仮面ライダーカブト外伝 仮面ライダースターク〈MASKEDRIDER STU-CK〉 (ひがつち)
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第1話
――その日の事を覚えている。
「いんちょうせんせい……!」
降りしきる雨の中で、建物が崩壊した瓦礫の中、木肌のような色の装甲を持つ戦士がその手に持つ槍を虫のような異形の身体を貫いている。
胴体を完全に貫き、誰の目から見ても致命傷であることは歴然であった。
「はは……、まさか。君がここまでやれるとは。いや、まったく。あのような死んだ目をしていた女の子が私の、命を奪えるなどと」
戦士と同じくそこらから拾ってきたような印象を受ける木の色をしたその実、鉄の槍の柄を異形は掴みながら顔を寄せ、その体表に白衣を着た温厚そうな男を浮かばせながらその瞳を悪意に滲ませ、その最期を語り掛ける。
――もはや自分の死は目前。蝋燭の灯に近い。ならば、ならば。自分の命を奪った眼前の人間に
「――――――――――――――――、」
過去の回想から意識を浮上させ、現実へと帰還する。
東京郊外、他県との境目に存在する雑木林の中で少女は閉じていた眼を開き、合わせていた手を放し立ち上がる。
白髪一色の髪は最低限の手入れを除いて手を入れられていないものを右側に結っているサイドテールの形に固定され、黒い瞳は翳りを帯びてその奥に何かしらの灯を宿している。何より周囲に人が居れば皆訝しげに思うであろうのがその年齢だ。十代前半、まだ未来があるどころか世の同年代であればたわいのないことで喜び遭っているであろうに枯れているとすら印象を受ける。そのような少女がスーツを着ているのだからあまりにもチグハグがすぎる。
そのような少女、
「……もうこの辺りも何も無くなっちゃったね」
帝がいるのは雑木林の中でぽっかりと空いた空き地であった。彼女にとってごく短い間で在ったとしても第二の家とも言えた場所。
3年ほど前、この場所に行き場を失った幼い子供を保護する養護施設があった。突如謎の炎上と倒壊により崩壊した当時であればインターネットの住民が騒ぎ、多くの人間が詰めかけたものを、今ではもう誰も気にするどころか忘却されつつある。
帝が現在属している組織の隠蔽があったことは知っているのだから人間の興味の矛先の移る速さに何とも言えない思いがある。過去の記憶とはこんなにも移ろいやすくあるものであったのかと。
そして地面に置かれた花束を一瞥し、嘆息した後に歩み去る。そう、帝がこの地を訪れたのは供養の為だ。命日に限らず、足蹴もなく毎日と。そのような事を三年間続けていた。もはや日課というレベルで意識に染みついてしまっている。供養だけでなく、自分自身に問いかけるために。自分には成すべきことがある。いいや成さなければならないことがある。変わらぬその意思をその都度確かめるために。
供養を終え、帝は常日頃からの割り当てられた仕事に入る。基本的に必要に迫られなければ彼女は自由に行動するように言われている。本来であれば義務教育で学業に勤しむはずの年齢であるが、それについては適当に割り振られた学校に籍の身を置き、定期考査のみを郵送で送る、という形で世間体を繕っている。入学当初から一度も登校していない幽霊学生、というものだ。
これは組織からその地位を効率的に動かすためであり、帝自身そちらよりも優先するべきもの、そして組織の指針が合致したが故の措置ともいえる。
そんな帝が何をしているのかといえば、何という事はない。街角の中にポツンと存在している花壇の角に座り、通りを行きかう人々をスケッチしているだけだ。……といっても、そのスケッチを余人が見れば黄みの悪さで顔をしかめるだろうが。
スケッチをしつつも帝の目は画材には人目も零してはいない。鉛筆一本で描いていることもあったとしても自分の描いているものを確かめない美術家はいない。しかし帝の目線は絶え間なく動いている。右に左にせわしなく動く様はやはり周囲の人々には異質に映る。だからこそ、そこに居ないものとする、一周回って誰もその存在を認識から外している、というこれまた奇妙極まりない空間が成立していた。
ふと、描いている手を止めて今まで動いていた視線が一点に留まる。その先にいるのは一組のカップル。仲睦まじいように歩いているその姿はどこにでもいるようなありきたりなものだ。
その行方をじっと見つめていた帝は懐から携帯電話を取り出し、いずこかへと連絡をかける。
『――――はい、こちら東京都総合水道局です。ご用件はなんでしょうか?』
「虫を見つけたからすぐに対応して欲しい。場所は――――――――、だから。わたしの荷物も拾っておいて」
一方的に言いつけ、通話を切った帝はその場から立ち上がり、先ほどのカップルを追い始めた。
そして、その側の街路樹に生えていた枝の一つが、ほんの僅かに、動いたような気がした。
その女性にとって、その日は幸せであった。相思相愛のカレと共にデート。もはや日常の一つとも呼べるほどに当たり前と化したものだった。そのカレがふと気が向いたように路地裏に行ってみようと言い出したのには驚いたが、普段行ったことのない場所であったし、それもいいかもしれないと軽い気持ちでやってきてしまった。
……それが間違いだったと思い知ったのはそのすぐ後だった。会わせたい人がいると言って引き合わされたもう一人の自分。怪物に変貌する自分にカレ。
「今日から彼女が君の替わりを務めてくれるんだ。……二人も君は要らないんだ。だから、分かるよね?」
恐怖のあまり脱兎のごとく逃げ出したものの、それもつかの間、大通りに出る路に辿り着くよりも前に壁際に追い詰められる。
「余り手間を取らせないでくれるかな」
何でもないかのように事も無げに告げる青年を恐怖の目で見据え何もできないまま壁を背にして居る最中、歩み寄ってきた緑色の異形の長い爪が振り上げられる。
「――――――――っ!
…………。……え?」
目を閉じながら顔を伏せるも、待てども襲い来るはずの痛みはなく、恐る恐る目を開ける。
そこには、振り上げた動作のまま固まっている異形の姿があった。いや、先ほどとは明確に異なるものがある。その胴体を鈍い輝きを放つ刃が貫いている、という違いが。
「グ、ギ。グアアァァァッ!」
虫の鳴き声のような甲高い断末魔を上げながら緑の炎をまき散らしながら爆散する異形の背後にはこれまた現代では見る機会など無いような異形の戦士がその手に携えた槍を突き出していた。
「なぁッ……!?誰だお前は。いったいいつの間に――!」
そう、いつの間にかその戦士は音もなくそこに出現していたのだ。
黒いアンダースーツに骨格じみた木肌色のラインのアーム、メカニカルな銀装甲を纏うその姿は何かの蛹を思わせる。短い触覚のようなアンテナはなおさらその印象を増長させる。
ゆっくりと首を回し次の獲物を見定めるように無言で 青年へと緑色の複眼から視線を向ける。
「く…………!」
焦りの色を顔に浮かばせながら白い蜘蛛のような異形へと変貌しながら路地の奥へと逃げ去っていく。それを戦士は歩きながらゆっくりと追っていく。
その場には、急すぎる展開についていけず放心する女性のみが残されるも、大通りの方から大丈夫ですか、と安否を気遣う声と共に人が入ってくると、縋るように駆け出して行った。
―――――撒いたか?
あれから路地を複雑に幾度も曲がりながら逃亡した異形は内心不安を抱えながらも自問する。異形はその通り、人間などとは比べ物にならない優れた身体能力を持っていた。当然ながら聴覚も人だは及びもつかない小さな音や動作も聞き取る事ができる。
だが、だが。あの戦士の接近には何も感知することが出来なかった。移動をするのなら、何かしらの音が発生する筈であるのに戦士は気配や音を感じさせずに現れた。現に追うのは見えていたが歩いているであろう移動音は全く感じない。一度、確認するために角から顔をだし―――。
「鬼ごっこは終わり?」
すぐそばで待機していたであろう戦士が持つ槍に凪ぎ払われた。
「ギュアア!」
「お前たち虫は……、滅ばなくてはいけない」
ゆったりと狭い広場に入り込んできた戦士は余裕そうに歩み、歩を狭めてくる。
「フギュルル……!」
戦士の目の先で立ち上がり、体勢を整えた異形がふと、消失する。
「ん?
――くっ!」
何かに弾き飛ばされたかのように装甲から火花を散らしながら吹き飛び、壁に叩きつけられる。
「クロックアップしたのか。なら!」
戦士は石突きと穂先を繋げている柄の部分を触れる。これまた第三者から見れば奇妙であると思うだろう。繋げている、と表現されるように戦士の槍は柄の部分が奇妙な物体で構成されていた。はた目から見れば木の樹皮のように見えるそれは、ある虫の形をしていたのだから。その背がスライドするかのように開き、タッチパネルが露出し、戦士はその画面に映されたアイコンの内、人が鎧をパージしているものをタッチする。
「キャストオフ!」
『CAST OFF!』
その音声と共に戦士の鎧が浮き上がり、弾け飛ぶ。
『CHANGE!PHASMATODEA!』
先ほどまでの姿から一変し、この姿は細身といえるほどのスマートな外見をしていた。樹皮さながらの木肌色の装甲の上に折りたたまれた触覚が立ち上がり、より長いアンテナとして機能する。その無駄なものは一切排したとすら形容できるスマートさは森の中に紛れればまさに木として見分けがつかなくなってしまうだろう。
戦士はZECTと意匠の入ったベルトの横にあるスイッチをスライドさせる。
「クロックアップ!」
『CLOOK UP!』
――その瞬間、時間が静止した。
クロックアップ。
本来異形のみの生体能力であったものを、人類が異形に対抗すべく科学的に再現した力。体内のタキオン粒子と呼ばれるものを操作し、時間流の自由な活動をする制限時間こそあるものの、何物をも振り切る超高速移動能力である。
「……ッ!セアァ!」
異形と同じ時間流に侵入した戦士は先んじてクロックアップをしていた異形を視認し、槍で受け止め、はじき返し、反撃とばかりに鋭い突きを見舞わせる。
一撃、二撃、三撃と。異形側もウェブシューターから糸を射出し、それを蜘蛛の巣状に広げて戦士を捕えようとする。が、そうはさせまいと戦士が槍を一振り一閃し、たちまちのうちに切り裂いてしまう。
「――ああ、これは捕縛じゃなくて視界を隠す囮だったのか」
『CLOOK OVER』
互いの高速移動が制限時間を迎え、戦士が蜘蛛の巣に対応している刹那の間に既に異形は身を翻し、逃走を再開していた。
「だったらこちらにも手はある。
――プットオン」
『PUT ON!』
戦士は再び己が持つ槍のタッチパネルを操作し、今度は人に鎧が迫るアイコンをタッチする。すると、先ほど弾け飛んだ鎧が吸い寄せられるように戦士に纏わりつき、初期の硬さを重視した形態となる。その背面、六本の脚のような意匠の内、二本を動かし逃走した異形の両足まで伸ばし、突き刺した。蜘蛛の巣を張り、跳ぶように逃走していた異形も、要の足を封じられては敵わず、細いそれの見掛けに反した凄まじい膂力で地面に叩きつけられ、地面に火花を散らしながら戦士の元へと引きずられてしまう。
そして自身の元へと戻した戦士は槍を異形へと突き刺し、壁に縫い付ける。相手は堅牢さを重視した守りを強みとした状態、対して自分は標本のように壁に縫い付けられ、戦士との距離もあまりに近い。されど生存を求めてがむしゃらに身体を動かす。
「やっぱりお前たちは虫だ。そうやって醜く足掻く姿はそう呼ぶに相応しい。その見るに堪えない無様さのまま――――、地獄に堕ちろ。……ライダースタッブ」
『RIDERSTAB!』
「ギュグアアアアアア!」
異形を突き刺した槍のタッチパネルを指でなぞるようにスワイプすると、穂先に銀色のタキオン粒子が収束し、戦士は槍を横なぎに一閃、異形は断末魔を上げながら、青の炎と共に爆散した。
嘆息した戦士が脱力すると、槍の柄を構成していた機械虫が羽を広げ、飛翔し時空に穴を開けて彼方へと飛び去る。そう、余りにも精巧すぎ、傍目には木の枝にしか見えない昆虫はナナフシを模していた。先ほどまで変身していた戦士もナナフシに酷似していると言っても過言では無かった。
変身を解除した少女――、帝が分解された穂先と石突をスーツの腰に吊り下げていると同時に路地裏にヘルメットを被った黒ずくめの集団が入り込んでくる。
「藤堂院隊長、お疲れ様でした。隊長の私物は回収済み。先ほどワームに襲われていた一般人も無事に保護しております。
……それにしても、隊長はよくワームを見分けるのが出来ますね」
その内の一人が進み出て労を労うと同時に疑問を問いかける。
ワーム。
7年前に宇宙から渋谷に飛来した隕石に付着していた地球外生命体。成虫へと脱皮すればクロックアップを使用する今現在、地球を脅かしている脅威。その最悪な生態はクロックアップではない。ワームは人間の一切の記憶や人格、性癖、内部構造に至るまで完全にコピーするという擬態能力を持ち、人間社会に紛れ込み人知れずその勢力を拡大し続けている。
「……貴方、新入り?」
「……は?えぇ、先日このチームに配属された者です!」
誰何の声に対する応答に納得したかのように頷くと、帝は自身が何故見分けられたのかを回答する
「目だよ」
「目、ですか」
「あの虫共の目の奥には必ずと言って良いほど悪意がある。よくある犯罪者みたいなものじゃなくて、目の前の人間を害したい、自分達が根本的に優れているという上位種特有の劣等種に対する蔑みと優越。
アレは同族に対するものじゃない。だから、簡単に見分けられる」
「はぁ……。あ、いえ!とても勉強になりました。ご指導、ありがとうございます!」
黒ずくめの男は一瞬、戸惑いながらも最敬礼で礼を言い、それに対し帝は手を挙げながら礼を受け取りつつも、近くのまた別の男から車を用意していることを聞き、案内に従い去っていく。
「おい、俺達も帰投するぞ」
「うわったた、す、すまん」
その様をぼうっと見送っていた男は、また帝を送った者とは別の黒ずくめに小突かれ、軽く驚きながらも謝意を示し、移動を開始する。
「それにしても、よく戦っていられるよあの娘。俺達よりもずっと小さいのに。確か、今13歳だっけか」
「戦えるからこそ、あの娘はマスクドライダーシステムに選ばれているんだろう。
……5年前、まだただの子供でしかなかったのにな」
「……西崎さん、その頃から隊長の事をしっているんですか?」
西崎と呼ばれた男は苦笑しながらその問いに答える。
「……その頃は別の部署に居たからな。まぁ、今じゃZECTで活動している二大ライダーの片割れだ。
あの目を養うのに、あんな生活をするなんて俺には耐えられないが」
「……え?何ですか?後の方がよく聞こえなかったんですが」
「なんでもねぇよ、ホラ!行くぞ!」
誤魔化すように新入りの背を叩き、後を急かす。そんな西崎の脳裏におそらく本部へと報告に行ったであろう自身の部隊のリーダーの複数ある異名を思い浮かべる。
二大ライダーの片割れ。
生き残った少女。
精神病患者。
そして。
6つあるマスクドライダーシステムの内、ナンパリングNo.6。起動順序としてはNo.2となる地球害生命体に対抗する兵器。
マスクドライダースターク、と。
どうも。ひがつちです。
仮面ライダーカブトの小説が少ない!とカブト熱が燃え盛り、書いてしまいました。
読者の皆様方には、どうか感想などを頂ければ幸いです。
目指せ、ハッピーエンド!
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第2話
1ヶ月もかかってこの体たらく……!
ザビー時代の矢車さんのキャラが違うと言われるのが一番怖い……。
いくつかネットで部分的には見ているのですが、それでも不安……。
通販で取り寄せている2巻で確認する予定では有ります。
どうか、ご容赦を……!
――ZECT。
帝が所属している組織であり、ワームから人類を守り、殲滅を旗印に掲げた超法規的組織。ライダーシステムの開発もまたこの組織が主導しており、警察省庁と連携を取り、徹底した秘密主義と実力主義によってその全貌を構成員すら把握できていないという云うなれば現代日本の裏世界を牛耳る大組織。
その、本部。
輸送車に乗り、ある薬の副作用で睡眠状態にいた帝が運ばれた先、無名の高層ビルの下界を一望出来る一室。白髪交じりの眼鏡をかけた不敵ながらも老獪さを醸し出す壮年の男とその側に控えている神経質そうな男と相対していた。傍らの男は少々距離を放し、意図的に壮年の男と同じ視界に入らないように位置を調節して控えている。なにを隠そう、この老人こそがZECTを統べている最高権力者、総帥・加賀美陸であった。
「うん、いつもながら君はよく働いてくれているよ、藤堂院君。積極的にワームを狩ってくれているのは私達ZECTとしても―――」
「……虫が、いるんですか?」
今回の戦闘の報告書を読し、労を労おうとした陸の言葉を遮り、帝がぼそりと呟き、しきりに目を見開き、恐怖を孕みながらギョロリと一切の隅すらも見逃がさないとばかりに首すらも動かしながら部屋の中を見回し、居ないことに安心し、自分が今何処にいて何をしていたのかを認識をすると、顔を引きつらせただでさえ白い顔を青くさせ、尻もちをつく。頭を抱えるようにしてブツブツと支離滅裂なことを徐に喋りだす。いや、喋る出すというよりも零れだす、という方が正しい。既に帝は陸のことを認識しておらず、纏まらない思考と彼女にしか見えないナニカに埋没しているのだから。
「………ごめんなさい。ごめんなさい。
「……三島」
「は」
陸が控えていた男――三島正人に合図を出すと即座に対応した三島が過呼吸を起こしうめき声を上げながら頭を掻きむしっていた帝の首根っこを掴んで無理やり立たせると懐から取り出した錠剤を口に含ませ飲用させる。すると、咀嚼しながら飲み込んでいた帝の瞳孔が次第に元に戻っていく。
「気が付いたかね?」
正気――元より正気と呼ぶには余りにもひび割れており強い衝撃を受ければ粉々に砕け散ってしまうものであるが――を取り戻した帝は陸の言葉に頷き、応答する。
(……言葉の選択を誤ったかな。)
頭を揉むように疲れをほぐし、陸は沼尻を少し下げると話題を変えるように、別の事柄について切り出す。
「では、これで最後にしよう。帝君、いつもの事だけれど、スケッチブックの提出をお願いできるかね」
「…………ぃ、ァ、ぃ?」
ビクッと怯えるように身を震わせ、スケッチブックという陸の強い語調の中で辛うじて認識したものを拾い上げ、帝はほんの少しだけ眉を上げ、何を言われたのか分からないかのように顔を歪ませながらもブック……、ブック……と口の中で噛み締め吟味するように繰り返すと、あっと何かを思い出したかのようにたいしたものが入っていないカバンを漁るとたどたどしい手草で取り出し、睦に差し出す。
「は、い、睦さん。こちら、です」
「うん。ありがとう」
受け取った陸はスケッチブックをめくりつつ、芸術を鑑賞する観客のように頷くと閉じたそれを机の上に置き、締めの言葉を話す。
「いつもよく描けているよ。君の絵のおかげで助かっているよ。空回りになるかもしれないが、対象を絞れるというのは探し回るよりも効率的に人員を割ける」
もう下がっていい、という声を聞き、帝は涎の垂れた口もそのままに首をこくんと下げ、ふらふらとおぼつかない足取りで扉が開かれたままの部屋を去っていく。
「君は、申命書の28章を知っているかね?」
「は……?」
突然の陸からの問いかけに戸惑いながらも対応をする三島を気にすることなく、陸は独り言のように言葉の続きを語りだす。
「積み重なった悲劇はいつまでも影を落とし、無限無尽の苦しみとなる。抑圧された狂気は望まぬ路への誘いとなる。哀しいことだ―――」
「……矢車に伝え、今まで以上に藤堂院の身の観察とケアに気を付けるよう、命じます。」
抽象的な言葉から陸の真意を読み取り、三島は深く頭を下げた。
陸の部屋から退出した帝は側の窓枠に捕まり、“この後”の事を考える。
(この後、この、あと……)
自分に求められているのは虫を倒すこと。それ以外は何も求められていない。
ならば、再び外に出向き目につく虫を倒すべきか……?
あぁ、そうすべきだ。一刻も早く。より多くの虫を倒す。そうすればきっと自分が今ここにいる
「――本当に役にたててると思ってるの?どこまでも愚かで愚鈍な貴女なのに」
明かな悪意を滲ませた言葉が投げ抱えられる。
意識が瞬時に覚醒する。思わず首元のアザに手を添える。後ろを振り返らずに鏡を利用してそこに居るモノの姿を確認し、ヒッ、と嗚咽を漏らす。
「また迷惑をかけて。いつ正気が飛ぶかも分からない道具なんて使いにくいにも程があるものね。今はまだ貴女以外に居ないだけ。代わりが見つかれば貴女はもうお払い箱。自分が一番可愛くていざとなったら隠れて見捨てる人間が信用されている訳がないでしょう?ふふ、可哀そう」
帝は耳をふさぐように手を合わせ、俯きながら逃げ去るように足早に一点に向かって移動を開始する。
声は一定の距離をつかず離れず保ちながら嘲るように矢継ぎ早に言葉を投げつける。
「人はどんなに表向き優しい言葉を投げかけていても腹の中では何を考えているか分からない。悪意こそ雄弁にその人間の本音を語るって院長先生から教えられなかったのかしらぁ。
ほら、きっと皆心の中で思ってるわ。あの子供、早く消えてくれないかなぁ、って」
「…………ッ」
違う、とは言えなかった。何があれば本当は正しいのか。今の自分は証明を出来ているのか。答えのない焦燥感を抱えながら――、今の自分はある。藤堂院帝といニンゲンは存在を赦されてる。必ず答えを見つけなければならないものだったとしても、いや、先の問いは違うと 言えるはずだ。
そうでなかったら。
もしも、本当に誰からも価値を求められていないなら。これまでの全てが無為だとしたのなら。
「そんなことは、ない」
取り繕うように言葉を捻りだす。
――側をすれ違ったZECT職員がまるで奇妙なものを見るかのように怪訝な顔をする。
「嘘。だったらどうして――」
声がまるで瞬間移動をしたかのように自身の直ぐそばから聞こえ――。
「どうして、いつまでもわたしを引きづっているの?人殺し」
黒々と深い闇の色を称えた幾分か小さい、子供の藤堂院帝がこちらの顔を覗き込んでいた。
「っ………」
「ねぇ、答えて。わたし。わたしはなんでも知ってるわ。わたしの口から聞きたいの。貴女、本当に―――」
《藤堂院帝》が帝をさらに詰問しようとした時。
「―――帝!」
声が響いた。
何かにぶつかる衝撃と共に受け止められる感覚を覚え、意識を上に向ける。そこには帝を慮る表情で見つめるスーツに黄金色のネクタイを身に付けた真面目そうな男。
「矢車、さん?」
何故、どうしてという思いで矢車と呼ばれた男に疑問を投げかける。
「お前がシャドウの訓練室とは別の方向に向かっていったと連絡があったからな。最短ルートを逆算して飛んできた。お前、階段から落ちそうになっていたんだぞ。」
そう言われて帝は自分が今矢車に抱えられており、緩慢に背後を振り返ると階段があることに気づく。
「私、陸さんの部屋からずっと廊下を歩いてました」
「また幻覚を見ていたんだろう。……立てるか?」
矢車は屈みこんで、帝を降ろし、その身を案じる。
「……ありがとう、ございました。――わふっ」
立ち上がった帝がかしこまったように礼を述べると同年代の子供と比べても背が小さい帝に矢車は目線を合わせ、労わるように頭を撫でる。
「そう、固くなるな。3年もずっと一緒にいるんだ。何かあったら存分に俺をたよってくれていい。俺たちは―――」
「…………矢車さん?」
何か躊躇うように言葉を詰まらせる矢車に帝が疑問の声を上げると。
「――――――――俺たちは、一緒に暮らしてるんだからな」
詰まらせた言葉を誤魔化すように話を続けた矢車は体制を直し、手を差し伸べる。
「さぁ、一緒に行こうか」
「……はい」
差し伸べられる手を取り、帝が矢車と歩を揃え進めているとすぐに声をあげる。
「あ、あの!
……聞いていましたか……?」
「聞いていた?何を?」
「い、いえ。何でもないんです。なんでも……」
言外に先の話を聞いていたのかと不安を乗せて問いを投げかけるもそうではないという返答を受けて内心ほっとする帝は何でもないかのように話題を打ち切り、繋いだ手を放さないように握りしめながら心の奥底で独りごちる。
(頼れる訳、ない。だって、矢車さんは私の―――)
仮面ライダースターク、第2話いかかだったでしょうか。
かなりネガネガしい感じですが、少しでも主人公である帝に興味を持ってくだったのならば幸いです。
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