異世界プロレスinオーバーロード (NEW WINDのN)
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第1章 プロレスラー異世界へ
第1話 終わりは始まり


 

「さようなら、ダンディ須永……」

 西暦2138年……ユグドラシルというDMMO-RPGゲームのサービス終了時間直前……須永英光は長年──そう12年近く──愛用した、自らのゲームアバターに別れを告げた。

 

 

 ……はずであった。

 

 

「うーん、ここはいったい……」

 ユグドラシルに別れを告げ、自宅に戻るはずが、そこは見たこともない場所であった。

 須永は、まず情報を得るべく周囲を観察する。

(なんだ……なにが起きた? )

 自分が座っている場所は、周囲を木々で囲まれた倒木の上である。

(これは、どうみても……森だよナ)

 

 須永が生きていた現実世界は、大気汚染が進んでおり、このような森などは見たことはないが、先程まで遊んでいたユグドラシルのゲーム内ではお馴染みの光景ではある。

 

(だが、これはおかしい……リアルすぎるんだよな……そう、風があたる感覚、そして……匂いだ)

 風で揺れる木々から発せられる植物の匂いが、ここが、勝手知ったるユグドラシルではないことを教えてくれている。

 

「うーん、これはもしかすると異世界……ってやつかな? ……昔の小説で読んだり、映画で見たことはあるけど……」

 まさか自分が……と昔みたセリフを知らずにこぼしつつ、須永は自分の身体を見、顔を触りあることに気づいた。

 

(これってユグドラシルのアバターの姿だわ……)

 須永の姿は、リアルでの須永英光……ではなく、先程別れを告げたばかりのユグドラシルアバター……ダンディ須永の姿であった。

 今は廃れてしまった昔の娯楽の1つであるプロレスに魅了された須永は、自由度の高いユグドラシルにおいて、プロレスラー……ダンディ須永と名乗り、地味にソロプレイをしてきた。

 元から体が強い方ではなかった須永にとってプロレスラーとは超人であり、憧れの存在であった。

 ユグドラシルアバターのダンディ須永は、須永の理想のレスラーとして設定にはこだわった。

 肉体的な強さを得るために、人間種ではなく、竜人という種族をベースにしているが、通常時の姿は、人間にしか見えない。 鍛え上げられた鋼の肉体は、頑強さと柔軟性を兼ね備え、あらゆる技を使いこなせるようになっている。

 顔立ちは渋みのある美男子で、口髭がダンディ。年齢は30代後半の見た目と設定しているが、シワが少なく、精悍さと相まって、10歳前後は若くもみえる。

 背は昔の単位でいうところの一間(約180センチ)、体重は100キロと、ヘビー級にしては軽い設定となっている。

 もちろん異形種であるため別形態も設定はされているが、須永はユグドラシルにおいてその姿になったことはない。

 なお、プロレスラーという職業は、モンクの亜種である。

 

「なんにせよここにいても仕方ありませんな。情報を集めるとしますか。帰り方はあるのですかね……」

 何となくアバターの姿だと、ロールプレイで話してしまう。そんな自分に苦笑しながら、須永は立ち上がると、もう一度自分の姿をみてみる。 上半身は裸で、餅のような白い肌。下半身は、ハイレグの黒のショートタイツ。膝にはパーソナルカラーである紫の二ーパット。足元はアマレスシューズという、裸同然の格好である。

 

(さすがにこれはまずいかな。リングなら正装だけど、このままウロウロしてたら……捕まるわ)

 ユグドラシル最後の時を須永は1人地下闘技場でトレーニングをしながら過ごしていた。そのためこのような格好となっていた。

 

「外装は……ああ、なるほど」

 須永は一瞬で使い方を把握し、装備を整える。

「とりあえずは、ファンタジー世界であると仮定して……こんなところですかな」

 紫のロングパンタロンに、上半身は旅にでるもののために多少は頑丈に作られた布の服。いわゆる旅人の服と呼ばれるものだ。

 かなりの軽装ではあるが、元々鋼の肉体を持つレスラーである。余分な装備は必要はなかった。

 

「とはいえ、これでは少々寂しいですな」

 そう呟くと、入場時に使うために持っている多数のアクセサリーのなかから、違和感が少ないものを選び出す。

 選んだのは袖のない黒い革のベストに、テンガロンハット。どちらかといえば、ファンタジー世界の中世ヨーロッパではなく、アメリカの西部劇に近い形になるが、須永は気にしていない。

 

「あとはコレをつければ……」

 仕上げとばかりに左肘に黒のサポーターをつけた。

 須永が生きていた現実世界では知る人は少なくなったが、伝説のプロレスラー、スタン・ハンセンを意識したアクセサリーである。

 

「使わないにせよ、何かしら武器に見えるものを持った方が安全かも知れませんなぁ……」

 空中に腕を突っ込み、アイテムボックスを探る。

「武器、武器……っと」

 パイプ椅子、長机、ラダー、有刺鉄線バット、チェーン……と色々なアクセサリーが見つかる。

「武器というよりは凶器の間違いですな」

 ダンディ須永はベビーフェイスだが、ヒールモードでも戦えるため、凶器は揃えてある。

 

「この格好ならブルロープが似合うと思うけど、こっちにしときますかな」

 須永は悩んだ挙句、サーベルを取り出す。そして口に咥えてポーズをとった後、腰ベルトに挟み込む。

「一応旅人風に見えなくはないか」

 須永は満足げに頷き、森の出口を探して歩き出した。



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第2話 はじめてのバトル

「風が気持ちいいですなあ」

 須永は、涼やかな風の心地良さに思わず感嘆の声をもらす。

 転移地点から歩くこと半日。ようやく森を抜けた須永は舗装された道……街道と思われる場所へと辿り着いていた。

 

「さて、どうしたもんですかな」

 どちらに向かうべきなのか、どこへ向かえば正解なのかは、情報がない為わからない。

 

(未知を既知とする……か。ユグドラシルも手探りだったなぁ……)

 飲食不要、疲労無効のマジックアイテムのおかげで、須永には肉体的な疲れはないのだが、知らない土地に加え不慣れな森中を警戒しながら歩むのは精神的に疲労するものだ。

 

「むっ……」

 姿はみえないが、離れた場所から金属と金属がぶつかり合う音……剣戟が聴こえてくる。

 

「武器を持った者同士の戦いですか。どういう状況かわかりませんが、少なくても知性があるとみていいでしょうなぁ」

 須永は音のする方向へと足早に進む。ようやく現地の人______人とは限らないが_________との初接触である。

 

(あれだな……)

 見えてきたのは、馬車の中で震えている少女と、それを守ろうと扉を背に剣を振るって戦う金髪の女性剣士の姿だ。馬車の前方には、御者と思われる男性が、頭から血を流し倒れ伏していた。

(あの男性は……助かりそうにないか)

 馬車を襲っているのは棍棒を手にした巨体の醜い顔をした亜人……オーガが3体と、人間より小柄な醜い顔をした亜人……ゴブリンが8体である。ゴブリン達は粗末な革鎧を身につけ、それぞれバラバラな武器を手にしていた。剣、斧、メイス……というようにだ。

 

「______困った人がいれば助けるのは当たり前_____でしたかな。確か、たっち・みーさんの口癖でしたかなぁ」

 須永は、大会で何度か戦ったことがある、白銀の騎士の姿を思い出す。

 たっち・みーは、ギルド【アインズ・ウール・ゴウン】所属のワールドチャンピオンであった。

(実際彼には助けられたからなぁ。では、行くとするか)

 須永は、華麗さを醸し出しながら走り出す。

 

 ◇◇◇

 

「くっ……」

 オーガ達と交戦していた女剣士は、護りながら戦う難しさに歯噛みしていた。

 一体一体の強さは彼女……レイナース・ロックブルズの力量であれば十分太刀打ちできるのだが、数の不利は否めない。

 

「お姉ちゃん、右!」

 後ろから少女の震え声が聞こえる。

「ぬんっ!」

 レイナースは即座に反応し、右側から剣を振り下ろしてきたゴブリンの右腕を切り落す。

「グゲッ」

「はぁあっ!」

 返す刀で、呻くゴブリンの首を突き刺し、一体を屠る。

 

「単独でカカルナ。同時にヤレ」

 一体のゴブリンの指示が飛び、レイナースは完全に囲まれてしまった。

「このっ!」

 右に左にと剣を振るうが、多勢に無勢。倒すまではいかず、次々に襲いかかる攻撃を凌ぐのが精一杯になってゆく。

「チッ、こんな奴らにっ!?」

 舌打ちをしつつ、ゴブリンへと剣を突き出す! 

「ヌガアアアッ!」

 だが、死角から振り下ろされたのオーガの棍棒が、レイナースの剣に命中してしまう。

「ぐあっ……」

 体重の乗った重い一撃をこらえきれず、レイナースの剣は大きく弾き飛ばされてしまった。

 

「し、しまった」

「お、お姉ちゃん……」

「くっ……」

 希望を絶たれたと感じた少女の声を否定できず、レイナースは唇を噛み締め、篭手だけになった拳を握り身構える。

 

「殺セ」

 チャンスとみたゴブリン達がじわりとにじり寄る。

「死ネ!」

「とおっ!」

 掛け声とともに紫色の影が、空中で前方に1回転し、伸ばした右足で剣を振り下ろそうとしていたゴブリンの胸板を蹴り飛ばした。

 

「グギャッ!」

 蹴られたゴブリンは、吹き飛ばされながら、粉々に砕け散る。

「!?」

 レイナースは何が起こったのかと目を見開いた。

「……様子見のライダーキックだったんですがな……どうやら少しばかり、力が入り過ぎたようですな」

 飛び込んできたのは、若干変わった服装の旅人らしかった。

 

「お嬢さん方、このダンディ須永が助太刀させていただきますぞ」

 言うがはやいか、須永は右の前蹴りで斧ゴブリンの腹部を蹴り飛ばし、左手でメイスゴブリンの首筋にチョップを打ち込み、一瞬にして2体を戦闘不能に追い込む。今回は爆散してはいないが、ピクリとも動かないところを見るともう生きてはいまい。

 

(ただ当てただけなんだけどね……どうやらレベルは高くないようだ)

 時計回りに一回転して右の裏拳をもう1人の斧ゴブリンの顔面に、さらにもう一回転して右足のローリングソバットで2体目のメイスゴブリンの顎を蹴り抜き、昏倒させる。

 

「やれやれ……ですな」

 呆然とする残るゴブリン2体を逆ローリングしての袈裟斬りチョップと、さらに反転してのバックスピンエルボーで、打ち倒す。

「あとはオーガですか」

 2mほど離れた位置にいたオーガ目掛けてジャンプして両足を揃えてドロップキックで顔面を打ち抜き、空中で身体を捻って華麗に着地してみせる。

「ニゲル」

 ここで、ようやく事態を把握したオーガ2体が、背を向けて逃げ出した。

 

「ふむ……もう少し付き合ってもらいますぞ」

 須永は素早くダッシュして、一瞬で追いつくとスライディングしてオーガの足を挟み込む。

「グオッ!?」

 巨体を誇るオーガだったが、まるで羽毛のような軽やかさであっさりと後頭部から地面に倒れ込んだ。

 

「なんて、スピードとパワー……なの」

 レイナースはようやく言葉を挟む。ここまでの須永の華麗な舞を踊るかのような動きに目を奪われていたのだ。

 

「さて、いきますぞ!」

 須永は右拳を突き上げ、アピールをきめる。

「いっちゃえ!」

 アピールにつられて、少女から声援が飛んだ。

(お、異世界初の観客ポイントゲットだね)

 須永は、声援に答えるように頷くと、仰向けにダウンしているオーガの両足を両脇に抱え込んだ。

 

「フンっ!」

 軽々と巨体を宙に浮かせると、そのまま右回りに回り出す。

「1、2、3……」

 思わず数を数え始める少女。レイナースも途中からつられて数えだす。

「「6、7、8」」

「せやっ!」

 ここで須永はジャイアントスイングしていたオーガを軽々と投げ飛ばした。

「!?」

 オーガは凄い勢いで飛んでいき、逃げているオーガの背中に激突。

 そのまま、二体とも悲鳴すら残さずに爆散してしまった。

 

「む、ちょっといい技を出したらこれですか……加減が難しいですな」

 独り言ちる。ユグドラシルでのダンディ須永は、上限であるレベル100のプレイヤー。その身体能力はレベル通りに高い。

 

(どうやら、そのままの力で転移したようだな。今の手応えからすれば、ゴブリンもオーガも1桁レベルかな? そこの剣士はそれよりはだいぶ高いように感じるけど、この世界のレベルはどうなっているんだろうナ。ってなんでこんなに冷静なんだろうなぁ)

 突然異世界に転移したというのにやけに冷静な自分に気づき心の中で苦笑する。

 

(ま、ダンディ須永の冷静って設定か、精神安定というスキルの効果なんだろうけど、それにしても、最初のライダーキック……やはり現実になると……ぐちゃって感触が……嫌な感じだよ)

「あ、あの……ありがとう……」

「ありがとう、お……お兄ちゃん」

 金髪の剣士と、少女が頭を下げ、感謝の意を述べる。

 

「いえいえ……ご無事でなによりですな」

「たしか、スナガさんでしたっけ。私はレイナース・ロックブルズといいます。スナガさんは、お強いですわね」

「いやいや、たいしたことはありませんよ。少々護身術を学んでおりましてな」

 須永は優しく微笑む。

 

(少々……冗談じゃありませんわ。私も腕に覚えはありますが、素手であのような芸当は無理ですわね。……というか、できる人間などいないと思います)

 レイナースの心に嫉妬はなく、凄いものを見たと素直に思った。

「少々とはまたご謙遜ですわね」

「そうですかな。ま、良いでしょう。ところで、お嬢さん達はこれからどうされるのですか?」

 須永は情報を引き出しにかかることにした。



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第3話 不敗

「ここが闘技場ですな。見ているだけでも気分が高揚してきますなぁ」

 

 異世界へとユグドラシルアバターの姿のまま迷い込んだ須永は、バハルス帝国帝都アーウィンタールにある闘技場へと足を運んでいた。

 オーガとゴブリンから助けた金髪の女性剣士、レイナース・ロックブルズから色々とこの世界の情報を得た須永は、手っ取り早く金を稼ぐ方法として教えられたこの場所にやってきていたのだ。なお、レイナースは皇帝直属の騎士になったばかりという話を聞いている。

 

(そもそもダンディ須永のスキルじゃ、戦うか、料理をするくらいしか金を稼ぐ方法なんて思いつかないからなぁ……)

 ダンディ須永は日本だけでなく、アメリカ、メキシコで活躍し各国のリングでベルトを獲得。滞在先では、シェフ顔負けの腕前で自炊をし、レスラー仲間にも腕を披露することがあった……という設定がある。

 もっとも、料理で稼ぐには材料や道具が必要なため、今すぐには無理な話だ。

 

(レイナースさんから、"城で働くなら紹介しますわよ"と言っていただいたけど……まあ、本当に困ったらそうさせてもらえばいいかなぁ)

 この数日の間に彼女からは、色々な情報を得ている。

(帝国最強の存在____逸脱者_____と呼ばれている最強の魔法使いで、第6位階魔法までだって話は本当なんだろうか。もし本当だとしたら、第10位階魔法が使える100レベル魔法職なんかが転移してきたら……まさに超越者(オーバーロード)だよ。もはや圧倒的なんじゃないか? )

 魔法職と比べたら、多様性は明らかに肉体派の須永が劣ることは否めない。

 

(ま、そんな時はスッと行って……)

 

 ドスッ! 

 

「おっと」

 考えごとをしながら歩いていた須永は迂闊にも前から歩いてきた、粗末な布の服をきた女性とぶつかってしまう。

「あっ……」

 100レベルプレイヤーである須永はこの程度のことではダメージは受けたりしないが、ぶつかった女性はバランスを崩してしまい、パリン! という音とともに地面へ倒れ込んでしまった。

 

「あ……」

 女性の整った顔に怯えの色が浮かぶ。よく見ると彼女の耳は半分ほど切り取られている。その耳の形状から、彼女はどうやらエルフと見受けられた。

 

(確か、エルフの奴隷はこんな風にされるって話だったよな。ゲームの中じゃなくて、現実になるとやはり……愉快ではないな)

 須永は基本的にベビーなので、悪行には腹が立つのだ。ただし、ヒールモードの時は別だが。

 

「大丈夫ですか?」

 須永は優しい声音で語りかけながら、倒れた女性に手を差し伸べる。

 

「は……」

「なにをやっているんですか、このグズが」

 若い剣士風の男が怒気をあらわに近づいてくると、返事も待たずに容赦なく全力でエルフの顔を右足の爪先で蹴り飛ばす。

「ぎゃうん」

 エルフは、鼻から血を流しながら倒れ込む。

(女性の顔面にトーキックかよ、コイツ色々と反則だよ)

 須永は怒りを覚える。

 

「大事なポーションを割るとは……」

 倒れているエルフをもう一度蹴り飛そうと足を振り上げる。

 

「なにをしているのですか、貴方は」

 須永はその蹴り足を左手で容易く受け止める。

「部外者が邪魔をするなっ!」

「残念ながら、私は部外者ではなく当事者ですな。なにしろ彼女は私とぶつかって倒れてしまったわけですからな」

「……なるほど……なら貴殿がポーションを弁償してくれるのですか?」

 剣士は睨みつけながら尋ねる。

(ポーションの手持ちはあるけど、こいつに物は与えたくない)

 須永も睨み返しつつ、答えを口にする。

 

「……それよりもっと楽しいことをしませんかな?」

「楽しいことだと?」

「ええ。見たところ貴方は腕に覚えがあり、力を持て余している様子。そこに倒れているものを含め、3人のエルフを痛ぶって鬱憤ばらしをしているとお見受けします。ならば、正しい方法で、エネルギーを消化するとよいと思われますな。……私と戦ってみませんかな?」

「なっ……なんだと……」

 剣士は思いっきり動揺していた。初めてあった男に完全に見透かされていたのだ。

 

「……よいでしょう。この不敗の天才剣士、エルヤー・ウズルスに挑戦しようとは愚かですね。せっかくですから闘技場の大勢の観客の前で恥をかかせてやりましょう。ま、生きていればの話ですが」

「ふむ。決まりですかな。ああ、そちらはチームなのでしょう? 私は1対4で構いませんよ。ようは、ハンデキャップマッチですな」

 須永はさらりと煽りを入れる。みるみるうちにエルヤーの顔が真っ赤になっていく。

「ふん、負けたときの言い訳にするつもりですか、姑息な」

「逆ですな。そちらがチームなら負けなかったという言い訳をできなくするためですぞ」

「ふん……名を聞いておきましょうか。対戦を組んでもらうにも名は必要ですから」

 エルヤーはムッとしながらも、口調を崩さずに尋ねた。

 

「私ですか? 私の名前は、ダンディ須永。まあ、ダンディ・ドラゴンとも呼ばれていますがね」

 須永は一呼吸置くと、口調を変える。

 

「おい、エルヤー! このダンディ須永が、お前に初の敗北の味を教えてやるから、首を洗って待ってやがれ、このゲス野郎!!」

 

 須永はいつの間にか持っていた小道具のマイクを地面へと叩きつけた。

 

 



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第4話 デビュー戦

 帝都アーウィンタールにある闘技場には、大勢の観客が詰めかけていた。観客の半数は若い女性であり、彼女たちのお目当てはエルヤー・ウズルスである。

 性格にはかなり難アリなのだが、見た目は悪くないどころか、良い部類に入るし何より"不敗の剣士"の異名通りに負けなしの強さがある。人間よりも強い種族が多いということもあってか、この世界の女性は強さに惹かれる傾向にあった。

 

「ただいまより、本日のメインイベントをおこないます」

 場内に声を拡大するマジックアイテムを使った闘技場アナの声が響き渡る。

 

「結構な入りじゃないか」

 闘技場の高い位置に設置されている貴賓室のなかで、高価な衣服に身を包んだ金髪の男が呟く。

「そうですわね、陛下」

 それに応えたのは、金髪の女性剣士レイナースである。

「まあ、せっかく皇帝たる私が出張ってきたのだ。こうでないとな」

 バハルス帝国の若き皇帝"鮮血帝"ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは楽しげである。先日部下であるレイナースから自分よりも遥かに強い男がいるとの情報を聞き、自らそれを確かめるために、急遽ここにやってきたのだ。

「対戦相手は不敗の剣士、エルヤー・ウズルスか」

「いけ好かない野郎ですが、腕は確かですぜ」

 護衛として傍にいる帝国四騎士筆頭のバジウッドが微妙な顔をする。

「ほう……まあ、役にたつのであれば、別に構わないんだがな……ま、その点も含めてみさせてもらうとするさ……」

 ジルクニフは出自を問わず、優秀な人材を集めている。かつては戦場で敵対国の戦士長を自ら勧誘したことがあるくらいだ。

 

「ま、俺も見定めさせてもらいますよ」

 バジウッドは心得ているとばかりにニヤリと笑った。

「ああ。''雷光"の目、信用しているぞ」

 ジルクニフは、目線を闘技場内へと向ける。

 

「さあ天武の入場に続いて、"不敗の剣士"に負けを教えると豪語する、挑戦者……ダンディ須永の入場です」

 闘技場アナの紹介に場内からブーイングが飛ばされる。

(ま、今は仕方ないかな)

 須永が通路を通って、場内へと姿を見せる。

 

 今日は、薄い紫のロングパンタロンに、同じ色の二ーパット、レガースを装着。上半身は左肘に同色のエルボーパットを身につけており、入場用の白い袖なしのガウンを着ている。その背中にはスカイブルーの文字でSUNAGAと書かれていたが、その文字は闘技場の観客には読めない。

 

「逃げなかったことは褒めてさしあげます」

「それは、こっちのセリフですな」

 エルヤーと須永は闘技場の中央で睨み合った。エルヤーの後ろにはエルフが3名控えていた。

 

「なお、この試合は、皇帝陛下も御覧になっておられます」

 進行役からの紹介を受け、貴賓室の皇帝ジルクニフが姿を見せると、若い女性達から黄色い歓声があがる。その歓声の大きさは、エルヤーよりも遥かに大きく、ジルクニフは満足して席についた。

 

 

「はじめっ!」

 両者が離れた、須永がガウンを脱いで身構えたところで、試合開始が告げられた。

 

「ヘイ、ボーイ。カモン、カモン!」

 須永は言葉だけでなく、右手でおいでおいでと相手を煽る。

「なめやがって!」

 エルヤーはまんまと挑発に乗り、距離を詰めると剣を振るう。太刀筋はするどく、結果を期待する歓声があがる。

 

「ぬんっ!」

 須永はそれを避けようともせずに胸で受けた。

「……この程度でしたか。たわいもない…………なっ?」

 エルヤーの剣は確かに須永を斬ったのだが、須永には傷一つついておらず、何も無かったように平然としていた。

「おおおっ!」

 血塗れになっている姿を予想していた観客席がどよめく。

 

「なんだあれは……」

 皇帝ジルクニフも驚きを隠せず、思わず腰を浮かせてしまっていた。

「うーん、もしかするとモンクが使うアイアンスキンという武技とかですかね。体を鉄のような硬さにするとかいうような……うろ覚えですが。それに須永とやらは、"重爆"の話通りに素手で戦うスタイルのようですし」

 バジウッドが、納得のいく答えを返す。

 

「その程度ですかな?」

「ま、まだまだっ!」

 エルヤーが袈裟斬りにするが、やはり須永は平然と受ける。傷はつかない。

「どうしましたかな?」

「おのれっ!」

 2度、3度と剣を振るうも、やはり傷一つつかない。

(試しにと思ってパッシブの物理耐性を切ってみたんだけど、レベル差があるからなぁ)

 そもそもプロレスラーは、格闘家の中でも相手の攻撃を受け止めることに長けている。故に耐久力は高い。

 

「どういうことですか、これは……おい、やつは魔法を使っているのか?」

「ひいっ……魔力は感知できていません」

 エルヤーの苛立つ声に怯えたエルフが即座に答える。

(普段から暴力と恐怖で縛っているのか。本当にクズだなこいつは)

 須永はそろそろ攻撃を仕掛けることにした。

 

 

 

 

 



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第5話 飛龍

「やれやれですな」

 須永は軽く左の逆水平チョップをエルヤーの胸元に叩きつける。

「ゲボっ」

 たった一撃で鎧に亀裂がはしり、エルヤーはガックリと両膝をついてしまった。

「うおおっ!?」

 観客は驚きを隠せない。

「な、なんだ、あれは……」

 ジルクニフは目の前で起きたことがわからない。ただただ凄いものを見た気がしていた。

「どうやら、手刀を叩きつけたようですが、威力がハンパねぇ……。下手な武器よりスナガって奴の体のが強い気がするぜ」

 バジウッドは鳥肌がたっていることに気がついていない。

 

「その高さは、格好の的ですな」

 エルヤーの左耳に右の手刀で耳削ぎチョップ。さらに顔面に左の逆水平! エルヤーの鼻から、鮮血が噴き出す。

 

「うぎゃっ……わ。わだしの耳……あ、あっだ」

 エルヤーは耳がなくなったような感覚に陥っていたが、無事な事に安堵した。

(ま、削がないように撫でただけですし)

 その気になれば削ぎ落とせるのだが、今はそこまでする必要はないという判断だ。

 

「ちゆ、治癒をよこせっ!」

「は、はいっ」

 エルヤーの怒鳴り声に慌ててエルフの1人が回復魔法を飛ばす。

「支援もよこせっ!」

 次々と支援魔法が飛び、その度にエルヤーの身体が光に包まれる。1つ飛ぶ度にエルヤーの顔に自信が戻っていくのがわかる。

「……いくらでも構いませんぞ」

 須永は余裕を崩さない。

 

(やっぱりこの世界はレベル低いよナ……不敗っていうからどうかと思ったけど、せいぜい20レベルあるかどうかかな。ま、まだ若いし伸び代はあるだろうけど)

 正直なところ、エルヤー相手なら全部避けようと思えば避けられるし、力を入れれば一撃で倒せると思っているのだが、須永は格闘家ではなくプロレスラーである。ただ勝てばよいというものではない。魅せて勝ちたいのだ。

 

「その余裕が命取りです。<能力向上>」

「むっ……気配が変わりましたな」

 須永はレイナースから聞いた知識の中にあった武技というものを思い出した。

(なるほど、やはりユグドラシルにはないスキルなのか。名前通りの技のようだけど、どれくらい強くなるのか)

 未知の技能を前に須永の心には、警戒とワクワク感が同居する。

 

「くらえ、<空斬>!」

 離れた位置から斬撃を飛ばすエルヤーの切り札が、支援魔法と武技の力によって速度。威力をブーストされ、須永に襲いかかる。

 

「うおっ!」

 須永はそれを真っ向から受け、後方に二回転しながら吹き飛んだ。

「逃がしません。<空斬>!」

 宙に浮く須永へ追撃の一撃。須永の体がさらに弾き飛ばされる。

 

「どうですか、これが私の……なっ……」

 勝ち誇ろうとしたエルヤーは、信じられないものを見た。

 須永は見事に空中で体を捻ると、両足でしっかりと着地。その体はまったくの無傷であった。

 

「うぉぉっ!」

「なっ……ありえない……」

 盛り上がる観客達。そして青ざめるエルヤー。

 

「<空斬>」

 須永はそう呟くと、右手を袈裟斬りに振り下ろす。

「な、なにっ!? ぐうっ……」

 エルヤーの胸元を見えない何かが襲った。

「おおっ!」

 客席は須永がやり返したと見て、沸いている。

 

(前世紀に書かれた何かの漫画で読んだけど、これだけの身体能力があればできてしまうんだなぁ……。まあ、エンターテインメント系の団体なら、こういうファンタジックな技もありなんだけどね。蛇界とか戦う化身(ザ・エスペランサー)のレーザービターンとか……)

 

 須永はこの世界独自の技術である武技は使えない。先程の須永の<空斬>は、高速で右チョップを振り下ろすことで発生した衝撃波をぶつけただけだ。

 

「そろそろこちらのターンですかな?」

 須永はゆっくりと差を詰めてゆく。

「<空斬>!」

 エルヤーは近づけまいと武技を放つが、須永は平然と受け流す。

「馬鹿なっ……効いていたはず。<空斬>」

 意に返さずに須永はじわじわと近づいてゆく。

「<空斬>! <空斬>っ!」

 何かに取り憑かれたように連発するのだが、エルヤーが疲労するだけである。

 

(最初はわざと飛んだだけだからなぁ……)

 そう、一発目の空斬は演出として吹き飛ばされただけであり、やはりエルヤーの攻撃ではダメージを受けない。

 

「何をしているんですかっ! 撃ちなさい、撃てっ!」

 エルヤーはエルフに攻撃魔法を指示するが、その前に須永が懐に飛び込んできていた。

 

「くそっ!」

 エルヤーは咄嗟に剣を振り下ろすが、その腕を須永に掴まれてしまう。

 須永は体を半回転させながら、その腕を自分の右肩へと叩きつける'腕折り'を決めた。

 

 ボギッと嫌な音がして、エルヤーの右腕が砕ける。

 

「うぎゃぁぁぁぁああああ」

「せいっ!」

 須永は体を回転させ、強烈なスピンキックをエルヤーの左肩に打ち込んだ。

「ぐぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁ」

「加減が難しいですな……治癒をどうぞ」

 エルフが慌てて治癒魔法をかける。

 

「本当に素手なのか……」

「いや、マジでヤバいっすわ」

 貴賓室のジルクニフとバジウッドは、須永の技の威力に瞠目することしかできない。

 

「さて、まだ続けますかな?」

「ふざけるなっ!」

 回復したエルヤーが斬りかかるが、須永はそれを左手の手刀で軽々と弾き飛ばす。

「くそがあああっ」

 もう一度エルヤーが剣を振るうが、須永は右のエルボーでそれを迎撃。

 バギッという音を残して、剣が真っ二つに折れた。

 

「なんてやつだ……」

「本当に下手な武器より強かった……」

 貴賓室の2人は感嘆の声をもらす。

 

「そろそろ諦めてはいかがですかな?」

「なめるなあっ!」

 エルヤーは、右足で須永の急所を蹴りあげる。

「おっと、それは反則ですな」

 須永はその蹴り足を左手で抱えるようにキャッチ。

「は、離せっ!」

「では、いきますぞ……ドラゴンスクリュー!」

 右人差し指を高く差し上げながら、その指を回し、仕掛ける技名を宣言する。

(何しろ、誰も技名なんか知らないだろうからね)

 ちょっとしたサービスである。実際「サイバーカッター!」など技名を叫びながら仕掛けるレスラーもいたぐらいだから、違和感はない。

 須永は右手をエルヤーの足に絡めて、自らの体とともに一回転させる。この技の受け方を知らないエルヤーはタイミングが取れずにモロにダメージを受けてしまう。

 

「うぎぃぃい」

「あっちゃー、ありゃ折れたかもな……」

 バジウッドが呟く。

 

「逃がしませんぞ」

 須永は倒れているエルヤーの頭部へ回りこむと、左脇で頭部を締めながら、右手を右脇で抱え込む。

「ドラゴンスリーパー!」

「うぎゃぁぁぁぁああああっ」

「……まだ勝負しますか? ギブアップをオススメしますが」

 もはや誰の目にも勝敗は明らかであった。闘技場にいる全ての人が、不敗の天才剣士の敗北を悟っている。

 

「だれが……するか……」

 いや、1人例外がいた。当の本人が認めていないようだ。

 

「仕方ありませんな……」

 須永は、片足しか使えないエルヤーの首根っこを掴んで無理矢理立たせる。

「これで、決めますぞ!」

 須永は、そう宣言すると、左肘のサポーターをおもむろに投げ捨て、腕をしごいた。

 

「おおっ!」

 場内から歓声があがる。

「決めろ、スナガ!」

 思わずジルクニフも窓から身を乗り出し拳を振り上げていた。

「なっ……へ、陛下……」

 バジウッドは信じられないものを見た気がしていた。

 

 須永はステップバックして、距離を取る。

 

「ウエスタンラリアット!」

 そして助走をすると左腕をエルヤーの喉元にぶち込んだ。

 

「ふぎゃっ!」

 情けない声をあげたエルヤーが、闘技場の壁まで勢いよく吹き飛ばされ、血反吐を吐いて、失神。

 チームリーダーを失った天武のエルフ3人娘は即座に降参の意を示すと、気を失っているエルヤーをよってたかって蹴り飛ばす。

 

 プロレスではよくある仲間割れの図と言えなくもない。

 

「ただいまの試合は、挑戦者……ダンディ・ドラゴン、ダンディ須永選手の勝ちでございます」

 須永は右腕をあげて、勝利をアピール。観客席から大きな拍手が巻き起こった。

 

「次は武王とやれー」

 観客席から声が飛ぶ。

(武王か。強いのかね……)

 もう少し楽しめる相手だとよいなと須永は思っていた。



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第6話 バトル"ロイヤル"

 

「よくきてくれたね。私が、バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ」

「ダンディ須永でございます。この度はお招きいただきありがとうございます」

 須永はできるかぎり、丁寧な言葉を選ぶ。

「楽にして構わない。スナガ、昨日の試合見事だったよ」

(そう言っていただけると助かるよ。まさか皇帝と会うことになるとは……"鮮血帝"か……たしかにカリスマがあるな)

 どこで調べたのか、須永が宿泊していた宿屋に、今朝突然使者がやってきて、「皇帝陛下の御召である」と告げられ、返事をする間もなく高級馬車に乗せられて城へと来ていた。

 

「ありがとうございます。光栄ですな」

「あれは初めて見る戦い方だったな」

「そうでしょうな。使い手は限られていますので」

 実際須永が生きていたリアル世界では、過去の娯楽であり、自由度の高いユグドラシルでも、わざわざプロレスラーを選ぶ酔狂なプレイヤーなど、ほとんどいなかったのだ。

 

「そうなのか。確かに聞いたこともない技の数々だったな。ドラゴンスクリューとか、ウエスタンラリアットとか」

 ジルクニフは、左腕を振るってラリアットの真似をする。

「私の戦い方を総称して、プロレスといいます」

「ほう、プロレスと言うのか。やはり初耳だな」

 ジルクニフはウンウンと頷きながら、今度はドラゴンスクリューの真似をしている。

 

(陛下……かなり気に入ったんだろーな)

 傍に控えるバジウッドは、ジルクニフの仕草を見てそう感じていた。

「そして、私はプロレスラーです。まあ、わかりやすく言うとプロレスラーとは、明るく楽しく激しく……熱い、魅せる戦いを生業とするモンクの亜種ですな」

 昨日の試合は、須永本人は満足のいく試合内容ではなかったのだが、それはプロレスの美学からみたものである。

 ジルクニフをはじめとする闘技場にいた観客からすれば、衝撃のデビュー戦であった。

 相手の攻撃を全て受けた上で、無傷で完勝など簡単にできることではないし、初めて見る素晴らしい技にすっかり魅了されていた。

 

「そうなんだね。とても興味深いよ。さて、スナガ、そこで提案があるのだが」

「伺いましょう」

「うむ。スナガ、皇帝直属のプロレスラーとして、活躍してみないかい?」

 ジルクニフは魅力ある笑顔を浮かべる。

「直属のプロレスラーですか?」

「そう。平時は私の傍にあって武術を配下に広めて欲しい、そして私を守ってくれ。もちろん闘技場で試合することは自由だ」

 ジルクニフの提案は、行く宛があるわけではない須永にとって断る理由がないものである。

(皇帝直属のプロレスラーなんて、過去にいないんじゃないのかな。もちろん皇帝と呼ばれたレスラーはいたけど。この異世界で確固たる居場所があるというのは助かるよナ)

 須永はあっさりと心を決める。彼はプロレスラーになれるのであればそれでよかったのである。

 

「微力ながら、このダンディ須永、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下のお役にたってみせましょう」

 須永は右手を胸にあて、頭を下げる。

「これはめでたい。よろしく頼むよ……スナガ」

「どうかダンディとお呼びください。陛下」

「よかろう、ダンディ……頼りにしているぞ」

 ジルクニフは満面の笑みであった。

(こうもあっさりと了承してくれるとは、少々拍子抜けだが……欲のない男なんだろうな)

 こうして、皇帝直属の四騎士に続く新たなる戦力……としてジルクニフ幕下に加わることとなる。もっともその実力は四騎士よりも上であるのだが。

 

「では、歓迎だ。まずはここにいる者達……四騎士を含んで揉んでやってくれ」

「いいっ? マジかよ……」

 バジウッドが悲鳴混じりに困惑の声をあげた。

「……マジだよ」

 ジルクニフは楽しげにバジウッドの口真似で返した。

 

 

「ぐえっ!」

「ぴぎゃっ!」

 まずは近衛騎士達が挑んだのだが、須永のエルボーやチョップ、蹴りといった基本技で壁まで吹き飛ばされて、次々に脱落していく。

 

(これでも加減しているんだけどなぁ。本当にこの世界はレベルが低い……)

 須永は空手家ではないので、秒殺を好まない。理想としては、60分1本勝負で、40分を超える死闘……相手の技を受け切って、力を出し尽くした上で倒したいのだ。

 だから、須永は近衛達の攻撃を出来るだけ受けた上で、反撃していたのだが……。

 

「12人の近衛が3分も持たずに全滅か……」

 バジウッドは改めて目の前に立つ新たな同僚の力に戦慄する。

「さすがですわね」

 レイナースは珍しいことに笑顔である。

「…………凄い……」

「…………」

 須永の力を初めてみる残る2人はただ驚くことしか出来ない。

 

「さて、次は四騎士だ」

 ジルクニフは楽しそうに告げた。

 

「全力で行かせてもらう」

「構いませんぞ、バジウッド殿」

 四騎士は皇帝の命令を受け勝ち目のない戦いに挑む。4人で取り囲み、次々に攻撃を加えるが、須永は、全て真っ向から受け止め、ダメージを受けない。

「くっ、守りが硬い……」

「気をつけろよ、激風。反撃が来るとやべーぞ」

「は、はい」

 須永は、盾を蹴り飛ばし、剣を肘で弾き飛ばし、槍を掴んで投げ飛ばす。

「くそっ、4人がかりだってのに」

 バジウッドはすでに肩で息をしており、他の3人も同じような状態であった。

「では、こちらからいきますぞ」

 須永はそう宣言すると、攻勢に出る。

 

「グハッ……」

 "不動''ナザミは両手に持った盾で戦うスタイルだが、自慢の盾を2枚とも蹴り飛ばされてしまい、仕方なく繰り出した蹴りをキャッチされ、そのままキャプチュードで後方へと頭から投げ飛ばされ、気絶。

 

「あいたたた……参った、参りましたっ……」

 "激風"ニンブルは、旋回式の一本背負いで武器ごと投げ飛ばされて、そのまま腕ひしぎ逆十字固めを決められ、即座に降参。

 

「きゃああっ」

 "重爆"レイナースはか弱い少女のような悲鳴をあげながら、優しくボディスラムで床へと叩きつけられて、戦意を喪失。

 

「くそぉっ」

 残った"雷光"バジウッドは一番の粘りをみせたものの、エルヤー戦でのフィニッシュ・ホールドであるウエスタンラリアットを決められ、エルヤーに続き意識を失った。なお、血は吐いていない。

 

「見事! 素晴らしいぞ、ダンディ」

 ジルクニフは興奮を隠せない。

「ふふ、では陛下も……えいっ!」

 楽しげなジルクニフに近づいたレイナースがその腕をとって、須永へとホイップする。

「な、なにをする」

「陛下はこうおっしゃいましたわ。ここにいる者達……四騎士を含んで揉んでやってくれと。ここにいる者達には、陛下も含まれますわっ!」

 これはレイナースの拡大解釈なのだが、確かに取り方次第ではある。

「な、なにいっ?!」

(うわー。どうすっかなー)

 困ったのは須永だ。まさか皇帝を蹴り飛ばしたり、投げ飛ばすわけにもいかない。

 

「てやっ」

 須永は突っ込んでくるジルクニフを両足を広げるフロッグジャンプでかわすと、その腰を掴み飛び込み前転で優しくふんわりと丸め込む。いわゆる前方回転エビ固めである。

「おわっ」

 ジルクニフの視界が縦に一回転。気がつくと床に倒れ込んでいた。なおダメージは、ない。

「失礼しました、陛下。大事ありませんかな」

「あ、ああ……重爆っ!」

「あら、陛下のお言葉に従っただけですわよ?」

 レイナースは悪びれない。

「まったく……不敬罪で処刑するぞ?」

「あら、怖いですわね」

 レイナースはさらりと受け流した。

「まあ、よい。ダンディ、重爆を徹底的に鍛えておけ」

「畏まりました。みっちり鍛えさせていただきます」

 須永は、悪い笑みを浮かべてみせた。

 



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第7話 はじめての挑戦

 

 帝国闘技場で"不敗の剣士"エルヤー・ウズルスを圧倒的な強さで打ち破り、ダンディ須永が衝撃のデビュー戦勝利を飾ってから1ヶ月が過ぎた。

 あれから試合が組まれることもなく、須永は帝国騎士達の訓練と、皇帝ジルクニフに護身術の指導をしながら日々を過ごしていた。

 

「そう、いいですな。今の一撃はよかったですよ」

 指導したところで、一般の騎士達がプロレスラーになるわけではないのだが、騎士達が自らを守る奥の手にはなるかもしれない。それが帝国の力となり、皇帝ジルクニフを護れるのであればよいと須永は思っている。

 

「今だ! 相手の装甲が薄い部分を狙え」

 今教えているのは、武器を失ってしまった時を想定した自己防衛術だ。篭手と鎧の間に手刀を打ち込んだり、顔面を掌打で打ち抜いて相手を怯ませる……というようなものである。

「武器を失っても諦めてはいけませんぞ。生きて戻ることがこそが大事ですからな。陛下の為にまた働くことができますから」

 死んでしまえばそこで終わりだが、命があれば先がある。

(それに陛下から、騎士の育成には時間と金がかかっていると聞いているからね)

 万が一の際に1人でも多く助かるように……須永はそう願っていた。

 

(……最初よりは良くなってきたな。人に教えるなんて初めてだったけど、上手く出来ている気がするな。……しかし、これはこれでなかなか充実しているけど、そろそろ試合がしたいなぁ)

 須永は試合をすることを望んでいるが、何分凄さを見せ過ぎてしまったため敬遠されているのが現状である。

 

「ダンディ、今のはどうだった?」

 ジルクニフが輝く笑顔で尋ねてくる。

「陛下は飲み込みが早いですな。素晴らしい反応でした」

「そうか。よし、もう一度いくぞ」

「マジかよ、勘弁してくれよ陛下」

 ぐったりとしたバジウッドを相手にジルクニフは元気よく技を仕掛けていった。

 

(一番の成長株が、まさか陛下とはね。好きこそ物の上手なれ……かな? ……そのうちデビューしたいとか言い出さないよな? まあ、話題になりそうだけど。それにしても、直属になってよかったのは情報が集まるってことだよな……)

 一国を支配する皇帝の下には、当然色々な情報が各地から集まってくる。

 この世界に疎い須永にとってはありがたい状況だった。

 

(なぜ、この世界に私が転移したのかはわからないけど、私が初めてじゃない)

 須永はこれまでに得た情報から、自分と同じような転移者が存在していたことを確信している。

(そして、恐らく帰ることは出来ないんだろう。彼らの伝承が本当であればだけど……)

 過去にいたと思われる者達はこの世界ですでに死んでいる。

(こちらの世界での死が、リアルに戻るトリガーなのであれば話は別だけどさ)

 もし仮にそうだとしても、正解を知る術はない。

(もしかしたら、みんな無事に戻っているのかもしれないなぁ……でも、わからないことを考えるより、今を楽しもう)

 この後、須永の指導は厳しさを増した。

 

 

 

 そんな日々が続いたある日……

 

 

「待っていたぞ、ダンディ。ちょうど今良い知らせが届いたところだよ」

 ジルクニフは、須永が朝の挨拶をする前にいきなりそう話し出す。

「陛下。本日もよろしくお願いいたします。……良い知らせですか?」

「これは良い知らせだと思うがな? ダンディ、ワーカーチームが挑戦を表明してきたそうだぞ」

「おお。ようやくですか。ワーカーチーム……ですか……」

 内心の喜びを隠し、須永はやや硬い声を出す。

「不満げだな?」

「私としては、武王へと挑戦したかったのですが……」

「まあ、そう焦る必要はないだろうさ。だいたいダンディはまだ1戦しかしていないんだからな。たしかに素晴らしい内容だったがなぁ」

 ジルクニフは玉座の肘当てに頬杖をつきながら、窘める。

(確かに頷ける話だ)

 プロレスで考えてみても、デビュー戦の次がタイトルマッチというのは滅多にあることではない。タッグマッチでベテランに抜擢されてというケースはありえるが、シングルマッチなら先輩選手を倒して実績を積み重ね、その上で、次期挑戦者決定戦で勝利するというのが、綺麗な流れだ。

 手っ取り早い方法として、王者の試合後に乱入して挑戦を表明するという古典的な手もあるのだが、乱入しようにも、そもそも武王の試合自体が組まれていなかった。

 

「なるほど、やはり実績が必要ということですな」

 素直に実績を積む道を選ぶ。

「そういうことだ。ま、私がねじ込むことは出来なくはないが……」

「それはやめておきましょう」

 須永は即座に断る。なんとなくジルクニフに借りを作るのは危険だと判断したからだ。

 

「そうか。まあよい。ダンディ、試合を楽しみにしているぞ」

「楽しみにお待ちくださいませ……」

 須永は自信たっぷりに答えた。



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第8話 試合開始

 

 

 デビュー戦と同じコスチュームで入場した須永は、大歓声で迎えられた。

(どうやら、受け入れて貰えたようだ。レスラーにとって声援ほどありがたいものはないっていうし)

 現実世界での須永はレスラーではない。知識を人より持っているというだけだ。だが、この世界におけるダンディ須永はプロレスラーである。声援に応えるのは当然という思いがあった。

 

 

 

(おいおい……参ったね。人数多いなぁ……)

 あとから入ってきた挑戦者達の姿を見て、予想よりも人数が多いことに驚いた。

(普段の依頼は選抜しているって話だったから、今回もそうかな? と思ったらまさかのフルメンバーかよ。まあ、この試合の賞金も、ファイトマネーも相場よりかなり高いらしいから、それでかな)

 闘技場はランクが高い試合は報酬もあがる仕組みだと、ジルクニフから聞いている。

 

「ふむ……14人ですかな……」

「うむ。我らが"ヘビーマッシャー"は総勢14人である。汝がダンディ須永か。さすがにいい体をしておるな」

 リーダーと思しき、背の低いずんぐりむっくりした男が重々しく答えた。ドワーフと間違われてもおかしくない雰囲気がある。というか、たまに間違えられているそうだ。

「それはどうも。名の売れたワーカーチームであるヘビーマッシャーの方々がフルメンバーですか。ふむ……なかなか楽しくなりそうですな、グリンガム殿」

「ほう……我の名を」

「ええ、存じておりますぞ」

 須永が右手を差し出したが、グリンガムはなんのつもりかとそれを払い除けた。

「汝の力、噂倒れではないとよいのだがな」

 須永1人に対し、対戦相手は14人という試合として成立するのかわからない大人数。まさに多勢に無勢、孤立無援。

「これじゃ、全員が敵に回る孤独なバトルロイヤルですな」

 試合はまもなく始まる。

 

 

 

 ◇◇

 

 

 

 闘技場では、本日のメインイベント 、"ダンディ・ドラゴン"ダンディ須永対ワーカーチーム"ヘビーマッシャー"の試合が行われていた。

 

「試合時間15分経過……15分経過」

 

 試合開始からのここまで15分間は、一方的なヘビーマッシャーのターンだった。

 熟練された連携と14人という大人数にものを言わせて、須永を次々と攻めて、攻めて、攻めまくる。

 魔法や武技まで使用した怒涛の攻めは、彼らが名の通ったワーカーチームであることを知らしめる素晴らしいものであり、普通の相手であれば圧勝するだけの力があることは間違いない。

 だがしかし、対戦相手は普通の相手ではなく、プロレスラーダンディ須永だ。このヘビーマッシャーの超猛攻を全て''受けた"。

 受けて、受けて、受けまくった上で、攻め疲れを誘いヘビーマッシャーの攻勢の限界点に達したところで、須永は攻撃に転じたのだ。

 

「ディイイイイイヤッ!」

 気合いとともに高くあげた左足の裏で顔を蹴り飛ばす、"フロントハイキック''1発で1人目を戦闘不能に追い込む。

 

「嘘だろ……」

「ディイイイイイイヤッ!」

 いきなりの反撃に動揺し動きが硬直したところを見計らってジャンプ! 

 そして横っ面を右の甲で蹴り飛ばす"ジャンピングハイキック"で2人目をKO。

 

「ディァァァ!」

 さらに手近にいた相手の後頭部をわし掴み、頭を無理矢理抑えこみながら顔面蹴り! 高々と吹き飛ばして、3人目をノックアウト。

 

「いいぞ、スナガ!」

「いけ、いけー!」

 ここまで大人しく観ていた須永ファン達が声を飛ばしはじめる。

(場所は変わっても、声援を受けるとたぎってくるのは変わらないな)

 須永は声援に応えるように右腕をL字に折り曲げると、ポンと左手で叩く。

 

斧爆弾(アックスボンバー)!!」

「なあっ!?」

 須永から発生する圧力を受けて、動きが硬くなる相手に、むけて加速。勢いをつけて、L字に折り曲げた右肘を顔面に叩き込んだ。

「ぐええっ……」

 エルヤーを仕留めた左のウエスタンラリアットと遜色のない一撃を受け、そのまま闘技場の壁まで弾き飛ばされる。

 

「な、なんだこのパワーは」

 ヘビーマッシャーのメンバーは、誰一人先日の須永の試合を観ていない。故に、伝え聞いたエルヤー戦の内容を誇大評価であると思っていたところがあった。

 

「ブレーンバスター、行きますぞっ!」

 須永の技予告に、客席がわく。

(ブレーンバスター? どんな魔法なんだ?)

 グリンガムは名前からして、魔法かと警戒する。

「せえっ」

 須永はヘビーマッシャーの1人に素早く正面から組み付き、右腕で相手の頭をロック。

「ブレーンバスター!」

 左手で鎧の腰の部分を掴んで軽々と頭上へと持ち上げると、後方へ倒れ込みながら勢いよく叩きつけ、その場にいた別のメンバーを巻き込んで2人まとめて撃破。

 

「隙あり!」

 倒れている須永に対しヘビーマッシャーの1人が武器を振り下ろすが、その腕はあっさりとキャッチされてしまう。

「三角絞め!」

 さらに両足で首を締める"三角絞め"を決め容赦なく気絶させた。

 

「さて、次は……」

「ひえっ」

 あまりの出来事に狼狽え、思わず片膝をついてしまった男をみて、須永は腕を大きく広げる。

「スコーピオライジング!」

 片膝をついた男の腿を左足で踏みつけ、右脚を高くあげると、首筋へと踵を落とし8人目を倒す。

 

「でえいっ!」

 ジャンプして相手を飛び越えた須永は、素早く後ろから首に腕を巻き付けて、スリーパー・ホールド! 

 普段ならじっくりと見せたいところだが、まだ相手は残っている。ここは一瞬で眠りにつかせて戦力外とし、残りはついに5人となった。

 戦士、盗賊、神官、魔法詠唱者(マジックキャスター)の4人と、グリンガムである。

 

「あやつは化け物か……」

 一斉に残る4人が頷く。みんな同じ気持ちだった。



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第9話 ダンディ・ドラゴン

 

「ス・ナ・ガっ! ス・ナ・ガっ!」

 場内は須永の華麗な技に魅せられ。須永コール1色となっていた。

 

「それいけダンディ、いけっ! やっちまえ!」

 ……いや、ダンディコールも混ざっていたか。ちなみにこの声の主は、貴賓室にて観戦中の皇帝ジルクニフである。

「ダ・ン・ディ! ダ・ン・ディ!」

 皇帝がダンディコールをするならばと、場内もそれに倣ってダンディコール1色に変わる。

「ふふ……声援を受けると力が漲って来ますな。さて、どうしますか」

 残る5人の顔を順番に見ていく。1番手強いのはリーダーのグリンガムだろうか。

(ふむ……とりあえずセオリー通りに回復役を潰すかな。ま、回復できるとは思わないけど)

 須永はターゲットを選定すると一気に踏み込み接近戦に持ち込もうとする。

「させん!」

 意図を察したグリンガムがその前に割り込み、神官を守りながら戦斧を振るう! 

「……甘いですなっ!」

 須永はその斧を踏みつけて飛んだ。

「我を踏み台に!?」

 そのまま須永は、空中で前方回転し始める。

 

「ライダーキックか!?」

「出るかっ?」

 ジルクニフとバジウッドの声が聴こえる。

 

(いやいや、いつも同じではないよ)

 須永は心の中で苦笑する。ライダーキックはお気に入りだが、使いたい技はたくさんあるのだ。

「……テキサスコンドルキック!!」

 須永は両手を大きく広げながら、両膝……ダブル二ーを、神官の顔面へ突き刺した。

「ひげぶっ!」

 体力の低い神官に耐えられる威力ではなく、一撃で戦線離脱に追い込まれた。

 

魔法の矢(マジックアロー)

 魔法の光弾が3つ次々と須永へと向かう。試合前半でも何度か放たれ、それを全て受け止めている。

「せやっ、せいっ、トオリャッ!」

 しかし、ここはパターンを変える。1つ目を左手のチョップでたたき落とし、2つ目は右のストレート掌底で弾き飛ばす。

 そして死角となった左から襲う3つ目は、体をクルンと回転させてソバットで蹴り返した。

「うわっ!」

 自分の魔法が跳ね返り、魔法詠唱者(マジックキャスター)は慌てて回避する。

 

「あんなのありかよ……」

「ありなんですな」

 いつの間にか魔法詠唱者(マジックキャスター)の前に須永が立っており、右肩を左手でガシッと掴まれている。

「なあっ!」

「矢がお好きなようなので、これで」

 須永は右手を後ろに、弓を引くように引き絞る。

「闘魂を込めて……弓引きパンチですっ!」

 矢を放つがごとく勢いで拳を振るい、魔法詠唱者(マジックキャスター)の顔面を撃ち抜いた。

「ゲベラアッ……」

「あ、グーは反則でしたかな? まあ、5秒以内の反則ならよいですか」

 須永は拳を見つめながら呟いた。確かにその通りなのだが、それはプロレスでの話。武器すら使える闘技場では反則にすらならない。

 

「コノヤローっ!」

 残る3人のうち、戦士が上段斬りを放つ。

「やれやれですな」

 須永はレガースを履いた右足を一閃。ハイキックで剣を蹴り折った。

「な、バカな……」

「いりゃあああっ!」

 1歩バックステップして、勢いをつけると右の足裏で顎先を蹴飛ばす。

「今のがケンカキックですな」

 墓碑銘のようにフィニッシュ技を告げると須永は残る2人を見る。

 

「くそぉ……強え……」

「ほとんど一撃じゃないか……なんて威力なのだ」

 盗賊とグリンガムは喘ぐ。もはや勝ち目なんてないと理解していたが無抵抗にやられるわけにはいかない。なんとかヘビーマッシャーの存在を須永に、観客達に刻み込みたいと思っている。

 

「いい目ですな。……来いっ!」

 須永は、2人の覚悟を見て取り、やや腰を落として油断なく身構えた。

「グリンガム」

 盗賊はグリンガムの背中側に歩みよると、須永から死角になる位置で何事かを囁いた。

「ああ、我らが力を見せてやろうではないか」

 グリンガムが頷き、戦斧を持つ手に力を込める。

「我らが力、汝に刻む。行くぞっ!」

 グリンガムは斧を全力で真上から唐竹割りで振り下ろす。

「ヌンっ!」

 須永はそれを真っ向から受けることを選ぶ。

(今までで1番重い一撃だ……想いがこもったよい一撃ですよ)

 勢いに押され、僅かに須永の体が揺らぐ。

「もらったっ」

 ここで、距離を詰めていた盗賊が須永の首筋に狙いをつけて、鈍く光るダガーを振りかざす? 

「むんっ!」

 須永はここも受けることを選択。ダガーが首筋に突き立てられた。

「どうだっ?」

「……いい狙いですな。素晴らしい連携です……ぅ」

 攻撃は効いていなかったのだが、何か別の効果があったようだ。

「……な、なにを……」

「ちょっとな。これは効いたみたいだな、グリンガム行くぞ」

 盗賊とグリンガムは同時に斬り掛かる。

「ダブルラリアット」

 須永は両腕を広げて一回転。2人の武器を一気に破壊した。

 

「なっ……痺れてないのかよ」

「……がっかりですな。先程のグリンガム殿の斧は良い一撃だったのですが。汚れ仕事も請け負うワーカーだから仕方ないのかもしれませんが、もうよいでしょう。恥を知れ」

 須永の表情が硬くなると同時に纏う雰囲気が変わる。

 

「少しだけ見せて差し上げましょう。ヒールモードの片鱗を」

 盗賊の顔面を掻きむしって、怯ませると、その喉を伸ばした指先で突く。所謂地獄突きである。

「ぎゃっ、ウゲッ……」

「……」

 ギラギラした目を光らせ、コブラのように相手に忍び寄ると、首を両手で絞める。

「くっ。吾輩が……」

 盗賊を助けようと飛びかかるグリンガムの腹部に爪先をめり込ませて止める。

「ぐええっ……」

 両手で腹を抑え、グリンガムはガックリと片膝をついてしまった。

 助けがなくなった盗賊をネックバンキングツリーで持ち上げると、そのまま後頭部から地面へと、ネックハンキングツリーボムで叩きつけて終わらせた。

 

「ま、こんな感じですな。さて、終わりにしましょうか」

 いつもの雰囲気に戻った須永は、体の前で両手を組むとそれを天高く突き上げながら……「フィニッシュいきますぞ!」と告げた。

「やっちまえ、ダンディ!」

 まだ片膝をついているグリンガムの背後に廻ると、羽交い締めにする。

「うぐっ……ぐうっ……」

「ダンディ・ドラゴンスープレックス!」

 羽交い締めにしたグリンガムをグイッと持ち上げ、そこでタメを作ると右回りに旋回しながら、ブリッジで後方へと頭から突き刺し、ブリッジしたままホールド。

 

(ワン、ツー……スリー)

 須永は心の中でスリーカウントを数えると、クラッチを切り立ち上がった。

 ゆっくりとグリンガムが崩れ落ち、ここにワーカーチーム"ヘビーマッシャー" は全滅した。

 

「良いチームでしたよ。次があれば最後まで堂々と挑んできて欲しいですなぁ」

 須永は観客の声に応えながら、大きな歓声と拍手の中を引き上げていく。

 

「ただいまの試合は、23分38秒、ダンディ・ドラゴンスープレックスにより、勝者ダンディ須永」

 闘技場進行役の、勝者を告げるコールがマジックアイテムを使って場内へと響き渡り、歓声が一際大きくなった。

 

(やはり、このアナウンスはよいね)

 皇帝直属という権威を使って、須永はプロレス風のアナウンスをするように要請。その甲斐あってこのような演出を須永の試合に限って行うことになったのだった。

 



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第10話 いざ頂点へ

 

 

 満員の観客が見つめる中、先に入場した須永は、対戦相手である武王の入場を待っていた。

 いつもより濃い紫のパンタロンに、同色の二ーパット、レガースとリストバンド。今日はいつもの左肘につける紫のエルボーパッドを外し、代わりに両肘に黒のエルボーパッド。手には同じく黒のオープンフィンガーグローブを装着。甲の部分には金の縁どりの赤文字で"龍"の文字が鮮やかに浮かび上がる。

 現在闘技場では、須永モデルのレガースや二ーパッド、エルボーパッドが販売されており、それらのグッズが飛ぶように売れているとジルクニフから聞かされている。

 

(そのうち応援タオルとか、入場用ガウンのレプリカとか作られるのかも。なんならマスク被って試合した方がいいのかな?)

 須永はそんなこと他愛もないことを考えていた。外装には投資しているので、バリエーションはまだまだある。

 この試合が初お目見えとなったオープンフィンガーグローブは試合後に先行販売されるそうだ。

 

(陛下は、政治だけではなく商才もあるのか……)

 なお、購入特典として須永のサイン会も行われると告知されている。

(だんだんプロレス会場みたいになってきたな。やはり最高権力者が理解者だというのは大きいよ。レイナースさんには感謝だな)

 

 ここで歓声が一際大きくなる。武王が入場してきたのだ。

 

「なるほど……トロールとは聞いていましたが、戦闘型のウォートロールですか……これは厄介ですな」

 須永は、入場してきた対戦相手を見て、若干険しい顔をする。ウォートロールは、トロールの亜種で戦闘に特化した種族だ。当然のようにトロールの種族的特徴として自然回復力を持っている。

(炎や酸には弱いけど、スーパーヒールモードじゃないと火吹けないからなぁ……)

 ダンディ須永は基本的にベビーフェイスだが、裏の顔として、顔をペイントした"スーパーヒール"ダンディ須永という設定もある。毒霧や、凶器攻撃、火炎放射などを駆使して戦うことができるのだ。

 先日のヘビーマッシャー戦で、その触りだけを披露しているのだが、まだまだあの程度ではない。

 もっとも実際には外装が違うだけで中身は同じ。ノーマルのダンディ須永でも、そういった技を繰り出すことはできるのだが、こだわりとして基本的に使わないようにしている。

(さて、どう攻略しようかな……これは楽しみだわ)

 エルヤーや、ヘビーマッシャーとの戦いよりも須永はわくわくしていた。

(だんだん戦闘民族(バトルマニア)みたいになってきたな……もしかするとダンディの設定に、私自身が引っ張られているのかもしれないですな……。あっ、ほら! "ですな''って言ってるし……)

 ダンディ須永のしゃべり癖が移っただけかもしれないが、転移の影響もあるような気がしていた。

 

「お前が、噂のダンデイ須永か……」

「……"武王"ゴ・ギン殿ですな。こちらこそ貴方の噂は聞いていますよ。今日はよろしくお願いします」

 須永は右手を差し出した。

「ああ、楽しみにしている」

 武王もそれに応え、両者はガッチリと握手を交わす。滅多にない綺麗な光景に場内から大きな拍手が送られる。

 

「ぶ・お・う! ぶ・お・う!」

「ダ・ン・ディ! ダ・ン・ディ!」

 両者への声援合戦にも熱が入る。ややダンディコールが上回っているようにも感じるが、ほぼ互角と言えるだろう。

 

「お前達は、この試合をどう見る?」

 ジルクニフは傍に控える四騎士に尋ねる。

「どうって言われても……どっちも俺ら四騎士が束になっても敵わない化け物ですぜ」

 四騎士筆頭"雷光"バジウッドがまず口火を切る。

「……」

 "不動"ナザミは首を激しく縦に振りそれに同意

「同じ化け物でも、まだ武王相手の方が我々でも戦える気がしますね」

 "激風"ニンブルは冷静な判断を告げる。

「聞き捨てなりませんわね。ダンディ様を化け物などと……帝国中の女性を敵に回すことになりますわよ?」

 "重爆"レイナースの言葉にその場にいた全員が驚く。

(ダンディ様?)

 皆が同じ疑問を抱いたのは、なんとなく全員が感じていた。皆同じような顔をしていたのだから当然だろう。

「それは、"重爆"自身も含めてなのかな?」

 代表して聞いたのはジルクニフである。

「……ええ。その通りですわね」

 あっさりとした告白に皆目をぱちくりする。

「なにか?」

 レイナースは、剣の柄に手をかけるのではなく、右手の四本指をピンと伸ばして身構え、殺気を込める。

「いや、よいことだと思うよ。私は応援するし、気持ちもわかるつもりだよ。だから、地獄突きは……"雷光"にしてくれ」

「ちょ、まてよ。陛下、それはねぇぜ……"重爆"化け物って言ったのは戦闘力的なあれだからな?! ダンディさん、めっちゃいい男だし、人気あるのはしってるからよ。……ほら、うちのカミさん達も言うんですよ……ダンディ様は強いし、カッコいい、惚れちゃう……とかさー。俺の前で言うなよって思うんだよなー。だから"激風"にだな……」

 そっと背中を押してニンブルを前に押し出す。

「え、あ」

「まあ、よいですわ。最初の質問にお応えしますと、ダンディ様が勝ちますわ」

「私もそう思っているよ。何しろダンディは、この後サイン会があるそうだからな」

 まるで人ごとのようなジルクニフの言葉に、(アンタが言うな! )という空気に包まれる貴賓室であった……。

 

 

 

 

 



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第11話 武王

 

「全力でいかせてもらうぞ」

 開始の挨拶と同時に武王は、巨体に似合わぬスピードで踏み込み、棍棒を振り下ろした。

 ゴォオオオ……というその風切り音は、最上段の観客にまで聞こえたという。

(むっ……速い……そして重そうな一撃ですな)

 須永はそれを避けようともせずにいつものように受ける。ものすごい衝撃音があがり、その凄まじい風圧で、地面の砂がぶわあっと舞い上がった。

「ぬおおおおっ!」

「ぐっ……重い……初撃にして、はやくもグリンガムどのの渾身の一撃をこえてきますかっ……」

 堪えきれずにがくりと片膝をついた直後、ブンっという音とともに下からアッパースイングで棍棒が襲う。

「ぬあおおっ」

 須永は後方へと縦に二回転してはね飛ばされた。

 

(さすがに、今までの相手とはスピードが段違いだ。レベルというよりもこれは……人とトロールの身体的なもの。基礎値の違いか……)

 冷静に思考しながら、バランスを整え綺麗に両足で着地してみせる。

「……大抵これで終わるんだがな……さすがだ。それにどうやらあまり効いていないようだ。これが、噂の"受け"か……)

 武王は、須永のダメージはあまりないと判断し、油断なく棍棒を構えている。その構えに隙はなく力だけでなく戦士として経験を積んでいることがよくわかる。

(種族として優れているものが、鍛錬を積むとやはり脅威だな。同レベル帯だったら大変だよ。……ま、私のこの身体も人に見えるだけなんだけどさ)

 須永は笑みを浮かべながら、円を描くように動きながらじわじわと距離を詰めていく。基本須永は接近戦というか密着戦でないと攻撃手段がないのだからこれは当然だろう。逆に武王は距離を離して棍棒が届く距離をキープしている。

 静かながらも、主導権を得るための大事な駆け引きである。そこで須永は1つ試しておこうと、足を止めて身構えた。

 

「<空斬>」

 須永は先日エルヤー戦でマスターした偽武技を試し撃ち。ぶんっ! と右袈裟斬りチョップで空を斬る。

「ぬっ……ぬうっ」

 衝撃があったか、武王の顔がわずかに歪む。

(多少は効果ありかな?)

 空気を切り裂く衝撃波は武王にも届いたように見えた。威力はともかく、手段があると思わせればそれでよい。

「もういっちょ!」

 今度は左手の逆水平を高速で放って、もう1度衝撃波を飛ばす。

 

「ぐっ、させるかっ」

 武王はそれを楽に耐えると、棍棒を横薙ぎに振るい須永の動きを止めに行く。

「とあっ!」

 須永はその棍棒を踏み台にして飛び上がる。ヘビーマッシャー戦でも見せた技だ。

「棍棒、踏んづけていった!?」

 須永は、そのまま空中で前方回転をし始めた。ここはお馴染みとなったあの技だろう。

 

「「ライダーキーック!」」

 ジルクニフの声と須永の声が、さらには観客の声とが重なりあう中、右足を伸ばして武王の分厚い胸板を蹴り飛ばした。

「ぬおおおおっ!」

 しかし武王は、それをなんと弾き返した! 

「なにっ?!」

 予想外の出来事に驚きながら、須永はくるんと宙返りをして着地……したところをフルスイングされた棍棒が襲う。

「ぐわらああっ!」

 須永の腹部にジャストミート! 

「おわっ?!」

 須永は、そのままギュイーンと壁まで吹き飛ばされていく。

「やります……なっ!」

 須永は壁を蹴って反転。勢いをつけて飛ぶ。

「ライダーキーック!」

 もう一度前方回転し、今度は両足で武王の胸板をぶち抜いた! 

(プロレスにおける同名の技は、同じ形とは限らないんだよね。ライダーキックも最低でも2つあるんだよ)

 2発目のは女子のプロレスラーで使い手がいたと資料で見たことがあった。

 

「……今度はいかがですかな」

「ぐぁっ……」

 武王が呻きながら、膝をついた。

「うおおおっ……」

 武王と呼ばれるようになってから膝をついたことはなく、初めての光景に場内がどよめく。

「やるナ……」

 しかし武王も直ぐに立ちあがってみせたが、装着している鎧は足型に凹んでおり、須永の蹴りの威力を物語っている。

 

「ぬん!」

 豪快なスイングで、棍棒が再び須永の腹部を捉える。

「おごっ!」

 須永は闘技場を囲む壁へと再び吹き飛ばされたが、途中で体を捻って両手をつき、バク転を加えてから壁を蹴ると、今度は腕を✕字に組んで突っ込んで行く。

「2度目はないぞっ! うおらっ!」

 壁を蹴ってくるのを予想していた武王は棍棒を振り下ろして迎撃したのだが、須永はクルリと体を旋回させてそれを回避。

「旋回式フライングクロスチョップ!」

「うがっ!」

 武王の首筋に叩き込み、巨体をそのまま跳ね飛ばした。

 

「とおっ!」

 須永は着地と同時にダッシュで武王を追い、倒れ込んだ瞬間にジャンプして前方に一回転。開脚しながら体重を乗せた右足を武王の喉元に叩きこんだ。

 

「今のは、ローリングギロチンか?」

「ですね。セントーンは背中から尻もち着く感じですし」

「ふむ。なるほどな。高い位置から飛ばなくても出せるのか。それにしても今日は縦回転が多いな……」

「確かに。いつもは横回転のが多いですからね」

 ジルクニフとバジウッドは、そろそろ放送席に座れるかもしれない。

 



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第12話 これが須永 だ

 

「今のはローリングギロチンドロップですな……」

 須永は喉を押さえて呻いている武王を見下ろす。ダメージはあるようだが、技を決められて凹んだ部分は、じわじわと元に戻ってゆく。

 

(……回復力があるってのは厄介だ。それでも、これがプロレスルールなら、10カウントはとれそうだなぁ……)

 なお闘技場ルールでは、降参を宣言するか戦闘不能と見なされるまでは終わらない。

 

「ぐぐぐ……」

 だが……武王は予想に反して、"カウント8"といったところで、立ち上がってくる。これは治癒能力だけではないだろう。

「思ったよりも頑丈なようですな。やはりトロールの肉体能力は侮れないか。そして、治癒……つまり自然回復……これは厄介ですね。トロールの強さはそこですなぁ」

「俺は武王……そう簡単にやられやしないさ……」

「ふふ、わかっていますよ……だから、試合を楽しみましょうか」

 須永は、すでにこの試合を楽しんでいたが、あえてそう声をかけた。

「楽しむか……そういう意味では今までで最高だがな。強敵と戦えるのは楽しい。たとえ命の危険があったとしてもだ」

「わかりますよ。私もそうです。あとは、どう勝つかを考えますよ」

「まるで、勝つのが当然だという言い草だな……」

 武王は、すでに実力差を感じていたが、まだ諦める気はなかった。

「ええ。私の負けはありませんぞ」

 無論命を奪うつもりはない。となれば戦闘不能に追い込む必要があるのだが……、簡単にはいかないだろう。心を折るのか、回復力を超える大ダメージを与えるのか……。

 

「そうはさせない。勝つ。行くぞ、<剛撃>」

 武王は切り札となる武技を発動し、最強フルスイングで須永をぶん殴る。いままでの一撃よりもはるかに威力のある一撃が須永を襲う。

「パワーだけに頼った一撃などっ!」

 須永は身をひるがえして、得意のローリングソバット! 受けよりも迎撃することを選択した。

「<流水加速>」

 武王はさらに武技を発動。攻撃速度が格段に加速し、須永の動きを捉えた。

「くっ……速度もかっ」

 ソバットが当たる前に、棍棒は……無防備な顔面へと容赦なく叩き込まれた。

「うあああっ」

「あああっ……」

 観客から、悲鳴と歓声があがる。

 

「おお、ダンディのソバットが当たらないとは……初めてじゃないか?」

「たしかに。マジかーやっぱり武王もやるよなぁ……どっちも……ば……場をよくみてるよ」

 レイナースの無言の圧力を感じ、化け物という言葉をバジウッドは飲み込み、無理やり言葉を繋いだ。

 

 

「な、なんだ……おかしいぞ……何が……」

 仕掛けた側である武王の顔が驚愕に歪んだ。それは手応えに違和感があったからだ。武王の予定では、もっと腕にずしりと響く一撃となるはずだったのだ。

「な、なんだとぉ……ば、馬鹿な……」

 違和感の正体は、直ぐにわかった。手にしていた愛用の棍棒が、ひび割れて、バッキリと真っ二つに折れてしまったのだ。

 

 

「うわあ……出たよ、武器破壊。これで3試合連続だ」

「……お前達がマスターすべきは、あの武器破壊なんじゃないか?」

「それは無理ってもんですよ。ダンディ曰く、あれは教えられる技術ではないそうですぜ」

 技であれば教えられるが、ダンディの武器破壊は単にレベル差からくる能力の違いから生まれたものである。よって教えたくても無理な話であった。

 

 

「ちょっと力をいれすぎましたかな」

 涼しい顔で、須永は自らの額を右手で撫でる。

「まさか……インパクトの瞬間に頭突きを?」

「正解です。まさか……あのような武技があるとは、かなり驚きましたがね」

 加速した棍棒が顔面に当たる直前に、ヘッドバットで迎撃していたのだ。つまりは100レベルのステータスに任せた荒業である。

 

「さて、得物なしでどうしますかな?」

「まだまだっ」

 武王はぶっとい腕をぶんぶんと振り回し、左右の前腕部の内側で須永の顔面を打つ。その一撃の威力は、ミスリル級冒険者なら1発で戦闘不能になりかねない。

 ちなみに武王は知らないが、これは立派なプロレス技の1つである。

 

「ぬ、おっ」

 須永の体が、一撃ごとに左右に揺れる。

(……いわゆるベイダーハンマーか。……名付けるならトロールハンマー……いや武王ハンマーというとこかなぁ)

「くらええっ」

 10発ほど打ち込んだあと、ブンと音をさせて右腕が須永の首を狩りにくる。これはぶん殴りラリアットに近い。

「おっと」

 須永はその腕をとると、グルンと竜巻のような勢いで回転し、''竜巻"一本背負いで、武王の巨体を軽々と地面へ叩きつけた。

「ぐへっ……」

 初めて受ける投げ技は、武王の体に大きなダメージを与えていた。

「もう一丁!」

 須永は腕を離さず、もう1発竜巻一本背負い! 

 

「ぐううっ」

「いけますかな……」

 素早く立ち上がり、須永は武王のダメージを確認し、深いとみて一気に攻めることに決める。

 

「申し訳ないですが、回復する前に決めさせていただきますぞ」

 須永は武王の顔面を右手で鷲掴みにし、ギリギリとアイアンクローで締め上げながら、片手でその巨体を持ち上げた。

 

「グアアっ」

「いきますぞ」

 天を指差してアピールすると、武王を持ち上げたまま、体を旋回させ頭部から地面へと叩きつけた。

(名付けて旋回式アイアンクロースラム……ってとこかな?)

 さらに、須永はダウンしている武王を無理やり引き起こし、バックをとると武王の腰に手をかけて、真上に高々と持ち上げた。

 

「これが須永 だ」

 旋回しながら後ろへと投げ落としながら、武王の喉を掴み、喉輪落とし! さらに着地前に軽く両膝を腹部へと落とし、複数箇所に一気にダメージを与えた。

 

「グハッ……」

 衝撃で兜が弾け飛び、鎧はひび割れ……そしてついに武王の動きが止まった。

 レフェリーがいればダウンカウントをいれさせるところだが、この場には存在しない。ならば、ここで勝負を決めるしかない。

 

「決めさせていただきますぞ!」

 須永は、闘技場を囲う壁を軽快に駆け登り、両腕を頭上でクルクル回してアピールを決めた。

「ムーンサルト、いくぞっ!」

 技を宣言して、須永は闘技場に背を向けたまま壁を蹴り高く飛び上がる。

 最上段の観客の位置まで上昇すると、そこから縦にゆっくりと回転。月面宙返りをじっくりと……全ての観客の目を集めるように決めて、仰向けにダウンしている武王を押しつぶす。

 

「ごへっ」

 武王の巨体が、衝撃で跳ね……その後動かなくなった。

「気を失いましたか……」

 武王の体は徐々に回復しており、生きているのは間違いなかったが、もはや戦えまい。

 

「あなたは、まだまだ強くなれますよ。またやりましょう」

 気を失ったままの武王へ、偽りのない気持ちを告げた。

 

「ただいまの試合は、18分40秒、ムーンサルトプレスによる武王の戦闘不能により、勝者ダンディ須永!」

 

 須永を讃える歓声と拍手が雨霰のごとく降り注ぐ中、須永は天を仰ぐように両腕を広げて、しばらくの間……それを受け止めていた。

 

 そして、深々と一礼すると、倒れたままの武王へと歩みより、その体を抱きあげて、そのまま静かに引き上げていった。

 

 

 

 こうして、武王の敗戦により、武王の名は須永のものになるかと思われたのだが、武王はそのまま武王を名乗ることになる。

 

 そして須永は武王を超えた存在として、以後"武神"と呼ばれるようになった。

 本人は固辞したのだが、これは皇帝ジルクニフの強い意によるものであり覆ることはなかった。

 






第1章は、これが最終話となります。

インターミッション2話を挟み、新章開始予定です。


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インターミッション
インタビュー ウイズ ダンディ 前編


 

 

──本日は、今話題の人物……皇帝陛下直属のプロレスラー、ダンディ須永さんにお話をうかがいます。ダンディさん、よろしくお願いします。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。緊張しますなぁ」

 

 ──それはこちらのセリフですよ。変なこと聞いたら女性ファンに袋叩きにあいそうで。

 

「気をつけた方がよいですな。そこにいるお嬢さんも……」

 

 ──ここにもいらっしゃるのですか。ひいっ、睨まないでください……

 

「ハッハッハ。冗談ですよ。まあ肩の力を抜いてください。気楽にいきましょう」

 

 ──では、はじめさせていただきます。まずは、ダンディさん、一昨日の試合、勝利おめでとうございます。素晴らしい試合でしたね。

 

「ありがとうございます。素晴らしい相手に恵まれましたな。対戦相手の武王、ゴ・ギン殿には、感謝しています。彼以外とはああいう戦いは難しいですからな。我々プロレスラーは、箒と試合できて一流と言われていますが、やはりよき相手と戦うのが一番楽しいですし、良い試合になりますからな」

 

 ──対戦相手あってこそ、ですか。なるほど。好敵手に感謝なのですね。ところで、箒というのは? 

 

「例え話ですがね。まあ、実際お見せしましょうか」

 

 ダンディさんは、箒を対戦相手に見立て30秒ほど攻防をみせてくれた。

 

 ──凄い。箒が生きているみたいに技をくらい、仕掛けているのが見えました。

 

「ま、プロレスは攻撃だけではないので、奥が深いのですよ。そもそも、闘技場ルールとは違うルールなので、勝ち方も工夫出来ますからね」

 

 ──違うルール? 具体的に教えていただけますか? 

 

「では、簡単に説明させていただきます。プロレスは一定範囲の囲われた空間で行われます。決着の1つめは、3カウントフォールです。相手の両肩を床に押しつけ、審判が3つカウントを数える間に肩をあげられなければ、勝ちとなります。……2つ目は、相手をダウンさせて10カウント。3つめは、相手に参ったと言わせる。4つめは、範囲外から20カウント以内に戻れない。5つめは、相手が反則を行い、反則を5カウントされてもやめない場合ですな」

 

 

 ──なるほど、たしかに戦略的に広がりますね。

 

「ですな。選手も3カウントを技術でとる人、パワーでとる人がいましたし、ギブアップ……降参させるのが得意な人などそれぞれですよ。いつかこのルールで試合をお見せしたいものですな」

 

 

 ──勉強になります。有難うございます! いつか、見せてください。

 

「ええ。頑張りますよ」

 

 ──さて、ダンディさんは、多彩な技の使い手で知られていますが、何かこだわりのある技はありますか? 

 

「むろん、全ての技に想いやこだわりはありますが……あえてあげるなら、チョップですな」

 

 ──それは何故でしょうか? 

 

「"基本を大事にする"それを忘れないためですな。ファンの皆様は、派手な技を好み、さらに派手な技を見たいと望みます。ですから、それに応えようとすると、最初から最後まで派手な技ばかり使うようになってしまうのです」

 

 ──見応えはありますよね? 

 

「そうかも知れませんが、食事に例えるなら、肉、肉、肉……最初から最後まで肉……となってしまいます。これはどうですかな?」

 

 ──確かに他のも欲しいですね。パンやスープも欲しい。

 

「そういうことです。野菜やパンやスープ、さらにはデザート……バランスよく食べたいでしょう? それと同じで大技ばかりではなく、基本的な技も大事なのですよ。ですから基本を磨いた上で、新技を研究すべきなのです」

 

 ──でも、ダンディさんは派手な技が多いのではないかと? 

 

「はっはっ。まあ、否定はしませんがね。そうでなくても、私は一捻り加えるのが好きですからな。ただ、基本技は大事に使っていますよ。なんなら基本技だけで試合やりましょうか?」

 

 ──うーん派手な技もみたいですね。

 

「でしょうな。私も使いたいですし」

 

 ──それでは、いくつか技について個別にお尋ねします。……まずは、ライダーキックについてですが、2種類ありますよね? これは何故でしょうか。

 

「簡単にお答えするなら、かつて……使い手が2人いたのです。……同じ名前の、別の技を使う人が2人いたわけですよ。……高いところから飛び、回転しない片足蹴りをライダーキックと称した方がいて、一回転する両足蹴りをライダーキックと呼んだ方もいた。私は両方使いたいと思い、多少アレンジを加えて自分の技にしました。回転しない方も回転するように変えて、同じ体勢から繰り出せるようにしています」

 

 ──なるほど、我々の知らない歴史があるんですね。そうそう、同じ回転から別の技も出しますよね? 

 

「テキサスコンドルキックですかな。あれは、フェイントも兼ねてですな。同じ入り方から違う技を出すのもテクニックですよ。これは前方回転の技に限った話ではありませんがね」

 

 ──次に、エルヤー戦のフィニッシュについてですが。

 

「ああ、ウエスタンラリアットですな。……ウエスタンラリアットを名乗るのは、まだ少々早いかも知れませんので、ウエスタンラリアットを目指している……としておいて下さい。

 私は、1試合にラリアットを軽々しく連発するようなことはしたくないのですよ。一撃の重みを大事にしたい。……だからこそ、私が最強と思うウエスタンの名を冠した左ラリアットを使わせてもらってます。私は左ではこれしか出しません」

 

 ──なるほど、大事にしていらっしゃるのですね。左はということですが……

 






後編へ続きます。


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インタビュー ウイズ ダンディ 後編

 

 

「……右は他のラリアットに使いますよ。ただし連発、乱発はしません。ラリアットは"走って腕をぶつける"という、わりとシンプルな技なのですが、その分バリエーションは豊富なんですよ。ま、出来れば右は先日出したアックスボンバーをフィニッシュ・ホールドにしたいですがね。歴史を継いでいきたいですから」

 

 ──ヘビーマッシャー戦で出した技ですね。その試合でのフィニッシュについては……。

 

「ダンディ・ドラゴンスープレックスですな? あれは私のオリジナル・フィニッシュ・ホールドです。元々は旋回しない形のドラゴンスープレックスを使っていましたが、今はこちらしか使っていませんな。

 ちなみにブリッジしながら、後方に投げる技をスープレックスと称していますが、その中でも私が1番好きな技がこれですな。ガチッと固めて、いくぞっ! って瞬間が好きなんです。ま、他のスープレックスもそのうち披露しますよ」

 

 ──楽しみにしています。武王戦のフィニッシュで出した2つの技について。まず、自らの名前の入っている……技ですが、ネーミングが面白いですね。

 

「"これが須永 "ですな。ネーミングは思いつきではなく、あの技を出した時に叫んだ言葉……そのまんまなんですよ。『よく見ておけっ! これが須永……だあっ!』って叫んだらしいんですよ。まったく覚えてないんですがね」

 

 ──魂の叫びだったのでしょうか。

 

「かも知れませんな……。いま、私の試合限定で、闘技場でも試合時間とフィニッシュ・ホールドのアナウンスをしてもらっています。

 

 ──あの「何分何秒、ムーンサルトプレスにより、勝者……」と流れている。

 

「そうです。で、あのノリで、『"これが須永"により、勝者ダンディ須永……』とアナウンスされてしまいましてな。……以後"これが須永"が正式な技名になりました。本来は違う名前だったのですがねぇ」

 

 ──本来の名前気になりますね。

 

「エメラルドフロートとか、ルビーフロジョンが候補の1つで、パープルインパクトが最終候補ですな」

 

 ──"これが須永"で、よかったかなと。フィニッシュ・ホールドについては? 

 

「そうですか……今となっては仕方ないですな。フィニッシュはムーンサルトプレスです。空中で後方一回転して、相手を圧殺するという。今回はかなり高く飛んだので、名付けるならスカイハイクラッシュ……いやスカイハイ・ムーンサルトかな。ま、ムーンサルトプレスでよいですよ」

 

 ──初めて見る凄い技でした。壁を使って飛ぶというのは、今まで誰も考えなかったです。

 

「本来必要なものがなかったので、あれは応用ですよ。立体的な攻撃というのは私の得意な分野です。ま、壁というのは乗り越えるためにあるものですし」

 

 ──それはまた違うと思いますが。ちなみにダンディさんが、理想とされるフィニッシュを1つ教えてください。

 

「魂を込めた逆水平チョップで、3カウント」

 

 ──即答ですね。3カウントルールでということですね。では、ダンディさん、最後に皆様へ一言お願いします。

 

「また、明るく楽しく激しい魅せるプロレスで、皆様に楽しんでいただければと思います。闘技場で、お会いしましょう」

 

 ──―本日はありがとうございました。

 

 

 取材:シン・カ=ザマ (帝国騎士団広報)

 

 

 

 取材後記

 

 

 ダンディさんは熱い魂の持ち主である。最後の魂のチョップ……見てみたいものだと思う。絶対に自分では受けたくはないけれど。

 

 最近街の子供達が、路地でチョップの打ち合いをしたり、広場で技の掛け合いをしているのをよく見かけるようになった。

 そういう子供達に話を聞くと、「ダンディみたいになる! 」と口を揃えて答えるものだ。

 ダンディさんがもし複数いたら、凄い戦いがみれるだろうな。将来が楽しみだ。

 

 だが、反面……良くないこともある。便乗して一儲けしようとする輩がいるのだ。 もちろん、それ自体は悪くないが、問題はやり方だ。

 

 プロレス教えます……などという怪しげな看板もチラホラみかけるのだが、教えられるわけがない。

 何しろダンディさんが唯一無二の存在だからだ。だから、街にあるのは全て紛い物です。皆様ご注意を。

 

 現在、ダンディさんの指導を受けることができるのは、帝国騎士のみ! 

 だからダンディさんの指導を受けたい方は、まず騎士を目指そう。

 

 

 

 

 



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第2章 初めてのプロレス
第13話 カリスマ


「よーし、今の感じですぞー!」

 須永の声が練兵場内へ響き渡る。今日行われているのは、騎士達による模擬戦である。模擬戦といっても気楽なものではなく、激しいものになることが多い。多少怪我をしても、魔法で回復できるし、真剣勝負だから身につくことも多いのだ。

 今は2人の覆面をつけた騎士が、それぞれ模擬剣と軽装鎧をつけたまま対戦していた。模擬剣の刃は潰してあるが素材は通常のものと変わらない。切れないが、しっかり当てれば骨を折ることは可能だ。

 

 ズルッ……

 

「し、しまったっ!」

 青いスカーフを巻いた騎士が、床に落ちた汗に足を滑らせ、バランスを崩してしまった。

「もらったあああー」

 そこを勝機(チャンス)とみて、赤いスカーフを靡かせた騎士が、剣を右から袈裟がけに振り下ろす! 

 

「でえええっ!」

「おわあっ!」

 不利な状況かと思われた青スカーフだったが、剣先を見切って最小限の動きで回避すると、振り下ろされた赤スカーフの腕をつかんで一本背負い! 竜巻のような勢いで回転しながら床へと叩きつけた。

「ぐえっ」

 赤スカーフは受身はとったものの、威力を完全に殺すことはできなかった。

「ほう……」

 観戦していた須永は目を大きく見開いたあと、スっと目を細め、より真剣な眼で青スカーフの騎士を見つめた。

 

「まだだ、ここで極めるんだよ」

 そのまま、その腕を腕ひしぎ逆十字固め! 右腕が伸びたと同時に、カランと模擬剣が床に転がる音がした。

「あぎゃあああっ」

 赤スカーフは空いている左手で床を数度タップし、ギブアップの意を示した。

 

「そこまで!」

 須永が割って入り、技を解くように指示を出しながら、いつの間にか用意した氷袋を赤スカーフに手渡し、冷やすように伝える。

 

「なんだ、もう終わりなのか? 」

 青スカーフは、若干不満そうに立ち上がると覆面を脱いだ。覆面の下から出てきたのは……。

 

「陛下、お見事でしたな。素晴らしいコンビネーションでしたぞ」

 須永は青スカーフ……いや、皇帝ジルクニフへ拍手と賛辞をおくった。

 

「げ、姿が見えないと思っていたら、参加してやがった……いや、参加されていたとは……」

「"雷光''、何かな?」

 驚いたバジウッドは、慌てて側へ駆け寄る。それをジルクニフは鋭い目で睨みつけた。

「……いや、まさか竜巻一本背負いを……さすがです陛下」

 バジウッドはとりあえず賛辞を口にする。

 

「私が教えたのは、剣をかわしてからの投げ飛ばしです。投げ方は腰投げや、アームホイップ、それにフライングメイヤー……などがあると言う話をしておりました。他にも何種類も選択肢にありますが、その中から……"魅せる技"である一本背負いをチョイスされたのは陛下の美的センスですな。……しかも、それを"竜巻"に進化させるとは……プロレス的センスもお持ちのようだ。正直、これには心底おどろきましたな」

 竜巻一本背負いからの腕ひしぎ逆十字固めは、須永の好む技のつなぎ方だ。無駄がなく次の技に入れるメリットがあるが、魅せられる分だけ難易度が高い。組み立てを参考にしたにしても、それをやってのけるのは、並じゃない。

 

「これくらいは造作もないことだ。……なにしろ私は、"皇帝"ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだぞ」

 もちろん、これは皇帝しか口にすることしかできないちょっとしたジョークである。しかも、この場合、本人の立場と出来る出来ないは関係ない。

 

「ははーっ。お見逸れいたしました」

 バジウッドと須永は、大袈裟に両手をあげてから、最敬礼をする。ちょっした日常の光景だ。

 

「さすがは陛下ですな」

「だな。さすがは俺らの陛下だせ。おい、負けたお前はバツとして城の外周10周な!」

 バジウッドは、「グラウンド10周してこい!」のような気楽な口調で告げたが、この内容は厳しい。この城の外周を10周と云えばフルマラソンを軽く凌駕するだろうか。

 

「せめて、せめて内周にしてください……」

 ガックリと肩を落とした赤スカーフの騎士の顔は、気の毒なくらいに青ざめている。

「……よし、では練兵場50周だ」

 ジルクニフが決を下す。練兵場50周でも軽く2桁に届くだろう。緩和されたとはとはいえ、模擬戦で死力を尽くした後だけに厳しい内容と言えた。

「……!」

 騎士達の間に不満の色が浮かび上がっているのを須永は感じ、一言申そうと口を開きかけたのだが……。

「……スタミナ強化は大事だぞ。お前は最後スタミナ切れで、剣速が鈍っていたからな……だから、私は見切れたのだ。……いざという時にそれでは困るだろ?」

 いつになく、優しく告げるジルクニフ。あたりの空気が暖かく、優しく皆を包み込む。

 その言葉を受けた赤スカーフの騎士が大粒の涙を零し、そしてこの場にいた全騎士が同じように泣いた。

 

「ひ、ひいかー」

「ぐす、陛下のお心……沁みました」

「忠誠を誓いまする……」

「うおおー、みんな走り込むぞっ!」

「そうだ。走るんだ!」

 たった一言で、がっちりと騎士達の心を掴む。気づけば指示された騎士だけでなく、全員が全力で走り出していた。

 

(やれやれ、かなわないナ。指摘しようとしたことを見事に、それ以上の効果で伝えてくださったよう()()()……陛下……尊敬いたしますぞ)

 一般人須永英光としても、そして皇帝直属のプロレスラー、ダンディ須永としても目の前にいる若き覇者を好ましく思う。

 

 ジルクニフは、元々備わっているカリスマ性をさらに高めはじめており、支配者としてまた1つ成長していた。

 

 

 



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第14話 告げられたこと

 

 今日も騎士団の鍛錬を終えた須永は、皇帝ジルクニフの下へと向かう。

 今のところ、武神としての活動ではない須永の仕事は、大きく分けると2つある。ひとつは帝国騎士団への武術指導であり、これは着実に成果があがりつつある。

 現在、帝国は毎年のように王国と戦争を行っている。これは将来的な王国併呑を目指すジルクニフの戦略のひとつだ。

 須永が指導に関わるようになってから、1度だけ出兵があったのだが、戦死者が前年に比べ激減。その分相手の損害は大きく増えている。これは、個の強化に成功したと成果と言えるだろう。

 帝国騎士達は、職業軍人であり毎月のように経費はかかるが、常駐であるのが強みで、組織として強化ができるのがメリットだ。

 対する王国は平民を無理やり集めただけの民兵で、レベル自体は相当低く、たんなる寄せ集めにすぎない。また、戦争の度に集めているので、組織的な強化は不可能だ。よって片方だけが強化されれば、差は広がることになる。

 須永自身は、戦争には関わっていないが、次はわからない。

 さて、もうひとつの須永の仕事は皇帝ジルクニフの警護である。

 もっとも、警備の厳重なこの城でジルクニフを害するのは難しく、実際は単なる側仕えに近い。フールーダとともに、意見を求められることも増えてきている。

 

 

 

「待っていたぞ、ダンディ」

「お待たせいたしました、陛下。鍛錬に時間がかかりすぎました」

「かまわん。騎士団の強化は大事だ。人数も増えていることだしな」

 人数の拡大にともない、鍛錬にはその分時間がかかっている。

「最近の新人は最初から学ぶ気が強いので、成長は早いですが」

「そうか、期待している」

「ありがとうございます」

 須永は頭を下げる。

「そうそう。期待といえば、実は楽しみなことがあったのだ」

「楽しみなことですか?」

 須永はオウム返しで聞き返す。

「そうだ。ダンディ、喜べ。お前の試合が決まったそうだぞ」

 またもや国家の最高権力者である皇帝の口から、自らの試合予定を直接聞くことになった須永は、「それは重畳……嬉しいことですな」と答えながら、ふと考えてしまう。

 

(陛下から直接私の試合予定を聞くのは間違っているのではないか? 普通ならマネージャー経由で入ってきそうなものだけど……あ、マネジャーいないわ……。それに私は皇帝直属ということだから、間違ってはいないのかも……しれない)

 違う世界で共通の常識となるわけもなく、須永は考えるのを途中で諦めた。

 

「それにしても久しぶりの試合ですな」

「武王ですらなかなか組んで貰えなかったのだ。それをこえる武神に挑むなど、そうそうはな……」

 武王を倒してからはや4ヶ月。須永は、いつでも誰の挑戦でも受けると公言しているのだが、なかなか挑戦者は現れなかった。

 しかし、稼ぎ頭である須永を遊ばせておくわけにもいかず、エキシビションマッチとして、月1度は模擬戦を組み、須永の勇姿を披露している。

 

「さて、ダンディ、今回の対戦相手だが……お前は、どのような相手だと思う?」

 ジルクニフは、笑顔で質問してくる。こういう会話を楽しんでいるのだろう。

 

「そうですな……。私が1VS1(シングルマッチ)で武王を破ったことを知っているわけですし、まず1人で挑んでくることは、ないと思っています。だからと言って、人数が多すぎても上手くいかないのは、実証済みです」

 ヘビーマッシャー戦がそうだ。平原のような開けた場所ならともかく闘技場という閉鎖空間では、人数が多すぎても運用が上手くできない。それに、1人に多数で挑んでも同時に攻められる人数には限りがあるのだ。

 

「ふむふむ」

「……よって3人から5人くらいの腕利き集団。少なくとも冒険者でいう、オリハルコン級以上と見ていますが」

 ちなみに武王とまともに戦えるのも、このあたりのランクからと言われていたらしい。もちろん個人としてではなく、チームで挑んだとしたらの話?だ。

 

「なるほどな。まあ、私もそのあたりから出てくると思っていたさ」

「ほう……違うので? 」

 須永は対戦相手に興味を持ち始めた。

「まず、人数だが……相手は1人だそうだ」

「……なんですと?」

 1人とは完全に想定外である。

「さすがのダンディも驚いたようだな」

「ええ。まさか1人とは……で、その男はどのような人物なんですかな?」

 この須永の質問をジルクニフは、くくっという笑いで返した。

「……まさか。男ではない……のですかな?」

「その通りだよ。ダンディ、次の対戦相手は"女"だ」

 

 ジルクニフは、楽しそうにそう告げた。

 



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第15話 ニュース


第2章のヒロイン登場です。




「なー。せっかく帝都まできたんだからよ、なんかおもしれーことしてこーぜ」

 見た目はガッチリした体格の男性に見えるのだが、声はハスキーだが女性のものだ。この人物の名はガガーラン。彼女……そう彼女である。性別は女性であり、好物は"経験のない男の初物"と公言している。被害者? は幾人にも登るとの噂だ。だが、彼女は悪い人間ではない。むしろ正義の味方に近い存在であった。

 

 

 彼女を含めた冒険者風の女性4人は、依頼を終え帝都の一等地にある高級宿屋のラウンジで寛いでいた。

 

「……面白いことねぇ……」

 純白の鎧の美女──いや、まだ美少女の方がしっくりくる──は、あまりに大雑把な仲間の言に、若干呆れ気味になっている。

「そう、おもしれーことだよ、ラキュース」

 ガガーランは、右手に持った骨付き肉に豪快にかぶりくと、左手に持った特大のジョッキをあおり、胃袋へと流し込んだ。

 

「ガガーラン、貴女は大雑把すぎるのよ?」

 ラキュースは美しい所作で食後の紅茶を口に運ぶ。

 彼女が身にまとっているのが、純白の鎧ではなく白い美しいドレスを着ているかのような……そんな優雅さだ。冒険者ではなく、いいところのお嬢様といった印象を受ける。もっともそれは間違いないではない。実際彼女は帝国の隣国、リ・エスティーゼ王国の貴族令嬢であった。

 

「そうか? イビルアイみたいに細かすぎて煩く口出しする小姑みたいなやつより、俺の方がよかねーか?」

 今回の旅には同行していない仲間──仮面の凄腕魔法詠唱者(マジックキャスター)──を引き合いに出す。

 

「ガガーランは、声がうるさい」

「うるさすぎ。存在がうるさい」

 同じ顔をした2人……双子の身軽そうな女性2人が、似たような話し方をする。正直どちらがどちらかは区別がつかない。

 

「ティア、ティナそのへんにしてあげて」

「わかった鬼ボス」

「了解。鬼ーダー」

 鬼ーダーは、鬼とリーダーを繋げた造語であり、ちょっと前に噛んで上手く言えなかった時に生まれた言葉だ。 最近お気に入りの1つである。そのうちもとの鬼リーダーに戻るだろう。

 

「誰が鬼よっ!」

「鬼が怒った」

「ラキュース、ジョブチェンジ、鬼」

「もうっ! それ職業じゃないわよっ?!」

 怒りながらも、的確なツッコミで返す。

 

(こんなやりとりしてる3人が、実は暗殺者2人と暗殺対象者だったとは誰も思わないだろーな)

 最後の1本を流し込みながら、ガガーランはふと最初の出会いを思い出す。

「ガガーランが浸ってる」

「似合わない」

 双子のからかいターゲットは、ガガーランに変わったようだ。

「なんだと、こらぁ」

 こんな調子の面々だが、実は優れた才の持ち主達であり、冒険者としての最高位であるアダマンタイト級に認定されているチームである。

 

「……そう言えば面白い出来事があった」

「……そうそう。面白いニュース。興味深い」

「ガガーランにも関係ある」

「そうそう。ある」

 ふと思い出したかのように言う2人だが、最初から話すつもりでいたことは雰囲気からわかる。

「俺に関係?」

「へー、そうなんだ? 気になるわね……どんなことがあったのか詳しく教えて貰える?」

 ガガーランは怪訝な顔をし、ラキュースは興味津々といった様子で2人をみている。

 

「ガガーランの許婚が負けた」

「ガガーランの未来の旦那様が負けた」

 双子の言葉で、ラキュースはピンときた。

「ガガーランの許婚……未来の旦那……様か……わかった!」

 ラキュースの右手は早押しのごとく、テーブルを叩いていた。

「はい、ボスどうぞ」

「リーダー、どうぞ」

 2人はラキュースを同時に指差し、続きを促す。

「武王でしょ? それしかないわ、間違いない……はず」

「正解。そう。さすが鬼ボス」

「正解。さすが鬼ーダー」

「おいっ、なんで武王が俺の許婚になってるんだよっ!」

 ガガーランはようやく反論を挟むことができた。

「体格的にピッタリ」

「ガガーランを抱けるサイズ感」

「たしかに、武王ならガガーランが乗ってもこ、壊れないかも……」

 平然と口にする双子と違い、ラキュースは真っ赤な顔をして、小さく呟いている。なお、蒼の薔薇の一行は、以前武王の試合を観戦したことがあった。

 

「おまえらなぁ……武王はトロールじゃないか。さすがに人以外はごめんだぜ……」

 ガガーランがムッとした顔になる。

「安心しろ。ガガーランもトロール」

「そうだ。進化してる。大丈夫、間違いない」

「種族が違うつーの。進化してもトロールにはならないだろがっ! んで、その武王に勝ったのはどんな奴らなんだ?」

 ガガーランは新たなる強者のことが知りたくなり、真剣な顔で双子を見た。

「……旦那負けたの気になるんだ?」

「ガガーラン、仇討ちする?」

 そんな雰囲気を消し飛ばすかのように2人はからかう。

「ちょ」

 ラキュースが文句を言おうとしたとたんに「奴ら違う」「1人」と真面目な顔で答えるた。

「なんだと!? あの武王をひとりで?」

 ガガーランよりも、スピードとパワーに勝り回復能力まで有している武王に1人で勝てるイメージはわかない。

 

「だとしたら、凄いわね。イビルアイは自分なら勝てるって豪語してたけど……」

「まあ、まともに剣で戦って勝てるとは思わねぇな。するってーと、やはり魔法詠唱者(マジックキャスター)か? だとしても相当な使い手じゃないと無理だな……」

 体力のない魔法詠唱者(マジックキャスター)がたった1人で、武王を倒す姿は想像できなかった。もし出来るとしたら、きっと超越者(オーバーロード)と呼ばれる存在であろうと、ガガーランは考えていた。

 

 

「魔法は使わない」

「剣も使わない」

 予想外の言葉に思考が一瞬止まる。

「えっ? 剣を使わないの? なら武器はメイス? 弓?」

 2人は首を同時に左右に振るが、お互い逆に振っているので、なんとなく可愛らしく見える。

「…………はぁっ? マジかそれ? じゃあ斧とか槍の使い手ってことか?」

「「武器、使わない」」

 双子の声が重なり、ガガーランとラキュースは、目を見開き双子を見つめたまま固まった。





続きます。

久々に女性だけの会話を書いたら、長くなりました。


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第16話 ダンディなドラゴン?

「じょ、冗談よね?」

「だよな、ハッハッハ。だけどよ、冗談だとしても、タチが悪い冗談だぜ」

 そんな馬鹿なことがあるかと信じられない2人は、いつものように双子が、からかっていると判断したようだ。

「冗談違う。これはマジ。彼は本当に武器を使わない」

「本当だ。そいつは、素手で戦う格闘術"プロレス"の使い手」

 双子の顔も声音も真剣なものであり、さすがに信じないわけにはいかない雰囲気だった。

 

「プロレス?」

「……聞いたことがないわね」

 ガガーランと、ラキュースは顔を見合わせる。素手で戦うといえば、モンクぐらいしか記憶にない。

「とにかく、そいつは見た事のない戦い方で、3戦全勝とか」

「……たった3戦だろ?」

「そうね。相手が弱かったのかも」

 武王を倒している段階で強いことは想像がつくが、だからといって過大評価する必要はないだろう。蒼の薔薇として活動する時も情報は必ず精査しており、鵜呑みは厳禁だった。

「まず、"不敗の剣士"エルヤーなる売り出し中の凄腕剣士のチームをたおした」

「もう1敗の剣士だな」

「チーム相手に1人か……やるわね」

「そのあとは、14対1で勝ったときいている」

 これには2人も表情を変える。

「マジか。やるなあそりゃ」

「どれくらいの強さの相手? ミスリルなんだ。……にしても14人か……」

 個々は劣るとしても、それだけの人数がいれば多彩な攻撃ができるはず。それを素手で倒すというのは、想像がつかなかった。

 

「その後は、武王を圧倒したそう」

「武王の武器を素手でへし折ったり、空を飛んだらしい」

 ガガーランと、ラキュースの顔に戸惑いの色が浮かぶ。

「空を飛ぶ? 魔法も使うのか?」

「それはわからない。でも、飛んだと聞いた」

皇帝(ジルクニフ)のお気に入りらしい。この数ヶ月で帝都ではプロレスを学びたいものが続出してるとか……」

「確かにそれだけの偉業を成し遂げたってんなら憧れの対象になるわな」

「そうね。実力的には、冒険者だとしたらオリハルコンじゃおさまらない……私たちと同じ」

「アダマンタイト級かもしれんな」

 帝国は王国に比べると冒険者の価値が低いとされている。これは街道警備などは、騎士団が行うことが出来るからだ。

 

「これ、みる」

「そう。みる」

 双子は何やら紙を取り出すと、ガガーランとラキュースへと手渡した。

「なになに? ……"武神"ダンディ須永への挑戦者募集中……か。かーっ、武神とはまた凄い2つ名をつけたな……」

「名付けたのは別人で、本人は"ダンディ・ドラゴン"って名乗ってる」

「なかなかの美男らしい。歳的には好みじゃなさそうだけど」

 双子は、片方が女性好きで、もう1人が年下好み。なかなか嗜好に偏りのあるチームだったりする。

 

「ダンディなドラゴン……」

 ラキュースの頭の中に、口髭がおしゃれなドラゴンが貴族服に身を包み優しくエスコートしてくれる絵が浮かびあがる。

(……そんな馬鹿はことはないわね……)

 ラキュースはブンブンと頭を振って自分の妄想を振り払う。そして、あることに気がついた。

「むしろドラゴンって名乗るのが、自信の表れなんじゃないかしら……」

 ドラゴンは強い生物だ。種族として、人間などよりも遥かに格上と言える。

「それにしても、あなた達……情報早いわね」

 ラキュースはいつも不思議に思う。なぜ一緒に行動していたはずなのに、情報を入手できたのか? と。

 

「ふふん。腕が違う」

「そう。違う」

 頭の後ろに、エッヘン! という文字が浮かび上がっているように見えたが、たぶんラキュースの気の所為だろう。

 

「よし、いっちょこの俺……ガガーラン様が挑戦してやっか」

「本気なの、ガガーラン?」

「当たり前だろ。せっかくつえーのがいるってんなら挑戦するのが……」

「「男ってもんだろ?」」

 見事に話の腰を折るダブルアタックが決まった。

「誰が男だこらぁ!」

「よっ、男前っ!」

「さすがっ! 男の中の男」

「2人とも、せめて女の中の男くらいにしようよ……」

 ラキュースまで流れに乗ってしまい。もはや止めるのは本人のみとなる。

「ラキュースっ!」

 抗議の声をガガーランは上げた。

 

 

「あはははは。ごめんなさい」

「くそっ……とにかく俺が1人でやるよ」

「1人で?」

「ああ。……まさか帝国の闘技場に、蒼の薔薇として出るわけにもいかないだろ。色々としがらみがあるんだろうし」

 ガガーランは真剣な顔をラキュースに向ける。

「そうね。私も対戦してみたい気持ちはわかるしね。ガガーラン、私は応援するわよ」

「仇討ち頑張れ」

「旦那のために」

 双子は右手の親指をピキンという音と共に立て、ウンウンと頷いている。気持ちはわかっているから……と御丁寧に顔に書いてある。

 

「だからなぁ……」

 ガガーランは諦めてため息を1つついた。

 

 





なんと、さらに続きます。

彼女たちは動かしやすい……


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第17話 名前

女性が集まると話が長くなりがち、また脱線しがちですよね。
まさかの3話目になりました。主人公はいったい誰なのか……。

今回はネタの盛り合わせですが、彼女たちは真剣なんです。

えー先に謝ります。
うちではガガーランは、弄られキャラなのです。










「そうだ、名前をどうする!?」

「そうそう名前大事。考える」

「……確かに2人の言う通りね。ガガーランの名前のまま参加するのは良くないわよね……」

 3人は全く同じ角度で右手を顎に当てながら考え込む。意図していないのに揃うのはチームワークのよさを示すものなのかもしれない。

 

「なるほと、闘技場専用の名前(リングネーム)をつけようってのか。……確かにガガーランのままじゃ色々と良くないよな」

 ガガーランも名前を思案するが急には思いつかない。

 

「もともと名前似合ってないし……そうだ、武王が、たしかゴ・ギンだから、同族のガガーランは、ガ・ガン」

「言い難いから、ガでよい」

「却下だ、却下! なんだよ、ガ・ガンて。ちょっと考えたら、ががーんってショック受けてるみたいじゃねーかよ。それに、ガって! 俺は害虫かよっ!」

 双子のアイディアは即ボツになってしまう。

 なお、武王の話では、トロールは名前が短く、中には1文字の名前もいるそうなので、ガもありえる。

 

「うーん……"帝国の闇に包まれた"ガガーラン……名付けて"ダーク・ラン"……かっこいいかも。もしくは、"ダース・ランナー"とか……」

「なんか、走る人になってんぞ。そもそもなんで闇に包まれるんだよ、ラキュース……」

「それは当然、悪の皇帝(ジルクニフ)の影響よ? それとなんとなく強そうだからかな。それなら、シャドー・ランとかはどうかしら?」

「お! なんかカッコいいな」

 ガガーランは膝をうち前に乗り出す。

「となると、シャドームーンも悪くないわね。月じゃなくて、太陽……ブラックサンとかもいいかも」

 ラキュースはブツブツと呟きながら何かを思考しはじめていた。

 

「わるくねーけどさ……なんで(シャドー)とか、(ダーク)(ブラック)……と悪そうな方向へ偏るんだよ……俺は正義の味方だぞ?」

「……無理。見た目」

「……そう。見た目」

 ラキュースとガガーランの2人を並べて、どちらが悪い人? と聞いたら、ガガーランと応える人が多数になるだろう。容姿の良さは最強のアクセサリーである。

 

「む……う」

「じゃあ動物とかから名前を取るのはどう? 」

 ラキュースが妥当な案を出してきた。実際リングネームにはよくある。

 

「ほう。面白そうだな」

「強そうなのは……タイガー、ベア、ウルフ、ジャガーとか」

「タイガー良いなぁ」

「……タイガー・"ジェット"・ランってのは? 」

 ラキュースは響きだけで決めた名前を出す。

「悪くない。悪くないけど、なんか悪そう」

「なにそれ、意味がわからないんだけど」

「意味ってよりも、感覚的な……あれだよ」

 上手く説明できないが、そういう気がしたらしい。

 

 

「なら、イーグル、シャーク、パンサーはどう?」

 ラキュースが候補をあげてゆく。

「確かに、そのみっつは正義の味方(ヒーロー)にありそうなんだが、イーグルとシャークは悪役(ヒール)にもなりそうなんだよな」

 

「オーガ、トロール……」

「リザードマン……」

「ふむふむ…………って、おい、種族になってんぞ!」

 ガガーランは双子に今日何度目かわからない抗議の声をあげた。

 

 なお、これは余談であり、彼女らが今後も知ることはないのだが、オーガをリングネームにしているレスラーは、ゲームでは存在していたらしい。須永が生きていた現実世界でいうと、100年以上前の骨董品であり、発売から一世紀以上過ぎた今となっては、まず誰も知らない話だろう。

 ましてや、違う世界の住人であるラキュース達が知る由もない。

 ま、どうでもよい話だ。

 

「いけない、間違えた。もっと強いヤツにする」

悪霊犬(バーゲスト)、デビル、サタン」

「ガルムとか…………似合いそう」

「おいっ! もう、いい。自分で決めるわ」

 ガガーランは仲間の意見は当てにならないと判断したようだ。

 

「ねー、オメガとかナイトメアなんてどうかしら?」

 ラキュースは関係なく続ける。

「なんか悪役ボスみたいで、強そうな……」

「悪くない。ナイトメアいい」

「でしょ? ナイトメア・ガ・ガンとか。ナイトメア・シャドー・ランとかかしら。決めゼリフは、『貴様に悪夢をみせてやるぜ……敗北という名の二度と覚めない悪夢をなっ!』で決まりよっ!」

 ラキュースはノリノリだった。

 

「確かにかっこいいかもしれねーけどさ……ガ・ガンも、シャドー・ランもボツにしただろーが。なんで蒸し返すかなー。ああーもーいい。俺が自分で決めるっつーの」

「ちぇー。そうそう。ガガーラン、顔も隠さないとね。……化粧ならまかせてね。覆面もありかしら……」

 名前隠して顔隠さずでは意味が無いと、ラキュースは判断したらしい。

 

 当然このあとその方法について長々とした会議は続いていくことになる。

 

 果たして、ガガーランはどのような名前と姿で登場することになるのだろうか。

 







次回は、主人公登場です。

もちろんガガーランも出ます。名前違うけど。
ガガーランという名前が、そもそも偽名……。


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第18話 選手入場

 

 

「まずは、武神……ダンディ須永選手の入場です」

 

 タ~ラ~タッタッタッタ~ ♪

 

 音楽を流すマジックアイテムから、軽快な音楽が流れはじめる。

 場内は初めての演出に戸惑っていたが、曲のイントロ部分が終わり、白いガウンを羽織ったダンディ須永が闘技場に入ってくるのが見えると大歓声と、曲に合わせた手拍子で出迎える。

(やはり、テーマ曲があると気分が違いますな……)

 この思考は一般人のプロレスファンである須永のものなのか、プロレスラー、ダンディ須永のものなのか……須永自身にもわからない。

 

(ただ、"ダンディ・ドラゴン"にして頂きたいものです。武神は言い過ぎでしょう)

 

 未だに武神には抵抗があったが、今更何を言ってもあとの祭りである。

 

 本日の入場券は、対戦決定から2日後……試合3日前という急な売り出し方だったにも関わらず、なんと即日完売。急遽販売することになった立ち見当日券の抽選会はかなり殺気だっていたという。これは闘技場始まって以来の動員数だそうで、史上初の超満員札止めである。

 

(スター選手がいれば動員はあがるといわれていましたが、まさか自分がそうなるとは……)

 

 そして、抽選に外れた人の中でも、幸運な人々はいた。彼らは会場近くの建物の中に集められ、須永が一時提供した中継アイテムセットによるこの世界初の同時中継を楽しむことができたのだから。

 

 この日組まれた前座の数試合も観客の熱気に乗せられ、白熱した好試合が続出。これには観客も満足げな様子であった。

 

「いつもより、お客が熱かったな」

「後押し受けて、いつもより力が出せた気がするわ」

 第2試合で勝利をおさめた出た双剣の戦士と、パートナーの弓使いの森妖精(エルフ)はそう語っていたと須永は人伝に聞いている。

 

(よいことです。彼らも見ているのでしょうな)

 出場者は専用の場所から他の試合を見ることができる。そのためか、今日は希望者が多く。出場者はくじ引きで決められたということだ。

 

 今日の須永のコスチュームをチェックすると、黒地に紫のサイドラインが2本入った新しいパンタロンに、色を合わせた黒のレガース。上半身は肘当てはなく、今日はオープンフィンガーグローブのみ。ただし、首には帝国文字で"武神 ダンディ須永"と書かれた薄い紫色のタオルを巻いていた。これは今回の新商品だそうだ。

(陛下……馴染みすぎです……)

 グッズ開発は専門部署が立ち上げられ、ジルクニフも開発会議には顔を出すという。

 

 

 

「さあ、続きまして、挑戦者……の入場です」

 

 ズーズン、ズーズン……重量のある何か、または恐ろしい何かが現れそうな……そんな重々しい曲が流れはじめた。挑戦者の強さを演出するような、そんな特徴的な曲だ。その曲に合わせ、ゆっくりした歩みで挑戦者が姿をみせる。

 

 プロレスでは、挑戦者が先に入場し、王者を待ち受けるのが基本的な絵なのだが、須永はこれを逆にした。

 

(私は、この世界ではかなりの力を持つ、ボスキャラみたいなものらしいのでね)

 ボスは待ち受けるもので、自ら現れるものではないというゲーム的な発想であり、挑戦者をフォーカスするという側面もあった。

 

 

 挑戦者は、青をパーソナルカラーとしており、ドラゴンをイメージした、覆面(マスク)を着用し、素顔は見えない。上下で別れたセパレートタイプの道着とともにアクアブルーで統一されていた。セパレートになっていることで、ハッキリと見える腹筋はバッキバキに割れている。

 武器を持たずに手ぶらで入場してきたが、須永モデルのオープンフィンガーグローブと黒のエルボーパットを装着しており、明らかに格闘戦を意識した姿と言えた。

 

「ほう……見事な体躯……ですな」

 須永は挑戦者の立派な体格を評価する。須永のアバターとして造られた体や、武王の種族としての肉体とは違い、血のにじむ様な鍛錬を繰り返し、鋼を何度も鍛え直したかのような強靭な肉体。だからといってボディビルダーのように筋肉だけというわけではなく、彼女……そう、彼女が女性であるということを示す適度な脂肪がついており、体の線に女性らしい柔らかさを残す……まさに、理想の女……いやさ女子プロレスラーの体であった。

 

 

 

「……よう、いい夜だな」

 試合前だというのに、まるで散歩にいくかのような気楽な口調であった。ただし、言葉とは裏腹に覆面から覗く瞳は鋭い。

「そうですな。この超満員の観客の前で、貴女と戦える……最高の夜になりますな。まぁ、まだ夕暮れ前ですがね」

「いいじゃねえか。もう夜みたいなもんさ。今夜は眠れない夜にしてやんぜ」

 色気があるようなないような……違うシチュエーションなら勘違いするようなセリフである。……実際客席にいたドレス姿のラキュースは何やら赤面していたが、それには触れないでおこう。

 

 

「そう、敗北という、悔しさでな」

「覚悟はしておきましょう。ところで、レディ。たしかガガさん……でしたかな?」

 須永のレディ扱いに一瞬目をぱちくりしたが、気を取り直し口を開く。

 

「俺……いや、私はビュティ・ガガ……じゃなくて、ビューティ・イチ・ガガ ですわよ」

 名前と姿だけでなく、言葉遣いまで変えようとしているのか、激しくぎこちない。ぎこちなさのお手本のようだった。

 



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第19話 ルール

「そうでしたか。ビューティ・イチ・ガガ……ですか。なんとなく聞き覚えがあるような……ないような」

 須永は思案するが、思い出せない。

(ビューティか……美しさの基準はそれぞれだからなぁ……確かに美しい筋肉だけどさ……ところでイチってなんだろう。この世界の名前の付け方はまだよくわからないんだよね)

 むしろ最初のビュティ・ガガの方が響きはよかった気がしなくもなかった。

 

「まあ、よいでしょう。ところで、得物はなしでよろしいのですかな? 」

「ああ、構わね……いや……構いませんわよ。武器壊されたくねーし……、いや壊されたくないのですわん。オホホ……」

 とりあえずガガ……いや、ガガーランには演技力はないらしい。言葉遣いもめちゃくちゃだ。

 

(どうやら……演技は無理なようだな。しかし、1つ言いたい。──名前も変え、覆面までして正体を隠すつもりなら、色も変えた方がよかっただろうよ。──よりによって青とかありえん……なあ、"蒼の薔薇"のガガーランよ)

 貴賓室のジルクニフは、ビューティ・イチ・ガガの正体が、アダマンタイト級冒険者"蒼の薔薇"のガガーランであることは看破していた。

 依頼のために彼女たちが入国したことは当然把握していたし、1週間ほど前から帝都にいたことも知っている。

 

「ふむ。壊すつもりはないんですがね」

 須永はしれっと嘘をついた。ちなみに過去3戦のうち、武王戦を除いて狙って破壊している。

「だからよ、そっちのルールでやろうかと思ってな」

「ほう……それは面白いですな。闘技場の通常ルールではなく……」

「ああ。アンタのいや、貴方様のお得意なプロレスルールで、勝負してやんよ……してさしあげますわ」

 もう口調はぐちゃぐちゃであった。

 

「……いいでしょう。それでは、準備をしましょうか。スキル"中級専用戦闘場創成(クリエイト・ミドル・リング)"」

 須永が1日3回まで使えるスキルを発動する。これは完全なる趣味スキルであり、使い手は少ない。なにしろ、リングを用意するだけのものなのだから。ちなみに初級と上級も存在するが、1日の使用回数はそれぞれ10回と1回に限られる。

 

 スキルの使用により、闘技場の中心を囲うように、突如として四本の鉄柱が現れ、そこから三本のロープが四角形に張り巡らされた。

 

「うおおっ!」

 突然のできごとに、観客は驚き、どよめきが止まらない。

「なんだと?」

 ガガーランも口をあんぐり開け、見守ることしかできない。

 

 そして、白いマットのリング(ジャングル)がドンと現れる。リング中央にはしっかりこの世界に合わせ、帝国の紋章が入っていた。サイズは6メートル四方がリアル世界での基準だったが、この世界の筋力値を考慮し、倍の12メートルとなっていた。

(これはロープブレイクが大変そうだ。まあ、次調整するとしよう)

 そこは盲点だったようだ。

 

 

「な、なんだこれは……じい、魔法か?」

「いえ、魔力は感じませんな……」

 珍しいことに、今日は主席宮廷魔術師フールーダがジルクニフに同行してきていた。

「マジックアイテムなのか……?」

「可能性はありますが……やはり魔力は検知できません……ですが、素晴らしいぃ!」

 

 須永は進行役に何事かを告げる。

 

「場内の皆様にお知らせです。この試合は、双方選手の合意により、特別ルールを採用いたします」

 

 一瞬の間があり、観客はどんなルールかと耳をそばだて、場内はシーンと静まる。

 

「この試合は、プロレスルールにて行われます!」

 

 静寂ののち、「どぉおっ……」という地鳴りのような……歓声が巻き起こった。

 

「試合の決着は、相手の両肩をマット……床につけて、審判……レフェリーがカウントを3つ数える間押さえつけれは勝ちとなる、"3カウント"。ダウンさせて10カウントを数える"10カウント"。相手に参ったと言わせるギブアップ。そして、リング外での20カウント。最後になりますが、5カウント以上の反則で負けとなります。以上の条件による決着といたします」

 

 須永の指導を受けている者以外にはあまり浸透していないルールである。インタビューでは答えていたので、読んだ人は知っているかもしれないが。

 

 果たして、どんな反応になっていくだろうか。

 

「ここからは、反則についてご説明致します。通常闘技場では武器を使用できますが、このルールでは禁止です。凶器攻撃……つまり武器を使っての攻撃、拳による攻撃、目潰し、きんて……いえ急所攻撃は禁止となります。髪を掴むことや、指1本への攻撃なども反則行為です。それではまもなく試合を開始致します」

 

 須永と、ガガーランはリングへ上がる。須永は久しぶりのロープの感触を確かめるように、ロープ間を走り、最後はロープに背中を預けて2度、3度と揺らした。

 対するガガーランは、当然初めてのリングであり、ロープの硬さ、マットの硬さを慎重に確かめる。

 

「只今より、本日のメインイベント、"武神挑戦"時間無制限一本勝負を行います!」

 

 進行役のアナウンスに観客達は、おもいおもいの声援を飛ばし、盛り上げる。

 

 

「まずは青コーナー、挑戦者……"た、戦う私は、世界でイチ番、う、美しい"……び、ビューティ・イチ・ガガー!」

 戸惑い混じりのアナウンスに場内が笑いに包まれる。その気持ちはわかるという意味の失笑がほとんどだったが。

 

「しっかし、なんで、ビューティなのよ」

「似合わない」

「1ミリも似合わない」

「しかも本人が考えた候補は、キューティ、プリティ、ビューティ、クールビューティ……だったらしいのよね」

「全部似合わない……」

「絶対に、ナイトメア・シャドー・ランのがよかったのに」

「あいつがビューティとか、まさに悪夢(ナイトメア)

 ドレス姿のラキュース達は、ひそひそ話で盛り上がるという離れ業を見せていた。

 

「赤コーナー……帝国の人々よ、これがプロレスだ。刮目せよ……プロレスの伝道師、帝国の武神……ダンディ・ドラゴン……ダンディー、すなーがー!」

 須永は右腕を、軽くあげ紹介に反応する。

 

「レフェリー、トニー・カン」

 白いシャツを着た短い髪の小柄な女性が、ガガと須永のボディチェックをして凶器がないか確かめる。もっとも須永は自らのアイテムボックスからいつでも取り出し可能であり、あまり意味はなかったりする。

 なお、このトニー・カンは帝都出身女性であり、須永にレスラー希望で弟子入りしたのだが、レフェリーとしての素質を買われレフェリーとして修行。本日が急遽公式デビューとなった。なお、名前は当然闘技場専用名前(リングネーム)である。

 

「シェイクアップ!」

 一通り反則について両者に告げたのち、トニーは握手を促した。

「よろしく」

 須永は右手を差し出したが……

「ふんっ」

 ガガは、その手をはたいて握手を拒否する。

「Booー!」

 ここは須永のホームリングだ。当然のようにブーイングの嵐である。

 

「OK。GO!」

 トニーの右手が振り下ろされ、試合開始を告げるゴングがなった。

 

 



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第20話 試合開始


この章の、ファーストマッチにして、ラストマッチ……試合開始です。


 試合開始のゴングが鳴った。なお、このゴングは、当然須永が提供したものだが、複製は容易な品なので返還される予定になっている。

 

 試合は始まったものの両者は動かない。まずは、お互いに鋭い眼光を飛ばし合いながら、しばしの間睨み合った。

 やがて……目線は逸らさず睨みあいを続けながら、ゆっくりと時計回りに円を描きながら、お互いの距離をじわじわと詰めていく。

 

 どう動くか……固唾を飲んで見守る観客の間に、ピンと張り詰めた空気が流れ、場内は静かになる。

 キュッ、キュッ……と須永のアマレスシューズがマットを擦る音のみが聞こえてくる。

 

「せあっ!」

「たあっ!」

 沈黙を破って、両者が同時に動き、リング中央でがっちりとロックアップ。ガチンという硬いものがぶつかり合う音がする。

 

「くうっ……こいつ、なんて力なんだよ……いや、凄い力ですわね」

「それは、こちらのセリフですが……」

 両者互角の力比べとなり1歩も動けない。

「ぬおおおおっ」

「くおおおっ」

 徐々に押し込んでいくのは、なんとガガーランの方だった。少しずつだが。確実に須永の腕を押し込んでいく。

「どっせええええい!」

 雄叫びとともにグィンと一押しがきまり、一気にガガーランが押し込む。それを須永はブリッジすることで耐えている。

 

「なんて馬鹿力なんだ。ありえん」

「さすが、アダマンタイト……化け物だわ」

 ジルクニフとバジウッドの2人は、目の前の光景に驚きを隠せない。

 

「やりますなぁ……」

 当の須永は、冷静を通り越して呑気に呟く。

「ヘッ、こんなもんかよ」

 ガガーランはニヤリと笑う。

「ふふ、まだまだですよ」

 須永はそこからなんと腹筋の力で押し返しはじめ、あっさりと元の位置まで戻してしまった。

 

「なんだとぉっ!?」

 ガガーランはこれには驚いた。あの体勢から返されるほど腕力はヤワではないつもりだったのだから。

 

「……武王を軽々投げ飛ばしたってのは伊達じゃないわね……無事に帰ってきてよ」

 ラキュースは仲間を心配そうな眼差しで見守っている。

 

「なら、これはどうだい?」

 ガガーランは腕を振りほどくと、左手を広げ顔の前でタメをつくった。

「おらあああああっ!」

 そして、叩きつけるような力強い逆水平チョップを須永の胸へとぶち込んだ。

 バッチーン! といういい音が闘技場に響く。

「くおっ」

 須永の顔が歪む。

「おら、おらっ、おらあああああっ」

 続けざまに、一発、二発……そして大きくふりかぶっての三発目! 

 バッチーンというより、ドッカーンに近いようなより大きな衝撃音が響く。

「くおおおっ!」

 須永は両拳を握りしめ、苦痛に耐えた。

(へえ、この体でも跡が残るのか……これは驚いたわ)

 なんと、その白い肌には、バッチリ手刀の跡が残っている。

「どーでい。俺様の……いやワタクシのちょっぷの、お味はいかがかしらん?」

 まだ演技するつもりだったらしい。須永はそのことに苦笑する。

「ふふ。いいチョップですな……嬉しくなってきますぞ。では、こちらもいきますぞっ」

 須永は、ガガーランとは違い、胸元に左手を引き寄せると、スナップを効かせて逆水平を打ち返した。

 

「ぐはああああああああっ」

 衝撃を吸収しきれず、ガガーランはそのまま背中からリングへと沈んでしまう。

「フォール」

 須永はガガーランの両肩をおさえつけ、レフェリーにカウントを要求する。

「オーケー、カウント ワン!」

 トニー・カンレフェリーが、マットを右手で叩く。

「トゥー!!」

 2回目。まだガガーランは反応しない。

「次のカウントが入ると、ビューティ・イチ・ガガ選手の負けとなります」

 ここで、すかさずルール説明のアナウンスが入る。

 

「返せ、ガガー」

 客席の最前列に陣取る仲間から声援が飛ぶ中、一瞬ためを作ってからレフェリーの右手が振り下ろされる。

「スリ」

「うあーっ」

 3つ目が入る寸前で、ガガーランが反応し、ブリッジで須永を跳ね除けた。彼女は必死で返しただけであり、知るわけもないことだが、これは女子プロレスの返し方だった。

 

「おおおっ!」

 観客がどよめきがおき、ガガーランがフォールを返したことに対し、拍手を送る者もいた。

 

「カウント2.8 ……試合続行です」

 このアナウンスに大きな拍手が送られた。アナウンスをわざわざ流しているのは、ルールをわかりやすくするための措置であった。

 

「ダンディさんは、このチョップで3カウントとりたいと話してましたからねぇ」

 中継席には先日須永の取材をした、シン・カ=ザマが座っており、広報担当として得た知識を披露している。

 

 少し話が戻るが、先程の須永がチョップを放った瞬間、中継先で食い入るように見慣れない中継モニターを見つめていた人々は大歓声をあげたという。

 

 その昔……街頭テレビに映る空手チョップに歓声をあげた人々と同じように。

 

 

 

 

 

 

 





3章で使って欲しい技などありましたら、活動報告へリクエストください。
表現できるかは別として、どこかで出せればなと思っています。


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第21話 走れ!

 

 

「つーっ……いやーしっかし、すっげー効くなーっ! アンタの手刀、国宝級の武器よりすげーんじゃねーのか? …………たった一発で、体の芯までガーンと響いたぜ」

 ガガーランは、打たれた部位を右手で抑えながら立ちあがる。足元はしっかりしており、そこまでのダメージはなさそうだ。そして、彼女の顔には笑みが浮かんでいた。強者と戦える喜びからだろうか? 

 

「貴女も''なかなかの一撃"でしたな」

「"なかなか"かよ。チッ……ま、これは挨拶がわりさ」

 2人はお互いにニヤリとする。手応えがある相手と、お互いが確信したからだろうか。

 

 

「さ、ここからだ。ガンガンいくぜーっ!」

「よいでしょう。こいっ!」

 須永はやや腰をおとして身構える。

「オラああっ!」

 ガガーランは、助走をつけて左肩からショルダータックルでぶち当たる。

「ぬっ」

 それを須永も肩で受け止めたが、わずかに……そう半歩ほど後退してしまう。あのダンディが押し負けるのかっ……と、客席がザワっと反応する。

「よーし、もう1度行くぞー!」

 ガガーランは、先程よりも助走距離をとり、勢いをつけてタックル! 

「ぐっ」

 今度は、2歩後退させる。

「ロープへ走れ。こいや」

 須永は、左手でロープを指し示し、反動を使って助走をつけろと促す。

「なにっ? そんなこと知らねーし、お前が走れ、こらぁ」

 ロープに囲まれた戦場は初めてなのだから、当然の反応だ。ガガーランは須永とは反対側のロープを指し示す。

「走れ!」

「お前が走れ!!」

 もう1度同じやり取りを繰り返す。

「……いいでしょう」

 須永はロープへと走り、反動をつけて同じように肩からタックルにいく。

「うおっ」

 ガガーランはそれを耐えきる。下半身が安定しており、少々のことでは揺らがないようだ。

 

「おおっ、なんだあの女」

「ありゃ人間ですかい?」

 場内のどこかから、そんな声が聞こえる。

 

「はん、その程度かい?」

 ガガーランはやり方はわかったとばかりに、ここでロープへと走った。

(ふふ……返し技を出したくなりますが……)

 久しぶりのロープを使った攻防に、須永のプロレス心が疼き、一瞬の間に返し技を何種類も思い浮かべる。

 

「痛……硬いんだな」

 ロープへ飛んだガガーランは、試合前に触ってはいたが、勢いをつけた時のロープの硬さに驚いていた。

 ロープは中に金属製のワイヤーが入っており、なれない人には痛いものだ。戦いなれているガガーランでも意識していないような、不意をつかれた痛みには弱い。

(……やるなら、こっちかな)

 さすがに初めてロープに走った相手に対して、返し技は酷いかな……という思いで、須永は別の選択をすることにした。

「でやあああっ」

 反動をつけスピードと威力を増加したタックルが、須永を襲う。

「せいっ!」

 それを受け止め、須永は1歩も下がらずに弾き返した。

「なっ! なにいっ?」

 自信を持って放ったタックルを返され、ガガーランは思わず尻もちをついてしまう。

 

「その程度ですかな?」

 先程の意趣返し。須永は見下ろしながらニヤリと笑ってみせる。

 

「いいぞ、ダンディー!」

 観客からの声援に須永は右手を軽くあげて反応を示す。余裕がある証拠だった。

 

「チックショー」

 ガガーランは、ガンとマットを殴りつけて悔しさをあらわにし、ギロリと睨みつけたが、須永は相手にしない。

「コノヤロウ!」

 ガガーランは、怒りに燃えた表情で、すっくと立ち上がると、両拳を握りしめて、エネルギーを手に宿す。

「おら、おら、おら、おら、おらああああっ!」

 チョップを連打連打連打。左の逆水平と右の振り下ろしをランダムに打ち込み、須永の体を揺らし続ける。

「ぬっくっ、つぉっ」

 軽く20発を超えるチョップの連打。その間一切スピードも威力も落とさない──いや、むしろ上がっている。──これは凄いスタミナだ。後半になるにつれ、場内の歓声が大きくなっている。

 

「シュッ!」

 大きく両手を振り上げ、同時に振り下ろす。

 ……いわゆる"モンゴリアンチョップ"だが、この世界にモンゴルという地名はない。きっと名称も違うものになるだろう。

 

「ぐおっ」

 渾身のダブルチョップで、須永は体勢を崩し、右膝をついた。

「どおぁぁりゃああ」

 体重を乗せた右エルボーが顔面へと打ち込まれ、須永は背中からマットへと沈む。

 

「フォールだあっ」

 先程、須永が見せたように両肩をおさえつけ、レフェリーにカウントを促す。

「OK、ワンっ!」

 マットを1回叩くよりもやや早いタイミングで、須永はあっさり肩をあげ、フォールを返す。

「チッ、足りねえか。噂通りだな、こりゃ」

 ガガーランに落胆の色はなかった。



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第22話 ラッシュ

 

 

「足らねえってことなら、いくらでも足してやる。ああ、釣りはいらねえぜっ!」

 ガガーランが再び攻勢にでる。左手で須永の首をおさえつけると、右のエルボーを連打、連打、連打。

 一撃、一撃に体重の乗ったエルボーが、須永の左頬へ何度も何度もめり込んでいく。

 

「どおりゃああ!」

 この1発は、ぶつけるというよりは、飛び上がって落下しながら肘を叩きつけ、さらに体重を預けて押し潰すという感じに見えた。名付けるなら……エルボーと、体で押しつぶすボディスプラッシュを合わせた"エルボースプラッシュ"だろうか。

 

「カウントっ!」

 そのまま押さえ込み、カウントを要求。トニー・カンレフェリーが素早く須永の頭側に、飛び込むように回り込みカウントをいれる。

「ワンッ! ト」

 カウント2より前に須永はブリッジで返し、そのままガガーランを跳ね飛ばす。

 

「軽々と!?」

 ラキュース達3人の声が重なる。

 

「クソッ、まだ足りねえかっ!」

「まずまずのエルボーですな」

 須永はわざとらしく笑みを浮かべた。

 

「こんのやろーっ! 」

 もう一度須永に掴みかかると、エルボーをまたもや連打する。

「まだまだまだまだまだまだまだまだまだァ!」

 怒涛のエルボーラッシュだ。気迫溢れる連打が止まらない。

 

「いけーガガ!」

 ラキュースが声を出す。

「それいけ、ビューティーッ!」

 "戦う私は、世界でイチ番美しい"……その言葉通り、一心不乱なエルボー連打が、美しく光り輝く……ような気がする。

 

「シャアっ」

 30を超える連打の末、ガガーランがタメを作って放つ渾身の一撃……だが須永は倒れない。

 

「おおっ!」

「エルボーは色々な打ち方があります」

 須永が繰り出したのは、ガガーランの顎を下から、かちあげるように打ち抜く"エルボースマッシュ"。

「がはっ」

 脳を揺らされ、ガガーランはたった一発で片膝をついてしまう。ここで倒れないところが、彼女の耐久力の高さ、そして体幹の強さを示しているのだが、彼女は知らない。この思わずついてしまった片膝の意味を。

 

 なんとか倒れずに、片膝をつく。または、立ち上がるために片膝をつく……この動きは、自然に発生するものであり人間なら誰しも起こす行動だ。

 しかし、そこに目をつけたある天才によって、ある時期以降のプロレスでは"片膝をつく"というのは危険なサインとなっているのだ。

 

緑の閃光(シャイニングエメラルド)

 ガガーランの左太腿を踏み台にし、野球のトルネード投法のように右腕を捻ってから、叩きつけるように放つ右エルボー! ! 

 

「ぐはっ」

 まともにもらったガガーランは、ズズンという音とともに、リング中央に大の字に沈む。

 

 須永の反撃に場内と中継モニターの前で歓声があがる。

 

 

「いくぞっ!」

 須永は、青コーナーを指差す。そして、ダッシュしてコーナーポストを華麗に駆け登る。

「飛ぶぞっ!」

 須永は右腕で力こぶを作ると、左手で肘を叩いてアピール。

「とおっ!」

 場内に背を向けたまま飛び、ダウンしているガガーランの喉元へ右肘を突き刺した。

 

「出たあ! ダンディ須永の空中殺法、ダイビング・エルボードロップだあっ!」

「これは背面式ですね」

 進行役と解説によるわかりやすい実況が入る。

 

「ぐえっ……」

 呻くガガーランを無視するかのように須永は、今度は赤コーナーへと駆け上がった。

 

「行きますぞっ!」

 右腕をクルクル回してアピールすると、またまた背中を向けて今度は高めに飛び、くるりと後方に一回転。

 

「出たぁムーンサルト!」

 これは実況ではなく、皇帝(ジルクニフ)の声だった。

 

 しかし、これは単なるムーンサルトプレスではない。腹部からプレスするのではなく、1回目のダイブと同じ体勢になって、再び肘を落としたのだ。つまり、半回転多い。

 

「ぐああっ」

 須永のムーンサルトエルボードロップが決まり、ガガーランの動きが止まった。

 

「悔しいけど、強い……」

「あの体であの動き……只者じゃない」

「化け物かもしれない」

 あのタフなガガーランが、ここまでボロボロになることが、3人には信じられなかった。しかも、今受けた技は、武器や魔法によるものではない。……様々な形の肘打ち4発だけなのだ。

 

「いいぞ、ダンディっ!」

「さすがだぜ。同じ入りから別の技……か」

 ムーンサルトプレスを応用したムーンサルトエルボー。須永ならではのバリエーション技である。

 

「レフェリー、ダウンカウントを」

 須永は3カウントではなく、ダウンカウントを要求する。

「オーケー、ダウン。カウント、ワンっ!」

「ダウンカウント。10カウント以内に立ち上がらないとビューティ・イチ・ガガ選手の負けとなります」

 ルール説明のアナウンスが入る。須永はその間にニュートラルコーナーへ移動し、コーナーポストに背中を預けてガガーランを見下ろす。

 

「フォー、ファイブ」

 まだガガーランは動かない。

「シックス、セブーン、エーイト」

「ガガっ」

 ラキュースが大声で声援を送る。

「ナイン」

 あとひとつ。

「テ……」

 カウント9.5というところで、いつの間にか歩み寄った須永が、ガガーランを引き起こした。

「まだ終わるには早いですからな」

 まだ足元が覚束無いガガーランへ、須永は逆水平チョップを叩き込む。

「ぐうっ」

呻くことしかできないガガーラン。

「……先程までの勢いはどうされたのですかな……その立派な大胸筋が泣きますぞ?」

 この瞬間、地獄の門が開く音が、ラキュースには聞こえたという。

 

 



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第23話 きょうい

 

「おらあっ」

 須永はもう1発、左手で逆水平チョップ! 

 ……だがその腕は、大胸筋に弾き返された。

 

「誰が大胸筋だって? これは私の胸だあああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 ガガーランの右拳が唸りをあげ、須永の顔面を貫いた……ように見えた。

「くはあっ」

 この一撃に須永はたたらを踏む。

(いってええ。おいおい、防御抜かれたぞ。嘘だろ?)

 須永はかなり驚いた。ダメージを通されるとは思っていなかったのだ。

「コノヤロウ。ぶっころしてやる」

 今度は華麗かつ重厚なワンツー。ドン! ドゴォン! とおおよそ人が発する音とは思えない音が響く。

「ぐ、ぐあっ……」

 またもダメージを通されてしまう。完全に、ガガーランの力を引き出したようだった。

「だありゃあああっ!」

「がふっ……」

 爆弾のような左ストレートを受け、須永が仰け反った。

「ヘイ、ガガー。拳はダメだっ! パーでやれ。グーはだめだ!」

 レフェリーが注意するが、ガガーランは止まらない。

 

「オラオラオラオラっ!」

 どどとっとパンチを連打する。蒼き流星がリングに光る。

「……ワン、トゥ、スリー、フォー!」

 ここはカウント4で拳を止めたので、カウントも止まる。

「誰が、とまるかあっ!」

 しかし、ガガーランはまたまたパンチを乱れ打ち。須永が棒立ちになって連打を浴びてしまう。初のルールだというのにしっかりガガーランは順応しているらしい。

「1.2.3.4」

 レフェリーが先程より早く反則カウントをとる。

「このっ!邪魔すんなっ!」

 レフェリーの腹部に左手でボディブローを叩き込み、一撃でダウンさせてしまう。

「どいてやがれ!」

 さらには、ごく自然な流れでレフェリーを蹴り飛ばす。

「ブ──!」

 この行為にブーイングが飛ぶが、キレたガガーランには関係ない。

「オラオラどうしたこらぁ」

 須永の顔面に次々に拳を畳み込む。

「Boo、Boo!」

 止まないブーイングの中、ついに須永が崩れ落ちた。

「寝かせるかこらぁ!」

 さらに馬乗りになって拳を振るい続ける。

 

「ダンディ! ダンディ!」

 観客からついにダンディコールが送られ始めた。

「うるせえっ!」

 ガガーランは止まらない。

「おら、ガガっ! パンチ使うなっ」

 先に復活したトニー・カンレフェリーが、なんとガガーランのパンチを両手でキャッチして反則を防ぐ。

「邪魔すんなっ!」

 拳を外そうとするが、ガッチリ掴まれ外すことができない。

「次使ったら即反則負けにするぞ。パンチは反則だ」

 毅然としたトニー・カンのレフェリングに、場内から拍手……そして……

 

「トニーぃ! トニーぃ!」

 レフェリーに対する声援まで送られた。須永の一言が原因とはいえ、正義の味方(ヒーロー)を自負するガガーランとしては最悪の、悪役(ヒール)への道を踏み出してしまったようだった。

 

「なかなかやってくださいましたね」

 須永はゆらりと立ち上がり、強い闘気を醸し出す。

「くそっ、まだ立てるのかよっ」

 かなりの手応えがあっただけに、ガガーランとしてはショックだった。

 

「もう終わりですかな?」

「まだだっ!」

 ガガーランは、須永に掴みかかると首相撲から首をとり、膝蹴りを須永の腹部へ、ドゴォン! という音とともに打ち込んだ。

「おらあっ!」

 今度は連打ではなく、タメを作って放つ威力重視の一撃。須永の体が浮き上がる。

「まだまだっ」

 もう一撃。浮き上がった須永が落ちてくるタイミングでさらに追撃。鳩尾を的確にかつ破壊力をこめてうち続ける。

「ぶっ飛べええ!」

 須永の体が3メートル、いや5メートルは浮いただろうか。

 

「おおおっ!?」

 人ってあんな風に浮くんだね……というちびっ子の声が聞こえた。

 

「逃がすかあ!」

 浮いた須永の体へ飛びつき、正面から、両肩へ乗せる。

「だありゃあああっ」

 落下しながら、美しく半円を描いて須永を振り下ろし、後頭部からマットへと叩きつけた。名付けるならば、美しいパワーボムでビューティボムだろうか。

うーん、ガガーランボムでもよさそうだが。あ、それはバレるからダメだ……。

 

「フォールだっ」

 そのままエビに固めて押さえ込む。

「ワンッ! トゥ!」

 これを須永は、カウント2で返す。

 

「だと思ったぜ」

 ガガーランはすぐにロープへと走った。

「たっぷりご馳走してやるぜ。ガガーら、いや"ガルムズディナー"!」

 フルパワーで放つ、全体重を乗せた叩きつけるようなショルダータックル! 

「おあっ!」

 立ち上がったばかりの須永をロープまで跳ね飛ばす。

「だあありゃあああっ」

 そのまま跳ね返ってくる須永に対し、ガガーランはハンマーを叩きつけるようなフォームから両腕を振り下ろした。

 

「いい攻撃です」

「なんだとっ……」

 ガガーランの渾身の一撃を受けて須永は平然と……涼しい顔で立っている。これにはさすがにショックを受けているようだ。

 

「ですが、まだまだ。……では、そろそろ私からいきましょうか」

 

 ここからが見せ場とばかりに須永の顔つきが変わった。

 

 

 

 








触れてはいけないこともある。しかし、引き出すには必要かもしれない。

さて、試合はいよいよクライマックス。次回で試合終了です。

このプロレス色の強い……いやプロレス一色の第2章も残り2話となります。
最後までお付き合いくださいませ。



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第24話 魂のスリーカウント


さて今回のフィニッシュ・ホールドは……。






 

「……レーザーブレード」

 須永は斜め前にのばした右腕に左手をあて、肘のあたりから指先へ沿うようにすっと動かす。これは闘気を腕に込めるという予備動作であり、これも含めて技であったのだが、須永の右腕は青白い光を放ち始めた。

 

(あれ? 確かにギミックとしては設定したけど……まさか反映されてる?)

 須永は内心戸惑ったが、これもプロレスだと納得しそのまま続けることにした。

 

「ダンディダイナミック!」

 そして、闘気を込めた右腕を振りかざし、半円を描いて斬りつけるように腕を振る。

「ずあっ」

 ガガーランは両腕でガードするが、耐えきれずガードごと首を狩られた。

「くあっ」

 これまでとは違う重い一撃に、ガガーランはたまらずダウンしてしまう。

 

「まだ、ダウンは、はやいですぞ」

 須永はロープにもたれかかりながら、ガガーランの様子を見る。

「くそっ……なんだ今のは……」

「そうですな……()()()変形のショートレンジラリアットですが。ま、少々腕が光るだけですよ」

 単なるの部分を強調する。そう、あくまでもバリエーションの中のひとつにすぎず、助走無しで放つため威力も控えめのはずだった。たぶん。技名を叫んだのは、単なる気分である。

 

「馬鹿にすんなっ!」

 ガガーランは右脚で思いっきり須永の股間を蹴りあげる! というつもりで、蹴りを放ったが、ガッチリと須永の左腕で足を掴まれてしまう。

「それは反則てすぞ。少々お仕置きが必要ですかな?」

 須永は右腕をスっとあげ、技の入りをアピールする。

 

「出るか、ドラゴンスクリュー」

 ジルクニフが立ち上がって拳を振り上げる。

 

「いえ、双龍(ダブルドラゴン)!」

 須永は、右腕を巻き付けるのではなく、足首をとり、両手で、時計回りに回るドラゴンスクリューと反対側に捻る。"曼荼羅捻り"と呼ばれる技である。

「うがっ……」

 ガガーランの体が足首を中心に一回転。そして普通なら倒れ込むところをそのまま元の体勢にまで引き戻す。

「せやっ!」

 今度は時計回りの正調ドラゴンスクリュー! 

「ギアッ……」

 ガガーランの右足が悲鳴をあげた。

 

「表裏……のドラゴンスクリュー……か」

「あれは……ヤバイっすね、陛下」

 バジウッドがジルクニフを見ると、早速今の技のフォームを真似していた。

 

「ぐうっっ」

 右膝を手で抑えながら呻くガガーラン。

「どうやら、研究してきていたようですな」

 須永は感心していた。初見ではタイミングを取りにくいのに、ガガーランが対応していたからだ。それも、初公開の曼荼羅捻りまでタイミングを合わせてくるとは、なかなか出来ることではない。

 

「知っているかい? この街じゃな、アンタの技を解説する本が山ほど売られてるんだよ……」

 ガガーランはふらつきながらも立ち上がってくる。

「もちろん知っていますが、よく初めて出した曼荼羅捻りにも対応できましたな」

「……アンタはこう言っていたはずだぜ。『同じ入りかたから別の技というのもテクニックですよ』とな。だから、逆回転というのはあり得ると俺は思っていたんだ」

 ガガーランは一見して、頭まで筋肉にみえるが、そのようなことはない。考えてなさそうに見えて、しっかり研究していたのである。

 

「なるほど。どこまで対応できますかな!」

 須永はその場から足を揃えて飛ぶ。

「ドロップキックかっ」

 咄嗟に顔をガードするガガーラン。

「ぐやあっ」

 たが、須永はガガーランの左膝をドロップキックで撃ち抜く。

 右膝を痛めていたため、ガガーランは左を支えにしていた。そこにこれである。さすがに耐えられるはずがなかった。

 

「くそっ、下か……」

「まだですぞ?」

 須永は仰向けにダウンしていたガガーランの右足を掴むとスっと自分の左足を差し込みクルンと回転。気がつくと、ガガーランの足は4の字に固められていた。

 

「ギアああああああああああああああ」

 痛めた両足への容赦ない追撃に、ガガーランは堪らず悲鳴をあげた。

 

「ガガ、降参(ギブアップ)するか?」

 トニー・カンレフェリーが顔を顰めながらガガーランへ尋ねる。

「だ、誰が……うぎゃぁぁぁぁああああ」

 須永が上半身を1度起こしてからバァンという音とともに後ろに倒れ込む。

 

「ロープまで逃げれば技は外されブレイクとなりますが、そのまえにビューティ・イチ・ガガ選手が降参(ギブアップ)すると負けとなります」

 

 初のプロレスルールでの試合のため、わかりやすいアナウンスが入る。

 

「逃げて、ガガーラン!」

 心底不味いと思ったラキュースが思わず名前を叫んでしまう。

「あっ……」

「あっ……」

 双子と3人で顔を見合わせる。

 

「俺は、ビューティ・イチ・ガガだあああっ!」

 ガガーランは、泣く子がさらに泣き叫ぶような鬼の形相でロープへとにじり寄る。

 

「逃がすな、ダンディ!」

「ダーンディ! ダーンディ!」

 ホームである須永の人気は絶大。観客は須永の勝ちを望んでいた。

 

「うぉぉっ!」

 しかし、ガガーランの右手が1番下のロープ──サードロープ──を掴む。

「ブレイク!」

 須永はあっさりと技をとき、リング中央でガガーランを観察する。

 

「ど、どうでい」

 声が枯れ、さらにハスキーになった声が弱々しい。

「では、終わりにしましょう……スライディングDD(ダンディ)

 ダンディは勢いよく走り込むと、上体を起こしたガガーランの胸元へスライディングしながら、右の逆水平チョップ! 

「ぎょはっ」

 そして、そのままフォールする。

 

「OK、ワン、トゥ……」

 3つ目はややタメてから振り下ろす。

「スリ」

「ぐべらああっ!?」

 カウント2.97でガガーランは、謎の雄叫びとともにかろうじて返した。

 

「……素晴らしい……」

 須永は素直にそう思った。しかし、すでに限界は見えている。

「手は抜きませんぞ」

 須永はガガーランをひょいっと軽々と持ち上げ、ボディスラムでリング中央へ叩きつけると、自らはトップロープを飛び越えてエプロンサイドへ降り立った。

 

「これがスワンダイブ式です」

 須永はトッブロープへ飛び上がると、反動をつけて前方一回転。ガガーランへ背中から落ちる。"スワンダイブ式ローリングセントーン"だ。

「くべあっ」

 これは効いたようだが、須永はもう一度エプロンへ。

 

「ドラゴンダイブ行くぞ!」

 須永は両手の人差し指で天を指し示し観客を煽ると、その場飛びでロープを掴まずに、一番上のロープへと飛び乗った。

 反動をつけて、一旦真上に3メートルほど飛ぶと体を反転させリングへ背を向ける。

 もう一度ロープの反動を使って背中向きにリングへと飛び、クルクルと2回転月面宙返りを決めてガガーランへと落下し、フォールする。これが"ドラゴンダイブ式ダブルスピンムーンサルトプレス"である。

 

 あまりの大技に観客達は声をあげることを忘れていた。

 バン! バァン! とレフェリーがマットを叩く音が響く。

 

「……スリッ」

 カウント2.999で、ガガーランがフォールを返した。

 

「まさか……」

 須永はビックリしたが、これが本能であり、無意識に返していた事に気づく。

 

「ふふっ……ビューティ・イチ・ガガ、貴女は立派なレスラーなんですな。この1戦のみというのは実に惜しい。敬意を評して私の魂を込めた一撃で終わりにさせていただきます」

 ガガーランが上体を起こすのをみた須永はロープへと走り、右膝をガガーランの大胸筋()へと叩きつけた。

 

「ワンッ! トゥッ! 」

 ジルクニフを筆頭に場内は大声でカウントを合唱。

 最後の手を振り下ろす前にレフェリーは「こりゃ、だめだ」とばかりに首を左右に振ってからマットを叩く。

「スリー!!」

 

 試合終了を告げるゴングが鳴り響き、そして……。

 

「ただいまの試合は、33分33秒……33分33秒……"魂のスリーカウント"により、勝者ダンディ須永!」

 

 勝者を告げるアナウンスが入った。

 

 





試合終了です。

次回第2章最終話 となります。

今回のサブタイトルをみて、フィニッシャーがわかった方はいたかなぁ。

前回閃光が膝じゃなくて肘だった理由は、今回のフィニッシャーがあったからです。



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第25話 帝国劇場



演説……には演の文字が入っています。






「さすがだ、ダンディ」

 不意に場内に品のある声が響き渡る。

「武神の名に相応しいすばらしい試合だったぞ」

「ありがとうございます、陛下」

 そう。声の主はジルクニフだった。皇帝直々の褒め言葉にダンディはひざまずいて礼を述べる。

 

 ここで、クラシックのような荘厳な音楽が流れ……煌びやかな皇帝服姿のジルクニフが貴賓室に隣接した特設バルコニーへと姿をあらわした。これは今回から用意されたものとダンディは聞いている。

 ジルクニフの周囲は、4騎士とフールーダが固めており、さながら"バハルスオールスター軍"といったところだろうか。

 

「やあ、帝国の臣民の諸君、調子はどうかな?」

 

 まさかまさかの皇帝降臨に、観客席からは大歓声が巻き起こる。

 

「……ありがとう諸君。私が、この帝国の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ!」

 

 警備のために場内に配置されていた近衛兵達が、「へ・い」といいながら右手で拳を握り左胸を2度たたき、「か!」で右上へと伸ばす。

 つまり、「へ・い・か!」コールである。

 4騎士達もそれに続き、場内が合わせる。やがて、大地を揺るがす大陛下コールが帝都中に響いた。

 なお、中継アイテムなどにより、帝都全域に今は音声が聞こえるようになっている。よって、闘技場外からも爆発的な声援が聞こえてきていた。

 

「……うむ。ありがとう。さて、今日は大事な話をしようと思う……が、その前にだ! ひとつ、諸君に聞こう。 ……今日のプロレスルールでのダンディの試合、楽しんでくれたかな?」

 皇帝の問いに、観客達は大きな拍手で応える。

「うむ、よくわかったよ。諸君、ありがとう。ところで、だ。もう一つだけ先に言っておきたいことがあるんだが、聞いてくれるな? 」

 

 わあっという歓声と、拍手が当然のようにわき起こる。

 

「うむ。……まずは、素晴らしい試合を見せてくれた我らがダンディ……いや、ダンディ須永と……1人で挑んできたビューティ・イチ・ガガ……いやさ、"蒼の薔薇"のガガーランへ盛大な拍手を贈ろうではないか」

 盛大な拍手の雨がリングへと優しく降り注ぐ。

 

「チッ。バラされたら仕方ねえ……気づいてやがったのか」

 ガガーランは諦めて覆面をとった。その事にどよめきと歓声が上がる。

 

「よし、続いては2人を讃え力の限り名前を叫ぼうではないか。まずは、戦う姿が世界一美しいという蒼の薔薇のガガーランからだ。ガガーラン! ガガーラン!」

 

 ジルクニフが自ら、ガガーランコールを贈り、場内からは地鳴りのようなガガーランコールが。

 

「くっ、くそっ……ありがとよ……涙が止まらねえ……」

 負けた悔しさもあったが、この初めて受ける盛大なガガーランコールは、彼女の心を激しく揺さぶり、ガガーランは人目もはばからずに男泣きに泣いた。

 

「続いては、我が帝国が誇る……"ダンディ・ドラゴン"ダンディ須永へ。ガガーランの全てを受け止めたその強さに! ダーンディ! ダーンディ!」

 

 天に届くような大声援があがり、遥か上空のロイヤルガードがビクリとする。

 

 須永はコーナートップに登り、両腕を開いて空を仰ぐ。そして、声援が途切れたところで、飛びあがるとムーンサルトで両足から着地し、深々と頭を下げた。

 

「……かっこよすぎ……」

「ちょ、鬼ボス」

「鬼リーダーが乙女に……」

 試合の余韻か、鬼リーダーに呼び方が戻っていた。

 

「さて、では本題に入ろう。プロレスルールでの試合、この闘技場は雰囲気が全く違っただろう? それは何故か!?」

 

 今、皇帝が降臨したからだ! ではない。

 

「これが、皆が初めて体験する新しい文化だからだよ。諸君らは今日、ここで新たなる歴史の始まりを……新しい文化の始まりを見届けたのだ」

 

 文化の始まりとはなかなか聞く言葉ではない。

 

「今までの闘技場の試合は殺伐としており、殺し合い……いや命のやりとりを楽しむ場だったろう? それは、それでよかったが、今日は違ったはずだ。ダンディの技に魅せられ、ガガーランの性別を超えた美しい戦いざまに声援を送った。違うかな?」

 誰も否定はしない。できるはずもなかった。その通りだったからだ。

 

「そして、我々は先程戦い終わった両者を讃えた。こんなことが今までにあっただろうか? 否、ありえなかっただろう……今まで我々は勝者を讃えたが、敗者を嘲笑してきた」

 勝者の代表である皇帝のセリフだけに真実味がある。

 

「しかし、だ。我々は敗者を讃えることもできるということを知った。これは我々の進化なのだ!!」

 

 進化という言葉がスッと皆の心に染み込む。

 

「我々は進化し、今新たなる文化に気づいた。そしてそれを育てて行く必要がある。この、ルールの中で試合を楽しむという文化。そして、試合後は両者を讃えることは、この世界の中で我々にしか出来ていない」

 

 確かにそうである。我々には出来ている! 

 

「どことはいわないが、他の国の民を、貴族を見よ! 彼らには敗者を讃えることなどできやしない。何故か? 彼らはまだ進化する前なのだ。……なあ、これは悲しいことだとは思わないか?」

 

 進化した自分たちと、変わらない他国の人々……。確かに悲しいことだと皆が思う。先に進化し優れている自分たちは幸せなんだと。

 

 

「そうだろう? 実に悲しいことだ。よって私はこの進化を広めるための努力をし、そして文化を広めようと思っている。だから、ここに宣言しよう。ダンディ須永を長とする"帝国プロレス"の旗揚げを!」

 

 どよめきがおき、そして賛同を示す拍手が起きる。

 

「……今日、ここでガガーランが証明してくれたように、性別は問題にならない。そして、我々は武王を知っている。つまり種族も問題にならないのだ。よって、出自性別種族を問わずに、広く人材募集するつもりだ。ここにいる"雷光"や"重爆"のようにな」

 

 雷光は平民の出身であり、重爆は女性だ。さらにはダンディ須永も出自不明である。

 

「我が帝国は歓迎する。力あるものを。もちろん力とは武力だけにとどまらない。役に立てる能力。それが力である。集え、力あるものよ。集え、力を欲し向上したいものも同様だ。私は皆の力を必要としているのだ。ともに良き帝国を創って行こうではないか!」

 

 帝国コールが自然とわきおこる。

(どうだ、ダンディ。お前の想像以上だろう? )

 ジルクニフは手応えを感じながら、口上の締めくくりにかかる。

 

「……では、今日はここまでだ」

 さすがに皇帝に対し気楽に抗議の声はあげられないが、皆残念そうな顔をしていた。

「ありがとう。諸君らに幸運を。"GOOD LUCK"だ。帝国に栄光あれ! ともに栄よう」

 

 ジルクニフはそう言い残すと、4騎士達を引き連れ姿を消した。

 

(陛下……全部持っていきましたな。やはり、陛下こそが帝国の至宝ですぞ……)

 須永はジルクニフの才をさらに高く評価する。

 

「ところで、試合内容……皆様は覚えてますかなぁ」

 須永は首を傾げることしかできなかった。試合後のやりとりまで含めてプロレスなのだが……今日のMVPは明らかに皇帝だろう。

 

 タ~ラ~タッタッタッタ ♪ 

 

 須永の入場曲が流れ、アナウンスが入った。

 

「本日はありがとうございました。ただいまの試合は、33分33秒、魂のスリーカウントにより、勝者ダンディ須永。今一度盛大な拍手をお願いします」

 

 レフェリーが須永と、ガガーランの手首を掴み高々とあげた。

 

 

 こうして、この世界初のプロレスルールでの試合は幕を閉じた。

 

 後にこの試合は、伝説のファーストマッチと称されるようになるが、それはまだ先の話である。

 

 

 

 

 




今回で、2章最終話となります。

当初ジルクニフには普通の演説をさせる予定でしたが、プロレスに寄せようと思ったら、見事な寄り切り。

さすがです。








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第3章 帝国プロレス
第26話 旗揚げへ向けて~逸材~


 

 

 帝国プロレスの旗揚げは決まったが、メンバーをどうするのか……そこが問題だった。なにしろプロレスラーは、ダンディ須永しかいないのだ。

 須永は騎士団や近衛達に指導してはいるが、プロレスラーにしようとしているわけではない。中にはセンスを買われ須永預かりとなっている者もいるにはいるが、人数が足りない。

(確か……旗揚げには最低6人選手が必要でしたか……。他団体から借りるなんてできませんし、提携する海外団体もない……)

 そもそも須永は1ユグドラシルプレイヤーにすぎない。団体の旗揚げなどは古いゲームの知識しかなかった。

 

 

 

「これは……凄い人数ですな……」

 軽い気持ちで入門希望者を見に来たのだが、想像を遥かに超えた人数が集まっていた。

「全盛期は何百人と応募があったそうですが、末期は2桁いくかどうか……でしたか。いやはや……これは……」

 ざっとみても軽く1000は超えている。

「ダンディさん、これ、まだ第1陣ですよ」

 さらりと告げたのはレフェリーのトニー・カンである。プロレスラーではないが、須永以外に現在唯一公式にデビューしている帝国プロレスの人間である。

「第1陣……」

 須永はことが大きくなりすぎてビックリしている。この調子だと、団体の規模を遥かに凌駕し、軍になりかねない。

 

「ダンディさん、どうしましょうか」

「ご指示を」

 がっちりとしたパワータイプと、色白なテクニカルタイプの2人が聞いてくる。彼らは、センスを買われプロレスラーとして育成されている愛弟子達で、スメラギとカスミノというリングネームを与えられている。須永の評価は高く、シングルマッチならミスリルには勝てると見ていた。

 

「軽いスパーでもと思いましたが……」

「無理そうですね」

「仕方ありません、自信あるゾ、それなり、あんまり に分けますか。基本やる気は買いますので、あくまでも今後の訓練のためのレベル分けをします。あんまり組はカスミノ、それなり組はスメラギにお願いしますかな。トニーは2人をサポート願います。私は自信あるゾ組と手荒な遊びでもしましょうか」

 結果、自信あるゾ組は100人だった。

 

 

「よーし、いくぜぇ!」

 あるゾ組で最初に須永が逸材と認めたのは、人ではなかった。詳細は省くが亜人である。やはり人間との基本スペックが違うことから耐久力、腕力、体力で圧倒的に上回っている。ただ、スピードはそこまでではない。

 

「ふふ……いいですな」

「くそぉっ……こんだけ殴ってるってのにまったく効いちゃいねえ……」

 肩で息をしながらもその瞳はギラギラしている。

「まだ諦めていないようですな。では、プロレスを一つお見せしましょう」

 須永は一瞬で相手の背に回り込むと、ぶっといふとももに足をかけ、瞳ギラギラの亜人の両腕をいとも簡単に捻りあげた。

「ぐああああっ!」

「脱出できますかな? この"パロスペシャル"プロレス的には"ウォーズマン式パロスペシャル"からね」

 あえてこの表記になる理由は、すでにオリジナルのパロスペシャルがあるからだった。なお、オリジナルは仕掛ける側の向きが逆。背中合わせの形になる。開発者以外では、女子プロレスラーに使い手がいたそうだ。

 

「こ、こんな……も……の……」

 だが外すことはできず、ギブアップするしかなかった。

「これが関節技(サブミッション)ですな。あなたはパワーはありますが、プロレスはパワーだけじゃないのですよ。まあ、頑張ってくださいね」

 須永は心の中で合格通知を出した。

 

 

 2人目の逸材は、人間の男だった。もともと腕におぼえありで、実戦経験は豊富だが、素手戦闘慣れはしていないという。

 

「ズアッ!」

 それでもなかなかキレのある蹴りと、半円を描くような抜き打ちチョップは即通用する魅力がある。

「やりますナ」

 須永はフェイントをかけてから懐に飛び込むが、男はそれを察知したかのように的確にカウンターを打ち込んでくる。そういった攻防を数度繰り返す。

(なるほど、感覚が鋭いのでしょう。今までとはことなる動き……受けは苦手となるかも……)

 懸念もあるが、逸材であることは間違いない。

「ですが……」

 カウンターの右掌底に対し、須永はカウンターでその腕を掴み、飛びつきながら足を絡めくるんと回転させて、腕十字! 

「カウンター返しですな」

 外す術を知らない今の状態ではギブアップするしかない。

「避ける技術ばかりではダメですな。受けを学んでください」

 プロレスの基本は攻撃ではない。受けが大事なのだ。

 

 そして……この日3人目の逸材は……

 

「もらったあ!」

 隙をついて隠し持っていたナイフで突いてくる。

「まさかの反則攻撃かっ!」

「4カウントまでは反則じゃないんでしょ?」

「ちがいますな。反則負けにならないだけですぞ」

 須永は苦笑する。どうやらヒールに向いていそうだ。ルックスはベビー向きだが。

「そんじゃ、いくよー」

 そう言ってもう一度ナイフでついてくる。

「甘いですな」

 須永はいつの間にか手にしたパイプ椅子をフルスイングしてナイフごとぶっ飛ばした。

「あがが……そ、そんなもん……いつのまに」

 手痛いカウンターにダウンしてしまう。

「悪いですなあ」

 当然アイテムボックスから取り出したものだ。

「あなたは、もっと強くなります。武器なしでもね」

 パイプ椅子を床に設置し、須永は腰を下ろした。

「そうそう、皆さん椅子は殴る道具でも、突く道具でもない。座るためにあるのですよ」

 いや、今殴ってたよね? と皆が思ったが、言っていることは正しい。

「なかなか楽しくなりそうですな。選抜はあくまで現時点のものです。志願者はミッチリ鍛えますからご安心を」

 逸材以外の1000人を超える練習生達は、まずは騎士団見習いとして鍛えていく。その中で光るものがあれば、須永預かりとして団体の練習生に。そこからデビューを目指してもらうことになるだろう。

 

 こうして帝国プロレスは着実に人材を集めている。

 

 

 

 

 

 

 




この時点での選手候補

ダンディ須永、スメラギ、カスミノ
亜人の男、人間の男、3人目の逸材

旗揚げ6人確保できてますね。


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第27話 旗揚げ

「よくここまでになってくれました。私は嬉しいですよ」

 そういって須永は、目を閉じ10カウントが入るのを待った。

 

「ただ今の試合は18分40秒、ダブル垂直落下ブレーンバスターにより、勝者ダンディ須永!」

 旗揚げ戦のメインイベントは、須永VSスメラギ&カスミノのハンデキャップマッチだった。これは今後タッグマッチを行うことを考えたテストでもある。今日試合はメイン以外全てシングルマッチで行われ、各自デビュー戦とは思えぬパフォーマンスを見せていた。これはメインに抜擢された2人も同様で、全員揃って驚異の新人と言えた。

 スメラギとカスミノは同じ日に須永預かりとなった同期だ。2人は息のあったタッグワークで師である須永相手に善戦。

 特に、コーナートップに座らせた須永を、カスミノが雪崩式スイングDDTでリングへ突き刺し、そこへスメラギが110キロを超えるヘビー級の体でダイビングボディプレスを決めたシーンはあわやという雰囲気になったものだ。実際にはカウント2.8くらいで返してはいたが。

 これは "オリエンタルエクスプレス"と須永に名づけられた連携技で、以後彼らのフィニッシャーとして定着していく。個性の強い他のメンバーとは違い、タッグ屋として魅せていく道を選んでいくのだが、それは先の話だ。

 旗揚げ戦のメインに相応しい確かな技術を見せた彼らだったが、次第に須永の術中にはまり、追い込まれていった。

 そしてラストは、須永が格の違いを見せ弟子2人を同時に脇に抱えて持ち上げると、容赦なく真っ逆さまにリングに突き刺し、ノックアウト勝ちを決めた。受けの技術を信頼しているからこそ、あえて厳しくいったのだ。

 

 

 

「本日は帝国プロレスの旗揚げ戦にお越しいただきありがとうございました」

 弟子2人は氷を首にあてながら、須永とともに礼をして、謝意を示す。

「我々はまだまだ小さな団体です。いつかは帝国の名に相応しい団体になっていきます」

 場内から帝国コールがあがる。

「ありがとうございます。我々はこれからも精進して、よりよいプロレスをお見せすることを誓います。本日はありがとうございました」

 須永が締めの挨拶を行い、観客も拍手でそれにこたえて、旗揚げ戦は無事に……。

 

「ちょっと待て。勝手に締めるんじゃない」

 威厳のある声が響くと、場内からすかさず、陛下コールが爆発的な勢いで送られた。

 登場テーマをかき消すほどの歓声の中、何故か汗だくになっている皇帝ジルクニフが、再びバルコニーに降臨。

 

「やあ、親愛なる帝国の臣民の諸君、声援ありがとう」

 2度目ということもあり、ジルクニフの演説は磨きがかかっていた。

 ジルクニフはプロレスを広めるために、地方巡業を行うことに決定したと告げた。

 これにより、帝国プロレスは月1回の帝都興行と月2回の地方興行を軸に動いていくことになる。移動に時間がかかることを考えれば妥当なスケジュールだと思われた。

 

「そうそう、最後に一つだけビッグニュースがあるんだ」

 ジルクニフはニヤリと笑い間をとった。

「次回の帝都興行から諸君がよく知ってるあの男が、この帝国プロレスに参戦することになったんだよ。当面は帝都興行のみの参戦になるかな」

 誰だろうと皆が首を傾げた。

「陛下……まさか……」

「お、さすがはダンディ。もうわかったのかな?」

「……ここは、スーパーヒールダンディ須永の参戦ですな?」

 スーパーヒールダンディ須永……それはダンディ須永の別人格として設定されているいわゆるヒールモードだ。旗揚げ前の特別インタビュー等でも存在は仄めかしている。

「いや、それはそれで面白いとは思うが……」

「違いましたか……残念、あれはあれで楽しいのに」

「ま、そのうちにな。さて、話を元に戻そう。で、新メンバーだが……あれこれ言うよりも紹介した方がはやいだろうからな。帝国プロレスの新メンバー……出てこいや!」

 

 入場口にスモークが炊かれ……新しく作られた入場テーマがかかる。

 

「ぶおうボンバイエ! ぶおうボンバイエ!」という出だしから始まる、妙に高揚感のある曲だった。元々の曲はリアル世界の伝説のレスラーのものだという。ボンバイエはやっちまえとか、そういう意味らしい。

 

「紹介しよう。帝国プロレスの新メンバー、皆が大好きな武王ゴ・ギンだ」

「よろしく、ダンディ」

「ようこそ、武王」

 リング上で握手を交わす2人。強力なメンバーが加わった。

 

「では、諸君今日はここまでだ。GOOD LUCKだ」

 

 旗揚げ戦は無事に終わり、帝国プロレスは走り出した。

 

 

 

 



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第28話 邂逅~紫と白~

昔の人はよく、星座を考えましたよね。
南半球はいい加減な気がするけど……

今回の内容はサブタイトルでだいたいわかると思う。


 

 

 旗揚げ戦を終えた須永達帝国プロレスは、皇帝の指示により、各都市で興行をおこないプロレスを広めるべく巡業を行っていた。

 

 そんなある夜の出来事だ。

 

 

 須永は、日課となっている個人トレーニングを終え、楽しみとしている星空を眺めている。彼のいたリアル世界の空では空気汚染が進み、このような満天の星空などみることもできなかった。

 

「あの星とあの星を結ぶと、ケンカキックの体勢にみえますな。あれはケンカキック座としますか……」

 見たことは無いが知識として星座というものがあったことは知っている。今は違う世界にいるので、須永は自分で星座をつくっているが、ろくな星座はない。今あるのは腕ひしぎ逆十字座とか、髪の毛引っ張る座とか……。

 

 

「……サインですかな?」

 須永はなにかの気配を感じ取り、敵意のない声を出す。実際トレーニング終わりにサインを求められることも多々あり、読めも書けもしなかった帝国文字で、ダンディ須永とサインを書けるようになっていた。

 

「……君がダンディ須永だね」

 音もなく突如姿を現した白金の全身鎧の騎士が、尋ねてくる。

(……見覚えはない鎧だけど、かなりの逸品か……となると……)

 須永の見立てでは結構な逸品だ。強者は装備品に比例していることを考えると、かなりの手練だろうと須永は判断する。

 

「いかにも。私がダンディ須永だ。君は?」

「そうだね、ツアーとでも呼んでくれ」

「……ツアーか。いかにも偽名ぽいですな。それとも、バトルネームか。それで私になんのようですかな?」

 須永は警戒を強める。明らかにまともな用とは思えない。

「最近、やたらと君が目立っているようだからね。確かめに来たんだよ」

「ほう……何をですかな?」

 だいたい予想がつき、須永は動きやすいように身構えた。

 

「……君の力をねっ!」

 いきなり斬りかかってくる。武王の比ではない高速の斬撃。これと比べたらエルヤーの剣など子供のチャンバラごっこだ。

「っ! らあっ!」

 須永はそれを()()加減ぬきのグーパンチで剣を叩き折った。試合ではないから、あえて格闘家モードである。

 

「……嘘だろ? ……まさか……僕の剣を折るなんて、やはり只者じゃなさそうだね。魔神以上か……」

 須永は無言で身構える。

(わからない。殺気は感じないが、今までの相手とは明らかに格が違う)

 須永は受けに回らず、攻めを選択する。

 これまでに出したことのないキックのコンビネーション。右ミドル・左ミドル・右ロー・右ミドル・左ローさらに左ハイ・右ロー・左右ミドルから左右のハイキックを打ち込み、騎士の鎧を破壊していく。

「烈風正拳突き!」

 そして強烈な右正拳突き。ツアーの鎧がベッコリと拳型にへこむ。なお、プロレスルールでは当然反則となるが、これは野良バトルである。

「やってくれるねえ」

 しかしこれだけの攻撃を受けてもツアーは平然としている。ダメージが読めない。

「こちらもいくよ」

 武器を失ったツアーは、右足で蹴りを繰り出す。速く、重い蹴りだ。

「甘いですな」

 須永はこれをキャッチし、ドラゴンスクリューで足を破壊しにいく。

「あぶない技だな……足もげちゃうよ」

 ツアーは平然と立ち上がる。

(……本気で足をもぎに行ったんだけどな……)

 須永は次の技に移る。

 

「う、動けない……」

 高速で回り込み、羽交い締めにすると、必殺のダンディ・ドラゴンスープレックス! 

 ツアーを文字通りに地面へ突き刺した。

 

「どうですかな? がらんどう鎧の操り手さん」

「……こんなに早くバレるとはね。そうさ、そこにいるのは僕であって僕じゃない。それにしても早くないかい?」

「操り手のあなたは気づいてないかもしれませんが、最初の蹴りのコンビネーションは、全て急所を狙ったものです。ローは、普段ならふくらはぎを狙いますが、膝を潰しにいきましたし、ミドルも臓器を潰しにいってます。ハイも当然こめかみを蹴りぬきまさした。ついでに正拳突きは、いわゆる"ハートブレイクショット"ですぞ?」

「心臓狙いか……」

「もう少し操るにしても気をつけることですな……人のフリをするならね。なにしろあまりにダメージが無さすぎましたよ。最後のドラゴンスクリューで確信しましたな。……本気で足をもぐつもりでしたからね」

「これは参った。この力、やはり君はプレイヤーだね」

「なんだと?」

 須永はツアーの言葉に驚く。

「ああ、今ので確信したよ。君はユグドラシルから来たプレイヤーなんだとね。100年の揺り返しにはまだ早いからどうかな……っと思ってたんだけどさ、間違いなかったようだね」

「やはり、前にもいたんだな。そうじゃないかと思ってたんだ。六大神、八欲王、そして13英雄……あたりがプレイヤーじゃないかと」

「へえ、そこまで気づいてたんだね」

 ツアーは感心していた。

「ええ、1人だけとは思えなくてね。歴史を調べると100年がキーのようだけど」

「……毎回じゃないんだけど、知ってるかぎりではそうだね。ただ、君は早いんだよ……だから僕の中ではイレギュラーなんだ。調べる必要があったのさ」

「イレギュラーですかな。なるほど、数年先には本命が来ると」

 須永は心に刻む。須永は1人だが、相手は複数の可能性がある。1VS1ならある程度戦えるかもしれないが、複数なら負けは決定的になる。

「わからないよ。そもそも100年ジャストと決定しているかもわからないし、だいたいユグドラシルから来る段階で、イレギュラーなんだからさ」

「確かに。貴方の言う通りだと思いますよ。ツァインドルクス=ヴァイシオン。白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)よ」

 

 沈黙の時間が流れる。察するに絶句したのだろう。

 

「……なんでわかるのさ」

「私は皇帝直属なので、わりとイレギュラーにしては情報通なんですぞ。ツアーという偽名、それに白金の鎧。隠すつもりなら色を変えたり、もう少し名前を変えるべきですな。この間の''青の薔薇"のガガーランも、青い道着にビューティ・イチ・ガガでしたが……。それにツアー、貴方がその格好で出歩く? のは初めてでもないのでしょうし。……13英雄の1人だったはず」

「……そこまで、読むかい……君は何者だい?」

「私ですか? 私は……ダンディ須永。プロレスラーさ」

 

 そう、彼は頭の回るプロレスラーである。

 

 この後も、ツアー(プラチナム・ドラゴンロード)須永(ダンディ・ドラゴン)のドラゴン会談はつづいた。

 

 

 



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第29話 爪痕

帝国の人が出ない回です。

前回は青の薔薇でしたが。今回は……


 

「これは良くないを通り越して、もはや絶望的かもしれん」

 王国六大貴族の1人に数えられる、エリアス・ブラント・デイル・レエブンは予想以上の事態の悪化に頭を抱えた。

 

 もともと王国は、貴族の派閥争い……いや足の引っ張り合いのせいで物事が上手く回っていない。それに加えて麻薬の蔓延、さらにはバハルス帝国との戦争による消耗が重なり、国力は徐々に低下し、崩壊の序曲が始まっていたのだが、最近になって状況はグンと悪化していた。

 

 3ヶ月前に行われたバハルス帝国との戦争が、いつもと違っていたのがひとつの原因である。

 

 レエブンはその時を思い出す。

 

 

「なんだと、8軍団出陣!?」

 

 この報には驚かされた。帝国の8軍団といえば全力出陣であり、本気で潰しに来た……としか言えない状況であった。帝都の守りは薄くなるが、帝国にはフールーダという切り札がいる。

 王国の多くの貴族は、魔法詠唱者(マジックキャスター)を侮っているが、レエブンは違う。やり方次第ではフールーダ1人に王国全軍が負ける可能性もあると考えていた。

 

「……準備状況からして、4軍団出陣はあるかと思っていましたが、まさか……8軍団とは。これは非常に不味い……」

 王国の兵士が徴兵された民兵中心であるのに対し、帝国は専業軍人である。兵士1人ひとりの質では話にならない。3人いや、4人がかり戦ってようやく互角に戦えるほどの差があった。

 帝国軍1軍団は1万人で構成されているので、8万となれば、単純に考えて32万ほどの動員が必要になるのだが……その計算は通じなくなっている。

 

「前回が痛すぎた……」

 

 前回の戦いにおいて王国は大きな被害を出している。それは帝国軍が強くなっていた──レベルが上がっていた──からである。

 専業軍人が訓練を積み、レベルアップしているのに対し、王国は戦争直前に招集するだけ。つまり現状維持にすぎない。進歩がないのは後退と同じと言われるが、実際そうである。

 過去最大の損失を強いられた王国は、多くの働き手を失い各種産業……とくに農業は一気に衰退している。

 産出量が減ったのに、納める税は変わらず……いやむしろ増えており、農村部では相当な反発を受けていると聞く。

 

「いまや5倍を持ってしても、抑えきれるかはわかりません」

 40万の動員が必要になるが、そんな兵力は簡単には集まらない。

 今回王国がかき集めた兵力はなんとか25万。税の減免を条件に出したり、各地の領主が苦心した結果の動員であるが、絶対数の不足以外に深刻な問題があった。

 

 それは食糧の不足である。参戦する兵士たちには食糧を持参するように促し、かつ城塞都市エ・ランテルに備蓄している食糧を使って戦争しているのだが……。

 生産力の低下により、各自の持参する量が少なかったり、またはまったく持っていないという兵が多く、さらには備蓄も異常に少ないことが判明した。

 

「なぜ、そんなことになった!」

 喚く貴族がいる中、レエブンはその理由を知っていた。

「高値で買い付けていた商人がいたようです」

 そう、宣戦布告より前から、食糧を相場より高値で買い漁ったものがいたのだ。

 まず、農村部に現れたその商人は税の支払いに困っていた農民から食糧を高値で買いあさる。

 その価格は相場の2倍に近く、重税に苦しむ農村部な民にとってはまさに救いの神だった。彼らは自分達の最低限の食糧すら下回る量しか残さず、現金に変えた。納税して残った金で都市で食糧を買えば良いとの考えで。

 現物または現金での納税が義務付けられているので、彼らはほぼ全員が現金を選ぶことになった。

 そして、彼らが買い出しに行く都市では物価が上昇しており、かろうじて彼らが生きる分を確保するのが精一杯という有り様だった。

 

 これは当然商人が、近くの都市でも同様に買い漁った結果だ。4割増だったそうだが、高く買ってくれるならと都市の商売人達は儲けのチャンスを逃さない。

 さらには地域を管理する貴族をまでもが欲にまみれ、3割増程度の金額でホイホイ売ってしまったのだ。

 王国の各都市はレエブンの支配下以外の地域はほとんどこのような状況であった。それは王都も例外ではなかった。

 

 農村からは入荷せず、都市では値段が高騰、国が全体的に食糧不足……。そうなってくると金がある貴族や商人が食糧を隠していると噂が流れ、不穏な空気になる……まさに悪循環。これでは持参する食糧がなくなるのは当然だった。

 

 そして、防衛拠点であり、前線基地にもなる重要拠点エ・ランテルでは、都市の備蓄を管理していた役人たちが備蓄品を横流しし、得た金を持って逃げるという事件が起きた。

 さらには役人不足になった所をつき、食糧倉庫が襲われるという負の連鎖が起き、備蓄は底をつく。おかげで、深刻な食糧不足となっているのだ。しかも、そんな状況の中収穫前の大事な時期に、この戦争が始まった。

 

 

「明らかに帝国は狙っていたな……」

 レエブンは、買い漁っていた商人は帝国の手の者であると確信していた。ただし、確証はない。

 

 そして戦争も異常な展開であった。

 

 なにしろ王国側の戦死者が1人もおらず0だった。これは戦わなかったわけではなく、戦った上で戦死者なし。ただし、やたらとケガ人は多かったのだが。

 

 これは異常であるとしか言えない。

 

「くそっ、わざとらしい真似を……」

 帝国からすれば、人をわざわざ減らす必要はない。戦争をすれば、王国の産業が衰え国力は落ちるのだ。

 だから、これは意図的なものだろう。わざと殺さないようにし、王国からすれば負けている実感はないから引くこともせず、帝国は長引かせるのが狙いだ。

 こうして戦争が長引いた結果さらに、怪我人が増えてしまい戦力はダウン、食糧は毎日消費されあっという間に底をつく。

 わざわざ徴兵され戦わされているのにろくな配給もない。そこに、帝国軍側からは肉を焼く匂いが風に乗って届くのだ。これはたまったもんじゃない。しかも、不思議なことに毎回食事の時間になると帝国側から王国側へ風が吹くという自然の悪戯のオマケつきだった。

 

 日に1度だけ。しかも少量の王国に対し、帝国軍は三度の飯に、1日一軍ずつ酒盛りまで始める始末。

 王国側の士気は地におち、上層部への不信もあり、夜が明けたら兵の数が減っていくことになる。監視をつけても監視ごと逃げるし、身寄りのない平民などは、朝になると対岸……つまり帝国に加わっていることもあった。

 

 これではどうにもならない。撤退をよぎなくされた王国は2つの条件を飲み講和に至った。

 ひとつ目の条件は、約半数の怪我人の治療を帝国側が行うこと。なお、彼らの意思で帰還のタイミングは決まる……こと。帝国からすでに大多数は帰還したが、なかには帝国に鞍替えしたものもいる。

 レエブンも知っているが、今の帝国は明るく活気があり、税も安い。

「善意という建前で、何を仕掛けようとしているのか……」

 

 そしてもうひとつの条件は、食糧の購入である。完全に足元を見られた王国は、敵対国である帝国から平時の3倍近い金額で食糧を購入することになる。背に腹は変えられない王国としては、従うしかなかった。

 

 そしてその輸送部隊とともに、今帝国で大ブームになっている帝国プロレスのエ・ランテル近郊での開催を認めることが追加された。

 

「さて、今日がそのプロレスの開催日か……何が起きるかな……何をみせてくれるのか? ダンディ須永よ」

 

 レエブンは足早に会場へと向かった。

 

 



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第30話 帝国プロレス遠征へ



タイトルのわりに帝国プロレスの人出てきません。

しかし、ついにメンバーが……。


 

 

 

 リ・エスティーゼ王国城塞都市エ・ランテル。ここはバハルス帝国及びスレイン法国との国境に近く王国の防衛の要である。そのため領主はおらず、王家の直轄領となっていた。この都市はその地域特性から防御に重点を置いており三重の城壁に囲まれている。有事の際は、前線基地もしくは最前線となる場所であった。

 

 最近、活気がなくなっていたこの都市──もっとも王国全体の都市が活気がない──のだが、今日は格別の賑わいをみせている。

 王国各地から……いや、もしかしたら帝国や法国からも人々が訪れており、商店の店主達も大声をあげて、呼び込みに必死だ。

 宿屋は全て満員御礼。市民の中には、部屋を貸して金をとる民泊で稼ぐ者たちもいた。

 多数の来訪者の中には、六大貴族の1人レエブン侯、そして王国の第1王子バルブロの姿もある。

 

 彼らのお目当ては、この都市で初めて、いや正確にはこの国で初めて開催されるとある興行である。

 まあ、実際には都市内でのスペースの確保が難しく、都市外で行われるのだが。

 

 そしてその興行のタイトルは……

 

 "帝国プロレスinエ・ランテル"である。あまりにも素直すぎるタイトルだった……。

 

 都市で配られていたチラシには、場所は"エ・ランテル城門前特設リング"と書かれており、実際に城門にそこそこ近い場所にリングを設置。オープンスペースに座れるようにシートがはられ、即席で何段にも渡るひな壇を設置。遠い観客も高い位置から試合を観られるようになっていた。

 会場は白い天幕で囲われており、ひな壇の存在がなければ、いかにも地方巡業といった雰囲気だったが、四角いリングを囲うように8箇所に設置されているひな壇があるため、屋根のない武道館といった方が近いかもしれない。これはもちろん須永が上級スキルを使って作成したものだ。

 

 さて、ここでチラシに書かれている出場予定選手を一部抜粋しよう。

 まず、ど真ん中に名前と絵があるのは、当然"ダンディ・ドラゴン"ダンディ須永だ。

 上に名前が載るのは、"神を超えた天才"超神・ジーニアス・カイザー。

 ダンディの右側には、"魂の剛腕"ミスター・ゼン、"龍戦士"リューの2人。

 左側には"疾風の狂虎"タイガー・ジェット・ティ、"返し技の達人"レイン の名があり、下には、スメラギ&カスミノと、その他のメンバーの名前が記載されている。その中には、呪怨という怪しげな名前もあった。

 

 基本的にダンディ須永以外のメンバーは、旗揚げ戦でデビューしている。

 ゼンはパワーファイターで、鍛えられた右腕が武器。必殺技は"剛腕ラリアット"。

 リューはバランスの取れたレスラーで、タフネスが売り。切れ味鋭い"斬撃チョップ"を得意とする。

 レインは細身だが、間合いを取るのが上手く返し技が抜群に上手い。必殺技は"レイニーブルー"。

 そして、超神・ジーニアス・カイザーと、タイガー・ジェット・ティは覆面レスラーで、正体は不明。

 また、ティは虎を模した覆面を被り、口に刺突武器を咥えて、ニンマリと笑いながら反則技も使う危険な女とか……。

 

 呪怨は全てが謎。女性ではないかと思われている。

 

「それにしても、王国で帝国プロレスを観られるなんてな」

「今噂のだろ? 帝国に見に行こうかと思ってたんだよな」

「ならラッキーなんじゃないか? 俺っちはこないだの戦争のあと、向こうで治療を受ける方だったんだけどさ……」

 チラシを見ながら数人の男たちが話している声が聞こえる。

「あ、おめえそっちだったんか」

「そうなんだよ。あれは酷かった。怪我はするし、飯は出ねーし最悪だったぜ」

「あらら」

「最悪だな、そりゃ」

 帰還兵の言葉に他の面々は顔を顰める。

「でよ、俺は帝国側で治療受けたんだけど、飯はちゃんと出るし街は明るいし、ついでに帝国プロレスも見せてくれたんだわ」

「なんだよ、そりゃ。厚遇じゃないか」

「敵国の兵にかよ……」

 王国では考えられない話だ。

「なんでも、戦いは帝国と王国の問題であって、民一人一人に敵意があるわけじゃないってことらしい」

「……この国の貴族とは大違いだな」

「だな」

 皆がため息をつく。

「で、帝国プロレスなんだけど、見たことない技の数々でさ。スゲー、すげぇ……って思ってるうちに終わってたぜ」

「そんなにすげーんか」

「ああ。みんなスゲーよ。チラシに名前だけ載ってる前座のメンバーでも、見たことない技つかうし、攻防は熱いし」

 帰還兵は拳を握りしめる。

「絵と名前が出ている人達はさらにスゲーよ。動きが全然違うんだよ。その中で別格なのはダンディさん……ダンディ須永だな」

「だてに真ん中じゃないのか」

「ああ。見て損はないぞ」

「楽しみだな」

 彼らは幸運にも観戦できることになっている。

 

 

 今回の興行は、建前上だが招待主のレエブン侯が主催、この地を管理する王家も公認の興行となっている。

 実際には負けた王国が飲まされた条件に追加されていたのたが、慰問目的と言われては敗者側は何も言えない。

 また、会場警備には帝国側出資者の依頼により王国の冒険者がつくことになる。目と鼻の先とはいえ、城外で行われるのだ。当然警備は必要であり、冒険者組合も受け入れるしかなかった。

 

 

「ったくよーなんで俺らまで」

 ずーっと文句を言っている冒険者が1人だけいた。エ・ランテル最高ランクであるミスリル級冒険者"クラルグラ"のリーダー、イグヴァルジだ。

 

 彼は設置が終わったリングサイドで腕組みをしながら、無人のリングを睨んでいる。

 

「ずっとそればかりだな。イグヴァルジ」

「……モックナックか。お前はこんなつまらない仕事で満足なのかよ」

 イグヴァルジに声をかけたのは、同じくミスリル級冒険者チーム"虹"のモックナックだ。

「報酬は悪くない。それに噂じゃかなりの手練揃いらしいぞ。帝国プロレスの面々は。警備担当とはいえ、試合をみることはできるだろうしな」

「プロレス……真剣勝負ではないショーだと聞くぞ?」

「ルールの中でいかに魅せるかという話だ。新しい文化らしいから、古い人間には理解できないとか……」

「俺が古いってのかよ?」

「俺だって大差ないさ。ただ、世の中は常に変わっていくわけだろ? この王国だって人類誕生からあるわけじゃない。たかが200年だ」

「まあ、そうだけどよ」

「もしかしたら、これから先には領主が違う種族になるとかありえるかもしれん。ま、新しいものを受け入れる気持ちくらい持てよ。固執しすぎると、生命に関わるかもしれんからな」

 モックナックは笑いながら、ぽんとイグヴァルジの肩を叩き持ち場へと戻っていった。

 

「チッ……面白くねぇ」

 腹いせに思いっきり殴る。

「いってえええ……」

 ロープは硬い。

 

「頭に不安があるが、アイツは使えそうだな……」

 天幕に隠れ様子を見ていた男はそう呟き、使いを送ることを決めた。

 

 



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第31話 帝国プロレスinエ・ランテル

 

 帝国プロレスのエ・ランテル大会も大盛況のうちに試合が進み、メインイベントを迎えていた。

 

 メインイベントは、ダンディ須永&超神・ジーニアス・カイザー組VSタイガー・ジェット・ティ&レイン組によるタッグマッチである。

 

「うぐあっ……」

「ほらほら、どーしたの?」

 上下に別れたセパレートタイプのコスチューム……色は黒地に赤ラインの女虎覆面ティが、豪華な金・銀デザインの覆面に、同色のコスチュームで全身を覆っているカイザーの顔面を右足で踏みつけ、グリグリとシューズを擦りつけ痛ぶっている。

「どこが天才(ジーニアス)なのかしら?」

 ティは手応えのなさに呆れながら、この数分間カイザーを痛ぶっていた。

 

「カイザーっ! 返せ」

 須永はコーナーから動かず檄を飛ばす。

「無理~だよ、スナッちゃん。コイツ弱いもんね。ねぇ、そろそろ降参しちゃう?」

 さらに体重を掛けて踏みつける。

「誰がするか……」

「おんやーいきがっちゃって。可愛ー。でもぉ、お姉さんそういうの見るとさらにいじめたくなっちゃうんだー」

 きっと素顔は美女なのだろうが、口を歪めてニンマリと笑う様は、獰猛な動物……虎のようだった。

「あのおねーちゃん、怖い」

 客席の子供達が半べそになり、ガタガタと震え出す。

 

「カ・イ・ザー! カ・イ・ザー!」

 須永はコーナーポストの上部を叩きながら、声を張る。

「カ・イ・ザー! カ・イ・ザー!」

 半べそをかいていた子供が真っ先に声を張り上げ、さらにそこから会場全体に伝播していく。

 

「説明しておこう。カイザーは声援を力に変える力を持っているのだ。さあ叫ぼう。力の限りカイザー! と」

 アナウンスが入ると、一気に声援のボルテージが上がる。

 

「うっさいなー。いくら叫んだって無理だよムリー」

 ティは明らかにイライラし始めたようだ。見えないはずの虎覆面の下で青筋がピクピクとうごめく様がハッキリわかる。

「死ねよ、カイザー」

 足を振り上げ踵を落とす。

「らあっ!」

 その足をカイザーは掴み、肩で息をしながら立ち上がった。

 

「カ・イ・ザー! カ・イ・ザー!」

「声援は力になるんだ。いくぞ、猫娘!」

「虎だよっ!」

 ティの抗議の声と同時にその体が時計回りにくるんと回転する。

「いったっ」

 ドラゴンスクリューである。

「まだまだっ」

 カイザーは手を離さず、連続式(ロコモーション)で、ドラゴンスクリュー! 

 

「あぎいっ」

「いけーカイザー!」

 子供が声を張り上げる。

「まだまだって言ったじゃないかっ!」

 さらにドラゴンスクリュー! 

「くあっ……」

「せりゃさあ!」

 さらにもう一度モーションに入る。

「やらせないよっ!」

 ティは空いてる左足で跳びカイザーの延髄を蹴る。

「甘いね」

 咄嗟に手を離し左足をキャッチし、一回転。さらにもう1回回して、最後は……。

「リバースドラゴンスクリュー!」

 いわゆる曼荼羅捻りである。逆回転してティのタイミングを外す。須永の双龍(ダブルドラゴン)より一回転多い。

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

「いくぞっ!」

 カイザーは天を指差し、ティの痛めている両足を掴む。

「ま、まさかお前えええええええええ」

「ふん、私を痛ぶるのに時間をかけたんだからな。私も少々やり返すだけださ」

 ティの両足の間に、カイザーは自分の右足を差し入れながら踏み込み、ティの両足を膝でクロス。一瞬ためを作ってから、ステップオーバー! 

「あぎゃああああああっ」

 ひっくり返されたティが悲鳴をあげる。

「カイザー・スコーピオン!」

 見栄を切ってから腰を落とす。これでカイザー・スコーピオンの完成だ。いわゆるサソリ固めなのだが、見栄を切るのがオリジナルポイントである。

 

「カイザー!」

 ちびっこから大人までカイザーに声援が集中する。

「くっ。くそっ、クソがー!」

 ティはロープににじり寄ろうと必死に手を伸ばすが、場所が悪い。ここはリング中央ど真ん中。調整して10メートル四方となっているためまだ4メートル近くある。

 

「仕方ない」

 青コーナーにゆらりとたっていた青いロングタイツのレインがサッとリングに飛び込む。

「介錯!」

 と言っても、ティを楽にするために首を切るわけではない。カイザーの左頬を右足の甲でバチーンと蹴り抜いた。

「ぐああ」

「いぎぃっ」

 悲鳴は2つ。蹴られたカイザーは当然として、技をかけられていたティも、衝撃で一瞬技が強まり悲鳴をあげた。

 カット──捕まっていた仲間を助ける──にしては強烈すぎる1発にカイザーは赤コーナーまで転がっていく。

 

「交代ですな。あとは私が」

「頼むぞ、ダンディ」

 赤コーナーはタッチして選手交代。須永が素早くリングに入る。

 

 

「こっちも代わるか?」

「早く代われよ、お前」

「仕方ないな」

 レインはティの腕をつかむと、青コーナーへとぶん投げた。

「いったいなあ。何すんのさ」

「代わるためだ」

 レインは自コーナーに設置されているタッチロープをつかみながら、ティとタッチする。

「頭固いなー。おい、氷」

 リングサイドに控えていたセコンドに要求し、本人は場外へ転げ落ちた。

(意外とやるネ……)

 膝を冷やしながら、天を仰ぐ。

 

 リング内は、須永VSレインとなっている。

 

「せいっ!」

「しっ」

 須永の右ストレート掌打をわかっていたかのように躱し、その腕を掴んでアームホイップで投げ飛ばす。

 しかし、須永もそれを予期しており、両手をついた反動で体勢を戻しながら、空中で体を捻りオーバヘッドキック! 

「ぐっ……やるナ……俺の領域なのに」

 レインは後頭部に手を当てながら立ち上がる。

「返し技を返す技もあるのですよ」

 

 しばらくの間、須永の攻撃→レイン返し技か、レインの返し技→須永返す。のどちらかの攻防が続くも、徐々に須永が圧し始め、抱えてあげてから回転しながら背中から落とす旋回式スパイン・バスターで叩きつけた。

 

「グオオッ……」

 レインはダウンしたまま動かない。須永は、その頭側に仁王立ちになる。

「決めますぞっ!」

 左右のサポーターを客席に投げ入れた後、人差し指を立てて両手を交差させ、腕を開くとロープへと走る。

 "何をやるかは知らないが、とにかくなんかやるぞ! 叫んどけっ! "という感じで、大歓声があがる。

「いけっ、ダンディ!」

 エプロンサイドからカイザーが叫ぶ。須永はロープの反動をつけるとそのままレインを飛び越え、反対側へ走り再度反動。

「そこだっ!」

「ダンディー!」

 客席からの声援が上がる中、須永はレインの前で急停止。5メートルほど飛び上がると、右肘を震わせながら落下、レインの胸元へ肘を突き刺した。

「フォール!」

「やばい、させるかっての」

 フォールをカットすべくティがリングイン。

「ダンディ、決めとけよっ! 閃光皇帝(シャイニングカイザー)!」

 ティがロープを跨いだ瞬間にカイザーが走り、前に出した膝を踏み台に顔面蹴りを放った。

「ちっきしょー」

 2人は縺れるように場外へ落下。

 

 その間に3カウントが入った。

 

 

 








次回、帝国劇場inエ・ランテル。

プロレスは試合後も含めてプロレスです。




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第32話 帝国劇場inエ・ランテル

 

「ただ今の試合は、25分10秒……ピープルズエルボーにより、勝者ダンディ須永! 」

 須永のテーマ曲が流れ、試合終了を告げるアナウンスが流れる。

 

「決めたか、ダンディ」

「初めての技にしては盛り上がりましたな」

 リングに戻ってきたカイザーとダンディはガッチリ握手をかわす。

「あれだけアピールして、あそこまで跳べば当たり前だろう。相変わらず派手な男だよ」

「金銀でキラキラした方が言いますかなぁ……」

「違いない」

 2人は声をそろえて笑う。この2人は仲が良いようだ。

 

「あっちゃあ……やられちゃったかー。スナっちゃんにはなかなか勝てないなー。ほら、レインもいつまでも寝てないで、立ちなさいよ」

 ティは右手を差し出し、レインを片手で引き起こした。

「いっっ……ただの肘落としがこんな威力とはな。あれから俺の人生どうなってんだか……」

「何言ってんの。アンタはプロレスラーでしょうが。だいたいスナっちゃん相手ならあれくらい普通じゃね?」

 腰に手をあて、もーと口を尖らせる。試合中の獰猛さが消え、可愛らしい子猫のような愛嬌をみせる。

 

「やべ、スゲー可愛い……」

「萌えるわ……」

 客席の男子達のハートにスッと入りこんで、ドスッっとわし掴む。

 試合中は男子顔負けの戦いをみせ、Sっけを出して客を煽る。ナチュラルヒールであり、アイドル的存在でもある──そんな稀有な存在が、タイガー・ジェット・ティである。

 なお、名前は虎のような獰猛さ、ジェットのような瞬発力……を表現したと、名付けた須永は語っていたが、実際には伝説のレスラーからインスパイアされたものだ。もちろんこの世界では誰も知らないが。

 

「プロレスラーか。まだまだだな俺は……」

「いいんじゃないかなー。まだまだってことは伸び代あるってことでしょー。……ありがとー」

 ティは自分への声援があると、手を振って愛嬌を振りまき、相手が好みだと投げキッスの大サービス。これで失神する観客までいた。

 もしここに素顔の彼女を知る者がいたら目を疑うであろう光景だったが、帝国プロレスにおいては平常運転である。

 

「そう、まだ先は長い。レイン、君は素晴らしい先読み力がありますしキレもある。ですが、カイザーのように声援を力に変えるのもプロレスラーには大事ですぞ」

 須永はそういいながら、ティと続いてレインと握手をかわし、それにカイザーも続いた。戦い終わればノーサイド。今のところ軍団抗争などもなく純粋な試合内容で魅せている。

 

「まだまだ修行が足りんか」

「かったいなー。レイは頭固すぎんだよねー。まだ若いのにジジーみたい」

「ジジーだと?」

「いいから、アンタも手ぐらい振りなよ。意外と声援あるんだよ? 見た目悪くないからねー。中はジジーだけど」

 軽口を叩きながら、ティは声援に応えて手を振る。

「声援か……」

 レインは耳を澄ます。若い男性はティに、キッズからはカイザーへ。若い女性の一部は確かに自分へ声援を飛ばしている。レインは静かに手を上げ、地味にそれに応えた。

 

「王国のみなさん、こんにちは。帝国プロレスのダンディ須永と言います。本日はお忙しい中多数の御来場誠にありがとうございます」

 須永は、声を拡大するマジックアイテムつまりマイクを使って語りかける。

「今日はプロレスをみていただきましたが、楽しんで頂けましたでしょうかな」

 大きな拍手が須永の問いに対する答えだった。楽しかった! 凄かった! という声も飛ぶ。

「ありがとうございます。ところで、ティ」

「なーに? スナっちゃん」

 こちらもマイクを手にしたティが甘い声を出す。

「その呼び方はやめろって言っただろう。ダンディ・ドラゴンの名が泣くわ……それにスナッチャーみたいだし」

「スナッチャーってなに? まあ、いいじゃん。私とスナっちゃんの仲なんだからさー」

「どんな仲だよ……」

 須永は冷静なツッコミをいれる。

「えーひどいよー。毎日上になったり、下になったり、色々なところ絡ませあってんじゃん。突いたり突かれたりもしてるし……」

 左右の人差し指同士をツンツンしながら内股になってしおらしくする。

 

「ブー!!」

 客席から須永にブーイングが飛ぶ。特に若い男性から。女性ファンは眉を顰め、ヒソヒソと話しながら目は蔑むような抗議をするような目になっている。

「……コラコラ、誤解を招く表現をするんじゃないっ! みなさん完全に勘違いしてますぞ。これは全部プロレスの話ですからな。だいたいスティレットで突いてくるのはティの方ですし。それ、反則ですからな!」

「てへ」

 ティは舌を出して誤魔化す。それを見て場の空気が和らぐ。

 

「なんの話をしようと……ああ、そうだティはカイザーに足をやられてましたが、大丈夫ですかな?」

「スナっちゃん……ぐす……鍛えているから大丈夫だよーって言いたいけど……オイ、カイザー! 痛てーんだけどぉ?」

 槍玉に上がったカイザーは、両手を広げてやれやれというポーズをとる。

「なんだ、その態度っ」

 ドンと足でマットを蹴る。

「アイタタ……」

「そりゃ、痛めた足でやれば痛いでしょうな。ところで、ティ……これがなにかわかりますかな?」

 いつの間に、どこからか取り出した青い液体の入った瓶の印の入った側をまるで印籠のように見せつけた。

 

「そ、それは……バレアレ印の回復ポーションじゃん」

「この都市1番の薬師リイジー・バレアレ殿の作ですぞ」

 須永はティの膝に振りかける。

「やっぱ効くねー」

 ティは足の感触を確かめると軽やかにコーナーを蹴り、クルンと回転して着地。客席から拍手が起きる。ここはいわゆる、CMコーナーであった。

 

「さすがはバレアレ薬品店のポーションでしたな」

 と言いつつ、ティ以外の3人はポーションを飲んだ。

「あれ、なんだか仲間ハズレなんですけどー」

「さて、今日はこれまでですな」

 軽く無視して進行すると、客席から、「えーっ!」いう抗議の声が上がった。

 

「ありがとうございます。もっとお見せしたい技もありますし、色々な試合をお見せできます。また、ここに来ても良いですかな? もしよければ、団体名のコールでお応え願います」

 須永の言葉に一瞬の沈黙。そして……。

 

「て・い・こ・く! て・い・こ・く!」

 王国の王家直轄領で響き渡る帝国コール。

 

 これは……ありえないことである。

 

 

 





ここは、王国の都市。

さすがにいつものように皇帝降臨はできないよね……。

代わりに……。



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第33話 乱入者

エ・ランテル興行は今回でフィナーレです。

この話が第3章の8話目で、折り返し点になります。残り7話。


「て・い・こ・く! て・い・こ・く!」」

 帝国コールが鳴り響く、エ・ランテル城門前特設リング。先に断っておくが、ここは帝国ではない……そう帝国ではないのだ。

 

「ふざけるなー。貴様ら、ここをどこだと思っているのだっ!!」

 一体感溢れるエンディングを迎えた雰囲気をぶち破ったのは、王国第一王子のバルブロだった。

 自国で帝国コールを目の前にして黙っていられる立場でもないし、性格的にも無理だった。大柄な肩をいからせて、大股に乱暴に歩いてズンズンとリングへと近づく。当然周りを固めていた親衛隊も一緒だ。

 

 観客達は水を差されたことに不快感を覚え、件の人物に抗議の眼差しを向ける。罵声などが飛ばなかったのは、誰だか知っていたわけではなく親衛隊が取り巻いているからだった。

 

「神聖なリングの上ですなぁ」

 須永は飄々としている。

「まあ、正確に申し上げると帝国プロレスのリング上ですぞ。リ・エスティーゼ王国()()()()バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ様」

 あえて丁寧にフルネームで呼ぶ。第一王子という言葉が客席に伝播していく。

 

「王子……」

「王子だってよ」

「あれが?」

 好意的な反応はほとんどなかった。

 

「ふざけるなっ、ここは王国の領土……それも、王家の直轄領だぞっ!」

「ふざけてなどいませんぞ。我々は常に真剣なのです。それにどこにあろうともここが、我々にとって神聖な場所、リングであることに変わりはないのです」

 須永はバルブロの怒気に1歩も引かない。そもそもの領域が違うので当然ではあるが。

「なんだと! なんだその態度はっ」

「そうだぞ、王子に対し無礼極まる」

 バルブロと取り巻きの1人がリングに足をかけようとする。

「止まれっ! そこから先はド素人が入ってくる場所ではないのですぞ」

「ド素人だとぉ?!」

「では、プロだとでも? もしこのリングに上がる勇気があるなら上がってみなさい」

「なんだとぉ? この俺様に勇気がないとでも?」

 バルブロは、腕に覚えがある方だ。実際腕力には自信がある。

「先に1つだけ言っておきますが、このリングの上では身分は関係ない。貴族だろうと平民だろうと王族だろうとね。対等に扱われるのですよ。それでも命のやり取りをする覚悟があるのであれば、上がってみなさい」

 ハッキリとわかる殺気を放つ。先程まで楽しげにマイクパフォーマンスをしていた明るい須永の姿はそこにはなかった。

 

「なにが命のやりとりだ。貴様らのは所詮ごっこ遊びだろうがっ!」

「そうだ、そうだ」

「貴様らごとき我々の相手ではない!」

 親衛隊が声を揃える。

「ヤレヤレ……目が節穴のようですなぁ」

「まったくだよ。いっておくが、このリングにいる4人とも、そこの素人集団とは力量が違うんだけどねぇ」

「だな。知らないというのは恐ろしい。ま、昔の俺もそうだったがな」

「なんならあがってきたら? 勇気があるならね。おうじさまぁ」

 リング上の4人はリングに立つ重みを知っている。

「貴様ら許さんっ!」

 親衛隊と王子は、エプロンサイドにあがってしまった。

「それはこちらのセリフですぞ。神聖なリングに土足で上がり込むとは……」

「スナっちゃん。やっちゃっていいの?」

 真っ先に臨戦態勢になったのはティだ。

 

「ちょっと待って貰おうか」

 だだだっと駆けてきてコーナーポストに飛び乗った男がいた。

「王子が手を出すまでもねぇ。このイグヴァルジさまがこいつらをなぎ倒してやるぜ」

 そういうが早いかリングへと降り立つ。

 

「なんか、弱そーなのきたよ。スナっちゃんどーする」

「任せますぞ」

「はーい。じゃあ相手してやるよ。さて、イグヴァだっけ? 何秒持つかなぁ。41秒くらいかなぁ?」

 ティはニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「チッ、ふざけやがってこの俺様の力を見せてやんぜ」

 イグヴァルジは剣を抜いて斬りかかる。当然反則だ。

「何それ、それで全力? 遅すぎて止まって見えちゃうんですけど」

 ティはさっとかわすと次の瞬間にはコーナーポストの上にいた。あくびまでしている。

「何っ?」

「いっくよー。タイガーショット!」

 ティはコーナーを蹴り凄い速さでイグヴァルジに迫ると、顔面をシュートした。

「ひぶっ!」

 そのまま場外へぶっ飛び白目をむき失神してしまう。

 

「ただ今の対戦は、0分8秒。タイガーショットにより、タイガー・ジェット・ティ選手の勝ち」

「あーあ、つまんねー。弱すぎ。41秒どころか8秒……」

「なっ……あいつ、この都市最高のミスリルだろ?」

 バルブロが口を滑らした。

「おや、ご存知だったようですな」

「う……」

「第一王子と冒険者には面識などないかと思っておりましたが、どうやらお仲間だったようで」

「しらん」

「まあ、よいですが、そろそろ降りられてはいかがですかな? それとも、まだやりますか?」

 須永は穏やかに尋ねる。

 

「くっ、くそっ」

 すごすごとリング下へ降りる。

「お帰りはあちらですぞ」

「ふざけるなっ! ここは直轄領だ。帰るのはお前らだ」

「もう一度言いますが、ここがどこであれ、今私が立っている場所は、帝国プロレスの神聖なリングです。覚悟なきものは上がれない。そういう場所ですぞ」

「き、きっさまー!」

 バルブロはもう一度エプロンに上がろうとするが、躊躇してしまう。

「か・え・れ! か・え・れ!」

「そうだっ! 俺たちの楽しみを邪魔するな、帰れー!」

「か・え・れ! か・え・れ!」

 バルブロ相手に帰れコールが合唱される。

「お、王子……」

「なんだ貴様らっ! 私が誰だと」

 狼狽える親衛隊と憤る王子に容赦なく罵声が飛ぶ。

 

「無能な王族だろー!」

「バカ王子ー!」

「誰のせいで高い飯になってるんだー」

「無策王子ー!」

「脳筋バカ王子だろーが」

「帰れー!」

 散々である。個人が特定しにくい状況だけに今までの鬱憤ばらしとばかりに爆発したようだ。

「貴様らー、ここは王家の直轄領だぞ! 貴様らこそ出ていけっ!」

 言っては行けない一言というものはある。

「出ていってもいいぞ? 困るのは税収が減るお前らだけどな」

「そうだ、そうだ」

「みんなで出ちまうか!」

 売り言葉に買い言葉……。

「貴様等っ、反逆罪に問うぞっ!」

「やれるもんならやってみろ! リングに上がれもしない腰抜け王子が」

 このヤジに笑い声がおきる。

「きっ貴様らっ」

「とっとと帰れ、腰抜け!」

「こっしぬけっ! こっしぬけっ!」

 バルブロは肩を震わせ、顔を真っ赤にしながら観客達を睨みつけるが、効果はまったくない。

「か・え・れ! か・え・れ! か・え・れ! か・え・れ!」

 場内から巻き起こる大合唱。さすがのバルブロも、勝ち目も居場所もないことを理解し引き下がるしかなかった。

 

「さて、とんだハプニングがありましたが、プロレスにはつきものです。さて、今日はここまでですかな。もし、お困りのことがございましたら、ご連絡ください。では、またお会いしましょう。エ・ランテルの皆様。グッドラック! です」

「じゃあネー」

 手を振りながら4人は退場していく。

 

「て・い・こ・く! て・い・こ・く!」

 帝国プロレスコールが再び鳴り響く。

 

 リングサイドに、イグヴァルジを残したまま……。

 

 





なおイグヴァは、人格者のモックナックが回収したそうです。



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第34話 村おこしプロレス

 ダンディ須永率いる帝国プロレスは、王国内のとある開拓村で近隣の村人と試合を見に来た旅人合わせて、500人ほどの前でプロレスを披露していた。

 これはぜひ来て欲しいという嘆願書がレエブン侯経由でジルクニフのもとに回ってきたからだ。ジルクニフはレエブン侯経由で王家からの許可を得ている。ちなみに、エ・ランテル興行の前に日程は決まっており、予定通りに開催された。バルブロとレエブンの間で一悶着あったらしいが、帝プロはノータッチである。

 村おこしプロレスと称し観戦料は無料な上、帝国プロレス側が持ち込んだ食材で食事を振る舞うという大サービスつきだ。村おこしというよりも、食料難に苦しむ村に炊き出しにいったついでに、娯楽であるプロレスを披露するような感じが近いのかもしれない。

 さすがに参加選手はいつもより少ないが、その分精一杯のプロレスを見せていた。興行参加選手は、主力組の須永、ティ、カイザーに若手数人である。

 

 リング上では、本日のラストマッチが行われている。対戦カードは、ダンディ須永対タイガー・ジェット・ティのシングルマッチである。これは現在の帝プロにおける黄金カードだった。

 

 

「行くぞ、てんめぇぇー!」

 須永をニュートラルコーナーへ振ったティは、反対コーナーから助走なしで2連続側転。そこから体を捻るとバク転を2回、さらに空中バク転……いわゆるバク宙を決めて右エルボー。しかも、助走なしとは思えぬ速さで決めた。

「がふっ」

 須永は、コーナーにもたれかかるように倒れこむ。

 アクロバティックすぎる大技に観客は反応を忘れていたようで、一瞬静まりかえったが、そのあとに大きな歓声に変わった。

 

「すごい……」

「すごい、凄い!」

「人ってあんな動き出来るんだね」

 最前列で見ていた少年少女が感動の声をもらす。

 

「まだまだこれからだよ。見ておきな、嬢ちゃん達」

 ティはいつの間にか、ダンディの背にあるコーナーポストの上にいる。

「い、いつの間に……」

「速すぎてわかんなかったよ」

「ほえ……」

 とても目が追いつく速さではなかった。

 

「いくよー!」

 ティは、自ら手拍子を始め観客がそれに続く。

「そりゃっ!」

 ティはこともなげに隣の青コーナーへ飛び、さらに反対側の赤コーナーへ。そして須永と正対するニュートラルコーナーへ移動した。

 簡単にやっているが、コーナー間の距離は10メートル。着地しているのは僅かなスペース上だ。跳躍力とバランス感覚がないとできない芸当だった。

「つあっ!」

 そして、高く飛び上がると須永の真上から急降下し、延髄を膝を揃えてぶち抜いた。

 このアクションは、"フロム・スリーコーナーtoコーナー"とでも名付けるべきだろうか。なお、ティ本人は最後の延髄へのダブルニーを、2人の運命……"ダブルディスティニーハンマー"と称し、何故か須永戦のみ使用している。だから、フィニッシュにはいたらないがフェイバリットホールドの一つだ。

 

「グアハッ……」

 ダメージを受けた、須永は場外へと転げ落ちる。

「チッ、逃げやがったね……」

 フラフラと立ち上がる須永をみて、ティはロープへと走り反動をつけて踏み切り、頭からトップロープの上を飛び越え、場外へと飛んだ。

「飛べ! こんのやろう」

 空中で縦回転し、踵を須永の顔面に浴びせ、そのまま背中から押しつぶす。

 大技"トペ・コンヒーロ"が決まり、場内は大歓声。どよめき、ざわめきがなかなか収まらない。 

 

「まだまだいくぞー!」

 ティが客席を向いてアピールしていると、後ろからその細身の腰に手が回る。

「ちょ、スナっちゃんまだ明るいってぇぇぇぇ!」

 ティはぶっこ抜かれるように横抱きに抱え上げられると、後頭部から地面へとバックドロップで叩きつけられた。それもえげつない角度で。

 

「皆様、これが"バックドロップ"です。あまたあるバリエーションの1つですが」

 須永は初めての観客達に技の説明をする。その間に、ティは転がって、リング下に潜り込んだ。

 

「あのおねーちゃん、なにしてるのかな?」

「なんだろね?」

 客席の姉妹は首を傾げ、ティが隠れたリング下をずっと見ている。

 

「すながーっ!」

 やがて姿を現したティは、両手に鈍く光る刺突武器(スティレット)を持ち、驚きの速さで、襲いかかる。

「喰らえええっ!」

「おっと」

 超高速の2連続突きを、須永はそれぞれの脇で腕を抱え込むことで回避。そのままガチッと"かんぬき固め"を決めた。

「アギギッ……」

「反則はいけませんなぁ……トオリャッ!」

 そのまま後方へと"かんぬきスープレックス"で投げ飛ばす。

「では、私からプレゼントです」

 須永は、いつの間にか手に持っていた長机をダウンしているティへ叩きつけた。

「ま、これも反則なんですがね」

「セブンティーン!」

 そう。ここは場外である。

「あと3カウント以内に戻らないと負けとなります」

 ルール説明のアナウンスが入り、場内はそういうルールなんだとザワザワしはじめる。

「おっと、そうでした。トニーレフェリーは厳しいですからなぁ……」

 須永はさっさとリングに滑り込む。なお、トニーレフェリーにレフェリング指導したのは須永なのだが。

「エイティーン!」

 ここで、ティが長机を蹴り飛ばして起き上がった。

「いてー」

「ナインティーン!」

「やば! "疾風走破"」

 ティは速度を上げる武技を発動、超速でリングへ、ヘッドスライディング! 

 

「ふー。やばかったぁ……」

 片膝をついて、立ち上がろうとした瞬間……リングに閃光が走る。

閃光の魔術師(シャイニングウィザード)!」

 左腿を踏み台に、須永の右膝がティの虎覆面の中央を貫く。

「ごべぇ……」

 倒れ込むティのロープ側の足を抱え込み、片エビ固めでフォール。

 そのまま3カウントが入り、勝負は決まった。

 

「24分13秒 閃光の魔術師(シャイニングウィザード)により、勝者ダンディ須永!」

 

 ターラータッタッタッター ♪ と、いつものように須永のテーマがかかる。

 

 

「本日はありがとうございました。初めてのプロレスはいかがでしたかな? 楽しんでいただけましたでしょうか?」

「すごい、すごすぎるよ!」

 少女のはしゃぐ声。それに続く観客達の拍手が答えだった。

「ありがとうございます。我々帝国プロレスは、まだまだこれからの団体です。人材は広く求めていますので、興味ある方はいつでもご連絡ください」

「スナっちゃんが、優しく厳しく教えてくれるよ……アイタタ……」

 ティは、鼻を気にしているが、特に怪我はなさそうだった。

「ティと組める女性などは空き枠ですな……プロレスは、厳しく楽しくですよ。鍛錬あってこそですからな。では、またお声がけくだはい」

「see you again。またねー チュッ!」

 ティは少年に向けて投げキッス。ぽわーんとなる少年。隣に座っていた少女は真剣な顔であり、少年のことは気にかけていなかった。

 

 








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第35話 急報

「せいや、せいっ!」

 食後の軽い運動をしていた皇帝ジルクニフの下に、急報が入った。

「ほあたああっ!」

 それは、ちょうど藁人形の顔面をトラースキックでぶち抜いたところだった。

 

「陛下、一大事でございますぞ!」

 秘書官の1人がひっくり返らんばかりの勢いで駆けてくる。

「一大事か。さて、どのようなことかな?」

 ジルクニフは汗を拭きながら穏やかに尋ねる。

「はっ……お、王国領エ・ランテルより救援要請が入っております」

 王国の……しかも王家の直轄領であるエ・ランテルが、帝国に救援を求めているとのこと。これはハッキリ言って異常事態である。

 

「ほう……エ・ランテルからだと?」

「はっ。正確に申し上げるのであれば、エ・ランテル市民からの救援要請でありますが」

「市民からか……いったいなにがあった?」

 ジルクニフは詳細説明を求めた。

「あの地にいる手の者によると、どうやらエ・ランテルで大規模な反乱が起きたようです」

「反乱とは穏やかではないな。まあ、察するに食糧だろうな」

「さすがは陛下。ご明察のとおり、ここのところ続いていた食糧不足……またそれによる値段の高騰を不満に思う民達が、食糧を扱う商会と都市の備蓄倉庫を襲ったのが始まりです」

 民を飢えさせるのは、1番やってはいけないことだ。

「聞くところによると守備隊もそれに同調し、とめるものはいなかったそうです。都市長は離脱に失敗したとか」

「そうか。守備隊といっても、平民の出身だろうからな。まあ、そうなるだろうよ。ふむ。私は反面教師にしないといけないな……」

 ジルクニフは真顔で呟く。

「陛下は、この国をよき方向へ導く存在です」

「そうあり続けるようにしよう」

「はっ。私も微力ながら、お力になれるようにいたします。……王国の対応ですが、第一王子バルブロ自ら討伐軍を指揮し、エ・ランテルを攻めているようです」

「……愚策だな。どうせ王家の威光を振りかざし、名前のみで制圧するつもりだったのだろうが……」

 ジルクニフは蔑むように笑う。秘書官も似たような笑みを浮かべている。

「はい。すでに王家の威光など……」

「……存在していないことに気づいていないのだな。哀れなことだ」

「王国では、このような話が流布しているようです」

 

 兄王子 脳が足らない バカ息子

 弟は 力がなくて 役立たず

 黄金は パンのかわりに ケーキ勧め

 王様は 決断出来ず 年寄りに

 

「黄金だけ違和感があるが、他はその通りだからな……それにしても、あの都市は城塞都市だ。簡単には落ちぬだろうに」

「確かに。しかし、援軍なき籠城は……」

「わかっている。王子自らとあっては王国には援軍の期待はできぬからな。我々に求めるのはわからぬ話ではないがな。まあ、食糧も少ないだろうし、一刻を争うな」

 ジルクニフは顎に手をあて、口元を覆いながら呟く。

「では……」

「当然、援軍を出す。民が助けを求めるなら、大義名分には十分だ。私自ら出るぞ」

「陛下自らでございますか?」

 秘書官はさすがに驚きを隠せない。

「当然だ。帝国軍が来たというのと、皇帝みずから救いに現れたというのは印象がまるっきり違う。足の速い馬を用意しろ。すぐにでる。たしか、近くには行軍演習をしている軍があるな?」

「はい。新設の第10軍団がおります。また、そこから1日の地点に第9軍団」

「よし、私が合流次第その2軍団で先に攻める。各軍から足の速いものを選抜し、先にむかわせろ。守備は2軍団のみで構わん。4騎士は全員私と同行だ」

「御意」

「速さが命だ。急ぐぞ。ところでダンディはどこにいる?」

「は。たしか……"村おこしプロレス"を開催しております」

「そうか。たしか、エ・ランテルに近いな」

「はっ。2日かからないほどの距離かと」

「よし、移動しながら連絡をとる。まずは私の鎧を持て! それと例のものもだ」

 

 ジルクニフは快活に命令を下した。

 

 そしてメイド達に手伝わせて装備を整えながら、用意された湯漬けを立ったまま食す。食事自体は先程すませているが、これは儀式的なものである。

「人間の一生など儚いものさ、夢か幻か……だからこそ、我々は今をいき、時を惜しむ……よし、出るぞ、続け!」

 ジルクニフは、獅子をイメージした黄金の鎧、サークレットのような兜を身に纏い、用意された真っ赤な駿馬に飛び乗ると、一騎がけで城を飛び出した。

 ちなみに、小手の下には専用オープンフィンガーグローブを着用している。右に皇、左に帝が刻まれた皇帝仕様の特注品だ。

 

「陛下が御出陣なされた!」

 この一報に各軍の動きが慌ただしさを増す。

「遅れるなっ!」

「まったく、ずいぶん行動的になったものですわね」

「早く追いましょう」

「…………」

 4騎士がすぐに続き、さらに各軍団から精鋭が飛び出す。先陣は1000騎足らずというところだ。

 

「敵はエ・ランテルにあり! 都市を解放するぞ! 」

 この疾風のような出陣をきっかけに、後にエ・ランテルの変と呼ばれる戦が始まる。

 




プロレスの匂いがあまりしない……。トラースキックくらいじゃないかと。

第3章も残り5話となりました。




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第36話 一大事


第35話と对になる話です。


「殿下、一大事でございます」

 食後の昼寝をしていたリ・エスティーゼ王国第一王子バルブロは、側近の声に不快そうに目を開けた。

「なんだ……どうした……敵襲以外は起こすなと言ったはずだが……そもそも敵襲など……あるわけがない。都市は閉じこもっているし、そもそもここは我が国の領土なのだぞ? ……ふあぁあ……では何かあれば声をかけろ。敵襲ならな」

 バルブロは欠伸をし、もう一眠りしようとする。まったく緊張感がない。いくら自国領内とはいえ、指揮官としては失格だろう。

「残念ながら、その敵襲でございます」

「なんだと?」

 さすがに暢気にしているわけにもいかず、バルブロは起き上がってきた。眠そうに目をこすりながら。

「ここ数日静かだったのに急にどうしたわけだ?」

 バルブロ率いる討伐軍は、現在エ・ランテルを囲んでいるが、市民たちは鉄壁の城塞を頼みにし立て篭り一切出てこようとはしない。わざわざ出る必要などないのである。食料がある限りは。

 バルブロは数度攻略を試みたが矢や落石で抵抗され、失敗に終わり以後攻めあぐねていた。城壁に囲まれたエ・ランテルを力攻めするのはかなりの損害がともなうし、今後も重要拠点として使うことを考えれば、都市へのダメージは抑えたい。

 そう考えたバルブロは、好みの戦略ではないが、都市の入り口を押さえ周囲をとり囲み物流をとめる兵糧攻めを選択した。先日エ・ランテルを訪問した際に都市の備蓄状況が芳しくないことは確認しており、長くは持たないことは把握済みだった。籠城は援軍あっての策であり、援軍なき籠城は愚策である。

 

「ですから、敵襲です」

「だから、どういうことだと!」

 側近の報告が要領を得ないことに苛立つバルブロ。まったくもって話が進んでいかない。

(こいつも使えんな……)

 バルブロは交代させると決めた。

「敵襲なんです。帝国軍です!」

 側近はようやく大事なことを告げた。

「バカモノー、それをはやく言わんかっ!」

 バルブロは一瞬で目が覚めた。帝国軍が来るとは、まったく予想していなかったのだ。

「それで、敵はどこだ?」

 敵襲にしては静かすぎた。

「はい。ここからほど近いあたりに集結。兵力はおおよそ3万です。先程布告がありました」

 側近は羊皮紙を差し出した。

「よこせ!」

 バルブロは乱暴に奪い取り、目を通した。

 

 布告内容は以下の通りだ。

 

 王国に対し宣戦を布告する。

 

 リ・エスティーゼ王国による、圧政、重税に苦しみ、食糧供給すらままならない無能な王家の支配によって飢えに苦しみ、さらにはその王家から剣を向けられた、エ・ランテルの無辜の民から救援要請を受けた。

 よって我々バハルス帝国は、その苦しみから解放すべく立ち上がり、民を解放することを決めた。これは善意によるものである。

 民の安寧を考えるのであれば、直ちに兵を引くことを勧める。抵抗するのであれば、相応の覚悟をせよ。

 

「他国の問題に勝手に首を突っ込んで何をいうか。捻り潰してやる」

 バルブロはバハルス帝国の援軍を先に潰すことを選択した。

「ところで、どの軍団が出てきているかは掴めているのか?」

「もちろんでございます。旗印から察するに第9軍団、第10軍団のようですが」

「9と10? やつらは8軍団までではなかったのか?」

 バルブロもちゃんと教育は受けているし、敵対国家の軍団数くらいは把握していた。

「私もそのように記憶しておりますが……」

「チッ、増強していたのか。ふむ……新設軍団か……まあ、新兵の慣らしのつもりだろう。それに指揮官も、指揮官としては初陣だろうな。とすると本気ではないのかもな」

 バルブロの肩の力が抜ける。新兵中心なら12万の討伐軍で十分だろうと。これがレエブン侯であれば違う判断をしただろうか。

 

「あ、それと一つ。中央には皇帝の旗印が見えました」

「なんだとぉ?!」

 この報告にはさすがに驚いた。新設軍団に皇帝の組み合わせ……とは。

「よし、これは絶好の機会だ。皇帝ジルクニフを討て! 討ち取ったやつは貴族にしてやると通達せよ! 敵は寡兵であり、また新米の弱兵揃いだとも伝えよ」

 バルブロは高揚していた。ここで皇帝を討ち取れば、自分が後継者として相応しいことを内外に知らしめることができるのだから、当然だろう。

 

「よし、出るぞ。ここの抑えは、昨日到着したレエブンの部隊に任せておけばよい」

「かしこまりました。レエブン侯にはそのように申し伝えます」

 側近は頭を下げ退出していった。

 

「ふはははは! (ザナック)よ、歯噛みして悔しがるがよいわ。この戦いが終われば、私が次の王に決まるのだから」

 

 バルブロは、玉座に座る自分の姿を想像し、笑みを浮かべた。

 



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第37話 皇帝劇場

 宣戦布告を終えた帝国軍は、すでに陣形を整えいつでも攻撃に移れる状態になっていた。整然とした隊列に隙はない。兵士達には緊張は感じられないが、空気はビシッと引き締まっている。新設の2つの軍団が中心だとはとても思えない。どこか緩慢でダラダラとした空気すら感じられる王国軍とはまったく違う雰囲気……戦う集団だった。

 

「申し上げます。陛下、敵がようやく動いて来ました。どことなく体が重そうです。陛下の予想通りに、一軍団を残しこちらへと展開。鶴翼の陣です」

 物見からの連絡が入る。焦りも気負いも感じられない平時と変わらぬ報告である。

「やはりそうか。……残ったのはレエブンの軍だな?」

「はい。なぜお分かりに?」

 物見は皇帝の言葉に驚きを隠せない。

「……敵将の性格だな。自分が手柄をあげたいときは邪魔な奴は遠ざけるものさ。さて、やつらはこちらを寡兵とみたかな?」

 ジルクニフはすでに笑みを浮かべている。

「恐らくそうでしょう。でもよかったんですかい? 後続を待たなくても」

 "雷光"バジウッドが疑問を口にする。強行軍のため着いてこれた兵は多くない。

「大丈夫だ。この私が自ら率いるのだぞ? それにやつらは、我が軍団を新設とみて甘くみてくるだろう」

「……噂に聞く王子ならそうでしょうね」

 帝国がつけている王国の主要人物の評価は、軒並み低いのだが、そのなかでもバルブロの評価は最低ランクだった。一言でいうなら愚物。ちなみに弟のザナックはわりと評価されている。

「まあ、一般的には寡兵の上に新設の軍団とあれば甘くみるだろう。……さらにはこの私がいることが判断を曇らせるのさ」

「前回の戦争を忘れてしまうほどの甘い餌……ってわけですね」

 前回死者ゼロという事実は手加減しても圧勝という意味になるのだが、バルブロは前回参戦していなかったこともあり、逆にたいしたことないと侮っている。

「そういうことだ。新兵の中に私がいる。討ち取れるかもしれない。討ち取れれば、自分の王位は確実だ。馬鹿(バルブロ)が、功を焦れば物事を自分にとって都合の良い方に考えるものさ」

「そもそも、王位自体が存続の危機なんですがなぁ……とダンディさんも言ってましたね」

「そういうことだよ。そして、現実は甘くないということを知って貰おうではないか」

 ジルクニフには余裕がある。相手を侮っているわけではなく冷静に分析した上での余裕である。

「実際、待ち受けているのは帝国最強の軍ですからね」

「……なにせ指揮官が指揮官だからな……」

 黙っていた"激風"ニンブルが口を開き、それにバジウッドが続いた。

「指揮官としてはまだまだ未知数だが、なにせ個人としては我が国の最強戦力だからな……」

「そうですわね。それにあの方は頭も回ります。きっと指揮官としても結果を残されるかと」

 "重爆"の頬が紅に染まる。

「ま、ほぼ我々の出番はなかろうが、最初に印象づけるとしよう。なにしろ魅せ方が大事だからな」

 ジルクニフは自信ありげに笑う。

「陛下は随分変わられましたね.……」

「まったくだ。以前の陛下なら魅せ方とか言わねえな」

 4騎士全員がそう思っていると顔に書いてあるのを見てジルクニフは苦笑する。

 

「……魅せ方は重要だぞ? 私はダンディからそれを学んだ。いつもどう魅せるか考え、それを実行する。これは色々なシーンで役に立つぞ」

「さすがは陛下です」

「おだてても給料は上がらんぞ。さて、はじめるとするか。エ・ランテルにも聞こえるようにしていたな?」

「はい。帝国プロレスの興行時に設置したままです」

「そうか、ならば問題あるまい」

 ジルクニフは赤い駿馬にのり、黄金の獅子鎧姿で軍団の先頭へと立つ。

 

「王国の諸君、御機嫌いかがかな? 私が、帝国の絶対的支配者にして、エ・ランテルの民を救いにきた英雄、バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。ま、私のことはこう呼ぶがよい。皇帝陛下とな」

 ジルクニフの演説(マイクパフォーマンス)が始まった。

 いつもの声を拡大するマジックアイテムのハンズフリー版と、帝国プロレスが興行時に設置した中継アイテムにより、ジルクニフの声は、王国軍……そしてエ・ランテルの民にまで届いている。

 

「へ・い・か! へ・い・か!」

 帝国プロレスの帝都興行ではお馴染みになりつつある陛下コールが起きる。3万の兵が寸分のくるいもなく一斉に例の動作を決めている。カリスマたる皇帝の支配力の一端が垣間見えた。そして、王国軍の後方……エ・ランテルからも熱い陛下コールが聞こえてくるのだった。

 

「ありがとう諸君。そしてエ・ランテルの民たちよ、ありがとう。私はここに誓おう。熱意に応え、私の目の前にいる下々の者達を蹴散らし、愚鈍なる王国……無能極まりない王家からのエ・ランテルの解放を! これは侵略ではない! エ・ランテルはすでに我が手の中にあり、同朋を救う戦いである。民を守るのは皇帝たる余の務めなのだ。時は来た……それだけだ! 」

 ドワーッと歓声があがり、再び陛下コールに包まれた。

 

「では、今日は()()()()()。王国軍の諸君に一つだけ言っておこう。ここにいる不幸を呪うのだな。君たちを指揮する王子が無能なのだよ……では、バッドラックだ」

 ジルクニフが軍勢の中に消えると同時に、第10軍団が動き出した。

 

「我々の初陣です。兵は討ち取る必要はありませんぞ。狙いは、第一王子バルブロを生きたままとらえることです。我に続けぇっ!」

 軍団長は、白銀の鎧とマスクいや、1本角のクローズヘルムを身にまとい、馬より速い速度で突っ込んでいく。

「軍団長におくれるなっ! いけいけぇ!」

 そういいながら駆け出すのはボブカットが印象的な金髪美女だった。その後を軽装の体の出来た兵士達が迫力たっぷりに駆けて行く。

 

 皇帝自らが最強と称す新設軍団が今そのヴェールを脱ぐ。

 



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第38話 エ・ランテルの変

「敵の第10軍団突入してきます!」

「くそっ……仕掛けが早い……」

 バルブロのいる本営は、義理の父であるボウロロープ侯配下の精兵で固められており影響は少ない。だが、問題は民兵達だ。

 民兵達はジルクニフの演説による動揺が激しく、戦争どころではない。各指揮官が鼓舞し動揺を抑える前に戦端が開かれてしまった。

 

「くそ……忌々しいやつだ。演説一つでこれだけの変化をもたらすとは……」

 バルブロとしては認めたくない。認めたくはないが、敵総大将の才はさすがだと認めざるをえない。

(敵陣の前に出てこられる胆力と弁舌の才は素直に認めよう)

 演説内容でも動揺はあったが、後方のエ・ランテルから流れてきたあの陛下コールが、バルブロ軍の士気を劇的に下げたのは間違いない。

「戦争をする前から負けることを考える馬鹿ばかりか……」

 バルブロはそういうが、退路にあたる後方から……というのはやはり精神的にきつくなる。そもそも民兵はもともとの士気が低かった。徴兵されて仕方なく参加した上に、知り合いがいる者も多いエ・ランテルと戦わされ、今度はコレである。もはや士気など吹き飛んでおり、両翼は動く素振りも見せなかった。最初から兵力は半減に近かった。

 先陣を切った第10軍団は、バルブロの前に布陣している前衛隊に襲いかかり、続く第9軍団は、ポウロロープ侯へと突撃をかける。バルブロ軍の動きは重く、突入してくる帝国第10軍団を包囲できない。

 

「雑兵に構うな。敵将目がけ突撃あるのみっ!」

 白銀鎧の軍団長が素手で王国兵をなぎ倒し、ドンドン奥へ進む。

 右から槍衾。一瞬手を動かすだけで敵兵は何かにぶつかったかのように吹き飛び、周囲の仲間とともに倒れ込む。

 左から槍を突けば手刀で槍を折られ、一瞬で間を詰められて蹴り飛ばされ、後方の兵とともにダウンさせられてしまう。

 正面に2人立ち塞がれば、左右の腕をそれぞれの首に叩きつけ吹き飛ばす。

 白銀鎧は一切速度を落とさず一直線に進み、その後から精兵たちが雪崩込む。兵達は一応剣は持っているが、それは使わず組み付いて投げ飛ばしたり、飛びついて腕関節を決めたり、殴る蹴る飛ぶ……と正規兵とは思えない戦い方で王国軍を双方の犠牲なく蹂躙していく。

 彼らはダンディ須永によって鍛え上げられた世界初のレスラー兵団である。武器の扱いはそれなりだが、命を奪わずに敵を無力化することに長けている。なかには、帝国プロレスのリングに上がっている者もいるが、彼らの多くは帝プロデビューを目指す若武者達だった。

 あまりに多い入団希望者が殺到したためにこのような形……軍にまでなった。なお女性の希望者もかなりの数がいるが、この戦争には参加せず帝都に残り警備に当たっている。

 ちなみにもう1つの9軍団は、王国からの亡命者で構成された通称"荊棘騎士団"である。王国の圧政からかつての故郷を救いたいと短期間ながら厳しい須永のトレーニングをこなし、耐え抜きこの場にいる。

 

 そして……先頭に立つ軍団長は、当然のことながら、ダンディ須永……ではない。白銀鎧と1本角のマスクいやクローズドヘルムの姿の時は軍団長ネームの"ロビー"と呼ばれていた。あくまでも軍団長はロビーであり、須永ではない。これは文化として広めようとしている帝国プロレスのエースを戦場で見せる訳にはいかないというジルクニフの指示によるものだ。

 

「歯が立たない……逃げろっ!」

 バルブロの直衛部隊以外は一気に崩れる。それはそうだろう。槍を掴まれてブレーンバスターで投げ飛ばされたり、あるいは槍を踏み台に膝蹴りを食らったり……明らかに力が違うことがわかってしまったのだから。

「いや、逃げるんじゃない。バルブロを殺ろうぜ」

「正気か?」

「あのクソ王子のせいでこんな戦争に巻き込まれたんだ。それにもう終わりだろ王国は。このままエ・ランテルだけが帝国領になって収まる話じゃないさ」

「だな。だったら……」

「ああ。やっちまおう!」

 一部王国軍は、槍を向ける方向を変えた。

 

「レエブン侯、味方が崩れます」

 後方から見ていたレエブン軍からはぶざまに崩れるバルブロの軍勢が一望できる。

「……崩れてなどいないさ」

 レエブンはそう言い放ち、笑みまで浮かべていた。どうみても王国側が崩壊しているのにもかかわらず。

「どうみても……」

「……そもそも味方とは誰のことなのかな?」

「バルブロ王子では」

 その言葉にかぶりを振って穏やかにレエブンは答えた。

「ふふ、民にとってだよ。私は今の王家は民の味方ではないと思っている……」

「侯……まさか……」

「もう私は、侯でも王国の貴族でもないぞ。ただ、民の幸せを願う1人の男だよ。そして、我が子が将来幸せに暮らすことを祈る親バカでもあるのさ」

「侯……」

「我が軍に告げる。敵は帝国にあらず! 敵はバルブロいやさ、リ・エスティーゼ王国である。この民を救う戦、我らも力になろうではないか。全軍突撃! ……それとエ・ランテルに使者を送れ。もう大丈夫だとな」

 後詰のレエブン軍がバルブロ軍に迫る。バルブロは、正面にロビー軍、左右を民兵たちに、後方をレエブン軍に囲まれることとなり、進退窮まった。

 

「申し上げます。レエブン侯裏切りました!」

「是非もなし……などと言うと思ったか。あのコウモリ野郎……両派閥相手だけじゃなかったのか……」

 地団駄踏んで悔しがるも、なんの意味もない。

 

「さあ、エ・ランテルの民達よ。安心したまえ、レエブンは我が帝国軍の一員である。もはや諸君を攻める脅威はないぞ!」

 戦場に響くジルクニフの声。事態は決定的なものとなった。

 戦いを続けていた民兵は皆武器を捨てて降伏の意をしめすか、バルブロ包囲に加わるかしている。

 

 バルブロが生き延びるにはもはや、強行突破しかない。

 

「敵将……来ます!」

 包囲の中、第10軍団長ロビーが副官2人を連れて姿を現す。

 右に金髪のボブカットの女性副官クレア、左に蒼い蜘蛛のようなマスクをつけたレイ。どちらも一騎当千の強者であった。

 

「総大将バルブロ王子。私はこの第10軍団を率いるロビーと申す者。降伏を勧めに来た」

 低いトーンでそう告げた。

 

 



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第39話 裸の王族

「こ、降伏だとぉ?」

 バルブロは声がひっくり返っていた。

「ええ。どうみてもそちらに勝ち目はないですぞ。完全に包囲しておりますし、貴方には援軍もいない。ああ、言い忘れてましたね。先程第9軍団から連絡が入りましたが、貴方の義理の父親をはじめとした主な貴族は捕らえましたよ。民忠が低いらしく、ほとんどの方が民兵に離反されたそうですよ」

 バルブロはあまりの事態の変化に頭がついていかない。

「潔く降伏するのであれば、兵は見逃しますし、御自身はそれなりの待遇で扱わせていただきますが。ま、王位は無理でしょうがね」

 白銀鎧の軍団長ロビーは、バルブロの弱みを的確につく。

「ぐっ……貴様っ……いや、兵はどうでもよいから私だけを逃がしてはくれまいか?」

 バルブロは本音を口にした。兵はどうでもよい……酷い発言である。

「それが貴方の本音か……そういう思いでいたから、今こうなっていることに気づいていないのですよ。バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ……」

 ロビーは呆れた声を出した。

「貴様っ。この私の名を呼び捨てるとは……許されんぞ」

「本当に許されないのはどなたでしょうなぁ……最後にもう一度だけ伺いましょう。リ・エスティーゼ王国第一王子、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ。あなたが降伏すれば大勢の兵が救われます。私は降伏をおすすめしますが……返答はいかに。これがファイナルアンサーですぞ?」

 ロビーは低い冷徹な声で最後通告する。

「答えは変わらん。兵などどうでもよい。兵はいくらでも補充はきくが、私の代わりなどいない。だから私を見逃せ。このバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフをな」

 バルブロは本音のままにそう答えてしまった。当然彼の周りにいた兵も聞いているのに。

 

「……今の中継できてますかな?」

「中継?」

 バルブロは不審に思う。

「ええ。今のやりとりは王国各都市へ流れていますよ。民の命を軽んじる貴方の発言がね」

 ロビーはそう告げ、兜の下で嘲笑う。

「何っ……」

「……もちろん、この場にも流れていましたぞ? あなたは頭に血が上り、まったく気づいていないようでしたが。……おや、理解されていないようですね。では証拠をお見せしましょうか。陛下お願いします」

 ロビーは中継先にいる皇帝ジルクニフへ呼びかける。

「うむ。聞いていた通りだ。まだこの愚物に尽くすつもりかな? 抵抗しないのであれば、この私……皇帝たるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの名のもとに命を許そう」

「さて、どうしますかな?」

 ガランガランと音がして全員が武器を捨て、ひざまずいて降伏の意を示す……。

 

「さて、バルバロいや、バルブロでしたな。ご覧の通りです、可哀想に……敵軍の中にひとりぼっちですな」

「な……」

「さて、降伏はしないということでしたので、せめて最後は潔く縛につけ!」

「嫌だっ!」

 バルブロは剣を抜く。

「仕方ないですな。では参ります。雑兵に召し取られたというのもあれですから、せめてもの手向けに私が自らお相手しましょう」

 白銀の鎧が動く。まず、バルブロの剣へ向けて左ナックルパート! バルブロの煌びやかな美術品として価値の高そうな剣は粉とかす。

「なあっ……」

 唖然とするバルブロの足甲を左右のローキックで蹴り砕く。

「せいっ!」

 篭手と兜を手刀で真っ二つに割ると、両足を揃えたドロップキックで鎧を砕き、バルブロをぶっ飛ばす。

「ぐあっ……」

 何も出来ないバルブロは、あっという間に全ての装備品を失いうつ伏せに伏せた。

「では、これで裸の王族は終わりです」

 ロビーは、バルブロをうつ伏せの形で肩に担ぐ、いわゆるファイヤーマンズキャリーの体勢に入った。

「何をするっ……」

「王族の失墜を技で表現しようと思いましてなぁ……」

 ロビーは穏やかな声である。

「その声……貴様あの時のっ?」

 バルブロはこの後を続けられない。高速でロビーが回転し始めたからだ。

「おおおおおわぁぁっ!」

 そして天高く投げあげられた。

「とあっ!」

 ロビーはあとを追いジャンプ。真っ逆さまに落ちてくるバルブロの首に自らの足を4の字で引っ掛けて、そのまま落下していく。

「王家の失墜!」

 そのまま両手で着地し、衝撃をバルブロの首へ……。

「ゲハアッ……」

 バルブロは意識を失った。

 

「ちょっと派手すぎましたかなぁ……」

「スナっちゃんが派手じゃないことなんてあったっけ?」

 副官の1人、ボブカットのクレアが呆れたようにいう。

「こら、私は軍団長のロビーですぞ?」

「ヘイヘイ。私もティじゃなくてクレアだもんね。ね、レイ?」

「なんか俺だけ名前雑じゃないか? だんだん名前短くなってるだけな気がするんだが」

 蒼の蜘蛛覆面レイが愚痴る。

「でもさ、なんでか知らないけどクレアって呼ばれ方懐かしい気がするのよね……」

「ああ、俺もちょっとそれあるな。レイなんて呼ばれたことなかったはずなのに」

「ま、名前なんてそんなものですよ、さて今日の任務は終わりましたな」

「じゃあ、勝どき上げちゃおうよ」

「そうですな。敵軍総大将、バルブロ王子は第10軍団長ロビーが捕縛したぞ! 我が軍の勝利だ!」

 見事初陣を飾った第10軍団と第9軍団は勝鬨をあげ、レエブン軍らはやや戸惑いながらそれに続いた。

 

 開戦からわずか60分というメインイベント並のタイムで、戦争は終わる。王国に深すぎるダメージを残して。

 






次回、第3章最終話となります。

エ・ランテルの変も、いよいよ終幕です。

なお、クレアとレイについては、わかる人がニヤリとしてくれたら良いな。


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第40話 城塞都市エ・ランテル

「へ・い・か! へ・い・か!」

()()()()()()()エ・ランテルに、新たなる支配者である皇帝ジルクニフへの歓迎コールが響き渡っていた。

 

「攻め落とすよりも気分がよいものだな。請われて救けにくるというのは」

 ジルクニフは歓迎に対し気軽に手を振って応えたり、小さな女の子が花を一輪握り締めて待っていたら、気さくに馬を降りて歩みより花を受け取るなどという対応を見せる。

 今までの支配者である王家との違いを鮮明に打ち出すこととなり、エ・ランテルの民達のジルクニフへの好感度は爆上がりしていた。

 そもそも他国の都市の救援に、隣国の支配者自らが参戦してくれたという事実だけで、好感度の針は振り切れる寸前だったのだが。

 

「もう大丈夫だ。この都市は我が軍がしっかりと守ってみせるからな。食糧も持ってきてるから安心するように」

 後にエ・ランテルの変と呼ばれることになる市民の反乱により、エ・ランテルが帝国に帰順。そして以前より帝国と連絡をとっていたレエブン侯が治めるエ・レエブルが、それに同調し王国からの離脱を表明。帝国の支配下に入った。

 先日青の薔薇が依頼で帝国まで出向いたが、その依頼人は実はレエブン侯だった。もちろん、青の薔薇はそれを知らず商人を護衛していると思っていたが、この商人はレエブン侯の意を受けた使者であった。そう考えていくと食料騒動の際に、レエブン領だけ影響がなかったのも当然だった。そもそも味方であるレエブン領には食糧買取に現れていないのだから。

 その青の薔薇は、貴族派閥からの横槍……帝国闘技場の件を理由に干されており、懇意にしていた第三王女ラナーとの面会すらままならない状況に陥っている。敵国に利益をもたらしたと見られていたのだ。もっとも貴族派閥の主だったものは、今回帝国軍に捕縛されており、状況は大きくかわるはずだ。

 

 赤い駿馬に乗り、獅子をかたどった黄金鎧姿の新たなる支配者は声援に応えながら、精鋭である4騎士を引き連れ、街を進む。

「まずは食糧の提供からだな。後続部隊を急がせよう」

 くたびれた街を見て、ジルクニフは早急なテコ入れが必要だと判断する。皇帝の名にかけてこのままにしておくわけにはいかない。

「2日後には第1陣が到着予定ですぞ」

 須永がいつの間にか皇帝の脇を固めていた。外装はいつもの普段着の須永に戻っている。

「そうか。民を飢えさせるのは支配者として失格だ。特にきっかけがきっかけだけにな……」

「不本意でしたかな?」

「いや、そんなことはないさ。まあ、私にはここまで極端な策は思いつかなかったが」

 ジルクニフは元々年数をかけて疲弊させるつもりでいたが、今回の献策により一気に予定をはやめることができた。

「古い知識が役に立ってよかったですよ」

 策を出したのは須永だった。大昔にこのような戦略をとった武将がいたということは知っていたので、提案してみたらプロレスとの相乗効果もあって上手く行ったのだ。

 

 ここで1人の男が、ジルクニフ目がけて走ってくるのが見えた。手には光るものを持っているようだ。

 

「あれは……この間の……」

 須永は見覚えがある。確かイグヴァルジという冒険者だ。以前より薄汚れているところを見ると仕事を干されたのかもしれない。

「ダンディ手を出すなよ」

「陛下? 陛下をお守りするのが私の役目ですぞ」

「守られるだけの皇帝じゃないことをおしえてやるのさ、新しい支配地にな」

 ジルクニフはニヤリと笑ってみせた。自信に溢れた態度である。

「バックアップいたします」

 須永はいつでも飛び出せる位置についた。

 

「俺の街から出ていけー!」

 イグヴァルジが剣を突き出すが、ジルクニフはひらりとそれを躱し、イグヴァルジの背中に回る。

「エンペラーウイングス!」

 イグヴァルジの両腕を掴むと大きく広げたまま、ブリッジで後方へと投げ飛ばす。

「イグゥ」

 ダウンしたイグヴァルジを無理やり引き起こし、そのまま頭を足で挟みこむと、高々と持ち上げジャンプ。

「これで、終わりだ。エンペラーボム!」

 イグヴァルジの両腕に足を引っ掛け、尻餅をつきながら路面に叩きつけた。

「ヴァ……」

 血反吐を吐き地に伏すイグヴァルジ。

「見たかダンディ。私の護身術(プロレス)を」

 満面の笑みを浮かべながら両拳を突き上げて喜びを表すジルクニフを、須永は好ましく思う。

「お見事です。これならリングデビュー出来そうですな」

「そうか。リングネームは……ジーニアス・カイザー以外で頼むよ」

「考えておきます」

 須永は苦笑せざるを得ない。

 

「さ、これから忙しくなるぞ。私の仕事も増えるが、ダンディお前の仕事も増えるだろう。まずは、ここと、エ・レエブルでの興行予定を組まないとな」

「了解いたしました。まあ、ここだけではおさまらないでしょうし、アレらの処遇もありますからね」

 版図が広がるということは、仕事も厄介事も増えるものだ。そして次への期待も膨らむ。

 

 エ・ランテルの変により、バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国のパワーバランスは大きく変化した。

 王国は大都市2つと、第一王子、6大貴族の半数を失う大敗北をきっし、さらには各地で民の不満が燻っている。

 

 王国に逆転の手があるのか、それとも帝国の刃が届くのか。

 

 今はまだわからない。

 

「ダンディ、今日の勝利の宴メインは任せたよ」

 

 とりあえずダンディ須永にとっては、目先のメインイベントが大事なようだ。

 

「畏まりました。極上のプロレスを御披露いたしましょう。ティには気の毒なことになるかもしれませんが」

「ちょ、マジでいってんのかよてめえ……」

 須永とティのやり取りに周囲は笑みに包まれる。エ・ランテルに明るさが戻ってくる。その始まりとなりそうな、そうな光景であった。

 

 






第3章最終話となります。

第4章はプロレス多めでお届け予定。



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第4章 王座争奪戦
第41話 ティタイム


ここから第4章スタート。



 

 

「ふーっ……こんなもんかな」

 帝国プロレスの鍛錬場、通称道場にてタイガー・ジェット・ティは汗を流していた。

 誰もいない時間帯こそがティの時間ともいえる。専用の人形……ダミーくんを相手に技を一つ一つ確認し、まだ見せていない技を繰り出す。帝国プロレスは日々進化している。メンバーも個々にレベルアップしているし、新たなメンバーが加わってくることもある。

「油断大敵ってね……しっかし、私ってこんなマジメキャラでしたかねー」

 独り言ちながら、ファンからの差し入れで貰った果物を頬張る。

「んーおいちー」

 もぐもぐしながら喜んでいる姿は普通の女の子のような……。

「へー、嬉しいじゃん。意外と似てるし」

 小さな女の子からもらった、ティの似顔絵に和み微笑みを浮かべる。男性人気が高いと思われているが、意外と同性からの人気がある。1番人気の須永には及ばないものの、カイザーと互角。人気2番手を争っている。

 

「ん?」

 道場の扉が開いたことに気づき、振り返る。そこには須永の姿があった。

「なに、スナっちゃん? もしかして私を襲いにきたー? 性的な意味デ」

 チラリと胸元をアピールしてみるが……。

「ないですな……」

 速攻で否定された。

「つれないなー。私はウエルカムだよー」

「遠慮しときますかな」

「うわ、かぶせ気味できたよ。傷つくんですけどー」

 まるっきり傷ついてなさそうに見えるが……。

「ティ、この子の面倒を見て貰えますかな?」

 須永は無視して、1人の少女を道場に誘った。

「ゲッ? スナっちゃんの趣味って……まさかロリ?」

「……違いますな。私はおしとやかな大人の女性好みですよ。貴女とは真逆ですな」

「……あっそ。なんかムカつくんですけどー。じゃぁ、なに? まさか……隠し子? ぜんぜん似てないけど」

「違いますな……」

「ふーん。ま、冗談はここまでにするけどー……ちょっと前に見たことあるよね、この子。たしか村おこしの時に1番前にいた子だよねー」

 須永は驚きを隠せない。

「なーにーその顔? 私を甘くみてるでしょー。ちゃんとお客さんを意識してプロレスしてるんだよー。ふっふーん」

 胸を張ってこれでもかとドヤ顔をする。

「……やりますな。それができるのは一流の領域ですぞ」

「あったりまえじゃん? 私は英雄の領域に両足入ってんだから」

「両足って……もはや英雄……」

 黙っていた少女が呟く。

「わかってんじゃん。このタイガー・ジェット・ティ様はもはや英雄なんだよ」

 ティは満面の……しかも穏やかな優しい笑顔を浮かべ少女の金色の髪を撫でた。

「良さそうな子だネ。で、私に預けてどうすんの? オネーサンのテクニックでもおしえればいいのかなぁ」

 ニヤニヤとしているところを見ると、明らかによからぬテクニックの話だろう。

「まあ、内容は違いますがね。彼女は女子プロレスラーのタイガー・ジェット・ティに憧れて入門してきました。格闘技の経験はないようですが、体力的な下地はあります」

「へえ。ますますいい子じゃん。スナっちゃんじゃなくて私ってとこが見どころあるよねー。いつまでもスナっちゃんの時代じゃないしー」

 ティはご満悦だった。

「まあ、いつまでも私の無敗が続くとはおもっていませんよ。ティにも早く私のレベルまできて欲しいですがね」

「うわーなんかよゆーですねぇ。なんかムカつくけど、倒しがいがあるのはいい事だよね? あなたもそー思うでしょ?」

 いきなり話を少女に振る。

「は、はい。簡単な壁より面白いと思います」

 目をぱちくりしながら質問に答える。

「ますますいいねー。スナっちゃん、いい子連れてきたね。気に入ったよ」

「それはよかった。そう言ってくれるとおもいましたよ」

 須永は穏やかな笑みを浮かべる。

(初めてあった時とはティも随分と変わりましたね。もちろん良い意味でですが……)

 須永は入門前の出来事を思い出す。

 

「ところで、スナっちゃん」

「なんでしょうかな?」

「好きに育てていいってことだよね?」

 ティは真面目な顔である。

「もちろんです。血に塗れるヒール路線、王道を進み、覇をとなえるもよし。どちらにも導けるのがあなたでしょう? ティ」

「わかってるねー。……私そんなヒドイことしてないけどねー今は」

「では預けますよ。女性ナンバー1の貴女にね」

「あいよー。で、この子なんてーの?」

 まだ名前を聞いていないことにきづく。

「では、自己紹介を」

 須永に促され、まだ幼さの残る少女──数年先には美人に育ちそうではあるが──はペコリと頭を下げてから、自己紹介をする。

「正式にお会いするのは初めてです。リングネーム……ライオネス・エンリです。よろしくお願いします」

「獅子……の名をつけるってマジ? バハルス帝国の紋章だよ?」

「へ、陛下にはご、ご許可を頂いています」

「陛下は快くご許可くださいましたぞ」

 二人の言葉にティは驚く。

(タダの村娘じゃないってことかな……これは面白くなりそー)

 ニヤっとした笑みを浮かべる。

「そっか。なら面白くなるね、よろしくねエンリ」

「はい。よろしくお願いします、ティ姉様」

「姉様……!? いい響きだわ……よろしく妹」

「はい。よろしくお願いします」

 二人はガッチリと握手をかわし、ハグする。

 

 姉に憧れた妹と、実は姉が欲しかった姉。利害は見事に一致したらしい。

 ニューフェイス、ライオネス・エンリの進む道は覇道かはたまた血塗らた裏街道か。すべては、姉……タイガー・ジェット・ティに託された。







本来は次話が4章の最初になる予定でしたが、3章でのティ人気により追加されたエピソードになります。


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第42話 重大発表

「そこで1つ重大な発表をしようと思う。帝国プロレスにハマっている諸君らにとっては、エ・ランテルが我が領土になるよりも大きな話題かもしれないな」

 月に一度の帝都興行のメイン終了後、いつものようにバルコニーに姿を現した皇帝ジルクニフは、超満員札止めの観客を前に気になることを口にした。

「では、今日はこれまで……」

 気になることをいうだけ言って帰ろうとするジルクニフを4騎士達が慌てて制す。

「お、お待ちを陛下」

「陛下、気になりますわ。ここはしっかりとお話の続きをお聞かせくださいませ」

「そうそう。ちゃんと聞いとかねぇと女房達に怒られるわ。家に帰れねえよ、陛下ぁ」

 場内もウンウンと頷く。ジルクニフの話術は回を追うごとに巧みになっている。

「そうか……聞きたいなら仕方がない。それでは今ここで発表するとしようか」

 まだ発表したわけでもないのに大きな拍手がわき起こる。

「それではだ。諸君も気になることだろうが、帝国プロレスには多くの選手が在籍しているのだが、誰が1番が決めてみたくはないか?」

 確かにと皆が頷く。

「ダンディ須永が1番という声がほとんどだろう。彼は武神として闘技場の頂点に立ち、またダンディ・ドラゴンとしてこの帝国プロレスを率いる立場だ。現時点における帝国プロレスのエースだ。しかし、その証があるわけじゃあない。……まあ、全員に勝っているのは事実ではあるが、証ではない。そこで、私は帝国プロレスにおける1番である証として、皇帝認定帝国プロレス王者のチャンピオンベルトを創設することに決めたよ」

 チャンピオンベルト……初めての言葉に場内がザワつく。

「チャンピオンとは頂点に立つもの。この場合は、帝国プロレスの頂点すなわち最強を意味する。ところで、諸君。帝国プロレスの頂点が意味することがわかるかい?」

 言葉は返らず皆考え込んでいた。

「帝国プロレスの頂点、チャンピオンであるということは、この世界のチャンピオンということだよ」

 帝国プロレス以外にプロレス団体はない。言い過ぎな気もするが間違ってはいないのだ、

「そして、そんなチャンピオンを決めるベルトをかけた試合をタイトルマッチというんだが……タイトルマッチか。うん、いい響きじゃないか」

 チャンピオンベルトにタイトルマッチ。初めての言葉、ワクワクする言葉。場内は一気に熱気に包まれる。

 

「対戦カードだが、1人は決まっている。皆も当然わかっているだろうが、ダンディだ。これに異論はないよな? では、もう1人は……そうだな8人参加の勝ち抜き戦……これをトーナメントというのだが、その優勝者としよう」

 このジルクニフの一言により初代王者決定戦出場をかけたトーナメント開催が決まる。

 

「では、この私が直々に選んだ参加メンバーを発表しよう」

 おおっという声があがり、場内は緊張感に包まれた。

「かな。どうしようか?」

 まさかのフェイント。皆が皇帝の掌で華麗なダンスをさせられた。

 それをジルクニフは時間をかけて眺め、ニヤリと笑う。

 

「それでは発表しようか。名前が呼ばれたら……出てこいや!」

 久々となる皇帝の独特のイントネーションに、観客はわいた。

「まずはミスター・ゼン。続いてリュー。まあ、ゼンが選ばれたら当然だな」

 右腕が異常に発達した青いショートスパッツを履いたリザードマンと、バランスの取れた体格の赤いスパッツのリザードマンが揃って入場してくる。2人はデビュー戦で当たっており、2分ちょいという短いタイムでリューが勝利している。決まり手は腕ひしぎ逆十字。ゼンの太い右腕を極めてみせた。以後1歩先ゆくリューをゼンが追いかける形で競いあっている。

 

「続いて、レイン。そしてタイガー・ジェット・ティ」

 お馴染みとなりつつある蒼のロングタイツ姿のレインが登場。ストイックな雰囲気を醸し出し、険しい表情でリングへ上がる。

 

「はぁぃ~」

 対照的に愛嬌を振りまいて入ってきたのは女虎覆面のティである。もはや帝プロのアイドルであり、人気・実力ともに須永に次ぐ存在であり、立派なメインイベンターの1人だ。トーナメント制覇の有力候補だろう。

 

「5人目は超神・ジーニアス・カイザー」

 金銀の派手な色遣いのマスクマンが登場すると子供達から大歓声が送られた。正義の味方として子供人気が異常に高い。ヒーローらしく前半はピンチに陥るが、子供達の声援を受けるとパワーアップ。後半は別人かと思うような力を出す。そんなレスラーだ。

 

「あとの3人だが、1人はわかるよな?」

 客席から武王の名が叫ばれる。

「その通りだ。武王ゴ・ギンが参加する。今日は明日の闘技場参戦のために欠場しているが、当然トーナメントには参加してもらう。さて、残る2枠だが……」

 誰だろうという空気。客席からはスメラギ、カスミノと言った声が上がる。

 

「後のふたりは後日発表するとしよう」

 実力的には、スメラギ、カスミノの2人がこの6人に次ぐ存在だが、そんなに単純な話にはならない……と思われた。

「では、今日はここまでだ。GOOD LUCKだ」

 今日もジルクニフ劇場は大盛り上がりのうちに幕を閉じる。

 

 試合を楽しみにしている層がほとんどだが、中には帝国劇場での皇帝降臨を楽しみにしているものも多いという。



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第43話 密談

 

 ジルクニフと須永は興行終了後に当日の反省と、次への流れを打ち合わせることが習慣になっている。

 流れといっても帝国プロレスは基本的にガチであり、試合結果をコントロールしたりはしない。そもそも主力を張っている我の強い個性豊かな面々が試合後のやりとりならばともかく、試合でいうことを聞くわけがない。

 トーナメントを開催するのであれば、誰が勝ち上がるかはやってみないとわからないのである。

 力だけなら武王が有利だし、闘技場ルールならまず負けないだろう。だが、ここは帝国プロレスのリングだ。プロレスルールなら丸め込みもあるし、リングアウトだってある。もしかしたら、武王が反則負けすることだってありえる。

 そう勝ち方は1つではない。蹴り飛ばすだけ、殴り倒すだけで終わる立ち技格闘技ではないのだから。だからこそプロレスは面白いのだ。魅せて勝つのが帝国プロレスの根幹であり、いかに魅せて勝てるかを皆が競い合っているのが帝プロのリングだった。

 

「トーナメントの方できましたか。私はてっきり主力6人でリーグ戦をやるのかと思いましたが……」

「それも考えたさ。だが、リーグだと長くなるし、トーナメントは1発勝負なんだろう? 負けても次があるよりも、後がない方が面白いじゃないか」

 リーグには違う良さがあるのだが、ジルクニフはトーナメントがよいという。

「確かにそれはありますな。闘技場を楽しんでいた帝国民であればそちらの方が馴染むやも知れません」

 須永の言葉に満足気に頷くジルクニフ。考えてみれば、帝国民の代表的存在である。

 

「ダンディ、2枠残した理由はわかるな?」

「もちろんです。1つは話題性、実は交渉途上、あとは誰を最後にするか決めかねているってところでしょうな。私も8人参加のトーナメントならそうすると思いますぞ。スメラギとカスミノはやはり1枚いや……2枚は落ちますからな」

 須永は即答する。実際タッグマッチならともかくシングルでは数合わせにしかならないだろう。いくらセンスがあるとはいえ、スタート地点が違うのだから仕方がない。

 

「さすがにいい判断だな」

「どちらかといえば、それは私のセリフですな。陛下は理解し過ぎなんですよ」

 須永は苦笑しながらそう答えた。所属選手以上に選手達を理解している皇帝などまずいない。いや、唯一無二の存在だろう。

 

「ふっ。私自身がハマっている代表だからだろうさ。どちらにせよ、ダンディのいう通りだ。1つ2つはサプライズ枠は用意しておくべきじゃないか? 交渉中なのも事実ですでにオファーは出しているからな。……それと1人ダンディが期待している、なかなかの逸材がいるとも聞いているぞ」

「耳が早いですな。しかし、まだデビュー前ですぞ。いきなりデビュー戦がトーナメント1回戦は……」

 須永はこれには難色を示す。

「ダンディなら乗ってくると思ったんだがな」

「簡単ではありませんぞ。まあ、サプライズ感はありますが……」

「本当は16人参加にしたかったんだがな……」

 所属扱いの選手は増えているが、16人だと前座クラスも含まれてしまう。

 

「いきなりG1クライマックス級の大会は無理があるかと。個々のレベル差がありますから無理に増やしても仕方ありますまい。数年先はともかく、現状ですと多くて8人がレベルを維持できるギリギリではないかと」

「だな。ところで、G1クライマックスとはなにかな?」

「最高峰のトーナメントまたはリーグ戦の題名とお考えください。似たようなものにKING OF GATEなんてのもあります」

 須永は知識の中から古い情報を引っ張り出す。ジルクニフからすれば新鮮な話なのだが。

「なるほど。そういえば毎月の興行に副題をつけるって話も前に聞いたな」

「ええ。毎年同じ時期になると同じ興行名が来る。季節の風物詩という奴ですな」

「奥深いものだな」

「プロレスは、その場その場の試合だけでも楽しめますが、決まった興行があるとそこまでの道のりを考えたりしますからな。まさに今日観戦された方は、残り2人は誰が? と言った話題になると思いますし、トーナメントは誰が勝ち上がるのか、1回戦の組み合わせは……と言った話で盛り上がれるはずです。興行からその次、また次……と線でみるとより楽しめると思いますぞ」

 ジルクニフはわかるとばかりに大きく頷く。

「なるほどな。確かにそうだと思うよ……オファーはどうなると思う?」

「今の状況で動けますかな?」

 須永は誰に声をかけているかは当然知っている。

「それはわからんが、動くのはチャンスだと思うが」

「確かに今や重用されているとは言いがたく、むしろ密偵疑惑すらあるようですからな……」

「可哀想だなぁ……」

「何を言われますやら。そこまで見越してあそこまでしたのでしょう?」

「なんのことかな?」

 ジルクニフはすっとぼける。

「やれやれ、恐ろしいお方だ。常に先を見据え着実に手をうっておられる」

「それに気づくダンディも素晴らしいと思うがね」

「今、認められましたな?」

 須永はニヤリとする。

「な、なんのことかな? 」

「ふふ、語るに落ちるですよ」

 須永はニヤッと片側だけ口角をあげた。

 

 ジルクニフと須永の打ち合わせは遅くまで続いたという。

 



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第44話 組み合わせ

 皇帝ジルクニフの発案により、帝国プロレスの頂点となるチャンピオンベルトが作成されることが前回の興行において発表となった。

 そのベルトを賭けて帝国プロレスのエースであるダンディ須永と、トーナメントの覇者との間でタイトルマッチが行われることが決定。

 そこで帝都興行の2大会にわたり初代王者決定戦出場者決定トーナメントが開催されることになり、トーナメントの対戦カードは以下の通りと事前に発表されている。

 

 第1試合 ミスター・ゼン VS 超神・ジーニアス・カイザー

 第2試合 タイガー・ジェット・ティ VS X1

 第3試合 リュー VS レイン

 第4試合 武王ゴ・ギン VS X2

 

 有力と見られる武王とティは別ブロックとなり、ライバル関係であるリューとゼンも別々だ。なお、2人のXは当日発表となった。順当にいけば、ティと武王の決勝だろうとも予想されているが、それぞれ相手が不明というのがポイントになる。

 

 ◇第1試合 ミスター・ゼン VS 超神・ジーニアス・カイザー

 

 右腕が異常に発達したリザードマンであるゼンは、生粋のパワーファイターだ。どんな苦境でも右腕の一撃──剛腕ラリアット──でひっくり返すことができる。頼りすぎてしまうところはあるが、一目見れば誰でもそうとわかるわかりやすい説得力を持っている。明らかに左腕より右腕が太く、力強さが違うのは歴然としているのだから。

 対するカイザーは、よく言えば尻上がりだ。試合前半は守勢に回ることが多いが、時間とともに……さらにいうなら観客の声援を受ける度に真価を発揮する。相手の力を引き出したうえで、観客のヘイトを相手に集めさせて、自分に声援を呼び込み逆転する……正義のヒーローここにありという戦い方だ。須永が闘技場時代に見せていたファイトスタイルに近いかもしれない。

 

 ここまで話すとわかるだろうが、例によって前半が弱いカイザーは、やっぱり今日もゼンにやられている。

「おらぁ、どうしたカイザー。お前の力はこんなもんか? どうした反撃してみろ。オラ! エ?」

 極太右腕のリザードマンの猛攻にカイザーは早くも虫の息だった。うつ伏せに倒れるカイザーをゼンは踏みつけ、グリグリと足裏で擦る。……そう言えばいつだかもティに同じことをされていた気がする。

 

「おい、コイツこんなもんだぜぇ」

 ゼンが勝ち誇って吠えるとブーイングが飛ぶ。同じリザードマンでもイケメンのリューに比べて強面のゼンは人気がない。

「うるせえ。コイツで終わりにしてやんよ」

 ぶっとい右腕をアピールしてから、カイザーの金銀の覆面を掴み無理矢理立ち上がらせる。

「カ・イ・ザー! カ・イ・ザー!」

 子供の必死のカイザーコール。たがゼンはロープへ走り右腕でカイザーの首を狩りに行く。必殺の剛腕ラリアット! 

「おおっ?!」

 それをカイザーは、膝を曲げ背中を反る……いわゆるリンボーダンスの要領で躱した。いや、スウェーというべきか。

「カイザー!」

 子供達からわきおこる甲高い歓喜の声。230センチを超える巨体のリザードマンは子供達からすれば、よくて悪の怪人。悪ければ悪の大幹部に見えるだろう。……つまり、どちらにせよ悪となってしまうのだが。

 

「ええぃ、素直にいっちまいなっ!」

 ブン! と右腕を振るうが、カイザーはその腕を掴み逆上がりでくるんとゼンの肩に乗る。

「なにっ?」

「カイザーカッター!」

 首を掴んで後頭部からマットへ叩きつける。

「カイザー! カイザー!」

 一気に客席のボルテージがあがる。

「どうしたオラ! え?」

 カイザーの意趣返しだ。ゼンの顔を踏みつけてゴリゴリと擦る。ゼンの時とは違い歓声が上がる。

「ふざけんなっ!」

 ゼンは怒りをあらわにその足を振り払って立ち上がり、剛腕に力を込める。

「ぶっ飛べゴラァ!」

 またもや右腕を振るうが、カイザーはまた背をそらせてよける。

「甘えんだよっ!」

 カイザーの身体が下から持ち上げられ、投げ飛ばされた。

「くっ……尻尾か……」

 リザードマンには尻尾がある。カイザーがもう一度リンボーすると読んだゼン。彼の本命は尻尾の方だったのだ。

「なかなかのもんだろう? まあ、コレほどじゃあないが、自信はあるぜ」

 右腕で力こぶを作り、アピールしてみせる。やはり自慢は剛腕だ。

 

「さすがに1発じゃ無理か……タフだな」

「あたりまえだぜぇ。このゼン様があんなヤワな一撃で負けるはずがないだろうが」

 カイザーは剛腕をダッキングして躱し、尻尾はキャッチしてカイザースクリューで、足殺しならぬ尻尾ごろし。倒れたところで尻尾を巻き込みながらステップオーバーし、足首をロックする。そのまま顔までは届かないから首をロック。……変形のSTFと言ってよいだろうか。極まった場所はリング中央ど真ん中。これはゼン大ピンチである。

「ぐうっっ、くそおっ」

 ロープが遠い。体格差がある分だけゼンの反りが強くなっており、簡単には前に進めない。しかも、巧妙にゼンの右腕が体の下で不自由になるように技をしかけ、そちら側に体重をかけている。

「このっ……くっ……」

 懸命に左手を伸ばすが、一向に進まない。体力で優るゼンだが、プロレスは力や体力だけではない。気持ちも大事な要素だ。

 そして、勝利を期待するカイザーコールが合唱されると次第にゼンの心が折れはじめ、やがて力なく数度左手でマットを叩きギブアップを宣言することになる。

 

「ただいまの試合は17分20秒……変形STFにより勝者……超神・ジーニアス・カイザー!」

 

 正体不明の謎のマスクマン、超神・ジーニアス・カイザー。須永に次ぐテクニシャンが準決勝進出を決めた。

 

 



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第45話 X1登場

 トーナメント1回戦第2試合 タイガー・ジェット・ティ VS X1

 

「さーて、誰が出てくんのかなぁ?」

 先に入場したタイガー・ジェット・ティはロープに色っぽくもたれかかりながら、対戦相手が登場するのを待っている。

「ま、誰が来てもティ様の敵じゃないけどねー」

 闘技場では対戦相手が当日発表などはザラだったので、観客達はある意味なれているが、帝国プロレスでは初の演出であり場内には緊張感と期待感が満ちている。

 

「それでは……」

 アナウンスに被せるように曲がかかる。

 

「SWO……」

 低い声が最初に聞こえ、そこから戦慄が走る。小気味よいリズムの入場曲に乗って姿を現したのは黒いドラゴンマスク。全身を黒でコーディネートし、ロングパンタロンには紫のサイドラインが入っている。

「だれ?」

「誰だろう?」

 ザワつく観客席を無視して、黒いドラゴンマスクはロープをひらりと飛び越え華麗にリングインし、両手を広げてアピールする。

「どうしたオラ、歓声が足りねぇ、歓声が!」

 謎のドラゴンマスクは悪っぽいセリフを吐くが、聞き覚えのある声だな……と観客の誰もが思った。

 

「おいっ! お前、スナっちゃんだろ?」

 いつの間にかマイクを手にしたティが、マスクマンを指差しながら鋭く指摘する。

「なんのことですかな? 私はダースドラゴンですが」

 その声は明らかに須永のものだった。

「お前……喋り方も声も同じだなんて、舐めてんのか? せめて声音かえるとか、喋り方かえるとかしろやっ! ご丁寧にサイドラインに紫までいれて隠す気ないだろう? 」

 紫は須永のパーソナルカラーであり、帝国プロレスでは他に誰も使わないようにしている色だった。

「細かいツッコミですなぁ。私は須永の友人で"ダースドラゴン"と申すもの。けっして、ダンディ須永ではありません。よく声は似ていると言われますが、他人の空似ですなぁ……」

「とぼけてんじゃねぇ。そもそもそのドラゴンマスク自体スナっちゃんのオーバーマスクの色違いじゃない」

 ティはさらにツッコミを入れる。

「本当に細かいですなぁ。あんまり細かいと、めんどくさい女と思われて嫁の貰い手がなくなりますぞ?」

「ちょ、ちょっとちょっと。私ずっとモテ期なんですけどぉ? こんないい女つかまえて、嫁の貰い手がない? ふざけんじゃねーよ、須永!」

 珍しくスナっちゃんと呼ばないくらいにティはぷりぷりしているらしい。

「ほう……キャラに似合わず嫁には行きたいのですな。だったら乱暴な言葉遣いはよくありませんなぁ」

「キャラに似合わずとは、なんだこらぁ……ハッ」

 見事に乗せられてしまうティに、場内から笑いがもれる。

「それと、もう1つだけ言っておきましょうか。顔が見えないとダメじゃないかなと思うんですな」

「って覆面被って出てきたお前がいうか? それに私にマスクマンいや、マスクウーマンになれっていったのスナっちゃんじゃないの」

「だから私はキースドラゴンです」

「名前変わってんじゃん!」

 的確すぎるツッコミに場内は爆笑の渦に。

「って……だから、なにしにきたのよ? 私の対戦相手は誰なのさ」

「おお、そうでしたな。それを伝えるためにきたのを忘れてましたな」

「わすれてんじゃねーよ。舐めてんのかぁ?」

「しかたありませんな。発表するとしましょうか。タイガー・ジェット・ティの対戦相手……Xは……」

 須永はタメを作ってもったいぶる。

 

「そこまでだよ、ダンディ。それは私の仕事だ」

 お馴染みの声が響き、テーマ曲とともに皇帝ジルクニフが登場。場内はいきなりMAXボルテージ。第2試合ではやくも降臨である。

「やあ、諸君待たせたね。ジルクニフだ」

 なんとなくいつもよりお疲れの皇帝はあっさりした挨拶をする。

「では、さっそく選手を発表しようじゃないか。出ろおおお……森のケンオウ!」

 ジルクニフは指をパチンと鳴らす。

「うぉぉぉぉおお!」

 リング下からデカい丸っこいものが飛び出すと、ボンとリングへと飛び乗った。

「それがしは、森の賢王改め、森の"拳王"名をハムスタというでござる」

 ハムスタの姿は文字通り、ハムスター。ジャンガリアンハムスターだった。ただし巨大である。少なくとも高さでゼンと同格以上。幅はハムスターらしくずんぐりとデカい。おかげでリアル世界よりも広くしたリングが狭くみえる。

「よろしくでござるよ」

 シュッシュと華麗なワンツーをシャドーで披露。さすが、森の拳王。威厳溢れる魔獣だといや、聖獣だと客席がざわざわとしている。

 ちなみにハムスタはハムスターの略ではなく、ハムスターのファイターの略でハムスタというリングネームとなったそうだが、そもそもハムスターという言葉がこの世界にないので、誰もそんなことは考えない。

 凄い聖獣でハムスタ……森の拳王だけあって強そう……という反応がほとんどだった。

 

「ハムスタ、ティを痛めつけてやれ」

「はいでござる。師匠任せるでござるよ。ハムスタの必殺パンチをお見舞いするでござる」

「いや、それ反則ですな……」

「そうでござった」

 

 第2試合は、タイガー・ジェット・ティVS ハムスタで決定。まもなくゴングが鳴る。

 

 



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第46話 ティVSX改め.......

「まじ?」

 ハムスタの登場以降言葉を失っていたティは、ここでようやく言葉を発する。短い言葉にいくつもの感情がこもっている。発表された対戦相手はまさかの魔獣……いや聖獣である。白い毛皮? が神々しく光を放ち、見るものを畏怖させる……そんな強大さを感じさせる存在だった。

 ティは、トブの大森林に君臨する森の賢王の名は聞いたことがあったが、それがまさか"森の拳王"となってあらわれるとは思ってもみなかった。リングという狭いフィールドの中で、装備なしで明らかに同格クラスの相手。これは正直なところかなり不利に思えた。

 だが、逆をいえばここはリング上だ。ルールのない命の奪い合いをするわけじゃない。ルールのあるプロレスをするのだ。

 

「面白いじゃないの。かかってきな……ルーキーボーイ」

「あのぉ……」

 挑発するティに対し、申し訳なさそうにハムスタが声をかける。

「なによ。サインなら後であげちゃうけどー」

「違うでござる……それがしメスでござるよ?」

「えっ? そうなの?」

 ここでゴングが打ち鳴らされ試合が始まった。

 

「いくでござるよっ」

 いきなりハムスタの蛇のような長い尻尾が、若干呆けていたティの視界外から襲いかかる。

「ぐぎゃっ」

 左頬を痛打し、耐久力の高いティをコーナーまで軽々と吹き飛ばす。

「どどーん! でござる」

 ハムスタの巨体が飛ぶ。びゅおーんと飛んで、どどーんとぶつかる。うーん、フライディングボディアタック……なのだろうか。

「うぎゃっ」

 ティは悲鳴をあげる。さすがにこのサイズ感だと重いと見える。

「いくでござるよぉぉ」

 ティの顔を踏んずけたハムスタは、ロープを掴みながら軽くジャンプして踏みつけ、さらにそれを繰り返す。

「ふぎゃっ、ぎゃっ、くぎゅ」

「これはなんだか楽しいでござるなぁ」

 もはやティは人間トランポリン状態になっている。

「よっ、ほっ、とっ」

「こらーロープだ。離れろ。ワン、トゥ、スリー、フォー」

 ハムスタはカウントフォーでばびょんと飛び上がる。一応離れたことでカウントは止まる。

「ハムストン!」

 ハムスタは背中から尻もちをつくように落下。いわゆるセントーンのはずだが、なんだか違う技にみえる。技というよりはハムスターが転げ落ちたように思えるのは気の所為だろうか。

「重っ!」

「むーうでござるよ? これが某の種族の平均でござる」

 やはりハムスタは女の子なので、重いと言われるのは嫌らしい。なお、彼女の同族はいないので、彼女イコール平均で間違ってはいない様子。

「平均だかなんだか知らないけどさぁ、重いんだよっ!」

 言葉のわりには軽々と頭上までリフトし、そのままリフトアップスラムで叩きつける。一見細身に見えるティだが、パワーは相当高い。

「いたっ。やるでござるなっ!」

 ハムスタは素早く宙返りで起き上がり、サッと反動をつけてデデーンとボディアタック。巨体に似合わず素早い動きだ。

「にゃろー舐めんなっ」

 それを強烈な前蹴りで蹴り飛ばす。

「ムンっ! でござる」

 ハムスタは毛を硬化させてその蹴りを受けとめる。

「硬って」

「ふふんでござる。その程度は某には効かぬでござるよ」

 ハムスタは腹をつき出した。いや違う……わかりにくいが胸を張ったらしい。

「その程度の壁ぶち破ってやるよ」

 ティはムキになって打撃を連打する。鋭い蹴りに強烈な突き。肘も膝をも打ち込み続ける。そして身を翻して回し蹴りも決めた。

 

「ゼェゼェ……ど、どうだ」

「や、やるでござるなぁ……」

 攻めに攻めたティはスタミナを消耗。肩で大きく息をしており、珍しく大量の汗を流していた。そして硬いハムスタの体を攻め続けた両手両足はかなり痛めている。

 そして、受けまくったハムスタは、こちらも相当のダメージを受けており、あちらこちらが痛みを訴えていた。

 本気になったティの力はハムスタの硬い防御……受けを上回っていたようだ。

 

「ハムスタ頑張れっ!」

「どうしたティ! 攻めろっ!」

 両者に大きな声援が送られる。

(不思議でござるなぁ。師匠の言う通り、痛む体も萎える心も、観客とやらの某を呼ぶ声が癒してくれるでござる。何やら力も湧いてくるでござる。……某はもう1人ではないのでござるな)

 ハムスタは産まれた時から1人で生きてきた。同族を知らず友達も家族もしらずに。

「うぉぉぉぉおお! やるでござるよーっ!!」

 やる気が溢れ出たハムスタの叫びに、客席がわく。

「いくでござるよぉぉ、ハムのメリーゴーランド!」

 ハムスタは前方宙返りから体の硬度を上げて突撃する。それを連続してクルクルクルクルと回り出す。

 

「ハムスターが回るんですなぁ……」

 須永の感覚ではハムスターが回すのがしっくりくるのだが。そしてここでひとつ疑問が生まれた。

(技を名付けたのは私だけど、メリーゴーランド……この世界にはないよなぁ)

 久々に素の須永英光としての思いだった。

 

「どぇ、ぐえっ、うえっ」

 コーナーに追い詰められた覆面美女が巨大なハムスターに蹂躙されている。これは止められない、逃げられない。ティは大ピンチであった。

(これは不味い……せめてスティレットがあれば……)

 思わず腰に手を伸ばすが、そこにはスティレット(かつての愛用品)はない。今のティは武器に頼らないプロレスラーなのだから。

(いつまで、過去の私を引きずっているんだ……もうあの頃とは違うんだっ!)

 ここはプロレスラーのティとして耐える。耐える……たえ……る。

(やっぱムリー)

 さすがに受けきれる威力ではなかった。飛びそうになる意識を懸命に食い止め続けていた。

「ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるでござる」

 ドガガガガってとティをコーナーに埋め込むかのように回り続ける。

(ん? ……コーナー?)

 一気に意識が覚醒する。

「って、レフェリー! これロープじゃね?」

 ティが気づいてアピールするが、ハムスタの巨体に隠れてレフェリーからは見えない。見えないから、反則かもわからず当然カウントは取れない……。

(そんなのアリ? ズルくない?)

 普段ズルい戦いをするくせにこれである。

(しかし、参ったねこりゃ……)

 ティはさすがに諦めはじめていた。

「ぐるぐる………………」

 だが、ここでハムスタの回転が急に止まった。

「目が回ったでござるぅぅ」

 フラフラっとしたハムスタは、ぽてんと仰向けに倒れてしまう。

「えっ?」

 一瞬呆けたティだったが、とりあえずカバーしてみることにした。

「OK。ワンッ! トゥ! 」

 反応がない。

「スリー!」

「えっ?」

 びっくりしたのはティだった。まさかの3カウントが入ってしまったのだから。

「8分6秒、体固めにより、勝者タイガー・ジェット・ティ!」

「ええっ?」

 まさかの決着であった。

 

 なお、須永のこの結末に対するコメントは……。

「所詮は獣か……なんていいませんよ。私の指導不足です。鍛え直しておきます」

 厳しい目であったと伝えられている。

 

 準決勝第1試合は、超神・ジーニアス・カイザーVSタイガー・ジェット・ティの人気者対決に決定である。

 

 

 

 



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第47試合 意地の張り合い

 第3試合 リューVSレイン

 

 リザードマンであるリューはバランスのとれた総合力の高いプロレスラーである。もともと種族的な体の強さがある上に、性格が真面目。生真面目に鍛錬に励み、須永のテクニックを吸収しぐんぐん力をつけている。同期かつ同族の(ただし部族は違うらしい)ゼンがパワーを重視し攻めを重要視しているのと対照的に、リューは受け身を重要視している。ゼンの重い一撃を耐えるだけの受けを身につけたからこそ、常に1歩リードし続けている印象だ。元々デビュー前から得意だった打撃技に加え、サブミッションも上手くなり度々ゼンからギブアップを奪っている。鋭さが売りの投げに、全身のバネをいかした飛び技……どの技も高いレベルにある。

 一方のレインは、人気レスラーであるティのサポート役、タッグパートナーとして有名ではあるが、彼自身はヒールではない。もっとも、ティはナチュラルヒール+アイドルという独特の立ち位置なので、完全にヒールと言うわけではないのだが。

 レインのその纏う雰囲気はザ・サムライ。凛とした佇まいで、ティから一歩引いたような立場でリングに立ち続けている。しかしそのポテンシャルは高く、返し技のうまさと打撃技の鋭さには定評がある。

 この2人は主にタッグで当たることが多く、今回は久しぶりのシングル対戦となる。 前回の対戦では、レインが必殺技のレイニーブルーを狙った際に、リューが前方回転エビ固めで丸め込んで勝利している。

 

「倒れろやっ!」

「お前こそっ!」

 手が合う2人のシングルはお互いに意地の張り合いとなった。リューがいきなり激重なチョップを打てば、レインもそれに応えて激熱のチョップを打ち返した。ここからお互いの気が済むまで打ち合うことになる。

 

「だあああっ」

「せりゃっ」

 これが何発目になるだろうか。2人はもう5分以上チョップを打ち合っていた。並の人間なら1発でノックアウトできる強力な一撃をひたすら打ち合い続けている。

 はじまりは逆水平。その打ち合いからスタートし、袈裟斬りチョップ合戦にレインのローリング式に対抗したリューの逆回転式チョップ。唐竹割りにダブルチョップ。マシンガンチョップに、起き上がり小法師式チョップ。ありとあらゆるチョップが乱れ飛ぶ。

 すでにレインの胸元は蚯蚓脹れで真っ赤に染まり、リューの肌は内出血しているのか黒くなっていた。なお、帝国プロレスにおいてチョップの使い手が多いのは、須永の影響もあるが、チョップの動きが剣を振るうような軌道を描くからだと思われる。

 

「こんだらあっ!」

「いやっしょっ!」

 ついにお互いの右腕をチョップで狙い始める。それでも痛む腕を振り続ける2人。意地の張り合いは続いている。一撃一撃に想いを込めて。

 返し技の達人と呼ばれるレインだが、この試合1度も返し技を出していない。デビュー以来初めて見せる真っ向勝負。負けたくない、いや勝つんだという気迫に溢れている。

 試合開始以来チョップ以外の技が1度も出ていないが、それでも観客は一発一発に反応し、2人に声援を送り続けていた。派手さはないが、それでも観客を魅了する。これもまたプロレスである。

 

「倒せレイン!」

「やりかえせ、リュー!」

 熱い声援に応え、さらに熱のこもったチョップを打ち合う2人。

「倒れやがれっ!」

 2人同時に同じことを叫びながら右手で袈裟斬りチョップを放った。

「ぐあっ……」

 2人同時にダウン。二人とも左手で胸をおさえ、右手を震わせながら倒れている。

「ダウンカウント! ワン! トゥー! スリー!」

 2人同時にダウンとみなされダブルノックダウンカウントが入る。

「シックス! セブン! エイト!」

 2人同時になんとか立ち上がり、フラフラしながらファイティングポーズをとる。

「続行だっ!」

 レフェリーが合図し、ふたりはやや距離をとって向き合う。これはチョップの間合いではない。

 

「だらあっ!」

 レインの右ハイキック! 

「倒れやがれっ!」

 リューも同時に右ハイキック。お互いの側頭部を蹴り抜いた。

「ぐっ……なぜ……」

 だが、倒れたのはレインのみだった。

「すまないな……」

 リューは片エビでフォール。レフェリーのカウントと一緒にリューの尻尾が3度リングを叩いた。

 

「只今の試合は、9分25秒ハイキックにより勝者リュー!」

 試合終了のアナウンスが入る。あれだけチョップを打ち合ったにも関わらず、フィニッシュは1発だけ出した蹴りというのも面白い。

 

「くそっ……尻尾か……」

 リューに引き起こされたレインは、勝負を分けた理由に気づく。

「ああ。尻尾でガードさせてもらった」

 最後の攻防、蹴りが当たる瞬間に尻尾でガードを固めてダメージを最小限にしたリューが1歩上を行ったのだ。

「チッ……やられたぜ。準決勝頑張れよ」

「おう」

 2人はガッチリと握手をかわした。

 

 第3試合の勝者はリュー。第4試合の勝者と準決勝であたることになる。



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第48話 Xは.......

 第4試合 武王ゴ・ギンVS X2

 

「ぶおうボンバイエ! ぶおうボンバイエ!」

 入場曲に乗って姿を現した武王ゴ・ギンは、黒で統一されたワンショルダーに膝丈までのロングパンツ、足にはレガースをつけている。つまり、キックの練習を積んだということだろう。

 拳を包むは特注のオープンフィンガーグローブ。甲の部分にはゴールドで右手に武、左手に王の文字が入っている。闘技場とは全く違う姿だが、強者のオーラは健在……いや、より強くなっていた。やはり鍛錬の成果だろうか。もちろん以前から鍛錬はしていただろうが、明確な目標がある方がより効果があると思われる。

 武王は未だ闘技場では須永にしか負けておらず、相変わらずの強者ぶりを見せている。最近は挑戦者がコンスタントに現れているようで以前よりも闘技場に出場する機会は増えている。

 そんな武王も、プロレスルールだとまだまだ盤石とは言えない。それでもルールに順応し、新たな技を覚えて戦い続けている。団体専属の選手ではないため、帝都以外の興行には出れていないのが残念な点だ。

「俺もいずれはエ・ランテル興行に出てみたいさ。もちろん、エ・ランテル以外の場所にも行きたいね」

 武王は、インタビューでそう話していた。

 

 武王はリングサイドまでくると一旦歩みを止める。リングへ向かって一礼すると、用意されているステップは使わずに足を上げてエプロンに上がる。そして期待通りにトップロープを跨いでリングイン。その光景に大歓声があがった。

「うぉぉぉぉおお!」

 武王は雄叫びを上げながら両腕を突き上げた。

「武王!」

「やっちまえ!」

 武王は大声援の中、数回ロープに走り感触を確かめると、ドッカリと赤コーナーの上に座り、見下ろすように対戦相手を待つ。

 

「では、武王の対戦相手を紹介しよう。誰だと思う?」

 皇帝ジルクニフはここは音声のみで降臨。テンポを重視してのことだという。

「ある人はいう。"女の中の男"だと。またある人はこう呼ぶそうだ"ミスター女子プロレス"だと。どちらも()()()()

 だいたいの見当がついたのか観客達もざわざわし始めた。ついに彼女が帰ってくるのかと。

「戦う姿が美しいから……我々は前回彼女をこう呼んだ……ビューティ・イチ・ガガと。しかし、今宵は違う名で登場するのだよ」

 もうここまで来ると確定だ。会場のボルテージが一気にあがる。

「我々が初めてプロレスルールでの試合をみたのは、彼女とダンディの対戦だったな。あの伝説のファーストマッチから時は流れた。力を蓄え、機は熟した。再びこのリングへと彼女は帰ってきたのだ」

 一拍の間を作りだす。ジルクニフの話術はもはや天井しらずである。

 

「武王の嫁、ガガーラン ……出てこいやっ!」

 ジルクニフの呼び込みに花火が2発上がり、テーマ曲がかかる。

 

「ガガが、ガガはガガーラン!」

 熱い魂の叫びで始まる新テーマ曲に乗ってガガーランが青い鎧のようなデザインのコスチュームで登場する。

 なお、テーマを歌っているのは実はダンディ須永。コーラスにジルクニフという無駄に豪華なコラボだったが、観客は誰一人気づいていない。

 それにしても帝国プロレスにどっぷり関わっているジルクニフ。皇帝はいったいいつ公務をこなしているのだろうという疑問があるが、国政は停滞することはない。なぜなら、内政を行う者が増え、ジルクニフの仕事量が減っているからだ。

 

 かつて、ジルクニフはこう呼びかけている。

「我が帝国は歓迎する。力あるものを。もちろん力とは武力だけにとどまらない。役に立てる能力。それが力である。集え、力あるものよ。集え、力を欲し向上したいものよ」

 この呼びかけにより、兵力増強し帝国プロレスも旗揚げされたが、集ったのはそれだけではなかったのだ。様々な力を持つものがジルクニフの下に集い、当然の結果として内政官も強化・効率化されている。帝国は国力そのものが大きく向上し続けていた。

 

 

「おい、皇帝! 1つだけ言っておきたいことがある」

 リングに上がったガガーランは、いきなりマイクで叫ぶ。

「……直言を許そう」

「私は武王の嫁じゃないっ!」

 これには場内爆笑である。

「そうだぞ。そもそも俺の好みじゃない!」

 いつの間にかマイクを持った武王の追撃に場内は大爆笑。それにしてもあの武王がマイクとは……色々と成長するのだと感じさせるものがある。

 

「そうなのか? うーん、お似合いのカップルだと投書があったんだが」

「投書だと?」

 武王とガガーランの声が重なる。

「ああ。嘆願書ネーム……双子のにんにん……だったかな」

「あいつらかァァァ!」

 ガガーランは犯人を確信していた。実際は三つ子らしいが、それはこの際どうでもよい。

「ひとつだけきいておこうか。……武王、ちなみにお前の好みは?」

 ジルクニフの問いかけに対し、武王は少し考えてから口をひらく。

「……やはりトロールだナ。少なくてもオーガのメスじゃねぇわ」

「ちょ、待てよ。私はオーガじゃねぇ!」

 ガガーランの叫びが会場に響き渡った。

 

 まもなく試合開始である。



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第49話 激突!

 第4試合 武王ゴ・ギン対ガガーラン

 

「ぬおおおおっ!」

「ぐおおおおっ!」

 二匹の怪獣……いや、力自慢の対決は、予想通りというべきだろう。まずは力比べから始まった。最初は両手で組み合って互角の攻防を見せていたが、力比べ開始から1分ほどすぎたところで、突如武王が左を外し右腕一本になる。そして貫禄をみせた武王は片手を遊ばせたままで、あのガガーランの両手をねじ伏せてみせた。

「おおおっ……」

 あのダンディ須永をも押し込んだ女丈夫が片手で……。武王のパワーに大きな歓声があがる。

「なんてパワーだ……これが武王……か……ぐぐっ」

 倒れまいとブリッジで耐えるガガーランの上に武王がドスンと乗る。

「グおおおおおおおお……!」

 体重をかけられ、ミシミシとガガーランの背骨が軋む音が聞こえるが、それでも耐える。

「……タフだな」

 押し込んだ腕を軸に武王は片手で逆立ちし、両膝をガガーランの腹部へ落とす。

「グゲッ……」

 それを強靭な腹筋と鍛えられた首の力で耐えるガガーラン。

「ならば……」

 武王は一発でダメなら……と二発三発と技を重ねていく。それでも耐える……耐えて耐え抜くガガーラン。

「諦めろ!」

 六発目でついにガガーランは崩れた。そのまま体重をかけてフォールする。

「ワンッ! トゥ!」

 カウント2で返すとガガーランはダメージを感じさせない速さで立ち上がり正対する。

「チッ。やってくれるじゃねえか」

 ダンディ戦でも見せた強烈な逆水平チョップ。

「なにかしたのか?」

 しかし武王は平然としている。基本スペックの違いがここに出る。

「馬鹿な……ダンディ須永にも効いたのに……」

 ガガーランは唖然とするが気をとり直してもう一度打ち込む。

「どうした?」

「チッ……奥深いな強さってやつは」

 ガガーランは苦笑いする。

「気持ちはわかる。俺もまだ高みがあることを知っている」

 ともに須永に敗れたという過去のあるふたりだ。共通する思いはあるのだろう。一度負けたからこそ、もう一度負けたくはない、その想いが2人を強くする。

「だからなぁ、負けるわけにはいかねえんだよ」

 今度は右腕で袈裟斬り!

「ぐぁっ……」

 これは効いたようだ。チャンスと見て二発三発と繰り出していく。

「武王! 武王!」

 劣勢になった武王を見て客席から声援が飛ぶ。やはりここは武王のホームグラウンドだ。圧倒的な声援が後押しする。

「チッ、さすがだよ」

 ガガーランは武王の腕を掴むと豪快にロープへと振った。ロープの反動で戻ってくる武王へ向けて、自らも反対側のロープへ飛び勢いをつけてショルダータックル! 

 2人はガチっという音とともに、両サイドに弾け飛ぶ。

「ぐっ……なんて重さだい」

「やるナ……」

 今度はお互いにロープの反動をつけタックル! 

「グギッ」

「グオッ」

 威力は互角。両者ともに呻きながら、たたらを踏む。

「なろっ!」

「ぐろあっ!」

 もう1回。今度はガガーランが打ち勝つ。

「これでもくらいやがれっ。地獄の晩餐をご馳走してやんぜ、ガルムズディナー!」

 反動をつけて放つ、全体重を乗せた叩きつけるようなショルダータックル。武王の巨体が浮き上がり、マットへと倒れこんだ。

「よっしゃぁ! 殴るぞ!」

 ガガーランは両拳を突き上げてアピールすると、武王に馬乗りになった。

「おらあああああっ!」

 拳ではなく掌底を連打で叩き込みまくる。ドドドドドガガガガッドドドガッ……と鈍い音がする。ちなみにガの時はガードに成功した時に発する気がする。

「オラオラオラァッ!」

 ガードの隙間から捩じ込み、ガードを開かせると、的確に顔面を打ち抜いていく。

「ゴアッ!」

 たまに武王が下から打ち返すがひらりとかわし、強烈なカウンターをたたきこむ。前回よりルールに順応しているし、明らかにキレが良くなっている。

「無駄だよ無駄! 無駄! 無駄! 無駄!」

 ついに、ガードすらさせなくなったガガーラン。鬼神が乗り移ったかのような連打に、武王の動きが止まった。まったく動かなくなった武王にガガーランは容赦なく掌打を浴びせ続ける。

 

「ガガーラン、フォールして」

 誰かの声が聞こえ、ガガーランはハッとなって体を被せた。

「ワンッ! トゥ! スリ」

 カウント2.9で武王の肩があがる。

「何っ? スリーだろ?」

 決まったと思ったガガーランは指を3つ立ててアピールする。

「2」

 レフェリーは2本指で2カウントだと返した。その間に回復した武王がガガーランの腰に手を回す。

「うぉぉぉぉおお!!」

 ジャーマンスープレックスの要領で頭上高くまで持ち上げ、そこから前に叩きつける。ベジャッという音がして顔面からガガーランがマットに激突。

「うぐあっ……」

 呻くガガーランをもう一度同じ体勢まで持ち上げるとガガーランの体を回して強烈すぎるパワーボムで後頭部から叩きつける。

「ゲホッ!」

 さらにそれを持ち上げ直してもう一度パワーボム! 

「ウホッ……」

 まだ終わらない。もう一度持ち上げて叩きつけるとさらにもう1回持ち上げてうつ伏せに肩に担いだ。

「……地獄へ落ちろ、デスバレーボム!」

 巨体が体を横に倒しながら飛び、ガガーランが頭からマットへと突き刺さった。

 

「カウントは必要ないだろう」

 武王はクルリと背中を向けた。

「ご、ゴングだ! 試合終了!」

 トニー・カンレフェリーがゴングを要請し、試合終了を告げるゴングが打ち鳴らされた。

「只今の試合は……デスバレーボムによるKO勝ちにより、勝者武王ゴ・ギン」

 力と力の勝負は、最後は技術を加えて武王が勝利。

「これが帝国プロレスだ。いつでも上がってこい」

 武王は背中越しに言い残すと静かに入場口へと消えた。

 

「大丈夫? ガガーラン……」

「すまねえ……」

 かけつけてきたのはなんとタイガー・ジェット・ティ。場内がザワつくなか、肩を貸してガガーランとともに引き上げていく。

 

「かくして4人の勝者は決まり、次回大会にて激突することになります。次回は一気に準決勝、決勝を開催いたします。本日はありがとうございました」

 

 勝者は誰か、そしてティの思惑は……次回興行を待て!





トーナメント1回戦が終了しました。
ようやく半分ですね……。

ここから3話は、久々にオーバーロード要素高めです。




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第50話 王国

さあ、オーバーロードな回だと思いますよ。

たぶん。




「どうして、こうなったのであろうか·····」

 リ・エスティーゼ王国の現国王であるランポッサⅢ世は、誰もいない謁見の間にいる。ガランとした空間に1人ぽつんといる姿が現在の王国の状況そのものを示していた。今、王が座っている玉座もかつての輝きを失いくすんで見えるのは気の所為ではないだろう。

「ふふ……もはや誰も答えてはくれぬか……」

 自嘲気味に薄く笑い、ガックリと肩を落とす。その姿は、もはや王としての威厳はなく、ただのくたびれた老人であった。

 王国崩壊はもはや止まらない。あれから時はすぎ、状況は日々悪化し続けていた。

 食糧難や度重なる戦争による重税といった王国の失政によって招いた"エ・ランテルの変"。その一件によりわずか数日で、国防の要である城塞都市エ・ランテルを失い、それに連動してレエブン侯が治めるエ・レエブルが王国から離反するという大事件が発生。その事件のトリガーとなった第一王子バルブロは帝国の捕虜になり、未だ帰国してはいない。

 もともと失政により民の支持を失っていた王家および王国首脳部は、バルブロの失言を広く喧伝されたことにより、完全に民にそっぽを向かれ一気に崩れた。

 まず最初に影響を受けたのは、ペスペア侯の支配地であるエ・ペスペルだった……と言ってもペスペア侯が悪い訳では無い。貴族派閥に比べればまともな内政を行っていたし民の支持もあった。ゆえにこれは侯の失態ではないのだが、なにしろ治める立地が悪すぎたのだ。

 隣接するのはエ・ランテルとエ・レエブルを含む地域だ。それまで、同じように食糧難に困っていた両都市──エ・レエブルはフリをしていただけだが──が、帝国領になったことで、食糧の供給が安定し、重税から解放された。このことが、エ・ペスペルの民の不満を招き、暴動へと繋がることになる。

 それを抑えるはずの兵も次々と離反し、窮したペスペア侯は……王の娘婿であり王位継承候補と言われた身でありながら、帝国へ救いを求めるしかなかった。駆けつけた帝国軍は民に歓迎され、血を流すことなく併呑。ペスペア侯は妻子とともに帝国に保護された。

 

 慕われていたペスペア侯ですらこの状況である。領主が帝国に囚われてしまったリ・ボウロロールや、リットン伯の領土はもっと過激だった。

 貴族の館を民達に襲撃され、迎撃を指示するも配下はやはり次々に離反し襲撃側につく。貴族達は己の普段の行いの悪さを思い知らされ、そして命を散らすか着の身着のまま逃げ出すしかなかった。

 こうして民に支配された都市は次々に帝国へ帰順することを表明。エ・ランテルの変から半年もたったころには情勢は一気に変わってしまった。

 

「そうか……ブルムラシューがな。死んだのか……」

 ランポッサがそう呟いたのは2ヶ月ほど前のことだろうか。

 ブルムラシュー侯は、元々帝国と繋がりがあり、情報を横流ししていたのたが、その情報の価値は途中からレエブン侯に負けていた。それを知らなかったブルムラシューは、自分の価値を見誤っていたのだ。

 機を見るに敏であり、いち早く帰順したレエブンとは違い、かなり前から裏切っていたくせに決断できなかったブルムラシュー侯。結局反乱に巻き込まれ、都市から逃げる際に落武者狩りを狙った農民達に竹藪で竹槍に刺されて命を落としたという。

 気がつけば6大貴族で残るはウロヴァーナ辺境伯ただ1人となっている。

 

「私は、臣を失い、都市を失い、そして国を失おうとしている。せめて子供達は無事にいて欲しい。……バルブロは生きているのだろうか」

 帝国の捕虜となったことは把握しているが、以後は生死不明である。捕虜に関する交渉は一切行われていない。

 

「陛下、失礼いたします!」

 慌てた様子で内政官の1人が飛び込んできた。

「なにごとか」

「はっ! も、申し上げます。う、ウロヴァーナ辺境伯が……ご隠居なされました」

 どうやら最後の1人も失ったらしい。

「そうか……となると後継者が誰であれ帝国へ下るつもりなのだろうな。伯の決めたことではなかろう。是非もない」

 ランポッサは全てを察したつもりだったが、ことはそれで済まなかった。

「陛下……その後継者ですが、伯の血筋のものではありません」

「どういうことか?」

 さすがに理解できず詳細を求める。

「後継者は……平民です」

「平民? 平民が伯の貴族位を継いだのか?」

「は、はい。一応伯の養子ということになっていますが……」

 明らかにおかしな話だった。伯に跡継ぎはいたはずなのに。

「何者かに圧力をかけられたか……して、跡を継いだのは何者か?」

「……王もご存知かと思うのですが、伯の後継者はクライムです」

「なに?」

「陛下……後継者はあのクライムなんです」

 クライム……それは第三王女ラナーの護衛の兵士の名前だった。

「クライムだと、それは誠か?」

「はい、間違いございません、陛下」

「……ということは、ラナーも一緒か?」

 ランポッサは嫌な予感がした。そしてどうやらそれは的中していたようだ。問われた内政官の表情がそれを雄弁に物語っていた。

 

「非常に申し上げにくいのですが、ラナー王女はクライム伯の正室を名乗り、ご一緒なされているそうです」

「そうか、先日のあれが別れの挨拶だったのか。なるほどな……そう思えばなんとなく思い当たる節がある……そうかそうだったか」

 ランポッサは最後に会った日のラナーの表情を思い出す。そういえばどことなく思いつめていたような気がする。あくまでも今思えばそう思うというだけではあるが。

「まぁ、幸せならそれで良い、もう国としてはないも同然なのだからな」

 もはや国としては成り立っていない。であれば、娘には幸せでいてほしい。それが父親としての希望である。

 

「もはやこれまでということか。まさか娘にまで……とはな。よし、ガセフを呼んでまいれ。私にできる最後のことをしよう」

 ランポッサは力強い瞳をしている、それは覚悟を決めた1人の男の目であった。もっと早くできていれば、国はもっと違った形になっていたのかもしれない。もちろんそれでもどうなったかは分からないが、希望としてはそうであって欲しかった。

 

 覚悟を決めたランポッサは、残された最後の仕事を全うすることを決めた。

 





都市名は、リ・ボウロロール で、貴族はボウロロープ なのです。
だから誤字じゃないよ。
ペスペア侯のエ・ペスペルや、レエブンのエ・レエブルも同様です。
リットン伯はどこの都市なのかわからないので、都市名なしにしました。
9巻の地図頼りなんですけどね。


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第51話 帝国

「……ほう。それは興味深い話だな」

 報告を受けたジルクニフはさすがに驚いたようだった。まさかそのような行動に出るとは思っていなかったのだろう。

「はっ、明後日の朝にはこの帝都アーウィンタールまで到着するとのことです」

「あいわかった。せいぜい丁重に迎えてやれ……おそらくこれが最後の仕事……花道になるのだろうからな」

「畏まりました」

 ジルクニフの指示に返答し、秘書官はすぐに下がる。

「しかし、ランポッサⅢ世自らここまでくるとはいささか驚きましたな」

「うむ。もし会うことがあるのなら、まず王都か……よくてエ・ランテルだと思っていた。もしくはやつがここに搬送されてくるとかな……。いずれにせよ。やっと決断できたようだな。ま、遅きに失したわけだが……」

「……察するに"黄金"が追い詰めたのでしょうな」

「あいつか……かもしれんな」

 ジルクニフは顔を歪める。それもそのはず……ジルクニフは彼女を脳内嫌いな女ランキングの1位にしているのだから。

「どちらにせよ、王国は死に体です。もはやうっちゃることは不可能ですからなぁ……」

 すでに王国は名ばかりとなり大半の都市は帝国領となっている。それも、帝国軍の損失を全く出すことなく。何しろ都市からの帰順声明によるものがほとんどなのだから血は流れない。

 

 エ・ランテルの変により、エ・ランテル、エレエブルが帝国領になり、そこからじわじわと国土は広がっていった。

 都市が靡く前に起きるのは、村や街の離反である。わかりやすく例を出すと貧困に苦しんでいた2つの村……仮にA村とB村とする。ある日を境にA村が食糧難から解放された上に重税がなくなったと、B村の住人が知る。当然その理由を探ると、帝国領になったという。

 B村は、自分達もそうなりたいと願い、A村と同様に帝国へ帰順を申し出る。それが伝播していき、村から村、はたまた街へ。街からまた街へそして都市へ。

 帝国は何もしていないのにも関わらず、善政により拡大が止まらなくなる。そういうことなのだ。

 

「心を攻めるは上策、攻めるよりも出迎えさせること最上策か。ダンディの言葉通りになったな」

「それだけ王国は詰んでいたのです。あとはきっかけがあればよかったのですなぁ」

 ジルクニフの策でも数年で崩壊したであろうが、それを年単位で縮めたのが須永の策だった。

「それが食糧難か」

「ええ。人は実際に食べものがなくなるよりも、なくなる過程において不安になり、原因があるなら不満に思うものですからな」

「なるほどな。やはり食糧の流通や備蓄には気をつけねばならんな。特に新しい領土は備蓄が少ないからな」

 ジルクニフは頭の中でさまざな計算をしている。

「ですな。働き手が少ないのも問題です。帝プロの予備軍から数人ずつ各村に派遣し警備と農地の開発に力を入れましょうか?」

「彼らはそれを受け入れてくれるかな? 何しろレスラーになりたくて集まったやつらだぞ」

 ジルクニフにしては優しすぎる内容だった。

「おや、陛下らしくもない言葉ですな。彼らは命令であれば受け入れますし、そもそも農地の開発というのは体幹を鍛えるトレーニングにもなります。なんなら、重りを入れた服でも着せればさらに効果的です。結果的に彼らの力は増し、リングに近づくことになるでしょう。また私もそのように申し伝えるつもりでいますし、きっと力になってくれるはずですぞ」

「ふっ……私らしくないか。プロレスに肩入れしすぎて彼らを思ってしまうとはな。鮮血帝ともあろうものがな……」

 ジルクニフは肩を竦める。

「ま、私は今の陛下の方が好きですがね。そうそう、実際すでにライオネス・エンリの出身地であるカルネ村には4人ほど派遣してあります。先日彼らには会いましたが、逞しさを増していましたぞ」

「実験済みとはらしいな……。ダンディ、お前それ以外にもう一つ考えがあるだろう? 彼らにプロレスを教えさせるという考え。もしくは広めさせると言うべきか」

 ジルクニフは読めているぞ、という顔をしながら、須永の顔を見る。

「さすがは陛下ですな、バレていましたか。彼らには現地でスパーリングなどをしてもらい、それを見た村人たちにプロレスとはこういうものであるというものを、まぁ少しでも広げてもらえればと思っております」

 須永は屈託ない笑顔を見せる。

「策士だな。ダンディ、話は変わるがランポッサをどうしてくれようか……」

「陛下はすでにご決断されていますよね? 」

 ジルクニフは無言で頷き続きを促す。

「私は陛下のお考え通りに生かし、不満のぶつけ先にしておくのがよいかと思いますが」

「自国領における不満のぶつけ先、そして不穏分子のまとめ先だな?」

「ええ。恐らく裏も動くでしょうし、あえてそうすべきかと」

「ふむ。一領主に任じ王都召し上げか。あの都市にはあまり魅力は感じんが……」

 ジルクニフにとって王都はただの古びた都市という印象がある。

「王都をタダの田舎にするも、あちら側の中心都市にするのも陛下次第ですぞ」

「とりあえず傘下に入ったら、旧都興行だな」

「気が早い話ですな。まあ、若手も育ってきてますので、面白くはなるでしょうな」

「ああ。しばらくは内政に追われるし、心のケアのためにも帝プロには働いてもらう。サテライトチームも投入かな」

 帝プロの未来は、帝国の繁栄とともにある。須永はジルクニフとともにその道を歩んでいく。

 

 

 






誤字報告ありがとうございます。
いつも助かります。

1つだけ。私はラリアットなどで 首をかる と表現していますが、漢字は狩るの方にしています。首狩りを元にした表現なのです。漢字って難しい……。

なお、次回もオーバーロードな回になります。
第4章の折り返しとなる第52話 会談
ランポッサが再び登場予定です。



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第52話 会談

「では、そのように。安心したまえ貴殿の命を奪うつもりはない。なにしろ同じバハルス帝国の同朋となったのだからな」

「感謝いたします」

 こうしてジルクニフとランポッサのトップ会談により、リ・エスティーゼ王国は、地図からその国名が消滅することに決まった。

 旧都はひとまずジルクニフの直轄地となり、信頼厚い内政官と一軍団が派遣されることになる。

 またザナックが後継者と決められた旧王家は、旧ペスペア領の一部に押し込められることになる。立地としては、レエブン領とエ・ランテルに挟まれ睨みをきかされる場所だ。領土も小さくもはや王家復興の目はない。

 プロレスで例えるなら老舗メジャー団体のメインイベンターから、ローカル団体の前座要員に格下げといったところか。かなりの格落ち感は否めない。まあ現役であるだけマシというレベルだろうか。

 

「聞いた話によると後継のザナック殿はなかなか優秀とか」

 帝国側が唯一警戒していたのはザナックへの早期王位継承だったが、ランポッサが決断を下せないうちに現在の状況になっている。

「武は兄に劣りますが、治世者としては期待しておりましてな……」

 ランポッサは父親の顔になる。本音では、見た目はともかく中身が優秀なザナックを後継にしたかったのだ。

「それは重畳。これからは武よりも政が重要となるからな」

「富国……ですか」

「そういうことだ」

 ジルクニフとランポッサの会談は実に穏やかなものだった。ジルクニフは度量を見せ受け入れるだけで良かったし、ランポッサは既に家を存続させるだけでよいと覚悟を決めており場が荒れる要素はなかった。もはや両者は穏やかに話す以外の立場になかったのである。

 

「ザナック殿で思い出したが、卿のご息女はどうなされているかな?」

 これは差し出せという意味ではない、ただ単に話の流れで聞いてみただけである。使える駒なら手にいれるつもりではいるが。

「上の娘は婿のペスペアとともに、こちらの国でお世話になっているはずですが」

「ああペスペアか。一度会っていたな」

 ジルクニフのペスペアに対する評価は決して悪くはない。まあ、ただ悪くはないというだけであるが。使い道はありそうなので、今は元々の帝国領の一部を代官として任せている。なお旧ペスペア領は分割され、前述の通り旧王家の封地となることが決まっている。

「2番目は未だ嫁入り前。何かいいお話があれば幸いなのですが」

 ランポッサが気にかけているのは2番目の娘の嫁ぎ先である。候補はいくつかあったのだが、今のこの情勢である、全ての話は消えてしまった。逆を言えば、嫁ぎ先の家を失うという目に遭わずにすんだということでもあるが。

「気にかけておくようにしよう。確か……美しいという話は聞いている。よい話もあるであろう」

 無論、今や王女としての価値はない。だからこそ逆に良い話になるのかもしれない。ジルクニフは配下の血筋のあまりよくないものたちの中から優秀なものにハクをつけてやろうと考えている。なお脳内では独身のダンディ須永も候補に上げられている。

 

「ありがとうございます。陛下」

「確か末のは急に嫁いだとか……駆け落ち同然と聞いたぞ?」

 ジルクニフはニヤっと笑う。いくつもの意味を込めた笑みだった。

「おっしゃる通りです。急に護衛のクライムと共にウロヴァーナ辺境伯領へ行き、伯の跡目をクライムがついだとか」

「ふむ。純粋な姫の想いに、伯が応えたのではないかな? 姫はきっと想いを遂げたのであろうなぁ……ならばそっとしておいてやるのがよいだろう」

 ジルクニフは優しげな声でそう言ってやった。邪魔をするなよという意味を込めているが、ランポッサは気づかないだろう。

「そうですな、そうさせていただきます。娘の幸せを祈るのみです」

 穏やかな表情のランポッサ。それを見たジルクニフは哀れに思った。

(まさかその娘が裏切っていたとは思いもしないであろうよ。哀れなことだな……あれは恐ろしい娘だ。私は邪魔されないのであればそれでいい。彼女の望みは叶えてやった。それで十分だろう)

 ウロヴァーナ辺境伯の領土は海が近く、実は帝国に近い。圧力は簡単にかけられた。その結果が伯の交代とラナーの駆け落ちである。

 

「話は変わるが、ランポッサ殿は、プロレスを観たことはお有りかな?」

 わかりきったことを聞く。もちろん答えはわかっているのだが。

「いや、我がく……いやかつての王国にはそのようなものはなかったですからな」

 ランポッサは喉を通過するかつての王国という言葉が苦く感じられていた。

「では、せっかくの機会だ。一緒に観戦するとしよう。我々の誇る帝国プロレスをね。今後の楽しみにするとよいさ」

 今後のとは、老後の……ということなのだが。

 

 

 





次回 第53話 観戦

帝国プロレスの興行に招かれたランポッサがみたものとは……。

「ランポッサⅢ世よ、よーく見ておけ。これがプロレスだ!」


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第53話 観戦

 会談から10日ほど過ぎた休日の午後……ジルクニフは貴賓室にランポッサを伴って現われ、戸惑いながらも物珍しそうに闘技場内を見回しているランポッサの様子を眺めている。

「こ、これは凄い熱気……だ」

 ただ部屋にいるだけなのに観客の熱気が渦巻いていることがわかる。

「そうであろう。だが、まだ試合は始まっていないぞ。始まればもっと熱くなる」

 ジルクニフはまだまだこれからだよと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 

 

 第1試合 15分1本勝負 ~New Soul マッチ~

 

 帝国プロレスでは、新人がデビューする時は、このNew Soulマッチという表現を使うことになっている。

 

「ますは青コーナーより、ミスターBO……バルブロ選手の入場です」

 アナウンスと同時に大ブーイングが飛ぶ。これは第1試合に出る選手のブーイング量ではない。

「ば、バルブロ……生きていたのか」

 驚き、腰を浮かせて、窓から身を乗り出すランポッサ。エ・ランテルの変で捕虜となって以来その名を聞くことはなかったし、先日の会談でもバルブロのことを聞けないまま終わっていた。そう、ランポッサは怖かったのだ。バルブロがもう生きてはいないと知ることが。

 

「……無論だ。意外かもしれないが、私は無益な殺生は好まないんだよ」

 かつて大量の粛清を行い"鮮血帝"の名で知られたジルクニフにそういわれても、ランポッサは言葉通りには受け取れないでいた。

 

「バルブロ王子は王の器ではなかったんだが、意外な1つの才能に恵まれていてね。私はその才を買ったのさ」

 ジルクニフは頬杖をつきながらニヤリと笑う。

「才能……?」

「見ていればわかるさ」

 入場してきたバルブロはブーイングの中を平然と、時には悪態をつきながら進んでゆく。頭髪はなく綺麗に剃りあげ、無精髭を生やしている。上半身は黒のリストバンドのみを装着し、下は膝丈までの黒いタイツにシューズという新人レスラーなみの出で立ちである。以前より体は引き締まり、精悍さを感じさせる。スキンヘッドに強面、さらには体も大きく意外にもリング映えする。武を売りにしていたことだけはある……のかもしれない。

 

「なんだこら! おい、貴様らっ! この俺様を誰だと思ってるんだ!!」

 リングにあがっても止まぬブーイングにバルブロはブチ切れる。

「バカ王子だろー!」

「いや、元バカ王子だよ!」

「ちげーよ。バカはそのままだから、バカ元王子だな」

「愚物ー!」

 エ・ランテルの変において、ジルクニフが彼を評した愚物という言葉は帝国の民に広く浸透していた。

 

「バルブロ……」

 ランポッサはブーイングを飛ばされ、罵声を浴びせられる我が子を哀れに思う。生きていたことは嬉しいが、この扱いはひどいのではとジルクニフを見る。

「……ランポッサどの、周りに流されてはいけないな。今のバルブロを見るべきだ」

 ジルクニフは優しい声で諭す。全てを見通すような瞳でランポッサを見ながら……。

「今のバルブロ……」

 ランポッサは周りの声をシャットダウンして、バルブロだけを見、バルブロの声だけを聞いた。

「……なるほど」

 バルブロは怒声を発しているが、本気で怒っているわけではなく、楽しんでいる。観客とのやり取りを、そしてブーイングを浴びることを。

「彼はね、王子という虚像から救い出されたのさ。こうでなければいけない、ああしなければいけないというプレッシャーからね」

 ちなみにキャッチコピーのBOは、"武闘派王子"の略らしいが、観客のほとんどは、バカ王子あるいは、ブーイングのBOだと思っている。

「なんで、俺様が青なんだ!」

 青コーナーであることをバルブロは怒る。

 

「赤コーナーより、本日デビュー戦ライオネス・エンリ選手の入場です」

 金髪の幼さを残す少女が、獅子を模した肩当を左肩につけ、上下揃いの青い武闘着を纏い花道に姿を現した。傍らには、赤いセパレートタイプの武闘着に虎を模した肩当を身につけたタイガー・ジェット・ティが見守るように寄り添う。これはそのうちタッグも組むよという意思表示であろうか。

 

 緊張した面持ちでリング下まで来たエンリ。緊張からか足が動かない。

「どうしたおい、小娘。上がってこんか!」

 弱そうなものには強いのがバルブロである。強面の顔で睨みつける。迫力はなかなかのものだ。

「どうしたおい? おい! おい! おい!!」

 強気すぎるバルブロにブーイングが飛ぶ。

「うるせえ! ……おい、小娘っ! この帝国プロレスのリングは覚悟なきものが上がる場所じゃない。覚悟なきものは帰れ!」

 どことなく聞き覚えのあることをいう。

「……命のやり取りをする覚悟があるのであれば、上がってみな。ここはそう言う場所なのだっ!」

 このセリフに対し、観客がヒートする。

「お前がいうか、馬鹿王子!」

「てめえも、エ・ランテルで腰抜けだっただろーが」

「うるさい。俺は覚悟を決めて今上がってるんだよ。気合いを入れてなっ!」

 バルブロはすっかり変わっていた。

「見せてやる、俺様の気合いを。いくぞー! 気合いだ! 気合いだ!! 気合いだ!!! ……気合いだーっ!!!!」

 バルブロはバルブロであってバルブロではない。今は覚悟を決めた1人のレスラー。ミスターBOバルブロである。

「どうした。小娘!」

 バルブロはもう一度恫喝する。

「おい、エンリっ!」

 振り向くエンリにティの平手打ちが飛ぶ。

 エンリの頬が紅葉に染まる。

「いったーっ! ティ姉様痛いんですけどっ!」

 エンリも全力の平手打ちをティに返す。

「おごっ……」

 その威力にティの体がぶれる。

「つー。エンリちゃんやるねー。それで、いい。お前ならやれる……ほれ、頑張ってこい」

 ティはエンリをぎゅっと抱きしめ、リングへと押し上げた。

「は、はいっ! 頑張ってきます」

 その瞳は輝き、足はしっかりとリングを踏みしめている。体のサイズでは負けているが存在感では負けていない。

 

 ライオネス・エンリのデビュー戦のゴングはまもなく鳴らされる。






エンリのデビューは誰にしようかなと悩みましたが、アンケートで人気キャラ相手に意外な奮闘を見せたバルブロになりました。遊び心で入れてましたが、彼の復活は頭になかったですね。


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第54話 デビュー

 カアーン! 

 試合開始を告げるゴングがレフェリーの指示で打ち鳴らされた。いよいよ、ライオネス・エンリのデビューである。まだ数少ない女子選手の登場に期待感が高まる。

「いけっ、ライオネス!」

「バルブロをやっちまえ!」

「いけいけエンリ!」

 デビュー戦の新人エンリに声援が集中する。勝手に悪役になってくれるバルブロ相手ということもあるが、エンリはコアなファンには顔が売れている。デビュー前から売店に立ち、礼儀正しく対応しており、その素朴さと可愛らしさで人気があった。

 

「おら、こいや小娘っ!」

 バルブロは威嚇するが、エンリはすでにその顔に慣れてきていた。

「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかなっ。バルブロさん、いきますよー……せやっ!」

 エンリの体が揺れたかと思ったら、いきなり右に側転してバルブロの視界から消える。着地と同時に反転しバルブロの死角から蹴りを繰り出す。

「とおおっ!」

「グアッ……」

 強烈なオーバーヘッドキックがバルブロの左頬を蹴り抜き、一撃で大柄なバルブロがリングに倒れてしまう。

「おおおっ!」

 本日デビューの新人女子レスラーの破壊力ある一撃に観客がどよめく。

「ば、バルブロ……」

 貴賓室のランポッサは腰を浮かせた。やはり息子は心配だった。

「まだ大丈夫だ」

 見慣れているジルクニフは冷静な判断を下していた。エンリの蹴りの威力は知っているが、バルブロも伊達に帝プロに上がっていない。キャラだけで上がれるほど、甘いリングではないのだ。因縁のある須永の指導を受け、それをものにしリングに上がっている。王子時代ならこの一撃でノックアウトされたかもしれないが、今なら耐えられる……はずだ。

 

「なかなかやるな、小娘!」

 バルブロは起き上がると怒りの表情で右のビッグシューズ! エンリの顔面を足裏で思いっきり蹴り抜く。通常はビッグブーツと呼ばれるが、バルブロルはブーツを履いてないのでビッグシューズである。それにしても、デビュー戦の女子レスラーに対して顔面蹴りがファーストコンタクトとは……やはりバルブロはヒールだった。

「ヌンっ!」

 それを気合いで受けたエンリは、1歩も引かずに仁王立ち。隙だらけのバルブロの胸元に右手で強烈な胸張り手! 

 バッチーン! といい音がし、バルブロの白さが残る肌に真っ赤な紅葉の花が咲く。

「ずああああっ……」

 両手で胸元を押さえ、呻くバルブロ。

「もう1回いきますよー!」

 野球のピッチングのようなフォームで右手を振り上げ勢いをつけて振り下ろす。

「ずああああっ……」

「いきますよー」

 今度は左の太ももを張り手する。

「ぬぐっ……」

 ジンジンと体の芯に響く。やや前かがみになったところでガシッとバルブロの首がエンリの左脇に抱え込まれる。

「いきます。ブレーンバスター!」

 バルブロのタイツを右手で引っ張りながらグイッと、軽々とバルプロを持ち上げそのまま頂点で停止。

「おおっ!」

 少女が大柄な男を軽々と持ち上げただけでなく、そのままキープすることに観客はどよめく。そのまま10秒ほど静止してから投げ落とした。

「がふっ」

 受け身のタイミングを外され、背中を強打したバルブロは、背中をおさえながらうつ伏せにダウン。

「まだ寝るのははやいですよー。うんしょっと!」

 倒れたバルブロをひょいと肩に担ぎあげる。最近帝プロで流行りのファイアーマンズキャリーの体勢だ。

「おおおっ!」

 観客の期待値が高まる。そう、プロレスは慣れてくるとクラッチ……技の入りの型だけで盛り上がるものだ。

 ちなみに須永はこのファイアーマンズキャリーの体勢から回転するエアプレーンスピンを、武王は横になりながら落とすデスバレーボムを披露している。では、エンリはどうするのか。

「く、おのれえええ」

 一方のバルブロにとってはトラウマのある技の入りだ。そう須永に……いや、軍団長ロビーにエアプレーンスピンからの"王家の失墜"を食らっているのだから。

 

「水甕クラッシャー!」

 エンリが見せた技は、担いだまま後方に倒れ込むバックフリップだ。

 彼女が村で水を入れた甕を担いでいるときに足を滑らせたというエピソードから生まれた技である。

「フォール」

 エンリはそのままブリッジしてホールドする。

「ワン! トゥー! ……スリー!」

 なんと、3つ入ってしまった。

「え、ええっ!?」

 ビックリして素に戻るエンリ。

「おねーちゃんすごーい、すごーい!」

 客席から見守っていた妹が飛び跳ねて喜んでいるのとは真逆の反応だった。

 

「さて、ランポッサ殿出番ですよ。ついてきたまえ」

「は、はあ?」

 ランポッサはわけが分からないうちに巻き込まれていく。

 

「ライオネス・エンリよ。見事じゃないか」

 まさかまさかの第1試合から皇帝降臨に観客席がわく。

「ありがとう諸君。私がジルクニフだ。ちょっと今日は簡略化させてもらったよ。さて、エンリ」

「は、はいっ!」

 ピンと背中が伸びる。

「そんなに固くなるな。まあわからなくないがね。まずはデビューおめでとう。君の今後の活躍を期待するよ」

「ありがとうございます!」

「固いなぁ……そして、バルブロ!」

「なんだっ」

 痛みを堪えて顔を顰めているのか、はたまた精一杯の抵抗なのか、バルブロは吠える。

「……無様だな」

 皇帝の一言にどっと笑いがおきる。

「それだけか! わざわざ出てくんな」

 憮然としながら、噛み付く。これがリング上じゃなければ不敬罪で処罰の対象だろう。

「1つだけ君に用があるのさ。君に紹介したい人がいる。ランポッサⅢ世だ」

 ランポッサが戸惑いながらバルコニーに姿を現す。

「おいおいランポッサって王国王?」

「マジ?」

「本物かよ?」

 帝国プロレスには色々な人間が現れるが、最初からいたジルクニフは別として王国王など普通にありえない。

「なっ……父上……」

 バルブロの動揺をみて、本物と観客達は判断する。そして理解した。帝国が王国を平定したのだと。

「紹介しよう。本日の大物ゲスト……リ・エスティーゼ王国のかつての支配者ランポッサⅢ世だ。どうだい? ビビったかい? たじろいだかい?」

 ザワザワする客席の反応を楽しむジルクニフ。ランポッサをこの場に引き摺りだすことで、王国はもうないのだと改めて皆に知らしめる。エンターテインメントの中に上手く混ぜ込む巧みさはジルクニフの得意技となっている。

「さあ、ランポッサ殿。ミスターBOバルブロに一言いってやれ」

 4騎士のニンブルがそっとマイクを手渡す。

「私がランポッサである。……おおバルブロよ……負けてしまうとは情けない……」

 心からの嘆きであった。

 



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第55話 準決勝

 準決勝第1試合。本来第2試合と発表されていた武王ゴ・ギンVSリューが先におこなわれている。

 ウォートロールの武王とリザードマンのリューによるシングルマッチ。種族を問わない帝国プロレスならではのマッチメイクだ。そういえば、元々いたリザードマンのゼンに、最近仲間入りした……ハムスタ。種族はジャイアントジャンガリアンハムスター? の4人で異種族タッグマッチもできるようになっているような。

 さて、武王は前回と同じ黒のワンショルダー。リューも同じく変わっていないが、白い鉢巻のようなものをしている。話によればファンからの差し入れらしいのだが。

 

「くそ、何というタフさだ。これだけ攻めているというのにまるで効いていない。これが武王か……だが俺は諦めん」

 リューは、チョップや蹴りといった打撃を繰り出し続けるが、それを武王はあえて受け続ける。以前の武王にはなかった受けの概念。いかに受けて受けまくった上で勝つか、自分の特徴を活かすことを考えた武王の戦法である。須永相手でもなければ回復力もあり、簡単には倒すことは出来ないだろう。それだけの身体能力をもつ、それが武王だ。

 

「もっと強く、もっと強くだ!」

 武王はリューに檄を飛ばす。もっと打ってこい、もっと強く打ってこいと熱く熱く檄を飛ばす。

「行くぜっ武王! これが俺の必殺技だ! くらえ、"斬撃チョップ"!」

 武技を込めた渾身の右の袈裟斬りチョップ! 武王の体が浮き上がり、コーナーポストにまで叩きつけられる。

 強烈な一撃に、武王の体が傷つき、シューという音ともに煙のようなものをあげている。

「そう、これだよこれ俺が求めていたものはこれだったんだ、いい一撃だ」

 傷ついた体は自動的に修復されていく、これがトロールの回復能力である。みるみるうちに傷は塞がり、武王の闘気も回復していく。

「……なんて奴だ、これが闘技場の主……武王の力なのか。やはり真っ向勝負では俺に分はなないか……」

 これが闘技場の試合であれば、はっきり言って勝負はついている。しかし、これはプロレスの試合だ。力だけが勝敗を左右する訳ではないし、受けだけでもない。プロレスは3つカウントを取ればいいのである。それもどのような手段でも構わない、丸め込めでも投げ飛ばすもよし。なんなら3カウントとらず場外で20カウント稼ぐのもあり。それもまたプロレスだ。

 

「立てコラ!」

 武王の腕を引っ張って引き起こす。

「うおおらあっ!」

 巨体を逆一本背負いで投げ飛ばし、そのまま体を預けてフォールするが、カウントは2。まだ余裕で返された。

 

「計算済みだっての」

 武王の両足を掴み、4の字に組むと前方回転してブリッジしてフォール。"4の字ジャックナイフ固め"と呼ばれた返しにくいフォール技だ。

「ワン、トゥ……スリ」

 カウント2.99でフォールを返す。これは武王の腕力を褒めるべきだろう。技は完璧で並の相手なら3つとって決まっていた。

 

「今のは危なかった」

 武王は無造作に片膝をついて立ち上がろうとする。

「逃さん!」

 リューが走る。

閃光掌底(シャイニングフィンガー)!」

 武王の左太腿を右足で踏みつけカチ上げるような左掌底!! 

「おごっ……ぶあっ!」

 掌底の後に回転させた尻尾で追撃。これは種族の利点を活かしたもので、ローリングテールという名称がついている。そのまま体を浴びせてフォール! するもカウントは2.8。

「しぶとい! ならばこれだっ!」

 ジャンプして武王の両肩に乗ると両足で頭を挟み込み、クルリと後方へ回転。武王の股を潜り足をとって丸め込む。リューの隠し技(とっておき)の"ウラカンラナ"が決まった。

 

「ワン、トゥ……スリ」

 これをもカウント2.9で武王は返してみせた。

「なんだとっ?」

 しかし、リューは素早く次に移る。エプロンサイドに立つと、トップロープに飛び乗りスワンダイブで飛んだ。先程と同じように武王の肩に乗りもう一度ウラカン! 秘密兵器……超大技の"ウルトラ・ウラカンラナ"である。

「グヌネッ!」

 武王はそれを堪え、リューの体が宙ぶらりんになってしまった。

「元祖パワーボム!」

 武王は力でリューを持ち上げ、ズドンと真下に突き刺した。

「ぐうっ」

 危険な角度での叩きつけに観客は戦慄する。

「ワン……トゥ……スリー!」

 そのまま3つ入ってしまった。

 

「只今の試合は、14分37秒、14分37秒、元祖パワーボムにより、勝者武王ゴ・ギン!」

 武王が決勝進出を決めたが、笑顔はない。今日はもうひと試合残っているのだから当然だろう。

 



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第56話 疑惑のマスクマン

 

 先に入場したタイガー・ジェット・ティはビキニアーマー風のコスチュームを着用しており、ボディラインがハッキリと分かる。多くの男性ファンはティに釘付けだった。それを意識しているのかどうかはわからないが、彼女は色っぽくロープにしなだれかかりながら対戦相手を待っている。セコンドには妹のライオネス・エンリがつき、帝国プロレスの公式シャツと、運動用ズボン姿で姉を見守っている。

 

「おい、水」

「はい、姉様」

 すかさず水の入った瓶を手渡す。動きに澱みはなく、機敏な動きだった。水と言われた時にはすでに手に持っていたのだから、思考を先読みしていたのだろう。ティとエンリの間には強固な絆があるような気がする。

 ティは満足げに頷き、乱暴に瓶を放る。エンリがキャッチすると信じて。……実際には地面すれすれのところで、なんとかダイビングキャッチしたのだが。

 

 

「続きまして、超神・ジーニアス・カイザー選手の入場です」

 タラララン! タラララン! と、テンポのよいイントロが流れ、手拍子しやすいリズムの曲が流れる。気待ちが昂るヴォーカルに乗って、ジーニアス・カイザーが花道に姿を見せた。

 いつものように真紅のマントを靡かせ、金銀の色をふんだんに使ったマスク。そして今日はタイツこそ金銀だが、上半身はむき出しだった。やや褐色気味の肌にムッキムキの筋肉ボディ……やたらとパワーがありそうなカイザーがそこにいた。……いやカイザーなのか? 

 観客も異変に気づきザワザワしている。いつものカイザーは、繊細さを感じさせる貴公子なのだが、今日は力強さを醸し出す筋肉ボディのファイターである。どうみても……別人に見えた。

 

「おいおいおいおい? ちょっとまて! 誰だ、お前?」

 リングインしたところで、ティがマイクでアピールする。

(おんや~そういえば、この前もこんな展開じゃなかったっけ?)

 実はその通りである。演出側として見た場合、マイクの扱いはティが一番上手いのだ。アクターとしての際立つ才を見せる須永や皇帝を除けばの話だが。

 

「私は、超神・じ、ジーニアス・カイザー……だな……だったかな」

 カイザーは低い声で、不安げに答える。いつもの繊細な感じはまるでなく、近くでみても明らかにゴツい。

「せめて自信持って答えろよ……だからお前誰だよ? 明らかに私が……いや、お客さんが知ってるカイザーじゃないだろ!」

「そうだそうだ!」

 観客の声がティの指摘を後押しする。

「わ、私は超神・ジーニアス・カイザーだ……」

「歯切れわるいなぁ……どうみても明らかに別人なんですけど。だいたいマスクから見える髪、いつもは金髪なのに黒髪じゃん。中身違うよね? いつものカイザーよりもだいぶ逞しい……し」

 細かいツッコミをガンガンいれるティは、クルリと貴賓室の方へ向き直る。

 

「おい、皇帝! ……出てこいやっ!!」

 セリフをパクった上で、なんと皇帝を呼び出すという前代未聞のパフォーマンスをみせた。

「おいおい、それは私の専売だよ。勝手に使ってはいけないな」

 ジルクニフが姿を現す。

「そんなことはどうでもいいけどぉー。コイツ誰だよ?」

「どうでもよくはないぞ? 大事なことだからもう1度言ってやるが、そのセリフは私の専売なんだ。勝手に使うんじゃない」

「いやいや、今大事なのは……出てこいや! の話じゃないのよ。わかる? 大事なのはこれが誰か? ってことなの」

 しれっと話に混ぜた上にしっかりとイントネーションを真似するところがティらしさだ。

「……また使ってるし。給料から使用料引くぞ?」

「セコいよ、ジルクニフ……」

「こら、名前で呼ぶんじゃない! 陛下と呼べ陛下と」

「へいへい……か」

 明らかにおちょくっているが、ジルクニフは無視することにした。

「話を元に戻す。彼が誰かって? 何を言っているのやら。彼は超神・ジーニアス・カイザーだよ。なぁ?」

 リング上のゴツいカイザーは腕組みしながら、そうだと頷く。

「いやいや。絶対違うだろ?」

「仕方ないな。では、彼はパワーアップしたんだよ。超神・ジーニアス・カイザー・グレートだ。それでいいだろ。早く試合を始めたまえ」

 ジルクニフはそう言って引っ込んでしまった。

「あ、おいっ! まだ話は終わってないんですけどぉ? ねえ、こんなのあり? トーナメントなんですけど」

「決まったんだから頑張ってくださいな」

 今日は試合がないダンディ須永は解説席に座っていたが、一言そう告げた。

「このようなファンタジーなところもプロレスの魅力なんですよ」

 第一人者がそう片付けてしまえばそこまでである。

 

 準決勝第2試合は、タイガー・ジェット・ティVS超神・ジーニアス・カイザー・グレートという組み合わせでまもなくゴング。



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第57話 疑惑のマスクマン2

 準決勝第2試合 タイガー・ジェット・ティ VS 超神・ジーニアス・カイザー・グレート

 

 やたらとムッキムキになったカイザー。彼はパワーアップして超神・ジーニアス・カイザー・グレートになったらしい。ギミックとしてそう設定され、帝国プロレスを管理するツートップに認定された以上は受け入れるしかない。

「頑張れ、頑張れグレート!」

「俺もパワーアップしてグレートになりたいや」

「僕が先だよー。頑張って、グレート!」

 甲高い声援が飛ぶ。まず、真っ先に受け入れたのは、カイザーファンの子供たちだった。彼らにとってカイザーは英雄(ヒーロー)だ。ピンチになればなるほど力を発揮するカイザーは、彼らを常に勇気づけている。

 

「チッ、やるしかないのか」

「そういうことだ」

「あんたが誰だかは知らないけど、このリングに立つ意味を知ってて、覚悟はできているってことだよねぇ?」

 ティは最後に大事なことを確認する。

「ああ。俺はいつも覚悟を持って戦場に立ってきた。それはこのリングという場所でも変わることはない。俺は超神・ジーニアス・カイザー・グレートとして、タイガー・ジェット・ティ殿との一騎討ちを望む」

「ははっ……なんか、レインに似て堅いねぇ。まあそういうの嫌いじゃないよー」

 ティは対峙している疑惑のマスクマンに好感を持つ。武人という言葉がピッタリなこの男に。

 

「エンリ、この試合しっかりとみておきな」

「は、はい。姉様」

 エンリはその言葉の意味を理解する。姉は相手を強敵とみて、凄い試合になるかもしれないから、見逃すな。そしていつかはこれを超えてみろと言いたいのだろうと。

 

 試合開始のゴングが鳴る。

 

「様子見なんかしないよ」

 いきなり右足でマットを蹴り高速で突っ込むティ。グレートもそれに反応する。

「らあああっ!」

 ティは易々と懐に飛び込むと、右の正拳突き! 

「ぬんおおおおっ!」

 それをグレートは分厚い大胸筋でこともなげに跳ね返す。

「なにいっ?」

「お返しだああ」

 ブンと大振りな、打ち下ろしの右拳が唸りを上げる。

「なめるなああっ!」

 ティはそれをあえて受け、微動だにしない。

「な、なんだとおっ……」

「御生憎様。その程度のしょっぱい打撃には慣れてるんだよっ!」

 左足の裏でカイザー・グレートの顔面を打ち抜くトラースキック。グレートの体が大きく仰け反る。ティは側転して右へ移動し、反動をつけたオーバーヘッドキック! エンリと同じ技だが、しなやかさスピード……そしてパワーが段違いだった。

「おごっ……」

 顎を蹴り飛ばされ、グレートの膝がガクガクとなる。

「そらっ!」

 ティは跳躍し肘を落とす。

「甘いわっ!」

 その体を空中で掴み、グレートはそのまま急角度のバックドロップ! 

「がっ……」

 しかし、ティもただやられることはなく、受け身と同時にくるりと丸め込みフォールへ持っていく。

「なんとおっ!」

 カウント2.5ではね返し、そしてすかさず右肘を落とす。

「うぐっ……でもねっ?」

 ティはその腕を掴み腕ひしぎ逆十字固めに取る。

「させんっ!」

 さっと手をロックし、腕ひしぎをブロックしつつ体勢を修正。体を入れ替えて上になるとぐいっと腕力で持ち上げ、グレートは勢いよく頭からマットへ叩きつける。

「いたっ。なかなかやるじゃん」

 ティは技を解いておらずそのまま両足でグレートの頚動脈を締め付ける三角絞めに移行する。

「ぬぐっ……なんというテクニック……これが帝国プロレス……か」

 堪えつつ、一気に持ち上げてジャンプ。空中でティの頭を両足で挟み込み、尻餅をつきつつ豪快に後頭部を叩きつけた。以前ジルクニフが、襲撃者に繰り出したエンペラーボムと同型の技だが豪快さで上回る。ジルクニフが、ズバン!なら、グレートは、ズッダーン! ズズン!という感じだろうか。

 

「これがカイザーボム!」

「がふっ……」

「フォール!」

 呻くティをそのまま押さえ込むが、なんとカウント1が入る前に弾き飛ばされた! 

「な、なんとっ?」

「だから言ったよねー。なかなかやるよーだけど、その程度は慣れてるんだよ。確かに今までのカイザーと比べたらお前はグレートだよ。段違いのパワーさ。でもね……それはあくまでもカイザーと比べての話なのさ。このリングには、あんたのパワーを上回るやつがゴロゴロしている」

 かなりの猛攻だったはずだが、ティはケロリとしている。

「なるほどな。俺は井の中の蛙だったというわけか……ふっ……王国が負けるわけだな」

「おんやあ? 帝国の人じゃなかったのかなー」

 ティはおどけつつ、今のやりとりでグレートの正体を確信した。

(なるほどねー。スナっちゃん達も苦労してんなぁ……。ま、私としては楽しめればいいんだけどー)

 実際ティはこの試合を楽しんでいる。未知の強者との戦いを。

「……俺は、超神・ジーニアス・カイザー・グレートだ。この帝国プロレスの人間だよ」

 これは合格点の切り返しと言えるだろう。

「さて、両者準備体操は終わったようですな」

 解説席に座る須永は、ここまでの戦いをそう表現した。そう……まだまだ試合は始まったばかりなのだ。

 

 

 

 





この話はスピード感を重視した書き方なので、細かい描写を省いてみました。


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第58話 テクニシャン

「ま、いいけどねー。私のきょーみは中身じゃなく、あんたがどんな戦いをしてくれるかだからさ……ほんじゃぁ、ボチボチ真面目にいくよー」

 この言葉にグレートの顔が若干引き攣ったのをティは見逃さない。

(ふーん、向こうは結構本気だったんだなー。まあ、パワーアップしたとかいう設定はどうであれ、コイツはこれがデビュー戦なんだから当たり前かなー。正体は、間違いなくあの男だろーね。いくら強いと言われていてもやっぱりプロレスは特別なんだよ。私もスナっちゃんにボコボコにされたし、あの武王だってやっぱり苦労してるもんねー)

 そう、プロレスは甘くない。相手をただ倒すだけの格闘技とはまったく違うのだ。独特な受けの要素や、観客への魅せ方、打撃関節飛びに投げ。あらゆる要素が必要になるから、いくら他の下地があっても順応するのは簡単なことではない。これは実際にティ自身が乗り越えてきた道程だった。剣を極めていたレイン、モンクとしての格闘術の下地があるゼンだって何もせずに今のパフォーマンスを発揮できたわけではない。

 

「ほんじゃ、ちょっとだけよ」

 ティは初公開のウインクをしてみせる。グレートには特に効果はなかったが、観客の数人いや数十人はハートを持っていかれた。

 

「とおっ!」

 助走無しでその場飛びのドロップキック。両足でグレートの胸板をぶち抜き、クルリと後方一回転して着地すると間髪をいれずもう一度とぶ。

「ぬおおおおっ」

 ぐっと胸筋に力を入れて受けようとするグレート。しかし、ティの両足は無防備な顔面を蹴り飛ばし、後方一回転に2回転捻りまで加えて着地。さらにバク転を2回決めて距離をとる。軽やかすぎる動きだった。

「ぐふっ……」

 ティの真面目なドロップキックの威力でロープにまで飛ばされるグレート。跳ね返ってくるところへ、助走をつけたティがまたドロップキック。ガードを上げ顔面を守るグレートを嘲笑うかのように低空飛行し左膝をズバンと打ち抜いた。

「ぐああっ……」

 ティはそのまま呻くグレートの体の下を通り抜け、今度は右足を後ろから捕獲。足を折りたたんで横に回り込みながら、軽々と持ち上げてジャンプする。そのままグレートの右膝をリングへと叩きつけた。

「ぐああああああっ!」

 グレートは右膝を抱えながら、のたうち回る。マスクの下の顔が苦悶しているのが離れている場所からもわかる。

「これ、なかなか効くでしょー。スナっちゃんに私もやられたからね」

 などと笑顔で話しながら、強烈なストンピングで左膝をガンガン踏みつける。

「うぐあああっ……」

 そう、こちらは最初に低空ドロップキックで打ち抜かれたダメージがある。右ばかりかばっていられず、咄嗟に左膝をカバーしてしまうが、それを見逃すティではない。

「よっと!」

 その場飛びのフットスタンプ! 両足で右膝を踏みつけ、ヒョイッと軽やかにまた飛び上がると今度は腹部、左膝、腹部、右膝と連続で踏みつけていく。しかも満面の笑みで楽しそうに踏んでいく。軽やかに飛び、強烈に踏みつけ、そしてまた飛ぶ。

「ほんじゃ、ワンツースリーといこっかな」

 右膝から飛び上がったティは左腕を踏む。

「ぐあっ!」

「次、ツー!」

 今度は右腕! 

「スリー!」

 最後はなんと顔面を踏みつけ、痛みで跳ね上がったグレートの両足を掴んでエビに固める。

「ワンッ! トゥ! ス」

 カウント2.8でグレートが右肩をあげて返す。

 

「ふーん、まだ元気なんだねー。もう1回する?」

 艶めかしくそういうと、グレートの上げた右腕をとらえ、"くの字"にして二の腕と手首を脚で挟み込むとあっという間にキーロックをきめた。パワー重視のグレートをテクニックで翻弄してみせる。

「アグッ……」

「ふふ……そろそろイきそう? いいよーギブアップしちゃっても?」

 キーロックの入りは完璧だった。一見地味な基本技だが、痛くない関節技などないし、決まりがよければダメージは強力だ。決まり手になることが少なかったのは、基本技だと思われているからギブアップ出来ないだけのことだ。

 

「諦めるかあああっ!」

 技を決められたままグレートは起き上がり、ティをそのまま持ち上げ、ドンッと後頭部からパワーボムで叩きつけた。

「うっ……」

 ティは技を離さない。

「ぬうおおおおおおおっ!」

 もう一度ボムで叩きつけ、今度は頭上高く持ち上げて、試合前半でも出したエンペラーボムの同型……を高角度から繰り出す。凄い音を立て、ティの体がマットに叩きつけられた。

「きゃん」

 可愛い悲鳴をあげてティが転がる。

「うぐっ……くおっ……」

 無理をした代償は大きく、グレートの右腕は力をなく垂れ下がっていた。

 

 



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第59話 高揚感

「なかなかやるじゃん」

 跳ね起きたティはダメージを感じさせない口調であり、事実その足取りは軽やかだった。

「な……馬鹿な……」

「最初に言ったよねー。その程度は慣れてるんだよ。でもぉ、私じゃなければ今ので決まってもおかしくないよー。いい技だよねー」

 ティはコキッっと首を鳴らす。ダメージは軽微に見えるし、余裕の色は消えていない。

「ふっ……仕方ないか。私ももう少し真面目になるしかないようだ」

「おんやあ? 私の真似ですか。いいよーかかっておいで」

 手招きをしてかかって来いと促す。

「では、いくぞっ!」

 グレートは両手で剣を構えるようなポーズをとり、ゆっくりと正眼に構える。闘気がグレートの体を包み、体が1回り大きくなったような錯覚を覚える。そして……空気が変わる……まるで戦場のど真ん中にいるようなオーラを感じ取り、場内の緊張感が一気に跳ね上がる。

 場内にいる誰もがグレートを見つめ、彼の動きを待つ。彼が何をするのか、どうするのかを皆が注視しているのだ。

 ふーっと息を吐き出したグレートは、大きく息を吸い込みそれを一気に吐き出すような気合いの入った声を出す。

「 "四光連斬"!」

 グレートの腕が残像が残る速さで煌めき、一瞬で4発のダブルチョップが首筋と胸元に炸裂した。あまりの速さに衝撃音がズレてきこえてくる。

 

「ぐはっ……」

 ティは左膝から崩れ、がくりと片膝をついてしまった。これは帝国プロレスでは危険なサイン。各選手一つは膝を踏み台にして放つ技……いわゆるシャイニング系の技を持っている。カイザーは蹴りを見舞うシャイニングカイザーなる技を使うが、グレートはどうか。

「ぬうおおおおおおおっ!」

 グレードはあえてその膝を踏み台にすることはなかった。素早く距離を詰め顔面に向かって思いっきり前蹴りをぶち込む。

「あだっ」

 派手さのない無骨な一撃。逆に受けのタイミングを外されたティはダメージを受けたようだ。

「行くぞぉぉっ!」

 グレートはティの喉笛に向かってチョップを叩き込み、更にもう一度チョップを打ち込む。そして間を置かずにこぶしをグッと握ると思いっきりグーパンチを顔面に叩き込んだ。さらに喉笛にチョップ、グーパンチそして喉笛にチョップ。グーパンチと喉へのチョップを交互に繰り出し続ける。

「おい、グレート、ノーだ。パンチは反則だ、グーはやめろっ!」

 レフェリーの制止を無視してグレートはさらに連続してチョップとグーパンチを連打し続ける、それを受け続けるティ。

「そんなもんかよ!」

 ティが左手で喉笛チョップを打ち返し、グレートの動きが止まった。

「いいかい、チョップってのは力で打つもんじゃないんだよ、気持ちが大事なんだよ……こんな風にね」

 明らかに体格ではグレートに軍配が上がるが、ティのチョップの方が威力が上だった。重い……グレートより遥かに重い一撃……須永が語っていたように気持ちを乗せたチョップは力を超え、技を超える。

 

「これが本当のチョップなんだよ」

 ティの右腕で放つ逆水平がグレートの胸板をぶち破る……そんな破裂音を響かせる。

「グアオッ……」

 たった一撃で仰向けに倒れるグレート。

「カウント」

 短くそういうとグレートの右足をとって片エビに固める。

「ぬあーっ!」

 ギリギリ、カウント2.9でクリアする。

「へえ。頑張るじゃん」

「ティ殿……私はまだ折れていないぞ」

 真っ赤に染まる胸元を右手で押さえながら、ゆっくりとグレートは立ち上がる。

「グレート頑張れー!」

 試合開始後初めて子供の声援が飛んだ。これがきっかけとなり、初めてのグレートコールも飛び出す。

「グレート! グレート!」

 子供達は認めたのだ。いつものカイザーとは違うパワーアップしたカイザー・グレートもヒーローだと。試合前は受け入れただけで、まだ認めてはいなかったのだろう。

 

「ふふっ……いいものだな」

「声援がかい? ふん、気持ちいいだろ」

「いや、声援もそうだが、プロレスがだ。今まで立って来たどんな戦場とも違う高揚感がある」

 グレートの弱っていた闘志の炎が再び燃え上がっているのをティは感じ取っていた。

「言いたいことはわかるよー。私もね、それが楽しくてここにいるんだから」

 2人は同じような笑みを浮かべる。強者との対決……それを楽しんでいるのだろう。

(長居する気なんてなかったもんねー。ちょっと面白そうなやつがいるから、ちょっかいかけてみただけだったのにさ)

 ティにとっての誤算は、須永が強すぎたことではなく、プロレスが面白すぎて、楽しすぎたことだった。

 

「じゃあ、そろそろ決着つけよっか」

「望むところだ」

 2人は距離をとり、円を描くように時計回りに動き出す。

 

 

 





次回決着


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第60話 フィニッシュ

「ぬんっ!」

「せいっ!」

 同時に組みにいくが、上手くポジションをとったのは、グレートだった。ティを首相撲でつかまえると膝蹴りを連打して頭を下げさせ、そのまま脇に抱えると、後方にドンッ! と倒れてティの頭をリングへと打ちつける。

「今のはDDTですな……」

 解説席の須永が聞きなれぬ技名を口にする。DDTはポピュラーな技であったが、何故か今までの帝国プロレスには使い手がいない。 受けのタイミングに慣れてないティのダメージは軽くはなかった。しかも、グレートはその体勢のままティを抱えて立ち上がり、もう1発さらにエグい角度、ティを頭頂部からリングへと串刺しにする。

 

「ぐ……」

「決めにいくぞっ!」

 グレートは初めて客席に対してアピールしてみせた。

「グレート! グレート!」

 それを大グレートコールが後押しする。観客の期待はグレート勝利へと傾いたのか。

 左手でマスクをつかんで起こすと、右腕をふるい叩きつけるようなラリアット! 

「がっ……」

 しかしティは堪え倒れない。 やはりラリアットに対しては耐性が出来ているのだろう。威力もフォームも色々だが、経験値があるのは大きな財産だ。

 

「やるじゃんっ! なら私もっ! 斧爆弾(アックスボンバー)!」

 初公開となるティのアックスボンバーは、須永とは違って下顎を打ち抜くような軌道で放たれた。

「ぐっ……ぬうおおおおおおお!」

 これは意地で耐えるが、関節技で痛めつけられていた膝はガクガクと揺れている。

「もらいっ!」

 ティは足をとるべく低い体勢でタックルに入ったのだが、それをサッとかわされ腹部を掴まれ仰向けに担ぎあげられた。膝が揺れていたのはブラフだったのだろうか。

「ぎぎっ……ぐっ」

 グレートの左肩を起点にティの背中が折り曲げられ、上下に揺さぶられる。揺さぶられる度にティの顔が歪み呻き声が漏れる。

「ほう……カナディアンバックブリーカーですな」

 バックブリーカーとは背骨折りという意味合いで、いくつかの種類がある。そのうちの一つがこれだった。

「ティ、ギブアップするか?」

「ノーに決まってるだろうがっ……ぐぎぎぎっ……」

 ティはレフェリーの呼びかけを拒否しこれを耐える。グレートは、その後もしばらく揺らし続けていたが、やがて決まらないと判断しもう一つの技へ移行する。

「くらええええええっ!」

 バックブリーカーの体勢から前に落とし、この試合何度か見せているパワーボムで叩きつける。この技の名称はサンダーファイヤーパワーボム……彼はボムにこだわりを持っているのか。

「くあっ!」

 ティはカウント2.8でブリッジして跳ね返す。

「ならばっ!」

 もう一度カナディアンバックブリーカーの体勢に持ち上げ直すとジャンプして膝から着地しつつ、サンダーファイヤーの形で叩きつけ直す。先ほどより高さがあり、叩きつける角度がエグい。これはサムライボムと呼ばれる形だが、本人は狙ったわけではなく威力を高めようとしただけだった。

「くうっ……」

 これはなんとかカウント2.9で返す。

「もう一度だ」

 もう1回持ち上げようとするがこれはティが上手く切り返し、前屈みにさせたグレートの両腕を逆羽交い締めのように決めて、一気に持ち上げた。

「タイガードライバー!」

 落下させながら両手を離して叩きつけ、そのままエビに固める。

「ワンッ! トゥ! スリッ」

 カウント2.98というところで、ギリギリ返す。

「ちぇーとっておきだったのに決まらないかー」

 初公開の大技で決めたかったのだろう。セリフは気軽な口調だが、顔には残念な気待ちがわかりやすく浮かんでいる。

「今度はこっちの番だっ!」

 またもや肩まで担ぎあげる。

「これでフィニッシュだ!」

 担ぎあげたまま、助走を1、2、3とつけてグレートは一気にティを叩きつけ……るはずだった。

「甘いよねー……」

 くるりと超高速ウラカンラナで丸め込む。

「ワンッ! トゥ! スリ」

 これをカウント2.9で右肩をあげて返す

「んふふ……まだ元気だねえ」

 はね上げた右腕を素早くとらえると、腕ひしぎ逆十字をきめる。

「ぐうっ……」

 必死に体をバタつかせてロープへと逃げるグレート。ロープに近い右足を伸ばすが……。

「大人しくしてなよー」

 その足もまとめて極められてしまう。

「これがダブル・ジェット・ロックだよー」

 この世界では、ティのオリジナルホールドとなるダブルジェットロック……須永のいた世界での名は……ドリカン・ニーサレンダーと呼ばれる技だった。相手を降伏させるという意味があるらしい。

 

「ぐあああああああああああっ!」

 元々痛めつけられていた右腕と右膝が完璧にきめられてしまった。

「ぐあああああああああ……」

 悲鳴に力をがなくなり……そしてグレートはタップアウト……ギブアップを宣言した。

 

「楽しかったよ、グレート」

 手を貸してグレートを起こす。

「こちらこそだ」

「あんたなかなかやるね……」

 ティはグイッとグレートに近づきなにごとか耳元で囁く……。

「じゃあまたね、グレート。次どんな形で会うかはわからないけどさ。再戦楽しみにしてるわ」

 ティは投げキッスのサービスを残し、花道へと消えた。

 



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第61話 電光石火で鐘は鳴る





 トーナメント決勝戦 タイガー・ジェット・ティ VS武王ゴ ・ギン

 

 二人ともこの試合が、この日の二試合目となるが、ダメージの蓄積やスタミナの消費を心配する必要はなかった。

 須永のいたリアル世界においては一日二試合というのは影響が大きかったのだが、この世界において連戦をするということは、実はあまりハンデにならないし影響も少なかった。

 これはなぜかと言うと魔法で回復することができたり、回復ポーションなるものがある。つまり前の試合のダメージは回復ができるし、スタミナも回復することは可能なのだ。それを使わないというルールでない限り二人とも万全の状態で二試合目を戦うことが出来る。それがこの試合の……いやこの世界のプロレスの面白いところである。

 

 万全の二人が相見えるこの試合、それも団体のトップの一角を占める二人である。30分を超えるような、長時間にわたる好試合を皆が期待していたのだが、この試合は意外な決着を迎えることになる。

 

 

「只今の試合は、1分12秒……1分12秒…………勝者タイガー・ジェット・ティ」

 挑戦権を手に入れたティも敗れた武王も、そして観客達も皆が呆気にとられていた、まさかまさかの秒殺決着である。

 

 ではそのプロセスを最初から見てみよう。

 

 

 ◇◇◇

 

「いくよ、武王」

「こい! 」

 両者は握手を交わすと距離をとる。

 カアン! 試合開始のゴングが鳴る。しばらく睨み合って様子を見る二人。緊張感が漂う。そして、先に動いたのはやはり、ティだった。

 

「とあああっ!」

 ティは自分の力を試すかのようにドロップキック! 武王の胸板を撃ち抜くがダメージはなく、それを簡単に跳ね返す。

「やっぱりねー、簡単には効かないか。でももう分かったから大丈夫、何とかしてみせるよ!」

 ハムスタほど硬くはないが、それでも、人間の皮膚よりは遥かに分厚く硬い。打撃攻撃はやはり避けるべきだろう……ティはそう考えた。

「と言っても、関節もやりいくいしー。それならちょっと考えさせてもらうよ……」

 などと言いながらティはさっと飛び上がる、そして両足で武王の頭を挟みくるっと後方に回転する。準決勝の最後に見せた超高速ウラカンラナをいきなり決める。

 

「くおっ!」

 なんとカウントは2.9。危うく3カウントが入るところだった。

「あらま。意外とおしかったねー。ほんじゃあ、こんなのはどう?」

 武王が起き上がる前に足をとり、足をT字のように組ませてブリッジしてエビに固める。リューが見せた4の字ジャックナイフの変形、ティタイムジャック。

 

「ワンッ! トゥ!」

 必死に返そうと藻掻く武王をティはフルパワーで押さえている。

「スリー!」

 そしてそのまま3カウントが入ってしまった。

 

「只今の試合は、1分12秒……1分12秒、ティタイムジャックにより、勝者タイガー・ジェット・ティ! タイガー・ジェット・ティ選手は、トーナメント優勝となりますので、タイトルマッチの挑戦権獲得となります」

 

「入っちゃったの?」

 ティのこの声に、よからぬ想像をした数名が卒倒。観客席が騒ぎになっていたことには触れないでおこう。

 

「スリーだよ」

 レフェリーのトニー・カンが3つを示しながらいい、呆然とするティを立たせるとその腕を上げ勝利をアピールさせた。

「やられたな……」

 ダメージのない武王はすっと立ち上がり、ドスンとティの肩に手を置いた。

「おめでとう。お前が優勝だ……プロレスは奥深いなぁ」

 武王は豪快に笑う。

「いや、今日は負けた。……今日はな。タイガー・ジェット・ティ……俺に勝ったんだ……タイトルマッチも必ず勝てよ。そしたら俺が最初にお前がとったそのベルトに挑戦してやるからな!」

 武王はそう言い残し、静かにリングを去っていった。残されたティはその言葉を噛み締める。

 

「よっしゃー勝ったぞ! 私が優勝だ。次のタイトルマッチ……この私、タイガー・ジェット・ティ様が、必ずあのダンディ須永のクソ野郎をぶっ倒してやる! いいか、ダンディ須永が一番じゃない! このティ様が一番なんだよ。それをよく覚えておくんだね。じゃあまた会おうねー。GOOD LUCKだよー」

 ティはエンリを引き連れリングを後にする。万雷の拍手が彼女を包こむ。

 

 挑戦者決定トーナメント優勝は、タイガー・ジェット・ティ。

 これによりタイトルマッチの対戦カードは、タイガー・ジェット・ティ VS ダンディ須永の頂上決戦とあいなった。

 

 ゲートへと消える前にエンリと抱き合い、そして迎えに出てきたガガーランともハグをかわし、ゲートへと消えた。

 

「あれ、私の出番がなくなったぞ」

 あまりに早い決着にスタンバイが間に合わず、出るタイミングをジルクニフは完全に失ってしまった。

 

 






第4章はあと3話、ひと試合を残すのみ。
プロレス比重の高い章でしたが、ラストマッチもお付き合いいただければ幸いです。




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第62話 タイトルマッチ

 ダンディ須永VSタイガー・ジェット・ティ。

 いよいよ迎えるタイトルマッチ……観客はいつも以上に溢れ、ついに闘技場のフィールド内に帝都興行では初となるリングサイド席が設けられた。もちろん安全に配慮すべくリングからの距離は、須永がいた世界のものよりも遠く設定されている。それでもやはり、リングサイド席は臨場感がある位置に設置された。最前列はリングから10メートル。須永とティの身体能力をもってすれば、正直言ってゼロメートルに近いだろう。

 

 先に入場したのはティ。いつもの赤を基調としたコスチュームではなく、白をベースに赤をアクセントに使った……本人曰くピュアバージョンとのこと。タイトルマッチへの純粋な気持ちを込めたものらしい。

 

「姉様、いよいよですね」

 エプロンサイドに上がったエンリが、ティに声をかける。だが、ティは軽く頷くだけで声を発することはなかった。明らかにティらしくない。 ……そう、彼女は緊張していたのである。普段ここまで緊張している彼女を見ることはない。それだけこの戦いにおける思いが溢れているということだろうし、初のベルトをかけたタイトルマッチという言葉にプレッシャーを受けていたのだろう。

 

「姉様?」

 反応のない姉の様子をエンリは窺う。

「姉様!」

「ああん?」

 エンリが強い口調で声をかけると、ようやくティが振り向いた。そこにすかさずエンリの強烈な右張り手が唸りをあげて襲いかかり、パァーンという炸裂音が響き渡った。

「痛てー。おまっ……なにすんのさ!」

 びっくりしたティは、反射的にエンリを張り返した。そう、これはエンリのデビュー戦におけるやり取りの再現だった……ただし立場は逆に入れ替わっているが。

「それでいいんです。姉様」

 エンリはロープ越しに姉をギュッと抱きしめる。この一連の行動はエンリに出来る最大の贈り物だった。言葉では伝わらないとみて、力技に出て、姉ティの緊張を解してしっかりと実力を発揮させる。そのための闘魂注入張り手であったが、効果はてきめん。簡単に緊張がとけ普段のティに戻っている。

(これなら行ける。姉様しっかりね)

 エンリは姉の変化に満足気に頷きリング下へと降りた。

「ったく、妹に喝いれられるとは思わなかったなー。エンリちゃん成長したねー」

「当然です。姉様の妹ですから!」

 エンリは胸を張って堂々としている。

「でも、痛いんですけどー。もうちょい加減しなよー。めちゃくちゃ痛いんですけどーぉ?」

「ご、ごめんなさい姉様」

「ふふ。冗談だよ。とにかくベルトとったらエンリとやらないとねー」

 これは半分はリップサービスだが、もう半分は本気だった。ただの村娘のはずが、異様なスピードでエンリは成長をしている。ティとしては将来的にはライバルになるだろうと予想していたのだ。

「はい。私もベルト欲しくなってきましたから、負けませんよ」

 エンリはとびっきりの笑顔である。

「言ってくれるねー。んで、スナっちゃんはいつまで待たせんのかなー。こんないい女待たせるなんてサイテーだよねー?」

 問いかけられたエンリは苦笑せざるをえない。男女の仲など気にしたことのない彼女には答えるすべがないのだ。

 

「お待たせしましたな」

 須永はなんとバルコニーに登場。今日は、薄い紫のロングパンタロンに、袖なしの白いガウンをまとっている。

「ちょ、そんなところで、何やってんの! 」

「プロレスの入場ですぞ?」

 当たり前の答えだった。

「そりゃそうだろーけどー。どうやって入場するのよ?」

「こうやってですよ。とおっ!」

 須永はバルコニーから飛ぶ。貴賓室は飛行(フライ)を使わないと届かない高さにあるのだが、須永は気にせずにバルコニーからリング目掛けて飛んだ。

 途中でライダーキックのように前方に一回転してみせると、スタッと赤コーナーのポスト上に着地し、右手で天を指差した。

「赤コーナー、ダンディ・ドラゴン……ダンディ~すな~が~!」

 派手過ぎる入場に呆気にとられていた場内は、このアナウンスで我に返り大歓声で須永を迎えた。

 

「うっわ~無駄に派手だねえ……スナっちゃん」

「久しぶりの帝都での試合ですからな」

 実は須永はトーナメントの影響で前回大会では試合が組まれてなかった。帝国プロレスは主役(エース)抜きでも成り立つまでに成長したということだろうか。

「もースナっちゃん抜きでもやれるからねー。大人しくこのティ様にベルトよこしなよー」

「お断りします。そんなこといってると秒殺しますよ?」

「やれるもんならやってみな! このタイガー・ジェット・ティ様はそんなに甘くねえんだよっ!」

 吠えるティに対して須永は僅かに笑みを浮かべることで返した。

 

 

 

 

 



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第63話 ヒロイン

 タイトルマッチ宣言などを挟み、試合開始のゴングが鳴る。

 

「はっ!」

 試合開始と同時に須永が動く。いつも以上のスピードで接近し、組みに来たティの腕をかいくぐり、いきなりファイアーマンズキャリーの体勢で担ぎ上げた。

「行きますぞ!」

 そのまま回転し、エアプレーンスピンの体勢に入る。

「こんなもん外して……きゃぁぁぁああっ……」

 回転するごとにスピードが増して行き、須永は担いだまま飛び上がってみせる。まるで竜巻のようにごぉぉぉーっという音とともにコーナートップへ着地。そこから横に倒れ込みながらティを頭から突き刺す雪崩式デスバレーボム! 

 

「フォール」

 レフェリーのトニー・カンが飛び込みカウントをとる。

「ワンッ! トゥ! スリ」

 カウント2.99……ギリギリでティが返す。

「さすがですな。決めるつもりでしたが」

「さ、させネって……甘くないっていったろっ!」

 ここからはティタイムとばかりに突っ込もうとするティだったが、足がもつれて倒れてしまう。

「ちっきしょっ!」

 わななく足に拳を叩きつけ、膝をついて立ち上がろうとするが、須永がここを見逃すわけがない。

「勝機……見逃すわけには行きませんぞ……閃光不死鳥弾(シャイニングフェニックス)!」

 両手を広げ、膝を踏み台にして須永は膝を叩きつけた。

「甘いんだよ」

 それをガードし、蹴り足をキャッチするとそのまま膝をリングへと叩きつける。

「おらあっ!」

 二度、三度と叩きつけてから4の字固め! 須永の機動力を奪いにかかる。

「ぐっ……」

「へへん。どーだぁ!」

 須永の流れを食い止めたティはしてやったりという顔をしている。

「よっ!」

 しかし、須永は簡単にうつ伏せにひっくり返す。一般に4の字固めはひっくり返されると技をかけていた側が痛くなるという。なお、噂では自分が痛くならないかけ方もあるらしいのだが、須永はそれを誰にも教えてはいない……つまりこれはティの方が痛い。そういう状況である。

「あぁぁぁっ……」

「どうしました? 元気がないようですが」

「クソがっ……」

 懸命にひっくり返してやり返そうとするが、釘にでも打たれているかのようにビクともしない。

「う、動かない……あぁぁぁっ……」

 だんだんと足の感覚がなくなっていく、それがティの心に恐怖を与える。それでももがいて前進しようと試みるが、先程と同様に、やはり動くことができない。

「くそっ……」

 そして完全に足の感覚がなくなったところで、仰向けに担ぎ上げられた。いつ技を解かれたのかわからないうちに。

「ぐっぎっぎっぎ……」

 今度は背骨が軋む。先日超神・ジーニアス・カイザー・グレートが出したのはカナディアンバックブリーカーだったが、須永が繰り出したこれはアルゼンチンバックブリーカー。だが、100レベルの膂力を誇る須永が繰り出すこれは別の名称で呼ぶべきかもしれないが。

「ぐぎぎっ……」

 柔軟性のあるティでもさすがに厳しい。最初から攻めに回る須永の激しい攻撃にティはギブアップ寸前だった。

「姉様! まだ終わってませんよっ!」

 エプロンを両手でバンバン叩きながら、エンリが声を張り上げる。

「やり返してください、姉様っ!」

「らしくねーぜ。まだ諦めるのははえーんじゃないか?」

 いつの間にかエンリの横にガガーランが並ぶ。

「そうだ。お前は俺たちの代表なんだからな」

「そうだぜぇ。そんなに簡単に諦められたら困るんだよ」

「まあ、そういうことだな」

 ゼンにリュー、レイン……トーナメントに参加したメンバーが次々に青コーナー側に集結し、ティに励ましの言葉を送る。

「お前のタイトルに俺が挑戦するんだからなナ」

「俺もそのつもりだ」

 武王に、グレート。ほぼ勢揃いとなる。

「某は師匠につくでござるが、ティ殿も頑張って欲しいでござるよ」

 立場的にティにつけないハムスタは、申し訳なさそうにそう告げた。

「お前ら……」

 ティの瞳に光るものが浮かぶ。そして、ティを後押しする観客の声援が場内からわきあがった。

「いけータイガー!」

「まけんなジェット!」

「ティちゃんの強さみせたれやー」

 観客の支持は完全にティに傾いた。須永を応援する声はほとんど聞こえない、いや全く聞こえなくなっていた。

「やれやれ、これは完全に悪者(ヒール)ですな。……ラスボスを倒そうとする勇者がティであり、私がラスボスってとこですかねぇ。ならば、魔王の役目果たしてみせましょうかね……バーニングハンマー!」

 須永はデスバレーボムの要領でアルゼンチンバックブリーカーを決めたままのティを頭からマットに叩きつける。

「ぐへっ!」

 観客の期待を断ち切るような強烈な一撃だ。ティの首がぐにゃりと曲がり、そのダメージを表していた。

「ワンッ! トゥ!」

「返せっ!」

「まだ終われないっ!」

 カウント2.9で返す。

 

「まだだよ、まだ。私は勝つ!! 須永覚悟しとけよっ!」

 ナチュラルヒールと呼ばれた彼女は今やスーパーヒロインと化していた。観客は皆彼女の勝利を期待し、打倒ダンディ須永を見たいと願っていた。

 それに対する須永は自らが魔王(ラスボス)という立場を求められていることに気づき、そのポジションで対応することを決める。

「私は負けませんぞ。そうですな……いくらでも希望を抱いてかかってくるがよいでしょう。悪いですが。私が与えるのは貴女の勝利という希望ではない。そう……敗北という。絶望です」

 

 須永はそう言い放ち、纏う雰囲気を一変させた。

 

 

 

 





次回が第4章最終話です。

何故か今話が3回投稿されてしまいました。
予約画面だと1つだけだったのですが。
申し訳ない。


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第64話 王者

最長の24話編成となりました第4章最終話です。





 タイガー・ジェット・ティとダンディ須永のタイトルマッチ。もはや須永が観客の声援を受けることはなく、観客の期待を一身に受けたティが攻勢に回ることになる。

 とはいえ、序盤に受けたダメージは大きく、特に足を痛めつけられたことにより、自慢の機動力を失ったティにとっては決め手がない。蹴りは言うにおよばす、エルボーやチョップなどの打撃攻撃も踏ん張りがきかずに軽くなるし、得意としている飛び技を繰り出すことも、素早い突進もできない。仕方なくなんとか組み合って活路を見出そうと色々と技を仕掛けていくが、その全てをしっかりと受け止めた上で須永は返している。

 

「タイガードライバー!」

 準決勝で披露した新技タイガードライバーを決めたが、これを須永はカウント2で簡単に跳ね返す。

「こんなもんですかな?」

 須永は同じようにロックするとそのまま軽々とコーナーに飛び上がり、雪崩式のタイガードライバーでお返しする。

(こうやって、ひとつ上を行くのもラスボスらしさ……なのかな? 主人公より強力な技をだしてくる印象あったけど……)

「ぐうっっ……」

 須永はあえてカウントをとりにいかない。呻き声を上げるティを仁王立ちになって見下ろし、ダウンカウントが入るのを待つ。

「負けるなっ!」

「立てっ!」

 観客はティへ願いをこめた声援を送り続ける。

(まあ、こんなことしてたらヘイト溜まるよなぁ……。ダンディ須永は完全なるベビーフェイスなんだけど、トーナメントをずっと見てたらティに肩入れしたくなるのはわかるし……)

 ティはカウント8で立ち上がり、カウント9でファイティングポーズをとってくる。

「なかなかしぶといですな……」

「私は勝つんだよ、須永ぁっ!」

 ティは力を振り絞り、素早く須永に組み付くと、ボディスラムの体勢で持ち上げた。

「ぐっくうっ……」

 呻いているのはティ……足が小刻みに震え膝がガクガクしており、また須永を持ち上げた両腕も限界に近いのがみて取れる。

「姉様っ!」

「ティ!」

 妹と戦友の声が飛び、ティの足の震えはとまる。

「きめろ、ティ!」

「いつものように華麗にっ!」

 客席からの声援で膝が安定。腕にも力が戻った。プロレスラーにとって声援とは力そのものだ。

「これでも、くらええええっ! ライトニングタイガーボム!」

 力を振り絞るように声を出したティは、ジャンプし、脳天からマットへと突き刺した。受け身のとれない危険な角度で繰り出した技は……ライトニングタイガーボム。本来の名は……ノーザンライトボムという。かつてデンジャラスな女王(クイーン)が開発した危険すぎる一撃。ティがこの技にたどり着いたのも偶然ではないのだろう。

 

「もういっちょいくぞー!」

 一発で仕留められるほど甘くないと判断し、二発目を繰り出す! 

「フォール!」

 ティは片エビで必死に押さえる。

「スリッ」

 カウント2.98 あと1歩だった。

「このやろー!」

 ティは須永の髪を掴んでひきおこし、コーナーへと叩きつけると、そのまま一気に須永をポスト上にかつぎ上げる。

 

「きめるぞおおおぉぉぉ!」

 首をかききるポーズを決め、ティは全ての想いを込めて叫んだ。

「いっけぇぇぇぇぇぇぇえ!」

 観客と戦友達が叫ぶ。

「うおおおおぉっ!」

 ティが繰り出したのは、雪崩式ライトニングタイガーボムだった。なるべくダメージを出そうと、高く飛んで須永の脳天からリングへと叩きつけ……いや、リングへと突き刺した。

「ぐへっ……」

 大の字になって倒れた須永へ、倒れこむように体を預けてフォールする。

 

「OK、フォール!」

 トニー・カンレフェリーが躍動感たっぷりにマットを叩く。

「ワンッ!」

 観客も一体になってカウントを唱和する。

「トゥ!」

 須永はまだ動かない。

「返すでござる!」

「返せっ!」

 やはり須永に負けて欲しくないという勢力は一定以上おり、ここでようやく声が飛んだ。

「スリッ」

 カウント2.99……須永はブリッジで返し……ただけではなく、ブリッジでティを跳ねあげた。

「希望から絶望ですよ、ティ……」

「なっ……」

 最後の力を振り絞っていたティはもはや抵抗出来ない。二度、三度とブリッジで跳ねあげる度に高さが増していく。

 三度目でコーナーより高く跳ねあげると、それを追ってジャンプし、空中でティの背後を取るとフルネルソン! つまり羽交い締めにすると、旋回しながら後方に体を反らしていく。この体勢から出る技はこれしかない。

「ダンディドラゴン・スープレックス!」

 須永の必殺の一撃が決まり、ティはゆっくりと崩れ落ちた。

「姉様っ!」

「立て、ティ!」

 エンリや戦友達から声が飛ぶが、ティは反応しない。

「レフェリー、合図を」

 慌ててトニー・カンがティの状態を確認し、ゴングを要請。試合終了を告げるゴングが打ち鳴らされた。

 

「只今の試合は、ダンディドラゴンスープレックスにより、勝者ダンディ須永! これによりまして、初代王者はダンディ須永となります」

 アナウンスが流れる中、須永はティに歩みよると、彼女をそっと抱き上げた。

「エンリ、あれを」

「は、はいっ!」

 エンリは、青い液体の入った瓶を須永に手渡した。

「……本当に強くなりましたねぇ……」

 そう言いながらポーションをティに振りかける。

「あれ……スナっちゃん……ああ、私負けちゃったんだ……」

 ゆっくりと目を開いたティは、自分の状況を理解した。

「そうですな……試合には私が勝ちましたがね……」

 須永はそういって周りを見回す。ティの健闘を讃える歓声と拍手の渦だった。

「今日の主役は貴女ですよ」

 須永はそういうと運ばれてきたベルトを無造作に引っつかみ、ティの上にそっと置いた。

「スナっちゃん?」

「正式に渡すわけにはいきませんが、今日の貴女はみんなの王者(ピープルズチャンピオン)ですから」

「……ありがとう……でも次は取るからね」

 ティのベルト奪取宣言で、この大会は幕を閉じる。

 

 長い戦いにひとつの区切りがついた。もちろんこれが終わりではない。これは新たなストーリーのはじまりに過ぎないのだから。

 新たなる話の主役はこれまで通りにダンディ須永なのか、それともみんなの王者(ピープルズチャンピオン)タイガー・ジェット・ティなのか。はたまた実力をつけてきているライオネス・エンリや、グレートやガガーラン、武王といった実力者達なのだろうか。

 それはまだわからない。ただ一つ言えるのは帝国プロレスの白いリングは、次の試合を静かに待っている。いつでも彼らの戦いを受け止めるために。

 

 

 

 









第4章最終話までお読みいただきありがとうございました。

まるで最終回みたいな終わり方になりましたが、最終回ではないです。

リセットして、次の話は新たな気持ちで書こうということですね。





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第5章 変化
第65話 俺様の試合を見てえだろ!?


アンケートありがとうございました。






 

 

「どうした貴様ら! なんなんだその反応はよ。おい、俺様の勝ちだぞ!? もっと騒げ! 泣け! 喜べ! だいたい貴様らは俺様が活躍するところを、もっと見たいんじゃねえのかよ!」

 試合後のリングで1人吠えるバルバロ。普段からマイクでは強気の元王子なのだが、今日はいつも以上に強気だった。

 なにしろ帝国プロレスが独自に行った出口調査の結果、彼は"今後活躍して欲しいレスラー"部門でなんと、ななななんと、ベスト3に入ったのだ。それも人気者のタイガー・ジェット・ティ、ライオネス・エンリの姉妹と僅差で競り合うというまさかの展開だった。しかも最終結果はまさかまさかの2位タイである。エンリと同票とは……まったく予想外であり、調査委員会も頭を抱えていた。

 

「うーん、バルブロにどんな活躍を求めているのだろうな」

「強い王子ではないでしょうな」

「奴に強さが伴うとは思えん」

「うむむ……」

 

 ダンディ須永が対象から外れていたことを考えても、カイザーやレインといった人気どころ、武王やハムスタといった実力者をおさえてのベスト3だけにこれは価値がある。これで調子に乗らなければ、バルブロではない。さらに今の試合で無名の若手相手とはいえ、デビューしてから初めて3カウントを奪ったのものだから、輪をかけて調子に乗っていた。

 

「今日の俺様は最高に乗ってるぜ。なんならもうひと試合くらいしてやろうかっ!」

 ご覧の通り完全に調子に乗りまくっている。バルブロ()()()は止まらない。

「どうだ。お前らも、このバルブロ様の試合みたいよな!」

 見たいか見たくないかといえば、「予定よりひと試合増えるならお得だよな?」という理由でみたいと思う人が大半だろう。しかし、珍しく否定的な意見がでないことをバルブロは良い方向に解釈する。

 

「よーし、お前らの気持ちはよーくわかった。今日は特別にもうひと試合すっぞ! バルブロ様の試合見てえだろ!」

 ついに拍手が起きる。

「拍手がちいせえ。気合いを入れろ! もう一度だ。おい、このバルブロ様の……俺様の試合を見てえだろ!?」

 先程より大きな拍手に、バルブロは満足げに頷く。笑みを浮かべているのが不気味だった。

「そういうことだ。誰でもいい。かかって来やがれ。気合いで倒してやるぜっ!」

 バルブロはそうマイクで言い切った。

 本気で言っているのだろうが、彼は気づいていない。プロレスにおいてこのようなマイクパフォーマンスを行うと、大抵ロクな結果にならないものなのだ。知らないうちに自らフラグを立ててしまったバルブロ。こんな急な予定にないパフォーマンスに対し、バルブロの試合相手は……あらわれるのだろうか。出てこないならこないである意味美味しい展開ではあるのだが。

 

 

 

 ターラータッタッタッター ♪ ターラタッタッタッタン♪ 

 

「ドワーッ!」

 場内が一気にヒートアップする。このテーマ曲で入ってくるのはもちろんこの人しかいない。

「なっ……」

 動揺するバルブロをよそに、曲に合わせて手拍子がおき、そして……。

「ダーンディ! ダーンディ!」

 ダンディコールが自然発生する。これはもはや条件反射的なものではないだろうか。

 観客達は入場ゲートに注目しているが、誰も出てこない。では、貴賓室のバルコニーかとみるが、そこには誰もいない。

 

「あっ!」

 一人の観客が須永に気づく。それが伝播し皆がある一点をみつめる。

 須永が姿を見せたのは観客席の一番高いところだった。明るい紫のパンタロンに、今日は同じ色のタンクトップ。いつものように白いガウン姿だった。

 

「とあっ!」

 須永は、リングに向けてダイブ。くるくるくるくるくるくるっと前方回転して最後にバク宙まで決めて赤コーナーのコーナートップへと降り立った。

「赤コーナー、ダンディすな~が~!」

 大声援を受けながら、須永は横回転で、3回転してからリングへと着地し、両手を広げてアピールする。フィギュアスケートのジャンプを意識したパフォーマンスだろうが、この世界では誰も知らない。

 

「な、なんで出てきやがった」

「愚問ですな。バルブロ君がもうひと試合したいというから急いで準備してだな」

「いやいやいやいや、そうじゃない。なんでお前なんだよ」

 バルブロは青ざめつつもマイクは続ける。

「今日は試合が無かったからですな。さあ、はじめましょうか」

「コス持ってくんなよ……」

 ちなみに須永は早着替えの設定にリングコスチュームがあるため、一瞬で着替えることが出来てしまう。だからいつでも試合可能だった。

「特別試合5分一本勝負、はじめっ!」

 ゴングがなってしまう。

「さ、どれくらい持ちこたえられますかな?」

「くっ、このクソッタレがあっ!」

 バルブロが掴みかかる。

「よっと」

 須永はそれを回避し、バルブロの足を掴むとうつ伏せに担ぎあげる。

「うぐっ……動けん」

 がっちりロックされたバルブロはそのままエアープレンスピンで35回転させられ、天高く放り上げられた。

「では、これで終わりです。ダンディスペシャル!」

 須永は飛び上がると、真っ逆さまにおちてくるバルブロをパイルドライバーに決めて、リングへと叩きつけた。

「ぐへっ……」

 バルブロはそのまま意識を失い、試合終了を告げるゴングが鳴らされた。

「0分35秒、ダンディスペシャルにより勝者ダンディ須永!」

「まだまだですな」

 須永は活をいれてバルブロを蘇生させる。

「いでで……くそっ! 次はやられんぞっ! 1分は持ってやるっ!」

 志の低い……いや堅実な目標を立てるバルブロだった。そしてそのまま自力で歩いて去っていく。

「まあ、いくらでも相手はしてやりますが、思った以上にタフなんですな……ポーションを使ってないのに歩いて帰れますか……」

 バルブロの新たな可能性を須永は見出す。

「なるほど。思った以上の拾い物でしたか。プロレスはやはり奥が深い」

 バルブロの活躍はこれからも期待できてしまうかも……しれないようだ。

 

 






ミスターBOバルブロへの多数の投票ありがとうございます。

この話は、急遽追加させていただいたエピソードになります。バルブロの魅力が詰まった1話じゃないかなぁ。

本来の予定ですと、第3章にて消える運命だったバルブロ。前回のアンケートではネタ枠にも関わらず予想以上の投票をいただき、第4章にて生まれ変わって再登場。
今回のアンケートでも二位ですよ!? バルブロがアンケート二位になるなんて他にないでしょうね。無事に再々登場いたしました。

本当の新章1話は次回の話でしたが、やはりこの結果を反映しない訳にはいかないでしょうということで、この話になりました。

ミスターBO バルブロ の出番は今後どうなるでしょう。
新章もよろしくお願いします。


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第66話 新たなる流れ





 

 

 初代皇帝認定帝国プロレス王者となったダンディ須永は、武王、カイザーを相手に二度の防衛に成功。そして、ガガーランを相手に三度目の防衛に成功すると、その場でベルトを返上することを表明した。

 

「私はいくらでも防衛する自信がありますが、私がベルトを持っている限りはリング上の景色は変わりませんからな。私はこの帝国プロレスのリングをより活性化し、盛り上げていくためにベルトを一旦返上します」

 自分がベルトを保持するよりも、ほかの選手同士で競いあって高めあって欲しいという考えからの発表だった。

 

「チャンス到来!」

「渡す訳にはいかないな」

 ベルトは、挑戦者決定戦を制したタイガー・ジェット・ティと超神・ジーニアス・カイザーとの間で行われたが、ティが王者決定戦を制し、第二代目帝国プロレス王者となる。

「どうだ。この私が、帝国プロレスのチャンピオン! タイガー・ジェット・ティ様だっ!」

 なお、彼女は初代女王と呼ばれることもある。

 

 ベルトを戴冠したティは、タッグパートナーのレイン相手に防衛ロードをスタート。激戦の末、タイガードライバーで粘るレインを沈め初防衛に成功すると、レインとのタッグを解消することを宣言。

 

「レイン、あんたとは距離を置くわ。今までありがとうねー。悪いけど、これからはエンリと組むから。じゃあねー」

 同時に、正式にエンリとの姉妹タッグを結成することを表明し、タッグチーム名を"2000万クラッシャーガールズ"とした。意味はよくわからないが、なんだかすごく強そうな名前だ。

 

「私達が、このリングを支配する最強チームだよっ!」

「だな」

「はい。頑張りましょう!」

 そしてそれと並行して、ガガーランを加えたトリオでの活動をスタート。帝国プロレス史上初となるユニット、"帝国華激団"を結成する。華があり、激しい戦いで魅せるという意味を込めてとのことだ。

 このユニット誕生により、個人闘争だけではなくタッグやユニット闘争への流れがスタートし、それは徐々に加速していくことになる。

 

「ふざけるなよ? 見返してやるぜ。なあ?」

「ああ。やってやろうぜ」

「だな。おもいしらせてやるぜ!」

 ティとのタッグから解放されたレインは、リザードマンのゼン、リューとのユニット"武人無双"を結成。派手さはないが、堅実なファイトで、一定のファンを獲得する。

 

「ふっ。二人と組めば怖いものなしだ」

「ああ。俺たちの強さ見せてやろうゼ」

「その通りでござるな。このハムスタも力になるでござるよ」

 カイザーは武王、拳王とのユニット"帝王"を結成。人気・実力ともに兼ね備えた最強に近いユニットだ。

 さらに元々タッグ屋だった"オリエンタルエクスプレス"のスメラギ、カスミノも加えて、シングル、タッグ、6人タッグで激しいバトルを繰り広げていた。

 

 

「エンリ!」

「はい兄様!」

 リングに1人残ったリューをロープに振り、エンリとガガーランがそれぞれ別のロープへ走る。場外ではチャンピオンのティがレインを蹴り倒し、その上にゼンをタイガードライバーで叩きつけて、武人無双を分断していた。

「くらえええ!」

「行きます! クロスボンバー!」

 エンリの斧爆弾(アックスボンバー)とガガーランの戦斧爆弾(バトルアックスボンバー)がリューの首を挟み込むように決まり、リューは大きなダメージを受けて崩れ落ちた。

「フォール!」

 エンリが両腕で押さえてカバーする。

「ノー、ダブル」

 トニー・カンレフェリーは二人がかりの技だからとカウントを毅然と拒否。相変わらず強気なレフェリングをみせている。

 

「……なら、こうします!」

 仕方なくエンリは、倒れているリューをうつ伏せのまま軽々と担ぎあげる。

「おおっ!」

 エンリの必殺技がこのクラッチから出ることを熟知しているコアファン達がザワっとする。こういう光景をみると、「慣れてきましたな……」と須永なら思うところだろう。

 

「いきますよー! 水甕クラッシュ!」

 この体勢から前転して相手を打ちつけ、そのまま片足をつかんで背中を預ける。

「ワン! トゥ! ……スリー!」

 新技"水甕クラッシュ"でリューをフォールし、3カウントを奪ってみせた。

「勝っちゃった!」

 タッグとはいえ、実力者のリューから三つ奪ったのは事実だ。ちなみに、フィニッシュ技は、本来はカミカゼと呼ばれた技だが、エンリの水甕シリーズNo2として名前を変更されている。なお非常に紛らわしいが、No1は水甕クラッシャーという名称だ。

 

「やったじゃないか」

 ガガーランとハイタッチを交わす。彼女もエンリを妹のように可愛がっており、エンリも兄様と呼んで慕っている。男扱いというよりも、カッコイイからという意味合いでありガガーランは悪く思っていないようだ。

 

「クソッ、この俺が……」

 拳をマットに叩きつけてくやしがるリューの肩にポンとレインが手を乗せて無言で気にするなと伝える。

「きにすんなよな。小娘にフォールとられたくらいたいしたことないぜ?」

 ゼンがレインの気遣いをぶち壊す。ま、いつもの光景だったりするが。

「たしかにな。バルブロなんてずっとエンリに負けてるしなぁ……」

「おい、レイン。あのバカ王子と一緒にするな……」

 リューは抗議しつつ、肩を落とす。

 

「おい! おい! おい! なーに負けてんだ、このトカゲ野郎!」

 バルブロが珍しく、メイン後のリングに現れた。

 

 



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第67話 要求

 メイン後のリングに呼ばれもしないのに乱入してきたバルブロ。まあ、呼ばれて出てきたら乱入ではないのだが。

 そんなバルブロに対し観客達はいつものように盛大なブーイングの雨で彼を歓迎する。いや、いつも以上というべきかもしれない。やはりメインの余韻をぶち壊したというのはよくないのだろう。

 しかし、いつもならブーイングに噛みつき悪態をつくバルブロが……そうあのバルブロが、ブーイングなど何処吹く風といった感じで華麗にスルーしている。

 

「なんだ、馬鹿王子か。引っ込んでやがれっ! お前の出番はとっくに終わっただろうが。馬鹿が」

 基本バルブロの出番は第1試合か第2試合。前座として会場をHOTにするのが役目だ。主にやられ役としてだが。

 

「うるせえ、デカトカゲ! 俺様の見せ場は今日はナウなんだよ! 今、ここがバルブロタイム……略してバルタイムだ」

 人気者ティのティタイムを堂々とパクる……そういうところに小者感が出る。当然のようにまたもやブーイングが飛ぶのだが、今日のバルブロは一切無視している。いったいどうしたというのか。

 

「おい、トカゲじゃない。我々は誇り高き民族であるリザードマンだ。わかったかい能無しデカザル」

 リューが、怒りを抑えながらも、しっかりと挑発し返す。

「ふん、なんとでもいえ」

 睨み合うバルブロとリュー。徐々にバチバチとした空気に変わっていくが、それをよしとしない者がいる。

 

「おい、愚物!」

 ここでティがマイクを持った。

「お前、なに私の妹(エンリ)の勝利の余韻をぶち壊してるんだ? マジで殺すぞ!?」

 ティは本気の殺気を放つ。ティの背に、刺突武器(スティレット)を口に咥え、ニヤニヤと薄気味悪い笑いを浮かべた女の姿が浮かび上がって見えたような気がするが、多分気のせいだろう。

「う、うるせえっ!」

 殺気に対する怯えなのか、若干バルブロの声が震えていた。それに気づいたらしく、バルブロは拳をグッと握り気合いを入れ直す。

 

「聞いて驚け。なんとこの俺様がユニットを結成したんだよ。今日はその報告に来たのさ。ユニット闘争楽しそうじゃねえか。俺様も混ぜて貰うぜっ!」

 人望のないバルブロがユニットを結成ときた。誰がそのことを信じるだろうか。

「ユニットって、どうせお前だけだろーが。わかった! ユニット名は"戦場でひとりぼっちな王子"でしょー? あれは、傑作だったよねー。部下全員に見放されてーちょー惨めで、ダサくてさー。あんな最高傑作なかなかみれないよ。と軍団の人から聞いたよー」

 そう、彼女は見ていないのだ。

「う、うるせえっ! うるせえぞ、小娘がっ!」

「ノンノン。私はチャンピオン様だよー。強いんだよー。弱弱な元王子さまぁ」

「く……ふん、今のうちだぞ。おい、須永っ!」

「なんですかな……バルブロくん」

 不利とみたかバルブロは解説中の須永に話を振る。

「お前マッチメイク権持ってるだろ?」

「ええ。私は帝国プロレスに関する権限を陛下から委ねられておりますからな」

「細かい話はいい。お前の権限で次の帝都大会でメインの試合を組んでくれ」

 バルブロは真剣な顔をしている。

「まあ、いいですが。で、どのようなカードですかな?」

「くそ女だらけの帝国華激団と、俺様のユニットの全面抗争だ」

「おい愚物。私は今やってやってもいいんだよー? 簡単には殺さないから安心してかかっておいでー」

『殺さない』という言葉と、『簡単には殺さない』では、言葉の意味がまるで違う。後者はかなり物騒なセリフだ。

 

「まあ、私は面白くなるなら、なんでも構いませんがね」

「……よし、次の帝都興行だ。俺様のユニット対くそ女軍団」

「ああん?」

 三人に睨まれるもバルブロはスルーする。

「わかりました。では、次回帝都興行メインイベントで帝国華激団と、仮に名付けますがバルブロ軍の全面対決決定しますぞ」

 須永の宣言により、次回大会のカードが決定する。

「……これだけ勝手に盛り上げて、当日ひとりぼっちだったらウケるよねー」

「そしたら、ボッコボコにしてやろう」

「ジャンクをクラッシュしちゃいましょう!」

 酷い言われようだった。

「ふん。俺様は見えないところで動いてるんだよ」

 まさかのバルブロ乱入から始まった次回興行の対戦カード。彼のユニットとはいったいどのようなものなのだろうか。

「8秒で負けた人とかだったら、ちょーウケるよねー」

 これはイグヴァルジのことだろう。つけ加えるなら数秒で皇帝ジルクニフに叩きのめされている。彼の処遇は知られていない。

 

「ふん。次回泣いて謝っても許さないからなっ!」

 バルブロはマイクを叩きつけ、リングを後にした。



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第68話 蒼の薔薇





 王都の高級宿のラウンジで、アダマンタイト級冒険者チーム"蒼の薔薇"のメンバー達がゆったりとくつろいでいる。いや、言い直そう。ヒマを持て余していると。

「それにしてもヒマだな。もう何ヶ月も依頼がないぜ」

 ガガーランは、伸びをして眠気を飛ばそうとするが、結局欠伸をしてしまう。

「ふん、貴様のせいだろうがっ! 貴様が帝都闘技場でプロレスルールとやらで戦ったせいで、我々に依頼が来なくなったんだぞっ!」

 小柄な仮面をつけた少女がプンスカしている。彼女が言っていることは正しい。あの時ガガーランは皇帝ジルクニフに直接声をかけられた。それを理由にスパイまたは売国奴扱いされ、以後依頼が入らなくなってしまったのだから。ボウロロール率いる貴族派閥が圧力をかけ、ブルムラシューも王派閥でありながらも同調していた。

 

「イビルアイ、言いたいことはわかるけど、ガガーランに悪気があったわけじゃないんだから……」

「ふん、貴様らも同罪だぞ。こいつを止めなかったんだからな。そのプロレスとかいうもののせいで、王国はこんな風になってしまったんだぞ」

 これは間違いである。王国がこうなってしまったのは王国自身の寿命に過ぎないのだから。

「帝国プロレスのエ・ランテル興行の後に、あのエ・ランテルの変が起きて情勢は一変……バルブロ王子以下主要貴族がいなくなったのをチャンスとみて一気に民の不満が爆発したからね。貴族派閥が消えて仕事が増えるかと思っていたけど……」

「国自体がなくなる寸前」

「依頼どころじゃない」

 双子が息のあった連携をみせる。

「ずっと開店休業ってやつだな。俺達は生活に困ることはないけどよ」

「生きがいがないわね」

 ラキュースはすっかり冷めた紅茶を口に運ぶ。最近味が落ちた気がする。

「ラキュース、ラナーと連絡はとれないのか?」

「無理ね。私たちは今も監視されているし、唯一のつなぎ役だったクライムはほとんど外に出られないわ」

 そもそも今の王女ラナーに依頼をする必要なんてないだろう。あるとすれば、護衛くらいかもしれない。

 

「そっか。拠点を変えるべきなのかもしれないな」

 ガガーランは大事な提案をさらりと口にする。

「ガガーラン、拠点を変えるって?」

「王国はみんなもわかっているだろうが、もう終わってる。なら、王都にいても仕方ないだろう?」

「ガガーラン……」

「珍しく一理あるじゃないか。私は賛成だ。もう王都近辺か海辺の辺境伯の所くらいしか王国領はないんだ。ラナーの友人であるラキュースの前で悪いが、王国はもう終わっている」

 冷たく言い放つイビルアイ。この場にいる全員が心の中で、同じ気持ちを持っていたのは確かだ。

「イビルアイまで……私はラナーのために残るわ。私は強制しない。もし拠点を変えるなら変えても構わないわよ。私はラナーのために個人的に残るだけだから」

 ラキュースは友人ラナーの笑顔を思い浮かべる。

「私は拠点を変えるべきだと思う。今後のことを考えれば最善は帝都なんだろうが、せめて中間点のエ・ランテルにすべきだろう」

「俺は賛成だ」

「ティアとティナは?」

 ラキュースの問いに一瞬双子は視線を合わせる。

「拠点は移した方がよい」

「でもラキュースの気持ちはわかる」

「多数決だと3-2か。微妙だな」

「今後のために拠点は移し、我々は先にエ・ランテルで落ち着く場所を用意するのはどうだ?」

「悪くねえな」

 ここでガガーラン宛に書簡が届いたと宿の者から手渡された。

「随分立派な封筒だな……」

「差出人は?」

「……バハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下だ」

 ガガーランは署名を見せる。

「皇帝から?」

「よく届いたな……」

「それだけ王国の力が落ちたんだろう」

 ガガーランは仲間の声を聞きながら、中を確認する。

「用件は?」

「帝国プロレスへの参戦要請および入団要請だよ」

 手紙を持つガガーランの手が震えている。

「マジ?」

「ビックリ!」

「蒼の薔薇としての活動も認めるとある……」

「最初から断る理由を潰されたな……さすがは皇帝だ」

「どうするのガガーラン? 私は貴女の決断を支持するけど」

 4人が見つめる中、ガガーランはゆっくりと口を開く。

「受ける。正直に言えばオファー内容は破格だし、断る理由すらない。だけど、俺はお前達と別れる気持ちもないんだよ」

「ガガーラン……」

「だから、蒼の薔薇のガガーランとして、行ってこようと思うんだ。いつかダンディ須永に勝ちたいんだよ俺は。そして、またお前らと冒険をしたい。ワガママかな、俺は」

「そんなことないよ。行ってらっしゃいガガーラン。蒼の薔薇は解散したりしない。貴女の力を帝国の連中に見せつけてやりなさい!」

 ラキュースは笑顔でガガーランを送り出す。

 

 こうしてラキュースは王都に残り、ガガーランは帝都へと旅立つ。イビルアイと双子はエ・ランテルへと向かい、拠点を用意することになった。

「今はそれぞれの道をいくけど、きっと私たちの道はまた交わる。一人一人が蒼の薔薇。それを忘れないで」

「ああ、ラキュースまた会おう。俺の予想だと姫さんは必ずラキュースに頼み事をしてくるだろうぜ。姫さんと、童貞をよろしくな!」

「すぐに会えるさ!」

 五人は右手を重ね合わせ、そしてゆっくりと上げていく。

 蒼い空が五人の前途を明るく照らしている。そんな気持ちのよい朝の別れであった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「夢か……あいつらとも、しばらく会ってないなぁ……元気にしているだろうか」

 ベッドから起き上がり、うまれたままの姿でガガーランは仁王立ちになる。

 カーテンの隙間からは朝の訪れを告げる光が射し込む。

「今日は、例のバルブロ軍とのユニット抗争だったな。気合い入れていくとするか」

 ガガーランは拳を握り込む。

「よう、昨日はよかったぜ、ごっそうさん」

 ベットで眠りこけている歳若い少年にそう声をかけ、ガガーランは身支度を整えると部屋を出る。

「エンリに見つからないうちに戻らんとな……」

 新しく出来た妹分に叱られないように抜き足差し足忍び足でガガーランは歩いていく。

「またな、ラキュース、イビルアイ、ティナ、ティア」

 夢に出てきた懐かしい面々にそう告げた。再会を望みながら。






誰得なガガーランのサービスショット。
ぜひ思い浮かべてみてくださいね。


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第69話 ありえねえ

 本日の帝都興行も超満員札止め。熱気に包まれたまま、問題のメインイベントを迎えた。

 

「皆様、大変長らくお待たせ致しました。只今より本日のメインイベントとなります。まずは、赤コーナーより、美しくそして激しく。"帝国華激団"……第二代帝国プロレス王者タイガー・ジェット・ティ、ガガーラン、ライオネス・エンリ組の入場です」

 手拍子を送りやすい軽快な曲が流れ、鮮やかな青の武闘着に獅子の肩当をつけたエンリを先頭に、紺に近い青の鎧風コスチュームに熊の肩当のガガーランが続く。

 最後に入場してきたティは、赤のセパレートタイプの武闘着風コスチュームに虎の肩当。彼女は基本的に腹部は出していることが多いが、動きやすいからだという話だ。

 ティは、チャンピオンベルトを両手で掲げての入場だった。もうすっかり王者としての姿が板についている。

 リングに上がった三人は、ポーズを決めると肩当を外し対戦相手の入場を待つ。

 

「青コーナーより、バルブロ軍団の入場です」

 ある意味メインイベントに相応しい盛大なブーイングの中で姿を見せたのは真っ赤なマントを身にまとい派手な色遣いの貴族服風コスチューム──彼の場合は王族服風というべきかもしれないが──のバルブロ1人だけだった。どことなくジルクニフが好むデザインだが、色遣いに品がない。

「おいおい、本当にぼっちなのかよ。ちょー受けるんですけどー。傑作だよねー」

 ティがニンマリとした笑みを浮かべつつ、口許を覆う。

「へっ、所詮はバルブロだったか……」

 ガガーランは呼び捨てにし、嫌悪感をあらわにしていた。

 

「やあ下々の諸君、ご機嫌いかがかな。私がバルブロである」

 マイクを強奪して、皇帝劇場の真似をはじめたバルブロをブーイングの嵐が出迎える。

「……元気そうでなりよりだ」

 華麗にスルーして、バルブロは話を先に進める。もともと備わっていた鈍感力に、最近身につけたスルー力があるから、今のポジションで成功しているのだろう。

「では、諸君が楽しみにしているであろう、この私の最強ユニットを紹介しよう」

「誰も楽しみにしてないんじゃねーか?」

「とか言ってぼっちじゃないのー?」

 ガガーランとティがツッコミを入れるが、バルブロは平然としている。

「くくっ。恐れおののき我が前に跪いて、泣き叫ぶがよい。泣いて謝っても許してやらんがな」

 バルブロのこの余裕はなんなのだろうか。本当にユニットは結成しているのだろうか。

 

暗黒面(ダークサイド)に堕ちた神官戦士、入ってこいよ~!」

 よくわからない紹介で入ってきたのは、神官風コスチュームで入ってきた金髪の女性だった。顔立ちは美しく気品がある。なお神官風コスチュームとは言っても、色は神官を示す白ではなく漆黒なのだが。

 

「な、そんな馬鹿な……」

 入ってきた女性に見覚えがあるガガーランは、驚きで目を見開き、口は半開きになって呆然とその姿を眺めていた。

「あ、あり……ありえねえ……」

 どのような姿であったとしても戦友を見間違えたりはしない。入ってきた漆黒の美人神官戦士は、ガガーランの本職だった冒険者、その冒険者達の頂点に立つアダマンタイト級に位置づけられていた"蒼の薔薇"のリーダーのラキュース・アルベイン・デイル・アインドラその人だった。かつて、生命の輝きと呼ばれた美貌はそのままだが、唇は健康的なピンクではなく、毒々しい……紫色になっていた。よく見ると、マニキュアも同じ色だ。

 須永のパーソナルカラーの明るい系統の紫とは違うが帝国プロレスにおいて紫を使う意味は重い。

「なんでだ……ラキュース……嘘だろう……こんな再会とはよ……」

「青コーナー、ダークネス・ラキュース!」

 蒼の薔薇はガガーランが帝国プロレスに登場したことで帝国民に広く知れ渡っている。ここでそのリーダーであるラキュースの登場。これで盛り上がらないわけはないのだが、バルブロ軍として登場というところが、観客達に戸惑いを与えていた。

 

「クク。このバルブロ様を舐めるなよ? 」

「バルブロの野郎、いったいどんな手を使いやがったんだ……」

 訝しむガガーランをバルブロは楽しげに見ている。

「いい顔だなぁ、男女(おとこおんな)。さて、もう1人呼ばせてもらおうか。おーい、入ってこぉーい」

 猪でも呼びそうなバルブロの呼びかけに応えて姿を見せたのは、ガタイのよい歴戦の勇士という雰囲気の黒髪の男だった。黒のロングタイツに、レガース。小手のような大きめのリストバンドをつけている。

「な、阿呆な話があるかっ! マジかよ。ありえねえ……」

 ガガーランはまたまた知り合いが登場したことに動揺を隠せない。

「青コーナー、"暗黒戦士長"ガゼフ・ブラック!」

「なんで、戦士長がバルブロと組むんだ……」

 ガガーランは理解できない。話に聞く人格者のガゼフが、よりによってクズのバルブロと組むなどありえることではなかった。

 

「フハハハハ·····全てはこのバルブロ様の人望だよ。我々は恩讐をこえて集った血盟軍なのだからな」

 とても人望があるとは思えないが、ラキュースとガゼフがついたのは事実だ。謎は深まるばかりだった。

 

「ところで、くくっ、全面対抗戦と言ったな……」

「そー聞いたけどー」

「なら、そういうことだよ」

 そして、バルブロ軍4人目が登場する。

「なんだと、アイツはっ!? もはや意味がわからん」

 出てきた人物をガガーランは知っている。4人目は坊主頭の男だった。頬には刀傷のようなものが残っており、上半身は黒いタンクトップ。左右の上腕部には天使のエンブレムが輝く。見える筋肉はしっかりと鍛えられているのがわかる。

 

「青コーナー、バルブロ血盟軍"軍師"ルーイ!」

「おい! 貴様、このリングに何をしにきやがった」

 ルーイに噛みついたのはティだった。

「私は覚悟を持ってこのリングに上がっている。それで構わないだろう。そうそう、お前に一つ伝えておこう。兄貴がよろしくと言っていた」

 ルーイはティを知っている。ティは苦虫を噛み潰したような顔になり、明らかに動揺していた。




バルブロ率いるドリームチーム誕生か?
ありえない組み合わせ?
いやいや帝国プロレスではありえるんです。

この話で通算71話到達。
前作 黒と緑の物語 を話数では超えました。読んでくださる皆様に感謝です。


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第70話 始動

「この試合はユニットの全面対抗戦。よって帝国華激団3人対バルブロ血盟軍4人での変則タッグマッチとなります」

 このアナウンスが入ると、観客たちも状況を理解してザワザワとしている。

 通常このように人数が合わない試合はなかなか行われることはない。ユニットの対抗戦で人数が足りない場合は、多い方が人数を合わせるか、少ない方が助っ人を入れるものだが、人数が今わかった以上助っ人は用意できないし、血盟軍側は減らす気はない。

 

「なんか卑怯だな……」

 ガガーランは腕組みをし、相手を睨みつけながら顔を歪める。

「大丈夫ですよ。もともとひとり(バルブロ)は戦力外ですから。実質3対3ですよ、兄様」

 何気に辛辣なエンリの言葉にガガーランは笑みを浮かべた。

「たしかにな。存在感はあるけど、あいつ(バルブロ)は実力は雑魚だからな。他の3人は……ラキュースはプロレスでは未知数だが、やはり侮れんし、ガゼフのオッサンは……強えぞ」

「ガセフさんは噂に聞いたことがあります。周辺国家最強の戦士だと。それにデビュー戦のはずなのに妙にリングに慣れてますね……」

 エンリの目は正しい。どことなく落ち着きのないラキュースや珍しそうに観客を見回しているルーイに比べて明らかに落ち着き払っている。これは性格の違いなどではなく、慣れというものだろう。その理由はわからないが。

「話によると、ガゼフはダンディの下にいたはずなんだ。元国王が預けたときいた」

「それでですかね?」

 2人はガゼフを気にしているが、一番の問題は謎の坊主頭ルーイではないだろうか。ティを知っているということだけでも十分に怪しすぎるし、そもそもルーイがラキュースと組むのは相当な異常事態。彼の頬に傷をつけたのは他ならぬラキュースなのだから。

 

「腕だして……」

 トニー・カンレフェリーがバルブロのボディチェックをしようとしたところで、血盟軍が動き、バルブロ以外の3人が一斉に襲いかかった。

 

「うおおおおぉ!」

 いきなりガゼフがティをリフトアップし、そのまま場外へ投げ捨てる。

「うああっ……」

 客席から悲鳴があがるが、ガゼフは気にした素振りもみせず、トップロープを両手で掴むと身軽に飛び乗り華麗に舞う。

「うおおおおぉ……」

 右膝をティの腹部に突き刺すスワンダイブ式ダイビングニードロップを決めた。

「うぐぐ……ぐああっ……」

 ティが打たれ強いとはいえ、ヘビー級のガゼフの強烈すぎる一撃はさすがに効いた。

 

「どわっ!」

 ガガーランもまた、ラキュースの美しくそして打点の高いドロップキックで顎先を打ち抜かれてバランスを崩したところで、足を掴まれて抱えられてしまう。

暗黒力落(ダークネスパワースラム)

 ラキュースはガガーランを抱えてトップロープをノータッチで飛び越え背中からガガーランを地面に激しく叩きつけてみせた。さすがはアダマンタイト級。純粋な戦士ではないのに身体能力が高い。

「ゲへッ」

 この攻撃一発でガガーランはダウンしてしまう。華激団の上をいく過激な攻撃だった。

 

「姉様、兄様!」

 ひとりリングに残されたエンリにルーイが迫る。

「オラアアッ!」

 初めて出した技はスピード・パワーともに申し分のないトラースキック。体を半身にしてエンリの顔面を右足の裏で蹴り飛ばす。

「ぬんんっ!」

 エンリは気合いを入れて受け止める。

「ほう……意外とやるな」

 ルーイは思わず笑みを浮かべてしまう。

(この程度の小娘、一撃だと思っていたが……さすがは帝国プロレス。侮れないな。やはり警戒は必要か……)

 数多の希望者の中からほんの一握りの人間──いや、人間だけではないが──しか上がることができない帝国プロレスのリング。そこに立っている少女がただの小娘であるはずがない。

「それは私のセリフです。今の蹴りはまずまずでした。思ったよりやりますね」

 エンリは軽く言い返す。

「しかし、油断はよくないなっ!」

 エンリの左足……ふくらはぎの裏側を背後から忍び寄ったバルブロが地を這うような低空ラリアット。

「みたかバッキャロー!」

 以後この世界ではバッキャローと呼ばれることになるのだが、元はマッケンローと呼ばれた技だという。

「きゃんっ!」

 まさに足元をすくわれてしまったエンリは可愛い悲鳴をあげて、ひっくり返る。

「ルーイ!」

「仕方ない」

 本意ではないが、これは課せられた仕事である。バルブロと2人で倒れたエンリを踏みつけ、さらにストンピングの雨を降らせる。

「BOOー!」

 そんな2人にはブーイングの雨が降るが2人は全く気にすることなくガシガシゲシゲシとエンリを踏みつけ続ける。

「ダブルだめだっ! ワン、トゥ、スリー、フォー」

 レフェリーが反則カウントをとるが、バルブロは手慣れたもので、ピタっと足を外しカウントを止めさせる。

「オラアアッ!」

 カウントが止まったところで、ストンピング攻撃を再開する。

「なめないでよねっ!」

 エンリは右手でバルブロ、左手でルーイ。それぞれの蹴り足をキャッチ。そのまま立ち上がると、2人を後方へブンと投げ飛ばす。

「起きてよ~バルブロさん」

「ぐぎぎっ……な、なんてパワー、グベッ……」

 エンリはバルブロの顔面を右手で鷲掴みにして引き起こすと、そのままワンハンドアイアンクロースラムでリングへ叩きつけ、素早くフォールする。

「ワン! トゥ!」

 ここでルーイがカットに入りバルブロを場外へと転がしてエスケープさせた。

「もう。今ので終わってたのにっ」

「そう簡単にはさせんよ」

 リング上では、エンリとルーイが睨み合う。

 まだまだ全面対抗戦はおわらない。バルブロを消して頭数はイーブン。試合はこれからだ。



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第71話 ディープインパクト

「くそっ……やるじゃねえか……」

 序盤の攻防で大きなダメージを受けたガガーラン。なんとか回復し戦列には復帰したもののダメージから動きに精彩を欠いている。どうしてもガゼフ相手に守りに回ることが多く威力ある攻撃を受けきることができない。やはり予想通りと言うべきかそれ以上というべきか、ガゼフは強敵である。

「ぬんんっ!」

 ガゼフの強烈なラリアットで体勢を崩されそのまま抱えあげられるとこれまた強烈なパワーボムでリングへと叩きつけられてしまう。

「くそっ……こうなれば……」

 ガガーランはカウント2で返して立ち上がるとガゼフの首を両手で掴む。

「オラアアッ!」

 ゴオン! という鈍い音が響き、ガガーランのヘッドバットが炸裂する。

「くあっ!」

「ぐおあっ……」

 当然仕掛けた方もダメージがあるが、ガゼフのダメージが思った以上に大きい。

「もういっちょっ!」

 ゴオン……! 再び鈍い音がする。

「ぐああっ……」

 ガゼフはたまらず自軍コーナーへと逃げ、ラキュースにタッチすると場外へと転がり、頭をおさえてダウン。同様に、ガガーランも頭を押さえ場外へ転がり落ちる。もちろん、その直前にティにタッチをして権利を渡している。ガガーランの文字通り身を削る攻撃によりガゼフを戦力外とし、二対二の状況までなんとか持っていっている。

 もっとも、リングに飛び出したティとラキュースはともかく、コーナーに控えるエンリとルーイはダメージが大きく半分戦力外になりつつあるのだが。

「さっきはよくもっ! まだ背中痛いんですけどー」

 これは事実だが、あの程度の攻撃で参るティではない。ダンディ須永を相手に戦えばもっと酷いダメージを受けるのだから。それに慣れているティにとってはたいした問題ではない。

「闇の力を感じる……タイガー・ジェット・ティ……闇の住人だったのね」

 ラキュースは右腕をゆっくりと横にあげていく。

「な、なにを言ってんのー。薄気味悪いやつだよねー」

 ティはおどけつつ警戒心を強める。

「ま、倒しちゃえばいいかー!」

 ティは疾風のごときスピードでラキュースに襲いかかる。

暗黒刃(ダークブレード)

 以前須永が見せたレーザブレードは青白い光を放ったが、今回のラキュースは腕が黒いモヤのようなものに包まれた気がする。

強烈衝撃(ディープインパクト)

 ラキュースも飛ぶようなスピードで迎撃。ティの繰り出そうとしたアックスボンバーより早く切りつけるようにラリアットを叩き込む。

「うあっ!」

 カウンターで入ったこともあるが、ラリアットの受けに慣れているティが凄い勢いでロープまで弾きとばされ、反動で跳ね返ってしまった。

暗黒昇龍拳(ダークドラゴンブロー)!」

 左を前に半身に構えたラキュースは、一歩前に踏み込むと下に屈みこみ、右腕を斜め下に下げるとティが戻ってくるタイミングで、飛翔し、拳ではなく掌底でティの顎を迎撃しつつさらに右膝で追撃を加えるおまけつきだった。掌底も膝も一撃必殺の威力を秘めた強烈な一撃。

 

「ぐああっ!」

 初めて食らう大技にティが吹き飛ばされ、一気に体力ゲージを減らされてしまう。……もちろんゲージは見えたりはしないが。

「これで決める」

 いつの間にかリングに背を向けてニュートラルコーナーにたっていたラキュースは、天を指し華麗に宙を舞う。

 高く舞い上がり、後方へ一回転。ムーンサルトプレス……と思わせて捻りを加えると背中からセントーンの形で落下する"ヴァルキリー・スプラッシュ"! 

「どふっ……」

 呻くティの左足をつかんでフォールする。

「ワン! トゥ! スリ」

 ギリギリのタイミングでエンリが飛び込みカットに成功するが、勝負の天秤は血盟軍に傾いた。

「ルーイ、しっかりおさえろっ!」

 ラキュースは乱暴に言い放つと、エンリの首を脇に挟んでグインと持ち上げた。

「垂直落下!」

 脳天から突き刺す垂直落下DDT! 大ダメージを受けたエンリをルーイが逆エビ固めに決め、動きをおさえた。

「ラキュース、決めやがれっ!」

「言われなくてもっ! 決めるぞー!!」

 ラキュースは、両腕を頭上でクロスし技にはいることをアピール。そしてティを引き起こすと背中に回り、ティの両手を体の前でクロスさせ、肩車で担ぎ上げた。

 

暗黒海式超弩級竜巻(ダークオーシャンメガサイクロン)!」

 そしてそのまま、ブリッジして後頭部からリングへと叩きつけフォールする。

「ワン! トゥ! 」

 ためを作ったトニー・カンレフェリーは、首を左右に降ってから右手を振り下ろした。

「スリー!」

 

 場内はシーンとなる。王者ティがスリーカウントをとられた。それも新参者に……。受けいれることの出来ない結果だった。

「スリー?」

 右手の三本指でレフェリーに確認をとり、レフェリーはそれに頷き同じように三本指を示す。

「よっしゃー!」

 ラキュースは勢いよく青コーナーに駆け上がると右手で天を指し勝利をアピールする。

 

「ただいまの試合は、21分15秒、21分15秒……ダークオーシャンメガサイクロンスープレックスホールドにより、ダークネス・ラキュース選手の勝利となります」

 このアナウンスにより、観客も目の前の出来事を受け入れる。3人VS4人の変則マッチとはいえ、みんなの王者タイガー・ジェット・ティが負けたのだと。

 

「おいおいおいおい! どうしたぁチャンピオン。今日は王者の失墜の始まりになるようだなぁ」

 バルブロがイキイキとマイクを始める。

「どうだ、お前ら。俺様の血盟軍の実力は。次は、ティ……お前からベルトとそのマスクをひん剥いてやるわっ! 覚悟しておけっ。ラキュースに挑戦させるからな。いや、お前の挑戦を受けてやるよ。なあラキュース」

「いつでも、どこでも受けてあげる。ふふっ……楽しみね。もう一度闇の力を見せてあげるわよ。次もDOサイクロンで決めてあげるわ」

 ラキュースはそうアピールすると、4人でさっさと引き上げてしまった。

 まさかの結末だが、これもまたプロレス。いつもハッピーエンドになるわけではないのだから。

 

 

 



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第72話 会議



今回はオーバーロード側の回。
珍しく仕事モードのジルクニフ登場。



 ここは、帝都皇城内にある帝国会議室。大・中・小の三つの部屋があり、この日使われているのは、中会議差だった。

 40人ほどの人間が着座できる空間に、今は6人が集まっている。人数からすれば小会議室でよいのだが、ある理由からこの場所を使う必要がある。

 会議室の一番奥、大理石製の長机の上席には、皇帝専用の豪華な椅子に腰かけるジルクニフ。その傍らには、警護役を兼ねるダンディ須永が立ち、睨みを効かせている。この場に皇帝を害する者はいないだろうが、それでも信任厚い須永が控えていることは重要な要素だ。

 その他の参加メンバーはリザードマンが2体に巨大なハムスター。さらには虎覆面の女性とバラエティに富んでいた。そう、おわかりかもしれないが、小会議室ではつっかえて入れない者がいたので、この部屋を使うことになったのだ。

 ちなみにこれは帝国プロレスの会議ではなく、バハルス帝国の会議であることを強調しておく。

 

 

「よく集まってくれた。みな無事でなによりだ。それでは、それぞれの進捗状況を聞かせてもらおうか」

 ジルクニフはいつになく真面目な顔だ。これは公務なのだから、半分楽しみでやっている帝プロの時とは違うのは当然なのだが。

「それでは、まず私から報告いたします」

 リザードマンのリューが立席し口火を切る。

「リューではなく、リザードマンとの交渉担当であるザリュース・シャシャとしての報告になります」

 ザリュース・シャシャは、リザードマンの部族の一つ緑爪(グリーンクロー)の族長の弟という立場でありながら、旅人として見識を広めるための旅の途中で、例のジルクニフによる種族問わない宣言を聞き帝国プロレスに入門した経緯がある。以後は本名の一部をリングネームとして活動してきた。

「ザリュース・シャシャ、報告を聞こう」

「それでは。私の兄シャースーリュー・シャシャをはじめとしたリザードマン五部族の会議により、リザードマンは全部族一致で、バハルス帝国の庇護下に入る事を決めました。代表者……恐らく我が兄が、後日正式にご挨拶に伺いますが、まずは先に私の口からご報告させていただきます」

「うむ、よき選択だな。歓迎しよう。ザリュース・シャシャよ。よくやってくれた」

 ジルクニフは満足気に頷いた。

「ありがとうございます。陛下」

「ダンディ、彼らに魚の養殖術でも教えてやってくれ。食糧が安定しないと大変だからな」

「かしこまりました」

 須永はうなずき、報告を終えたザリュースは一礼して着席する。

「それじゃ俺だ。ミスター・ゼンではなく、広域担当ゼンベル・ググーとしての報告だな」

 入れ替わるように立ち上がったのは右腕が発達したリザードマン。彼はザリュース同様にリザードマンの旅人であり、長く離れてはいても竜の牙(ドラゴンタスク)族の族長を未だに任されている。稀有な存在だった。

「ゼンベル・ググー、報告を聞こうか」

「おう。おれはリザードマンの件は途中からはザリュースに任せて、その間に以前行ったことのあるドワーフの国へ行き、交流をもてたぜ。奴らは元々帝国とも交流があったんだよな。奴らも交流再開を望んでいるそうで、皇帝陛下によろしく伝えて欲しいと。あとついでに、クワゴアとかいう部族とも接触中だ」

「ほう……顔に似合わず意外とやるな」

 ジルクニフは本音を口にする。

「こう見えても結構器用なんだぜ。ドワーフはともかく、クアゴアは人と絡むことはなさそうだったな。ただドワーフとクアゴアは仲が悪いらしい。両方と平和に交渉ってのは難しそうですぜ」

「なるほど頭にいれておこう」

 ジルクニフはゼンの評価を修正する。

「続いては某でござるな」

 巨大なハムスターが意気揚々と話し出す。彼女は、かつては森の賢王として、トブの大森林の南部を支配していた。帝国プロレスによるカルネ村での村おこしプロレスの際に須永に挑み、蹴散らされて以来須永を師匠と慕いくっついてきた。

「ケンオウか」

 ジルクニフはさすがにあまり期待していない。

「某は師匠とともに、トブの大森林を巡回。森を支配していた東の巨人を成敗。西の魔蛇とは盟約を結んだでござる」

「盟約を?」

「はいでござる。魔蛇殿はナーガだったのでござるが、話がわかる御仁でござった」

 ハムスタはどうだ参ったかと言わんばかりの顔つきだった。

「ナーガか。やはりあの森は危険な場所なのだな」

「そうですな。ですが魔蛇殿の協力と私が多少の仕掛けを施しましたので、周囲の村が襲われることは早々ありますまい。あたりの開拓村には帝国プロレスの予備軍を修行のために配置してありますし、最悪住民が避難する時間くらいは稼げるでしょう」

 須永はハムスタの報告をフォローする。

「あいわかった。ケンオウ、ご苦労であった」

「ありがたき幸せでござる」

「うむ。では、ティと須永以外は退席してくれ。褒美はあとで届けよう」

 リュー達が去り、この場には人間種のみが残る。もっとも須永は違うのだが。

 








ついに明かされた彼らの正体。
まあ、皆さんわかってましたよね……。隠す気はなかったですし。
ティが残された理由は次回にて。

グリーンクロー と打とうとして、 グリーン・アローと打ってしまう。
やはり染み付いているらしいです。


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第73話 ティの正体


ようやくティの正体が判明しますよ!





 

 

 

「さて、残ってもらったのは他でもない。法国の動きについてだ」

「帝プロにも数人スパイが入りこんでいるようですからな」

 須永の言葉にティが若干嫌そうな顔をする。

「そのあたりについて、どう思うかな? タイガー・ジェット・ティ……いや、漆黒聖典のクレマンティーヌよ」

「やっぱり知ってたんだー。まあ、別に隠すつもりは無かったけどねー」

 ティはマスクを脱ぎ素顔を晒す。

「ある時は虎覆面のプロレスラー……タイガー・ジェット・ティ。またある時は帝国第10軍団副長クレア。そしてその正体は……」

「法国から探りに来てプロレスにどっぷりハマった元漆黒聖典クレマンティーヌですかな」

 クレマンティーヌは何故バレたという顔をする。

「まあ、だいたいあってるけどねー。で、法国の動きだっけー? 法国としては人間の繁栄のために、帝国に王国を併呑して欲しかったのは事実だよ。あの国は立地は最高なのに、中身は腐り落ちる寸前の手の施しようがない状態だったし。まあ、それは陛下も、スナっちゃんもよく知ってるよねー?」

 二人は無言で頷いた。

「直接同盟を組むとかはしないけど、帝国が有利になるように色々画策していたみたいだよ。もちろん手段は選ばずに。だから、場合によっては戦士長ガゼフを罠に嵌めて殺すような策も考えられてたみたいだよー」

 かなりの機密事項だと思われるが、それ軽い感じでペラペラと喋るクレマンティーヌ。

 王国が滅亡した今となってはそれを話したところで今更な話だ。だから何ら問題はないのだろう。

「……ガゼフをか。確かに王国を力で攻めるなら邪魔だっただろうな」

「そういうことだよね。たしか陛下は以前の戦争でガゼフを勧誘したんでしょ? 有名な話だよねー。戦場でスカウトとかなかなかできないよー」

 懐かしい話を持ち出されジルクニフは微妙な顔をする。

「ふん。私は常によき人材を求めているのさ」

「そうだろうね。だからスナっちゃんみたいな怪しげな人物を雇うんだよねー」

 たしかに出自は不明だし、いきなり謎の格闘術を使うなど怪しさは満載だ。

「人のことは言えんでしょうなぁ……」

「てへ。話戻すけどー、私は聖典辞めちゃったし、スナっちゃんと運命の出会いをして以来一度も法国には行ってないから、今の状況は推測しかできないよ?」

 誰にも言ったことはないが、もはやクレマンティーヌはティとしての自分に生き甲斐を感じている。

「……それで構わん」

「そ? 併呑まではよかったんだけど、あの国は人間至上主義だから、排他的なところがあるんだよね。武王一体くらいならともかく、今みたいにあからさまに他種族も受けいれるってなると、彼らにはよく思われないはずだよ。下手すれば敵になるよねー。私はもはや気にしないけどさー。実際話したりするとわかるけどー良い奴多いし」

 クレマンティーヌの価値観は、帝国プロレスに来てからかなり変わっている。

 

「なるほどな」

「だから、ルーイなんか送りんできたんじゃないかな。あいつは……」

「陽光聖典隊長ニグン・グリット・ルーインですな」

 須永はあっさりと名前を口にする。

「え……なんで知ってるのさ……」

 クレマンティーヌは目を丸くし、驚きを隠せないでいる。

「それなりの調査はしますよ。ある程度の力を持っている方が、まったくの無名なはずはないのでね」

「そういうことだ。法国には及ばぬかもしれないが、我々にも調査機関はあるんだよ。それに、ある程度はダンディのレクチャーを受けてないと帝プロには上がれんしな。ファーストマッチのガガーランは別として」

 実際ラキュースにしても、ルーイにしてもちゃんと練習期間は設けている。ただし、他の人には知られないようにだが。

 

「そりゃそっか。私もスナっちゃんにはあちこち触られて調査されたっけ」

「スパーの話ですな」

 須永は若干あきれた声だった。

「ま、いいけど。ニグンがここにきたのは明らかに帝国を調べに来たんだと思うよ。法国の敵かどうか。もしくは、帝プロの戦力確認かなー」

「戦力確認か」

「そー。帝プロのメンツって何気に周辺の有力どころが集まってるからねー。アダマンタイト級冒険者が二人に、周辺国家最強と言われる戦士長、それと互角に戦ったことのある剣士に、森を支配していたという聖獣ケンオウ。さらにリザードマンを代表する強者二人に、最強と呼ばれた武王でしょ」

 指折りかぞえながら、クレマンティーヌは名前を上げていった。

「ま、なにより一番マークされてるのはスナっちゃんだけどねー」

「ほう……私ですか」

 須永は気の抜けた声を出す。

「おいおい、スナっちゃん……なに意外そうにしてるのかなー? 普通に考えれば当たり前でしょう? むしろ考える必要すらないよね? 陛下やフールーダの爺さんより、あんた注目されてますよー」

 若干ジルクニフが眉をよせるが、須永は自覚はないようだ。

「ジルは嫉妬しちゃだめだよー。十分目立ってるから安心してよねー」

「おい、ジルいうな。というか、私はエンリじゃないから姉みたいな物言いをするな」

「ごめんねー。最近エンリと一緒だから癖になってるんだよねー。めんごね、ジル」

「わざとだな? わざとだよな」

「まあ、そんなことは置いといて、スナっちゃんは、さっき名前をあげた周辺でも強い連中相手に無敗なんだから。タッグは別として」

 須永はシングル無敗を継続中だ。さすがにタッグマッチではパートナーが負けることがあるので、無敗は難しい。

「それになにより、ダンディ須永は帝国にプロレスを広め、帝国を拡げた立役者じゃない。プロレスがあるから国に人が集まるんだよ。それにジルもほら、皇帝劇場のおかげで、鮮血帝って呼ばれなくなったしね」

「ついでみたいにいうな」

「もう。自分が一番になりたいのね。ジル可愛いとこあんじゃーん」

 もはやクレマンティーヌのペースになっている。

「お前……処刑してやろうか?」

「やだ、こわーい。鮮血帝がいるよスナっちゃん」

 言葉とは真逆にまったく怖がっていなかった。

「とにかく法国は我々をマークしているってことですな」

「間違いないよー。でも、敵はそれだけじゃないよ」

「わかっている。まずは八本指だな」

 ジルクニフの言葉に、須永とクレマンティーヌは頷き同意を示した。







ジルクニフとティはメインキャストですが、皇帝劇場くらいしか絡む機会はなかったんですよね。



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第74話 反則

「いくでござるよ! これで()()()()()でごさるっ! ハムスターダスト・プレス!」

 コーナートップからハムスタが後ろ向きに飛んだ。ギュルン! ギュン! と表現すべきなのかわからないが、後ろ向きに飛んだと思えばいつの間にか前向きになって落下。背中からセントーンで落ちるかと思えば寸前で捻りを加えて腹部からエンリをプレスしていた。巨大に似合わぬ華麗な技に彼女のセンスが現れている。忘れないで欲しいがちなみにハムスタの性別はメスだ。

「それをいうなら、フィニッシュですよハムスタ……フレッシュハムみたいになってますし」

 解説の須永は思わずツッコミを入れてしまう。

 

 

「ぎょへっ!」

 エンリが乙女にあるまじき呻き声をあげるなか、レフェリーがカウントを取り始める。

「ワン! トゥ! 」

 エンリはまったく反応しない。トニー・カンレフェリーは、首を左右に振り、無理だな……という顔つきで右手を振り下ろした。

「スリー!」

 エンリは返すことが出来ずにスリーカウントを聞いた。

 

「これにて、一件落着でござるっ!」

 ハムスタは、両手を広げて勝利をアピールしていた。

 

 

「エンリっ!」

 場外で邪魔されて戻れなかったティがリングへと飛び込む。

「へ、平気です……姉様。ごめんなさい……」

 エンリは腹部を両手でおさえ苦しそうな顔をしている。恐らく推定体重660パウンド、約300キロはあると思われるハムスタのプレスが効かないはずがない。

 

「ガガーランっ!」

「わかっているさ」

 セコンドについていたガガーランが慌てて青い液体を振りかける。

「しっかし、武王と拳王のタッグって反則だよな……」

「ふふふでござる。某と武王殿のタッグは凄いでござろう?」

 ガガーランの呟きを拾ったハムスタはこれでもかと胸を張る。

「拳王ハムスタ殿、慢心は禁物だ! でござるよ」

 武王がハムスタの口調を真似しているのか、移ってしまったのかはわからないが、関係が良好なのはよくわかる。

 帝国プロレスに参加している選手のうち人間種でない者の代表格が、武王ゴ・ギンと拳王ハムスタだ。実際は須永も人ならざるものなのだが、それは本人以外知る者はいない。

 人と比べ二人は明らかに基本スペックが高い。例えば武王ならパワー、耐久力、治癒能力というものがあるし、拳王はパワー、耐久力に加えて硬い毛皮による防御力の高さ、並の金属より硬い尻尾という武器もある。

 一人倒すのも大変なのに二人で組まれたら厄介すぎる存在だ。特に武王はタッグだと控えている間に回復してしまうのだ。これは厄介なんてものじゃないだろう。

 

「次はティ殿から3つとって見せるでござるよ」

「そういうことだ。覚悟しておくんだな」

 狙われるのが王者の宿命だ。武王と拳王も王座を虎視眈々と狙っている。

「ふん。やらせないさ。いつでもかかってきなっ!」

 ティが言い返した時、客席がザワっとする。何事かとそちらを見るとバルブロがダーッと走り込んできて、ティの背後から殴りかかっていた。

「おらあっ!」

「ぐべっ?!」

 バルブロの右パンチ一発で、あのティがダウン。バルブロ程度の攻撃に倒れるティではないはずなのだが。明らかに何かがおかしい。バルブロはさらに顔面を踏みつけると、グリグリ! 

 ティの綺麗な肌に足跡を残すと、左手に持っていた水を口に含み、そして期待通りにプシューっとティの顔に吹き付けた。

「ざまあみろ。なにがチャンピオンだ。この腰抜けがっ!」

 天賦の才なのか、バルブロは自然とブーイングを飛ばされる言葉をチョイスしてしまうらしい。

 そうでなくとも人気者のティにそんな下劣な行為を働けばブーイングの対象になってしまうのに。

 

「ハッハッハ。ざまあねえな」

「姉様に何をするんですかっ!」

 回復したエンリが加減ぬきの張り手をみまう。

「ぐべえっ……」

 思いっきり弾き飛ばされたバルブロは、ロープの隙間から場外へと転落。そのまま這うように逃走していった。その右手は何かを握りしめているように見えた。

「あいつは何を考えてやがるんだ……」

 ガガーランはそう呟き、予備のポーションをティへと振りかけ、回復させる。

 須永がいた世界では、タイトルマッチなどを有利にするために、度々乱入し痛めつけるといったことが行われていたが、以前も触れたようにこの世界には回復魔法もポーションもある。あまり意味はないだろう。

 もちろん、屈辱を与える、または精神的に追い込むといった意味では成功しているだろう。挑発という意味でも同じだ。

 気が付けばいつの間にか武王と拳王は姿を消しており、リング上は、帝国華激団の三人だけになっていた。

「バルブロが乱入してこようが、何をしてこようが、ティは負けねえぞっ!」

 カガーランは、そうマイクでアピールし3人は揃って引き上げていった。

 

「バルブロ君は乱入をしてくる……なるほど、そういうことですか。思った以上に頭が回るようですな」

 バルブロの狙いを悟った須永は、バルブロの評価を一段上げた。

 



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第75話 祭り


平和な回です。



 

 今日はいつもとは闘技場の雰囲気が違う。今日も熱気に包まれているのは同じなのだが、いつもより空気が柔らかい。なぜかというと、今日は帝国プロレス初となる帝国プロレス祭りの日だからだろう。この帝国プロレス祭りとはいったいなにか。わかりやすい言葉にかえればファン感謝デーといったものだろうか。

 

 選手との握手会や体験スパーリング。さらにはプレゼント争奪クイズ大会といったような様々なイベントが行われている。

 男性に人気が高いイベントはタイガー・ジェット・ティ、ライオネス・エンリの絡むイベントだ。この2人は可愛らしさと美しさといったものを兼ね備えており、圧倒的な人気を誇っていた。なお、同じユニットのガガーランは腕相撲大会を担当している。

 

「はい、皆さん順番に並んでくださいねえー。"2000万クラッシャーガールズ"のお二人との握手会イベントに関しましては、ブロマイドを一枚お買い上げにつき5秒間握手をすることができまーす。枚数は無制限ですので、たくさん持ってらっしゃる方はたくさんお話することもできますよー。ただし、販売枚数には制限がありますので、お早めにご購入ください!」

 こんな煽りをされたら、ファンならばたくさん買ってしまうだろう。かなりあくどい商売の仕方だが、人気があるだけに許されてしまう。

 これは須永のいたリアル世界で、100年以上前に大成功を収めたビジネスモデルらしい。当然これは須永の案だが、予想以上の成果を発揮していた。

 

「なぁなぁ、お前何枚買ったんだよ?」

「俺か? うーん60枚ぐらいじゃねぇかなぁ」

 60枚つまり5分間ティまたはエンリと話をすることができる。これは正直たまらない、このチャンスを逃すファンはそうそういないだろう。

「マジかよ。俺6枚だぜ」

 6枚で30秒、まぁそれでも充分な時間じゃないかなと思われるが、やはり5分と比べてしまうと大差がある。

「んまあ、しばらくは俺、飯ロクなもん食えねーけどな」

「まさか、お前えぇっ!」

「ああ、三か月分の生活費ぶっ込んじまったぜ、ハッハッハッハッハッハッ!」

 このパターンは生活のために食糧を売っぱらってしまった旧王国の農民と同じである。つまり最低限のものを残しておかないと後で大変困るということになるのだが、この帝国のゆったりした空気の中ではそれを脅威とは感じないのだろう。幸せなことだと思う。

 ファンは僅かな触れ合いでも心が暖かになるになるものだ。売店に立っている選手に一言声をかけてその返事をもらう。そしてその選手のグッズを買い、「頑張ってください、応援しています」と一言伝える。それが幸せなことだったりする。

 

「はぁい~ありがとう」

「ありがとうございます」

 二人は手を振って送り出す。

「ほら、エンリ。投げキッスくらいしてやったら?」

「無理ですよ。は、恥ずかしいもん」

 リングの上と下ではまだまだ別人なエンリだった。

 

「はい、こちらはイケメン選手にお姫様抱っこをしてもらえる夢のようなコーナーです。こちらもやはり同じようにブロマイドをご購入の方に5秒間お姫様抱っこをさせていただきまーす。なお、最低購入数は2枚からとさせていただきますのでご了承くださいませ」

 5秒だと、挨拶して抱え上げた瞬間に落とすはめになるからだ。まあ、落とす必要はないんだが……。なお、購入者の多くは6枚以上が多かった。せっかく抱き上げてもらえるならばある程度抱かれていたいからと推測される。ちなみに一番人気は、レイン。それにカイザーが続いている。

 

 そんなイベントがある中で異彩を放っていたのは、ダンディ須永の手料理コーナーである。もはや忘れられているかもしれないが、須永の料理の腕はピカイチで、正直なところ宮廷料理人よりも腕は上だったりする。たまに皇帝ジルクニフに対して腕を奮ったりすることもあり、何よりジルクニフが楽しみにしているらしい。

 

「ダンディ流デンジャラスステーキ!」

 塊肉をどこからか取り出した鎌で切り裂き、一定のサイズにすると、清潔に手入れされた金属製の棘がついた糸が巻かれた、打ちやすそうな丸みのある木製の細長い棒を取り出す。棍棒にしては細いし滑らかな仕上げだ。なお持ち手はさらに細くなっている。

 この棍棒は、いわゆる野球のバット。巻かれているのは有刺鉄線である。これはつまり凶器として用いられる有刺鉄線バットだった。

「叩いて肉を柔らかくしますぞ」

 有刺鉄線バットで肉を叩き柔らかくし、ほどよく突き刺さる有刺鉄線があとできいてくるらしい。

「とおりゃ!」

 素早く掴んだ塩を肉になげつけ、味を整えると、今度はサーベルで突き刺す。

「では、ご唱和ください。いくぞー!」

「おう!」

 ギャラリーから返事がかえると、須永とともにカウントを数える

「3、2、1 ……ファイヤー!」

 カウントダウンとともに、火炎放射! ゴオオオッという音ともにステーキが焼かれていく。

「はい、おまちどう」

 そのまま付け合せ野菜の乗った皿に盛り、お客に手渡す。

「デンジャラスステーキ一丁上がり!」

 魅せる料理で目で楽しませ、香りで楽しませ、舌で楽しませる。これが須永流デンジャラスステーキだった。

 

 帝国は今日も平和だ。しかし、光あるところには闇がある。平和を良しとしない勢力や、裏社会とはいつの時代でも、どのような世界でもいるものだ。それはこのバハルス帝国にも存在している。そして、世界には平和とは縁遠い国も存在しているのだが、帝国のほとんどの人間はそんなことを知らない。








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第76話 黒幕



ようやく登場。
しかし……




 

 

「しっかし参ったわねぇ」

「困ったもんよねー」

 ある会議場では集まった者達が全員頭を抱えている。

 ここに集まっているものは、かつて王国の裏社会を支配していた八本指の首脳陣である。

 奴隷売買部門長コッコドール、麻薬部門ヒルマ、警備部門長ゼロ。その他賭博、密輸、窃盗、暗殺、金融の全八部門の長が集まり、部屋は警備部門最強の六腕がしっかりガードしていた。

 リ・エスティーゼ王国が健在な時は、貴族派閥との癒着などもあり権勢を誇ったのだが、王国の消滅以降は各部門で大苦戦していた。

 

「麻薬はさっぱりだよ。帝国はジルクニフの治世がしっかりしているからね。それとあのプロレスとかいうのが邪魔しているよ。あれは下手な麻薬より中毒性があるからね……」

 麻薬部門の長ヒルマがボヤく。彼女は元高級娼婦。一介の娼婦から部門長までのし上がった苦労人だ。未だにその残滓はあり不思議と魅力を感じさせる。

「奴隷売買部門はお先真っ暗。以前は売り物になってた森妖精(エルフ)すら帝国では売れないわよ」

 コッコドールは口調は女性ぽいが男性である。

「こっちも人種問わないとかいうプロレスが始まってから、商売にならないのよのねー」

 奴隷制度は廃止され、人間ではない種族に対する偏見もかなりやわらいでいる。

 賭博は闘技場があり、国土が二国分となったため密輸も難しくなっている。

 他部門も似たりよったり。なんとか帝国でも勢力を伸ばしたいのだが、すべての部門が上手くいってないのだ。

 

「ゼロはどうなの?」

 ヒルマは警備部門の長に尋ねる。

「よくないな。よく依頼を受けてた貴族や商人はエ・ランテルの乱以来全滅しているからな」

「全滅って……」

「そう言われてみれば私のとこも、得意客が皆死んだか逃げたかしているわね」

 各部門長もそういえばと話し出す。そして、その結果は驚くべきものだった。

 

「うちだけだと思ってたら全部門そうなのね……」

「これは明らかにおかしいわね」

 ヒルマとコッコドールは顔を見合わせる。

「異常すぎるな。エ・ランテルの変以来、いくら多くの貴族や商人が散ったとはいえ、これはたまたまではないだろうよ。明らかに何者かの意図があったのは間違いないだろう」

 ゼロの言葉に皆無言で頷く。

「ええ、その通りですな」

 ここで、突如聞き覚えのない声が響く。

 

「何者だ!」

 ゼロ達は慌てて立ち上がり声のした方を見る。

 そこにはテンガロンハットをかぶった男が、壁にもたれかかり、ハンバーガーを齧りながら立っていた。

「おや、ミーを知らないと? いや、私を御存知ないですか。わりと有名だと思っていましたがね。では挨拶しておきましょうか。私はダンディ須永。あなた方を捕えに来た者です」

 須永はテンガロンハットを脱ぎ穏やかに話し、最後のハンバーガーを飲み込む。まるで緊張感がない。

「だ、ダンディ須永だと……」

「あの帝国プロレスのか……」

「だが、たった一人でなにが出来るってんだ」

「試してみますか?」

「やれるもんなら……ぐべっ」

 一瞬で五人が床に倒れ伏す。倒したのは久しぶりに披露した須永流空斬だ。単なる衝撃波たが、低レベルの人間相手なら仕留めるには十分すぎるだろう。

「あと三人ですかな?」

 残っているのは、ゼロ、コッコドール、ヒルマのみ。

「今なにがあったの……」

「ちょっとゼロ……警備甘かったんじゃないの?」

「六腕を全員配してあるんだぞ。万全なはずだ……」

「あとの五人は何をやっているのかしら……」

 しかし周囲は物音ひとつせず静かなものだ。

「まさか……な。おい、他の奴らはどうした?」

「全員捕らえましたぞ。ちゃちな幻術使いは蹴り一発で白目むいてひっくり返りましたよ。三日月刀は軽く脳天を叩き、動く骨は手足を砕き、刺突が得意な方は喉を突いておきました。空間を斬るとかいう詐欺師は殴り倒しておきましたよ。たっちさんに失礼なのでね」

 須永はこともなげにいい、逃走しようとしたコッコドールに一瞬で追いつくと卍固めを決めて痛みによって意識を奪う。

「馬鹿な……やつらは一人一人がアダマンタイト級なんだぞ」

「私は、ダンディ須永。常にアダマンタイト級以上の相手と試合をしています。たかだかアダマンタイト級程度などは敵ではないのです。もちろん貴方もですよ。勝ち目ゼロさん」

「勝ち目ゼロだとっ! くっ、言わせておけば。この闘鬼ゼロの力見せてやる!」

 ゼロの正拳突きが須永の顔面を捉えるが、須永は平然としている。

「まあ、悪くはないですが……」

「なっ!」

「では、お返しです。烈風正拳突き!」

「おごっ……」

 強烈な一撃がきまり、ゼロは左胸を押さえて前のめりにダウン。

「ああ……」

 最後に残ったヒルマは全てを諦めた。

「そうそれでよいのです。捕らえろ」

 屈強な軽装の騎士達が入ってきて全員を捕縛。実質王国を支配していたと言われた犯罪組織八本指はあっさりと一晩で消滅。

「やれやれ……恐ろしいのは黄金の姫の頭脳と、容赦のなさですな」

 須永はこの壊滅劇の黒幕(フィクサー)の顔を思い出す。会ったのはわずかな回数だが、あの美貌の姫は忘れることはできない。美しいからでなく、得体の知れなさが頭から離れないのだ。

「エ・ランテルの変からの敵対者の粛清が見事すぎるんですよねぇ……」

「ダンディ様。捕縛終わりました」

「ご苦労さまでした。あとは調査部隊に任せて引き上げましょう、レイナース」

「はい。ダンディ様」

 須永はレイナースを伴い八本指の拠点を後にする。

 






一度も出番がないのに、全てをコントロールする恐ろしい人物が一人……。


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第77話 別れと再会


第68話 青の薔薇 の続き。あれから数ヶ月以内ってところです。
第50話 王国 と同時期。


 

 

「ふー。ガガーランは元気にやっているかしら」

 王都に一人残った蒼の薔薇のリーダー、ラキュースは旅立って行った仲間を思う。

 メンバーの一人であるガガーランは、皇帝直々のオファーを受けて遥か遠く帝都アーウィンタールに向かい、今は帝国プロレスの一員としてリングに上がっているはずだ。

「ガガーランは、いつもダンディ様に会えるのかしら。なんだか羨ましいな……私もまたお会いしたいな……」

 ラキュースにとって忘れられない存在が、ガガーランを倒した相手であるダンディ須永だった。

 顔が好みとかではなく、須永の派手な技の数々や、魅せるためのアピール、技名を叫ぶといった行為がラキュースの好みにピッタリハマる。思考的に惹かれるものがあるという感じだろうか。ラキュースは密かに技名を考えたりするのが大好きだし、色々と妄想するのが好きなのだ。誰にも知られていない趣味だが、たまに呟いているところを仲間に目撃されており、魔剣の影響ではないかと心配されている。

 

「ダンディ様……私は……」

「ふむ……よいですな。ラキュース、なかなか素晴らしい技です。ネーミングも素晴らしい」

「そうですか? ありがとうございます」

「ですが、こうすればもっとよく……」

 須永の手とラキュースの手が触れる。

「ダンディ様……」

「ラキュース」

 二人の距離が縮まっていく。

 

 

「アルベイン様、アルベイン様!」

 妄想にふけっていたラキュースを馴染みのある嗄れた声が引き戻す。

「あらクライム。お久しぶりね」

「ご無沙汰いたしております。アルベイン様」

「ラキュースでいいわよ。で、なんの用? ラナーがお呼びかしら」

「はい。ラキュース様。ラナー様が忍び旅にでるので、護衛をお願いしたいと」

「忍び旅……なんとなく道中で襲われそうね。替え玉とか必要かもしれないわね……似た感じで隠れ旅も悪くないかも……」

 ラキュースの脳内で美人姫が襲われる絵が浮かぶ。

「あ、あのー」

「あらごめんなさい。隠れ旅の話だったわよね。護衛了解よ。いつどこに行けばよいかしら!」

「え……ああ、えっと忍び旅には今からでるのでと」

「今から? 急すぎるけど今は私一人だし行けるわよ」

「感謝します。ラキュース様」

 

 ラキュースは、ラナーの忍び旅の護衛として同行することになった。途中ラキュースの予想通りに数回の襲撃を受けるも無事に目的地であるリ・ウロヴァールへとラナーおよびクライムを送り届けることに成功する。

 

 そして……。

 

「クライムが辺境伯の後継者になった? え、ラナーがクライムと結婚……!?」

 宿のラウンジで、そのニュースを聞き、ラキュースはショックをうける。

「せめて私には教えて欲しかったな……一番最初におめでとうって言いたかったよ」

 事情はあったかもしれないが、ラキュースが誰かに話すわけがない。

「ラナーは、私のことを友人とは思ってなかったのね……」

 ラキュースは色々と親しい友人だと思っていたラナーのために力を尽くしてきた。だが、ラキュースは知ってしまった。自分が単なる便利な駒に過ぎなかったことを。

「バッカみたい。私も行けばよかったな……帝国に……」

「来るというのなら歓迎しますぞ」

 ダンディ須永の声が聞こえる。

「ダンディ様……」

 いつもの妄想だろうと目を閉じる。

「ラキュースさん。聞こえてますかな?」

 ポンと肩を叩かれ、ラキュースは驚いて目の前を見る。

「だ、ダンディ様?」

「いかにも。同じ宿とは奇遇ですな。どうですか一杯」

 ラキュースは、コクリと頷く。

 

 

 

 

 宿の近くのバーでグラスを傾けながら、二人はゆっくりと話をする。

 ラキュースは異性と二人きりでこのような場所で語らった経験がなく、ドキドキが止まらない。

 

「だ、ダンディ様はなぜ、このような場所に?」

「下見ですよ。伯から興行を開催できないかと内々に打診がありましてね」

「伯ってクライム?」

 今日発表されたばかりだからそれはないだろうと、ラキュースは言ってから気づく。

「いえ。先代ですな。まさか急にご隠居なされるとは思いませんでしたが、節目の興行ということで承ることにしました。ここも帝国領になるようですし」

 須永の言葉にラキュースは下を向いてしまう。

「どうされました?」

「いえ……ここも帝国領になってしまうのだなと」

「ふむ……裏切られた気分なのですな。ラナー様に」

「なんで……それを」

 顔を上げ須永の顔をみつめる。

「貴女はご自分が思っているよりも有名なんですよ。私などよりもね」

 須永が持ったグラスが光を反射し、キラキラと輝く。ラキュースはそれを眩しく感じていた。

「当然ラナー王女との関係も知られていますからね。あとは……まあ勘ですよ」

「私は、何も知らされていなかったんです……さっきここで、街の噂話で知った……そんなことってあります? 昨日まで一緒に旅をしてきたんですよ」

 ぎゅっと拳を握りしめる。

「これは私の予測に過ぎませんが、全ては彼女しか知らなかったのではないでしょうか。同行していたクライム殿……今は伯になりましたが、彼は何も知らずについてきただけでしょうし。彼女も悩んでいたとは思いますよ。王女と平民の護衛。わかりやすいくらいに身分違いのお二人でしたからね。クライム殿を伯に据えることで、降嫁なされるための条件を整えたかったのでしょう」

 須永は最後の一口を飲み干すと、話を続ける。

「彼女の想いを遂げるためには、降嫁条件を満たすか、国がなくなるのを待つしかなかったでしょうからな。後者より前者の方が安全ですし」

「では、私を裏切ったわけではないと?」

「貴女をというより、クライム辺境伯の帝国への恭順表明があったことを考えると……」

「王国を見捨てた……ってことですか?」

「見切りをつけたというべきかもしれませんね。私は、帝国の人間ですし、皇帝陛下の直属の部下です。その立場上言い難いのですが、王国はもはやスリーカウント寸前です。いや、実際にはもう三つカウントが入って、試合終了の鐘が鳴っているのに気づいてないだけですからな」

 須永らしい独特な表現だったが、実際に試合を見た事のあるラキュースにはよくわかった。

「そうですよね……」

「ところで、この後ラキュースさんはどうされますか?」

「この後……ですか?」

 ラキュースは須永の言葉の意味を考える。

「私のところに来ませんか、ラキュース」

 須永は色々な意味にとれる誘いの言葉を投げかけた。

 

 



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第78話 黒のススメ

 

 

 

「お前は龍だ。龍になるのだ!」

 

 

 そんな声が聞こえてきそうな秘密基地が帝都某所にあった。そこはジルクニフから与えられた須永の屋敷。その地下には秘密の道場がある。帝都には道場もあるのだが、サプライズ登場させたいような特別な選手達は、この地下道場でレッスンを受けてからデビュー出来ることになっている。

 特に道場の名称は決まっていないが、ダンディ・ドラゴンから名をとって、龍の穴(ドラゴンピット)と呼ばれている。

 須永自身は家屋敷などに興味はないのだが、ジルクニフから押しつけられてしまい断りきれず仕方なく住んでいる。

 

「デビューできるのですか?」

 鍛錬を積んでいたラキュースは待ちに待った吉報に喜びを隠せない。その隣でガゼフは難しい顔をしていた。

「ええ。ガゼフもようやく素顔でデビューできますよ」

「やっとか」

 ガゼフはたまに超神ジーニアス・カイザー・グレートとしてリングに上がってはいたが、素顔でのファイトを望んでいた。元王国戦士長という立場であり、二国が統一されたとはいえ簡単にはリングに立つことが許可されず、正体不明のマスクマンであるカイザーのパワーアップした姿というギミックでリングに上がっていた。

「お待たせしましたね。最近のランポッサ殿の関わりに対する反応をみても帝都であれば反感を買うこともないだろうと判断しました」

「元王からは、王座くらいとってこいと言われているからな。ようやくその一歩を踏み出せるというものだ」

「私も狙ってますよ。今のチャンピオンになら勝てると思ってるから」

 リングデビューが決まった二人は早くも意気込んでいる。

「ただ、二人にはちょっとした試練になると思いますよ。今回二人はヒールでデビューしてもらいます」

「ヒール……回復じゃなくて悪役ってことですよね?」

「悪役……バルブロみたいな感じのか?」

 バルブロは嫌われ役としては一流の存在だ。試合は塩なのだが。

「まあバルブロになれとは言いませんが、彼のユニットメンバーとしてデビューしてもらうことになりますな」

 須永の言葉に眉根を寄せる二人。やはり旧王国民としては思うところがあるのだろう。

「悪役か……だったらこの魔剣の力……暗黒の力(ダークフォース)によって暗黒面(ダークサイド)に堕ちた神官戦士」

「ダースベイダー……」

 須永はラキュースが嬉嬉として話す設定を聞いて、かつて世界でもてはやされた映画をおもいだす。

「いえ、ダンディ様、私は暗黒神官戦士ダークネス・ラキュースですよ」

 すでにラキュースはノリノリであった。

「親友にも裏切られましたし、ピッタリの設定だと思いますけど、どうでしょう?」

 笑顔のラキュースからは、あの時のような失意は感じない。彼女はすでに過去を振り切り新たな一歩を踏み出している。

「よいと思いますよ。ガガーランはどんな顔をするでしょうな?」

「ふふっ……びっくりして、あ、ありえない! とかいいそう。その後で怒るでしょうね」

「なるほど。いずれ貴女はまた冒険に出ることもあるでしょう。この経験がいかせることを願います」

「はい。楽しみです」

 輝くような笑顔をみせるラキュース。須永は眩しく感じ、ガゼフへと目線を移す。

「私も楽しみですよ。さて、ガゼフはどうですかな?」

「……予想していなかった。民のために戦ってきた私が悪役とは」

「いえ。あなたは民のためには何も成せてないですよ。あなたの剣は民に何をもらたすことが出来ていましたかな?」

 須永はあえて厳しいことをいう。

「……返す言葉もない」

「何も出来ていないなら、何もしてないのと同じです。つまり、悪と思われていた旧王国首脳部と同罪ですよ」

「なっ……」

 この言葉にガゼフは衝撃を受けた。

「まあ、貴方は平民出身ですし、希望は与えていたかもしれませんがね。ヒールと言っても程度はそれぞれです。ちょいワルな戦士長でもよいのでは?」

「ちょいワル……」

「ますはイメージをしてみてください。そうですね、国を失い守るべきものがなくなって闇にとらわれた……というような具合で。ラキュースがそういう設定を考えるのが得意ですから協力してもらうとよいでしょう」

 話を振られたラキュースは、ハッとして慌てて言葉を紡ぎ出す。

「え? あ、うん。わかりました。ガゼフさんよろしくお願いしますね」

「こちらこそだ。よろしく頼む。ラキュース殿」

 ぎこちない挨拶を交わす二人をみて須永は苦笑する。

「さて、ではもう一人のメンバーも紹介しておきますかな」

 入ってきた男をみて、ラキュースは思わず身構えてしまった。

 



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第79話 策略

第74話 反則 から繋がるリング上の流れです。

※今回の試合描写は、原作ではありえない立ち位置だからこその行動です。彼らはプロレスラーとしてリングに上がっていますので。








 

 

「あーっと、これはどーしたことだ! バルブロがエプロンに上がってきましたが、いったい何をするつもりか! また乱入するつもりでしょうか!? おーっとロープをくぐろうとしていますが……」

「レフェリーに止められましたな」

 熱気を帯びる実況と冷静な須永による解説。これは実にいい組み合わせだと思う。最近は試合数が減り、解説席に座ることが多いだけに二人の息はあってきている。

「バルブロ……なにを……」

 ゲスト解説に呼ばれたランポッサ。身内目線でハラハラしているのがわかる。そもそも何を解説させるつもりなのかがわからない人選だが……。

 

 今日のメインイベントは、タイガー・ジェット・ティとダークネス・ラキュースによるタイトルマッチ。一進一退で迎えた25分過ぎ、セコンドのバルブロが突如エプロンにあがり、乱入しようとしているのが現在の状況だった。

 

「バルブロ、ノーだっ!」

 トニー・カンレフェリーがバルブロを止めるために意識をそちらへ向けると、バルブロがニヤリとする。彼の狙いはこの瞬間だったのだ。

「"六光連斬"」

 レフェリーの死角から乱入したガセフ・ブラックが切り札である6連ダブルチョップをティの背後から打ち込み、素早くリング下へ逃げる。

「BOOー!」

 ブーイングが起きるがガセフは口を一文字に結び、腕組みをして耐える。本来のガゼフの気質ならやらない行為だろうが、今はバルブロ血盟軍の暗黒戦士長ガゼフ・ブラック。今リングを引っ掻き回すバルブロ血盟軍の一員なのだ。

 

「立て! 立つんだ! ラキュース!! 

 バルブロはリングに入るフリを続けながらダウンしているラキュースを叱咤する。

「いって……」

 不意打ちを受けたティは、首の後ろを押さえながら立ち上がろうとするのだが……。

「させるかあっ!」

 今度はルーイが乱入し、手に持っていた金属製の杖のような棒でティの後頭部をフルスイング!

「かぎげっ!」

 倒れ込むティを立ち上がったラキュースがキャッチすると、背中に回りこむ。

「タイガー・ジェット・ティ、闇に帰れェェエエ工!」

 絶叫とともに、ティの両手を体の前でクロスさせ、肩車で担ぎ上げた。

「あーっと、乱入攻撃で大ダメージを受けたチャンピオンを、ラキュースが担ぎあげてしまった! こ、この体勢は……」

「あの技ですな」

「前回チャンピオンを沈めたあの技がでるのでしょう……」

 須永とランポッサだけでなく、観客もわかっている。

暗黒海式超弩級竜巻(ダークオーシャンメガサイクロン)!」

「出たあっ! リングに黒い竜巻! このまま決まってしまうのかっ! カウントが入るっ!」

「ああ、トニーの首振りが出てしまってますな」

 トニー・カンレフェリーのスリーカウント前の首振りは返せなそうな時に出る。

「カウントスリー! 決まってしまったー。なんとチャンピオン二度目の防衛に失敗だあっ!」

 大ブーイング! いやもはや罵声というべきだろうが飛び交い騒然とした空気になってしまう。やがてリングへと物が投げ込まれる大騒ぎになってしまった。その間にルーイとガゼフが本部席からベルトと認定証を奪うようにひったくると、ラキュースの元へ駆けつける。

 ラキュースはブーイングや飛び込んでくる物の雨を祝福されているかのように両手を広げて受け止めていたが、ベルトと認定証を受け取ると、倒れているティを一瞥してリングを去っていく。

 

「まてやこらぁっ!」

 ガガーランがマイクを掴む。

「ラキュースっ! お前こんな勝ち方でいいのかっ! 」

 ガガーランの問いかけにラキュースは紫色の唇を少し歪めて、ニヤっとする。

「てめえ、見損なったぞっ! おい、ガゼフのオッサン! てめえもだっ!」

 カザフは両手で、ヤレヤレというポーズをするのみだった。

「てめえら許さん! おい、ダンディ! 次は俺がラキュースに挑戦するぞっ!」

「おい、男オンナ。実績もねえくせになにが挑戦だこらぁっ!」

 バルブロが噛み付く。

「お前がいうか、雑魚は引っ込んでろっ!」

「はん。俺様を誰だと思ってるんだ。チャンピオンを要するユニットのリーダ様だぞ。つまりチャンピオンより偉いんだよっ!」

 無茶苦茶な理論だ。

「そーかよ、なら実績には十分だよなっ!」

 ガガーランはエプロンサイドにいたバルブロに襲いかかり、正義のパンチを叩き込んだ。

「フギャッ!」

 バルブロは場外へところげ落ちる。

「おお、バルブロ……」

 なお、正義のパンチは反則だが、今は試合中ではない。

「おい、ラキュース! 貴様らのリーダーは討ち取ったぞ。タイトル挑戦させてもらうぞ。ダンディ、いいな?」

「わかりました。次回興行でラキュースとガガーランのタイトルマッチ決定します!」

 ガガーランとラキュース。かつてともに戦ってきた二人が、立場をかえて一騎打ちに臨む。こんなことになるとは誰が思っていただろうか。

 



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第80話 はやく平和になりたい

5章はこの話を含め後3話。
あの不幸な国が初登場です。




 

 

「このままではまずいですよ陛下……」

「わかっておる。法国め……急に兵を引き上げるとはどういうつもりか……金は十分支払っていたはずだが」

 竜王国女王、ドラウディロン・オーリウクルスは幼女形態でボヤく。

 

「……形態言うな!」

「私は言ってませんよ……」

 いきなり怒鳴られた宰相は、驚き半分抗議半分の顔をしている。

「あれ? おかしいな。だれかに形態と言われた気がしてな」

 女王は空耳だったかと考え直す。たしかに誰かがそういってたように感じたのだが。

「まあ、その幼女形態は受けがよいですからね」

「だから形態言うな!」

 幼い姿だけに怒っていても、プンスカプンという感じに見えてなかなか可愛らしい。

「ああ。失礼」

「やはり貴様だったんだな」

 女王はジロリと宰相を睨みつけ、ぷーっと頬を膨らませる。

「いや、少なくとも最初のは私ではないですが、陛下も幻聴が聞こえてくるとは、おと……お疲れですな」

「今何を言いかけたのやら。幻聴……か。ふん、貴様はいつもいつも形態と口にするからな。信じると思うか?」

「……ではなんと表現すればよいですか? 形態ではなく」

「わざとだな貴様。ふん、表現としては御姿じゃろう?」

 

 さて、現在の状況を簡単に説明しよう。

 

 この竜王国は現在危機に陥っている。隣国のビーストマンの国から侵略を受け続けているのだ。なお、ビーストマンとはプロレスラーにもいそうだが、プロレスラーではない。 わかりやすくいえば、顔が獅子とか虎のような獣で体は人型の種族だ。リアル世界において、人気のあった美女と野獣な話の、野獣みたいなもの。まあ、まったくもって紳士的ではないのだが。

 何? タイガーマスクじゃないのか? いや、タイガーマスクではない。もちろん、クーガでもなければデルフィンでもない。マスクではなく本物だ。

 ビーストマンにとって人間などは、弱くてトロくて、美味い餌に過ぎない。野生動物を狩るよりも、まとまって生活しているし、とって食うには最適の存在だった。

 もちろん竜王国は必死の抵抗をしているが、今もどこかで、国民は頭からモリモリ喰われている最中だろう。

 この国の女王ドラウディロンは、多額の資金を支払いスレイン法国から兵を派遣してもらい、幼女形態を性的に気に入っている"ロリコンリーダー"セラブレイト率いるアダマンタイト級冒険者チーム"クリスタル・ティア"とともに防衛を一任していたのだが、突如法国が兵を引いたのだ。話によると別の戦線に回す必要が出たらしい。実際法国はエルフとも戦争中であり、そちらに回したものと思われた。

 

「また形態と言ったな?」

「いえ、言ってませんが。このままだとあのセラブレイトにそのけ、いや御姿でお相手することになりそうですなぁ……」

 宰相はどこかひとごとである。

「あやつに性的に食われるのか……」

「物理的よりマシでしょうよ。なんなら今晩の夜伽に呼びましょうか?」

 あっさりととんでもない提案をする。しかもニヤニヤと薄笑いを浮かべながら。

「ふざけるなっ! まだ早いわ……っていうか嫌だ。どうせなら宰相を好む男色だったらのう。鍵をかけて二人で閉じ込めてやるのに」

「勘弁してください……。有り得そうで怖い……」

 ドラウディロンは竜王の血を八分の一引いている。そのせいか姿を幼女バージョンや、本来の大人の女性バージョン、はたまた……なバージョンにトランスフォームすることが可能だ。

 

「なんか打つ手はないかのぉ……」

「婆くさいものいいですねぇ。ひとまずバハルス帝国には援軍要請をしておきましたよ」

「出してくれるかのう?」

「どうでしょうね。噂では皇帝ジルクニフは陛下のことをあまり好ましく思っていないらしいですからなぁ……」

 ちなみにジルクニフの脳内嫌いな女ランキングの二位が、このドラウディロンだ。若作り婆扱いである。

「なぜじゃろうな。こんなに可愛らしいまたは、妖艶な姿にもなれるのにのう……まさかやつはアッチの気があるのかのう」

 チラリと宰相を生贄にしようかという目線を送る。

「ちゃんと美人女性を集めたハーレム作っていますから……単純に好みではないのでは?」

 宰相はさらりと毒を吐く。

「男色の冒険者が来たら褒美にしてやるぞ……」

 女王は必ずそうすると決めた。

(しかし、誰かまともな頼りになる御仁はおられんかの。強くて美男子で、まともに大人の女性を好むような……。それならば我が身をいくらでも捧げるというのに)

 見た目に似合わねぬため息を吐き、女王は呟く。

「ああ、はやく平和になりたい……」

 心の底からそう思っていた。

 

 

 

 

 

 






今回は序章です。
続きは次の章にて。

この章はあと2話です。


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第81話 対話

「ダンディ須永、貴方に確かめたいことがある」

 金髪坊主頭の筋肉の盛りあがった男が須永を訪ねてきた。顔立ちは平凡。人混みに埋もれるというが、これだけガタイがよければ目立つのではないだろうか。

 彼は、バルブロ血盟軍の軍師ルーイとしてリングに上がっているが、あえてここではスレイン法国六色聖典が一つ、陽光聖典隊長ニグンとして扱う。

「どうしました、ルーイ……いえニグン・グリッド・ルーイン」

「おや私の名をご存知でしたか。さすがですね」

「その衣装を見る限りはどうやら陽光聖典として来たようですな。さて、どのような話ですかな? 法国がいずれ探りにくるのはわかっていましたよ」

 須永は笑顔で応対する。まったく警戒する素振りがない。

「どこまでご存知なのか怖いくらいです。ダンディ須永……あなたは素晴らしい力をお持ちだ。デビュー前のお手合わせ……スパーリングというのでしたか。あの時から薄々感じていましたが、リングに上がって思います。貴方は他の連中とは明らかに格が違う存在だと。さすがは武神と呼ばれる存在だ。だから単刀直入にうかがいます。貴方はもしや神人でしょうか」

 ニグンもまた穏やかなものだ。敵意など微塵も感じられない。力差を理解しているという面もあるのだろう。

「神人……六大神の血を引く者に時折現れる先祖返りした強さを持つというアレですな」

「……彼女(あやつ)から聞いたのですか? 詳しいですね」

「いや。彼女は何も語っていませんよ。自由な娘ですからな」

「確かに。まあ自由すぎて困っております。まあ、私がではなく、別の人間がですが」

 ニグンは知り合いの顔を思い浮かべ苦笑する。

 

「わかります。まあ、私は情報が集まりやすい立場にいます。だからそれなりにあなたがたを知っていますよ。ああ、質問に答えていませんでしたな。私などとるに足らない存在ですよ。たまたま才能に恵まれた単なるプロレスラーにすぎません」

「いやいや、それを信じるとおもいますか?」

 ニグンの顔には若干の呆れが見える。

「まあ、そうでしょうな」

「では、やはり神人で?」

「いえ、私はダンディ須永。皇帝陛下直属のプロレスラーにすぎませんよ。法国がどのように考えようとも、私の立ち位置は変わりません」

「……それが貴方のお答えか。わかりました、ではそういうことにしておきましょう」

 ニグンの言葉は意外なものだった。

「よいのですかな?」

「少なくとも悪人ではないのはよく理解できています。そして私よりも何段も上の強さを持つ雲の上の存在のプロレスラーです」

「そうですか。……そうそう、陛下からのお言葉を伝えておきますかな。私も同意見ですし」

「承りましょう」

 ニグンは皇帝の言葉と聞き跪く。

「我がバハルス帝国は、法国とことを構える気はない! との事。ご存知の通り陛下は野心家ではありますが、全世界を支配しようなどと考えてもいませんからな。念願であった統一を果たしたばかりですし」

 須永は穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと話し出す。

「承りました。私もそう願っておりました。少なくとも貴方様と戦いたくはないので」

「私も同じですよ。我々バハルス帝国は、今はただ国家の繁栄のために尽くすのみ。なにしろ新たな領土も手にして間もないですからな。それにご存知のように、旧王国領は未だに前政権の失政により疲弊しています。それを回復させるのにはまだ時間がかかるでしょう」

 ニグンは静かに頷く。彼も旧王国の惨状は理解している。

「我々は富国強兵に力を入れていますが、それは他国を侵略するためではない。人間に、強い異種族と対抗できる力を持たせるためです。法国は、人間至上主義ですよね?」

 ニグンはここも頷くだけで言葉は発しない。

「我々は異種族も受け入れながら、人の繁栄を願っている。方針に若干のブレはありますが、ともに人間の繁栄を願っているという意味では同じ方向を向いている同士ですから」

「確かにそうですね。視野を広げればそうでしょう。私はこの帝国に来て、異種族と話をする機会に恵まれました。やはり教義として異種族は敵と教えられてきていますから、敵意を隠すのは大変でしたが、私なりにわかったことがあります。姿形は違えど彼らは生きている。なんら我々人間と変わることはないのですね」

意外な言葉が帰ってきた。

「その通りです。視野を広げるとわかるでしょう?」

「わかります。上層部が理解できるかは別ですが……」

「焦る必要はないのですよ。貴方のような信仰心の塊のような方が気づけたのです。他の方も理解はしてくれるでしょう。長い年月がかかったってよいではないですか。今から少しづつ変えていけば、何代か先には受け入れるのが当たり前になっているでしょうし。まあ、それを我々が目にすることはないでしょうけどね」

「気の長いお話ですね、ダンディ須永」

「王国だって崩壊まで200年です。せめて、その半分くらいで浸透して欲しいですがね」

 二人は笑いあう。

「では、ニグンは国に戻るのですかな?」

「いずれそうなるでしょうが、当分先になりそうですよ……理由は……」

「プロレスに夢中になりましたかな?」

「正解です。我々は後暗いこともしてきましたし、そのせいでラキュースとも戦ったことがあります。彼女と次会う時は殺し合いだと思っていましたが、まさかユニットを組むことになるとはね。ハハ、人生はわからないもんですなっ! とにかくリングに上がっている時は充実しています」

「ではこれからも頼みますよ、ルーイ」

 二人はガッチリと握手を交わす。

「はい。いつかは貴方に勝ってみたいものです。その時はギブアップをとってみたいですね」

「楽しみにしていますよ。私を狙っている人間は沢山いますからな。誰が最初か私自身が一番楽しみなんですよ」

 穏やかな風が吹き抜ける。明日も良い天気になりそうだ。

 






次の話が5章最終話です。


法国とは戦いませんよ。帝国に利はないですからね。


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第82話 奮い立て!

第5章最終話となります。




 バチーン! と感情のこもった張り手が決まり、ラキュースがフラフラになる。

「逃がさねえよ……」

 ガガーランはその肩口を左手でワシっと掴むと、右手の人差し指で、シーッと静まるように促す。場内はそれを合図にシーンとなり、皆がガガーランに注目している。

「ラキュース! こいつで目を覚ましやがれっ! 」

 ガガーランの秘密兵器……あのガゼフすらダウンさせた一本足頭突きがラキュースに決まった。静寂に包まれた場内には、ゴォーン! という鐘の音のような音が響き渡った。

 

「ぐあああっ……!」

 だが、呻き声をあげたのは……なんと仕掛けたガガーランの方だった。どう見ても石頭に見えるガガーランが苦しむというありえない図式に、観客は声が出ない。

 

「なに今のは? もしかして自爆技なのかしら? 」

 ラキュースは、紫色の唇を歪めて笑みを浮かべる。その瞳はガガーランを完全に下に見ているのがわかる。彼女はやはり、今は悪魔神官……いや暗黒神官戦士、ダークネス・ラキュースなのだろう。

 

「そんな馬鹿な! くそっ、もう一度っ!」

 ムキになって二発目を決めたガガーランだが、その意気も虚しく、額を抑えながら転げ回るハメになってしまった。断っておくが、別にラキュースは何かを装備していたり、魔法をかけているわけではない。

 

「情けないわね、ガガーラン。あなたとは旧知の仲だからひとつアドバイスしてあげるけど、もう少しアタマを鍛えておくことね。もちろん中身も鍛えた方がいいわよ。脳味噌まで筋肉に鍛えるって意味じゃないけど。ねえ、それとも貴女も闇に染まる? 私みたいに強くなれるわよ」

 ガガーランの痛めた額を足で踏みつけ、グリグリと抉りながら笑みを浮かべるラキュース。

「だ、誰が……うがっ」

「さあ、起きてガガーラン。閉店の時間よ」

 深酒した仲間を起こすような優しい声を出しながらガガーランを引き起こす……いや、抱き起こすが正解だろうか。

「うー頭痛え……」

「頭痛いの? ……じゃあこれが効くわよ!」

 優しい口調から一変。頭を左脇に抱え、右手で道着の帯の部分をロックしたラキュースは、ガガーランの分厚い体をあっさりと垂直に持ち上げ、須永ばりに旋回しながら、そのまま真っ逆さまに額をマットへと叩きつける。

旋回式垂直落下DDT(ダークネスデンジャートルネード)が強烈に決まった。

 

「ぎょはっ!」

 妙な悲鳴をあげるガガーラン。

「まだまだっ!」

 あえてフォールには行かず、グラウンドでコブラツイストに入る。ガガーランの体が拗られ、力ない呻き声のみが聞こえてくる。

「どう、ガガーラン。暗黒蛇絡みの味は」

 蛇の毒が巡るように徐々にガガーランは、動けなくなっていく。

「ぐっ……くっ」

 派手な技の多いラキュースにしては珍しいグラウンド技。予期していなかったガガーランは為す術もない。

 

「兄様っ! 諦めないでください!」

 エンリがエプロンをバンバン叩きながら、遠のいていくガガーランの意識を呼び戻す。

「ガガーラン! ガガーラン!」

 エンリはエプロンマットを叩きながら声援を煽る。

「決めてしまえ、ラキュース!」

 血盟軍総帥バルブロの声が飛ぶ。すっかりメインイベントの風景の中で常連になりつつあるが、扱いはメインイベンターではない。

「……お、おう。ヤバかったぜ。楽園からイビルアイに追い返されて帰ってこれた。今いっちまったら、あいつに笑われちまうぜ。感謝するぜ、イビルアイ……ぐあっダメだ……外れねえっ!」

 飛びかけた意識が戻ったガガーラン。彼女の中で、イビルアイはどこにいることになっていたのやら……。なお、イビルアイはエ・ランテルにいるばすである。しかし意識が戻っただけであり、ピンチには変わりない。

 

「これならどうかしら」

 ラキュースは体勢を調整してガガーランの両肩を押さえ込む。グラウンドコブラツイストホールド! 

 

「ワン! トゥ!」

「返してっ!」

「あっぶねぇ! 今のはヤバかったぜ」

 かろうじて返すガガーラン。肩で息をしながら逆襲に転じようと組み付き、ラキュースをブレーンバスターで持ち上げ、そこから横抱きにして脳天からマットへドカンと叩きつける。

「フォールだっ!」

 カウント2.8でラキュースは立ち上がり、あえてタイガードライバー! 

「くっ!」

「返せ、ガガーラン!」

 さすがにセコンドのティが叫ぶ。自分の技で倒れるなというメッセージだ。

「させねえっ!」

 カウント1で返し、ガルムズディナー! 

「ぬおおおおっ!」

 それをラキュースはその場で楽々と受け止める。ダメージの蓄積により、もはやガルムズディナーの威力はまるでなかった。

「粘るわね……でも、ここまでよ。それじゃあね、ガガーラン。向こうでイビルアイによろしく!」

 必殺のDOサイクロンが炸裂し、ガガーランは静かにスリーカウントを聞いた。

 

「28分28秒、ダークネス・ラキュース選手初防衛に成功です」

 タイガー・ジェット・ティ、ガガーランと敗れ、シングル戦線において、帝国華激団はユニットとしては後がなくなってしまった。残るはエンリのみである。

 

「ハッハッハ。なにが帝国華激団だ。か~激弱団の間違えじゃないのかよ。ラキュースの方が美しく華やかで激しく強いじゃねーか!」

 バルブロが調子に乗りまくったマイクで煽りまくる。彼が勝ったわけではないが、ラキュースは彼のユニットメンバーだから仕方ない。最近かき混ぜ屋(ザ・シェイカー)として存在感を発するバルブロの真骨頂がここにある。

 

「ハッハッハ。何も言えねえようだなぁ。では、俺様から一言言わせてもらおうか」

 バルブロへのブーイングは少ない。勝っているからなのだろうか。それとも、バルブロが支持を集めているのだろうか。

 

「無様だな。この愚物どもがっ! 」

 いつか言われたことを言い、バルブロは御満悦である。きっといつか言ってやろうと考えていたのだろう。

「さて、祝勝会だ。引き上げるぞ」

 満足げに引き上げようとするバルブロ達。苦々しい思いの観客が精一杯のブーイングを飛ばす中……。

 

「ちょっと待ってくださいっ!」

 エンリがマイクを持った。

「なんだ小娘」

「バルブロさん、よくも言いたい放題言ってくれましたね」

「まあ、ラキュースが実力で勝ったのは間違ってないからな」

 たしかに間違ってはいない……この試合に限っては反則も乱入もしていないのだから、言い訳はできない。

 

「むむっ。もう怒りましたよっ! おい、バルブロっ! 貴様のとこのラキュースにこのライオネス・エンリが挑戦してやるよっ! ベルト賭けろ、こらぁっ!」

 エンリの熱いマイクに場内から大きな拍手が起きる。よく言ってくれた! という思いからだろう。

 

「お嬢ちゃん。ベルト欲しければ服屋にいくんだな。お前みたいな雑魚がベルトに挑戦たあ笑わせるぜ。お前に権利はない」

 確かにエンリには実績はない。

「だがなぁ……俺様は心優しき人格者で知られるバルブロ様だ。お前にチャンスをやろう」

 いや、誰も知らないから……。そんな話だったら、国は滅んでないだろう。胡散臭いことこの上ない。

 

「いいか、ライオネル・小娘。俺様が用意するシングルマッチ三番勝負で、お前が負けなければベルトに挑戦させてやる。その代わり……お前が負けたら、その時点でユニットは解散だ! おい、その条件がのめるならお前の挑戦を受けてやるよ。……さあどうする?」

 出来るもんならやってみろという顔だった。

「いいでしょう、その条件受けてあげますよ! このライオネス・エンリが……バルブロ! お前の姑息な策を全部跳ね除けて、そこのへなちょこチャンピオンのベルトへ挑戦してやるよ! 」

 バルブロな挑発にエンリは即答で答える。負ければユニット解散をかけた三番勝負。エンリは勝ち残ることができるのだろうか。しかし、相手はバルブロだ。どんなことを仕掛けてくるかはわからない。

 エンリよ、奮い立て! バルブロの策略に負けずに勝ち続けてみせよ! 

 

 






ここまでありがとうございました。

というわけで、次章の主役は、ライオネス・エンリです。

おそらくバルブロの策に立ち向かうエンリと、ビーストマンに立ち向かう某国の二本柱になると思います。





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第6章 覇道
第83話 三番勝負~第一番~


 

「さあ、ライオネス・エンリが入ってきました。突如組まれたライオネス・エンリ炎の三番勝負。ミスターBOバルブロの巧みな策略……否、口車に乗せられて挑む、あとのない戦いとなります」

 今日の帝都興行も満員御礼。帝国プロレス旗揚げ以来帝都ではフルハウスが続いている。

「さて、この三番勝負ですが、三試合のいずれか一つでも、エンリが勝てなければ彼女が所属する帝国華激団は解散することになっていますが、逆に三番勝負を全て勝てば、エンリはダークネス・ラキュースの持つベルトへと挑戦する権利を得ます」

 どうもこの挑戦権は釣餌という印象が否めない。バルブロは、人気のヒロインユニットを解散に追い込むことが目的なのだろう。

「タイガー・ジェット・ティの妹としてデビューして以来、ティやガガーランの庇護下にあったライオネス・エンリ。初めて一人で立つメインのリングに何を思うのかっ!」

 闘技場にはやたらと熱い実況が流れており、それを聞きながら場内の八割以上はエンリの勝ちを望んでいた。

 

「さあ、注目の試合となりました本日のメインイベント。この試合はダブル解説、ダンディ須永選手とランポッサさんにお願いしております。御二方どうぞ、よろしくお願いします」

「よろしく」

「うむ。よろしく頼む」

 近頃は須永の試合が組まれないことが多くなっており、特に帝都興行では解説席に座っていることが多い。須永がリングに上がらなくても、スター選手達が試合で魅せてくれている。

 一人の人気選手に依存している団体は脆いものだ。それは須永が知るプロレス団体の歴史が教えてくれている。だからこそ須永は一歩引いて後進の育成に力を注ぐべく、現場監督兼総合コーチという役割を担っている。もちろん、いつでも試合はできるようにコンディションを整えているが。

 

「どんな展開になるか楽しみですな」

「うむ。その通りであるな。先月から楽しみにしておった」

 ランポッサは、領地には戻らず帝都に用意された屋敷に駐留し、月一度の帝都興行においては解説役を務めている。もっとも領地に戻ってもすることはあまりない。現在領地経営は元第二王子のザナックが現当主としてしっかりと行っており、ランポッサはまったく出る幕がなかった。

 今は解説役として帝国プロレスに関わりながら、息子(バルブロ)と、重用してきたガゼフの活躍を見るのが、隠居後の楽しみになっていた。知らないものが見たらただのプロレス好きな爺さんであり、王としての面影はまったくない。

 ジルクニフの旧王国民に対する憎まれ役にしようという策略は、上手くいってないように見えるが、ここは帝都だ。旧王国首脳部などまったく興味はない。さすがにランポッサも旧王国領ではこのような姿は見せられないだろう。

 

「さて、答えにくい質問をしますが、ランポッサさん、今回のミスターBOバルブロ選手の悪巧みをどう思いますか?」

 実況はいきなり切り込んだ質問を繰り出したが、これは皆が聞きたいところだろう。

「もはやバルブロは私の手からは離れ、バルブロだけが見える独自の道を進んでおる。だから私がどうこういえる問題ではないのだが……これは悪巧みではなく、バルブロはプロレス頭をフル回転させているのだろうな。頭の出来はセールスポイントではなかったはずだが、ことプロレスに限れば、よい頭をしているのではないかな? ダンディ殿」

 まさかの深い返答だった。ランポッサはただの隠居爺ではないようだ。

「ランポッサ様の仰る通りですな。よく我々もプロレス頭といいますが、バルブロ選手はプロレス頭がいいんですよ。いかに自分を魅せるか、また相手との駆け引きといった部分がかなり優れていますな。だから今回の三番勝負もかなり仕掛けてくると思いますよ。なにしろ血盟軍を倒せばとかの条件ではないですからな」

 そう、バルブロの用意する三番勝負というだけで、相手は明言されていない。ゆえに誰が出てくるかは全く読めない。

「なるほど。ダンディさんも高評価なんですね。バルブロ軍のメンバーについてはどう思われていますか? 特にランポッサさんはご存知の方が多いですが」

「ふむ。簡単にいえば凄いチームだな。戦士長のガゼフ……いや今は暗黒戦士長ガゼフ・ブラックか。かの者はやはり戦場(いくさば)慣れしており、力量も確か。アインドラの令嬢ラキュースやバルブロが目立っておるが、チームを束ねているのは間違いなくガゼフである。ラキュース、ルーイと実力派が揃い全ユニットでもトップクラスの力を持っておるだろう」

 多少贔屓が入っているにせよ、ユニットメンバーの能力は高いのは間違いない。

 

 

 

「赤コーナーより……超神ジーニアス・カイザー選手の入場です」

 帝国華激団ファンから悲鳴があがる。三番勝負初戦の相手は、なんとタイトルマッチも経験している超実力派レスラー、超神ジーニアス・カイザーだった。

 

 

 

 



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第84話 須永の教え

「プロレスで困ったらダンディに聞け。奴にわからなければ誰もわからん」
実はストーリーの裏側で、ジルクニフが裏でよく言っているセリフです。




 

 

 

 地方興行が終わった後、リング上で大の字になって一人星空を見上げていた須永は、近づいてくる少女の気配に気づき、目をそちらへと向けた。

「どうしました、エンリ?」

「ちょっとお話いいですか?」

 その表情は堅く真剣な顔つきであり、星を眺めにきたのではないのは明らかだった。あるいは星空であることすら気づかないかもしれない。

「エンリが来るとは珍しいですね」

 須永は上体を起こすと、右手で座席を示す。

「それではあちらで座って話しましょうか」

 今回は連続興行であり、明日も興行があるから会場設備はそのままになっている。

「はい」

 二人はリングサイドの客席最前列に並んで座り、誰もいないリングを見つめる。

「たまには客席から見るリングもいいでしょう?」

「そうですね。なんか懐かしい感じがします」

 エンリは入団前にリングサイドで試合を観戦したことがある。あの日のメインイベントはエンリにとって忘れられない試合であり、プロレスへ進むきっかけとなった試合でもあった。

「エンリ、バルブロ君に喧嘩を売ったことを後悔していますか?」

「いえ、後悔はしていません。ただ……私は不安なんです」

 エンリのぎゅっと握りしめた拳は小刻みに震えている。不安と恐れがプレッシャーとなっているのだろうか。

「不安ですか。貴女が負けたらユニットがなくなってしまうからですかな?」

「はい。せっかくティ姉様とガガ兄様とユニットを作ったのに、私のせいでなくなったらと思うと……」

 エンリは瞳を伏せる。明らかに覇気がなく、押し潰されそうになっているのを耐えているのだろう。

 

「……出る前に負けることを考えるバカがいるかよっ!」

 須永らしくない言葉に、エンリはビクンと体を震わせ、顔を上げた。

「ダンディさん……」

「……今のはね、遠い昔にプロレスの神に近い扱いをされていた方の言葉です。不安になる気持ちはわかりますよ。だけどね、試合に出る前から負けることを考えていたら、勝てるはずの試合も負けてしまいますよ?」

 須永はいつもの穏やかな口調に戻っている。

「気持ちで負けちゃいけないってことですか?」

「その通りです。まず、貴女に勢いで条件をのませたのは、バルブロ君の策。彼はそのあたりのセンスがあるので、上手く誘導されましたね」

 エンリは苦い顔をする。たしかに須永が言う通りに乗せられてしまったのは否めない。

「勢いで受けたけど、冷静になると精神的にきつくなる。これが彼の策の第二段階。今のところ完全に策にハマってますな」

「あ……う……」

「そして、バルブロ君のことですから……あらゆる手を使って貴女に勝たせないようにして来るでしょう。どのような手でくるかは、私もまだ読めませんが……まあ、試合に介入してくると思っていれば、まず間違いはないでしょうね。あとは対戦相手ですが、仮に私がマッチメイクするなら勝てそうもない相手をあてますがね。たとえば武王とか」

「うっ……」

「ほらまた」

 須永は苦笑する。やはり根が純粋だと思う。

「エンリは真面目すぎるんですよ。まず差を考えて負けることを考えてしまってます。それじゃぁダメですねぇ」

 須永の的確なダメだしにエンリは肩を落とす。

「貴女はティからそこを学ぶべきですね。基本あの娘は、勝つことしか考えてませんからな。実際武王からもスリーとったでしょう?」

「はい。姉様は秒殺しました」

「彼女は勝つことだけを考えて、武王の弱点をつきました。武王が丸め込みに弱いのは以前からわかっていましたし、実際トーナメントでも4の字ジャックナイフ固めをかろうじて……本当にギリギリ返していましたからな」

 体が大きい人間が丸め込みに弱いのは昔からだ。世界が変わってもそこは変わっていない。

「そっか、まずは勝つことを考えるようにしないといけないんですね」

「そういうことです。さっきの例からわかるように、勝つことを考えれば勝ち筋は見つかるものです。エンリも考えてみることですよ。バルブロ君が何をしてくるにせよ、相手はすでに帝国プロレスに上がっている者のはず。ならば、頭の中で、シミュレーション……いや想像してみてください。今の貴女が勝つためになにができるかを」

 須永はどこから出したのか、所属選手のイラストが描かれたカードセットを提示する。

「さあ、誰からはじめますかな?」

 須永の眼差しは娘を見守る父親のものだった。

 

 



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第85話 三番勝負~第一番~その2

「ジーニアス・カイザーとはいきなり強敵ですな」

 須永の視線の先にはリング上で向かい合う二人の姿がある。カイザーは悠然と構えており力みはない。エンリは強敵と知っても気持ちが引いていないようにみえる。

「なお、この試合は皇帝陛下もご覧になっておられます」

 バルコニーには出ず、窓から手を振るとジルクニフは腰掛けてリングを見下ろす。最近は露出が減っているが基本的に帝都興行には関わっている。

 

「さて、()()()カイザーはどうかな?」

「普通に考えれば勝つんじゃないですかい?」

 護衛役のバジウッドが相変わらずな口調で答える。

「まあ、そうだろうな。だが、追い込まれたあの娘が何も考えていないはずはないだろう。案外わからんぞ」

「そういうもんですかね?」

「そういうものですよ。雷光」

 慈母の笑みを浮かべたレイナースが、優しい瞳でバジウッドをみる。

「そうかい。わからんもんだなぁ……。それにしても重爆は随分と綺麗になったよなぁ……」

「惚れまして?」

「いや……」

「あら照れなくてもよいのに……」

「そろそろ始まるぞ。集中しろ」

 三人はリングへと視線を移した。

 

 

「悪いが私も負けるわけにはいかんのでな」

「ええ。全力で来てください。勝ってみせます!」

 エンリとカイザーは睨みあうが、カイザーはスっと目線を外す。

(あれ? なんだろう……今日のカイザーさんは

 なんだか弱そうに見えるんだけど……もしかしてあれかな? 勝つことを考えてきたから、カイザーさんに勝てるって思ってるからなのかな?)

 相手に呑まれないというのは大事であり、気の持ちようで相手の見方は変わるものだ。

 

「さあ、まもなくゴングです。御二方はこの試合どう予想されますか?」

「カイザーは実力者の一人。この試合はやはりカイザー有利だろうな」

 ランポッサが先に答える。なかなか玄人感が出てきたような気がしなくもない。

「ダンディさんは?」

「そうですな。エンリに勝機はあります。問題は彼女が気づいているかどうかでしょう」

 須永はそう言ってもう一度エンリを見る。

(どうやら……大丈夫そうですね。カイザーの最大の特徴こそが彼の最大の弱点です。それに()()()カイザーは……)

 須永もジルクニフと同じ言い方をしている。これは何を意味するのだろうか。

 

 カアン! 

 

 試合開始のゴングが鳴ると同時にエンリは、珍しくダッシュ! レベルアップして速さが上がっている。あっという間に一気に距離をつめ、ロックアップしようとしているカイザーの前で急停止! 

「いやぁぁぁっ!」

 気合とともに両の掌をカイザーの顔の前で叩き、パァーンと大きな音を出す。

「え? エンリなにを……っおっ!」

 いわゆる猫騙しでカイザーの意識を引きつけ、その隙にエンリは素早くカイザーのバックへ。そして背中合わせの状態から両腕を絡めて前へかがみこみ、フォールする。これはいわゆる逆さ押さえ込みだ。

 

「カウント……ワン! トゥ!」

 カイザーへの声が飛ばない。試合がまだ始まったばかりだからだろう。しかし……。

「スリー!」

 カウントは無情にもみっつ入ってしまった。

「0分9秒、0分9秒……ライオネス・クラッチにより勝者ライオネス・エンリ!」

 場内みな状況が飲み込めていない。

「あーっと、秒殺! なんと秒殺です。ライオネス・エンリ、強豪のカイザーをたったの9秒で仕留めてしまったぁ!」

「まさか……」

「カイザーは基本的にスロースターターですからね。相手の攻撃を受けて受けまくってピンチになった時に、観客の声援を受けて力を……真価を発揮するわけですよ。いわゆるヒーローモードとでも言うべきでしょうか。ようは試合後半になればなるほど強くなるわけです。つまり試合開始直後は……。これはライオネス・エンリが上手かったですなぁ。さて、私はここで失礼しますよ」

 須永はそれだけいうと席を立ち、バックステージへと向かう。

 

「おい! おい! おい! おいっ! なんだこの茶番はっ!」

 リングにはバルブロが登場し、エンリとやり取りをはじめていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「どうでしたかな?」

 誰もいないバックステージの控え室。素早く戻ってきていたカイザーが座り込んでいた。

「いやぁ……エンリは強いですね。びっくりしましたよ」

 カイザーはマスクを外す。前髪が目を隠しているが、見える顔立ちは少年と大人の間といったところだろうか。

 

「逆さ押さえ込みは、タイミングで決められると。意外と返しにくいものですよ。よく番狂わせに使われる技ですし、時には神が宿るケースもありますからな。仕方ありませんよ、ンフィーレアくん」

 今日カイザーのマスクを被っていたのはエンリの友人、ンフィーレア・バレアレ。エ・ランテル一番の薬師の孫であり、今はバレアレ薬品店の帝都支店を切り盛りしている。

 彼は以前よりエンリに惚れており、今もその心は変わっていない。エンリを支えるべく体を鍛え、たまにリングに上がっていた。主にマスクマンとして。なお、エンリはそのことを知らないし、ンフィーレアの気持ちなど全く気づいてもいなかった。

 

「まだまだ鍛えなくちゃだめですね。こんなに早く負けるとは思いませんでしたよ」

「カイザーの弱点を狙われましたな」

「ですね。あーあ、また本物(カイザー)に叱られちゃいますね……」

 ンフィーレアはそういいながらも、どこか楽しそうであった。

 とにかくエンリ三番勝負第一戦はエンリの勝ち。なお策士バルブロはこのカイザーの入れ替わりを知らない……。

 

「ま、今日の決まり具合なら本来のカイザーでも返せなかったとは思いますが……。さて、次はどんな相手できますかね……」

 残り二戦。エンリ三番勝負はまだ始まったばかりである。

 

 



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第86話 待ち望んだ朗報

救いの神現る。


「陛下! バハルス帝国から!」

 取次役の兵士が慌てて走り込んできた。

「バハルス帝国がどうしたのじゃ?」

「は、申し上げます。バハルス帝国より援軍が!」

「なんと! それはありがたい。早速代表者を通すのじゃ」

 女王ドラウディロンは、ほっと今はない胸をなで下ろす。少なくても、ねっちょりとした視線を送ってくるセラブレイト相手に夜伽をする必要はなさそうだ。

 

「援軍はどれくらいくるのかのう?」

「バハルス帝国は全部で10軍団あるはずですよ。軍団はひとつは確か万で構成されているはずですから、最低でも1軍団……1万はいるかなと」

「かなりの出費になりそうじゃな……」

 ドラウディロンはため息をつく。

「仕方ありません。国を守るためですから……」

「国防を他国に任せないといけない状況だからのう……」

 二人はああでもないこうでもないと、支援に対する礼を考えて意見交換を繰り返す。やがて……。

 

 

「申しあげます。バハルス帝国の代表の方をお連れいたしました」

 先程の兵士が戻ってくる。

「おお、これへ」

 兵士が連れてきた代表者は三人の男性だった。

 

「よくぞ参った。帝都からは遠いであろうに」

「お気遣いありがとうございます。竜王国の危機と聞き、陛下の命により馳せ参じました。私はダンディ須永と申します」

 顔を上げ挨拶をしてきた男──恐らく20代後半から30半ばだろう──を見た瞬間女王ドラウディロンの体をビリビリとしたものが走る。

(なんじゃ、この感覚は……物凄く惹かれるものがある)

 女王は戸惑うが、それをかき消すような大声が、宰相から発せられた。

「ダンディ須永!? ってあのダンディ須永ですかっ!」

 宰相は興奮を隠せないでいる。

「"あの"が、どのようなものを指すかは存じませんが、私がダンディ須永その人でありますぞ」

「宰相、知っておるのか? そこな御仁を」

 女王は血が騒ぐのを感じている。何故かはわからないが、とにかく本能的に惹かれている。

「陛下……なにを言っておられるのか。まさかダンディ須永を知らないとは……情けなや。ダンディ須永といえば、闘技場無敗の帝国最強の男であり、武神とまで称される帝国では知らぬ者はいない超有名人ですよ。格闘術プロレスの使い手で、帝国で大人気の帝国プロレスの創始者にして、絶対エース。初代チャンピオンであり、プロレスでも無敗のスーパースターですよっ!! 愛と勇気と希望を与えるスーパーヒーロー! "ダンディ・ドラゴン"とは、この御方だああああっ!」

 異常に詳しすぎる説明だった。しかも最後はなぜか歌舞伎調。もしかして彼はプロレスファンなのだろうか。

「そ、そうなのか……それは凄い御仁なのだな」

「何を言っているんですかっ! 凄いという言葉が陳腐に聞こえるほど、凄い御方なんですよっ!」

 もはや宰相は意味がわからない領域に達している。

「結局凄いで間違ってないではないか」

「違います。ただの凄いじゃないんですよ、凄いをすっご──く超えた凄いなんです!」

「はは。過分な評価をいただき恐縮ですな。ま、たまたまですよ」

 須永の謙遜に同行していたメンバーが、オイオイという顔をしている。

「そうか。是非詳しい話を聞きたいのう。二人きりで話そうではないか、今夜にでもどうかえ?」

「陛下、ヨダレ」

 小声で宰相が注意する。

「い、いかん。宰相の興奮が移ってしまったぞ。ダンディどの、是非に。ちなみに、やはり大人の方がよいか?」

「まあ、それくらいでしたら構いませんが。……質問の意味がわかりかねますが、私は子供のファンも大事にしていますぞ。もちろん、大人のファンも大事に扱わせていただいてます。とにかくまずは、この国に平和をもたらしてからですな」

「平和を?」

「ビーストマンなど我らにお任せください。この国の民が安寧に暮らせるようにしてみせましょう」

 須永は自信たっぷりである。

「それは頼もしい……して、今回の援軍の数はいかほどなのかのう?」

「そうですな……ひいふうみい……七人ですかな」

 予想外の答えに女王と宰相は言葉が出ない。

「……え?」

「まあ、正確には六人と一匹または一頭なのでしょうが、七人でよいかと」

 須永の余裕のある受け答えに自信が見える。

「な、七人? たったの?」

「最低でも、一万の軍勢ではなかったのか宰相」

「は、はあ……」

「陛下、ひとつお忘れのようですが、数も大事ですが、質は大事な要素ですぞ。我々はたった七人かもしれませんが、万の軍勢に勝ります。それに兵は神速を貴ぶと申します。今回の移動速度に耐えられるのは我々だけでした。さて、二人とも、挨拶を」

 須永に促され、二人の男が一歩前に出る。

「女王陛下お初にお目にかかります。私はガゼフ・ストロノーフと申します。全力を持って貴国のために戦うことを誓いましょう」

「ガゼフ・ストロノーフ! あの周辺国家最強といわれた王国戦士長の!」

「今はただのガセフでございます。もはや最強ではありませんし」

 宮仕えが長いだけに、名を知られていたようだ。

「同じくお初にお目にかかる。私はブレイン・アングラウス。ただの元剣士です」

「おお、戦士長と互角に戦ったという!」

「やはり、ガセフの相手として知られていましたか」

 ブレインは苦笑するが、二つ隣の国にまで知られていたことは嬉しかった。何より須永を知らない女王が、ガゼフとブレインを知っていたことにひとつだけ勝ったという思いがある。

「この両名をはじめとした精鋭を早馬にて引き連れて参りました。ビーストマン程度我々の敵ではないでしょう。では、明朝征伐に出立いたします」

「頼もしい限りじゃ。よろしく頼む。そなたたちを派遣してくださったジルクニフ陛下にも礼を言わねばなるまいな」

「かしこまりました。なお、陛下はこのようにおっしゃられておりました。『隣国が援軍を必要とするならば、喜んで送ろうではないか。ダンディよ、二度と援軍の必要がないくらいまで、ビーストマンどもを叩きのめしてこい!』と」

「なんと強気な……」

 女王は皇帝の覇気に驚く。そしてそれが可能なのが、選ばれし者達なのだと知った。

 

 

 

 

 

 

 

 





どなたかの創作……だったかな?
女王と宰相がプロレス技をかけ合うようなシーンを見たことがあります。

宰相のダンディへの反応はその辺から来ているんですが、作品名が思い出せない……。


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第87話 須永の教え2

「それでは次行ってみましょうか」

 須永はカード数枚を広げ、エンリにカードを引かせる。

「う……」

 エンリは引いたカードを見て固まってしまった。

「ティ姉様……に勝つ方法……ですか……」

「エンリ、貴女はティの妹です。傍にいるからこそ見えてくるものはあるはず。それともティとは戦いませんか?」

「対戦する機会はないかと……」

 エンリは遠慮気味に言葉にするが、彼女自身信じてはいない。バルブロならありえるのでは……と思ったからだ。

「いえ。プロレスにおいて同じユニットだから戦わないということはないんです。だから貴女は常にティと戦う準備をしておく必要があるのですよ。それに私がマッチメイクするなら、同じユニットの者を条件をつけて当てますよ」

 須永は、エンリがあるかもと思っていたことを具体化していく。

「条件ですか?」

「ええ。ベルト挑戦というエサで貴女を釣り出していますし、負ければ解散というプレッシャーをかけてますよね。さらに追い込むならば、対戦相手にティやガガーランを配置し、彼女らには物理的なプレッシャーをかけます」

「物理的なプレッシャー?」

 エンリは想像がつかない。

「そうですね、負けたらティなら覆面を剥ぐとか、ガガーランなら髪を切るとかですかね。ライトなものだと恥ずかしい衣装で戦わせるとかかな」

「え……エグいことしますね。ちなみに恥ずかしい衣装って?」

 変な所に食いつくエンリ。

「……ガガーランに足を出したミニスカート風のものとかですかね。あまり見たくはないでしょう?」

 エンリは須永の言ったイメージを思い浮かべたが、やがて首をブンブンと横に振ってイメージを打ち消した。

「兄様には似合いません!」

 二人して失礼な話だ。ちなみに須永がイメージしたのは、月のかわりにお仕置きしてしまいそうな格好だった。本人の好みは知らないが、似合わないとは思う。ぜひ想像してみてほしい。ミニスカセーラー服で、リングに上がるカガーランの姿を。

「まあ、そういうことで二人を倒すイメージは作る必要があります」

「難しいですね。近くで見ているから弱点はわかりますけど。それだけで倒せる相手じゃないですから」

 だいぶエンリは前向きな気持ちになっている。シミュレーションとはいえ、勝つことを考えて、考え抜いて数人を倒してきているから、良くなっているのだろう。

 

「そういう時は相手の長所を考えましょう。ひっくり返せば弱点になります」

「それはどういうことなんでしょうか?」

「では一つ例を上げます。ティはスピードが売りの一つですよね?」

「はい。姉様はとっても速いですから」

 自分の事のように胸を張るっている。やはり姉が大好きなのだろう。

 

「実際ティのスピードは、帝国プロレスでは二番目ですからな」

「二番目……じゃあ一番は?」

 エンリはわかりきっていることを思わず聞いてしまう。須永は、人差し指を左右に数度振り、それから親指で自らを指し示した。

 

「まあ、順位はどうでもよいですが、その速さは時として仇となるのです。加速するということは、勢いをつけて突っ込むわけですよ。つまり……」

「カウンターが効く!」

 エンリは勢いよく被せてきた。

「正解です。実際先日のラキュースとの試合においてもティはカウンターをくらってますよね?」

「アックスボンバーをラリアットで返されてました。ああ……なるほど……」

「加速した分はまるごと跳ね返りました。こうやって考えていくと長所の裏返しは……」

「短所になるんですねっ!」

 エンリは前が開けた気持ちになっている。目の前に分厚く高い壁があって乗り越え方で悩んでいたのだ。彼女が悩んでいる時は、いつでも相談相手になってくれたのは姉。だが今回だけは違った。

「……スナっちゃんに相談してみな」

 ティはそれだけを答えて自分のための練習に集中していた。恐らく自分とは違う意見を聞くべきだと言いたかったのだろうなと今はわかる。

 

「そういうことです。相手の弱点を狙うだけじゃなく、長所をひっくり返す。相手は自分の売りだと思っていますから、楽しいくらいに引っかかってくれます。上手く罠をしかけて追い込む感じですかねぇ」

 これは須永のテクニックの一つである。

「では、そのように考えてみます」

「それでよいでしょう。また詰まったら聞きに来てください。エンリ、一つだけ言っておきますが、()()に勝つことを考えてくださいね」

「はい。全員に勝つことを考えます!」

 エンリは笑顔でそう答える。

(本当に全員に勝つことを考えられるかな? なにがあるかはわからないから、ちゃんと備えて欲しいけど)

 

 さて、エンリ三番勝負の行方は……。

 



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第88話 三番勝負~第二番~

「さて、迎えましたメインイベントは、注目の一番です。エンリ炎の三番勝負の第二番となります。本日もダンディ須永選手、ランポッサさんに解説をお願いしております」

 実況と解説二人が挨拶をしていると、マイクを片手にバルブロがリングサイドに姿を見せた。

 

「よう、小娘。覚悟はできているな?」

「もちろん。私はバルブロさんみたいな腰抜けでも愚物でもないから」

 軽く挑発で返す。ずいぶんと逞しくなったものだ。

「ふん。口だけならなんとでも言えるだろうよ。では、三番勝負、二人目の対戦相手を紹介しよう……コイツだ。くくっ、お前らのユニットは今日解散だな!」

 バルブロは強気であった。それもそのはず、出てきたのは巨大なジャンガリアンハムスター森の拳王ハムスタだったのだ。

 

「は、ハムスタかよっ!」

 セコンドのガガーランが驚きの声をあげ、ティは一瞬目を見開く。

「呼ばれて、出てきたでござるよ。今日はエンリ殿が相手でござるか」

 エンリは以前ハムスタとタッグ戦で当たった際には見事にスリーカウントをとられている。

「ハムスタさん。今日は勝ちますよっ!」

 ビシッと人差し指を突きつけ、エンリは勝利宣言! 場内は大きな拍手でエンリを後押しする。やはりエンリに勝ってほしいのだろう。

「おお、言うでござるな。だが口だけならなんとでも言えるでござるよ」

「私は勝つ!」

 エンリの強気な姿勢にガガーランとティは目を見合わせた。私達の知ってる娘だよね? といわんばかりに。

「いい意気込みでござるな。ではこれからスリーカウントの奪い合いをするでござるよっ!」

 それがプロレスだよ! とみんなが思ったところで、試合開始のゴングが鳴った。

 

「さあ、始まりましたエンリ炎の三番勝負第二番。相手はなんと森の拳王ハムスタです。バルブロさすがにえげつないですね」

「人事を尽くすのは大事なこと」

 解説のランポッサが口にするが、お前が言うか? という空気になったのは否めない。

「まあ、想定内ですな。エンリがどう考えていたかは知りませんが」

 この調子だと三戦目は武王だろうか。その前にハムスタに勝てるかが問題だが。

「ダンディさんは拳王の可能性があると思っていましたか?」

「ええ。私ならマッチメイクする可能性がありますな。実際エンリは以前負けていますからね」

 リング上ではエンリがハムスタの顎にケンカキックを叩きこんでいる。

「ということはバルブロはなかなかやると?」

「そうですな。まあ悪くはないですよ」

 須永はエンリの様子を見る。顔つきを見る限り、臆すことなく勝つことを考えて戦っているのは間違いがない。

(さて、ハムスタの弱点をつくか、長所をひっくり返すのか。どうでますかなエンリは)

 エンリはしっかりと教えを守っているようだ。

「でやあああっ!」

 エンリは気合いを入れて組みついた。

 

 ◇◇◇

 

 

「試合時間20分経過、20分経過!」

 ここまでは主にエンリが攻め、ハムスタが受ける展開が続いていたが、決定打に欠ける。ハムスタは打撃に強いし、組みついてもあの体格である。もこもこして持ちにくいし、なにより重い。おそらくエンリの六倍から八倍くらいの重さはあるはずだ。

「こちらの番でござる」

 ここでハムスタが攻勢に出る。強烈なぶちかましでエンリをはねとばすと、その場飛びのボディプレス。さらにダウンしているエンリを尻尾で思いっきり殴ると、リングに背をむけてコーナーへ。

 

「出ますか」

「さあ、出るかハムスターダストプレス……ハムスタが飛んだっ!」

 ギュルンギュルン! ドッカーン!! 

「ぎょえっ!」

 悲鳴を上げたのはハムスタ。エンリは直前で転がって避け、ハムスタが壮絶な自爆。勢いをつけていた分ダメージが大きい。

「ハムスタさん、ごめんなさいっ!」

 エンリはハムスタの尻尾を握ると、大きく振りかぶってフルスイング! 

 ハムスタの硬い尻尾が、持ち主の顔面にめり込む。

「ぎょええええええええええええ!」

「エンリ!」

「いけっ!」

「はい! 決めますよ。姉様、兄様!」

 エンリは、自分より遥かに重いハムスタを仰向けに担ぎあげようと試みる。

「エンリ! エンリ! エンリ!」

 絶叫に近い声援がエンリを支えるべく場内にこだまする。

「ぬおおおおっ!」

 ガゼフばりの気合いを入れてエンリはハムスタを担ぎあげた! 

「おおおっ!」

「これで、決めます! タワーハッカーボム!」

 そのままハムスタの巨体をスライドさせ、開脚式のシットダウンパワーボムで叩きつける。これはライオネス・エンリの名の元となった女子プロレスラーのオリジナルフィニッシュ・ホールドである。

 

「スリーカウント入ったぁ! なんとライオネス・エンリ、新必殺技で森の拳王ハムスタから見事な勝利!」

「そんな馬鹿なっ!」

 バルブロが唖然とするなか、ティとガガーランがエンリに駆け寄っていた。

 

 

「さて、バルブロ君はどうでますかな。エンリ……次の試合生き延びられますかねぇ……」

 リング上では喜びを分かち合う華激団にバルブロが絡み言い合いをはじめていた。

 



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第89話 帝国最強チーム

 ビーストマンの軍勢を目前にし、選ばれし者達が軍議を開いている。軍議といっても七人で立ったまま輪になって意見交換をしているだけだが。

 当然ビーストマン側も須永達に気づいているが、七人程度が何をしているのかと様子見をしている。全員に行き渡るほどの量にはならないというのもあるかもしれない。

 

「敵は約五千ですな」

 援軍のリーダーとして指名された須永は、別名である軍団長ロビーとしてではなく、個人であるダンディ須永としての参戦だ。王国との戦争では、併呑後を考えてマスクを被ったロビーの姿だったが、ジルクニフには竜王国を支配するつもりがないので、今回は隠さない。

「何も好き好んで、わざわざビーストマンの国と隣り合わせになる必要はないだろう。竜王国を壁にしておけば十分だが、あまり攻められても困るから、懲らしめてやれ。……それにあの若作り婆を傍に置くなど嫌すぎるしな」

 ジルクニフは竜王国には利用価値はあるが、支配する価値はないと判断しており、その意にそうように須永は動く予定だ。

 

「五千か……」

「一人あたり七百がノルマってことだよな」

 女王に謁見したガゼフ、ブレインも同様に個人での参加だ。ブレインは須永軍の副長の立場にあるが、ガゼフはそもそも帝国の臣ですらない。帝国プロレス所属の帝国民ではあるが。二人は久々に剣が役に立つと喜び、即答で参加を志願している。

「旧王国では、ガゼフ殿は一騎当千と考えられていたそうですし、ガゼフ殿が千、私は五百ですかなー」

「ダンディ殿……冗談はよしてくれ。貴方ならむしろ一人でも十分な気がする」

 なおガゼフはランポッサから譲り受けた至宝をフル装備している。

 また、クレマンティーヌも副長クレアではなく個人としての参加。

「やっぱり戦士長はその格好(フル装備)の方が似合うねー」

「いや、私はもはや戦士長ではないんだが……」

 普通にガゼフとも会話をしている。彼女とガゼフにはリング上での因縁があるが、それはあくまでもタイガー・ジェット・ティとガゼフ・ブラックの話に過ぎない。それはお互いにプロとして理解している。

 そもそもティが王座をラキュースに奪われたのは実力ではないと本人も思っているし、ラキュースがティを超えたとは誰も思っていないだろう。

「とりあえずベルトは預けただけだしー」

 これは強がりではない。実際ベルトを取り返すのはいつだってできるし、負けはないと考えている。

 現状は盟友ガガーランが仇討ちを宣言しているので、気楽な立場で応援することにしている。

 今回クレマンティーヌが援軍に選ばれたのは、彼女の漆黒聖典としての経験と高い戦闘力は外せないと判断されたからだ。

 だが、この援軍の話自体は防衛戦前から出ており、彼女はチャンピオンのまま竜王国遠征に参加するつもりでいた。

「防衛して、地方興行と帝都興行の合間に参加して、チャチャッと片付けちゃえばいいよー」などと笑っていたものだ。

 実際に言葉通り挑戦者ラキュースを3カウント寸前まで追い込んでいたし、油断以外にあの状況で負ける要素は皆無だったのだが、さすがにあの乱入は想定外だった。いくら耐久力が高くても、人間来ると思っていない攻撃は耐えきれず、普段以上に効くものだ。

 

 結果としてベルトを失ったもののタイガー・ジェット・ティの価値が下がることはない。あくまでも()()()()()で負けただけで、実力で負けたわけではないのだから。なお丸め込みでさらっと負けた時も同様だ。

 武王はティに丸め込みで3つとられたが、それでティが武王より強いとはならない。ティが上手かったという印象は残るが。

 プロレスはその場その場の試合、その日の興行だけじゃない。次へと繋がるものがあるから、面白い。どのような勝ち方をしたかというのも大事である。

 

 

「レイナースは大丈夫ですかな?」

「はい。ダンディ様」

「レイナースには、一人つけておきます。警備の経験が豊富なゼロをね。ゼロ、できますな?」

「任せてくれ」

 ゼロは現在他のメンバーとともに須永預かりとなっているが、実力を評価されて、唯一この遠征に参加している。もちろん、彼のテストも兼ねているが。

「ぶふふー。武者震いしてくるでござるなぁ」

 ハムスタは相変わらずな口調だ。

(ハムスターが武者震い……いくらこの世界が翻訳こんにゃくを食べているからって、ハムスターが武者はないんじゃないかな……)

 須永は心の中で苦笑したが、すぐに気を引き締めた。

 

 

 




ガガーランが仇討ちのあたりで、あれ?
と思った方は、ちゃんと読んでくださっている方ですね。

実は竜王国の話は、時系列としてはガガーラン対ラキュースより前の出来事だったりします。


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第90話 七人の戦士

竜王国編全5話の第4話となります。

今回は暴れます。

被害が最大……。





 

 

 

「人の強さを思い知らせますぞ。今被害にあっているのは隣国ですが、ここを抜かれれば次は我々の帝国領です。ここで食い止め、二度と我々人間を攻めようという気をなくさせてやります。手加減は一切必要ありません。殺るか殺られるかではない。ただひたすら滅せよ。話し合いは、力を見せつけてからですな。派手にぶっ飛ばせ!」

「了解っ!」

「では、いくぞー! いち、にい、サンアターック!」

 須永はドンと地面を蹴って、飛びかかり高角度ドロップキックで突っ込んでいく。

 それを合図に須永を含めた七人の戦士達が約五千のビーストマンの軍勢に突っ込んでいく。ビーストマン達は問題にならないと考えているようで、緩慢な迎撃だ。

 

「あんな少勢で何ができる。あまり美味そうではないが、デザートくらいにはなるだろう。とっとと片付けてこい」

 こんな気楽な命令を出していた。ビーストマンと人間のスペック差は十倍あるという。訓練なしの村人と普通のビーストマンでは相手にならず、精兵レベルでも苦戦は免れない。ましてやここにいるビーストマンは戦闘慣れした存在だ。

 

「六光連斬!」

 いきなりガゼフの武技が放たれ、少数だと舐め切っていたビーストマン達の首がバシュバシュと吹き飛ぶ。

「チッ、ガゼフの奴……やはり上をいきやがるか……まあ、あのチョップでわかってはいたがな。ならば四光連斬! ダブルで食らえっ!」

 ガゼフを倒すために、そして彼に憧れてガゼフの武技をマスターしたブレイン。四つの光が二度煌めきビーストマンの戦士が次々に倒れていく。

「やるなアングラウス」

「ブレインだ。戦士長殿」

「ふっ。ガゼフで構わん」

 二人は認め合いながら並んで剣と刀を振るう。かつて王国の御前試合で戦った二人が、帝国の一員として、竜王国のためにビーストマンと戦う。数年前には予想できないことだった。

「ぬおおおお!」

「らあああっ!」

「なかなか熱い御仁達でござるな。某も力を見せるでござる。いくでござるよ、命の奪い合いでござる。真・ハムのメリーゴーランド!」

 プロレスモードでは爪を使わなかったが、今回はしっかり爪を使って切り裂いていく。前方回転しながら敵陣へ食い込むハムスタ。凄い勢いでビーストマンの陣を切り裂いていく。さらには反撃してきたビーストマンを、硬化させた毛と回転の勢いで弾き飛ばす。

 

「ハムスタの開いた突破口活かしますぞ。狙うは敵大将および、精鋭の殲滅です! 」

「おうよ!」

「ハムスタ、目を回さない程度に!」

「師匠、かしこまったでござるぅ!」

 相変わらず素手というか主に蹴りでビーストマンを圧倒する須永。ハムスタが開いた突破口と言っていたが、いつの間にか並び、そして追い越している。

「レイナース、着いてこれてますか?」

 須永の後を追うのはレイナース。他のメンバーと比べると一段実力で劣るが、彼女は志願して同行している。

「ええ。なんとか」

「ゼロ、しっかりと彼女を守るように。できないとわかってますよね?」

「ああ。わかっている。しかし、俺は動物の力を使えるんだが、まさかビーストマンと戦うことになるとはなっ!」

 拳を振るいビーストマンのボディに風穴を開ける。

「ふっ……貴様はもう死んでいる」

「アホ。カッコつけてるヒマあったら次殺っときな!」

 久々に得意の得物(スティレット)を両手に持ち、戦っているクレマンティーヌだが、違和感がある。

「いんやー素手格闘(プロレス)に慣れすぎて、武器持ってるとなんか変。となりにエンリもいないし」

「なんなら素手でもいいんだぜ。俺みたいにな。きえええええええええええええええええええええええええええええ!」

 立場を気にせず戦えるゼロは叫びながら拳を繰り出している。

「うるさいなぁ。もうちょいエレガントにいきなよ。それにハゲは逆に武器使えないじゃん」

「なんだとっ? 」

「やんのかよ? 私に勝てるとでも?」

「お二人共、敵の精鋭らしき部隊がきますわよ」

 風でレイナースの長い前髪が靡く。見えたその肌は美しく、そしてレイナースの表情からも以前のような苦悩は消えていた。

「おのおの方、油断めさるな」

 何故かハムスタが仕切る。古めかしい言葉遣いが戦場(いくさば)に似合う。

「なんであんたが仕切ってんの。そこはスナっちゃんの役目でしょーが」

「まったくだ」

 タッグは解散してもティとレイン、いやクレマンティーヌとブレインの連携は健在だった。

 

「ダンディ様、敵将発見しました」

「では仕留めて来ますかな」

 レイナースの声にこたえ、須永は加速して飛び込んでいく。

「まだ速くなるのかよっ!」

「底が知れねえ……」

「さっすがスナっちゃん」

 やがて、この部隊の大将と思われる立派な体躯のビーストマンが上空へと投げ飛ばされたのが見えた。

「相変わらず高いとこに飛ばすの好きだねえ」

「ダンディ様は、相手の兵達に見せつけるつもりですわ……我々に逆らう恐ろしさを」

 ビーストマンを追っかけて飛翔した須永が虎頭のビーストマンの背後に回り、両腕をチキンウイングに決めたのが見えた。

「虎だけに……」

「タイガースープレックスか」

「いえ、雪崩式はデスレイクドライブ!」

 すでに雪崩式どころの高さではない気がするが、真っ逆さまに脳天を地面に文字通りに突き刺した。

 大将をあっという間に屠った須永を見て、さすがのビーストマン達も逃げ出し始める。

「逃がさんよ……殲滅します!」

「いいの?」

「所詮奴らは人間を餌としか考えていない獣にすぎません。まずは、力をみせつけましょう。獣というのは力差を理解すれば逆らってはこなくなりますからな。なので、逃がすのは三匹ほどでよいでしょう。腕の二本くらい折って構わないので、ボロボロにしてから逃がしましょうか。あとはここで数を減らしておきます。なにせ簡単に和平を結べる相手ではないですからな」

 こんな会話をしながらも、次々にビーストマンを倒していく須永達。もはや彼らの相手ではない。

 

 五千いたビーストマンのうち、退却できたのは本当に三匹だけだった。本来は三体か三人と表現すべきだろうが、ここは須永の表現通りとする。

 

「まずは第一歩ですかな」

 涼しい顔の須永は、他のメンバーに休息と回復を指示し、ビーストマン達が逃げた方角を睨む。

 須永を除く六人はすぐに眠りについた。いくら強力な力を持ち、疲労軽減アイテムを装備している彼らでも疲れはあったのだろう。

 

「さすがに次はかなり苦戦するでしょうな……」

 次は総大将率いる本隊と当たるだろう。強さは問題ないが、敵の数は今回の比ではない。その数が問題だと須永は考えている。

 

「ゆっくりお休みになってください。見張りは置いていきますからな」

 須永は見えにくい位置で何かをし、後を託すと野営地から姿を消した。

 





次回竜王国最終話となります。

原作のバルブロ軍に近い被害がビーストマンにでました。
それでも被害が少ない方な原作って……。死者多すぎ……


残りあと4話です。


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第91話 平和

竜王国最終話です。

今回は長くて短い回の倍くらいあります。











「何っ! 五千の先発隊が全滅しただと?」

 豪華な椅子に腰掛け、魔法の鎧を身にまとったライオンヘッドのビーストマンは、報告を受けありえない事態に驚き思わず立ち上がる。

「生き残りはわずか三人です」

「なんということだ。敵はそれほどの大軍なのか?」

「いえ、逆です。たったの七人……だそうです」

「なんだとぉっ!?」

 これに驚かない方がおかしい。総大将レオンハルトはアングリと大きな口を開けた。ギラリと光る牙は鋭い。

「奴ら一人一人がとても強く、今まで戦ってきた人間どもの中でも最強クラス。特に隊長と見られる男の強さは、ドラゴンの如く。先発隊長はわずか数秒で仕留められたそうです」

「ドラゴンときたか。ならば我々はドラゴンスレイヤーとなろうではないか……全軍で叩き潰すぞ。おそらく最後の切り札だろう。そやつらを倒し、全て喰いつくせっ!」

 ビーストマン五万の大軍勢が動き出す。

 

 しかし、そのビーストマンの軍勢はいきなり前後左右からの襲撃を受け出鼻をくじかれることになる。

 

「敵襲です!」

「なんだとぉっ! 数はやはり七人か?」

「いえ正面、背後左右に一人づつの計四人です」

「四人!?」

 レオンハルトは戸惑いを隠せなかった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 

「来ましたな」

 眠りに着いた仲間を残し、一人敵陣近くまで接近していた須永は、目的の人物を見つける。

「やあ来たよ、ダンディ。本来は種族の争いには関わらないんだが、君には借りがあるからね」

 やってきたのは白金の全身鎧。そう、以前いきなり須永を襲撃した操り鎧のツアーである。

「これでチャラにしますよ。ビーストマンは少々増えすぎたようです」

「全滅させるつもりではないんだろう?」

「ええ。調子に乗ってたらすごく痛い目にあった程度にしますよ」

「それを二人でやろうってのかい? 」

「一人二万五千。楽勝でしょう?」

 須永は店にパンでも買いに行くかのような気楽な口調だった。

「いやいやいや、勘定おかしいから」

「そうですかな? あなたのその鎧は、この世界においては圧倒的強者のはずですが。まあ、よいでしょう。では少々人手を追加しましょうか。まあ、人ではないんですが」

 須永は掌サイズの厚さ二センチほどの紫色の箱を取り出す。

「なんだいそれは?」

「私のパートナーモンスターをしまった小さな水晶(カプセル)が入っています。たしか、"傭兵封じの水晶"って名前でしたね。知り合いはなぜかホイポイカプセルと呼んでいましたが。ちなみに中身は、人によってはカプセルの怪獣とか、ポケットの中のモンスターって呼びます。まあ強くても80レベル程度なんでたいしたことないですが、人型のモンスターでなかなかのレアものですよ。ま、欲しがる人が少ないだけなんですがね」

「ちょっと待って。80レベルって難度240くらいってことだよね」

「らしいですが」

「……つくづく君が平和的な人でよかったよ」

「ま、平和的なプロレスラーってのもどうなんでしょうな。闘争心がなさそう」

「……野心がないからね、君は。普通それだけの力があれば世界を手に入れようとかしそうなもんなのに」

「ま、私はプロレスラーですからな。プロレスが出来ればそれでよし。竜王国を助けるのは、知り合いの教え……困っている人がいれば助けるのは当たり前……ということと、プロレスを広めるには、ビーストマンより向いているからです」

「やはり野心家ではないね……」

「我儘なだけですよ。さて、どれを呼びましょうかな」

「一応聞いていい? そのカプセルいくつあるの?」

「ま、それなりにあると答えましょうか」

「凄く気になる……」

 ツアーの言葉を無視し、須永はカプセルを選ぶ。

 カプセルには、名前が書かれている。一部上げると、スタン、ブルーザ、砲丸、リキ、アントニー、ジャイアント……といった感じだった。好きな人ならなんとなくわかる。そんな人型モンスター達だ。もちろん名前だけであり、すがたは似ていない。

「では、スタンとリキにしますか。ツアー、あなたは裏手から、私が正面。左右からスタンとリキを突入させます。まあ、問題はないでしょう。中央で合流しましょう」

「わかった」

 ツアーと須永は拳を合わせ、それぞれの位置へと散った。

 

 なお、野営地の見張りには、一体残してきてある。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「だめです、まったく歯がたちません!」

「なんてことだ……」

 レオンハルトは恐怖する。たった四人でこれだけの軍勢を圧倒する強者達が東西南北から自分に向かって突っ込んでくるのだ。

 自慢の五万の兵が脆く儚く感じられてしまう。人間など脆弱な餌としか思っていなかったのだが……。

 

「グアッ!」

 ついに、正面の兵が吹き飛ばされ、眼前に敵兵が現れる。

「もう来たのか……」

「総大将レオンハルト殿ですな。私はダンディ須永」

 二万近い軍勢を配してした正面を突破してはずなのに、息一つ切らしていない。明らかに桁が違う存在だと嫌でもわかる。

「き……貴殿が隊長か」

 貴様と言いかけて、言葉を言い変える。下に見ていい存在ではない。

「まあ、正式な隊ではありませんが、代表ではありますな。さて、各部族をまとめあげ侵攻してきた貴方達の状況はある程度予想できています。簡潔にいえば人口が増えすぎ、食べるものが足りなくなったのでしょう?」

「……何故それを」

「簡単な推測です。そこで、あなたがたに選択肢を与えましょう。食べ物が足りる程度までに数を減らすか、家畜を育てる技術を学ぶか。……人間は確かに捕まえやすいでしょうが繁殖力に劣ります。供給を満たすには常に攻め続ける必要がありますが、成長に時間もかかりますし、繁殖には向きません。それに私のような存在もおりますからなぁ。まあ、繁殖力の高い家畜を飼うのがベストでしょうが、さて、どうしますか?」

 レオンハルトは人間に初めて気圧された。

「……聞いてもいいか?」

「どうぞ」

「……どれくらいまで減らす気だ?」

「竜王国の脅威にならない人数まで。なんなら、竜王国が逆に攻め落とせるレベルまでにしましょうか? 」

 須永は低い声で答える。

「それが可能だと?」

「我々の力はすでに理解されているかと思いましたが、まだ足りませんかな? 我々はたった四人であなた方の陣を蹴破りここにいるのですがね」

「遅くなった。やはりダンディが先だったか」

 レオンハルトの後ろから鎧の騎士が入ってくる。

「そもそも私がここにいる段階でおわかりでしょう? あなた方では相手にならないとね」

「くっ……わかった。兵を引く。家畜の飼育を教えてもらおう」

「賢明な判断です。即座に兵を引き二度と攻めてこないように願いますよ。あなた方の未来のためにも。人にもあなた方を滅ぼせるものはいるのですから」

 須永の半ば脅迫めいた和平交渉により、ビーストマン達は引き上げを開始。竜王国に平和が訪れる。

 

 ◇◇◇

 

 

「……以上が報告になります。ドラウディロン陛下」

「まことか? もうビーストマンに怯えることはないんじゃな?」

「ええ。この国は平和になりました。ご安心ください」

 須永は一人女王と謁見している。

「おお……奇跡じゃな……これでわらわもゆっくりと寝られるというものじゃ。帝国には足を向けて寝られんな」

「はは、寝相がよいとよいですな。それでは、失礼いたします。竜王国に繁栄を!」

 立ち去ろうとする須永を女王は慌てて引き止める。

「ちょっと待って欲しい。ダンディ殿、救国の英雄をそのまま帰すことなどできぬ。礼をしたいから、一週……いや、せめて三日残ってはくれぬか」

 ドラウディロンとしては、"ずっと残って欲しい"が本音だったが、これほどの力量を持つ者を帝国が手放すはずはない。ぐっと堪えて三日と言ってみた。

「それくらいでしたら、次の興行には間に合いますな」

「興行?」

「ええ。帝国プロレスの興行がありますから」

「プロレス?」

「陛下はご存知ないですか。三日いただけるなら、一つ特別興行でもしましょうか。少ないですが経験者を連れてきていますからね。竜王国の皆様を勇気づけるような試合をお見せしましょう」

 礼をするはずが、違う話に変わりそうになっている。

「それは楽しみじゃな。だが、ダンディ殿。今宵はそなたの冒険譚を聞かせて欲しいのじゃ」

「よいでしょう。お約束してましたからな」

 女王はなんとか主目的へ引き込むことに成功したようだ。

 

 





この後女王VS須永のシングルマッチがあったかは謎。


ビーストマンは基本情報が少ないんですよね。ゆえにオリジナルキャラや、独自設定になってしまいます。

私の中で、ビーストマンのイメージは真鍋先生のキャラ達です。ライの骸羅とか。
ビーストマンに焦点をあてて長く書くなら、ボスは骸羅、骸山、骸延の三兄弟や、羅侯あたりにしたくなりました。まあ、羅侯だとだいぶ人間によりすぎるか。
骸羅兄弟でビーストマンを支配させても面白そうですよね。

ただ、出番はここだけなので、レオンハルト(ライオンハート)ってありがちな名前になりましたが。

さて、残りはあと三話です。
最後までよろしくお願いします。






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第92話 最後の教え

これが、須永の最後の教えとなります。



 

「さて、エンリ。ここまで色々と話してきましたが、最後に一つ言っておきましょう」

 これだけは最後に伝えておく必要があると須永は考えていた。

「はい」

 エンリは姿勢を正して須永を見つめる。お互いの距離は近く、この光景をンフィーレアが見たら誤解を招きそうだが、須永にはそういった気持ちはまるでない。

 

「いいですか……たとえどのような相手でも、これだけは絶対通用するというものがあります」

「どのような相手にでもですか?」

 エンリは目をパチクリして驚いている。ティに比べて表情が豊かなのはエンリの魅力の一つだ。

 

「ええ。それは……」

「それは……?」

「ルールを最大限に活かすということですよ」

 当たり前のことのように聞こえるのだが、これは案外難しいことだったりする。最大限に……というのは結構難しい。

 

「例えば……とびっきりの強敵を相手にした時に、自分でルールを決めないで、プロレスのルールの中で試合をすればよいのです。例えば……スリーカウントで勝とうなどと考えず、どのような方法でも構わないから勝利をするということを考えましょう。エンリ、プロレスの勝利の決め手となるのは何がありますか?」

「えーと……ますばスリーカウント。あとはギブアップ、それにダウンカウントに場外リングアウト……そんなところでしょうか。あ、あと反則勝ちっていうのもあるにはありますけど、これって狙うのは難しいですよね?」

「いえ、わざと相手に反則をさせるというのもまたテクニックの一つです。例えば相手の冷静さを失わせて反則をさせる。そして暴走気味にさせること。そうすれば相手は5カウント以上の反則をしてしまったり、またはレフェリーが見ている前で反則攻撃をしてしまうものです。分かりやすく言うと、まー凶器攻撃ですかね」

 凶器攻撃はもちろん反則であるが、レフェリーのブラインドを突いて仕掛ける場合は、まずそれで反則を取られることはない。だが、レフェリーが見ている前で堂々と凶器攻撃をしてしまうと反則負けを取られることがある。つまり相手をはめるようにすればよい。分かりやすく言えば自分が死角で反則攻撃をして、相手の反撃をレフェリーの目の前でさせるというようなケースである。

 

「ガガーランとは違う意味で頭を使えばいいんです。うまく相手を乗せる。これもテクニックの一つですよ。昔、こんなことがありました。レフェリーがみていない間に座面の抜けたイスを自分の首にひっかけ、レフェリーが振り向いた瞬間に相手にイスの足を持たせる……さて、結果は?」

「もしかして、イスを持たされた人が反則負け? ……ですか」

 エンリはまさかな? と思っている。

「その通りです。反則をしていないのに反則負けになりましたよ。状況証拠だけでね」

 真似をしろとは言わないが、ヒントにはなるかもしれない。

「そんなので、負けちゃうのか……」

「それもまたプロレスですよ。そしてもう一つのポイントはプロレスのルールだけではなく、その試合に課せられたルールを把握することです。今回あなたは三番勝負で全て勝たなければいけないと思っていますよね? だけどそれはバルブロが決めたルールではないのですよ。エンリ、貴女はそれに気づいていましたか?」

 須永の質問にエンリは首を傾げた。

(どういう意味だろう?)

 エンリにはわからないが、須永にはわかっているということ。つまりエンリは何か勘違いをしているのかもしれない。

 

「そうですか、ではあの時バルブロが何を言っていたかを思い出してみてください。そしてその言葉の意味を理解しどうすれば良いか考えてみてください。それがあなたを守る最後の切り札です」

 須永はこれ以上は教えるつもりがない。全て教えても意味はないのだ。ヒントは与えたのだから、あとは本人の努力次第だと思う。

 

「三番勝負の最後の試合、それまでにちゃんと考えておいてくださいね。そうしないと、あなたの……いえ、あなたたちの大事なユニットがなくなってしまう。今私が伝えたことは、それぐらい大事なことなんですよ」

 エンリがその意味に気づければ、どんな危機も乗り越えられるだろうと須永は考えていた。

「はい、分かりました。もう一度バルブロさんが言っていたことを考えて、考え抜いて……それが何かということを気づけるようにします」

「大事なことですよ。必ず考えてくださいね」

「わかりました。ダンディさん、ありがとうございます」

 エンリは丁寧なお辞儀をして感謝の意を表する。

「エンリ、誰が相手でも希望は捨てないでくださいね」

「はい!」

 エンリは須永のヒントの意味に気づけるだろうか。そして、最後の相手はいったいだれかなのか……。

 

 

 いよいよ最後の一番を迎える。

 

 





残り二話です。

三番勝負ラストマッチ。
エンリの最後の相手は……。



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第93話 最後の相手

「さあ、ライオネス・エンリ炎の三番勝負もついに最終戦を迎えました。ここまで超神・ジーニアス・カイザー、拳王ハムスタに連勝してみせたエンリ。この試合に勝つことが出来れば、エンリはベルトへの挑戦権を、勝てなければ、彼女の所属する人気ユニット"帝国華激団"はその時点で解散となってしまいます。運命の一番……最終戦の対戦相手は誰なんでしょうか」

 エンリは先に入場し、対戦相手を待っている。その表情は自然体で気負いは見られない。いつものように青い武闘着に、今日は華激団全員揃いの白いオープンフィンガーグローブ。セコンドのティとガガーランも同じものを身につけ、ユニットとして最後になるかもしれない戦いに臨む。

 ちなみに帝国プロレスの調査によると、エンリの三番勝負~第三番~の対戦相手予想は、一番人気が武王。二番人気はガゼフ・ブラック。三番人気は願望をこめてバルブロという結果であった。

 

「俺の予想だとここは武王なんだけどな」

「だね。ここまで"帝王"のメンツとしかやってないからね。バルブロのやつ、自分のところからは一人も使わないんだよねー」

 ユニット"帝王"はカイザー、拳王、武王の三人構成だ。第一番がカイザー、第二番が拳王だったのだから、ここは武王が有力と見られても仕方ないだろう。実際、武王は他の選手と比べても格段に勝ち筋が見えない相手だ。

 

 ここで花道から、バルブロがブーイングと拍手の中、血盟軍を引き連れて悠々と現われる。顔はニヤけてるおり、癇に障る表情だった。

「……どうやら、あいつらは対戦相手じゃなさそうだな」

 血盟軍は誰もが臨戦態勢にない。こうなってくると、大方の予想通りに武王が相手なのだろうか。

「なお、この試合は陛下もご観戦なさっておいでです」

 ジルクニフは爽やかに手を振って歓声に答えるといつものように着席した。傍らには例によってバジウッドとレイナースが控えている。

 

「私の対戦相手は?」

「焦るなよ小娘。それにしてもよく二連勝できたなぁ、それは褒めてやるよ。何しろ私は度量が大きいのでなぁ。だがなぁ……頑張りもここまでだな。……クックック。この試合で貴様等のユニットが解散することは確定しているんだよ。今から私が呼ぶ選手には誰も勝てやしないさ……絶望を知るんだな。対戦相手カームヒア!」

 嫌味たっぷりなバルブロのマイクが合図となり曲がかかる。

 

「ぶおうボンバイエ! 」

 予想されたこの曲ではなく、かかったのは……。

 

 何やらおどろおどろしい曲だった。そう、全てが終わるような……絶望の曲。そう……まるで、ぼうけんのしょが消えそうな……そんな感じの曲が流れた。そして、そこからさらに低い音で曲が流れる。

 

 

「な、このリズムは」

「間違いない……」

 いつもとは違うアレンジであり、音程もツーオクターブは低いが、馴染みのあるあの曲に間違いない。この曲通りの人物が登場するのなら、バルブロの言う通りになるかもしれない。

 

「クックック……私の勝ちだ」

 バルブロは勝ちを確信していた。なにしろ今から入ってくる選手は、シングルマッチでは負けたことがないのだから。

 

「戦慄の最凶戦士……スーパーヒールダンディ須永!」

 いつものような明るい紫ではなく、暗い紫のペイントを顔にほどこし、赤で歌舞伎の隈取りのような模様。いつもとは違うゆっくりとした足取りでリングインしてくる。手首には黒いバンテージを巻き、全身は忍者が着る黒装束のようなコスチュームになっている。禍々しいオーラすら感じるような……そんな存在がそこにいた。

 

「マジか……」

「ここでスナっちゃん……」

「しかも噂のスーパーヒールかよ……」

 ティとガガーランが、解散確定とばかりに気落ちしている。

 

「バカヤロー! 出る前から負けることを考えるやつがいるかよっ!」

 エンリは二人に喝を、自分に気合いを入れるように須永から教わった言葉を口にする。

「エンリ……」

 ティとガガーランは、ハッとなって顔を上げた。そこには笑みすら浮かべているエンリの姿。眩しく輝きを放つ存在がいた。

「大丈夫ですよ。私はこの試合負けません。姉様、兄様。実は秘策があるので、耳を貸してください」

 エンリは二人に作戦を説明する。

「たしかに……そうだな」

「なるほどね。それスナっちゃんが言ってたんだよね?」

「はい。考えたのは私ですけどね」

 エンリは胸をはる。自信に満ちた表情に力強い言葉。エンリは立派なプロレスラーになっていた。頼りない妹ではなく、頼れる(パートナー)になっていたのだ。

「エンリ成長したね」

「はいっ! お二人の妹ですから」

 エンリの笑顔に二人は確信を得る。負けはしないと。

 

 

 

 試合開始のゴングが鳴ると、スーパーヒールがヴェールを脱ぐ。

 いきなり強烈なエグい地獄突きでエンリをダウンさせると、馬乗りになって顔面を容赦なく張り、さらに張り手と掌底を連打。そして両手で首を絞めるコブラクロー! 

 しかも、レフェリーのブラインドをついて、巧みに手首に巻いていたバンテージを使っている。レフェリーが回りこもうとすれば、位置を変えて、常に死角になるようにしている。

 

「くそっ、やっぱ上手いな……」

「おいっ。納得すんな! っていいたいけど、やっぱテクが豊富だよね……」

 反則カウントをとられれば、カウント4できっちり外し、また絞め直す。

 フォールをするときは自分の足をロープにひっかけ体重をかけてみたりと、やりたい放題である。

 サミングで動きを止めるとさらには髪の毛を掴んで引き絞る。

「いたたたたっ! いったーぃ!」

 引き絞るだけ引き絞り、ドラゴンスクリューの要領で髪を起点に1回転させるヘアースクリュー! 

「いっだーっ」

 涙目になって髪を掻きむしりながら悶絶するエンリ。

 須永……いや、スーパーヒールな須永はそれを冷酷に見下ろしていた。

「エンリ頑張れー!」

 スーパーヒールへのブーイングと、エンリへの声援が会場を支配していく。

 スーパーヒール化した須永は、ブーイングには無反応。技をアピールすることもなく、淡々と……そして無言のまま、エンリを追い込んでいく。エンリは単発で技を繰り出し、流れを変えにかかるがすべて反則技をはじめとしたラフ殺法で切り返されてしまい、ぺースを握れないままでいた。

 

(どうすれば、いいの……)

 エンリは、どうすればよいのか思いつけない。あまりにも想定と違い過ぎたのだ。

 

 

 

 

 

 

 





あと一話。

三番勝負決着となります。


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最終話 新たなる時代へ






(やっぱり強い……ダンディさんは桁が違うよ)

 心の中で泣きべそをかきながら、エンリは必死の抵抗をみせる。

 強烈な張り手や、得意とするオーバーヘッドキックといった打撃技で反撃するが、スーパーヒールとなった須永は、まったく表情を変えずに技を受けている。須永は元々ダメージの有無が分かりにくいのだが、スーパーヒールは表情がないので、さらにわからない。

 

(ダンディさんの特徴は受けにある……それはスーパーヒールでも変わらないんだね)

 エンリは、念の為にダンディ須永相手のシミュレーションもしていた。もっとも勝ち筋はみつからないままだったが。

(カイザーさんとは違う意味で受けに回るんだよね……相手を引き出そうとするからなんだろうけどっ! ……あっ、引き出す? ……)

 エンリは一つヒントを見つけた。

「グエッ……」

 ヒントは見つけたのだが、エンリは須永に捕まり、両手で首を絞められながら軽々と持ち上げられてしまった。

(これはネックハンキングツリー……!)

 エンリは足をバタバタさせてほどこうとするが外れない。

「ハッハッハ。さすがだダンディ。そのまま絞め殺してしまえ」

 バルブロの言葉が聞こえてくる。

(おそらく、次はボムでくるは)

「グエッ……」

 一瞬集中を欠いた瞬間、エンリの腹部にダンディ須永の左拳がめり込んでいた。

(レフェリー……みてなかったの……あっ、ブラインドか!)

 エンリは今の一撃がレフェリーから見えなかっことに気づく。

(やっぱ上手い……私じゃ無理なのかも……)

 弱気になったことを気づいたように、エンリはボムでトップロープに叩きつけられ、跳ね返ったところを顔面からリングへと叩きつけられた。

 

 

 エンリは遠のく意識の中で、須永との会話を思い出す。

 

 

「ダンディさん、試合前の考えはわかりましたけど、試合中に負けそうだなって思ったらどうするんですか?」

「バカヤロー、試合が終わる前に負けること考えるやつがいるかよ!」

「えっ? 同じなんですか??」

 エンリの言葉に須永はニヤっと笑う。

「あー、うそなんだっ!」

「ふふ冗談ですよ。実は私が好きな言葉が一つあります」

「どんなのですか?」

「……諦めたらそこで試合終了ですよ……です」

「諦めたらそこで……試合終了……」

「最後の一秒まで、諦めずに相手を倒すことを考えましょう。それが一番大事ですよ、エンリ」

 付け加えるように、負けるかもと心が挫けそうな時に思い出してくださいね……と須永は笑っていた。

 

 

「諦めたらそこで試合終了……まだ諦めたりしないっ!」

 エンリは右の膝をついて、左足から立ち上がろうとする。

「エンリ! そいつはヤバい!」

 当然のように須永は閃光魔術(シャイニングウィザード)! 

 しかも、通常の膝の内側をあてるタイプではなく、元祖型の膝をまっすぐぶつけるという、よりエグいタイプだ。膝が悪い人間が考えた技とは思えない。

「長所の裏返し!」

 しかしエンリはこれをキャッチし、マットへ膝を思いっきり叩きつける。

(相手が仕掛けてくる技がわかっていれば、対処できるっ!)

 須永の受けをヒントに誘いをかけることで、エンリは反撃に繋げたのだ。本来なら色々なバリエーションを須永は使うが、スーパーヒールはラフなファイトスタイルだけにバリエーションは少ないと読んでいた。

「もう1回!」

 再度ニークラッシャーで叩きつける。

「よーし、タワーハッカー! いくぞーっ」

 そのまま担ぎあげて、必殺のタワーハッカーボム。

「フォール!」

 エンリはレフェリーを見てそう叫んだ。その間に須永は右手の人差し指と中指を自らの喉元へと動かす。

 

「オーケー」

 カウントに入ろうとレフェリーが飛び込んでくる瞬間、ちょうど死角になるタイミングを見計らって須永は紫色の霧を吹いた。

「きゃあっ! 何これっ!」

 突然視界が紫に染まり、何も見えなくなったエンリはパニックになっていた。

(な、なななにっ! 目が痛いし、何この匂い……臭いっ……うええ目が開かないよー)

 これは毒霧と言う一部のヒールレスラーが使うものだが、当然この世界では初披露である。

 

「なんだあれっ!」

「わっかんない。でもわかるのはピンチだってこと。明らかにエンリ見えてないよ」

 ガガーランとティは頷きあい、サードロープに手をかけた。

「!」

 エンリは後ろから肩車するように肩に乗られたことに気づく。

「な、なにおっ!」

 スーパーヒールな須永は一言も喋らず、肩の上で180度向きを変えて、逆向きになると、そのまま後方回転し、ウラカンラナで丸め込む。所謂ミステリオ・ラナと呼ばれた技だ。

 

「ワン! トゥ!」

 レフェリーのカウントが進む。

(ま、まずいっ! 外せないよー! 姉様、兄様!)

 諦めまいと跳ね返そうとするが、上手く押さえられてしまって返せない。

「スリ」

 ここで、レフェリーの死角からティがリングに飛び込み、レフェリーを押しつぶすように、須永もろとも弾き飛ばし、サッと場外へ消える。

「てめえ、何をやってんだっ!」

 バルブロがエプロンサイドにあがると、ガガーランが飛び込み、バルブロをロープ越しのブレーンバスターで場内へと叩きつける。

「グハッ! ……ガゼフ、ルーイっ!」

「仕方ない」

「やれやれ」

 ガゼフとルーイがリングインし、ガガーランに襲いかかった。

「おっとー。一人は私の獲物だよー」

 ティが横入りし、ガゼフと組み合う。大乱闘に発展してしまった。

 

「やっまちまえ! ガゼフ! ルーイ!」

 起き上がったバルブロは怒声をあげる。その肩を後ろからトントンと叩く者がいた。

「なんだ!?」

 振り向いたバルブロが見たのは、ニヤリとスマイルを浮かべたスーパーヒールダンディ須永の姿。

「ぎょええええええええええええっ!」

 次の瞬間バルブロの視界は炎に包まれた。なんと火炎放射……スーパーヒールを名乗るだけあってとんでもない事をする。だが、場内はバルブロの惨事に対し拍手喝采。バルブロに対する鬱憤が溜まっていたのだろうか。

「あつ、あっつー」

 しかし、バルブロもタフだった。転げ回りながら衣服についた火を消し上体を起こしてきたのだ。

「ま、まさか……本気か……や、やめろー!」

 いつの間にか鎌を右手に持ち、左手にはサーベルを手にバルブロに迫るスーパーヒール。バルブロ、絶対絶命である。

 

 

「あーもう。ダメだこりゃ!」

 ここで収拾がつかないと判断したレフェリーにより試合終了のゴングが打ち鳴らされた。

「あーっと試合終了、試合終了です。レフェリーの裁定は無効試合(ノーコンテスト)です」

 試合終了のゴングを聞いたスーパーヒールはバルブロの顔面を蹴り飛ばして、リングから落とすと、続けてリング上にいたガゼフ、ガガーラン、ティ、ルーイを襲撃。ガゼフをボディスラムで場外へ投げ飛ばし、ガガーランをリフトアップして場外へ投げ捨て、ティはドロップキックで場外へ吹き飛ばす。

「あ、まて、待ってください……うああああっ」

 怯えるルーイをロープへ振ると、戻って来たところで上に持ち上げ、ルーイの股間を構えた自らの右膝に打ちつけた。

「ぐはああああああああっ!」

 マンハッタンドロップをくらったルーイは、悶絶しぴょんぴょんと跳ねながら場外へ。

 リング上にはエンリとスーパーヒールな須永のみ。レフェリーはさっさと下に降りている。

「ダンディさん……」

 エンリをギロリと睨みつけると、上に向けて赤い霧を吹き、そしてリングを降りて行く。

 帰り際も血盟軍に襲いかかって、全員に毒霧をお見舞いし、悠々と引き上げていった。

 

「くそっ、ダンディめ……やってくれたな……。だが、エンリ、貴様は勝てなかった。それは事実だ。今、この時を持って帝国華激団は解散だな」

「残念でした。我々は解散しないよバルブロさん」

「なんだと? 約束が違うだろうがっ!」

「違くないよ、バルブロさん。あなたは、私にこういったんだよ。『俺様が用意する三番勝負でお前が負けなければ、ベルトに挑戦させてやる』……もうわかったよね? そう、"お前が()()()()()()ベルトに挑戦させてやる"って断言したんだよね。今日、私は確かに勝っていないけど負けてもいないよ。だから、私がベルトに挑戦するよ、バルブロさん」

 言葉一つで意味は変わる。もしバルブロが勝てなければと言っていたら……歴史は変わっていただろう。

 

「くっ、くっそォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ! 俺様としたことが。だが、俺も男だ、二言はない。ラキュースに挑戦させてやるよ。ラキュース、叩き潰してやれっ!」

 ラキュースは無言で頷き、エンリを睨む。

「……」

 エンリもまた睨み返し、次なる戦いへとシフトしていく。

 

「エンリよ、なかなかやるではないか」

 やりとりが一段落したところで、久しぶりに皇帝ジルクニフがバルコニーに姿を現した。

「やあ、帝国の臣民の諸君。私が皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスである」

 陛下コールを受け、うんうんと満足そうに頷いたジルクニフは、このあとエンリを褒め称え、素顔に戻った須永をバルコニーへと呼びこんだ。

 

「ダンディ、エンリに言うことはあるか?」

「そうですな。よく、スーパーヒールに耐えたと思いますよ。まあ、私はスーパーヒールの時の記憶はあまりないんですがね」

 ダンディ須永と、スーパーヒールダンディ須永は別人格。呼び出した後は任せているので記憶はないということらしい。

「エンリよ、今日は素晴らしい試合をみせてもらった。強敵を前に引かない強い心は、今日ここにいた全ての人間を感動させただろう。だが、私はあえて言おう。次はこのダンディに勝てとな」

 ジルクニフはとんでもない要求をしてきた。

「はい。次かはわかりませんが、必ずダンディさんに勝ってみせます! 」

 

 こうして、三番勝負は終わりを迎えた。エンリの成長という確かな成果を残して。

 だが、これはまだまだはじまりに過ぎない。エンリにとって、そして帝国プロレスにとっても。ただ確実に言えるのは新たなる時代の幕開けを感じさせるだけの試合をエンリはみせてくれたということだ。

 

 覇道を歩むエンリにとって、バルブロなどは眼中にない。目指すは打倒ダンディ須永。帝国プロレスに上がる誰もが狙い、そして誰一人達成出来ていないそれをクリアするのは、はたしてエンリかティか。それとも別の誰かだろうか。

 

 

「私はいつでも、どこでも誰とでも試合をしますよ。私を倒そうとするならば、全てを引き出した上で叩き潰す。それだけのことですからね」

 帝国プロレスの物語はこれからも続いていく。まだまだ物語は始まったばかりなのだから。

 

 

 今日も明日も……そしてこの先も。白いリングは熱い試合を待ち望んでいる。

 

 

 

 

 

 






これにて一区切り。本作の最終話となります。
最後までお読みいただきありがとうございました。

感謝しかありません。
誤字報告、感想、評価くださった方ありがとうございました。


連載はこれにて終了しますが、見てみたい試合などありましたら、活動報告へ一言いただけたら幸いです。

リクエストに応える技量があるかはわかりませんが、単発で書けたらいいですよね。

未公開話として5話ほど書いてはありますが……まあ、今はやめときます。

最後にもう一度感謝を述べさせていただきます。


最後までお読みいただきありがとうございました!



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