MS IGLOO外伝「顎(あぎと)朽ちるまで」 (三流FLASH職人)
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第一話 軍法会議にて。

「判決、被告を敵前逃亡、並びに利敵行為の罪状により、本日12:00、銃殺刑に処す」

壇上の男がそう言い放った瞬間、その法廷、つまりルナツー第4会議室は悲痛な空気に包まれる。

肩を落とす者、すすり泣く女性、理不尽さに怒りを震わせる者、そこにいる誰もが

その判決を受け入れられずにいた。そう、判決を読み終えた裁判長さえも・・・

 

「ふざけんじゃねぇぞワッケイン!!」

傍聴席の隅から壇上に向けて絶叫が飛ぶ、若い男の声。

「なんだその判決は!結論ありきじゃねぇか、認められるかそんなもん!!」

周囲の者に取り押さえられながらもさらに吠える。

その基地の司令官に、また軍法会議の裁判長に対する暴言、本来なら被告とまとめて

銃殺刑でも不思議ではないその絶叫も、誰も咎めはしない。

 

「馬鹿かお前は!!!」

咎められた・・・死刑判決を受けた被告本人に。

「場所をわきまえろ!そもそも誰にそんな口をきいておるか、ジャック・フィリップス軍曹!!」

前を向いたまま、後ろの愛弟子を叱りつける。被告人ヒデキ・サメジマ中尉。

ため息をつき、裁判長に向き直った彼はこうフォローする。

「申し訳ありません司令、いかんせんまだまだ子供のようです、もう少し厳しく躾けるべきでした、

非は上官たる私にあります、彼には寛大な・・・」

「かまわんよ、本当のことだ。」

そのワッケインの発言に会場がどよめき、そして悟る。

この軍法会議は彼より上からの結論ありきで降りてきた「儀式」なのだと。

 

 

宇宙世紀0079、この年初頭に勃発した独立戦争は、年半ばまで独立側、つまりジオン公国に

有利に展開してきた。

モビルスーツ・ザクを初めとする様々な新兵器、独立という高い国民意識を掲げた意思統一

そしてコロニー落としに代表される容赦ない攻勢、連邦軍が各所で敗走を続ける中

このルナツー基地だけは基地としての体裁を保ち、その勢力を維持してきた。

それは地球を挟んでジオンと正反対の位置にあるという立地が大きかったが、

その基地内の人間のたゆまぬ努力の成果でもあった。

 

その中にあって、その男、ヒデキ・サメジマの名前を知らぬ者は無かった。

強靱そうな肉体と人当たりの良い陽気な性格、そしてあらゆる事柄に高いモチベーションと

行動力を持って、多くの者に慕われてきた好漢、若者たちは彼を「サメジマの兄貴」と呼んでいた。

 

コロニー落としで家族全てを失い、絶望と憎悪に塗りつぶされていた若者ジャック・フィリップスも

彼に救われた一人だった。

「・・・隊長、サメジマの兄貴・・・すいません、俺が、俺がよけいなことをしたばっかりに・・・」

両脇を抱えられたまま、下を向いてぼろぼろと涙をこぼしながらそう話すジャック。

「なんでお前のせいになるんだよ、馬鹿言ってんじゃねぇ、指揮官は俺だぞ。」

「でも、俺が・・・あんなペイントしてなけりゃ、こんな事には・・・」

「それを許可したのも俺だ、いやむしろ嬉々として推奨してたじゃねぇか、

気にするな、責任は誰かがとらにゃならねぇ、いつかお前にもその番が来る、それが組織ってもんだ。」

上半身を後ろに向けて、笑顔で答えるサメジマ。そこには、いつもの「兄貴」がいた。

これから処刑される男の小ささや儚さは微塵も感じさせない、頼もしさをオーラのように纏った男。

 

それは2時間後、その命を失うまで、微塵も欠けることは無かった。



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第二話 軍人の言葉

-霊安室にて-

 

一人の男が横たわっている、穏やかな、そして精悍な顔で。

周囲には数々の花束、記念の品、葬る言葉を記したカード、まもなく彼は宇宙へと葬される。

軍律違反で銃殺刑にかけられた男は、その失態に似合わぬ悼まれ方でその時を待っていた。

弔問客はすでに退席を命じられ、部屋に残っている者は2人、

サメジマの小隊の隊員であったエディ・スコットとジャック・フィリップス。

未だに嗚咽を止めないジャックに対して、エディはずっと黙祷を続けている。

同僚のジャックより5歳年上なことが、彼に大人の態度を取らせてはいる。しかし泣きたいのは彼も同じだった。

 

「ねぇ兄貴、俺は一体・・・」

一息おいてから、言葉をつなげるジャック

「誰を、褒めればいいんですか!」

彼は邂逅する、この尊敬すべき兄貴に教わった、宝物のような言葉を・・・

 

今年の新年、17歳のジャックは休暇を地球の祖父の家で過ごしていた。

サイド2の工場でメカニックとして働いていた彼は、クリスマス休暇から新年までは

この青い星に降りるのが恒例になっていた。

自分へのご褒美、そして優しい祖父や祖母、使用人や旧友との年に一度の再会。

 

年が明けて1月3日、全宇宙にに電撃的なニュースが走る

-ジオン公国、地球連邦に宣戦布告-

地球に長居は出来なくなった。ジオンと連邦が戦争になれば、その間にあるコロニーは

軒並み巻き込まれることになる、会社の同僚や近所の友人達も気になる、片思いの彼女も・・・

 

1月5日、シャトルで宇宙へ、貨客船に乗り換えた時点で船内の全員に告げられる、

サイド2がジオンの進行を受け、占領下に陥ったこと、当船は連邦政府の指示により

ジオンと反対側の連邦軍基地、ルナツー近海の宇宙で待機を指示されたこと。

-遅かった-

みんなは無事だろうか、あの娘は大丈夫かな、ジオンの軍人にたぶらかされたりしてないかな。

 

そんな心配は杞憂であることを、程なく彼は知ることになる、より悪い、最悪の方向で

 

1月10日、その馬鹿馬鹿しいB級映画のようなシーンが全宇宙に配信される、ほぼ生中継に近いタイミングで。

-サイド2のコロニー「アイランド・イフィッシュ」地球へ落着-

そのたちの悪い冗談のような悪夢は、ジャックにとってさらなる悲劇をもたらす。

-連邦軍の抵抗により、コロニーは破壊され3つに分断、最大の破片はオーストラリア、シドニーに落下-

彼が2日前までいた地の名前、祖父母が、旧友がいた地、そこが人類史上最悪の人災によって消滅した。

 

自分の居場所、帰る故郷、ジャックはこのふたつをこの日、同時に失った。

政治と軍人の都合によって、彼はこの宇宙にたったひとりぼっちで投げ出されてしまったのだ

家族も、友人も、仲間も、口うるさい上司も、恋心を抱いていた少女も・・・自分が生きてきたすべての「縁」を

この世から消し去られてしまった、まるで消しゴムで文字を消すように。

 

 

宇宙での待機は長かった、ルナツーには軍事関係の戦艦や空母が優先して入港し、しかも付近の宙域にも

続々と押し寄せている。来るべきジオンとの決戦に備え、戦力を結集していたのだ。

その膨大な戦力は、ジオンの凶人を鎧袖一触で叩きのめすと誰にも思わせた。

 

悪夢は続く。

-ルウム戦役において、連邦軍は惨敗を喫す-

 

ジャック・フィリップスにとって、この世はもう絶望でしか無かった。

まるで運命という神に虐められているような理不尽の連続、俺ばかりを不幸にし、

張本人のジオンを贔屓する、なぜ!どうして!

やり場の無い悲しみが憎悪へ向かうのは自然な流れだった。

ジオンを殺す!ジオンを潰す!ジオンを消す!俺から全てを奪った奴等に同じ思いをさせてやる!!

混乱の続くルナツーで、彼は処遇に軍属への参入を申請した。

もともと寄せ集めに近いこのルナツーでは、人材不足は深刻な問題だった。開戦の混乱から

この基地に避難してきた住民の中からでも使える人材は必要だった、それが彼の申請を通した。

 

モビルポッド・ボールの整備員、および緊急時のパイロット資格、それが彼に与えられた仕事だった。

「・・・なんだ、こりゃ!」

その機械を見たとき、ジャックはただただ呆れ果てていた。無理も無い、作業用ポッドに砲塔を乗せた、ただそれだけの機械。

メカニックのジャックにとって、それは馴染み深い作業機械であり、そして酷いとしか言いようのない兵器?だった。

これではまるでユンボ(パワーショベル)で戦車と戦えと言ってるようなものだ。

メカニックとしてモビルスーツの存在は知っていた、コロニー落としやルウムの映像から見てその優秀さも知っている

それに対して使うのがそのお粗末すぎる機械となれば、搭乗者には死んでこいといってるようなものだ。

「こんなので・・・ジオンと戦えっていうのか?」

 

「いいねぇいいねぇ、任務は難しい方が燃えるってもんだ、なぁ整備士クンよ!」

ポンと肩を叩かれる、ジャックより頭一つは背の高い、肩幅の広い軍人、ニヤリと歯を見せ、笑う。

「し、失礼しました!」

慌ててなれない敬礼をするジャック、何故「失礼しました」と言ってしまったのかは分からない。

ただ、その男の態度が不思議とそう言わせていた、それは咎めるのでは無く「まぁ見ていろ」と

言われた気がしたから、そんな気にさせる。

「ヒデキ・サメジマ少尉、この部隊の小隊長だ、よろしくな。」

「ジャック・フィリップス軍曹です、この部隊の整備担当です。」

敬礼の後握手をし、後ろにいるもう一人の軍人を指さすサメジマ。

「俺の部下のエディ・スコットだ。ついでによろしくな。」

「隊長、アタマ殴っていいですか?」

笑い合う二人、ジャックはそれを見て暗い感情に襲われる、こんな奴等にジオンをぶち殺せるのか・・・?

戦争を分かってない、それがもたらす悲劇を理解していない、そうとしか思えなかった、軍人のくせに!

 

しかし、このルナツーにいる軍人は多かれ少なかれ、彼の求める資質を欠いてるようにしか見えなかった。

宇宙がほぼジオンの制圧下にある中、息を潜めて事なかれ主義で日々を過ごしているようにさえ思えた。

佐官であるワッケインが司令であることを考えても、この基地はまっとうな人事体制ができていない、

もっとも、そんな場所だから避難民であるジャックが軍属になれたのだが・・・

 

 

「砲塔のバランス悪いんだ、もうちょい重心を後ろにならないか?」

赴任して3日後、サメジマにそう問われる、無茶を言う人だ、と思った。

どんな急造兵器でも、生産ラインに乗ってしまえば大がかりな改造はこんなドックじゃ不可能だ。

一応その旨伝えると、思ったよりあっさりと納得してくれた、その件に関しては。

 

「砲塔のマガジンをマニピュレーターで自己付け替えできないかな?」

「スラスターの出力がピーキーすぎる、やんわりと方向転換したいんだが。」

「電池切れが早くてな、大容量のバックパック開発できんか?」

 

連日連日、彼はジャックに無理難題を持ち込んだ。もちろん対応できるのもあったが

大抵は少し考えれば不可能なのが分かりそうなものだが・・・極めつけはコレだった。

「戦艦の主砲とっぱらってボールを艦載できねぇかな?」

・・・一体、整備士を何だと思ってるんだこの人は。

連日連日ツッコミを上司に入れる日々が続いた。そしてその後、サメジマは決まってボールでテスト飛行に出て行く

ああ、また何か思いついて無理難題を言われるのか。

 

あれ?

思えばこの基地でボールのパイロットは相当数いる。しかし皆、2~3日に1回、短い訓練をすればいいほうで

彼のように戦時下にふさわしく、いやそれ以上に熱心にテスト飛行を繰り返している人は誰もいない、

不思議に思ったジャックは数人のパイロットに聴き、事情を知った。

 

ルウム以降、モビルスーツの必要性は連邦軍全体の課題となっている。

本国では一刻も早いモビルスーツの実戦投入目指して開発が進んでいる、しかし機械だけで戦争は出来ない

それを操る人間がいてはじめてその兵器は効果を発揮するのは当然だ。

そんなパイロットの候補生たち、いわばモビルスーツパイロットのプールがこのルナツーのボールパイロットなのだと。

となれば、適性試験に合格すればやがてザクをも上回るモビルスーツに乗ることが出来る、

それなのに何を好んで、この大砲を担いだ作業用機械で訓練などしなければならないのか、幸いここはジオンの

攻勢もそうはない、大人しくしてればもっとマシな状況が訪れる、つまりはそういうことだ。

 

「あの人だけは別だがな。」

エディ・スコットがそう語る。サメジマが注文をつけていたのは何もジャックだけでは無かった

戦闘におけるフォーメーションや戦術、敵モビルスーツ・ザクの研究データの流用、新たな兵器の開発から

地球本国との連携、ジオンが攻勢をかけてきた時のシミュレーション、上は司令から下は下士官まで

連日精力的に取り組み、周囲を巻き込んで奔走していた。そのモチベーションの高さはどこから来るのか・・・

「ま、何事も真剣にやらなきゃ気が済まないタチでな。」

ワイルドな笑顔を見せ、楽しそうに仕事に取り組むサメジマ、そんな彼の行動力に、ルナツー全体が

熱を当てられ始めていた。

 

 

8月に入ると、そうした熱気が実績になって現れてきていた。

サメジマによって確立されたボールの戦法、運用は、ルナツー近海での小競り合いにおいて

画期的な効果を発揮しはじめていた。

対モビルスーツ戦はもとより、艦隊運用におけるボールの使用法、敵索や先制攻撃から撤退の殿の戦い方

細かに改良された機体のセンサーや動力向上、着艦から再発進までの時間の短縮

そしてとうとう、一部のサラミスにボールの艦載機械が乗っかるに至る頃には、彼は「兄貴」と呼ばれるのが

自然なほどの信頼を得ていた。

 

それは同時に、ジャックにも新たな居場所、そして「縁」を与えてくれていた。

サメジマを中心としたルナツーの「輪」そこにジャックの居場所は確かにあった。

彼は少しだけ、ジオンに対する憎悪を忘れていた。

 

そして9月末、新たな転機が訪れる。連邦制モビルスーツ、ジムのルナツーへの実戦配備。

これにより多くのボールパイロットが引き抜かれ、連日ジムのテストプレイに明けることとなる、

必然的にサメジマのような熟練のパイロットは、現場を維持するためにジムへの移籍は後まわしとなり

抜けた部隊の分も働くことが要求された、10月末にはメカニック兼補充パイロットのジャックもついにお呼びがかかる・・・

 

ジャックは戦場に出ることで思い出していた。いや、思い出そうとしていた。ジオンにされた仕打ちを、憎悪を。

彼はあえて上司にそれを告げる。ジオンへの恨みを、故郷を失った悲しみを、奴等を地獄の業火で焼き尽くしてやりたいと。

 

サメジマの返礼、それは鉄拳だった。強烈な右フックが彼をマネキンのように吹き飛ばす。

痛みより驚きに固まるジャックの胸ぐらを掴んで怒鳴るサメジマ。

「一般人みたいなコト言ってんじゃねぇよ、ジャック・フィリップス!てめぇ軍人だろうが!!」

兄貴の初めて見た激情、それは怒り。軍人としての教育ではなく、教師が生徒に諭すでもなく

1個人ヒデキ・サメジマがジャック・フィリップスに向けた、彼に教えるべき大切なこと。

 

「お前はこれから戦争に行くんだ!敵を殺すんだ!その敵に家族がいないと思ってるのか!?」

ジャックはその言葉に血の気が引く思いを味わった。そんなジャックを見てサメジマも手を離す。

「・・・いいかジャック、仮に俺やエディが殺されても敵を憎むんじゃねぇ、それは軍人のすることじゃねぇよ」

「そんな!」

サメジマの兄貴が死ぬ、エディさんが死ぬ、また自分の居場所が無くなる・・・そんな、嫌だ、そんなこと!

「そん時は敵を褒めるんだよ、あのサメジマを倒すとはたいした敵だ、ってな。

そしてお前がその敵を倒して『奴は強かったぜ』って武勇伝にするんだ。それが殺された仲間や敵に対する敬意ってもんだ。」

 

「敵を・・・褒める・・・」

そんな発想は微塵も無かった。ただジャックの胸中深く、その言葉が染み込んでいった。

「俺たちは所詮、駒だ。コロニーを落とした連中も、上から命令されてやったにすぎん。

そんな奴等をいちいち憎んでいたらキリがねぇだろ、むしろ辛い任務をよくやったと褒めてやれ

戦場でもし、そいつらに出会ったら、お前の手で過去の罪を精算してやればいい。」

 

ジャックの中で何かが変わった、敵は憎まなくてもいい、憎くも無い敵を殺さなけりゃならない、それが軍人。

 

そしてその軍人ジャック・フィリップスが迎える初の出撃、それが新たな悲劇の第一歩だった・・・。



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第三話 青い閃光

「そんじゃ6時間後に出発だ、準備が出来たらよく休んでおけよ。」

サメジマにそう言われ、自室に引っ込む彼を見送って、ジャックは思う。

休めと言われても気分が高揚して寝られそうに無い、それでなんとか寝付いて

寝過ごしたら大事だ。

とはいえ準備は全て済んでいる、それは小隊はもとより母艦のサラミスの搭乗員全員がそうだった。

地球軌道周辺のパトロール任務、定期的な任務のため支度はルーチンワーク的に行われる。

今更特別なことがあるわけでもない。

 

つまりヒマだ。

 

母艦に搭載されている愛機ボールを見上げる、サラミスの主砲部を取っ払ってボールの架台を装着した艦、

まさか兄貴のあの案が採用されるとは、何事も常識にとらわれずに言ってみるもんだ。

しかし異形ともいえる主砲無しの巡洋艦に比べて、何かが物足りない、

そう、ボールがあまりにも普通すぎるのだ。もちろん開発当初に比べれば十分なバージョンアップは果たしているし

兄貴の注文に応じてガン・カメラやアクティブスラスター、内部のCPUには敵戦艦やモビルスーツのデータと

それに対応した照準システムを備えた、この「オハイオ小隊」スペシャルのボール。

しかしそれにしては外見があまりにも寂しい、このボールなら何か特別を感じさせる外観があってもいいはずだ。

 

・・・待てよ、兄貴の「サメジマ」って名前、確か日本語で「Shark island」っていう意味だったな。

海洋生物の中で最も危険な魚、古来の戦闘機にはエンブレムやペイントにも使われた生物・・・

彼の中であるアイデアがひらめいた、メカニックの彼が最も得意としていた仕事のひとつ。

「あと6時間・・・間に合うか?」

疑問を口にしながらも行動に出るジャック、生き死にを賭ける戦場への初出撃前、

思い立ったことはなんでもやっておいて損は無い、後悔という損は。

 

艦周辺のドックにサイレンが鳴る、発進30分前、各人員が慌ただしく行動を開始する。

サメジマやエディも自室から起き出して、ノーマルスーツとヘルメットを小脇に抱え、愛機に乗り込・・・

 

「なんじゃこりゃあぁぁぁっ!」

思わず絶叫するサメジマ、事情を知っている周囲の人員がくすくす笑う。さすが兄貴、いいリアクションだ。

彼らが乗る3機のボールには、その正面にデカデカとサメの顔がペイントしてあった。

一見凶悪そうな、しかしよく見ると愛嬌もあるその面構えにサメジマは大笑いし、エディは頭を抱える。

「お前の仕業・・・以外にありえんか、ジャック。」

未だ作業着で、全身にスプレーの吹き返しでカラフルに染まったジャックを見て言う。

「気に入らなければ剥がせますよ、ものの3分で。」

正確にはペイントシール、極薄のフイルムをボールに貼り付け、その上にペイントする。

ボールの形状に合わせた修正プログラムを組み、元絵をインストールしてペイント構成を決める

かつてサイド2でメカニックの師匠に教えて貰ったペイント方法、普通は自家用車に使うモノだが

兵器に使うのは多分初めてだろう。

 

「ダメだダメだ、はがすなよ絶対!これ俺たちの専用ペイントに採用決定だ!」

絶賛するサメジマ、最初の「ダメだ」が不採用で無いことにため息をつくエディ、周囲に拍手と口笛が鳴り響く。

 

 

「サラミス級シルバー・シンプソン、発艦!」

艦長の号令一下、1隻のパトロール艦がルナツーを起つ、所属のオハイオ小隊と共に。

ジャックにとっては最初の、サメジマにとっては最後の出撃に・・・。

 

会敵は意外に早く訪れた。地球軌道を周回しはじめてまもなく、ジオン軍の補給艦を捕らえるサラミス。

おそらく連邦軍の裏をかくためにあえてルナツーに近い宙域を航路に選んだのだろう、だが

狙いは良かったが運は無かった。本来ならミノフスキー粒子によって隠密行動がかなったのかもしれないが

丁度その航路上でパトロール艦と鉢合わせては意味が無い。

「敵艦捕捉!オハイオ小隊はすみやかに配置に付け!」

艦内にサイレンとアナウンスが鳴り響く、その中をノーマルスーツを装着しヘルメットを抱えた3名が

愛機に向かう、サメジマ以下2名。

ボールのハッチは宇宙船外にある。本来は主砲のメンテナンスのためのハッチから外に出る3人

ボールにつながるワイヤーを取り、自分の体を愛機に引き寄せる。ただ今日はいつもと違い

その愛機には勇ましい、そしてちょっと愛嬌のあるペイントがある。思わずニヤけるサメジマ。

古来よりこういうペイントは決して遊び心だけではない、搭乗者の士気を上げ、敵の戦意を削ぐ

その効果に一番便乗しているのがほかならぬサメジマ隊長だった。

 

「敵補給艦、定期急行便、エスコート無し・・・カモだ!」

ボールに乗り込み、敵輸送船をレーダーに捕らえながらそううそぶくサメジマ。

シャークマスクに当てられたか、ワルっぽい口調で状況を復唱する。そんないつもと違う隊長の口ぶりに

ジャックはノリがいいなぁ、と苦笑い。

 

しかしサメジマには別の真意があリ、エディもそれを理解していた。おそらくこの戦闘はほぼ

一方的な虐殺になる。そんな殺戮に初陣のジャックが付いてこられるか一抹の不安があった。

目前の補給艦は地球に進行したジオン軍が、占領下から略奪した物資や鉱物等をジオン本国に持ち帰るための部隊、

当然逃がすわけにはいかない、連邦にとって彼らは地球という家に押し入った強盗であり、持ち去られた物資は

やがて自分たちを攻撃する兵器や兵士の腹の足しになるのだ。

 

少し前なら威嚇攻撃で投降させ、拿捕するという戦法もとれただろう、輸送船の武装などたかが知れている

しかし今はモビルスーツがある、もしあの輸送船にザクが多数搭載されていたなら、たちまち立場は逆転する、

非情なようだが、初弾で致命傷を与え、モビルスーツを使う前に撃沈せしめる、それが自分たちを殺さない最良の作戦。

しかしボール1機に人員は1人、敵補給艦には100人前後もの人員が詰めている、だからこの戦闘は少数による大量虐殺になる

もし自分がそんな躊躇を見せれば、部下の士気にも影響する。特に初陣のジャックには。

 

 

「オハイオ小隊、出撃する!ブリッジ、舫いを解け!!」

その声を合図にサラミスから打ち出される3機のサメ顔ボール、顎は放たれた。

敵モビルスーツが発艦する前に初弾を打ち込めるかが勝負だ、迷わず一直線に輸送船に突入する。

それを知った輸送船は散開行動を取る、すなわちモビルスーツを搭載していないか、もしくは発進準備が出来ていない証拠、

サメジマは、そしてエディはこの戦闘の勝利を確信した、あとはあの坊やに引き金を引けるかだ。

彼を誘導するべく、サメジマはさらに芝居がかった口調で続ける。

「ふっ!散ったか、手遅れだ、ルナツーに近づきすぎた罪は重い!!」

照準器が輸送船を捕らえる、初段命中疑いなし!

 

その瞬間、サメジマのモニターに光の線が走った、エディやジャックのモニターにも同様に。

高速で、とてつもない高速で何かが機動している。ミサイル?いや違う。それは意思を持って

縦横無尽に動き回っていた、サメジマの背中に冷や汗が走る、ザクか?

すでに発艦してこちらを引き込んで迎撃するつもりか!・・・それも違う、それにしては輸送船を危険にさらしすぎる。

そこで思考を中断し、ザク用に開発した照準システムを起動する、詮索は後だ、とにかくザクを倒すことが最優先だ。

ザクの速力、姿勢により移動しようとする方向を追尾するようにプログラムされた照準が敵モビルスーツを捕らえる

が、ロックオンしたその瞬間、敵はすさまじい加速でその照準をぶっちぎる。こいつは・・・ザクじゃない!

「な、なんだ!?」

「まさか・・・ジオンの新型モビルスーツか!」

その青い閃光はすさまじい速力で機動し、ボールを翻弄する。相手も3機、しかし速力は完全にウサギとカメだった

勝ち目は無い、サメジマとエディはすぐさま悟った、この戦の敗北と、次に成すべきコトを。

「隊長!母艦を狙われる恐れが!」

「分かっている、撤退するぞ!!」

エディの声にサメジマが応える、そして合流、幸い初陣のジャックもこの状況に遅れずに集結できた。

3機は一目散にサラミスに向かう。敗走では無い、戦略的撤退。敵と味方の戦力差を見れば当然のことだし

母艦のサラミスを落とされるわけにはいかない、オハイオ小隊は3人だが、サラミスには120人から乗っているのだ。

加えてあれが敵の新型モビルスーツなら、この映像は貴重な資料となる。解析し、新たな対抗兵器やシステムを確立する

その為にも彼らはなんとしても生きて帰還する必要があったのだ。

 

「ようお疲れ。どうだった?戦場は。」

サラミス艦内の休憩室、サメジマの声に応える余裕も無く、青い顔で震えているジャック。

無理も無い、戦場は楽勝から絶対絶命へと急転直下した舞台、新型モビルスーツに殺される恐怖心に襲われ

仲間の足を引っ張らないようにするのが精一杯だっただろう。

「さぁて、帰ったら忙しくなるぞ。あの機体の分析して対応策を練らなきゃな。」

そう声をかけ、彼にドリンクを手渡す。自室に引っ込むサメジマはしかし、ひとつの疑問を振り払えないでいた。

 

-なぜだ、なぜあの速力の差で、俺たちは逃げおおせたー



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第四話 英雄退場

その後は特に会敵も無く、順調に2日間のパトロール任務を終ようとしていた。

しかし悲劇はここから始まる・・・

 

ルナツーのドックに入港し、下船のための準備を整えるオハイオ小隊の3名、

しかしすぐに3人が違和感に気づく、どこかルナツーの空気が違う。物質的な話ではもちろんない、

船の中からでも、ドック内で働く作業員の視線や表情が明らかに固い、一体何があったのか?

「・・・あ、ワッケイン司令、珍しいな。」

ジャックが言う、この基地の司令であるワッケインがドック内にいるのは珍しい。

しかも下船の通路デッキの先にいる、まるで誰かが下船してくるのを待ち構えているように・・・

 

サメジマは違和感を感じながらも、先頭を切って船を下り、デッキをまっすぐ歩いて行く

顔を見合わせながらエディとジャックがそれに続く。

「司令自らのお迎えとは光栄ですな、シルバー・シンプソン所属オハイオ小隊、只今帰還しました。」

やや固い笑顔を見せ敬礼をする、しかしワッケインは手を後ろに回したまま返礼をしなかった、

顔を伏せ、目線すら合わせようとしない。

「ヒデキ・サメジマ中尉、ならびに小隊所属の二名、このまま司令室に出頭のこと。」

そう言って背中を向けて歩き出す、要するに付いてこいという意味だろう。しかし一体何事か・・・

 

司令室で見た物、それは彼ら3人にとって血の気が引く映像であった。

 

-おめでとう連邦軍の諸君!我々はついに諸君もモビルスーツの開発に成功したという情報を入手した-

-しかし、喜びに沸く諸君らに、我々は悲しむべき事実を伝えねばならない!-

-兵器局発表!我々は主力モビルスーツ「ザク」を遙かに上回る新型機の開発に成功した!-

-EMS-10「ヅダ」である-

それはジオンのプロパガンダであった、そしてそこにある機体を3人は知っている。

今回の出撃で遭遇した、恐るべき機動力を誇る青い新型機!

 

-現在このヅダは、ジャン・リュック・デュバル少佐指揮のもと、最終試験を実施中である!-

-さぁ、この新型機の量産も間近だ!-

そこまで見て、一度映像を止めるワッケイン。

「・・・どう思う?」

「我々はこれと遭遇しました。敵のプロパガンダを認めたくはありませんが、これは事実です。」

サメジマが答える、今後はザクではなく、このヅダを相手にせねばならぬことを伝える。

「そうか。」

それ以上何も言わない、そしてワッケインは録画の続きを再生させる。

その後の映像を見たとき、彼らはこのルナツーに漂う空気の正体を知った。

 

 

-これは、先日の遭遇戦の際、わが軍の「ヅダ」が行った戦闘映像である-

それ以上の解説は無かった、また必要なかったとも言える。それはヅダとジオンの使用する観測ポッドの映像。

3機のヅダと、オハイオ小隊の戦闘、それは補足修正の無い、客観的な映像だった。それがさらに事態を悪化させる。

縦横無尽に飛び回るヅダに手も足も出ないボール、しかもそのボールはまるで3流アニメの悪役のような

サメの顔が描かれている、無力な輸送船を襲おうとした凶悪なサメと、それを蹴散らす青い騎士。

そして手も足も出ずに、すごすごと逃げ出す3匹のサメ、

誰がどう見てもこの映像における英雄はヅダであり、チープな悪役はオハイオ小隊であった。

ボールが逃走したあと、ヅダは虚空に向けてシュツルムファウストを発射する、それは信号弾。

つまりこの時ヅダは、実弾を持っていなかったのだ、それがオハイオが逃げたとき追撃がなかった理由。

 

「この映像が配信されたのは昨日のことだ、そして今日の朝一番に連邦政府から通達が来た、

この映像の事実確認をし、しかるべき処置をせよと。」

その言葉の意味をサメジマは、そしてエディは噛み締めていた。

 

-軍法会議-

 

今年初頭に始まったこの戦争、それは連邦にとって「悪のジオンを打ち倒す為の正義の聖戦」に他ならなかった。

コロニー落としによる大量殺戮、進行作戦による占領、略奪、治安の悪化、物資の欠如、インフラの低下

全てはジオンによって仕掛けられ、もたらされた悲劇であると。

「正義を持って悪のジオンを打倒せよ!」これは連邦全体のスローガンとして軍民問わず叫ばれていた。

だが、このプロパガンダはそんな風刺を一蹴しかねない、連邦はまだしもジオン国民がこれを見て

自らの戦意を高揚させるのは誰にでも想像が付く。

 

「敵前逃亡、利敵行為、それが罪状だ。ヒデキ・サメジマ中尉。」

あえてサメジマにだけそう伝える。それは処刑する人員を最小限に抑えようとするワッケインの配慮だった。

「承知、いたしました。」

敬礼を返すサメジマ。エディは唇を噛み、ジャックは思わず身を乗り出し、叫ぼうとする。

「そんな!あれは逃亡なん・・・」

「黙れ!」

サメジマがそれを一喝する、せっかくのワッケインの配慮を無駄にはさせられない。

それにこの映像は決定的だ、少なくとも安全なジャブローあたりであぐらをかいている政治屋どもにとって

自らの主張宣伝の妨げになると、綱紀粛正をヒステリックにわめきちらすのは容易に想像できる、

サメジマは、自分の命運が尽きたことを悟った。

 

 

-こうしてルナツーの英雄は、1本のプロバガンダによって命を落とした-

 

 

『そん時は敵を褒めるんだよ、あのサメジマを倒すとはたいした敵だ、ってな。』

 

 

軍人である以上、死は受け入れるべきもの、殺し合いが軍人の仕事なのだから。

しかし彼は強敵に殺されたわけではない、画期的な新兵器の餌食になったわけでもない、

政治家の都合と、敵の政治宣伝によって味方に殺されたのだ。

それでも、その死に顔に無念さは伺えなかった。

 

「ねぇ兄貴、俺は一体・・・誰を、褒めればいいんですか・・・」



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第五話 新たな顎

サメジマを葬った後、エディとジャックは同じ部屋に軟禁された。

エディはサメジマを悼み、ジャックは呆然と運命の非情さを噛み締めている、

何故、こんなにも俺にばかり理不尽が起こる。いや、俺の周りの人間が、か。

自分はひょっとして死神の類じゃないのか、そんな妄想までよぎる。

 

ふと、軟禁部屋に設置されている連絡用のモニターが写る、何事かと振り返るエディ

呆然とモニターの明かりで顔を照らすジャック。

 

-ジオンの皆さん、いつも素敵な放送をありがとう、さて、今回のお話は・・・-

 

連邦軍のプロパガンダだった。その内容はチープで馬鹿馬鹿しく、彼ら二人にとっては

子供だましにも見えない低レベルな「言い訳」だった。

 

-かつてこのヅダはザクⅠとの正式化競争に敗北してるというのです-

-しかし改良とは名ばかり、実は中身は全然変わってないというのです、ヤレヤレ、こんな機体が新型とは-

 

ジオンが流したヅダの優位性を見せる放送、それを否定するためにわざわざ作ったのか、このチープな放送。

呆れるばかりだ、ヅダがザクⅠより劣る?そんなことはありえない、実際に戦ってその強さを見てきた二人にとって

その放送があまりに間違ってることは疑いなかった。いくら自分たちの正義や優位をイメージさせるとはいえ

この子供の言い訳のような説得力の無い、しかも先日のジオン放送に即反応してこのお粗末さ、

そうまでして前の自分たちの戦いを無かったことにしたいのか!

 

 

-まぁオデッサの戦いが連邦の勝利に決した今-

 

その一言が二人を覚醒させた。オデッサといえばジオンの地球最大の拠点、そこに詰めている人員は

数万じゃきかない、そこがもし本当に落ちたのなら・・・

ドア前に詰め寄るエディとジャック。

「おい、見張り!本当か、オデッサを陥落させたってのは。」

ドアの向こうにいる見張りに声をかける。

「ああ、この基地静かだろ。さっきみんな出撃したよ。脱出した敵も相当数いるようだしな、七面鳥狩りさ。」

宇宙へ緊急脱出するならHLVと呼ばれるカプセルで打ち上げられるのが基本だ、詰めれば百人以上が乗れるそれは

悲しいかな地球軌道への脱出しか出来ない。

無抵抗の彼らの元に、ジオン印のタクシーが迎えに来るか、連邦印の狼の群れが来るか、全ては時間との闘いだ。

 

ジャックは思う。ジオンの将兵は確かに憎い、しかし抵抗も出来ないカプセルに乗った彼らを撃つことは

戦闘ではなく虐殺ではないのか?兄貴と同様、自分の死に誇りさえ持てない、恐怖と阿鼻叫喚に包まれた死。

むろん彼も分かっている、もし数万の将兵を見逃せば、彼らは再びジオン兵として自分たちを殺しに来る、

ただでさえ兵力数で優位な連邦がここで数万のジオン兵を叩けば、今後の戦争は一気に連邦側に有利になるだろう。

それでも・・・コロニー落とし、プロパガンダによる兄貴の死、そしてこの七面鳥撃ち、ジャックは改めて

戦争の非情さに身震いした。

思えば兄貴があれだけ精力的に動いてたのは、そんな戦争の非情さをよく分かっていたからじゃなかったのか・・・

 

3日後、軟禁を解かれ司令室に連行される二人。そこで受けた命令はやや意外なものだった。

 

「エディ・スコット、並びにジャック・フィリップス、両名は本日付をもって任務に復帰、

モビルスーツ、ジムのパイロットとして訓練を受けた後、しかるべき所属に当てる。」

ワッケインから言い渡されたのは罰則ではなく厚遇だった。なぜ、と聞く前に司令が続ける。

「あの青い奴、ヅダとか言ったな。オデッサに急行した4個小隊が、わずか3機のヅダに全滅させられた。

その中にはジム2個小隊も含まれている。」

ああ、そういうことか、と思う二人。あんなプロバガンダを打った連邦の愚かさは、当然の報いを受けたわけだ。

あれを見てヅダを舐めてかかった者もいるだろう、そうでなくてもザク相手のマニュアルでの戦闘じゃ

とても歯が立つ相手じゃない、火消しに慌てた宣伝は逆に火の粉をあおっただけだった。

「オデッサの脱出兵は9割ジオンに持って行かれた、千載一遇のチャンスを逃したわけだ。

当然、こちらとしてもモビルスーツを操る精鋭は一人でも多く欲しい、そういうことだ。」

ワッケインは最後にこう言い添える、それは二人にとって救いだった。

「サメジマがいたら・・・良かったんだがな。俺が言うことじゃないがな。」

それは故人に対する悼みでもあり、彼らに対する期待の表れでもあった、サメジマの意思を継ぐ者として。

 

 

翌日から彼らのジムパイロットとしての訓練が始まった。基本動作の習得、武器の使い方、加減速、方向転換など

しかしそれは思っていたより遙かに簡単な操縦だった、下手をするとボールより扱いやすいのではないか・・・

その理由は3日目からの実践練習で明らかになった。2対2のジム同士での実践形式、成績は10戦全敗だった。

とにかく思うように動いてくれない、操作が簡単な反面、出来ることが異様に少ないのだ。

モビルスーツを巨人のイメージで操作していたらジムはまともに言うことを聞かない、内部にプログラムされた

動作をルーチンワークのように組み合わせることによって初めてまともに戦闘できる。

 

整備員やパイロットを問い詰めて、二人はその原因を突き止めた。

このジム内に入っている動きのルーチンは、「RX-78ガンダム」というジムの上位互換機が実践の中で

学習してきたプログラムだったのだ。

ザクの脅威に合わせて開発されたモビルスーツは、何より「操作の簡単さ」がまず求められた。

事実、鹵獲したザクは調べてみると、その操縦の難しさに誰もが驚いた。

逆にそこに連邦軍の開発部は活路を見いだした、性能は互角でも、より操縦しやすい機体を作れば

短期間で実践に耐えうるモビルスーツとなる、その為にまずザクに圧勝できる強力なモビルスーツ

すなわち「ガンダム」を作り、その実践データを流用、量産機に使えるデータのみを抜き出し搭載する

これが連邦軍のモビルスーツ量産作戦「V作戦」の骨子だったのだ。

 

しかし現実にはそううまくいくものではない。ガンダムとジムでは出力が数倍違う、同じように重力下を走っても

ガンダムではスムーズに走ってもジムではぎこちない走りになる。

全身強靱なルナチタニウム合金のガンダムと、盾だけルナチタニウム合金のジムでは防御の姿勢も違ってくる

ガンダムなら盾で半身を隠していればいい状況でも、ジムなら全身を縮めてすっぽり盾に隠さねばならない。

「どうやら、俺たちのやることは決まったようだな。」

「ええ、何しろ俺たちはオハイオ小隊、あの兄貴の部下なのですから。」

エディの提案にジャックが答える、やるべきコト、兄貴が生きていたならこうしたであろうコト。

 

翌日から、ルナツーのメカニックは二人の無理難題に悩まされる日々が始まった・・・。

 



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第六話 裏ジャブロー

-ウゥゥゥゥゥーーーッ!ウゥゥゥゥゥーーーッ!-

-全戦闘員戦闘配置、各部署の隊長、艦長、および指揮官はブリーフィングルームへ至急集合のこと-

 

ルナツーに鳴り響く警報、全員が慌ただしく動く。特にメカニックは至急の出動に各兵装の準備に追われる。

エディは小隊長として会議室に行き、ジャックはメカニックの手伝いで自分のジムの最終チェックをする。

初出撃を迎える彼らのジム、しかし不安は無かった。

オハイオ小隊スペシャルのジム、見た目は普通のジムではあるが、その中身はCPUルーチンを徹底して組み直した

彼らだけの専用プログラム、幾多のテストを経てその動作性能を向上させ続けたジム。

そのシールドには、かつての雪辱を晴らすべくシャークペイントが施されていた。

願わくば、この戦闘であの青いやつと戦って勝ちたい、俺たちの顎であの高速のカジキをかみ砕いてやる!

 

やがてブリーフィングが終了し、各隊の長が部署に走る。ジャックの元にもエディが走ってくる。

「準備は!?」

「オールグリーンです、即行けますよ!」

「よし!」

それだけを話してサラミスに搭載されているジムのコックピットに乗り込む、詳しい話は乗ってからでも出来る。

 

「ジオンがジャブローを総攻撃?」

「ああ、ほんの少し前に掴んだ確かな情報だそうだ。本日15:00、ジオンの総攻撃があるってな。」

「それで、なんでこっち(宇宙)で出撃なんすか?しかもこんな突貫で総員出撃とか・・・」

確かに、今から出撃して地球降下しても戦闘には間に合わないだろう、そもそも全軍出撃しても

地上降下ができる舞台はほんの一握りのはずだが・・・

「ジオンにしてみりゃこれは天王山の一戦だ、地上に踏みとどまれるかどうかのな。これを阻止したら

奴等はもう地球から撤退せざるをえない。」

ひと呼吸おいてエディが続ける

「奴等にしたらまだ、負けても宇宙に撤退すればいい、って考えてるだろう。そんな奴等に、宇宙での連邦の

攻勢が始まった、つったらジオン兵はどう思う?」

「ケツに火が付きますね、ジャブロー攻撃どころじゃなくなるかも・・・」

「ご名答、つまりこれから地上にいるジオンに『嫌がらせ』の攻撃をするってことだ。」

理にかなっている、敵の後方を扼すのは戦術の基本だ、ということは・・・

「標的はジオンの小惑星基地、各隊がいくつかの敵基地を突いて敵を混乱させるのが目的だ、深入りするなよ。」

やはり、この戦闘はポーズでいいんだ。どうりで突貫の出撃になるわけだ。

 

 

「第6艦隊、サラミス級シルバー・シンプソン、出撃する!」

艦長の号令一下、二人を乗せたサラミスが発艦する。第6艦隊は彼らを含むマゼラン級1、サラミス級3、

ジム小隊6、ボール小隊4の中規模編成、目指すはソロモンの手前にあるジオンの小惑星基地、

敵要塞ソロモンの近場のため、長引けば援軍にこられて袋だたきに合う、かといって早期撤退すれば

地上のジオンへの牽制にならない、引き際の判断が作戦の成否を決める。

 

 

「ハロウィンのパーティでも始めるつもり、なのか?」

ひときわ不機嫌な表情で毒を吐くモニク・キャデラック特務大尉。後ろにいる士官、オリバー・マイ技術中尉は

言われると思った、という表情で首を振り、手持ちのタブレットを操作、詳細を表示する。

「MA-04X、モビルアーマー、ザクレロ。強力なスラスターと大出力の拡散レーザーを備えた機動型兵器です。」

ジオンの小惑星基地マドック、そこに603技術試験隊は停泊していた。試作兵器であるこのザクレロのテストの為に。

しかしそもそもこのザクレロという機体はすでに評価試験を終了している、不採用機体として。

同時期に開発されたモビルアーマー、ビグロとの正式化競争に破れ、テスト機のこれが残るのみだ、

ただ戦局逼迫のため、不採用であっても使える機体は使う、それは603が今まで何度も経験済みのことだった。

 

それだけにキャデラックはなおさら腹が立つ、603は兵器の姥捨て山か、リサイクルセンターとでも思われているのか。

同時に試作兵器を受領した604技術試験隊は地球降下用の兵器を受領したらしい、それが何かは知らないが

少なくともこんな面白機体ではあるまい。

彼女のセリフ「ハロウィン」は言い得て妙だった。その機体の前面は、そのまんまハロウィンに登場する

カボチャのお化け「ジャックオーランタン」の顔にそっくりだった。

外見が戦争における心理を動かすこともあるとはいえ、あまりにチープなデザイン、これを見て

連邦軍兵士は笑うことはあっても戦意喪失して逃げ出すことはあるまい。

 

「トリック・オア・トリートってか?そりゃいいや。」

当のパイロット、デミトリー曹長は全く気にしていないようだ、若く、ハンサムではないが気骨ありそうな面構えの青年。

彼自身、ずっとこの機体のテストパイロットを続けてきて、この機体がビグロに及ばないことは痛感している

しかし彼は気にせず、淡々とこのザクレロと付き合ってきた。それは彼が生粋の軍人であるように思わせたが

実際に深いところでは別の理由があった。

士官学校からずっと世話になった先輩士官、トクワンがそのビグロのテストパイロットを担当していたからだ。

ジャックにサメジマがいるように、デミトリーにはトクワンがいる、尊敬し、手本にするべき先輩が。

だからザクレロがビグロに敗れたのは不満ではあったが、仕方ないとも感じていたし、何よりここに至っては

ザクレロも実戦配備されるのだからそれも論外だ、自分の部署で、自分の兵器で、ベストを尽くすのみ。

 

マドックの基地内の電源が全て赤に切り替わる、そしてけたたましく鳴り響くサイレン!

「敵襲!敵襲ーーーーっ!」

反射的に動き出す全要員、全ての艦艇が、モビルスーツが、発進に向けて動き出す、

モビルアーマー・ザクレロもその例外ではなかった。

 

 

「各艦は敵基地に向け一斉射撃後、モビルスーツを展開して反時計回りに後退、待機宙域にて援護射撃!

モビルスーツは一気に敵基地に肉薄せよ!」

連邦軍艦隊が一列になって突進、敵基地の前で弧を描きつつ砲撃、ジムやボールを展開し離脱していく。

完全に先手を取れたようだ、うまくいけば陥落までもっていける。

「こちらジョージ大隊長、敵の反応が遅い、一気に仕留めるぞ!」

ジム・ボールの全体指揮を執るジョージ中佐の檄が飛ぶ、このまま敵モビルスーツが発進する前にたたければ理想だ。

基地に設置された主砲が反撃の雨を降らす、基地に詰めていた艦艇がゆっくりと動き出す、間に合うか・・・?

 

残念ながら一歩遅かった、直前でザク、そしてより重厚な体を持った紫色のモビルスーツが基地から次々と発進

玄関先でジム・ボールとの乱戦に突入する。

「ドムってやつか!」

「気をつけろ、火器や装甲はザク以上だ!」

「上等っすよ!」

エディとジャックのジムも乱戦に身を投じる、まずは動きを止めないこと、乱戦の鉄則。

無理に小隊編成の隊列を保つことは、相手にとっても狙いを定めやすくなる。バラバラに動く時は

いっそ徹底的にバラバラに動くべきだ、これもサメジマが残した戦法の一つ。

「エディさん、グッド・ラック!」

「生きて帰れよ、ジャック!」

 

 

声をかけると同時に2匹の鮫は逆方向に機動、エディはドムの小隊に突進、ジャックは基地とは逆方向から包囲

しようとするザク3機に向かって突撃、ビームサーベルを抜くと、すれ違いざまに一機のザクをなぎ払った。

連邦の部隊を包囲しようとしたザク3機には油断があった、また視界を広く持つ必要があったため、

自分たちに向かって単機で突進する相手にあまり気が向かない、誰かが倒すだろうという油断が仇となった。

すれ違ったジャックはサーベルを仕舞い、ビームガンを抜く。機動を止めずに弧を描いて残りのザク2機に迫る、

「くそったれえぇぇ!」

マシンガンとバズーカで反撃するザク、しかし二人とも遠距離兵器のため照準合わせに気がいって動けてない

足を止めることの愚かさを失念しているのだ。

ジャックはここでザクの頭部に向け起動する、兄貴によく聞かされていたザクの死角、それは上方向。

特に上方斜め後ろを取れば、ザクは方向転換に2アクションを必要とする、振り向いてる間に仕留める!

 

ジャックのジムが放ったスプレーガンは見事、1機のザクに命中。しかしもう1機は思い切った機動でビームを回避

そのまま弧を描いてジャックのジムに向かい、銃弾を浴びせる、ジムも懸命に起動してかわし、撃ち返す。

ザクのマシンガンはジムの大きな盾に阻まれる、シャークペイントが施されたその盾にすっぽり身を隠されてしまえば

ザクマシンガンではルナチタニウムの盾に穴をうがつのは困難だ、それがザクに腹を決めさせた。

弧を描く機動を止め、真っ直ぐジムに突進するザク、マシンガンを捨て、ヒートホークを抜く。

ジムは未だビームガンを持っている、サーベルを抜く前に接近して一撃を加えんと突撃!

 

しかし彼が相手にしているのは普通のジムではない、戦場での可能性を徹底的に検証し、新たな動作ルーチンを

書き加えたオハイオ小隊スペシャル・ジムなのだ。

ビームガンを持っていないと遠距離では戦えない、持っているとビームサーベルは使えない、ではガンを

持ってるときに敵に接近されたら?答えは明白。ビームサーベルだけが武器じゃない、左手には超硬度の鈍器。

突進してくるザクに真っ直ぐ盾を突き刺すジム、ルナチタニウムの板先を顔面に受けたザクは

そのまま頭部を胸まで埋め込まれ動きを止める、すかさずスプレーガンを至近距離から打ち込む!

 

 

「ぶはぁあっ!」

爆発するザクから離れ、大きく息をはき出すジャック。初の戦闘の緊張感から一瞬解放され、忘れてた息をつく。

いける、このジムなら俺でもジオンと互角の勝負が出来る、兄貴が残したスピリットで俺たちが育てたこのジムなら!

余勢を駆って次の標的を探す、彼がまず捕らえたのは基地から離脱しつつある大型輸送船、戦艦で無いなら

狙う価値は無い、と思った瞬間彼の目に入ったのは、その艦のハッチ付近に浮いているモビルス-ツ。

「青い・・・ヅダかっ!」

全身が熱くなる、何故輸送船にいたのかは分からない、はっきりしているのはアレが連邦軍にとって

脅威だと言うこと、そしてサメジマの兄貴を間接的とはいえ倒した機体であること。

-そん時は敵を褒めるんだよ、あのサメジマを倒すとはたいした敵だ、ってな-

兄貴の言葉が頭をよぎる、やってやる!アンタを褒めて、そして倒す!ヅダに向けて起動するジャックのジム。

 

その時だった、ヅダに引っ張り出されるようにして、黄色い機体が格納庫から引き出されてきたのは、

その異形の「顔」にジャックの背筋が凍り付く。

「なんだ・・・ありゃあ。」



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第七話 鮫と怪物

「ありえないんじゃないっすかねぇ、こんな発艦って!」

試験支援艦ヨーツンヘイムのハッチ前、ヅダの操縦席でワシヤ中尉はひとりごちる。

彼は今、ハッチから巨大なモビルアーマーを引っ張り出す作業にかかっている。

「ぐちぐち言うな、戦闘中だぞ、急げ!」

後方からモビルアーマーを押し出しているヅダのコックピットから、キャデラック特務大尉の檄が飛ぶ。

「へへっ!すいませんねぇ大尉、中尉。上官のお二方に手間かけさせちまって。」

特徴的な前歯を見せながら、ザクレロのコックピットでデミトリー曹長は苦笑いを浮かべる。

 

モビルアーマー・ザクレロ。タテ、ヨコ、高さ共に大型のそれは艦艇の中に収まるのには向いていない

だが、この手の機動兵器は、戦場の移動には燃料消費の観点から、どうしても艦に頼る必要があった。

牽引という手もあったが、試作兵器でありメンテやデータ収集が必要な都合上、無理矢理ヨーツンヘイムの

艦内に押し込められていたのが、急な戦闘では災いしてしまった。

モビルスーツなら架台の上に立ち、スラスターを受熱板に当てて反動で飛び出すのも可能だが

このザクレロを支える架台は無いし、スラスターの位置が低いので受熱板も当てられない、

結局、至急の発艦なら何らかの方法で引きずり出すしか無かった。

 

「そう思うなら戦果で示せ!」

キャデラックの注文に、デミトリーは目を光らせて答える。

「もちろんでさぁ、ここはまさに俺が、そしてコイツが望んだ戦場だ。」

艦から引きずり出されるザクレロ、その複眼のような切れ目が妖しく光り、スラスターが青い光を灯す。

そのコックピットのモニターには戦場の隅、連邦軍の艦隊が陣取る方向を捉えている。

「ザクレロ発進!目標、敵機動艦隊!!」

そのスラスターが火を吹き上げ、巨大なモビルアーマーは急速発進する。初の、そして理想の戦場に。

 

「ま、待てっ!」

ジャックは反射的にその黄色い巨体を追跡に入った。何故ヅダを差し置いてそいつを追ったのかは分からない

ただ、アレが見た目以上に危険な機体であること、そんな予感が彼を動かしていた。

しかし、ジムの速力ではとうてい敵わなかった、黄色い化け物にみるみる置いて行かれるジム。

その進む先を見て、ジャックの嫌な予感は確信に変わった、あいつは・・・ヤバい!

「拡散ビーム砲クーベルメ、発射準備!」

膨大なGに耐えながらスイッチ操作するデミトリー、4隻の連邦軍艦隊との距離がみるみる詰まっていく。

「みんな、逃げろーっ!!」

通信に向かって叫ぶジャック、もう止められない、惨劇が目の前にあった。

 

 

「敵、単機で急速に接近してきます!」

サラミス級シルバー・シンプソンの艦橋に報告が飛ぶ、その言葉の意味を咀嚼する前にコトは起こった。

「発射あーっ!」

ザクレロの口から前面に拡散ビームの花が咲く、それを照射したままザクレロは連邦軍艦隊のど真ん中を通り過ぎた。

5本のビーム杖は連邦軍艦隊の中を踊り、通過する。あっという間に離れていくモビルアーマー。

後に残ったのは、爆発するマゼラン級戦艦の艦橋、そして推進部、砲撃部・・・致命傷であった。

一瞬の閃光と共に、艦隊の中心で爆発する旗艦マゼラン、多くの兵士は何が起こったのか理解出来ないまま逝った。

それを最も理解したのは、ザクレロを追ってきたジムのパイロット、ジャックだったのかも知れない。

「全速で突っ切って・・・すれ違いざまに広範囲ビームで薙いでいきやがった、通り魔かアイツは!」

 

「うまく行ったぜ、減速、反転!」

ニヤリと笑うデミトリー、このザクレロの初の戦果がマゼラン一隻、上等だがまだまだ!

最高速と広範囲攻撃に特化したこのザクレロにとって、小回りがきくモビルスーツ戦は不向きだ。

しかし艦隊に対する突撃突破式のヒット・アンド・アウェイならこの機体は最適だ。

高速で機動中は照準もままならないが、戦艦なら的が大きいから照射しながら通過すれば運次第で命中する可能性大だ、

しかも今、連邦軍モビルスーツはこちらの基地に詰め寄ってきている。後方に控える艦隊がダメージを受けたとなれば

奴等も悠長に基地攻略に当たっているわけにもいかない、帰る船が無くなればいくら基地を陥落しても

ソロモンからの援軍に叩きつぶされるのみだ。事実、効果は絶大だった。

 

「マゼランが撃沈!?マジかよ」

「艦の防衛はどうなっていたんだ!」

「サラミスは無事なのか?」

「好機だ、連邦の犬どもを押し返せ!」

「603の試作兵器か?さすがオデッサの英雄!」

敵味方に飛びかう通信、戦場は攻勢が連邦からジオンに移りつつあった。

 

「いけぇっ!」

再度艦隊に突っ込むザクレロ、艦隊も応戦するが、戦艦に対して小さく、高速で機動するその的に命中弾は出ない

再び5本のビームが艦隊内を踊り、通過する。その姿を艦隊の真上で捉えるジャック。

通過したとき、1機のサラミスが爆発する、それは・・・ジャックの乗艦であるシルバー・シンプソン!

「野郎おおおおっ!」

すでに遙か向こうで光点になった黄色い悪魔を睨む、同じ艦の仲間が一瞬で消えた、またひとつ帰る場所を失った。

喪失感と怒りに満たされながら、しかしジャックは心の芯でひとつの言葉を思い出していた。

-敵を褒めるんだよ-

分かってる兄貴、やつだって単機で艦隊のど真ん中に特攻してるんだ、ひとつ間違えば認識もできない死だ。

勇敢さがあって初めて出来る戦法、なら俺は・・・

 

 

「敵機、再接近!うわあぁぁっ!」

残りのサラミスの艦内に悲鳴がこだまする、悪魔のようなモビルアーマーが三度、この艦に突っ込んでくる

すれ違いざまに放たれたビームは、今回は虚空を薙いだだけだった。もともと照準も付けずに撃っている、

残艦が少なくなれば命中率が下がるのも仕方ない、そんなことは折り込み済みだ。

機体を減速させて次の攻撃をアタマに描いた瞬間、デミトリーは妙なモノを見た、

自分の前を、同じ方向に飛んでいく機体、603の観測ポッドか?いや違う、こいつは・・・

相対的にまだそいつより速かったザクレロが「ソレ」を追い抜く、それは・・・

「連邦軍のモビルスーツ!なんでこんな所にっ!」

「いらっしゃい、待ってたぜ悪魔!」

相対速度がほぼ同じである以上、両者は併走状態になる、この間合いはモビルスーツの間合いだ!

 

「くたばりやがれっ!」

ザクレロの真上からビーム・スプレーガンを乱射するジム、全弾直撃し反射の火花が咲く、やったか!?

「何っ!?」

ザクレロの頭部は黒くすすけてはいたが、穴は開いていなかった。

「対ビームコーティングかっ!」

「マシンガンなら良かったんだがな、惜しかったなモビルスーツ!」

ジムに向き直り、右手のヒートナタを振りかざすザクレロ。

「くっ!」

盾でそれを受けるジム。通常の受け方では無く、下面から縦方向に受け止める、先のザクにも決めた打ち込み方、

エディとジャックがジムの操縦方法を研究する過程で、ルナチタニウムの盾の使い方は大きな研究材料だった。

これのみがガンダムと同じ強度を持つなら、その使い方次第で防御力も接近戦での戦力も非常に重要だ。

普通の盾の受け方をして早々に使用不能にならないようにする動きがオハイオ・ジムには組まれていたのだ。

 

しかしヒート・ナタも並みの武器では無い、刃の先端が盾に食い込んだ状態からナタを加熱し、ジムの盾を

溶かしながら斬り進んでいく。

ここでジャックは思い切った行動に出る。盾ごと左腕を回転させ、テコの原理でヒート・ナタを巻き込み、ひん曲げる。

薄刃な上に熱を通しているその刃は、横方向の力を受け折れ曲がり、熱を失う。内部で断線したのだろう。

宇宙の低温で急激に冷やされる両金属、特にルナチタニウムは加熱から冷却による固着が早い。

そのままヒート・ナタを取り込み、盾と鎌は溶接されたようにくっついてしまった。

刃がちょうど盾のシャークペイントの顎の根元で止まっているその姿は、まるで鮫がザクレロの腕に

食らいついているようだった。

 

「もらった!」

もう逃がさない、ビームサーベルを抜き、ザクレロに突き刺そうと振りかぶるジム。しかし次の瞬間大きく揺さぶられ、

木の葉のように振り回される。ザクレロがジムを振りほどくべく急激に方向転換したためだ。それでも両者は離れない。

「くそっ!ひっついてんじゃねぇ!!」

デミトリーも必死だ。ザクレロの機動力を持ってすればモビルスーツに取り付かれる心配などない。

しかしこういう形で食らいつかれてはやばい、あのサーベルで突き刺されたらコーティングも持たないだろう。

死にものぐるいで振りほどきにかかるザクレロ、必死に姿勢を直し、サーベルを刺そうともがくジム。

黄色い化け物とそれに食らいついた鮫、2匹はそのまま戦場を不格好なダンスで横断していく。

 

 

「曹長!」

ヨーツンヘイム付近からワシヤ中尉のヅダが飛ぶ。

「あの、バカ!」

基地周辺からエディのジムが機動する。

 

幾度かのダンスの後、振り回されながらもついにサーベルを刺さんと姿勢を取るジム、しかしそれはザクレロの

真っ正面での体勢だった。ザクレロも口内ビームをジムに向ける、外しっこない距離、どっちが速い!?

ジムのサーベルだ!しかしそれは命中直前で突っ込んできたヅダのシールドが受け止める、返す刀で発射される

ザクレローのビーム、直撃かと思われたが、別方向から高速機動してきた別のジムによって的をかっさらわれる

溶接された部分がちぎれ飛び、ジャックのジムを抱えて飛び去るエディのジム。

「ぐは、っ・・・エ、エディさん?」

「もう十分だ、撤退するぞ!」

「・・・え?」

分からない、もう少しであの悪魔を仕留められた。逃がせばまた脅威になる。しかも艦を半分失い形勢不利な

この状況で撤退は・・・

「あれを見ろ!」

ジオンの基地に目をやる、そこには小さな爆発の光芒が連鎖的に起こっていた。

 

「な・・・マドックが、沈む!?」

呆然と見やるデミトリーに、ワシヤが説明する。

「多分、内部に侵入されていたんだ、戦闘開始してすぐだろう、内側からやられたら手の打ちようが無い、

ここは引くぞ!」

「ぐっ・・・」

歯がみしながらもザクレロをヨーツンヘイムに向けるデミトリー。見ると基地に詰めていたムサイやパプアも数隻

離脱を開始している、残存するモビルスーツもそれに向かう、基地が無くなればそこを死守する意味は無い。

連邦軍もまた残った2艦のサラミスに撤収しつつあった。もともとポーズだけの小競り合いの予定だっただけに

基地を沈めたらそれ以上は望まないし、旗艦マゼランを沈められた以上、長期戦も出来ない、いい潮時だろう。

 

 

サラミスに取り付いて帰還の途に入る連邦軍、全員が戦死者に敬礼を送りつつ宙域を後にする。

ジャックはふと、自分のジムの盾に刺さったままの敵の刃を見やる。

同胞はこいつに殺された、憎むべき敵の刃。・・・いや、違うな。敬すべき勇者の牙の痕。

それを盾からもぎとり、その空間にそっと投げ落とす、その刃を見送って敬礼をし直す。

 

数時間後、ジャブロー攻防戦が連邦軍の勝利に終わった一報が入る、

ジャックもエディも、これから苛烈になる戦争の予感を感じていた。



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第八話 ソロモンの時間、前編

「大隊長就任、おめでとうございます。」

ジャックがグラスを掲げそう言うと、周囲の30人ほどから拍手が起こる。まぁグラスの中身は全員ただの水ではあるが。

「ありがとう、みんな。隊長としての責任を痛感するよ。」

薄く笑いながらエディ・スコット大尉がグラスを上げ、言う。

ソロモン決戦の直前、部隊編成に際しエディは前回の戦闘の功績が認められ、ジム・ボール大部隊の

指揮官に抜擢されることとなった、その記念顔合わせパーティ。

「まぁ特進、抜擢も当然ですよ、ドム5機にザク3機撃破ですからね。今やルナツーのエースだし。」

「しかしお前は曹長のままか、貧乏くじだったな。」

エディ大隊、その末席にはジャックも加わることになる。しかしエディは功績と抜擢の都合上

一気に大尉まで抜擢されたのに比べ、ジャックは元々雇われ軍属であり、正式な軍教育を受けていないことから

階級、立場共に変化無しだった。

「別にいいですよ、出世したくて軍に入ったわけじゃなし。」

かつては復讐のため、しかし今は自分の居場所と、無き兄貴の遺志を継ぐため、自分はここにいる。

「そういや聞いたか?お前がやり合ったあのモビルアーマー・・・」

「ええ、先日の戦闘であっけなく倒されたそうですね、あの「ガンダム」に。」

 

ジオン軍モビルアーマー、ザクレロ。先日の基地攻防戦において、ジャックと死闘を演じた悪魔。

その最期はあっけなかったものらしい、連邦軍のフラッグ・モビルスーツともいえるRX-78-2・ガンダムとの

遭遇戦で最期を迎えたそうだ、ものの30分もかからない戦闘で。

憎き敵ではあるが、敬意を払うべき強敵でもあった。それがいともあっさりと散ったことにジャックは

切なさを感じずにはいられない、そんなにも差があるのか、ジムとあの「ガンダム」には・・・

「そういやあのガンダムを乗せた戦艦も合流するらしいな、ホワイトベース、だったっけ?」

「ああ、司令も話してたよ。少年兵がほとんどのの部隊らしいが、各地で大活躍したらしいぞ。」

グラスの水をあおり、ひと呼吸置いてみんなを見回して言う。

「さぁ、俺たちも負けてられないぞ!そろそろ任務に戻ろう!」

「はいっ!」

全員が一斉に敬礼、散開する。ここは旗艦マゼランの中、本来は彼らも任務中だが、艦の指揮を執る

ワッケイン司令の計らいで設けた小休止の席、いつまでも浮かれてはいられない。

 

 

ルナツーおよび地球から出動した大艦隊、その中心に彼らはいた。いよいよ敵要塞ソロモン攻略「チェンバロ作戦」、

この決戦に際し、ルナツーをほぼカラにして出てきた。理由は一つ、ソロモンの陥落後、そこを前進基地にするため。

捕らぬ狸の何とかという者もいるが、連邦軍には確固たる勝算があった。

ソロモンの防壁は強固を極めている、中でも脅威なのが「ネズミ取り」と言われる自動選別攻撃装置。

無人のビーム砲台なのだが、基地表面や通路の各所に無数に配置されていて、しかも見えないように

カモフラージュされている。

識別信号を発していない機械が近づくと無条件で攻撃、撃滅されてしまう。戦闘がモビルスーツ戦に特化しつつあり

要塞攻略がモビルスーツによるアタックに準じるならば、このシステムは攻める側にとってまさに脅威だ、

基地に取り付いたジムは、敵モビルスーツと戦いながら、いつ別方向から狙撃されるか分からない恐怖にさらされる。

逆に敵はその場所を熟知している、誘い込んで十字砲火を浴びせるなど戦術はいくらでもある。

 

ジオンに潜入しているスパイから得たこの防壁を突破する方法、それに連邦軍はチェス盤を

ひっくり返すような方法を採用した。

-新兵器ソーラ・システム-

無数の集積ミラーを使い、ソロモンの外壁をネズミ取りごと焼き尽くし、そこから内部に突入しようというのだ。

敵がネズミ取りをあてにしているなら、敵部隊はソロモン表面からそうは出てこないだろう、それを逆手に取り

この新兵器で一気になぎ払ってソロモンを陥落させる腹だ。

 

「俺たち第三艦隊は時間稼ぎが目的だ、ただ手を抜いて敵さんにバレたら最悪、ソーラ・システムの展開前に

鏡を全部割られるってこともある、引っ越しの荷物を全部ルナツーに持って帰るハメになるぞ。」

エディ大隊のジム・ボールにエディの通信が飛ぶ、最終ミーティングは出撃前のコックピットでするのが恒例だ。

だが、エディの軽口にも笑う余裕のある者は少ない、各機体のモニターには、不気味な十字の要塞が映し出されている

猛将ドズル・ザビの守護する軍事要塞、さらに決戦ともなればジオンの名のあるエース達も出てくるだろう。

赤い彗星シャア、白狼マツナガ、深紅の稲妻ジョニー・ライデン、アナベル・ガトー・・・

現場の兵士にとって、この戦闘が上層部の思い描くような楽観的な戦闘では決してないのである

 

 

宇宙世紀0079:12月24日、ソロモン会戦が開始される。

連邦の先行部隊によりビーム攪乱幕を展開、要塞設置の主砲が無力化されたことにより、ジオンは艦隊を発進、

水際の戦力を分散させることに成功する。

第三艦隊のモビルスーツ部隊はいくつかに別れ要塞を襲撃、別働隊の第二艦隊がソーラシステムを展開するまで

時間を稼ぐのが任務だ。

「各人、時計合わせ。3・2・1・・・スタート!」

全員がシステムの、そして手持ちの時計のアラームを合わせる。今からきっかり一時間後、

ソーラ・システムが照射される。

それまで敵を要塞に釘付けし、時間直前に離脱する、時計を見ながらの戦いに緊張が走る。

その時に逃げ遅れると味方の武器で焼かれる羽目になる、かといって時間が来たからといって撤退する敵を

ジオンが放っておくはずも無い、敵との押し引きの間合いが鍵となる。

 

「エディ大隊、全機発進!」

大隊長の号令と共に、マゼラン1隻、サラミス5隻の艦隊からモビルスーツ・ジムとモビルポッド・ボールが

次々と発進、合計30機が隊列を組み、敵要塞の右上部分にむけて突進する。

他の艦からも次々にモビルスーツ等が発進している、遠目には特徴的な形状のペガサス級戦艦ホワイトベースの

姿も見える。彼らは別働隊、例のガンダムの活躍は見えないか、とジャックは思う。

「まぁいい、俺は俺の戦いをするまでだ!」

エディ大隊の先頭を切ってシャークシールドのジムが進む、その目標点の要塞部から、次々に光点が発進していく。

来た、敵モビルスーツ部隊、かなりの数、相手も大隊クラスか。

「フォーメーションα!攻撃開始!!」

ジャック含む前列の6機のジムが一斉にバズーカを放つ、クモの子を散らすように散開する敵モビルスーツ。

先行のジムはそこで分散、自分たちの隊列の中央に穴を開けると、二陣に控えていたボール6機が一斉に砲撃を開始する。

密集した状態での連続砲撃が次々とソロモン表面に着弾、そこでボールはブレーキをかけ停止、固定砲台としての

位置を確保する。

先行していたジムに続き、第三陣のジム・ボール部隊18機が突撃。ジムはマシンガン、ボールは近接戦闘型、

相手の懐に飛び込んで飽和攻撃を仕掛ける算段だ。

 

 

だがジオンもしたたかだ、ボールの砲撃に動揺せず、散開したザク・リックドム部隊が小隊ごとに連携、

手近なモビルスーツを包囲して叩きにかかる。連邦の機動&飽和攻撃vsジオンの連携攻撃、戦闘の空間に

ひとつ、またひとつ、爆発の光芒が咲く。

ジャックはすでに要塞表面近くまで来ていた。ビーム攪乱幕が充満しているため、スプレーガンや

ビームサーベルは使えない。残弾の尽きたバズーカを捨て、モビルスーツ用のマシンガンを装着

敵モビルスーツに銃撃を浴びせる。だが敵も動きを止めず、直撃を盾で巧みに防ぐ、こいつら・・・強い!

先日の攻防戦とは明らかに敵の練度が違っていた。操縦するのが困難なジオン製モビルスーツを

まるで手足のように使い、小隊規模で囲んで倒しにくる。

ドムがバズーカを放ち、ザクがマシンガンの死角からヒートホークをかざして接近、彼らはここで

目標の破壊を確信しただろう、しかしそれはジャックが仕掛けた罠!

突っ込んでくるザクに盾を打ち込む、モノアイスリットを丸ごと破壊するジムの盾。次の瞬間には

ザクはマシンガンの銃撃を浴び、爆発する。その刹那、機動したジムを別のドムのヒートサーベルがかすめる。

油断も隙も無い、一瞬の油断も即、死につながる。考える暇すら惜しんで機動し、戦闘のワルツを踊るジム。

後詰めの部隊の援護砲撃によりなんとかドム2機の追撃を振り切るジャック、そこで振り返り、戦場を見る。

 

明らかに押されている、砲台の役目を担うボール部隊は敵に接近されると危険度が増す、それを逆手に取り

ボールを狙うと見せて、フォローに入るジムを囲んで倒す。遠距離射撃を防ぐべく閃光弾で有視照準を狂わせ

ボール部隊に切り込むドム。やはり要所で機動力に劣るボールがアキレス腱となり、的確にそこを突いてくる。

「要塞表面に集結しろ!」

エディ大隊長の檄が飛ぶ、広範囲空間の戦闘は敵に一日の長がある、だが要塞周辺に迫られれば敵も

戦闘のみでなく防衛も意識せざるをえない、時計を確認、あと25分!持つか・・・?

足の遅いボールを先行させ、敵の攻勢を食い止めるジム達、その動きにさすがに敵も焦りを見せる。

一斉にソロモン表面に殺到する敵味方モビルスーツ。

 

 

要塞表面で味方を待つジャック。しかしその時、彼は背中に冷たい気配を感じ、振り返る。

要塞のハッチから、一機のモビルスーツが姿を現す。銀色に輝く、見たことの無い機体、新型か!

嫌な予感を感じ、即そのモビルスーツに特攻するジム、マシンガンを放つが、レモンのような形の盾に蹴散らされる。

次の瞬間、猛烈な勢いで機動する銀のモビルスーツ。あっという間にジャックとの距離を潰し、体当たりを食らう。

「ぐわあっ!」

ぶちかましを受け、吹き飛ばされるジャック機、次の瞬間にはそのモビルスーツが抜いた両刃のビーム薙刀が

ジムを胴薙ぎにしていた。

「ぬ、ビーム攪乱幕か、なるほど・・・」

銀色のモビルスーツ、ゲルググのコックピットで男が呟く。薙いだはずのジムの胴はまだつながっていた。

新型の機体、その性能に気がいって戦場の状況を把握しきれていなかった、攪乱幕がビーム薙刀の

威力を弱めていたのだ。

しかし彼の目的はジム1機の破壊ではない、戦場が膠着しつつあるのを見て、彼は指揮から戦闘に仕事を変えた。

大隊長である自分が自ら敵をなぎ倒し、味方を鼓舞し、敵の戦意を潰すために。

ジャックのジムを無視し、連邦軍部隊のまっただ中に突き進むゲルググ、マシンガンを猛射し、

ボールを、ジムを討ち取る。

 

「カスペン大隊長!」

「俺たちがやります、無理をせずに指揮を!」

ジオン部隊に合流したモビルスーツが声をかける、カスペンがそれに返す。

「私に気を遣ってる暇など無いはずだ、攻勢をかける機会を見逃すな!」

突如現れた強力な新型モビルスーツ、その存在に連邦部隊は明らかに動揺していた。もしあの銀色の機体が

次々と要塞から出てきたら・・・

「させるかあっ!」

銀色の機体が脅威と感じ取り、すかさず突撃するエディ大隊長のジム。こいつが戦場にいるだけで味方は萎縮する

しかし今こいつを倒せば状況は変えられる、敵のモビルスーツとのわずかなやり取りから、この機体の主が

この大隊の指揮官であることをエディは読み取っていたのだ。

マシンガンを撃ち、敵に突進するジム、ゲルググも受けて立つとばかりに機動、盾を前面に構えマシンガンを蹴散らし

ヒートホークを打ち込む、盾で受け止めるエディのジム。しかし出力の差がありすぎる、そのまま押し込まれる。

その接触を合図に周囲でも激しい機動戦となる、しかし士気の差は歴然。一機、また一機と落とされていくジムとボール、

もともと撤退する予定だっただけに、不利になると逃げたい衝動がどうしても沸く。それは練達の部隊相手の戦闘で

致命傷になる隙だった。

 

ゲルググに押し込まれ、どんどん要塞から遠ざかるエディ隊長のジム、目の前で自分の部下が次々に戦死していく。

「くっそおぉっ!」

食い込んだヒートホークごと盾を捨て、ゲルググをいなして戦場へ向かう、それは大隊長としての責任感、

しかし機動力で勝る敵に背中を向けることは自殺行為に等しかった。

追撃するゲルググはあっという間にジムに追いつき、とどめの一撃を加えんとす。

その時、カスペンは目の前のジムの陰から、勢いよく特攻してくる別のジムを発見した。

「野郎おぉぉぉっ!!」

ジャックがゲルググに吠える、エディを救うため、コイツにさっきの借りを返すため、戦場のど真ん中を突っ切ってきた。

ゲルググに体当たりを食らわすジャック・ジム。間に盾を挟み、サメの顔のペイントをゲルググのモノアイにたたきつける。

「すまん、ジャック!頼むぞっ!」

ゲルググをジャックに任せ、主戦場へと飛ぶエディ機。時計を確認、ソーラ・システム照射まであと3分!

間に合うか・・・?



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第九話 ソロモンの時間、後編

「てえぇぇぇいっ!」

盾を内から外に薙ぐジャックのジム、カスペンのゲルググの胸元を盾先がかすめる。

その反動をアンバックに振り分けて宙返り、スラスターの噴射を合わせて

一気にゲルググの背面に回り込む。

「ぬん!」

腕の振りで後ろに向き直り、ヒートホークを打ち下ろして反撃するゲルググ、

しかしそれもジャックに、いやオハイオ・ジムには織り込み済みだ。

サメ顔の盾で受け止めると、それをいなし捌きつつ反転して蹴りを入れる、かろうじて盾で受けるゲルググ。

 

「くっ!」

カスペン大佐にとっての誤算は3つあった。ひとつは最新型モビルスーツ、ゲルググの操縦にまだ馴染みが薄いこと。

操作自体はザクと同じだが、反応速度や操縦桿の遊び、取り回しはまるで別物であり、違和感はぬぐえない。

2つにはこの宙域にまき散らされたビーム攪乱膜、ゲルググの特徴であるビームライフルやビーム長刀などのビーム兵器が

軒並み使えなくなっていること、やむなくザクの武器を携帯して出てきたが、照準も握りの感覚も合わない。

しかし彼にとって、そんな戦場での不都合など論じるに足りないことだった。

 

3つめ、この目の前の連邦軍モビルスーツ・ジムの、そして操縦者の恐るべき技量、これこそが脅威だった。

先読みをし後の先を取る、いわゆるニュータイプとは違う。とにかく先に動いてこちらに何もさせずに制圧を狙ってくる

その為の動きのバリエーション、行動ルーチン、普段からの練度がうかがえるというものだ。

防戦一方になりながらも、カスペンは冷静に反撃の機会をうかがっていた。

「あの盾を振り回すのが行動の起点になっておるな・・・そこから次の行動を読み違えなければ!」

何度目かの盾の大振りから機動をかけるジム、その瞬間にゲルググも動く。読み違えなければ性能はこちらが上なのだ!

 

ゲルググをジャックに任せ、ソロモン表面で戦闘する仲間のもとに向かうエディのジム、もうソーラーシステム照射まで時間がない。

すでに味方は片手で数えるほどに撃ち減らされていた、敵のモビルスーツ部隊はいまだに20機ほど健在、このままでは全滅も

時間の問題だ。部下たちを助けなければ!ここでエディは思い切った行動に出る。

「全員退避!ソーラーシステムが来るぞーっ!」

通信に絶叫するエディ、「通常回線」を「開いた」状態で、つまり味方のみならず敵にも聞こえるように。

敵味方が一斉に反応する。しかし連邦とジオンでその解釈は全く違っていた。

かろうじて生き残っている連邦兵、つまりエディの部下たちは、このままここに留まって戦闘を続けることが

確実な死を意味することを知っている、味方の攻撃によって。

ジオン兵にとっては違っていた。彼らはソーラーシステムの詳細を知らない。聞きようによってはここに連邦の新手が

来るようにも取れる。何より彼らの任務はこの地点の防衛、何が来ようと迎え撃ち、阻止するのが任務。

 

 

一斉に離脱するジム3機とボール2機、ザクやリックドムの多くはその場にとどまり、周囲を警戒する。

 

しかし反射的に逃げる敵兵を追おうとする者もいる、ザク3機とドム1機、その真っただ中に特攻するエディのジム。

追撃をしようとしていた所に、カウンターの体当たりを食らい激しく弾けるジムとザク、その自殺行為にも見える体当たりに

異常な空気を感じ、動きを止めるほかの追跡者たち。

システムのいくつかに異常を感じながらも、盾を振り回して白兵戦の機動を始めようとするエディ・ジム

しかし思うようには動けなかった、肝心の盾をさっきのゲルググの戦闘で捨ててきていたために。

次の瞬間、ドムのヒートサーベルがジムの腹を貫く、それを引き抜いた瞬間、別のザクのマシンガンがジムに集中する。

爆発までの数舜の間、エディは部下を少しでも逃がせたことに、ささやかな満足感を感じていた。

「ここまでか・・・ジャック、生き延びろよ・・・」

ソロモンに小さな爆発の光芒が咲く。そしてそれがまるでマッチを擦ったように、ソロモンの一角が明るく照らされていく。

 

カスペン大隊の精鋭たちは、何が起こったのかも分からぬまま、発生した太陽に焼かれ、溶けていった。

 

 

ジャックが何度目かの機動を開始した瞬間、ゲルググは腰からあるモノを取り出し、背後に放り投げる。

激しく機動してきたジムが、ゲルググの背後を取った時、それと接触する。

ザク用の兵器、クラッカー。モビルスーツサイズの手榴弾。

「しまっ・・!」

言葉を紡ぐ暇もなく、至近距離で爆発するクラッカー、吹き飛ぶジムに追撃の斧を振り下ろすゲルググ、勝負あった。

システムに甚大な被害を受け、パイロットも衝撃のGで激しく揺さぶられ、意識を飛ばす。

「手ごわかったな、褒めてやろう。」

とどめの一撃を加えんと構えるゲルググ、しかしその時、妙な光が視界に入る。

思わずふりむくカスペンは、信じがたいものを見た。

「な・・・」

ソロモンが輝いている、要塞の一角が、まるで太陽のように。わが精鋭たちが死守している区域が。

その光にあてられるように、失神したジャックが一瞬、意識をともす。

「ソーラーシステム・・・」

その光が消え、宇宙が再び闇に包まれるのに引き込まれるように、再び意識を閉じるジャック。

彼が最後に聞いたのは、一般回線から聞こえる、野太い声の軍人が絶叫しながら部下の名を呼ぶ悲鳴だった・・・

 

「リック小隊長!フレーゲル中隊長!応答しろ!ザガート軍曹っ!どこだあぁぁぁっ・・・」

 

 

懐かしい顔を見た。

叔父や叔母、その周囲の面々。故郷シドニーでの気の合う仲間、旧友たち。

働きに出てたサイド2、アイランド・イフィッシュの工場の仲間、口うるさい上司、同い年の片思いの女学生、

そしてサメジマの兄貴、サラミス級シルバー・シンプソンの乗員たち、その傍らにはエディ・スコット。

そんな大勢の集団が無表情でこちらを見ている。

ふと、一人の男がジャックの横を通り過ぎ、その集団に向かって歩いていく。

背筋の伸びた、少しやせた金髪の軍人。堅苦しい面もあったが、深い情を持つ司令官。

「・・・ワッケイン司令、エディさん、どうして、そっちに・・・」

彼らは遠ざかり、光とも闇ともわからぬモヤに包まれ、そして、消えた。

 

ジャックは目を覚ます。涙はなかった、ただ深い深い喪失感だけが彼を包んでいた。

上半身を起こし、辺りを目にする。、周囲には無数のベッドとその上に寝る患者。

「おっ、目が覚めたか。」

医師が声をかける、枕もとのカルテを手に取り、言う。

「お前さんは外傷は無かったよ、意識さえはっきりしてればもう大丈夫だ。」

「・・・ここは?」

「ソロモン、改めコンペイトウ、つまり連邦軍の占領基地だよ、その医務室だ。

ああ、戦闘は連邦が勝ったのか、と思うジャック。しかし自分の部隊は・・・聞こうと思ったが、この医師が知るはずも無いだろう。

そのままベッドから起きだし、医務室を出るジャック。

医務室の外は各人が慌ただしく動いている。占領したばかりの敵基地、彼らにもやることはいくらでもある。

彷徨った末、コンソールルームを見つけ、個人情報を画面に出す。

 

『エディ大隊長、エディ・スコット:戦死』

『第三艦隊司令官 ワッケイン:任務中、テキサス・コロニー方面』

 

 

・・・え?

一瞬の驚きの後、悲しみと安堵の両方の感情が押し寄せる。

サメジマの兄貴の意思を共に継いできたエディさんの死、それはソロモンがソーラーシステムで焼かれたのを見た時から

覚悟はしていた。実直で責任感の強い彼なら、あの場に部下を残して生き残ったりはしないだろう。

きっと部下をかばって逝ったろう、その姿を想像して目頭が熱くなる、兄貴とは違った意味で立派な人だった・・・。

 

ただ、嫌な夢を見た後だけに、ワッケイン指令が健在なことに安堵していた。

思えばルナツーで自分がかかわってきた人物では、もう彼くらいしか印象に残る人物はいなかった。

戦場の後方でふんぞり返っている偉いさんなど知ったことではない、ただ彼だけには生き残ってほしい。

戦争が終わって後、上層部として活躍するのは、ああいう人であってほしかった。

そのまま部屋を出て、自分の部隊の待機室を探しに歩いていく。

 

後に残ったコンソールの画面が、自動更新され、表示が切り替わる。

 

『ー第三艦隊司令官 ワッケイン、戦死ー』



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第十話 掌からこぼれる水のように

「諸君らの階級、所属は以上だ、なにか質問は?」

ソロモンのブリーフィングルームにて、壇上に上がっている指揮官から、部屋に座ってい

る30名ほどの士官に通達がなされる。

ジオンとの最終決戦と目されるア・バオア・クー攻防戦、「星一号作戦」に備えた最終部

隊編成、その会議場。

その一角にジャック・フィリップス「少尉」もいた。ほんの5分前から彼はこの階級と、自らの部隊の隊長を任じられた。

付く部下は5名、自分を合わせて6名の中隊クラス。彼に限らず、先のソロモン攻防戦の生き残りはほぼ全員が

先任として隊長クラスの地位に就くことになる。

 

それは連邦軍の如実な人材不足を示していた。もともとこの戦争は最近までジオン優位に進んでいた、それは

モビルスーツ等の兵器の差が主な原因であった。そこで連邦は兵器、特にモビルスーツの大量生産を重視してきた。

事実それは功を奏し、戦場をわずか数か月で地球から一気にジオン本国手前の月面周辺まで押し返した。

だがいくら兵器がたくさんあっても、それを動かす人間がいなければ意味がない。コロニー落としから初期の劣勢で

兵士の絶対数不足は軍にとって深刻な問題ではあった。そんな中、実戦経験者である彼らは連邦軍にとって

貴重な戦力であったのだ。

 

「質問がなければ、兵士の振り分けに入る、入ってきたまえ。」

後方のドアが開き、広くとられた部屋後ろのスペースにぞろぞろと人が入ってくる。会議のさ中、廊下で待機していたらしい。

しかし入ってきた彼らを見て、その部屋にいた先任パイロット達は驚きを隠せなかった。

あどけない顔、華奢な体、似合わない軍服、そう、子供だ。明らかに軍に所属し、戦争をする年齢には見えない。

100人以上が入室してきたが、おおよそ軍人らしい人間を探すのが難しいレベルだ。

「司令!こりゃ・・・なんの冗談ですか。」

年長の士官が壇上の人物に問う。無理もない、この士官の息子でももう少し年がいっているだろうから。

「彼らはみな、シミュレーションで上位の成績を収めた優秀者だ、志願兵だから意欲も高い。」

「そんな問題じゃねぇでしょうが!」

別の士官が吐き捨てる。なるほど、確かに若いと対応力も高いだろう。シミュレーションなら頭の固い大人より

彼らのような若者のほうが好成績をあげられるのも無理はない。

しかし戦争で部下として使うということは、彼らに「死んで来い」と言うことすらあるのだ。

まだ20年も生きていないような子供を戦火に放り込むというのか・・・

 

 

「彼らには志願した理由がある、ジオンを打倒したいという共通の認識が、な。」

司令の言葉に息をのむ士官たち。なるほど、彼らはジオンに恨みがある、つまり家族や友人、近しい人を

この戦争で亡くしているのだろう。

だが、だからといってやはり前途有望な彼らを前線に出すのは気が引ける。そんな空気を読み取ってか、こう続ける司令。

「決戦での戦力比は10対1と想定されている、とにかく数で圧倒する必要がある以上、人員は必要なのだよ。」

戦力差10対1、それはもう戦闘にもならないほどの圧倒的大差である。この物量作戦をもってすれば

敵の戦意を削ぎ、ろくに戦闘にならずに勝つことも十分ありえるだろう。

ただ、それにはまがいなりにもモビルスーツが動いてなければ意味がない、無人操作で戦闘できるような

機体は今の連邦にはないのだから。

「では、振り分けに入る、名前を呼ばれた士官は起立、そのあと呼ばれた新兵は起立した士官のもとに行くこと。」

「「はいっ!」」

「リチャード・アイン大隊長!所属兵、ニック・ノーマン一等兵、アルフ・リキッド軍曹・・・」

次々と名前が呼ばれ、起立した士官の机に少年たちが集まってくる。

「次、ジャック・フィリップス中隊長!所属兵ビル・ブライアント軍曹、キム・チャン一等兵、サーラ・チーバー一等兵・・・」

 

振り分けが終わり、それぞれの隊が個室に移動してブリーフィングを始める。

「ジャック・フィリップス少尉だ、30分前からな。じゃあ、時計回りに自己紹介を。」

ジャックに促され、順に紹介を始めていく。

「ビル・ブライアント軍曹です。ジム搭乗、隊長もずいぶん若いっすねぇ、俺19ですけど、いくつ?」

5人の中では比較的、軍人に見える長身の青年、とはいえ軍人を基準にすると単なるチンピラにしか見えないが。

「キム・チャン一等兵、ボール搭乗、17歳です。」

眼鏡をかけた、背の低い少年兵、色白で少し小太りな、戦うイメージが全く見えない。

「サーラ・チーバー、ジムのパイロットです。18ですけど、ご不満ですか?」

ブロンドの髪を目の前でかき分け、見下ろす長身の少女。これまた生意気そうな、そして扱いにくそうな娘だ。

「マリオ・サンタナ一等兵、ジム、17!」

それだけ言うと着席する、浅黒い肌の少年。礼儀正しいのか緊張しているのか・・・

「・・・あの、ツバサ・ミナドリ二等兵・・・ボール搭乗、16歳です・・・。」

最後におずおずと挨拶をする内気そうな東洋系の少女、なんとも頼りないこのメンバーの中でも一際頼りない・・・

 

「ちなみに俺は18だ、同じ世代だが、不満があるか?」

全員の紹介が終わってから、最初のビルの質問に答えるジャック。彼の意図は見え見えだ、かつて俺が最初サメジマの兄貴に感じた

頼りなさを感じ取っているのだろう、あえて挑発を向けてみる。

「年下っすかぁ!ま、いいや。戦場では己の腕ひとつですからね。」

「そうね、自分の身は自分で守らないと、ね。」

ビルとサーラが返す。暗にお前の指揮に従って命を落とすのは御免だ、と言っているのだろう、頼もしい限りだ。

だが2人に勝手をさせれば、他の3人がどうするか困るだろう。彼らを死なせないためにも統率は必要だ。

思えばサメジマの兄貴やエディさんもこんな苦労をしていたんだろうなぁ、彼らなりのやり方で。

 

 

ソロモンから艦隊が発進する、いよいよ星一号作戦の開始だ。一列に並べればソロモンからア・バオア・クーまで

繋がるのではと思うほどの大艦隊、搭載されているジムやボールの数もすさまじいものだ。

そんな中、ジャック中隊は突貫訓練を行っていた。艦隊速度が安定した時点で艦を出て、実戦形式の戦いをする。

6名の中隊なら、うち3名を率いる小隊長も必要だし、自分が戦死した時の指揮官代理も決めておく必要がある。

その資質を実戦練習で見極め、また彼らにもシミュレーションではない実機の操作を決戦までに身につけねばならない。

 

最初はジャックがキム、サーラ、マリオの3人と対戦。

もちろん結果はジャックの圧勝だった。3人とも少しは搭乗経験もあるようだが、まだまだ戦場に出せるレベルではない。

サーラもマリオもまだまだジムの基本ルーチンすら使いこなせていない、特別ルーチンを開発、搭載し、実戦で鍛えてきた

ジャックのジムとは比較のしようもなかった。キムの機体はボールだが、練度はそこそこの線に行っていた、小隊長候補かな。

彼らが母艦に補給に行くと入れ替わりに、ビルとツバサがやってくる。ジャックは気が付かなかったが、ツバサにはすれ違う時に

ビルとサーラが軽くコンタクトを交わしたように見えた。

「あ、あの二人、もしかして・・・」

 

「さて、お手並み拝見と行きますよ、中隊長殿。」

ビルは自信満々だ、性格からくるのだろう。ただ戦場という場においてこの性格がうまくハマれば伸びる可能性は十分ある

対戦をこの組み合わせにしたのも、ビルの自信家っぷりの影響を気弱そうなツバサにも受けてほしかったから。

ジャックはいつの間にか、彼らの隊長であることを自覚し始めていた。ルナツーからこっち、周りはみんな先輩で

誰かに何かを教えることなどなかったから。

この訓練が終わったら、サメジマの兄貴に教わった大事なことを5人に教えてやろう。

敵は恨むものじゃなく褒めるものだということ、殺しあう相手だからこそ、それは大切なこと、自分の人生を後悔しないために。

 

なるほど言うだけのことはある、ビルのジムの練度は5人の中でも飛びぬけていた。基本ルーチンをうまく使いジムをぶん回す、

これでサポートのツバサがうまく動けばジャックも不覚を取りかねないだろう、それを見越して接近戦に持ち込むジャック。

こうなるとさすがに練度の差が出る、ダイナミックなアンバックを駆使してのトリッキーな動きでビルを翻弄、彼の背中に

ペイント弾を打ち込む。

「くっ、くそおっ!」

「自分一人で何とかしようとするからだ、援護砲撃できるボールがいるんだから、たまに距離をとってその機会を作れ。

あとツバサはもっと動け、戦場では静止してると的になるだけだ。」

「は、はいっ・・・」

「じゃあ、もう一回いくぞ、お前らの機体がペイントで真っ赤になる前に一本取って見せろ。」

「イエッサー!」

「はいっ!」

たった一回の訓練で、ビルは少し従順になり、ツバサは強い返事ができるほどにはなった。そう、1の実戦は時に

100のシミュレーションを上回る価値がある、ジャックは今まで感じたことのない充実感を覚えていた。

 

 

―そしてその時、宇宙が輝いた―

 

 

その恐るべき野太い光の筒は、連邦軍艦隊のど真ん中を通過していく、恐るべき破壊と殺戮を伴って。

直径数キロ、長さ100キロにも及ぶ超巨大レーザーが、艦隊のど真ん中を焼き払って行った。

その光景にジャックも、ビルも、ツバサも、言葉を失った。確実なことは一つ、連邦軍艦隊の大部分が

壊滅したということだけだった。

 

突然、高速でその艦隊に機動するビル。

「うわあぁぁぁーっ!サーラ、サーラあああっ!」

絶叫しながら艦隊に向かうビル、明らかに取り乱している。その態度が逆にジャックを落ち着かせた。

「おい、待てっ!」

消滅した艦はともかく、ダメージを負った艦に不用意に近づくのは危険だ。止めに走るジャック。

「やっぱり・・・あの二人・・・」

ツバサは冷静に、しかし悲しい声で二人を見送る。

 

「サーラ!どこだ、返事しろおぉぉっ!」

爆風の熱波が残る空間で、サーラの姿を探すビル、しかし当然ながらどこにも見えない。

無理もない、彼らの母艦は艦隊のほぼ中央、つまり巨大レーザーのど真ん中あたりにいたのだ。

「落ち着けビル!この空間は危険だ、避難しろっ!」

すぐ右に半分吹き飛んだサラミスがいる、いつ大爆発してもおかしくない。ビルのジムの腕をとり、その場を離れるジャックのジム。

「離せ、離してくれっ!サーラが!サーラが・・・うわあぁぁぁぁーっ」

爆発するサラミス、その余波で少し前までいた空間が炎に嘗め尽くされる、まさに間一髪だった。

 

ツバサと合流する二人、ビルは未だに嗚咽を洩らしている。強気な彼にもこんなに脆い一面があったのか。

もっとも彼の態度を見れば、ビルとサーラの関係は容易に想像がつく。恋人同士か、それに近い関係だったのだろう。

それが戦争、愛しい者が簡単に消え去るからこそ・・・

「あ、あれ・・・?」

ジャックは自分が泣いていることに気づいていなかった。過去に故郷の仲間や兄貴が死んだ時にも涙はあった。

しかし今回は違う、彼らは自分が守るべき、そして大切なコトを伝えるべき部下だったのだ。

サーラ、キム、マリオ、この3人を失った事実、それはまるで掌ですくった大切な水が手の隙間からこぼれていくように

止めようのない悲劇を悲しむ感情だった、覆水を止められない自分の無力さを噛みしめる涙・・・

 

ジャックはソロモンで聞いた、銀色のモビルスーツ乗りの指揮官の絶叫を思い出していた。

あれほどの軍人でも部下が死ぬのは身を切られるように辛いのだ。

ジャックは声を上げずに、黙祷してさめざめと泣いた。短い間だったが、決して忘れたくない俺の初めての部下。

彼らを失った喪失感、それは「過去」ではなく「未来」の自分の居場所を削り取られたようだった・・・。



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第十一話 光芒の星々をすり抜けて

―ソーラレイ―

 

 

ジオンの最終兵器、コロニーそのものを砲身とした超巨大レーザー。

ジオン公王デギン・ザビを乗せたグレート・デギンもろとも連邦軍艦隊を薙ぎ払ったその一撃は

連邦主力の4割をもぎ取っていくという大戦果を、そして悲劇をもたらした。

圧勝のはずの星一号作戦は一転、どちらに転ぶかわからないほどの戦力の拮抗を招いた、未だ数的には連邦有利とはいえ。

しかし、ギレン・ザビ以下、ジオン首脳は正しく理解していなかった。このソーラレイで数的不利を覆したツケが

連邦軍全体に憎悪となって刻み込まれたことを。

数で圧倒し、降伏したものには寛大な処置をしえた思考から、憎しみに塗りつぶされた復讐戦と化したことを。

上は指揮官から下は前線の兵士まで、ジオン憎しの意識を燃え上がらせたことが、のちの悲劇につながることを。

 

戦艦マゼランの兵士待機室、その一角に座り込み、俯いて床を見つめる兵士がいた。涙は枯れ果て、その瞳は憎悪に燃える。

「ジオン・・・許さねぇ。皆殺しにしてやる。ぶっ殺してやる、一人残らず・・・」

ビル・ブライアントが最愛の人を亡くしたのはほんの十数時間前、最後に交わした言葉は、ジムの訓練中、隊長ジャックに

こてんぱんにノされたサーラに「カタキはとってやるぜ」と冗談めかして送った通信だった。

返信はなかったが、彼女のジムが親指を立てて合図したそのポーズが、その奥のコックピットにいる彼女の表情を

浮かび上がらせる、がんばって、と。

そのサーラは見ていただろう、彼が結局ジャックに及ばなかったこと、そしてそれを決して残念には思わなかったことを。

無事に帰ったなら、「やるじゃない、ウチの隊長クンも。」などとウインクを投げて言われただろうことを・・・

 

ジャックはそんなビルの前に立ち、かける言葉を探していた。ジャック自身アイランド・イフィッシュの仲間、

シドニーの家族、尊敬する兄貴、先輩、そしてつい先日には長く世話になった司令官さえ失ってきた。

しかしただひとつ、恋人を亡くした経験はなかった。その悲しみがいかほどか、それを推し量ることはできなかった。

あるいはそっとしておくべきかもしれない。戦場において彼の憎しみがプラスに働くこともまた否定はできない、

赤く燃え盛る憎悪は破滅しか招かないが、青く静かに燃える憎悪の炎は戦果と生還につながる可能性がある。

兄貴は俺をぶん殴って目を覚まさせた。しかし彼を今殴っても憎悪の質を赤い炎にするだけかもしれない。

彼は一言、ビルにこう告げた。

「サーラは、きっと見てるよ、お前を。だから・・・死ぬなよ。生きて彼女をまた思い出してやれ。」

 

 

部屋を出るジャックを追いかけて、ツバサが部屋から出てきた。

「あの・・・ジャック中隊長、その、お願いがあるのですが・・・」

「何だい?」

自分でも信じられないほど優しい声で返すジャック。先のビルとのやりとりの余韻もあっただろうが、最終決戦を前に

ただ二人残った自分の部下、しかも少女となれば自然と語句も柔らかくなる。

「その・・・コックピットで、音楽、かけてもいいですか?」

「んあ?」

「そ、その、同期の人に聞いたんです。彼の所属の隊長が、出撃時に音楽をかけるって。だから、私も・・・ダメですか?」

「・・・どこの隊、それ?」

「えっと、部隊名は忘れましたけど、確かイオ・フレミング隊長とかいう・・・」

有名どころだ。激戦区であるサンダーボルト宙域を戦い抜いてきた猛者、連邦でも数少ないフラッグ・モビルスーツ

「ガンダム」を乗りこなし、数々の戦果を挙げてきた英雄。しかし音楽を聴きながら戦闘してたというのは初耳だった。

 

「私、音楽を聴くと落ち着くんです、そうすれば戦場でもきっと冷静になれると思うんです、だから・・・」

「・・・通信は聞き逃すなよ。」

「え、いいん、ですか・・・?」

「好きにするといい。」

それだけを言って背中を向けるジャック。正直、彼女の技量では最終決戦を生き延びれる可能性は少ない。

その確率を少しでも上げられるなら、多少のワガママにも目をつぶれる。

背中で「ありがとうございます」の言葉と、深々と首を垂れる彼女を感じながら、ジャックは愛機の待つハンガーに向かった。

 

ハンガーに格納された彼のジム、その中身は兄貴のスピリットを受け継ぎ、エディさんとの研鑽の結晶が詰まっている。

そしてその盾には、その象徴である精悍なサメの顔が映っていた。

「ねぇサメジマの兄貴、それにエディさん、俺にも部下ができたんだぜ・・・」

シャークペイントに向かって語る。まるでそこに二人がいるように感じられたから。

「これで最後だよ、長いようで短かったけど、今回で最後にする、きっと!だから、見ててくれ。」

獲物をかみ砕く顎(あぎと)、兄貴のお気に入りであり、エディさんが苦笑いで受け入れた勇敢の証。

その牙に誓う。これを最後にすること、彼らから自分につながれた命を、必ず部下の二人に託すことを・・・

 

 

―宇宙世紀0079、12/31、星一号作戦、開始―

 

攻撃目標ア・バオア・クーを上方から見て4つのフィールド、東西南北を示すE、W、S、Nに区切り

うち3方向から一気に制圧を目指す。主力をNフィールド、搦め手をSフィールドに振り分け、Eフィールドには

牽制部隊が送り込まれる。とはいえどの戦場でも、戦力は連邦のほうが圧倒的に優位だ。

しかしソーラレイでの戦力減退が、安易な降伏や停戦を許さないほどには戦力を拮抗させたことは否めない、

つまりどの空間でも剥き出しの殺し合いになることは確実だ。

 

ジャックの所属する部隊は牽制のEフィールド、しかしその配置は敵索部隊によって敵にも知られている。

本命のNフィールドやSフィールドに比べ、ジオンの戦力の振り分けが少ないのは確実だろう。

となれば最初に敵の防衛線を突破し、ア・バオア・クーに取りつくのがこのEフィールドの部隊であっても

なんら不思議ではない。

 

マゼラン1、サラミス6艦から吐き出された大量のジム・ボール部隊がEフィールドに展開する。迎え撃つは数隻のムサイと

そこから発進するザクを中心としたモビルスーツ部隊。双方の戦艦は対に位置し、その間の宇宙でモビルスーツが激突する。

例えるなら艦隊はサッカーの両ゴールで、フィールド内のモビルスーツは選手といったところか。

モビルスーツの勝敗が決すれば、大量のシュートが敗れた方のゴールに打ち込まれるだろう、そしてそこでの勝敗が決する。

モビルスーツという巨人の群れ同士の殺し合いが始まった。

 

「ビル!ツバサ!絶対に動きを止めるなよ!」

激しく機動しながらジャックが叫ぶ。こうも敵味方が密集していると、狙いをつけるだけでも大きな隙となる

攻撃は適当でいい、味方を誤射さえしなければ。3機で離れすぎないように飛び回り、戦場のフィールドを横切る。

密集地を抜けたところで終結し、わずかな時間を射撃に費やし、そしてまたフィールドに飛び込む。

ジャックにとって意外だったのは、ビルが思ったより冷静だったことだ。突出して身を危険にさらすことを

心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。

爆発の光芒の中を両陣営のモビルスーツが飛び交う。そして優劣が徐々に偏っていく。押しているのは連邦だ。

一度優劣がつくと、そこからは早かった。1機のザクに複数のジム、ボールが殺到し仕留めていく。

もともと数で劣勢なジオンにとって、負け始めると崩れていくのは加速を増す。やがてザク部隊はムサイ周囲まで下がり

母艦を逃がすための殿(しんがり)として最後の抵抗をする。そこに殺到するジム・ボール。

 

その側面に、大量のミサイルが降り注ぐ。正面にしか注意が行ってなかった連邦軍はこの不意打ちに大きなダメージを受けた。

ミサイルの後に来たのはモビルスーツではなかった。円筒形の、ドラム缶を横倒しにしたようなモビルポッドだった。

その数約30機、思わぬ新手に連邦の攻勢が止まる。再び戦場は互角の攻防になるかと思われた。

しかし連邦も押し返されてばかりではない。攻勢に便乗しようとしたサラミスやマゼランの艦砲射撃がザクやその後ろの

ムサイに殺到する。次々に撃沈していくムサイ。そしてザクに代わりムサイの前に立ちはだかるジオンのモビルポッド。

 

 

「オッゴってやつか!気を付けろ、先日月軌道上でボール2個小隊がこいつに食われているぞ!」

大隊長が叫ぶ。モビルポッドでもボールとは違い、アタッチメントを使用してザクのマシンガンやバズーカを搭載

動きもモビルポッドとは思えないくらい速く、なおかつ3機1組で編隊飛行しているために、今しがたまでの

対モビルスーツ戦闘とは毛色の違う戦いを強いられてしまう、頭の切り替えの遅いジムやボールが仕留められていく。

とはいえ艦砲射撃によりムサイはほぼ轟沈、残った最後の一艦もたまらず退避を始める。これによりオッゴが

補給を受けるべき母艦はなくなった。マゼランやサラミスは健在、数は互角、ボールはともかくジムは性能が上位、

未だに連邦の優位は動かなかった。

 

ここで連邦は部隊を2つに分ける。居残って戦闘を続ける者と、一度母艦に帰艦して補給を受ける者に。

一時期戦場は不利になるが、その行動自体を罠と思わせるような巧みな全体機動で敵に警戒させる、これが功を奏した。

連邦側は知らなかったが、実はジオンのオッゴ部隊は学徒兵の部隊だった、戦場において攻勢をかけるべきタイミングを

つかむためのカンが働かなかったのだ。

一度両サイドに分かれる連邦とジオン、素早い着艦で補給を済ませ、再出撃するジムやボール。

この判断をした連邦軍の大隊長は自分の判断の成功に思わず舌なめずりをする、彼は勝ちを確信した。

 

その時、その大隊長のジムを含む補給を終えた数機が、突如飛んできた光に飲み込まれた。

戦場を走るその光線は、そのままサラミス1隻を薙ぎ払い、爆発させる。

敵味方が一斉にその方面に目をやる。そのビームを放ったのは戦艦ほどもある、巨大な赤い影に。

 

「また新型かっ!」

ジャックが叫ぶ。地球軌道でヅダ、基地攻防戦でザクレロ、ソロモンで銀のゲルググ、そしてこのア・バオア・クーでの

この赤い巨大モビルアーマー、ジオンの兵器開発の速度は一体どこまですさまじいというのか・・・。

「なんだ、アイツは!」

「隊長・・・」

ビルとツバサが動揺を隠せずに発する。彼らはこれが戦場デビュー、次々変化する展開に付いてこられるか不安は尽きない。

だからジャックは機動する、その赤いモビルアーマーに向かって。部下を委縮させないために。

「お前らは離れて他との戦闘に集中しろっ!」

二人にそう言い捨てて、怪物モビルアーマーに突撃する鮫の顎。そのほかにも判断の早い者、つまり戦場の急変に動じない

パイロットたちがそれに突撃する。コイツを仕留めればもうジオンに後はないだろう、と。



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第十二話 赤の無双

突如現れたその巨大な赤いモビルアーマー、いきなりサラミス1隻を沈めたその巨体に連邦のジムが殺到する、

次々と発射されるビーム・スプレーガンがモビルアーマーの表面に花火を咲かせる。

だがその巨体に致命傷を与えるにはエネルギーが不足していた。おそらくメガ粒子砲クラスでないと

その装甲に穴をあけることは敵わないだろう、だがそれでいい、牽制射撃から近距離まで切り込めば

ビームサーベルで本体を切断することは可能なはずだ、ソロモンでガンダムがビグ・ザムにしたように。

だが、その目論見は外れた。巨体の側面に設置された発射口から無数のランチャーが発射される。

それはジムには向かわず、モビルアーマーの周辺で起爆、爆発は小さく、代わりに粒子がまき散らされる。

切り込んだ1機のジムがビームサーベルを抜くが、刀身部分はゆらぎ、形を成さずに消える。

 

「ビーム攪乱膜!」

ジャックが叫ぶ。ソロモンで連邦軍が使用したビーム兵器霧散システム、ビーム兵器の効力を著しく

減少する効力がある。この瞬間から火器を持たないジムはこいつに対して無力になった。

すでに戦闘が始まって相当時間がたっている、戦闘開始時にはバズーカやマシンガンを持っている

ジムも多数いたが、すでに皆使い切り、無尽蔵に使えるビーム兵器に頼る情況になっていた。

「みんな、離れろっ!」

そう叫んでモビルアーマーから離れるジャックのジム、しかし遅かった。切り込んだジムたちは、ことごとく

モビルアーマーの大型バルカン、または周囲を飛ぶオッゴの十字砲火によって爆散していく。

 

後退し、再び中隊と合流するジャック。ビルとツバサに叫ぶ。

「ビル、あいつに近づくな!ビーム攪乱膜だ、何をやっても効かないぞ!ツバサ、残弾はあるか?」

「すいません!たった今、使い切りました・・・」

無理もない、これが戦場デビューの、しかも気弱なツバサであれば、弾を使い切る前に戦死しなかった

だけでも上出来だ。

「母艦で補給してこい!皮肉だがこの戦場ではボールの砲撃が頼りだ!」

「はいっ!」

反転して母艦マゼランに向かうツバサのボール、ジャックとビルは追撃を防ぐべく援護に入り、オッゴを狙い撃つ。

 

他の隊も同じ判断だった。ビーム攪乱膜を使われた以上、あの化け物の周辺ではボールの砲撃が頼りだ。

いくつもの部隊が合流し、オッゴに対するジムと、モビルアーマーに攻撃を加えるボールの群れに分かれる。

幸いあのデカブツ、さすがに機敏さは無いようだ、ボールの機動力でも十分にとらえられるだろう。

事実、ほどなくボールはモビルアーマーを包囲しつつあった。

が、バルカンの砲門を開いたモビルアーマーは、意外ともいえる細かな弾幕で次々とボールを打ち落とす。

それでも巧みな機動で、一機のボールがモビルアーマーの側面を確保し、砲撃を加えんとコックピットを狙う。

 

 

その瞬間、信じがたい事が起きた。

モビルアーマーはその左腕を動かし、そのボールをわし掴みにする、動いてるボールを、だ。

そして球技の投球のように振りかぶり、そのボールを投げ捨てる。吹き飛んだボールは何と、

側にいた別のボール部隊に次々に激突、まるでビリヤードのように跳ね返り、当たったボールすべてが爆発した。

その信じがたい行動を目の当たりにした誰かが、通信で呟く。

「ニ・・・ニュータイプ、かっ!」

予知能力やテレパシーを有し、目で見ずとも周囲の状況を把握、念動力さえ使うと言われるエスパー、

もしそんなものが存在するなら、今の神業も十分に説明がつく。

そして、そのモビルアーマーは、そんな悪い予感を確信させるように無双を始める。

 

ボール部隊が苦戦とみるや、そのフォローに入ろうと突っ込んできたのは2隻のサラミス。

モビルスーツと違い、これだけの巨体なら戦艦や巡洋艦の砲撃でも命中は容易だ、艦砲のエネルギーなら

ビーム攪乱膜を貫いて撃沈も可能と判断したのだろう。

だが甘かった、モビルアーマーから先手を打ってミサイルランチャーが発射される。3発放たれたその弾は

曲線を描き、正面から突進するサラミスの横腹に食らいついた、瞬く間に爆発する2隻のサラミス。

 

遅れて突撃するのは旗艦であるマゼランだった、サラミスが瞬く間に散った以上、もう後戻りはできなかった。

殺られる前に殺る、戦艦の火力で撃たれる前に沈める、メガ粒子砲を赤い悪魔に向けて放つ。当たれ、当たってくれ!

願いむなしく特大ビームはモビルアーマーの頭をかすめる。ビーム攪乱膜の影響もあっただろうが

サラミスが撃つ前に撃たれた焦りが、砲手の照準を狂わせた事実もあった。

その返礼とばかりに、モビルアーマーのクチバシが開く。黄金の光が灯り、瞬時に強力なレーザーが吐き出される。

その咆哮は周囲のビーム攪乱膜を薙ぎ払い、マゼランの甲板から上を嘗め尽くし、吹き飛ばす。

あわや体当たりかというほどの近距離を、炎上したマゼランとモビルアーマーが交錯する。

操縦者も指揮官も焼き尽くされたマゼランはそのまま横を向いて爆発、四散する。

 

わずか10分ほどの間に多数のジムやボール、巡洋艦2隻、そして旗艦の戦艦1隻がこの戦場から消滅した。

その恐るべき破壊力、パイロットの技量に、連邦軍の戦士たち全員がほぼ凍り付いていた。

例外のうちの一人が通信に向けて絶叫する。

「ツバサ!ツバサ・ミナドリ二等兵!応答しろーっ!!」

ジャックが叫ぶ。先ほど吹き飛んだマゼランは、その直前にツバサが補給に向かった戦艦だった。

どうか無事でいてくれ、その願いに対する通信は・・・無言。またひとり部下を失ったのか・・・

 

 

「ニュータイプ、赤いモビルアーマー・・・まさか、こんな戦場に!?」

誰かが発したその通信に、連邦兵の多くがひとつの事実を認識する。赤い機体を扱うことで有名な

ジオンのエースパイロット、この手薄なEフィールドに、なんという恐るべき配置を敷いたのか!

「一時後退して、部隊を再編するっ!」

戦死した隊長に代わる隊長代理が撤退を命令する。一斉に撤収するジムやボール。艦もすでにサラミス3隻しかない

全員が補給し、部隊を再編するまで多少の時間は要するだろう。

しかしそもそも敵がビーム攪乱膜を使う以上、実弾兵器の装備は不可欠だった。バズーカやマシンガンを持ってこないと

冗談抜きであの赤い悪魔に全滅させられる危険すらあった、撤収の判断は大正解だったのだ。

 

「ビル、俺の分も頼む!」

「隊長は?」

「奴を見張っている、待っているぞ。」

そう告げると、ジャックは先ほどマゼランが爆発した地点に向かう。戦艦が爆発したなら破片も多く、

身を隠すには最適だろう。しかしビルはもうひとつの目的にも気が付いていた、だから短くこう答える。

「アイ、サー!」

撤収する仲間を追うビルのジム。後ろに赤い悪魔を感じながら、待っていろ、と闘志を燃やして。

 

手ごろな破片の後ろに隠れたジャックは声をかけ続ける。

「ツバサ、応答しろっ!誰か、生存者はいないかっ!・・・」

返信はない。マゼランは完全に爆発したのだ。そのエネルギーは戦艦全体を包んで余るエネルギーを発して散った。

生存者がいると考えるほうが不自然だろう。ジャックはヘルメットを上げ、ぼやく視界を直すべく目を拭った。

やるべきことはある、敵の行動を注視し、駆けつける仲間に報告する。この短いインターバルに、

敵が罠を仕掛ける可能性は十分にある。

しかしジャックが見たのは、それとは別の意味での敵の脅威となる行動だった。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・」

過呼吸にあえぎながら、赤いモビルアーマー、ビグ・ラングのコックピットで、オリバー・マイ技術中尉は

自らの仕事、試作兵器の評価をしていた。

「ビーム攪乱膜は極めて有効、しかし、ジェネレーターの出力にふらつきを認む。これはひとえに

パイロットの技量不足に起因するものと思われる・・・」

初めての実戦、殺すか殺されるかの戦場に、戦力としての参戦。それでも彼の本分は評価試験なのだ。

たとえ最終決戦でも、のちに生かすデータがなくても、彼は実戦の中で得たデータを言葉で記録する。

同時に彼は、このビグ・ラング本来の任務を遂行する。下部の巨大な格納庫にオッゴを収納し、兵装を補給、

負傷した部分を溶接し修理、次々と船内に収納し、補給、修理して船外に出す。

そう、このビグ・ラング本来の目的はオッゴの補助兵器なのだ。ただ完成間近で開発が断念され、

最終決戦用にビグロを連結、牽引させることで一応の兵器の体を取った、まさに急造兵器だった。

 

それを考えれば、彼のここまでの戦果は大健闘と言えた。母艦ヨーツンヘイムを守るべく3隻の敵艦を

破壊したのを皮切りに、この戦場に到着してからも多数の戦艦やモビルスーツを仕留めてきた。

巨大な格納庫をもつビグ・ラングは、エネルギーや格納空間のキャパシティが非常に高い。それを兵器に転用すれば

超強力なメガ粒子砲を発することも、高性能なランチャーやミサイルを多数搭載することも可能だ。

その火力と攪乱膜に助けられ、戦場初心者の彼がここまで戦い抜くことができた。

しかし幸運は長くは続くまい、とも確信していた。おそらく敵は実弾兵器を補充してくるに違いない。

そうなればこのビグ・ラングは巨大な的でしかない、撃沈されるのは火を見るより明らかだ。

それでも彼に迷いはない、彼の周りにいるのは紙装甲のモビルポッドを操る少年兵なのだ。

彼らに比べて、強力な装甲と兵器を持つ機体に乗る自分は何と幸運なことか。

ならせめて彼らを支援する、それがこのビグ・ラングの役目なのだから。彼らを一人でも多く生還させる、

その為にたとえ自分が散ることになっても・・・幾人ものテストパイロットの死を見てきた彼は、

いま自分がその立場にあり、その覚悟さえも備えつつあった。

 

補給工場となったモビルアーマーを見て、ジャックが呟く。

「なんてこった、移動補給基地だったのか、あの化け物が!」

この空間にジオンの艦艇はいない、オッゴがもう補給を受けられないだろうという連邦軍の思惑すら、

この赤いモビルアーマーに破壊されてしまった。

だが出来ることはある、こっちはその事実をつかんだ、再決戦の前に仲間にそれを伝えれば、油断や慢心からの

死と敗北を減らすことができる。ジャックは味方を待ちながら、通信の準備をする、言葉を決める、勝つために。

 

やがて連邦軍の部隊が光の点となり見え始めた。一気に距離を縮める彼らに通信をすべく、言葉を発しようとしたその時

別の回線から通信が飛び込んできた。

「一般回線」に。

 

―こちらア・バオア・クー司令部、すでに我に指揮能力なし、残存の艦艇は直ちに戦闘を中止し、各個の判断で行動すべし―



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第十三話 叫ぶ宇宙

―繰り返す。こちらア・バオア・クー司令部、すでに我に指揮能力なし、

 残存の艦艇は直ちに戦闘を中止し、各個の判断で行動すべし―

 

敵も味方も固まっていた。通常回線から聞こえるその通信が意味するところを、信じられないがゆえに。

 

停戦命令。このア・バオア・クーでの戦争終結を示唆する、そしてこのジオン独立戦争そのものの

終結を意味する宣言。この戦場はジオンにとって、総力を結集した最終防衛線であったことは

連邦、ジオン共によく理解している。そこが墜ちた、つまり向かう先は、終戦―

 

このEフィールドにおいて、その事実に対する受け止め方は、連邦、ジオンで全く違っていた。

ジオン兵にとって、敗戦の足音はここ最近、日々大きくなっていた。その時がついに

来てしまったのか。覚悟はしていたが、やはり無念ではある。

が、これで戦争は終わる。どうにかこうにか自分たちは生き延びたのだ、との安堵感もある。

 

対する連邦軍は違っていた。自分たちは戦争に勝っていない、このEフィールドにおいて。

戦闘艦4隻を含む多数の仲間が散っていった、その敵を討つために武器弾薬を補充してきたのに

自分たちの知らないところで勝手に戦争が終わってしまっていたのだ。

ましてやこのEフィールドに投入された新兵たちは、その誰もがこの戦争で肉親や友人を亡くしてきた。

全てジオンの都合だ。コロニーを落としたのも、地球に侵略して略奪されたのも、今さっきまでこの戦場で

多くの仲間を焼き尽くされたのも、すべてジオンの独立したいというワガママのもとに実行された非道、

この上戦争終結までジオンによって決めつけられてしまうのか・・・誰もがやるせない思いにとらわれていた。

 

それはジャックも同じだった。故郷を滅ぼされ、居場所を消され、兄貴を、エディさんを、司令を殺され

はじめての部下3人をソーラレイで焼かれ、ついさっき、もう一人の部下もいなくなった。

それで都合が悪くなったら降伏か!どこまでジオンのワガママで俺たちを踏みにじれば気が済むんだ!

合流したビルからマシンガンを受け取ると、ジャックは憎しみに満ちた目で、赤いモビルアーマーを睨む。

 

 

―敵を褒めるんだよ―

はっと我に返る、尊敬している兄貴からの言葉を思い出し、その言葉を心に染み渡らせるジャック。

 

ヅダは実弾を携行していない状態で、ボール部隊に果敢に向かってきた。

基地攻略でのザクレロは勇敢だった、艦隊に身ひとつで特攻し戦果を挙げた。

ソロモンの銀のゲルググは、己の部隊を鍛え上げ、それが全滅した時に悲痛な叫びをあげた。

そして目の前の赤いモビルアーマー。火力はすさまじく、ビーム攪乱膜もある。

しかし冷静に考えれば、一度連邦部隊が撤収した時点で、実弾兵器にさらされることくらい理解しているはずだ。

それでもアイツは逃げない、オッゴを修理し、彼らをかばうべくこの戦場に中心に居座っている。

 

彼の心から、敵愾心がすっと消えるのが理解できた。停戦命令が出た以上、戦いは終わったのだ。

 

「くっくっく・・・」

「へへへへへ、へっ、へへへっ!」

通信から聞こえる笑い声にジャックはそのとき気付いた、下卑た、憎しみに満ちた笑い声。

それは連邦軍兵士の憎悪を音にした、つい先ほどまでジャック自身も心に湧き上がっていた感情の音。

それは一人や二人ではなかった、対峙する連邦軍のジムから、ボールから、その全てから敵に向かって

刺すような殺気が向けられていた。

「おい、ビル・・・」

部下を制しようとしたその瞬間、ビルのジムは機動をかけ、飛ぶ。敵の鼻先にいるオッゴの目前に。

ジャックは理解した、彼は赤く燃えさかる憎悪にとらわれている、恋人を殺された悲しみが

行き場を失ったことが、彼を狂気に駆り立てる。ビームガンを抜き、目の前のオッゴに向ける。

 

「ノーサイド、ってか!?」

ラグビーの試合終了を意味する用語。ホイッスルが鳴ったら、その時点でサイド(陣営)は無くなる。

共に同じフィールドで戦った相手をたたえる時を迎える。

しかしこれはスポーツではない、戦争だ、ましてや連邦兵にとって、これは復讐戦、敵討ちなのだ。

 

「レフェリーは、ここにゃいねぇよおぉっ!!!」

口上を述べたのは、ビルの最後の良心だったのかも知れない。最初に銃を向けたのだからさっさと逃げるか

反撃でもすれば、自分が無抵抗の相手を殺すことは無い、だが彼の希望は叶わなかった。

無抵抗の相手に引き金を引き、それがオッゴに直撃し爆発、ひとりの少年兵が終戦後に命を落とした。

 

 

それを合図に、連邦軍が一斉に攻撃を開始する。ボールがオッゴを打ち抜き、ビグ・ラングに弾丸が集中する。

「ああっ!待ってくれ、停船命令だ、撃つなーっ!」

敵兵の声が通常回線から響く、その発信源はすぐに分かった。目の前の赤いモビルアーマー。

「何が停戦だ!さんざん俺たちの仲間を、焼き殺しておいてーーっ!!」

憎しみと悲しみに満ちた返信が返ってくる、もう理性は働かなかった。ただ殺戮の意思だけが連邦軍を支配する。

 

ジャックは皆を止められなかった、元々そんな権限もない、しかも戦端を開いたのは自分の部下、言い訳は効かない

開始された戦闘の責任をとる必要ができてしまった。機動をかけ、悲しい戦闘に突入する。

「どうしてだーーーーっ!」

モビルアーマーのパイロット、オリヴァー・マイの絶叫が通信に響く。ビグ・ラングは再び砲門を開き、

ランチャーを連射する、そのひとつがまっすぐビルのジムに向かっていく。

ビルは動けなかった。自分がしでかしてしまった事への後悔と、自分が打ち抜いたオッゴのパイロットの悲鳴が

通常回線からはっきりと聞こえていたから。あれは・・・子供の声だった。その行為に対する罰が、

ランチャーの弾丸に姿を変え、ビルのジムを爆発に包んだ。

 

「バカ野郎・・・っ!」

ビルの無抵抗な死を見てジャックは悟った、彼が似合わないことをして後悔していたことを。

それが恋人サーラが望んだ復讐ではなかったことを。

「あの世で、幸せに・・・なりやがれっ!」

涙を振り払いジャックのジムが飛ぶ。初めてできた5人の部下はすべていなくなってしまった。

もう何もない、あるのは後始末だけ。この戦場を支配してきたあのモビルアーマー、あれさえ破壊すれば

連邦兵の復讐心も和らぐかもしれない、もう他に方法は考えられなかった。

 

戦場は、地獄と化していた。

 

停戦命令が出た時点から、すべての機体の通信はすべて開かれる。敵味方の報告や指示を聞き逃さないために。

だが戦闘継続中に開かれた通常回線からは、敵味方の絶叫が、悲鳴が、断末魔が、泣き叫ぶ声が

否応なしに飛び込んでくる、ほぼ全て少年の声で。

 

 

「助けて、死にたくないー・・・」ブッ

「お母さん、お父さーーーんっ!」

「墜ちろ、墜ちろ、おちろおぉぉぉっ!」

「嫌あぁぁぁぁぁっ!いやあぁぁぁぁぁぁぁぁー」ブツン

「ははは・・・あははははははは」ザッ、ザー・・・

「なんでだよ、もう終わったじゃないか、もう嫌だ、いやだイヤダ嫌だいやだ・・・」

「死ね!死ね死ね死ねえーーっ!」ブツン!

 

幼い少年たちの、狂気に満ちた声が響く戦場、それが尚更狂気を呼ぶ。彼らは死を目と耳で感じながら

泣き叫び、生存のための戦いに身を投じていた。理性も戦術もフォーメーションもない、

味方同士激突して四散する機体すらあったのだ。

 

ジャックはそんな中、赤いモビルアーマーに狙いを定めていた。向かってくるオッゴをいなし、銃撃をかわし

下を取るべく機動をかけていた。あの機体は下部がオッゴの収納庫であることを知っている、

そこがおそらく奴の弱点だろう。簡単にはいかないが、そこに辿り着ければ・・・

だが、それは彼以外のジムが先に実行する。バズーカを構え、モビルアーマーの腹を狙う。

 

「スカートの下!」

他とは違う、平静さを保った女性の声が通信に入る。その瞬間、ジムは銃撃を食らい爆発する。

「大尉、大佐!」

戦場外から2機のモビルスーツが突入してくる、青い機体ヅダと銀色のゲルググ!

「世話を焼くのは慣れていても、焼かれるのは慣れていないか。」

女性の声を発するヅダはモビルアーマーの横で止まり、ゲルググはそのままオッゴの前まで飛び出す。

「待たせたな、ヒヨッコ共!」

そう言うとビームライフルを2連発する、その先にいた2機のボールが爆散する。

「友軍の脱出まで、このEフィールドを維持する!」

 

 

ジャックは反射的にゲルググに突進していた。あの声、間違いない。ソロモンで戦ったあの指揮官!

速度を止めずにゲルググに向かい、シャークペイントの盾を叩きつける。

「貴様!この盾はソロモンの・・・」

「連邦軍、ジャック・フィリップス少尉だ!」

「ヘルベルト・フォン・カスペン大佐である!」

戦場では珍しい口上を述べ、2機のモビルスーツの戦いが始まった。盾を起点としたアンバックから

縦横無尽に動くジャックのジムと、ビーム長刀を自在に振り回し応戦するカスペンのゲルググ。

何度も打ち合い、離れ、そしてまた接近。モビルスーツ戦の集大成のような激しい機動戦と

その前の二人の名乗りは、戦場での決闘をイメージさせた。

 

戦場から悲鳴が消えていた。二人の堂々とした戦いぶりに感化され、冷静さを取り戻し

少年から戦士に戻っていく両陣営のパイロット達。

 

それと入れ替わるように、戦場に似つかわしくない「歌」が、通常回線から流れ始めていた。

 

―夢放つ遠き空に、君の春は散った。最果てのこの地に、響き渡った―



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第十四話 心の青山

戦場は整然とした機動戦へと変貌しつつあった。オッゴが小隊単位で編隊を組み、

ジムはボールと連携して狙撃と格闘戦を入れ替える。他の戦場から駆けつけたザクやリックドムは

オッゴの隙間から彼らを支援し、巨大なモビルアーマー、ビグ・ラングを守る。

その戦場の最中心で、激しく機動し、戦う2機のモビルスーツ。

鮫の顔が描かれた盾を持つジャックのジムと、ジオン軍カスペン大佐の銀のゲルググ。

その激しい戦いに、誰もが横槍を入れることはできなかった。誤射して味方を討つ危険もあるし

なにより見惚れるほどの見事な機動戦、彼らはちょっかいを出すのではなく、二人に負けない

戦いをしたいと思い、他の敵と対峙する。

 

「やるな小僧!、だがそれだけの研鑽を経ていながら、何故だ!」

寡黙なカスペンが珍しく敵に問う。通常回線が開いている現在、間近で戦うジャックの存在は

息遣いまで感じられる。

「何がだ!」

ビームサーベルとビーム長刀で鍔迫り合いをしながらジャックが返す。

「停戦命令は聞いているはずだ、貴様ほどの技量を身につけていながら何故戦う、道理はわきまえぬか!」

それは説教のようでもあり、現在の状況にいたる経緯を説明させる質問でもあった。それを察してジャックが返す。

「道理?俺たちの居場所を、大切な人を奪い続けたお前たちがそれを言うか!」

自分の意見より、むしろ戦場の味方の本音を代弁するつもりで返し、続ける。

「コロニー落とし、地球侵略、各所の戦争、お前らの独立のためにどれだけの人が居場所を失ったと思ってやがる!」

鍔迫り合いを打ち払い、ゲルググの盾を蹴って距離を取る。しばし対峙し、カスペンが返す。

 

 

「青臭いな、小僧。」

思わぬ返答に顔がこわばる。反省や謝罪など期待してはいなかったが、その言葉には黙っていられない。

「なんだと!?」

「居場所とは作るものだ・・・我らスペースノイドが、常にそうしてきたようにな。」

「作る・・・?」

その言葉を咀嚼するのには、ジャックにはしばらくの時間を要した。

「人生至る所に青山あり、我々スペースノイドの指針となる、東洋の言葉のひとつだ。」

骨を埋める場所はどこにでもある、生まれ故郷にこだわらず、どこにでも行って活躍しなさい、という意味の諺。

「宇宙という過酷な環境、真空の恐怖、衣食住の確保、そんな敵と戦い続けて、我々はジオンという

『居場所』を築きあげてきたのだ、先祖から与えられたのではない、自分たちで作り上げたな。

その居場所の独立を願って、なにが悪いというのだ?」

カスペンの口調は、いつのまにか年少者を諭すものに代わっていた。素晴らしい技量を持つ若者なればこそ。

 

「我々が殺戮をしていないとは言わん、恨まれるのもむべなきこと。だが、それに溺れて未来を見ぬなら

貴様もそれまでの男でしかないぞ。」

言葉を聞くジャックは、それが憎むべき敵の建前でないことを感じ取っていた。それは目上の人の言葉、

かつての兄貴に教えられた言葉を聞く感情と、すごく似ていた。

「居場所がなくなったのなら探せばよい、作ればよい。失ったことを嘆くばかりでは何も変わらぬ!」

「・・・余計なお世話だ!」

盾を振って機動、スラスターを噴射し、ゲルググの右下を取り、サーベルを振る。

憎しみはもともと消えている。ただ、彼の言葉を連邦の兵士はどう取っただろうか、聞く余裕はあっただろうか。

そのサーベルを盾で止めるゲルググ。

 

「今は戦っても構わぬ、だがそうするならその恨み、決して未来に持ち込むな、貴様は貴様の先を見ろ!」

ビーム長刀を回転させ、ジムに切りかかる、ジムは盾で受ける、シャークペイントの横面が焼け、傷つく鮫。

もう言葉はいらない、言いたいこと、言うべきことは言った。あとは戦いが未来を決めるだろう。

 

―果て無き夢轍、照らす我が運命、燃え尽きること知らず、どこへ向かうのか―

 

回線から流れる歌が、少年戦士たちの心に染みる。生きたい、自分たちの向かうところを知るために。

それでも戦闘を止めることはできない、ここは戦場であり、彼らは未熟なれども職業軍人なのだ。

停戦命令の後でも、味方が危険なら身を呈して戦う、それが兵装を持つ国家軍人の業。

 

 

「ぬぅっ!」

カスペンが左腕を操縦桿からすべらせ、離す。彼は左手が義手であり、激しい操縦を

繰り返す実戦においてそれが操作ミスを引き起こす可能性は常にあった。

普段はともかく、目の前の若者はこのスキを逃しはしないだろう。

「もらった!」

ジャックがマシンガンを向ける。その時1機のオッゴが、スキを見せたカスペンのゲルググを庇う様に立ちはだかる。

「大隊長殿ーっ!」

芯の通った少年の声を聴き、一瞬ジャックは引き金を引くことをためらった。

2機を仕留める絶好のチャンスだというのに・・・。刹那を置いて意を決し、

引き金に手をかけるジャック。

「馬鹿者おっ!」

その時、カスペンのゲルググがオッゴを掴み、反転して自分の後ろに回す。

その勢いでさらに反転し、両手を広げてオッゴを庇うゲルググ、そこに殺到するジムのマシンガン。

 

「ジーク・ジオ・・・」

マシンガンを全身に受け、最後に主の絶叫を放ち、爆発する銀のゲルググ。

ジャックは常から狂信的に聞いてきたその言葉が、今回だけは全く違った意味に聞こえていた。

ジオン、彼らにとってそれは『無から懸命に築いてきた彼らの居場所』だったのだ。

だからジーク(万歳)と唱える。

 

―悲しみの地図なら、あまた風に散って、故なき日々の地図も、瞬く彼方よ―

 

彼を悼むようなフレーズの歌が、回線から流れる。ジャックは心に染みる感情を押し殺して、ビグ・ラングに向かう。



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最終話 顎(あぎと)朽ちるとき

「ヨーツンヘイム!聞こえるか、これより、我々の最後の映像を送ります。

 記録願います・・・願います!」

巨大なモビルアーマー、ビグ・ラングは今や連邦軍の的と化していた。全身に砲火を浴びながらも

それでも装甲の厚さと、懸命の操縦と、オッゴやモビルスーツの援護により未だ健在だった。

その必死の抵抗を、周囲に漂う観測ポッドが記録し、母艦ヨーツンヘイムに通信する。

603技術試験隊、その最後の映像が今、記録されようとしていた。

 

カスペンを下したジャックのジムがそこに到着した時、出迎えたのは青いモビルスーツ・ヅダだった。

「させるかっ!」

そのパイロット、モニク・キャデラック特務大尉の張り詰めた叫びが通信に響く。

盾のピックを立て、ジムを突き刺しにかかるヅダ。それを盾で受け止めるジム、盾と盾の激突。

ピックがシャークペイントの目の部分を刺し貫く。ジムはそのまま左腕を回転させ、相手を左腕ごとひねりにかかる。

「ふんっ!」

ビームサーベル一閃、ヅダの左手を肩口から切り落とす。ジャックは盾を振り、刺さっていたヅダの腕を

宇宙空間に捨て飛ばす。

「くっ・・・さすがだな、あの大佐を倒しただけのことはある。」

彼女はカスペンの最後を見ていた。彼を仕留めたジムがこちらに機動してきたのを見たとき、彼女は

真っ先にそのジムに向かっていった。アイツは強い、危険だと。

 

ジャックは機動をかけ、ヅダを振り切りにかかる。目標はヅダではない、巨大なモビルアーマーだ。

この戦場を支配してきたこいつを沈めることが、この戦闘の終わりを告げるきっかけになるだろうから。

思えばこのヅダこそがジャックの戦場での最初の相手、そして兄貴が死に至る因縁の相手でもあった。

だが、もうそれもどうでもいい。今はこの戦闘を終わらせること、それだけだ。

ビグ・ラングを狙撃する位置に回り込み、マシンガンを構える。が、追撃してきたヅダはヒートホークを

打ち下ろす。盾で受けるジム、シャークペイントの頭の部分が焼け付き、絵の一部が消える。

「くそっ!さすがに速い、しつこい奴だ!」

ヅダに向き直るジム、ヅダの向こうには赤い巨体が見える。その片腕のヅダはビグ・ラングを庇い

守ろうとしているようにも見えた。あのゲルググがオッゴを守ったように・・・

 

 

「どけ!」

「どくものか!」

ヒートホークを振るうヅダ、一歩後退し、盾を振ってアンバックからの動きを作り、

曲線軌道でヅダをすり抜けるジャックのジム。ビグ・ラングはもう目の前だ。

が、上から機動してきたオッゴの砲撃がジムの行く手を阻む、やむなく減速したジャックのジムに

特攻してきたヅダがタックルを食らわし、そのまま片腕でジムに抱き着いてビグ・ラングから引き離す。

自分がこのビグ・ラングを何が何でも沈めたいように、このヅダの女パイロットは

何としてもこのビグ・ラングを守りたいようだ。

 

戦闘しているのは彼らだけではない、ビグ・ラングの周辺ではジムが機動し、ザクが戦い、ボールが舞い、

オッゴが飛ぶ。砲火の応酬は熾烈を極めるが、犠牲を示す光芒はほぼ見えなくなっていた。

戦闘自体がビグ・ラングを沈めにかかる連邦軍と、守ろうとするジオン軍の動きへと偏っていたから。

その肩代わりのように、ひとつ、また一つ、ビグ・ラングは被弾し巨体を揺らす。

きしみ、ゆらぎ、塗料を剥離させながらもビグ・ラングは吠える。さすがにもう弾丸もビームも弱弱しいが

最後まで戦い抜く意思だけは失っていない。

 

ヅダによって遠方まで運ばれたジャックのジム。しかし遠目から見ても、ビグ・ラング陥落は

もう時間の問題だった。

「行かせるか・・・やらせは、しない!」

ジムから離れ、立ちはだかるヅダ。

「やめろ、もう・・・終わるぞ。」

ジャックは相手に伝える。背中を向けている彼女からは見えないだろう、ビグ・ラングの下側に

連邦軍のジムが位置し、バズーカを構えている様子が・・・チェックメイトは目の前だ。

「はっ!」

ヅダが振り向く。その瞬間にバズーカが放たれ、ビグ・ラングの急所であるモビルポッド格納庫に

吸い込まれる。爆発が上がり、内部からの火炎が巨体を嘗め包んでいく。

「ああっ・・・!」

ヅダは戦闘を忘れ、一瞬固まる。ジャックもまたこれ以上の戦闘をする意思はない、これで・・・

 

「マイーーーーーっ!!!」

悲痛な叫びと共にヅダが機動する、爆散しつつあるビグ・ラングに向けて。

その声、どこかで聞いた。音声の質ではない、愛しい人を無くす瞬間の悲鳴。

反射的にヅダを追うジャックのジム。そう、この戦闘の少し前、自分の部下であるビルが

サーラを失った時の悲痛な声、それが目の前で再現されていた。

 

 

ヅダは間に合わなかった。あと少しのところでビグ・ラングは炎に包まれ、大爆発を起こす。

至近距離の爆風に晒されながら、呆然と立ち尽くす片腕の青い機体。

しかし、それを追いかけていたジャックには見えていた、より遠方からの視点ゆえに。

爆発したビグ・ラングは後部から崩壊していき、前部にあるビグロ部分が弾かれる様に連結を外され

爆発する直前にそのコックピットからパイロットが弾き出されるのを。

ジャックはその先に飛ぶ。ああ、そうか。彼女には帰るところがあったのか、このパイロットと共に。

 

戦闘は止んでいた。この戦場の支配者であった赤い巨体の爆発は、連邦、ジオン共に決着の花火に写ったから。

全ての機体が起動を止め、銃を下す。

その爆発の鼻先で、ジャックのジムが止まっていた。両手で小さな何かを大事そうに抱えて。

その手の中には、ノーマルスーツを着た一人の人物。ビグ・ラングのパイロット、オリヴァー・マイ技術中尉。

 

―あてどなくさまよえる愛しさよ、この胸を射抜く光となれ―

 

通信の歌を聴きながらジャックは待つ。その人の迎えを。

通信の歌に導かれキャデラックは向かう、その人を迎えに。

 

ジムの目の前まで近づき、停止するヅダ。向かい合う敵機同士だが、そこには殺気も殺意も無い。

穏やかな声で、表情で、手の中の人物をヅダに差し出すジャック。

「ほら。」

ヅダが右手を出し、パイロットを受け取る。それを愛おしそうに胸に包む青い機体。

「行けよ・・・お前たちには、帰るところがあるんだろ。」

「・・・礼を言う。」

ゆるやかに距離を取るヅダ、そして反転すると、ジオンの脱出部隊が連なる艦隊に向けて機動する。

それにオッゴやザク、ゲルググが続く。彼らは戦闘を終え、独立の夢から覚め、帰るべき場所に帰っていく。

 

彼らにとっての一年戦争が、他より一時間ほど遅れて、終わった。

 

―終わらぬ夢轍に、君の影揺れた―

 

通信の歌が静かに終わる。残された連邦軍兵士たちはそれを聞き届け、終わりの虚無感を感じていた。

 

 

―夢放つ遠き空に、君の春は散った―

 

意表を突かれた。終わったと思った曲がまた最初からリピートされる、思わずコックピットで

ずっこけそうになる者、苦笑いをする者が続出、しまらねぇなぁ・・・誰だまったく。

 

『その・・・コックピットで、音楽、かけてもいいですか?』

 

ジャックは雷に打たれたようなショックを感じた、何故気が付かなかった、この戦場で音楽が流れる不自然さを、

それを希望した自分の部下がいたことを!こんな間抜けな上司がどこにいるか!

音声を複数のセンサーで拾い、発信源を探す、あっちだ。反転して全力で機動をかけるジム。

その瞬間、彼のジムの腕に付いていた盾が外れる。構わず飛び、叫ぶジャック。

「ツバサ!ツバサ・ミナドリ二等兵!どこだ、返事をしろーっ!」

 

破片の隙間に挟まるようにして、そのボールは生きていた。砲塔は吹き飛んでいたが、残弾が無かったのが幸いして

本体は大破することなく原形をとどめていた。そこに到着するジャックのジム。

「ツバサ、大丈夫か!?返事をしろ、生きているかっ!」

目の前のボールに向けて叫ぶジャック、返事は無い。歌だけが聞こえている。

コックピットから飛び出し、ボールのハッチをこじ開けにかかる、素手では無理だ。ジムに戻り緊急脱出用の

バールを取って戻る。ハッチの隙間に差し込み、こじる。隙間ができたことで中の空気が抜け、それが

ハッチを押し開ける。

少女はノーマルスーツを着ていた。動きを見せずに横たわってる。彼女を抱きかかえるジャック。

そして、彼女の寝息を感じ取った時、ジャックは安堵した、よかった、本当に良かった。

 

ジャックは自分が大泣きしていることに気づかなかった。兄貴に救われたこの命、その俺が今度は

次の誰かを救いえた。命の連鎖、上官から部下に、守るべきものをひとつだけ、守り切った。

 

―気にするな、責任は誰かがとらにゃならねぇ、いつかお前にもその番が来る―

 

そんなサメジマの言葉を思い出すジャック。

「兄貴、俺・・・やったよ、4人を死なせちまったけど、せめて彼女だけでも・・・」

 

戦闘のあった宙域に残されたジャックのジムの盾、シャークペイントはこすれ、顎の部分は無くなっていた。

もう顎(あぎと)は必要ない、自らの帰る場所へ帰る、または帰る場所を「作る」ために―



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エピローグ 彼の青山

「お疲れ様ですお客様、当機は○○空港に到着いたしました、降りる準備をなさって下さいませ。」

キャビンアテンダントに起こされ、ジャック・フィリップスはアイマスクを上げる。

「ん?ああ、ありがとう。」

やっと着いたか、まったく、サメジマの兄貴もえらいトコに住んでたもんだ。

地球、日本国の国内線の空港、トクシマと呼ばれる地方都市。

まったく、どうせ日本ならトーキョーに住めばいいのに、乗り継ぎ乗り継ぎでこんな片田舎まで・・・

 

―あれから半年―

 

あの戦争のあと、ジャックは軍に退役を申し出る。しかしそう簡単にはいかなかった。

彼のア・バオア・クーでの活躍は映像記録として軍に提出され、しかもその戦いぶりから

件のニュータイプでは無いかという認識から、彼は軍から強烈なラブコールを受けていたからだ。

モビルスーツ、ジムの部隊長、教官、指揮官から動作ルーチンの開発者として、彼は引く手あまただったのだ。

 

しかし彼は決めていた、軍に身を置くということは、仕事として殺し合いを続けることであり

その生き方を自分は選ばないということを。

山のように積まれた、軍の引き止め工作&嫌がらせという名の書類を5か月かけて片付け、

わずかな退職金を得てお役御免となった。

 

その過程で、彼はルナツーにサメジマの兄貴の遺品が保管されていることを知る。

遺品と言ってもなんの事は無い、スケジュール手帳が1冊とそれに付いているウイスキーのボトルの

形をしたキーホルダーにすぎなかったのだが。

だが、それはキッカケにはなった。この遺品を彼の家族に届けよう、と。

 

軍法会議で処刑された兄貴の家族は、ひょっとして肩身の狭い思いをしているかもしれない、

これを届けるのを口実に、ヒデキ・サメジマがいかに魅力的な人間だったか、その死がいかに不運で

不合理なものであったか、自分がいかに彼を尊敬し、彼の言葉によってどれほど救われたか

彼の家族に伝えたかった。

 

 

同時に地球へ降りるのだから、これからの人生の居場所を探すのも悪くない。地球は未だコロニー落としの

被害から完全に回復はしていない。メカニックとして働けるところはいくらでもあるだろう。

あの銀のゲルググの軍人の言葉が浮かぶ、人生至る所に青山あり。

そうだ、踏み出せば自分の居場所はきっとある、アイランド・イフィッシュは既に無く、シドニーは

巨大なクレーターと化してはいるが、それはもう過去のことだ。

自分は軍人としてジオンと戦い、敵を殺してきた、味方の死を見てきた。そんな俺が恨み言を言うのは

筋違いだ、それも兄貴の教え。俺が歩んできた足跡をいつまでも見ていても仕方ないんだ。

それを夢の轍にして、さらに歩いていく、死が訪れるその時まで―

 

鉄道もろくに走っていない田舎を、タブレットの地図を頼りにバスや歩きで彷徨う。

季節は夏、緑濃く青山が太陽に映える大地、頬に汗をかきながらも乾いた風に心地よさを感じていた。

セミと言うらしい虫の声、たまにすれ違う元気な子供達、大空で弧を描く鳥、平和な光景。

 

「このあたりだな・・・」

タブレットとにらめっこしながら、一軒の家に続く道に入る。平屋ではあるが広い庭のある家。

庭の一角では少女らしき人物が、ホースで花に水をやっている。

彼はその家の門柱に埋め込まれた表札を確認する、サメジマは日本語表記で「鮫島」こんな漢字だった。

 

「水鳥」

 

あちゃー・・・どこかで間違えたか、なんて読むのかは知らないが明らかに違う文字。

しかしおかしい、ちゃんと道筋に沿ってここに来たはずだ、最悪引っ越してしまったか・・・

仕方ない、あの少女に聞いてみよう。いきなり外人が声をかけて引かれなきゃいいんだが。

「すいませんお嬢さん、このあたりにサメジマさんというお宅は・・・」

「はい?」

振り向く少女。そして両者が固まる。

彼の目の前にいたのは、かつての彼の部下、ツバサ・ミナドリ元二等兵その人だった。

 

 

「え、ジャック中隊長・・・ですよね。まさか私を訪ねてくださったんですか?」

呆然と口を開けて固まるジャックに、ツバサは少しはにかみながらそう答える。

「あ・・・いやいやいや、このあたりにいたヒデキ・サメジマって人を訪ねてきたんだが」

わたわたしながら答えるジャック、そんな風に笑顔を向けてそう言われるとこっちも対処に困る。

「・・・兄です、それ。」

「え、えええーっ!?」

もはや中隊長の威厳など皆無な表情で驚くジャック、かつての部下にクスクスと笑われる。

ありえない確率の偶然、兄貴がツバサの兄貴でツバサが兄貴の弟子の俺の部下で

何億という人口を抱えるこの地球でこんな片田舎でばったりと再会してしかも兄貴とツバサが兄妹で

えーとえーと・・・

 

「や、やぁ久しぶり、元気?」

思考停止してそれだけを絞り出す、固まった表情のままで。

「ぷっ・・・あははははははははは」

腹を抱え、涙を流して大笑いするツバサ、落としたホースのシャワーが二人の間に虹を作る。

 

「水鳥」、は母方の姓らしい、やはり「サメジマ」は軍において不祥事を起こした名前として

疎まれるのを恐れた家の者が、表札を挿げ替え、苗字を「ミナドリ」に変えたようだ。

ツバサはもともと、連邦軍の福利厚生施設で軍属として働いていたが、兄を知る彼女は、

その不祥事が信じられずに軍に身を投じたらしい、自ら事実を知るために。

もっともボールのシミュレーションやら軍隊教育やらでそんな暇は当然なかったのだが。

終戦後すぐに退役し、実家に帰って暮らしていたところに上官であり、命の恩人でもある

ジャックが訪ねてきたことに感激してくれた、そしてサメジマの名を知っていてくれたことにも。

 

「教えてください、兄のこと。」

本当は両親が帰ってきてから話すつもりだったが、まぁいい、話してやろう。

俺が兄貴から受け取った大切な言葉、そのおかげで自分の命があること、お前を救えたこと、

そして戦場で出会ったさまざまな人の言葉、敵と味方の戦場にもあった人を思う心、

部下を案じ、恋人を、思い人を守りたいと願う心を。

 

「ああ、長い話になるぞ。」

「はいっ!」

 

地球の片田舎、空は抜けるように青く、雲は湧き上がるように立ち、青山はどこまでも深かったー

 

 

 

MS IGLOO外伝

「顎(あぎと)朽ちるまで」

 

   ―おわりー



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あとがき

最後まで読んでくれた方・・・がもしいたら、この多数の小説のあるハーメルンにて

ここまでお付き合い頂いてありがとうございます。

まぁ素人丸出し、誤字多発なSSなんてとっくに見限られてるとは思いますが

それでも気分だけはラノベ作家のつもりで、あとがきなど書いてみようかと思います。

 

まぁ見ての通り、私はIGLOOが好きです、ええもうガンダム作品の中ではぶっちぎりに、

アニメ全体から見ても私の心をこれほど揺さぶった作品はまぁ稀でしょう。

なんでここまで好きかというと、IGLOO内のプロホノウ艦長の一言に集約されます。

 

「脇役は毎度のことだ」

 

そう、脇役が好きなんですよ、モブややられ役や日陰者や背景キャラの物語が。

伝説の英雄やら薄幸のプリンセスやらニュータイプやら運命の人やら

そんな人には興味ありません、少なくとも自分が描く物語には。

 

だって自分がそうですから。

 

ええ、ただの凡人ですよ、普通のオッサンですよ、ヒガミ入ってますよ、悪いか?ええおい。

でもそんな人にも物語あるでしょう、長い人生の中、少しくらいは。輝く時間が。

だけどガンダムはじめ一般のアニメでそんな人が輝くのはたいてい爆死する瞬間くらいでしょう

スレンダーが、クラウンが、トクワンが、デミトリーが、ジャブローの名もなきジムのパイロットが。

 

でもMS IGLOOは違います。時代遅れの大砲屋や戦車兵の、蹴散らされるだけのモビルポッドの少年たちの、

欠陥品を懸命にゴーストファイターに仕立てようとする悲しいピエロの、そして閑職に配属された

603技術試験隊の人たちの懸命のドラマがそこにはありました。

こんなアニメがあるのか、いや、こんなアニメを作ってくれる人たちがいるのか・・・もう一目惚れですわこんなん。

 

前作の「GBFsideB」にも多数のIGLOO機体が登場しました、やっぱ好きな機体に活躍してほしいし

GBFという素材なら脇役メカが活躍してもなんらおかしくはない、という思いがありましたから。

ただ、GBFという作品が好きかというと、正直そうでもなかったんです。

だってそうでしょ、サザキ君「お前ごときに!」で一蹴されるわ、カトーさん次回予告で敗北決定だわ

警備員たちは子供一人にノされるわ、どんだけレイジとメイジン贔屓の物語なんだよ、と。

sideBにはそんな作品へのアンチテーゼの意味も強く込められていました、だから主人公はボールだったんです。

 

この作品を読まれた方で、IGLOOなのに連邦軍?と思われた方は多いと思います。

IGLOOを「嫌い」と一蹴する人も結構多いですが、その代表的な原因のひとつが

「連邦軍がチンピラすぎる!」というもの。天邪鬼な私としては、それならばそのチンピラたちの

物語を描いてみよう、という発想に行きつき、以前から妄想していた二つのSSネタ

「シドニーとアイランド・イフィッシュで遠距離恋愛するカップル」と

「もしも603にザクレロが配備されたら」を取り込んで作品の骨子が決まりました。

 

主人公のジャック君は正直「薄いキャラ」です。透明なと言い換えてもいいかもしれません。

彼には「悲劇」と「尊敬する人物」「戦争」「部下」によって成長という色がついていくのを表現したかったんです。

そのための一番の色、それがサメジマの兄貴でした。実は彼にはモデルとなるキャラがいます、

某相撲漫画の準ラスボスで、王者でありながら相撲を愛し、研鑽を愛し、工夫、研究を楽しみ、

仲間の個性を大切に思う、作品内でもアニキと呼ばれる、そんなカリスマ性を持ったたくましい背中の漢。

 

ジャックの悲劇に釣り合うだけのポジティブさと説得力を持った人物、彼がいなくてはこの作品は

成立しなかったでしょう、事実最初の案ではジャックはア・バオア・クーでノーサイドってか?のセリフを吐き

戦死する予定でした。兄貴の言葉を支えに成長してきたからこそ、作品として曲がりなりにも

完走できたんだと思っています。。

また、最初の連邦のチンピラであるオハイオ小隊の隊長に彼を充てることで、連邦=チンピラではない、という

作品の前提を立てたかったんです。

 

話が進むにつれて、ジャック君以上に成長したのはこのSSそのものでした。

サメジマの兄貴の言葉が、ジャック君の成長が、ファーストガンダムやIGLOOの流れに沿った

単なるドキュメントから、彼の成長物語に引き上げてくれた、と言っていいでしょう。

 

それでも彼は仮にアムロと戦ったら「そこ!」の一撃で爆死でしたし、シャアと戦えば「邪魔だ」で

四散していたでしょう、それでいいんです。彼はあくまで普通の人ですから。

逆に言えば普通の人はどんだけ頑張ってもアムロにはなれませんが、

ジャック君くらいのレベルにはなれるよきっと、というメッセージでもあります。

 

エピローグで最後に彼がツバサちゃんと会えたのは、作者からの彼へのご褒美です

普通の人でも少々のロマンスくらいあってもいいじゃないかぁー!という願望ともいいますがw

 

このSSで粗末に扱ったキャラはいないと思ってます、ソーラレイで焼かれた部下3名は例外ですが

オハイオ小隊、デミトリー、カスペン、オリバー・マイ、ワシヤ、オッゴの学徒兵たち、

ワッケイン、エディ、ビル、ツバサ、最終決戦の少年兵たち・・・

だって彼らはシャアでもアムロでもなく、私の愛する脇役ですから。

 

ここまで読んでくれた方に改めてお礼申し上げます。

読者諸兄と脇役に幸あれ。

 



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