしれない……

そう思いながら、通話ボタンを押して、スマホを耳に当てた。すると、そこからは、信じられない声が、彼女の耳に聞こえてきた。

 

 

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三玖!大変です!上杉君が……上杉君が!!」

 

 

 

 

 

「い、五月!?なんで!?」

 

「!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今現在、全員が探しているはずの五月の声が、一花の連絡先から聞こえてきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

それは、問題を起こした末っ子が、新たな問題を引っ提げて戻ってきた瞬間だった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

事の真相を話すとこうだ。

 

一花は最初から総介達の前に現れなかった。全ては五月が風太郎が姉妹を見分けられるかを確かめるために仕掛けたトリックだったのだ。

本物の一花はずっとコテージのベッドの上で休んでおり、一花に変装した五月が風太郎と総介、四葉の前に現れ、その後、その場を離れて変装を解いた五月が目の前に現れる事で、一花と五月の2人がゲレンデに来ていると見事に全員を欺くことができた。

本来なら、他の姉妹や総介が違和感に気づくはずなのだが、ゴーグルやマスク、フードで顔以外のところを隠しており、いくら姉妹でも注視しなければ気付くことが出来ない。そして総介も、三玖以外の姉妹についてはほとんど興味を持っていないため、五月が一花に変装していることなどは気づかないし、気にもかけていなかった。

 

その中で、風太郎は、自分が鬼ごっこで転倒する寸前に、変装した五月が自分を「上杉君」と呼んだことを思い出し、もしやと思って一花(五月)を連れ出して、真相に辿り着いたのだった。

 

そこで遂に、風太郎の体力が尽きてしまい、寒い中外にいたことも相まって、余計に体調を悪化させてしまった。その異変を感じ取った五月が、借りて出てきた一花のスマホで、三玖に電話をかけたのだった。

 

 

 

コレが、今回の『五月行方不明事件』の真相である………

 

 

宿舎に戻った一同は、総介におんぶされた風太郎を先生へとハゲの先生(失礼)へと預けた。

 

「よく連れてきてくれたな。上杉は一旦この部屋で安静にさせ様子を見る。これ以上悪化するようなら私が病院に送ろう。こいつの荷物を持ってきてくれ」

 

「………」

 

「はい……」

 

四葉が俯きながら、力なく返事をする。二乃は五月の頭を「コツン」とグーで優しく殴り、三玖と総介は黙ったまま風太郎を見ていた。そして一花(本物)は、口元を両手で覆いながら、帰ってきた一同からの説明と、風太郎の姿を見て、ショックを隠せなかった。

 

「ごめん……私のせいだ」

 

一花はそのまま、走ってその場を去ってしまった。

 

「一花!」

 

三玖が止めようとするが、彼女はそのまま皆から離れて言行ってしまった。

 

「お前たちは着替えて広場に集合だ。じきキャンプファイヤーも始まる」

 

「わ、私も残ります」

 

五月は罪悪感を感じているのか、その場に残って風太郎を看病しようとするが、彼女を風太郎本人が止めた。

 

「ゴホッ……お前たちがいても仕方ないだろ、1人にしてくれ」

 

「!」

 

「………」

 

風太郎はそのまま、力なくも総介へと目を移して、彼に声をかける。

 

「すまん、浅倉……こいつらを頼む」

 

「俺に全部押し付けんな、コノヤロー」

 

総介が風太郎の頼みを、いつもの倦怠感満載の口調で、目を逸らしながら即答で断る。風太郎ももっともなことなので、すぐに謝った。

 

「そうか……すまん」

 

「……今はゆっくり休みやがれ」

 

「悪い……」

 

2人の会話の途中の時、二乃が入ってきた。

 

「ちょっと、冷たいんじゃない?五月はあんたを心配して……」

 

「ということだ。早く行きなさい」

 

二乃の言葉を、先生が途中で切ってその場を収めようとする。

 

「……でも」

 

「安静と言っただろ!」

 

それでも食い下がってくる五月や一同に、語気を強めて注意をする。

 

「これよりこの部屋を立ち入り禁止とする!見つけたら罰則を与えるからな!」

 

そう言ってハゲの先生(失礼)は、風太郎と共に部屋に入っていった。総介、三玖、二乃、四葉、五月はそれを見届けることしかできなかった。

重い空気が、彼らの周りに立ち込める。

 

「………」

 

「フータロー……せっかく林間学校に前向きになってくれたのに……

 

 

 

 

 

一人で……こんな寂しい終わり方でいいのかな……」

 

「………」

 

唯一、三玖が発した言葉にも、今この場で、答えられる者は誰もいなかった。

それは総介も同じであり、いつもと変わらない死んだ魚の目で、二人が入った部屋の扉を見つめていた……

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

どんな時でも、時間は平等に経過する。そうして時は経ち、キャンプファイヤーが始まっており、多くの生徒たちが火の周りを囲んでいた。

 

「最後のダンスどうする〜?」

 

「俺今から誘っちゃおっかな!」

 

それぞれがダンスのペアを探している中に、二乃の姿もあった。しかし、その表情は、あまり良いものでは無かった。

 

「………」

 

「アレ、二乃どうしたの?元気無いね」

 

「男の子と踊るってテンション上がってたじゃん」

 

二乃の友達が2人、彼女に話しかけてくる。彼女たちは二乃が誰と踊るから秘密になって知らされておらず、海斗と踊るかもしれないということは、二乃は2人に伝えてはいなかった。

 

『信じていいのよね?』

 

『ああ』

 

そんな中、昼間の風太郎との会話を思い出す。

 

「……ムカつく」

 

昼間のこともそうだが、それでも切り替えて、キャンプファイヤーの広場を探しても、海斗の姿は見当たらなかった。それどころか、周りの女子たちも、海斗がどこにいるか躍起になって彼を捜していた。彼がいかにモテているのかを改めて知ると共に、海斗がこの場にいないことに哀しくなってしまう。

 

(……海斗君……)

 

「………ちょっとトイレ」

 

「二乃、早くしないと始まっちゃうよー」

 

二乃は海斗がこの場にいないため、キャンプファイヤーに参加するのは無意味と感じ、その場を離れることにした。

 

 

 

一方、火を囲む生徒たちの広場の離れた階段に、一花はいた。その目は寂しそうに、中心の火を見つめていた。その時、頬に温かい感触を感じ、少し驚く。見ると、抹茶ソーダを片手に持った三玖が横にいた。

 

「わっ!」

 

「……あげる。風邪は水分補給が大事」

 

「へー……ホットもあるんだ……」

 

抹茶ソーダのホットって、それ美味しいのだろうか……

と、三玖がそのまま一花の額に、自分の額を合わせて、熱があるか確認する。

 

「……治ってる」

 

どうやら、一花の悪化した体調は良くなったようだ。

 

「やっぱり……私がフータロー君にうつしちゃったかなぁ」

 

一花は風太郎に申し訳ない気持ちが湧いてくるが、三玖がフォローする。

 

「フータローは最初からおかしかった」

 

「えっ?」

 

「今にして思えばずっと具合が悪かったんだと思う。もっとよく見てあげてたら……

私もソースケや自分のことで必死だったから……」

 

三玖の最後の一言に、一花は昨日の肝試しのことを思い出す。

 

「……ごめんね」

 

「?」

 

「昨日、三玖にあんなこと聞いちゃって……あれから、だいぶ悩んでたって、浅倉君が言ってたから……」

 

「………」

 

一花は総介が風太郎を連れて戻ってきてからしばらくして、総介と軽く話をした。

そこで彼女は、昨日の一花の言葉が、三玖が思い詰めてしまう事のきっかけになってしまった事を知った。それも、総介の言葉で吹っ切れたのだが……

 

「私ね……少し怖くなっちゃったの……」

 

そのまま一花は、三玖に向けて話し始めた。

 

「三玖が浅倉君を好きになって、彼と付き合うようになって、それに夢中になったら……みんな同じように、別々の場所に向かって、バラバラになっちゃうのが……怖くなっちゃった……二乃がああして浅倉君に突っかかってたのも……少しるようになってね……やっぱり、まだ5人一緒にいたいなぁって……」

 

「………」

 

 

三玖は、一花がポツリポツリと本音を吐いて行くのを、黙って聞き続けて、そのまま彼女の背中に手を回して抱きしめた。

 

「……三玖?」

 

その行動に、一花が少し戸惑うもの、三玖はそのまま彼女に話しかける。

 

「一花……聞いてほしい……」

 

「うん………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちは、みんな違う……好きになるものも、人も……みんな違う」

 

「……うん」

 

 

 

 

「でも、それはバラバラじゃない

 

 

 

 

 

みんなが何を好きになるか、誰を好きになるか

 

 

 

 

 

 

それは、みんなの『自由』だから」

 

 

 

「………」

 

 

「バラバラになるのは、勝手にそうなるけど

 

 

 

 

 

 

 

『自由』は、みんな自分の考えで、自分の足で、歩けるの

 

 

 

 

 

 

 

それは、私たちは、どこにいても、バラバラじゃない

 

 

 

 

 

 

 

みんなそれぞれが、『自由』に生きているだけだから」

 

 

 

「……三玖……」

 

 

「……一花、私ね……」

 

 

「?……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソースケと………エッチ……したの」

 

「!!!?えっ?……えっ???」

 

結構いい話をしていたというのに、三玖はそのまま頬を赤くさせながら、とんでもないことを言い出した。その言葉を聞き、一花も頬を赤くさせて、驚きを露わにする。

 

 

「ソースケの家に泊まりにいった日にね……何度も、何度も、したの……」

 

「ち、ちょっ……三玖?」

 

抱きしめていた腕を解いて、もじもじとさせながら惚気話を続けた。

 

「あの日……すごく……幸せだった……初めての私に、ソースケ、すごく優しくしてくれたから……」

 

「み、三玖、わかった。わかったから、落ち着いて……」

 

これ以上は流石に聞いているこちらもどんな顔をすればいいか分からなくなってしまうので、一花は三玖を止めようとする。2人とも、顔を真っ赤にさせている。

 

「落ち着いてる……一花……だからね……私……」

 

三玖は少し、言葉を切って深呼吸した後に、彼女自身の想いを打ち明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、ソースケと結婚したい

 

 

「!!??」

 

突然の三玖の一言に、これまでで一番の驚きを露わにする一花。開けた口を、両手で覆いながら、何とか自身を落ち着かせて、三玖の話の続きを聞く。

 

「ソースケと一緒の時間を過ごして、思ったの。ずっと一緒にいたいって

 

 

 

 

このまま、2人で暮らしたいって

 

 

 

今はまだ、料理も出来ないし、教えて貰うばかりで、ソースケの後ろを歩き続けるだけだけど……いつか、ソースケの隣に立って、ソースケのそばで支えたい。

 

 

 

 

私に、『自信』と、『自由』をくれたソースケに、いっぱい恩返ししたい」

 

「……三玖……」

 

 

 

「だから、一花も『自由』にやったらいいよ

 

 

 

 

 

 

 

それで、みんながバラバラになるわけじゃない

 

 

 

 

 

 

 

みんなそれぞれが『自由』な生き方をするだけなんだから」

 

 

 

三玖の総介への想いと、五つ子としての在り方を聞いて、一花は自分の中の何かが、粉々に砕け散る音が聞こえた。

昨日の朝、自分の中に芽生えてきたモノが、崩れ去っていき、三玖の話で出てきた『自由』という言葉が、彼女の中を駆け巡る。

 

 

バラバラじゃない。皆自分の意志で、自分の想いで行動するだけ……

 

 

 

そんな時に、誰かが困っていたら、

 

 

 

 

 

皆で助け合えばいい

 

 

 

 

 

誰かが幸せになれば

 

 

 

 

 

それを祝福すればいい

 

 

 

 

 

 

それだけのことなのだ

 

 

 

 

 

「………」

 

一花はようやく、自分の中にあったモヤモヤが晴れたようで、そのまま間の蓋を開けて、中身をゴクゴクと飲む。

 

 

 

 

 

「うーん……絶妙にまずい……」

 

「そうかな?」

 

どうやら一花のお口に抹茶ソーダは合わなかったようだ。

 

「でも効力バツグンだよ、ありがとね」

 

そう礼を言って、一花は残りも飲み干して、立ち上がる。

 

「じゃあ、行こう」

 

「うん」

 

「浅倉君は?」

 

「友だちとお話してから来るって」

 

「ふーん、フータロー君はともかく、彼にも友だちいたんだね」

 

「一花、失礼」

 

そう話をしながら、2人は『とある場所』へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気が晴れない顔だね」

 

「……わりーかよ?」

 

一方、総介は海斗と一緒に、宿舎の自室にいた。本来ならば、2人とも皆と同じく広場にいなければならないのだが、特権階級とは凄いモノで、海斗が担当の先生に「気分が悪い」と言えば、事情を察した先生に即座にそのまま自室待機を言い渡された(体調が戻れば任意で参加しても構わないということで)。その際、普段から彼の隣にいる総介に看病を任せるという名目で、2人共にの自室でゆっくりと時間を過ごしていた。ちなみに、別のクラスのアイナも、同じ手法で自室待機を言い渡され、遅れて部屋へと合流し、今は2人の自室を訪れているといった形である。

 

「……しかし、二乃が肝試しの際に若様と接触していたとは……」

 

「アイナとの関係は喋っちゃいないよ。安心して」

 

「……ありがとうございます」

 

アイナはようやく3人で過ごす時間で、いきなり海斗から肝試しで二乃と出会ったと聞いたのだ。その時は、すぐに海斗と総介と自分の関係が露わになるのでは、とゾクっとしたが、どうやら海斗の人間関係の話にはならなかったようなので一安心した。

しかし、肝試し後の二乃の様子を見るに、完全に海斗に惚れてしまったようである。その点では、今後も3人の関係がバレないとは言い切れない。

 

「別にいいじゃねーか。いつかバレるんだからよ」

 

「それは……」

 

総介の気の抜けた喋り方をアイナは真っ向から否定できなかった。

二乃の妹の三玖が、総介と恋人同士の関係で、まだ早いかもしれないが、2人が結婚も視野に入れているのならば、彼が大門寺の下で働いていることと、アイナや海斗との関係、そして『刀』のこと……全てを知ることとなるだろう。

ましてや、二乃や三玖の義父は先日大門寺と同盟を結んだ関係。まあ力があまりにも違いすぎるため、実質下につく形となるが……

遅かれ早かれ、アイナは二乃に自身の正体を明かす時が来る可能性が高いのだ。

その時、二乃が最も嫌う総介と、二乃が惚れた海斗と幼馴染の関係だということを彼女が知ったときは、どうするのだろうか……

 

「………」

 

「でも、今はあまり気にすることじゃないよ」

 

「……若様……」

 

不安そうに俯くアイナに、海斗が声をかける。

 

「僕も総介も、二乃ちゃんを悪くするつもりはないし、こちらから何もしない限りは、彼女もアイナのことはいい友人のままでいると思う。それに、二乃ちゃんは結構第一印象で相手を決めるように見えたから、アイナのことはちょっとのことでは嫌いにならないはずだよ」

 

しれっと失礼なことを言う海斗。だが実際当たっており、二乃はかなり見た目や第一印象で判断する今時の女の子だった。事実、二乃の総介への印象は、出会った時のから全く変わっていない。

 

「僕らも出来るだけ勘づかれないようにするよ。もしそれが発覚した時に『万が一』の場合もあるしね」

 

「………はい、ありがとうございます」

 

アイナが礼を言ったところで、それまで黙って聞いてた総介はスマホで時間を確認し、立ち上がった。

 

 

「んじゃ、俺ァ行くわ。海斗、あとは頼まぁ」

 

「わかった。うつされないようにね」

 

「うっせー」

 

そう海斗と軽口を叩き合って、総介は部屋から出ていった。その様子に、事情を知らないアイナが疑問を浮かべる。

 

「……総介さんは、どちらに行かれたのですか?」

 

「……少々お節介をやきにね」

 

「お節介……」

 

「その後は、三玖ちゃんと過ごすんじゃないかな?」

 

「キャンプファイヤーでしょうか?」

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない……さてと」

 

海斗そこで、立ち上がってへやを出て行こうとする。

 

「若様、どちらまで?」

 

「そうだね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迷えるお姫様からお誘いをうけているから、それにきちんと答えてあげないとね」

 

「……それって……」

 

「アイナはここに留まるか、すぐに自室に戻った方がいい。もしかしたら、バッタリと出会ってしまう可能性も十分あるからね」

 

「……わかりました」

 

 

そう言葉を交わして、海斗は部屋を出ていった。誰もいない部屋残されたアイナは、誰に向けるでもなく、独り呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「若様…………総介さん…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方たちには、一体何が見えてらっしゃるのですか………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に答える者は、誰もいない。

 

その代わりに、アイナが窓の外を見ると、少し離れたところでは、キャンプファイヤーの火が、周りの生徒たちをユラユラと照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、様々な事が起こった林間学校は、ついにクライマックスを迎えることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結びの伝説………ホントにあんの?

 




もうすぐ林間学校編も終わりです。
ちなみに終わってからどうしようか、案がありすぎて困っています(笑)

今回もこんな駄文を最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます!

もう少しでアニメ1期分も終わり……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42.伝説とは自分(テメェ)で創るもの

お待たせしました!第三章最終話です。
この話で、第三章は終わりとなります。

アニメで言うと一期分が終わります。
ここまで10ヶ月……長かった……。


 

一花と三玖、そして総介が『同じ場所』へと向かおうとしていた頃、五月は風太郎の泊まっていた部屋を訪れていた。その場には既に四葉がおり、しわくちゃで、付箋やメモがたくさんついた風太郎のしおりを手にとって見つめていた。きっと彼も、林間学校をすごく楽しみにしていたのだろう。そんな彼の体調が悪くなっているにも関わらず、無理に連れ回してしまったことに、四葉は罪悪感と後悔を感じてしまっていた。

しかし、そのしおりを渡してもらった五月がパラパラとページをめくっていると、あるものを見つけ、四葉に見せた。

それは、1番上に『らいはへのお土産話』と書かれている、この林間学校で今までの出来事が簡単に記されたメモだった。

 

 

 

 

それを見た四葉は、風太郎はこの林間学校が本当に楽しかったのだろうかと疑問が浮かび、こんなことを言い出した。

 

 

「上杉さんに聞いてみる!」

 

「え、今からですか!?」

 

なんと、風太郎に直接聞きに行こうというのだ。

 

「こっそり行けば大丈夫だって!」

 

「……ストレート……」

 

彼女の行動力の高さに、唖然としてしまうが、同時に尊敬もしてしまう。思えば、いつもそうだった。

姉妹の中で、いの一番に先頭を行くのは、いつだって四葉だった。

五月は、四葉が急いで出ていった後の部屋の中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

「……私も、四葉みたいにできるでしょうか……」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

ところ変わって、場所は風太郎が安静にしている部屋。風太郎のことを考えてのことなのだろうかか、電気は点いておらず、真っ暗である。

その中で彼は、ハゲの先生(失礼)の付き添いのもと、ベッドで横になっていた。

 

「……ゲホッ、ゴホッ」

 

「……!!」

 

咳き込んだ風太郎に、そばに椅子に座っていたハゲ(超失礼)がビクッ!と反応した。

 

「おっと……寝てしまった。すっかり暗くなったな」

 

どうやら風太郎を看ているうちに、座ったまま寝落ちしてしまったようだ。電気を点けなかったのも、単に明るいうちに寝てしまったからのようで、ハゲは椅子から立ち、歩きながら手探りで電気のボタンを探し始める。

 

「電気、電気……」

 

ちょうどハゲが壁にたどり着いたところで、すぐ真横にあるドアが開く。

 

「主任、キャンプファイヤーも終盤です。手伝って貰えますか?」

 

外からメガネの先生が訪ねてきた。

 

「ああ、今行こう」

 

「どうせ寝てたんでしょ」

 

ハゲはメガネと一緒に、キャンプファイヤーの場所へと行くために、部屋を後にした。もう(失礼)すらつかなくなるというね………

 

こうして部屋には、寝ている風太郎だけとなった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………あわわわわ)

 

 

 

 

わけではなく……

 

 

 

(電気を点けたら気づかれてました……真っ暗で良かった……)

 

暗闇の中、ベッドと壁の隙間に、体育座りをした五月が、冷や汗を流しながらも、先生が出て行って一安心したような顔をする。

 

(四葉も行くと言ってたのに、どうしちゃったのでしょう……)

 

あれから、この部屋に来て息を潜めるまで、四葉を見てはいない。トイレに行ってるのか、それとも迷っているのだろうか……

 

(四葉を見習ってみましたが……先生が寝てる間に忍び込むなど、大胆不敵だったでしょうか……)

 

とはいえ、このまま風太郎だけで林間学校を終わらせようなど、五月はそんなことはさせたくはなかった。

あのボロボロのしおりや、あの紙を見たら、いてもたってもいられなかった。

 

 

 

 

 

(だけど……

 

 

 

彼を独りにさせてはいけない)

 

 

 

風太郎の2つ隣のベッドの横から、五月は立ち上がり、灯りのスイッチを探し始めた。

 

ゴン

 

(痛っ)

 

足のつま先を何かにぶつけてしまうが、めげずにスイッチを探し続ける。

 

(足元も見えない……確かこの辺に……スイッチが……)

 

壁をつたい、五月はなんとかスイッチのあった場所に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

そしてようやく、スイッチのある場所を探し出して、ボタンを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

 

 

 

 

 

明かりが灯った五月の目に飛び込んできたのは、自分の姉全員が、自分と同じくスイッチを押す姿だった。

 

「ええーっ!?みんな来てたの!?」

 

「し、静かに……っ」

 

まだ近くに先生がいるかもしれないので、五月は四葉の驚いた大きな声を注意する。

 

「なんであんたたちがいるのよ!」

 

「二乃こそ、意外」

 

「わ、私はコイツのアホヅラを見るために来ただけよ!」

 

「私たちもフータロー君が心配で来たんだよね、三玖」

 

「うん」

 

「えへへ、なんか嬉しいなー。全員で同じこと考えてたんだね」

 

「私は違うって言ってるでしょ!」

 

皆がそれぞれに思いを口にするのを五月は黙って見ていた。なんだかんだで、風太郎は姉妹から心配されていることに、安堵を覚える。

口角をわずかに上げた五月だが、その瞬間に、五つ子の後ろから声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、遅かったじゃねぇか」

 

「「「「「「!!」」」」」

 

全員がそちらを振り向くと、そこには、トレードマークとも言える黒パーカーを着た、気怠げな表情をした黒縁眼鏡の人物が、ふてぶてしく椅子に足を組み、手をズボンのポケットに入れながら座っていた。

 

「ソースケ!」

 

「浅倉さん!?」

 

「浅倉君!?」

 

「なんであんたがいるのよ!?」

 

一花と三玖は事前に聞いていたので、三玖だけが嬉しそうに彼の名前を呼ぶが、残りの二乃、四葉、五月は彼がいることは予想外だったようで、3人とも一様に驚いた顔をする。

 

「まさか全員来るたぁな、やっぱ五つ子だなお前ら」

 

「聞きなさいよ!」

 

二乃の質問に耳を一切傾けることなく、総介はさてと、と言いながら立ち上がり、ポケットからあるものを取り出した。それは、黒い手のひらサイズの棒状のものだった……それを見た瞬間、五月が総介に尋ねる。

 

「あ、浅倉君、それは何ですか?」

 

「あ?見てわからねーか肉まん娘。

 

 

 

 

 

 

 

マジック(黒)だけど?」

 

「見ればわかります!それを何に使うんですかときいているんです!?」

 

馬鹿にされたように聞こえたのか、五月が若干苛立った口調で総介に再度聞くが、彼はマジックのフタを『キュポッ』と開けながら、顔をケロっとさせてこう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何にって………こいつの顔に落書きするために決まってんだろ〜が」

 

「最低ですかアナタは!!」

 

「古今東西、ダチ公が隣で寝ていたらば、無防備な顔面を黒く染めよって言うだろうが」

 

「そんな格言じみたことを言っても、やってる事は最低なことに変わりはありません!っていうか、そんな格言ありません!」

 

五月がさすがにそんなモラルに反することはさせまいと、総介を止めようとするが、

 

「それ面白そう。私にもやらせなさいよ」

 

「二乃まで何乗っかってるんですか!?」

 

珍しく総介に同調して、ノリノリで落書きに参加しようとする二乃の姿勢に五月がツッコミをいれる。が、それを機に他の姉妹もそれに便乗を始めた。

 

「じゃあ、私は信長っぽい髭を……」

 

「私、ほっぺにうず巻き描きます!」

 

「じゃあ私はブタさんの鼻にしようかな〜」

 

「コイツの瞼に目玉でも描いてやるわ!」

 

「ここは定番の額に『肉』だろ」

 

各々が自分の落書きを描くため、風太郎の顔に集結したとき……

 

 

 

 

「ダメですーーーー!!!!!」

 

この場に残された唯一の常識人である五月に止められてしまった。彼女は落書きをしようとする一行の前に立ち塞がり、両手を広げて風太郎を守ろうとする。

 

「病人相手にそんな非常識なことはしてはいけません!それでもやろうとするなら、この場で先生を呼びますよ!」

 

「「「「………」」」」

 

「んだよー、こういうのは旅行系の定番だってのに……」

 

総介がぶーたれながらも、マジックをポケットの中にしまう。それを見て、二乃がため息をつきながら、風太郎から離れてドアの方へと歩いて行った。

 

「はぁ……まあいいわ。そいつのアホヅラは見れたことだし……」

 

「二乃、どこに行くんですか?」

 

「別に……あたしはもうそいつに用は無いから、キャンプファイヤーに戻るだけよ」

 

「………」

 

 

そう言い残して、二乃はドアを開けて、部屋を出て行った。総介は一瞬、二乃の後ろ姿を見て考え事をしてから、そのまま風太郎の寝ているベッドへと行く。その瞬間に五月が反応するが、「大丈夫だ。何もしねーよ」という一言で、彼女はもう何も言わなかった。総介は風太郎の頭の方へ行き、彼の寝顔を拝見する。

 

「……ぐっすり寝やがってらぁ……なんか腹立つな」

 

小さくそう呟くと、そのまま風太郎から離れる。

 

「んじゃ、特に何も無さそうだから、俺と三玖はそろそろ行くわ」

 

「「「えっ?」」」

 

「……うん」

 

彼の言ったことに、一花、四葉、五月の3人が呆気に取られた声を出し、三玖はその事を事前に聞いていたような素振りのままうなずく。と、そのまま総介が3人に説明をする。

 

「さっきメールでやりとりしたからな。『上杉に特に何も無かったらそのまま2人で外行こう』ってよ……ね?」

 

「………うん、さっき、約束してから」

 

総介の確認をとる一言に、三玖は頬を赤くさせ照れながらうなずいた。

 

「てことで、あとは頼まぁ、先生どもにバレんなよ〜」

 

「……一花、四葉、五月、フータローをよろしく」

 

「は、はい……」

 

「2人とも、いってらっしゃ〜い!」

 

「お熱い夜を過ごしてね〜♪」

 

「長女さん、アンタは諸々のアレで後でお仕置きだ」

 

「諸々のアレって何!?」

 

一花のツッコミを無視しながら、総介と三玖はその場を3人に任せて風太郎が寝ている部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、林間学校最後のイベントである『キャンプファイヤー』が終盤を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝説にあったフィナーレを迎える結びの瞬間、

 

 

 

 

手を結んだ2人は

 

 

 

 

生涯を添い遂げる縁で結ばれるという『結びの伝説』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、それぞれが迎えた『結び』とは…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行っちゃったね」

 

「うん……」

 

一花、四葉、五月の3人は、そのまま風太郎の寝ている部屋に残っていた。

 

「…………上杉君」

 

五月は1人、風太郎に近づいていき、眠っている彼に声をかける。

 

「私たちもそうですが、二乃も、三玖も……そして浅倉君も、みんなあなたに元気になってほしいと思ってます。

 

 

 

 

 

 

 

上杉君がどんな人なのか、私にはまだよくわかりませんが……

 

 

 

 

 

 

目が覚めたら、よければ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教えてください

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたのことを」

 

 

 

 

 

 

 

そのまま五月が、風太郎の左手を手にとって、それに一花、四葉も続いた。

 

一花は親指、四葉は人差し指と中指、五月が薬指と小指をそれぞれ握る。

 

 

 

 

 

 

そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

『3』

 

 

 

 

 

『2』

 

 

 

 

 

『1』

 

 

 

 

 

 

『ワァァァァァ』

 

 

 

 

 

 

結びの伝説のフィナーレの瞬間………

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時もずっと耐えてたんだね。私周りが見えてなかったな」

 

 

 

「私のパワーで元気になって下さい!」

 

 

 

「この三日間の林間学校、あなたは何を感じましたか?」

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「「「!」」」

 

 

五月がそう尋ねた直後、風太郎は目をゆっくりと開けて、ムクッと上半身をゆっくりと起こす。

 

「わっ」

 

「起きた……」

 

「元気になったんですね」

 

「おまじないすごーい!」

 

3人が、風太郎が起きたことに驚く中、当の本人はというと……

 

 

「……るせぇ……」

 

 

「「「え?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるせぇ!!!寝られないだろ!!!」

 

 

どうやらある時から起きていたようで、我慢の限界に達したのか、3人に怒鳴り散らす。

 

 

 

「さっさと出て行けーーーー!!!!」

 

 

激しく怒る風太郎に逃げながらも、3人はどこか嬉しそうな表情をしながら、風太郎に背を向けて逃げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なのよ………心配して損したわ……」

 

時は戻り、風太郎の部屋から出て行った二乃。彼女なりに心配していたのだが、風太郎が思ったよりもぐっすりと寝ているようだったので、今は眉間にシワを寄せながら宿舎の廊下を歩いていた。

やがて、彼女は宿舎のエントランスへと到着する。元々広い空間なのだが、今は生徒達全員キャンプファイヤーで宿舎にはいないため、余計に広く思えてしまう。

二乃は、そんなエントランスで、立ち止まった。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

『私と踊ってくれませんか?』

 

 

 

 

 

 

「………海斗君……」

 

二乃は立ち止まって、昨日肝試しの最中に出会った銀髪の美青年のことを思い出していた。あの時、すぐに別れてしまうことになってしまったが、二乃は昨日のことを思い出すだけで、心臓が飛び出しそうなほどに鼓動が大きくなってしまう。

 

 

時計が指している時間と玄関から聞こえる外の音からして、キャンプファイヤーはもう終盤に差し掛かっているだろう。

 

 

(………自分から誘っておいて……私……)

 

 

最低だと、思う。

無論、海斗を何人もの女子が誘っているのも知っていた。現に、キャンプファイヤーの序盤では、彼を探す女子達の姿が多くいたのだ。その中で自分が居なくなってからに申し訳ないと思うのは、おこがましいだろうか………

 

 

 

 

 

とはいえ、昨日海斗をダンスに誘ったのは自分だ。にもかかわらず、彼に会えないままキャンプファイヤーの場所にいなかったことに、二乃は海斗への申し訳なさを抑えられなかった。

 

 

 

 

「……ごめんなさい……」

 

 

 

 

その所為で、二乃はここに居ない彼への謝罪を、ポロっと口に出してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰かに心から謝る時は、ちゃんとその人の顔を見て言わないといけないよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二乃ちゃん」

 

 

 

 

 

「………えっ?」

 

突然、後ろから、透き通ったような低く、それでいて落ち着きのある穏やかな声が聞こえてきた。

 

 

その声に、聞き覚えがあった。

 

 

 

 

まさか……

 

 

 

 

 

 

まさか……

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、そんなはずは………

 

 

 

 

 

二乃が恐る恐る振り向くと、そこには、学校で出会ったどの男子生徒よりも背の高く、星のように輝く銀髪と、類稀の美貌を持つ少年、いや青年がその場にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「かいと………くん?」

 

 

「やあ、昨日以来だね」

 

海斗は何事もなかったように、穏やかな雰囲気の笑顔を見せながら、二乃に話しかけるが、二乃の方は何が起きているのか、イマイチ理解できてない様子だった。

 

 

「……どう、して……?」

 

力の抜けたような声で、目の前にいる海斗にどうしてここにいるのか尋ねた。彼女は海斗と出会えたことに、嬉しさを通り越して驚愕の表情を浮かべていた。今、自分たちを除いた生徒は全員、キャンプファイヤーの広場にいるはず……それなのに、どうして……

驚きの表情で口が開いたまま塞がらない二乃に、海斗は淡々と説明を始めた。

 

「あの場所にいると、ほかの子たちが僕に大勢寄ってくるからね。それじゃあ最悪イベントを壊しかねないから、先生に体調が悪いって言って抜けさせてもらったんだ」

 

「そ、そうだったのね……」

 

自身で言うのもアレだと思うが、海斗の言ってることは間違ってはいない。もし彼があの場所にいたなら、女子達の殆どが海斗に言い寄り、ダンスパートナーになろうと集まって来て、パニックになってしまうこともあっただろう。それは最悪の場合であり、実際はどうなってしまったかは分からないが、幸い今は海斗を探していた女子たちも諦めて、各々にキャンプファイヤーを楽しんでいた。

 

この人は、どれだけ影響力のある人なんだろうと、二乃は改めて目の前の男の大きさを感じ取ることとなった。

 

「さて、時間もそんなに無いし、早速始めようか」

 

「え?」

 

突然の海斗の言葉に、二乃は少し戸惑ってしまう。

 

「始めるって……何を……」

 

「二乃ちゃんが昨日言ってたことだよ。もうすぐフィナーレの瞬間がやってくる………」

 

だから……そう言って、海斗は二乃にゆっくりと右手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

 

「限りある時間ですが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕と一緒に踊りませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姫様」

 

 

 

 

その言葉に、二乃は自分の視界から、海斗以外の全てが消え去ってしまった。そして、今自分かいる状況を理解して、心から歓喜する。

 

 

今、この瞬間だけは

 

 

 

彼を独り占めできる

 

 

 

今後、いつになってしまうのか

 

 

 

 

 

もしかしたら、二度と無いかもしれない

 

 

 

 

 

このチャンスは、もう今一度しかない

 

 

 

 

 

なら、私のやることは、一つ……

 

 

 

 

そう考えた彼女の手は、自然と海斗の方へと伸び、やがてそっと彼の手の上に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「喜んで

 

 

 

 

 

 

 

王子様」

 

 

ここはおとぎ話の世界ですか?と言わんばかりのやりとりを交わした2人は、そのまま両手を繋いで、踊り始めた。とは言っても、両手を組んで軽くステップを踏むだけの、簡単なものであったが、海斗は、彼女を優しくリードする。一方、二乃は海斗のそばにいれるだけで、彼女の心の中はパラダイスだった。同時に、緊張も襲ってはきていたが、その心臓の鼓動すらも、心地よいダンスのリズムの音にさえ聞こえてくる。

ずっとこのままでいたい………

 

 

そんなことを思う中で、その瞬間はやってきた。

 

 

 

 

 

 

『3』

 

 

 

 

『2』

 

 

 

 

『1』

 

 

 

 

 

『ワァァァァァ』

 

 

 

 

 

 

 

 

結びの伝説のフィナーレの瞬間……

 

 

 

 

2人の両手は、しっかりと握られていた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねぇ、海斗君

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしたんだい、二乃ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………どういたしまして

 

 

 

静かさが立ち込めるエントランスの中で聞こえてくるのは、銀髪の美男子と、ピンク色の髪の美少女がゆっくりとステップを踏む靴音だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時はもう一度戻り……

 

 

「どこ行くの、ソースケ?」

 

「まぁついてきてよ」

 

風太郎が寝る部屋から出た総介と三玖は、そのまま宿舎の廊下を歩いていた。総介が歩くのを、三玖は少し後ろからついていく。彼女は、総介がどこへ行くかは聞かされていない。

やがて、総介はある扉の前で立ち止まった。

 

「ついたよ」

 

「……ここって?」

 

「うん、俺が泊まってる部屋」

 

そこは、総介と海斗がこの林間学校で宿泊している自室だった。総介はそのまま部屋のドアを開けて、中を確認する。

 

(………海斗とアイナはもう出て行ったみてぇだな)

 

先ほどまで、海斗とアイナの3人でこの部屋の中にいたのだが、今は室内は人1人いない、もぬけのカラの状態だ。これは都合がいい。

 

「いいよ、入って」

 

「?うん……」

 

三玖は少し疑問に思いながらも、総介の後に続いて室内へと入る。総介は誰もいないことを確認し、そのまま部屋を素通りして、窓まで行って手にかけて、スライドさせて開けた。

 

「ベランダ?」

 

「そうだよ。

 

 

 

ほら、見て」

 

 

「………あ」

 

窓を開けた総介が、指を差した先には、今林間学校でキャンプファイヤーが行われている広場があり、中心で燃え上がる火柱を囲むようにして、生徒や先生たちが踊ったり、談笑したり、階段に座って見ていたりしていた。

 

「……ここ、すごくよく見える」

 

「うん、多分全部の部屋の中で、ここが1番あそこを見やすいと思うよ」

 

総介が泊まった部屋は、窓の正面に広場があり、なおかつ三玖たち女子よりも上の階のため、広場を正面から一望できるようになっていた。

総介と三玖は、隣り合ってベランダの手すりに手を掛けながら、キャンプファイヤーの火を見つめる。

 

「……ここに連れてきたかったの?」

 

「広場の中の人混みに入るのも何だし、できればゆっくりできる場所がよかったからね。

 

 

 

 

 

 

……それに」

 

「?」

 

ふと、三玖が総介の方に目を向けると、彼もまた、三玖の方を見ており、自然と目があった。

 

 

 

 

 

 

「林間学校の最後のイベントなんだから、三玖と2人きりになりたかったから……」

 

「……ソースケ」

 

総介の配慮に、三玖は心臓の鼓動が一段と高くなるのを感じた。

2人は自然と、互いの方に近寄って、肩がコツンと当たる。そのまま三玖は、総介の肩に頭を乗せ、総介もまた、三玖の頭に手を乗せて優しく撫でた後、彼女の手を伸ばし、指を絡めて繋ぎ合う。2人とも、離れないように指に力を入れて、ガッチリと握り合う。

 

「………いろいろあったね、林間学校」

 

「うん……」

 

思えば2人は、初日からトラブル続きの林間学校だった。

風太郎は家にいたまま林間学校を欠席しようとしたところを、総介と五月の尽力でなんとか間に合わせたり、

猛吹雪で近くの旅館に泊まることになり、

その夜は2人して布団の中でイチャイチャチュッチュしたり(キスのみ)、

抱き合って寝ているいるところを一花に見られたり、

肝試しでは五月と二乃が迷子になったり、

その途中で二乃が海斗と出逢ったり、

一花の言葉で三玖が思い悩んだり、

一花と風太郎が2人倉庫に閉じ込められたり、

その影響で一花が体調崩したり、

ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲だったり(完成度たけーなオイ)、

三玖とかまくらの中で話し合った後にイチャイチャチュッチュしたり(キスのみ)、

五月が行方不明になったと思いきや一花に変装していたり、

今度は風太郎がダウンしたり………

 

 

「………トラブルばっかだなオイ」

 

「ふふっ、そうだね」

 

思い返すと、全く予定通りでは無かったが、今 こうして思えば、それはそれで味な思い出になると、2人は笑い合う。風太郎と一花には申し訳ないが……

 

「……ねぇ、ソースケ」

 

「ん?」

 

三玖が、総介の肩に頭を乗せたまま、彼に話しかけた。

 

「……また、ソースケの家、泊まりに行っていい?」

 

「……はい?」

 

突然の申し出に、総介も少し驚きながら返す。三玖はそのまま、自分の想いを語り始めた。

 

「私ね、この林間学校で、ソースケのこと、もっと好きになったの。

 

 

 

 

 

勉強も、料理も、他にも色々なことを、ソースケから教わりたいって

 

 

 

 

 

もっとソースケのそばにいたいって

 

 

 

 

 

だから、少しでも、ソースケの隣にいたくて

 

 

 

 

 

 

また、ソースケの家に行ってみたいなって、思ったの

 

 

 

 

 

 

 

………ダメ?」

 

 

 

 

三玖の想いを聞いた総介は、彼女に優しく返した。

 

 

「ダメなもんか

 

 

 

いつでもおいで

 

 

 

できるだけ予定あけとくから

 

 

 

 

俺も、三玖と一緒にいたいからね」

 

 

 

「……ありがとう、ソースケ」

 

 

「そのかわり、勉強も料理も、ビシバシ教えるからね、いい?」

 

「が、がんばります……」

 

からかうように言う総介に、少し冷や汗を流しながら答える三玖。総介はそんな彼女すらも、可愛く見えてしまっていた。

 

 

 

(………この子は、どんだけかわいいんだよ)

 

 

 

 

心の底から、本気で思った。

初めて会ったときも、

再会して話をしたときも、

家庭教師の助っ人としてマンションで出会ったときも、

彼女が戦国武将の話をしているときも、

勉強を教えているときも、

花火大会で浴衣姿を見たときも、

その帰りに頬にキスされたときも、

彼女の家に泊まり、互いの想いを伝え合ったときも、

5人の中から本物の三玖を見つけたときも、

義父に啖呵を切って突撃しようとしたときも、

帰ってきたときに抱きつかれたときも、

初めて家に泊まったときも、

その夜に幾度となく愛し合ったときも、

料理が上手くいかなくて泣いているときも、

別の姉妹に変装しているときも、

林間学校で一緒にいたときも、

 

 

 

挙げていけばキリがないほどに思った。それでも、まだ足りないぐらいだ。

 

 

(………出来ることなら、死ぬまでこの子のそばにいてぇな)

 

もし三玖も望んでくれるのであれば、今後歩く人生を、2人一緒に過ごしたい。それはつまり、この子と、三玖と、男女の形として結ばれたいと言うことだろう。

 

 

 

 

結びの伝説

 

 

 

 

キャンプファイヤーの結びの瞬間

 

 

 

 

 

 

手を結んだ二人は

 

 

 

 

 

 

生涯を添い遂げる縁で結ばれるという

 

 

 

 

 

 

 

総介は先ほど、その伝説の真相を海斗から聞いていたが、手を繋ぎあっているだけでも効果があると言うが……今、三玖が自分の手を固く握って離さないのは、そういうことなのだろう。

 

 

 

 

彼女もきっと………

 

 

 

(………伝説ってのを信じているわけじゃねぇが……)

 

そういった伝説だからとか、それのおかげで結ばれたとか、そういったものに振り回されるのを、総介は良くは思っていなかった。しかし、隣にいる三玖は顔には出さないものの、結構ノリノリでいる。

さて、どうしたものか……………

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

……………

 

 

 

……………

 

 

 

「……!」

 

 

と、ここで、彼はふと思いついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝説通りに進むのがあまり好きじゃないのなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で伝説を創ってしまえばいい

 

 

 

 

 

 

 

 

総介の顔は、何かを悪巧みを思い付いたかのように、自然と口角が上がっていった。

 

 

 

 

 

その数秒後に、『その瞬間』が訪れようとしていた。

 

 

 

 

「あ、ソースケ、カウントダウン始まったよ」

 

「………」

 

 

 

 

 

『10』

 

 

 

『9』

 

 

 

『8』

 

 

 

『7』

 

 

 

『6』

 

 

 

『5』

 

 

 

『4』

 

 

 

『3』

 

 

 

 

 

カウントダウン3秒に差し掛かったとき、総介が動いた。

 

「……三玖」

 

「ん?………!!!」

 

 

 

 

 

『2』

 

 

 

 

 

総介は、自身の持つ力で、三玖が握っていた手を強引に引き剥がした。

突然の恋人の行為に、信じられないといった様子で、目を見開く三玖だったが、彼はそのまま………

 

 

 

 

 

『1』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ワァァァァァ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結びの伝説の瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2人の手は、結ばれておらず、バラバラに離れていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

代わりに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結びの瞬間、2人の唇は優しく、そして確かに重なり、繋がっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広場から聞こえて来る歓声を聞かながら、総介はその瞬間を迎え、三玖の方は、未だ何が起きたのかわからないようだった。

やがて、2人の重ね合っただけの唇が、ゆっくりと離れる。

 

「………ソースケ……」

 

三玖が、頬を少し赤くして戸惑って顔で、総介を見つめる。総介は、三玖の頬に手を伸ばして、優しく撫でながら、彼女に向かって言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結びの瞬間に手を繋いでいた二人が、その生涯を添い遂げるなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結びの瞬間にキスをしていた2人はその後どうなるか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試してみたいと思わない?」

 

 

 

 

 

そう聞かれた三玖は、しばらくぽかんとしてしまう。しかし、総介の想いを徐々に理解した彼女は、そのまま……

 

 

 

 

 

「……ソースケ」

 

 

「?………!」

 

 

 

 

今度は、三玖の方から、総介の唇にキスをした。そのまま彼の背中に、手を回す。総介は少し驚いたが、すぐにそれを受け入れて、目を閉じて彼女の肩に手を置き、重ねるだけの口づけを交わす。

 

「ん………はぁ、三玖」

 

しばらくして、唇を離した2人は、互いを見つめ合う。総介が、そのときに見た三玖の顔は、彼女が出来る精一杯の笑顔で自身を見つめ返す姿だった。

 

 

 

 

 

 

「………ずっと一緒にいよう、ソースケ」

 

屈託の無い純粋に見える笑顔のまま、三玖は総介へと抱きついて言った。優しく受け止めた総介は、そのまま彼女にこう伝える。

 

 

 

 

 

「……三玖が望むなら、ずっとそばにいるよ」

 

 

 

 

 

 

「………大好き、ソースケ」

 

 

 

2人はもう一度見つめ合い、三度唇を重ね合う。

互いの想いが、完全に一つになり、そのまま、2人だけの新たな結びの瞬間を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛してるよ、三玖」

 

 

 

「私も、愛してる、ソースケ」

 

 

三玖と総介は、そのまま抱擁し合ったまま、幾度となく唇を重ね合い、互いの絶対不変の愛を確かめて合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『結びの伝説』

 

 

 

 

 

それは、キャンプファイヤーのフィナーレで、手を結んでいた2人は、生涯を添い遂げる縁で結ばれるというもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、過去に1組だけ『例外』が存在した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2人は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結びの瞬間、手を結ぶのではなく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唇を優しく重ね合っていたという

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、この2人がこの先どうなっていったのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはまた、別のお話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界でたった一人の花嫁と銀ノ魂を持つ男

 

 

 

 

 

第三章『結びの伝説?んなことよりそこの醤油とってくんない?』

 

 

 

 

 

 

 

 

第四章『人の過去なんざシャボン玉のように儚い』に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て待て待て待てちょっと待てぇえええええ!!!!!!!」

 

 

 

「んだよ上杉テメー、綺麗に第三章終われたっつーのによぉ?」

 

「エピローグは!?俺の結婚式は!!?『結びの伝説2000目』は!!!?」

 

「あるわけねーだろ。この作品は俺と三玖の物語だぞ」

 

「いやいやいやいや!作者も最初書こうとしてたじゃねーか!?なんか浅倉が出てくるオチってつけてでも出そうとしてたじゃねーか!」

 

「いや、色々吟味した結果、やっぱいらねーなコレってなったから、ここで第三章終わらせでとっとと次に行こうって作者が言ってた」

 

「おいいいいい!!!そりゃねーだろ!!俺一応原作主人公だぞ!こんな仕打ちはあんまりだろうがぁああ!!」

 

「はぁ、しつけーなぁ………三玖、そんな上杉に一言どうぞ」

 

「フータロー、うるさい。空気読んで」

 

「三玖さん!?」

 

「まぁ安心しろ上杉、いつかテメーが活躍できる場所もあるさ

 

 

 

 

 

 

多分な」

 

「不確定!?」

 

 

 

 

 

 

 

つーわけで、毎度ありがとうございました。

 




というわけで、第三章でした。
次は第四章です!少しネタバレをしますと、次の章から、総介サイドのシリアスな展開も徐々に入っていきます。総介の戦う理由、そして『鬼童』としての総介が抱えている『モノ』も、徐々に明らかになっていきます。乞うご期待ください。

ここまでこんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!
ご感想(根拠無き誹謗中傷、他感想への言及は無し)、ご評価、チャンネル登録……じゃねーや、お気に入り登録の方お待ちしております!また、第四章でお会いしましょう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四章『人の過去なんざシャボン玉のように儚い』
43.鬼として、人として


お待たせしました!第四章開始となります!
この章を書くにあたり、原作5巻を読んでみたのですが、使える話があまりにも見つからなかったので、主に総介をはじめとしたオリキャラ達の話の中に、原作の話をちょこちょこ合わせていく形となります。
そのため、シリアスな話が多めになってしまいそうです。
では、どうぞ!



………これ、『五等分の花嫁』だよね?(2回目)


もしも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたの剣で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたの魂で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にその命をかけてでも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

護るべき人が出来たのであれば

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、私のところに来てください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約束ですよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

林間学校から帰ってきて、数日が過ぎた日のこと。とある場所へと向かう人物がいた。黒いパーカーに、黒縁眼鏡、長身痩身の体格に、無造作で、目元までかかるほどの黒い前髪、それが浅倉総介の日常的な出で立ちだった。

 

 

中学を卒業した年の春、総介は『あの人』からそう言われた。そして今、彼は『あの人』との約束を果たすために、草木が生茂る道を歩いていた。

総介が歩いたその先に、その建物はあった。それは、少し年季の入った屋根瓦の木造建築の建物だった。建物の前には、開いた門が存在し、その右側の柱には、木で作られて文字の彫られた看板があった。その看板には、こう彫られていた。

 

(やなぎ)流剣術武術道場』

 

その門を潜り、総介は慣れた足取りで庭の方へと歩いていき、やがて、ある一点の場所へと着いた。彼が着いた先の建物には、直接庭が見える稽古部屋が存在した。その中では……

 

 

『いち!に!さん!』

 

『いち!に!さん!』

 

『いち!に!さん!』

 

小さな男女の子ども達が、掛け声に合わせて竹刀を振っており、その子たちを、優しくも期待をする眼差しで見つめる、着流しの上に羽織を着た長身の男性が一人いた。彼こそ、総介がこの場所に訪ねてきた理由であった。その男性は、外にいる総介に気づくと、子ども達に稽古をやめさせる。

 

「そこまで。少し休憩にしましょう」

 

物腰の柔らかく、丁寧な口調で子供たちに指示を出した男性は、そのまま総介の方へと歩き、縁側へと出てその場で立ち止まる。総介はその男性が立ち止まったと同時に、頭を下げて一礼した。

 

 

 

「お久しぶりです、(やなぎ)先生」

 

 

 

 

 

「待ってましたよ

 

 

 

 

 

 

 

総介」

 

(やなぎ)宗尊(むなたか)。かつて総介が通っていた道場の師範である。彼だけでなく、海斗、アイナ、明人の3人も、この道場で互いに凌ぎを削り合った仲であり、皆、宗尊の教え子たちだ。

宗尊は総介を見て、懐かしさと、慈しみの視線を彼へと送りながら、言葉を続ける。

 

「ここじゃなんですから、上がってください。君と話したいことがたくさんあります」

 

 

「……はい」

 

その言葉に、少し間を開けてから返事をした総介。久々に会う師に何か思うことがあったのだろうか、踵を返す宗尊の背中を見つめながら、彼の言葉に従い、後をついていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

それから、宗尊は稽古の続きを年長の者に託して、六畳の客間へと総介を案内した。2人は部屋の中央にある四角いちゃぶ台に向かい合って座布団の上に正座をして話し合う。

 

「懐かしいですね。君が来なくなって、もう少し経てば2年となりますか……」

 

「……申し訳ありません、稽古の最中にお邪魔してしまって」

 

「ふふっ、構いませんよ。数日前に剛蔵(・・)から、君が近いうちに訪れることは聞いていましたから」

 

総介が宗尊に頭を下げて謝罪するものの、当の宗尊本人は全く気にしていない様子だ。

彼はこの道場を開く前は、現在総介か所属している大門寺家対外特別防衛局『(かたな)』の一員であり、その中でもずば抜けた戦闘力を持つ『異名持ち』でもあり、10年ほど前までは当時から局長の渡辺剛蔵の右腕として、副長の地位にあった。さらに、剛蔵と宗尊、そして海斗の実父であり大門寺家現総帥『大門寺(だいもんじ)大左衛門(だいざえもん)』とは同期にあたる。彼がどのような『異名』を与えられていたのかは、また今度説明するとしよう。

彼は元々、鉄火場の空気を嫌う温厚な性格ゆえに、10年ほど前に『刀』を脱退し、現在は道場を開いて、後進の育成に努めている。

 

「剛蔵さんが、ですか?」

 

「ええ。電話でとても嬉しそうに話をしていましたよ。『総介もしばらく見ないうちに漢になりやがって』とね」

 

「………はぁ、まったく……」

 

「彼から大体のことは聞いています。君に愛する人が出来たことも、その子のために色々と動いたということも、ね」

 

「………勘弁してください」

 

既に剛蔵によって色々と宗尊の耳に入っていたことを知った総介は、恥ずかしさのあまり頬を赤くしながら目から上を右手で覆い隠す。そんな様子を面白がりつつも、宗尊は愛弟子の成長に慈愛を込めた視線のまま総介へと声をかける

 

「本当に、立派になりましたね、総介。『お母さん』もさぞかしお喜びだと思いますよ?」

 

「…………」

 

宗尊の口から出てきた『母』の言葉に、総介はしばらく下を向いて黙ってしまう。それを見た宗尊が、そっと穏やかに尋ねた。

 

 

 

 

 

「………まだ、忘れられませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの日』のことは?」

 

 

 

 

 

 

 

「…………忘れられる訳ありませんし

 

 

 

 

 

忘れてはいけないと思っています」

 

 

「…………総介」

 

「……ですが、一応の決着はつけました(・・・・・・・・)。今はもう、あの日のことは区切りをつけています」

 

「………それも、剛蔵から聞きました。

 

 

 

君も、海斗も、アイナも、明人も、大変だったと……」

 

「……ええ、ですが、手にした物も大きいです」

 

 

 

 

「………私は、正直それには反対でした」

 

「………先生?」

 

「君の気持ちも十分理解はしているつもりです。ですが私は、それでも君には、血で汚れて欲しくなかった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの男(・・・)』を葬ることは、本来なら私達の世代の使命だったのですから」

 

 

「………正直、『ヤロー(・・・)』をやったのは、俺の個人的な怨恨です。そのために『刀』という大義名分を利用したに過ぎません」

 

「………そんな君を見て、『お母さん』は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「母はもう『あの日』に死にました。………何かを思うことも、言うこともありません……」

 

 

「………そうですね」

 

 

そう宗尊が呟いたあと、全開になった障子の奥の外に目を向ける。外は、2人の会話とは裏腹に、晴れやかな青空が広がっていた。その端には、夕暮れを知らせる橙の空が覗かせている。

そんな空の様子を確認すると、宗尊は総介へと再び目を向けて、話を変えた。

 

 

「……ですが、今の君は、とてもそういった悲しみを背負っているようには見えませんね」

 

 

「………」

 

 

「……もしかしたら、剛蔵から聞いた『その子』が関係しているのでしょうか?」

 

「………」

 

イジワルそうに尋ねてくる宗尊に、総介は顔を逸らしながらも、チラッと目線だけ戻した。元々この人を誤魔化せないのは目に見えていることだし、誤魔化すつもりもない。総介はそのまま、正直に答えることにした。

そのために、ここに来たのだから。

 

「………一目惚れでした」

 

「ほう、これはまた……」

 

「数ヶ月前まで『抜け殻』だったところに、彼女はやって来ました

 

 

 

まさか自分がこうも簡単に惚れてしまうとは思いませんでしたが

 

 

 

彼女にはそれほどまでに、言葉で上手く伝えるものが見つからないほどに魅力的だったんです

 

 

 

ある時、別の男の計らいで、彼女に勉強を教えることになりました

 

 

 

そして、再度出会った彼女の方も、俺に同じような想いを抱いてくれていたんです

 

 

 

それもあってか、次第に想いが通じ合い、とある出来事がきっかけで彼女と恋人同士になりました

 

 

 

初めは迷いや戸惑いもありましたが、母と昔した話の助けもあって、彼女は今、俺のそばにいてくれてます

 

 

 

その後に起こった出来事は、柳先生が剛蔵さんからお聞きになった通りです」

 

「…………そうですか」

 

 

そのまま愛弟子の話を聞き終わり、感慨深げに総介を見つめる宗尊。そのまま彼は立ち上がり、縁側の方へと足を向け、障子が開いた外を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

「人を愛した『鬼の子』ですか……

 

 

 

 

 

 

草子に記されているものならば、それは儚くもとても美しいものですが、今私達の居る(うつつ)である以上、それは同時にとても危うい。

 

 

 

 

 

 

いずれは『彼女』にも、その刃の切っ先が向くことでしょう。

 

 

 

 

 

その時、君は自らが『鬼』であることをその子に伝えねばならないことは、分かりますね?」

 

 

 

「………勿論です。

 

彼女には、高校を卒業するまでに全てを話します。」

 

 

「それでその子が君を拒んだとしても?」

 

「………致し方ありません」

 

そう答える総介の瞳は、下を向いて、寂しさが入り混じっている。

 

「………その子の親が大門寺と同盟を結んでいる以上、その子は君から離れることは叶いません。情だろうと任務であろうと、どうあってでも、君は彼女を護らねばならない。

 

それも理解はしていますか?」

 

「はい。任務もそうですが、俺が彼女に対しての情を断つことは、今後一切ありません。どんな形でも、彼女は………

 

 

 

 

 

三玖は、俺が護ります」

 

 

宗尊の方へ、今までとは違う、覚悟を決めた目を向けて総介は宣言する。

その様を見た師は、弟子へと近づき、その頭を撫ではじめる。

 

「うん、偉い。成長しましたね、総介」

 

「ちょ、せ、先生……」

 

穏やかな笑みを浮かべながら、総介の頭を優しく撫でる宗尊。恥ずかしながらも、彼の手を甘んじて受け入れる総介。2人がどれほどまでも師弟としてのモノは、これだけでも十分分かるだろう。

やがて、それも終わり、宗尊は元いた場所へと再び座る。

 

「それほどまでに、その子のことを………」

 

「………出会ってまだ数ヶ月ですが……

 

 

 

彼女とは、このまま生涯を添い遂げても構わないとも思っています。……ていうか、添い遂げたいです」

 

「………一途ですね」

 

宗尊はそのまま、『昔と変わらず』と言いかけたが、その一言は発さずに、そのまま飲み込む。

 

「……どうされました?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

「………」

 

少し首を傾げる総介だったが、それ以上は追求しなかった。

その後も2人は会わなかった時間を埋めるように、それまでの話をしばらく続けていたのだが、その時にポケットに入れてあるスマホがブブブと振動した。メールかと思ったが、それはタイマーをセットしたアラームだったようだ。総介はそのまま電話を取り出して、アラームを停止させる。

 

「どうやら、これまでのようですね

 

「すみません先生、この後行かねばならない場所が……」

 

「構いませんよ。私は君と久しく話ができて、とても満足です。また遊びに来てください。いつでも歓迎しますよ」

 

「………ありがとうございます」

 

優しく促してくれる師に、心からの感謝の礼をする総介。そもそも、彼がここまで敬語を使うのは、剛蔵と宗尊、そして海斗の両親の4人だけという、非常にレアなケースなのである。

総介はそのまま立ち上がろうとしたが……

 

 

 

「……………」

 

 

 

「そういえば、総介………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正座、苦手じゃありませんでしたか?」

 

「…………」

 

 

 

とんだドジをかましてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、「ぎぉぉお、足が、足がぁぁあ!!」と、痺れた足を伸ばした総介に、それを指先でツンツンして悶える弟子を見て楽しみながら、彼を見送る宗尊の姿が、道場の敷地の中で見られ、総介は稽古の途中の弟弟子達に笑いものにされるのだった。

 

 

 

 

 

 

柳宗尊は『S』でした………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………行っちゃいましたか」

 

総介を門の前まで見送った宗尊は、久しぶりに気にかけていた弟子に会えた満足感と、あっという間の時間が過ぎて行った虚無感が入り混じった複雑な心境の中、ここにはいない彼に言葉を発していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総介

 

 

 

 

 

 

 

君はそのままでいい

 

 

 

 

 

 

そのまま君の信ずる道を行き

 

 

 

 

 

 

 

 

君の愛した人を護ってください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君がその子を愛し続ける限り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君がその子を護り続ける限り

 

 

 

 

 

 

必ずその子も、君の隣にいてくれます

 

 

 

 

 

 

 

もう二度と、『あのような事』にはならないでしょう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼であろうが、人であろうが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切に想う存在を、いつまでも愛し続けてください

 

 

 

 

 

 

 

 

そしていつか

 

 

 

 

 

 

 

 

私も、その子から総介の話を聞くことを楽しみにしています

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待ってますよ、総介………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っつ〜、なんとか痺れは抜けたか」

 

宗尊と別れて、道場を離れてから、総介は近くの有料駐車場に停めた愛車の原付バイク『ベスパ』を走らせて、とある場所へと向かっていた。

しばらく走らせて着いた場所は、『とある』病院だった。その駐車場にバイクを停め、そのまま入り口へと入り、受付の人に

 

「すんませ〜ん、上杉風太郎の連れの者で、見舞いに来たんすけど」

 

と尋ねて、彼の部屋番を聞き、彼が入院している部屋を教えてもらい、その部屋へと向かって行った。

 

風太郎は林間学校の終盤、体調を崩してしまい、林間学校が終了するとそのまま入院する羽目になったのだ。総介も、そのまま適当な時間を空けて見舞いに来る事にしたのだが、どうやらそれが今日だったようだ。

そうして、総介が風太郎の部屋の方へと近づいていた時、廊下を歩いていると、曲がり角で聴き慣れた声がした。

 

「この裏切り者!」

 

「いいじゃん、来たんだから」

 

「ついでだったんだろ!」

 

「も、もちろんフータロー君のことも心配だったよね」

 

「そうです!病院に来てから思い出したなんてことは絶対にないです!」

 

「四葉バレバレ」

 

もう名前が出てしまっているが、めちゃくちゃ聞いたことのある声が、曲がり角の廊下から聞こえたきた。

それに、最後の声を聞いた途端、総介はやる気のなさそうな顔を一変させ、まるでこれからおもちゃを買ってもらう子供のように、嬉しさで表情が弾んでしまう。

林間学校が終わり、ここのところ、メールや電話だけでの会話だったため、会うのは数日ぶりだが、総介にとっては果てしなく長い時間だった。もちろん、『彼女』の方もそうなのだが……

すると、曲がり角のところまできた途端に、聴きなれない男性の叫び声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「君が裏切り者だー!!!」

 

 

 

何やら揉めているようで、総介はその曲がり角を曲がると、四角い眼鏡をかけた若い男性が風太郎の背中を押していた。その周りには、似たような顔の女子が『4人』。その中に、『その子』はいた。

 

 

総介はゆっくりと歩いて近づき、気怠そうな声をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やかまし〜ぞテメーら。病院では静かにしねぇと、死んだ婆ちゃんが包丁持って出てくるって聞かなかったのがコノヤロー」

 

「「「!!!」」」

 

 

「あ、浅倉……」

 

「な、何だ君は?……」

 

似たような顔をした3人が驚きの表情を見せ、風太郎が彼の苗字を呼び、若手男性医師が総介を見て何者なのか戸惑う。その中で1人だけ……

 

 

 

 

 

 

「ソースケ!!」

 

1人の少女が、総介を見つけるや、眠たげな表情をパァッと明るくさせて、総介に向けて早足で近づいて行った。青いヘッドホンを首に下げ、前髪で右側の目が隠れたその少女は、総介へと駆け寄り、そのまま彼の胸元に飛びついた。

『ポフッ』という音と共に、総介はその子を受け止めて、右手をその子の頭に置いて撫で、左手で肩を優しく掴む。

 

「三玖」

 

先ほどとは違い、優しく声をかけた総介。彼に抱きついた彼女こそ、総介が宗尊と話をした際に出てきた彼の恋人『中野三玖』である。

 

「久しぶりだね」

 

「うん、久しぶり……会いたかった」

 

「……俺もだよ」

 

総介の胸の中で目を閉じて、頬を胸に擦りつけて甘える様子を見るに、三玖は総介にベタ惚れのようだ。ってかお前ら、『久しぶり』ってほんの数日会ってなかっただけだろ?なに何年ぶりの再会みたいな演出してんだよ。そして総介は爆発しろ。

 

 

「うわ〜、会って早々見せつけちゃってくれるね〜、2人とも」

 

アシンメトリーの薄ピンクのショートヘアの三玖の『五つ子』の姉妹の長女『中野一花』が2人のイチャつきっぷりを見て言う。

 

「すごい!これが世に言うおしぼり(・・・・)夫婦!」

 

おしどり(・・・・)夫婦な。ってか夫婦じゃないから」

 

2人を見て盛大に色々間違えたのは、オレンジのショートボブに、頭の緑色のリボンが特徴的な五つ子の四女『中野四葉』。彼女の言い間違いを、風太郎がすぐさま訂正する。

 

「アンタら人前で堂々とイチャつくな!三玖、アンタも離れなさいよ〜!」

 

「いや……二乃、制服引っ張らないで」

 

三玖の制服を引っ張り、総介から引き剥がそうとするのは、ピンク色の腰まで届くロングヘアを黒いリボンでツーサイドアップにした五つ子の次女『中野二乃』。彼女は五つ子の中で唯一、総介に敵対姿勢を見せており、三玖との仲を未だに認めていない。

 

 

 

自分は海斗にぞっこんなくせに……

 

「おい、三玖の制服思いっきし引っ張んな。破けちまうだろうが桐ヶ谷直葉」

 

「誰がSAOの主人公の義妹よ!アイツと兄妹とかゴメンだわ!」

 

「俺を指差して言うな!」

 

何故か風太郎の方を指差しながらツッコむ二乃に、風太郎も反応する。

だって………ねぇ?仕方ないよ……

 

と……

 

「………リア充爆発しろ」

 

若手男性医師が、総介と三玖をハイライトの無くした瞳で睨みつけながらボソッにと呟く。

彼は医者を目指すため、学生時代は恋愛やら遊びやらを捨てて、勉強一筋でやってきた子なんです、頑張ったんです。それなのに、2人の甘い甘〜い空間を見せつけられたことで、彼の中のドス黒い何かが湧き出てきちゃっただけなんですぅ!

 

しかし、イチャイチャカップルはそんな若手男性医師の怨嗟のこもった眼差しなど全く気にすることなく……

 

「三玖も上杉のお見舞いに?」

 

「うん、でも、私はみんなと一緒に予防接種をしに来たから、そのついでに」

 

「なるほど、予防接種ね」

 

「やっぱついでだったんじゃねーか!」

 

「まあまあフータロー君、三玖は浅倉君一筋だから、しょうがないよ」

 

「そうです!私はさっき気付いたわけじゃないです」

 

「もういいわよそれ」

 

総介の胸に収まりつつ、顔を上げて目を合わせて話す2人に、周りにはその連れと姉妹たちと1人の男性医師という何かとカオスな病院の廊下が出来上がる。

病院では静かにしましょうお前ら、でねーとクロロホルムで眠らせるぞコラ。

 

 

と、

 

「ほら!!病人は大人しくしてる!」

 

「え?は、はぁ……」

 

復活した若手男性医師に背中を押され、風太郎は自室へと連れて行かれた。その途中、風太郎は横にあった診察室の中に目を向けていたが、特に何かあったわけでもなく、歩いて行く。そのまま病室に戻る2人を、総介と三玖は見つめながら会話をする。

 

「………ま、アイツは元気そうみてーだから、見舞いはこれぐらいでいいだろ」

 

「うん」

 

「そういえば、三玖は予防接種終わったの?」

 

「ううん、まだ。五月がどこかに行っちゃって」

 

「肉まん娘?そういやいねーな。どうしたんだ?」

 

「五月は注射嫌いだから逃げた」

 

「………」

 

今は逃げてここにはいないが、五つ子の末っ子である五女『中野五月』は、この病院に着いた途端に、姿を晦ましたのだった。

お化けにビビり、注射嫌いときては、完全に子どものそれだな、と内心そう思う総介だったが、

 

「ちなみに二乃も注射嫌い」

 

「なっ!!?」

 

「……ほほう♪」

 

三玖の一言を聞くや、ゲスい笑みを浮かべてニヤつきながら二乃の方を見る総介。

 

「し、しょうがないでしょ!痛いの嫌いなんだし、注射が好きな奴なんていないわよ!」

 

彼女の言ってることは概ね正解であり、注射が好きな人といえば、相当なマゾヒストか、やばいクスリをしている人くらいだろう。

しかし、そんな反論で総介が止まるはずもなく、

 

「まあそうかもしれねーが、その年でたかだか少しチクってするぐれーでビビるたぁ、テメーの肝っ玉もたかが知れたもんだな〜オイ」

 

「……三玖、アンタ覚えてなさいよ」

 

「二乃が克服してないのが悪い」

 

「だからってコイツに言っていいもんじゃないでしょ!」

 

二乃と三玖がそんな言い争いをしていると、総介はふと、横を見て、先ほど風太郎が少し中を見ていた診察室が目に入った。少し気になり、彼は中を覗く。すると……

 

 

 

 

 

「………」

 

「………なるほどな」

 

総介は中を見て、そこにいた『人物』を確認すると、少しの間目を合わせて、そのまま診察室の前から姿を消した。

 

(………そういやここの病院は『アンタ』のだったな)

 

目線だけで、総介はその『男』へと話をする。当然、テレパシーなんていう特殊能力は持っていないので、椅子に座っている白衣の『男』には伝わらないが。

そして総介は以前、といってもひと月ほど前にこの病院には来たことがあったので、ここの病院の所有者が誰かということは知っている。しかし、まさかすぐ近くにいるとは彼も思いはしなかったようだ。

 

(てっきり他のジジイ医者みてーに医院長室であぐらかいてるもんかと思ったぜ……)

 

さりげなく失礼ながらも、声に出してないのでセーフである。そして『男』は、何とも言えない表情で総介を見続ける。

 

(………んな怖ぇ顔しねーでも、『コイツら』はちゃんと護るっての……)

 

大門寺との『彼』の同盟がある以上、五つ子は総介にとって有事の際は護衛の対象だ。三玖だけではない。一花も、二乃も、四葉も、五月も。

全員1人たりとも失ってはならない。国家だとか機密だとか世界だとか、そんなモノよりも、近くにある護るべき存在を護れてこそ『侍』なのだ。自ら定めた護るべき者すら護れないのなら、それはもう『侍』では無い。

 

 

 

 

 

ただの腰抜けだ。

 

 

 

 

 

(…………腰抜けなのは、『俺』だけで十分だコノヤロー)

 

 

 

 

 

先ほどは、宗尊にはああ言ったが、総介は未だ忘れられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『母』のことを……

 

 

 

 

 

『母』を失った日のことを………

 

 

 

 

 

 

 

「………スケ………ソースケ!」

 

「!?……三玖」

 

「大丈夫?ボーっとしてたよ?」

 

「……大丈夫だよ。少し考え事をね」

 

「そう……」

 

そう心配そうに見つめる恋人の姿を見て、総介は改めて心の中で誓い直す。

 

(………柳先生

 

 

 

 

 

 

 

俺はあの時、言い忘れてました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖は、どんなことがあっても、俺が護ります

 

 

 

 

 

 

 

 

例え、『貴方』や

 

 

 

 

 

『海斗』達を敵に回すことになってでも)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介は、三玖の頭に手を置いて、彼女へと話しかける。

 

 

「………三玖」

 

「?どうしたの、ソースケ?」

 

「今週末に、俺の家来ない?」

 

「え?……い、いいの?」

 

「うん、林間学校でも言ったし、料理や勉強も教えたいからね」

 

「じゃ、じゃあ、泊まりに……行ってもいい?」

 

「もちろん、食材も買ってあるし、いつでも来ていいよ」

 

「う、うん!ありがとう、ソースケ」

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼として、人を斬り続けた『鬼童(おにわらし)』。

 

 

 

 

人として、人を愛した『浅倉総介』。

 

 

 

 

 

 

 

いずれやってくる運命の日まで、彼女は知る由もない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼』が背負いし修羅を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼』が流した(なみだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼』が犯した業を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刻一刻と、総介と宗尊が話していた『その時』が近づいてきていた。

 




オリキャラ紹介

(やなぎ)宗尊(むなたか)
45歳
身長195cm
体重79kg
『柳流剣術武術道場』師範であり、大門寺家対外特別防衛局『刀』の元一員。かつては異名持ちで、元副長。現局長の剛蔵や、大門寺家現総帥の大左衛門とは同期。
総介、海斗、アイナ、明人は全員教え子で、現副長の刀次は彼の後輩。
穏やかな性格の優男。


柳先生のイメージ、モデルは勘の鋭い方なら分かると思いますが、『銀魂』の『吉田松陽』です。
あと、例によってオリキャラの身長は高いです。

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
そしてアンケートに投票してくれた皆様、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44.修羅

みなさん、新型コロナウイルスにはくれぐれもお気をつけください。人の集まるような場所に長時間留まらず、手洗いうがいを徹底しましょう。


今回の話の最初のシーンは、『銀魂サウンドトラック5』に収録されている『剣の記憶』(ラスボスである『虚』のテーマ曲)をBGMに読んでいただくことを推奨します。


何か大きな音がした

 

 

 

 

 

 

 

そして、その場は地獄と化した

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの日』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこからか聞こえてくる爆発音

 

 

 

 

 

 

 

 

 

崩れた瓦礫の山

 

 

 

 

 

 

 

視界を奪う土煙

 

 

 

 

 

 

 

血を流して倒れた大人

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起きたかも分からずに助けを求める若者

 

 

 

 

 

 

 

 

コンクリートに潰された人『だった何か』

 

 

 

 

 

 

 

その前で泣き叫ぶ子ども

 

 

 

 

 

 

 

地獄だった

 

 

 

 

 

 

 

 

夢だと思った

 

 

 

 

 

 

悪夢だと何度も願った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、現実だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その中で

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は必死に『母』を探していた

 

 

 

 

 

 

 

何度も『おかあさん!』と呼んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『総介!総介!どこにいるの!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母の声が聞こえた

 

 

 

 

 

 

 

しかし土煙で前がほとんど見えない

 

 

 

 

 

 

 

必死で母の声のもとに走った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おかあさん!おかあさん!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして見つけた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにいたのは

 

 

 

 

 

 

 

 

母だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その胸の中心からは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅く染まった銀色の刃が飛び出していた

 

 

 

 

 

 

『そう、すけ………』

 

 

 

 

 

 

 

口の端からから血を垂らす『母』

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

その母の後ろには

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小童(こわっぱ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怨むのなら、俺ではなく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も出来ない己の運命と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の前に来たこの女を怨むことだな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母の後ろにいた『男』はそう言った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、俺は再び母の方を見た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは『母』ではなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………ソースケ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっっっ!!!!!!!!っはぁ!はぁ、はぁ………」

 

総介は目を開けた途端、反射的に上半身を起こした。暗闇の中であるが、目が慣れてくると、顔や衣服を一切着ていない上半身からは、大量の汗が吹き出している。しかし、今の総介にとってはそんなことはどうでもよかった。

1分ほどで呼吸を整えた彼は、体を自身のベッドから出す。服は下着も一切着ていなかったが、床に落ちていた自身の灰色のスウェットのズボンが目に入り、それを急いで着て、眼鏡もかけずに部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん……?ソースケ……?」

 

 

その出来事に、総介の隣で白い肩をのぞかせて寝ていた少女も、はっきりとしない意識のまま部屋を出て行った彼を目で追うのだった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

総介はキッチンの冷蔵庫の中を開けて、ペットボトルに入っていたミネラルウォーターのキャップを回してとり、水を口の中へと持って行った。

ゴクゴクと口の中へと入る水を、次々と喉へと通して飲んでいく。

やがて、口を離した時には、2リットルも入っていた中身は、あっという間に3分の1ほどしか無くなっていた。

 

「………ぷはぁ!っはぁ、はぁ、はぁ………はぁ……」

 

水をたっぷりと飲んで、少し落ち着いた総介は、ペットボトルに蓋をして、冷蔵庫の中へと閉めた。その際、軽く冷蔵庫を殴る。

 

 

 

 

 

 

 

「………くそったれ」

 

 

 

何でだ

 

 

 

 

 

何で

 

 

 

 

 

 

『あの夢』に出てきたのが、母さんじゃなくて

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソースケ?」

 

 

「!!!?」

 

直後に後ろから聞こえてきた声に、総介は一瞬固まってしまうが、恐る恐る振り向く。

 

「だ、大丈夫?どうしたの……?」

 

そこには、総介とは対照的に、上に青いパジャマだけを着た恋人の三玖の姿があった。どうやら、総介が異様な雰囲気のまま部屋の外に出て行ったのを見た彼女が、上のパジャマだけを着て、総介を探しに来たようだ。急いでいたのか、下には何も着ておらず、辛うじて太腿から上の腰回りはパジャマの裾で覆われているものの、ボタンの上部は止められておらず、彼女のもう豊満な乳房の谷間は露わになっているままだ。

 

しかし、今の総介は、そんなものは目に入ってこない。彼は三玖を見てしばらく固まったが、そのまま彼女の元へと歩み、

 

「きゃっ!そ、ソースケ?!」

 

力一杯、抱きしめた。

 

 

 

 

彼女の背中に回されたその手は、ガタガタと大きく震えていた。

 

 

 

「三玖………ごめん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく、このままでいさせてくれ……」

 

「………」

 

三玖は最初こそ、突然の抱擁にびっくりしたものの、自分に回る腕や、包み込んでいる総介の身体が大きく震えていることで、『何か怖い夢を見た』ことを察した彼女は、優しく総介の素肌に手を回す。

 

「………大丈夫だよ、ソースケ……大丈夫」

 

いつも自分が頼って、支えてもらうばかりであったが、今は、自分が総介を支える番だと、三玖は彼への小さな恩返しも兼ねて、背中をペチペチと回した腕で叩いた。

 

「……ごめん」

 

総介は、三玖に慰めてもらうことに少しの情けなさを感じながらも、今までとは違い(・・・・・・・)三玖がそばにいてくれることの大きさ、護るべき人がこの場に存在しているということを実感しながら、2人は夜が明ける前のキッチンで、何分経っても抱きしめ合うのだった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………またあの夢を見たのかい?」

 

「………」

 

「君が『そんな顔』をするのは、決まって『あの日』の夢を見た時だ」

 

「………うっせぇ」

 

 

週は明けて、平日の朝、登校してきた総介を見るなり、彼の幼なじみであり腐れ縁、そして唯一無二の『相棒』でもある長身の銀髪イケメン『大門寺海斗』は、朝の授業が始まるまでに総介を屋上へと誘い、話をしていた。

彼らは登校時間は比較的早い方であるため、1限目の授業開始まではまだそれなりに時間はあるため、人目から逃れたこの屋上でたまに話をしている。

 

「………」

 

海斗に話しかけられる総介の目は、いつもやる気の無い目が以上に死んでおり、眉間にはシワを寄せ、目の下には薄い隈もできてしまっていた。彼は柵に持たれながらも、海斗の方には目を向けず、前を見続ける。海斗はそんな総介を、本気で心配するような、だが、これ以上は深く干渉するのは危険だともとれる、複雑な表情で見つめるが、やがて口を開く。

 

「……でも、三玖ちゃんと出会ってからは、そんな顔はしなかったのに……何でまた……」

 

「………じゃねぇ」

 

「え?」

 

「………母さんじゃなかった」

 

「………総介?」

 

いつもとは違う、異様な雰囲気が、2人を覆い、海斗にもただならぬ事が起きているかもしれないと、彼の身体がピクッと反応する。そして、目線を下に向けながら、ゆっくりと総介が口を開き始めた。

 

「……あの夢で、途中までは母さんの声だった

 

 

 

 

 

 

だが、そこについて、見上げたら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤロー(・・・)』の前にいたのは、母さんじゃなかった

 

 

 

 

 

 

 

目の前にいたのは………」

 

 

 

 

「……!!!……まさか……」

 

「………」

 

海斗は辿り着いた答えに、珍しく驚愕の顔を浮かべ、総介は無言を貫いた。つまりは、そういうこと(・・・・・・)なのだ。

 

 

 

 

 

『………ソースケ』

 

総介はその日に見た夢が、何度も自身の頭の中で再生されており、満足に睡眠を取れていなかった。再びなれば、もう一度あの夢を見てしまう……

その夢を見はじめてからは、総介は短くて2日、最高で5日は眠れないひを送ることになっていた。

 

 

「………忘れろ」

 

海斗が、いつもとは違う強い口調で、総介へと行ってくる。

 

「忘れるんだ、総介。もう『あの男(・・・)』のことは。彼は1年前に、僕達が葬ったんだ。君も見ただろ、爆炎の中に消えていく『あの男』を?」

 

「………」

 

「あの大規模の爆発なら、全てが灰塵になって何も残らない。万が一生き延びたとしても、もうまともに動くことすら出来ない。それにあの場にあの男が逃れるような場所や通路は…」

 

「海斗」

 

いつになく神妙な面持ちで喋り続ける海斗を、総介が諫めた。

 

「わあってんだよ、んなこたぁ。あれじゃあヤローは生きちゃいねぇさ。どう足掻いたって逃げ出すのは無理だ……脱出用のヘリさえ堕としてやったんだ。あんな詰みな状況、無傷で帰って来れるわけねぇ……」

 

「………」

 

「……けどな、見ちまうもんは見ちまうんだよ……

 

 

 

 

とっくに地獄に送ってやったってのに……

 

 

 

 

 

母さんがされた報いを、浴びせてやったってのに……

 

 

 

 

 

俺の中に何度も出てきては、『あの夢』を見せやがる……

 

 

 

 

 

今も『ヤロー』は、俺の中に居座りやがってらぁ……

 

 

 

 

 

挙げ句の果てには、今度は三玖まで巻き込んでまで……

 

 

 

 

 

 

ったく、今度夢の中で出会ったら100回は殺してーよ、くそったれが」

 

「………」

 

呪詛のように言葉を吐く総介。

 

 

 

「………夢の中で……それでいいのかい?」

 

「………」

 

未だ厳しい表情のままの総介を、海斗が慎重に尋ねた。

 

「確かに君の言う通りだ。『あの男』が生きている可能性は万に一つも無い。それは間違いないだろうね……

 

 

 

 

 

それでも、あの時の君は、どこか不本意な目をしていたように見えた。

 

 

 

 

 

今まで『あの男』追ってきたというのに、あのような結末で終わってしまったんだ。

 

 

 

 

 

『あの男』の首を、直接討つ事が、君の悲願だったんだろ?

 

 

 

 

 

 

総介、君はまだそのことを悔いているんじゃないのか?

 

 

 

 

 

 

だから、あの夢を見続けるんじゃないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしそれで何度も彼を夢の中で殺しただけで、君は満足出来るのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君のお母さんを目の前で殺した男を、たかだか夢の中で100回殺した程度で、君は……『鬼童(おにわらし)』は、その復讐の歩みを止めることができるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………よく喋るな、『神童(しんどう)』の若様は」

 

呆れたような口調で海斗の方へと目を向ける総介。その目は、鋭く、刃物のように海斗を睨む。

海斗にとっても、総介にはもうあの夢を見て欲しくなかった。総介の母が死んだ原因に、これ以上振り回されてほしくはなかった。

彼の悲しみを、失意を、崩壊を、復讐を……ずっと彼の隣で見続けできたのだ。海斗にとっても、『あの男』は忌むべき存在であることに間違いはなかった。

 

しかし総介は、未だ『あの男』の亡霊に囚われている……海斗にはそれが……『中野三玖』という大切な存在が出来て尚、彼の苦しみが消えていないことに、我慢ならなかった。

と、総介が海斗を睨んだまま、話を続けた。

 

「歩みも何も、『ヤロー』はもう死んだ。その時点で俺の復讐はそこで終わっちまった……もう止まっちまったんだよ……」

 

「………だが、今の君は」

 

「ああ、三玖はもちろん、その姉妹連中と、ついでに上杉もいる。どんなことがあってでも護らなきゃなんねーさ………第二、第三の『ヤロー』みてーな奴らが現れた時はな」

 

「そうだ。今の君はただの復讐鬼なんかじゃない。君が憧れた男のように、大切な人を護るために力を使う『侍』なんだ」

 

「……剛蔵さんみてーなこと言ってんなお前」

 

「自覚はある」

 

総介と海斗にとって、剛蔵は上司であり、2人が『刀』の一員としての……『侍』としての心構えを持つに大きな影響を受けた人物の1人だ。日頃はただの娘のアイナに対する半ストーキング行為でボコボコにされている子煩悩(?)な親父だが、いざとなれば自身の武士然とした威風堂々な雰囲気を全面に出し、何者も彼に止められぬほどの力と影響力を持つ漢だ。2人はもちろん、副長の刀次をはじめとした『刀』の局員、果てにはサボりがちな明人や、普段は煙たがっているアイナでさえ、彼のその姿には尊敬の意を表している。

 

「……『侍』か……」

 

総介は脳裏に、ある男を思い浮かべた。それは、総介が人生で最も影響を受けた漫画の主人公。

銀髪の天然パーマ、死んだ魚のような目、家賃滞納は常日頃で金にがめつく女癖もそれほど良くは無いダメ人間。

しかし、いざとなれば自身の武士道のために、獅子奮迅の活躍を見せる、『洞爺湖』と柄に書かれた木刀を携えた『侍』……

 

 

 

彼自身も、大切なものを護ろうとして、全てを失ってしまった過去を持つ。それも自分の手で、その大切な人に手をかけることになった。

 

(……アンタなら、どうしたんだろうな……)

 

雲が浮かび、流れていく空を見上げながら、総介は思いにふけった。

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

 

 

「……予鈴だね」

 

学校中に響いたチャイムを聴き、海斗が呟いた。どうやらこれまでのようである。

 

「……戻るか」

 

「そうだね……

 

 

 

 

 

 

あ、そうだ」

 

2人が屋上の出入り口に戻ろうとすると、海斗が何かを思い出したかのように立ち止まる。

 

「総介、一つ聞いていいかい?」

 

「……んだよ?」

 

気晴らしもあまり出来ずに、イライラを募らせる総介が振り向いた時、海斗がこんなことを彼に尋ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕にいつ三玖ちゃんを紹介してくれるのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時は流れて放課後……とある2人の人物が階段を登っていた。

 

 

「ごめんね、三玖。時間をとらせてしまって」

 

「ううん、今日は予定無かったし、ソースケが連絡してくれて嬉しかったから」

 

「……そう」

 

階段を横に並びながら、総介と三玖のカップルは屋上を目指していた。三玖の方は、珍しく学校で恋人に会えて嬉しそうなのに対し、総介は何故か、あまりそういった表情はしていなかった。

先日の夢の件もあるのだが、彼がこうも微妙な表情をしているのは、朝、海斗に言われた一言から始まった。

あの後、教室に戻り、昼休みも合わせて『三玖をいつ海斗に会わせるか』という話を話をしたのだが、三玖の予定が今日空いていたこと、それに早い方が良いということで、放課後に会わせることに決まったのだ。

それで、総介が何で微妙な、ていうか三玖を海斗に会わせたくないっていう顔をしているかというと、理由はシンプルイズベストである。

 

 

 

 

 

『海斗を一目見た者は、よっぽどの事がない限り彼に一目惚れするから』である!!

 

 

 

 

そらぁ、身長191cmのモデル体系で、銀髪の超絶イケメンが目の前に現れたら、女の反応としては、彼と結ばれたい、てか、この人の子を産みたいってなるだろう。

加えて、勉学はほとんど行わずに風太郎に次ぐ学年2位の成績、プロアスリート並みの運動神経、実家は世界経済を動かせるほどの超大金持ち、それらを一切鼻にかけない穏やかで、優しい性格(裏表ナシ)………コイツこそ本物のリア充である。

総介は過去に何度も、海斗を一目見た後に付き合っていたカップルが別れて、女の方が海斗に乗り換えようとアプローチする場面を幾度となく見てきた。まぁ彼は全部断ってきたのだが……

とにかく、海斗に自分の恋人を会わせるということは、彼女を失う確率が限りなく高いというとんでもないリスクが伴うのだ。総介はそのせいで、先ほどから機嫌が悪かったのである。

 

それに、今ここで三玖に会わせるのは、他のリスクもついてくる。

それは、二乃、そしてアイナの2人の友人の関係である。

2人は出会ってからというものの、クラスメイトということもあり、二乃は姉妹の次に、アイナは主人である海斗の次に一緒の時間が多かった。もはやそれは『親友』の領域に入っているといっても差し支え無いだろう。

しかし、先日、アイナは二乃から海斗の話を聞き、冷や汗が止まらなかった。他に一緒につるんでいる2人は林間学校で海斗に会った話を聞いて「あ、それって大門寺君!?ちょーイケメンの!?」「すごいじゃん二乃!」とポジティブなリアクションをしたのだが、アイナにとっては、海斗と二乃が出会ったことは完全に想定外だった。それは、綱渡り以外の何者でも無かった。

アイナが海斗と主従関係にあることを学校内で知っているのは、総介と海斗、そして学校の理事長のみである。その理事長も、大門寺からかた〜く『口止め』をされているので、間違えてそのことをバラしてしまったら、自身の内臓がいろんな人に移植されてしまう目に合うので、死んでも誰にも言わないだろう。

しかし、二乃が海斗と出会い、そこで歪みが生じた。二乃は自分が、海斗と繋がっていることを知らない。

そして二乃にとって、人生で1番嫌いで、目の敵にする人物が、海斗、そして自分と幼なじみであるなんて……口が裂けても言えるわけがない。アイナは二乃と共に時間を過ごす中で、彼女のことを親友として大切に思うようになっていた。もし、そんな状況でアイナ自身が海斗、そして総介との関わりがバレてしまったら……

 

 

ここで、二乃から見たそれぞれの関係を整理していきましょう!

 

・アイナ……転向初日から打ち解けて、友人、後に親友となる。

・海斗………初恋の人物。結びの伝説の瞬間に手を繋いでいた運命の人(二乃目線)

・総介………妹の三玖を姉妹から奪い、自分を悉く馬鹿にしてくる人生で最低最悪の人間。割とマジで消えて欲しい(二乃目線)

 

※そしてこの3人は、柳宗尊が開いている道場で出会ってからの幼なじみで、そこらへんの輩どもが決して崩せはしない固い絆で結ばれている。

 

 

………人間関係ってほんっと怖いわ〜、ホラーだわ〜。

 

 

 

こんな感じで、複雑に複雑を掛け合わせたような複雑な人間関係が出来上がってしまったのだ。

総介は三玖を海斗に会わせるという連絡を一応アイナにもしたのだが、速攻で『二乃と私のことは絶対に言わないで下さい』というのが来た。アイナなともかく、二乃のことを言わないのは無理があるかもしれない。だってその爆弾は、海斗が持っているのだから……

 

 

「ソースケ?……ソースケ?」

 

「……ん、どうしたの、三玖?」

 

「大丈夫?何か考えてた?」

 

三玖が自分を呼ぶ声が聞こえ、そちらを向くと、彼女が心配そうに見つめていた。

 

「大丈夫だよ。これからのこと考えてて、嫌だな〜って思ってただけ」

 

「これからのこと?」

 

「うん、今日三玖を呼んだのは、会わせたい奴がいてね」

 

「会わせたい……?」

 

「うん、俺の小さい頃からの腐れ縁なんだ……今後俺と一緒にいる上で、絶対会うことになるから、今のうちにって思ってね」

 

「……そうなんだ」

 

そう、三玖が総介と恋人として、そしてこの先ずっと彼のそばにいるのであれば、海斗の存在は必ず出てくる。だからこそ、早めに彼に会ってもらっておいた方が、総介にとっても都合がいいのだ。

しかし、そうは言っても嫌なものは嫌だ。だって海斗イケメンだもん!

 

しかし、嫌な気分な時に目的地に向かっていると、光の如く早く到着してしまう。とうとう2人は、屋上へと繋がる扉の前に来てしまった。

恐る恐る総介が、扉を開ける。そして、扉を開けて正面、遠くの屋上の柵にもたれながら、文庫本を開いて目を通している人物がいた。

 

星のように輝く銀髪に、整った美貌を持つ長身の少年、いや青年。大学生、果ては大人に見える落ち着いた雰囲気。カッターシャツに灰色のベストを見事に着こなしている。その人物が、こちらに気づくと、本を畳んでポケットへとしまった。

 

「連れてきたようだね」

 

「うっせぇ。テメーが言ったんだろうが」

 

2人はかの人物へと、一歩ずつ近づいていく。三玖は、その人物に近づくにつれ、彼が総介よりも背が高い人物だということに驚いた。

そして2人が一定の距離で立ち止まる。

 

「その子が?」

 

「ああ、三玖本人だ」

 

海斗と総介が三玖へと目線を移すと、彼女は肩をピクンと揺らしながらも、海斗に向かって話しかけた。

 

「……な、中野三玖です。ソースケとは恋人同士で……付き合ってます」

 

何故か敬語だ。海斗が年上にでも見えたのだろうか?

 

「はじめまして、中野三玖さん。僕は『大門寺海斗』。総介とは幼い頃から一緒にいる『幼なじみ』なんだ」

 

「そ、そうなんです……か?」

 

未だぎこちない話し方に、総介は少し笑ってしまう。海斗は三玖を見ながら、優しく話しかけた。

 

「ははっ、いいよタメ口で。同じ学年なんだから、遠慮しないで欲しいな」

 

「お、同じ学年なの?」

 

驚いた。三玖からどう見ても海斗は、年上のような感覚があったのだ。身長もそうだが、余裕のある雰囲気に、三玖は海斗に大学生や、若い社会人の印象を抱いてしまった。

総介もたいがい大人な感じはしていたが、それでも、目の前の銀髪の青年はそれ以上に大人なオーラを持っている。

 

「それにしても、総介にはもったいないほど素敵な子だね。雰囲気でわかるよ」

 

「え?」

 

「見た目は佇まいは落ち着いているけど、どこか芯のあるような、そんな感じかな?総介が君に惚れるのも、すごくわかるよ」

 

「そ、そんな……そんなことない……」

 

突然褒められたことに、三玖頬を赤くさせながら下を向いてしまう。

 

「いや、すごく素敵だよ。かわいい子よりも、綺麗な大和撫子という言葉がこんなに当てはまる子がいるのも、早々いないよ。着物や浴衣が、すごく綺麗で似合いそうだね。総介に一度晴れ着姿をみせてごらん。君に夢中になるよきっと?」

 

「そ、それは……あうぅ」

 

三玖はとうとう、顔を真っ赤にさせて、両手で顔を覆ってしまった。かわいい。

彼女は今までこうも、総介以外、それも初対面の人物から褒められたことが、人生で一度も無かったのだ。そんな経験したことがない褒め倒しに、三玖はとても戸惑ってしまうが、決して嫌というわけではない。

嫌味の一つもない、心からの褒め言葉。そんな海斗の声や、言い方が、三玖の心を確実に、的確に打ち抜いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なに」

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 

 

それ故に、海斗は1番怒らせてはならない人物をプッツンさせてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに人の女目の前で口説いとんのじゃこるるるぁぁあああ!!!!」

 

 

 

 

 

総介は海斗の後ろに回り、腰に手を回して、思いっきり『ジャーマンスープレックス』をかました。

ものの見事に決まり、海斗は頭から屋上の地面へと叩きつけられる。

 

「そ、ソースケ!?」

 

三玖が手を顔から退けると、そこには、見事に『ジャーマンスープレックス』を決めた総介と、決められた海斗が倒れていた。2人を心配する三玖だが、当の本人達は全く問題ないわけで……

 

「いたた……痛いじゃないか、総介」

 

「テメーがナチュラルに三玖口説いたのがわりーんだろうが、このクソリア充イケメン野郎が」

 

「褒めただけじゃないか。とても素敵な子だって」

 

「テメーの素敵な子だは女子からすれば『好きです結婚してください』って錯覚するほどの口説き文句だっつってんだろ!お前今までそれで何人の女落としたと思ってんだ!」

 

「そうは言っても、君にとっては三玖ちゃんを貶されるのは許せないだろう。それに、彼女を貶す部分なんて無いし、仮にあったとしても僕はそうはしたくないよ」

 

「だからって褒め倒せとも言ってねーぞ!いや、三玖は褒めるとこしかねーのはわかるよ!かわいいし、浴衣姿実際綺麗だったし、めっちゃ献身的だし、この上なく俺のこと好きでいてくれるし、今の世の中人間的にこれほどまでに良い子いねーよ!でもそれお前が言っちゃダメなの!色々とおしまいになるの!ただでさえ俺より主人公属性してるお前が出しゃばるとこの小説色々と終わっちまうの!」

 

「それは作者に色々と都合をつけてもらうとするよ。良い感じに三玖ちゃんとのパートを挟んでもらってだね……」

 

「テメー何作者まで口説こうとしてんだ!ってか、作者一応『男』なんだぞ!いいのか!?このままいけばBLタグついちまうぞ!それでもいいのかテメーは!?『や○ないか』になっちまうぞ!?『真夏の夜の嫁魂』になっちまうぞーー!!」

 

「………何勝手にタイトルをガチ◯モ系にしてるんだ。そんなタイトルは僕も断じてごめんだよ」

 

こうして、もはや何で言い争っていたのか分からないほど、総介と海斗は続けて何かを言い合っていたが、それを見ていた三玖はというと……

 

 

(………ソースケ、楽しそう……)

 

普段、自分や他の姉妹、風太郎とは全く違う彼を見て、少し驚いていた。

キレてこそいるが、そこには海斗に対する遠慮は一切無かった。ズバズバと言いたいことを言うのはいつもと変わらない。しかし、表情はまるで違う。まるで我が家に帰って兄弟と戯れているようだ。

 

(……私は、ソースケのことを何も知らない……)

 

総介と想い合い、恋人同士となり、共に時間を過ごし、家に泊まったり、『初めて』を彼に捧げても尚、自分は総介のことを全く知らなかった。それは、彼が意図して三玖に教えていなかっただけなのだが、それでも、三玖は少し海斗が羨ましく思えた。

 

(………いつか、私も……)

 

今じゃなくても、この先一緒に過ごす中で、海斗のように、総介が本当に遠慮せずに、接してくれる存在になりたい。恋人として大切に想ってくれるのもとても嬉しいが、それでも、今の総介の海斗に対する遠慮の無い雰囲気は、三玖からすれば羨ましい限りのものだった。

 

「つーわけだ。ってことで、『今のジャンプは[鬼滅の刃]が最も重要な生命線』ってことだ。分かったかコノヤロー」

 

「そうだね。あの作品はもはや社会現象になりつつあるからね」

 

何をどうすればそういった結論になるのかは全く意味不明だが、現時点で『鬼滅の刃』の勢いが凄いのは、作者も認知しているところなので問題はない。やっぱりどんなバトル漫画も、刀でチャンバラがいちばんだよね!……え?ドラゴンボール?NARUTO?ヤジロベーやサスケェがいるだろうがこのバカチンが!

 

「おっと、話が逸れたね。ごめんね、置いてけぼりにして」

 

「う、ううん、大丈夫……」

 

どうやら、三玖の海斗への敬語は取れたようだ。

 

 

 

 

「それにしても、本当に五つ子なんだね。二乃ちゃんとすごく似てるよ」

 

「えっ!?」

 

「おいコラ」

 

三玖は突然海斗の口から『二乃』の名前が出てきたことに、驚きを隠せなかった。そして総介も、彼女の名前が出てきたことに、危機感を覚える。

 

(あの女の名前出してんじゃねーよ。アイナから聞いてなかったのかテメー)

 

(心配しなくても、重々承知してるさ。うまくやるよ)

 

アイコンタクトで会話をしながら、2人は驚いた様子の三玖へと目を戻した。

 

「二乃こと、知ってるの?」

 

「うん、林間学校でたまたま会ってね。少し話をしたんだ」

 

「そ、そうなんだ」

 

三玖は、二乃が林間学校が終わってしばらく、この上なく上機嫌だったことを思い出した。その答えが、今目の前にいる海斗なのだと理解するのに、彼女の嗜好を知る三玖からすればそう時間はかからなかった。

海斗は、結びの伝説の瞬間の後、戻ってくる生徒達の気配に気づき、そのまま二乃から離れるようにその場を去った。二乃も、突然の別れと、連絡先を交換してなかったことにショックを受けたが、海斗の『君が本気で願うなら、僕はまた君の前に来るよ』というどこの王子様の言葉だリア充爆発しろ!みたいな言葉を受けて胸キュン!そのまま彼の言葉に従って部屋へと戻るのだった。

 

「二乃が何か迷惑なこと、しなかった?」

 

「とんでもない。充実した時間を過ごさせてもらったさ。……でも、三玖ちゃん、君が僕と会ったことは、二乃ちゃんには内緒にしてね」

 

「え?」

 

「僕と総介が幼なじみってこと、二乃ちゃんは知らないんだ。それを知ったらきっと二乃ちゃんは、総介や君に何か言うかもしれないから。特に、総介のことは三玖ちゃんを奪ったって酷く嫌っているようだからね。それで事態がややこしい事になるのは、お互いに利がなくなるからね」

 

「う、うん……分かった」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

そう言ってなんとか三玖を口止めする事に成功した直後、三玖が何かに反応し、ポケットからスマホを取り出し、「ごめんね」と言ってから耳に当てる。電話のようだ。

 

「もしもし……うん、今ソースケと一緒……うん……別に、大丈夫……デートじゃ無いから……わかった……ソースケに聞くね……うん……じゃあまた」

 

しばらく話をしてから、三玖は通話を切り、スマホをポケットへとしまった。

 

「ごめんね。四葉が『五月と一緒にパフェ食べに行こう!』って。ソースケも来るかどうか聞いてって言ってた」

 

「四葉が……いや、俺はいいよ。行ってきな」

 

「いいの?」

 

「うん、俺だけじゃなくて、姉妹での日常も大事にしなくちゃね。それに、俺は海斗と少し話したいことあるから」

 

「……わかった、じゃあ行くね」

 

三玖はそう言うと、海斗の方に向かって顔を移す。

 

「大門寺君も、これからよろしく……お願いします」

 

「敬語じゃなくていいのに……よろしくね、三玖ちゃん」

 

ペコリと一礼して、三玖はそのまま屋上を去ろうとするが、最後に総介の方へと振り返る。

 

 

「………ソースケ」

 

「ん、どうし………!」

 

三玖はそのまま彼に近づき、花火大会の別れ際のように、総介の頬へとキスをした。一瞬だったので、頬に口付けした瞬間に離して、彼と目を合わせる。

 

「………またね、ソースケ」

 

「………またね、三玖」

 

そう言って、頬を赤くしながら、いつものように別れの挨拶を交わして、三玖はタタタと屋上を小走りで去っていった。

 

 

 

 

「………見せつけてくれるじゃないか」

 

「………うっせぇ」

 

「果たしてどっちがリア充なんだか……」

 

「………」

 

海斗のからかいに、何も言い返せない総介。とりあえず、爆発しろ。

 

「でも、君の心配してたことは起こらなかったね」

 

「……ああ、普通に驚いた」

 

海斗に三玖を会わせた時、最初こそ彼の口説きに過剰に反応したが、当の三玖は、海斗に対して終始あっけらかんとしていた。それはこれまで彼に会った女子とは全く違う反応だったのだ。

 

「僕ごときじゃ、君への想いは断ち切れないってことかな?」

 

「それお前が言うセリフか?」

 

「はは、そうだね……それにしても、彼女『たち』は本当に面白いね」

 

「……彼女『たち』ねぇ」

 

「だってそうだろう?同じ五つ子の内の2人で、ああも違うんだ。まるで『彼女たちそれぞれがそうなることを望んでいる』かのようにね」

 

「…………」

 

海斗は、まだ二乃と三玖にしか会ってはいないが、それでも、総介と同じく、五つ子たちの『何か』に気づいていた。

 

 

最も、総介にとってはそれは『どうでもいい事』である。しかし、海斗には……

 

「面白いね。俄然興味が湧いたよ」

 

「………」

 

海斗のワクワクする子供のように楽しんでいたその目を見た総介は、彼がどうして二乃を気にかけるのか、それも長年の付き合いで大体理解していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、『今回』はテメーのお眼鏡にかなうのか、あの女は?」

 

「どうだろう?……でも、結構楽しめそうだからね、期待はしているよ」

 

「お前があの女を退屈な日常を埋めるオモチャにしようが俺ぁどうでもいいさ……でもな、海斗」

 

「ん?何だい?」

 

「もしテメーのせいで三玖が何かあったら……そん時は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくらテメーでも殺すからな

 

 

一瞬だが、総介は『鬼童』の顔を海斗へと見せた。海斗はその姿に表情を全く変えず、答えた。

 

 

 

「………わかってるよ」

 

そう返したのを皮切りに、総介は元のやる気の無い表情へと戻る。

 

「そういえば、柳先生に会いに行ったって聞いたよ。どうだった?」

 

「ああ、元気だったぞ。俺らやアイナや明人のことも気にしてた」

 

「僕もしばらく顔を出してないからね。久々に道場に行こうかな」

 

「そうしてやれ。先生も喜ぶ」

 

「ふふ、そうするよ」

 

「んじゃ、俺はアイナんとこ行ってくらー。あいつも色々と焦ってるらしいからな」

 

「すまないね。本来なら僕が説明しなきゃいけないのに」

 

「主人が従者に気ぃ遣うのは、ハードワークしてる時だけだ。人間関係であまり立場を無茶苦茶にすんな。こーゆーのは第三者がなんとかすんのが効率的なんだよ」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「んじゃ、テメーもほどほどに帰れよ〜」

 

「ああ、そうするよ」

 

そう言って、総介は海斗に背中を向けながら手を振り、屋上を後にした。残された海斗は、総介が閉めていった扉に向かって、たった1人呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総介……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君の三玖ちゃんへの想いは本物だろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、君は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまでお母さんと三玖ちゃんを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう『あの男』はいないんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あんな過去』に、いつまで縛られているんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも、君はまだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かを感じるのか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの男』がまだ生きていると……

 

 

 

 

 

 

 




サブタイトルは今年活動を再開されたロックバンド『DOES』さんの『修羅』から拝借いたしました。
銀魂のエンディングテーマにもなっている曲です。『あの日』という過去を思う総介が、この曲の『銀魂』のアニメーションとリンクしたので、使わせていただきました。
個人的にはアニメが始まったばかり頃、ギャグばかりだった銀魂が、この曲で一気にシリアスになって銀魂の印象がガラリと変わった思い出の曲でもあります。てか、普通にカッコいいっす。

今回もこんな駄文を最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます!
さあ、来月はついに『かぐや様』2期スタートだぜベイベ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45.こんなこといいなできたらいいなあんな夢こんな夢いっぱいあるけどみんなみんなみんな自分で努力して叶えなさい

UA100000突破しました!たくさんの人に見ていただき、本当にありがとうございます!
はい、というわけで、サブタイトルから分かる通り(分かるか!)、今回はなんと2本立てです!!
しかし一本は………





まあとりあえずご覧ください。


1本目……『ポニテ女子が髪下ろした姿は鼻血モンでかわいい』

 

 

「………おい、上杉」

 

「どうした、浅倉?」

 

「………なにこの状況?」

 

総介がそう疑問を呈するのも無理はない。

本日は風太郎の家庭教師の日であり、総介もその助っ人としての責務を全うすべく、五つ子の住むマンション『PENTAGON』を訪れていたのだが、少し遅れてやってきた総介の目の前に広がっていた光景は、少し異様なものだった。

 

風太郎の正面には、ほとんど同じ長い髪を後頭部で一つにまとめられた髪型、所謂『ポニーテール』をした中野家の五つ子が全員、リビングに集結して立って並んでいた。

ちなみに『ほとんど同じ』とは、長女の一花のみショートヘアの髪型なので、彼女だけうなじのあたりで小さくゴムで留めているのみである。

 

それはさておき、総介には一つ気になることがあった。それは……

 

 

(三玖、ポニーテールもすげぇかわいいな……)

 

5人のうちの三女であり、総介の恋人である三玖に見惚れながら、彼の頭の中は彼女のポニーテール姿で埋まっていた。

一見、ほとんど同じ髪型で見分けがつかなさそうだが、総介は三玖が関連している場合のみ、彼女が他の姉妹の誰かに、または誰かが三玖に変装しているといった時だけ、秒足らずで見分けることができるのだ。本人曰く「見たらすぐに分かる」らしい。

と、総介の熱い視線を受けていることをすぐに察した三玖が、自分をすぐに見分けてくれることを嬉しく思うも少し頬を赤くさせながら(かわいい)風太郎に本題を聞いた。

 

「急にどうしたの?同じ髪型にしろって……今日は家庭教師の日じゃなかったの?」

 

どうやら、姉妹は風太郎の指示で髪型を統一させられたようだ。

 

「何だ二乃、らしくもなく前のめりじゃないか」

 

「……」

 

「二乃は私よ」

 

三玖を見ながら二乃に話しかけているつもりの風太郎。もはや末期なんじゃないかと思う。と、ここで彼が目をギラつかせて、左の人物から順番に名前を呼んで行った。

 

「一花、二乃、四葉、三玖、五月!!」

 

「二乃、三玖、五月、四葉、一花よ!!!髪を見ればわかるでしょ!」

 

見事に全て間違える風太郎。てか、三玖は分からなくとも、せめて一花は当てろや。1人だけポニーテールじゃないんだから……

 

(……コイツは勉強以外の頭は本当に使いもんになんのか?)

 

風太郎の勉強脳を心配する総介。もうここまでくれば、わざと間違えてるのかと疑いたくなるほどだった。

 

「………と、このようになんのヒントもなければ誰が誰だかわからない。最近のアイドルのようにな」

 

「それはフータロー君が無関心なだけでしょ」

 

一花が冷静にツッコむも、風太郎はそのまま流して、テーブルの上に5枚の用紙を置いた。

 

「これは10分前の話なんだが………」

 

そう切り出してから、風太郎は10分前の話をし始めた。

 

聞くと、マンションに着いた直後、風呂上りで体がバスタオル姿の『五つ子の誰か』に遭遇し、

 

『変態!』

 

と持っていた紙袋を投げつけられた。その場でその人物には逃げられたのだが、投げつけられた紙袋に入っていたものが……

 

 

 

 

国、数、英、理、社、それぞれの小テストの『0点』の用紙だった。しかも……

 

「全教科0点……奇跡だ。ご丁寧に名前は破られている」

 

そう、名前の部分だけは、見事に引き裂かれており、誰の答案用紙か分からないようになっているのだ。

 

「バスタオル姿で分からなかったが、犯人はこの中にいる!」

 

そりゃまぁ、ここは五つ子の住む家なんだから、姉妹の誰かなのは当然だし、0点にしても、その人物が所持していた物であるのだから、理論的には姉妹の内の誰かということになる。

 

しかし……

 

「私が犯人だよーってひ………イデデデデデデ!」

 

途端に、風太郎の顔が、男の手によって覆い隠される。

 

「バスタオル姿〜?上杉テメ〜、もしそれが三玖だったとしたら、なぁに人の女のあられもない姿を見ちゃってくれてんですかぁコノヤロー?」

 

「イダダダ!あざぐら!ギブ!ギブゥ!!」

 

総介からすれば、0点の答案用紙が誰のものなのかはどうでも良くて、『風太郎が三玖の半裸姿を見たかもしれない』ということが重要なのである。彼は右手で風太郎にアイアンクロー(手加減)をかまして、やりすぎと言えなくもないクソ理不尽な尋問する。

すると……

 

「そ、ソースケ、落ち着いて!」

 

三玖が彼の手を掴み、説得する。

 

「お風呂に入っていたのは、私じゃない。証拠もあるから、ちょっと待ってて」

 

そう言って三玖は、一旦自身の部屋に戻り、しばらくして手に紙を5枚持って戻ってきた。それを総介に見せる。

 

「ほら、私は全部持ってるし、0点じゃない。だから、フータローに会ったのは私じゃない」

 

彼女の手には、三玖の名前が書かれた同じテストの答案用紙があった。それも、社会は高得点、それ以外の教科も、中の下が最低ラインの点数である。

 

「……ほんとだ。じゃあ、この5枚は……」

 

「私以外の誰か……」

 

「……そうか、よかったぁ」

 

とりあえず、恋人が他の男に目撃されたという事態は回避出来たことに安堵した総介。

 

 

「わかったならはなじでぐれぇ!!!」

 

………そのまま風太郎にアイアンクローを決めたままだったのを忘れてました。テヘ、失敗失敗☆。

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

と、何とか仕切り直して、犯人探しを継続する。三玖が容疑者から外れ、残りは4人なのだが……

 

「四葉、白状しろ」

 

「当然のように疑われてる!」

 

やはり、第一に疑われるのは姉妹きってのアホの子、四葉である。

 

「それでこの髪型だったんだ」

 

と、どこか納得した三玖。

 

「顔さえ見分けられるようになれば今回のこともスキーの時みたいな一件もおきないだろうからな」

 

「反省してます……」

 

林間学校で、五月が一花に変装して行方不明を装った事件。あの件は何とか風太郎の起点で解決したものの、見た目では完全に分からず終いだった。

 

「あの五月はマスクさえなければ私たちもわかったんだけど……」

 

「!」

 

二乃の一言に、風太郎はふと疑問が浮かび上がった。

 

「そういえば、なんでお前らは顔だけで判別がつくんだ?」

 

「は?なんでって……」

 

そう聞かれた二乃は、隣にいた三玖と目を合わせる。2人は互いに指を差しながらこう答えた。

 

「こんな薄い顔三玖しかいないわ」

「こんなうるさい顔二乃しかいない」

 

「………」

 

「薄いって何?」

 

「うるさいこそ何よ!」

 

「うるさい顔w」

 

「あんたは黙ってなさい!!」

 

総介が二乃を見てゲラゲラ笑う。そんな彼に、二乃も怒りマークを頭に浮かべて怒鳴る。

 

呆然と見ている風太郎に、四葉が話しかけた。

 

「良いこと教えてあげます。私たちの見分け方は、お母さんが昔言ってました。

 

 

 

 

『愛』さえあれば、自然とわかるって」

 

「……道理で分からないはずだ」

 

「お前ならドブに捨てそうだよな、んなモン」

 

「俺をなんだと思ってんだよ……」

 

「そのうち『愛?ああそれコンビニに売ってたわ、298円で』って言いそうでもある」

 

「それどこの八九寺?」

 

風太郎はともかく、総介には三玖に対する絶対的な『愛』があるので、対象や形はどうあれ四葉の言っていたことも多少は理解していた。

 

「やはり顔は同じ……」

 

それでも、風太郎からすれば5人全く同じなのは変わらない。

 

「もう戻してもいいかなー」

 

一花のその一言で、5人はいつもの髪型に戻し始めた。

 

(……もうちょい見ときたかったな)

 

総介だけ、三玖がポニーテールからいつものヘッドホンをしたセミロングに戻すのを見て、少し残念がっていたが、今度頼めば良いかと思い、切り替えることにした。こんな髪型やってみてって、彼女持ちの特権だったりするよね?

 

「なんで今日はそんなに真剣になってるんだろ?」

 

「……!」

 

風太郎からすれば、早く勉強に取り掛かりたいところだと一花は思うのだが、五月には少し心当たりがあった。

 

(……まさか、この前の話を)

 

風太郎が入院している際、五月は風太郎が過去に京都で会ったことのある『5年前の女の子』の話を聞いていた。まさかと、彼女は疑っていると……

 

「!」

 

風太郎が何かを感じとる。

 

「シャンプーの匂い……」

 

「えっえっ」

 

「なんかキモッ」

 

「デリカシーねーぞ上杉」

 

「アンタが言うな!」

 

クンカクンカと二乃の匂いを嗅ぐ。そんな行為を見て、三玖と総介が軽く引いていると、風太郎の脳裏にあるものが思い浮かび上がった。

 

『変態!!』

 

 

「これだ!お前たちに頼みがある!」

 

その後に、風太郎から衝撃的な一言が飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺を変態と罵ってくれ!」

 

「」

 

「」

 

「」

 

「」

 

「」

 

「………勉強のしすぎで脳みそどっかにフライアウェイしたかコイツ?」

 

5人が風太郎にドン引きする中、総介がいつもの倍の腐った目で、風太郎を見ながら呟いた。

風太郎としては、姉妹の中であのとき言われた『変態!』と同じ感じの人物が犯人だと推察してのことだったのだが、何も知らない人からすれば、完全にマゾヒスティックを拗らせた変態の発言である。なので……

 

 

 

 

 

「あんた……手の施しようのない変態だわ……」

 

「違う、そういう心にくる言い方じゃない」

 

「てか本音だろそれ」

 

二乃にもの凄い軽蔑の視線を向けられて言われても仕方がないのである。

 

「うーん、じゃあ誰が……」

 

「………フータロー君」

 

捜査が暗礁に乗り上げた風太郎を見て、一花が口を開いた。

 

「もしかしたら、犯人はこの中にいないかもしれないよ」

 

「……は?」

 

「………どういうことだ?」

 

犯人探しを根底から覆すようなことを、一花が言い出したので、風太郎と総介は顔を合わせてから、一花に目を向けて説明を待った。

 

「落ち着いて聞いてね」

 

神妙な面持ちをしたまま、一花はゆっくりと説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私たちには隠された6人目の姉妹……『六海(むつみ)』がいるんだよ」

 

「!」

 

「なんだってー!!」

 

「アホか……」

 

とんでもないことを言い出した一花に、風太郎は絶句し、何故か四葉は驚きの声を上げ、総介は呆れ果てる。

以前海斗に姉妹の周りを調べさせた際にも、そのような人物は出てこなかったし、例えいたとしても今まで出てこなかったこと自体おかしい。何より、総介が『鬼童』として感じる人の気配はこの場の人物とちゃんと一致している。どう考えても一花のでっち上げである。この時点で、総介は一花を捜査を撹乱させたということで、彼女を犯人と断定した。

 

「む……『六海』は今どこに……?」

 

「ふふふ……あの子がいるのはこの家の誰も知らない秘密の部屋……」

 

「勝手にやってろ」

 

流れに乗ってるだけなのか、本気で騙されているのか、四葉は一花に居もしない妹の居場所を聞くというミニコントを続けており、流石の風太郎も呆れていた。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

あの後、拉致が開かないので、風太郎が例の0点のテストの問題を集めた問題集を出し、一番成績が悪い者を犯人とするという横暴な案を出した。総介も、いい加減勉強が出来なくなるので、そのまま風太郎の案に賛成。三玖は容疑者から外れていたものの、復習ということで一応参加することに。と、真犯人はこの状況を、内心ほくそ笑んでいた。

 

 

 

(ふっふっふ…………

 

 

 

 

 

追い詰められたね、フータロー君)

 

やはりというか、フータローとバッタリタオル姿で会ったのは一花だった。彼女としては、風太郎が何故こんなにも犯人探しにこだわるのかは謎のままだが、この場をうまくうやむやに出来る絶好の機会なので、このまま他の姉妹に押し付けてしまえば、解決する。そう思っていたが………

 

(………!待って!)

 

一花は、風太郎の目論見に気付いてしまった。何故同じテストをもう一回させるのか……それは……

 

(筆跡!!)

 

そう、五つ子といえど、書く文字それぞれに特徴が存在する。その筆跡から、風太郎は犯人を割り出そうとしてることを、一花は間一髪で気づいたのである。

 

(何食わぬ顔で筆跡を比べようとしてる……やるね、フータロー君!)

 

少なくとも、風太郎はこの中で誰よりも成績は良いのだから、一花が言えた義理では無いと思う。てか無い。

一方、総介はというと……

 

(………こりゃ長女さんで確定だな)

 

真っ先に一花に疑いの目を向けていたことで、彼女のテスト中の行動に注目していた総介は、一花が消しゴムで解答を全て消して、違う字体に書き直したところを見て、彼女が犯人だと確信していた。それも、彼女が気づかない程度に、三玖を中心に周りを見渡す一瞬の動作で確認しているので、

 

(浅倉君は三玖に夢中だし……今回はいける!)

 

と、当の一花本人はタカを括っていた。仮に彼女が風太郎を騙せたとしても、総介はほとんどを把握しているので、完全に詰みであることにも気づかずに……

 

「はーい、一番乗り!」

 

そうとも知らずに、獲物(一花)はまんまと餌に引っかかって食いついてきた。顔には我慢できないのか、勝利と余裕の笑みが溢れている。

 

(あの短時間で髪を乾かせるのは私だけ……服を着る余裕はもう少し欲しかったけど……

 

 

 

 

 

君の敗因は女の子をちゃんと見てあげないところだよ……

あと、浅倉君が一番恐かったけど、三玖以外に目を向けて無いのも、今回はプラスになったね♪)

 

一花は過去の出来事から、総介を一番警戒していたが、それも恋人以外に興味が無いということもあり、自分は彼にとって終始アウトオブ眼中であると決めつけていた。しかし実際は、真っ先に総介に警戒され、横目から彼女の動作は全て見られているので、逃げ場はない。風太郎はスルーできても、浅倉総介という受け皿で、一花は完全にシャットアウトなのだ。

 

もっとも……

 

 

「ふむ……

 

 

 

 

 

 

 

お前が犯人だ」

 

 

それは『風太郎を騙せたら』の話なのだが……

 

「……あれっ?」

 

まさかの一発目で当てられたことに、流石の一花も驚きを隠せなかった。

 

「なんで……筆跡だって変えたのに……」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

2人のやりとりをを固唾を飲んで見守る二乃、四葉、五月と、

 

「……私も終わった」

 

「オッケー。じゃあ採点するね」

 

「うん……自信ある」

 

そんなの知ったこっちゃないと、2人だけで進めるフリーダムバカップル。もうこの2人はどうにもならないと、風太郎は諦めたようで、一花に説明を始める。

 

「ここ………bの書き方」

 

「あ……」

 

見ると、彼女の書いたbは、筆記体になっていた。

 

「1人だけ筆記体で書くことは覚えていた。俺はお前たちの顔を見分けられるほど知らないが………

 

 

お前たちの文字は嫌というほど見てるからな」

 

 

 

「………や

 

 

 

やられた〜〜〜」

 

「フハハハハハ!」

 

その場にガクッと項垂れる一花に、それを見下して高笑いする風太郎。コレ原作見てるけど、あまり綺麗な絵面ではない。

まぁ何度も言うように、もし仮に風太郎をごまかせたとしても、その先には総介が待っていたので、一花に逃げ場はなかったのだが……

 

 

一方、その総介はというと……

 

「……うん、65点。2回目とはいえ、上々だよ」

 

「そ、そうかな?」

 

「このまま復習と授業で受けたところを継続していけば、次の期末も赤点回避できるし、前より良い成績が出ると思うよ?」

 

「ほ、本当に?」

 

「うん。三玖今までの積み重ねが出ている証拠だよ。頑張ったね」

 

「……うん。ソースケが、いっぱい教えてくれたから、私も、覚えることが出来た」

 

三玖の成績が上がっていることを素直に褒め、彼女の頭を撫でる総介に、それに顔を赤くしながらも、総介に褒められた嬉しさで少しだけ笑いながら答える三玖(かわいい)。まさしくフリーダムフライアウェイバカップル。総介爆発しろ!

 

「あのー、一応私たちも終わりました」

 

「お、ご苦労」

 

と、他の3人分の用紙を持った五月が、風太郎にそれを渡す。

 

「ひとまず採点を……ん?」

 

渡された用紙を見た風太郎が何かに気づいた。

 

「五月の『そ』、犯人と同じ書き方だ……

 

 

 

よく見たら二乃の『門構え』………

 

 

 

四葉の送り仮名………しかもコレ、2枚分見たぞ………」

 

 

風太郎の背中から、メラメラと炎のようなものが出てくる。そして……

 

 

 

「みんな犯人と同じ……

 

 

お前ら………

 

 

 

 

 

 

 

一人ずつ0点の犯人じゃねーか!!!!」

 

「………」

 

「………」

 

「あはは、バレちゃいました〜……」

 

なんとこいつら、1人1教科ずつ(1人だけ2教科)の0点のテストを1人の点数のように見せて、風太郎と総介を欺こうとしたのである。ちなみに2教科分の0点は言うまでもなく……

 

「しかも四葉に至っては2教科で0点じゃねーか!!」

 

「ご、ごめんなさい〜〜〜!」

 

「地獄絵図だなオイ」

 

「みんな自習してなかった」

 

その光景を見たバカップルも、呆れ果てていた。

 

「何してんのよ一花、こいつが来る前に隠す約束だったでしょ」

 

「ごめーん」

 

二乃はそれに全く悪びれもしない辺り、余計に酷い惨状だ。風太郎はそれを見て、頭を抱えてしまう。

 

「俺が入院した途端これか……三玖はともかく、やっぱこいつら……」

 

「……上杉君」

 

風太郎が4人のバカさ加減にショックを受けているところに、五月が声をかけた。

 

「今日あなたが私たちの顔の判別にこだわったのは、先日話してくれた5年前の女の子と関係があるのでしょう?

 

 

 

 

私たちの中の誰かだと思ってるんですね」

 

「………そうだ」

 

「……え?何これ?今から過去回想シーンに入りそうなこの雰囲気、何コレ?」

 

バカップルの片割れがメタ発言で場を凌ごうとするが、聞き入れて貰えず、風太郎は口を開いた。

 

「……と、思ったが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この中で昔俺に会ったことがあるよって人ー?」

 

 

「「「「「!」」」」」

 

「ねぇ何コレ?このオリ主置いてけぼりなイベント的なやつ?やめてくんない!原作キャラ同士しか知らないエピソードとかやめてくんない!!」

 

総介のメタい発言は全員スルーして、姉妹は風太郎に問い出す。

 

「何よ急に」

 

「どういうこと?」

 

「…………」

 

姉妹の反応を見て、風太郎は少し笑う。

 

「……そりゃそうだ。そんなに都合よく近くにいるわけがねぇ。それに……

 

 

お前らみたいな馬鹿があの子のはずねーわ」

 

「ば、馬鹿とはなんですか!?」

 

風太郎はやはり思い違いかと、5年前に出会った女の子は別の子だと思い、考えることをやめにした。それよりも今は……

 

「間違ってねーだろ五月。よくも0点のテストを隠してたな。今日はみっちり復習するからな………?」

 

風太郎がぽんっと肩に手を置いた先にいたのは……

 

 

 

 

「……もしかして、わざと間違えてる?」

 

顔をプクーっと膨らませた三玖だった。

 

「………」

 

「フータローのことなんてもう知らない」

 

「す、すまん!」

 

「あはは!まずは上杉さんが勉強しないといけませんね」

 

(……こいつらを見分けるのは今は諦めよう)

 

四葉に上手いことを言われてしまい、風太郎は考えることをやめた。今はとにかく、成績を上げることに専念しよう、と………

 

 

 

こうして、また一つ、風太郎の家庭教師としての重荷が増えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、ソースケは?」

 

 

 

「………あ。アレ?浅倉どこ行った?」

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

数時間後

 

 

 

 

 

「ギャァァァ!!」

 

「あ、兄貴ぃ!兄貴ぃぃぃ!!」

 

「何だコイツ!ガキのくせにとんでもなく強えぞ!ぐぁあ!」

 

「がはっ!ゴボッ……」

 

「た、頼む!命だけは!命だけは助けてくれぇぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっせ〜なぁ。こちとら原作キャラだけのイベントについてけなくてハブられちまった可哀想なオリ主なんだよ。ストレス解消ぐれーさせろコノヤロー」

 

「理由が無茶苦茶過ぎる!てか原作キャラって何!?オリ主って一体何!?」

 

「はいそこのツッコんだ奴、30点。もうちょいあの世でツッコミ道を磨いてきてくださ〜い」

 

「いやだからツッコミ道ってなに……ぐぼぁっ!!」

 

あれから、総介は海斗に電話をして、大門寺に裏でちょっかいをかけようとしていて、近々潰そうとしてる組織は無いかと聞き、いくつか教えてもらった後、その中から一番今いる場所から近いものを一つ、姉妹と風太郎にハブられた寂しさとストレスを発散すべく、自らが直々に赴いて潰すことにして、その組織のアジトで日本刀片手に大暴れしていた。

ドスやら拳銃やらを持ったその道のプロであるはずの連中をいつものような死んだ魚のような目で『片手間』で斬り捨てていく様は、もはや『鬼童』どころか『悪魔』である。

 

「こ、こんなブチのめされ方あんまりだぁ!!……ぐぺっ!!」

 

「はい、ご愁傷様モブキャラども。ギャラはやんねーよ」

 

 

こうして、1人の頭おかしい人格破綻高校生の腹いせによって、おそらく二次小説史上最も理不尽な理由で悪の組織がまた一つ滅びてしまうのであった。

 

ちなみにコレ、ギャグパートですからね………え、遅い?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、三玖が総介の家にハブってしまったことを謝りに行ったところ、彼女はその日、総介の家で腰がガクガクに立てなくなるほど翌朝まで帰してもらえなかったという。あ、そのあとちゃんと総介が原チャで送ってあげました。

 

 

総介爆発しろ!こればっかりは!

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

二本目……『いくらバカップルでも合わない予定はある』

 

 

『明日休日だけど一緒に出かけない?』

 

「あれ、なんかこれデートっぽいかも」

 

「よし、デートっぽい」

 

とある日、一花と三玖は自室で全く同じメールの文章を打っていた。送る相手は、それぞれ違う相手。

 

「二人きり……じゃない方がいいのかな……」

 

「久しぶりに二人きりでデート」

 

ちょっと自信なさげな一花はまだしも、三玖はしばらく総介とデートをしていないため、久しぶりのデートに少し張り切っていた。

 

「送ってもいいよね」

 

「だって明日は」

 

 

「「『勤労感謝の日』だもん!」」

 

そう、この日は『勤労感謝の日』、国民の祝日、即ち学校は休みなのである。

二人はほぼ同じタイミングで、メールを送信。

 

「「送っちゃった!!」」

 

「!?」

 

「?」

 

メールを送信したことで、部屋で思いっきりバタバタする一花と三玖だが、その音は下にいる他の3人に聞こえていた。あ、五月は食べ物に夢中でスルーね。

 

そして、これもまた、二人同時に返信が返ってきた。

 

 

 

その中身はというと…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今日は休日だから断る。』

 

『ごめん、今日はどうしても外せない用事が入ってるからデートは出来ない。今度ちゃんと埋め合わせするよ。三玖の好きなところに行こう。今回は本当に申し訳ない。』

 

 

「」

 

「」

 

 

こうしてこの日、一花と三玖は違う相手に同時にデートを断られた寂しさを埋めるかのように、2人仲良くショッピングに出かけたのでした。

 

 

 

 

今回はコレでおわり…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




総介は正義の味方でも、ヒーローでもありません。三玖の味方であり、外道です(笑)。
あと、少し時系列がおかしくなりましたが、ストーリーに支障無いので、このまま行きます。
原作…退院翌日に冒頭
嫁魂…退院して数日後に冒頭
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
二本目の短さに文句は言わないでください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46.子の心親知らず

『かぐや様は告らせたい〜天才たちの恋愛頭脳戦〜』の第2期第1話を先日視聴しました。
なんかもう色々悩んでたことなんてどうでもいいやって思うぐらい笑い転げました!
2期特有のマンネリも全くなく、相変わらず生徒会のドタバタ劇と少しラブコメチックな展開が絶妙です!今、自宅待機が各地で行われている中、皆さんもどうか今からでも1話でいいので『かぐや様』をご覧になってください!人生変わります(大げさ)!





「………おい、上杉」

 

「どうした、浅倉?」

 

「………なにこの状況?」

 

総介がそう疑問を呈するのも無理はない。

本日は風太郎の家庭教師の日であり、総介もその助っ人としての責務を全うすべく、五つ子の住むマンション『PENTAGON』を訪れていたのだが、少し遅れてやってきた総介の目の前に広がっていた光景は、少し異様なものだった。

 

 

 

 

ていうか、この冒頭文前回のまんまコピペである。まぁここから違うから、安心して読んでください。

 

 

冒頭の続きの前に、こうなるまでの経緯を説明するとしよう。

本日はいよいよ期末試験のテスト週間『前日』。風太郎はここで一気に追い込みをかけて、今度こそ五つ子全員の赤点を回避させんと息巻いていた。

 

 

しかし……

 

「上杉さんすみません!今日は陸上部の皆さんのお手伝いがあるんです!」

 

放課後、四葉はあろうことか、陸上部の助っ人に駆り出されてしまったのだ。さらにさらに……

 

「試験勉強は明日からでしょ?今日くらい映画観に行かせなさいよ」

 

二乃は五月を連れて、映画を観に行く始末。そのことを後から知った総介はというと……

 

「んじゃあ3人帰ってきたらめでたく全員血祭りだな」

 

と、平気な顔して物騒なことを言い出すので、さすがに暴力沙汰はマズイと慌てて止めた。

こうして、本日まともに参加するのは一花と三玖の2人だけになってしまった。仕方なく、それぞれマンツーマンで教えることになったのだが、一花が何かを隠している様子だったので、風太郎が問いただすと、

 

『所属している事務所の社長が急な出張をすることになったので、その間娘を預かることになった』

 

という答えが返ってきた。しかし、それを勉強から逃げたいために嘘をついていると考えた風太郎は、

 

「そんな娘が本当にいるんなら、俺の前に連れてきてみやがれ!!!」

 

と、盛大なフラグを建設。

そして冒頭に至り、見事にフラグ回収。風太郎と総介の視線の先には、黙々とお絵かきをする三つ編みのおさげ髪の少女『菊』がふてぶてしい顔をして鎮座していた。

 

「菊ちゃん、おとなしくしてて偉い」

 

「本当にいたんだ」

 

「フラグ回収乙」

 

「だから言ったじゃん」

 

まさか本当にいるとはと、本気で思っていなかった風太郎は、拍子抜けした顔をしていた。

 

「急な出張が入った社長の代わりに面倒を見ることになったんだ」

 

「あのおっさん結婚してたのかよ……」

 

一花と風太郎の会話を聞く限り、風太郎はその『社長』とやらと面識があるようだ。そんなことを考えていた総介も、どうでも良いことだとすぐに忘れて、三玖の隣に座った。

 

「でもまぁ、おとなしくしててくれりゃそれでいいじゃねーか。こっちもゆっくり出来っからよ」

 

「……ああ、そうだな。子どもは静かにさせて今は勉強……」

 

 

 

 

 

 

「おいお前」

 

すると、その子どものいる方向から、声がした。そちらを向くと、菊が立ち上がって、風太郎を指差している。

 

「お前、アタシの遊び相手になれ」

 

ふてぶてしい態度と、これまたふてぶてしい命令口調で、風太郎に命令する菊に、一同は唖然とした。そんな中、一花が猫の人形を持って菊に近づいていくが……

 

「菊ちゃん、あそぼー」

 

「子供扱いすんな!」

 

一花の持っていた人形が、バチーンとはたき落とされてしまう。

 

「人形遊びなんて時代遅れなんだよ。今のトレンドはおままごとだから」

 

(子供!)

 

「結局ガキの遊びのまんまじゃねーか」

 

心の中でツッコむ風太郎とは違い、総介は子供相手にもズケズケと切り込んでいく。

 

「うるさい。お前、生意気だぞ」

 

「そりゃテメーだ小娘。もうちょいエレガントに振る舞えねーのか?」

 

「えれがんと?」

 

「いいか、エレガントってのはな〜………上杉、説明してやれ」

 

「知らねーのかよ!」

 

とまぁ、途中変なやりとりがあったが、改めて、菊がおままごとの配役を指名していく

 

「お前、パパ役、アタシ、アタシ役」

 

「あ、じゃあ私ママ役やる」

 

と、何故だか三玖までも名乗り出て参戦してきたのを見て、総介も眉を上げて少し驚いた。

 

「一度ちゃんとやってみたかった、おままごと」

 

と、少しウキウキしている三玖を見て、総介は

 

(かわいい)

 

惚気ていた。が、菊は三玖の方を見てこんなことを言い出した。

 

「うちにママはいない。ママは浮気相手と出て行った」

 

「そこはリアルなんだ……」

 

「クレ◯ン◯んちゃんのリアルおままごとかよ……」

 

「あのおっさんのシリアスな過去なんて知りたくなかったぞ……」

 

と、それぞれが菊の親の事情にリアクションを取る中、リアルおままごと発言をした総介が、彼女を少し同情的な目で見る。

 

(なるほどな……道理でこんなに……)

 

菊の周りに刺々しく当たる姿に、総介は少し自分と重ねてしまった。

今の総介には母どころか、父すらいない。彼が物心ついた時には、既に母1人になっていた。何故父がいないのか、総介は一度たりとも聞こうとはしなかった。死んだのか、それとも離婚したのか……それを聞きたい時もあったが、その話をすると、母がもしかしたら悲しむかもしれないと、子供心に大好きな人が悲しむ姿を見たくなかったのだ。

 

そしてその母も、総介の目の前で……

形は違えど、親を失くす瞬間を見てきた総介と菊。そんな彼女にシンパシーを感じたのも、今目の前にいる少女の振る舞いが、過去の自分と重なるからだろう。もっとも彼の場合はだいぶ違うが……

それにしても、

 

(浮気相手と出て行くってのも、この娘からしたら相当なトラウマもんだったろーよ……)

 

それは即ち、菊は母に『不要』と判断されたも同然なのだ。彼女が母をどう思っていたかは知らないが、そんな現実をこんな小さな年で真正面から突きつけられて、まともでいれるはずはないだろう。

それも総介と同じだ。母を失くしたという出来事は、今でも夢に出てくるくらいトラウマな出来事なのだ。加えて、失った直後はその比ではなかったのだから……

 

「所詮は子供の戯れだ。俺が適当に相手してるから、お前らは手を動かして、わかんないとこがあったら浅倉に聞け」

 

そう言って、風太郎は一人で菊の相手をすることにした。それを大丈夫なのか?と心配と疑問の眼差しを彼へと向ける3人。

 

「オホン………菊、幼稚園で友達はできたか、パパに聞かせてごらん」

 

「あいつらガキばっかだ」

 

「コラコラ、お前もクソガキだろ?」

 

本音が少し漏れる風太郎。総介はその様子を、ソファーで肘をついて顔を支える体勢で横になりながらニヤニヤ眺めている。

 

「お勉強の方はどうなんだ?パパが教えてあげてもいいぞ」

 

「断る。やっても意味がない。どうせすぐに忘れるんだ」

 

ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。それを地で行がごとく、風太郎の発言はことごとく菊によって返される。そんな様子を、さらに顔をにやけさせた総介が『おいおい、かの学年1位の秀才様が、ガキ1人のお守りもできねーんですかコノヤロー?』と言ってるような目(風太郎目線)で見守る。が、それでも風太郎はまけないもん!

 

「……いけないぞ菊。失敗を恐れてはいけない。諦めず続けることで報われる日がきっとくる。

 

 

 

成功は失敗の先にあるんだ」

 

手を広げながら、まるで渾身の一撃を喰らわしたかのようなしたり顔をしながら、菊の返答を待つ風太郎。菊はしばらく風太郎を見上げてから、風太郎へ一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綺麗ごとを」

 

 

 

「」

 

 

「あっははははは!違ぇねぇ!上杉、テメー小娘相手にたった一言で黙らされてんじゃねーか!あはははは!!」

 

菊の返答に、凍ったように固まった風太郎と、それを見てソファーで笑い転げ回る総介。完全に地獄絵図である。

 

「このガキ」

 

「まぁまぁ」

 

「い、いいこと言ってたと思う」

 

笑顔のまま拳を上げる風太郎の服を、一花が引っ張って止め、三玖もフォローに入る。

すると、菊はそんな3人を無視して、おままごとを続けた。

 

「ガラガラ」

 

「?」

 

「へー、ここがパパの会社か」

 

「会社来たんだ……」

 

舞台は家から会社へと移ったようだ。ていうか、会社が舞台ってそれもうおままごとじゃなくね?すると、菊は唐突に一花と三玖の方を向いて、指を差す。

 

「二人はここの事務員さん」

 

「え、私たちもやるの?」

 

「……事務員さん?」

 

菊の姉妹で、二人もおままごと(?)に参加することになった。

しかも……

 

 

 

 

 

「そう、二人ともパパに惚れてる」

 

「「!!」」

 

「!」

 

菊が言った二人の設定に、一花と三玖、そしてソファーでくつろいでいた総介までもが驚きの表情を浮かべた。

 

「なんだその設定?菊、こいつらは……」

 

一方、気付いていないのか、そのまま菊に喋りかけようとした風太郎だったが……

 

 

 

 

 

「社長、いつになったらご飯連れてってくれるの?今夜行こう、今夜」

 

「!」

 

「!!!」

 

なんと、三玖が風太郎へとぐいぐい迫っていったのだ。いくらおままごと(?)とはいえ、その事態にさすがの総介も、横になっていた身体を起こして立ち上がった。

それを察したのか、三玖はチラッと総介に振り向き、

 

(……フータローを笑ったおしおき)

 

(!……この子は〜っ……)

 

頬を膨らませながら総介をジト目で見つめる三玖。かわいい。彼女の意図を察した総介も、これでは動けない。苦い顔をしながらも、観念したようにその場に立ちつくす。次に、三玖は一花の方を向く。

 

(……なるほどね、これぐらいやらなくちゃ、ってことか)

 

三玖が風太郎に迫ったのは、何も総介に対するお仕置きだけではなく、一花を焚きつけるためでもあった。以前に、一花が風太郎に気があることを知った三玖は、恋が実ることを肌で体験しているので、それを一花にも味わって欲しいと、彼女を応援しようと決めていた。

もちろん、これはおままごとの演技でもあるが、一花が風太郎に近づくチャンスでもある。

そう思い、未だ燻っている彼女への発破をかけたのだ。

 

(……私も負けてられないな)

 

その思いは、一花にもちゃんと届いていた。 三玖の思いを無駄にしたくないし、何より自分が後悔したくない。

 

「菊ちゃん、新しいママ欲しくない?」

 

「あ、ずるい」

 

「………」

 

そんな彼女は、まさかの菊を懐柔するという姑息な手段に打って出た。そんなカオスの様相を呈してきたおままごとを、風太郎と総介は黙りながら見守る。

 

「じゃあ私もママになる」

 

「三玖になれるかな〜」

 

軽く言い合う中、菊が二人を見てこんなことを言い出した。

 

「じゃあ、二人ともパパのどこが好きか言え」

 

「「!」」

 

相変わらずの命令口調で、二人に風太郎の好きなとこを言わせようとする。内容で決めるのか、それとも多く行った方がママになるのか……

 

「「………」」

一花と三玖は、横目で風太郎を見ながら考える。三玖は出てこないのか、少し詰まってしまい、その間に一花が先に答え出した。

 

「えーっと……なんだろ、よくわかんないけど……こう見えて男らしい一面があったり……」

 

少し頬を赤くしながら、答えていく一花。言い方も少し曖昧である。

その間も三玖はう〜んっと考えていたが、途端にそれも終わり、そのまま一花に続いて答えた。

 

「普段はやる気ないけど、ちゃんと周りを見てくれている。相談事にも乗ってくれて、困ったことがあった時に助けてくれる。侍みたいに強くて、私を守ってくれる。元気がない時にそばにいてくれる。頭がいい。頼りになる。背が高い。カッコいい。あとは……」

 

「ストップ!三玖ストップ!さすがにそれ以上は恥ずかしいから!逃げ出したくなっちまうから!」

 

風太郎の好きなところが思いつかなかったので、三玖は仕方なしに総介の好きなところを答え始めた。初めの方で、自身のことだと察した総介は、その後も止めどなく溢れ出る三玖の言葉に、顔を赤くさせて制止させた。二人きりならともかく、周りに人がいる状態で言われるのは一層恥ずかしい。総介爆発しろ!

 

「……パパはそんなに背が高い方じゃないんだけど」

 

「そ、そうだった。社長のことだったね」

 

そんな様子をガン無視し、菊のまさかのマジレスに上がりそうになっていた場の気温も冷めて元に戻る。

 

「菊ちゃんはどっちがいいと思った?」

 

三玖が菊に対して判定を求めるが、彼女からは意外な答えが返ってきた。

 

 

 

 

 

 

「……アタシは…ママなんていらない」

 

「え?どうして?」

 

二人にパパの好きなところを合わせておいて、ママはいらないと言われたら、総介からすれば、ただ自分が恥ずかしい思いをしただけである。

一花がそれは何故か尋ねると、菊がそのまま続けた。

 

「だって寂しくないから……ママのせいでパパはとっても大変だった。

 

 

 

 

パパがいれば寂しくない」

 

「………」

 

(………怖ぇんだろうな……また失うのが)

 

吐き捨てるように言った菊だが、その体はプルプルと震えている。総介にはそんな彼女が、とても脆く見えた。

母の浮気のせいで、家庭は崩壊して、父も大変苦労したことだろう。仕事もある中、年端もいかない娘を育てるのは、無理ではないにしろ難しいことだ。それを見てきた菊からすれば、新しいママが出来たとしても、100%信用出来る訳なんてない。むしろ、いつまた裏切るか、いつまた失うかの恐怖が増していくだけだ。もしそんなことにでもなれば……

 

(んなもん俺だって怖ぇさ…………増してやこんなちっこい娘じゃ、さすがに無理だろうな……)

 

総介とて、いつまた三玖を失ってしまうかもしれないか……先日の夢に出てきてからというもの、心の隅にはいつもその怖さがわずかだが残っていた。これで幼い子供の精神を均衡に保つ方が無理な話なのだ。ヘタをすれば、一生トラウマとして残ってしまうかもしれないものだ。こうやって『寂しくない』と強がるのも、残された父親に心配させないためか、無意識に自分に対して言い聞かせているのだろう。そうでもしなきゃ、仕事や子育てで大変な父に、ますます迷惑がかかってしまうし、自分自身の心も保っちゃいられないと、本能で行なっているのだろう。

 

 

 

「無理すんな」

 

と、突然風太郎が菊の頭に手を伸ばして少女の髪を手荒にわしゃわしゃし始める。

 

「な、何をする!やめろ!」

 

「お前みたいな年の女の子が、母親がいなくなって寂しくないはずがない

 

 

 

 

 

可愛げもなく大人ぶってないで、ガキらしくわがまま言ってりゃいいんだよ」

 

「………」

 

風太郎の言葉が何かに響いたのか、菊の両目のまぶたから、ウルウルと涙が浮かび上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……50点……いい感じだが、まぁ普通はこんなもんか……)

 

そんな中総介は、いつもの死んだ魚のような目で、一連のやりとりをソファで座りながら見て心の中で呟く。

 

「おい小娘」

 

「!」

 

そして、菊を呼び、チョイチョイと手招きをして、彼女を目の前まで招いた。そして、彼女の頭に、優しく手を置いて、普段『誰かさん』にやるみたいに、優しく撫で始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……頑張ってんじゃねーか」

 

「!」

 

総介から出た言葉に、菊の肩がビクッと反応した。

 

「強がるってのもそいつの一つの強さだ。それをこんな年から、自然と身につけてるたぁ、すげぇよお前は」

 

優しく頭を撫でたまま、総介は彼女に話を続けた。

 

「でもな……物事には何にでも限界ってのがあんだ。そんな小せえ体に、嫌なモン溜めたままでいたら、すぐにパンパンになっちまって、しまいには爆発して何にもなくなっちまうぞ。

 

 

 

 

それは大人でも子どもでも、どっかで吐き出さなきゃなんねーんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

小娘、お前もいつかは、いつまでも親父に頼ってないで、一人で生きてかなきゃいけねー。でも今のお前の年じゃ、そりゃさすがに難しいってのは分かるな?」

 

「………」

 

「「!!」」

 

総介が菊にそう尋ねた時に、今度はそばにいた一花と三玖がビクッと反応した。菊はそんな2人を気にすることもなく、無言で総介の問いにうなずく。

 

「なら、今は親父や、周りに思いっきり甘えてやれ。嫌なもん吐き出してやれ。親ってのはガキ作った瞬間から、仕事に子育てと、いつも大変なもんだ。んなこといちいちガキのテメーが気にしてたら、いつまで経ってもガス抜きできやしねー。

 

 

 

 

それが出来んのは、ガキだけに許された特権だ。

なぁに、誰もうっとうしいなんて思やぁしねーよ。

 

 

今はまだ、自分(テメー)の思うままに生きりゃいい。そん中で大人ぶんのも、母親をどう思うかも、お前の自由だ。

 

 

 

もし今が辛ぇなら、もしお前が遠い未来に、大人んなって結婚してママになったときゃ、そのガキに同じ思いをさせないようにしてやれ。

 

 

 

それだけだ。今は何も背負いこもうとせず、嬉しかったら笑って、辛かったら泣いて、思いっきりガキライフを楽しみやがれコノヤロー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………う、うぅぅ……」

 

総介が言い終えると、菊は今まで溜めていたものを、涙として吐き出し始める、そのまま、彼の足元まで行き、しがみついて、顔を埋めた。

彼女が泣き止むまで、総介は菊の頭を優しく撫で続けた。

その様子を見ていた三玖も、彼が言った言葉に、胸を熱くさせる。

 

 

(同じだ……ソースケに初めて出会ったときも、試験のときも、私が悩んでいたときも……いつもソースケは、こうやって、全部包み込んで、優しく受け入れてくれた……)

 

 

 

『別にいいじゃねーか。人と変わったもの好きになったってよ』

 

 

『今の自分を信じられるのは友達でも妹さんでもねー……自分自身だろうが』

 

 

『頑張ったのは、三玖自身だよ。三玖が頑張ろうと思わなかったら、赤点回避は出来なかった…………ありがとう』

 

 

『余計なお世話ってのは、野暮な男の特権だからね。これぐらいはさせてくれなきゃ、君の恋人として顔が立たないよ』

 

『一人で抱えることも、すごく苦しいのは分かるし、それを誰かに相談することが、とても勇気がいるのは、俺も知ってる。

ずっと苦しかったかもしれないけど、もう一人で悩まなくていいよ。

三玖の苦しみも、悩みも、不安も、怖さも、全部俺にぶつければいいし、恋人なんだから、遠慮なんてしなくていいよ。

俺でよかったら、全部受け止めるから。

三玖が苦しかった分を俺にぶつけて欲しい。

だから、もう大丈夫だよ、三玖』

 

 

 

 

 

 

 

 

(だから、私は、ソースケのことが……)

 

三玖はそのまま、総介のところまで歩いて行き、菊をあやす彼の右側から、ギュッと抱きついた。

 

「!……三玖……」

 

「……フータローを笑ったのはいけない……」

 

「……あい。すんませんでした」

 

「でも……フゴフゴ…」

 

「え、なんて?」

 

「ふふっ……何でもない……」

 

三玖は最後に、総介の右腕に顔を埋めてから、何かを言った。曇って聞き取れなかったが、彼女が機嫌良く笑っているので、悪い事では無いのだろう。菊もやがて、泣き止んだのか、総介にしがみついていた腕を離して、三玖がハンカチで涙を拭いてあげた。

一方、残された風太郎と一花は……

 

「ああいうところだよ、フータロー君」

 

「……何がだ?浅倉が俺のいいところを全部持っていったところか?」

 

「……はぁ、君はまず女心と子どもの扱い方を覚えなきゃいけないね」

 

一花が風太郎に呆れてため息をついていると、リビングのドアから足音が聞こえてきて、中に残りの姉妹たちが入ってきた。

 

「ただいまー……ってあれ!?可愛い女の子だ!」

 

「あんたらまで、なんでうちにいるのよ」

 

「何してたんですか?」

 

真っ先に入ってきた四葉が、菊に反応する。その後に、二乃と五月が入ってきて、二乃が何故かいる男2人にしかめっ面で反応し、五月が何をしてたのか聞いて、それに風太郎が返答した。

 

「ままごとだ。俺が父親だったんだが、今浅倉に全部持ってかれたところだ」

 

「本当に何してたんですか……」

 

風太郎の説明が、完全にぶっ飛んでしまっていることに動揺を隠せない五月。と、それも気にせずに、四葉が菊に話しかける。

 

「いいなー。私も混ぜてください!誰の役余ってますか?」

 

そう言って、ままごとに参加しようととする四葉を、菊はじーっと見つめ、そして……

 

「うちの犬!」

 

「ワンちゃん!?わんわん!」

 

まさかの犬指名だった。四葉を見てそうイメージしたのだろうか?しかし、指名された当人も、驚きながら鳴き真似をするあたり、自身が犬っぽいことを自覚しているという証拠では……というか、適任だと思う。

続いて、菊は参加するとも言っていない二乃と五月を見て……

 

「そこの二人はおばあちゃん!」

 

「………」

 

「あらー私たちも入れてくれるの?」

 

「おばあちゃんw」

 

「黙ってなさい浅倉インキャ総介!」

 

「浅倉インザスカイみてーに言ってんじゃねーよ」

 

まさかまさかのおばあちゃん指名。五月は口を開けて呆然とし、二乃は目が笑っていない笑顔で菊へと近づき、頬をむにーっと引っ張る。

 

「で?なんの役だって?」

 

「お、おば……」

 

「聞こえなーい」

 

「やめてやれよ中野インザババア」

 

「何よその名前!?私の原型どこにも無いじゃないの!」

 

と、いつもの低レベルな口喧嘩のやりとりをする総介と二乃。その様子を、一花と三玖はソファのところにいながら眺めている。

 

「……にぎやかだね」

 

「うん、楽しい……」

 

風太郎が家庭教師としてやってきて、総介がその助っ人として連れてこられてきて……やがて、総介は三玖と恋人同士になって……

今の学校に転校してから、五つ子の周りはだいぶ変わった。それでも、一花と三玖は前まで5人でいた時よりも、2人を入れた『7人』でこうして過ごすことの方が、よっぽど楽しいと思えてきていた。

 

「いいの、フータローのこと?」

 

「……うん、私は私のペースで進むことにするから」

 

「……そうだね」

 

三玖は、一花のことを応援しているが、どう進むかは一花の自由なので、このまま行く末を見守ることにした。無理に近づくよりも、徐々に距離を縮めた方がいい時もある。自分と総介はその限りでは無かったが、人のペースはそれぞれに違うのだ。それは五つ子でもそうだ。ゆっくりと、見守っていけばいい……

そんな思いを巡らせていた三玖。

 

 

そして一花は………

 

 

 

 

(……いつまでも父親に頼ってないで、か……)

 

総介の言ったことが、頭の中で妙に引っかかっていた。

今、この場にいることも、こうして高校に通えているのも、義父が全て用意してくれたからなのだ。今思えば、自分たちはただ、与えられてきて、甘えるだけだった。まだ、彼に何も返せていない……

 

(………もう少しだけ……まだ、いいよね……)

 

一花は、その考えは一旦閉まっておくことにした。今はただ……

 

 

 

 

 

 

「……このままみんなで楽しくいられたらいいね」

 

 

新しく加わった2人と一緒に過ごす日常が、少しでも長く続くことを願うばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、五つ子と風太郎、そして総介の7人は、期末試験の1週間前を迎えることとなる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケェ……ままごとェ

 

「よろしくなお袋」

 

「あんたの母親なんていやー!!」

 

「オイオイ、ババアなめんじゃねーぞ。これからの時代、ジジイよりババアだ。スゲーぞ、ババアは。

『苦しい時、そんな時、頼りになるババア』

略して………」

 

「『クソババア』じゃねーかコノヤロー!!!」

 

「浅倉さん、それ言いたかっただけですよね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回、しれっと総介の家族構成が出てきました。
ここで一つ、決定事項がございます。総介の父親は今後一切出てきませんのであしからず。メタ的に理由を言えば、最初は出す予定でしたが、色々と面倒になったのでいないことにしました(テヘペロ)。
今回もこんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47.コンビニでコピー機使うときに後ろ並ばれたらもうプレッシャーかかりまくり

投稿を始めてから1年経ちます。自分の中で1年でアニメ1期分は最低でも書くと決めていたので、なんとかノルマは達成できた気がします。
ところで、5月5日といえば……そうですね!













伊井野ミコちゃんの誕生日です!Happy birthday!!
まさかアニメ初登場の3日後に誕生日とは、なかなか味なことしてくれますなアニメスタッフの皆様!





………え?五つ子?
あーそーでしたね。おめでとおめでと。


「………遅いですね」

 

中野五月は自宅の玄関前で、正座をしながら風太郎と総介を待っていた。

本日は土曜日、即ち風太郎の家庭教師の日なのだが、時間が来ても一向に2人が来る気配が無い。

 

「家庭教師の土曜日……せっかくみんな集まってるというのに、何をして……」

 

業を煮やした五月が、玄関を出て下まで迎えに行こうとして、ドアを開けた直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何してるんですかーーー!?」

 

ふと外に出てみると、その途中の廊下で、うつ伏せに倒れていた風太郎がいた。

そして、そんな彼の前で、お線香を焚いて合掌をする総介の姿もあった。

 

「おっす肉まん娘。今日も肉まん食ってるか?」、

 

「いえ、残念ながら、今日はまだ……って、そうじゃなくて!浅倉君、何やってるんですか!?」

 

「いやなに、マンション着いてエレベーター上がったら、上杉が死んでるもんでな。化けて出てこられたら迷惑なんで、供養してたまでよ」

 

「う、上杉君が死んだ!?そ、そんなことは……」

 

総介が言った言葉をにわかには信じられない五月が、風太郎の顔を覗く。

 

「上杉君…………!!!、

 

 

 

 

 

死………

 

 

 

 

 

 

死んだように寝てる」

 

五月がうつ伏せになった風太郎をゴロンと仰向けにすると、そこには、ハイライトの無い目を見開きながら、鼻ちょうちんを出して『すぴー』っと寝る風太郎の姿があった。

 

「きれいな顔してるだろ

 

 

 

ウソみたいだろ

 

 

 

死んでるんだぜ、それで……」

 

なんかどっかで聞いたことあるセリフを言いながら、総介は再び合掌するのだった。その直後、風太郎ががばっと起き上がり叫んだ。

 

 

 

「いや、俺死んでねーから!」

 

 

 

 

………………………………

 

 

「……またやってしまった」

 

そんなこんなでようやく、3人は玄関を通ってリビングへと向かう。

 

「勉強に集中しすぎて気づいたら朝だった……しかし朝勉は効果的と聞くし一概に悪いとも言えないのかも……」

 

「朝まで勉強することを朝勉とは言いません」

 

「俺も昨日からポルノサイト見てて、気づいたら朝んなっちまってよ、こういう時ってずっとおっ立ってても朝立ちっつっていいのか?」

 

「よく分かりませんが、とりあえず死んでください」

 

おもっきしアウトなセリフを言う総介を、一切振り向きもせずに五月は冷たくあしらう。

 

「あなた達があまりにも遅いので、みんなで先に始めてますよ」

 

「お、おう……!」

 

すると、風太郎が何かを思い出したのか、背負っていたリュックを開けて、中からあるものを取り出す。

 

「試験まであと一週間だ。そこで……これを用意した」

 

彼が取り出したのは、100枚近くにも及ぶ紙の束だった。一番上には、問題がびっしりと書いてある。それを見た五月の顔から、血の気が引いていく。

 

「今回の範囲を全てカバーした想定問題集だ。人数分用意したので課題が終わり次第始めてもらう。これを一通りこなせば勝機はあるはずだ」

 

そんな風太郎の説明など、五月は聞いていないかのように、目を虚にさせて、冷や汗を流す。そして……

 

「や、やっぱ今日の約束はなしで!お引き取りください!」

 

「逃げんな!お前がこれをお引き取るんだよ!」

 

勉強嫌いの本能からか、逃げようとする五月をすんでのところで止めて、問題集を渡す。

 

「……こんなに………!」

 

渡された紙の束を見る五月がら何かに気がつく。

 

「……呆れました」

 

それに気がついた五月がはぁ、とため息をつく。何事かと思った総介が、五月の持った紙束を覗くと、彼もすぐにそれに気がついた。

 

「お前これ……

 

 

 

 

 

 

全部手書きじゃねーか」

 

そう、風太郎が持ってきた問題集、それら全ては風太郎の手書き。ハンドメイド、メイドインウエスギだったのだ。

 

「まさか、これが原因で徹夜したんですか?」

 

「そ、そんなことどうでもいいだろ」

 

いや、この男、確実にこれのせいで徹夜したのは間違いない。

 

 

「お前たちだけやらせてもフェアじゃない

 

 

 

俺がお手本になんなきゃな」

 

 

「……お手本……って……」

 

「言ってくれりゃノーパソ貸して出来たやつコピーしてやったのによ」

 

「何!?浅倉、お前ん家そんなハイテクなもんあるのか!?」

 

「馬鹿にしてんのか?殺すぞ」

 

どうやら風太郎は、パソコンがある家はハイテクやセレブになるらしい。基準おかしいだろ………

 

「と、とにかく、早く誰か逃げ出さないうちに行こうぜ」

 

「は、はい、そうですね………

 

 

また二乃を引き留めるのは骨が折れそうですから」

 

「もう逃げようとしてたんだ!?」

 

「あのアマ……」

 

既に二乃が逃亡未遂を謀ったことを知り、2人は呆れ果てる。しかし、今日の風太郎は違った。

 

「あいつ……一言灸をすえてやらねばならんな!」

 

厳しい目をして、リビングへと向かう風太郎。五月はその様子を心配そうに見て言う。

 

「あの……揉め事は勘弁してくださいね。時間は限られているんです。

 

 

みんなで仲良く協力し合いましょう」

 

そう話し合う2人の後ろを、総介が死んだ魚の目で見ながら歩いてついて行き、やがてリビングへと到着した。

 

 

 

到着したのだが……何やら騒がしい。

 

 

「………みんなで仲良く……ねぇ」

 

「………」

 

 

 

 

 

風太郎と総介、2人が見つめる先には………

 

 

 

 

「三玖、その手をどけなさい!」

 

「二乃こそ諦めて」

 

「はぁ?あんたが諦めなさい!」

 

一つのリモコンを取り合う二乃と三玖の姿があった。

 

 

 

「………はぁ」

 

早速トラブルかよ、と、風太郎が2人は近づいて行く。

 

「お二人さん、何やってんの?」

 

なるべく優しく、特に二乃を刺激しないように話しかける。

が、2人のいい争いは止まらない。

 

「リモコンを渡しなさい!今やってるバラエティにお気にの俳優が出てるんだから!」

 

二乃はイケメン俳優見たさにバラエティ番組を、

 

「ダメ、この時間はドキュメンタリー。今日の特集は見逃せない」

 

三玖は好きな戦国時代のドキュメンタリー番組を見たいようだ。その二つが同じ時間にバッティングしてしまい、チャンネル争いに発展したのだろう。

 

「フータローはどっちの……」

 

「勉強中は消しまーす」

 

三玖が仲裁に入った風太郎に聞くが、彼はそのままテレビの電源をシャットアウト!

 

「チャンネル争いかよ、くだらねぇ」

 

「まったくだ、肉まん娘からもう勉強始めてるって聞いてたのにね〜」

 

総介が一歩ずつ、三玖へと近づいていく。

 

「そ、ソースケ、これは……」

 

「もうすぐ試験だってのに、自分は安泰だって油断しゃってんですか〜、三玖さんや〜?」

 

総介は、三玖のほっぺたを両手の人差し指でプニっと押しながら、彼女の頬をグリグリと回し始める。

 

「ご、ごめんなひゃい、れも二乃が」

 

「ムキになっちゃう君も悪いでしょ〜。反省してくださ〜い」

 

「は、はい、はんへいひてまふ」

 

(かわいい)

 

頬を指でグリグリされるお仕置きを受ける三玖(かわいい)。その様子を、三玖に背中を向けてた二乃が、歯軋りをさせながら2人を睨みつける。

 

「……前から思ってたが、あの2人仲が悪いのか?」

 

「んーどうだろう。犬猿の仲って奴?」

 

2人を見てた風太郎が、一花に二乃と三玖について尋ねる。

 

「特に二乃、あんな風に見えてあの子が一番繊細だから、衝突も多いんだよね」

 

勝気で社交的、女子力高めの二乃と、もの静かで人付き合いがあまり得意ではなく、マニアックな趣味を持つ三玖、2人が五つ子の中でかなり反対な部類なせいもあってか、普段からそれほど仲は良くないそう。加えて………

 

「それに最近は、二乃が三玖に突っかかることが多くてねぇ。それでムキになった三玖が言い返して口喧嘩になっちゃうことも多いんだ」

 

「……心当たりがあるんだが」

 

「だよね〜。多分、浅倉君が原因だよね……?」

 

総介が三玖の恋人だということが、大きな、いや一番の原因だろう。三玖と二乃では、彼に対する見方が180度違うのだ。しかし、風太郎はそれについて今更物申す気は無い。勉強のために別れろって言えば、三玖は間違いなくショックで成績は落ちるし、何より総介に何をされるかわかったもんじゃ無いからだ。風太郎だって命は惜しい。

 

「はーい、みんな再開するよ!」

 

総介がようやく三玖へのイチャイチャ……じゃなくてお仕置きをやめたところで、一花の号令で、とりあえずその場は収まった。

 

「それじゃフータロー君、浅倉君

 

 

 

 

これから一週間、私たちのことをお願いします」

 

 

 

 

「ああ、リベンジマッチだ」

 

 

「赤点とった奴ァ1教科ごとに指の爪剥がしてもらいま〜す」

 

「サイコパス!?」

 

総介の案はさすがに倫理的にアレなので却下された。

 

「…………」

 

そんな中、二乃だけが複雑な表情をしていた。

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

勉強は滞りなく進んでいた。2人が5人を見て回り、分からない箇所を教えて行くのは変わらないが、何より三玖が5人の中で一番成績が向上したため、四葉や五月に教えれるようになったのは何より大きい。

このまま行けば、5人の赤点回避は見えてくるかもしれない。

 

 

 

そう、このままいけば…………

 

 

「あ、それ私の消しゴム!返しなさい!」

 

「借りただけ」

 

 

 

「あ、それ私のジュース」

 

「借りるだけよ………ってマズっ!」

 

三玖の抹茶ソーダを盛大に吹き出す二乃を見た風太郎は、ガクッと肩を落とす。

この2人、勉強の時間になってもこうした小競り合いを続けているのだ。

 

(もしこの2人が仲違いでもしてみろ、目標達成が一気に遠のいてしまう………どうしたものが)

 

 

「……アイデア募集中」

 

「はい!こんな作戦はどうですか?」

 

風太郎が呟いた一言に、この話一回もセリフが無かった四葉が手を上げた。

 

そして、彼女が考えたのがこれだ!

 

 

『みんな仲良し作戦 by四葉』

 

「きっと2人は慣れない勉強でカリカリしているんです。上杉さんがいい気分に乗せてあげたら喧嘩も収まるはずですよ」

 

「小3の学級目標かよ」

 

まぁ総介のツッコミはともあれ、風太郎は早速それを実行することにした。

彼は勉強中の2人に向かって……

 

 

 

 

 

 

「はっはっは、いやーいいねぇ!」

 

「「!?」」

 

「素晴らしい!二人ともいい感じだね。なんというか凄くいい。

 

 

しっかりしてて健康的で……

 

 

いいね……うーん……

 

 

 

 

偉い!!!」

 

(褒めるの下手くそーーー!!)

 

(グラビアのカメラマンかよ……)

 

総介と四葉の2人が風太郎を怪訝な表情で見ていると、

 

「どうしたのフータロー?」

 

「気持ち悪いわね」

 

その二乃の一言に、三玖がムッとした表情で言い返し始める。

 

「……気持ち悪くはないから」

 

「本当のことを言っただけよ」

 

「それは言い過ぎ、取り消して」

 

「あれー?ってことはあんたも少しは思ってたんじゃない?」

 

結局、二人はまた言い争いを始めてしまった。

 

「……失敗、次」

 

「じゃあ、こんなのはどーかな」

 

再び肩を落とした風太郎に、今度は一花が案を出した。その名も……

 

 

 

『第3の勢力作戦 by一花』

 

「あえて厳しく当たることでヘイトがフータロー君へ向くはず。

共通の敵が現れたら二人の結束力が強まるはずだよ」

 

「それどこの八幡?」

 

総介のツッコミはともあれ、この作戦に風太郎は難色を示す。

 

「?どうしたの?」

 

「うーん、一応それなりに頑張ってるあいつらに強く言うのは心が痛む」

 

「あなたにも人の心があったのですね」

 

「陰で自分より成績下の奴らをボロクソ言ってそうな顔なのにな」

 

五月と総介の言葉は無視して、風太郎はとりあえず実行してみることにした。

 

「とりあえず、やるだけやってみるか」

 

そう言って、再び二乃と三玖の前まで行き………

 

 

 

 

 

 

「おいおい!まだそれだけしか課題終わってねーのかよ!」

 

「「!」」

 

「と言っても半人前のお前らは課題を終わらせるだけじゃ足りないけどな!

 

 

あ、違った!半人前じゃなくて五分の一人前か!

 

 

 

ハハハハハハハハ!!!」

 

(なんだか生き生きしてない!?)

 

(なーにが心が痛むだ。心踊ってんじゃねーか)

 

ノリノリで吠える風太郎を、一花と総介が怪訝な表情で見つめる。すると、二乃が立ち上がり、ドヤ顔でノートを見せた。

 

「言われずとももう終わるところよ!ほら!」

 

「………ん?そこ、テスト範囲じゃないぞ」

 

「あれぇ!?」

 

彼女のノートを見た風太郎が、まったく違うところをやっていたことに気づく。

 

「やば……」

 

「二乃……やるなら真面目にやって」

 

 

「………っ」

 

三玖の一言が刺さったのか、言い返せないのか、二乃はそのまま階段へと向かい、部屋へ戻ろうとする。

 

「こんな退屈なこと真面目にやってられないわ!部屋でやるからほっといて!」

 

「お、おい!

 

 

 

 

くっ、ワンセット無駄になっちまった」

 

「!」

 

風太郎が先ほど見せた例の紙束をテーブルに置く。それを見た三玖が、さすがに肩をビクッとさせるが、それに構わず五月が口を開いた。

 

「弱気にならないでください。

 

 

 

お手本になるんでしょう?

 

 

 

頼りにしてますから」

 

「………」

 

五月の一言を聞き、再び奮起した風太郎は再度二乃を引き留めようと声をかける。

 

「待てよ二乃、まだ始まったばかりだ、もう少し残れよ」

 

風太郎が声をかけたことにより、二乃は階段の途中で足を止める。

 

「あいつらと喧嘩するのは本意じゃないだろ

 

 

 

ただでさえお前は出遅れてるんだ

 

 

 

 

四人にしっかり追いつこうぜ」

 

 

 

「………」

 

風太郎がそう言い切ると、二乃は振り返りながらかれを睨みつけ、

 

「……うるさいわね。何も知らないくせに……

 

 

とやかく言われる筋合いはないわ!

 

 

 

あんたなんかただの雇われ家庭教師

 

 

 

 

部外者よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その部外者が勉強しろっつってんだ」

 

ここで、今まで黙っていた総介が口を開いた。

 

「テメーの好き嫌いなんざどうでもいいんだよ。上杉の仕事は5人全員の成績を上げて卒業に導くこと。

 

 

 

テメーの面倒見んのも勘定に入ってんだよ。

 

 

 

コイツはそれをまっとうしようとしてるだけだ。

 

 

 

テメーらの親父さんと上杉との契約に、テメーが口出しする筋合いこそねーんだよ。

 

 

 

それが嫌なら、自分の成績上げて家庭教師が必要ねーことを証明しやがれ……

 

 

 

って言いてぇが、中間試験でテメーの成績は見たから、この場ではテメーは逃げる権利すらねーんだ。

 

 

 

大人しく戻れコノヤロー」

 

 

気怠そうに言いながらも、いつもと違う冷たい目で、二乃を睨みつける総介。いつもなら、このまま黙り込むはずだが、今の二乃は黙ってはいなかった。

 

「なによ!三玖とイチャついてばっかで、全然私たちに教えようとしてないじゃないの!コイツとパパとの契約だからって、アンタこそ私情挟みまくってるじゃない!三玖の彼氏だからって贔屓してるじゃない!」

 

「それはこの子が一番勉強を教わろうとする姿勢があったからだ。理由はどうあれ、俺が来てからは三玖が一番勉強に積極的だったし、それに長女さんと四葉もついてきた。テメーは上杉をクビにできるって理由と、肉まん娘は上杉とくだらん喧嘩をしたせいで見れなかったが、俺は勉強に限って言えば三玖を贔屓した覚えはねー。なんなら、そこの二人にも聞いてみるか?」

 

「……く、うぅ……」

 

総介が言ったように、前回の中間試験では、思惑のあった二乃と、風太郎と仲違いした五月は別として、残った一花と三玖、四葉の三人には、平等に勉強を教えていた。その中で、三玖が赤点を回避できたのは、完全にモチベーションの問題であり、上手くいけば一花と四葉にもチャンスはあったのだ。現に。二人とも赤点回避まであと一歩のところまで迫った。それは二人に聞くまでもないことだと言うことを知り、二乃は押し黙ってしまう。

その場でしか言えないような出まかせの屁理屈は、経験や証明に基づいた論理によって簡単に崩せるのと同じなのである。

 

「……二乃」

 

二乃がどもっていると、三玖が近くまで来て、例の紙束の一部を彼女へと差し出す。

 

「これ、フータローが私たちのために作ってくれた

 

 

 

受け取って」

 

 

 

 

 

「………問題集作ったくらいでなんだっていうのよ

 

 

 

 

そんなの……

 

 

 

 

 

いらないわ!!」

 

 

二乃は総介に言い負かされたことと、それの原因となった三玖が差し出してきたことに頭がきたのか、彼女の手を思いっきり払ってしまった。風太郎が作った紙束が、バサっと階段に散らばる。

 

「!あっ……」

 

さすがにやってしまった自覚はあったのか、手を払った本人も驚きの声をあげる。しかし、二人の間に流れる不穏な空気を、止めることはできない。

 

 

「ね、ねぇ、二人とも落ち着こ?」

 

「そうだ、お前ら……」

 

一花と風太郎が宥めようとするも、それは結局届くことはなく……

 

 

「二乃

 

 

 

拾って」

 

三玖が、明らかに怒ったような低い声で二乃に言う。二乃は、三玖より高い位置にいながらも、彼女の見下したような目に、怒りを滲ませた。そして……

 

 

「……こんな紙切れに騙されてんじゃないわよ

 

 

今日だって遅刻したじゃない。こんなもの渡して………

 

 

 

いい加減なのよ!それで教えてるつもりなら大間違いだわ!」

 

彼女は落ちた紙の一部を拾いあげ、そのまま紙を引き裂いた。

 

「!」

 

「!…………二乃!」

 

(マズイ!)

 

その瞬間、三玖の怒りも頂点に達そうとし、風太郎が慌てて止めようとするが、次の瞬間、別の『ナニカ』がリビング全体を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「!!!!」」」」」

 

『ただ一人』を除いた『5人』が、一瞬その『ナニカ』に体を動かせなくなってしまう。

 

そして、その『ナニカ』の一番近くにいた人物……一花が、顔を横にすると……

 

 

 

 

 

 

 

 

(……あ、さくら……くん……)

 

 

そこには、普段は絶対に見せない、『鬼童(おにわらし)』としての殺気を出した総介がいた。

 

(だれ……このひと……)

 

いつも見る彼とは違う、同じ人物が出してるとは思えないほど、静かに、暗く、冷たく、深く、怖い、黒い『ナニカ』を発している総介を見て、一花は心の底から本能で感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この人のそばにいたら三玖は……いや、自分たちは危険すぎる』と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし……

 

 

 

パチン!

 

 

一つの音が、その静寂を破った。その瞬間に、総介が発していた殺気も治まる。

 

 

「っ!!はぁ!はぁ……」

 

「い、一花!どうしたの?」

 

と同時に、一番それを近くで浴びていた一花が、その場に膝をつき、四葉がそれを心配して、一緒に座り込む。長い間その殺気に晒されていた感覚があったが、実際彼女が総介の殺気を感じたのは、ほんの一瞬でしかなかった。

 

一方、音がした場所では………

 

 

 

 

 

「二乃………

 

 

 

 

 

 

 

謝ってください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唯一、二乃のした愚行に対して、一番の怒りを見せた五月が、彼女の頬を引っ叩き、風太郎に謝るよう命令していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、とある喫茶店

 

 

 

「よぉ、遅かったじゃねぇか」

 

 

 

「ごめんね〜、仕事が少し押しちゃって……」

 

 

 

 

「まぁいいさ。

 

 

 

 

それで、昨日のことなんだが

 

 

 

 

 

アンタの方から聞こうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長女さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり。本当にありがとうございました!2年目も『嫁魂』をよろしくお願いします!!

次回は一花と総介の話から始まります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48.秘密は財産

久々にこんな短い感覚で投稿します。やればできるじゃん……でも頭使い過ぎて痛い……


それは、日も暮れた頃のとある喫茶店でのことだった。

 

「よぉ、遅かったじゃねぇか」

 

「ごめんね〜。仕事が少し押しちゃって……」

 

「まぁいいさ。

 

それで、昨日のことなんだが、

 

アンタの方から聞こうか

 

 

長女さん」

 

 

その日は、期末試験6日前の日曜日、すなわち、風太郎と総介が家庭教師とその助っ人として、中野家を訪れ、二乃と三玖の諍いがもととなり、五月が二乃をぶった日から、一日過ぎていた。

つまりは日曜日。総介は一花と連絡をとり、彼女の仕事が終わり次第、今いる喫茶店で会う約束をしていた。彼女が到着し、テーブル席の一角に座る総介を見つけ、そこへ行き、向かいに腰を落ち着かせる。

 

「うん、じゃあ、昨日のあの後のことなんだけど……」

 

 

一花が総介へと本日の状況を説明するまでの間、昨日、五月が二乃の頬を引っ叩いた後のことを説明しよう。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

1日前……

 

 

 

 

パチン!

 

「五月……」

 

二乃は五月からビンタをもらった直後に、彼女の頬へとそのままお返しとばかりに引っ叩く。再び乾いた破裂音のような音が、リビングに響き渡る。

皆、唖然としていた。他の姉妹たち、風太郎、そして数秒前まで、『鬼童』としての殺気を出していた総介でさえ、五月の行動に少し驚いたのだ。

 

(………いっけね)

 

そのおかげで、総介は殺気を鎮めることが出来た。五月がいなければ、総介はそのまま二乃の懐まで一瞬で移動して、死なない程度に片手で首を絞めているところだった。それほどまでに彼女は、総介の逆鱗に触れるほどの身勝手な振る舞いを見せていたのだ。これまでの言動もそうだが、何より、風太郎が姉妹たちのために作った問題集をその場で引き裂いたのは、作った本人に対する最大の侮辱だ。それが引き金となり、二乃はとうとう総介の踏み込んではいけないところまで踏み込んでしまいそうになった。

 

 

しかし、それは五月の行動によって、なんとか回避できた。本来なら二乃は、総介の怒りを止めた五月に感謝すべきである。しかし、命拾いしたことを知らない本人は、そのまま五月へとビンタを返した。

それを見た総介は、一旦目を瞑って怒りを鎮めて冷静になり、再び二乃と五月に目を向ける。

 

「急に何を……」

 

「この問題集は上杉君が私たちのためにつくってくれたものです。決して粗末に扱っていいものではありません………

 

 

 

彼に、謝罪を」

 

五月は、引っ叩かれた顔を二乃へと戻し、彼女を睨みながら、風太郎に謝るように促す。

その表情を見た二乃が、少したじろぎながらも言い返す。

 

「あんた……いつの間にこいつの味方になったのよ……

 

 

まんまとこいつの口車に乗せられたってわけね……そんな紙切れに熱くなっちゃって……」

 

二乃から見れば、今まで自分と一緒に風太郎と総介を拒絶していた五月が、いつの間にか、少なくともこの場では彼らの(主に風太郎の)味方となっていることに、信じられないような表情をする。何せ、彼女が風太郎サイドに回ってしまえば、彼らを拒絶しているのは二乃ただ一人になってしまうからだ。

 

「……ただの紙切れじゃない……よく見て」

 

「は?」

 

すると、今度は三玖が、二乃を睨みながら言う。

 

「待て、二乃の言う通りだ。俺が甘かった」

 

「あなたは黙っててください」

 

その場を丸く収めたいのか、風太郎が彼女たちの会話に口を挟むが、五月につっぱねられる。そして彼女は、そのまま散らばった紙を1枚拾って、二乃へと見せた。

 

「彼はプリンターもコピー機も持っていません……本当に呆れました。

 

 

 

 

全部手書きなんです」

 

前回も書いたが、風太郎が持ってきた問題集は全て、彼の手書きのものなのだ。

その事実を突きつけられた二乃は、バツが悪そうな顔になりながらも、そのまま返す。

 

「!……だから何よ……」

 

「私たちも真剣に取り組むべきです!

 

 

上杉君に負けないように!」

 

 

 

 

 

「……私だって……」

 

 

 

五月の言った言葉の後、二乃は目だけを動かして、周りを見る。一花と四葉。

 

 

「二乃……」

 

「………」

 

そして三玖

 

「いい加減受け入れて」

 

 

 

 

もうこの時点で、二乃の味方は誰もいなくなっていた。

 

 

 

 

「………わかったわ……あんたたちは私よりこいつらを選ぶってわけね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いいわ

 

 

 

こんな家出て行ってやる」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

(ガキか、何才だよテメー?)

 

二乃の出て行くと言う発言に、姉妹と風太郎は驚きを見せるが、総介は冷淡に心の中で彼女に悪態をついた。総介から今の彼女は、うまくいかない物事に癇癪を起こしている子どもにしか見えないのだ。こう言った場面は生きている中で他にも存在することは承知しているが、理由が理由なため、とても高校生のものとは思えない。しかし、火に油を注ぐのもアレなため、彼は心の中で思うだけにして、その場の行く末を見守る。

 

「二乃、冷静になれ」

 

「そうです!そんなの誰も納得しません」

 

「前から考えてたことよ。この家は私を腐らせる」

 

「にっ、二乃……こんなのお母さんが悲しみます。やめましょう!」

 

五月がリビングを出て行こうとする二乃を引き止めようとするが、彼女の言ったある言葉が、二乃をさらに苛つかせる原因となった。そのまま二乃は、五月に振り向いて……

 

 

 

 

 

 

「未練がましく母親の代わりを演じるのやめなさいよ」

 

 

 

「!」

 

 

「………」

 

それを聞いた瞬間、五月は何も言い返せずに固まってしまう。そして、二乃が言ったことに、総介が一瞬反応を見せた。

 

「二乃、早まらないで」

 

「そうそう、話し合おうよ」

 

その間に、今度は一花と四葉が二乃を宥めようとするが、彼女は全く聞く耳持たないままで、

 

「話し合いですって?先に手を出してきたのはあっちよ

 

 

 

 

あんなドメスティックバイオレンス肉まんおばけとは一緒にいられないわ!!!」

 

 

「!!……ド…ドメ……肉……」

 

二乃の五月に向けた一言に、言われた本人は眉をヒクヒクとさせながら、顔全体に血が昇るほど赤くなっていき、そして……

 

 

「そんなにお邪魔なようなら、私が出ていきます!」

 

「あっそ!勝手にすればー?」

 

「もー、なんでそうなるのよー!!」

 

案の定、頭がプチンとキレてしまった五月が、今度は自分が出て行くと言い出した。あとは売り言葉に買い言葉の応酬である。

 

「ど、どうすれば……」

 

そんな惨状を、風太郎は端から嘆き見ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「………はぁ、アホか……」

 

言い争いの最中に、総介がついたため息と悪態も、聞こえることはなく、そうして土曜日は過ぎて行った。

 

 

 

え、勉強?あんな状況でできるわけないでしょ。まぁ残った3人には個別にやるようには言ってあるけど……

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

さて、時間と場所は総介と一花のいる喫茶店へと戻る。

 

 

 

「あの後、一度は収まったんだけど、2人が帰った後、また喧嘩しちゃってね、それで、二人とも家を出て行っちゃったんだ」

 

「ああ三玖から聞いた。肉まん娘も出て行ったらしいな」

 

「うん……それで、私と三玖と四葉で説得はしたんだけど、二人とも意地張っちゃって、先に帰ったら負けみたいに考えちゃってるみたい」

 

「ったく、クソガキどもが……」

 

くだらない意地の張り合いに、総介は嫌気が差して二人に愚痴を零し、グラスのコーラに挿してあるストローを吸って飲む。すると今度は、一花が総介に尋ねる。

 

「それで、浅倉君の方は?何かわかった?」

 

「……ああ、三玖からさっき連絡が来てな。上杉と一緒に2人を探して、どうやらこっからそう遠くねぇホテルに泊まってるのを見つけたらしい」

 

「ふ、2人とも一緒にいるの?」

 

「いや、肉まん娘はまだ行方知れずだそうだ」

 

「……そう……」

 

一花はそのまま、顔を俯かせる。あんなことがあったからだろうか、誰よりも2人を心配しているのは長女の一花なのだろう。総介はそんな彼女をコーラを飲みながら見て、報告を続けた。

 

「んで、そのホテルにいる方の奴が言ってた言葉なんだが……」

 

それから総介は、風太郎と三玖が二乃と接触した際の一部始終を、三玖からの連絡で聞いた通りに話しはじめた。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

二乃に変装して彼女のもとに現れた三玖と風太郎だったが、すぐに追い返されそうになってしまう。そんな中、風太郎がなんとか二乃に食らいつき、話をしようと呼びかける。

 

「二乃、どうしたんだ……お前は誰よりあいつらが好きで

 

 

 

あの家が好きだったはずだ」

 

 

 

「……だから、知ったような口きかないでって言ったでしょ

 

 

 

 

よりにもよってあんたが

 

 

 

 

 

こうなったのは全部あんたのせいよ」

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

「あんたが来たから

 

 

 

 

 

アイツもやってきて

 

 

 

 

三玖があんなヤツのモノになって

 

 

 

 

 

一花も、四葉も

 

 

 

 

 

五月まで

 

 

 

 

 

 

あんたがあんなヤツ連れて来たせいで、全部むちゃくちゃよ!

 

 

 

 

 

 

 

あんたなんて来なければよかったのに!!」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

「あんたじゃなくて……海斗君が家庭教師だったらよかったのに」

 

 

 

「え?何?」(海斗君から聞き取れなかった)

 

 

「何でもないわよ!とっとと出てって!」

 

「ま、待て!話がまだ」

 

ガチャっ

 

「すみませーん、部屋の中にヤバい奴がいるんですけどー」

 

「「!!」」

 

「フータロー、一時撤退!」

 

「くっ……やむを得ん!」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

「だってよ!勝手に人のせいにしてんじゃねーよクソアマ!テメーの脳みそが悪りーから良くしようってやってきてんのによ、な〜に悲劇の女主人公気取ってんだコノヤロー!マジで呆れてちまうぜ、ったく……」

 

「あ、あはは、そうだね〜……」

 

盛大にため息をついて愚痴をこぼす総介に、一花は複雑そうな表情をしてしまう。おそらく、いや、大部分で二乃の近頃の不機嫌の原因は、総介と三玖のラブラブ具合だろう。この2人、隙あらばどこにいようとイチャイチャしまくるのだ。お互いにあーんをしたり、三玖が総介に膝枕をしたり、三玖から惚気話を聞かされたり……挙句この前、鉢合わせそうになってしまったが、総介と三玖が2人きりでいるときにキスをしているのを見てしまったことがある。もしあの時にエンカウントしていれば、確実に気まずくなっていただろう。そりゃ、三玖が結婚したいと思うほど愛している人物なのだから、当然と言えば当然であるが、いかんせんこちらの方も気を張ってしまうのだ。

と、ここで一花は気分を変えて、総介に別の質問をしてみる。

 

「で、でもよかったの?三玖をフータロー君と2人きりにして」

 

「あ?」

 

「もしかしたらフータロー君、三玖をry」

 

「あの数学の公式や元素記号に恋愛感情抱いてそうなガリ勉ヤローに預けたところで、三玖がなんかされると思ってんのかアンタは?」

 

「ぼ、ボロクソ……」

 

改めて、一花は総介が、三玖以外の人間に対して当たりがキツいのかを思い知らされる。味方であるはずの風太郎でさえ、この有様だ。きっと彼の中で二乃は何度殺されたり、痛めつけられているのだろう……

と、ここで一花は、もう一つ気になることが……それは、もう一人の出て行った末っ子のことだ。

 

「じ、じゃあ、五月ちゃんは!?五月ちゃんはどこに……」

 

「……それがな、あの肉まん娘、財布忘れて出て行ったらしい」

 

「そ、そんな!!」

 

これでは、五月は一文無し、着の身着のままである。

 

「まぁ、1日何も食わないぐれーじゃあのたれ死にゃあしねーだろうが……ん?」

 

すると、テーブルの上に置いてあった総介のスマホが振動した。電話の振動なので、画面を見る。

 

「……上杉からだ」

 

「ふ、フータロー君?」

 

「総介はそのまま通話ボタンをタップし、耳にスマホを当てた」

 

「どうした、上杉………あ?んだって………はぁ、わぁった、今長女さんといるから、伝えとく。んで、これからどうすんだ………ああ、それでかまわねぇよ……ああ、じゃあな」

 

通話を終え、終了ボタンをタップして、スマホを置く。

 

「ふ、フータロー君は何て言ってたの……?」

 

緊張の面持ちで聞いてきた一花に、総介はいつもの気怠そうな雰囲気のまま答えた。

 

「あー……肉まん娘が上杉ん家に来てたらしいとよ」

 

「ふ、フータロー君の家に!?」

 

「ああ、今夜はそこで泊めてくって……長女さん?」

 

「………」

 

(五月ちゃんずるい。私だって、フータロー君の家に行きたかったのに……)

 

「何『私もフータロー君の家行きたかった』みてーな顔してんだコラ」

 

「え!?そ、そんなこと思ってないよ〜」

 

おもいっきり思っていることを言い当てられた一花。しかも自分も行きたいとか、マジで勘弁してほしい。

 

「はぁ……何はともあれ、一応二人の居場所は判明したからな。肉まん娘の勉強は上杉が見るっつってたし、後はあの女か……」

 

「……ねぇ、浅倉君」

 

「あ?どした?」

 

「……あの時、どうして二乃を止めなかったの?」

 

「は?」

 

一花は総介に、昨日どうして二乃を止めなかったのか、そのことを聞いた。

 

「浅倉君なら……二乃はそうだけど、二乃と五月ちゃんの喧嘩も止めれたはずだと思うの。なのに、どうして君は動かなかったんだろうって思って……」

 

総介はしばらく黙った後、ゆっくりとため息を吐いて、話し始めた。

 

「……はぁ、あのなぁ、上杉の件ならともかく、アンタら家族の問題に口出しすんのはナンセンスだろうが」

 

「わ、私たち家族の、問題……」

 

「そうだ。肉まん娘がビンタした時点で、そこからは姉妹の喧嘩になっちまったんだ。俺なんかが口出しする筋合いなんざねーよ」

 

総介は、風太郎の家庭教師のことなら、自身と三玖とめぐりあわせてくれた義理を返すために無銭であっても協力はするつもりでいるが、姉妹同士の喧嘩の仲裁となっては、話しは別だと考えている。

 

 

 

彼が何故そこの部分を割り切っているかというと……

 

 

「俺自身、なんも知らねー他人に家族のことにズケズケ踏み込まれんのは嫌いでな。自分(テメー)がされて嫌なことを、他人にすんのは性に合わねーんでね」

 

「……その割に人のことをイジり倒すよね、浅倉君」

 

「時と場合によるだろうが、揚げ足とんじゃねーよ。俺だってアイツらが一番嫌がる部分に触れんのはしてねーつもりだ。例えば……

 

 

 

 

 

 

アンタらの母親のこととか」

 

総介がそう言った瞬間、一花の肩がビクッと震えた。

 

「……嫌だろ?何も知らねーやつに、自分の過去を好き勝手ほじくり返されんのは……誰だって同じだ」

 

「……うん……」

 

総介も一花も、共に家族のことで辛い過去を経験してきたからこその今があるのだ。わざわざそれを蒸し返すようなことなどはしないし、他の人のそれに干渉もしない。あくまでそれは本人のモノであり、誰にも侵されるものではない。

 

 

過去は、その者にとって、既に決まったものでしかないのだ………

 

 

と、ここで一花から、総介に質問が飛び出す。

 

「……ねぇ浅倉君、聞いていい?」

 

「………何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「浅倉君って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体何者なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

林間学校の初日に、一花が姉妹に投げかけた質問を、今度は本人にぶつけた。

二人の間に、しばしの静寂が立ち込める。それを破ったのは、質問をした一花の方だった。

 

「今までクラスメイトとか、仕事で一緒に共演したりする俳優さんとか、他の人たちとか……私はいろんな人と話す機会があるけど……浅倉君は、とても同じ高校生とは思えないんだ……なんだか、とても大人な感じがして……考え方や、佇まいとかが、明らかにフータロー君よりも違いすぎるんだもん………それに昨日の、二乃がフータロー君の紙を破った時……浅倉君、別人みたいだった……あんなの、普通じゃないよ……ねぇ、浅倉君……誰にも言わないから、答えれる範囲で、答えてほしいな……」

 

彼女がそう総介に頼んだ瞬間、彼は黒縁メガネの奥にある相変わらずの死んだ魚の目を、彼女の目に合わせた。

いつものような、少しふざけたような感じではない、真剣に頼み込む、彼女の目……そこには、少しの好奇心と、妹への心配の思いもはいっていた……

 

彼が、ゆっくりと口を開く……

 

 

 

 

 

 

 

「……『正義の味方』」

 

「!」

 

「みてぇな答えでも期待してんのか?」

 

「……え?」

 

「あいにく俺ァ『死神代行』でも『スーパーサイヤ人』でも『奴良組3代目』でもねぇよ。ただの人間だ」

 

「……何の話?」

 

「ネタ知らねーのかよ……まぁアンタは、俺が裏でなんかやましいことや、とてつもないことでもしてそうな男だと、そう考えてんだろ?」

 

「う、うん……」

 

「残念だが、アンタが考えるようなもんじゃねーよ。地球の平和なんざ守ってねーし、裏でショッカーと戦ったりなんざしてねーよ。俺はただの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただの『人斬り』だ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その辺にいる高校生だっつーの」

 

「………」

 

一応弁明はしてみたが、どうも一花は、納得出来ていない様子だ。怪げな眼差しでこちらを見る彼女に、総介は今日何度目かのため息を吐く。

 

「はぁ……あのなぁ長女さん、アンタだって女優やってんのを姉妹に隠してたんだろうが」

 

「そ、それは……」

 

「それとこれとは一緒だっての。人には言えねー秘密なんざごまんとあんだよ。俺と三玖もそうだ。そこらへんのことは互いに最低限干渉しねーことにしてんだよ、わかる?」

 

「そ、それはわかるけど……でも……」

 

でも、昨日のあれは、どうしても納得出来なかった。ただの高校生、いや、そもそも一人の人間が出せるような殺気ではない。あれを浴びてしまった以上、もう総介をただの家庭教師の助っ人としては見れないのだ。それにもし、『アレ』が妹達に再び向けられたら……彼の言うことももっともだが、一花も一花で、長女として妹たちや、自分を守らなければならない。ここは譲るわけにはいかない……

 

「それでも、私は知りたいな。流石に昨日の君の怒り方は、ただのその辺にいる高校生にできるようなものじゃないよ。二乃に怒ってるのに、横にいた私もすごく怖かったんだから……その責任として、ね?」

 

 

あくまで食い下がってくる一花。総介にも、彼女の思いは伝わってきた。ただただ知りたいだけではなく、家族を守りたいということも、十分理解できる。

総介はこの時初めて、昨日『鬼童』としての殺気を出してしまったことを後悔した。『アレ』が只事ではないのは、いくらなんでもバレてしまうことだ。それを疑問に思うのは当然のこと。一花がここまで問い詰めてくるのも、本能から来る危機感なのだろう。これ以上、得体の知れない何者かを、妹達に……三玖に近づけていいものなのか……

彼女も彼女で必死だというのは、総介にも十二分に伝わってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……残念だが、それは言えねぇな」

 

それでも、総介が出した答えは、NOだった。

 

「………」

 

「アンタがそこまで必死になるのもわかる。『アレ』を見せちまったのは、俺の不覚なところだ。悪いと思ってる、済まなかった……」

 

「……だったら」

 

「だが、そっから先はこれで終わりだ。それはアンタでも、三玖でも同じだ。誰にも言っちゃいねー。

 

 

 

 

いつかそれを言う時が来るだろうが、それは俺が、アンタら姉妹5人、そして上杉がいる時で、その全員を完全に信頼できるようになった時だ。

今ここで、アンタだけに言うっでこたぁ、少なくともしねーよ」

 

 

「……そう、か……」

 

納得こそできないが、今はそれを受け入れるしかない……

そんな表情の一花だったが、彼女には最後に聞かねばならないことがあった。

 

 

 

 

 

 

「浅倉君、これだけ最後に答えて……

 

 

 

 

 

君は、私たちの味方?……それとも、敵?そうじゃなくても、フータロー君の味方だよね?」

 

 

 

最後に、そう尋ねてきた一花に、総介は『何を今更』と言わんばかりの顔をしながら答えた。

 

 

「あのなぁ、んなもん決まってんだろ。俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖の味方だコノヤロー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そっか」

 

総介らしい答えを聞いた一花は、少し重荷が取れたようで、元の長女らしい表情へと戻った。

 

「二人の件も、居場所は分かったから、後は上杉と俺でなんとかするさ。アンタはアンタで、試験の対策でもしてな」

 

「わ、わかりました……」

 

昨日風太郎から貰った、あの膨大な量(五つ子目線)の問題集のことを思い出し、頬がこける一花。確かに自分も、勉強しなければならない身だったことを、この場になって思い出す。

 

「慰めになるかどうかしんねーが、アンタは三玖の次に赤点回避が出来るかもしれねーんだ。このままちゃんと勉強すれば、『アホ姉妹軍団』から抜け出せるチャンスだぞ、頑張れよ〜」

 

「う、嬉しいけど、私たちそんな呼ばれ方してたんだ……」

 

不名誉な呼ばれ方をしてた事実に、一花は顔を青くさせるが、それでも、自分を励ましてくれる総介には感謝した。

 

「じゃあ、私、これ以上は遅くなるから、帰るね」

 

「おー、あ、支払いはしとくから、金は出さなくていいぞー」

 

「お!さっすが〜!三玖とラブラブでイケてる男は違いますねぇ♪」

 

「あと、試験で赤点とったら、今日アンタが頼んだ飲みもんの値段の10倍の額マジで請求すっから、覚悟しとけよ」

 

「地味に痛い金額がリアルで厳しい!」

 

一花が注文したフラペチーノ、今いる喫茶店の金額で500円なので、一花が赤点を取れば、彼女の財布から5000円が消えることになります。金持ちとは言え、地味に痛いね。

 

「じゃあ頼っちゃってばかりだけど、二乃と五月ちゃんを、よろしくお願いします」

 

「うい〜、おつかれ〜」

 

一花が立ち上がり、二乃と五月のことを頼んでお辞儀をしたのを、総介は適当に手を振って見送った。そして、彼女は店を出て行くのを確認する。

そして総介は、誰もいなくなった向かいの席を見ながら、頬杖をついて喋り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………とまぁ、現状はこんな感じだ。かなり厄介なことになっちまってよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははっ、かなり……いや、僕らがこなしてきた任務より、難しそうだね。でも面白そうだ」

 

 

 

「……二乃が、そんなことになっているなんて……」

 

 

 

「旦那ァ、アンタ中々めんどくせぇ女どもといるんですね〜」

 

 

 

総介が背にしている後ろのテーブル席から、三種類の声がきこえてきた。

 

一人は、銀髪の男女問わずに魅了する美貌の持ち主で、総介の唯一無二の相棒であり、彼が支える『大門寺家』の一人息子にしてその防衛部隊である『(かたな)』のメンバー『"神童(しんどう)"大門寺海斗』

 

次に、その海斗の近侍であり、二乃の親友であり、総介の幼なじみという複雑極まりない立場にいる、金髪碧眼のサイドテールのハーフ美少女『"戦姫(いくさひめ)"渡辺アイナ』

 

そしてもう一人が、青っぽい黒髪、甘いマスクの美少年だが、『刀』の中でも強さを認められた証である『異名』を史上最年少でもらった二刀流剣術の天才『"夜叉(やしゃ)"御影(みかげ)明人(あきと)

 

その3人が、彼のうしろのテーブル席に座っていた。それも、一花が店に入ってくる前に……要するに、二人の会話を一言一句全て3人は聴いていたのだ。

 

総介がその場に呼び出して……

 

 

 

あ、呼んだのは海斗とアイナだけだよ。明人は面白そうだからついてきただけっていうね。

 

 

「そのホテルの場所は分かっているんだろう、総介。なら、僕が二乃ちゃんの所に行けば、彼女を戻せるよ」

 

「いや、海斗がそこに行けば、いくらアホなあの女でも、偶然にしては出来過ぎだって疑うだろうよ。そうすりゃ、おのずと俺と海斗の関係に辿りついちまう。まぁあの女のことだから、そこに至るまでにはいかねーと思うが……アイナにたどり着いちまうまでの穴は、一つでも埋めておきてぇ」

 

総介が、前を向きながら、後ろにいる3人と会話をする。すぐ後ろの席にいるのが海斗とアイナ、その向かいの席にいるのが明人となる。

 

「俺ァいっぺんマジモンの修羅場ってヤツを見てみたいんで、若様の提案に賛成なんですけどね〜」

 

「明人、失敗を前提でそんな事を言っちゃいけないよ。僕も気になってやりたくなっちゃうからね」

 

「若様、それだけは本当に勘弁してください。私もこれ以上頭痛薬を飲むのは……」

 

学校では二乃と親友として接している分、総介と海斗のことを隠していることに、多少の罪悪感を感じているアイナ。おかげで彼女は、ここ最近頭痛薬を服用し始めていた。本当……ご苦労さまです……

 

「分かってるよアイナ。一親友として、二乃ちゃんに総介と君との関係がバレたら、それこそもうおしまいだからね。僕も身内の悲しむ姿は、これ以上見たくないよ」

 

「ええ〜、若様〜、面白そうじゃありやせんか〜、女どものキャットファイト見んの、すげ〜楽しみなんですけどね〜」

 

一方、何も関係ない明人にとっては、人間関係の崩壊を楽しく見れるかもしれない機会なので、そうなるように茶化しに入っていく。

 

「……明人、この場に私が銃を持ち込んでいなかった事を感謝する事ですね」

 

「いいじゃねーかよアイナ。テメーもウザったらしい人間関係清算できて、若様の近侍に集中できんだろィ?」

 

「それ以上言うと、後であなたの眉間にいくつ風穴を空けてあげましょうか?」

 

「じゃあテメーは脳みそいくつにサイコロステーキにされてーんだ?希望の数にしてやらんでもねーぞ?まぁどうせ死んだら俺の好き勝手やらせてもらうけどな」

 

アイナと明人、普段から仲の悪い2人の間に、さらに一層不穏な空気が流れる。相変わらずの犬猿の仲に、総介は呆れ果てる。

 

「おめーらいつまで経っても喧嘩してんのな」

 

「やめるんだアイナ。明人も、それ以上は僕も介入することになるよ?」

 

 

「……へーへー、わかりやしたよ。若様の仰ったことだ。従うしかねぇ。アイナ、命拾いしたな」

 

「……申し訳ありませんでした、若様。……それはこちらの台詞です」

 

海斗の仲裁で、その場はとりあえず何とか収まった。しかし、総介が抱える問題は山積みである。

 

「……総介さん、二乃は……」

 

「それもどうにかしなきゃいけねーが、お前さんの方はどうなんだ、アイナ?あの女に聞いてみたのか?」

 

「はい……『勉強の方は大丈夫ですか』と聞いても、『大丈夫よ、ちゃんとやってるから』としか……」

 

「………じゃあ、しゃーねーな」

 

総介は一つ、ある結論に達していた。

 

 

 

 

 

 

 

「長女さんには悪りいが、今回の試験……

 

 

 

 

 

 

あの女は見捨てるしかねぇな」

 

 

「そ、そんな!」

 

アイナが驚き、総介の方へと降り向く。

 

「これ以上赤点を取り続ければ、二乃の進級も危ぶまれます!どうにか……どうにかならないのでしょうか」

 

「ならねーよ」

 

総介が彼女の搾り出した言葉を、きっぱりと切り捨てた。

 

「あの女が勉強したくねーつって起きた出来事だ。他の4人の足手まといになるくれーなら、勘定から外さなきゃいけねー。あの女ばかりにかまって、他の4人を疎かにするわけにはいかねーんだ。そうだろ?」

 

「それは……そうですが……」

 

やはりアイナは、二乃のことについて、総介の見捨てる発言には納得できないようだ。

アイナにとって、二乃は人生で初めて仲良くなった同性同級生の友人だ。これまでも、アイナは浅く、広い付き合いはあったのだが、二乃は、初めて会った時から気兼ねなく話をする仲になり、自身が近侍としての仕事が休みの日には、遊びにも出かけたりした。そこで、彼女とたくさん楽しんだ。初めて、『友人』と言う存在をはっきりと認識した二乃を、どうしても見捨てることができないのが本音なのだ。

 

 

しかし、総介とアイナの二乃に対する認識は、全く違う。彼は二乃のことを、歯牙にもかけていない。三玖の姉妹の1人としか認識していない

 

「おまえに押し付けるってのもあるが、お前自身の勉強もあんだろ?海斗の付き人の仕事もしてる以上、そっちに負担かかるわけにもいかねーんだ。

 

これ以上あいつから言ってこねー限りは、どうにもならねーさ」

 

 

「………」

 

アイナは、総介の言ったことに、黙るしかなかった。彼女自身、学年で

トップ10に入るほど成績は良いが、それは海斗のように天才ではなく、努力によるところも大きい。加えて、彼女は海斗の近侍としての役割もあるので(学校では総介が負担している)、そこに二乃に勉強を教えたりすることを入れて、他を疎かにすることは出来ない。

 

今のところ、二乃をどうにかするには、姉妹、風太郎、総介が説得して、そして二乃自身が勉強しようとの意思を持たないといけないのだ。

 

 

「………」

 

「上杉の助っ人の手前、やれるだけのことはやってみるが……良い答えだけを期待しねーでくれ。

 

 

 

最悪、『そういう事』も考えなきゃいけねーからよ」

 

「!!……分かりました……」

 

アイナは自分の無力を悔いる。いくら『戦姫』と言う異名を与えられ、『刀』の中でも上位の実力者になろうとも、友を1人、導く権利すら与えられない。彼女はそのまま、拳を握りしめ、唇を噛む。

 

 

「………」

 

「………」

 

海斗と明人も、彼女の様子を見るしかない。最も、明人の目の場合は面白くなくなったのか、『沖田のマスク』を被って頬杖をついて寝ているだけなのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

4人の話し合いは、ひとまずそこで終わることになり、その場はお開きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、事態は好転しないまま時は過ぎ、試験本番4日前となり、そこで風太郎に、ある一つの出会いが待っていた。

 

 

 

 

 

そして二乃には、その少し前に予想外の出来事が起きていた。

 

 

 

 

試験まで、あと4日。




なんだか序盤は二乃アンチみたいになっちゃいましたが、ご心配なく!この後のまさかの大逆転劇にご注目ください。
ってか、一花の喋り方わっかんねー!!

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!感想、好評価お待ちしています!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49.嫌な予感ほどよく当たる

前回の話を投稿した後、日間ランキングで最大22位までランクインしました!
ご評価してくださった皆様、誠にありがとうございます!
ランキングに載れば、沢山の読者の皆さんに読んでくださる機会が増えますので、本当に感謝しております。
ちなみにその後案の定低評価がついてランク外……まぁ好き嫌い分かれる作品を書いてる自覚はあります……orz


試験本番まで、あと4日。

 

 

そんな時期にもかかわらず、風太郎はとある池の辺りで、1人佇んでいた。

 

「試験まで後4日……どうすればあいつらがまとまってくれるんだ……」

 

彼は池の水面をぼ〜っとみつめながら、試験1週間前から今日までの出来事を振り返っていた。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

あの五月のビンタ事件の翌日、風太郎は三玖と一緒に二乃を探して、そう遠くはないホテルに居ることを突き止めたものの、彼女に取り合ってもらえず、追い返されてしまった。

その後、幾度かエンカウントすることには成功したのだが……

 

 

 

 

「試験なんて……合格したからなんなの?

 

 

 

 

どうでもいいわ」

 

 

……その言葉を最後に、後は徹底的に無視を決め込まれるばかりであった。

 

 

次に五月なのだが、なんと、風太郎が帰宅した時に、なぜか家にいたのだ。財布も無く、野宿しているかもしれないと心配していたのだが、考えたら自分の家を知っているのは姉妹では五月だけなので、上杉家はうってつけの隠れ家なのだろう。とはいえ、行方不明が続くよりかはマシだったので、現在は風太郎の家に泊まりながら、試験勉強を続けている。

彼女も前回、1人で勉強すると大口を叩いた結果、試験で見事に撃沈。挙句、総介にそのことを、しばらくの間トラウマになるまで咎められたのが効いたのか、今は風太郎の妹のらいはの遊び相手をこなしながらも、ひたむきに机に向き合っていた。

五月のことは不幸中の幸いだったが、彼女から聞いた情報により、風太郎はもう一つ、予想外の出来事に見舞われることになった。それは……

 

 

 

「四葉!試験週間に入ったら辞めるんじゃなかったのか!?」

 

「すみません〜〜!」

 

なんと、試験週間にも関わらず、四葉が未だに陸上部の助っ人を続けていたのだ。

曰く、一度は断ったのだが、このままでは駅伝に出られないと食い下がってきたので、困っている人を見過ごせない四葉の性格が裏目に出てしまい、やむなく助っ人を続けていたのだ。

そのことを、すぐに総介に相談すると……-

 

 

 

 

 

「うし、あのバカリボンを陸上部ごとシメに行くぞ」

 

と、彼ならば本当にやりかねない物騒なことを言い出したため、慌てて止めた。

 

その際、一花と三玖の勉強を見ることに集中してほしいと頼み込んで、どうにか納得はしてもらった。しかし……

 

「けどよぉ、肉まん娘はどうにかなるとして……残った2人はどうするよ?」

 

「……俺の方で説得を続ける」

 

これ以上、総介に頼るわけにはいかない。彼に負担をこれ以上かけるわけにもいかないが、いかんせん自身の家庭教師としてのプライドもある。給料を全額こちらが貰っている以上、自分自身でもなんとかしなければなるまいと、風太郎はあえて総介の助けを拒否したのだ。

 

(………無理しやがって)

 

勿論、そんなことは彼に筒抜けだったのだが、風太郎は気付いていない。

 

 

そこからは、彼の孤軍奮闘だった。

 

「俺はいいから、浅倉に教えてもらっておいてくれ」

 

一花と三玖の勉強を総介に任せ………

 

「ここはこの公式を……いや違うこっちだっての」

 

「は、はい……」

 

五月には時間がある限り勉強に付き合い、

 

「よ、四葉……待て……ゲホッ……」

 

必死に四葉を追いかけるも、彼女の高い運動能力に、非力の自分が追いつけるわけもなく……

 

「二乃!話を聞いてくれて!」

 

「………」

 

「また来る!

 

 

 

俺は諦めねぇぞ!」

 

 

相変わらず、二乃には無視され続けた………

 

ちなみにこの間も風太郎は自身の勉強を欠かしていないのである。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

そんな事があっての今だ。

 

 

「………俺なんかより、浅倉の方が家庭教師やってるじゃねーか」

 

あの時、無駄に高いプライドを跳ね除けて、総介に頼み込んで連れてきたことは、結果的に間違いでは無かった。

彼に元々好印象を持っていた三玖は、見事に赤点を回避し、それに続いて一花もそれに限りなく近い点数を出した。四葉は3科目で赤点だったが、最初のテストとは違い、確かな成長が見てとれたし、前回自身を五月も、総介の叱咤で今は勉強に集中するようになっている。

二乃は……相変わらず2人を拒絶したままだ。しかも事もあろうに、次は彼らに味方をする姉妹に対して反抗的な態度をとり始めた。その説得もできずじまい……総介のように、彼女を黙らすことも出来ずに………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………俺、いらねーんじゃねーか?」

 

そんな事が、彼の頭をよぎってしまう。

足を引っ張っているとは言わずとも、自分の予想外の動きをする姉妹たちを、強引にでもまとめ上げているのは、総介の助けがほとんどだ。

自分はただ、こうして慌てて走り回っているだけ……彼なら、二乃は容赦なく切り捨て、残った姉妹たちで赤点を回避するだろう。前回の試験で、五月を切り捨てたように……

 

「……いや、駄目だ」

 

あいにく、自分は彼ほど器用ではないし、何より彼らの父親から彼女たち『5人』を預かっているのだ。1人も欠かしてはならない。それが家庭教師としての責任なのだ。何より、それでは二乃が本当に一人ぼっちになってしまう。1人だけ成績は取り残されて、もうあの場所に、あの家に本当に戻れなくなってしまう。

 

是が非でもどうにかしなければ……しかし………

 

 

 

 

『あんたなんて来なければよかったのに!!』

 

 

 

 

「………」

 

涙を溜めながら、彼を拒絶した二乃の顔を思い返す。

 

 

(……やっぱり、勉強ばかりしてきた俺じゃ、何の役にも立てない)

 

人間関係を疎かにして、勉強しかしてこなかったツケが、ここに来て回ってきたのだ。それや教えることについては、総介の方が何枚も上を行っている。勉強だけじゃ、彼女たちを導くことは出来ない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あいつらに俺は、不要だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また落ち込んでる」

 

 

 

 

ふと、横から声をかけられた。

 

 

 

 

「?」

 

 

 

 

 

 

「やっぱり君は変わらないね

 

 

 

 

 

 

上杉風太郎君」

 

 

 

 

顔を上げて、声のした方をみると、そこには、ツバの広い帽子を被り、長いストレートの赤髪をした、自分と同じくらいの年代の少女がいた。

 

 

 

そしてその子は、自分に向かってこう言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペチョッ……ペチョッ……

 

 

 

 

それから数時間後、風太郎は全身ずぶ濡れとなり、道を歩いていた。すれ違った人に後ろ指をさされても、道ゆく子供に笑われようとも、彼には何かを言い返す気力もなく、トボトボと歩き続けていた。

彼に一体何があったのだろうか……

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

〜数時間前〜

 

 

 

 

風太郎が池のほとりで出会った少女……名前を『零奈(れな)』と名乗ったその子は、風太郎が5年前、京都で出会った少女だった。

それを知り、その場を逃げようとした風太郎だったが、彼女に生徒手帳を取り上げられ、逃げられないようにと彼女の提案で、池の桟橋泊まっていたボートに一緒に乗ることになった。

そこで、風太郎は自身のことについて話をした。何故か彼女の方は、自分が学年1位となり、家庭教師をしていることを知っていたのだが……それはとりあえず置いとこう。

 

彼が話をしたのは、教える生徒が五つ子であること。

その5人が、自分の想定していた以上に馬鹿だったということ。

それに耐えかねて、助っ人を頼んだこと。

その助っ人が、1人を除いて容赦の無い外道モンスターだったということ。

しかし、その助っ人のおかげで、自分も助かっていること。

そしてその助っ人が、姉妹の1人と交際したいること。

 

自然と口から言葉が出るわ出るわ……

 

束の間の逢瀬を過ごした2人だったが、ボートが桟橋に到着すると、先に桟橋に移った『零奈』は生徒手帳を返してくれた。

 

中に入ってた2つの写真を抜いて……

 

「これは返してあげない」

 

「は?……どうして」

 

 

 

 

 

 

 

「私はもう君に会えないから」

 

 

そう言って、彼女は去る間際に、5年前清水寺で買ったお守りを彼に渡した。

 

 

 

「自分を認められるようになったらそれを開けて」

 

「なっ!?どういう……」

 

理由について、答えない彼女を追いかけようとしたが、ボートから上がろうとして、足を滑らせてしまった。池に落ちるまでの一瞬、『零奈』はこちらを振り向いて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さよなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、何とか桟橋にしがみついて、陸に上がった風太郎だったが、もうそこに『零奈』の姿は無かった。

 

途中で、たまたま四葉に会ったが、彼女はどうやら陸上部の練習中だったらしく、そのまま陸上部の部員らしき人と走り去ってしまった。

 

「よ、四葉………」

 

彼女の後ろ姿が段々小さくなっていき、やがて完全に見えなくなる。

 

 

 

「……んそうだ……二乃……」

 

身も心もボロボロになりつつある風太郎だったが、それでも諦めまいと、全身ずぶ濡れのまま二乃のいるホテルへと歩き出した。

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

「………で、そいつは俺の前から消えた。それで終わりだ」

 

 

それからしばらく時間が経ち、彼はとある浴室でシャワーを浴びながら体を洗っていた。なんでって?そうだね、いきなり浴室だもんね。しかも結構高級感あふれる浴室だから、何があったのか気になるよね。よし、とりあえず彼のここまでの経緯を簡単にまとめたので、それを話そう。

 

 

全身ずぶ濡れのまま、二乃の泊まるホテルへと到着した風太郎。そこでいつものように警備員に追い返されそうになった彼だが、さすがに今日は抵抗する気力もなく、そのまま帰路につこうとしたのだが……

 

 

 

「邪魔よ……早く部屋に入りなさい」

 

 

その現場をたまたま目撃してた二乃が、さすがに居た堪れなくなったなのだろうか、風太郎を部屋へと入れた。

 

その後、池の水に全身浸かってしまったので、二乃からシャワーを浴びろと言われ、強制的に浴室に連れて行かれた。

そこで、入口のドアを挟みながらしばし雑談をする2人。今までとは違い、二乃と普通に話せていることに、風太郎は少しおかしく思ってしまう。そんな中、風太郎が初めて落ち込んでいるところを見た二乃が(本人は否定)、彼に何があったのかを聞き、仕方なく風太郎は、5年前に会った少女の話から、今日の『零奈』との邂逅までのことを話した。

 

話し終わったのだが………

 

「…………」

 

「………寝てる?」

 

二乃からの反応が返ってこなかった。聴きながら寝てしまったのかと思い、風太郎は浴室のドアの前に座っている二乃を確認しに行くとそこには……

 

「悪いな、つまらない話しちまって……!」

 

「…………」

 

 

そこには、瞼に溜まった涙をポロポロとこぼす二乃の姿があった。それを見た風太郎のリアクションはというと……

 

 

「えっ………えぇ〜……」

 

どうすればいいかわからない反応をした。

 

「……なんで泣いてんの?」

 

とりあえず、聞いてみる。

 

「た、だって……あんた5年もその子のこと好きだったんでしょ……切なすぎるわ」

 

「す……好きとかじゃ……感謝と憧れがあっただけだ」

 

「それ、好きなんだって!」

 

「だから違うって……だが、俺のためにそこまで……」

 

自分のために泣いてくれた二乃に少し感謝しようとした風太郎だったが……

 

「あーちょうどいい泣ける話!めっちゃちょうどいい!!」

 

「最低」

 

自分の感謝を返してほしい…………

 

 

「……でもさ、元気出して。あんたみたいなノーデリカシー男でも、好きになってくれる人が地球上に1人くらいいるはずだから」

 

「………」

 

励ましているつもりだろうが、余計に元気が無くなるのようなことを言う二乃。と、ここで、彼女は風太郎の顔から視線を外し、下を見てみると……

 

 

 

「………って何出てきてんのよ!!露出魔!!」

 

そりゃ、目の前には腰にタオル巻いただけの風太郎がいるわけで……ってか気づくのおっそ!

 

「何を言うんだ、俺とお前は裸の付き合いだろ」

 

「忘れろーっ!」

 

かなり前の、二乃の風呂上り姿に出くわしたことを言ってるのか……にしても風太郎、女の前でほぼ全裸で立ち尽くすってどうなのよ……

と、二乃がその場を離れた拍子に、彼女の肩掛けカバンがパタンと横に倒れ、バサッと中身が出てくる。その中には……

 

 

「ん?これは……」

 

「あ!」

 

風太郎は出てきた一枚を手にする。それは、この前、二乃が破ったはずの風太郎お手製の問題集の一枚だった。破られた箇所は、丁寧にセロハンテープで止められている。

 

「やってたのか……」

 

「……これ……個別で問題を分けてたんでしょ。

 

 

あの時だって……本当は……

 

 

い、一応は……悪いとは思ってるわよ……

 

 

 

ごめん」

 

 

ほとんど下を向いたままだったが、最期の一言を、二乃はちゃんと風太郎の目を見ながら謝罪した。

それを見た風太郎は、ようやく一安心する。

 

「……ああ、いいぞ。この調子で五月にも謝ろう」

 

「それは嫌!」

 

「なぜ!?」

 

その一安心も、一瞬のうちに消えてしまったのだが……

 

「叩かれたことまだ根に持ってるのかよ……」

 

「昔はあんなことする子じゃなかった……なんだか、五月が知らない子になったみたい……」

 

「……知らない子って……お前ら元々どんな姉妹だったんだよ?」

 

「………」

 

風太郎の質問に、二乃は少し下を向いて黙ってしまうが、やがて立ち上がり、顔を上げた。

 

「そうね……さっきあんたが話したんだから、今度は私の番……」

 

そう言って二乃は歩き出し、デスクの上に置いてあった羽ペンを取り、それをいじりながら話し始めた。

 

「私たちが同じ外見、同じ性格だったころ……

 

まるで全員の思考が共有されているような気でいて居心地がよかったわ……

 

でも、5年前から変わった……

 

みんな少しずつ離れていった……

 

一花が女優をしていたなんて知らなかったし……

 

三玖に彼氏ができたなんて、今でも信じられないわ……

 

四葉と五月もそうよ……

 

 

 

 

 

 

まるで五つ子から巣立っていくように……

 

私だけを残して……

 

 

私だけがあの頃を忘れられないまま

 

髪の長ささえ変えられない……

 

 

 

 

 

 

でも、一応分かってるわよ……

 

私も無理にでも巣立たなくちゃいけないって……

 

1人取り残されるために……」

 

「………」

 

これが、俺の掬い取れなかった、姉妹を大切にするが故の二乃の心理……

 

誰よりも姉妹思いではあるが、誰よりも姉妹のあるべき形にこだわる二乃の叫びだった。

同じ外見、同じ服装、同じ性格、それはまるで、自分が5人いるかのような感覚……それに心地良さを感じていた二乃。しかし、姉妹それぞれが髪型、アクセサリー、好きなもの……各々に個性が出始めてきたことに、彼女は戸惑った。そして悩み……最後には、拒絶した。

その結果が、今の二乃なのだろう。おまけに、自分たち五つ子のいた場所、巣には、新たに2人の男が入ってきて、1人はかつて自分の生き写しのようだった姉妹の1人と男女の関係にまでなっている……それがたまらなく嫌だった。自分たちの巣を荒らされ、無理やりに5人がバラバラになっていく……それが耐えられなかったからこそあの日、二乃は爆発してしまったのだ。

しかし、彼女にとっても五月のビンタは想定外だったようで、それが二乃自身の考えに影響を与えていることも事実である。そして思い出すのは、かつて総介に言われた言葉……

 

 

『変わらねぇ日常が永遠に続くと思ったか?』

 

 

あれから、彼女も彼女で、色々と考えていたのだ。変わらない日常など無い……全ては過去の産物となり、それらを乗り越えて大人となる……

 

「……それでいいのか?」

 

話を聞いた風太郎が、二乃に尋ねる。

 

「……いいのよ、過去は忘れて、前を向かなきゃ……あとは……そうね……あ!」

 

二乃が、何かを思い出たようで、風太郎へと振り向いて、尋ねてきた。

 

 

 

「今思い出したわ。あんたに聞きたいことがあったのよ」

 

「俺に?何だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『大門寺海斗』君、知ってるでしょ?」

 

風太郎は、二乃の口から出てきた名前を、少し考えた。すると、その名前にふと思い当たる節があった。

 

「だいもんじかいと………ああ、名前は聞いたことはあるぞ。有名人らしいが、俺は見たことないな」

 

「……あっそ。聞いた私が馬鹿だったわ」

 

「お前は元々馬鹿だろ」

 

「うっさいわね!」

 

どうやら聞くだけ無駄だったようだ。学校で交友関係が絶望的に無い風太郎に聞いたところで、他人の事について、想定していた答えが返ってくるワケが無かった。

 

「で、その『だいもんじ』って奴がどうしたんだよ?」

 

「もういいわ……あんた知らないみたいだし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………言ってないのね」

 

「え?」

 

「何でもないわ」

 

最後の一言は、風太郎には小さくて聞こえなかった。

 

「………いいわ。じゃあ次」

 

「次?何だよ?」

 

先ほどから、風太郎は二乃の言ってることが少し分からなくなってきた。そんな彼を尻目に、彼女は指を差して指示を出す。

 

「アイツに連絡しなさい、今すぐよ」

 

「アイツ……浅倉か?何で?」

 

「他に誰がいるのよ。いいから!聞きたいことがあるのよ!」

 

そう言い切る二乃に、風太郎はしぶしぶ従った。池に落ちてもなんとか無事だったスマホを取り出して、総介へと電話をかけた。

 

 

 

prrrrr………prrrrr………prrrrrガチャ

 

 

『……上杉か、どうした?』

 

「あ、浅倉、悪い。今何してるんだ?」

 

『お前に言われた通り、三玖と長女さんの勉強を見てる最中だが』

 

「そ、そうか……」

 

『んで、何の用なんだよ?』

 

「あ、ああ、実はな、二乃がお前に聞きたいことがあるらしいんだ」

 

『そうか、じゃあな』

 

「待て待て待て!!切るな浅倉!」

 

二乃の名前を出した途端に、総介は電話を切ろうとしたが、慌てて風太郎がそれを止める。

 

『悪いが、今はワガママ女の鳴き声なんざ聞いてる暇はねぇんだ。試験が終わってからにしてくれ』

 

「ちょ、待ってくれ、浅倉!気持ちは分かるが、今は待ってくれ!せめて電話でいいから!」

 

風太郎がここまで食い下がるのも、二乃が紙に『切らせたら家には戻らないわよ』と書いて見せているからである。

 

『やだね。聞きてえことがあるなら人なんざ介さずに向こうから来やがれコノヤローとでも伝えとけ』

 

「そ、それはそうだが……そうだ!」

 

と、風太郎はここで何か思いついたようだ。

 

「二乃が聞きたいことに答えてくれたら、家に戻るかもしれないって言ってるぞ!これで全員で勉強できるんだ!安いもんだろ!」

 

「!?」

 

突拍子も無い嘘だったが、今はこれしか、総介を留める手はなかった。と、彼の方から返事が返ってきた。

 

『はあ……そんなスッケスケの嘘が、俺に通ると……え?』

 

無論、総介にそんな付け焼き刃が通じるはずもなく、直ぐに看破されたのだが、ここで、電話の向こうの彼の方にも何かが起こったようだ。

 

『え?マジで……でも勉強は……そりゃ、そうだけど……分かった。三玖を信じるよ……あ、でも今日のはさすがに……うん、わかった。そうするよ』

 

何やら、電話の向こうで話をしたようだ。彼の口調から察するに、相手は三玖だろう。ていうか、名前おもいっきり言ってたし。

 

『あー、上杉、よーく聞けコノヤロー』

 

「お、おう」

 

『今日は大事な部分教えてるから無理だ。その代わり、明日そっちに行ってやる。そん時にお前も来い、いいな?』

 

「き、来てくれるのか!?」

 

『三玖が「行ってほしい」っていうもんだから、仕方ねぇ。明日彼女が長女さんに勉強教えるって言ってるから、そこまで言うなら、任せて行くっきゃねーだろ。あと、俺をおびき出して勉強を妨害するのが目的なら、今度ばっかりは容赦しねー。痛い目見ることになるからな、覚悟しとけよって伝えとけ』

 

「あ、ああ、わかった。本当に済まない」

 

『じゃあな。切るぞ』

 

「ああ。じゃあまた」

 

その言葉を最後に、風太郎は通話を切った。そして、二乃の方を向き、結果を伝える。

 

「どうだった?」

 

「来てくれるってよ……明日」

 

「明日!?」

 

「しょうがねぇだろ。今浅倉には三玖と一花の勉強見てもらってんだ。断られるところだったが、なんとか明日にまでこぎ着けたんだ」

 

「……そう。まあ仕方ないわね……」

 

明日という話に二乃は驚いたが、あの総介が自分の呼びかけに応じること自体奇跡的なので、ここは彼女もその条件でなっとくすることにした。

 

「あと、勉強の邪魔が目的なら容赦はしないとも言ってた」

 

「それなら大丈夫よ。本当にアイツには聞きたいことがあるから……ていうかあんた!どさくさにまぎれて何私が家に戻るって嘘ついてんのよ!」

 

「い、いや、あれを言わないとすぐに切られちまうだろうが!ってか、すぐに嘘だってバレたし」

 

というような小さな言い争いはありつつも、 2人はどうにか明日に総介を連れてくることができるようになったので、大きな喧嘩に発展することはなく、そのままお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

そして翌日

 

ホテル前……

 

約束した時刻に、総介と風太郎は集合した。

 

「すまん浅倉、試験前なのに、わざわざ来てもらって」

 

「ったく、あの女、今更俺に何の用があんだ?土下座して謝ろうってか?何か聞いてねぇのか上杉?」

 

「い、いや、それが、俺も詳しいことは聞いてないんだ。二乃は何か浅倉に聞きたいことがあるって言ってて……」

 

「………」

 

2人は話をしながらホテルの中へと入り、エントランスを通ってエレベーターへと入る。その中で総介は、頭の中で思考を巡らせていた。

 

(あの女が俺に用………まさかな、いくらなんでも……)

 

考え有る最悪の事態を想定した総介。しかし、さすがにそれはいくら何でも早すぎると思いながらも、どこかでそれが引っかかり続けていた。

 

 

(………嫌な予感がする)

 

 

人は嫌な予感ほど、よく当たるもの。そしてこれも然り。

 

 

 

彼に過ぎった悪寒は、この後現実のものとなる……

 

 

エレベーターが目的の回に到着し、風太郎は総介を連れて、二乃の部屋の前まで来て、扉をノックした。

 

コンコン

 

「上杉だ。浅倉を連れてきたぞ」

 

『いいわよ、開いてるから入って』

 

扉の向こうから、二乃の声が聞こえてくる。それを合図に、風太郎は扉を開けて、先に入る。総介もそれに続いて部屋に入った。

 

部屋には、椅子に座りながら足を組む二乃の姿がいた。入って早々、総介は二乃を睨みながら言う。

 

「何の用だ。こちとらテメーの都合ばかり吠えるジャリンコワガママ娘の話なんざとっとと済ませて、素直に勉強をしてくれる三玖のところに行きて〜んだが?」

 

「っ!……ええいいわよ。私の質問に答えてくれたら、どこに行っても」

 

自分を見下しながら、『三玖』の部分を強調した総介の言葉に、二乃は一瞬、歯を噛みしめたが、今日はそうは行くまいと、心を冷静にして言い返す。そんな不穏な様子を、風太郎は心配そうに見つめる。

 

 

 

 

「……本題に行くわ……アンタ……」

 

 

 

そして、二乃の口から、総介が想定していた限りの最悪の言葉が飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海斗君の幼なじみなんでしょう?彼に会わせてくれないかしら?」

 

 

 

 

試験まで、あと3日。

 

 

 

 

 

 




5巻と6巻を跨ぎました。次回から6巻の話となります。
この辺の風太郎の話を書いてたら、あまりに彼が不憫すぎてもう途中泣きそうになりました。
頑張れ風太郎!負けるな風太郎!明日はある……はずだ風太郎!!
ってか、総介全然出てこないの、書いててつまんね〜!
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
ご感想や、もしこの小説が良いと思ってくださったなら、高評価、お気に入り登録お待ちしています!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50.最初は目の敵にしてたのに色々あって女の方が男に好意を抱く……なんてご都合主義実際あるわけねーだろバーカ!

50話到達しちゃいました。
これ最終回まであと何話書けばいいのやら……と、とにかくこれからも頑張ります!
またまた高評価をしていただき、一時日間ランキング最高20位までランクインできました。本当にありがとうございます!そしたらまた低評価でランク外っていうお決まりのパティーンw
そしてそして!UA110000&お気に入り登録600件突破しました。登録してくださった皆様、重ねて本当にありがとうございます!小説を書くモチベーションとプレッシャーが日に日にうなぎのぼりになっています(笑)


話は数日前まで遡る………

 

 

 

 

 

 

「二乃〜、ビッグニュースビッグニュース〜!」

 

「?どうしたのよ、やけにテンション高いわね」

 

昼休み、二乃は昼食を終えて、自販機で飲み物を買ってきて、自分の机で一人で飲んでスマホをいじっていたところ(姉妹や風太郎に見つからないように)、彼女が転校してきてから出来た友人の1人が話しかけてきた。別にそれ自体は珍しいことではなかったのだが、今日は何やら様子が違った。

 

「ふふ〜ん、何を隠そう、二乃をはじめ、いろんな子が狙ってる大門寺君の極秘情報を持ってきたよ〜♪」

 

「えっ、海斗君の!?」

 

海斗の名前を聞いた瞬間、二乃は一気にテンションが上がった。

林間学校で、二人は運命的な出会い(二乃目線)を果たした後、それ以来全く音沙汰が無かった海斗の情報と聞けば、反応を示さないはずがない。

 

「ここじゃなんだから、別んとこ行こ」

 

「そうね、わかったわ」

 

そう言って二乃と友人の2人は、教室を出て近くの階段の踊り場で話をすることにした。

 

「……あれ、二乃はまだ戻ってきていないのですか……」

 

「渡辺さん、中野さんなら山田と教室を出て行ったよ〜」

 

「そうですか、わかりました」

 

それと少し入れ違いで、アイナが戻ってきたことは、彼女にとってこの上なく運の悪い話だったことだろう……

 

 

………………………………

 

 

「で、海斗君の情報って一体なんなの?教えて♪」

 

「まぁまぁ、そう焦らないで……大門寺君が学校でほとんどの生徒が見ないことは知ってるよね?」

 

「ええ、彼とクラスになる人以外は、見つけるのは難しいことは分かってるわ」

 

人気の無い階段の踊り場で、二乃と友人の山田という髪を染めてリボンをつけた女子は海斗のことについて話をしていた。

『大門寺家』の跡取りたる海斗は、その痕跡を極力残さないように学園生活を送っていた。彼をプライベートで写真に収める者に罰則を課し、フォルダ内の画像の全てを念入りに削除、さらには、彼について深く追求することも、看過されるものではない。それらは全て、海斗の身の回りから敵となる者達へ情報を渡さないためでもある。無論、学生として学校内で生活を送る以上、それらは全てクリアできるものではない。裏で流れた情報が、学生達の間で高値で取り引きされている情報も聞く。もっとも、それらの情報は『授業中の発言』『好きな食べ物』『自販機で買った飲み物』という、非常にくだらない類の情報であるが、ほんの稀に、かなり重要な情報も流出したりするのだ。

 

「それで、これは大門寺君のかなり重要かもしれない情報だから、誰にも言っちゃ駄目だよ?」

 

「言わない言わない。何がなんでも守り通すわ♪」

 

先ほどから海斗の事だと聞いて、やたらとテンションの高い二乃。本当に今まで風太郎や総介に当たってきた態度と比べたら、誰だお前状態である……

 

「じゃあ言うよ………大門寺君には1人、付き人のような人がいるのよ」

 

「付き人?」

 

「そう付き人。彼が学校にいる間は、その付き人が、大門寺君の隣にいて、色々とお世話とか守ったりとかしているらしいよ」

 

「へぇ〜、そうなのね」

 

「休み時間とかは、その付き人と一緒にどこかに消えちゃうんだって」

 

「付き人の話は知らなかったけど、海斗君がどこかにいなくなるってことは知ってたわ」

 

噂は一人歩きすると変な方向に行くはずなのだが、この噂は中々に的を射ていた。

二乃も二乃で、海斗のことについて調べていたのだが、休み時間となると彼は消えるようにいなくなること以外の情報は掴めずにいた。

 

「でね、その付き人を通して貰えば、もしかしたら大門寺君に会えるかもしれないってこと」

 

「……なるほどね、それはかなり重要な情報だわ」

 

顎に指を当てて、探偵気取りの如く考察する二乃。馬鹿のくせに……

 

「それで今回、その付き人がどんな人かが判明したのよ!」

 

「付き人の、名前……」

 

その付き人自体は重要ではないが、海斗に繋がる大事な手段である故、二乃はその人の名前を、息を飲みながら聞く。

 

「ゴクリ……それで、その人の名前は……?」

 

緊張の一瞬が、二乃に訪れた。が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええと、確か………

 

 

 

 

 

 

 

 

浅倉総介って人。メガネかけた、ヒョロ長の陰キャみたいな男子」

 

 

 

「……なるほど、わかったわ。じゃあその人から海斗君の………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………は?今なんて?」

 

 

 

 

 

「だから、浅倉総介って人」

 

 

 

 

 

あさくらそうすけ………

 

 

 

アサクラソースケ………

 

 

 

 

浅倉総介……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅・倉・総・介

 

 

 

 

 

 

 

 

「でね、その2人って、小さい頃からずっと一緒にいるみたいらしくて、いわゆる幼なじみってやつ。その時から………二乃?」

 

 

 

 

二乃の目の前の視界が徐々にブラックアウトしてゆく。最後に覚えているのは、山田の言っていた『幼なじみ』と言う単語だけ。その後の記憶は曖昧だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

そして時は進み……

 

 

 

 

 

「アンタ……海斗君の幼なじみなんでしょう?彼に会わせてくれないかしら?」

 

あの後、二乃は総介と海斗が繋がっていたことに絶句、数時間は口から白い魂的なものが出っ放しだったが、正気を取り戻してからは、逆を言えば、身近に海斗に会うための近道が転がっていたという思考でなんとか持ち直して、数日後に総介をこの場に呼んだ。が、彼の答えはもちろん

 

 

「やだね」

 

 

当然、総介が出す答えはNOしかない。いつもの死んだ魚のような目をしたやる気の無い表情で返しながらも、今現在の彼の頭は、二乃が海斗と自分の関係を知ったことへの驚きもあるが、それよりも別、その先のことを考える始めていた。

 

(一体どこで知ったんだこのアマ……いや、この際『それ』はどうだっていい。問題は『その後』だ……)

 

総介が二乃に海斗のことを聞かれた直後に考えたことは3つ。

 

①どこで、誰から2人の情報を得たのか

②一体どこまで知っているのか

③アイナのことも知っているのか

 

その中で、彼は真っ先に①について考えることをやめた。2人が学校に通っている以上、総介と海斗が仲が良いのは、いずれ知れ渡ることだ。それ自体に大きく驚く事はない。しかし、総介にとっての想定外は、あまりにも二乃に知れたのが早すぎたことだった。海斗と二乃が林間学校で出会って以降、総介も周りを警戒して教室以外で2人になる時間は極力避けていたのだが、それでも早すぎた。中々にめんどくさいタイミングでバレてしまったのも都合が悪い。

そして、自分と海斗が幼なじみだということを知っている。②は、その辺りまでのことを知っているだろう。そうなってくると……

 

問題は③だ。仮に二乃が、自分達とアイナの関係をも知っているのならば……

 

(この女のオツムからして、間違いなく俺に言ってくるだろうが………とりあえず様子を見るか)

 

会話の中で、二乃がアイナの事を口にするかどうかで見極めるしかない。流石に、3人の関係が知られる危険があったのは、最近では林間学校の最終日くらいだ。ここは、アイナのことについてはバレてはいないということで、会話をしていくべきだろう。

何より、仮にアイナのことを知らない場合、彼女に辿り着く道は塞がなければならない。

アイナから友人を失わせないためもあるが、彼女たち姉妹に『刀』に関する事は、『まだ』知られてはいけないのだ……

 

 

「なっ!?なんでよ!それぐらい良いでしょう!」

 

当然ともいうべきリアクションをする二乃。それに対し、総介は淡々と返す。

 

「アイツもアイツで色々忙しいんだ。そう簡単に呼べるわけねーだろ。第一、今はテスト週間中だ。テメーみたいに呑気にあぐらかいてるわけにゃいかねーんだよ」

 

「ぐ………っ!」

 

嘘です。海斗は勉強しなくても全教科95点以上とれる本物の天才です。必要ありません。まあ忙しいのは本当だけどね。

 

「た、ただお礼を言いたいだけよ!時間はそんなにとらないわ!」

 

「お前と海斗の間に何があったかはヤローから聞いた。肝試しのことも、キャンプファイヤーのことも大体把握してる。それを知った上で、テメーに海斗を会わせる必要はねぇっつってんだ」

 

「なっ!!アンタ……本当に全部知ってるの……」

 

「なんなら言ってほしいか、今この場で?」

 

「………」

 

「?オイ、一体何の話なんだ?」

 

林間学校の肝試しで海斗と出会い、キャンプファイヤーの時に、誰もいない宿舎のエントランスで2人きりで踊ったことを総介が知っていると聞いた二乃は、顔中を真っ赤にさせて俯く。その話を、唯一この場で知らない風太郎が聞いてくるが、本人にとっては毛ほども関係ない話なので、適当に「いや、コッチの話」と返しておいた。そしてここから、総介の二乃への毒吐きが始まった。

 

「大体、勉強から逃げ出したテメーが人をいきなり呼び出したかと思えば、開口一番『海斗に会わせろ』たぁ、随分と偉い身分なこったな、えぇ?」

 

「……何よ、それを言うなら五月だって」

 

「肉まん娘は上杉んところで勉強してるって聞いてるぜ。な?」

 

「あ、ああ……」

 

「なっ!アンタ!五月を家に泊めてんの!?」

 

二乃は五月が風太郎の家にいることを知り、驚愕した。突然二乃にギロっと睨まれた風太郎が、慌てて釈明する。

 

「アイツが財布を家に忘れて行ったんだ!それで俺と三玖がここに来た日に家に帰ったら、五月が勝手にいたんだ!俺が連れ込んだ訳じゃねぇ!」

 

「あんた、ひょっとして手出したりしてないでしょうね!?」

 

「この万年勉強脳が女に手出せるようなタマに見えるか。?短い付き合いだが、それだけはハッキリ分かるぞ俺でも」

 

「ひ、酷い……」

 

総介からの流れ弾をくらい、ガクッと肩を落とす風太郎。そんな彼など無視して、総介は話を戻す。

 

「まぁそれはそれで置いといて、つーわけだ。テメーみてーな女の相手してるほど、海斗も暇じゃねーんだよ。ヤローに会いたかったら自力で探すこったな」

 

「………」

 

「あ、浅倉……」

 

そんな事はとっくにやっている。自力で探せるのなら、今頃総介をこの場に呼んではいない。

二乃は林間学校が終わってから、海斗に何度も会いに行ったが、その度に彼の姿は無く、先生に取り合ってもらうように聞いても『学生生活で、大門寺に会いたいという女子がお前以外にも沢山いる。1人を贔屓して混乱を招くわけにはいかない』とつっぱねられた。ならばと、彼女は生徒たちの間で回っている裏情報にも手を出した。流石に金のやり取りは問題で、多少の抵抗はあったのだが、たかだか数千円を惜しんでいることなど出来なかった。全て、海斗にもう一度会うため。そして、ようやくここまできたのだ。海斗の幼なじみである総介まで辿り着いたのだ。ここで逃すわけには……

 

 

 

 

 

「……待ちなさい」

 

二乃は、踵を返して部屋を後にしようとする総介を呼び止めた。

 

「んだよ、まだ何かあんのか?」

 

「………わかったわ」

 

何かを呟く二乃だったが、それは2人にははっきりとは聞こえなかったが、彼女はそのまま驚くことを言い出した。

 

 

 

 

 

 

 

「……わかったわ。私家に帰るわ……家に帰るから、その代わり海斗君に会わせなさい!」

 

「!!な、何!?」

 

「………」

 

二乃が言ったことに、風太郎が驚愕の表情を浮かべたが、総介の顔色はそのままだ。

普段の彼女なら、絶対に言わないことだったが、この場で総介を逃したら、海斗にはしばらくは会えないかもしれないという危機感が、二乃のプライドを上回った。今の自分の中で、総介に対して切れるカードは、今の自分の状況しかない。自分が姉妹のもとに戻って海斗にもう一度会わせてもらえるなら、場合によってはお釣りが出てくるほどだ。多少はプライドに傷がつくだろうが、海斗に手が伸びることは、五月との意地の張り合いをするより大いに価値がある。

それに……と、彼女はチラッと風太郎の方を見る。

驚きながらも、少し期待をしているような表情だ。それもそうだろう。もし総介が二乃に海斗を会わせれば、それだけで家に戻ると言っているのだ。風太郎からすれば棚からぼた餅、『棚ぼた』もいいところ。彼は思わず、総介への目線を期待のこもった表情で見てしまった。

 

つまり、この場で中立だった風太郎が、二乃側につくことにより、2対1の状況が生まれたのだ。こうなってしまえば、普通は2人に根負けして渋々了承してしまうのが世の常である。

 

 

 

そう、『普通』ならば……

 

 

 

 

 

 

 

「話にならねぇな、論外だ」

 

 

「なっ!!?」

 

「!!?」

 

全く表情を崩さなかった総介が、二乃の条件をつけた頼みを平然と切り捨てた。すると、二乃と同じく彼の返事に驚いた風太郎が、彼に言葉をかける。

 

「ど、どうしてだよ浅倉!?ただ会わせてやるぐらいいいだろ?」

 

「さっきも言ったろうが、上杉。海斗はその辺の男子とは違ぇ。とんでもねぇ名家の金持ち、ボンボンだ。それにあぐらかいてるバカなら知らねぇが、あいにくアイツはそうじゃねぇ。海斗も海斗で、家のためにやる事はある。その中に無理矢理学業を入れてんだ。たかだか小娘1人のワガママで勝手に動くわけにゃいかねーんだよ」

 

総介の言っていることは、概ね正解であるが、海斗はそれほど忙しい身ではない。多少の自由は許されており、ていうか、それらを決定するのは全て海斗自身であるため、場合によっては彼の気まぐれで姉妹の前に現れることも勿論可能だ。

 

物は言いようである。

 

「こ、小娘ですって!?」

 

「ああ小娘だ。テメェごときの小娘なんざ、海斗の周りにいくらでも集まってくる。ムカつくが、あの野郎はそんな連中なんざ歯牙にもかけちゃいねぇ。テメェもその中の1人にすぎねぇんだよ」

 

「そ、そんなのわかんないでしょ!?海斗君は、あの日……林間学校のキャンプファイヤー日、私に会いに来てくれたんだから!」

 

「だからどうした?それがヤローに会うためのパスになるってのか?あんなインチキ臭ぇ伝説とやらで一緒に過ごしたってだけで、テメェは海斗の中では特別な存在だとでも思ってんのか?………

 

 

 

思い上がってんじゃねぇぞクソアマ」

 

「!!!」

 

総介はいつまでも食い下がってくる二乃に対して、先日放った殺気の10分の1以下のモノを向けた。もっとも、常人でも彼のソレは恐怖を感じるのに十分ではあるが……

眼鏡の奥の総介の目が、冷たい刃のような眼差しで二乃へとその切っ先を向ける。

 

「テメェみてぇに、ギャーギャーワガママこいて上から目線で海斗に会わせろだの、話をさせろだののたまう女なんざごまんといんだよ。その点じゃテメェもそいつらと一緒だ。所詮は海斗の表面しか見ちゃいねぇ量産型のミーハー女が……ヤローの事情も考慮しねぇで会わせろだ話させろだ……話にならねぇんだよ。

 

 

 

 

身の程を知りやがれ、コノヤロー」

 

総介はその言葉を最後に、再び踵を返して部屋のドアを開け、出ていこうとした。すると………

 

 

 

 

 

「………わよ」

 

「に、二乃……」

 

プルプルと震える二乃が、目に涙を溜めながら総介の背中を睨みつけて叫んだ。

 

 

 

 

 

「わかったわよ!もういい!!あんたなんかに誰が頼むもんか!!さっさと三玖のとこにでもどこでも行け!!死んじゃえ!!クソ野郎!!!」

 

 

 

 

 

 

「………うるさっ」

 

その一言を残して、総介は部屋を後にし、扉が閉じられた。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

「二乃……」

 

総介が出て行った部屋で、二乃を心配する風太郎だが、彼女の腹の虫はまだ治まっていないようで……

 

「あんたも、出てって!!二度とアイツに会わせないで!!あんたも二度と会いに来ないで!!」

 

「ちょ、ちょっと待て!俺は何も……」

 

「うっさい!!出てけ!!」

 

風太郎や話を一切聞かず、二乃は近くにあったクッションを投げつけ、それと彼女の怒り様に慄いた風太郎も、やむなくその部屋を退散した。

 

部屋の中が、激しく息をする二乃の呼吸のみになってしまう。

 

「ッッ!!!〜〜〜!!!」

 

やがて、彼女はベッドへとダイブし、顔を埋めて泣き叫び続けた。足や手をジタバタとさせながら、彼女は何分経ってもベッドの中に消えゆくその叫びを止めることは無かった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「浅倉!」

 

「……んだよ」

 

ホテルを出てすぐ、風太郎は総介に追いつき、強い口調で彼の背中に声をかけた。総介はめんどくさそうに頭をかきながら振り向く。

 

「せっかく二乃を家に戻すチャンスだったんだ……なのに、どうして、お前は……」

 

「ああ、それか……」

 

思い出したように呟き、そのまま総介は理由を説明する。

 

「海斗に会わせるのも無理だし……そもそもあの女が戻ったところで、どうにかならねぇよ。ただ邪魔なだけだ」

 

「じゃ、邪魔……」

 

なんの迷いもなく、二乃を『邪魔』と断言する総介に信じられないような表情をする風太郎。

 

「だってそうだろ?今の今まで俺らを敵視して、勉強もロクにしねぇどころか、俺らの家庭教師の邪魔をしやがんだ。挙句の果てには文句垂れ流して家出するたぁ、あの女は俺らが家庭教師をする上で害以外の何者でもねぇし、いねぇ方が他の姉妹の成績を上げやすくなるし、あの女に構い続けても、他を疎かにするだけだ。切り捨てる他ねぇだろうがよ」

 

「そ、それは……」

 

「それにだ上杉、お前今回、親父さんから特にノルマ課せられてねぇんだろ?だったら尚更だ。今からどう頑張ったところで、まともに俺らの家庭教師を受けてきていないあの女じゃ、どうにもならねぇよ。もう3日しかねぇんだぞ。今回はあの女の子のこたぁ諦めろ」

 

「………」

 

風太郎は何も言い返せなくなってしまった。正論だ。総介の言っていることは全て。

今、二乃を戻したところで、期末試験まで残り3日。まともに勉強をしてこなかった二乃を、赤点回避させるのは、ハッキリ言って不可能だ。それに、もしかしたら五月と、果てには他の姉妹とも諍いが生じる可能性がある。その結果、姉妹の勉強に支障をきたしてしまい、全員赤点をとってしまうかも知れない。彼女を今戻すこと自体、リスクの塊でしかない。

 

「お前の言いてぇことも分かるさ。だが、あの女があの日にあんなことをした時点で、俺はもうアイツに勉強を教える気は失せた。もうアイツがどうなろうが知ったこっちゃねぇよ。今は目の前で必死こいて頑張ってる三玖や長女さん、ついでに肉まん娘でいっぱいいっぱいだ。それに……もう一つめんどくせぇ事が起きてるようだしな」

 

「もう一つ……四葉?」

 

「ああ、あのバカリボン、まだ陸上部の助っ人とやらに行ってるらしい。ふざけんじゃねぇよったく……」

 

「………」

 

あの日、『零奈』にあった日も確か、四葉は陸上部の連中と一緒にいた。彼女はあれで、勉強に集中できているのだろうか……

と、風太郎の肩に、総介の手が置かれる。

 

「上杉、もう他のことは考えんな。お前は肉まん娘のことに集中しろ」

 

「……浅倉」

 

「俺は俺で、三玖と長女さんを見るからよ。あの子らが成績を上げれば、否が応でもあの女は危機感を持つだろうよ」

 

「………」

 

それでも、二乃を四葉を見捨てたくはない……そう言えなかった。他に頑張っている一花、三玖、五月のことを考えれば、自分たちについてきてくれる3人のことを思えば、そんなことは言えなかった。しかし、総介の言ったことに納得も出来なかった。

必要が無くなれば容赦なく切り捨てる……現代社会で、当たり前のように起きていることだ。そもそもやる気のない人物を、勉強させようということ自体、不毛な行為だ。ならば、それを排除して、志を共にする者たちだけで、歩き続ける。基本にして、最善の策だ。

しかし、総介のは些か冷徹過ぎるようにも思えてくる。三玖を贔屓してることを抜きにしても、前回の五月、今回の二乃と、彼は何の躊躇なく彼女たちを除外した。

 

(………いや、この場合、俺が間違ってるんじゃ……)

 

もしも自分1人なら、二乃も、四葉も、戻そうとして、他の3人のことは放ったらかしにして結果全員赤点という事態になるだろう。自分1人では、一花や三玖すら制御できるかどうか分からない……

もしかしたら、総介が言うように、2人を犠牲にしてでも、3人の成績を確実なものにするのが正しいのかもしれない……

 

 

5人全員を強引に一緒にして、全員散々な結果にするか、残ったメンバーだけでも、成績を上げて赤点回避をさせるか……

 

 

 

 

 

 

家庭教師として、どちらが相応しいのか………

 

「ま、そういうわけだから、俺は三玖と長女さんのところに戻るわ。お前も肉まん娘の勉強、ちゃんと見てやれよ」

 

「あ……」

 

そう言い残して、その場を去る総介を、風太郎は声をかけようとしたが、出来なかった。

 

 

 

ただ、その場を去る………先を行く総介の背中が、あまりにも遠く感じた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの日、二乃は泊まっていたホテルをチェックアウトし、再び行方を晦ました………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………つーこった。どっからか知らねぇが、俺とテメェのことがあの女にバレちまってるぞ」

 

『二乃ちゃんがかい?これはまた……よく気づいたものだね』

 

「あの女の話を聞く限り、アイナのことはバレてなさそうだ。多分学校内でのテメェの情報を金で買ったんだろうな」

 

『裏情報のことだね。僕たちのことを嗅ぎ回っている子たちの間で出回っているという……』

 

「ほとんどはどうでもいい事らしいが、中には馬鹿に出来ねぇ情報もある。そん中にアイナのことがあればアウトだな。俺らがアイナとの仲を知ったらあの女は、アイナに『裏切られた』的なことを考えて被害妄想でも発症して、絶交でもしてしまうだろうよ」

 

『………総介』

 

「わぁってらぁ。俺ァ明人と違って、アイナに恩義はあるが、恨みはねぇ。これ以上は踏み込ませやしねぇよ」

 

『そうもそうだけど……いずれは知られることだ。それなら僕が取り合って伝えた方がいいんじゃないかい?』

 

「そうしてぇが、今の俺とあの女、今一番仲悪いんだ。消化器かけたつもりが、ガソリンでした♪なんて事態は避けてぇ。余計に『学年末試験(・・・・・)』の5人全員の赤点回避が出来なくなっちまうかもしんねぇからな。少し待った方がいいだろ」

 

『……分かった。君に任せるよ』

 

「悪いな、それで、アイナには……」

 

『僕から伝えておく。それと、試験が終わるまで近侍の仕事も休むようにしておくよ』

 

「ああ、頼む……」

 

『じゃあ、何かあったらまた連絡してくれ。僕の方はいつでも二乃ちゃんに会ってもいいから』

 

「切り札は最後まで取っておくもんだ。お前の出番はしばらくはねぇかもな」

 

『そうでもないさ。意外とすぐに来るかもしれないよ、僕の出番』

 

「………何を知ってんだ?」

 

『作者の脳内ではry』ブチっ!!

 

ツー、ツー、ツー、ツー…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いつからメタくなりやがったんだ、あの野郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅倉総介、大門寺海斗、渡辺アイナ………

彼らの関係を言葉で表すと……

 

 

 

『幼なじみ』

 

 

 

『仲間』

 

 

 

『家族』

 

 

 

 

『兄弟』

 

 

 

 

いや、それらでは小さ過ぎる。

 

幼少から共に過ごし、喧嘩をし、ふざけたり、一緒に怒られたり、泣いたり、笑ったり………

 

 

共に死戦を潜り、死闘を駆け抜けてきた彼らの間に紡がれた(いと)は、そのような言葉で表すことができるもので作られてはいやしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

もはや彼らは、例えようのない、言葉にできないようなもので繋がれているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、それは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一花、二乃、三玖、四葉、五月の『五つ子』のような………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いやただの腐れ縁だっつーの」

 

 

 

海斗との電話を切った総介が、誰に言うでもなく、そう呟いた。

 

 

 

期末試験まで、残り3日……もうすぐ2日。

 

 

 

 

 

 




え〜、この話の更新に2週間もかかっててしまったのは、『かぐや様』があまりにも面白過ぎて書くのに集中できなかったからです!!(特に5話と7話)
こうなったら2期終わったら原作全巻買うか……

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!次回はバカリボンこと四葉の問題です!
……三玖全然出てないorz


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51.主人公だからっていちいちトラブルに付き合ってらんないのよ

大変お待たせしました!最新話になります………んで、あと1話でかぐや様2期終了……

ああ〜今月で終わってほしくないよぉ、まだまだ見てたいよぉ………もうこうなったら来年1月の『五等分』の2期のところを『かぐや様』3期に変えてくれねぇかなぁ〜(外道)。まぁ放送枠とか局とかの問題あるから無理だけど……


さて、それはそうと試験前、四葉が二乃が〜って話です。


期末試験が来週に迫った金曜日。つまり、土日を挟めば、試験はすぐやってくる日。

 

 

昼休み、総介は海斗と一緒に屋上にいた。

 

「それで、他の子の状況はどうだい?」

 

「三玖は今回も赤点はとらねぇだろ。基礎はほぼ教えたし、自分で考えて答えを導き出せる問題も増えた。もはや俺が教えるところはほとんどねぇよ。長女さんも必死こいて苦手科目を克服しようとしてる。そこで赤点取るかは、この土日の踏ん張り次第ってとこだな……後は知らねぇ」

 

「2人だけじゃないか……二乃ちゃんはともかく、残りの2人は見ていないのかい?」

 

「肉まん娘は上杉が見てるからどうなるかは全く分からん。んでバカリボンは陸上部の助っ人とやらでほとんど見れてねぇ。ありゃ今回赤点回避はダメだな」

 

「陸上部?……ということは……」

 

「ああ。あの妄想癖の中でしか生きちゃいねぇ万年ランナーズハイ女が部長やってるところだ。ったく、変なのに捕まりやがって……」

 

総介は下を向き、はぁ、とため息を一つつく。

 

「あははっ、それはまた大変だね」

 

「他人事と思って笑いやがって。殺すぞ?」

 

「まんま他人事だから、仕方ないじゃないか」

 

「………まぁいい。とにかくだ。俺は今は三玖と長女さんで手一杯、上杉も肉まん娘に教えて、残った2人はエスケープ。あと、あの女なんだが、さっきアイナからメール来て、今日休んでるみてぇだ。マジで行方くらましやがったぜあのアマ……」

 

「きっと試験まで誰とも会いたくないんだろうね。

 

君の話を聞く限り、今の二乃ちゃんは巣に取り残されてしまった雛だ。巣の心地が良すぎて、母鳥がいなくなった後も、他の雛たちと一緒にその場に居座り続ける。

 

誰かが雛を外へ導こうとすると、真っ先に噛みつこうとするけど、他の雛たちは自分の意思で外に出て行く。

 

それを見て、残された最後の一羽はどうしようもなく暴れ回り、やがて巣すらも破壊しようとする……」

 

「………」

 

「そして雛は、誰にも見られることなく、巣から落ちて、やがて死ぬ……

 

 

僕の思い違いだったかな?面白い子だと思ったんだけど……

 

 

 

 

随分と期待してたんだけどな………

 

 

 

 

でもまぁ、このまま落ちていく様を見ているのもつまらないからね……

 

 

 

僕もそろそろ手を」

 

「海斗」

 

1人喋っていた海斗を、総介の声が遮る。

 

 

 

 

 

「大事なモンを忘れてるぜ、テメーは。

 

 

そのボロボロになっちまったくたばりそうな雛に、

 

 

4羽の同じ卵から産まれた鳥がいることをよ」

 

「………」

 

「全員……てわけじゃねぇが、1羽でも、戻って来れば、どうなるかは俺らにも分からねぇよ。

 

 

そっから巣を出ようとするのも

 

 

 

それでも迎えに来た鳥を追い返して野垂れ死ぬのも

 

 

 

あの女の自由だ

 

 

 

だが、それで何も感じねぇこたぁねぇと思うぜ、俺はよ」

 

 

「………もし、それが出来るとしたら……」

 

 

 

「昨日の夜、『その子』から連絡が来てな。明日にでも動くそうだ。

 

 

 

それに賭けるしかねぇよ」

 

「………だろうね」

 

 

それ以上の会話を、2人はすることなく、屋上をあとにした。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

その夜、自宅のベッドでくつろいでいた総介のスマホに、風太郎からの電話が来た。

 

「何の用だ?こんな時間に……」

 

『………四葉の事なんだが』

 

そこから風太郎は、本日あった四葉のことについて説明を始めた。

風太郎は五月と一緒に陸上部の練習に乱入、四葉を引き戻すために並走したのだが、風太郎の体力が壊滅的に無いため時間がそんなに経ってもいないのにリタイア。

途中で風太郎から出した問題も、四葉は微妙に間違えており(本人はドヤ顔で答えていたので間違えてることに気づいていない)、もうどうにもならなかった。彼女は『私は平気です』とは言っていたが、

 

そして先程、家にいる一花の電話を通して、四葉の本音を聞き出した。

 

 

 

 

『私………部活辞めちゃダメかな……』

 

 

四葉には内緒で通話をONにしていた一花は、彼女が去った後に風太郎に確認をとった。

 

『明日、陸上部に行こうと思うけど、君はどうする』

 

風太郎の答えは決まっていた。

 

『行くに決まってる!

 

 

四葉を解放してやるぞ!!』

 

 

 

………………………………

 

『………というわけなんだ』

 

「あそ、じゃあがんばってね」

 

『ああ……って違う違う!!』

 

そのまま総介が電話を切ろうとしたところを、風太郎は慌てて止めた。

 

「んだよ、まだなんかあんのかよ」

 

『だから浅倉、明日お前も来て四葉を「やだよ」なっ!!?』

 

風太郎の話を食い気味で総介は断った。

 

「何で俺まで行かなきゃなんねぇんだよ。あのバカリボンが断ればいいだけの話だろ?」

 

『い、いや、それはそうなんだが……え?代われ?しかし……』

 

「?」

 

電話の向こうで何やら少しやりとりがあった後、再び声をかけられる。

 

『浅倉君、五月です』

 

「ん、肉まん娘か」

 

そういえば、上杉の家に泊まってたんだったなと、総介は遠い記憶のように思い出した。

 

『私からも、お願いします。四葉を助けるのを、協力してもらえないでしょうか』

 

「だから、それは俺の」

 

『最後のチャンスなんです!どうしてもお願いします!』

 

「………なんで四葉にこだわる?」

 

二乃とは仲違いをしている最中だというのに、四葉のことについては引き戻そうと妙に食い下がってくる。総介は彼女の対応の違いに、少し疑問が湧いた。

 

『ちょっとすみません、上杉君、私1人にしてくれませんか……はい、ありがとうございます』

 

「?」

 

すると、今度はしばらくの沈黙の後、再び五月の声が聞こえてくる。

 

『すみません、今外に出ました。1人きりになりたかったので』

 

「上杉に聞かれちゃマズイのかよ。アイツが発案したことだろ?」

 

『四葉の名誉のためです………では説明します』

 

そう言って、五月はかつて、四葉にあったことを話し始めた。

簡単に言えば、五つ子が黒薔薇女子に在校していた際、四葉は今の陸上部みたいに、色々な運動部を掛け持ちし「ふ〜ん、大変だね〜」勉学を疎かにしてしまい、追試に落ちて落第寸前まで行ってしまった「ふ〜ん、大変だね〜」原因は、人の役に立つ、人から必要とされることが嬉しくてたまらなかった四葉が、そのまま後ろを省みずに突っ走り続けた結果だった「ふ〜ん、大変だね〜」。四葉が気づいた時には、もう1人では取り返しのつかないような状況に追い込まれていた「ふ〜ん、大変だね〜」。そこで、彼女以外の4人の姉妹は、四葉を1人にはさせまいと、姉妹全員で別の学校への転校を決断「ふ〜ん、大変だね〜」そのことで、自分のために4人が一緒の道についてきてくれたことは、四葉にとって暗い影を落とすことになるのだった………「ふ〜ん、大変だね〜」

 

『……そして、転校してきたのが今の学校なんです。そこでも四葉は、同じ過ちを繰り返そうとしています……私は、これ以上、四葉に罪の意識を与えたく無いんです』

 

「ふ〜ん、大変だね〜」

 

『………さっきから同じ返事しか聞こえてこないのですが……ちゃんと聞いてました?』

 

 

 

 

 

 

「あ〜聞いてた聞いてた。それで、畳の下に隠れていた隣人のブライアンは、実はアメリカ政府から潜り込まれて来たスパイだったんだな?」

 

『全然聞いてないじゃないですか!!誰ですかブライアンって!?』

 

電話の向こうでの五月のうるさいツッコミに、総介はいったん耳からスマホを離す。

 

「っせーなぁ。ちゃんと聞いてたっつーの………しかしな肉まん娘、俺がお前からあのバカリボンの昔話を聞かされたところで、何も関係ありゃしねぇ。それはそれで、これはこれだ。それをいちいちあいつに物申すつもりはねぇし、逆に同情するつもりもねぇ。ここで四葉がそう思ってんのなら、どう行動するかは、あいつ自身で決定するもんだ。違うか?」

 

『それは……』

 

「それに今回は、上杉には特に赤点回避ってノルマが課せられてるわけでもねぇしな。無意味に目先の結果を求めてもしゃあねぇが、それでも今お前たちができることは、自分自身の成績を上げること、それだけだ。三玖でさえギリギリだったのに、前の試験で独りよがりで堂々と赤点をとったお前が、他の姉妹に構ってられるほどの余裕があるのか?」

 

『………』

 

「明日お前らがどうしようが、それはお前らの自由だ。だが、それに俺ァ関わるつもりはねぇ………四葉を戻すも良し。戻らぬも良し。全てはあいつが招いた結果。それだけだ」

 

総介がそう言い終えると、五月はしばらく黙りこみ、やがてスマホの向こうから彼女の声が聞こえてきた。

 

『………わかりました。

 

 

 

 

 

 

ですが、最後に、聞かせてください』

 

 

「……何だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『浅倉君はなんでそんなに…………

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな簡単に、人を見捨てられるんですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………色々経験すりゃあな、

 

 

 

 

 

 

ま、お前ももうちょい大人になりゃわかるさ

 

 

 

 

じゃあな」

 

 

 

 

『え?それって一体ry』

 

まだ五月が喋っているままだったが、総介はそのまま電話を切り、ベッドの上に上半身を大の字に寝転ばせた。

 

 

「…………」

 

しばらく考え込んだ後、彼は再びスマホの画面をタップして、耳に当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………悪いな海斗、こんな時間に。明日のことなんだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。某ホテルにて

 

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

「………私にプライバシーは無いのかしら」

 

 

そこには、二乃と同じの黒いリボンをツーサイドアップにした三玖が、変装の元にした本人と相対していた。

 

 

一昨日、風太郎と総介が二乃のいたホテルを離れた後、総介から事情をきいた三玖が、気になって二乃の泊まっているホテルを訪れたところ、ちょうどホテルから荷物を持って出て行く二乃を目撃し、そのまま尾行したところ、今いるホテルにチェックインするまでの様子を見ていた。ちなみに、そのことを知っているのは三玖だけであり、彼女はそのことを総介に言ってはいるものの、場所までは口にはしていない。

 

しばらく、三玖は図々しくも二乃の部屋でお茶(緑茶)を飲みながらくつろいでいるが、

 

「ってなんで自分の部屋みたいにくつろいでんのよ!」

 

「今更……」

 

流れのままに動いて、隣で緑茶を飲む三玖に、二乃が盛大にツッコむ。三玖は全く動じる様子もなく、お茶をすする。

 

「一昨日は上杉、今日は三玖……少しは1人にさせなさいよ」

 

「ソースケもいる」

 

「あいつの名前出さないで!名前すらも聞きたくないわ!」

 

「………」

 

二乃の総介に対する過剰な反応を見る限り、総介に相当キツいことを言われたのだろう。一昨日、帰ってきた総介が何事もなくあっけらかんと

していたのを見るに、おそらく一方的に正論をかまされて、我慢できなくなった二乃が追い返したと、三玖は予想する……まあ大体は本人から聞いているのだが。

と、ここで三玖が、直接あのことを二乃に聞いてみる。

 

「大門寺君に会わせてもらえなかったのがそんなに不満?」

 

「ええ不満よ!あいつ、それぐらいいいでしょって聞いたのに、海斗君は忙しいだの、お前のワガママに付き合う暇なんか無いだの、屁理屈ならべて一向に………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってなんでアンタがそのこと知ってるのよ!?」

 

「ソースケから聞いた」

 

「あいつ……」

 

何でもかんでも三玖にペチャクチャと……と、二乃は歯軋りをさせてその場にいない三玖の恋人に対して激しい殺意を覚えるが、その直後に、三玖から信じられない言葉が飛び出してきた。

 

「あと、大門寺君にも会わせてもらった。試験期間の前だけど」

 

 

「はぁぁぁ!!!?」

 

隣に座っていた二乃が、驚きのあまり飛び上がる。

 

「会ったって!?海斗君に!?」

 

「他にだれがいるの?」

 

「なっ!?どうして!どうやって会ったのよ!?」

 

「ソースケが『自分と付き合っていく上で、絶対関わってくる人だから』って、会わせてもらった」

 

「!!!………」

 

額に青筋を走らせる二乃。そりゃそうだ。自分には会わせてくれなかった海斗を、総介は三玖には簡単に会わせたのだ。だがまぁしかし、総介からすれば、海斗と三玖を合わせるのはいろんな意味で抵抗があり、積極的に会わせた訳ではない。

彼女と長く共に時を過ごす以上、海斗の存在は避けられない問題なのは確かだったので、いやいや彼に会わせるしかなかったのだ。あらゆる女子をも虜にする海斗を三玖に紹介するのは総介からしても苦渋の選択だったが、結果的に、三玖は海斗には全く靡かことは無かった。

 

「あいつ……どこまで私を馬鹿にするのよ……」

 

「……会ったのは一度だけど、二乃が惚れそうな人だなって思った」

 

「そりゃそうでしょ!海斗はあんたの彼氏なんかと違って、とっても優しくて、背も高くて、ちょーカッコいいんだから!」

 

「確かに大門寺君は背も高くて、優しくて、カッコいい人だけど……

 

 

 

それでも、私はソースケがいい」

 

「はぁ!?海斗君に会ってもあんなやつを選ぶ気なの?正気?」

 

「なんとでも」

 

「………」

 

二乃の総介を貶める言葉にも、三玖は反応を示さなかった。本来なら、いくら三玖でも、恋人をムッとして言い返すのだが、今日はどこか素っ気ない。二乃は三玖の無反応に、少し拍子抜けする。

 

「……何よ、言い返さないの?」

 

「……自由だから」

 

「は?」

 

「私たちは姉妹だけど、誰かを好きになるのは、私たちそれぞれの自由。二乃が大門寺君を好きでも、私がソースケを好きでも、それは私たちの自由だから……別に誰かに言われても、変えるつもりはない」

 

「………アイツに言われたの?」

 

「……林間学校のとき、ソースケが言ってた。『私には私の、一花には一花の、四葉には四葉の、五月には五月の……そして二乃には二乃の[特別]がある』って。それを無理に一緒にして『平等』にする必要なんてないって。私が思いつめてる時に、ソースケは優しく言ってくれた。どうせみんな違う道を行くなら、『自由』にした方がいいって」

 

「………」

 

頬を赤くしながら話す三玖。そして、最後の言葉を聞いた二乃は総介の言ったことに覚えがあった。

 

『いずれ来るかもしれねぇが、お前らもそれぞれ別の男と結婚すんだ。まあそれはどうかわかんねぇが、少なくとも、就職なりなんなりで、お前らはバラバラになる時は来る。そん時が来たらお前はどうするんだ?』

 

 

 

 

………いつか、みんなバラバラに違う道を……

 

二乃にその言葉が、重くのしかかる。目の前にいる三玖は、それを受け入れるどころか、自分からそうなって自由を謳歌している。それに比べて、自分はどうだ。

そんな現実を受け入れられず、駄々をこねて風太郎と総介を拒絶し続け、総介と三玖の交際を一向に受け入れられず、突っかかっては返り討ちに遭い、ついにはにはこうして姉妹から逃げ出す始末だ。そしてそんな自分を、2人は全く歯牙にもかけていない。

 

「前から思ってたけど……アイツ、本当に私たちと同じ高校生なの?」

 

「うん、ソースケって大人っぽい。落ち着いてて、困ったときはいろいろとアドバイスしてくれて、悩んだりしてる時は一緒にいてくれる。そこが凄くいい」

 

総介の凄惨な過去や、『刀』にいることを知らない2人からすれば、彼は明らかに年上にしか見えない。一花のからかいにも動じず、二乃が噛み付いてこようとも適当にあしらい、四葉の奇天烈な言動にも特に驚くことなく対処し、五月が試験で赤点をとったときは一切容赦せずに折檻した。流石に三玖の暗黒物質(ダークマター)にはやられてしまったが、一部を除けば、総介は誰よりも大人だ。それでいて、度量も十分だ。チンピラ達に囲まれた時も、一切物怖じせずに挑発し、殴り飛ばしてから三玖を抱えて逃げる喧嘩の強さと体力。細身で分からないが、プロのアスリートと思わせるほどの筋肉を有していることも、三玖は知っている。

 

と、ここで二乃が三玖に話しかけた。

 

「………ねぇ三玖」

 

「何?」

 

「あんた………アイツと寝たの?」

 

「……?何言ってるの?」

 

「だから……アイツと、『そういうこと』、したの?」

 

「………」

 

2人の顔が徐々に赤くなっていく。三玖が総介の家に泊まりに行った日、彼女はとんでもない爆弾発言をして家を出て行った。その後は、何事も無かったかのように振る舞ってはいるが、年頃の女子ゆえ、気になるものは気になるのだ。そうだと知っていても、やはり本人の口から聞かないと納得はできない……

 

 

 

 

 

 

 

「………うん、した」

 

「………そう」

 

分かってはいた。あの日から、三玖の雰囲気が変わっていたのだ。二乃の姉妹の中で高い女子力は、それを見逃さなかった。三玖が総介の家から帰ってきた時から、いつもと変わらないような感じはするものの、所々で溢れ出る色気や、総介と話をするときの感じが違っていた。ほんのわずかではあるが、二乃にはそれが『そういうこと』だと確信させるには十分だった。

近頃、二乃が三玖にきつく当たるのも、そこから来ていたりしていた。自分が一番嫌いな男が、姉妹と体の関係を気づいた事実、それをずっと受け入れたく無かった。

そして改めて、それを知った。

 

「………はぁ〜」

 

二乃は盛大にため息をつく。もう元には戻れない。あの頃のように、同じ姿の姉妹みんなで一緒にいることはできない。母が死んで、今の義父に引き取られてから、それぞれの容姿は変わりはじめ、それぞれの好みにも差が出てきた。事実、今飲んでいるものは、二乃が紅茶、三玖が緑茶。そうして、五つ子に差がで始めた頃、妹の1人がいつの間にか恋人を作り、その彼に初めてを捧げた。

 

 

 

『変わらねぇ日常が永遠に続くと思ったか?』

 

 

あの日から、総介の言葉が延々と頭の中に巡っていた。いずれ、そうなる。それを受け入れて前に進むか、今のように現実から逃げ続けるか……

 

 

 

「……はぁ〜、もういいわ」

 

「?」

 

「なんかアホらしくなってきた。何で私があんなヤツごときに悩まなくちゃいけないのよ」

 

「………二乃」

 

「………いつまでも子どもじゃ、いられない……どうしようもない時は、受け入れるしかない、か……」

 

そうブツブツと呟きながら、二乃は立ち上がり、鞄の中をまさぐる。その中からなにかを取り出し、再び三玖の元へと戻る。彼女が手に持った物を見て、三玖は血の気が引いていく。

 

二乃の手には、それはそれは切れ味が良さそうなハサミが握られていた。

 

 

そして………

 

 

 

 

「三玖、アンタが、アンタから、変わっていったんだから……

 

 

 

 

 

 

 

アンタも、覚悟しなさい」

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジありえないから」

 

 

「は、はい……ごめんなさい……」

 

 

 

その後、試験前にも関わらず、合宿を行おうとしている陸上部に流されて出発しようとする四葉を止めるため、最後の手段として、四葉を戻そうと、隠れて様子を窺っていた風太郎、五月、一花の3人だったが、突如三玖からの救援要請の電話により一花が離脱、仕方なく2人で追いかけることにした。途中、五月を四葉に変装させ、本人と入れ替える作戦を思いつき、実行に移した。四葉をこちらに引きつけることには成功したが、四葉に変装した五月は、陸上部部長の江場に髪の長さを指摘されて、バレそうになったところをもう1人の姉妹が現れ、今度はそっくり四葉に変装していたため、気づかれることは無かったが、その四葉モドキは江場に「試験前に合宿とかマジありえない」と凄み、それに気圧された江場はその場にへたり込んでしまった。

一方、遠くから見ていた風太郎。隣にいた四葉は「ドッペルゲンガーだー!!」と騒いでいたが、風太郎は一花が戻ってきたのを知り、姉妹で一番変装が得意だと聞いてた三玖がやったのだと思ったのだが、一花の後ろから三玖がヌッと出てきたのを見て、ちんぷんかんぷんになってしまう。

 

 

「?????」

 

彼が混乱していると、五月ともう四葉モドキがこちらにやってきた。

 

「五……四……一……三……まさか」

 

今この場にいる場で、四葉に変装している人物は、消していくと1人しかいなかった。

 

「私がホテルに着いた時、ハサミを持って三玖が立ち尽くしてたの。

 

 

 

詳しくはわからないけど、きっと、

 

 

 

何か気持ちの変化があったんだろうね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二乃」

 

 

そこには、スーパーロングだった長い髪を、四葉と同じくらいの長さまで切った二乃が、自身のリボンをツーサイドアップにつけていた。そんな彼女を、一花が少しからかう。

 

「そんなにさっぱりいくなんてもしかして失恋ですかー?」

 

「うっさい」

 

適当にあしらった二乃が、四葉の方を向き、彼女に声をかける。

 

「四葉」

 

「!」

 

「私は言われたの通りやったけどこれでいいの?こんな手段を取らなくても、本音で話し合えば彼女達もわかってくれるわ」

 

「…………」

 

 

 

 

 

「あんたも変わりなさい

 

 

 

辛いけど、いいこともきっとあるわ」

 

そう言う二乃の顔は、どこか憑きものがとれたかのような表情をしていた。

 

「………うん、行ってくる」

 

「付いてこうか?」

 

一花がそう聞くが、四葉は断った。

 

「ありがとう……でも、一人で大丈夫だよ」

 

そう言って、四葉は陸上部の元へと歩いていった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

その後、一花と三玖の計らいで、風太郎を連れて、二乃と五月は二人きりになる。

 

「二乃……先日は」

 

「待って、謝らないで」

 

五月が謝ろうとしたのを、二乃が止める。そして、

 

「あんたは間違ってない。悪いのは私。ごめん。

 

あんたが間違ってるとすれば……力加減だけだわ。凄く痛かった」

 

「二乃ぉ〜」

 

今にも泣きそうな五月。と、彼女は思い出したように、ポケットの中からある物を取り出す。

 

「そ、そうです。お詫びも兼ねてこれを渡そうと思ってたんです」

 

そう言いながら、五月は二乃にそれを見せた。

 

「この前二乃が見たがってた映画の前売り券です。今度一緒に行きましょう」

 

「!」

 

それは、『恋のサマーバケーション』という、なんともアレなタイトルの映画の前売り券だった。

 

それを見た二乃は、小さくつぶやいた。

 

 

「……全く、なんなのよ

 

 

 

思い通りにいかないんだから」

 

二乃が後ろに回したてには五月が見たがっていた映画『生命の起源〜知られざる神秘〜』という、これまたアレな映画の前売り券が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

ここは、風太郎達がいた場所から、それほど遠くないビルの屋上。

 

 

 

 

「……どうやら、あっちの問題は解決したみたいだね」

 

「……どうだかな」

 

風太郎と姉妹たちを、遠くで見つめる影が2つ。ていうか、大体の予想通り、総介と海斗である。

 

「昨日いきなり電話が来たかと思えば、これを見せるためだったとはね、びっくりしたよ」

 

「どう転ぶかはあいつら次第だったがな。とりあえず、あのアホ二人はどうにかなりそうだが……」

 

「………四葉ちゃんかい?」

 

「……あいつがもし、あれでもダメなら、もう無理だな……」

 

「流石にそれはないと思うけど………」

 

「どうだか………そんじゃ、あいつら帰るみたいだし、俺も行くわ。上杉の代わりに、アホどもに制裁しなきゃいけねーしな」

 

「………総介」

 

屋上から去ろうとした総介を、海斗が呼び止める。

 

「………」

 

僕は今日はオフだから(・・・・・・・・・・)いつでも連絡待ってるよ(・・・・・・・・・・・)

 

「………いいのかよ、それじゃアイナは」

 

「一応納得はしてくれたよ。アイナのことは今のところ全く知られていない。僕と総介だけの関係なら、問題ないだろうし、二乃ちゃんにあそこまで知られていたら、いつまでも秘密にはできない。だったら今のうちにあの子達に会っておいた方がいい。

 

 

 

そして何より、僕自身、そろそろ表舞台に出てみたいからね」

 

 

「………お前を呼ぶのはあの女の態度次第だ。そん時は縁が無かったと思ってくれ」

 

 

 

 

「……分かった。楽しみに待ってるよ」

 

「…………」

 

 

総介はそのまま、屋上の扉を開けて中へと入っていった。一人残された海斗は、マンションへと戻る風太郎と、中野姉妹を見ながら、一人静かに喋りだす。

 

 

 

 

 

 

「……さて、この一寸先にある闇の奥、待っているのは、天国か地獄か………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらに転んだとしても、面白くなってきたね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまり僕を落胆させないでくれよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君といると、中々暇を潰せて面白そうだからね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

期待しているよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二乃ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




『上杉派』か『白銀派』かと聞かれたら、『石上派』と答えます。しかし白銀のハーサカにアプローチされてもかぐや一筋なのところも捨てがたいな……
『かぐや様』って無駄にハーレムにせずに、それぞれにカップリングが出来てるのがほんともう好き。

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
ご感想、好評価お待ちしてます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52.悪いことをした奴には罰としてアルゼンチンバックブリーカー

流石に休みすぎたので、間を開けずに更新です。


果たして二乃は、海斗と会うことができるのか………そしてそして、2人の恋の行方は!!



うるせぇバーカ!そんな事より新キャラの登場だよ!


四葉の陸上部の合宿行きを、ギリギリのところで阻止した姉妹と風太郎は、その足でマンション『PENTAGON』へと到着した。自宅のある階へと到着した途端、四葉がそのまま廊下に土下座をし、今までのことを皆に詫びた。

 

 

 

「…………この度は、ご迷惑をおかけして」

 

「朝から大変だったね〜」

 

「早朝だったのでご飯を食べ損ねてしまいました」

 

「……全ては私の不徳の致すところでして」

 

「帰りに買ってくればよかったな〜」

 

「でも今日はシェフがいる」

 

「誰がシェフよ」

 

が、全員全く聞いていない。四葉はそのまま土下座を続ける。声をかけられるまでそのままでいるのだろうか?

 

「……大変申し訳なく」

 

「その前に」

 

そのまま反省の弁を述べようとする四葉をよそに、一花が今まで家を出ていた2人に声をかけてた。

 

 

 

 

 

「おかえり」

 

 

その視線の先には、癖のあるロングヘアに、頭頂部にアホ毛と、星型の髪飾りが特徴の五月と、黒いリボンをツーサイドアップにし、今まで腰まで届くほどのロングヘアを、バッサリと切った二乃がいた。

 

 

 

 

 

 

「「ただいま」」

 

 

2人はそうは言ったものの、玄関の前で足踏みしてしまう。

 

「早く入りなさい」

 

「お先にどうぞ」

 

「じゃあ同時ね、せーの………」

 

「………」

 

「………」

 

 

 

「なんで動かないのよ!」

 

「二乃だって!」

 

どうやら2人の中では、未だに家に先に帰った方が負けという思考が残っているようだ。しつけー。

 

「久々に賑やか」

 

「うん。よーし、じゃあこのまま……」

 

 

 

 

「試験勉強だな」

 

「「!」」

 

一花と三玖が話ていたところに、後ろから風太郎がヌッと出てくる。

 

「忘れてないだろうな?明後日から期末試験だ、文句ある奴いるか?」

 

「も、もちろん、そう言おうとしてたよねぇ」

 

「………」

 

一同が話し合う中、未だに四葉は土下座している状態だったが、さすがに無視され続けることに痺れを切らし、顔を上げた。

 

「もー、みんな聞いて……」

 

 

「あ?いつまで気にしてんだ?早く入れ」

 

「!」

 

「じゃあ四葉が食事当番」

 

「さっ行こ」

 

「………」

 

みんなが何事も無かったかのように今までのように接してくれることに、四葉はぽかんとしてしまうが、やがて立ち上がり、

 

 

 

 

「………うん!」

 

 

 

 

こうして、ようやく姉妹5人が揃い、明後日の期末試験に向けた勉強へと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「原作通りにいくとでも思ったか、コノヤロー?」

 

 

 

「へ?」

 

「「「!!!」」」

 

ふと、四葉の後ろから、気怠そうな声がして、先に一花、三玖、風太郎の3人が振り向くと、そこには……

 

「な〜におめぇら一件落着みてぇな雰囲気出しちゃってんですかコノヤロー。んで、あんなにこいつらに迷惑かけといて、タダで済むと思ってたか?え?」

 

 

 

 

「……あ、浅倉、さん?」

 

四葉がギギギ、とブリキのおもちゃのように首を回すと、そこには下衆い笑みを浮かべた総介が、四葉を見下ろしていた。

 

「ソースケ!」

 

「あ、浅倉……」

 

「……あれ、笑ってるけど怒ってるよね?」

 

一方、3人は三者三様のリアクションをとるが、総介は今はそれよりもと、四葉の両こめかみに握り拳を当てて……

 

「悪いことしたら、とりあえず罰ってのが、世の中の常識だよな〜。

 

 

 

 

つーわけで、刑を執行しまーす」

 

そう言った総介は、そのまま四葉の両こめかみを握り拳で挟み、某みさえがしんのすけにしているように、グリグリ攻撃を始めた。

 

 

 

 

 

「イダダダダァァァァ!!!!、あざぐらざん!!!!ギブ!!ギブゥウウウウウ!!!!!」

 

「安心しなバカリボン。ここは実は頭の良くなる秘孔があってだな、刺激すればするほど知識を蓄えやすくなるって『民明書房刊』の『頭の良くなる秘孔術〜ここを突けば間違いなく天才に〜』っていう本に書いてあったぞ、よかったなバカリボン、明日からお前は天才リボンに昇格だ」

 

「それ『男塾』のネタじゃないですか!!!知らない読者が置いてけぼり食らっちゃいますぅ!!!アダダダダダ!!!はなじでぇ!!!!!」

 

 

「そだっけか?俺は『男塾』好きだぞ。特にアメ◯ーークの影響で『卍丸』がイチオシキャラだ。って、どうでもいか。まぁいいや……しっかし、よくもまぁ試験前だってのに、走り回って遊ぶ余裕あったもんだなぁ、えぇおい?」

 

「い゛い゛い゛い゛い゛!!!!いぢがぁあ!!!みぐぅぅう!!!うえずぎざぁぁあん!!!だずげでぇぇえええ!!!!」

 

いつものやる気のない表情のまま、四葉へのグリグリ攻撃での制裁を続ける総介。あまりの痛さに、3人に助けを求めるが、その3人はというと……

 

 

「「「………」」」

 

今、総介に逆らえば、四葉と同じことするぞ?と言っているような本人の眼差しに、一歩も動けず、四葉はそのまま、総介の気が済むまでグリグリ攻撃を浴びせられるのだった。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!!じぬ゛ぅぅううううう!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

「浅倉君、その………本当に、申し訳ありませんでした」

 

あの後、ようやく解放された両目がうずまきになっている四葉を一花と三玖が抱えて部屋に入り、そ総介はそのまま五月と二乃の元へと向かった。2人に会った瞬間、二乃はとても苦い表情をしたが、総介は二乃の方へと一切目を向けずに、五月へと声をかけた。ビクッと肩を震わせた五月だったが、自分が今するべきことを理解していたようで、部屋に全員揃ったところで、腰を曲げて頭を下げ、総介へと謝罪した。

 

「………お前があの時、こいつを殴ったのは間違っちゃいねぇ。なんならぶっ倒れるぐらい殴って欲しかったもんだ」

 

「………うっさいわね」

 

チッと舌打ちをしながら、二乃は総介にボヤく。が、本人は全く気にせずに、五月へと話を続ける。

 

「だが、そのあとがいただけねぇな。お前がここを出て行く必要は無かっただろうが。上杉の家を知ってたとはいえ、もしそれが無かったらどうするつもりだったんだ、え?」

 

「………」

 

「くだらねぇプライドをふりかざして痛い目を見るのは、今回だけじゃねぇだろうが。前回の試験のことを忘れちまったのか……ちっとは頭冷やして、冷静になることも覚えやがれ」

 

「………はい、すみませんでした」

 

淡々と、五月の痛いところを突く説教をする総介。それに対して、五月は一切反論出来ず、謝るしかなかった。

 

 

そして、そんな2人を見ていた風太郎は、五月が自宅に泊まった時、一緒に夜道を思い出していた。

 

『だったら……俺は父親の代わりになろう』

 

〜中略〜

 

『……でもあなたが父親はちょっと』

 

『うるせー我慢しろ!』

 

総介の心境は知れはしないが、それでも今の状況を見て、彼の方がよっぽど父親らしい事をしている。

試験前だというのに、喧嘩をしたり、他のことに時間を割いていた姉妹たちを、きちんと説教やお仕置きをして、それだけではなく、どうすればいいかのアドバイスも少し添えており、上手く導こうとしているのだ。

 

 

それに比べて、自分はどうだ?

 

 

こいつらのために、何をした?

 

 

勉強を教える以外に

 

 

何ができた?

 

 

 

 

 

 

 

何もしてないし

 

 

 

 

 

 

 

何も出来てないじゃないか………

 

 

 

 

 

何が父親の代わりだ………

 

 

 

 

 

 

『さよなら』

 

 

 

 

 

(………やはり、俺は……)

 

 

 

「………さて、こっからがメインイベントだ」

 

「?」

 

五月への説教が終わった後、総介が言ったことに、風太郎を含めた全員が疑問を浮かべる。

そして彼の視線は、この日初めて二乃へと向けられた。そうなったことで、他の姉妹と風太郎にも緊張が走る。

 

「…………何よ?私にもなんか言いたいことでもあんの?」

 

そう言う二乃だが、どうやら心当たりがありまくりなようで、いつものような鋭い声ではない。一体何を言われるのか……

そんな中、総介が口を開いた。

 

「そうだな、お前には特段言うことはねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

その代わり、今この場で全員に土下座しろ」

 

 

「はぁ!?」

 

「あ、浅倉、さすがに……」

 

「それは、ねぇ……」

 

一花と風太郎が、さすがにと総介の言ったことに苦言を呈するが、彼はは全く聞く耳持たない。

 

「この女が今までやってきた行いを考えろ。上杉に薬を盛るわ、姉妹を俺たちから離して邪魔するわ、赤点とれば上杉がクビになると知って勉強しないわ、挙げ句くだらねぇことで家出するわ………枚挙に暇がねぇじゃねぇか。

 

 

 

 

それを、今この場で全員に土下座で謝罪すりゃキレイさっぱり無かったことにしてやるっつってんだ。逆に感謝して欲しいくれぇだなおい」

 

「………」

 

確かに、今まで二乃がしてきたことは、徹底して風太郎と総介の家庭教師の仕事の妨害なのだ。それを何もなくチャラにしようとするなど、総介の言ったように、虫のいい話だ。だがしかし、二乃からすれば、姉妹はともかく、風太郎、そして何より総介に対して土下座するというのは、この上なく屈辱的な行為に他ならないのだ。とはいえ、そうでなければお灸を据える意味がないのだが……

 

「……お断りよ。アンタに、そんなこと決める権利なんか無いでしょ?所詮は助っ人なんだから」

 

当然、二乃はそれを拒否する。確かに、総介は風太郎の助っ人。そんな助っ人ごときの存在が、土下座させることを決める権利は無い。しかし……

 

「ここにいる連中に本気で申し訳ないって気持ちを持ってりゃ、四葉がさっきやったように、すぐに出来るはずなんだがな……姉妹や、少なくともお前のことをそれでも気にかけてた上杉にすらする気はねぇのかおい?」

 

「誰がアンタらになんか……そもそも、アンタらが来なかったらこんなことにはならなかったのよ……」

 

「ほう……あくまで俺らにする気はねぇ、と?」

 

「当たり前でしょ!」

 

二乃の答えを聞いた総介は、そのままポケットの中へと手を伸ばし、スマホを取り出し、画面を二乃に見せた。そして………

 

 

 

「あっそ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だってよ、どう思うよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうって………僕は詳しくは事情を知らないけど、でも悪いことをしたら、相手にはきちんと謝罪をしないとね……二乃ちゃん』

 

 

 

 

 

「!!!!!」

 

「!」

 

「?」

 

総介がスマホに向けて話しかけると、その向こうから、男の人の声が聞こえてきた。その声に、二乃と三玖が反応する。2人には、その声に聞き覚えがあった。その人物こそ……

 

 

 

 

 

 

「……海斗、君?」

 

 

『久しぶりだね、二乃ちゃん。今までのやりとりは、総介の電話を通じて、全部聞かせてもらったよ』

 

「なっ!!!?」

 

「……ねぇ、誰?」

 

「さぁ……」

 

スピーカーモードにしたスマホの奥から、海斗の声が聞こえてきたことに、二乃は信じられないとでも言わんばかりの驚愕の表情を浮かべる。しかし、総介が二乃に見せた画面には、確かに通話相手に『大門寺海斗』の文字が出ていた。

 

総介は、マンションについてから、エレベーターを登るまでの間で、海斗に電話をし、彼が姉妹や風太郎と合流してからの一部始終を聞かせていたのだ。

 

事情を知らない一花と四葉が、頭には『?』を浮かべながら互いを見る。

 

「……大門寺君」

 

『三玖ちゃんかい?久しぶりだね』

 

「うん……」

 

「え、三玖、知ってるの?」

 

「……ソースケの、幼なじみ」

 

「浅倉の………」

 

「幼なじみ……」

 

風太郎を含め、一花、四葉、五月が、電話の相手である海斗を気にし出すが、間を開けずに、総介が海斗に話しかける。

 

「んで、どうするよ海斗。お前の興味を引いたこの女は、悪いことをした相手に謝る気はねぇどころか、原因は俺と上杉にあるってよ」

 

『……それは頂けないね』

 

「!!!!………」

 

二乃の表情が、段々と青ざめていく。今までのやりとりを全て聞かれていた。それは、自分の総介と風太郎に対する行い、態度を知られてしまったということだ。それを知った彼女は、視線を総介を移す。彼の表情は………

 

 

 

 

 

 

冷たく、口角を上げていた。それはそれは下卑た笑みを浮かべて……

 

 

 

 

 

はめられた………

 

自身の2人に対する態度を逆手に取られ、海斗にそれを自ら暴露してしまったのだ………

 

 

「………」

 

「お前が素直に土下座に応じれば、俺は海斗をこの場に呼んでやろうと思ってたんだがな……ひっじょ〜に残念だな〜wでもしょうがないな〜、謝る気ねぇ〜んだしぃw」

 

「っっ!!!」

 

何をいけしゃあしゃあと……二乃は今まで浮かべたことの無いような怒りの表情を浮かべて、外道の笑みを浮かべて自身を見下す総介を睨みつける。が、本人はそんなものを全く気にする様子もなく、海斗と会話をしている。

 

『総介、流石に土下座はやり過ぎだよ。せめて普通に謝罪だと言うべきだろう?』

 

「今までこいつがしてきたことを鑑みたら、土下座ですら安いもんだろうが。それをこの女は、俺らに原因を押し付けて謝りもしなかった。報いを受けて然るべきだろうが」

 

『君の言うことも一理はあるけど…………二乃ちゃん、聞いてるかい?』

 

「!?」

 

突然、電話の向こうから 話しかけられたことに、二乃は肩をビクッと震わせる。

 

「………えぇ、聞いてるわ」

 

『総介が言う土下座はさすがに横暴だとして、今まで迷惑をかけてきたことを、彼と上杉君に謝る気持ちは、無いのかな?』

 

「………」

二乃は、答えに迷ってしまう。今ここで、ハッキリと無いと言ってしまえば、彼から失望されかねないし、あると言えば、総介と風太郎に謝るという屈辱を味わうことになる。それも、目の前にいるこの状況を作った、ニヤニヤと笑う下衆な男に謝ることに………

 

「………私は……」

 

「………大門寺君」

 

「!」

と、ここで、三玖が電話の向こうの海斗に声をかけた。

 

『?どうしたんだい、三玖ちゃん?』

 

「二乃は、私たち五つ子の場所を守りたいって思って、今までソースケとフータローのことをよく思ってなかった。でも、私とソースケが恋人になって、どうすればいいか分からなくなっちゃってた。ソースケといれば、私たちはみんなバラバラになってしまうっていう危機感が、二乃にあんなことをさせたんだと思う……それだけは、わかってほしい……」

 

『………』

 

「三玖………」

 

彼女の口から出たのは、二乃を庇う言葉だった。それに総介は少し驚いたが、すぐに表情を元に戻して、彼女の話を聞き、やがて、二乃に声をかける。

 

 

「おい」

 

「………」

 

「もう一度聞くぞ。上杉を追い出そうとあの手この手で邪魔したこと、どう思ってんだ?」

 

「………」

 

『…………』

 

「二乃……」

 

他の姉妹が心配そうに、二乃を見つめる。そして……

 

 

 

 

「………悪いとは……思ってるわよ……」

 

 

『じゃあ二乃ちゃん、君は上杉君にどうするべきか、分かるね?』

 

「………」

 

海斗の言葉に、二乃は風太郎の方へと向き、そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………今まで、邪魔ばっかして、………ごめんなさい」

 

「……お、おう」

 

「二乃……」

 

海斗の助けがあったとはいえ、二乃が風太郎に頭を下げて謝罪した。それを見た姉妹4人が、一斉に驚きの表情を浮かべる。それを総介は、全く表情を変えずに見ていた。そして、風太郎が戸惑いながらも彼女を許したのを見て、電話相手の海斗に話しかける。

 

 

 

 

 

「………んで、どうするよ?」

 

『………少し済ませる用があるから、1時間ほどになっちゃうかな』

 

「……え?」

 

「?」

 

「おいおい、いいのかよ?」

 

『これが僕が言わずに出来たらいいんだけどね……でもまぁ、謝ったことは事実だ。それに、ここまできて僕が引き下がるのも、無粋だろう?』

 

「……ったく……」

 

そう吐いて、総介は片手で頭をくしゃっとかく。

 

「着いたら電話しろ。俺と三玖が迎えに行く」

 

「!」

 

『わかったよ。僕も五つ子の皆を直接見てみたいしね。楽しみにしているよ』

 

「……もう一度聞くが、本当にいいんだな?」

 

『何を今更……それじゃあ、また』

 

「……おう」

 

そう言葉を交わして、総介は電話を切り、ポケットにしまった。

 

「………海斗に感謝するんだな。そして俺を崇め奉れ。ヤローが1時間ちょっとでこっちに来るってよ」

 

「!」

 

「!!!!か、海斗君が!?ここに来るの!?」

 

「………そうだ。ただし、今回は俺の温情100%で呼んでやるんだ。それについてはこの俺様に最大級の感謝をry」

 

「こうしちゃいられないわ!!急いで着替えてご飯作らないと!!こんなジャージ姿で会うわけにはいかないわ!」

 

「……マジ殺すぞクソアマ」

 

総介の言葉など一切聞かずに、二乃は一瞬で元気を取り戻し、着替えのために一目散に自室へと向かっていった。それを見た総介は、青筋をいくつも立てながら現金な二乃の部屋を睨みつける。と、そんな彼に三玖が話しかける。

 

「ソースケ……大門寺君、来るの?」

 

「……うん。あいつもそれを希望してたからね」

 

「そう……」

 

「ね、ねぇ、ちょっと」

 

ここで、今まで傍観してた一花が、総介に尋ねる。

 

「大門寺君って、よく学校の噂で聞く大門寺君のことだよね……彼がここに来るの?」

 

「……ああ、あの女と林間学校で知り合って、キャンプファイヤーのダンスを踊ったらしい」

 

「二乃が、そのような人と関係を……」

 

「だ、ダンスを、ですか……」

 

「道理で、二乃が林間学校の後、凄く機嫌が良かったわけだね……」

 

事情を知らなかった一花、四葉、五月がそれぞれリアクションをとるが、風太郎は未だポカンとしたままだった。総介は、そんな彼に声をかける。

 

「上杉、お前も海斗に会っといた方がいい」

 

「え……お、俺も?」

 

「ああ。最初に色々と知っといた方がいいだろ。知れば知るほど嫌になっちまうぐれーだからな………ヤローが持ってる才能(モン)によ」

 

「………?」

 

総介の言葉が、風太郎は意味が理解できなかったが、この後、彼は理不尽と言えるほどの自分と海斗との差を知ることとなる………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

それから、着替えを終えたテンションバカ上がりの二乃が四葉を押し除けて、キッチンで料理を作り(途中で総介と五月のつまみ食い有り)朝ご飯だというのに、豪華な料理を作って迎えようとしている間、総介と風太郎は他の4人と試験の対策を行なっていた。途中で、四葉に陸上部のことを聞くと、どうやら大会までは参加して、その後にお別れするということに落ち着いたらしい。そして、総介のスマホから電話が来たところで、彼と三玖が下まで降りて彼を迎え、部屋まで案内をした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして。大門寺海斗です。試験前だというのに突然お邪魔して本当に申し訳ないですが、よろしくお願いします」

 

部屋に入り、丁寧に挨拶をした海斗。彼の姿を直で初めて見た一花、四葉、五月、風太郎の4人は絶句してしまった。

 

 

 

並んで立つ長身の総介よりも、更に高い191cmの高身長。星のような輝きを放つ銀色の地毛。シャープな輪郭に、長い睫毛、爽やかな優男のような目元、真っ直ぐと筋の通った鼻筋、細い顎のライン、他の耳を魅了する声色……

服装も、白いカッターに、銀色のベスト、左手首につけてある黒ベルトの腕時計(ちなみにコレ超高級ブランドの代物であり、100万円します)、細いスラリとした長い足にフィットする黒いスラックス。

細いだけでなく、肩の部分はガッチリと、筋肉があるのが分かる。完璧なモデル体系である。

どう見ても、自分たちと同じ高校2年生、17歳には見えない。

 

 

そんな海斗の見た目を一言で言えば、『文句無し』そのものであった。

 

 

(う、噂に聞いてたけど、こんなにカッコよかったの……共演した俳優さんに結構なイケメンの人もいたけど、その人たちなんか、足元にも及ばないよ……)

 

(ほえ〜、背高〜い。浅倉さんはまだ大丈夫だけど、上杉さんがちっちゃく見えちゃうよ〜)

 

(す、凄く、優しそうな人です……それに、彼が右手に持ってる袋は一体……)

 

海斗と初対面の姉妹の3人が、彼を見てそれぞれ心中でリアクションをとる。一方、彼を見た風太郎は、開いた口が塞がらなかった。その見た目、佇まいが非常に気品で溢れている海斗だったが、その穏やかな雰囲気、それらは女性だけでなく、男性をも釘付けにしてしまうものだった。

 

「これ、少しお邪魔させてもらうお詫びに、よかったらどうぞ。『A5ランク黒毛和牛霜降りステーキ用のお肉』です。ちゃんと皆さんの分ありますから」

 

「く、黒毛和牛!霜降り!!ステーキ!!!ありがとうございます!!」

 

海斗が右手に持っていた紙袋の中身を言った途端、五月が光の速さでそれを受け取り、中身を確認して目を輝かせた。

 

「いらっしゃい、海斗君!さ、立ったままなのも何だから、好きなところに座って!狭い部屋だけど、よかったらくつろいでいってね!」

 

と、先ほどまでの事はどこいったんだおい?と言いたくなりようなハイテンションな二乃が、海斗に声をかける。

 

「ありがとう、二乃ちゃん。そうさせてもらうよ」

 

海斗が二乃の方を向いて礼を言うと、二乃は頬を両手で押さえながら、顔を赤くしてしまう。誰だお前?

 

「二乃ちゃん、思い切って髪切ったんだね。前の長い髪も凄く綺麗だったけど、今の短い髪型もとても素敵だよ」

 

「す、素敵だなんて……やだ、海斗君ったら////」

 

「………二乃………」

 

「………ケッ」

 

海斗が二乃の髪型を絶賛すると、二乃は両手を頬に当てて顔を赤くしながらもめちゃくちゃ嬉しがっている。そんな彼女を、海斗の後ろにいた三玖と総介の2人がジト目で睨むが、今の二乃には海斗しか見えていないようで、全く気にしていなかった。

 

 

 

………………………………

 

 

 

海斗、そしてそれぞれが長テーブルを囲み座る中、二乃は料理の仕上げのためキッチンで作業をしていた。その間に、それぞれが海斗に自己紹介をする。

 

「は、初めまして。中野一花です。この子たち姉妹の長女をしています」

 

いつになく緊張した面持ちで挨拶をする一花。

 

「よろしく、一花ちゃん。君のことは前から知ってたよ。この前、映画にも出ていたのを見たしね」

 

「え!?そ、そうなの?」

 

「うん、それで気になって、映画を観たんだけど、凄く良かったよ。出番は短かったけど、それでも君があの短い中で、演技の才能を発揮しているのが十分かった。今後も活躍に期待しているよ」

 

「そ、そんな……ありがとう、凄く嬉しい……」

 

海斗の具体的な褒め倒しに、一花は顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。

 

「……ケッ」

 

それを見た総介が、首の後ろで手を組みながら吐く。海斗と会うと、皆こうなるのだ。それを何百回も見てきている総介は流石に慣れているのか、うんざりしている様子である。

 

「はい!私、中野四葉です!5月5日生まれのA型です!みかんが好きで、ピーマンが嫌いです!特技は運動です!よろしくお願いします、大門寺さん!」

 

続いて四葉が、右手を勢いよく挙げて自己紹介する。

 

「何のオーディション?」

 

「ふふっ、よろしく、四葉ちゃん。本当に君は、元気がいいなぁ。何かいいことでもあったのかい?」

 

「いやそれどこの忍野だよ?てかクリソツじゃねーか」

 

某物語シリーズに出てくるアロハシャツの怪異の専門家みたいなこと言う海斗。作者のイメージしている中の人と同じなので、そのまんまの声である。

 

「……わ、私は、中野五月です。よろしくお願いします。大門寺君、お土産、ありがとうございます」

 

「どういたしまして、五月ちゃん。さっきから紙袋を離さないあたり、気に入ってくれたみたいだね」

 

「あ、い、いえ、これは……」

 

「ははっ、いいよ。美味しく食べてくれると嬉しいし、何より美味しそうに食べている人は魅力的だからね。また感想を聞かせて欲しいな」

 

「は、はい!是非!二乃に頼んで、美味しく調理してもらいます!」

 

「他人任せかよ」

 

あと、さっきから最後に一言言ってるのは総介です。

 

「はーい、出来たわよー!」

 

「わぁ、美味しそう!!」

 

「今までこんなの作ったことなかったよね、二乃」

 

「は、早く食べたいです!ハァ…ハァ……」

 

「五月、ヨダレ汚い」

 

二乃が運んできた皿の数々には、それはもう気合いの入りまくった料理の数々が並んでいた。どうやら海斗に振る舞うために、色々なものを作ったらしい。おかげで、テーブルの上が料理で埋め尽くされる。

 

「はい、海斗君、取り皿とお箸、お好みでフォークとスプーンもどうぞ」

 

「ありがとう、二乃ちゃん」

 

「おい、俺の分の箸は?」

 

「は?手で食べれば?」

 

「おい今すぐ表出ろクソアマ。大衆の前で犯し尽くしてやろうか?」

 

「はぁ?やれるモンならやって見なさいよ」

 

「二乃ちゃん、総介にもお箸を」

 

「え、ええ。……ほら、感謝しなさい」

 

「……いつか命乞いするまでレ○プしてやろうかこのクソアマ?」

 

「ソースケ、気持ちはわかるけど下品」

 

「それじゃあ、いただきまーす!」

 

「「「いただきまーす!!」」」

 

一花の号令と共に、皆が二乃の作った豪華な食事にありつき始める。

総介が青筋を額にいくつも立てながら、二乃を睨むが、当の本人は海斗に夢中のため知ったこっちゃない。総介は(やっぱり呼ぶんじゃなかった)と心の中で後悔しながら、食事を始めた。

 

 

 

 

………………………………

 

「へー、大門寺君って、5歳の頃から浅倉君と一緒なんだ」

 

「同じ道場で会ってね、そこからはずっと一緒にいるんだ」

 

「所謂腐れ縁てやつだな」

 

「道場って、空手とかですか?」

 

「剣術を基本とした、護身術の道場だよ」

 

「護身術、ですか……」

 

「中学を卒業したときに、総介も一緒にやめちゃったけどね」

 

「じゃあ、運動とかもできるんですか?」

 

「一応、剣道としては初段を持ってるよ」

 

「す、すごい……」

 

「海斗君、ステキ♡」

 

「………ケッ」

 

「はい、ソースケ、あ〜ん」

 

「あ〜ん……うん、三玖が食べさせてくれると、三倍美味しいよ」

 

「も、もう……」

 

 

 

 

(……なんだこの状況)

 

それからしばらく、姉妹は食事をしながら海斗との談話をしていた。そんな中、流れに乗ったまま風太郎は二乃の料理を食べているが、今のこの状況に変な違和感を持った。

 

(試験勉強、しようとしてたはずだよな?)

 

それがどうだろう、突如現れた海斗が中心となり、姉妹は海斗とはなしをしている。二乃は海斗の隣に座り、積極的に海斗にアプローチをしているのか、ボディタッチも行っている。ホンマ誰やお前……唯一、三玖だけは総介と『あ〜ん』というバカップルがやる食べさせ合いをしているが(総介爆発しろ)、当初予定していた雰囲気とは全く違っていた、、ていうか、今朝までこの姉妹、結構バラバラだったよな………

 

と、

 

「そういえば、まだ君とは話してなかったね」

 

「え?」

 

突然、海斗が風太郎の方を向き、彼へと話しかける。

 

「君と会うのは初めてだね、上杉風太郎君」

 

「お、俺の名前……」

 

何故海斗が自分の名前を知っているのかと、風太郎は不思議に思う。

 

「もちろん知ってるよ。総介が君に会う前からね」

 

「?どういうことだ?」

 

「簡単だよ。毎回の試験で君は、僕の成績の真上にいるんだからね」

 

「真上……!ってことは?」

 

風太郎は、海斗の言った言葉に、あることを思い出した。いつも試験の後に配られる成績表。彼は毎回全教科満点で堂々の1位のため、特に見る必要は無かったが、ふと何かの拍子にそれを見た時、自分の下にある名前に『大門寺海斗』という名前を見て(変わった名前だな)との感想を持ったことがあった。その『大門寺海斗』が、今目の前にいる人物と知り、風太郎は驚愕する。

 

「あ、あんたが……そうだったのか」

 

「その口ぶりは、君の方も知ってくれていたようだね、上杉君。光栄だな、学年1位の成績の人に覚えててくれて」

 

「い、いや……」

 

「へー、大門寺君って、フータロー君の次に成績良いんだー」

 

「すごいです!大門寺さんは上杉さんの次に天才です!」

 

「海斗君、ステキ♡」

 

「2位ということは、ほとんど満点っていうことですか、すごいですね」

 

海斗の成績に、姉妹は感心するが、海斗はそれを誇るもなく、

 

「そんな事ないよ、上杉君みたいに満点をとれない詰めの甘さが毎回出てしまってるだけだよ」

 

と、謙遜する。その口調には、嫌味が一つも無く、風太郎に対する敬意が本気で見てとれた言い方だった。

それを聞き、風太郎は少しばかり、心の中で優越感に浸る。

容姿や佇まい、気遣いできる優しい性格を含めた人格。それらでは自分は海斗の足元には及ばないものの、成績では唯一、自分が上でいられる。

 

初対面で、こんなにも自分との差を見せつけられたが、それで、何かで一つ優っているものがあると知り、風太郎は海斗に勝っているという安堵と優越感で、少しばかり表情が崩れた。

 

 

 

 

 

 

しかし………

 

 

 

 

 

 

 

「よく言うぜ。勉強なんざひとつもやらなねぇで学年2位の成績のクセに」

 

 

 

 

「………え?」

 

総介が言ったことに、風太郎はもちろん、五つ子たちも固まってしまった。

 

「ソースケ、それって……」

 

「そのまんまだよ、三玖。こいつは昔から、試験勉強どころか、普段の勉強なんか一つもやってないんだ。授業で聞いたことは全部頭の中で覚えてるから、後は教科書や問題集をパラパラして見ただけで、ほぼ完璧に記憶しちまうんだよ」

 

「え、ええ?!」

 

「それでもケアレスミスはしてしまうよ。おかげで数点取りこぼすけどね」

 

「弁明になってねーぞコノヤロー、自慢か?あ?殺すぞ?」

 

「ってことは……大門寺君って」

 

「なにもせずに……トップクラスの成績を残せるんですか……」

 

「海斗君……本当にステキ♡」

 

あ、最後は二乃ね。てか、さっきからそればっか。

 

それを聞いた風太郎の顔が、段々と青ざめていく。普段、とんでもないほどの量の勉強をして、満点1位をとっている風太郎。対して、海斗は全く勉強せずに自分と数点差で二位。もし彼が、少しでも本気を出したなら……

 

 

 

 

自分が唯一誇っていたものが、ガラガラと崩れていく……

 

「上杉」

 

と、そんな彼を見かねたのか、総介が声をかける。

 

「稀にいんだよ。『努力』とか『苦労』とか、今まで自分が築いてきたもんが、全部ゴミ屑にしちまうほどの『本物の天才』ってやつが。そういうのはよく『神の子』……『神童』って呼ばれてるけどな。海斗はそれを真に体現した人間だ。イケメンで、背も高く、頭も良くて性格も良くて、身体能力もアスリート並みに高い、おまけに他の人を惹きつけるカリスマ性もある……そんな奴が、100年ぐれーに1人、現れんだ。何もお前が落ち込むことねーよ。こいつが『そういう存在』として生まれただけだ。勘定に入れる分だけ不毛っつーこった」

 

「……浅倉……」

 

「そうよ、海斗君はとんでもなく特別な存在なんだから、あんたらは別に自分が魅力的じゃないからって落ち込むこと無いわよ」

 

「どの目線で言ってんだテメェ?お?」

 

二乃の全く嬉しくもないフォローもあったが、確かに総介の言う通りだ。世の中には、どう足掻いても勝てない存在がいる。生まれ持った大き過ぎる才能を遺憾なく発揮する天才……それらと正面から戦おうとすることほど、無駄なことは無いのだ。努力で勝てるのは、一部の中途半端な天才のみ。『本物の天才』は……

 

 

(……次元が違い過ぎる)

 

 

風太郎は目の前にいる海斗に、嫉妬や羨望の情すら湧いてこなかった……

 

 

その圧倒的な生まれ持った力の差に、諦観するしかなかった………

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

総介はそんな力の抜けた表情の風太郎を、横目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、僕はそろそろおいとまするよ。君たちの試験勉強も邪魔するわけにはいかないしね」

 

「え!もうちょっとゆっくりしていってもいいのに……」

 

それから数時間が経ち、正午近くになり、海斗は帰ることにしたが、二乃は寂しそうな表情を浮かべながら海斗に話しかける。

 

「僕がここに残って、上杉君と総介の家庭教師の仕事の邪魔はしたくないよ。二乃ちゃんも、2人の邪魔をせずに、成績を上げるようにすること。出来るね?」

 

「……ええ、わかったわ。見てて、海斗君、頑張って赤点回避して見せるわ」

 

「その意気だよ二乃ちゃん。期待しているね」

 

「うん!」

 

「おいテメェ何だその四宮かぐやばりのスーパー掌返しは?」

 

二乃の人の変わり様にイラつく総介。

 

「それじゃあ、お邪魔しました。二乃ちゃん、美味しい料理をご馳走さまでした」

 

「またいつでも来てね!腕によりをかけて作るわ!」

 

「おみやげ、ありがとうございました!美味しくいただきます!」

 

「また来てねー」

 

「待ってます、大門寺さん!」

 

姉妹がらそれぞれ挨拶する中、海斗は風太郎へと目を向けた。

 

「………」

 

「上杉君、お互いに頑張ろう」

 

そう言って、海斗は手を差し出す。

 

「……ああ」

 

風太郎も、一応手を出して、2人は握手を交わした。

 

 

ウホっ!とか言ったやつ、廊下に立ってなさい!

 

 

 

………………………………

 

 

 

「って、結局お前らも来るのかよ……」

 

「あははは、みんな見送りに来ちゃったね」

 

「いいじゃないか。見送りは多い方が嬉しいよ」

 

「当たり前じゃない!海斗君の見送りを逃すはず無いわ!」

 

「お前もう黙っとけ」

 

その後、全員がエレベーターに乗り、マンションの下まで降り、海斗を見送りに来ていた。オートロックを通過し、正面にある敷地の石柱が道を通った道路に、一台の高級外車が止まっていた。と、その車の中から、1人の人物が出てくる。

 

 

その姿を見た総介と海斗は、驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

片桐(かたぎり)さん!?

 

その人物は、海斗並みの長身に、オールバックの黒髪に、シルバーフレームの眼鏡、よくある背広風の執事服を着用した人物。

 

彼の名は片桐剣一(かたぎりけんいち)

 

苗字から分かる通り、大門寺家対外特別防衛局『刀』の副長『片桐刀次』の親族であり、彼の兄にあたる。

 

「若様、お待ちしておりました。総介様、お久しぶりでございます」

 

「お、お久しぶりです、片桐さん。どうして貴方がここに?」

 

「私がこちらまで若様の迎えに参じたのは、総帥の御命がございました故」

 

「!!総帥の……じゃあ!」

 

「はい。総帥は本日午前に、私とご帰国され、そのまま本邸に戻られました」

 

「………父さんが」

 

剣一は普段、大門寺家の総帥である『大左衛門』の側近として、彼に付き従っている。そして、彼ももちろん『刀』の一員であり、総介や海斗、アイナと同じように『異名持ち』であるが、普段の彼の本業は、専ら『大左衛門』の側近としての立場が多い。

 

(海斗君の執事さん?……ウソ!この人もチョーカッコいいじゃん!)

 

と、二乃が剣一を見て、その容姿の良さに顔を赤くさせてしまう。

剣一は、兄のようなワイルドな風貌とは違い、理知的で、紳士な雰囲気を出すインテリ系のイケメンであり、メンクイの二乃を夢中にさせるには十分だった。彼女は頭の中で、勝手に海斗と剣一が自分を取り合う妄想をする。

 

『二乃ちゃんは僕のものです。いくら貴方でも渡せません』

 

『いいえ若様、二乃様は私が幸せにして見せます』

 

『いいや僕が』

 

『いいえ私が』

 

『僕が』

 

『私が』

 

 

 

「……グヘ、グヘヘへェ〜」

 

「わー!二乃が!二乃がよだれ垂らしてニヤニヤしながら溶けていくーー!!」

 

「二乃!二乃!しっかりしてください!!」

 

 

後ろで何やら騒いでいるが、そんな事は一切気にせずに、総介は剣一に自身の恋人を紹介する。

 

「は、初めまして。中野三玖です。ソースケとは恋人同士です」

 

「初めまして、三玖様。大門寺家の近侍、片桐剣一と申します。若様から貴方や総介様のことは、常々耳に挟んでおります」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「ええ、『あの』総介様が夢中になるほどに、美しいお人だと若様からお聞きしておりましたが、こうして拝見させていただきますと、実際とてもお美しいお方です。総介様が一目惚れをする理由が、私にも十分理解できます」

 

「そ、そんな……」

 

「片桐さん、やめてください、めっさ恥ずかしいんで……」

 

そうして三玖のことで話をする中、海斗が剣一に尋ねた。

 

「ところで剣一さん、父さんは何故貴方を寄越したのですか?」

 

「それはですね………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総帥はただ今、『奥様』からの折檻を受けておられます」

 

 

 

「!!!」

 

「!!!………母さんの……」

 

「………天城(あまぎ)さんか……」

 

「?そ、ソースケ??」

 

総介と海斗の顔が、徐々に青くなっていった。どうやら海斗の母『天城』に関して、何か知っているようだ。

 

「先日、アメリカで秘密裏に行われた、世界の方向を決める重要な会議に出席された総帥が、『つまらない』と言う理由で途中退席されたことにお怒りのようで、ご帰宅された途端に奥様の雷鳴が本邸中に轟きました。ですので、私は総帥の命のもと、あの場から逃げ出してきた次第です」

 

「いやあんた主人見捨ててんじゃねーか!!!」

 

「父さんがしそうなことではあるけど……」

 

総介は近侍としてあるまじき行動をとった剣一に突っ込み、海斗は父の自由奔放な行動に顔を苦くする。まあいつものことなのでと、割り切ってはいるが……

一方の三玖は、流石にその話にはついて行けずに、置いてけぼりをくらってしまった。

 

 

 

 

とまぁ、色々とあったが、そのまま一同と海斗は車に乗り、剣一の運転で大門寺邸へと帰宅したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!なんてこと!!海斗君の連絡先聞くの忘れてたわ!!!」

 

「知るかーーー!!!テメーでどうにかしろー!!!」

 

 

 

 

ちなみにその後、二乃は海斗との連絡先を、総介を通じて手に入れて、その後はアホみたいに海斗にメールを送ることとなる。普通は迷惑すぎてうざがられてしまうほどの量なのだが……

 

 

 

 

 

 

「退屈しないね。毎日楽しいよ」

 

 

「……うっそだろお前……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリキャラ紹介

片桐剣一(かたぎりけんいち)
29歳
身長189cm
体重75kg
イメージcv.小○大輔(『黒執事』のセバスチャン・ミカエリスの中の人)
大門寺家総帥『大門寺大左衛門』の側近であり、特別防衛局『刀』の一員。さらに『刀』の中でも10人ほどしかいない『異名持ち』であり、現在のところ異名は不明。一人称は『私』《わたくし》。現副長の刀次の実の兄。
弟とは違い、常に敬語を使い、理知的な性格。
そしてやはり身長高いです。
すみません、本文久々にめっちゃ長くなっちゃいました。

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!ご感想、お気に入り登録、好評価お待ちしてます!
次回は新キャラの登場です!そしてそれこそが……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53.最強の味方ポジションって死ぬ確率高いよね

またまた短い期間で更新です。
書き忘れてましたが、43話で登場した『柳宗尊』のイメージcvは、山◯宏一さんです。『ドラゴンボール超』の破壊神ビルスや、『ルパン三世』の銭形警部(2代目)の中の人です。『銀魂』だと吉田松陽、虚の中の人でもあり、そのまんまイメージしながら書きました。

最初に出てくる今回の新キャラ、賛否どころか、かなり否の方が多いかもしれませんが、構想の初期段階の時点で、出来上がっていたので、それをそのまま書きます!後悔はしていない……


時は遡り数日前

 

 

 

アメリカ合衆国首都『ワシントン』、その某所に存在する会議場で、各国の大臣や首脳などの代表、各界のトップクラスの大富豪や重鎮たち、約700人余りが文字通り一堂に会していた。

そこで行われているのは、表向きでは各国が抱える問題についての対策案等を話し、共有し合う会議という名目であるが、実際は『今後に世界のどこで何を起こし、どの国が解決するか』という、マッチポンプで世界を裏で操る会議が行われていた。

 

 

 

『我が国が軍事支援している彼の紛争だが、今後は対立国にも武器の売買を……』

 

『東アジア圏での領海問題だが、次はどの船に……』

 

『数ヶ月前にアフリカ大陸中央部で我々が流行させた疫病だが、徐々に南の方へと感染を広げて……』

 

 

まるで『世界』という名のキャンパスに、自分たちの思い通りの絵を描いていっているようだ。しかし、そこには倫理もへったくれも存在しない。

好き勝手に各地で紛争を起こし、同盟国の大国に支援をさせるように誘導して、自国の利益を得る。

貧困の続く国でウイルスを流行させ、都合良くワクチンを少しずつ売りつけて、自国の利益を得る。

弾圧されている少数民族を助け、彼らに武器を売る裏で、政府側への支援も行い、緊張状態を長引かせ、支援の期間を伸ばして、自国の利益を得る。

 

ここで決定される物事には、人間の命の尊厳などは微塵も無かった。ただただ、慣れたゲームをするように、淡々と多くの人が死ぬことが決まっていることが、簡単に決定されていく。

 

そのような狂気が集合したような会議が進む中……

 

 

 

 

 

 

 

『くだらねえ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ1人、異様な雰囲気で鎮座する者がいた。その男は、鬼の如き凶悪な形相をした顔に、退屈そうな表情を浮かべ、筋肉の鎧で覆われた巨大な体を大きく高級な黒い椅子に深く座らせて、両足をテーブルの上へと乗せ、会議中だというのにも関わらず、一番後ろの席でウイスキーの入ったグラスを片手に持っている。

服装も、会議の場でのフォーマルな服装ではなく、黒いTシャツに黒いズボンという場違いもいいとこなラフな格好だ。

 

 

彼こそ、世界経済を動かす力を持つ大門寺家五代目総帥にして、大門寺海斗の父親………そしてこの世界、ひいては現地球上での最強の生物……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覇皇(はおう)

 

大門寺(だいもんじ)大左衛門(だいざえもん)陸號(りくごう)

 

 

 

その人である。

 

「ミスター大門寺、我々の決定に何か不服があるとでも?」

 

大左衛門の一言に、眉をぴくっと動かせた某国の代表である男性が、彼に尋ねる。

大左衛門はそのまま、ウイスキーを呷り、その重厚感のある声で、会議中の皆に言う。

 

「テメェらのくだらん決定なんざ興味も湧かねぇ。俺が言いてぇのは、この辛気臭ぇママゴトをしているこの会議場そのものがくだらねぇってこと、それだけだ」

 

「………何だと?」

 

「貴様!仮にも世界の運命を決める神聖な会議場を、くだらないだと!?」

 

「よくもそのような事を!!」

 

「珍しく会議に参加したと思ったら……日本の筋肉バカにはどうやら高貴な話し合いは似合わないようだな」

 

「先の日本で起きた『抗争』とやらで勝利して以降、大分調子に乗っているようですなぁ、ミスター」

 

各々から大左衛門に向けて、罵倒や皮肉が飛び交うが、本人は全く気にせずに、ボトルからウイスキーを注いで、再び呷る。

 

『静粛に!各々方、静粛に!!』

 

議長らしき老人が、会議場を静め、そのタイミングで、グラスから口を離した大左衛門が口を開いた。

 

 

 

 

 

「……暇つぶし程度にもなるかと思い、テメェらのちっぽけな支配欲で溢れたこんな小せえ箱に来てみたが、結局やってんのはいつも通りの世界の行く末だの、運命だの、建前並べたくだらんボードゲームの戯れじゃねぇか。

 

 

ええおい?お前らそれぞれの国のゴミみてぇな軍事力やら科学力とやらで、

 

 

世界を動かして、支配欲の悦に浸っているうつけが、700と少し……

 

 

 

 

 

 

はぁ〜……

 

 

 

 

小せえ連中だなぁ………ノミみてぇだぜ……

 

 

 

 

どうよ、ガキみてぇにおもちゃで遊んで、自慢げにしている気分は?

 

 

 

まぁそれも、テメェらのちっせぇオツムなら満足感を得れるだろうよ」

 

「何を言うか!!!我々は世界の安寧と平和のために、この会議を」

 

 

 

 

 

「黙ってな、三下」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

ある男が、大左衛門に向かって反論しようとするが、大左衛門は殺気を少しばかり解放して、会場にいた全員を一斉に黙らせた。彼は面白くなさそうに溜め息をつき、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い通りにいく世界ほど、この世で最もつまらんもんはねぇだろ?」

 

「!!!」

 

「何が起こるか分からねぇからこそ、世界は回り続ける。自由を歩み続けるからこそ、世界は動き出すのさ!こんな楽しいこたぁねぇだろうが。そんなことも分からねぇのか、バカどもが!」

 

「き、貴様!!これ以上の侮辱は国際問題だぞ!!」

 

 

「ほう、やるか?何なら、テメェの国のゴミ屑みてぇな軍隊どもと、俺の飼っている猛獣()たち……

 

 

 

どっちが上か、試してみるか?」

 

「ご、ゴミ屑だと!!?」

 

「ミスター大門寺!!これ以上不謹慎な発言はよしたまえ!」

 

会場中の非難が、大左衛門へと集中する中、議長が大左衛門を止めようとするが、彼はそんなものに縛られる男ではない。

 

 

 

「他の連中もそうだ。おもちゃ同然の武器を振りかざして、威張り散らしているガキの集まりみてぇな名ばかり軍隊を抱えて、世界の運命とかいう妄想に囚われた哀れな敗北者どもよ。

 

 

 

 

どうせなら、連合軍隊でも編成して、俺たち『大門寺』と戦争でもしてみるか?

 

 

 

 

 

 

そうなってくれれば、俺も願ってもないことだがな………

 

 

 

 

 

 

 

 

テメェらアリん子の群れなら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺だけでも、半日で全員潰せるがな」

 

 

「っっっ!!!!」

 

「大門寺!!貴様ぁ!!」

 

「この愚か者の日本人をこの場から追い出しなさい!!二度とこの場に姿を見せないで!!」

 

「軍司令官に伝達しろ!全兵力を日本に向かわせろとな!」

 

『せ、静粛に!!皆様、落ち着いて!!静粛に!!』

 

「だ、大門寺総帥、お願いします!これ以上日本の立場を危うくするのはよしてください!もうやめてください!お願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………邪魔だ、テメェ」

 

 

日本の代表の男が、泣きそうな声で大左衛門に迫ってくるが、彼は見向きもしなかった。そのまま、大左衛門はポケットに手を入れて立ち上がり、腕を掴んで皆への釈明を求めてきた男を振り払う。すると、日本の代表の男は、大左衛門が軽く振り払っただけで、そのままとんでもない速さで数十メートルふっ飛び、衝突した会議場の分厚いコンクリートの壁を粉砕して、大きな穴を開けた。

 

 

「興醒めだ…………帰るぜ、片桐」

 

「………かしこまりました、総帥」

 

そんな彼の安否など、毛ほども気にすることなく、横で無言のまま立っていた側近の片桐剣一に声をかけて、自身に対する罵声と悲鳴で埋め尽くされた会議場を後にした。

 

 

ちなみに、日本の代表の男は、全身数カ所を骨折、全身を打撲する大怪我を負ったものの、なんとか一命は取り留めたそうな……

 

 

 

 

 

 

「………つまらねぇなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「それで、各国の方々に無礼を働いた挙句、日本の方に重傷を合わせ、つまらないという理由で帰国したと………

 

 

 

 

 

面白い冗談ねぇ。

 

 

 

 

 

私を舐めてるのかしら?」

 

 

 

「……いやだから、俺は家の威厳を示そうとしてですね……」

 

「何もしていない公的な人を1人殺そうとしてまで保つ面子があるとでも?おかげで日本には非難の嵐、『大門寺家』には巨額の賠償請求が来てるのよ?あなた自身の強さや、『刀』のという抑止力で報復を受けずに済んでいるものの、その頂点であるあなた1人の馬鹿な真似で、多大な損失を生み、さらには『大門寺』の威厳を示すどころか、轟くのは悪名ばかり……

 

 

 

その責任は、どうしてくれるのかしら?ア・ナ・タ?」

 

 

 

 

「……フン、金なんざいくらでもくれて……あ、はい、すいませんでした………いや、俺も、満を持しての初登場シーンだったんで……どうせなら最強感ありそうな登場の仕方がいいかな〜っていうか……本当、調子乗ってすいませんでした……」

 

 

 

それから数日後、大左衛門は帰国して、大門寺家本邸に帰宅したところ、待っていたのは、妻である大門寺(だいもんじ)天城(あまぎ)による折檻だった。

大門寺天城。彼女は大左衛門の妻であり、そして海斗の実母でもある。その証拠に、最大の特徴である、星のような輝きを放つ銀髪、齢38にも関わらず、20代前半と見紛うほどの若さ、そしてお淑やかで、気品に満ちた美貌。桜の花のデザインが散りばめられた、赤い着物を身に纏い、扇子を煽る様子は、まさしく『大和撫子』の権化である。

が、今の彼女は、公の場で無礼を働いた大左衛門に対する怒りで満ち満ちており、彼が帰宅するや否や、自身の前にその場に正座をさせて見下しながらグチグチと折檻を始めた。

 

「全く……『大門寺』総帥としての誇りや姿勢を、海斗に受け継がせていかねばならないというのに……悪名や業まであの子に渡す気だというの、あなたは?」

 

「……心配すんな、天城よ」

 

「?………」

 

そう言うと、大左衛門は立ち上がった。

 

「アレも俺の血を引いた『大門寺』の端くれだ。そんなみみっちい事をいちいち気にするようなタマじゃねぇ………

 

 

それにアレには、俺にも、お前にも無い才が眠っている。

 

 

いずれはこの家を、とんでもねぇもんにデカくすんだろうよ……

 

 

 

まぁ、どうしようがアイツの『自由』だがな」

 

大左衛門は、何よりも『自由』を謳う。世界でも指折りの名家の頂点であるにも関わらず、最強の存在として世界という檻に縛られず、自由気ままに振る舞うその姿勢に、彼の生き様が溢れ出ている。それこそが、『大門寺大左衛門』という存在……『大門寺だいざry

 

 

「何勝手に立ち上がっているのかしら?」

 

「え?」

 

「言い訳はいいわ。まだ話の途中なのよ?とりあえず、もう一度座りなさい」

 

「……いやだから、海斗はいずれ俺以上の」

 

 

 

 

 

 

「座りなさい……いいわね?」

 

「……すいませんでした」

 

訂正…最強はこの奥さんでした……かかあ天下とはこのこと……

 

再び律儀に正座をし直し、ヘコヘコと頭を下げて謝る筋肉という鋼の鎧に覆われた巨漢の男という、なんともシュールな絵面である。

 

 

まさしく、地上最強(笑)の男………

 

 

 

 

 

その後も、数時間にわたり天城の説教は続くのだった………

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、バトル漫画的な展開が終わり、本日は月曜日……

 

 

 

 

つまり、期末試験当日なのである。

 

あれからの2日間、姉妹は風太郎と総介の指導のもと、試験への追い込みを行った。二乃も、海斗からの激励をもらい、今までの態度がウソみたいに、勉強に勤しんだ……家庭教師2人への態度は変わらなかったが。

と、そんな時、風太郎が姉妹へそれぞれ、細い紙を丸めたものを渡した。

 

それは………

 

「カンニングペーパーだ!」

 

まさかのカンペだったそれに姉妹は絶句する。

 

「あ……あなたはそんなことしないと思ったのに」

 

「そんなことして点数とっても意味ないですよぉ」

 

「だったらもっと勉強するんだな!こんなもの使わなくてもいいように、最後の2日間でみっちり叩き込む!覚悟しろ!!」

 

風太郎がそう強く言い切り、紙を姉妹へと渡す。すると、一花が

 

「これ……浅倉君はいいの?」

 

と、総介の方をチラッと見たが、彼のリアクションはというと……

 

 

 

 

 

 

「おもしれぇじゃねぇか。要はバレなきゃいいんだよバレなきゃ」

 

「まさかの肯定派!!?」

 

「……まぁ、大体は想像してました」

 

と、それぞれにげど……総介に対するリアクションをとるが……

 

「……私も持ってなきゃいけないの?」

 

「い、一応……お守りみたいに持つだけでも」

 

「ま、三玖の場合は、使う必要は無いと思うけどね」

 

「そう……」

 

というわけで、姉妹はそれぞれにもらった紙を渡されたのだった。

 

 

 

そういう経緯があり、学校では、10分前のチャイムが鳴る。

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

「10分前だ」

 

「じゃあみんな、健闘を祈るわ」

 

「あれ、上杉さんがいないよ?」

 

「らいはちゃんに電話ですって」

 

「こんな時に?」

 

「きっと今じゃいけないのでしょう。自身の携帯は充電切れなのに………

 

 

私のものを借りていったほどですから」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

電話を切ったあと、風太郎は屋上の柵にもたれかかる。

 

 

 

 

「……………一花、二乃、三玖、四葉、五月

 

 

 

 

お前らが五人揃えば無敵だ

 

 

 

頑張れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして浅倉………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつらを頼んだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

そして、期末試験はあっという間に終わり、採点期間へと入った放課後、総介は帰り道、自身のスマホが鳴った。

 

 

 

「?三玖か?」

 

とりあえず、ポケットからスマホを取り出して、画面を見る。すると、画面には『非通知』の文字が浮かび上がっていた。

 

「…………」

 

誰からだと思いながら、総介は通話ボタンを押して、耳にあてる。

 

「………もしもし?」

 

『……浅倉君か?』

 

「!………アンタか

 

 

 

 

中野センセー」

 

電話の向こうから聞こえてきた声に、彼は聞き覚えがあった。ていうかありまくった。相手は、五つ子の義父である『マルオ』だった。

 

『すまないね、急に電話をして』

 

「………誰から聞いた?」

 

『渡辺さんが教えてくれたよ』

 

「……はぁ、剛蔵さんェ……」

 

どうやら、総介の所属する『刀』の局長であり、アイナの父『渡辺剛蔵』から、彼の連絡先を教えてもらったようだ。しかも本人に無断で。

 

それはそれとして……

 

「………んで、アンタが剛蔵さんに聞いてまで俺に連絡をしてきたんだ……世間話をしに来たわけじゃねぇだろう?」

 

『……そうだな、早速本題に入ろう。先程なのだが……』

 

『マルオ』は、今朝あったことを総介に話し始めた

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「今日をもって、家庭教師を退任します」

 

 

風太郎が五月のスマホを借りて、電話をした先は、妹のらいはではなく、『マルオ』だった。自身は彼の連絡先を知らないので、五月に嘘をつき、彼女のスマホを貸してもらい、『マルオ』に連絡を入れたのだ。

最初は近況報告だったが、風太郎は本題と言わんばかりに、自身の家庭教師退任の話を始めた。

 

『…………』

 

「あいつらは頑張りました。この土日なんてほとんど机の上にいたと思います。

しかし、何人かの赤点は避けられないでしょう……苦し紛れの策を案じましたが、あんな物に頼らない奴らだってことはよく知ってます」

 

苦し紛れの策とは、先日渡したカンペのことである。

 

『今回はノルマを設けてなかったと記憶してるが』

 

「本来は回避できるペースだったんです……それをこんな結果にしてしまったのは、自分の力不足に他なりません……

 

 

 

ただ勉強教えるだけじゃだめだったんだ

 

 

あいつらの気持ちも考えてやれる家庭教師の方がいい

 

 

 

 

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「浅倉総介を、あいつらの新しい家庭教師にしてください」

 

風太郎は新しい家庭教師として、総介を指名した。

 

彼が来たからというものの、今までの環境がガラリと変わった。

三玖は彼への好意から、積極的に勉強を教わり、一花や四葉もそれに追随した。彼の人に教える指導力は本物であり、実際に一番近くで教わっていた三玖は、中間試験で赤点回避に成功、一花もあと一歩のところまで成績を上げ、赤点回避できなかった四葉も今までの最高点数を更新した。

対して、自分は二乃にノルマの件がバレ、五月とは仲違いをする始末。完全に総介の足を引っ張ってしまう結果となった。それだけではなく、総介は恋人の三玖の成績をさらに高めて、他の姉妹にまで教えさせる勉強の効率化も行い、姉妹の底上げも行った。

 

そして。自分と総介の違い……それは姉妹それぞれに対する『姿勢』であった。

彼は三玖には基本甘くしつつも、油断してしまった彼女には厳しく諭したり、五月や四葉にも、自身のしでかしたことをきちんと反省させ、先日ようやく勉強に参加し始めた二乃に対しても……

 

『だからここはこうすんだっつーの』

 

『ここまでになる公式がわかんないのよ!』

 

『お前が今まで勉強してなかったのが悪りーんだろうが!』

 

『わかってるわよ!いいからここはどの公式を使えばいいのよ?』

 

『だからここはだな……』

 

軽い口喧嘩を交えながらも、精力的に勉強を教えた………二乃への愚痴を吐きながらだが。

 

彼がいなければ、今頃どうなっていたのか、風太郎はわからない……しかし、一つだけ、わかることは、

『総介がいなければ、全員が赤点回避出来なかったかもしれない』ということだった。

 

彼はただ勉強を教えるだけではなく、それ以外の部分でも数多く自分を助けてくれた。そんな彼を、助っ人のままにしておくのは勿体なささすぎる。彼がメインで、家庭教師をするべきだと、風太郎はこの1週間で結論を出したのだ。

 

『……浅倉君には相談したのかい?』

 

「これから相談するつもりです」

 

嘘である。このことを総介に言っても、彼は二つ返事で納得はしないだろうからと、総介には何も告げずに申し訳ないが、風太郎はこのまま何も言わずにフェードアウトするつもりだ。

 

彼がそれを知る頃には、自分がもう皆の前からいなくなった頃だろう。

 

『……分かった。君を引き留める理由はこちらにはない。君には苦労をかけたね。今月の給料は後ほど渡そう』

 

「ええ、助かります」

 

『では、失礼するよ』

 

 

 

 

 

 

 

「………あの」

 

風太郎は疑問を持った。淡々としすぎている『マルオ』の対応に……

 

『……?』

 

「あいつらのこと、心配じゃないんですか?俺や浅倉だけじゃない、父親にしかできないこともあるはずです」

 

『……いや、私も忙しい身でね、それに他人にかていのことをどうこう言われたくはない』

 

「最近、家に帰ったりとかは……?」

 

『………』

 

「知ってますか?二乃と五月が喧嘩して家を出ていったことを」

 

『初耳だね、もう解決したのかい?』

 

「はい……」

 

『それならいい、教えてくれてありがとう、では』

 

「………それだけですか?」

 

『………』

 

「なぜ喧嘩したのか気になりませんか?あいつらが何を考え、何に悩んでいるか知ろうとしないんですか?」

 

『………』

 

「………って、すみません、雇い主に生意気言って………あ

 

 

 

もう辞めるんだった」

 

そう言うと風太郎は、少し息を吸い込んだ後、電話の向こうの『マルオ』に向かって大きな声で……

 

 

 

 

 

 

「少しは父親らしいことしろよ!!馬鹿野郎が!!!」

 

 

そう叫んだ後に、風太郎は電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

『……そこで、通話は切れた』

 

「………」

 

『……どうやら、彼からは何も聞いてなかったみたいだね』

 

「ああ、初耳だ……だが、あいつが何か焦ってんのは、薄々感じていた」

 

『それが、家庭教師としてのことだったと?』

 

「んなもん、本人に聞いてみなぁわかんねぇよ」

 

『マルオ』と電話をしながら、総介は歩いて近くの公園のベンチへ座り込んだ。公園には、散歩中の親子や、老人が何人かいて、それぞれにくつろいでいる。

 

『……一応聞くが、家庭教師の件は』

 

「やるわけねぇだろ。俺だけで5人同時に世話しろなんざ、勘弁しろってんだ」

 

いくら恋人の三玖がいるとはいえ、それとこれとは別の話だ。残りの赤点姉妹たちがついてくるのは、完全に罰ゲームでしかない。一部の男子からすれば、ハーレムだの天国だのパラダイスだのいわれるだろうが、あいにく、その中に既に恋人がいるので、そのようなものには毛ほどの興味も湧かない。ていうか、美少女が5人『いるだけ』って、完全に生殺し状態であるので、あまり羨ましいとも思えない……おっと脱線した、失礼。

 

『そうか……』

 

「……少しは父親らしいことをしろ……上杉も野暮なこと言ったもんだな」

 

『……君は聞いてこないのかい?』

 

「あんたらの家庭の事情なんざに興味はねぇ。基本身内でのゴタゴタには、俺は手も口も出しゃしねーし、何かあったら三玖が相談してくるだろうからな。それまでは遠くから見てるだけだ」

 

『……冷たいのだな』

 

「色々と経験すりゃ、こうもなる」

 

『………』

 

「俺はあんたのことはどうこう言うつもりはねぇ。あんたが姉妹にあの家で生活させてるだけでも、充分と言っていいだろうし、そっからはあんたの最善だと思うことをやりゃあいいさ」

 

『………それを聞いて、少し心が和らいだよ』

 

「……んで、どうするよ?俺は5人も相手に家庭教師やらねーぞ?」

 

『……もしそれで、君が彼女たちのもとを離れたのならば、同盟の話は』

 

「安心しな。それとこれとは話は別だ。同盟を正式に結んでる以上、『大門寺』はアンタら家族の緊急時の護衛はさせてもらう、あと、個人的に三玖と、その姉妹だからって理由でもな」

 

『すまない………』

 

「あと、俺は三玖から離りゃしねーよ」

 

『………そうだったな』

 

「怖ぇ口調で言ってんじゃねーっつーの」

 

電話の向こうで『マルオ』が同盟の件で安心した様子を察して、一呼吸おいて総介が話を続ける。

 

「……中野センセーよ、この件、しばらく保留にしちゃくれねーか?」

 

『……何か策があるとでも?』

 

「いや、ねーよ。姉妹たちが………上杉の事を聞いて、どういった結論を出すのか、しばらく外から見てみてぇ。五人がそれを出したところで、俺が上杉と直接話す」

 

『………つまり、いいとこ取りをさせろと?』

 

「そゆこと♡」

 

『………分かった。次の家庭教師の日に、彼女たちのところには江端を向かわせよう』

 

「そうしてくれ」

 

『………浅倉君』

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………娘たちを、頼む』

 

 

「………どっちの意味でだ?」

 

『………』

 

「………そうさな、一学生として答えりゃ、それはあいつらの結論次第だな……それと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼童』として答えるなら俺は、何があろうとも三玖を護るつもりでいるし、他の四人ももちろんそうだ。なにがあろうともそれは変わらねぇよコノヤロー」

 

 

 

『そうか………ありがとう』

 

「じゃあな、中野センセー」

 

電話を切り、総介はそのまま正面を見た。小さな子どもが、追いかけっこをしている。そんな光景を見てから、彼はベンチにもたれかかり、午後の空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………馬鹿野郎が」

 

 

 

 

 

そう空に向かって呟いた総介の表情は、どこかいつもよりやる気がなく、そしてどこか、悲しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして後日、期末試験の結果が返ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、第四章最終回………

 

 

 

『鬼と、人と』

 




オリキャラ紹介(今回長いです)

大門寺(だいもんじ)大左衛門(だいざえもん)陸號(りくごう)
45歳
身長198cm
体重125kg
イメージcv.大◯明夫(『メタルギア』シリーズのソリッド・スネーク、 『ONE PIECE』の黒ひげ・マーシャル・D・ティーチの中の人)

大門寺家五代目総帥であり、海斗の父。現地球上においての最強生物。
本作のチートキャラ枠。見た目、強さのモデルは『グラップラー刃牙』の地上最強の生物『範馬勇次郎』。ついでに『魁!男塾』の江田島平八も少々。
割合で言えば『範馬勇次郎』+『江田島平八』+恐妻家。
『自由』を標榜する豪傑であり、『刀』の局長である渡辺剛蔵、道場の師範である柳宗尊とは幼なじみ。
彼も昔は『刀』の異名持ちであり、当時から現在までの異名は『覇皇(はおう)』。武器は持たず、素手で敵を蹂躙する戦闘スタイル。が、恐妻家でもあり、自由奔放な行動をとっては毎回妻の『天城』に説教をくらっている。

大門寺(だいもんじ)天城(あまぎ)
38歳
身長170cm
体重55kg
イメージcv.能◯麻美子(『地獄少女』の閻魔あい、『君に届け』の黒沼爽子の中の人)
大左衛門の妻であり、海斗の母。
40手前にはとても見えない若さと、全世界の男性を魅了しかねないほどの美貌の持ち主。
腰まで伸びるストレートの銀髪の姫カットで、常に星のような輝きを放っている。本邸にいる際は常に派手な着物を着て、よく扇子を持っている。
よくある母親ポジションのキャラらしく、普段はとても慈愛に満ちた女性だが、怒ると大左衛門より怖い。


ついに出てきました、海斗の両親……おかげで後半が非常に薄くなっちゃった……でも後悔はしていない!
そして次回、第四章最終回です!
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
本当に、すんませんでしたぁ!!!!(土下座)…でも後悔はしていない!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54.鬼と、人と

第四章最終話です。
なんとか6月中に更新できました。
それではどうぞ!

かぐや様が終わっちゃった……かぐや様が終わっちゃった……かぐや様が終わっちゃった……かぐや様が終わっちゃった……かぐや様が終わっちゃった……

毎週の楽しみが……バイバイ殺法〜〜〜!!


第二回、中野家五つ子、試験結果発表ーーーーー!!!!!

 

パチパチパチパチ

 

わー!わー!

 

 

 

 

 

 

というわけで、早速それぞれの試験結果を見ていきましょう、こちら!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・中野一花

国語……35

数学……60

理科……48

社会……39

英語……41

五計……223

 

 

・中野二乃

国語……19

数学……22

理科……38

社会……27

英語……45

五計……151

 

 

・中野三玖

国語……51

数学……45

理科……45

社会……79

英語……36

五計……256

 

 

・中野四葉

国語……40

数学……19

理科……25

社会……32

英語……23

五計……139

 

 

・中野五月

国語……45

数学……30

理科……70

社会……28

英語……36

五計……209

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「それで……」

 

「何か私たちに言い訳や弁明はあるかな?」

 

 

ところ変わり、五つ子が暮らすマンション『PENTAGON』の一室。

そのリビングでは、テーブルの上に5人の試験結果の用紙が置かれており、そのソファには、今回赤点を回避できた一花、三玖の2人、そのテーブルを挟んだ正面には、赤点をとってしまった二乃、四葉、五月の3人が正座をさせられていた。

なお、一花は初めて赤点を回避できて嬉しいのか、腕と足を組みながらしたり顔でソファに座っている。

 

「………ないわよ。強いて言うなら一花、あんたのドヤ顔がムカつくわ」

 

「あ、あはは、前より下がっちゃった……」

 

「……あと2点だったのですが」

 

3人はそれぞれ悪態、自身への呆れ、あと一歩で届かなかった悔しさを表情に出していた。

 

「結果は結果。反省して」

 

「……三玖、あんた段々浅倉に似てきたわね」

 

「え!?……そ、そう?」

 

「多分、褒めてませんよ」

 

「い、いや〜、この悔しさは駅伝で晴らすよ…」

 

「いや次回の試験で晴らさないと……ま、丁度家庭教師の日だし、今日は今日は期末試験の反省がメインだろうね」

 

姉妹たちがそれぞれに話をしていると、『ピンポーン』とインターホンが鳴った。

 

「お、噂をすれば……」

 

五月が、玄関へと迎えに行く。

 

「三人とも、ソースケとフータローにしこたま怒られそうだね」

 

「だねー」

 

「うっさいわね……てか四葉、なんで嬉しそうなのよ」

 

二乃は赤点を取ったにも関わらず、何故か笑顔の四葉。

 

「あはは……結果は残念だったけど、またみんなと一緒に勉強できるから楽しみなんだ」

 

そう言いながらにこやかな笑顔を浮かべる四葉を見て、二乃はムスッとした顔をする。

 

そんな時だった。

 

「あれっ?」

 

五月が、玄関の方向を指差しながら言う。

 

「上杉君じゃありませんでした」

 

「?」

 

彼女が指を差した先にいたのは……

 

 

 

 

 

「失礼いたします」

 

 

フォーマルな格好をした優しそうな雰囲気の壮年の男性、普段は五つ子の父の運転手をしている『江端』がいた。

 

「なんだー、江端さんか」

 

「今日はお父さんの運転手お休み?」

 

「小さい頃から江端さんにはお世話になってるけど、家に来るとか初だよね」

 

「ホホホ、何を仰る。私から見たらまだまだ皆様小さなお子様ですよ」

 

江端も結構年齢がいっている身なので、17才の女子高生はまだまだ子供も子供なのだろう。

 

だからこそ、彼女たちと同じ17才で異様な雰囲気と殺気を出していた総介には、彼も驚いていたのだが……

 

「フータロー君と浅倉君遅いねー」

 

「そうだね」

 

江端が来たことに、何一つ違和感を持ってない姉妹たち。そんな中、五月が江端に尋ねる。

 

「江端さんはどうしていらしたのですか?」

 

それを聞かれた江端は、何も動じることなく、淡々と答えた。

 

 

 

 

 

「本日は臨時家庭教師として参りました」

 

 

 

 

 

「………」

 

「そ、そうなんだ」

 

「江端さん、元は学校の先生だもんね」

 

「あいつら、サボりか?」

 

「体調でも崩したのかな?」

 

どうやら、姉妹は誰一人として、まだこの事態の理由に気づいていないようだ。いや、本能的にそれを避けようとしているのか……それを見た江端が、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……お嬢様方にお伝えせねばなりません

 

 

 

 

 

 

 

上杉風太郎様は家庭教師をお辞めになりました」

 

 

 

 

「………え?」

 

姉妹全員が、一瞬固まる。

 

 

 

「……そこで新しい家庭教師が見つかるまで、私が務めさせていただきます」

 

「待って待って」

 

「な、何かの間違いだよね」

 

「もー、ずれた冗談やめてよー」

 

「……事実でございます」

 

未だ事の重大さを受け止められないのか、三玖と一花は江端の言うことを信じられないと言わんばかりには否定するが、彼の口から出てきたのは非情な宣告だった。

 

「旦那様から連絡がありまして、上杉様は先日の期末試験で契約を解除なされました」

 

淡々と告げられた事実。姉妹がそれを理解するには、十分だった。

 

 

 

いや、十分過ぎた。

 

 

 

 

 

「え、つまり………

 

 

 

 

 

フータロー君、もうこないの?」

 

「………」

 

 

江端はそのまま、沈黙する。それが、何者でもない、答えそのものだった。

 

 

 

「………じゃあ、ソースケは」

 

三玖が、一番気になる風太郎の助っ人であり、恋人でもある総介について尋ねる。

 

「……浅倉様は上杉様の助っ人いう身であります故、彼も同じ形となります」

 

 

 

 

 

 

「………嘘……」

 

三玖の目から、光が失われていく。そして追い討ちと言わんばかりに、江端は告げた。

 

「なお、旦那様は浅倉様に新しい家庭教師になるよう要請されたのですが、浅倉様は『5人も自分一人では面倒を見れない』とお断りしたとのことです」

 

 

 

「………ソースケ……そんな……」

 

三玖が、下を向いたまま彼の名前を呟き続ける。すると、二乃が江端にあることを尋ねた。

 

 

「………もしかして、前のパパが言ってた赤点の条件が生きてたの?」

 

「!」

 

「そ、それじゃ……」

 

「それは違うと思われます」

 

前回の中間試験で、風太郎は『姉妹全員が赤点を回避できなかったらクビ』という宣告をされていたが、それは総介にやって阻止された。もしかしたら、今回も同じ条件を出されたのでは?と二乃は疑問に思うが、それは江端によって否定される。

 

 

 

 

「上杉様は、ご自分からお辞めになられたと伺っております」

 

 

「……自分からって……」

 

「フータロー、どうして……ソースケも……」

 

「……そんなの納得できません」

 

姉妹が落ち込む中、五月が毅然とした表情で江端に言う。

 

「彼を呼んで、直接話をします」

 

スマホを取り出して、この場に風太郎を呼び出そうとするが……

 

「……申し訳ございません

 

 

 

 

"上杉様のこの家への侵入を一切禁ずる"

 

 

 

 

旦那様よりそう伺っております」

 

 

「……なぜそこまで」

 

そこまでして風太郎を拒絶する父の意図は何なのか……そう五月が疑問に思っていると、

 

 

「………ソースケは」

 

三玖が何かを見つけたかのように、立ち上がる。

 

「ソースケはこの家には入っちゃいけないことはないんじゃ……」

 

「……生憎浅倉様のことは、私は聞いてはおりませんので」

 

「じ、じゃあ……」

 

「電話してみる!」

 

三玖がそう言うなり、慌ててスマホを取り出し、若干震える総介に電話をした。

 

 

 

しかし……

 

 

trrrr………trrrrr………trrrrr………ブツッ……ただ今電和に出ることが出来ません、『ピー』という……

 

「………出ない」

 

「そんな……」

 

「もう既に家庭教師の時間を過ぎていますから、寝てるということは無いはずですが……」

 

その後も、三玖は3回ほど電話をかけてみたが、同じように、総介は出なかった。

 

「……ソースケ……」

 

三玖が、何よりも頼りにしている恋人と連絡がつかず、悲しみに暮れていると、突然手に持ったスマホが鳴った。

 

『〜〜♪』

 

「!!」

 

それは、メールの着信音。差出人は………

 

 

 

 

「……ソースケからだ」

 

「「「「!!」」」」

 

今まで電話にでなかった総介からのメール。一体なぜこのようなことを?と疑問に思う姉妹たちだったが、三玖が恐る恐る彼から届いたメールの内容を開き、それを後ろや横から姉妹たちも見た。

 

その内容とは………

 

 

 

『三玖、君と、ついでに姉妹を足した5人で答えを出しなさい。それが出たら、もう一度俺に電話をしてほしい。それまでは俺は君とは連絡を絶つ。

 

それじゃ、待ってるよ』

 

「………」

 

「『ついで』って何よ『ついで』って!」

 

「あ、あはは……浅倉さんらしいね」

 

「浅倉君からすれば、私たち四人は『三玖の姉妹』だからね〜」

 

「……でも、答えとは一体……」

 

 

 

「ホホホ、それでは時間もございません、授業を開始しましょう」

 

「「「「「!」」」」」

 

姉妹が総介のメールに疑問を浮かべていたところで、江端が彼女たちに声をかけた。

 

「臨時とはいえ家庭教師の任を受けております。最低限の教育を受けていただかなければなりませんよ」

 

そう言われて、このままでいたのでは何も始まらないと、姉妹はひとまず江端の授業を受けることにした。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

それから、姉妹は江端が用意した問題を解いていた。

 

「これ終わったら自由にしていいのよね」

 

「ええ、ご自由になさってください」

 

「……まったく、あいつらどういうつもりよ」

 

「私はまだ信じられないよ………」

 

「本人の口からちゃんと聞かないとね……誰か終わった?」

 

「私はもうすぐです」

 

「私も」

 

話合いながら、問題を解き続ける5人。

 

「この問題、比較的簡単だよ」

 

「きっと江端さんも手心加えてくれてるんだよ」

 

「そうね、でも前の私たちなら危うかった。自分でも不思議なほど問題が解ける………悔しいけど、ほんっっっとうに悔しいけど……9割上杉、1割浅倉のおかげだわ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

そう言う二乃を、他の4人がジト目で睨む。

 

 

 

 

 

 

「…………そうね。間違ってたわ。9割9分は、海斗君が私を励ましてくれたおかげ、残りは実力よ」

 

 

「上杉さんと浅倉さんが完全に消滅した!!?」

 

とまあ、何やかんやで問題は解かれていき……

 

 

「終わった」

 

「……私も〜」

 

先に三玖が、少し遅れてて一花が、全ての問題を解き終わった。

 

「うう、私はまだ……」

 

「私は、あとは最後だけです」

 

五月は最後の問題、四葉と二乃はまだ終わらずというところだったので、一花と三玖は3人を待つことにした。

 

 

 

 

 

「ホホホ、その程度も解けないようであれば、特別授業に変更いたしますよ〜」

 

「「「〜〜〜っ!!!」」」

 

「!じゃあ、私採点してもらおっと〜」

 

「一花、ずるい。先に終わった私が先」

 

「なっ!?アンタら卑怯よ!」

 

「う、裏切り者〜!」

 

「………」

 

二乃と四葉が、残りの問題に苦戦する中、一花と三玖は江端に解いた問題を渡し、こちらに戻ってくる。そんな中、五月が2人に小さな声で話しかける。

 

 

「……あの」

 

「「?」」

 

 

 

 

「………カンニングペーパー、見ませんか?」

 

「!」

 

「それって期末の?」

 

姉妹は試験の前、風太郎から細長い紙をを筒状に丸めたカンニングペーパーを渡されていた。五月の言っているのは、そのカンペのことである。

 

「はい。全員筆入れに隠したはずです」

 

そう言って3人は、筆入れからカンペを取り出す。

 

「面白そう、私も見よっと」

 

「私も」

 

一花と三玖も、筆入れからそれを出す。

 

「い、いいのかな……」

 

四葉がカンニングすることを心配するが………

 

 

「有事です。なりふり構ってられません。浅倉君も言ってたでしょう?『要はバレなきゃいい』と」

 

「五月が2人みたいに!?」

 

「あんたも変わったわね」

 

五月の変わりように四葉は驚き、二乃は呆れるが、2人も同意して、江端がこちらへの注意を逸らした隙に……

 

「今だよ!」

 

「はいっ」

 

五月が最初に、カンペをめくった。すると……

 

「………」

 

「どうしたの?」

 

「?これ……どういうことでしょう……?」

 

カンペをめくった五月が、何故か固まる。

 

「なんというか……私のはミスがあったみたいです」

 

「じゃあ私の使お」

 

五月のカンペがダメならばと、次は既に問題を終えた一花がカンペをめくる。すると……

 

「えーっと……安?」

 

最初に出てきた文字が『安』。これでは何も分からないため、一花はそのままめくり続けた。それてカンペに書かれていたのが……

 

 

『安易に答えを得ようとは愚か者め』

 

 

「………」

 

カンニングしようとする者への強烈な罵倒だった。

 

「なーんだ」

 

「初めからカンニングさせるつもりなかったんじゃない」

 

「うん。でもフータローらしい」

 

「だね〜」

 

「……ですが、どうしましょう……」

 

結局、カンペは意味の無いものだったと知り、暗礁に乗り上げてしまうが、カンペを見ていた一花が何かに気付く。

 

「!待って。まだ何かが……」

 

そのメッセージには、続きが記されていた。

 

『→②』

 

「『②』って……」

 

「私のかしら?」

 

②ときたのだから、次は二乃だろうというのが姉妹の定石。ならばと、次は二乃のまたカンペをめくる。そこには………

 

『カンニングする生徒になんて教えられるか→③』

 

「自分で言ったんじゃない」

 

「繋がってる……!」

 

二乃のカンペを見ていた四葉が、気づいた。

 

「これ、上杉さんからの最後の手紙だよ」

 

次は③なので、三玖のカンペをめくる。

 

『これからは自分の手で摑み取れ→④』

 

続いて四葉。

 

『やっと地獄の激務から解放されて清々するぜ→⑤』

 

「……あはは……やっぱり辞めたかったんだ……私たちが相手だもん、当然といえば当然だよね……」

 

書かれていたメッセージを見て、落ち込む四葉だが、まだ五月の分が残っていた。

 

「最後、五月だけど……?五月?」

 

二乃が五月の方を見ると、彼女は顔を赤くしながら俯いていた。その視線の先には、最後のメッセージが書き記されていた。

 

『だが、そこそこ楽しい地獄だった じゃあな』

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 

「………私」

 

姉妹が沈黙する中、四葉が口を開く。

 

 

「まだ上杉さんや浅倉さんに、教えてもらいたいよ……」

 

「………」

 

「……私も、ソースケだけじゃない。フータローにも、まだちゃんと勉強教えてもらってない」

 

四葉と三玖が、そう口にするが……

 

「そうは言っても、あいつはもうここには来られないの。どうしようもないわ……」

 

二乃の言う通り、風太郎がこの家に入ることが出来なくなった事実は変わらない。ならば、どうすればいいのか………

 

 

 

 

「………ねぇ」

 

そんな中、一花が沈黙していた口を開いた。

 

 

「みんなに……私から提案があるんだけど……」

 

そう言って、一花は姉妹に説明を始めた。そして、全てを言い終えてた後、姉妹は驚きの表情をする。

 

「え……」

 

「それ、本気?」

 

「うん、ずっと考えてたんだ」

 

その後も、姉妹全員と相談をし、5人全員の意志が一致したのを確認して、姉妹は立ち上がって。

 

「おや?どうなされましたか?」

 

江端が全員が立ち上がったことに、疑問を持つが、すぐさま一花が話しかける。

 

 

「江端さんもお願い………協力して」

 

 

「!」

 

 

 

姉妹たちを見た江端が、その力強い目を見つめ、昔、『マルオ』が彼女たちを引き取った時のことを思い出していた。5人とも、全く同じ容姿をしていたあの頃と比べて……

 

 

 

 

 

「……大きくなられましたな」

 

 

 

 

その表情は、どこか嬉しそうでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

それから、日にちはどんどんと過ぎていき、四葉も駅伝の大会を無事にやり遂げ、気が付けば2学期の終業式を迎えた、12月24日のクリスマスイブの夜。この日は雪も降っており、文字通りホワイトクリスマスだった。

 

 

「メリークリスマス!ケーキはいかがですかー?」

 

風太郎はサンタの格好をして、新しくバイトを始めたケーキ屋『REVIVAL』の前で、客引きを行なっていた。クリスマスイブという日なので、町中カップルや家族で多くの人が道を歩いている。

 

「ケーキいかが……はぁ」

 

中々客が来ないことにため息をつきながらも、寒い中もうひと頑張りと自身を鼓舞したその時だった。

 

 

 

 

「すんませ〜ん」

 

「はい!………!!!!!」

 

風太郎が振り向いた先にいた、目の前にいた人物に、彼は驚きを隠せなかった。そこにいたのはいつもの黒パーカーに、赤いマフラー、無造作な髪型、相変わらずの黒縁メガネの死んだ魚の目をした長身痩身の男……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「店で1番高いケーキ、1ホールくださ〜い。あ、もちろんお前の奢りで」

 

 

 

 

 

 

 

「……目の前に、浅倉総介(暴君外道丸)が現れた……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「んめぇな、コレ、やっぱりケーキは苺ショートに限るわぁ。そしてその後に、コーラ!くぅぅう!体に悪い組み合わせがやめられねぇなぁ!!」

 

「………」

 

あの後、店に入った総介は、さすがに1ホール食べきるのは無理だったので、数切れとコーラを頼み、席で食べていた。それを見ている風太郎が、さすがに我慢出来ずに総介に尋ねる。

 

「………何しにきたんだよ、浅倉」

 

「ん?ケーキ食いにきたんだが?」

 

「そうじゃなくて!今日クリスマスイブだろ……その……いいのかよ……」

 

 

「……んああ、そうだな。いいんだ。もう。

 

「え?」

 

風太郎の言いたいことを理解した総介は、次の瞬間、彼の耳が疑うようなことを言い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺、三玖と別れたから」

 

 

「はぁぁあ!!!!?」

 

あまりの驚きに、バイト中であるにも関わらず、大きな叫び声を上げてしまう。

 

「別れたって、浅倉……ええっ!?」

 

「落ち着け上杉。いいか、よーく聞け。こっからが重要だ」

 

「!……な、なんだよ?」

 

取り乱す風太郎を、総介が落ち着かせる。そして少し間を空けて、総介は風太郎にこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だ」

 

「嘘なのかよっ!!!」

 

食い気味に風太郎は総介にツッコんだ。

 

「改行と太文字で完全にマジっぽかっただろ?騙されたな〜、そもそも俺が三玖と別れるわけねーだろ。別れてたらこんなとここねーわ」

 

「別れてねーのかよ!こりゃ一本取られたよ、ヒーハー!」

 

色々と衝撃を受け過ぎて少しおかしくなった風太郎だった。

 

 

 

………………………………

 

 

「で、わざわざケーキ食いにきただけじゃないんだろ?何の用だよ一体……」

 

「まぁテメーのバイト終わりまで待ってやっから、話は帰りながらだ。今はケーキ食わせろコノヤロー」

 

「ったく……」

 

 

 

………………………………

 

 

その後、風太郎は話を遠くから聞いていた店長に男2人でいることに同情され、早めに返してもらった。その際今の分からないサムズアップをされ「辛いこともあるけど、頑張れよ……メリークリスマス」と言われ、「あ、このバイト辞めよう」と思った風太郎(冗談)。そんな彼は、サンタの格好をしたまま、総介と帰り道を歩き、やがてとある公園へとたどり着く。そこで、近くにあった自販機で、総介の奢りでホットのコーヒーとカフェオレを買い、公園内のベンチに座った。

 

「で、何の用だよ?」

 

「んなもん聞かなくても、テメーにゃ心当たりがあんだろ?」

 

「………」

 

心当たりしかなかった。期末試験の際、総介には告げずに、一方的に家庭教師のことを押しつけて風太郎は姉妹と彼の前から姿を消したのだ。

 

「………」

 

「ま、逃げんなとは言わねーけどよ。まさか俺に全部来るとは思ってなかったぜ、完全に予想外だったわ……」

 

「……悪かったとは思ってるさ。だが、正直この数ヶ月で、俺なんかよりも、浅倉の方が家庭教師に相応しいって思ったから、ああするしかなかったんだ。もし相談してたら、止められたかもしれないしな……」

 

「そりゃ5人も1人で面倒見んのは俺もごめんだわ。っつーわけで、その連絡があいつらの父親から来たが、俺もそれは断らせてもらった」

 

「なっ!?」

 

風太郎は総介が家庭教師の件を断ったことに、目を見開いて驚く。

 

「断ったって……じゃあお前、あれからあのマンションに行ってないのか!?」

 

「ああ、何なら三玖以外とは、ほとんど会っちゃいねーな。俺のクラスに誰もいねーし」

 

「………」

 

あれから総介は、恋人の三玖とは定期的には会ってはいたが、他の姉妹とは全くと言っていいほど遭遇しなかった。本来何かのきっかけがなければ、総介は他の姉妹に連絡を取ろうとはしないので、当然といえば当然だが……

 

「じゃあ、あいつらの家庭教師は………」

 

「………さあな、三玖には個人的に勉強を教えちゃいるが……他は知らねー」

 

「………」

 

風太郎は、総介が家庭教師を継いで姉妹に教えているものだと思っていた。自分よりも、姉妹たちのコントロールに長け、勉強を教えることも得意な彼ならば、うまく次の試験で赤点回避してくれるはずだと……しかし、彼はもう既に三玖以外との姉妹とは会ってはいないと言ったのだ……

風太郎は缶コーヒーを両手で握りながら、その缶を見つめる。

 

「………」

 

「心配するぐれーなら、何で辞めちまう結論に至るかねぇ……」

 

「うっせぇ、心配なんか……」

 

「ほ〜う………」

 

「………くそっ」

 

総介を誤魔化すことは、この数ヶ月でほぼ不可能だと理解したため、今更嘘を言っても無駄だと感じて。風太郎は心の中で舌打ちする。そして、彼は口を開いた。

 

「……俺は二度のチャンスで結果を残さなかったんだ。次の試験だって上手くいくとは限らない。だったらお前に任せた方が、あいつらもついていくだろうって思って……」

 

「………」

 

「……俺は2回も失敗した。本来なら最初の失敗でクビになってたんだ。それを浅倉、お前が繋いでくれた。本当に感謝してるさ……でも、俺がいたら、また………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……テメーは失敗なんかしちゃいねーよ」

 

「………え?」

 

それまで黙って聞いていた総介が、隣に座った風太郎を見ずに、ボソッと呟く。

 

「テメーの本来の仕事は『5人の成績を上げて、無事卒業に導く』ことだろ?程度は違えど、あいつらの成績は上がってるし、赤点回避なんざ目安に過ぎねぇ。要は後1年ちょいで、5人が卒業出来ていれば『成功』、無理だったらそこで初めて『失敗』だ。まだ何も決まっちゃいねーだろ?」

 

「………簡単に言ってくれるな、お前は」

 

「ああ簡単だ。言うだけタダだ。好きだろ?タダって言葉」

 

「………」

 

「……それにな、上杉。俺から言わせれば、お前が言う失敗なんざ、失敗のうちにすら入らねーよ」

 

「………?」

 

「あんな小せぇ石に躓いた程度なんか、いちいち気にしちゃいられねーぞ。年取ったらあんなのがしぼりカスに思えてくるほどの苦難が待ってる。あの小せえ規模でいちいち腐ってたら、世の中命がいくつあっても渡れねぇ。もうちょい強えメンタルつけねぇとな」

 

「やっぱりお前高校生じゃないだろ。何歳だよ?」

 

「うっせー。住民票突きつけて殴るぞ」

 

そう言って、総介は持っていたカフェオレの缶に口をつけて飲む。その様子を横目で見た風太郎は、総介にこんなことを尋ねた。

 

「浅倉」

 

「ん?」

 

「……お前は失敗したこと無いのかよ?」

 

「………」

 

「俺はお前が、結構なことを経験してるのは、なんとなく分かるけどよ……浅倉が、何か失敗するとか、正直想像出来ないし、失敗に見せないよう誤魔化すのが、すげー得意そうだし……」

 

「いや最後失礼じゃね?」

 

「……お前は、もしかして今回の試験よりも大きな失敗とかを経験してるのか?そう思ったんだ……試験のことをあんな規模って言うぐらいの失敗をしたことがあるんじゃないかって……」

 

「………」

 

それを聞かれた総介は、少しの間、考えにふけった。しばらくして、彼は重い口を開く。

 

 

 

 

 

 

「上杉、お前、母ちゃんいるか?」

 

「え?………いや、6才の時に死んだ」

 

「病気か?」

 

「いや、交通事故で………」

 

「……そうか。悪いな、辛えこと聞いちまって……」

 

「いや……なぁ、いったいどういう」

 

 

 

 

「俺はな、大事な人を護れる男になりたかったんだ」

 

「?」

 

突然そう言い出した総介に、風太郎は少し戸惑ってしまうが、彼はそのまま話を続ける。

 

 

 

「まだクソガキの頃だ。

 

 

 

『銀魂』に出会って

 

 

 

 

その主人公に憧れて

 

 

 

真似しようとして、道場にも通った。

 

 

 

そこで強くなって

 

 

 

大切だと思う人を護れるように強くなりたいって思った

 

 

 

 

それから、何年か経って

 

 

 

 

10才の頃だ

 

 

 

 

 

7年前

 

 

 

 

 

 

あの事件が起こった」

 

「?事件?……」

 

 

 

「上杉、7年前に起きた、隣町のショッピングセンター爆破事故、知ってるか?」

 

「あ、ああ……俺もニュースで聞いたことがある」

 

7年前、風太郎たちの住む町の隣町で、大規模な爆発事故がショッピングセンターで起こった。建物の一部が爆発で吹き飛び、100名近い犠牲者、数百人規模の重軽傷者を出す大惨事となった。事故原因はガス管から漏れたガスに引火したことによる大規模な爆発が起きたということで処理され、現在はショッピングセンターは取り壊され、その場所には慰霊碑が建てられている。

 

 

 

 

 

 

しかし………

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは事故なんかじゃねぇよ」

 

 

「!!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

「爆発が起きてから、俺は母さんを見つけようと必死に当たりを探した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで、やっと見つけたんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、母さんは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにいた母さんは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の目の前で、刀で刺されて殺された」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

風太郎からは、一切言葉が出なかった。

 

 

 

「女手ひとつで、俺を育ててくれた唯一の肉親を

 

 

 

 

 

 

この世で1番大切な人を

 

 

 

 

 

誰よりも護りたいと思ってた人を

 

 

 

 

 

 

 

目の前で殺されたんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それがどんなもんか

 

 

 

 

 

 

 

お前に分かるか?」

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

「何のために、強くなったんだ

 

 

 

 

 

 

 

誰を護るために、強くなろうと必死こいてやってきたんだ

 

 

 

 

 

 

この時のためだったっつーのに

 

 

 

 

 

何も出来ず、ただ刺された母さんを見ることしか出来なかった

 

 

 

 

 

 

助けが来てくれるまで、俺はその場から動くことも出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

これが、俺の失敗だ」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

風太郎は絶句する他なかった。当時、隣町で起きた大規模な事故ということで、小学校でも話題になった。多くの人が死んだ事故だったため、翌日には緊急集会が行われ黙祷が捧げられた。彼も、父親も衝撃を受けたことを覚えている。

 

 

 

その被害者の1人が、目の前にいる総介と、その母親……

 

 

 

そして、母親が、日本刀で刺されて殺された?

 

 

彼の言っていることが、どういう事なのか……何を示しているのか、風太郎には分からなかった。

 

 

 

 

 

そしてこの事件が、総介の中の『鬼』が覚醒するきっかけとなったのだが、それはまた別のお話……

 

 

「……………俺の失敗はもう取り返しはつかねーが、お前のなんざ俺のに比べりゃ、いくらでも取り返せんだ。もうしばらくは粘ってもいいんじゃねーのか?」

 

 

「……浅倉」

 

「重い話になっちまったが、同情なんかいらねーよ。俺がこうしているってこたぁ、そーゆーこった。心配ならあのバカどもにしてやれ」

 

「いや、そうだが……その」

 

「?なんだ?」

 

「その……お前の母親を刺したやつって……」

 

 

「………さあな、死んだんじゃねぇのか?」

 

「………」

 

 

「とまぁ、俺の過去の話はここで終わりだ。いくら話しても変えることは出来ねぇ。いい加減前に進まねぇと、あっちにいる母さんに怒られちまうからな」

 

「………ああ」

 

そう言って、総介は自身の話をそこでやめた。と同時に、彼はポケットからスマホを取り出して、しばらく操作しながら話をする。

 

「だからよ、お前はまだ何も成し遂げちゃいねぇが、何も失敗しちゃいない。少しぐらいの躓菊なんか、これからいくらでも取り返せるだろうが」

 

「……だが、俺はもうあいつらに会わせる顔が……」

 

「……なら、本人たちに聞いてみたらどうだ?」

 

「え?」

 

「ほら、ちょうどお出ましだぜ」

 

「……!!!」

 

総介が正面を見ながら言うので、風太郎は彼と同じ方向を見る。すると、そこから、自分たちのもとに向かって歩いてくる5つの姿があった。その人物たちが、やがて2人のベンチの前まで来て、歩みを止める。

 

 

「お前は勝手に辞めたかどうか知らねーけどよ……

 

 

 

 

こいつらの意見もちっとは聞いてやれよ」

 

 

「……お前ら……」

 

「上杉君……」

 

「やっほー、久しぶり」

 

「上杉さん、水臭いです!」

 

「っ寒!……たく、こんなとこでウジウジしてんじゃないわよ」

 

「フータロー……私たちはまだ諦めてない……

 

 

だから、フータローも、たった二回で諦めてないでほしい

 

 

 

 

成功は失敗の先にある、でしょ?」

 

「!」

 

 

三玖が言った言葉は、少し前、風太郎が菊に言ったセリフだった。総介が先程、スマホをいじっていたのは、三玖に来るようにと合図のメールを送っていたのだ。

 

 

『いけないぞ菊。失敗を恐れてはいけない。諦めず続けることで報われる日がきっとくる。

 

成功は失敗の先にあるんだ』

 

「………」

 

未だ悩んでいる風太郎に、総介が姉妹に声をかける。

 

「さて、これだけでもまだ悩んでんなら、とりあえず家まで行きながら考えるか?」

 

「うん、そうだね〜」

 

「さっさと帰りましょう。寒くて叶わないわ」

 

「帰ってみんなでケーキ食べましょう」

 

 

「……だが、俺はお前らの家に入るのは禁止されて……」

 

「いいからいいから、ほら、いこ!」

 

「こうなっなら、引っ張って行きましょう!」

 

「お、ちょ!お前ら何すんだ!」

 

「上杉君が未だ覚悟を決められないので、私たちの覚悟を見せるんです!」

 

「はぁ!それってどういう」

 

「いいから歩きなさい!寒いんだからとっとと行くわよ!」

 

二乃に先導され、一花が風太郎の右手、四葉が左手を持ち、五月が背中を押す。

 

それを、総介と三玖が後ろで見ながら、手を繋いで歩き出す。

 

「……ありがとう、ソースケ」

 

「ん?俺は何もしちゃいないよ?君や、あいつらが決めてやったことなんだ。俺は少し手を添えた程度だよ」

 

「でも、ソースケがいなくちゃ、出来なかった………それに……」

 

「?」

 

「お母さんのこと、フータローに話したんでしょ?」

 

「……なんで分かったの?」

 

「……私に話した時も一緒……辛そうな顔してる……」

 

「………」

 

「……ソースケ」

 

三玖はそのまま立ち止まり、振り向いた総介に向かって背伸びし、彼の唇に軽く、優しい口付けをした。一瞬で離れたが、互いを見つめ合いながら、三玖が彼に向かって言う。

 

 

 

 

「私……私も、ソースケを護りたい」

 

「……三玖……」

 

「ソースケが好き。愛してるから、何もしないままじゃ嫌。私だけ何かされたままじゃ嫌

 

 

ソースケが辛いときは、私をもっと頼ってほしい

 

 

 

ソースケが弱ったときは、今度は私がソースケを護りたい……だめ?」

 

 

三玖は総介を見上げ、瞳を揺らしながら彼に尋ねた。そんな彼女を見て、総介は改めて、自身の中の三玖の大きさを思い知る。

 

 

 

 

ああ

 

 

 

 

 

 

 

この子だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が護る人は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここにいる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この子こそが、俺の………

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖に出会えたから、俺は………

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、あんな思いは………

 

 

 

 

 

 

自然と総介は、三玖に歩み寄り、彼女を抱きしめ、胸元に引き寄せた。そして、彼女の耳元で、優しくささやく。

 

 

「……三玖

 

 

 

 

 

君に出会えて、本当に良かった」

 

 

 

「……ソースケ

 

 

 

 

私も、ソースケに会えてよかった」

 

 

三玖は、総介の胸に埋めていた顔を上げ、今度は彼から、最愛の恋人へ口づけをした。

 

「……ん」

 

「ん……はぁ、冷たい」

 

「ふふっ、そうだね」

 

ほんの数秒のキス。それでも、互いの想いを確かめるのには充分で、唇を離した後に微笑み合う。

 

「ありがとう、三玖。もし俺が、どうしようもなくなったら……そのときは、三玖のそばにいたい。いいかな?」、

 

「うん。私も、ソースケに頼れるような恋人になりたい」

 

「……もうなってるよ。

 

 

 

こんなにも、三玖のそばにいて幸せなことなんてないんだから」

 

 

 

 

「………ソースケ」

 

 

 

「愛してる、三玖」

 

 

「私も、ソースケを愛してる」

 

抱き合ったまま、互いに想い合う言葉を交わした2人は、再び指を絡めて手を繋ぎ合い、先を行った4人を追うのだった。

 

 

 

 

 

さすがにこの話であのセリフは言えない。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「はい、着いたよ」

 

「………へ?」

 

 

 

 

「ここが、私たちの新しい家」

 

 

その後、姉妹に連れてこられたサンタ姿の風太郎は、目を見開いた。そこにあったのは、小さなアパート。一花はこれを『私たちの新しい家』だと言った。

 

「………どういう意味だ?」

 

「借りたの。私だってそれなりに稼いでるんだから」

 

女優業でそれなりの収入を得ている一花が、今回の発案をし、このアパートの一室を借りることになったのだ。

 

「といっても未成年だし、契約したのは別の人だけど、事後報告だけど、お父さんにはもう言ったから」

 

別の人とは、もちろん江端である。

 

「今日から私たちはここで暮らす

 

 

 

 

これで障害は無くなったね」

 

一花が言っている事は、つまり『マンションに入るのが禁止ならば、他の場所ならOK』という理屈だ。それを理解した風太郎が、驚愕する。

 

「嘘だろ……たったそれだけのために……あの家を手放したのか?」

 

「……それだけのため、じゃないかな。細かく言えば……」

 

「?」

 

「前に、浅倉君が言ってたことが、頭の中で引っかかっちゃっててね……『いつまでも父親に頼ってないで、一人で生きていかなきゃならない』って。

 

 

 

私たちがあそこで生活出来たてたのも、全部お父さんのおかげだし

 

 

 

私たちも、それに甘えてばっかりだったから

 

 

 

ちょうどいい機会だから、お父さんの力を極力使わないで

 

 

 

 

一人じゃまだだけど、とりあえず五人だけの力で暮らしてみようって

 

 

 

 

それで、こうなったの

 

 

 

 

これが、私たちの覚悟だよ」

 

 

かつて総介が、これまた菊に向けて言った言葉を、一花は忘れることが出来なかった。そして、彼と喫茶店で話をしたときも、それが頭にこびりついていた。果たして自分たちは、父に、立派な環境を与えてくれるあの人に何をしてあげているのだろう……

 

それを思っていた矢先、先の出来事があった。一花は、ここがいい機会かもしれないと思い、マンションを離れて暮らすことを提案した。風太郎のこともそうだが、父に示さなければならない。甘えているばかりでは、何も変わらない。自分たちも前に進むということを。

 

その結果が、これである。

 

 

「前に言いましたよね。大切なのはどこにいるかではなく

 

 

 

 

『五人でいること』なんです」

 

風太郎は勤労感謝の日に四葉とデートした際、そう言ってたことを思い出した。彼女たちに、環境は問題ではない。どのような環境でも、五人が共に支え合うこと。それこそが大切なのだと。

 

すると、風太郎が……

 

「……ははっ、はははっ!」

 

風太郎は、驚きを通り越したのか、その場で笑ってしまう。

 

「ははははっ……お前ら、どうしようもない馬鹿だな……馬鹿過ぎて困る………」

 

「お前もな、上杉」

 

「ふっ……なんだかお前らに配慮するのも馬鹿らしくなってきた

 

 

 

 

 

俺もやりたいようにやらせてもらう」

 

「!」

 

「俺の身勝手に付き合えよ

 

 

 

最後までな」

 

「ふふっそうかなくっちゃ」

 

「じゃあ、上杉さん!」

 

「ああ、最後まで、卒業できるまで面倒見てやるよ!」

 

そう言われた姉妹は、一様に明るい表情が戻ってきた。そして風太郎は、総介の方を向いて言う。

 

「浅倉、あれだけ俺に行ったんだ。最後まで付き合ってもらうぞ!」

 

「上等だガリ勉野郎。今度弱音吐いたら生皮剥ぐぞコノヤロー」

 

「あ、いや、すいませんでした。それは勘弁してください……」

 

「じゃあ、これは浅倉君に預けるね」

 

「?それは……」

 

一花がポケットから取り出したのは、前に住んでた『 PENTAGON』のカードキーだった。きっちり5枚あり、それを総介に渡す。

 

「あいよ。いつでも使いたかったら言ってくれな」

 

「うん」

 

「言っとくけど、勝手に使って入ったら住居侵入で逮捕してもらうわよ!いいわね!」

 

「安心しな。誰もテメーの部屋なんかに入りゃしねーよ。あんな男がドン引きするほどのエロいパンツがしまってある部屋にはな」

 

「何ですって!!!一花!だからコイツに預けんのやめなさいって言ったのにーー!!」

 

二乃が喚いているが、いつものことなのでもう誰も気にしないでいる。

 

「言っとくけど、私は海斗君がアンタの近くにいるから利用させてもらうだけよ!別にry」

 

「『 別にアンタらのためなんかじゃないんだからね!勘違いしないでよね!』ってか?うわー教科書通りなツンデレ女のテンプレセリフ。中の人を釘◯理恵にしてから出直してこいコノヤロー」

 

「ムキャーーー!!!」

 

猿の如き奇声をあげながら、総介に襲い掛かろうとする二乃だが、四葉がそれを抑える。そんな状況を無視して、総介はそのまま言葉を続けた。

 

「んじゃ、俺ァ三玖連れて帰るわ」

 

「はぁ!?何勝手なこと言ってんの!?」

 

「何って、今夜はクリスマスイブだぜ。何で恋人がいんのに大勢で過ごさなきゃなんねーんだよ」

 

「私はさっき、ソースケの家に入りきらなかった荷物を置いてきた。これからはいつでもソースケの家に泊まれる」

 

「なんなら一緒に住む?」

 

「えっ………いいの?」

 

「うん、どうせ遅かれ早かれ、そうなるんだし、今のうちに予行練習をry」

 

「いいわけあるかぁ!!」

 

せっかく同棲の流れだったのに、やはり二乃に止められた。

 

「さ、さすがに同棲は……」

 

「だねー、三玖の分の布団もこっちに入れちゃったし」

 

「同棲……は、ハレンチです!」

 

「お前の同棲のイメージはどんなんだよ……」

「……ちぇっ、チャンスだったのに……」

 

「むぅ〜……」

 

この後、三玖をめぐる総介と二乃の攻防があったものの、三玖本人が望んだことと、一花が許したことで、アパートで皆でケーキを食べた後、総介は三玖を連れて帰っていった。

 

 

 

 

そして総介は、ケーキを食べた後、自宅で三玖を食べちゃいましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

総介雪に埋もれてしまえ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私だって………海斗君にお持ち帰りされたいわよ」

 

「嫉妬してんじゃねーか!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「江端、今日は遅かったね」

 

「申し訳ございません、旦那様」

 

「まぁいい……」

 

江端の運転する車の後部座席で、『マルオ』はスマホを握りしめながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

「上杉、やってくれたね……しかし………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君のような男に娘はやらないよ」

 

 

 

 

その顔は、無表情ながらも、確かな怒りを滲ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「浅倉様にも同じことを言えますかな、旦那様?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………江端」

 

 

 

 

「ホホホ、冗談ですよ」

 

 

 

 

彼ら二人が乗る車は、そのまま夜の街を走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、五つ子と風太郎と総介

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖と総介の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人』と『鬼』の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新しい年が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の年が始まる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界でたった一人の花嫁と銀ノ魂を持つ男

 

 

 

 

 

第四章『人の過去なんざシャボン玉のように儚い』完

 

 

 

 

 

 

 

 

第五章『世はまさに大恋愛時代』に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試験結果発表〜番外編

 

・上杉風太郎

国語……100

数学……100

理科……100

社会……100

英語……100

五計……500

 

 

・浅倉総介

国語……80

数学……59

理科……61

社会……96

英語……68

五計……364

 

 

・大門寺海斗

国語……100

数学……99

理科……99

社会……100

英語……100

五計……498

※備考……試験勉強一切行わず

 

 

・渡辺アイナ

国語……98

数学……95

理科……91

社会……97

英語……100

五計……481

 

 




第四章、完結しました!
試験は三玖と一花が赤点回避することに成功しました!
そして姉妹がマンションから離れ、アパートに引っ越したら理由が、父への反発→少しの反発+父に甘え切っている現状への負い目に変わりました。
そして、総介の凄惨な過去……詳しくは後々、明らかになっていきます。
次回の更新は7月中旬〜下旬を予定しております。
それまでご感想、メッセージ等お待ちしてます!この小説が良かったなら、お気に入り登録、高評価よろしくお願いします!
ここまでこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55.番外編…物持ちの良さは性格に表れる

というわけで、第五章の前に、第四章の番外編です。ゆる〜くいきますので、あまり真剣に読まなくても大丈夫です。かぐや様ロスが私のやる気を削いでおりますので……アニメ3期待ってるぜ。


あと今回、後書き長いのでそちらの話にも興味があれば感想等でお待ちしてます。


クリスマスイブ、総介は五つ子が新しく住むことになったアパートで皆でケーキを食べて小さなパーティーを楽しんだ後、三玖を自宅にお持ち帰りして(本人も行きたいと言ってたので)、その夜を共に過ごした。

無論、ナニがあったのかは、リア充のたしなみなので、お察しください。総介爆発しろ。

 

「ソースケ、起きて。ソースケ」

 

「ん、んん……ふぁ〜、おはよ、三玖」

 

「ふふっ、おはよう、ソースケ」

 

 

その翌朝、先に目を覚ました三玖に起こされた総介。ぼんやりとしたまま、三玖に顔を近づけて朝の口づけを行い、同じベッドから起床した2人は、三玖の手伝いもあって作った朝ごはんを食べた後、リビングでまったりと過ごしていた。そんな時に、それは起こった。

 

 

 

「………あれ?」

 

「?どうしたの?」

 

「……右側が…聞こえない……」

 

ふと、総介が三玖の方を見ると、どうやらスマホで動画を見ていた三玖が、自身のヘッドホンの不調に気づいたらしい。

ヘッドホンを使っている三玖も珍しいと思いながら、彼女からヘッドホンを受け取り、耳に当ててみる。

 

「……ほんとだ。右側が音流れないね」

 

「うん……」

 

「見たところ何年か前のモデルだけど……結構使ってる?」

 

「うん、中学のときから……」

 

「三玖物持ち良いね。俺なんて毎日音楽聴きすぎて一年でオシャカにしたんだけど……うーん、修理するにもそれなりに金かかるし……」

 

「どうしよう……」

 

しゅん、と落ち込んでしまう三玖。それを見た総介が、彼女のために何もしないはずもなく……

 

「………よし!今から三玖の新しヘッドホン探しに行こう」

 

「え?……い、いいの?」

 

「いいも悪いも、ちょうど今日は特に予定無かったし、デートがてらに、いっちょ街中回ってみようよ」

 

「う、うん!ありがとう」

 

こうして、2人はすぐに出かける準備を行い、自宅から街へと駆り出した。その際、いろんなところを回りたいということもあったので、総介は自身の愛車の『ベスパ』のキーを取って、駐車スペースからそれに乗って、三玖を待たせている場所に向かった。

 

「お待たせ。はい、ヘルメット」

 

「ありがとう……私、乗るの初めて……」

 

総介に乗りたいとは言ってたものの、オートバイに乗るのが初めてな三玖は、どうやら不安な様子だ。

 

「大丈夫だよ。スピードはそんなに出さないし、俺にしっかり捕まってたら落ちることないから」

 

「う、うん……」

 

三玖は総介からグレーの半帽タイプのヘルメットを受け取り、慣れない手つきで装着してから、総介の後ろへと乗り込む。

 

「じゃ、しっかり俺の腹につかまっててね。不安だったらベルト握ってもいいから

 

「う、うん……」

 

そう言われて、三玖は、総介の腹へと手を回す。彼の硬い腹筋の感触を手で感じながらも、絶対に離すまいと彼の身体をギュウっと抱きしめる。

 

一方、総介の方は三玖に抱きつかれた拍子に、彼女の胸部の柔らかい感触に大変満足しながら(総介爆発しろ)、アクセルをかけて、ゆっくりと『ベスパ』を発進させた。

 

「じゃ、しゅっぱーつ」

 

「うん……きゃっ!」

 

「ん?どうしたの?」

 

「な、なんでもない。少しびっくりしただけ」

 

オートバイが発進し、足を浮かせた感覚に、三玖は少し驚いたものの、そのま総介の体にしがみつき、遅い速度ではあるが、普段とは違う、前から来る風を感じながら、目的地へと走って行くのだった。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

というわけで、ショッピングセンター内の家電量販店へと着いた2人。早速家電量販店てと向かい、イヤホン、ヘッドホンのコーナーで物を漁る。

 

「何か欲しいものに条件とかある?」

 

「うん、できれば同じメーカーのもので……」

 

「なるほど…………あ、ここだね、三玖のと同じメーカーのやつ」

 

総介がある場所を指差すと、そこには三玖のヘッドホンにもあった同じマークのメーカーのものがいくつか並んでいた。

彼女はいつかを物色し、サンプル品などをつけて試したりと、真剣な表情で選ぶ彼女を、総介は後ろからそっと見守る。しばらくそして、三玖があるヘッドホンを手にとった。

 

「これ……これにする」

 

そう言って彼女が手に持ったものは、以前のシンプルなものとは違い、少しメカニカルなヘッドホンだった。無論、色は青色である。三玖は以前のヘッドホンを首元から外し、サンプル品をつけてみる。

 

「オッケー……うん、似合ってるよ」

 

「そ、そう?」

 

「もちろん……じゃあ、会計行こうか」

 

「うん」

 

買うものが決まったところで、サンプル品を戻して、番号札と同じ商品の箱をレジカウンターへと持っていく。

 

 

ピッ

 

 

「ありがとうございます。こちらの商品お会計××××円となります」

 

「はい……」

 

「じゃあこれで」

 

「えっ!?」

 

三玖が財布を出そうとしたとき、横にいた総介が、一切表示を変えることなく、カウンターにお札を出した。

 

「そ、ソースケっ、いいよそんな!これ、結構高いし、何もここまで……」

 

さすがの三玖も、高校生にとっては中々に高い値段のため、総介にお金を返そうとするが……

 

「いいのいいの。ここは俺が払うから。三玖もアパートに引っ越したから、お金持っといた方がいいでしょ?」

 

「で、でも……」

 

「それに、昨日ゴタゴタしてたから、まだ渡せてなかったしね」

 

「………?」

 

最後の総介が言ってる意味が、三玖には分からなかったが、彼はそのままトントン拍子に会計を進めてしまい、お釣りとレシートを受け取って、袋に入れられたヘッドホンを彼女に差し出す。

 

「はい、これは三玖の」

 

「……あ、ありがとう」

 

そのまま、流れのまま総介にヘッドホンを買ってもらう形となり、店を後にした2人は、そのままショッピングセンター内を歩いていく。

 

無論、手を繋ぎながら。

 

総介爆発しろ!

 

 

「……ソースケ」

 

「?」

 

「その……本当にいいの?」

 

三玖は、繋いでいる反対の手に持った袋を持ち上げ、それを皆が心配そうに声をかけるが、総介は少し笑いながら返す。

 

「いいよ。元々俺が出すつもりだったし、それなりに貯金は持ってるから、大丈夫だよ」

 

「そ、そう……」

 

総介は『刀』に所属している間、何もタダ働きをしていたわけではない。危険が伴う仕事である故、貰える給料も高く、それに加えて出来高での臨時報酬も与えられる。

無論、『異名持ち』である総介が、生半可な金額を渡されるはずもなく、『刀』をしばらく休養いているとはいえ、彼の貯蓄額は3000万円を余裕で超えている。さらに、ここ数ヵ月で幾度か『鬼童』として復帰して仕事をこなしたため、ついこの間に休養中の固定給とボーナスをもらった彼の手持ちの現金は数百万ほどある(無論、多くは家の金庫に保管している)。

仕事の内容が内容ではあるが、総介は高校2年生にして、その辺のサラリーマンを軽く凌ぐ収入を得ているのだ。もっとも、彼はどっかの銀髪侍とは違って金に執着するような男ではないが(時々ポーズで演じる時もある)……。

 

「それに……」

 

「?」

 

と、話を続けている総介に、三玖は歩きながら彼を見上げた。

 

 

 

 

「まだ、三玖にクリスマスプレゼント渡せてなかったしね。その場でっていう形になっちゃったけど、機会が今しか無かったから……こんな形だけど、お気に召したかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ありがとう、すごく嬉しい」

 

総介の想いを聞き、三玖は彼の手をギュッと握りしめながらお礼を言う。それと同時に、いつも自分は、彼に与えられてばかりだということも自覚してしまう。が、せっかくのクリスマスだ。こうしてショッピングセンターでデートしているので、自分も何かプレゼントを買おうと総介に提案しようとした矢先、彼が足を止めた。

 

「?ソースケ?」

 

手を繋いでいるので、自然と三玖も歩みを止める。不思議に思い、彼の顔を見上げると、総介の視線は一直線に前を向いていた。その視線をゆっくりと辿った先には………

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんであんた達までいるのよ……」

 

 

 

 

 

 

二乃と、その隣には金髪碧眼のサイドテールの少女(・・・・・・・・・・・・・・)がいた。

 

 

「二乃……」

 

三玖も、目の前の二乃に気づいて、少し気まずくなりかけてしまうが、そうなる前に総介が口を開いた。

 

「何でって……せっかくキリスト大明神がカップル同士いちゃいちゃデートぐれぇしやがれっつった日なんだからよ、あやかってイチャラブデートしてんだっての、悪ぃかよ」

 

「色々と間違えてるわよ!」

 

二乃がそう突っ込む。と、すぐに横にいた少女が彼女に話しかけた。

 

「二乃……こちらのお二人は?」

 

「え?ああ、そうね、アイナは会うの初めてだったかしら?……まぁ、紹介するわ。私の姉妹の1人で、三玖よ」

 

二乃は隣にいた少女……『渡辺アイナ』に妹の三玖を紹介する。

 

「そうだったのですか……初めまして、中野三玖さん。私は二乃の友人の『渡辺アイナ』と申します。以後、よろしくお願いします」

 

アイナは三玖に向かって、ペコリと頭を下げて挨拶をする。すると、三玖もつられて挨拶を返す。

 

「は、はじめまして、中野三玖です。二乃の姉妹の1人です。よろしくお願いします…………あ、こっちは、私の恋人の浅倉総介です……」

 

ペコペコと頭を下げていると、横にいた総介に気づいた三玖が、アイナに総介を紹介する。

 

「ちょっと、そいつは紹介しなくていいわよ」

 

「でも、2人は?って言ったから」

 

「こんな奴、アイナに関係無いんだから別にいいでしょ」

 

「二乃、構いません……初めまして、渡辺アイナです」

 

「ん〜、あ〜、浅倉総介、よろしく〜……」

 

非常に素っ気ない挨拶をした2人だったが、2人は目線を合わせると、それだけで会話を始めた。

 

『まさかお前とここで会うとはな。今日仕事じゃなかったか?』

 

『そうでしたが、急遽オフになりました。本日若様は、旦那様、奥様のお二人と、家族水入らずの時間を過ごされてます。私は不要となったところを、二乃から連絡を受けて、ここに来たまでです』

 

『……なるほどな、そりゃ[あの2人]が帰ってきてんのなら、海斗もそうしてぇだろうな』

 

『総介さんこそ、クリスマスの日に手を繋いでデートとは……随分と変わられたものですね』

 

『かわいいだろ〜三玖。お前の横にいるヒス女とは大違いだぜコノヤロー』

 

『まったく……』

 

「ちょっと!アイナに向かって何よそのやる気の無い態度は!」

 

2人が視線だけで会話をしていたのはほんの数秒だったので、途中で二乃が割って入ってきてしまう。

 

「仕方ねぇだろ?俺、三玖以外の女にそんな興味ねぇし」

 

「っ〜〜!あんたね、」

 

「二乃、私は大丈夫です。それよりも、買いたいものがあるのでは無かったのではないのですか?」

 

「っっ………ええそうね。こんな奴に構ってるなんて時間の無駄だわ。さっさと行きましょう」

 

「よく言うよ〜、朝一番で海斗を誘って断られたくせに〜」

 

「何であんたが知ってんのよ!?っていうかそれを言うな!!」

 

今朝にちゃっかり海斗に教えてもらった総介だった。

 

「それでは三玖さん、またどこか出会う機会があれば」

 

「は、はい……」

 

アイナはすれ違いざまに、三玖に声をかけて、二乃と一緒に遠ざかっていき、やがて人混みに紛れて見えなくなった。

 

「……綺麗で、礼儀正しい人だった」

 

「まぁ学年の間じゃ有名らしいからね」

 

「そうなの?」

 

「うん、結構男連中の間でも……!!……ごめん三玖、ちょっとトイレ行ってくる」

 

「え?……う、うん」

 

アイナのことについて話していた総介だったが、ふと『あるもの』が目に飛び込んできたので、三玖にトイレに行くと嘘をついて、その場を離れていく。

 

そして彼が向かった先には………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、何ここでも親バカ発動させてんですか……剛蔵さん」

 

 

「?……うおっ!総介か!?しばらくだな!」

 

そこには、でっかいサングラスとマスク、そして帽子を被り観葉植物の影に隠れているつもりでアイナと二乃を見守……いやもうストーキングしている2メートルにも達する大男でありアイナの父、そして大門寺家対外特別防衛局『刀』局長『渡辺剛蔵』の姿があった。

 

「いや何、アイナちゃんにどこの馬の骨とも知れん輩が近づかないよう、直々に警護していたんだ。まさかその途中でお前に会うとは思わんかったがな!」

 

ガハハハ!っとマスクとサングラスを外して豪快に笑う剛蔵。

 

「いやどう見てもストーカーにしか見えないんスけど?完全に危ない人にしか見えないんですけど?」

 

「安心しろ!アイナちゃんにどこで何かあってもいいように、この建物の全ての監視カメラは掌握済みだ!どこにいようがアイナちゃんをマークして、俺のスマホに映像が届くようにしてある!大門寺の連中のハッキング技術様々ってヤツだな!」

 

「アンタ何大門寺の人間私的に使ってんだ!」

 

「さらに!アイナちゃんが1人になった時を狙う連中もいるかもしれんからな!建物のトイレや試着室の一つ一つ全てに超小型のカメラを設置した!これで下賤なことを企む輩がいれば、すぐにアイナちゃんのもとに駆けつけられるって寸法よ!」

 

「全警備員へ、3階で非常事態だ。実の娘とついでに他の連中の盗撮という下賤な輩が現れた。容疑者は男性、身長2メートル、髪は黒、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ」

 

「どこのシュワルツェネッガー!?」

 

剛蔵のぶっ飛んだ親バカっぷりに、総介も呆れてしまう。本来の彼は、『刀』の局長として申し分無いほどの強さと器量を併せ持った武人なのだが、こと娘のアイナの事情となると完全なる犯罪者予備軍、いやもう変態犯罪者に成り果ててしまうのだ。

 

「待て待て待て!これもアイナちゃんのためなんだ!どうか目を瞑ってくれ総介!上司の頼みだ!」

 

「娘のためにトイレやら試着室やらにカメラ仕掛ける変態ゴリラを俺は上司だと思ったこたぁねぇ」

 

「そんなこと言わずに〜……そうだ!後でカメラの映像の一部をお前にも渡そう!それで見逃してくれ!」

 

「だからそんなので………

 

 

 

 

 

 

いや、試着室のは中々……ちなみに、どんなの撮れてんすか?」

 

「えっとな………お、出た出た」

 

そう言って剛蔵は、総介にスマホの映像を見せ、2人はその場でしゃがみこみ急遽観賞会に入る。総介、お前デート中だよな?

 

「うお、こんなのいいんですか!?完全に丸見えじゃないスか……お、この女の乳デカっ!いや、こっちの紐パンも捨てがたい……」

 

「いいだろういいだろう。だがな、アイナちゃんは今日一度も試着室に入って無いんだ。父としては、近頃の娘の成長過程を見れずに残念でならんのだ……」

 

「アレでしょ?思春期迎えて風呂一緒に入らなくなったり、お父さんのと洗濯物別々にしてくれってヤツでしょ?いいじゃないスか。それすらも娘の成長ってことですよ。あ、パンツ見えた」

 

「しかし、こうも娘が俺の元から離れていくっていうのは、結構悲しいものだぞ?あ、パンツ見えた」

 

「父親なんだからどっしりと構えてていいんスよ。かわいい子には旅ををさせろって言葉、知らないんスか?アイナも何かあったら、剛蔵さんを頼りますって。あ、パンツ見えた」

 

「とは言えなぁ………お、アイナちゃんに動きがあったみたいだぞ!あ、パンツ見えた」

 

「え?どこに向かってんですか?あ、パンツ見えた」

 

「?……だんだんこっちに近づいて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をされているのですか、お父様、総介さん?」

 

 

後ろから何やら、聴き慣れた声がしたと思いきや、剛蔵と総介はギギギ、とブリキロボのように首を振り向かせ、斜め上を向いた。そこには、怒りに燃え、ゴミを見つめる冷たい表情をした剛蔵の愛娘がいた。そんなアイナを見た総介と剛蔵が一言呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「あ、パンツ見えた」」

 

 

 

 

 

 

 

「死んでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ〜、三玖」

 

「あ、長かったね、ソー……ソースケ!?どうしたの、その顔!?」

 

あの後、総介は二乃にトイレに行くと言って自分たちのもとにやって来たアイナからキツいビンタをもらい、右のほっぺたには真っ赤な紅葉が咲いた。そして剛蔵は、総介以上にキツ〜いお仕置き(内容は言えないが、剛蔵がトラウマになるレベル)を施され、カメラを全て回収させられ、アイナの連絡で迎えにきた『刀』の副長『片桐刀次』に連行されていった。何でも、本日の業務を全て刀次に押しつけてアイナの後をつけてたらしく、迎えにきた刀次は怒りながらも、毎度のことで呆れていたそうな……

 

 

「いや何、四回転ジャンプの練習をしてたフィギュアスケーターの手が着地時に俺にヒットしたまでの話だよ」

 

「?よ、よくわかんないけど、大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫。さ、せっかくのクリスマスなんだし、いろんなとこ行こうよ。フェアとかで安くなってるとこもあるしね」

 

「う、うん……」

 

こうして、2人は再び手を繋いで、ショッピングセンター内を歩いて回るのだった。

 

 

 

そんな過程で………

 

「お、これいいな」

 

「?、このマフラー?」

 

「うん、今使ってるのがちょいとほつれてるからせっかくだから買おうかな」

 

総介が手に取ったのは、赤を基調として真ん中に黒い線が入ったマフラーだった。

 

「………じゃあ、私が買う」

 

「え、いいよいいよ。三玖もアパートに引っ越したばかりなんだから、お金は持って方が」

 

「ダメ、私が払う」

 

そう言って三玖は総介からマフラーを取り上げる。

 

「私も、ソースケにプレゼントしたい……与えられるだけじゃイヤ」

 

「三玖……」

 

三玖は真剣な表情で、総介を見つめる。思えば、三玖は彼と出会った時から、もらってばかりだった。最初に出会った時の抹茶ソーダから、先ほどのヘッドホンまで、全部自分が与えられてばかりだ。そればかりは、甘えるばかりはもう嫌だ。自分も、彼に返していきたい。例え、彼が納得しなくても……

 

「……わかった、じゃあ今回は甘えさせてもらうよ」

 

「うん……じゃあ。買ってくるね」

 

「うん」

 

総介は、彼女の意思を汲み取り、今回は譲ることにした。そして

三玖は、そのままレジまで行き、会計を済ませて戻ってくる。

 

「はい、ソースケ」

 

「ありがとう、三玖。大切に使わせてもらうよ」

 

三玖からマフラーの入った袋を渡され、店を後にした2人。その後も、食事をしたり、ペットショップを回ったりと、デートは続いた。

 

 

 

 

総介爆発しろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、似合ってるよ」

 

「そ、そう?……ソースケも、似合ってる」

 

「ありがとう」

 

そうして、デートを終えた2人は、『ベスパ』に乗って総介の家に戻り、リビングでお互いのプレゼントを身につけて試していた。三玖は今までのヘッドホンを首元から外して、新しいヘッドホンを、総介は三玖に買ってもらったマフラーを首に巻いていた。

三玖はそのままつけていたが、総介はマフラーを外して、三玖の外した古いヘッドホンを手に取る。

 

「三玖、これさ、ここに飾っていいかな?」

 

「?」

 

そう言って総介は、テレビの横にある木製のラック、写真立てが置いてある横に、ヘッドホンを置いた。

 

「うん、いいよ、もう使わないから」

 

「ありがとう。このまま直置きにするのもあれだから、また今度スタンドを買いに行かなくちゃね」

 

そう言って総介はソファに深く座る。それを見た三玖は、総介の方へと近づいていく。それを見た彼も、三玖を見て微笑み、

 

 

「おいで」

 

「うん」

 

座った総介の上に乗り、首に手を回す。総介も、三玖の背中へと手を回し、抱きしめ合う。

 

 

 

 

「幸せ……」

 

「俺も……三玖、愛してる」

 

「うん……私も愛してる」

 

「三玖………」

 

「ソースケ……ん」

 

やがて、至近距離で見つめあった2人は、自然と唇を重ねる。そこからしばらく2人は、ソファで抱き合ったまま何度も重ねるだけのキスを続けていくのだった。

 

 

 

 

 

総介爆発しろ(何回目?)。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

「…………そろそろ晩ご飯作らなくちゃ」

 

「あ、じゃあ私も手伝う」

 

やがて、2人は抱擁を解いて、軽く口づけをしてから、総介が先にキッチンへと向かった。三玖は、テーブルに置いた物を片付ける。すると、ふと彼女がラックの中の写真立てを見たとき、少し違和感を感じた。

 

 

 

「……あれ?」

 

三玖は近づいて、いくつある写真立ての中の一枚の写真を見る。そこに写っているのは、幼い頃の総介が、竹刀を持って胴着を着て、他の3人と写っている写真。1人は、銀髪の可愛らしい少年。これは間違いなく、海斗だろう。もう1人は、大人で、穏やかそうな雰囲気のある人。おそらくは、総介が通っていた道場の先生なのだろう。そしてもう1人………ポニーテールの、金髪碧眼の少女が写っていた。

 

(………似てる)

 

ショッピングセンターで二乃の隣にいた、同じく金髪碧眼の少女。確か『渡辺アイナ』と言ってた。礼儀正しい美少女。髪型は少し違うが、顔出しが写真とら驚くほどそっくりだ。

 

(………でも、「はじめまして」って……)

 

あのとき2人は、お互いに素っ気ない挨拶をして、それ以上は喋らなかった。別人なのだろうか……

 

 

「三玖ー、料理作るよー」

 

「え!?あ、うん、今行くね」

 

キッチンの向こうから、自分を呼ぶ総介の声がしたので、慌てて彼の元へと向かう。

 

 

(………別人、だよね)

 

 

不安にも似た疑問を、三玖はそのまま心の奥底にしまい、総介とその日の夕食を作るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数ヶ月後、彼女はその疑問の答えを知ることとなる………

 

 

 

 

 

 

 




ギャグ回&イチャイチャ回でした。
この日三玖が買った新しいヘッドホンは、原作と同じ7巻から使っているものです。

さて、第四章も終わり、キリが良かったので、この『嫁魂』を作者の知り合い何人かに読ませてみたところ、誤字脱字や文章構成はともかく、ストーリー自体は総じて中々面白いとの評をもらい、結構上機嫌の作者です。そんな中で、気になった点がいくつか挙げられたのですが、主に2つの点でした。

①オリキャラのイメージ声優陣豪華すぎじゃね?
この作品を書く時に、作者は「このキャラの中の人はこの人だな」とイメージしながら書いています。たまたま感想の中の質問であったので、お答えして、それ以降も新キャラが出てくる度にイメージCVを発表していますが、そんなイメージCVを、今一度まとめてみました。
※あくまで作者の脳内イメージですので、読者の皆様それぞれによってイメージCVは異なります。皆様はそれぞれにイメージされた中の人をキャラの声に当ててください。その人が演じられた役まで書いておきますので、気になる方は是非調べてみてください。

浅倉総介……杉○智和(『銀魂』坂田銀時)
大門寺海斗……櫻◯孝宏(『コードギアス 反逆のルルーシュ』枢木スザク)
渡辺アイナ……花○ゆみり(『ゆるキャン△』各務原なでしこ)
渡辺剛蔵……森◯智之(『クレヨンしんちゃん』野原ひろし[二代目])
片桐刀次……諏◯部順一(『テニスの王子様』跡部景吾)
御影明人……鈴◯健一(『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』シン・アスカ)
柳宗尊……山◯宏一(『ルパン三世』銭形警部[二代目])
片桐剣一……小◯大輔(『黒執事』セバスチャン・ミカエリス)
大門寺大左衛門……大◯明夫(『ブラックジャック』ブラックジャック先生)
大門寺天城……能◯麻美子(『地獄少女』閻魔あい)

今期待の若手声優から、事務所の社長クラス、そして声優界の重鎮であり、生ける伝説なる方まで、「これどこの戦国BASARA?」と言いたくなるようなオールスターとなっちゃいました。というか、ぶっちゃけ皆さん超人気アニメで主役を張れる方々ばかりです。
※あくまで全部妄想です。

②オリキャラの身長高杉ィ!
というわけで、オリキャラ全員の身長、体重を見ていきましょう、

浅倉総介……183cm、69kg
大門寺海斗……191cm、77kg
渡辺アイナ……162cm、51kg
渡辺剛蔵……200cm、98kg
片桐刀次……188cm、76kg
御影明人……174cm、60kg
柳宗尊……195cm、79kg
片桐剣一……189cm、75kg
大門寺大左衛門……198cm、125kg
大門寺天城……170cm、55kg

ここで、男性陣の平均身長を計算して出してみました。

1人あたりの平均『189.75cm』でした。たっか!?
明人以外が全員180cm越えとかいう、バレーとかバスケとかやらせたらめっちゃ強いですよこれ。
一方で女性陣は、アイナは五つ子より少し高く、天城は高身長になっています。
なんでこんなに野郎どもがタッパあんの?と聞かれました。理由としましては、オリキャラは原作のキャラよりも数段「大人」だという印象を与えやすくしたかったからです。総介から見た風太郎や五つ子もそうですが、文字通り、190台後半ばっかりの剛蔵や大左衛門、宗尊などの中年組から見れば、五つ子や風太郎はもちろん、その総介でさえ、まだまだ小さな子供になっちゃいます。あ、身長が高い人ほど大人というではないのであしからず。そうなったら海斗の説明がめんどくさくなりますので。

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
次回から第五章が始まります。8月に更新予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五章『世はまさに大恋愛時代』
56.ヒロインの可愛さだけでエリート戦士のオレ様をごまかせると思ったかバカめ


お待たせしました!第五章の始まりです!
いきなりタイトルが某サイヤ人王子風の台詞という……

んで、始まりは始まりなんですが……いや、第五章書くにあたって原作の7巻と8巻を読んだんですよ……そしたら………


『使えるとこ全然ねぇーーーー!!!!』


見てて『お、ここ使えそうで面白いなぁ』ってとこは正直ほぼ無かったので、ある程度原作沿いにしますが、オリ回を入れつつ学年末試験と旅館の話をパパッとやって第六章に行きたいと思います。



年は明けて元日。その夕刻我らが主人公の『浅倉総介』は、恋人の中野三玖と初詣に来て………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なかった。

彼は年明け早々、大門寺本邸を訪れていた。正月にここを訪れる理由は一つ。新年の挨拶のためである。

 

 

 

「おお総介か!よく来たな!今年もよろしくな!」

 

「明けましておめでとうございます、剛蔵さん、それと愉快な副長さん。今年もよろしくお願いします」

 

「誰が愉快だ。テメーの態度が不愉快だわ」

 

総介が大門寺家対外特別防衛局『刀』の一員であることは、この小説を最初から読んでるみんなは知ってますわな?もうこれからは一々説明しないよ。いいね?

 

そんな彼が、大門寺家の本邸に着き、『刀』の屯所の中でも一番広い和室のふすまを開くと、そこには座卓が列を成して並んで部屋の中に長く置かれており、その上には、豪華絢爛なご馳走が並んでいた。大きな舟盛りに乗った刺身の数々、鍋物やお吸い物、和食を中心としているが、中にはステーキやケーキ、北京ダック等の洋、中華料理なども並んでいた。さながら高級ホテルの宴会の様相だ。既にほとんどの局員が座っている、そんな宴会場のような和室の上座に、『刀』の局長である『渡辺剛蔵』と副長の『片桐刀次』があぐらをかいて座っていた。

 

彼らに軽く挨拶をした後、見知った局員と軽く挨拶を交わして、総介は自身の席の座布団へと腰を落ち着かせる。そこには

 

「旦那、明けましておめでとうごぜぇやす」

 

「総介さん、おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 

総介の座った正面には、剛蔵の1人娘であり、総介の幼なじみで恋人の三玖の姉妹の二乃の親友という中々めんどくさい肩書きの少女『渡辺アイナ』が、そして彼の左隣には彼らと一つ年下の『御影明人』が座っていた。

 

「お〜、おめっとさん2人とも。で、海斗がまだきてねぇみてぇだけど、どこよ?」

 

「そろそろ着くころかと……あ、来られました」

 

アイナがそう言うと、総介と明人の後ろのふすまが開き、海斗が入ってきた。アイナの横に座った彼の服装は私服であり、それほど堅いものではない。宴会なので、局員の皆それぞれ自由な服装でいる。

 

「お待たせ。総介、明けましておめでとう」

 

「おめっとさん……」

 

2人はそれだけの会話を交わす。総介は海斗、アイナ、明人とは10年来もの付き合いのため、新年に特別何か会話をするというわけではない。何年も一緒にいると、それだけで十分だと思えてしまうからだ。無論、仲が悪いわけではない。

 

その後、残った何人かが部屋に入って席についたことで、剛蔵がお猪口を持って立ち上がる。

 

 

「よし、全員揃ったな………

 

 

 

 

 

皆、とりあえずは、新年明けましておめでとう!

 

 

 

去年は本当に『色々』とあったが、ここで話すのは野暮だからよそう。

 

 

 

今こうして挨拶できるのは、お前たちが『刀』の一員であり、1人の『侍』として大門寺に貢献してくれたおかげだ!

 

 

 

今年もお前たちの侍の魂を、大門寺繁栄のため……ひいては自分(テメェ)自身の信じる道のために、大いに奮ってくれ。

 

 

 

今日は新年、俺らにとっちゃ数少ない無礼講だ。階級など関係なく楽しもう。

 

 

 

それとアイナちゃん、今日は無礼講なんだから、後でお父さんと久々にお風呂にぶへっ!!……も、物を顔面に投げちゃダメだって……

 

 

 

と、とにかく、かんぱーい!!!」

 

 

「「「「どんな乾杯だーーー!!!?」」」」

 

 

途中でアイナから空の徳利が投げつけられ、それが剛蔵の顔面にヒット。鼻血を出しながらの乾杯に、局員のほとんどが突っ込みながらも乾杯をして、新年の宴会が始まった。

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「にしても総介、せっかくの新年なのに、三玖ちゃんと一緒にいなくてよかったのかい?」

 

「クリスマスはずっと一緒にいたし、正月はメールで軽く挨拶して、各々自由に過ごそうって決めてっからな。三玖にも家のことがあるから、そんないっつも一緒にいれるわけねぇし、今は少し間を置いて会うぐれぇがちょうどいいってな」

 

「この前お会いしましたが……本当に、夫婦のようなお二人ですね。総介さんが恋人を作るっていうのも、改めて、変な気持ちです」

 

「女もそうだが旦那、結構抱いてんでしょ?ガキは作らねぇんですかい?」

 

「……あのな、俺らまだ学生だろうが。抱くのはともかく、学生同士でガキ作るってどんなラブコメだコノヤロー」

 

「なんでぇ、てっきり毎日二穴中◯ししてるのかと」

 

「はい自主規制!!!あとちゃんと付けるもん付けてますぅ!!どっかの伊藤誠とは違うんですぅ!!」

 

宴会が始まってから、総介は豪華な料理に舌鼓を打ちながら、海斗、アイナ、明人と会話をしていた。他の者たちも、各々楽しみながら、総介の色恋話が気になるようで……

 

 

「なんだよ総介、女作ったのか?」

 

「くぅ〜、若いって羨ましいねぇ!」

 

「おいおい、大丈夫かよ?俺らの仕事分かってんのか?」

 

「同盟相手の娘だってよ、問題ねぇだろ」

 

「あ〜も〜うぜ〜。同じ説明何回もさせんじゃね〜っつってんのによ〜」

 

そう自分のもとに寄ってきて絡んでくる局員にうざったく思いながらも、彼はどこかで安らぎを感じながら、コップに入れたコーラを飲んだ。

 

なんやかんやで、自分はここが一番落ち着く。無論、三玖といる時もそうだが、あの時とは違う安堵が彼の中に生まれる。長年同じ時を過ごし、時には死線を乗り越えてきた同志。自身の苦悩を打ち明けられる同僚や、それらを誰よりも理解してくれた幼馴染と上司。

 

 

「………得難い連中だぜコノヤロー」

 

明るい騒ぎの中で、総介は改めてそれを実感するのだった。

 

 

と、ここで気になることが………

 

 

「ところでよ、剛蔵さんは『全員』っつってたけどよ………『懐刀(ふところがたな)』でここ来てるの俺らだけじゃねぇか。残りはどうした?」

 

『刀』には、特別高い戦闘力を持つ者達には『異名』が与えられており、それらは『異名持ち』、真名を『懐刀』と呼ぶ。

総介はそのうちの一人であり、『鬼童』の異名を持つ。文字稼ぎのついでに海斗は『神童』、アイナは『戦姫』、明人は『夜叉』、剛蔵は『金剛』、刀次は『銀狼』という異名がある。そして刀次の兄の片桐剣一も、『懐刀』の一員であるが……

 

「剣一さんは父さんの側近だからね。3日前に一緒に北米に行ったよ」

 

「北米だぁ?何でまた?」

 

「なんでも、全長4メートル級のグリズリーが数体、突然冬眠から醒めて現れたらしく、かなりの被害が出ているんだ。そのことを知った父さんが………

 

 

 

『いい暇つぶしじゃねぇか。ちょっくら行ってくる』

 

 

と言って……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………で、その後は?」

 

「今朝剣一さんから連絡が来て………

 

 

 

『先程、3体目の首を手刀で断ち切ったところです。残りの2体と楽しそうに遊んでおられます』

 

 

だってさ」

 

「何そのリアル範馬勇次郎?」

 

「総帥、出る小説間違ってませんかい?」

 

「……あの方は、本当に何年経っても理解できません」

 

総介、明人、アイナの3人が海斗の父であり、大門寺家現総帥の『大門寺大左衛門』の話を聞いてドン引きする。

元来、自由を標榜する人物だが、その実は現地球上での最強生物であり、この上ない戦闘狂の大左衛門。この世に妻の天城以外に叶う者がいないほどのチート級の強さを持つ彼のことだ。大型のグリズリー数体を屠ることなど、おもちゃをめちゃくちゃに壊す子供の如く蹂躙するだろう。本当に、何でこんなラブコメ小説に出てるんだろうね?

 

「で、剣一さんとついでに総帥のことは分かったが、他は……」

 

「あ、それと母さんは今フランスに行ってるよ」

 

「フランスぅ?あの人もどんだけ海外行くんだよ……」

 

「ははっ、今回は『脳筋バカのクマ退治なんかにいちいち付き合ってられない』ってことで、父さんとは反対方向に飛んでいっちゃった。パリやリヨン、マルセイユやモナコにも行って、ゆっくり観光するって」

 

「………てことは、『彼女』も一緒か?」

 

「母さんの側近だからね。ちゃっかり一緒に楽しんできたりして」

 

「そんなタマかよ、あの人に限って………で、残りの2人は……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………まぁ、『あの2人』だから、来ないのは大分予想出来てたけどね……」

 

「元が色々とイカれてる連中だからな。宴会なんてもんに来たら来たで色々カオス過ぎる……特に『あの人』が来たら、この辺一帯の建物がヨルダンあたりまで吹っ飛んじまうから、できりゃあどっか関係ねぇところで暴れてて欲しいもんだ」

 

「同感です」

 

「俺ァ来たら来たで面白ぇんですけどね」

 

「明人、流石にやめてくれないか。僕も『あの人』は……」

 

先に述べた人物の他にも、『懐刀』は残り3人いる。1人は海斗の母で、大左衛門の妻である天城の側近の人物なのだが、残りの2人……特に片方の人物は、アイナはもちろん、海斗さえ敬遠するほどだった。それが誰なのかは、また今度話すとしよう。

 

 

と、

 

〜〜〜♪

 

「?」

 

総介のスマホから音が鳴った。ラインのようだ。そのままポケットから取り出し、差出人を確認する。

 

(………四葉?)

 

差出人は、三玖の五つ子の姉妹の1人『中野四葉』からだった。意外な人物からの連絡に、総介は疑問を覚えながら中身を確認する。

 

 

 

『浅倉さん、あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!m(_ _)m

今日みんなで初詣に行ってきたのですが、どうですか、着物姿のこの三玖。かわいいでしょう?(((o(*゚▽゚*)o)))♡』

 

その文の直後に、一つの画像が送られてくる。それは、四葉が神社に行く前に撮影した、着物姿の三玖の写真だった。

恥ずかしいのか、顔を赤くさせて目線を逸らしながら、手を控えめに広げて振袖を見せている。

左側頭部には桜の花の髪飾りをつけて、着物は彼女のイメージカラーである青色と白の三角模様、所々には赤や桃色の花が咲いている。そして首元には、先日総介がプレゼントした新しいヘッドホンがかけられていた。

 

 

そんな姿を見た総介はというと………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おかわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!!!!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇跡的相性(マリアーーーーージュ)!!!!!

 

 

 

 

 

(よし、結婚しよう)

 

 

総介は三玖のあまりの可愛さに頭の中がサンダーボルトしてしまった。効果は相手モンスターを全て破壊する。が、すぐさま彼は、四葉に返信した。

 

『可愛すぎる。三玖に結婚しようと伝えといてくれ』

 

そう送ると、早速既読がついて、

 

『ライン上で、しかも人伝でプロポーズ!????Σ(゚д゚lll)』

 

『絵文字うざい』

 

『ガーン(T-T)』

 

『だからうざい』

 

『そ、そんなことよりも、他にも私たち全員の着物姿もあるんですよ!送りますね』

 

『いらん』

 

すぽっ一花の画像

 

すぽっ二乃の画像

 

すぽっ四葉の画像

 

すぽっ五月の画像

 

『送る前に拒否された!?Σ(・□・;)』

 

『特に2番目が一番いらん、送信取り消せ』

 

『二乃が戦力外通告うけちゃいました!他球団からのオファーをお待ちしてます!』

 

『海斗の球団あたりに引き取ってもらえ』

 

そう、他の4人の振袖姿も送られてきたのだが、そんなものは総介からすればどうでもいいので、三玖の画像だけ保存した。が、まあついでなので二乃の画像は海斗に見せることにした。

 

 

「誰とラインしてるんだい?」

 

「四葉だ。ありがてぇことに、三玖の振り袖姿を送ってきてくれた」

 

総介はそのまま3人に、三玖の画像を見せる」

 

「三玖さんは和服がとてもお似合いの方なのですね。とても綺麗です」

 

「だろ?マジで可愛すぎて失神するところだったわ」

 

「ところでこのお嬢さん、何でいつも首にヘッドホンしてるんですかい?なんかの呪いで外れないんですかい?」

 

「色々あんだよ」

 

「へぇ、三玖ちゃんかわいいね」

 

「んでこれ、不愉快だが、ひっじょ〜に不愉快だが、他のやつらのも送ってきやがった」

 

総介は下にスクロールして、他の4人の画像を見せ、二乃の画像をアップすると、明人がすぐさま反応した。

 

「うわ、この女ビッチ感満載じゃないですかい。イケメンの男取っ替え引っ替えしてそうで、結局は男どもの性欲処理に使われてそうな顔でさぁ。さっきのお嬢さんとは大違いだ」

 

「例えがわけわからんが、正解だ明人。お前とは気が合いそうだ」

 

「……やめてくれませんか?私の大事な友人を悪くいうのは」

 

アイナが冷めた怒りの目で、総介と明人を睨む。が、2人は、そんなこと気にせずに海斗が画像を見る。

 

「へぇ、いいじゃないか。二乃ちゃんも似合ってるよ」

 

「やめろ、あの女が調子乗る姿がますます思い浮かぶ」

 

「若様のこと好きそうですもんね〜この女。顔見ただけで面食いなのが一目瞭然でさァ」

 

「じ、事実ですが……やめてください」

 

その後、他の3人の画像も順に見せていったが、海斗とアイナからはほとんど一緒の反応が返ってきたのに対し、明人はそれぞれに感想を述べた。

 

一花……「なんかやたらと露出高い服きて誘ってきそうな感じしますね〜。こういう主導権握りたそうな女ってのは、逆に男の方がガツガツいったら戸惑うタイプですよきっと」

 

四葉……「男の前で平気で着替えとかしそうですね〜。あと、この女すんげぇガキみたいなパンツ履いてそうで頭悪そうな見た目してまさァ」

 

五月……「芸の無いポンコツ」

 

毒まみれの感想だった。ていうか五月ェ……これには流石の総介もフォローに入る。

 

「おいおい、芸ならあるぞ。こいつは姉妹の中で随一のフードファイターだ。口に入ればなんでも食べる」

 

「フォローするところそこですか!?」

 

「なるほど、通りで燃費悪そうな雰囲気出してるはずだ」

 

「いや見た目で分からないでしょ!?そういう問題ですか!?」

 

2人の会話にアイナが突っ込んでいき、海斗がその様子を笑って見ている時だった。

 

「悪いが、邪魔するぜ」

 

「!」

 

「……なんすか、刀次さん?」

 

刀次が、4人のもとに現れ、そのまま総介の隣に腰を下ろすし、煙草に火をつける。

 

「総介、いいご身分じゃねぇか。『刀』の一員ともあろう者が、学生生活を謳歌している。大層結構なことだ」

 

「立場上、俺は4月までは休養の身なんでね。そりゃ『普通の』高校生として楽しむでしょうよ。あと、煙草煙たい」

 

「まぁいいじゃねぇか。無礼講といこうや……フーっ……総介、剛蔵さんはああ言っていたがな………

 

 

 

 

 

 

 

俺は、お前がその娘を護れるとは思っちゃいねぇぞ」

 

 

「………」

 

「お前が女を作ったからといって、腑抜けたとは思わねぇ。だがな、お前は『鬼』と呼ばれるほどの非情な男だった。そんなお前が、ころっと女に惚れて、テメーのものにしたからといって、その後はどうすんだ?」

 

「………」

 

「いずれ『刀』のことも話さなきゃいけねぇ時もくるだろう。そん時にお前が今までしてきた業も、その娘には全部伝えることになる。その娘がお前の全てを知ってでも、そのままお前のもとにいると思うか?」

 

 

 

刀次の話に、アイナが割って入ろうとしたが、海斗がそれを静止した。その場に、しばらく沈黙が流れる。

 

 

 

「………刀次さん」

 

 

「………何だ?」

 

総介がゆっくりと口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タバコ臭い、あと煙たい。消してくんない?」

 

 

「…………」

 

無礼講とは言ったが、さすがに横で副流煙を撒き散らす刀次に我慢出来なかった総介は、タバコの火を消すことを命じ、刀次も渋々灰皿にタバコを押しつけて消した。そのタイミングで、総介も再び口を開く。

 

「わあってんすよ、んなこたぁ。いちいち口臭くして言わなくても」

 

「口うるさくな」

 

「それで三玖が受け入れようが受け入れまいが俺はあの子を護ってくと誓った。

 

 

後者がどれだけしんどいかなんてのは百も承知だ。

 

 

 

それでも、あの子には、生きて欲しいんだ。

 

 

 

もうやなんだよ

 

 

 

何も出来ずに立ちぼうけんのは

 

 

 

 

 

もうやなんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母さんみてぇに失うのは」

 

 

「………」

 

「あんたがどう思おうが、俺は俺のようにやらせてもらう。三玖やその家族を護ると決めた以上、それを邪魔する野郎がいるなら、たとえ手足ぶった斬られようが、金玉抉り取られようが、首落とされようが、そのまま咬みついてやらぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分(テメェ)が護らんするモンのためにな」

 

 

 

 

 

「うむ!よくぞ言ったぞ総介!」

 

「!!?お、お父様!?」

 

「いつの間にいたんですかい……」

 

総介の話をいつのまにかアイナの後ろで仁王立ちして聞いていた剛蔵。

 

「刀次、総介はもうガキじゃねぇ。大切な人のために何があろうと死力を尽くす『侍』だ。これでお前も分かっただろう?」

 

「……はぁ、わかったよ。テメーの好きにしな」

 

そう言うと、刀次は立ち上がり、その場から離れようとし、その際も一言だけ声をかけた。

 

 

 

 

「だがな、その荷は全部テメーが背負うもんだ。テメーでどうにかしろ」

 

「わあってますよ」

 

「やーい、片桐さん旦那に言い負かされてやんの〜、かっこわり〜、だっせ〜、ダサ桐〜」

 

「うっせぇ!テメー明人、待ちやがれぇ!!」

 

「イヤでぇ」

 

「このっ!」

 

最後に明人の挑発にキレたのか、部屋の中で逃げる明人を追いかけ始める刀次。その様子をいつものように笑いながら見る局員達。

 

「まったく……」

 

「ふふっ、いつも楽しそうだね、彼らは」

 

アイナは呆れ、海斗は微笑ましく思いながら見つめる。

 

「総介」

 

と、ここで剛蔵が総介の肩に手を置く。

 

「刀次の言うことも間違っちゃいねぇ。それは分かるな?」

 

「……はい。あの人は、俺の覚悟をやわなもんで終わらせたくないんでしょうね」

 

「……刀次も『あの日』のことを知る1人だ。お前に、二度も大切な人を失うことを味わって欲しくないんだろうな」

 

「……でしょうね」

 

「だが、アイツも俺も、ここにいる全員も、お前の強さは知っている。そう簡単にあの子たちに危害は及ばねぇだろう。

 

 

 

だがな、もしそうしようものなら、『刀』の全勢力を使ってでも止めてやる」

 

「!……剛蔵さん……」

 

「アイナの友人もいるんだ。そう易々と手出しはさせねぇさ。だから、1人で背負うな。俺らがついてる。大船に乗ったつもりでやれ」

 

「………はい」

 

 

 

大船にしては、巨大すぎるかもしれないがこの上なく頼もしいだろう。剛蔵の言葉を受けて、総介は改めて覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三玖は……あの5人は、何があろうとも、俺達が護ります」

 

 

「………ああ」

 

 

やがて、明人は刀次に捕まるも、そのまま互いにプロレス技を掛け合ってじゃれ合う。2人のこう言ったやりとりは、『刀』の中でも日常なので、誰も止めはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、『刀』の新年の宴会は夜更けまで続いた。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

翌朝……大門寺家正門

 

「じゃ、帰るわ」

 

「すまないね、見送りが僕とアイナだけで」

 

「かまわねぇよ。夜遅くまでドンチャン騒ぎだったからな」

 

「総介さん、お気をつけて」

 

「お、んじゃな」

 

そう言って、総介はベスパのエンジンをかけ、そのまま走り出そうとした。

 

 

「総介!」

 

そんな彼の背中に、海斗が声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年もよろしく」

 

 

 

 

 

 

 

「………今年も、な。海斗」

 

 

 

彼はそのまま、振り向くことなく、ベスパを走らせて帰っていった。

 

 

 

 

 

 

「………総介さん、本当に変わられましたね」

 

「………そうだね」

 

「………しかし『あの男』のことは……」

 

「……口ではごまかしてはいたけど、まだ乗り越えられていない……でも見切りはつけたってところかな……」

 

「………そうですか……」

 

「それに……」

 

「?いかがなさいました?」

 

「………いや、何でもないよ……戻ろうか、アイナ。寒いからね」

 

「……かしこまりました」

 

その後、海斗とアイナは、邸宅内へと戻り、やがて門は閉じられた。

 

 

 

 

 

海斗が言おうとしたこと、それは彼自身、信じられないようなことだった。根拠はなかった。予知なのか、直感なのか、こう言おうとしてしまったのだ……しかし言わなかった。言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言ってしまうと、現実となりそうだったから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの男』が生きているかもしれないと

 

 

 

 

 

 

 

 




第五章の初っ端から言うのもなんですが、本当の意味でこの『嫁魂』は第六章から幕を開けることとなります。それまで私と共にどうかご辛抱を。
今回は、そんな第六章のちょびっと先取りだとでも思ってください。

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!ご感想、お気に入り登録、お待ちしてます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57.ラッキースケベで○○○(ピー)まくり!!!

タイトルの○○○(ピー)の部分は読者の皆様のご想像にお任せします。ものすごく下品な言葉でもいいですし、健全なものでも構いません。最初に思いついたものが、あなたのこの話のサブタイトルとなります。


「もうこんな生活うんざり!!」

 

 

 

という二乃の叫び声で始まった朝。

ここは中野家の五つ子姉妹が新しく住み始めたアパート。当然、大きさは以前住んでいた『PENTAGON』よりも大分狭く、姉妹は一つの部屋に布団をぎゅうぎゅうに並べて寝ていた。が、早速トラブルが起こった。というのも……

 

「なんで私の布団に潜り込んでくんのよ!」

 

「さ、寒くって……」

 

「………」

 

「………」

 

自身の寝ている布団に潜り込んできた五月に文句を垂れる二乃。その様子を、家庭教師の仕事でやって来た風太郎と総介は遠目で見つめている。

 

「あんたの髪がくすぐったいのよ、さっぱり切っちゃいなさい!」

 

「あー!自分が切ったからってずるいです!」

 

「お前ら、一部屋で寝てたのか……」

 

「そりゃ前と比べて小せえから仕方ねぇだろ。5人なんてほぼギリギリなんだしよ」

 

「まぁそうだが……」

 

五月の跳ね上がった癖のある長髪にブーブー文句を言う二乃とそれに反論する五月。さらにこれだけではなく……

 

「でもお布団は久々でまだぐっすり寝れません」

 

「四葉はもう少し寝付けない方がいいと思う……」

 

既に起きている四葉を睨みながら言い返す三玖。見ると、右頬に赤い跡がついていた。

聞けば、四葉の寝相があまりにも悪く、上に乗っかられるわ、拳が頬に当たるわで、三玖も大分迷惑しているようだ。

 

「何才だよお前……」

 

総介の冷ややかなツッコミもあったが四葉は特に気にしてないようだ。いや気にしなさいよ……

 

「ふかふかのベッドが恋しいわ〜」

 

「そうですね、私もお布団は久々……」

 

「…………」

 

「……というわけではありませんが、慣れるまで我慢しましょう」

 

考えると期末試験前に、風太郎の家でお世話になったのを思い出していた。てか貴様ら、林間学校初日に急遽泊まった旅館の布団のことはどうした?

 

「私はソースケの家もベッドだったから……」

 

「そうだね……お!」

 

総介はピコン!と何か閃いたのか、そのまま布団に横になり……

 

「なんなら、俺と一緒に寝てみるかい三玖さんや?もしかしたらぐっすり眠れるかもよ?」

 

肘をついて頭を手で支えながら、もう一方の手で「カモ〜ン」と手招きをする総介。それを見た三玖は………

 

 

 

「……試してみる価値有り」

 

「試すな!!」

 

そのまま総介の横になる布団に潜り込もうとしたところを、二乃に阻止された。2人は頬を膨らましながら二乃をジト目で睨む。

 

三玖かわいい。

総介かわいくない。

 

「でも私の布団が消えたのは不思議です……」

 

「本当に不思議」

 

「ベッドから落ちなくなったのはいいよね!」

 

「四葉、あんただけよ」

 

「……はぁ、新生活始まって早々これか……」

 

「そもそもここ5人用の部屋じゃねーし、仕方ねぇよな」

 

と、ここまで全く会話に参加していない人物が1人いた。それは……

 

 

 

「これだけの騒ぎの中、ぐっすり寝てる一花を見習え!」

 

風太郎が未だ布団の中で夢の世界にいる一花を指差して言うが……

 

「見習えって……」

 

「既に汚部屋の片鱗が見えてますが……」

 

「よくまぁこんな散らかして寝れるもんだな。駆け出しの漫画家かよ」

 

「例えがよくわかりません……」

 

そう、一花の布団の周りは、服やら紙袋やら帽子やら、あらゆるものが散らかっていた。総介も以前、『PENTAGON』の彼女の部屋を見せてもらったことがあるが………

 

「生活感とかそんな話じゃなくてさ……何コレ?空き巣にでもあったの?」

 

と言うおおよそ女子の部屋にしてはならない評価を下したことがあった。彼女の布団の周りには、既にその第一歩を進み始めていた。

 

「一花!朝だ!早く起きて勉強するぞ!」

 

「あ!上杉君!」

 

と、ここで見かねた風太郎が、強引に一花を起こしにかかった。一花のことを知っている五月が止めようとするが、時すでに遅し……

 

「………むにゃ」

 

彼女はそのまま寝返りをうって目を覚ました。そこには……

 

 

 

「……あ、フータロー君おっはー」

 

 

なんと、一花の首から下は、一切衣服を着ていなかったのだ。白い肩を覗かせもう少しで五つ子全員が持つ豊満な胸が見え………

 

「ウワォ♡」

 

「ソースケ!見ちゃだめ!」

 

「うおっ!ラッキースケベが寸前で阻止された!」

 

……てしまうところで、三玖が後ろから総介の目を両手で覆った。が……

 

「……しかし、これはこれで良きものよ」

 

そのまま、背中に感じる恋人の柔らかい乳房の感触を味わう。パジャマ姿なので下着をつけてない分、より柔らかさと弾力がダイレクトに伝わってくる。どう転んでも総介の勝利は揺るがない。

 

 

爆発しろ!

 

 

「っていうか……」

 

と、ここで二乃が口を開き……

 

 

 

 

 

 

「仮にも乙女の寝室に勝手に入ってくんな!!!」

 

 

 

と、風太郎と総介の両者は彼女の怒鳴り声で追い出されてしまった。

 

そりゃあそうじゃ(オー○ド博士風)。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

で、姉妹は着替えを終え、一同は小さなこたつを囲んで勉強を始めようとしたのだが……

 

「………」うとうと

 

「一花」

 

「……あっ、ごめん」

 

寝起きのせいか、一花はこたつに入っても夢の世界へと旅立つ寸前だった。

 

「フータロー君も先程はお見苦しいものをお見せして申し訳ない」

 

一花は、先程あられも無い姿を風太郎に見せてしまったことを謝罪する。総介?三玖が寸前で目隠ししたので必要なし。

 

「それともご褒美だったかな?」

 

「冬くらい服着て寝ろ」

 

目を逸らしながら注意する風太郎。

 

「いや〜、習慣とは恐ろしいもので、寝てる間に着た服を脱いじゃってるんだよ」

 

「え!授業中とか大丈夫?」

 

「あはは、家限定だから」

 

「授業中に寝る前提で話が進んでる……」

 

「………なんだと?」

 

「あ、あはは、安心して」

 

授業中寝てる発言を聞いて、風太郎がメラメラと反応したが、一花がなんとか止める。

 

一方、総介と三玖は……

 

「………」

 

「………」

 

珍しく黙り込んでいた。総介はどこか別の方向を向いて頬杖をつき、三玖は頬を真っ赤にて俯いている。というのも……

 

 

 

 

 

 

(そりゃまぁ……ねぇ〜……)

 

(………い、言えない……)

 

総介の家で2人で過ごす夜は、大概『そうなる』ので、彼らにも一花の気持ちは少し理解できるのだった。いや、さすがに一人で寝る時はしてないよ。

 

ていうか総介爆発しろ!

 

「これからは、勉強に集中できるように仕事をセーブさせてもらってるんだ」

 

女優の仕事をしている一花も、前回の試験で赤点は回避できたものの、まだまだ予断を許さない状況だ。ここでちょうしに乗ってサボってしまえばまた赤点の世界へと逆戻り。彼女とてそうなるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

「次こそみんなで赤点回避して、お父さんをギャフンと言わせたいもんね」

 

「………」

 

「うん」

 

「私も今度こそ!」

 

「そうですね

 

 

 

 

全員で合格して

 

 

 

お父さんに上杉君をちゃんと認めさせましょう!」

 

姉妹の決意を聞いた風太郎。そんな彼はというと、

 

「………ふん、赤点なんて低いハードルに苦しめられるとは思わなかった……しかし、三学期末こそ正真正銘のラストチャンス

 

 

 

 

早速始めよう!

 

 

 

まずは俺と一緒に冬休みの課題を片付けるぞ!」

 

 

 

「え?」

 

「え?」

 

風太郎が力強く言ったことに、五月が一文字で答え、風太郎もおうむ返し。やがて、姉妹が笑い出す。

 

「ふふっ」

 

「あはは」

 

「フータロー……」

 

「あんた舐めすぎ

 

 

 

 

 

 

課題なんて、とっくに終わってるわ」

 

 

 

「………あっ…そう……」

 

二乃の言葉に、風太郎はしばらく固まってしまう。そして力の無い声で続けた。

 

 

「じゃあ、通常通りで……」

 

「あなたは今まで何をやってたのですか?」

 

「………」

 

「私たちが手伝ってあげましょーか?」

 

「う、うっせー!」

 

いつもと違い、姉妹にたしなめられる風太郎。今回ばかりは彼女達の方が一枚上だったようだ。

 

 

ちなみに………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、俺3日前からブーストかけるタイプなんで」

 

「勉強教えるの上手いっていう設定やめちまえ!!」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

とまぁ、少々サプライズが起こりつつも、勉強は滞りなく進んでいた。

 

「フータロー……ここわかんないんだけど」

 

「どれ」

 

風太郎は三玖の横まで行き、わからない部分を教える。彼女はすでに、総介からこれでもかというほど基本や普通の問題の部分を教わっており、それらをこなせる部分まで大きく成長していた。ただ、難しい応用の部分は今ひとつなので、そこはより詳しい風太郎の方に教わることにしていた。

 

「ここの問題は……ここの公式を当てはめて……」

 

淡々と教える風太郎だったが……

 

「フータロー」

 

「ん、どうした?」

 

「近すぎ。もう少し離れて」

 

「………はい」

 

デリカシーという言葉がどこかに飛んでいる風太郎は、遠慮せず三玖の顔からわずか数センチのところにまで近づいて説明していた。いくらなんでも近すぎると注意をされ、少し距離を置いて教え始めた瞬間、はっ!っと思い、ゆっくりと総介の方を振り向く。すると………

 

「だからここは……ってなわけだ」

 

「おお!浅倉さんは物知りですね!すごいです!」

 

「高一で習ったところの復習だっつーの」

 

「あ、あはは、でもまた一つ賢くなれました!」

 

「後いくつ賢くなりゃいいんだコノヤロー」

 

と、意外にも普通に四葉を教えていた。

 

み、見られてなかったか………

 

と、少し安心する風太郎に、あるものが思い浮かんでくる。

 

総介は、右手で四葉のノートを指差しながら教えている。ならば左手は………

 

 

 

「!!!」

 

彼の左手は、四葉の背中へと回り、手の甲を風太郎にしか見えないように、中指を突き立てていた。そのまま、四葉に勉強を教えている。

 

 

「………」

 

風太郎が恋愛をよく思わず、自身もそのようなことは必要無いと言ってる人間とはいえ、それがいくら偶然でも、異性に何のデリカシーも無く至近距離まで近づきすぎるというのは良いものではない。ましてや、恋人がいる人物ならば尚更だ。それで良い感情を持つ者はそうそういないだろう。

 

「………き、気をつけます……」

 

そう風太郎が呟くと、総介は左手を四葉の背中から元に戻す。ようやく安心して、フータローは少し周りを見渡す。と、

 

「おい、一花起きろ」

 

「あ………」

 

三玖の左隣にいた一花が、再びうとうとし出し始めていた。

 

「いやーごめん………

 

 

 

寝て………

 

 

 

ない………

 

 

 

よお………

 

 

 

……………」

 

 

 

 

「寝てる!」

 

そのまま一花は、座りながら夢の世界にフライアウェイしてしまった。

 

 

「この野郎……何がギャフンと言わせるだ……赤点を回避したからって油断しやがって」

 

風太郎の目が怪しく光りながら、再び一花を起こそうとするが、

 

「少しは寝させてあげなさい」

 

「は!?」

 

二乃が止めた。そして、彼女は一花について話し出す。

 

 

 

 

 

「一花、さっきはあんな風に言ってたけど、

 

 

 

本当は前より仕事増やしてるみたいなの」

 

「!」

 

「………」

 

「生活費を払ってくれてますもんね」

 

「貯金があるから気にしなくていいって本人は言ってたけど……」

 

今五つ子がいるアパートで暮らしていくには、どうしても家賃や光熱費、食事代諸々がかかる。それらは今は、ほとんどは一花の女優としての仕事で得た収入で工面し、支えてもらっている状態だ。

 

 

つまり……

 

「こうやってソースケとフータローに教えてもらえてるのも全て、一花のおかげ」

 

「………ま、そりゃわかるけどな……」

 

「………だからって無理して勉強に身が入らなきゃ本末転倒だ」

 

いくら彼女が頑張ってくれているとはいえ、そもそもの目的である勉学が疎かになってしまっては元も子もない。

 

「おい、起き……」

 

「あの」

 

風太郎が一花を起こそうとしたとき、五月が手を上げて意見を述べた。

 

「私たちも働きませんか?」

 

「!」

 

「え?」

 

「も、もちろん勉強の邪魔にならないように」

 

五月が言い出したことは、どちらかというと姉妹に向けて言われた事だった。

 

「少しでも……一花の負担を減らせたらと思いまして……」

 

「………」

 

「いいんじゃねぇの?ちゃんと意義もあるし、俺は反対しねぇよ」

 

総介の方は、五月の意見をそのまま受け入れたが、風太郎はそうはいかない。さながら受験生を待ち受ける面接官の如く質問をする。

 

「今まで働いた経験は?」

 

「あ、ありません……」

 

「勉強と両立できるのか?赤点回避で必死なお前らが」

 

「うっ……」

 

痛いところをついてくる風太郎に、五月は黙ってしまうが、それならと、彼女はこんなことを言い出した。

 

 

「それなら…………

 

 

 

 

私もあなたのように家庭教師をします!」

 

「!?」

 

「はい?」

 

その一言に、風太郎と総介の顔の上に『?』マークが三つほど並んだ。そしてここから、姉妹達のやりたい職業プレゼンテーションが幕を開けた。

 

 

①中野五月……家庭教師

 

「教えながら学ぶ!これなら自分の学力も向上し一石二鳥です」

 

 

「やめてくれ……お前に教えられる生徒がかわいそうだ」

 

「今の肉まん娘じゃせいぜい小学生の『よいこのこくご』『よいこのさんすう』が関の山だな」

 

結論……不採用!!

 

 

 

②中野四葉……スーパーの店員

 

「それならスーパーの店員はどうでしょう?近所にあるのですぐ出勤できますよ!」

 

 

「即クビだな」

 

「レジに行列できるのが目に浮かぶわ」

 

結論……解雇!!

 

 

 

③中野三玖……メイド喫茶

 

「私………メイド喫茶やってみたい」

 

「!?」

 

「い、意外と人気出そう……」

 

「…………(妄想中)」ボタボタボタ……

 

「わあああ!!浅倉さん!鼻血鼻血!今ティッシュを!」

 

「却下却下!!」

 

結論……かわいい!!

 

 

………じゃなくて却下!!(総介限定のメイドならOK)

 

 

 

④中野二乃……女王様

 

「二乃はやっぱ女王様?」

 

「やっぱって何よ!?」

 

「あ、俺調子乗ってる女王様をいじめるコースで。あと本番アリとアフターケアもプラスしといて」

 

「よくわかんないけど死ね」

 

結論………一本1万円コースでお願いします!

 

 

「二乃はお料理関係だよね」

 

「ふん、やるとしたらね」

 

二乃がそう言ってそっぽを向くが、そのまま四葉は続ける。

 

 

「だって二乃は自分のお店を出すのが夢だもん」

 

「!」

 

「……へぇ、初めて聞いたな」

 

 

 

 

 

「………こ、子供の頃の戯言よ

 

 

本気にしないで」

 

二乃が珍しく顔を赤くしながら弁明するが……

 

 

「まあお前のキャラ設定でいい部分って言えば『料理上手』なとこしかねぇからな」

 

「うっさい!!」

 

総介の一言で台無しになったとさ………

 

 

「ソースケとフータローはバイトしてたの?」

 

三玖が2人に聞いてきたことに、まずは総介が答える。

 

「俺は……警備業」

 

「警備業?」

 

「警備って、あの『赤い棒』を持って振り回すやつですか?」

 

「あ〜そうそれ。『赤い棒(血まみれの日本刀)』を持って振り回す(人斬って暴れ回る)やつのことな」

 

「なんか地味ね〜」

 

「ほっとけ」

 

一応、『刀』は表向きは大門寺家専属の警備会社という形であり、業務も本邸にやって来る車の誘導、確認や、敷地内の警備も業務に入っているので、間違いではない。

続いては風太郎。

 

「居酒屋、ファミレス、喫茶店、和食に中華、イタリアン、ラーメンそばピザの配達……様々なバイトを経験してきたが、どれも生半可な気持ちじゃこなせなかった」

 

「食べ物系ばっかり」

 

「まかないが出るからでしょう」

 

食費を抑えることしか考えていないようなバイト歴である。が、姉妹のいちゃもんなぞ一切気にすることなく、風太郎はくわっ!っと目を見開いて一言。

 

 

「仕事を舐めんなってことだ!!」

 

ここの原作の部分見てるけど、完全に目がイッちゃってるよね……

 

「試験を突破しあの家に帰ることができたら全て解決する。そのためにも今は勉強だ!」

 

「結局そこに帰結すんのな」

 

「……一花が女優を目指したい気持ちも分からんでもないが、今回ばかりは無理のない仕事を選んで欲しいもんだ」

 

「………」

 

総介は少し考えた。今の時点では、一花は姉妹の中で2番目に赤点を回避した。しかし、女優の仕事の両立もしなければならないことを考えると、ラインで言えば五月と同程度か一歩後を追う形だ。

赤点を回避したからといって、何も彼女が安全圏に入ったわけではない。今のところ、そこにいるのは三玖ただ一人だ。

彼女は勉強へのモチベーションも高く、総介から勉強をずっと教わり、風太郎からも難しいところを教えてもらっているため、姉妹の中での見本だ。是非とも他の4人も続いてもらってほしいところだが、これでは学年末まで間に合うかどうか……

 

(ま、どっかのアホども[二乃四葉五月]と違って長女さんは自分の立場を弁えてるみてぇだしな。今はこのままでいいだろ)

 

補足すると、一花は総介が三玖以外で1番信頼している人物である。勉強する理由はどうあれ、ちゃんと風太郎と総介についていってるのだ。前回の試験の結果も踏まえて、彼は彼女にそれなりに信を置いている。二乃のように目に見えて反抗せず、四葉ほど別のことにのめり込まず、五月のように予測不能な行動を起こさない。その辺りはさすが長女といったところか……と、

 

「んん〜……」

 

一花はこたつに伏したまま、モゾモゾと動き出し………

 

 

 

 

上着を脱ぎ出した

 

 

「!?」

 

当然、一花のスタイルのいい色白の横っ腹と背中が他から丸見えになるわけで、

 

「ウワォ♡次は下からだと!」

 

「そ、ソースケ!!」

 

「ふぐっ!本日二度目のラッキースケベ阻止!」

 

三玖は総介の見せまいと、今度は正面から彼の顔を手で覆う。

が、風太郎は誰にも視界は塞がれてはいないので、

 

「一度ならず二度までも……」

 

「俺!?」

 

「変態!!」

 

当然、五月と二乃から非難を浴びることとなった。

 

 

 

 

 

(この仕事舐めてたぜ……)

 

(ふむ、次は正面からおっぱいが当たって良きかな……)

 

 

いかなる状況にあろうとも、総介の勝利は盤石なのである。

 

 

爆発しろ!(何回目?)

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

そして、かなり先の話となるが………映画館にて

 

 

 

 

 

 

『ここのケーキ屋さん、一度来てみたかったのです〜』

 

『う〜ん、タマコには難しくてよくわからないのです〜』

 

『それよりケーキを食べるのです〜』

 

『う〜ん!おいしいのです〜!』

 

 

 

 

 

「………プッ……クククっ」

 

 

「……ソースケ、笑っちゃ、ダメ……一花が、ふふっ、頑張って……お仕事、してくれたんだから……ふふふっそれを笑うのは……ふふっ」

 

「み、三玖だって……プハッ!……笑っちゃってるじゃん……クフフフっ」

 

「……我慢、ふふっ、して……ふふふっ」

 

一花が出演している映画を見に来た2人は、一花の演じる役『タマコ』がどツボにハマってしまい、さながら『絶対に笑ってはいけない映画鑑賞会』となってしまったのだった。ちなみに、『タマコ』は真っ先に死んだのだが、その前のケーキ屋のシーン

 

 

「………あれ、フータローだよね?」

 

「完全に見切れてんじゃねぇか」

 

事前に風太郎から自らがバイトしているケーキ屋さんにロケに来た話を聞いた2人は、画面の隅でこちらを見る人物が風太郎だと理解できた唯一のカップルであったとさ(他の連中には男の霊に見えて、それが原因で店は心霊スポットとして一部ファンの聖地どなった模様)

 

 

 

その後、

 

「長女さん、そこの出来事の問題は前の問題と同じ人物が起こしたのです〜」

 

「………」

 

「ソースケ、終わったのです〜」

 

「了解、今すぐ採点してみるのです〜」

 

「………」

 

「うん、三玖、これだけできれば次のテストも大丈夫なのです〜」

 

「嬉しいのです〜」

 

 

 

「もうやめてぇぇぇえ!!!!」

 

 

しばらく『タマコ』でイジられ続け、一花は顔を真っ赤にして死にたくなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は遡り………日本国内の某国際空港

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜〜!やっと着いた〜〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりだな〜日本。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海斗に総君にアイナちゃんに明人君、みんな元気にしてるかな〜?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第五章で数少ない原作をなぞるだけの回でした。
あ、一花の『タマコちゃん回』は飛ばしますので、この話の最後の場面だけでお楽しみください。ご了承ください。

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58.いきなり家を訪ねてくる他人ほどこの世に怖いものはない

劇場版『銀魂 THE FINAL』2021年1月8日、公開決定!!
銀魂狂のみなさん、ぜひ見に行きましょう!
………ほんとに最後か、銀魂よ?
「俺達の戦いは劇場版第二弾からだぁぁぁあ!!」
なんてことは………


1月も半ば差し掛かろうとしていた明くる日のこと。総介は三玖を連れて町をぶらりとデートしていた。適当に歩き回った後の夕刻……

 

「でさ、そん時海斗が『僕はいいかな、また今度にするよ』ってよ。爽やか笑顔で言いやがったが、ありゃ完全に逃げたとみた」

 

「ふふっ、大門寺君もかわすの上手いね」

 

2人で、それぞれの身のまわりの話をしながら手を繋いで町を歩く微笑ましい様子は、どこの誰がみてもラブラブなカップルのそれだ。しかも2人の首元には、クリスマスの日にお互いに買ってプレゼントしたマフラーとヘッドホンが身につけられている。あの日以降、総介は三玖に買ってもらったマフラーを出かける際はほとんど首に巻いていた。

 

仲睦まじい2人を、街ゆく人は

「あらあら、青春ねぇ」

「ワシも若い頃はああじゃったな」

「いいなぁ、私も彼氏欲しいなぁ」

「リア充爆発しろ」

「リア充じゃない桂だ!」

 

 

 

ん?なんかいたような……まあいっか。

と。様々な思いで見られる中、2人の歩く道の横にたこ焼き屋の屋台があった。その匂いが、2人の前に漂い、鼻へと入っていく。

 

「いい匂い……」

 

「ちょっと買っていく?」

 

「うん、一つ買って2人で分かれば大丈夫」

 

「オッケー」

 

そう言って2人は屋台の店主に、6個入りのたこ焼きを一つ注文した。

 

「はい、ソースケ」

 

三玖は値段の半分の金額を総介に渡そうとするが、

 

「いいよこれぐらい。俺が買うから」

 

「で、でも……」

 

「あのアパートに引っ越してから、お金は少しでも貯めた方がいいって。あの時に俺もその一端を担ってしまったんだから、こういうところは俺に出させてよ」

 

「………わかった。ごめんね、いつも出してもらって」

 

「気にしなくていいよ。その分三玖とこうして過ごせるだけで、充分お返しになってるから」

 

すると

 

 

「くぅー!兄ちゃんイイコト言うね!彼氏の鑑だ!気に入った!!6個入りも一つサービスしてやる……ほれ、持ってきな!」

 

と、2人のイチャイチャ会話を聞いていた店主が、総介の三玖を想う心に感激したのか、同じたこ焼きの入った袋を差し出してきた。

 

「い、いや、俺は何もそんなつもりじゃ……」

 

「いいから持ってきなって!近頃ぁオメェさんみてぇな男はそうそういねぇ。どいつもこいつも見てくれだけがチャラチャラしやがった腑抜けた男ばかりよ。建前だけ一丁前に言うが、その実、内っ側は下心しか出しちゃいねぇ。オメェさんのように、心の底からそこのお嬢さんを大切にしてるって思える言葉を聞けたのは久しぶりだ!そのお礼に、ここは俺の顔を立たせてくれってなもんよ!」

 

ほれ!っと店主は再度総介にたこ焼きの袋を差し出してくる。それを総介は、渋々と受け取った。

 

「……じゃあ、いただきます」

 

「あいよ!あ、お嬢さん、アンタもいい男捕まえたもんだね!ぜってぇ離しちゃいけねぇよ!」

 

「……あ、ありがとうございます………あと、ソースケから離れるつもりは……ない、です」

 

「………」

 

「くぁー!お嬢さんもお嬢さんでいい子だねぇ!まさしく別嬪さんだ!羨ましいねぇどうも!」

 

なんだかテンションの高い江戸っ子気質の店主に話しかけられた三玖はビクッと反応したが、礼を言って、頬を赤く染めながら総介から離れることはないことを伝える。

 

無論、本心だ。

 

それを聞いた総介も、赤くした顔を気付かれまいと、横に逸らすのだった。

 

総介爆発しろ!

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「いい人だったね」

 

「あの店主、ぜってぇ俺らの反応見て楽しんでただろ」

 

「ふふっ………でも、6個も食べちゃ夕飯どうしよう……」

 

「肉まん娘にでもあげりゃ大丈夫でしょ?残ったのはあれが全部胃袋に収めてくれるって」

 

「………五月、残飯処理係……」

 

たこ焼きを買い、そのまま帰路へと着こうと数十メートル歩き出したところで、2人の前から人が歩いてきた。

 

 

それは1人の女性だった。普通に三玖と会話をしていた総介は、その女性の気配を感じ、視線を正面へと移動させた途端………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉を失い、その場に足を止めた。

 

 

 

 

「?……ソースケ?」

 

手を繋いでいた三玖も、それに釣られて足を止めた。彼の目線を辿って正面を見ると………そこには、若干茶髪の入った黒髪をポニーテールに結び、ベージュのロングコートを着た美人な女性が立っていた。外見から見て、自分達よりも少し年上に見える。

 

 

 

 

 

「……なんでここに……」

 

 

すると、総介が驚愕する視線の先にいる人物が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総く〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!」

 

 

突進してきた。

 

「!?おわっ!!!」

 

「!??そ、ソースケ!?」

 

驚きのあまり反応を遅らせてしまった総介が、その人物によって抱きつかれて、総介もろとも倒れてしまった。それに驚きを隠せない三玖。

 

 

 

「久しぶり〜〜総君!!元気だった?背も少し伸びたね〜!少し男前になったかな?てか何その眼鏡?オシャレ?あ、そうだ!海斗やみんなは元気にしてる?私これからね、……」

 

 

「は・な・れ・や・が・れぇ!!」

 

「きゃっ!?」

 

マシンガントークで話しかけてくる謎の女性を、総介は倒れた状態からその人物を思いっきり引き剥がすため、腹に足を当てておもいっきり伸ばす。すると、女性はそのまま空中へと浮かぶが、3回ほど回って綺麗に着地する。

 

「ひどいじゃない総君!昔のよしみでありながら私を蹴り上げるなんて!女の子を大切にする君はどこに行ったのよ!」

 

「誰もアンタを女だと思ったこたぁねぇんだよメスゴリラ。今すぐ檻に戻りやがれ!」

 

「なっ!?乙女にそんな酷いこと言うなんて……総君、あんなに優しかったのに……ぐすっ……こんなに変わっちゃって……私どうしたらいいの……」

 

「とりあえず消えてくれ。あと俺は昔から優しくねぇ」

 

シクシクと嘘泣きをする女性を尻目に、 総介はパッパッと地面についた尻や背中の汚れを払う。すると今までポカーンと見ていた三玖が、彼に話しかけた。

 

 

「ね、ねぇ、ソースケ、この人って……」

 

「ん、あぁ、三玖達には話してなかったね。この人は……」

 

 

「んん?おやおや?総君、このかわいい女の子は誰かな?」

 

「今説明するから黙ってろ」

 

「ぶー、いじわるー」

 

ぶーたれる女性をほっといて、総介は三玖にその人物を紹介した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この人の名前は九条(くじょう)柚子(ゆず)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海斗の許嫁だよ」

 

 

 

 

「だ、大門寺君の、許嫁?」

 

「そうで〜す♪」

 

三玖が言ったことを、その女性……柚子は楽天的に肯定し、今度は三玖へと尋ねた。

 

「さ、私の紹介は終わったし、次はあなたの番ね。総君と2人っきりでいたってことは、もしかして、そこの総君の彼女だったりして〜?」

 

 

 

「…………」

 

「………え?」

 

「…………」

 

「……ちょ、アレ?……え?」

 

柚子としては、からかったつもりだったのだが、三玖はそのまま、頬を赤くして俯き、コクンと小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

「え?嘘?……え、総君、本当なの?」

 

柚子は念のため、総介に確認をとる。

 

「はぁ〜………そうだ。この子は中野三玖。この秋から俺の恋人として付き合ってる」

 

総介はそのまま、三玖の肩に手を回して抱き寄せる。その様子を見た柚子は、そのまま黙り込み、しばらくして………

 

 

 

 

「えええええええええええ!?????」

 

 

「うるせーー!!!」

 

大きな叫びと共に驚愕した。あまりにうるさくて総介に怒鳴られたが。

 

「総君が、あの総君が!?知らない人に全く心を開かなかった総君が!?あの外道畜生な総君が!?あの他人をゴミ屑としか見ない冷酷非情で誰にも容赦しないで有名な人間だった総君がーーーー!!!?」

 

 

「あんなに優しかった総君はどこ行った?てかあんたどんだけ俺をボロクソ言えば気が済むんだ」

 

「だって………嘘ぉ!?え!?ど、どうして!?って、なんで!?ていうか、どこで!?」

 

「落ち着け柚子さん、頼むから落ち着いてどっか行ってくれ」

 

総介ははぁ、とため息をつきながらも驚き過ぎてあたふたし続ける柚子を落ち着かせて、三玖と会ってからこれまでのことを簡単に説明した。

 

 

 

………………………………

 

 

 

「なるほどねぇ〜。そんなことがあったのねぇ〜」

 

「あんたが向こうにいる間、こっちは色々あったんだよ」

 

「む、向こう?」

 

「ああ、この人イギリスの大学行ってんの。それで殆どの時間はイギリスで過ごしてるってわけ」

 

「そ、そうなんだ………」

 

「お恥ずかしながら、日本に私が合う大学が無かったのよね〜。それで受験もほどほどにして、海外の大学探してたら、イギリスに良いところがあったから、そこを受けて通ってるの」

 

柚子は日本でも名家の一つとされる『九条家』の人間である。大門寺には及ばないものの、歴史ある家系として知られており、さらには大門寺家の最古の同盟関係にある、それはそれは由緒正しい一族なのだ。

なお、柚子自身は頭も良く、イギリスの大学の試験も難なくパスするほどの頭脳を持ち、さらには学生時代、薙刀で日本一にもなったことがある程身体能力も高い。

 

「それでね、どうせなら知ってる人がいるところがいいなぁって思って、そしたらイギリスならアイナちゃんのお母さんがry」

 

 

「どわぁぁあ!!!!ちょっと待てぇぇぇえ!!!!ちょっとこっち来い!!!」

 

「え!?ちょっ、総君!?」

 

「三玖、少し待っててね」

 

「え?う、うん……」

 

総介は柚子の口から『アイナ』の名前が出たことに焦った総介は、彼女の腕を掴んで、いったん曲がり角に身を隠して、柚子に説明をする。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「………え!?総君『刀』のことあの子には言ってないの?」

 

「色々と事情があんだよ。今は時期尚早だから、アイナのことは内緒にしてんだ。三玖の姉妹がアイナの友人で、そいつが海斗のことが好きってめちゃくちゃめんどくせぇ関係なんだよ。これ以上自体をややこしくしないでくれ」

 

「ふーん……」

 

総介の説明を聞いて、柚子はあることに気がついた。

 

「……あれ、アイナちゃんの友達があの子の姉妹ってことは、総君が付き合ってる女の子は、年下?それとも年上?」

 

「………いや、同い年だ」

 

「へぇ、双子なんだぁ。そりゃややこしいね〜」

 

「……いや、五つ子だ」

 

「……へ?五つ子?」

 

「五つ子」

 

「六つ子じゃなくて?」

 

「それは松野家。あっちは中野家」

 

「……ほ、ほんとに?」

 

「ほんとに」

 

「な、なにそれーー!?」

 

目をキラキラとさせながら、あたかも面白いものを見つけたような顔をしながら総介へと迫った。

 

「五つ子!すごく珍しいじゃない!面白そう!私も会って見たいわ!ねぇ総君、今からその子達の家に連れてってよ」

 

「やだね」

 

「即答!?」

 

柚子が突然言い出したことに、総介はもちろん反対する。

 

「えぇ!?何でよ、いいじゃない」

 

「アンタが来たら来たでさらにややこしいことになんだよ。特に『あの女』がギャーギャーうるさくなんのは目に見えてらぁ」

 

無論、『あの女』とは二乃のことである。

 

「ええいいじゃ〜ん、五つ子のみんなに会わせてよぉ総く〜ん」

 

「嫌だっつってんだろ」

 

腕に抱きついてひたすら胸を押し付けてくる柚子を引っ剥がして断る総介。

 

「もう、こんな美人がおっぱい押しつけてまでお願いしてるのに、本当酷い子ね」

 

「アンタのどこにおっぱいってのがあんだよ?『お』の字もねぇだろ、その『火曜サスペンス劇場』のラストシーンみてぇな断崖絶壁に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙れ殺すぞ」

 

 

「………しまった」

 

 

「あの女の家に連れてけっつってんだよ、いいなおい?」

 

「………はい、わかりました」

 

 

 

 

「やった〜!じゃ、早速あの子にも言わなくちゃね!」

 

総介は長く会っていなかったことに失念していた。美人な柚子の唯一のウィークポイントである貧乳をイジってはいけないことを

 

 

 

 

 

「誰が貧乳つったオイ?殺すぞ?」

 

 

………申し訳ありませんでした。

 

 

 

というわけで、一度ブチ切れた柚子を止めるには、彼女の言うことを聞くしかないことを知っている総介は、素直に従うしか無かった。

 

 

「………終わったかも……すまんアイナ」

 

 

一応、柚子には念を押しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「お邪魔しま〜す!わぁ〜、すご〜い!本当にみんな同じ顔なのね〜!」

 

 

「…………誰?」

 

突然部屋に入ってきた女性に、こたつに入っていた一花、四葉、五月は呆然とした。

 

「はい、五月、たこ焼き」

 

「たこ焼き!三玖、ありがとうございます!」

 

あの後、帰り道に総介と三玖はたこ焼きを食べながら(総介の分1個柚子に食われた)帰路につき、柚子にはアパートに着く前に三玖に少し離れてもらって『刀』と『アイナ』のことに関しては絶対に口にするなと、口を酸っぱくして念を押した。総介の剣幕に、さすがの柚子も、「わ、分かったから」と、若干引きながら了承したので、何も無ければ彼女は秘密を守るだろう。元々、そういう秘密をバラして楽しむ性格ではないので、総介も少しの警戒で済ませているが……それにしても、

 

 

「何でお前がいんだよ、上杉」

 

「……いや、たまたま四葉と一花に会って『家でトランプやりましょう』って強引に誘われてな」

 

「……あっそ」

 

そこには何故か風太郎もいた。見たところ、彼は四葉、一花、五月と4人でこたつトランプをしていたようだ。これ以上ややこしくしたくはないが、風太郎が1人増えたところで、海斗とはそんなに関係無いので、そのままスルーすることにした。

 

「ちょっと〜、騒がしいわね、一体何なの……ってアンタまで何で来てんのよ!?」

 

すると、キッチンの方からエプロン姿の二乃がおたまを持って姿を現した。

 

「うっせぇ。色々あったんだよ」

 

「……ていうか、その人誰なの?」

 

二乃が柚子を目にした瞬間、頭の上に『?』を浮かべる。すると、柚子がプルプルと震えだし、そして……

 

 

 

 

 

「か、か、………」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

「かわいいぃぃいいいいい♡♡♡」

 

 

「えっ、ちょっ!?きゃあ!?」

 

「に、二乃ーー!!」

 

二乃に思いっきり抱きついた。その衝撃を受け止めきれず、地面へと倒れる両者。それを見て叫ぶ四葉。のっけからカオスまっしぐらである。

柚子はそのまま、二乃に頬擦りをする。

 

「かわいいわぁこの子♡この2つのリボンも、ちょっとオシャレでしてる薄化粧も、若干漂う香水の匂いも、全部ドストライクよ!ああもうお持ち帰りしたいわぁ♡!」

 

「ち、ちょっと!いきなり、何なのよーー!?」

 

どうやら二乃は、柚子のストライクゾーンのど真ん中だったようだ。かつて、四葉が風太郎の妹の『らいは』を抱きしめていたのを思い出す。そのまま二乃を抱きしめて離さない柚子だが、さすがに埒があかないので、二乃から彼女を引き剥がす。

 

「ほら、もう終わりだ柚子さん」

 

「え〜、もうちょっとしたかったな〜」

 

「ガキかよあんたは」

 

ようやく解放された二乃。彼女はこの人物が総介と親しそうに話していたのを見て、彼に大きく怒鳴りつける。

 

「ちょっと!!このよくわかんない人連れてきたのあんただったのね!死ぬかと思ったわよ!」

 

「そうか、そりゃめでてぇまでだな」

 

「めでたく無いわ!大体何で知らない人を連れてくんのよ!」

 

「二乃、落ち着いて。今から説明する」

 

三玖がなんとか二乃を落ち着かせて、説明する。

 

 

「彼女は大門寺君の関係者」

 

「え!?か、海斗君の?」

 

すると、海斗の名前を聞いた二乃の態度がガラリと変わる。わかりやすっ!!

 

「そ、それで、海斗君とは一体どういう関係で……なんですか?」

 

最後には敬語をつけやがったぞこの女。なんだお前!?

 

「まぁまぁ、わけはゆっくり説明するから、ほら、料理の途中だったんでしょ?出来るまで待ってるから、後で話しましょう?」

 

「は、はい、わかりました」

 

「なに勝手に仕切ってんだよあんた」

 

総介のツッコミを最後に、二乃はそのままキッチンへと戻っていった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

その後、二乃は料理を作り終え、リビングへと持ってきた。何故か柚子の分まで用意して。

 

「おい、俺らの分は?」

 

「あるわけないでしょ?どんだけうちの家計圧迫する気なのよ?」

 

「じゃあこの人の分はなんなんだ?」

 

「大事なお客様の分に決まってんでしょうが!」

 

清々しいほどの掌返しの二乃に、総介は言葉も出なくなってしまった。結局、総介の分は三玖が、風太郎の分は四葉と一花が少し分けることとなった。五月?頑なに譲ろうとしませんでしたとさ。

 

 

 

「んふ〜♡おいし〜!二乃ちゃんって料理得意なんだね〜!」

 

 

そんなこんなで、狭いテーブルで8人という大人数で食事をとっていると、二乃が柚子に話しかける。

 

 

「で、その……あなたは海斗君とは、どういった関係なのでしょうか……」

 

すると早速、二乃が柚子について聞いてきた。聞かなきゃ良かったのにね。まあ時はすでに遅く、彼女はそのまま話を始める。

 

 

 

「そうだね、まずは自己紹介からかな………

 

 

 

 

 

 

私は『九条柚子』。海斗とは3年前から『許嫁』の関係なの」

 

 

 

 

 

 

「!!!!!」

 

「い、許嫁、ですか?」

 

「いいなずけ……って何ですか?」

 

「四葉、許嫁っていうのは親達の間で事前に両方の子供たちを将来結婚させようっていう関係のことだよ」

 

「一花、やけに詳しいんだな」

 

「え?そ、そんなことないよ〜♪」

 

「ただの恋愛脳なだけだろ」

 

「………」

 

総介の一言で、風太郎に言われて機嫌の良かった一花が真顔に戻った。

 

が、もっと深刻な事態の人間がいた。

 

 

 

 

「………二乃?……」

 

「…………」

 

二乃に目を向けると、彼女の口から白い何かが出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「み、三玖!二乃の魂出てきちゃってる!!」

 

「ええ!?」

 

「ベタかよ」

 

「落ち着いて四葉。こういう時は…… 臨兵闘者皆陣列在前」

 

「何で印の結び方?」

 

「風林火陰山雷」

 

「それ信玄公ね……ていうか、それでどうにかできるの?」

 

「………できない」

 

「も、戻して戻して!!」

 

役立たずの三玖をほっといて、天に召されようとしている二乃の魂を四葉が掴み、五月が二乃の口を開けてそのまま押し込む。

 

「二乃!起きてください!まだお母さんのところに行くのは早いです!」

 

「そうだよ!目を覚まして、二乃!………よし、入った!」

 

 

「……ぷはぁ!はぁ……」

 

なんとか二乃を蘇生できたことに安堵する一同だが、本人はそういうわけにはいかなかった。

 

 

「い、許嫁って………どういうこと?そんなの、一言も………」

 

明らかにショックを受けたように青ざめた顔をする二乃。そんな顔を見て、総介が口を開く。

 

「そりゃ、大門寺って名家の一人息子なんだから、いても不思議じゃねぇだろ」

 

「だ、だったら、何でそれを早く言わないのよ!」

 

「俺が言ったところでどうせお前は『そんなの嘘よ!』『アンタの言うことなんかこれっぽっちも信じられないわ』とか言うだろ?」

 

「っっ!!」

 

どうやら図星だったらしい。それを聞いてらますますショックを受けた様子の二乃を見て、今度は柚子が口を開く。

 

「ふ〜ん、海斗を好きな子って、この子だったんだ……」

 

「………」

 

「二乃ちゃん、だったかな?確かに私は海斗の許嫁だけど……

 

 

 

 

安心して

 

 

 

 

私はあの子に、一つも恋愛感情なんか無いから」

 

「……え?」

 

柚子の言ったことがうまく耳に入ってこない二乃。柚子はそのまま話を続ける。

 

「所詮は家同士が決めた約束に過ぎないんだもん、もちろん海斗とは懇意な関係にあるのは確かだけど、お互いに好き勝手してる方がいいってことで同意してるし、その気になれば、許嫁の関係なんて簡単に返上できるしね」

 

 

「………」

 

そして柚子は、二乃にとんでもない提案をし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だったら、海斗を二乃ちゃんにあげようか?」

 

 

 

 

「!!!???」

 

「!」

 

「おうおう、そうきたか……」

 

 

事情を知っている総介は、そんなに驚きはしない。が、二乃は違った。

 

 

 

あげる?

 

 

 

 

海斗君を?

 

 

 

 

 

この私に?

 

 

 

 

イケメンで、背も高くて、勉強運動もできる天才で、お金持ちの御曹司で、誰からも慕われる海斗を……

 

 

 

 

 

自分が、貰える?

 

 

 

 

 

 

 

「………い、いいんですか?」

 

 

「いいよいいよ。二乃ちゃんが欲しいならあげるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんな気持ち悪いのと一緒にいるのなんて、私はすごいストレス溜まるだけだもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!」

 

「!!」

 

「………」

 

 

柚子の言ったことを、二乃は信じられないように目を見開く。

 

 

 

「……気持ち、悪い?」

 

 

 

「うん、気持ち悪いよ

 

 

 

 

 

 

だってそうでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

イケメン、成績優秀、スポーツ万能、モテモテ、お金持ち、カリスマ性……その他のあらゆるプラスの要素も兼ね備えている、

 

 

 

 

 

 

まさに完全無欠な男

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これ以上気持ち悪くて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つまらない男はいないよ

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

「そ、そんなことないです!」

 

「よ、四葉!?」

 

ここで、意外にも四葉が柚子に食ってかかった。

 

「大門寺さんはとても優しい人です!浅倉さんや上杉さん達と同じで、思いやりがあって、真っ直ぐな人です。つまんなくなんか」

 

 

 

 

 

 

「つまんないよ」

 

 

四葉の海斗への弁護を、柚子は無情にも切り捨てた。

 

 

「完璧な人間………それってつまり

 

 

 

 

 

 

 

 

『これ以上は無い』ってことでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

それって、ずっと一緒にいても、なにも変化が無いってことじゃん

 

 

 

 

 

 

海斗にも、私にも

 

 

 

 

 

そんなのと結婚するくらいなら、そこにいる総君や上杉君とやらと結婚した方が、何倍もマシだし、何倍も楽しいよ」

 

 

「「!?」」

 

 

総介と風太郎を名指して言ったため、それに三玖と一花が反応した。

 

 

「まぁ総君には三玖ちゃんがいるし、その上杉君とやらにもいずれは訪れるかもしれないしね………

 

 

 

 

 

 

 

 

ねぇ二乃ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしあなたが海斗と結婚したとして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その先の完璧という停滞に、耐えられるのかな?」

 

 

「………私は………」

 

 

 

 

 

 

「まぁ、結論を出すには、まだ早いから、しょうがないよね

 

 

 

 

 

 

 

でも、これだけは覚えといて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間はね、欠点があるから輝けるの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勉強が出来ないとか

 

 

 

運動が苦手だとか

 

 

 

料理が下手だとか

 

 

 

性格が悪いとか

 

 

 

見た目が良く無いとか

 

 

 

家が貧乏だとか

 

 

 

 

 

それらが一つでもあるからこそ、

 

 

 

 

 

それらを補おうとするし

 

 

 

 

 

 

いい部分を伸ばそうと思うし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目標に向かって努力して、前に進んで、

 

 

 

 

 

 

 

結果を出した瞬間が、人は1番輝けるんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも海斗は違う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子は生まれてから

 

 

 

 

 

 

 

なにも頑張らなくても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを手に入れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てに結果を出して

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての頂点に立って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他人の努力を全て否定してきた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普通は、そこで自分の才能に溺れて

 

 

 

 

 

 

 

無茶苦茶するはずなんだけど

 

 

 

 

 

 

あの子は溺れるどころか

 

 

 

 

 

 

 

 

一切鼻にかけることなく

 

 

 

 

 

 

 

さも自分が『人間』であるかのように振る舞い続ける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

性格面でももはや欠点のない、完璧な存在

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、それってもう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間じゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただの化物だよ

 

 

 

 

 

「…………そこまでだ、柚子さん」

 

柚子の言葉を、総介が止める。そして次に、彼は下を向いて黙る二乃に話しかけた。

 

「……おい」

 

「………」

 

「………悪いが、今柚子さんが言ったことは俺もそうだと思っている」

 

「!」

 

「あいつは完璧すぎるほど完璧だ。それ故に人を多く惹きつけるが、逆に敬遠するやつもいるし、柚子さんのように、海斗を気味悪がる奴も少ないがいる。それは事実だ。どうにもならねぇ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、だからといって、俺があのヤローの元から去る理由にはなんねぇがな

 

 

「!!」

 

 

「………ふふっ、総君もモノ好きだね〜」

 

「うっせぇ」

 

「………二乃ちゃん、今言ったこと、私は変えるつもりは無いよ」

 

「………」

 

 

「………でも、二乃ちゃんがどうしたいかは、二乃ちゃんが決めることだからね。

 

 

私はそれを肯定も否定もする権利は無い。ただ、私が作った海斗のガイドブックを渡したつもり。

 

 

それを生かすも殺すも、二乃ちゃんの自由よ」

 

 

そう言って柚子は、残った食事を口の中へと入れ、夕飯を食べ終えた。

 

「ご馳走様でした!さてと……」

 

 

すると柚子は、持っていたバッグの中から財布を取り出し、一万円札を5枚手にする。

 

 

 

「美味しい料理をありがとね、二乃ちゃん。これ、少ないかもだけどもらって」

 

「え!?そ、そんな……悪いですよ!」

 

 

「いいのいいの!美味しい料理を味わえたし、海斗のことで悪く言っちゃったしね。あ、そうだ!連絡先も渡しとくね……海斗のことで何かあったらいつでもかけてきてね♪」

 

そう言って柚子は、紙に連絡先を書いて二乃の手を取りお金と一緒に渡す。

 

「自分で使うのが億劫だったら、みんなのために使って。私は大丈夫だから」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

多少強引ではあったが、二乃はそのまま紙幣と紙を受け取る。

 

「お邪魔しました〜!さて、五つ子という希少種にも会えたし、二乃ちゃんは可愛かったし、じゃあ私はこれから海斗の家に泊めてもらいに行くかな!総君、送ってよ」

 

「俺はタクシー代わりかよコノヤロー!」

 

「ええ〜いいじゃ〜ん、バイク後ろ乗せてよ〜。こんな美人を後ろに乗せれるんだから、ありがたく思って欲しいな〜」

 

「こんなメスゴリラ乗せたところで何がありがたいだよ。ありがた迷惑だよコンチクショー」

 

そう言い合いながら、総介と柚子は言い合いをしながら、アパートを後にした。

 

「あ、三玖、また帰ったら連絡するね!」

 

「う、うん。またね、ソースケ」

 

「またね、三玖……ほら、行くぞ」

 

「ヒューヒュー、ラブラブカップルですなぁ総君♪もう行くところまで行っちゃってたりして〜♪」

 

「よし、あんたは海斗ん家まで縄で縛って引きずりながら送ってやる」

 

「西部劇!?それ普通バイクじゃなくて馬だよね!?」

 

言い合いを続けながら、2人はそのまま家を後にした。あまりの台風のような出来事に、シーンと黙り込む原作キャラ達。

 

 

 

 

 

「………何だったんだろう?」

 

「知らん」

 

 

 

「………ごめん、私……」

 

「!」

 

二乃はそのまま立ち上がり、寝室へと向かう。

 

「に、二乃……」

 

「ごめん五月、今は1人にさせてちょうだい……」

 

「………」

 

五月はそのまま、寝室のドアが閉まるのを見ているしかなかった。

 

「二乃………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんだ二乃のやつ。体調悪いのか?」

 

 

「………はぁ、フータロー君」

 

「上杉さん、それは……」

 

「空気読んで」

 

「え!?俺が悪いの!?」

 

相変わらず他人の感情に興味を持たない風太郎であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、総介はそのまま柚子を連れていいまで戻り、彼女を後ろに乗せて星空の下『ベスパ』を大門寺邸まで走らせていた。

 

「ったく、何で俺がこんなことせにゃならねーんだ……」

 

「いいじゃんいいじゃん♪。お姉さんと夜道のデートってことで」

 

「あんたは三玖の足元にも及ばねーよメスゴリラ」

 

「つれないな〜もう。そんなに三玖ちゃんがいいの?」

 

「あんたに無いもんを全部持ってる。文句なしの理想の子だ」

 

「ふ〜ん、あの総君が女の子にベタ惚れとはね〜、人生とは分からないものね……」

 

そんな中で、総介は海斗から聞いた柚子とのお見合いのことを思い出していた。

 

 

 

海斗は13才になった時から、あらゆる女性とお見合いをしてきた。将来の結婚相手を探すために。最もそれは、彼自身望んだことではなく、母の『天城』によりセッティングされたものだった。海斗も嫌々ながら、それに付き合ったのだが……

 

大臣の娘。財閥の娘。有名企業会長の娘……何十人もの女性とお見合いしたが、全て自分を同じような口調で称賛する者ばかり。どうせカンペを覚えたり、見た感じだけの感想を述べた者たちなのだろう。それからは延々と続く容姿、能力、家柄、それら全ての上っ面だけの称賛に、海斗もいい加減飽きていた。

 

 

 

 

そんな時だった。

 

 

 

 

『あなた、すごくつまらないわね』

 

 

海斗が14才の時、当時17才の柚子に言われた一言が、彼に衝撃を与えた。

 

今までのように建前や嘘ではなく、本気で、自分をつまらないような目で見ている人間からの本音。

 

 

人生で初めて、他人から本気で罵られた。こんなのは初めてだった。

海斗は一発で、柚子を許嫁に決めた。

無論、それは恋愛感情ではない。彼女に興味を持ったからだ。

そこから、海斗は柚子を許嫁に決めたが、互いに恋慕の感情を持たないため、あくまで海斗が18才になるまで待つ、保留という形となったのだ。しかし、海斗はその後お見合いは行わず、実質柚子が正式な許嫁となったのだった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「………総君!総君!」

 

「……わり、運転に集中してた」

 

「もう、せっかく面白いこと言ってたのに〜」

 

「あんたの胸がどうして成長しないか?についてか?」

 

「いいからとっとと走らせろゴミ屑、事故らせるぞ」

 

 

「………イエッサー」

 

またしても地雷を踏んでしまった総介。彼はそのまま、『ベスパ』を大門寺邸まで走らせて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、総介から事情を知ったアイナが、ストレスによる腹痛と頭痛で侍女の仕事を丸一日休んだのは言うまでも無い。

 




オリキャラ紹介

九条(くじょう)柚子(ゆず)
20歳
身長168cm
体重49kg
イメージcv.ゆ○のさつき(銀魂『志村妙』の中の人)
海斗の許嫁であり、大門寺と同盟を組む名家『九条家』の娘。学生時代は薙刀の全国王者。
頭も良く、現在はイギリスの大学に進学し、アイナの母のもとで下宿している。
かわいいもの好きの楽天的な人なのだが、冷めた考え方も持ち、自身の貧乳をいじるものなら作者だろうがなんだろうが容赦はしない。
見た目のモデルはまんま『銀魂』の志村妙です。でもキャラは少し変えています。貧乳をイジると怖いのは変わりません。
前回の話で大体予想できてた人もいたと思いますが、その通りでした。海斗の許嫁がこのタイミングで登場しました!

今回もこんな駄文を最後まで読んで頂き、本当にありがとうございまさした!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59.三者面談の日ほど学校にテロリスト来ないかな〜ってみんな思ってる

そしてまた一旦原作の流れへ。そして前回の冒頭を『冬休み後』から『冬休み明けの前』に訂正しました。



時系列の管理めんどくせぇ〜〜!!


海斗の許嫁である『九条柚子』が台風のように五つ子たちの前に現れ、台風のように去って行ってから数日が経過していた。

総介の方は何とも無かったように、いつもの日常を過ごしていた。

その日、彼は一人でショッピングセンターをブラブラとしており、何か目についたものを適当に買って帰ろうという目的で歩いていた。

 

要はウインドウショッピングである。

 

「……♪…♪」

 

イヤホンで音楽を聞きながら歩く総介の視界に、とあるカフェがあった。店内にはチラホラと客がいる中、ある見覚えのある人物が目に映った。

 

 

 

(ん?……ありゃあ肉まん娘と……中野センセーか)

 

見ると、五つ子の末っ子である私服姿の『中野五月』と、彼女達の義父のスーツ姿の『マルオ』が向かい合って座っていた。五月の方は緊張しているのか、妙にソワソワしている。対して、『マルオ』の方はいつものような無表情だ。

 

「………」

 

総介はなぜ2人が一緒にいるのかが気になった。彼女たち五つ子が、『マルオ』の所有していた『PENTAGON』を離れてからひと月あまり。理由は風太郎が辞めたことへの反発と、父親に甘え続けてしまっている現状への申し訳なさだ。そのため、風太郎の家庭教師継続と、父の力を借りず、5人だけで暮らしてみたいということで、姉妹は今まで住んでたマンションより狭いアパートへと引っ越した。

 

(肉まん娘でも戻しにきたのか………まぁいいや……うしっ)

 

総介は思考を巡らせるよりも、直接会話を聞いた方が早いと感じ、何故かカフェの『逆方向』へと小走りで去って行った。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

数分後、彼は手に安売りされていた変装用の『ハッチング』と『サングラス』を買ってきて、それを持って同じ場所に現れた。そのままハッチングを頭に被り、黒縁眼鏡を外してサングラスをかけたら変装完了。さらには『鬼童』として自身の気配をほとんど消すことにより、2人には『背景』『赤の他人』としか認識されずに、カフェに入店出来る。

 

そのまま総介は入店し、五月とマルオが視界に入り、なおかつ2人のの会話が聞こえるほどの近い席に座って、適当にカフェオレでも注文した。

 

すると、2人が早速会話をしているのを聴き入る。

 

「君たちのしでかしたことには目をつぶろう………しかし、どうやら満足いく食事もとれていないようだ」

 

「……ッ!」

 

(……多分、肉まん娘だけだと思うが……)

 

五月の大食っぷりは総介も周知のところで、彼女の前には空の皿が一つ。どうやら何かしら完食したらしい。

三玖から定期的に、生活事情を聞いて把握しているが、今のところは食事面での問題は無いと言っていた。が、おそらく五月はそれでも腹に満たされてはいないのだろう。

 

「すぐさま全員で帰りなさい、姉妹全員にもそう伝えておいてください」

 

「………それは、『彼』も含まれるのでしょうか?」

 

『彼』とは十中八九風太郎のことだろう。

 

「上杉君のことかい?これは僕たち家族の話だ。上杉君はあくまで外部の人間ということを忘れないように」

 

それにはっきり言って……と『マルオ』は少し間を空けて静かに言い放つ。

 

 

 

 

「僕は彼が嫌いだ」

 

 

(………大人気ない!)

 

(はい上杉アウト〜。完全に期末の件を引きずってますこのリヴァイ兵長〜〜)

 

期末試験の後、風太郎は『マルオ』との電話で『少しは父親らしいことしろよ!!馬鹿野郎が!!!』と怒鳴って電話を切った。

 

(………上杉の気持ちはわからんでもねぇが、それを言うのは悪手だっての)

 

『マルオ』からすれば、余計なお世話もいいところだ。何故一家庭教師如きにそんなことを言われなきゃいけないのだと。さらには、その家庭教師が原因で、姉妹は自分の元を離れて行った。暗に『自分よりも風太郎の方が信頼されている』という遠回しの決別の言葉は、『マルオ』に風太郎に対する敵対心を持たせるには十分だった筈だ。

 

「……で、では、浅倉君も、ですか?」

 

「彼の名前は今後一切出さないでもらえるかな?」

 

「は、はい……(上杉君よりも嫌われてる……)」

 

(………なるほど、ありがてぇこったねぇ〜)

 

『マルオ』は、総介の名前が五月から出た途端、食い気味で彼の話を終わらせた。五月から見たら、彼が風太郎よりも総介を嫌っているようにも見えたが、実際には『総介のことを安易に話せば、どこから五月に自身の大門寺との同盟、及び総介が『刀』に属しているか事が漏れかねないという可能性を潰すため』でもあった。

 

……『マルオ』が総介をどう思っているかはこの際置いといて。

 

それを徹底していることを瞬時に読み取った総介は、心中『マルオ』にほんの少しの敬意を持つ。

 

 

と、総介がふとした拍子にカウンターの方へと目を移すと、そこには見慣れた背中が2つ、五月たちの様子を伺うのが見えた。

 

 

(……なんでいんのお前ら〜?……)

 

 

それは風太郎と二乃だった。中々珍しい組み合わせだ。2人で五月を尾行してきたのだろうか、それとも偶然出くわしたのだろうか……まぁそこは総介にはどうでもいい話だった。それよりも……

 

「………」

 

総介の目線は、サングラスの中から二乃を捉えていた。数日前、彼女は柚子から海斗へのことを聞いた。その後、総介はアイナから

 

『二乃に若様のことについての相談を受けました』

 

という旨の報告を聞いた。二乃からしてみたら、何も事情を知らないであろう友人の1人に、第三者からの意見を伺ったつもりだったのだが………その相談相手がバリバリ当事者の1人だと、夢にも思わないだろう。アイナからしても、二乃と柚子のことで胃痛と頭痛に悩まされた後での相談だったので、それを聞いた総介はさすがにアイナに申し訳なく感じ、今度菓子折りでも持って行こうと考えていた矢先のことだった。

 

 

(………まだ答えは見つけれねぇか)

 

 

相談に乗ってはもらったが、今でも悩みは晴れていない……チラチラと振り向いて五月たちを見る二乃は、そんな顔をしていた。

当然だろう。海斗の許嫁から聞いた、彼の本質……言い返すことも出来ない事実を突きつけられて、二乃は相当落ち込んでいるはずだ。それでも、誰かに相談して、答えを見つけようと足掻いている。

 

 

 

そして、二乃が海斗のことであそこまで悩み苦しんでいること、それはつまり………

 

 

「まだ……帰れません」

 

と、途中で五月が話し始めたため、総介は今は無駄な思考はやめて、そちらに集中する。

 

「彼を部外者と呼ぶには、もう深く関わりすぎています。せめて次の試験まで私たちの力だけで暮らして……」

 

「君たちの力とはなんだろう」

 

五月の辿々しい話を、『マルオ』の抑揚の無い口調が遮る。

 

「家賃や生活費を払ってその気になっているようだが、明日から始まる学校の学費は?

 

携帯の契約や保険は、どう考えているのかな?

 

僕の扶養に入っているうちは、何をしても自立とは言えないだろう」

 

「……それは……」

 

『マルオ』の言っていることは、至極当然のことだ。

 

例えば、五月の携帯が壊れた場合、ショップに修理に持って行った際に、未成年の五月1人ではなく、その保護者の同意が必要な場合がほとんどだ。それを勝手に家を出て行って『携帯の修理に行きますので同意をお願いします』などとは、あまりにも虫が良すぎる話だ。

 

(……そりゃそうだわな)

 

総介は『マルオ』の言っていることを、否定はしない。彼にも、娘たちを養う義務がある。どういう経緯であれ、それを最低限でも怠りたくはないのだろう。

 

「君たちの自立したいという考えも結構だ。僕にも尊重したい気持ちもある。しかし、皆が学生であり、職に就いてない以上、僕にも扶養する義務もある。

 

君たちまだ親に甘えていい年なんだ。分かるね?」

 

「………」

 

それでもまだ、五月は首を縦に振ろうとはしなかった。

 

ならばと『マルオ』は、次の手に打って出た。

 

「………ならばこうしよう。

 

 

 

 

 

上杉君の立ち入り禁止を解除し、家庭教師を続けてもらう」

 

「え!?」

 

「「!!」」

 

(………な〜んて、そんな都合のいい話はねぇよな〜)

 

『マルオ』の言葉に、五月と、それを聞いてた風太郎と二乃の2人が反応を示すも、総介は全く動揺せずに、話の裏を探っていた。

 

「ただし、僕の友人のプロ家庭教師、そして浅倉君も入れての3人体制。2人には彼女のサポートに回ってもらう」

 

(やっぱりな〜。が、決して悪い条件じゃねぇ……)

 

五つ子の勉強を見る上で、1番のネックがその数だ。5人を相手にするのだから、一人一人を見るのにも時間がかかるし、全員が素直に従うはずない。事実、風太郎も総介も、幾度となく振り回されてきた。

 

まあ総介はそれほど苦にしていなかったけどね。

 

が、ここに来て人数を増やすという提案、さらには『マルオ』の口ぶりからして、女性の家庭教師だ。異性ではなく同性なら姉妹ともうまくできるはずだという彼なりの配慮もあるだろう。

 

総介は、それでも良いと考えていた。

三玖はすでに自分が教えなくても最低限のラインまでは成長できたし、一花も伸びてきている。残りの二乃、四葉、五月を風太郎と2人で基本を教え、成績の伸びてきている一花と三玖は、その女性の家庭教師に見て貰い、さらなる成績向上を目指せば良い。

 

ただ一つ、これには大きな欠点があった。それは………

 

 

 

 

 

 

 

(三玖とイチャイチャできる数が減る……)

 

 

どこまでも自分と三玖の都合しか考えていない総介であった……

 

 

 

「君たちにとってもメリットしか無い話だ。二対五ではカバーできない部分もあるだろう」

 

「………しかし、皆この状況で頑張って………」

 

 

 

 

「四葉君は赤点回避できると思うかい?」

 

「!」

 

『マルオ』が四葉の名前を出した途端、五月が固まってしまう。

 

「二学期の試験の結果を見せてもらったがどうだろう

 

 

 

 

とてもじゃないが、僕にはできるとは思えないね」

 

「っっ!!」

 

(…………)

 

『マルオ』の一言を聞いて、風太郎は今にも彼の元へ行こうとせんほどに歯を噛み締める。

対して総介は、サングラスの中にある死んだ魚の目を、一切動かすことなく、至って冷静、なんだったら呑気にカフェオレのストローを吸っていた。

 

今現在の状況で、赤点回避が1番危ぶまれているのは四葉だ。二乃はそもそも2人に反抗していたため、どうなるかは未知数ではあるが、少なくとも、基礎的な部分を見れば四葉の方が低いのはわかっていた。

さらには、彼女の困っている人を助けられずにはいられない精神が原因となり、姉妹は黒薔薇女子から転校することとなり、前回の期末試験も足を引っ張ることとなった。

それを鑑みての『マルオ』の発言は、総介にも充分理解出来ており、それについては、今回は全面的に彼の言うことが正しいとも思っている。が、欠点も一つ………

 

 

(ガキどもに正しさだけで対抗すんのは、ちぃと分が悪いかもな……)

 

元々、模範生のような性格ではなく、むしろ『掟は破るためにこそある』のような精神を持つ総介だからこそ、正しさをこれ見よがしに突きつけれた子供が、それにますます反抗したがるのは知っていた。

理屈、理論、メリット、正義……それらはもちろん、世の中を渡る上で非常に有効な武器だ。それらを味方につければ、時には自分より上の者にも勝ちうることもできる。

 

 

 

 

 

ただし、それもあくまで『大人の世界』の話……

 

 

子供の世界は『感情』によって決まることの方が多い。

 

恋愛然り友情然り、それらは子供、学生の大部分にとって、時には『正しさ』よりも優先される事柄だ。若者たちはそれらを刺激すれば、上手く行くことの方が多い。好きな人のためにテストでいい点を取ろうとしたり、友人のために部活でいい結果を出そうとしたり、親に褒められたくて欲しくて学業を頑張ったり……感受性豊かな子供たちの物事への始まりのきっかけは『感情』を刺激される部分が多い。

そしてそれらは、時には『理論』や『正しさ』をも上回る力を発揮する場合も存在する。

無論、大人でも『感情』を優先したり、理屈っぽい子供も少なからずいるが……

逆に、『感情』を一切伴わない『理論』や『メリット』ばかりの『合理主義』を振りかざしたり、それらを押し付けてくる大人は、『感情』を大切にしている子供たちからは煙たがれる傾向にある。悲しいかな、今の『マルオ』のように………

 

 

「………そう、ですね……

 

 

3人体制の方が確実ですが……」

 

流石に今回は、姉妹の中では理論やメリットを理解している五月の方が折れそうになってしまうが、その時だった。

 

 

 

「やれます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちと上杉さんならやれます」

 

 

どこから現れたのか、いつから聞いていたのか、五月と『マルオ』のそばには、姉妹の中でも特に『感情』の化身にような存在である四葉が立っていた。

 

「四葉……」

 

「七人で成し遂げたいんです。だから信じてください。

 

 

 

 

 

もう同じ失敗は繰り返しません」

 

 

 

 

「………では失敗したら?」

 

まさかの横槍にも動じず、『マルオ』は冷静に四葉に返す。

 

 

「東京に僕の知人が理事を務める高校がある」

 

「「?」」

 

「あまり大きな声で言えないが、無条件で三年からの転入ができるように話をつけているんだ」

 

「え……」

 

「もし次の試験で落ちたらその学校に転校する。

 

プロの家庭教師と2人体制なら、そのリスクは限りなく小さくなると保証しよう

 

 

 

 

 

 

それでもやりたいようにやるのなら、後は自己責任だ。わかってくれるね?」

 

「………」

 

マルオの出した条件に、四葉は黙り込んでしまう。一度、自分のせいで姉妹ごと転校する羽目になってしまったことが、やはり今でも心の中に残っているようだった。と、ここで、

 

 

 

「………わかりました」

 

「!」

 

五月が口を開いた。どうやら、こたえをきめたようだ。それに総介も聴き入る。

 

「……では、こちらで話を進めておこう。五月君なら分かると思っていたよ」

 

「いいえ」

 

マルオは五月が三人体制に同意したのだと思ったのか、それで話を進めようとしたが、五月が止めた。

 

 

 

 

 

「もしだめなら、転校という条件で構いません。

 

 

 

 

 

素直で、物分かりが良くて

 

 

 

 

賢い子じゃなくておやすみません」

 

 

 

 

 

「………そうかい」

 

自虐なのか、呆れなのか、それ以外なのか……笑顔を浮かべながら謝る五月を見て、『マルオ』は立ち上がる。

 

「どうやら子供のわがままを聞くのが親の仕事らしい。そして子供のわがままを叱るのも親の仕事………

 

 

 

 

 

 

 

 

次はないよ」

 

最後の通告をして、『マルオ』はその場から立ち去ろうとする。

 

「前の時とは違うから」

 

その彼の背中に、四葉が言葉を放った。

 

 

 

 

「………期待しているよ」

 

『マルオ』は振り向きもせず、その店を後にした。

 

そのタイミングで、風太郎と二乃が2人の元へと現れる。

 

「行ったか」

 

「うわっ!」

 

「見てたのですか……」

 

「想像通り手強そうな親父だな」

 

 

その後、少しの話をした4人は、改めて転校の話へともどる。

 

「しかし、転校なんて話まで出てくるとは、責任重大じゃねぇか」

 

「我が家の事情で、振り回してしまって申し訳ありません」

 

「転校……したくないね」

 

五月は風太郎に謝るが、彼はそのまま返さずに言い続ける。

 

「………だが、どうでもいい」

 

「?」

 

「お前らの事情も、家の事情も、前の学校も、転校の条件も、どうでもいいね

 

 

 

 

俺はやりたいようにやる!お前たちを進級させる!この手で、全員揃って笑顔で卒業!

 

 

 

 

それだけしか眼中にねぇ!」

 

決意を新たにする風太郎に、三人は笑顔を見せた。二乃も、風太郎がおかしくなったのか、一時ではあるが、少し口角を上げて久しぶりに笑顔を見せる。

 

「ふふっ、頼もしいですね。

 

 

 

 

 

 

でも、浅倉君にも事情を説明しないといけませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ」

 

 

 

完全に総介を忘れていた風太郎。また勝手に決まったことを言わなきゃいけないことに、彼は冷や汗を流すのだった。

 

 

 

 

そして、五月と『マルオ』の会話を逐一聞いていた総介の座っていたテーブルには、空になったカップしか残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

一方、『マルオ』は駐車場にて、江端の運転する車に乗り込もうとしていた。その時………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、いい親父根性してるなぁ、中野センセー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何故ここにいるんだ、浅倉君」

 

後ろから話しかけられた気怠げな声に、無表情で振り向きながら、『マルオ』近づいてきた総介に返した。

 

「たまたまそこらへんを歩いてたら、肉まん娘とアンタを見かけてな。そんな中で話しかけんのも野暮なもんだから、一部始終を聞かせてもらったわ」

 

『マルオ』は総介が先程の五月との話を全て聞いていたことに眉を顰めながらも、話を続ける。

 

「……では、事情も知っているようだね」

 

「ああ、俺のスッカスカの脳味噌でも分かるぜ。

 

 

 

とりあえず、めんどくせぇってことぐらいはな」

 

「………よく言えたものだな」

 

明らかにこちらを警戒しているようだ。まぁ『色々』あったしな。

 

「そんな警戒せんでも、俺ァ別に今回は上杉の味方をするつもりはねぇよ」

 

「………どういう事かな?」

 

総介の発言に疑問を持った『マルオ』。それにすぐさま答える。

 

「あくまで主役はアンタの娘っ子たちだ。俺と上杉は連中が舞台で輝けるよう演出する裏方に過ぎねぇ。

 

 

 

 

 

つまり、次の試験の失敗は即ち、客であるアンタから見れば、全面的に舞台に出ているあの五人の責任にもなるわけだ」

 

 

「………」

 

 

「一応、上杉の家庭教師の件は保留にはなってはいるが、今のあいつはアンタが雇っている身じゃねぇ。ただのボランティアでしかない……てなったら、それらの責任は、上杉ではなく全てあの五人に降りかかっちまうってわけだ。

 

 

 

 

 

良くも悪くもな」

 

 

「……だから、今回の君は裏方ではなく、中立……つまり客として傍観するのかい?」

 

 

「いや。俺ァ家庭教師の助っ人を続けるさ。だがあくまで、結果は五人が出す。

 

 

 

 

後は転校でもなんでも、アンタの自由にすりゃいい」

 

 

「……意外だな。僕は三玖君のいるそちら側につくと思っていたのだが」

 

『マルオ』は総介が、万が一の際は三玖だけでも自分の元に置いておくつもりだと考えていた分、総介の言ったことに少なくも驚きを見せた。が、総介は『マルオ』の言葉を聞いた瞬間、「ハッ!」と笑いながら、そのまま言葉を放つ。

 

 

 

 

 

「中野センセーよぉ〜………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖を………俺の女をなめんじゃねぇぞ」

 

 

「………」

 

「あの子はもう自分で勉強する方法も確立できてる。俺が教えてやらんでも、後は細かい修正は上杉が入れてくれるだろうよ。当日に体調不良みてぇなイレギュラーさえ無ければ、今回も姉妹で1番の結果を出すだろうな」

 

「……だろうね。三玖君の成績も見せてもらったが、やはり君の影響が大きいようだ」

 

 

「それと、後の4人は知らん。それこそあそこにいた3人は、さっきのアンタの発破がどれくらい効いてるか、それ次第だな」

 

 

「清々しい程の贔屓だな、恐れ入るよ」

 

総介の三玖に対する贔屓っぷりに、『マルオ』は少し呆れてしまう。と、ここでもう一つ大事な問題が浮かんだ。

 

「それで、もしも四葉君が転校ということになれば……」

 

「ああ、それも『大門寺』でどうにかするよう頼むさ。ちょうど今、俺の一個下で『刀』で働いてる奴がいるから、そいつを密かに護衛として四葉と同じ転校先の学校に入れてくれりゃいいさ」

 

「………そうか、僕の勝手な真似にそこまで配慮してもらってすまないね」

 

「………まぁ、それも転校すれば、の話だがな……」

 

「…………」

 

そのまま『マルオ』は、目を下に向けるが、そんな彼に総介が声をかけた。

 

 

 

 

 

「………野暮かもしんねぇが、一つ言わせてくれ。

 

 

あれでも、アンタは十分父親やってるよ」

 

「………」

 

「上杉はああ言ってたがな、人の家の形なんざその家庭ごとにあるさ。それを他人がとやかく言う権利はねぇが……それでも言わせてもらうなら、俺から見りゃアンタは立派な父親だと思うぜ」

 

「………」

 

片手で頭をくしゃっとかきながら、総介は言葉を続ける。

 

「アンタが5人の母の思いを継いで、あの5人全員を引き取ったことも、今までああいう形で接しながら見守ってきたのも、間違っちゃいねぇさ。

 

 

あいつらにも多少現実は知ってもらわないきゃいけねぇ部分もあるしな

 

 

 

 

理屈っぽいところで押さえ込もうとしても、アンタの娘たちへの思いはダダ漏れだっての。

 

 

 

 

ホント、どっかの娘命で筋肉モリモリマッチョマンな局長と同じで

 

 

 

 

 

アンタも稀に見る『親バカ』だよ」

 

 

「………」

 

「ま、そんだけだ………じゃあな、中野センセー。俺が言うのもなんだが、娘たちの武運を祈ってるわ」

 

総介はそう言い終えると、踵を返して帰ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「浅倉君」

 

「………」

 

 

と、そんな総介の背中に、『マルオ』は声を掛けて止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「借りは必ず返させてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

「………へぇ〜、そりゃ楽しみだ

 

 

 

 

 

期待してんぜ、中野センセー」

 

 

そのまま振り向きもせずに、総介は右手を適当な感じで振りながら、駐車場を後にした。

 

 

「………」

 

 

「………旦那様?」

 

 

「何でもない………江端、出してくれ」

 

 

 

「………かしこまりました」

 

 

総介の背中が見えなくなるまで、彼を見続けた後、『マルオ』は何事も無かったように車に乗り込み、江端の運転する車で帰路についたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な〜にまた勝手に話進めてくれちゃってんですか〜コノヤロー?」

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!ぐるじい゛い゛い゛い゛い゛!!!!」

 

 

後日、事情を全て総介に説明(全部知ってるけど)した風太郎は、彼からの『愛ある(?)チョークスリーパー』により、首を絞められていた。

 

 

 

「あ、あの、もうそれくらいで……」

 

「う、上杉さん、白目になってる……」

 

そんな2人を恐ろしげに見つめる四葉と五月だったが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何言ってんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次お前らだぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「………え゛?」」

 

 

もちろん、元凶である2人にもきっちり技を決めましたとさ。

 

 

 

 

大丈夫!総介は優しいから本気の『ほ』の字も出してないよ。良かったね♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はそれぞれの試験までの話となります。二乃のあれからに関しては、そこで詳細を書くつもりです。できれば2話で終わらせたいので、『三玖、四葉、五月、一花』と『二乃』の前後半で分ける予定です。



今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60.試験でしか測れないものがある

UA130000突破しました。ここまでこの小説をご覧になってくださった皆様、本当にありがとうございます!

もう60話になっちゃいました。あっという間……
そして、今回は前編後編と分かれています。
全員分の話を2話に渡ってご覧ください。まずは二乃以外の4人をどうぞ。


①中野三玖と浅倉総介のイチャイチャ、それだけ

 

 

 

 

「………ダメ、上手くいかない」

 

1月末、三玖は朝早くに起きて、アパートのキッチンでチョコ作りに励んでいた。

理由は単純明白、来月のバレンタインで総介に手作りチョコを渡すためである。

事の始まりは数日前………

 

「ソースケはどんなチョコが好き?」

 

「ん〜、甘めのやつかな。同じチョコでもブラックやビターはそんなに食べないし」

 

「……わかった。じゃあ、ソースケが好きな甘いものを作る」

 

「一緒に作らなくて大丈夫?俺ん家のキッチン貸すよ?」

 

「大丈夫。今回は……私だけで作りたい」

 

「そう……じゃあ期待してるよ、三玖」

 

「うん……待ってて」

 

もう既にラブラブな恋人同士のため、別にサプライズをする必要は無いと感じた三玖は、総介にチョコの好みをストレートに聞き、彼が望むチョコレートを『1人』で作ることにした。今回は総介の力を借りず、自分自身の力で作って、総介に『美味しい』と言って貰いたかった。

 

しかし、日々の料理のことは総介から教わっているが、三玖はお菓子作りは彼から教わったことは無かった。いかんせん総介は、料理全般が趣味という訳ではなく、日々の生活の中で行う料理の方法しか知らない。そんな訳で、三玖は普通の料理はある程度食べれるレベルまでには上達したものの、未だにお菓子、突き詰めればチョコ作りは手付かずだった。

当然、最初から上手く行くはずもなく……

 

「………まずい」

 

チョコ作りは暗礁に乗り上げてしまった。と、

 

「三玖、起きてたんだ」

 

「一花、起こしてごめん」

 

寝室から、ワイシャツ一枚だけを着た一花があくびをしながら出てきた。

 

「いいよ〜。それよりどう、調子は?」

 

「………」

 

三玖がそのまま自身のチョコに目線を移し、一花もそれを辿って見てみる。

 

「甘いのが好きなソースケとは反対で、私は甘いの苦手だからよく分からなくて……一応、試作品を作ってみたんだけど……」

 

「えーっと……ドクロマーク出てるけど……」

 

見ると、ボールの中のチョコが偶然なのか、ドクロのような模様になっている。

 

「これは大丈夫な方のドクロマーク」

 

「大丈夫な方とは……」

 

とはいえ、これを総介に食べさせるわけにはいかないことを、三玖は十分承知している。

 

「もっとシンプルなレシピでいいんじゃない?溶かして固めるみたいな……」

 

と、一花は三玖に提言するが、

 

「………」

 

どうやら三玖の気はそちらには進まないらしい。どうしたものか……

 

「ムムム……うーん、私も料理の腕はイマイチだしなぁ………

 

 

 

 

 

あ、そだ」

 

一花は何か妙案を思いついたようで、三玖に話を始める。

 

「私の知り合いに料理上手な人がいるんだ」

 

「え?」

 

「その人に教えてもらいなよ」

 

「………」

 

そう言われた三玖だったが……

 

「でも、私は『1人で』ってソースケに……」

 

「このままじゃチョコ作り進まないよ。それに、浅倉君には誰かにアドバイスを受けるのは禁止って言われた?」

 

「……言われてない」

 

「じゃあいいじゃん。教わった三玖が作って、美味しいチョコを浅倉君に食べてもらわないと」

 

「………確かに」

 

背に腹は代えられぬ、というわけで、三玖は一花の提案を飲むことにした。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

あれから日にちが経ち、2月。

それまでも期末試験に向けた勉強はしっかりと行い、自身も少しでも上達しようと、合間を縫ってはチョコ作りを継続していた。

 

「……やっぱりダメ……」

 

勉強の方は恐ろしいほど順調に進んでいるのだが、チョコ作りの方は未だ立ち止まったまま。

しかし、この状況を打破すべく、今日は、一花が『料理上手な知り合い』がやって来る日。これを機にどうにかして前に進まなければ……

 

(一花の顔が広くて良かった。今日が約束の日だけど、料理上手な人ってどんな人だろう……)

 

そう考えていると、扉の方からガチャっと開く音がした。そこから入ってきたのは……

 

 

 

 

 

「あれ?1人で何してんのよ」

 

「二乃……」

 

何故か二乃だった。

 

「今日は学校で勉強会のはずじゃ……」

 

「一花に呼ばれて戻ってきたのよ」

 

 

 

 

 

 

「え?一花の言ってた人って……」

 

 

まさか……いや、知り合いと言えば知り合いだけど……と、

 

 

ドンッ!!

 

「「!!?」」

 

ドアの向こうから何かの音がした。

 

 

 

 

どうやら『そのようだ』………

 

 

「?」

 

「何よ今の?びっくりした………って」

 

二乃はキッチン台の上に置いてあったチョコを見る。

 

「こっちにもびっくりだわ。おいしくなさそうだしめちゃくちゃじゃない」

 

そこからは、二乃の辛辣な評価が続いた。

 

「アイツにあげるつもりでしょうけど、これじゃあ全然ダメね」

 

「!」

 

「あんたは味音痴と不器用のダブルパンチなんだから、おとなしく市販のチョコ買ってればいいのよ」

 

「………」

 

ペラペラと口から不評の嵐が出てくる二乃としては、いつものように頬を膨らませた三玖が「うるさい!」と返してくると思っていたが………

 

 

 

 

 

 

チラッっと三玖の様子を伺うと……

 

「……うるさい

 

「ヒッ……」

 

力の弱い反論が返ってきたかと思えば、三玖は目に涙を溜めていた。

 

 

まずい……怒るより恐ろしい本物の地雷を踏んでしまった……

 

 

「で、でも料理は真心っていうし手作りに意味があるのよね、私だって失敗することだってあるわ、それに少し下手っぴの方が愛嬌あるし、これなんて虫っぽくてかわいいわ」

 

ペラペラと次は三玖へのフォローの言葉が出てくる。最後の方はフォローになってるのか……

 

しかし、二乃はこのことが総介がバレたらひとたまりも無いだろう。そんな危機感が彼女を駆け巡ったのと、三玖が本気で頑張ってるところをボロクソ言ってしまったことへの罪悪感から、なんとか彼女の機嫌を戻そうとする。

 

「………わかってる」

 

「え?」

 

「私が不器用なのも知ってる。1人じゃ何もできないことも」

 

「………ごめん」

 

「……でも、ソースケは言ってくれた。『まだ伸び代はある』って。『勉強と同じで、やり方を教わってないだけ』だって………『ちゃんと教わってやれば、私でもおいしく作れるようになる』って」

 

「………」

 

「だから、作りたい

 

 

 

ソースケが、心の底から『美味しい』って言ってくれるチョコを

 

 

 

 

食べさせてあげて、恩返しをしたい

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

教えてください

 

 

 

 

お願いします」

 

三玖はそのまま、二乃に頭を下げて教えを乞う。その様子を見た二乃は、彼女の本気の気持ちを目の当たりにして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………

 

 

 

 

 

油分と分離してるわ

 

 

湯煎の温度が高いのね

 

 

それに生クリームを冷たいまま使ったでしょ

 

 

舌触り最悪

 

 

 

っていうか、それ以前の問題がありすぎるわ」

 

 

「………」

 

 

「全く……面倒臭いわ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準備しなさい」

 

 

「!………

 

 

 

うん!」

 

それから、二乃は三玖と長い時間キッチンへと向かい、チョコが上手く作れるように試行錯誤していった。

 

 

 

 

 

「ほんと………面倒な性格だわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

そして、月日は2月14日、バレンタイン当日………

 

 

三玖は総介に、青いリボンで結ばれ、小さな箱に入ったチョコを渡した。

 

「はい、ソースケ」

 

「……ありがとう、三玖。開けていい?」

 

「うん」

 

彼女の許可をもらい、総介はリボンを解いて、箱を開ける。見ると、中には丸いチョコレートがフィルムで包まれていくつか入っていた。

 

「……じゃあ、いただきます」

 

「う、うん」

 

フィルムを剥がして、総介は一つ目を手に取って口の中へと入れる。

 

三玖にとっては緊張の一瞬だった。

 

 

しばらく口の中で転がして味わい、やがては溶け出したチョコを飲み込む。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しい………本当に美味しいよ、三玖」

 

 

総介の一言に、三玖は信じられないと言った表情で驚き、口を両手で隠す。

 

「……嘘」

 

「嘘なんかじゃない。本当に美味しいよ。俺のリクエストした通り、甘いチョコだし、チョコレートとしても、本当によく出来てるんだ。美味しくないはずがないよ」

 

 

「………ソースケ……」

 

総介が本気で美味しいと言っているのは、彼の顔を見れば一目瞭然だった。普段の死んだ魚の目は、三玖の目の前で喜びに満ちた表情を作っており、自分に向けられる目線には、一切の濁りが無い。

やがて、総介は三玖の頭へと手を乗せて、優しく撫でる。

 

 

 

 

 

 

 

「頑張ったね、三玖

 

 

 

 

 

本当にすごいよ

 

 

 

 

ありがとう」

 

 

 

「………うん

 

 

 

 

ありがとう

 

 

 

 

ソースケ」

 

 

 

自分のしてきたことは、間違いじゃなかった。ようやく、愛する人に喜んでもらるものを作れた。

それを心から理解した三玖は、目から涙をポロポロと流し始める。

 

 

 

「………おいで

 

 

 

 

 

一緒にいよう」

 

 

 

 

 

 

「………うん」

 

総介はそのまま、三玖をゆっくりと抱き寄せて、胸の中にすっぽりと収めた。彼女も、今までの努力が報われたことによる解放感から、そのまま総介の胸の中で、歓喜の涙を流し続けた。

 

 

 

「ありがとう、三玖

 

 

 

 

大好きだよ

 

 

 

 

愛してる」

 

 

「うん………

 

 

 

 

私も、大好き

 

 

 

 

ソースケを愛してる」

 

 

やがて、首を上げて、総介を見上げた三玖は、彼の顔が近づいてくることに、一切抵抗せずに、瞳を閉じた。

 

 

唇が、ゆっくりと重なる。

 

「三玖………」

 

「ん………」

 

数秒、2人は口づけを交わして、顔を離した後に、そのまま喋る。

 

「三玖、甘いの苦手じゃなかった?」

 

「苦手だけど……こういう甘いのなら、もっと欲しい」

 

「………了解」

 

総介は再び、三玖の唇へと、自身のそれをくっつけ合い、やがて唇同士を啄み始める。

 

三玖が愛情を努力によって作ってくれたチョコレート以上の甘い時間を、2人はこのまま長く過ごしたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってわけでもなく、

 

 

「お、おい2人とも……そろそろ勉強の続きを……」

 

「シーッ!フータロー君、今の2人を止めるのは野暮ってもんだよ」

 

「み、三玖、浅倉さん、すごくロマンチックですが、せめて別の場所で……」

 

「う〜、私はいつ見ても慣れません……」

 

「………ここまでやれとは言ってないわよ」

 

 

2人がチュッチュしてる場所は、アパートのリビングのこたつ。しかも、周りを他の姉妹と風太郎がガッツリと囲んでいる最中である。

 

が、チョコの甘さにやられたのか、2人はそんな周りに気づくまでもなく、しばらくキスを堪能し、2人きりの時間に入り浸るのだった。

 

 

 

 

 

 

その後、ようやく周りの存在に気付いた総介と三玖は、顔を真っ赤にしながら遅くまで勉強に勤しんだのは、言うまでもない………

 

 

 

 

 

総介マジで爆発しろ!

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

そして月日はさらに経ち迎えた、試験当日……

 

 

 

「ま、三玖のことだからもう大丈夫だし、特に心配はしてないけど、ケアレスミスだけ無いように気をつけてね」

 

「うん……頑張る」

 

総介は学校に着いた際、三玖と2人きり、誰もいない場所で試験前最後の時間を過ごしていた。彼は別れ際に、三玖の額へと唇を落として、激励の言葉を送る。

 

 

 

 

「大丈夫、今まであれほど頑張ってきたんだ。俺だけじゃなくて、今の自分は、過去の自分が励ましてくれるよ」

 

 

「ありがとう……じゃあ、行くね」

 

 

「うん、いってらっしゃい」

 

そう言葉を交わして、クラスの違う2人は、別々の教室へと向かって行った。

 

 

………………………………

 

 

「それでは、試験を始めてください」

 

その教師の号令で、2年生最後の試験が始まった。

 

(ソースケ……私はもう迷わない

 

 

今までの私がやってきたこと

 

 

 

必ず信じる

 

 

 

『自分を信じれるのは、自分自身』

 

 

 

 

最初に、ソースケが私にくれた、この言葉

 

 

 

 

今でもずっと残ってる

 

 

 

 

 

絶対に上手く行く

 

 

 

 

先に言わせて

 

 

 

 

ありがとう、ソースケ

 

 

 

 

愛してる

 

 

 

 

ずっと、ずっと……)

 

 

 

 

 

 

 

中野三玖、試験結果

 

国語……57

数学……52

理科……49

社会……80

英語……40

五計……278

 

 

 

総評(浅倉総介)……やっぱすごいだろ三玖は。俺?俺は何もしちゃいねぇよ。あの子がちゃんと努力し続けた結果なんだよこれが。本当に頑張ったよ。ご褒美もちゃんとあげなくちゃな。あと、チョコレートマジで美味しかった。もう感動して泣きそうだったわ。んでこれは周知の事実だが、やっぱかわいいってのがもう最高でさ、普段はそんな表情動かねぇんだが、俺といるときの嬉しそうな顔を見て何回惚れ直したことか。それと、たまにヘッドホン外した髪形もかわいくて好きでさ、この前なんて……(この後、総介は5時間に渡り三玖を褒めちぎった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

②中野四葉、いっきまーす!

 

 

 

 

2月となり、総介と風太郎、そして五つ子姉妹はいつものようにアパートで7人で勉強会を開いていた。しかし………

 

「試験まで残り1ヶ月を切った。いいかよく聞け……(説明中)……ということで、ここでは作者の気持ちを答えるというより、読者のお前らが感じたことを書くわけで……」

 

風太郎がそう説明するも、五つ子、そして総介にも明らかに疲れが見て取れた。無論、総介の疲れは五つ子とは違い、教えることによる疲れもあるので、それが5人、三玖の負担が無いと見ても4人分なので、実は結構きつかったりする。運動とは違う頭の疲れはいくら『鬼童』でもどうにも出来ない。このどんよりとした状況を見た風太郎も、さすがにまずいと思い始める。

 

(……くそっ………行き詰まった)

 

いくら2人で教えているとはいえ、教えている方にも限界が訪れる。

元々、教師としてのノウハウの無い自身の限界と、それにより負担をかけてしまっている総介の限界も出てきている。そして、五つ子たちも、成績は着実に上がってはきているのだが……

 

(くっ、IQの差とはなんと残酷……)

 

「よくわからないけど失礼なこと言われてる気がするわ」

 

「というか問題を解く以前に………みんな集中力の限界だよねぇ……」

 

「連日勉強漬けですからね……」

 

「わ、私はまだできるよっ!」

 

「お前だけまだそんな頭使う問題のとこじゃねーからだよ」

 

「むむむ……」

 

四葉は体力があるとはいえバカだからまだしも、総介にも疲労が見えてきている。その度に三玖が彼の頭を撫でて『よしよし』としたり、膝枕をしてもらったりしているのだが……お前ら別の姉妹のパートでもイチャイチャすんのかよ……

 

風太郎は何かこの状況を打開する方法は無いものかと、先日購入した『良い教師になる為のいろは』という本をパラパラとまくっていると、とある項目が目に入ってきた。

 

『・詰め込みすぎは逆効果』

 

「…….時には飴も必要か……」

 

勉強だらけの日常では、ストレスが溜まってしまい、かえって悪い結果を招いてしまうこともあるかもしれないと、風太郎は考え、やがて『あること』を思いついて、姉妹の前に自身の人差し指だけを出した拳を見せた。

 

「?」

 

「どんだけ〜!ってか?」

 

「IK○Oじゃねーよ!」

 

「んだよテメー、キレてんのか?」

 

「いやいや、キレてないっスよ……ってこれも違う!」

 

総介の一通りの小ボケに付き合った後、風太郎が説明を始める。

 

「決して余裕があるわけではないが……

 

 

 

 

明日1日だけオフにしよう」

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

というわけで翌日。一向は電車に乗って向かった先は、とある遊園地であった。

 

「ふふ、休日デートにここを選ぶなんて、フータロー君もベタだねぇ」

 

「デート………ソースケと……」

 

「そういやこういうとこ三玖とはまだ来てなかったね」

 

「っていうかアンタら、何ナチュラルに手繋いでんのよ……」

 

二乃の指摘した通り、この中でたった1組のカップルである総介と三玖は、当たり前のように指を絡ませて手を繋いでいた。

 

「恋人同士なんだから当然だろうがコノヤロー」

 

「……このやろー」

 

「三玖、何しても良いけどそれだけはやめて」

 

「他に行きたいとこあったら言えよ」

 

「いえ、私たちも久方ぶりなので楽しみです」

 

「……そうね、ママに連れてってもらった以来かしら」

 

「………」

 

「今日だけは勉強のことを忘れることを許そう

 

 

思う存分羽を伸ばせ」

 

 

というわけで、この日は遊園地で存分に遊んだ風太郎たちだったが……

 

ただ1人だけは違った。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

その後、ジェットコースターに乗ったり、お化け屋敷に入ったり、メリーゴーランドでグラサンかけてスナイパーライフルを構えたり、馬に乗り腕を組みながらながら『レッツパーリィー!!』ごっこをしたりして楽しんだ一向だった?………え?

 

「次はあれに乗りましょう!」

 

「五月ちゃん、ちょっと待って……」

 

すっかり絶叫マシンにハマった五月が、くたっとした一花を連れ回して行ったとき、二乃があることに気づいた。

 

「あれ、四葉はどこかしら?」

 

見ると、四葉がその場にいなかった。

 

「今度こそ迷子だったりしてな」

 

「どうせまたトイレよ」

 

「四葉ならおなか痛いからトイレだって」

 

「なぜ直接言わない……!」

 

そんな中で、風太郎はそのまま遠くを見ると、何かに気がついた。そして……

 

「じゃあ、俺も便所」

 

「あっそ。先言ってるわよ」

 

「おう」

 

そう言って、風太郎はトイレへと向かっていった……が

 

「………」

 

総介は、風太郎がトイレではなく観覧車の方向に行ったことに標識を見て気づいたが、特に追うでもなく……

 

「んじゃ、俺も三玖とデート楽しむわ」

 

「うん」

 

「はぁ!?じゃあ、私は一人でどうすんのよ!?」

 

「そうさなぁ………『色々と』考えな」

 

「こんなとこで!?」

 

二乃のツッコミを無視して、総介は三玖を連れて二人でのデートを楽しみに行った。

 

 

「………『色々と』って……」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

その後、二人でのデートを楽しんだ総介と三玖のラブラブカップル。今はベンチでジュースを飲みながら座っている。

 

「……上杉、四葉を探しに行ったと思う?」

 

「うん、話していた流れから見るに、そう思う」

 

「だよね……」

 

2人は、先ほどから不可解にトイレに行く四葉の話をしていた。

総介は、前回の期末試験の前に、五月から四葉が追試に落ちてしまったことが原因で、前の学校から転校する羽目になったことを思い出していた。もしあの時の負い目があるならば、四葉はトイレという名目で、隠れて勉強でもしているのだろう………

 

「………ま、そこんとこは上杉がなんとかするだろ」

 

「うん……」

 

「それでさ、次はここ行ってみない?」

 

「ふふっ楽しそう」

 

2人は、自分が今出来ることは無いと割り切って風太郎に四葉を託し、その後もその日は遊園地デートを楽しんだのだった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

そしてそのまま試験当日となり、それから時間が経ち……

 

 

「四葉!」

 

風太郎は四葉のもとを訪れた。理由はもちろん、彼女の試験結果である。

 

「試験の結果はどうだった!?」

 

 

 

「………上杉さん、すみません」

 

風太郎を見るなり、四葉は頭を下げて謝り、そのままの態勢で続ける。

 

「実を言うと、姉妹のみんなに教えてもらった方が分かりやすい時もありました。不出来ですみません……そして

 

 

 

 

 

ありがとうございました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、初めて報われた気がします」

 

そう風太郎に礼を言う四葉の目からは、ポロポロと涙が溢れ始めていた。

 

 

 

 

 

 

中野四葉、試験結果

 

国語……58

数学……35

理科……34

社会……41

英語……38

五計……206

 

 

 

 

総評(浅倉総介)……ま、赤点回避できたのはよくやったと言ってやらぁ。今更だが、ようやく第一関門突破ってとこか………それでなんだが、あの後三玖といくつかのアトラクションに乗ったんだが、そこで……(この後、総介は5時間にわたり三玖とのデートの話をした)

 

 

 

 

 

 

中野五月(生き写し)

 

 

 

「………で、何?俺に一体何の用なの?」

 

「……すみません、突然呼び出して……」

 

総介は突然、五月に相談があるとLINEで連絡が来たので、風太郎がバイトで働いているケーキ屋(今日は風太郎休み)を話の場所として設けて、そこで五月からの相談を受けるところだった。

 

「実は………」

 

彼女が言うにはこうだ。

毎月の14日、母の亡くなった日の月命日に、母の墓参りを欠かさない五月。1月のその日にも、いつものように母に会いに行ったらそこでかつて教師をしていた母の教え子である『下田』という女性と遭遇。

そのままこのケーキ屋さんに入り、母の昔の話を聞いた。その後、五月は下田が母への憧れから、塾講師になったことを聞き、自分も、以前もらった進路希望調査の紙を取り出し、なりたいものを書こうとしたが、下田から『母になりたいだけなんじゃないか』との指摘を受けた。

 

 

「………というわけでなんですが、どうすれ……ばっ!?」

 

「ど〜おしろってんだよぉ〜おれによぉ〜……」

 

話を聞いた総介は、ぐで〜っと椅子にもたれ、いつもの死んだ魚の目をさらに死なせているという、もう無気力極まりない人間となっていた。

 

「あ、浅倉君、お行儀が悪いですよっ!」

 

「おまえがめずらしく『ご相談があります』ってLINEしてくるからきたのによ〜ぉ、なにそのはなし〜ぃ。おれいる〜ぅ?」

 

「と、溶けてる!?」

 

グニャグニャと動きながら話す総介。まぁ、そのままでいても好奇な目で見られるだけなので、いい加減ちゃんと答えることにする。

 

「……別に良いんじゃねーの?」

 

「……随分とあっさりしてますね」

 

ストローに口をつけてコーラを吸う総介を見ながら、五月は怪訝な目で総介を見る。

 

 

「そうさなぁ〜…………」

 

 

 

総介はしばらく斜め上の天井を見て考えた後、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その女が言ってることが間違ってるわけじゃねーけどさ

 

 

 

よくプロ野球選手の息子が親の背中見て親父と同じプロ野球選手目指して、二世選手になるように

 

 

 

お前がもしお前の母ちゃんになりたいって思ってんのなら

 

 

 

母ちゃんがそうなったように、教師目指しすのもいいし

 

 

 

母ちゃんがしたように、誰かと恋愛して、結婚して、ガキ産んで、そいつにいつか教えてやりゃあいいじゃねぇか。

 

 

 

自分の母親は、こんだけすごかったんだぞってよ。

 

 

 

同じことして、死んだ母ちゃんを忘れさせないって考えも十分アリだと思うがな。

 

 

 

 

それを過去に囚われてるだけ、とか言い出す輩もいるが

 

 

 

 

そんな耳障りな外野の野次に耳なんて貸す必要ね〜よ。

 

 

 

 

悩んで悩んで、脳みそ爆発させるまで悩み苦しんで

 

 

 

 

最後はテメーが『これで行く』って思った道を進みな、肉まん娘

 

 

 

 

それがたとえ、お前の母親と同じ道だろうが、

 

 

 

 

上からなぞって歩きゃ、もうそれは自分(テメー)の道だ」

 

 

 

「………」

 

「ま、綺麗に収まっちゃいるが、実際は自己責任ってことだがな。それで何かあっても、言い出しっぺの俺に全部押しつけんじゃねぇぞ」

 

そう言い終わって、残りのコーラを飲んだ総介はその場を立ち上がり、自分のコーラの分の会計だけを済ませるために席を離れようとした。

 

「………浅倉君!」

 

「………」

 

そんな彼を、五月は立ち上がって呼び止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ありがとうございます」

 

彼女は、振り向かない総介に向かって、頭を下げて一礼した。

 

 

「……ま、気楽にやんな、肉まん娘」

 

 

一つも振り向かずに、総介はそのまま店を後にした。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

それから……

 

「これからは全員が家庭教師だ」

 

という風太郎の一言に全員が彼に注目する。

 

「え?」

 

「どういうこと?」

 

「『俺が!……俺達がガンダムだ!!』的な?」

 

「いやそうじゃなくて……ゴホン!自分が得意な得意な科目を他の姉妹にも教えるんだ!俺達がいない間にもお互いに高め合ってくれ!そうして全員の学力を一科目ずつ引き上げるぞ」

 

姉妹はそれぞれ、一花=数学、二乃=英語、三玖=社会、四葉=国語、五月=理科と、得意科目が見事にバラバラだ。風太郎はそれを利用することにした。得意な科目を他の姉妹にも教えることにより、自身や総介の負担を減らしながら、家庭教師以外の時でも学力向上につながる。ということはつまり………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と三玖がイチャイチャ出来る時間が増えるってわけだ。中々やるじゃねぇか、上杉」

 

「帰れ」

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

『姉妹か家庭教師』案は効果はあったようで、五月もそれを実感していた。教えることで復習も出来る、以前彼女が『教えながら学ぶ』を、見事に実践できていた。そしてもう一つ。

 

 

 

『わっ、すごい分かりやすい!五月ありがとう』

 

『!』

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

お母さん

 

 

 

 

 

私………

 

 

 

 

 

 

先生を目指します

 

 

 

 

 

 

中野五月、試験結果

 

国語……50

数学……40

理科……75

社会……39

英語……45

五計……249

 

 

 

総評(浅倉総介)……俺の先生は『いくらでも迷ってもいい、立ち止まってもいい。それでも自分が思う正しい道を見つけたなら、それを信じ、進み続けなさい』と仰ってくれた。それが俺を『人』としての……『侍』としての道を進む、どれだけ助けになってくれたことか…………何事も、『先生』ってのは、偉大なもんさ。この言葉、お前にやるよ、肉まん娘。

………それでよ、上杉の言ってくれたことのおかげで、この前三玖との時間が久々に取れたんだが……(この後、総介はやはり三玖とのイチャイチャ話を5時間話し続けた……)

 

 

 

 

 

 

 

④中野一花、死す(デュエルスタンバイ!)

 

 

「私、このテストで5人の中で1番の成績をとったら、フータロー君に告白するんだ」

 

「………死亡フラグ?」

 

いきなり死亡フラグで始まった一花の一言。もうタイトルからして結末が丸見えである。

バレンタイン日からそう経っていない日のこと、アパートの階段で三玖と会った一花。そこで、二乃を自分のチョコ作りのことを裏で回してくれたことに、改めて三玖は彼女に礼を言った。

 

「……ありがとう、一花」

 

「喜んでくれてよかったね、三玖。しかもみんなの前でキスしちゃうくらい嬉しかったなんてね〜♪」

 

「い、言わないで……」

 

ある意味三玖の黒歴史となりつつある『こたつでイチャイチャバレンタイン事件』。一方の総介は、それほど気にしてはいないが……

と、ここで、三玖の方から一花に尋ねた。

 

「……よかったの?」

 

「ん、何が?」

 

「……フータローにチョコあげなくて」

 

「………」

 

一花はその言葉を聞いた瞬間、黙り込んでしまう。思えば、花火大会の日からそうだった。

 

花火大会、林間学校、まさかの女優の仕事でのエンカウント……気づけば彼女は、風太郎を目で追い続けていた。三玖が言ったように、このバレンタインでチョコを渡すチャンスはあった。しかし、彼女はそれをしなかった。

 

 

 

「……いいんだ。その代わり、もう決めたから」

 

「?」

 

 

そして彼女は、何かを決意したように、空を見上げながらその言葉を発した。

 

 

 

「私、このテストで5人の中で1番の成績をとったら、フータロー君に告白するんだ」

 

「………死亡フラグ?」

 

というように、冒頭のセリフに繋がるわけである。

 

「不吉なこと言わないでよ!」

 

思わず突っ込んでしまう一花。しかし、前回の試験時点での成績No.1は三玖、次点で一花、決して不可能とは言えないのだが……もう、ね?

 

「一花、この前も映画ですぐ死んでたから、板についたのかも」

 

「せめて役の中だけで許して……」

 

よくゾンビものやホラーもので死ぬ役をもらう一花。それが日常にも影響が出てきたのかと思うと、どうにも不便である……

 

 

 

「……でも、応援してる」

 

「!」

 

と、横に並ぶ三玖が、一花にそう言った。ということは……

 

「三玖……」

 

「……でも、試験で負けるつもりはない」

 

「………だよね」

 

彼女とて、総介に教わってきたことを無碍にするつもりはない。最もいい成績を出すことこそ、総介への恩返しの一つと考えている。そんな彼女が、わざわざ自分のためにわざと成績を落とすとは思えない。つまり……

 

 

「真剣勝負、だね」

 

「中野家冬の陣……今回も私が勝つ」

 

バチバチと火花を散らす両者。が、2人はそれでもお互いの身を思い合っている。

 

「フータローに……上手くいくといいね」

 

「……でも彼、私たちを女子として見てないよね〜。まだセクハラ紛いのことをしてくる浅倉君がまともに見えるよ……」

 

「ソースケはあげない」

 

「わかってるって。彼も三玖のことしか見えてないからね」

 

総介も総介で、中々おかしい気がするが……

 

 

ともあれ、そこから一花は、仕事中の合間を縫って、勉強をし続けた。そこでも風太郎とのなんやかんやあり(風太郎と一花のなんやかんやは原作を買って見てみよう!)、ますます彼の方を目で追ってしまうことになったのだが……

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

そして試験が終わり、姉妹は風太郎の働いてるケーキ屋さん『REVIVAL』へと集結していた。

 

「四葉!やりましたね!1番危なかったのに!」

 

「おめでとう」

 

「えへへ」

 

まず集まった三玖、五月の2人で、四葉を労う。

 

「私史上1番の得点です。200点を超えたなんて今でも信じられません」

 

「よくやったな四葉。ほれ、ご褒美だ」

 

と、総介はポケットに入っていたコーラ味の飴玉を渡す。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「私は249点、ほとんど半分ですが、次も油断出来ませんね。三玖はどうでした?」

 

「私は……」

 

三玖が自分の点数を言おうとした時、店のドアが開いて一花が入ってきた。

 

「あ、一花も来たよ。二乃はまだかな?」

 

「一花、どうでした?」

 

「ふふっ、見事に赤点回避できたよ」

 

「やったー!合計点いくつだった?」

 

「………」

 

「………」

 

三玖と一花の間に緊張が走る。そして、一花がゆっくりと口を開き、結果を発表する。

 

 

 

 

 

 

 

中野一花、試験結果

 

国語……41

数学……70

理科……55

社会……46

英語……50

五計……262

 

 

 

 

 

「………262点」

 

 

 

 

 

「私は……278点」

 

 

 

結果、16点差で三玖の勝利〜。

 

 

 

「ま…………

 

 

 

 

負けた〜〜……」

 

一花はその場でガクッと両手両膝を床につく。対して三玖はというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………コロンビア」

 

少し斜めになりながらカメラ目線でガッツポーズをする。かわいい。

 

「何だその喜び方?」

 

「色々あんだよ(かわいい)」

 

「あ!あのクイズ番組の!」

 

「あれ、あの後カンニング行為が発覚したらしくて、物議を醸したみたいですよ」

 

 

とまぁこんな感じで、五つ子の内4人の試験結果が明らかとなり、残りは二乃だけとなったのだが……

 

 

 

 

 

彼女については、この次の話で全てを明らかにするとしよう。

 

 

 

 

 

総評(総介&三玖)………「「コロンビア」」2人並んでカメラ目線でガッツポーズ

 

「………ねぇ、私初めて人を本気で殴りたくなったんだけど、いいかな?」

 

 




三玖だけテストじゃなくて、ほとんどバレンタインの話になっちゃいました(笑)。まぁ総介とのイチャイチャを見せることができたんで、大満足です!

次回は『二乃』編です。そこで残りの二乃、総介、風太郎、海斗、アイナの5人の試験結果も次回に出します。
次回は今週中に更新予定です。


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61.試験だけじゃ測れないものがある

私情のゴタゴタにより、更新が遅れてしまったことお詫び申し上げます。
さて、試験後半です。
よくあるラブコメ主人公の親友って『スケベな三枚目キャラ』がテンプレですが、この作品では『全てを兼ね備えた完璧な男』が親友ポジションです。つまり何が言いたいかというと……そういうことです。


試験の結果は今のところ、4人全員が赤点を回避している。そして残りは、二乃だけとなった。が、彼女は未だ現れず……と、ここで風太郎の働くケーキ屋の店長が

 

「試験突破おめでとう。今日はお祝いだ。上杉君の給料から引いておくから、好きなだけ食べるといいよ」

 

という粋な計らいが。

 

「もー、店長ったら冗談ばっかり……」

 

 

 

 

 

「おいおいマジでか!?店長、アンタ中々やるじゃねぇか〜。

 

っしゃー!上杉の奢りだ!店のメニュー全部持ってこーい!!」

 

「全メニュー食べ放題!一度やってみたかったんです!」

 

「……店長、只今を持ちましてこの店やめます」

 

暴君外道丸(総介)食いしん坊将軍(五月)のやる気に満ちた目に、家計がこの2人によって貪り食われると感じた風太郎は、涼しい顔をしながらも退職を申し出るのだった。

 

とまぁ冗談はさておき、まだ二乃が来ていないためしばらく待つことにしたのだが……

 

「ああ、二つ結びの子なら、君たちより先に来て、これを置いてったけど」

 

「え?」

 

と言う店長の手には一つの紙切れが握られていた。それは……

 

「……試験結果の紙!」

 

結果の報告会は事前に『REVIVAL』ですることは伝えていたため、二乃がこの場所に事前に来ることもおかしくは無い。

五つ子が二乃の用紙を受け取り、結果を確認している最中、店長が風太郎に話しかけた。

 

「それと後で伝えようと思っていたが、彼女から君に伝言」

 

「?」

 

それを、近くで聴いていた総介も耳を傾けた。

 

 

 

 

 

『おめでとう

 

 

あんたは用済みよ』

 

 

 

中野二乃、試験結果

 

国語……35

数学……38

理科……41

社会……50

英語……60

五計……224

 

 

 

 

 

総合結果……中野家五つ子、全員赤点回避成功

 

 

 

 

 

「や……やったー!!」

 

「見事全員、赤点回避を成し遂げましたね」

 

(な〜にが用済みだあのアマ。そんなのは三玖を超えてから言いやがれ)

 

ともあれ、5人全員が赤点を回避したことに、姉妹は全員喜びを露わにする。

で、店長の二乃からの伝言を聞いてた総介は、二乃に後でOSHIOKI(おしおき)をしようと心の中で決めたのだった。

 

「お前ら、よくやった」

 

「えへへ」

 

「……ってか、そもそも赤点回避になんで3回もテスト跨がにゃならねーんだコノヤロー」

 

「そ、それは……お待たせして申し訳ありません……」

 

「少しはちゃんと勉強してきた三玖を見習って欲しいもんだぜ。ったく。ね、三玖?」

 

「う、うん……」

 

「まぁまぁ、何はともあれ、これでようやくみんな赤点回避できたんだから、今日はお祝いしようよ」

 

「………」

 

皆が安堵して話をしている中、風太郎はただ1人、店の出口へと向かっていた。

 

「……おい、どこ行くよ?」

 

「祝賀会は全員強制参加だ。二乃を連れてくる」

 

「………」

 

風太郎が二乃を連れてくるため、店を出ようとした時、店長が風太郎に何か物を投げて渡した。

 

「もうすぐバイトの時間だ。これ使っていいよ」

 

「!どうも」

 

それを受け取った風太郎は、そのまま店を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ、忘れてた」

 

そう言って、総介は総介も風太郎の出た直後に、店の外へと出た。

 

「おい、上杉」

 

「?どうした?」

 

「あの女連れてくる時に、『お前を待ってる奴がいる』って伝えといてくれ」

 

「?………!それって」

 

「ま、そういうこった。そう言えばあの女も来るだろうよ。ま、いっちょ頼むわ」

 

「わ、わかった」

 

そう言い残して風太郎を見送った後、総介はスマホを取り出して、『ある人物』へと電話をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おう、俺だ。

 

 

 

とりあえず、ミッションはクリア。全員赤点回避成功だ。

 

 

 

 

が、肝心の奴がまだ来てねぇ。たった今、上杉が迎えに行った。

 

 

 

 

 

ああ、出来れば2人より先にこっち来て欲しい。出来るか?

 

 

 

 

 

あいよ、待ってんぜ」

 

 

そう最後に言って、総介らスマホの通話を切る。

 

 

 

「…….悪いが舞台は勝手に準備させてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後はお前次第だ。好きにやりな………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、それ終わったらOSHIOKIしねーとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

そして時は遡り………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⑤中野二乃、特攻

 

 

 

 

あの日、海斗の許嫁である『九条柚子』が五つ子の家に襲来てから、数日。

二乃はとあるカフェに来ていた。というのも……

 

「ごめんなさいアイナ。呼び出したりなんかしちゃって」

 

「大丈夫ですよ。私も年が明けてから二乃に会えて嬉しいです。それより、私に相談とは、どうされたのですか?」

 

二乃は友人の『渡辺アイナ』に連絡し、自身の悩みの相談を聞いてもらうことにした。

とどのつまり、あまりいい答えを期待できる友人がアイナしかいなかったのである。

彼女は学業成績も良く、常にトップ10を維持している優等生であり、運動もでき、男子からもモテ、人徳もあり、海斗には及ばないものの、人気もある。

 

転校初日に、席が隣同士だったこともあり、直ぐに打ち解けた。

 

『初めまして。渡辺アイナと申します。よろしくお願いします、中野二乃さん』

 

『そんなかしこまらなくていいって。二乃でいいわよ。よろしくね、アイナ』

 

これが、2人が交わした最初の会話だった。以来、学校では他の友人と共に、一緒に過ごす時間が最も多い友人、さらには親友とも呼べるほどに親しくなった。

 

二乃がアイナに相談を持ちかけたのも、彼女が五つ子以外で最も信頼できる同級生であり、アイナの方も、二乃のことを大切に思えるような存在となった。

 

「実はね……」

 

彼女は、数日前に起きたことを、事細かに話した。無論、柚子の名前は出さず、海斗の許嫁である人物としてという話しで進めていった。

 

 

 

……が、アイナはその話の全てを、総介から聞いていた。

彼からその話を聞いた直後に、アイナは激しい目眩と胃痛に悩まされ、翌日の侍女の業務を休む羽目になった。さらに、その翌日には……

 

 

 

 

 

 

『どうしたの〜アイナちゃん。大丈夫?何か変なモノ食べた?』

 

『………全て貴方が原因なのですが……』

 

 

 

 

 

 

床に伏せる彼女のもとにやってきた、昨晩から泊まっている諸悪の根源に心配され、一瞬『戦姫』として柚子に軽く殺意が湧いたが、すぐに押さえた。

 

 

本当にこの女、なんてことしてくれたんだと………

一歩間違えば、二乃に自分のことがバレてしまうところだったのだ。そりゃいくら普段落ち着いているアイナでも殺意が湧いてくるわさ。

なので、今のアイナは事情を全て知りながら、二乃から再び同じ話を聞いているのである。

 

「………ということなの」

 

「そうですか……『大門寺さん』に許嫁が……」

 

さすがに学校や二乃の前で『若様』と呼ぶわけにはいかないため、苗字呼びをするアイナだが、本人は10年来の幼なじみに対して、というか彼に仕える侍女として、変な呼び方だと違和感満載である。

 

「あれから、私もずっと考えたの。海斗君のこと……でも、あの人が言ったみたいに……」

 

「そう簡単には答えが見つからない、と」

 

「………ええ」

 

二乃はその後から、柚子の言葉が離れなかった。

 

 

 

海斗ほど完璧で、つまらない男はいない………

 

誰からも好かれている彼を、ましてや許嫁である柚子が、あのように酷評するとは、到底理解できなかった。

が、どこかで納得できる自分もいた。

絵本に登場する『白馬の王子様』は、所詮は絵本の中の存在。しかし、それが実在してしまったら………それが『大門寺海斗』という人間だった。

 

最初は誰しも、その存在に憧れて、彼に近づこうとするだろう。自分もその1人だ。海斗の魅力にあてられ、全てが自分を中心に回っているかのような感覚……まるで自分が『漫画のヒロイン、主人公』のような感覚に包まれた。

 

 

 

 

 

それらの甘美な感覚は、いつしか強力な麻薬となっていることに誰も、本人すらも気づかず………

 

 

 

 

 

そういう意味で、二乃が柚子と出会えたのは幸運と言えるだろう。彼の、『王子様』の本質を知る人物から、全てを告げられたのだ。

 

『自分は毒されている』と……

 

事実、海斗と親交を深める度、他の男……風太郎や総介さえも、自分には取るに足らない男だと思いはじめていた。

そして心の端では、その2人を慕う四葉や五月、風太郎に恋する一花や、総介と愛し合う三玖も、見下していたことに気づき、二乃はショックを受けてしまった。

 

 

自分はこんなにも、浅はかな人間だったのか………

 

 

見た目やステータスに溺れた結果、周りを何も見ずに、ただただ自身が考える理想を追い求め続け、海斗を慕う自分が一番だと勘違いした結果、1番大切な姉妹さえも、心の中では本気でバカにしはじめていたのだ。それは、心の内では姉妹を誰よりも心配する二乃には、耐え難いものだった。

 

 

 

それ以降、二乃は海斗に連絡していない。あれだけ送っていたメールも、今では見るのも嫌になっていた。

 

 

 

 

 

「……二乃、一つよろしいですか?」

 

「?」

 

「二乃は、今でも大門寺さんのことは好きなのですか?」

 

「……っっ!!」

 

 

 

 

 

アイナの一言に、二乃はビクッと震えて、黙り込んでしまう。

二乃は未だ、海斗のことが忘れられずにいた。

あの後、自身の愚かしさを自覚した彼女は、そのまま彼を忘れようと思った。普段から、彼とは学校ですら会わないので、それは簡単なことだろうと思った。

 

しかし、出来なかった。それにひどくショックを受けた。

 

 

これも、海斗の魅力の力なのかと。彼を見た瞬間から、彼より上の男は存在しないほどの魅力。それからは逃れられないのか、と頭を抱えた二乃だったが、彼女の中には、忘れられない出来事があった。

 

 

 

 

 

それは、林間学校で、彼と初めて出会った時のこと………

 

 

 

 

 

 

『二乃ちゃん!駄目だ、そっちは!』

 

『………え?』

 

 

 

林間学校の肝試しで、五月とはぐれてしまい、海斗と行動を共にすることになった時、自身が先走ってしまったせいで、崖の下へ転落しようとした時、彼は助けてくれた。

 

 

 

『くっ!!!』

 

 

あの時、母の姿が鮮明に思い浮かんだほど、本当に死ぬかもしれないと思った。

と、同時に、自身の腕を必死で掴み、引き上げようとする海斗の表情は、今でも覚えている。

あんなに必死な顔をしている海斗を、あの後は見ていない。いつも嫌味の無い爽やかで余裕の笑みを浮かべている彼だが、あの時だけは、別人のように違ったのだ……

 

 

二乃は、この出来事に多大な恩を感じており、そしてあれすらも、柚子の言う『つまらない男』のものだとは思えなかった。信じられなかった………

 

 

 

 

 

 

「………」

 

二乃は、アイナの問いに、小さく頷いた。

 

「………だとしたら、二乃の答えは決まっていると思いますよ」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

「その許嫁の人から大門寺さんのことを聞かされても尚、悩み苦しみ、彼を好きでいれる………それは、彼を見た目や成績、それら以外の表面上のものではない、心から彼を好きでいるということではありませんか?」

 

「!!!!」

 

 

 

「月並みの言葉になってしまいますが……もちろん、大門寺さんは皆から慕われていると耳にしています。ですが中には、彼を自身の周りに飾って、価値を高めんとする、一種のアクセサリーのようにしか見ていない女性がいることも事実です」

 

「ぐっ……」

 

二乃は柚子と会う前の自分にも、そういった考えがあったことに、心が抉られる感覚を覚える。

 

「………しかし、今の二乃には、少なくともそういった考えで、大門寺さんを見ているとは思えません。

 

 

彼の真実を聞かされても、彼のことで悩み、考え、私に相談を持ちかけるほど切羽詰まっていたのであれば、それはもう、彼を1人の男性として、恋い慕っているということではありませんか?」

 

 

「………」

 

 

「彼と同じ学校にいれば、いくらでも彼を思う人を目にしています。しかし、それらは大概、彼の周りに存在するものしか見ておりません。中には本気で慕う人もいますが、そういった方でも、彼との接点が無い故、自身の中で美化した大門寺さんを慕っているに過ぎないんです。ですが、二乃は彼と接している中で、何か別のものを見つけることができたのではないでしょうか?」

 

「……それは……」

 

「……とはいえ、私の申したことが全てではありません。もう少し、二乃ご自身で考えてみてはいかがでしょう?そう遠くなく、自ずと答えは出るかもしれませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイナはそう言ってたものの、二乃はあれから未だ答えを出せていなかった。

 

気を紛らわすことも兼ねて、妹のチョコ作りを手伝ったり、遊園地に行ってリラックスしたりしたが、どうやっても何も得るものは無い。試験までの日常を過ごす中で、考える時間はあったが、彼女は今回は、風太郎や総介に逆らわずに大人しく勉強をすることにした。

 

それと、もう一つの答えも『ある人物』へと伝えなければと、二乃はテストの成績発表後、五人にとって縁ある場所へと来ていた。

 

 

以前、彼女たちが暮らしていたマンション『PENTAGON(ペンタゴン)』。その真下にある道路で、二乃はその人物と会っていた。

 

 

 

 

 

「帰ってきたか……二乃君」

 

「パパ……その君付け、ムズムズするからやめてって行ってるでしょ」

 

大体の予想通り、その人物とは義理の父『マルオ』である。

 

「悪かったね、二乃。先程、全員の赤点回避の連絡をもらったよ。

 

君たちは見事七人でやり遂げたわけだ

 

 

 

おめでとう」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

表情を変えず、抑揚の無い口調で淡々と祝福する『マルオ』。二乃も、少し警戒しながらもそれに応える。

 

「……どうやら、上杉君を認めざるを得ないようだ。だから明日からはこの家で……」

 

「あいつとはもう会わない。それと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう少し新しい家にいることにしたわ」

 

 

 

 

 

「………なんだって?」

 

二乃の言ったことにマルオはそのまま聞き返す。

 

 

「試験前に五人で決めたの。当然、一花だけに負担はかけない。私も働くわ。

 

 

 

 

 

 

自立なんて立派なことしたつもりはない。正しくないのも百も承知。

 

 

 

 

 

 

 

でも、あの生活が私たちを変えてくれそうな気がする………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少しだけ前に進めた気がするの

 

 

 

 

……今日はそれだけ伝えにきたの」

 

 

 

二乃がそう『マルオ』に伝える。彼女は、彼女『たち』は、全員前の家に帰る気は無かった。

当然、以前より窮屈な生活なのに変わりはない。しかし、それでも得たものがあった。

姉妹がそれぞれの部屋にいた前の家とは違い、一緒の部屋でご飯を食べ、一緒の部屋でひしめき合って寝る。もちろん苦難の連続だが、それでも、どこか姉妹のことがより一層近くに感じられて、二乃はどこか、心の隙間が埋まっていく気がしたのだ。そして、それは他の姉妹も然りである。

 

 

 

「………理解できないね」

 

が、そんなことを知らない『マルオ』は、それを一蹴する。

 

「前に進むなんて抽象的な言葉になんの説得力も無い。

 

君たちの新しい家とやらも見せてもらった………僕にはむしろ逆戻りに見えるね

 

 

 

五年前までを忘れたわけではあるまい。もうあんな暮らしは嫌だろう?

 

 

 

 

 

いい加減わがままは……」

 

 

ブロロロ………

 

「!!?」

 

『マルオ』が続きを言おうとした矢先、どこらかともなくエンジン音がして、ライトが二人を照らした。

 

キキィィ!!というブレーキ音が、二人のすぐそばで鳴る、

 

「な、何?……」

 

二乃が手で光を遮りながら、二人を照らすライトの主を見ると、ヘルメットを被った誰かが、バイクに乗っていた。バイザーの部分のせいで、素顔は見えない。

 

 

「え………」

 

 

「ここにいたか……二乃」

 

その人物が、バイザーの部分にに手をかけて、上へと上がる………

 

 

 

 

「帰るぞ」

 

 

「はぁぁあ!!?」

 

 

案の定、それは風太郎だった。

 

「え、ちょ………何それ!?」

 

色々と聞きたいことがいっぱいある二乃は、言葉がまとまらない様子。

 

「早く乗れ。バイトが始まる前に帰らないといけない」

 

対して風太郎は、終始冷静である。

 

二乃はとにかく、状況を整理して、どうするか迷った。

 

 

 

「二乃」

 

それを『マルオ』が呼び止める。

 

 

「君が行こうとしてるのは茨の道だ。うまくいくはずない。後悔する日が必ず訪れるだろう……

 

 

こちらにきなさい」

 

 

「………ツ」

 

(……なんでいるんだこの人〜……)

 

二乃を挟んで睨み合う風太郎と『マルオ』だったが、風太郎の方は内心ビビりまくりである。

 

 

二乃は考えた。コイツの後ろに乗るのはあまり気が進まない………

 

 

 

しかし、今ここで自分が父のところに行けば、他のみんなは………

 

 

 

 

 

 

二乃は、その1秒後に、動いた。

 

 

「………パパ、私たちを見てて」

 

 

『マルオ』にそう告げて、二乃は風太郎の後ろに乗る。

 

 

「行って!!」

 

「え?お、おう……」

 

二乃の指示に、一瞬戸惑いながらも、風太郎はバイクを走らせようとする。

 

 

が、その途中、『マルオ』に背を向けたまま、風太郎は振り返り……

 

 

 

「え、えーっと……お父さん………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

娘さんを頂いていきます」

 

 

「………」

 

 

 

冷や汗をダラダラと垂らしながら、風太郎はその言葉だけを残して、バイクを発進させて、夜の道を疾走して行った。

 

 

「………江端」

 

一人残されたマルオは、小さくなってゆくバイクを見つめて佇みながら、後ろにいる江端へと話しかける。

 

 

「めでたいことに、娘たちが全員試験を突破したらしい

 

 

 

 

 

僕は笑えているだろうか……」

 

「……勿論でございます」

 

 

「そうか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父親だからね

 

 

 

 

 

当然さ

 

 

 

 

そう言う『マルオ』の顔には、いつもの氷のような無表情ではなく、笑顔、というより、どこか………憎しみでも湧いてそうな怒りの表情が浮かび上がっていた。

 

 

 

 

風太郎は、とんだとばっちりを受けてしまった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

一方そのころ。

 

 

 

「このバカ!アホ!何よあの言い方!まるでアンタが私をパパから奪っていったみたいじゃないの!」

 

「ちょ!コラ!イデッ!運転中だ!おい!脇腹殴んのやめろ!」

 

変なセリフを言い残して走り出した風太郎に、二乃は顔を赤くしながら左手で彼の脇腹をゲシゲシと何度も殴っていた。

 

ちなみに二乃はノーヘルである。ヘルメットの着用は法律で義務付けられているので気を付けましょう。

 

「大体!アンタにはもう用済みって伝えたはずよ!」

 

「イテテ……ああ聞いた……だが、面倒くさいことに人間関係ってのは、片側の意見だけじゃ進まないということだ」

 

「はぁ?何それ……ていうかこのバイク……」

 

「ああ、店長に借りた。言ったろ、前に出前のバイトをしてたって。その時無理してとったんだ」

 

「ふーん、びっくりするほど似合わないわ。アンタは通学用のヘルメットにママチャリがお似合いよ」

 

「どこの田舎の学校だ」

 

なんやかんやで、二人は当たり障りのない会話が続く。

 

「……知ってるかもしれないが、他の四人も合格だ」

 

「え?試験が何!?風で聞こえない!」

 

「さっきまで普通に会話してただろうが!ったく……」

 

と、二乃は風太郎のポケットから、とある紙の端が出て風に靡いているのを見つける。

 

「これのこと?」

 

「あ!やめろ!見んな!」

 

風太郎が止めるよりも早く、二乃はその紙を取って見る。そこに記されていたのは………

 

 

 

 

 

 

国語……90

数学……97

理科……94

社会……92

英語……91

五計……464

 

 

 

風太郎の試験の結果だった。

 

 

 

 

「………あんた………」

 

 

 

「一生の不覚……マジで恥ずい」

 

 

 

「………私たちのせい?」

 

 

「違ぇーよ、そんなことより飛ばすぞ。

 

 

 

 

 

お前に会いたいって言ってる奴もいるしな」

 

 

「!……そ、それって」

 

「スピード上げるぞ。舌噛むなよ」

 

「え?ちょっ!?」

 

二乃の話を無視して、風太郎はバイクのスピードを上げて、『REVIVAL』への道を急いだ。

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

しばらくバイクを走らせ、やっとこさ『REVIVAL』へと到着すると、その入り口近くの駐車場には二つの姿があった。

 

 

一つは総介。そしてもう一つは……

 

 

 

「………海斗君………」

 

「………やあ、二乃ちゃん」

 

他ならない、海斗の姿だった。

 

 

「んじゃ、俺バイトあるから、後はよろしく」

 

「え!?ちょっ、待ちなさいよ!」

 

「俺も中入るわ。海斗、後は頼まぁ」

 

「………分かったよ」

 

「…………」

 

風太郎に続いて、総介も店の中へと入って行ってしまった。普段なら、さっさと視界から消えてほしい2人であるが、二乃はこの時ほど、2人にそのままいて欲しかったことは無いだろう。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

夜の空に、しばらくの沈黙が、2人を包む。

 

 

 

それを破ったのは、海斗の方だった。

 

 

「………柚子さんに会ったんだってね」

 

「………ええ」

 

「すまなかったね。彼女が色々と迷惑をかけたみたいで」

 

「そ、そんなこと無いわ………」

 

 

 

 

 

「………彼女から、聞いたようだね」

 

「………ええ、大体は」

 

海斗の口からその言葉が出て、二乃はバツが悪そうに目を逸らすが、海斗は至って冷静で、表情を崩さずに話をする。

 

「それを二乃ちゃんがどう思ったか、聞かせてほしいな」

 

「……….それを、海斗君は聞いてどうするの?」

 

「どうもしないさ。柚子さんから聞いたのなら、それは事実だし、それを否定をしないし、二乃ちゃんの思ったこともそれとして受け入れるよ」

 

全く持って冷静な海斗。二乃は、柚子の言ってることが、少し理解できた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………それで、私が面白い答えを出すか、気になるっていうの?」

 

「………」

 

「それでも私が、海斗君が好きって言えば、あなたは私に興味を持ってくれるって思ってるの?」

 

「僕もそれほど傲慢じゃないさ。ただ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の想像した通りに事が運ばないことは、とても面白いだろうなって」

 

 

 

 

 

 

「!!!」

 

 

海斗は二乃と話すにあたり、嘘偽りは一切言わないと決めていた。

今ここで、嘘の表情、言葉、仕草で誤魔化すのは、二乃への侮辱と捉えたからだ。

しかし、時にそれは、嘘で誤魔化すよりも鋭い刃となり、突き刺さる……いや、斬り裂くのである。

 

 

信じられないような顔をする二乃。そして思い至る。これが『大門寺海斗』なのだと。

 

夢見た『白馬の王子様』は、自分だけではない、皆の王子様だ。しかし、誰のものでもないが故に、孤高であり、至高であり、孤独だった。

生まれながらに『強さ』という概念で生物の頂点に立つ父『大門寺大左衛門陸號』の下に生まれた海斗。かの息子は万能……いや全能の天才として生まれた。

 

 

 

 

だからこそ、退屈だった。

 

 

億人を魅了する生まれ持っての美貌、抜群のスタイル、絶対記憶を司る頭脳、卓越した身体能力、傲りを見せない心根、全てが完璧だった。

 

 

 

故に、彼も父と同じ『退屈』の極地に至った。

 

 

何でも完璧にこなしてしまうが故の『退屈』………それを埋めることが出来るのは、ごくわずかな彼を越える者のみ……

 

 

 

 

 

 

 

父の大左衛門

 

 

 

 

 

 

 

 

母の天城

 

 

 

 

 

 

 

 

『刀』の局長『渡辺剛蔵』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣術の師『柳宗尊』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、浅倉総介………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の退屈を心の根本から埋める事ができたのは、18年近くの人生で、わずか5人だけであった。

 

 

 

 

 

二乃はこの瞬間、海斗を……『実物』を見てしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おとぎ話』から現れた『本物』を………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

「……どうやら、『見た』ようだね」

 

 

海斗の言ってることを、二乃は理解出来なかったが、それでも、何なのかは感じていた。

 

 

 

 

だからこそ、二乃は自然と口に出たのかもしれない。

 

 

 

 

 

「………しないで」

 

 

 

 

「?」

 

 

 

 

「バカにしないでよ!!」

 

 

「………」

 

そう叫ぶ二乃の目は、若干の潤いを見せていた。

 

 

 

「じゃああの時、肝試しの時、あなたが私が崖から落ちるのを助けてくれたのは何だったの!?

 

 

あなたの退屈を埋めるおもちゃが無くなるのがそんなに嫌だったの!?

 

 

 

そんなことのために、あんな必死な顔をしたって言うの!?」

 

 

「………」

 

海斗はそれに答えなかった。彼とて、『刀』に所属して、幾度となく命のやり取りを行い、見てきた。それを知るからこそ、『その程度』の理由で、二乃を見捨てたりは絶対にしない。どういう訳か、あの時は全ては思考ではなく、本能がそうさせたのだ。

 

 

 

 

 

 

『この子を助けなければ』と……

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、海斗は回答を持たなかった。敢えて口にするならば、「体が勝手に動いた」と言うべきか………

 

二乃の瞳から、だんだん涙が溢れてくる。

 

「私は!最初はあなたに惹かれた!みんなの憧れの『海斗君』に!

 

 

 

 

 

誰よりもカッコいい『海斗君』に!

 

 

 

 

 

みんなが好きになる『海斗君』に!

 

 

 

 

 

でも、柚子さんに全部聞いて、それで、ショックだった………

 

 

 

 

 

でも、あなたを嫌いになれなかった

 

 

 

 

 

ずっと、お礼を言いたかったの

 

 

 

 

私を助けてくれたことを

 

 

 

 

 

あれが、あの時のあなたの顔が無かったら

 

 

 

 

今頃私は、もうあなたに会ってないわ

 

 

 

 

あの時、私を助けてくれた……それさえも、あなたの『退屈』を埋めるための暇つぶしだって言うの!?

 

 

 

 

 

所詮は『暇つぶし』の一環だって言うの!?」

 

 

 

 

 

「違う!」

 

 

「!!」

 

海斗は思わず、声を荒げて否定してしまった。そして、それを後悔し、右手で口を押さえる。

 

 

 

……何をしてるんだ、僕は……

 

 

 

冷静になれ……

 

 

「………二乃ちゃん、僕だってちゃんとした倫理観は持っているんだ。

 

 

 

人の命を、自らの興を満たすために利用するのは、僕の流儀ではないし、

 

 

 

そんなことのために、君を助けはしない。分かるね?」

 

 

「………ええ、私、ちょっと興奮して……ごめんなさい」

 

 

「いや、僕も思わず君に怒鳴ってしまった。ごめんね」

 

 

それから、またしばらく沈黙が続いた。

 

 

 

「………二乃ちゃん、君はどうしたいんだい?」

 

「………え?」

 

 

「僕にあの時の礼を言いたい……それなら、最初にそう言えばいいだけのことだ。後は僕と連絡を断つなり、会わないなりすれば良い。

 

 

でも、君はそれだけじゃない、他のことも伝えたいようだけど、それは何かな?」

 

「………」

 

 

二乃は、言葉に詰まってしまう。アイナに相談してから、二乃は考え続けた。そしてテストがやってきた頃、二乃はとある答えに辿り着いた。

 

 

 

しかし、そうなってしまえば、もはや後戻りは出来ない。

 

 

 

今まで自分がしてきたことへの裏切りになる。

 

 

 

それは、総介と愛し合う三玖への裏切りでもあった。

 

 

 

 

 

「………私は……」

 

 

「……言いたくなければそれもいいよ。それで君が満足なら、僕もこれ以上追求はしないさ」

 

 

「………」

 

 

 

 

ここで言ってしまえば、この先は自身にとって、とんでもない茨の道となる。

 

 

 

 

それに、自分は耐えられるだろうか……

 

 

 

 

 

 

ん?茨の道?

 

 

 

 

 

『君が行こうとしてるのは茨の道だ。うまくいくはずない。後悔する日が必ず訪れるだろう』

 

 

 

 

先程、『マルオ』が自身に言ったことを思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………今更よね、茨の道なんて)

 

 

 

 

一方の道は、自身で、皆で進むと決めた。なら今更、茨の一つや二つ、増えようともかまやしない。

後悔なんて、死んだ後にいくらでもすればいい。

 

 

だが、ここで行かなければ、その後悔はすぐに訪れるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なら、私のすることは………

 

 

 

 

 

 

二乃はそのまま、海斗に向かって歩を進め、近づいていく。

 

 

「?どうしたいんだい、二乃ちゃry」

 

 

 

 

「黙ってて」

 

 

海斗の言葉を遮り、二乃は海斗のすぐそばまできて、背伸びをして右手で彼のネクタイを掴み、引き寄せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海斗の唇を、自身の唇に重ねた

 

 

 

「!」

 

 

 

「んっ!……」

 

 

さすがの海斗も、ネクタイを握られたあたりから察していたようだが、まさかのマウストゥマウスだということは想像しておらず、目を開いて驚いた。

 

 

 

「……ぷはぁっ……」

 

やがて、数秒続いた二乃のファーストキスが終わり、2人の顔が離れる。

 

 

「………これだけやって、その程度なの?」

 

 

「……いや、十分驚いているよ」

 

 

二乃の頬は赤くなって、少し汗をかいているが、海斗は顔色は変わらないが、少し眉を上げている。

 

 

 

「まぁいいわ……」

 

 

 

 

 

そう言って、二乃は海斗を見上げながら、彼にこう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宣戦布告よ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたを、私に夢中にさせるわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何年かかってでも、私は諦めない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨボヨボに歳をとっても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んでも、あの世であなたを追いかけ回してやるわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私とあなたの、一生をかけた大勝負よ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚悟しなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

二乃の宣誓に、海斗は言葉が完全に無くなった。対して二乃は、言ってしまった恥ずかしさ故か、顔を真っ赤にさせる。

 

 

 

 

「……な、何か言いなさいよ」

 

 

 

「………ふ」

 

「ふ?」

 

 

「ふっふふふっ………ふふっ、はは、ははははは!」

 

突然、海斗が笑い出した。それはもう今までにないくらいに大笑いだ。

 

「ち、ちょっと!何なのよ!こっちは真剣なのよ!」

 

 

「ははは、ごめん二乃ちゃん。でも、これは僕も予想出来なかったから、ははは」

 

「!も、もう!ちゃんと聞いてry!!!」

 

 

 

直後、二乃は喋れなくなってしまう。理由は簡単。

 

 

 

 

 

 

 

今度は、海斗が二乃の唇を塞いだからである。

 

 

 

 

「!??」

 

海斗からのキスに、パニックになってしまう二乃。

 

やがて、唇が離れる。

 

 

 

 

「か、かかかかかかか海斗くん!??いいいい今なななななにをををををを!!?」

 

「そりゃ、宣戦布告されたんだから、こっちもそれに応えてないとね」

 

二乃は自分からしておいて、海斗からのキスに羅列が回らなくなってしまうが、海斗の方は余裕の表情である。

 

 

 

「その気持ち、しかと受け取ったよ

 

 

 

 

 

大門寺家が次期総帥、大門寺海斗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中野二乃からの宣戦布告を、快く受諾致す

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はそう負けるつもりはないよ、二乃ちゃん」

 

 

 

 

 

不適な笑みを浮かべる海斗に、二乃も、赤くなった顔で必死に笑みを作りながら返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「望むところよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私だって、必ずあなたに追いついてみせるわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見てなさい、海斗君」

 

 

 

 

 

 

二乃言葉を最後に、2人は、今度は両者共に、顔を近づけて、唇を重ねた。

 

 

二乃は、涙を流しながら海斗の唇を、受け入れた。

 

 

3度目の口づけは、それはそれは長い時間続いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、中野二乃の宣戦布告により、大門寺海斗との両者の間に、戦いの幕が切って落とされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後にこの戦いは、総介命名により『リア充のリア充によるリア充のための戦争』と名付けられることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、店の中では……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「野郎どもーー!上杉の奢りだーー!全メニュー喰らいつくせーーー!!!」

 

「ヒャッハァァア!!ケーキですー!全種類食べ尽くしますよー!」

 

「侵掠すること『火』の如く、いただきます」

 

「上杉さん太っ腹ですね〜!美味しいです〜!」

 

「いや〜、余った分は持って帰ることができて、食費が浮いて助かるよ♩ありがとね〜♩フータロー君〜♪」

 

 

 

 

 

「………らいは、お兄ちゃんちょっと死んでくるわ」

 

 

 

 

風太郎の奢りにかこつけて、好き放題する姉妹と総介の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しはコッチを気にしなさいよコラァ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、今回のその他の試験結果……

 

 

 

 

・浅倉総介

 

国語……81

数学……52

理科……56

社会……93

英語……70

五計……352(学年50位ぐらい)

 

 

 

・大門寺海斗

 

国語……100

数学……100

理科……100

社会……100

英語……99(教師が筆記体のスペルを読み間違えたので実質100点)

五計……499(学年1位)

 

※備考……試験勉強一切行わず

 

 

 

・渡辺アイナ

 

国語……91

数学……96

理科……91

社会……98

英語……100

五計……476(学年3位)




これにて学年末試験編、そして7巻分は終わりとなります。
次回から温泉旅行編です。ぶっちゃけこれも総介にとってはあまり重要なことでは無いですので、6.7話ぐらいで終わらせて次章へと参ります。

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!










『バクチ・ダンサー』まであと??話


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62.伝説作りすぎて雁字搦め

昼休みギリギリ終わりで投稿!
さて、温泉旅行編です。どうやって総介をねじ込むかって?





強引に(きっぱり)


試験が終わり、五つ子全員が赤点を回避してからしばらく経った頃、総介はどうしているかというと………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたい三玖に会いたいぃぃぃぃいいいいいい!!! !!!!!」

 

 

 

 

ただ今、猛烈に三玖中毒に陥っていた。

試験が終わってから、2人はそれぞれに予定が入っており、、見事に重ならずにここ数週間は電話やメッセージでのやりとりが続いていた。さらには、春休みに突入して間もないので、今後も2人の予定が埋まっていれば、会う機会が極端に減ってしまう。

そして本日、総介の予定は入っていないのだが、三玖の方は用事があるため、夜に少し電話かメッセージでの逢瀬となる。

 

 

 

「うおおおおおお三玖ぅぅぅぅう!!!なんで君は三玖なのだぁぁぁあああああ!!!」

 

総介は自宅のベッドで、意⭐︎味⭐︎不⭐︎明な言葉を叫びながらのたうち回っていた。完全にヤバいやつである。

 

 

 

そんな彼に……

 

 

 

 

〜〜〜♪

 

 

 

「!!?三玖!??」

 

 

連絡が来た。まだ見てもいないのに、三玖だと決めつけてしまう辺り、相当である。彼は急ぎスマホの画面を見て、メッセージ主を確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大門寺海斗……やあ総介。三玖ちゃんとはry』

 

 

「死に晒せクソヤロー!!」

 

海斗からのメッセージだと知るや、彼はベッドにスマホを叩きつける。

 

ちなみあの日から、二乃と海斗は『形式上(・・・)』恋人同士となった。

『形式上』……あくまで海斗は、二乃に対しての印象は変わっておらず、両想いではない。しかし、興味の対象であることに変わりは無いため、二乃の同意をもらい、形としては付き合うものとして落ち着いた。

その事は海斗本人と総介から他方に報告が行われたが、彼には一応『九条柚子』という両家公認の許嫁がいる。しかし、柚子本人は許嫁に乗り気では無く、彼女からすれば、それはそれで面白い事が起こっているので、このまま見守る立場をとった。

一方、海斗の両親はというと、それほど反対はしていない。というより、父の『大左衛門』は『自由』を好む上、息子の色恋沙汰などには基本興味すら持たない。彼の興味があるとすれば『海斗の子が強くなるかどうか』である。どんだけ戦闘狂なのこの人……

一方、母の『天城』も、基本は手を出さない方針だ。昔から、その時代の権力者は隣に『正室(本妻)』と数人の『側室(公認の愛人みたいなもの)』を置いており、二乃もその1人に過ぎないと思っている。天城は、彼女がどのように柚子を海斗をモノにするのか見てみたいという高みの見物を決め込んでいるようだ。自由過ぎだろこの家族……

ただし、海斗を本気で手に入れる以上は、こちらもしっかりとした『教育』を施さなければと彼女が息巻いていると聞いた総介は、

 

 

 

「あ〜、あの女死んだな……」

 

 

海斗からその様子を聞いて、総介は二乃に対して合掌した。世界を支配する一族の一つである『大門寺』の跡取りの妾となる以上、それはそれは厳しく、茨どころか横からマシンガンで蜂の巣にされる道を歩むと同義なので、それなりに『選別』はされる。多分、命が10あれど足りないだろう。ちなみに柚子は、元々名家の生まれで、あの性格ということもあり、それらはあっさりとクリアしている。

それが今の二乃に出来るとは思えないので、総介は彼女を哀れに思いながらも内心楽しみながら見てやろうと思っていた。さすが暴君外道丸。

 

なお、学校ではとんでもない騒ぎになりかねないため、誰にも話さないという約束のもと、関係は続くこととなった。二乃からすれば、アドバイスをくれたアイナにだけは報告したかったので、残念でならなかった。

 

 

 

 

まぁ、アイナは全部知っているんですけどね。

 

 

 

「そうですか、若様と二乃が……」

 

「……まぁ、今後色々と大変だろうからな、ほれ。胃薬と頭痛薬と安眠できる枕だ」

 

「………ありがとうございます」

 

「………ま、秘密なんざいつかバレるさ。タイミングが合えば、うまくまとまるかもしんねーしな。そう落ち込むことでもねぇさ」

 

「はい……」

 

総介とそんな話をしたアイナは、かなり複雑な表情をしていた。

これで、四者の関係はこうなった。

 

 

アイナと二乃……親友

二乃と総介……バチバチ犬猿の仲(二乃の一方的な嫌悪)

二乃と海斗……『形式上』恋人同士

総介、海斗、アイナ……幼なじみ

※海斗と総介がアイナと繋がっていることを、二乃は知らない

 

 

という、イヤホンのコードが別のコードと絡まった時並みに面倒くさい関係の完成である。なぁにこれぇ?(棒読み)

 

 

 

 

とまぁ、試験の後の話はさておき、海斗のメッセージに辟易していたその時だった。

 

 

〜〜〜♪

 

 

再びスマホが鳴る。また海斗か?と怪訝な表情でスマホを拾い、画面を見ると……

 

 

 

『三玖』

 

「三玖!!!」

 

正真正銘、今度こそ恋人のメッセージに歓喜し、慌ててメッセージ内容を確認する。

 

 

 

『ソースケ、ごめんね。スーパーの福引きでおじいちゃんの家の近くにある温泉旅行が当たっちゃって、せっかくだからみんなで行こうってことになって、その数日間は会えないことになっちゃった。本当にごめんね』

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

そのメッセージを見た総介の時が、数秒止まり、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぬぅわぁんだとぉぉぉぉおおおおお!!!!!」(何だとー)

 

 

 

 

 

 

盛大にシャウトした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は流れて、

 

 

「「ヤッホー!!!」」

 

 

(………まさか本当に当たるとは)

 

 

風太郎を始めとした妹のらいは、父の勇也含む上杉一家は、とある島の、向かいの山がよく見える展望台にいた。

 

実は、三玖と同じスーパーで福引きをした風太郎。彼は温泉旅行にもっぱら興味は無く、良くて商品券狙いでガラガラを回したのだが、まさか一番上の賞が当たるとは思わなかった。これも主人公補正の力か……

 

 

それはそうと、2人は楽しんでいるようなのでらいはと勇也を被写体に展望台にある鐘のところで写真を撮ろうとしたが、生憎充電を忘れていたらしく、彼の携帯はバッテリー切れとなった。

 

 

「しゃーねー、次行こうぜ」

 

「お兄ちゃんもついてきてよー」

 

「……まいっか。どうせ誰からも連絡来ないんだ」

 

先に行った二人の背中を見ながら、悲しい独り言を呟く風太郎。わかるよ、その気持ち。

 

(ま、いっか。こんな機会は滅多に無いんだ。

 

 

 

 

今は家族旅行を楽しもう!)

 

そう心に決めて、風太郎は、崖の柵に手を置いて、やまびこを叫んだ、

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ヤッホーー!!!!!」」

 

 

 

 

 

 

………あれ、今声がハモッたような。

と、横を向いた先にいたのは……

 

 

 

「!?」

 

 

「!?」

 

 

ヤッホーーー…

 

 

ヤッホーー……

 

 

ヤッホー………

 

 

 

 

2人のやまびこが帰っては行き、行っては帰りを繰り返しながら、沈黙が流れる。

 

 

 

 

「う、上杉君!?なぜここに!」

 

「お前こそ……」

 

横で一緒に叫んだ五月に驚くあまり、声を失いかけてしまう風太郎。と、そこに……

 

 

「五月ー!早いよー!……って

 

 

 

 

あれぇ!?上杉さんじゃないですか!」

 

 

「あ、フータロー君!」

 

「こんなところにまでなんでいんのよ……」

 

「はぁ……はぁ……フータローも当たったんだ……」

 

 

 

案の定、中野家五姉妹が勢揃いしていた。あ、最後の三玖は登山に疲れて息切れしてます。

 

 

 

「……まさかのお前らも家族旅行かよ……

 

 

ありえねぇ……」

 

 

 

唖然とする風太郎。しかし、それだけではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさに家族旅行だ。だが気をつけなければいけないよ」

 

 

 

姉妹の後ろから、男性の声がした。風太郎はその姿を目視した瞬間、全身から冷や汗が吹き出し、ガタガタと震えだした。

 

 

 

 

 

 

「旅にトラブルはつきものだからね」

 

 

 

 

そこには、他でもない五つ子の義父『マルオ』が立っていた。ちなみに後ろにどでかいバッグを持った江端がいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、

 

 

 

 

 

 

 

「…………ぉぉぉぉ!」

 

 

 

「?何だ?」

 

『マルオ』の姿に驚くのも束の間、どこからか、叫び声なるものが聞こえてきた。風太郎は辺りを見回して、その声が崖下から聞こえてきている。

 

 

何事かと、風太郎は柵で守られた崖下を覗いてみると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三ぃぃぃいいい玖ぅぅぅううう!!!!!!」

 

 

 

 

 

「エピャャァァアアアアアアアアアアア!!!!????

 

 

 

 

 

スギタっ!!?」

 

 

風太郎が崖下を覗いた瞬間、なんと、愛車の『ベスパ』に乗りながら、恋人の名前を叫んで崖を猛スピードで登ってくる総介の姿があった。その様に、風太郎は生まれて初めて変な言葉で叫んでしまう。物理法則?なにそれ美味しいの?

 

さらに、総介の車線上にいた風太郎めがけて、そのまま『ベスパ』が突っ切ったことにより、風太郎は顔面の真ん中をタイヤに擦られ、彼は謎の断末魔をあげながら仰向けに倒れて一瞬気絶してしまった。

 

 

「う、上杉さぁぁあん!!!」

 

 

そんな風太郎に、四葉が駆け寄る。うん、健気な子だね。

一方、崖をベスパで垂直に登り切った総介は、空中で体勢を整えて見事に着地する。

 

 

「三玖!やっぱ来ちゃった!」

 

キリッ☆っと決め顔でそう言う総介。あの後、三玖に『じゃあ、俺も自腹でそこ行っていい?』と連絡し、三玖が快諾したため、当日は現地集合となる予定だったのだが、まさかこんな登場の仕方をするとは思ってなかったようで……

ちなみに、ベスパは船に乗せてもらいました。てか、どんだけの距離原チャで走ったんだよお前……

 

「そ、ソースケ!?」

 

「どんな登場の仕方なのよ!?」

 

「あ、あはは、もはや何でもアリだね……」

 

「この小説のことだから、仕方ないですけどね」

 

「浅倉さん!ひどいです!どうして……どうして上杉さんを殺したんですか!?」

 

 

 

「い、いや、俺、死んでないから……」

 

それぞれにリアクションを見せるが、勝手に風太郎を死んだことにした四葉が一番ひどいと思う。そのまま彼は顔面にタイヤ痕が残ったまま立ち上がる。

 

と、こんな状況なのにも関わらず、全く驚いてない表情が一人……

 

 

 

「……お、中野センセーじゃねぇか。久しぶりだな。アンタが引率か?」

 

 

「……何故君がここにいるんだい、浅倉君?」

 

「三玖いるところ浅倉総介アリってね。自腹だが、付いてきちまったまでよ。あ、本人に許可はとってっから」

 

総介の言ったことに、『マルオ』は少々不機嫌になりながら三玖を見遣る。

 

「……僕は一切聞いていないんだが、三玖君」

 

「お、お父さん、これは……」

 

彼の問いに、三玖はオドオドとしてしまうが、それも総介が答える。

 

「別に個人的な旅行で来てんだ。アンタにどうこう文句つけられる謂れはねぇだろうよ。それとも何か?親父心で娘と彼氏がイチャイチャするのを見たくねぇってか?かぁ〜っ、娘思いのいい親父だなぁコノヤロー」

 

「………」

 

総介の返しに、『マルオ』は、より一層不機嫌な表情をする。無表情だからわかりにくいが……

というのも、試験の後に総介は『マルオ』にも連絡を入れていた。

 

 

 

 

『オタクんとこの娘の次女と、海斗が付き合うことになったから。まぁ付き合うっつっても『形』だけだけどな』

 

『………何だって?』

 

 

 

その報告を聞いてから、『マルオ』は頭痛がしばらく続いたという。自分の娘と、『あの大門寺』の一人息子が恋人同士という報を聞いたんだもん。仕方ないよね。

『マルオ』は、まさか自分の病院で薬を貰うことになったことは、ここだけの秘密である。

というわけで、頭痛の原因となった総介には、若干恨みがあった。

 

 

え?海斗?……『マルオ』ごときが逆らえる存在だとでも?……

 

 

 

 

 

「……まぁいい。好きにしたまえ」

 

「英断だな、中野センセー」

 

そんなわけで、二人はバチバチに火花をぶつけ合いながらも、これ以上は不毛だと悟ったマルオの方が引くことにした。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「この島随一の観光スポット、『誓いの鐘』です。

 

 

 

この鐘を二人で鳴らすと、その男女は永遠に結ばれるという伝説が残されているのです」

 

「は、はは……どこかで聞いたことある伝説だ。そういうものどこにでもあるんだな。コンビニか!って……」

 

「てか、林間学校とまんまじゃねぇか。パクリか?どんだけ恋愛脳な奴が作ったんだよ。たかが鐘一つ程度で結ばれたら世話ねぇぜ、ったく……」

 

「うん、そうだね……」

 

展望台にあった鐘にまつわる伝説を説明する四葉に、弱い口調で返す風太郎と、真っ向から愚痴る総介に、それに同意する三玖だが、二人はそのまま鐘の下へと歩き出して、ロープを掴んで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴーン、ゴーン………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………って何アンタらさりげなく鐘鳴らしてんのよ!!?」

 

「いや、そこに鐘があったから」

 

「『そこに山があったから』みたいな感じで言うな!」

 

「『動かざること山の如し』」

 

「動いてんじゃないの!」

 

 

あっさりと二人で鐘を鳴らした総介と三玖。テメェらさては鳴らしたくてウズウズしてただろ!おじさんわかってんだかんな!

 

 

と、

 

「さて、昼食にしようか。全員準備を始めてくれ。ただし足元には気を付けよう。この辺りは滑りやすい」

 

「オイ、何今俺がスベったみたいに言ってんだこのヤブ医者?」

 

そんな茶番劇(でもないが)を無視して『マルオ』がパンパンと手を叩きながら、昼食の準備を促す。総介はどうか知らないが、彼は風太郎の方向は一切向いていない。

 

 

「………」

 

風太郎は『マルオ』の対応に、そのまま頭の中で考えを巡らせる。

 

(くっ……休み明けに家庭教師を再開するまで、一旦距離を置けると思ったのに……何故こいつらが全員揃ってこの島にいるんだ……しかも浅倉まで来るなんて……つーかいつの間に父親と和解したんだ?進級を果たしたから受け入れたのか?いや、それならそれでいいんだが……てか、なんで浅倉はあの父親にあんな態度が出来るんだ?完全にタメ口使ってたよな……

 

 

いやそれよりも、その場合、俺の立場はどうなる?家庭教師は完全にクビになっちまうのか?)

 

不安が風太郎の脳内を支配する。と、その視界に一花が入ってきたので、彼は思わず助けを求めた。

 

「一花、説明して欲しいんだが……」

 

「!……あはは……ごめん、忙しいから後でね……」

 

「………」

 

断られてしまう。『マルオ』のことを警戒して、あえて風太郎と距離をとっているのだろうか…….

 

「……よつ……」

 

「う〜緊張してきた……うまくできるかな……」

 

と、次は四葉の方を見たが、こちらのことなんか蚊帳の外みたいだ。次は……

 

「……….何よ?」

 

「……やっぱいいや」

 

「おい!?」

 

二乃は無視っと……三玖は……浅倉の横が定位置なので、残ったのは……

 

ジーー……と、ちょうど目が合う。

 

「………いつ」

 

「五月君」

 

が、その前に『マルオ』が五月に声をかけた。

 

「何をしてるんだい?江端から弁当を受け取ってくれ」

 

「………あ、あの……先日は……」

 

「さあ準備を始めよう。久々に全員が揃ったからね。

 

 

 

 

 

家族水入らずの時間だ」

 

 

最後の方を『マルオ』は、風太郎の方に振り向きながら言った。つまりこう言いたいのだろう。

 

 

『娘に近づくな』と……

 

ちなみに、あの日に二乃をバイクで連れて行った誤解は解かれていません。

 

 

「…………」

 

「おーい!」

 

 

風太郎が再び冷や汗をかいていると、後ろから声がした。

 

「遅ぇーぞ風太郎。心配で戻って来ちまった」

 

「あれー?なんでみんないるのー?」

 

先を行ってたらいはと勇也が戻ってきた。

 

「らいはちゃん!」四

 

「やはり上杉君も家族でいらしてたのですね」五

 

「じゃあ、この人がお父さん?」一

 

「……ちょっと似てるかも」二

 

「そう?」三

 

と、五者五様のリアクションを見せる五つ子。と、上杉親子は五つ子の次に、総介を発見する。

 

「あ!お前は、いつかのバイク坊主じゃねぇか」

 

「あ!あさくらさんだ!久しぶり〜!」

 

 

「お〜、らいはちゃんにヤンキー親父、元気してたか〜?」

 

「はい!」

 

「どんな呼び名だオイ!」

 

と、勇也がツッコんだなも束の間、彼は『マルオ』の方を向き、視界に入れた。

 

「……ん、ありゃ、誰かと思ったら……」

 

「おや、雨が降ってきたね」

 

「え?」

 

『マルオ』は空に手をかざしながらそう言って続ける。てか、全然雨降ってないし。

 

「山の天気は変わりやすいね。下山して宿に向かおう。江端、片付けを頼んだよ」

 

そう言い残して、『マルオ』はそのまますたすたと歩いて行った。そんな彼の背中を見て……

 

 

 

 

「………チキ〜ン」

 

「………」

 

と、総介が一声かけるも、彼は一瞬立ち止まっただけで、そのまま再び歩き出して行った。

 

「えーっと……」

 

「あはは、仕方ありませんね……」

 

姉妹もやむなく、彼の後に続くことにした。

 

「んじゃ、俺らも行くかな」

 

「うん」

 

「ってアンタもついてくんの!?」

 

「だって同じ旅館だしな。てか、俺は三玖と一緒にいてぇから来た訳だし」

 

「そ、ソースケ……」

 

総介のさりげない一言に、三玖は顔を赤くしながらも嬉しさが表情に出てしまう。総介爆発しろ!

 

そんな感じで、総介も『ベスパ』を押しながら三玖と歩いて行った。

 

途中、彼は振り返ると、五月が風太郎に何か話しかけているのを見た。

 

 

「上杉君……後でお話しがあります」

 

「……おう」

 

 

そんな様子を総介は特に気にすることなくそのままはを進めて行った。

 

 

 

 

と、

 

 

 

 

「……ねぇ、ソースケ」

 

「ん?どうしたの?」

 

横にいた三玖が声をかけてくる。少し神妙な面持ちだ。

 

 

「ちょっと話があるの……」

 

「……歩きながらでいい?」

 

「うん……」

 

 

そう言って、三玖は話を始めた。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「………マジで?」

 

「うん……」

 

歩きながら三玖の話を聞いた総介は、少し考える。

 

 

「…………」

 

「……どう、かな……」

 

「いや、俺は構わないけど……上杉がどうなるかね〜」

 

「フータローも………どうにかなると思う」

 

「………ま、どうにかなったらなったで良し、ならなきゃならないでそれはそれ、だからね。面白いじゃん。気楽にやってみな」

 

「う、うん、ありがとう」

 

何やら相談をしていたようだが、それが何の相談なのかは、いずれ分かるだろう。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

五つ子や風太郎、総介が泊まる旅館『虎岩温泉』へと到着した総介は、三玖と分かれて『ベスパ』を駐車場所に止めてから入り口へと向かった。入り口を潜ってフロントに入ると、後から続いた上杉家族が既に到着していた。カウンターには、全く動かない老人が1人。

 

 

「うっす」

 

「お、おう、浅倉………!」

 

と、風太郎はフロントを見渡して、ある一点で止まり、

 

「2人とも、先に行っててくれ」

 

「なんだ、便所か?」

 

「………」

 

 

 

と、走りだした。というのも、五月の姿を見たようだ。そのまま彼女の元へと駆け出していく風太郎。

 

 

(………さて、どうなることやら………)

 

 

 

総介はその背中を、いつもの死んだ魚の目で見ながら見送った。

 

と、

 

「おーい、バイク坊主。次お前だぞ」

 

「?あ、了解っス」

 

「またねー、あさくらさん!」

 

「うぃ〜、楽しめよ〜」

 

勇也が受付を終え、そのまま部屋へと向かって行った。らいはに手を振りながら見送ると、総介はカウンターの前に立つ。

 

「………ああ、予約してた浅倉ですけど………生きてんのか、コレ?」

 

「………」

 

カウンターの前では老人が1人、動かないままでいると、

 

「………」

 

「……どうやら生きてはいんのな」

 

そのまま部屋の鍵をカウンターに置いた。

 

 

「あざーっす」

 

それを受け取った総介は、そのまま部屋へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

その背中を、全く動かなかったはずの老人が髪で隠れた目で、見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なぜ、『あの子』の匂いがする?

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

その後、温泉に入り、浴衣に着替えて休んでいた総介。しかし、この旅行の目的は久々に三玖と一緒にいることだ。唐突に彼女に会いたくなったので、メッセージで会おうと打ち込んで送信するが、彼女からの返信は無い。温泉に入っているのかと思い、彼は部屋から出て、フロントへと向かった。そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワシの孫に手を出すな

 

 

 

 

 

 

殺すぞ」

 

 

老人、もとい五つ子の祖父に床に叩きつけられ、脅迫させられている風太郎と、五月(?)がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………な〜るほ〜どねぇ〜」

 

 

 

その一部始終を見ていた総介が、口角を少し上げながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

旅行はまだ、始まったばかりである。

 




温泉旅行編では、ほとんど総介の視点からお送りします。この章は特に原作既読を推奨すると思いますので、原作第8巻をご覧いただけたらもっと楽しめると思います。
あと、思ったよりも話数が少なく終わるかもしれません。


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63.振り返れば色々とそこにいる

温泉回第二回。それだけです。


総介が前回、五つ子の祖父に押し倒された光景を見るまでの経緯をざっくりと話そう。

 

 

 

 

風太郎は温泉から上がった後、自身の着替えが置いてある籠の上に

 

 

『0時 中庭』

 

 

というメモを見つけた。差出人はおそらく、お昼に後で話があると言っていた五月だろうと見当がついた風太郎は、約束の時間に中庭へ行くために、フロントに一度降りたところで、五月(?)と偶然遭遇。ちょうど良かったと思い、風太郎はその場で五月(?)に話とはなんだと尋ねたところ、

 

 

 

「私たちはもうパートナーではありません」

 

 

 

「この関係に終止符を打ちましょう」

 

 

 

そう言った五月(?)に困惑してしまった風太郎は、気が動転したのか、彼女に掴みかかって理由を聞こうとしたところ、今まで微動だにしなかったフロントの老人、もとい五つ子の祖父に技を決められて、風太郎は一瞬宙に浮いた後、仰向けで床に叩きつけられた。そして五つ子の祖父(以下祖父)が彼の耳元で一言。

 

 

 

 

「わしの孫に手を出すな

 

 

 

殺すぞ」

 

 

 

 

総介が見たのは、風太郎がちょうど空中散歩をしている瞬間からだった。彼はその光景を見て一言。

 

 

「………な〜るほ〜どね〜」

 

 

何かを察したのか、彼はその場にはこれ以上踏み入れず、そのまま自室へと戻って行った。

 

ちなみに、五月(?)は風太郎に腕を掴まれて迫られた際、壁の柱の部分に足を打ってしまったという、無駄かもしれない話が一つ……

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

(………そろそろいいだろう)

 

 

それから数十分後に、総介は再び行動を開始するのだった。

 

「………まずは、っと」

 

手始めに総介は、枕元に置いてあったスマホを手に取った。

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

(くそっ……なんだったんだあの爺さん。五つ子の祖父だと?

 

いや、今は五月だ)

 

『私たちはもうパートナーではありません』

 

(説明してもらうぞ)

 

 

一方の風太郎も、祖父の妨害により取り逃してしまった五月(?)を置い、彼女たちの部屋へと続く階段を登ったのだが……

 

 

 

「!」

 

階段を登った先には、『マルオ』がいた。

 

「お、お父さん……」

 

「君にお父さんと呼ばれる筋合いはないよ」

 

何故この時間に、ここにマルオがいるのか?そして何故、彼は浴衣を着ずに昼間と同じシャツにベストなのか?着替え忘れたのか?

 

「この先は僕の部屋と娘たちの部屋しかないが、何か用かな?」

 

「……えー……五月、さんに……」

 

 

「……上杉君、君には先の試験で娘たちを赤点回避させてくれた功績がある。依頼者としてはその願いはぜひ叶えてやりたいね」

 

「!……あ、ありが」

 

「しかし、父親としては眉をひそめざるを得ない。こんな夜中に娘たちの部屋に男を入れてやる父親がいると思うかい?」

 

「………」

 

一瞬行けると思ったが、やはりこの堅物の父親は隙が無かった。こうなってしまった以上、もう風太郎に残された手段は一つだけだ。

 

 

「………嫌だなぁ、トイレですよ、トイレ」

 

「トイレは向こうだ」

 

『マルオ』は姉妹の部屋とは逆の方向を指差す。くそっこれでは……

 

 

携帯の充電も切れてしまっているため、連絡する手段も無い。しかも、会おうにも『マルオ』という壁が立ちはだかる。

 

 

風太郎は完全に詰んだ………

 

 

 

 

「おう上杉。お前色んなとこいるなオイ」

 

「!!!」

 

「……待ちたまえ」

 

と、風太郎がやむなく退散しようとしたところ、階段をゆっくりと上がってきた総介が、そのまま2人を素通りしようとした。

 

 

「ん?中野センセーじゃねぇの?まだ起きてたの?てか何で私服?そのカッコ苦しくねぇの?」

 

 

「……浅倉君、どこへ行くのだね?」

 

呑気に質問してくる総介。『マルオ』はそんなものを受け流して彼に質問で返す。

 

「いや何、三玖に用があってな。連絡入れたら来ていいって帰ってきたから、ここまでやって来た訳よ」

 

「そうか……しかし今は夜中だ。また明日にしてもらいたいものだね」

 

「いやいや、どうせアンタこっち警戒して、明日からもしれっと三玖から俺遠ざけようとすんだろ?

 

 

まぁアンタの気持ちも分からなくもねぇが、こっちもこっちで話してぇことがあんだ。明日以降、アンタが俺が行った通りの行動を取るなら、そりゃ尚更、今話して起きてぇことでね」

 

 

「………三玖君には、僕から伝えておこう。用件を言いたまえ」

 

あくまでマルオは、いくら総介でもここを通すつもりは無いようだ。いくら『大門寺』の人間とはいえ、父親として、夜中に娘とその恋人を逢わせるのは、あまり気分の良いものではない。

 

あくまで三玖の父として、彼は総介を通そうとはしない。総介はそれを見て、どっかの親バカ局長を思い出して、笑いがこみ上げて来た。

 

「……クククッ」

 

「……何がおかしい?」

 

「いや何、アンタホントにどっかの『親バカ』と同じだと思ってな。つい昔のことを思い出しちまった」

 

「?」

 

「………」

 

風太郎は皆目見当がつかないが、『マルオ』にはだいたい分かっていた。『刀』の局長であり、アイナの父親である『渡辺剛蔵』のことだろう。『マルオ』は剛蔵と一度会った時に、やたらと娘の『アイナ』の写真を見せて自慢されたのを覚えている。普段は情に厚い『武人』と呼ぶべき漢だが、娘の話をする際は表情をデレデレに崩して延々と話をしてくる完全にうざったい巨人と化すのだった。

総介の方も、昔『大門寺邸』にて偶然アイナの着替えに遭遇してしまった際に、剛蔵に鬼のような形相で追いかけ回されたことを思い出す。が、その際、剛蔵もちゃっかりアイナの着替えを見ようとして、頭にアイナが投げた壺を喰らったとか。

 

閑話休題。と、総介は『マルオ』ではないとある方向を見る。

 

「……が、中野センセー、それ、可愛い娘本人の頼みだったらどうすんだ?

 

 

ほれ」

 

そして、総介が指差した方には、

 

「………」

 

「み、三玖!」

 

浴衣姿の三玖がいた。

 

「……三玖君、どうしたんだね?お手洗いかな?」

 

「………お父さん、ソースケに、話があるの」

 

「………」

 

「2人っきりで話がしたいから、少し、時間が欲しい……」

 

三玖は総介の連絡を受け取って、彼を待っていたのだが、いつまでたっても来ないため、外に出てみると、そこには総介と『マルオ』と風太郎

がいた。おそらく、自分たちに会おうとしている2人を止めていたのだろう。しかし、こちらにも話をしなければならないことがあるので、ここは譲るわけにはいかない。

 

「お願い、お父さん………」

 

「………」

 

『マルオ』は黙ったま三玖を見つめる。いつになく真剣な表情で頼みをする娘。

 

 

 

それほどまで、彼に……

 

 

 

 

 

 

 

「…………30分」

 

「!」

 

「事前に連絡を入れていたのであれば仕方ない。が、夜も遅い。30分だけ目を瞑ろう」

 

「あ、ありがとう!お父さん!」

 

『マルオ』からの許しを得た三玖は、パァッと顔を明るくさせて、総介の隣へと歩み寄る。

 

「悪りぃな、中野センセー……」

 

「……行きたまえ、既に時間は進み始めている。時間厳守を忘れないでいただこう」

 

「……礼を言わせてもらうぜ」

 

総介のその一言を最後に、2人は階段を降りて行った。

 

「………」

 

隣り合って階段を降りる2人の背中を、『マルオ』は見つめる。その表情は、誰にも見えなかった。

 

 

 

 

 

 

「………じゃあ俺も」

 

「君は駄目だ」

 

「うっ!」

 

ちゃっかり風太郎も行こうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、ソースケ。お父さんが……」

 

「構わないよ。それより本題に入ろう」

 

階段を降りて、2人きりになれる場所に来た総介と三玖は、時間が無いため、早めに目的の話をすることにした。

 

 

 

 

「さっきフロントにいた肉まん娘……あれ、三玖だよね?」

 

「……うん」

 

やはり総介には、バレていた。総介は三玖に関する変装だけは、見ただけで見破ることが出来る。誰かが三玖になっていようが、三玖が誰かになっていようが、それは彼の前では意味を為さないのだ。

 

これに関しては、三玖から旅館に着く前に詳細を聞いていた。

 

 

昔、五つ子全員は皆、同じ容姿、同じ服装で皆が仲が良かった。

祖父もそれを見て喜んでいた。そして月日は経ち、皆が別々の格好をして、再び祖父に会ったところ、

 

祖父は五つ子が仲が悪くなったのでは?心配して、しまいには倒れてしまったそうだ。

 

それ以来、祖父の前では皆がそっくりな姿で会うことを決めたのだった。話し合いの結果、容姿は五月に合わせることとなり、現在に至る。つまり、この旅館にいる間は、全員が五月の格好をして外に出ることとなるのだ。

 

 

 

が、総介には三玖さえ判別できればそれで良いので、あっさりと協力することにした。が、問題は見た目だけで判別がつかない風太郎である。

 

「で、上杉の方はどうだった?」

 

「……やっぱり、私を五月と勘違いしてた」

 

「やっぱな……てか、何があったの?」

 

総介の質問に、三玖は先ほどの出来事の一部始終を話した。

 

 

それを聞いて、総介の頭に浮かんだ疑問があった。

 

 

「……どうしてそんなことを?」

 

「……フータローは、未だに私たちを家庭教師の生徒としか思っていない」

 

「そりゃあ、野郎も鉄球並みに硬ぇ脳ミソしてっからね」

 

「……でも、私以外の姉妹の中にはフータローを想う子もいる」

 

「………」

 

大体見当はついている総介だが、そこはあえて聞かないことにした。

 

「このままじゃ、フータローにとってずっと私たちは生徒のまま……だから、一度この関係を終わらせたかった」

 

「んん〜、だからって、そんなまどろっこしい事しなくても……いや、相手は上杉……『だからこそ』か……」

 

「うん、どうせ直接言っても、『所詮俺とお前らとは教師と生徒、それで十分だ!』って言い返してくる」

 

「確かに……だからあえて濁して、あいつに考えさせるようにしたと」

 

「そう。フータローは頭は良いけど、ソースケみたいに視野が広くない」

 

「………全く、前しか見えないのも考えものだね。たまには周りや後ろを見てみろっての」

 

「………それに、このままじゃ、フータローはずっと1人のまま……」

 

「………」

 

三玖の最後の一言に、総介は目を下に向ける。

風太郎は言うならば、『昔の自分』だ。

母を殺され、『ある一方向』しか見なくなって、それが絶対だと、それしか自分の生きる意味は無いと信じ続けた『鬼童』のままだ。しかしそんな時でも、総介には海斗やアイナ、明人や剛蔵、宗尊や刀次が周りにいた。彼らが周りに常にいてくれた。それに気づけた自分は、何と運が良かっただろう。それ故か、総介は風太郎に、何かにつけて目を掛けている。もしかしたら、何にも気付かずにその道を進み続けた『自分』を見るかのように……

 

 

「………ま、上杉にとっちゃこれが課題だな。見分けるようなれとは言わねぇが、自分(テメー)の周りにあるモンをよく見ろってことか……果たして野郎は気付くかどうか……」

 

「……わからない。でも、フータローは五月に会おうと必死だった」

 

「……問題も分からずにそれを解くってか………かなり難しいが、あいつには知って貰わなきゃいけねーしな」

 

「……あとは、フータロー次第」

 

「そうだね……じゃあ本題は終わりってことで」

 

 

 

「………うん」

 

そう言って、総介は三玖の背中に手を回して、抱き寄せる。三玖も、総介の背中に手を回して、彼の胸元に収まった。

 

 

「……ずっと、こうしたかった」

 

 

 

「俺も………本当に、会いたかった………」

 

 

「……ソースケ………大好き……」

 

 

 

「俺もだよ、三玖………愛してる」

 

 

 

 

「私も、愛してる。ソースケ………」

 

 

 

青白い月明かりが窓から差し込む。2人は、それに照らされながら、そのまま顔を合わせ、やがて唇を重ねた。

 

 

「ん………」

 

「………久しぶりだね」

 

「うん……もっと、いい?」

 

「……もちろん」

 

長い間、会っていなかった2人は、もちろんキスも久しぶりなので、幾度となく重ね合わせて、唇同士を啄ばみ合う。

 

 

「………ねぇ、ソースケ」

 

「ん?どうしたの?」

 

やがて、総介の胸元に顔を埋める三玖の頭を、優しく撫でながら、彼女の話を聞く。

 

「どこかで一回、一緒にお風呂入ろう?」

 

 

「混浴?」

 

「うん」

 

「いいけど……他の男に三玖を見せたく無いしな」

 

この旅館には、何故か男湯と女湯の間に混浴が存在する。覗き防止か、家族風呂に入り易くするためだろうか……

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、清掃中の看板の場所は知ってるから」

 

「それラブコメの『キャッキャウフフ♡』なシーンでよくあるや〜つではあ〜りませんか三玖さんや」

 

「……そうすれば、ソースケと一緒にお風呂入れるし……それに……

 

 

 

 

 

 

『色んなこと』、できる」

 

「………」

 

 

総介は『色んなこと』を想像して、ある一点がとんでもない事態になりそうだが、今ではない今ではないと、どうにか抑え込む。

 

(いかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかんいかん)

 

流石に今、彼女と『そう』なってしまえば、2人の逢瀬の時間を設けてくれた『マルオ』にも申し訳がたたなくなってしまう。仮に彼が娘を心配してやって来て、そんな場面を見つかりでもしたら、いくらなんでも弁明出来ない。ここは我慢だ……

 

「……まぁ、2人っきりで入れるのなら、それに越したことはないしね。俺はいつでも空いてるから、好きな時に呼んでね」

 

「う、うん!ありがとう。ソースケ、大好き」

 

そう言われて喜ぶ三玖は、顔をパァッっと明るくさせて、再び総介の胸に顔を埋め、ギュウッと抱きしめる。そんな彼女が、たまらなく愛おしく感じて、総介も、三玖の髪を梳きながら撫でていく。

 

 

(上杉……今のテメーはまだ否定するかもしれねぇがな

 

 

 

 

愛する人ほど、この世でかけがえのねぇもんはねぇぞ

 

 

 

 

俺はこの子のためなら

 

 

 

 

いつでも死ねるな

 

 

 

 

まぁ、三玖はそれを許はねぇと思うけど

 

 

 

 

 

でも、この子が生きてくれるなら

 

 

 

 

 

こんな俺の命の一つぐらい、

 

 

 

 

神だろうが悪魔だろうが閻魔大王だろうが

 

 

 

 

 

いくらでもくれてやらぁ

 

 

 

 

 

 

 

それくらい想うからこそ

 

 

 

 

 

 

時には限界以上の力が出せるんだよ

 

 

 

 

 

 

 

テメーも前だけ見ずに

 

 

 

 

 

 

横でも見て、並んで歩いている奴を見やがれ

 

 

 

 

 

 

 

みんなついてんぞ

 

 

 

 

 

 

テメーだけの道だけじゃねーんだ

 

 

 

 

 

 

三玖をはじめ、

 

 

 

 

 

 

長女さんや四葉、肉まん娘や、えーっと…………バンビエッタ・バスターバイン(違う)もいんだよ

 

 

 

 

 

 

いい加減くだらねぇ独りよがりはやめろ

 

 

 

 

 

 

その道を歩くのは、

 

 

 

 

 

 

 

俺だけで十分だコノヤロー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、『マルオ』の設けた制限時間が迫ってきたため、2人の逢瀬は終わることとなり、最後に軽く口づけをしてから、それぞれの部屋へと戻ることとなった。

 

 

 

「またね、ソースケ」

 

「またね、三玖」

 

いつもの別れの言葉。また会えるということを信じて交わし合う、約束の言葉。

 

それを言い合った2人は、そのまま自室へと戻り、就寝の床につくのだった………

 

 

 

 

 

 

 

総介爆発しろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

温泉旅行2日目。

 

 

 

「なんで俺まで巻き込まれてんだよ」

 

「い、いや、せっかく浅倉がいるんだから、これほど便利なことはないだろって」

 

「誰が一家に一台の家電だコノヤロー。しばき回すぞ?」

 

風太郎は総介を連れて、五つ子たちの部屋へと向かっていた。

 

 

ここまでの経緯を説明しよう。

朝、らいはの携帯を借りて、五月と話をしようとした風太郎。そこで彼は、昨日会った五月が、五月本人ではないことを知る(三玖です)。それのことを含めて、話をしようとしたのだが、生憎『マルオ』の監視の目もあり、なかなかその機会は訪れそうに無い。ならばと、風太郎は、温泉に入り、その隔たりの向こうから五月と会話をすることにした。

 

途中、風太郎のいる湯に二乃が現れたり………

 

 

 

 

 

 

するわけねぇだろバーカ!

 

てなわけで、そのまま話は進む。五月に変装した何者かの存在(三玖です)。そして五月がなぜ、話があると風太郎を呼び出したのかというと、それは変わりゆく姉妹の現状への戸惑いだった。

 

 

三玖は総介と愛し合うまでのラブラブな恋人同士。

二乃も海斗と形だけは恋人ということになった(姉妹には、特に四葉には入念に緘口令をしいた)。

さらには、春休みに入ってから、一花と四葉の様子もおかしい。何か心当たりは無いかと、風太郎に聞いてみようと思い、彼を呼び出したのだった。

無論、風太郎はそれもだが、今は偽五月(三玖)のことを優先しようとする。

 

が、五月は偽五月(三玖)の言うことも共感できると返した。

 

試験勉強、花火大会、林間学校、その他のゴタゴタ……数多くのことを経験してきた風太郎と総介と五つ子たち。

 

それらを思えば、自分たちはもはやただ利害関係だけのパートナーだけではいられない………

 

ただの1人の友達として、これからも付き合ってほしい……

 

 

 

それに風太郎は、答えを言わなかったが、今の姉妹の悩みの相談に乗ることを決めたのだった。

 

 

 

というわけで、途中で出会った総介を連れて、五月が『マルオ』の注意を引いている間に、2人は姉妹の部屋へと向かう。が、

 

 

 

(……多分、上杉知らねぇよな)

 

ことの事情を知っている総介はそう大して驚かないだろうが、風太郎は……と、なんやかんやで部屋の前。そしてそのふすまを開けると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4人の『五月』がいた。

 

 

 

 

「五月の森……

 

 

なんで全員五月になってんだ……?」

 

(やはりとは思ってたが、ここまでくると壮観だな)

 

その光景に、空いたままの口が塞がらない風太郎と、いつもの死んだ魚のような目の総介。

 

「フータロー君、ノックくらいしてよ」一花

 

「びっくりさせちゃった」三玖

 

「これはですね」四葉

 

「待って……ちょうど良かったわ。あんたらにはもう一度試して見たかったのよ」二乃

 

五月(二乃)がそう五月(四葉)の説明を遮り、こう提案した。

 

 

 

 

「覚えているかしら?五つ子ゲーム

 

 

 

 

 

 

私たちが誰が誰だか当ててみなさいよ」

 

 

前回は指だったが、今回は正真正銘本人を当てる。そして、風太郎と総介の五つ子を探すゲームが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、

 

「くだらねぇ」

 

そう吐き捨てた総介は、五月の森にいるとある一人の五月へと歩み寄り、やがて頭を撫で始めた。

 

「………」

 

その五月は、喋りこそしないものの、嬉しいのか、照れているのか、顔を赤くしてそのまま総介のなでなでを甘んじて受け入れている。

 

「……それが三玖だな?」

 

と、風太郎が総介の行動によって、今彼が撫でているのは三玖だということを確信した。

 

「いや、他に誰がいんだよ?普通わかるだろ?」

 

当たり前のように言う総介。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……違う」

 

「?」

 

「……残念、三玖は私」

 

なんと、別の五月が、『自身が三玖』だと言い出した。そしてその証拠にと、彼女はウイッグをとり、セミロングの長い前髪の髪型を見せる。

 

「!み、三玖!?」

 

「………」

 

その様子に驚く風太郎。彼の視線からは、総介の表情が窺えない。

 

「……ソースケ、私、信じてたのに……」

 

今にも涙を流しそうになりながら残念がって項垂れる三玖(?)に、総介は反応すら忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 

いや、正確には『反応しなかった』。

 

 

「あ、浅倉………」

 

心配そうに総介を見る風太郎。と、総介はそのまま撫でていた五月から手を離して、三玖(?)に歩み寄る。

 

「いやー気づかなかったわー。本当にごめんね三玖。まさか俺が恋人を当てられないなんて、彼氏失格だなー」

 

三玖(?)は妙に棒読みでそう言いながら近づいてくる総介を見た。彼女が見た総介なや顔は……

 

 

 

 

 

「!!?」

 

 

 

 

それはそれは下衆な笑みを浮かべていた。

 

 

が、気づいた時にはもう遅く、彼は三玖(?)の背中に手を回して、抱き寄せた。

 

「キャッ!?そ、ソースケ!?」

 

「ごめんねー三玖。こんな俺だけど許してほしいよ。お詫びに三玖がもういいって言うまでキスしてあげるから」

 

「キッキス!?」

 

「折角なんだから、仲直りの印に、いいよね?昨日もしたんだから、今日しても?」

 

「きっ、昨日も!?」

 

「あれあれー、忘れちゃったのかなー?悲しいなー。三玖も俺とのこと忘れてしまったかー、なら………

 

 

 

 

 

思い出すまでたーくさん愛し合わないとねー」

 

 

下衆な笑みを浮かべた総介はそのまま、三玖(?)へと唇を近づけていく。そして、後1センチで唇同士が重なろうとする時だった。

 

 

 

 

「ダメ!!!」

 

と、突然、総介の背中に、先程まで頭を撫でられていた五月が抱きついた。そして……

 

 

 

「………『一花』、もうやめて」

 

偽三玖、即ち一花へと向かってそう言った。彼女は五月のウィッグの中に、もう一つ三玖の髪型のウィッグを被っていたのだ。総介はそのまま一花から顔を離して、本物の三玖へと振り向く。

 

 

 

「………三玖、これは君の指示かな?それとも……」

 

「………」

 

「………私が言ったんだ」

 

と、一花が口を開いた、

 

「本当に浅倉君は、三玖を見抜けるのかって思ってね。三玖に提案して試してみたんだけど……やっぱり三玖の言った通り、駄目だったかぁ……」

 

「え!?でも、浅倉さんは一花に……」

 

「ううん、多分、いや絶対最初から気づいていたよ」

 

一花が総介にバレていると気がついたのは、総介がこちらに下衆な笑みを浮かべて近づいてきた時だった。

 

 

 

 

やばい、とっくにバレてる……

 

 

 

「俺の三玖への愛をその程度だと思ったのか長女さん?俺も罪なもんだね〜。周りから見たら、俺らは所詮はそんな関係だったと……」

 

と、次の瞬間

 

 

「そ、ソースケ……ん!?」

 

「「「「!!!!?」」」」

 

総介は右手で三玖(本物)の頭に手を回して、皆の前で唇を重ねた。

三玖は驚きのあまり、目を見開いて驚くが、やがて総介の舌が三玖の舌を捕らえると、ゆっくりと目を閉じて、濃厚なキスに没頭した。

 

 

「ん、んん、ちゅっ、ちゅる」

 

「んん。れりゅ……ちゅう」

 

10秒ほどして、2人はようやく唇を離す。その唇からは、2人の唾液が糸なって繋がっており、やがて切れた。その瞬間に、三玖は総介にこう告げた。

 

 

 

 

 

「もし俺が本当に三玖を間違えたら、その時は

 

 

 

 

 

 

俺を殺して構わないよ」

 

 

「……ソースケ……」

 

 

「もしそうなら、俺の三玖への愛はその程度ってことだから

 

 

 

 

 

口だけで『愛してる』なんて言っといて

 

 

 

 

三玖を見分けることすらできない

 

 

 

 

 

 

ただの男以下のゴミクズだ

 

 

 

 

 

 

そんなものの『愛』なんてのはすぐに剥がれ落ちて、朽ち果てるさ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なら俺は

 

 

 

 

 

 

 

その程度でしか三玖を愛せないなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んだ方がマシだよ」

 

 

「………そんなこと、言わないで」

 

三玖は、顔に涙を溜めながら、総介に抱きつく。

 

 

「死ぬなんて、言わないで

 

 

 

ソースケがいなくなったら、私……」

 

 

 

「三玖……大丈夫

 

 

 

 

俺はちゃんと気づいていたから

 

 

 

 

 

三玖じゃない奴を見たところで、なんとも思わないよ

 

 

 

 

 

俺が愛したのは、三玖だけだから、

 

 

 

 

何度も笑い合って

 

 

 

 

何度も手を繋いで

 

 

 

 

何度も抱きしめあって

 

 

 

 

 

何度も愛し合ったのは

 

 

 

 

 

三玖だけだから

 

 

 

 

 

 

絶対に間違えたりはしない

 

 

 

 

 

今後一生、ずっと三玖だけを見ているから

 

 

 

 

 

三玖だけを愛するから

 

 

 

 

大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

 

「……うん……うん」

 

 

何度も頷きながら、涙をポロポロとこぼす三玖。その頭と背中を優しく撫でながら、慈愛に満ちた表情で抱きしめる総介。2人はもう、ただの恋人という言葉だけでは繋がっていない。

 

 

それはいつの間にか、総介にとっては海斗やアイナ、三玖にとっては他の姉妹たちのような、唯一無二の存在へと変わっていた。

そうして一通り、三玖をあやしてから、総介は振り向く。

 

 

 

 

 

 

「………さて、長女さん」

 

「!!!」

 

いい感じの雰囲気で終わりそうだと思ったが、総介にはまだやることがあった。彼が振り向いた先には、三玖に変装して総介を騙そうとした一花の姿が、そこにあった。

 

 

 

 

「三玖を騙っていらんことしようとした罪、その身で償ってもらうとするか〜、え〜?」

 

 

 

「え?そ、それは……どどど、どうすればよろしいのですかな?」

 

冷や汗をダラダラと流しながら総介からの判決を待つ一花。そして、彼が下したのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この旅行中、アンタは風呂に入る時は混浴以外は禁止な。あ、タオルとか持ち込むのも禁止な。生まれたままの姿でいろ」

 

「い、いや!それ裸丸見えじゃん!もしフータロー君や他の男の人の誰かに見つかりでもしたらどうするの!?」

 

「知るか。そいつのオカズのネタが増えるだけだ。お前さんは失うもんは何も無いし、男湯オンリーって言われないだけ感謝しろ」

 

「あるよ!色々失っちゃうよ!ていうか感謝するところなんて無いよ!

 

 

 

 

あ、浅倉君、お願い。た、頼むからそれだけは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っつーわけで今回の話はここまで!次回、改めて『五つ子ゲーム』行ってみよ〜!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待ってぇぇぇええええ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

一花は、総介を敵に回せばどうなるかというのを、改めて思い知らされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




2011年、東日本大震災が起こって、日本中が悲しみに暮れた際に『銀魂』の作者である『空知英秋』先生が、横に並ぶ銀さん、神楽、新八、近藤、土方、沖田の絵を描かれ、メッセージも添えられていました。

『悲しい事がたくさん起こって
前向きになんてなれない時も
あると思いますがそんな時は
気負わず横でも向いてください
みんなついております、
みんなで一歩ずつ前へ
進んでいきましょう』

このメッセージに、私はしばらく涙が止まりませんでした。今でも、この絵は画像として私のフォルダの中に保存して、たまに見て元気を貰います。
見たことない方は、是非一度ご覧になってください。もしかしたら、とてつもなく胸の奥がジーンとなるはずです。

今回の総介のモノローグは、これを参考にさせて頂きました。このメッセージは、今でも私の生きるしるべとなっております。
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64.エロシーンだけ見せときゃいいんだよエロシーンだけ

エロシーンだけで『楽しむ』派か、ストーリーもじっくりと吟味する派か、あなたはどちら?



裏での陰謀を知らずに、主人公一行は平和ボケする作品より、主人公自身が裏で暗躍する作品の方が好き。


『五つ子ゲーム〜五月の森から本物の姉妹を探せ!の巻〜』

 

 

というわけで、前回のゴタゴタから仕切り直して五月に変装した五つ子たちを、風太郎は見分けることが出来るのか、一人一人面接形式で行うことにした。

 

 

 

・1人目

「自己紹介ですね。中野五月、5月5日生まれ、17歳のA型です」

 

 

 

・2人目

「好きなこと……ですか……やはり、おいしいものを食べている時は幸せですね」

 

 

 

・3人目

「なっ、そんなこと答えられません!上杉君!女の子にそのような質問をするのはいけませんよ!」

 

 

 

・そして4人目……

「…………」

 

 

 

「くそぉ!全然違いがわからねぇ!」

 

「ふぁあ……ねみ〜」

 

案の定、そっくりすぎるというか、完全に『影分身の術』を使用した五月たちに、風太郎は音を上げてしまったんだってばよ。

一方の総介は、この事情を知っており、三玖は既に判別しているからか、横になってあくびをしていたが、やがて立ち上がってその部屋を後にしようとする。

 

「んじゃ上杉、俺は部屋に帰らぁ。せいぜい頑張れよ〜」

 

「はぁ!?ちょ、おい、浅倉!……行っちまった……」

 

そのまま部屋を後にした総介。だが、その前方からやってくる老人の人影が一つ。

 

 

 

「………」

 

「……どうも〜」

 

間の抜けた挨拶を五つ子の祖父へとする総介。しかし、老人は黙ったまま、彼とすれ違う。

 

 

その直後だった。

 

 

 

 

 

「………何故、お主から孫の匂いがする

 

 

「………」

 

 

2人は、1メートルほどの距離で背中を向け合いながら、立ち止まり、会話を始める。

 

 

 

「………孫に手を出したな」

 

 

「………そりゃ、どういう意味でだ?暴力的な事か?それとも……」

 

 

「………」

 

 

「……安心しなジーさん、前者はねぇよ。後者だとしても、俺ァちゃんと同意の上で……

 

 

 

 

 

 

 

!、おっと」

 

 

総介が話している最中、後ろからの気配を感じた彼は、そのまま身をヒラリと躱し、老人の自分に伸びた手首を掴む。

 

 

 

「あのヒョロ助(風太郎)と一緒にしてもらっちゃあ困るなジーさん。これでも一応鍛えてるんでね」

 

一応ねぇ………

 

と、手首を掴まれた祖父は、そのまま総介に話を始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これ以上、あの子たちを悲しませるな」

 

 

 

「………」

 

 

 

「………お主がこれ以上孫たちのそばにいれば、いずれは」

 

 

 

 

「もう遅ぇよ」

 

祖父の忠告を、総介は途中で口を挟んで切る。

 

 

 

「三玖はもう、俺が突然いなくなりゃあ何するかわからねぇし、俺もそうだ。あの子を失えば、もう何も残らねぇだろうし、何も残さねぇだろうよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それほどまでに、俺達は互いを想い合ってる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンタがそれを、所詮はただのガキの恋愛事だと吐き捨てたきゃそうすりゃいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキの色恋沙汰だ淘汰すんのは何も難しいことじゃねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

けどな、俺はあの子に………三玖に全てを賭けたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の(いのち)を、俺の未来(あした)を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンタが娘さん、あいつらの母親のことで、敏感になる気持ちはわかるさ。

 

 

 

 

 

 

 

俺を信じられない気持ちも分かるし、信じたくなきゃそうすりゃいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがよ、あいつらを信じることだけはやめねぇでやってくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンタがあいつらを信じれなくなっちまったら

 

 

 

 

 

 

 

どこのどいつがあいつらを信じるってんだ?」

 

 

 

「…………」

 

 

総介はそこでようやく、掴んでいた祖父の手首を離す。もう祖父はそのまま、総介に手を出すことは無かった。

 

 

「………それでも信じられねぇてんなら、今から三玖を連れてこようか?」

 

「………」

 

 

総介の言葉を聞いた祖父は、そのまま踵を返して、

 

「………夜」

 

 

 

そう言い残して、孫たちの部屋へと歩き出して行った。

 

 

 

 

 

 

「………承知」

 

それに総介も、同じく踵を返して、一言呟いてから、自室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時と場所は変わり………姉妹はそれぞれで行動していた。

 

 

 

 

「痒いところはありませんか〜」

 

「もう、ここまでしてくれなくていいのに……」

 

 

一花は二乃と一緒に、『女湯』に入っていた。

 

 

 

え?総介の罰は?って?

 

 

 

「関係無いわよ!私まで付き合うハメになっちゃうんだし、それに女湯なら、いくらアイツでも入って来ないでしょ」

 

という二乃の後押しもあり、一花は「い、いいのかな……」と思いつつも、流れのままに女湯に突入していった。そして現在、2人は全裸で背中を流し合ってる最中である。二乃の大きな乳房が、一花の背中にムニュッと押し付けられる。

 

 

 

 

 

 

……やべ、ちょっとティッシュ取ってくるわ(下衆の極み)。

 

 

 

 

 

 

ふぅ………

 

 

「あら、足どうしたの?平気?」

 

「うん、痛くは無いかな」

 

二乃は一花の左足首を見ると、少し腫れ上がっていた。どうやら、初日の山登りで挫いてしまったらしいが、歩くには支障は無いようだ。

 

「この温泉も変わらないね。昔は五人で入ってたっけ」

 

 

 

……それで、何で今日は私なんだろう」

 

一花がそう聞くのも、先程二乃が彼女を誘ったからである。2人きりで、ということもあり、何か話があるのだろうと、一花も大体は察していた。

 

 

「一花の話が聞きたくなったのよ。ほら、あんたってたくさんされてるらしいじゃない

 

 

 

 

告白とか」

 

「!」

 

やはり何か話があったのかと、一花は合点がいったが、話の内容が少し予想外だった。彼女から出てくるのは、総介へのの愚痴か、海斗との惚気かと思っていたからだ。

 

 

「……一花、どうするの?」

 

 

「………どうするって?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「上杉のこと、好きなんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

一方その頃、大広間では……

 

「みんな遅いな〜、一花と二乃どっか行っちゃったし、三玖は浅倉さんと話があるって行っちゃったし、五月はどこにいるんだろ?」

 

四葉は一人しかいない大広間でボーッとしながら座っていた。

 

「お腹すいた……うーん……

 

 

 

お腹がすきました!

 

 

 

ちょっと違うなぁ……

 

 

 

 

お腹ぎすきましたぁ〜!

 

 

 

 

うんうん、五月はこんな感じ!」

 

 

と、あまりにも暇なので、五月の真似の練習をして時間を潰していた。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

一方、

 

 

「そ、それで、カーテンを買いにいった時の話なのですが、何色にしようかと姉妹で話し合いまして、しかし好みは五人五色、全員が違うものを選び、一時は険悪な雰囲気に……」

 

「………」

 

五月は、『マルオ』への時間稼ぎの話を、未だ続けていた。『マルオ』は黙ったまま、五月の話を聞いているが、実は娘たちの話を聞くのは楽しみだったりする。

 

(上杉君……私はいつまでここにいればいいのでしょう……まだ朝ごはんも食べてないのに……

 

 

 

そろそろお腹がすきましたぁ〜!)

 

 

腹の限界を迎えようとしていた五月。偶然にも、四葉と同じ台詞を発してシンクロするのだった。

 

 

 

 

………………………………

 

 

またまた一方、

 

「え!おじいちゃんが?」

 

「うん、夜に三玖を連れて来いって」

 

「そう……」

 

「ごめんね、突然こんなことになってしまって」

 

「ううん……私も、おじいちゃんに、ソースケを紹介したいから、ちょうど良かった」

 

「ありがとう。じゃあ夜に連絡するね」

 

「うん……」

 

総介は三玖に、今朝の祖父との出来事を話し、夜に時間を空けるよう三玖に伝え、三玖もこれを了承するのだった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

そして舞台は女湯へと戻る。

 

互いに背中を流し終えて、温泉に浸かる一花と二乃。

 

 

「……始まりは、花火大会だった思う」

 

一花は、二乃に風太郎を好きになった経緯を話していた。

 

「あの時から、試験や、林間学校や、日常でフータロー君と過ごす中で、いつも彼を見るようになってたんだ………それで、前の試験で一番になって告白しようと思ったんだけど、三玖に負けちゃって見事に玉砕しちゃってさ」

 

「ふーん、あんたも色々とあったのね」

 

二乃は腕を伸ばして伸びをしながら、一花の話を聞いていた。思えば、三玖以外の色恋沙汰を聞くのは初めてだった。

と、今度は一花の方から二乃に話しかけられる。

 

「そういう二乃はどうなの?大門寺君と一応付き合ってるんでしょ?デートとか、色々してたりするんじゃない?」

 

「……今のところ、全く無いわ」

 

「………ありゃ?」

 

意外にも、あっさりとした返答が返ってきた。そのまま、二乃は話を続ける。

 

「そういう関係になったのは春休み直前だったし、連絡はよく取り合ってはいるけど、海斗君の方も忙しいから、直接会ったのはみんなでケーキを食べた日が最後よ」

 

「い、意外とドライなんだね……」

 

「私だって海斗君ともっと会いたいわよ!」

 

突然、二乃は立ち上がって叫ぶ。

 

 

おお、全部見えてる。眼福眼福ぅ!

 

 

「そりゃ向こうが大金持ちのおぼっちゃまだってのは分かるけど、やっぱ一応恋人同士になったんだから、デートしたいし、手も繋ぎたいし、チューもしたいに決まってるじゃない!

 

 

しかもどっかの妹がその彼氏とそばでイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャするもんだから、こちとら溜まるモンも色々と溜まってきてんのよ!!

 

 

せっかく新学期までの我慢だと思ってんのに、アイツら目の前でハグとかキスとかしまくるせいで限界も近いのよ!

 

 

なんなら今すぐにでも海斗君のところに飛んでいきたいまであるわ!!

 

 

 

 

 

………って何浅倉みたいなことを言ってんのよ私!?

 

 

 

 

 

あぁ〜もぉおお!!!」

 

 

 

「あ、あはは………」

 

 

頭を抱えて大きく前後上下左右に振る二乃。その動きにより、胸部の2つの塊がプルンプルン揺れて、『嫁魂』作者の『嫁魂』も中々に盛り上がって参りました。

そんな二乃を見て、一花は苦笑いをするしかなかった。と、疲れたのか、二乃はようやく頭を振るのをやめて、再び湯に浸かり直す。

 

ちくせう。

 

「はぁ……その点アンタや三玖が羨ましいわ。まぁ三玖の方はイチャイチャしすぎてイライラするばかりだけど……」

 

「まぁ、浅倉君も三玖には甘いからね〜」

 

「大体何で三玖なのよ!私たち全員同じ顔なのに、まるで他人のように扱ってくるし、四葉や五月はともかく、私なんてキャラの名前ですら呼んで貰えないのよ!一体どういうこと!?」

 

「キャラって……まぁ、私もずっと『長女さん』って呼ばれてるからなぁ」

 

「五月の『肉まん娘』よりはマシよ。四葉は……名前で呼ばれてるわね」

 

「たまにバカリボンって言われてるよ」

 

「アイツの呼び名でイラつくところは、妙に当たっているところよね」

 

「浅倉君も絶対面白がって呼んでるよね」

 

「まったくもってムカつくわ。そろそろ私の中の人のストック切れないかしら……」

 

話は転々とし、総介への愚痴大会へと移ってしまったが、暫くしてなんとか軌道を修正する。

 

 

「……で、どうするの?」

 

「え?」

 

「上杉よ上杉。一花はこのままでいいの?」

 

「………」

 

二乃の言葉に、一花は顔の半分を湯に浸からせる。

 

「まぁアイツを他に好きになる子なんていないはずだし、一花のペースで行けばいいと思うけど」

 

「……一応、そんなフータロー君が好きになった身としてはそれは複雑なんだけど……」

 

「事実じゃないの……まぁ、上杉も上杉でいいとこあるんだから……

 

 

 

 

………勉強ができるくらいだけど」

 

「い、いや、もっとあるよ」

 

「……まぁいいわ」

 

二乃はそのまま立ち上がり、風呂からあがろうとする。

 

「一花は一花、私は私よ。どうするかは、アンタ自身で『自由』に決めなさい……どっかの陰キャから影響を受けた三玖が言ってた言葉よ」

 

背中を向けて話す二乃に、一花は少し目を見開いた後、小さく笑う。

 

「………ふふっ」

 

「……何よ」

 

「それ、私も聞いた。『自由』にやっていいって。そっか、浅倉君だったんだね」

 

「………」

 

 

 

 

「ねぇ二乃」

 

一花は、露天風呂から出て行こうとする二乃の背中に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「私たちもさ、みんないずれはバラバラになるじゃん。

 

 

 

 

 

でも、それって本当に離れ離れになるんじゃなくて、

 

 

 

 

 

またみんなで集まって

 

 

 

 

 

笑ったり

 

 

 

泣いたり

 

 

 

怒ったり

 

 

 

 

そういうのがいつでもできるような姉妹なんだから

 

 

 

 

 

一緒にいることに縛られすぎずに

 

 

 

 

少しは『自由』にやってもいいんじゃないかな?

 

 

 

 

 

浅倉君は、私たちにそう伝えたかったんだと思うよ?」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

そう言った一花だが、二乃は黙り込んでしまう。

 

 

 

『自由』でいい。

 

 

 

たしかにそれは聞こえがいいかもしれないが、

 

 

それはつまり、母の言っていたことに反くことでもあった。

 

 

 

『大切なのは、五人で一緒にいること』

 

 

 

その教えを、姉妹は忠実に守ってきた。

 

しかし、風太郎が家庭教師として現れ、

三玖に総介という恋人ができ、

そして自分も、海斗という目標が出来た。

 

さらには一花も、風太郎に恋をしている。その是非はどうであれ、やがて来るかもしれないと、ぼんやり思っていた『その時』が、今まさしく来てしまっているのだ。

 

 

 

かくいう二乃も、自らその道を歩もうとしている……

 

 

「………そうねそうかもしれないわ」

 

「………」

 

「アイツや、海斗君や柚子さんに言われたことを考えれば、いつまでも甘えてられないのも事実なのよね……

 

海斗君に一歩でも近づくためには、やっぱりそんなことは言ってられない……

 

 

 

 

 

今が、変わらなくちゃいけない時なのかもね……」

 

 

「二乃……」

 

二乃も、覚悟を決めていた。海斗と一緒にいること。それはつまり、三玖と同じように、姉妹の檻から飛び立つということ。しかし、飛び立っても、また戻って来ればいい。

 

 

みんながいつものように『おかえり』と言って迎えてくれるだろうから……

 

 

 

「決めたわ!私も私で『自由』にやらせてもらう!私で色々見て、私で全部決めて、好き勝手させてもらうわ!」

 

「!二乃!!」

 

遂に二乃も、重い腰を上げることにした。姉妹のいる場所に執着にも似たような感情のあった彼女が、ようやくその翼を広げる時がきたのだ。それを聞いた一花は、喜びを露わにする。

 

 

 

 

 

が、

 

 

 

「海斗君とちゃんとちゃんとした恋人同士になれば、上杉とか浅倉なんかはもう私に好き勝手言えなくなるわ!そうなった時こそ、日頃の恨みを晴らすときよ!海斗君を盾にするのは少し卑怯かもしれないけど、アイツらが私にしてきたことを考えたら小さいもんよ。

見てなさいガリ勉陰キャコンビ!

 

 

 

必ずアンタらに受けた屈辱は……

 

 

 

 

 

 

 

『やられたらやり返す、1000倍返しだ!』よ!!

 

 

 

 

 

 

………フフフフフフ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーハッハッハッハッハッハ!!!!」

 

 

 

 

「…………」

 

総介や風太郎への私怨は、きっちりと残っていた。右手の拳を握って高笑い全裸の二乃を見て

 

 

『いらんこと言うてもうた』

 

 

 

と、心の中で後悔する一花であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、日中の残った時間で、姉妹+祖父+風太郎は島の海岸を訪れた。

風太郎は姉妹を見ただけで見分けられるのを見て、まさかの弟子入りを志願。祖父から姉妹を見分けるコツを教わろうと、防波堤での釣りに釣りに付き添っていた。

姉妹たちは、その近くの浜辺で遊んでいる。

祖父は、その遠くの視界に入っている姉妹たちを、難なく当てていく。

 

(全然分からん!)

 

神業のように当てていく祖父を見て、レベルの違いを見せられた風太郎。彼は最悪、昨日の偽五月とのゴタゴタで、彼女についた太ももの傷で判断するしかないかと、弱音を上げるのだった。

その途中、防波堤にやってきた姉妹の中で、足を痛めちゃったと言った五月(一花)に「お前は誰だ」と迫るも、突然のことで動揺した彼女に身体を押されて、そのまま海へと真っ逆さま。正体は分からず終いで、冷たい海にフライアウェイするハメとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃、総介は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『集いし星が一つになる時、新たな絆が未来を照らす!

 

 

 

 

光指す道となれ!』

 

 

 

 

リミットオーバーアクセルシンクロォォォォ!!!!

 

 

 

 

進化の光『シューティング・クェーサー・ドラゴン』!!

 

 

 

 

そのままダイレクトアタックだー!!」

 

 

 

 

「くっ、リバースカードオープン!『マジックシリry」

 

「甘い!『シューティング・クェーサー・ドラゴン』は、1ターンに一度、モンスター、魔法、罠の効果が発動したとき、その発動を無効にし、破壊することが出来る!」

 

「そ、そんな!?」

 

「さらに!『シューティング・クェーサー・ドラゴン』は、シンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数だけ、一回攻撃できる!俺は2対の非チューナーモンスターを素材としているため、2回目の攻撃が可能!1回目の攻撃が通り、そして2回目のダイレクトアタックで、トドメだぁ!」

 

 

「ぐぁあ!!」

 

 

 

「ガッチャ☆楽しいデュエルだったZE!」

 

 

 

 

 

というように、島の子供たちと遊戯王をして遊んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は流れて夜……

 

 

 

 

 

「爺さん、いい加減教えてくれ。あいつらを見分けるコツとかないんですか?」

 

風太郎は祖父の後ろを歩いて、姉妹を見分ける方法を直接聞いていた。

 

すると、祖父が小さな声でこう答えた。

 

 

 

「………愛」

 

「…………」

 

「愛があれば見分けられる」

 

 

(この人が発端か!)

 

以前、四葉は母が『愛さえあれば、自然とわかる』と。そして今朝、五月と話をした時も『愛さえあれば!』と言われた。

 

おそらくは祖父→母→子供の図式で伝わったのだろうと、風太郎は推測した。

 

 

 

 

 

「……長い月日を経て」

 

「!」

 

「相手の仕草、声、ふとした癖を知ること……」

 

 

「それはもはや『愛』と言える」

 

「………」

 

 

長い月日………わずか半年しか関わっていない自分では、到底分からない筈だ……

 

 

 

では、総介はどうなのだろうか?

 

 

 

彼はほんのひと月ちょっとで三玖を一発で見抜くことができた。

 

 

それは彼の三玖への愛の大きさだから………

 

 

 

(……にしても異次元すぎるだろ浅倉……)

 

 

風太郎は改めて、祖父の話から、三玖をどれほど想っているかを思い知らされるのだった。

 

 

 

まぁ、そりゃ総介だもん。三玖がいなくて禁断症状出ちゃうくらいだもん。アレを手本にしちゃダメかも……

 

 

「……それは一朝一夕ではできん」

 

 

(すんません、できる奴知ってます……)

 

 

「お主は何のために孫を見分けたいんだ?」

 

「!」

 

 

 

 

「見分けられるようになってお主がしたいことはなんだ?」

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪りぃなジーさん。まだ上杉は答えをしらねぇし、それはこいつが自分で見つけなきゃいけねぇもんだ」

 

祖父の言葉を聞いていると、彼の後ろから、聞き慣れた声がした。

 

 

「浅倉……それに……」

 

 

そこにいたのは総介と、偽五月のうちの1人。

 

 

「………三玖」

 

「あーっと!今言おうとしたのに!先に言われちまったぜ!今言おうとしたのに!」

 

 

「フータロー……」

 

「三玖、見ちゃダメだ。ああいう大人になれば、やがてはやってもいないのに『書類出来ました』とかいう嘘つき人間に……」

 

「俺をいじめて楽しいからお前ら?え?」

 

ジト目で見てくる三玖と、そんな彼女に風太郎にも聞こえるように耳打ちする総介。

 

と、茶番は置いといて。

 

 

 

「あんたの言った通り、連れてきたぜ」

 

総介は一歩下がって、三玖を祖父の前に出す。

 

 

「……おじいちゃん、聞いて」

 

「………」

 

 

 

 

 

「この人は、浅倉総介。

 

 

 

 

 

 

私の恋人で、

 

 

 

 

 

 

私の大好きな人。

 

 

おじいちゃんにも、紹介したかった」

 

 

「…………」

 

 

 

「ソースケは、私に、いろんなことを教えてくれた。

 

 

 

私と一緒に、いろんなところに行ってくれた。

 

 

 

 

私のそばに、困ったときや、嬉しいときや、辛いときや、面白いとき、いろんな時に、いてくれた。

 

 

 

 

 

この人なら、私は、ずっと一緒にいたいって思った。

 

 

 

 

 

ソースケは、優しくて、面白くて、厳しくて、強くて、ボーってしてて、ちょっとエッチで、時々よく分からなくて、

 

 

 

 

それでも、すごくかっこいい。

 

 

 

 

 

そんなソースケを、好きになったの」

 

 

 

「…………」

 

 

「それに、ソースケは、私をみんなの中から、見つけてくれたから」

 

「!………本当か?」

 

三玖のその一言に、今まで微動だにしなかった祖父がピクッと身体を動かす。

 

「そこのヒョロ助にでも聞いてみな」

 

祖父に聞かれた総介が、風太郎を指差して答える。祖父も、風太郎の方を振り向いて尋ねる。

 

 

「ひ、ヒョロ助?…………は、はい、本当です。それも2回も……」

 

 

「………」

 

「ソースケはどんなことがあっても、私を護るって言った。

 

 

 

 

でも、私も、ソースケを護りたい。

 

 

 

 

ずっと一緒にいて、そばにいて、 わかった。

 

 

 

 

ソースケの隣にいるためには、護られてばかりじゃダメ。

 

 

 

 

ソースケのことを、私も護らなくちゃって。

 

 

 

 

大好きな人を

 

 

 

 

愛する人を護って、一緒に歩いていきたい

 

 

 

 

 

それが、私がソースケと約束したことだから」

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

しばらく祖父は、沈黙した後、そのまま三玖へと近づいていき、

 

 

 

 

「」

 

 

「!」

 

 

彼女の耳元で、何かを伝えた。三玖はそれを聞いて、顔を赤くする。そして祖父は、そのまま総介の方を向き

 

 

 

 

「………明日」

 

 

 

「………承知」

 

 

 

そう言葉を残した直後に、祖父はそのままその場をゆっくりと去って行った。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「……な、何か言ったのか?」

 

 

その場にいた風太郎が、三玖へと聞く。すると、彼女は、下を向き、目から涙を溢し始めた。

 

 

 

「み、三玖!?どうしたんだ!?」

 

 

それに動揺する風太郎だったが、三玖が何かを呟く。

 

 

 

 

「………って」

 

 

 

 

 

 

 

「え?………」

 

 

 

三玖は、そのまま涙を溜めた顔をあげて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『幸せになってくれ』って」

 

 

 

 

 

 

 

 

笑顔を浮かべて、そう言った。それに、風太郎は呆然としてしまう。

 

 

 

 

「……お、おう」

 

 

 

「よかった……」

 

 

「………三玖」

 

 

「!!」

 

嬉しさのあまり涙を流す三玖に、総介はそっと寄り添い、ハンカチを出して、優しく彼女の瞼を拭う。

 

風太郎はその光景を、正面から見て………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ああ………

 

 

 

 

 

 

これが『愛』なんだな)

 

 

 

素直に思った。普段、アホみたいにイチャイチャしている総介と三玖。言葉で『愛してる』と言い合う場面もよく見るが、2人の本質はこれにあるのだと、風太郎は実感した。

 

 

 

 

何も言わなくても、そばに寄り添える。

 

 

 

 

互いに手を取り合って、助け合い

 

 

 

 

 

時に優しく、時に厳しく

 

 

 

 

 

 

 

慕い、労り、

 

 

 

 

 

 

互いを尊重し合う

 

 

 

 

そこには理由なんて存在しない

 

 

 

 

 

ただ、お互いを想う気持ちだけが存在する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが『愛』というものなんだと………

 

 

 

 

 

 

 

 

やっと、やっと見つけたのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこれが、姉妹を見分けることへの……

 

 

 

 

 

 

ありがとう、三玖、浅倉

 

 

 

 

 

 

 

お前たちのおかげで、俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風太郎は、ようやくその『何か』を見つける糸口を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、温泉旅行は最終日を迎える。

 




ちなみに裏話ですが、総介と三玖はこの話の後一緒に混浴に入りました。そこで『色々』とね………爆発しろ!
あと、遊戯王のところ、ルールちゃんと合ってますかね?
まぁ適当に書いたので、後で修正すればいっか!(投げやり)
やっと、やっと終われる……辛かった……
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!



次回、第6章最終回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65.ラブコメは純愛こそ至高

遅れてきた連休ウェーイ!!
というわけで、前回から間もなく最終話です!やっと終われる……

多分、アニメ2期もペース的に温泉旅行で終わりかな、と思ってます。

……だから何だ?って話。




それと、後書きで本音を語っていますので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。


温泉旅行3日目、それは即ち、五つ子、風太郎、そして総介にとって、旅行の最終日でもあった。

 

 

 

その朝……上杉一家の泊まる部屋

 

 

 

「あーあ、今日でここの飯が食えなくなるのか。最後に温泉入っときてーな」

 

「あれー、お兄ちゃんは?」

 

「ん?どこ行ったんだ?……それより、さっき仲居さんから不思議な話を聞いたんだが……」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

一方、中野家の泊まる部屋

 

 

「さあ、昼の船を取っている。帰り支度を済ませておくように」

 

「三玖、トイレから帰ってこない……最後に皆で温泉行きたいのに……」

 

「五月ちゃん、知らない?」

 

「………」

 

五月は、三玖がどこへ行ったかを知っていた。

 

 

 

昨晩、祖父に総介を紹介した三玖は、総介と別れた後、五月と会い、初日から起きたことを話した。

 

 

 

「……そういう事だったのですか……」

 

「フータローが私たちを見分けられるかもそうだけど、それ以上に気づいて欲しかったから……

 

 

私たちもそばにいることを」

 

目的や方法は違えど、三玖と五月は同じ結論に達していた。このまま風太郎と家庭教師と生徒の関係だけでは、終わらせることは出来ないことを。

 

「………三玖の気持ちはわかりました。その上でお願いです。もう一度、上杉君に会ってもらえませんか?」

 

 

「……わかった」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

そうして、今二人は大広間で対峙している。

 

 

「お前は初日の夜、俺と話した五月ってことでいいんだよな?」

 

 

「………はい」

 

 

 

これが、風太郎にとっての最後のチャンス。ここを逃せば、今後は姉妹を見分けることなど、遠い未来になるかもしれない。風太郎はこの対峙で、決着をつけることにした。

 

一方の三玖も、風太郎に大切なことに自分で気付いてもらうため、今だけは完璧に五月を演じようと、決意する。

 

 

 

かくして、風太郎の五月を見分ける最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

いろいろとありまして〜……

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、風太郎は、偽五月が三玖だと気づくことが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

できた。

 

 

 

 

 

できた。

 

 

 

 

 

 

できたのだ!

 

 

 

 

 

 

何があったのかと言うと、正直風太郎は、五月全員を見分けることを諦めた。代わりに、初日に会った偽五月の正体を当てることに全力を注いだ。

 

 

まずは、変装できても、演技が下手な四葉は除外し、続いてペディキュアを塗っていた二乃の足を最初、五月の森で偶然見たときに思い付いたため、二乃でもないことも判明した。

 

というより、二乃の香水の匂いがついていなかったので、それを本人に聞いたところ「初日?ええ、つけてたけど?」という返答が返ってきたため、それで判別は出来たりした(二乃の凡ミス)

 

 

そして一応念のため……

 

「デミグラス」

 

「?で、デミ?……」

 

「……どうやら本物でも無いな」

 

本物の五月なら、反射で「ハンバーグ」と答える謎の合言葉により、本物の五月でも無い。こうなると、いよいよ二人に絞られた。

 

現役の女優で、演技派の一花。姉妹の中で変装が一番上手い三玖。どちらも強敵だ。

 

風太郎は悩むものの、偽五月に質問をすることで、ボロを出そうとする。

 

「徳川四天王、酒井、本多、榊原、もう一人は?」

 

「わかりません」

 

「内緒話があるから耳を貸してくれ」

 

「左耳ならどうぞ」

 

三玖の得意な戦国武将の話も、一花のピアス跡のことも、見透かされているのか、全く取り合ってもらえない。

 

こうなると風太郎は、完全に詰んでしまった。

 

潔く降参し、両手を上げて本物の五月を呼ぶように言うが、その際にあからさまに五月なら呼び名を忘れたフリをしたので、三玖は敢えて

 

「五月ちゃん」と呼んだ。その時だ。

 

 

「ハハハハハ!かかったな!五月をちゃん付けで呼ぶのは一花のみ!

 

 

 

つまりお前は一花ってことだ!!」

 

それに風太郎が意気揚々と正体は『一花』だと、見事に三玖のミスリードを誤認。彼は罠を仕掛けたつもりのようだが、姉妹で一番頭も良く、総介と一緒にいる三玖の罠に、まんまとかかってしまった。

 

高笑いをしながら一花だと答えた風太郎に、三玖は、やはりここまでが限界ということと、それでも二人までに絞っただけでも風太郎は上出来だと、彼を心の内で褒めつつ、五月の格好で一花のフリをするというややこしいことをしながら帰り支度をするために戻ろうとした……

 

 

 

そうして彼女が背を向けた直後、風太郎は、その後ろ姿を見た時、ほんの一瞬、そこにいるはずのない人物の後ろ姿が、彼女の隣に寄り添う『彼』がぼんやりとだが、確かに現れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………浅倉?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三玖か?」

 

 

気がつけば風太郎は、そう呼んでいた。

 

 

 

「………何で?一花って言ったじゃん?」

 

 

 

 

 

「い、いや、何というか……

 

 

 

 

 

 

……お前の横に一瞬、浅倉がいたような気がしたんだ。

 

 

 

 

それで、三玖かなって思って……」

 

 

「!」

 

 

それを言われた三玖は、顔を赤くしながら、振り向き、ウィッグを外した。

 

 

 

「………合格」

 

 

「!」

 

 

それは、紛れもない三玖だった。2人が並んで歩く姿を、これまで見てきた風太郎は、その後ろ姿を見てまさかと思い、言ったのだが、当たった自分でも信じられないような表情をしていた。

 

 

「ちょっと違う気もするけど……

 

 

 

でも嬉しい……私の横に、ソースケがいるって言ってくれて」

 

「い、いや、何というか……三玖が歩いて、その横で浅倉が歩幅を合わせているのがぼんやり浮かんだんだ。そしたら、今のお前と一致した」

 

「………ふふっありがとう、フータロー」

 

三玖は顔を赤くしながら、風太郎に礼を言った。三玖の歩く隣に、総介の姿が見えた。彼女からすれば、自分の正体を見抜いたこと以上に、これほど嬉しいことは無かったのだ。

 

 

離れた場所にいても、常に愛する人が、自分の隣にいてくれるような感覚………

それを三玖は実感して、喜びの笑顔を溢した。

 

 

と、一段落したところで、

 

「………ところで、何で俺にあんなことを言ったんだ?」

 

 

「……まだわからない?」

 

「え……」

 

「私も五月と一緒。フータローとは教師と生徒だけじゃなくて、1人の友達としていたい。それは、他の子もそう」

 

 

 

「………」

 

風太郎は、露天風呂で五月が言ってたことを思い出す。

 

 

「………中には違う子もいるけど」

 

「は?どういうことだ?」

 

「………はぁ」

 

未だ三玖の言ってることがイマイチ理解できない風太郎。三玖は呆れながら、そのままスタスタと大広間を後にしようとする。

 

「え?ちょっ、待ってくれ三玖!最後の、もっと詳しく説明してくれ!」

 

「フータローの頭には未だ勉強しかない。それだけは分かったってこと」

 

「どういうことだよおい!?」

 

 

(……一花、フータローへの道のりはまだまだ険しいみたい……)

 

 

一花の想いが風太郎に届くのは、かなり先になりそうだと思いながら、三玖は姉妹の元へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

そしてその後、旅館を後にする前に、一行は最後の風呂に入っていた。

 

 

女湯は五つ子のおっぱいパラダイスなので、作者が書いてしまうと画面が鼻血で赤く染まい、執筆に支障をきたしてしまう。よって、読者の諸君の妄想で補完してほしい。

 

一方、男湯はというと………

 

 

 

「………」

 

風太郎は、熱い温泉に浸かりながらも、体は冷え固まったかのようにカチンコチンだった。というのも……

 

 

 

 

「カーッ!堪んねーな!お前も一杯どうだマルオ!」

 

「上杉、僕を名前で呼ぶな。それに酒は苦手だ。特別な日にだけと決めている」

 

「ったく、お前は昔から堅ぇーんだよ。長湯して少しはふやかしたらどーだ?」

 

父の勇也と、五つ子の義父のマルオが一緒に入っていたからだ。勇也はお猪口を持って、酒を煽っている。マルオは表情も体勢も一切変えずに、湯に浸かっている。風太郎がカチンコチンの原因は、彼のようだ。

さらに……

 

「美味そうだなヤンキー親父。俺にも一杯くれ」

 

「テメー未成年だろうがバイク坊主!あと2年ちょい待ちやがれ」

 

「いいじゃねーか、無礼講だよ無礼講。それに俺ァ盃くれー飲んだことならあっから、酒なら大丈夫だ」

 

「何が大丈夫なんだ?お前が大丈夫か?てか敬語使え」

 

何故か勇也の横にいる総介。そして、勇也にも当たり前のようにタメ口で酒をよこせと言う。父といいマルオといい、この男は礼儀の『れ』の字も無いのだろうか……

 

「………じゃ、おれ先に出るから」

 

「おー」

 

こんなカオスな空間に滞在するのも毒だと思い、風太郎は先に上がることにした。

 

それを見送った勇也は、マルオにある話を始める。

 

「そういや、仲居さんから不思議な話を聞いたんだが」

 

「やめてくれ。世間話をする間柄でもないだろう」

 

「まぁ聞けって………

 

 

知っての通り、この旅行はうちの息子とお前んとこの嬢ちゃんが偶然当てたもんだ。

 

 

そんなことあると思うか?五組限定だぜ?」

 

「………」

 

勇也の話に、総介も横目でチラッとマルオの方を見る。

 

 

「そこで仲居さんに質問したんだ。

 

 

この旅行券が当たった客は何組来ましたかって

 

 

 

 

 

 

驚いたね、俺らより先に、既に四組来たたんだとさ」

 

 

「………へぇ〜」

 

「…………不思議な話もあったものだね」

 

「だろー!?」

 

マルオは一切表情を崩そうとはしないが、総介には大体察しはついていた。

 

 

 

 

つまり、この姉妹の旅行は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっかのお医者さんがこの上なく不器用じゃあ、治療してもらうのも心配になっちまうわなぁ〜、なぁ、中野センセー?」

 

「おっ、いい事言うじゃねぇかバイク坊主!そうだよなぁ〜、マルオ?」

 

 

 

「…………そうだな」

 

 

総介と勇也の2人は、ニヤニヤしながらマルオに視線を向ける。マルオもさすがに、2人の見透かした視線にはイラッとするのだった。

 

 

その光景を見た風太郎は、顔を青くしながら、早くここから立ち去ろうと、急いで着替えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………よぉ、ジーさん」

 

「………」

 

風呂から上がり、浴衣ではなく、元の黒パーカー姿へと戻った総介は、祖父の元へと1人でやって来た。

 

 

「わざわざ俺だけ呼んだんだ。一体何の用だ?」

 

昨日、祖父は総介を自分の所に来るよう呼んだ。そして今、彼は祖父の元いるフロントにやって来た。この時間帯なら、人の行き来もほとんど無い。誰もいないフロントで、カウンターを挟んで2人は向かい合う。

 

 

 

「………お主は、信用できん」

 

「三玖に『幸せになれ』っつったのにか?」

 

「……あの子に嘘をついているな?」

 

「………ほう、何の?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………お主の後ろに、恐ろしいモノが見える」

 

「霊能力でもあったのかよジーさん。そりゃすげーなおい」

 

 

「………違う」

 

祖父の言うことを、適当に流す総介。しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もっと禍々しいものだ………

 

 

 

 

 

 

それは、『業』」

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

「………その若さで、到底背負うようなモンではない」

 

祖父の言葉に、総介からヘラヘラとした表情が消えた。

 

 

 

「………お主、何者だ?」

 

 

しばらく2人の間に、沈黙が流れる。

 

 

 

 

 

どうやら、少し甘く見ていたか………

 

 

 

「………伊達に年は取ってねぇみてぇだな、ジーさん」

 

 

「………」

 

 

そして総介は、自身の黒縁眼鏡に手をかけて、それを外す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大門寺家対外特別防衛局『刀』が1人、『鬼童(おにわらし)』こと浅倉総介。

 

 

 

 

 

 

これなは分かるか、ジーさん?」

 

 

「………大門寺………」

 

 

総介は祖父に、自らの正体を明かした。大門寺という言葉は、どうやら祖父でも聞き覚えがあるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ早い話が『人斬り』だよ、俺ァ」

 

人斬りと言う言葉を出した瞬間、祖父の総介を見る表情が、変わった。

 

 

 

「………何故、孫に近づいた」

 

「なに、それに関しちゃ、本当に偶然だ。裏で操っちゃいねぇよ。三玖と恋人なのも、俺が本気であの子に惚れて、俺が必死にアピールして、互いに惹かれ合ったからだ。そこには大門寺の指示なんざ、一つもねぇよ」

 

「………」

 

総介は祖父の雰囲気から、自身の警戒のレベルを大幅に上げたことを見抜いた。

 

 

(参ったね、こりゃ……)

 

 

祖父は、ここにやってきた総介を当初から、彼の持つ異様さに気づいていた。明らかに、風太郎以上に、自身への警戒心が高かった。その正体を知るために、彼をここに呼び出したのだろう。そして、彼の正体を知り、さらに警戒度を上げた。

 

「安心しなジーさん。俺ァアンタの孫、もっと言えば、三玖の味方だ」

 

「………信用できん」

 

「まぁ最後まで聞きな。俺を始め、大門寺の連中は、中野センセーと同盟を結んでいる。同盟相手の娘にゃ手は出さねぇし、何かあったらとしても、俺が出させねぇよ」

 

「………」

 

「一応、同盟って建前もあるが、俺ァそんなもんが無くても、三玖を……アイツらを護り通すつもりだ。

 

 

 

 

それがたとえ、国が相手だろうとな」

 

 

「………これ以上」

 

総介の話を、聞いていた祖父が、小さく震えながら、口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これ以上、身内を失うのはもう沢山だ」

 

 

「………」

 

 

「……あの子らにも、もうそれを味合わせたくない

 

 

 

 

 

頼む

 

 

 

 

 

あの子たちの元から消えてくれ

 

 

 

 

 

 

孫を、三玖を想うなら

 

 

 

 

 

 

あの子に血を見ない無い世界で

 

 

 

 

 

生きさせてやってくれ」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

祖父は、力を振り絞って言った言葉を、総介は………

 

 

 

 

「悪りぃな、ジーさん。それだけは、できねぇんだわ」

 

 

直ぐに断った。

 

 

 

「遅くても、1年以内に俺の正体は、あいつらに明かすつもりだ。その時に、怖がられるかもしれねぇ。拒絶されるかもしれねぇ。

 

でも俺ァ、三玖に理解されなくても構わねぇんだ。あの子が俺を拒絶しようと……それでも構わねぇんだ。

 

 

 

 

例えそうなったとしても、俺はあの子のそばで、あの子を護り続ける、そう決めたんだ。

 

 

 

 

 

もう母さんのように、目の前で何もかもを失いたくねぇ。

 

 

 

 

 

 

そのために、力を手に入れた。

 

 

 

 

 

 

もう二度と、失わないために、

 

 

 

 

 

 

塵芥(ゴミ)共に二度と、俺の大事なモン奪わせねぇために

 

 

 

 

 

 

斬った

 

 

 

 

 

斬った

 

 

 

 

 

斬った

 

 

 

 

 

斬り続けた。

 

 

 

 

 

 

ひたすらに、血に塗れてでも斬り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつしか俺は、『鬼の子』と呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、関係ねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

何処のどいつからどう呼ばれようが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえあいつらから化け物と言われようが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の剣は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖を護るためだけに使う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう決めたんだ

 

 

 

 

 

あの子と約束した日から

 

 

 

 

 

 

何も変わっちゃいねぇ

 

 

 

 

 

 

 

変えちゃいけねぇんだ

 

 

 

 

 

 

これだけは、譲るわけにはいかねぇんだよ」

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

「もしもなんて言うつもりはねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

何があってもでも、三玖は護り通す

 

 

 

 

 

 

どんなことをしてでも

 

 

 

 

 

 

俺がどうなったとしてもな

 

 

 

 

 

 

相手が国だろうが、世界だろうが、関係ねぇ

 

 

 

 

 

 

そんなもん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子のためなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子が生きてくれるなら、俺は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国だの世界だの、そんなもん喜んで滅ぼしてやらぁ」

 

 

 

 

 

祖父は、総介の目を見た。それは今までの、死んだ魚のような、遠くをぼーっと見つめる目では無かった。

 

 

 

 

 

危険に満ちて荒々しく、

 

 

 

 

 

それでも真っ直ぐに、力強く、自身を見るその目………

 

 

 

 

 

 

そして彼の目、瞳の奥に宿る……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刀のように鋭く、美しく煌めく『銀色の魂』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本気だ。

 

 

 

この男は、本気で孫のためなら、自身の全てを賭すつもりだ。

 

 

 

 

 

 

たとえ何が相手でも、臆せずに斬りかかるつもりだ

 

 

 

 

 

 

………それはまるで………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

「………ひとつだけ」

 

 

長い沈黙が続き、祖父がようやく言葉を発する。

 

 

 

 

「ひとつだけ、約束してくれ」

 

 

「………何だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………もう二度と

 

 

 

 

 

 

あの子たちに『零奈』の時のような

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望を与えないでやってくれ

 

 

 

 

 

 

 

降りかかる悲しみを

 

 

 

 

 

 

 

あの子たちの盾となって

 

 

 

 

 

 

 

斬り捨ててくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ああ、約束するさ。必ず」

 

 

 

祖父とそう約束した総介は眼鏡をかけると、そのまま踵を返して、旅館を後にしようとする。

 

 

 

 

「………また来らぁ。そん時は美味ぇ酒でも持ってきてやっからよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そん時まで、くたばんじゃねぇぞ

 

 

 

 

 

 

ジーさん」

 

 

 

祖父に背中を向けて総介は、彼に最後の言葉をかけた。

 

 

 

すると、

 

 

 

 

「………三玖を

 

 

 

 

 

 

 

 

孫を頼む」

 

 

 

 

 

 

その祖父の返答に、総介は一切振り返らなかった。代わりに、右手を祖父に向けて上げ、2、3回振ってから、旅館の出口へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………『侍』か」

 

 

 

 

 

誰もいなくなったフロントで、祖父はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

こうして、五つ子、風太郎、総介の温泉旅行は終わりを迎えた。

 

 

最後は入り口の前まで見送りに来た祖父と、軽く言葉を交わす一同。

 

それを遠くから見る総介。彼は知っていた。

 

 

 

 

 

彼がもう長く無いことを………

 

 

 

数多の『死』を見てきた彼の直感に過ぎなかったが、それでも、あの老人が、生い先短いことは、なんとなく肌で伝わってきた。

 

 

「………くたばんじゃねぇぞ」

 

 

それでも、最後にそう呟いた総介は、少し先に旅館を離れた皆を後から追うため、ベスパを手で押して歩いて行った。

 

 

 

 

 

途中、『誓いの鐘』に寄って、江端をカメラマンに、鐘を背に記念写真を撮る一同。

 

 

 

 

「それでは撮りますよ

 

 

はい、チーズ」

 

 

カシャ

 

 

「よかったー、みんなで撮っておきたかったんだー」

 

「この姿で良かったのでしょうか?」

 

「これはこれで記念だね」

 

「いやぁ、じっくり見ても誰が誰かわかんねーな」

 

全員五月の姿をした五つ子に、潔く白旗を上げる勇也。

 

「お父様も見分けられますよ。愛さえあれば!

 

「愛で(アイ)を補うってか?ガハハハ!」

 

「さあ、行こうか。この辺りは滑りやすく危険だ」

 

勇也の寒いギャグを見事にスルーしたマルオ。

 

 

「………俺が三玖だと分かったのは、あいつの隣にいつも浅倉がいたから……だとすれば、二乃は大門寺で……一花と四葉は……」

 

そんな事はお構い無しに、風太郎は総介と、その隣にいる三玖を見ながら、ブツブツと呟く。

 

「お兄ちゃーん、一人でブツブツ不気味に呟いてないで行くよー!」

 

「……おう」

 

らいはが地味にひどいことを言いながら、遠くにいる兄を呼ぶ。それに一応答えるも、風太郎は少しぼーっとしながら考えた。

 

 

 

 

 

「………『愛』か………」

 

祖父の言ったこと、それは間違いでは無かった。いや、証明されたと言うべきか……

 

総介の三玖への愛。それは、嘘偽りの一切無いもの。総介が2度も三玖を一瞬で見抜くことが出来たのも、三玖の隣に、総介の姿が薄く見えたのも……

 

 

2人の互いを想い合う『愛』が、それを可能にしている……

 

 

『長い月日を経て……相手の仕草、声、ふとした癖を知ること

 

 

それはもはや、愛といえる』

 

 

 

 

『愛さえあれば、自然とわかるって』

 

 

 

 

『それはもはや……

 

 

 

 

友達でしょう?』

 

 

 

 

「……俺にも、出来るのか……」

 

 

そう考えていると、一つの人影が、風太郎へと近づいていた。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

「……楽しかったね」

 

「うん」

 

三玖と総介は、一行の集団の少し後ろで、総介の『ベスパ』を押す速度に合わせて隣合って歩きながら話をしていた。

 

「……ねえ、ソースケ」

 

「ん?」

 

「おじいちゃんと何を話してたの?」

 

三玖はやはり、彼と祖父の会話が気になる様子だった。それに総介は……

 

 

「………そりゃもちろん、男と男の約束についてだよ」

 

「……ふふっ、何それ」

 

クスリと笑う三玖。五月の姿をしているが、かわいい。

 

 

「安心して。ちゃんと三玖のことは頼むって任されたから……

 

 

 

 

ついでに前を歩く量産型肉まん娘も」

 

 

「誰が量産型よ!せめてシャアザクくらいにしなさいよ!」

 

「私まで肉まん娘って呼ばれるのはちょっとね」

 

「何を言ってるんですか!肉まんは美味しいですよ!」

 

全員が一度に振り向いて喋ってきたことに、総介は辟易してしまう。

 

「あ〜もう、テメーら一斉に喋んな。ったく、三玖以外誰が誰だかなんざわかんねーっつーのによ………アレ?」

 

 

総介は前を向いて、あることに気づいた。

 

 

 

 

1人いない。正体は判らずとも、人数は分かった。

 

それに気づいた五月に変装したうちの1人が、元いた場所へと呼びに行った。

 

 

 

 

 

 

 

その直後

 

 

 

 

 

 

ゴーン……ゴーン………

 

 

 

 

誓いの鐘の音が、辺りに響き渡る。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

総介は、鐘で何が起こったのかは知らないが、とりあえず、こう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………めでてぇこった」

 

 

 

 

彼は特に気にせずに、そのまま三玖と共に、ベスパを押しながら先に帰りの船着き場へと歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねぇ、ソースケ

 

 

 

 

 

ん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛してる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺もだよ、三玖。愛してる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時は経ち、とある霊園にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………くたばんなっつったろ、ったく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

娘さんとはどうだ。久々の再会だ、積もる話もあんだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁいずれ、とんでもなく多い土産話引っ提げたアイツらが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皺くちゃになってそっちに行くからよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それまで長ぇが、ゆっくり休んでてくれや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジーさん」

 

 

 

 

 

 

 

そこには、腰に日本刀を差し、黒い長丈の陣羽織を羽織った成人男性が、とある墓石の前で盃に酒を注いで、花と共にそれを供えた。

 

 

男性はそのまま、墓石に背を向けて、その場を去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、帰宅した五つ子と、風太郎。そして総介と三玖の春休みの終わりごろ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日常は、突如終わりを告げた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界でたった一人の花嫁と銀ノ魂を持つ男

 

 

 

 

第五章『世はまさに大恋愛時代』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次章、第六章

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼童帰参(きどうきさん)編』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼が、愛する人のために再び牙を剥いた

 

 

 

 




これにて、第五章は完結となりました!ここからは、嘘偽りない本音を話していきます。


正直、温泉旅行の章は総介だけ旅行に行かずに、完全オリジナルの回にするか悩みましたが、どうにか後々に向けて色々と繋ぎたいことがあったので、苦行ですが、こちらの道を選びました。
彼が無理矢理旅行に乱入したのも、その名残りです。初めから温泉回で行こうと決めていれば、もう少し自然な形で彼も一緒に旅行に行かせるつもりでした。


てかもうぶっちゃけます。正直、温泉回は書きたくなかったです。いや、正しくは『書かなくてよかったのかも』ですかね……
私は、原作の部分をなぞらないと、ということを優先してしまい、本当に好きな部分を書くのを我慢してしまいました。これには、今になって本当に後悔しています。
この第五章は、少し読者の方々を意識し過ぎて、置きに行ってしまった感が出てしまいました。どう捉えられるかは皆様次第ですけど、私としては満足いくものが出来ずに、悶々としてました。
そんな時に、ある言葉を耳にしたのです。



それは、私が尊敬するある人の言葉です。その一部を抜粋しました。

『作品と商品の定義は違って、[商品]は既にニーズのあるところに球を投げる、[作品]っていうのは、作者の思想、理念みたいなのを具現化したもの』

この言葉は、第五章を創っている途中で聞きました。
(そうか…私は『商品』を作ってしまってたのか……)

別にこの小説は売り物では無いですし、読者の皆様がどう捉えるかは実際分かりませんが、変な話、読者の目線を気にして作ってしまってたことを実感しました。まぁそれも一概に悪いことではないのかもしれませんが……

しかし、この小説のあらすじの説明文に『この小説は自己満足です』と書いていたのにも関わらず、この章ではあまり満足いくものが出来ませんでした。自分自身、早く終わらせたくて仕方ありませんでした。好きな小説書いているのに、少し嫌になってやってしまっていたのは、好きではないことを書いてしまってたんだなと、振り返ってみて思います。

しかし、苦しい道のりでしたが、ようやくこの章を終わらせることが出来ました!
どうせなら、自己満足極めてやろう!究極のオ○ニー作品書いてやろう!っと思い立って書き出した頃のように、私も一度初心に帰りたいと思います。
受けが悪くなるかもしれませんが、『自己満足』、そして私の『思想』『理念』を具現化させた作品を書いていきます!どうせ投稿するなら、それらを読んでもらってこそだと考えています!どうかここからは、作者のエゴがMAXに入った作品となりますので、お付き合いよろしくお願いします!



今回も、そしてここまでこの小説を、呼んでくださり、本当にありがとうございました!!!!!
今後とも『嫁魂』をよろしくお願い申し上げます!



そして次章、ついに………


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六章『鬼童帰参(きどうきさん)編』
66.ジャンプといえばやっぱり熱いバトル展開


なお、これの原作はマガジン………

そんなことより!第六章スタートです!いよいよ『嫁魂』が本格的に始動します!
言ってしまえば、第五章までは前座だと思ってください(前座で65話消費w)。
ついにオリ主勢力『大門寺』そして『刀』が動き出します!
沢山の応援があり、私も我を貫き通すことを決めました!
もう誰にも止められない……


その日は、雨が降っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年はボロボロで地に伏し、倒れていた。

 

 

 

 

 

 

その少年を見つめる、剣を手に握る大人が2人。

 

 

 

 

 

 

 

 

2人とも、少ないが傷を負っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

2人は、虚無感、悲しみ、やるせなさ……静かな感情のままに、少年を見下ろしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その少年はそのまま動かず、泣いていた。泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨か涙か、彼の顔の水滴は、もはや分からない

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、壊れたラジオのように、ただただ同じ言葉を延々と呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おかあさん………おかあさん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介は、そこで目が覚めた。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

パチッと目を覚まして、未だ外は明るみを見せる気配のない、真夜中であることを確認した彼は、ゆっくりと上半身を起こす。起こされた身体から、かけ布団がスルリと滑り落ち、彼の鍛え上げられた細身の肉体が露わになる。

 

 

「………ふぅー」

 

 

彼は深呼吸をして意識をはっきりとさせ、今しがた見た夢……過去の事を、無言で考えていた。

 

 

 

 

 

それは、絶望に暮れた小さな少年に、皮肉にも、何もかもを失った後にとてつもない力が開花した日……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼が生まれた瞬間』のことを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………んん」

 

 

 

 

ふと、総介の横で、声を上げて寝返りを打つ者がいた。

 

 

 

「………」

 

 

彼は彼女を起こさないように、寝返りで白い肌が露になった肩が隠れるようにゆっくりと布団をかけ直すと、そのままぐっすりと眠る三玖の長い髪を優しく撫でる。

 

 

 

「………」

 

 

 

普段のやる気の無い表情からは想像出来ないような、彼女にしか向けることの無い、柔らかく、穏やかで、慈愛に満ちた優しい表情で、最愛の恋人を見つめ続ける。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

しかし、そのまま優しく髪を撫でる手とは裏腹に、その表情は徐々に柔らかい笑顔が消え、寂しさ、恐怖を含んだ複雑なものと変わっていった。

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

彼は口にはしないものの、たった今見た夢と、三玖を無意識に重ねてしまう。

 

 

 

 

 

 

もし、この子が母のようになってしまったら、と…………

 

 

 

 

 

 

 

「………そのために『鬼』になった筈なんだがな……」

 

 

『力』を手にして尚、大切なものを失う恐怖は、総介の中に残り続けていた。

 

 

しかし、そのおかげで得たものある。

 

 

 

「…………ああ、護るさ、今度こそ……必ずな……」

 

 

 

誰への返答かは彼にしかわからないが、総介は、三玖の頭を撫でていた手のひらを見ながら、心の中で、改めて生涯をかけて三玖を護っていくことを決意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

温泉旅行から帰宅して幾日か経過し、春休みも残り一週間と迫った頃………

 

 

 

「お家賃を五人で五等分します」

 

 

そう切り出したのは中野家の五つ子の長女『中野一花』。

今現在、5人は自分たちの判断で、元々住んでいたタワーマンション『PENTAGON(ペンタゴン)』から離れて、二階建てのアパートの一室を借りて、そこで五人だけで暮らしている。そこの家賃や光熱費は、わずかな貯金と、一花の女優としての収入でやりくりしていたので、彼女の貢献が無ければ、今の生活は成り立たないも同然なのだ。

なので、彼女の一言に、妹達は逆らえる筈もなく……

 

 

「払えなかった人は、前のマンションに強制退去だから

 

 

みんなで一緒にいられるように頑張ろ!ということで……

 

よろしくね♡」

 

全くもって『イイ顔』でお願いする一花には、誰も意見は出来なかった。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

その後、近くのカフェに行き、事前に集めていた求人募集のチラシたちをテーブルに広げて何の仕事をするか考える妹達4人。

元々、一花だけにかける負担を減らしたいと思っていたので、こういったものは前から集めていたのだが、いざやろうとなると悩むものである。

そんな中で、三玖が風太郎の働いているケーキ屋さん『REVIVAL』の募集のチラシを見つけた。それを見た二乃が……

 

「……まぁ、知らない人ばっかってのもアレだし、とりあえずそこに面接行ってみるわ」

 

とりあえず妥協で、知り合いがいる店を受けようとする二乃。と、そこに……

 

「あ、じゃあ私も行く」

 

三玖も乗ってきた。

 

「あんた大丈夫なの?料理の仕事出来んの?」

 

「りょ、料理は総介から教わってるから大丈夫……多分」

 

「へぇ〜、じゃあケーキ作りも教わってるのね〜?」

 

「…………」

 

もちろんそんなはずはなく、三玖が総介から教わっている料理は、基本的に和食の作り方や包丁の扱い、そして何よりコンロ周りのこと(一番重要)だけであり、ケーキ等の洋菓子は教わったことは無い。この前のバレンタインのチョコレートで、ようやく一品目である。

 

「味音痴のあんたは大人しく諦めなさい」

 

「………」

 

その二乃なら一言が、別に点かなくていい三玖の心に火を点けてしまった。

 

 

 

………………………………

 

 

 

それから、二人は同じタイミングで店に面接へと行き、風太郎を絶句させた。そりゃそうじゃ。

しかし、『REVAIVAL』の店長によると、向かいのパン屋のせいでキビシイらしく、定員は1名までということなので………

 

 

 

………………………………

 

 

 

「負けた………」

 

「あんたが料理対決なんて言い出すから……何の勝算があったのよ……」

 

 

その定員を、料理対決(お題はケーキ)で決めようと言い出した三玖。結果、見事に玉砕。

『REVAIVAL』で働くことになったのは、二乃となった。

 

「まぁ、でも、私も大人気ないとは思ってるわよ……」

 

「………」

 

そう言う二乃を尻目に、三玖はトトトっと歩き出し、店長が言ってた向かいのパン屋へと足を運び……

 

 

 

 

「向かいのパン屋も募集してるんだ……こっちにしようかな」

 

「切り替え早っ!?」

 

ケーキ屋のことはさっぱりと諦め、パン屋のことを考え始めた。

 

「チョコであんなに喜んでもらったんだから………

 

 

 

 

 

ケーキは無理だったけど、今度はパンで、ソースケに喜んでもらうんだ」

 

「………」

 

グッと握り拳を作って決意する三玖(かわいい)。それを二乃は、どこか複雑な気持ちで見ている。

 

(………何事にも消極的だった三玖が………

 

 

こうやって色々しようって思えるのも、やっぱり浅倉が関係してるのよね……)

 

 

 

 

総介と出会ってから、三玖は大きく変わった。

彼と恋人同士になり、ただ一途に総介のことを想い続け、いろんなことを教えてもらい、彼と色々と交わることで、三玖は女性として、人間として、2つも3つもアップグレードを果たした。

未だに素の彼女のままでは、人付き合いは苦手のようだが、それでも、前に比べれば大分マシだ。自分からここでバイトしたいなんて言わなかったはずだ……

 

 

それを、あの男はこうまで変えたのだ………

 

 

(………いいえ、変えたのは三玖自身よ。アイツが変えたっていうのは、なんか腹立つ……)

 

それに、こうして三玖を変えてくれた礼を言わなければならないので、それだけは死んでも嫌だと、二乃は心の中で思うのだった。

 

 

 

 

少し後の話だが、三玖は見事パン屋でバイトを始めることとなり、他にも四葉は清掃のバイト、五月は遅れて、進級後に塾講師のお手伝いのアルバイトをそれぞれスタートさせることとなった。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その総介はと言うと………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「盗まれた?」

 

「ああ。いや、正確にはコピーされて持ち出された痕跡が見つかった、と言うべきか」

 

彼は自宅に海斗を招き入れていた。何でも、緊急で話したいことがあるとの海斗からの要望だった。

只事では無いと悟った総介は、これを承諾し、海斗が自宅に向かうとのことで、そのまま彼が到着するのを待った。

 

家に招き入れて挨拶もそこそこに、二人はリビングにて、早速本題へと入った。

 

 

 

それは、数ヶ月前、総介が中間試験終了後に、五つ子の義父であるマルオに、海外からの違法な薬品や医療器具を高値で売りつけて儲けようとしていた『わる〜い組織』の連中を完膚なきまで叩き潰したことの話だった。

数日前、その組織から回収した資料やデータに、一つの怪しい『痕跡』が見つかったのだ。

 

 

 

 

海斗によれば、それは『何者かが、その資料を大門寺が回収する前に、コピーして盗み出した』のだと言う。

 

 

 

 

「情報処理班の子が運良くそれを見つけてね。それを解析させたら、その事実に行き着いたということさ」

 

「そんな潰れた連中のもん持ち出して、何しようってんだよ?」

 

「さぁ……でも、僕も君も、大体検討はついてるじゃないのかい?」

 

海斗の言ってる内容に、眉間に皺を寄せる総介。

 

「………それで、そのコピーされたところってのは……」

 

総介は海斗がここに来たということは……と、最悪のシチュエーションを想定していた。願わくは当たって欲しくは無いのだが、どうやらそれは無理な相談だったようで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………その組織が今まで、そしてこれから標的にしようとしてた者たちの名簿だよ……もちろん詳しい情報付きでね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその中に、中野先生の名前も入っている」

 

 

 

「…………」

 

 

総介の表情は、全く変わらなかった。ただただ厳しい視線を、海斗へと向けるばかり……

 

 

「何者が、何の目的で、それを持ち出そうとしたのかは皆目検討はつかないけど、

 

 

 

もし、中野先生やあの子たちに危害が出ようものなら」

 

 

「海斗」

 

海斗の話を、総介が呼んで遮る。

 

 

「『もし』じゃねぇよこりゃ。色々と出来すぎてる。

 

 

 

考えてみろ。奴らの次の標的は中野センセーだった。そこに俺が来て、根こそぎ潰した。

 

 

 

そこからお前らが資料を回収するまで、数日だがタイムラグがあった。

 

 

 

どこからか知らねぇが、そこで嗅ぎつけたってことになりゃ、納得だ。

 

 

 

それを持ち出した連中も大体検討はつくさ」

 

 

「………僕も、その可能性が頭には浮かんださ。しかし、今の『彼ら』に、そのような……」

 

 

「『ヤロー』がいなくても、『奴ら』ならやりかねねぇさ。ったく、1年前に決着つけた筈なんだがな……」

 

 

総介は舌打ちをした後、ソファから立ち上がり、そのまま写真の並んだラックから、一つの写真を手に取る。

 

 

 

 

それは、幼い頃の自身と海斗とアイナ、そしてその後ろに彼らと同じ高さまでしゃがみ、カメラに向かって微笑む女性の姿……

 

 

 

 

「……確かに、『彼ら』なら、それが出来る『力』も、それをする『理由』もある……」

 

 

 

「………だがあくまで、今のは最悪の状況を話したまでだ。もしかしたら、俺らに関係のねェ他の連中の仕業で、目的も標的も全く別かもしれねぇ。タイミングも、たまたま悪かっただけかもしれねぇが………いや、そうであって欲しいもんだぜ……」

 

しばらく写真を見つめながら喋る総介。

 

 

 

と、その時………

 

 

 

prrrrrrr、prrrrrrr、

 

 

 

 

「「!……」」

 

テーブルに置いてある総介のスマホが、電話の着信音を鳴らした。

 

 

「………」

 

彼は、嫌な予感を感じつつも、写真を置いて、スマホを手に取る。その画面を見た瞬間、彼はガクッと肩を落としてため息をついた。

 

 

「……はぁ〜〜……」

 

「………総介?」

 

「悪りぃな海斗

 

 

 

 

 

とんだフラグを建てちまったらしい」

 

総介がその着信先の相手が記された画面を、海斗に見せた。

 

「!」

 

そこには、『中野センセー』と表記されていた。嫌な予感はまたしても的中してしまった。

それを見た海斗は、両の眉を上げて驚きを露わにする。

総介はそのまま、通話ボタンを押して、電話に出る。

 

 

 

「………どうしたんだ、中野センセーよ?」

 

『………浅倉君』

 

電話の向こうのマルオの声は、上手く誤魔化そうとしているが、それでもわずかに震えていた。

 

「何があった?」

 

その総介の一言から、マルオはゆっくりと説明を始めた。そのタイミングで、総介はスピーカーモードのボタンを押して、海斗にも聞けるようにした。

 

 

 

 

 

先程、マルオのもとに、一つの電話が入ってきた。

 

 

 

それは、総介が潰した組織の系列を名乗る別組織のようで、その連中はマルオに、引き続き違法な取り引きを持ちかけたのだ。

無論、マルオはそれに返事をするつもりは無く、バックに大門寺もいるため、毅然とした態度で断ろうとしたが、その電話の相手はこう言ってきたのだ。

 

 

 

 

 

 

『明日の24時までに良い返事をもらえなければ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五人で仲良く暮らしているあのアパートに是非とも気をつけて頂きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ春先ですからな、うっかり火の後始末を怠ってしまって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火事になってしまったら大変ですからな』

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

総介はそれを聞き、表情を一つも動かさない。

 

 

『……渡辺さんには、先に僕の方から連絡を入れた。後に君の元にも入ると思うが……』

 

「いや、今中野センセーがくれたおかげで、思ったよりも早く詳細を知れた。そこは助かった。礼を言わせてもらうわ」

 

『?……どういうことだ?』

 

「今、それ関連で海斗がうちに来てんだ。それで色々と合点がいったところだ」

 

『!……そうか……』

 

 

「安心しな。あんたの娘達には、指一本触れさせやしねえ。何があろうともだ。これからそれについて海斗と話をする。中野センセーは剛蔵さんにもう一度連絡を入れて、[『鬼童』と『神童』が動く]ことと、海斗の方に連絡を寄越して欲しいと伝えてくれ」

 

 

 

『………分かった

 

 

 

 

 

 

娘を、頼む』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、任せてくれや」

 

 

 

 

その言葉の後に、マルオからの通話は途切れた。

 

しばらくスマホを見つめる総介。

 

 

 

 

 

「……どうやら俺には、未だ『死神の傷』が残ってるみてぇだ」

 

「……やはり、中野先生に脅しを入れたのは……」

 

「ああ。データをコピーしたのもそうだろうな……だが、『奴ら』が直接出てくるとは限らねぇ。ここで決戦とくりゃあ、分があるのは圧倒的に俺達『大門寺』だ。去年の抗争から、あちらさんも大分疲弊してる筈だしな」

 

「………だとすると、『彼ら』はやはり生きて……」

 

「連中が『何人』生きてんのかは知らねぇ。が、この回りくどいやり方には直接俺らを打倒しようって意思は見えてこねぇ……」

 

総介は考えを巡らせる。『奴ら』の大義は、『大門寺への復讐』だということは十中八九明らかだ。しかし、今回のマルオへの脅迫の目的が見えて来ない……そんなことをしても、戦力を無駄に捨てるだけだ……

 

 

 

 

 

一体何が狙いだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………海斗」

 

「………何だい?」

 

「今から俺が立てた作戦を話す」

 

「……聞こうか」

 

 

海斗のその一言で、総介は自身の考えた作戦を話し出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………以上だ」

 

「………」

 

全てを話し終えた総介。その時の海斗の表情は、いつもの爽やかな雰囲気とは違い、眉を顰めた厳しものとなっていた。

 

「無茶だ…………あまりにも危険すぎる」

 

「危険すぎるのはむしろ『今』だろ?連中は資料に書いてない『五つ子がアパートに住んでいる』ってことも把握してやがった。つまり、遠くから監視の目があるってことだ。そんな状況で連中が猶予を破棄して1人でも掻っ攫われてみろ、それこそ詰みだ。そうなるよりも、こっちの方が何よりも安全だ。違うか?」

 

「………」

 

総介の言い分に、珍しく海斗も黙り込んでしまう。

 

「……お前やアイナは嫌がるだろうが、中野センセーをこれ以上心配させるわけにもいかねぇ。そして今、五人は連中の監視下にいる危険な状況だ。俺も今からそれを確認しに向かうが、手出しはしねぇ。そうすりゃ連中も警戒を強めて何しでかすか分からねぇし、尻尾も掴めなくなっちまう。その間もアイツらは危険なままだ。あくまでケリは明日の24時だ。そこで一網打尽にする。今打てる手はこれ以外ありえねぇよ」

 

 

 

「………わかった。君の作戦で事を進めよう」

 

海斗も、自分たちに一刻の猶予も許されないという事もあり、総介の作戦を承認することにした。

 

「ああ……俺もすぐにあいつらのアパートを見に行く。お前は剛蔵さんからの指示を後で伝えてくれ」

 

「わかった」

 

「……ああ、それと……

 

 

 

 

 

アイナに『その時』が来たとも言っといてくれ」

 

「………そうだね、彼女には辛いけど、僕らにも立場はある」

 

「ま、一発ビンタされるぐれぇ構やしねぇさ。それじゃ、鍵置いてくから、後は頼まぁ」

 

総介はそのまま、上着に黒パーカーを着て、『ベスパ』の鍵と『ある物』を引き出しから取り出して出て行こうとする。

 

 

 

 

「総介!」

 

 

 

 

そんな彼の背中に、海斗が声をかけて、総介は一瞬止まった。

 

 

 

 

 

 

「もう、失うなよ、相棒」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ああ、護るさ、今度こそ……必ずな……」

 

 

その言葉を最後に、総介は急いで部屋を出て行った。そして、一人部屋に残った海斗は、先程総介が手に取っていた写真を見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………君は変わったと思ってたんたけどね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら違ったみたいだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『戻った』というべきかな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの頃のように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な人を護りたいと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕達と腕を磨いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの頃の君に………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介は『ベスパ』を走らせて、五つ子が現在住んでるアパートへと向かっていた。

 

やがて、その近くまで到着して、ゆっくりとバイクを走らせて、周りを警戒する。すると……

 

 

 

 

 

 

(………いるな、一人……二人……)

 

 

 

 

 

川沿いを走っていると、川の向こうからアパートの様子をチラチラと伺う男が一人、そしてアパート側にも、近くの物陰に隠れているのが一人。

それ以外の気配は、言葉では感じ取れない。

 

(遠くから様子を見てる可能性もあるが……標的は小娘5人だ。そう警戒はしてないだろう……問題は……)

 

 

 

 

問題は、今監視している者達が、どこまでの情報を握っているか、だ。

 

 

大門寺、そしてその防衛部隊である『刀』は、裏世界では一流のサッカー選手や、ハリウッドスター並に有名だ。

彼らに敵対したら最後、首だけで実家に帰宅することになるとも言われている。そんな化物揃いの連中を敵に回していることを、今の監視員、そしてそれらの組織はは知っているのか………

 

 

 

 

 

総介は、それを『否』と見ていた。

 

 

 

 

 

(奴らはおそらく『捨て駒』だ。恐らく大門寺のことも知らされてない連中を操って、何かを探ろうとしている……その何かが分からねぇ……)

 

 

答え一歩手前まで辿り着いてはいるが、最後のピースが見つからない。本来なら、得体の知れないものに深入りはしないものなのだが、今回に限っては違う。

 

 

 

 

今、狙われているのは他でも無い、自身の最愛の人でもある人物なのだ。躊躇などしている暇もない。

 

 

 

 

 

 

失えば、もう二度と戻って来ないのは、よく知っている………

 

 

 

 

 

 

だからこそ、今の総介は行動を起こすのだ。

 

 

 

 

 

 

失わないために………

 

 

 

 

 

護るために…………

 

 

 

 

 

 

(……とにかく今は)

 

総介はベスパでそのままアパートを通り過ぎようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

「………浅倉君!」

 

 

アパートのすぐ側に、見慣れた姿が見えた。その人物は、『ベスパ』を走らせる総介を見つけると、彼に手を振って声を掛けた。

総介はそれを見て、その人物のそばに『ベスパ』をゆっくりと停車させた。

 

 

 

 

 

 

「………よう、肉まん娘」

 

「どうされたのですか?またバイクでやって来て」

 

総介を見つけたのは、五つ子の末っ子である『中野五月』。赤いロングヘアにアホ毛、星の髪飾りが特徴的な女子である。彼女の食材の入ったビニール袋と、夕方の時間帯から鑑みるにどうやら買い物帰りの様子だ。

 

「なに、近くに寄ったもんでな。三玖元気かなって思って来たみたまでよ」

 

「三玖なら、数日前にそちらに泊まったばかりじゃないですか」

 

「少しでも会わないと寂しいもんなの。三玖成分が俺の中で不足しちゃってるの」

 

「………」

 

総介の言葉に、五月が彼を『かわいそうな人を見る目』をする。

 

「おいなんだその目は?」

 

「浅倉君………束縛激しそうですね」

 

「んなことねーよ。仮に三玖が浮気しようが、そりゃ俺に気が無くなったってことだからな。そん時は俺自身の魅力を磨いて、修行して、浮気相手を暗殺して、こっちにもう一度振り向いてくれるように頑張るさ。安心してくれ」

 

「これっぽっちも安心出来ませんよ!!何ですか暗殺って!?」

 

 

と、いつものバカバカしいやり取りをする中でも、総介は監視をする者へさりげなく目を移す。そちらに気づかれない、振り向きざまや話の中でのリアクションで、自然に………

 

 

と、そんな中で。

 

 

「せっかくですから、上がって行きませんか?夕飯ももうすぐですので」

 

「ああ、そうさせてもらうかな。あ、飯はいらねぇよ。お前らの決めたことに乗った手前、家計を圧迫するわけにはいかねぇからな」

 

「そ、そうですか。ありがとうございます!」

 

「そのかわり、ここ数日間の三玖成分を補給して帰る」

 

「…………」

 

またまた五月に『かわいそうな人を見る目』をされたものの、時間が無いので、そのままベスパを小さな駐車場に停めて、部屋に上がることにした。

 

 

 

 

 

これは、総介にとっては嬉しい誤算だった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「うぃーす」

 

「あ、浅倉さん!いらっしゃい!」

 

「何で来てんのよ……」

 

「やっほー浅倉君」

 

 

 

「ソースケ!」

 

部屋に上がると、それぞれが総介に対していつものリアクションをとり、三玖が駆け寄って総介に抱きつく。

 

「三玖」

 

総介もそれを受け止め、いつものように三玖の頭に手を置いて撫でる。

 

「どうしたの?」

 

「いや何、三玖に会いたかったのが90パーと、ちょっとしたお知らせが10パーあってね」

 

「お知らせ?」

 

「どんな比率なのよ……」

 

総介はそう言い終えると、ポケットから『例の物』を取り出した。

 

 

「!そ、それ!」

 

「ああ、見覚えありまくりだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マンションのカードキー!」

 

そう、彼が取り出したものは、五つ子が以前まで住んでいたマンション『PENTAGON』のオートロックを開けるカードキーだった。総介はそれを、クリスマスの日に五つ子から預かっていた。

 

「でも、何でそれを?」

 

と、一花が彼に質問をする。

 

 

 

 

 

「まあ何、簡単なことだ。

今日、お前たちにこれを渡しておく。

それから、明日の夕方に、マンションに集まって来て欲しい」

 

「マンションに?」

 

「どうしてまたそのようなことを?」

 

五月がなぜ?と総介に質問をする。それに総介も、すぐに答えた。

 

「まぁ何、ちょっとしたゲームを思いついてな。それにお前ら全員で参加してもらうってことだ。あ、ちゃんと中野センセーに許可取ってあっから、安心しろ」

 

「ゲーム、ですか……」

 

「おもしろそう!やってみたいです!」

 

「へぇ〜。何だろ?」

 

 

 

「………胡散臭いわね」

 

そんな中で、二乃は総介を怪しむが……

 

「あ、ちなみに海斗も来るぞ?」

 

「………マジ?」

 

海斗の名前を聞いた途端、二乃の体がピクっと反応した。

 

「ああ。こればっかりは不本意だがな」

 

 

「……なら、私も参加するわ。嘘ついたらタダじゃおかないわよ」

 

と、見事な手のひら返し。もはや清々しいまである。

 

「ゲームの内容は?」

 

と、三玖が聞いてくる。

 

「残念だけど、これは当日まで秘密。三玖だけに先に教えようかな〜って思ったけど、ここは公平性を持たせるため、内容は明日教えるよ」

 

「……わかった」

 

「何ナチュラルに贔屓しようとしてんのよ……」

 

二乃のツッコミもそこそこに、次は一花が手をあげて聞いてくる。

 

「ゲームってことは、勝ち負けがあるんだよね?景品はあるの?」

 

「ああ、もちろんあるぞ。と言っても、めちゃくちゃ豪華なもんは期待しないでくれ。あくまで高校生の範囲で用意したからな」

 

「ふ〜ん、中々手が込んだそうだね」

 

「じゃあ、一旦全員にこれを返すから、受け取っていってくれ」

 

「はーい!」

 

と、四葉の明るい返事を皮切りに、五つ子はそれぞれカードキーを受け取る。

 

 

「久しぶりですね、あそこに戻るのは」

 

「うん……」

 

「まぁ、不本意だけど、海斗君がいるなら、それでいいわ」

 

「ししし、何があるのか楽しみだね!」

 

「ふふ〜ん、お姉さん負けないぞ♪」

 

と、5人とも全く違う反応を示す?性格面では完全に五つ子では無い姉妹である。

 

「んじゃ、俺はこれで、明日の準備があるから帰るわ」

 

「えっ!?」

 

総介が説明を終えて、帰ると言った途端に、三玖がビクッと反応する。

 

「……行っちゃうの?」

 

目をうるうるとさせながら、上目遣いで総介を見上げる三玖。かわいい。

 

「(かわいい)……ごめんね、三玖。でも、明日も会えるから。そこで、ね?」

 

「………うん」

 

総介がそれを頭を撫でながら優しく宥めて、彼はそのままドアのところへと向かった。

 

 

「んじゃ、見送りは無しでいいからさ。また明日、絶対来いよ」

 

「わかりました!浅倉さん、待っててください!」

 

「よ〜し、久しぶりに楽しみが出来たから、頑張ろっと♪」

 

「浅倉君、帰りに気をつけてくださいね」

 

「海斗君、絶対連れてきなさいよね」

 

何やかんやで、皆が玄関前まで見送ってきた。そんな中で、三玖は総介にいつものように

 

 

 

 

「またね、ソースケ」

 

と言う。総介もそれに……

 

「……またね、三玖」

 

と、静かに微笑みながら返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、普通の恋人同士としての、総介と三玖の最後の別れの挨拶となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

玄関を出た総介は、そのまま階段を降りて、『ベスパ』の鍵を入れてエンジンをかけ、そのままアパートから離れていった。

 

 

 

 

 

『男が一人出ていったぞ?あれは何だ?まさか用心棒か?』

 

『いや、外見や入る前や出た後の娘たちの反応から、誰かの友人か彼氏だろう。あまり気にしなくていい。我々は娘の監視を継続するまでだ』

 

『……了解、監視を継続する』

 

『あと1時間で定時報告だ。怠るなよ』

 

『分かってる』

 

 

通信で連絡を取り合う2人の監視員。この時に総介を見逃したことが、全ての決め手となった。

 

 

 

 

もしこの時、総介を怪しんで動いていれば、総介を始末しようが、自分達が口を封じられようが、この時点で彼に手を出さなかった事が、後に大きな意味を持つこととなることを、2人は知らない………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ベスパ』を走らせて、自宅マンションへと戻ってきた総介。家に着くなり、彼は既に帰宅した海斗へと電話をした。

 

 

 

「海斗、俺だ………ああ、種は蒔いてきた。あとは連中が餌に食いつくかだが……その下っぱは何も気づいちゃいねぇみたいだ。あまり期待は出来ねぇな……ああ、捨て駒だろう。見張ってたのは2人。そいつらはは本当にただの監視役のようだ。位置や装備からして、期限までに手を出すことは無いな。だがそれもそれで根絶やしにするさ…………ああとなりゃ、明日の件はイレギュラーが起きない限り俺達でいいだろうな……そうだ、剛蔵さんにはそう言っといてくれ……ああ……それで、アイナは………そうか、そうしたけりゃお前の好きにしろって言っといてくれ………分かってる………中野センセーにもあいつらにも被害は塵一つ与えるつもりはねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここから先は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達『外道』の出番だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連中どもに思い知らせてやろうぜ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達『大門寺』の恐ろしさを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(かたな)』の(おぞ)ましさってやつをよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた、運命の翌日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼の子と神の子の戻りし舞台の幕が、切って落とされた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、第67話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バクチ・ダンサー

 

 

 

 




もう止まるつもりはありません。突っ走ります!そして、必ず完結まで持っていきます!それまで応援をしてくれる方も、そうでない方も、よろしくお願いします!

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!

さぁ、いよいよお披露目です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67.バクチ・ダンサー

サブタイトルは『DOES』さんの『バクチ・ダンサー』から頂きました。




これだよ!これがやりたかったんだよ!!


昨日、マルオの元に何者かの脅迫の電話が鳴り、その対策として、中野家の五つ子姉妹を五つ子が暮らすマンション『PENTAGON』へ集うように誘導した総介。

あれから時間が経ち、翌日の夕刻彼は介は菫色の風呂敷に包まれた長い物を担ぎ、『PENTAGON』へと向かっていた。

 

 

その途中で、歩を踏み締めながら、彼は最愛の恋人との出会いから今までを振り返っていた。

 

 

 

 

 

『………ありがとう』

 

 

 

 

 

『………中野……三玖』

 

 

 

 

『………私……ソースケを信じる』

 

 

 

 

 

『責任とってよね』

 

 

 

 

 

『私は、ソースケが好き』

 

 

 

 

 

 

 

『私……私も、ソースケを護りたい』

 

 

 

 

 

 

『私も、ソースケに会えて良かった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ソースケ……大好き。愛してる』

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

普通の高校生として、三玖に惚れ、三玖と想い合い、三玖と愛を育んできた。それも、今日で終わる。

 

それがどのような形に転ぼうが、ただの高校生同士の恋愛は、今日で終わりを告げる。

しかし、総介はそれを微塵も後悔していなかった。

いずれは訪れる宿命。彼女に何も話さず、あのまま共に生きることは、不可能だと知っていた。

だからこそ、三玖と今まで歩んできた過去は、彼の全てを変えるきっかけとなった事実であり、

 

 

 

 

 

彼に……『鬼』に、護るということを、思い出させてくれるかけがえの無い時間となった。

 

 

 

「三玖………」

 

 

街中を歩く中、ふと彼女の名を言ってみる。が、当然近くにはいないので、その名前は夕焼けの空へと消えた。

 

ここに来るまで、総介は出来ることを全て行った。マルオに頼んで彼女たちをマンションに入れる許可を取り、剛蔵に自分と海斗で決着をつけると連絡し、その後のあれこれも、海斗と話し合い、段取りを立てた。

 

 

あとは、連中が餌に食いつくのを待つまでだった。

 

 

 

 

 

………同じ頃、五つ子のアパート周辺では………

 

 

 

 

 

「……おい、娘たちが家から出ていったぞ。5人全員だ。一体どこへ行くつもりだ?」

 

『こんな夕方にだと?……まさか、我々の存在に気付いたか?』

 

「いや……そのような気配は見られない。外食か?」

 

『しかし、昨日娘の1人が買い出しに行って………ガガっ……ぐわっ!プツン』

 

「!!おい、どうした?何があった!?おい!応答しろ!」

 

同じ監視役の仲間から突如通信が途切れた。その時……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんが、あちらの方は私の全く可愛くない後輩が始末させて頂きました」

 

背後から、女の声が聞こえ……

 

 

「!!?きさっ……」

 

 

 

バシュッ………

 

 

 

監視役の男の声は、静かな銃声と共に、二度と発することは無かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ここは五つ子が以前暮らしていたタワーマンション『PENTAGON』。総介は歩いてようやく到着し、そのままオートロックのあるエントランスへと向かう。そんな中でも……

 

 

 

(………1人いるな)

 

 

 

 

敷地のエントランスまでの道、その両脇に並んでいる石柱の陰に気配を感じた。ただかくれんぼをしている一般市民ではない。明らかに『その道の人間』……

 

(1人ってことは、中野センセーの監視か……姉妹を追って来た訳じゃなさそうだな……)

 

おそらくは、マルオが余計な動きをした時のための監視役だろう。が、何やら様子がおかしい。

 

(………あいつらが来た事に慌てているのか……なら、応援をよこすだろうなぁ)

 

現在18時前、リミットまではあと6時間ほどだ。出来ればそれまでに『全員(・・)』、でなくとも『可能な限りは多く』集めて欲しいものだ。

 

そう思惑を頭の中で巡らせながら、総介はオートロックの前で部屋番号を押して、そこから声で出た四葉にロックを開けてもらい、30階の五つ子の待つ部屋へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

が、そこで総介にとって一つ、全く予想外の出来事が起きていた。それは………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何でここにいんだよ

 

 

 

 

 

 

 

上杉」

 

 

 

 

本来ならここにいない筈の風太郎が、部屋のリビングの中にいたのだ。

 

「……俺も分からん。本を買って帰ろうとしてたらとこいつらに会って……」

 

「私が呼んだのです!」

 

と、風太郎も何故呼ばれたのか疑問に思っていると、四葉が腰に手を当ておの大きな胸を張りながら言う。

 

「どうせゲームをするなら、上杉さんもいた方が良いじゃないですか!仲間はずれはいけませんよ浅倉さん!

それに上杉さんがいたら、頭を使うゲームだとしても、助けてもらえるかな〜って、連れて来ちゃいました!」

 

「………」

 

 

風太郎の巻き込まれ体質と、四葉のバカさ加減を見誤っていた総介は、絶句してしまう。そして、視界に入ったエッヘン!っとドヤ顔をする四葉にジャーマンスープレックスをかましてやりたいと思うが、何も伝えなかった自身にも責があると言うことで、ぐっとこらえる。

 

 

(………『絶対に誰も連れてくるな』って言やよかった……)

 

たとえ今から風太郎を返しても、一度下の入り口を姉妹と一緒に通って入ってきた以上、先程の監視に目をつけられていれば、彼や、もしかしたら彼の家族にも危険が及ぶ可能性がある。このまま一人で帰らせるわけにもいかない……

 

(………まぁコイツにもいつか説明するって決めてたんだがよ……)

 

とはいえタイミングがタイミングだ。まさか姉妹と同じ時になるとは思わなかった……

 

総介は少し頭に手を置く。余計なことをしてくれたと四葉への怒りも一瞬湧いたが、事情を知らないことと、この女のバカさ加減を想定していなかった自分が悪いということで、この場は何も言わない事にした。それに……

 

(『見てくれ』だけでも戦力は多いに越したこたぁねぇしな……)

 

と、頭の中で考えていると……

 

「ソースケ!」

 

三玖が、総介に駆け寄ってきて胸元に『ポフッ』っとおさまって抱きつく。

 

「……三玖」

 

背中に手を回して、彼の胸に頬を擦りつける恋人の頭に、総介は手を乗せて優しく撫でる。

 

「いらっしゃい」

 

「………おじゃまします」

 

こうやって、普段のように挨拶できるのは、もうこれで最後だろう……そう思えば、ここに来るまでに捨ててきた後悔も、少しは戻ってきてしまいそうだ……と、

 

「………どうしたの?」

 

三玖が、総介を見上げながら、彼の少し違う雰囲気に疑問を持つ。

 

「いや、何でもないよ」

 

そう言ってなんとか繕うのが、今総介に出来る精一杯だった。

 

「ところで浅倉君、これは何なの?」

 

そうしていると、一花が総介が担いできた風呂敷を指差して尋ねる。

 

「……ああ、これはだな」

 

「ひょっとして、昨日言っていたゲームと何か関係あるのですか?」

 

「……まあ、そんな感じだな」

 

「何よ、歯切れ悪いわね」

 

「黙ってなバンビエッタ・バスターバイン。爆撃するぞ」

 

「どっちかっていうと私がする側なんだけどソレ!?」

 

風呂敷についても、適当に受け流し、それを近くの壁に立てて置くと、四葉が目をキラキラをさせながら総介に迫ってきた。

 

「浅倉さん!それでそれで、ゲームとは一体何をするんですか?」

 

何も知らないとはいえ、こうもグイグイと来られるとしつこく感じてしまうが、そんな四葉を片手で制止して、いつものような気怠い雰囲気のまま説明を始めた。

 

「ああ、それなんだがな……まだ役者が揃ってねぇから、今は言えねぇ」

 

「それって、海斗君のこと?」

 

二乃が聞いてくる。

 

「ま、海斗のやつもそうだが、もう1人連絡待ちでな」

 

「もう一人、ですか?」

 

「ああ………この部屋の『所有者』から、連絡が来る予定だ」

 

「!……それって……」

 

 

 

「そ、お前らの親父の『中野センセー』からな」

 

「パ、パパから!?」

 

「!」

 

マルオの名前が出た途端に、姉妹が驚きの表情を見せるが、風太郎だけは、顔面蒼白となり、背筋が凍るような感覚を覚えた。未だマルオのことは苦手なようである。

 

「そりゃそうだろ?そもそもこの部屋は中野センセーの家だ。

 

 

 

いつになるかわかんねーが、日が変わるまで、あと6時間もねぇ。

 

 

 

多分、9時か10時そこらぐらいに、お前ら姉妹の誰かの携帯に中野センセーから電話が来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時が、ゲーム開始の合図ってわけだ」

 

 

総介の簡単な説明を、黙りながら聞く一同。

 

「や、やけに本格的だね」

 

「お父さんまで参加しているなんて……ですが、より一層手が込んでそうで、興味が湧きます」

 

「面白そうです!それまで私たちはこの場で待機ってことですね?」

 

「ああ、部屋で好き勝手したり、この場で遊んだりしてくれて構わねぇよ。ただし、連絡があるまで家から出るのは無し、連絡が入り次第、全員集合すること。これが条件だ」

 

「はい!わかりました!」

 

「ちょっと、海斗君は、本当に来るんでしょうね?」

 

「お前はそればっかか……ああ、連絡が入った後に来る予定だ」

 

「ならいいわ」

 

と、二乃は海斗が来ることに安心したのか、一人キッチンへと向かっていった。おそらく料理でもするのだろう……

 

「でも、やっぱり久しぶりだね〜、この家」

 

「うん、4ヶ月ぶり」

 

「少し懐かしさも覚えますね」

 

「あー、私の部屋の植物たち、どうなってるだろう!見てこよっと」

 

と、それぞれが自室に行ったり、ソファに座って談笑したりと、思い思いに過ごす一同だったが、風太郎はというと……

 

「……本当に、この家に俺いてもいいのか?」

 

「………」

 

マルオの名前を聞いてから、ソワソワとし始めていた。五つ子に誘われたとはいえ、言ってしまえばマルオの許可無しに彼の家に入っていることとなる。以前にマルオからこの家に出入り禁止をくらったことを、五つ子たちは忘れているのだろうか?

 

 

総介は風太郎のつぶやきに、答えることができなかった。

 

 

 

いいわけあるか!!っと声を大にして言いたいところであったが、時間が来るまで何も話すつもりはないのと、こうなってしまった以上、彼にも真実を伝えなければならない。それに、今彼を帰すのも危険だ。

 

(悪りぃな、上杉……ま、これもお前の巻き込まれ体質(主人公補正)の持つ力なのかもな……)

 

と、無茶苦茶な理論で片付けて、彼に心の内で謝る総介だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして時は過ぎ、夜も22時を少し回った頃………

 

 

 

 

〜〜〜♪〜〜〜♪

 

 

 

「!!私の携帯!」

 

「「「!?」」」

 

「………」

 

リビングでくつろいでいた一花のスマホから、電話の着信を知らせるメロディーがなった。

 

それに反応した五月と三玖、そして風太郎。五月は慌てて、二乃と四葉を呼びに行く。その間に、一花は着信相手を確認すると……

 

「……お父さんだ」

 

「っ!………」

 

 

やはりマルオからだった。風太郎はそれを聞いて、肩がブルっと震える。

そして総介は、一花にこう言った。

 

「長女さん、全員に聞こえるようにスピーカーモードにして、テーブルに置いてくれ」

 

「う、うん。わかった」

 

そう頼んだ総介と同時に、五月と、彼女に呼ばれた二乃と四葉が階段から降りて来て、それを確認した一花が、テーブルに置かれたスマホの通話ボタンを押した。

 

 

「……お父さん、一花です」

 

『………一花君、か……皆は、そこにいるかい?』

 

「?……う、うん。みんな周りにいるよ」

 

 

『そうか………』

 

今までのように、抑揚の無い口調で話すマルオだが、姉妹は違和感を持っていた。どうも様子がおかしい。

 

「ねぇ、お父さんおかしくない?」

 

「ええ、少し慌ててる……のかしら?」

 

『……浅倉君は、そこにいるかい?』

 

「え?う、うん」

 

『変わってくれないか?』

 

「……わかった」

 

少し早口気味のマルオに、一花を疑問を持つが、彼女は総介に目を合わせて、少し頷く。それを見た総介は、そのままスマホに目を落とす……

 

 

 

 

 

 

 

 

「………変わったぜ。中野センセー」

 

総介が、電話の向こうのマルオに話しかけた。

 

『……君の睨んだ通りだった』

 

「やっぱりか……」

 

『先程、21時24分、僕に最後通告が届いた。『こちらの条件を呑めば、今までのことは見逃す』と……『ただし、断れば』」

 

「それ以上はよしな。娘たちも聞いてんだ。後で俺から説明する。

 

 

それで、アンタなら答えは?」

 

『………聞かなくても分かるだろう?』

 

「だな。アンタはそこまで腐っちゃいねぇはずだ」

 

『……悪いが断らせてもらったよ。向こうはその返事に『これより先は、我々の言うことを聞かなかった貴方の責任となります』とも言ってきた』

 

「お〜お〜、どの立場で言ってんのかねぇ……で、アンタの方は?」

 

『渡辺さんがこちらに片桐さんを派遣してくださった。今は、彼の護衛の元、大門寺の本邸へと向かっているところだ』

 

「上出来だ。タイミングもいい……」

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、何の話?」

 

「わかんないわよ……」

 

「………ソースケ?」

 

 

総介とマルオが話す内容を、全く理解できないまま話が進んでいく五つ子と風太郎。そして、総介を心配そうに見つめる三玖。と、その時……

 

prrrrr.prrrrr.

 

総介のスマホが鳴った。

 

「……悪い、中野センセー、電話だ。こっちに出るぜ」

 

『………ああ構わない』

 

そう言って、総介はベランダへと向かう総介。そして、それを見計らって、一花がマルオに話しかける。

 

「ね、ねぇ、お父さん、一つ聞いていい?」

 

『………何かな?』

 

 

 

 

 

 

 

「浅倉君が何者なのか、お父さんは知ってるの?」

 

「!?」

 

「……は?」

 

『…………』

 

一花の質問に、姉妹と風太郎は何を言ってるんだと言わんばかりの顔をする。

すると、マルオがその質問に……

 

『………ああ、知っている』

 

 

「「「「「!!?」」」」」

 

マルオがその質問に答えたことに、一同が驚いた。

 

「………やっぱり……」

 

が、一花だけは合点がいったような顔をしていた。彼女は唯一、総介の異質さに、ほんのわずかだが気づいていた。期末テスト前に殺気を少し浴びた時、その後に彼と一対一で話した時、そして今回のマルオとの会話……

 

 

彼は、私たちに何かを隠していると……

 

それがたった今、確信に変わった。が……

 

 

『……しかし、僕の口からはそれを言うことはない』

 

「え……」

 

『僕は彼の事に関しては、何も言わないようにと言われている。それを破るわけにはいかない』

 

「………そう」

 

初めて二人が邂逅した時にも言われたが、総介が『鬼童』であることは言わないようにと、本人から念を押されている。加えて、剛蔵と対面した際も、娘に『刀』のことと、総介の事は話さないようにと頼まれた。マルオはそれを遵守している。たとえ娘であっても、それは口にはしない。

 

と、その直後に、総介が戻って来た。電話はもう切ってあるようだ。

 

[推奨BGM銀魂OST4『かぶき町四天王のテーマ』]

 

「………アンタに悪いが、悲報だ、中野センセー」

 

彼が戻って、いきなりそんなことを言い出した総介。 彼はそのまま続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「このマンションに、娘たちの進級祝いをしたい連中が、わんさか集まり始めているみてぇだ。ったく、めでたいねぇ、この家の下の道に、ギッチリと花道作ってくれてるらしいぜオイ」

 

 

『!!!……そう、か……』

 

その話を聞いてから、マルオの声色がが急激に変わった。総介はそのまま、壁にもたらさせておいた風呂敷に手をかける。

 

 

「悪いが、こうなっちまうと後戻りは出来ねえ。

 

 

 

 

 

こっから先は、俺たちの仕事だ

 

 

 

 

アンタの娘たちは、俺達がちゃんとそっちに届けるからよ

 

 

 

アンタは自身の周りの心配だけしてな、中野センセー」

 

 

そう言うと、総介はゆっくりと風呂敷の紐を解き始めた。

 

 

 

 

そしてマルオが、総介へと………

 

 

 

 

 

『浅倉君

 

 

 

 

頼む………

 

 

 

 

娘を

 

 

 

 

あの子達を

 

 

 

 

護ってくれ』

 

 

 

 

震える声で、総介へと頼み込むマルオ。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………その依頼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大門寺家特別防衛部隊『刀』が一人『浅倉総介』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

またの名を『鬼童(おにわらし)』がしかと聞き入れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

護ってみせるさ……必ずな」

 

 

 

その言葉と同時に、総介は風呂敷を取っ払い、中に包まれていたものを露わにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

木刀が三本と

 

 

 

 

 

 

 

赤い柄に、黒い鞘の日本刀が一本

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………頼む』

 

 

 

そう言い残して、マルオは全てを総介に託し、電話を切った。

 

総介はそのまま、日本刀を腰のベルトへと差す。

 

 

 

 

 

「上杉、持ってろ」

 

「え、お、俺!?」

 

総介はそのまま呆気に取られる風太郎を呼び、木刀を一本、彼に渡す。

 

 

「いいか……利き腕ははこうで……そうじゃない方はここを持って……そうだ、外に出たらその構えを絶対に崩すなよ」

 

「………」

 

風太郎の腕を持って、構えの姿勢を軽くレクチャーする総介。そして、彼は五つ子達へと目を向ける。

 

 

 

 

「ってわけだ。今から外出るぞ」

 

「はぁ!?」

 

総介のいきなりの一言に、二乃が一番に反応した。

 

「ち、ちょっと待ちなさいよ!どういうことよ!パパの言ってたことも、アンタのことも、いきなり過ぎて、訳わからないわよ!!」

 

「……も、もしかして、これがゲームの内容なのですか?」

 

と、五月が恐る恐る聞いて来た。聞き方を鑑みるに、どうやらこれが只事ではないと気づいているようだ。念のため、だろう。

 

 

 

 

 

「……悪いな、ゲームっつったのは嘘だ」

 

「はぁ!?」

 

「まぁ聞け……

 

 

中野センセーが、悪い連中から、脅しを受けててな、言うこと聞かねぇなら、娘を攫ってでも言う事聞かせるっつってきた。

 

 

で、中野センセーはその娘たち……つまり、お前らの護衛を俺に依頼した。そんだけだ

 

 

 

 

じゃ、いくぞ」

 

 

 

「いや説明不足!!!」

 

と、二乃がまたしても食い下がる。

 

「色々とおかしいわよ!!パパが!?悪い連中!?私達を攫う!?おまけにアンタが私たちを護衛!?意味が分かんないわよ!ちゃんと説明しなさいよ!」

 

 

「色々と落ち着いてからすっから。今はとりあえず外に行くぞ。お前らだけ置いて、上から来られたらメンドーだしな」

 

「う、上から?」

 

「ヘリで上から攻められたら終わりだってことだ。ここに置いて俺だけで行くより、近くにいてもらった方がやりやすい」

 

現在、一同がいるのはマンションの30階だ。地上よりも、屋上の方が断然近い。相手の規模は未だ知れないが、もしもヘリコプターを使って降りて来られたら、それこそ五つ子は一網打尽だ。それよりも、全員で地上に移動した方が安全だ。

 

「迎えが来るまで、それまで何とか保たすのが『俺達』の務めだ。それまでは視界に入ってもらわねぇと、安心できねぇからな」

 

「だからその迎えって………俺達?」

 

「行くぞ。こんなとこでチンタラしてられねぇ。全員、単独行動は禁止だ。必ず5人一緒にいるようにしろ」

 

 

「………」

 

「………わかった」

 

一花だけがそう返事し、それを聞いた総介は、出口に向かって歩き出すが……

 

 

「………ソースケ……」

 

「………」

 

三玖の方に目を遣る。彼女は、下を向き、少し震えていた。

 

 

 

 

 

「………三玖」

 

 

総介はそんな彼女の頭に手を乗せる。

 

 

 

 

 

 

「君は、必ず護る。何があってもだ」

 

「………」

 

その言葉に、三玖は何も答えることができず、総介も、彼女の答えを聞かないまま、木刀を肩にかけて歩き出した。

 

「上杉、お前は構えてるだけでいい。構えてるだけでも、相手は警戒するからな。こいつらの前に陣取ってれば、それだけで向こうも下手に手は出せないと警戒する。分かったな」

 

「お、おう……」

 

総介は風太郎に、先程の構えることの意味を教えた。得体が知れない敵で構える相手がいるだけでも、警戒はされる。相手の情報が無ければ、強敵か雑魚かは判別がつかない。たとえそこに居るだけでも、充分な戦力となる。本来なら、総介は木刀二本で闘うつもりだったが、風太郎がいることにより事情が変わった。彼でも、五つ子の前で構えの姿勢をとっていれば、だいぶ楽に闘えると踏んだ。

 

 

[推奨BGM、銀魂OST1『瞳孔が開いてんぞ』]

 

 

そうして、一同が部屋を後にし、エレベーターへと向かう。すると、エレベーターの前には、一つの人影がいた。

 

星のように輝く銀髪、すれ違えば、誰もが振り向くであろうその美貌、アスリート並みの高身長、そして、いつもとは違う服装。白い羽織、胴当て、籠手、そして腰に差さった日本刀……

 

 

「……向こうはこちらを警戒してか、かなりの人数を連れてきたようだ」

 

「……俺らの存在がバレたとでも?」

 

「いや、『僕ら』だと知っていれば、そもそもその子達に手を出したりはしないよ。おそらく、手練れが護りについている程度の認識だろうね」

 

 

 

 

「はっ!ならちょうどいいじゃねぇか」

 

総介は、そのまま持っていた2本のうちの一本の木刀を、海斗へと投げ渡す。海斗は、その木刀を見るまでもなく、柄の部分をドンピシャで掴む。

 

 

 

 

 

 

 

「ヤローどもに味合わせてやろうじゃねぇか

 

 

 

 

 

 

どこの誰に喧嘩売ってんのかってのを

 

 

 

 

 

テメェの小せえ脳ミソのど真ん中の汚ねぇ汁までよ」

 

 

 

 

 

そして彼は、普段からずっと掛けている黒縁眼鏡を外し、ポケットへとしまう。

 

 

そして、素顔が露わになり、ニヤリと笑う総介の顔が、一気に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

普段の怠けた死んだ魚の目ではなく

 

 

 

 

 

 

 

獲物を蹂躙する、『鬼』の顔に………

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

外は、雲ひとつなく、月明かりで満ちて、明るいほどの夜だった。

 

 

「カシラ。全部隊、到着しました」

 

「おう……しかし、護衛数人に、こんなに連れてくる必要あるのか?」

 

「『上』の方達は『最大限に警戒せよ』と申されてました。恐らく、手練れの連中かと」

 

「まぁそう言うならそうするけどよ………出番は無いと思うが、もしもの時は『アンタ』も頼むぜ。期待してるからよ」

 

カシラと呼ばれる人物が言う先には、マントで身体を覆った細身の男がいた。そのマントの中には、無数のナイフが仕込まれている……

 

 

 

と、

 

 

 

「カシラ!娘たちが正面から!」

 

「何!?」

 

部下の声を耳に入れると同時に、全員がエントランスの方へ注目する。そこには、ターゲットの娘たち5人と、護衛の男が『3人』いた。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

総介達がエントランスを出ると、その道の先には、怖い男たちがマンション前の道路に、敷地内の入り口を塞ぐように立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

 

50人……いや、60人……いや、もっと……かなりの数だ。

 

 

 

 

 

それに見渡すと、皆武器を持っている。木刀、ドス、鉄パイプ、金属バット……中には、捕獲用の刺又までもあった。

 

 

 

見たところ、銃器の類は見当たらない……大事にしたくないのだろうか?

 

 

既に大事なのにね。

 

 

総介と海斗を先頭に、風太郎と五つ子が出てきたが、その光景に全員戦慄する。五月に至っては、三玖の肩に縋り付いて、今でも泣きそうになっていた。

 

 

 

 

 

「おいおい、怖い連中が集まって何の用ですか?アレですか?親友のトオル君の誕生日パーチーでもやるんですか?だったらここじゃねーよ。他を当たれコノヤロー」

 

と、総介はそんな連中に臆するどころか、相変わらずの気怠げな口調で話しかける。

 

 

 

「テメェら、そこの娘達をこっちに渡しな。大人しく渡せば、この場は見逃してやる」

 

無論、それにカシラが取り合う筈もなく、対峙する総介に向かって、姉大人しく姉妹を渡すよう言い放つ。

 

 

 

「おいおい、こちとらこれから皆んなでこいつらの進級パーチーをしようってんだから、邪魔しねぇでもらえるか?なんならテメェらもくるか?まぁ来てもテメェらの分のメシはねぇけどな」

 

「あ、浅倉君、もうやめてください!これ以上刺激しては……」

 

五月が事態を重く見ていないような振る舞いをする総介を止めようとするが……

 

「ふざけてんじゃねぇぞてめぇ!!」

 

と、総介のふざけた言い分に、カシラは声を荒げながら恫喝する。総介の後ろで、五月が「ヒイッ!!」っと悲鳴をあげるが、そんなこと、彼は一切気にせず、また、その恫喝にも全く動じない。

 

 

「この人数の差が見えねーのか!?テメェら3人で、これをどうと出来るわけねーんだよ!さっさと娘をよこしやがれ!!これが最後の警告だ!!」

 

カシラ側の男たち全員が武器を構えて、臨戦態勢をとる。それに総介は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪りぃな、テメェら雑魚どもに構ってる暇なんざねぇんだ。そこ通してもらうぜ」

 

 

 

 

それを聞いた敵の一部の者が、先走って襲いかかって来る。

 

 

 

 

「させるかぁあ!!全員残らず狩りとれぇ!!」

 

 

 

 

 

[推奨BGM、DOES『バクチ・ダンサー』」

 

 

 

 

襲いかかってきた3人に、総介と海斗が動いた。持っていた木刀で、総介が1人を頭を殴打して、もう1人を顎目掛けて打ち上げる。そして残ったもう1人を海斗が相手の手首に木刀を打ち、そのまま後頭部に向かって下ろして、気絶させる。

 

 

「いつ以来だ、テメェと組むのは」

 

 

「随分と長かったからね、鈍っていないか心配だよ」

 

 

「テメェに限って、そりゃねぇだろ」

 

 

「………君もそうだろ」

 

 

2人は、笑いながら構えをとる。総介は力を抜いたような脱力の構え、海斗は木刀を両手で持った、剣道の基本的な姿勢。

 

 

「上杉ィ!」

 

「!!」

 

「ぜってぇ構えを崩すんじゃねぇぞ!」

 

 

「!……お、おう」

 

 

総介と海斗の後ろ、そして五つ子の前にいた風太郎が、総介の声を受けて、そのまま海斗と同じ構えの姿勢をとった。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆけぇぇぇ!!!娘どもを捕らえろぉお!!!!」

 

 

 

 

「「「「うおおおおおお!!!!」」」」

 

男達が、武器を構えて雄叫びを上げながら襲いかかってくる。それを総介と海斗は、一つも下がることなく、その集団へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

そして!

 

「ぐわぁっ!!」

 

「くそっ!、コイツら!?」

 

「何っ!?ぼはぁ!!」

 

 

 

 

月明かりの元での、『鬼童』と『神童』の蹂躙が始まった。

 

2人は、分かれてそれぞれ対処する。

 

海斗は、迫って来る敵を、人とは思えないほどの初動の速さで、瞬く間に木刀を使って、倒していく。それについていける者はおらず、不意打ちをかましても、彼が木刀で受け止め、そのまま反撃へと転じ、気絶させていく。

一太刀の間に海斗は、一気に2.3人を倒す。まさしく『神童』大門寺海斗という男は、その身で剣術の極地を体現していた。

 

 

総介は、海斗の戦い方とは全く違っていた。片手で木刀を振り回し、縦横無尽に敵を薙ぎ倒す。木刀だけではない。拳による殴打、蹴り技などを駆使し、途中、敵の身体を盾にしたり、相手の武器を奪い、それを自身の得物として扱ったり、果てには敵を掴んでそのまま振り回したりと、おおよそ剣技とは言えないが、それでも、その細身から想像できない、人1人を片手で振り回す剛力と、異常なまでの俊敏さとトリッキーな戦法を持つ『鬼童』浅倉総介を止められる者はいなかった。

 

 

 

 

海斗が『最強の剣術』ならば、総介は『最強の喧嘩』である。

 

 

 

 

 

やがて、敵の内の3人が、2人を飛び越して、五つ子を捕らえようと動いたが……

 

 

 

「抜け駆け禁止だコノヤロー」

 

それを察知した総介が、3人の高さまで飛び、一人の顔面に踵で蹴りを入れた。

そのまま、身を翻して空中で残り2人も薙ぎ払い、着地する。

 

 

着地した正面にいた海斗と、すれ違いざまに、2人は剣を振って、敵を払う。

 

 

 

 

「ひ、怯むなぁ!!押せ!押せぇ!!!」

 

 

敵の1人が叫ぶが、総介たちが止まる気配は一向に無い。

 

 

 

 

「……なんだ……これは……」

 

数ではこちらが圧倒的に有利な筈なのに、こちらの戦力が、秒単位で削られてゆく。

 

 

「なんだ………なんなんだ………

 

 

 

 

 

一体なんなんだ!!コイツらはぁ!!!!」

 

 

カシラは、一歩退いた位置で、総介たちの戦いを見て、戦慄していた。

 

 

 

 

「………すげぇ」

 

一方、風太郎は、構えを継続させながら、2人の戦う様をその場で目の当たりにし、見惚れていた。それは、五つ子たちも同じだった。五月だけは、三玖の腕にしがみついて目を閉じているが……

 

 

総介と海斗は、あんな大人数相手に戦っているにもかかわらず、2人は倒されるどころか、未だかすり傷一つも負っていない。その様は、もはや仕組まれた演武を見ているようだった。

 

 

「………ソースケ……」

 

三玖も、それは同じだった。しかし、それでも彼女は、恋人が心配だった。いつもとは全く違う、総介の姿に、戸惑いを隠せなかった。

 

 

 

 

 

「クソ!!コイツらは後だ!!娘だ!娘どもを優先しろ!」

 

乱戦の中、カシラの大声を聞いた数人が、総介と海斗の網を抜けて、風太郎達へと迫ってきた。

 

 

 

「!!」

 

それに、構えていた風太郎が硬直してしまう。

 

 

 

 

「抜けたぞぉ!

 

 

 

 

 

 

終わりだぁあ!!」

 

 

「!!」

 

 

風太郎の直前まで迫ってきた男たち。一花は思わず、風太郎に抱きつき、四葉は二乃を抱きしめ、三玖は泣き喚く五月を胸に収めた。

 

 

 

 

 

 

 

もうダメか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もらったぁ!!!

 

 

 

 

 

 

 

がぁっ!!?」

 

 

「!?」

 

と、男の1人が、後ろに何かの衝撃を受ける。その後頭部には、総介が投げた木刀が、見事にクリーンヒットしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕たちの大切な人に」

 

 

 

 

 

 

「手ェ出してんじゃねぇコノヤロー」

 

 

 

 

「ぐわぁぁっ!!」

 

「ぐっ!!ごぉっ!!」

 

「ば、バカな……」

 

 

 

 

そして、一瞬で風太郎のもとへと追いついた2人は、残りの男たちもそのまま木刀を振って払い倒す。

 

 

 

 

 

 

「総介!」

 

 

「あぁ!?」

 

 

 

 

「世の中というのは中々思い通りには行かないものだな!友達の進級祝いも、満足にできないとは!」

 

 

 

 

 

「海斗ォ!お前に友達なんていたのか?そいつは勘違いだ!」

 

 

 

 

 

「斬り殺されたいのか君は!?」

 

 

途中、笑いながら軽口を叩く余裕まで見せる2人。

 

 

 

 

と、その時、カシラの横で動かなかったマントの男が動いた。彼はジャンプし、高さのある空中から、総介に向かってナイフを無数に投げる。

総介は、そのまま敵1人を盾にして、ナイフが敵に刺さるが、それでも男はナイフを投げ続け、総介を追う。やがて、着地した男と総介なら一騎討ちが始まった。

 

 

二刀流のナイフの猛攻を、総介は木刀一本でいなし続ける。ナイフを振り、突こうとして来る男を避け続け、やがて男は隙を見せ、総介はそれを見て大きく木刀を振り下ろそうとした。

 

 

 

が、それが罠。

 

 

引っかかった………

 

 

 

男は、あえて隙を見てたところで、総介が大振りに構えるのを誘った。それを見逃さなかった男が、総介の懐にナイフを2本とも刺そうとした

 

 

 

 

その時、

 

 

男の手から、ナイフが高く上がっていった。

 

 

バカな……何故………

 

 

男が衝撃を受け、そのまま総介を見た。彼は、懐に迫って来る男の腕を足で蹴り上げ、ナイフを2本とも空中へと飛ばしたのだ。

 

 

 

 

 

誘われたのは、自分だった………

 

 

 

男がそう気づき、総介の顔を見る。

 

 

 

 

 

 

甘ェんだよ、出直してこい、三下が

 

 

 

 

 

そう言ってるような顔に、男は見覚えがあった。

 

 

 

 

 

 

 

思い出した

 

 

 

 

 

 

この男

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼わら………

 

 

 

 

そこで、総介の木刀が男に振り下ろされ、男は吹き飛ばされ、石柱に激突し、気を失った。

 

 

 

その様子を見た、生き残っている者たちが、戦々恐々となる。

 

 

一番腕が立つナイフ使いの男が、いとも簡単に倒された。その事実を見た男たちから、戦意が消えかかるが、なんとか保ち、残った十数人でもと、気合いを入れ直す。

 

 

 

 

「総介!」

 

 

「あぁ!?」

 

総介と海斗が、戦いの始まりの位置へと戻る。2人とカシラ、残った男たちの間には、倒された何十人もの男たちが、横たわっていた。木刀を構えて、それらと対峙する総介と海斗。

 

 

 

 

 

「君だけは……向こうに行ってくれるなよ

 

 

 

 

 

君を斬るのは、骨がいりそうだ

 

 

 

 

 

まっぴら御免被る」

 

 

 

 

 

「海斗、お前があっちに行った時は

 

 

 

 

 

 

俺が真っ先に叩っ斬ってやらぁ」

 

 

そう言い合うと、総介と海斗は木刀をその場に捨てる。そして2人は、自身の腰に収められている刀へと手を置いた。

 

 

 

2人同時に、ゆっくりとそれを抜いていく。

 

 

 

 

現れたのは、月明かりに照らされた、銀色に美しく輝く刃。

 

 

 

 

2人はそれを同時に、カシラへと切先を向けた。

 

 

 

 

 

 

「さぁ!どうすんだ?テメェの自慢のオモチャどもは、見ての通りほぼおねんねしちまったぜ?」

 

「ぐっ……」

 

「これ以上、続けると言うのなら……

 

 

 

 

 

 

この『大門寺海斗』の名のもとに、全員切り捨てさせてもらう!」

 

 

 

「!!!だ、大門寺だと!?」

 

 

海斗の名乗った名に、カシラをはじめとしたなかった男たちが、全員震え慄きだす。

 

 

「ま、まさか、コイツら……か『刀』……」

 

 

「う、嘘だろ……大門寺なんて、聞いてねぇぞ!」

 

「じ、冗談じゃねぇ!相手にしてられねぇ!!」

 

「に、逃げろ!殺される!皆殺しにされちまう!!」

 

総介達の正体を知った男たちは、倒れた仲間を置き去りにして、その場から背を向けて逃げ出した。無論、カシラも大門寺の名前にビビって、そのまま総介達に尻を向けて逃げ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシュッ!

 

バシュッ!

 

バシュッ!

 

 

 

 

 

「!!?」

 

 

逃げ出そうとした先頭を走るはずの男の足元に、3発の弾丸が降り注いだ。

 

 

 

そして空から、『彼女』が現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃しはしません」

 

 

 

 

 

 

 

 

戦地に舞い降りる『戦姫(いくさひめ)

 

 

 

 

 

 

 

彼女はそのまま、男たちに両手に一丁ずつ持った白銀色に輝く愛銃の『ベレッタ92』(サプレッサー付き)の銃口を向ける。

 

 

 

 

そしてその後ろに………

 

 

 

 

 

 

 

 

「観念しろィ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両手に二刀を手にした『夜叉(やしゃ)』が降り立つ。

 

 

 

 

「こ、コイツらも、『刀』……」

 

 

「これまで……か……」

 

 

「誘われたのは、俺たちだったのか……」

 

 

 

前後に挟まれた男たちは、自分たちが嵌められたと自覚した途端、膝から崩れ落ち、両手を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっけねぇな」

 

 

 

その総介の呟きをもって、この場での総介と海斗の大立ち回りは幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後の総介と海斗の無双シーンは『劇場版 銀魂 新訳紅桜篇』の銀時と桂の春雨相手の大立ち回りを参考にしました。劇中でそのシーンでも『バクチ・ダンサー』が流れ、くっそカッコ良かったのを覚えてます。皆様も是非この作品を見てください!本当に銀さんとヅラ、マジでかっけぇ!!
この作品を書き始めるにあたり、一番最初に思い浮かんだのが、日本刀を片手に三玖達を護りながら戦う総介の姿でした。それを実現できて、大変嬉しゅうございます。


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68. 『懐刀(ふところがたな)

2021年1月8日公開予定の『銀魂 THE FINAL』の主題歌を歌うアーティストが『SPYAIR』さんに、そして劇中挿入歌に『DOES』さんが決定いたしました!もう最高です!言うことありません!!
作者も劇場に足を運び、銀さん達の最後のバカ騒ぎを見届けたいと思います!
皆様も是非お近くの映画館へ突撃だコノヤロー!!


さて、今回は総介達の真実、そして新オリキャラ3人も出てきます。全部濃いです。



総介、海斗により、『PENTAGON』に五つ子姉妹を攫うために集結した悪いオッサン連中は、ものの見事に制圧された。

懐刀(ふところがたな)』としての2人の実力は伊達ではなく、50人以上の男達を相手にして、倒されることはおろか、両者は傷一つ負ってはいない。さらに、2人の護衛対象である五つ子や、偶然巻き込まれてしまった風太郎も無傷でこの場を切り抜けさせた。

 

 

「……うし、まぁこんなもんだろ」

 

2人は、先に残った者たちを、次に気を失った者たちを、事前に用意していた金属製のワイヤーで手足を縛り上げ、抵抗出来ないようにする。

が、もとより彼らが大門寺の特別防衛局『刀』であることを知ってからは、男達は完全に戦意を失っていた。

 

【大門寺家対外特別防衛局『(かたな)』】

 

大門寺が独自に有する自衛部隊であり、裏の世界では『世界最強の特殊部隊』とも呼ばれるほどの集団。(要は『真選組』とか『護廷十三隊』とか『鬼殺隊』とかみたいなの)

人数は100人あまりの規模であるが、雑兵の集団ではなく、一人ひとりの戦闘力は、個人で軍隊一個小隊(30〜60人)を無傷で殲滅出来るほどの超人的なものを誇っている。

更に、その中でも化物レベルの強さを持つ者達は、現局長の『渡辺剛蔵』から『異名』を与えられ、『刀』の中でも特別な存在『懐刀』へと昇格し、文字通り現総帥の『大門寺大左衛門陸號』の懐刀として扱われる。(『真選組や護廷十三隊の隊長』や、『鬼殺隊の柱』みたいなもの)

『懐刀』は、『鬼』やら『龍』やら『悪魔』やらと喩えられる程に、超人を超えたもはや異形と呼ばれるレベルの戦闘力を有し、たった一人で軍事要塞ひとつを壊滅へ追いやるほどの実力を持つ(あくまでもののたとえ)。

 

 

 

 

そして、そんな化物達を纏める大門寺の頂点の大左衛門は、もはや人智を超えたご都合主義(チート人間)なのだが………

 

 

 

 

 

そして、ほんの10代の齢でその『懐刀』へと昇り詰めた者たちが、今この場にいる『鬼童』浅倉総介、『神童』大門寺海斗、『戦姫』渡辺アイナ、『夜叉』御影明人の4人。

この4人は剛蔵から『新世代の刃たち』と呼ばれ、大いに期待されている。

 

そういった猛者達が集っているからこそ、『大門寺』は畏怖の対象として見られており、総帥や幹部の手腕も相まって、世界で有数の一族として、世界に君臨出来るのだろう。

 

現に、捕らえた男達からはもう、抵抗の意思は微塵も感じられなかった。ただただ、この状況に諦め、下を向くことしか出来なかった。彼らは裏の世界の人間として知っていた。

 

 

 

 

 

 

こんな化物揃いの『大門寺』に逆らえば、未来は無いことを………

 

 

 

 

 

と、

 

 

 

 

 

チャキっ

 

 

 

「?………おいおい、得物のマズい方が俺に向けられてんだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………どういう事ですか、総介さん」

 

総介が目を横に写すと、銀色の『ベレッタ92(サイレンサー付)』の銃口が自身のこめかみに向けられていた。彼はそれに動じる事なく、銃を向ける本人……アイナの言葉を待つ。

 

 

 

「何故二乃たちが、この場所にいるのか、答えていただけませんか?」

 

 

「そりゃお前、目に見えない場所にいられたら、あいつらの状況がわかる訳ねぇだろ。置いてくわけに…」

 

「そういうことではありません

 

 

 

 

 

何故、このマンションへと彼女たちを誘導したのかと聞いているのです」

 

「………」

 

アイナの顔が、より一層険しいものとなってくる。総介はその問いに、一切答えようとしなかった。

 

いや、答える必要もなかった。アイナ程の優秀な女なら……自分と10年来の付き合いのコイツなら、言わなくても分かる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………彼女たちを、『生き餌』にしましたね?」

 

「………だったら?」

 

「っっ!!!!」

 

総介へと向ける銃を持つ手に、より一層力が入る。

 

 

 

 

アイナは確信した。

 

 

 

 

 

 

 

総介は、五つ子姉妹を、敵をわざと誘い出し、その全容を掴むための『生き餌』にしたのだ。

 

姉妹を集めて『PENTAGON』へと集結させたのも、あえて監視役を見逃したのも、連中の大部分が集結するのを待ったのも、全ては敵の殲滅、そして『裏で糸を操る何者か』の情報を得るため……

 

 

そのために、総介は……いや、『鬼童』は、ここ半年間家庭教師の助っ人として付き合ってきた姉妹を

 

 

 

 

 

最も愛する大切な恋人を

 

 

 

 

 

顔色一つ変えず、そのまま敵に『餌』として放り出したのだと。

 

 

アイナは、今まで冷静に努めてきた表情を、一気に怒りの顔へと変え、そのまま引き金を引かんとばかりに手を震わせる。

 

 

 

が、そんな彼女を、もう一つの存在が動揺へと追い込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アイ、ナ?」

 

 

 

「!!………二乃……」

 

 

名を呼ばれた方を見ると、その声の主は、二乃だった。彼女は、何が起きたか分からないような状況に、ひとしきり混乱している。

 

 

 

「あ、アイナ、なんで、ここにいるの?………なんで、そいつと普通に話してるの?………なんで、そんなものもってるの?」

 

 

 

「!!……二乃……これは……」

 

二乃に指摘された銃を、総介から下ろすアイナ。友人の動揺が、彼女には手に取るように解っていたため、二乃に目を合わせられず、そのまま俯いてしまう。

 

 

「………僕から話すよ、二乃ちゃん」

 

 

「……海斗君……」

 

それを見かねた海斗が、2人の間に入る。そして、彼の口から、真実が語られ始めた。

 

 

 

 

「二乃ちゃん、君には内緒にしていたけど、僕と総介、そして彼女、渡辺アイナは、5才の頃から、ずっと一緒に過ごしてきた仲なんだ」

 

「………え……?」

 

「!!」

 

海斗のその一言に、二乃は驚きを超えて、理解すらできないような呆然とした表情になってしまう。そして、それを聞いていた三玖も、総介と海斗、そしてアイナの関係に驚きを露わにした。

 

 

「僕とアイナは元々産まれた時から同じ家で過ごして、家の関係上、そのまま主従関係になったけど、総介とは、通っていた道場で知り合ったんだ。それが5才の時……それから僕らは、今日まで、ずっと共に生きてきた。アイナは僕の付き人として、総介は僕の相棒として……」

 

 

 

「……産まれた時から?……つ、付き人?……な、何を言ってるの……?」

 

 

「そうだね、ちゃんと説明するよ………僕の家である『大門寺』と、アイナの家である『渡辺』、それは家ごと、『大門寺』に仕えることとなっているんだ。昔からね……そこで産まれたのが、僕『大門寺海斗』と、『渡辺アイナ』。誕生日が1日違いなのもあって、生まれて直ぐに、僕らは主従関係になることが決定したんだ」

 

「………」

 

「そして、総介と出会ってからは、僕たち3人は遊んだり、道場で腕を磨きあったりして過ごした。学校も、全て同じ所に通い、クラスは中学まではずっと一緒だったよ」

 

 

「………なんで」

 

「………」

 

「なんで………今まで隠してたの?」

 

二乃からすれば、そこが一番衝撃的だった。アイナとは、一番最初に出会い、そこから友人、そして親友となった。それまでに、二乃は総介と会い、海斗に会った。

総介の愚痴を彼女に聞いてもらい、海斗のことで相談や、彼との惚気話しの相手もしてもらったこともある。

 

 

 

 

が、それら全部が結局、アイナにとっては10年以上の付き合いのある仲の人間だったのだ。

 

 

 

 

そのことに、二乃は降りかかるショックを抑えられなかった。未だ身体は震えて、目は右往左往している。

 

 

 

 

 

何故、自分に早く言ってくれなかったのか………

 

 

 

 

どうして、今まで隠していたのか………

 

 

 

 

 

「言えるわけねぇだろ」

 

「!」

 

別方向から声が聞こえた。総介だ。

 

 

「お前が俺に向けてた感情を考えろ。そんころに既にアイナに会ってたんなら、お前が俺の愚痴をアイナに言ってたんなら、それを『自分の幼なじみです』って簡単に言えんのか?え?」

 

「!!」

 

「海斗の事もそうだ。元々それはお前だけじゃなくて、学校の連中にも秘密にしている事だ。家柄のことや、海斗の学校での立場を考えずに、それをお前だけ特別にって軽い気持ちで全部を教えるわけにゃいかねぇんだよ」

 

「………」

 

「総介さん………」

 

アイナのフォローをする、とまではいかないが、まるで自分がアイナに騙され、裏切られたかのような表情をしている二乃を見て、総介は少し苛立った。

 

 

 

「どんな奴でも言えねぇことはある。そもそも今回の事も、アイナは参加する義務は無かった。コイツがこの作戦から降りたら、お前ともいつも通りで過ごせたにも関らず、ここに来たんだ。

 

 

 

 

 

 

お前を心の底から心配してな」

 

 

「!!!」

 

総介の言う通り、今回アイナは、作戦のメンバーには入っていなかった。彼女が参加を拒めば、総介と海斗、そして明人で実行に移す予定で、そしてその後に、ちゃんと場を整えてから、アイナの正体を二乃に明かす事もできた。しかし、彼女はそれをしなかった。一刻でも早く、二乃のいる場所へと駆けつけたかった。

大事な親友に迫る毒牙が、彼女に突き刺さる前に、へし折りたかった。

 

「………」

 

総介の言葉に、二乃は何も言えなくなってしまう。と、続いて海斗が、アイナに向けて話す。

 

「それにアイナも、彼女たちを『生き餌』と決めつけるのはいけない。

 

仮にマンションの上、即ち屋上から攻められでもすれば、玄関、ベランダの2カ所から侵入されてしまう。それにマンション内での狭さや、入り組んだ空間では、ただ戦うならまだしも、彼女たちを奪われないように戦うのも難しい。一人でも向こうの手に渡ってしまえば、僕たちもアウトだからね。それに、屋上から逃げる手段といえば、ヘリぐらいだろうから、離陸さえしてしまえば、向こうの勝ちだ。それに、他のマンションの住人の事もある。これだけの大人数を迎えて、建物内で闘いを持ち込むわけにはいかない。

広く視界が良好で、敵の進行方向が一方のみ、そして周りに他の大きな建物は無し、5人を護りつつ、敵の排除を行うには、このマンションの下に位置するこの場所が一番最適だった。

最も、敵の背後にいる存在は掴めなかったけどね……

 

でもそれ以外で、これは昨日、総介と2人で話し合って、予定通りに動いた結果さ。

 

不満があるのなら、その銃を向ける対象は、彼の作戦に同意をした僕も含まれるんじゃないかな?」

 

「わ、若様……それは……」

 

海斗の言い分に、アイナは言葉に詰まってしまう。無論、主である海斗に銃を向けるのはご法度だが、何より頭に血が上ってしまい、総介の考えの根底を読めずに、ただただ二乃たちを危険に晒してしまったと思い込んでしまった。

 

「まぁ総介も総介で、アイナに後でそう言われるのは分かっていたみたいだけど……君も、真っ先に嫌われ役を買うのは相変わらずだね」

 

「……常日頃から『誰かさん』の横にいりゃ、自然と俺の役割はそうなるだろうさ」

 

「………申し訳、ございません」

 

アイナが頭を冷やし、2人へと謝罪すると……

 

 

 

 

「………ね、ねぇ、アイナ。その手に持ってるのは……?」

 

二乃が、アイナの手に持っている銃を指差す。それを感じたアイナは、バツが悪そうに慌てて銃をホルスターへと仕舞うが、正直色々ともう遅い。

 

「……そうだね。それもちゃんと説明しないと……」

 

続けて、海斗が説明へと入ろうとするが……

 

「あ〜、若様。大事な話をしているとこすいやせん、続きは本邸で行いませんか?」

 

明人が、話に入ってきた。

 

「明人……」

 

「ちょうど迎えも来たことですし、そこのお嬢さん達やヒョロい男1人と、コイツらも連行しなきゃいけねーですし……それに、そんな話、ここでするようなことじゃねぇでしょ?」

 

「!……あの人……」

 

そう言う明人の姿を見た三玖が、再び驚きの表情を浮かべた。三玖は以前、総介と初めてのデートに行った際に、少しだけだが、顔を合わせたことがあった。

確かあの時は、『中学時代の後輩』と言ってたが……そんな彼も、腰には日本刀を二本差しており、総介達の関係者であることは明白だ。

 

そう考えていると、『PENTAGON』の前の道に、黒い車が数台止まる。どうやら明人の言ってた迎えのようだ。

 

 

「……そうだね、それをこの場所でするのは……みんな、本当に済まない。色々と聞きたい事もあるだろうけど、話の続きは僕の家でということで、構わないだろうか?」

 

海斗は、明人からの進言を聞き入れ、この場での説明を、本邸に戻ってから改めることにした。その旨を、姉妹と風太郎にも尋ねる。

 

海斗の話に真っ先に口を開いたのは、一花だった。

 

「……全部、教えてくれるんだよね?」

 

「君たちが知りたいのは、何についてかな、一花ちゃん?」

 

「……浅倉君や、大門寺君。それにその隣にいる2人は何者なのか……何をしているのか……」

 

 

 

 

「……わかった。向こうに着いたら全部説明しよう。それはちゃんと約束するよ」

 

「……じゃあ、私は行くよ」

 

元より、総介が何者なのか、彼に違和感を覚えていた一花は、そのままついていくことに同意した。彼女は、妹たちに返事を聞く。

 

「それでいいよね、みんな?」

 

 

 

「………わかったわ……」

 

「………私は……」

 

「うん、私も行く……」

 

「………」

 

 

二乃、四葉の2人は力無く答えるも、海斗の家について行くことに同意した。

 

しかし、三玖はそのまま下を向いており、五月は震えながら彼女の腕にしがみついている。

 

 

「………」

 

「三玖、五月ちゃん……」

 

三玖は総介が、明らかにただの高校生では無いということに混乱しているため、未だ整理がつかず、そして五月は、武器を持った男たちに後一歩のところで襲われそうになったということに、大きなショックを受けていた。

 

と、

 

「一花ちゃん、一応君たちの同意は得ようと聞いたけど、2人をこの場に残す事も、僕はあまりおすすめできない。ここは君の返事が、姉妹の総意だということでいいだろうか?」

 

「………うん、それでいいよ」

 

もはや答える余力も無い五月の同意を得るのは困難、そして三玖も、頭の中が混乱しているので、長女の一花の返事を総意として、皆を護衛しながら、車で大門寺邸まで連れて行くことに決定した。

 

 

 

 

 

あと、

 

「ところで、ずっと気になってたんだけど、何故君がいるのかな、上杉君?」

 

「へっ?お、俺?」

 

「いや、これに関しては、俺が四葉の馬鹿さ加減を見誤っていたのと、俺が誰も連れてくるなって言わなかったのが原因だ。コイツは悪くねぇよ」

 

「す、すみません、上杉さん。こんなことになるなんて………」

 

本来、巻き込まれる筈の無かった風太郎。四葉が無理矢理連れてきたことによって、あらぬことに巻き込んでしまったことを、四葉は風太郎にら謝る。

 

「……いや、四葉は知らなかったんだろ?何もお前のせいじゃ無いだろ」

 

風太郎は、彼女の謝罪を受け止めるが、四葉はあくまで悪くはないとフォローをする風太郎。そんな彼も、目の前の展開についていくのに精一杯の様子だ。

そんな彼に、総介が話しかける。

 

 

「上杉、悪りいな。こうなることは完全に想定外だったが、いずれお前にも、全部を教えるつもりだった。この機会に、お前にも全部言いたい。着いてきてくれねぇか?」

 

「浅倉………わかった。とりあえず、家に電話させてくれ」

 

風太郎も、姉妹と一緒に着いてきてくれることに同意してくれた。

 

「ああ。それくらい構わねぇよ。あ、俺らのこと言うなよ」

 

「わ、わかった」

 

そのまま風太郎は、らいはに電話をして、『姉妹の家にそのまま泊まる』ということで話を進めた。

 

それを見た明人が、口を開く。

 

「じゃあ行きやしょうか……

 

 

 

 

あ、旦那に若様。

 

お二人にはまだ話してなかったんですが……」

 

 

「あ?なんだよ?」

 

「何だい?」

 

 

 

そして明人の口から、とんでもない言葉が発せられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「総帥が、本邸にて『懐刀』の招集を決定されたようで」

 

 

 

 

 

「「!!!!」」

 

 

 

その一言に、総介と海斗の両者が、限界まで目を見開き、驚愕した。

 

 

 

総帥の大左衛門による『懐刀』の招集。

 

それは、本邸、又は現在大左衛門がいる場所へ、『刀』の幹部『懐刀』を強制的に集め、謁見させる号令。その号令は絶対であり、逆らった者は例外なく、この世から存在を消される(物理的に)。

 

 

 

 

 

 

「既に剣一さんや、残りの御三方も本邸に到着済みってことで。後は俺たちだけでさァ」

 

 

「………残りの御三方……」

 

「つまり……『あの連中』もいるってことだな?」

 

2人が驚いているのは、招集そのものではなく、それによって集まる『懐刀』のメンバーのこと。

 

「ええ。奥様もおられるようで……旦那、何ため息ついてんですかい?」

 

総介はそれを聞いた途端に、「はぁ〜」っと深くため息を吐いた。

 

「いや、『彼女』は別にいいんだけどよ……

 

 

 

 

『あの2人』もいるってなると……」

 

 

 

「あ〜、あの『イカれた2人』のことですかい?いいじゃね〜ですか、面白そうで」

 

「おもしれぇもん好きのお前はいいけどよぉ……こちとらあのキ○ガイ2人の相手なんざしたかねぇんだよ……それに、コイツらがあの2人見て身が持つのか?」

 

 

「さあ、発狂するんじゃないですかい?」

 

 

「………行きたくねぇ……」

 

「……総介、今回は君に全面的に同意したいけど、父さんの号令だ。仕方ないよ」

 

海斗も、総介と同じく招集に難色を示したが、父の招集は絶対なので、逆らうわけにもいかなかった。

 

 

「仕方ねぇ………うし、お前ら行くぞ。明人、アイナ。お前らは別の車に乗ってくれ。俺と海斗はコイツらと乗る」

 

「へーい」

 

「承知しました。では、本邸で」

 

先に、明人とアイナが、止まった車の黒いセダンに乗ろうとする。と……

 

 

 

「……アイナ……」

 

二乃が、アイナの様子を見ていた。

 

 

 

「二乃………」

 

2人に気まずい雰囲気が流れるが……

 

「お?キャットファイトですか?キャットファイトですかい?なんならもっとバチバチになってもry」

 

 

 

ジャキっ……

 

 

 

 

 

「明人、そのお喋りが過ぎる舌を撃ち抜いて穴を開けて差しあげましょうか?」

 

アイナが、明人の挑発にキレ、口元に向けて銃を抜く。

 

「お?やってみろやメスガキ?テメーの自慢の輪ゴム鉄砲なんざコマ切れにしてやんよ」

 

それに明人も、嬉々として刀を抜こうとするが……

 

「やめるんだ2人とも。ここまで来て、争いはよさないか」

 

海斗がその様子を見かねて制止する。

 

「……チッ……」

 

「………はい、申し訳ありません」

 

2人は海斗の言う事もあり、そのまま手に持った武器をしまう。そして明人が先に車に乗ったのを見て、アイナは二乃へと振り返った。

 

 

 

 

「二乃………全ては本邸に着いてから、ちゃんと話します」

 

「………」

 

二乃はそれに何も答えることはしなかった。アイナも、そう告げてから、それ以上彼女に言葉をかける事なく、車に乗り、運転手に頼んで、先に大門寺邸へと車を走らせるのだった。

 

 

「………」

 

「二乃ちゃん」

 

そんな彼女に、海斗が声をかける。

 

「僕達も行こう。そこで全てを話すよ」

 

 

「………ちゃんと、話して……海斗君のことも、アイナのことも……全部よ」

 

「保証する」

 

そう話し、姉妹と風太郎は総介と海斗に連れられて、10人乗りの黒いワゴン車へと乗り込んでいく。

 

 

「あの……あの人たちは……」

 

と、一花が捕らえられた男たちを指差して総介に聞いた。

 

「ああ、あいつらなら残った仲間に任せてるから、そいつらがトラックで連行するさ」

 

「今回の件の色々と聞かなきゃいかないからね。尋問が済み次第、警察に引き渡すつもりだよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 

 

 

そう話している中、三玖はチラッと総介を見るが、彼はそれに全く反応もしなかった。ただ、一花との話が終わった後、ずっと黙ったままだった。

 

 

 

(…………ソースケ)

 

 

夕方まで、2人の距離はほとんどゼロに近かった。

 

 

 

 

それなのに、今はとてつもなく遠くにいるように感じる。

 

 

 

 

 

いや……今目の前にいる人物が、まるで別の人のような感覚を、三玖は感じていた。

そのまま車は、全員が乗ったことを確認すると、大門寺邸へと向けてそのまま発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、『大門寺邸』では……

 

 

 

 

 

 

 

「嗚呼、我が『神』よ。この地に私を呼び出してくださったこと、何たる暁光……あの日、あなたの刃の一つとして、私が選ばれたのも、『神』である貴方の思し召し。どうか貴方様に逆らう愚かな無神論者どもに、我らが裁きの光を浴びせんとすることを、赦したまえ」

 

和の造りの大門寺邸とは到底合わない、黒いカソック姿、首元にぶら下がる十字架のネックレス、銀髪の長髪をした容姿端麗の洋風の美青年が、両手を広げて、月明かりで照らされた天を仰ぎながら何か言っていた。

 

 

 

 

狂聖(きょうせい)アルフレッド・ショーン・ケラード『Alfred Shaun Kellard』

 

元はヨーロッパのとある国の聖職者だったが、彼自身、親から受け継いだだけであり、神の存在を心底では信じてはいなかった。しかし、数年前にとある事件をきっかけで、その場にいた大左衛門を『神』として崇めるようになった。それ以降、彼に着いて行き、『刀』へと所属。その実力と、行き過ぎた大左衛門への信仰心から、狂聖(きょうせい)の異名を与えられ、『懐刀』へと昇格したのだ。

 

 

そんな彼に……

 

 

 

「さっきからいちいちうっせえんだよテメー。こっちはやっと大左衛門を殺しに来れたんだ。ちっとは余韻に浸らせろや」

 

ショーンの横から、大男が通り過ぎて行く。その男は、剛蔵をも越える体格、ボロボロの黒い着物、そして腰には刀身の長い日本刀、背中には男自身の背丈に匹敵する巨大な片刃の斧を背負って現れた。

 

 

暴獣(ぼうじゅう)長谷川(はせがわ)厳二郎(げんじろう)

 

彼は『戦えればなんでもいい』という、バトル漫画によくいる戦闘狂枠の奴と同じで、絵に描いたような戦闘狂である。強者との闘いこそが、厳二郎の心を満たす唯一無二のもの……

そんな彼が『刀』に所属する理由はただ一つ。

 

 

『現地球上最強の生物である大左衛門を殺し、自分が最強だと認識すること』のみ

 

 

 

 

 

「………『神』に逆らう愚か者が。何故貴様のような畜生が、『神』のおそばに立つことが許されているのか、私には理解できん」

 

「テメーみてぇなクソの役にも立たねぇ宗教なんざどうでもいいんだよ、んなこたぁ。

俺が大左衛門を殺せば、そんなもん必要も無くなるだろうが」

 

 

 

 

「………何だと?」

 

その場で祈りを捧げていたショーンが、目の前に置いていた自身の十字架型の十字槍を手にして、厳二郎へと向ける。

 

「『神』に逆らうだけでは飽き足らず、幾度となく刃を向けるか、穢らわしい獣が……恥を知れ。そして光の裁きのもと、もがき苦しみ……

 

 

 

 

死ね」

 

 

それを見た厳二郎が、ショーンへと身体を向け、腰の刀を握り、抜く。

 

「面白ぇ。最近手応えのある奴に会ってなくてな。ちょうどテメーで準備運動させてくや」

 

「ほざけ、悪魔の使いが」

 

2人がそのまま、戦いを始めようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どいて」

 

 

「!」

 

「………あぁ?」

 

 

2人の間を、悠然と通る一つの影。

 

その者は、黒い服装の2人とは違い、白い『刀』隊服に身を包み、左手にはそのまま鞘に収められた日本刀を握り、歩を進める。

 

 

『彼女』黒くストレートの長髪に、切り揃えられた姫カットの髪型。小柄な体格と、ハイライトが少なく、遠くを見つめているような目をした美人。

 

 

艶魔(えんま)今野綾女(こんのあやめ)

 

大左衛門の妻『天城』の側近であり、彼女は総介達と同じ、『柳流剣術武術道場』出身で、彼らの先輩にあたる人物である。普段は寡黙で口数が少なく、何を考えているのかが知れない雰囲気をもつ。

 

 

「……もうじき『彼ら』も到着するし、総帥や天城も待ってる。この場での不毛な戦いは、何の意味を持たない……」

 

綾女が、2人に背中を向けながら、そう話す。すると……

 

 

 

 

「……そうだな。こんな穢れた畜生の血で聖地を汚そうなどとは……失態を犯してしまうところだった」

 

「チッ……まぁいい。大左衛門がいるなら、先にさっさと奴を殺しに行くまでだ」

 

悪態をつき合いながら、ショーンと厳二郎は矛を収めた。

 

 

 

 

 

「おい青瓢箪。テメーは後で殺してやる。今のうちにその『神』とやらに祈っとくんだな」

 

「それはこちらの台詞だ、畜生め。貴様など、神の裁きの前に平伏すがいい」

 

 

 

 

「………」

 

 

 

2人の口喧嘩の様子を無視し、無表情のまま大左衛門のいる場所へと歩いて行く綾女。その先に……

 

 

 

「お待ちしておりました、綾女様」

 

 

 

 

 

「………朧隠(おぼろがくれ)

 

彼女の前には、大左衛門の執事服を着たオールバックのインテリメガネイケメン『片桐剣一』がいた。

 

前にも述べたように、彼も『懐刀』の一員であり、朧隠(おぼろがくれ)の異名を与えられている。

 

 

「総帥、奥様は『皇の間』にてお待ちです」

 

「………そう」

 

剣一が現れたことにも一切表情を変えず、綾女はそのまま彼の横を素通りしていく。

 

 

「それと………

 

 

 

 

 

 

 

局長から、霞斑(かすみまだら)についても、話があるとのことです」

 

 

 

 

 

「………そう」

 

一瞬、綾女は足を止めたが、特に反応はそれだけで、彼女はそのまま再び歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これで局長の『渡辺剛蔵』、副長の『片桐刀次』を除いて、『懐刀』が4人、本邸へと集まった。

 

 

 

 

 

そして残りは『4人』。

 

 

 

 

 

 

 

『新世代の刃』と呼ばれる彼らが、本邸へと到着する時が、刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリキャラ紹介

今野綾女(こんのあやめ)
23歳
身長166cm
体重52kg
イメージCV.平○綾(涼宮ハルヒの中の人)
大門寺家対外特別防衛局『刀』の幹部『懐刀』の一人
異名は艶魔(えんま)
天城の側近で、姫カットの黒髪ロングの女性剣士。一般隊士とは違い、白い隊服を着用している。『柳宗尊』の道場出身で、総介や海斗達の先輩にあたる。寡黙な性格で、感情を殆ど表に出さない。武器は日本刀。
モデルは『銀魂』の『今井信女』。



アルフレッド・ショーン・ケラード『Alfred Shaun Kellard』
24歳
身長185cm
体重74kg
イメージCV.斎○みつき(『ゾイド』のレイブンの中の人)
大門寺家対外特別防衛局『刀』の幹部『懐刀』の一人
異名は狂聖(きょうせい)
銀髪の長髪をした、中性的な容姿の美青年。黒いカソック姿と、十字架のネックレスが特徴。元々は欧州のとある国の聖職者だったが、数年前のある出来事から大左衛門を『神』と呼んで崇拝しており、彼の全てを絶対視している。武器は十字架の形を模した槍。
モデルは『ぬらりひょんの孫』の『しょうけら』。



長谷川(はせがわ)厳二郎(げんじろう)
40歳
身長202cm
体重99kg
イメージCV.立○文彦(銀魂のマダオや、『BLEACH』の『更木剣八』の中の人)
大門寺家対外特別防衛局『刀』の幹部『懐刀』の一人。
異名は暴獣(ぼうじゅう)
長髪にボロボロの黒い着物を着用しており、顔の左側に縦傷がある。
バトル作品によくいる戦闘狂キャラであり、現地球上最強生物である大左衛門を殺すために『刀』に所属しているという異例の経歴の持ち主。
武器は腰に携えた太刀(手加減)と、背中に背負った巨大な片刃の斧(本気)。
モデルは外見は『BLEACH』の『更木剣八』(千年血戦篇時)で、名前は『銀魂』の元祖『マダオ』こと『長谷川泰三』。


・片桐剣一
大左衛門の側近である『懐刀』の一員。異名は朧隠(おぼろがくれ)

もはや五等分の花嫁の面影無し。これどうやって原作に戻すんだ?という方も多いのでは。大丈夫です。ちゃんと戻しますんで。

今回もこんな駄文を最後までご覧いただき、ありがとうございました!
次回、『懐刀』全員集結です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69.鬼が如く

『かぐや様』3期キターーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!
しゃぁぁあああこるるるぅああああ!!!!なんだコノヤロォォォォオオオオオ!!!(狂乱)



そして、今回、衝撃的の真実へ……


総介と海斗、そして五つ子と風太郎を乗せた車がようやく、大門寺邸の正門をくぐり、敷地内の駐車場へと停車した。

今回は海斗を乗せた正規での入邸のため、中のセキュリティが自動的に起動し、巨大な正門が自動で開き、車は止まることなく通過した。

 

 

「さあ、到着したことだし、降りようか。そしてようこそ……ここが僕の家だよ」

 

車を走らせてから数十分、それまで車内の中で、会話は一切無かった。総介と海斗はいつも通りの態度のままだったが、五つ子姉妹と風太郎は、下を向いたり、緊張しているのか、カチコチに固まったりと、会話をする余裕すら無かった。

 

そんな彼女たちでも、降車した後の、目の前の光景には目を見開いて驚きを露わにした。

 

「こ、これが海斗君の家……?」

 

「……広い……」

 

「こ、こんなに大きいの……」

 

「……遊園地よりデカくないか、この家の敷地……」

 

降りると、車が軽く20台は停めれるであろう駐車場が敷地の端に、そこから敷地の中央を見れば、典型的な日本の『和』を強調した広大な邸宅が、奥行きが見えないほどに並んでいた。

高さこそそれほど無いものの、『東京ドーム4つ分』というその広さと、格式高い作りの建物から、典型的な『日本の超大金持ちの建物』であることを窺わせる。

 

「地上は2階までしか無いけど、地下の階層があるからね。詳しくは言えないけど、見た目の三倍はスペースがあるよ」

 

「ち、地下……」

 

「こ、これの3倍広いって……」

 

「石庭もありますし……とても豪華な造りですね」

 

唯一、ずっと怯えていた五月も、その壮大な景色を見て、多少は気を紛らわせることができたのか、周りをキョロキョロと見渡している。

自分たちも、マルオに引き取られてからは病院を経営する医者の娘とあって、それなりに金持ちの家にいると実感していたが、この邸宅を見ると、改めて海斗の家の次元が、自分たちととてつもなく違うことを思い知らされていた。

 

「………す、すげぇ………」

 

そして風太郎も、その圧巻な光景に顎が外れそうなほど口を開けて目の当たりにするしかなかった。

 

「行こうか。みんな僕らにちゃんと着いてきてね。客人が迷うと出て行くのに苦労するからね」

 

「は、はい!」

 

海斗と、その横に並ぶ総介を先頭に、一行は駐車場から、本邸へと向かって歩き出し始めた。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

一行は、建物へと近づき、両側の広い石庭に挟まれた道を歩く。

 

 

「本当に広いな……地図とか無いのかこの家は?」

 

「残念だけど、セキュリティ上の観点から、公開することは出来ないんだ。来客の方々には、それぞれ道案内をする人がついていてね、その人達は皆この家の間取りを記憶しているから、その人に着いていく形式をとらせてもらっているんだよ」

 

「こ、こんな広いお家の間取りを、ちゃんと覚えてる人がいるんですか?」

 

五月が広い敷地を見渡しながら疑問を投げかけると、それに総介が答える。

 

「俺はずっとここに入り浸ってた時があったから、ある程度は把握してはいるが、完璧に覚えているのは海斗と、その両親と、あとは数人だな」

 

「へ、へぇ……大門寺、全部覚えてんだ……」

 

風太郎が何だか不服そうに反応する。が、総介の次の一言で、彼は言葉を失うこととなる。

 

「コイツ絶対記憶持ってっから。見たものは直ぐに覚えて、好きな時にいつでも思い出せるってチート能力者並に頭良いからな」

 

「ぜ、絶対記憶!?」

 

「すごい……」

 

「だから勉強もせずに、授業や教材を見ただけで覚えられるのですね……」

 

「……だから林間学校でも……」

 

「……私も欲しいな〜」

 

「………」

 

姉妹がそれぞれの感覚でリアクションする中、風太郎は更に顎を大きく開きながら絶句した。

 

 

 

容姿は二乃が一目惚れするほど抜群に良く、身長も自分と20センチ前後高くて、スタイルも良い。さらに、絶対記憶からくる学年でもトップクラスの成績と、先程の立ち回りから見た人間離れした身体能力。おまけに、家は超豪華な大金持ちの生まれ。それだけでなく……

 

「そんなこと無いよ。幸いにも物覚えが良いってだけさ。それに嫌なことも瞬間的に覚えてしまうから、デメリットも大きいんだよ」

 

「イヤミかテメェ、あ?殺すぞ?殺すぞ?」

 

それらを一切鼻にかけず、驕る事のない、とても人当たりの良い人格。

 

 

 

 

 

まさに男の頂点と言うべき存在である。それが大門寺海斗……

 

風太郎は改めて、目の前にいる男が、自分とは比べようの無い世界にいることに打ちひしがれる。そして、それに当たり前のように悪態をつく総介にも、はるか遠くにいる存在のように覚える。

 

あんな状況にいても、普段の口調を崩さずに、数十人の男達を無傷で薙ぎ倒していった。どう考えても普通じゃない………

 

 

と、一行が広大な庭を歩いていると、前で何やら話をしている3人の姿が見えた。その内の2人は、先程総介や海斗といた少年と少女。そしてもう1人、灰色の髪に背の高い褐色肌の男……

 

 

 

「あ、旦那達が来ましたぜ」

 

「ん?……おうテメェら、遅かったじゃねぇか」

 

男が振り向くと、総介と海斗に話しかけ、口に咥えていた煙草を指で挟んでふぅっと煙をはく。

 

「お待たせしました、刀次さん。皆を連れてきました」

 

「ん、ご苦労さん海斗」

 

男の名は『片桐刀次』。大門寺家対外特別防衛局『刀』の副長であり、剛蔵の右腕にあたる人物。ガンを飛ばしてるかのような鋭い目つきと、瞳孔が開きっぱなしの目は、どっかのマヨラー副長を彷彿とさせている。まぁ彼がモデルだし、無理無いね。そして左側の腰には、総介や海斗と同じく、日本刀が差してある。

 

さらに、めっちゃ喧嘩してそうな見た目なので……

 

(………ヤダ、カッコいい……)

 

ワイルドな風貌が好きな二乃のドストライクな見た目だったりする。日焼けしたような褐色の肌と、鋭い目つきに、グレーの髪。がっしりとしている体格に、身長も188cmと結構高い。ガテン系の仕事をしていてもおかしくないワルな見た目は、頬を赤くした二乃の目を釘付けにするには充分だった。

 

(い、いや、ダメよ。私には海斗君が……)

 

ブンブンと首を振り、刀次へと移ろいそうな心を慌てて沈める二乃。

ホント何なのコイツ?

 

「お前たちが例の五つ子の姉妹か。剣一から聞いてはいたが、マジで顔立ちはそっくりだな」

 

僅かに眉を上げながら、同じ顔の姉妹に少し驚く刀次。と、五つ子の顔を順番に見ていた彼の視線が、ある人物へと止まる。

 

「……ところで、お前さん誰だ?」

 

「え?あ……いや、その」

 

そう声をかけられた人物……風太郎は、突然刀次から話しかけられ、慌てる。

 

「彼は『上杉風太郎』。五つ子の家庭教師をしている人物です。訳あって、彼も巻き込まれてしまったので、彼女達と共に御同行してもらいました」

 

すかさず、海斗がフォローに入る。

 

「おいおい、俺達が聞いてるのはこの五つ子の警護だぞ?どこぞの知らねぇ民間人をここに連れて来んのは……」

 

「彼にはそうする程の『価値』があります。僕も総介も、その考えで一致していますので……」

 

「………まぁいいけどよ」

 

と、刀次はため息を吐いて頭をクシャッとかきながら、次は総介へと目を向ける。

 

「総介、テメェには色々言いてぇことがあるが……この後も色々つっかえてるんでな、今は見逃してやる。それと、お前が以前言ってた『例のモノ』が出来たそうだからな、今すぐ取りに行け」

 

「お、マジでか?『アレ』届いたのか……っし、丁度総帥への『謁見』だ。早速取って来ますわ。刀次さん、アンタも伝書鳩並みには役に立つんスね、感心しました。あざす」

 

「誰が伝書鳩だコラ。お前殺すぞ?あ?マジで殺すぞ?」

 

「旦那、俺がそこまで案内しまさぁ。あ、『鳩切さん』、そこの女たちを親父さんのところに連れてってやってくだせぇ」

 

「誰が鳩切だ!完全に役割が伝書鳩になっちまってんじゃねぇか!」

 

「んじゃ海斗、後は頼むわ。すぐにそっち行くからよ」

 

「ああ」

 

「無視かよオイ!」

 

怒りマークを複数浮かべる『伝書鳩切』を尻目に、総介と明人は、先に屋敷内へと入って行った。

 

 

 

 

「………」

 

そんな彼を、三玖は声をかけることも出来ずに、ただただ見つめることしか出来なかった。

 

「チッ、ったく……おい海斗、アイナ。コイツらを父親の元に連れてけ。俺も後で行く」

 

「分かりました」

 

「承知しました」

 

2人が返事をした時、二乃が話に割って入ってきた。

 

「ち、父親って……パパもここに来てるんですか?」

 

「ああ、やけに娘を心配してたがな……とっとと会ってやりな。お前らも少しは安心すんだろ」

 

じゃあなと、それだけを言い残して、刀次は総介達とは別の方へと歩いて行った。

 

「……じゃあ、僕たちも行こう。中野先生が待ってる」

 

「……うん」

 

そして、その場に残った一行も、海斗とアイナの案内で、屋敷の中へと入って行った。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「お父さん!!」

 

海斗とアイナの案内により、屋敷の中の一つの部屋の襖を開いたその先に、五つ子の義父マルオは立っていた。相変わらずフォーマルな格好をしている。

 

「………五月君」

 

彼の姿を見るや、すぐさま抱きついてきた五月。そのままマルオが無事だったことと、先程のことがよっぽど怖かったのか、わんわんと泣き始めた。

 

 

 

 

「………皆、無事でよかった」

 

顔は無表情のままだが、自分に抱きついて泣く五月の頭を撫でる手は、若干震えている。

 

「中野先生、お久しぶりです」

 

「……大門寺君」

 

マルオは、自分に話しかけてきた海斗へと目を向ける。

 

「今回の件、我々の初動が遅れてしまい、このような事態になったこと、大変申し訳ありません」

 

マルオに向かって頭を下げる海斗。だが、マルオはその謝罪を受け取るよりも、海斗達への感謝を述べた。

 

「……いや、謝らないでくれ。君……貴方達『刀』は、あくまで防衛部隊。それ故に相手の動きが無ければ動きはしないと、事前に渡辺さんから話は伺っていた。それに約束通り、娘達を無傷でこの場に連れてきてくれた。それで充分だ。本当に感謝してもしきれないくらいだ……ありがとう」

 

「……恐悦至極に存じます」

 

マルオも、総介と海斗に娘を護ってもらった大恩がある。特に総介には二回も救われた。その一度目は、完全に自身の落ち度だ。それが無ければ、今頃娘達は………

 

 

「ね、ねぇ、大門寺君?」

 

すると、一花が、我慢できずに口を開いた。

 

「さっき言ってたことなんだけど……そろそろ教えてくれないかな?君たちって一体……何者なの?」

 

「………そうだね。説明するよ」

 

「………」

 

海斗は、アイナに目を向けると、彼女はそのままコクっと小さく頷く。するとそのタイミングで……

 

「ありゃ、皆さんここにいたんですかい?いったい何の話で?」

 

明人が戻ってきた。

 

「この子たちに色々と話すところだよ。ところで、総介は?」

 

「ああ、旦那なら頼んでた『モノ』を見て、すげ〜嬉しそうにしてましたよ。ま、その内来るでしょ」

 

「そうかい……まぁ、総介はいないけど、先に彼女たちに、僕らのことの話をしよう」

 

明人が入ってきたが、そのまま話を進めることにした海斗。

 

 

「僕たちが何者か、それを知りたいって言ったね、一花ちゃん?」

 

「………うん」

 

 

 

 

 

 

そして海斗の口から、全ての真実が語られ始めた。

 

 

 

 

 

「僕達はこの大門寺、そして中野先生を始めとした同盟相手の方々を、有事の際に護るための組織、大門寺家対外特別防衛部隊『(かたな)』の一員なんだ」

 

 

「と、特別防衛部隊……」

 

「『かたな』?……」

 

「つまり、大門寺が独自に創設した、特殊部隊という意味です」

 

海斗の言ったことにイマイチピンとこない一同だが、アイナが補足を入れる。

 

 

「……じゃあ、浅倉君も?」

 

「そうだよ。総介を始め、ここにいるアイナや、彼『御影明人』も、『刀』の一員だ。アイナは銃だけど、僕たちのように、ほとんどの局員は、日本刀を差している部隊だよ」

 

「まぁそのせいで、『時代遅れ』だの『現代を生きる侍』だの言われやすけどね。下手くそな軍隊の銃なんかよりこっちの方がよっぽどやりやすいんですけどね」

 

「……侍……」

 

明人の言った『侍』という言葉に、三玖が反応して呟く……

 

「局員は100人程と少ないですが、全員が個人で数十人規模の部隊を単独で制圧できる程の精鋭で構成されています」

 

「……えっと、それって……」

 

「すごく、強いってことだよね……」

 

「……簡潔に言えば、そうですね」

 

 

「そして、その中でも総介と僕、アイナと明人は、その『上』の段階にいるんだ」

 

「……上、ですか?」

 

「そう。『刀』の中でも抜きん出た戦闘力を持つ局員は、『異名』、つまりは二つ名を与えられて、『懐刀(ふところがたな)』と呼ばれる、ありふれた言葉で言えば『幹部』のような存在になれる」

 

「………ふところ、がたな……?」

 

「異名?………」

 

やはり、姉妹にとって難しい用語が一杯出てきてるせいで、イマイチ理解が出来ていない様子だ。しかし………

 

「………」

 

三玖だけ、明らかに表情が違っていた。戦国武将や、侍関連の用語に詳しい彼女は、海斗の言ってることが大体は理解できていた。

 

「総介さんは"鬼の子"を意味する鬼童(おにわらし)、若様は同じように"神の子"『神童(しんどう)と呼ばれています」

 

「そしてアイナには戦姫(いくさひめ)、明人には夜叉(やしゃ)の異名が与えられているよ」

 

 

「……おにわらし?」

 

「いくさひめ……やしゃ……う〜ん」

 

 

と、三玖以外のちんぷんかんぷんな姉妹達(特に頭の上にうずまきを浮かべる四葉)に、明人がめっちゃ簡単に説明する。

 

 

 

 

 

「まぁつまり、こういうことでさァ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この地球上に

 

 

 

 

 

一番強い奴が10人いれば

 

 

 

 

 

 

俺や若様、浅倉の旦那やそこのアイナがその10人のうちの4人ってことでさァ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!?」

 

「「「ええええ!!??」」」

 

「「はぁ!!??」」

 

明人がめちゃくちゃ簡単にした説明に、三玖が目を見開いて驚き、一花、四葉、いつの間にか泣き止んでた五月が同じ声を上げて、二乃と風太郎が似たようなリアクションをとった。

 

 

「……ソースケが……」

 

「海斗君とアイナが……そんな……」

 

「………」

 

特に三玖と二乃は、あまりの衝撃的な事実に驚きがマシマシになったことだろう。

しかし、先程の総介と海斗の大立ち回りをして尚、息切れひとつおこしていない2人を見て、一同は安易に否定することも出来ない。

そんな彼女たちに、明人は説明を続けた。

 

「その中でも、浅倉の旦那と、若様は、トップ5に入るぐれぇ強ェですよ。

 

 

 

若様はもちろん剣術は天才的ですけど

 

 

 

 

旦那の場合は、何というか、

 

 

 

 

アレは本物の鬼の子っていうか、本物の『鬼』ですね」

 

 

 

「………鬼?」

 

 

 

 

 

そして、明人から、総介の真実が、三玖へと告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1年前ちょっと前ですけど

 

 

 

 

 

 

大門寺にケンカ売ってきた奴らがいましてね

 

 

 

 

 

 

その大きな争いの中で、旦那は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たった一人で、200人以上いた敵を皆殺しにしたんでェ」

 

 

 

 

 

 

 

明人の言葉に、姉妹と風太郎から、一瞬言葉が、思考が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……な、何よ、それ……」

 

数秒経ち、ようやく二乃が震えながら口を開く。

 

 

「明人」

 

「……へい、今のぁちと余計でしたね」

 

海斗に諌められ、そこで言葉を切る明人。彼の言ったことは事実であった。

 

 

 

 

あの日………

 

 

 

別行動をとっていた明人とアイナが合流すると……

 

 

 

 

そこには、血溜まりと肉塊で染められた死体の海……

 

 

 

 

 

 

100……200……いや、それ以上……

 

 

 

 

 

 

 

 

その赤い海の中央に、『鬼』は立っていた。

 

 

 

 

 

 

虚な目をしながら

 

 

 

 

 

 

たった一本の日本刀をその手に握りしめて

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほ、本当なの?」

 

「………」

 

一花が、そう尋ねる。海斗は少し黙るが、腹を割って話すと決めたのだ。今更隠すことなど出来ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「…………事実だよ」

 

海斗が目を閉じながら、小さく答えた。そして、こう続ける。

 

 

「……それに、総介だけじゃない。

 

 

 

 

 

僕も

 

 

 

 

アイナも

 

 

 

 

 

明人も

 

 

 

 

 

 

多かれ少なかれ、たくさんの人を殺している」

 

 

 

 

 

「!!!」

 

 

 

「……うそ……」

 

海斗は、真実を告げるとともに、総介へのフォローも兼ねて、そう打ち明けたつもりだった。しかし、それらを聞いた姉妹や風太郎のショックはあまりにも大きく、マルオですら、年端もいかない彼らがを既に人の道を逸脱していることに、目を見開いて驚きを隠さないでいた。

 

 

とはいえ、彼らも無差別に人を斬ってきた訳ではない。

 

そのまま海斗の説明は続く。1年前まで、大門寺と長きに渡って抗争状態にあった相手。その勢力は『過激派』そのものだった。

 

大門寺家本邸転覆計画、同盟相手を人質にとり、時には殺害、縄張り内でのテロ計画、そしてその中でも最も大きな被害を出したのが………

 

 

 

 

 

 

 

7年前の大型ショッピングセンターの事故に見せかけた爆破事件。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその中の一人の犠牲者が、総介の母親だった…………

 

 

 

 

 

「そんな………」

 

「………」

 

姉妹たちが、次々と明かされる真実に、驚き続ける中、三玖と風太郎だけは、総介から事前に聞いていたとはいえ、改めて伝えられた事実に、目を下に向けるしか出来なかった。

 

 

 

「俺らはあくまで、売られたケンカを買うだけ。大門寺にちょっかいを出す奴らを容赦なく叩き潰していくだけですけど、奴らは違う。

大門寺の首を落とすためなら、どんな事でもする。多数の市民が犠牲になろうが、奴らは自分達(テメェら)が上に立って甘い汁すすれさえすれば、そんなもん関係ないって思考の連中でさァ」

 

「そんな者達のくだらない理由のために……総介さんのお母様は、犠牲になったのです………」

 

 

「彼だけじゃない………僕達3人も、とてもお世話になった人だだった。あの時のことは、今でも昨日のように覚えているよ……僕たちでも、想像し難い悲しみや、怒りが湧いたものだ。総介がどんな思いで、これまで過ごしてきたか……」

 

「………」

 

3人の口から出た、壮絶な話に、全員が黙り込んでしまった。

今まで過ごしてきた彼が、そこまで悲しい出来事を背負って生きてきたことなど、微塵も感じさせなかった。

常にやる気の無い目をして、どこか達観したように、物事を見つめる総介。

 

 

風太郎を含め、三玖達姉妹が必ず一度は、彼を『大人みたいに落ち着いている』と感じていたが、少し納得がいった。自分達とは、経験してきたことが違いすぎる。目の前の3人もそうだが、とても同じ17歳のようには思えない。明人は1つ下だが……海斗はもちろん、アイナと明人にも、彼女たちは総介と同じものを感じていた。

 

 

 

 

「私たちは、その者達を止めるために、裏で戦い続けてきました……『大門寺のため』という大義を掲げてはいましたが、少なからず総介さんのお母様の仇をとりたいとも、心の内に存在したことは否定できません」

 

「まぁ旦那の場合、あの頃は100パー復讐のためだけに『刀』にいたようなモンですからね。連中を何の容赦もせずに斬り殺していく様は、さすがの俺でもブルッちまった程でィ…………

 

 

でも、そんくらい旦那にとってお袋さんの存在は、デカかったんだと思いますよ俺ァ」

 

「………」

 

復讐。そのためだけに、総介は、生きて、刀を振り続けたと明人は言った。

 

 

 

「……そ、そんなの、ダメです!」

 

と、その中で、四葉が明人に向かって強い声で言った。

 

 

「お母さんの仇をとるために人を殺すなんて……そんなこと、しちゃダメですよ!」

 

「……そ、そうです!四葉の言う通りです!敵であっても、たったひとつの命をそんな簡単に奪うことなんて、そんなことあってはいけません!」

 

四葉に続いて、五月も3人に物申した。2人としては、それなりに勇気を持って言ったことであったが、3人はそれに、眉ひとつ動かそうとはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら泣き寝入りしろってのか?」

 

「………え?」

 

四葉と五月の言ったことを、明人は声を少し低くして返す。

 

「身内が殺された。相手は殺しを楽しんでやってるクズ野郎だ。だが人の命奪うのはいけねぇ、こっちはいい子ちゃんで何もせずにいよう………そう言いてぇのか?」

 

 

 

「そ、それは………」

 

「なら今度はこっちから聞くが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が今からテメェら5人の内の1人殺しても、お前は何もせずいい子ちゃんでいられんのか?」

 

 

「「「「「!!!!」」」」」

 

明人が、2本差している刀のうち一本を抜き、四葉に切っ先を突きつける。

 

 

「それでもテメェは、『復讐は良くない』『復讐からは何も生まれない』とかいうどっかのバトル漫画の空気読めねェ綺麗事ほざく優等生ぶった野郎と同じことほざけんのかって聞いてんだ?え?」

 

 

 

「そ、それは………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………日向(おもて)の事情しか見ちゃいねェテメェらにひとつご教授してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

復讐を知らねェ奴が、復讐を語ってんじゃねェ

 

 

 

 

 

 

そんなクソの役にも立たねェ綺麗事を、俺らの前でほざくんじゃねェぞ

 

 

 

 

 

 

クソガキども」

 

明人は、普段のマイペースな表情を一変させ、2人を鋭い目つきで睨む。

彼にとっても、総介の母は世話になり、孤児の彼にとっては母のように慕っていた存在だった。それを殺されたのは、彼の中でも大変ショックであり、かつ明人にとって数少ない大きな怒りを、覚えさせることとなった。

だからこそ、何も知らないで言う四葉と五月に、若干イラついたのだ。

明人の目が、『夜叉』としての目を帯び、姉妹へと向けられたその時……

 

 

 

「明人、剣をしまうんだ」

 

海斗が彼を諌める。

 

 

「若様……ですが」

 

 

「しまうんだ、これは命令だ」

 

 

 

「………」

 

語気強めて命令する海斗に、明人は渋々刀を収める。

それを見てから、海斗は姉妹の方へと顔を向けて、話を始める。

 

 

 

 

「………四葉ちゃん、五月ちゃん、君たちの言うことも理解は出来る。けれど、僕も明人と同じ意見だ。

 

 

 

これは僕達の戦い、僕達の領域なんだ。

 

 

 

血は繋がっていなくとも、僕らは総介を『兄弟』だとも思っている

 

 

 

 

その彼の唯一の肉親が、ある日突然殺されたんだ

 

 

 

 

それも、人を殺すことが生き甲斐のような、救い様の無い者の手でね

 

 

 

 

それまで慎ましくも幸せに過ごしていた、唯一の存在を、目の前で奪われた

 

 

 

 

 

君たちに、総介の悲しみが、怒りが理解出来るのかい?」

 

 

 

 

「…………」

 

 

海斗のゆっくりと宥めるような口調に、四葉と五月が、視線を落としてしまう。

 

 

 

「君たちも母親を亡くしている身だということは、こちらも重々承知しているよ。

 

 

 

それでも、今の言葉は僕も聞き捨てならない

 

 

 

 

僕達3人にとっても、総介のお母さんは分け隔てなく良く接してくれた大切な人だった。

 

 

 

 

 

でも、彼にとっては、唯一無二の肉親だったんだ。

 

 

 

 

君たちと同じように、父親のいない彼を、女手一つで育てて

 

 

 

 

これからという時に、欲に駆られた連中によって、無差別に殺された

 

 

 

 

君たちには、それぞれに4人の血を分けた存在がいる

 

 

 

 

けど総介には、もう何も無い

 

 

 

たった1人なんだ

 

 

 

 

たった一つの大切な存在を、人によって奪われたんだ

 

 

 

 

 

 

これが、どれだけの痛みかを理解出来ているのなら

 

 

 

 

 

復讐してはいけないと、総介の前で言うことができるかい?」

 

 

 

 

 

「………」

 

 

「………」

 

 

四葉も五月も、海斗の言ったことに、答えることが出来ないまま、そのまま下を向き続ける。

 

 

「……ね、ねぇ、大門寺君」

 

「……何かな、一花ちゃん?」

 

と、ここで一花が、話題を変える事と、自分が気になったことを海斗に聞いた。

 

 

「その浅倉君が復讐する相手って………どうなったの?」

 

 

「………」

 

 

一花の質問に、海斗は少し沈黙してから、再び口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「………死んだ」

 

「!!!」

 

 

「正確には、消息不明かな。総介のお母さんを殺した『その男』は、状況としては死んでもおかしくは無いけど、遺体は見つかってはいない……

 

 

 

『その男』がいた組織も、一年前にようやく壊滅したよ」

 

 

 

「……じゃあ、浅倉君は、お母さんの仇を、とったの?」

 

 

 

 

 

 

「……いや、あの時は不本意な形での決着だった。

 

 

 

 

 

 

僕達4人でようやく追い込むこんだ後に……

 

 

 

 

 

 

 

その後、総介が出来たのは、『その男』の左腕を斬り落としたぐらいさ」

 

 

「………」

 

海斗の話を、戦慄しながら聞く一同。目の前の人間達の体験談は、恐怖を覚えるほどのものであり、現実に彼らが幾人もの殺しを行なってきた事を、正確に伝えられている事を改めて思い知らされる。

 

 

 

「……そこから先の話は、彼のためにも伏せておくことにするよ。もし聞きたかったら、本人に直接聞いてほしい……もっとも、総介が話そうとするかどうかは、僕にも分からないけどね……」

 

「………」

 

 

僕からの話は終わりだと言わんばかりに、海斗はフゥっと息を吐いた。

すると…….

 

 

 

 

 

「………ですが、今の総介さんは、変わられました」

 

「!………」

 

その直後にアイナの言ったことに、一同は下に向けていた少し顔を上げて、聞きいる。

 

 

 

 

 

「彼を変えたのは間違いなく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中野三玖さん、あなたです」

 

「!」

 

突然名前を呼ばれて、うちを開けて驚く三玖。姉妹も、一気に三玖へと注目する。

 

「いや、アイナの言うことも一理あるけど、正確には『昔に戻った』かな」

 

「昔に……ですか?」

 

「僕たちと出会ってからは、総介はずっと『大事な人を護れるように強くなりたい』と、前向きに道場で修行してたものだ。その時の表情と、今の総介が、どこか同じような気がするよ………」

 

「……誰かを、護る……」

 

「まぁその誰かさんってのは、昔だと旦那のお袋さん、今だとそこのヘッドホンのお嬢さんになるわけですかね?」

 

「……そうだね。三玖ちゃんの存在が、僕たちも見たことないくらいに、総介に影響を与えたのは間違い無いよ」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「話は終わったか?」

 

 

 

「「「「!!!?」」」」

 

「……浅倉……」

 

 

「ソー、スケ………」

 

 

姉妹と風太郎の後ろから、突然声がしたので、振り向いたら総介が襖にもたれながら立っていた。そしてその横に、刀次もいる。

 

良く見ると、服装が先程と違う。

 

 

日本刀を差しているのは変わらないが、上着は彼の代名詞と言える黒パーカーではなく、黒く丈の長い羽織を着ており、中には着流しの上から胴当て、両腕には籠手をつけている。今現在、海斗が着ている白の『刀』の隊服、それら反転させたような装束である。そしてその羽織の背中には、大門寺家の家紋があしらわれていた。

 

 

さながら、幕末の志士のような格好である。

 

 

「ったく、人ことをペチャクチャしゃべってくれやがってコノヤロー」

 

「嘘は言っていないさ。それより、どうやら届いたようだね」

 

 

「ああ、やっぱこっちの方が動き易いわ。前のロングコート(真選組モデル)はどうも肩周りがキツかったからな。やっぱ羽織の方が動き易い」

 

「いやこの隊服お前が考案したんだろうが!何自分で動きづらいっつって新しい奴拵えてんだ!」

 

横にいたそのロングコート(真選組モデル)を着る刀次が突っ込むも、総介は全く意に介してはいない。

 

 

「俺ァ旦那の発案したこの隊服好きなんですけどね」

 

「俺も見た目は良いんだがな。機能性と、どっかのニコ中副長とのペアルックはゲロ吐くほどヤダなぁってなっちまって、羽織の方を発注してもらった」

 

「良いですねェ旦那。俺も片桐さんとのペアルックには嫌気が差してたんでさァ。こりゃちょうど衣替えの時期ですね。

 

 

 

 

 

 

 

つーわけで片桐さん、今度から『どじょうすくい』の格好で任にあたってくだせェ」

 

 

「お前が着替えんじゃねぇのかよ!しかも『どじょうすくい』ってなんだ?!ほっかむりにザル持ってどうやって戦えってんだ!?」

 

「盾にでもすりゃいいんじゃね?」

 

「そして弾貫通して死ぬんじゃね?」

 

 

 

「お前らが今ここで死ぬか?お?」

 

 

総介と明人のおもちゃにされる刀次。割といつもの光景である。

 

と、総介が新しい『刀』の隊服でここに来たということは………

 

 

 

「ったく……おいお前ら、揃ったんならとっとと行くぞ。他の連中もすでに揃ってる。後は『総帥』とお前らだけだ」

 

「そうですか……じゃあ、行こうか」

 

 

「かしこまりました」

 

「へーい」

 

「え!?」

 

と、刀次に言われた4人が、各々に服装を整え始める。その様子に、二乃が声をあげた。

 

 

「行くって……どこに?」

 

「大門寺家の総帥………つまり、僕の父さんが、『懐刀』全員を招集したんだ。今から『謁見』しないとね」

 

「海斗君の……お父さん?」

 

そう聞いて、二乃は海斗の父ということで、ナイスミドルでダンディな姿を想像する……

 

 

 

 

 

 

「……挨拶しなくっちゃ!」

 

「ねぇ、『えっけん』って何?」

 

「とっても偉い人に会うって意味です」

 

「無論、今回の件についても話すから、二乃ちゃんや、みんなも来てくれるかな?中野先生、貴方にも是非お目通り願いたく思います。いかがでしょう?」

 

「………わかった」

 

「わかりました………」

 

姉妹のほとんどが、その提案を承諾したが、三玖は未だに俯いたままだ。

 

「………僕如きが、『大門寺の総帥』に目をかけていただいて良いのだろうか?」

 

「ええ、父はあまり気にしない人です。一目会えばわかりますよ」

 

「……では、僕も行くとしよう」

 

海斗の提案に、マルオも了承した。そして総介は、風太郎へも声をかける。

 

「上杉、お前も来い」

 

「お、俺も?」

 

「一度でも見とくといいさ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『世界の頂』ってやつをな」

 

「……い、頂……」

 

総介の口ぶりからして、とんでもない人物だということは明らかだろう。海斗の父、そしてこの巨大な大門寺家の頂点に君臨する男…………それは一体どんな人物なのだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、ただの『THE・ご都合主義人間(チートキャラ)』なんですけどね。

 

 

 

 

 

 

こうして、総介の昔話も終わり、一同は大門寺家総帥『大門寺大左衛門』へと謁見すべく、残りの『懐刀』が集っている(すめらぎ)の間』へと向かって移動を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソースケ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は………

 

 

 

 

 

 




総介の着替えの終わった新しい『刀』の装束は、『白夜叉』時代の銀時の黒バージョンだと思ってください。
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
すんません、今回で『懐刀』集結しませんでした。
次回こそ、本当に『懐刀』集結です!!


そしてチートというかもはやバグキャラの海斗の父も再登場します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70. 大門寺大左衛門陸號(THE・チート人間)

70話いっちゃいました。よく飽きずに続けてるよな作者……

今回は少し箸休めってことで。あと、海斗の父の大左衛門についてハチャメチャな設定が出てきますが、シリアスな笑い、もしくはギャグだと思ってお読みください。

てかもうギャグですギャグ!

この作品は頭空っぽにして読める作品を目指してます。


大門寺家本邸(すめらぎ)の間』

 

 

 

それは大門寺邸の最も奥に在る部屋であり、200畳というホテルの大宴会場に匹敵する広さを持つ。

 

ここで行われる行事は、『総帥への謁見』、『【刀】が全員集っての決起の集会』『大左衛門の筋トレ場所』である。

 

 

 

 

ん?最後おかしくね?

 

 

……まぁ、何はともあれ、この部屋を自由に行き来できるのは、総帥である『大左衛門』、妃の『天城』息子の『海斗』と、それらの許可を得た者のみ。

 

 

この場所は、例え何者かが攻めて来ようとも、何人たりとも絶対に侵入を許してはならない、大門寺にとって不可侵の聖域なのである。

 

 

まぁ例え誰が攻めて来ようとも、ほとんどはその前に『懐刀』のエサ、ストレス解消、生贄、練習相手としてコマ切れにされちゃうのがオチなんですけどね……

 

そんな聖域の入口の襖まで到着した、総介、海斗、アイナ、明人、刀次、五つ子姉妹と風太郎………

 

「………何やら嫌な予感がするのですが……」

 

ここまできて、アイナは襖の取っ手に手をかけるのを渋った。原因はもちろん………

 

 

 

「安心しな。流石に総帥への謁見間近だ。剛蔵さんも空気読んでるだろうよ」

 

「………だと良いのですが……」

 

刀次のフォローにも、不安を拭いきれないアイナ。恐る恐る襖を開けてみると………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっかえりィィ〜〜〜〜!!アイナちゅわぁぁあああああんんぬっ!!!」

 

 

 

 

「……せいっ」

 

 

 

ボカァっ!

 

 

 

「ガビエラぁぁあっっ!!?」

 

 

 

「………すまん、全然読んでなかったわ」

 

 

 

 

刀次が訂正した通り、一切空気を読んでない……というか読むつもりのなかった剛蔵が、アイナに向かっておもいっきしダイブしてきたので、これをカウンターで正拳突きを顔面にお見舞いしたアイナ。その一撃で、剛蔵は数メートル後ろに吹っ飛ぶ。

 

「イタタタ……酷いじゃないかアイナちゃん!お父さん、悪い男たちを相手にして大丈夫かとずぅ〜っと心配してたのに、帰ってきていきなり殴るのなんてあんまりだよ!!」

 

「帰宅してからの挨拶でいきなり娘に飛びつく人の方がよっぽど悪い男に見えますが、お父様?」

 

「そんな!……いや待て。近頃はちょいワル親父が流行ってるって聞くし……俺もワルに見られてるのも、これはこれでワイルドさが出てアイナちゃんを少し胸キュンさせられるかも……」

 

「それ10年以上前の流行りですし、あと胸キュンどころか胸焼けで寝込むことになるのでやめてください」

 

 

剛蔵の意味のわからん企みに、怒りマークを頭に浮かべて冷たい目で見下すアイナ。

 

 

すると、後ろにいた二乃が、口を開く。

 

 

「お、『お父様』って……アイナの、お父さん?」

 

「………はい。お恥ずかしながら、この方が私の実の父です」

 

 

「……ん?おお、連れてきてくれたか!いや〜こんなところまでご足労頂き申し訳ない!」

 

ひょこっと顔を出した二乃を見た剛蔵が、そのまま倒れていた身体を起こして立ち上がる。

 

 

 

(で、デカっ!!)

 

二乃を始め、剛蔵と初対面の姉妹と風太郎は、立ち上がった剛蔵に目を点にして驚く。

200cmの身長を持つ巨漢。刀次と明人と同じ、『刀』の隊服の上からでもわかる筋肉質の肉体。顎髭を生やしたゴリラ……じゃなくて、無骨な顔立ち。彼らとは違い、日本刀は腰には差してはいないが、そもそも彼の得物は『大太刀』なので、普段は携帯はしてはいない。

 

「おー中野先生!お久しぶりですな!ということは、この子たちが、例の……」

 

「お久しぶりです、渡辺さん……はい、こちらが私の娘達でございます」

 

「ほほう、本当に五つ子なんだな。誰が誰かが見分けがつかんが……いやはやして、皆別嬪さんじゃないですか!かぁ〜!中野先生、アンタもまた幸せ者だ!こんな可愛い娘たちに囲まれているとは!

 

 

まぁいくら別嬪だろうとも、うちのアイナちゃんには敵いませんがな!ガーッハッハッハッハァ!!!」

 

 

「……やめてください、お父様。割とマジで」

 

豪快に笑う剛蔵に、それに顔を赤くしながらキツい目で父を睨むアイナ。

二乃を始め、五つ子たちは『この2人本当に親子なのか?』と疑うほどに、似ても似つかない2人だが、しっかりと血の繋がった実の父娘である。

と、剛蔵が笑うのをやめて、五つ子達へと顔を向ける。

 

「おっと!挨拶がまだだったな!

 

 

初めまして、お嬢さん達!自分は『渡辺剛蔵』!

 

ここにいるキュートでラブリーな自慢の娘のアイナちゃんの父親にして、大門寺家対外特別防衛部隊『刀』の局長だ!以後お見知り置きを!」

 

 

「だからやめてくださいってその自己紹介!」

 

自己紹介に明らかな蛇足が入っていたことにツッコむアイナ。

 

「は、初めまして。中野二乃です……アイナとは、クラスが同じで、友達です」

 

「おお!君がアイナちゃんの友達の子か!本人から聞いてるよ!アイナちゃんが初めて総介達以外で気の許せる友人が出来たと、よく俺に嬉しそうな顔をして言ってたり、2人で遊びに行く日はいつもよりテンションが上がっているもんだ!くぅ〜、まったくもって羨ましい!!」

 

「そ、そうですか……」

 

「やめて!娘の前で、娘の友達に家での娘の様子を喋るのは、もうやめてぇ!」

 

豪快にアイナの家での言動を暴露する剛蔵に、少し引いてしまう二乃。それを見たアイナは耐えきれなくなってしまい、赤く染まった顔面を両手で覆い隠して首を横にふり続ける。かわいい。

 

「羨ましいことこの上無しだが、ようやく娘に出来た心の友だ。これからもアイナちゃんと仲良くしてやってくれ!父としての頼みだ」

 

「え、ええ……それは、まぁ……」

 

剛蔵の要望に、二乃は少し答えを濁してしまう。そりゃだって、その前の部屋で聞いたことがショックすぎたからね……

 

と、そんなことは露知らずと言いたげに、剛蔵は二乃の次に、目を向けたのは………

 

「ん?そこのお嬢さん。えっと、首にヘッドホンをかけてるお嬢さん」

 

「えっ……」

 

急に指名された三玖が、ビクッと肩を揺らして反応する。

 

「君は確か、総介と付き合ってる子か!名前は……え〜っと……」

 

「………中野三玖……です……」

 

「おお!やっぱりそうか!前にアイナちゃんを追いかけ……じゃなくて、たまたま総介と歩いているのを見かけたからもしやと思ったが……いやいや総介!お前も中々にこんな可愛い子を侍らせるようになったんだなぁ!!」

 

「やめてくんない?その『侍らせる』って言い方やめてくんない?」

 

やる気の無い口調でツッコミをする総介。

 

「総介も年相応に、恋をすると聞いた時は驚いたもんだよ俺も!

 

 

……三玖さんといったか!見ての通り総介は、こうしてやる気の無いグニャグニャした物臭な奴ではあるが、こいつの中の魂は刀のように一本筋の通っている、文字通りの『侍』だ!決して君を後悔させやしないだろう!何があろうとも、どんな事をしようとも君を護ると、コイツはそう言ってた。その言葉は紛れも無い本物だ。総介の成長を見てきた者として、これだけは保証する!これからも総介と仲睦まじくあってほしい!」

 

「…………」

 

剛蔵は小さい頃から見てきた総介に、恋人が出来たことに今更ながら感慨深げになり、三玖へそう伝えるが、先程の二乃と同じく、三玖は答えることが出来なかった。

 

 

「グニャグニャって……俺普段そんなにひん曲がってんのか?」

 

「なんと言うか……『斜に構えてる』というのが表現として正しいかな?」

 

と、何事も無く会話をする総介と海斗。すると剛蔵は、残った3人を見る。

 

「さて!こちらのお嬢さん達は……」

 

目を向けられた3人は、ビクッとしながらも、順番に自己紹介をしていく。

 

「な、中野一花です。この子たちの長女です……」

 

「わ、私!中野四葉です!四葉のクローバーの『四葉』です!」

 

「わ、私は、中野五月です。よろしくお願いします……」

 

上から順番に自己紹介していったが、剛蔵はそれを見て、腕を組んでこう言った。

 

 

 

 

 

 

「なるほど!うん!顔がそっくりでわからん!!!」

 

 

「「「………えぇ〜〜……」」」

 

 

一纏めされた残りの3人であった。

 

「さてっと…………ん?」

 

五つ子たちとも面通しも済んだことで、本題に入ろうした剛蔵の目に、とある人物が目に留まった。それは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ところで、誰だ君は?」

 

 

 

 

 

「え!?お、俺……?」

 

もちろん風太郎である。この場において、本来はいないはずであろう部外者である風太郎だったが、四葉のやらかしの所為と、自身が原作主人公故の巻き込まれ体質(主人公補正)によってこの場まで連れてこられてしまったことを、剛蔵は全く把握してなかった。

 

 

「え、えと、上杉、風太郎です……俺は、コイツら五つ子の……」

 

とにかく、剛蔵に聞かれたので答えようとした風太郎だったが……

 

 

 

 

 

 

「はっ!!さては貴様!!アイナちゃんを彼女にしようと企んで、ここに潜り込んだ者だな!!?」

 

「え……は、はぁ!?」

 

「おのれストーカーめ!!アイナちゃんは誰にもやらん!!お前に会わせる顔はない!!!即刻お帰り願おう!!!帰れ帰れ!!!」

 

「え!ええ!?俺が、ストーカー!?」

 

支離滅裂な言いがかりをつけ、やんややんやと騒ぎ出す剛蔵に、流石の風太郎も戸惑いを隠さないでいる。と、ここで刀次がすかさずフォローに入る。

 

「はぁ……落ち着け剛蔵さん。コイツは五つ子の家庭教師なんだとよ」

 

「何!?家庭教師!?………分かったぞ!アイナちゃんの家庭教師になって、そこからお近づきになる算段だな!?そうはいかんぞ!!アイナちゃんは貴様のようなのに頼らずとも学年でトップクラスの成績を残してるんだ!!

スゴいぞーカッコいいぞー!!

残念だったなぁ〜!そんな訳だから、アイナちゃんがお前に教わるものなんか何も無い!!分かったらこの場から即刻立ち去れ!!」

 

「……ダメだこの親バカゴリラ。話まったく聞いちゃいねぇ」

 

「仮に帰らせるとしても、理由が『娘に近づけさせない』ってのが剛蔵さんらしいですけどね〜」

 

 

「はぁもう…………お父様、落ち着いてください。この方は……」

 

見るに耐えられなくなったアイナが、風太郎のことの説明を始める。彼女は風太郎とは直接面識は無いのだが、海斗や総介からこれまで色々と聞いていたので、大雑把なことくらいの紹介は出来る。

 

 

というわけで、

 

 

 

 

「なるほどなるほど。ひょんな事から巻き込まれてしまった、この子達の家庭教師と………話は大体わかった。要するに、この少年はアイナちゃんとはなんの関係もないのだな。それならいい」

 

「よかねーだろ。そこの娘達以外で唯一部外者だぞ。このガキも色々と知っちまってんだ。どーすんだよ剛蔵さん?」

 

「まあまあ、そう急ぐな刀次。この少年に悪意があるわけでもないし、俺たちと敵対するような者でも無さそうだ。そこんところの話は『大左(だいざ)』への謁見が終わってからでも遅くないだろうよ」

 

「そりゃそうだが……」

 

刀次が風太郎の件で言葉に詰まっていたところ、突然とある人物が剛蔵の後ろに現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆様、そろそろよろしいでしょうか?」

 

「「「!?」」」

 

「あ!この前の!」

 

それは、屋敷の雰囲気には似つかわしくない、執事服に身を包んだ男、刀次の兄であり、大左衛門の側近『片桐剣一』だった。

 

「お久しぶりでございます、皆様」

 

「え、あ、お久しぶりです」

 

いち早く反応した二乃を始めとした姉妹に、剣一が挨拶をする。

 

「おお、剣一か!『大左』はどうだ?」

 

「そろそろこちらに着く頃合いかと………」

 

「……そうか。刀次、とりあえずこの話はここまでにしよう」

 

「……しゃあねぇ。少し保留だな」

 

大左衛門がこちらに向かってると聞き、刀次もとりあえず今は引くことにした。

 

「お前達もだ。そろそろ大左が来る。並んで待機しとけ」

 

「はいよ〜」

 

「はい」

 

「承知しました」

 

「へ〜い」

 

海斗とアイナがそれぞれ普通に返事をするが、総介と明人の方は相変わらず間延びしたやる気の無さそうな様子だ。

 

と、剛蔵はマルオや姉妹にも目を向ける。

 

「おっと、中野先生、遅い時間となってしまってますが、あなたと娘さん達にも是非ここで、我々の『主』に会っていただきたい」

 

「我々も……ですか?」

 

「左様。この謁見にて、あなた方のことも話をしようと思います。それに、大門寺の現総帥との対面だ。中々レアですぞぉ〜」

 

「………分かりました。皆、それでいいね?」

 

「う、うん……」

 

「……いいわ。海斗君のお父さんだもの」

 

「………うん」

 

「わ、私も会ってみたい、かも……」

 

「………わかりました」

 

リアクションは違えど、五つ子全員が了承したため、風太郎もその流れのままに、この場所に残ることとなった。

 

 

 

すると、五月が広い部屋を見渡し、あることに気付く。

 

「あ、あの……ところで、『あちらの皆さん』は……」

 

 

五月の発した言葉に、姉妹、風太郎とマルオ、総介と明人が、彼女の指差した方に注目する。そこには……

 

 

 

 

 

「げっ……やっぱいたか……」

 

「今の今までよく大人しくしてたもんスね」

 

指の差された方を向くと、黒いボロボロの巨大な斧を背負った背中を壁にもたれさせながら目を瞑る大男、片膝をつき、片手で首下の十字架を触りながら祈りをするカソック姿の中性的な青年、そして、収めてある日本刀を目の前に置き、正座をしながら微動だにしない白い隊服を着た長い黒髪の女性。

 

 

「あ〜、女の方は知らねーが、他の2人と関わらねぇ方がいいぞ」

 

「は?どうしてよ?」

 

総介の忠告に、二乃が疑問を持つ。と、ちょうどその時、剛蔵が3人へと声をかけた。

 

「お前達もだ。そろそろ大左が来るぞ」

 

そう言うと、白い隊服の女性『今野綾女』は、何も口にせずに、そのまま目の前の刀を持って立ち上がる。

 

 

 

彼女ならまだ良い。問題は………

 

 

「嗚呼、神よ。力無き哀れなこの私が、この地に降臨なされる貴方様をとうとうお目にかかれるのですね……なんという幸せ。そしてなんという僥倖。此度はこの私に、いかなる言葉を授けていただけるのか、考えるだけでも恐れ多く、鼓動が止まらない……いかなる試練であろうとも、我が身は神の意志の実現の為に存在するのです。しからば、私の眼前にて、そのお言葉を……」

 

祈りを捧げていた男『アルフレッド・ショーン・ケラード』の言葉は続いた。

 

 

 

 

「………何なのアレ?」

 

「ただの『中二病』だ。お前らも見過ぎれば頭おかしくなっちまうぞぞ」

 

「ひ、酷い言われ様……」

 

「でもあの人、さっきから変なことばっかり言ってるよ」

 

大げさに手を広げて自分の世界に入って何か言い続けてるショーンに、若干引いてしまう姉妹達。

 

そして、もう1人。

 

 

 

 

 

 

「………ようやく来たか、大左衛門。待ってたぜぇ」

 

顔に傷の入った大男『長谷川厳二郎』が、目を開いて、不敵な笑みを浮かべながら立ち上がる。剛蔵と同じ程の体格を持つ彼は、その背に背負った巨大な片刃の斧、その白い布しか巻かれていない柄の部分へと手を伸ばすが……

 

 

「大左ならもうじき到着だ。まだそれは閉まっておけ、厳二郎」

 

「………チッ、こっちは早く()りたくてウズウズしてんだ。野郎が来るまでと言って、いつまで待たせんだテメェ剛蔵?」

 

「まあまあ落ち着け。本当にもうすぐ入ってくるさ。その証拠に、『懐刀』全員が揃っている。ほら、総介達に会うのも久々だろう?」

 

「あ?」

 

厳二郎は剛蔵から総介達に目を移すと、総介、海斗、アイナ、明人の4人が……そして、いくつかの見慣れない人物達がいる。

 

「なんだお前ら、来てたのか………ところで、そこにいるガキどもは何だ?」

 

「ヒッ!………」

 

「な、何この人……」

 

「す、すごく怖いです……」

 

「………!」

 

厳二郎に睨まれた姉妹達の体が、硬直して震え出す。

 

 

「そう睨むな厳二郎。この子達は客人だ。これからの事を話す為にも、この場所にいてもらわなければならんからな」

 

 

「……なら、どうでもいいな。勝手にしろ」

 

そう剛蔵に言われ、速攻で五つ子に興味を無くした厳二郎。目を離して、そのまま歩き始めた。

 

 

 

 

 

「……ん、おい総介。テメェ去年以上に(・・・・・)強くなってそうだな。どうだ、いっちょ()り合うか?」

 

「お断りだコノヤロー。アンタの相手してる暇なんざねぇよ」

 

「………チッ、んだよ……まぁいい、大左衛門殺したら、次はテメェだ」

 

「あっそ。まぁどうせ無理だけどな」

 

目の合った総介と数回やり取りした後、厳二郎は再び歩みを進めて、よきところで胡座をかいて座った。

 

 

 

 

 

「……こ、怖かった……」

 

「何なのあの人……まだ震えが止まらないわ……」

 

厳二郎が目を離して、姉妹は緊張がほぐれたようで、

 

 

「ガッハッハッハ!いやぁすまんすまん!アイツは強いヤツにしか興味無くてな!基本他の連中にはああいう奴なんだ、俺に免じて許してくれ!」

 

剛蔵が笑いながら謝るが、ここにいる原作キャラ全員が戦慄する。総介達以外で、明らかに殺気を剥き出しにした人物に会ったことで、彼女達は改めて知った。

 

 

 

 

 

ここにいる人物は皆、百戦錬磨の人斬りであるという事を。

 

 

 

 

 

そして………

 

 

 

 

 

「中野先生、遅くなってしまってはいますが、あなた方はこちらでご覧になっていてください。我々の『王』が、ようやく到着したようです」

 

「………わかりました」

 

部屋の後ろに姉妹、風太郎、マルオを残して、剛蔵と刀次も部屋の中央へと歩いて行った。

 

 

 

「………何が、始まるの?」

 

「海斗君のお父さんが来るんでしょ……どんな人なのかしら?」

 

「……ソースケ……」

 

 

 

やがて、剛蔵以外の『懐刀』が、部屋の中央で横に並ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ総帥のご到着だぞ、お前ら。久々の謁見だ、気ィ引き締めろ」

『刀』の副長にして、『懐刀』筆頭『銀狼』片桐刀次

 

 

 

 

 

「なんスか片桐さん、ビビってんですかィ?オムツは履いてきやしたか?」

「履いとらんわボケ」

マイペースな二刀流の天才剣士『夜叉』御影明人

 

 

 

 

「おい、何か臭うぞ。さては刀次さん、ビビり過ぎてウンコ漏らしたなコノヤロー?」

「マジですかィ?剣一さん、コイツのオムツ取り替えてくだせェ」

「お前ら後でしばくからなマジで。総介、ホントマジだからな」

「やってみろよ『銀マルチーズ』」

銀色の魂と鬼の如き力を宿せし侍『鬼童』浅倉総介

 

 

 

 

 

「私はお断りします。刀次は既に自分でオムツを取り替えできる年齢ですので」

「だから履いてねぇつってんだろ!!」

刀次の兄にして、総帥『大左衛門』の側近『朧隠』片桐剣一

 

 

 

 

「まったく……総帥への謁見だというのに、あの人達は……」

戦場を華麗に舞う二丁拳銃の美姫『戦姫』渡辺アイナ

 

 

 

 

 

「ははっ、賑やかで良いじゃないか。場が和むのも、肩の緊張がほぐれて助かるよ」

現総帥『大左衛門』の息子にして、完全無欠の男『神童』大門寺海斗

 

 

 

 

「…………」

寡黙な無表情の女性剣士『艶魔』今野綾女

 

 

 

 

「嗚呼、神よ。我が身の全ては貴方様の御為……」

大左衛門を『神』として異常なまでに崇拝する美青年『狂聖』アルフレッド・ショーン・ケラード

 

 

 

 

「早く来い……大左衛門」

主を殺す為に『刀』にいる異端の凶人『暴獣』長谷川厳二郎

 

 

 

 

 

「………よし、お前ら!大門寺が総帥のご到着だ!刮目せよ!!!」

彼らの前に立つは、現『刀』の局長にして、大左衛門の右腕『金剛』渡辺剛蔵

 

 

 

 

 

 

 

今ここに、世界最強とも謳われる『懐刀』が全員集結した!!!!!

 

 

 

そして、厳二郎を除いた全員が、その場に片膝をついて、(こうべ)を垂れる。

厳二郎は未だ、胡座をかいたままだが、剛蔵は気にしていない様子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

部屋の前の襖が開き、2人の人物が入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に入ってきた男……いや漢ッッ!!!

 

 

 

もはや人間か?と思うほどの筋骨隆々の肉体。場に似つかわしくない、上下黒のシャツとズボン。100人中100人、即ち全員が出会えば逃げ出すであろう悪鬼の如き強面に、唸るように逆立つ髪……

 

 

 

ぶっちゃけ範馬勇次ろ……ゲフンゲフン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この漢こそ、大門寺海斗の父にして、大門寺家現総帥

 

 

 

 

 

 

 

 

今現在の地球上における『最強生物』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覇皇(はおう)

 

大門寺(だいもんじ)大左衛門(だいざえもん)陸號(りくごう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその後ろを歩く、色鮮やかな十二単衣に身を包み、片手に上物の扇子、息子に引き継がれた美貌と、星のような輝きを放つ銀色の長髪をした妙齢の女性。しかし、その見た目は20代後半、下手したら前半と間違われてもおかしくない程若々しい。

 

 

彼女こそ、正真正銘海斗の実の母『大門寺天城』である。

 

 

2人が『皇の間』の上座へと到着し、それぞれに用意された高級な座布団へと腰を下ろす。そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………まぁ、楽にしな」

 

 

有無を言わさない重厚感のある声を、目の前にいる『懐刀』全員へと声をかける。それは小さな呟きに過ぎなかったが、『懐刀』の面々、そしてその後ろにいる姉妹やマルオ、風太郎にもはっきりと聞こえた。その指示と同時に、彼に頭を垂れていた『懐刀』も、頭を上げてそれぞれに楽な姿勢をとる。

 

 

 

 

 

(……な、何なのあの人……あの人が、海斗君のお父さんなの?)

 

そして、大左衛門が入ってきた瞬間から、二乃を始め、その周りにいた姉妹達、風太郎、そしてマルオでさえも、指一つ動かせなくなってしまった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動けば殺される………

 

 

 

 

 

 

 

先程の厳二郎の時とは比べ物にならない程の殺気……いや、闘気と呼ぶのだろうかか………

ただそこに存在するだけで、空間をも歪めんとするほどの圧倒的な威圧感に、元より闘いのイロハも知らない一般人である彼女たちが、大左衛門を見てすぐに感じた事……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、『死』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圧倒的捕食者による、命乞いすら許さぬ、一方的な蹂躙。生物の頂点に立つ者の特権。それを7人は、自らに眠る骨の髄、脳の奥、血液の中………生物の根源である遺伝子レベルで、『本能』でそれを感じとった。

 

 

 

 

結果、全員がそのまま同じタイミングで正座をして、座り込むこととなった。

 

 

 

 

 

彼より頭を高くしてはならない……

 

 

 

 

体の細胞全てが、そこに現れた最強生物への服従を選び、気がつけば、全員人生で一番正しい姿勢で正座をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

………その瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりじゃねぇかぁあ!!!大左衛門んんんん!!!!!」

 

 

 

 

 

胡座で座っていた厳二郎が、背中の巨大な斧を片手で抜いて、牙とも言うべき歯を剥き出しにして悪魔のような笑みを浮かべながら、大左衛門へと飛びかかって行った。

 

 

 

気がついた時には、2人の距離は既に1メートルも無く、厳二郎の斧が、彼の脳天を叩き割ろうと振り落とされた瞬間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ?」

 

 

 

 

その一文字とともに、大左衛門は座布団の左側に置いてあった肘置きから肘を浮かして……

 

 

 

 

軽く左手で払った。

 

 

 

 

 

まるで、目の前に現れた小蝿を、大人が鬱陶しがって払い除けるように………

 

 

 

 

 

 

その結果

 

 

 

 

バチィィィインンン!!!!!

 

 

 

 

「!!!!????」

 

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい接触時の衝撃音と共に、厳二郎は何が起きたのか考える間もなく、そのまま吹き飛ばされ、襖を突き破って吹っ飛んで行った。

 

 

 

「キャアアアア!!」

 

 

 

その瞬間を見てしまった五月が、我慢できずに悲鳴をあげて、誰かと考える暇も無くマルオへと抱きつく。マルオも、娘を守らんと、自然と彼女の背中に腕を回していた。もはや恥も外聞も無く、今はただ、怯える娘をあやそうと、背中に回して隠した娘の頭をゆっくりと撫でて、宥める。

 

 

 

 

他の姉妹、そして風太郎は、その様子を見る余裕すらあらず、目の前で起こった出来事に、大量の冷や汗を流しながら黙り込む。

 

2メートルを越える大男が、ただ手を払っただけで、高速で吹き飛んでいった。

その事実を目の当たりにし、もはや出る言葉すら失ってしまった他の5人………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………やっぱああなるよな〜」

 

「死にましたかね〜?」

 

「いやどうせ生きてんだろ?あの男は耐久力と総帥への執着だけは一級品だからな」

 

「ったく、厳二郎の奴め………」

 

「『神』に叛し愚か者が……土へと還り、神が降りしこの地の肥沃の一端となるがいい」

 

 

 

 

目の前にいる『懐刀』達は、特に驚いた様子もなく、さもバラエティ番組を見ているかのように、各々が好き勝手に物を言っている。

 

 

 

 

 

…………と、

 

 

 

 

 

「しゃらくせぇぇええええ!!!!」

 

 

 

 

吹き飛ばされた厳二郎が戻ってきて、再度大左衛門に斬りかかる。

 

 

 

 

「……な、生きてただろ?」

 

「ほんとだ。にしてもしつこいもんですね、あの人も」

 

 

 

 

戻ってきた厳二郎に、特に動揺もせずに総介は明人と会話する。

 

 

その間にも、厳二郎

はもう一度、大左衛門の脳天をカチ割ろうと斧を再度振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!??」

 

 

 

 

大左衛門はその振り下ろされる人間の体重程ある重さの斧を、人差し指と中指の2本で挟んで止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………おいおい、久しぶりに会ったと思えば、『飼い主』のことすら忘れちまったのか?」

 

 

 

 

「………あ゛?」

 

 

 

額に血管を浮かべながら、大左衛門を睨む厳二郎。しかし、その殺気を向けられている当の本人は、依然として涼しい顔をしている。

 

 

 

 

 

 

「その腰の太刀(ぼうきれ)で来なかったことは評価してやる。だが俺ァペットと戯れるためにわざわざ来たんじゃねぇんでな。さっさと犬小屋に帰んな」

 

 

 

 

「!!!!テメェェエああああ!!!!」

 

大左衛門の言葉に、怒りの頂点に達した厳二郎が、激しく叫ぶが、指に挟まれた斧を、いくら抜こうとしても、抜けない。堪らず彼は、腰に差された太刀を抜いて、それで大左衛門へと斬りかかろうとするが……

 

 

 

 

「ストップだ!もういいだろう、厳二郎」

 

それを見かねた剛蔵が、2人の間に入った。

 

 

「今の2回の攻撃で、大左に手傷すら負わせられなかった。その時点で既に勝敗は喫していたんだよ」

 

 

「…………」

 

 

 

「悔しいかもしれんが……厳二郎、今回もお前の負けだ。最初の約束通り、そのまま『懐刀』として任務に就いてもらうぞ」

 

 

 

 

「………くそっ!」

 

 

剛蔵に諭され、ようやく敗北を認めた厳二郎。それを見た大左衛門も、指の力を抜いて、斧が抜けるようにする。

そして、厳二郎は斧を抜いて大人しく背中にしまうのだった。

 

 

 

「あ〜あ、また負けちゃいやしたね、長谷川の旦那」

 

「そりゃそうだろ。総帥に楯突こうなんざ、ヤムチャの分際で『全王』殺そうとするのと同義だ」

 

それを見ていた総介と明人が、胡座をかきながら自宅でテレビを見ている感覚で話し合う。

 

一応厳二郎のフォローのため言ってはおくが、長谷川厳二郎は『懐刀』でも最強クラスの戦闘力を持つ男である。その厳二郎でさえ、大左衛門の前では子供どころか、ペットの子犬レベルでしかないのだ。

 

 

 

 

 

では、そんな『大門寺大左衛門陸號』の強さとは、どれくらいなのか……

 

 

 

 

 

大門寺大左衛門陸號伝説一覧

 

 

【確認済み】

・4メートル級のグリズリー数体を遊び感覚で屠る(56話)

・指の力だけで巨大な斧を挟んで止める(さっき)

・肉体が堅すぎて銃弾が効かない

・肉体が堅すぎて刃で斬れない貫けない

・ヘリコプターのプロペラの回転に腕を突っ込んで、プロペラの方がポッキーみたく折れる

・バズーカの砲弾を片手で掴んで無効化

・落雷を手刀で斬る

・戦車をアッパーカットの際に生じた風圧だけで真っ二つに両断

・目に見えない腕の振りの速さで敵の上半身や首を吹き飛ばす

・相手を睨んだだけで殺す(恐怖による過呼吸で心肺停止、そのまま死亡)

・富士山の登山道ではない急斜面をランニングで登り下り

・チタン合金の扉を障子の襖みたいに破る

・強さが全盛期に到達しておらず、未だ成長途中

 

 

 

 

 

【以下、真偽不明(あくまで不明)】

・デコピンで顔面粉砕

・ミサイルが着弾しても軽い火傷

・核ミサイルでようやく殺せる……はず

・軽いジャンプで東京スカイツリーの展望台まで飛べる

・超高層タワービルをパンチ一発で崩壊

・指一本が一つの国家の軍隊並みの強さ

・瞬間移動をマスターし、範囲は地球全域

・1000m級の山を切って持ち上げ、そのまま海に投げて島を作る

・舞空術を会得しており、空中浮遊が可能

・マグマの中に入っても熱湯風呂気分

・宇宙空間で24時間以上生存可能

・最低気温ー30°の極寒の地に1ヶ月いても体内で発生させる熱だけで余裕で生存

・本気を出せば地球壊せる

 

 

 

・多分かめはめ波打てるかも

・ギャリック砲も打てるかも

・魔貫光殺砲は……無理かな

・ナメック星に行ったことがあったりなかったり

・これでもクリリンより弱い

・一応ヤムチャよりは強い

・こんなんだけど、妻に頭が上がらない

 

 

※こんなんだけど、一応人間。サイヤ人ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って最後ほとんどドラゴンボールじゃねぇえかぁああああ!!!」

 

 

 

所々ネタは混じってはいたが、最後はモロである。

 

 

 

 

 

「ホントなんであの人、この小説に出てるんでしょうね〜?」

 

「まったくだ……この小説一応ラブコメだぞ?『五等分の花嫁』だぞ?何あの中学生の黒歴史ノートに載ってそうなチート設定?人間じゃねぇし、最後おもっくそドラゴンボールだし」

 

「父さんは多分、『SAO』や『FGO』の世界に行った方が有用なんじゃないかな?」

 

「それ言うならお前、『鬼滅の刃』の方がいいだろうよ。あんな総帥相手じゃ、無惨とか生きてられんのか?逆に心配になるわ」

 

 

「皆様、メタすぎますよ。少しは自重してください」

 

好き勝手話す『新世代の刃』だが、お前らも大概強いだろ。大左衛門がチートなだけで。

 

 

 

「愚物め……己の力の至らなさすら見分けられぬ盲目の獣が、『神』の前に平伏すことを幸福と知れ」

 

ショーンが、厳二郎をゴミを見るように睨みながらそう言い放つ。

 

「…………あの男には、『今は』誰も勝てない」

 

そして綾女も、ボソッとそう呟いた。

 

 

一方、それを後ろで見ていた五つ子姉妹、義父のマルオ、そして風太郎は、今しがた起きた出来事に、絶句していた。

 

 

現れた瞬間に『主』に向かって本気で殺しにかかった大男。それを全く気にせずに、ただ手を払っただけで吹き飛ばした海斗の父。そして大男も、それに屈せずに再度斬りかかるしぶとさ。

 

 

そしてそれを、いつものように表情一つすら変えずに傍観し続ける総介達。

 

 

 

 

全てが異常、いや、異形だった。

 

 

違う

 

 

 

 

 

世界が違う

 

 

 

 

 

自分達とは、世界が違いすぎる………

 

 

 

 

特にマルオと風太郎は、その頭の良さや、医学の観点からして、超高速で吹き飛ばされた厳二郎が、軽い傷だけですぐさま戻ってきたことから、彼が大左衛門より弱いとは言え、人間の範疇を十分超えていることは、容易に想像できた。

 

 

 

マルオは、父として………

 

 

今すぐにでも、娘達を連れて逃げ出したい……

 

 

『あの人』の置いて逝ってしまった『宝』を何がなんでも守らねば……

 

 

そう思った。思ったのだが……

 

 

 

大左衛門の威圧感の端くれだけですら、一般人がその場を動くことすら許さないほどに辺りに充満していた。マルオはただ、そのオーラに当てられてしまい、自分の胸の中で泣きじゃくる五月を宥めることしか出来なかった。

 

 

風太郎もそうだ。変な奴だと思っていた総介が、ここまでの異常な環境で育ってきたことに、大きな衝撃を受けていた。今まで、総介に疑問を持ち続けていたが、ここにきてようやく答えが出た。

 

 

総介が普通に見えるほどに、周りの連中が異常過ぎるのだ。そして総介も、その異常の1人の中に………

 

 

 

そしてそれは、四葉と一花も同じだった。

とんでもない人たちと関わりを持ってしまったと。ほんの一瞬だけ、風太郎のことがありながらも、今の学校に転校してきたことを後悔してしまった。

 

 

 

 

そして、二乃と三玖………

 

 

 

彼女たちは………

 

 

 

「ああ、悪かったならお前ら。まあいつものことだ。大目に見てやってくれ!」

 

2人の心境を語る前に、剛蔵が皆にそう謝って、その場を取り仕切る。総帥との謁見の際は、いつも彼がその立場を担っている。

 

 

そして、剛蔵は戻った厳二郎含めた『懐刀』全員に向かって、話し始めた。

 

「さて、では始めようか!わざわざこれだけのためにお前達を集めたわけじゃない!

 

 

 

 

 

 

実は数刻前、同盟相手である医師、中野先生の親族が襲撃を受けた。後ろにいる方々がその人たちだ。

幸い、総介と海斗が網を張ってたおかげで、襲撃者は一網打尽。この件は一件落着……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、言いたいところだが、まだ終わっちゃいねぇ」

 

その剛蔵の言葉に、総介と海斗がピクっと反応する。

 

「先程、情報班から連絡が入ってな

 

 

 

 

 

 

襲撃した者の背後が分かった!」

 

 

それを聞いた『懐刀』の全員が、剛蔵の話に注目する。

 

 

 

 

そして剛蔵が、大左衛門の側近である剣一へと目を向け………

 

「剣一、お前が手に入れてくれた情報通りだ。礼を言う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奴らの背後に、『霞斑(かすみまだら)』の残党どもの存在が確認された」

 

 

 

 

 

「!!!」

 

「!!?」

 

 

「……あ?」

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉に、反応の差異はあれど、綾女と剣一以外の『懐刀』全員の目が大きく見開かれた。そして大左衛門が、ニヤリと笑いながら、こう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ生きてたか…………あの蛇どもが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、『大門寺と霞斑』

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、大左衛門頭おかしい!
もうチートとかじゃないです。バグですよバグ。

大左衛門の外見のモデルは範馬勇次郎ですが、強さのイメージは『トリコ』で言う『八王』や『HUNTER×HUNTER』で言う『メルエム』です。要は人間どころか、生まれながらに生物の頂点に位置する存在。
チートとか通り越して、馬鹿馬鹿しいほどの強さを持つ存在で、八王やメルエム、範馬勇次郎や藍染惣右介、安心院さんや江田島平八や、それこそドラゴンボールの『全王』を脳内に浮かべながら書きました。


マジでコイツ1人で、作品が終わっちゃうレベルです。


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
次回は姉妹を襲った黒幕と大門寺、そして総介の因縁の話です。その後に、五つ子と風太郎の心境を書く予定です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71.大門寺と霞斑

大左衛門について、多くの反響がありました。感想やメッセージ、本当にありがとうございます!

そして今回は、大門寺の、そして総介の明確な『敵』の存在についてです。


「奴らの背後に、霞斑(かすみまだら)の存在が確認された」

 

 

 

 

 

 

 

「まだ生きてたか………あの蛇どもが」

 

 

 

 

 

剛蔵のその一言で、綾女と剣一以外の『懐刀』の面々が、目を見開いて驚く。

 

 

 

『霞斑』………その言葉が意味するものとは………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………お父様、お話の途中に失礼致します。それは確かな情報なのですか?」

 

 

「………ああ、剣一や、各地に置いてある者達の情報を照らし合わせ、ようやく証拠を得た。奴らはまだ、完全に息絶えてはいない」

 

恐る恐る聞いたアイナの質問に、剛蔵は厳しい表情のまま答える。アイナはそのまま、剣一の方を目を向けると、彼は沈黙したまま、静かに頷いた。

 

 

 

大左衛門の側近である『朧隠』片桐剣一の、『刀』という隊の中での役割は『潜入工作』『情報収集』『暗殺』等の、隊の中でも極めて危険で、繊細かつ結果の求められるという闇の任務を請け負い実行する、剣一はそのエキスパートであり、奇人揃いの『懐刀』の中でも、異色の役割を担っている。

 

つまり、何が言いたいかと言うと………

 

 

 

 

片桐剣一は、『侍』ではなく『忍者』なのである。

 

 

 

 

『忍者』なのである!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドーモ、サクシャ=サン、片桐剣一デス。

 

 

 

アイエエエ!?

 

 

 

ニンジャ!?ニンジャナンデ!?

 

 

 

 

 

………すんませんでした。

 

 

 

 

武器は一般的な忍者の手裏剣やクナイ、千本や小型等のオーソドックスなものから、鎖鎌や日本刀、銃火器まで何でもござれ、必要に応じて全ての武器、暗器を使いこなすハイブリッドというか、オールマイティな暗殺者(アサシン)なのだ。

無論、身体能力も抜群であり、自身の気配を消しての潜入や、困難な場所の移動、体術による身軽な行動や格闘技など、生身での戦闘力も『懐刀』らしく、常人を遥かに凌ぐ。

 

 

 

 

ちなみに彼の任務達成率は100%……即ち失敗はゼロ。

 

 

ただし、『懐刀』の中でも特に危険な環境に身を置いているだけあって、任務の失敗、それは彼自身の『死』へと直結している。

剣一が生きている限りは、彼の任務に失敗の文字は無く、大門寺にとって情報収集の生命線とも言えよう。

大左衛門もその能力を買っており、剛蔵ではなく、剣一を側近として側に置いていることこそ、彼への信頼度の表れなのである。

 

……よくめっちゃ無茶苦茶な頼みをするけど(とにかく強いやつを連れて来い、とか)

 

 

……さて、剣一のことはともかく、話を戻そう。

 

 

「んで、『霞斑』がまだ健在だとして、なんであの娘達を攫おうとしたんですかィ?」

 

続いて、明人が剛蔵へと質問する、

 

「一つはもちろん、オレ達大門寺への報復のために、人質として利用しようというのが動機だと推測するが………」

 

「それにしては、やってる事がリスキー過ぎる、って訳か……」

 

剛蔵の話の後に、刀次が補足を入れる。

 

 

確かに、『霞斑』と呼ばれる者たちが何故、大門寺への報復の第一歩として、わざわざ総介、海斗、アイナという『懐刀』3人の息がかかっている中野家の五つ子を標的にしたのか……そして、何故それに『捨て駒』を利用してまで実行へと移したのか……このことは、総介は昨日から考えてはいたが、未だ結論には至っていなかった。

 

 

 

その結論について、剛蔵は改めて話を続けた。

 

 

 

「………これは俺の勝手な推測だが………

 

 

 

 

 

 

 

奴らは大門寺へと報復するにあたり、『何か』を確かめたかったのだろう………

 

 

 

 

 

そして、『捨て駒』雇い、それらを使い捨てて確認をした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

総介の………『鬼童』の生存をな」

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

「!!」

 

 

「…………なるほど、俺ァまんまと連中の罠に引っかかってしまったって訳ってことか……」

 

アイナと明人が驚きの表情をしているのに対し、総介本人はいつものやる気の無い表情を崩さない。

 

 

「あくまで推測だ。しかし、『死亡説』すら流れていた『鬼童』の生死の確認を行うことは、奴らにとっても今後の動きが重要になってくるだろうからな………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何せお前は、去年の抗争で、一番多くの武功を挙げたんだ。連中が警戒するのも無理はない」

 

 

 

 

「………とんだラブコールを受けちまった訳ですね、俺は」

 

 

ニヒルに笑う総介の眉間に、若干シワが寄り始める。

 

 

 

やられた。罠に嵌めたつもりが、逆に『霞斑』の罠に嵌められてしまった………

 

 

 

目的は五つ子ではなく、自分自身………餌に引っかかったのは、総介達の方だった………

 

 

そのことに、少しイラつきを覚えるが、あの場で何もせずにいれば、風太郎や五つ子姉妹、そして、何よりも大切な恋人を、護ると誓った大切な人を失うことは明白だった。あの場で動いたのは、総介にとっては間違えだとは言い切れない。

 

 

 

 

 

 

 

どこかで盗み見てたのかが知らねぇが、中々して粋なことをしてくれるじゃねぇか…………

 

 

総介から『鬼童』としての殺気が少し溢れ出したところで、剛蔵が総介へと声をかけた。

 

 

 

 

「………だがな総介。お前の、もとより『鬼童』の生存、健在をその目で確認したということは、奴らも早々に手は打てないことにも繋がる。

お前が生きてると確認した『霞斑』は今頃、気が気じゃねぇだろうよ。それに、ひょっとしたらその事に焦って尻尾を出すかもしれんしな。何も悪い事ばかりじゃねぇ。気にするな」

 

 

「………はい、ありがとうございます、剛蔵さん」

 

剛蔵のフォローに、総介は殺気を引いて、頭を下げて礼を言う。

すると、剛蔵の横で太々しく座る大男が、その口を開いた。

 

 

 

 

 

「………総介よぉ」

 

「!」

 

大左衛門が、総介へ向けて声を掛ける。

 

 

 

 

「お前の今の殺気………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………さては、『色』を知ったな?」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

大左衛門の言葉を受けて、総介は沈黙をもって答える。

 

 

 

「殺気の濃度が目に見えて濃くなってやがる………

 

 

 

 

 

 

 

 

それは男として、戦士として数段上のステージへ昇った証。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特にお前のは、海斗のそれ(・・・・・)を遥かに上回る高さ、厚さ、上げ幅、純度、濃度、密度………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの日』に、お前の中の『鬼』が醒めた日から、もしやとは思っていたが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ククク………中々に、面白えことになりそうだ」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

不敵な笑みを浮かべ、総介を見下ろす大左衛門。

 

 

 

 

 

 

普段ならば、いくら総介でも顔を真っ赤にして別の話や皮肉を言いながら誤魔化したくなるほどのことだろう。

しかし、それを大左衛門に暴露された事に、総介は恥ずかしさや憤りなどを微塵も感じなかった。

 

 

 

 

いや、今はそんな暇など無かった(・・・・・・・・・・)

 

 

 

大左衛門はそのまま言葉を紡ぐ。

 

 

 

「どうなろうが、何をしようが、それはお前の『自由』だ。

 

 

 

 

 

 

だがな、俺も久々に『鬼』と会えたんだ

 

 

 

 

 

 

 

もうちょいじっくりと楽しみてェ

 

 

 

 

 

 

 

 

失望させてくれるなよ」

 

 

昔に見つけた良質なおもちゃが、年月を経て、超強力な強化パーツ付属で目の前に現れた……

 

 

今の大左衛門の気持ちの昂りを表すとすれば、これが適切だろう。

 

 

しかし、今の総介に、大左衛門の言葉が耳には入ってこそくるが、全く響かなかった。

 

 

 

存在感の塊のような漢を前にして、彼の頭の中は、『霞斑』の存命、その一点のみのことだけを考えていた。

 

 

 

「ちょっといいですかィ、剛蔵さん」

 

 

と、大左衛門の言葉がそこで途切れたのを見計らい、明人が剛蔵へと尋ねた。

 

「『霞斑』がまだ生きてんのは分かりましたが、実際のところ、あいつら何人が生き残ってんスか?そこらへんはまだハッキリしてないんですかィ?」

 

いつもの抑揚無いマイペースな口調で質問する明人。大左衛門を前にしても、顔色ひとつ変えずに話を変えるとは、図太いというか、逆に無神経なのかもしれない。

 

 

「………そうだな、向こうの残った連中の事も話さなければならん。

 

 

 

 

今のところ確認されてるのは、滅亡前の霞斑家当主『霞斑央冥(おうめい)

 

 

 

そしてその『4人の息子』のうちの中の四男『霞斑北斗(ほくと)だけだ』

 

 

 

 

 

 

『霞斑』とは、組織の名称ではなく、元々存在した一族の名前である。

 

 

 

一年前までは大門寺と双璧をなす名家として名が轟いていたが、双璧とは名ばかりで、実際は野心を抱いた残虐な集団でしかなかった。表では『大門寺』と同じく、幾つかの財閥や企業を傘下に置いているという名家としての存在だったが………

 

 

 

 

 

 

 

その裏では日本を含めた世界中での非合法の薬物や銃火器の取引、世界各地で紛争を仕掛けての利益の獲得、目にかかった容姿の良い人物を男女問わずを誘拐して凌辱を行い殺害、健康体の人間の拉致、それらの人身売買や人体実験、そして、何の関係も無い民間人を巻き込むことすら厭わずに敵対人物の暗殺や、見せしめとしての牽制でのテロ行為、気に入らない人物を親兄弟、飼われていた動物に至るまで躊躇なく惨殺、この世で思いつく暴虐の限りを尽くし続けた。そして、それらの外道の所業は全て、政界にも広く効く顔と、その界隈を自由に操れるという、『権力』という強大な力の名の下に、全てを不慮の事故や、原因不明ということにして揉み消してきた。

 

 

こうして、何ら関係のない善良な民衆の大量の血と命を引き換えにして得た巨万の富は、一時期は大門寺の倍以上を保有していたとの噂もある。

 

 

裏の世界でそれらを知る者は、霞斑一族を『蛇』、当主の央冥はその見た目と飽くなき欲望から『豚』という蔑称で呼ぶ者も少なくなかったという。

 

 

 

 

人の生き血を啜り、贅の限りを続けた霞斑が、何を血迷ったか、とうとう天下に『最強』と轟く大門寺に喧嘩を売った。理由はもちろん、彼らの全てを丸呑みして、更なる私腹を肥やそうしたのだ。その結果………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霞斑は、大門寺家対外特別防衛局『刀』によって一切の容赦なく殲滅され、当主と4人の息子、一族ごと滅亡する羽目となった。

 

 

 

 

自らの腹を満たし続けた蛇は、自身の力量すら見誤った末に、『本物の化物』によって、無惨にも食い千切られてしまった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

「あの時に生死を確認出来なかった2人が、今になって姿を現した………彼らの行動は、何か勝算があってのことなのでしょうか?」

 

 

「さあな、そこんところは現在も調査中だ……しかし、あれだけの痛手を与えて、まだ何か企んでやがるとはな……蛇は胴体を斬れど、そのまま生き続けて咬みついてくるとは、よく言ったもんだ」

 

 

 

一年前、『大門寺』と『霞斑』に、今現在まででは実質最後と言える大規模な抗争が勃発した。

 

古よりこの両家は、相対していた仲ではあったものの、霞斑は滅亡前の最後の当主『霞斑央冥』の底の尽きない欲望の果てに、大門寺の全てを滅ぼして、その私財の全ての独占を企んだ。それが今から10年ほど前の話………

当時から既に『大左衛門』の名を継いだ総帥『陸號』はさほど気には留めていなかったが、8年前に事態は急展開を迎える……

 

 

 

 

 

 

それは、『ある男』が、『霞斑』に雇われたとの情報。

 

 

 

その男が霞斑に求めた見返りは金銭等のありきたりなものでは無く………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『殺し』であった。

 

 

 

 

 

ただ、人を殺し続けられる環境。それだけを求めた結果、男は霞斑へと行き着いた。

 

 

 

 

『霞斑が、大門寺にとって最凶最悪の戦力を手に入れた』

 

 

それを耳にした大左衛門、剛蔵の2人は、直ちに霞斑の殲滅にかかったのだが、『その男』の入れ知恵により、霞斑は文字通り、霞の如く姿を消し、斑の如く各地へ点々と現れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして7年前、最悪な形での悲劇が起きてしまう………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから6年の時が流れ、両者による最大規模の抗争が起き………

 

 

 

 

 

 

霞斑は、その存在を消された。

 

 

 

 

 

 

その中で、当主の央冥の4人の息子がいた。

 

 

 

長男の『南十(みなと)

 

 

次男の『東弥(とうや)

 

 

三男の『西哉(せいや)

 

 

四男の『北斗(ほくと)

 

 

 

 

いずれも知略、戦闘力においては常人のそれを遥かに凌駕していたが、

何せ相手が悪すぎた………

 

 

 

 

長男の『南十』は、戦車を持ち上げるほどの剛力を誇るパワータイプだったが………

 

 

 

 

 

『暴獣』長谷川厳二郎によって、たった一太刀で左右真っ二つにされて瞬殺された。

厳二郎曰く……「退屈で話にならねぇ」

 

 

次男の『東弥』は、目で見えず、消えてしまうほどのスピードを武器に、相手を翻弄し、その隙に一気に相手を殺す戦い方を得意としていたが……

 

 

 

 

 

 

 

 

『艶魔』今野綾女の『柳宗尊』仕込みの居合いにより、彼女の間合に入ったところを首チョンパで瞬殺。

綾女曰く……「確かに見えないわ……遅すぎて、消えてるところが」

 

 

三男の『西哉』は戦略タイプ。周到な準備と、地の利を使ったその知略によって、確実な勝利を収めることを旨としていたが………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『狂聖』アルフレッド・ショーン・ケラードによって、鉄骨や瓦礫で急場でこしらえた十字架に両手足、そして眉間に釘を貫かれて磔にされ、十字槍を心臓に突き刺されて瞬殺、最後は火炙りで灰になった。

ショーン曰く「その空の脳で我が『神』の偉大さすら理解出来ぬ蛆虫めが……貴様など肥沃のための土となる資格も無い」

 

 

敵の幹部ポジションが、登場する間も無くあっという間に3人死にましたとさ……oh、さらば、モブキャラども……

 

 

 

というわけで、残ったのは四男の『北斗』のみなのだが、何故か戦場には現れず、姿を晦ましたまま抗争は終結した。

 

 

 

 

 

 

 

そして、霞斑に雇われた『ある男』………

 

 

 

 

問題はこの男だった。

 

この男、何と数年前に大左衛門と殺し合いの末に、五体満足で生き残って姿を消すという偉業を成し遂げたのだ。当初は俯瞰するつもりでいたが、その男の存在を知るや、重い腰を上げて闘いに参戦したあの大左衛門が、息の根を止めにかかった攻撃を繰り出すも、与える傷は浅いものばかりで、致命的なものは一切負わせることが出来なかった。さらに、『その男』はあろうことか、『相対した者は必ず死ぬ』という大左衛門の前から姿を消した。

 

 

 

その事実は、霞斑の勢力にとっての士気を一気に高めることとなった。

 

 

 

ちなみに、大左衛門と『その男』が戦った場所には、直径500メートル程のクレーターが出来ていたという。

 

 

 

 

 

そして『その男』は、大左衛門と渡り合う実力を持つ、霞斑の切り札として、大門寺の最大の障害となった。

 

 

 

 

 

 

しかし、当時はまだ『懐刀』では無かった総介、海斗、アイナ、明人、『新世代の刃』の『絆の力』……

 

 

 

 

……とかいうバトルモノでよくある都合のいいものではなく、大左衛門が闘った際にもたらした情報をもとに、4人が徹底的に対策と連携を行ったことと、『鬼』としての復讐心が極限に達し、一瞬だけ人智を越えた総介の覚醒により、4人がかりでやっとのことで追い詰め、総介が男の左腕を斬り落とした。その直後に、追い詰められた『男』は逃走用のヘリを事前に用意していたが、そのヘリをアイナが攻撃して墜落、男はそのヘリの墜落と、燃料に引火した爆発に巻き込まれて、爆炎の中へと消えた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、霞斑の残った戦闘員達は、総介によって皆殺しにされ、拠点は海斗、アイナ、明人を始めとした『刀』の局員達によって仕掛けられた爆弾を作動させて爆破。拠点は瞬く間に崩壊し、当主の央冥もそれに巻き込まれて死亡したかに思われたが………

 

 

 

 

 

 

「………どうやら、当主の『央冥』は四男の『北斗』によって密かに救出されていたようだ。そして報復の機会を虎視眈々と狙っていた、といったところか」

 

剛蔵は説明をそこで終える。

 

 

「あの欲にまみれた『豚』が……今度は現世への蘇生を欲したか」

 

「そりゃ困った話で。しかし片桐さん、奴は自分達が滅びるのが分かってて四男だけ隠してた、ってことですかね?」

 

「知らねぇよ、あの『豚』の考えることなんざ……『奴』を雇って勝算があったのかしんねぇが、万が一のためとして四男だけ見せなかったか……それとも、それすら央冥が考えたシナリオってことか……」

 

刀次と明人が央冥、北斗の話をするが、結局答えが出てこないため、そのまま自然と口を閉じる。すると、今度は厳二郎が珍しく声を発した。

 

 

 

 

 

 

「おい………ってこたぁ『奴』はまだ生きてんのか?」

 

その顔は、まるで失くした玩具を見つけたかのような喜びを表したような表情だ。しかし……

 

 

「いや、『奴』の情報は一切出て来てはいない。情報の有無と、状況から見て、あの日にそのまま死亡したという可能性が高いだろう……

 

 

 

 

それに、万が一生きていたとしてもだ、『奴』をやるなら総介に許可取れよ」

 

剛蔵はそう答え、目線を総介へと移す。総介は前を見据えたまま、厳二郎にこう言い放った。

 

 

 

 

 

 

「………『ヤロー』が死んだのなら、それはそれだ。もうどうもできねぇ。

 

 

 

 

 

だが、もし生きてたとしたら………

 

 

 

 

 

 

『ヤロー』を地獄に送んのは俺だ

 

 

 

 

 

アンタにゃ『ヤロー』指の一本、毛穴の先っちょすらもやるつもりもねぇよ」

 

 

 

 

 

「………あ゛ぁ?」

 

そう断られた厳二郎が、総介を鬼の形相で睨みつける。その視線を感じた総介も、その目を暗くしながら睨み返す。

 

 

 

「オイオイ、お前らはあん時に『奴』と殺り合っただろうが。こっちは準備運動にもならなぇ雑魚を相手にされてお預けくらってんだ。次は俺の番ってのが筋だろ?」

 

「アンタの狙いは総帥だろうが。人の獲物横取りしようとすんじゃねぇぞ、『マジで黙って総帥に殺されてろオッサン』、略してマダオ」

 

 

「んだと?………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………よしな」

 

 

 

総介と厳二郎の言い争いを、大左衛門が一声で諌める。

 

「「!!」」

 

 

「『奴』が生きてようがいまいが、出遭えば殺りあえばいい。お前ら2人のどちらが『奴』と引き合っていたかの話だ。そうだろオイ?」

 

 

「…………」

 

「ケッ………」

 

要は早い者勝ち。『その男』と最初に会った者が、殺し合える権利を得るということ……

 

 

 

「……ま、『奴』が生きてりゃって話だがな」

 

「………」

 

「………まぁそうだな。無様に死んだ野郎のことで殺し合いなんざ、それこそ不毛だ」

 

厳二郎が総介への挑発も込めて、一言余計に言って引き下がるが、当の総介は意に返さなかった。

 

 

 

 

その後に、アイナが父の剛蔵へと尋ねる。

 

「………お父様」

 

「ん、どうしたんだい?」

 

 

「『霞斑』は再び二乃を………彼女達へ襲撃をかけると思われますか?」

 

アイナの何よりの心配は、五つ子達に再び、蛇の毒牙が襲いかかるかもしれないということ。もしも霞斑が総介への復讐も企てていれば、それを成すために五つ子へともう一度刺客を送り込むもしれない。

今回は、動きをいち早く察知できたため、姉妹を一つの場所に集めて捨て駒達を誘き寄せることに成功した。

しかし、もし彼女たちがそれぞれにばらけているところを狙われたら……

 

 

 

五つ子の内の1人でも向こうの手に渡ってしまえば、その時点で9割方こちらの敗北だと言わざるを得ない……

 

 

「……あまり考えすぎもいかんぞ、アイナちゃん」

 

険しい表情で考え込むアイナの肩に、剛蔵が優しく手を置く。

 

 

「先程も言ったが、向こうも総介が……『鬼童』が健在だと知った以上、下手に手を出すことは出来まい。奴らは総介を誘い出したつもりのようだが、それはむしろ、自身の首を締め付けることにもなってんだ。

今頃、連中を始めとした敵対組織どもは『鬼童』の存命に慌てふためいているだろうよ。

そして何より、それは強力な盾にもなる。総介や海斗、そしてアイナが周りについている事を知れば、今五つ子に手を出すことは裸で地雷を踏む事と同義だ。

 

よほどの自殺願望者でない限り、早々に手を出しはしないさ」

 

 

「お父様………」

 

アイナが普段は、父である剛蔵を煙たがっているが、こうした武人然とした振る舞いを目にする時は、心の底から尊敬している。

父としての包容力、大門寺の智将としての思慮深さ、時には獅子奮迅の剛力、個性豊かな『懐刀』を束ねるそのカリスマ性。

 

 

この男無くして、今の『大門寺』は成り立たない。

 

 

最も、普段の親バカっぷりが祟ったせいか、娘は絶対そんな事は目の前で言わないのだが……

 

 

 

「とはいえ、事態が急展開を迎えた以上、何が起こるかわからん。よってこちらも早めに手を打たねばな………

 

 

 

 

 

明人!」

 

 

「ん?何ですかィ?」

 

剛蔵は少しだけ考えを巡らせ、明人へと声をかけた。そして……

 

 

 

「この春から、中野先生の娘さん達が通っている高校に、お前も転校して、総介、海斗、アイナと一緒に護衛の任に就け!」

 

 

剛蔵は明人に、五つ子や風太郎、総介、海斗、アイナのいる学校への転校を指示した。

 

 

「………俺は旦那や若様とは一コ下なんですけど、そこんところどうするんですかィ?無理矢理合わせる、とか?」

 

「いやぁそんな面倒なことする必要は無い。学年も一つ下の方が、お前も自由に行動できるだろう?総介達は、些かあの子達に近すぎるからな。お前は外から様子を見ながら、周りも警戒してくれ

 

 

 

それにお前は、高校に行かずに『刀』に入ったんだ。少しは高校生活ってのも体験してみるといいさ」

 

 

「………わかりやした。俺も旦那達とまた同じ学校行けんのも、それはそれで楽しみですからね。

 

 

 

それに、どっかの腐れニコ中副長の副流煙を吸わずに済みますし、一石二鳥ってもんでさァ」

 

「お前はいちいち俺を攻撃しねぇと気が済まねェのか?」

 

「……あ、よくよく考えたらアイナと同じ学校じゃねェか……それもヤだな〜。おいアイナ、お前俺と交代で学校辞めてくんね?」

 

「あなたは一度に何人敵を作れば気が済むのですか?」

 

刀次とアイナに挟まれて殺気を浴びる明人だが、本人は全く気にせずに上の空である。

 

 

 

「……決まりだな!よし、それじゃあ……

 

 

 

 

総介!海斗!」

 

 

「「!」」

 

剛蔵は次に、総介と海斗へ声をかけた。

 

 

「只今をもって、お前達の休養期間は終了だ!大門寺の『懐刀』として、再び任務を全うしてもらう!

 

 

 

そして早速だが、その両名とアイナ!そして明人!」

 

 

呼ばれた『新世代の刃』の4人は、崩していた体制を整えて、剛蔵と大左衛門に向かって片膝をつく態勢をとる。

 

 

そして剛蔵から、4人に指令が降った。

 

 

 

 

「2人が復帰して最初の任務だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何があろうとも、五つ子の姉妹を護れ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

この任務の失敗が何を意味するか、お前らなら理解出来るだろうが、そんなこと一切考えるな!崖の淵、常にそこにお前達はいる!

 

 

 

 

 

 

自分(テメェ)の魂に深く刻み、真の道を突き進めば、自ずと前は見えてくる!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『侍』として、主の命、そして大切に想うモンは己の命を賭してでも、いかなる手段を使ってでも護りきれ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「「はっ!!!」」

 

 

 

「…………」

 

 

「俺ァさっきはお預けくらいましたからね。次かかってくんのなら、斬り刻むまででさァ」

 

 

 

海斗とアイナが声高く返答し、総介は黙ったまま剛蔵へと答えを送る。明人は、首をポキポキと鳴らしながら襲撃を今か今かと楽しみに待っている様子。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、『新世代の刃』と呼ばれる4人が、正式に中野家五つ子の護衛の任務に就くこととなった。

 

 

 

「海斗、細かいことはお前に任せる。何かあったらいつでも頼ってくれ」

 

「承知しました」

 

 

「………さて、こちらも後手に周り続けるわけにもいかん。ショーン!厳二郎!」

 

「あ゛?」

 

「……何用で?」

 

次に剛蔵は、ショーンと厳二郎へと指示を出した。

 

 

「各地で情報を集め、『霞斑』の残党どもを炙り出せ。必要とあらば、殲滅も許可する!」

 

「……しゃーねぇなぁ。少しは骨のある奴に会えるかもしんねぇからな、やってやるぜ」

 

「『神』の御為、愚かな蛆虫どもに光の裁きを与えて差し上げましょう」

 

「頼んだぞ!……厳二郎、働き如何によっては、もう一度大左に挑ませてやる!」

 

「………ケッ!今度はブッ殺してやるからな、大左衛門!」

 

「………やってみな、主に抗う狂犬よ」

 

 

それぞれへの指示を済ませて、剛蔵は大左衛門と目を合わせる。それを察した大左衛門も、少しだけクイっと顎を引いたため、剛蔵はニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではこれにて!謁見は終了だ!!各々、与えられた任に着手してくれ!!!」

 

 

剛蔵のその一声を聞いた直後に、大左衛門は立ち上がり、自室へ戻ろうとした………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………待ちなさい、あなた」

 

「!!!」

 

 

今まで黙っていた大左衛門の妻『天城』が、氷のような冷たい声で夫へと声をかける。

 

 

 

「まさか私が気付いていないとでも思ったの?

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきあなたが厳二郎を吹き飛ばした方向………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の部屋がある場所の方なんだけど

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしめちゃくちゃになっていたら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしてくれるのかしら?」

 

 

 

 

「………」

 

 

 

背中から妻の異様な気配を感じた大左衛門は、たちまち冷や汗を流し始める。

天城は、まるで腰から九本の尻尾を出しているかのような威圧感を出して、大左衛門を睨みつける。

 

 

 

 

 

 

「………すぐに確認に行くわ。綾女、ついてきなさい」

 

 

「………ええ」

 

 

 

 

「もしもめちゃくちゃになってたら……

 

 

 

 

 

 

 

………わかってるわよね?」

 

 

 

 

「…………はい、なんでもします。なんでも買います。なんなら部屋をもっと豪華に直させていただきます」

 

 

天城のとんでもない殺気を感じながら、大左衛門は先程の威厳はどこはやら………情けなく答えることしか出来なかった。

 

 

 

「ならいいわ………あ、海斗!ごめんねこんな遅くまで。お母さん、先に寝るわね。もしこのバカに部屋が壊されてたら、久々に一緒に寝ましょうね♪」

 

「わ、わかった。準備しておくよ、母さん……」

 

 

なお、この天城、一人息子の海斗にはめちゃくちゃ甘い。

そう愛する息子へウインクをした天城は、綾女を伴って部屋を後にした。

 

 

 

 

大左衛門を追い越す際に「チッ!」っと舌打ちをして。

 

 

 

しばし沈黙が続いたが、やがて大左衛門も、

 

「……片桐、行くぞ」

 

「………御意」

 

と、剣一を連れて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

「………相変わらず怖ぇな、天城さん。あの人ならフリーザくらい一捻りじゃね?」

 

「あ、あはは。まぁ、いつもの事だから……」

 

「総帥、ありゃ今夜は徹夜で修復作業ッスね」

 

「恐らくはそうでしょうね…………カッコ良い(ボソっ)」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「えっ?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、最後に天城に持っていかれた謁見は終了するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、すみませんな中野先生!長くなってしまいまして!」

 

「いえ、大丈夫です………しかし、よろしいのですか?」

 

「ん?何がでしょう?」

 

「そちらの『懐刀』を4人も、娘達の護衛につけて頂けるなんて……」

 

「まぁ明人には指示をしましたが……他の3人は、私の命令が無くとも、娘さん達を護ろうとするでしょう。私はそれにただ発破をかけたに過ぎません」

 

「……本当に、なんと感謝の言葉を言えばいいのか」

 

「いやいや、何を言いますか!礼を言うのは、私もそうです」

 

「?」

 

「………あなたの娘さんに出会った総介が、あんなにも誰かを護ろうとする様を、初めて見ました。

アイツにとっても、この任務は特別な思いをもってあたってくれるでしょう。

 

 

 

実力は保証します。総介をはじめ、海斗も、明人も、アイナちゃんも、

あの若さで『懐刀』になった連中です。きっと娘さん達に降りかかる火の粉を、跡形もなく消しとばしてくれますよ」

 

「……分かりました。彼らのことは私も買っています。信用しております………それと、彼の転校手続きは、私の方から連絡しておきます」

 

「ん、明人のですか?よろしいのですか?」

 

「娘達を護ってもらっただけでなく、護衛までつけてくれるのです。この程度の事しか出来ませんが、学校には顔が効きます」

 

「そうですか……では、お言葉に甘えさせていただきます!今夜は娘さん達と一緒に、こちらに泊まっていってください!大きな浴場もありますし、部屋も腐るほど空いたますので、ご案内致しましょう!」

 

 

「……そうさせていただきます」

 

「あ、それと、あそこの『彼』も一緒にいいですかな?」

 

「上杉君ですか?私は大丈夫ですが……彼にも聞いてみては?」

 

「そうですな!」

 

 

 

 

 

 

こうした剛蔵とマルオの会話があって、一晩を大門寺邸で過ごすことになった五つ子と風太郎とマルオ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、まだ彼らの夜は終わらなかった………

 

 

 

 

 

 




海斗の母の『天城』のモデルは『ぬらりひょんの孫』の『羽衣狐』です。
あれを銀髪にした感じです。

そして『霞斑』に雇われている『あの男』という人物。
まだ詳しい情報は出せませんが、イメージ中の人だけ、セリフを一つヒントで書きます。


「是非も無し」


大左衛門(イメージCV『大○明夫』)と互角に渡り合うのは、この人しかいないでしょう!!!


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!

次回は、五つ子、風太郎のそれぞれの心境です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72.感情

UA150000突破いたしました!ここまでご覧になってくださった皆様、本当にありがとうございます!

ここからは、ここまで空気と化していた五つ子たちと、風太郎の話です。


あと、今までで1番長いです。申し訳ございません。



大門寺家総帥『大左衛門』への謁見を終えた一同。

 

残った『懐刀』の面々は、それぞれに部屋を出て行った。

 

剣一、綾女の二人は、自らが仕える主に付き従って後に続き、ショーンと厳二郎も、大左衛門のいないこの場所に用は無いと言わんばかりに、そのまま部屋を後にする。

 

そして、前回の最後でマルオとの会話を終えた剛蔵が、五つ子と風太郎へと近づいてゆく。

 

「いや〜こんな時間まで長くなってしまい、誠に申し訳ない諸君!そこでだ!今夜はここに泊まっていってもらうというのはどうだろうか?」

 

「え……いや、そのぉ……」

 

「なに、そう遠慮することはない。君たち5人と中野先生、そしてそこの上杉君とやらの部屋ならすぐにでも用意できる。この屋敷は客間の数も多いからな。

 

 

 

それに、君たちの顔を見るに、アイツらに聞きたいことは山ほどあるんじゃないのかな?」

 

「「「「「「!!」」」」」」

 

剛蔵の提案に少し戸惑う一同だが、最後の一言と、剛蔵が親指で何かを話し込む4人を差したことに、図星と言わんばかりに反応する。

 

「…………」

 

「学校が始まるまでもうすぐだ。それまでに君たちの思っていることを、腹の中を全て曝け出して、 君たちが納得いくまでじっくりと話し合うといいさ。その結果どうなろうと、俺からは何も言わんよ。ただし、君たちとアイツらの仲がどう転ぼうが、君たちを護衛するという任務は変わらんがな」

 

「…………」

 

それぞれに考え、少し黙り込んでしまうが、やがて長女の一花が剛蔵へと返答する。

 

 

「……わかりました。少しの間ですが、お世話になります」

 

「「「「!!!」」」」

 

一花が先に剛蔵に答えたことに、残りの姉妹達も顔を上げて驚き、彼女を見る。

 

「うむ!では早速部屋の手配をさせよう!屋敷には浴場もあるから好きに入って良い。それと、何か夜食や飲み物が必要なら、そういったものも運ばせるようにしよう。」

 

一花の返答を聞いた剛蔵は、そのまま総介たちの元へと向かい、彼らに何かを話しかける。

 

 

 

「………いいの?」

 

二乃が、一花へ声をかける。

 

「……今は甘えるしかないよ。それに、あの人の言う通り何も話さずこのまま家に帰るのも、違うでしょ?」

 

「………そうね」

 

「………」

 

やがて、総介達と話し終えた剛蔵はこちらに再び歩いてくる。

 

 

「では君たちの部屋へと案内しよう!あ、それと上杉君とやら!」

 

「は、はい」

 

突然呼ばれた風太郎が、少しどもりながら返事する。

 

「わかってると思うが、アイナちゃんの部屋に行こうものなら俺が許さないからな!アイナちゃんの部屋に入っていいのは、愛しい我が妻と父である俺!俺!!おーれ!!だけなんだか………ぐぺっ!!」

 

風太郎の顔にめっちゃ近くまで迫って警告する剛蔵だが、後ろからアイナのごドロップキックが見事に剛蔵の後頭部に直撃する。

 

 

「私の部屋には、お父様も出禁なのですが?」

 

「え!?嘘だろ!?何でだアイナちゃん!?」

 

「人の部屋に勝手に侵入して胸元ガッバガバで丈がギリギリの際どい給仕の衣装とネコミミを置いていくのですから、当然の処置です。それと、あの衣装は爆破しときました」

 

「そんなぁ!!アレ絶対アイナちゃんに似合うと思って買ったのに、あんまりだぁ!!」

 

「あなたは娘を何だと思ってるのですか………」

 

ゴミを見る目で父を睨むアイナ。剛蔵も父として娘への渾身のプレゼントを爆破されたことに、おいおいとむせり泣く。

 

 

「はぁ……では、御部屋までは私が案内いたします。上杉さんと中野様はこのゴリラ……父についていってください」

 

「アイナちゃん、今ゴリラって言ったよね?お父さんをゴリラ扱いしたよね?」

 

「まさか。実の父をゴリラ扱いだなんて、そんなことはしませんゴリ」

 

「ゴリって語尾になってるよね?完全に俺をゴリラと認識してるゴリね?………やべ、語尾がうつったゴリ」

 

ゴリラと美少女親子の会話もそこそこに、一同はそれぞれの部屋へと向かうこととなった。

 

 

「………」

 

その途中、三玖は総介を見るが、彼はこちらに背中を向けており、振り向くことはなく、三玖も彼の名を呼ぶことも出来ず、五つ子はアイナに連れて行かれて、『皇の間』を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「……いいのかい?」

 

「今はアイナの話を全員に聞かせるのが先だ」

 

「………そうだね」

 

「……海斗、今年の『あそこ』はどうだ?」

 

「ああ、総介は今年はまだ来てなかったね……例年通り、今が1番綺麗な時期だよ」

 

「……そうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

・上杉風太郎の場合

 

 

 

 

 

「………広いな」

 

風太郎はあの後、マルオと共に剛蔵に案内されて、自分が泊まる部屋へと案内してもらった。そこには12畳ほどの和室に座卓、座布団、テレビに小さな冷蔵庫まで置いてある。さながら旅館の一室だ。

既に布団は敷かれているという用意の速さに驚きながらも、風太郎は布団に仰向けに寝転がり、木目の天井をボーッと見つめる。

 

 

 

 

この半日、まるで数日過ごしたかのような時間の長さだった。

 

 

 

四葉に誘われて久しぶりにアイツらのマンションに行ったと思ったら、浅倉が現れて、いきなりワケの分からないことを言い出して、そのまま大門寺と外に出たら、大量の喧嘩が強そうな連中が待ち構えていた。

 

最初はそれに内心ビビりまくっていたが、浅倉と大門寺は全く恐れないどころか、バッタバッタとそいつらを倒していった。

 

 

あいつらを見て、『すげぇ〜』と、初めは観客気分でそう思っていた。途中で、何人かこっちに向かってきて、自分が観客ではないことを知ると、慌てて浅倉から渡された木刀を構えた。

自分に剣道の腕なんてある訳もなく、人1人倒せやしない。ましてやその道の連中数人を相手にするなんてもっての外だ。

 

 

 

それでも、五つ子(コイツら)を守らねば、と思った。

 

 

 

もうダメかもしれない。それでも、コイツらだけでも守り通さねばと、足をガクブルさせながら覚悟を決めたが、浅倉と大門寺がとんでもない速さで戻ってきて、そいつらを蹴散らした。

 

 

たった2人で、50人以上の男達を相手にして、無傷で立ち回って疲れも見せずに叩きのめすところを見て、単純に同じ男として凄いと思ったし、カッコいいとも感じた。

 

 

やがて、援軍として二乃の学校での友人や、もう1人の同じ年くらいの男がやってきた。

二乃は浅倉とその子が知り合いということにとても驚いていたが、俺はその子を少し見た程度しか知らないし、何かを言える立場じゃない。そこんところはアイツらで解決してほしい。

 

 

その後、大門寺の家に来て、浅倉達の正体や、浅倉の過去を知って絶句した。

前に少だけ聞いてはいたんだが、今回、大門寺から聞いたことは、それよりもさらに想像を絶していた。

 

 

 

 

浅倉がああも俺たちと違うように見えたのも、納得だった。

 

 

 

 

 

俺なんかとは、経験してきたことが違い過ぎる。

俺も事故で母親を亡くしているが、俺にはまだ親父とらいはが、そして五つ子たちにはそれぞれに姉妹が…………家族がいる。

が、浅倉には、母親しかいなかった。そのたった1人の肉親を目の前で殺された………

本人以外に到底理解できる筈がない。俺たち『一般人』が軽はずみで、浅倉に何かを言えるようなものではなかった。

そして、『刀』っていう組織や、二乃の友人……渡辺さんって言ったか?その人と、渡辺さんって人の父親。片桐っていうヤンキーみたいな浅倉達の上司。そして………

 

 

 

 

 

 

大門寺の父親。

 

 

 

あの人を見た時俺は人生終わったと思った。

 

何だよあれは?人間じゃないだろ………

思い出すだけで、手足の震えが蘇る。周りの空間が歪んで見えるほどの存在感を放つあの人を見た瞬間、自分の目線は真っ先に床の畳に下がっていた。そして気がついたら、人生で一度もたこともないような正しい姿勢で正座をしていた。

その後も、部下の1人の強面のオッサンがあの人にデッカい斧で斬りかかっていったが……まるで虫を相手にするように、手を払ったら吹き飛ばされていった。

死んだと思ったら、そのオッサンもすぐに戻ってきて、もう一度斬ろうとするけど、数十Kgはあるだろう巨大な斧を、あの人は指で挟んで止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指で挟んで止めた?何言ってるんだ俺は?

 

 

いや、嘘のように聞こえるかもしれないが、純然たる事実なのだ。

 

 

 

それを浅倉は、まるでテレビでも見ているかのように、いつものやる気無さそうな目で眺めている。他の人たちもそうだ。全く気にしていない。

 

 

 

 

はっきり言って、『異常』だ。

 

 

 

 

『夢』だ、『夢』だと、あんなのを見させられたら現実逃避もしたくなる。

 

 

 

 

そしてそれが『現実』だと知った時、初めて、心の底から………

 

 

 

『あ、死ぬ』

 

 

そう思った。

 

今すぐに逃げたいって何度も思った。

 

でもあんなに広い部屋に満ちている何かが、俺達に『動いたら殺す』と言ってるかのようにまとわりついて、一つも動くことができなかった。

 

その後も、何か話をしていたが、正直覚えていない。でも、一つ納得出来たことは……

 

 

 

 

 

 

 

『お前も見とくといいさ………【世界の頂】ってやつをな』

 

 

 

 

 

 

 

大門寺のお父さん。浅倉の言った通り、あの人は、本物の『頂』だった。

理由も意味も無く、一目で理解した。『これが【頂】なんだ。最強の人間なんだ』って。と同時に、『この人に少しでも逆らったら死ぬ』とも、自分の身体が、勝手にそう告げていた。

その後は、ただただあの人から漏れ出てくる怖い何かが、あの人のその怖い何かが、自分に向かないでほしいと祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

え、小さい?そんなわかってる。でも、皆あの人を見たら、そうなるさ。

己が今まで、いかに小さな小さな存在だったかって。

 

 

 

 

 

あの人を地球の大きさに例えるなら、俺なんて蟻でさえもおこがましい。せいぜいミジンコもいいとこだ。それほどまで、あの人は巨大な存在だった。

 

 

 

 

 

 

でも、それでも……あの人を、大門寺のお父さんを見たことは、決して悪いことばかりじゃない。

 

 

浅倉や大門寺の時もそうだったけど、大門寺のお父さん。あの人を見て、自分がいかに小さく、愚かで卑しい存在だったか、ビビリ倒してる最中に再認識できた。

 

 

ようやく落ち着いた今、冷静になって考えれば、俺はただ勉強が出来るだけで、イキがって他人のことすら考えずに殻に閉じこもってた、ただただ嫌な奴だった。五つ子や浅倉、大門寺達ともであって、時々それを感じることもあったが、どこかでそれを認めたくない自分もいた。

 

 

 

 

でも、あの人を見て、それを全身で思い知ることができた。おれはなんてちっぽけな人間なんだと……あの人になす術なく屈していることではなく、みんなに会うまでの自身の人間性に。

 

 

 

 

 

 

それに、今思えば俺は、浅倉や大門寺に嫉妬もしてた。

 

 

浅倉には、やり方はどうであれ自分以上に五つ子をまとめ上げていたことに。

大門寺には、何でもできることと、その天才的な頭の良さに。

 

 

 

 

愚かしいにも程がある。

 

 

 

一般人である自分が、叶うはずないんだ。自分に無い物に対して、嫉妬心を抱いて、テストで毎回満点をとって心の中でマウントをとる程度の男が、『本物』であるアイツらに勝てるはずないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今までの自分が、本当に恥ずかしい………

 

 

 

 

 

 

「………やべ、泣きそう」

 

 

 

そう呟いた直後、風太郎の上を向いた目線にあった木目の天井が、突然ガタガタと動き出し、そして……

 

 

 

「………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜〜〜〜え〜〜〜〜す〜〜〜〜ぎぃ〜〜〜〜」

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 

 

 

天井木目の天井の一部が外れ、そのからぬるぅ〜っと総介が体を出してきた。

 

 

 

それを突然見せられた風太郎は、今まで上げたことの無いような悲鳴を叫んで飛び起きるのだった。

 

 

 

 

 

 

「どっから出てきてんだ浅倉ぁぁあ!!?」

 

 

「いやこれな、大門寺の緊急事態の時に使う天井裏の通路なんだが、近年はほとんどこの家で緊急事態なんて起きねぇもんだから、最近は専ら剛蔵さんのアイナの部屋に侵入する通路になってんだ」

 

「どうでもいいわ!!!ってか普通に襖開けて入ってこいや!!」

 

「ちなみに、前にアイナの着替えを覗いてるのがバレた剛蔵さんは、ブチギレたアイナの銃で天井ごとハチの巣にされかけたそうだ」

 

「ホントロクな父親じゃねぇなオイ!!!」

 

よっと、っと綺麗に着地して話す総介。風太郎はいきなりやってきた彼にビックリしながらも、何とか平静を取り戻す。

 

「……で、何しに来たんだよ?」

 

「ああ、お前に確認を取りに来てな」

 

「確認?」

 

「ああ………

 

 

 

今後お前をどうするか、についてさっき海斗と剛蔵さんと少し話してな」

 

「!」

 

そう。総介、海斗、アイナ、明人の4人が剛蔵から下された命は『マルオとその娘5人を護ること』であり、悲しいかな、この中に風太郎のことは勘定に入ってはいなかった。何しろあの場では、彼のみがただ巻き込まれてやって来た『一般人』でしかなかったからだ。

 

 

 

 

そのため、大門寺と霞斑の抗争(とまではいかないが、その一端)に巻き込まれた風太郎も、このまま宙ぶらりんにさせておくわけにはいかないということで、総介と海斗は、剛蔵にこう嘆願した。

 

 

 

『上杉風太郎とその家族も、護衛対象に入れて欲しい』と。

 

 

 

「………」

 

「そう頼んではみたが、『同盟相手以外の護衛を、【刀】は請け負ってはいない』っつーことで、剛蔵さんには突っぱねられちまってな。だが、『俺たち個人で護衛を行うのなら、そこの干渉は行うつもりはない』『そしてお前達が困っていることがあれば、いつでも俺に相談して欲しい』とも言ってた」

 

つまり、剛蔵も風太郎を護る気満々ってことである。

 

「………じゃあ」

 

「とりあえずは、アイナと明人にも後で話はするが、とりあえずお前やらいはちゃんとヤンキー親父にも緊急時には護衛につくことにするが……流石にあの2人に色々バラすわけにはいかねぇ。そこで、現時点でのお前の答えを聞こうって訳だ」

 

「………」

 

総介の話に、風太郎は口を開けてぽかんとしてしまう。そして、ようやく彼の口から出た言葉は、なんとも彼らしいものだった。

 

 

 

 

 

 

「その……いくらだ?」

 

「……は?」

 

「いや、護衛がつくってことだから……3人分で、いくら金かかるのかなって……」

 

その一言を聞いた総介の目が点になり、やがて顔の前で手のひらをブンブンと左右に振る。

 

 

 

「いやいや、お前から金なんざとらねぇよ」

 

「は!?いや、だって……」

 

「お前を巻き込んじまったのは、完全に想定外のことだった。四葉のアホに万一のことがって考えときゃ、俺はもう少し別の形で話すつもりだったからな……本来ならお前は、ここにはいなかったんだ。

 

 

そうなってしまったのは何が原因であれ、俺の責でもあるしな。そんなお前に護衛の料金取り上げようとか、俺ただの腐れ外道じゃねぇか」

 

「いや、実際お前はだいぶ外道だけどな」

 

「霞斑の奴らががお前に目をつける……なんて可能性は限りなく少ないかもしれねぇが、念には念をってな。用心に越したこたぁねぇだろ」

 

「………」

 

 

「とりあえずは奴らとケリつけるまでは、何かあったらお前や親父も護衛対象に入るってことで、ひとまず安心はしてもらって………上杉?」

 

 

「………」

 

 

話している最中に風太郎を見ると、彼は再び口を開けたままぽっか〜んとしていた。

 

「……お〜い、上杉〜?死んだか〜?」

 

「!……あ、いや、悪い。あまりに驚きの連続すぎて……」

 

「驚くどころか、『無』だったぞお前」

 

「色々と驚きすぎて疲れたんだよ………」

 

はぁ〜、っとため息を風太郎を見て、総介が先程のことを尋ねてみる。

 

 

 

「………どうだった、俺らのトップは?」

 

 

「………今でも信じられるかよ。あんな人間本当にいるなんて……」

 

「人間かどうかも怪しいかもな。年明けなんてわざわざ北米まで飛んでグリズリー5体と遊んで全部ぶっ倒してたし」

 

 

「…………」

 

あっけらかんと話す総介に、もはや理解が追いつかない風太郎。

 

「ま、総帥を初めて見た人はほとんど逃げ出すか、動けなくなるのがほとんどだからな。そう気に病むこたぁねぇよ……それに、お前も(・・・)知れただろ?自分(テメェ)の小っこさをよ」

 

 

「!!………ああ」

 

今更総介に見栄を張っても無駄だ。あの時のことを思い出して、指先が震え始めたので、ただただ肯定するしかできない。

 

「俺も初めて会ったときゃマジで食われるってビビったな〜。まだ小学生に入ってすぐに出逢っちまって、一目散に猛ダッシュで逃げたのは鮮明に覚えてらぁ。今でもあの人に会うのはちと緊張するが、厳二郎のオッさんはよくあんな人に突っかかれるわな」

 

 

「………なぁ、浅倉」

 

「ん?どった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前は………人を殺して、るんだよな」

 

 

「………」

 

風太郎が、唐突に尋ねたことに、総介も少し止まるが、そのまま口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「………海斗から聞いてんだろ?アイツはあの場で嘘は一つも言ってねぇよ」

 

「!!!………」

 

改めて、目の前にいる男が、本物の『人斬り』であることを実感し、思考を通り越して鳥肌が立ってしまう。

 

 

 

「別に蔑みたきゃそうすりゃいいさ。『人殺し』だの『人間じゃない』だのって、言いたいことありゃ全部ぶつけりゃいい」

 

「………いや、俺は」

 

「………」

 

「今でも整理がつかないさ。お前も、大門寺も、只者じゃないって思ってはいたが……こんなの、想像つくわけないだろ」

 

 

「…………」

 

 

少し風変わりな同級生が、まさかそのような組織に入っていた…漫画やアニメでよくある展開だが、いざ実際そうなってみると、パニックでいつもの優秀な頭脳がパンクしてしまってうまく言葉に出来ない。

 

 

「………済まなかったな」

 

額から汗を流して困惑する風太郎に、総介は肩にポンポンと手を置いて落ち着かせる。

 

「さっきも言った通り、上杉にはもっと別の形で話をするつもりだった。俺や海斗に関わった者として………

 

 

 

 

 

ただの1人の『ダチ公』として……

 

 

 

 

 

お前になら、色々と理解してもらうようにと、順を追って話をするべきだったが……順番が逆になっちまった。

 

 

 

 

 

本当に……申し訳ねぇ……」

 

 

風太郎は、総介の見たことの無い複雑な表情のまま、自分に頭を下げる彼を見て、どうすればいいかわからなくなってしまう。

 

 

目の前にいるのは、復讐のためにこれまで多くの人間を斬り捨ててきた男『鬼童』。

 

しかし、自分が家庭教師の助っ人として幾度となく修羅場(?)をくぐり抜けてきた男『浅倉総介』。

 

 

どちらも同じ存在。同じ人間だ。

この男の謝罪を、そのまま受け入れるか……はたまた、人殺し達とは付き合えないと、拒絶するのか………

 

 

 

このまま拒絶すれば、どれほど楽だろうか……

 

 

 

 

今目の前にいる男と関わりを断ち切れば、自分は関係無い存在となり、この男達と敵対する組織に狙われることも無くなるかも知れない。

 

 

 

晴れていつも通りの日常にカムバックできるかも知れない。

 

 

 

そうならいっそ、目の前の同級生に今までの不満や罵倒を浴びせて、さっさとこの場から去ってしまえばいい。

 

 

 

 

 

そうだ、そうしよう。

 

 

 

 

 

 

もうあんな思いは沢山だ。

 

 

 

 

 

妹や親父も、危険な目に遭わせたくない。

 

 

 

 

 

 

そう考えれば、コイツと縁を切ることなんか容易いことだ。

 

 

 

 

 

よし、言おう。キッパリと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………一つ、聞かせてくれ」

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

ん?待て。今なんて言ったんだ?

 

 

 

「お前が今まで人を殺して来たのは、お前達にとって敵となる奴らだけなのか?」

 

 

 

 

なんで俺はコイツに………

 

 

 

 

「浅倉や、大門寺がしてきたことは、その敵の奴らと同じような事なのか?」

 

 

 

 

 

こんな事を聞いてるんだ?

 

 

 

 

 

「………それを聞いてどうする?」

 

 

「………」

 

 

「どんな理由だろうが、誰を標的にしてようが、俺達が『霞斑』とやってることは大して変わりゃしねぇ。

 

 

 

どれだけ理由や意味をつけようと、『人殺し』に変わりゃあしねぇんだ。

 

 

 

そんなんで、何も濁りはとれねぇし、

 

 

 

 

俺達の業が失くなるわけじゃねぇ。

 

 

 

 

 

俺らはただ、

 

 

 

 

これからもその業や亡霊どもに全身絡みつかれながら、

 

 

 

 

大門寺や、大事なモンに手ェ出す連中を斬り捨てていくだけさ

 

 

 

 

 

 

 

生きてる内は、ずっとな」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

ほら、今だ、

 

 

 

 

 

全部吐いて、ここから出て行くんだ。

 

 

 

 

こんなのと関わっていたら、俺にも、家族にも危険が及ぶ

 

 

 

 

 

今がチャンスだ

 

 

 

 

 

「………浅倉………俺は……」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………まだ、答えを出せない」

 

 

 

 

 

 

待て

 

 

 

 

 

何を言ってるんだ、俺は?

 

 

 

 

 

 

「お前や大門寺が人殺しなのが事実だっていうのは分かった。その事に俺はお前が怖くなってるし、何なら今すぐにでも拒絶して逃げ出したいまである。

 

 

 

 

 

でも、お前は、あの時俺たちやアイツらを守ってくれた。

 

 

 

 

 

それも大きな事実なんだ。

 

 

 

 

もしここで、それを棚に上げて逃げ出せば、すごい楽なんだろう。

 

 

 

 

 

でも、そうしてしまえば、今はせいせいしても、

 

 

 

 

 

俺は多分、10年後や20年後……遠い未来に、凄い後悔するかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの5人がどんな答えを出すかは分からないが

 

 

 

 

 

俺には、助けてもらった恩や、家族を守って欲しい気持ちもある

 

 

 

 

 

浅倉の過去に何かを言うことは出来ないし

 

 

 

 

 

 

お前達が今していることを、俺が言ってどうにか出来るわけじゃなければ

 

 

 

 

 

 

間違っているなんて殊更言える立場じゃない

 

 

 

 

 

 

でも俺は

 

 

 

 

 

 

 

今は、このまま、何も無かったように3年を迎えたいと思ってる」

 

 

 

 

 

おい、早くコイツを拒絶しろ。そうすればお前も、らいはも、親父も、危険なことと関わりが消えて、安心でき……

 

 

 

 

 

 

うるせぇ黙ってろ!!!

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

「問題の先送りか、上杉?お前らしくもない」

 

「………分かっているさ。でも、今こうなっている以上、俺1人じゃどうしようも出来ないだろう?」

 

「………まぁな」

 

風太郎は、そのまま拳を握りしめて、吐き出すようにして総介へと頼みこむ。

 

 

 

 

 

 

「………浅倉、これだけは約束してくれ

 

 

 

 

 

どんなことがあっても、らいはと親父だけは………」

 

 

 

 

「………そのために俺は来たんだ」

 

 

「………」

 

 

 

「前にも言っただろう、上杉。

 

 

 

 

 

お前があの時、教室まで来てくれきゃ、

 

 

 

 

俺と三玖は、あの形でもう一度出逢えてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

それだけで充分だ。

 

 

 

 

 

 

 

お前には、感謝も、恩も、負い目も、申し訳なさもある

 

 

 

 

 

お前がこの場でどんな答えを出そうが

 

 

 

 

 

 

俺はお前の家族は護り通すと決めたんだ

 

 

 

 

 

 

どんな奴だろうが、

 

 

 

 

 

 

 

お前もあの3人にも

 

 

 

 

 

 

 

『鬼童』の名の下に、指一本触れさせやしねぇよ」

 

 

 

 

「……………ありがとう」

 

 

 

未だに風太郎は、総介に対しての考えは纏まらない。しかし、彼の言葉を聞き、風太郎もとりあえずは一段落はついた。状況も状況だ。彼らを頼りにするしか方法は無いし、拒絶したとて、いずれは自分自身の愚かしさに嫌気が差すだけ。

 

 

『大門寺』への疑念や不安は拭えてはいないが、今は総介達が味方である以上、この手の道に詳しい彼の言葉に従うしかない。

 

 

 

「お前の答えなら、いずれちゃんと聞くさ。嫌になったらいつでも言えばいい。そうなったとしても、お前を巻き込んじまった以上、『霞斑』とのケリまでは非常時の護衛だけは全うさせてもらう」

 

「………ああ」

 

「……さて、無理矢理だが、とりあえず話はつけたってことで、俺は剛蔵さんに報告してくらぁ。お前も、もう遅いからゆっくり休めよ」

 

そう言い残して、総介は風太郎の部屋から出て行こうとする。と、風太郎の脳裏に、あることが思い浮かび、それを尋ねてみる。

 

 

 

 

 

 

「浅倉……三玖には、どう話すんだ?」

 

 

それを風太郎に背中を向けながら聞いた総介が、ピタッと止まって、答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前と同じさ。

 

 

 

 

 

 

 

三玖がどんな答えを出そうが、俺はあの子を護り抜く

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけだ」

 

 

 

 

「………そうか」

 

それだけを答えて、総介はそのまま襖を開けて、また明日な、と部屋を後にした。

 

 

 

 

「…………」

 

 

残された風太郎は、再び布団へと仰向けに寝転び、考える。

 

 

 

 

 

あの場で、総介を拒絶したければいくらでもできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を拒絶しようとも、家族は護ってくれると言った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なのに、なぜ自分はそうしなかったのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………寝よ」

 

 

 

 

 

それに対しての答えを、未だ持たぬままに、彼は一気に押し寄せてきた疲れに呑み込まれてしまい、大の字のまま意識を落としていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

・五つ子の場合

 

 

 

 

 

一方、アイナの案内で五つ子姉妹は、本日泊まる部屋へと案内された。

 

 

「こちらが皆様のお部屋となります」

 

 

「ひ、広いね〜……」

 

五つ子が連れてこられた部屋は、風太郎の部屋の倍はある広さのある部屋だった。普段ここは数名の客人が泊まる部屋のため、まんま姉妹へと提供する形となる。

 

 

「すぐにお布団を用意させていただきますが、よろしければ、部屋を出て突き当たりを右に行って頂ければ、浴場もございますので、ご自由にお使い下さい。それと、何かご要望がございましたら、軽いお食事をお持ちします」

 

「お、お食事、ですか……」

 

怖がって一花の腕にずっとしがみついている五月が、少し反応する。

 

「じ、じゃあ、飲み物と食べ物を……」

 

「かしこまりました。皆様の分もご用意致しますので」

 

ペコリと頭を下げるアイナ。それを見た二乃が、彼女に小さく声をかける。

 

「………アイナ……」

 

「………ご覧の通りです。私は大門寺、若様に仕える給仕であり、『刀』の局長である『渡辺剛蔵』の娘、若様、総介さんと同様『懐刀』として『戦姫』の異名を持つ『渡辺アイナ』です……これ以上、何も言い訳することは出来ません」

 

 

「………ごめん、何言ってるのかほとんど分からないわ」

 

「………」

 

二乃のその一言を聞いても、アイナは何も弁明しようとしなかった。これ以上、自分の持つ言葉は無い。あとは二乃がどう判断するか。それを待つしか無い、と……。

 

 

「あ、あの……お食事を……」

 

「五月ちゃん、ごめん、もうちょっとだけ待とうよ」

 

五月を、一花が優しく宥める。

 

「………正直、今でも信じられないわよ……アイナが海斗君やアイツと幼なじみで、そんな危険なことをしてきたなんて………」

 

 

「………」

 

「あと、アイナのお父さんが中々の変態だなんて」

 

「それは……私もそう思います」

 

「………夢だって何度思っても、夢じゃないのよ……これが夢で、朝を迎えて、アイナに電話して、どこか遊びに行けたら、どれだけ良かったか………」

 

「………」

 

 

 

 

 

 

「………でも、現実……なのよね………」

 

 

「………」

 

搾り出すように言った二乃。今までの出来事を振り返りる。

 

 

アイナと出会い、親交を深め、風太郎が家庭教師としてやって来て、彼が総介を連れてきた。彼に口喧嘩では一切勝てず、言い負かされてばかり。おまけに妹の三玖が、総介と恋人同士となり、肉体関係にまで発展した。それに辟易していた時、林間学校で海斗と出逢い、一目惚れした。そして、2人っきりでダンスを踊ってひと時を過ごした。その後、試験前に家出をして、ひょんなことから総介と海斗が幼なじみであることを知った。なんやかんやあって、海斗と再会する事に成功したが、しばらく後に、彼の婚約者『九条柚子』から彼の本質を聞かされる。それに悩み苦しむ二乃だったが、アイナへの相談や、海斗の中にも確かにまだ人としての何かが残っていることを確信し、形式上恋人同士となった。

そして、今日起きた出来事。

 

 

 

総介が何者かは二乃にとってどうでもいい。海斗がそうだった事には少し驚いたが、何よりその場に現れたアイナに、言葉を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

「………あなたがここにいるのが、今でも不思議でしょうがないわ」

 

「………」

 

「………今までのこと、アイツから聞いてたの?」

 

アイツとは、十中八九総介のことだろう。

 

「………はい」

 

「………そう」

 

二乃はそれを聞いて、何とも言えない気持ちとなった。

このままいけば、アイナに裏切られたという気持ちも出てくるだろう。しかし、先程、マンションの下で総介に言われたことが、頭の中を巡る。

 

 

『お前が俺に向けてた感情を考えろ。そんころに既にアイナに会ってたんなら、お前が俺の愚痴をアイナに言ってたんなら、それを『自分の幼なじみです』って簡単に言えんのか?え?』

 

 

………悔しいが、一理あった。そして、総介と三玖の恋愛の発展や、海斗との遭遇も相まって、ますます言い出せなくなってしまった。

それに、アイナには家のことをそうそう言ってはいけないという義務もある。

学校の中で海斗とアイナの関係を知る者は、自分たちだけだということも聞いた。

 

 

親友の子が、1番嫌いな奴、そして想い人と幼なじみである。これは中々アイナにとっても辛かった筈だ。

 

 

 

 

 

 

「………申し訳ありませんでした」

 

「!?」

 

それでも、先に謝ったのはアイナの方だった。

 

「二乃のこれまでの全てを裏切ってしまったのは、私の責任です。二乃から総介さんのことを聞いた時に、はっきりと言い出すことが出来なくなってしまった事から、若様との関係に至るまで、私の立ち回りの悪さ故に、二乃に苦しい思いをさせてしまいました。赦しを乞うなどということはいたしません。しかし、それでも若様や総介さんのことだけは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「謝らないで……」

 

「!?……」

 

「謝らないでよアイナ……あなたが悪いんじゃないわ」

 

「二乃………」

 

目に涙を溜めながら、二乃はアイナの謝罪を止めた。

 

 

 

「海斗君との関係は、家のことで言い出せなかったのなら仕方ないじゃない……それに浅倉とのことも、そもそも私がアイツの悪口をペラペラと喋ったせいで、あなたが余計言い出し辛くなった……あなたに何の落ち度も無いわ」

 

 

「………でも」

 

「でもじゃない!……そんなことを考えずに、さっき私はアイナに裏切られたって思った。思ってしまったの。何も考えず、表面ばかり見て……みんな裏で繋がってて、私を嘲笑ってたのかって思っちゃったの」

 

「!………そんなことは!」

 

「わかってる!だから苦しいの。まだ混乱してるけど、アイナがアイツや海斗君と繋がってたことじゃない……それを勝手に間違った捉え方をしてしまったことが、アイナを少しでも裏切り者って思ってしまった私が、許せないの……」

 

「………二乃………」

 

 

「『刀』とか『戦姫』とか、私にはよくわからないわ。何も知らないくせに、そんなことまでズケズケと言うことなんて出来ない。

 

 

でも、今まで一緒に過ごしてきたのが全部嘘だって言うの!?

 

 

 

一緒に遊んで、ゲームをして、食事をして、プリクラとって、いろんなショップに行って……転校してきてから、これまでずっとアイナと過ごした日が、全部偽りだったって言うの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………嘘ではありません」

 

 

「!」

 

そう答えて、アイナは今までの二乃への思いを語り始めた。

 

 

「私にとっても、今まで二乃と過ごした日常は、本物です。それまで同性とは深い付き合いの無かった私に、よく話しかけてくれて、遊びに誘ってくださったのは二乃が初めてでした。

 

 

 

いつしか、その日常を守りたくなっていました。

 

 

このまま二乃と、友人の関係を続けたいと思ってました。

 

 

 

総介さんや若様のことを聞いて、打ち明けたいとも考えていました。

 

 

 

ですが、それを知った二乃が、失望する姿が浮かぶと、言葉にすることが出来なかったのです……

 

 

 

二乃との大切な日常を守りたいがために、私は隠し続けました。

 

 

 

総介さんとのこと、若様のこと……

 

 

 

あの二乃との本物の日常と、今まで生死を共にしてきたあのお二人の狭間で、私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイナ………」

 

 

手を震わせるアイナを見て、二乃はアイナへと近づき、彼女の両肩に手を置く。

 

 

 

「………もういいわ」

 

「!?」

 

「全部バレたことなんだし……アイナの気持ちも、今ちゃんと知れた。

 

 

 

 

今までのことは、無しにしましょう」

 

 

 

 

 

「!!それは!」

 

「いいから聞いて、アイナ。私は、学年末試験の時に、海斗君がどんな人だろうとも、必ず手に入れるって決めたの。

 

 

 

 

それが例え、彼が人を殺してても。

 

 

 

 

何があっても、海斗君の側にいて、彼を支えるって決めたの。

 

 

 

 

 

 

それは今のアイナにもそうよ」

 

「!!?」

 

 

「最初は、ずっと混乱してたけど、あなたの気持ちを聞いて、私は嬉しかった。

 

 

 

 

アイナがどんな人だろうが、アイツとどんな関係だろうが、そんなの私には関係無いわ。

 

 

 

 

どんなことがあっても、あなたとの今までの思い出が消えるわけじゃ無い。

 

 

 

 

 

 

 

話し合って、またやり直せばいいだけ。

 

 

 

 

 

 

 

あなたに色々と肩書きがあるみたいだけど、

 

 

 

 

 

あなたは私の親友『渡辺アイナ』。

 

 

 

 

私にとっては、それだけあれば充分よ」

 

 

その一言が、アイナの今まで溜め込んだ物を決壊させた。目から徐々に涙が溢れ出し、ポタポタとこぼれ落ちていく。

 

 

 

「……私も………人殺しなのに……」

 

 

「私もさすがにそれをいいとは思わない。でも、家のことなんでしょ?事情があるのも通らないことじゃないわ。それとも、まさかアイナは、街中の人達や、学校のみんなまで、誰でも殺したいって思ってるの?」

 

 

「……そんなこと、ありません……私たちが、戦うのは……若様や、大門寺を……二乃たちを脅かす存在、だけです……」

 

 

「そう。防衛部隊って聞いてたけど、やっぱりそうなのね………そこについては私は何も言えないわ。アイナのしていることが、全部良いとも言えない。でも、それでも私は、あなたの全部を否定したく無いの」

 

 

「……二乃ぉ………」

 

 

「柚子さんにも言われたわ………

 

 

 

 

『私がどうしたいかは、私が決めること』だって

 

 

 

 

 

ここで今、私がアイナを否定したら

 

 

 

 

 

私は、一生後悔するわ

 

 

 

 

だから、アイナの今までを

 

 

 

 

 

アイナとの今までを、絶対に否定しない

 

 

 

 

 

そして、アイナとのこれからも

 

 

 

 

 

 

絶対に断ち切ったりしないわ

 

 

 

 

元々、海斗君と恋人同士なんだから、当然だけどね」

 

 

 

「………二乃………うぅ」

 

 

二乃の言葉に、アイナはそのまま涙を流し続け、そんな『親友』を見た二乃も、アイナを受け入れて、ギュウっと抱きしめた。

 

 

数分間、アイナは二乃の胸の中で涙を流し続けた。

 

 

………………………………

 

 

「………申し訳ありません。取り乱してしまいまして」

 

「いいわよ。そんなことより、これから私たちは、どうなるの?」

 

ようやく涙が止まったアイナだが、目の下は少し赤く腫れている。だが、その表情は抱え込んでいたものを吐き出した故か、だいぶスッキリとしたようだ。

 

 

「中野先生が大門寺と同盟を結んだ以上、私達にはその家族を護衛する義務がございます。今後は学校に通い、いつも通りに過ごしながら、周囲を警戒する日々が続くでしょう」

 

「……それって、私達の日常も変わるのかな?」

 

ここで、アイナに一花が質問してきた。

 

「大きくは変わりはしませんが、敵の姿が確認された場合、皆様には私達の側にいてもらうこととなります」

 

「………また、あのような事になるのですか?」

 

続いて、五月が質問をする。

 

「……恐らく次に現れる時は、様子見ではなく『霞斑』の本命です。今までのようにただ気絶させるだけではすまないでしょう……最悪、私達は敵の抹殺という形で排除しなければなりません」

 

 

「そ、そんな……」

 

それを聞いた途端に、五月は震え出した。

 

先程の戦いでも人一倍怯えていた五月だ。次に戦いがある時は、間違いなく死人が出る。そんな事態に、自分達は巻き込まれてしまい、またその可能性もある事を考え、彼女は顔を青くさせてします。

 

「無論、こちらもそうなる前に徹底的に潰しにかかりますが……

 

 

 

恐らく、敵が仕掛けてくることは、暫くは無いでしょう」

 

 

「ど、どうしてそのようなことを言えるんですか……?」

 

次は四葉が、アイナに理由を尋ねた。

 

 

 

「皆様もご存知の通り、私達『懐刀』は、世界でも指折りの戦力の一つです。

 

その『懐刀』を4人、皆様の護衛に就けることになります。これほどの人数を護衛につけるのは異例ですが、それは相手方にとっても同じことです。この時点で敵は、迂闊には手出しは出来ません。

 

 

 

 

そして『鬼童』………総介さんの健在は、何よりの楔となっています」

 

 

「あ、浅倉君の?」

 

「…………」

 

 

「………私達『懐刀』の中で、最強とも言える人物の1人が総介さんなのです。

 

 

 

敵方から『鬼』とも畏怖されているあの人が目を光らせていれば、皆様に危害を加えること、それは即ち自殺行為と同義となります。

 

 

 

今の総介さんには私や明人はもちろん、若様でも勝つことができません」

 

「え!?海斗君でも勝てないの!?」

 

二乃が、信じられないと言わんばかりに、目を見開いて驚きの声を上げる。

 

「二乃にとっては複雑かもしれませんが、事実です。

 

 

 

ですが、昔は総介さんは若様はおろか、私達にも勝てませんでした。

 

 

 

ですが、お母様を殺害された時から、全てが変わりました」

 

「!?」

 

「恐らくは、それが直接の原因だと思われますが……

 

 

 

 

総介さんが、人間とは思えない程の信じられない『力』を持つようになったのは事実です。

 

 

 

 

それ以降、今日に至るまで、私も、明人も、そして若様も、誰も総介さんに『一度たりとも』勝利していません」

 

 

「…………」

 

 

「浅倉君が……そんな事があったんだね」

 

恐らく全員、総介がそうなったら理由は分かっている。

 

 

『復讐』

 

 

母を目の前で無惨に殺された事への憎しみ、怒り、悲しみがトリガーとなったのだろう。でなければ………

 

 

これ以上は野暮なため、言うことができない。

 

「……これ以上、私の口からは申すことは出来ません………総介さんに怒られてしまいますので」

 

「………分かったわ」

 

「………」

 

さすがの二乃も、総介の凄惨な過去には物申すことは出来なかった。そして……

 

 

 

今まで何も言葉を発してこなかった三玖。彼女も、未だ混乱の最中にいた。

 

 

 

「………ねぇ、渡辺さん」

 

と、そんな時に、一花がアイナに声をかける。

 

 

「何でしょうか?」

 

「浅倉君って、今どこにいるの?」

 

 

「!」

 

一花の聞いた質問に、三玖がビクン!っと大きく反応した。

 

「………総介さんでしたら、『あの場所』にいると思われます」

 

「あの場所?」

 

「敷地の奥の庭に、大きな桜の木が生えているんです。総介さんはこの時期になると、毎年必ずその場所を訪れます」

 

「………三玖、そう言ってるよ」

 

「………」

 

一花は、三玖に向かってそう言った。しかし、三玖は俯いたまま、何も答えない。それを見たアイナが、三玖にこう提案する。

 

 

「……私がその場所まで、案内いたしましょうか?」

 

「………え?」

 

三玖がアイナに向けて顔を上げる。

 

「この屋敷は複雑な造りのため、迷われる方が多いですが、私は敷地内の場所を把握しておりますので、そこまでご案内することができます」

 

 

「………でも……」

 

 

「行ってきなさいよ」

 

渋る三玖を見て、二乃が堪らず声をかけた。

 

「アイツに言いたいことあるなら、言えばいいじゃない。どんなことでも、アイツにぶつけてくればいいじゃない」

 

「…………」

 

「……私もそう思うな」

 

一花も二乃の援護をする。

 

「浅倉君、三玖にはすごく優しいから、ちゃんと最後まで聞くと思うよ。三玖の思っていること、全部言ってくればいいじゃん。それに、浅倉君の方も三玖と話したいと思ってるかもしれないし。ね?」

 

 

「………一花……」

 

「………如何されますか?」

 

2人の姉の言葉を聞いて、三玖は少し俯き、答えを出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ソースケに、会いたい」

 

ボソッと呟いた言葉だったが、皆には確かに聴こえていた。

 

 

「……では、ご案内いたします。私について来てください」

 

「………」

 

アイナは三玖の返答を確認すると、そのまま部屋の出口へと歩きだしてから、三玖がついて来るのを待った。

そして、三玖もゆっくりではあるが、アイナの後に続いて歩き始める。それを見守る4人の姉妹。

 

「三玖さんを総介さんの元へお送りした後に、食事をお飲み物をお持ちしますので、恐れ入りますが、それまでしばらくお待ちください」

 

「分かったわ。頼んだわよ、アイナ」

 

そう二乃がアイナに三玖を任せてから、彼女は三玖を連れて部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………私、上杉さんに謝らなくちゃ」

 

部屋を出た後に、真っ先に口を開いたのは、何と四葉だった。

 

「私、こんな事になるなんて知らなくて……上杉さんも巻き込んじゃって……謝るだけじゃすまないけど……私……」

 

「四葉………」

 

今度は四葉が、ボロボロと涙をこぼし始めた。

ここに来てから、四葉の頭の中は、ほとんどその事しかなかった。自分の身勝手のせいで、風太郎を危険な目に巻き込んでしまった事への罪悪感と自分自身への嫌悪感で、四葉は押し潰されそうになっていた。

できることなら、半日前に戻りたい。風太郎を誘ったときに戻りたい。

 

 

「……大丈夫だよ、四葉」

 

「グスっ……一花ぁ……」

 

一花が、四葉の頭を優しく撫でる。

 

「浅倉君や渡辺さんもきっと、フータロー君のことはちゃんとしてくれるよ。でなきゃここにフータロー君を連れて来てないもん」

 

「グスっそうかな……ズズッ」

 

「うん、そうだよ。それに、一緒のタイミングで正体を明かした方が、フータロー君を仲間はずれにせずに済むでしょ?」

 

一花の言ったことは、正直全部出まかせだった。確かに、総介は風太郎とその家族の護衛も視野に入れてはいたが、それを一花は知らない。彼女は、四葉を安心させるために、四葉を罪悪感で潰してしまわないために、どうにかそれっぽい嘘をついたまでだった。

一花も、少しは恐怖を覚えていたが、何より総介の正体にいち早く疑念を抱いていた彼女は、その正体を知れたことに、誰よりも早く理解、納得していた。そのおかげか、五つ子の中では終始冷静に振る舞えていた。そこは長女、みんなのお姉さんである。

まぁさすがに、大左衛門を見た時は後悔と恐怖が襲ってきたが……

 

「でも、後でちゃんとフータロー君に謝ろうね?」

 

「……うん、謝りたい。上杉さんに」

 

どうにか四葉が潰れるのは回避したが、次の人物はどうしたものか……

 

 

 

「………五月ちゃん、どうする?」

 

「………」

 

そう声を掛けられた五月は、未だ少し震えたままだった。

こういった怖いことには、人一倍敏感な末っ子の五月。ここまで、短い時間で様々な恐怖が彼女を襲っていた。

 

 

敵の集団に襲われそうになったこと。それを退けた総介達の『人斬り』としての正体。更には海斗の父『大左衛門』というバケモノチート人間。それに飛びかかり、吹き飛ばされた厳二郎。

彼女は終始、怯えていた。何度も心の中で「お母さん」と、今は亡き母を思い浮かべて精神の均衡を保っていた。

 

 

「………嫌です」

 

「「?」」

 

「もうあんなことは嫌です!経験したくないです!お家に帰りたいです!!」

 

溜めていた不安や恐怖を、一緒に吐き出すように大声で叫ぶ五月。それに一花は、

 

「……うん、そうだね。だから、浅倉君たちが守ってくれるって」

 

「そ、そんなの、分からないじゃないですか!1人になったところをもしも攫われたりしたら……」

 

「アイナも言ってたけど、浅倉が私達の側にいる以上、相手は手出しすら出来ないっていうことよ。それを信じるしかないでしょう?」

 

「そんなの信じられません!私達と同じ年の浅倉君がそんな影響のある人なんですか!?もしもあの人が浅倉君を買い被っていたら、私達の誰かが……」

 

「でも、五月ちゃんも見たでしょ?浅倉君や大門寺君は、とんでもなく強いよ。少なくともそこらへんの人達より、遥かに強い」

 

「悔しいけど、その通りね。それに、世界で一番強いって人たちがボディーガードしてくれるのよ。こうなった以上、アイツやアイナを頼るしか出来ないでしょ?」

 

「………そんな……」

 

一花と二乃が受け入れている様子を見て、五月は顔を真っ青にして項垂れてしまう。

 

 

「残念だけど、こればっかりはどうすることもできないわ……

 

 

 

 

これは現実で、時を戻すことなんて出来ないんだから」

 

 

 

 

5人、それぞれに思うところがありながらも、この時は止まらない。この時は戻ってはくれない。この現実は夢にはならない。

 

 

 

 

母が死んだ時もそうだった。

 

 

 

時間をかけて、受け入れていくしかないと、一花と二乃、四葉は、恐怖に絶望し、膝をついて涙を流し続ける五月のそばに寄り添うことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてここは、大門寺邸の敷地の奥地にある庭。

 

 

 

 

 

 

 

そこには、雲一つ無い空からの月明かりに照らされ、美しく輝きを放つかのような、大きな一本の桜の木が、その咲いた花びらを雪のように散らせていた。

 

それでも、その木にはまだ多くの花弁が残り、いくつにも分かれた枝を彩っている。

 

 

 

 

 

そんな木を、数メートル離れて見つめる、黒い羽織を着てあぐらをかいて腰を下ろしている彼の横には、腰から抜いた日本刀が鞘に収められたまま寝かされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が無言でその木を眺めていると、その彼の10数メートル遠くではあるが、後ろに2つの影が、姿を表した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、73話『サクラミツツキ』

 

 

 

 




どうも風太郎のキャラは掴みにくい。
次回は、久しぶりに総介と三玖の会話です。
といっても、これ物語中では数時間しか経過してないんですけどね……


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73.サクラミツツキ

サブタイトルは銀魂のテレビアニメOPにもなっている『SPYAIR』さんの『サクラミツツキ』から拝借しました。
数ある銀魂のOPの中でも、私が3番目に好きな曲です!

銀魂のOPって桜の舞い散る描写がよくありますが、あれめっちゃ好きなんです!てか作者は全部のOP及びEDが好きです。
あ、1位と2位は………またどこかでしれっと言おうと思います。
感想とかで好きなOPやEDがございましたら、是非語り合いたいです!



その木に咲いた花を、総介は毎年必ず見にきていた。

 

 

 

 

雲一つ無く、満月が白い光を照らす空の下、彼はその木の花びらが雪のように舞い散る中、その場にあぐらをかいて、その花を見上げている。

 

 

 

 

今、この時期にしか咲かない、その季節の象徴とも言える花。

 

 

 

 

日本全国、様々な場所で、今も咲き誇り、人々を魅了していることだろう。

 

 

 

それほどまでに、ありふれた花ではあるが、ここの桜だけは彼にとっては全く違うものでだった。

 

 

 

 

 

総介にとって、この場所に咲く桜は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、この場所におられましたか……」

 

先程、二乃との話を終えたアイナが、三玖を連れてその場所へとやってきた。

といっても、2人はあぐらをあぐら背を向ける総介までまだ20メートルほど距離はある。

 

「…………」

 

三玖は、ようやく総介を見つけたというにも関わらず、未だ複雑な表情をしたままだ。

 

「…………」

 

アイナは、連れてきた三玖の方へと振り向くと、彼女は未だ目線を下に下げて、何とも言えないような顔をしていた。そんな彼女に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………二乃と同じですね」

 

「………えっ?」

 

今の三玖を見て、アイナは少し前、海斗のことで思い悩む二乃を重ねていた。

 

「二乃も、若様のことで随分悩まれておりました。総介さんの事で迷われている今の三玖さんも、あの時の彼女そのままですが………

 

 

 

 

相違点があるとすれば、若様の事情を知らなかったことに悩んでいた二乃と、総介さんの事を知るが故に悩まれている三玖さん、でしょうか?」

 

 

 

「………」

 

 

 

「二乃にも同じ言葉をかけましたが………そう悩まれておられるのは、総介さんを心から愛しておられるという証拠です。そしてそれは、あの人もそう……

 

 

 

 

正直、羨ましいです」

 

「?」

 

アイナはそう漏らす。三玖も、彼女の発した言葉に、思わず顔を上げてしまう。

 

 

 

 

「10年以上、総介さんと過ごしてきましたが、総介さんがあなたのことをお話しされる時は、今までしてきたことのないようなお顔をされるのです。

 

 

 

あの人は、きっと自覚は無いのでしょうけれど………

 

 

 

あなたのことを、心の底から大切に想われていることが手に取る様に分かります」

 

 

「…………」

 

 

「まったく……普段はのらりくらりと煙に巻いて好き勝手されるくせに……三玖さんに与えるその優しさを、少しは私や若様にも向けて欲しいものです」

 

自嘲気味に笑うアイナを見て、三玖がふとこう尋ねてみる。

 

 

「……渡辺さんは」

 

「?」

 

 

 

「ソースケのこと……好きなの?」

 

そう聞かれたアイナが、一瞬目を開くが、すぐに元の表情に戻り……

 

 

「……ええ、好きですよ」

 

「!!?」

 

そう答えると、三玖は奇襲をくらったかのようにビクンと飛び跳ねるように肩を動かす。

 

彼女の様子を見て、アイナも少し三玖を理解できた気がした。

 

「………安心してください。その『好き』に恋愛感情では含まれていませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

敢えて言葉にするなら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『家族として』……でしょうか……」

 

 

 

「………家族?」

 

 

 

「……総介さん若様、明人とは、幼い頃に道場で出会い、そこから共に過ごし、遊んでいた仲ですが、総介さんのお母様が亡くなられ、彼が独りになられた後、しばらくしてその道場の師範が、天涯孤独となった彼の身を引き取り、彼を介して大門寺で過ごすこととなりました。

 

 

 

そこから私達4人は、ほとんど毎日を共に過ごすようになりました。

彼にとっては唯一無二の家族は、お母様だけでしたが………少なくとも、若様や明人、そして私も、それに近いような感情を、彼に持っております。

 

 

もっとも、そのご本人がどう思われてるかは解りませんが」

 

「………」

 

「きっとあの人も、私たちと同じようにそう思ってくれているのかもしれません。ですが、三玖さんのことを話される総介さんの様子は、それほどの長い付き合いの中でも見たことがございません。

 

 

本当に楽しそうな………それでいて、心にぽっかりと空いた巨大な穴が、ようやく満たされたようで、安心されたようなお顔をされてます」

 

「…………」

 

 

三玖にとってアイナは、自分の知らない総介を知っている人だが、それはアイナの方も然りだった。

 

初めにアイナが、三玖とのデート中で歩く総介を見た時、彼の表情が全く違うように見えた。

今までの死んだ魚の目こそそのままだったが、なんというか……見た目だけではわからない生き生きとした雰囲気をしているのを見て、内心驚愕していた。

 

話には聞いてはいたが、まさかこれほどまでに、三玖の存在が彼を変えるとは思わなかった。

 

 

 

 

 

『霞斑』どの抗争が一年前に終結した頃の、抜け殻のような彼の心を、ここまで満たすとは………あの時アイナは、少し三玖に嫉妬した。と同時に、感謝もした。

 

 

「三玖さん……自覚はお持ちではないかもしれませんが、今の総介さんがおられるのも、ひとえにあなたがあの人のお側に居てくださったお陰です……

 

 

 

 

 

 

本当に、ありがとうございます」

 

「えっ……そ、そんな、私は……」

 

頭を下げて自分に感謝の言葉を述べるアイナに、三玖も戸惑う。

 

「大丈夫です。あなたのお気持ちを、全て総介さんに吐露して頂ければ、あの人も全てを受け入れてくれます。

 

 

そして、総介さんの『本当の思い』を、受け止められるのは、三玖さんしかおりません」

 

「……ソースケの……本当の思い?」

 

「……お恥ずかしながら、彼と10年以上の時を過ごしていた私達ですら、あの人の心の隙間を埋めることは叶いませんでした。

 

 

 

 

ですが、あなたはそれを数少ない時間の中で、総介さんを見違えるまでに変えてくださいました。

 

それは、三玖さんと総介さんが、本当にお互いを想い合う心が無ければ、決して出来はしなかったでしょう。

それはおそらく、今後も変わりはしないでしょう。

 

 

ですから……

 

 

勝手な願いですが……今の総介さんの隣には、あなたにいて欲しいのです」

 

 

「………」

 

 

「私でも、明人でも……若様でもない。

 

 

 

 

総介さんを心から愛してくださる三玖さんでしか、あの人の心の支えにはなれません」

 

「……心の、支え……」

 

アイナの真剣な願い、そして三玖自身の願っていること、それらが一致する。

 

ただ、護られるだけじゃだめだ。自分も、総介を護りたい。

クリスマスイブの日に、彼に言った言葉。それは決して、嘘ではない。

彼が辛い時には、自分を頼って欲しい。彼が弱っていたなら、それを側で支えたい。

それらは全て、三玖の本心から出た言葉だ。今もそれに変わりはない。

 

 

そしてアイナも、それを三玖に望んでいる。彼の弱さを理解し、支えることができるのは、三玖しかいない。

身勝手かもしれないが、自分達では……いや、世界中探しても、それができるのはここにいる『中野三玖』という少女以外いやしないだろう。

 

 

この先は、彼女に託すしかない。

 

 

 

 

護るべき人を亡くし、『鬼』として幾千もの血を浴び続けた男が、ようやく『人』として護りたいと思える存在に出逢うことができたのだ。

 

 

 

 

 

もう、あのような惨劇は繰り返したくない。

それはアイナも同じ思いだった。

 

 

 

 

「どうか、総介さんをよろしくお願いします」

 

そう言ってアイナはもう一度、三玖に頭を下げる。

彼女の本心を聞いた三玖も、そのまま黙ることは出来ず……

 

 

 

 

 

「………うん

 

 

三玖は弱く、小さくではあるが、確かに頷いた。

 

 

「……ありがとうございます」

 

顔を上げて、三玖へとほんのわずかに微笑みかけるアイナ。

 

「……それでは、私はお食事を二乃達の元へとお持ちしてきますので、これにて失礼いたします」

 

 

 

「う、うん………

 

 

 

 

あ、あの!」

 

アイナが、三玖の横を通って、屋敷内に戻ろうとした時に、三玖が彼女に声をかけた。

 

「?どうされましたか?」

 

アイナがそう聞くと、三玖は頬を赤くさせながら、こう言った。

 

 

 

 

 

 

「二乃のこと……

 

 

 

本当にありがとう」

 

 

照れながらも、二乃のことをずっと気にかけてくれていたアイナに、三玖は感謝の意を表す。それにアイナは………

 

 

 

 

 

「………友達ですから」

 

 

 

微笑みながらそれだけ答えて、アイナはそのまま屋敷に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその場に残されたのは、三玖と、少し遠くで座りながら桜を眺める総介の2人だけとなる。

 

 

「…………」

 

 

改めて、三玖は彼の背中を見つめ直すが………

 

 

 

 

 

遠い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなにも、遠い

 

距離だけで言えば、20メートル前後しか無いのに、三玖には、総介の背中が本当に豆粒ほどにしか感じ取れないほど離れていると錯覚してしまう。

 

 

「………」

 

 

 

 

それでも、彼女は意を決して、一歩、また一歩と、ゆっくりではあるが、段々と総介に近づいていく。

 

 

やがて、その物理的な距離も徐々に狭まっていくと、三玖の目線は、段々と近づく総介へと下がるのではなく………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が眺める、桜の木へと目線が『上がって』いった。

 

 

こうして近づいてみると、とても大きい。高さだけでも、10メートルはあるだろうか。それでいて、今でも花が雪のように散って、時折吹く風で流されているにもかかわらず、全く花びらが減る様子も無い。

 

 

 

やがて、三玖は完全に頭上にまできた桜の花がたくさん咲いている枝を見上げながら、思わず呟いてしまった。

 

 

 

 

「………きれい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きれいでしょ?

 

 

 

毎年ピークになると、今と同じくらい咲くんだ」

 

 

 

 

「!!?」

 

突然、下から聞こえてきた声に、三玖は我へと帰り、その声の元へと視線を辿る。

 

そこには、すでに自分と2メートルほどの距離しかないほど近くに、最愛の人の背中があった。

三玖が見る彼の背中は、いつものような黒いパーカーを着た、少し緩めの雰囲気の自分と同一人物かと疑う程に違うものだった。

白で大門寺の家紋が背にあしらわれた黒い羽織を着て、左側には日本刀が寝かせられている。

よくいる時代劇の役者のようにも見えるが、生憎そこにある日本刀は本物であり、スパスパと斬り裂ける。

そしてその役者のような男も、地球上で10指に入る強さを持つ、本物の『侍』だ。

 

 

それでも………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖は、そのまま無言で総介の右側へ腰を下ろし、膝を抱える形で座り込んだ。

桜の花びらが散りばめられた地面に尻をつけ、チラッと総介の顔を横から見る。彼の目線は、未だこちらではなく、大きな桜の木を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

「………昔ね」

 

「?」

 

「6才、小学校に入るくらい、だったかな。道場での稽古が終わって、母さんが迎えにきてくれた時に、海斗がこの家に遊びに招待してくれたんだ」

 

「………」

 

「その時に初めてこの屋敷に来て、敷地や、建物ん中の広さや、出てくる料理の豪華さに、俺も母さんも驚いてばかりだった。

 

 

 

それで、俺がトイレ言って戻ろうとしたら、案の定迷っちゃって……色々な所を歩き回ってたら、この場所にいた」

 

 

「………そうなんだ」

 

 

「後で母さんが、海斗と探しにきてくれて、そこでしばらくこの木を見てた。

 

 

 

 

 

 

 

母さんは『この家はどれも凄いものばかりだけど、私はこの桜が、一番好き』だって、そう言ってた」

 

 

「…………」

 

 

「それから、毎年この季節には、ここに来るようになった。最初は2人で見てたけど、次の年は海斗やアイナも一緒に見たり、その次の年は明人や剛蔵さんも入れて、ここで布敷いて花見をして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは、俺一人で見に来てる」

 

 

 

「………」

 

 

最後の一言で、三玖は視線を落としてしまう。何故一人で……言わなくてもわかる。

 

 

 

総介の家で、家族について尋ねた時、姉妹や風太郎よりも先に、彼の母のことを教えてもらった。

 

 

 

 

頭が真っ白になった。

 

7年前、総介が小学四年生の時……隣町のショッピングモールにて起きた爆発事故が原因で亡くなった。

 

但し、総介の母の死は爆発が原因ではなく………

 

 

日本刀で背中から貫かれたことによる、失血死。

 

 

総介はその時、三玖にここまでの事を教えた。

犯人や、当時や今の総介の思いは、その時は聞いていない。

しかし、今日その一部を知った。

 

 

総介が復讐のために『刀』に入ったこと

 

 

 

そのために、たくさんの人間を殺したこと

 

 

 

その犯人を相手に、海斗達と共に壮絶な殺し合いをしたこと

 

 

 

犯人は死んだが、結局復讐を果たせなかったこと

 

 

 

 

 

その犯人のいた連中が、残党として動き出したこと

 

 

 

「………」

 

三玖は、膝を腕で抱えながら、今日起こった出来事を思い起こす。

思えば、ここまで長いようで短かった。

 

 

総介と海斗が、自分達を拐おうとした連中を撃退し、海斗の家のこの屋敷に来て、総介達の正体をしり、海斗の父『大左衛門』への謁見、そして、二乃とアイナの和解と、アイナの言葉……

 

 

「ごめんね」

 

「え?」

 

突然、総介が謝ったことに、顔を再び上げると、彼は、こちらを見ていた。

その顔は、いつも総介が三玖だけに見せる、愛する人への慈みに満ちた顔だった。しかし、どこか哀しい表情をしている。

 

 

「三玖やみんなを騙すような形にして、巻き込んでしまって………本当に、申し訳ないとしか思えない」

 

「ソースケ………」

 

「このことを俺には、ただ謝ることしかできない………

 

 

 

今まで、全部を隠し続けてたことも

 

 

 

 

君の気持ちも考えず、こっちで一方的に物事を決めてしまったことも

 

 

 

 

何の言い訳もするつもりもない

 

 

 

 

 

だから、この時が来たら

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖に全てを話す時が来たら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君に、これからのことを聞くつもりでいた

 

 

 

 

 

 

 

全部、三玖の納得するようにしたい

 

 

 

 

 

 

 

三玖がこれから、どうするか好きに決めていい

 

 

 

 

 

 

 

その責任は、全部俺がとるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしここで、三玖が本気で『別れたい』と言っても

 

 

 

 

 

 

 

俺はそれを受け入れるしかできない

 

 

 

 

 

 

今日で、三玖が俺を本気で拒絶しても

 

 

 

 

 

 

俺は二度と三玖の前に現れはしない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それで、君が納得できるのなら

 

 

 

 

 

 

 

死ぬほど辛いが、俺はそれでも構わない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………やめて」

 

 

覚悟を決めた総介の目を見て、自然と三玖の左手は、彼の羽織の右の裾を掴んで、大きく震えていた。

 

 

 

 

 

「やめて…………

 

 

 

 

 

別れるなんて………

 

 

 

 

 

 

拒絶するなんて………

 

 

 

 

 

 

 

言わないで………」

 

 

 

 

「…………」

 

 

やがて、彼女の頬を、大粒の涙がいくつも流れ、落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛してるの………

 

 

 

 

 

 

全部知っても………

 

 

 

 

 

 

 

 

ソースケがどんな人でも………

 

 

 

 

 

 

私は、あなたを愛してるの………

 

 

 

 

 

 

ソースケのこと、愛してるの………」

 

 

 

「………三玖………」

 

 

 

 

三玖は、ゆっくりと総介の身体に手を伸ばし、絶対に離さないと言わんばかりに、反対の左腕まで手を回して、身体全てを使って抱きつく。

自分が総介をどう思っているのか……そんなの、彼の顔を見ただけで吹き飛んだ。

 

 

 

この人の側にいたい。

 

 

喜びも

 

 

 

 

悲しみも

 

 

 

 

憤りも

 

 

 

慈しみも

 

 

 

 

この人と分かち合いたい

 

 

 

 

生きている間、ずっと

 

 

 

 

それを、彼はいなくなることも覚悟していると言った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………いや

 

 

 

 

 

 

 

いやだ

 

 

 

 

 

 

 

そんなの

 

 

 

 

 

 

 

彼がいないこれからの人生になんて

 

 

 

 

 

 

 

もう何も………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや………いなくならないで………

 

 

 

 

 

 

私………ソースケ無しじゃ、もう……」

 

 

 

 

縋り付く三玖に、総介は改めて『鬼』の自分を突きつける。

 

 

 

 

「………俺は、ただの『人殺し』だよ。

 

 

 

 

 

ただ、自分の復讐のためだけに、何人も斬り殺してきた、醜い鬼だよ」

 

 

 

そう呟く総介に、三玖は腕の中で首を横に振り、こう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………そんなの知らない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が見たソースケは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで見てきたソースケは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼』なんかじゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソースケは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達のために

 

 

 

 

 

 

 

 

花火大会のときも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきのマンションでも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんなときも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

命をかけて護ってくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『侍』だから」

 

 

 

 

「!!!」

 

 

 

その三玖の言葉に、総介も動揺してしまう。

 

 

 

 

そして彼は、かつての出来事と、彼自身の本当の願いを、思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

母と昔、『大好きな人を護れるように強くなる』と誓った。

 

しかし、それも叶わず、目の前で大好きな人を惨殺されてしまった。

皮肉にもその後に、常人では到底及ばない程の、『鬼』と形容される程の力を手にした。

 

『刀』に所属してから常日頃、剛蔵から『大切なものを命を賭けてでも護ろうとする【侍】たれ』と言われてきた。

しかし、当時の総介は復讐のことしか頭にあらず、大好きだった『銀魂』も、新しい単行本を買わず、一度はクローゼットの奥に閉まっていた。

 

 

自分は、『あの人』にはなれなかった………

 

 

 

夢見ていた男の背中は、いつの間にか黒く塗りつぶされて、何も無い、ただ復讐のためだけに生き続ける『鬼』だけが残っていた。

 

 

 

それでよかった。

 

 

『あの男』を殺せるなら、もう何でもよかった。

 

 

 

 

 

斬った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬り続けた

 

 

 

 

 

 

 

やがて、『あの男』に辿り着いた

 

 

 

 

 

 

 

全てを、自らの手で終わらせたかった

 

 

 

 

 

 

 

しかし、全てが、『勝手に』終わってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、『あの男』はいない

 

 

 

 

 

 

 

 

どうすればいい

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあと、明人とアイナと離れ

 

 

 

 

 

 

海斗と離れて、一人になった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中何百人もの敵が俺を囲んだが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなの、もうどうでもよかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰一人と残らずに、殺した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、いくら母の仇とて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰を殺したとて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの男』が戻るわけでも無し

 

 

 

 

 

 

ましてや、母さんが戻るわけでも無し

 

 

 

 

 

 

 

その日から、俺は『抜け殻』になった

 

 

 

 

 

 

剛蔵さんや、総帥から功績を讃えられて、『鬼童』と異名を頂いて期待されても

 

 

 

 

 

 

 

俺には、もう『虚』しか残されていなかった

 

 

 

 

 

 

 

それから半年以上経ち、新しい単行本やDVDを買うほどに『人』としての俺が戻ってきた頃

 

 

 

 

 

 

 

三玖に出逢った

 

 

 

 

 

 

 

初めは、よくある学生の恋慕だと思っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、違った

 

 

 

 

 

 

 

同じ時を過ごす中で

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか俺はこの子に、母さんを重ねていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

容姿や、性格が似ているわけじゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただの一目惚れした女の子

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、俺はこの子を………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼』になったとしても護りたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び、血に染まったとしても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独りになったとしても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この子は、この子だけは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『失うもんがねぇ強さは、何も護れねぇ弱さと同じだ』

 

 

 

 

 

 

 

「…………三玖」

 

 

総介は、自身の腕ごと回されていた三玖の腕を、少し強引に広げて外して、やがて身体全体を彼女の方へと向けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

護り通す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が何でも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのためなら、俺はもう一度

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今後、この子に降り注ぐ悪意の全てを斬り殺す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼』となり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かの日になりたいと夢見た

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『侍』になろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切なものを、命を賭して護ろうとする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの銀髪天然パーマのような

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強い『侍』になろう

 

 

 

 

 

 

 

 

「………約束する

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君は何があろうとも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が護る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな奴からだろうと護り通す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

必ず」

 

 

 

 

回された腕を外し、三玖の背中へと回して、羽織の中に包み込む総介。

 

 

 

「うん………うん………」

 

 

三玖は、受け入れてくれた総介の中で、再び背中に手を回して涙を流しながら、何度も頷いた。

 

 

「どんなことがあっても、三玖のそばにいるよ

 

 

 

 

 

 

君が望むなら、いつまでもずっと」

 

 

 

 

 

「うん………そばにいてほしい

 

 

 

 

 

 

 

あなたが、どんな人でも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、ソースケの隣にいたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと、あなたと一緒に」

 

 

 

 

 

「………ありがとう、三玖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛してる

 

 

 

 

 

 

 

 

今までも………これからも」

 

 

 

 

 

 

「………私も………愛してる

 

 

 

 

 

 

 

 

ソースケ………私も、あなたを護るから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっとそばにいるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は、敵を蹴散らす『鬼』となり、女を護る『侍』となると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女は、何があろうとも男の側に寄り添い続けると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

抱き合う二人に、いつくもの桜の花びらが周りを囲む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月明かりに照らされた桜の木の下で、二人は固く誓い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この夜を以って、浅倉総介と中野三玖の恋人関係は終了し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恋人のそれよりも短く、固い糸で、二人は離れないように互いを結び合った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、といっても、いつもより遅い朝……

 

 

 

 

「絶対に嫌です!」

 

 

五月が、用意された朝食を食べながら、そう叫んだ。

彼から時は経ち、朝を迎えた五つ子達。

 

アイナや、他の給仕の人たち持って来てくれた朝食を食べながら、各々昨日のことについての結論を話し合った。

 

一花……元々総介達の正体に疑念を抱き、それを知り、自分達にメリットのある同盟のことも理解し、納得している。

 

二乃……茨の道だろうがなんだろうが重々承知の上で海斗について行く、アイナとの友人関係もやめるつもりはない。

 

三玖……どんなことがあっても、総介の側に寄り添い続けると誓う。

 

四葉……何より風太郎への申し訳なさと、謝罪の気持ちが頭から離れない。けれど、一花の説明で同盟や、護衛には賛成。

 

と、姉達4人が納得、賛成しているのに対し、末っ子の五月はというと……

 

 

「あんな怖い目になんてもう嫌です!それに、あ、あんなに怖い人たちにも、もう会いたくありません!」

 

「だからね、その怖い人たちは、私達を守るために護衛についてくれるって言ってるんだよ、五月ちゃん。世界一強いって言われてる人達なんだから、危険もほとんど無いって言ってたし」

 

「し、信用できません!あんな大きな斧を持った人(厳二郎)や、あの人間じゃない人(大左衛門)を見て、何にも動じないなんて正気じゃないです!そ、そんなのが、私達に向かって来たら」

 

「だぁかぁらぁ!味方だって言ってんでしょ!アイナのお父さんも『同盟相手に被害を与えることは御法度』って言ってたわ!あの人達の力が無かったら、私たちは今頃拐われて遥か遠くよ」

 

「で、でも、私は嫌ですよ!あんな………

 

 

 

 

あんな『化物』みたいな人たちと一緒になんかいられません!!」

 

 

「ちょ、こら!五月アンタ!アイナもいるのよ!」

 

「あっ……!!」

 

「………慣れておりますし、自覚もしています」

 

 

 

五月の化物発言に、二乃は大きい声で叫んで注意する。一方、襖に立って控えるアイナは、よく言われるのか、あまり気にしていない。

 

「す、すみません……」

 

 

さすがに目の前で言い過ぎた自覚があったのが、五月は俯いてしまい、小さく謝る。

 

 

と、その時、襖の奥から………

 

 

 

「入るぞ〜」

 

「………どうぞ」

 

総介の声が聞こえ、アイナは今の状況を瞬時に判断して、彼なら大丈夫だと考え、襖の取手を引いて開けた。

 

 

「うぃ〜す、寝れたか〜?」

 

「ひっ!」

 

総介が姿を見せた途端、五月が声を上げてビクッと震えながら怯えだす。

彼は昨日の羽織ではなく、いつも黒いパーカーを着ていた。が、黒縁眼鏡はかけてはいない。

 

「随分と嫌われたもんだねぇ〜」

 

彼は五月の反応を見て、皮肉混じりに乾いた笑みを浮かべる。

 

「五月、失礼、謝って」

 

「…………」

 

三玖が注意するが、五月は聞こえてないのか、怯えたままだ。

 

「いや、三玖、いいよ。肉まん娘の反応も間違っちゃいないさ。

あんなん見せられて、怖がるのも無理もねぇからな」

 

 

武器を持った何十人という男に囲まれ、拐われかけたり、殺気全開の男や、地球上最強の生物の圧倒的な威圧感、その人間離れした小競り合い、それらを目にし、当てられたのだ。怖がるなという方が間違いだろう。

 

 

総介はそのまま、五月の方へと近づいていく。

 

「………」

 

「こ、こないでください!いや!」

 

逃げようにも、足が震えてうまく動けない五月。やがて総介は、自身のすぐそばまで来る。

 

「た、助けて!一花!三玖!二乃ぉ!」

 

五月はパニックになり、姉妹に助けを求めるが、総介が何か危険なことをするわけないとわかっている3人は、彼を止めない。

 

そのまま総介はしゃがみ、五月に手を伸ばす。

 

 

「こないでぇ!助けて!お母さん!お母さぁん!」

 

 

母を呼びながら、頭を抱えて泣き叫ぶ五月に、総介は………

 

 

 

 

 

頭にポン、と手を置いた。

 

 

 

 

 

「………済まなかった」

 

 

「!!?」

 

 

手を数秒置いた後、彼は震える頭から手を離し、五月に向かって正座をする。

 

 

そして、そのまま手を畳へとつけて………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭を下げた。

 

 

 

 

「!!!」

 

「!!あ、アンタ!!?」

 

「そ、ソースケ……」

 

「あ、浅倉さん!?」

 

 

 

 

総介は五月に向かって、紛うことなき『土下座』の姿勢をとる。その様子を見て、他の4人は、驚愕の表情を浮かべる。

 

 

 

 

それは、アイナも同じだった。

 

 

「………」

 

彼がとった行動に、驚きのあまり、目を見開いて絶句していた。

 

 

 

 

「お前を、お前達姉妹を巻き込んでしまったのは、完全に俺の責任だ。こっち側のメリットばかりを考えて、お前達を『戦い』というものを知らない一般人だということを失念してしまっていた。

 

 

 

 

 

本当に、申し訳ない」

 

 

 

「………」

 

 

いつもとは違う重い声で、自分に頭を下げて謝る総介の姿に、五月の震えも徐々に止まっていく。

 

 

「お前が俺たちをどう思ってくれても構わない。裏で化物だろうが何だろうが言って叩こうが、何もするつもりはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんなら、今ここで俺に全部ぶつけてもいい

 

 

殴ろうが、蹴ろうが、引っ叩こうが、お前の気が済むなら、何でもしてくれ」

 

 

「!!!」

 

 

「ちょ!さすがにそこまでは!」

 

頭を上げてそう言う総介に、二乃もそこまでは、と物申そうとするが、彼の顔は、五月を見たままだった。

 

 

「………」

 

「どうした、俺が怖いんだろ?ほれ、今ならやりたい放題だぞ。手も、足も、何も出さねぇからよ、自分を危険な目に合わせた張本人が、丸裸で目の前にいるんだ。怖いなら、それを全部怒りに変えて俺に全部吐き出せ」

 

総介の最後の一言を聞いた直後、五月の右手は、そのまま総介の頬へと一直線に伸びて……

 

 

パチン!

 

 

 

「………のせいで」

 

 

 

「………」

 

 

「………あなたのせいで」

 

 

 

そうキッと総介を睨む五月は、涙を溜めながら、次は左手で総介をぶつ、

 

 

パチン!

 

 

 

そこからは、もう止まらなかった。

 

 

 

「あなたのせいで!

 

 

あなたのせいで!!

 

 

あなたのせいで!!!

 

 

 

あんなに!!

 

 

 

こわかったんですよ!!

 

 

 

あなたのせいで!!!

 

 

 

 

あんな怖い思いをしたんですよ!!!

 

 

 

 

あなたがあんなことしたせいで!!!」

 

 

パチン!パチン!パチン!

 

 

幾度となく続く往復ビンタ。最初は確実に頬をとらえていたが、ある時顔面にヒットし、総介はそのまま後ろへと倒れる。

 

五月はそれでもやめず、泣きながら総介に跨り、ビンタをつづけた。

 

 

 

 

 

 

「あなたのせいで!!

 

 

あなたのせいで!!

 

 

 

あなたのせいで!!!!

 

 

 

全部全部!!!

 

 

 

 

あなたのせいでぇぇえ!!!」

 

 

 

 

「もうやめて!五月!」

 

 

 

やがて、見るに耐えかねた三玖が五月を後ろから羽交い締めして止める。

 

 

 

「うわぁぁぁああああん!!!」

 

 

大声を上げて泣き叫ぶ五月。今まで溜めていた恐怖を、彼女は全て吐き出さんと、三玖の胸の中で泣き続ける。

 

 

 

「あ、浅倉さん!大丈夫ですか!?」

 

 

大の字に倒れた総介を心配した四葉が、総介へと駆け寄る。

 

 

「………ああ、痛ってぇ」

 

 

 

いくら『鬼童』として頑丈な体で出来ているとはいえ、総介もあれだけ打たれ続ければ顔も赤く腫れ上がる。

 

 

しかも、所々掌底のようなビンタも飛んできたため、総介も痛みのせいで顔をうまく動かせない。と、彼は部屋の入り口の襖に向かって……

 

 

 

 

 

「………これで満足か?

 

 

 

 

 

 

 

 

中野センセーよ」

 

 

 

 

 

「………僕が言うのもなんだが

 

 

 

 

 

 

少しはスッキリした」

 

 

 

「あ、浅倉、お前……」

 

 

 

「!!?」

 

「ぱ、パパ!!?」

 

「それに……フータロー君!?」

 

「それに!?」

 

 

入り口には、マルオと風太郎がいた。

 

総介は、2人に朝会い、五月のことで話をしていた。

 

 

「五月君は納得いかない様子だが……」

 

「ど、どうするんだよ、浅倉?」

 

「そうさなぁ………んじゃ、俺がヘイトを全部引き受けますかね」

 

 

というわけで、総介の提案で、五月の心に残った恐怖を、全て自分への怒りとしてぶつけてさせることにした。

 

 

「お、おい、それじゃ浅倉は」

 

「まぁ、殴る蹴るはされるだろうな。が、それも俺がしでかしたことだ。罰を受けて当然だ。とはいえ、さすがに殺されるとなっちゃ俺も嫌だから、あいつが満足しそうな良き所で止めてくれ。

 

 

 

 

後、キ○タマ蹴られるものごめんだから、そこは自衛する」

 

幸いだったのが、五月がビンタしかしてこなかったことと、三玖が途中で止めてくれたことだろう。

その様子を見てマルオと風太郎も、その流れで部屋に入って来た。

 

 

「い、今すぐ手当てをします」

 

「お〜、冷えたタオルくれぇ……ってて」

 

 

アイナはそのまま、手当ての道具を取りに一旦部屋を出ていく。

その後に、腫れた顔を押さえながら上半身だけ起き上がる総介。

 

「手ひどくやられたね、浅倉君」

 

「よく言うぜ、楽しみながら見てたクセに」

 

「………そう見えたかい?」

 

「ああ。ありゃ医者失格な顔だな」

 

「………そうか」

 

ヘッと笑う総介と、ほんのちょっとだけ口角を上げるマルオ。どうやら、彼の心の中で総介にあったしこりも、今のでとれたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

その後、アイナの持ってきた濡れタオルや氷嚢を顔に当てる総介に、ようやくパニックから正気に戻り泣き止んだ五月が謝罪する。

 

 

「ご、ごめんなさい、浅倉君。私、恐怖のあまり、なんてことを……」

 

「謝んじゃねぇよ、肉まん娘。お前もこれでようやく落ち着けたんだ。そうでなきゃなんも話出来ないだろ?」

 

「………はい」

 

 

「……それに、あっちも、あっちで色々とあるみたいだしな」

 

と、総介が目を向けた先には、総介と同じく土下座をしようとする四葉と、それを止める風太郎がいた。

 

 

 

「上杉さん、私のせいでこんなことになって本当に……」

 

「わ、わかったから!その気持ちはわかったから四葉!土下座しようとしなくていいから!」

 

マルオのいる手前、四葉に土下座だけはさせまいと必死で止める風太郎。

 

 

 

土下座したい四葉と、土下座させたくない風太郎。2人の攻防が続くそんな賑やかな中………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、楽しそうね」

 

 

 

と、襖の影から現れた人物がいた。それは、なんと……

 

 

 

 

「お、奥様!?」

 

「………天城さん」

 

 

海斗の母『天城』だった。息子に受け継がれた星のような輝きを放つ銀髪と、万人を魅了するその美貌、そして、色鮮やかな着物だが、朝のため軽い着こなしが出来るものを着ている。

天城は、座りながら氷嚢を当てる総介に目を移すと、笑いながら声をかける。

 

 

「ふふっ、手ひどくやられたわね、総介」

 

「………ウス」

 

 

「『色』を知ったとはいえ、あなたもまだまだ『女』を知るには早いということね。気をつけておきなさい」

 

「ウス………ところで、総帥はどうしてますか、天城さん?」

 

「ああ、あの『筋肉ダルマ』は、案の定私の部屋をめちゃくちゃにしてくれたから、寝させずに修復させてるわ。あと私物も、今より高いものを全部買うよう言いつけてるから。しばらくアレも、自分でハントした猛獣の丸焼き生活ね」

 

「いや、それなんてトリコ?」

 

大左衛門に捕獲レベルがあれば、確実に6000は行くだろう。即ち『八王』レベルである。それを顎でこき使える天城は……捕獲レベル10000……『GOD』レベルかも……

 

 

「今何か変なこと言ったかしら?」

 

「………いや、何でも無いデス」

 

「あらそう?まぁいいわ、それよりも……

 

 

 

 

『二乃』って子は誰かしら?」

 

 

「!!」

 

突然名前を呼ばれた二乃は、ビクッと肩を震わせて、返事をする。

 

 

「……わ、私です」

 

 

「あら、あなたなの。それにしても五つ子を見るのも珍しいわね。お母さん頑張ったのねぇ。

 

 

 

 

ふ〜ん………」

 

天城は、二乃の前身を、値踏みするかのように見回していく。

 

「あ、あの……」

 

「黙ってて」

 

「は、はい」

 

何か言おうにも、すぐに天城に黙らせられる二乃。やがて、彼女の視線が外れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………まぁいいわ。海斗が選んだ子だし、何も言うつもりは無いわ。

 

 

 

 

 

『育て甲斐』がありそうなところは、好きだけど」

 

「「!!」」

 

天城の言ったことに、アイナと総介が顔を青くする。

 

「あ、あの……」

 

と、二乃が恐れ多くも天城に話しかけた。

 

「……何かしら?」

 

「海斗君の、お母様、ですよね?」

 

「ええ、そうよ。『大門寺天城』。海斗は私のかわいいかわいい一人息子よ」

 

「……ほ、本当に、お母様、ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「………どういう意味かしら?」

 

天城が、目を細めて二乃を睨む。

 

「い、いえ!あまりにも若く見えたので……『お姉さん』かなぁって最初は思っちゃって……」

 

「………」

 

二乃の言ったことに、天城は沈黙する。総介とアイナは、冷や汗をかいて恐る恐る天城の言葉を待つ。すると、天城の口角が上がり……

 

 

 

 

 

 

「………ふふっ、お世辞かしら?

 

 

 

でも、そういうのを本心で言える子は好きよ」

 

 

「「……ふぅ」」

 

笑いながら二乃に返した天城に、『懐刀』の二人は安堵する。

 

 

「お、お世辞だなんて、そんな!」

 

「分かってるわ。中々素直な子なのね……

 

 

 

 

楽しみにしてるわ」

 

そう言って天城は、そのまま部屋を後にしようとする。

 

 

「……あ、あの!」

 

その背中に、二乃は大きく声をかけて、天城もそのまま止まった。

 

 

 

 

 

「……私、頑張ります!

 

 

 

 

海斗君の隣にふさわしい人になります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふふっ」

 

 

 

天城は笑うだけで、再び歩き出して、部屋を後にした。

 

 

「……綺麗な人だったな〜」

 

「うん、でも、怖い人だった」

 

「あ、あの方が、大門寺君のお母さん、ですか」

 

 

「………」

 

姉妹がそれぞれの反応をする中、二乃は黙ったまま襖を見続けていた。

 

 

 

 

あの人だ。

 

 

 

 

あの人が認める女にならなくては。

 

 

 

 

そう心の内で、改めて決意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上杉さん〜〜!!私はいいのでこのまま土下座させてくださいいいい!!!」

 

 

「さ、せる、かぁぁあ!平謝りですませろぉぉ!!!」

 

 

 

「お前らまだやってたんかい!!!!」

 

一方、風太郎と四葉の謝罪抗争はまだ続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の女を愛した『鬼』と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の『侍』を愛した女の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イチャイチャラブラブで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでいて、イチャイチャラブラブな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イチャイチャラブラブも入った物語

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ってイチャイチャラブラブしかねーじゃねぇかぁぁぁあ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回より、最終学年『3年生進級編』始動!!

 

 

 

 

 

 

 

あ、第六章はまだまだ続くよ。

 

 

 

 

 

 




大門寺の家紋……実はまだどんなのか決めてないんです……
作者は、物語のセンスの無さよりも、絵のセンスがお妙さんの卵焼きくらい無いんです……
得意な絵は『棒人間』ってくらい……



さて、これにて第六章は終了と………





なりません!

あと何話か続きます!

さあ、『奴』が出て来ますよ!
ああ楽しみ楽しみ(下衆な笑顔)


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74.進級したとてガキのオツムはガキのまま

さて、この話から本格的に原作9巻の話となります。つまり、3年生編突入です!

映画『銀魂 THE FINAL』公開まで1ヶ月を切りました!
最初の特典として、空知英秋先生描き下ろし『鬼滅の刃』イラストカードがもらえるそうですが………

盛大に乗っかりやがったなゴリラ原作者(大笑い)!!!
これで大ヒットしようものなら先生は『ここまで大ヒットしたのも、鬼滅の刃と坂本真綾のおかげです!』とか言いそう。


 

イギリス、ロンドン、朝

 

 

 

 

 

 

「………ふ〜ん、そうだったんだ〜。それで二乃ちゃんは、海斗といることを選んだワケ、ってことなのね〜……」

 

とあるカフェのテラス席で、分厚いロングコートを着て、ノートパソコンを眺めながらコーヒーを飲む女性、『九条柚子』。

彼女は数日前に、総介と五つ子達の周りで起こった出来事が簡潔にまとめられたメールを、海斗から受け取っていた。その内容を見て、柚子は無表情のまま考え込む。

 

 

 

 

 

「『霞斑』がまだいたのには驚いたけど……まぁ、大門寺に『懐刀』がいる以上、無駄な足掻きよね。万が一攻略出来たとしても、地球で最強のおじ様を相手にしなきゃいけないんだもの。どう考えたって自殺行為………

 

 

 

……でもなさそうね」

 

 

 

欲望の塊とも言える『霞斑』とて、かつては栄華を極めた名家の一つだ。そこらへんの連中と同じ様な馬鹿ではない。何かしら勝算があっての行動だろう。ともすれば………

 

 

 

 

「………総くん、大丈夫かしら………」

 

 

 

 

 

人の流れる道路に目を移した柚子。一年前まで、とある男への復讐しか考えてこなかった総介を心配しながら、彼女はそっとパソコンを閉じ、やがてロンドンの街を歩く人混みへと入り混じっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本、夜

 

 

 

 

 

「……そうですか、『霞斑』が……」

 

 

 

ここは、総介、海斗、アイナ、明人、綾女がかつて通っていた『柳流剣術武術道場』。その一室で、障子を開いて月明かりに照らされる石庭を眺めながら答える人物は、総介達の師であり、かつての『刀』の副長『柳宗尊』。

 

 

 

 

「ご報告をくれてありがとう

 

 

 

 

 

 

剣一」

 

 

 

彼が背を向けて礼を言う相手は、執事服に眼鏡をかけた大門寺家総帥『大左衛門』の側近である『片桐剣一』だった。

 

 

 

 

「いえ。局長のご指示もございますが、私も、柳先生にはお伝えせねばと……」

 

「まったく、相も変わらず剛蔵は、色々と気の利くやつですね………」

 

大左衛門と剛蔵、そして宗尊は、40年以上の付き合いのある幼なじみ。彼らはそれぞれの気質を熟知しているため、自ずととる行動も読み取れる。

 

 

「………では、私はこれにて」

 

 

「はい、お気をつけて」

 

 

あまり多くの言葉を残さず、剣一は瞬身でその場から姿を消した。

 

 

 

「…………」

 

 

その場に一人となった宗尊も、柚子と同じく一人の弟子のことが頭に浮かぶ。

 

 

 

 

「………総介

 

 

 

 

これから、辛いこともあるでしょう

 

 

 

 

 

 

しかし君は『侍』として、大切な人のため、その道を選んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

いずれ君は『あの男』を真の意味で乗り越えねばならない時がやってくる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時こそ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君が、私や剛蔵、そして大左衛門の領域へと足を踏み入れる

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、天の示した運命(さだめ)か、はたまた幼き『鬼』の矜持か

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも、君の『侍』としての意志か

 

 

 

 

 

 

 

 

見守らせてもらいますよ

 

 

 

 

 

 

 

君がこれから、どのような道を見つけ、切り拓き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『君達2人』で、その道をどう共に歩んでゆくかを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春休みも終わり、この日は新学期の初日。

 

 

この日も、いつもの変わらぬ日ように総介は、黒いパーカーを上に着て、学生カバンを左肩にかけながら歩いていた。

しかし、違うところが一つ。2年時はいつもかけていた黒縁眼鏡を、今日はかけていない。

元々、視力は高い方であり、眼鏡も伊達眼鏡だったので、必ずしも総介はかける必要はない。では何故か……

 

まぁ後で。

そんなことはさておき、本日より彼は、高校3年生。つまり、高校生活最後の年となる………はず。

 

 

……まぁ、彼のことだから、留年は無いだろう。

そんな日でさえ、彼はいつものように死んだ魚の目をして、あくびをしながらイヤホンを耳にかけてお気に入りの音楽を聴いて登校していた。

 

 

 

 

と、ここで、新学年になるにあたり、最初にあるイベントといえば………

 

 

 

 

そう!クラス替えである!!

 

 

 

学生達にとっては、気になるあの子とか、よくいる悪友とかと一緒になれるだろうか?という、自分の青春の1年間がこれで決まると言っても過言では無い大イベント!

 

特別な学科等は3年間一緒のクラスということも多いが、基本的に普通の学科の生徒は、このクラスシャッフルに巻き込まれ、新たなクラスへと配属されるのが決まり。

 

 

総介が学校へと到着すると、既に多くの生徒がクラス表の貼ってある掲示板へと集っていた。

 

「お前、何組だった?」

 

「いやー、彼と違うクラスになっちゃった」

 

ガヤガヤと自分の名前を見つけ、親しい人と同じクラスになれたかを確認し、一喜一憂する生徒達。

そんな中にあっても、総介のいつもの死んだ魚のような目は一切生気を宿すことなく、ボーっと前を見つめていた。

本来ならば、恋人である三玖と同じクラスになっているかどうかソワソワしているところだが………

 

 

「………アイツのことだ。さすがにそれはねぇわな……」

 

 

 

と、意味深に呟いた。彼は既に、何かしらのことを察していた。

 

 

やがて、彼はクラス表が貼ってある場所の前へと到着して、自分がどのクラスかを確認する。

彼は五十音順では『あ』から始まるので、大体クラス表の上の方を見ていればすぐに見つかるので、総介は毎年のように、1組から上の方を見て確認していった。

 

すると早速、1組の名簿欄の1番上に、自身の名前を見つけた。

 

 

【1番 浅倉総介】

 

 

それを確認してから、彼はすぐ下の名前を見る。

 

 

【2番 上杉風太郎】

 

 

さらに彼は、目線を下げていく。

 

 

 

 

 

 

 

【大門寺海斗】

 

 

 

 

【中野一花】

【中野五月】

【中野二乃】

【中野三玖】

【中野四葉】

 

 

 

 

 

 

 

 

【渡辺アイナ】

 

 

 

 

 

クラス表の一番下、アイナの名前を確認し、彼はすぐにトイレへと向かい、個室のドアを開けて中に入り、鍵を閉めた。

 

 

 

そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっっしゃぁぁぁああ!!!!!三玖とクラス一緒じゃあああああコラァァアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 

 

 

 

トイレの個室で、なんとなく察してはいたものの、嬉しくないはずはなく、彼は意味もなくシャドーボクシングをしながらめっちゃくちゃ喜んでいた。

 

 

 

 

「ウィィィィィィィィィイイイイ!!!!」

 

 

 

 

 

え?他のやつのこと?

 

 

 

 

 

どうでもいいってよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の2人の会話で……

 

 

「なんとまぁよくも五つ子全員が偶然同じクラスになったもんだな。え?」

 

「さぁ、なんの事かな?僕にはさっぱりだよ」

 

「そのワザとらしい顔やめろ腹立つ」

 

「でも折角の高校最後の1年なんだから、この方が僕も面白いし、君も三玖ちゃんと同じクラスになった方がいいだろう?」

 

「………それについては………まぁ、礼くらい言ってやらぁ」

 

「フフっ………これから1年間楽しくなりそうだね」

 

「逆にこれをどうつまんなくすんのか、聞いてみたいね俺ァ」

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

一方こちらは、五つ子の義父であるマルオの病院。彼は車を降りる際に、江端からの報告を聞く。

 

「旦那様、無事お嬢様方が同じクラスに配属されたとのことです」

 

「………彼らは?」

 

「渡辺様のご指示の通りでございます」

 

「………そうか」

 

「それと、彼も同じクラスです」

 

「………ご苦労」

 

最後の一言を江端から聞き、マルオはそう答えてから歩き出した。

今回の彼の役割は、剛蔵から届いたとある要望に応え、実行すること。そしてもう一つは………

 

 

 

 

 

 

 

『彼』へ最後の試練を与えること。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

ワイワイガヤガヤ。

 

 

 

ざわ……ざわ……

 

 

ざわ……

 

 

 

なんでカイジやねん!?って思ったそこのお前!………正解です。

 

んなことより!新しいクラスでは、早速注目になっている存在がいた。

 

 

その『5人』は、クラスの端で、何人かの生徒に囲まれている。

 

 

「わぁ〜……」

 

「中野さんが五つ子ってのは知ってたけど」

 

「実際揃ってる所を見ると凄ぇな」

 

「やっぱりそっくりなんだねー」

 

普段こそ5人で暮らしているので、一緒にいる時間の方が多いものの、学校では5人でいる機会がほとんどなかった五つ子姉妹。それが集結しているとのことで、珍しいモノ見たさに、多くの生徒が彼女たち見に来ていた。

 

 

 

 

 

 

そして反対側では………

 

 

 

 

「だ、大門寺さん!これ、昨日作ったクッキーです!よかったらどうぞ!」

 

「ありがとう。美味しく食べさせてもらうよ」

 

「やったー!海斗様と同じクラスになれた!これは運命よ!神様に感謝しなくっちゃ!!」

 

「そんな、大袈裟だよ。僕も所詮はただの一端の男子生徒に過ぎないよ」

 

「あ、あの!この教科書の裏にサインもらっていいですか!?」

 

「ああ、いいよ」

 

「今度演劇部の発表会があるんです!来てくださいますか!?」

 

「もちろん。是非行かせてもらうよ」

 

「大門寺君!」

 

「大門寺様〜♡」

 

「海斗っち!」

 

「大門寺氏!」

 

「大門寺殿!」

 

「大門寺の旦那!」

 

「ミスター大門寺!」

 

 

と、どっかのハリウッドスターばりに女子の殆どに囲まれる海斗。彼は一人一人の話に耳を傾け、きちんと返事を返していき、全員を虜にしていく。

 

 

 

 

イケメン爆発しろ!

 

 

ちなみに、五つ子の方に行ってる女子は、2年、1年時に海斗と同じクラスになった者たちである。

 

「苗字だとわかりづらいから、名前で呼んでいい?」

 

「うん、その方が私たちもありがたいかもー」

 

「あれやってよ、同じカード当たるやつ」

 

「ごめんねー、テレパシーとか無いから」

 

「三玖ちゃんも似てるんでしょ?もっと顔みせてよ」

 

「………」

 

と、五つ子の方にも海斗の方にいた女子が徐々にやってくる。

 

 

 

 

(…………なんだこれ?)

 

 

その様子に、風太郎は呆然としていた。

 

 

片や、五つ子とかいう希少種を目当てで集まる何人かの生徒達。片や校内屈指のイケメンの海斗に集まる20人近くの生徒達(全員女子)

教室に入ってものの数分で、このクラスの生徒は一部を除いて、どちらかに集まっていた。

 

 

そんなカオスな教室を見て……

 

 

「………トイレ行こ」

 

と、両極化した教室の真ん中を通って、風太郎は誰にも見られることなく教室を後にした。

 

 

「ねぇ中野さん、あれやったことあるでしょ?『幽体離脱〜』ってやつ」

 

「シンクロしたりとか」

 

「どこに住んでるの?」

 

一方で、まだ五つ子に話しかける人が幾人かいた。中にはあからさまにナンパみたいなことをする男子もいる。

それに二乃の堪忍袋の緒がそろそろ切れかける。

 

「………いい加減に」

 

「まぁまぁ……」

 

と、一花が宥めようとすると、一つの声が響き渡った。

 

 

 

 

「みんなやめよう、ね?」

 

「?」

 

一花と二乃、そして生徒達がそちらの方を向くと、1人の男子生徒がいた。

 

「そんなに一気に捲し立てたら、中野さんたちも困っちゃうよ」

 

「武田君!」

 

そう呼ばれた武田という男子は、明るい茶髪で、キッチリとシャツ、ネクタイ、ベストを着た細身イケメンだった。彼の顔の周りは、どういう原理かキラキラとしている。

 

「ね?」

 

と爽やかっぽい笑顔で何故か意味もなくウインクをする。何コイツ?

 

「あ、ありがと……」

 

とりあえず、事態を鎮静化してくれたことに礼をいう二乃。それに続いて、姉妹の周りにいた生徒も反省する。

 

「確かに、武田の言う通りだな」

 

「はしゃぎ過ぎちゃった……ごめんね」

 

「だけど気持ちもわかるよ。五つ子だなんてみんな君たちのことがもっと知りたいんだよ………ね?」

 

と、また意味もなくウインクする武田。だから何なのコイツ?

 

 

 

 

「………何コイツ?」ボソッ

 

「……どーもー」

 

と、小声で作者と同じことを言う二乃。と、その時、

 

 

「席につけー。オリエンテーション始めるぞー」

 

「あ、先生だ」

 

眼鏡をかけた若めの男性教師が教室に入ってきた。

 

「じゃあ、また休み時間に」

 

と、武田は五つ子にそう言って自分の席へと戻っていった。

 

「武田さん!なんて親切な人なんでしょう!」

 

「そう?胡散臭いわ」

 

「コラコラ」

 

四葉が武田の行動に感心する中、二乃は疑惑の目を向けており、一花がそれを注意する。

 

 

と、ここで四葉があることに気づいた。

 

 

「?あれ?そういえば……浅倉さんは?」

 

そう言って、四葉はキョロキョロと周りを見渡して、ようやく総介の姿が目に入った。

 

 

が、その時の総介は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐが〜〜。スピ〜〜っ」

 

 

 

「ね、寝てるーーー!!?」

 

あんな喧騒の中、総介は『我、何事ニモ関セズ』と言わんばかりに、椅子にダランともたれかかり、天井を向いた顔に『週刊少年ジャンプ』の見開きを被せて、熟睡していた。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

とまぁ、四葉が急いでジャンプを取り上げて総介を叩き起こすも、今度は机に伏せて寝てしまった彼をどうすることも出来ず、そのままオリエンテーションが始まる。

 

「今日からお前たちは三年生だ。最高学年になった自覚を持ち、後輩たちに示しのつくような学校生活を送るように心がけ………」

 

先生が座っている生徒達を見ながら喋っていると、何故か立ち上がっている上に手を挙げている頭に緑色のリボンをした女子生徒が目に入る。

 

「……それから……」

 

話を続けようとするも、そのリボンの女子は真顔で先生をジーっと見つめて手を挙げたまま微動だにしない。

 

「……なんだ?」

 

仕方なく、その生徒に聞いてみることにした。すると………

 

 

 

 

 

 

 

 

「このクラスの学級長に立候補します!」

 

「……ええー……まだ誰も聞いてないけど……」

 

いきなりの四葉の立候補宣言に戸惑う先生。そりゃあそうじゃ。

 

「そこをなんとかやらせてください!」

 

「反対もしてないけど……」

 

先生と話が噛み合わない四葉。三年生になってもコイツのオツムはアホの子のままなようだ。

 

「まぁ、他にやりたいやつがいないなら……」

 

ということで、他に立候補する人が誰もいなかったので、四葉がそのまま学級長に就任することになった。

 

「皆さん、困ったらなんでも言ってくださいね!」

 

教壇に移動した四葉に、パチパチと拍手を送る生徒達。

 

「じゃあついでに男子の方も決めとくか……」

 

出鼻を挫かれたが、改めて仕切り直す先生。

 

「立候補するやつはいるかー?」

 

「いますかー?」

 

「推薦でもいいぞ」

 

「いいぞっ!」

 

(もー四葉ったら……恥ずかしい……)

 

先生の言葉のあとに続く四葉。その様子に、一花は顔を赤くしながら手で仰ぐ。

 

と、ここでとある男子生徒達の小声の会話が……

 

「お前やれよ」

 

「いや、男子の学級長なんて決まってんだろ」

 

「?」

 

「大門寺しかいねーよ」

 

「でも、大門寺は家の都合でそういうのはやらないって1年の時に……」

 

「マジで……じゃあ……武田になるな」

 

「全く、やれやれ……」

 

相も変わらず爽やかな笑顔でキラキラとしている武田。マジで何なのコイツ?

 

と、ここで……

 

「先生、私学級長にピッタリな人を知っています!」

 

と、四葉が唐突にそんなことをいった。そして、彼女が呼んだ名は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上杉風太郎さんです!」

 

「…………

 

 

 

 

 

………はぁっ!?」

 

席につくなり、勉強をしていた風太郎だったが、いきなり名前を呼ばれたことで、驚きながら立ち上がる。

 

「えっ、上杉君で大丈夫?」

 

「武田君を差し置いてなんて」

 

「一体何者なんだ……?」

 

「ちょっと!このクラスの長は海斗様よ!……いや、ご本人はやらないって仰ってたのよね……なら、このクラスの王子様は海斗様よ!」

 

「おい、長の話どこ行った?」

 

と、一部を除いて風太郎に疑問を持つ生徒達。

 

「四葉……なんてことを……」

 

と、悪目立ちしてしまったことにボソッと呟くが……

 

「よし、次の係も決めるか」

 

先生はそのまま風太郎を学級長ということにして、次へと進む。

 

「先生!俺はやるとは言ってません!」

 

と、風太郎は抗議するも、先生が次々に進めるのを止められず、結局男子の学級長は風太郎ということで決定してしまったのだった………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「ふ〜ん、災難だったな」

 

「他人事みたいに言いやがって……くそっ、四葉の野郎、余計なことを……」

 

その後、オリエンテーションが終わり、目が覚めた総介は、風太郎と連れションでトイレに行きながら事情を説明してもらっていた。左に総介、右に風太郎とそれぞれの便器で用を出していると、風太郎は何故か『右』から視線を感じる………

 

 

「…………」

 

すると、すぐ右横に、キラキラとしているイケメンの顔があった。

 

 

「……なんだよ?」

 

「上杉君、君は随分彼女たちに信頼されているみたいだ……

 

 

 

ね?」

 

と、武田は三度意味のあるかどうか分からんウインクを風太郎にする。何度も言うけど、コイツ何なの?

 

「だからなんだ?学級長だなんて勉強の足枷でしかねぇ」

 

「ふふふ」

 

何やら不敵に笑う武田。

 

「昔から変わらないね、君も。流石は僕のライバルだ」

 

と、そう言い捨てて、武田はトイレを出て行った。

 

「……全く……」

 

何なんだと言おうとすると……

 

「うお、ちょいとぶるったわ。上杉、とっとと戻るぞ」

 

と、総介も用を足し終えて洗面台で手を洗おうとするが、風太郎は彼に尋ねてみる。

 

 

「……なぁ浅倉」

 

「あ?」

 

「あいつ、誰なんだ?」

 

「は?あいつ?」

 

「だから、俺の横でトイレしてたやつだよ」

 

そう聞いてみると………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………は?お前の横、誰かいたっけ?」

 

「…………」

 

武田の名前を覚えていない風太郎も風太郎だが、総介に至っては彼の存在すら認知していなかった。

 

風太郎は少し唖然とするが、よくよく考えたら、総介はこういう人間だったということを思い出した。

 

元々、三玖以外の姉妹に何ら興味も示さなかった総介。それが自分を含めた海斗やアイナ等の身内以外の他人となってくると、こうも無頓着になってくるとは……単に普段はこうしてボーッとしているのか、それとも無駄な人間関係は築かない主義なのだろうか?

 

そんなことを風太郎は考えていると、総介は先に手を洗い、乾かしてからトイレを後にする。すると……

 

 

「ソースケ!」

 

「うおっ……三玖」

 

総介が外に出ると、三玖が抱きついてきた。ちゃんと手を洗い、拭いて乾かした後なので、総介はそのまま三玖の頭を撫でる。

 

「ソースケと、同じクラスになれた」

 

「そうだね。すごく嬉しいよ」

 

「私も、嬉しい……」

 

頬を赤くして、喜色満面な表情で総介の胸に顔を擦り付ける三玖。

と、その後ろから風太郎が出てくる。

 

「……あ、フータロー」

 

風太郎に気づいた三玖が、彼を呼び止める。

 

「なんだ、三玖?」

 

「ちょっといい?聞きたいことがある」

 

どうやら、三玖の目的は風太郎だったようだ。彼女は名残惜しくも総介から身体を離して、手で器のようなものを作る。

 

「ここに、魔法のランプがあります」

 

「……無いが?」

 

「あります」

 

「三玖があるって言ってんだ。あるに決まってんだろうが」

 

「ちょっとお前黙っててくんないかな」

 

突拍子もないことを言う三玖。

 

「……心理テストか?」

 

「五つ願いを叶えてくれるとしたら、フータローはどうする?」

 

「突然なんだよ。やっぱ心理テストだろ」

 

「………」

 

「俺の願いは①三玖と一緒にいる②三玖とイチャイチャする③三玖とry」

 

「ソースケ、黙ってて」

 

「………(´・ω・`)」

 

あくまで風太郎の願いを知りたいため、今は総介のことは聞いていない三玖。しかし、総介の願いもこの後に叶えてあげようと心の中で思う、恋人の鑑のような彼女だった。

 

総介爆発しろ!

 

「……そんなの、金持ちになる以外を答えるやついないんじゃないか?」

 

「お金……」

 

めっちゃ現実的な願いの一つ目だが、金持ちは万人の願いでもある。

 

「それでいいか?」

 

「あと四つ」

 

「普通三つだろ……」

 

「ナメック星のポルンガより多いな……」

 

「なんでもいい、魔法が使えるんだよ」

 

「う〜ん……」

 

悩みに悩み、考えに考えて、風太郎はなんとか答えを絞り出す。

 

 

「体力が上がったらと考えたことはあるが……

 

おかげで疲れは溜まる一方だから、疲労回復もありだな

 

最近、寝つきも悪いし……

 

ついでに運気も上げてもらうか」

 

 

「お前50代間近の中年かよ………」

 

「………わかった」

 

風太郎の出した答えに呆れる総介だが、三玖は何故かそれで納得したようだ。

 

「何がわかったんだ?心理テストか?」

 

「………」

 

「え?なんで答えてくれないの?」

 

風太郎の質問に、三玖が沈黙したままでいると……

 

 

「あー!見つけた!こんな所にいたんだ」

 

廊下の向こうから、2人の女子生徒がやってきた。

 

 

「『四葉ちゃん』、先生が呼んでたよ」

 

「!」

 

「む……」

 

どうやら、三玖を四葉と誤認しているようだ。

 

「ほらほら」

 

「あ、あの……」

 

「こっちだよ」

 

ふたりが三玖を連れていこうとすると……

 

「タンマタンマ、その子は四葉じゃねぇ」

 

「え?」

 

総介が2人を止める。

 

「この子は三玖だ。四葉の『姉妹』の方の子だ」

 

「そ、ソースケ……」

 

「えっ?」

 

「そうなの!?」

 

そう聞く女子に、三玖は無言のままコクコクと首を縦に振る。かわいい。

 

「ごめんねー、まだ覚えきれなくて」

 

「問題ない、慣れてる」

 

と、三玖は間違われるのはいつものことなので気にしてはいないが…

 

 

「ねぇ、三玖ちゃん、今その人のこと名前で呼んでたよね?」

 

「!」

 

「もしかして……2人って」

 

「付き合ってたりするの〜?」

 

「………」

 

興味深げに聞いてくる女子に、三玖は顔を徐々に赤くしていく。すると……

 

「きゃっ」

 

三玖は左肩をガシッと掴まれて、右にグッと引き寄せられる。するとそこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の女を、あんまりいじめねぇでほしいね」

 

「そ、ソースケ!?」

 

自身の腕に引き寄せて言う総介がいた。三玖は彼の身体に密着しながら、更に耳まで赤くなる。それを見た女子生徒たちも、

 

 

「「キャー!」」

 

と、頬に手を当てながらぴょんぴょん跳ねる。年頃の女子は、何故こうも他人の色恋沙汰が好きなのだろうか………

 

「いつから付き合ってるのー!?」

 

「キ、キスはもうしたの?」

 

「も、もしかして、それ以上も……」

 

「あ、あうう……」

 

と、案の定質問攻めに合うが、プライベートど真ん中の質問もあったため、狼狽える三玖の代わりに総介が「全部ご想像にお任せする」と返しておいた。

 

 

 

すると……

 

 

 

 

「あ、今度こそ四葉ちゃんだ」

 

キャッキャ言ってた女子の1人が、四葉を見つけたようだが……

 

「おーい、先生が……」

 

「ニアピンで外してくる!」

 

やはり、声をかけたのは四葉ではなく、それは五月だった。

 

「も〜、みんな同じ顔でわかんないよ〜」

 

「…………」

 

姉妹の区別がつかない様を見て、風太郎はイライラを募らせていき……

 

「いいか!?面倒なら身につけてるアイテムだけ覚えろ!このセンスのないヘアピン、俺はそうしてる!」

 

「いきなり失礼な話ですね……」

 

出会い頭につけてるヘアピンを貶すとか、失礼極まり無いし、センスの話で風太郎にだけは言われたくない。

 

「四葉はあの悪目立ちリボンだ。それだけ覚えておけば間違いない!」

 

「悪目立ちは言い得て妙過ぎて反論できねぇな」

 

「四葉……」

 

本人のいないところでボロクソに言われる四葉。哀れなり……

こうして、五つ子姉妹の見分け方をレクチャーする風太郎。

 

(って俺もあまり偉そうなことは言えないんだが……)

 

未だに見分けられない時もあるが、それはあえて言わないことにする。

すると………

 

 

 

 

 

「上杉君凄いね!」

 

「ありがと!」

 

と、女子2人は姉妹の見分け方を教えてくれた風太郎に感心、感謝する。

 

「意外でびっくりしちゃった!ちゃんと中野さんたちのこと見てたんだ!」

 

「いや……」

 

「さすがは学級長だね!」

 

「そうじゃなくて……」

 

普段褒められ慣れていない風太郎。頬を少々赤くして照れながらそっぽを向く。すると……

 

「五人のこともっと教えて!」

 

「は?」

 

「ほら、付いてきて。向こうにもう一人いたんだ」

 

女子2人は、本物の四葉を探すために、風太郎をその場から連れて行った。

 

「おーい、四葉ちゃん」

 

「いやあれ二乃!」

 

 

「行っちゃった………」

 

「行っちゃいましたね……」

 

「コーラ飲みたい………」

 

その場に残された三玖、五月、総介の3人。総介に関しては既に別のことを考え始めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「ってことがあってよ」

 

「なんとまぁ上杉君も……忙しくなりそうだね」

 

「それは、学級長の仕事の範疇を超えているのでは……」

 

「旦那達のクラス楽しそうっスね〜」

 

 

 

場所は変わって、三玖とその場で別れた総介は、屋上にて海斗、アイナ、そして明人と話していた。

明人はブレザーの下に、アメリカの某スーパーヒーローのロゴが入った青いTシャツを着ており、時折噛んでいるチューインガムをプクーっと膨らませている。

 

「それで、三玖ちゃんは上杉君にどうしてそんなことを聞いたんだい?」

 

と、海斗が総介から聞いた三玖の魔法のランプの話をする。

 

「ああそれなんだがな、どうも上杉の誕生日が近ぇから、悟られないように聞いたんだとよ」

 

「へぇ〜、そういうことだったんだ」

 

「んで三玖がいざ聞いてみたら……

 

 

・金持ち

・体力向上

・寝つきをよくする

・疲労回復

・運気アップ

 

 

だってよ」

 

「なんですかィそれ?完全に中年オヤジの悩みじゃないですかィ」

 

「だろ?それをマジトーンで言うのが上杉ってやつなんだよ」

 

「普段どのような生活をされているのですか……」

 

「ハハっ、面白いね、上杉君って」

 

「ってか明人。お前転校初日だったんだろ?どうだったよ?」

 

「特に何もないですよ。強いて言うなら、俺の周りに雌どもがいっぱい群がってきたくらいですかね〜?」

 

「………」

 

 

 

しばらく学校での話をする4人。世界最強の特殊部隊『刀』。その中でもこの4人は、化物クラスの戦闘力を持つ特別な称号『懐刀』を持つ者たちとはいえ、彼らも16.17の高校生。

こうして学校で話をしていると、自然と年相応の反応となる。話題も、それまでも殺伐としたものではなく、学校生活でのアレコレと、ちゃんと学生らしい話題に、しばらく4人は花を咲かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、『学生』としての彼らはここまで。

 

 

「ところで、明人。周りの様子はどうだった?」

 

海斗がある質問をした。

『周りの様子』………それは、明人が転校してきた際の周りの生徒の反応ではなく………

 

 

 

 

 

 

「朝とさっき、何人かこっちを見てるのがいましたね。ですが、俺がそっちに目を向けたら、全員一斉に撤退していきやした」

 

 

「………やっぱな。ったく、こちとら素人じゃねぇんだからよ、気配ダダ漏れだっつ〜の」

 

 

「こちらの方でも、既に場所は特定しています。……如何なさいますか、若様?」

 

 

「………」

 

アイナの言葉に、海斗は顎に手を添えてしばし考える。そして……

 

 

「………様子を見よう。『向こう』も、僕たち4人を確認したようだ。それで退いてくれるならそれで良し。もし、それを知って尚、向こうが続行、さらには強行するのであれば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆殺しでいいっスね?」

 

 

「………はぁ、やむを得ないね」

 

ため息をつきながら、海斗は明人に言うが……

 

「明人、皆殺しはやめろ。1人残しとけ。吐かせる」

 

「ええ〜」

 

まるで『お菓子はひとつまで』と言われた子供のように拗ねる明人だが、アイナがそれを諌める。

 

「駄々をこねないでください。『霞斑』の情報は、少しでも得たいのですから」

 

「………そうだね。何人かで見張ってる以上、指示を出している指揮官がいるはずだ。それだけは生かして捕らえよう」

 

「………へ〜い」

 

海斗直々の指示である以上、明人も納得するしかなかった。

 

「総介、アイナも同じだ。向こうから何もしてこない以上、一人で勝手な真似はしないように」

 

「承知しました、若様」

 

「へ〜へ〜……でもよぉ、もし連中が姉妹に近づこうって動きを見せんなら、その限りじゃねぇんだろ、海斗?」

 

 

「………その時は、君の判断に任せるよ」

 

「あいよ」

 

 

 

こうして、朝から学校を囲むようにして姉妹、または総介達を見張っていた者たちへの対応を共有し合った4人。

 

 

 

 

 

 

しかし翌日、4人が学校の周りの気配を探ると、見張りの気配は一切感じ取れなかった。目を向けても、その場所に人影は無く、日中その場所を見ても、最後までいないままだった。

 

 

 

 

 

 

 

それ以降、学校の周りにいた見張りの連中は一切姿を現さなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『懐刀』が4人も姉妹の周りを固めているという事実に恐れをなし、諦めて撤退したのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の教室………

 

 

 

「上杉学級長、三玖ちゃんに話があるんだけど!」

 

「学級長、一花ちゃんにこれ渡しといて」

 

「四葉ちゃんに伝えたいことが」

 

「二乃ちゃんに」

 

「五月ちゃんに」

 

 

 

「あ゛ー!面倒くせー!!」

 

姉妹を見分けられるという噂が広まった風太郎は、姉妹に用がある生徒たちに頼りにされるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上杉学級長、焼きそばパンとコーラ買ってきて〜」

 

 

「自分で買いに行け浅倉コノヤロー!!!」

 

 

 

 

 




一クラスいったい何人いるんだ?40人くらいか……まぁいいや。あんま関係無さそうだし。
あ、武田はちゃあんと総介のオモチャになる予定ですよぉ〜(下衆顔)

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75.人の噂も75、いやものによっちゃ3日ももたない

寒っ!ここ1週間寒っ!!

あ、申し訳ないですが、二乃と四葉の話はあまり総介には関係ないところですので、短くします。

第六章の残りのメインはその『後』ですので。


総介達が3年生になってしばらく経ち、とある日のホームルーム……

 

 

 

 

「えー、我々も三年生になったということで……」

 

教壇の前で喋るのは、学級長の上杉風太郎と、その彼を学級長に推薦した中野四葉。

風太郎は無理矢理彼女に推薦、任命されたため、ここまであまりやる気を感じさせず、ボソボソと小さい声で早口で話す。すると……

 

 

 

「すみませーん

 

 

 

上杉学級長、声が小さすぎて何を言ってるか聞き取れません。もう少し大きくお願いします

 

 

 

 

ね?」

 

 

と、案の定最後にウインクするめんどくさい系爽やかイケメンの武田。前回から何なのコイツ。

 

(……あの野郎、ずっとつっかかってきやがって……)

 

武田は、何かにつけて風太郎の行くとこ行くとこに現れる。何なんだと思いながらも、適当に相槌をうって対応しているが、いい加減それも疲れる。

 

 

一方で………

 

 

 

「………ZZZ………ZZZ………」

 

(コイツはコイツで、何でこんな堂々と眠れるんだよ……)

 

窓側とはいえ、一番前の席でこれ見よがしに今週号の『週刊少年ジャンプ』をアイマスク代わりに顔に被せて寝ている総介をチラッと見る。

 

昨年度まで、風太郎は学校で総介とほとんど顔を合わせなかったが、いざクラスが一緒になってみるとコレだ。

授業こそ起きて普通にしているものの、こういう時は常にやる気が無なそうにし、動きも緩慢な脱力系男子高校生だ。

先の春休みの出来事を経験している風太郎は、今の彼が演技をしているのではないかと思うほど、今の総介と『鬼童』という異名を持つ総介のギャップに呆然とする。が、生憎これが普段の学生としての総介である。

 

 

と、ここで止まるわけにもいかないので、気を取り直して風太郎は話を続けた。

 

「……一学期のメインと言っていいあのイベントに話し合いたいと思います!」

 

少し声を大きくして喋り、少しためてから……

 

 

「いよいよ始まります………

 

 

 

 

 

 

全国実力模試がry「修学旅行ですね!」」

 

 

少しためてから、満を持して言おうとしたのに、四葉が横から食い気味で割り込んできた。

 

「みなさん楽しみましょー!」

 

「えー、そっちか……」

 

教壇の二人のやりとりしている中、それを頬杖をついて聞いていた二乃の背中を、後ろの席の三玖がツンツンとつっつく。

 

「二乃、放課後バイト?」

 

「ええ、今日が初日だわ」

 

春休みに、二乃は風太郎が働くケーキ屋さん『REVIVAL』でバイトをすることが決まった二乃。今日がその初日のようだ。

 

「じゃあ、頼みたいことがある」

 

「?、何よ?」

 

「フータローと一緒だったらプレゼントのこと探っといて」

 

「……ええ〜〜」

 

「えぇ〜〜、じゃない」

 

三玖の頼みごとに、二乃はあからさまに嫌そうな顔をする二乃。

 

「っていうか、直接聞きなさいよ。その方が手っ取り早いでしょ」

 

「どうせ聞いても『お前らに借りは作りたくない』とか言って教えてくれない可能性が高い」

 

「………確かに」

 

不本意だが、風太郎の人間性はある程度理解している二乃も、大体三玖の言うことが想像できた。

 

「……まぁ、暇があったら聞いとくわ」

 

「お願い」

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

そんなこんなで………

 

 

「忙しくてぜぇんぜん聞けなかったわ〜」

 

「「「えぇ〜……」」」

 

「どっかの有名な『レビュワーさん』とやらが来るってことで、そのでね」

 

「………」

 

二乃はバイトの初日であるにも関わらず、持ち前の料理スキルにより即戦力として働いていた。

しかしその日は、その界隈では知る人ぞ知る有名レビュワー『M・A・Y(メイ)』という人物が予約して来店する日のようで、バイトも総動員であたっていた。

その『M・A・Y』と呼ばれる人物は、素顔は誰にも晒さず、正体不明の人物でありながら、そのレビュワーが口コミサイトに星をつけた分だけ、客が倍増すると言われるほどにその評価は的確だった。

度々店にも来ていたらしく、その度に店を危機から救ってくれた救世主のようで、その日に始めて予約が入ったそうな……

そんなこんなで、風太郎にプレゼントのことを探る暇もなく、二乃もキッチンであくせく働いていた。

 

 

そしていよいよ、『M・A・Y』が来店する時がきて、二人がおそるおそるその人物がいる席を見てみると………

 

 

 

ただサングラスとマスクという簡易な変装をしただけの五月がいた。

 

 

「本当、アンタひとりのせいでみんなすっごい忙しかったんだからね!」

 

「も、申し訳ありません……」

 

 

まぁ『M・A・Y』というハンドルネームの時点で『M・A・Y』→英語で5月→五月って、センスが……もうちょいなんか無かったんかと言いたくなる(『ハムハム様』ってのに言われたくはない)

 

 

 

てなわけで、二乃は多忙のため、プレゼントのことは一つも分かりませんでしたとさ………

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

体育の時間

 

 

 

パァン!

 

 

タタタッ……

 

 

「中野さん、6秒9」

 

「凄ぇー、6秒台!」

 

「鬼速ぇ……」

 

50m走の測定で、四葉は驚異的なスピードでゴールしていた。

一方、同時にスタートした三玖は、10秒5。しかもかなり息切れしている。でもかわいい。

 

 

 

すると………

 

 

 

パァン!

 

 

 

 

ダダダダ………

 

 

 

「「「「キャァアアアアア!!!!」」」」

 

女子の集団から、一際大きな歓声が上がった。原因はもちろん……

 

 

 

 

「……だ、大門寺君、5秒7」

 

「速っ!5秒!?なにそれ!?」

 

「キャァアアア!!!海斗様ァァア♡♡♡♡♡」

 

「カッコイイ!!ステキィィイ♡♡♡♡♡」

 

 

5秒台という、陸上部も真っ青な記録でゴールした海斗。彼は少し流れた汗を、タオルで拭き取り、女子の集団に笑顔を向けて軽く手を振る。

 

 

「「「「「キャアアアアア!!!♡♡♡」」」」」

 

 

その仕草に、再び女子達から歓声が湧き起こる。イケメン爆発しろ!

 

 

…………すると、そんな時に、

 

 

パァン!

 

 

ダダダダダ………

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、浅倉………5秒6!?」

 

「はぁっ!?」

 

「大門寺超え!!?」

 

「っつーかコレ、高校記録どころか、日本記録じゃね!?」

 

※現実の50m走の日本記録は『5.75秒』、公式世界記録は『5.56秒』(作者調べ)

 

その直後に走った総介が、海斗の記録を0.1秒更新した。彼は走り終えたその足で、海斗の方へと向かい、彼に向かって指で口を拡げて、白目を剥きながら舌を出してベロベロと上下させながら、ガニ股でこの上なく醜い『アッカンベー』をする。

 

 

「はい、俺の勝ちィ〜!海斗、お前の負けぇ〜www」

 

「……いや、まさかこんなに競るとは思わなかったよ、総介。僕も油断していたら、もっと離されていたかもね」

 

「離されていたぁ〜?俺とお前のタッパ(身長)の差考えたら0.1秒以上の差があるんですけどぉ〜?お前のそのなっが〜い足で、俺に勝てねぇってこたぁ、こりゃ惜敗じゃなくて、『完敗』ですなぁ〜www」

 

「………その日のコンディションもあるさ。もしかしたら、今日の君の調子が凄く良かったのかもしれないry」

 

「おやおやぁ〜?天下の大門寺の坊ちゃんともあろうお方が、言い訳ですかぁ〜?あの親父の血を引いてるとは思えねぇ負け惜しみっぷりですなぁ〜コリャwww何にでも勝利してきたお前が、こんなチンケな幼なじみの俺にすら勝てねぇとは、家の威厳もへったくれもあったもんじゃねぇなぁ〜オイwwwクソワロタクソワロタクソワロタクソワロタwww」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ブチっ!

 

 

 

度重なる総介のウザい挑発に、さすがの海斗も何かが切れた。

 

 

「………言ったね、総介?確かに50m走では負けたけど、ここからは、ひさびさに本気で勝負しようか。どうせなら、50m走も仕切り直して、一緒に走ろう。しかし、残りは全部僕が勝つけどね」

 

「上等だコノヤロー。返り討ちにしてやるよ」

 

 

メラメラと燃えながら、再びスタートラインまで戻り始めた2人。

 

その後に出た2人の記録は………あまりに人間離れし過ぎててドン引きするので、この場では言えません。

 

 

 

 

ちなみに………

 

渡辺アイナ……6.0秒

 

上杉風太郎……男子としてとても見せられない記録。許してあげて。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「は?お前と上杉が付き合ってるって噂?」

 

「………はい」

 

それからしばらく経ち、四葉はあることに悩んでいた。それは、学級長として風太郎と一緒に行動することが多いせいで、周りの女子から、2人が付き合ってるという噂が広がっていたのだ。

 

「………んで、何で俺に?」

 

「み、三玖とお付き合いしてる浅倉さんなら、こういう時どうするのかなぁ?って思いまして……」

 

そのことで、四葉は昼休みに昼食を終えた後、屋上で柵にもたれながら、総介に相談を持ちかけていた。

その総介は、ジャンプを枕代わりにして、仰向けに横になっているが……

 

「ってそれお前、実際付き合ってる奴に聞いてどうするよ……」

 

「え、えへへへ……」

 

手を後ろに回して笑う四葉。そして、相談を受けた総介が出した答えは………

 

 

 

 

 

 

「別にいいんじゃね?テキトーに騒がせとけば」

 

「………かなり投げやりな返答ですね」

 

「そりゃそうだろ?もし本当に付き合ってんなら、隠す理由なきゃ答えりゃいいし、付き合ってねぇなら違うって言やぁいい。人の噂も何とやらってよく言うが、どうせ連中もすぐに試験やら修学旅行やら他の話題にしゃかりきになって、気づいたらこんなお前らのことなんざ忘れてんだろうよ」

 

「そ、そうですけど……それはそれで寂しかったり……」

 

「他人の噂どうこうとかじゃなくて、お前自身はどうなんだって話しだ。上杉と付き合ってるって噂されんのが嫌なら、吃ってねぇで『付き合ってない』って返せばいいし、もし嬉しいんなら、そん時はそん時でチャンスだと思って、あいつに告ってみりゃいいじゃねぇか」

 

「こ、こくっ、告っ!?」

 

総介の言った言葉に、四葉は顔を赤くさせ、頭のリボンがピーン!とまっすぐに立つ。

 

「……ま、要するに、どうすっかはお前の『自由』ってこった。他人の話に流され過ぎず、ちったぁ自分(テメェ)がどうしたいかってのを考えてみな」

 

「……私が……どうしたいか……」

 

 

 

キーンコーンカーンコーン……

 

そのタイミングで、チャイムが鳴る。それと同時に、今まで空に向かって仰向けに寝ていた総介も起き上がる。

 

 

「ま、俺に言えるのはそれだけだ。後はそのリボンにエネルギー吸われてる脳みそで考えて、自分でやんな」

 

「……ありがとう、ございます」

 

いや今ので礼言うんかい、と総介はボソッとツッコむが、特に何も返ってこなかったので、そのまま教室に戻っていった。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「やっぱり上杉君と四葉ちゃんって」

 

 

「ないよ」

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありえません」

 

「そ、そっか……」

 

放課後、四葉は風太郎と一緒に学級長の仕事をしていたところを目にした女子から、やはり付き合ってるのかと問われて、即座に否定したとか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは事実だったが、四葉の真意は…………

 

 

 

 

 

 

 

一方、風太郎は学級長の仕事を終え、四葉を先にみんなのところに行かせて、自らは用を足すために男子トイレにいた。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上杉君」

 

「毎回なんだよ!?」

 

風太郎が用を足していると、彼の右隣には何故か武田がいた。出た!Mr.(ミスター)何なのコイツ!

 

いや、マジで何なのコイツなんだけど……何故風太郎の元に毎回現れるのだろうか……それもトイレ………ストーカーか?

 

と、そんなことなど無視するかのように、武田は風太郎に話し始める。

 

 

「大変そうだね………

 

 

中野さんたちの家庭教師」

 

「!」

 

風太郎は武田の言葉に、内心驚いた。

 

 

 

何故コイツが……?

 

 

「お前………なぜそれを……」

 

「ふふっ……どうだい

 

 

 

 

 

僕が代わってあげてもいいけど

 

 

 

 

ね?」

 

最後の一言とともに、ウインクする武田。てかお前小便しながら横の奴にウインクとか、ただの変質者じゃねーか。

 

「中野さんのお父様から話は聞いたよ。

 

成績不良の五つ子の皆さんを赤点回避させるべく、学年一の成績を持つ君に白羽の矢が立ったとね」

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、小便中にペチャクチャ喋ってねぇでさ、さっさとどいてくんない?他の便器故障中なんだけど……」

 

「………なぜ、お前があの父親と面識あるんだ」

 

「僕の父がこの学校の理事長でね。お父様とはかねてより懇意にさせていただいている」

 

(……ボンボンコミュニティめ……なら、大門寺とも知り合いのはずだよな?浅倉のことは聞いてないのか……?)

 

風太郎は武田がボンボンだと言うことは理解したが、そうなれば、必然と海斗の存在が浮かぶ。

日本、ひいては世界でも指折りの名家『大門寺』。海斗はその一人息子であり、総介はその大門寺直属の最強の特殊部隊『刀』。その中でも人外の力を持つ者にしか与えられない『懐刀』という肩書きを持つ1人。要は大門寺の幹部、もしくはそれに準ずる存在だ。

 

武田はそのことをどこまで知っているかはわからないが、少なくとも、海斗ともボンボンコミュニティを築いているはずだ。総介が風太郎の家庭教師の助っ人をしていることも、認知しているのだろうか……

 

 

 

(いや、余計なことは言わない方がいいな……)

 

今は自分や、五つ子達の護衛ということで、総介、海斗、アイナ、明人の4人が周りを固めてくれている。

武田がもしそのことを知らなければ、余計なことを言って、彼らを混乱させてしまうかもしれない。そうなれば、総介に示しがつかなくなる。

そもそも、彼らのことは最重要機密事項だ。そう口を割るわけにはいかない。

風太郎は、武田の口から総介や海斗の名前が出てくることを待ち、その時に適当に合わせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇおい、聞いてんのか?どんだけ小便長ぇの?終わったんなら仲良く喋ってねぇでとっとと代われっつってんの」

 

「そんなことは置いといて、君は他でもバイトをしているみたいじゃないか」

 

実は武田は、数日前に風太郎が働いているケーキ屋『REVIVAL』にニット帽、サングラス、マスクをつけて様子を見に来ていたりする。

やっぱコイツストーカーじゃねぇか!!!しかも風太郎限定で!!

 

「大変だろう?僕が代わってあげるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう。代わってくれんのならさっさと便器からどいてくんない?もう漏れそうなんだけど?

かけるよ?どかねぇならお前のケツに小便かけるよ?」

 

「………悪いが、俺を雇ってんのは今はあいつら五つ子たちだ。俺が決めることじゃねぇ」

 

そう理由をつけてはみたが、あくまで風太郎はこんなどこの馬の骨とも知らない男に、家庭教師としての立場を譲る気はなかった。何より、それを総介や五つ子が承認するはずがない。

 

「……へぇ、

 

 

確信しているんだね、中野さんたちが君を手放さないと」

 

「………さぁな」

 

おそらく、いや絶対にあの5人は納得しないだろう。

一花や四葉、五月はほとんど推測だが、残り2人は……

 

 

 

 

「こんな意味不明な奴に教わるより、海斗君に教えてもらいたいわ!!」

 

「………私には、ソースケがいる」

 

最悪、それぞれの恋人に教わると言い出すだろう………

 

 

 

アレ?俺信頼されてなくね?

 

 

 

 

と、そう考えてる間にも、武田は話を続ける。

 

「……しかし、君はこんなことしてる場合じゃry」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブスッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アギャァァァアアアア!!!!?」

 

 

「!??」

 

 

話の途中で、突然武田が悲鳴を上げた。右を向くと、そこには尻を上げて床にうつ伏せになってピクピクと痙攣しながら倒れている武田がいた。

そして彼の尻の中心には、トイレ清掃用のデッキブラシの柄が見事にぶっ刺さっていた。

 

 

 

 

何故………いやそりゃあ……

 

 

 

 

 

「ったく、いい加減何回言ってもどかねぇもんだからよぉ、手っ取り早く実力行使させてもらったわ」

 

そう言いながら、武田の尻にデッキブラシを突き刺した犯人………総介は、風太郎の右隣の便器で用を足し始めた。

 

「ふぅ〜〜、この歳で漏らすかと思ったぜぇ〜………」

 

安堵した表情で用を足す総介。その開放感に満ちた顔を見て、風太郎は無言のまま顔を真っ青にさせて、冷や汗をダラダラを流し始めた。

 

 

その後………

 

 

「お尻が……僕のお尻が……」

 

とうつ伏せで呻く武田を全く認識していないかのように、総介は彼に一切目を向けずに、手洗いを済ませて、ハンカチで手を拭きながら男子トイレを後にしたのだった。

 

 

 

 

 

総介、まさに外道!

 

 

 

 

ん?武田の尻?ギャグ作品なんで次出てくる時は元通りさ!

 

 

 

………多分

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、ここは五つ子が現在住むアパート。

 

 

 

 

「ここで集まって勉強するのも久しぶり」

 

「最近は皆バイトだものね」

 

「一花は今日も仕事だけど……試写会、私も行きたかったなー」

 

「……ところで、五月はバイト……」

 

「ギクリ!」

 

五月にバイトの話を振ると、彼女はビクッと肩を上下させた。

 

 

……どうやらまだ決まってないらしい。

 

「あんたまだ見つけてなかったの?」

 

「もう少しだけ、考える時間をください……」

 

もしこのままいけば、五月だけマンションに戻るハメに……

 

「お前ら、口より手を動かせ。月末の全国模試はもうすぐだぞ!」

 

と、勉強中のため、風太郎は注意するも、

 

「あー、一通り埋めたわ。とりあえず、答え合わせよろしく」

 

「あ、私も終わってる」

 

そう言って、二乃と三玖が答案用紙を風太郎に渡す。すると、三玖が……

 

「フータロー、ソースケは?」

 

「なんか学校で話があるらしくてな、少し遅れるそうだ」

 

「……そう」

 

と、総介がいないことに少ししゅんと落ち込む三玖。かわいい。

 

「模擬試験結構難しかったねー」

 

「そうですね……しかし、それほど不安でもないというか……」

 

「!」

 

「だよね!」

 

「……うん、学年末試験を乗り越えたんだもん」

 

「一度越えた壁だもの、余裕だわ」

 

 

 

 

「こうなるよ、いよいよ卒業も見えてきましたね!上杉さん!」

 

 

「………」

 

四葉がニッコリと話しかけてくる様子を見て、風太郎も思いを巡らせる。

 

(こいつらの言ってることも間違いではない。試験の難易度なんてそう変わるものではない……ということは、本当に見えてきたのか?

 

 

 

 

あの時、彼方に見えたゴールが………!」

 

 

最初、この5人を相手にし、全員が赤点候補だということを知って、絶望しかけた。

1人じゃさすがにどうしようもできないと悟り、助っ人にも頼った。効果は……最初こそ、足並みがバラバラだっただけに、結果は出せなかったが、何よりもう1人いてくれることが、何より負担が減って助かった。そしてそのうちの1人が、助っ人と恋仲となり、モチベーションが激増。今では、教えることが殆どないほどにまで成績アップし、安全圏まで到達。それに追随するかのように、残りの4人も成績を上げた。そして学年末の試験で、見事に赤点回避を成し遂げた。もし、このままいけば………

 

 

 

 

 

「よっしゃー!答え合わせするぞー!」

 

「はーい!」

 

 

 

 

 

卒業までいけるかもしれない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このままいけば、卒業までいけるかもしれない。

 

 

 

 

そう思っていた時期が、俺にもありました。

 

 

 

 

「………少し、下がってるな」

 

「うーん……」

 

 

採点をしてみた風太郎だが、4人とも、ちょっぴり成績が落ちている。というより、思ったよりも伸びが足りないような印象だ。

 

三玖は成績が少し下がったとはいえ、未だ安全圏にいることに変わりはない。しかし、油断は禁物だ。

五月は現状維持、といったところか……

二乃と四葉は、緩やか〜に成績を落としている。三玖とは違い、安全圏に届いていない以上、この反抗期バカ&純度100%バカの2人をなんとかせねば……

 

「なんか失礼な呼び方された気がするわ……」

 

「私も……」

 

「いや、気のせいだ」

 

とはボケてみたものの、こんなので成績が変わる訳でもなく……

 

「……思ったより、伸びてない……」

 

「言い訳になるかもだけど、ここ最近仕事ばかりであんま自習できてないのよね……」

 

それでも、二乃の成績が最低限の落差で済んでいるのは、彼女自身『海斗の隣にいるのに相応しい女になる』という目標のもと、彼女なりに頑張っているからだろう。

 

 

「確かに……言われてみれば、五月の点はほとんど下がってない」

 

「すみません!すみません!」

 

暗に1人だけバイトしてないと言われて、必死に謝る五月。

 

「それに、春休みに『あんなこと』もあったしね……」

 

「………」

 

あんなこととは……67話以降の話である。

 

「ま、原因を探ったところで今の成績はなにも変わらん。それよりもこれからどうするかだ。この程度だったらまだ盛り返せる。

それじゃ、間違えた箇所を順番に確認していくぞ」

 

「「「「!」」」」

 

風太郎の言葉に、4人は目を見開いた。

今までだったら、こんな言葉は言わなかったはず………

 

 

「「「「…………お願いします!」」」」

 

 

4人はそれぞれクスリと笑いながら、風太郎に頼みこんだ。そう言われた風太郎も、頭をかいてそっぽを向きながらも、満更でもない様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

しばらく、一同が答えの見直しをしていると………

 

 

ピンポーン!

 

インターホンが鳴った。

 

「!はーい」

 

「浅倉さん来たのかな?」

 

「海斗君だったりして!」

 

「ないない」

 

「………」

 

五月が扉を開けに玄関へと向かう中、一同はそのまま勉強を続けていた。

 

 

 

 

 

「え!?」

 

すると、五月の驚いた声が聞こえた風太郎は、そちらをチラッと見る。するとそこには………

 

 

 

 

 

「失礼するよ」

 

五つ子の父、マルオがいた。

 

「お、お父さん!?」

 

「どうしたのよ急に……ていうかこの家……」

 

「もうすぐ全国模試と聞いてね

 

 

 

 

 

 

 

彼を紹介しにきたんだ。入りたまえ」

 

 

そうマルオが言うと、部屋にもう1人の人物が、一礼して入ってきた。その人物とは………

 

 

 

「失礼します

 

 

 

 

申し訳ない

 

 

突然押しかける形になっちゃって」

 

 

他でもない、風太郎にストーカー行為を働いていた武田だった。

 

 

 

 

総介にケツぶっ刺された武田だった!

 

 

 

 

「え、君って……」

 

「どういうこと……」

 

「わ、私、何がなんだか……」

 

突然の出来事に混乱する姉妹。そんな中で、マルオは姉妹、そして風太郎にとっては驚愕の一言を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日からこの武田君が、君たちの新しい家庭教師だ」

 

 

 

 

 

 

 

 




あと半月だ……あと半月ちょいで『鬼滅の銀魂』……あ、いや『銀魂の刃』が観れる……混ざっちゃった。てへぺろ


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

76.人を笑わば尻の穴2つ

ジャンプフェスタ2021の『ジャンプスタジオ【銀魂】』の放送を拝見しました。
ゴリラ原作者の手紙がもう面白すぎてwww
一部抜粋
『あっちもこっちも鬼滅コラボ……中略……この鬼滅ブームに終止符うってもいいかって聞いてんだよコノヤロー!!』
『ここだけの話、あっちの中核メンバー【柱】の中にこっちのスパイ潜り込ませてるから』
『200億は無理なんで「記録」よりも「記憶」に残る作品を目指します』

もう名言と迷言の宝庫w
銀魂を好きになって本当に良かった。
ありがとう銀魂!ありがとうゴリラ原作者!!


「今日からこの武田君が、君たちの新しい家庭教師だ」

 

 

 

 

 

「はあ!?」

 

マルオの発した一言に一同が驚愕する。

いきなり来て武田を連れて部屋に上がったかと思えば、この一言だ。驚きを通り越して、もはや『目が点』状態だ。

 

「どういうことでしょう?説明してください」

 

五月がマルオに事態の説明を求めた。それにマルオはすぐに風太郎の方を向き、説明を始める。

 

 

 

「………上杉君

 

 

先の試験での君の功績は大きい。成績不良で手を焼いていた娘たちだが、優秀な同級生に教わるということで、一定の効果を生むと君は教えてくれた」

 

「………それなら、フータローを変える必要なんてない」

 

三玖はそう抗議するが……

 

「………あ」

 

二乃が何かに気がついた。それは、マルオが次に発する言葉と同じだった。

 

 

 

「………それは、彼が未だ優秀ならの話だ」

 

「え………」

 

「残念だが、上杉君はどの科目も点数を落とし、順位も落としている。

 

 

 

 

 

そこで上杉君より上の順位にいた1人が『彼』だ

 

 

 

 

 

ならば、家庭教師に相応しいのは彼だろう」

 

 

 

 

そう憮然と言い切るマルオ。それを聞いた二乃と三玖が、さらに彼に抗議をしようとする。

 

 

三玖は『総介にこのことは話したのか?』と。もしここに総介がいれば、マルオの言ったことを鼻で笑うだろうと、三玖はタカを括っていた。しかし今、総介がいないというタイミングでマルオが現れたということは、もしかしたらこの話は、総介には未だしていないのだろうとも推測していた。総介が来てくれば、この場はどうにかなるはず……と、三玖は淡い希望を抱いていた。

 

そして二乃は、『海斗が前回の学年1位なのだから、彼を家庭教師にすべき』と言おうとした。

この女、ちゃっかり海斗に家庭教師についてもらうつもりで話してみようと思ったが、『神童』と凡人の尺度で授業になると思ってるのか?

そして隙あらば三玖と総介みたいにイチャイチャ出来るかもという、下心8割の抗議。2割は武田が胡散臭いからくる抗議………

実って欲しくね〜。

 

 

と、2人が抗議しようとした、その時………

 

 

 

「………ふっ

 

 

 

 

ふっふっふ

 

 

 

 

 

ふっふっふっふっふっふ

 

 

 

 

くくく………」

 

 

 

何やら不敵に笑う武田。そして………

 

 

 

 

 

 

「やったーーーー!

 

 

 

勝った!!

 

 

勝ったぞーーー!!!」

 

 

 

いきなり子供のように勝った勝ったと喜ぶ武田。さすがMr.何なのコイツ!

 

「イエス!オ〜イエス!イエス!イエス!イエス!」

 

続いて、イエスとしか言わずに喜ぶ武田。そしてそれを見て、姉妹の4人はドン引きする。とうとう頭おかしくなったかコイツ?

 

「「「「「…………」」」」」

 

 

多分、この場に総介がいたら、容赦なくビンタするだろうなと思った5人だが、彼がいないため、武田を止めることは出来なかった。

すると……

 

「上杉君!長きにわたる僕らのライバル関係もついに終止符が打たれた!

 

 

ついに僕は君を超えた!

 

 

この家庭教師は僕がやってあげよう!」

 

風太郎を指差しながら勝利宣言をする武田。

 

 

「…………」

 

 

「始まりは二年前、僕が『大門寺さん』に次ぐNO.2を目指して……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、お前誰だよ?」

 

 

 

「…………」

 

 

なんか語り出そうとしたので、風太郎はそれを止める意味合いも込めて、聞いてみた。

 

 

「………えっ、ほら………ずっと3位で君に迫っていた武田祐輔……」

 

「3位てお前……まぁ、あんなに突っかかってきたのはそういうわけか。ずっとわからなかったんだ。

 

 

 

今まで満点しか取ってなかったから、この間まで2位以下は気にしてなかったわ」

 

 

 

「2位以下!!?」

 

風太郎の言葉に、武田は衝撃を受けてしまう。

 

「き、君!僕はまだしも、大門寺さんまで2位以下だと!?無礼な!あのお方はこれからの日本、ひいては世界を股にかけてご活躍されるお方だぞ!!それを2位以下だとっ!?」

 

「ああ、大門寺ね……前までは珍しい名前だな〜って思ってただけだが、実際会ってみて分かった。あいつこそが本物の『天才』なんだな〜って」

 

「あ、会っただと!?お会いしたことがあるのか!大門寺さんに!?」

 

「お会いっていうか……この前家に行ったばっかだし」

 

「家!?大門寺さんの御宅に!?あの大門寺邸に!?行ったことがあるというのか!?僕でも行ったことはないんだぞ!!」

 

と、何やら海斗のことで喚き始める武田。どうやら海斗を崇拝に近い形で尊敬しているようだ。海斗は女子だけではなく、男子からも一目置かれており、中には彼に憧れを持つ者もいる。武田がその最たる例だろう。

 

 

すると……

 

「……わかりました」

 

「!」

 

と、ここで、五月が口を開いた。

 

「上杉君より優秀な生徒が家庭教師に相応しいというのなら構いません……恐らくそれだけが理由なのではないのでしょうが」

 

あの日……五月は学年末試験の前にマルオと会った日のことを思い出していた。

 

 

(僕は彼が嫌いだ)

 

 

建前はマルオが言った通りだが、本音で言えば、あの時のことだろうと、彼女は考えていた。だからこそ………

 

 

「しかし、それなら私にも考えがあります……」

 

 

そう言って、五月はとんでもないことを言い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が三年生で一番の成績を取ります!」

 

 

 

「え?」

 

 

「え?」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

堂々と宣言した末っ子の一言に、二乃、三玖、四葉の三人は目を見開いてポカ〜ン、っと呆気にとられてしまう。

 

 

 

「……ふむ、いいだろう」

 

 

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

勝手に話を進めようとした2人を、三玖が慌てて制止する。

 

 

無理だ。この末っ子、自分の力量を理解していない。

『学年で一番』ということは、風太郎や武田だけではない。他の生徒や、総介、アイナ、そして海斗より上の成績を取るということだ。総介クラスなら、五月なら頑張ればいけるかもしれない。しかし、全科目で90点以上をとっているアイナや、勉強せずともトップクラスの成績を残せる海斗を越えるとか、この五女は正気の沙汰ではない。なんとか話を変えねば………

 

 

「お父さんに何言われても関係ない。フータローは私たちが雇ってるんだもん」

 

五月の話からすげ替えなければと思った三玖の反論に、二乃もとりあえず続く。

 

「……そうね。それにずっとほったらかしだったくせに、今になってry」

 

「いい加減気づいてくれ」

 

二乃が話を、武田が途中で割って入る。

 

 

 

「上杉君が家庭教師を辞めるということ

 

 

 

それは他ならぬ上杉君のためだ」

 

 

と、武田が、怒りにも似た眼差しで姉妹に向けて言う。

 

 

 

 

「君たちのせいだ………

 

 

 

 

君たちが上杉君を凡人にした」

 

 

武田の言ったことに、姉妹は彼を睨みつけるが、その後にマルオが一言。

 

 

 

「彼には彼の人生がある

 

 

 

解放してあげたらどうだい?」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

「……でもっ……」

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタガタガタガタッ………

 

 

ブロロロ〜〜!!!

 

 

 

キキィィイイイイ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャワァァアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 

 

 

「「「「!!!?」」」」

 

 

と、何やらアパートの階段からガタガタと登る音、そしてエンジン音とブレーキ音が聞こえたと思ったら、武田が突然大きな悲鳴を上げて床に倒れた。

 

 

 

「お尻がぁあ!僕のお尻がまたぁぁあ!!」

 

うつ伏せになって尻を上げながら強打した肛門を両手で押さえて悶絶する武田。何が起こったのかというと………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレ?なんか轢いた?」

 

 

「はぁ!?」

 

 

「あ……浅倉さん!?」

 

 

黒パーカーを着て、死んだ魚の目、そして頭にはヘルメットを被った総介が、自身の愛車『ベスパ』でアパートの階段を無理矢理登り、ドアを開けて原チャごとそのまま中に入り、武田の尻を見事に轢いたのだった。

 

 

「ソースケ!」

 

 

待ち侘びた総介の登場に、三玖は一気に表情をパァッっと明るくさせる。

 

 

 

「っていうかアンタ、何家の中までバイクで入ってきてんのよ!?」

 

「そりゃお前アレだろ、外道(ヒーロー)ってのはバイクに乗って遅れてやって来るもんだろ?」

 

「字が違うわよ!!」

 

「というか、それで階段を登ってたんですか!?」

 

「な〜に、三玖のためなら階段だろうが崖だろうが大人の階段だろうが、何でも登れんのさコイツァ」

 

「答えになってねぇ……」

 

 

姉妹や風太郎が総介にツッコんだり驚いたり呆れ果てたりする中、尻を押さえた武田が立ち上がり、総介につっかかりはじめる。

 

 

「いたたたた………また君か!何なんだ君は!?僕の肛門に恨みでもあるのか!?」

 

「違うんだよ。バイクがお前の肛門に吸い込まれるようにさ……」

 

「人の尻の穴を立体駐車場みたいに言うな!」

 

意☆味☆不☆明な言い訳に涙目でツッコむ武田だが、総介はまったくもって知らん顔。

 

 

「お、中野センセーじゃねぇか。元気?」

 

と、喚く武田を無視してマルオへと視線を向ける。

 

「……浅倉君、バイクごと娘達の家に入ってくるものがあるかね?」

 

「違ぇんだよ中野センセー、コイツのケツがマグネットだから、それに自然と俺の愛車が引き寄せられちまってよ〜」

 

「どんな言い訳の仕方だ!?」

 

「……武田君、臀部に磁力を帯びさせるのはやめてもらえないだろうか?」

 

「い、いや中野先生、僕にそんな力はありません。っていうか、彼のボケに乗らないでください……」

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

その後、総介はバイクを駐輪スペースに駐めて、戻ってきたところで、三玖に事情を聞かせてもらった。

 

 

「ふむふむ……なるほどな、つまり、成績の落ちた上杉の代わりに、そこにいる『長田』ってやつが三玖達の家庭教師になる、と……」

 

「僕は武田だ!」

 

「んで、中野センセーがその『米田』を連れて、姉妹に紹介したら、三玖や肉まん娘達から反対された、と……」

 

「だから僕は武田だ!どれだけ間違えるんだ君は!?」

 

「ワリぃな『秋田』。俺ァ人の名前覚えんのは苦手なんだ」

 

「全部言う気か?『田』のつく苗字をこれから全部言う気なのか?」

 

と、総介の毎度恒例『興味ないやつの名前覚えない大会』が開催されている途中だが、実は総介、約数時間前に、大体のことはマルオから聞いていたりした。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

数時間前………

 

 

 

総介のスマホから電話の着信音が鳴った。画面に表示された相手は『中野センセー』。それに出てみると……

 

 

「は?上杉がクビ?」

 

『……正確には、解雇目前、といったところが妥当だろうか』

 

いきなりの一言に、総介は少し眉をぴくっと動かすが、その後に、マルオから『風太郎の成績が落ちたので、彼より成績上位の武田という者へと交代する』という旨の話を聞いた。

すると、総介は……

 

 

 

 

 

 

 

「………んで、ホントの所はどうなんだよ、中野センセー?」

 

『………やはり気づいていたか』

 

「本気で上杉をクビにしたけりゃ、海斗の名前だけでも借りりゃいいだけの話だからな。その……『中田』って奴を使わなくてもいいだろうによ?」

 

回想シーンでも名前を間違えられる武田。

総介は、マルオが唐突にそんなことを言ってきた理由を、薄々と気づいていた。

 

 

 

 

「つまるところ、『最終試験』ってワケか……」

 

『………』

 

「上杉も『大門寺』の加護の下にあるからな。護衛対象同士を離すことなんざ、剛蔵さんの許可がなきゃそう出来ねぇ。もしそれができたら、アンタよりも早く、剛蔵さんから俺や海斗に連絡が入るからな。それに、アンタが他のプロの家庭教師ではなく、その『新田』って同級生を代わりに据えたのは、上杉を本気でクビにする気はねぇ。そいつと競うように発破をかけて、出来れば上杉がそいつに勝つ。そしてあわよくば学年一位に返り咲くことを望んでいる。そーゆーこったろ?」

 

『………はぁ、つくづく、君を敵に回したくはないと思い知らされる』

 

「俺ァ別にアンタが敵だろうが構わねぇよ。俺はあくまで『三玖の味方』………それだけだ」

 

武田の名前以外の全てを言い当てられてしまったマルオ。本当に、『懐刀』とは末恐ろしい存在だと、身に染みるほど実感すると同時に、彼らが娘の味方であってくれることを、心から安堵する。

 

「んで、とりあえずぁ上杉が『安田』を越えれば合格ってことなんだな?」

 

『……そうだ。それをこれから、娘達、そして上杉君に告げに行くつもりだ』

 

「ふ〜ん………

 

 

 

 

 

 

!!………♪」

 

と、ここで、総介が何やら思いついた。何やら怪しげな笑みを浮かべて。

 

 

「そうだ、中野センセー。俺にも一つ考えがあるんだけどよ」

 

『………何だね?』

 

総介の声の弾み具合を聞いて、嫌な予感がしたマルオだが、少し気になったので聞いてみる。

 

 

 

「実はな…………と、思ったが、その内容は後からのお楽しみだ。アンタはとりあえず五つ子や上杉に、さっきのことを言いにいきな」

 

 

 

そう話す総介の顔は、まさに面白いイタズラを思いついたような子供みたいに、それはそれは悪ぅ〜い顔をしていた。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

回想終了。

 

 

 

 

「で、だ。上杉よりも成績が上になった『沼田』が家庭教師になる……その話だが……」

 

「だから!僕は武田だ!何度言わせるんだ!」

 

「お前の名前なんざどうでもいいんだよ『飯田』。それよりも中野センセーよぉ?」

 

「……何だね?」

 

 

「『上杉より成績上位の者』が新しい家庭教師になるっつったよな、アンタ?」

 

「………そうだが?」

 

「ならよぉ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰か一人忘れてねぇか?」

 

 

 

 

「………!」

 

マルオは総介のその言葉に、少し眉をひそめる。

 

 

 

 

 

 

まさか……彼は先程の総介との通話でのやりとりを思い出す………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本気で上杉をクビにしたけりゃ、海斗の名前だけでも借りりゃいいだけの話だからな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………まさか

 

 

 

 

 

 

「せっかくの『前回の学年末の試験一位』の存在を忘れちゃいけねぇな、いけねぇよ。ってなわけで、忘れ去られた哀れな男も入れてやろうや、中野センセー。

 

 

 

 

 

 

 

 

お〜い、入って来ていいぞ〜」

 

 

 

 

 

総介が玄関に向かって大きな声で呼ぶと、扉がガチャリと開き、男が一人入ってきた。

 

 

 

 

 

その男は、星のように輝く銀髪の地毛、他の者とは比べて、191cmと高い身長。スリムで、スラッとした、細身だが、決してそれだけではなく、内には鍛え抜かれた肉体のある抜群のスタイル。

そして、老若男女問わずに、万人を魅了するその美貌。

 

 

「お邪魔します」

 

発する声も、甘く、しかし凛とした、例えるなら、声優の櫻○孝宏みたいなセクシーさの醸し出すイケメンボイス。それでいて、物腰も柔らかく、部屋に入る際の一礼も忘れない。

 

 

しかも、実家は金持ちで、成績も優秀スポーツ万能……全てに於いて、文句のつけようがない完全無欠の男……

 

 

 

 

そう、この男こそ、総介が言ってた学年末試験一位の男『大門寺海斗』なのである。

 

 

 

 

「海斗君!!!」

 

海斗が入ってきたことに、今度は二乃が歓喜の声を上げる。

 

「大門寺さん!」

 

「大門寺君……」

 

「だ、大門寺……何でここに?」

 

姉妹と風太郎も、海斗の登場に驚きの表情を見せるが、本人は至って冷静で、穏やかに挨拶をする。

 

「みんな、久しぶりだね。学校では話す機会がなくて、本当に申し訳ない」

 

「そ、そんなこと無いわ!海斗君が学校でモテるからそう話しかけられないって、アイナから聞いてたから。来てくれるだけでも嬉しいわ」

 

「ありがとう、二乃ちゃん。そう言ってもらえて、少し楽になったよ」

 

「大門寺さん!お久しぶりです!狭いですが、来てもらって私もうれしいです!」

 

「久しぶりだね、四葉ちゃん。僕もみんなに会えて嬉しいよ。それと、本当に君はいつも、元気いいなぁ。何がいいことでもあったのかい?」

 

「だからそれ違う人のセリフだろうが」

 

 

 

「………大門寺君」

 

「中野先生、『先の件』以来ですね。ご無沙汰しております」

 

「……いや、こちらこそ、連絡を入れなくて申し訳ない」

 

と、各々が海斗に話しかける、そんな中………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、大門寺さん!お久しぶりです!」

 

「?」

 

と、武田も、その場に現れた尊敬して止まない海斗に悠々と話しかける。

 

「数ヶ月の会食以来ですね!あの時は、僕もとても良い時間を過ごさせてry」

 

 

 

 

「えっと……本当にごめんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちら様だったかな?」

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

海斗のその一言に、武田の体が固まった。それを見て言った本人も、必死に思い出そうとする。

 

 

「えっと、この前の会食だよね………話をしてくる人達がいっぱいいたから……あ、思い出した。確か僕の前で一発芸をしてくれた人だよね?」

 

「い、一発芸……?」

 

「あれ?違ったかな………?」

 

え〜っとっと、海斗は誰かと間違えたようで、その後も必死に思い出そうとするが………

 

 

「はぁ、もういいっての海斗。お前が思い出せねぇなら、コイツはお前ん中では『その程度』ってことなんだろ?」

 

総介が、彼を止めに入る。

 

「…………ごめんね。僕もあの時、たくさんの人と喋ったから……」

 

「悪いな『青田』。海斗が『絶対記憶』を持っているってのはよく耳にする話だが、その逆で、どうでもいいって判断したことはすぐに全部忘れられる……いわゆる『絶対忘却』ってやつも持ってんだ。お前を覚えてねぇってことは、お前は海斗にとって、その辺の雑草と同じってこったろう」

 

「ざ、雑草………」

 

海斗は本来、全ての物事を瞬時に、そして鮮明に記憶できる『絶対記憶』の能力を持っているが、その逆、忘れることだけに特化した『絶対忘却』をも持ち合わせている。

彼が不要と判断した物事、事象、そして人の情報は、海斗の好きな時に、好きなものを自由に、そして瞬時に忘れることができ、その忘れたものは、二度と彼の記憶の中に現れることは無い。何故彼が、この様な特技を使うに至ったのか……

 

 

海斗は幼い頃から、母の『天城』の計らいで、偉い人達が集まるパーティーに出席しており(息子かわいさに天城が連れ回していた)、その当時から現在に至るまで、様々な人物から話しかけられる。『大門寺』に取り入ろうとする政治家、財閥の会長や幹部、そして海斗自身を狙う女達の存在に、彼は辟易していた。

中には、あからさまに下心丸出しで近づいてくる下賤な輩もいた。

どこに行っても、そういった醜い連中を相手にしなくてはならない。そんな自身の気分を害する者たちを前にし続けた海斗は、直ちに自身の記憶からそれらの存在を『削除』する術を身につけたのだ。いや、元々持っていたとも言うべきか……

そして彼は、他にも自身が本能で判断した『無益な者』『特に関わっても何も無い者』『忘れた方が得な者』は、それと同じく自身の記憶から消していった。

そして目の前にいる武田も、所詮はその中の一人に過ぎなかった。

しかし、この『絶対忘却』のおかげで、記憶のスペースの容量にだいぶ空きが生じたので、本来彼が持つ『絶対記憶』を、さらに高度に使えるようになったこと、そして常人なら持て余してしまうかもしれない『絶対忘却』の能力を、海斗は完璧にコントロールし、使いこなせていることは、彼にとってはこの上なく幸いなことだろう。

 

 

と………

 

 

「………ん?」

 

「…………」

 

「あ〜あ、凍っちまった」

 

海斗に存在を忘れ去られていたと知った武田は、ズキズキ痛む尻を押さえた格好と、そのまま白目を剥いてカチンコチンに凍ってしまった。

 

「まぁいいや。うるせぇのが黙ったし。んなことより、話戻して本題に移るぞコノヤロー」

 

と、総介は海斗を連れてきて逸れかけた話題を元に戻す。

 

 

「前回の試験で。上杉より成績の上の生徒っつったら、海斗も忘れちゃいけねぇな〜、中野センセー。

 

 

 

 

 

 

そこでだ。どうだ?いっちょここらで、この海斗を家庭教師にしてみたら?」

 

 

「!!?」

 

「か、海斗君が!?」

 

総介の提案したことに、海斗とマルオ以外の全員が口を開けて驚愕した。特に二乃は、ちょっぴり嬉しそうだ。現金な女………

 

 

「………彼も家のことで忙しいのでは?」

 

「だってさ。実際どうよ?」

 

マルオの疑問を、総介が海斗に聞いてみた。

 

「確かに、『大門寺』の跡継ぎとして、やることもありますが、基本的には時間が全く取れない訳ではありませんので、僕如きでも、娘さん達のお役に立てるのなら、微力ではありますが、手助けさせていただきたいです」

 

「是非なってほしいわ!」

 

「二乃………」

 

「あ……」

 

つい本音が漏れてしまった二乃。

 

「………しかし」

 

「分かってるよ。アンタが『石田』を推薦した建前もある。そこでだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の模試で上杉風太郎と大門寺海斗、そして『真田』の3人、誰が一番の成績を残せるか、勝負したらどうだ?」

 

 

「………何?」

 

「「「!!」」」

 

「海斗君と上杉が!?」

 

 

 

「ぼ、僕が大門寺さんと!?」

 

と、氷漬けから復活した武田も含めて、総介の言い出したことにまたまた驚く一同。

 

「海斗にはここには来る前から既に話してるが……」

 

「……僕は構いませんよ。面白そうですし。それに、かねてより上杉君とは、一度雌雄を決してみたいと思っていたところです」

 

「お、俺と!?」

 

海斗が風太郎を向いて発した言葉に、言われた本人も驚いた。

入学して以来、海斗が試験で風太郎に勝ったのは、前回の学年末試験の一度きり。しかし、海斗は一度も本気を出していない。それに前回は、風太郎が姉妹にかかりっきりだったために、成績を落としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

『上杉風太郎』と『大門寺海斗』……この2人のどちらが上なのか……

 

 

 

 

 

 

 

真の決着は、未だついてはいないのである……

 

 

 

「……だってよ。どうだ、上杉?」

 

「……え、あ、お、俺!?」

 

「海斗が直々に、お前さんとケリつけてぇってよ。今まで学年一位を守ってきた身としては、どうするんだ?」

 

総介に話を振られた風太郎。いきなりのことだったので、少し慌ててしまうが、落ち着いて考えてみる。

 

 

 

 

今まで、姉妹や総介達と出会うまでは、学年一位を欲しいままにしてきた風太郎。二位以下の存在など、毛ほども気にしちゃいなかった。まぁ海斗の苗字は変わった名前だと思ったが、まさかこんなにも完成された人間だとは、思いもしなかった。

 

 

 

自分は一位を取っていたんじゃない………

 

 

 

取らされていた………

 

 

 

いや、正確には海斗からすれば、勝負すらしていなかった。

全く勉強をせずに、学年二位の成績。その気になれば、同率でも一位にはなれたのだ。海斗も海斗で、風太郎のことなどを歯牙にもかけていなかった。

 

 

 

 

しかし、今は違う。

 

 

あの全能の天才である『大門寺海斗』が、風太郎を相手に、勝負を持ちかけてきている………

 

 

 

やがて、風太郎が、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「………俺は少し前まで、他人なんざどうでもいいと思ってた

 

 

 

 

 

去年の夏まで、あるいはこの仕事を受けていなかったら………

 

 

 

 

 

俺は凡人にもなれていなかっただろうよ

 

 

 

 

 

 

 

教科書を最初から最後まで覚えただけで、俺は知った気になってた

 

 

 

 

 

 

知らなかったんだ、世の中にこんな馬鹿共がいるってことを

 

 

 

 

 

 

 

 

浅倉みたいな、容赦ない外道がいることも

 

「オイコラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

大門寺みたいな、本物の天才がいることも

 

 

 

 

 

 

 

そして俺自身が、こんなに馬鹿だってことも

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつらが望む限り、俺は付き合いますよ。

 

 

 

解放なんてしてもらわなくて結構」

 

 

 

「……そこまでする義理はないだろう」

 

 

「義理はありません。でも………

 

 

 

 

 

この仕事は俺にしかできない自負がある!!」

 

 

「俺は?」

 

「シーッ。総介、今いいとこなんだから」

 

 

「こいつらの成績を二度と落とすことはしません。

 

 

俺の成績が落ちてしまったことに関しては、ご心配おかけしました

 

 

 

 

俺はなってみせます

 

 

 

 

 

 

その二人に勝ち、学年一位に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全国模試一位に!

 

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

 

「何とまぁ」

 

「あははは!コイツぁ面白ぇ!『牧田』や海斗どころか、日本中全員倒すときたもんだ!」

 

人差し指を高く突き上げた風太郎のまさかの全国一位宣言に、姉妹は驚き、海斗は興味を示し、総介は大きく笑う、!しかし、それは決して嘲笑ではない。風太郎のその気概を大層気に入ったからこそ、自然と笑いが出てきたのだ。

 

 

「そしてr……むぐっ!」

 

「う、上杉さん!」

 

「なんだよ!」

 

「全国は無茶ですって!」

 

「フータロー、もう少し現実的に……」

 

自身は結構自信あるドヤ顔で宣言したのに、姉妹が無茶を言う風太郎を取り押さえる。

 

「あ!?学校内で一位だけじゃ今までと変わんないだろ!」

 

「いいから!」

 

それから……

 

 

 

 

 

 

「全国で十位以内!」

 

「これでどうですか?」

 

「おい!離せ!」

 

姉妹が風太郎の手を後ろで押さえて、そのまま訂正をするが、本人は納得していない様子。

 

 

 

 

「……大きくでたね。無理に決まってる。それも五人を教えながらなんて」

 

 

「テメーがコイツのことを決めつけてんじゃねぇよ『吉田』」

 

「だから僕は武田だ!」

 

武田のツッコミも完全無視して、総介が風太郎に確認をとる。

 

「…………上杉、それでいいんだな?」

 

 

「……ああ、俺は勝つさ。そいつにも……大門寺にもな」

 

 

「大門寺さんに勝つ!?それこそ不可能だ!君如きの何処の誰かも知れない存在が、この偉大なお方と肩を並べようなどとは、おこがましいにも程がry」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黙ってろ三下、殺すぞ」

 

 

 

「ヒッッ!!!!?」

 

 

海斗の威を借って風太郎に捲し立てるように言う武田に、総介はほんの一瞬だけ『鬼童』としての殺気を向けた。

ほんの一瞬、それも本気の『ほ』の字も出していないにしろ、当然それを受けた武田は、短い悲鳴をあげながら尻もちをついてしまう。

そんなことなど気に留めず、総介は横にいる海斗に聞く。

 

「………お前にも勝つってよ、どうする?」

 

 

 

「ふふっ、面白いね、上杉君。久しぶりに、君に興味が湧いたよ……

 

 

 

 

 

 

そして、君に勝ちたいとも思い始めている」

 

 

「!!」

 

 

海斗の言葉に、風太郎は驚愕する。

 

 

 

 

 

 

『神童』と呼ばれた男『大門寺海斗』が今、自分に目を向けている

 

 

 

 

 

風太郎にとってそれは、誇っていいのかどうかわからないものであるが、総介から見れば、本当に希少な体験をしている感覚だった。

 

 

 

「へぇ、お前にそこまで言わせるか……上杉、お前海斗にロックオンされちまったな」

 

「ろ、ロックオン!?」

 

「前回の試験をカウントしなければ、僕は一度も彼に勝ったことがないからね。僕も今回は『本気』を出してみたくなっただけさ」

 

「……てことだ、上杉。お前の挑戦、海斗は受けて立つとよ」

 

「………」

 

 

 

 

風太郎は、目の前の完全無欠の男を見る。

 

 

 

 

相手は強大、なんてものではない。地球そのものに勝負を挑むようなもの………しかし………

 

 

「………残念だな、大門寺。『今回も』勝たせてもらう」

 

 

「じゃあ『今回が』、君の初めての敗北になりそうだね」

 

 

 

テストには上限がある。その中で争うならば、自身が満点を取れば少なくとも敗北はない。それにこれは、海斗との直接対決ではない。自分自身の限界との闘いだ………

 

 

 

 

 

勝てる………

 

 

 

 

 

 

「絶対勝つ!」

 

「楽しみにしているよ」

 

 

 

 

 

 

 

『努力で積み上げてきたただの凡人』が、『完全無欠、全知全能の天才』に勝負を挑んだ。

 

 

 

 

「……とまぁ、中野センセー、海斗がそう言ってるが、どうする?」

 

正面を向き合う2人を見て、総介はマルオの発言を仰ぐ。

 

 

「……大門寺君がそう言ってるんだ。僕が止めることも無いだろう」

 

「……だよな」

 

 

そう言ってマルオは、風太郎へと話しかけた。

 

 

 

 

「上杉君、君の言うことはわかった。

 

 

 

もしこの全国模試でそのノルマをクリアできたのなら、改めて君が娘たちに相応しいと認めよう」

 

「!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルオからの正式な許可ももらい、上杉風太郎、大門寺海斗、ついでに武田祐輔による『全国模試三つ巴の戦』が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついでにだと!?僕を何だと思ってるんだ!?」

 

「Mr.噛ませ犬」

 

「かませっ!?」

 

「上杉には悪いけど、勝つのは海斗君よ!」

 

「お前に関してはもう欲望まったく隠さなくなったよね?」

 

 

 

 

 

第六章、最後の闘い。それは原作主人公のプライドをかけた『チートキャラ』への挑戦………

 




わかるかね、武田君?私は君に、サイコロステーキ先輩ばりの盛大な噛ませ犬になってもらいたいのだよ。
『大門寺海斗』という完全無欠の男がいる以上、君はぶっちゃけ話に入れることすら最初は思わなかった。しかし、登場すら危うかったところを、こうして出番を与えてやったんだ。感謝してほしいくらいだね。
って何様だよお前!?



今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
果たして風太郎は海斗に勝つことができるのか!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

77.男は頂点目指してなんぼ

第六章もあと二話です!


ようやくここにきて風太郎メインの話となっています。
あと、海斗に関しましてわけわからんものが出てきますので、読むのに行き詰まった方は大左衛門の時と同じくギャグで済ませてください。
大門寺親子はもはやチート通り越してギャグです。


風太郎、海斗、武田の3人の全国模試三つ巴の闘いが決まってから………

 

 

 

 

「ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ………」

 

朝わ風太郎は登校中でも付箋だらけの参考書に目を通しながら、問題分と答えをブツブツ呟いている。体からは炎みたいな気迫が燃え上がっており、通行人が驚くほどに気合が入っていた。

 

武田はともかく、もう一人の相手はあの大門寺海斗。完全無欠、完璧超人、全知全能を体現したリアルチート人間。

父親が戦いにおける戦闘力チートならば、息子は全方位の万能型チート。

勉学、運動、容姿、出自、人間性、全てがオール100。これはこういうオリキャラの類の用語でよく使われる『メアリー・スー』もびっくりして逃げ出したくなるほどのチート男だ。てかチート言い過ぎてチーズに見えてきた。

しかし、今回の対決はあくまで試験だ。海斗との勝負もあるが。これはあくまで、自分の今までの勉学の腕が試される場。勝機が無いわけではない。

 

 

 

前回はしくじってしまったが、今まで学年一位をキープしてきた分、余計に負けるわけにはいかない。

 

 

 

勉強ならば、付け入る隙はこちらにもある!

 

 

 

 

 

 

 

 

「フータロー君、前見ないと危ないよ」

 

 

と、参考書を凝視しながら歩く風太郎に、聞き慣れた声が掛けられた。

 

 

「おっはー」

 

それは、ス◯バでフラペチーノ的なものを手に持ち、総介のものによく似た黒縁の伊達メガネをかけた一花だった。

 

「一花か。不自然なほどお前とは登校時に会うな」

 

この小説では表記していないが、三年生になる初日も、風太郎は登校中に一花に会った。その前も、ちなみに、それなりの頻度で遭遇している。

 

「えっ!あ〜、私はこれを買いにね!君に会えたのも偶然!あははは!」

 

と、フラペチーノ的なものを理由に誤魔化す一花。

 

「そだ、こっちはフータロー君に差し入れだよ」

 

「偶然会ったのに用意してくれてたのか」

 

と、一花は風太郎にホットコーヒーを差し出すが、早速ボロがバレてツッコまれる。

 

「だがコーヒーは飲めない……苦いし」

 

「じゃ、じゃあ私が飲んじゃお〜。おいし〜」

 

風太郎が飲めないので、ゴクゴクとコーヒーを飲む一花。

 

「遅刻する前に行くぞ」

 

と、そんな一花への対応もほどほどに、風太郎は歩きだし、一花もそれに続いた。

 

(あ〜あ、やっちゃった。貢ぎ物作戦失敗……)

 

風太郎と並んで歩きながら少し落ち込むが、また次があるとすぐに切り替える。

 

「……みんなから聞いたよ。お父さんとまたひと悶着あったみたいだね」

 

「まぁな、家庭教師を辞める辞めないってのもこれで何度目だ」

 

三つ巴の対決が決まった日、一花は一人だけ女優の仕事をしていた。それから帰宅した後、姉妹から事情を聞いた彼女が発した言葉とは……

 

 

 

「何その面白いイベント。女優なんてやらなきゃよかった」

 

あまりにも濃い内容の一部始終を聞いた後、自分がその場にいなかったことを後悔したそうな。

 

 

「相手が大門寺君と、もう一人があの武田君なんでしょ」

 

「!知ってるのか?」

 

「二年の時同じクラスだったからね。大門寺君程じゃないけど、彼も彼で人気だよ。あの時からザ・好青年って感じだったなぁ……あれはあれで大変そうだけどね」

 

最後に一応フォローを入れた一花だが、風太郎は無視。

 

「………相手が大門寺とはいえ、俺も負けるつもりは毛頭ない。これから月末まで勉強漬けだ、覚悟しろよ」

 

「わ、私たちもかぁ……」

(フータロー君の誕生日もうすぐなのになぁ……)

 

一花は風太郎の誕生日のことを考えていた。姉妹全員で渡すつもりではいるが、なんとかして自分だけ特別感は出せないだろうか……しかし、彼は今試験に向けて勉学にしゃかりきになっている……これでは言い出しづらい。

 

「……とは言え」

 

と一花が考えていると、風太郎が前の言葉に付け足す。

 

「三玖の次に赤点から抜け出して、学年末試験でも働きながら勉強してきたお前だ。何も心配してないがな」

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

こちらの方を向かなくとも、そう言ってくれた風太郎に、一瞬時が止まる一花。

 

「……むふふ、乙女の扱いがお上手になりましたねぇ」

 

「ん?お前眼鏡とかしてたっけ?」

 

「今更!?……前言撤回、やっぱ鈍チンだね……」

 

眼鏡の存在にようやく気づいた風太郎に、一花も少し呆れてしまう。

 

「もっと早く気づいて欲しいな………どう?少しは知的に見えるんじゃない?」

 

と、伊達眼鏡のヨロイの部分を両指でクイッと上げる一花に風太郎は……

 

「浅倉を思い出すな」

 

「……あまり良い例えじゃないね」

 

と、進級するまで同じような黒縁伊達眼鏡を掛けてた総介のことを連想した風太郎。そう答えられた一花も渋い表情。

 

「一応変装なんだけどね」

 

「変装……」

 

「ほら、昨日私が出た映画の完成試写会があって……そこそこテレビで取り上げられたみたいだしさ……」

 

と、一花が頬を赤くしながら風太郎に話す。

 

「お、覚えてる……『あの時』の映画なんだけど……」

 

 

『ここのケーキ屋さん、一度来てみたかったのです〜』

 

 

 

 

風太郎の脳裏に、あの場面が蘇ってくる。

 

「!」

 

「………」

 

一花が風太郎の顔を見ると、プルプルと震えながら笑いを堪えている。

 

「くくく……声をかけられないように変装してたのか。これは大女優様だぜ」

 

「もー!恥ずかしいから言わないで!」

 

赤くなった顔を手で隠しながら言う一花。

 

 

彼女には誠に残念な話ですが、後日映画を見に行った総介と三玖にイジり倒されるのは、そう遠くない話である……

 

「くくく………変装はお前らの十八番だもんな」

 

「あ、それいいかも……私たち、こういう時のために常備してるんだ。四葉や三玖だったらすぐ行けるかなー」

 

一花のカバンの中には、緊急時の姉妹への変装用に、三玖のヘッドホン、四葉のリボン、二乃のリボン、五月の髪飾りやウィッグも入っている。

 

「四次元ポケットかお前のカバンは」

 

「パララパッパラ〜♪四葉のリボ〜ン!(裏声)」

○(´・∀・`)

 

某猫型ロボットの声真似をしながら、丸い手で四葉のリボンを取り出す一花。

 

こうして、そのままド◯えもん的な会話をしながら二人は学校まで歩いて行った。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「お前が猫型ロボットの真似しまくるから遅刻寸前じゃねーか!」

 

「こんな時は!どこでもドア〜!(裏声)」

◯(´・∀・`)

 

「あるか!」

 

案の定ふざけすぎたため、地味にギリギリになってしまった二人。教室まで走って、なんとか間に合った風太郎と一花。

 

「ギリギリセーフ!ふぅ…」

 

風太郎が間に合って安心しながら、教室のドアをガラガラとスライドさせる。

 

 

すると………

 

 

 

 

一花を視界に捉えたクラスメイト達が、一斉に彼女にドッと集まってくる。

 

 

「一花さん!朝のニュース見たよ!」

 

「女優ってマジー!?」

 

「びっくりした!」

 

「同じクラスにこんなスターがいるなんて!」

 

「ずっとこの話題で持ちきりだよ!」

 

 

一花のことをテレビで見た生徒たちが沢山いたようで、皆それに衝撃を受けて彼女に話しかけてくる。

 

(どこまで飲み物買いに行ってたんだろ……)

 

四葉がそんなことを思うが、彼女のように一花のところに集まらずに自分の机にいるのは、姉妹と総介(寝てる)、海斗(文庫本読んでる)、アイナ(スマホいじってる)、武田(ケツ押さえてる)くらいだった。

 

「そんなにデカい映画だったのか……」

 

「ま、まあね……」

 

本人そっちのけで騒ぐ皆を見て、言葉を失う一花と風太郎。どうやらしばらく穏やかな学校生活は送れそうにないようだ。

 

と、

 

 

 

 

「ま、どうでもいいけど……

 

 

 

 

オーディション受けてよかったな

 

 

 

 

もう立派な嘘つきだ」

 

 

「!!!」

 

振り向きざまにそう言った風太郎に、一花は自身の心臓が大きく脈打ったことを感じた。

 

 

 

(……こんな単純でいいのかな

 

 

 

 

君が私を気にかけて覚えていてくれた

 

 

 

 

たったそれだけが、クラスメイトの賛辞より

 

 

 

 

胸に響いてしまうんだ)

 

 

 

花火大会の日、自分と風太郎にあったことを思い出して、どこか懐かしさすら覚えながらも、昨日のように鮮明に思い出すあの日……

 

 

自分が初めて、彼を意識した瞬間を、一花は今でも体験しているように感じていた。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

その後、放課後

 

 

「おーい一花、図書室先に行ってるね」

 

「あ、私も……」

 

 

「えー!もっと話聞きたいなー」

 

「もうちょっといいでしょ?」

 

「有名人に会ったとか……」

 

 

 

 

「…………

 

 

 

 

 

ごめん!」

 

「あ!」

 

「待って、一花ちゃん!」

 

 

 

 

こんな風に、一花は一日中生徒たちの質問攻めにあっていた。それは、初日に女子生徒が海斗に集まっていた時のように、絶えず彼女の周りに何人か集まり、ひっぱりだこな一日を過ごしていた。

 

 

しかし残念ながら、彼女は海斗ほど器用に対応できず……

 

 

 

「あれっ?どっちいった?」

 

 

(………ごめんね〜)

 

行き詰まった時には逃亡し、姉妹の誰かに変装して難を逃れることが、今後しばらく続くのだった。

 

 

 

 

と、

 

 

「………ん?長女さんか。逃げ切ったなら図書室行くぞ〜」

 

「え!……ってなんだ、浅倉君か……」

 

「『なんだ』とは何だ『なんだ』とは。変装道具取り上げんぞ」

 

「さすがに今は死活問題だからそれだけは……」

 

自分を見分けたことにびっくりした一花だったが、今三玖に変装して、他の生徒はごまかせても、総介は三玖か三玖以外かを判別できるので、あまり嬉しくはない。

 

 

 

 

嬉しくはないが………

 

 

 

(………いいなぁ)

 

それほどまでに三玖を想い、そして三玖に想われている総介。もはやただの恋人を超越した二人の仲を、羨ましくなってしまう。

いや別に総介が好きとかじゃなくて、自分も風太郎とそういう関係になれればな〜ってことなのだが……

 

 

「おい、とっとと行くぞ〜」

 

「………は〜い」

 

 

(いつかは……ね)

 

改めて、一花は風太郎とそうなると決意を胸に、総介の後を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で私の格好?」

 

 

「こ、これは!みんなから逃げるために!仕方なかったんだよ〜!」

 

その後、三玖の変装のまま図書室に総介と一緒にやってきたので、三玖本人にジト目で睨まれてしまった一花だった。

 

 

「………まさか、ソースケを……」

 

「狙ってない!狙ってないから!!」

 

「たとえ狙ってたとしても、俺は長女さんのことは性的対象としか見てねーから」

 

「性的対象!?」

 

「……ソースケ、後でお仕置き」

 

「…………しまった(´・ω・`)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、何なんだよ相談って?」

 

翌日の昼休み、食事後に風太郎は相談があると総介を屋上に呼び、、互いに腰を下ろして柵にもたれかかっていた。

 

 

「………大門寺のことなんだが」

 

「ほう?」

 

「………勝てる自信が無くなってきた」

 

「はぁ?」

 

いきなりの風太郎の弱音発言に、総介は裏声で反応してしまった。

 

「本人の前で『勝つ』っつったのはどこのどいつだっての……」

 

「いやそうなんだが……『あんなもの』見せられたら……」

 

 

『あんなもの』とは……それは、本日の授業中に遡る………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業中、風太郎がふと海斗の方を見ると、彼は授業を聴いてる様子はなく、何かをしていた。彼は一人、ノートパソコンを開いて、周りの邪魔にならない程度にキーボードを静かに叩いていた。

 

(………何やってんだ?)

 

 

海斗は普段から、『大門寺』の経済面での仕事にもいくつか関わっており、何かしらの動きがあれば、彼のスマホに連絡が入り、すぐさま持参しているパソコンを開いてチェックが入る。それは昼夜問わずに送られてくるため、臨時での対応が急がれる際は、学校からも許可をもらい、作業をさせてもらっていた(試験や行事の際は例外)。作業はほんの数分で終わるのだが、その時の彼の表情は、いつもの穏やかな雰囲気とは違い、真剣そのものだ。風太郎は、ちょうどその時に海斗を見たのだ。

 

 

すると………

 

 

「えーっと、じゃあこの問題を……」

 

「うわ、当たりたくねー……」

 

「ここムズイもんな〜……」

 

と、生徒がボソっと嘆く。今の問題は、風太郎やアイナなら解けるが、一般生徒には中々難しい問題だ。高校三年生にもなれば、授業は応用の問題も多くなるので、ついていけない生徒も多数いる。

 

「今日の日付で……大門寺〜」

 

「!はい……」

 

と、先生が問題の答えを海斗に求めた。その瞬間に海斗は立ち上がり……

 

「〜〜〜〜〜……」

 

まるで今までちゃんと聞いていたかのようにペラペラと答えていった。

 

(はぁ!?お前パソコンいじってただろうが!?ってか答え調べたんじゃねぇのか!?)

 

と、パソコンで問題を調べた説で疑った風太郎だが、海斗は名前を呼ばれた瞬間にパソコンから目を離して、一度もそちらを見てはいない。

 

「……正解。完璧だ、大門寺。済まなかったな、時間をとらせて」

 

「いえ。僕の方こそ、緊急とはいえ、家の作業が重なってしまい申し訳ありません」

 

海斗は頭を下げてから、椅子に座る。その動作すら、美しいと思い見惚れてしまう。

そして再び、彼は数分パソコンに向かって作業を続けるのだった。

 

 

 

 

その後……

 

 

 

「……上杉君、さっきの授業中に、君の集中を妨げてしまったね。模試が近いというのに、本当に申し訳ない」

 

「え?……いや、でも、大門寺は俺の方見てなかったよな……?」

 

海斗は風太郎の方に、一度たりとも目を向けていない。風太郎本人も、海斗とは目が一つも合わなかった。にも関わらず、彼は風太郎がチラチラと自分を見ていたことを把握していた。

 

「わかるよ。作業中でも、教室の大体の気配は感じ取れるさ。四葉ちゃんが問題が難しすぎて頭を机につけてたこととか、三玖ちゃんが総介の方を見つめていたこととか、その総介も三玖ちゃんと目を合わせて微笑んでいたりとか、ね」

 

「………」

 

海斗は自身の視界の死角でも起こっている出来事を、寸分違わずに当てて見せる。そして今話した出来事は、全て『風太郎が授業中に目に入ったもの』だった。海斗は、それすらも把握して、自分に答え合わせをしてきたのだ。

 

 

つまり、先の授業中に海斗は………

 

 

・パソコンでの作業

・授業を聴き、当てられれば答える

・教室で現在起こっていることを把握

 

 

これら三つを、全て同時に行なっていたのだ。『頭が良い』とか、そんなレベルの話ではない………

 

 

 

 

 

 

 

次元が違う………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことがあって……」

 

「ああ、海斗ははニュータイプ並みか、下手したらそれ以上の空間認識能力持ってっから。ファンネルとか使わせたら、多分宇宙世紀じゃ晩年のアムロかシャアにタメ張れるレベルで強ぇかもな」

 

「は?何て?」

 

「知らねぇのかよ……来週までに『逆襲のシャア』借りて見とけ」

 

某モビルスーツアニメネタに疎い風太郎。ド◯えもんは知ってるくせに……

 

 

「んで、改めて海斗がバケモノだって気づいたってわけか……」

 

「……正直、大門寺を舐めてた。絶対記憶持ってようが、勉強でなら俺でも勝てると、勘違いしてた……

 

 

 

だが、さっきのを見て、頭とかじゃなくて、体全体が感じたんだ

 

 

 

 

『俺と大門寺とじゃ、戦っている次元が違いすぎる』って」

 

「………」

 

風太郎の発言に、総介は何ら驚きを見せなかった。

 

よくあることだ。

 

 

 

彼は見てきたのだ。『完全無欠の男』の隣で、海斗に嫉妬し、そこから敵対して挑みかかってきた人物が敗れ、挫折し………

 

 

 

彼を尊敬していくところを。

 

初めはその完璧な人間性から、アンチもいくらかはいた。しかし、海斗の底を知れば知るほど、敗北した悔しさが生まれ、圧倒的な差から恐怖が生まれ……やがてそれは全能な彼に対する『敬意』へと行き着いてしまう。それでもさらに先に行き過ぎた場合は『崇拝』へと昇華され、まるで海斗が神の如く祀りあげられることもあった。

 

 

海斗をよく思わなかった人物すらも、敵対すればやがて必ず敗北し、尊敬や好意を集める。

 

 

 

まさに『大門寺海斗』のに備わった最大のオプションは、能力いかんではなく、何もかも彼とって都合が良くなっていく天然の『主人公補正』といっても過言ではないだろう。

 

 

 

ともすれば、いずれ風太郎も………

 

 

「………上杉、あんまし海斗を見過ぎねぇようにしな」

 

「?」

 

「あれを倒すべき敵として意識しすぎねぇってこった。別にあいつが何かお前に仕掛けてくるわけじゃねぇだろ?お前が言うように、今回は勉強の点数競ってんだ。殴り合う訳じゃあるめぇし、それに勉強は、お前の専売特許だろ?いつものようにテメェだけのこと考えときゃいいじゃねぇか。

競うものにもよるが、直接対決モノで海斗に勝てる奴なんざ、あいつの親父さんかお袋さんかアイナの親父か剣道の先生か俺くれぇだ」

 

「………最後自慢かよ」

 

「ああ自慢だ。あの完璧イケメン野郎に勝ったってだけで、その後の人生ウハウハ気分で過ごせるね」

 

「くそ……」

 

ドヤ顔を見せてくる総介に、風太郎は歯噛みする。言われずとも、集中はしている。しかし、海斗を意識するなと言われても、ああまで存在感を放つ相手だ。タダでさえ目立つというのに、今回の模試の結果を競う相手の1人として、どうしても視線が彼に引き寄せられてしまう。

 

これも、海斗の皆を引き寄せる不思議な力の一端なのだろうか……

 

 

そんな風太郎を見た総介が、相談を聞きながら目を通していたジャンプを閉じ、再び喋り始める。

 

「………別に海斗に勝つことが目的じゃねぇだろ」

 

「……え?」

 

自分(テメェ)がやるべき事を見失うんじゃねぇよ。『上田』に勝つのも、海斗に勝つのも所詮は目的のための『手段』でしかねぇんだ。手段ばっか見過ぎて、本来の目的を見失っちまったら本末転倒だろうが」

 

「…………それは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の横にいる奴ら、それだけを見てろ。そうすりゃ、自ずとお前自身がやらなきゃいけねぇことが見えてくるだろうよ」

 

 

それだけを言い残して、総介はジャンプを脇に挟んで、風太郎より屋上を後にした。

 

キーンコーンカーンコーン……

 

その直後に、昼休み終了の予鈴が鳴った。風太郎は、総介の言葉を聞いて、横を見てみる。

 

 

 

 

「……俺の、横にいるやつら………?」

 

 

 

当然、そこには誰もいなかった。

 

 

いや物理的な話じゃねぇよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

放課後、近所の図書館で勉強している一同。と言いたいところだが、五月は用事があるので、この場にはいない。

 

 

 

 

「んで、みんな上杉にプレゼント渡すの?」

 

「そうしたい……けど、今は模試前だから、このタイミングで渡すのは勉強の妨げになるかもしれない」

 

「そうだね〜……じゃあ、この模試をフータロー君が無事乗り越えたらみんなで渡そうよ」

 

「そうだね!上杉さんにもう一度家庭教師してもらいたいし!」

 

「それがいい」

 

「私も別にいいわよ〜」

 

 

 

というわけで、風太郎への誕生日プレゼントは全国模試終了後に渡すことに決定した。

 

………のだが、

 

 

 

「じゃあ当日は何もなしか……」

 

「う〜ん……

 

 

そうだ!」

 

と、このまま誕生日当日をスルーするのもいかがなものかと思っていた彼女たちだったが、四葉が何やら思いついた。

 

 

「こんなのはどうかな!」

 

そして、四葉は皆に説明を始めた………

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

そして迎えた風太郎の誕生日当日の4月15日。

彼は自身の誕生日にも関わらず、図書館で一人夜になるまで勉強を続けていた。

しかし、ここまでほとんど寝ずに勉強していたせいか、首がカクンカクンと揺れてうとうとし始めている。

 

 

そこに……

 

「まだ帰ってなかったのですね。こんな時間まで自習だなんて……」

 

後ろから声をかけられた。

 

「ご苦労様です。差し入れです」

 

「五月……」

 

五月が、風太郎のいる机にコトっと『眠◯打破』的な栄養ドリンクを置く。

 

「………何言ってんだ。苦労なんてしてねぇ。俺を誰だと思ってる」

 

強がりを言いながらも渡されたドリンクをゴクゴクと飲んでいく風太郎。そんな彼に、五月が話し始めた。

 

 

 

 

「……先日、塾講師をされてる下田さんという方の元へ出向いて参りました」

 

「!」

 

下田とは、五月が母の月命日に墓参りに行った際に出会った、教師だった母の教え子であり、現在は塾講師をしている人物。

 

「バイト……とは言えるのかわかりませんが……下田さんのお手伝いをしながら更なる学力向上を目指します」

 

「……俺じゃあ力不足かよ」

 

「拗ねないでください。そうではありませんよ」

 

若干ふて腐れる風太郎。五月も、少しそれをおかしく思うが、彼女はそのまま話を続ける。

 

 

 

 

「模試の先、卒業の更に先の夢のため、教育の現場を見ておきたいのです」

 

「………お前らのやることは予測不能だ」

 

風太郎が頭をかきながら、五月の言葉に応えようとするが……

 

 

「新学年になってから、四葉、二乃……はいつも通りで、一花は変だな、三玖……もいつも通り………」

 

「?何かあったので……」

 

「……………」

 

「……………」

 

 

 

 

 

「………すぴーーーっ」

 

「!」

 

眠気覚ましのドリンクを飲んだにも関わらず、風太郎はそのまま机に突っ伏して夢の世界へと旅立ってしまった。

 

目開けたまま眠ってるし……

 

 

 

「……貴方にはいずれ話しますから……」

 

 

果たして五月のその言葉は、風太郎に聞こえていたかどうか、本人にしか解らないことなのであった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

ブー…ブー…ブー………

 

「ん………いつの間に……」

 

しばらく時間が経過し、風太郎は携帯のバイブレーションに起こされる。携帯を見てみると、妹のらいはからメールが来ていた。

 

『お兄ちゃんいつ帰ってくるの?

お誕生日会の準備してまってるよ』

 

そのメールと、添付されたらいはと奥にケーキと父親が映っている写真を見て風太郎は……

 

「あ、そういや今日だったな」

 

今更自分の誕生日に気がついた。

 

「帰るか……ん?」

 

風太郎が、椅子から立ちあがろうとすると、目の前にあるものが置いてあった。

 

 

 

 

 

 

「五羽………鶴?」

 

 

風太郎の目の前の机には、五つの白い折り鶴が翼を広げてあった。そしてもう一つ気づいたことが……

 

 

「?なんだこれ……なんの紙使って……」

 

白い折り鶴の裏に何か文字が透けて見えた。一羽を手に取り、元の紙へと広げていくと……

 

 

「!」

 

 

折られた紙を元に戻した後、風太郎は残りの鶴も紙へと戻していく。

 

 

 

 

それは、五つ子全員の答案用紙だった。最初やったテストの際は、チェックマークが大量生産されていたが、今広げている彼女たちの答案用紙は、明らかに◯の数の方が多いものばかり。

 

 

と、風太郎はまたまたあることに気づいた。

それは、三玖の答案用紙の端、解答欄ではない空白の部分に、何かが書いてあった。そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ま、横でも見て気楽にやんな』

 

 

風太郎は、三玖の解答した文字を見るが、筆跡からして明らかに彼女の文字じゃない。

 

 

いや、誰が書いたか、ほとんど目星はついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前の横にいる奴ら、それだけを見てろ。そうすりゃ、自ずとお前自身がやらなきゃいけねぇことが見えてくるだろうよ』

 

 

 

 

 

 

「………俺の、横にいる奴ら………」

 

 

自分の遥か目の前を海斗ではなく、横で共に同じ道を、同じ歩幅で歩んでゆく『彼女たち』を………

 

 

 

 

「一人じゃない、か……」

 

 

うっすらと隈ができた目のまま、口角を少し上げる風太郎。

 

 

 

 

 

 

 

あいつらも頑張ってる

 

 

負けられねぇ

 

 

 

少し重荷がとれたような気がした

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして迎えた、全国模試当日の朝……

 

「お兄ちゃん!早くしないと学校おくれるよ!」

 

「あと五分……五分だけ復習させてくれ……」

 

「もーしっかりして!今日は大事なテストでしょ!」

 

らいはに引っ張られる風太郎は、登校ギリギリまで勉強を続けていた。しかも寝ずに。

 

「はい!パン!食べて!」

 

無理矢理食パンをらいはに詰め込まれる。

 

(……ここが限界か)

 

さすがに遅刻するわけにはいかないので、風太郎はここで勉強を切り上げることにした。

 

急いで着替え、鞄とテーブルに置いてあった牛乳を手に取って、そのまま玄関へと向かう。

 

「行ってくる!」

 

「頑張れー!」

 

「気張ってこい!」

 

らいはと父の勇也も風太郎を見送るが……

 

「……お?らいは?

 

 

 

 

俺の牛乳どこいった?」

 

 

「え?………

 

 

 

 

お兄ちゃんあれ持って行っちゃったの?」

 

気づいた時にはもう遅く、風太郎は道すがらその牛乳を飲みながら登校していた。

この牛乳のせいで、風太郎が文字通り『気張る』ハメになってしまうのは、数時間後の話………

 

 

 

「おはようございます」

 

と、ようやく学校の目の前に着いたころに、後ろから聞き慣れた声がかけられる。

 

「いよいよ試験当日ですね」

 

「頑張りましょー!」

 

「ってか目の隈酷いわね」

 

「人のこと言えない」

 

「どう?あの二人に勝てそう?」

 

そこにはいつも通りの五つ子姉妹がいた。

いや、実際は若干違うと、何人かの目下にある隈が物語っていた。

 

三玖はいつもと変わらずで、隈レベル0

一花はあくびこそしているものの、隈レベル1

二乃は『海斗君に褒められたい海斗君に褒められたい』と念のように呟きながら夜遅くまで勉強してたので、隈レベル3

四葉は元気いっぱいだが、空元気っぽい、隈レベル4

五月は真面目にやり過ぎてアホ毛も萎びてる、隈レベル4

 

 

ちなみに風太郎の隈レベルは10……連日徹夜での勉強三昧の結果である?

 

 

「勿論ry」

 

「はははは!!!」

 

風太郎が一花の質問に答えようとすると、近くの階段の上から朝っぱらからうるさい笑い声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「上杉君!逃げずにここに来たことをひとまず褒めておこう」

 

「出た………」

 

そこにいたのは、案の定武田だった。その姿を見て、三玖がかわいそうな人を見る目で呟き、他の姉妹も若干引く。

 

「だがしかし、君は後悔することになるだろう!あの時逃げておけばよかったと!」

 

「朝からうるさいわね……」

 

「上杉さんは負けません!」

 

「君たちには話していない!」

 

四葉が武田に向かって言うが、武田が食い気味で吠え返してくる。

 

(………こんな人でしたっけ?)

 

と、五月は武田の以前の教室とは違った雰囲気に違和感を覚えるが、別にそんなことはどうでもいいので流すことにした。

と、武田は階段を降りてきながら、なんか喋り始める。

 

「上杉君、ここが僕と君の最終決戦。どちらが大門寺さんの隣に立つに相応しいか、一騎討ちで雌雄を決しry」

 

「お前ら急げ、まだ開始まで時間がある、少しでも悪あがきをしておくんだ」

 

「………」

 

と、なんか言ってる武田なんぞ無視して、風太郎はそのまま階段を登ってか彼の横をスっと素通りする。姉妹たちもそれに着いて行く。

 

そして階段を登り切ったところで、風太郎は武田にこう言った。

 

 

「悪いな。俺は最初から大門寺の隣に立つつもりは無い。

 

 

 

 

あいつの上に立つつもりだ」

 

「!!」

 

総介にも言われた通り海斗を意識するなとは思ってみたものの、やはり無理だった。

 

 

 

 

男ならば、頂に登りたいと思うのが性だ。それが自分の得意分野なら、尚のこと……

 

 

 

 

 

(すまんな浅倉。やっぱこれだけは………勉強だけは、大門寺を越えないと意味ねぇんだわ)

 

 

 

 

男ならば、頂点に君臨する『あの男』を、一度だけでも引き摺り下ろしたいと思うものだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「それに、一騎討ちじゃない

 

 

 

 

 

こっちは六人いるからな」

 

 

 

「ふふふ………それが君の弱さだ」

 

そう言う風太郎を笑う武田だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブロロロロ〜!!

 

 

 

 

 

 

 

 

キキィィイイイイ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴスッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギニャァァアアアアアアア!!!!!」

 

 

 

 

と、突然後ろからエンジン音とブレーキ音が聞こえたと思ったら、激突音と同時に武田が突然大きな悲鳴を上げて数メートル吹き飛ばされて地面に倒れた。

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛お尻がぁぁあ!!!またまたお尻がぁぁあ!!!」

 

 

 

うつ伏せになって尻を上げながら強打した肛門を両手で押さえて悶絶する武田。何が起こったのかというと………もう言わなくてもわかるよね。

 

 

 

「またかよ……んだよ俺のバイク。ケツに激突する呪いでもかけられてんのか?」

 

「………知ってた」

 

「知ってました」

 

「こ、これがみんなが言ってたやつ?」

 

「そうだよ!あの時も浅倉さんがビューンって来て、ドカってなったんだよ!」

 

「いい気味よ。あとは浅倉が転倒したら100点ね」

 

「ソースケ!!」

 

 

 

ヘルメットに黒パーカー姿、下は学生ズボンを履いた総介が、何故か片手にピザを持って愛車の『ベスパ』で武田にぶつかった。

 

 

 

「いたたたた……… 何!?何なの!?君ホント何なの!?」

 

武田は尻を高く上げたうつ伏せで尻を両手で抑えたまま、総介の方を振り向いて言う。

 

「いやぁ、ピザ食ってたらよそ見しちまってよ」

 

「よそ見で敷地内でバイクを乗り回す奴がいるか!」

 

「違うんだよ、ピザが俺の口に吸い込まれるようにさ」ちゅるるるる〜(伸びたチーズを吸う音)

 

「明らかに君が吸い込んでるだろ!?」

 

「違うんだよ、コレ、アレ…………とろけそーだよ〜」

 

「とろけてるのは君の脳髄だろ!!」

 

やはり意☆味☆不☆明な言い訳を言いながらピザをもっちゃもっちゃと食べるという、全く反省していない様子の総介。

 

すると、ゴリラ顔の先生が出てきて……

 

「コラー浅倉!!原付で登校して良いとはいったが、学校内を乗り回して良いとは言った覚えはないぞ!」

 

「違うんスよせんせ〜。コイツのケツがワームホールに通じてるせいで、そこにこれごと吸い込まれてきたんス」

 

「だからどんな言い訳だ!人の尻の穴を勝手に異次元への扉にするな!」

 

「何!?武田!!あれほどケツからワームホールを開くなと口を酸っぱくして言っただろうが!!」

 

「………先生、僕転校します」

 

目を白くさせて、もはやツッコむことすら諦めた武田。もしかしたら、お前に新八ポジションは荷が重かったのかもしれない………

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで………

 

 

「机の中を空にして着席してください」

 

 

 

 

 

いよいよ『その時間』がやってきた……

 

 

 

 

 

 

「問題用紙は合図があるまで裏にしてお待ちください」

 

 

 

 

 

各々の席に座り、その時を待つ………

 

 

 

 

 

チッ、チッ、チッ、チッ………

 

 

 

 

カチッ

 

 

 

 

 

「それではただ今より、全国統一模試を開始します」

 

 

 

 

 

 

 

そして静かに、全国模試が………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凡人による『頂に立つ男』への最初で最後の挑戦が幕を開けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、第六章最終話

 

 

 

『鬼と神の子と凡人』

 

 

 




ボツ案というか、NGシーン。
「だがしかし、君は後悔することになるだろう!あの時逃げておけば良かったと!」

「朝からうるさいわね……ん?『だがしかし』?なんだかすごく聞き覚えのある言葉……いったい何なのかしら?」

二乃は中の人が主演を務めていた駄菓子系アニメのことをぼんやりと思い出していた。

………………………………

主人公じゃないのに主人公補正を持つ男、それが大門寺海斗です。しかも、転生特典とかじゃなくてナチュラルで。まぁ『あの親父』の息子だから、これぐらいなくちゃマズイですよね〜(苦笑)。


今回も、こんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
次回が2020年最後の投稿と、第六章最終話です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

78.鬼と神の子と凡人

第六章最終話です。
そして投稿時点でお気に入り登録700件&UA160000突破しました。登録してくださった皆様、この作品をご覧になってくださった皆様、本当にありがとうございます!



そして2020年最後の投稿です。そして遂に……


「それではただいまより、全国統一模試を開始します」

 

 

 

監督の先生の合図により、いよいよ始まった全国模試。皆が一斉にペンをカリカリ解答用紙に記入していく中………

 

 

 

「………まずい」

 

風太郎の様子が何やらおかしい。顔色も優れない。

 

(……いや、俺ならできる!やってみせる!)

 

しかし、気合いを入れ直して、試験に集中することにした風太郎。そのままカリカリとペンを進めて行き……

 

 

 

時は流れ……

 

 

 

キーンコーンカーンコーン……

 

 

ようやく一つ目の試験である『国語』の時間が終わった。

 

「やっと一個終わったな」

 

「国語厳しいわ〜」

 

生徒たちが先の試験についてああだこうだ言いながら休憩に入る中……

 

「フータロー君、大丈夫?」

 

「き、気にすんな……」

 

風太郎の顔色はまだ優れない様子であり、一花に心配されている。

それとは別の席で……

 

 

「武田、どうだった?」

 

武田は他の生徒と話していた。

 

「やっぱ余裕あるわ」

 

「武田なら200点満点いったんじゃね?」

 

「ははっ、どうだろうね」

 

濁してはいるものの、余裕の笑みを絶やさない武田。

 

「漢文に少しばかり時間を取られてね。一問くらい落としてしまったかもしれない」

 

「いや……ワンミスでも十分凄ぇよ……」

 

さも当然の如く言う武田。なんだ嫌味か?腹立つな。もっかい総介にケツ掘らせるぞコノヤロー?

 

「ってことは、今回も大門寺か武田がこの学校のトップで決まりだな」

 

「!……」

 

今回『も』大門寺か武田『が』トップ……その言葉を聞いて、全国一位になると宣言した風太郎を思い浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 

「………所詮猿山の大将か」

 

「え?」

 

「なんて?」

 

小さく呟いただけなので、話し相手の生徒には聞こえなかったようだ。すると……

 

 

 

ブルルル……ブルルル……

 

武田のスマホがバイブ機能で揺れた。メールのようだ。彼は画面を見てメッセージを確認する。

 

 

『from父さん

 

 

祐輔

今すぐ理事長室へ来なさい』

 

そのメールを見て、武田は直ちに理事長室へと向かった。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

理事長室

 

 

「祐輔、先ほどの試験の答案を見せてもらったぞ」

 

「手が早いですね」

 

理事長室の奥の席に座る『Zガンダム』に出てくるハヤト・コバヤシにクリソツな人物こそ、この学校の理事長であり、武田の父でもある。

 

「そして、こちらが特別に手配したこの模試の模範解答だ」

 

「!」

 

ハヤト・コバヤシ的な武田の父は、その模範解答と武田の解答を照らし合わせて、採点を行なっていたのだ。そしてその結果が……

 

 

「3問不正解、190点だ」

 

「!!……そんな……っ」

 

自身の結果に驚きを隠せない様子の武田。よほど自信があったのだろう。

 

「こんな点数で中野医院長の期待に応えられるだろうか……」

 

顔を手で覆い、息子の不甲斐なさに項垂れるハヤト・コバヤシ的な父。

 

「小さい頃から母さんと同じ医者になると言ってたじゃないか。この模試の結果次第で中野医院長との関係はより強いものとなる。それに、ここであの『大門寺』の御子息である海斗『さん』と懇意にさせていただき、大門寺へと近づくきっかけも作れるんだ。そのためにも、お前はここで絶対に結果を出すんだ」

 

どうやらこのハヤト・コバヤシ、マルオとの関係性を強めるためと、息子に海斗との関係を築かせ、ゆくゆくは大門寺に取り入ろうとする算段のようだ。

 

 

 

あの〜まことに残念ながら、海斗にとって息子さんは仲良くどころか、視界の外なんですけど……

 

ちなみに、大門寺の跡取りである海斗がこの学校を選んだのも、単に総介と同じ学校に行けるからという気まぐれであり、別にこの学校の理事長と仲良くしたいという訳ではない。しかし、どうやら理事長はそうでもない様子で、このチャンスに大門寺との関係を築ければ、というスケベ心が出てしまっている。

 

「父さん、僕は……」

 

「祐輔」

 

「!」

 

何か言おうとした武田に、父がスッと封筒を渡す。そしてこう言った。

 

 

 

「あまり父さんを心配させないでくれ」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「あ〜っ、やっとお昼だ!」

 

それから、追加で2教科の試験を終えて、ようやくお昼休みに入り、食堂にて昼食を食べている五つ子姉妹たち。

 

「残り二教科だよ。頑張ろうね!」

 

「消費したエネルギーはしっかり補充しましょう」

 

と、バクバクとご飯を口に入れていく五月。カービィかお前は……

 

「フータロー、頭垂れてたけど、大丈夫かな……」

 

と、三玖はお昼に入ってすぐさま教室を出て行った風太郎を心配する。

 

「後は信じるしかないでしょ。それに、辛気臭く誕生日プレゼントなんて渡したくないから、アイツには頑張ってもらわないといけないわ」

 

「……うん」

 

と、あっけらかんとしている二乃。

 

「あれ?その上杉さんはどこだろう?」

 

「う〜ん……それが……」

 

四葉が風太郎がいないことを疑問に思うが、一花はどうやら知っているようだった。

 

 

 

 

というのも風太郎は………

 

 

 

 

 

 

「トイレに行ったっきり全然戻ってこないんだよ」

 

 

顔色を悪くしながらトイレの個室に入り、猛烈に格闘していた。

いや喧嘩じゃなくて……

 

ぎゅるるるるる………

 

「こんな日に……なんて不運……」

 

いや、多分親父の牛乳飲んだからじゃね?

 

 

 

ようやく体内の毒素を吐き出して、個室から出ると……

 

 

 

 

「やあ、長かったね」

 

「不思議といる気はしてた」

 

 

ストーカーが待ち構えていた。

 

 

 

………もう名前すら呼ばれないというね。

 

「こんな所で時間を無駄にしてるくらいなら、復習の一つでもしておけ」

 

「復習?ふっふ……必要ないさ

 

 

 

 

これさえあればね」

 

と、不敵に笑う武田。その手には、書類用の封筒があった。

 

「?なんだその封筒?」

 

「これはね……この模試の答えだ。全てここに書いてある」

 

「!?」

 

武田の言ったことに驚愕する風太郎。

 

「なんでそんなものが……つーかそれさえあれば……」

 

「そう……確実に勝てる。君の成績がどれほど良くてもね」

 

(……………

 

 

 

 

 

 

めちゃくちゃ不正じゃねーか!!)

 

THE・不正である。不正以外の何者でもない、それ以上でもそれ以下でもない。不正が過ぎて不整脈を起こしそうになる風太郎。

 

(……それが本当なら、こいつはほぼ満点でまちがいない……

 

 

そうなったら俺も全問正解を……

 

 

 

 

できるのか?俺に……)

 

 

 

思わぬところからの伏兵に、風太郎は戸惑いを隠せなかった。海斗を超えると改めて気合いを入れたが、武田が答えを手に入れたならば、これは正真正銘の三つ巴になってくる。……初めから三つ巴なんですけど。

 

 

こうなってしまっては、武田も無視は出来ない。海斗と同レベルだと思わなければならない………

 

 

 

 

 

すると…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジでか?どれ……うわ、全部答え書いてあるじゃねーか。

 

 

 

これ覚えたら何とか前半の分いくらでも取り返せるな………

 

 

 

っわけで、ありがとな、『酒田』。これは俺が有効に使わせてもらうわ」

 

 

 

「!?……あれ!?封筒が!……って何やってるんだ君は!?というか僕は武田だ!!」

 

 

どこからともなく、突然現れた総介が、武田の封筒を掻っ攫って、中身を確認してから、自分の懐にしまおうとする。

一瞬で奪われてしまったため、武田は気付くのが遅れてしまったが、すぐさま取り返そうとする。

 

 

「返せ!このっ!!」

 

「え〜いいじゃ〜ん『磐田』。ちょっとは俺にも分けてくれよ〜」

 

「僕は武田だ!誰がジュビロだ!」

 

封筒を取り返そうとする武田を、総介はヒラリヒラリと身を躱していく。

 

(………そうだった。浅倉はコイツより汚い奴だった……)

 

総介がいきなり現れたことで少し驚いた風太郎だったが、自分がこれでカンニングを行うと聞いて、どこか納得してしまった。

 

総介も、目的のためならば手段は選ばない派であり、不正上等、バレなきゃ犯罪じゃない精神の持ち主だった。

 

 

と、

 

「あ!あそこに中野三女さんが!」

 

「何!?」

 

「今だ!!」

 

「あっ!俺のカンペ!!」

 

総介が武田が三玖がいると言って指差した方を見た隙に、彼から封筒を取り戻す。「俺のカンペ!!」って、図々しいにも程があるだろ……

 

 

そして……

 

 

「よし、取り返した。そしてこんなものは………

 

 

 

こうだ!」

 

「!!?」

 

武田は、その模試の回答を、封筒ごとビリビリに破った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああーーーーーー!!!!俺のカンペーーーーー!!!!!」

 

 

目の前の宝が引き裂かれていく様子に、目を見開いて絶叫する総介。

 

 

だからお前のじゃねぇって!

 

 

武田は紙を細かく引き裂いた後、トイレの便器に流して捨てた。

 

 

 

「テメー何やってんだ『清水』!!アレさえあれば俺もいくらか取り返せたのによ!!」

 

「僕は武田だ!っていうかせめて『田』をつけろ『田』を!!そして何気にさっきの『磐田』と合わせて『静岡ダービー』の完成じゃないか!!」

 

「ちなみに、俺はどっちかっつーとエスパルス派だけど、お前は?」

 

「あいにく、僕はどちら派でもなく海外専門だ……って何の話だ!?」

 

このまま総介とJリーグの話をしてても埒があかないので、武田は風太郎の方へと向き直して、コホンと咳払いをする。

 

 

「……安心してくれ上杉君。僕は前半の科目でもあの封筒は開けていない」

 

「お前……」

 

「もったいね〜」

 

「うるさい!!」

 

「っていうか、せめてコピーとかさせててくれよ。そうすりゃお前が原版捨てても俺が隠しときゃバレねぇだろうが?」

 

「君の頭はカンニングすることしか頭に無いのか!?」

 

「たりめーだろ。『楽して最善の結果を』。それが俺のモットーの一つだ」

 

「謝れ!今苦しみながらも必死に努力している人たちに謝れ!!」

 

漫才のようなやりとりをする二人。と、武田が風太郎を向き……

 

「……上杉君、僕はね」

 

「え?この流れで?」

 

「黙って聞け!……えーと何だったっけ?……あそうだ。

 

 

 

僕はね、宇宙飛行士になりたいんだ」

 

「………ん?は?」

 

 

突然言われた風太郎は、何がなんだか分からなくなる。前のやりとりも含めて。

 

「すまん……一から説明してくれ」

 

「地面も空も空気さえも無いあの空間に憧れているんだ。全てがない……だからこそ全てがある!」

 

「わかったもう説明はいい……」

 

「安心しな『久保田』。お前はもう宇宙飛行士だ。

 

 

 

 

頭ん中が既に宇宙の遥か彼方にブッ飛んでイっちまってる、立派な宇宙飛行士だよ」

 

「君もうホント帰ってくんないかな!?」

 

いちいち一言多い総介に、本当に帰ってほしそうにツッコむ武田。

 

「はぁ……だから、僕は縛られた道は嫌で、もっと難しいになる。って……そんな感じだ」

 

「お、おう……」

 

「宇宙に行ける人間はこの地球で一握りの選ばれた者のみ。世界中の人間がライバルだ。

 

 

 

 

だから僕は、こんな小さな国の小さな学校で負けるわけにはいかない

 

 

 

 

夢があるから」

 

「!」

 

(……その小せぇ国の一族が、実質世界の頂点なんだけどね〜)

 

「実力で君を倒す!不正して得た結果なんてなんの今も持たない!」

 

「………」

 

 

 

と、

 

 

ぎゅるるるるる………

 

 

 

「ウッ!」

 

武田が良いこと的な台詞を言ってる時に、再び風太郎の腹が悲鳴を上げて、そのまま個室へと戻っていった。

 

 

 

と、ここで総介が……

 

「上杉……

 

 

 

 

『神田』の言う通りだぜ、

 

 

 

 

 

お前もその実力で………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腹ん中にいる強敵を倒しちまいな。シャワートイレなんて不正使わずによ男は正々堂々、正面からトイレットペーパーのみで勝負だ!」

 

 

「全部台無しか!!」

 

 

最後までふざけ倒した総介だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして昼休みが終わり、後半の試験をこなしていった皆の衆。ちなみにあの後。総介が先に教室に戻った際に、

 

 

「武田……

 

 

 

 

 

受けて立ってやるよ」

 

 

「!………

 

 

 

 

 

ははは!何を今更!当たり前さ、僕らは永遠のライバルなんだからね!」

 

というやりとりがあったそうな。

まあそれはともかく、最後の教科を行なっている時の風太郎………

 

 

 

 

 

(………やべぇ)

 

 

突然目眩に襲われてしまった。今までの徹夜がここに来て響いてきたのだ。

 

(残り数問……なん、とか……)

 

風太郎はそのまま、次回がボヤけて机の上に突っ伏してしまう……

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お前の横にいる奴ら、それだけを見てろ。そうすりゃ、自ずとお前自身がやらなきゃいけねぇことが見えてくるだろうよ

 

 

 

 

 

 

(…………!!)

 

 

意識が無くなる寸前、総介が自分に言った言葉を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

そうだ

 

 

 

 

 

 

俺は

 

 

 

 

 

 

(………一人でやってるわけじゃ……ない……だ……)

 

 

 

残った問題を、風太郎は朦朧とする意識の中、最後の力を振り絞って書き続ける。

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

(………よし……埋め………)

 

 

 

 

 

最後の文字を書いたところで、風太郎の試験の記憶はそこで無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

1ヶ月後

 

 

 

「旦那様、先月行われた模試の結果が届きました」

 

「ご苦労」

 

五つ子の父マルオは、江端の運転する車の中で、タブレット端末で模試の結果を見ていた。

 

「お嬢様方は個人差はあれど、前年より大幅に成績を伸ばしております」

 

マルオは指でスライドさせながら、姉妹たちの模試の結果を見ていく。その中で、彼が注視していたのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

「中でも三玖様の成長には、目を見張るものがございます。得意な教科はもちろん、苦手にしていた教科も、平均点に乗せるまでに成績を伸ばされました………これもひとえに」

 

「江端」

 

言葉を続けようとした江端を、マルオが止めた。彼自身も理解していた。三玖が姉妹の中で一番成績を上げた理由を………しかし、大恩があるとはいえ、言葉にするのはまだ出来なかった。

 

「………申し訳ございません。ですが、家庭教師という選択は結果的に大成功だったと言えるでしょう。勿論、お嬢様方の努力あってのことです」

 

 

そして、マルオが姉妹の結果を見終わった後に、彼女たちより上位の者達へと目を移していく。

 

 

「浅倉様はお勉強にあまり執着が無いようですので……中の上、といったところでしょうか。

 

 

 

 

 

渡辺様の御令嬢である『アイナ様』は、全国10位、そして武田様は8位の快挙でございます」

 

総介は自身の模試については別にどうでも良いようなので、それなりの勉強を行なって、試験結果もそれなりだった。

 

 

 

アイナは流石と言ったところか。大門寺で侍女として働き、勉強の虫でもないにもかかわらず、全国トップ10に入るという偉業を達成している。

 

そして武田は8位。あんだけ言ってたのに8位w

 

 

 

うん、末広がりで良いんじゃない?

 

「……渡辺さんからの電話がまた増えそうだな」

 

「ホホホ、渡辺様も鼻が高いでしょう」

 

溺愛する娘が模試でこのような結果を出したのだ。剛蔵も今頃、歓喜に震えていることだろう。

 

それをいちいちマルオに電話で自慢しにくるのが玉に瑕だが……

 

 

 

 

 

「………そして、上杉様と大門寺様ですが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お二人共、全教科満点の同率一位でございます」

 

 

 

「…………」

 

 

風太郎と海斗、二人の結果のデータをスライドさせて見比べるも、違うのは名前の欄だけだった。

 

 

「………まさか本当に一位になるとはね」

 

「報告によれば、上杉様は最後の教科の際に、突然気を失うように寝てしまったと。試験勉強で根を詰めすぎていたのかもしれませんが、最後の力を振り絞ったようです」

 

「………」

 

海斗の解答を見ると、全てが完璧だった。字も綺麗で、文句なしの解答といったところだ。

対して風太郎は、最後の数問の文字が、やっと読める程のレベルにまで崩れていた。それほどまでに限界を迎えていた彼が、この崩れた文字こそ、最後に足掻いた証だろう。

 

 

 

 

「………上杉風太郎、過程はどうあれ、大門寺君と並んだか……

 

 

 

 

 

 

 

彼には悉く邪魔をされてばかりだ

 

 

 

浅倉君然り、上杉君にも色々と悩まされる

 

 

 

 

 

 

 

『俺はなってみせます

 

 

その二人に勝ち

 

 

全国一位に』

 

 

 

 

 

 

 

 

「………結果的に、彼が大門寺君を超えることは叶わなかった

 

 

 

 

 

 

 

しかし、負けもしなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

その覚悟

 

 

 

 

 

 

 

 

見事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、どうだったよ?」

 

「ん?何がだい?」

 

「上杉だよ上杉。珍しくお前のお眼鏡に適うような奴が現れたんだ。ちっとは楽しめたか?」

 

「……フフッ、どうだろうね」

 

総介と海斗は、いつものように学校の屋上でたむろっていた。心地よい春の風が吹き、雲が流れる青空の中、総介は仰向けに寝転がり、海斗は腰を下ろして文庫本を読んでいた。

 

 

「君こそ、どうだったんだい?わざわざ僕を引っ張り出してまで、上杉君を焚きつけたのは、正解だったのかな?」

 

 

「それこそどうだろうな………だが、今のあいつなら上には上がいることは十分解ってるだろうし、それにもう、自分(テメェ)だけのモンでもねぇことには気づいただろうしな」

 

絶えず横に流れながら形を変える雲をボーッと見つめながら、総介は話す。

 

「………なら今回は、勝敗もさることながら、上杉君の成長ということに関しては、成功ということでいいのかな?」

 

「そんな野暮なこたぁした覚えはねぇよ。元々のアイツのポテンシャルなら、勉強でお前とタメ張るぐれぇ出来たからな。あとはあの五人を足枷として引き摺りながら歩くか、肩組んで掛け声上げて走るか……そんだけだ」

 

「………彼には、随分と得難い子達がそばにいてくれるみたいだね」

 

「テメェもそうだろ、若様よ?」

 

「………フフッ、そうだったね」

 

「ククク……」

 

静かに笑う二人。風太郎が自身に欠けていたものを見つけ出し、勉強とはいえ、彼は海斗に並ぶ存在になった。何やかんやで、今回の模試を一番楽しんだのは、この2人なのかもしれない。

 

 

 

特に総介は場外で。

 

 

「さて、俺は三玖のところ行くかな。試験期間のしばらくイチャイチャ出来てねぇし」

 

「そうだね、僕も二乃ちゃんに呼ばれてるんだった。流石に遅れるわけにはいかないな」

 

二人が、それぞれの恋人のもとへと行こうかと考え始めていた……

 

 

 

 

 

と、その時、遠くからこんな声が聞こえてきた………

 

 

 

 

 

 

 

「アイナちゅわぁぁぁあん!!!全国トップ10入りおめでっ「バコォッ!」ぐぼぉあああ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何であの人学校来てんだ?」

 

「さぁ?……アイナの模試の結果がよほど嬉しかったんだろうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、遅くなっちゃって」

 

「いいわよ。来てくれるって信じてたから」

 

その後、総介と分かれた海斗が向かった先は、二乃が待っている空き教室。そこの椅子に座りながら待っていた彼女が、海斗が教室に入ってくるや、速攻立ち上がって彼に駆け寄り、模試の結果を見せる。

 

 

「………まだ、あなたの隣に立つには、全然足りないけど……自分でもできるなんて思わなかったわ……海斗君のおかげよ」

 

それは、海斗やアイナどころか、総介より下の点数だったが、今までの二乃と比べたら、明らかに成績が上がっていた。

学校の定期試験の時は、真っ先に風太郎と総介に反抗していた彼女だったが、今回の模試に限っては、誰よりも積極的に勉学に励んだ。春休みに会った海斗の母『天城』へと誓ったように、海斗に相応しい女になるため、彼女は一番身近で、一番手っ取り早い、自分の成績を上げることにした。

そのためならと、二乃は風太郎や総介に、教えを乞うことも厭わなかった。

 

「……ここわかんないわ」

 

「あ?ここはだな……」

 

「……ふーん、あんたにしては分かり易い解説じゃない、いつもそう素直に教えてくれればいいのよ」

 

「手ェ動かさずに口ばっか動かしてっとお前のアニメ2期の中の人を『東○奈央』さんにすっぞ」

 

「誰がガハマちゃん並のアホの子ですって!?」

 

「言ってねぇよ」

 

 

………総介に噛み付くのはやめなかったが、結局全部返り討ちにあうハメになった。

 

 

 

 

 

「……僕は何もしていないよ。全部二乃ちゃん自身の努力が、こうした結果を出したんだ」

 

「それでも、海斗君がいてくれたから、こうして私も、みんなと一緒に頑張れたわ………

 

 

 

それに、上杉も。自分の試験がありながら、面倒みてくたし……

 

 

 

ついでに、浅倉も本当、ほんっっっとーーーーに!!不本意でしかないけど、まぁ、ミミズくらいは役に立ったから、感謝してもいいかもしれないわね!」

 

「ははっ。総介も随分と嫌われたものだね」

 

最近、二乃の中の総介の印象が最悪なおかげで、風太郎の評価が相対的に上がってきているのは、総介の策略なのだろうか、はたまた単純に二乃で遊んでいるだけなのか……まぁ、おそらく後者だよね。

 

「……だからね、私は五月に言ったのよ。『パンを口に詰める前に答えを頭に詰めなさい』って……ひゃっ!?か、海斗君!?」

 

 

と、海斗は試験までの経緯を話す二乃を優しく抱き寄せ、自分の胸の中にすっぽりと引き入れた。

 

 

 

「…………頑張ったね………お疲れ様」

 

 

「……う、うん。ありがとう」

 

突然の海斗の行動に、二乃は顔を真っ赤にさせて慌てるも、耳元で自分を労う彼の声を聞き、落ち着きを取り戻すが、心臓の鼓動は未だ大きいまま。もしかしたら、海斗に聞こえていないだろうか……

 

 

すると、彼は二乃の名前を呼び、自分の顔がある上を向けさせる。

 

目が合い、海斗の顔が近くにあることに二乃は余計に緊張を露わにするが、そんなことお構い無しと言わんばかりに、海斗は左手で二乃の顎に手を添える。

 

 

 

 

「……これはご褒美、でいいのかな?」

 

 

「………い、いいの?」

 

「二乃ちゃんが望むなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………うん

 

 

 

 

 

 

…………ちょうだい」

 

 

 

彼女からのOKが出たことで、海斗は顔を下げていき、二乃も背伸びをして顔を登らせ、やがて2人の唇はその間で合流した。

 

 

触れ合うだけの、優しい口づけ。

 

 

「………」

 

「ん………はぁ」

 

10秒ほどで唇を離した2人。海斗は余裕の微笑みを絶やさないが、二乃はもう、茹でられたタコどころか、カニみたいに真っ赤になり、心臓の音もさらに大きくなっていた。

 

 

しかし、それと同時にとんでもない量の幸福感が、自身を包み込み、体中を満たしていった。

 

 

 

三玖は、いつもこんなだったのかしら………

 

 

 

先に恋人を見つけた妹が、こんなにも濃いことを体験していたのかと考えながらも、彼女の目線は海斗の瞳を捉え続けたままだった。

 

 

「……僕が言うのもどうかと思うけど、いいのかい?誰かに知られてしまったら」

 

「構わないわ。いずれどこかで言うかもしれないもの。それくらい覚悟して、乗り越えなくちゃ、あなたの隣に立つことなんて出来ないわ」

 

「………」

 

真っ直ぐな目をして言う二乃を見て、海斗は一瞬フリーズしてしまった。

 

 

 

 

自分はこの子から、覚えたこともない感覚が湧いてくる……

 

 

 

 

 

 

何故だ………

 

 

 

 

 

「………もう一回、ご褒美いいかしら?」

 

 

二乃の言葉に、海斗はすぐに我に戻る。そしてそのまま、彼女の願いを、返事をすることなく、もう一度彼女と唇を交わらせた。

 

 

 

 

 

何故だろう

 

 

 

 

 

 

不思議な感覚だ

 

 

 

 

 

 

総介とも、アイナとも、父や母とも違う

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が持つ『それ』は………

 

 

 

 

 

 

自分から出てくる『それ』は一体何なのだろうか………

 

 

 

 

全能の天才とも呼ばれた男、大門寺海斗。しかし、この世界にも、彼の知らない事柄は、まだまだ存在するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん………」

 

「ん……はぁ、ソースケ……」

 

「三玖………」

 

「好き……大好き……」

 

「俺もだよ……愛してる……」

 

「んっ……んちゅ……」

 

 

 

 

 

三玖は、久々に総介の家に泊まりに来ていた。総介が自身の正体を明かして以来、日程の空きが合わなかったり、三玖が全国模試に集中するためであったりと色々あり、彼の家を訪れていなかったが、模試の後の週末に、やっと彼の家に行くことが出来た。

 

 

総介の家に入ると、三玖はそのまま彼に甘えた。リビングに到着した直後に、後ろから抱きつき、目を潤ませて総介の名前を呼べば、それまで彼女に触れていなかった彼に無視するという選択肢は消え失せてしまい、そのままベッドへと直行。ゆっくりと三玖を仰向けに寝かせて、体重をかけないように覆い被さり、唇を重ねる。

最初は啄み、触れ合うだけだったキスも、やがては舌を入れて絡ませ合うものへと変化して、お互いの身体を抱きしめ合って熱らせていき、身につけていたものを一つ一つ肌から取り払い、空いた時間を埋めるように、幾度となく続きの『コト』にも及んでいった。

 

 

 

 

 

総介爆発しろ!!

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「はい。危ないから、勝手に鞘から抜くのは禁止だよ」

 

 

「こ、これが、本物の、日本刀……」

 

 

2人は何回か交わった後、脱ぎ捨てた服を着直して、晩御飯作りを2人で行なってそのまま食事。食後に三玖が、

 

 

 

「ソースケが持っていた日本刀を見てみたい」

 

と言い出した。

さすがそれは、と総介も渋ったが、戦国武将好きな性分からくる興味と、彼女の目を潤ませた上目遣いのお願いに勝てるはずもなく、特別に見せるとこにした。

ただし、万が一勝手に持ち出されても困るので、三玖にはタオルで即席の目隠しをしてもらい、総介が黒い鞘に赤い柄の本物の日本刀を取り出して見せることにした。

 

 

「……お、重い」

 

「そりゃ、言ってしまえば鉄の塊だからね。これで1キロ弱くらいはあるよ」

 

三玖は、右手で柄、左手で鞘の部分を水平に持ちながら、重さを確かめるように上下させる。

 

 

 

 

「……ソースケは、いつもこれを持って戦ってるの?」

 

「……まぁ、いつもってより、高二になるまでは任務の時はいつも持ってたけど、所詮は消耗品だからね。ダメになったら新しいのを貰ったり、敵が持ってたのを奪ったりしてたよ」

 

総介の戦闘スタイルは、『剣術』というより『斬り覚え』のようなものであり、剣での戦闘はもちろん、格闘技や槍、薙刀、十手、さらには敵の体すら武器や盾とする、不規則な動きからくる『喧嘩殺法』の一種であり、対峙した敵の武器を奪って戦うこともしょっちゅうあった。

今所持している日本刀も、大門寺から支給されたものなのか、それとも敵から奪ったものなのか、総介自身ハッキリと把握していない。

彼は武器に頓着は無いが、基本的には師である『柳宗尊』から教わった剣術をベースに、トリッキーな戦いで相手を翻弄する戦法を得意としているため、基本的には日本刀片手に戦う戦術を採用している。

 

前にも言ったが、極限まで高められた剣術を中心にして戦う海斗とは真逆の戦闘スタイルであり、海斗が最強の『剣術家』なら、総介は最強の『喧嘩士』である。

 

「……鞘……」

 

「抜いたとこ、みたい?」

 

「うん、うん……」

 

コクコクと何度も頷く三玖(かわいい)。さすがに彼女に抜かせるわけにはいかず、総介が鞘を抜くことにした。

三玖の腕から日本刀を取り、彼はゆっくりと黒い鞘を抜いていく。

 

 

「お、おお………」

 

その中から現れたのは、汚れ一つない、銀色に輝く刀身。三玖はベッドの上に正座をしながら、段々と露わになる日本刀の美しさに目をキラキラと輝かせていた。

刀身には、波打った刃紋も薄く見え、それが一層少し反った刃を引き立てている。

 

「あまり近づいちゃダメだよ。頭おかしい程切れ味凄いからね」

 

「わ、わかった……」

 

刀から一定の距離をとりながら、自身が動いて様々な角度から日本刀を見る三玖。

 

(かわいい)

 

ヒョコヒョコと動く三玖を見て癒されるそう。すると総介は日本刀の切っ先を上に向けたまま、片手で机から太めのシャーペンをとりだした。

 

 

「見てて」

 

「?……」

 

何をするのかと思い、総介がシャーペンを刀身に当て、上から下へゆっくりとスライドさせると……

 

 

ポトッ

 

 

「ほら」

 

「す、凄い……」

 

シャーペンが真っ二つになり、一方が床にポトっと落ちた。総介は、シャーペンを親指と人差し指で挟みながら持って……いや、正確にはつまんでいた程度だ。

日本刀自体にも力を入れてはいない。それなのに、ほんの少し引いただけで、シャーペンは綺麗に二つに斬られた。

 

「見た目はこんなに光ってて綺麗だけど、これで斬る物は何か……

 

 

 

 

それは戦国時代でも、今でも変わらない……

 

 

 

 

そしてその斬られたものは、このシャーペンのように、感触もほとんどなく、致命傷を与え、場合によっては真っ二つになる。

 

 

 

銃もそうだけど、(こいつ)もこうも簡単に、人1人の人生を終わらせることが出来るんだ

 

 

 

 

そして戦国の世でも、それは為されてきた

 

 

 

 

三玖もそれだけは、心に留めておいてほしい」

 

 

「う、うん……わかった」

 

真剣な目で三玖に話す総介を見て、彼女もゆっくりと頷く。

 

「よろしい」

 

総介は三玖の答えを聞いて、そのまま刀身を鞘に収めた。

 

「俺自身、何度もコレを持って人を斬って、そしてこれからも、大門寺や三玖達に近づく下衆共がいれば、斬り続けていくって誓ったからね……」

 

「………うん」

 

「……あの日のこと、改めて聞くけど、いいの?」

 

 

 

「………もう迷わないって誓ったから」

 

 

総介にではなく、自分自身に………

 

 

三玖はベッドから立ち上がり、総介の背中にゆっくりと手を回す。

 

 

「ソースケがどんなになっても、私はあなたから離れない……

 

 

ソースケが苦しくて仕方なくなっても

 

 

怒って周りが見えなくなっても

 

 

 

悲しくて、涙を流しても

 

 

 

私はずっと、ソースケ側にいるって決めたから」

 

 

 

 

「………三玖」

 

 

総介日本刀を壁に立て掛けて、そのまま三玖の背中へと手を回す。

 

「………それが、君の覚悟なんだね」

 

「うん………私も、ソースケ無しじゃもうダメなの

 

 

 

 

あなたがいない世界なんて、生きていても何にもならない」

 

 

 

 

 

「……俺もだよ

 

 

 

 

 

 

三玖がいない世の中なんて考えたくない

 

 

 

 

 

三玖を……こんなにも愛した人を、もう失いたくない

 

 

 

 

 

だから、何があろうとも護るって決めたんだ」

 

 

 

 

「………私も

 

 

 

 

 

ソースケを護るって決めた

 

 

 

 

 

辛い時は、私が側で護るって」

 

 

 

 

2人はそのまま、互いの背中に手を回して抱きしめ合う。三玖はしばし、総介の胸の中で、彼の心臓の鼓動を聴く。

 

 

 

ゆっくりとだが、力強く脈打つ鼓動。

 

落ち着く。

彼の腕の中で、彼の心臓の音が聴こえることが、何よりも落ち着く。

先程も、何度もベッドの上で愛し合ったとき、彼の露わになった胸板に直接耳を当てた時に聴こえた鼓動。

 

恐らく今まで過ごしてきた人生の中で、最も落ち着く場所だ。

 

 

ここが、私の帰る場所………

 

 

みんなと住んでいる家も、もちろんそうだ。

 

でもやがて、この場所は、私が帰る場所になる。そして彼も、それを望んでくれている。

 

 

 

「………大好き」

 

「………俺も」

 

顔を上げると、ゆっくりと近づいてくる彼の顔を見て、ゆっくりと目を閉じた。

 

優しく落とされた唇の感触。ふんわりと柔らく訪れた感触に、より一層力が抜けていく。

 

そのまま溶け合ってしまうかのように………

 

 

 

 

「………三玖」

 

「………うん」

 

 

名前を呼ばれただけで分かった。抱き合った体を解き、三玖はベッドの上にあるタオルで目隠しをする。それを確認した総介は、壁に立て掛けた日本刀を手に取って、三玖に見られないように元の場所に戻して収納した。

 

 

そして……

 

「いいよ」

 

「!?んっ!?」

 

目隠しをしている三玖にバレないように近づいて、彼女の耳元で囁くと、三玖はビクンと跳ねて驚く。その衝撃で、目隠しがポロんととれてしまうが、そんなの気にせずに総介が口づけを行う。今度はさっきに何度となく行った、舌を絡め合う濃厚なキス。お互いの唾液を混じらせて、それぞれに分け与えて飲み合うと、身体が再び芯から熱を帯びていく。

 

「……ごめん、俺……」

 

「……いいよ、私も、またソースケとくっつきたい……」

 

「体力、大丈夫?」

 

「うん、ソースケが優しくしてくれて、まだ余ってるから」

 

総介は話している最中にも、三玖の服に手をかけ、ボタンを一つ一つ外していく。

 

「愛してるよ、三玖」

 

「私も愛してる……きて」

 

 

最後の合図と共に、総介は三玖と共にベッドへと倒れ込んだ。

 

 

 

それから朝を迎えるまで、2人の身体が離れることは一切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと一緒にいよう、三玖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん、ずっとずっと、ソースケと一緒……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界でたった1人の花嫁と銀ノ魂を持つ男

 

 

 

 

 

 

 

第六章『鬼童帰参編』

 

 

 

 

 

 

 

 

第七章『漫画の修学旅行先は大体京都』に続く………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

夜、とある街の路地裏

 

 

「っクソっ!また負けちまったじゃねぇか!!」

 

「ギャハハハ!さっきの七三メガネのリーマンからとった金、すぐ使ってやんの!」

 

「まぁいいじゃねぇかよ!またカモ見つけて、頂いちまえばよぉ!」

 

「……まぁそうだな。どっかいねぇかな〜……あ、オイ、アレどうよ」

 

 

ヤンキー連中3人が、遊ぶ金欲しさに誰かを集ろうとしていると、1人が指さした先に、男がいた。

 

 

 

 

無造作な髪に、古めかしくも綺麗な着物と羽織を着た中年の男性。しかも1人だ。恐らく相当持っているだろう。

 

 

ヤンキーの次のターゲットが決まった。すぐさま行動に移し、中年男性の前に現れ、ポケットからバタフライナイフを取り出して男性に突きつける。

 

 

 

「よぉおっさん。ちぃとお財布見せてくんねぇかな〜?」

 

 

「オレら、さっきパチンコで負けちゃってね〜。新しい活動資金探してんだわ〜」

 

 

「おっさん〜、ボランティア精神でさ〜、オレらに恵んでくんねぇかな〜?でなきゃ〜、その着物ごとスパスパいっちゃうよ〜?」

 

 

 

ジリジリと近づいてくるヤンキー達に、男は何も答えずに佇んだまま。

 

 

「おいおい〜、とっとと金出せよ〜。ビビってねぇでさ〜」

 

「ギャハハハ。ぶるっちまって指一本うごかせねぇってか!?」

 

 

 

「………くれるか?」

 

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様らは、我の前で如何なる『花』を咲かせてくれるか?」

 

 

 

男が、底知れぬ笑いながらヤンキー達に聞いてきた。しかし、意味不明な言動に、ヤンキー達は呆気に取られてしまう。

 

 

 

「………なんだコイツ?」

 

 

「頭イカれてんのか?」

 

 

「おいおい!聞いてなかったのかオッサン!?ちゃっちゃと金よこせっつって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、男の周りが赤い液体で染まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男は、羽織の左袖から直接出ている『血塗れの刀身』をスライドさせて収納し、細切れになったヤンキー達の肉塊を、ゴミを見るような目で見下す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『花』と呼ぶにはあまりに(きたな)し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

摘む価値もないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう呟くと、男はそのまま何事も無かったように歩き出した。

 

 

 

 

 

 

左半分が火傷痕で爛れた顔をニチャアっと歪んだ笑みを見せ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり我を満たす『花』は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の地で摘み損ねた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(わっぱ)(おも)のそれよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

摘めずとも、せめて開花の際に立ち会うとれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我の興の器は満たせたというものを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のう………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………鬼の(わっぱ)よ」

 

 

 

 

 

名残惜しむような表情から、再び歪んだ笑みを浮かべた男はそのまま、路地裏の暗闇へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男の名は雅瞠(がどう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての生命(いのち)に『(おわり)』をもたらす者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オリキャラ紹介……

雅瞠(がどう)
年齢、国籍共に不明。
身長187cm
体重70kg
イメージcv.若○規夫(『ドラゴンボールZ』の『セル』、『戦後BASARA』の『織田信長』の中の人)
1年前、『霞斑』に雇われていた用心棒。
そして総介の母を殺害した張本人。
左腕に義手を装着し、顔の左半分に火傷痕が残っている。
武器は長ドスと左腕の義手に仕込まれた刀。
見た目のイメージは『銀魂』の『蜘蛛出の地雷亜』。


本日は大晦日。となれば必然今回の投稿が2020年最後となります。
そして遂にいよいよ出てきました。大門寺にとっての最凶最悪の敵であり、総介の母の仇『雅瞠』。イメージ中の人も、ラスボスに相応しい声の持ち主をイメージして書きました。
今年も終わりますが、この小説は来年中、もしくは2022年半ばの本編完結を目指して、今後も突き進みます!

今回も、そして2020年も、そして第六章まで、こんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!また来年、第七章でお会いしましょう!

読者の皆様、良いお年を!!

ps.投稿後1時間以降にご感想をくださった皆様には、年明け以降に返信いたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

79.イチャイチャカップル100の質問コーナー!

新年あけましておめでとうございます!2021年も『嫁魂』をよろしくお願い申し上げます!

さて、いよいよ本日『銀魂 THE FINAL』の公開です!
作者も劇場に足を運び、最後のバカ騒ぎを見届けててから、次回更新の際に感想を書きたいと思います!

そして今回はお題にもある通り本編ではなく、新年ということで余興です。総介と三玖の知られざるエピソードが聞けるかも!?
たまにはこんな回があってもいいよね。


全国模試が終わり……総介と三玖は………

 

 

 

 

 

 

 

とあるスタジオらしき場所に案内されて、ポツンと置いてあるペアシートに、仲良く手を繋いで座っていた。総介爆発しろ!

 

 

「ソースケ……ここって……?」

 

「俺にも分からん。いきなり何なんだ……」

 

2人は総介の家でイチャイチャしていたところ、突然家を訪ねて来たよくいるバラエティ番組の黒子の人から手紙を受け取り、『2人揃ってこの場所まで来てください』と書かれていた地図付きのメッセージを読んで、怪しく思いながらも目的地まで移動し、到着。スタジオのような場所に置いてあった2人用のソファーへ座るようにと張り紙がされていたので、指示に従ってそのまま腰掛けた。

 

 

 

 

 

 

「ここに来て5分経つけど、まだ誰も来ない……」

 

「う〜ん、海斗のイタズラか?それとも………お?」

 

しばらくすると、先程の黒子がスタジオの袖から、大型モニターを引きずって現れた。

 

「オイオイ、何が始まるんだコノヤロー?」

 

「?」

 

怪訝な表情をする総介と、首を斜めにかしげる三玖(かわいい)。

ソファーに座る2人の正面にモニターが設置されると、パッと画面が点いた。白い背景の画面から黒い文字でこんなことが書かれている。

 

 

 

 

 

『お待たせしました。これからお2人に、100の質問をします』

 

「100の質問?」

「オイオイ、こりゃ昔よくあったカップルについての質問をするやつじゃねーのコレ?」

 

すると、画面が切り替わる。

 

『その通りです』

 

「会話できるのかよ!」

 

こちらの疑問に答えたモニターにツッコむ総介。

 

『質問する項目はこちらの画面で順番に表示いたしますので、お2人はそれぞれの質問に嘘偽り無くお答えください』

 

「………だって。どうする?」

 

「……面白そう。やってみたい」

 

ワクワクしているような顔をして、総介を見る三玖。かわいい。

 

「三玖がいいなら、俺もやってみようかな」

 

「うん。やろうよ」

 

『参加いたしますか?』

 

 

「……じゃあ、そこまで言うならやってやろうじゃねぇか」

 

「やります」

 

 

『かしこまりました。お2人が答えたら次の質問に参ります。50問目を終えましたら、15分の休憩をとらせていただきます。』

 

「結構本格的だな」

 

「楽しみ」

 

 

『それでは、質問を始めて参ります』

 

 

 

こうして、2人への質問タイムが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

『1 あなたの名前を教えてください』

 

浅倉総介(あさくらそうすけ)

中野三玖(なかのみく)

 

 

 

『2 年齢は?(全国模試時点で)』

 

総介「17」

三玖「同じく17歳」

 

 

 

『3 性別は?』

 

総介「男」

三玖「女」

総介「……この質問いるのか?」

 

 

 

『4 貴方の性格は?』

 

総介「目的のためなら何でもする」

三玖「あまりしゃべらない……」

 

 

 

『5 相手の性格は?』

 

総介「おとなしいけど芯は通ってる」

三玖「やる気が無さそうに見えて、凄く周りを見ている人」

 

 

 

『6 二人の出会いはいつ?どこで?』

 

総介「学校の自販機の前」

三玖「私に抹茶ソーダをくれた」

 

 

 

『7 相手の第一印象は?』

 

総介「可愛かった。ぶっちゃけ一目惚れだった」

三玖「////(照)……そ、ソースケは、優しい人だった」

 

 

 

『8 相手のどんなところが好き?』

 

総介「全部……え?細かく?しゃあねぇなぁ。5時間ほど時間くれ。全部言ってやっからよ」

三玖「////(恥)……私も、一言じゃ言えない。でもまとめたら、どんな時でも私のことを考えてくれて、何かあったら必ず助けに来てくれるところ」

 

 

 

『9 相手のどんなところが嫌い?』

 

総介「無い!」

三玖「私も無い」

 

 

 

『10 貴方と相手の相性はいいと思う?』

 

総介「悪かったらここまで続いてねぇだろ」

三玖「うん……すごく良い////(照)」

 

 

 

『11 相手のことを何で呼んでる?』

 

総介「普通に【三玖】と」

三玖「【ソースケ】って呼んでる」

 

 

 

『12 相手に何て呼ばれたい?』

 

総介「いつか【あなた】って呼ばれたい」

三玖「////(照)……わ、私は、今のままでいい」

 

 

 

『13 相手を動物に例えたら何?』

 

総介「動物……めちゃくちゃ甘えてくる猫」

三玖「ソースケは……虎」

総介「何故に?」

三玖「武田信玄のように、風林火山の如く私を守ってくれる」

総介「甲斐の虎ね……ん?それって動物じゃなくね?」

 

 

 

『14 相手にプレゼントをあげるとしたら何をあげる?』

 

総介「三玖が望むならできる限りの物は用意したい」

三玖「手作りの料理をいつか食べてもらいたい」

 

 

 

『15 プレゼントをもらうとしたら何がほしい?』

 

総介「三玖と一緒に平々凡々な日常を過ごせれば何でもいい」

三玖「私も……ソースケと一緒にいれることが、何よりのプレゼントだから」

総介「………ありがとう」

三玖「うん……////(照)」

 

 

 

『16 相手に対して不満はある?それはどんなこと?』

 

総介「俺は無いが、もし三玖に不満があれば溜め込まずに、何でも吐き出してほしい。八つ当たりでも全然構わない」

三玖「この前一花にセクハラしてた。ああいうのはやめてほしい(プクッ)」

総介「あのあとお仕置きされました。申し訳ありませんでした」

 

 

 

『17 貴方の癖って何?』

 

総介「俺の癖?知らん!」

三玖「私も……わからない」

 

 

 

『18 相手の癖って何?』

 

総介「不機嫌になると頬っぺた膨らませるところと、よく手で髪を耳にかけたりしてる」

三玖「よく髪をクシャクシャする」

総介「………相手の癖はすぐに言えるのにね」

三玖「………いつもソースケのこと、見てるから////(恥)」

総介(やべぇ、かわいすぎる………)

 

 

 

『19 相手のすること(癖など)でされて嫌なことは?』

 

総介「……俺は今んところそんなのは無い」

三玖「すごく下品なことを言うとき」

総介(ガーン!!!)

 

 

 

『20 貴方のすること(癖など)で相手が怒ることは何?』

 

総介「……俺が下ネタ言うときらしいです……」

三玖「………下品なのは、嫌い」

総介(ガガーン!!!)

 

 

 

『21 二人はどこまでの関係?』

 

総介「やる事はヤったし、行くところまではイった」

三玖「………あうぅ////(恥)」

 

 

 

『22 二人の初デートはどこ?』

 

総介「ちゃんとしたデートってんなら……近所のショッピングモールか?」

三玖「うん。2人でデートしたのは、そこが初めて」

 

 

 

『23 その時の二人の雰囲気は?』

 

総介「前日泊まりだったから、そのままの雰囲気で行けたし、良かったんじゃね?」

三玖「ソースケと手を繋いでデートできるなんて思ってなかったから、すごく嬉しかった////(照)」

 

 

 

『24 その時どこまで進んだ?』

 

総介「いや、その前の日に全部終わってたし」

三玖「………あうう////(恥)」

 

 

 

『25 よく行くデートスポットは?』

 

総介「俺の家」

三玖「勉強したり、料理を教えてもらってる」

総介「ちなみにお泊まりオプション付きで」

三玖「………////(顔真っ赤)」

 

 

 

『26 相手の誕生日。どう演出する?』

 

総介「サプライズはそんなに得意じゃねぇから、自分の想いと一緒にプレゼントを渡す」

三玖「私は………ソースケが喜んでくれるなら、いろんなことをやってみたい」

総介「俺は三玖から貰えるだけで充分嬉しいよ?」

三玖「………ありがとう////(喜)」

 

 

 

『27 告白はどちらから?』

 

総介「好きだというのを最初に打ち明けたのは、三玖の方から」

三玖「うん………ソースケが私の家に泊まった日の夜に」

 

 

 

『28 相手のことを、どれくらい好き?』

 

総介「もう5時間語ってやろうか?ってぐらい好き」

三玖「////(恥)……わ、私も、ソースケとずっと一緒にいたいくらい好き……大好き」

総介(あかん、かわい過ぎて死ぬ……)

 

 

 

『29 では、愛してる?』

 

総介「愚問だな。愛してるに決まってんだろ」

三玖「うん……私も愛してる」

「「…………」」2人とも顔真っ赤(特に三玖)

 

 

 

『30 言われると弱い相手の一言は?』

 

総介「三玖に『お願い』って言われるのは弱いな」

三玖「褒められるのは………すごく恥ずかしい////(恥)」

 

 

 

『31 相手に浮気の疑惑が! どうする?』

 

総介「………浮気する?」

三玖「しない。……浮気すry」

総介「しない絶対に」

 

 

 

『32 浮気を許せる?』

 

総介「三玖と会うまではどうでもよかったけど、するつもりは無いし、されるって考えたら悲しいな」

三玖「ソースケが浮気したら………すごく、悲しい」

総介「しないからね。三玖しかいないからね俺には。するくれぇなら腹切ってやらぁ」

三玖「そ、そこまでしなくても……」

 

 

 

『33 相手がデートに1時間遅れた! どうする?』

 

総介「別に三玖に会えるならずっと待ってられるが、危険なことに巻き込まれたかもしれないって心配はするし、連絡は入れる」

三玖「私も、ずっと待ってる。でもソースケと同じで、心配して連絡する」

 

 

 

『34 相手の身体の一部で一番好きなのはどこ?』

 

総介「手。すごく綺麗な手をしてて、色も白くて指も細長くて柔らかくて、素敵過ぎる。こんな綺麗な手と繋げるのすげぇ幸せ」

三玖「////(照)……わ、私は、目。今は眼鏡してないけど、ソースケの私だけを見てくれる時の目、すごく好き」

 

 

 

『35 相手の色っぽい仕種ってどんなの?』

 

総介「ヘッドホンを首から外したときに見えるうなじがすんごい色っぽい」

三玖「////(恥)……私は、ソースケが眼鏡をしてた時に、素顔が見えた時の目元が色っぽかった」

 

 

 

『36 二人でいてドキっとするのはどんな時?』

 

総介「幸せそうな笑顔で俺を見てくれる時。あの笑顔は反則すぎる」

三玖「ソースケの顔がいきなり近づいてくる時。いつもドキドキする……」

 

 

 

『37 相手に嘘をつける? 嘘はうまい?』

 

総介「くだらない嘘はたまにはつくが、三玖にとって不利益になる嘘はつかないようにしてる」

三玖「嘘は、苦手……ソースケにすぐバレる」

 

 

 

『38 何をしている時が一番幸せ?』

 

総介「三玖と抱き合ったり、キスしてるとき」

三玖「私も……すごくポカポカする////(照)」

 

 

 

『39 ケンカをしたことがある?』

 

総介「ケンカなんてしたことねぇ」

三玖「ソースケは二乃とならいつもしてる」

 

 

 

『40 どんなケンカをするの?』

 

総介「だからケンカなんてしねぇっつってんだろ」

三玖「ソースケが二乃をイジって遊ぶから、実質ケンカじゃない」

 

 

 

『41 どうやって仲直りするの?』

 

総介「話聞いてる?」

三玖「ソースケと二乃が仲直りしたところを見たことない」

総介「って何で俺とアイツの話になってんの?」

 

 

 

『42 生まれ変わっても恋人になりたい?』

 

総介「生まれ変わっても、どんだけ繰り返しても、そこに三玖がいるなら結ばれたい」

三玖「ソースケとなら何回生まれ変わっても一緒にいたい」

 

 

 

『43 「愛されているなぁ」と感じるのはどんな時?』

 

総介「自然とそばに来てくれてギュッて抱きつかれるとき」

三玖「ソースケが私の頭を優しく撫でてくれているとき」

 

 

 

『44 「もしかして愛されていないんじゃ・・・」と感じるのはどんな時?』

 

総介「………ごめん、感じたことがない」

三玖「私も……」

総介「俺が三玖を愛していない時なんて無いよ?」

三玖「////(恥)………私も」

 

 

 

『45 貴方の愛の表現方法はどんなの?』

 

総介「………言葉もそうだが、やっぱキスだと思ってる。唇じゃ無くても、髪とか額とかほっぺにキスしたりされたりするし」

三玖「私は………ソースケに、甘えてみる、こと////(照)」

 

 

 

『46 もし死ぬなら相手より先がいい? 後がいい?』

 

総介「どっちもごめんだ………でも、一つ選ばなきゃいけねぇんなら、『先』だな。もう目の前で大事な人を亡くすのはたくさんだ……」

三玖「どっちも嫌だけど、私も『先』……ソースケが死ぬところなんて見たくない」

 

 

 

『47 二人の間に隠し事はある?』

 

総介「そりゃある」

三玖「私だって言いたくないこと、ある」

総介「そこらへんは互いに干渉しないようにしてる。夫婦ならまだしも、普通の恋人同士で何でもかんでも言い合うもんじゃねぇし」

三玖「うん。でも、何かあったらソースケに言うようにはしてる」

 

 

 

『48 貴方のコンプレックスは何?』

 

総介「海斗。アイツといるとすげ〜コンプレックス感じるぞ?まぁ今は慣れたし、俺は俺で海斗は海斗だって思うようにはしてるがな」

三玖「ほかのみんな(姉妹)と比べて、なんの取り柄もないところ」

 

 

 

 

『49 二人の仲は周りの人に公認? 極秘?』

 

総介「公認」

三玖「うん。みんなや、お父さんからも認めてもらっている」

 

 

 

 

『50 二人の愛は永遠だと思う?』

 

総介「永遠ってのがどこまでかは知らねぇが、この命続く限りは三玖を愛していたい」

三玖「ずっとソースケと一緒にいたい。この想いだけは変わらない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それではここで一旦休憩とします。よろしければお飲み物をどうぞ』

 

と、質問を50問終えたところで、黒子がコーラと抹茶ソーダを持って登場し、2人に渡す。

 

「お、こりゃ気がきくじゃねぇか」

 

「ありがとうございます……」

 

隣で肩をくっつけながら飲み物を飲む2人。

 

「あと50問だね」

 

「うん。どんな質問なんだろう?」

 

 

 

 

 

2人はまだ知らない。残りの50問で、顔どころか全身真っ赤になるほどの際どい質問が用意されていることに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続きは1月末〜2月上旬に投稿される予定のR18バージョンにてご覧あれ!

 

 

 

 




100の質問なのに50問しかない?と思ったそこのあなた!続きは
あと数話以内、一月末、遅ければ2月初頭に、かねてより申しておりましたR18バージョンと共に投稿する予定です。
いよいよ2人のベッドシーンが公開されます。総介と三玖のめっっっっっちゃ甘々イチャイチャシーンですので、皆様ブラックコーヒーを片手にご覧ください(笑)。

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!今年もよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七章『漫画の修学旅行先は大体京都』
80.パンはパンでも食べられないパンはお妙さんの『暗黒物質(ダークマター)


『銀魂 THE FINAL』観に行ってきました!
笑いまみれのギャグとパロディ、熱くも盛り上がるバトルシーン、そして『師』であり『宿敵』であり『友』との切ない決戦、全てのシーンで『銀魂』らしさがこれでもかと詰まっていた最後のバカ騒ぎでした。
一言で言うと『最高です!』。
お金と時間に余裕ある皆さん、是非映画館へお急ぎを!これはスクリーンで見てこそ楽しめる作品です!
映画館で今のうちに観とかないと、DVDやブルーレイ化の際に、あの、権利とか、そういう問題で色々と編集されちゃうかもしれないですから!
そうなる前に、原型のヤツをとにかく映画館で観て!お願い!300円あげるから(by銀さん)


………あ、忘れてた。第七章、スタートで〜す。


『銀魂 THE FINAL』という、最高の余韻に浸っていた作者が、ようやく執筆意欲が湧いて画面と向き合い始めた今日この頃………

 

 

 

 

 

 

……もそうだけど、こっちはこっちで、全国模試の後の自由な時間を楽しんでいた。

 

 

 

風太郎は話によると、あの後マルオに、改めて家庭教師の仕事を頼まれた。

そのことについて頼まれた本人は、

 

「……俺もそうですが、大門寺も一位のはずじゃ……」

 

今回の全国模試、風太郎、海斗、武田の三つ巴の戦いでの勝者の得るものは、『五つ子の家庭教師としての立場』。それを奪い合った3人だが、結果で言えば、風太郎と海斗は両者満点で同率一位。引き分けに終わった。風太郎もそうだが、その権利は海斗にもある。

それを聞いてはみたが、それにマルオはこう答えた。

 

 

 

 

 

「……僕も大門寺君に尋ねてみたが、彼はその申し出を断ったよ」

 

「!?」

 

「彼によると、

 

 

『僕なんかよりも、上杉君が彼女たちに相応しいのは明白です。わざわざこれ以上横やりを入れる必要は無いでしょう。それに、今の彼なら、あの子達を卒業だけでなく、それ以上にもっと大切な事を知ることへと導いてくれますよ、中野先生。総介もついておりますので、それは保証します』

 

 

だそうだ」

 

 

マルオは風太郎の目の前に現れる前、海斗と会って冗談半分で五つ子の家庭教師をやってみないか?と確認をとってみたのだが、上記の理由で断られてしまった。

まるで未来でも見えているのかと言わんばかりのような、確信にも似たことを言う海斗には、マルオも「……そうか。貴重な時間をとらせてしまい、本当に申し訳ない」と答えるしかなかった。

 

 

というわけで、家庭教師としての仕事は、五つ子が卒業するまで無事風太郎が受け持つこととなった。

 

 

 

 

 

 

「だが忘れないでほしい。君はあくまで『家庭教師』。娘たちには紳士的に接してくれると信じているよ」

 

「も、もちろん一線を引いてます!俺は!俺はね!!」

 

最後に、ものすごい形相で迫ってくるマルオに気圧されてしまう風太郎。やたらと『俺は』を強調するあたり、もう1人の方は一線も何もも、他人の家の飯を勝手に食って帰る『ハイエナ』ことノリスケばりに超えてしまっている、心当たりのある奴が頭に浮かんでいるらしい。

いずれにせよ、マルオにとって総介は、この上なく複雑な存在であることは間違いないようだ………

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

それから少し時は経ち………

 

 

 

 

ボロッ……

 

 

 

「………えーっと………三玖、ここってパン屋さんだったよね?石屋じゃなくて?」

 

「………」

 

ここは、三玖が新しくバイトを始めたパン屋『こむぎや』。場所は、以前二乃がバイトを始めたケーキ屋『REVIVAL』の向かいに位置している。そのせいか、『REVIVAL』の店長はこの店を幾分か客を持っていかれるせいで『糞パン屋』と呼んで敵視している。

そんなことはさておき、そのパン屋の中で、パン屋の制服を来て帽子を被り、ヘッドホンをしていない髪を後ろで結び、前髪をピンで留めた店員の格好をした三玖(かわいい)は向かいに座っている四葉に、自身が作ったパン(クロワッサン)を見せていた……

 

 

三玖がパンを作って四葉へと見せる理由。

それは彼女が、『修学旅行in京都』で総介に食べもらうためだった。

先日、四葉に自分が作ったパンを食べてもらったところ、

 

「おいしいっ!」

 

と絶賛された。そこから、四葉は三玖からおいしいパンを作って総介に食べてもらう経緯を聞かせてもらった。

今回のパンを食べてもらうのは、総介には一切話していない。100%三玖自身のサプライズだ。

バレンタインの時は、事前に好みを聞いていたので、サプライズではなかったのだが、今回はまさしく不意打ち、奇襲、突然の襲撃である。

できれば、半端なものではなく、自分の作った美味しいパンを食べてもらいたい。それを成功させるために、三玖は日々特訓し、この日もパン屋で自作したクロワッサンを見せていた、

 

 

 

 

 

見せていたのだが………

 

 

 

 

 

 

ボロッ………

 

 

 

 

以前のコロッケの時と同じように、四葉の目の前には黒焦げになったクロワッサン、通称『暗黒物質(ダークマター)』が異様な存在感を放ちながらプレートの中に佇んでいた。

 

 

「ま、まぁ中野さんはバイト始めたばかりだし……パン作りは難しいから、最初は誰でもこうなるよ。幸運にも向かいのケーキ屋はそれほど脅威じゃない」

 

と、奥から店長の女性が現れた。こんな三玖を抱えながらも、向かいのケーキ屋『REVIVAL』に対して余裕の発言をする店長、恐るべし……

 

「私もできる限り教えていくから、上達していこう!」

 

「はい!」

 

こうして、三玖の『総介に修学旅行で美味しいパンを食べてもらう作戦』への特訓は続くのだった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

別の日………

 

 

 

 

トロォ………

 

 

 

 

「………なんかベチャッとしてる………」

 

「…………」

 

「おかしい……手順通りに作らせているのに不思議な力で失敗する……」

 

 

壁に手をつき項垂れる店長。プレートに置かれているクロワッサンは、ベチャベチャというか、トロットロとしている。まるで溶けているような………

 

「最近向かいの店調子良さげだなぁ……」

 

そう呟いた声を聞いて……

 

「……やっぱり才能ないのかなぁ……」

 

「じ、自信持って!」

 

と、落ち込む三玖を励ます四葉。

 

「前より食べ物に近づいてる気がする!この調子だよ!」

 

「うん………」

 

 

こうして、美味しいパンを作る特訓はまだまだ続くのだった………

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

また別の日………

 

 

 

 

 

コゲ………

 

 

 

「パンだ……この前食べたのは幻じゃなかったんだ……」

 

「………(ドヤ顔)」(かわいい)

 

プレートの中には、表面が多少焦げているとはいえ、ドヤ顔をする三玖の前には、正真正銘、れっきとしたクロワッサンが置かれていた。

 

「まだお店に出せるレベルじゃないけどね。三玖ちゃんがここまで作れるようになれて私も嬉しいよ」

 

そう評する店長は、何故か顔色が悪そうだ。それほどまでに、壮絶な死闘だったのだろう………パン作るだけなのに……

 

「店長さん、ありがとうございます」

 

ペコリと頭を下げて礼を言う三玖。と、ここで四葉が……

 

「やっぱりすぐ浅倉さんに食べてもらおうよ。きっと驚くよ」

 

と三玖に提案するが……

 

「まだ美味しいパンじゃない」

 

と、あくまで美味しいパンをたべてもらおうとすることに拘る三玖は、その提案を断った。

 

「三玖ちゃん、修学旅行までに、とか言ってなかったっけ?」

 

「はい、1日目のお昼が自由昼食のはず……」

 

どうやら、初日のお昼に総介に作ったパンを食べてもらおうとのことらしい。

 

 

 

 

羨ましいことこの上なし。総介爆発しろ!

 

 

 

 

 

「『侵掠すること火の如し』

 

 

 

 

そこで私のとっておきをあげる」

 

 

「……そっか!浅倉さんなら絶対喜んでくれるよ!」

 

武田信玄の『風林火山』の一つを口にして、決意を露わにする三玖。それを見て四葉も、三玖を応援することを改めて決めた。しかし………

 

 

 

「………でも、問題が一つ………」

 

「?」

 

三玖が言う問題。それは………

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

時と所変わって、ここは3年1組の教室。本日の授業を全て終えて、終わりのホームルームを行っていた生徒たち。四葉と風太郎は学級長のため、教壇に立って進行役をしている。

 

「え〜、全国模試も無事終わったということで、修学旅行の話に本格的に入りたいと思います」

 

カンペを見ながら進行していく風太郎。いくら勉強の虫とはいえ、さすがに模試が終わったので、一大イベントの修学旅行の話をしないわけにはいかない。

 

「事前に配られたパンフレットに3日間の流れは書かれていますが、

 

 

 

 

皆さんは明日までに班を決めておいてください」

 

その一言で、クラス中がざわざわとし始める。

 

 

班決め。これが三玖の言ってた問題だった。

修学旅行では、基本的には班行動が原則となっている。これで一緒の班になれば、晴れてその3日間、同じ行動がとれるのだ。

三玖は後ろの方から総介の席を見るが、彼は相変わらず『週刊少年ジャンプ』の見開きをアイマスクに、上を向いた顔に被せながら寝ている。

そんな彼も、可愛く思えてしまうのが恋人としての色目なのだろう。

しかし、彼女はこの班決めで、総介と同じ班にならなければ、一日目の昼食を共にできず、せっかく作ったパンを渡すこともできなくなってしまう。

とはいえ、互いに想い合う者同士、三玖が懸念するよりも結構すんなりといくはずなのだが……

 

 

 

「当日はこの班ごとの行動となります。なお定員は五人までです」

 

「………」

 

風太郎の話も片耳で聞きながら、三玖は先日のパン屋でのことを思い出していた。

 

 

 

 

『同じ班じゃなきゃ、お昼を一緒にできないかもしれない。

 

何より、一緒に京都を回りたい』

 

 

 

それを聞いた四葉は………

 

『三玖!私にまかせて!』

 

『?』

 

『私と三玖と浅倉さんで班になろうよ。私から浅倉さんに言っておくからさ!』

 

『えっ、いいの?』

 

三玖のために、ここは四葉が人肌脱ぐことにした。

 

 

というわけで、放課後………

 

 

「えーっと、浅倉さん、浅倉さん………

 

 

 

 

あれ?どこ行ったんだろう?」

 

 

放課後になり、総介を探す四葉だが、既に教室にはおらず、周りを見渡しても見つからない。

 

と、そこに………

 

 

 

 

 

 

 

「四葉さん、少しよろしいでしょうか?」

 

「?、アイナちゃん、どうしたんですか?」

 

珍しく四葉に、総介の幼馴染であり、海斗の侍女(学校では秘密)の渡辺アイナが声を掛けた。どうやら四葉に話があるようだ。

 

その内容は…………

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってかよぉ、こういう学園モノの修学旅行先って、何で毎回京都なんだよ?山村美紗ばりに」

 

「う〜ん、そのコメント、若い読者の何割が理解してくれるだろうか?」

 

第七章のっけからメタ発言をかます二人、浅倉総介と大門寺海斗。二人はいつものように屋上にて話をしていた。

 

「『けいおん!』なんてモデルになった学校が隣の滋賀にあんのに、修学旅行先が何故か京都だぞ?電車で日帰りで出来る範囲が修学旅行先とか、どんだけ規模小せえんだよ」

 

「一応新幹線で富士山を見るシーンがあるから、舞台は関東あたりという設定じゃないのかな?」

 

「だとしても、そんなホイホイ関東圏の学生全員京都に修学旅行いってたら、京都が学生でパンクすっぞ?

せめて沖縄とかハワイとかにしてくんね〜かな〜?綺麗な浜辺で超高性能双眼鏡を覗きながら、水着美女達のボインやプルンやポロリやキャッキャウフフが堪能できるのによぉ」

 

「三玖ちゃんに怒られるよ?」

 

「………それについては、反省してます」

 

「既に怒らせた後だったか……」

 

相も変わらず、外道な企みを口にする総介だが、三玖も彼の扱いがわかってきたらしく、よく彼女に『めっ!』ってされているようだ。

と、このままでは埒があかないので、海斗が本題を切り出す。

 

「それはそうと、修学旅行先での話だが………」

 

「………なんとまぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………忌々しい場所なこって」

 

 

彼らにとって京都というのは、あまり思い出したくない場所であった。

 

 

 

「春休みに入るまでは、僕達も楽しもうとは思っていたけどね。状況が状況だ。警戒するに越したことはないよ」

 

「………」

 

修学旅行先で行く京都。『五等分の花嫁』サイドからすれば、風太郎と『零奈』が出会った思い出の場所であるが、『嫁魂』サイドの彼らにとって、京都は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつての『大門寺』の宿敵『霞斑(かすみまだら)』の総本山が存在した場所であった

 

 

 

 

 

 

 

 

「既に本部は崩壊して跡形も無くなってはいるけど、残党の存在が確認されている以上、京都に身を置いている可能性は高いからね。いつ何時、あの子達がまた狙われるかもしれないということは、注意しなくちゃいけない」

 

「クソ蛇どもが………大人しく土ん中で死んどきゃよかったのによ……」

 

眉間に皺を寄せながら、愚痴を垂れる総介。彼にとって京都は、霞斑を滅ぼした場所であると同時に、母を殺した仇敵『雅瞠(がどう)』を葬らんとした決戦の場所。しかし、それは叶わず、不本意な形での決着となった。雅瞠は死亡したと言われているが、遺体が見つからなかった。爆発の際に飛散したともいわれているが、真実は不明。大門寺の公式では死亡扱いとなった。

 

 

「一応、先遣の者達の報告では、霞斑らしき者は見つからなかったと聞いているけど、確定した情報でも無い。あるいは、僕達『懐刀』が出てくるのを待っているのかもしれない」

 

「土ん中の棺桶で獲物を待ち伏せってか?死に損ないのゾンビどもがとる常套手段ってワケだなこりゃ。大層笑えるわ」

 

「………残念だけど、僕達は修学旅行当日、かなり動きを制限されそうだね」

 

「…………で、お前の言う『対応』ってのは何なんだよ?」

 

「ああ、それについてなんだけど………」

 

海斗は、総介に修学旅行での『例の話』をした…………

 

 

 

 

 

「…………これで行こうと思う」

 

「………はぁ、やっぱそうすっしかねぇよな」

 

海斗の話を、総介は残念そうにため息を吐きながら了承した。

 

「ここを留守にしている間は、明人や剛蔵さん達に任せればいいさ。僕達の役目はあくまで『五つ子の姉妹と上杉君を護衛すること』だからね」

 

「………まぁな」

 

不本意だが、納得するしかない。

 

 

 

 

それも、三玖や姉妹、風太郎を護るためのこと………

 

「んで、アイツらには何て言うよ?」

 

「アイナが今、姉妹の誰かに説明しているから、家に帰ってからその子から皆に言ってくれるように頼んでいる手筈になっているよ」

 

「………せめてそれが三玖じゃないことを望むが……」

 

 

 

総介にとってこの選択は、少し寂しいものだった。しかし、霞斑の毒牙が健在な以上、野暮なことは言っていられない。

せめてものと、アイナが説明している人物が三玖ではないことを心の中で祈る総介だった…………

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

ここは学校の図書室。姉妹と風太郎は、勉強のために、久々に集まっていた。

 

そんな中で………

 

 

(………どーしよ)

 

四葉は悩んでいた。それは、アイナから言われたこと………

 

 

『姉妹の皆さんで班を組んでくださらないでしょうか?』

 

『え………』

 

 

その後、大雑把な理由を聞いた。『先日、自分達を拐おうとした悪い人たちは京都に本部があって、もしかしたら待ち伏せているかもしれない』これが四葉の認識。いや戦隊ヒーローの敵組織みたいだなオイ!

そして、その護衛として、海斗、アイナ、風太郎、そして総介が班を組み、姉妹五人で班を作らせて、彼女たちを見守るということ。五人一緒ならば、姉妹がバラバラになる機会が殆ど無いし、護衛がしやすい。

 

しかし、それを行えば、三玖と総介は一緒の班では無くなってしまう。これでは三玖に大見得を切って提案したことが頓挫してしまう。何より………

 

 

「そういえば、修学旅行の班は決めましたか?」

 

「私は当然、海斗君とアイナの2人と組む予定よ!」

 

「私は、ソースケと一緒になる予定」

 

「ふ〜ん。じゃあさフータロー君、お姉さんが一緒に班を組んであげようか?」

 

「ん?いや、俺は……」

 

 

(みんなバラバラ過ぎるよぉぉお!!!!)

 

 

全員が全員、それぞれの思惑を口にしていた。これでは、姉妹全員を同じ班にするなんて、夢のまた夢だ。

 

「四葉はどうするのですか?」

 

と、ここで五月が聞いてくる。

 

「わ、私!?………えーっと……」

 

 

四葉は徐々に、汗をダラダラとかきはじめる。

 

「?どうしたの?」

 

一花が心配そうに見てくるが……

 

「…………」

 

三玖との約束がある手前、中々言い出せない。

 

 

と、その時………

 

 

「うぃ〜す」

 

と、いつものやる気のない挨拶をしながら総介がやって来た。

 

「!」

 

「ソースケ!」

 

彼の声を聞いて、三玖はパアッと明るい表情へと変わる。かわいい。そんな三玖の頭を撫でながら、総介は四葉の方を見た。

 

 

「………」

 

「あ、あははは、浅倉さん、どーも………」

 

その挨拶から、総介は大体察したようで……

 

「………はぁ、アイナがお前に説明したっつってたが、どうやらその様子じゃあ、帰ってから説明できそうにねぇみてぇだな」

 

「あ、あははは!すみません」

 

「?何のこと?」

 

と、三玖が疑問を抱くが………

 

 

 

 

総介はそのまま、四葉に変わって姉妹に説明することにした。

 

 

 

 

 

「あー、修学旅行の班決めだがな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日………

 

 

「はい、これで班分けも決まったということで、各班班長を決めておくように」

 

 

先生のその言葉で、クラスの班は決定した。

 

 

 

 

「………なんでこうなるのよ」

 

二乃が険しい目をしながら呟く。彼女をセンターにして、その両サイドには……

 

「結局いつも通り……」

 

目からハイライトを無くしてドヨ〜ンと落ち込む三玖。

 

「…………」

 

何故か周りの空気が悪い理由に気づかない五月。

 

「………(気まずい!)」

 

最初に真相を知ってただけに申し訳なさが残る四葉。

 

「はは……フータロー君に友達が出来て良かったね……」

 

乾いた笑い声をあげる一花。

 

 

 

見事に姉妹が全員同じ班となった。

 

「やっぱあの5人はそうなるよね」

 

「俺……一花さん狙ってたのに……!」

 

「だけど同じ姉妹でなんてよっぽど仲がいいんだねー」

 

と、事情を知らない周りはそれぞれに言う。中には下心で姉妹と同じ班になりたい男子もいたようだ。

 

 

ちなみにだが、一花が言ってた風太郎の友達はというと……

 

 

 

 

 

「班長、誰がやんだコラ」

 

「お前も一組だったんだな………多串君」

 

「俺は前田だコラ!」

 

「僕を差し置いているまい!……っていうか、君たちは人の名前を覚えられないのか?」

 

かつて、林間学校前に一花(実際は一花に変装した三玖)に告白した多串君こと前田と、全国模試の回ですったもんだあった武田が、風太郎と同じ班だった。

 

 

 

これについては、回想シーンで………

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉妹は全員、同じ班を組んで欲しい」

 

昨日、図書室でそう言った総介。

 

「え………」

 

「はぁ!?何でアンタがそれを決めんのよ!」

 

「い、いきなりだね……」

 

「………」

 

「………どうしてなのですか?」

 

と、五人それぞれのリアクションをとる五つ子。そして、最後の五月の質問を聞いた総介は、

 

「ちと待ってろ…………

 

 

 

 

…………ほれ、これ見な」

 

と、誰が聞いているかわからない図書室で無闇に喋るわけにはいかないので、総介はスマホを取り出して、数分間タップし続けた後、画面を一同に見せた。そこには、こう表示されていた。

 

 

 

 

 

・京都は去年まで春休みにお前達姉妹を拐おうとした奴らの黒幕『霞斑』の本部があった場所

・連中の残党が確認されている以上、京都にまだ潜伏してる可能性が高い

・いつ何時奴らがお前たちに近づくかは俺たちでもわからない

・そんな中で姉妹がバラバラになられるのは護衛する側としては非常にリスクが高く厳しい

・俺は海斗とアイナ、上杉と班を組んで、姉妹の班を後ろから見守る予定

 

 

 

 

 

「「「「「「……………」」」」」」

 

スマホの画面を読んだ一同は、黙ることしか出来なかった。

春休み、霞斑は捨て駒を使い、姉妹を拐おうとした。数十人もいた敵を、総介と海斗が撃退してくれたものの、もしも彼らがいなかったら………

そしてその捨て駒をよこした霞斑。その残党が、京都にいるかもしれない……

いくら二乃でも、この文章を読んだ後では、総介に盾突くことは出来なかった。

そして三玖も、総介が自分達を護るためにしてくれてることだと知ると、納得せざるを得ない。

それは、一花、五月、そして四葉も同じ………

 

 

 

しかし、どこかでしこりは残ってしまう。

 

 

……すると、

 

 

「な、なぁ浅倉、ちょっといいか?」

 

風太郎が手を控えめに挙げて、総介に話しかける。

 

「ん?どうした、上杉?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「………俺、もうクラスの男子と班を組んだんだが……」

 

「……………まじで?」

 

 

それは完全に、総介にとって寝耳に水だった………

 

 

無論、それは一花も同じである。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

その後、風太郎から事情を聞き、そのことを海斗、アイナと話し合った末に、総介は風太郎が前田、武田と班員になることを了承した。

 

 

霞斑の狙いが姉妹である以上、風太郎が狙われる可能性は極端に低い。風太郎の顔が連中に知れているかもしれないとはいえ、男と女とでは、ターゲットにされるのは断然後者だ。

それに、欲望の権化である霞斑の当主『央冥(おうめい)』。あの欲しか頭にない単細胞の『豚』のことならば、奴らは迷わず姉妹の方を拐おうと行動するだろう。となれば、風太郎を無理やり自身の班に入れておく理由も、殆ど無いとのことで、総介は海斗、アイナと協議した末、特例で風太郎の班分けを許可することに決定した。

 

 

 

 

ちなみに、総介はそのまま、海斗とアイナと班を組むこととなった。

 

 

 

その結果………

 

 

 

「海斗様と同じ班になりたかったのに………渡辺さんはともかくとして、どうしてあんな奴と………」

 

「クソ、浅倉の野郎、中野さんと付き合ってるってのに、何で渡辺さんと……」

 

 

海斗のファンとアイナのファン、両方からのヘイトを集めるハメとなった。

 

 

 

 

 

「………あ゛?」

 

「「ヒィッ!!」」

 

もっとも、そんなこと本人からすれば知ったこっちゃ無いんだけどね。

 

 

 

こうして、修学旅行旅行の班決めは、少ししこりを残しながらも、何とか無事に決めることには成功した。

 

修学旅行当日まで、もう少し………

 

 

 

 

 

 




今回から原作10巻の話に入ります。一応タグにも書いてありますが、原作の部分をかなり端折っていますので、一緒にそちらも読んでいただくと分かり易いかもしれません。
まぁそんなことよりも、銀魂の最終巻を買って読んで、映画観に行ってね!


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!

銀魂最高!ありがとうきびウンコォォオ!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

81.誕プレは力入れ過ぎるとドン引きされる

今回は修学旅行準備の回その②です。
そして、後書きに突発の企画も書きましたので、お暇でしたらご覧ください。


修学旅行の班決めも決まってから、各々はそれぞれの準備に勤しんでいた。

 

「………上杉君」

 

その中で、五月は自宅のアパートのリビングにて、とある袋を見ながら、風太郎の名前を呟いていた。すると……

 

「あれ?五月だけ!?」

 

「!?は、はい!」

 

後ろから突然声をかけられた。振り返ると、四葉だった。

 

「ん?今何かカバンに入れてなかった?」

 

「え、ええ!修学旅行の準備です」

 

袋の中身を見せまいと、五月は少し慌てて抱きかかえる。

 

「そっか。もうすぐだよね。修学旅行、本当に楽しみだね!」

 

「………そう、ですね。ですが……」

 

当日に向けてテンションの上がっている四葉とは裏腹に、五月はどこか気が乗らない様子だった。

というのもやはり………

 

「浅倉さんが言ってたこと、まだ気にしてる?」

 

「………はい」

 

五月の胸に残るのは、先日、総介によって明らかにされた、『霞斑』が京都に本部を置いていたこと。既に壊滅しているとはいえ、また再び彼らが襲ってくる可能性もある。それを考えると、少し億劫になってしまうが………

 

 

「大丈夫だよ!浅倉さん達凄く強いし、私たちは旅行を楽しもう!大門寺さんもそう言ってたし(・・・・・・・・・・・・・)、ね!」

 

「………そうでしたね。彼らが味方でいてくれるのは、心強いことですから」

 

春休み、霞斑がよこした捨て駒達が五つ子を襲撃した際、総介と海斗は、たった二人とは思えないほどの圧倒的な力の差を見せつけて、彼らを撃退した。

その時は、襲われそうになったことや、大左衛門、厳二郎などの化物達の存在のせいで、五月は極度のパニック状態になってしまっていたが、姉妹の励ましや、総介の謝罪もあり、何とか正気を取り戻した(その際めっちゃビンタしてやった)。

冷静に考えてみたら、あそこにいる化け物達は全員味方である。総介、海斗、アイナ、明人の4人も『懐刀』と呼ばれる、現地球上で最強の人類の一角としての力をもっている。その内の二人が、姉2人と相思相愛の関係なのだ。

何かしない限り、こちらに危害を加えることは無い。寧ろ、この上なく強力な盾として護ってくれるのだ。

 

 

 

五月はそれを理解するのに、だいぶ時間がかかってしまったが………

ようやく落ち着いた五月も、四葉の言う通り、今は旅行を楽しもうと、気持ちを新たにするのだった。

 

 

 

ところで、四葉の『大門寺さんもそう言ってたし』とは……

 

それは、修学旅行の班が決定した日の放課後に遡る……

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

放課後、五つ子と風太郎は、アパートに集っていた。そこに現れたのは、総介、海斗、アイナの3人。

 

狭いアパートに9人は、流石に……と、

 

 

「みんな、総介から話は聞いてると思うけど、今回の班決めは、僕の方から提案させてもらったんだ。それぞれに一緒の班になりたい人がいたというのに、勝手をしてしまったことをここで謝らせてほしい。本当に、申し訳ない」

 

そう言って頭を下げて謝る海斗に……

 

「そ、そんな!謝らないでよ。海斗君は悪く無いわ。大変な状況なのに、私たちのことを考えてくれてのことだもの。仕方ないわ……」

 

「「「「…………ジーーーっ」」」」

 

そう言って海斗を庇う二乃を、他の姉妹は全員ジト目で見つめる。ホンっと現金な女ですねぇ〜。

 

「基本は班行動となりますが、一部の時間なら多少は個人での自由な時間も作れます。それに、違う班との合同での行動が許されていないわけでもありません。護衛という形でお供はしますが………私たちも皆さんと一緒に旅行を楽しみたいと思っております」

 

「アイナ………」

 

親友であるアイナのフォローもあり、二乃はだいぶ胸の奥につっかえていたものが取れかかっているようだ。

 

「班行動だけが全てじゃないからね。ほんの少しだけなら、無理は通ると思うよ。

 

 

 

それに、たとえ万が一、『霞斑』の残党が君達に何かしでかそうと動くものなら、僕たちは全身全霊をもって対処する。この『大門寺海斗』の名に於いて、君達には、指一本触れさせやしないと約束するよ」

 

「海斗君………♡」

 

いつものように穏やかに、それでいて力強く、自信に満ちたように断言する海斗に、二乃は瞳の奥にハートを浮かべてキュンキュンしてしまう。

実際、総介、海斗、アイナは作中でもアホみたいな強さを持っている。特に総介は、怠惰そうな見てくれに反して、この3人の中では頭ひとつ跳び抜けた異形の強さを有しており、その様は敵味方から『鬼』と喩えられるほどに恐れられている。彼の眼下で姉妹や風太郎、特に三玖に手を出そうものなら、その辺にいる雑兵ならば骨の一欠片すら残らないほどに蹂躙し尽くすだろう。

 

 

が、二乃からすれば総介などどうでもよく、自分たちの固く誓ってくれた海斗に、胸の前で手を組みながら乙女の表情を向けていた。

 

 

「……そうね!海斗君とアイナがいてくれれば、百人力よ!こっちも何も心配することは無いわ!せっかくの修学旅行だもの。私たちを護ってくれるのも頼もしいけど、どうせなら2人も一緒に楽しみましょう!」

 

「フフッ、ありがとう、二乃ちゃん」

 

「勿論、二乃の言う通り、我々もそのつもりですよ」

 

 

 

 

 

 

「オイもう一人どこ行った?」

 

総介のことを完全に勘定から外している二乃。彼女の言葉を発端にして、他の姉妹達も声を上げる。

 

「そうだね。大門寺君と渡辺さんが側にいてくれれば、だいぶ安心かな」

 

「長女さ〜ん、一人忘れてませんか〜?」

 

「大門寺さん!アイナちゃん!ありがとうございます!」

 

「コラ〜四葉〜、お前のそのリボンは節穴か〜?」

 

「………確かに、大門寺君と渡辺さんが同行するのであれば、それほど心配することでは無いと思われますね」

 

「お〜い肉まん娘ぇ?肉まんやるからせめて俺の名前呼んでくれ〜?」

 

殆どに総介を省かれ、彼が目を向けたのは、風太郎だった。

 

 

 

 

「………大門寺、すまん、班分けでのわがままを聞いてもらって」

 

「構わないよ。僕たちと一緒の班というのも、少しは期待したけど、既に決めていた人達に悪いからね。上杉君だけなら、霞斑に単体で狙われる可能性は限りなくゼロに近い。春休みのあの日に、僕たち一緒に戦っているように装えたおかげで、君も『刀』の一員だと敵にフェイクをかけることが出来たという点で言えば、嬉しい誤算だったかな。

上杉君も上杉君で、新しいクラスメイト達との交流を大事にした方が今後のためになるからね」

 

「………ありがとう、大門寺。それと……わ、渡辺さん」

 

「どう致しまして、上杉さん」

 

 

そんなやりとりを見て………

 

 

「…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三玖ぅぅぅぅううううう!!!!!!(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)ブワァッ」

 

 

「………よしよし」( T_T)\(・ω・`)

 

誰からも相手にされなかった総介は、たまらず滝のような涙を流して三玖の大きなお胸に飛び込んだ。三玖は総介の顔を他の姉妹と同じく立派に育った胸元で『ポヨン』と受け止めて、おいおい泣き喚く総介の頭を大っきくて柔らかいモノで挟みながら優しくなでなでして慰める。

ドSは打たれ弱かった………

 

 

 

まぁ、これも日頃の行いだよね………

 

 

 

 

それでも総介は爆発しろ!

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

時は現在まで戻り、こちらは風太郎と、その妹のらいは。

二人は風太郎の修学旅行の備品を買いにショッピングセンターへとやってきていた。

 

「下着と靴下、歯ブラシは持っていくんだっけ?」

 

「おいらいは、わざわざ新調しなくていいだろ」

 

「えー、だってお兄ちゃんのパンツピロピロだもん、クラスの人に笑われちゃうよ!」

 

………くすくす

 

「今笑われてますけど」

 

買い物中に明るく大きな声でカミングアウトするらいは。当然周りにも聞こえるので、兄の下着事情が丸出しである。

 

「家庭教師に復帰できたんだから、少しくらい自分のために使ってもバチは当たらないよ。

 

あ、でも五月さんたちへの誕生日プレゼントをケチったら嫌われちゃうよ?」

 

「へぇ、あいつら誕生日なのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………えっ

 

 

 

 

 

 

もう過ぎてるけど」

 

「…………」

 

 

らいはにそう言われて暫し沈黙の風太郎。自分は誕生日を祝ってもらっておきながら、五つ子の誕生日を華麗にスルーするという偉業を達成………

 

少し考えを巡らせて………

 

「………ま……やらなくても……つーかあいつらも遅れてたし……いや、そもそもあっちから言わないということは」

 

「うわ〜〜………」

 

誕プレを渡さない理由探しに躍起になる風太郎にドン引きするらいは。

 

「頂いたらお返し!小学生でも知ってる常識だよ!」

 

と、至極真っ当な正論を突きつける出来た妹である。

 

「ちなみに『あさくらさん』はもうみんなにプレゼント贈ったみたいだよ」

 

「ふ〜ん………ん、待て?らいは、何で浅倉が誕生日プレゼント贈ったこと知ってるんだ?」

 

「四葉さんが『なんと!浅倉さんからみんなへプレゼントもらっちゃいました(≧∀≦)』ってメールが来たもん」

 

「四葉め……」

 

クソ、これではプレゼントを渡さない俺が最低みたいじゃないか……というケチの発想丸出しの風太郎。

 

ここで、総介が姉妹に渡した誕生日プレゼントはというと……

 

一花……映画観賞チケット

二乃……商品券(福引きでたまたま当てた)

三玖……大門寺に縁のある刀匠に打たせた脇差の模造刀

四葉……遊園地の一日フリーパス

五月……『特盛り万博』なるイベントへの招待券

 

 

 

 

………些か三玖への贔屓が過ぎる気もするが、まぁそこは総介だし、仕方あるまい。……しかしまぁ5人中4人がチケット……ってか二乃だけ福引きで当てた商品券て……まぁ二乃も二乃で、海斗からウン万するネックレスもらったみたいよ。んま〜幸せだこと………

 

ちなみに、総介は風太郎の誕生日にも、革の財布をプレゼントとして贈っていた。

 

 

 

『それなりの値段するが、売ったりとかすんなよ』

 

『しねぇよ!………いや、売ったりなんか……しねぇよ?』ソワソワ……

 

『おいコラテメェ』

 

 

………とにかく!総介が姉妹に誕生日プレゼントを先に贈ってしまった以上、風太郎も渡さないわけにはいかなくなったので……

 

タッタッタッ………

 

 

 

 

「やっぱあげたほうがいいかな?」

 

「ひゃあっ!」

 

ちょうど今気づいたので、そこにいる直接本人に聞いてみることにした。突然話しかけられた五月は驚きのあまり変な声を上げてしまう。

 

「……あ、誰かと思えば……」

 

「上杉さん!らいはちゃんもこんにちはー」

 

そこには四葉もいた。偶然会ったようにも見えるが、実はらいはが前日に五月とメールで一緒に買い物をする約束をしていたようだ。

 

 

 

………………………………

 

 

そんなこんなあって合流した四人だが………

 

「五月さん!これはいくらなんでもアダルトすぎるよ!」

 

「こここ高校生ですからね!これくらい普通です!」

 

 

 

五月はらいはを連れてランジェリーショップに行ってしまい、風太郎は四葉と近くのベンチでお留守番することとなった。

 

 

どんな際どいやつをらいはに見せていたのだろう………

 

 

 

 

やがて、らいはだけが戻ってきた。どうやら五月は店内の奥で採寸と試着をしているようだ。

 

「五つ子なんだから他の奴と同じサイズでいいだろ」

 

「あ!五つ子ハラスメントですよ!イツハラ!」

 

ピピーーっと笛を吹いて指摘する四葉。しかし……

 

「………でも採寸は確かに不自然です……はっ!

 

 

もしや五月……一人だけ抜け駆けしたんじゃ……」

 

何を抜け駆けしたかは知らないが、胸ね手を当てて戦慄する四葉。いや、お前さんも充分に備わってると思うぞ?何がとは言わないが……

 

「五つ子のみなさんも大変なんだね」

 

「そうなんですよ。最近なんて特に……」

 

「?」

 

「い、いえっ」

 

何かを言いかけたところでやめた四葉。

 

「とにかく、林間学校は散々な結果に終わってしまったので……今度こそ!

 

 

後悔のない修学旅行にしましょうね!」

 

元気いっぱいに言う四葉に、風太郎は、

 

 

「………どうでもいいがな。体調管理だけは気をつけるさ」

 

「もー、本当は楽しみにしてるくせに!」

 

そっぽを向く兄を見て、らいはは肘で小突く。

 

「家で何度もしおりを確認してるんだから」

 

「らいは!!」

 

と、林間学校のときと同じく、しわくちゃになるまで読み込んだ付箋まみれの修学旅行のしおりをにやけながら確認していた兄の本音をカミングアウトする、本当に出来た妹である。

 

「それに

 

 

 

写真の子にも会えるかもしれないしね」

 

「………」

 

 

「………それはないだろ」

 

「あれ?京都じゃなかったっけ?お父さんそう言ってたけど」

 

「だとしてもあっちも旅行者だから……」

 

 

「………写真の子ってなんですか?」

 

と、四葉が二人に尋ねるが………

 

「…………」

 

「ほら、見せてあげなよー」

 

何も言おうとしない風太郎に、らいはは兄の周りをくるくる周回しながら促す。

 

「……なんでもねーよ、写真ももうない」

 

と、そっけなく返しはしたが……

 

「むっ………なんだか怪しいですね!何もないなら言えるはずですよ!

 

 

なぜ話さないのか私にはわかります!それは未練があるからです!

 

 

さぁ話してすっきりしちゃいましょう!」

 

「ッッ…………」

 

(珍しくお兄ちゃんが押されてる……こういう話になると途端に弱いなぁ)

 

四葉の気迫に押されてしまう風太郎。それに彼女の言ってることも間違いではないので、仕方なく話すことにした。

 

 

 

「………京都で偶然会った女の子だ。

 

 

 

名前は『零奈』」

 

 

 

 

 

 

「えっ………

 

零奈って……」

 

 

「…………」

 

 

そこまで言って、暫しの沈黙の後に風太郎は………

 

 

 

「…………おしまい」

 

「おしまい〜!?」

 

名前だけ言って終わらせた。

 

「か、かなり気になるんですが……もう少し詳細を教えてくださいよー!」

 

と懇願する四葉だが、風太郎はそっぽを向いて取り合おうとしない。その代わりに……

 

 

 

 

「つまり、お兄ちゃんの初恋の人だよね」

 

「えっ」

 

出来た妹であるらいはが代わりに発表した。

 

「はっ、初恋!!」

 

「おい、誰もそんなこと……」

 

風太郎がやんわり否定しようとすると……

 

 

ぐ〜〜っ

 

「……えへへ、食べ物の話してたらお腹すいちゃった」

 

「一言もしてないけど」

 

「じゃ、じゃあ私がなんでも買ってあげちゃいますよ!」

 

四葉はらいはの腹の虫をおとなしくさせるために、今度は彼女とらいはがショッピングセンター内を回ることにした。

 

「上杉さんは五月を待ってる係です!」

 

「……はぁ……」

 

台風のように去っていった四葉と、それについていったらいはを見送り、ため息をついてから近くのベンチへと再び腰掛ける。

 

「疲れた………」

 

 

そう言ってドスンとベンチの左側に座った。

 

 

 

 

そして、チラっと右側に目をやり………

 

 

 

 

 

「………二回目は驚かねぇぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

零奈」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なーんだ、残念」

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

風太郎が『零奈』と再会する少し前………

 

 

 

「………何で俺が駆り出されにゃならねーんだ、ったく……」

 

「二乃も三玖さんもアルバイト中なんです。いつまでも文句を垂れないでください」

 

総介はアイナと一緒に風太郎達と同じく修学旅行の備品の買い出しに出かけていた。

 

その日の朝、アイナにいきなり呼び出しをくらい、そのまま荷物持ちとして同行させられるハメとなった。

今総介の両手には、パンパンに備品が詰まったビニール袋がぶら下がっている。すると………

 

 

「!………総介さん」

 

「んだよ?」

 

「あちらに居られるのは、上杉さんではありませんか?」

 

「ん?………ほんとだ。野郎も買い出しか?」

 

遠目だが、アイナの後に総介も風太郎を視界に捉えた。

 

「四葉さんと妹さんも御一緒のようですが………あれ、四葉さんが妹さんを連れてどこかに行かれました」

 

「どうせ上杉は待ち役なんだろ?二人で女しか入れねぇような店にでも行ったんじゃねーの?」

 

「そうかもしれませんね…………?あのお方は?」

 

「?………誰かと話してんな」

 

風太郎を観察していると、ベンチに座って誰かと話し始めた。

 

「どちら様でしょうか?」

 

「………まさか、『女』か?」

 

総介の言う女とは、彼女の意である。 容姿を見る限り、女性のようだ。しかし、帽子のせいで顔はよく確認出来ない。

 

「実は女と待ち合わせていて、それを四葉に邪魔されたパティーンとか?」

 

「ですが妹さんもおられました。デートならば同行させるのは不自然かと……」

 

「………とりあえず、近づいて話聴いてみるか」

 

「えっ?……ちょ、総介さん?………もう……」

 

総介はそのまま、風太郎の方へと会話が聞こえる程度まで近づいて行き、気配を消した。

もちろん、荷物を全部彼が持っているので、アイナも総介について行き、同じく気配を消して風太郎と謎の女性に近づいていった。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

総介とアイナが気配を消してすぐそばにいるとも知らずに、風太郎は『零奈』と話をする。

 

「もう姿を見せないんじゃなかったのか?………なぜまた現れた」

 

そう聞かれた『零奈』は

 

「………君に会いたくて

 

 

 

 

 

って言ったらどうする?」

 

「………」

 

煙に巻くような言い方をして濁す『零奈』。しかし、風太郎には分かっていた。

 

 

 

 

 

 

「こんなことしなくても、いつも会ってるだろ?」

 

「え………えっ?」

 

 

 

突然のことに『零奈』は思わず声を上げてしまう。そして………

 

「『零奈』………

 

 

 

 

 

なぜ母親の名前を名乗った?」

 

風太郎は温泉旅行の最終日、五つ子の祖父の口から『零奈』という名前を聞いた。

そしてその名前の人は、もうこの世にはいないことも知った。

 

それだけでは情報不足なので、先程四葉に『零奈』と言う名前を出してみたら、案の定その反応をした。

 

 

間違いない

 

 

 

 

俺があの時会った『零奈』は

 

 

 

今ここにいる『零奈』は

 

 

 

 

 

 

「はは……そこまでバレちゃってるんだ……」

 

 

観念したのか、『零奈』はベンチから立ち上がり、風太郎と向き合って本当のことを話し始めた。

 

 

 

「あの時はとっさにね………

 

 

 

 

でも、今日伝えたいことを君から言ってくれて良かった

 

 

 

 

 

信じてもらえなかったらどうしようかと思ってたから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

君の考えてる通り

 

 

 

 

 

 

 

私は五つ子の一人

 

 

 

 

 

 

 

 

君に私がわかるかな?」

 

 

「わからん!早く教えろ」

 

「諦め早っ!」

 

謎解きミステリー風な展開になったにも関わらず、すんなりと投了する原作主人公。

 

 

 

一方、それを聴いていたオリ主はというと………

 

 

「五つ子の一人、ですか………どう思われますか?」

 

「三玖じゃねぇよ」

 

「え?」

 

アイナが小声で振ってきた話を、死んだ魚の目であっけらかんと答える総介。

 

「アイツが五つ子の一人ってんなら、ありゃ少なくとも三玖じゃねぇよ。見りゃわかる」

 

「………それほどまでに」

 

「つっても、あの女が誰かは知らねぇし、知りてぇとも思わねー。三玖じゃないってんならもうどうでもいい」

 

「………はぁ、本当に貴方は……」

 

小声で会話をしながら、アイナは総介のブレない姿勢に、感心とも呆れともとれるため息をついてしまった。

オリ主に関しては、三玖以外に全く関心を示さないという、謎解きもへったくれもない奴だった。

 

 

 

と、アングルは風太郎と『零奈』に戻る。

 

 

「そんな直球に聞くもんじゃなくない?ほら、成績優秀なんだから考えてみてよ」

 

「誰が誰とか……誰のフリした誰かとか……もうたくさんだ

 

 

 

楽しい修学旅行にケチつけんな

 

 

しっしっ」

 

と、風太郎は『零奈』を手で追い払う仕草をして彼女を突き放す。

 

「き、気にならないの?

 

 

 

……私のこと、どうでも良くなったの?」

 

 

 

 

「お前には……」

 

風太郎は話しだそうとすると、『零奈』は話も聞かずにそのままどこかへと去っていった。

 

 

「………」

 

残された風太郎は、小さくなって人混みに紛れる『零奈』の後ろ姿を見届けると、腕を組んでしばらく黙り込んだ。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「………よろしかったのですか?」

 

「あ?何が?」

 

一方、総介とアイナは、既にその場を離れ、買い出しを続行していた。

 

「あの『零奈』と仰る方、後を追えば少しは情報を知れたかも知れませんよ?」

 

「さっきも言っただろうが。あの女が三玖じゃねぇってんなら、俺にとっちゃそれまでだ。そっから何か探るってのも野暮だし、それを知ったところで俺に何が返ってくるってんだよ」

 

「確かにそうですが………」

 

総介からすれば、『零奈』のことは三玖ではないと確信した時点でそれまでの話であったが、アイナにとっては万が一『零奈』の正体が二乃だったらと考えると、中々複雑な心境だった。

 

 

「それよりもだアイナ。今俺達がしなきゃいけねぇことは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろをずーっとついてくる『ゴリラ局長』にどう対処すれば良いのかってことだ」

 

 

 

「………そうですねぇ」ゴゴゴゴゴ

 

 

(げっ!バレてる!?何故だ!?)

 

と、後ろで隠れるアイナの父の剛蔵だが、いかんせん200cmの巨体が帽子とグラサンかけて物陰に隠れながら移動してたら、それはそれで目立つので仕方あるまい。

 

 

 

「………お父様」

 

「ウギョッ!アイナちゃん!?いつの間に!?」

 

と、どうしようかと考えている剛蔵の目の前には既にアイナが鬼のような形相で佇んでいた。

 

「あれほどついてくるなと申したはずですが?」

 

「だ、だってアイナちゃん!いくら総介が相手とはいえ、男二人でデートというのはお父さん心配になっちゃうもんで……」

 

「デートではありません。総介さんはあくまで荷物持ち、所詮は動けるバッグでしかありません」

 

「おい何でさりげなく俺のメンタルも抉りにきてんだ」

 

「で、ではお父さんならいくらでも荷物持ちをするぞ!総介なんかより容量は膨大だ!よし!それでいこry」

 

「貴方が同行されると、如何わしい下着や、メイド服やナースや婦警等のコスプレを押し付けられてしまうので却下です」

 

「そ、そんな!お父さんは絶対似合うと思ってアイナちゃんに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「問答無用です。死んでください」

 

 

「あっいや、ちょっ、アイナちゃん?人体はそんな方向には曲がらな……ギャァァァアアアア!!!!」

 

 

剛蔵の言い訳も虚しく、彼は愛娘からの制裁を受けてしまうのだった。

 

 

「………南無阿弥陀、南無阿弥陀………」

 

上司のあられもない姿を見ることとなった総介は、せめて成仏できるようにと白目になって涙を流しながら、お経を唱えて合掌するのだった。

 

 

 

 

 

「いや、俺死んでないから!」

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「あらっ、ここで試着していたお客様は……」

 

「カバンしかないけど……」

 

そう店員が疑問に思う中……

 

 

「すみません」

 

 

試着室を借りていた女性が戻ってきた。

 

 

 

 

彼女はそのまま試着室へと入り直して、大きな白い帽子と、長いストレートのウィッグを頭から取り外す………

 

 

 

 

 

取り外すと、ピンっと特徴的なアホ毛が頭頂部から立ち上ったその女性………

 

 

 

 

 

五月の頬は、赤く染まっていた。

 

 

(思った通りにいかない……

 

 

 

しかし、楔は打ちました)

 

 

 

 

彼女が『零奈』として再び風太郎の前に現れた理由、それは………

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

そして日にちは経ち、いよいよ修学旅行当日の朝を迎えた。

 

 

新幹線の止まる駅に集合する一同。

 

それぞれがリュックと。大きなカバンやキャリーバッグを手に持ち、いかにも修学旅行生の出立ちをしながら新幹線が来るのをホームで待つ。

 

「いよいよ始まるね」

 

「おーい五月。新幹線乗るよー」

 

と、一人小走りで五つ子のいる場所に急ぐ五月。

 

「とりあえずは、海斗君とアイナの班に合流したいわね」

 

「完全に浅倉君が蚊帳の外……」

 

「…………」

 

二乃の思惑がダダ漏れする中、三玖は何故かいつも以上に眠たそうな顔をして、うとうとしている。徹夜で眠れなかったのだろうか……

 

 

と、そんな姉妹達を素通りして、五月がすぐそばにいた風太郎へと話しかける。

 

「上杉君………

 

 

 

 

 

清水寺行きましょうよ。私たちの班と一緒に!」

 

「は?」

 

何故か開口一番で、五月は修学旅行での同行を風太郎に提案する。

 

「いや、今回は班ごとに行動だろ?」

 

「まぁそう言わずに」

 

いつもよりグイグイと風太郎に行く五月に、姉妹は驚いている。

 

「えっ」

 

「なんで五月ちゃんが……」

 

その中でも特に、一花が一番びっくりしていたのだが、彼女はそちらを向くことなく、風太郎を誘おうとする……

 

 

 

(京都での思い出は大切なはずじゃなかったのですか?

 

 

 

 

 

あなたなら気づいてくれると信じてます!)

 

 

そんな唯一の妹である彼女を見た四葉は………

 

 

 

 

 

(…………五月までどうしちゃったのーーっ!?)

 

 

 

総介と三玖、二乃と海斗、そして風太郎と一花は……まだであるが、そういったカップル(一組だけ違う)どもの雰囲気に当てられ過ぎたせいで、五月もついに『目覚めてしまった』のでは!?と勘繰ってしまう四葉だった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、

 

 

 

 

 

 

「やだやだやだぁぁぁあ!!!!俺も修学旅行いくうううう!!!!アイナちゃんと一緒に京都回るううううう!!!!!」

 

「大の大人が何駄々こねてんだ!!!親のアンタが行けるわけねぇだろうが!………ったくよぉ。ほら、今日も仕事あんだから、ちゃっちゃと済ますぞ。アイナには土産だけ期待してろ」

 

アイナが修学旅行に出かけたことで、子供のように地面にねころがってバタバタと暴れる剛蔵。それを見て、刀次は煙をふかしながらはぁ、とため息をついて呆れてしまう。

 

「やだぁぁあああ!!!じゃあ『刀』の局長なんて辞める!!刀次に局長の席譲るから行かせてくれぇええ!!!」

 

「んなんで局長の椅子もらいたかねぇわ!!!」

 

「そうですぜ剛蔵さん。京都に行きてぇ気持ちも分かります。俺も清水寺で片桐さん突き落としたくてウズウズしてるところですが、仕方ありやせん。今は我慢しましょう」

 

「お前は物騒なこと口にするのを我慢しろ!!」

 

「しかし、剛蔵さんが局長を俺に、刀次さんを俺の『犬』にしてくれるってんなら、俺もやぶさかではありませんぜ?」

 

「何勝手に俺の役職異動してんだ!!!ってか『犬』ってなんだ!どんな役職だ!」

 

「何!明人、それは本当か!?」

 

「安心してくださせェ。剛蔵さんが京都に行った暁には、俺が見事に片桐のヤローを使いこなして、世界一のお茶汲みにしてみせまさァ」

 

「………分かった!明人、俺がいない間、『刀』を頼んだぞ!刀次、お前も美味ぇ茶を淹れれるように頑張れよ!!」

 

「おう、任せときな…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って色々ちょっと待てぇぇええぇえ!!!!」

 

 

 

 

結局、『刀』の良心であり苦労人でもある刀次に止められて、剛蔵は泣く泣く京都への突撃を諦めるのであった。

 

 

 

 

 

 

そして総介達も、1年ぶりの京都へと向かう………

 

 

 

新幹線に乗り、五つ子と風太郎、総介、海斗、アイナの修学旅行が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 




〜妄想企画〜
以前ご感想で『懐刀の強さの序列』についての質問がありました。そこで、大門寺家対外特別防衛局『刀』の中でも抜きん出た実力者達である『懐刀』を色々と数値化してみようと考えてみたんですが、これが中々面白くてハマっちゃいました。
というわけで、今回は少し前のジャンプの人気漫画『トリコ』の捕獲レベルで測って数値化してみました。もちろん、トリコの世界の猛獣はいません。あくまで普通のこの世界のレベルの尺度として測っていきますので、さすがにトリコの世界ほどは強くないです。それでは、現地球上最強生物の大左衛門も含めてどうぞ。
(捕獲レベル1……『トリコ』では猟銃を所持したプロのハンター10人でようやく捕獲できる数値)捕獲レベル≠戦闘力
※トリコを存じ上げない方、本当に申し訳ありません。飛ばしていいです。

『覇皇』大門寺大左衛門陸號……捕獲レベル30000
『金剛』渡辺剛蔵……捕獲レベル10000
『銀狼』片桐刀次……捕獲レベル6350
『暴獣』長谷川厳二郎……捕獲レベル6600
『鬼童』浅倉総介……捕獲レベル6590
『神童』大門寺海斗……捕獲レベル6550
『朧隠』片桐剣一……捕獲レベル6500
『狂聖』アルフレッド・ショーン・ケラード……捕獲レベル6300
『艶魔』今野綾女……捕獲レベル6240
『夜叉』御影明人……捕獲レベル6200
『戦姫』渡辺アイナ……捕獲レベル6000

大左衛門が『NEO』を吸収したアカシア、剛蔵が『GOD』、『懐刀』がそれぞれ『八王』の捕獲レベルですね。まぁあくまで普通の地球レベルの尺度で喩えたらばの話なんで。
一番低いアイナでも6000。トリコ世界では猿王『バンビーナ』クラスです。
わぁいインフレ!あ◯りインフレだぁい好き!

とまぁ妄想もここまでにして。こういうキャラクターの数値化って、作者は好きなんですけど、みなさんはどうですかね?

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
次回から修学旅行スタートです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

82.プレゼントは真心を込めるとめっちゃ喜んでくれる

R-18にて【『嫁魂』〜ゲロガメッシュミッドナイト!!〜】を投稿し始めました。現在2話まで公開中です。
お暇がございましたらブラックコーヒー片手にご覧ください。
あと、官能小説はドドドド素人なので許してください。
はぁ〜、これからR-18も兼ねなくちゃいけないのかぁ……

ちなみにこの修学旅行編は、ここまでの原作の話で一番改変しなくちゃいけないので、結構考えるのがしんどいです………


修学旅行初日……京都へと向かう新幹線の中にて……

 

 

「そっちの班どこ行くの?」

 

「お寺とか神社は二日目に団体で行くんでしょ?じゃあ一日目はおもいっきり遊びたいよね!」

 

「だよね!」

 

移動中の車内では、生徒達各々が好き勝手に雑談をしており、ザワザワと盛り上がっている。

そんな中で、見事に同じ班になった五つ子達はというと………

 

 

 

「はい、フルハウス〜♪」

 

「負けた〜!」

 

「ぐぬぬ……」

 

五人仲良くポーカーをしていた。

 

「もう一回、もう一回勝負よ!」

 

「いつでも受けて立つよ〜」

 

負けず嫌いの二乃が、一花にもう一度勝負を仕掛ける中、四葉は隣にいる三玖に声をかける。

 

「三玖、三玖」

 

「…………」

 

「終わったよ」

 

「…………!」

 

三玖は、目を閉じながら寝落ちする直前まできており、うとうとしながらボーッとしていた。そのせいか、口の端から涎がこぼれそうになっている。

 

「…………あ、ツーペア」

 

「遅いし弱い!」

 

先程の勝負は終わっているのに気づかずに、三玖は持ち札を明かすが、その組み合わせも弱かったので、結局負けである。

と、四つ葉がヒソヒソと彼女の耳に話しかける。

 

「眠そうだね。今朝早起きしてどこか行ってたみたいだけど」

 

「うん……バイト先に無理言って朝から厨房貸してもらってた」

 

「えっ、じゃあ……」

 

「それを食べてもらっていよいよ……私も食べてもらう」

 

「表現!」

 

今朝早く、三玖はパン屋に行き、総介に食べてもらうパンを一生懸命作っていた。

この『総介に自作のパンを食べてもらうサプライズ大作戦』は、総介には一切何も言っていない。彼の方からすれば、パンを貰うのは完全に初見だ。今まで総介から教わった料理の基本と、彼の知らないところで頑張ってきた三玖の集大成を……全てをぶつける日である。

 

それを知っているのは、四葉のみ。

 

「ずっと今日のために頑張ってきたんだもんね。最後まで応援するよ!」

 

「………冷めても美味しいといいんだけど」

 

三玖の心配は、彼と一緒にお昼を共にできるかということと、パンが時間が経つにつれて味が落ちないかの問題だ。出来るだけ早く食べてもらいたい。

 

 

と、ここで一花が………

 

「あ、そうだ!次勝った人はなんでも命令できる、ってルールはどうかな?」

 

という、中々にスリリングでリスキーななことを言い出してきたのだが……

 

 

 

「なんでもね……いいじゃない」

 

「受けましょう」

 

「………負けない」

 

二乃、五月、そして三玖はやる気満々。一花含め、各々何かしらの野望があるのだろう。四人の背後に燃える炎を見た四葉は………

 

 

 

 

(………このバチバチ……トランプだけの盛り上がりだよね!?)

 

それぞれの野望を叶えるための戦いが、京都に到着するまでの新幹線の車内で幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

一方、離れたところでは、海斗は小説を読み、アイナはタブレットで動画を視聴し、総介は安定の今週のジャンプをアイマスク代わりにぐっすりと寝ていた。

 

 

 

しかも椅子を全倒しして(後ろは空席)。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

そして生徒達を乗せた新幹線は、京都へと無事到着し、駅の広場にて、先生から説明を受けていた。

 

「大きい荷物はこちらでホテルに送っておく。貴重品だけ持っていくように。諸注意は以上だ。では解散」

 

先生の説明が終わりを迎えたころ………

 

 

 

カシャン

 

 

 

「!」

 

二乃は何か自身の後ろで何か音がしたように感じた。

 

「どうかしましたか?」

 

「え……ううん、多分気のせいだわ………それよりも、海斗君はどこ行くのかしら?」

 

「彼らなら、私達に合わせて行動するとのことですよ」

 

「………そう」

 

海斗の班は、基本的には五つ子の護衛のために彼女たちに合わせて後をついてくる予定だ。そう五月は本人からそう聞いていた。

 

「みんなは行きたいとこある?」

 

四葉がどこに行こうか尋ねてみると………

 

「それはやっぱ、旅といえば買い物よ。古〜いお寺よりお洒落なお店の方が楽しいわ」

 

自分よりも遥かに背の高い銀髪のイケメンとショッピングをする妄想をする二乃。

 

「わかってないなー。せっかくの京都だよ?ならではの美味しい物を食べさせたいよ」

 

アホ毛が二つある男に『あ〜ん』をする妄想をする一花。

 

「色々な神社や仏閣、歴史的名所をソースケと回ったみたい」

 

もはや名指しで下心を微塵も隠そうとしない三玖。総介爆発しろ!

 

「私もその意見に賛同ですが……今はもう少しこの駅内であの日のことを……いえ、散索しても良いかと思います」

 

と、五月がアホ毛の男と駅の中を見て回る妄想をする。

 

「五月、急にどうしちゃったの?」

 

四葉は修学旅行前の五月の変わりように純粋に疑問を抱いていた。まさか、五月も風太郎のことが………

 

「私は………」

 

五月は何か言おうとしたが……

 

「あ、フータロー君の班が出発したよ」

 

「………しょうがないわね。行きたい所がバラバラな以上、どうにも出来ないし、アイツらに付いていきましょう」

 

「どこ行くんだろ………」

 

一花が風太郎の班が動き始めたのを見て、二乃が仕方無しに彼らに付いて行こうと提案し、皆もそれに了承した。

 

 

 

「二乃達も出発したみたいですね」

 

「そうだね。様子を見る限り、上杉君達の後を追うみたいだ。ほとんど護衛は要らないとはいえ、これは幸いだね」

 

「ふぁ〜、ねみぃ〜………zzz」

 

「あんなに新幹線の中で寝てらしたというのに、もう……」

 

「…………」

 

海斗は未だあぐらをかいて座りながら寝る総介の様子を、無言で見る。場所が違うとはいえ、京都は自分達、特に総介にとって因縁のある場所だ。思うところが無いわけがない………

 

こうして彼が興味なさげにしているのも、何かの裏返しなのだろう………

 

と、見かねたアイナが彼の肩を揺すって起こそうとする。

「総介さん、三玖さんが出発されましたよ」

 

「何っ!?本当かアイナ!こうしちゃいられねぇ!すぐに追うぞ!」

 

「「…………」」

 

三玖の名前を聞くや、シャキッと立ち上がって三玖を探して追う総介に、海斗もアイナもジト目で彼を見ながら追うのだった。

 

 

 

 

(杞憂だったかな?)

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

ここは伏見稲荷大社の境内にある東丸神社。風太郎と前田と武田はここに来てお参りしていた。

 

「なんだここ……」

 

「学問の神様が祀られている神社さ。前田君、君の成績は見るに堪えないんだから深ーく祈りたまえ」

 

「んだとコラァ!」

 

「お前らうるせー!」

 

武田のありがたくも失礼な説明に前田がキレる中、五つ子は木の柵に隠れて様子を伺っていた。

 

「なんか地味ねー……」

 

「コラコラ」

 

「ってか、なんで私たち隠れてんのよ」

 

「どうせ上杉君のことですから『班ごとの行動だろうが、シッシッ』と追い返すと思われます……」

 

「あはは、上杉さんなら言いそう……」

 

風太郎を遠くで見る五つ子だが、三玖だけは、パンの入った紙袋を胸に抱えながら、キョロキョロとあたりを見渡していた。

 

「あ、移動するみたいだよ」

 

「隣にも神社があるみたいだね」

 

と、先に一花、二乃、五月が風太郎に付いていく中……

 

「……自由昼食は今日しかないのに……やっぱり班行動が最大の難関……」

 

あたりを見渡しても総介を見つけれずに、シュンと落ち込んでしまう三玖だが、四葉が元気よく励ます。

 

「大丈夫!浅倉さんもちゃんと守ってくれてるから、きっと二人きりになれるチャンスはあるはずだよ!」

 

「……うん」

 

と、二人も三人の後を追った。

 

 

 

 

 

 

「移動しましたね」

 

「僕らも行こうか」

 

「はい」

 

「これ俺ら全然旅行楽しめなくね?」

 

「護衛が任務ですから」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

「わぁっ!これずっと鳥居なの!?」

 

「写真では見ていましたが、やはり実物は壮観ですね」

 

「映えるわ〜」

 

五つ子が風太郎を追った先にあったのは、伏見稲荷大社の中でも一番と言っても過言ではない名物『千本鳥居』だった。狭い感覚で奥の奥まで並び立つ鳥居は、五月の言う通り、まさしく壮観である。二乃はスマホでカシャカシャと写真を撮っている。どうせSNSにアップするつもりだろこのイマドキ女子高生め。

 

総介の事だけを考えていた三玖も、さすがにこの場では歴女の血が騒ぐようで、鳥居を見ながら歩いている。

 

「ほら、あんたたちもピース」

 

と、五人のいる位置の前後が鳥居だけになったあたりで、二乃がスマホを姉妹に向けて、四人がピースをしたところで写真を撮る。

 

「なんだか姉妹だけなのも貴重だね」

 

「あー、五人だけってなかった?」

 

「花火の時は写真撮ってないっけ?」

 

「それこそ小学生の頃の修学旅行以来ですよ」

 

と、皆が写真の話で盛り上がる中、三玖は………

 

 

「ソースケ、ついてきてくれてるかな……?」

 

と、後ろを振り返り、並び立つ鳥居の奥を見つめるも、そこに総介の姿は見えなかった。

 

「見えないわね……」

 

二乃も後ろを見るが、やはり確認は出来ない。

 

「まぁでも一本道だからね。上にはフータロー君もいるし、そのうち合流できるよ」

 

「そうだね。よーし!私たちも頑張ろー!」

 

と、四葉の一声で、五人は先に進むことを優先した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうやら皆さんは『千本鳥居』に行かれた様ですね」

 

「とすれば、彼女たちの行く先は………四ツ辻を経由しての『稲荷山』の山頂、だね」

 

「オイオイ、今は人少ねぇから、手ぇ出すには最適じゃねぇのか?」

 

「そうですね。前方から来られたら対処にも遅れてしまいますし、それに彼女達を護りながら鳥居の中での戦闘は、極力回避したいところです……」

 

「僕が先回りするよ」

 

「若様?」

 

「大丈夫かよ?」

 

「彼女たちの歩く速度を考慮すれば、今からでも少し速めに走りさえすれば、もう一方のルートで行っても余裕で追い越して、先周りで向こうに到着できる。僕はそこから鳥居を見張るよ。もし上で何か怪しい事があったら、そっちにも連絡を入れて、前後から五つ子を護れば良いさ」

 

「……そうさな。上杉もいるかもしんねぇし、何かあったら頼むわ」

 

「ああ。そっちも、後ろの見張りをよろしく」

 

「承知しました。若様、どうかお気をつけて」

 

「せいぜいバテんなよ」

 

「誰に言ってるんだい?」

 

という風に、五つ子の行動に合わせて、護衛の形を変えていく3人。霞斑の残党が潜伏している可能性が高いとはいえ、ここまで修学旅行を楽しむような気配は微塵も見られなかった。

 

 

大丈夫だろうか…………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「ハァ、ハァ……け、結構長いわね……」

 

「足が痛くなってきました……」

 

その後、五人はしばらく歩き続けるものの、見渡す限り見えるのは鳥居のトンネル。『千本鳥居』の名は伊達ではなく、延々と続く同じ景色と緩やかな傾斜も相まって、体力の無い三玖はもちろん、二乃と五月にも疲れが見えていた。

 

「もー、みんな遅ーい!」

 

一方の五つ子屈指の体力自慢の四葉、未だ疲れを見せずに、さすがと言うべき余裕っぷりを出している。

 

「あの子は気楽でいいわね」

 

「あれが四葉の良いとこだよ」

 

「元気過ぎるのもどうかしらね……」

 

と、途中少し立ち止まりながらも、皆は四葉に導かれながら、ようやく鳥居のトンネルを抜けて、三ツ辻を通過した少し歩いた先にある『四ツ辻』に到着した。三玖は息を荒くしている分、さすがにしんどそうだ。

 

そこでしばらく休憩し、稲荷山の山頂である『一ノ峰』へと向かう道を探していたのだが……

 

「道が二つあるね」

 

「どっちも山頂に続いてるみたいだよ」

 

と、一花が看板を見ながら言う。

 

(海斗君、後ろから来ないわね……)

 

と、既に到着し、五つ子を見守っている海斗に気づかない二乃。しっかりしろ彼女!

 

「もうお昼ですし、あそこのお店でお食事をとりましょう」

 

と、五月が一軒の茶屋を指差して昼食を食べることを提案するが……

 

「ま、待って。お昼は……」

 

ベンチに座って休憩する三玖が、総介と一緒に食べたいとの思いが先走ってしまい、五月に待ったをかける。

 

「何よ、他に食べたいものあるの?」

 

「………」

 

「ええっと………」

 

三玖はもう少し待つか、それか頂上で総介にパンを渡したいと思っていた。しかし、自分のわがままで迷惑をかけるわけにもいかないと思い、何も言えなくなってしまう。

そして隣に座る四葉も、事情を知ってるだけにそう易々と言えない。

 

と、その時……

 

(フルハウス!)

 

四葉はあることを思い出した。

 

これなら………いける!

 

 

 

 

「じゃあさ、二手に分かれよう!」

 

「え?」

 

彼女は片手で指で3、もう片手の指で2を作り、前に突き出す。

 

「私と三玖が右のルート。一花と二乃と五月で左のルートね」

 

「いや、勝手に決められても……」

 

「そうだね〜……」

 

と、一花と二乃は少し渋ってしまうが……

 

 

 

「なんでも命令できる権利!勝者の私が言うことは絶対!」

 

「うっ……」

 

そう、先程の新幹線の中のポーカーで『勝てば勝者はなんでも命令できる』という権利をかけての勝負、勝ったのは四葉だった。

 

 

こういうのって、欲を出したら負けるよね………

 

 

とはいえ、四葉のこのなんでも命令できる権利は、三玖のために行使されたことにより、結果的に三玖がその権利を間接的に発動したと言っても過言ではない。

三玖に小さくガッツポーズをする四葉の言葉により、五つ子は二手に分かれて、それぞれのルートで頂上を目指すこととなった。

 

 

 

 

 

一方、五つ子を後ろから見守り、先回りしていた海斗と合流した総介とアイナ。

 

「どうされたのでしょうか?あちらも二手に分かれましたね」

 

「左右別のルートで頂上を目指すのかな?」

 

「だろうな。競争でもすんのか?………どうするよ海斗?」

 

「君がそれを聞くかい?」

 

「総介さんのことですので、どうせ三玖さんと四葉さんの進まれたルートの方を追われるのでしょう?」

 

「お前ら何、エスパー?」

 

「君が分かりやすいだけなんだよ。特に三玖ちゃん絡みでね」

 

「とはいえ、人数の比を見るに、それが一番妥当なのかもしれません………若様」

 

「うん。僕とアイナで一花ちゃん、二乃ちゃん、五月ちゃんを追うとしようか。総介は彼の希望通り、三玖ちゃんと四葉ちゃんを見てもらうといい。そして彼女達が一ノ峰に到着して合流すれば、僕たちも彼女達に合流してもいいだろうね」

 

「かしこまりました。総介さ…………

 

 

 

 

 

………どうやら、既に出発されたようですね」

 

「はは……行動が早くて何よりだよ……」

 

海斗とアイナが呆れるくらいに、既にそこには総介はおらず、彼は一定の距離を保ちながら、三玖と四葉を追っていた。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

左ルート(一花、二乃、五月)

 

「あんたが余計なこと提案したせいで変なことになっちゃったじゃない」

 

「あ、あはは。まさかあそこで使ってくるなんて……一体何だったんだろうね」

 

「三玖と四葉、先程から二人でよく話をしていました。気になりますね」

 

こちらのルートを歩く者達は、二乃が一花に愚痴り、一花が四葉の予想外の権利の行使に唖然とし、五月が二人の様子に疑問を抱いて歩いていると………

 

 

「あ、お手洗いです」

 

途中でお手洗いのある場所が見えた。

 

「丁度行きたかったので、こっちが正解でした」

 

「この先には無いのよねー。私も言っておこうかしら」

 

「あ、私はいいや。ここで待ってるねー」

 

二乃と五月がお手洗いの中に入っていき、一花は外で待つことにした。

 

 

「ふぅ……フータロー君、もう頂上着いてるのかな……」

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

右ルート(三玖、四葉)

 

 

「三玖〜、早くしないとお昼終わっちゃうよ〜!」

 

「うん……あと少し……」

 

四葉が軽快に鳥居の建つ階段を登って行く中、三玖も息を荒くしながらも、懸命に歯を進めて行く。

 

「この日のために頑張ってきたんだもん。あと少しだけ頑張ろっ!」

 

「四葉……ありがと……」

 

こうして二手に分かれたのも、事情を知ってる三玖と四葉の二人と、その他の三人で分かれて登っていけば、気兼ねなく総介にパンを渡す話ができ、三玖も他の姉妹たちに余計な気を遣わなくて済むと思い、四葉は先程『なんでも命令出来る権利』を使った。自分が手に入れた権利を、姉妹のために使う。そのことに彼女は微塵も負い目もない。全ては、三玖の努力が身を結ぶのを後押しするため。

しししっと笑いながら三玖を励ます四葉。ここまで付き合ってくれた彼女のためにもと、三玖は最後の力を振り絞りながら、総介の待つ頂上を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、間違えた。総介後ろから見守ってるんだった。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

そして、稲荷山の頂上『一ノ峰』に先に到着したのは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、やっと着いたね!」

 

「…………ごめん、四葉。ここまできて迷惑かけて……」

 

「ううん。全然いいよ。これぐらい朝飯前だよ!」

 

先に到着したのは、四葉と三玖だった。というのも、さすがに山道の階段を歩く三玖に限界が訪れるのは必定であり、それを見た四葉が、彼女を背負って代わりに頂上まで登り切ったのだ。

背負われた三玖が汗だくなのに対して、途中から彼女を背負って登った四葉は汗をほとんどかいていない。すげ〜な。

 

「一花たちは……まだ来てないみたいだね」

 

「フータローも、いない」

 

「そういえば……私たちより先にいってたのに」

 

思い出したように四葉は、風太郎の班がいないことを不思議に思った。自分たちは風太郎がずっと先に行ってると思って、そのまま進んでいたのだが、いざ頂上にきてみると、そこにはいない。

 

「一花たちのルートかな?」

 

「多分………」

 

 

すると………

 

 

 

「やっと着いた……」

 

 

三玖と四葉が来た道から、総介が階段を登ってきた。

 

「あ!浅倉さん!」

 

「!!」

 

総介が現れたのを、四葉が見つけて、三玖は告白前の女子のように頬を赤くしてしまう。

 

「おう、まだ二人だけか?」

 

「はい、そうなんですが………ほら、三玖」

 

「う、うん………」

 

四葉が、三玖の背中を優しくポンと叩き、三玖を前に出す。総介に近づいていく。

 

「?三玖……」

 

「そ、ソースケ。これ………」

 

三玖は、今まで大事に持っていた紙袋を差し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パン……作ってきたの………

 

 

 

 

 

 

 

だから………

 

 

 

 

 

 

 

お昼ごはん、一緒に食べよ?」

 

 

 

「…………」

 

 

総介はそれを聞き、思考が停止してしまった。

 

涙を溜めてウルウルとさせた自身を見る上目遣いの目と、林檎飴のように赤く染めた頬、プルプルと震わせた腕を必死で自分に向けて伸ばす三玖を見りゃ、そりゃ思考停止に陥るわな。

 

 

ちなみに、今の総介の脳内はというと………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい)

 

 

 

 

 

見事に崩壊していた。『かわいい』でゲシュタルト崩壊していた。もはや文字数稼ぎと思われるくらいの文字が、某ちゃんねるの弾幕となって総介の頭の中を流れていく。

 

 

 

「…………」

 

「あ、浅倉さん?浅倉さーん!?」

 

「………お?あ、え、い、う、うん。もちろん」

 

四葉が声をかけて、総介はようやく『かわいい』の嵐から抜け出してきた。彼は三玖から、紙袋を受け取る。

 

「これ……三玖が作ったの?」

 

「うん。朝にお店で……」

 

「朝に!?バイト先で?」

 

「うん。店長さんに無理言って、厨房使わせてもらったの」

 

「そうなんだ………」

 

「三玖はずっと、この日のために頑張ってきたんですよ。是非食べてみてください!」

 

四葉のフォローも入り、総介は三玖から受け取った袋の中身を確認する。その中には、いくつかのパンが入っていた。

 

「……そっか。じゃあどっか座れるとこ行こうか。ここだと人目につくしね」

 

「う、うん……」

 

「よかったね、三玖!」

 

「うん」

 

「それじゃあ、私はここで皆を待ってるよ!ちゃんと事情も説明しなくちゃならないから」

 

総介は三玖と一緒に、人気の無い場所で食べることにした。四葉はそのまま、もう一つのルートの前で残った姉妹を待つことにした。すると……

 

「四葉」

 

「ん?どうしました?」

 

総介が移動する前に、四葉を呼び、目の前に移動する。そして………

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで三玖を支えてくれたんだろ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとな

 

 

 

 

すげぇ感謝してる」

 

 

 

 

 

 

 

 

総介はそのまま、四葉の頭に手を置いて、優しく撫でる。

 

 

「!!!………えへへへ、どういたしまして!」

 

総介の頭撫でに四葉は照れながらも、そのお礼をしっかりと受け取る。

 

「さあ!早く食べてあげてください!お昼も終わっちゃいますよ!」

 

「はいよ」

 

「四葉、本当にありがとう」

 

「えへへ!よかったね、三玖!」

 

三玖は改めて、ここまで助けてくれた四葉に礼を言った。そして二人は、四葉にその場を任せて、人気の少ない静かな場所へと移動して行った………

 

 

 

 

しばらくして………

 

 

「よし!一番乗り!」

 

「う、上杉さん!?」

 

「ん、四葉……来てたのか……」

 

「はい……って、どうして上杉さんが私たちより後に……」

 

四葉は、風太郎が自分達が登ってきたルートから、自分達より後に彼が現れたことに驚きを隠せなかった。

彼女はてっきり、風太郎は姉妹より先を行き、なおかつ一花たちのルートを進んでいると思っていたからだ。自分達の後ろを歩いているとは、思いもしなかった。

 

 

後から聞くと、風太郎の班は『四ツ辻』にあるお店で昼食をとっていたのだが、前田が食べ過ぎたせいで、歩くこともままならなくなってしまい、足止めを食らった。

そのせいで、姉妹は風太郎を追い越して、三玖と四葉はこの『一ノ峰』に先に到着したのだ。

 

 

「はぁ……やっと頂上だわ」

 

「あ、フータロー君、ヤッホー」

 

「あれ?四葉、三玖はどうしたんですか?」

 

とここで、別ルートを行ってた一花と二乃と五月も合流した。

 

 

 

その後ろにいる海斗とアイナも、三人の少し後ろにいる。そして前田を背負った武田も、やがて登り終える頃合いだ。

 

 

 

 

まぁそれはそうと、こっちは一旦置いといて。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

みんな気になるのはこっちなんでしょ?

 

 

 

 

少し人気から離れた場所に置いてある石に。総介はタオルを三玖の座る場所に敷き、彼女をそこに座らせた。

 

 

「今日のために、頑張ってたんだね」

 

「うん……ソースケには、食べてもらうまで秘密だっから……」

 

「そいつぁさすがに驚いたな。じゃあ、どれ……これから……」

 

総介は、紙袋の中に手を入れて、ガサガサも最初に食べるパンを選ぶ。その中から、クロワッサンを取り出す。見た目もちゃんとクロワッサンになっている。

 

 

「じゃあ、いただきます」

 

「う、うん。………めしあがれ」

 

総介がクロワッサンを口元へと持っていくのを、三玖はドキドキしながら見つめる。

 

 

 

 

緊張の一瞬。

 

 

 

パクっ………モグモグ…………

 

 

 

 

 

…………ゴクン

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

「………そ、ソースケ?………どう?」

 

 

 

口に入れ、咀嚼し、飲み込む。その後に、総介は、しばらくは前を見ていた。三玖が心配して覗き込むと、彼はそのまま三玖の方を向いて……

 

 

 

 

 

 

 

「…………三玖」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

 

 

 

 

名前だけを呼び、思いっきり抱きしめた。

 

 

 

 

「そ、ソースケ!?どうしたの?」

 

 

突然のことに、びっくりする三玖。すると、耳元で………

 

 

 

 

 

 

 

「………ありがとう」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう、三玖………

 

 

 

 

 

 

 

 

すごく

 

 

 

 

 

 

 

すごく美味しいよ」

 

 

 

 

 

「!!………ソースケ………」

 

 

 

はっきりと聞こえるように、耳元で本音を伝えた。

 

 

 

その一言が聞けただけでも、三玖は涙をこぼしそうになるが……

 

 

 

 

 

「俺さ、あんまり今回の修学旅行、楽しみじゃなかったんだ」

 

 

「え?」

 

 

 

その一言で、三玖は少し目を開く。総介は彼女を抱きしめたまま、話を続けた。

 

 

 

「もちろん三玖との修学旅行は楽しみだよ………

 

 

 

 

でもやっぱり、京都は俺個人にとっては、あまりいい場所じゃないんだ」

 

 

 

 

「………それって、この前言ってたこと?」

 

三玖は修学旅行前に、総介から図書室で聞いたことを思い出していた。

 

京都は、『霞斑』が『大門寺』に敗北した場所。しかし、完全には仕留めきれなかった。未だ残党は、どこかにいる……彼女が聞いたのは、ここまでだった。

 

 

 

 

 

 

総介は自身の母の仇である『雅瞠』との念願の決着が、不本意な形で終わったことは、三玖にすら話していない………

 

 

 

 

 

「うん………ここじゃないけど、京都に来ると否が応でも思い出してしまって………

 

 

 

 

出来ることなら、護衛の任務を終えて、早く帰りたいって思ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、それも今、変わった

 

 

 

 

 

 

 

三玖が作ってくれた、たった一つのパンが、俺の心にある全部を変えてくれたんだ」

 

 

 

 

「………ソースケ………」

 

 

 

 

 

「三玖とこうして、二人でいるだけで、一年前の忌々しさが、遠い昔に感じるほどに………

 

 

 

 

 

京都での出来事が、俺の中で全部上書きされて

 

 

 

 

 

三玖との思い出になっていくんだ

 

 

 

 

 

三玖が作ってくれたパンを食べた瞬間に

 

 

 

 

 

 

頭の中から、君のこと以外全部が消えたんだ

 

 

 

 

 

 

ここまで、あまり京都には来たくはなかったけど、

 

 

 

 

 

 

今は違う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに来て、ここに来れて、本当に良かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にありがとう、三玖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛してる」

 

 

 

 

 

 

 

総介の言葉が一つ一つ耳に入るたびに、三玖の目から、大粒の涙が流出していく。

 

 

 

 

 

 

 

ああ………

 

 

 

 

 

 

 

よかった

 

 

 

 

 

ここまで、ずっと頑張ってきて

 

 

 

 

 

 

喜んでほしいと、

 

 

 

 

 

美味しいパンを食べてもらいたいと

 

 

 

 

 

 

 

ずっと頑張ってきたことは

 

 

 

 

 

 

 

無駄じゃなかった

 

 

 

 

 

 

「………ソースケ」

 

 

 

三玖も、嬉し泣きしながら総介の背中に手を回して、抱きしめ合う。

 

 

「愛してる、三玖。また作ってほしい」

 

 

 

 

 

「うん………

 

 

 

 

 

ソースケが言ってくれるなら、

 

 

 

 

 

 

また作りたい

 

 

 

 

 

ソースケのために

 

 

 

 

 

 

私も、愛してる

 

 

 

 

 

 

 

 

ソースケ

 

 

 

 

 

 

ずっと愛してる」

 

 

 

 

「俺も愛してるよ、三玖。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にありがとう」

 

 

 

 

 

抱擁を解いて、二人は見つめ合った後、どちらともなく顔を近づけて、唇を重ねた。

 

 

「……んっ」

 

いつもしている口づけは、今回は焼いた小麦粉の味がした。

 

 

 

やがて、二人は顔を離して、総介は三玖を胸元に引き寄せる。三玖も、総介に逆らうことなく、そのまま彼の胸の中にもたれかかる。

優しく頭を撫でる総介に、三玖は少し眠気が出てくる。総介はそのまま、下にある三玖の頭に向かって話しかけた。

 

 

「三玖、これを作るまで、すごい頑張ったでしょ?」

 

 

「え………わかるの?」

 

 

「わかるよ。凄い数努力したんだなって。多分最初は、石みたいに黒焦げなパンから始まったでしょ?」

 

 

「ッッ!!……どうしてそこまで!?」

 

見事に当てられてしまった三玖は、別の意味で顔を赤くし始める。

 

「わかるって。俺が三玖のことわからないわけないじゃん。多分、最初は黒焦げで、次はトロットロで、そこから行ったり来たりして、ようやく焦げ目がなくなってきたって感じでしょ?」

 

「〜〜〜ッッ!!!………」

 

まるでどこからか見ていたかのように、全て当てられてしまった三玖は、顔を真っ赤にさせて、総介の胸に顔を埋める。かわいい。

そんな彼女を見て、総介は右手で頭を優しく撫でる。

 

「………知られたくなかった……」

 

「残念、パンが全部教えてくれました

 

 

 

 

 

三玖のこれまでの頑張りも

 

 

 

 

 

どんな想いで作ってきたのかも、ね………」

 

「…………」

 

胸に埋めた顔を擦り付けながらも、三玖は喜びが止まらなかった。

 

 

 

 

 

おいしいパンも

 

 

 

 

 

 

自分の想いも

 

 

 

 

 

全て愛する人に届いた

 

 

 

 

 

これを幸せと呼ばずして、なんと呼ぶだろうか

 

 

 

 

 

 

本当に、いっぱい失敗したけど

 

 

 

 

 

 

この時のために

 

 

 

 

 

 

諦めず頑張って

 

 

 

 

 

努力してよかった

 

 

 

 

 

 

「………ソースケ」

 

 

 

 

「ん?」

 

 

三玖は愛する人の名前を呼び、彼に喜びに満ちた顔を向け………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………大好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も、大好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて、想いを伝え合った二人は、再度口付けを交わすのだった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これ修学旅行初日ですよね?

 

 

 

 

最初からクライマックスじゃん………

 

 

 

 

 

 

そして総介は爆発しろ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カシャン

 

 

タタタタっ!

 

 

 

 

 

 

 

「!!!三玖っ!!」

 

「えっ………!?」

 

途端に聞こえてきた音に、総介は直ぐに我に帰り、三玖を後ろに庇い、音のした方向へ注意を向けた。

 

 

「そ、ソースケ?」

 

「…………」

 

突然ことに、三玖はつい今まで三玖に向けていた優しく、柔らかい表情ではない。『鬼童』としての、敵を警戒する厳しい表情で、音のした方を向いたまま思考する。

 

 

(シャッター音?どういうこった?何でわざわざんなことを………もう既にいねぇみてぇだが……)

 

 

殺気は全く感じなかったし、今現在も周りに気配は無い。聞こえたのは、カメラのシャッター音と、そのまま走り去る音。それらは明らかに自分達に向けられたものだろう。自分達が互いに夢中になっているところを、静かに近づいて、カメラのシャッターを切った。そしてすぐにその場から走り去った。少し走れば、人混みのある場所へと出る。追ったとしても意味が無いし、何より三玖を置いて追うのは良策ではない。総介だけを誘き寄せる餌の可能性も充分ある。そうなれば今の三玖は無防備。攫いたい放題だ。

 

 

とにかく今は、三玖を安全に姉妹、そして海斗とアイナのもとへと合流させなければ………

 

 

「………三玖、パンは後で美味しく食べさせてもらうよ。今は元の場所に戻ろう」

 

「う、うん………」

 

二人はそのまま立ち上がって、三玖の座る場所に敷いていたタオルと、パンの入った紙袋をカバンに直してから、その場を離れ、人気のある場所へと移動を始める。

 

その途中、不安がる三玖に、総介は肩を抱えて、

 

 

「大丈夫。君は必ず護るから」

 

と耳元で優しく囁いて、不安を露わにする彼女を落ち着かせる。

優しくも、強い決意に溢れた言葉が、彼女の戸惑いや不安を溶かしていった。

 

「うん……ありがとう」

 

 

 

 

 

総介は大袈裟な動きはせずに、周りを目線のみで警戒し、三玖は総介の手を自然と握りながら、自身の前に危険を承知で立ってくれる『侍』を見つめながら、歩幅を合わせて、二人で頂上のルート口まで戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行一日目昼過ぎ。まだまだ始まったばかり………

 

 

 

 

 

 

 




三玖の一世一代のパン渡し。その直前に新たなトラブルが……


起こるわけねぇだろうがぁぁああ!!!
毎度おなじみイチャイチャラブラブチュッチュッイヤンバカンだよ!お前ら全員、甘々の世界に引きずり込んで糖分過多にしてやろうかァァア!(閣下)

修学旅行編を書く際は、作者も京都に行って直接色んなところを見てから書きたかったのですが、タイミング悪く、まとまった休みが取れずなので……今回は色々な観光の案内サイトを参考にさせて頂きました。
機会があれば是非行ってみたいと思います(関西在住なので結構近いです)。

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
次回はとある子からの視点で書きたいと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

83.ハーレムはエ◯ゲーに限る

約三週間ぶりの更新です。皆様お待たせ致しました。
前回、R-18を一旦終えてから休暇をとっており、その間に他の漫画(『ONE PIECE』をメインに『NARUTO』とか『BLEACH』とか)を読み漁ったり、それらを考察する動画を見たりしてました。やっぱバトルものっていいな〜。
あの頃のワクワクが蘇るわ〜。





「シャッター音……ですか……」

 

「確かなのかい?」

 

「ああ。俺も三玖も、確かに聞いたし間違いねぇ………だが、殺気も何も感じなかったし、三玖をその場に1人残すわけにもいかなかったからな、結局正体は解らずじまいだ」

 

 

 

 

修学旅行初日。時間は経って、夜。

ホテルのレストランで夕食を食べている生徒達は、班ごとにテーブルを囲んでわいわいと雑談をしながら食事をとっていた。

勿論、総介、海斗、アイナの3人も例外ではなく、あまらは話を聞き取られないように、端の方のテーブルをとり、各々のメニューを口に運びながら、総介が昼の出来事を報告していた。

 

「………仮に『霞斑』だとしても、すでに彼女たちの顔は知られています。カメラで撮影する意味と、その先にある目的とは一体……」

 

「さぁな。偵察にしちゃあどうにもタイミングが不自然極まりねぇ。普通全員いるところをカメラに収めてぇところを、俺と三玖のツーショットのところを狙ってきやがった。三玖だけを撮るってことも、俺への当て付けかもしんねぇが、んなチープなことで動揺すると思ってんなら、ヤロー共の目も一年で相当腐っちまってるってこった………」

 

「…………」

 

いくら京都が『霞斑』の総本山が存在した場所と言えど、五つ子姉妹を護衛するのは『鬼童』『神童』『戦姫』の『懐刀』三人。軍事要塞を片手間で制圧可能という圧倒的な『個』の戦闘力を有する者が、直に護衛をしているのだ。スポーツ選手のキャリアで例えると、その辺の自称喧嘩が強いチンピラは最近スポーツを始めた小学生、『懐刀』は年俸50億稼ぐプロアスリートのスーパースター、それくらいの……いや、それ以上の差がある。

加えて、彼らに慢心など一切無い。少しでも動きを見せようものなら、念入りに徹底的に標的を叩き潰す。なんなら必要無いオーバーキルも平気で行う。トッププロが素人小学生相手に世界大会決勝戦の意気込みで、全力で潰しにかかるように………

 

そのような状況の中でも、『霞斑』は残党だけで姉妹の誘拐を企むのだろうか………

 

 

 

「…………総介」

 

と、ここで海斗が口を開く。彼は総介が話している最中、珍しくスマホをいじりながら聞いていた。どうやら何かを調べているようだ。

 

「……どうした?」

 

「……もしかしたら、これじゃないかな?」

 

そう言って!海斗は総介とアイナに画面を見せた。そこには、とあるニュース記事が掲載されていた。

 

 

その内容とは………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「みんな、聞いて………

 

 

 

 

盗撮犯に追われているわ」

 

一方、こちらは五つ子姉妹の班。二乃が食事中に口を開いた言葉に、向かいの席にいた四葉の箸が止まる。

 

「えっ」

 

「もぐもぐ………」

 

五月も二乃の方を向くが、箸を全く止める様子は無い。流石は食いしん坊娘。

 

「京都駅にいたころからずっと感じてたの。そしてお昼に山を登った時に確信した。間違いないわ。修学旅行生がターゲットにされるって、ニュースで前見たもの」

 

二乃は京都駅や、稲荷山の山頂に着いてからしばらくして、確かに同じシャッター音を耳にした。最初は空耳かと思ったが、同じ音を背後から何度も聞いたことで、二乃も疑念が湧き、少し前のニュースで

 

『修学旅行生をねらった痴漢被害、京都市が注意喚起』という記事を思い出して、確信へと変わったのだ。ちなみに、海斗が目にした記事も、同じものである。

 

 

「………だとしても、なぜ二乃なのですか?」

 

「ど、どういう意味よ!」

 

結構失礼なことを言う食いしん坊五月。

 

すると………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カシャン

 

 

 

 

「!!やっぱり!」

 

と、後ろからしたシャッター音に、二乃は今度こそ盗撮犯だとタカを括って振り返ると……

 

 

 

 

 

「ご馳走だねー」

 

「インスタあげよー」

 

 

別のテーブルで夕食中の女子が、食事をスマホのカメラで撮っているだけだった。

 

 

「…………」

 

「それより三玖と一花は……」

 

「三玖は疲れちゃったみたいで、部屋で休んでるって。一花は先にご飯食べて、どこかいっちゃった」

 

二乃の話など聞いてないかのように会話をする二人。

ちなみに、三玖は体力か無い故に、山登りやその他の観光などで疲れ果ててしまい、今は自室でぐっすりと眠っているようだ。

 

「三玖にいくつか持っていきましょう」

 

「そうだね、起きたらお腹すいてそうだし」

 

と、五月が何故か持っていたタッパーに、四葉と一緒におかずをいくつか入れてゆく。

 

(……一花はどこ行ったのかしら?まぁ、どうせ上杉関連だと思うけど……)

 

一方の二乃は、一花が単独行動をとっている理由を大体察していた。

 

 

 

 

 

そしてその理由となっている張本人はというと………

 

 

 

「……………」

 

「何度もすまない、トマトも苦手なんだが、食べてくれるかい?」

 

武田に苦手な食べ物の処理をさわやかに押し付けられていた。とはいえ、貧乏性の風太郎は何も言わずに貰って食べているのだが……

 

 

「おや、上杉君。どうかしたかな?」

 

「あいつ……前田はどうした?」

 

「長いトイレだね」

 

多串君こと前田がいないことを疑問に思う風太郎だが……

 

「………じゃあ俺も」

 

「ということは僕もだね」

 

「付いてくんな」

 

 

修学旅行に来てまで風太郎にストーカー行為をはたらこうとする武田。

 

…………気持ち悪っ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「………どうしよう………」

 

 

中野一花は迷っていた。

 

 

 

何に?

 

 

自身の恋路についてである。

 

 

というのも先日、修学旅行の少し前のこと。

全国模試を終え、押し入れを整理していると、謎のダンボール箱が出てきた。それが五月のものだということがわかり、持ち主が持って行こうとしたとき、あるものを落とした。

 

 

それは、とある写真だった。そこに写っていたのは、カメラにピースをする少女と、金髪のふて腐れたように目線を逸らす少年。

 

 

 

それを見て、一花は………

 

 

 

 

「………そっか」

 

 

 

写真を見て、全てを理解した。

 

 

 

 

 

 

やはりそうだ

 

 

 

 

 

 

 

林間学校で、金髪の彼

 

 

 

 

 

 

 

 

『この中で昔、俺に会ったことがあるよって人ー?』

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの写真。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

間違いない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六年前、あの時に会った男の子は………

 

 

 

 

 

 

 

それから、一花はこの京都での修学旅行で、風太郎に告白することを決めた。

 

 

 

 

しかし、決めたとはいえ、段取りは一切考えてはいない。なんとな〜く告白しようと思っただけだ。自身の想いと、六年前の話のことを………

とはいえ、一花が今告白したところで、彼が振り向いてくれるだろうか………

 

 

『お前らみたいな馬鹿が、あの子のはずねーわ』

 

 

あんなことを言っていたので、正体を明かしたとしても、自身の想いに必ず応えてくれるとは限らない。

元より、『恋愛は学業から最もかけ離れた愚かな行為』だと本気で思っているような男だ。そもそも告白したとて、突っぱねられる可能性が高い。

 

 

 

しかし、それも出会った当初の話。

あの頃から少し経って、彼の周りの環境をガラリと変える人物が現れた。

 

 

 

 

 

『浅倉総介』

 

 

 

 

 

風太郎が家庭教師の助っ人として連れてきたこの男の登場が、自分達の全てを変えた。

 

 

 

姉妹の中で一番変わったのが、三玖だ。

一花が総介と初めて会うより前に、三玖は彼と面識があったようだった。

そして何があったかは知らないが、他人と一定の距離をとるのがデフォルトの三玖が、異常に総介に懐いていた。

それはもう、彼に恋していると言わんばかりに。いや、実際してたんだけど………

そして総介も、三玖に好意を持っていたようで、二人の距離はまるで磁石のN極とS極のように、あっという間にくっついていき、やがては恋人同士となった。今ではそれをも超えたとも言えるような、イチャイチャバカップルっぷりを周りに見せつけている。

 

そして二乃も、三玖ほどではないが、総介との出会いで変わった姉妹の一人だ。

いや、正確には『総介と繋がりのある人物』との出会いが、だろう。

彼女は総介が来てからというものの、ますます家庭教師に反抗するようになった。風太郎は二乃を持て余していたが、総介の方はそんなのどこ吹く風。二乃のアニメでの中の人でイジり倒しながら、時に正論で黙らせる。それに二乃も、無意味な反論をする日々だったが、ある時に彼女は、総介の幼なじみである『大門寺海斗』と出逢い、ガラリと変わった。

海斗の隣に立つに恥じぬような女になるために、彼女は風太郎や総介に勉強を教えてもらうようになった。

調子のいい奴だと言ってしまえばそれまでだが、それほどに彼女は、恥も外聞もなく、海斗という人間の頂点のような存在に近づくための努力を惜しまなかった。恋は人を変えるというのは、どうやら本当らしい。

 

四葉は………元々風太郎に友好的だったので、総介を助っ人と受け入れるのも早かった。

 

五月も、最初は反抗していたものの、中間試験で彼に説教を受けてからは、真面目に勉強を教えてもらうようになった。途中家出のハプニングもあったが………

 

 

 

 

 

では、一花はどうだろうか?

勉強面では、色々と助けてもらい、三玖に続いて赤点回避することに成功はした。

しかし、それ以外で、何か変わっただろうか………

 

 

 

 

分からない。

彼と出会ってなかったら、自分はどうなっていたのだろうか、出会ったなくても、今のままでいたのだろうか、見当もつかない。

 

 

 

 

ただ、言えることが二つある。

 

 

 

一つは、総介との出会いが、姉妹だけでなく、風太郎も変わってきていること。

 

 

 

 

 

そしてもう一つが………

 

 

 

 

 

総介と出会ったようがいまいが、一花が風太郎を好きなのは変わらない、ということ。

 

 

どうなっていようが、彼が昔、京都で会っていた少年だということにはたどり着いていただろう。そして、自分はそのまま風太郎を好きになっていただろう。そこに他者の介入はありはしない。彼を好きになったのは、自分なのだから………

 

そして、その風太郎も、徐々に変わり始めてきている。

何者も寄せ付けない、独り善がりの塊のような人物だった彼が、五つ子や総介、海斗との交流を通して、だいぶ軟化したようにも見える。

 

 

もしかしたら、今告白してしまえば、OKを貰えずとも少なからず意識はしてもらえるかもしれない………

そんな早急に答えを出してほしいわけではないが、如何せん周りのカップルどもがイチャイチャイチャイチャしまくっている分、自分も風太郎とああやってイチャつきたいという欲望も出てくる。

さらには、その続きも……と思ってしまう自分は、浅ましく見えるだろうか……

 

 

そう考える中で一花は、前に姉妹達がかけてくれた言葉を思い出す。

 

 

一つは、林間学校の最終日に、三玖が言ってた言葉……

 

 

 

『私たちは、みんな違う……好きになるものも、人も……みんな違う

 

でも、それはバラバラじゃない

 

みんなが何を好きになるか、誰を好きになるか

  

それは、みんなの『自由』だから』

 

 

 

 

『バラバラになるのは、勝手にそうなるけど

 

『自由』は、みんな自分の考えで、自分の足で、歩けるの

 

それは、私たちは、どこにいても、バラバラじゃない

  

みんなそれぞれが、『自由』に生きているだけだから』

 

 

 

 

 

『だから、一花も『自由』にやったらいいよ

 

それで、みんながバラバラになるわけじゃない

 

みんなそれぞれが『自由』な生き方をするだけなんだから』

 

 

 

 

 

もう一つは、春休みの家族旅行で、おじいちゃんの旅館に行ったとき、四葉と屋根の上で昔の話をする機会があった。

 

四葉がやんちゃだったように見えて、一番お母さんに怒られていたのは一花だったり、一花よく姉妹のおやつやものを横取りしたり、母が死んだ後の五月を見て、姉らしくしないとと思ったり等………

 

色々と話をした後、四葉はこう言った。

 

 

 

 

『一花だけ我慢しないで、したいことしてほしい……かな!』

 

 

 

 

三玖と四葉の言葉があったからこそ、一花は風太郎が好きなことを、二乃や三玖に言うことができた。四葉と五月には、まだ言っていないが、いずれは打ち明けるつもりだ。

 

 

(………やっぱり………言おうかな)

 

 

自分がどう思っているのかを………昔、この地で出逢ったことを………

 

 

 

 

 

そしてその時から、私は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャアアアアアアア!!!

 

 

 

 

近くで妹たちの甲高い悲鳴が聞こえたのは、その直後のことだった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

その数分前………

 

 

「………しかし、盗撮犯ね〜。仮にそいつが昼のシャッター音の犯人だったとして、三玖と俺とのツーショットを撮るとか、とんだマニアックな趣味のヤローもいるもんだなオイ」

 

「何故君と三玖ちゃんの逢瀬のところを撮影したかはさておき、ニュースになった場所はここからそう遠くはないし、犯人もまだ見つかってはいない………『霞斑』以外で考えられるのは、それが妥当だと思うよ」

 

「盗撮ですか………まったく、このような事態の時に……」

 

総介、海斗、アイナの三人は食事を終えると、海斗のファンの女子共からダッシュで自室まで逃げ、アイナもその流れで、部屋に鍵を閉めて食堂での件について話し合っていた。

 

「一応、そちらにも警戒はしておくけど、あくまで僕たちの主な警戒対象は『霞斑』だ。二人とも、決して優先順位を履き違えないよう、肝に銘じておいてほしい」

 

「…………かしこまりました」

 

「うい〜」

 

総介はいつものようにやる気の無い返事をするが、アイナはどこか思うところはある様子。

もちろん、自身が女子だということもあるが、何より親友の二乃、そして三年生に進級してから、交流を深めていた他の姉妹達が盗撮犯という卑劣な輩にターゲットにされるなど、内心怒りが湧いていた。

 

 

「………まぁそいつも次現れたらとっ捕まえてリンチすっけどな」

 

「!………」

 

 

すると、総介がベッドで寝転がりながらボソッと呟く。

アイナがどう思っているかは知らないが、総介も、昼に三玖という恋人が被害にあってる以上、見過ごすつもりは微塵も無かった。

誰を敵に回したのかを、骨の髄まで思い知らせてやろうと、内心殺る気満々だった。もっとも、『霞斑』を血祭りにあげるのが先ではあるが………

 

 

「………さて、翌日からの予定を整理しよう。明日は市内の観光がメインのようだねあ。清水寺に行って、それから………」

 

 

海斗がしおりを開いて、明日以降の予定を確認しようとした、その時……

 

 

 

 

 

 

 

…………キャアアアアアアア!!!

 

 

 

 

 

「「「!!!」」」

 

 

遠くからではあるが、確かに聞こえたその悲鳴に、三人が一斉に反応する。総介も、一瞬で飛び起きる。

 

 

 

まさか………ホテル内にまで!?

 

 

「女子部屋の階です!」

 

「わあってらぁ!」

 

「急ごう!」

 

 

恐ろしいほどの速さで、三人は部屋から出て、悲鳴の聞こえた場所へと急行した。

 

 

 

 

 

「二乃ちゃん!」

 

「か、海斗君!アイナ!」

 

女子部屋のある階へと移動すると、向かい途中で二乃、四葉、五月の三人が、そこから逃げてきたのか、息を荒くして佇んでいた。どうやら、三人で部屋に戻る時に、何かあったようだ。

 

「ご無事ですか!?」

 

「え、ええ。でも……」

 

「あ、浅倉君。か、カメラが……こっちに向いて……カシャンと……」

 

「カメラ?」

 

「ということは……例の盗撮犯でしょうか?」

 

「………恐らく間違いないだろうね」

 

と、総介があることに気づく。

 

 

 

 

 

 

 

「………おい肉まん娘、三玖はどこだ?」

 

「え?み、三玖なら、部屋で休んでいるはずですけど……って、浅倉君!?」

 

全部聞き終える前に、総介はものすごいスピードで、三玖のいる部屋へと走り出した。

三人の聞こえた悲鳴の場所の方向から考えると、五つ子の部屋は限りなく近い場所だ。

 

 

 

まずい………

 

盗撮犯とはいえ、三玖は今一人、もしくは一花と休んでいる状態。もし鍵がかかっていなければ、侵入し放題だ。二人とはいえ、疲労困憊状態の三玖と一花じゃ、男を相手にするには分が悪すぎる。

 

 

 

「三玖!!」

 

そうこうしている間に、総介は三玖の部屋の前に到着し、部屋を開けた。どうやら鍵はかかっていないようだ。彼が部屋の扉を開けると、そこには………

 

「そ、ソースケ?」

 

ちょうど扉を開けたところに、三玖がいた。見たところ、悲鳴に驚いて外の様子を伺おうとした様子だ。部屋の奥に誰かの気配も感じないので、総介はひとまず安心する。

 

 

「ど、どうしたの?今、四葉達の声が………」

 

 

「アイツらなら海斗とアイナが側にいる………どうやらホテルの中で盗撮犯が出たみたいだね」

 

「と、盗撮犯!?」

 

驚く三玖に、総介は一通り事情を説明した。

 

「そ、そんな事が………じゃあ、お昼の時のも……」

 

「ほぼ間違いないだろうね………ったく、まさかホテルん中まで入ってくるとはな………」

 

 

街中で撮るならまだしも、まさか宿泊先までその手を伸ばしてくるほど本格的だとは想定していなかった。というより、つい先程海斗から聞いたばかりなので、そもそも実態すら分からなかったが………

 

 

しかし、海斗とアイナが三人のそばにまだいるとすれば、盗撮犯は既にホテルを後にしているだろう。

今の件で、遅くとも明日の朝までには他の生徒や教師達に話が伝わる事だろう。そうなれば、盗撮犯もこのホテルや、自分達の学校の生徒達を盗撮するのは、難しくなってくるはずだが………

 

 

と、総介が考えを巡らせる中、三玖は彼の懐に身体を預け、背中に手を回した。

 

「!………三玖?」

 

「………ふふっ、嬉しい」

 

「?」

 

 

 

 

 

「ソースケが『必ず護るから』って言ってくれて……

 

 

 

 

本当に、すぐに来てくれた………すごく、嬉しい

 

 

 

 

 

ありがとう、ソースケ」

 

 

「…………」

 

 

危機感が無いのか、それとも総介に全幅の信頼を置いているのか………どちらにせよ、三玖は総介が側に来てくれたことが、この上なく嬉しいようで、彼女は総介の胸に頬を擦り付ける。

 

 

「………無事で良かった」

 

そう息を吐いて、総介は三玖の頭を優しく撫でる。

何はともあれ、今この瞬間は、愛する人が無事なことに安堵する。

願わくば、明日以降も、何事も無く修学旅行を終えたい。しかし、こういうイベント事には、こういったトラブルが起こるのが創作モノのセオリー。

 

 

(そういうのはハーレムものの作品でやってくんねぇかな、ったく。こっちは恋人のいるリア充なんだからイチャイチャパートをもっと増やせってんだコノヤロー)

 

総介は作者に悪態を吐きながらも、抱きついてくる三玖の背中に、そのまま腕を回してしばらく抱きしめ合った。

 

 

 

 

 

 

総介爆発しろ!

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

そしてこちらは………

 

 

 

「キャアアアアアアア!!!」

 

悲鳴が聞こえた直後………

 

「なんだ、今の悲鳴!」

 

「何があったの!?」

 

 

 

「悲鳴の聞こえた場所に駆けつける途中に、バッタリと出会った風太郎と一花。

 

 

「………あ」

 

「一花………」

 

一花からすれば、タイムリーで考えていた人物との遭遇だ。急な出来事に思わず動揺してしまう。

 

「や、やあフータロー君。偶然だね〜」

 

「何がだ?それより今の悲鳴は一体……」

 

「………」

 

風太郎の方は、一花のことよりも悲鳴が気になる様子。そりゃあそうじゃ。

声の主からして、恐らく妹たちのものだろう。そちらも心配だが………

 

 

 

 

「あ、あのね!」

 

一花は風太郎を呼び止める。

 

 

「明日は時間ある?

 

 

 

 

話したいことがあるんだけど」

 

 

 

 

「?」

 

そう言ってくる一花に、風太郎は少し振り向こうとした、その時………

 

 

 

「一花!」

 

「よかった!上杉さんも来てくれたんですね!」

 

「うう、無事で良かったです」

 

二乃と四葉と五月が二人のもとに駆けつけてきた。そしてその後ろを、海斗とアイナが歩いてくる。

 

「お前ら……一体どうしたんだ?」

 

「聞いてください!盗撮犯が………盗撮犯が出たんです!」

 

「嘘じゃありません!私たち三人とも、この目で見たんです!」

 

「まさか宿泊先のホテルまで来るなんて思わなかったわ。これはプロの仕業ね………」

 

「………」

 

三人の話を聞き、風太郎は少し固まってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………まさか…………いや、そんな………いや、まさか………

 

 

 

 

少し心当たりがあるが、とりあえずはそのまま何も言わずに、風太郎は視線を海斗へと向ける。

 

「上杉君、ちょうど良かった。この辺りで、怪しい人物を目撃しなかったかい?」

 

「………いや、見ていないな。ちょうど一花と会ったばかりだ」

 

「そうか………」

 

動揺は見せない。実際海斗の言う怪しい人物には会っていないし、嘘をついた覚えもない。

 

「………しかし、ホテル内まで盗撮の手を伸ばしてくるとは………」

 

「僕は先生に事情を説明してくるよ。アイナ、この子達の護衛を頼めるかい?」

 

「承知しました、若様」

 

…………マズい。事態がどんどん大きくなりそうだ。

 

「みんな、とりあえず今は、部屋に戻って、鍵をかけておいてほしい。僕は先生に事情を説明してから、総介とアイナで辺りをくまなく捜索してみるよ。それから、明日の朝まで君達の部屋の前には、必ず3人の内の誰かがいるようにする」

 

「そ、そんな!悪いわよ、徹夜で見張りなんて!」

 

「そうもいかない。盗撮犯がホテルの中に侵入し、さっきの二乃ちゃんと食堂での総介の話を聞く限りは、犯人は君達五つ子に絞って標的にしている以上、こちらも何もせずにいることは出来ない。この前話した『霞斑』の件もそうだけど、それ以外で起こりうる事態での護衛も、僕達の仕事なんだ」

 

「海斗君………」

 

 

 

………ヤバい。すげぇヤバい。もう言い出せない領域まで来てしまってる………

 

 

 

 

「若様、総介さんは……」

 

「彼は三玖ちゃんの側にいるからね。ひとまずそっちは安心だろう。とりあえず、僕は先生に説明しに行く。アイナ、後は頼んだよ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

………ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。多分『アイツ』だろうが………何してくれてんだ。もう戻れないとこまで来ちまったじゃねぇか………

 

 

 

 

 

もういっそ打ち明けるか?いや、流石にコイツらの前じゃ……それに、もし本当に大門寺の言う『かすみまだら』って奴らだったら、止めるわけにもいかない………

 

 

 

 

 

詰んでる…………

 

 

 

 

 

 

 

 

盗撮犯とやらにめっちゃ心当たりのある風太郎は表情には出さないものの、大きくなっていく事態に心の中で汗をダラダラと流しまくるのだった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

その後、五つ子を部屋に戻したアイナは、その場で総介、その後に教師達に説明を終えた総介と合流し、その後は総介と海斗が一応ホテル内を隅々まで見て周り、フロントやスタッフに聞き込みを行うも、怪しい人物を見たと言う情報を得ることは出来なかった。

 

 

 

 

「誰にも目撃されず、一切の痕跡を残さずに、煙のように完全に消えるとはね。これは本当に、『その道の者』の仕業と考えても良いだろう」

 

「その道のプロか………『霞斑』の奴らが雇ってるってこたぁねぇのか?」

 

「それも考えられるかもしれませんね。高額の報酬で雇われた者が、姉妹の写真を撮影して持ち帰ったこともあり得るでしょう。恐らく、姉妹の話を聞いた『霞斑央冥』が、プロを雇って写真の撮影を依頼したという線もあります」

 

「………チッ、あのクソ豚が………」

 

「とにかく、『霞斑』にしろそうでないにしろ、これ以上好き勝手されるのは望ましく無い。先生達も巡回を徹底するとのことだけど、僕達も今夜は総出で警戒にあたろう。その際、必ず一人は部屋の前で待機すること。怪しい影を発見すれば、捕獲を優先してくれ。本来の任務とは違い、得物は持ち合わせていないが、君達なら素手でも事足りるだろう」

 

「お任せください。下手人は必ず捕縛いたします」

 

 

「殺さなかったらいいんだろ?ならとりあえず手足の骨全部粉々になるまで折っちまうのは有りでいいんだな?」

 

「…………抵抗してきた場合は、やむおえないね、許可しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後に3人にフラ〜っとついていった風太郎は、いよいよ取り返しのつかないところまで来てしまったことを実感してしまった。

 

 

「上杉君、心配をかけてすまなかったね。後は僕達に任せて、君も休んでいいよ」

 

「え!?あ、いや………」

 

「お前の気持ちも分かるが、ここから先は俺たち『刀』の領域だ。万が一『霞斑』なら、お前のようなでどうにか出来る相手じゃねえ。ここは下がりな」

 

「あ、浅倉………」

 

 

「ご安心ください。鼠一匹とて、彼女達には近づけさせません。この身を犠牲にしようとも、二乃達は我々がお護りいたします」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

完全にスイッチの入った三人を見て、風太郎はもう何も言い出せなくなってしまった。

 

 

もしここで真実を話したら………

 

 

いや、もし本当に総介達の考えるような事態だったら、より一層彼らを混乱させるだけだ。

 

今風太郎の理想としては、このまま誰にもバレることなく、修学旅行を無事に終えることだけだ。

 

(浅倉、大門寺、渡辺さん………本当にすいませんでした!)

 

 

 

 

 

心の中で三人に土下座をしながら、風太郎は自室へと戻るのだった。

 

 

 

 

この夜、総介、海斗、アイナの三人は夜通し交代で五つ子の部屋の見張りに当たることとなった。主にアイナが五つ子の部屋の前で見張り、総介、海斗が交代でホテル内を警戒する。その際、二人は教師達に見つかるわけにはいかないので、周りの気配を探りながら『懐刀』として気配を最大限に消して、誰にも見つからないように警備にあたるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先に結論を言うと………

 

 

 

 

 

 

 

 

コイツらめっっっっっちゃ勘違いしてます。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「うう……撮らないでください………」

 

 

一方、五つ子の泊まる部屋。既に消灯し、皆ベッドに入っているが、五月は早速夢の中でうなされているようだ。先程のことがよほど怖かったのだろう。

 

 

(………なんか大変なことになっちゃったな………

 

 

フータロー君、さっきの話、覚えててくれるかな……)

 

 

ベッドに潜りながら、一花は風太郎との話のことを思い出していた。

 

 

あの時、出会った勢いで言ってしまったが、果たして彼は覚えててくれるのだろうか………

 

 

 

そう考えても、明日になれば分かることだと一旦割り切って目を瞑り、やがて意識を落としていく………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、修学旅行一日目が終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして二日目、一体何が起こるのだろうか…………

 

 

 

 




総介達の盛大なる勘違いは続く………のか?

三玖には総介が、二乃には海斗がいるおかげで、一花が今は風太郎に対して自由に動ける立場となっています(一花目線)。
やっぱ純愛って良いですね。全員が傷つかないまではいきませんが、無駄にややこしい関係にはしたりせずに、ひたすら恋人同士でのイチャイチャや、一対一の片想い恋模様を見せまくる……こういうラブコメが見たいんです!


…………ずっと考えていたんですが、『五等分の花嫁』だけに限らず、殆どの少年誌のラブコメはどうしてハーレム主体なんでしょうかね?
こうしてそれぞれのヒロインに相手がいるのってそんなにつまらないですか?需要無いんですかね?
複数のヒロインで1人の男を奪い合うよりも、ヒロイン達の数に近い男達をカップリングさせて、それぞれの恋愛模様を書いていく方が青春してて現実の恋愛っぽくて断然良いと思うんですが……その相手(総介達)の置かれている環境の現実味がゼロとか言わないでね。
でもどうせハーレムにするなら、中途半端なものではなく『ToL◯VEる』みたいに思い切って少年誌の一線を越えるか、いっそエ○ゲーとかで出して欲しいというのが作者の見解です。その方が『発電作業』が捗りますので(ただのクソ野郎)


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

84.後ろでいきなり物音すると『俺の後ろに立つな』って言いたくならない?

一花……風太郎へ告白したい
二乃、四葉、五月……盗撮怖い
三玖……ソースケ♡
総介、海斗、アイナ……『霞斑』血祭りじゃい






風太郎……マジヤバいんだけどこれマジヤバいよ。どれくらいヤバいかっていうとマジヤバい


修学旅行二日目………

 

 

 

「おー、駅まで見える」

 

「うう……落ちたらどうしましょう………」

 

京都の寺といえば!という質問に対しての答えで、ほとんどの人が答えるであろう、清水寺(知らんけど)。

その有名な清水の舞台の柵に手を置きながら、四葉は京都の街並みを一望し、隣にいる五月は怯えながら柵の下を覗いていた。

 

「柵はもっと高いと思ってました」

 

「あはは、私たちが大きくなったってことだよ」

 

と、柵に手をついていた四葉が………

 

 

 

ツルッ

 

 

 

「!!」

 

 

 

 

「なんちゃって」

 

「もー!やめてください!」

 

「ごめんごめん」

 

五月をからかって遊ぶ四葉。一方、その横では……

 

 

「上杉、お前試しに落ちてみろ。300円あげるから」

 

「対価が馬鹿みたいに少ないし、もしもらっても落ちるわけねーだろ。浅倉、ここはお前が落ちろ。身体頑丈だろ?」

 

「いやお前が落ちろ上杉」

 

「いやお前が落ちろ浅倉」

 

「いやお前が落ちろ」

 

「いやお前が落ちろ」

 

「いやお前が」

 

「いやお前が」

 

「お前が」

 

「お前ry」

 

 

 

「あなたたち何危ないことを延々と言い合ってるんですか!!?」

 

下を覗きながら互いに落とし合おうとしていた物騒な二人に、たまらず五月が大声で突っ込んだ。ちなみに、総介の横からひょこっと三玖も下を覗き込んでいる。

 

 

「………しかし、久々に見ると高く感じるな」

 

「来たことあんのか?」

 

「小学校の修学旅行でな」

 

「小学校の修学旅行も京都かよ。そりゃやだな〜。できれば小中高は違う行き先で旅行してぇもんだぜ」

 

総介と風太郎が与太話をしていると、五月と四葉があることに気づいた。

 

「あれ、浅倉君……」

 

「二日目は団体行動ではありますが……大門寺さんやアイナちゃんと一緒じゃないのですか?」

 

総介の横にいるはずの、彼と同じ班員の海斗とアイナが見当たらないのだ。というのも………

 

 

「お前らも一部分かれて行動してっからな。俺たちもそれに合わせて、手分けして見守ることにしようって海斗からのお達しだ」

 

「あ、そういえば……一花と二乃は、別々に見て周るって言ってましたね」

 

「あの二人のうち、長女さんにはアイナが、『大和』には海斗がついてってるからな」

 

「いや、二乃のことを美少女に擬人化した戦艦の名前で言われても……」

 

サブカル方面に明るい四葉に何とか拾ってもらったものの、残りの三人は「?」という反応である。

 

「海斗の方は大変だろうな。女子いっぱい引き連れてたし、道ゆく女どもを魅了して、逆ナン10回くらいされてたし。イケメン野郎め、死んでくんね〜かな〜」

 

「ソースケ、本音が漏れてる」

 

「おっといけねぇ。うっかりわざと本音をいっちまった」

 

「うっかりわざとってどういうこと!?」

 

海斗の方は、彼が歩いただけでクラスの違う女子達や、たまたま来ていた観光客、近くから来ている女性達までもその美貌で虜にし、さながら有名芸能人ばりに彼の周りに人が集まって来ていた。中にはそのままお持ち帰りを狙おうとする肉食な女性も………イケメン爆発しろ!

その様子を見て、最初は海斗がいることに歓喜した二乃も、口をあんぐりを開け、片眉をピクピクと動かしながら呆然とするしかなかった。

無論、芸能人でもなんでもない一般人(?)の海斗は、写真やサイン等は断ってあるので、そのままスルーして去って行くも、それを追跡する女どもまで現れる始末。これでは護衛どころではないが、まぁ彼なら何とかするでしょ(投げやり)。

 

 

一方、一花とアイナ。意外な組み合わせだが、当の本人たちは結構話が合い、すぐに意気投合した。そのまま見学を共にしてはいたが二人ともかなりの美少女、しかも、一花はまだチョイ役ではあるが女優をしていることもあり、彼女が映画などにでていることを知っている人から声をかけられる。まぁこちらは二人が毅然とした対応で追い返していたが、たまにマジでしつこい男がいると、アイナが『戦姫』として威圧して近づかないようにさせていた。

 

 

そんなわけで、残された総介は三玖、四葉、五月の護衛も行うこととなった。

霞斑だけではなく、盗撮班からも守ることとなったので、三人は常に、五つ子を視界に入れておかなければならない。さらに、盗撮班が何の痕跡も残さず、目撃情報も皆無であることから、『霞斑』の手先の可能性も考慮しての行動となるので、気を抜くわけにはいかないのだ。

 

 

 

まぁ後半の部分は後で全部勘違いだとわかるんだけど………

 

 

そしてそのことを唯一知っている風太郎は、あの後どうしようか延々とブツブツブツブツ独り言を呟きまくって考えたが、さすがにどうしようもなく詰んでいる状況なので、堂々巡りなため思考がショートして諦めることにした。

 

 

 

 

もうばれたらあやまればいいや〜………俺殺されるかもしんねぇけど……

 

最悪、総介達にバレても、五つ子達には絶対に知られないように懇願しよ〜っと。

 

 

 

 

ん?色々考えすぎたせいで何か忘れてるような…………まいいや。

 

 

と………

 

「ま、まぁいいじゃないですか!それぞれが自由に行動するのも!ほら、せっかくの清水寺ですよ!」

 

「五月?」

 

「上杉君もこの景色を見てください、絶景ですよ!」

 

いつになく大きな声で、五月がグイグイと風太郎を柵のところまで押す。

 

「お、押すなよ、危ねぇって」

 

「ふふっ、こんなのが怖いんですか?男の子なのに」

 

「あっ?ぜ、全然怖くないですけど〜?お、おまえの方が実はビビビビ、ビビってんじゃね〜の〜?」

 

五月の挑発に余裕を見せて返そうとする風太郎だが、ガタガタと震えて冷や汗を流しながらなので、説得力が一切感じられない。

 

「な、何を言うんですか!………

 

 

 

あ、そうです。ツーショット写真を撮りましょう!ここで!」

 

「はぁ?」

 

突然五月の言い出したことに、風太郎は驚きを露わにする。

 

「なんでだよ!」

 

「だ、だってほら!」

 

そう五月が指さした先には………

 

 

 

「はい、チーズ」

 

「………ピース」

 

カシャン

 

 

ピースをする三玖の肩を片手でしっかりと抱きながらスマホで自撮りをする総介がいた。総介爆発しろ!

 

「わ、私たちもあれくらいやりましょう!」

 

「だからなんでだよ!」

 

「四葉、お願いします」

 

「い、いいけど………」

 

カメラマンを、四葉に頼んで、風太郎の腕に手を回す五月。

 

「………やるなら早くしてくれ」

 

「は、はいっ、お手数おかけします!」

 

と、風太郎も観念したようで、五月に流されるままにツーショット写真を撮ることにした。

ギュウッと風太郎の腕を掴む五月………

 

 

 

 

 

(うわ〜……私はなんて大胆なことをしてるのでしょう!)

 

普段の五月ならやらないことなので、ただ今本人の心臓はかなり高鳴っている状態である。

 

(しかし!ここまですれば上杉君も六年前のことを思い出してくれるはず!)

 

五月は『零奈』として再び風太郎の前に現れた後から、彼に昔、ここで出会ったことを思い出させようとしていた。

 

(………そういや、あの写真もここで撮ったんだっけ)

 

それが功を奏したのか、風太郎も、徐々に『あの日』のことを思い出し始めていた。

 

(それから、あの売店であの子がお守りを五つも買って………ああ、五つ子だから五つなのか。今更納得いった。

 

 

 

 

 

待てよ!)

 

 

と、風太郎はあることに気がついた。これを行えば………しかし……

 

 

「どうしました?何か思い出しましたか?」

 

 

 

「…………」

 

そんな2人のやりとりを、四葉は複雑そうな表情で見つめていた。

 

 

 

………………………………

 

 

 

一方、総介と三玖は一足先に売店に来てお守りを漁っていた。無論、ちゃんと四葉と五月の方にも注意は払っている。

 

 

「ソースケ、お守り売ってるよ」

 

「ほ〜どれどれ………やたら縁結びのやつが多いな」

 

「ふふっ、何か買っちゃう?」

 

「いいけど、俺らもう結ばれてますよ三玖さんや」

 

「でも、こういうのもたまにはいい」

 

「そう。じゃあ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………『鬼童(おにわらし)

 

 

 

 

 

 

「!!!」

 

 

総介がどのお守りを買おうか考えていると、突如、後ろから気配がした。

 

直ぐに振り向くも、周りにいるのは他の生徒や観光客のみ。その気配の主は、跡形もなく消え去っていた。

 

 

 

(今のは………いや、だがどうして………)

 

 

 

総介は、今の気配がした人物に心当たりがあった。しかし、その人物が何故ここに………

 

 

 

 

「………ソースケ?」

 

「え?」

 

「どうしたの?」

 

「………いや、何でもないよ」

 

 

一瞬感じた気配のことが心残りであるものの、今は三玖との時間や、護衛に集中しようと、総介は気持ちを改めて、お守りを選ぶことにした。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

その後も、それぞれに寺の見学をしていた一行だったが、ここで空の雲行きが怪しくなる。濃い灰色の雲が、空一面に覆われる。

 

 

「ひと雨来そうだね」

 

「う、うん………」

 

「三玖、先にこれを」

 

「えっ?」

 

そう言って総介は、自身の黒パーカーを脱いで三玖の肩に乗せ、彼女の頭にフードを被せる。

 

「そ、そんな、それじゃあソースケが」

 

「大丈夫。俺のことはいいから………おっと、噂をすれば、降ってきたね」

 

すると、予想した通り、一粒の雨が降ってきた。そのまま、ポツポツ……やがては音が聞こえるくらいに、にわかに雨足が強くなっていく。

 

 

「急ごう。風邪ひいちゃうからね」

 

「う、うん!」

 

二人は雨を凌げる場所まで、そのまま走って移動し始めた。

 

 

 

その後、お寺等の見学は中止となり、生徒達はホテルに戻ることとなった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

「ひとまず着替えて、各班部屋で晴れるまで待機だ」

 

「え〜」

 

「せっかく京都来たのに〜」

 

突然のスコールにより、京都観光が中止となってホテルに戻された生徒達からは、恨み節も多々聞こえる。

 

「予報は晴れだったよな〜。雨男雨女がいるな。許さねぇぞコラ」

 

「フフフっ、『水も滴るいい男』とはこのことだ。ね?」

 

「ああ、黙れ」

 

そのにわか豪雨の被害を被ったのは、風太郎の班も同じようだ。びしょ濡れになった三人。前田はいるかどうかわからない雨男雨女に恨み節を言うが、武田はポジティブシンキングな様子。

 

そんな三人を、後ろから見つめる影が一つ。

 

(………覚えてない、よね………)

 

アイナと別れ、こちらもびしょ濡れの一花は、風太郎の背中を虚しく見つめる。昨日、話があると言いはしたものの、その途中で四葉達と合流し、その後に何故か風太郎が先の件で上の空になってしまったため、彼の中で一花の言ったことは完全に消えてしまっていた。

 

とはいえ、まだ終わったわけではない。この後も、最終日もある。焦ることはない………よね?

 

 

すると………

 

 

「おい上杉、明日のコース選択どうすんだよ」

 

 

 

 

 

その会話が遠くから聞こえた後、一花はそのまま五つ子の泊まる部屋へと戻り、びしょ濡れになった一花は先にシャワーを浴びて暖まった。

 

 

「ふぅ〜、シャワー空いたよ。先頂いちゃってごめんね〜」

 

一花がシャワーから上がると、他の四人も既に部屋に戻っていた。四葉、五月、二乃の三人もびしょ濡れだが、三玖は総介のパーカーを貸して貰い盾にしたので比較的マシである。

 

「で、では次四葉どうぞ……」

 

「うぅ〜、下着までぐっしょり……」

 

そのまま四葉は、シャワーを浴びるために浴室へも向かっていった。

 

「も〜、最悪〜………」

 

「せっかく晴れてたのに……」

 

そのまましばらく、四葉のシャワーが終わるまで待つ残りの姉妹。

 

「わぁ、五月ちゃん、これ攻めてるね〜。着ないの?」

 

「こ、これは違うんです!身の丈に合わないので捨ててしまいます!」

 

と、何やら一花が五月の荷物を見て何か言っていたが、何なのだろうか………

 

 

すると………

 

 

 

 

コンコン

 

 

 

「入るぞ〜」

 

外から聞き覚えのある声がした。ガチャっと扉が開き、頭にタオルを巻いた風太郎が入ってくる。

 

 

「五班全員いるか?連絡事項だ。30分後、2階の大広間に集合だそうだ」

 

「なぜあなたが……」

 

「一応学級長だからな」

 

ちなみに、後一人の学級長は、絶賛シャワー中である。

 

と、風太郎の後ろから………

 

「三玖〜、会いにきたよ〜」

 

総介がヒョコッと顔を出した。

 

「!ソースケ!」

 

雨のせいで曇った表情をした三玖の顔が、パァッと晴れやかに明るくなる。かわいい。

 

「何でアンタまでいるのよ!」

 

「上杉に半分パシらされてな。んでついでだから三玖に会いにここにきた」

 

「ついでって何よついでって」

 

総介が二乃といつものやりとりをしていると………

 

 

 

「あ、あのね、フータロー君」

 

一花が風太郎に話しかける。

 

「ん?何だ?」

 

「明日のことなんだけど………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラっ!

 

「ふーーー、スッキリしたー!」

 

浴室のドアが開き、全裸の四葉が姿を現し………

 

 

 

ダァン!!!

 

 

 

すぐに扉が閉じられた。

 

 

「………残念だな、四葉………お前の全て、惜しみなく見させて貰ったぜ」

 

四葉のいる扉に向かってサムズアップする総介。

 

「…………ソースケ?」

 

「…………」

 

その後ろから、闇のオーラを纏いながらヌゥっと姿を現した三玖をの悪寒を背中で感じた総介は………

 

 

「タダイマ、キオクカラスベテサクジョイタシマス。オユルシクダサイオヒメサマ」

 

「………なら、許す」

 

プクーっと頬を膨らましながらも、総介が脳内で四葉の裸を削除したことでとりあえず許した三玖。

 

「んで、何だよ一花?」

 

と、茶番はここまでにして、風太郎は先程一花が何か言おうとしたことを改めて聞き直す。

 

 

「あ、え、えーっとね……明日のコース選択だけど、どこにするのかな〜って……」

 

割と簡単に聞くことが出来た。

 

「俺か?Eにする予定だが……」

 

「ふ、ふーん、そうなんだ………」

 

「マジか?俺と三玖も同じとこだぞ」

 

「うん」

 

三日目はそれぞれに選択したコース別の体験学習であり、AからEまでの五つのコースが存在する。

その内のEコースは、太秦映画村へと行くコースである。

 

「それだけか?まぁとにかく30分後な。コース選択もそこで決めるらしいから、考えとけよ」

 

「はーい」

 

「またね、三玖」

 

「うん、またね、ソースケ」

 

「……………」

 

そう言い残して、2人は部屋から出て行った。そしてそんな中、二乃は無言のままジーっと一花を見つめていた。

 

 

「………もういないよね?」

 

しばらくして、四葉が出てきた。

 

「もういないわよ。上杉は知らないけど、浅倉にはガッツリ見られたみたいよ」

 

「〜〜〜〜!!!」

 

総介に見られたと知り、目を渦巻にして顔を真っ赤にさせる四葉。

 

「安心して四葉。私がソースケの頭から消させたから」

 

「三玖エスパー!?」

 

人の記憶を消させると言う中々にすごい特技を持っている三玖(持ってない)に、四葉は驚きを露わにする。そんなアホな子は無視して、五月が明日のことについて二乃に尋ねる。

 

「そういえば二乃は、もう決めてあるのですか?」

 

「ええ、さっき海斗君と話したわ」

 

「え?何の話?………」

 

その後、状況を理解していない四葉も交えて五人は明日のコース選択の話を行ってから、予定の時刻に大広間へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「結局、それらしきヤローは現れず終い、か……」

 

「僕の方でも、怪しい動きをする者は現れなかった」

 

「私も、確認できませんでした………そしてこれが、五人の選択されたコースですか……」

 

夜、それぞれの今日の報告をするために、総介と海斗が泊まる部屋に来たアイナが、テーブルに一枚の紙を見た。そこには生徒達の朝のコース選択先が記されていた。それは、海斗が先生から借りてきたものである。

昨日の件もあり、また盗撮班が狙うかもしれないから、彼女たちのコースを把握して、こちらでも見張りを行いたいと言って、先生から特別に貸して貰ったものだ。それも、優等生であり、生徒だけではなく、教師からも一目置かれている海斗でなければ、この紙を手に入れることは出来なかった芸当である。やっぱイケメンって正義なんだね………

 

 

「大体予想通りってとこか………」

 

「これなら、僕たちも綺麗に分かれて行動できるね」

 

「配置は、大体予想できますが、いかがいたしますか?」

 

「決まってんだろ。んなもん………こうでいいだろう?」

 

総介が、そのままペンを走らせて、コースのアルファベットを記入していく………

 

「そうだね。これが一番良い」

 

「承知しました。では、これを先生に渡してきますね」

 

そう言って、アイナは紙をとって部屋を出て行こうとするが………

 

 

「………待て、アイナ」

 

総介が彼女を呼び止めた。

 

「?どうされました?」

 

 

「海斗も聞いてくれ。昼間のことなんだが………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………本当、ですか?」

 

「断定は出来ねぇがな。ほんの一瞬だか、すぐ後ろにそれを感じた」

 

「……だとしたら、何故ここに………」

 

「さぁな。会って確かめにゃわかんねーよ。だがもしかしたら………そういうことなのかもな」

 

「…………」

 

「………そのことについてはわかった。でも、僕たちのすることは変わらない。五つ子の護衛を最優先に行動しよう。総介のことの真偽は、任務を全うしてからでいいだろう」

 

「………だな」

 

「かしこまりました」

 

 

兎にも角にも、今は五つ子の護衛という任務に就いている以上、そちらが何より大事なので、三人はそのことを念頭に入れつつも、今までと同じ方針を貫くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、修学旅行二日目は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた三日目。修学旅行最終日。

 

 

「もう最終日かよ〜」

 

「晴れて良かったね」

 

「昨日の分まで楽しもうぜ」

 

 

 

それぞれの選択したコースの場所へと集合する生徒達。その中に………

 

 

 

 

「やったー!大門寺君と一緒よ!!」

 

「海斗様!!これが運命!!」

 

「大門寺君、一緒に周ろう!」

 

海斗の周りには、彼と同じコースだったことに歓喜する女子達で溢れていた。その外に………

 

 

(………やっぱりこうなるわよね)

 

 

Aコース………中野二乃、大門寺海斗

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「Bコース選択者はこっちだ」

 

「さぁー!五月、アイナちゃん、最終日楽しみましょう!」

 

「四葉さん、朝から元気ですね………」

 

「…………」

 

 

 

Bコース………中野四葉、中野五月、渡辺アイナ

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Eコースはこっちよ。出発するわよ」

 

「まさか長女さんも同じたぁな」

 

「えへへ、よろしくね♪」

 

「一花………だからあの時……」

 

「なんか、ここだけ固まったな………」

 

 

 

Eコース………上杉風太郎、中野一花、中野三玖、浅倉総介

 

 

 

 

ついでに前田と武田

 

 

 

 

「「ついで!?」」

 

 

 

 

 

それぞれに選択したコースも決まり、いよいよ修学旅行最終日が幕を開けた。

 

 

 

 




あかん、ここが一番ムズい。矛盾を生まないようにしなければ……
てか修学旅行編『色々』としんどいですね……

二日目は箸休めです。それぞれの話は三日目に色々と大きく動く予定です。
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

85.大勢の前で告白とかやんない方がいいよ

修学旅行編、ついに最終日イベントです!


ちなみに、総介、風太郎、一花、三玖がコース選択で行く『太秦映画村』は、映画『銀魂』実写版のロケ地の一つでもあります!そしてその次作の『銀魂2〜掟は破るためにこそある〜』の時にも、作品内の江戸の街並みを再現したイベントをしてましたね!



これを利用しない手はありません!詳細は次回!


修学旅行最終日三日目。

 

 

 

コース別体験学習の日である。その日はあさから選択したコース毎に行動を行う予定なので、違うコースを選択した者と会うことはまず無い。

そのまま体験学習をした後に、帰りの新幹線に乗るために京都駅までバスで直行することとなるのだ。

 

 

「…………」

 

「五月さん、どうされましたか?先ほどから仕切りに周りを気にされてるようですが……」

 

「い、いえ。大丈夫です!」

 

「………」

 

少し忙しない様子の五月をアイナが心配するが、四葉は妹を少し怪しんでいた。

 

修学旅行初日から、五月の挙動がおかしい。行きの新幹線に乗る前から、いきなり風太郎と行動しようと、彼女らしくない積極的なアプローチが続いたのだ。何を企んでいるのだろうか………

 

「……五月、ちょっといい?」

 

「?、どうしました?」

 

四葉は気になったので、思い切って彼女の手を引いて、集団から少し離れた場所に移動する。

 

 

「ど、どうしたんですか、四葉?」

 

「五月………

 

 

 

私に何か隠してる?」

 

 

「…………っ」

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

(………四葉さんが五月さんを連れて行かれましたが……一体どうされたのでしょうか?)

 

1人残されたアイナ。もうすぐバスの出発する時間だというのに、どうしたのだろうかとしばらく考えていると、2人が戻ってきた。

 

 

「渡辺さん、少しご相談があります」

 

「?どういう事でしょうか?」

 

戻ってきて開口一番に、五月がアイナに相談を持ちかけた。そして、それは五月だけではなく………

 

 

「アイナちゃん、私からもお願いします。協力して欲しいんです!」

 

四葉が顔の前で手を合わせながら頭を下げてお願いをする。2人の顔を見るに、よほどのことなのだろうと感じたアイナは、とりあえず2人の話を聞くことにした。

 

 

 

………………………………

 

 

 

一方、こちらは二乃と海斗の選んだコースのバスの中………

バスは既に出発しており、生徒達は各々の席に座りながら到着を待っていた。

 

その中で、倍率が難関大学以上に高い海斗の隣の席は、見事に二乃が手に入れていた。

2人は姉妹以外では総介や風太郎、アイナ以外の生徒達には恋人同士であることは内緒にしているため、二乃が海斗の隣の席だと分かったら『羨ましいな〜』や『中野さんか……強敵だね』とか『海斗様の隣はこの私こそ相応しいというのに!』などと、バスが走っている羨望や嫉妬の視線に晒されることとなるが、いちいち気にしていては埒があかないので、二乃は小声で話かける。

 

 

 

「………海斗君」

 

「どうしたんだい、二乃ちゃん?」

 

「少し聞いて欲しいことがあるの」

 

「………話してごらん」

 

「バスが着いたら………」

 

そして二乃は、海斗にとある『お願い』をした。

 

 

 

 

 

 

 

「………というわけなの。手伝ってくれないかしら?」

 

「………ふふっ、君という子は………」

 

窓側の席なので、外の景色を見ながら笑う海斗。それは決して二乃を馬鹿にした笑いではなく、むしろワクワクしているような表情だった。

 

「いいよ。二乃ちゃんがどうしてもやりたいということなら、僕も手伝うよ」

 

「ほ、ホント?ありがとう」

 

二つ返事でOKしてくれた海斗に、二乃は顔を明るくさせながら礼を言った。

 

 

(………面白くなってきたね)

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

そしてこちらは、一花、三玖、風太郎、総介が選択したコースの行き先である『太秦映画村』。江戸時代の街並みを再現した建物が敷地内に並んでおり、その名の通り時折映画やドラマのロケ地として撮影も行われる。

 

「修学旅行旅行最終日、Eコースを選択された皆さま、本日の目的地、映画村に到着でございます」

 

入り口で軽い諸注意を受けた生徒達は、その後は映画村内を自由に散策可能であり、各々が散り散りになって行動し始める。

 

「本当によかったの、三玖?君ならDコースの『織田信長ゆかりの地巡り』を行きたいと思ってたんだけど……」

 

「うん、いいの。ここも面白そうだし、最終日もソースケと一緒に周れるなら、それだけでも思い出になるから………それに、織田信長ゆかりの地はまた京都に来た時に、自分のペースで周りたいから」

 

「………そうか。じゃあ、その時は俺も一緒について行っていい?」

 

「う、うん!一緒に行こう、ソースケ!」

 

と、初っ端からラブラブ度全開のバカップル(総介爆発しろ!)

 

「………」

 

その横で、一花は風太郎の方をチラチラと見ていた。風太郎は前田、武田とどこに行こうか相談しているようだ。

 

「一花?」

 

「………えっ?」

 

そんな彼女に、三玖が声をかける。

 

「大丈夫?」

 

「えっ、な、何が?」

 

「フータローのこと、なんでしょ?」

 

「!………うん。これじゃあ2人にはなれないなぁって」

 

「手伝う?」

 

「ううん、いいよ。私のことだし、なんとかするよ。それよりも三玖は浅倉君と楽しんできなよ」

 

「………うん

 

 

 

 

頑張って」

 

「………ありがと」

 

三玖からの激励を受けて、一花は先に歩き出した風太郎達の後をこっそりと付いていった。大体の事情を察している総介も、一花が遠のくのを見ている三玖に確認をとる。

 

 

「………よかったの?」

 

「………うん。一花なら、大丈夫だって、そう思うから」

 

「………そう」

 

一花の背中を見ながら、三玖は彼女の武運を祈った。

 

「私たちも行こう、ソースケ」

 

「………うん、そうだね」

 

そう言って2人は、いつものデートのように手を繋ぎ合いながら、映画村内を見て周るのだった。

 

 

 

 

 

 

総介爆発しろ!

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「…………一花は、上杉を追って行ったわね」

 

「そうだね……やはり、二乃ちゃんが睨んだ通り……」

 

「ええ、こっちに来て正解だったわ」

 

映画村内の敷地の茂みの中に、隠れるように一花を見つめる二つの影。それは、この場所にいない筈の二乃と海斗だった。

2人はAコースの目的地に到着した後、仮病を使ってこの場所まで来ていた。その際、海斗が二乃を引率するという形となり、海斗に絶対の信頼を置いている教師も、彼に二乃を任せることにした。その後、映画村に近い場所が幸いし、そのままタクシーを捕まえてここまで来たというわけである。2人は先回りし、怪しまれないように着物に着替えて変装をし、海斗は銀髪が目立つので、ほっかむりをして隠している。

 

「初日から、一花は少し様子がおかしかったし、見てて上杉を意識しているのは明らかだったわ。五月もそうだったけど、あの子はなんか違う気がする……」

 

「……一花ちゃんは、この旅行で上杉君に告白する。と言いたいのかな?」

 

「!!………ええ、その可能性が高いわ。上杉の方はどうでもいいけど、やっぱり一花が心配だわ。もし告白した時に上杉がデリカシーの無い返事でもするもんなら、アイツのキ◯タマ蹴り潰してやるんだから」

 

「コラコラ、そんな下品なことは言わないの」

 

一花を心配するあまり、下ネタを躊躇しない二乃を諌める海斗。と、彼らの後ろの茂みが、ガサガサと揺れ出し………

 

 

「あれ!二乃と大門寺さんもいる!」

 

「………結局、皆Eコースに集まってしまいましたね………」

 

「四葉、五月、アイナまで………」

 

「申し訳ありません。お二人の熱意と、私自身の興味に負けてしまいまして……」

 

そこには、同じく着物に着替えて隠れていた四葉、五月、アイナがいた。五月はカモフラージュのつもりなのか、両手に木の枝を持っている。

2人も、仮病を使って、アイナと共にここまでやって来たようだ。最も、2人が気になっているのはどちらかと言うと一花より風太郎の方であるが………

 

 

 

 

え、総介?三玖?行くとこまで行ったバカップルの何を気にするんですか、と。

 

 

 

「あんた達まで………

 

 

全く………どこにいても、結局集まっちゃうのね」

 

呆れたように言う二乃だが、その表情はどこか嬉しそうだった。

 

「若様………ふふ、その被り物は……」

 

「……あまり見ないでもらえるかな?」

 

「ふふ、申し訳ありません……ですが、ふふっ……少し、かわいいですね」

 

「…………」

 

普段なら絶対に拝めないであろう、海斗のほっかむり姿に、笑いを堪えるのに必死なアイナ。それを見て、海斗はかなり複雑そうな顔をする。

 

 

 

すると………

 

 

 

「あ!一花が上杉君の手を引っ張ってどこかへ……」

 

「何ですって!………と、とりあえずついていきましょう!」

 

「おー!」

 

「……追われますか?」

 

「彼女たちについて行くまでだよ。たまにはこう言うのも面白いしね」

 

「かしこまりました………ふふっ」

 

「やめてくれないかな」

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「次どこ行くんだコラ

 

「ああ、次はここにしようか」

 

「どこでもいいぞ」

 

 

(………うぅ、中々隙が無い)

 

 

風太郎、前田、武田の三人をこっそりと追う一花。中々風太郎が2人から離れないので、どうしようかと攻めあぐねていると………

 

 

(………あ、フータロー君、2人の後ろを……)

 

前田と武田が話している後ろを、風太郎一人で歩いている。

 

 

 

ここしかない。

 

 

(多少強引だけど………こうでもしないと………)

 

 

 

一花はそこから、こっそりと風太郎のギリギリ後ろまで近づいて………

 

 

 

そして………

 

 

 

 

「すまん、トイレ行ってくる!」

 

「はっ!?うおっ!」

 

極力低い声で風太郎の声真似をして、彼を引っ張って曲がり角へと消えた。

 

 

 

「「んっ?」」

 

 

2人が後ろを振り向くと、既に風太郎はいなかった。

 

 

「上杉君?」

 

「どこ行ったんだコラ?」

 

「トイレだって言ってたね……それにしても、声が高かったような……」

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、ふぅ………何とか、なったね」

 

「はぁっ、はぁっ、なったね、じゃねぇよ……はぁっ、はぁっ、何の用なんだ、一花……」

 

一花に引っ張られるままに走り続けた風太郎。そのせいで、体力の無い彼は激しく呼吸をしている。

 

一方の一花も、風太郎を連れて走ったことと、いよいよ実行に移してしまったことの緊張で、息が荒い。

 

 

「い、いや〜、一緒に周る子がいなくてね〜、フータロー君と出来たら周りたいな〜って」

 

「はぁっ……はぁ……いや、三玖や浅倉がいるだろ?」

 

「そ、それはほら!2人はラブラブなカップルなんだから、二人っきりにしてあげないと!」

 

「だったらなぜ俺だけを連れてきたんだ。そのまま合流すれば良かったじゃないか」

 

「い、いや〜、私たちもどうせなら2人っきりで周りたいと思っちゃってさ〜、あはは〜………」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「いや、普通気付くでしょうが。アイツ一花があそこまでしてまで、あんなこと言ってんの?」

 

「どうやら上杉さんには、他人の気持ちを察することが極端に苦手なようですね」

 

「あ、あはは、前に『恋愛は学業において最も愚かな行為』だって言ってましたから」

 

「一花が、まさか上杉君のことを………」

 

「ふふっ、中々に面白くなってきたじゃないか………」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

その後、今更戻ることも面倒になったのと、2人の連絡先を知らず、そのうち合流するだろうということで、流れのままに一花と周ることになった風太郎。

 

(………何なんだ一体………)

 

と、未だに一花の真意に気づいていない彼の横を歩く一花は………

 

 

(と、とりあえず第一段階成功、ということで………)

 

風太郎と2人きりになることに成功し、安堵する一花。

 

(どうにか2人になれたけど、まだいいかな。今はとりあえず、色々と周って楽しんじゃおうっと)

 

「フータロー君、私、あそこ行ってみたいなぁ」

 

「は?あそこなら俺はもう言ったぞ」

 

「いいからいいから。ちゃんとエスコートしないと、お姉さん泣いちゃうぞ〜」

 

「同い年だろうが……全く、行くぞ」

 

「うん♪」

 

 

それから、2人は映画村内にある施設を見て周り、時には体験したりなど、一花にとっては楽しいひとときを過ごすこととなった。

 

 

 

その途中………

 

 

一花の横を、着物を着たとある人物(・・・・・)が通り過ぎていく。

 

「……あれ、あの人……」

 

少し間を置いてから、彼女は振り向いて確認するが、既にそこには誰もいなかった。

 

 

 

「おい、どうしたんだ?」

 

「え?う、ううん、なんでもないよ!」

 

その直後に風太郎に声をかけられたため、見間違いかと思い、一花はそのまま風太郎と再び歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「う〜ん♪色々回ったね〜!」

 

「ど、どんだけ………」

 

あれから、風太郎は一花に振り回されるがままに映画村内を駆け回り続けた。一花も、風太郎といれる喜びからか、いつもよりマシマシで楽しめたようで、大きく伸びをしながら、2人は大きな番傘が立ててある長椅子に座っている。

 

すると………

 

 

「……で、何の用なんだ?」

 

「え?」

 

「わざわざ俺を連れ出してまで、お前が何がしたかったんだ?本当の目的を言え」

 

「…………」

 

 

どうやら風太郎には、一花が何かしらの目的を企んで、自分を拉致まがいのことをしたということに気づいていたようだ。

 

 

その何かしらの目的までは、まだ彼は思い至っていないようだが………

 

 

「………いや〜、バレちゃしょうがないね〜」

 

少し冷や汗をかきながらも、一花はこれ以上誤魔化しがきかないということもあって、いよいよ打ち明けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

何から言おう………

 

 

 

 

 

やっぱりここは、昔の話からかな?

 

 

 

 

ここは周りから固めて、最後に打ち明けた方がいいよね。

 

 

 

 

そうした方が、いいよね…………

 

 

 

 

 

そう言って、一花は風太郎の方を向いて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フータロー君、好きだよ」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………待って、今のナシ」

 

 

「は!?」

 

 

口に出てしまった言葉が、いきなりのドストレートな告白だった。

いきなりの出来事に、風太郎はそのままポカ〜ンっとアホみたいな面をしながら一花を見て口を開いている。

 

 

 

(え!何で!?何言ってんの私!?まずは昔京都で会った話からしようと思ったのに、いきなり何言ってんの!?

 

ほら、フータロー君顔に力が入ってないよ!突然言われたから目が点になっちゃってるじゃん!思ってたのと全然違うよぉ〜!!!)

 

と、一花の心の中では思いっきりテンパってはいたが、それをなんとか顔には出さず、平静を保とうとするあたりがまさに女優である。

 

 

 

「お、おい、一花………」

 

「………いや〜、今日はいい天気だねフータロー君」

 

「話変えるんかい!」

 

 

「…………」

 

頬を紅くしながらも、一花は至って冷静に対処しようとするも、完全に空回りとなってしまう。

 

 

「………聞いた?」

 

願わくば、原作主人公特有の難聴を発動させてくれと祈りながら、一花は恐る恐る尋ねてみる。

 

 

しかし、こういう時ら聞いて欲しくなかった時に聞いてしまうものが、悲しいかな、世の常というもの………

 

 

 

「…………聞いた」

 

 

「」

 

 

 

 

終わった…………

 

 

………………………………

 

 

 

 

「こ、告白しました!告白しましたよ!」

 

「五月落ち着きなさいってば!……でもまさか、いきなり言い出すなんてね。一花のことだから雰囲気作ってから言うと思ってたんだけど………」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

2人の間に微妙な空気が流れ始めてから、5分ほど経っていた。意図せずに先に告白してしまった一花………気まずいったらありゃあしない。

 

 

 

と、ようやく風太郎が口を開く。

 

「………すまんな」

 

「え?」

 

「いきなりすぎて、何と返せばいいかわからんかった」

 

「い、いや、こっちもいきなりごめん!」

 

「………あの時、俺を強引に連れて行ったのも……」

 

「………うん。フータロー君に伝えるため………」

 

「………そうか」

 

風太郎の方も、まさか告白されるとは微塵も思っていなかったようで、呆気に取られてしまったままだ。

しかし、思い当たる節は所々に存在した。

 

「…………花火大会」

 

「!?」

 

 

 

「………の時か。お前と2人で何かあったといえば」

 

「………うん」

 

「………それから、林間学校で倉庫に閉じ込められたりしたな」

 

「………うん」

 

「タマコちゃんにも会ったり」

 

「それだけは言わないで」

 

「はい………んで、よく俺と朝に偶然会ったりもしたな」

 

「………うん」

 

「………全部そういうこと、だったのか」

 

 

 

 

 

 

「…………うん」

 

 

「………そうか」

 

 

 

全てで合点がいった。振り返ってみれば、風太郎はよく一花と一緒にいる機会があった。その中で彼女は、必死にアピールをしていたわけだ。

 

 

今更になって、それに全部気づくことが出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………俺は」

 

「!」

 

 

 

 

 

 

「お前達を所詮は家庭教師の生徒たちとしか思っていなかった」

 

「フータロー君………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………そしてそれは、今でも変わらない」

 

「!」

 

 

 

「………だが、お前や、二乃や、三玖や、四葉や、五月………

 

 

 

 

 

お前達五つ子は、皆違う奴だということは知っている

 

 

 

 

三玖が浅倉を

 

 

 

 

二乃が大門寺を好きになったように

 

 

 

 

お前にも、誰かそういう奴がいるってことも、考えたことはあった

 

 

 

 

 

まさかそれが俺だとは、言われるまで考えもしなかった」

 

「………ごめんね、いきなりあんなこと言っちゃって」

 

 

「いや、俺も一瞬何なのか分からなかった。

 

 

 

言われてからも、まだよく分からん変な感じだ

 

 

 

 

だが、こうなってしまった以上

 

 

 

 

お前のことも、今はただの生徒ってだけじゃ見れないのかもしれないな」

 

 

「………それって、どう捉えて、いいの?」

 

 

 

 

「…………すまん、俺はまだ答えを出せない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや答えたらんかい!!!!」

 

 

ドキャッ!!

 

 

 

「ゲプスッッ!??」

 

 

風太郎が答えを出せないと口にした瞬間、二乃が茂みの中から彼に思いっきりドロップキックを腹にかました。その衝撃で、風太郎は後ろにゴロゴロと転がる。

 

 

「に、二乃っ!?何でここに!」

 

「どうでもいいわそんなこと!何アンタ保留しようとしてんのよ!!男ならきっぱりと受けるかフるかしなさいよバカ!!」

 

「い、いや、フられたくはない、かな………」

 

「しょうがないだろうが!!いきなり言われて、すぐに答えられる訳ないだろ!結構大事な選択そうだし!」

 

「アンタ全国一位なんでしょ!これくらいすぐに正解出しなさいよ!」

 

「だからそれは勉強の話でだな!」

 

 

 

 

「ああもう、二乃落ち着いて!」

 

「う、上杉君も、今は抑えてください!」

 

 

「よ、四葉、五月ちゃん!?」

 

2人の言い争いを、四葉と五月が止めようと続いて茂みの中から現れた。

 

「すみません、二乃を止めようとしたのですが……」

 

「わ、渡辺さんに大門寺君まで……」

 

「ごめんね一花ちゃん。今までのは全部隠れて聞かせてもらってたんだ」

 

「ぜ、全部!?」

 

「一応、護衛として任務もございますので……しかし、こういった事態は、全く想定しておりませんでした」

 

「は、はは、なんだか要らぬ苦労をかけちゃったみたいだね。ごめんね」

 

「気にしなくていいよ

 

 

 

 

それよりも、いいのかい?」

 

「え?」

 

「上杉君は、まだ回答を出さないと言ってたけど」

 

海斗にそう言われて、一花は二乃と言い争う風太郎の方へ目を向ける。

 

 

「…………うん、いいんだ」

 

 

最初は焦りからだったのかもしれない

 

 

 

 

妹達がそれぞれに好きな人が出来て

 

 

 

 

自分もそれに続こうと思ったこともある

 

 

 

 

でも、皆んなそれぞれのペースがある

 

 

 

 

別に振られたわけではない

 

 

 

 

だいぶ流れは違ったけど

 

 

 

 

 

 

 

あの一言だけで良かったのかもしれない

 

 

 

 

たった一言で、伝えることができた

 

 

 

 

それに、どこかで『あの子』への思うこともある

 

 

 

 

 

今はまだ、話すべきではないと

 

 

 

 

自分がどこかで思ったから

 

 

 

 

あのような告白になったのかもしれない

 

 

 

 

 

 

「………そうか」

 

「うん………」

 

そのまま一花は、風太郎の方へ歩いていく。

 

「フータロー君」

 

「っ、一花………」

 

正面で向き合う2人。先程までキーキー言ってた二乃も、その場の空気を読んで、一歩下がって見守る。

 

「………すまん、俺はまだ………」

 

「………いいよ」

 

「え?」

 

「フータロー君が決めたら、その時にまた教えて。それまで私、待ってるから」

 

「………一花………」

 

「そのかわり………」

 

 

一花はそのまま、風太郎に近づいていき、そして………

 

 

 

 

「答えを出すまで

 

 

 

いっぱいお姉さんを意識させてあげる♡」

 

 

chu

 

 

「!!?」

 

 

風太郎の頬に唇を付けた。その様に、一同も唖然とし、海斗とアイナも、珍しく目を開いて驚く。

 

 

「っ!上杉コラーーーー!!!」

 

「何で俺!?」

 

「ほえ〜、一花大胆〜」

 

「ふ、不純です〜!!

 

 

 

 

 

「………ははっ、本当に面白いね、彼女たちは」

 

「こ、これも予想外でした………」

 

 

 

かくして、一花の告白大作戦(?)は、なんかよくわかんないところに着地となったが、とりあえずは丸く収まることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、総介と三玖は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ソースケ?」

 

 

「………何でアンタがここにいんだ………」

 

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

『とある人物』と邂逅していた。

 

 




まずは一花サイドの話でした。次回は総介と三玖サイドの話です。
そして次が一番書きたかった回です!なお、クオリティは相変わらずド下手なのでご了承を。



あー、しんどかった………

今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

86.鬼の旅路はまだ続く

UA180000突破しました!ここまでごらんになってくださった皆様、本当にありがとうございます!

さて、今回は総介と三玖の話です。そして今回の話で修学旅行は終了となります。

ちなみに、今回序盤で出てくるサービスが実際映画村で行われていたかは不明です。もしかしたらこの話だけのオリジナルかもしれないのでご了承ください。

そして総介が出会った人物とは……


………時間は少し遡って…………

 

 

 

一花が風太郎を追って一人で必死こいていた頃、こちらのバカップルはというと………

 

 

 

「扮装の館………」

 

「要は昔の衣装を着れる体験ってことだね」

 

総介と三玖の二人は、『時代劇 扮装の館』の入り口に来ていた。ここでは、どうやら昔の時代の人たちが来ていた着物や衣装の着付けを体験できるようだ。

 

「折角だし、俺たちもやってみる?」

 

「うん、やってみる」

 

総介が三玖からの同意を得て、2人は入り口の受付の人に声をかけた。

 

「すんませ〜ん、着付け体験、2人お願いできますか〜?」

 

「あっ、はい!では、どちらの衣装にいたしますか?」

 

「一覧カタログとかあります?」

 

「お待ちくださいね……はい、こちらの方をご覧になってください!」

 

そう受付の人に言われ、2人は衣装のカタログを渡された。2人はしばらくカタログの中を見て、先に三玖がどの衣装にするか決めたようだ。

 

「………じゃあ、私はこれで」

 

「はい、かしこまりました!ご用意いたしますので、少々お待ちください!」

 

そう言って、受付の人は後ろの暖簾の向こうに消えていく。

 

「………!!マジで?」

 

すると、総介がカタログを見ていると、何かを見つけたようだ。

 

「?どうしたの?」

 

三玖が覗きこもうとするが………

 

「おっと。どうせなら、お互いの衣装は着てから見せ合わない?三玖の着付けが終わるまで、俺は外で待ってるから」

 

総介が手のひらを三玖の前に出して見えないようにする。そう言われた三玖は、ほっぺたをプクーっと膨らませながらも(かわいい)、理解をしました。

 

「むぅ〜……でも、少し恥ずかしいけど、面白そう。うん、やってみよう、ソースケ」

 

「よし。じゃあ先に着替えておいで。三玖が着付け終わった後で、俺が中に入るから」

 

「うん、わかった!」

 

「お待たせいたしました!ではこちらの方にどうぞ」

 

総介の提案もあり、先に三玖の着付けを待つ事にした総介。そのまま更衣室へと向かった彼女を見届けると、彼は一旦外に出て彼女が着替えるのをしばらく待った。

 

 

 

 

やがて、着付けを終えた三玖が出てきた。

 

その姿に、総介は幾度となく見てきた彼女に、改めて見惚れてしまった。

 

濃い色の着物に、全身には椿や桜などの花があしらわれている。頭には髪飾りも付けて、それが見事にマッチしている。ただ、草履の底は高く、そのせいで三玖は歩くのがおぼつかない様子。だがそれもいい。

 

そして、三玖のチャームポイントのヘッドホンを首にかけておらず、セミロングの髪をそのまま下ろしている。

 

 

「変……じゃない?」

 

頬を赤くしながら聞いてくる三玖。一言で言うとめっちゃかわいい。いや、かわいいと言うよりも、美しい………

 

「………綺麗だよ。本当に、その時代のお姫様みたいだよ」

 

「そ、そんなっ……そんなこと……」

 

「本当に、綺麗だよ………」

 

「………あうう」

 

三玖の着物姿に見惚れながら、口から何度も綺麗だという言葉しか言わない総介。彼女は愛する人の褒め殺しに、思わず真っ赤になった顔を覆ってしまう。

これまで、浴衣や正月の着物姿(写真のみ)の彼女を見てきたが、こうしてしっかりと着付けしてもらえば、こうも美しく化けるものなのか………

 

 

「つ、次はソースケの番………」

 

「う、うん、そうだね。行ってくるよ」

 

「行ってらっしゃい」

 

もうちょっと見ていたい気持ちもあったが、それは自分が着付けしてからでいいかと、名残惜しくも総介はそのまま自身の着付けに向かうことにした。

 

 

「すんませ〜ん。俺は……これってまだあります?」

 

「こちらですね。はい!期間限定の特別な衣装となっております!」

 

「レプリカとかっすか?」

 

「そうですね。実際着られておりました衣装の素材そのままとなっております」

 

 

 

「マジでか………じゃあコレ一択で」

 

「かしこまりました!少々お待ちください!」

 

そして総介が、着る衣装を受付に告げてから、しばらくして彼も更衣室へと入っていった。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

(ソースケ、まだかな………)

 

それから時間が少しだけ待ち、三玖が外で待っていると………

 

「お待たせ〜」

 

「!」

 

聞き慣れた声が聞こえた。どうやら着付け終えたようだ。出入り口から出てくると、三玖は思わず声を上げてしまう。

 

「!そ、ソースケ!?それって………」

 

「うん。期間限定みたいで、丁度今あったから、コレにした」

 

彼の着ている衣装は、他の人たちが来ている戦国や江戸時代の衣装とは一風変わっていた。

 

 

黒の半袖シャツ、長ズボン上下に、履き物は草履ではなく、インナーと同じ黒いブーツ。その上から、袖口が水色の波があしらわれた白い着物を纏っているが、片方の腕は袖に通さずに羽織っており、右側の腕は剥き出しの状態。腰には帯とベルトの両方を止めている。

そしてそのベルトの左側には、『洞爺湖』と柄に書かれた木刀が差しており、極め付けは、総介の髪が、銀髪になっていた。いや、正確には銀髪のヅラを被っているだけである「ヅラじゃない桂だ!」ん?なんか言われたような……まぁいいや。

 

 

 

ここまで説明すればお分かりだと思うかもしれないが、彼の着付けた衣装はまんま銀髪天然パーマ侍『坂田銀時』なのである。

 

「死んだ魚の目までそっくり………」

 

「いや、そこはやめてくんない?」

 

三玖も、総介の家に置いてある『銀魂』を読ませてもらったことがあるので、彼の格好を見てそのまま納得がいく。

 

「去年『銀魂』の実写版が公開されて、その撮影をこの映画村で行ったから、そのキャンペーンで着付け衣装として置いてあったみたいだよ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「上杉がいたら新八の格好させるつもりだったんだが……ったく、ここ一番で使えねぇ奴だぜ」

 

「ひ、酷い……」

 

相も変わらず外道な総介。というか、銀時の格好も相まって、余計彼に近い雰囲気を醸し出している。

 

「ま、ここで突っ立ったままもアレだし、せっかくだからこの格好のまま色々楽しもう」

 

「うん!」

 

総介の言葉に三玖も頷き、2人は衣装を着たまま、映画村内を散策していった。

 

 

 

………………………………

 

 

「ねぇ、あの人の格好、シャツとズボンの上に着物って変なの」

 

「おい、アレ銀さんじゃないか?」

 

「本当だ。目も死んでるし、間違いない」

 

「いや〜、死んだ魚の目まで忠実に再現してるなんて、レベルが違うな〜」

 

 

 

 

 

 

「………目は自前だってんだコノヤロー」

 

「ふふっ、でも本当に目までそのままだよ」

 

「嬉しいような悲しいような………」

 

2人は、周りから注目を浴びながらも(主に総介のせい)、映画村を見て回って楽しんだ。

 

お土産屋さんに寄ったり、伊達政宗の甲冑を着た人と写真を撮ったり、弓矢の的当てで一喜一憂したり等、今後長く2人の思い出に残るくらいの時間を共に過ごした。

 

 

 

そして、その時間もあっという間に過ぎて………

 

 

「楽しかったね」

 

「もうちょいあの格好でもよかったんだけどな」

 

時間が経ち、2人は着付けした衣装を返却して、元の姿のまま手を繋いで映画村内を歩いていた。

 

 

「どこかでお茶する?」

 

「うん。私も、少し休みたい」

 

どこか休めそうな茶屋的なものを探そうとした総介だったが………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………!!!」

 

「?ソースケ?」

 

総介の顔が、一瞬にして変わった。その目は、鋭くなったまま、正面を見つめている。

そして三玖がら彼の視線に沿って目の前を見てみると、一人の人物がこちらに向かって歩いてきた。

 

やがて、2人の数メートル手前で立ち止まる。

 

 

 

 

 

「…………あの人」

 

三玖はその人物に、見覚えがあった。会っている、というか、春休みに、その人を見たことがあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大門寺邸に初めて連れて行ってもらった日に。

 

 

 

 

 

あの時の白いコート状の服とは違い、今は紫色の花があしらわれた白い着物、両方の腕に袖は二の腕までしか無く、肘から手首まではアームスリーブのようなものを付けている。そして左手には、鞘に収められた日本刀を直接所持しているが、おそらくそれは『本物』だろう。しかし、映画村ということもあり、それを持っている見た目だけは不思議ではない。

 

そして、長い黒髪を靡かせ、お人形のような無表情のまま、目にハイライトを宿している彼女は、総介に向かって口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………元気そうね………『鬼童』………」

 

 

 

 

「………何でアンタがここにいんだ………」

 

 

 

 

彼女こそ、海斗の父、大門寺大左衛門の妻である『大門寺天城(あまぎ)』の側近にして、大門寺家対外特別防衛局『刀』の中でも選りすぐりの戦闘集団『懐刀(ふところがたな)』の1人………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

艶魔(えんま)今野綾女(こんのあやめ)だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綾女に遭遇した総介は、三玖を近くの番傘が立ててある長椅子に座らせ、お茶と茶菓子を買って彼女に与えた後、彼は綾女を近くの建物の隙間に連れて行った。いや、やらしい意味じゃ無くて、基本的に『刀』の話は誰かに聞かれるわけにはいかないのである。

 

 

総介と綾女は互いに、建物の壁に背を預けながら向かい合う。

 

「………まさかアンタが京都(ここ)に来てるたぁな。天城さんのこたぁいいのか?」

 

「……私が京都に足を運んだのは、その天城の命令」

 

「?どういう事だ………」

 

綾女から事情を聞けば、こうだ。

 

修学旅行に行った海斗を心配した天城が、こんな事を言い出した。

 

 

 

 

 

『せっかく海斗の修学旅行だというのに、あの子の青春の思い出を下等な【霞斑(ゴミ虫)】のせいで無駄にさせるわけにはいかないわ。

綾女、【霞斑(ゴミ虫)】共の残党がいれば、全て根絶やしにしてきなさい。もちろん海斗にはバレないようにね♡』

 

 

 

 

 

「………という訳よ」

 

「………はぁ、剛蔵さんもだが、天城さんも天城さんで親バカまっしぐらだなオイ……ってか、せめて言ってくれよ……」

 

天城は、一人息子の海斗をこの上なく溺愛している。それはアイナの父親の剛蔵のような、ストレートなものもそうだが、彼ほど表には出さない。彼女は裏から工作して愛しい一人息子の邪魔者を徹底的に排除するという、響きだけ見ればメンヘラ親バカの典型だ。

でもまぁ、お見合いとかセッティングしたり、二乃に何かしらの興味を持ったりするあたりは、ちゃんと考えているようで、剛蔵よりはマシ………なのだろうか?

 

 

「んで、俺らの知らねぇところで、アンタは『霞斑』の残党狩りをしてた、と?」

 

「……そう天城に言われて来てみたけど、残念ながらもう京都に『霞斑』はほとんどいなかった。関係があったとしても末端の末端。残っていたのは最下層の下請けばかりよ………一応それも全て潰したけど」

 

「いない、か………本丸の拠点は、既に移動した後って訳か」

 

「………その事で、昨日『朧隠(おぼろがくれ)』から情報が入った」

 

「!剣一さんから………?」

 

海斗の父、大左衛門の側近である『片桐剣一』。大左衛門の近侍としての仕事をこなす一方、自ら各地で忍として情報収集を行っている。そんな彼から、綾女に一報が入ったとのこと………それは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『霞斑』は、東アジアの大国の力を、本格的に手中に納め始めている」

 

「東アジアの大国………はぁ、そういう事か。まぁよくよく考えりゃあ妥当だわな。奴らの双方に利のあるもっともな同盟ってもんだ」

 

 

東アジアの大国………今日まで幾度と無く日本の領海へと侵入して牽制している彼の国………それが『霞斑』と手を組む……いや、どちらかが一方を従えるのか……いずれにせよ、厄介なことに変わりは無い。

 

 

この世界において、日本という軍隊を持たない国家が何故、東アジア諸国、さらには北に存在する超大国から侵略をされないのか………

 

第二次世界大戦後の平和条約?

 

違う

 

それとも背後にいるアメリカとの睨み合い?

 

それも違う

 

第三次世界大戦への発端となる懸念?

 

 

それでも無い………

 

 

それらは表面上で語られる理由でしかない。真の歴史とは常に、表の歴史の影に隠れて動き続け、誰にも知られずに記されてゆくもの………

 

 

 

 

 

彼らが日本に侵攻しない理由、侵攻出来ない理由…………

 

 

 

 

 

 

それこそが『大門寺』の存在だった。

 

 

 

 

 

さらに細かく言えば、現地球上での最強生物『覇皇』大門寺大左衛門陸號の存在が、東アジア諸国にとって、越えることの出来ない壁となって立ちはだかり、本格的な侵略には乗り出せないでいるのだ。

 

たった1人で軍隊の師団を複数相手にしながらも、暇潰し程度で全滅させられる大左衛門(しかも無傷)。世界中の軍事力を結集させたとして、彼を止められるかどうかも怪しい………

そんなチートにチートを重ねたご都合主義キャラというべき男の絶対的なまでの力、そしてそれらの周りを固める、大門寺が誇る一騎当千の精鋭部隊『刀』。さらに、その中でもたった一人で軍事要塞を制圧できる戦闘力を持つ選ばれし者達『懐刀』、これらを前にして、東アジアの大国は、彼ら『地球上最高戦力』を相手に、無条件で白旗を上げることしか出来なかった。しかし、国家として侵略すべき国のいち個人、そしてその下の私設部隊に屈服するという、世界有数の大国としてのあまりの屈辱は、彼らにとって実に耐え難いものであった。

彼らに出来ることがあるとすれば、ひたすら機会を待つことと、時々日本の領海や領空に侵入するというささやかな抵抗を行って、大国としての威信を失墜させずに維持し続けることだけだった。

 

 

 

 

 

そして今、大国は恥を忍んでまで敵国の『霞斑』という一族を、対大門寺の切り札として手に入れようとしている。いや、それでさえ、『霞斑』に利用されるという事なのかもしれないが、『霞斑』にとって『大門寺』は、一族滅亡まで追い詰めた程の忌々しい宿敵。そんな彼らを滅ぼせば、東アジア諸国は、それを機に一気に日本へと侵攻出来る。

 

 

『霞斑』と東アジア諸国の国々。

 

 

この二つが手を結ぶのは、時間の問題であった。

 

 

「………しかし、今更『霞斑』をどうして欲しがるもんかねぇ?……アイツらは既に虫の息っつっても差し支えねぇだろ………」

 

「………あなたもわかっているでしょう、『鬼童』?」

 

 

「…………」

 

「大国が求めているのは『霞斑』じゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雅瞠(がどう)……あの男の存在よ」

 

その名を聞いた総介の眉間に、徐々に皺が出来てゆく。

 

 

「………ヤローは」

 

「本当に死んだと思ってるの?大左衛門すらも出し抜いて生き延びた男が、本当にあの程度で、冥土に堕ちたとでも思ってるのかしら?

 

 

 

 

 

あなたも薄々は考えていたはず

 

 

 

 

 

近頃の『霞斑』の動きは、昔とは明らかに違う

 

 

 

 

 

雅瞠が現れてから、霞斑は瞬く間に勢力を増した

 

 

 

 

 

力を蓄える術を身につけ

 

 

 

 

 

 

その名の如く『霞』のように消え

 

 

 

 

『斑』のように現れる

 

 

 

 

 

今の『霞斑』を作ったのは、間違いなく雅瞠

 

 

 

 

『霞斑』が今でも活動を続けていられるのは、雅瞠という切り札が、今も裏で動かしているから

 

 

 

 

あの男が存在しているからこそ、この世で唯一、大左衛門と対峙して生き延びたと言われている男が身を置いている『霞斑』を、大国は喉から手が出るほど欲しがっている

 

 

 

 

 

大国が『霞斑』と組む理由は、それしか考えられない

 

 

 

 

 

雅瞠に執着するあなたなら、そこまで予測出来ているはず」

 

 

「…………」

 

 

総介はそのまま、下を向いて黙り込む。

 

綾女の言う通り、全て頭の中で想定していた。彼女が剣一の情報を話した直後から、大国が雅瞠を求めて『霞斑』に手を伸ばしたことに、すぐにたどり着いた。

否定はしない。どこかで生きているとは、薄々考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、奴には生きてもらわなくてはならなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母を目の前で殺した男を葬るのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰にも渡すつもりは無い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは今でも変わらない

 

 

 

 

 

 

 

しかし………

 

 

 

 

「………生憎だが、俺には今、護らなきゃいけねぇもんがある。

 

 

 

 

 

何者にも代えられねぇ、この世が終わろうとも護り通さなきゃいけねぇもんがな。

 

 

 

 

 

ヤローが生きていたとして、それを放っぽり出してまで復讐しようなんざ思わねぇよ

 

 

 

 

 

 

 

 

そりゃ機会がありゃあいずれ母さんの復讐も果たすさ

 

 

 

 

 

 

 

 

だがそれよりも今は………

 

 

 

 

 

 

 

 

アイツらを………三玖を護らなきゃならねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

何があろうが……何をしょうが………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の俺にとって三玖は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何もかも………『全て』なんだ」

 

 

 

 

 

「………だとしたら、尚更。雅瞠は『彼女』を狙ってくるわ。『あの時』に見ることが出来なかったもの以上の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『命の花』を求めて」

 

 

 

 

 

 

「………させねぇさ」

 

 

「…………」

 

 

「次にヤローが三玖や、『アイツら』に手ェ出そうとしてくるもんなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ俺が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

腐り切ったヤローの臭っせぇ息の根を止めるだけだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母さんを殺した分までな」

 

 

 

 

「……………」

 

 

 

総介は三玖と結ばれてからは、雅瞠が何処かで野垂れ死ぬならそれはそれで仕方ないとは考えていたが、もしも再び自分の目の前に現れようものなら、奴の命を誰にも譲るつもりは無い。

同じ『懐刀』の『暴獣』長谷川厳二郎も、雅瞠との殺し合いを望んではいるが、あの男の場合はただ単純に『強い奴と殺り合えるから』という戦闘狂として至極真っ当な理由からくるものだ。

自分の復讐を正当化するつもりは毛頭ありはしないが、自身の目で奴を捉えたならば、たとえ先客がいたとしても関係無い。

 

 

 

 

 

 

 

ただ一心に、自身の手で奴を地獄の閻魔の餌にするのみ

 

 

 

 

「………話はそんだけか?」

 

「………ええ………後は二人にも伝えておいてちょうだい」

 

「どうせなら初日に聞きたかったもんだぜ、ったく………」

 

この三日間、とんだ取り越し苦労をしてしまった。特に初日の盗撮の件があってからというもの………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ん?盗撮?

 

 

「私は天城のもとに戻るわ。それと、土産に宇治抹茶ドーナツでも買ってきてちょうだい」

 

「………いや、んなもん自分で買ってけよ」

 

「何その間は?」

 

「こっちの事情で思い出したことがあってな。アンタには関係ないことだ」

 

「………そう。無いなら行くわ」

 

 

そう返事をして、綾女はそのまま少し暗い路地から出て、映画村内へと消えていった。

しかし総介は、そのまま考えを巡らせる。

 

 

霞斑の残党じゃ無いとしたら、初日の昼に自分と三玖を、そして夜にホテルで二乃と四葉と五月にカメラを向けた盗撮犯は、一体何なんだ?

奴らとは関係の無い、別の者の仕業か………

だが、証拠や目撃証言も無く姿を消したと言うのが、あまりにも解せない………

 

 

 

総介が盗撮犯のことを考えていると………

 

 

「………ソースケ?」

 

「!………三玖」

 

 

三玖が自身の元にまで来てくれた。どうやら綾女が出てきたのを見て、自分もとまで来てくれたようだが、実際は綾女が座って待っている三玖に声をかけたのだった。

 

 

 

 

「………終わったわ」

 

「えっ!あ、はい………」

 

それだけを言ってその場を去ろうとする綾女だったが、三玖に背を向けたまま立ち止まり……

 

 

 

 

「…………あなたは、『鬼』が『人』でいられる最後の理由」

 

「え………」

 

「あなたがいなくなれば、あの男はもう『人』でも『鬼』でもなくなる………」

 

「…………」

 

その後のことは何も言わずに、綾女は再び歩みを進めてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、長いこと待たせてしまって」

 

「ううん、そんなに時間は過ぎてないから、大丈夫」

 

三玖にとって、綾女が最後に言ったことは気にはなったものの、自身が総介の側に居続ければ、自ずと答えは出てくると感じていた。

 

 

 

「………ソースケ」

 

「ん?どうしたの?」

 

 

彼女は総介の顔を見上げ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は………ずっといるから」

 

 

「………」

 

 

「ソースケがどうなっても………どうしようとしても………

 

 

 

 

 

 

 

私だけは、ずっとソースケのそばにいるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の両手を正面から握りながらそう伝える三玖を見て、総介はなんとも言えないほど穏やかな気持ちになる。

 

 

 

 

 

 

「………ありがとう、三玖」

 

 

 

 

どんなになろうとも、彼女は隣に立ってくれることを誓ってくれる

 

 

 

 

 

 

 

この子がいてくれるから………

 

 

 

今の俺は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、一方的に護るだけではない

 

 

 

 

『私も、ソースケを護りたい』

 

 

 

 

 

 

 

そう自分に言ってくれた三玖は、自分に全てを与えてくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

取り戻させたくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

本気でふざけて笑うような感情を

 

 

 

 

 

 

 

 

ただの学生として過ごすだけの日常の時間を

 

 

 

 

 

 

 

この世で最も大切な人を愛する心を

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを破壊し尽くす『鬼』ではなく、大切なものを死んでも護ろうとする『侍』の魂を

 

 

 

 

 

 

 

 

この子と交わることで、取り戻す機会をくれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雅瞠を地獄に送るのも、『鬼』として為すべきことだが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それよりも今は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『侍』として、何があろうともこの子だけは………

 

 

 

 

「………まだ時間あるから、残りの行ってないとこ、まわろうか」

 

「うん」

 

2人は再び、指を交互に絡めながら手を繋いで横に並びながら歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後の残り時間も、2人は映画村内の様々な施設をめぐって楽しみ、やがてそれも終わりの時がやってきた。

 

 

「………なんでお前らまでいんだ?」

 

「まぁ、色々あってね」

 

「話せば長くなります………」

 

「みんなも来てたんだ………」

 

 

何故か海斗とアイナ、そして一花以外の3人も映画村に来ていることに少しばかり驚いた総介だが、風太郎の方を見ると、一花がやたらと近くにいるのを見て、大体のことを察したようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどな。つまり上杉、お前は長女さんをとりあえずはセ◯レということで側に置いておく。そういうこったな?」

 

 

 

「死にさらせ」

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一同は、映画村を後にし、京都駅と向かうバスへと乗っていた。

 

 

『本日はご乗車いただき、ありがとうございます。まもなく京都駅に到着いたします』

 

 

 

京都駅までのバスの中で、総介と海斗、アイナの三人は映画村内のことで話をしていた。

 

 

「………そうか。母さんが綾女さんを」

 

「ああ。一応根こそぎ『掃除』はしたみたいだが、小せえ埃しか見つからなかったそうだ。目当てのもんはとっくの昔に遥か彼方へフライアウェイしてたんだと」

 

「………まぁ詳しいことは帰ってから聞くとするよ」

 

「………しかし、そうなると、初日の『アレ』は一体……」

 

『アレ』とはもちろん、盗撮犯のことだ。綾女京都にて秘密裏に霞斑の残党狩りを行っていたということもあり、五つ子は無事に修学旅行の日程を終えることが出来たのだが、初日の昼に三玖と総介が、そして夜にホテルで二乃、四葉、五月が遭遇した盗撮犯の件が、未だ解決していなかった。

 

「そうなるわな……それだけが明らかにならずに終わっちまったな………」

 

すると、前方の席から………

 

 

「上杉君、聞いたかい?例の盗撮騒動」

 

「悪ィ、ミスった」

 

「………やっぱお前か………」

 

謝る前田に、風太郎は大筋を理解したようだ。

 

「全く、空気を読みたまえ」

 

「つい気合を入れすぎちまった………」

 

 

 

 

 

 

「はぁ………まぁいい。俺が頼んだんだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ〜?なになに〜?面白そうな話してんじゃねぇか〜、うーえすーぎくーん?」

 

 

「是非私にも詳しく聞かせてほしいものですね………う・え・す・ぎ・さん?」

 

 

「」

 

 

と、横から総介とアイナがぬぅっと顔を出して現れた。総介はいつもの外道な笑みを。アイナはゴミを見るような冷たい目をしている。

 

 

 

全部聞かれて、尚且つほとんどバレたようだ。

 

風太郎はブリキ人形のように、ギギギと首を横に向けて汗だくになりながら2人に釈明しようとする。

 

 

 

 

「………ま、待ってくれ、浅倉、渡辺さん。これには深いふか〜い訳が………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テンプレな言い逃れしようとしてんじゃねぇよコノヤロー」

 

「問答無用です。死んでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアーーーーーッッッ!!!!!」

 

 

 

「………ははっ、本当に面白いね、上杉君は」

 

 

風太郎の悲鳴がバス内にこだまする中、海斗が窓の外を見ながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

結論………全部風太郎が仕込んだことでした。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

それから、ようやく京都駅にバスは到着し………

 

「むむ……行きより乗車人数が増えてるような……」

 

と、ゴリラ顔の先生が不思議に思う中………

 

 

 

 

「は、はい、チーズ………」

 

 

 

カシャン

 

 

総介とアイナによって心身ともにボロボロにされた風太郎がインスタントカメラで撮った最後の写真は、最後列で仲良く眠る五人の五つ子達の寝顔だった。

 

 

 

 

それともう一枚、同じアングルで、その五人を囲うように、死んだ魚の目の男子と超絶イケメン男子、金髪サイドテール美少女の三人がカメラにピースをする写真も一応撮った。

 

 

 

 

「し、死ぬ………」

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行から帰ってきて時が経ち、風太郎はとある池にいた。

 

 

「これ、渡しておいてくれ」

 

「え?何これ?」

 

「誕生日のお返し」

 

 

そこで彼は、『零奈』に会っていた。この池は、彼が写真の子『零奈』と再会した場所。風太郎は彼女に、一冊の冊子を渡す。

 

 

その中には………

 

 

「!………アルバム」

 

 

無数のスナップ写真が入っていた。どれも被写体は五つ子であるが、いくつかに総介や海斗、アイナも入っている。

 

「俺、金ねぇし、五人分も用意できないんだ。ってことで、作らせてもらった。

武田と前田にも協力してもらって完成した、お前たち五人の思い出の記録だ」

 

写真には、五つ子の後ろ姿や、団子を食べる五月と三玖、並んで歩く一花と四葉、楽しそうに話をする二乃と四葉………

 

 

総介とイチャイチャする三玖、アイナや海斗と仲良くしている二乃なども入っている。

 

 

「そういえば………色んなことがあって、五人で写真撮ってなかったかも」

 

最後のバスでの寝顔を見ながら、『零奈』は思いに耽る。

 

「ありがとう、風太郎君。皆に渡しておくね」

 

「……てっきり、お前も京都で何か仕掛けてくると思ったんだが………」

 

「わ……私なりに仕掛けてはいたんだけどな〜……」

 

「………まさか、一花のことか………?」

 

「さあ〜、教えられませ〜ん」

 

「………まぁともかく………

 

 

 

 

零奈、お前には感謝してる」

 

「…………」

 

「あの日、お前に会わなければ、俺はずっと一人だったかもしれない。お前のおかげで今の俺がある。

六年ぶりの京都……あっという間に終わっちまったが、将来的には良い思い出になると思って作ったんだ………

 

 

 

 

 

ありがとな」

 

 

あの日、六年前の一人ぼっちだった京都は違い、風太郎の周りには沢山の人がいた。

 

五つ子………前田と武田………そして、総介、海斗、アイナ。

 

 

かなり遠回りになってしまうが、こんなにも周りに人がいてくれるきっかけとなったのは、間違いなくあの日に『零奈』と出会えたからだ。

 

 

 

その礼を、はっきりと彼女に伝えて、風太郎はその場を去っていった。

 

 

 

彼がいなくなってから、しばらくして………

 

 

 

「五月」

 

 

「!」

 

 

やがて、一人の少女が『零奈』………もとい五月に近づいてくる。

 

 

 

「………勝手な真似してごめんなさい

 

 

 

 

ですが……打ち明けるべきです

 

 

 

 

 

 

 

 

六年前、本当に会った子はあなただったと

 

 

 

 

 

五月がそう話す視線の先にいた少女………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中野四葉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女は、五月の言葉に、表情を変えずに、こう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううん

 

 

 

 

 

 

これでいいんだよ」

 

 

 

 




綾女の映画村での服装は『洛陽決戦篇』の今井信女そのまんまです。
今回で修学旅行は終わりですが、第七章は終わりではありません。もう少し続きます。
今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

87.『五つ子』

とりあえずは、ここから原作は11巻のところです。


そして『嫁魂』を始めて以来、初となる総介が一切登場しない回となります。


これは、ヘッドホンが特徴的で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歴史好きな五つ子の三女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………の妹が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼の子』と呼ばれ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀の魂を持つ現代に生きる侍と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて恋をした男の子に出逢うまでのお話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

むか〜し、むか〜し

 

 

 

 

あるところに、顔も服も身体も、全部がそっくりな女の子が"五人"いました。

 

赤く長い髪に、白い服、青い瞳に、可愛らしい顔………

 

まるでおなじ子供が五人もいるかのような錯覚に陥るようでした。

 

これには影分身の術を使う忍者たちもびっくりです。

 

どうなってるんだってばよ………

 

「先生が言ってたんだけど、瓜を半分に切っても同じ形だから『瓜二つ』らしいよ」

 

「瓜って何?」

 

「わかんなーい」

 

「食べ物って言ってた」

 

「それならメロンだってそうじゃない?」

 

「『メロン二つ』は変じゃない?」

 

「だねー」

 

「うーん……」

 

「ん?どうしたの、四葉?」

 

「瓜は五つに切っても同じなのかな」

 

「あはは、じゃあ私たちは『瓜五つ』だね」

 

一体誰がしゃべっているのか、皆目検討もつきません。服に名札でもつけといてほしいものです。

 

そんな五つ子は、よく皆に間違えられます。

 

二乃が三玖だったり、五月かと思ったら四葉だったり、一花を呼んだらそれはそれは四葉だったり………もうしっちゃかめっちゃかです。

 

ですが、五つ子は全く気にしていませんでした。むしろ間違えられるのは………

 

そっくりだと思われるのは、彼女たちにとって褒め言葉だったからです。

 

そんな五つ子は、色んな所で役に立ちます。

 

とあるサッカーの試合では、五つ子ならではの以心伝心が如き息の合った見事なコンビネーションと、相手のマークを混乱に陥れてしまうことで、見事に助っ人として幾度となく勝利に導きます。

 

その中でも、四女の『四葉』は、運動が得意でした。

 

彼女の運動神経は、サッカーチームの監督も認める所でした。

 

「お前たちも四葉をお手本にしてしっかり練習するんだぞ!」

 

「………お手本かぁ………」

 

これが、おそらくは五つ子で初めて生まれた『違い』でした。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

そんな五つ子たちには、『お母さん』がいました。

 

お母さんは学校の先生をしていて、とても美人だと巷では有名だったのですが、無表情で、生徒達から慕われていると同時に、恐れられてもいました。

 

ある人曰く「全学年の男子は彼女にメロメロだった」とか。

 

そんなお母さんは、体が弱く、病院によく通っていました。

 

ですがお母さんは、自分のことよりも、娘たちのことを心配し、愛していました。

 

ある時、お母さんが家に帰った時に、五つ子たちが元気になったお祝いに、彼女にお花を贈りました

 

そんな娘たちを見て、お母さんはみんなを思いっきり抱きしめました

 

「私にとっては、あなたたち五人が健康に過ごしてくれるのが、何よりの幸せです

 

 

 

 

ありがとう」

 

 

決して裕福とは言いきれない、むしろ貧しい暮らしでしたが、

 

それでも五つ子たちは幸せでした。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

日にちは変わり6月………

 

「五月!いつまでくっついてるの!」

 

「早くしないと修学旅行に置いて行かれちゃう」

 

今日は修学旅行の日。五つ子たちは京都に行くために駅にいたのですが、どうやら末っ子の『五月』が、見送りに来たお母さんに泣きながらぎゅーっと抱きついて、一向に離れようとしません。

 

どうやら、五つ子の中で特にお母さん離れが出来ていないようです。

 

それを、長女の『一花』がなんとか離します。

 

「う〜……一花は寂しくないの?」

 

「お母さんと離れるのが嫌なのは皆同じだから」

 

そんな途中、駅の向こうである人を見かけます。

 

「あ、あの人またいる」

 

「ああ、お医者さん」

 

どうやら、五つ子のお母さんを見てくれているお医者さんでした。

 

そしてお母さんはこう言ってました。

 

「私のファン、らしいです」

 

 

 

………………………………

 

 

 

新幹線が目的地の京都に到着し、皆で京都駅を歩いていた時のこと……

 

「さすがにすごい混んでるね」

 

「迷子になっちゃいそう」

 

「逸れないように手を繋ご」

 

そう言って一人、また一人と手を繋いで行きました。

 

そして最後………

 

「はい、四葉も………」

 

と、四人目が四葉に手を伸ばすと………

 

「あれ?

 

 

 

 

 

四葉?」

 

そこに四葉はいませんでした。

 

 

 

………………………………

 

 

 

「うーん、あれも違う………えらいことになってしまった………」

 

四葉は一人で、迷子になってしまったのでした。

 

(早く見つけないと私だけ取り残されちゃう。私たちは五人一緒じゃなきゃいけないのに……

 

 

 

……本当にそうなのかな……?

 

 

 

皆の所に戻った方がいいんだよね……?

 

 

 

ってだめだめ!こんなこと考えちゃ……)

 

 

この時に逸れたのが、四葉以外の子だったなら、全ては変わっていたのかもしれません………

 

「あーあ、あの男の子みたいに一人旅できる勇気があればなー」

 

四葉は、下の階段に一人寂しく座っている金髪の男の子を見つめながら呟いていると……

 

男の子に変な格好をした女の人が近寄って行きます。

 

続いて、お巡りさんが二人やってきます。

 

どうやら、変な格好の女の人が、男の子に何かされたと言ってるようです。

 

 

 

 

 

 

「その人は無罪だよ」

 

気づいたら四葉は、声を出していました。

 

「私、見てたもん」

 

その言葉の後に、金髪の少年は四葉の方に振り向いて言います。

 

 

「お前、誰?」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

そこからなんやかんやあって、行動を共にすることとなった二人。

 

時間はあっという間に経過し………

 

「あ、もうこんな時間」

 

「げ……とっくに夜じゃねーか」

 

清水寺に行ったり、そこでお守りを買ったり、二人で色んなところを周ったりしていると、気づいたら辺りはもう真っ暗。

 

上を見れば、星空が広がっていました。

 

「お前が連れ回すから……」

 

「『風太郎君』だって結構ノリノリだったよ?」

 

どうやら金髪の少年は『風太郎』という名前みたいです。

 

二人はどこかの神社で立ち往生してしまいました。

 

お金も、四葉はお守りを五つも買ったせいでスッカラカン。

 

風太郎は緊急事態にも関わらず、持っていたなけなしの200円を賽銭箱に投げ入れるという奇行に走ります。

 

 

何やってんだお前!?

 

「あっ、無くなっちまった」

 

「え?」

 

「俺んち、貧乏で毎回5円なんだよ。ケチィよな」

 

その後で……

 

「って、今の金で電話すりゃ良かった……ま、誰か見つけてくれるだろう」

 

(何この男の子……)

 

風太郎の奇怪な言動に、四葉もドン引きします。

 

すると、四葉がこんなことを風太郎に聞きました。

 

「風太郎君は……お金がなくても辛くない?」

 

「?どういうことだ?」

 

「うちもそうなんだよね……

 

家族のために、お母さん一人で働いてくれてるんだ

 

 

 

私は辛くない。でも、そんなお母さんを見るのは辛いよ」

 

「……うちも同じようなもんだ。そりゃ金持ちの家だったらいいに越したことはないが、仕方ねーだろ」

 

 

 

 

「……そうだね。でもたまに思うんだ。

 

 

 

 

 

自分がいなきゃ、もっとお母さんは楽だったのにって」

 

「!」

 

四葉の言ったことに、風太郎も驚きます。

 

「お前………」

 

「だから………

 

 

 

これからたくさん勉強して、

 

うーんと賢くなって、

 

とびっきりお給料のもらえる会社に入って、

 

お母さんを楽させてあげる!

 

 

 

 

そしたらきっと、私がいることに、意味ができると思うんだ」

 

四葉の言葉を聞いた風太郎は、顔をポカンとさせながら、こう言いました。

 

 

 

「すげぇ………お前、大人だな」

 

「え?」

 

「俺、自分が子供だからって諦めてた

 

今の環境とか、立場とか全部………

 

 

自分が変わって自分で変えりゃいい!

 

そういうことだな!」

 

「ま、まぁ。なんか照れる……」

 

目の前まで近づいて来る風太郎に、四葉も照れてしまいました。

 

「………妹がいるんだ。

 

まだ小学校入りたてなんだけどな

 

俺もめっちゃ勉強して

 

めっちゃ頭良くなって

 

めっちゃ金稼げるようになったら

 

妹に不自由無い暮らしをさせてやれるかもしれねぇ

 

 

 

 

 

必要な人間になれるのかもな」

 

そう笑いながら言う風太郎に、四葉は思わず彼の手を握って………

 

 

「頑張ろう、二人で!

 

 

 

 

 

私はお母さんのために

 

 

 

 

風太郎は妹さんのために

 

 

 

 

一生懸命勉強しよう!」

 

 

「………ああ!」

 

 

 

二人は約束しました。お互いの家族のために、一生懸命勉強を頑張ることを………

 

「………そういや、さっきの200円分の願い事がまだだったな

 

俺とお前で100円ずつ、神様に頼んだこうぜ

 

 

 

いつか万札を入れられる大人になれるようにな」

 

二人は神社に手を二回ぱんぱんっと叩いて、目を閉じてお願い事をしました。

 

 

 

「………なんてお願いしたの?」

 

「こういうのは言っちゃダメなんだぞ」

 

 

すると、二人の後ろから、カッと眩しい光が発せられ……

 

 

「な、なんだ!?」

 

「………あ!」

 

四葉が後ろを見ると、そこには、朝見た人が………

 

 

 

 

 

「四葉君。何をしているんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

ところ変わって、四葉は無事に姉妹たちと合流することができ、宿に戻った後のこと………

 

「え!あの人わざわざここまで捜しに来てくれたの?」

 

「学校から連絡もらったお母さんが相談したみたい」

 

「そうなんだ。でもお陰であんたとその男の子………風なんとか君が見つかって良かった。心配したんだから」

 

「ごめんね、二乃」

 

風太郎と一緒に保護された四葉は、二乃と宿の廊下を歩きながら話をしていました。

 

「まだこの旅館にいるんでしょ、風なんとか君………ああもう、めんどくさいし風君でいっか!」

 

「うん!学校の先生が迎えに来るまでにもう一度会いに行くんだ。二乃も行く?」

 

「私はいいよ……」

 

「えー、すっごく面白いんだよ。

 

………それでね、200円入れて、無くなっちまった!だって!」

 

「四葉………え?」

 

二乃が、風太郎の話をする四葉を見て、何かを感じた瞬間、彼女は何かを目撃しました。

 

「え………?」

 

「?」

 

二乃はそのまま廊下の向こうを指さすと、四葉もその方を見ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには…………

 

 

 

 

 

 

「あれって………」

 

 

指を差した方には、四葉、二乃にそっくりな姉妹が、風太郎と笑いながら楽しそうに話をしていました。

 

風太郎は気づいていないのか……いえ、四葉は彼に自分が五つ子だと言っていません。間違いなく、今話している相手を四葉だと思ってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、それは一花でした。

 

 

 

 

少し前………

 

 

「今日ね!すっごく面白い男の子に会ったんだ!それから一緒にこのお守り買ったんだ!今も大広間にいるんだって」

 

他の四人に風太郎の話をする四葉。それに興味が湧いたのか、一花は彼のいる大広間に向かいました。

 

「あ」

 

そこには、ごろんと寝そべる風太郎がいました。

 

「よっ、来てくれたのか」

 

どうやら、自分を四葉だと思って話しかけてるようです。

 

一人で退屈してたところだ。何かしようぜ」

 

 

「じゃ、じゃあ、七並べ!」

 

そうして二人は、迎えが来るまでの束の間、トランプをして遊んでいたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、廊下に出てきたとこを見た四葉………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、四葉は初めて『五つ子』である自分に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆と『そっくり』な自分に…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めて好きになった男の子が、別の子を四葉と間違えていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そっくりだと言われるのは、褒め言葉………そう思っていたのに………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこから、四葉の何かが壊れはじめました。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行を終えて、五つ子はとある島で自分達のおじいちゃんが開いている『虎岩温泉』に来ていました。

 

「お母さん、本当に病気治ったのかな………」

 

「修学旅行から帰ってから、ずっと体調崩してるよね」

 

この頃、お母さんの体調が芳しくないことを、五つ子も感じていました。そんな中……

 

「四葉、髪乾かした?ドライヤー貸して」

 

温泉から上がって、身体を拭いたり、髪を乾かしたりしている中、四葉は一人、頭に緑色のリボンをつけていました。

 

「え!なにそれ!」

 

「へへー、可愛いでしょ」

 

もうこれで、誰にも間違われることはない。

 

 

『あの時』みたいに、風太郎君にも見分けてもらえる。

 

 

もう『そっくり』は嫌だ

 

 

 

………………………………

 

 

 

数日後、島を後にし、船に乗っている五つ子たち。四葉は、甲板で遊んでいる四人とは違い、一人上のデッキにいました。

 

すると、

 

「四葉、そのリボン、似合ってますね」

 

お母さんがそう言ってきました。見ると、彼女の顔色は良くありません。目の下には隈ができ、光も無く、痩せ細っています。

 

「ありがと……これならもう皆とまちがえられないよね」

 

「………さあ、どうでしょう」

 

「!」

 

「何を身につけているかなんて、大した差ではありません」

 

「そ、それだけじゃないよ!

 

私、皆より勉強して、この前なんて一番だったんだよ。

 

 

 

 

 

勝ってるんだよ

 

私は、もう皆と同じ場所にいない

 

そっくりなんかじゃない」

 

 

 

もう『そっくり』でいるのなんか嫌だ

 

 

 

 

あんな思いをするのはもう嫌だ………

 

 

「お母さーん!」

 

すると、五月が階段を登ってお母さんのもとにやってきます。

 

「見て見てー」

 

「あら、可愛いですね」

 

「四葉を真似して、私も頭に付けてみたんだー」

 

五月を見ると、彼女の頭には、星の飾り物が2つ付けてありました。

 

自分に抱きつく五月を受け止めながら、お母さんは四葉に言います。

 

 

「………四葉、あなたの努力は素晴らしく、何も間違っていません。

 

 

ですが、一番にならずとも、あなたたちは一人一人特別です。

 

 

親として、あなたたちに一緒にいてほしいと願います

 

 

たとえどんなことがあったとしても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大切なのは、どこにいるかではなく

 

 

 

 

 

 

 

五人でいることです」

 

 

 

 

 

 

 

 

違う

 

 

 

 

 

違うよ、お母さん

 

 

 

 

 

みんなでいたら

 

 

 

 

 

五人でいたら

 

 

 

 

また間違えられちゃう

 

 

 

 

また、『あんなこと』になっちゃう

 

 

 

 

また、風太郎が私を見てくれなくなっちゃう

 

 

 

 

 

五人でいたら

 

 

 

 

誰も見てくれないんだよ

 

 

 

 

 

私『一人』だけを………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

修学旅行から2ヶ月が経ち

 

 

 

 

 

 

8月14日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さんが、死にました

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わああぁん!!」

 

「お母さあぁん!」

 

「うっ、うぅ………」

 

五つ子のお母さんが、死んでしまいました。皆、そのことに泣き続けました。

 

「やっぱり………体調良くなってなかったんじゃん………」

 

「………もう、いないんだね………」

 

 

 

 

「いるよ」

 

「!」

 

「いるんだよ……お母さんは私たちの中に………

 

 

 

 

 

これからは私がお母さんに………

 

 

 

お母さんに『なります』」

 

「五月………」

 

姉妹の中で特にお母さんが好きだった五月が、母の死に錯乱してしまったのか、よくわからないことを言っています。

 

それを見た一花も、心配そうな目で見ていました。

 

「私たち……これからどうなるんだろう……」

 

「おじいちゃんの家………なのかな」

 

「全員でいけると思う………?」

 

「どういうこと?」

 

「おじいちゃんだって大変なのに………もしかしたら………

 

 

 

 

私たち、バラバラに引き取られちゃうのかも………」

 

 

そう話をしていると………

 

 

「失礼するよ」

 

「!」

 

一人の男性が、部屋に入って来ました。

 

「こうやって君たちと話すのは初めてだね。何度か顔は合わせてるはず………

 

四葉君とは修学旅行以来だね」

 

「あ……」

 

四葉がその男性を見ると、その人に見覚えがありました。

 

修学旅行で、自分を見つけてくれた人だったのです。

 

 

彼は、お母さんの遺影に目を向けました。その時、彼が何を思ったのか…………

 

 

それは、本人にしか知り得ません。

 

 

 

 

 

そして、五つ子の方を向き………

 

 

 

 

 

「君たちは、僕が責任を持って引き受ける」

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

それから、五つ子は苗字を『中野』と変え、新しい生活を始めることとなりました。

 

住む家も、高いマンションの30階、部屋も広く、姉妹一人一人に部屋ができました。

 

 

そして時が経ち………

 

 

 

五つ子は、だんだん『そっくり』ではなくなってきました。

 

 

 

 

一花は髪を短くし、

 

二乃は二つの黒いリボンをつけ、

 

三玖は首元にヘッドホンをつけはじめました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さん

 

 

 

 

私たち、中学生になったよ

 

 

 

 

でもね

 

 

 

 

五人一緒なんて無理だよ

 

 

 

 

 

 

 

私たちは、もう一緒ではいられない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、第七章最終話

 

 

 

 

 

 

 

 

『四葉』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四葉が風太郎と再会するまで、あと五年………




個人的な意見ですが、マルオって『物語シリーズ』の『貝木泥舟』に似てるような気がします。普段は屁理屈で無愛想だけど、好意を持っていた『臥煙遠江』の娘の『神原駿河』に対して面倒見が良い………
マルオも同じで、普段は無愛想無表情で理屈っぽいけど、好意を持っていた零奈の娘を全員引き取って面倒を見る。
目元とかも含めて、かなりリンクしている部分が多い気がします。

まぁ、貝木は『詐欺師』、マルオは『医者』という大きな違いがありますけど……

ちなみに、作者は物語シリーズでは貝木と忍野メメとギロチンカッターが大好きです。
イカれてるけど、自分の信念はちゃんと持っている……そんな3人だと思います。




今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!
明日か明後日に、続きを更新する予定です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

88.『四葉』

五つ子、というより四葉の過去編その2です。




そしてこの話が、第七章の最終話となります。
奇しくもこの話の投稿日が3月9日、ミクの日………だからなんだという話。


とあるパーティー会場にて……

 

 

「中野君が五人もの子供を引き取ったと聞いた時は耳を疑ったが、まさかうちの学校を選んでくれるとはね」

 

「手厚いご配慮に感謝します」

 

「ほう、それは初耳ですな。中野医院長、ぜひ進学の際は、うちの高校でご一考くださいませ」

 

「残念だったね、武田君、うちは中高一貫でね。無論、その分だけ厳しくはしているが、君の選んだ子供たちだ。良い成績を修めてくれるに違いなかろう」

 

「…………」

 

恩師であり想い人だった『零奈』の死から間もなく、彼女の娘である五つ子を全員引き取り、彼女達の義父となった『マルオ』。彼と話すのは、小柄な壮年の男性と、『武田』というZガンダムのハヤト・コバヤシに似たふくよかな男性が、マルオと談笑していた。二人とも、学校の理事長であり、特に小柄な方は『黒薔薇女子』という名門の理事長をしている男だ。

 

 

五つ子の姉妹は、その中等部へと進学することが決まっていた。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

日にちと場所は変わり………

 

「えっ、一花!?」

 

「その髪どうしたの!?」

 

「ああこれ?部活の時邪魔だから切ったんだ」

 

五つ子の長女『一花』が、長かった髪を首元までバッサリ散髪したことに、他の四人は驚愕していた。

 

「わー、似合ってますね!」

 

「なんか新鮮」

 

「ありがとー」

 

「私も切ろっかな………二乃は?」

 

「ま、まぁ、前髪くらいなら………」

 

三玖が聞いてきたことに、バツが悪そうに答える二乃。すると……

 

「ほらほら、お喋りはそれくらいにして。

 

もうすぐ追試でしょ。勉強するよ!」

 

頭にリボンをつけた『四葉』が、皆に勉強を催促する。

 

「四葉だってそうでしょ?」

 

「追試といえば……あの噂知ってる?」

 

と、一花が自分達の学校『黒薔薇女子』のことについて説明を始める。

 

「この学校、赤点には特に厳しいらしくて、追々試までは不合格だったら、一発で退学になるんだって」

 

「退学って……」

 

「あ、あくまで噂ですよね……?」

 

『退学』というワードを聞き、一気に戦慄し出す姉妹達。

 

「もうだめ……私、今回の英語のせいで退学かも……」

 

自身の英語の成績のことを嘆く三玖に、四葉は……

 

「三玖、私が教えてあげる!このノートにわかりやすく書いてあるから、お手本にしてみて!」

 

四葉は、自分が書いたノートを三玖へと見せる。その様子を見た五月、一花、二乃は………

 

「お手本って……」

 

「監督に言われたのがよっぽど嬉しかったんだねー」

 

「確かにあれくらいから………四葉、変わったよね」

 

あの時、サッカーチームの監督に言われた一言。

 

『お前たちも四葉をお手本にしてしっかり練習するんだぞ!』

 

今の四葉は、まさにあの時の監督の『お手本』という言葉を実践するような子になろうと奮闘していたのだった。

 

 

………………………………

 

 

「お父さん、見てこれ!この前のテスト、五人の中で一番だったんだ!」

 

「よくやった」

 

「陸上部に誘われたんだけど断ったんだ。でも勉強に集中したいから仕方ないよね」

 

「これからも励みたまえ」

 

「…………」

 

四葉は嬉々として『お父さん』にテスト結果を見せに行っても、『お父さん』は彼女に素っ気ない返答をするばかりだった。

 

 

 

………………………………

 

 

 

「うーん、なんか冷たいなー。うちにもほとんどいないし………

 

お母さんだったらもっと褒めてくれるのに………

 

 

 

 

 

(褒めてくれる………よね?)」

 

と、家まで走って帰宅する中、四葉はあることを思い出す。

 

 

 

 

 

(風太郎君も、今頃勉強してるのかなぁ………)

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

それからある時、四葉が勉強により一層集中するために、ゲーム機器を段ボールにしまっていた時のこと………

 

「四葉、これもうやらないの?」

 

「うん!ゲームはもう卒業!勉強の邪魔になっちゃうからね」

 

ゲームを箱にしまった四葉に、三玖が声をかけた。彼女はそれを手に取って………

 

「じゃあ、これ借りちゃおっかな………」

 

「もー、三玖はまだまだお子様だなー」

 

この時までは、ゲームをしようとする三玖を小馬鹿にしていた。しかし………

 

 

 

………………………………

 

 

 

3学期、中間テスト、社会、解答用紙、

 

なかのよつば 31点

 

(よしよし、順調に上がってきてる。元が悪いせいでまだまだだけど………これからもっと頑張ろう)

 

ゲームをやめたことにより、少しずつだが、成績が上がってきていることに手応えを感じた四葉。そんな彼女に………

 

「四葉!」

 

三玖が近づいてきた。

 

「歴史のテスト、初めてこんな点数取っちゃった。四葉に借りたゲームのおかげだよ」

 

「」

 

三玖の解答用紙に記されていた『42点』という点数を見て、四葉は一瞬言葉を失ってしまう。

 

「………そ、そっか。良かったね」

 

何とか取り乱さずに、返すことは出来たが、このことが四葉を焦らせてしまうことになってしまった。

 

 

 

 

 

いけない………思わずお父さんみたいな反応しちゃったな

 

 

 

三玖が良い点を取ったなら、私はもっと良い点を取ればいいんだ!

 

 

 

もっと頑張らないと!

 

 

 

 

たくさん勉強して………

 

 

 

うんと賢くなって

 

 

 

 

 

とびきりお給料のもらえる会社にに入って………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

数学、解答用紙

 

なかのよつば 29点

 

 

「…………」

 

 

私はなんのために勉強してるんだろう………

 

 

 

 

お母さんはもういない

 

 

 

楽をさせてあげたかったお母さんはもう………

 

 

 

『特別じゃなくていい

 

 

 

大切なのは五人でいることですから』

 

 

 

 

 

お母さん

 

 

 

五人でいることがなんで大切なの?

 

 

 

 

 

 

私、わかんないよ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『四葉』の中に生まれたヒビが、徐々に大きくなり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはもう、取り返しがつかないほどに………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

それから時が流れて、五つ子達はそのまま『黒薔薇女子』の高校に内部進学した。

 

「私たち……本当に高校生になったのでしょうか……?」

 

「周りの顔ぶれが変わらないから実感ないね」

 

「その変わり………私たちは大きく変わったけど」

 

「え、そう?」

 

「そうよ」

 

全校集会の場………

そこには、ヘッドホンを首に巻いて前髪で顔の半分を隠している三玖、

星なら髪飾りを二つつけて、頭頂部にアホ毛のある五月

ショートヘアの一花

黒い二つのリボンをつけた姫カットの二乃がいた。

 

しかし、そこには何故か四葉がいない。彼女はというと……

 

 

 

 

『陸上部の皆さん、壇上にお上がりください』

 

「あ、来たよ」

 

『インターハイ進出、おめでとうございます!』

 

スポットライトの当たるステージの上に、長い髪の頭にリボンをした四葉はいた。

 

 

 

………………………………

 

 

 

「陸上部ってそんなに強かったっけ?」

 

「全ては中野さん加入のおかげですわ」

 

「へー!今度はぜひソフト部の助っ人もやってくださいよ」

 

「あはは、いいですよ」

 

 

 

 

 

 

「四葉、人気凄いですね」

 

「何個部活に入るつもりよ」

 

「申し出を全部受けてるらしいよ」

 

「………」

 

四葉は、様々な運動部を掛け持ちし、それぞれの部活で成果をあげていた。そしてその噂を聞いた他の部からも、オファーが来て、それらを全て二つ返事で受けていた。

 

しかし、それを見ていた三玖は、彼女に声をかける。

 

 

「四葉……」

 

「?」

 

「最近ずっと練習ばかりだけど平気?

 

 

 

勉強………できてる?」

 

「…………」

 

三玖は本心から、四葉を心配していた。部活に時間を使い過ぎて、勉強が疎かになってしまっている彼女に………

 

 

このままでは四葉は………

 

 

「良かったら、私が教えてあげようか?」

 

 

 

「私はもう皆と違う

 

 

 

 

 

一緒にしないで」

 

 

 

三玖の出した助け舟を、四葉は拒絶した。

 

自分は皆より優れている。運動では、自分が一番だ。自分は特別な存在なのだ。

 

 

 

 

 

姉妹の助けなど必要ない。と………

 

 

 

 

取り合おうとしない四葉の背中を、三玖は哀しそうな表情で見つめることしか出来なかった…………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

それから四葉は、一層部活に精進して、ありとあらゆる運動部で実績を積み上げた。バスケットボール部では全国大会に進出させ、ソフトボール部では優勝し……その度に、表彰され、壇上に上ることとなった。

 

自分を見上げる生徒たちの中に、他の姉妹がいるのを見て、彼女達を見下ろしながら、言葉な出来ないくらいの優越感に浸る四葉。

 

 

 

もはや今の彼女には、当初に夢描いていた目的など、はるか彼方へと消え失せてしまっていた。

 

 

 

 

 

お母さん、見てる………?

 

 

 

 

私、皆にほめられてる

 

 

 

 

いろんな人に必要とされてる

 

 

 

 

姉妹の誰でもなく、私だからなんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が姉妹で一番なんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別なんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「追々試不合格

 

 

 

 

中野四葉さん、あなたを落第とします」

 

 

「………………

 

 

 

 

 

 

 

………………え?」

 

職員室に呼び出されて先生に告げられたことに、頭が真っ白になってしまう。

 

「そんな……嘘ですよね?」

 

「嘘ではありません」

 

「だって、あんなに部活で結果を出したのに!この前だってバスケ部で全国で……」

 

「関係ありません。

 

 

再三警告をしたはずなのに、あなたは多重入部をやめようとしませんでした。

 

 

 

 

荷物をまとめなさい」

 

先生の言葉が、いくつもの刃となって、自身を突き刺し続けた。

 

 

 

………………………………

 

 

「中野さん……本当に残念ですわ」

 

部活の仲間達からも、失望した目線を向けられた。

 

「まさかあなた、部活動だけで満足なされていたの?」

 

 

 

『四葉』の今まで積み上げたきた全てが、ガラガラと音を立てて崩壊していった………

 

 

 

………………………………

 

 

 

「四葉君、この結果を受け、内々で話をつけさせていただいた」

 

理事長室に呼ばれると、そこには小柄な理事長と、『お父さん』がいた。

 

「特例として、転校という形で済ませることができそうだ」

 

「転校………」

 

「私の知り合いが理事を務める男女共学の学校だ。夏休み明けから、君はそこに通うこととなる」

 

「私……だけ……」

 

「引っ越しの必要がないのが幸いだ。家では姉妹で一緒にいられる」

 

お父さんの言葉は、途中から聞こえてこなくなった。四葉の目の前が、真っ暗になっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ………?

 

 

 

 

 

 

私は特別なはずなのに………

 

 

 

 

 

私がいる意味を作ろうとして、必死にやってきたけど

 

 

 

 

 

 

 

私、なんで一人なの………?

 

 

暗く、無人のトラックを延々と走り続けた四葉。自分が一番だと思い続けたまま、いつの間にか周りには誰もおらず、自分一人だけが意味もなく走り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

一人になったら私はどうしたらいいの?

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしたら特別になれる?

 

 

 

 

 

 

 

 

どこに進んでいいのかわからないよ………

 

 

 

 

 

 

 

あの日出会った男の子も、最愛の母も、部活動の仲間も………

全てが闇に包まれ、消えていく………

四葉の全てが、真っ暗な闇に飲み込まれようとした

 

 

 

 

 

 

 

 

その時

 

 

 

 

ガチャっ

 

 

「待って」

 

誰かが、声をあげながら理事長室に入ってきた。その聴き慣れた声は、こう言った。

 

 

「四葉が転校するのなら

 

 

 

私たちもついて行くわ」

 

 

「!」

 

真っ暗な四葉の目の前に現れたのは、一花、二乃、三玖、五月の四人だった。

 

 

「な、何を言っているんだ!君たちは試験を通過したはず……」

 

「ええ、合格できたわ………」

 

そう言って二乃は、ポケットからある物を取り出す。

 

 

 

「カンニングのおかげで」

 

「!」

 

それは、手のひらサイズの紙切れに文字がいっぱい書かれていたカンニングペーパーだった。それを見て、四葉は目を見開いてしまう。

 

「そ、それは本当か!」

 

 

「私たちもでーす」

 

二乃以外の三人も、ポケットからカンニングペーパーを見せる。それを見た四葉は、絶句してしまった。

 

 

「皆………なんで………

 

 

 

 

なんで私のために………」

 

 

「四葉、あんたがどう考えてるのか知らないけどね

 

 

 

私はあんただけいなくなるなんて、絶対に嫌!」

 

「!」

 

 

「どこにいくにしても、皆一緒だよ」

 

 

「それが、お母さんの教えですから」

 

 

 

「四葉……どんなことも、私たち皆で五等分だから

 

 

 

 

困難も、五人でなら乗り越えられるよ」

 

 

 

二乃、一花、五月、三玖…………

 

 

四人の起こした行動と言葉に、四葉は感情を抑えられなくなってしまい、その場に泣き崩れてしまった。

姉妹はそんな四葉に、皆で寄り添う。

 

 

 

 

 

 

 

お母さん

 

 

 

 

 

 

 

お母さんが言ってたのは、こういうことだったんだね

 

 

 

 

 

 

 

もう誰が一番だなんて考えるのはやめよう

 

 

 

 

 

 

 

私は皆のために生きるんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、四葉を絶対に見捨てない五人への感謝と負い目から来たものなのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それとも、どう足掻こうとも、五つ子という『呪い』からは逃れることが出来ないことを知った絶望から来るものなのか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時の思いは、『四葉』本人しか知り得ないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みが明けて、五つ子は新しい学校での生活をスタートさせた。その食堂にて………

 

「おいしー」

 

「ここの食堂、レベル高い」

 

「前の学校にはこんなの無かったよね」

 

「試験とかも緩そうだし、そんなに必死に勉強しなくてもよさそうね。

転校して正解だったわ」

 

「………」

 

二乃の最後の言葉に、それまで長かった髪を切ってボブヘアになった四葉は、複雑そうな顔をする。

 

すると、彼女は床に折り畳まれた一枚の紙を見つけた。

 

「……!あれ、このテスト用紙誰の?」

 

「知らない〜い」

 

四葉はその紙を拾って広げてみると………

 

「100点だ」

 

「あ!まさか………」

 

100点の用紙だと知り、五月が何やら反応した。

 

「あー、さっきの男の子かな………ほら、向こうの角に座ってる地味目な子」

 

「届けてくるよ」

 

四葉は立ち上がって、落とし主の元まで届けることにした。

 

「四葉……お気をつけて………」

 

何故か四葉の身を案じる五月。どうやら何か知っているようだ。

 

 

「恐らく勉強中だと思いますよ」

 

「え?食堂で?」

 

姉妹の会話を背に聞いた四葉は、

 

(物好きな人もいるんだなぁ)

 

その程度の認識だったのだが………

 

 

 

 

 

これが、神の悪戯か、運命の歯車か…………

 

 

五年前に出会った『彼』との再会になろうとは、この時の彼女は思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

(うわっ、やっぱり風太郎君だ!)

 

 

 

寝ているのか、考え事をしているのか、呼びかけても反応しないその男子の正面に座って、彼の顔をジーッと見る。

 

 

テスト用紙に書いてあった名前を見て「まさか」のと思っていた

 

 

 

 

 

間違いない

 

 

 

 

 

 

 

髪の色や雰囲気こそ変われど

 

 

 

 

 

 

四葉には顔を見て

 

 

 

 

 

 

 

あの時の男の子だ

 

 

 

(まさか同じ高校になるなんて!五年前とは雰囲気まるで違うけど、嬉しいなー)

 

最初は四葉も、神様は自分を見捨てていなかったと有頂天になり、そのまま声をかけようとした。

 

「風………!」

 

すると、四葉は風太郎のお盆の上にある単語帳が目に入ってしまう。

 

(ご飯中にまで勉強………

 

 

 

 

それに100点のテスト………

 

 

 

 

 

 

もしかして、あれからずっと頑張り続けていたの?)

 

 

彼女は驚愕した。五年前、あの日にした約束を、彼は今も実践し続け、テストで100点を取るまでに頑張っていた………なのに………

 

 

(それに比べ私は………)

 

 

自分はどうだ?向いていないと実感するや勉強を全くやろうとせず、運動部ばかりに逃げてしまった。その結果、『落第』という最悪の結果を招いてしまい、他の皆をも巻き込んでしまった。

 

 

 

 

(…………恥ずかしくて言えないよ…………)

 

 

 

 

「………『上杉………さん』………

 

 

 

 

上杉さーん」

 

 

今の自分に、あの時の名前を呼ぶ資格は無い………

 

彼は閉じていた目を開き、四葉を見た。

あの日以来に交差する姿勢。それに四葉は、思わずドキッとしてしまうが、なんとかそれを押し殺す。

 

 

 

「あはは、やっとこっち見た」

 

「……なんで俺の名前を知ってるんだ?」

 

 

 

これが、五年いう時が空いた二人の、初対面のような再会となった。

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

それから………

 

彼は自分達の『家庭教師』として、我が家にやってきた。

 

誰もいないリビングに一人佇む彼に最初に声をかけたのは、四葉だった。

 

(………そうだよね。私のことなんか覚えたないよね)

 

再会した日に、自分を見た時の反応を見るに、おそらく自分のことは忘れているのだろう………

 

 

 

(私は知ってるよ、君のこと………ずっと前から………)

 

 

 

「みんな自分の部屋に戻りましたよ」

 

「!四葉……だっけ?0点の……」

 

「えへへ………」

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

ギコ……ギコ……ギコ………

 

 

ここは、とある小さな公園。四葉は時折この場所を訪れる。特にブランコは、落ち込んだり、何かあった日はこのブランコを立ち漕ぎで漕いだりするほどの、彼女のお気に入りスポットだ。

 

「まさか風太郎君が私たちの家庭教師になるなんて!運命の巡り合わせというのはわからないものですな」

 

転校した学校で風太郎と再会し、その彼が自分達の家庭教師となる………まるで漫画のような展開だ。

四葉はよほど嬉しかったのか、先程から立ち漕ぎをしながらの独り言が止まらない。

 

「勉強は苦手だけど、風太郎君となら大歓迎だよ!」

 

 

 

………………………………

 

 

 

ある日の図書室………

 

「ライスは『L』じゃなくて『R』!お前、シラミ食うのか!?」

 

「あわわわわ」

 

と、風太郎の怒号が飛び交うも、他の姉妹とは違い、一人彼に勉強を見てもらっている四葉は、どこか楽しそうだ。

 

「四葉……なんで怒られてんのにニコニコしてんだ?」

 

「えへへ………家庭教師の日でもないのに、上杉さんが宿題を見てくれるのが嬉しくって」

 

四葉が嬉しかった理由は『3つ』。一つは今彼女が言った通りのこと。二つ目は、風太郎と二人で勉強が出来ること。

 

 

(もしこのまま勉強を頑張れたら

 

 

 

風太郎君に私のこと言ってもいいのかな………)

 

 

今の自分では、恥ずかしくて到底言えなくても、成績を上げることができれば、あの日のことを打ち明けられるかもしれない。そう思って、彼から勉強を教われば、2倍楽しく思えてくる気がした。

 

 

 

 

そして『3つ目』は…………

 

 

 

 

数日前、風太郎が連れてきた『彼』のこと…………

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャーギャーギャーギャー、やかましいんだよ。発情期ですかコノヤロー?」

 

 

浅倉総介。風太郎が連れてきた家庭教師の助っ人。四葉は三玖を置いてマンションへとダッシュし、早めにエントランスに到着した。すると、風太郎と二乃、そして謎の男が二乃と話している。

どうやら彼が、例の助っ人のようだ。

それを隠れて聞いていると、風太郎からいいように逃げていた二乃が、その男に完全に手玉にとられていた。

頃合いを見計らい、四葉もそこに合流する。

 

「私、中野四葉って言います!助っ人さん、よろしくお願いします〜〜〜!!」

 

 

 

 

 

そして、その後にやって来た三玖が、いつもと様子と違っていた。

 

何やら時が止まったかのように静止してしまった三玖に、何かあったのか謝る男、浅倉総介。そして三玖の方は、顔を真っ赤にしながら自己紹介をする。

 

(え、この二人知り合いだったの!?それに………)

 

 

どこで出会ったか知らないが、二人は面識があったようだ。しかも、三玖の様子が明らかにおかしい………

頬を赤くし、何故かモジモジしている。

 

 

 

 

ピコーン!!

 

四葉のリボンセンサーが反応した。

 

 

 

 

まさか…………そのまさか!?

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

時は流れて花火大会。それぞれが好きな屋台で買い物をしながら、四葉は一花とともに、三玖と総介を見ながら話す。

 

「浅倉さんに聞こうとしたけど逃げられちゃって、それで三玖は浅倉さんを『優しい人』って言ってたけど………一花さん、どう思います?」

 

「んー、好きでしょうね、間違いなく」

 

「やっぱり!」

 

仲良く話す二人の姿を見て、四葉はそれが確信に変わった。三玖は、総介のことが好きだ。そして総介も、三玖を………

 

 

「いや〜、青春ですなぁ〜一花さ〜ん」

 

「そうですねぇ〜四葉さ〜ん」

 

 

二人を見ながら、ニヤニヤする一花と四葉。すると………

 

「一花はどうなの?上杉さんとか?」

 

「ん、私?」

 

四葉は自然な形を装って、一花に聞いてみる。

 

「そうだな〜。フータロー君はいい奴だけど子供っぽくて。私はそんな感じだよ」

 

「………ふ〜ん」

 

(一花も忘れてるよね……そう、だよね………)

 

 

 

そっかそっか

 

 

 

 

 

 

ふーん………

 

 

 

 

 

 

 

本当に??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一花、なんで花火大会の日から、上杉さんを見る表情が変わったの?

 

 

 

………………………………

 

 

 

ギコ……ギコ……ギコ……

 

 

 

「いや〜、三玖が浅倉さんのこと好きだなんて。浅倉さんも三玖に優しいし、これは両想い待った無しだね。少し肩の荷が下りた気がするよ。

良かった良かった…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

林間学校が終わって、四葉は風太郎の入院している病院にいた。そこで林間学校で体調を崩した彼のお見舞いも兼ねて、皆で予防接種をしようということになったのだが、五月が見当たらずに探していた。

 

「えーっと、五月は………もしかして上杉さんの病室にいるのかな………」

 

もう一度風太郎の病室の前に来た四葉は、そこで耳にした。

 

 

 

「教えてください。あなたが勉強する、その理由を」

 

 

 

 

 

 

風太郎は五月に、あの日のことを事細かく話した。

 

 

 

 

 

 

その外で四葉が一部始終を聞いていたと気づかずに

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

(まさか、私のこと覚えてたなんて!

 

 

 

 

どうしよう。私も言うべきかな………)

 

 

 

 

四葉も迷った。しかし………

 

 

 

 

 

(………でも

 

 

 

 

 

 

私だけ特別なんて、良くないよ)

 

 

 

あんなことをしたんだもん

 

 

 

私だけ特別になるだなんて…………

 

 

 

「この中で、昔俺に会ったってことがあるよって人ー?」

 

 

風太郎がそう聞くと、一花が四葉の方をチラッと見た。

 

 

 

 

四葉は、口を動かそうとする素振りすら見せなかった。

 

 

(今の私は、姉妹皆のおかげでここにいる………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの思い出も、この想いも、消してしまおう)

 

 

四葉は、自身の過去を、『あの日』のことを全て封印することに決めた。

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

そして、二乃と五月が大喧嘩をして家出した後の、満月の夜のこと。

 

 

「……あの茂みの音は、四葉だったのですね」

 

「学校の用意、持ってきたよ。家出するならちゃんと用意してからにしなよ」

 

四葉は五月に、通学カバンを渡しに来ていた。家出自体を否定しないあたり、彼女も五月に思うところがある様子。

 

と、

 

「すみませ……」

 

スカッ

 

四葉はカバンに伸ばしてきた五月の手から、カバンを遠ざけた。

 

「?」

 

「大変なところごめんだけど、五月にお願いがあるんだ」

 

そう言って四葉は、あるものを取り出した。

 

「この服を着て、上杉さんに会ってきてほしいんだ」

 

それは、白い衣服だった。それを見て五月が、少し戸惑う。

 

「ど、どういうことでしょう………?」

 

「最近知ったんだけど、私、嘘つくの下手みたいで、変装もすぐバレちゃうんだよね………」

 

 

 

 

そこから四葉は、五月に全てを話した。五年前の修学旅行のことも、自分の想いも………

 

 

 

 

「………やはりあなたでしたか。心当たりはありました」

 

五年前、京都駅で逸れたのが四葉だけだったこと。そんな彼女が、合流したと思いきや、面白い男の子にあったということ。

 

そして、風太郎の話。それらから五月は、風太郎に昔会ったことのある子が、四葉だと薄々勘づいており、やはりそのことは当たっていたようだ。

 

「しかし私こそ、変装は苦手でして、ご期待に添えるかどうか……」

 

「それなら大丈夫。誰かの真似をしなくたって

 

 

 

 

 

昔の五月のままでいいから」

 

 

こうして、五月は風太郎が五年前に京都で会った女の子『零奈』として、風太郎と偽りの再会を果たすこととなった。

 

 

二人の逢瀬を、茂みの中から見ていた。

 

 

 

 

しかし。何とも言えない複雑な表情が、この時の『四葉』を表していたのかもしれない。

 

 

 

 

そうして、自分が『零奈』ではないこと、風太郎にお別れを告げることには、一応は成功となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなさい、上杉さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私だけが特別であっちゃいけない

 

 

 

 

 

 

 

 

上杉さんが誰を好きになったとしても

 

 

 

 

 

 

 

全力で応援できるように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

そして、時は現在。

 

 

夏休み前の学校、雲一つ無い太陽の独壇場となっている空と、ミーン、ミーンと喧しい蝉の声。

 

梅雨の時期も過ぎ、季節は『夏』入りたてである。

 

「あっつー」

 

「夏だねー。もうすぐ夏休みだねー」

 

「夏といえばやっぱり………」

 

 

 

 

「海よね」

「山だね」

 

と、教室で夏恒例『海山論争』を繰り広げる二乃と三玖。

 

「は?信じられない。山なんていつでもいいじゃない」

 

「夏にしかできないことがある。それに騒がしいところは苦手」

 

いつの時も、二人の意見は真っ向から対立する二人。本当五つ子?

すると、五月が第三の意見を述べる。

 

「私たちは三年生なんですから、夏休みは受験勉強しかないでしょう………」

 

「うっ………考えたくもないわ」

 

その様子を、一歩引いて見守っている四葉だが、ここで三玖が、驚きの言葉を発する。

 

 

 

「私………大学行かないよ」

 

「え………」

 

その一言に、驚く3人。

 

「どうして………期末試験だって三玖が一番良い成績だったのに……」

 

この前行われた期末試験も、三玖は姉妹の中で見事に一位を獲得。もはや盤石と言えるほどの成績になっていた。にもかかわらず、三玖はどうして……

 

 

 

「………笑わないで聞いてほしいんだけど

 

 

 

 

 

 

私………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お料理の学校に行きたいんだ」

 

 

「お料理………」

 

「あんた正気!?」

 

そう打ち明けた三玖の言葉に、二乃が一番驚いている様子だ。

 

「それはまた………上杉君と浅倉君はなんて言うでしょうか……」

 

そう五月が話していると、ふと窓の外を見た四葉が渦中の人物を見つけたようだ。

 

「あ、噂をすれば……」

 

窓を開けて、ベランダへと出る。

 

「おーい、上杉さーん!」

 

「!四葉!そんな遠くから大声で呼ぶな!」

 

「あはは………怒られちゃった」

 

そう返されて笑っていると、五月がガラッと窓を開いて、ベランダに出てきた。

 

「四葉………本当にこのままでいいんですか?」

 

 

「…………

 

 

 

 

 

 

浅倉さん達がいたこともあるけど、それでもこれまで上杉さんと向き合ってきたのは、三玖たちだもん

 

 

 

 

今さら私の出る幕は無いよ」

 

 

「いいえ!」

 

四葉の言い分に、五月が物申す。

 

「三玖も二乃も、それぞれに恋人が出来て幸せそうです!三玖と浅倉君がそばで信頼し合うようにように、四葉だってずっと、彼のそばで見続けてきたじゃないですか!

 

 

 

 

 

誰にだって、自分の幸せを願う権利はあるはずです!

 

 

 

それに、浅倉君も言ってました!

 

 

 

『何も気負わず、テメーが望むまま【自由】にやればいい』と!」

 

「五月」

 

五月の説得を、四葉は途中で止めた。

 

 

「もう言わないで

 

 

 

 

 

つらい役を任せちゃってごめんね」

 

 

 

 

浅倉さんの言うことも、間違っていない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、『自由』にやり過ぎたんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さんがいなくなってから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自由にやり過ぎて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風太郎君との約束を忘れて

 

 

 

 

 

 

 

何もかもを自分で壊しちゃって

 

 

 

 

 

 

みんなまで巻き込んじゃった

 

 

 

 

 

 

今の私が出来るのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆の幸せを願うことだけなんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギィコ………ギィコ………ギィコ………

 

 

 

 

 

 

 

「上杉さん」

 

 

 

 

 

 

 

ギィコ………ギィコ………ギィコ………

 

 

 

 

 

 

 

 

「風太郎君」

 

 

 

 

 

 

 

 

ギィコ………ギィコ………ギィコ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

好きだったよ

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと

 

 

 

 

 

 

 

ギィコ………ギィコ………ギィコ………

 

 

 

 

 

 

自分以外誰もいない公園から見える夜の街並みの景色を、目を揺らした瞳に映しながら、『四葉』は『風太郎』へ、『最後』の想いの言葉を告げた。

 

 

 

そこから音が消える最後まで聴こえたのは、悲しげにブランコを漕ぐ音だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界でたった一人の花嫁と銀ノ魂を持つ男

 

 

 

 

 

 

第七章『漫画の修学旅行先は大体京都』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、第八章

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『鬼が生まれた日』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、『鬼童』と呼ばれる男の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すべての始まりの日の話

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて、五つ子の過去編、並びに第七章は終了となります。
四葉の過去は、やはり書いていて辛いものがありました。漫画では表面しか捉えられませんでしたが、こうして文章にすることによって、より彼女の苦しみや葛藤が感じられたように思います。
ネタバレになりますが、だからこそ原作で四葉が風太郎と結ばれたことに、報われて良かったと安堵しました。
いや、もしも三玖と結ばれたらこの『嫁魂』どうしようという意味での安心もありましたけど………

そして次回の第八章はその題の通り、いよいよ『あの話』へと入って行きます。

今回も、そしてここまで『嫁魂』をここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
第八章でお会いしましょう!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八章『鬼が生まれた日』
89. (いただき)


お待たせしました!予告通りに連載2周年と同時に連載再開となります!
お休みを頂いている間に、お気に入り登録が800件を突破いたしました。登録してくださった皆様、本当にありがとうございます!


さて、ここから第八章の始まりです。この章からは、最終章に向けての足掛かりとなっていきます。


大きく育った草木や、竹藪に挟まれた一本道を歩いて行く。ここは少し、街中の景色とは隔絶された世界のように感じ取れる。

 

その道の先には、『柳流剣術武術道場』と達筆な字で木板に書かれた看板が掛けてある門を潜ると、そこには一階建ての古い瓦屋根の木造建築が姿を現す。

 

そこはかつて、現在の『懐刀』である総介や海斗、アイナや明人、綾女が竹刀を片手に、凌ぎを削り合い、『侍』として育った場所でもある。

 

 

 

「はっはっはっはっは!それはなんとまぁ………しかし私としては、君がそれほど楽しい日々を送っているようで何よりですよ、総介」

 

「………いや、楽しいっちゃ楽しくはあるんですけど、色々とめんどくせぇことにも巻き込んできやがるんですよ、奴らは」

 

「ですが、私には満更でもないように見えますが?」

 

「………まぁ」

 

道場とは違う茶の間にて、ちゃぶ台を挟んで会話をする黒パーカーの男、浅倉総介と、その師である柳宗尊(やなぎむなたか)

一見、女性を思わせるような穏やかで優しそうな雰囲気を持つ和服の男性だが、こう見えて元『刀』の一員であり、当時は剛蔵に次ぐ副長の地位にも就いていた。

しかし、争いを嫌っていた彼は、後世の育成という名目で、『刀』から身を引き、この道場を開いた。

普段は一般の道場としても開いているが、アイナや明人、海斗のように『大門寺お抱えの跡継ぎ』の面倒を見ることも兼任している。

総介のように、ここから育ち、『刀』となった者たちは皆、宗尊を慕っており、時折顔を見せることもある。

 

総介も定期的に、彼の所に顔を出しては、新しくなった日常の話を彼に聞かせている。宗尊はそれを楽しみにしており、息子の話を聞くように(・・・・・・・・・・)、総介が持ってくる五つ子やその家庭教師、愛する人の話に耳を傾けていた。

 

 

 

やがて、一通り身の回りの話を終え、湯呑みに入ったお茶で一休みした2人から、笑顔が消えていく。

 

 

 

 

「………剣一から聞きました。『霞斑(かすみまだら)』が再び行動を始めた、と」

 

「…………」

 

申し訳無さそうに、宗尊は言葉を紡ぐ。

 

 

「…………君達には、本当に辛い思いをさせてしまうばかりです。我々が雅瞠(がどう)を葬れなかったばかりに、その責を君達にそのまま引き継がせてしまった。

 

 

 

 

 

大左衛門でさえ、仕留めきれずに取り逃してしまったあの男を、何の因果か、君に………」

 

 

「………俺が望んだことです。ヤローをこの手で地獄に返すために………その為だけに、あの日からここで必死こいて竹刀(ぼうきれ)を振ってきたんです。その為だけに、『刀』に入ったんです。先生達のせいではありませんし、本望以外の何者でもありませんよ」

 

「…………」

 

罪の意識に心臓を貫かれる痛みのまま、宗尊は湯呑みの中を見つめる総介から目を離そうとはしなかった。

 

「………今の君には、既に護るべき存在があります。あの日とは違い、その命は君だけのものではありません。それは理解していますね?」

 

 

「もちろんです…………

 

 

 

 

しかし、『力』を持たない者は、護る権利すら与えられない。何をほざこうが、何をしようが…………

 

 

 

護るための力が無い奴の言葉は、ただのホラ吹き野郎の戯言でしかない。

 

 

 

 

誰よりも脳みその奥に、叩きつけています」

 

 

「………まだ、『お母さん』の事が、頭から離れない、ということですか………」

 

 

「離れる訳無いでしょう。キレイサッパリ忘れることが出来たら、ヤローを地べた這いつくばってでも殺そうとなんて考えもしませんよ」

 

 

 

「………それは私の、私達の、永遠の戒めでもあります」

 

 

「さっきも言ったように、先生達の責任でもありませんし、剛蔵さん達のせいでもありません。

 

 

 

『あの日の事』は、ヤローと俺の間に出来た因縁(モン)です。

 

 

 

 

それ以外の誰の責任でも無いですし

 

 

 

 

誰の横やりも入れさせやしません」

 

 

「…………あの時とは違い、君にはもう、私が教える事は無い程の『力』があります。

 

 

 

 

ですが、あるとすれば、一つだけ…………

 

 

 

 

 

その『力』を、愛する者達(・・・・・)には、絶対に向けないで欲しい

 

 

 

 

それが、私の、君への最後の教え………願いです」

 

 

 

「………必ず護ります

 

 

 

 

 

 

先生の教えも

 

 

 

 

 

 

 

三玖や、アイツらも

 

 

 

 

 

 

 

 

俺自身に何があろうとも」

 

 

 

宗尊の目を見ながら、最後の教えを護ることを誓う総介。

 

「…………よろしい。その言葉、しかと聞きましたよ」

 

ようやく宗尊に、柔らかい表情が戻った時、総介が彼に一つ尋ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ところで、先生

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここに来てから、国でも滅ぼすんか?ってぐれーの殺気をビンビンに感じるんすけど…………何で『あの人』がここに来てんすか?」

 

 

 

 

 

「………さあ、私も皆目…………」

 

 

 

 

 

 

二人が、同時に同じ方へと視線を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ

 

 

 

 

 

 

 

元気(つよ)そうじゃねぇか、総介」

 

 

 

 

総介と宗尊が横、開いた襖の方を見ると、そこは広い石庭が広がっている。

 

 

 

 

 

そこにはいつの間にか、空間すら『グニャア』っと歪めんとするほどの濃い威圧感?いや存在感?のようなものを纏いながら、一人の男が佇んでいた。

 

 

 

 

 

逆立ち、うねる黒い毛髪

 

 

 

 

 

 

全てを破壊にのみ使われる、その筋骨隆々の五体

 

 

 

 

 

 

服装は簡素なもので、黒いTシャツとズボンのみ

 

 

 

 

 

 

そして、悪鬼、悪魔ですら形容するのに小さすぎる、この世のものとは思えないほどのしわくちゃに笑う顔面。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに君臨するは

 

 

 

 

 

 

大門寺の頂点、現総帥にして、

 

 

 

 

 

 

今この瞬間の地球上における、最強生物

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覇皇(はおう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大門寺大左衛門陸號(だいもんじだいざえもんりくごう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え〜…………何でここにいんの〜…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大左衛門は総介を見て、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、せっかくだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっくら殺し合お(あそぼ)うぜ」

 

 

 

 

 

 

大左衛門からの遊び相手(死刑宣告)を受け、総介は遠い目をしながら

 

 

 

 

 

 

 

「…………次に生まれ変わるとすりゃあ鳥だな」

 

 

 

 

今世の生を諦め始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道場敷地内の石庭にて、向かい合う総介と大左衛門。総介の方は、宗尊から借りた真剣を携え、目の前の巨大な存在感を放つ大主人(おおあるじ)を凝視する。

 

 

総帥直々の指名であるため、断るという選択肢を最初から断たれている総介。

いざとなれば、宗尊が止めに入ることで了承したため、彼から真剣を一振り借り、石庭へと出ていった。

 

 

 

 

「………で、何でここにいるんスか、総帥」

 

 

 

「アレから随分と、力をつけたみてェだしな。『味見』したくなっちまった」

 

 

不気味かつ、見た者が光の速さで逃げ出すような笑い顔をする大左衛門。

 

 

「………買い被り過ぎだっての。地球上で誰もアンタにタイマンでどうにかなる訳ないでしょう」

 

 

「何、簡単な話だ。俺ァお前と遊びたいだけだ。

 

 

 

 

 

プロ野球選手の親父が、我が子とキャッチボールをする様に

 

 

 

 

 

 

NBAプレーヤーが、子どもと1on1をする様に

 

 

 

 

 

ボクサーの親子が、息子のスパーリングに付き合う様に

 

 

 

 

『大人』ってのァ、どうも『ガキ』の成長、進化、飛躍から目が離せねェ

 

 

 

 

 

 

 

世の(ことわり)ってモンだ」

 

 

「一番この世の理から外れてるような人間が言っても説得力が無ぇんですけど?

 

それに俺なんかよりも、海斗の方を見てやりゃいいでしょうがよ?」

 

 

 

「生憎だが、俺ァ『完成されたモン』に興味はねぇ。お前の方がアレよりもよっぽど楽しめそうだ。今後とも、な」

 

 

「…………ったく、世界で最も相手にしたくねぇオッサンに目をかけられてちまった……警察にでもストーカー被害で相談すっかな…………」

 

はぁ、と総介がため息をついたところで………

 

 

「無駄口の時間は終ぇだ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来い」

 

 

 

 

 

人差し指を曲げて挑発する大左衛門。総介はそれを合図に、口を開くのを辞めた。

 

 

 

 

 

 

直後、10メートルほどの距離にいた総介が、大左衛門の視界から消え………

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

気づいた時には、左側から既に抜かれている日本刀が振り下ろされていた。

 

 

 

文字通り、真剣が大左衛門のこめかみ目掛けて、『真剣』に振り下ろされる。

 

 

「…………」

 

 

大左衛門は一切動じること無く、凄まじい速度の刀身を、そのまま左の掌で握って受け止めた。

 

 

 

「だろうな」

 

そう聞こえると同時に、大左衛門の顔面に、総介の左足のトーキックが直撃する。

 

 

「…………」

 

「!」

 

総介はそのまま刀から手を離し、大左衛門の懐に忍び込んで、次は渾身の右アッパーを顎に食らわした。

 

 

198cm、125kgという大左衛門の巨大な肉体が、宙へと浮かぶが、吹っ飛ばすには至らず、力の緩まった左手から刀を抜いて回収して、即座に距離をとる。

 

 

1メートルほど浮いた大左衛門が、地面へと着地し、両足の着いた地にヒビが入る。

 

 

「…………」

 

 

 

 

「………ククク

 

 

 

 

 

初動にしては見事だな、総介」

 

 

「………『普通の人間』なら、あの速さで振り下ろした刀で、左手は真っ二つ

 

顔面のど真ん中にトーキックくらえば、鼻はへし折れ

 

顎に渾身のアッパーカットをすりゃあ、脳みそはグラッグラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

のはずが、何も全部が全部無傷とか、そりゃねーだろ…………

 

 

 

 

アンタ、本当に人間かよ」

 

 

 

 

 

 

「何を言う、お前らしくもねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世に『妖怪』やら『魔物』の類なんざ存在しねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四方八方どこからどう見ても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺ァ紛うこと無き『人間』だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

それだけでも殺せそうな殺気の塊のようなものを向ける大左衛門。彼の背後の空間が歪んでしまう幻覚?いや現実?を見ながら、総介は額から汗を一筋垂らす。

 

 

 

 

 

「………刀のみに拘らず、あらゆる手段(モノ)で闘う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その意気や良しとしてやろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがよぉ、総介

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今のがテメェの全力か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガキ』でも出来る程度の拙い動きで、

 

 

 

 

 

 

 

俺を一泡吹かせられると………

 

 

 

 

 

 

 

そう見積もってでもいたのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何も今のでアンタに傷をつけれるたぁ思っちゃいねぇさ

 

 

 

 

 

 

アンタ以外なら、とっくに花畑に逝っちまってただろうがな」

 

 

 

 

 

「………ククク、遠慮は要らねぇ

 

 

 

 

 

 

 

今ここで殺す気で来な

 

 

 

 

 

 

 

仮にテメェが今ここで俺を討ち取ったらば、俺を縛る余計な地位も、金も、名誉も、『全部』くれてやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、アンタが死ぬとこなんざ、考えもつかねぇし…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それに、そうなったとしても、んなモンいらねぇよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の欲しいモンは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とっくにこの手の中に収めてっからな」

 

 

 

 

 

 

周囲の空間の歪みが、一層広まった大左衛門。

 

 

 

 

 

刀を持った赤い『鬼』の殺気を剥き出しにする総介。

 

 

 

 

 

最強生物『覇皇』と、その懐刀『鬼童』の闘いは、まだ始まったばかり。

 

 

 

 

 

 

しかし、つい先程まで晴れていた空は、異様な雰囲気の灰色の雲に包まれてゆく。

 

 

 

 

「…………『天』さえも怯えさせますか

 

 

 

 

 

大左衛門…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いえ、これは…………」

 

 

その空に目を向けながら、二人の闘いを縁側で眺めている宗尊が、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 




復帰回ということもあり、短めにしておきます。
次回も総介と大左衛門の私闘の続きからです。

※書いてて思ったこと………これ、『五等分の花嫁』が原作ですよね?


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

90.覇を極めし者と鬼の子

『BLEACH』千年血戦篇のアニメ化が決定していますが、ここで敵となる滅却師『星十字騎士団』の能力を改めて一部おさらいしてみると………

A『全知全能(ジ・オールマイティ)』………【未来予知、未来改変】。よくある二次小説の転生特典ばりに作品崩壊レベルの禁忌チート能力。ていうか【未来改変】とか、創作界隈で出したらもうおしまいじゃね?

B『世界調和(ザ・バランス)』………早い話が、【自分の不幸(ダメージ含む)は相手に押し付け、相手の幸運は自分のものにできる】という、控えめに言ってチート過ぎる能力。

M『奇跡(ザ・ミラクル)』………要は【ダメージを受ければ受けるほど意味不明レベルででっかくなって強くなる】という、こちらもバトル漫画では禁忌レベルのチート能力。

C『強制執行(ザ・コンパルソリィ)』………自分の神経を無機物有機物色んなものに入れて無理矢理操ったりする。敵をバキボキ折り畳んでしまい、その情報を得てほぼ無限に成長できるという触れたら終わり系チート能力。

D『致死量(ザ・デスディーリング)』………致死量操作。分かりやすく言えば、自分は猛毒をいくら浴びても死ななくなり、相手は水一滴でも殺せるという、条件付きであるが、発動させたらおしまいのチート能力。

X『万物貫通(ジ・イクサクシス)』………銃の射程上は等しく貫通するという『結果』を引き起こす。しかも自分は相手の攻撃は貫通して効かないという、他のバトル漫画なら間違いなくラスボスを張れる理不尽系チート能力。

V『夢想家(ザ・ヴィジョナリー)』………想像したことが現実になる。だからこんなん出したらバトル漫画終わっちゃうって!ってくらいのチート能力。


久保先生、自重しろし!!!!!
よくこんな奴らに勝てたもんだな、護廷十三隊………


先程まで青く澄み渡っていた空が、次第に灰色に染められてゆく。雲に覆われた天の下で、2人とも異様な空気の中で動かずに対峙する。

 

 

 

 

 

「フン、若鬼が…………一丁前に出し惜しみか。随分と偉い身分になったもんだな。えぇ?」

 

「…………」

 

 

「『あの日』に『目醒め』てから、お前は天を衝かんが如く、『俺達』の領域へと昇ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『憎悪』を知り

 

 

 

 

 

 

 

 

『復讐』を知り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『虚無』を知り

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして『色』を知った

 

 

 

 

 

 

今のお前は、あの時とは全くの別の存在となり、足を踏み入れつつある

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、まだだな(・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ足りねェ(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

お前が本物の(ソレ)に至るまでには、まだ」

 

 

 

「あの………ゴチャゴチャワケわかんねーこと、壮大っぽく言うのやめてくんないっスか?」

 

 

大左衛門のよくわからない長台詞を、総介はため息を吐きながら途中で遮る。

 

「…………」

 

「こちとら某海賊漫画の伏線考察すんので手一杯なもんでね。匂わせ発言がこれ以上増えっと、頭パンクしちまいそうなんだ。

 

 

 

言いてぇことはストレートに言うか………

 

 

 

 

男らしく、『コレ』で語り合いましょうや、『総帥』」

 

大左衛門に、片手で握った刀の鋒を向けると、その先にいる巨大な漢が、少し笑いながら横を向く。

 

 

 

「フッ………だな。らしくもねぇ、大分語り過ぎた………嬉しかったもんでな。久しく顔を見た時の成長ぶりが………

 

 

 

 

 

よくそこまで昇ってきた」

 

 

 

 

 

「………恐悦至極でごぜぇま〜す」

 

 

 

 

 

 

 

「………話は終わりだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()るぞ

 

 

 

 

 

その一言から決着まで、二人は一つも言葉を発さなかった。

 

 

大左衛門は、両手を斜め上に大きく広げ、初めて戦闘態勢をとった。

彼の周りの空間の歪みが、一層大きくなり、全てを圧し潰すような感覚が、総介と、縁側から眺めていた宗尊にも伝わってくる。総介はその光景を見て、ホッとした。

 

 

 

 

 

この場所に、最愛の人を連れて来なくてよかった

 

 

 

 

 

いつか宗尊に三玖を紹介しようと思ってはいた総介だが、本人でも気づかないほどのほんのわずかな悪寒が、彼女を救った。

今この瞬間、三玖がこの場にいれば、大左衛門から滲み出るあまりにも濃い殺気の波に耐えられない。一般人では、あの怪物の前に立つことすら許されない。

 

気を失うのみで済むか、或いは………

 

 

束の間の安堵の後、総介も刀の柄を握り直し、『鬼童』としての殺気を全開にした。

紅い鬼が、その牙を剥き出しにする…………

 

 

 

 

 

 

 

刹那、二人は動いた。同時に、空が光り、轟音が響き渡る。

 

 

 

空から自然発生した光が天の下を照らす中、大左衛門の拳、総介の刀がぶつかり合った。

 

 

 

二人を中心に、接触した瞬間の衝撃の波が拡がってゆく。石庭の石は全て吹き飛び、敷地内の草木はまるで台風が来たかのように靡き、塀や道場の屋根瓦はいくつも宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それと時を同じくして………

 

 

 

 

 

 

 

 

ー『暴獣』長谷川厳二郎ー

 

「………チッ、大左衛門の野郎、総介に喧嘩売りやがったか………アイツとの殺し合いも楽しみだったんだかな………ったく、死なねぇ程度に殺しやがれよ………俺の獲物なんだからよ」

 

 

 

 

 

 

 

ー『狂聖』アルフレッド=ショーン=ケラードー

 

「『神』と『鬼』は、交わらぬ運命(さだめ)…………しかし、それが『神』のご意志とあらば、私からは何も言うまい…………全ては『神』の召されるままに………」

 

 

 

 

 

 

 

ー『艶魔』今野綾女ー

 

「………やはり、貴方なら、今の『鬼童』はそう見えると思った………あとは、貴方が望んだ御馳走が皿の上から消えるか否か、それだけの話………」

 

 

 

 

 

 

 

ー『朧隠』片桐剣一ー

 

「主に従うのが、私の勤め………総介様………どうか御無事で………」

 

 

 

 

 

 

 

ー『金剛』渡辺剛蔵ー

ー『銀狼』片桐刀次ー

 

「………始まっちまったか………」

 

「………いいのか、剛蔵さん………アイツ、死ぬぞ?」

 

「大左の決めたことだ、これ以上は何も言うまい。それに、あそこには宗尊もいる。あいつなら、もしもの際は止めてくれるだろう」

 

「………だといいがな………」

 

 

 

 

 

 

 

ー『夜叉』御影明人ー

 

「面白そうだが、さすがに相手が総帥とあっちゃあ、俺でも出れねぇな………旦那、死なねぇでくだせぇよ………」

 

 

 

 

 

 

 

ー『神童』大門寺海斗ー

ー『戦姫』渡辺アイナー

 

「若様!」

 

「………分かっているよ、アイナ。嫌でも肌で伝わってくるよ。父さんと総介の事だろう?」

 

「!はい。ですが、これは………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………まったく…………君にはつくづく妬けてしまうよ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

各地にいる強者達が、ただならぬ気配が流れて来るのを感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覇の頂に君臨せし者が、鬼の童と相まみえんとするか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

其もまた………一興也………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!…………総介………」

 

 

宗尊は予め側に置いていた刀を抜き、衝撃を受けずに済んでいた。そこから見る光景は、かつて彼が育てた弟子が、かつて仕えた主、長年の同士と相まみえる姿だった。

 

 

 

 

総介は刀のみならず、五体全てを使い、大左衛門に攻撃を仕掛けている。

顔面を膝蹴り、鳩尾にトーキック、顎に掌底など、人体であれば、クリーンヒットすれば間違い無くダウンはとっている攻撃を繰り返す。そしてここぞとばかりに、刀で大左衛門の腰から反対の肩までを斬り上げる。

ただでさえ普通の人間ならば、生きているようなものではない。それも、『懐刀』による本気の一撃。その時点で、相手が肉の塊と成り果てるのは、彼らからすれば【よくあること】だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

普通の人間だったなら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結構本気でやった筈だ。鼻は潰れ、痛みで呻き、顎は崩壊、最後は真っ二つ………容赦は一切したつもり無い。

だが、目の前にいるのは、鼻血を少しだけトロっと垂らし、服が斜めに裂けただけの男が、首をコキコキと鳴らしている様子だった。

 

 

 

マジでどうなってんだよコノヤロー………

 

 

 

膝蹴りから掌底までの流れで無傷なのは分かる………鼻血出しているけど。

 

 

だが、本気で真っ二つにするつもりで斬った。

 

 

 

 

それがただ、『着ていた服が裂けただけ』?イヤイヤイヤイヤ。日本刀だぜ?本当にそれだけ。

 

 

 

 

冗談も大概にして欲しい。

 

 

 

 

 

と、

 

 

「!!??」

 

 

大左衛門の拳が、こちらへと向かってくる。その速さたるや、一流のプロボクサーですら、その動体視力をもってしても避けきれないというほどの速度で迫って来る拳撃。

それを総介は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

刀で叩き落とした。

 

「!!」

 

 

いや、叩き落とすのが目的ではない。手の甲をから斬り下ろし、真っ二つにするつもりだった。にも関わらず、向かってきた拳は鉄がぶつかり合うような音を立てながら、軌道を変え、足元の地面へと着弾する。

 

まるで巨大な鉛玉が落ちたような衝撃音と共に、ぶつかった場所を中心に放射状に地面にヒビが入っていく。

 

 

それにより、隙が生じた大左衛門の眉間に、ほぼゼロ距離からの刀の鋒が迫る。その速度も、常人では認識不可な突きを、大左衛門はまるで予知していたかのように、首を傾けて躱した。が、頬を掠めたのか、頬から一文字の少しの切り傷が生じる。そして、彼が躱したその先には………

 

 

 

「!?」

 

 

総介の靴のつま先が、間髪入れずに顎へと入り、蹴り上げる。

渾身の一撃に、大左衛門の身体は再び宙に浮くが、そのまま身を翻して着地。

 

その次には既に、総介に迫り、拳を放っていた。

 

 

体勢の立て直しから攻撃まで、余りの速さに反応が遅れた総介は、避けきれないことを悟り、刀で身を守ろうとするも、大左衛門はそれごと総介を吹き飛ばした。

 

 

遠く離れた敷地の塀に、身体ごとめり込む。

 

「がっ!!………!?」

 

痛みに意識を振る暇もなく、大左衛門は追撃を仕掛けてくるが、距離が離れていた分、今度はすんでのところで躱す。彼の拳は、そのまま塀を突き破り、一部を崩落させる。

 

 

 

 

なんとか避けてゴロゴロと転がりながら、体勢を整えた総介は、それを見て

 

 

 

 

オイオイ………ラブコメにこんな化け物出しちゃいけねぇだろうがよ………

 

 

と心中ボヤくが、そうも言っていられず、『覇皇』はその巨大に似合わぬ速度で、総介へと迫って来る。

『鬼童』はそのまま、殺気を再び解放して、地球上最強生物へと挑みかかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………総介………君は………」

 

 

二人の闘いを唯一目にしている宗尊は、その目を疑っていた。

今まで見てきていた『主』であり『同志』であり、長年の付き合いから『友』と言っても差し支えないで大左衛門。彼の事は、同じく『友』と呼べる男『渡辺剛蔵』が、大左衛門を理解する様に、宗尊もまた理解していた。

 

 

傲慢不遜、自身を最強と信じて疑わない、敵対した者を『例外』を除いて破壊の限りを尽くす、歩く闘争本能とも呼べる男(しかし妻には弱い)。

その気概に違わず、全てを殲滅、蹂躙し尽くす。彼の前では、鉄の板は紙屑に、刀や剣は棒切れに、弾丸は幼子が投げる礫となる。

そして大左衛門がその気になれば、投げた小石は万物を貫く弾丸となり、ただの硝子片は万物を斬り裂く名刀となり、何よりその拳は万物を破壊する砲弾となる。

 

 

 

まさに『覇皇』。その異名で呼ばれるのも、必然と思い知らされる。

 

 

 

 

そんな漢に、愛弟子が……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息子のような存在が、命かながらではあるが、なんとか食らい付いているのだ。

 

 

 

今の状況は、万人が見ても総介の劣勢であることは揺るぎない。宗尊にもそう見えている。しかし、そんなことは重要ではない。問題は『大左衛門の状態』だ。

 

『覇皇』が戦闘態勢をとって間もなく5分と経つが、未だ総介はその場に立っている。

 

一対一の場合、大左衛門はほとんど戦闘態勢に入らない。宗尊は、彼が最後に構えた場面を目撃したのは、『雅瞠』と対峙して以来である。

『懐刀』でも、未だ経験不足な『新世代の刃』達は遊びで圧倒でき、最も凶悪な『長谷川厳二郎』に対しても、面倒なのか、未だ本気を出さずにあしらっている。

 

 

それを、戦闘態勢、即ち今この瞬間大左衛門の殲滅対象に入った総介は、たった今5分を過ぎても、急所を受けずに、ギリギリ耐え続けている。

その身体能力も勿論だが、問題は、次の瞬間には命を散らすかもしれない緊張感、致命傷は避けて入るが、かすり傷ですら重い大左衛門の一撃、そして、今も絶えずに放たれている高濃度の殺気………

これらを真正面から受けながらも、反撃に転じての斬りつけ、殴り、蹴り、頭突き、あらゆる攻撃手段を駆使して闘い続ける彼の精神だった。

 

 

 

 

宗尊から見れば、完全に常軌を逸している。

 

 

 

『刀』に入った当初の実の息子の海斗ですら、父の本気には恐れ慄き、精彩を欠いてしまい、手も足も出なかったのだ(その時に大左衛門は天城にめちゃくちゃ怒られた)。

完全無欠な男ですら、本来の力を発揮できない濃度の闘争の中での殺気、殺意。

それを浴び続けて尚、総介は攻めることを止めなかった。

 

 

 

 

 

 

「………今の君を駆り立てるもの………それは一体………」

 

 

そう宗尊に呟かせた、総介の精神状態とは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ギャアア死ぬ!うおああ死ぬ!!マジで死ぬ!!なんで!俺がこんな目に!!ウワォ死ぬ!先生さっさと止めて!!イダッ死ぬぅうう!!!)

 

 

 

かなりいっぱいいっぱいだった。それでも、銃弾の速度の攻撃をいなして、何とか反撃し続けるあたりが、総介が異常なのは変わりないが………

 

 

 

「ゼェ、ハァ、ハァ、ぜェ、ハァ………ふぅっ………」

 

 

ようやく距離を取り、息を整える時間ができた。

 

総介の額からは、汗と血が垂れており、呼吸も乱れ、顔や身体の至る所に傷も出来ている、満身創痍の状態だ。

対して大左衛門の方は、いくつかの切り傷や、打撃の痕はありつつも、息一つ乱してはいない。

本来の総介の攻撃なら、既に100人ほどはとっくに葬ってはいるのだが、いかんせん相手が相手なので、致命傷はおろか、怯ませることすら出来ていない。というより、この状況が嬉しいのか、ニィっと笑みを浮かべながら、指をクイックイッと曲げて挑発している。

 

「…………」

 

それに乗る義理は無いのだが、行かなきゃそれこそ殺されるし、何よりも、地球上最強生物と自分自身の現在の『距離』、それが如何程かというのを確かめたいという、総介の中にある本能が、身体をそのまま前へと動かした。

最も、後者の方は本人には自覚は無いが………

 

 

総介が人間とは思えない速さで繰り出す剣撃、拳撃、蹴撃をいとも容易く躱し、彼の足首を掴む大左衛門。

 

 

「!?」

 

そのまま、掴んだ手を下に振り下ろし、総介を地面へと叩きつけた。

 

 

「ガフッ!!………ごぱぁ………」

 

衝撃で口から吐血する。気を失うことは無かったが、そのまま彼の視界には、大左衛門の拳が映った。

 

 

 

一瞬遅れれば潰されていた一撃を、本当にギリギリのところで寝返って避ける。

 

 

「………ほう」

 

 

 

思わず小さく感心してしまった大左衛門だが、総介はその隙を見逃さずに、横から斬り払おうとする。

 

しかし、大左衛門はそのまま丸太のような腕でガードしようとする。

 

 

 

が、

 

 

 

「!」

 

総介が斬りなぞった箇所から、ブシュッと赤い液体が吹き出した。それを見て、大左衛門は一瞬目を見開いた。

 

瞬間、総介の左の拳が、彼の顔面を直撃する。

 

 

「ぐおおおっ!!」

 

ほんの一瞬、ほんの一瞬に生じたひるみに、渾身の一撃をぶつけた総介。今この時、自分の頭がハゲてヒーロースーツを着ていなかったことを恨みながらも、全ての力を拳に乗せて、大左衛門の巨大を吹き飛ばした。

 

 

「ガハッ!ハァ、ハァ………ゲフっ!」

 

片膝をつき、頭、鼻、口から多量の血を流しながらも、刀を杖代わりにしながら大左衛門への殺気を一向に緩めない総介。

 

 

 

 

 

そんな彼の目の前に映る光景は、非情なものであった。

 

吹き飛ばされたものの、両手をついてバック転の要領で宙返りし、スタッと地面に足をつける『覇王』。

その顔からは、両方の鼻から血を垂れ流しつつも、まるで意に介しておらず、嬉しいのか、嘲笑っているのか、可笑しいのか、不気味な笑みを浮かべながらこちらを見続ける。

 

 

 

 

 

 

いや、もう勘弁してくれよコノヤロー…………

 

 

初期装備でミラボレアスに挑んでいるような絶望を感じながら、次の大左衛門の攻撃に備えて、警戒を張る総介。

その様子を見て、大左衛門はそのまま地面を蹴って、彼に迫ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでです」

 

「!」

 

 

二人が接触する直前で、ようやく宗尊が間に割って入った。

 

 

 

「これ以上の戦闘は、私が許可しません」

 

「………どきな。決着はまだついてねェ」

 

宗尊が間に入っても、戦闘を止めようとはしない大左衛門に対し……

 

「そうですか………ではこれで」

 

「せ、先生………

 

 

 

『ドスッ』

 

 

ガッ!?………」

 

次の瞬間、総介は何かの衝撃音とともに、その場に倒れて気を失った。

 

 

「これで、勝負も水入りですね」

 

「………剣神(けんじん)は健在のようだな」

 

「鍛錬を欠かせば、貴方を止める者はいなくなる。私も剛蔵も、充分理解しているつもりです」

 

「…………」

 

「それに貴方は、総介が倒れはしないことを知っておきながら、自らの愉悦のために、この子を追い詰めていった。もしこのまま続けていれば、貴方にいくつかの傷を与えたとしても、総介は………」

 

「………まぁいい」

 

十分楽しめたしな、そう呟きながら、大左衛門は何事も無かったかのように、背中を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

「大左衛門」

 

その背中を、宗尊が呼び止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の彼は………

 

 

 

 

今の彼なら………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『雅瞠』には勝てますか?」

 

 

 

 

「………聞いてどうする?」

 

 

「彼を、解放してあげたい。

 

 

 

 

 

 

 

呪縛から………

 

 

 

 

 

 

 

『あの日』から総介を縛っている因果から………

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけです」

 

 

 

「………どうだろうな。

 

 

 

 

 

 

『ヤロー』は強さなんてもんじゃねェ………」

 

 

「…………」

 

 

 

「だが、俺がここまで血を流したのは、『ヤロー』以来だ。筋は悪くねぇと思うぜ」

 

 

 

それを最後の言葉にして、大左衛門はその場を後に…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ちなみに、施設の修理費は全て、貴方に請求します。あ、もちろん天城さんには報告しますよ」

 

 

 

「………マジで?」

 

する前に放たれた宗尊の言葉に、大左衛門は速攻で顔を振り向かせた。

 

「ええ、マジです」

 

ニコニコ顔で返す宗尊。

 

「私の愛弟子をこうなるまで追い詰め、庭や塀をめちゃくちゃに破壊したんです。当たり前の措置ですよ」

 

「い、いや、修理はいくらでもするから、天城には………」

 

「貴方達が闘っている間に、もう既に天城にはメールしておきましたよ」

 

と、宗尊は懐からスマホを出して、大左衛門に見せる。その画面には、天城からの返信で『あのゴリラコロス』とあった。

 

 

「!!??キサマァ!!!!!」

 

「当然の報いです」

 

「!!!クソっ!!覚えておけ!!!」

 

と、地球上最強生物が、まるで噛ませ犬の雑魚キャラのような捨て台詞を吐きながら、猛スピードでその場を走り去って、自邸へと帰っていった。

その後、大左衛門は天城によって10トントラックを持ちながら24時間正座の刑に処されたという………

 

 

「………さて………」

 

大左衛門が去ったのを見届け、宗尊は気を失った総介の元へと歩み寄る。その時、一粒水が、汗と血に濡れた総介の頬に落ちた。

 

 

 

「………降ってきましたか」

 

二人が闘いを始めると同時に、空を覆い、稲妻を走らせた雲から、まるで終わりを知らせるような雨が降り注ぎ始める。

 

「………あの日も、そうでしたね」

 

雨を落とし続ける雲を見上げて呟いた後、宗尊は総介を優しく持ち上げて、介抱のために自身の部屋へと向かい、足を進めていった。

 

 

 

宗尊は思い出す。

 

 

 

 

 

10年以上前

 

 

 

 

 

 

総介がまだ、自分の膝ほどまでしか大きくなかった時に

 

 

 

 

 

 

 

初めてこの場所で会った日のことを………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いち、に、さん!いち、に、さん!」

 

 

いつものように子供たちに稽古をつけていると、ふと入り口に、見覚えの無い幼子がいた。

迷い込んできたのだろうか?

その子は、じーっと他の子供たちが稽古をしている様子を見ている。

 

 

 

そんな子に、宗尊は声をかけた。

 

 

 

「君も、やってみますか?」

 

「!………いいの?」

 

「もちろん、ほら」

 

そう言って宗尊は、子供用の小さな竹刀を渡した。少年は、それを両手で受け取る。すると、とてとてと稽古をする子供たちの元へ行き、こんなことを言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃー、やかましいんだよ。はつじょーきですかコノヤロー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、後に『鬼童』と呼ばれる子どもが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最愛の人を失う絶望と、『鬼』を宿す覚醒の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




総介圧倒されてるけど、大左衛門がバグキャラなだけの話です。
いよいよ90話到達。そしていよいよ、総介の過去の話に突入します!



今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

91.鬼の鼓動のはじまり

一年半以上お待たせして本当に申し訳ありませんでした。

実は自身の生活がガラリと変わり、それに慣れるにも時間がかかってしまいました。ようやく落ち着ける時間を設けることができたので、投稿していきます。
総介の過去編からスタートとなりますが、要点だけを簡易的に話して現代編に戻ります。
リクエストがあれば番外編として再度細かく書いていこうと思います。

※今回鬱展開注意です。



バシィィィィン!!

 

 

 

「ってぇ!」

 

大きな音と同時に、道着を着た少年が背中から倒れる。

 

 

「そこまで。勝負ありです」

 

 

男性の掛け声により、勝負は決した。黒髪の少年の前に立つのは、銀髪の美少年。名を『大門寺海斗』。今いる『柳流剣術武術道場』始まって以来の神童と呼ばれる少年だった。

 

「くそ!もう一回、もう一回勝負だだ海斗!」

 

「いいよ。僕に勝てるかな、総介?」

 

「次こそ絶対勝つ!」

 

その神童に正面から向かって行く浅倉総介。彼はこの道場に入ってから、海斗に挑み続けていた。

偶々最初に手合わせをした相手が、このキラキラした星のような輝きをする銀髪の少年だった。

 

 

で、全く歯が立たずに負けてしまった。

総介が剣術のド素人だということもあるが、それにしても綺麗に完敗してしまったものだ。

以降、彼は負けず嫌いも相まって、必ずあいつに勝とうと、海斗に何度も手合わせを申し込み、その度に玉砕した。

 

そんな様子を見守る、この道場の主『柳宗尊』。そんな彼の元に、ある男が訪れる。

 

「どうだ、あのガキの様子は?」

 

「相も変わらず、海斗に挑み掛かっては敗れています」

 

「そうか。それにしても、アイツだけだなぁ。海斗にずーっと向かってくのは。他の子達は差を感じて対戦を避けているというのに」

 

「実力差を痛感することも、成長の一歩ですが、彼のようなタイプも私は好きですよ」

 

宗尊と総介について話をするのは『渡辺剛蔵』。身長2メートルを誇る武人のような男性である。稽古終了の時間がすぐだったため、ここに通っている愛娘のアイナを迎えにきたようだ。彼は目を横にやり、金髪のポニーテールの少女へと向かって行く。

 

「アイナちゅわ〜ん♡愛しのパパが迎えにきたよぉおおん!!」

 

彼はアイナへと駆け寄って行くが、それを見たアイナは………

 

「どちら様ですか?」

 

「他人行儀!どころか他人認定!?」

 

目をハートにしながら抱きつこうとする巨大な男をお父さんと認めたくなかったようで、ハイライトの無い目の真顔で突き放した。

 

バシイィィン!

 

「ってぇえ!ちくしょー!」

 

その間にも、総介はまた負けたようだ。そんな彼を道場の端っこから寝そべりながら見つめる青みがかった黒髪の少年が1人。

 

「アイツもしつけーよなー。『わかさま』やオレに勝てるわきゃねーのに、馬鹿の一つ覚えみてーに挑みかかっていきやがって。時間の無駄っての知らねーのか?」

 

彼らの1つ年下である『御影明人』だが、全く物怖じすることなく、ズバズバ毒を吐いてたいくつそうに欠伸をするのだった。

 

 

浅倉総介、大門寺海斗、渡辺アイナ10才、御影明人9才。彼らにこれから訪れる運命を、この時は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、くっそ………今日も勝てなかった」

 

道場に大の字で仰向けになりながら悔しがる総介。すると……

 

「総介」

 

「!」

 

頭の方からかけられた声に、体が即座に反応し、さっきまでの疲れはなんだったのかと言いたくなるほど軽快に立ち上がる。

 

「お母さん!」

 

「ふふっ、時間よ。帰りましょう」

 

「うん!」

 

総介がすぐ駆け寄った女性。黒く長い髪をうなじの部分でゴムで縛った、どこにでもいるようなTHE・母親のような女性に笑顔を向けながら、彼は『母』の横に立つ。

 

「柳先生、本日も総介がお世話になりました」

 

「いえいえ、彼の元気にはいつも感心しています。ひとえにお母様の育ての良さの結晶ですよ」

 

「いやいや、そんな……」

 

帰り際、宗尊と少し談笑して道場を後にする二人。

 

「海斗、次はぜってー倒してやる!覚悟しとけ!」

 

「ふふっ、楽しみにしてるよ、総介」

 

総介は振り返り、海斗を睨みながらそう宣言するが、当の本人は涼しい顔で受け応えして、この日の稽古は終わった。

 

「あの子、ここに来るといつも『若様』に勝負を挑んでますね」

 

「オレやアイナにも勝てねーくせに『わかさま』とばっかりやりたがるな。その上『マザコン』ときてら。とんだ『ヘンタイヤロー』じゃねーか」

 

「明人、口をつつしんでください。悪口はいけませんよ」

 

「うっせーよアイナ。お前もアイツのことボコボコにしてたじゃねーか。人のこと言えんのか?」

 

「それは、勝負ですから。それにあなただって、あの子のお母さんからお菓子をもらって嬉しがっていたじゃないですか」

 

「アイツはヘンタイヤローだが、あの人はいい人だぜ?」

 

「まったく……」

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

夕日が照らす河川敷。そこを総介と母の2人は、足元から伸びる影に追いかけらながら歩いていたら。

 

「それでさ、海斗に後一歩のところで勝てたところだったのに、避けられてしまってさー」

 

「ふふっ、次は勝てるといいわね」

 

「うん!絶対勝つ!」

 

親子で手を繋ぎ合いながら、オレンジ色の空の下を歩きながら帰る2人。

母は知っていた。彼が海斗に何故勝ちたいのか。

 

 

『だれよりもつよくなって、ぼくがおかあさんをまもるんだ!』

 

 

海斗はあの道場にいた子どもたちの中で一番強い。それも並の子どもではなく、誰も一太刀も入れることが出来ない、突き抜けた強さがある。

彼を倒さなければ、自分は最強じゃない。最強じゃなきゃ、子供の自分では母は守れない。どこか本能の部分でそう感じたのだろう。

母はそんな息子を尊重した。目標とする人物をひたむきに目指す。そんなまっすぐな息子を、唯一の家族を誇らしくも思えた。

父の存在を一切知らずに育ったたった1人、血の繋がった子どもが、こんなにも立派な志を持ってくれていることに、母は涙が出そうになりながらも、なんとか堪える。

 

「次こそ海斗に絶対勝つよ!勝って、もっと強くなって、お母さんを守れるようになってみせるから!」

 

 

「………ありがとう、総介」

 

 

母を守れる強い侍になる。総介はその誓いをいつも心の中で思っていた。たまたま読んだマンガの銀髪の侍に影響され、彼のように心身共に強い侍になりたいと、日々精進している。海斗、アイナ、明人にボコボコにされようが、彼はブレなかった。必ず強くなる。そのために、毎日頑張り、自分の中で最強の存在である海斗に勝つ。今の目標はそれだけだ。

彼は幼いながらも目を輝かせ、持ち上げた袋に包まれた竹刀に無言で約束した。

 

 

 

(………あなたの努力は、必ず身を結ぶわ)

 

決して裕福ではない生活だが、それに文句ひとつとて言わず、母を労ってくれる。そんな息子を見て、母は自分は十分幸せ者だと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその幸せは、運命の日に全て失ってしまうことを、2人はこの時知る由もなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の日、午後3時。

 

 

 

 

 

 

この日、総介と母の2人はショッピングモールに買い物に来ていた。

一通り買い物をしようとする途中、総介はトイレへと向かうために声をかけた。

 

 

「お母さん、僕トイレ行ってくるね」

 

「ええ。ここにいるからすぐ戻ってくるのよ」

 

「うん!」

 

そう言って母のもとを離れる総介。看板の青と赤の人のマークを見て、トイレへと走って向かう途中………

 

 

 

 

「なんだ、あの人?」

 

妙な人物とすれ違った。暗い色の着物を着た、変な男だったが今は尿意の処理が最優先のため、気に留めずトイレへと向かった………

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「ふう、スッキリしたぜコノヤロー」

 

トイレを済ませて、人混みの中を総介は急いで母の元へと向かおうとした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如鳴り響いた耳を破壊しかねないほどの大きな音と同時に、総介の身体が吹き飛ばされ、彼の意識はそこで途切れた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ん、んんあ、れ……?」

 

どれくらい時間が経ったのだろうか、総介は目を覚ました。

一体何が起こったのか、自身でも理解していなかった。

 

まだ起き上がって薄い意識の中で、総介は一度周りを見渡した。

 

 

 

 

 

 

「!!!!?」

 

 

するとそこにはあまりにも凄惨な光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

土煙で見づらいが、辺り一帯にあったショップは、跡形も無くなって瓦礫の山と化しており、商売品と共に床に散らばっていた。

 

 

 

そしてその上には、先ほどまで騒がしかった様子など微塵も無く、静かに人達が先ほどまでの総介と同じように倒れていた人間の山があった。

 

 

しかし、それは総介と同じようで、全く違った。

 

 

腰から下から見えず、上半身をコンクリートの瓦礫に潰された物。

 

 

 

鉄骨に突き刺さった者

 

 

バラバラになった者

 

 

 

死体

 

 

 

 

 

 

 

死体

 

 

 

 

 

 

 

 

死体

 

 

 

 

 

 

 

 

死体

 

 

 

 

 

 

 

死体で出来た絨毯が、そこかしこに出来上がっていた。

 

 

 

 

「っ…………」

 

 

 

総介はその光景に、顔をこわばらせ、泣き叫びそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

「うわああん!!お母さん!お母さあああん!!!」

 

突如、後ろの方から子どもの声がした。

 

振り向くと、そこには自分と同じくらいか、少し小さい子どもがいた。その前には、巨大なコンクリートの塊。その下には

 

 

 

 

 

顔全体が赤く染まり、それ以外の部分が全てコンクリートに押し潰された母親を思しき女性が、目を開いたままピクリとも動かずにいた。

 

 

 

「!!………お、お母さん……」

 

 

 

そうだ。お母さん、お母さんは、どこ?

 

衝撃の光景を見てまず思ったのは、総介自身の母のことだった。

これほど大きな爆発が起きたのだ。お母さんは、大丈夫なのか?

気がついたら総介の足は、瓦礫の上に立ち上がり、一目散に母の元へ向かおうと走り出した。他の事など、今は気にしている暇は無かった………

 

 

 

 

 

「お母さん!お母さん!!」

 

とにかく、走った。瓦礫に躓かないよう、注意しながら、母の名前を呼び、土煙で視界がほとんど見えない中、母を求めて走った。

 

 

途中、起きている人達もいたが、彼らも自分のことで一杯だった。

 

「きゃあああ!」と叫ぶ人や、「こっちだ!こっちから逃げるぞ!」と生存者を誘導する人、「健太!どこなの!健太ーー!」と息子を探す人、「いやああ!大ちゃん!起きて!死なないでよぉ!」と恋人だった全く動かない真っ赤な『モノ』を抱えて泣き叫ぶ少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄

 

 

 

 

 

 

 

 

まさに地獄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢だと思いたかった。

 

 

 

 

 

 

でも今は………

 

 

 

 

 

 

「お母さん!

 

 

 

 

 

お母さん!

 

 

 

 

 

お母さん!!!」

 

 

 

 

守らなきゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さんを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何のために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強くなろうと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまで頑張ってきたんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな時のためじゃないか

 

 

 

 

 

 

 

 

今こそ

 

 

 

 

 

 

 

 

大切な人を守る時だ

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん!」

 

 

 

 

 

母を必死に呼びながら走り続ける総介。

 

 

 

 

 

その時だった

 

 

 

 

 

 

 

「………総介」

 

 

 

「!?お母さん!」

 

 

今、確かに母の声が聞こえた。よかった!

 

 

 

 

母は無事だ!

 

 

声のした方へ急いで向かう。視界は相変わらず悪いが、声の下方向を頼りに瓦礫の上を歩き、時には潜り、母の元へと走る。

 

 

 

 

 

お母さん

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さん

 

 

 

 

 

 

 

お母さん

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん!!!」

 

 

総介は渾身の力を込めて、母の方へと叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「総介!」

 

 

近くから、母の声がした。

 

 

間違いない。すぐそこだ。

 

 

今すぐ行くよ

 

 

 

 

お母さん!

 

 

 

 

「お母さん!!」

 

 

 

 

 

 

 

「来ちゃだめ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザシュッ

 

 

 

 

 

 

 

「っうっ………」

 

 

 

 

 

「えっ?………」

 

 

 

 

 

 

その何かの音と、

 

 

 

 

母の小さな声と

 

 

 

 

 

 

 

 

総介が母の目の前に現れた瞬間は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全く同じだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母、さん?………」

 

 

 

 

「総、すけ………」

 

 

 

 

目の前に現れた母は

 

 

 

 

 

 

 

 

口の端から赤い液体を流し

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

胸の中央からは、真っ赤に染まった刃が、彼女を貫いていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その後ろには

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、(わっぱ)ぁ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おも)の花が咲き誇る際に間に合うたか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恨みを与うは我ではなく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

己が運命と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我が前に現した自身を恨むがよいわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母の後ろには、先ほどの暗い色の着物を着た男がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男はそのまま、母を貫いた刃を抜く。

彼女はそのまま、総介の目の前で地に伏してしまった。

 

 

 

「おか………さん……」

 

 

 

 

何が起こったのか、理解出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理解したくなかった

 

 

 

 

 

 

 

「さて、童よ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴様の命の花は、如何なるものぞ?

 

 

 

 

何もわからなくなってしまい、その場に尻もちをついた総介に、男は向かおうとする。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「………そう……すけ」

 

 

「!!」

 

 

「……ほう」

 

 

 

 

母はうつ伏せのまま、総介に這いつくばりながらも近づこうとする。

 

 

 

「お母、さん!お母さん!」

 

総介はそのまま母に近寄り手を握り、何とか引っ張ろうとする。

 

 

 

「……にげて、総介。にげ、て……」

 

「嫌だ!お母さんを守るんだ!僕がお母さんを!」

 

 

「にげ………て……」

 

薄れゆく意識の中で、母は息子の身を案じ、逃げるようつぶやくが、総介はそれを拒絶する。

 

 

 

 

そんな2人を見て、男は口角を上げて笑う。

 

 

 

 

 

 

「未だ花は咲かず、カ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………よかろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(おも)(わっぱ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

共に二輪の花を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今この場にて、力強く咲かそうぞ」

 

 

 

 

男が、2人に向けて剣を向けた………その刹那

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雅瞠ぉおおおおおおおお!!!」

 

 

 

 

「!!」

 

男の背後から叫ぶ声。その瞬間、土煙の中か、男が1人飛びかかってきた。

『雅瞠』と呼ばれた男は、そのまま振り向き、自信に振り下ろされる剣を自身の長ドスで受け止め、激しい金属音が鳴り響く。

 

 

 

 

「………ふん、子犬がぁ」

 

「テメェ!!なんて事をっ!!」

 

雅瞠に剣を向けた男は、褐色の肌に、鋭い目つきをした、灰色の髪の青年だった。

 

名を『片桐刀次』。『銀狼』の異名を持つ大門寺対外特別防衛局『刀』そしてその中でも一握りのエリートである『懐刀』の一人である。

 

 

 

 

「我の『花』を咲かせんとするか?

 

 

 

それとも、そこに転がる『蕾』が咲かんとするところを拝みに来たか?」

 

 

「!?あれは!!……」

 

雅瞠の言葉に、刀次は総介と母に目を向けた。そこには絶対にあってはならない惨状があった。

 

目に映った瞬間、刀次の何かが弾ける。

 

 

「………テメェ、

 

 

 

 

生きて帰れると思うなよ!」

 

 

「我の『花』を求める、カ。子犬が。餌の骨に噛み付くが関の山よ!」

 

 

「ぬかしやがれぇ!!」

 

生かしてはおかない。己の欲望の為に、民間人を巻き込み、あまつさえこの場で親子を亡き者にしようとする。もはや刀次に迷いは無かった。

 

 

「っらぁ!!」

 

「!!疾きことよ……」

 

「チぃっ!!」

 

彼の常人とは思えない速度の右薙を、雅瞠はそれ以上の速さで後ろに移動していとも簡単に避わす。

 

 

 

「子犬と戯れ合うも一興、カ……」

 

「くっ………」

 

 

避けられたことで、幾ばくか冷静さを取り戻した刀次。このまま戦うよりも、今はすぐ側にいる親子が心配だ。

 

特に母親の方は、血が大量に流れている。重傷なんてどころではない。一刻も早く治療しなければ………

 

 

しかし、自身の目の前に立つは、あの『雅瞠』。『懐刀』といえど、ほんの一瞬の油断が命取りになるほどの相手だ。

 

 

 

(………どうする………)

 

 

 

 

この状況を打破する案を巡らせる刀次。と、ここで。

 

 

「刀次!!済まない!遅れた!」

 

 

「!!剛蔵さん!」

 

 

「……ほう」

 

 

そこに現れたのは、『刀』の局長、『【金剛】渡辺剛蔵』だった。

彼はその手に大太刀『竜王』を構え、雅瞠へと対峙する。

 

「テメェとは久々だな、雅瞠。『霞斑』に取り入ったって噂は本当だったようだな」

 

「………」

 

「こんなことしやがって………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚悟はあるな?ここで終わりだ」

 

 

 

いつもの親バカな剛蔵からは考えられない怒りの表情を雅瞠へと向ける。その姿、まさに『金剛力士像』。纏う雰囲気はこの世のものとは思えぬほどの闘気を全開にする。

 

 

 

 

 

 

が、しかし………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………興が削がれたわ」

 

 

「!?」

 

「!!」

 

 

なんと雅瞠は、手に持っていた長ドスを、そのまま鞘に収めてしまった。そしてあろうことが、2人に背を向ける。

 

 

 

 

 

 

「逃すか!!!」

 

その様を見て、真っ先に刀次が斬りかかるが、その剣らまるで霞を切ったように、雅瞠の身体をすり抜けた。

 

 

「!!?」

 

斬った!そう思った。確信があった。しかし、それは空振りに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

(おも)の『花』が見れぬのは悔いの残るところぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、我にも『花』咲く時の様子は選ぶ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴様らの前では落ち着いて味わえぬわ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また会おうぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子犬よ、剛力の者よ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

童よ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を残して、雅瞠の姿は土煙の中へと姿を消した。

 

 

 

 

 

「………くそっ」

 

またしても雅瞠を逃したことを悔やむ刀次だったが、

 

「刀次!今は彼女達が先決だ!」

 

「っ!ああ」

 

剛蔵の言葉で、2人は親子に駆け寄る。

 

「大丈夫か?………!お前は!?」

 

 

「お母さん………お母さん……」

 

親子に近寄った剛蔵が見たのは、信じられない人物だった。

 

道場で、海斗に何度も挑みかかっていた、あの子どもだったのだ。そして、彼が握る手の先には、その子の母親が倒れていた。

母の手を握るこの方は、涙をぐしゃぐしゃに流しながら母の名を呼んている。母の方は血まみれになり、呼吸が薄れてきているところだった。

 

それを見た瞬間、剛蔵はすぐ行動に入った。

 

 

「っ!!!刀次!!『道を切り開く!!』お前は親子の方へ!!いそげ!!!」

 

「!!ああ!頼むぜ!」

 

剛蔵の慌てた様子に、刀次も反応して、親子に駆け寄った。剛蔵はそのまま、大太刀を構え、瓦礫の山前で剣道の『唐竹』の構えをとった。

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぉおおおりゃぁぁああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

一気に振り下ろした。

 

 

目の前にあった瓦礫の山は、その瞬間、振り下ろした衝撃、そして大太刀の切れ味によって、粉々に吹き飛び、モーセが海を切り裂いたが如く、彼の目の前にあった障害物が、数十メートル単位の規模で無くなり、更地と化した。剛蔵は振り終えると、大太刀を背中に納刀し、三人へと振り向く

 

 

「行くぞ刀次!ガキを俺に!母親を頼む!!」

 

「ああ!」

 

刀次がすぐに返事をして、母親を応急で止血させて抱える。

 

「………そう、す……け……」

 

「もう大丈夫です!お子さんも無事です。今すぐここから病院へ行きます。だから頑張って!!」

 

か細い声で息子の名前を呼ぶ母を抱え、全速力で走り出す刀次。

 

「大丈夫だ!お前のお母さんは必ず助ける!ここから離れよう!」

 

「お母さん……うう、お母さん」

 

「大丈夫、大丈夫だ!」

 

母を呼びながら泣きじゃなくる総介を、剛蔵は大きな体で抱きかかえ、刀次に続いて走り出した。

 

 

 

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

「局長!ご無事で!」

 

「救急車だ!重傷者一名!緊急だ!今すぐ持ってきてくれ!」

 

「はっ!」

 

剛蔵の切り開いた道から、ショッピングモールを脱出した総介。そこから出ると、外には消防車やパトカー、救急車がとんでもない数あり、今回の惨状を物語っていた。

 

 

 

「剛蔵さん!」

 

指示を出した剛蔵に、刀次が慌てて声をかける。

 

「刀次、母親は!無事か!?」

 

「………それが………」

 

「!!………まさか……」

 

 

刀次の表情を見て、剛蔵は瞬時に察した。

 

「血を流しすぎた………おそらく心臓に近いところの動脈を………今から来ても、もう……」

 

 

 

 

「っっっ!!!!」

 

 

愕然としてしまう剛蔵。そして。

 

 

「………お母さん?」

 

 

 

総介が、刀次に下ろされて仰向けに横たわった母に駆け寄る。

 

 

 

 

「お母さん!お母さん!」

 

「………そう………すけ」

 

 

「お母さん!!」

 

薄く目を開いた母。しかし、その目にもう、光は宿っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「………ごめん……ね………

 

 

 

 

 

ひとり………に……して………」

 

 

 

 

「お母さん!いやだ!!死なないで!!!

 

 

いやだ!!お母さん!!!」

 

 

 

「そ………すけ………

 

 

 

 

 

 

 

 

あい………して………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう………」

 

 

 

 

 

 

 

 

母の目が、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

指が、

 

 

 

 

 

体が

 

 

 

 

 

 

全て動かなくなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん?

 

 

 

 

 

 

お母さん!

 

 

 

 

 

 

お母さん!

 

 

 

 

 

いやだ!!いやだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

死なないで!!!!お母さん!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さん!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さん!!!

 

 

 

 

 

 

お母さああん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お母さあああああああああああああああああん!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅倉総介はこの日、

 

 

人生で最も大切な人を失い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の中の鬼が、鼓動をはじめた

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりに書いたので、めちゃくちゃブランクありますのをお許しください。出来れば月2回を目標に頑張りたいと思います。本当に楽しみにされていた皆様、お待たせして申し訳ありませんでした。


今回もこんな駄文を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。