灰よ、燃え尽きた世界に火を灯せ (熊0803)
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【特異点F】炎上汚染都市:冬木 《定礎復元》


どうも。ちょっとやってみたくて書きました。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 ……どこかで、火が燃えている。

 

 

 

 無数の武具が佇む荒野の中、捻れた剣の下で死なず人の遺骨を薪に燃える火。

 

 

 

 それは儚くて、しかしとても暖かい。

 

 

 

 その火は、世界を照らす安息の光。絶えず継がれてきた、始まりの火。

 

 

 

 それが今、陰ろうとしていた。

 

 

 

 〝さあ、この穢らわしい世界を■■しよう

 

 

 

 誰かの声がそう言った。

 

 

 

 そして(ねつ)がやってくる。

 

 

 

 それは、全てを焼き尽くす光。

 

 

 

 人も、物も、等しく〝人理〟という標そのものごと燃え上がらせる絶対の炎。

 

 

 

 光に包まれて火は陰り……そして鐘の音が鳴り響く。

 

 

 

 棺より古い王たちが呼び起こされ、火のない灰……否、〝最後の火継ぎ〟が目覚める。

 

 

 

 火の陰る時、王たちに玉座は無く。

 

 

 

 そして火を継ぐため彼は起きるだろう。

 

 

 

 再び世界を照らすために。

 

 

 己の求めるもののために――

 

 

 ●◯●

 

 

「フォウ……? キュウ……キュウ」

「……んごっ」

 

 何かに頬を舐められる。

 

 まるでうちの近所にいる猫にされた時みたいな感覚に身じろぎした。

 

「フォウ! フー、フォーウ!」

 

 すると、今度はテシテシと軽い衝撃が肌を打った。今、何かの鳴き声が聞こえたような……? 

 

 うっすらと目を開ける。すると最初に見えたのは……自分の顔を覗き込む生き物。

 

「フォウ? フォフォウ!」

 

 リスとも犬とも思えない謎の生き物は、俺が目を開けたのを見て飛び跳ねる。

 

 可愛らしいそれをぼーっと見ているうちに、謎の生き物はどこかへといってしまった。

 

「なんだったんだろ……」

 

 不思議に思いつつふわ、とあくびをしながら上半身をもたげる。

 

「また見たな、あの夢」

 

 ほんの少し前まで瞼の裏にあった光景を思い出す。小さい頃から幾度となく見てきた、不思議な夢だ。

 

 無限とも思える剣や槍の刺さった荒野、その中心で燃える〝篝火〟。そこで休息をとる、ひとりのボロボロの騎士。

 

 まるで名画のようなその光景を、繰り返し見ている。

 

「ってて……」

 

 それにしても、身体中が痛い。そりゃそうか、床に寝てればどんな体勢でも痛いに決まって……

 

「……床?」

 

 そこで俺は、自分がどこかの通路で寝てたことを自覚した。

 

「……ここ、どこ?」

 

 真っ白な知らない通路に、壁に描かれた綺麗なエンブレム。等間隔にはめ込まれた窓の向こうには雪景色。

 

 何もかも未知の場所。見てみれば、よくわからない構造の服も着せられている。え、なにこれちょっとかっこいい。

 

「一体なにがどうなって……」

「あの、質問よろしいでしょうか……先輩?」

「おわっ!」

 

 いきなり後ろから話しかけられて、ビクッと飛び上がる。

 

 恐る恐る振り返ると……そこには女の子がいた。薄い紫色の髪に半分隠れた瞳、その輝きを眼鏡が包んでいる。

 

 今まで見たことないほど端正な顔に少しあっけにとられていると、謎の少女はためらいがちに話しかけてきた。

 

「随分とお休みだったようですが、床で眠る理由がちょっと。硬い場所でないと眠れない体質なのですか?」

「そうそう、畳じゃないと寝れなくて…じゃなくて」

 

 ついノリで答えてしまった。少女は「なるほど、ジャパニーズカーペットですね……」などと頷いている。

 

「あの、どっかで会ったことある?」

「いえ、初対面ですが?」

「え、じゃあなんで俺のこと――」

「マシュ」

 

 先輩って呼ぶんだ? と聞こうとした瞬間に誰かの声が誰かの名前を呼んだ。

 

 おそらく少女の名前だろう単語を言った誰かに振り返ると、そこにはクセの強い緑色のスーツの男がいた。

 

「駄目だよ、勝手に出歩いては――と。先客がいたのか」

 

 あの棘のついたネクタイ結ぶの大変そうとか思っていると、男はこちらに気がついて手を差し出してきた。

 

 これ幸いとその手を取って立ち上がる。男はニコリと真摯な笑みを浮かべた。なんだかいい人そうだ。

 

「初めまして、レフ・ライノールだ。君は今日配属された新人だね?」

「あ、藤丸立香(ふじまるりっか)です……って、え? 新人?」

 

 それって、一体なんのことだ? 

 

「あの、俺――」

「適応番号48、藤丸立香。君が四十八番目のマスター候補というわけだ!」

「……は? マスター……候補?」

 

 いよいよもって、俺の思考は混乱を極めた。知らない場所にいると思ったら、マスターなんて大層なものの候補だという。

 

 そんな俺を見て二人は首を傾げて、そしてまさか、という顔になった。なんだ、俺何かしちゃったのか? 

 

「もしかして……藤丸君。君、なにも知らなかったりするのかい?」

「はい。実は……」

 

 そしてレフさんに俺は事の次第を話した。

 

 気がついたらここにいたこと、床で寝てたこと、謎の生物に起こされたこと、今に至るまでの全てを。

 

 聞き終えたレフさんは、とても難しい顔で眉間のあたりを揉む。なんだろう、妙に様になってて面白い。

 

「つまり、君の話を整理するとこうだね? たまたま献血のバイトに行った帰り、妙な男に家までつきまとわれ、仕方がなく頼みを聞いたところ目と耳を塞がれ。そしてここに連れてこられたと」

「はい、そうです」

「……申し訳ない!」

 

 いきなり頭を下げるレフさん。何が何だかわからない俺はうろたえるばかりだ。

 

「まごうことなき拉致ですね、裁判になったら確実に負けます!」

「その通りだマシュ、謝ろう!」

「あー、いえ、もういいです。それより俺、これからどうすれば?」

 

 そう、なんでもこの施設……確か話を聞いてもらってるうちに聞いた名前だと、〝人理保障機関カルデア〟? だっけ。

 

 ここは極秘の場所にあるらしく、帰ることはかなり難しいとのこと。なので何か目的が欲しい。

 

 ちなみにここで寝てた理由は、入館の際の量子ダイブとやらの影響らしい。半ば夢遊病みたいな感じでここまできて寝てたとか。

 

「そうだね、これからここの〝所長〟の説明会がある。それを聞けばなぜここに連れてこられたかもわかるはずだ。案内しよう」

「ありがとうございます」

「あの、レフ教授。私も一緒に行ってもよろしいでしょうか?」

「また藤丸君が寝てしまってはいけないからだね? いいだろう」

「フォフォウ!」

 

 そんなことを話していると、少女…多分マシュさんでいいと思う…の背中からにゅっとあの謎生物が出てきた。

 

「あ、フォウさん」

「あ、さっきの謎生物」

「紹介します、彼はフォウさん。このカルデアの中を闊歩する特権生物です」

「フォウ!」

 

 よろしく! とでもいうように手をあげる謎生物……フォウ。つられて手を振りかえせば、ぴょんと肩に飛び乗ってきた。

 

「わあ、すごいです。フォウさんは私以外には懐かないのですが。おめでとうございます、先輩は二人目のフォウさんのお世話係に任命です」

「うーん、嬉しいようなそうでないような」

「フォウ!」

 

 ぺろぺろと頬を撫でるフォウの頭を撫でながら、曖昧に笑う。マシュさんもふふっと笑った。やばい、すごく可愛い。

 

 とまあ、そんなこともそこそこに。いざその説明会へ行こうといった瞬間、マシュさんが何かに気づいたような顔をした。

 

「あの、先輩。何か落ちていますよ」

「ん? あっ」

 

 地面に落ちていたものを拾う。多分寝てる間に腕から外れてしまったんだろう。

 

「ありがとう。これ、大切なものなんだ」

「そうなんですね。なんだかとても、古いアンティークのようですが……」

「爺ちゃんからの貰い物でね。言ってくれなかったら忘れるところだったよ」

 

 しっかりとそれ……〝狼のレリーフの刻まれた指輪〟をリングについている皮のベルトで手首に巻きつける。

 

 しっかり固定されたのを確認すると、俺はレフ教授さんとマシュさんの案内で説明会とやらに向かうのだった。




読んでいただき、ありがとうございます。
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ロマニ・アーキマン

どうも、友達に合わせてたら体力テストで持久走ビリッケツだった作者です。



「痛い……」

「災難でしたね」

 

 ひりひりする頬をかきながら、廊下の中を歩く。となりのマシュさんから同情的な声がかけられた。

 

「まさか、始まって十分もしないうちにまた眠りだすなんて……先輩はレムレムするのが得意なんですね」

「いやぁ、面目無い」

 

 ついさっきまで俺は、管制室……大きな天体みたいな機械のあった部屋で説明会を受けていた。

 

 だけどまだ量子ダイブとやらの影響が残ってたみたいで、話を聞いているうちにだんだん瞼が落ちていったのだ。

 

 すると突然鋭い痛みとともに眠気と頬が張り飛ばされ、そのまま所長さん……たしかアニムスフィアさんだったっけ? に追い出された。

 

 アニムスフィアさんはなんというか、すごく神経質そうな人だった。あれだ、うちの学校の生徒会長に似てる。

 

「それにしても、オルガマリー所長の張り手は相当なものだと思ったのですが。よく一般人の先輩がかすり傷程度で済みましたね?」

「なんか昔から無駄に頑丈なんだよね」

 

 多分、爺ちゃんの影響だろう。爺ちゃんは古風な人で、男ならこれくらいって少し護身術を教えてくれた。

 

 その過程で、夏休みとか爺ちゃんの家に泊まりに行くと必ず筋トレ地獄だったんだよなぁ。まあ、爺ちゃんっ子だから嫌じゃなかったけど。

 

「なるほど、だから先輩はスタイルがいいのですね。一般人の平均的な体型より多少ガタイが良いのは、そういうことでしたか」

「そうそう」

 

 あ、そういやこの指輪を肌身離さず持っとけってもらったのも最初に受け身習った時だったっけ。

 

 まあ、それはどうでもいいとして……改めて見ると、この子本当に可愛いなぁ。友達の中にもこんなレベルの子はいなかった。

 

「あ、着きましたね。ここが先輩のお部屋です」

「え、あ、ああ」

 

 テクテクと歩くマシュさんをみてるうちに、どうやら俺にあてがわれる部屋に到着したようだ。

 

「その、できれば状況を説明したいのですが……」

「いいよいいよ、そのうち誰か捕まえて聞くからさ。管制室? に戻るんでしょ? ここまでありがとう」

 

 お礼を言うと、マシュさんは少し驚いたようだった。

 

 しかしすぐに、ふっと微笑みを浮かべる。初めてみたその顔に、不覚にもどきりと胸が高鳴った。

 

「なんの……先輩の頼み事なら、昼食をおごる程度までなら承りますとも」

「それは頼もしいな。それじゃ」

「はい。ではまた、運が良ければ」

 

 そう言うと、マシュさんは踵を返して管制室に戻っていった。残ったのは俺と、肩に乗るフォウだけ。

 

「お前は一緒に行かなくてよかったのか?」

「フォウ、フォーウ♪」

 

 よいではないかー、と俺の頬をテシるフォウ。まあいいか、と納得して扉に向き直った。

 

 するとまるでコンビニのドアのごとく、鉄の扉がスライドする。学校のドアもこうだったらいいのに。

 

「はーい、入ってま――」

 

 そして。

 

 ドアが開いて最初に見えたのは――見知らぬ男のパンツだった。こう、カラフルな赤と白のボーダーの。

 

 しばし硬直。俺は絶句し、ズボンを履きかけている男も固まってこっちを見ている。時間にして十秒くらいか。

 

「――うぇえええええええ!? 誰だ君は!? ここは僕のサボり場だぞ!?」

「お前こそ何者だ!?」

「何者って、どこからどう見ても健全なお医者さんじゃないか!」

 

 腰に履きかけのズボンをひっかけて、ばっ! と両手を広げる男。なんだろう、無性にイラァ……っときた。

 

「というか、ここが俺の部屋って案内されたんだけど……」

「うっそ! なら君が新しいマスター候補の一人なのかい?」

 

 ちょっとまってね! と男はいそいそとズボンを履く。野郎の着替え姿なんて見てても虚しいので目をそらした。

 

 一分ほどして、いいよ〜と声がかかる。視線を戻すと、ズボンを履いて両手に手を添える男がニコニコと笑っていた。

 

「やあやあ、初めまして。予期せぬ会い方だったけど自己紹介しよう。僕はロマニ・アーキマン。このカルデア医療部門のトップだ。よろしく」

「はぁ。俺は藤丸立香です。よろしくお願いします」

 

 とりあえず挨拶して手を差し出す。ロマニさんはちゃんと挨拶できてえらいね、と笑って手を取った。

 

「あ、僕のことはDr.ロマンと呼んでくれていいよ。みんななぜかそう呼ぶからね」

「ああ……ゆるふわ系か……」

「ゆるふわ? ああ、この髪のことかい? 時間がないからいつも適当にセットしてるんだよね」

 

 ホワホワ笑うドクター。本当に愛称の通りテキトーっぽい性格の人だな……でも、なんか悪い人ではなさそうだ。

 

 自己紹介も済ませたところで、ドクターが紅茶とお菓子を用意してくれる。一応俺の部屋のはずなのだが、手慣れた様子だった。

 

「しかし、今は説明会の途中だろう? もしかして追い出されたクチかい?」

「はい。量子ダイブの影響でこう、うつらうつらと……」

 

 こう、パシーンとやられましたとジェスチャーする。ドクターは愉快そうに笑った。

 

「なるほど、あれか。ということは初めて? 訓練は?」

「恥ずかしながら、全くしてません……」

「ああ、君は一般枠の新人なんだね…………あれ。あの枠の勧誘ってかなり強引だった気が……」

「ええ、サスペンス並みの誘拐劇でした」

「ええっ、平気かい? どこも怪我とかしてないよね?」

 

 慌てて俺の体を触り、心配するドクター。こういうところを見ると、医療部門のトップというのも本当なのだろう。

 

 というか、仮にも一部門の長なら事情に詳しいはずだ。ちょっとここのことを詳しく聞いてみよう。

 

「そういえば、ここってどこにあるんですか?」

「うん? そんなことも知らされてないのか。まあ簡単に言えば、標高6,000メートルの雪山の地下だよ」

「ろっ……!?」

 

 なんだそりゃ!? いったいどんな人外魔境に連れてこられたんだよ俺! 

 

「まあ、驚くのも無理はないよね。だが、こうして僕と君は出会えた。そう思うとあながち悪くないじゃないか」

「ええー……」

「その反応はひどくないかな藤丸君!?」

 

 いやだって、この施設変な人しかいないんだもん。いきなり先輩呼びしてくる子とか、謎生物とか。どっちも可愛いからいいけど。

 

「ま、まあともかく……もうすぐレイシフト実験が始まるのは知ってるよね?」

「なんとなーく、聞いたような聞いてないような……?」

「どれだけ前の段階で寝たんだい……」

「……割と最初の方?」

「その反応を見るにそのようだね……で、話を続けるけど。実験にはスタッフが総出で駆り出されるんだけどね、健康管理が専門の僕は暇だったんだよ。で、手持ち無沙汰にしてたら所長に〝ロマニがいると空気が緩むのよ! 〟って叩き出されたわけさ」

「それはまた……道理ですね」

「そ、そこは理不尽ですねっていうのが普通じゃないかなぁ……」

 

 だって本当に、この人がいるだけで空気が緩みそうだもんなー……クラスにいたら自然と空気が和む感じの人だ。

 

 確か親戚にそういう天然気質の人がいた。確か……名前はそうだ、白崎さんだ。同年代だったと思うけど。

 

 そんなことを思いつつ、ドクターと会話を交わす。幸い友人にはなぜかオバケと言われるコミュ力があるので苦ではなかった。

 

「で、その時の所長の顔と言ったらねー」

「あはは、あとで怒られたんじゃないですか?」

「まあね……君、すごいねぇ」

「……いきなりなんですか?」

 

 突然の言葉に面食らってしまった。

 

 俺のどこがすごいというのか。俺なんてせいぜい、平凡もいいところだというのに。

 

「いや、その落ち着きようがさ。普通、こんなことになったらもっと騒いだりヒステリックになるものだろう?」

「そんなもんですかね?」

「うん、その順応の早さは見事だよ」

 

 むしゃむしゃとクッキーを頬張りつつ首をかしげる。そんなに変だろうか。あ、フォウの毛皮ここのあたりが他より少し柔らかい。

 

「まあ、確かに驚きはしましたけど……みんな、いい人そうなので」

「そうかい? なら僕も……ん?」

 

 不意に言葉を止めて、視線を固定するドクター。

 

 不思議に思い、その視線を追いかけてみると服の裾から覗く指輪だった。古いものだから気になったのだろうか。

 

「藤丸君、それは……」

「あ、これですか? 爺ちゃんからの貰い物です。今じゃ大切な形見ですよ」

「……そうか」

 

(あれは、もしかして()()狩人たちの? いや、でもなぜ一般人の彼の祖父が……)

 

「? どうしたんですか?」

「……いや、なんでもないよ。それより紅茶のお代わりいるかい?」

「あ、いただきま――」

 

 

 ピピー

 

 

 カップを差し出した瞬間、ドクターの手首につけられた機械から音がした。つられて俺たちはそちらを見る。

 

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?』

「レフか。それはいいけど、何かあったのかい?」

『いや、Aチームは問題ないがBチーム以下の慣れてないものたちに変調があってね。おそらく不安によるものだろう』

「あらら、そいつはいけない。なら麻酔でも打ちに行こう」

『助かるよ。今医務室にいるだろう? そこからなら二分でこれるはずだ』

 

 その言葉を最後に、レフ教授の声は止まった。ドクターはあちゃー、という顔でこちらに振り返る。

 

「隠れてサボってるから……」

「まずいぞ、ここからだとどう考えても五分以上はかかる」

 

 めっちゃ慌ててティーセットを片付けるドクター。うん、この人やっぱりテキトーなのかもしれない。

 

「それじゃあ藤丸君、おしゃべりに付き合ってくれてありがとね。今度医務室に来てよ、美味しいケーキを用意しておくから」

「あ、はい。じゃあ俺も――」

 

 俺も戻って所長に謝りに行こうかな、と立ち上がった瞬間――フッと明かりが消え目の前が真っ暗になった。

 

「あれ? いきなり停電なんて、何が――」

 

 

 

 

 

 ドンッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 ドクターが言いかけた時、とてつもない揺れが部屋全体を襲った。ティーセットが飛び跳ね、俺たちも浮き上がるほどの規模だ。

 

 いきなり何が、そう困惑していると今度は天井に埋め込まれた装置から甲高い警報が鳴り始める。

 

「な、なんだ、何が起こって――」

 

 

 

 

《――緊急事態発生、緊急事態発生。中央発電所および中央管制室で、火災が発生しました》

 

 

 

 

 俺の疑問に答えるように――そんなアナウンスが、けたたましいアラームとともに流れてきたのだった。




読んでいただき、ありがとうございます。
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実はこれともう一つ、以前から考えていたものを投稿してみようと思うのですが、どうでしょう?


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その手を握って

どうも、早く主人公を登場させたくてうずうずしてる作者です。あと星狩りの感想欲しい。
今回でいよいよレイシフトです。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「なっ……!?」

 

 火災って……いきなりどうして!? 

 

 突然の事態に、またしても思考が混乱する。もしかして、さっき言ってたレイシフト実験? とかで何かあったのか!? 

 

 俺が慌てている間にも警報は鳴り、部屋の中は赤い光で満たされた。それがより混乱を助長させて、ワタワタとしてしまう。

 

「一体何が……モニター! 管制室を映してくれ!」

 

 そんな時、隣にいたドクターの切羽詰まった声が聞こえた。それでハッと我に帰る。

 

 ドクターの言葉を頭の中で幾度か反芻して、反射的に部屋の壁に埋め込まれていたモニターを見る。

 

 ドクターから聞いた話によると、このカルデアには〝シバ〟という近未来を予測する装置がある。

 

 あの管制室の機械……ドクター曰く擬似天体カルデアス。それを見るために開発されたシバは、カルデア内全域を監視しているとか。

 

 ちなみにそれを作ったのはあのレフ教授で、なんでも〝魔術師〟らしい。一般人の俺からすればえ? って感じだけど本当みたいだ。

 

 カルデアスやカルデアの詳しい話も聞いたけど……まあ、それは今はどうだっていい。

 

「なっ、これは……!」

 

 そうこう考えてるうちに、モニターが起動する。

 

 そこに映っていたのは、有り体に言って地獄だった。至る所がまるで()()()()()()()()()破壊され、炎が上がっている。

 

 どう見ても、普通じゃない。だから普通の人間でしかない俺は、それをモニター越しに呆然と見るしかなかった。

 

 

《中央区画の隔壁はあと九十秒で閉鎖されます。職員は第2ゲートから速やかに避難してください。繰り返します、中央管制室および中央発電所で──》

 

 

 そんな俺の恐怖を煽るように、無機質なアナウンスが繰り返される。どうする、一体俺はどうすればいい? 

 

「……藤丸君。僕は管制室へ行く」

「えっ!?」

 

 ドクターの言葉に驚いた。見ると、ドクターは出会ってから短い間で見たことがないほどに深刻な顔をしている。

 

「もうすぐ隔壁が閉鎖される、その前に生存者を確認しなくちゃいけない」

「でも……」

「君は避難したまえ。それじゃあ、また会えたら!」

 

 言うやいなや、ドクターは部屋を飛び出していった。

 

 残ったのは中途半端に手を伸ばした俺と、足元のフォウだけ。所在無さげな腕が、だらんと落ちる。

 

 何をどうすればいいのか分からず動けない俺を嘲笑うように、プツンと背後でモニターが切れる音がした。

 

「フォウ!」

「……フォウ?」

 

 フォウが足を叩いてきた。そちらを見ると、フォウはじっとクリクリとした目で見つめてくる。

 

 まるで何かを、伝えようとしているかのように。

 

「……待て。管制室って、確か」

 

 マシュさん(あの娘)が向かった場所じゃないか? 

 

「フォウ?」

 

 どうする? と問いかけるようにフォウが鳴く。

 

 ……そうだ。俺はただの一般人。多少鍛えてはいるが、行ったって多分大したことはできないだろう。

 

 それでも、それでも一度知り合った人間を──あんな綺麗な微笑みを浮かべる女の子を、放っておくなんて。

 

「俺には、できない……!」

「フォフォウ?」

「行こう!」

「フォーウ!」

 

 それでこそだ! と鳴くフォウを引っ掴んで脇に抱えると、ドクターの後を追って部屋を飛び出した。

 

 そのまま元来た道……管制室の方へ走る。するとすぐさま走っているドクターの後ろ姿を視界の先に捉えた。

 

「ドクター!」

「藤丸君!? 何やって、早く逃げなさい!」

「そういうわけにはいかない! 俺だって仮にも候補の一人だし──何も出来なかったなんて、思いたくない!」

「だから……ああもう! 問答する時間も惜しい! いいかい、僕から離れないで! 最短ルートで行くよ!」

「ああ!」

 

 ドクターの案内に従って、ひたすら管制室を目指し走る。

 

 鍛えているはずの両足は軋みをあげ、心臓がバクバクと高鳴った。なんとか息を整えながら、足を前に出し続ける。

 

 その原因は果たして周りの熱気か……あるいは、脳裏によぎるあの娘の微笑みかは分からないけど。

 

「ここだ!」

「っ!」

 

 走ること、三分もいったところか。永遠にも思える全力疾走は終わりを迎え、俺たちは管制室に飛び込んで──

 

 

 

「……これ、は」

「…………酷い」

 

 

 

 管制室は、モニターで見た時以上の地獄だった。

 

 視界は全て〝赤〟で埋め尽くされ、ただその中央で静かに浮かぶ無傷のカルデアスが不気味さを醸し出している。

 

 唖然としている時間も惜しいと言わんばかりに、ドクターが動き始める。慌ててそれについていった。

 

 少しいったところでドクターはすぐに立ち止まって、しゃがんで床を調べる。

 

「……爆発の起点は、ここか」

「爆発?」

 

 ドクターは静かにそこから退いて、見ていた場所を指し示す。

 

 そこを見て……俺も驚いた。まるで前にネットサーフィンしているときに見た、ミサイルの着弾地点のように床がめくれていたのだ。

 

「藤丸君。これはおそらく、事故じゃない。何者かによる()()()()()()だ」

「こんなことを、人が……!?」

 

 ありえない。こんな、こんな酷いことを、人間がするなんて。

 

 だって、こんな爆発は普通に考えて人なんて簡単に──

 

 

《動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電源への切り替えに異常があります。職員は手動で切り替えてください。隔壁閉鎖まであと40秒。中央区画に残っている職員は速やかに──》

 

 

「……僕は地下の発電所に行く。カルデアの火を止めるわけにはいかないからね。君も隔壁が閉まる前に、絶対に避難するんだよ」

 

 ショックを受けている俺に一声かけて、ドクターは行ってしまった。

 

 数分間、俺は爆発跡をじっと見つめていた。その時の俺の心の内は怒りとも、悲しみとも、驚きともつかないものだった。

 

 

 

《システム レイシフト最終段階に移行します。

 

 

 

 座標 西暦2004年 1月 30日 日本 冬木

 

 

 

 ラプラスによる転移保護 成立。

 

 

 

 特異点への因子追加枠 確保。

 

 

 

 アンサモンプログラム セット。

 

 

 

 マスターは最終調整に入ってください》

 

 

 

「フォウ、フォフォウ!」

「……あ、ああ」

 

 フォウに頬を叩かれて正気に戻る。

 

 こんなことをしている場合じゃない。なんだかアナウンスの様子も変だし、あの娘を探し出さないと。

 

 周囲を見渡して、あの娘を探す。瓦礫をかき分け、なんども転びそうになりながら、目を皿のようにして求め続けた。

 

「あっ……!」

 

 そして、見つけた。

 

 歓喜とも焦りとも取れぬ感情を抱き、足を半ばもつれさせつつ走り寄る。

 

 最後の瓦礫を飛び越えて、マシュさんに近寄る。そうして状態を確認しようと手を伸ばして……途中で止まった。

 

「……せん……ぱい……?」

 

 走ってきた音か、あるいは気配か。マシュさんはゆっくりと目を開けて、俺を見上げる。

 

「なに、してるんですか……はやく、逃げないと……」

「……でも……でも、君を」

 

 助けにきたんだ。

 

 その言葉が、俺の口から出ることはなかった。

 

 だってもう……マシュさんは、俺では助けられない。彼女の下半身を押し潰している瓦礫を見て、どこか冷静にそう思った。

 

 ドクターみたいなお医者さんじゃない俺でもわかるほどに……手遅れだったんだ。

 

「……ご理解しているようで、なによりです……私はもう、助かりません……だから、せめて先輩だけでも……」

 

 

 

《観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました》

 

 

 

 マシュさんの言葉を、アナウンスが途中で遮った。

 

 バッ! とカルデアスを見上げる。そこにあった光景に、今日何度目とも取れない驚愕を覚えた。

 

 カルデアスが、真っ赤に染まっていた。炎よりも明るく、太陽よりも暗い。そんな不気味な、悍ましい赤色に。

 

 

 

 

《〝シバ〟による近未来観測データを書き換えます》

 

 

 

 

《近未来100年までの地球において……()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

人類の生存を確認できません

 

 

 

 

人類の未来は保証できません

 

 

 

 

 そんな、絶望的なことが。無機質な声で、何度も繰り返された。

 

 

《中央隔壁を封鎖 館内洗浄開始まであと180秒です》

 

 

 さらにダメ押しと言わんばかりに、背後で重々しい音を立てて隔壁が閉じる。これでもう、逃げることはできない。

 

「そんな……もう、外に、は」

 

 足元で、マシュさんが暗い声で呟く。それは明確に、俺の現状を俺自身に知らしめてた。

 

 ああ、心の奥から恐怖が滲み出してくる。視界が揺れる。四肢が震える。どうしようもないほど、頭の中を一つの感情が支配した。

 

 

 

 ──怖い。死ぬのが、とてつもなく怖い。

 

 

 

 その想いだけが、壊れたレコーダーのように意識を埋め尽くした。

 

 怖い、怖い、怖い。このままここにいたら、俺は死──

 

 

 

「……ごめん、なさい……」

 

 

 

 ──そんな時だ、小さな謝罪が聞こえてきたのは。

 

「私の、せいで、先輩、が……ごめん、なさい……」

 

 弱々しく謝るマシュさん。苦しげな声で、血を吐きながら、それでも俺に申し訳なさそうな目を向ける。

 

 なんで。どうして君が、そんな顔をするんだ。俺よりずっと死を自覚しているはずの君が、なぜ俺なんかのことを気にかける? 

 

 俺は……俺は一度だって、君のそんな顔は見たくない。

 

「……大丈夫。きっと、なんとかなるよ」

 

 だから咄嗟にぎこちない笑みを浮かべてそう言った。

 

 そうだ、怖いさ。肌を焼く熱が、赤く染まったカルデアスが、自分の首に鎌をかける死神の気配が。

 

「ずっと、最後まで一緒にいるから」

 

 でも。

 

 目の前で今にも死にそうで、その恐怖を我慢している女の子の前で──どこのどいつが、そんな弱音を吐けるっていうんだ。

 

 俺はただの学生だ。この状況を打開出来るようなスーパーパワーもなけりゃ、マシュさんを助けられる魔法の力だってない。

 

「それよりさ──ちゃんと、名前聞いてなかったよね」

「っ……!」

 

 だったら。無力な人間(オレ)に出来ることなんて、その瞬間まで笑ってることくらいだろ? 

 

「わ、私……! 印象的な自己紹介が思いつかなくて……!」

「……うん」

 

 

《コフィン内マスターのバイタル 基準値に達していません》

 

 

《レイシフト 定員に達していません》

 

 

「どういえばいいのか、わからなくて……」

「きっと、君が相手ならどんな挨拶でも新鮮だったよ」

 

 

《該当マスターを検索中……発見しました》

 

 

《適応番号48 藤丸立香 をマスターとして再設定 しました》

 

 

「本当、です、か……?」

「初対面で先輩って呼ばれたんだ、間違いないさ」

 

 

《アンサモンプログラム スタート。 量子変換を開始 します》

 

 

「あの……先輩」

「……なに?」

 

 アナウンスが響き、何かしらの機械が作動したのか光の粒子が部屋を満たしていく中で。

 

 マシュさんは少しだけ迷うように眉を下げ、その後にキュッと何かを堪えるように唇を引き締めて。

 

 

 

 

 

「手を、握ってもらってもいいですか──?」

 

 

 

 

 

「……喜んで」

 

 そっと彼女の手を持ち上げて、しっかりと握りしめる。

 

 マシュさんはホッとしたような、安心した顔で目を閉じた。それに俺も、寄り添うように目を瞑る。

 

 

 

《全行程完了(クリア) ファースト・オーダー 実証を開始 します》

 

 

 

 そして次の瞬間──俺たちは光に包まれた。




読んでいただき、ありがとうございます。
感想をお願いします。


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鐘の音とともに

すみません、一日置きで昨日更新するはずが色々とドタバタしてました!
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

ゴォォォォオ!!!

 

 

 

 

 

「うぉおおおおお!?」

 

 目の前に広がる光の本流に、喉の奥からすごい声が出てくる。

 

 マシュさんの手を握っていたと思ったのに、気がついたらこの不思議な光のトンネルの中にいた。

 

 まるで渦のように流れる青い光の中を、自分の意思とは関係なしにどんどん前へ前へと進んでいる。

 

「ちょ、これなんなのさ──!?」

 

 そんな俺の叫びは誰にも聞かれることなく、ただただ身をまかせることしかできなかった。

 

「あれは……!?」

 

 それから、体感にして十分といったところだろうか。

 

 トンネルの先に、周りとは違った光が見えてきた。もしかして、あれが出口か!?

 

 

 ヒュンッ!

 

 

 それを確かめる前に、俺は光の先に投げ出されて──そして見えたのは、燃え上がる真っ赤な空だった。

 

「えっ!?」

 

 驚く間も無く、体が自然落下を始める。

 

 慌てて地面を見下ろせば、瓦礫や抉れた場所だらけで落ちたら確実にやばい。とっさに受け身の体制をとる。

 

 手を伸ばし、地面と接触した瞬間ひじを曲げる。そのまま回転に身を任せて、あとは頭を全力でかばう!

 

「あがっ、うぐっ、ごはっ!」

 

 いろんなとこにぶつかりながらも、なんとか停止することができた。近くにあった瓦礫を支えに、よろよろと立ち上がる。

 

「ってて……」

「ンー、フォウ!」

「フォウ!?」

 

 胸の中から、もさっと白い毛玉が顔を出す。まさかあの時潜り込んでたのか?

 

「フォフォウ!」

「ったく、無茶して……って、それは俺もか」

 

 とにかく、現場を確認しないと。

 

 辺りを見渡す。先ほどまでいた管制室と同じか、それ以上にひどい状態の街並みだ。

 

 半ば潰れていたり、逆さまになっている看板の文字を見る限り、ここは日本か。

 

「確かあの時、アナウンスで冬木とかいってたよな……」

 

 旅好きのじいちゃんに聞いたことがある。海に面してて、魚が美味しい街とか。

 

 だが、今はもはや見る影もない。一番近いのは、多分戦時中の街中だろう。

 

 

 ププー

 

 

「どわっ!?」

 

 突然音がなって飛び上がる。

 

 慌てて手につけていた時計っぽい何かを見ると、点滅していた。とりあず触れると、何か浮き出てくる。

 

『ああ、やっと繋がった!』

「ドクター!」

 

 浮き上がったホログラムに写っていたのは、ドクターだった。

 

 あまりに謎だらけの状況で、出会って数時間とはいえ顔見知りの顔を見れたことに、思わずホッとする。

 

『もしもし、こちら管制室だ!聞こえるかい!?』

「はい、ドクター。ちゃんと聞こえてますよ」

『藤丸くんかい!?よかった、無事だったか!』

「ええ、なんとか。それよりこれ、一体どういうことなんです?」

 

 管制室にいると思ったら、いきなり日本の冬木と思われる場所にいた。まるで意味がわからない。

 

『そうだね……とりあえず、周りを見てくれるかな?何かないかい?』

「何って言われても……」

 

 もう一度見渡してみる。やっぱり炎上した街があるだけだ。

 

「フォウ!」

「ん?どうしたんだ?」

 

 頬をテシられたのでみると、「フー、フォウ!」と鳴いてフォウはどこかを指し示した。

 

 つられてそちらを見て……そこにあるものに、唖然とした。

 

 

 

 ゴォ──ン…………ゴォ──ン…………ゴォ──ン…………

 

 

 

 そこには、とてつもなく高い塔があった。ここからでも見えるほど、天を貫かんばかりにそびえている。

 

 その上方で、巨大な大鐘が荘厳な音を響かせていた。繰り返し繰り返し、何度も何度も。

 

 肌どころか心をも揺さぶるその鐘の音は、なぜか懐かしくて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そうさね

 

 

 

 

 

 そこはロスリック

 

 

 

 

 

 火を継いだ、薪の王たちの故郷が、流れ着く場所さね。

 

 

 

 

 

 だから巡礼者たちは北に向かい。

 

 

 

 

 

 ──そして、予言の意味を知るのさ。

 

 

 

 

 

 〝火は陰り

 

 

 

 

 

 〝王たちに玉座なし

 

 

 

 

 

 継ぎ火が絶えるとき、鐘が響きわたり。

 

 

 

 

 

 古い薪の王たちが、棺より呼び起されるだろう。

 

 

 

 

 

 深みの聖者、エルドリッチ。

 

 

 

 

 

 ファランの不死隊、深淵の監視者たち。

 

 

 

 

 

 そして、罪の都の孤独な王──巨人のヨーム。

 

 

 

 

 

 ……けれどね

 

 

 

 

 

 きっと王たちは、玉座を捨てるだろう。

 

 

 

 

 

 そして、火の無き灰たちがやってくる。

 

 

 

 

 

 名も無く、薪にもなれなんだ、呪われた不死……

 

 

 

 

 

 けれど、だからこそ。

 

 

 

 

 

 灰は、残り火を求めるのさね──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『──君?おーい、藤丸君?』

「っ!」

 

 ドクターの声で、ようやく正気に戻る。瞬きすると、首をかしげるフォウが見えた。

 

「なんだ、今のビジョン……?」

 

 鐘が鳴り、棺から次々と『何か』が起き上がる。

 

 彼らの姿は力強く、しかし儚げで……

 

『藤丸君、平気かい?レイシフトした時にどこか打って……はっ、それともコフィンを使わずにレイシフトしたから存在証明に問題が!?』 

「……落ち着いてください、ドクター。なんか今すごい単語聞いた気がするけど、ただ立ちくらみがしただけです」

『大丈夫かい?立ちくらみは怖いからね、ちゃんと睡眠を取るんだよ』

 

 いや、今この状況でそんな普通のお医者さんみたいなこと言われても……

 

『まあ、平気ならいいけど……とりあえず』

「とりあえず?」

『──今すぐ、そこから逃げろ!

 

 えっ?と思う前に、ゾクリと首筋に悪寒が走って後ろを振り返った。

 

 そして……こちらをじっと見つめる、骸骨の群れを見てピシィッ!と音がしそうなほど硬直する。

 

「カタカタカタ!」

「のわっ!」

 

 しかしそれも一瞬のこと、骸骨が振り下ろした剣を条件反射で躱すと、一目散にその場から逃げ出した。

 

 当然、すぐさま多数の足音が追いかけてきた。まずい、何でか生きてたのにこんなとこで死ぬのなんかゴメンだ!

 

 背後から聞こえる足音に恐怖しつつ、路地裏や狭い場所、瓦礫の間……通りにくいところを狙って骸骨たちを遠ざける。

 

「カタカタ!」

「うおっとお!?」

 

 瓦礫の隙間突き出された剣をイナバウアー的ムーブで避ける。危ない、頭がスイカ割りのスイカみたいになるとこだった!

 

「カタカタ!」

「のわっ!」

「カタッ!」

「よいしよっとぉ!?」

「カタン!」

「なんの!」

「カタタッ!」

「フォウ!」

「ありがとフォウ!」

 

 路地から飛び出してきたり上から降ってきたり、いろんなとこから出てくる骸骨の攻撃を避ける。ちょっとしたホラーだよ。

 

『君すごいね!?まるでアクション映画のワンシーンさながらの回避だ!』

「まっっったく嬉しくないです!ていうか動く骸骨って、ファンタジーかよ……!」

『藤丸君、今そっちに安全な逃走ルートを送った!』

「ありがとう、ございます!」

 

 剣を振り切った骸骨を蹴り飛ばしながら感謝して、ホログラムに表示されたルートを通ってさらに距離を開ける。

 

 何度角を曲がったか、瓦礫を飛び越えたのか、覚えていない。生きたいという本能に従って、とにかく前に進み続けた。

 

 しばらく走っていると、骸骨たちの足音は聞こえなくなった。前方には半壊した屋敷、急いでそこに飛び込む。

 

 一番奥の部屋に駆け込み、そこで限界が来て崩れ落ちる。

 

「はっ、はっ……」

『藤丸君、平気かい?』

「これが……平気に……見えますか……」

『うん、見えないね』

 

 なら最初から聞かないでくれよ。心の中でそうツッコんだ。

 

「ふぅ……それで?これは一体なんなんです?」

 

 息が整うと、事情を把握しているだろうドクターに問いかける。

 

 案の定ドクターは真剣な顔をして、おもむろに話し始めた。

 

『ああ、説明しなきゃだよね。まず、カルデアスのことは覚えてるかい?』

「はい」

 

 雑談の中で聞いた話だと……確かカルデアスは、地球という惑星そのものに魂があると定義して、それを複写したものだっけ。

 

 それをあの〝シバ〟で観察しているという話だったけど……それと今この状況に、何のつながりが?

 

『何でいきなり?って顔をしているね。ではまず、カルデアの説明を簡単にしようか』

 

 そこからのドクターの話を要約すると、こうだ。

 

 カルデア……正式名称〝人理継続保障機関フィニス・カルデア〟は、人類史をより長く、より強く存続させるための組織。

 

 魔術・科学関係なく研究者たちが集まる研究所かつ観測所であるカルデアは、あることを目的にしているそうだ。

 

 それは、〝人理〟の継続。不安定な人類史を安定させ、未来を確固たるものにして決定的な破滅を防ぐことである。

 

『カルデアは魔術と科学、両方の観点から100年先までの未来をカルデアスによって観測してきた』

「そんなことが?」

『可能だ。そもそもカルデアスとは未来の地球の姿であり、そこにある人類の文明の光を灯りとして文明の存続を〝シバ〟で観測してきたんだ』

 

 なるほど、つまり未来を見る望遠鏡ってわけだな。なんとも一般人には理解しがたいオーバーテクノロジーだ。

 

『だが半年前、カルデアスが変色。人類の文明の光は消えた』

「……それって」

『そう──2016年から先に、人類はいない。すなわち()()していることが観測……いや、証明されてしまった』

 

 その時の俺の衝撃は、計り知れなかった。

 

 当然だ、誰だって人類が滅びるなんて聞いたら驚くに決まってる。冷や水を浴びせられた気分だ。

 

『無論、突然文明が全て消滅するなんて物理的に不可能だ。だから我々はその原因が〝現在〟ではなく〝過去〟にあると考えた』

「過去……」

『様々な究明をした結果……僕たちはある場所を観測した』

 

 もしかして、それが……

 

『そう、今君がいる場所──西暦2004年、冬木の街。僕たちが空間特異点Fと呼称する場所だ』

「空間、特異点……?」

 

 呆然とする俺に、ドクターはさらに様々な情報を与えた。

 

 ここが通常の時間軸から外れている〝特異点〟であること。ここに来るためには〝レイシフト〟する必要があること。

 

 レイシフトとは霊子変換……人間を霊子に変換、再構築することで過去に()()()()タイムスリップのようなものなこと。

 

 そして、俺たちが集められたのはこの特異点の原因を解明、解決し──人類の未来に、再び灯りをつけるためであることを。

 

「………………」

『どうかな?ここまでは理解できたかな?』

「いえ、全然」

『あれっ!?』

 

 ぶっちゃけいって、後半から何いってんのか一欠片も理解できなくてただ単語を頭に入れてた。

 

 例えるならまるで魔王が現れました、だから倒して世界を救ってください!って言われたくらい実感がわかない。

 

「重ね重ね言いますけど、俺普通の一般人ですよ?いきなり魔術とかタイムスリップとか言われて、分かるわけないじゃないですか」

『い、いや、でもここは理解してもらわないと……』

「──でも」

 

 たった一つだけ、分かることがある。

 

 魔術もわからない。レイシフトのことも、どうしたら人類が助かるかもわからない。

 

 それでも……

 

「結局、頑張らなきゃいけないってことですよね。生きる為には」

 

 そう。この状況の原因をなんとかしなくちゃ──明日を生きることさえ叶わない。そんなのは、嫌だ。

 

 それによくよく考えれば、人理が滅ぶということは友人や両親……親しい人もみんな死ぬってことだ。

 

 それを黙っていられるほど、俺は臆病じゃない。

 

『……その通りだ。やっぱりすごいね、藤丸君は』

「どこかですか……って、そんなことよりこれからどうしたら」

 

 

 ギシ……

 

 

 不意に、音が聞こえた。

 

 発生源は玄関の方から。咄嗟に自分とフォウの口を手で塞いで、息を殺す。まさか、追いつかれたのか。

 

 

 ギシ……ギシ……ギシ……

 

 

 謎の相手は床を軋ませる音とともに、こちらに近づいてくる。心臓が激しく高鳴り、やけに大きく心音が聞こえた。

 

 

 ギシ……

 

 

 音が、止まった。

 

 まさかと思い、後ろを見上げると──障子の向こうで、腕を振り上げる大きな影があった。

 

「っ!」

 

 知覚に一瞬、すぐさまその場から飛び退くのと、障子もろとも座っていた場所が粉砕されるのは同時だった。

 

 その際の爆風で転がって、なんとか縁側で止まる。そうして相手を見て──絶望した。

 

「フゥゥウウ……」

 

 それは、とても人とは思えなかった。

 

 漆黒の肌に髑髏の仮面、鍛え上げられた肉体に異常に発達した両腕……その全てが、格の違いを教えてくる。

 

 勝てない。こいつに捕まったら、俺は確実に捻り潰される。そう自覚するのに、そう時間はかからなかった。

 

「フォウ!」

「くっ!」

 

 フォウの鳴き声ともに、一目散に謎の怪物の前から走り去る。

 

 さっきの骸骨なんかとは比べ物にならない、一撃当たったら即お陀仏だ。今はとにかく、逃げないと。

 

 

 ズ……

 

 

「っ!?」

 

 そんな俺の目論見は、早々に崩れ去った。目の前に、もう一体髑髏仮面が現れる。

 

「マズ──」

「…………」

 

 立ち止まろうとした瞬間──髑髏仮面の足がブレた。

 

 刹那、脇腹に鋭い痛み。ゆっくりと見下ろせば、髑髏仮面の黒い足がめり込んでいた。

 

「あ──」

「フッ!」

 

 足が振り切られる。まるで野球ボールのように俺は吹っ飛んでいき、どこかの扉を突き破って激しく体をぶつけた。

 

 ドシャッ、と地面に落ちる。バラバラと周りで物が落ちる音が、とても遠く聞こえた。

 

「ガハッ、ゲホッ……!」

 

 口から大量の血が出る。けられた脇腹が燃えるように熱い。多分骨どころか、内臓まで逝ってる。

 

「ダメだ、体に力が、入らな…………」

 

 ひどい倦怠感に襲われて、俺はその場に崩れ落ちた。どこかでフォウが鳴いている声がする。

 

 掠れる視界の中、ゆっくりと二体の髑髏仮面が建物に入ってくるのが見えた。その向こうで、ぼんやりと白い影が跳ねている。

 

 それを眺めていると、ザッと目の前に黒い足が映り込んだ。

 

「ヒュー……ヒュー……」

 

 気だるげに見上げれば……そこには自分を見下ろす、髑髏仮面たち。

 

 すでに大きな方が腕を振り上げており……無言で俺の頭めがけて振り下ろされた。それを、バカみたいに眺める。

 

 

『──この娘、なんで先輩って呼ぶんですか?』

 

 

 ふと、頭に最初に管制室に向かった道中でのことが頭をよぎった。

 

『ああ、気を悪くしたらすまないね。彼女にとって君くらいの年頃の人間はみんな先輩なんだ』

『はぁ……』

『でも、私が覚えている限りはっきりと口にするのは初めてじゃないかな?ねえマシュ、なんで彼が先輩なんだい?』

 

 レフ教授がそう問いかけた時、あの娘はなんて答えたっけ。

 

『理由、ですか。そうですね……藤丸さんは、今まであってきた人の中で一番人間らしいです』

『人間らしい、か』

『はい、まったく脅威に感じません。ですので敵対する理由が皆無です!』

 

 そうだ、そう言われたんだった。あの時は変な理由だな、と思った。

 

 まあ、今思えば妥当な判断だ。脅威に感じるわけがない。

 

 だってこんなに、無力なんだから。

 

 でも、せめて最後まで抗おうと、何かないかと髑髏仮面を睨みあげて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いい目だ、貴公」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スパァンッ!

 

「……………………は?」

 

 何が起きたのか、わからなかった。

 

 気がついたら俺を押し潰さんとしていた大きな髑髏仮面の頭が宙を舞って、もう一方が視界から消えた。

 

 ゆっくりと、髑髏仮面の亡骸が倒れ伏す。その際の振動が傷に響いて、苦痛に顔を歪めた。

 

「貴公、まだ生きているか?」

 

 

 ガチャリ。

 

 

 そんな俺の前に、誰かの手が差し伸べられる。

 

 しばらく無感情にそれを見つめて、半ば無意識に手甲に包まれた手を取ると、ゆっくりと起こされる。

 

 そうして起き上がって──始めて手の主の姿を見て大きく目を見開いた。

 

「やれやれ、目が覚めたと思ったら燃える街に殺されかけの少年……まったくもって、私の旅はいつも突然だ」

 

 その人は、鎧を着ていた。所々が錆びた、くぐり抜けてきた戦場の数を思わせる古鎧とボロボロの外套を。

 

「だが、勇猛な少年を助けられたことは僥倖だったな。大概間に合わないことが多い私だが、今回は幸運のようだ」

 

 その人は、手に美しい斧を持っていた。雷を纏い、いかなる相手をも打ち砕く力強い武器を。

 

「さて……色々と複雑な状況だが、まずはこう聞こう」

 

 その人は──

 

 

 

 

 

 

 

「サーヴァントバーサーカー、召喚に応じ参上した。問おう、貴公が私のマスターか?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──俺が幼い頃から夢見た、あの荒野の騎士だった。




ついに主人公登場!
なお、お気づきかもしれませんがこの作品は本家と漫画を所々混ぜています。
皆さんの思ったことを知りたあので、よろしければ感想をお願いします。


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彼女の名前は

どうも、テスト勉強でダクソできない作者です。早く進めたい。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 ずっと夢に見ていた相手が、現実として目の前にいる。そんな経験が人生に何度あるだろうか?

 

 

 

 少なくとも、俺にはこれが生まれて初めてなのは間違いないだろう。

 

「どうした貴公?平気か?」

「あ、えっと……」

 

 呆然と見上げていると、騎士が心配そうな声をかけてくる。

 

 その際の、これまでの彼の人生を思い起こさせるような深みのある低い声に、少し背中がぞくりとした。

 

 それをどうとったか、騎士は少し考えた後何かを思いついたように頷いて、どこからともなく鈴を取り出す。

 

 

 チリン。

 

 

 騎士が俺の前に跪き鈴を鳴らすと、白い魔法陣が現れて俺の傷を癒していく。脇腹の痛みがスゥと消えていった。

 

「これでどうだ? 一応、中回復の奇跡を使ったが……」

「あ、はい、大丈夫です」

 

 腕を上げてみる。痛くないし、内臓に骨が刺さっている感触もない。

 

 だった一瞬であんな傷が治るなんて、一体どういう原理なんだ?奇跡って言ってたし、それにマスターって……

 

「フォフォウ!」

「フォウ」

 

 首を傾げていると、フォウが物置に入ってきた。胸に飛び込んできたのを、両手で受け止める。

 

 みたところ、どこにも怪我を負った様子はない。よかった、フォウは攻撃の標的にされなかったみたいだ。

 

「それなら良い。さて」

 

 青い液体の入った瓶を煽った……どうやってか兜を脱がずに……騎士は、鈴をまたどこかにしまうと立ち上がる。

 

 その視線の向かう先は、物置の外。つられてそちらをみると、少し前までいた庭に土煙が舞っていた。

 

 土煙の中から、強烈な殺気を感じる。よく目を凝らせば、俺を蹴った髑髏仮面がこちらを見ていた。

 

「ふむ、かなり強めに蹴ったのだがな……」

「そんな、まだ生きて……うっ!」

 

 不意に、左手の甲が熱くなる。

 

 思わずもう一方の手で押さえ、熱が消えてから見ると、何やら赤い刻印のようなものが浮かんでいた。なんだ、これ?

 

「それは令呪。我らを縛り、時に我らを助けるもの。とはいえ、本来のものとは少し違うようだが」

「令呪……」

 

 もう一度刻印を見る。暗がりの中でほのかに光るその印は、とても強いものに思えた。

 

「説明したいところだが……まずは髑髏退治といこうか。貴公はここにいたまえ」

「あ、あの!」

 

 斧を手に出て行こうとする騎士に、とっさに話しかける。

 

「なんだね?」

 

 ゆっくりと振り返る騎士。兜の奥に隠された瞳が、じっとこちらを見つめる。

 

 舌が喉に張り付くような錯覚を覚えながらも、とりあえず何かを言おうと必死に言葉を絞り出す。

 

「頑張って、ください」

 

 結局、出てきたのはそんな簡素な言葉だった。

 

 驚いたのか騎士は少し体を揺らし、その後にふっと小さな笑みを兜の中からこぼす。

 

「ああ、契約はここに完了した。私の戦い、とくと見ていたまえ。我が初めてのマスターよ」

 

 言い終えるのと同時に、一陣の風とともに騎士の姿が視界から消えた。慌てて立ち上がり、姿を探す。

 

 案外すぐに騎士は見つかった。なぜなら一瞬で髑髏仮面に肉薄して、あの雷の斧を振り上げていたのだから。

 

「フッ!」

「っ……!」

 

 風切り音とともに振り下ろされた斧を避けて、髑髏仮面はアクロバティックな動きで後退する。

 

 着地と同時に、髑髏仮面は手元からいくつもの煌めきを射出した。身を翻した騎士は、そのことごとくを斧で叩き落とす。

 

 カラン、と音を立て地面に落ちたのは、半分に断たれたナイフだった。目にも留まらぬ絶技に目を見開く。

 

「かつて竜の首をも断ったと言われるこの斧、生半可ではない」

「…………」

「今度はこちらからいくぞ!」

「っ!」

 

 騎士が斧を上空に放り投げる。自然とそちらに俺と髑髏仮面の視線が吸い寄せられると、ガチャリと音がした。

 

 すぐさま視線を騎士に戻せば、彼は指の間に挟んだナイフを髑髏仮面に向けて投げる。その数、全部で6本。

 

「……!」

 

 髑髏仮面は機敏に反応して、その場で飛び上がると体の合間を縫うようにナイフが通り抜けていく。

 

「〝火炎噴流〟」

「っ!?」

 

 騎士の冷徹な声が響いた。

 

 騎士が、髑髏仮面に左手を向ける。次の瞬間、凄まじい炎の奔流が赤く輝いた左手から放たれた。

 

 髑髏仮面は炎に飲み込まれ、その熱気に思わず手で顔をかばう。肩から「フォーウ!?」というフォウの鳴き声が聞こえた。

 

 数秒して、熱気が消える。腕をどかしてみれば、パチパチと庭が黒焦げていた。髑髏仮面の姿は……ない。

 

「シィッ!」

「! う、後ろ──」

「──想定内だとも」

 

 

 ドンッ!

 

 

 背後から現れた髑髏仮面に声を上げるが、騎士は体から謎の衝撃波を発して体勢を崩した。

 

 無防備な状態になった髑髏仮面に、騎士は斧──ではなく、いつの間にか握っていた冷気を纏う大槌を振り下ろす。

 

 直後、轟音。地面ごと髑髏仮面は盛大にに叩き潰された。その際の激しい振動でよろめいて、壁に手をつく。

 

 騎士が大槌を持ち上げる。その下には潰れた髑髏仮面がおり、遠目から見ても死んでいるのは明らかだ。

 

「見事な気配の消し方だった。不安定な召喚でなければ、本気の貴公とも相見えただろうに」

 

 片手をあげ、落ちてきた斧を受け止めた騎士は、静かな声でそう呟いた。

 

「すごい……」

 

 たった数分の攻防だった。一撃で俺を瀕死に追いやった髑髏仮面が、あっさりやられてしまった。

 

 騎士を見惚けていると、髑髏仮面が金色の粒子になって消える。えっ、と後ろを見れば、大きな髑髏仮面もいつの間にか消えていた。

 

「ソウルはごく僅か……か。不死人ではなく、完全な霊体であることが原因かな」

「あの!ありがとうございます!」

 

 声をかけながら、物置から出て走り寄る。騎士はこちらを向いて──何かに気づいたような仕草をした。

 

「貴公、伏せろ!」

「え?」

 

 騎士の言葉に、後ろを見る。

 

 そして──自分の首めがけてナイフを振り下ろさんとしている()()()の髑髏仮面に、体の芯が凍りついた。

 

 瞠目する間に、髑髏仮面は無情にもナイフを振り切って俺の頭を跳ね飛ばす──

 

 

 

 

 

 ドッガァアアアン!!!

 

 

 

 

 

 ──ことは、なかった。

 

 視界から髑髏仮面が消える。それはまるで先ほどの繰り返しのようで、俺はまたそれを見ているだけだった。

 

 大きな影がよぎるのとともに吹き飛んだ髑髏仮面は、屋敷の屋根まで飛んでいって凄まじい音を立てて激突する。

 

 

 

 

 

「──先輩、ご無事ですか?」

 

 

 

 

 

 立ち止まって濛々と煙をあげる瓦屋根を見ていると、美麗な声が耳朶を震わせた。

 

 まさか。そう思って背後にいる誰かを振り返って──俺はこれまでで一番大きく目を見開いた。

 

「君、は……」

「今なら、印象的な自己紹介ができると思います」

 

 そう言ってその人物は、ふっとあの時のように微笑みを浮かべて。

 

 

 

マシュ・キリエライト──あなたのサーヴァントです。よろしくお願いします、先輩」

 

 

 

 見上げるような大楯と、紫と黒の戦闘服に身を包んだ彼女は、そう名乗った。

 

「……マシュ・キリエライトさん」

 

 彼女自身の口から聞いた名前を、噛みしめるように反芻する。

 

 マシュ・キリエライト、マシュ・キリエライト……よし、覚えたぞ。なぜかはわからないけど、絶対忘れないようにしよう。

 

「さん付けは不要です。私はあなたのサーヴァントなのですから」

「そ、そう?」

 

 じゃあキリエライト?うーん、なんだかしっくりこない。

 

 とすると、残る答えは一つ。

 

「それじゃあ……マシュ?」

「はい!それで良いです、先輩!」

「うっ」

 

 にこりと笑うマシュさん改めマシュ。その笑顔に全身の血が沸騰するような錯覚を覚える。

 

 なんだなんだ、今すっごい心臓が高鳴ったぞ!?こんなの、小さい頃父さんに無理やりお化け屋敷に引きずられてった時以来だ。

 

「それでは先輩、すぐに敵性生物(エネミー)を撃退して」

「その必要はないよ、大楯の貴公」

 

 割り込んできた声に、揃ってそちらを振り返る。

 

 騎士はまたいつの間にか武器を変えていて、流麗なデザインの長弓を携えていた。彼はほら、と俺たちを促す。

 

 再び視線を移せば──そこには頭を矢で射抜かれ、今まさに粒子になって消えていく髑髏仮面が地に臥せっていた。

 

「君たちが話している間に倒させてもらった。戦場で油断はいけないぞ」

「あっ、す、すみません」

「いや、別に良い。無事なら問題はないからね、我がマスター」

 

 穏やかな声音で俺の失態を許して、騎士は歩み寄ってくる。するとマシュが盾を構えて前に立ちふさがった。

 

「止まってください。貴方はサーヴァントの方ですか?聞いたところによると、先輩と契約しているようですが」

「これは失礼、大楯の貴公。私は縁あってこの場で彼に呼ばれたものだ。敵ではないよ」

 

 両手を広げて、ほらと証明する騎士。マシュはなおも疑わしげな顔をする。

 

「マシュ、その人は平気だよ。死にかけてた俺を助けてくれたんだ」

「……本当ですか?」

「うん。あの髑髏仮面を二体もやっつけたし」

 

 俺の言葉にマシュはしばし思案し、やがてゆっくりと構えを解いた。心の中でほっと安堵の息を吐く。

 

「すみませんでした。先輩を助けていただいた方に失礼な態度を……」

「その警戒は当然だ。私でもそうするから、謝る必要はない。それで……君は、サーヴァントなのかい?」

 

 問いかける騎士に、マシュは押し黙る。

 

 俺も気になっていた。管制室で見た時とは違って、マシュはファンタジーに出てくるような格好をしている。

 

 明らかに華奢な細腕に似合わない大楯。こんなものを扱えるのは──多分、()()とかだ。

 

「その、説明をすると色々と複雑でして」

「そうか、ならいい」

「え?」

「あまり聞かれたくないのだろう?ならば聞かないのが心遣いというものだ」

 

 肩をすくめる騎士。男心をくすぐる鎧姿以上に、この人がすごくかっこよく見えてきた。

 

「……はい。ありがとうございます、バーサーカーさん」

「いやいい。ところで、どちらか現状について知っているものは──」

 

 

 ププー

 

 

 騎士が言いかけたところで、間抜けな音が響く。

 

 全員同時に俺の腕を見ると、腕輪が点滅していた。タッチすると、ドクターのホログラムが出てくる。

 

『藤丸君、平気かい!?ちょっとこっちのトラブルで通信が途絶えて──ってええええええええええ!?

 

 ドクター、絶叫。マシュが顔をしかめ……多分騎士も……、一番近くにいた俺はキーンという耳鳴りに悶える。

 

『マシュ、その格好はどういうことだい!?そんなハレンチな格好!僕は君をそんな子に育てた覚えはないぞ!』

「Dr.ロマン、一度落ち着いてください。先輩が悶絶しています」

『あっ、ごめんね藤丸君!』

「うおお、耳が……」

 

 十秒くらいして耳鳴りは治った。いや、耳元で叫ばれてるのと同じ感じだったよ。

 

『それで……一体どうしてそんな格好を?』

「それは話すと長くなるので、私のバイタルをチェックしてください」

『わかった……お、おお!?これはすごい!身体能力、魔力回路ともに飛躍的な向上!まるで……』

「はい、サーヴァントのようです」

『じゃあ、ようやく成功したのかい?人間と英霊の融合──デミ・サーヴァント化に』

「そのようです。先の爆発によってマスターを失った英霊の方が、力を譲り渡す代わりにこの特異点の原因を究明・排除してほしいと」

『なるほど、そういう経緯だったんだね。何はともあれ、一命をとりとめたようでよかったよ』

「はい、これで先輩を守れます」

 

 俺を置いてけぼりで、どんどん会話を進めていくマシュとドクター。まただ、何を話しているのか全っ然理解できない。

 

『それで、そこにあるもう一つの霊基反応は──』

 

 ドクターのホログラムは騎士の方を向いて……唖然とした。

 

『──そんな、まさか。ありえない、君がどうして』

「……貴公のそのソウルは、もしや」

 

 信じられない、という顔のドクターに騎士は何かに気づいたのか、小さく呟く。首をかしげる俺とマシュ。

 

『……いや、そうか。そういうことか。だから君が()()()()()()()()()

「おそらく、貴公の思う通りであろう。そういう貴公こそ……」

 

 何か言いかける騎士。しかしそこで言葉を止めてかぶりを振った。

 

「いや、今は言うまい。このことは後で話そう」

『そうだね、その方がいい。()()()()()()()

「……?あの、何の話をしてるんですか?」

「いやなに、特に意味もない会話さ。それより、いつまでもここにいていのか?」

 

 騎士の質問にはっとする。そうだ、早くここから出ないと。

 

『一キロ圏内に、もう一人誰かの反応があるね。そちらに向かってくれ』

「了解した。大楯の貴公もそれで良いか?」

「はい、問題ありません」

 

 ドクターに了承を返した二人が、こちらを見る。どうやら最終判断は俺に任せるらしい。

 

 ええと、もう何がなんだかわからない状況だけど……ここから出るために、何かしらの行動はしなきゃいけないし。

 

 それにその反応が、俺やマシュみたいにレイシフトで飛ばされてきた人だったら助けなきゃ、だよな。

 

「えっと……二人とも、行こうか?」

「良いだろう、マスター」

「了解です!」

 

 頷く二人に、俺もまたなんとか笑顔を浮かべてよろしくね、と言った。

 

 

 

 

 

 こうして俺は、騎士とマシュを加えてこの特異点Fを探索することとなった。




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思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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オルガマリー・アニムスフィア

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「じゃあ、サーヴァントっていうのは過去の英雄のことなの?」

「ああ、そういうことさ」

 

 

 ピシュッ!

 

 

 俺の疑問に答えながら、バーサーカーが矢を放つ。空気を切って飛翔した木矢は、こちらに接近していた髑髏仮面の眉間を貫いた。

 

「はぁあっ!」

 

 

 ドガンッ!!!

 

 

 崩れ落ちる髑髏仮面、その取り巻きだった骸骨たちを猛スピードで接近したマシュが大楯で吹き飛ばす。

 

 まるで紙くずのように宙を舞う骸骨たち。地面に叩きつけられた瞬間粉々に砕け、物言わぬ残骸と化した。

 

 現在俺たちは、ドクターの言った生体反応に向かっていた。その道すがら、サーヴァントのことについて聞いている。

 

「先輩、ご無事ですか?」

「うん。バーサーカーが守ってくれたから」

「そう言ってくれて光栄だよ、マスター」

 

 静かな声で答えながら、バーサーカーは新たな矢を弓……さっき聞いたら〝竜騎兵の弓〟というらしい……につがえる。

 

 兜で顔は見えないけど、バーサーカーは周囲に常に気を配っていつでも戦えるようにしていた。全く隙はない。

 

 その熟練された佇まいは、まさしく〝英雄〟といったところだ。

 

 

 

 この世界には、もう一つの側面が存在する。

 

 

 

 それは、カルデアスやシバの説明を受けた時に聞いた、魔術。そしてそれを行使する〝魔術師〟たちの世界だ。

 

 魔術師たちは世界に普遍的に存在する〝魔力〟を使い、様々な神秘や現象を再現するらしい。魔法使いとはまた違うみたいだ。

 

 そんな彼らの使う魔術の中でも最上位に位置する魔術の一つ……〝英霊召喚〟。

 

「サーヴァントとはすなわち英霊、英霊召喚とは伝説・神話に語られる英雄や歴史に名を残した偉人を、召喚して使い魔とする……だっけ?」

「はい、その認識で合っています。召喚の際は、その英霊にちなんだもの……あるいは本人が持っていたものなどを触媒にしたりします」

 

 今しがた聞いたことを反芻していると、マシュがさらに細かく説明してくれる。お礼を言うと、いえ、これくらいはと微笑んだ。

 

 その顔にちょっと見惚れつつ、バーサーカーの方を見る。ちなみに呼び方や口調は本人がかしこまらないでくれと言ったのでこうした。

 

「まあ、私も召喚の際自動的に刻まれた知識を言っただけだ。大楯の貴公のほうがより詳しいのではないかな」

「刻まれた知識……ということは、バーサーカーさんは今回が初めての召喚なのですか?」

「ああ、そうだとも」

 

 答えるのと同時に、バーサーカーは一瞬で弓を虚空に消してあの大槌を取り出し、俺の後ろに振るう。

 

 するとバキョ、という音とともに、足元に壊れた骸骨が転がった。危ない、また背後を取られてしまった。

 

「ありがとう、バーサーカー」

「このくらい当然だよ」

 

 また弓をどこからか取り出して、バーサーカーはしんがりを務める。頼もしいかぎりだ。

 

「それで、英雄っていうとアーサー王とかも?」

「そうですね、可能性はあります。ただ、英霊は知名度によって格が高くなるので、よほど幸運でなければ召喚は難しいと思います」

「ふぅん、そうなんだ」

 

 じゃあアーサー王を召喚するのは難しいってことだな。でも伝説の英雄に会える可能性があるのは、ちょっとワクワクする。

 

「……そう考えると、先輩はすごく幸運なのではないでしょうか」

 

 アキレウスとかもいるのかな、もしかしたら織田信長とかもと思っていると、急にマシュがそんなことを言った。

 

「どうして?」

「先輩は知らないうちにとはいえ、バーサーカーさんを召喚しましたよね?あれほどの強さを持つ英霊は、そうそういません」

「あー」

 

 小声で言われたマシュの言葉に納得する。たしかにバーサーカーは、めちゃくちゃ強い。

 

 これまでの道中、さっきのを合わせて四体ほど髑髏仮面に遭遇したんだけど、バーサーカーはことごとく瞬殺した。

 

 ある時は雷の大槍で、ある時はゴツゴツとした老木のような大斧で、ある時は燃え上がる槍で。

 

 多彩な武器や魔術を駆使して戦う姿は圧巻の一言で、サーヴァントが規格外の性能を誇るという話もよくわかった。

 

 いきなり現れて、いきなり一緒にいることになったけど、彼ほど心強い存在はいない。

 

「あれ、改めて考えると、なんで俺召喚できたんだ……?」

「そうですね。魔術師としては素人の先輩がどうして……」

「それはおそらく、その指輪が関係しているのではないかな?」

「きゃっ!」

「うわっ!」

 

 突然会話に入ってきたバーサーカーに、マシュと二人で飛び上がる。

 

 振り返ると、そこには少しおかしそうに肩を揺らすバーサーカー。まったく、ただでさえ心臓に悪い状況なのに。

 

「失敬。もうこの辺りの敵は掃討できた、先に進んでも良さそうだ」

「あ、お疲れ様ですバーサーカーさん」

「お疲れバーサーカー……それで、指輪って?」

「貴公が手首につけているそれだよ」

 

 バーサーカーの言葉に、自分の腕を見る。そこには相変わらず古ぼけている、狼のレリーフの刻まれた指輪。

 

「それは、かつて私の持ち物だった。それが〝(えにし)〟となって貴公と繋いだのだろう」

「そうだったの?それなら……」

「ああ、返す必要はない」

 

 外そうとした俺を、バーサーカーは手で制する。

 

「その指輪はもう私が……二度とつけることはないものだ」

 

 その声音にはどこか……懐かしさと、とてもとても深い後悔が混ざり合っているような気がした。

 

 少し不思議に思いながらも、それならとかけていた手を解く。それでいい、とバーサーカーは踵を返した。

 

「そろそろ、最初の地点から一キロになります。Dr.ロマンの指定した反応は、この辺りのはずですが……」

「キャァーーーーーーーー!」

 

 噂をすれば、とでもいうように甲高い悲鳴が聞こえてくる。

 

 俺たち三人は顔を見合わせ、頷きあうと悲鳴のした方向に走り出した。早く、この悲鳴の主を助けなくては。

 

「なに、一体なんなのこいつら!?もうイヤ、誰か助けて、レフーーー!」

 

 案外、すぐに声の主は見つかった。

 

 骸骨の群れから逃げ回っているその女性はーー

 

「あの人、俺にビンタした……!」

「オルガマリー所長……!?」

 

 驚いて軽く叫んでしまった俺たちの声に、所長と呼ばれた白髪の女性はこちらに振り返る。

 

 俺たちの姿を捉えると、さらに激しく困惑した表情を浮かべ、かと思えばすぐに後ろにいる骸骨たちに恐怖して前に視線を戻した。

 

「白髪の貴公、前にジャンプしろ!」

 

 どうしよう、そう思っていると隣のバーサーカーがオルガマリー所長に向けて声を張り上げた。

 

 すぐにその声に反応を見せたオルガマリー所長はまたこっちを見て、バーサーカーを見ると先ほど以上に唖然とした顔をする。

 

 しかしそんな場合ではないとわかっているのだろう、バーサーカーの言う通り前に向けて跳んだ瞬間ーー

 

「〝降り注ぐ結晶〟」

 

 骸骨たちの上から、どこからか大量の青白い結晶が降り注いだ。

 

 

 

 ドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!

 

 

 

 まるで雨のごとく激しいそれは、骸骨たちを頭上から押しつぶし、砕け散らせ、たった数秒で地面の瓦礫の一部に変えていく。

 

 結晶が途切れた頃には、もう一匹も骸骨は残っていなかった。これ幸いと、俺とマシュは倒れている所長に走り寄る。

 

「所長、平気ですか!?」

「ひっ!」

 

 両手で頭を抱えてうずくまっていた所長は、バッと顔を上げて俺たちを見上げる。

 

 しかし敵でないとわかったのか、ほっと安堵の息を吐いて尻餅をついた。

 

「し、死ぬかと思った……」

「お怪我はありませんか、所長」

「あなた……マシュ?それに、居眠りしてた一般人……」

「フォウ!」

 

 俺たちの顔を交互に見て、驚愕とも疑問ともつかない顔をする所長。そんな所長にフォウが忘れるな、とでもいいたげに鳴く。

 

「一体どういうこと……?」

「ああ、この格好に驚かれているのですね。実はーー」

「サーヴァントと人間の融合、デミ・サーヴァントでしょ。そんなの見ればわかるわよ」

 

 一瞬前の情けない姿はどこにいったのだろう。管制室で見た時のような、冷静な表情になった所長が立ち上がる。

 

「私が聞きたいのは、なんで今になって成功したのかってことよ!」

「それは……」

「それにそこのアンタ!私の説明会に遅刻してきた一般人!」

「はいっ!?」

 

 いきなりビシィッ!と指をさされて、思わず背筋を正す。

 

 オルガマリー所長の顔は、まさしく憤怒の形相だった。後ろに般若のス◯ンドが見えんばかりだ。

 

 お、俺この人に何かしたっけ……ってそうだよ、説明会に遅れたんだよ。

 

「なんでマスターになっているの!サーヴァントと契約できるのは一流の魔術師だけ!アンタなんかがマスターになれるはずがないじゃない!一体どんな非道な手を使ってーー」

「まず怒鳴りつけるのではなく、助けてくれた礼を言うべきではないかな?白髪の貴公」

 

 耳がキンキンするほどの金切り声を受け止めていると、周囲の警戒をしていたバーサーカーがこちらにきた。

 

 片手には見事な作りの杖、ゲームの教主とかが持ってそうな感じだ。あれでさっきの結晶を放ったのか。

 

「すごいね、あんな魔術も使えるなんて」

「はい、現代には残っていない魔術体系です。バーサーカーさんはかなり古い時代の方なのでしょうか?」

「まあ、古いといえば古いだろう。私こそごく僅かしか与えられなかったとはいえ、この時代の進歩には驚いた」

「…………………………き」

 

 三人で話していると、ふと所長がなにかを呟いた。

 

「所長?」

「き………………」

「「き?」」

きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!

『!!?』

 

 所長、発狂。

 

 あまりの音量に耳を塞ぐ。それはサーヴァントになって強くなったマシュでも同様のようで、ちょっと盾の陰に隠れている。

 

「嘘っ、ほんっ、ほんとに!?これ現実!?私の幻覚じゃないわよね!?」

「……いきなりどうしたのかね?私に何かおかしいところでも?」

「きゃーーーー!『最後の薪の王』の生の声!」

 

 キャーキャー言いながら飛び跳ねる所長。それまでのイメージはまるっきり崩れ去り、まるで子供のようだ。

 

 その姿に、クラスメイトを思い出す。前に特典がもらえるとかで、人数合わせで連れていかれたイベントのときこんな感じだった。

 

 所長はしばらく跳ねたりバーサーカーの周りをグルグル回って全身を見つめたりし、ようやく落ち着くと俺に振り返る。

 

「アンタ、名前は?」

「え?」

「聞こえなかったの?名前を聞いてやってんの。ほら、早く言いなさい」

「あ、はい。藤丸立香です」

「そ。ならフジマル、よくやったわ。彼を召喚するなんて、ほんっっとーに少しだけ見直してやってもいいわ。感謝なさい」

 

 えーなにこの超上から目線。

 

「あの、バーサーカーさん。一つ質問よろしいでしょうか」

「何かね大楯の貴公」

 

 ルンルンと後ろに擬音が見えるくらい上機嫌になった所長に混乱してると、マシュがバーサーカーに問いかけた。

 

 

 

 

 

「貴方は……あの〝火の無い灰〟なのですか?」

 

 

 

 

 

「〝火の無い灰〟?」

 

 なにそれ。何かの比喩表現だろうか?

 

 バーサーカーを見ると、動きが止まっていた。顔はわからないけど、とても驚いているように見える。

 

 そのまましばらく静止していたバーサーカーは、やがて深く息を吐いた。

 

「……いかにも。我が真名は〝火の無い灰〟だ。まさか、現代に私の名前が残っているとはな」

「当然です!」

「うおっ!?」

「貴方がいなければ、我々人類の繁栄はなかった。貴方が『火継ぎ』を終わらせたからこそ、古い神の時代が終わり人の時代がやってきたのですから。魔術師の中で、貴方の名前を知らないものはいないわ!」

「そ、そうか」

 

 バーサーカーの手を握り、キラッキラの目でまくし立てる所長。常に冷静沈着なバーサーカーが少し引いていた。

 

 さながらヒーローに会った子供のような所長を見つつ、すすーっとマシュの隣に移動する。そうすると話しかけた。

 

「ねえマシュ、〝火の無い灰〟って?それに『火継ぎ』とか言ってたけど……」

「そうでした、一般人の先輩は知らないですよね。実は魔術師の世界には、ある一つの伝承があるんです」

「伝承?」

 

 鸚鵡返しに聞いた俺に、頷いたマシュは説明してくれようと……

 

「『はじまりの物語』ね!?」

「おわぁっ!」

「所長!?」

 

 にゅっと俺とマシュの間から所長の頭が生えてきた。めっちゃびっくりした。

 

「かの最初の伝説を知りたいと言うのね?ふふん、いいでしょう。それならこの私が直々に説明してあげるわ」

「……なあマシュ、所長はなんでこんなに得意げなの?」

「実は、所長はその伝承の熱心な研究者でもありまして……」

「なるほど」

 

 つまり、好きなことだと途端に饒舌になる感じか。

 

 とりあえずおざなりな反応をして怒られる……ましてやまたビンタが飛んできては叶わないので、俺はおとなしく話を聞くことにした。

 

 

 

「じゃあ始めるわよ。古い時代、まだ世界が分かたれていなかった頃ーー」

 

 

 

 そして俺は、壮大な伝説を知ることとなった。

 




読んでいただき、ありがとうございます。
感想をいただければ幸いです。


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火の無い灰

どうも、グリスのVシネフォームみてこれはこれでてんこ盛りだなと思った作者です。
今回は独自解釈、主人公のオリジナル設定が含まれます。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 ──いわく。神々が生まれ出ずるより以前の古い時代。

 

 

 

 まだ世界は分かたれず、霧に覆われ、灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった。

 

 

 

 だが、いつかはじめての火がおこり。火と共に差異がもたらされた。

 

 

 

 冷たさと、と、そしてと。

 

 

 

 そして、闇より生まれた幾匹かが火に惹かれ、王のソウルを見出した。

 

 

 

 最初の死者、ニト。

 

 

 

 イザリスの魔女と、混沌の娘たち。

 

 

 

 太陽の光の王グウィンと、彼の騎士たち。

 

 

 

 そして、誰も知らぬ小人……

 

 

 

 それらは王の力を得、古竜に戦いを挑んだ。

 

 

 

 グウィンの雷が、岩のウロコを貫き、

 

 

 

 魔女の炎は嵐となり、

 

 

 

 死の瘴気がニトによって解き放たれた。

 

 

 

 そして、ウロコのない白竜シースの裏切りにより、遂に古竜は敗れた。

 

 

 

 火の時代の、はじまりだ。

 

 

 

 だが、いずれ火は陰り、最後には消える。

 

 

 

 世界は闇に満たされ、夜に包まれて……人々に呪われたダークリングが現れるだろう。

 

 

 

 その度に、誰かが火を継いだ。己の身を(たきぎ)としてくべて、世界を照らし続けた。

 

 

 

 彼らは《 薪の王 》と呼ばれ、その強大な力ゆえに名を残した。

 

 

 

 そうして古き火継ぎが繰り返されること数百年……ある一人の不死が現れた。

 

 

 

 その者逃亡騎士の鎧を纏い、魔術と数多の武具を司る名もなき灰。

 

 

 

 彼はかつての薪の王たちを屠り、玉座に連れ戻し。

 

 

 

 最後に王らの残り火を受け、はじまりの火を継いだ者。

 

 

 

 それから、火が絶えることはなく。

 

 

 

 ダークリングが人の中に現れることもなかったという──

 

 

 

 ●◯●

 

 

「──故に彼はこう呼ばれた。《 最後の薪の王 》と」

 

 まるで演説でもしているかのごとく流麗な声で、物語は締めくくられた。

 

 近くの手頃な岩に座っていた俺とマシュは、パチパチと拍手を送る。ふふん、と所長は胸を張った。

 

 バーサーカーは、そんな所長とは正反対に自分の話を聞くのが恥ずかしいのか、ポリポリと兜をかいている。

 

 すごく壮大な話だった。おそらく俺を含めて男なら誰もが憧れ、頭の中に繰り広げるような、そんな伝説。

 

「これが『はじまりの物語』。神代よりさらに昔、すでに一切が滅んだとされるかつての古い神と人が生きた時代を象徴する神話よ。ちなみに〝火のない灰〟というのは、彼の最も知られた通称のようなものね」

 

 目を輝かせる俺にさらに気をよくしたのか、所長はウィンクして人差し指を立てた。上から目線じゃなきゃ可愛いな、この人。

 

「すごい、それじゃあバーサーカーは大英雄なんだ!」

「そんなに大げさなものでもないさ。私はただ、この身を火にくべただけのこと」

 

 褒めるも、バーサーカーはあくまで謙遜した。そんなところまでストイックな騎士っぽい。

 

「でも、そのおかげで今の俺たちの時代があるんでしょ?それならバーサーカーは、紛れもなく英雄じゃないか」

「まあ、マスターがそう思うならそれでもいい。あいにくと、この身には余る称号だがね」

 

 どうやらバーサーカーは、この扱いに不満があるみたいだ。

 

 俺なら英雄って呼ばれたら、不釣り合いと思いつつちょっとは嬉しくなっちゃうと思うけどなぁ。

 

 いや、こういう性格だからこそ英雄なのかな?うん、きっとそうだ。

 

「卑下する必要はありません。繰り返しますが、あなたこそ人理の基礎を作ったのです」

「……むず痒いな、私などたいした男ではないのに…………なぜ、君は私のことなど尊敬するのだい?」

「それは、あなたが最も根源に近い存在だからです」

「根源?」

 

 思わず首をかしげる。一般人の俺には魔術師の言う根源がなんなのかわからない。

 

 そんな俺にため息をついて、「仕方ないわね」となんとも面倒臭そうに言いながら所長は説明してくれる。

 

 なんだかんだ言って面倒見いいなと思ったら、ギロッと睨まれた。変なこと考えるのはよそう。

 

「魔術師とはこの世の真理に至らんとする者のことであり、そのために一生を捧げるわ。その道のりは一人で終わらず、何世代にも渡って研究は続けられる」

 

 真理とはすなわち起源、つまり根源。この世の全てを知る叡智を求めて、魔術師は魔術を行使し研鑽を続ける。

 

 そんな魔術師にとって、世界に差異を作った『はじまりの火』はまさしく根源そのものであるらしい。

 

 それを継いだ『薪』たちもまた然り。その最後の王であり、唯一存在が記録として明確に残っているバーサーカーは至高の存在だとか。

 

「『はじまりの火』を継ぎ、根源の力に触れた者。時計塔のロードの一人として、これを崇拝しない理由はありません」

「えーと……つまりスーパーヒーローに憧れるみたいな?」

「先輩、例えがチープです」

 

 仕方ないじゃん、色々聞きすぎてよくわからないんだもの。

 

「……なるほど、そういう理由か」

 

 俺の隣で黙って聞いていたバーサーカーが呟く。

 

「だが白髪の貴公。あれは貴公ら現代の魔術師が思っているほど良いものではないよ。あの火は、ただの呪いだ。最後には人間性を燃やし尽くし全てを忘れ、単なる薪となって消えるなど滑稽でしかない。あれを継いだところで、いいことは一つとしてないさ」

 

 深く、強く断言する。それがある種のオーラになって、背筋にゾワッと悪寒が走った。

 

 

 

 話の途中で聞いたところによると、ダークリングは人を不死にする。

 

 

 

 それだけ聞いたら良いものに聞こえるが、それは死ぬたびに記憶を、感情を失って最後には亡者になる呪いの証だという。

 

 陰ればダークリングを人々に刻むはじまりの火は、バーサーカーにとっては単なる呪いを撒き散らすものでしかないのだろうか?

 

「ですが、あなたはこうして話をしている。それがあなたがまだ人である証明なのでは?」

「いいや、私も多くを忘れたさ。両親の顔すら覚えていない。覚えている最初の光景は……………………」

「……?」

「……とにかく、私は憧れるような存在ではない。それだけは断言する」

 

 自分は、決して英雄などではない。

 

 そういう思いが、全身から強く伝わってくる。そんなに火を継ぐというのは苦しいことなのかな?

 

「……それでも、あなたが今の人理が始まる最大の要因であることに変わりはありません。魔術師以前に一人の人間として、私はあなたに深く感謝します」

「……強情だな、貴公は」

「あなたこそ、英雄の名に恥じぬ程には」

 

 ふっと所長が笑う。バーサーカーも心なしかわずかに微笑んでいる気がした。

 

「マシュ、マシュ。俺この空気に入れないよ」

「大丈夫です先輩、私もです」

「何言ってんのよ、彼を召喚したアンタこそ知っとくべきでしょうが。外野みたいなセリフ吐いてんじゃないわよ」

 

 耳ざとく聞かれて怒られた。だが正論なのでごめんなさい、と頭を下げておく。

 

「でも、全部滅んじゃったのにどうやって伝わったんですか?」

 

 素朴な疑問を口にする。

 

 確か所長はさっき、一切が滅んだ時代と言っていた。

 

 何も残っていないのなら、一体どうやってこの時代までその火の時代のことが伝えられたんだ?

 

「ああ、それね。実はたった一つだけ、火の時代の遺物が残っているのよ」

「ええっ!?」

「……何?」

 

 再び目を輝やかせる俺。

 

 無理もない、俺も男だ。超古代の遺物とかオーパーツとか、超気になる。

 

「『火の暦書』。そう呼ばれる教本というか手記というか、ある教団の教主が残した一冊の本が発見されました。今から何百年も前のことです」

「そこから私たちは、火の時代を知ったのよ。以来、火の時代と彼のことについて研究が進められてきた」

「それって一体どんな?」

「暦書にはね、さっきも話してあげた伝承およびその発祥の地名、彼の外見の挿絵や使っていた武具・魔術の一部、教団の掟……そして書いた者の名前、行ったことは書いてあるけど、それ以外のことはほとんど記載されていないの」

 

 なるほど、じゃあつまり……

 

「私たちが研究するのは、『はじまりの火』とは具体的になんなのか。どこにあるのか。そして……」

 

 そこで所長は、バーサーカーに目を向けて。

 

「彼が、どうやって『火継ぎ』を終わらせたのか」

「…………」

「私は主にそれについて研究しているわ。あとは当時の魔術体系とか宗教とか、その他諸々ね」

 

 所長の目には、今すぐにでもバーサーカーからそのことについて聞きたいという色が出ていた。

 

 それにまたクラスメイトのことを思い出す。ネットサーフィンしててたまたま見つけた情報をボソッと言ったら超食いついてきた。

 

「……ふむ、そうだな。ここから全員無事に脱出して、時が来れば話そう。それでいいかな、白髪の貴公?」

「ええ、それで構いません。しっかり言質をとりましたからね」

「所長がこれまで見たことないほどに積極的です……」

「やっぱり好きなことだと、誰でも夢中になっちゃうよね」

 

 俺は特にこれといってこれが好き!みたいなのはないけど。あ、でも美味しいもの食べるのは好きだな。

 

 

 ……あ、そういえば。

 

 

 今思い出したけど、俺がずっと見てる夢とか、大鐘を見たときに垣間見たビジョン。あれは何か関係あるのだろうか。

 

 夢の中の騎士はバーサーカーと瓜二つだし、内容も合致する。でも、なんで俺がそんな夢を…………

 

「ところで一つ、尋ねてもいいか?」

「はい、なんなりと」

「貴公はその手記を書いた者の名も残っていると言った。それを教えてはもらえないだろうか」

「ああ、気になるわよね。もちろんお教えします。『火の暦書』にあった著者の名前は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………そうか」

 

 それだけ答えると、バーサーカーは黙ってしまった。所長とマシュと三人で顔を見合わせ、首をかしげる。

 

 しばらくすると、沈黙していたバーサーカーは腕組みを解いて「もう大丈夫だ」と言った。何か気になることでもあったのかな?

 

『……あのー』

「うわっ!」

 

 いきなりドクターのホログラムが出てきて飛び上がる。びっくりしたぁ!

 

『話も一区切りついたところで、僕も会話に参加していいかい?』

「ドクター、もしかしてずっと聞いてた?」

『まあね。オルガマリーが上機嫌で話してたから水もさすのも悪かいなと思って、静かにしてたんだけど』

「ロマニ!?なんであなたが仕切ってるのよ!あなた医療部門のトップでしょう!レフは、レフはどこ!レフを出しなさい!」

 

 所長が金切り声をあげた。ああ、またヒステリックに戻った。

 

『……オルガマリー、よく聞いてくれ。現在確認されているカルデアスタッフの生存者は、僕を含めて20名に満たない。その中に、レフはいない』

「…………え?」

『つまり僕より上の権限を持つ者がいないから、ここにいるんだ。我ながら全く適任じゃないけどね』

 

 絶望。

 

 ドクターの報告を聞いた所長の顔を一言で表すなら、おそらくそれが最も適している。

 

 さっき逃げていた時もレフ教授のことを呼んでたし、よっぽど頼りにしてるらしい。もしかしてそういう関係とか?

 

 所長が呆然としている間に、ドクターは色々と話していく。空間固定ができて通信が安定したこと、補給物資が届けられること。

 

 今カルデアは八割の機能を失っていて、スタッフが慌てて走り回っていること、外部との通信が出来次第立て直しを図ること。

 

 それと……俺以外のマスター全員が、あの爆発で瀕死であること。今は凍結処理をして難を逃れたらしい。

 

 ちなみになんで俺と所長がレイシフトしたのは、コフィン?という装置に入ってなかったためだ。

 

『ともかく、バックアップの準備は一応整った。安心してくれていい』

「了解しました……あの、所長。平気ですか?」

「…………ええ、なんとか。それでロマニ、あなたの判断は正しいわ。私でも同じ判断をするでしょう」

『お褒めに預かり光栄だよ。それじゃあ、引き続き街の探索を続行、特異点の原因解明をしてくれるかい?』

「……色々と最悪の状況だけど、与えられた状況で最善を尽くすのがアニムスフィア家の誇り。この特異点、必ず解明してみせましょう」

 

 おおっ、すごいオーラだ。こういうのがカリスマ性があるっていうんだな。さすが、カルデアの所長なだけある。

 

『健闘を祈るよ。マシュ、バーサーカー。所長と藤丸君のことを頼んだ』

「はい、必ず守ります」

「承知した。そちらも頑張りたまえ」

 

 心強い微笑みで頷いて、ドクターは通信を切った。先ほどまでの四人の状態に戻る。

 

「聞いたわね?あなたたちをこの特異点の調査メンバーと認め、探索を行います。気を引き締めてかかりなさい。でなければ、カルデアは教会に食い尽くされて終わりよ」

「はい!」

「了解しました」

「全力を尽くさせてもらうよ」

 

 所長の命令とともに、俺たちは町の探索へと繰り出したのだった。




これ、無印のほうもいちおうタグにのせとくべきですかね。
感じたこと、思ったことを書いていただけると幸いです。


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探索

お気に入り495件…デジマ?
いやほんと、ほんとありがとうございます!こんな稚拙な文章を気に入っていただけて嬉しいです!感想もありがとうございます!
低評価ついてへこんだりもしましたが、これからも頑張ります。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「ふっ!」

「ガッ……」

「マシュ、今だ!」

「はぁっ!」

 

 バーサーカーの射った矢が髑髏仮面の心臓に刺さり、動きが止まったところをマシュが大楯で叩き潰した。

 

「戦闘終了です。敵性反応はなし、お疲れ様でしたマスター、バーサーカーさん」

「ふぅ……」

「二人ともお疲れ様。怪我とかない?」

 

 武器を下げた二人に近づいて、声をかける。こちらに振り返った二人は問題ない、と頷いた。

 

 探索を初めてから、体感で二十分。街の様々なところへ行き、髑髏仮面とそれの引き連れる骸骨たちと戦闘を繰り返していた。

 

「もう戦うのも何回目かだけど、マシュは平気?」

「はい、融合したサーヴァントの霊基が戦闘技術を教えてくれましたから。それに、バーサーカーさんが的確な射撃で動きを止めてくれますので」

「これでも多少弓には自信があってね。大楯の貴公が戦闘経験を積む程度の手助けはできるさ」

 

 それまでの遠慮がちな態度とは違い、少しだけ得意げな声で言うバーサーカー。どうやら弓の腕は自ら自慢するほどらしい。

 

 今まで見たところ、バーサーカーの矢が外れたことは一度もない。どんな相手でも確実に心臓や頭を狙い撃っている。

 

 すごい時なんか、5本同時に射ってまとめて骸骨を倒していた。映画の中でしか見たことないような絶技に興奮しちゃった。

 

 本人曰く、〝犬に比べたら遥かにマシ〟らしい。声にはわずかに怒りのようなものが混じっていた。苦い思い出があるようだ。

 

「ふぅん……マシュ、あなたなかなかサーヴァントの力を使いこなせてるじゃないの」

「あ、所長。影に隠れていましたが、お怪我はありませんか?」

「一言余計よ!……ええまあ、なんともないわ」

 

 ご苦労様でした、と偉そうに胸を張る所長。なお張っても膨らみの方は……と一瞬考えたら足を踏まれた。痛い。

 

「バーサーカー様も、見事ですわ。さすがは火を継いだお方です」

「そうかい?まあ、弓の腕を褒められてそう悪い気はしないね」

「はい、バーサーカーさんはアーチャークラスで召喚されてもおかしくないです」

 

 ……むむ。

 

「ねえマシュ、一つ気になってたんだけど。そのアーチャーとかバーサーカーとか、なんなの?」

 

 失礼ながら会話に割って入って、そう尋ねる。所長が「あんたそんなことも知らないの?」みたいな顔をした。

 

 本人がそう名乗ったからバーサーカーのことはバーサーカーって呼んでたけど、よく考えたら狂戦士っておかしい。

 

「あ、説明していませんでしたね。英霊を使い魔として召喚することは話しましたよね?」

「うん、そこまでは聞いた」

「それで召喚の際、サーヴァントは逸話や神話によって七つのクラスに分けられます」

 

 なんでも英霊を完全なものとして召喚するには、人間の魔術師では例えるならリソースやメモリが足りないらしい。

 

 だからその英霊の一部の側面を強く固定化し、召喚する。そうすることで召喚の難易度を低くして、ようやく使えるとか。

 

 そのクラスとは、剣騎(セイバー)槍兵(ランサー)弓兵(アーチャー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)

 

 そして、狂戦士(バーサーカー)。他にもエクストラクラス?というのがあるらしいけど、所長からそこは今は省けとお触れが入った。

 

「クラス名は、そのサーヴァントの真名を隠すためのプロテクトでもあるわ。そうすることで、英霊の弱点を隠蔽するの」

「えーと……それじゃあ織田信長だったら焼き討ち、とか?」

「それはちょっと曖昧だけど……要約するなら、そういう解釈でもいいわ。その結果、バーサーカー様はアーチャークラスにも適性があってもおかしくないくらいの腕なの」

「ふぅん……あれ、でもそれなら他の適性は?」

 

 バーサーカーは槍も、魔術も凄まじい腕前を持っていた。ランサーやキャスターの素質もあるんじゃないだろうか。

 

「一応、一通りの武器は全て使えてね。いや、だからこそバーサーカー(このクラス)に当てはめられたというべきか」

「バーサーカーは特にこの武器だから、という適性で決まるわけではないですからね。どちらかで言えば、逸話の中の人物像によって決まります」

「ある意味融通が利くとも言える……?」

 

 でもバーサーカーから狂気なんて感じないけどなぁ。あ、犬の話をした時はちょっと鬼気迫るものがあったかも?

 

「……まあ、そもそもの話。私は正規の英霊ではないのだがね」

「というと?」

「簡単な話だ、私は()()()()()()()

 

 なんでもないように、バーサーカーはすんごいカミングアウトをした。これにはマシュも所長もあんぐりとする。

 

 さっき出発する前の話では、バーサーカーは何千年も前の人のはずだ。それなのにまだ死んでないって、もしかして不老不死──?

 

「不死人とは文字通り、()()の怪物のことだ。ダークリングが現れた瞬間に老化は止まり、いずれ亡者となる」

「じゃあバーサーカーさんは、現代まで生き続けていたと?」

「君たちの言う生きているという定義に当てはめるならば、少し違うのだろうがな……つまるところ、私はサーヴァントという枠組みに擬似的に当てはめることで、この世に現界しているのだよ。半ば受肉しているようなものだ」

 

 はえー、そんなこともあるのか……サーヴァントって色々いるんだなぁ。

 

 と思ってたら、こしょっとマシュから普通ならそんなことはあり得ないと言われた。やっぱり特別なことらしい。

 

 あとどうでもいいけど、耳にマシュの吐息が触れてくすぐったい。だめだ俺、煩悩退散だ。爺ちゃんにゲンコツ入れられるぞ。

 

「旅の中で、我ながら凄まじい量のソウルを吸収した。抑止力も迷った末、このバーサーカーの霊基にしたのだろうな……と、無駄話をしている場合ではない。何か手がかりはないか探そう」

「そうですね。ほらフジマル、マシュ!早く動きなさい!」

「あ、はい!」

「いえっさー!」

 

 所長の覇気に押され、慌てて周囲の捜索を始める。何か、この特異点に関するものがないか目を皿にして探した。

 

 これまでいろいろなところに行ったが、どこにも何もなかった。いや、違うな……人は全て死んで、瓦礫ばかりがあったんだ。

 

 一体この街で、何があったのか。焼け焦げた人の死体を見るたびにやるせない気持ちに襲われ、俺は必死に原因を探る。

 

「……そういえば所長は」

 

 ふと後ろを振り返ると、所長はバーサーカーと話していた。お、俺たちに面倒ごとは任せておいて……

 

 けど、その顔はとても楽しそうで、いつもの神経質そうなところは感じられない。ごく普通の、年頃の女性っぽい柔和な表情だ。

 

「しかめっ面してなかったら、いい人だと思うんだけどなぁ……」

『まあまあ、そこは大目に見てあげてよ』

 

 思わず溢れたつぶやきに、ミニマムになったドクターのホログラムが現れて答えた。そろそろ驚かなくなってきた。

 

『彼女はね、かなり波乱万丈な人生を送ってきたんだよ。三年前、まだ学生の頃に前所長……お父さんが死んで、急遽跡を継いでね』

「それは……」

 

 所長に同情の念が浮かんでくる。

 

 父親が死ぬというのは、どんなに辛かったのだろうか。俺は爺ちゃんが死んだ時は人生で一番泣いたけど……

 

 両親が共働きで一人が多かった俺にとって、爺ちゃんの存在は救いだった。厳しかったし、時々ものすごく怖かったけど。

 

 でも、それでも大好きだった。爺ちゃんも婆ちゃんが早く亡くなったから、俺のことを可愛がってくれてた。

 

 両親も俺が爺ちゃんに懐いてたのを知ってたので、今じゃ爺ちゃんの残した家に住んでるくらいだ。

 

『そこから緊張の連続の日々で、彼女の気が休まることはなかった。なにせ魔術師の総本山とも言われる時計塔の12のロードの一柱、天文学科を管理するアニムスフィア家の家督を継ぐことになったんだからね』

「俺だったら絶対音をあげてますね」

『どうかなぁ……マリーはカルデアの維持で手一杯だったのに、そこに今回の異変。スポンサーや出資者の教会からは非難轟々、さらにマリーにはマスターの適性がなかった。もうストレスは極限だ』

 

 それほどまでの責任を一人で負うのだ、きっと生半可なものではない。ヒステリックになるのも仕方がなかったのだろう。

 

『それでもこの半年、彼女はなんとか持ちこたえている。だから多少きつい物言いなのは勘弁してくれないかな?』

「……そんな話聞いたら、いちいち目くじらなんて立てられませんよ」

 

 もう一度所長を見る。

 

 心から楽しそうなその顔は、これまでの苦労をひと時でも忘れていると考えると、邪魔なんてしようとは到底思えない。

 

 もうしばらく、そっとしておこう。俺は意識を探索に戻して、瓦礫の下を調べ始めた。

 

「先輩、こちらは終わりました」

「うん、俺もちょうど終わったとこ。何かあった?」

 

 数分して、反対側を探していたマシュと合流する。マシュは首を横に振り、特に成果がないことを示した。

 

「先輩は?」

「残念ながらなんにも。所長のところに報告に行こうか」

「はい」

 

 所長たちのところに戻って、経過を伝える。所長は特に期待していなかったのか、そうとだけ言った。

 

「しかし、改めて考えるとどうしてこうなったのでしょう?データで見た2004年の冬木は、いたって平和のはずですが……」

「私が考察するに、特異点とはボルトのようなものよ。抑止力の働かない、人類史に点在する人類滅亡の致命的な選択を、悪い方に間違えたもの……」

 

 要するに、ゲームでいうバッドエンド状態ってことなのか。

 

 そこから続いた所長の話によると、ラプラスという装置によるデータ集計の結果、この年冬木では〝聖杯戦争〟なる儀式が行われたらしい。

 

 聖杯とは、所有者の願いを叶える万能の器。魔術の根底にあるなんでもできる伝説の魔法の釜とか。

 

 それを起動するために行われたのが聖杯戦争。七騎のサーヴァントを召喚し競い合い、最後に残ったものが手にするという。

 

「カルデアがこの事実を知ったのは2010年、お父さ……前所長はこのデータをもとに召喚式を作った」

「それがカルデアの英霊召喚システム・フェイトですね。私に力を与えてくれた英霊もフェイトで召喚されました」

「ふーん……あ、じゃあカルデアには他にも英霊がいたりするの?」

「はい、あと2名ほどいると資料に」

「それは今はいいわよ。重要なのは、ここはサーヴァント発祥の地ということ。かつてサーヴァント同士が戦いあって、セイバーが勝利を収めた。街は破壊されることなく、人々に知られずに聖杯戦争は終わったわ」

「でも……」

 

 見渡す限りの焼け野原。とてもではないが、無事にその聖杯戦争が終わったとは思えない光景だ。

 

「そう、そこよ。きっと特異点が生じたことで結果が変わったのよ。その結果カルデアスに異変が起きて、100年先までの未来が見えなくなった」

「つまり、そのせいで本来死ぬはずのない人が大勢死んだんですか?」

「でしょうね。本来の歴史では、街は燃えていないもの」

 

 それは……許せないな。なんとしても、特異点を消さなくては。

 

「本来あるべき姿の改変、か……なるほど、悪い方向に行けばこうも無残な有様になるのか」

「バーサーカーさん?」

「……マスター、この異変を解決しよう。曲がりなりにも人理を作った要因の一端として、この事態は看過できない」

「うん、そのためにも探索を続けよう」

 

 俺の提案に全員が頷き、引き続き町の中を移動し始めた。




読んでいただき、ありがとうございます。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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サーヴァント襲来

はは…お気に入り900超えって、ちょっとすごすぎて全身が震えます。どうも作者です。
評価、お気に入り、本当にありがとうございます。ご期待に応えられるよう頑張ります。
あ、7話を微修正しました。ご指摘ありがとうございます。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「ここにも特に何もない、と……」

「なかなか見つからないですね」

 

 持ち上げていた瓦礫をそっと地面に置いた。そして中途半端に顔が炭化している女の人の焼死体を隠す。

 

 特異点のことについて話してからかれこれ二十分、いくつかの場所に行ったがどこも結果は同じだった。

 

 あるのは炎と瓦礫、そして死体。そろそろそれを見ても少し慣れてきてしまったことが複雑だ。

 

「もう、焼死体を見ても吐き気がしなくなったなぁ……」

「それはいいこと、なのでしょうか」

「どうだろう」

「フォフォウ!」

「ありがと、フォウ」

 

 頬を舐めてくれたフォウの頭をモフモフしつつ、少し高いところで待機している所長たちのところに戻った。

 

「マスター・藤丸、マシュ・キリエライト。ただいま帰還しました」

「所長、今戻りました」

「ご苦労。やっぱり何も成果は持って帰れなかったようね?」

 

 俺たちの変わらない表情を見て察したか、所長は鼻を鳴らして言った。事実だけに苦笑気味に頷く。

 

 これでも、最初の頃に比べたら結構きつくなくなったのだ。その理由は言わずもがな、所長の護衛についているバーサーカーの存在。

 

「何事も地道な継続が大切だ。注意を怠らずにいれば、いずれ何かを見つけられるさ」

「……バーサーカー様がそう言うのなら」

 

 バーサーカーの言葉に、所長のつり上がっていた眉が下がる。数秒もすればピリピリとした様子は霧散した。

 

 それぞれにサーヴァントを一人ずつつけて行動すると決めたのだが、なるべく一緒がいいかとバーサーカーは所長についてもらった。

 

 その試みは、どうやら正解だったようだ。マシュと顔を見合わせて、ふっと笑いあう。

 

『結構な時間探索しているけど、そろそろ休憩したらどうだい?近くに敵対反応は無いし、一度食事をとるといい』

 

 と、そこでドクターから通信が入った。たしかに、慣れないところで色々歩き回って腹が減ったな。

 

「そうですね。所長、それでいいですか?」

「……そうね。マシュとバーサーカー様と契約をしているあんたが倒れでもしたら一巻の終わりだし、一度足を休めましょうか」

「では、私は周囲の警戒に努めよう」

 

 周囲をすぐに見渡せる少し高い場所に移動して、瓦礫でバリケードを作って奇襲されてもいいように備える。

 

 そうするとマシュが盾の格納スペースから軍用食(レーション)を出し、三人でモッサモッサと頬張った。うん、無味。

 

「初めて食べたけど、レーションってあんまりうまくないな……」

「そりゃエネルギー補給だけを目的としてるんだから、味なんて無いに等しいに決まってんでしょ」

「うーん、ヤモリは食べたことあるんだけどなぁ……」

 

 主に爺ちゃんとの夏季休暇をほとんど使ったキャンプで。最初の七日間以降は全て自分で調達するという。

 

「なんでヤモリなんて食べるのよ……」

「いやー、慣れると意外と美味しいんですよ」

「せ、先輩は意外と過酷な体験をしているのですね」

 

 爺ちゃんとは長期休暇になると、いろんなとこ行ったなあ。山とか、爺ちゃんの友達の持ってる無人島とか……

 

 ……今考えるとサバイバルしかしてないね。二人で食える山菜探して血眼になってたのはいい思い出だ。

 

「それにしても、ちょっとは指揮が様になってきたじゃない。まあ素人の域は出ないけど」

「え…………」

 

 唐突に所長に褒められて、思わずレーションを落としかける。「何よその顔は」と睨まれた。

 

 いや、所長から褒められるとは思わなかった。そりゃバーサーカーのおかげで多少マイルドだけど、まさか面と向かって褒められるとは。

 

「えっと……ありがとうございます」

「ふん、最初から素直にそう言いなさいよ。ていうかどこで指揮のやり方なんて教わったの?」

「特にそういうのは。あえていうなら爺ちゃんのスーパーギリギリ将棋のやりかたを思い出しながらやってたかな?」

「なにそれ」

 

 説明しよう!スーパーギリギリ将棋とは!

 

 俺が全ての駒を使っていいのに対し、爺ちゃんは王将と金将、飛車、角行、歩が三つだけというトンデモルールな将棋のことだ!

 

 ちなみに十回やって八回負けてた。すっごい差があるはずなのにすぐ負けた。爺ちゃんは駒の使い方がうますぎる。

 

「マシュ、知ってる?歩って怖いんだよ……」

「ふ、歩?ジャパニーズチェスの兵士(ポーン)のことでしょうか」

「あんたのお祖父様何者よ」

「普通の旅好きでちょっとサバイバル訓練が厳しいだけの人ですけど?」

「あの先輩、一般的な普通の人はそんなことしないんですけど」

「そう?」

 

 まあ爺ちゃんがすごかったとしても、俺自身は普通だ。せいぜい爺ちゃん直伝の日本料理が少しと食料探しできるくらい。

 

「あれ、そういえばバーサーカーは食べなくてもいいのかな?」

「あんた忘れたの?サーヴァントは英霊、食事も睡眠も必要ないのよ」

「でも半受肉してるって話じゃ……」

「バーサーカー様の場合はね。でも不死人はそういう概念をとっくに放棄したと言っていたわ」

 

 そんなことを聞けるほどになってたのか。所長のバーサーカーへの熱意の賜物なんだろうな。俺も積極的に話しかけよう。

 

 そんなこんなで談笑すること数分、レーションも食べ終わったのでゴミを片付けて立ち上がる。すると、ププーとブレスレットが鳴った。

 

「先輩、通信です」

「みたいだね。また盗み聞きでもしてたのかな?」

 

 軽口を叩いて、ブレスレットを押す。するとドクターのホログラムが浮かんで……

 

『みんな、すぐにそこから逃げるんだ!』

「ドクター?何かあったの?」

『今そっちに一つの反応が接近している!パラメータからして、これは──』

 

 

 

 

 

 

 

「──おや」

 

 

 

 

 

 

 

 その声を聞いた瞬間、ぞっと背中に怖気が走った。

 

 ばっと背後を振り返る。するとそこには、不気味な黒いオーラを漂わせる〝何か〟が佇んでいた。

 

「まだいたんですね、生き残り」

 

 心臓が早鐘を打つ。恐怖で体が震える。頭の中で警報が鳴り響く。

 

 フードをかぶり、黒い装束に身を包み。そして手に黒い鎌を持つその〝何か〟は──

 

「まあ、問題ないです。今ここで殺してしまえばいいのですから」

 

 ──そう言って、ニタリと唇をゆがめた。

 

『逃げろ!そいつは──サーヴァントだ!』

「では、死んでください」

「先輩!」

 

 ドクターの叫びと〝何か〟……サーヴァントが無造作に鎌を振るったのは、同じタイミングだった。

 

 立ち尽くしているとマシュに襟首を掴まれ、所長と一緒に盾の中に押し込まれる。次の瞬間、激しい衝突音が盾を打った。

 

「くっ……!」

 

 マシュが踏ん張ってくれて、なんとかことなきを得る。

 

 風圧が収まったところで、そっと盾から顔を覗かせてみれば……瓦礫のバリケードが全て壊れていた。

 

「そんな、たった一撃で……!?」

「ひぃっ、な、なんでこんなところにサーヴァントがいるのよ!」

「お二人は逃げてください!ここは私が!」

 

 マシュがそう言うが、いったいどうすれば……!

 

「へえ、なかなか頑丈ですね。なら……」

 

 迷っているうちに、敵のサーヴァントが攻撃を始めた。マシュの支える大楯を、何度も甲高い音と衝撃が襲う。

 

 所長が悲鳴をあげて縮こまり、マシュは険しい顔をしてなんとか攻撃をしのいでくれた。俺はそれを見ているだけだ。

 

「何か、俺にできることは……!」

『マスター、聞こえるか』

「……! バーサーカー!?」

 

 頭の中にバーサーカーの声が響いてきた。周りを見渡すが、どこにもいない。

 

『すまない、少し離れたところで厄介な相手と交戦中だ。そちらは平気か?』

「サーヴァントがきて、攻撃を受けてる!」

『異質なソウルを感じたと思ったが、やはりそうか…………マスター。十五秒後に援護射撃をする。その隙に、もう一つ上の高台へ逃げろ』

「わかった、マシュ!もう十五秒耐えてくれ!」

「っ、はい!」

 

 マシュはひときわ踏ん張って、サーヴァントの攻撃を耐えた。俺は所長に同じことを伝え、頭の中でカウントを始める。

 

「しつこいです、ねっ!」

 

 

 ガンッ!

 

 

「くぅっ……!」

 

 カウントをする間にもサーヴァントの猛攻は続き、どんどんマシュの声と顔が苦しげになっていく。

 

 どうにかできないかと思い、思考を巡らせると……ある一つのことを思い出した。ぱっと自分の手の甲に目線を落とす。

 

 〝令呪〟は、一種のエネルギーだとバーサーカーは言っていた。

 

 

 

 なら、これをマシュに──!

 

 

 

「令呪をもって命ずる!マシュ、踏ん張れ!」

 

 その瞬間、体の中から何かが抜けていく感覚を覚えて──その代わりとでもいうように、マシュの体が淡く輝いた。

 

「了解ですマスター、はぁぁああっ!」

「っ!?」

 

 

 ガァンッ!

 

 

 力強く大楯を振るい、マシュはサーヴァントの攻撃を跳ね返した。サーヴァントは驚愕を顔に貼り付ける。

 

『──よく持ちこたえた』

 

 

 

 ヒュンッ!

 

 

 

 脳裏に声が響き、空気を切って鈍色のきらめきが飛来した。

 

 それは体勢をわずかに崩したサーヴァントの肩を貫き、動きを止める。今だ、と所長に目配せして盾の中から飛び出した。

 

「っ、逃がさ──」

「いかせませんっ!」

 

 背後で、マシュが大楯を地面に振り下ろす轟音が聞こえる。振り返りたい衝動にかられながら、俺は上を目指して走った。

 

 螺旋状の階段を駆け上って、高台に出る。そうすると休憩する間もなく、手すりから半ば身を乗り出すように広場を見下ろした。

 

「くっ……!」

 

 右肩に槍のような矢が刺さったサーヴァントは、距離を取りつつマシュを睨んでいる。マシュの方も油断なく、盾を構えていた。

 

「その怪我での戦闘は困難と判断します、退いてください」

「──なめるな!」

 

 サーヴァントの姿が消える。かと思えばマシュのすぐ目の前まで来ており、左手で槍を振るっていた。

 

 防ぐマシュ、しかしその防御の穴をつくように槍が差し込まれ、とっさにかわすが脇腹を鎌の先端が掠めた。

 

「あ……!」

「マシュ!」

「ちょっと!」

 

 手すりに足をかけたら、所長に引き止められた。

 

 何するんですか、と言おうとして……所長の真剣な顔を見て、開きかけていた口を閉じる。

 

「ここでおとなしくしてなさい」

「でも……」

「見てわからないの?」

 

 もう一度、広場の方を見る。

 

「シャァアッ!!」

「くっ、らぁっ!」

 

 そこでは、凄まじい戦闘が繰り広げられていた。暴風が吹き荒れ、地面が砕け、激しい音を立てて大楯と槍がぶつかり合う。

 

 とても、俺がいってどうにかなるようなものじゃない。

 

「キミができることなんて、何もないの」

「っ…………」

 

 所長の言う通りだった。

 

 手も足も震えている。必死に我慢しなけりゃ、あのサーヴァントから発せられている殺気だけで泣き出しそうだ。

 

 俺はこの場において、どうしようもないほど無力だった。

 

「信じなさい、マシュもサーヴァントよ。同じサーヴァントなら、勝つ可能性はあるわ」

「……同じ?」

 

 けど、その言葉にピクリと体を揺らす。

 

 マシュが、あれと……あの殺意をたぎらせる怪物と、同じだって?

 

「それは、違うと思います」

「え?」

 

 ほぼ無意識に言葉が口から漏れる。

 

 そうだ、思い出せ。

 

 

 

 マシュは管制室にいた時──どんな顔をしてた?

 

 

 

 怖がっていたじゃないか、自分が死ぬのを。俺と同じように……ごく普通の人間と、なんか変わらないように。

 

 それなのに俺はまた、見ていることしかできないのか──!?

 

「シッ!」

「しまっ──」

 

 マシュの焦った声に、はっと我にかえる。

 

 だが、その時にはもう遅かった。サーヴァントの蹴りが腹に入って、マシュが激しく壁に叩きつけられる。

 

「かはっ……!」

「弱いですね、あなた。手負いの私にすら防戦一方とは、同じサーヴァントとは思えません」

「くっ……!」

 

 マシュは歯を食いしばって、盾を支えにしてなんとか立ち上がる。

 

 でも、その足は小刻みに震えていた。なのにサーヴァントを毅然と見据え、まだ戦おうとしていた。

 

「では、さよならです」

 

 鎌を振り上げるサーヴァントに、マシュは諦めず盾を構えて──

 

 

 

 

 

 

 

 ──やっぱり、違う。

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぉおおぉおおおおおおお!」

「ちょっ、フジマル!?」

 

 近くにあった大きな瓦礫を持って、俺は手すりを飛び越えた。

 

 流石に予想外だったのか、サーヴァントは驚いてこちらを見上げる。俺は瓦礫を両手で振り上げ、サーヴァントめがけて落ちていった。

 

 怖い。もしこのまま落ちて死んだら。あの鎌に斬り殺されたら。浮遊感に包まれながら、そんなことを考える。

 

 けど、マシュを失うくらいなら──!

 

「こん、のぉおおおおおおお!」

「くっ、小癪な……!」

 

 鎌が振られる。その衝撃だけで手の中の瓦礫はあっさりと粉砕され、俺は手ぶらの状態になった。

 

「おりゃぁっ!」

 

 だが、だからといって、諦める道理はない!

 

「がっ!?」

「入った……!」

 

 がむしゃらに振った足の先端が、負傷した右肩に入る。サーヴァントの動きが止まった。

 

「き、さまァ……!」

「──せぁあああっ!」

 

 サーヴァントが俺の足をつかもうとした瞬間──勇猛な叫びが聞こえてきた。

 

 視界の左端から、見慣れた大楯が迫る。それはサーヴァントの脇腹にめり込んで、ゴキリと大きな音が耳に響いた。

 

「が、ぁあ……!?」

 

 目を見開くサーヴァントは、そのままどこかへ吹っ飛ばされる。

 

 それを見ながら、俺は地面に体を打ち付け……

 

「先輩!」

 

 る前に、マシュに抱きとめられた。

 

 受け止められたのはいいが、マシュもバランスを崩して二人でもつれ合いながら倒れる。

 

「っつつ……」

「先輩、平気ですか!?」

「な、なんとか……」

 

 ジンジンという痛みに耐えつつ、尻餅をついて平気だと手を振る。

 

「それよりサーヴァントは……」

 

 広場を見回すと、数メートル離れたところでサーヴァントは倒れていた。

 

 程なくして、光の粒子になって消えていく。それを見て全身から力が抜けていった。

 

「か、勝った……よかった……」

「申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりに先輩が無茶を……」

「何言ってんの」

「……え?」

 

 首をかしげるマシュに、俺は無理やりニッと笑って。

 

「髑髏仮面の時も、今も……マシュがいるから、俺は生きてるんだよ。だから、ありがとう」

「っ!」

 

 心からの感謝を述べると、マシュは顔をそらしてしまった。あれ、俺何か間違えただろうか。

 

 

 

 まあ、なんにせよ……俺たちはなんとか、サーヴァントを撃退することができた。




うーむ、微妙。
次回あたりでキャスニキ出します。
感想をいただけると嬉しいです。


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キャスター参上

えー、型月主人公とかくどいとか色々言われたんで言っときます。
藤丸は原作通り弱いです。真正面から戦ったら骸骨にすら負けます。
サバイバルスキルを与えたのは、全く別の時代でサーヴァントたちがいるとはいえ、普通の人間が平気で野宿できるわけないから。
そして逃げるのが上手いのは、戦ってるサーヴァントたちの近くで指示を出せるようにです。
あ、お気に入り、評価などありがとうございます。低評価を挽回できる…できるかな…よう頑張ります。
では、今回も楽しんでいただけると嬉しいです。


「キャアーーーーー!」

 

 安心したのもつかの間、聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。

 

「今の声はまさか……!」

 

 急いで振り返ってーー俺は再び絶望を覚えることとなった。

 

 少し前までいた高台には、さらに二人のサーヴァントと思しき人間がいたのだ。髑髏仮面の女の方が、所長を捉えている。

 

 二人ともあのサーヴァントと同じ黒いオーラを纏っており、確かめなくても強いことは一目瞭然だった。

 

「そんな、先ほどのサーヴァントと同等量の魔力……!」

 

 そんな俺に追い打ちをかけるように、マシュが焦燥の滲んだ声でそう言う。さっきと同じのが、二体も……?

 

 そんなの、どうしようもない。一体でさえギリギリだったのに、複数を相手に戦うなんてとても無理だ。

 

「……先輩、私が行きます」

「マシュ!?」

「できる限り長く引きつけるので、バーサーカーさんを呼んできてください」

「ま……」

 

 俺が何か言う前に、決意を固めた表情のマシュはサーヴァントたちにむけて走り出した。

 

 届かないとわかっていながら、俺はマシュにむけて手を伸ばしてーー

 

 

 ボウッ!!!!!

 

 

「「っ!?」」

 

 突如、サーヴァントの一体が火柱に包まれた。なんの前触れもなく発火したことに息を呑む。

 

 鼓膜が破けそうな絶叫をあげるサーヴァント。しかしそれは少しずつ小さくなっていき、炎の中の黒い影が消えていく。

 

 呆然と火柱を見上げていると、涙目だった所長が何やら気づいたような顔をして、髑髏仮面のサーヴァントの手の中から無理やり抜け出した。

 

「あっ、貴様!」

 

 慌てて捕まえようとする髑髏仮面のサーヴァントだが、ときすでに遅し。所長はさっきの俺みたいに手すりから空中へ踊り出る。

 

「くっ!」

 

 ちょうど落下するコースの直線上にいたので、未だ震える足腰に鞭を打って走った。

 

 そして落ちていた所長を受け止め、これまた焼き直しのようにもんどりうって倒れる。背中を打って肺から空気が抜けた。

 

「げほっ、ごほっ……」

「ちょっと、あんた大丈夫!?」

「な、なんとか……それより、所長も怪我はありませんか……」

 

 珍しく心配そうな表情の所長はこくりと頷く。よかった、体を痛めた甲斐があった。

 

「へっ、いい根性してんじゃねえか坊主。そういう奴は嫌いじゃないぜ」

「へっ!?」

 

 知らない声が隣から聞こえた。

 

 ばっと所長とシンクロした動きでそちらを見ると、スゥッと光の粒を伴って一人の男が現れる。

 

 片手に大きい杖と、祭祀のような格好。目深にかぶったフードを取り払うと、中から鋭い目つきの男前が出てきた。

 

「嬢ちゃん、よく勇気を振り絞った。大した奴だぜあんたは」

「え、ええ」

「〝キャスター〟、貴様!漂流者の味方をするのか!」

「そりゃ、てめえらよりこいつらのほうがマシそうだからな」

 

 髑髏仮面のサーヴァントが、謎の青髪イケメンに叫ぶ。だが青髪イケメンはどこ吹く風といった様子だ。

 

 そうしているうちにマシュが戻ってきて、こちらはサーヴァント二人……キャスターって呼んでたから多分……になる。

 

「そんなことより、後ろを気にした方がいいんじゃねえか?」

「何を言ってーー!?」

 

 次の瞬間、髑髏仮面のサーヴァントの体が浮いた。いや、正確には胸の中心から突き出た槍に持ち上げられたというべきか。

 

「ガァ……!?」

「背後には気をつけたまえ」

 

 聞き覚えのある声とともに、槍から激しい雷光が解き放たれる。それは髑髏仮面のサーヴァントの全身を容赦なく痛めつけた。

 

 しばらくして、放電が収まる。ぴんと張っていた髑髏仮面のサーヴァントの四肢が垂れて、光の粒子となって消えていった。

 

「ふむ、先ほどの髑髏仮面よりはソウルが手に入るのか。とはいえ、今更使い道がないのだがな」

「バーサーカー!」

 

 名前を呼ぶとバーサーカーはこちらを向いて跳躍、俺の前に着地する。

 

「マスター、今帰還した。すまなかったな、危険な時に守れなくて」

「いや、マシュのお陰でなんとかなったからいいよ。それにほら、バーサーカーも手伝ってくれたでしょ?」

 

 あのサーヴァントの倒れていた場所を見る。そこには所在なさげにバーサーカーの撃った大きな矢が落ちていた。

 

 あれがなかったら、俺たちはあの鎌で斬り殺されていたかもしれない。まったくバーサーカーにはお世話になりっぱなしだ。

 

「それなら良いが……マスターもあまりああいう無茶はいけないぞ。貴公は我らと違い、ただの人間なのだから」

「あれ、もしかして見てた?」

 

 うむ、と頷くバーサーカー。やっぱり、あれは無謀な行動だったか。

 

「今回はたまたまうまくいっただけだ。私の()()()でサーヴァントの力を抑えられたから良かったものの、下手をすれば全滅もありえたのだぞ」

 

 そう……だよな。

 

 サーヴァントは、マスターがいなくては力を発揮できない。俺が死んだら、マシュを危険な目に合わせてしまう。

 

 それは望むところじゃない。俺はサーヴァントではないし、ましてやバーサーカーみたいに不死人でもないんだから。

 

「あの、バーサーカーさん。おかげで私は助かったので、先輩のことを責めないでいただけると……」

「ああ、だがこれだけは言っておかなくてはいけないからね()()()殿()

「「「え?」」」

 

 俺、所長、マシュの三人の声が重なった。そしてバーサーカーの兜に包まれた顔をまじまじと見る。

 

 バーサーカーは首を傾げているが、俺は計り知れない衝撃を受けていた。今、バーサーカーはなんて言った?

 

「バーサーカー、マシュのことを名前で……」

「何、あれほどの奮闘を見せたのにずっとあのような呼び方はどうかと思ったのだ。だから貴公のことはマシュ殿と呼ばせてもらうよ」

「はぁ……」

 

 つまりマシュのことを認めたってことでいいのだろうか。

 

 なんでだろう、我が事のように嬉しい。まさか人理を作った英雄に認められるなんて、マシュはすごい。

 

「いいかな、マシュ殿」

「それは、構いませんが」

「よく頑張った。君は、度胸においては一人前の騎士だ」

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 マシュもちょっと頬を赤くして、照れながら答える。うん、そんな顔もいいとか思った俺は多分おかしい。

 

「……マシュ…………」

「所長?どうされまし……」

「あなた、なんて羨ましいことを!」

「「ええ!?」」

「バーサーカー様に名前で呼ばれるなんて、名誉中の名誉よ!?私が最初に呼ばれたかったのにっ!」

「そ、そんなこと言われましても……」

 

 所長のテンションが壊れていらっしゃる。

 

 所長、相変わらずバーサーカーのことになるとテンションすごいなぁ。

 

「くくっ、見た目の割につわものな嬢ちゃんにサーヴァントに特攻かけるマスター、んでもってメチャクチャ強えバーサーカーに魔術師か。随分と賑やかなこって」

 

 そんな風にギャアギャア騒いでいると、それまで黙っていた青髪イケメンがそう言った。自然と全員がそちらを向く。

 

「貴公には礼を言わねばならないな。助太刀、感謝する」

「助けてくれて、ありがとうございました」

「いんや、礼には及ばねえ。それよかお前さんの気配消し、なかなかのもんだったよ。見たとこバーサーカーなのに狂ってねえが、そういうもんなのかい?」

「まあ、そのようなものさ」

 

 ほぉ、とバーサーカーの全身を見回す青髪イケメン。まるで値踏みでもするようなそれは、力を図っているのか。

 

「……まあ、一流の戦士なのは間違いねえか」

「貴公こそ、見事な術だ。確かキャスター、だったか」

「おう、つっても本来の霊基じゃねえけどな。ランサーでの召喚ならもっと楽なんだがねえ」

 

 

 ププー

 

 

 と、そこでブレスレットが鳴った。タッチしてホログラムを移すと、ドクターは俺たちを見てホッとする。

 

『いやぁ、無事でよかった。サーヴァントが出てきたときは終わりかと思ったけど、なんとか生き延びたみたいだね』

「ギリギリですけどね」

『まったく無茶はいけないぞ……と、それはともかく。はじめましてキャスター、御身がどこの英霊かは存じませんが、我々は尊敬と畏怖をもって』

「あー、そういう堅苦しいのはいい。聞き飽きてっからな」

 

 やっぱり、英霊ともなるとかしこまった反応は慣れたものらしい。バーサーカーを見ると、肩をすくめられる。

 

「だから軟弱男、用件だけを言え。そういうの得意なんだろ?」

『な、軟弱……いや確かに英霊に比べたら貧弱もいいとこだけど……まあいいか。ともかく、あなたは正常なサーヴァントということでいいのですよね?』

「さっきのやつらよりかはな。で、俺からこの街の状況を聞きたいって?ならそっちの事情も少しは話せよ。それが筋ってもんだろ?」

『心得ています。実は……』

 

 そしてドクターは、俺たちの現状を手短にキャスターに説明する。

 

 カルデアのこと、特異点のこと、俺がマスターとして探索を行っていること……必要な情報を渡していった。

 

『……というわけなのです』

「……なるほどな。それなら都合がいい」

「都合がいい?」

 

 鸚鵡返しに聞くとおう、とキャスターは頷いた。

 

「実は、俺もお前さんたちを助けたのは何も善意ばかりじゃねえ。丁度手を組もうと思ってたんだ」

「……というと?」

「知っての通り、この街にもう生存者はいねえ。あえていうなら、聖杯戦争で負けてないって意味で俺が唯一だ」

 

 それからのキャスターの説明によると、こうらしい。

 

 なんでもいつの間にかこの街の聖杯戦争は別物になっていて、いきなり一夜にして街一つが丸ごと炎に包まれた。

 

 残ったのはサーヴァントのみ、まず最初にセイバーが聖杯戦争を再開し、とてつもない勢いでキャスター以外のサーヴァントを倒した。

 

 倒されたサーヴァントは聖杯の泥?に侵されて、先ほどの黒いオーラを纏いあの骸骨とか髑髏仮面を連れて街を徘徊するように。

 

「やつら、何か探しているみたいでな。そのうちの一つがどうやら俺みたいなんだわ」

「……なるほど。確かにあなたがいる限り、聖杯戦争は終わらないものね」

「白髪の嬢ちゃんの言う通りだ。ったく、ランサーなら全部まとめて心臓もらって終わりだってのによ」

「心臓……」

 

 心底残念そうにため息を吐くキャスター。どうやら、よほどランサーとしての自分に拘り……というか誇りがあるみたいだ。

 

 そういえば所長が、複数のクラス適性を持つサーヴァントほど高レベルって言ってたけど、キャスターもそれになる。

 

 高レベルってことはつまり高名な英雄なわけで、そこがランサーじゃないのにまだ生き延びてる所以なんだろう。

 

 サーヴァントってすごいな、と思った。あれ、でもバーサーカーすごい数の武器使ってるけどどれくらいのクラス適性あるんだろ……

 

「話は読めたわ。あなたは聖杯戦争を終わらせたい、私たちはこの事態を解決したい。目的は一致しているから協力すると?」

「そういうこった。どうだ?この俺じゃあそこのとんでもねえ霊格のバーサーカーよりは劣るだろうが、そこそこ使えるぜ?」

 

 どうする?と問いかけるキャスターに、俺たちは一度顔を突き合わせて相談する。

 

「で、あなたたちはどうしたいわけ?どうせ契約するのは私じゃなくてフジマルなんだから、意見があるなら言いなさい」

「俺としては、サーヴァントはいればいるほど助かりますけど……」

「先輩の意見に賛成です。それに下手な善意より、よほど信頼できるかと」

『うん、こっちでも目を光らせとくよ』

「私は問題ない。マスターの安全性が増すのは良いことだし……それに、何かしようとしても対処する」

 

 いざとなれば、という雰囲気のバーサーカー。こういうところまで頼りになる。

 

「決まりね……キャスター。あなたの提案をのみます」

「じゃ、決まりだな。じゃあ仮契約……そこの白髪の嬢ちゃんはマスター適性がねえみたいだから、よろしくな坊主」

「よろしく、キャスター」

 

 差し出されたキャスターの手をとると、新たに自分とキャスターの間に〝繋がり〟が生まれた気がした。

 

 バーサーカーやマシュほどじゃないが、これで俺のサーヴァントってことらしい。感覚が薄いのは仮契約だからかな。

 

「改めてサーヴァントキャスター、この街限定だがよろしく頼む。んで、早速目的確認といこうか。あんたらが探してんのは、おそらく〝大聖杯〟だろう」

『大聖杯……?聞いたことがないけど、それは?』

「いわば、この土地の本当の〝心臓〟だ。特異点があるとしたら、そこ以外ありえねえ」

 

 続くキャスターの言葉によると、そこに件のセイバー、そして残りの汚染されたサーヴァントたちが待機しているらしい。

 

『では、そこを目指しましょう。Mr.キャスター、案内を頼めますか?』

「ミスターはいらねえ。それに今はこいつが仮のマスターだ、行くかどうかは坊主が決めろ」

「もちろん、行くよ。放ってなんておけないから」

 

 即答する。キャスターはわずかに目を見開いた後、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

 新たにキャスターを仲間に加え、俺たちは特異点の修正のために〝大聖杯〟へ向かうことにした。




読んでいただき、ありがとうございます。
感想をいただけると嬉しいです。


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洞窟

すいません、昨日途中まで書いて力尽きました。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 新たにキャスターを加えた探索は、順調そのものといってよかった。

 

 大聖杯に向かいながら一番安全なルートを通り、時折現れる骸骨と髑髏仮面をバーサーカーたちが倒す。

 

 鉄壁の防御を誇るマシュに、オールマイティなバーサーカー、強力な炎の魔術を使うキャスター。

 

 人数が増えてきたこともあって、戦闘にも随分と余裕が出てきた。所長も最初ほど怯えなくなったし。

 

 そして俺は今……

 

「へえ、バーサーカーは27歳で不死人になったのか」

「ああ、そうだ」

 

 バーサーカーとコミュニケーションを取っていた。

 

「俺だったら想像できないなぁ、いきなり不死身になるなんて」

「それはおかしなことではない。事実私も当時は若いこともあってかなり混乱したものさ。なぜ私が、とね」

 

 弓を構えていた骸骨の頭骨や胸骨の中心を正確に射抜きながら、バーサーカーは俺の言葉に答えてくれる。

 

 周囲にはすでに事切れた何体かの骸骨の残骸と、瓦礫に少々ショッキングな感じで髑髏仮面が磔になっていた。

 

「でも今は落ち着いてるよね。やっぱり納得するのは時間がかかった?」

「勿論。だが私の場合は、自分のことより大切なものがあった。だから長くは悩んでいられなかったよ」

 

 しばらく周囲を見渡していたバーサーカーは、ふぅと息を吐くと弓を下ろす。どうやらもう敵はいないようだ。

 

「それって家族とか?」

「いや、私にその類の相手はいなくてね。もとよりいつ亡者に落つるとも分からぬ身だ、そういう存在は作らなかった」

 

 はい、と手を差し出す。バーサーカーはそれに自分の手を乗せ、弓を生成した分の魔力を俺から補給した。

 

 それが終わると、槍に持ち替えて俺の隣につく。ありがとうとお礼を言いつつ、踵を返してきた道を戻っていった。

 

「それじゃあ……王様とか?ほら、バーサーカーって騎士っぽいし」

「仕えるべき主人という意味なら、あながち間違いというわけでもない」

「やっぱりそうなんだ。バーサーカーらしいなぁ」

「そう見えるのなら恐縮だ」

 

 ふっと兜の下で微笑む……気がするバーサーカー。

 

 かなりの時間話したけど、最初の頃に比べてあ、今笑ってるなっていうのがわかってきた。これは大きな進歩だ。

 

 所長に対抗するわけじゃないけど、バーサーカーを召喚したのは俺だ。仮にもマスターとして、なるべくバーサーカーのことを知りたい。

 

 そう思って俺のコミュ力を総動員し、色々と話してみたけど……うん、これはいい感じに親睦を深められているのではないか。

 

「あ、じゃあ好きな食べ物とかは?俺は唐揚げなんだけど」

「ふむ、食事をしたのは随分と昔だが。何だったかな……と」

 

 そうこう話しているうちに、分かれ道の分岐点まで帰ってくる。

 

 そこでは先客が待ち構えていた。

 

「遅い!早く来なさい!」

 

 乱暴な声で俺を怒鳴りつけてくるのは、おなじみ所長。

 

 仁王立ちして、瓦礫の上で腕組みをしている。傍らにはマシュとキャスターがいて、こちらに片手を上げていた。

 

「うわ、所長がご立腹だ」

「これは早く戻った方が良いのではないかな?」

「みたいだね」

 

 バーサーカーと肩をすくめあって、小走りに所長たちのところに行く。

 

 到着するやいなや、また「遅い!」とお小言をもらった。すみません、と頭を下げればふんっと鼻を鳴らすのが聞こえる。

 

「で、そっちは片付いたの?」

「はい、でも行き止まりでした」

「ったく、ならさっさと戻ってきなさいよ。バーサーカー様の手を煩わせて……」

 

 ブツブツ言う所長。二手に分かれて先の道を確認する時、バーサーカーを連れてったのがよほど不満らしい。

 

 いやぁ、あの時の所長はちょっと可愛かった。こう、子供みたいにプクって頬を膨らませて……

 

「先輩、頬が緩んでます……」

「え、マジで」

「あんた今変なこと考えてたわよね?ガンドブチ込むわよ?」

「すいませんでした」

 

 そのガンドが何なのかはわからないけど、痛そうなのはわかる。

 

「……む?マシュ殿、魔力の通りが良くなったか?」

「え?」

「先ほど別れた時よりも、ソウルの質が上がっている。いや、サーヴァントとしての格が上がったというべきか」

「そうなのマシュ?」

 

 見た感じ、俺にはわからない。

 

 あ、でも少しマシュの表情が明るくなっているような気がしないでも……

 

「ああ、嬢ちゃんが宝具が使えねえって悩んでたからな。ちょいと訓練つけた」

「ほう、貴公の仕業かキャスター。で、成果のほどは?」

「上々ってとこだ。真名まではいかなかったが、擬似的に宝具を解放はできた」

「それは素晴らしい。マシュ殿、よく頑張ったな」

「は、はい!」

「いやぁ、しこたま敵ぶつけて煽ってから、手加減したとはいえ宝具かましたら一発で開きやがった」

「さっきの音はそれかーっ!?」

 

 なんかマシュたちのいった道の方からすごい音が聞こえてきたと思ったら、キャスターの宝具を使った音かよ!

 

「名付けて〝ロード・カルデアス〟。英霊そのものではなく、未熟でもいいから何かを守りたい。まったく、とんだ御伽噺を見たわ」

「所長……」

「ただの嫌味よ、そんなに気にしないで。そんなことより、残る道はあと一つでしょ?さっさと行くわよ」

 

 話もそこそこに、所長は最後の分かれ道に入っていく。

 

 俺たちは顔を見合わせ、やれやれとでもいうように肩をすくめて後を追った。俺たち、いいチームになってきたかもしれないな。

 

「キャスター、大聖杯まであとどれくらい?」

「この道を抜けた先のすぐだ。だがそこに厄介なのが……あん?」

 

 不意に、キャスターが訝しげな声を上げる。

 

「どうしたのキャスター」

「いや、この先にバーサーカーがいたはずなんだが……」

「……?」

「マスター、バーサーカーさんのことではないです。おそらく大聖杯に呼ばれた冬木のバーサーカーのことです」

「あ、そっちか」

 

 そうだよな、バーサーカーは俺が喚び出したんだし。それとは別にここのバーサーカーがいてもおかしくないか。

 

「ああ、それならば先ほど応戦した。マスターたちがサーヴァントと遭遇した時だ」

「マジかよ、よく死ななかったな。ありゃセイバーでも手を焼く相手だぞ」

「仕留めるのには相当手こずったさ。最初は別のサーヴァントと戦っていたのだがね」

 

 どうも、最初はアーチャーと遭遇して戦闘したのだが、バーサーカーに勝てないと分かった途端アーチャーは逃走。

 

 それを追いかけていると、図っていたのかタイミング良くバーサーカーが現れてそちらの相手をすることになった。

 

 一度倒しても復活したらしく、そのあと戦うことなく撤退していったらしい。

 

「おかげで援護射撃をできたから、ある意味助かったがね。いやはや、サーヴァントというのはかくも面妖なものだな」

「とんでもねえ数の武器を自在に操るお前さんだけには言われたくなかろうよ。ところで、手頃な槍とか持ってるか?」

「槍か?そういえば君はランサーが本来の霊基と言っていたな」

 

 バーサーカーがどこからともなく、洗礼されたデザインの槍を取り出す。

 

 ずっと不思議だったのでさっき聞いてみたら、ソウル……魂の中に格納しているらしい。ファンタジーだ。

 

「これはどうだ?竜を狩るための槍だ」

「おっ、いいね。少し持たせてもらっていいかい?」

「これから決戦へ向かうのだ、構わないさ」

「悪いな。それじゃあお手並み拝見と……」

 

 キャスターは杖を脇に挟んで、バーサーカーの差し出した槍を手にとって……

 

「うおっ!?」

 

 そして思いっきり槍に体を持ってかれてすっ転げた。

 

「「「…………」」」

「…………なんだよその目は。仕方ねえだろ、この霊基の俺筋力Eだぞ」

「すまない、よほど自信があるようだったので最も重いものを渡してしまった」

「畜生!マジでランサーの霊基じゃねえのが恨めしいぜ!」

 

 そんなこともありつつ、道を進んでゆく。

 

 やがて視界が開けると、そこには洞窟の入り口がぽっかりと口を開けて待ち構えていた。

 

 中からは得体の知れない雰囲気が漏れ出している。サーヴァントじゃない俺でも、ここは他と違うとはっきりわかった。

 

「ここか?」

「ああ。大聖杯はこの中だ」

「よし。では私が先頭。マスター、オルガマリー嬢と続き、マシュ殿とキャスターにしんがりを頼みたい」

「了解しました」

「おう」

 

 武器を弓から盾と雷の斧……竜断の斧というらしい……に持ち替えたバーサーカーを先頭に、隊列を組んで洞窟に入る。

 

 ちなみにダメ元で言ってみた結果、名前で呼ばれることになった所長はご満悦の様子であった。

 

「ここは元から冬木にあった、天然の洞窟なのでしょうか?」

「でしょうね。所々に痕跡があるあたり、おそらく半分は人工……魔術師が長い時間をかけて広げた魔術工房だと思うわ」

「へえ、そんなこともわかるんですね」

「当たり前よ。それよりもキャスター、肝心なことを聞いてなかったのだけど」

 

 所長の言葉にキャスターが顔だけ振り返り、なんだ?という目をする。

 

「これまでの話の中で、セイバーのことを知っている口ぶりだったけど。あなたはセイバーの真名を知っているの?」

「ああ、知ってる。というより奴の宝具で察しがついた。ほかのサーヴァントが負けたのも、宝具が強力すぎたせいだ」

 

 じゃあそのセイバーのサーヴァントも、バーサーカーの戦ったヘラクレスと同じでかなり強くて有名な英雄ってことになる。

 

 そのセイバーに負けたサーヴァント相手でさえ死にかけた俺が、その場にいて果たして生きて帰れるのだろうか。

 

 ……いや、弱気になっちゃいけない。怖がっていたって何も変わらない。俺は三人のマスターなのだ、頑張らなくては。

 

「そう気負うな坊主、適度にリラックスしとかねえと肝心なとこでヘマするぜ」

「そう、だよね。ありがとキャスター」

「おう。で、その宝具だが……王を選定する岩の剣のふた振り目。お前さんたちの時代において最も有名な聖剣」

 

 どくん、と胸が高鳴る。その聖剣の名前は、あまり英霊に詳しくない俺でも何度も耳にしたことがある。

 

 例えばゲームとかアニメとか……とにかくそういうジャンルのものに興味があるなら、絶対に知っているだろう名前。

 

 それは……

 

「その宝具の名は……」

 

 

 

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)。騎士の王と誉れ高い、アーサー王の持つ剣だ」

 

 

 

 

 

 キャスターの話を聞きながら、洞窟の中でもひときわ大きな部屋に入った瞬間──その声は聞こえた。

 

 全員が前方を見る。バーサーカーたちは戦闘態勢に入り、俺たちは後ろに回って声の主を油断なく見据える。

 

「へっ、やっぱいやがったか〝アーチャー〟。相変わらず聖剣使いを守ってるみてえだな」

 

 そこに佇んでいたのは、これまで同様に不気味な黒いオーラを纏う一人の男だった。

 

 赤い線の浮き出た褐色の肌に白い髪、革製の軽装と腰に巻かれたボロボロの赤い外套、手にはそれぞれ巨大な白と黒の双剣。顔は日本人だけど、サーヴァントらしい格好だ。

 

 右目はくすんだ金色の瞳をしているが、左眼の瞳は血のように赤く染まり、こちらを冷めた目で睨んでいる。それを真っ向から睨み返すキャスターとの間で、険悪な雰囲気が漂っていた。

 

「ふん、そういう貴様は新しい仲間を連れてきたか。まあその霊基では仕方がないだろうな」

「テメェ、丸焼きにしてやろうか?」

「できるものならやってみたまえ、その前にこの剣で狂犬のごとき性根ごと叩き切ってくれる」

 

 雰囲気どころか、めちゃくちゃ殺伐としてた。一触即発とはこのことか。

 

「先ほどぶりだな、アーチャー」

「……やれやれ、やはり生きていたか」

 

 バーサーカーが一歩前に出る。アーチャーはキャスターから視線を移して、面倒臭そうにため息を吐いた。

 

「こちらのバーサーカーと相討ちになってくれればよかったものを」

「あいにくと、そう簡単にはやられないよ」

「そのようだ。まったく、一介の弓兵ごときにこの数は酷というものだ」

「丁度いい、ここらで決着をつけようや。いい加減、この狂ったゲームの駒を進めないとな?」

「その口ぶりからするに、事態は分かっているか……いいだろう」

「へっ、今度こそその澄ました顔をぶち抜いて……」

「だが、相手は私だけではない」

「……何?」

 

 アーチャーがそう言った途端、天井から轟音を立てて何かが落ちてきた。

 

 地面がえぐれ、土が舞う。目に砂塵が入らないよう手でかばい、土煙が収まるのをじっと待った。

 

 やがて、少しずつ煙が薄らいでゆく。ほとんど消えると恐る恐る手を退けて、アーチャーの方を見てみると……

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■────ッ!!!!!!

 

 

 

 そこには、筋肉モリモリマッチョマンの化け物がいた。

 

 もう見慣れた黒いオーラを纏い、巨木のような体に腰巻だけという斬新なスタイル。手には剣みたいな、斧みたいな鈍器を携えている。

 

「ひぃっ!?な、なによあれぇ!あれもサーヴァントなの!?」

「……もしやと思ってはいたが、やはり出てきたか」

「もしやって……じゃあ、あれが冬木のバーサーカー?」

 

 俺の問いかけにこくり、と頷くバーサーカー。うん、確かにあれは強敵だろう。みるからに強そうだ。

 

「やれやれ……ほら嬢ちゃん、盾を構えな。俺とあんたであの弓兵を潰すぞ」

「はい!」

「一度相見えた相手だ、今度こそ倒させてもらおう。マスター、指示を」

「うん、わかった」

 

 その場にいるサーヴァント全員が己の武器を構えて、臨戦態勢に入る。

 

 早々に所長は岩陰に避難して、俺は指揮をとるために三人の後ろに立った。

 

「それじゃあみんな……いくよ!」

「ああ」

「おう!」

「了解です、マスター!」

 

 号令とともに、バーサーカーとマシュが駆け出す。アーチャーとあちらのバーサーカーも武器を手に、こちらに突撃してきて──

 

 

 

 

 

 

 

 

ドッガァアアアンッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 ──壮絶な戦いが始まった。




読んでいただき、ありがとうございます。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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前哨戦

どうも。いつか来るとは思ってましたが、あまりに酷い批判コメをもらって本当に続けていいのか悩んでいました。
目次にもあるとおり、合わないと思った方にはブラウザバックを推奨しています。なのに書くのは、それほどに自分の文章が酷いものなのか…しかし少し心当たりもあるので、これ以上のキャラ付けはしませんけど。
藤丸に多少要素を追加したのは、以前にもいったとおり違う時代において最低限サーヴァントたちと一緒に動けるようにするためで、それ以上の意味もそれ以下の理由もありません。
まあ、一度始めた以上やめるのもなけなしのプライドが許しませんのでこれからも頑張ります。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「■■■■■■■■■ッッ!!!」

 

 

 

 バーサーカー……バーサーカーと区別するため、黒バーサーカーと呼ぶ……が斧剣を振り上げ、一直線にこちらに向かってくる。

 

「バーサーカー!」

「承った!」

 

 バーサーカーがそれに応戦し、ソウルから巨大な鈍色の盾を取り出して振り下ろされた斧剣を受け止めた。

 

 瞬間、轟音が洞窟の中に響き渡る。バーサーカーの両足が地面に沈み、衝撃が爆風となって吹き荒れた。

 

「■■■■……!」

「相変わらずの怪力だな……!」

 

 押しつぶさんとする黒バーサーカーに、バーサーカーは両手で大盾を支えて拮抗する。

 

「──全投影 一斉層写(ソードバレル フルオープン)

 

 そんな時、アーチャーの冷涼な声が聞こえてきた。

 

 反射的に上を見ると──そこには次々と出現する無数の剣。数えるだけでも、百は軽く超えているだろう。

 

 その矛先は全てバーサーカーに向いており、アーチャーが手を振り下ろした瞬間一斉に雨のごとく落ちてきた。

 

「キャスター、防壁のルーンを!マシュはアーチャーを抑えて」

「おうよ!」

「了解しました!」

 

 キャスターが空中に文字を描いて、半透明の障壁でバーサーカーを串刺しにせんと飛来する剣を弾く。

 

 その間、介入しないようマシュがアーチャーに突進した。しかし大盾によるシールドバッシュを、アーチャーは軽やかに跳躍し回避する。

 

 剣を全て射出し終えると空中で手の中の双剣を消し、代わりに鈍色の大弓と捻れた矢を出現させてこちらに狙いを定めた。

 

「させるかよ!」

「ちぃっ!」

 

 すぐさまキャスターが炎の球をいくつも出現させ射出。舌打ちしたアーチャーは俺から狙いを外し、火球に向けて矢を放つ。

 

 接触の瞬間、爆発。着地したアーチャーは再度こちら狙うが、横から迫ったマシュの攻撃により再び阻まれた。

 

「く、厄介な!」

「はぁあああっ!」

 

 細腕で軽々と大楯を振り回し、マシュがアーチャーの動きを止めてくれる。その隙にキャスターが火球を用意して放った。

 

「燃え尽きちまいな!」

「断る!」

 

 前方に大楯、後方に火球。絶体絶命の状況から、アーチャーは先ほどの倍以上の高さを飛び上がった。

 

 目標を失った火球はそのまま飛んでいき、とっさに構えた大楯にあたって炸裂する。マシュの「くっ」という声が聞こえた。

 

「マシュ!」

「平気です!それよりアーチャーを……」

「ハッ!」

 

 反射的に上を見ると、弓を地面に向けて構えたアーチャーが弦から指を話すところだった。

 

 キャスターが防壁のルーンを張るのと同時に、無数の矢が飛来する。銃を一斉掃射した時みたいな音で、防壁に矢が当たった。

 

 しばらくして、衝撃が止む。顔をかばっていた手をどかして前を見ると、視界いっぱいに濛々と土煙が立ち込めていた。

 

「アーチャーはどこに……」

「マスター!避けてください!」

 

 マシュの声が聞こえる。

 

 えっ、と後ろを振り返ると……そこには防壁がなくなるのと同時に、双剣を交差させて踏み込んできたアーチャーの姿があった。

 

「これで終わりだ」

 

 まずい。

 

 そう思った時にはもう遅く、俺はアーチャーの双剣に体を切り裂かれ……

 

「させるかって言ってんだ!」

 

 ……る前に、目の前に炎を纏った杖が差し込まれた。

 

 杖はアーチャーの双剣の軌道の中に入っており、斬撃を阻止する。加えて炎の熱でアーチャーは怯み、動きが止まった。

 

 その隙を逃さず、キャスターは両手で杖を振り切ってアーチャーの体勢を崩した。両手が上に弾かれ、無防備になる。

 

「そら、隙だらけだぜ!」

「キャスター……!」

 

 槍のように突き込まれた炎の杖を回避して、アーチャーは後退する。

 

 同様に笑ったキャスターは、杖を手にそれを追いかけていった。そしてアーチャーと一進一退の接近戦を始める。

 

「た、助かった……」

「マスター、無事ですか!?」

「うん、俺は平気。それで……」

 

 キャスターたちの方を見る。

 

「おら、どうしたどうしたァ!」

「キャスター風情が……!いつもより頭が良くなったのでないのかね!」

「あいにくと、頭がいいのと趣味嗜好は別でねぇ!」

「それは結構なこと、だっ!」

「おっと!ハハ、やるじゃねえか!」

 

 凄まじい剣戟と、槍撃の応酬。並みのアクション映画など屁でもない迫力を醸し出している。

 

 とても魔術師(キャスター)弓兵(アーチャー)とは思えない。下手に手を出そうものなら、とんでもないことになりそうだ。

 

「とりあえずアーチャーはキャスターに任せるとして、何かあった時のためにマシュにはそばにいてもらっていい?」

「はい、そういえば、バーサーカーさんは……」

「そうだ、バーサーカーは?まさか、さっきの矢でやられたんじゃ……!」

 

 一抹の不安を抱き、バーサーカーの方を見る。

 

「■■■……!」

「ヌン……!」

 

 俺の心配は杞憂に終わった。綺麗に矢が刺さっていない円の中で、未だにバーサーカーは黒バーサーカーとしのぎを削っていたのだ。

 

 それどころか、少しずつ黒バーサーカーの斧剣を押し返している。かなり体格差があるのに、なんてパワーだ。

 

「バーサーカー、そのまま押し返して……」

「■■■■■■■■──ッ!!」

 

 しかし、俺の指示が届く前に黒バーサーカーは斧剣を引いた。

 

 かと思えばその場で一回転して、強烈な蹴りを大盾に叩きつける。バーサーカーが数歩分後ろに引いた。

 

 硬直する時間を逃さず、黒バーサーカーは両手で斧剣を握ると思い切り振り切った。わずかに大盾が揺れる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■──ッ!!!!!」

「くっ……!」

「バーサーカー!」

 

 さらに2撃、3撃と続いて、どんどん強くなっていく黒バーサーカーの猛撃にバーサーカーの防御が崩れていく。

 

「■■■■■ッ!」

「っ!?」

 

 そしてついに、黒バーサーカーの渾身の一振りで大盾がバーサーカーの手から離れた。

 

 守る術を失ったバーサーカーに、黒バーサーカーの斧剣が振り下ろされる。あんなものを直に受けたらひとたまりもない!

 

 まずいと令呪を使おうとして……バーサーカーの左手に、真紅の火が灯っているのに気がついた。

 

「〝炸裂火球〟」

 

 バーサーカーの手から火球が飛んでいき、黒バーサーカーの顔に文字通り炸裂する。わずかに黒バーサーカーの動きが止まった。

 

 その間にバーサーカーは後退し、体勢を立て直すとどこからともなく手のひらサイズの壺を取り出して投擲した。

 

「フッ!」

 

 鮮やかな動きで弓を取り出し、壺に向けて打つ。矢が当たった瞬間、壺は勢いよく炎を解き放った。

 

「やった!」

「いえマスター、まだです!」

 

 炎が消え、煙が晴れる。

 

 そこには……ほとんど無傷の黒バーサーカーがいた。歯をむき出しにして、バーサーカーを見て唸り声を上げている。

 

「そんな……」

「直前に首をひねって目への直撃は避けた、か……やはり先ほどの戦いで遠距離への対応は慣れられてしまったな」

「■■■■■■……」

 

 何かを呟くバーサーカーに、唸る黒バーサーカーは腰を落として斧剣を構える。そして赤い瞳でバーサーカーを見た。

 

「……いいだろう。貴公がその気なら、私も応じるとしようではないか」

 

 弓をソウルに戻したバーサーカーは、見上げるような大鉈を取り出す。黒バーサーカーの斧剣とどっこいどっこいの大きさだ。

 

 大鉈を肩に担ぎ、バーサーカーは腰を落として片足を引く。その瞬間、ピンと空気が張り詰めるのがわかった。

 

 両者とも、一歩も動かずに互いのことを見据える。ゴクリと自分の喉が音を鳴らす音が嫌に大きく聞こえた。

 

「こいつはどうだ!」

「なんの!」

 

 と、近くで戦っていたキャスターとアーチャーの攻撃によって地面がえぐれ、石のかけらが二人の間に落ちた。

 

「■■■■■■■■■■──────ッ!!!」

「シッ!!!」

 

 バーサーカー両名、咆哮。地面を爆砕して飛び、黒バーサーカーは上から、バーサーカーは下から獲物を振るった。

 

 

 

 ガァンッ!!!!!

 

 

 

 最初の一撃と同じか、それ以上の轟音を立てて大鉈が斧剣を受け止める。地面が激しく揺れて、思わずたたらを踏んでしまった。

 

 一撃目は互いの力が強すぎて弾き合い、しかしすぐに体勢を立て直して再び斧剣と大鉈を何度もぶつけ合う。

 

オォオオオオオオオッ!!!!!!!

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──────────────ッ!!!!!!!

 

 繰り出される剛撃の数々。弾き、いなし、躱して、時に拳や足を織り交ぜながら相手のことを潰さんと武器で殴りつける。

 

 傍目から見ても、全てが必殺の威力を秘めているのがわかる。ありえないような激音が幾度も洞窟を、俺たちの体を震わせた。

 

「すごい……」

「両者の魔力、急激に上昇中。これは、私が入り込む余地がありません!」

 

 

 

 これが、英霊同士の戦い。

 

 

 

 決して退かず、譲らず、己の持てる全てを使って相手を打倒する。

 

 それはまさしく、伝説に語られる英雄の姿そのもの。

 

 それを見られる俺は、不謹慎にも幸福だと感じてしまった。

 

「ゼァアッ!!」

「■■■■ッ!!」

 

 何十合めか、バーサーカーが黒バーサーカーに大鉈を打ち込む。バーサーカーは斧剣でそれを受け止めた。

 

「おぉ……!」

「■■■■……!」

 

 バーサーカーが大鉈を押し込み、地面に片膝をついた黒バーサーカーは腕を斧剣の峰に添えて支える。

 

「■■■!」

 

 先ほどとは似て非なる光景を先に破ったのは、黒バーサーカーだった。

 

 斧剣を支える腕を外して、なんと剣の峰をぶん殴ったのだ。

 

 突然斧剣が加速し、大鉈は半ばから両断される。銀色の煌めきがくるくると宙を舞った。

 

「ぬぅっ……!?」

「■■■■──ッ!!!」

 

 お返しと言わんばかりに斧剣を無理やり引き戻して、黒バーサーカーは斧剣を振り下ろす。

 

 バーサーカーは短くなった大鉈で斧剣を受け止めた。黒バーサーカーは斧剣を押し込み、今度はバーサーカーが膝をつく。

 

「まずい、形勢が逆転した……!」

「バーサーカーさん!」

「来るなッ!」

 

 飛び出そうとしたマシュを、バーサーカーの強い声が諌めた。ビクッと体を震わせてマシュは立ち止まる。

 

 余計なことをすれば、一気に崩れる。素人の俺から見てもそれは明らかだ。くそ、俺がもっと上手く指示を出せれば!

 

「先輩、バーサーカーさんが!」

「わかってる!」

 

 バーサーカーと黒バーサーカーの全身をくまなく見渡す。何か、打開策を見つけなくては。

 

 経験がないなんて言ってる場合じゃない、探せ、探して考えろ藤丸立香。

 

 この不利な状況から、どうやったらバーサーカーを勝たせられる!?

 

「──っ! そうだ!」

 

 一つ、脳裏に作戦がひらめいた。

 

「マシュ、盾を投げて!今すぐに!」

「えっ!?」

「早く!」

「あっ、はい!」

 

 鬼気迫る俺の声に、マシュは言われたとおりに大楯を両手で持ち上げた。

 

「うりゃあっ!」

 

 可愛らしい声とともに投げられた大楯は、戦闘機のようにまっすぐ黒バーサーカーめがけて飛んでいく。

 

 バーサーカーに注力していた黒バーサーカーは、ふと風を切る音にこちらを見て自分に迫る大楯に若干ギョッとした。

 

 そうしている間に大楯は黒バーサーカーに飛んでいき、直前に差し込まれた手を粉砕して黒バーサーカーの頭にヒットした!

 

「〜〜〜っ!!?!!!」

 

 流石に今のは効いたのだろう、黒バーサーカーはよろけて斧剣を握る手が緩む。

 

「バーサーカー、今だ!」

「ハァッ!」

 

 俺の声にすぐさま反応したバーサーカーが、目には目を、歯には歯を、拳には拳をと言わんばかりに大鉈を殴った。

 

 握る力が緩んでいた斧剣は反り返り、峰の部分が黒バーサーカーの顔面に命中。元からダメージが入っていたところにさらに追撃が入った。

 

 頭に二度強い衝撃を受けて、流石の黒バーサーカーも無防備になる。それを、バーサーカーは見逃さなかった。

 

「これで……終わりだ!」

 

 ソウルから長槍と短槍を取り出し、長槍を心臓へ、短槍を頭めがけて振り下ろす。

 

 果たしてそれは、黒バーサーカーの筋肉の鎧を食い破り、見事に狙ったものを貫いた。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■──────ッ!!!!!!!」

 

 

 

 黒バーサーカーが咆哮を上げた。まさか頭と心臓を貫いてもまだ生きているのか!?と身構える。

 

 けど、俺の予想に反してそれは断末魔の叫びだった。ゆっくりと両膝を地面について、ガクンと力が抜ける。

 

 すぐさま体が霊子に変わっていき、静かに消えていった。ほっと胸をなでおろす。

 

「いい勝負だった。貴公との出会いに感謝を」

「バーサーカー!」

「バーサーカーさん!」

 

 黒バーサーカーがいた場所にお辞儀をしているバーサーカーに走り寄る。

 

「バーサーカー、すごいよ!あんな大きいのに勝っちゃうなんて!」

「いや、今回は私の力ではない。マスターたちの知恵があってこその辛勝だ。マシュ殿、見事な不意打ちだった。よもや宝具を投げるとは」

「はい、ありがとうございます」

 

 うむ、と頷いたバーサーカーは槍をソウルにしまい、落ちていた大楯を拾う。そしてマシュに手渡した。

 

「大事に持っていなさい」

「わかりました」

「ああ。さて……」

 

 話もそこそこに、バーサーカーはある方向を見る。

 

 つられて俺たちも見てみれば、そこでは相変わらず後衛のはずのサーヴァント二騎が戦っていた。

 

 

 

「バーサーカーは倒した。あとは……アーチャーだけだ」




読んでいただき、ありがとうございます。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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どうも、イルシールまで進んだ作者です。ウォルニール限界ギリギリだった…
ところで薪の王について、主人公が倒せるのは火が陰った時のみ復活して、火を継いだ時点で不死性を失うのではとか妄想してます。いや、ただのゲームのシステムですけどね
楽しんでいただけると嬉しいです。


「バーサーカーがやられたか……!」

「よそ見してる暇あんのかよ!」

「くっ……!」

 

 キャスターの振り下ろした杖を、双剣で受け止めるアーチャー。

 

 しばらくせめぎ合い、アーチャーが双剣を無理やり振って杖を弾いた。その勢いに乗ってキャスターは後ろに飛ぶ。

 

「っと……はん、まだまだやれるようだな」

「当たり前だ。といっても、その数を相手は勘弁してほしいがね」

「助太刀しよう」

 

 槍を構えてバーサーカーが一歩踏み出す。二対一なら確実に勝てるだろう。

 

 だが、隣に並ぼうとしたバーサーカーをキャスターは手で制した。

 

「いや、その必要はねえ。俺一人で決着をつける。お前らは先にいきな」

「……良いのか?」

 

 バーサーカーの問いかけに答えず、杖を地面に打ち付けるキャスター。

 

 すると防壁のルーンが広がり、キャスターとアーチャーを内側に包み込む。普通とは逆の使い方で隔離したのか。

 

 どうやら言った通り、自分一人で倒すつもりらしい。キャスターの横顔は真剣で、決意は固いみたいだ。

 

「フジマル、ここは任せるべきよ」

「所長」

 

 どうしようか悩んでいると、いつの間にか後ろに所長が立っていた。岩陰から出てきたみたいだ。

 

「見た所、キャスターが優勢なのは明らか。私たちはセイバーの打倒を優先すべきだと思うわ」

「……わかりました。キャスター!」

「おう」

 

 ひらひらと手を振るキャスター。俺たちはうなずき合って、防壁の横を通り抜けて広場を後にした。

 

「ふん、余計な真似を」

「構えな弓兵。その心臓、貰い受けるっ!」

 

 背後から武器がぶつかり合う音が聞こえる。振り返りたくなりながらも、きっと歯を食いしばって走った。

 

「キャスター……」

「いらない心配してんじゃないわよ。本来の霊基じゃなくても、立派なサーヴァントなんだから」

「それはそうですけど……」

 

 やっぱり気になるものは気になる。本当においてきてしまって良かったのだろうか。

 

『藤丸くん、所長!話しているところ悪いけど、洞窟から出るよ!』

 

 ドクターの言葉に前方を見ると、行く先に光が見えた。

 

 

 

 一気に駆け抜けて、薄暗い通路を抜けると──そこには広大な荒野が広がっていた。

 

 

 

 これまでで最大の空間の中心にある一段高い崖の上に鎮座するのは、巨大な一つの光の柱。

 

 不気味に紫色の光を内側から放つ光の柱は、まるで噴火のよう見える。いや、焼け落ちた街を見るとその通りなのかもしれない。

 

「もしかして、あれが……」

「大聖杯……!」

 

 あれが、この騒動の原因ってわけか……!

 

「何よこれ、超抜級の魔力炉心じゃない……どうしてこんなものが極東の島国にあるのよ」

「……どうやら、疑問の答えを探す時間はないようだぞ」

 

 バーサーカーが崖の上を指で指し示す。

 

「…………」

 

 そちらを見ると……そこには漆黒の鎧を着込んだ騎士が、底冷えするほどに冷ややかな目で、静かにこちらを見据えていた。

 

 暗く輝く長剣を地に刺し、泰然と構える様はまさしく王者。大聖杯を守るように、その威容は凄まじい威圧感を放っている。

 

「なんて魔力放出……間違い無いです、あれが」

「あれが、アーサー王……!」

 

 でも……

 

「女の子……?」

 

 そう。黒い騎士の顔は、どう見ても女の子だった。よく見れば鎧でわかりづらいが、体の線も細い。

 

『伝説とは性別が違うけど、おそらく王座に就くために男装をしていたんだろう。宮廷魔術師マーリンの悪知恵だよ』

「な、なるほど……」

「用心しろ、マスター。あれは……かつての《薪の王》たちに匹敵する怪物だ」

 

 竜狩りの大弓を取り出し、構えるバーサーカー。すると、スッとアーサー王がバーサーカーに視線を移す。

 

ほう……狂わないバーサーカーに異様なサーヴァントか。なかなか面白い

 

 氷のようなその声は、やはり女性のものだった。値踏みするがごとくバーサーカーとマシュを交互に見る。

 

「そういう貴公こそ、随分と歪んだソウルをしている。相当()()()()()ようだね」

「ソウル?……ああ、貴様は()()()()()とやらか。マーリンが最古の遺物だとこぼしていたな」

 

 このサーヴァント、バーサーカーの正体を知っている!?

 

「だが、そうか。ならば貴様には奴がお似合いか?」

「悪いが、これ以上話す余裕はこちらには……ない!」

 

 

 

 ドンッ!

 

 

 

 大弓から矢が放たれる。

 

 空気を切って飛ぶそれは、棒立ちのアーサー王を貫いて──

 

 

 

 

 

 ヒュンッ!

 

 

 

 

 

 ──倒すことは、なかった。

 

 どこからか飛来した雷の槍が、矢を飲み込む。勢い衰えることなく、そのままこちらに向かって落ちてきた。

 

「なっ!?」

「くっ!」

「防ぎます!」

 

 とっさにマシュが目に出て、大楯で雷の槍を防ぐ。鎌のサーヴァントとは比べ物にならない衝撃が盾を打った。

 

 なんとか耐え凌ぎ、マシュが大楯を下ろす。そうすると全員で雷の槍が飛んできた方向を見上げた。

 

 

 ポタ……

 

 

「うっ……」

 

 頬に落ちた雫をぬぐう。見ると、それは透明の液体……水滴だった。

 

 首を傾げていると、再びポツリと鼻頭に水滴が落ちてくる。上を見上げるが、そこには厚い雲しかない。

 

 ………………雲?

 

「これって……雨?」

 

 俺の言葉を肯定するようにポツポツと荒野全体に水滴が降り始め、やがて大雨になって強雨風が吹き荒れる。嵐だ。

 

「ちょ、ちょっと!いきなり何よ!これもアーサー王の力だっていうの!?」

『いや……違う!上空にもう一つ反応!アーサー王とは別に何かがいるぞ!』

 

 え、と声が漏れるのと、雲を突き破って巨大な黒い影が俺たちと大聖杯の中間に地響きを立てて着地するのは同時だった。

 

 突然現れた見上げるようなそれは、カラスのような巨大なモンスター。甲高い声のもれる嘴からは鋭い牙がのぞいている。

 

 でも、そんな大怪鳥の見た目のインパクトは一瞬にして消えた。その背中に乗っている、とてつもないオーラを放つ存在に視線が釘付けになる。

 

 それは、一見して戦士のようだった。干からびた身体に荒ぶる白い髪。鎧とボロ布をまとい、バーサーカーが持っていたのと同じ槍を携えている。

 

「………………」

 

 最初のアーサー王と同じく、真っ黒な眼窩で静かに俺たちを見るそれは、アーサー王に匹敵する圧を纏っていた。

 

『な、なんだそいつは!?魔力量計測不能……これじゃ神霊クラスだぞ!?』

「はぁ!?バカ言ってんじゃないわよロマニ!そんなの本当なら、それこそなんでこんなとこにいるのよ!?」

『そ、そんなの僕が聞きたいよ!』

 

 しんれい……シンレイ……神霊!?あれ、神様のサーヴァントなのか!?

 

「なぜ〝無名の王〟がここに……いや、私の中に宿るソウルが縁となり、サーヴァントとして奴を呼び寄せたのか!」

「〝火のない灰〟よ、貴様はそいつと遊んでいるがいい」

『グルァアアアァァァアアァッ!!』

 

 戦士が槍をバーサーカーに向けると、大怪鳥が叫び声をあげてこちらに突進してきた。

 

 その瞬間バーサーカーが俺たちから離れ、凄まじい速度で遠ざかっていく。大怪鳥はそれを大口を開けて追いかけていった。

 

「バ、バーサーカーさん!」

「こいつの相手は私がする!貴公らはアーサー王を倒したまえ!」

 

 それだけ言って、バーサーカーは大怪鳥を連れて行ってしまった。残ったのは俺とマシュ、所長の三人。

 

 恐る恐る、アーサー王を見る。相変わらずこちらを絶対零度の目で見下ろす彼女は、マシュのことを見ていた。

 

「さて、邪魔者はいなくなった」

 

 ゆっくりと、黒い聖剣が引き抜かれる。その瞬間、アーサー王の全身から一気に赤黒いオーラが溢れ出し、全身がビリビリと震え上がった。

 

「では、サーヴァントもどきの娘──その宝具を使いこなしてみせろ」

 

 そして聖剣を両手で握った瞬間、アーサー王の姿が消える。

 

 どこに、そう思った時──アーサー王はもう目の前で聖剣を振り上げていた。

 

「ふっ!」

 

 目にも留まらぬスピードで、アーサー王と入れ替わりでマシュが眼前から消える。

 

 一拍遅れて、剣を振った衝撃波で吹き飛んだ。地面に体を激しく打ち付け、肺から空気が抜ける。

 

「かはっ!」

 

 痛みに悶えそうになりながらも、なんとか仰向けになった体を反転させてさっきまでいた場所を見た。

 

 すると……入り口の上の壁に、マシュがめり込んでいる姿が目に映った。それに向かって跳躍し、聖剣を構えるアーサー王も。

 

「マシュっ!!!」

 

 あわやそのまま切り裂かれるか、と手を伸ばすが……俺の予想は外れた。

 

 何かに気づいたアーサー王は、軌道修正して聖剣を後ろに振る。甲高い音を立てて何かが弾かれる。

 

 くるくると宙を舞って地に落ちたのは、先端からねじれ曲がった槍。着地したアーサー王はそれを見つめ、俺の後ろを見た。

 

「フン、あれを相手にしながらこちらに槍を投げるとは……〝火のない灰〟め、つくづく厄介な存在だ」

「バーサーカーが……?」

 

 後ろを振り返ると、バーサーカーは大怪鳥と戦士の攻撃を回避しながら弓で撃ち落そうとしている。

 

 どうやら、バーサーカーが助けてくれたらしい。あと少し遅かったらマシュが……と思うと、どっと体から力が抜ける。

 

「くっ……!」

 

 そうしている間に、聞きなれた声がした。

 

 視線を戻すと、壁に空いた穴のくぼみからパラパラとこぼれ落ちる小石の中心で、マシュがなんとか立ち上がっている。

 

「ほう、我が一撃を受けて沈まないとは……その宝具を待つだけのことはある」

「まだ、いけます……!」

「いいだろう。ならば、どこまで耐えられるか見せてみろ!」

 

 再び聖剣を振り上げ、アーサー王はマシュと戦い始めた。

 

 とっさに構えたマシュの大楯に、聖剣が振り下ろされる。接触の瞬間激しい衝突音が木霊して、余波で小石が吹っ飛んだ。

 

 その中でも大きなかけらが偶然こちらに飛んできて、「うわっ!?」と言いながら思わず両手で顔をかばう。

 

「はっ!」

 

 しかしそれは、突如現れた黄色の壁に弾かれた。

 

 反射的に見上げると、そこには所長がいる。先程までの怯えた様子はどこへか、その横顔は凛々しいものだった。

 

「所長!」

「立ちなさい、フジマル。ここが正念場よ」

「っ、はい」

 

 痛む身体に鞭を打って、どうにか立ち上がる。

 

「フォウ!」

 

 どこかに飛ばされていたフォウが肩に乗ってきた。その頭を撫でて、マシュに視線を戻す。

 

「どうした。前には、出てこないのかッ!」

「くぅっ……!?」

 

 マシュは相変わらず、一人でアーサー王の剣を受け止めていた。時折崩れかけながら、歯を食いしばって踏ん張っている。

 

 数度、本当に転倒してしまってもまた大楯を持ち、立ち上がってアーサー王の剣戟を受けていた。

 

「マシュっ!」

「待ちなさい!」

 

 障壁の裏から出ようとすると、所長に制された。

 

 どこかデジャヴを感じつつ、なぜと所長に表情で問う。所長はあの時より強く、威圧感を伴う目でかぶりを振った。

 

「あの時とは状況が違うわ。相手はアーサー王、一介のサーヴァントとは比べものにならない英雄。今回こそ、あなたにできることは何もないわ」

「でもマシュがっ!」

「あなたの気持ちは痛いほどわかるっ!!!」

 

 これまでで一番大きな声に、自然と口をつぐんだ。

 

「でも、だからこそあなたを行かせられない」

「っ……!」

「あなたはマスターで、あの子はあなたのサーヴァント。なら、マシュを信じなさい。信じて、最後まで見届けるの」

「く……!」

 

 そう言われては、何も言えない。

 

 出しかけていた足を引っ込め、歯を食いしばって前を見る。俺たちの代わりに戦っている、一人の少女のことを。

 

 

 

 そして、絶望的な戦いが幕を開けた。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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人理を守る盾

すみません、色々進路のことやってて更新できませんでした。
というか、アクセス数一気にガタ落ちしましたね。私は悲しい…(トリスタン感
今回はかなり難産でした、楽しんでいただけると嬉しいです。


 ……何度、聖剣を受けただろうか。

 

 

 

「フンッ!」

「くぁ……っ!?」

 

 大楯に打ち付けられた黒い豪剣を、一歩分後ろに引いた片足を踏ん張ることでなんとか受け止める。

 

 しかし、そんなものは関係ないと言わんばかりに聖剣は容易く私の腕を揺らし、体全体を痛みに等しい衝撃が走った。

 

 その度に、恐怖が心を這い回る。アーサー王の魔力が物理的な圧を持っているのではないかと錯覚するほどに膝が笑う。

 

 

 

 まるで、私にはここに立つ資格などないと誰かが言っているように。

 

 

 

「防ぐだけでは、私には勝てんぞ!」

「あっ……」

 

 横に薙いだ聖剣により防御の姿勢が崩れて、無防備な状態になる。

 

「ハッ!」

 

 アーサー王が聖剣から片手を離し、拳を突き出す。無造作に放出された魔力に、いとも容易く吹き飛ばされた。

 

 どこか心もとない浮遊感、一瞬の後に激しい痛み。攻撃の余波でめくれ上がった砂利の上に、強く背中を打ち付ける。

 

 歯の間から苦悶の声が漏れる。砂利や石の破片が突き刺さる背中をよじって、なんとかうつ伏せになった。

 

「う、うぅ……」

 

 強い。

 

 これが、サーヴァント。たまたま力をもらった私とは決定的に違う、歴史に名を刻まれた本物の英雄の実力。

 

 とてつもない実力の差に、涙がこぼれそうになる。自分がこの場にいることすら間違っている気さえしてきた。

 

 もういっそ、このまま眠ってしまえたら。そんな考えが脳裏をよぎり……

 

「ッ……!」

 

 ふと顔を上げれば……あの人が今にも飛び出しそうな顔で私を見てる。

 

 爪が食い込みそうになるほど拳を握りしめて、歯を食いしばったとても辛そうな表情は、助けたくても自分が無力であることを知っていて。

 

 それが否応なしに、戦えるのが私だけだということを自覚させる。

 

「………………」

 

 歯を食いしばって、どうにか体を起こし始めた。こうして立つのも何度目だろうか。10を超えてから数えていない。

 

 そばに落ちている大楯を持ち上げ、それを支えにして重い体を持ち上げた。そうするときっとアーサー王を睨む。

 

「ほう、立派なものだ。技はなく、力もなく。だが勇気はあるか」

「…………!」

 

 この体を貫くような視線に、また手が震える。武者震いだとごまかして、振り上げられた聖剣に盾を構えた。

 

 受けて、怯んで、それでもなお立ち続ける。手が痺れ、冷や汗が頬を伝い、膝が笑っても盾を手放すことはしない。

 

 

 

 そうしていると、ふとなぜ私がここにいるのだろうかと考えた。

 

 

 

 あの時、私は本当なら死んでいるはずだった。どうすることもできずに、ついぞ何も成し遂げることもなく無意味に。

 

 冷たさが体を覆っていく感覚。自分の中から決定的なものがこぼれ落ちて消えていく、とてつもない悍ましさ。

 

 今もはっきりと覚えているそれは、あの瞬間を再現するようにじわじわと体を蝕んでいる。

 

 なのに。なぜ私はまだ、抗っているのだ?

 

「オォオッ!」

「あぐっ!」

 

 また盾が弾かれる。最初に比べるとひどく重く感じる大楯に、たまらずバランスを崩しかけて踏みとどまった。

 

 荒い息を整えて、最初の位置から動いていないアーサー王を見る。それだけの光景が明確に優劣を見せつけた。

 

「……娘。貴様、迷っているな?」

「っ!」

 

 まさか、表情に出ていた?

 

 そう思ってアーサー王を見てみれば……鉄面皮に、わずかに怒気のようなものが混じっていた。

 

「半端な覚悟で戦場に立って、それで私に勝てると思ったのか。随分となめられたものだな」

 

 ……いいや、最初から勝てるなどとは思っていない。

 

 だってサーヴァントを相手にするには、私ではあまりに不釣り合いだ。それこそ大英雄でもなければ勝負にすらならない……。

 

 それでも、私がここで倒れれば先輩や所長はあの聖剣の餌食になってしまう。そうすれば特異点の修復はかなわない。

 

 いや……それもあるけれど、本音は私を救ってくれた人の前で敗れることの悔しさと、この盾を託してくれた名も知れぬ英雄に申し訳ないからだ。

 

 だから絶対に勝てないとわかっていても、私は……!

 

「そのような心でその宝具を持つというのなら……私が引導を渡してやろう」

「っ!」

 

 聖剣が迫る。もう幾度となく見たそれは、しかし私が知っているものよりはるかに速かった。

 

 

 ガァアン!!!

 

 

 今までの倍以上の衝撃と轟音を伴って、大楯が軋んだ音を上げた。まずい、あと一瞬遅かったら両断されていた!

 

「まだこれを受け止めるだけの力は残っているか。だが、所詮それまでだ!」

 

 二度、三度、尋常でない威力の斬撃を大楯で受ける。先ほどまでは本当に試されていたのだとようやく自覚した。

 

 そして、アーサー王の言ったことは事実になる。

 

「いい加減、くどい!」

「あうっ!?」

 

 それまで防戦一方で体力が減っていたのもあって、渾身の薙ぎ払いで大きく吹き飛ばされる。

 

 そのまま弧を描いて飛んでいき、先輩たちの目の前に落ちた。数え切れないほど倒れたので、なんとか受け身を取る。

 

「う、あ……」

「マシュ!」

「ちょっとマシュ、起きなさい!あんたがやられたら終わりなのよ!」

 

 所長の言葉に、はいと私は口の中で返事をして立ち上がろうとして……腕に力が入らなかった。

 

 あ、あれ?おかしい。少し前まで、ちゃんと立てたのに。手も足も震えて、うまく力をいれることができない。

 

「あ……」

 

 そうか。私は、怖いのだ。

 

 英雄でもなんでもないのにあんな相手に挑んで、ギリギリだった心がいよいよ限界に達した。

 

「私は、戦うことが……」

 

 もう何をしたって、私ではあれには歯が立たな──

 

 

 

 

 

 

諦めるな!

 

 

 

 

 

 その時、言葉が聞こえてきた。えっ、と声のした方を振り向く。

 

 そこには、謎のサーヴァントと鍔迫り合いをしているバーサーカーさんがいる。いつのまにか近くに来ていたのか。

 

「バーサーカーさん……?」

「マシュ殿、何を諦めている!貴公がマスターを守るのだ!」

「わ、私では倒すことが」

「甘えるなッッ!!!」

 

 バーサーカーさんの大声にビクリと肩を揺らす。

 

「今ここでマスターらを守れるのは貴公だけだと自覚しろ!貴公が諦めればそれまでだぞ!」

「でも……」

「貴公はこれまで、戦う側の人間ではなかったのだろう!いきなりこのようなことになって受けとめる自信がないのだろう!だが戦場に立った時点で、貴公はもう一人の戦士だ!」

「バーサーカー、さん……」

 

 サーヴァントの剣のような大槍を蹴りつけ、大斧を押し込んだバーサーカーさんはこちらを見る。

 

「戦士ならば戦え!その盾を掲げろ!諦めれば命を失うことになる!」

「……!」

「いいか、よく聞け!貴公は()()()()()()()!ならば己が生き残るため、他の誰かの命を救うために理不尽に反抗しろ!」

 

 貴公ら人間は、たった一つしか命を持っていないのだから。

 

 そう言って、バーサーカーさんはサーヴァントを連れて離れていってしまった。ポツンと取り残された気分になる。

 

「余計なことを……だが、もう遅い。そろそろ飽きた」

 

 アーサー王の冷徹な声が響き渡る。

 

 視線を戻せば──両手で振り上げられた聖剣に、黒い光が収束していた。とてつもない魔力の放出と収束……!

 

「まずいわ、聖剣がくる!」

「聖剣って、えっ!?」

「っ……!」

 

 金切り声をあげる所長と、うろたえる先輩。怯えている場合ではないと、震える体に鞭打って大楯を手に取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

卑王鉄槌、極光は反転する──光を飲め、〝約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを待っていたのか、はたまたただの偶然か。膝立ちになって盾を構えた瞬間、黒い奔流が視界いっぱいに広がった。

 

 それは地面をえぐり、大気を揺らし、全てを滅さんと破壊の限りを尽くした。先輩を背中に、その直撃を防ぐ。

 

「あ、ああ、ああああああああ…………!」

 

 揺れる。崩れそうになる。半端な体勢で踏ん張るのは、まさに今の私の心境を表しているかのようで。

 

 恐い。あまりに強くて、恐ろしくて、今にも逃げ出してしまいたくなる。こんなもの、私一人で受けきれるはずがない。

 

 ズシリと盾が重くなる。だめだ、支えられない。私ではこの人たちを守れない。やっぱり役者不足だったのだ。

 

 誰か、誰か助けて…………っ!!

 

 

 

 トン。

 

 

 

 そんな時──盾に誰かの手が添えられた。

 

「……先、輩?」

「………………」

 

 無言で俯いているのは、他でもない先輩だった。

 

 そうだ、私には先輩がいる。

 

 あの時もそうだったみたいに、先輩ならきっと私を助けてくれる、支えてくれる。

 

 先輩、先輩、私を助けて…………

 

「……たく……い……」

 

 …………………………え?

 

 

 

 

 

死にたく、ない……!

 

 

 

 

 

 先輩は、泣いていた。

 

 涙を流して、歯を食いしばって。震える足を無理やり押さえつけて、キッと奔流を睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 ……私は、何を勘違いしていた?

 

 

 

 

 

 いつからこの人が、英霊を相手でも平気で立ち向かえると錯覚していた?

 

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 だってこの人は勇敢なんじゃなくて、ただ……他の大勢の人達と同じように、死にたくないんだ。

 

 

 

 

 

 だからなけなしの勇気を振り絞って、立ち向かっていたのに。

 

 

 

「どうして、私は……!」

 

 どうして守られようとしたのか?立ち向かうべきは私なのに……。

 

 それなら、立ち上がって。()()()()()。いつまで何かを諦めていた自分のつもりでいるんですか、マシュ・キリエライト!

 

 そんなの、許されない。だって私はもう……戦士なんだ。

 

 だから。

 

「たとえ、この身が英霊でなくても……!」

「マシュ…………?」

 

 何も偉業を成し遂げていないとしても。

 

 万夫不当の力も、一騎当千の技も、何一つ持ち合わせていないとしても。

 

 それでも今の私は、この人(せんぱい)のサーヴァントなのだから!

 

 

 

「あ、あああああ……!」

 

 

 

 一歩、前に出る。負けないように、失わないように。

 

「っ……聖剣が、押される……!?」

 

 盾が光り輝く。そうだ、使わなきゃ。そうしないと、みんな消えてしまう!!!

 

 

 

 

 

 

 

 ──さあ、使えマシュ・キリエライト。君は一体なんのために、その力の一端をかりそめの宝具として解き放った?

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの声に後押しされて、さらに一歩踏み出した瞬間──目の前に光の紋章が現れた。

 

 それは瞬く間に堅牢な壁となって、聖剣の極光を受け止め、それどころか押し返していく。

 

 それに何か気づいたのか、先輩が何か呟いた。次の瞬間、魔力が体を駆け巡る。この光は、令呪の輝き!

 

 

 

 これなら、いける!

 

 

 

「はあああああああああああああああ────────っ!!!!!」

「バカな、我が剣光が全てかき消されて────!?」

「〝仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)〟ッッッ!!!!!!!

 

 擬似真名を叫んで、大楯を前に突き出す。

 

 壁に押されて光は弾け、聖剣の極光は消え失せた。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 荒く息を吐いて、盾に寄りかかる。やった、防ぎ切れた……!

 

 でも、まだ油断はできない。アーサー王を見ると、かなり魔力を消費したのか苦しげな顔ではあるものの、また健在でいる。

 

「先に、こちらの魔力が尽きるとはな……!」

「くっ……!」

「だが、まだだ……!」

「──いや、終わりさ」

 

 聞き慣れた声が、耳朶を震わせた。

 

 突如アーサー王の足元から、炎の円陣が浮かびあがり真っ赤な炎が噴き上がる。それは黒き王を捉え、檻のごとく広がってゆく。

 

我が魔術は炎の檻、(ほのお)の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める(もり)──

 

 いきなりのことに目を見開いていると、背後より現れた詠唱者は、私達の隣を通り過ぎる瞬間に一言。

 

「よくやったな」

 

 司祭のような装束に、杖を構えたその男性は──

 

「キャスター!!」

 

 キャスターさんはそのまま盾の前に躍り出ると、詠唱を続ける。

 

倒壊するは……灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)!!

 

 次の瞬間、アーサー王の足元から巨大な木組みの何者かが現れた。やがてそれは、頭、胴体、腕と順に姿を現し、その姿にこの場の全員が目を見開く。

 

 やがて、全てを現したとき──そこには、見上げるような木組みの巨人が立っていた。

 

 巨人は、頭の上から跳躍しようとしたアーサー王をその巨大な剛腕でいとも容易く掴む。魔力の減少が、アーサー王に決定的な隙を作ってしまった。

 

「なっ……!?」

 

 そして巨人はアーサー王を、檻のような形状になっている胴体へと放り込むと、鉄の扉を固く閉ざし、炎の中に身を投げ込む。

 

 そうすると熱風が荒野を満たし、木組みの巨人から火山の噴火のように噴き出した焔は、暗雲をかき分け天を突いたのだった。

 

 炎が消える。茫然自失といった様子で、煤だらけのアーサー王は崩れ落ちた。が、すんでのところで持ちこたえた。

 

「油断したな、セイバー」

「貴様……!」

「キャスター!」

「キャスターさん!」

「おう、お前ら。待たせたな」

 

 キャスターさんはよっ、と軽い声とともに一足飛びで私たちの前に着地する。そしてニッと笑った。

 

「よくぞここまで持ちこたえた。嬢ちゃん、誇っていいぜ。坊主も大した度胸だ」

「あ、その、ありがとう、ございます」

「ありがとうキャスター」

「いいってことよ」

 

 快活に笑うキャスターさん。

 

 見れば上半身は裸で、片腕が肘から先が失われ、ところどころに裂傷を負っている。アーチャーとの戦闘はかなり激しかったらしい。

 

「フ……聖杯を守り通すつもりが、己の執着に傾いた結果この有様か。結局どう転ぼうと、私一人では同じ結末になるのだな」

「……なんだと?セイバー、テメェ何を知ってやがる」

「いずれあなたも知る、アイルランドの光の御子よ」

 

 体から粒子が立ち上り始める。それでもなおアーサー王は変わらぬ瞳で、こちらを見た。

 

 

 

「グランドオーダー────聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだということをな」

 

 

 

 その言葉を最後に、アーサー王は完全に消滅した。後には黄金色の結晶体が残り、静かに浮遊している。

 

「おい待て、そいつはどういう意味──ってうぉお!?」

 

 その声に隣を見れば、キャスターさんも強制送還されるところだった。アーサー王を倒したことで、聖杯戦争が終わったからか。

 

「くそ、納得いかねえが仕方がねえか。おい坊主、次があるときはランサーとして召喚してくれや」

「あ、はい」

「んじゃな、またどっかで会おう──」

 

 キャスターさんも消滅した。それを見届けた瞬間、どっと疲れが湧いてきて先輩と同時に地面に座り込む。

 

「マシュ、すごい。本当にすごかったよ。ありがとう」

「いえ、精一杯できる限りの事をしただけですので……」

「それでもだよ。俺も頑張ってよかった」

 

 まだ若干震えているのに、あのときみたいに笑う先輩。

 

 ああ……私はその笑顔を、守りたかったんだ。

 

冠位指定(グランドオーダー)……なんであのセイバーがその名称を……?」

「? あの所長、どうかしましたか?」

「うぇっ!?あ、ああいや、なんでもないわ。それよりほら、立ちなさい」

 

 差し伸べられた手を取って、二人で立ち上がった。

 

「とりあえず、よくやったわ。不明な点は多いけど、大金星よ」

「はい!」

「お褒めに預かり光栄です……っと、そういえばバーサーカーさんは……?」

 

 アーサー王のことでいっぱいいっぱいだったけど、バーサーカーさんは神霊クラスのサーヴァントを一人で相手していた。

 

 もしやられていたらと、三人で周囲を見回す。しばらく見渡して見つからないと、ふと空を見上げて──

 

 

 

 

 

 

 

 オォオォォ………………

 

 

 

 

 

 

 

 ──そこに開いた、大きな黒い穴を見た。




読んでいただき、ありがとうございます。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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我が闇を見よ、人の性を

すみません、常に一日置きは難しいので二日おきになります。ご了承ください。
楽しんでいただけると…かなり心配だけど…嬉しいです。


 時は、マシュがアーサー王の一撃を受け、灰が投げた槍によって窮地を逃れた直後に遡る。

 

「ふっ!」

「ギャォォォォォォォォッ!!」

 

 私が放った矢をかわして、甲高い叫び声をあげて、嵐の竜が急降下してきた。

 

 それを後ろに飛ぶことで回避、さらに地面すれすれまで降りてきたところで振り下ろされた雷を纏う剣槍を回避する。

 

 瞬時に竜騎兵の弓から竜狩りの大斧に持ち替え、握り慣れたねじれた柄を両手で握った。そして動きの止まっている嵐の竜を見据える。

 

 右足を後ろに、半身を斜めに。体の軸を意識して両腕に力を込め、一気に解放して肩に担いだ大斧を振り下ろす。

 

 果たしてそれは嵐の竜の首を捉え、堅牢な鱗を湾曲した刃が叩き斬って肉を潰した。鳥のような嘴から苦悶の声が漏れる。

 

 続けて逆側から第二撃を振るうが、それは間に差し込まれた剣槍に阻まれた。

 

「…………」

 

 こちらを見つめる無名の王に、ふと悪寒を感じてその場から飛び退いた。

 

 次の瞬間、雷が元いた場所に降り注ぐ。あとほんの少し遅ければ、あの雷に黒焦げにされていたことだろう。

 

「…………」

「くっ!」

 

 着地したばかりで不安定な私を嘲笑うように、剣槍が突き出される。とっさに大斧で防いで後ろに転がった。

 

 重りになる大斧をソウルに戻し、前を見たときには既に竜は空に戻っており……炎の見え隠れする嘴を開けている。

 

 

 ゴォォォォオオオ!!!

 

 

 吐き出された大量の炎が迫る。一瞬のうちに斑方石の指輪を炎方石の指輪に付け替え、さらに魔力の盾をハベルの大盾に使い身を隠した。

 

 次の瞬間、物理的圧力すら伴う炎が襲い来る。

 

「ぐ、ぉおおおお……!」

 

 両足を踏ん張り、数秒に渡るブレスを全力で耐え切った。

 

 しばしの後、炎が途絶える。大盾をソウルに戻し、竜と王を見上げた。

 

「…………」

 

 無名の王は枯れた顔を全く変えることなく、こちらを見下ろしていた。暗い眼窩はそんなものか?とでも言っているようだ。

 

「まだまだ、始まったばかりだ」

「…………」

 

 竜狩りの大弓を取り出せば、満足のいく答えだったのか無名の王は剣槍を構える。主人の感情を察知して、嵐の竜が動き始めた。

 

 無名の王の無慈悲な槍撃をいなし、嵐の竜のブレスを避け、人竜一体となった突撃をかわす。

 

 文字通り嵐のごとき攻撃をことごとく耐え、その動きを観察していく。かつてと違うところがないか、失った技はないか。

 

「ガァァアアアア!!」

 

 やがて見極め終わった頃、逃げてばかりの私に痺れを切らした嵐の竜は背後に回ろうとしてきた。

 

「その動きは、すでに捉えたぞ」

 

 移動する方向の軌道に大矢を放つ。見事に先ほどつけた傷に突き刺さり、うめき声をあげて動きが止まった。

 

 瞬時に後ろ腰に吊り下げた矢筒に手を伸ばして、次の矢を射る……のではなく、大弓をソウルに戻して竜に向かって走り出す。

 

 十分な距離まで近づくと、サーヴァントとなってさらに強化された脚力で竜に向かって跳躍した。

 

「…………!」

 

 それまで見下ろしていた無名の王が、今度は私を見上げる。

 

 

 

 それを見ながら、私は矢筒から大矢を一本取り出して逆手に持ち──

 

 

 

フンッ!!!

 

 ──嵐の竜の眉間にぶち込んだ。

 

「ギャァガァァァァァァアアアア!!?」

 

 神代において古竜を倒すため作られた大矢は、あっさりと竜の頭蓋を砕き脳漿を貫く。血が噴水のように吹き出した。

 

 さしもの無名の王も大矢を素手で突き刺すとは思わなかったのだろう、とっさに反応できずに固まっている。

 

 それが、命取りとも知らずに。

 

「シッ!」

「っ!」

 

 〝フォース〟で体勢を崩し、重心が偏っている剣槍を持つ手にイバラムチを巻きつけると筋力に任せて振り回す。

 

 無名の王は踏ん張ろうとするが、鞍をつけているわけでもないので目論見通りに竜の首から滑り落ちた。

 

「ギャオオオォォォオオ!!!??」

 

 脳が破壊されて思考が定まっていないのか、竜は激しく暴れまわりながら飛ぶ。下を見れば、炉心の反対側に来ていた。

 

「お前は……眠っていろ!」

 

 スモウの大槌を出し、両手で振り上げて大矢めがけて振り下ろす。

 

 ズン、と衝撃が嵐の竜の全身を突き抜けた。大槌を握った手に、鮮明に大矢が完全に頭を貫く感触が伝わる。

 

 か細い鳴き声をあげて、力を失い失墜する竜。すぐさま大槌をソウルに戻して背中の上から退避した。

 

 

 ズズン……

 

 

 着地して振り返ると、竜は地面に横たわっていた。すでに飛ぶ力はなく、弱々しげに鳴いているばかり。

 

 トドメを刺そうと一歩踏み出す。が、いつの間にか無名の王が竜のすぐ側にいることに気がついた。

 

「………………」

 

 無名の王は、そっと労わるように竜の頭を撫でる。まだ主人を判別できるのか、竜が頭を傾けた。

 

「…………」

 

 しばらく竜を悼んでいた無名の王だったが、やがて、おもむろに得物を掲げ切っ先を竜の頭に定める。

 

 まずい、あの構えは──!

 

「くっ!」

 

 後方に飛び退くのと、無名の王が剣槍を竜の頭に突き刺したのは同時だった。

 

 

 

 ドォッ!!!!!!!

 

 

 

 次の瞬間、竜と王を中心に雷風が吹き荒れる。暴力と言っても過言ではないそれは天まで昇り、地面を抉った。

 

「………………」

 

 そして雷風が晴れた時……そこには竜のソウルを吸収し、眩い雷光を纏う剣槍を手に無名の王が静かに佇んでいた。

 

 ただでさえ強大であったソウルが、さらに大きく、激しく燃えている。それは怒りのようであり、また悲しみのようでもあった。

 

 無名の王との戦いは、ここからが本番。取り回しを考え、雷方石の指輪に竜断の斧、竜紋章の盾をソウルから取り出し装備する。

 

「………………」

 

 悠然とこちらに歩いてくる無名の王。私も盾を構え、一歩一歩慎重に近づいていった。

 

 三メートル、二メートル……そして、残り一メートルの距離まで来た時、無名の王がグッと全身に力を込める。

 

 来る。そう思った時にはもう無名の王は目の前におり、すでに剣槍を突き出すために身を引き絞っていた。

 

「ッ!」

「フッ!」

 

 肉体が亡者となっていなければ裂帛の叫びとともに放たれただろう刺突を、盾を少し斜め上に傾けて受け止める。

 

 一撃目は上手く上方にいなせたが、無名の王は空いていた左手で柄を掴むと未だ放電する剣槍を振り下ろした。

 

 半身を翻して鎧の表面をかすめるだけにとどめ、地面を這う雷を跳躍でかわすと胸の中心に回し蹴りを入れる。

 

 当然のように無名の王はビクともしない。だがそれは予想できたことなので、着地してすぐに後退する。

 

 逃すものかと槍が振るわれた。斧の腹で外側へいなし、押す力に任せて一回転して斬りつけた。

 

「……!」

 

 斧の一撃は手甲で防がれる。それどころか無名の王は柄の余った部分を掴み取り、頭上から帯電する剣槍を振り下ろしてくる。

 

 とっさに斧をソウルに戻し、あえて懐に潜り込むことで槍を避けた。そうすると瞬時に右腕にセスタスを装備する。

 

「ハッ!」

「っ……!」

 

 鎧と腰当ての間に打ち込むとどうやら効いたようで、わずかに仰け反る無名の王。

 

 そのまま腕を引くことなく、ロスリック騎士の長槍をソウルより出す。手の中に現れた長槍は、無名の王の体を貫いた。

 

 しかしコンマ数秒の差で横に避けられ、脇腹を貫通するに止まる。くっ、流石にダメか。

 

「…………!」

 

 嵐の力を用いて、無名の王は後ろに下がった。

 

 かなり上まで上昇すると、そこで停止する。そして滞空しながら左手に雷の大槍を出現させた。

 

 ならばとこちらも両手に聖鈴と聖女のタリスマンを持ち、雷の槍を二つ生成する。

 

「ハァッ!」

「ッ!」

 

 両腕を振り、投擲。同時に無名の王が大槍を投げ下ろす。

 

 

 バヂィイッ!!!!!

 

 

 激しいスパークを起こして槍は衝突し、互いを飲み込まんとせめぎ合う。

 

 しばらくの後、結局どちらが勝つこともなく相殺して消滅した。

 

「…………」

 

 それを気にした様子もなく、無名の王は槍を脇腹から引き抜いて投げ捨てる。そうすると剣槍を両腕で握って急降下してきた。

 

 

 ゴッガァァアアンッ!!!

 

 

 全力で突き出された剣槍の切っ先を、竜紋章の盾で受け止める。

 

 押す力に逆らわずに盾を斜めに構え、あえて体を回転させた。そして振り向きざまに腰からクナイを投げ放つ。

 

 しかし無名の王はやすやすとクナイを避け、剣槍を薙ぎ払った。これは流石に対応できずに、片腕を犠牲にして防ぐ。

 

 

 メキャッ

 

 

「ぐっ……!」

 

 腕の骨が折れる感覚。

 

 横殴りにされた体は水平に飛び、一瞬で景色が荒野から緑色の中へと流れていく。

 

 木を何本もへし折って減速を続け、10度体を打ち付けたところでようやく止まった。

 

「くっ、かはっ……!」

 

 兜の中で血を吐き、一度面頬を開けると口内に溜まった残りを地面に吐き出す。

 

 面頬を被り直して、よろよろと立ち上がりエスト瓶を取り出して数度煽った。

 

 みるみるうちに垂れ下がっていた左手から痛みが消えていき、骨が治癒していく。試しに握っては開くが、問題ない。

 

「ふぅ……さて。これはもう使えないな」

 

 真ん中が大きく凹んだ竜紋章の盾をソウルに戻して、代わりに竜狩りの大斧を携えて竹林から出た。

 

「……………………」

 

 荒野に戻ると、無名の王があいも変わらず悠然と待ち構えている。

 

 しかし、かつて古竜の頂で出会った時ほどの覇気は感じられない。

 

「やはり強いな、貴公。不完全な召喚による能力の低下を受けても、まだそれだけの力を持つとは」

「………………」

 

 先ほどの一撃を受けてわかった。無名の王は、かつて戦った時より弱くなっている。

 

 いかな大聖杯とはいえ、最初の神族を完全に召喚するのは無理だったのだろう。パワーもスピードも以前の半分ほどだ。

 

 それを余りあるほどに補う、卓越した技量。戦神の名にふさわしい神のごとき技の数々。

 

 たとえ力を制限されようと、そんなことは関係ないのだろう。これでは私が半サーヴァント化しているところでイーブンだ。

 

「さすがはかの大王グウィンを裏切り、竜の同盟者となって戦った戦神、といったところか」

 

 

 

………………お前が…………それを言うのか…………

 

 

 

 目を見開く。

 

 今のは、無名の王の声か?いいや、それ以外ありえないだろう。

 

 直接聞こえたのではなく、脳裏に響いたことからしてソウルを介して話したのだろう。

 

「どういう意味だ?」

…………そうか………………お前は…………()()()()()()()のだな………………

「忘れた……?」

 

 一体何を言っている?こいつは何を知っているのだ?

 

お前が…………再びこの世界を…………とするならば…………我が身を……て……

「……悪いが、話している時間はない」

 

 気になることはあるが、今は決着をつけるのが先だ。もしマシュ殿がセイバーに敗れれば、マスターとオルガマリー嬢は死ぬ。

 

 両手で大斧を握り、腰を落とす。何かを言っていた無名の王も、半身を引いて剣槍を構えた。

 

「フッ!」

「…………ッ!!!」

 

 同時に前へ跳躍、予測していた地点で互いのレンジに入り武器を振るう。

 

 

 ドンッ!!!!!!!

 

 

 激しい衝撃。大斧と剣槍が衝突して衝撃波を生み、地面が陥没して号風が吹き荒れた。

 

 そのまま、技の応酬が始まる。縦横無尽に武器を振るい、相手を殺さんと狂ったように刃を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 手心などいらない、いるのは殺意と狂気だけだ。

 

 

 

 

 

 魔術はいらない。奇跡も呪術もいらない。いるのは武器と技だけだ。

 

 

 

 

 

 小手先の道具も、搦め手も、全ていらない。己の技を信じ、倒すだけだ。

 

 

 

 

 

「オォオオオオオオオッ!!!!!」

「──────────────ッ!!!」

 

 かつて古竜の頂での凌ぎ合いを想起させる、激しい技と技の凌ぎ合いに、いつしか心の中に高揚が広がっていく。

 

 それはさながら、《薪の王》と……『彼ら』と戦っている時の気持ちに似ていて。

 

 際限なく、この身に残り火でない熱が宿っていく。それは武器を握る腕に、無名の王を睨みあげる瞳に、全てに浸透していった。

 

 ああ、抑止の意思よ。お前は私を無理やりこの座に当てはめたと思っていたが、どうやらそれは思い違いだったようだ。

 

 

 

 

 

 なぜなら──こんなにも楽しいのだから。

 

 

 

 

 

「私は火のない灰!王たちを殺すことのみが本質にして存在意義たる、呪われた不死人!なればこそ、全身全霊をもって貴公を今一度打ち倒そう!」

やれるものなら…………やってみろッ!!!

 

 振り下ろした大斧は、剣槍によって防がれる。

 

 押し潰そうと腕力に物を言わせて押し込むが、絶妙に力の軸をずらされて拮抗に持ち込まれた。

 

 ああ、いいとも。貴公がそのつもりなら付き合おう。どちらかの武器がどちらかを切り裂くまで、せめぎあおうじゃないか。

 

「倒す。倒す倒す倒す倒す倒して殺す!」

 

 たとえ敗れ命を落とすとしても、何度でも挑んで必ず貴様を──

 

 

 

 

 

 

 

「私は、戦うことが……」

 

 

 

 

 

 

 

 ──そんな時、ふと声が聞こえた。

 

 諦観に満ちたその声は、近くから聞こえてきた。一瞬無名の王から目をそらして、そちらを見る。

 

 するとそこには……地面に膝をつき諦めた顔のマシュ殿がいた。大楯は無残に転がり、戦う意思は感じられない。

 

 

 

 

 

 ──お前は、■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 その姿が、ふっと脳裏に浮かぶ何かと重なって……

 

 

 

 

 

「諦めるな!」

 

 

 

 

 

 気がつけば、私は叫んでいた。

 

 マシュ殿が緩慢な動きでこちらを見る。いつの間にか私たちが近くに来ていたことに驚いたようで、目を見開いた。

 

「バーサーカーさん……?」

「マシュ殿、何を諦めている!貴公がマスターを守るのだ!」

 

 燃えるような熱は冷めていた。

 

 ただ心に思い浮かぶがままに、彼女へ語りかける。

 

 自分でもなぜかわからないほど、必死に。

 

「わ、私では倒すことが」

 

 しかしマシュ殿は、暗い表情にさらに陰を落とすばかりだった。

 

甘えるなッッ!!!

 

 さらに大きな声で叫ぶ。

 

 びくりとマシュ殿は肩を震わせて、もう一度こちらを見た。

 

 その目にはなぜという疑問が浮かんでいる。どうして自分が戦わなくてはいけないのかと。

 

「今ここでマスターらを守れるのは貴公だけだと自覚しろ!貴公が諦めればそれまでだぞ!」

 

 まずは妥協を否定する。負ければ〝次〟がない戦場において妥協は命の放棄だ。

 

 そしてその妥協は、己だけでなく他のものにも危険が及ぶ。だから選ぶことは許されない。

 

「でも……」

「貴公はこれまで、戦う側の人間ではなかったのだろう!いきなりこのようなことになって受けとめる自信がないのだろう!」

 

 何故それを、と目を見開くマシュ殿の顔には、恐怖が浮かんでいた。

 

 ああ、きっと彼女はセイバーの力に圧倒され、心が折れてしまったのだろう。

 

 もう戦えないと、理不尽な運命を拒否してしまったのだろう。

 

「だが戦場に立った時点で、貴公はもう一人の戦士だ!」

 

 それではいけないのだ。すでに命運は決まってしまった。

 

 今更、逃げることなどできはしない。

 

「バーサーカー、さん……」

「戦士ならば戦え!その盾を掲げろ!諦めれば命を失うことになる!」

「……!」

 

 皮肉な話だ。命を奪おうとする力から己を守るために、相手を殺す力を振るう。

 

 しかし、どれだけ戦いたくなくても力を持つ以上決して使わないことはできない。

 

「いいか、よく聞け!貴公は()()()()()()()!」

 

 死にたくないのならば戦え。どれだけ恐ろしくても抗い続けろ。

 

それが一度きりしか死ぬことを許されない、人が背負う宿命だ。

 

「ならば己が生き残るため、他の誰かの命を救うために理不尽に反抗しろ!」

 

 たとえそれが…………かつて、私ができなかったことだとしても。

 

「…………ッ!」

 

 いつまでよそ見をしている。そう言うように、無名の王が何とか押し込めていた剣槍を振り上げた。

 

 あえて力を抜いて流れに身を任せ、後ろに飛んでそのまま離れていく。無名の王はすぐさま追いかけてきた。

 

 背後から飛んでくる雷の大槍をかわし、崖を大きく迂回して走り続ける。なるべくマシュ殿たちから離れなくては。

 

「っと……」

 

 やがて、反対側まで来たところで立ち止まると振り返った。

 

「………………」

 

 平然と追いかけてきた無名の王は息一つ切らさずに、こちらを見つめている。

 

 再び私たちだけになった。静寂が場を支配し、セイバーの宝具の轟音だけが響く。

 

 

 

…………皮肉だな…………お前が……あんなことを言うとは………………

 

 

 

 三度、ソウルを通じて話しかけられる。それはまるで、私の過去を知っているかのような口ぶりで。

 

「なぜだか言いたくなってね……悪いが、そろそろ終わりにしよう」

 

 冷静になった頭で、決着をつけることを考える。

 

 長引けば長引くほど、マシュ殿たちが危険だ。いつまでもこの狂気に身を任せて戦い続けるわけにはいかない。

 

 今の私は一人ではない。マスターのことを守らなくてはいけないし、あることのためにこの事態を解決しなくてはいけない。

 

「貴公を倒す。今ここで」

「………………」

 

 

 ドンッ!!!

 

 

 あちらもそれは望むところなのだろう。無言で最大の雷を剣槍に纏い、突撃の構えをとった。

 

 対する私も、まっすぐ無名の王を見据えて……両腕を下ろした。無名の王のソウルから、わずかに困惑が感じられる。

 

 だが諦めたと踏んだのか、それともどちらでも良いのか、すぐに迷いを消して体を力ませ……

 

「────ッ!」

 

 一本の槍のごとく、凄まじい速度で突進してきた。

 

 これまでのどの一撃とも比べ物にならないそれは、まさしく無名の王の最高の一撃。

 

 このまま何もしなければ、私はあっさりと貫かれて死ぬだろう。

 

 

 

 

 

「〝──これより開くは禁断の扉、人を貶める呪縛の監獄〟」

 

 

 

 

 

 そして私は、詠唱を開始する。

 

 

 

 

 

「〝其はかつて一人の小人見出したる、悲しく、恐ろしき人の真実なり〟」

 

 

 

 

 

 全身から莫大な魔力が立ち上る。周囲の空間に異変が生じ、ビリビリと震え始めた。

 

 

 

 

 

「〝されど真は永遠に変わることなく。ならばこそ我は受け入れよう、その絶望を〟」

 

 

 

 

 

 

 空に赤い光が現れる。それはどんどん広がっていき、やがて円環となった。

 

 

 

 

 

「〝謳え、嗤え、狂え。意思あるならば全てを嗤うがいい〟」

 

 

 

 円環が不気味に輝き、周囲に黒い霧が立ち込める。それはまるで、死そのものの具現のよう。

 

 

 

 

 

「〝その果てに、すべからく絶望すべし〟」

 

 

 

 

 

 霧が荒野を満たす中、いよいよ剣槍があと三歩のところまで迫る。

 

 

 

 

 

「〝あまねく人よ、我が苦しみを見よ、憎しみを聞け。この残酷を、その身をもって知るがいい〟」

 

 

 

 

 

 あと二歩。

 

 

 

 

 

「〝来たれ死よ、我らが人の内に眠る暗黒よ〟」

 

 

 

 

 

 一歩。

 

 

 

 

 

「〝呪いの輪(ダークリング)の下に、解き放て〟」

 

 

 

 

 

 そしてついに、この胸を剣槍が貫く瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宝具解放──《 我が闇を見よ、人の性を(ダークソウル) 》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い光が爆ぜた。




〈宝具〉

我が闇を見よ、人の性を(ダークソウル)

ランク:A+++
種別:対人〝類〟宝具
説明:人理創生の一因としての、人類に対する優位権及び絶対呪殺権。どんなに強力な英霊であろうと、それが人理に刻まれる存在である限り必ず呪い殺す。
それは彼が最後の火継ぎを行うまで闇の魂に溜め込み続けた死そのものであり、最上の呪いである。
薪の王とそれに連なるものに対する特攻能力付与。

だめだ、これまでで一番心配だ……
次回はあのワカメ魔神です。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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現れた絶望

どうも、カセキホリダーに謎にはまっている作者です。
長くなったため、気分次第で深夜にもう1話投稿します。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 バーサーカーを探す中で見つけた、空の黒い穴。

 

 その穴はまるで燃えるように赤い光をこぼしていていて、あまりに不気味で見ているだけで背筋に悪寒が走る。

 

 おまけに岩山の両端から黒い霧が流れてきていて、あちらで何かが起きているのは一目瞭然だった。

 

「あれは、一体……?」

「固有結界に匹敵する魔力濃度……あれは宝具です!」

「それはわかるわよ!一体どっちの宝具なの!?バーサーカー様!?それともあの神霊クラスのサーヴァント!?」

「い、いえ、流石にそこまでは……」

 

 マシュに詰め寄る所長を見ていると、不意に凄まじい喪失感とともに体から力が抜けて膝をついた。

 

 あ、あれ?おかしいな。ほんの少し前まで平気だったのに、まるで令呪を使ったときみたいに何かが無くなって……

 

「先輩!平気ですか!?」

「これは……急激な魔力の減少による脱力ね。ということは、あの宝具はバーサーカー様のもので間違い無いわ」

 

 良かった、じゃあバーサーカーが宝具を受けたわけじゃあないのか。

 

 だとしても、岩山の向こう側でバーサーカーが戦っていることには変わりない。もし負けてしまったら……

 

「バーサーカー……!」

『ダメだ藤丸君、行くな!』

 

 走り出そうとした途端、ドクターに制止をかけられた。

 

「ドクター、今度はなんですか!」

『あの黒い霧は宝具の一部……概念的な〝死〟そのものだ!サーヴァントでも一瞬で絶命するほどの呪いの塊に、一般人の君がそんな状態で入れば一秒ともたずに死ぬぞ!?』

「……呪い?あの黒い霧が?」

 

 ホログラムのドクターは神妙な顔つきで頷き、絶対に行っては行けないともう一度念を押してくる。

 

 詳しそうな所長に目線を送ると、冷や汗を流しながら首肯した。じゃああれは、本当に呪いの霧なのか。

 

 流石に、入れば死ぬと言われた場所に突っ込んでいくほど無謀じゃない。震える拳を握りしめ、黒い霧を見つめた。

 

 

 

 

 

 オォオ…………

 

 

 

 

 

 それから二、三分ほど経った頃だろうか。

 

 黒い穴から赤い光が消える。そうすると瞬く間に小さくなっていき、最後には完全に消えてしまった。

 

 それに連動するように、黒い霧も消える。そこでちょうど動けるくらいには回復できた。

 

「マシュ、所長!」

「はい、行きましょう先輩」

「ったく、しょうがないんだから!」

 

 俺は二人と顔を見合わせ、うなずきあうと岩山の向こう側に向かった。

 

 岩山を迂回し、裏側に行くと……バーサーカーの胸に、あのサーヴァントの大きな槍が突き刺さっていた。

 

「バーサーカーッ!」

 

 まさか、やられたのか!?

 

「いえ先輩、よく見てください!」

「バーサーカー様はやられてないわ!」

「え……?」

 

 二人の言葉に、立ち止まってもう一度よく見てみる。

 

 すると、確かに胸の鎧に触れるか触れないかのところで切っ先が止まっていた。ほっと胸をなでおろす。

 

 サーヴァントは、先ほど見た時とは比べ物にならないほど全身傷だらけだった。中には致命傷と思しきものもある。

 

 

 ガシャン……

 

 

 槍が地面に落ちた。両腕を垂らしたサーヴァントは片膝をつき、限界がきたのか全身から光の粒子が立ち上る。

 

「………………」

 

 サーヴァントは、バーサーカーの兜に包まれた顔を見上げた。

 

 一言も言葉を発しているわけではないのに、それはまるで、何かを語りかけているように見えて。

 

 呆然とそれを見つめているうちに、サーヴァントはうなだれて消滅した。後に残った輝くような光の玉が、バーサーカーの前に残る。

 

 バーサーカーは壊れ物を触るような手つきで光の玉に手を伸ばし、掴み取って……

 

「ぐっ…………」

 

 その場で崩れ落ちた。

 

「バーサーカー!」

「バーサーカーさん!」

「バーサーカー様っ!」

 

 大斧でなんとか踏みとどまったバーサーカーに、慌てて走り寄る。

 

「はぁっ……はぁっ……くっ……使い勝手の悪い宝具だ……」

「バーサーカー、平気!?あの、まだ少しなら魔力が残ってるから!」

「落ち着いてください先輩!ま、まずは深呼吸をしてですね……」

「治癒のスクロールはどこ!?ああもう、ごちゃごちゃと紛らわしい!」

 

 バーサーカーに近寄るや否や、大騒ぎする俺たち。こんなの初めての経験だから何やっていいのか全然わかんない!

 

「……一度落ち着きたまえ、貴公ら。ただ魔力と精神力と生命力が不足しているだけだ。そう深刻な問題ではない」

 

 てんやわんやで騒ぎ立ててるうちに、バーサーカーがそう言った。

 

 全員同時にピタリと動きを止めると、バーサーカーは少し可笑しそうに肩を揺らしてオレンジ色の液体が入った瓶を取り出した。

 

 中身を呷り、さらに青い液体の入った瓶や緑色の草を食べる……また兜を外さないで……バーサーカー。

 

 固唾を飲んで見守っていると、しばらくしてバーサーカーは軽い動きで立ち上がった。

 

「もう平気だ、マスター。心配をかけた」

『うん、こっちでも確認した。彼のステータスに問題はないよ』

「「よ、良かった……」」

「バーサーカーさん、ご無事で何よりです」

「ありがとうマシュ殿」

 

 どっと心の奥から安堵が溢れ出て崩れ落ちる俺と所長、柔和に微笑むマシュ。バーサーカーに何事もなくてよかった……

 

 それからちょっとして、空気を切り替えた後。

 

「とりあえず、お疲れ様。神様のサーヴァントに勝つなんて、やっぱりすごいね」

「いや、前回以上にギリギリだ。この宝具を使わなければ刺し違えていたかもしれん」

「僭越ながら、呪いの類とお見受けしますが……」

 

 恐る恐る所長が聞く。

 

 あのドクターが全力で止めに入るほどの強力な宝具だったみたいだけど、一体なんだったのだろう。

 

 宝具はそのサーヴァントの逸話や象徴となるものが昇華されたものというけれど、ならばあれがバーサーカーの象徴ということになる。

 

「それならマスター、私のステータスを確認してみたまえ」

「えっ、いいの?」

「ああ。この目で実際に見ることはできなかったが、マスターがマシュ殿とともに戦っていたのは契約の回路(パス)を通じてわかった。その勇気と優しさに敬意を評し、私の宝具を知ってもらいたい」

「そ、それならありがたく……って所長、どうやってやればいいんですか?」

「はぁ……手のかかる部下だこと」

 

 呆れる所長になんだかんだで教えてもらい、バーサーカーのステータスを見る。

 

 そしてその宝具の正体を知って……あんぐりと口を開けた。

 

 えっ、何?人類に対する絶対呪殺権?火継ぎまでに繰り返した死を再現して相手にぶつける?

 

 いやいや、えっ!?

 

「何これ怖い…………あっ、別にバーサーカーが怖いってわけじゃなくて」

「その反応が正しいよマスター。つまるところ、私とはそういう存在なのだから」

 

 宝具が自身の写し身なせいか、やや自嘲気味な口調で言うバーサーカー。そこには一種の諦めが感じられた。

 

 ふと無意識に口が動き始める。

 

 

 

「いや、本当にバーサーカーのことは怖くないよ。確かにこの宝具はその、アレだけど」

 

 

 

 そう言えば、バーサーカーが驚いたように振り返った。その際の速さが尋常なものではなく、ビクってしまう。

 

 そしてじっと俺の顔を見つめてきた。フルフェイスの兜で隠されている両目は、この胸の内まで暴かれそうだ。

 

「えっと、バーサーカー……?」

「……ソウルに揺らぎはない、か…………ふっ、君はお人好しだなマスター」

「えっ、いきなりどうして!?」

「はい、先輩は超がつくお人好しです」

「マシュまで!」

「まあ何?その物怖じしない図太いとこは評価してもいいんじゃないの?」

「所長まで!」

 

 みんなして一体なんなんだ!あっなんかプロフィールが一個見れるようになった!もう訳がわかんない!

 

 

 

「初めてのマスターが君でよかったよ…………本当に」

 

 

 

 テンパってた俺は、そんなバーサーカーのつぶやきを聞き逃した。

 

「さて、いつまでも話しているわけにもいくまい。聖杯とやらを回収しなくてはいけないのではないのかな?」

「そうね、それじゃああの結晶体を回収しに──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──いや、まさかここまでやるとはね。想定外にして計算外、私の寛大な許容の範囲外だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、声が聞こえた。

 

 全員同時に振り返ると、一瞬のうちに前に出たバーサーカーが弓に矢をつがえ、マシュが盾を構える。

 

 そうしてそこを見ると……そこには先ほどあちら側にあったはずの、黄金の結晶体が空中に浮かんでいた。

 

「48人目のマスター候補。全く見込みのない数合わせと見逃した私の失態だな、これは」

 

 結晶は不気味な渦へと変わり、そして……そこから緑色の礼服に身を包んだ男が現れた。

 

 特徴的な髪型に棘のついたネクタイ、柔和な微笑みを浮かべるその男は……

 

「レフ教授!?」

『レフ!?レフだって!?今そこに、彼がいるのかい!?』

「うん?その声はロマニか。君も生き残ってしまったんだね」

 

 驚く俺たちにレフ教授は変わらず微笑む。なせだろうか、あの笑みが……とてつもなく恐ろしいものに見えるのは。

 

「すぐに管制室に来て欲しいと言ったのに────どいつもこいつも統率の取れないクズばかりで、吐き気がするな」

「レフ教授……?」

「人間というものはどうしてこう、定められた運命からずれたがるんだい?大人しく滅びの定めに従えばいいものを」

 

 そう言ってレフ教授は──今度こそ、心の底から恐怖が滲み出てくるような、いびつな笑みを浮かべた。

 

 これまで知っているものとは根本的に違うそれに、一歩後ずさる。それにかわるように、バーサーカーとマシュが前に出た。

 

「先輩、下がってください!アレは、私たちの知っているレフ教授ではありません!」

「マシュ殿と同感だ。あれは見たとおりの人間ではない……異形のソウルの持ち主だぞ」

「おや、貴様は〝火のない灰〟か? やれやれ、呼び起こされた王は()()()()()()()はずだが……抑止力め、最後に余計な抵抗をしたな」

 

 心底面倒臭そうにため息をつくレフ教授の言っていることが、俺にはまったくわからなかった。

 

 でも、これだけはわかる。あれは……あのレフ教授のような〝何か〟は、決して安易に近づいてはいけないものだと。

 

 

 

「レフ──ああ、レフ、レフ!生きていたのね!」

 

 

 

 しかし──予想外の人物が、レフ教授に近づいていった。

 

「所長!?何やってるんですか、早くこっちに!」

「ダメです所長!」

「オルガマリー嬢!」

 

 三者三様に手を伸ばすが、時すでに遅し。俺たちの手の届く範囲の外まで所長は離れ、レフ教授に近づいてしまった。

 

「よかった、あなたがいなくなったら私、これからどうやってカルデアを守ればいいのかわからなかった!」

「やあ、大変だったようだねオルガ。元気そうで何よりだ」

 

 レフ教授はニコニコと微笑むけど、俺にだってわかる。あれは一片たりとも、喜んでなんかいない。

 

「ええ、そうなのレフ!管制室は爆発するし、この街は廃墟になってるし、カルデアには帰れないし!予想外のことばかりで頭がどうにかなりそうだった!……でも、もういいの。あなたがいればなんとかなるわよね?だって今までずっと助けてくれたもの。今回も助けてくれる、そうでしょ?」

 

 絞り出すような声と懇願するような瞳で、所長は叫ぶ。

 

 その悲痛な声に、胸を締め付けられる気がした。ああ、少しは気苦労が減ったなんて思ってた自分を殴りたい。

 

 所長は必死に耐えてただけで、ここにいる間もずっと爆発寸前だったんだ。それなのに俺は気づかなかった。

 

 でも、それは今はいい。そんなことより、今はレフ教授のことだ。

 

「所長! 一回こっちに来てください!」

 

 前なら頼りにしてるんだななんて思っとけど……ダメだ、あれ以上所長をあいつの近くにいさせちゃいけない!

 

「ああ、もちろんだとも。まったく想定外のことばかりで頭にくるよ」

 

 でも、そんな俺の声はレフ教授の言葉に遮られて届くことはなく。

 

 

「その中でも一番の予想外が君だよ──()()()()()()

「……え?」

「爆弾は君の足元にセットしたのに、まさか生きているなんて」

 

 ばく、だん?レフ教授は今、爆弾って、そう言ったのか?

 

 

 

 

 

 

 

「いや、生きているというのは違うな──とっくに()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 呆然とする俺たちに──レフ教授は、そんなことを言った。

 




さて、これ書くの辛えな…
感想をいただけると嬉しいです。


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まだ誰にも

楽しんでいただけると嬉しいです。



 

 

 

「……なん…………だって?」

 

 所長が………………もう、死んでいる?

 

 嘘だ、とすぐに思った。だって所長は、こうやって俺たちの目の前にちゃんといるじゃないか。

 

 そう叫ぼうとしたのに……なぜだか、舌が喉に張り付いて声が出ない。まるで、それは無駄なことだというように。

 

「トリスメギストスも残酷なものだ、ご丁寧に残留思念と化した君をこの地に転移させるなんて」

 

 言葉を失う俺たちに、レフ教授は心底可笑しそうに、それでいて見下した目で所長を見た。

 

 直にその言葉を受けた所長は、まさしく顔面蒼白といった様子でいる。この状況で自分が死んでるなんて言われたら、そうなるのも当然だ。

 

「え、あの、れ、レフ? いったい、何をいってる、の? 私、意味が……」

「わからないのかい?君にはレイシフトの適性はなかった。だが今ここにいるのはなぜだと思う?」

 

 そう、だ。

 

 所長は、マスター適性がなくてレイシフトができなかったって言ってた。そのせいで色々と苦労してきたって。

 

 これまでは何かの偶然かな?って適当に流してたけど……よく考えると、なんで適性のない所長がここに来れたんだ?

 

「ならなぜここにいるか。簡単だ、君は肉体を失ったことで初めて、あれほど切望していたレイシフト適性を手に入れたのさ」

「「────ッ!?」」

「……やはりそうか。ソウルのあり方がサーヴァントに近いとは感じていたが……よもや、すでに死んでいたとは」

 

 息を呑む俺たちとは対照的に、バーサーカーの冷静な呟きがやけに冷たく響く。

 

 なんで教えてくれなかったのかなんて疑問が浮かんだけど、それを口に出す時間はなかった。

 

「だから君はカルデアに戻ることはできない。なぜならその時点で、君の意識は消滅するのだから」

 

 どこか嗜虐的に、そして嘲笑うように。レフ教授は両手を広げ、大仰な手振りで宣言する。

 

 

 

「…………嘘、よ」

 

 

 

 それを聞いた所長の顔は──まさしく、絶望に染まっていた。

 

「私が、消滅?カルデアに……戻れない?」

「そうとも。だが、それではあまりに哀れだ」

 

 高揚した様子から一転、レフ教授は以前のように微笑む。

 

「生涯をカルデアに捧げた君に、今のカルデアがどうなっているのか見せてあげよう」

 

 そしておもむろに片手を上げ、指を鳴らすと──その背後の空間に、紫色の穴が空いていった。

 

 バーサーカーの宝具と何処か似て非なるそれの向こうにあるのは……あの時と変わることなく、真っ赤に染まったカルデアス。

 

「な…………によ、あれ。カルデアスが、赤く……う、嘘でしょ?ただの虚像でしょう?ねえ、レフ」

「紛れもなく本物だよ。君のために繋げてあげたんだ。聖杯があればこんなこともできるのだよ」

 

 聖杯は、万能の願望器。なら空間を繋げるなんて造作もないのか!

 

「さあ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがお前たちの愚行の末路だ。人類の生存を示す青はなく、燃え盛る赤のみが存在するこの星の姿だ!」

 

 レフ教授の手から何かの力が放出される。すると所長の体が浮き上がり、どんどんカルデアスに近づいていった。

 

「えっ、なに、何よこれ!?」

「さあオルガ、君の()()とやらに触れるがいい」

 

 口の端を歪め、悪魔のごとき笑顔を満面に浮かべるレフ教授はショーの司会のごとく、両手を広げ叫ぶ。

 

 その言葉に、全身からブワッと冷や汗が吹き出てきた。触れるって、まさか──っ!

 

「所長ぉっ!」

「ダメです先輩!」

 

 飛び出そうとして、マシュに手を掴まれる。

 

 振りほどこうとすると、今度は「すみません!」と羽交い締めにされた。なおも暴れて抜け出そうとする。

 

「離してくれマシュっ、所長が、所長がぁっ!」

「今行けば、先輩まで殺されます!」

「ぐぅ…………!」

 

 サーヴァントの力を持つマシュにはいつまでも抵抗できず、無駄だとわかっていながら所長を見上げた。

 

「触れるって、まさか……や、やめて!お願い!」

 

 果たして、所長が考えたのは俺と同じことのようで。必死といった様子で叫んだ。

 

 けれど、レフ教授はただニヤニヤと気味悪く笑っているだけだった。

 

「おや、何をそんなに嫌がる?」

「だって、カルデアスよ……?高密度の情報体で、次元の違う領域、なのよ……?」

「ああ、ブラックホールと何も変わらない。あるいは太陽か?まあ、どちらにせよ」

 

 

 

 やめろ。

 

 

 

 その一言が自分の口からほとばしるには、俺はあまりにも無力で。

 

 どんなにこの頼りない手を伸ばしても、何もかも手遅れだった。

 

 

 

 

 

「人間が触れれば分子レベルまで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

 

 

 

 

 

「いや……いや、いやぁああああああっ!助けて!誰か助けて!私、こんなところで死にたくないっ!」

 

 所長が叫ぶ。少しずつカルデアスに近づきながら、死にたくないともがく。

 

「貴様ァアアッ!!!」

 

 バーサーカーが叫び、地面を盛大に粉砕しながら大斧を手に悠然と構えるレフ教授に向けて飛んで行った。

 

 神霊とすら互角に戦ったバーサーカーの一撃が、レフ教授の体を容易く切り裂く──ことはなく。一歩手前で何かが割り込んだ。

 

 

 ギィンッ!

 

 

「ぬぅっ……!?」

 

 唸り声を漏らしたバーサーカーは、その何者かが仕掛けた追撃によって弾き飛ばされ、こちらに吹っ飛んできた。

 

 流石というべきか、墜落する直前に体をひねって着地する。それを見終えると、邪魔をした相手を確かめた。

 

「……………………」

 

 それは、一見してとても細身だった。白い鎧を着込み、全ての無駄を廃したような、洗礼された肉体をしている。

 

 片手には炎を纏う錆色の大剣を、もう一方の手には紫色のオーラを纏う大剣を携えていて、顔は格子のような兜で覆われて伺えない。

 

 なにより、とても巨大だった。隣に立つレフ教授のゆうに三倍以上の巨体をしている。あれじゃまるで巨人だ。

 

「貴様は、サリヴァーン………!」

「言っただろう〝火のない灰〟? 王は全て回収したと。無論、それに連なり召喚されたものも全て我らが手中の内なのだよ」

「くっ……!」

「さあ、どうする?私を斬ろうとするのはいいが……そいつの相手をしているうちに、オルガマリーはカルデアスに飲み込まれるぞ?」

 

 なんてやつだ。こっちの最大戦力であるバーサーカーを封じて、所長を助けられないようにするなんて。

 

 言われた通り、ここであの細身の巨人と戦うのは無意味だと思っているのか、バーサーカーは全身を震わせる。

 

 でも、事実だと思ってしまったのだろう。やがて、ふっと武器を握る手から力が抜けていった。

 

「いや、いやいやいやいやいやいやいやぁ!!!」

 

 最後の望みが絶たれ、いよいよもって所長がタガが外れたように何度も〝いや〟と繰り返した。

 

 でも、誰も助けられない。アーサー王の宝具を耐えたマシュも、いつもならすぐに全ての敵を倒すバーサーカーも。

 

 もちろん……俺だって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、まだ誰にも褒められてない!誰も、私を認めてくれてないじゃない!どうして!?どうしてこんなことばかりなの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰も私を評価してくれなかった!みんな私を嫌っていた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、死ぬのなんか嫌!だって何もしてない!何も成し遂げてない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「生まれてからずっと、ただの一度も、まだ誰にも認めてもらえなかったのに──────────っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 最後まで涙を流しながら、所長は……カルデアスの光の中に、飲み込まれていった。

 

「あ、ぁあ………………」

 

 俺は、本当に最後の最後まで、何もできなくて。

 

 とっさに立ち上がって振り上げた、このちっぽけすぎる手じゃ所長の手を掴めなくて。

 

 できたのは所長が消えていったカルデアスを見て、絶望を味わうことと、情けない声を落とすくらいだった。

 

「ああ、やっと静かになった。まったくいつもやかましい小娘だったよ」

 

 パチン、と指を鳴らすレフ教授。繋がっていた空間が狭まっていき、完全に閉じた。

 

 その瞬間、本当に所長が死んだことを実感し膝から崩れ落ちる。

 

「人紛いめ…………!」

「ふん、やはり魂を見る貴様には私の正体は見えているか。ならば改めて自己紹介するとしよう」

 

 先ほどまでのことなど何もなかったかのように、レフ教授は……いや、レフ・ライノールはにこやかに笑う。

 

 そうすると泰然とした構えから片足を引き、片手を後ろ腰に回し、もう片方を胸において……

 

「私の名はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ」

 

 どこまでも慇懃無礼な態度で、そう名乗ってみせた。

 

 あまりに白々しい態度に手の平の皮膚が破けんばかりに手を握りしめ、唇を噛みきってしまうほど噛み締めて睨みあげる。

 

「聞いているなドクター・ロマニ?ともに魔導を研究した友として、教えてやろう」

 

 俺の視線など意に返さない、それどころか存在そのものを無視してレフ・ライノールは語り始めた。

 

「カルデアは用済みになった。お前たち人類は、()()()()()()()()()()

『レフ教授……いや、レフ・ライノール。それはどういう意味ですか。2016年以降の未来が見えないことに関係があると?』

「関係も何も、もう終わったことなのだよ」

 

 瞬く間に元の不遜な態度に戻り、レフ・ライノールはホログラムのドクターをあざ笑う。

 

「〝未来が消失した〟? 笑わせてくれる。まさに()()()()()だ。未来は消えたのではない、()()されたのさ」

「焼却だと……?」

 

 バーサーカーが、恐ろしく低い声で反応を示す。その声は激しい怒りに満ち、尋常な人間の出せるものではない。

 

「そうとも、〝火のない灰〟。貴様が数万年大事に見守り続けた人類の未来は燃え上がり、滅びが確定した。この先に、貴様らの時代は存在しない」

『では、外部との連絡がとれないのはやはり……』

「……相変わらず貴様は賢しいな。ああ、その通りだ。カルデアスの磁場でカルデアは守られているが、外はこの冬木と同じ有様だ。まったく、貴様を真っ先に殺して置かなかったのが悔やまれる」

『それは、遠慮しておきたいかな』

「安心しろ、2017年を過ぎればカルデアも宇宙から消滅する」

「そん、な……」

 

 それ、じゃあ。

 

 俺の、家族は。友達は。爺ちゃんとたくさんの楽しい時を過ごした、何より大切なあの家は。

 

 すべて、燃やされたというのか。許す許せない以前に、もうとっくになくなっていたと、いうのか。

 

「ふざ、けるな……!」

「うん?」

「返せ……!俺の大切な人たちを、返せよ……!」

 

 こんな理不尽なことがあってたまるか。ある日突然、なにもかもなくなったなんて認められない。

 

「ふん、愚かしい人間のいいそうなことだ。君はどこまでも平凡で面白みがない人間だな」

「っ……!」

「君の意思など関係ない。全ては無駄な抵抗だ。もはや誰にもこの結末は変えられない。なぜならこれは、()()()()()()()()()()()に他ならないのだから!」

「な……」

「お前たちは進化の行き止まりで衰退するのでも、異種族との戦争で滅びるのでもない! その無意味さ故に! 無能さ故に! 我らが王の寵愛を失ったが故に! 無価値なゴミクズのごとく、消え去るのだ!」

 

 舞台の上で踊る主人公のごとく、どこまでも残酷に、狂気的に嘲るレフ・ライノールに、何か言い返そうと口を開いて……

 

「……なるほど、どうりで私が召喚されるわけだ」

「……なんだと?」

 

 バーサーカーが、ぽつりと呟いた。俺を含め、全員の視線がそちらへ向く。

 

 そんな中、ゆっくりとバーサーカーはうつむかせていた顔を上げてレフ・ライノールを見上げた。

 

「今、ようやく理解した。なぜ抑止力が過去の王たちではなく、私を選んだのか」

「ほう? 言ってみるがいい」

「ーー私の義務だからだ」

 

 強く。確固たる意志を持った声で、バーサーカーは宣言する。

 

「裏切り、その果てに古い世界を壊し、新しき理を作った私が果たすべき絶対の義務。故にこの歴史を守るため、抑止力は前時代の残滓でしかない私をこの世に呼び戻した。なればこそ……」

 

 大斧が持ち上げられ、バーサーカーの視線がある一点に向けられた。

 

 その視線の先にいるのは……レフ・ライノール。

 

「全力をもって、私は貴様を殺そう。そこの木偶も殺そう。この焼却を行なったものを殺そう。私の前に立ちふさがるもの、全てを叩き潰そう」

「貴様……」

「王は全て回収した? そうか、ならばかかってくるがいい。もう一度全員殺すだけのことだ。どれだけの犠牲を払うとしても、この人理を続けるため私は必ずまた火を灯す」

 

 そう声高に言うバーサーカーの後ろ姿は、どこまでも力強く。

 

 

 

 

 

「異形のソウルを持つものよ、待っていろ──いずれ必ず、この手で殺す」

 

 

 

 

 

 英雄の姿を、幻視した。

 

「…………フン。やれるものならやってみるがいい。もっとも、この時代から出ることができればの話だがな」

 

 レフ・ライノールが言った途端、地面が小刻みに震え始めた。な、なんだ!?荒野全体が揺れてる!?

 

 程なくして地震と言っていい激しい振動に変わり、転びかけたところをマシュに支えられてことなきを得た。

 

「っと、ありがとうマシュ」

「いえ。それよりこれは、空間が崩壊を始めて……!」

「じき、この時代は崩壊する。せいぜい足掻くがいい。では私は次の仕事があるのでね、ここらで失礼するよ」

 

 虹色の渦が現れ、レフ・ライノール消えた。サリヴァーンと呼ばれた巨人も一度バーサーカーの方に振り返って、すぐに後を追う。

 

 残ったのは俺たちと、そして今にも崩れ落ちそうなこの時代のみ。沈黙もそこそこに、俺たちは騒ぎ出す。

 

「ドクター、至急レイシフトを行なってください!」

『今やってる!でもごめん、そっちの崩壊の方が早そうだ!』

「私にカルデアの座標を教えろ、なんとかなるやもしれん!」

 

 打開策を考えて騒ぐ三人を、俺はオロオロと見る。なんの力も持たない俺は、こんな時でさえ見てるだけだった。

 

 そうしている間にも周囲のものは崩れ、あれほど煌々と燃え盛っていた街は奈落に沈むように消えていく。

 

『っ、いけない!もう後わずかにしか時間がない!どうにかサルベージしてみるから……』

「そんな不安定な、あっ……!」

「うわぁっ!?」

「ぬっ!」

 

 いよいよ、この荒野も崩れ始めた。

 

「貴公、レイシフトを実行しろ!一か八かだ!」

『あ、ああ!』

「先輩、手を────!」

「マシュ────!」

 

 足場が崩れるのと同時に、全力でマシュに手を伸ばして。

 

 

 

 

 

 そしてその手を取ったのを最後に、俺の意識は暗転した。

 

 

 




次回はカルデアでの話です。

先に言います、今回のあとがきは切れます。不快な方は読み飛ばしていただいて結構です。

また批判コメきたので言いますけど、これをFGOで書く必要があるのか
くだらない質問しないでください。別に仕事でもなんでもなく、ただ書きたいから書いてるのにそんなこと言われる筋合いないです。
藤丸たちがオーディエンスになってる?当たり前だろ、これ灰が主人公なんだから別に見せ場用意するに決まってんじゃん。そもそも物語の序盤なんだからほぼ一般人の藤丸がマシュの手助け以上のことできるわけないだろうが。

ふぅ……すみません、言葉が荒くなりました。ただこれだけは絶対に言いたかったので。これによってお気に入りや評価に影響が出ても、自分は後悔しません。
それ以前に目次に合わないならブラウザバックって書いてるし。
別に良いコメントばかりくれとは口が裂けても言いませんが、やる気削ぐようなこと言うのはやめてください。

追記:活動報告ではなくここに書いたのは、読まれないでまた同じようなものが来るのを防ぐためです

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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グランドオーダー

前回、すんごい数の感想ありがとうございます。
この感激を胸に、これからも頑張ります。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

「──はっ!」

 

 

 

 唐突に目が覚める。

 

 その勢いに任せて飛び起き、全力で周りを見渡した。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 しかしどこにも炎はなく、代わりにあるのは見覚えのある部屋だけ。

 

 途端に心に安堵が広がった。タオルケットを握り締めていた手から力が抜けて、顔の強張りが解れていく。

 

 激しく高鳴っていた心臓が穏やかな鼓動を始めたのを確認すると、もう一度部屋の中を見る。

 

「……ここは……カルデア?」

 

 白い壁に白い天井、隅に置かれた申し分程度の植物のなった植木鉢。自分の寝るやや硬い純白のベッド。

 

 間違いない、俺の部屋だ。馴染みとは言えないが、知っている場所でほっとする。

 

「助かった……のか?」

 

 いや、ここにいるということは夢じゃない限り助かったのだろう。

 

 覚えているのは崩れる世界と、握ったマシュの手の感触。それから意識が暗転して、気がついたらここにいた。

 

 言葉に出して初めて、自分が生き残ったことの実感が湧いてくる。どっと気が抜けてベッドの上に倒れた。

 

「……マシュの手、柔らかかったな」

 

 まだ手にその時の感触が残っている気がする。デミ・サーヴァントであるはずの彼女の手は、俺より小さかった。

 

「いや、何考えてんだ俺」

 

 また起き上がって、すべすべだったなぁなんて感想を頭の中から振り払う。女の子の手の感触思い出すとか変態か。

 

 それはともかく、かすり傷やススだらけだったのにやけに綺麗な体を見ると、治療を受けたみたいだ。

 

「なんにせよ、死ななくてよかった」

 

 ……でも、所長のことは助けられなかった。

 

 自分の両手を見つめる。この手はその気になればすぐに伸ばせたのに、俺は最後までなんにもしなかった。

 

 俺は、生き残った。でもそれだけで、他には誰も救うことができなかった。後悔と悔しさが心に広がる。

 

 もっと、何かできたんじゃないか。たらればは意味がないというけれど、それでもどうしても考える。

 

「ん、あれ。指輪がない。治療の時に外されたのかな」

 

 周りを探してみると、枕元のテーブルの上にあった。

 

 持ってかれてなくて良かったと思いつつ、手首につけ直す。なんだかつけてないと落ち着かないいんだよな。

 

「よーしよし、キミは随分いい子でちゅねー。何か食べる?木の実?魚?」

「ん?」

 

 どこからか、女の人の声が聞こえた。

 

 声のした方に振り返ってみると、そこにはフォウを膝の上に乗せてあやしている……モナ・リザが座っている。

 

 いや、何言ってんのか自分でも全然わかんないけど、そう形容するしかない絶世の美女がいたのだ。

 

 ただ、片手にガントレットをつけてるのと、不思議な衣装を着ている。まるでサーヴァントみたいだなと思った。

 

「んー、可愛いけどイマイチなんの生き物かわからないなぁ」

「あの……」

「ん?おお、起きたんだね」

 

 声をかけると、モナ・リザさん(仮称)はこちらをみる。深い叡智を宿す青い瞳に射抜かれて、少しどきりとした。

 

「おはよう藤丸くん。気分はどう?意識ははっきりしてる?」

「え、ええ、一応。それであなたは」

「あ、起きたら部屋に絶世の美女がいることに驚いた?わかるわかる、でもそのうち慣れるよ」

 

 自分で絶世の美女っていうんかい。ていうかそんなのに慣れるのはなんかやだ。

 

「私は……まあダ・ヴィンチちゃんとでも呼んでくれたまえ。端的に言えばカルデアの協力者だよ」

「はあ……」

 

 そこまで会話して、ふと気づく。もしかしてさっきの見られてた?

 

 いや、雰囲気からしてずっと前からいたみたいだし、確実に見られてるだろう。どうしよう、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 

「ささっ、話はここまでにして管制室に行きなさい。キミを待っている人がいるよ」

 

 一人で顔を青ざめさせていると、ダ・ヴィンチちゃん?は軽い調子でそういう。

 

 ちらりと顔を伺うが、特に何かを含んだ様子はない。今の所は安心してもいいのだろうか。

 

「待ってるって……誰が?」

「んもー、察しが悪いなあ。とにかく、ここで寝てても仕方がないから」

「え、わ、ちょっ」

 

 ダ・ヴィンチちゃんに特異点でもつけてたブレスレットと新しい制服を無理やり押し付けられて、部屋を出る。

 

 部屋の外は、これまた真っ白のかなり無機質な感じだった。あの時は急いでてろくに見れなかったからな。

 

 後ろを見ると、ドアは既にしまっている。

 

「戻る……訳にもいかないよなあ」

 

 仕方がない、管制室に向かうか。そこにマシュやバーサーカー、ドクター達がいるはずだし。

 

 うろ覚えな記憶を頼りに歩き始める。気分は未知の遺跡を探索する探検家だ。目指すは管制室、いざ冒険!

 

「なんて考えてた時期が俺にもありました……」

 

 が、歩き始めて10分も経たないうちに自分がどこにいるのかわらなくなった。

 

「ここ、めっちゃ広くないか……?」

 

 右を見ても白い壁、左を見ても白い壁。

 

 名前の書かれたナンバープレートはあれども、地図なんて親切なものはどこにもない。是非とも設置してほしい。

 

 途中何度か人とすれ違ったが、みんな尋常でない表情だったので道を聞くこともできなかった。

 

「どうしたものか……」

「何かお困りですか?」

 

 不意に、背後から声が聞こえた。

 

 てっきり一人だと思っていたので、びっくりして後ろを振り返る。

 

 

「あ……」

 

 

 そして……そこにいた人を見て、喉の奥から感嘆のため息が漏れた。

 

 その人は、とても美しかった。マシュや謎のダ・ウィンチちゃんとはまた違った、浮世離れした美しさ。

 

 たおやかに微笑む口元、美しい顔立ちに均整のとれた体、肩口で切りそろえられた白い髪。

 

 

 

 なにより印象的なのは、その瞳。

 

 

 

 とても深い光を内包する白銀の瞳は、なんだか儚くて。まるで、今にも消えかかっている日を見つめているような……

 

「どうかなさいましたか?」

「っ! あ、えと、道に迷って、まして」

「まあ、それは大変です。どちらに?」

「管制室、です」

「では、途中までご案内いたしましょう」

 

 しどろもどろになって答えると、女の人はそういった。

 

 その際の微笑みに胸を高鳴らせつつ、職員の案内なら間違い無いだろうと歩き始めた女の人についていく。

 

 女の人の足取りには、迷いがなかった。とても綺麗な動きで廊下を進み、時折俺に一声かけてから角を曲がる。

 

「「…………」」

 

 歩いている間、必要以上に会話はなかった。淡々と歩く女の人の後ろ姿を見つめるだけ。

 

 一体どこの国の人なんだろう。日本語は驚くほど流暢だったけど、顔つきからして日本人ではない。

 

 それはすれ違った他のスタッフの人たちもそうだったから、別に不思議ではないんだけど……

 

「考え事ですか?」

「っ!?」

 

 女の人のことについて考えていたら、いつのまにか目の前に女の人の顔があった。

 

 危うくぶつかりそうになるのを、なんとか足を止めて回避する。危ない、あのままいってたらまずいことになってた。

 

「そのっ、すみません」

「いえ、お気になさらず。この先の角を曲がれば、管制室です」

 

 いつの間にかついていたらしい。考え事をすると時間が経つのが早いな。

 

「ありがとうございます。えっと……」

「名前を覚える必要はありません。それでは名も知れぬ方、あなたに良い導きがありますよう」

 

 お辞儀をして、女の人はどこかへいってしまった。ミステリアスな人だったな。

 

「っと、そんなこと考えてる場合じゃないか」

 

 もしかしたら待たせているかもしれないと、角を曲がる。すると管制室の扉が見えた。

 

 その手前で、見知った人物が壁に背中を預けている。思わず名前を呼んで走りよった。

 

「バーサーカー!」

「やあマスター、目覚めて何よりだ。体に問題はないか?」

「うん、おかげさまで。バーサーカーも、カルデアに来れたんだ」

「なんとか、な」

 

 そう言いつつも、バーサーカーはどこか余裕そうに肩をすくめる。その仕草にバーサーカーが潜り抜けた修羅場の数を感じた。

 

「それではマスター、中へ入ろうか」

「あれ、もしかして待っててくれたの?」

「まあ、そのようなものだ。私は貴公のサーヴァントだからね」

「そっか。ありがとう」

「礼を言われるほどのことではないさ」

 

 言葉を交わしながら扉の前に立つと、自動で開く。

 

 その向こうには──

 

「マシュ!」

「あ、先輩!」

 

 こちらを振り返ったマシュに駆け寄る。

 

「よかった、戻ってこれたんだね」

「はい、ドクターが間一髪のところでサルベージしてくれて、バーサーカーさんの道具でカルデアまで戻ってこれました。先輩も平気なようでなによりです」

「マシュ達のおかげだよ。俺一人だったらあそこで死んでたし……」

「あー、こほん。再会を喜ぶのもいいけど、こっちにも注目してくれるかな?」

 

 二人で話し込んでいると、咳払いが聞こえた。

 

 そちらを見れば、苦笑気味なドクターが立っている。その姿に変わりはなく、どこか安心感を覚えた。

 

「まずは、生還おめでとう藤丸君。そしてミッション達成お疲れ様」

「いや、俺は大したことは……」

 

 戦ってたのはマシュたちで、俺は後ろで見ているだけだったしな。

 

「いや、なし崩し的にあんな状況に巻き込まれたのに、君は勇敢に事態に挑み、見事解決した。それだけで賞賛に値するよ」

「あ、ありがとうございます」

「うん。君のおかげで、僕たちカルデアもマシュも救われた。心からの尊敬と感謝を君に贈ろう」

 

 その言葉に、一瞬頬が緩みかけて。脳裏に所長の泣き叫ぶ姿がフラッシュバックした。

 

「…………でも、犠牲は大きかったです」

「……そう、だね。でも、どうしようもなかった。僕たちでは彼女は助けられなかったんだ」

「っ……」

 

 わかってるさ、そんなこと。

 

 でも、もしかしたら助けられたんじゃないかって、何度もそう思ってしまうんだ。

 

「……藤丸君。彼女のことを悼むというのなら、僕たちは彼女に代わって人類を守らなくてはいけない。それがせめてもの手向けだ」

「守る?」

 

 人類を守るって……どうやって?

 

「これを見てくれ」

 

 ドクターが手を上げて、近くにいたスタッフの人に指示を出す。するとスタッフの人は機械を操作した。

 

 次の瞬間、巨大なスクリーンが空中に映し出される。そこに写し出されているのは、社会の教科書で一度は見た世界地図。

 

「復旧させたシバでもう一度過去の地球の状態をスキャンしてみたんだ。その結果、冬木の特異点は消えた。君たちのおかげでね」

「でも、カルデアスは……」

 

 スクリーンの後ろにあるカルデアスは、未だに真紅に燃え上がっている。所長を飲み込んだ時と、同じように。

 

「そう、未来は変わっていない。ならばまだ他に原因があると僕たちは考え、もう一度観測をし直した。その結果……」

 

 世界地図の各所に、七つの黒点が浮かび上がった。渦巻くそれは、まるでブラックホールのようだ。

 

「これは!?」

「これらは新たに発見された時空の乱れ、冬木とは比べ物にならないほど狂った時間軸。つまり特異点だよ」

 

 ドクター曰く。

 

 世界には修正力があり、映画で見るようにちょっとやそっと過去を変えた程度では未来が変わることはないらしい。

 

 多少その時代で何かをしても……例えば死ぬはずの人を一人二人助けたりとか……、結局最後には同じ結果になる。

 

「だが、この特異点だけは違う」

「えっ!?」

 

 ドクターの言葉に思わず声をあげた。

 

 過去は些細なことじゃ改変できないって言ってたよな。なのに違うって、どういう……?

 

「これは、人類のターニングポイントだ」

「ターニング、ポイント?」

 

 こくりと神妙な顔で頷いたドクターは、詳しく説明してくれる。

 

 ターニングポイントというのは、現在の人類のあり方を決定づける究極の選択点のことだという。

 

「〝この戦争が終わらなかったら〟。

 

 

 〝この航海が成功しなかったら〟。

 

 

 〝この発明が間違っていたら〟。

 

 

 〝この国が独立できなかったら〟。

 

 

 ……そういった、決して間違ってはならない選択。一つでも欠けることがあれば、人理が崩れる場所。それを、この特異点は変えてしまった」

「それじゃあ……」

 

 嫌な予感が頭をよぎる。炎の中に沈んだ冬木の光景が鮮明に頭の中に浮かび上がる。

 

 あの光景を、所長はなんらかの……大聖杯によって結果の変わった、本来ありえないものだと言っていた。

 

 ならば。あの冬木と同じように、この特異点が史実と違うものだとしたら。

 

「そう、七つの黒点は間違った選択の末生まれたイフの時代。これが存在することは、()()()()()()()()()()()()()()

「な……!」

「──けど、僕たちだけは違う。カルデアはまだその未来に達していないからね」

 

 絶句する俺に、ドクターは強い口調でそう宣言した。まだ、完全に終わったわけではないと。

 

「僕たちだけがこの間違いを修正できる。今こうして崩れている特異点を元に戻せる」

「そんなこと、どうやって……」

「君もすでに知っているよ、レイシフトだ」

 

 あっ、そうか。レイシフトをして、過去に飛んでその特異点をなんとかすればいいのか。

 

「結論を言おう。レイシフトを行い、歴史を元に戻す。それが唯一人類を救う手段だ」

「なら、すぐにでも!」

「だが」

 

 叫んだ俺の声を制するように、ドクターは言葉をかぶせる。

 

 

 

 

 

「現在レイシフトができるのは、()()()だ」

 

 

 

 

 

 そして。そんな事を言ってきた。

 

「………………え?」

「知っての通り、君以外の全てのマスターは瀕死の重傷で凍結処理済みだ。残ったレイシフト適性を持つのは……藤丸君。君だけだ」

 

 そん、な。

 

 じゃあ、俺は。これから……

 

「今からとても残酷な事を言うよ……マスター適性者48番、藤丸立香君。君はこれからたった一人で、()()()()あれと同じ事を繰り返さなくてはならない。あるべき形から逸脱した人類史と、戦わなくてはならない。人類を、2016年から先の未来を、取り戻したいのならば」

「──ッ!?」

 

 その言葉に、頭が真っ白になった。

 

 あれを、あの光景をあと7回も経験しなくてはならないのか?いつ命を落とすかもわからない、地獄を?

 

「その覚悟はあるか?君に、人類の未来を背負う力はあるか?」

 

 ドクターのその問いかけは、俺にとっては死刑宣告に他ならなかった。

 

 様々な思いが頭の中を駆け巡る。恐怖、不安、怒り……理不尽な状況へ、数々の負の感情が湧き出てくる。

 

「…………最初、ここにきた時」

 

 しばらく考えて。

 

「電話を、しようと思ってました」

 

 最初に口からこぼれたのは、そんな言葉だった。

 

「両親も、友人も、俺がいきなりいなくなって心配してるだろうって。だから……電話を、しようと」

「藤丸君……」

 

 頬を涙が伝う。激しく締め付けられるような感覚を覚える胸を掴む。

 

「でも、もう遅かった。全部燃えてしまった。俺の大切なものは、何もかも」

「先輩……」

 

 眠っていた間、夢を見た。

 

 いつも通り俺の部屋で起きて、不思議に思って部屋の外に出てみても、家の中はどこも真っ暗で。

 

 ふと気になってカーテンを開けると──そこには燃え上がった街があったんだ。これが夢だと、俺に告げるように。

 

「俺に、人類の未来を背負う力なんてありません。今の話だって全然受け止めきれない」

 

 俺には何もない。マシュみたいなデミ・サーヴァントじゃないし、魔術師でもない。

 

 でも。

 

「それでも、こんな理不尽は受け入れられない」

 

 結局のところ、俺の考えが行き着くところはありきたりな答えだった。

 

 懸命に生きていた人たちの命を奪ったことが許せない。なにより、家族や友人を奪ったことを許せない。

 

「受け入れられないからこそ、何もしないなんてできない」

 

 世界の命運は、この手にもう委ねられてしまった。嫌だなんて言ってられない。逃げたいなんて許されない。

 

「だからそれが、俺に出来る事なら」

 

 どんなに怖くたって、抗ってやる。未来を焼却するなんて、そんなの絶対に阻止してやる!

 

「……やはり、私の見立ては間違っていなかったか」

「バーサーカー?」

 

 それまでずっと後ろで無言で話を聞いていたバーサーカーが、何かを呟いた。

 

 振り返ると、バーサーカーは俺の前まで歩いてきて……なんと、跪いた。いきなりの行動に目を見開く。

 

「ば、バーサーカー?」

「マスター。貴公のソウルは、そこに宿る意思には揺るぎがない。それは私にとって何よりの証明だ。貴公の決意、確かに見た」

「!」

 

 バーサーカーにそんなこと言われるなんて、なんだか嬉しくなる。

 

「私はこれより貴公の剣となり、あまねく敵を狩り、盾となってあまねく危機より守護する。その誓いを、今ここに」

「バーサーカー……」

「サーヴァント・バーサーカー、真名〝火のない灰〟。マスターに忠誠を誓い、ともに戦い抜くことを約束する」

「……うん!改めてよろしく、バーサーカー!」

 

 右手を差し出す。バーサーカーは俺の手を見て、フッと短く笑って立ち上がり鎧で包まれた手で握り返してくれた。

 

「……ありがとう、藤丸君。その一言で、僕たちの運命は決定した」

 

 俺の言葉を聞いたドクターは、とても慈しみに満ちた笑顔を浮かべる。しかしそれも一瞬のことだった。

 

 

 

 

 

「全カルデア職員に告ぐ!これよりフィニス・カルデア前所長オルガマリー・アニムスフィアから、このロマニ・アーキマンが司令権を引き継ぐ!」

 

 

 

 

 

 一転して真剣な顔になると、管制室全体に響き渡るような大声で宣言した。

 

 その声に職員の人たちは作業の手を止め、集まってくる。その中にはいつの間にか俺の部屋にいたダ・ヴィンチちゃんもいた。

 

 全員が集まったところで、ドクターはカルデアスの下に移動すると両手を後ろに組み、堂々と立つ。

 

「カルデアは予定通り、人理継続の尊命を全うする。目的は人類史の保護、および奪還。探索対象は七つの特異点と、発生の原因と思われる聖遺物・聖杯の回収」

 

 改めて言われて、自分のすることがどれだけ重大で己の身に過ぎたことであるかを認識した。

 

「我々が戦うべき相手は歴史そのものだ。立ちはだかるのは数多の英雄、伝説になるだろう。それは挑戦であると同時に、過去に弓引く冒涜だ。我々は人理を守るため、人類史に立ち向かうのだから」

 

 体が震える。心が怯えを叫ぶ。そんなことはできないと、できるはずがないと拒否しようとする。

 

「けれど、生き残るにはそれしかない。未来を取り戻すためには。たとえ……どのような結末が待っていようとも、だ」

 

 でも、やるしかない。この手でやり遂げるしかないんだ、全てを元に戻すためには。

 

「以上の決意をもって、作戦名はファーストオーダーから改める」

 

 そのために、俺は戦う。

 

 

 

 

 

 

 

「これはカルデア最後にして原初の使命。人理守護指定(グランド・オーダー)。魔術世界における最高位の使命を以って、我々は未来を取り戻す!」

 

 

 

 

 

 

 

 俺の旅は──ここから始まる。

 




うーん、心配…
次回は灰の回になります
思ったかや感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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貴方に温もりを

うわー、アクセスと評価ガクッと下がったな……前回書き直そうか。
最近ダクソの4P漫画見つけたんですけど、すごく面白いです。JK異世界転生INロードランってやつなんですけど、臨場感もあってかつほっこりして。
今回は灰の話です。そしてあのタグの本領発揮……!
楽しんでいただけると嬉しいです。


「バーサーカー君も、空いてる部屋があるから使うといい。いくらサーヴァントになっていると言っても、休める場所は必要だからね」

 

 そんな彼の……今はロマニ・アーキマンといったか……一言で、私にはカルデアの一室があてがわれることとなった。

 

 火継ぎの巡礼では泥水の上でさえ眠った経験があるのだ、最初は必要ないと言ったのだが……マスターにまで言われては仕方がない。

 

 今の私は彼のサーヴァント、共に戦うもの。なればこそ重責を背負うことになった彼に心労はかけられない。

 

「「…………」」

 

 そういうわけで、私は職員の一人に導かれてその部屋へと向かっていた。

 

 白い廊下の中、私のブーツと職員の彼女の靴が床を打つ音だけが響く。それ以外の音は時折横を通り過ぎる、他の職員のもののみ。

 

 曰く、このカルデアの外はかつて雪に閉ざされていたと言う。それに加え入り組んだ廊下は、冷たい谷のイルシールを想起させた。

 

「……ふむ」

 

 いや、それはどうだろうか。己の思考に対しふと疑問のつぶやきを漏らす。

 

 ド腐れケツ毛法王(サリヴァーン)の一派によって支配されていたあの美しき廃都とここは、間違ってもにても似つかないだろう。

 

 なぜなら、ここにはまだ人が生きている。亡者となって徘徊する騎士や奴隷たちではなく、意思を持つ人間たちが。

 

 

 

 

 

 最初にマスターを見つけた時。私の心には、溢れんばかりの歓喜があった。

 

 

 

 

 

 彼は死の淵に立たされて、自らの身を諦めるのではなく最後まで睨みあげたのだ。己の命を奪おうとする理不尽を、真正面から。

 

 それは、とうの昔に私が失ったもの。不死人となってから、私にとって〝死〟とは次に難敵に勝つための手段でしかなくなったのだ。

 

 いいや、私だけではない。ソウルを求め彷徨う亡者ばかりが溢れかえっていたあの時代、誰もが諦めと絶望を心に抱いていた。

 

 どうせ皆、最後には亡者となる。昨日共に戦っていたものも、明日には己を失いソウルを求めて襲いかかってくるかもしれない。

 

 事実そうだった。かの神喰らいを倒すため旅をし、時に共闘したあのアストラの騎士たちは、結局亡者となってこの手で斬り伏せた。

 

 故に。その反抗に、生への執念に、心の底から喜びを覚えたのだ。ああ、ようやく人はあるべき姿を取り戻したのだ、と。

 

 擦り切れたはずの善性が、無意識に救済を選ぶほどに。

 

「着きました。ここが貴方の部屋です」

 

 虚空を見つめていると、そんな言葉が聞こえていた。どうやら考え事をしている間に着いたようだ。

 

「ここまでの案内、感謝する」

「いえ。それでは確認してください、お気に召さないようなら変更しますので」

「ああ、おそらく心配はいらないよ」

 

 なにせ毒沼ですら歩き回った身。どんなに劣悪な環境だろうと、少なくともあの時代よりはマシだろう。

 

 そう思い、金属でできている扉の前に立つ。案内をしてくれた職員の女性は、そんな私のことを傍らで見ていた。

 

 

 プシュッ。

 

 

 扉が横に移動し開いたので、中へ足を踏み入れる。現代の部屋というのは、一体どれほどの……

 

 

 

「…………………………何?」

 

 

 

 しかし。部屋の内装に対しての感想より先に私の口から出たのは、そんな疑問の声だった。

 

 確かに想定していた、見慣れぬ様相の部屋ではあった。マスターに聞いていた白い壁やベッドも、申し分程度の植物もある。

 

 カルデアに来る時、私はフェイトなる召喚陣を介してオーブで飛んできた。その際に再度付与された知識で、風呂やトイレというのもわかる。

 

 なるほど、確かに私がこれまで見たどの環境より新鮮で、かつ快適だろう。部屋の中央にある、唯一つのものを除いて。

 

「……なぜ、ここに〝篝火(かがりび)〟が?」

 

 それなりに広い部屋の中、いっそ不自然なほど自然にそこにあったのは、とても見慣れたものだった。

 

 我ら不死人の寄る辺にして故郷。そう言われる、不死の遺骨を薪に、捻れた剣を支えに絶えず燃える歪な火。

 

 ロスリックの各所で見た篝火が、そこにはあった。

 

「確かに、酔狂な場所にある篝火も多く見たが……よもやこのような所にもあるとはな」

 

 篝火を誰が設置しているかは知らない。常にどこかにあり、呪われ人たちの帰る場所となってきたのだ。

 

「どうでしょうか?」

 

 なんとも言えぬ感慨を抱いていると、背後から声が聞こえる。

 

 振り返れば、そこには変わらず立っている職員がいた。その白銀の瞳には、篝火があることへの疑念は感じない。

 

「……君は、何者だ?」

 

 そのあり方に疑問を抱いた。不死人ならともかくとして、現代の人間がこのようなものがあれば驚かないはずがない。

 

 警戒心を立ち上げ、いつでもソウルから武器を取り出せるようにする。よもや、奴らの回し者では……

 

「そうですね。ではこうお呼びしましょう……お久しぶりです、()()()()()()()

「……………………え?」

 

 ……今、彼女はなんと言った?

 

 聞き間違えでなければ、私のことを〝火のない灰の方〟と──そう、呼んだのか?

 

 その呼び方をする人物を、私はこの世界で一人しか知らない。しかし、その人物はもうはるか昔に……

 

 

 

「………………火防女(ひもりめ)…………なのか…………?」

 

 

 

 ありえない。そう思いながらも私は震える声で彼女に問いかける。その時の私の声は、きっとすがるようなものだっただろう。

 

 警戒も忘れ、ただ答えを待っていると……彼女はふわりと微笑んだ。古びた記憶の中に焼きついたものと、同じ様に。

 

「覚えていただけて嬉しいです。ええ、私は貴方に仕え、火を守るもの。瞳の()()()()女……火防女でございます」

 

 その言葉が、私にとっては何よりの証明となった。

 

「本当に、君、なのか」

 

 私は今、幻覚を見ているのではないか。ふらふらとおぼつかない足取りで彼女に歩み寄っていく。

 

 手の届く距離まで来て、とても重たく感じる右手を彼女の頬に伸ばす。けれどあと少しのところで止まった。

 

 触れていいのだろうか。記憶の中にあるよりさらに、ずっと美しくなった彼女に、この穢れた手で。

 

「大きなお手です」

「あ……」

 

 私が逡巡しているうちに、この手は彼女自身の手で頬に触れた。

 

 手甲に包まれた手のひら越しに感じる、仄かな温もり。まるで残り火の様なそれは、それだけで安心できる。

 

「〝あの時〟と……変わっていません」

「……!」

 

 だからだろうか。彼女がそう言った瞬間、思わず抱きしめてしまったのは。

 

「あっ……」

 

 彼女の吐息が聞こえる。当たり前だ、いきなりこのようなことすれば誰だって驚くほかにない。

 

 それでも私は、ひたすらに彼女の華奢な体を抱きしめた。この身に宿る強大な力で壊してしまわないよう、優しく。

 

「君に……君に、会いたかった」

 

 彼女を()()()()()()私には言う資格のない言葉が、無意識に口からこぼれる。

 

 この12000年、彼女のことを忘れたことはひと時もなかった。常に彼女のことが、心の中にあった。

 

 だから、零れ落ちた。もし彼女にもう一度会うことができたとしても、決して言うまいと誓ったはずの思いが。

 

「……ええ。私もです、灰の方」

 

 なのに、彼女は受け入れてくれた。背中に手を回される感覚を覚える。

 

 ああ……この温もりだ。この温もりが、私を私でいさせてくれた。壊れかけた魂を繋ぎとめてくれた。

 

 彼女がいなければ、あるいは私は火継ぎの巡礼を終わらせられずに、途中で亡者となっていたかもしれない。

 

 それほどに、私は彼女が──いや。

 

「それこそ、私に言う資格はない、か……」

「……灰の方?」

 

 ゆっくりと、彼女から離れる。火防女はすぐに察して私の背中より手を離した。そうすると至近距離で見つめ合う。

 

「すまない、いきなりこのようなことをして。迷惑だったろう」

「いいえ。貴方様の手は優しく、私の体を気にかけていらっしゃいました。迷惑などとはとても思いません」

「そうか……だが、どうしてここに?」

 

 私の案内を任された時のカルデアの職員たちとの空気から察するに、彼女はある程度の期間ここにいるように思える。

 

 見た目にしても、仮面をつけていたので確信は持てないが少し違う。その白銀の瞳は、確かに私が〝無縁墓地〟で手にしたものだが。

 

「皆様が力を貸してくれたのです」

「皆が?」

 

 火防女曰く。祭祀場に残っていた人々で、あるものを作り上げたという。

 

 それは、〝魔法〟。魔術でも、呪術でも、奇跡でもない、さらにそれ以上の神秘。かの白竜シースですら生み出せなかった力。

 

 それを使うことで不死人をして悠久と感じる時を超え、ここにいると彼女は言った。そんなものがあったのか。

 

「そして貴方様がくれたこの瞳こそが、その魔法の依り代……〝ソウル継ぎの瞳〟」

「〝ソウル継ぎの、瞳〟……」

「この瞳は私の子孫に受け継がれ、貴方様がこの世に帰った時にこそ力を発揮するもの。すなわち……貴方様が再び、火継ぎの巡礼をするときに」

「な……!」

 

 それを聞いて絶句した。まさか、まだ彼女は火継ぎに囚われているというのか?

 

「本当に、それでよかったのか。だって君は……」

 

 私は君に火防女としてでなく、ひとりの女性として……

 

「いいのです、灰の方。私は火防女、貴方の旅の助けとなるためだけにいる存在。どうか、心配なさらないで」

「…………すまない」

 

 そうだ、彼女は決意をしてこの時代までやってきたのだ。私のわがままによって、それを蔑ろにすることはできない。

 

「しかし、あの彼らが力を合わせるとは。奇妙なこともあるものだな」

「ふふ、そうですね」

 

 脳裏に、祭祀場にいた人々が思い浮かぶ。

 

 鍛冶屋のアンドレイ。不死街のグレイラット。大沼のコルニクス。カリムのイリーナとイーゴン。ヴィンハイムのオーベック。薄暮の国のシーリス。闇術の魔女カルラ。不屈のパッチ(ド畜生ハゲ頭)

 

 

 

 そして……ロンドールのユリア。

 

 

 

 全員一癖も二癖もある、厄介な人物たちだ。だが良い人たちでもあった。彼らには様々なものをもらったのだ。

 

 アンドレイ殿には武具を鍛えてもらい、オーベック殿とカルラ殿には魔術を。コルニクス殿には呪術を、イリーナ嬢には奇跡を。

 

「彼らのおかげで君と会えたのなら……まあ、私もそこそこ幸運なのだろう」

「ありがとうございます、灰の方……さあ、それでは篝火に火を」

「ああ」

 

 彼女を連れ添って、篝火の前まで戻ってくる。

 

 手をかざし、ソウルを少量送り込むと……ボウ、という音とともに篝火が点火した。途端に部屋の居心地が良くなった気がする。

 

 早速腰を下ろした。片膝を立て、その上に腕を置きもう一方の脚を伸ばす。疲れが癒え、消費したエスト瓶や灰瓶が補充されるのがわかった。

 

「ふぅ……さて」

 

 一つ、やることがある。

 

「火防女、少し離れてくれるか」

「はい」

 

 火防女が一歩引いたのを見て、私は右の手甲を外した。すると中から焼け爛れた己の手が姿をあらわす。

 

 手甲を傍らに置き、自分の内側に意識を向けて……ソウルからとあるものを震える手の中に呼び出した。

 

 

 ポゥ……

 

 

 出てきたそれは、小さなソウル。今にも消えてしまそうな、脆弱な魂の光。

 

 それを消さないようにそっと手を動かして……そのまま篝火の中に突っ込んだ。途端に激しい熱が腕を焼く。

 

「──ッ!」

 

 苦悶の声が漏れた。わずかに火防女が身じろぎしたのを感じ、手で制する。

 

「灰の方」

「平気、だ……!」

 

 骨の髄まで侵す熱に耐えて、私はソウルに〝力〟を送り込む。それはこの身に残された、はじまりの火の力だ。

 

 わずかに残っていたそれを使い、ソウルを復元していく。だがなにぶん初めての作業だ、どんな魔術を使うより集中力を要した。

 

 しばしの試行錯誤の末、ようやくその道筋を見つける。一気に力を注ぎ込み、そのソウルに()()を刻み付けた。

 

「オ、オオォオオ……!!!」

 

 

 ボワァアッ!!!!!!!

 

 

 最後に、私が器の中に溜めていたソウルでそのソウルを補強する。すると途端に、篝火が激しく燃え上がった。

 

 天井に届こうかというほどに荒れ狂う火は、少しずつ形を成していく。やがてそれは人の形となり、実体となって──

 

 

 

 

 

 

 

「──────ぁああああっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ──火の中から、叫ぶ少女が復活した。

 

「っと!」

「あうっ!」

 

 床に落ちるところだったのを、なんとか受け止める。だが作業で精神力を消耗しきったせいか、尻餅をついてしまった。

 

「はぁ、はぁ……なんとか、うまくいったか」

 

 己の手の中に収まった少女── 一糸纏わぬオルガマリー嬢を見て、そう呟く。

 

 その胸には、見慣れた黒い刻印が浮かび上がっていた。

 

「バー、サーカー、さ、ま……?」

「……今は、眠りなさい。その苦しみを、ゆっくりと癒すのだ」

「あ……」

 

 頭を撫でると、オルガマリー嬢はカクンと首を落とした。すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。

 

 少しの間それを見つめ、磨耗していた精神力を灰瓶で回復するとオルガマリー嬢を横抱きにして立ち上がった。

 

「灰の方、これを」

「感謝する」

 

 火防女が手渡してくれた制服の上着を着せて、ベッドに寝かせる。

 

 白い布……現代ではブランケットといったか、をかけると篝火の前に戻ってきて、ドサリと勢いよく座った。

 

 それからぼうっと篝火を眺めていると、隣に誰か……といっても一人しかいないのだが……が座った。

 

 横を見ると、そこには火防女がいる。いつの日からだろうか、彼女はこうして私の隣に座るようになった。

 

「お疲れ様でした、灰の方」

「……案外、やればできるものだな」

 

 爛れが消え、元に戻った自分の手を見て呟く。一か八かだったが、なんとか成功した。

 

 

 

 私のしたことは簡単だ。

 

 

 

 不死人は死んだ際、肉体が消滅する。そして篝火にて復活を果たすが、昔考えたのだ。呪いは体ではなく魂に刻まれるのではないかと。

 

 そうして魂に記憶された肉体が再構築される。そうでなければ体が消滅する説明がつかないし、死体が残るはずだ。

 

 その法則を逆手にとって、はじまりの火の力を使ってわずかに回収できたオルガマリー嬢のソウルにダークリングを刻み、復活させた。

 

「おかげで完全に火は消えたが……まあ、軽い代償だろう。どのみち王たちを倒さねばならないのだからな」

 

 マスターたちには言っていなかったが、今の私にはじまりの火の力はない。今回ので完全に《薪の王》ではなく、元の名もなき不死人だ。

 

 故に特異点に潜んでいるだろう《薪の王》たちをもう一度倒し、王の薪を集め、はじまりの火を灯す。それが私の目的だ。

 

「今回も、長く険しい旅路になりそうだ」

 

 だが、どんな苦難が待ち受けようとも関係ない。

 

 この事態を引き起こしたものすべてを倒し、私はまた最初の火の炉へ──

 

 

 スッ……

 

 

「……火防女?」

 

 唐突に自分の手に重ねられた白い手に、困惑して彼女を見る。

 

「震えております」

「……っ!」

「恐ろしいのですか、己のしたことが」

 

 火防女の質問は、要領を得ないものだった。

 

 しかし、何を言いたいのかはすぐにわかった。

 

「……………………もっと、手があったのでないかと思うのだ。これ以外の、より良い方法が」

「……はい」

 

 私は彼女を、不死人として復活させた。だが、それは決して正しいことではない。

 

「私は彼女に、重荷を負わせてしまった」

 

 彼女はとても苦しむだろう。己が不死人であることに怯え、恐れ、あるいは狂ってしまうかもしれない。

 

 いつだってそうだ。守りたいと思ったものには手が届かず、何かを犠牲にすることでしか何かを救えない。

 

 壊す力はいくらだってあるのに、救う力はない。これがお前の運命であると決められているが如く、大切なものは手から滑り落ちていく。

 

「だから、全てを終わりにしたのに。なのに……っ!」

「灰の方」

「あ…………」

 

 手を握られることで、正気に戻った。すぐに心の奥から自己嫌悪が滲み出てくる。

 

「……すまない」

「お気になさらずに。それより一つ、してみたいことがあります。よろしいでしょうか?」

「えっ? あ、ああ」

 

 いきなりの言葉に素っ頓狂な声を上げると、「では」と彼女は私の頭に手を回し……なんと膝の中へ誘った。

 

 激しい動揺、再び。えっ、なぜ私は膝枕をされているのだ!?と、とりあえず傷つけないように兜はソウルにしまって……

 

「ひ、火防女? これは……」

「灰の方、貴方様もお休みください」

 

 そう優しい声で言われて、頭を撫でられる。するとどうだろう、とっくに忘れたはずの眠気が襲ってきた。

 

 必死に抗おうとするが、それを阻むように火防女はそっと瞼を閉じさせてくる。途端に視界が暗闇に閉ざされて……

 

 

 

 

 

「どうか、今このひと時は……貴方に温もりを」

 

 

 

 

 

 その言葉を最後に、眠りに落ちた。

 




また賛否両論分かれるなぁこれ。生存っていうか復活だし。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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特異点F 登場人物紹介

 

 

 カルデア陣営

 

 

 藤丸立香

 

 言わずと知れた主人公。ごく平凡な少年であり、人類最後のマスターとなって人理を取り戻すミッションに巻き込まれた。

 その性格は純粋にして凡庸、どこにでもいる普通の人間であり、それ故にあらゆる英雄に好かれるのかもしれない。

 身体能力とサバイバル能力は祖父の影響でそこそこ高く、また彼から受け継いだ指輪を常に持ち歩く。

 

 

 祖父

 

 藤丸の祖父。謎多き人物であり、藤丸の口から旅が好きであることと古風な人物であることのみが明かされている。

 実は彼は……

 

 

 マシュ・キリエライト

 

 目隠れメガネ後輩系デミ・サーヴァント。

 管制室にて命の危機にあったところ、名も知れぬサーヴァントによって命を救われデミ・サーヴァント化した。

 特異点Fでは灰とともに藤丸を守り、当初は自分は英雄の力にふさわしくないと悩んでいたが、最終的にアーサー王の宝具を受け止めるまでに成長を果たした。

 恐怖の中、命をかけて自分を救おうとしてくれた藤丸のことを尊敬しており、彼を守るためグランドオーダーへの意欲を高めている。

 

 

 フォウ

 

 謎生物。リスだか犬だか、あるいは猫だかわからない謎の白いやつ。

 藤丸やマシュに懐いており、特異点にまでついてこれる。

 なお、名前の由来は鳴き声からである。

 

 

 オルガマリー・アニムスフィア

 

 人理保障機関フィニス・カルデアの所長。若くして亡き父の後を継ぎ、カルデアを守ってきた。

 苦労性な人物であり、色々とあったせいでややヒステリック気味になっていた。そんな彼女をロマニは心配していたが……

 魔術師の総本山、時計塔のロードの一人であり、魔術師としての腕前は一流。サーヴァントや特異点の知識も豊富である。

 灰のことを最も根源に近づいたものとして敬愛し、彼を召喚したことをきっかけに藤丸のことを少しずつ認める。

 レフ・ライノールの裏切りによってカルデアスに消えたが、灰がはじまりの火の残滓を使ったことにより復活を果たした。

 

 

 ロマニ・アーキマン

 

 みんな大好きゆるふわロマン。医療部門のトップであり、特異点Fにて壊滅状態のカルデアの中藤丸たちをサポートした。

 常にフワフワとしており、時として気が抜けてしまうことから所長のオルガマリーなどには叱責されていた。

 なにやら灰と面識があるようで、彼とは普段の態度を抑え真剣な様子で話す。

 

 

 ダ・ヴィンチちゃん

 

 みなさんおなじみ天才美女。本編ではまだほとんど出番がないのでお楽しみ?に。

 

 

 火防女

 

 ソウルシリーズでは必要不可欠なキャラクター。プレイヤーによっては癒しとなったり無限復活するサンドバッグになったりする。なお作者は前者。

 火継ぎの巡礼をする灰を支え、時に慰め、側に寄り添ってきた。その献身の様はまさしく聖女。

 祭祀場にいた人物たちと協力して〝ソウル継ぎ〟の魔法を作り、瞳を介して子孫たちの魂に潜むことで現代まで生き長らえてきた。

 全ては再び火が陰った時この世界に帰るであろう、灰の旅路を支えるために。

 あることがきっかけで灰とは特別な関係にあり、彼の過去の出来事から実際に〝その言葉〟は貰っていないものの、恋仲であることには間違いない。

 スタッフとしては医療班で、藤丸たちの旅に衛生管理者として同行する。

 

 

 

 敵陣営

 

 

 レフ・ライノール・フラウロス

 

 わかめ、棘ネクタイ、緑昆布。カルデア壊滅およびオルガマリー死亡の元凶であり、裏切り者。

 特異点Fで藤丸たちの前に現れ、人理焼却を告げオルガマリーをカルデアスで殺害した。

 とりあえず絶対シバく。

 

 

 法王サリヴァーン

 

 神喰らいのエルドリッチに付随して召喚されたサーヴァント。ド腐れケツ毛野郎。

 最終的におぞましい獣になる指輪を外征騎士たちに渡したりグウィン王の子であるグウィンドリンをエルドリッチに捧げたり、同じくグウィン王の末子の騎士団総長ヨルシカに何食わぬ顔で兄のグウィンドリンの杖を改造して渡したりと、マジの外道。

 元は絵画世界の魔術師で、罪の都で消えぬ火を見て野心を抱いたという。結果としてダークソウル3の様々な人物の人生を壊した。

 イルシールを支配していただけあって実力は本物であり、厄介な敵となることだろう。

 

 

 

 サーヴァント一覧

 

 

 キャスター/クー・フーリン

 

 おなじみのキャスニキ。特異点Fにて藤丸たちに協力し、共に戦った。

 キャスターなのに真正面から殴りあったりトンデモな方法でマシュの宝具を解放したりと、ランサーの時とそう気質は変わらない。

 アーサー王にトドメを刺し、藤丸にランサーとして召喚してくれと言い残し座へ帰った。

 

 

 

 セイバー・オルタ/アルトリア・ペンドラゴン

 

 聖杯の泥によって非常に徹した王。特異点Fの大聖杯を守るために配置され、マシュたちと戦った。

 凄まじい戦闘能力を誇り、己の象徴である黒く染まった聖剣であらゆる敵を斬り伏せる。

 マシュの宝具の正体を知っているような言葉をこぼし、その盾の堅牢さに敗れキャスターによってトドメを刺されて座へ帰った。

 なお、作者の初オルタ……そもそも黒王しかいないけど……なので思い入れがあり、カルデアにも召喚させる予定。

 

 

 

 真名:火の無い灰/■■■■■■

 

 クラス:バーサーカー/アーチャー(適性)/■■■■■■■/

 

 出典:『火の暦書』『■■■■■■■■』『■■■■■』

 

 地域:ロスリック、■■■■■

 

 属性:中庸/秩序・善

 

 性別:男

 

 

『パラメータ』

 

 筋力:A +/B -

 耐久:C/E

 敏捷:B ++/A ++

 魔力:C+/E

 幸運:E -

 宝具:A +++/EX

 

 

【保有スキル】

 

 残り火 B +

 

 一時的に能力を高める。

 

 

 古の術 C +

 

 魔術・呪術・奇跡の威力に補正。

 

 

 対英霊 ──

 

 汝は人理の祖。あらゆる英霊に対する優位権を持つ。

 

 

【クラススキル】

 

 狂化 D

 

 若干の狂気を纏う。

 

 

 対魔力 B

 

 魔力に対する耐性を得る。

 

 

《エクストラスキル》

 

 ■■狩り A +++

 

 ■■の相手に対する致命ダメージ付与

 

 

 〈宝具〉

 

 〝我が闇を見よ、人の性を(ダークソウル)

 

 ランク:A+++

 種別:対人〝類〟宝具

 説明:人理創生の一因としての、人類に対する優位権及び絶対呪殺権。どんなに強力な英霊であろうと、それが人理に刻まれる存在である限り必ず呪い殺す。

 それは彼が最後の火継ぎを行うまで闇の魂に溜め込み続けた死そのものであり、最上の呪いである。

 薪の王とそれに連なるものに対する特攻能力付与。

 

 

 詳細

 

 異次元に存在する〝最初の火の炉〟からサーヴァントとして現世に舞い戻った不死人。

 逃亡騎士の鎧を纏い、剣を除いてあらゆる武器を卓越した技術で操る。

 かつて〝はじまりの火〟を継いだ最後の火継ぎであり、人理創生の一因である故に英霊の格としては最高位を誇る。

 

 プロフィール1

 

 使命から逃げ出した、かつて栄誉ありし騎士

 身長・体重/185cm、89kg

 

 

 プロフィール2

 

 物腰柔らかな騎士。真摯に振る舞い、礼儀を尽くすことを常とする。

 一方敵には敬意を払うとともに一切の容赦がなく、狂気的と言えるほどに徹底的に殲滅する。

 

 

 プロフィール3

 

 かぼたん大好き。

 彼が王探しの旅を続けられたのは、絶えず微笑みを浮かべ帰還を喜んだ彼女がいてこそだろう。

 

 

 

 

 真名:無名の王

 

 クラス:ライダー

 

 出典:なし

 

 地域:ロスリック

 

 属性:秩序・善

 

 性別:男

 

 

『パラメータ』

 

 筋力:A +

 耐久:B -

 敏捷:A +

 魔力:E -

 幸運:E

 宝具:B +

 

 

【保有スキル】

 

 太陽の光の王の長子 A +

 

 雷を纏い、嵐を操る。

 

 

 竜の同盟者 A +

 

 竜に乗った際パラメータに補正。

 

 

 召喚 B +

 

 嵐の竜を召喚する。その際パラメータに強補正。

 

 

【クラススキル】

 

 騎乗 EX

 

 嵐の竜を操る。

 

 

 対魔力 C

 

 魔力に対する耐性を得る。

 

 

 〈宝具〉

 

 〝我が父より賜りし太陽の光〟

 

 ランク:A

 種別:対軍宝具

 説明:かつて最初の薪の王グウィンの長子であった彼は、最初に太陽の光の力……すなわち雷を受け継いだ。

 これはその名残であり、範囲内のすべての敵に太陽の光の槍を落とす。騎士/王に特攻ダメージ

 

 

 詳細

 古竜の頂に住まう、薪の王グウィンの長子だったもの。名を奪われ、無名の戦士として戦友である嵐の竜とともにひっそりと暮らしていた。

 肉体は枯れ果ててなおその技は衰えず、むしろその冴えが増したという。特に雷の力は強大であり、彼の全盛期を想起させる。

 そもそも彼は人理創生以前の存在であり、灰のように存命していたわけではない。灰の中に宿る己のソウルを触媒に、無限の器である灰を聖杯と定義して不安定な空間だった冬木でサーヴァントとして復活したのだ。

 

 

 全ては、己の友を試すために。

 

 

 




さて、次回からはカルデアでの日常。うまく書けるかどうか。
とりあえず各特異点で出会ったサーヴァントはカルデアに来させるつもりですが、何か希望とかありますでしょうか。
よろしくお願いします。


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幕間
キングズインカルデア その1


うおぉおお!(絶叫)
朝からJKの続き読んだんですが、うるっときました。これまで頑張ってきたJKが、初めて声に出して弱音を…
皆さんも是非読んでみるべきだと思います。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 目が覚める。

 

「……マシュ・キリエライト」

 

 自分の名を呟く。そうすることで、()()()無事に覚醒できたことを確認する。

 

 危うく失われかけたその確認にどこか懐かしさを覚えながら、ベッド起き上がる。目に映るのは白い部屋。

 

 しばらくぼんやりと壁を見つめていると、ふとなにかがベッドの上によじ登ってくるのが視界の端に映った。

 

「ン〜、フォウッ!」

「フォウさん。おはようございます」

 

 登りきった!とでもいうように耳を立てたのは、フォウさんだった。口元を緩め、フォウさんの頭を撫でる。

 

「フォウ、フォフォウ」

「はい、そろそろ起きないとですね」

 

 フォウさんを両手でそっと床に下ろすと、ベッドから降りる。そしてクローゼットからカルデアの制服を取り出して着替えた。

 

 お気に入りの寝間着を脱ぎ、代わりに着慣れた服とパーカーに袖を通す。そうすると洗面所に向かった。

 

 ガラス張りの扉をあけて鏡台の前に立つと、寝癖のついた髪を直し、歯を磨き、洗顔して身だしなみを整えていく。

 

 ある人に「女の子ならそういうのは気にしなくちゃダメよ?」と言われたのを思い出していると、ふと鏡に映る自分の顔を眺めた。

 

「……私が、デミ・サーヴァントに」

 

 カルデアに帰還してから1日経過したのに、まだ信じられない。自分が曲がりなりにも英霊の力を手にするなんて。

 

 この身に余る強大な力。人理に刻まれた英雄の盾。自分の受け継いだものはとても重くて、でももう目を背けないと誓った。

 

「藤丸、立香先輩……」

 

 私を助けてくれた人の名前を呼ぶ。そうすると先輩の微笑む顔が脳裏に浮かんだ。

 

 藤丸立香先輩。元はごく普通の一般人で、数合わせのためにこのカルデアに強制連行されてきた人。

 

 最初は無害そうな人だな、と思った。サーヴァントでもなければ魔術師でもない、何の変哲も無いただの人間。

 

 でもその胸の中には驚くほどの頑固さと我慢強さがあって、恐怖を振り切って炎に包まれた管制室にやってきた。

 

「先輩の手、大きかったな……」

 

 あの時。この手は煤と自分の血で汚れていた。

 

 なのに、先輩は迷いなく握ってくれた。ぎこちない笑顔と震えた手で、それでも私を不安にさせないように、とても強く。

 

 ドクターの検診以外に初めて触れた男の人の手は、とても安心できた。いいえ、あるいは先輩だからこそそう思うのでしょうか。

 

 ああ、私は一人ではないのだと。あの炎の中、一人で無意味に死んでいくのではないと、そう思ったのは確かで。

 

 思えばあの時から、私は先輩に助けられていたのだろう。

 

「今度は私が、ちゃんと先輩を守らないと」

 

 特異点Fでも、先輩には何度も助けられた。初めてサーヴァントと戦った時も、アーサー王と対峙した時も。

 

 どちらの時も、私は迷っていた。自分ではダメだと決めつけていて、キャスターさんやバーサーカーさんがいて初めて生き残ることができた。

 

 でも、今度からはそうはいかない。バーサーカーさんを除けば、これからの旅で先輩を守れるのは、私だけなのだから。

 

「フォウ?」

 

 そう決意を固めていると、眺めていた手にフォウさんの手が置かれた。それに思わず苦笑して、もう一度鏡を見る。

 

「マシュ・キリエライト、頑張ります。えいっえいっおー!」

「フォーウ!」

 

 フォウさんと一緒に軽く自分を鼓舞して、私は部屋を後にした。まずは、朝食をとりにいきましょう。

 

 そう思って食堂の方に進路を向け、角を曲がると──そこにはとても見慣れた男性が、何かに困った様子で立っていた。

 

「先輩」

 

 声をかけると、その男性……今しがた考えていた藤丸先輩は、こちらに気づいて振り返った。

 

「あっ、マシュ。おはよう。それとフォウも」

「フォウ!」

「はい、おはようございます。こんなところでいったいどうしたんですか?」

 

 歩み寄って問いかける。すると先輩はバツが悪ように後頭部に手を回して、いやーと声をあげた。

 

 なんでも、また道がわからなくて迷ってしまったらしい。そこに私が偶然通りかかった、というところなのでしょう。

 

「食堂があるって聞いたんだけど、どこにあるのかわからなくて」

「なるほど、それは大変ですね。では私がご案内します」

「本当? ありがとう」

「いえいえ、お気になさらず。ちょうど私も行くところでしたので」

 

 それに、先輩には支えてもらった恩がある。案内をするくらいなら、いくらでも承りますとも。

 

 早速、移動を開始する。隣に並んで歩いて、時折道を曲がる時に声をかけていると話に聞く案内人(ガイド)の気分になります。

 

「マシュがいてくれて助かったよ」

「そう言っていただけると嬉しいです。それより先輩、またということはすでに一度迷ったことがあるのでしょうか?」

「うっ、面目ない。流石に来て二日じゃ覚えきれなくて……」

「い、いえっ、責めてるわけではありません!ただ、その時はどうやって目的の場所へ来たのかと気になったのです」

「あ、そういう意味ね。その時は職員の人に案内してもらったんだ」

「職員の方、ですか?」

 

 鸚鵡返しに聞き返すと、うんと頷く先輩。そしてその職員の人の特徴を教えてくれる。

 

「ああ、多分その方はエミリアさんではないでしょうか」

 

 エミリア・フィー・ルーソフィア。イギリス出身の方で、医療部門に所属するスタッフの方だったと記憶している。

 

 ドクターロマンの助手でもあり、時々検診の時にお会いしたことがあった。私の印象では神秘的な人、が最も良い表現でしょうか。

 

 皆エミリアさんのことを知っているけれど、出身以外はどのような人物なのかは誰も知らない。そんな、不思議な人。

 

 それを説明すると、先輩はふむふむと頷く。それに合わせてフォウさんが尻尾を振るのが少し可愛かった。

 

「エミリアさんっていうのか、あの人。今度会ったら改めてお礼を言わなくちゃな」

「はい、それがいいと思います……と、着きましたね」

 

 世間話をしている間に、食堂についていた。案内ミッション、コンプリートです。

 

「あ、でも……」

「?」

「今、料理をできる人がいるのでしょうか……」

「あっ」

 

 そう。先のレフ・ライノール・フラウロスの爆破により、カルデア職員の約七割が死亡してしまっている。

 

 その中にはコックの方もいたはずで、料理と呼べるものを作ることができるスタッフが残っているのかわからなかった。

 

 それに現在、特異点の明確な時代を特定するために残った職員の方々は寝食を忘れ解析をしていると聞いている。

 

「どうしましょう、もし何もなかったら……」

「あれ、でも厨房っぽいとこに明かりがついてるよ?」

「え?……あ、本当ですね」

 

 先輩の指差す方を見ると、たしかに厨房のカウンター部分のライトは点灯していた。あれなら平気だろう。

 

 杞憂も無くなったので、早速二人で厨房に入る。そうするといつものようにカウンターで注文をした。

 

「すみません、今日のメニューは……」

 

 スッと無言でカウンターの奥からメニュー表が差し出される。お礼を言ってそれを受け取った。

 

「えっとですね、先輩。今日のオススメは」

「…………」

「先輩?」

 

 メニュー表を見せようとしたら、先輩が絶句しています。はて、何故こんな顔をしているのでしょう。

 

「先輩?どうかしたんですか?」

「ま、まままままマシュ」

 

 一回も聞いたことのないような震えた声で、先輩が私の背後を指差す。

 

「厨房がどうかして──」

 

 そして、振り返って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこにいた私を()()()()()()()()に、あんぐりと口を開けた。

 

 その人は、とても大きかった。目視ではおおよそ二メートル、厨房の天井に日本で言うところの怒髪天の髪が触れている。

 

 その人は、まるで以前見たエジプトのミイラのように体が干からびていた。それでもなお逞しく、歴戦の戦士なのが伺える。

 

 その人は、エプロンとコック帽をしていた。すさまじい巨躯にはち切れんばかりのエプロンは、より一層恐怖を煽る。

 

 虚ろな眼窩で私を見下ろしているのは──特異点Fでバーサーカーさんが打倒したはずの、神霊サーヴァントだった。

 

「なっ、なんでここに……」

「お、落ち着いてくだひゃい先輩、まずはお話を聞いてみましょう」

 

 ああっ、噛んでしまった。先輩を守ると誓ったばかりなのに、何を弱気になってるのですか!

 

「………………?」

 

 こてん、と神霊サーヴァントは首をかしげる。まるで、注文しないのか?とでも聞いているようです。

 

 その姿に、敵意はなかった。本当に注文を待っているコックさんのようで、私は意を決して話しかける。

 

「その……なぜ、あなたはここに?召喚を行なったという報告はありませんが……」

 

 とはいえ、カルデアに帰ってきたのは昨日の今日だ。もしかしたら私の知らないうちに召喚されたのかもしれない。

 

「…………」

 

 そう聞くと、神霊サーヴァントはふるふると首を横に振った。えっ、召喚されてないのなら、なぜここに……

 

 まさか、レフ・ライノール・フラウロスの仕業!?この神霊サーヴァントも回収された王の一人で、カルデアに奇襲をかけに……!

 

「……!」

 

 サーヴァント化しようと身構えると、神霊サーヴァントは何かを思いついたようにぽん、と手のひらを叩いた。

 

 そうするとぐいっとこちらに身を乗り出してくる。そして……その大きな手で先輩の頭を鷲掴みにした。

 

「ぬわっ!?」

「せ、先輩!?」

 

 いきなりの行動にアワアワとしている間に、神霊サーヴァントは先輩の頭から手を離す。

 

『……この言語であっているか』

「「っ!?」」

 

 突如、脳裏に響く声。深みのあるその声は、まるで直接頭に語りかけているかのような……

 

「もしかして、貴方が……?」

 

 また頷く神霊サーヴァント。続けて先輩の記憶を介して言語を知り、ソウル……つまり魂に語りかけていると言う。

 

 思わずぽかんとしてしまった。視界の端に移る先輩も同じ顔をしている。まさか、そんなことができるなんて。

 

『肉体が…………朽ちかけでな…………これで……話させてもらう…………』

「あ、はい……」

 

 かろうじて返事を返せば神霊サーヴァントは首肯して、話を始める。

 

『ここへは…………助力しに……来た…………』

「「えっ!?」」

 

 思わず声を上げて先輩と顔を見合わせた。信じがたい言葉を聞いた気がするのだ。

 

 この神霊サーヴァントが、私たちに協力してくれる?バーサーカーさんが宝具を使うほどの強力な英霊が?

 

 神霊サーヴァントの顔を見る限り、嘘を言っているようにも見えません。いや、干からびてるから表情は理解不能なんですけど……

 

「ほ、本当なの?」

 

 今度は先輩が恐る恐る聞いた。神霊サーヴァントは数度目かになる首肯をする。

 

『俺は……嘘は…………言わない……』

「それじゃあ!」

 

 もし本当に協力してくれるのなら、強力な戦力に……!

 

『だが……戦うのは疲れた…………』

「えっ?」

「でも今、協力してくれるって……」

『ああ…………だから俺は……料理を作る』

「「へっ?」」

 

 ここが俺の戦場、と言わんばかりに包丁とおたまを構える神霊サーヴァント。それを見てなんともいえない気持ちになった。

 

『腹が減っては…………戦はできぬ……ならば……腕によりをかけて…………作ろうではないか…………』

「は、はぁ……」

「えっと、お世話になります……?」

『うむ……それでは……さっさと注文しろ…………でなければ雷を食らわせる…………』

 

 あまりに物騒な選択問題に、私たちは慌てて注文をするのでした。




だめだ、ネタが全然思いつかない。
みなさま、良ければこんな話を見たい的なのを……(懇願)
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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キングズインカルデア その2

今回は前回の続きです。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 あれから動揺しつつも、なんとか注文を取った私たちですが。

 

「「…………」」

 

 現在、私と先輩は横長なテーブルの一つに座り、対面に向かい合って無言で食事が来るのを待っていました。

 

 痛いほどの沈黙が食堂を包み、響くのは無名の王さん……あの後真名を教えていただきました……の調理の音のみ。

 

 会話はなく、あるのは極度の緊張。もし何か気に触ることをして、雷を落とされたらと考えると自然とそうなってしまいました。

 

「「……………………」」

 

 き、気まずいです!こういう空気は良くないと以前資料で読んだことがあります!

 

 今後共に人理修復の旅をするので、少しでもコミュニケーションを……と思っていたのですが、これではそんなことできません!

 

「……ど、どんな料理が来るんだろうね」

「!」

 

 思わずパッと顔を上げました。すると、やや引きつった先輩の笑顔が見えます。私にできないことをやってのける、流石です先輩!

 

「一応、既存の定食を頼んだのでそうおかしなものは出てこない、と思いますが……」

「俺が頼んだのがハンバーグ定食で、マシュがシチュー、だよね」

「はい、それであっています」

「朝からちょっと重かったかな」

 

 ははは、と乾いた笑みを浮かべる先輩。その表情には空気を緩和しなければという鉄の意志を感じました。

 

 ……先輩がこんなに頑張っているのです、私もちゃんと会話を繋げなければ。マシュ・キリエライト、全力でいきます。

 

「あの、先輩はどのような生活をしていたのですか?」

「え? うーん、普通かなぁ」

「なるほど、普通ですか」

 

 一般的な先輩の年齢の男性の普通の生活。それは私にとっては未知の領域に他なりません。

 

「よろしければ、聞かせていただけると……」

「聞いても面白くないよ?」

「いえ、ぜひ聞いてみたいです」

「そう? なら……」

 

 そして先輩は、カルデアに来る前の話をしてくれました。

 

 それは、このカルデアの外に出た経験がない私にとってはとても新鮮かつ、驚きに満ちたものでした。

 

 家族と旅行に行ったり、学校に通ったり、放課後に友人の方々と遊んだり、海で泳いだり、友人の恋愛相談を聞いたり……

 

「それで、その時そいつがさ……」

 

 先輩はそれを、とても楽しそうに話す。どこか慈しむように、大切そうに笑顔で語るその姿に、自然と微笑みが浮かんだ。

 

 けれど数秒もしないうちに、ピタリと不意に先輩の言葉は止まった。そうすると顔をうつむかせてしまう。

 

「先輩?」

「……今思うと、当たり前だけどすごい大切だったんだな、って思ってさ」

「っ……」

 

 そう言った時の先輩の顔は、とても辛そうに見えました。下がった目尻はそのまま、先輩の失った悲しさを表しているようで。

 

 とっさに励ましの言葉を口にしようとするけれど、それは声にはならなかった。

 

 

 

 だって私は、知らないから。

 

 

 

 それらは、私にとっては情報の一つでしかないもの。カルデアしか知らない私が、ついぞこの目で見ることのなかったもの。

 

 家族の暖かさも、学校の楽しさも、友人の騒がしさも、海の綺麗さも……恋をするという、その感情も全て。

 

 私は、知らないのだ。なぜなら私は、このカルデアで……

 

「……先輩の大切なものを取り戻すためにも、必ず人理を取り戻しましょう」

 

 最終的に私の口から出たのは、そんなありきたりな言葉だった。でも先輩は顔を上げて、いつも通りに笑う。

 

「……ああ、そうだよな。いつまでもくよくよしてられない。男らしくないって爺ちゃんに怒られちゃうしな」

「バーサーカーさんと私で、必ず守ります。だから頑張りましょう、先輩」

「ああ!」

 

 先輩と二人でぐっと拳を握る。よかった、少しは先輩の調子が戻って。

 

 そう安堵していると、ふっとテーブルに影がかかった。反射的に上を見上げると……そこには無名の王さんがいた。

 

 その両手には蓋の被せられたお皿。どうやら、料理が来たようです。

 

『………………できたぞ』

「あ、はい」

「ありがとう、ございます」

 

 わずかに首肯した無名の王さんは、大きな手で皿を机の上に置く。その時の音は、やけに重々しく聞こえた。

 

 ドキドキと心臓が高鳴る中、無名の王さんは蓋の持ち手を握ってゆっくりと持ち上げる。

 

 無名の王さんが腕によりをかけて作った、その料理の姿は──!

 

「「………………」」

 

 無名の王さんの料理は、なんというか……とてもユーモアに富んでいました。あるいはエキサイティングともいえます。

 

 まず、先輩の頼んだハンバーグは細長い形状をしていました。上に向かうにつれ太くなっていって、一番上は頭のようです。

 

 頭には二つのくぼみがあるので、影法師というところでしょうか。不謹慎にも周りに盛り付けられた野菜がお供え物に見えてしまいます。

 

 一方私の方は……はい、赤いです。ひたすらに赤くてグツグツしてます。一言で形容するなら以前映像を見たマグマが最も妥当でしょう。

 

 所々に浮いている肉と思われる焦げ茶色のものが溶岩に沈みきっていない岩のようで、まるで火山地帯を見ている気分でした。

 

『特製……人間性ハンバーグと…………イザリスシチューだ………………』

「えっと……」

「その……」

『さあ…………食え…………さもなければ……雷を食らわせる』

「「あっはい」」

 

 選択の余地はありませんでした。

 

 スプーンを持ち、一口シチューをすくう。熱気すら発しているのかと錯覚するシチューに、ゴクリと喉を鳴らした。

 

 ふと先輩を見ると、一口ぶん割ったハンバーグをじっと凝視しています。どうやら私たち、同じ気持ちみたいですね。

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 うう、見ています。これはもう、逃げられないです。

 

「マシュ」

「先輩?」

 

 名前を呼ばれて先輩の顔をもう一度見ると──その瞳には、覚悟が浮かんでいました。この現実を受け入れて、前に進むという意思が。

 

 ……そうです、私は先輩とともに戦う決意をしたんです。こんなところで逃げるわけにはいきません!

 

「「い、いただきます」」

 

 意を決して、スプーンを口の中へ運び──

 

「──っ!」

 

 私は目を見開きました。

 

「こ……」

「これは……」

『………………どうだ?』

「美味いっ!」

「美味しいです!」

 

 てっきり見た目から口内が全て焼け爛れる覚悟をしていましたが、それとは全くの正反対でした!

 

 お肉はよく煮込まれているのか、ホロホロと口の中で崩れていき、ジャガイモやニンジンなどはしっかりと味が染み込んでいて甘い。

 

 そしてそれらをまとめるシチューは適度な辛味がきいていてくどくなく、一瞬ピリッとした後に具と一緒にするりと喉の奥に入っていきます。

 

「これならいくらでも食べられるよ!」

「はい、お見事な出来栄えです!」

『それは…………よかった……なにしろ……久しぶりだったからな…………』

 

 ホッと盛り上がった胸板に手を置いてそう言う無名の王さん。見た目に似合わない普通の仕草に、少し恐怖が薄まった。

 

 嬉々としてシチューを口に運び、15分もすると綺麗に完食した。ちょうど同じ頃に、先輩も食べ終わって手を合わせる。

 

「「ごちそうさまでした」」

『お粗末様……だ…………』

 

 私たちに合わせて無名の王さんがぺこり、と軽く頭を下げる。私と先輩は顔を見合わせ、ふっと笑った。

 

 最初は怖い方かと思いましたが、案外そうでもなさそうです……食べないと雷を落とすというところ以外は。

 

 そんなことを思っていると、コック帽を外した無名の王さんは大きめの脚立を持ってきて座った。

 

『しかし……ここは良い食材が…………揃っているな……』

「はい、カルデアの食料は職員の健康管理のため、良い状態のものが揃えられています」

『そのようだな…………()()()()()()()()……ここに来て……正解だった…………』

「そういう意味でも?」

 

 ということは、無名の王さんがカルデアに来た理由は料理による助力以外にもある、ということでしょうか。

 

『…………お前たちは…………あいつのことを……どれほど知っている………………?』

「あいつ?」

「もしかして、バーサーカーさんのことですか?」

『ああ……そう呼ばれているのか…………で、どれほど知っている……?』

「えっと、特異点で多少は話したけど。何歳で不死人になったとか……」

 

 多少は慣れてきたのか、先輩は普段通りの様子で無名の王さんと話す。やっぱり先輩は勇気のある方だと思います。

 

『そう、か…………あいつは…………頼り甲斐があるだろう……?』

「うん。いつも俺たちを守ってくれたよ」

『そう……あいつは強いのだ………………しかし…………だからこそ脆い……』

「脆い、ですか?」

 

 あのバーサーカーさんが?そんなこと、全く想像できません。

 

『あいつは……失うことを………………極端に恐れる……だから…………誰より強く……あろうとする……』

「失うことを、恐れる……」

「誰より、強く……」

 

 無名の王さんの言葉からは、それがバーサーカーさんの強さの源だという意思が感じられます。

 

 失うのを恐れるからこそ、強く。確かにそれは、理解できます。私もあの時、先輩たちを守りたくて踏ん張ったのですから。

 

『俺は……奴を試すために……サーヴァントとして蘇った…………』

「ええっ、そんなことできるの?」

『これでも…………最初にソウルの術を見出した……男の息子だ……』

 

 そうでした。バーサーカーさんから聞いた話によると、無名の王さんは太陽の光の王グウィンの息子だったようです。

 

『だからこそ言おう……決して…………決して、あいつの前で……死ぬな……』

「……うん、もちろん。死ぬつもりなんてないよ。人理を取り戻すためにも」

 

 迷いなく答える先輩。私もまた、無名の王さんに向かって強く頷く。

 

『…………ならいい…………話は以上だ……また食いに来い…………』

 

 無名の王さんは立ち上がり、脚立を片手に厨房に戻っていった。後には私と先輩だけが残る。

 

「そういえばマシュ、昨日ドクターが今日はブリーフィングあるって言ってなかったっけ?」

「あっ、そうでした。時間は……今から20分後ですね」

 

 これなら会議室までゆっくり歩いても間に合うだろう。

 

 いそいそと立ち上がって、もう一度厨房にごちそうさまでしたと伝えると食堂を出た。さあ、また案内の時間です。

 

 

 

『あー、テステス。聞こえるかい?』

 

 

 

 先輩を会議室に案内しようと口を開いたところで、アナウンスが入った。これはドクターロマンの声だ。

 

『藤丸君、マシュ、バーサーカー君。至急中央管制室に来てくれ。ちょっと問題が発生した』

「中央管制室って……!」

「まさか、カルデアスにまた何か……!?」

 

 私たちは顔を見合わせ、走りだした。

 

 今カルデアスに何かあれば、私たちは一巻の終わりだ。何があったのだろうと焦りを感じながら、足を動かす。

 

「マスター!」

 

 幾度か角を曲がったところで、バーサーカーさんが合流しました。ただし一人ではなく、腕の中にある人を抱えて。

 

「あの時の職員の人!」

「エミリアさん!?なぜバーサーカーさんと一緒に……」

「お二人共、おはようございます」

「事情は後で私から説明しよう。それより今はあそこに向かうぞ」

 

 確かに、今は気にしている場合ではない。疑問を頭の隅に追いやって再び体を動かし、管制室に急いだ。

 

 走り続けて数分もすると、管制室の扉が見えてくる。一気に廊下を駆け抜けて、私たちは中央管制室に飛び込んだ。

 

「マシュ・キリエライト、藤丸立香、サーヴァントバーサーカー、入室します!」

 

 飛び込んだ瞬間、すぐ目の前にいたドクターロマンに叫ぶ。彼は振り返り、柔和な笑みを浮かべた。

 

「やあ三人とも……じゃなくて、四人とも?」

「ご無沙汰しております、ドクター」

「あー、おはようルーソフィアさん?なんでバーサーカー君と一緒に……」

「ドクターロマン、それは後です!一体何が起きたんですか!?」

 

 先ほどの私たちと同じ質問をしようとしたのを押しとどめ、アナウンスの理由を問いかける。

 

 するとドクターロマンは、「いやーちょっとね」と頬をかき、カルデアスの方向に人差し指を向けた。

 

 やはり、カルデアスに何か──

 

「………………え?」

「…………なんだ、あれ」

 

 そこにあったものに、私と先輩は呆然とした声をあげる。

 

 それは、とても大きなものだった。そこにあるだけで強い存在感を発揮するような、不思議なもの。

 

 それは、様々な精密機械が密集しているこのカルデアの管制室には、おおよそ似合わないものだった。

 

 

 

 それは。

 

 

 

 まるで突然どこからか現れたように、カルデアスを囲むのは──

 

 

 

 

 

「……よもや、篝火の次は〝玉座〟とはな」

 

 




突如現れた石の玉座。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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キングズインカルデア その3

どうも、ヨーム倒したんですけどモタモタしてる間にバルトさんが焼き玉葱となってめちゃくちゃ凹んだ作者です。
これ日常っていうより番外編みたいな感じなので、章の名前を変更しました。ご了承ください。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「…………む」

 

 ふと、闇の中に沈んでいた意識が浮上する。

 

 ゆっくりと目を開けると、ゆらゆらと揺らめく炎が見えた。儚げであるのに決して壊れぬそれは、見慣れた篝火だ。

 

 床に手をつき、体を持ち上げていつもの体制になる。そうするとはて、何故自分は寝転がっていたのかと思った。

 

 殺された記憶はない。犬の群れに嬲られても、心臓を貫かれ(パリィ致命)たわけでも、ましてや聖堂騎士の大剣に潰されてもいない。

 

「……ああ、そうか」

 

 しばらく考えて、答えにたどり着く。なるほど、私は眠っていたのか。

 

 何千年も昔、まだ自分が人と呼べるものであった頃の記憶の隅に引っかかった、睡眠という行為を思い出す。

 

 そうだ、確かに眠るとはこういうものだった。突然全てが途切れる死と違い、ただ暗闇の中を揺蕩うような、心地の良いもの。

 

 はるか過去の思い出と化したそれは、篝火に当たった時のような安心を私に与えてくれた。

 

「案外、悪くないものだ」

 

 そう呟くのと、部屋の扉がスライドする音が聞こえたのは同時であった。

 

 そちらに振り返ると、ちょうど火防女が入ってくるところだった。手には桶とおぼしきものと、新品の白い布がある。

 

 彼女の顔を見た途端、眠りに落ちる前の柔らかな感触を思い出して頬が熱くなった。すぐさまソウルから兜を取り出して着け隠す。

 

「灰の方、お目覚めになられたのですね」

 

 火防女は特に何かを言うことはなかった。内心少し安堵しながら、答えを返す。

 

「ああ、つい先ほどね。その……ありがとう」

「恐れ多きことでございます。とても安らかに眠っておられましたが……良い夢は見れたでしょうか」

 

 ……夢、か。これもまた、随分と見ていないものだ。もっとも、走馬灯なら数えきれぬほど見たがな。

 

 さてどうだという質問だが、我ながら久方ぶりの睡眠のせいか、かなり深く眠ったらしく何かを見た覚えがない。

 

「まあ、良いかと言えばそうではないが……悪くもなかった、と言うところか」

 

 だが、あの様なことまでしてくれた彼女にそれをいうのも忍びないだろう。だから曖昧にごまかした。

 

「そうですか」と火防女は微笑んで私の後ろを通り抜け、ベッドに向かった。つられて見ると、未だに眠るオルガマリー嬢がいる。

 

 なにやらうなされているオルガマリー嬢に、火防女は丁寧な所作で布を濡らすと額の汗を拭いた。

 

「……彼女の容態は?」

 

 ふと、なんとなしにそんな事を聞く。それは果たして、この胸にくすぶる罪悪感ゆえのことか。

 

「おそらく、命を落とした際のことを夢見ているのでしょう。悪夢を見ているようですが、じきに目覚めます」

「そう、か……」

 

 その時は、覚悟せねば。たとえ彼女が私に罵詈雑言を浴びせようと、それは然るべき報いなのだから。

 

 しばらく介抱をしていた火防女は、やがて昨日と同じように隣に座る。ただ、心なしか距離が近いような気がした。

 

「……食事などに行かなくて良いのか?今の君は、普通の人間なのだろう?」

 

 なんだかその距離が恥ずかしく、そう問いかける。ちなみにこれは、その羞恥を誤魔化すためだけではなく、本心からの質問だ。

 

 確かに彼女は火防女のソウルを持っているのだろうが、その肉体は現代の人間のもの。ならば色々とあるはずだ。

 

「ええ。ですが……」

 

 そっと火防女の手が伸ばされ、私の手に重ねられる。

 

「む……」

「もう少し、このままで」

 

 ……まったく、ずるいな。私が断らないことをわかっていてそんな風に微笑むなど。

 

「……君がそう望むのなら」

「ありがとうございます、灰の方」

 

 それからしばしの間、私たちは手を重ねていた。

 

 会話はなく、それ以上のこともなく。これがあるべき姿とでもいうように、その温もりを感じている。

 

 篝火を除き、この手だけがもっとも私に安らぎを与えてくれた。火継ぎの巡礼の最中も、幾度も同じように手を重ねたものだ。

 

 体が変わっても、それは変わっておらず──。

 

「………………」

 

 そういえば。その体は君の子孫ものだと言っていたが、であれば彼女は少なくとも一度は子を成したことになる。

 

 心当たりは…………正直なところ、ないといえば嘘になる。たった一度きりだが、彼女と深く繋がったことがあった。

 

 しかし、聞いても良いものだろうか。色々と擦り切れた私であるが、そういう質問が不躾なことであるくらいは覚えている。

 

 

 

『あー、テステス。聞こえるかい?』

 

 

 

 さて、どう聞こうかと思っていると、天井についていた黒いものから彼の声が聞こえた。

 

 

『藤丸君、マシュ、バーサーカー君。至急中央管制室に来てくれ。ちょっと問題が発生した』

 

 

「……問題?」

 

 やや硬めな彼の声に首をかしげる。一体なにがあったというのか。

 

 そう思っていると……ふと、かすかにこのカルデアの中に異形のソウルの気配を感じた。場所は、あの天体型の装置のあった場所。

 

 あまりにも相手との距離が離れすぎているからか、具体的に誰のソウルかはわからないが……まさか、あの異形のソウルの男か?

 

「……実際に見て確かめるほかない、か」

 

 名残惜しいが、火防女の手の下から自分のそれをそっと引き抜いて立ち上がる。

 

「行くのですか?」

「ああ。君はここに……」

「私も行ってもよろしいでしょうか?」

 

 思わず火防女を見下ろした。その白銀の目には、しっかりとした意思が宿っている。

 

「なぜだ?」

「灰の方もソウルの気配をお感じでしょうが……どこか、懐かしい気がするのです」

「懐かしい、か……」

 

 つまり、あの男でない可能性もある。あの異形のソウルの男ならば、懐かしいではなく〝覚えがある〟というはずだ。

 

 とはいえ、危険のある場所に彼女を行かせて良いものか。そんなことを考えているうちに、彼女は立ち上がっていた。

 

「私は平気です。行きましょう」

「……もしもの時は、必ず逃がす」

 

 守る、とは言えなかった、当たり前だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「とはいえ灰の方、私では貴方様についてはゆけません。ですので……」

「……仕方がないか」

 

 彼女の言わんとするところを察し、少し姿勢を落とすと背中と膝の裏に手を回して抱き上げる。

 

 ソウルの力で強化されたこの身は、容易く彼女を持ち上げた。驚くほど軽い。やはり彼女も一人の女性ということだろう。

 

 一応オルガマリー嬢に〝見えない体〟をかけてから、部屋を出る。そうすると一気に管制室まで駆け出した。

 

「この速さで問題ないか?」

「ええ」

 

 火防女に負担をかけないよう、ソウルを目印にして走ることしばらく。角の向こうに覚えのあるソウルを二つ感じた。

 

「マスター!」

 

 現れたのは、マシュ殿とともに走るマスター。彼らはこちらに気づき、次いで火防女を見て驚く。

 

「あの時の職員の人!」

「エミリアさん!?なぜバーサーカーさんと一緒に……」

「お二人共、おはようございます」

「事情は後で私から説明しよう。それより今はあそこに向かうぞ」

 

 疑問を口にしようとする二人を制し、四人で中央管制室へと急ぐ。

 

 ほどなくして、昨日も見た鉄の扉が見えてきた。それは近寄ると自ら開き、私たちは管制室へ走りこむ。

 

 すると、カルデアスとやらを見ている一人の男の後ろ姿があった。

 

「マシュ・キリエライト、藤丸立香、サーヴァントバーサーカー、入室します!」

 

 マシュ殿が名前を呼べば彼は振り返り、柔和な笑みを浮かべた。

 

「やあ三人とも……じゃなくて、四人とも?」

 

 先ほどの二人同様、火防女を見て少し驚く彼。そういえば、彼女の今の名前を聞いていなかったな。

 

 そんなことを考えながら火防女をそっと下ろす。「ありがとうございました」と言った彼女は、彼に綺麗にお辞儀をした。

 

「ご無沙汰しております、ドクター」

「あー、おはようルーソフィアさん?なんでバーサーカー君と一緒に……」

「ドクターロマン、それは後です!一体何が起きたんですか!?」

 

 そう、私たちは彼に何かあったと聞き呼び出されたのだ。その理由を知らなければならない。

 

 視線を向けると、彼は困ったように笑ってカルデアスの方向を指差した。つられて、私たちもそちらへ向く。

 

「………………え?」

「…………なんだ、あれ」

 

 そして、そこにあったものにマスターとマシュ殿が呆然といった様子で呟いた。

 

 かくいう私も、〝それら〟を見て兜の下で目を見開いた。おそらく、先に篝火と火防女に会っていなければ絶句しただろう。

 

 それほどまでに、〝それら〟はこの場所に……いいや、今の世界のどこにも似つかわしくないものであった。

 

「……よもや、篝火の次は〝玉座〟とはな」

 

 そこにあったのは、五つの巨大な石の玉座。かつて故郷へ帰った王たちを薪として連れ戻し、座らせた傷だらけの王の椅子。

 

 篝火もあったのだ、心の片隅でもしやと思っていたが……まさか、本当に玉座までこのカルデアに来るとは。

 

「灰の方」

「……ああ」

 

 そして先ほど感じた異形なソウルの持ち主は、玉座の一つに座っていた。記憶の中にあるのと、同じように。

 

 固まるマスターたちの横を通り抜け、その玉座の前に跪く。その方の視線がこちらに向くのがわかった。

 

 

 

 

 

「おや、随分と懐かしい顔だ」

 

 

 

 

 

 その言葉に顔を上げると、その方は柔らかな微笑みを乾いた顔に浮かべている。

 

 その微笑みは、昔と変わっていない。人の子ほどの背丈も、燻る枯れた体を包む不釣り合いなほど豪華な衣装と王冠も。

 

「久しぶりだね、王の探索者」

「お変わらずで何よりです──ルドレス様」

 

 

 

 クールラントのルドレス。

 

 

 

 禁忌とされた人の魂を変質させる《ソウル錬成》の秘術を使い、国を追われた小さな罪人にして──《薪の王》、その一人。

 

 唯一玉座から逃げず、祭祀場に残った王である。火継ぎの巡礼の中では、彼に多くのソウル武器を作ってもらった。

 

「君も変わらないようだ。火防女とはどうなったんだい?」

「それは……」

「ルドレス様」

 

 私が言う前に、火防女が隣に歩み出てきた。途端にルドレス様は相貌を崩す。

 

「ああ、上手くいったのか。よかったよ、君がようやく報われて」

「ありがとうございます、ルドレス様」

 

 安心したように笑うルドレス様に、ふっと目元を緩める火防女。

 

 巡礼の時から思うことではあったが、この二人はどこか親子のようにも見える。

 

「あ、あの!」

 

 二人の間に流れる和やかな雰囲気を感じていると、後ろからマシュ殿が声をあげた。

 

 振り返ると、マシュ殿とマスターが困惑した様子でいる。見れば、その後ろには同様の様子の職員たちがいた。

 

「なにやらお知り合いのご様子ですが、この方は一体どなたなのでしょうか?」

「ああ、彼は《薪の王》の一人だ」

 

 そう言った瞬間ざわり、と空気が揺れた。そして一瞬で警戒体制になり、マシュ殿がマスターの前に立つ。

 

「バーサーカーさん、ルーソフィアさん、こちらに!その方はレフ・ライノールの手先である可能性があります!」

 

 ああ、そういえば異形のソウルの男は言っていたな、全ての王は回収したと。ルドレス様がそうであると懸念しているのか。

 

 しかし……

 

「構える必要はない。彼に戦う力はないよ」

「え……?」

 

 彼は他の王と同じく力で薪の王となったのではない。その聡明さから、《薪の王》の栄誉に預かったのだ。

 

 それを説明するも、異形のソウルの男の裏切りが後を引いているのだろう。半信半疑といった雰囲気となる。

 

「心配いらないよ、お嬢さん。この小人は捨てられたのだから」

 

 何か言わなければと口を開いたのと、ルドレス様がいったのは同時であった。

 

「ルドレス様、捨てられたとは?」

「言葉の通りだよ。私はどうやら使えないと判断されたらしい」

 

 使えない、か……たしかに彼に直接的な戦闘力はない。人理焼却を行ったものにとってはいらぬ存在だったのだろうか。

 

「失礼、ミスタールドレス。僕はこのカルデアの指揮を預かっているロマニ・アーキマンです。ご質問をよろしいでしょうか」

「これはご丁寧に。それで、なにが聞きたいのかな?」

「貴方はなぜ、カルデアに?それにこの玉座は……」

 

 彼の質問に同意の首肯をする一同。

 

 ふむ。ロスリックでは目の前で消滅して祭祀場にいる、という人物が多数いたので自然に受け入れていたが……改めて考えればおかしいな。

 

 それに加え彼の表情を見る限り、敵のことを何か知っているなら聞いておきたい、という意図もあると見た。

 

「ふむ……といっても、そう語れることは多くない。それでもいいかい?」

「はい、構いません。今は少しでも情報が欲しいのです」

「よろしい、では話そう。まず、我ら《薪の王》はこの玉座とともに目覚めた」

 

 そうして、ルドレス様は語り始める。私たちは耳を傾けた。

 

「しかし目覚めてすぐに、何者かによって強い道具に縛られた。それははじまりの火でもなければ、不死の呪いでもない。もっと別の何かだ」

「きっと聖杯でしょう。それで、その何者かについては……」

 

 彼がそういうも、ルドレス様は申し訳なさそうにため息を吐いた。

 

「あいにくと、その時の記憶は曖昧なのだよ。すでに火継ぎは終わったはずなのに目覚めたことに、意識が混濁していてね」

「そう、ですか」

 

 少しの落胆。敵の首魁のことを知れるやもと思ったが、そううまくはいかないか。

 

「だが、《薪の王》たちを連れ去ったものの言葉は覚えているよ」

「「「っ!」」」

 

 しかし、次の言葉でそれは一転。ヒントを得られるかもしれないと次の言葉を待った。

 

「〝玉座は一つで十分だ〟。その言葉とともに、私は他の王たちの玉座とともに捨てられた」

「なんということを……!」

 

 それは、《薪の王》たちを侮辱する行為だ。己のソウルをかけてその王座にたどり着いた彼らの偉業を嘲笑する行いだ。

 

 ふつふつと心の底から怒りが湧き上がってくる。確かにかつて、私は彼らと対峙し、そして斬り伏せた。

 

 だが、そこには尊敬と誇りがあった。彼らの後を継ぐという決意があった。そのための玉座を、捨てたというのか。

 

「……また一つ、この事態の元凶を倒す理由が生まれてしまったな」

「はっはっはっ、この小人のために怒ってくれるとは。君らしいね」

「当然です」

 

 その過程はどうあれ、《薪の王》たちは畏敬を抱くに値する人物たちなのだから。

 

(……灰の方。貴方様がそのような方であるからこそ、私はここにいるのです)

 

「ミスタールドレス、他に何か覚えていることは?」

「ふむ、そうだね……ああ、そういえばこうも聞いた。〝用済みの役立たずは一緒にしておくに限る〟とね。確か緑の服の男だったかな?」

「「「…………………………ほう」」」

 

 一瞬で誰だか、私を含め全員が察した。あの異形のソウルの男、どこまでも私たちを煽るつもりのようだ。

 

 要するに、奴の嫌がらせでルドレス様と玉座はカルデアに捨てられたということか。それほど死にたいとは都合が良い。

 

「ますます奴を狩らねばならなくなったな」

「ねえマシュ、俺今すっげえ怒ってるんだけど」

「そうですね、先輩。この胸を焼くような感情が怒りだとするなら、私も怒っています。この扱いは、あまりに不当すぎます」

「おや、君達も怒ってくれるのか。いやはや、なんとも暖かい場所に来たものだ」

 

 朗らかに笑うルドレス様からは、特に競った様子は見られなかった。そういうところも相変わらずだ。

 

 賢者にして寛大なる小人。己のことには割り切っているのに、他者……例えば火防女のことなどは気に掛ける。

 

 

 

 

 

「失礼だが、しばらくはお邪魔するよ。このルドレス、相談事くらいは乗ろう」

 

 

 

 

 

 兎にも角にも、このカルデアに賢者なる王と玉座が来訪した瞬間であった。




いい感じの距離感になってるだろうか…
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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第一回カルデア料理対決 前編

すみません、一度消しましたがやはり投稿します。



 

 

 

 

 

 食堂を、とんでもない緊張が支配している。

 

 

 

 

 

 まるで実際の重圧を持っているかのようなそれは俺の身を硬直させ、心を震え上がらせ、冷や汗を流させた。

 

 それは隣にいるマシュも同じで、最初に無名の王をここで見た時のように沈黙して強張った顔を俯かせる。

 

 俺たちがこんなになっている理由。それは──

 

 

 

「「……………………」」

 

 

 

 〝それ〟用に移動させられた長テーブルの向こう側、設置された簡易キッチンで睨み合う二人の男。

 

 かたや枯れた逞しい身体を純白のエプロンに包み、くすんだ王冠を長い髪の間から覗かせるコック帽を被る大男──無名の王。

 

 かたや筋肉質な褐色の肉体に、黒いエプロンをつけ腕組をしている、白髪の日本人のような風貌の男──無銘(エミヤ)

 

 どちらも無を名に冠する二人のサーヴァントは、互いを牽制し合うように鋭い視線……無名の王はわからないけど……を交わす。

 

 その体から漏れ出ている敵意で、俺たちは縮こまっているというわけだ。

 

 

 

 そもそも、なぜこんなことになったのか。

 

 

 

 その理由は、一時間前に遡る──

 

 

 

 ●◯●

 

 

 特異点Fから帰還して、早くも三週間と少しが過ぎた。その間、俺は様々なことをしていた。

 

 例えば、マシュや技術顧問にしてサーヴァントだったダ・ヴィンチちゃんに先生してもらってこちらの世界のことを学んだ。

 

 魔術回路の使い方とか、魔術礼装の効果とか、サーヴァントとの繋がりとか……色々と未知のことばかりで大変だ。

 

 ちなみに、ダ・ヴィンチちゃんがあの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチだと知った時はめちゃくちゃ驚いた。

 

 ていうか女だったんだと聞いてみると、なんでも自分で自分をモナ・リザにしちゃったとか。うん、訳がわからない。

 

 他にも冬木の時みたいにならないよう、いつでもそばで指示を出せるようにバーサーカー指導のもと特訓したりしてる。

 

 はっきり言って、すごくスパルタだ。爺ちゃんの影響で鍛えてなかったら1日目で根を上げた自信があるくらい。

 

 でもみんな教え方が上手くて、なんとか特異点修正に向けて準備をしていた。あとは職員さんの雑用の手伝いとかしてたな。

 

 

 

 そしてこの三週間で、最も大きな出来事が……サーヴァントの召喚。

 

 

 

 特異点を探索するにあたって、戦力はいればいるほど助かるということでカルデアの召喚システムを使った。

 

 カルデアを運営するための電力や魔力も考えて召喚を行なった結果、五人のサーヴァントを無事呼ぶことに成功。

 

 そして、そのサーヴァントというのが……

 

「あ、先輩。あれはクー・フーリンさん()()では?」

 

 トレーニングと午前中のブリーフィングが終わり、そろそろお腹も空いてきた頃。廊下を歩いていると、マシュが前方を見る。

 

 つられてそちらを見ると、なるほど確かに見覚えのある後ろ姿が二つあった。

 

「ほんとだ。おーい、二人とも!」

 

 声をかけて駆け寄っていく。すると彼らは振り向いて、こちらを見た。

 

 どちらも青みがかった髪に切れ長の赤い瞳、瓜二つの整った顔立ち。それぞれ青いタイt……戦闘服と祭祀風の衣装を纏っている。

 

「奇遇だね」

「こんにちは、キャスターさん。ランサーさん」

「おう、坊主に盾の嬢ちゃんか」

「俺らに何か用か?」

 

 全く同じ声で答える彼らの名は、クー・フーリン。習ったところによると、アイルランドの光の御子と呼ばれる英霊だ。

 

 曰く、呪いの魔槍ゲイ・ボルグを持つ戦士。クランの猛犬として知られ、数々の武勲をたてた伝説の戦士。

 

 そんな彼は、カルデアに召喚されたサーヴァントの一人だ。それは、特異点で言っていたランサーの霊基のクー・フーリンも同様である。

 

 同じ顔で分かりにくいので、そのアニキ肌な性格からそれぞれキャスニキと槍ニキって呼んでる。

 

「うん、今からマシュとご飯食べに食堂に行くんだけど。よかったら一緒に食べない?」

「お二人とも、大丈夫でしょうか?」

「んー、そうだな。まあいいぜ」

「せっかくのマスターからのお誘いだ、乗ってやろうじゃねえか」

「それじゃあ決まりだね」

 

 よし、と軽く拳を握って笑う。すると槍ニキのほうが笑って俺の肩に手を回してきて、キャスニキはふっと微笑んだ。

 

 俺は度々、英霊たちと交流を図っている。

 

 それは霊基を強化する種火?を集めたり、戦闘の連携の練習をしたりもあるけど、それ以外にも食事だったり、たわいない雑談とか。

 

 なにせ伝説の英雄だ、男なら一度は憧れる。せっかくカルデアにきてくれたのだ、仲良くなれるのならなりたいしね。

 

 サーヴァントが死者なのはわかっているけれど、こうして普通に話せているのだから普通の人と変わらないと俺は思う。

 

 そんなこんなで道中3人と会話に花を咲かせながら、ここ最近ようやく覚えられた道順をたどって食堂に向かう。

 

 もう部屋から管制室と会議室、浴場、食堂への道はマスターした。俺も日々進歩しているのだ、ふふん。

 

「おっ、なんだ坊主ニヤニヤして。嬢ちゃんといいことでもあったか?」

「ちょっ、なんでそこでマシュが出てくるのさ。別にそんなんじゃないよ」

「なんだ、照れ隠しか坊主〜?」

「いいこと、ですか? はい、先輩がようやく全ての魔術礼装の効果を覚えました!」

「かかっ、先輩なのに後輩に教わってるたぁ面白いこった」

 

 はっはっはっ、と笑う二人。こういうところを見ると、多少雰囲気が違っても同一人物なんだなぁと思う。

 

 ちなみにバーサーカーは「亡者となれば全員同じ顔だからな。それにあの燻りの湖での騎士狩りを思い返せば、そう驚きはしない」とか言ってた。

 

「二人ともあんまり……って、着いたね」

 

 そうこうしているうちに、件の食堂についた。

 

 入り口からひょいと覗くと、昼時のためか数人のカルデア職員の人たちがやや急いだ様子で食事をしている。

 

 あまり混雑してないみたいだし、これなら四人入っても大丈夫だろう。中に入ってキッチンカウンターに近づく。

 

「こんにちは、無名の王」

『…………ああ…………来たか…………』

 

 調理をしている無名の王が、こちらに顔だけ振り向いてテレパシーを送ってくる。この感覚にももう慣れた。

 

 最初は威圧感のあった無名の王だけど、すっかりキッチンの王として馴染んでいた。今ではムメーさんとか呼ばれてるらしい。

 

 なお、本人は満更でもなさそうだとか。

 

『なんなら……ムイムイでも…………いいぞ…………』

 

 その話を聞いた時の無名の王のつぶやきで、俺が崩れ落ちたのはいうまでもないだろう。

 

「エミヤさんも、こんにちは」

「ああ、君たちか」

 

 そんなキッチンの中に、もう一人。両手に完成した料理の皿を持ち、せわしなく動く男の人がいた。

 

 筋肉質な褐色の体に白い髪、そして黒いエプロン。どことなく無名の王と似たような組み合わせの彼の名は、エミヤ。

 

 特異点Fで戦ったあのアーチャーであり、あれが縁となって召喚に応じてくれた。現在は無名の王と並ぶカルデアの料理人だ。

 

 無名の王は見た目がエキサイティングだけど案外美味しい日替わりメニューを、エミヤがバランスの良い定食を幅広いジャンルで作っている。

 

「注文するなら早くしたまえ、この後にも数人来るようだからね」

『何が………………食べたい…………』

「あ、じゃあランダム人面オムライスで」

「私は折れ直の源次郎パンケーキをお願いします」

「んー、俺らどうする?」

「適当に定食でいいんじゃね?」

「了解した。それでは席について待っていてくれ」

『……了解…………』

 

 注文を終え、無名の王がクッキングタイム(話しかけると顔の横を雷の杭が通過する)に入ったので席を探す。

 

「あ……」

 

 すると、カウンターからほど近いテーブルにとある人物を見つけた。先に3人に席を取っといてもらうよう言って近づく。

 

「もっきゅもっきゅ……もっきゅもっきゅ……」

 

 その人は、夢中で積み上がったハンバーガーを食していた。その細身な体のどこに入るというのだろうか。

 

 それでもどこか小動物じみた可愛さがあるのは、彼女が未成熟ながらも見目麗しいからだろう。

 

「こんにちは、オルトリアさん」

「……む、マスターか」

 

 顔を上げたその人──アーサー王のオルタナティブ(別側面)であるセイバーオルタさんは、俺の顔を金色の瞳で射抜いた。

 

 大聖杯を守る最強の騎士であった彼女もまた、カルデアに召喚された英霊だ。これほど心強いサーヴァントもそういないだろう。

 

 その力の源である魔力炉を稼働させるため、食べる量もすごい。近時代へのレイシフトで定期的な食料確保をしてもちょっと危ないくらいだ。

 

「何か用か」

「いや、見かけたから挨拶をって思って」

「そうか。ご苦労なことだな」

 

 それだけ言ってハンバーガーを頬張る作業に戻るオルトリアさん。

 

 素っ気ないといえばそれまでだが、これでも最初よりずっとマシだ。召喚された時の威圧感とか半端じゃなかった。

 

 それでもコミュ力を総動員して交流を図った結果、端的な会話くらいはできるようになった。我ながらなかなかすごい難行だった。

 

「あの娘たちの方へ行かなくて良いのか?」

 

 お前は強情だな、と薄く笑った顔を思い出しているとそう言われる。そうだ、マシュたちを待たせてたんだった。

 

「それじゃあ、またねオルトリアさん。今度一緒にハンバーガー食べよう」

「……フン」

 

 手を振って、席を取っていてくれた3人のところに行く。アニキ二人がすぐに気づいてこっちに手を振った。

 

「ごめん、おまたせ」

「いや、そうでもねえけどよ。お前さんも熱心なことだな、あの黒い騎士王様と仲良くなろうなんざ」

「怖くて震え上がったりしねえのか?」

 

 からかうように聞いてくるアニキたちに、俺は即座に首を振る。

 

「確かにちょっととっつきにくいけど、人間なら懸命に向き合えばいつかは話せるし。それに爺ちゃんから〝押してダメなら押し通せ〟って言われてたからね」

 

 たとえうまくいかないことでも、粘り強く踏ん張り続ければいつかは道が切り開ける。爺ちゃんから聞いた、好きな言葉の一つだ。

 

 実際、時には頑固なことでうまくいくこともあった。他にも色々と、爺ちゃんからは教わったなぁ。

 

「……へっ、そうかよ。俺は嫌いじゃないぜ、そういうの」

「ただ、英霊の中にゃ話は出来るが理解はできねえ奴もいるからな。そこんとこは注意しとけよ」

「うん、ありがとキャスニキ」

「おう。ところで……」

 

 また話をしているうちに、無名の王とエミヤがそれぞれ完成した料理を持ってくる。

 

 俺の前に置かれたのは、仮面みたいに調理されたオムライス。日によって表情が変わるんだけど、今日は「イイネ!」だった。

 

 マシュはパンケーキアートみたいに謎生物の顔が入れられたパンケーキ、アニキたちはそれぞれエミヤの作る定食だ。

 

「「いただきます」」

『……召し…………上がれ…………』

「んじゃ、俺たちもいただくぜっと」

「こっちのステーキ一切れいるか?」

「今日はヘルシーな気分だから遠慮しとくわ」

「落ち着いて食べたまえ、犬でもあるまいに」

「犬って言うな!」

 

 ワイワイ騒いで食事をする。カルデアに来る前は学校の友達としていたその行為を、まさか過去の英雄たちとするとは。

 

 ……いつか、またできるだろうか。いや、できるようにするんだ。特異点を修正して、燃え尽きた世界を元に戻すことで。

 

 っと、せっかくの美味しいご飯なのに暗いこと考えてるのも失礼か。あっ無名の王、ちゃんと味わうからその雷の杭引っ込めて!?

 

「でもさー」

「? どうかしましたか先輩?」

 

 ケチャップが崩れて「イイネ!」から「ヨクナイネ!」みたいになってるオムライスを頬張っていると、ふと気になった。

 

 この見た目に反して美味しい、無名の王の料理。対してアニキたちが食べている、ごく普通の見た目だけど美味なエミヤの定食。

 

 

 

「無名の王とエミヤ、本気で料理したらどっちの方が美味しいんだろうね」

 

 

 

 何気ない、その一言。

 

 それによってそこそこ賑わっていた食堂の空気が、一気に豹変した。

 

 和やかな雰囲気は凍りつき、水を打ったように静まり返る。アニキたちの表情も固まり、マシュはアワアワとあわて始める。

 

 ど、どうしたんだろう。いきなり変な雰囲気になって怖いんだけど。俺、何かおかしなこと言っちゃっただろうか?

 

 そう思い二人を見上げて──俺は心の底から後悔した。

 

「…………………………ほう」

『……それは…………ぜひ知りたいところだ………………』

「あっ……」

 

 にこやかに笑い合う……無名の王はなんとなくだけど……二人を見て、俺は思った。

 

 

 

 これ、言っちゃダメなやつ(禁句)だった?と。




あと1話でオルレアンに入ります。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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第一回カルデア料理対決 後編

長らく!長らくお待たせしました!試験に課題、サバフェスと重なりなかなか進まず!
はい、言い訳もここらにしておいて。今回は前回の続きです。投稿時間が空いた分長くなっております。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 で、今に至る。

 

 

 

 

 

 俺の発言で闘争心に火がついた二人は、料理対決をすると言い出した。なんでもこの二人、普段から密かに競い合ってたらしい。

 

 その日に頼まれたお互いの料理の総数で勝敗を決め、負けたほうは次の日の仕込みと皿洗いをすべて受け持つルールだとか。

 

 止める間もなく電光石火の勢いで準備が進められ、今や《審査員》のプラカードが立てられた席に座っている始末である。

 

 

 

「「……………………」」

 

 

 

 対して、所狭しとたくさんの食材と簡易的なコンロが置かれた舞台の上では二人がすごいオーラを発していた。

 

 ちなみに不穏な空気を察知した職員の人たちは驚きの速さで食事を済ませて食堂から退出していった。

 

 さすがは人理保障機関の職員であると言わしめる、実に鮮やかな動きだった。

 

「うぅ、俺が迂闊なこと言わなきゃ……」

「いえ先輩、事前に言っていなかった私も悪いです……」

 

 思わずつぶやくと、隣に座るマシュからフォローされてしまった。

 

 何か言おうと口を開くと、トントンと小さく音を立てて審査員席の横の司会席(ダンボール製)にいた女性が立つ。

 

 白銀の瞳と髪を持つその人の名は、ルーソフィアさん。前の一件で、悠久の時を経て来たバーサーカーの恋人とわかった人だった。

 

「それではこれより、チキチキ!〝第一回 カルデア料理対決〟を開始いたします」

 

 透き通るような声で、ルーソフィアさんが言った。その瞬間、さらに二人の放つ重圧が倍ほどに増す。

 

 うん、怖い。始まってすらいないのにすでに逃げたくなってきた。でもそんなことをしたらお玉と雷が飛んでくるのは必須だ。

 

 俺は英雄じゃない、ただの一般人だ。サーヴァント二人から逃げられるような力は持ってない。

 

 ならばもう、腹をくくろう。元はと言えば、俺の一言が元凶なのだから。

 

「絶対に、乗り越えてみせる……!」

「先輩……!」

「司会進行は私、エミリアが担当いたします。そして審査員の皆様方、よろしくお願いいたします」

 

 ルーソフィアさんがこちらを見て、俺とマシュ以外の審査員たちを見る。

 

「ったく、面倒なことになっちまったぜ……」

「ボヤいてももう仕方ねえだろ」

 

 同じ顔をした二人は、言わずもがなあの場にいたキャスニキと槍ニキ。どちらもなんで俺がって顔をしてた。

 

「私はなぜ、こんな所に座らされているのでしょうか……」

 

 さらにその隣にいるのは、長身の美しい女性。やや大胆な服に身を包み、額には不思議な模様が浮かんでいる。

 

 ライダーと呼んでいる彼女は、召喚されたサーヴァントの最後の一人である。タイミング悪く食堂に入ってきたため、これに巻き込まれた。

 

 ちなみにオルトリアさんはそういうのに興味がないのか、残りのハンバーガーを持って部屋に帰ってしまった。

 

 

 

 そして、4人目にして最後の審査員は……

 

 

 

「……私も審査員でいいのか?」

 

 腕組みをして座る彼──いつものように古びた騎士鎧と外套に身を包んだバーサーカーは、不思議そうに尋ねる。

 

「はい。灰の方も是非」

「うむ……」

 

 それにルーソフィアさんが優しく微笑んで頷けば、バーサーカーは少々気難しい声を漏らした。

 

 この三週間の中で、何度か見た光景である。どうもバーサーカーは、ルーソフィアさんに弱いみたいだ。

 

 ここにいるのだってそう。普通に会話はしてくれるんだけど、数回誘ってみたものの一緒に飯を食うことは叶わなかった。

 

 〝サーヴァント以前に、不死人になりきった自分にはそれは不要〟の一点張りで、取りつく島もないのだ。

 

 時々、食堂に来てはいるみたいだけど……

 

「バーサーカー」

「……どうしたマスター?」

「元凶の俺が言うのもなんだけどさ、参加してみない……?」

 

 ともかく、これはチャンスかもしれない。これを機にもう少しバーサーカーと仲良く……!

 

 そう思い言ってみれば、バーサーカーはふむ、と兜の顎の部分に手を添えた。それが妙に様になっている。

 

「そうだぜ、せっかくなら参加しろよ」

「俺も賛成だ」

「私もです」

「みんな……!」

 

 賛同してくれたことに感動を覚え、サーヴァントたちを見る。

 

 が、全員の眼に浮かぶ「テメェだけ逃げるとか許さねえぞコラァ」という無言の訴えに速攻目を逸らした。

 

 そ、それはともかく。バーサーカーは真剣に考えこんでいる。参加するか悩んでいるのか、あるいは断る言葉を考えているのか。

 

「……別に、貴公らが楽しむのはいいだろう」

 

 やがて、おもむろにバーサーカーは話し出した。

 

「サーヴァントはいっとき人に戻れるやもしれんし、マスターやマシュ殿は気概を保つこともできる」

 

 淡々と話すその声は、やけに真剣で。思わず居住まいを正してしまう。

 

「だが、私は違う。食事という概念は遠い記憶の中にある知識でしかない、とうの昔に捨ててしまったものだ。それではあまりに彼らにも、食材にも失礼だろう」

「バーサーカー……」

「故に、貴重な資源を使ってまで行う催しに私のような者が参加するのは、と思ってな」

 

 そんなことない、と返そうとしたけれど……その言葉は、決して俺の口から外に出ることはなかった。

 

 だって俺は、不死人じゃない。バーサーカーの気持ちもわからないのに、むやみに否定などできるはずがないのだから。

 

 食堂を、これまでとはまた違う意味で沈黙が包む。他のサーヴァントたちも、思うところあるのか複雑そうな顔で口を噤んでいた。

 

「灰の方」

 

 いよいよ気まずい雰囲気が最高潮に達する時──ルーソフィアさんが声を上げる。

 

 その声に、ゆっくりとルーソフィアさんの方を見るバーサーカー。つられて見れば、彼女はまた微笑んでいる。

 

「かつて、あなたは私に仰いました。火防女ではなく、一人の女性として生きて欲しいと」

「……ああ、そうだった。けれど、それが?」

「私も同じでございます。どうか、ここにいる間は貴方様に人でいてほしいのです」

「……火防女」

 

 そっと胸に手を置いて、慈しむような表情で言うルーソフィアさん。あまりに綺麗なその微笑に若干見惚れてしまう。

 

「これは火防女ではなく、貴方様を想う一人の女としての私の願いです。どうか、お聞きくださいますよう」

「………………」

 

 また沈黙してしまうバーサーカー。先ほど以上に真剣な様子で、ルーソフィアさんに言われた言葉を考えている。

 

 俺たちはただ、答えが出されるのを待った。さっき以上の緊張で手が力んで、ズボンを軽く握りしめる。

 

「……………………ふぅ。やはり君はずるいな」

 

 やがて。深いため息とともに、バーサーカーはやや明るげな声でそう言った。

 

 思わず笑顔になって、マシュと顔を見合わせる。サーヴァントたちも笑顔になって、空気は和らいだ。

 

 何はともあれ、バーサーカーも無事参加するということで料理対決が始まった。

 

「お題は〝サンドイッチ〟です。お二人とも、頑張ってください」

 

 サンドイッチか……シンプルだけど、その分作り方ではっきりと味の良し悪しが出るよな。

 

 まあ、この二人なら平気だろうと見るとものすごく真剣な顔をしていた。まるでその体から滾るオーラが見えるようだ。

 

「それでは、よーい……」

 

 すっとルーソフィアさんが手をあげる。二人は瞑目し……相変わらず無名の王はわからない……その時を待つ。

 

 それは俺も同じであった。まるで高く振り上げられた剣のようなその手に、ゴクリと喉を鳴らした。

 

 

 

「始め」

 

 

 

 そして、ルーソフィアさんが手を振り下ろした瞬間──戦いは始まる。

 

 腕組みをしていた姿勢から一転、瞬きする間に包丁を持った二人。そしてその手が食材の山に伸びる。

 

 一瞬の思考、その後に迷いのない動きでそれぞれの食材を決め、まな板の上に置いて狙いを定めた。

 

「ハッ!」

「まずエミヤ選手が手に取ったのはキャベツ、どうやら千切りにするようです。鮮やかな包丁さばきと完璧な猫の手ですね」

 

 す、すごい!とんでもないスピードでキャベツが解体されていく!うちの母さんよりも断然早いぞ!?

 

「ハァァアア!」

「どうやらあまりの速度に壊れないよう、包丁とまな板を魔術で最大限堅牢にしているようです。素晴らしい強化魔術ですね」

「魔術の無駄遣い!?」

 

 一切無駄のない動きは、彼が料理のプロであることをうかがわせる。スキルにしたら料理人EXとかじゃないだろうか?

 

「一定のリズムで奏でられる包丁の音が小気味良い中、無名の王選手は……」

「………………!」

 

 エミヤが猛烈な勢いで野菜を刻む一方、無名の王は慎重な手つきで魚……アジを解体していた。

 

 滑らかな手つきで鱗と……確かゼイゴだっけ?を削ぎ、頭を落として血抜きをする。エミヤに勝るとも劣らない素早さだ。

 

「無名の王選手が作ろうとしているのは、推測するにフィッシュサンドかアジフライサンドでしょうか。どちらにせよ、無名の王選手の腕前ならば十分に期待ができます」

 

 ルーソフィアさんが解説をしている間にエミヤはキャベツを切り終え、同時に無名の王は水でゆすいで綺麗にしたアジを再びまな板へ。

 

 引き続き無名の王が魚の解体を続ける中、エミヤが次に選んだのは──豚肉だった。厚みのあるロース肉だ。

 

 脂肪と赤みの部分に包丁を入れ、鮮やかな手並みで剥離させる。おお、あんな滑らかにできるのはすごい。

 

「俺も一息にやろうとするんだけど、時々脂が残っちゃうんだよね」

「へえ、そういうものなんですか」

「おや、藤丸様は料理の経験がおありで?」

 

 突然話しかけられてびっくりする。しどろもどろになりながら、なんとか答えを返した。

 

「あ、はい。爺ちゃんにちょっと仕込まれて」

「そうですか。それでは藤丸様を解説役にしましょう」

「ええ!?」

 

 そんないきなり言われても!?

 

 すぐに辞退しようとするが、面白がって賛同するサーヴァントたちと「先輩、大抜擢ですね!」というマシュのキラキラとした目に負けた。

 

 ということで、俺のプレートの右上にはちょこんと〝解説役〟の文字が。

 

「責任重大になってしまった……」

「先輩、頑張ってください!」

「……ところで今更だが、君はなぜ司会を?」

「エミリアとしての私は、よくそういう役回りでしたので……さて、それでは試合の実況に戻りましょう。エミヤ選手、脂と赤みを分け終えて次の段階に入っています」

 

 うなだれるのもそこそこに視線を戻すと、エミヤは綺麗な赤いロース肉に独特なポーズで調味料を振りかけていく。

 

「解説の藤丸さん、あのポーズにはどんな意味があるんでしょうか?」

「えっと、特にないと思います」

「そうですか。では今度は無名の王選手を見ましょう」

 

 無名の王は、変わらず魚をさばいていた。が、その光景があまりに異様過ぎた。

 

 

 バヂッ、バヂッバヂッ!

 

 

 なんと、無名の王の体から出る雷によって包丁が浮かんでおり、本人以外にももう一匹平行して処理していたのだ。

 

 しかも無駄に正確であり、雷によって焦がしたりしないよう細心の注意を払っている。その手つきは、まるで達人のごとく。

 

「無名の王選手、自分の能力を使った作業の短縮化を図っています。実に賢いですね」

「こ、こっちはこっちで結構な力の無駄遣いのような……」

「さて、ここからどういう展開になるのか楽しみです」

 

 そんな俺のつぶやきは軽やかにスルーされた。ガクッとうなだれると、マシュの手が肩に乗せられる。

 

 まあ、そんな俺の内心はともかく。エミヤも驚いたようで、黙々と魚を解体する無名の王に不敵に微笑んだ。

 

「ふっ、なかなかやるな」

『………………そちらもな』

 

 それから数分、ほぼ同時に無名の王が魚をさばき終えるのと、エミヤが下準備を済ませる。そうすると次の段階に進んでいく。

 

「両選手が取り出したのはバットと卵、小麦粉、そしてパン粉です。ここで両者とも揚げ物系で攻めることが確定しました」

「無名の王はアジフライ、エミヤはトンカツだね」

 

 俺たちの予想通り、小麦粉をつけたアジと豚肉を溶き卵に絡め、さらにパン粉をしっかりと両面につけた。これで後は揚げるだけだ。

 

 俺たちが見守る中、作業と同時進行で温められていた揚げ油に物が投入されていく。その際のジュワ、という音が心地よい。

 

 約2〜3分ほど揚げられた後に油の中から現れたアジと豚肉は、見事なきつね色をしていた。

 

「おぉ……」

 

 思わず声が漏れる。母さんの天ぷらが好きで、よく台所で手伝いをしながら作るのを見てた。

 

 感動もそこそこに、サクサクと良い音を立ててカットされた具は他のものと一緒にパンに挟まれ、サンドイッチが完成する。

 

「ではまず、最初は私からいこうか」

 

 最初に出てきたのは、エミヤのカツサンド。

 

 一見して普通のサンドイッチ、なのにあんな勝負を見た後だからか妙に緊張してしまう。

 

「それじゃあ、いただきます」 

 

 俺が手を合わせるのを皮切りにいただきます、とみんな言ってサンドイッチを手に取った。

 

 見つめるのは一瞬、程良い大きさにカットされたカツサンドを口に入れる。そして噛んだ瞬間──カッと目を見開いた。

 

「おいしい!」

「とてもおいしいです!」

 

 衣のサクサクとした食感、ふんわりとしたパン、何より分厚いカツからあふれ出る肉汁!どこを取っても一級品!

 

 それでいて余計に脂っこくなく、食べやすい。すでに昼食を食べたから不安だったが、これなら全然いけるな。

 

 ちなみにお残しなどしようものなら問答無用で剣槍が飛んでくるので、カルデアで誰一人としてご飯を残す人はいなかったりする。

 

「ふむ、良いですね……」

「おお、こりゃ確かにうめえな」

「弓兵、おめえ料理人に転職したらどうだ?」

「あいにく、これでも一応英霊なのでね」

 

 他の英霊たちにも好評の中、ふとバーサーカーを見ると……未だ腕組みをしていた。

 

「バーサーカー、食べないの?」

「……ああいや、すまないマスター。数千年ぶりのまともな料理でな、つい眺めてしまった」

 

 さらっと重いことを言いつつ、バーサーカーは籠手を取ると兜に手を伸ばし、留め具らしきものを外した。

 

 そうしてゆっくりと脱ぎ去って……中から出てきた顔に、重わずぽかんと口を開けてしまう。

 

 

 

 初めて見るバーサーカーの顔は、とても凛々しかった。

 

 

 

 長い睫毛にシャープな顎ライン、すっと通った鼻筋の下には引き締まった薄い唇。枯れたような白い髪は短く切り揃えられている。

 

 

 

 何より印象的なのは、その瞳。

 

 

 

 切れ長のそれはまるでルビーか何かのように真っ赤で、深い叡智を宿しているように思えた。

 

「……? マスター、どうかしたのか?」

「っ、あ、いや、綺麗な目だなって思って」

 

 とっさに思ったことを口に出すと、バーサーカーは少し驚く。その後にふっと微笑んだ。

 

「そんなことはないさ。私よりも、マスターの瞳の方がまっすぐで良いものだよ」

「あ、ありがとう?」

 

 しどろもどろに答える俺にバーサーカーは微笑み、一瞬の後に真剣な顔になるとサンドイッチを手に取る。

 

 またしばらく見つめて、やがて意を決したように口の中に入れて……軽く目を見開いた。

 

「どうかね?君には初めて料理を食べてもらうわけだが」

 

 問いかけるエミヤに、自然と全員の目線がバーサーカーに集まる。

 

「…………あむ」

 

 止まっていたバーサーカーは、しばらくしてゆっくりと咀嚼を始めた。

 

 恐る恐るといった様子は、本当に久々の食事なんだなと思うほどに緩慢だ。それはまた、味わっているようにも見える。

 

 数分して、ゴクリとサンドイッチを飲み込むバーサーカー。果たしてその感想は……

 

「ふむ。肉とはこういう味だったか」

『そこから!?』

「……ふふっ」

 

 笑うルーソフィアさんを除いて全員ずっこけた。そりゃあ何千年も食べてなかったらそうなるか!

 

「……随分な食生活を送ってきたようだな」

「まあ、良いとはいえないだろう。ともあれ、苔玉よりは断然美味い」

 

 苔玉て。

 

 ひくっとエミヤの口角が引き攣る。さしものエミヤも、苔と比べられるのは思うところがあるらしい。

 

 悲惨な食生活を想起させるバーサーカーは、黙々とサンドイッチを平らげると「良かった」とだけ言った。

 

『次は…………俺だな…………』

 

 食べ終わった皿が片付けられ、今度は無名の王のサンドイッチが机の上に置かれる。

 

『銀騎士の…………盾サンドだ…………』

 

 真っ白な皿に乗るサンドイッチは、盾みたいな形にカットされていた。

 

 茶色い焦げが模様のようになっている上、おまけにトマトには剣の形をした小さな串が刺さっている。

 

 いつも通りの独特な外見に苦笑しつつ、手に取る。そうすると思い切りかぶりついた。

 

 次の瞬間、じゅわっと口内いっぱいに広がる衣と油の食感。次いでアジ自体の柔らかな身を噛み砕いて咀嚼する。

 

「ん〜、おいひい!」

「はい、いつもながら実に美味しいです!」

『……それは…………よかった…………』

 

 エミヤのも最高だったけど、無名の王のもやっぱり美味しい。

 

 時折ピリッと絡む辛子の味を堪能しつつ、先ほど同様美味しそうに食べるサーヴァントたちの向こうにいるバーサーカーを見る。

 

 一見して、さっきと同じように黙々と食べている。なんともいえない感想を言っていたが、今回はどうだろうか……?

 

『……………………どうだ』

 

 それまでいつものように黙して俺たちが食べる様子を見ていた無名の王が、不意にバーサーカーの方を見て問いかける。

 

 最初に厨房に来た時以来、無名の王の方から食事中に声を発したことはない。珍しい光景にちょっと驚いてしまう。

 

「……そうだな。やはり魚とはこのようなものだったか、という思いが強い」

「あ、やっぱり」

『……………………』

 

 心なしか、無名の王がシュンとしているように見える。まあ、料理に関してはかなり真剣(物理込み)だしなぁ。

 

「だが」

 

 これはダメかと思ったのもつかの間、バーサーカーの言葉には続きがあった。

 

「なぜだろうな。少し、()()()()()()()

「……!」

 

 バッと顔を上げる無名の王。

 

 変わっていないはずのその顔は、どことなく輝いているように見える。

 

『……そうか…………懐かしいか…………そうか……』

 

 なんとなく嬉しそうな声音で、繰り返す無名の王。なんでだろう、いつも怖いのになんか上機嫌に見える。

 

 ふとルーソフィアさんを見ると、少し楽しそうに食べるバーサーカーを見て慈しみにあふれた微笑みを浮かべていた。

 

 

 それから約十分、全員食べ終わって諸々の片付けを終えた二人が机の前に立つ。

 

 

 そうするとバチバチとメンチを切り合った。うん、さっきまでのちょっと和やかな雰囲気がどこにもない。

 

「それでは採点に入りましょう。審査員の皆さん、お願いします」

「採点?」

 

 あ、いつの間にか机の上に1〜5の番号が書かれた丸い棒付きプレートがある。あれだ、バラエティ番組とかでよく見るやつだ。

 

「皆様、一斉にお願いします。ではまずエミヤ選手から、せーの」

 

 はい、とルーソフィアさんが手を叩くのと同時に、全員がプレートを挙げる。

 

「藤丸さんが5点、キリエライトさんが5点、クー・フーリンのお二人が4点、ライダーさんが4点、灰の方が3点、ですか」

 

 バーサーカーの評価が思ったより低かった。てっきり久しぶりの食事だから満点になるかなと思ってたけど。

 

「灰の方、その点数の理由をお聞きしても?」

「何、単なる私の気持ちの問題だ。これまでの食生活を鑑みるに、それと比べて最高の評価を出すのも安易と思ってな」

「なるほど……では、無名の王選手に移りましょう。審査員の皆様、同じようにプレートをあげてください。それではせーの」

 

 再びあげられるプレート。

 

 そしてその内容は、ちょっと驚きのものだった。

 

「藤丸さんとキリエライトさん、先ほどと同じく共に5点。クー・フーリンさんたちが4点と3点、ライダーさんが3点。そして灰の方が……5点」

 

 先程から一転、満点を出したバーサーカー。心なしか無名の王が嬉しそうだ。

 

「同点、ですね」

「うん」

 

 ということは……

 

「今回の勝負は、引き分けになります」

「……ふむ」

『………………ほう』

 

 その結果を聞いて、鋭い目で真正面から睨み合う二人。

 

 やがておもむろに、どちらからともなくスッと手をあげる。まさか、結果が気に食わなくて物理的な戦いを──!?

 

「良い勝負だった」

『…………ああ』

 

 と、そんな俺の不安は杞憂に終わり。

 

 二人は不敵な笑みを……無名の王は全くわからないけど、雰囲気的に……浮かべ、固く握手を交わした。

 

 ホッとしつつ、無事に終わってよかったと心底思う。いやぁ、口は災いの元だね。

 

 

 

 

 

 

 というわけで、第一回カルデア料理対決は無事終了した。




次回からいよいよオルレアン、頑張るぞ!
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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【第一特異点】邪竜百年戦争 オルレアン《定礎復元》
いざ、特異点へ


どうも、ダクソ100Lvに達した作者です。カンストしてる廃人勢に比べればなんでもないけど、長かった…!
今回からオルレアンです、楽しんでいただけると嬉しいです!


 

 

 

 

 

 

 ふわふわ、ふわふわ。

 

 

 

 

 

 

 

 キラキラ、キラキラ。

 

 

 

 

 

 

 

 その方は、とても美しい。

 

 

 

 

 

 

 

 雪の中で踊る様は、まるで妖精のよう。

 

 

 

 

 

 

 

 我が役目は、彼女を……

 

 

 

 

 

 

 

 ………………彼女を、なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 何故だ、思い出せない。

 

 

 

 

 

 

 

 私は誰だ。ここはどこだ。目的は?

 

 

 

 

 

 

 

 この人は、いったい誰なのだ?

 

 

 

 

 

 

 

 すると、指輪が言う。

 

 

 

 

 

 

 

 お前は、〝獣〟だ。

 

 

 

 

 

 

 

 蹂躙し、粉砕し、全てを壊す、獣だと。

 

 

 

 

 

 

 

 そうか。私は、獣だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 ならば獣らしく、主人の側についていよう。

 

 

 

 

 

 

 

 私の頭を撫でる、誰とも知れない()()()の側に。

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、顔も思い出せぬお方よ。

 

 

 

 

 

 

 

 この■■■、最後まであなたのお側に──

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 第一回カルデア料理対決から、一週間ほど経った頃。

 

 

 

 ついにカルデア職員たちが、特異点の明確な位置を特定した。すぐにその情報は俺たちにも行き渡り、早速レイシフトすることに。

 

 というわけで、俺も現在進行形でレイシフトの準備をしているわけだけど……

 

「うーん、なかなか恥ずかしいなこれ」

「フォウ?」

 

 ぴっちりと肌に張り付くようなデザインのスーツに、むず痒い気持ちになって頬をかく。するとベッドの上のフォウが首を傾げた。

 

 なんでもこのスーツ、レイシフトの安全性を上げるための魔術的な効果があるらしく、着るのを必須と言われた。

 

 あっちに行ったら霊子変換の応用とかなんとかで、ここ数週間で着慣れたカルデアのマスター用制服に変わるらしい。

 

 すごい技術だな、と思いつつやっぱり少し恥ずかしく思っていると、コンコンと扉がノックされた。

 

「はーい?」

「先輩、マシュです。準備は終わりましたか?」

「うん、今行くね」

 

 フォウが肩に飛び乗ったのを確認すると、壁にある装置に手を押し当てて扉を開く。

 

 スライドして開いた扉の向こうには、俺と同じような紫色のスーツといつものパーカーを着込んだマシュがいた。

 

「おはよう、マシュ」

「はい、おはようございます先輩」

 

 体のラインがはっきりとわかるスーツに一瞬どきりとしながらも、なんとかいつもの笑顔で言う。するとマシュも笑顔で挨拶してくれた。

 

「体調はどうですか?」

「うん、バッチリ。そういうマシュこそ、気分は平気?」

 

 脳裏に、瓦礫に押しつぶされていた彼女の姿がよぎる。

 

 普通に考えて、下半身が潰れるなんて一生のトラウマものの体験だけど、大丈夫だろうか……?

 

「私も大丈夫です。心配してくださってありがとうございます」

「うん、それじゃあ行こっか」

 

 部屋を出て、マシュと並んで中央管制室に向かう。この数週間で食堂、トイレ、会議室、中央管制室への道は完全に記憶した。

 

「もう完全に私の案内はいらなくなっちゃいました」

「いやいや、まだ知らない場所もいっぱいあるから今後も頼ると思うよ」

「それなら、まだまだ私が教えることもありますね!」

 

 グッと両手を握り、花が咲くような笑顔で言うマシュ。ああ、すごく可愛い。なんかこう、こっちの頬も緩む。

 

 そんなことを思いつつしばらく歩いていると、見覚えのある通路に差し掛かる。最初にカルデアに帰ってきた時、バーサーカーたちと会った角だ。

 

 十字路のようになっているその通路を通り抜けようとした、その瞬間──

 

「む、マスターか」

「おはようございます、藤丸様、キリエライト様」

 

 もしかしてと思ったら、本当に角の向こうからバーサーカーが姿を現した。隣にはいつも通り、ルーソフィアさんを連れている。

 

 この二人、恋人だってことはわりと周知の事実なんだけどいつも一緒にいるよな。はっ、もしや既に同棲してるとか……!?

 

「おはよバーサーカー。それにルーソフィアさんも」

「お二人も管制室に向かうのですか?」

「ああ、そうだ。貴公らもか?」

「うん。どうせだから一緒に行こう」

「ふむ……いいだろう。目的地は同じだからね」

 

 二人と合流し、四人で向かう。この組み合わせもわりと馴染んできた。

 

 

 

 あの料理対決から、バーサーカーはちょくちょく食堂に来るようになった。

 

 

 

 まあルーソフィアさんに連れて来られるの方が正しいけど。それでもちゃんと来て、ご飯を食べるようになったのは事実だ。

 

 バーサーカーは決まって無名の王の料理を頼む。それによって無名の王が上機嫌になる反面、エミヤはちょっと悔しそうにしてた。

 

 あと、それとは別に食事を部屋に持ち帰ってるみたいだ。食べるときはルーソフィアさんと食堂でだし、一体どうしてるのかな?

 

「マシュ・キリエライト、藤丸立香、サーヴァントバーサーカー、エミリア・フィー・ルーソフィア、入室します」

 

 なんてことを考えていたら、管制室の前まで付いていた。自然にスライドしたドアをくぐり、中に入る。

 

 サーヴァントたちの助力もあって随分元どおりになった管制室では、今日もカルデアスが赤く輝いていた。

 

 その下にいるのは、ふわふわとしてそうなポニーテールの男。彼は振り返り、柔和な笑みを浮かべる。

 

「来たね。藤丸君、マシュ、ルーソフィアさん、それと……バーサーカーくん」

「……ああ」

 

 一瞬、ドクターとバーサーカーが真剣な様子で目線を交わらせる。会うと必ずこうなるけど、何かあるんだろうか。

 

「……っと、それよりも。二人ともなかなか似合ってるじゃないか」

「ありがとうございます?」

 

 お礼を言いつつ、ドクターに近づく。

 

「前にも説明したけど、それはレイシフトをするときには必ず着てね。じゃないとすごく危険だから」

「あれ、でも冬木の時は……」

「あれは奇跡みたいなものだから。本来ならそのまま消滅してもおかしくなかったんだよ」

「……ちゃんと着ます」

 

 安全性を上げるとは聞いていたが、流石にそんなことを聞いては恥ずかしいなんて言ってられない。

 

 しばらくすれば慣れるだろ、なんて考えていると、コツコツと足音が近づいてきた。顔を上げると、見覚えのある人物がこっちに来る。

 

「そ。とっても危ないから、今回から私もサポートに入るよ〜」

「あ、ダ・ヴィンチちゃんだ」

「もうすっかり呼び慣れてくれたようで何より♪」

 

 パチンとウィンクをかますカルデア技術部門トップの名誉顧問レオナルド、またの名をダ・ヴィンチちゃん。

 

 改めて見ても、これがかの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチとは思えない。モナ・リザが好きすぎて自分をモナ・リザにしちゃうとか。

 

 本人曰く、天才なんてみんなこんなもんって言われた。これから会う芸術家系サーヴァントも偏執者ばっかだよとも。

 

 相変わらずキャラ濃いなあと思いつつ、ドクターの呼びかけで最後のブリーフィングに移る。

 

 

 

「それじゃあ、改めて確認するよ。君たちに向こうでして欲しいことは大まかに二つだ」

 

 

 

 

 一つ、特異点の調査及び修正。

 

 

 

 その時代における人類の決定的なターニングポイント、事変。これを調査・解明して、本来の形に戻さなくてはいけない。

 

 そうしなければ世界は元に戻ることはなく、2016年以降の未来はない。改めて自分のすることの重大さを理解する。

 

 

 

 二つ、『聖杯』の調査。

 

 

 

 これはドクターとダ・ヴィンチちゃんの推測らしいが、特異点の発生及び維持には、あのレフも持っていた聖杯が関わっている。

 

 万能の願望機であるそれを使って、レフやその背後にいる人理焼却の犯人は歴史を変えてしまったのではないかという話だ。

 

 というわけで、特異点を修正するだけでなくその大元と思われる聖杯を回収すること。これが二つ目。

 

 あとは補給物資や通信のために霊脈を見つけて、召喚サークルを作るように言われた。そこが俺たちのホームにもなるようだ。

 

「と、ここまで説明したけど。わかったかな?」

「しっかりと」

 

 もう一度聞くと、自分にそんな大それたことができるのか不安になってくる。けどあの日、抗うと決意したのだ。

 

 これから俺は、戦わなくてはならない。ドクターには今回の特異点は一番揺らぎが少ないと言われたけど、油断は禁物だ。

 

 決意を新たに気を引き締めつつ、マシュを見ると頷く。よし、頑張ろう。

 

「よろしい。それじゃあ目的も理解できたところで早速レイシフトの時間だ。すまないが時間的余裕がなくてね」

「大丈夫ですよ、いつでもいけます」

「結構、藤丸くん。さて、他の三人も準備はいいかい?」

「え?」

 

 後ろを見ると、マシュ、ルーソフィアさん、バーサーカーが全員頷く。あれ、俺とマシュだけじゃないのか?

 

 召喚サークルから英霊も呼ぶって言ってたし、てっきりバーサーカーもルーソフィアさんも見送りに来ただけだと思っていた。

 

「我々不死人は篝火を使い、様々な場所へ飛ぶことができる。その際一度肉体は分解され、別の篝火で再構築されるのだ。故にレイシフトにも耐えられる」

「なるほど……あれ、でもルーソフィアさんは?」

「私は単純に、レイシフトの適性を持っておりますので」

 

 そう言いながら、ルーソフィアさんは医療スタッフ用の制服を脱いだ。

 

 すると、法衣のような形の真っ黒な衣装を着ている。それは俺たちが着ているのと同じ、レイシフト用のスーツ。

 

「……ドクター、レイシフトできるのは俺だけって話じゃありませんでしたっけ?」

「マスターという点なら、だね。彼女はその特異性からかレイシフト適性はあるが、マスター適性が全くないんだよ」

「はい、私は灰の方の従者ですので」

「む……」

 

 にこりと微笑みを向けるルーソフィアさんに、バーサーカーが兜の奥からくぐもった声を出す。あ、照れてるなあれ。

 

「彼女には軍医として同行してもらう。幸い彼女はソウルの術で、相当量の荷物を持てるからね」

「怪我をした際はすぐにおっしゃってください、速やかに治療いたします」

「よ、よろしくお願いします」

 

 マシュ曰く、ルーソフィアさんはかなり優秀なスタッフらしいのでいざという時安心だ。俺応急処置くらいしかできないし。

 

 

 

 

 

 

 

『…………待て……』

 

 

 

 

 

 

 

 そういうわけで四人でレイシフトすることを知り、巨大な魔法陣の上に設置された霊子筐体(コフィン)に入ろうとした時。

 

「無名の王!?どうしてここに……」

 

 ドアが開いて、無名の王が管制室に入ってきた。厨房から出てきたことにびっくりして凝視してしまう。

 

『これを……持っていけ…………』

「わ、っと……これって弁当?」

 

 手渡されたのは、風呂敷に包まれた五段くらいの重箱。まるでお花見の時に食べるおせちばりの重さがある。

 

『奴と俺で……作った…………腹が減っては…………戦はできぬ…………せいぜいあっちで……腹ごしらえしろ………………』

「……うん、ありがとう無名の王」

『ん……グッドラック……』

 

 ピシッと親指を立てた無名の王は、用事は終わったと言わんばかりに管制室を出て行った。これを渡すためだけにきたようだ。

 

 持って入れないということで弁当は一旦バーサーカーに預かってもらい、コフィンに入ってレイシフトが始まる。

 

『アーテステス、聞こえる?どうだい藤丸くん、コフィンに入った気分は』

「……狭いです」

『ははは、だよね!』

 

 てへぺろするダ・ヴィンチちゃんに苦笑しつつ、目を閉じて感覚に身を委ねる。

 

 

 

《アンサモンプログラム スタート。 霊子変換を開始 します》

 

 

 

 するとすぐに、アナウンスが聞こえてきた。あの日炎の中で聞いた、無機質な声が。

 

 けれどあの時と違い、妙に安心感がある。コフィンに入っているからだろうか、不思議と大丈夫に思えるのだ。

 

 自然と全身から力が抜けていき、フラットな気持ちになる。暗く閉ざされた視界の外では、アナウンスが鳴り響いていた。

 

 

 

《第1工程(シークエンス) を開始。 4名のパラメータ を確認》

 

 

 

《全コフィンのパラメータ 確認完了。 続いて術式起動 〝チャンバー〟 の形成を開始 します》

 

 

 

《〝チャンバー〟形成。 生命活動「不明(アンノウン)」へと移行》

 

 

 

《第1工程(シークエンス) 完了。 第2工程(シークエンス) 霊子変換を開始》

 

 

 

《全コフィンの準備……終了。 補正式 安定状態へ移行。第3工程(シークエンス) カルデアスの情報 を確認》

 

 

 

 

 

《──完了。全工程(シークエンス)オールクリア》

 

 

 

 

 

 果たして五分か、十分か、あるいはそれ以上か。

 

 いよいよ全ての準備が完了し、ドクターの「実証開始!」という号令とともに──

 

 

 

 

 

《〝グランド・オーダー〟 実証を開始 します》

 

 

 

 

 

 ──俺たちは、はるかなる過去への旅を始めた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
第一特異点 人理定礎値 C +

A.D.1431 邪竜百年戦争オルレアン

救国の聖処女
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

人理修復、開始。



思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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始まり

【法王の眼】

法王サリヴァーンが騎士たちに与えた魔性の指輪。
その黒い瞳は見つめる者を昂ぶらせ、死闘へと誘い、やがて騎士を獣のような狂戦士に貶めてしまう。
故に法王は、外征に際してのみこれを与えたという。


 時は遡る。

 

 

 

 

 

 

 

「──────────〝告げる〟」

 

 

 

 

 

 

 

 広い空間の中に、厳かな声が響き渡る。

 

 それはかつて民たちが祈りを捧げ、聖歌隊の歌声が天まで……そこにおられる主に届くようにと技術の粋を集めて作られた聖堂。

 

 王宮に次ぐ規模を持つそこで今、祭壇に立つ一人の黒き鎧を纏う少女が、高らかに声を張り上げていた。

 

 そして少女はハッ、と心の中で笑う。いくら祈りを、歌を捧げたところで、()()()()()()()()()()()()

 

「〝汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意この理に従うならば応えよ〟」

 

 祈りの代わりに捧げられるは、一つの奇跡をこの世に降ろす術理の発動句。

 

 それを愛を叫ぶ少女より強く、戦場を駆ける戦士の咆哮よりも深い声音で少女が紡ぐ。強い、強い思いを持って。

 

 捧げるのは主ではなく、聖堂の床一面に描かれた魔法陣。おおよそ魔術師であるならば、それが何かはすぐにわかる。

 

 優秀な魔術師(キャスター)によって細かく魔術式が編み込まれたそれは──召喚術式。

 

 

 

 すでにこの世になきものたちを呼び寄せる、招待状だ。

 

 

 

「〝誓いをここに〟」

 

 手甲に包まれた華奢な指を胸に添え、謳う様はまるで聖女のよう。もし彼女を見るものがいれば、そう言ったであろう。

 

 事実それは限りなく正解に近く、そして遠い。なぜなら彼女はまさしく、聖女()()()のだから。

 

「────」

 

 だがここには、一人を除いて次の言葉を告げようとする彼女を見るものは誰もいない。ああいや、その言い方には語弊があるか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、生きているものは誰もいない──といったほうが、より正しいだろう。

 

「〝我は常世全ての()()()()()。されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし〟」

 

 もし彼らが生きていれば、詠唱する彼女を見て崇めただろう──────その内に宿るものが、激しい憎悪でなければ。

 

 

 

「〝汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者──汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──────────!〟」

 

 

 

 少女の呼び声に応え、かつて人間であったものを触媒に魔法陣が起動する。

 

 悍ましい黒光が宿り、〝座〟より()()()を呼び出し始めた。それはどこか美しく、幻想的で──暴虐的な光景。

 

「おお…………!」

 

 常人がいれば、尋常でない魔力量に正気が消し飛ぶだろうそれに、少女の傍で一部始終を見ていた異様な男は声を漏らす。

 

 そうしている間にも式は次々と己の役目を果たしていき、繋がっていく。それはやがて、一つのものとなって……

 

 

 

 カッ────!

 

 

 

「──ふっ」

 

 魔法陣が最高潮の輝きを発したその瞬間、()()()()と少女は口元を三日月に歪めた。

 

 光の暴流は聖堂を包み、激しい余波が少女と男の全身に叩きつけられる。だが、彼らにそのようなものは通用しない。

 

 光はやがて粒子となり、暴風は壁や床を撫でる微風となる。その代わりに、新たな〝影〟たちがあった。

 

 うずくまる彼らは次々と身を起こし、その姿を晒していく。そうすると、皆一様に少女に目を向けた。

 

「さあ、我が救世主よ。彼らに言葉を」

「ええ、わかっています」

 

 男に促され、少女は一歩前に出る。ただそれだけで、得体の知れない雰囲気が聖堂内を包み込んだ。

 

 自分を見つめる〝それら〟を興味なさげに眺めて、ハッと皮肉げに笑うと目元を歪め言葉を落とす。

 

「よく来ました、我が同胞(サーヴァント)たち。()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、〝それら〟の中で誰一人として疑問の声をあげるものはいなかった。

 

 それは彼らが己という存在の中に感じる繋がりが何よりの証明であったし、サーヴァントとはそういう存在だ。

 

 何より──喚ばれた瞬間、〝歪み〟を霊核(たましい)に刻まれた。故に、沈黙してただ彼女を見上げる。

 

 その姿勢に満足そうに目を細めて、少女は話を続けた。

 

「召喚された理由はわかっていますね? 破壊と虐殺、それが私から下す唯一にして絶対の尊命(オーダー)です」

 

 迷いなく、なんの躊躇もなく。

 

 少女は彼らに、その命令を下した。どこか無垢な……ある意味それは正しいだろう……顔に浮かぶは、純粋なる冷酷。

 

 狂気はない。ただただ、在るのは怒りだけ。当然だ、彼女は()()()()()()として蘇ったのだから。

 

「春を騒ぐ町があるのなら、思うままに破壊なさい。春を謳う村があるのなら、思うまま蹂躙なさい。どれほどの邪悪であれ、どれほどの残酷であれ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが絶対不変の事実であると、断固たる自信をもって彼女は断言する。

 

 その根底にあるのは、やはり憎悪。この憎しみこそが、神がそうであろうと自分の意思を確定していた。

 

「罰をお与えになるのなら、それはそれで構いません。それは神の実在とその愛を証明する手段に他ならないのですから」

 

 もしも否定するのなら、それもいいだろう。どちらに転んだとしても、神がいるという事実は変わらない。

 

 一通り言うことを全て述べた彼女は、今一度サーヴァント達の顔を見る。どうやら全員、しっかりと理解したようだ。

 

「それではジル、〝彼〟を連れてきてちょうだい」

「はい、畏まりました」

 

 話しかけられて、ようやく声を発する男。ギョロリと今にも眼窩から溢れそうな目を動かし、恭しく頭を下げる。

 

「手は出してないでしょうね?」

「もちろんですとも。ですがどうするか、は考えておいでで?」

 

 確認するように問いかける男に、ああと少女は声をあげる。男の言わんとするところを察したのだ。

 

 そして、慈悲に溢れた微笑みを男に向ける。それはまごうことなき聖女の微笑で、今の彼女とは最もかけ離れたもの。

 

「おや、その顔を見るに私のアイデアは不要ですかな?」

「ああ、私が悩んでいると気を遣ってくれたのね──は、バッカじゃないの。いつまでも愚かだと殺すわよ、ジル」

 

 己を慕う様子を見せる男に、一切の嘘偽りなく殺意を向ける少女。しかしそれすらも受け止め、男は笑う。

 

「アナタは食事を取るとき、今日はフォークをどう使おうか、なんて考えるの?しないでしょう?それと同じよ。〝彼〟をどうするのかなんて、自明の理です」

「では、そのように」

 

 再び礼をした男が、聖堂から一度出ていく。そしてすぐに片手で何かを引きずって戻ってきた。

 

 もぞもぞと動くそれは、無造作に少女の前に放られる。顔面を強打して「ぐわっ」と蛙のような潰れた声を出した。

 

 暫くもがいていたものの、やがてふらついた動きで立ち上がると忙しない様子で周囲を見渡し始めた。

 

「な、何だ!? ここは、どこで、お前達は一体……!?」

 

 それは、人間だった。

 

 目に毒な真紅の豪奢な法衣に身を包み、白い帽子を禿げた頭に被った老年の男。顎はたるみ、怠惰な体型は彼の人間性を表している。

 

 加齢からブルドッグのようにとろけた頬を震わせ、豆粒のような小さな目を怯えに染めて状況を判断しようとした。

 

 小動物じみている、というにはあまりに滑稽な様子は、長く続かなかった。短気な彼は、意味不明さにキレたのだ。

 

「ええい、そこのお前、説明して──ヒィッ!?」

 

 いつもそうしているように、近くにいたものに乱暴に告げようとして……彼女の顔を見て悲鳴をあげた。

 

 腰を抜かし、老人はガタガタと震えて少女を見上げる。先ほど以上に滑稽な男に、彼女はやや大げさに話しかけた。

 

「ああ、ピエール!ピエール・コーション司教!お会いしとうございました!貴方の顔を忘れた日は、この()()()()()()()1日としてありません!」

 

 声高に……あるいは嘲るように……言う少女──否、ジャンヌ・ダルクに、ピエールと呼ばれた男は震える指を向ける。

 

「ば、バカな。バカなバカなバカな!お、お前はジャンヌ・ダルク!?」

「ええ、そうですとも。それ以外の誰に見えます?」

「あ、ありえない!あり得るはずがない!お前は、()()()()()()()()()()!殺したはずだ!じご──」

「──()()()()()()()()()、と? かもしれませんね、司教」

 

 言うはずだった言葉を引き継ぎ、心底可笑しそうにニヤニヤと笑うジャンヌ・ダルク。司教は一層の恐怖を覚える。

 

 彼からすれば、まさに死人が目の前にいるようにしか見えないのだ。それもこの目で死ぬのを見た、()()が。

 

「これは、夢だ。悪夢以外の、なんだと言うのだ……!」

 

 やがて恐怖を処理しきれなくなった司教は、現実逃避を始めた。人間としては普通の反応だ。

 

 だが、それを彼女たちは許さない。目の前にいる自分たちを否定して目を背けるなど、許すはずがない。

 

 

 

 ズブリ。

 

 

 

「………………は?」

 

 故に。彼女は痛みを持ってして、哀れな子羊を夢から現実に引き戻すのだ。

 

「ぎゃぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁっっっ!?」

「ああ、いけないわ司教。現実を見なさって?ここにいるのです、私は。三日前貴方が火にかけた私は!」

 

 突如出現し、太ももを貫いている黒い槍に絶叫する司教の両頬に手を添えて、自分の方を向かせるジャンヌ・ダルク。

 

 涙を流し、鼻水を垂れ流す司教は、視界いっぱいに広がる彼女の裂けた笑みに激しく全身を震わせた。

 

「さあ、どうします司教!?貴方が異端だと弾劾したジャンヌ・ダルクがここにいるのですよ!?十字架を握り、(かみ)に祈りを捧げなくてよいのですか?」

「あ、ぁ……」

「私を罵り、嘲り、踏みつけ、蹂躙しなくて良いのですか?邪悪なジャンヌ・ダルクがここにいると!勇敢な獅子のように吠えなくていのですか!?さあ、さあっ!」

 

 彼女はまるで、それを望むかのように叫んだ。目の前にいる哀れな男に対して、たった一つの答えを求める。

 

 到底尋常でない気迫、圧倒的な威圧感。今まで感じたこともないようなそれに極限まで震え上がった司教は。

 

「た……」

「た?」

「たす、けて。助けてください」

 

 司教が選んだのは、みっともない命乞いであった。涙を流し、助命を媚び願う。

 

「なんでもします。助けてください、お願いします……!」

「──ハ」

 

 おおよそ神に仕え、その命を生涯捧げる聖職者がするべきでない惨めな顔に、少女は小さく声を漏らす。

 

 そこにあったのは嘲りでも、嘲笑でも、ましてや怒りでもなく。何よりも深い深い、落胆の色であった。

 

「あは、アハハハハハハハ!ねえ、聞いたジル!?助けてください、助けてくださいですって!私を縛り、嗤い、焼いたこの司教様が!」

「ええ、見るに絶えぬ矮小さです」

「あれだけ取るにたらないと!私は虫けらのように殺されるのだと、慈愛に満ちた眼差しで語った司教様が、その私に命乞いしてるなんて!こんなにおかしい話はないわ!」

 

 アハハハ、と片手で顔を覆い、天を仰いで笑うジャンヌ・ダルク。心底おかしくてたまらないといった様子だ。

 

「ああ──悲しみで、泣いてしまいそう」

 

 だがそれは、氷などとは比べ物にならない呪詛のごとき声音で終わりを迎えた。

 

 一瞬前の様子は何処へやら、ゴミを見るような冷酷な目で、地の底のように無の表情で司教を見下ろす。

 

「だって、それでは何も救われない。そんな紙のような信仰では天の主には届かない。そんな羽のような神苑では大地には芽吹かない。神にすがることすら忘れ、魔女へ貶めた私に命乞いをするなど、信徒の風上にも置けない」

 

 司教の顔から手を離すジャンヌ・ダルク。拘束と同時に支えでもあったそれを失って床に後頭部を打ち付ける司教。

 

 ジャンヌ・ダルクは悲しかった。己を罰し、殺したこの男がこれほどに矮小だったことに。その信仰が薄っぺらいことに。

 

 ああ、だってそうだろう。そのような簡単に捨ててしまえる思いで、自分は殺されたと言うのならば──これほどバカらしいこともない。

 

「司教、私は悲しいです。悲しくて悲しくて、もう気が狂いそうなぐらい笑ってしまいそう!」

「…………っ!」

「わかりますか、司教。あなたは今、自らの手で自分を異端だと証明してしまったのです。それなら、刑に処さなくては、ね?」

 

 彼女のいわんとするところを察した司教は、これまでで最大に目を見開いた。そして己の終わりが近づいていることを悟る。

 

 ゆっくりと、ジャンヌ・ダルクは微笑みながら近づいてくる。必死に後ずさる司教だが、足に槍が刺さっていては満足に動けまい。

 

「ほら、思い出して。異端をどういう風に処刑するのか、貴方は知っているでしょう?」

「い、いや、嫌だ!たすっ、助け、てっ……!」

「残念、免罪符は品切れです……さあ、始めましょうか」

 

 片手を司教に向けるジャンヌ・ダルク。司教の目にはそれが、地獄の番犬が口を開けているように見えた。

 

 

 ゴウッ!!!!!

 

 

「私が聖なる焔で焼かれたならば。お前は地獄の焔で、その身を焦がすがいい」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──────────!」

 

 彼女が手をふりかざせば、司教の全身が黒い炎に包まれる。

 

 その胸に宿るものと同じ炎は、肉を溶かし、骨の髄まで罪人を喰らい尽くしていく。それを誰も止めるものはいない。

 

 ただ、炎を眩しそうに、あるいは楽しそうに眺めるのみ。誰が一番楽しんでいたかは、言うまでもないだろう。

 

 狂気の宴は、やがて終わりを迎える。火は消えて、代わりに焦げた床だけがそこに残った。

 

「塵も残さず消えましたか。ああ、くだらないことに時間を使ってしまったわ。ごめんなさいね、ジル」

「何をおっしゃる。これも全て意義のある鉄槌ゆえ。それで、他に生き残ったものたちはどうします?」

 

 そうね、と彼女は考えて。すぐに決まり切った答えを男に返した。

 

「いちいち審問をするのも時間の浪費ですし、彼らに食わせてあげましょう。ああ、もちろんあの()()()()にもね?」

 

 聖堂の奥、次いで天井を見上げて言うジャンヌ・ダルク。そこに潜んでいるものを知っているかのようなそぶりだ。

 

 事実、彼女は知っていた。いつの間にかこの世界にいた、()()()()()()たちを。魂を食う、そのあり方を。

 

「さて。改めて命令を下すわ」

 

 それを見るのもそこそこに、サーヴァントたちに向き直って宣告する。

 

「私が望むのはたった一つ。この国を、フランスという過ちを一掃する。刈り取るように蹂躙なさい」

 

 その命令に、七人の猟犬(サーヴァント)たちは己の使命を再び確認して各々闘気をその身に纏った。

 

 あるものは笑い、あるものは狩人のように鋭い眼光を放ち、またあるものは何かを決意するかのごとく獲物を握りしめる。

 

「まずは、いと懐かしきオルレアンを。そして地に蔓延した春の沃地を荒野に帰す。老若男女の区別なく、異教信徒の区別なく、あらゆるものを平等に殺しなさい。それがマスターとして送る、唯一の命令です」

 

 そのために、彼女は召喚した際にサーヴァントたちに狂気を植え付けた。それを自覚する彼らもまた、彼女と同じく笑う。

 

「聖女であろうと、英雄であろうと壊れた心で踊りなさい。この世界の裁定者(ルーラー)として審判を下します──人類に存在価値はありません」

 

 幾千、幾万の祈りを捧げ、なお何も証明できなかった人間。このジャンヌ・ダルクにとって、それは無価値な生物だった。

 

 故にこそ、虐殺を。むせかえるような悪逆と、徹底的なまでの蹂躙を。それを今を持って、存分に楽しむがいい。

 

「善人も、悪人も、一人も逃してはならない。最後の一人まで、血祭りにあげなさい!」

「おお、おお……!なんという力強さ、偽りのない心理!」

 

 堂々と立つジャンヌ・ダルクに、男が突如感類に咽び泣きながら声を張り上げる。

 

 心底歓喜しているといった様子は、彼がどれだけジャンヌ・ダルクを信奉しているのかが見て取れた。

 

「帰ってきた……私の光が……!貴方は本当に蘇ったのですね、ジャンヌ!」

「ええ、そうですとも──さあ、旗を掲げましょう。災禍の象徴である邪竜を旗印に、我々はこの世界を焼き尽くすのです!」

 

 

 

 

 

 ──1432年、6月2日。

 

 

 

 

 

 この日、一人の少女が蘇った。彼女の手によって、束の間の平穏を享受していたフランスは絶望に沈むこととなる。

 

 彼女の名はジャンヌ・ダルク。人々に担ぎ上げられ、側にされ、利用され、その果てに理不尽に見捨てられた──

 

 

 

 

 

 傾国の魔女(救国の聖女)である。

 




次回から本格始動です。今日の夜に上がるかな?
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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到着、特異点

大学のことで走り回ってたら更新ペース落ちました。ごめんなさい。ちゃんと更新するようにします。
しかし、ついにお気に入りが減っていく状態に入ったか……
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 ゴォォォォオ!!!

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、すごいなこれっ……!」

 

 俺は今、冬木の時と同じ光のトンネルの中にいた。全身を押す、相変わらず凄まじい力の本流に声を上げる。

 

 傍らには特異点Fで見たサーヴァントの姿となったマシュが、そして片手にルーソフィアさんを抱きしめるバーサーカーがいた。

 

「これは、地下墓の覇王の時を、思い出すな……!」

「何、それ!」

「覇王の杯に、一度飲み込まれたことが、あってね!」

「そんなこと、あったんだ!」

 

 そんなことを話している間に、より一層強く光の先に体が引っ張られた。これ、もしかして外に出るんじゃ──!

 

 

 

 

 パァ──────!

 

 

 

 

 そう思った次の瞬間、全身を引っ張っていた不思議な感覚が消える。同時に青一色だった視界がパッと開けた。

 

 恐る恐る顔をかばっていた手を退けると、目の前は緑一色だった。右を見ても、左を見ても木と雑草が生い茂っている。

 

「着いた、のか……?」

「どうやらそのようだな」

 

 早速武器を取り出して、周囲を見渡し警戒するバーサーカー。取り回しを考えてか、丸い鉄球が棒についた左右一対のハンマーだ。

 

「少し周囲を探索してくる。マシュ殿、二人の護衛を頼む」

 

 頼もしいサーヴァントを心強く思いながら、自分の体を見る。言われた通り、カルデアの制服に戻っている。

 

 ついでにとルーソフィアさんも見てみると……

 

「……あれ? ドレス?」

 

 ルーソフィアさんは、俺やマシュともまた違った変化をしていた。かといってバーサーカーみたいに鎧を着たわけでもない。

 

 黒い装束に上質そうなローブ、茶色い長手袋。極め付けには顔の上半分を覆う、複雑な装飾の施された銀色の仮面をつけている。

 

「これが火防女の正装です」

「そうなんだ……あれ、でも前見えるの?」

「本来私は瞳のない女。問題はありません」

「へえ」

 

 つまり見えてなくても平気、ってことだろうか。さすがは火の時代の人というか、バーサーカーの恋人というか……

 

「……懐かしいな。その姿でいつも出迎えてくれたのを思い出す」

 

 引き続き警戒しつつ、バーサーカーがルーソフィアさんの格好に聞こえるか聞こえないかくらいの声でそう呟いた。

 

 一番近くにいた俺でも聞き逃すかというそのつぶやきに、しかしルーソフィアさんはバーサーカーを見て微笑む。

 

「ふふ、覚えていらしたのですね、では、これは?」

 

 その場でくるり、と回転するルーソフィアさん。それにバーサーカーは声を出さなかったものの、なんかぽわっとした空気になった。

 

「ンー、フォウ!」

 

 それを眺めていると、聞き覚えのある声とともに何かに足を叩かれる。

 

 見下ろせば、そこには白い毛玉。カルデアでほとんど一緒にいた、謎極まる生物がいた。

 

「フォウ!?」

「先輩、どうやら周囲に敵影はありません……ってフォウさん!?またついてきてしまったのですか!?」

 

 驚くマシュちょっと可愛いなんてくだらないことを考えながら、フォウをつまみあげて肩に乗せる。

 

 フォウはしばらく俺の右肩と左肩をくるくると回って、やがてそっちが気に入ったのか右肩に座ってフォウ、と鳴いた。

 

「フィーウ、フォーウ」

「先輩の肩がお気に入りのようですね」

「だね。ていうかこいつ、冬木の時もいたけどレイシフトできるのか?」

「おそらく、私たちのコフィンのどれかに入り込んだのでしょう。カルデアに帰還すれば、一緒に帰れると思います」

 

 ふーん、とマシュの説明に納得して、フォウの頬を指で撫でる。フォウはテシッと俺の指をはたき落として、そのあとぺろぺろ舐めた。

 

 どっちだよと苦笑いしつつ、マシュとバーサーカーから報告を聞いてすぐに対処すべき危機はないことを知る。

 

「時代の座標も確認できました、1431年で間違いありません。ちょうど百年戦争の真っ只中というわけですね」

「あー、授業で聞いたようなそうでないような」

 

 世界史選択だったので、ぼんやりと頭に残っている。なんだっけ、フランスとどこかがずっと戦ってたんだっけ。

 

「百年戦争。フランス王国の王位継承およびイングランド王家がフランスに有する広大な領土をめぐり、フランス王国を治めるヴァロワ朝と、イングランド王国を治めるプランタジネット朝およびランカスター朝というフランス人王朝同士の争いに、フランスの領主たちが二派に分かれて戦った内戦です」

 

 マシュとダ・ヴィンチちゃんの世界の歴史復習講座を思い出そうとしていると、ルーソフィアさんが教えてくれた。

 

 そうだ、確かそんな内容だった。いやあ、頭の片隅には残ってるけど使わないと忘れちゃうもんだね。

 

「現在はちょうど休戦状態に入った年のはずです。この時代の戦争は緩やかなものでしたから」

「戦争に休止ってあるんだ」

「はい、何も名の通り100年継続して戦争をいていたわけではありません」

 

 ふむふむと思いながら、そういえば大砲の音とかも聞こえないよなと思ってなんとなしに空を見上げて──絶句した。

 

「捕らえられた騎士がお金を払われて釈放されるなど、日常茶飯事だったそうで……先輩?」

 

 言葉を止め、マシュが不思議そうな声を出す。しかしすぐに右から左に流れていって、俺の目は〝それ〟に釘付けになった。

 

 やけに静かな中、ガチャリとバーサーカーの鎧が擦れる音が聞こえる。一拍おいて、三つの息を飲む音も。

 

 

 ププー

 

 

『やっと繋がった!映像も荒いけど受信できるようになったぞ!』

 

 立ち尽くして空を見ていると、気の抜けた音とともにドクターの声が聞こえた。

 

『あれ、おーい?聞こえてる?なんで四人とも空なんて見て……』

「ドクター。あれは、何ですか?」

『え?』

 

 変な声を上げるドクターとマシュの疑問の言葉に、俺は自然と腕輪のはまった右腕を上げて空に向けた。

 

 すると、あちらでも〝それ〟が見えたのだろう。ホログラム越しにざわざわとスタッフの人たちの困惑した声が聞こえる。

 

『これは──光の輪、いや、衛星軌道上に展開した何らかの魔術式か…………?』

 

 そう、俺たちの見上げる空には──とてつもなく巨大な、光の輪があったのだ。

 

 それが青空の一部どころか相当な部分を覆い隠しており、とても自然にあるものとは思えなかった。

 

「バーサーカー、ルーソフィアさん、あれが何だか、わかる?」

 

 火の時代を生き抜き、様々なものを見ただろう二人に問いかける。

 

 だが、返ってきた答えは望むものじゃなかった。

 

「……いや、私もあのようなものは見たことがない。激しく困惑している」

「ダークリング、ではないようですね」

「ああ……しかし、あれはソウルの、いやその熱のみを抽出した──?」

 

 どうやら、二人にもよくわからないらしい。ドクター達でさえ驚いているのだ、であれば俺にわかるはずもなかった。

 

『あれがなんであれ、1431年にあんな現象が起こったという記録はない。間違いなく未来消失の理由の一端だろう』

『解析はこっちでやるから、君たちは現地の調査に集中してくれていいよ〜』

 

 ドクターと、ついでにダ・ヴィンチちゃんの声が聞こえる。そこでようやく完全に我を取り戻した。

 

「はい、霊脈の発見に特異点の情報の収集、現地の人間との接触……やることは山ほどあります。行きましょう先輩」

「そうだな。では街を目指すとしよう。私がしんがりを引き受ける、大楯を持つマシュ殿を先頭にマスター、火防女の順で行こう」

 

 バーサーカーの指示で速やかに隊列を組み、森の中へ入っていく。

 

 そうするとドクターの指示に従い、この時代の地図に載っている街のある方角へ進路を決めた。

 

 

『………………』

 

 

 全員無言で、周りに気を配りながら進んでいく。時折カサリと鳴る音一つにも用心をした。

 

 森の中というのは不思議なもので、都市の中心にいるわけでもないのに何かの気配があり、それに見られているように思える。

 

 時々ほんとうに野生動物に見られてたりして、爺ちゃんが視線一つでどんな動物か当てるのが面白かった。

 

 ちなみに同じことしろって言われても絶対無理。どんな感覚してたら足音と目線だけで特定できるのか。

 

「先輩、もしかしてまたお祖父様のことを考えていらっしゃるのでしょうか」

「えっ、なんでわかったの?」

「先輩が少し難しい顔をしているときは、お祖父様とのサバイバルのことを思い出してる時なのでそうなのかな、と」

 

 そんな顔してたのか、俺。そーいや友達とグループでキャンプ行った時も「藤丸、キャンプ苦手だった?」って聞かれたな。

 

 それはともかく……それがわかるくらいマシュに見られてた、ってことだよな。そう考えるとすっげえ嬉しいような、恥ずかしいような。

 

「マシュはよく人のことを見てるんだね」

「はい、マシュアイは今日も健在です!」

 

 とりあえず笑って誤魔化すと、そんな答えが返ってきて少し吹き出す。割とノリがいいんだよなーマシュって。

 

 それからどうせなら、ということで百年戦争のことをルーソフィアさんに教えてもらっていると、ふとマシュが立ち止まった。

 

「マシュ?」

「マスター、頭を下げろ。人の気配だ」

 

 いつの間にか隣にいたバーサーカーの言葉に、とっさに目の前の茂みより姿勢を低くする。

 

 枝の間からそっと様子を伺うと、本能十数メートル先に街道らしき草のなくなった道があった。どうやら森を抜けたみたいだ。

 

 さらに様子を伺うと、道の向こうから一段が来るのが見える。皆同じ鎧を着て、旗を掲げながら規則的に進んでいた。

 

確認……あれはフランスの斥候部隊ですね

確かに、言われてみればあれフランスの国旗だね

 

 かなり距離は離れているが、念のため小声で言葉を交わす。魔術とか色々知った後だとこういうのもドキドキだ。

 

統率の具合からいって、正規の兵たちだろう。私が様子を探ってくる、貴公らはここにいてくれ

いいのですか?

一度、最高の盗人とともにとある城に忍び込んだことがあってね

 

 

 スゥ……

 

 

 いうや否や、バーサーカーの体が足元から火の粉のような赤い粒子に変わって、あっという間に消えてしまった。

 

 サーヴァントは霊体化ができる。最初にそれを知った時、バーサーカーは「これで〝見えない体〟いらずだな」と言っていた。

 

 足音も聞こえないため、なんとなくバーサーカーがいなくなったことを肌で感じる。

 

「バーサーカー、大丈夫かな」

「彼ならきっと大丈夫ですよ、無名の王さんも一人で撃退したのですから」

「私には灰の方のソウルが見えていますので、ご安心を」

 

 こそこそと話しながら、ちょっと複雑な心境で様子を伺う。

 

 バーサーカーなら大丈夫だろう、という安心。でももし何かあったら、という不安。それが半々で混じり合っていた。

 

 

 

『──────────』

 

 

 

 それから観察を続けて、体感で十分くらいだろうか。にわかに兵士たちの様子が騒がしくなり、進行が止まった。

 

「ど、どうしたんでしょう」

「まさか、バレたのか……?」

 

 バーサーカーに限ってそんなことはない。そう思おうとするが、心の中で不安の部分が一気に大きくなる。

 

「これは……灰の方のソウルが揺れています。困惑しているようです」

「な、それじゃあ……」

「本当に、見つかった……?」

 

 ルーソフィアさんのその一言で、さらにバーサーカーの安否がとてつもなく心配になった。本当に大丈夫だろうか。

 

 飛び出そうとする足を抑えながら待っていると、ふと隣に気配を感じる。

 

「……?」

「やあ、マスター」

 

 試しにそちらを見てみれば、そこには無言で立つバーサーカーが。思わず腰を抜かしてしまった。

 

「うわっ、びっくりした!」

「すまない、驚かせたか」

 

 申し訳なさそうに少し頭を下げるバーサーカーに、別にいいよと手を振る。同時に内心では無事でよかった、と安堵した。

 

「先輩、大声をあげては……」

「あっ」

 

 慌てて口を塞ごうとした瞬間、「いや」とバーサーカーに手で制される。

 

 不思議に思ってマシュと二人で見上げれば、バーサーカーはいつものように冷静な様子で頷く。

 

「今更隠れなくても平気だよ、マシュ殿」

 

 確信めいたその言葉は、危険がないことを言外に俺たちに伝えてくる。一体どういうことだろうか。

 

「……それは、見つかっても問題ないということですか?」

「それは後で説明する……ともあれ」

 

 マシュに答えを濁し、茂みの外を見やるバーサーカー。

 

 尻についた草を払って同じ方を見ると、ちょうど斥候部隊が目の前を通り過ぎるところだった。

 

 一瞬ひやりとしたが、俺たちに気がつく様子もなく兵士たちは進行する。最後の一人が通り過ぎたところで、ほっと息を吐いた。

 

「それでバーサーカー、どういうこと?」

「少々コンタクトをとった、というべきか。それとも取られた、というべきか」

「?」

 

 要領を得ない言葉に首をかしげる。バーサーカーが濁すなんて、少し珍しい。

 

「とにかく、彼らについていこう。その先に砦があるようだ」

「なぜわかるのですか?」

「少し()()()()。なに、危険はない。それに……」

 

 そこで一回、バーサーカーは言葉を切って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこに、私の知り合いがいるようだ」

 

 




うーむ、完成度が微妙すぎる。
バーサーカーの知り合いとは……?
そしてちょこっと重要な情報混ぜました。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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乱戦

【闇朧】

ロンドールのユリアの得物、見えぬ刀身を持つ魔剣。
黒教会の指導者の一人であるユリアは卓越した剣士であり、この一振りで百の騎士を葬ったという。



 

 バーサーカーの言葉に従い、俺たちはフランス兵たちを追いかけた。

 

 

 

 といっても一緒に行く、というわけではないようで、どうやらその知り合いとやらに秘密裏に呼ばれたらしい。

 

 そのため、こっそり後をついていく感じで移動していたのだが……一つ、彼らに関して気がかりなことがあった。

 

 時折、というか頻繁に上空を見上げているのだ。最初は特異点に来た時の俺たちのように空の輪を見ているのかと思ったが……

 

 

 

 得体の知れない空の輪に対する畏怖ではなく、もっと空の彼方を見て、別の()()を恐れているように見えた。

 

 

 

「ん?あれは……」

 

 それを不思議に思いつつ歩くこと、三十分ほどか。前方にぼんやりと巨大な建築物が見えてきた。

 

「あれって……砦?」

「そのようですね。ですが……」

 

 そこまで言って、マシュが言い淀む。それも仕方のないことだった。

 

 その砦は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。遠目から見てもボロボロで、とても普通とは思えない。

 

 爺ちゃんと一緒に、長期休みの間に博物館巡りへ行ったことがあるけど、そこで見た戦時の写真にあった建物の状態が一番近いだろう。

 

「一体なにが……」

「確か休戦中のはずだよね?」

「はい、シャルル7世とフィリップ3世の間で協定が結ばれているはずです」

 

 補足を入れてくれたルーソフィアさんの言葉に、より疑問が頭を埋め尽くす。休戦中なのに、戦時中のような砦。

 

 まるでチグハグな光景だ。いや、あるいは特異点になったことによって、本来休戦中のはずがそのまま戦争してたり……?

 

「……ん? なにやら前方が騒がしいな」

「え?」

 

 バーサーカーの呟きに、傷ついた城壁から兵士たちに視線を戻す。

 

 すると、ここからでも聞こえるような大声で先頭に立っていた人が戦闘準備を叫び、慌てた様子で兵士たちが各々武器を取る。

 

 まさか俺たちにか、と背筋が寒くなるが、こちらに目もくれず来た道の向こうを見る彼らに勘違いだと悟る。

 

「……! 敵性反応を確認!マスター、何か来ます!」

 

 小さな声で叫ぶという器用なことをするマシュと二人で、道の両端にあった石垣からひょっこりと顔を出す。

 

 すると、土煙を上げてなにかが砦に近づいてきているのがわかった。そいつらは見覚えのある姿で……

 

「あれは……冬木にもいた骸骨!?」

「魔力によって動く骸骨兵です。さほど強くはありませんが、数が多いですね」

 

 斥候部隊のためか、一個小隊……目算で30人弱のフランス兵たちに対して、迫り来る骸骨兵たちはその倍はいる。

 

 火事場の馬鹿力があったとは言え、俺でも蹴り飛ばせだくらいだからそんなに強くないのは本当だろうけど、流石に数が数だ。

 

「どうしますか?」

「──行こう」

 

 即答する。同時に、脳裏にあの……カルデアに帰ってきた時に見ていた夢がよぎった。

 

 全てが燃え上がった街、目の前で黒炭と化した両親。本来目を覚ませばすぐに忘れるはずのそれは、今もなお頭に残っていた。

 

 

 

 もう二度と、目の前で誰かが死ぬのは見たくない。

 

 

 

「マスターならばそう言うと思っていた。さあ、蹴散らすぞ」

「行きましょう!」

「私も微力ながらサポートを」

「ああ!」

 

 石垣の陰から飛び出し、いよいよあと十メートルで衝突するフランス兵と骸骨兵のちょうど間に割り込んだ。

 

「ふぅ…………」

 

 一度目を瞑り、深く息を吐く。力んでいた両肩から力を抜いて、精神を落ち着ける。

 

 そうするとかっ!と目を見開き、右手を前に突き出すと大きく口を開けて頼もしい仲間(サーヴァント)に命令を下した。

 

「バーサーカー、火炎壺!」

「フッ!」

 

 バーサーカーがソウルから火炎壺を取り出して、骸骨兵に向けて投げつける。

 

 プロ野球選手も顔負けのスイングで飛来した火炎壺は先頭の一体に当たり、大きな音を立てて爆発して炎を撒き散らした。

 

 粉々に砕けたリーダー、さらに爆炎の余波で数体が吹き飛んで後ろの骸骨兵に当たり、ドミノ倒しとごとく半数ほど動きが止まる。

 

「今だマシュ、シールドバッシュ!」

「はぁっ!」

 

 よろよろと立ち上がる骸骨兵に向かって突進したマシュの大楯により、一気に十体ほどまとめて吹き飛んだ。

 

「よし、そのまま蹴散らして!」

「了解!」

「任された!」

 

 かたや大楯を、かたや双槌を手に突撃していき、怒涛の勢いで骸骨兵たちを駆逐していくサーヴァント二人。

 

 よし、出だしは順調だ。サーヴァントへの指揮の仕方をダ・ヴィンチちゃんに習っといてよかった。

 

 ちなみに、なんでそんなこと知ってるのって聞いたら『天才だからね♪』で済ませられたけど。うん、意味がわからない。

 

「な、なんだお前たちは!」

「俺たちはあなたたちの味方です!加勢します!」

 

 事前にバーサーカーによってソウル?を少々いじられ、理解できるようになったフランス兵の言葉に叫び返す。

 

 先ほどとは違うどよめきが広がったが、今はそんな場合ではないと判断したのか。雄叫びをあげて、兵士たちが戦いに参加した。

 

 

「〜〜〜〜♪」

 

 

 怒号と雄叫びが支配する平原の中、どこからか美しい声が響く。

 

 地面に白い円陣が広がり、俺を含めてその場にいる兵士たち全ての体に白光が染み込んでいった。

 

 すると、ここ一時間ほど歩いて疲れていた足が軽くなっていく。驚いて後ろを見ると、ルーソフィアさんが歌っていた。

 

「これは……!?」

『恐れる必要はありません。〝光の恵み〟により、貴方達の体力を回復しています。痛みを恐れず戦ってください』

 

 魂を介して、脳裏にルーソフィアさんの声が響く。そうか、これは彼女の力なのか。

 

 同じく声を聞いたのか、兵士たちは頷くと一際大きな雄叫びをあげて骸骨兵に剣を、槍を振るい始めた。

 

「焦るな、奴らは脆いぞ!」

「クロスボウ隊、前へ!」

「押せ、押せぇぇええええ!」

 

 多少の傷ならば気にすることがなくなった兵士たちの怒涛の活躍により、瞬く間に骸骨兵たちは数を減らしていく。

 

「シィッ!」

「うりゃあっ!!」

 

 さらにそこにうちで1番の力を持つバーサーカーの剛撃に、マシュの大楯が加わり、三十分もする頃にはあと僅かになっていた。

 

「これなら……!」

「マスター、何かくるぞ!」

 

 優勢な戦況にそうこぼすと、骸骨兵の剣を蹴りで弾いて頭部をハンマーで粉砕したバーサーカーが叫ぶ。

 

 彼は片手の槌を投擲し、走り寄ってきた骸骨兵を吹っ飛ばして人差し指で空の彼方を指し示した。

 

 それに従って、空を見上げれば──遥か空の向こうに、ポツポツと黒い点がいくつかあるのが見える。

 

「なんだあれ…………?」

 

 最初はカラスか何かかと思ったが、だんだんと黒点は大きくなっていき、やがて大まかな形が見える距離まで近づいてくる。

 

 そうして解った黒点の正体に──俺はあんぐりと口を開けた。なぜならそれは俺にとって、あまりにもありえないものだったから。

 

『大変だ藤丸くん!今君たちのいる地点に向かって大型の生体反応が近づいてる!しかも図体のくせに速いぞ!』

「もう、見えてます」

 

 通信を入れてきたドクターに、俺はかろうじて言葉を返してそいつらを見上げた。

 

 長い首に爬虫類のような鱗と顔立ち、黄金の瞳と蛇のようにうねる尾。トカゲならば前腕がある部分には、翼が付いている。

 

 それを鳥が飛ぶようにはためかせて、近づいてくるのは……

 

「ドラゴン!?」

 

 

 

 

 

ギャォオオオオオオオオ!

 

 

 

 

 

 俺の言葉に答えるように、それ──幻想の中に存在する怪物は大きく口を開けて金切り声を上げた。

 

「いえ、あれはワイバーンという龍の亜種体です!間違っても、15世紀のフランスにいていい存在ではありません!」

「来たぞ、奴らだ!上からの奇襲に気をつけろ!」

 

 驚いて固まる俺とは裏腹に、さっきから命令を出している隊長らしき人が()()()()()()そう叫ぶ。

 

 そのことに違和感を覚えた。マシュは今、この時代にドラゴンなんかいなかったって言ってなかったか?なのになんで不思議がらない?

 

 ……もしかして、もう既に知っていた?じゃあしきりに空を見上げていたのは、ワイバーンが来るのを恐れてたのか!?

 

「マスター、色々と考えているところ悪いが増援だ!」

「っ!」

 

 その言葉に無駄に早く回転していた思考を打ち切り、前を見る。

 

 するとさらに骸骨兵がこちらに向かってくるところだった。数は最初の一団とそう変わりないように見える。

 

「くっ、どうすれば!」

 

 極力心を落ち着けてなんとか保っていた平静は、一瞬にして崩れた。

 

 焦りが視界を狭め、どうすればいいのかわからなくなる。自分の経験不足が恨めしい。

 

 

 

 

 

 ──スパン。

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 どうしようか迷っていると、不意に空気を切り裂くような乾いた音が耳に入った。

 

 不思議に思い周囲一帯を見回してみるが、特に変わったことは何もない。兵士の怒号と、剣戟と、骨の砕ける音だけ。

 

 聞き間違いかと首をを傾げていると、ちょうど顔のすぐ横を何かが通り過ぎた。立て続けに、ベチャッという音。

 

「今、何かとお、って……」

 

 振り返って、唖然とした。

 

 そこには、ワイバーンの首が転がっていた。断面からはピンク色の肉が丸見えで、いっそ綺麗なほど平らになっている。

 

「グ、ォ、ァア…………」

 

 さすがは架空の生物と言うべきか、数秒呻き声を上げた後にワイバーンの首は息絶えた。口の端からだらしなく舌が溢れる。

 

 黄金の瞳から光が失われてから、まるで思い出したように血が地面に広がった。その生臭さに思わず口元を押さえる。

 

「な、何が……!?」

 

 空に視線を戻せば、ちょうど首を失った体が地面に落ちるところだった。それも一体ではなく、五体もの首なしワイバーンが。

 

 見るからに重い体は高空から降り注ぐ砲弾になって、近づいていた骸骨たちの一部を地響きとともに押しつぶす。

 

「うわっ!?」

 

 気が緩んでいたためかバランスを崩し、その場で尻餅をついてしまった。空の上では、仲間をやられてワイバーンたちが叫んでいる。

 

「一体、誰が……」

 

 そう誰に聞かせるでもなくぼやいていると、ふと砦の方が気になった。

 

 自分でもなぜそちらが気になったのかはわからない。でも砦の方を見て……その人を見て瞠目する。

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

 

 

 

 黒衣に兜を被った人物が、外壁の踊り場に立っていた。凛と立つその姿は、歴戦の剣士であることをうかがわせる。

 

 黒衣の剣士は振り抜いていた手に収まる()()()()()を鞘に収めると、そのまま跳躍して砦の内側へ消えた。

 

「先輩、平気ですか!?」

 

 その様子をぼーっと眺めていると、いつのまにか近くにいたマシュの声ではっと我に帰った。

 

「ま、マシュ、見た?」

「え、何をですか?」

「……いや、なんでもない」

「……?」

 

 首を傾げつつ差し出された手を取って立ち上がる。そうすると戦場を見回した。

 

「恐れるな!我らには()()()がついておられる!」

『オォオオオ!』

 

 なぜか一気に士気を増した兵士たちは、先ほどとは比べ物にならない動きで骸骨兵を押し込んでいる。

 

 何かに取り憑かれたように勢いを増した兵士たちのあまりの気迫に、むしろ骸骨兵たちが気圧されているように見えた。

 

「どうしたんでしょう、突然やる気になったみたいですが……」

「わからないけど……あ、それよりバーサーカーは?」

「あそこです」

 

 マシュの指し示す方には、先ほど黒衣の剣士がいた場所に立って、とんでもなく大きい弓を構えているバーサーカーがいた。

 

 番られているのは、その弓にふさわしい鉄塊と呼んでいいほどの太い矢。冬木でサーヴァントの肩を貫いたあれだ。

 

 

ドッ!

 

 

 空気を叩く音とともに発射された大矢は、寸分違わずワイバーンの一匹の頭を撃ち抜いた。力を失い落ちるワイバーン。

 

「バーサーカーさん、先程から既に四匹もワイバーンを落としています。冬木の時も思いましたが、彼の弓の腕は凄まじいものがありますね」

「そうだね、バーサーカーに任せれば大丈夫だ。とりあえず俺たちは骸骨兵を」

 

 

 

「うわぁ──────!」

 

 

 

 倒していこう、と言いかけた瞬間、どこからか悲鳴が聞こえた。

 

 マシュとシンクロして戦場を目を皿のようにして見渡して、尻餅をついている兵士を一人見つける。

 

 傍に剣を取り落とした兵士の目の前には、バーサーカーが撃ち漏らしたのかワイバーンが口を開けて滞空している。

 

 口の端からはチロチロと炎が見え隠れしており、今にも兵士を焼き殺さんとしているのがわかった。

 

「まずい、遠すぎる!」

「対象との距離を計算──ダメです、間に合いません!」

 

 マシュの報告にくっと歯噛みして、無駄だとわかっていても走り出す。

 

 必死に足を前へ、前へと動かすけれど、兵士とワイバーンとの距離は一向に縮まったように思えない。

 

 本人も助からないことをわかっているのか、ガクガクと震えるだけで一向に逃げる気配がなかった。

 

 

 

 ガァアア……!

 

 

 

 そんな兵士を嘲るような唸り声をあげて、ワイバーンは大きく炎を溜めた顎門を開く。

 

「やめろぉ──────────!」

 

 叫びながら手を伸ばす俺の前で、ワイバーンは無慈悲に兵士を焼き殺──

 

 

 

 

 

 

パァンッ!!!

 

 

 

 

 

 ──すことは、なかった。

 

 どこからともなく現れた白い影が、兵士の前に立ったかと思うと手に持っていた長物を一閃したのだ。

 

 その一撃によってワイバーンの体に大穴が開き、残った翼や頭がやけにスローモーションな動きで地面に落ちる。

 

「え、あれ、生きて、る……?」

「──大丈夫ですか?」

「え?」

 

 呆然とする兵士に、白いローブで正体を隠した何者かは女性特有の高い声音で問いかけた。

 

 騒音の嵐である戦場の中で不思議と明瞭に聞こえたそれは透き通っており、彼女は兵士が答える前に再び声を張り上げる。

 

「兵士たちよ!水を被りなさい!それが一時とはいえ、あれらの火を防ぐ!」

 

 片手に持った槍……いや、純白の戦旗を掲げ、彼女は兵士たちに呼びかけた。

 

 

 

 

 

「戦士たちよ!さあ、私と共に────────!」

 

 

 

 

 

 それが、俺たちと彼女の出会いだった。




うむむ、アクセス数が。これはちゃんと更新しなくては。
次回、聖女と……彼女が登場。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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導く者

どうも、王たちの化身までたどり着いた作者です。この作品に出ていることもあって……それにめっちゃ強いので……無名の王はスルーしました。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 謎の人物の乱入により、戦況は一変した。

 

 

 一騎当千と言って差し支えない力を持つ彼女は次々と危機に陥った兵士たちを助け、魔物たちを殲滅していく。

 

 負けじと俺もサーヴァントたちに命令を出して、彼女の指示通りに水をかぶった兵士たちの奮闘もあり、すぐに戦闘は終わった。

 

「これで……最後!」

 

 マシュが大楯でワイバーンの頭を思い切りぶん殴る。バキッという頭が砕ける乾いた音がして、地面に落ちる。

 

「ふぅ、戦闘終了です」

「お疲れ様、マシュ」

「はい、先輩こそ指揮お疲れ様です」

 

 マシュをねぎらいつつ、周囲を見渡す。

 

 見たところ、もう敵らしき影はない。兵士たちは勝鬨をあげており、完全に戦闘が終わったことを感じる。

 

 あの人物を探すと、生き残ったことを互いに喜ぶ兵士たちを見つめていた。そのやや細身な背中には、どこか哀愁が漂っていて。

 

「藤丸さん、お疲れ様です」

「ルーソフィアさんもお疲れ様」

 

 話しかけようか迷っていると、ルーソフィアさんが歩み寄ってきた。が、バーサーカーの姿が見えない。

 

「あれ、バーサーカーは?」

「少し遅れるとのことです。どうやら篝火を見つけたようですので」

「ふーん、そっか」

 

 篝火は以前聞いた通り、別の場所にある篝火に移動するだけでなく様々な恩恵がある、不死人にとって重要なものらしい。

 

 バーサーカーの奮闘は、凄まじいものがあった。誰よりもワイバーンを多く撃ち落として、しかも魔術でこっちの援護もしてくれる。

 

「戻ってきたらバーサーカーにも、お疲れ様って言わないと」

「きっとお喜びになられます……それでは、あの方にお話を伺いましょう」

「危険ではないでしょうか?」

 

 一緒に戦ってくれたからといって、こちらの味方とは限らない。レフの一件で、少し疑心暗鬼になってるんだよな。

 

 そういう経過の意味も含めて聞くが、しかし彼女はいつも通りの落ち着いた様子で微笑みを浮かべた。

 

「彼女のソウルはとても落ち着いています。万が一のことがあっても、キリエライトさんが警戒すれば問題ないでしょう」

『うん、僕もいざとなればどうにかできると思うよ。モシャモシャ』

 

 通信越しにドクターがバーサーカーに同意する。ていうか……

 

「……ドクター、何か食べてます?」

『あ、ばれた?実は司令室に饅頭とお茶があってさ。ちょうど甘いものを補給したかったから食べちゃった』

 

 このゆるふわ野郎!人が必死に戦ってる時に悠々自適に甘いものなんて食べて!

 

「ドクター、それはカルデアに帰還した際の労いとして私が先輩に用意していた饅頭ですね」

『そうだったの?でもうん、これ美味しいし、藤丸くんも気にいると思うよ!』

「……マスター、令呪を一画残しておいてください。たった今エネミーを発見しました」

「あ、うん」

 

 マシュの体から闘気が立ち上っていた。気持ちはわかるので特に止めない。ていうか俺もちょっとイラっときた。

 

 それより、あんなものを用意してくれるなんてやっぱりマシュは気の利く優しい子だと思いマシュ。

 

 …………俺何言ってんだろ。疲れてるのかな。

 

「ボンジュール、あなたはサーヴァントの方でしょうか?」

 

 そんなくだらないことは隅に置いといて。突然の攻撃に対応できるよう、マシュが警戒態勢のまま話しかける。

 

 戦闘中の凄まじい動きからして、この人はおそらくサーヴァントだ。一応ドクターにももう確認済みだ。

 

 白い外套の人物は、ゆっくりとこちらに振り返る。そしてフードで上半分が隠れた顔の、唯一見える口を開いた。

 

「はい、その通りです。ですがここで話をするのは少し……」

 

 一瞬、砦の中に入っていく兵士たちを見るその人。どうやら何か事情があるようだ。

 

 それなら別の場所に移動しようか、と提案しようとした時、不意に胸が暖かくなった。これは、ソウルが繋がった感覚だ

 

『マスター、彼女を連れて砦に来てくれ』

「バーサーカー?」

 

 語りかけてきたバーサーカーに砦の方を見ると、先ほど狙撃していた場所で手を振っていた。

 

『知り合いが私に話しかけてきた。全員で砦に来てほしいそうだ』

「知り合いが?」

 

 ふと脳裏に、さっきの剣士の姿がよぎる。強さからしても、もしかしてあの人が知り合いだろうか?

 

「危険とかないの?」

『ああ、むやみに危害は加えられないはずだ。私が保証しよう』

「先輩? バーサーカーさんがどうかしましたか」

「うん、この人を連れて砦にきてほしいって」

「えっ?」

 

 予想外、といった声を漏らすその人。しかしそれも一瞬で、すぐに逡巡した様子になる。

 

「俺は行こうと思うけど、みんなは平気?」

「先輩が行くのなら、このマシュ・キリエライトどこまでもついていきます。それに、一緒に戦った仲ですし攻撃される心配はないと考えます」

「私も問題ありません」

 

 二人の了承を得られたところで、肝心の白フードの人に聞く。すると彼女はかぶりを振った。

 

「……私は、遠慮しておきます。きっと彼らを混乱させてしまうでしょうから」

「混乱……?」

 

 砦の人たちと、何か因縁でもあるのかな……?

 

『では念のため、反対側の裏門から入ってくればいい。そのあとは私がその人物の元まで案内すると伝えてくれ』

「うん、わかった」

 

 バーサーカーに言われたことをそっくりそのまま伝えると、その人はしばらく迷うそぶりを見せる。

 

「……貴方はなぜ、その方のいうことが真実であると確信できるのですか?」

 

 やがて、おもむろにそんなことを聞いてきた。フードの裾から覗く青い瞳には、試すような光が見て取れる。

 

 なんでそんなことを聞いてきたのかさっぱりわからないが、俺の答えは最初から決まりきっていた。

 

「だって、俺が一番頼りにしてるサーヴァントだから。だから全力で信じなくちゃ」

 

 そう答えれば、彼女は息を呑むような仕草をした。なぜか俺の答えに相当驚いたようだ。

 

 が、どうやらお気に召す答えだったようでふっと微笑むと「わかりました、ともに行きましょう」と答える。

 

 無事に解決したということで、バーサーカーに言われた通り砦の裏側に回って、そこで小さな鉄扉を見つける。

 

「ここかな?」

「はい、合っています。見張りは……いないようですね」

 

 その人物は慣れた手つきで扉を開けた。これ幸いと全員中に入る。

 

「ふー、結構遠かったな」

「来たか、マスター」

 

 誰にも見られてないか確認したあと、扉を閉めるのと同タイミングで石造りの廊下の暗がりからバーサーカーが出てくる。

 

「あ、バーサーカー」

「うむ……そこの貴公。私はバーサーカー、故あってマスターとともに旅をしている。以後お見知り置きを」

「……はい」

 

 顔合わせもそこそこに、バーサーカーの先導に従って知り合いとやらのいる場所へと向かう。

 

 砦の中は案外、静かだった。あんなのに勝ったんだからてっきり大騒ぎかと思ったが、そうでもないらしい。

 

 ワイバーンを知っている様子からして、もう何度も来ているからか、あるいは……そんな余裕がないのかもしれない。

 

「あの、貴方のお知り合いとやらは何故ここに?貴方やその方もこの時代の英霊なのでしょうか?」

 

 兵士たちについてそんなふうに考えていると、不意に白フードの人物がそんなことを聞いた。

 

「そういうわけではない。というよりも、私もなぜ〝彼女〟がここにいるのかわからないのだ」

「そうなのですか?てっきりバーサーカーさんと同じように、現代まで生きていた不死人の方と推測していたのですが……」

「いや、彼女は人間だ。()()()()()()

 

 だからこそわからない、というバーサーカーの要領を得ない言葉に、全員が首をかしげる。一体どういうことだろう。

 

 考え込んでいるうちに、とある一室の前に到着する。途中いくつか見た扉よりもずっと大きく、特別な部屋っぽい。

 

「ここだ」

 

 バーサーカーが扉を押し開く。軋んだ音を立てて開いた扉の向こうから、陽の光が差し込んだ。

 

「う……」

 

 手で目元をかばいながら、露わになった部屋の中を覗く。 

 

 部屋の中は、少し薄暗かった。壁にはめ込まれたガラス窓から差し込む陽光だけが、部屋の中を照らしている。

 

 様々なものが置かれた会議室らしきその中で、誰かが背を向けて佇んでいた。そのシルエットには見覚えがある。

 

「言われた通り、来たぞ」

「……お待ちしていた」

 

 ゆっくりと振り返る人影。やや深みのある声音は、女性のもの。

 

 いまだ全貌を掴めない人影はカチャリ、カチャリと足音を立てて、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 

 やがて、あと数歩のところまできた。そこまで来て初めて見えたその人は、やはりあの時ワイバーンを倒した人だ。

 

「やはり、貴公だったか」

「お久しぶりでございます」

 

 鴉のような兜をかぶった女性は、右手を胸に置くとバーサーカーの前に跪く。まるで、臣下が礼をするように。

 

「我らが王、人の世を作りし者よ。今一度お目にかかれて光栄だ」

「……やめてくれ。私は貴公も裏切った。そう呼ばれる資格はない」

「貴方がどう思おうと、我らが人の王はただ一人。それは幾星霜を経ようと、決して変わることのない真理に他ならない」

「……貴公もまた、変わらないのだな」

 

 な、なにやら物々しい雰囲気だ。バーサーカーは声が強張ってるし、仮面の女性はずっと礼をしたままでいる。

 

「あの、バーサーカーさん。この方とはどういうお知り合いで?」

「ああ…………彼女の名は」

()()()()()()()()()。彼女はそう呼ばれていました」

 

 言いにくそうにしていたバーサーカーの代わりに、ルーソフィアさんが一歩前に出て女性の名前を明かした。

 

「貴女もいたか、我が王の寵愛を受けたものよ」

「ええ、お久しぶりですユリア様」

 

 そこで初めて顔を上げて、フフフフフ……と笑い合うルーソフィアさんとユリアさんというらしい女性。

 

 うん、さっきとは別の意味で雰囲気が重くなった。どっちも仮面をしてて顔が見えないせいか余計に怖い。

 

「ま、マシュ、なんであの二人笑ってるの?」

「さ、さあ……」

「……あの、そろそろよろしいでしょうか」

 

 マシュと二人で縮こまっていると、白フードの人がルーソフィアさんたちに話しかけた。

 

 そこでようやく不気味な笑いあいは止まり、とりあえず全員部屋の中に招き入れられる。内心ホッとした。長い時の中を生きる魔法。まさしくファンタジーな力だ。

 

「遅れてしまったが、貴公のことを聞こうか」

「はい」

 

 フードを取り払う女性。中から出てきたのは金色の髪と青い瞳を持つ、若干幼さの残る女性の顔だった。

 

「改めて、自己紹介を。サーヴァントルーラー()()()()()()()と申します」

「ふむ、ジャンヌ・ダルク殿というのか」

「「……!」」

 

 バーサーカーが冷静に受け答えをする中、俺とマシュは密かに驚いていた。

 

 ジャンヌ・ダルク。大して真面目に授業を受けてなかった俺でも知っている。確か、フランス軍を率いて戦った聖女だ。

 

 詳しい話までは覚えていないが、その……火刑になって悲劇の最後を迎えた、という話はかろうじて頭に残ってる。

 

「ふむ……これは興味深い。()()()()が二人とは」

「……え?」

 

 今、なんて言った?ジャンヌ・ダルクが、もう一人いるって、ユリアさんは言ったのか?

 

「それは……どういうことだ? もしや存命の彼女がいるという意味で?」

「そんなことあるの?」

「これは召喚された際の知識だが、私やマシュ殿などの特例を除いて除いてサーヴァントとは〝座〟に登録された英雄の影法師だ。故に本人が存命している場合も、稀に召喚される場合もあるようだ」

 

 へえ、そんなこともあるんだ。不思議だなぁサーヴァントって。

 

「いいえ灰の方、それはあり得ません」

「……む?」

 

 だが、それをルーソフィアさんが否定した。

 

「ユリア様、現在の暦は?」

「そうだな……この時代で六月の末といったところだ」

「ではやはり、言うのは心苦しいですが彼女は処刑された後になります。つまり……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……ということでしょうか?」

 

 今度はマシュの問いかけに、神妙な顔で頷くジャンヌ・ダルクさん。だめだ、頭がこんがらがってきた。

 

 えっと、この時代のジャンヌ・ダルクは死んでいて、目の前にサーヴァントのジャンヌ・ダルクがいる。

 

 で、さらにもう一人のジャンヌがいて、ジャンヌがジャンヌでジャンヌのジャンヌをジャンヌに……

 

「……あれ?ジャンヌってなんだっけ?」

「いけません、先輩がゲシュタルト崩壊を起こしました!」

「ややこしいですよね、すみません。でも確かに、このフランスにもう一人の私がいるようなのです」

 

 申し訳なさそうにそう言うジャンヌさんを、なんとか頭の中に溢れたジャンヌ・ダルクの文字を消して見る。

 

「もしかしてそれが、この状況と関係しているのか?」

「ご名答だ、我が王」

 

 答えたのはユリアさん。全員の目がそちらに向く中、彼女は立ち上がり言葉を続ける。

 

「私からも説明しよう。なぜ私がここにいるのか、砦の指揮をとっているのか……」

 

 そしてユリアさんは、机の上に広がっている地図に手を置いて。

 

 

 

 

 

「今このフランスで、何が起きているのかを」

 

 

 

 

 




次回は説明会です。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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二人のジャンヌ・ダルク

どうも、とても悲しいことがあった作者です。
これまでの人生で何よりも悲しいことですが、なんとか乗り越えて、これからも頑張ります。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 事の始まりは6月2日。

 

 

 

 その日、オルレアンで一人の少女が復活した。名をジャンヌ・ダルク、フランスの救世主と崇められた少女である。

 

 かつて聖女と呼ばれた彼女は、かの神の子のように処刑から三日の後に蘇ったが……。しかし、その性質は善ではなかった。

 

 その真逆……悪逆の魔女として、竜とともに地獄より来りし彼女は、その日のうちに司教をはじめとした聖職者たちを虐殺。

 

 

 

 そして……休戦協定を結んでいたシャルル7世までも殺害した。

 

 

 

 これによって、フランスは戦乱の渦に逆戻りしたのである。今度は人間対竜という、絶望的な戦争に。

 

「イングランドは即座に撤退、残った市民たちと兵士らはワイバーンの襲撃に怯え続けています」

 

 地図に置かれた赤い駒……〝竜の魔女〟と呼ばれるジャンヌ・ダルクによって破壊された街を指し示して言うユリアさん。

 

 その数は十数に及び、どれだけの被害が出ているのかがよくわかる。つまり、そこにいた人たちも当然……

 

「これが、大まかな現在のフランスの状況だ」

「なんでそんなことを……」

「さあ。だが他の街の様子からして、この国の人間を恨んでいるのは間違いないだろな」

 

 恨み、憎しみ、か……言葉では知っているけれど、平凡な人間だった俺には想像もできない強い負の感情だ。

 

「そんな、どうして……」

 

 当然、誰よりもショックを受けているのは当人(?)であるジャンヌさんだ。顔をうつむかせ、とても沈んでいる。

 

 さっきの発言からして、もう一人自分がいることは知っていたみたいだけど、まさかそんなことをしてるなんて思わなかったようだ。

 

 ある意味別人とはいえ、自分が大虐殺をしてるなんて知ったら、俺だったらその場で発狂するな……

 

「ジャンヌさん、一回深呼吸して」

「え、ええ」

 

 深く息を吸って、吐くを繰り返すジャンヌさんの背中をさすった。こうすると不安が軽減されるのだ。

 

「……もう平気です。ありがとうございます」

「そう? 話し続けても大丈夫?」

「はい」

「そっか」

 

 しばらくさすって、ジャンヌさんが十分に落ち着いたところでユリアさんに向き直って話を始める。

 

「それで、本当にそれはもう一人のジャンヌさんで間違いないの?」

「ああ、一度この砦の近くを通った時に竜の背に乗っているのを見た。間違いなく彼女だ」

 

 断言するユリアさんに、もしかしたら違うかも、なんて俺の希望的観測はあっさりと打ち砕かれた。

 

 いや、最初からわかってた。今の話もそうだし、そもそもジャンヌさん本人がもう一人の自分を認識している。

 

 何とか、ジャンヌさんを励ましたかったんだけど……

 

「…………」

「ごめんね、ジャンヌさん」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

『でもこれで合点がいったね』

 

 次に何を言おうか言葉を選んでいると、実はさっきから参加していたドクターがいった。

 

「Dr.ロマン、それはどういうことですか?」

『歴史上、フランスは最初に人間の自由と平等を謳った国だ。多くの国がそれに追随し、結果としてその尊厳が認められた。それは現代社会の礎の一つだ』

「私もお手伝いしましょう」

 

 説明を始めたドクターに、立ち上がったルーソフィアさんがどこからともなくホワイトボードを出した。

 

 多分ソウルの術なんだろうなぁと思いつつ、ボードに書かれたドクターの説明を簡略化した図に目を向ける。

 

「現在、このフランスは復活したジャンヌ・ダルクによって戦争状態。史実では休戦状態のはずなのに、です」

『つまり、終わった戦争が終わってない。それは主張がその分遅れるということであり、そもそもそれをする人たちも殺されている状況だ』

「よって権利の主張とやらが帳消しにされ、文明が停滞すると?」

 

 大きくバツ印がされた〝自由と平等〟の言葉を見たバーサーカーが疑問を投げかければ、二人は頷いた。

 

「これが認められなかった場合、現在も私たちは中世のような生活をしていたことでしょう」

『貴族はどこまでも裕福に、そして平民はどこまでも貧しい圧倒的格差社会。いやー考えるだけで恐ろしい』

「でも、平民も割と悪くないんですよ?」

『あっ、そうだった。ジャンヌ・ダルクは平民出身だったか……これは失礼しました』

「いえ……」

 

 ジャンヌさんに謝るドクターとルーソフィアさんの説明を頭の中で反芻していると、ある一つのことに気がつく。

 

「でも、そんなことになったら俺たちは……」

『そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 肯定するドクターと、頷くルーソフィアさん。やっぱり、そういうことなのか。

 

 本当は認められたものが消え失せ、死ぬべきでなかった人たちが死ぬ。そうすることで、文明の進歩が止まる。

 

 それすなわち、時代の歪み。本来あるべきはずのものがねじ曲げられた世界。史実から外れた、狂った歴史の種。

 

「そうか、これが特異点の原因か!」

『だろうね。ということは必然的に、僕たちの目標は彼女を止めることになる』

 

 告げられた目的に、自然と全身に力が入る。また、サーヴァントと戦うことになるとは。

 

「私たちにできるでしょうか……」

「……やるしかない、マシュ」

 

 未来を取り戻したいのなら、生き残りたいのなら、どんな相手だろうと立ち向かうしかない。

 

 その決意を宿して見つめると、マシュもあの光景を思い出したのか。一瞬瞠目した後に、強く頷いた。

 

「この時代の状況は概ね理解した。それで、ジャンヌ殿はこれについて何か情報があるか?」

 

 と、まだまだ話は終わってなかった。二人揃っていそいそと席に着く。

 

「……わかりません」

「というと?」

「自分がジャンヌ・ダルク、ルーラークラスのサーヴァント、というのはわかっているのですが……それ以外の全てが欠如しているのです」

「どういうこと?」

「それが……」

 

 なんでもルーラーというのはエクストラクラスに分類されるサーヴァントのようで、特殊な力を持つらしい。

 

 召喚された際に与えられる、聖杯戦争に参加しているマスターとサーヴァントついての知識に、強力なステータス。

 

 さらには裁定者(ルーラー)の名の通りサーヴァントに対する令呪に、真名看破までできるとか。まさに特別(エクストラ)だ。

 

「しかし、今の私にはその全てがない。現界したのも数時間前ですし、唯一生まれ故郷なので言葉が通じたため、かろうじてもう一人の(ジャンヌ)の存在を知ったのです」

 

 まあ、盗み聞きなんですけどねと苦笑するジャンヌさん。そっか、だからさっき兵士たちに会いたがらなかったのか。

 

 出会ってからごく短い時間しか経っていないが、彼女が優しい人柄なのはわかる。きっと混乱させたくなかったんだろう。

 

「間違いなく、もう一人のジャンヌ・ダルクに全て奪われたのだろうな。それらは全て聖杯から与えられる能力だ」

「その根拠は?」

「竜だよ、我が王。現在の世界において竜を召喚・使役するのは最上級の魔術だ。それを、一国を陥れるほどの数を使役する力を与えられるのは……」

「……それもまた、聖杯ということか」

「そうすると、目的の二つが一つになるな」

 

 レイシフト前にドクターから課せられた三つのオーダー。そのうち二つがもう一人のジャンヌ・ダルクに収束する。

 

 時代の修正と、聖杯の回収。特異点の発生が聖杯によるものである以上、必然的に関係するとは思ってたけど……

 

「あの、そういえば聞きそびれていました。貴方たちはこの時代の人間ではありませんね?ここにはどのような目的でやってきたのでしょう」

「それは……」

 

 マシュとバーサーカー、ルーソフィアさんに目配せする。三人とも頷いたので、こちらの事情を話すことにした。

 

 人理の焼却、七つの特異点、聖杯……それらのことを全て説明する。ジャンヌさんは最後まで真剣な様子で聞いてくれた。

 

「──ということなんです。だからこの時代を修正するために、俺たちはここにいます」

「……なるほど、よくわかりました。まさか、人理そのものが焼却されているとは」

 

 世界そのものが燃え上がっていると知って、ジャンヌさんはやや同情的な目を向けてきた。

 

 言葉にしなくても、どう思っているのかはわかる。俺だってこんな事態を受け止めるなんて夢にも思わなかった。

 

「お互い、大変ですね」

「そうみたい」

「私も感謝するよ、我が王の契約者。ようやく目覚めた理由を知れた」

 

 その言葉に、揃ってユリアさんを見る。今のはどういう意味だ?

 

「ちょうど良いタイミングだ、聞こうユリア」

「なんなりと」

 

 椅子から立ったバーサーカーがやや硬い口調でユリアさんに歩み寄る。緩やかな動きでユリアさんもバーサーカーを見た。

 

「貴公はなぜ、この時代にいる?人の身でありながら、どうやって火の時代の終わりから今まで……」

「お戯れを。貴方はその真実を誰より身近に侍らせているではないか」

「……なに?」

 

 試すような口調のユリアさん。バーサーカーはその言葉にしばらく沈黙して、やがて何かに気付いたのかハッとした。

 

 そして、ゆっくりとルーソフィアさんを見る。彼女はいつものように何も言わず、ただ微笑んで立っている。

 

「……そうか、〝ソウル継ぎ〟の魔法か」

「ご明察。私もまた、その恩恵に預かった」

「それって確か、魂を受け継ぐっていう?」

「さすがは我が王の契約者。その程度は知っているか」

 

 感心したような様子のユリアさん。まあ、知ったのは最近なんだけど。

 

「……火の時代?ソウル?あの、なんの話ですか?」

「あっ、すみませんマドモワゼル・ジャンヌ。私から説明しますね」

「ありがとね、マシュ」

「いえ」

 

 マシュがジャンヌさんに説明をする中、俺はユリアさんの話に耳を傾けた。

 

「かつて、火の時代が終わった時。私は自らの血に魔法をかけた。その後に世界を回り、人が著しく数を減らした中で各地に子孫を残した」

 

 そしてユリアさんは産んだ子供の魂に刻んだという。その血を絶やすことなく増やし続け、再び文明を興すという使命を。

 

 その目論見は成功し、成長した子供たちは子を産み、またその子が子孫を残し……世代を経るごとに人の数が増えていき、文明は発展した。

 

 当時の人間の全体数が少なかったこともあって、現在ではほぼ全人類に……彼女の血が流れているという。

 

「つまり俺にも?」

「そうだ……血が続く限り、私の魔法は永続的なもの。しかし、西暦2015年まで確定していた子孫の数が一定数を下回った」

 

 そしてそれこそが、ユリアさんが目覚めるトリガーだという。特異点が発生し、本来ありえない死者が出たからってことか。

 

「でも、なんでそんな物騒な事態をキッカケに……」

「私の使命は、()()()()()()()()()()()()()()()。なればこそ、その危機が迫った時に力を尽くすのが我が務め。それが王より賜った、唯一にして最初の命令ゆえに」

「バーサーカーが?」

 

 驚いてバーサーカーを見れば、彼は深い溜息を吐いた。

 

「あれは命令ではない、ただの願いだ。私は貴公にも亡者ではなく、新しき世界で人として生きて欲しかったのだ」

「だからこそだよ、我が王。人を導き、その行く末を監視することが私という人間のあり方なのだから」

「……まったく、私の知己は誰も彼も頑固者だ」

「ふふ、申し訳ありません」

 

 口元に手を添えて笑うルーソフィアさんに、バーサーカーの雰囲気が少し和らいだ。

 

 ルーソフィアさんをあんなに大事にしているんだし、何だかんだ知り合いがいるのが嬉しいのかな。

 

「先輩、説明が終わりました」

「お疲れ様」

 

 ちょうどいいタイミングでジャンヌさんへの説明が終わった。見ると、彼女は物珍しそうな目でバーサーカーたちを見ている。

 

「あの……貴方がたは、すごい方々だったのですね」

「私など大したものではない。命尽きるその瞬間まで国を救わんとした貴公こそ、英霊にふさわしいだろう」

「そんな、英雄だなんて……私はただの田舎娘。主のそうあれという言葉に従っただけの、無知な小娘です」

 

 謙遜するジャンヌさんに、しかしバーサーカーは首を横に振った。

 

「いいや、だから貴公は英雄なのだ。力を持っていたくせに、肝心な時に何もできなかった私とは…………」

「……?」

「………………まあ、この件はともかく。これからの方針を決めよう」

「そうだね」

 

 話が逸れたのを戻して、全員顔を突き合わせると相談を始める。

 

「俺たちは元の目的どおり、この時代を修正する。そのために、もう一人のジャンヌ・ダルクと戦おうと思う」

 

 詳しく状況を知った今、もとよりあった決意はさらに強固なものになった。なんとしても、もう一人のジャンヌ・ダルクを止める。

 

 そうしなければもっと被害は増えるし、特異点は修正されず俺たちに未来はやってこない。これ以上、何かが失われるのは沢山だ。

 

「三人とも、力を貸してくれる?」

「はい、それが私たちカルデアの使命ですから」

「無論だ。これは私にとって大切な旅でもあるからね」

「微力ながら、お力添えしましょう」

「ありがとう」

 

 俺の感謝の言葉に頷いたバーサーカーは、ユリアさんの方を向く。

 

「ユリア、貴公も協力してくれるか?人類の存続を守る貴公も目的は同じだろう」

 

 ふむ、と兜の顎の部分に指を当て、しばらく考えた後にユリアさんは頷く。

 

「我が王のためならば、このユリア喜んで力を貸そう」

「ユリアさんもありがとうございます……それで、ジャンヌさんはどうする?」

 

 いろんな意味で一番複雑だろう人に、恐る恐る問いかける。

 

 自分と戦うなんてのは、俺にはまったく想像できない。でも今までの反応を見る限り、相当辛いことのはずだ。

 

 そう思って聞いたのだが……しかし、俺の予想に反してジャンヌさんは迷いのないまっすぐな目で返事をしてきた。

 

「私も戦います。ルーラーとして、ジャンヌ・ダルクとして。まずはオルレアンを奪還しましょう。そしてその障害となるであろう、ジャンヌ・ダルクの排除を」

「……すごいねジャンヌさんは」

 

 ここまで吹っ切れているのは、英霊だからだろうか。いや、きっと彼女という人間が強いんだろう。

 

「それじゃあ、俺たちも協力していいかな?」

「はい、むしろこちらからお願いしたいくらいです。一人では、さすがに厳しいですから」

「意見は一致したな。それでは今後の具体的な動き方を……」

 

 そうして協力関係を結んだ俺たちは、日が沈み夜がやってくるまで、ドクターたちも交えて会議を続けたのだった。

 




だめだ、頭の中で全然まとまらない。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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ラ・シャリテにて

すみません、更新が空きました。なにぶん久しぶりにペンタブで絵を描いていたもので。


【挿絵表示】


その結果がこの微妙な絵になります。色はまだつけてませんが、バーサーカーはだいたいこんなイメージをしていただけると。背景?ハハッ(目そらし
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

 

 ああ…………また、この夢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中を、誰かが歩いている。

 

 

 

 

 

 

 

 何もかも全て黒い中、その誰かは歩き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 折れた右手は垂れ下がり、潰れた片足を無理やり動かし、もう一方の手では血に濡れたとても長い剣を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 ひどく疲れ果てたその後ろ姿は、先の見えない闇を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 心に繰り返し浮かぶのは、たった一つの疑問。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを知った。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを裏切った。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、多くを失った。

 

 

 

 

 

 

 

 数えきれないほど、この手から取りこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 長かった。自分の齢すら忘れるほど旅をした。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………だが、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その果てに、何かを手にできたのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……答えるものはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 彼の周りにはもう、誰も……

 

 

 

 

 

 

 

 それでもただ、探すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 己の旅の、終わりを。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

「……ぱい? 先輩!」

「っ!」

 

 聞き覚えのある声に、ハッと目をさます。

 

 普通なら少しの間ぼうっとするところを、すぐさま周囲の状況を理解するために視界を左右に巡らせた。

 

 見えるのは木と、雑草の生い茂った地面と、そして自分を心配そうに覗き込む前髪で片目の隠れた可愛い女の子。

 

「ましゅ……?」

「はい、あなたのサーヴァントマシュ・キリエライトです」

「フォウ!」

 

 パッと笑うマシュと、忘れるなというように太ももに飛び乗って自分を主張してくるフォウ。

 

 そこまで見れば、もうそれを思い出すのは簡単だった。ああ、そうか。自分は眠っていたのかと。

 

「先輩、大丈夫ですか? またうなされていたようですが……」

「……ああうん、平気だよ」

 

 笑顔を作ってマシュに向け、スッと迷いのない動きで自分の頬を撫でる。

 

 すると感じるのは湿った感触。生暖かいそれに指を見てみれば、そこにあったのはいつものように一雫の涙。

 

「……また、か」

「フォーウ?」

「ん、平気だよ」

 

 いつもこうだ。あの夢を見ると、目が覚めれば泣いている。自分でもなぜかわからないことに、必ず。

 

「……あの夢、ですか?」

「ああ」

 

 心配そうに声をかけてくるマシュに言葉を返しつつ、いつの間にか握りしめていたもう一方の手を開く。

 

 やはりそこにあるのは、爺ちゃんからもらった指輪。古ぼけた狼の刻まれた、人が見ればガラクタといいそうなそれ。

 

「それもいつも通りですね。一体どういうことなんでしょうか?」

「わからないよ。なんでこうなるのか」

 

 ずっと昔から、同じ夢を見る。闇の中で、誰かが歩いている光景。

 

 どこか見覚えのある、でもぼんやりとしてよくわからない誰かが、ずっと、ずっと、一人で歩き続けている。

 

 先も元の道も見えないそこは暗くて、恐ろしくて、寂しくて……とても、悲しくて。つい、泣いてしまう。

 

 ドクターやダ・ヴィンチちゃんにも相談したものの、原因不明。魔術的な何かもされてないという。

 

「いつも心配してくれてありがとね、マシュ」

「大丈夫なのですか?」

「平気平気、もう長いから」

 

 小さい頃は怖くて、父さんや母さんの布団に潜り込んだけど。流石にもう慣れてしまった。

 

 何も思わないわけじゃないけど、特別何かを感じるわけでもない。変な夢を見るのは今に始まったことじゃないし。

 

 ただ、以前に比べて少し頻度が増えた気がするが……まあ、気のせいだろう。

 

「さ、行こう。二人も待ってるでしょ?」

「はい、すでに準備は完了してお待ちです」

「フォフォウ!」

 

 よっと両足に力を込めて立ち上がり、尻の汚れを払う。

 

 そうするとフォウを肩に乗せて、マシュと木の密集帯の入り口に行った。

 

「あ、藤丸君にマシュ。よく休めましたか?」

「はい、ありがとうございました」

「監視ありがとう、ジャンヌ」

 

 そこにいたのは白い外套を脱ぎ、青と銀の鎧姿のジャンヌさん。風になびく金髪を一瞬美しいと思った。

 

 すぐ近くの木にはバーサーカーが寄りかかっている。その側には当然、背筋正しく座るルーソフィアさん。

 

「少しは休めたか、マスター?」

「おかげさまで」

「ご無理をなさらないよう。気分が変調した時は私に言ってください」

「わかった……さあ、出発しよう。あとちょっとだよね?」

「はい、もう少しでラ・シャリテです」

 

 ジャンヌの言葉に頷き、四人+一匹と一緒に草原に出るとある方向に向けて進み始めた。

 

 

 

 

 

 ここはラ・シャリテという街にほど近い場所だ。

 

 

 

 

 

 現在、俺たちは砦から離れている。早朝に出て、太陽の高さからしてもうすぐ昼ごろってとこか。

 

 ユリアさんと会議をした結果、やはり情報収集をしなければいけないということで、自由に動ける俺たちがその任務に。

 

 元からそのつもりだったので、一番近いラ・シャリテという街に向かっていたのだが……

 

「ごめんね、いきなり休みたいなんてわがまま言って」

「いえ、私たちサーヴァントと違って藤丸君は人間なのです。慣れない場所なのですから、休息を取るのも重要ですよ」

「先ほども言いましたが、体調の変化にはお気をつけを」

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

 度々襲いくる骸骨たちとの戦闘、戦況の把握に慣れないサーヴァントへの支持、土地勘のない場所で歩く不安。

 

 爺ちゃんとの地獄キャンプで慣れないところで寝るのは問題ないけど、何せ心持ちが異なるから疲労の溜まる早さも違う。

 

 とはいえ、もう十分に休んだ。これでしばらくは大丈夫だろう。

 

「でも、本当にこのまま街に行っても大丈夫なのでしょうか?」

「それは実際に人に会ってみないとわかりません。何せ現代の魔術とは異なる力ですので……」

 

 曰く、ユリアさんは血を介してソウルに語りかけることで、ある程度人の意識を操れるらしい。

 

 顔を隠すために視界が狭まっては戦闘に支障が出る、ということで人がジャンヌさんを見ても騒がないようにしたとか。

 

「問題ない。いざとなれば私が〝見えない体〟を使おう。ジャンヌ殿はまだ霊体化はできないのだろう?」

「はい、何せサーヴァントの新人のような感覚なので、うまくコツがつかめず……」

「すぐに慣れるさ……それより、少し急ごう。ユリアの話ではまだ無事のようだが、街が心配だ」

 

 自分の血が流れた人がいる場所ならば、どこでも現界することができるユリアさん。その在り方はサーヴァントに近いらしい。

 

 現状、人間が密集している場所……街や砦にいるのだが、バーサーカーのソウルを感じてあの砦にいる個体に力を集めたとか。

 

 そのため、ラ・シャリテの街にいる分体はほとんど戦闘能力がなく、もし襲撃されればかなりまずい。

 

 もしその間にワイバーンが襲ってきたら……そう考えると自然に早足になった。

 

 

 

 

 

 ププー

 

 

 

 

 

 歩き出してから、三十分くらい経った頃。最近聞きなれてきたどこか気の抜ける電子音が鳴った。

 

「ん、通信だ」

「あちらで何か捉えたのでしょうか?」

「出てみるといい」

 

 すぐに腕輪を胸のあたりまで持ち上げて起動する。ホログラムのスクリーンが表示され、ドクターが映り込む。

 

「ドクター、どうかしました?」

『突然だが、君たちの行く先にサーヴァント反応だ。場所は……君たちの目的地の街!?』

「「「「「────ッ!」」」」」

 

 瞬間、全員の顔に緊張が走る。街にサーヴァントって、まさか冬木の時のあいつらみたいに……っ!?

 

『それと……なんだこれ? サーヴァントっぽいけど、なんか違うような……』

 

 ドクターがなんかブツブツ言ってるけど、今はそれを気にしていられる状況じゃない。いや、なくなった。

 

 動揺は一瞬。ほぼ同時に互いの顔を見合わせ、頷きあうと一斉に街に向けて走り出した。

 

「悪い予想は当たるっていうけど……っ!」

「急ぎましょう、手遅れになる前に!」

「ああ!」

 

 必死に足を動かして、三人についていく。頭の中に過ぎる予想を、無理やり奥に押し込めて。

 

 五分か、十分か。あるいは数十秒だったかもしれない。息が切れ、胸が痛くなってきた時、また通信が入った。

 

『サーヴァント反応、遠ざかっていく。どうやらこちらには気づかなかったようだ』

「街は!?」

『………………』

 

 ドクターは、何も答えなかった。その沈黙に、隠した嫌な予感が脳裏からじわじわと全身に押し寄せる。

 

 それでもこの目で見るまでは信じないと、少し高い丘を登ったとき──視界には、〝赤〟が広がった。

 

 

 

 

 

ゴオオオオオオオオ…………

 

 

 

 

 

「あ………………」

 

 

 

 街が、燃えていた。

 

 

 

 これでもかというほどに真っ赤な炎が、街を一つ飲み込んでいた。それは壁を、旗を溶かし、そして……

 

 その先を考えて、冬木の光景がフラッシュバックする。途端に力が抜けて、その場に座り込んだ。

 

「街、が……」

「そんな…………」

「……間に合わなかったか」

 

 ……間に……合わなかった…………?

 

「そうだ……」

「……藤丸君?」

「俺が、休憩なんてしなければ……!」

 

 もっと早く行っていれば、間に合ったかもしれない。そう思うと、一時間前の俺を無性にぶん殴りたくなった。

 

 たとえ疲れていても、足が痛くなっても、体に鞭打って歩き続けるべきだったんだ。そうすればもしかしたら……!

 

「くそっ、くそぉっ……!」

「……先輩」

「いや、マスター。まだ嘆くには早いぞ」

「……え?」

 

 バーサーカーの言葉に、ゆっくりと顔を上げて彼の指差す方を見る。

 

 すると、今にも崩れ落ちそうな城門をくぐって、たくさんの人が悲鳴をあげて出てくるところだった。

 

 兵士の人たちが一般人の背中を突き飛ばすようにして外に促し、街から出ようとしている。紛れもなく、生きている人間だ。

 

「ま、まだ生きてる!どうして!?」

「……そうか、ユリアか!彼女がかろうじて守ったのだろう!」

「もしかして、先ほどの魔術越しの彼の言葉は……」

 

 ジャンヌさんの呟くような声にハッとする。

 

 そういやドクターがサーヴァントっぽい反応がなんちゃらとか言ってたような……あれってユリアさんのことか!

 

「ですが、とてもあれで住民全員とは思えません。おそらく大部分は……」

「それに、まだ安全ではないようです」

 

 城壁を飛び越えて、ゾンビみたいな怪物や空の彼方からワイバーンが向かってくる。このままじゃあの人たちが危ない!

 

「兎も角、だ。生き残ったものたちを救出するぞ」

「ああ! 三人とも、力を貸してくれ!」

「「「了解!」」」

『こちらでも敵の情報を解析する!頑張ってくれ!』

 

 安堵に抜けそうになる力を押しとどめて、立ち上がってそれぞれに指示を出す。

 

 バーサーカーはあの時のように、ここでワイバーンの狙撃を。ルーソフィアさんは結界を張って支援。

 

 近接系……旗が武器かは謎だが……の二人は直接戦闘に割り振る。

 

「って感じで行くけど……これでいい?」

「はい、シンプルイズベストです!」

「私もステータスは下がっていますが、精一杯戦います」

 

 二人は踵を返して、一足飛びに丘から跳躍すると逃げ惑う人々を助けに行った。

 

「こちらも始めようか」

 

 ソウルから、身の丈を超える鉄塊のような弓……〝竜狩りの大弓〟を出現させるバーサーカー。

 

 下部についているアンカーを地面に深く突き刺し、ほぼ背負っている状態の矢筒から槍のごとき大矢を取り出す。

 

 そしてそれを大弓につがえ、ギリギリと鉄骨が軋むような鈍い音を立てて引いていき……

 

「ハッ!」

 

 

 

ドンッ!

 

 

 

 射出。

 

 腹の底に響くようなそれは轟音を立てて飛んでいく。目で追いかければ、ワイバーンの頭を三つ同時に貫いた。

 

「相変わらずすごい迫力だな……」

「次はもっと撃ち落として見せよう……それよりもマスター、貴公にもできることをしたまえ」

 

 すでに次の大矢を番ながら言うバーサーカーに頷き、俺は俺にできるせめてものことを実行する。

 

 先ほどの二人のように丘を降りると、バーサーカーが援護してくれると信じて右往左往している人たちに声を張り上げた。

 

おぉぉおおおぉぉい!こっちに逃げてくださぁぁぁあああああい!

 

 腹の底の底から全身を使って叫び、大きく手を振る。

 

 いち早く気づいたサーヴァント二人がこっちを向いて、指差してなにかを叫んだ。すると人々の視線がこちらに向く。

 

 手を振る俺を見て、次いで後ろにいる結界の中のルーソフィアさんを見ると、皆一目散にこちらに駆け出す。

 

 

 ギャォオオオオ!

 

 

 グルゥアァア!

 

 

「やらせぬよ」

 

 

ビシャァアアアン!

 

 

 逃げる人々を追いかける魔物たちの頭を、天より降り注ぐ無数の雷が焼き焦がした。後に残るのは黒い残骸のみ。

 

 さらに背後からマシュとジャンヌさんが挟撃し、逃げ道を塞ぐ。唯一空に逃げれるワイバーンも雷で落とされる。

 

「こっちです!」

「ヒィ、に、逃げろぉ!」

「追いつかれるぞぉ!」

 

 火事場の馬鹿力が働いてるのか、さっきとは段違いの速さで丘を登って結界に転がり込んでくる人たち。

 

「あっ!」

「っ!」

 

 続々と結界に避難していく中、白いフードを被った中年の女の人がつまづいて転んでしまった。

 

 まずい!そう思ったのと足が前に動いたのは同時で、ほぼ滑り降りるようにして丘を降りるとその人に走り寄る。

 

「大丈夫ですか!手を貸します!」

「あ、ありがとうございます」

 

 手を差し伸べて女の人を立たせて、その背中を押す。よし、これで……

 

 

 グルァ!

 

 

「え?」

 

 聞き覚えのある声に、後ろを振り向く。すると視界いっぱいに広がる、鋭い牙とぬらぬらとした口膣。

 

 それがワイバーンの口だと気付いた時にはもう遅く、真っ白に染まった頭の中に単純な言葉が並んだ。

 

 

 

 

 

 あ、やばい。死ぬ。

 

 

 

 

 

「やらせぬと、言っただろう!」

 

 しかし、俺の頭がかじり取られることはなく。代わりに、ワイバーンの頭に剣槍が突き刺さった。

 

 それを握るのはバーサーカー、ワイバーンの頭に着地した彼はそのまま頭部を地面に叩きつけ、粉砕する。

 

「あ、え……?」

「無事か、マスター」

 

 腰が抜けて立てないでいると、絶命したワイバーンから剣槍を引き抜いたバーサーカーが振り返る。

 

「俺、生きて、る?」

「ああ、そうだとも。さあ立ち上がれ、まだ戦いは終わっていない」

 

 恐怖に惚ける俺の腕をとって無理やり立たせて、バーサーカーはそのまま近くのワイバーンに走っていった。

 

 ぼうっとその後ろ姿を追いかける。十秒もするとハッと我を取り戻して、あの女性はどうなったか見た。

 

「よかった、結界の中にいる……」

 

 命がけで助けたのに、死んでしまったらどうしようかと思った。

 

 女性と、自分の命が助かったことに安堵しつつ、震える足を叩いて黙らせると未だ激突音のする前方を見た。

 

 マシュたちはまだ戦闘中、残っている人はもういない。ルーソフィアさんの支援を受けた兵士の人たちも、まだ平気そうだ。

 

「みんな、いくぞ!ラストスパートだ!」

 

 己を鼓舞するために声を張り上げ、止まりかけた思考をまた巡らせて。

 

 

 

 

 

 

 

 それから十五分後、戦闘は終了した。




ユリアの存在により、ごく少数生き残りました。あるキャラの登場のために。
思ったこと、感じたことを描いていただけると嬉しいです。


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情報収集

どうも、ダクソリマスター買った作者です。王たちの化身倒したら始めます。
今回はオリジナルなので自信は皆無、ですが楽しんでいただけると嬉しいです。


「……はい、処置が完了しました」

「ありがとうございます」

 

 ルーソフィアさんの手から放射されていた黄金に近い白い光が止み、すっかり腕の傷が元どおりになる。

 

 まくっていた袖を戻すと、ふと影が差した。見上げてみれば、そこには険しい目つきのマシュとジャンヌさんがいる。

 

「先輩、無茶をしすぎです。気をつけてください」

「ご、ごめん……」

「なぜ逃げなかったのですか?」

「だって兵士さんが」

「「だって?」」

「なんでもありません、はい……」

 

 ゴゴゴゴゴ、とか擬音のつきそうな雰囲気で詰め寄る二人に、座っている以上逃げることもできずがくりとする。

 

 ううむ、流石にゾンビを蹴り飛ばすのは無茶だったか。兵士さんの一人が不意打ちされそうになってたから助けに入ったんだが。

 

「でもほら、せっかく身体強化の魔術を習ったんだし、動きも鈍かったからいけるかなって」

「結果として怪我をしているようではいけません。スクロールの数にも限りがありますので」

「おっしゃる通りです……」

 

 医療人であり、身体強化の魔術を教えてくれたルーソフィアさんにそう言われてしまっては敵わない。

 

 なんでも、ルーソフィアさんの依り代になっている女性は、ロンドンの時計塔を首席で卒業したのだとか。

 

 その能力を買われて前所長……所長のお父さんにスカウトされて、カルデアに医療スタッフとしてやってきたとかなんとか。

 

「でも……なんとか全員、助けられたね」

 

 振り返って、結界の中で休む人々を見る。すると二人の顔も柔らかくなり、ルーソフィアさんも頷いた。

 

 奮闘の甲斐あって、一人も死なせることなく助けることができた。その前に助けられなかった町の人たちは悔やまれるが……

 

「今は、この人たちだけでも助けられたことを喜ぼう。みんな、改めてありがとう」

「いえ、先輩の指示があってこそです」

「藤丸君、元は一般人とは思えないほど板についていましたよ」

「そ、そう?」

 

 へへ、なんて後頭部をかいていると、ガチャ!と音を立ててすぐそばに鎧を着た人物……バーサーカーがどこからか着地した。

 

「マスター。残党狩りは終わった、周囲の安全は確保できている」

「一番戦ったのにごめんね、バーサーカー」

「ふ、こういう時は礼を言うものだぞ。その方が報われる」

「……それじゃあ、ありがとう」

「ああ、確かに受け取った」

 

 言葉とともに差し出された手を取って立ち上がる。

 

 その時、握った手に何かを感じた。あれ、この手の逞しさ、どこかで覚えがあるようなないような……

 

 そう考えた瞬間、脳裏にあの夢がよぎる。そして〝彼〟の半ばから手甲が壊れた折れた右手を思い出した。

 

「……? なんで今あれを……」

「? マスター、どうかしたか?」

「あ、いや、なんでもない」

 

 パッと手を離す。その瞬間頭の中のビジョンは消え失せ、感じていた何かも嘘のように消え失せた。

 

 首をかしげていると、ププーと通信音。腕輪をタッチすると出てくるのはドクターの気の抜けそうな笑顔だ。

 

『いやー、よかったよかった。なんとか勝ったみたいだね』

「うん、ドクターも敵の弱点とか教えてくれてありがとう」

『なんのなんの。でも無理はいけないぞう、藤丸君は唯一のマスターなんだからね』

「それは肝に命じました」

 

 背後からくるマシュの心配そうな視線に苦笑して、そう答える。ドクターはうむ、と頷いて、情報収集を提案してきた。

 

 こちらもそのつもりだったので了承、もしものことが考えられるジャンヌさんと、そういう役割はあまり得意でないバーサーカーを除いて、三人で行った。

 

「すみません、ちょっと聞きたいことがあるのですが。いいですか?」

「あ、ああ。あんたらは命の恩人だ、俺たちに答えられるならなんでも答えるぜ」

 

 これ幸いと、腕輪についている録音機能を起動しつつ兵士さんの話を聞く体制に入る。

 

 それからいくつか事前に決めていたことを質問して、答えられた中で疑問に思った箇所を訪ねて、とやっていった。

 

 元々こっちが持っている情報はさほどなかったので、体感で十数分ほどで問答は終わる。次の質問で最後だ。

 

「最後に、街を襲ったやつのことを聞きたいんですけど」

「……あれは、黒い竜だった」

「黒い竜?」

「ああ。一瞬にして街が焼き払われ、教主様が身を呈して人々を庇ってくださったが……一番奥にいた俺たちしか助からなかった」

「そんな強力な相手が……」

 

 きっと、これまで幾度か戦ったワイバーンとは別物だろう。そうでなければ、ここまで怯えた顔はしないはず。

 

 さらに詳しく聞くと、その背には黒い聖女……もう一人のジャンヌ・ダルクが騎乗していたと言う。竜の刻まれた、旗を持って。

 

 そこまで聞いたところで、兵士さんが震え始めたので質問を切り上げた。

 

「すみません、思い出したくないことを聞いちゃって……」

「いや、別にいい……それより、あんたたちは、あの魔女と戦うつもりでいるのか?」

「そうですけど……」

 

 そうしなければ特異点は修復されないし、この時代の人たちは死に続ける。やらなければいけないのだ、俺たちが。

 

 すると、話を聞いた兵士さんや近くにいた同じ兵士の人たちが神妙な顔になり、互いに頷きあうと俺を見た。

 

「……だったら、その時は俺たちも戦うよ。あんたみたいなガキがやろうってんだ、兵士である俺がやらなくてどうする」

「……いいんですか?」

「元々この国を守るのが使命だ。だからあんたも、死ぬんじゃねえぞ」

 

 革命の時代を戦い抜いた兵士さんの言葉は、とても重みがあった。一般人である俺には、重すぎるほどに。

 

 それでも一つの時代と一つの世界、背負っているものだけは同じくらいでかい。その責任もまた、受け止めなければいけない。

 

 だから、その覚悟は少しだけわかった。

 

「はい。頑張って、生き残ります」

「おう」

 

 軽くお辞儀をして、マシュたちと合流してバーサーカーたちの元に戻る。

 

「マスター、どうだった?」

「上々、いくつか重要そうな情報を手に入れられた。マシュたちは?」

「こちらもいくつか有意義な情報を得られました」

「お二人も含め、まずはそれを共有しましょう」

「感謝します」

 

 

 

 

 

 互いの情報を話し合って、聞いたことを把握する。結果、いくつかのことがわかった。

 

 

 

 

 

 まず俺が聞いた情報だが、オルレアンは完全に占拠されているみたいだ。包囲戦に参加した兵士さんが言うには、地獄絵図らしい。

 

 無数のワイバーンが飛び交い、おぞましい蔦で塔や城は包まれて、城下には魔物が跋扈する。まさに魔境だ。

 

 次に、他の町から唯一生き残った伝令の話によると、黒いジャンヌ・ダルク……黒ジャンヌって呼ぶか。

 

 黒ジャンヌは、サーヴァントらしきもの達を従えている。ワイバーンの他にも彼らを使って街を蹂躙しているとか。

 

「極め付けには、もう一人のジャンヌ・ダルクが操っていると思わしき黒い竜、か……」

「ドクター、何か心当たりはある?」

『うーん、黒竜というのは伝説には割とありがちだからなぁ。代表格としては、ファヴニールとかかな?』

「確かジークフリートに倒されたドラゴンだっけ?」

「邪竜ファヴニールの血を浴びた英雄ジークフリートは、不死性を得たとも言われていますね」

「まあ、実際に見ないことにはわかるまい。次の話に行こう」

 

 今度はマシュたちの情報だが、そのサーヴァントたちによって破壊された町のうち、食糧庫などの要所もいくつか破壊されたそうだ。

 

 それによって立ち行かなくなった人々が他の町に避難し、結果その町の食糧も不足して……と負のスパイラルに陥っている。

 

「曲がりなりにも軍人の意見としては、これが一番痛いですね。食糧がないだけで人々の士気は致命的に落ちます」

「不死人である私やサーヴァントと違い、普通の人間は食時をしなければ生きられないからな。それに、体力が低下すれば迎撃も何もあるまい」

「俺たちじゃあ食料はどうしようもないしな……」

 

 カルデアから持ってくるわけにもいかないし、出発前に聞いたらユリアさんも色々とやりくりしてもギリギリだと言う。

 

 魔物の襲撃に加えて飢餓まで加われば、ますますひどいことになるのは目に見えている。どうしたものか……

 

「それについて、一つ情報が」

「ほう、何かあるのか?」

 

 ルーソフィアさんはコクリと頷いて、マシュが口を開いてあとを引き継ぐ。

 

「実は……各地を転々としている人物がいるようなのです」

「人物?」

「なんでもその人物はふらりと現れては、無償でどこからか持ってきた食料や武器などを配っているようで……」

「そんな人が……?」

 

 曰く、その人物が持ってくるのは壊滅した町で生産していたものや、それを作る職人が死んでしまった武具などのようだ。

 

 それによってなんとか凌いでいる町もあるらしく、兵士たちも情報を求めているが、一向に足がかりが掴めないらしい。

 

 おまけに身一つで現れたのに、どこからか大量の品物を取り出すそうだ。街を去るときも、どこかに荷物を消すという。

 

 そこで、ある予想が頭の中に浮かぶ。同時に全員がバーサーカーの方を見た。

 

「それってもしかして、ソウルの術を使える……」

「……ありえない。私以外に、この人理に不死人は一人とて残っていないはずだ」

 

 手の中にソウルから火炎壺を取り出して言うバーサーカーを見て、それもそうかと思う。でもそしたら一体何なんだろう……

 

「可能性が、あるとすれば」

 

 声をあげたのは、ルーソフィアさんだった。彼女を見ると、バーサーカーの方を向いている。

 

「何か心当たりがあるのか?」

「サーヴァントとして蘇った、祭祀場にいた人間でしょう。彼らは魔法を完成させた後、己の好きなように生き、死んでいきました」

「……そうか、彼らは()()()のだったな。ならば可能性はある、か」

「……? 残したって、何を?」

「いや、こちらの話だ。しかしそれならばつじつまが合う。だが、それでは一体誰かという話になるのだが……」

 

 面頬の顎の部分に指を当てて悩むバーサーカーだが、その祭祀場の人たち?というのは彼とルーソフィアさんにしかわからない。

 

 なのでその様子をぼんやりと見る。すると、ガシャガシャという音が結界の方から近づいてくるのが聞こえた。

 

 歩いてくるのは兵士さんの一人。他の皆も気づいて彼を見る。ちなみにジャンヌさんはサッとマシュの盾の裏に隠れた。

 

「なあ、少しいいか?」

「何かご用でしょうか?避難に関しましては、もうすぐルーソフィアさんが砦に送る手はずになっていますが……」

「いや、そうじゃない。用があるのはあんたにだ」

「……私にか?」

 

 ああ、と頷いた兵士さんは、腰の懐から何かを取り出して差し出す。バーサーカーはそれをやや慎重に受け取った。

 

「あんたら、さっきあの男の話をしてたろ?実はつい最近この町にも来てよ、なんか『儂の勘が正しければ、もうすぐいろんな武器を使う古い鎧を着た男が来る。そうしたらこれを渡してくれ』ってよ」

「あの男というのは、例の人物のことですか?」

「ああ。あの男が言ってたのって、あんたのことだろ?」

「……さてな」

 

 答えつつ、バーサーカーは渡されたものを見て──ピタリ、と動きを止めてしまう。

 

 微動だにしなくなったバーサーカーに首を傾げ、近寄って全員で彼の手の中を覗き込んでみる。

 

 それは、大きな宝石のはめられた指輪だった。男である俺でも美しいと思うほど大きな、雫型の青色の宝石。

 

「わあ、綺麗ですね」

「これは、サファイアでしょうか?こんなに大きな宝石は初めて見ましたけど……」

「知らないけど、とにかく渡したからな」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 兵士さんは結界の方に走っていき、元のように俺たちだけになる。

 

 バーサーカーは未だに硬直していた。じっと青い宝石のはまった指輪を見て、何かを考えているみたいだ

 

「バーサーカー、どうしたの?」

「…………」

 

 俺の問いかけに答えず、バーサーカーはもう一方の手に白い鈴を取り出して、奇跡を使う。

 

「〝助言求め〟」

 

 チリンと清涼な音が響きわたり、その光に当てられて指輪の縁の部分に白い楔のような文字が浮かび上がった。

 

「わっ、すごい。何これ?」

「私たちの時代の文字だ。そしてこれは…………」

 

 バーサーカーは文字を読んで、フッと息を吐く。それは随分と柔らかいもので。

 

「〝約束〟、か……そうだったな。それが貴公と私の、最初の……」

『取り込み中すまないが、ちょっといいかな!』

「うわっ!」

 

 突然ドクターのホログラムが浮かび上がって仰け反る。いつもいきなり来るからびっくりするなあ!

 

「ドクター、なにか非常事態でしょうか?」

『残念なことにその通りだ!いいか、落ち着いてよく聞いてくれ!』

 

 焦燥を顔に浮かべたドクターは、そこで一旦言葉を切り。そして険しい目つきで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今その場に、さっき離れたサーヴァント反応が向かっている!』




次回、ついに襲来。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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襲来

文章力が足りないのか、一章始まってからアクセス数が減って私は悲しい………あ、いつも読んでくれてる方々、ほんっとうにありがとうございます。
どうも、作者です。現在下層に行くか、飛竜の谷からショトカして病み村行くか迷い中。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「なんだって!?」

『それだけじゃない、さらに四つの反応……五騎ものサーヴァントが接近している!かなりまずいことになったよ!』

 

 驚くマスターに、通信魔術越しの彼は珍しく焦った様子でそうまくし立てる。

 

 五騎のサーヴァントと聞き、マシュ殿やジャンヌ殿の表情も硬くなっていた。戦力差はほぼ倍だからな。

 

 ……どうやら、感傷に浸っていられるのはここまでのようだ。聖鈴と指輪をソウルにしまって双槍を取り出す。

 

「落ち着きたまえ。焦っていては取り返しのつかないことになる」

「バーサーカー……うん、そうだよな」

 

 顔面蒼白となっていたマスターは、私……というよりも、第三者の声によって少しだけ落ち着きを取り戻した。

 

「とにかく、時間がない。まずは人々を避難させよう」

「賢明だ。火防女、〝家路〟と結界を同調させて彼らを砦に送る。手伝ってくれ」

「はい、灰の方」

 

 彼に逐一サーヴァントの位置を把握してもらい、マシュ殿たちに警戒を頼んで助けた人々を避難させる。

 

 幸い、転送はすぐに終わった。現代の魔術の知識と、元聖女としての奇跡の素養を持つ火防女のおかげだ。

 

『っ、きた!』

 

 そして結界を解除したその瞬間──彼の言葉とともに、強い気配をソウルで感じ取った。

 

 平原に、大きな影がさす。見上げれば、そこにいたのは巨大な生き物。まるで闇そのものの如く太陽を覆い隠している。

 

 ほどなくして、それが竜であると理解した。全身に漆黒の鱗を纏うそれは、豪風とともにうっくりと降り立つ。

 

 

 

グルルルルル……

 

 

 

「この、威圧感は……!」

「さっきのワイバーンとは決定的に違います!」 

「……これは、桁違いだな」

 

 黄金の眼でこちらを射抜くそいつは、まさしく〝竜〟であった。ワイバーンのような紛い物とは根本的に違う。

 

 かつて古竜の頂で相見えた飛竜に匹敵する巨躯、そして古竜の末裔とは比べるべくもない力強いソウル。

 

 おそらく召喚されたものだろうが、とてもこの世にいてはいいものではあるまい。

 

『絶大な魔力量、そいつは本物のドラゴンだ!気をつけろ!』

「……それだけではないようだ」

 

 え?という彼に、竜の背中を見上げる。そこにいるものに、面頬のスリット越しに鋭く目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

「──なんて、こと。まさか、こんな事が起こるなんて」

 

 

 

 

 

 

 

 そいつは、私たち……否、驚愕の表情を浮かべるジャンヌ殿を見て、いかにも驚いたという顔をする。

 

 竜の背から飛び降りてくると、その表情のまま一歩、二歩と歩み寄ってきた。その度に竜と同じ漆黒の具足が音を立てる。

 

 そして微動だにしないジャンヌ殿の数メートル前で立ち止まった。するとどうだ、とても奇妙な光景となった。

 

「ねえ、お願い。誰か私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの、やばいの。本気でおかしくなりそうなの」

「あな、たは」

 

 何故なら──その少女は、もう一人のジャンヌ・ダルク。死人のごとき肌の色も、その魂すら反転したような存在なのだから。

 

「だって──そのくらいしてトばさないと、滑稽すぎて笑い死んでしまいそうなんだもの!」

「──────」

 

 無言で驚くジャンヌ殿と、心底おかしいように哄笑する黒いジャンヌは瓜二つ。しかしてその在り方は正反対。

 

 ジャンヌ殿は儚いながらも、純白のソウルを。対する黒いジャンヌは……闇術の火の如く、激しく燃え盛る黒いソウル。

 

 ああ、けれどそれは──どこかこの胸に宿る、ドス黒い裏切りと憎しみの血で染まったソウルに似ていた。

 

「ほら、見てよジル!あの哀れな羽虫のような小娘を!同情が湧かなすぎて涙が溢れてしまいそう……」

 

 まるで踊る演技人のように、胸に手を当てて嘲笑という名のその嘆きを訴える黒いジャンヌ。

 

 たっぷりと侮蔑のこもった言葉に、ジャンヌ殿は顔を歪める。されどそれに笑みを深めて、黒いジャンヌは声を張り上げた。

 

「ああ、本当──くだらない。こんな小娘にすがるしかなかったこの国(フランス)は、やはり救いようがありません」

「……ッ!」

「それに何?その貧相な()()()()は。ジルの代わりのつもりかしら?」

 

 クスクスと笑う黒いジャンヌ。順繰りにマスター、マシュ殿、火防女と、軽蔑と嘲りが宿った目で見下してくる。

 

「悪いが、私のマスターをあまり悪く言わないでもらえるか」

「バーサーカー……」

 

 私は、マスターたちを守るように一歩前に出た。自分の言葉を否定されたのに苛立ったか、黒いジャンヌはこちらを見る。

 

 そうして──目を見開いた。それまでの芝居がかったわざとらしい反応ではなく、本気の驚愕をした様子で。

 

 それはほんの一瞬、すぐに不機嫌そうに目元を歪め、口角を下げて私を射抜くように睨み据える。

 

「あんた、何?」

「見ての通り彼のサーヴァントであり、貴公の敵だ」

「ハッ、あんたが英霊ですって?もし本気で言ってるなら不気味すぎて気持ちが悪いわね」

 

 ……彼女はルーラーの力を持っているのだったか。それにはサーヴァントの情報を把握するものもあると聞く。

 

 ならばきっと、私の霊基とやらが見えているのだろう。この世にいるものとしてはあまりにも歪な本質が。

 

「不気味、とは。なかなか辛辣な言葉だな」

「ええ、不気味。〝座〟に縛られた英雄の影法師でもなければ、生きても死んでもいない。存在として矛盾してるわよ、アンタ」

「それでも私はここにいる。たとえ今の世界に招かれざる、消えるべき遺物だとしても……な」

「………………」

 

 火防女の目線を感じる。しまった、彼女にとって今の発言は、少し無粋だったか。

 

 けれど何も言わないで肯定も否定もしないのは、彼女の優しさなのだろう。今はその沈黙が、一番楽だった。

 

「まあいいです。それでなんでしたっけ? ああ、あなたが哀れだという話でしたね。ねえ、(ジャンヌ)?」

「貴女は……貴女は、何者ですか!?なぜこのようなことを!?」

 

 叫ぶジャンヌ殿。悲痛……いや、もはや絶叫といって差し支えない声で、目の前のもう一人の自分に問いかける。

 

 激しく揺れ動く儚いソウルは、必死に自分とあの渦を巻く黒いソウルの持ち主を否定していた。理解ができない、と。

 

 それは当然だろう。だって彼女とこの少女は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「呆れた、そんなことも理解できないなんて。属性が反転するとここまで鈍いものかしら?」

 

 黒ジャンヌは、そんなジャンヌ殿を見てため息をつく。腰に手を当て、やれやれと首を振った。

 

「どういう意味ですか……!?」

「そのままの意味に決まっているでしょう?私の目的など決まっています──このフランスを一掃する」

 

 息を飲む音が三つ。先んじて知っていたとはいえ、当人が凄絶な笑みを称えて言えばそれだけで違う。

 

「私、サーヴァントですもの。それなら政治とか地道とか、そんな遠回しにやるよりも、直接こうして叩き潰したほうがよっぽど効率的です」

「バカなことを……!」

()()()()()? それは私たちでしょう?」

「……え?」

 

 ジャンヌ殿の口から、呟きが漏れた。

 

 それを待っていたと言わんばかりに、黒いジャンヌは大仰に片手を振り上げ語りだす。

 

「なぜ、こんな国を救おうと思ったのです? なぜ、こんな愚者たちを救おうと思ったのです? 裏切り、唾を吐いた人間たちと知りながら!」

「っ、それは──」

「私は、もう騙されない。もう裏切りを許さない。そもそも、()()()()()()()()()

 

 ジャンヌ殿の反論を手をかざして遮り、強く、強く怨念がこもった瞳で宣言する。

 

 それはまるで、告白のように。ある意味私たち不死人のごとく、その黒いソウルを燃えたぎらせて。

 

「聞こえない、ということは、愛想を尽かしたということ。ならば他の誰でもない私が、主の嘆きを代行する。そのためにことごとくを蹂躙し、滅ぼし尽くす!」

「なっ……」

「全ての悪しき種を刈り取る。人類種が存続している限り、私の憎悪は収まらない。この国を、フランスを沈黙する死者の国に作り変える。それが死をもって成長した私の、新しい救済方法です」

 

 楽しそうに語り尽くす声に滲むのは、溢れかえって、なお全てを焼き尽くすほどの憎しみと、怨嗟。

 

 そうか、これこそがこの少女のソウルの根源か。これではもはやルーラーではあるまい、さしずめ復讐者(アヴェンジャー)か。

 

 

 

 

 

 ……ああ、()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 たとえ向けるものが違えども、私がほかの誰より、憎しみ(それ)を知っているとも。容易く止められるものでないことも。

 

「…………本当に、貴女は私なのですか……?」

「まあ、貴女にはわからないでしょうね。いつまでも聖人気取り、憎しみも喜びもないって顔をして死んだ聖処女様には!」

「っ…………」

 

 苦しげな顔をして押し黙ってしまったジャンヌ殿を嗤って、黒いジャンヌはふと気づいたようにこちらを向く。

 

「ねえ、貴方なら私の気持ちがわかるでしょう?」

「……え?」

 

 三人が、私を見る。その視線には何も答えず、私は黒いジャンヌを見続けた。

 

「…………さて、どうかな」

「いいえ、ルーラーである私にはわかります。貴方のその狂いきらない歪んだ霊基の奥に隠されている、本当のクラス(感情)は──」

「──悪いが」

 

 

 

 

 ゴゥ!!!

 

 

 

 濃密な殺意が、魔力の風となって私の体から吹き荒れる。何かを言いかけた黒いジャンヌは口をつぐんだ。

 

「それ以上は、慎んでもらいたい」

 

 言わせないよ復讐者、裏切られたものよ。貴公を解るからこそ、貴公にだけは決して暴かせるものか。

 

 幾多を裏切り、幾多を取りこぼして色を無くした灰色の心を、この無垢な少年たちの前でだけは悟らせぬ、明かさせぬ。

 

「フン。忌々しいこと」

「奇遇だな、私も貴公をそう思う」

 

 黒いジャンヌが放つ殺気と私のそれが真正面からぶつかり、相殺する。彼女は二度フン、と鼻を鳴らして目線を外した。

 

「そろそろ言葉を交わすのも飽きました。貴方たちには、ここで消えてもらいましょう」

 

 黒いジャンヌは龍の描かれた旗を出現させ、それを掲げる。

 

 その瞬間、黒竜の背から四つの影が舞い降りた。それらは全て、むせ返るような血の匂いを放つ。

 

「「「「……………………」」」」

「紹介しましょう、私の従僕(サーヴァント)を」

 

 血濡れの槍を携える高貴なる風貌の男に、仮面と異形の赤いドレスを纏う女。凛々しい気品を持つ剣士と、十字の杖を携えた女。

 

 計四騎、皆感じる力は一級品。私のみならずマシュ殿が大盾を構え、未だソウルが揺らぎながらもジャンヌ殿も旗を握り締める。

 

「さあ貴方たち、存分に暴れなさい。これまでの雑魚掃除と違い、楽しめるわよ」

「では私は、その男を頂こう」

「ならば私は、そちらの少女たちを」

 

 男が槍の切っ先を私に定め、赤いドレスの女がおぞましい杖をマシュ殿たちに向けた。

 

 まさしく一触即発。マスターが数歩後ろに下がり、火防女が支援の準備を進める中、男と殺意を交わす。

 

「貴様の槍と我が槍、どちらが先に折れるかな」

「どうだろうな。試してみなければ、わかるものもわかるまい」

「クハハ──よかろう。存分に殺し合おうではないか!」

 

 笑う男は槍を引きしぼり、地を這うようにこちらに迫り──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギィイイインッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 血槍と双槍が、激突した。




次回、戦闘。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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ラ・シャリテの戦い

ごめんなさい、一日更新が遅れました。何せ昨日は全然時間がなくて、半分くらいしか書き上げられなくて…
と、言い訳はここまでにしましょう。今回は三人称視点です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「ハァ!」

「フッ!」

 

 灰の振るう大小二つの黒い軌跡、それをたった一つで凌ぐは王鬼のごとき男の血に濡れた長槍。

 

 甲高い音を立てて互いを弾き合い、されどそれは次の逢瀬への一瞬の休息。終われば当然、引き寄せあった。

 

 

 

 ギンッ、ギャゴッ、ガギャァンッ!

 

 

 

 ぶつかり、離れ、またぶつかる。奏でるは死の舞踏、彩るは火花。地を抉り、旋風を巻き起こして踊り狂う二人の英霊。

 

「シィッ!」

「セァ!」

 

 三十ほど槍を合わせた頃だろうか、同時に突きを繰り出す。それはまさしく必殺の一撃、相手の胸を狙う。

 

 図らずも同じ軌道で放たれた凶刃は──しかして再び会うことはなかった。なぜなら、一方が盾に変わった故に。

 

「小賢しい真似を!」

「あいにくと不死人は生きのびるのには必死でね!」

 

 叫び、槍を盾でいなす。上方にそらされた槍の下を潜り抜け、灰の鋭い蹴りが男のみぞおちに迫った。

 

「舐めるな!」

 

 が、狂っているとて男も英傑。開いた片手で前蹴りを防ぐと、あえて槍を手放し、次の瞬間には逆手に握り直す。

 

 そして、そのまま盾を貫いた。灰は刹那の瞬間に取っ手を手放し、宙に残った丸盾のみが破壊される。

 

「なにっ!?」

「これはどうかな?」

 

 槍を振り下ろす動作の途中である男に、すかさず反撃の一手。前のめりになったその眼前に火炎壺が置かれる。

 

「チィッ!」

 

 男はサーヴァントとしての力である、血で象った先の丸い串で己の胸を突き、無理やり体を後ろに倒す。

 

 果たしてそれは功を奏し、壺の爆炎から逃れた。同時に地面から大量に突き出させた血串に灰は後退を余儀なくされる。

 

 危なげない動きで着地した灰はソウルより長槍を装備し直し、自分を睨む男を見た。

 

「ふむ、厄介な力だ」

「貴様こそ、槍の使い手と思っていればその実曲芸師であったか。よもや瞬時に得物を変えるとは」

「それが私の強みでね。貴公も、中途半端に狂わされた霊基でよくぞこれほどの技を見せるものだ」

「ふ、むしろ狂っていてこそ我が槍は冴えわたるというものよ」

 

 両者ともに、獰猛な笑みを浮かべる。言葉を交わすよりも明確に、空間が切れそうなほど鋭利な殺気をぶつけ合う。

 

 どちらも半端ながらもバーサーカーだ、口で応酬を交わすより、()()を相手に送る方がはるかにわかりやすいのだから。

 

「では、再開といこうか」

「望むところ、だっ!」

 

 そしてまた、激音とともに衝突した。

 

 

 

 

 

「さあ、果実のように潰れてしまいなさい!」

 

 

 

 

 

 一方、少し離れた場所ではマシュとジャンヌ二人が仮面の女と戦闘を繰り広げていた。

 

「私が出ます!」

「了解!ジャンヌさんは接近して!」

「わかりました!」

 

 藤丸の指示によって、マシュが飛来する鉄塊──聖女の姿を模した拷問器具、鋼鉄の処女(アイアンメイデン)の前に出る。

 

 英霊の膂力によってまるでボールのように飛んでくる死の棺桶は、人一人など容易く叩き潰せてしまう死の砲丸。

 

 それを同じく、英雄の大楯で迎え撃つ。片足を踏み込み、腰を落とし、大楯を地面にめり込ませるようにして受け止めた。

 

 

 

 ゴガァンッ!

 

 

 

「くっ!」

 

 衝撃とともに、大楯を握る手が緩む。 どうやらマシュの力よりも、狂化によってワンランク上がった女の方が上だったようだ。

 

 それでもなんとか持ち手を握り直すと、二度、三度と軽々と振るわれるアイアンメイデンを全て受け止めていく。

 

「あら、よく耐えるわね。けれどいつまでもつかしら?」

「負けません!」

 

 まさに愉悦といった様子で、いたぶるように細腕に釣り合わない力でアイアンメイデンを振り回す女。

 

「う、おおおお!」

「〜〜〜♪」

 

 まだ耐えられると、マシュは咆哮して大楯を支える。それを火防女の支援が強化し、本来以上の踏ん張りを実現した。

 

 待って、待って、待ち続けて。そして五度、ひときわ強くアイアンメイデンが振るわれた時。

 

「マシュ、今だ!」

 

 藤丸の叫びによって、マシュが迫る鋼鉄の棺桶にシールドバッシュを叩き込む。すると棺桶は空高くかち上げられた。

 

 待ち続けた絶好のチャンスに、ジャンヌが棺桶に繋がった鎖の下をかいくぐって疾走し、旗槍で突きを繰り出す。

 

「せいっ!」

「邪魔よ!」

「くぅっ!?」

 

 が、長く伸びた爪によって弾かれた。ステータスランクダウンしているためか、マシュ同様に押し返される。

 

「丁度いいわ。まずは貴方の血を見せてちょうだい?」

 

 不安定な体勢のジャンヌに女は舌なめずりをすると、邪悪が滲む笑みとともに一度は引いた爪が首めがけて振るわれた。

 

 あわや、ジャンヌの細首が貫かれるかという瞬間──女は何かに気づいて手を引くとその場から飛び退く。

 

 コンマ数秒の後、女がいた場所に青白い槍状のエネルギーが突き刺さった。それは地面を削り、霧散する。

 

「今のって、もしかして……」

「チッ、一体誰かしら。楽しい楽しい殺戮に水を差したのは」

 

 藤丸と女は、同時にエネルギー槍が飛んできた方を向いた。そこには、槍の男と激闘を繰り広げる灰がいる。

 

 灰は獲物を双槍から杖に持ち替え、その先端から形成された半透明の刃によって男の刺突に切り返していた。

 

「やっぱり、ソウルの魔術!」

「無粋な英霊だこと。みすぼらしい上に淑女の嗜みを妨害するなんて」

「はぁっ!」

 

 忌々しそうにする女にマシュが突撃するも、女は飛び退いてそれをかわす。

 

「はぁっ!」

「フン、この程度!」

 

 女が地面に降り立つのと同時に、灰の放った〝ソウルの奔流〟を跳躍して回避した男がすぐそばに着地した。

 

 そのまま空中を貫いて進んだ〝ソウルの奔流〟は黒いジャンヌの方に行くも、黒竜のブレスによって相殺され、掻き消える。

 

「そのままあの面倒な女ごと、マスターを焼いてしまいなさい!」

 

 黒いジャンヌの命令に従い、黒竜は開けていた口から火防女をその近くにいる藤丸もろとも焼き殺すために黒い火球を吐き出した。

 

 街一つ灰燼に帰すそれは──しかし、直前に割り込んだ灰が突き出した燃える右手によって阻止された。

 

「〝苗床の残滓〟」

 

 呪術の火を種火とし、灰の精神力を糧としてかつてイザリスの末路の名を持つ炎の円盤が飛翔する。

 

 たとえ残滓だとしても十分な力を持つそれは、黒竜の黒火球とぶつかり合い、せめぎ合った後に空中で爆発四散した。

 

「ふん、やはりマスターを守りますか」

「それがサーヴァントというものだろう?それに、たとえどのような状況であれ火防女を守らぬ理由はない」

 

 吐き捨てる黒いジャンヌに、マスターを守るように眼前に着地した灰は言い返した。

 

「あら、あのような輩をまだ倒せていないなんて。温情をおかけになったのかしら?」

「貴様こそ、随分と悠長だな。少女をいたぶる趣味も大概と見える」

 

 また不機嫌そうに顔を歪める黒いジャンヌ。一方、二人のサーヴァントは互いのことを罵っていた。

 

「だってそれが私という反英雄(えいれい)ですもの。新鮮な果実を刻み潰して血を嗜み、肉を捨てる。それのどこがいけなくて?」

「いいや、それが貴様の本質であるというのなら構いはしない。だが、侮るのはやめてもらおう」

「あら、そんな目で見ないでくださいませ。〝悪魔(ドラクル)〟の睨みは怖いですわ」

 

 隣り合った二人は、同じ黒いジャンヌのサーヴァントであるはずなのに今にも襲いかからんばかりの雰囲気で語り合う。

 

 その会話を聞いてマシュと、そしてモニターの向こう側で見ていたドクターロマンは男の正体に行き着いた。

 

「〝悪魔(ドラクル)〟……まさか、彼はルーマニアの英雄!?」

『ヴラド三世、通称〝串刺し公〟か!これはまた強力なサーヴァントが出てきたもんだ!』

 

 その言葉は、男──否、かつてドラキュラ公とも呼ばれた吸血鬼伝説が一柱、ヴラド・ツェペシュは不快げに眉を寄せる。

 

 その表情にくすりと楽しそうに笑う女を、ヴラド公は睨んだ。そして冷える殺意のままに言葉を連ねる。

 

「非常に不愉快だ。人前で我が真名を晒すとは。まずは貴様の首から狩ってくれようか?」

「怖いこと。けれど良いではありませんか、悪名であれ知られぬより知られた方が楽しみが増えるというもの」

 

 ああだって、と女は一拍おいて。再び、仮面をつけていてもわかるほどに愉しそうに目と口で弧を描いた。

 

「それを知って、()()()()()()()()()()()と思い込んだ子リスを殺すのが一番楽しいのだから」

「最後の最後に、その逃げおおせた子リスによって死を迎えたお前がよく言う。エリザベート・バートリー、いやカーミラよ」

 

 仕返しとでも言うように、ヴラド公が女の真名を口にする。されどその反応は正反対、女……カーミラはただ微笑むのみ。

 

 再び舞い降りた情報に、マシュたちの頭の中から一人の半英雄が叩き出された。すなわち、血の伯爵夫人と呼ばれた女が。

 

「先輩、あれはどちらも〝怪物〟として人々に吸血鬼伝説を作られた英霊です。気をつけてください」

「ああ、ここからでもどれだけ強いのかわかるよ……!」

 

 両者のどんどん高まっていく互いへの殺意。藤丸は冷や汗を流しながらも、脱力しかける足に力を込める。

 

(……まずいな。そろそろマスターが限界か?)

 

 その様子を見て、灰は藤丸の身を案じた。

 

 灰の目には、藤丸の揺れ動くソウルが見えている。今感じる恐怖以上に、自覚せぬ精神的疲労で限界に達そうとしているのだ。

 

 無理もない。度重なる怪物との戦い、そしてサーヴァント五体と真性の竜に囲まれているこの絶望的状況。

 

 到底、普通の少年がやすやすと受け止められることではない。灰としては、まだ立っていることを賞賛したいくらいだ。

 

(こうなっては、私が残ってマスターたちを逃すか……)

 

 〝家路〟を使うには灰瓶の残りが心もとないし、螺旋剣の欠片や骨片は実験したところ灰しか篝火に戻れない。

 

 当然だ、魔術はギリギリ許容範囲内としても、不死人と密接に関係があるそれらが藤丸たちに作用するはずがないのだから。

 

(私一人ならば、時間稼ぎをした上で逃げることもできる。もし命を落としても、復活できるならば問題ない)

 

 篝火がある以上、灰が死を恐れる理由はない。ならばここで特攻したとて、なんら気にかけることはないのだ。

 

 だが、もう一手欲しい。自分が全て引き受けたとして、確実にマスターたちが逃げられるという、保証が。

 

「おやめなさい。貴方たちの獲物は目の前にいるでしょう。殺意を高ぶらせるのは結構ですけれど、相手だけは間違えないように」

「フン、まあ良い。今はあの男の魂を食らうのが先だ」

「ええ、ええ、そうしましょうとも。私もあの少女たちの血をすぐにでも啜りたいですもの」

 

 そうこうしているうちに、黒いジャンヌの一声によって、吸血鬼たちの標的が戻った。すぐに構える三人。

 

(仕方がない、いざとなれば私が強引にどちらとも引きつけて──)

 

 覚悟とともに、灰が一歩前に踏み出そうとした──その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランス万歳(ヴィヴ・ラ・フラーンス)!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、上から声が戦場に響き渡った。

 

 即座に全員が上空を見上げる。すると、地上の地獄とは裏腹に燦然と輝く太陽にキラリと何かが反射した。

 

「あれは……硝子の馬車か?」

「馬車?」

 

 やがてその煌きは、藤丸でも見える場所まで降りてくる。それは馬から車両まで全てが硝子の、空飛ぶ馬車だった。

 

「本当に馬車だ!?」

「あれは一体!?」

「わからないが、おそらく一種の魔術的な……っ!?」

 

 不意に、灰は足下に魔力を感じる。

 

 仰ぎ見ていた目線を下に戻せば、突如一面に硝子の薔薇が咲き誇った。死合い場が、一瞬にして薔薇の園と化す。

 

 それは次々と現れて、黒いジャンヌたちと藤丸たちを分断した。一体なんだと両者ともに動揺する。

 

「なっ、これは!?」

「……サーヴァント、ですか」

 

 金眼を細める黒いジャンヌの言葉に答えを返すように、馬車の扉が開いてそこから数人の人間が顔を出す。

 

 豪華絢爛な衣装に特徴的な形に整えた金髪の男、まるで龍のような器官を持つ少女、そして──赤いドレスを纏う、少女。

 

 未だ遠く、よく見えぬ彼らを注視していると、突如その馬車から黒いジャンヌたちめがけて〝音〟が降り注ぐ。

 

 

 

 

 

 イィィィィイイイイイイイイイン!!!

 

 

 

 

 

「こ、これは……!?」

「み、耳が!?」

「くう……!?」

「っ…………」

「全員耳を塞げ!呪詛や物理的な重圧を持っているぞ!」

 

 はたして灰の言う通りであり、近くで聞いただけで相当なその音を直撃している黒いジャンヌたちの動きが止まった。

 

 その様子を耳を塞ぎながら藤丸たちが呆然として見つめていると、パカリと背後から蹄の音がする。

 

 振り返ると、ちょうどその人物は馬車を引いていたのと同じ硝子の馬から降り立つところであった。

 

 そうするとくるりと一回転、赤いドレスの裾をたなびかせて振り返り、笑う。

 

 

 

ごきげんよう(ボンジュール)、鎧のお方と優しそうな方たち!手助けは必要かしら?」

 

 

 

 その少女は、ただ美しかった。

 

 華奢で手折ることができてしまいそうなその体は、まるで花を思わせる。

 

 明るい笑顔とは裏腹に、静謐な雰囲気を醸し出す青い瞳と、透き通るような銀の髪。

 

 それを彩るのは、ドレスと同じ赤い被り物。戦場であるのに、藤丸も、マシュたちも見惚れてしまう。

 

「……………………………………………………………………姫?」

 

 そして灰は──兜の奥で、少女と脳裏によぎる幻想を重ねて瞠目していた。

 

「? 私がどうかしたかしら?」

「……っ、いや、なんでもない」

 

 けれど、首をかしげる少女にハッと我を取り戻し、灰は首を横に振る。そして幻想を心の底に沈め直した。

 

 ああ、自分は今何を思っていた。そんなわけがないではないか。そう言い聞かせてから、少女に問いかける。

 

「貴公は?」

「あら、聞いてくださってありがとう!……といいたいところだけれど、自己紹介はもう少し後にしましょう?」

「……そうだな、今はそれどころではない。ではこれだけ聞く。貴公は──敵か?」

 

 灰の試すような視線に、まあ!と少女は大げさに驚いた。

 

「まさか!私はただ、この国を荒らすものに抗うために馳せ参じただけですわ!」

「……そうか、なら、その言葉を信じよう」

「嬉しいわ、鎧のお方!さあ、お急ぎになって!早くここから離れましょう!」

 

 少女が言い、ふわりと手を揺らがせる。すると薔薇が砕け、そこから人数分の硝子の馬が出来上がった。

 

「早く乗ってください。あまり長くは持ちませんよ」

 

 いつの間にか馬に乗りそこにいた、着物を着た白角を持つ少女に促されて藤丸たちは馬に乗る。が、灰はその場から動かなかった。

 

「バーサーカーも、早く!」

「………………」

 

 振り返る藤丸。しかし灰は首を縦には振らず、未だ動きを止めている黒いジャンヌたちに向き直る。な、と驚く藤丸たち。

 

「バーサーカーさん!?いったい何を……」

「私は残ろう」

「なっ!」

 

 なぜですか、と言おうとするマシュを、その真意を悟った火防女が手で制す。

 

「ルーソフィアさん……?」

「キリエライト様、どうか抑えてください」

「でも……」

 

 マシュは迷うように灰を見て、悔しげに歯噛みすると俯いてしまう。ありがとう、と心の中で感謝する灰。

 

 火防女とどちらも仮面越しに目線を合わし、言葉に出さずとも互いの無事を祈りあってそれぞれの行く方を向く。

 

 そのまま赤い少女の方を見て、灰は頷いた。その意図を察した少女は一瞬目を丸くするも、はっきりと頷き返す。

 

「私の仲間を、 頼んだぞ」

「ええ、それが貴方の望みなら。でもこれでお別れなんて寂しいわ、必ずまたお会いしましょう?」

 

 悲壮などどこにもない、明るい少女の言葉に灰は息を飲んで。そしてフッと短く笑った。

 

「ああ……その時の私は、生き返った私かもしれないがな」

 

 そんな呟きをこぼす灰を残して、ドレスの少女の一声によって硝子の馬たちは藤丸らを乗せて天高く駆け上がった。

 

 それに追随して、音波攻撃をやめた馬車も遠ざかっていく。黒いジャンヌたちが解放されて、一斉に灰に殺気を送った。

 

「……なんとも都合が良いタイミングきてくれたものだ。おかげで何も気兼ねがなくなったよ」

「フン。貴方一人で、私たち全員を相手にできると?」

「さて、どうかな。だが──」

 

 

 

 

 

 

 

ドォンッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 まるで先ほどの硝子の薔薇を再現するが如く、周囲にいくつものマグマのような毒々しい炎の嵐が吹き上がる。

 

 〝混沌の嵐〟と呼ばれるイザリスの魔術であるそれは、いずれデーモンの苗床を作る魔性の炎。わずかにサーヴァントたちが怯む。

 

「アイツを殺しなさい!原型も残らないくらい徹底的に!」

 

 いよいよ苛立ちが頂点に達したという様子で、黒いジャンヌが手を振りかざす。従うサーヴァントたちが一斉に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ──不死人の意地に、しばし付き合ってもらおうか」

 

 

 

 

 

 

 

 右の手にグンダの斧槍、左の手には〝魔力の剣〟を形作った杖を携え、灰は駆け出した。




バーサーカーについての情報ポロリはここら辺で止めます。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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新たなサーヴァントたち

どうも、熊0803です。
現在ダクソ3で二週目のためにレベル上げ中。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「き、気持ち悪い……」

「だ、大丈夫ですか先輩?」

 

 ラ・シャリテから程遠い、とある森の前。

 

 そこで地上に戻って、降りて早々に空飛ぶ馬に乗るなんて初体験のおかげで俺は現在グロッキー状態だった。

 

 こう、内臓が何回かシェイクされたような感覚が絶え間なくする。あれだ、爺ちゃんに滝で蹴り落とされた時みたいな……

 

「ふう。ここまで逃げれば大丈夫かしら?」

 

 情けなくもマシュに背中をさすってもらっていると、馬から降りた赤いドレスの女の子が振り返ってそういう。

 

 見上げると、近くに止まっていた馬車からも人が出てきていた。豪華な衣装の男の人と、竜みたいな角とか尻尾の生えた女の子。

 

 それに、着物姿の小さい女の子も。流石にうずくまったまま話をするのは失礼なので、立ち上がろうとして──

 

「あ、れ?」

「先輩!」

 

 足に力が入らなくて倒れそうになったところを、マシュに支えられる。

 

「あ、ありがとう」

「いえ……あの、ルーソフィアさん」

「危機的な状況から脱したことによって、極度の緊張が解けたのでしょう。疲労も溜まっているようですし、一度休むことをお勧めいたします」

「あら、それは大変だわ!自己紹介をしたかったけど、少し移動しましょうか」

 

 

 ププー

 

 

『それなら、森の中に霊脈の反応があるからそこにするといい』

「ありがとうございます、ドクター。皆さんもそれでよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん」

「感謝します。先輩、歩けますか?」

「うん……」

 

 一人ろくに動けなくなったことを恥じながら、マシュに肩を貸してもらって皆で森の中に入っていく。

 

 結構奥の方まで入っていき、ドクターの案内で霊脈を発見。そしてマシュの大楯を触媒にサークルを開いた。

 

 さらにルーソフィアさんが結界を作って、ひとまず安全を確保することができた。

 

「ごめんね、迷惑かけて」

「いえ、先輩が無事で何よりです」

 

 手頃な岩に背を預け、マシュが少し離れた場所に座ったところで、自分を助けてくれた人たちを見る。

 

 皆、それぞれ違う個性的な特徴を持つ彼らは、同じように俺たちを見ている。これ、何か話し出すのを待ってるよね。

 

「それで、あなたたちは……」

「サーヴァント、ですよね?」

「ええ、そうです」

 

 話しかけられたことが嬉しいのか、ドレスの少女はパッと笑顔の花を咲かせた。

 

「では、改めまして。私の名は〝マリー・アントワネット〟。クラスはライダーです」

「マリー・アントワネット!?」

 

 確か、フランスの王妃だったよな。一番印象に残ってるのは、民衆にパンがないならケーキを食べればいいじゃないだっけ。

 

 ダ・ヴィンチちゃんの世界史復習講座で習った中では、最後は革命の中で死刑にされてしまった悲劇の女性っていう話だけど……

 

「え、えっと、初めましてアントワネット王妃様?」

「あら、今の私はただの一人のサーヴァント。そんなにかしこまらなくてもいいのよ?」

「では、なんとお呼びすれば?」

 

 マシュがそう聞けば、うーんと王妃様は首をひねる。そして「好きな風に呼んでくださって構わないわ」と言った。

 

「じゃあ……マリーさん、とか?」

「まあ、マリーさんですって!」

「ご、ごめんなさい!?」

「なぜ謝るの? 私は今、とっても嬉しいのに!」

「ええ……?」

 

 キャーキャーと飛び跳ねてはしゃぐ、王妃様改め、マリーさん。その様子はまるで、普通の女の子のようだ。

 

「ねえ、異国のお方。よろしければこれからもそう呼んでくださらない?ああ、できればあなたにも!」

「せ、先輩、どうしましょう」

「本人が言ってるんだし、いい、のかな……?」

 

 もう一度マリーさんを見れば、ぜひ!とでも言いたげに目をキラキラと輝かせている。これじゃあむしろ、呼ばないと拗ねそうだ。

 

 そうして二人でマリーさんと呼ぶと、案の定また歓喜の声をあげた。なんだか、いつもテンションの高い友達と話してるときみたいだ。

 

「おっと、ついはしゃいでしまったわ。それでは、私の紹介はこの辺りで。どのような人間かは、どうか皆さんの目と耳でじっくり吟味していただければ幸いです」

 

 綺麗に一礼をして、マリーさんは一歩下がる。そうすると男の人の背中を押して前に出させた。

 

「さあアマデウス、あなたも自己紹介よ」

「はいはい……〝ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト〟。クラスはキャスター、彼女と同じくサーヴァントだ」

「今度はモーツァルト……」

 

 学校であった音楽の授業で……いや、多分少しでも音楽を知っている人なら、絶対にわかる有名な音楽家の一人だ。

 

 マリーさんと同じくフランスの人で、若くして亡くなった天才だったという。英雄と言われると、ちょっと想像湧かないけど。

 

「あ、その顔。僕がなぜ英霊かわからないって思っているようだね?」

「ず、すみません」

「いやいや、何も悪いことはない。僕自身も、なぜ喚ばれたのか見当がつかない。確かに僕は偉大な音楽家だが、それでも一芸術者に過ぎないのだから」

 

 実感がわかない、か……そういえば、バーサーカーもカルデアで話しているときに同じようなことを言ってたっけ。

 

 私はサーヴァントであるが、それは現界する為の称号であり、決して英雄などというものには当てはまらない、と。

 

 バーサーカーは、今どうなっているのだろう。あの最初に俺を助けてくれた人は、また俺たちを守るために……

 

「なんだ、不思議そうな顔をしたり沈んだ表情をしたり、忙しい少年だね」

「あ……ごめん、なさい」

「ま、別にいいけどね。それよりそこのお二人さん、そろそろいいかい?」

「あら、やっと私の出番ね!」

 

 モーツァルトさんが呼ぶと、退屈そうにしていた二人の少女のうち、ドラゴンのような子が勢い良く立ち上がった。

 

 座っていた岩からジャンプして目の前に着地すると、ピシッとキメポーズをとる。まるでテレビで見る、アイドルのように。

 

「アタシの名は〝エリザベート・バートリー〟!クラスはランサーよ!」

「エリザベート・バートリー……!」

「それってさっきの……」

「おそらく、ジャンヌ様と同じ現象でしょう。同じ座から呼び出されたサーヴァントと推測します」

 

 なるほど……つまり、見た目は全然違うけどあのカーミラと呼ばれたサーヴァントと同一人物ってことだな。

 

 そう納得していると、エリザベートさんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。まるでそう言われるのを嫌がってるみたいだ。

 

「アタシとアイツを同じにしないでちょうだい。確かに同じ人間だけど、アタシはアイドルだから!」

「「え」」

 

 い、今、アイドルって言った?

 

 この子、本当にあの物騒なこと言ってたサーヴァントと同じ英霊なんだよね?

 

「戯言もほどほどにしてください、自称アイドルトカゲ娘」

「あっちょ、なにすんのよこのアオダイショウ!」

 

 突拍子もない発言に呆然としていると、エリザベートさんを押しのけて着物の女の子が出てきた。

 

「では、最後に私が……〝清姫〟クラスはバーサーカー、以後お見知り置きを」

 

 綺麗にお辞儀をする清姫さん。おお、なんだか日本人って感じがする。

 

「彼女は日本の清姫伝説の人物でしょう。愛を誓いながらも逃げた男に怒り狂い、龍に変貌して鐘の中に逃げ込んだ男を焼き殺したと言われています」

 

 ……え、怖くない?

 

「博識ですのね。ええ、私はそういう英霊ですわ。ですので同じ日の本のお方、どうか嘘だけはつきませぬよう」

「つ、ついたら?」

「うふふふふふ」

 

 怖い!笑顔なのに怖いよこの子!?バーサーカーが理性的だから実感湧かなかったけど、バーサーカーってこういう感じなのか!

 

 そうは思いつつ、さっき聞いた話を思い出して激しく頷く。にこり、と笑って清姫さんは後ろに下がった。

 

「これで私たちは全員自己紹介しましたね。次はあなたたちのことを教えてくださる?」

「藤丸立香です。一応、マシュたちのマスターをやってます」

「私はマシュ・キリエライト。デミ・サーヴァントです。真名は分かっていませんが、先輩のサーヴァントです」

「エミリア・ルーソフィア。ルーソフィアとお呼びください」

 

 それぞれ自己紹介して、最後に三人でジャンヌさんの方を見る。

 

「それから、こちらが──」

「ジャンヌ。ジャンヌ・ダルクね」

 

 紹介する前に、マリーさんがジャンヌさんの名前を言った。

 

 俺たちが驚く中で彼女はジャンヌさんに近づいて、言葉を投げかける。

 

「フランスを救うべく立ち上がった、救国の聖女。生前からお会いしたかったお方の一人です」

「……私は、聖女などではありません」

 

 俯いて、マリーさんの言葉を否定するジャンヌさん。その横顔は暗く、脳裏にあの黒いジャンヌのことがよぎった。

 

 実際にもう一人の自分と会って、その憎しみを聞いて……きっと彼女は、とても辛いだろう。俺ではわからないくらいに。

 

「……ええ、貴女自身がそう思っていることは皆分かっていたと思いますよ」

「…………」

「でも、少なくともその生き方は真実でした。その結果を、私たちは知っています」

「……それは」

「だから皆が貴女を讃え、憧れ、忘れないのです。ジャンヌ・ダルク、オルレアンの奇跡の名を」

「マリーさん……」

 

 ジャンヌさんは顔を上げて、微笑むマリーさんに何かを言おうとして……けれど、最終的にまた俯いてしまう。

 

「ま、その結果が火刑であり、あの竜の魔女なわけだが。良いところしか見ないのはマリアの悪い癖だ」

「もう!またアマデウスはそんなこと言って!」

「だってそうだろう?完璧な聖人なんて言われて傷つくのは彼女で……」

「それでも──」

 

 なんだか言い合いを始めてしまうマリーさんとモーツァルトさん。

 

 背の高いモーツァルトさんに小柄なマリーさんが怒る様は、まるで気の知れた友人のようで、見ていて頬が緩んでしまう。

 

 しばらくの間言い争いは続き、なぜか途中モーツァルトさんを罵倒しながらもなんとか喧嘩?は収束した。

 

「とにかく!私は彼女にはとても興味があるんです!」

「分かった分かった、君がジャンヌ・ダルク好きなのはね」

「好き?いいえ、どちらかというと信仰よ。あとちょっとの後ろめたさと……小さじ一杯分くらいの、ごめんなさい」

 

 もう一度ジャンヌさんを見て、マリーさんは少しだけくらい声音で言う。

 

「これは愚かな王族が抱く、聖女への罪悪感です」

「……マリー・アントワネット。貴女の言葉は嬉しい。でも、だからこそ私は告白します」

 

 ジャンヌさんが立ち上がる。ゆっくりとマリーさんに歩み寄って、胸に手を置く。

 

「生前の私は、聖女なんてものではなかった。私はただ、自分が信じたことのために旗を振って、その結果己の手を血で汚しました」

「……ジャンヌ・ダルク」

「もちろん、そこに後悔はありません。結果として異端審問で弾劾されたことも──私の死も」

 

 ですが、とそこで自分の言葉を否定して、ジャンヌさんは閉じていた目を開く。

 

「流した血が、多すぎた。田舎娘は自分の夢を信じすぎたんです。けれど──その夢にきつく先がどれほどの犠牲を生むのか、その時まで想像すらしなかった」

 

 後悔はなけれども、反面畏れを抱くこともしなかった。それが自分の、最も深い何よりの罪である。

 

 ジャンヌさんは、そう言った。そしてまた、聖女と呼ばれたのは結果であり、なのに自分をそう呼ぶのは違うとも。

 

「だから、ご期待に答えず申し訳ありませんが」

「だから、ご期待に応えず申し訳ありませんが」

「……はい」

 

 重々しく頷く。

 

 そんな彼女に──顔を上げたマリーさんは、笑っていた。

 

「それなら、私は貴女をジャンヌと呼んでもいい?」

「え?……え、ええ。勿論です。そう呼んでいただけると、なんだか懐かしい気がします」

「よかった。それなら貴女も私をマリーと呼んで?」

「で、ですが……」

「貴女がただのジャンヌなら、私もただのマリーになりたいわ。ね、お願い?いいでしょ?」

「は、はい。では……マリー?」

「ああ、嬉しいわ!貴女にマリーと呼んでもらえるなんて!」

 

 ジャンヌさんにマリーさんが抱きついて、ジャンヌさんが顔を赤くする。するとマリーさんはさらに嬉しそうに抱きしめた。

 

 やれやれ、と皆が呆れるように笑う。モーツァルトさんたちも、マシュも……少しだけ暗い、ルーソフィアさんも。

 

 

 俺もさっきまで死地にいたというのに、気が抜けてはは、と笑いがこぼれたのだった。

 




読んでいただき、ありがとうございます。
ありふれた職業で世界最強と仮面ライダービルドのクロスオーバー、星狩りと魔王という作品をやっています。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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少女達の夜

どうも、作者です。
少し、小説をこれからも書いていくかを悩んでおりまして、大事な友人からの言葉でなんとか心折れずに持ち直しました。
毎回あたたかくコメントをくださる皆様のために、これからも頑張ります。
未熟な腕前に稚拙な文章ですが、どうぞお付き合いください。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

「──話はわかりました。フランスはおろか、世界の危機だったのですね」

 

 

 

 話を聞き終えたマリーさんは、神妙な顔で言った。モーツァルトさんたちも、ふむと思案顔をしている。

 

 た、大変でした。はしゃぎ回るマリーさんを落ち着かせて、事情を説明するまでかなりの時間をかけてしまいました。

 

「形は違えど、これも聖杯戦争というわけですか……」

「マスターが不在で召喚なんて危険な音しかしなかったが、これは予想以上だな」

「それについては同意します。まさかあそこまで戦力が整っていたなんて……」

 

 黒いジャンヌ・ダルクに加えて、彼女の操る4騎のサーヴァント。合計5騎ものサーヴァントと敵対している。

 

 未熟なデミ・サーヴァントである私にも、彼らが一騎当千の英霊であることが肌でわかりました。

 

「戦力差は絶望的、か……しかし、僕らも合わせると合計12騎なんて、いくらなんでもサーヴァントが多すぎないか?」

「7騎の法則は崩壊していると見ていいでしょう。しかし、過去の記録には15騎のサーヴァントが争ったものもあります。不可能、という話ではありません」

 

 ルーソフィアさんが説明をしてくれる。

 

 確かにそういう記録もありますが、まさか最初の特異点でそれに近い数のサーヴァントが集まるなんて。

 

 それでも異常であることに変わりはありません。見たところ、サーヴァントたちは完全に黒いジャンヌに従っているようですし。

 

「でも戦うしかない、よね」

「それはそうですが……」

「だって、そうしなきゃ被害は増えるし、特異点は直せない。そうだろ?」

「…………先輩」

 

 先輩の目には、決して諦めないという不退の意思が現れていた。絶対に勝つのだという気持ちが伝わってくる。

 

 ……少し、心配です。グランドオーダー発令以降、先輩はこのように特異点に関することになると少し頑固になります。

 

 でも、言うことは間違っていません。このフランスを本来の歴史に戻すためには、彼らを打倒しなくてはいけない。

 

「戦うと言えば、一人で残った彼。どうやら君のサーヴァントのようだが、平気なのかい?」

 

 モーツァルトさんが先輩に問いかける。確かに、あのサーヴァントたちに一人というのは無謀にも見えるだろう。

 

 でも、私たちはそうは思っていません。だから先輩はモーツァルトさんを見て、迷いのない目で答えます。

 

「バーサーカーなら、きっとなんとかできる。だって、一番最初に俺を助けてくれたサーヴァントだから」

「ふむ。あの戦力を相手に戦えるということか。これはいいことを聞いたね」

「まあ、あの鎧の方はそんなに強いのね。それなら心強いですわ!」

 

 先輩は、バーサーカーさんに絶対の信頼を置いています。いえ、カルデアにいる皆のことを、と言っていいでしょうか。

 

 自分が普通の人間だとわかっているからこそ、サーヴァントや、カルデアの皆さんを全力で信頼し、命を預けている。

 

 私は人間の心というものがどういうものか具体的にはわかりませんが、躊躇なくすぐに出来ることではないです。

 

「私も賛成です。きっと彼なら……」

 

 

 

 

 

「いえ。きっと灰の方は、命を落とすでしょう」

 

 

 

 

 

 でも、それを否定したのはルーソフィアさんでした。

 

「な……なんで?」

「灰の方は一度命を落とすことを覚悟で、私たちを行かせたのです」

「で、でも、冬木で無名の王もなんとか倒したし、今回だって切り抜けて……」

「確かに灰の方は強いです。私にとってはどのような英雄様よりも」

 

 けれど、とルーソフィアさんは頭冠に覆われた瞳で、先輩を見て。

 

「灰の方は、力尽きるまで戦います。そうすれば、私たちが逃げる時間を稼げるのですから」

「そんな……」

「やれやれ、良い戦力があると思ったらもうあてにならないとは。これでは状況が逆戻りだ」

「あ、いえ、そういうことはないと思います」

 

 頭にはてなマークを浮かべるモーツァルトさんたち。確かに、いま命を落とすと言ったのにそういえば疑問に思うでしょう。

 

 先輩に目配せして、話して良いか確認する。ちょうど先輩もこちらを見ていて、こくりと頷いた。

 

 ルーソフィアさんやジャンヌさんにも確認を取り、バーサーカーさんのことを話すことに決めます。

 

「? なんだ、何かあるのか?」

「実は……」

 

 懐疑的な様子の皆さんに、バーサーカーさんのことを説明する。

 

 不死人、死と生を繰り返す呪われた魂……おおよそ今の時代の私たちには真似することのできない、不死性。

 

 最初は半信半疑だったものの、聞いていくうちにマリーさんたちは目を見開き、驚愕に表情を染めていった。

 

「というわけなので、バーサーカーさんは後ほど合流できると推測します」

「死ぬことを前提にするみたいで、気は進まないけど……」

「はっはっはっ!これは傑作だ!よもや過去の英雄の影法師であるサーヴァントの中に、死から蘇るものがいるなんてね!」

「何よそれ、反則じゃないの」

「たとえ一度倒れても、何度でも立ち上がる!ますます心強いわ!」

 

 笑うモーツァルトさん、呆れるエリザベートさん……敵のカーミラと別認識するためそう呼称します……目を輝かせるマリーさん。

 

 けれど、その中で清姫さんだけは冷静な様子で考え込み、しばらくしてパチンと口元を隠していた扇子を閉じた。

 

「ですが、相応の代償があるのではなくて?」

「……はい。彼は復活するたびに、記憶や感情を失うと聞きます」

 

 重々しく、ジャンヌさんが告げる。それまで明るい雰囲気だったものが、一気に暗くなった。

 

「それは……あまり良くはないな。感情がなければ、音楽を楽しむこともできないじゃないか」

「一度に全てを失うわけではありません。気がつかないほどにほんの少しずつ、徐々に失うのです」

 

 それでも何かを失うことには変わりなく、もしかしたら私たちのことも忘れてしまうかもしれない。

 

 まだ少しの間しか、一緒の時間を過ごしていませんが……それは少し悲しいと、心のどこかで思います。

 

「どっちにしろ、バーサーカーを何度も死なせるわけにはいかない。また同じことにならないように、何か対策を考えないと」

「先輩……」

 

 強く拳を握りしめる先輩に、バーサーカーさんに任せて逃げてしまったことを後悔しているのがわかる。

 

 そんな先輩に神妙な顔でモーツァルトさんたちは頷いて、これからのことについて話を始めた。

 

「まず、話を戻そう。現在の戦力差だ」

「はい。もう一人のジャンヌさんにヴラド三世、そしてカーミラ。後の二人は……」

「一人は、多分わかりますわ」

 

 マリーさんが声を上げる。どうやら、どちらかのサーヴァントの正体を知っているみたいです。

 

「顔を見たのは一瞬でしたが、あのセイバーと思しきサーヴァント……あれはシュヴァリエ・デオンでしょう」

『シュヴァリエ・デオン……ルイ15世が設立した情報機関、《スクレ・ドゥ・ロワ》の工作員(スパイ)だね』

 

 ホログラムが浮かんで、ドクターが会話に入ってくる。

 

『同時に軍所属の竜騎兵であり、最高特権を持つ特命全権大使でもある』

「アントワネット様は、男装を続けるシュヴァリエ・デオンにドレスを送ったとされています」

「だってあんなに綺麗なお顔をしているのよ?ドレスの一つでも着ないと勿体無いわ」

「確かに、カーミラとの戦闘に入ったため見るタイミングは最初に現れた時しかありませんでしたが、美しい人でした」

『なんとか味方につけれないかな……』

 

 マリーさんの知り合いと言うのならば、それもありえるかもしれない。説得をすれば、あるいは……

 

 そう思ったものの、「いいえ、それは無理でしょう」とジャンヌさんが首を横に振りました。

 

「ルーラーの能力である真名看破は失われていますが、あの場にいたサーヴァント全員が『狂化』をかけられているのを見破れました」

『属性、伝説に関係なく狂化を付与できる……きっと聖杯の力だろうね』

「そう、それだ」

 

 そこでモーツァルトさんが口を挟んだ。

 

「それ、とは聖杯のことですか?」

「ああ……曲がりなりにも、これは聖杯戦争だ。なのに始まる前に、すでに聖杯の所有者が決まっている。おかしいと思わないか?」

「彼の言う通りです。それは致命的なバグであり、聖杯を手に入るために戦うという前提が崩れているのです」

 

 ジャンヌさんとモーツァルトさんの説明によると、こうだ。

 

 聖杯戦争開始前に勝者が存在している、この結果と起点が逆転した状態は矛盾を生んでおり、普通ではない。

 

 それに対して、聖杯自身が対抗策としてバグに対するアンチテーゼプログラムのようなものを起動した。

 

 それがマリーさんたち、マスターのいないサーヴァント。黒いジャンヌのサーヴァントに対する、せめてもの抵抗だと。

 

「それが、サーヴァントがありえない数がいる原因だと踏んでいる」

「なるほど……」

「……と、このような図になります。わかりましたか?」

「な、なんとか」

 

 横では、ルーソフィアさんが手持ちサイズのホワイトボードに絵を描いて先輩に説明をしてくれています。

 

 こうやって、まだ専門的な話になると理解しきれない様子の先輩に解説をするのも見慣れてきました。

 

「それに、これほど強大な相手なのです。きっと反動もかなりのものかと思います」

「そうか、つまり──」

「はい。このフランスに、私たち以外にも他のサーヴァントが召喚されているかもしれません」

「可能性はありますね」

 

 現にマリーさんやモーツァルトさんたちが召喚されているんです、他にもいないとは限りません。

 

 それはつまり、協力してもらえる仲間が増えるかもしれないということ。今、何よりも欲しいものです。

 

「まあ、それが必ずしも救いとは限らない。あるいは脅威になるかもしれないね」

「もう!アマデウスはまたそういうことを言う!」

「常に最悪の事態を想定する、ということだよマリー。君はいつも楽観が過ぎるからね」

「同感です。ではこれから……」

 

 そうして、今後は黒いジャンヌの追っ手に警戒しつつ、新たなサーヴァントを探すことに決定しました。

 

 

 

「じゃあ、最初は私とこいつが見張りね。さっさと行くわよ」

「あら、誰に命令しているのでしょうこの赤トカゲは」

「なにおう!?」

 

 

 

 相変わらずきゃいきゃいと言い合いをしつつも、エリザベートさんと清姫さんが周辺の警戒に行きました。

 

 モーツァルトさんも少し一人になりたいと離れたところに行き、私たちとマリーさんだけが残ります。

 

「う……」

「先輩、一度眠ってはいかがでしょうか。かなり疲れているように見えます」

 

 話の途中からうつらうつらとしていた先輩は、胡乱げな顔で「でも……」とつぶやく。

 

「今はお休みになってください。そうしなければ、この先致命的な何かが起こる可能性もあります」

「ルー、ソフィアさん……」

 

 その言葉が決め手になったのか、先輩の首がカクッと落ちた。余程疲れていたのか、すぐに眠ってしまいました。

 

 寝息を立てる先輩にブランケットを盾の収納スペースから取り出してかけて、手頃な枝を集めると薪を作る。

 

「んー、あったかいわ。生前はこんなことしたことなかったから、新鮮ね!」

「マリーさんは王妃ですからね。野宿は初体験だと思います」

 

 寒々しい森の中、鼻歌交じりに体を揺らすマリーさん。何事にも楽しそうな方です。

 

「そうだ、せっかくだから女子会トークをしましょう?」

「じょ、女子会トークですか?」

「ええ!せっかくですもの、あなた達のことを知りたいわ!」

 

 な、なるほど。親睦を深めるためのコミュニケーションですか。今後一緒に戦っていくなら必要だと判断します。

 

「ねえ、貴女もどうかしら?」

「……………………」

 

 問いかけるマリーさん。けれど、ルーソフィアさんは無言で薪を見つめています。

 

 仮面越しに火を見つめる様子は、バーサーカーさんが呼ぶ火防女という、もう一つの名前がとてもしっくりくる。

 

「あの……大丈夫、ですか?その、バーサーカーさんのこと……」

「ご心配いただき、ありがとうございます。ですがそれには及びません」

 

 一度こちらに振り向いて微笑み、また火を見つめるルーソフィアさん。その声音は、とても落ち着いていた。

 

 受け答えはいつも通りに聞こえました。焦りも感じられません。本当に何も思っていないのでしょうか。

 

「ねえ、貴女。貴女と鎧の方は、もしかして恋人なのかしら!」

「ええ」

「素敵!仮面を被った騎士と女の恋なんて!私、心が踊るわ!」

 

 まるで踊るように声を上げるマリーさんに苦笑していると、ルーソフィアさんが薪に手を伸ばす。

 

 そして、何かを包むような仕草をしてから手を引いた。すると、薪の火が広げた手の中で揺らめいていました。

 

「……この火は、いずれ消えてゆきます。それが定めであり、変化し、終わりが訪れるものこそが、時間の流れの中に生きるもの」

 

 広げた手を傾かせて、火が落ちていく。それは宙を舞い、薪に触れる前に消えてしまった。

 

「その下で積もるものは灰。何かを糧に火が燃えるのならば、灰はその温もりの残滓なのです」

「……つまり、バーサーカーさんは絶対に消えない、どこにもいかないということでしょうか?」

 

 どうでしょう、と呟いて、また火を薪の中から掬う。今度はそのまま、じっと眺めています。

 

 なんだか、自然と口をつぐんでしまう。楽しそうにしていたマリーさんも、静かに見つめていました。

 

「私のかつての役目は、祭祀場の火を……灰の方が帰ってくるための導を守ること」

 

 火防女とは祭祀場にて篝火を見守り、また火のない灰の旅の助けをすること。そうルーソフィアさんは言います。

 

「それは今、あなた達です」

「私たちが……?」

 

 バーサーカーさんにとっての導が、私たち。だとすれば、私たちがいる場所が帰るところ、と言えるのでしょうか。

 

 その言葉の意味は完全に理解はできないけれど、なぜか心が温かくなります。まるで……そう、胸に火が灯ったみたいです。

 

「灰の方はおっしゃっていました。『間違いだらけの生の果て、その終わりがあなた達の時間に繋がっていると思えば、そう悪くない』、と」

「私たちに繋がっている、ですか」

「きっと、嬉しかったのです。これほどに温かく、そして豊かな色を持つものがあるということが」

 

 だから、とルーソフィアさんは手の中の火を私たちに差し出してきます。

 

 マリーさんと二人で、手を伸ばす。そうして火に少しだけ触れようとして……寸前で消えてしまいました。

 

 あ、と声を上げて、ルーソフィアさんの手の中を見る。そこには微かな、しかし確かに灰が残っていた。

 

「だから、灰の方は帰って来るでしょう。あなた達という導べがある限り、火の元に残る灰のように必ず」

 

 ああ、それに、と。

 

 

 

 

 

「『あの』時、約束しましたから。〝ただいま〟を」

 

 

 

 

 

 ルーソフィアさんの言葉は森の中に、そして、私たちの心の中にどこまでも響きました。




これから定時投稿していきます。三日置きのペースは変わりません。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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竜の聖女、現る。

いやー、お恥ずかしながら戻ってきました。あとすみません、更新一時間遅れました。
ここまで開くと読んでくれる人が減るのがとても怖いですが、それでもちゃんとやっていきます。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 それはまだ、朝日が昇る直前のことだった。

 

 

 

「……様……きて……さい」

「ん……」

「藤……様……きてください」

「ん……母さん……?」

「藤丸様、起きてください」

「……っ!」

 

 深い眠りに落ちていた俺は、ここ数週間で聞き慣れてきたその声に一瞬で目覚めて飛び起きる。

 

「はいっ!サバイバルの心得その42!異音がしたらすぐに起きる!」

 

 半ば寝ぼけながら、爺ちゃんに習った教訓を叫ぶ。しかしすぐにここに爺ちゃんなんていないことを思い出した。

 

 慌てて周りを見渡すと、場所は森の中。静謐な雰囲気が支配する薄い暗闇で、薪の燃えかすの匂いが鼻をついた。

 

「おはようございます、藤丸様」

「あ、ルーソフィアさん」

 

 横を見ると、そこにいたのはルーソフィアさんだった。どうやら彼女が起こしてくれたらしい。

 

「おはようございます、藤丸様。よく眠っておられましたね。血色も良好です」

「おはようございます。はい、おかげさまで」

 

 泥のように眠っていたためか、かなり頭がスッキリしている。寝る前はいろんなことでごちゃごちゃしてたのに。

 

 見張りをしてくれたマシュたちには感謝しないと……それに、この時間を作ってくれたバーサーカーにも。

 

「ん、これって……」

 

 そこでようやく、自分の体に毛布がかけられていることに気がつく。確か、マシュが持ってきてたやつだ。

 

「すぅ……すぅ…………」

「ンー……マーリンシスベシフォーウ……」

 

 そのマシュはというと、すぐそばでフォウを抱いて眠っていた。てかなんだマーリンシスベシフォーウって。

 

 規則的に寝息を立てる顔に険しさはなく、まるで普通の女の子みたい。その身に纏う鎧とは真反対だ。

 

「藤丸様」

「っ!」

 

 じーっと見つめていて、隣からの声でハッと我に返っていそいそと毛布を畳む。危ない、なんか変な気分になりかけてた。

 

 綺麗に畳んでから、もう一回周りを見てみる。寝ているマシュ以外、俺たちの他に誰もいない。

 

「他の皆はどうしたんですか?」

「モーツァルト様とマリー様はあちらの、ジャンヌ様はこちらの見張りへ。エリザベート様たちは少し離れた場所でお休みです」

「そっか……なんだか悪いことしちゃったな」

 

 こんな状況なのに、俺だけ寝こけちゃって。いくらサーヴァントっていっても、任せきりもよくないだろう。

 

 確かに俺は彼らに比べたら、断然に弱い。でも夜警くらいはできる。主に爺ちゃんとの野山キャンプの経験で。

 

 

 

 ププー

 

 

 

「ん、ドクターから通信だ」

 

 腕輪をタッチして、いつものようにホログラムを呼び出す。ちなみにこれ、俺の魔力を少しずつ吸って動いてるらしい。

 

『繋がった! 藤丸くん、無事かい!?』

「うわっ」

 

 通信が繋がって早々、ドクターは乗り出すようにして叫んでくる。ホログラムなのに圧を感じてびっくりする。

 

 そんな俺を見て、ドクターはホッとした。どうしたんだろう、さっきも何かを焦ってるみたいな様子だったし。

 

「おはようドクター、どうかしました?」

『今君達の近くに、敵性反応がある!サーヴァント反応もだ!』

「──っ!?」

「……近くに異質なソウルを感じたので藤丸様を起こしましたが、やはりですか」

 

 その言葉に、それまで緩んでいた気が一瞬にして引き締まった。同時に背筋に冷たいものが伝っていく。

 

 それが冷や汗だと理解しながら、ひとまずマシュを急いで起こしてからドクターに詳しい話を聞いた。

 

 ドクターによると、どうやら状況はよくないようだ。

 

『いいかい、敵の反応は大きく分けて三つ。一つは清姫さんたちの方、もう一つはマリー王女たちの方。この二つは主にワイバーンだ。そして、君たちに近づいているのが──」

「サーヴァント、か……」

 

 よりによって、一番最悪な相手が来たようだ。いや、要のマスターである俺がいるんだから当たり前なのか?

 

 どっちにしろ……状況が悪いことに変わりはない。聞けば一騎だけらしいけど、昨日のを見ると十分すぎる。

 

 怖い。死んでしまうのではないかと、俺なんかに勝てるはずがないと、そんな思いで全身が恐怖で震えた。

 

「大丈夫です、先輩。ジャンヌさんたちがいますし、バーサーカーさんには及びませんが、私も精一杯頑張ります」

「マシュ……」

「微力ながら、私もお力添えを。それがあなたたちという導を守る私の役目でもありますので」

「し、導?」

 

 ルーソフィアさんの言葉についてはよくわかんないけど、とりあえず二人が励ましてくれていることはわかった。

 

 ……うん、そうだ。俺は一人じゃない。こうして頼れる仲間たちがいる。それなら、マスターの俺が怯えててどうする。

 

 たとえ俺自身が弱くても、彼女たちとなら──

 

「──行こう。そして、勝とう」

「はい!」

「ええ」

 

 戦う決意を固めて、二人を伴い仮の野営地を後にする。ドクターの指示に従い、こちらに向かってくる敵に向かっていった。

 

「皆さん」

「ジャンヌさん!」

 

 その道中で、ジャンヌさんに会う。どうやら見張りの帰りだったようで、ホッとした顔で俺たちを見た。

 

 そして、あちらもサーヴァントをすでに認識しているんだろう。神妙な顔で頷いてきた。俺たちもまた、それに頷き返す。

 

 新たにジャンヌさんを加え、再び足を進める。やがて、少しひらけた場所に出た。

 

 

 

「──こんばんは。それともおはようと言ったほうがいいかしら」

 

 

 

 そこにいたのは、紛れもなく。昨日、黒いジャンヌが連れていたサーヴァントの一人だった。

 

 血濡れたように赤黒い、端がボロボロの聖職者のような服の女の人。赤く染まった瞳には狂気が宿っている。

 

 けど……

 

「……敵対サーヴァント、酷くダメージを負っているようです」

「みたい、だね」

 

 そのサーヴァントは、とても万全とは言い難い状態だった。ある意味満身創痍といってもいいかもしれない。

 

 なぜなら──左腕が、丸ごとなかったんだから。まるで何者に斬られたように、綺麗になくなっている。

 

「ああ、これ?あなたのサーヴァントにやられたのよ」

「バーサーカーが……?」

「すごく面倒だったわよ、あいつ。いくらバーサーカーつっても武器持ちすぎだし、ていうか魔術とか奇跡みたいな力まで使えるとかなんなわけ?おかげでこっちは大損害よ」

「でも、貴女が生きているということは……!」

「ええ……死んだわ」

「……ッ!!」

 

 やっぱり、負けたんだ。

 

 わかっていた。あんな数のサーヴァントが相手では、いくらバーサーカーだって無事ではすまないことは。

 

 でも、ルーソフィアさんにああ言われても心のどこかで期待していた。もしかしたら、帰ってくるのではないかと。

 

 そんな俺の淡い期待は、予想通りに裏切られた。容赦無く、間違いなく、バーサーカーは、死んだ。

 

 不死身で生き返るとわかっていても、それでも……っ!

 

「藤丸様」

 

 隣から、囁くような声が聞こえた。そちらをみると、サーヴァントを見ているルーソフィアさんがいる。

 

 その指は、そっと俺の手を指し示す。見ると、無意識に握りしめていたのかジワリと血がにじんでいた。

 

「おかげでバーサーク・ランサーはやられるし、追跡にも時間がかかった」

「……貴女は一体、何者なんですか」

 

 ……いつまでも悲しんでいる場合じゃない、か。今はとにかく、このサーヴァントをどうにかすることを考えないと。

 

「そうね、何者なのかしら。聖女たらんとしていたのにこんなになって、狂った聖女の使いっ走りをやらされてるなんて」

 

 少しずつ白んできた空を見上げて、そのサーヴァントはジャンヌさんの質問に答えた。その目は、どこか悲しそうで。

 

 それを見て、もしかしたら話しあえるかもしれない、なんてつい思ってしまう。だって、戦わないほうがいいじゃないか。

 

 でもそれは無理だろう。昨晩聞いたジャンヌさんの言葉……強制的な狂化のことが頭によぎり、言葉を飲み込む。

 

「そういう貴女こそ、どうなのかしら」

「私……?」

「貴女は今、この国を救おうと二度足掻いている。けれどきっと、人々は貴女を救国の聖女とはもう二度と呼ばないでしょう」

「……それは」

 

 確かに、ありえない話では決してない。

 

 ああして最初の砦でジャンヌさんが休めたのは、ユリアさんがいたから。もしそうじゃなかったら……

 

 ラ・シャリテで話を聞いた時、この国の人たちの黒いジャンヌへの恐怖と憎悪を垣間見た。それはきっと、ジャンヌさんにも……

 

「ねえ、いい機会だから聞かせて?貴女は今、()()思っているの?」

「…………」

「かつて助けた人々に牙を剥かれるかもしれなくて、絶望した?それとも……彼女のように、憎むのかしら」

 

 サーヴァントの質問に、俺たちは自然とジャンヌさんの方を見る。彼女は今、どう思っているのだろう。

 

 俯いたジャンヌさんの表情はうかがえない。誰かに言われて、本当に絶望してしまっているのかもしれない。

 

 ……あるいは、あの黒いジャンヌにのように。ありえないとわかっていても、そんな思考が頭の隅をかすめてしまう。

 

「……私は」

 

 やがて、答えが出たのかジャンヌさんは言葉を発した。ゴクリと固唾を飲んで、耳をすませる。

 

 

 

「私は、恐れも憎みもしません」

 

 

 

 そして、ジャンヌさんの答えはそれだった。上げた顔には、いつものように毅然とした雰囲気がある。

 

「普通なら、そう思うのでしょう。悔しくて絶望に落ちてしまうのでしょう。自分が何者かもわかりきっていない、不完全な霊基(そんざい)であるのなら、なおさら」

「だったら……」

「でも、ええ。不完全ついでなのか、こうも思うのです」

 

 ジャンヌさんは、これまでにないほど確信に満ちた顔と声で。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だって、自分を憎むことで抗えるのなら、きっとそれは自分が何者であるかよりも大切なことだから。

 

 なんの迷いもなく、強がりでもなく。ジャンヌさんは最初から当たり前のように、微笑みながらそういった。

 

「……そっか」

「……先輩?」

 

 これが、この姿こそがジャンヌ・ダルクっていう人なんだ。

 

 たとえ記憶が曖昧だって、力が完全じゃなくたって。自分よりも人を思うことができる、その意思。

 

 きっと、それこそがジャンヌ・ダルクが英霊である何よりの証なんだ。この人だから、フランスは救えたんだ。

 

「……ふぅん。私は好きよ、その答え。そういえば、あいつも言ってたかしら」

「あいつ……バーサーカーさんが?」

「ええ。全員に囲まれてる中、最後に私たちのマスターにこう言ったのよ」

 

 〝ああ、いくらでも抗うがいいさ復讐者。貴公がどれだけ罵ろうと、折ろうとしても、貴公にだけはきっと彼女は砕けぬよ〟

 

 何故ならば、それこそが人間の真実なのだから。どれだけ闇に誘われようと、希望あるものが人足り得る。

 

 あの黒竜に殺される最後の瞬間にバーサーカーはそう言ったと、そのサーヴァントは言った。

 

「あいつ、どんな化け物じみた精神してるのかしら。同じバーサーカーとは到底思えないわ」

「バーサーカー……」

 

 ああ、何故だろう。どんな状況でも不敵な笑みでそういうバーサーカーが、容易に想像できてしまう。

 

 ずっとわかっていたけれど──きっと彼は、どこまでも人間を信じているんだ。人理を作った、最古の人として。

 

「ならば、その彼の信に答えましょう。私たちは、どれだけでも争ってみせる!」

「そうです!例え敵がどれだけ強大でも、私たちは屈しません!」

「……そう。そうなのね」

 

(このくじけぬ貴き意志。神よ、そのために私は──)

 

 決意とともに前に出たマシュとジャンヌに少し目を見開き、サーヴァントは少しの間だけ俯いた。

 

 それからすぐに顔を上げて、その時にはもう目に少しだけあった優しさはなかった。代わりに震えるほどの殺気が感じられる。

 

「ならば戦いましょう、ジャンヌ・ダルクとその仲間たち。この出会いを、意味あるものとするために」

 

 そういって、サーヴァントは杖を掲げた。

 

 するとどこからともなく、地響きがし始める。とっさに俺たちは背中を向け合い、周囲を警戒した。

 

 

 

「我が真名()はマルタ、聖女マルタ!」

 

 

 

 どんどん揺れが強くなっていく中、声高にサーヴァント──否、聖女マルタと名乗ったその人は声を張り上げる。

 

『聖女マルタだって!?』

 

 そこでこちらをモニターしていたドクターが、突然通信を繋げてきた。

 

「ドクター!?こんな時になんですか!」

『まずいぞ藤丸くん、彼女は祈りだけで竜を説伏させた聖女だ!つまり──』

 

 

 

 

 

グォオオオオォオオオオオ!

 

 

 

 

 

 ドクターが先を言おうとした、その瞬間。マルタさんのすぐ側の地面を突き破り、巨大な影が姿を現した。

 

 それは、一見亀のような生物だった。極太の筋肉質な4本足に太く雄々しい尻尾と翼、そして獅子のような面構え。

 

 おおよそファンタジーでもなかなかお目にかからないような、絶大な存在感と巨躯のそれは見るからに──

 

『最上位クラスの、()()()()()()()()だ……!』

 

 

 

 

 

「狂気に侵されし我がクラス、バーサーク・ライダー!さあ、殺し合いを始めましょう!」

 

 

 

 

 

 そして、竜の聖女と呼ばれる英雄との戦いが始まった。




うーむ、久しぶりだから雰囲気を掴みかねる。
あ、あんまり長いとダレるのでわりと巻きでいきます。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。
さーて、星狩りも頑張るぞう


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聖女覚醒

どうも、ストーリーは初代、ギミックや武器は2、グラフィックやソウル武器は3と思っている作者です。現在テーマパーク(センの古城)攻略中。
すみません、祖母の家で家事の手伝いしたり重い荷物整理やってたら昨日は精魂尽き果てました。
というわけでお詫びとして、今日は二話投稿します。午前と午後、十時に投稿します。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「さあ、行きなさいタラスク!目の前の敵を粉砕せよ!」

 

 

 

 グオォォオオオオオオオオ!

 

 

 

 己が主人の命に従い、悪竜タラスクは咆哮して後ろの両足に力を込める。その怪力にバキ、という音とともに地面が陥没した。

 

 後ろの二足で立っていた姿勢から前傾姿勢へと移行、その巨躯から凄まじいまでの殺気が溢れ出る。

 

「敵サーヴァントの宝具と思しきドラゴン、突進の姿勢をとっています!」

「マシュ、受け止められる!?」

「やってみます!」

 

 藤丸のオーダーに従い、その前に立つマシュ。そしてその大楯の下部を地面にめり込ませ、腰を落として構えた。

 

 タラスクが飛び出したのは、そのコンマ数秒後。その巨体に似合わぬ、弾丸のようなスピードで突撃を敢行する。

 

 

 

 

 

 

 ゴッガァアアアァアンンンッ!!!

 

 

 

 

 

 瞬間、これまでにないほどの凄まじい轟音を立てて、タラスクの頭部がマシュの構える大楯に激突した。

 

 ただの突進、されど突進。真の竜種たるタラスクのそれは凄まじい衝撃を生み、更には置き去りにしていた疾風を叩きつける。

 

「なんて、強い────!!!」

 

 あまりの威力に、マシュはガクリと折れそうになった全身各部の関節に力を込め直した。少しでも気を緩めれば、轢き殺される。

 

 背後には、守るべきマスターがいる。ならばと特異点Fでのことを思い返し、マシュは必死にタラスクの突進を耐え凌いだ。

 

 その姿に、逞しき6本の足で押し込んでいたタラスクは()()()()()()()()()と認識を改めた。

 

 

 

 グルォアアアア!

 

 

 

 ならば、さらなる試練を。この矮小な小娘が我が主人のお眼鏡にかなうようなものであるかを、確かめよう。

 

 故に、タラスクは()()()()()。途端にかかっていた圧力がなくなり、思わず前に傾くマシュの体。

 

 ああ、それを待っていた。そうタラスクは笑い、その場で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まるで亀のように甲羅にこもったタラスクから、次に繰り出されたのは──まるでチェーンソーのような回転攻撃だった。

 

「「なっ!?」」

「まさかっ!」

 

 

 グルァアアアァァアアアア!!!

 

 

 藤丸たちが驚愕に顔を染める。そんなことは気にも留めず、魔力と翼で更に加速したタラスクは今一度大楯に向かっていった。

 

 マシュがなんとか反応できたのは、幸運と言って良いだろう。なんとか体制を整えて、タラスクの回転攻撃を受け止めるが──

 

「なっ、つ、強い!?さっきよりもはるかに威力が──!!?」

 

 遠心力、魔力、そして単純な竜種の規格外な膂力。それが全て合わさった攻撃は、単なる突進の10倍の威力を生み出した。

 

 マシュからすればたまったものではない。先ほどでも全力の8割を出して耐えたというのに、それの10倍などあまりに予想外である。

 

「くっ、このまま、ではっ、崩れ……!?」

「マシュ!まずい、このままじゃ!」

 

 少しずつ、マシュの体制が崩れていく。元は非力な少女に、真の竜種の猛攻を耐えるのは困難だろう。

 

 あわや、そのまま叩き潰されて自分たちもろともミンチになるかと藤丸が息を呑んだ、その瞬間。

 

 

 

「──〝Light once.(一つ、灯す) It gives power for you.(それは貴方に力を与える)〟」

 

 

 

 歌が、響いた。

 

 美しく、どこまでも透き通るようなその声に藤丸とジャンヌは後ろを振り返る。そこにいるのは、火防女だ。

 

 両手を組み、それを胸に当てる彼女が歌うのは一つの魔術。火の時代を生きた彼女だけが歌える、ソウルに働きかける歌。

 

 一人の騎士のため紡がれたその歌は、マシュの全身に仄かなオレンジ色の光を纏わせ、さらなる力を与えた。

 

「これは、力がどこからか湧き出て……!」

「〝Light twice.(二つ、灯す)It gives brave for you.(それは貴方に勇気を贈る)〟」

 

 更に一節。膂力の強化に加え、魔力の回りが良くなった。マシュは目を見開きつつも、これならと活路を見出す。

 

 キッとタラスクを睨み上げ、マシュは今もなおタラスクに削られる、傾いていた大楯を押し返していった。

 

 

 グルゥウッ!?

 

 

「はぁあああああああああああああっ!!!」

 

 そして、そのまま押し返してしまった。弾き返されたタラスクは宙を舞い、しかし空中で引っ込めていたものを出すと着地する。

 

 それからさほど時間を開けず、先ほどと相反するように仰け反ったタラスクは口から炎を吐き出した。

 

 それすらも、火防女の支援を受けて一時的に絶大なパワーアップをしたマシュは見事に受け止める。

 

「よし、これならいけるぞ!」

 

 拳を握り、歓喜する藤丸。タラスクが出てきた最初は絶望的かと思ったが、これならば勝機が見えてきた。

 

 そんな彼の横で顔を曇らせるのはジャンヌ。まるで何かを思い詰めるように、旗を握る手の力を強める。

 

「チッ、後方支援とは面倒ね。なら……」

 

 それまで観戦に徹していたマルタが、十字杖を掲げた。その動作に嫌な予感を感じ、ジャンヌは後ろを振り返った。

 

 すると、歌う火防女の周囲に空間の〝歪み〟が発生していた。渦を巻くそれは、まるで火防女を捻じ切らんとしているようだ。

 

「まずい──!」

「無駄よ!私の〝祈り〟は防げない!」

 

 叫びとともに、マルタは〝祈り〟を発動する。それは火防女の体を木っ端微塵に……

 

 

 

「──〝Light last.(最後に、灯す)It gives your soul for me.(それは私に、貴方の心を)〟」

 

 

 

 することは、なかった。

 

 火防女の体から灰色の波動が解き放たれ、マルタの〝祈り〟を消しとばしたのだ。手を伸ばしていたジャンヌも、藤丸も瞠目する。

 

 それはマルタとて同じである。よもや自分の〝祈り〟を一介の人間の魔術師が弾くとは思わなかった。

 

「ソウルとは一種の因果の力。ならば、私がそれをどうにもできぬ道理はありません」

「……ふぅん。貴方も一端の戦力ってわけ、ますます面白いじゃない!」

 

 

 グォオオォオオオオオオ!

 

 

 それは楽しそうに笑うマルタに呼応するが如く、タラスクは握った前足を振り下ろした。大楯で受けるマシュ。

 

 暴れるタラスクをマシュが相手取り、火防女が支援して、時折マシュが危機に陥れば藤丸が指令を飛ばす。

 

 実に見事な連携が出来上がっていた。よもやこれが、数週間前までは一般人だった少年とその仲間たちとは思うまい。

 

(……私は、このままでいいのでしょうか)

 

 その様子を見て、ジャンヌは心の中で自分に問いかけた。

 

 いや……戦闘が始まるよりずっと前、最初にラ・シャリテで戦っていた時から常に自問自答していた。

 

(皆、全力で奮闘している。藤丸くんも、マシュさんも、火防女さんも。それなのに私は……)

 

 満足に力を振るえず、どこまでも迷ってばかりだ。それどころか、未だに自分が何者であるのかすらわかっていない。

 

 そんな曖昧な自分が、彼らとともにここにいる資格があるのだろうか。むしろいれば負担になってしまうのではないか。

 

 そんなことばかりがジャンヌの頭の中を支配する。やがて、ジャンヌはタラスクと戦うマシュから目を外して俯いてしまった。

 

 

 

(やはり、私では何もすることが──)

 

 

 

「ジャンヌさん。今のうちに、やっておきたいことがある」

「……え?」

 

 そんな時だった。予想だにしないその言葉に、ジャンヌは顔を上げて藤丸の方を見る。

 

 彼はマシュから目を外さないで、意識だけこちらに向けられているのがわかる。その凛々しい横顔に息を呑むジャンヌ。

 

 しかしそれもほんの一瞬、我に返ると未だ詳しく聞いていない藤丸の提案に「はい」と返事をした。

 

「それで、やりたいこととは?」

「俺と、契約を結んでほしいんだ」

「…………え?」

 

 それは、これまでジャンヌが聞いた藤丸立香の言葉の中で最も突飛なものだった。それほどまでに予想外なのだ。

 

「ジャンヌさんは今誰とも契約してなくて、聖杯からの恩恵も受けてない。だから全力も出せない、そうだよね?」

「は、はい。そうですが……」

「なら、できるはずだ」

 

 藤丸の声は確信に満ちていた。そうすることでジャンヌの力を取り戻してあげられると、そう信じている。

 

 何故ならば、それが〝普通の人間〟である藤丸がこのグランドオーダーにおいて、マスターとしてできる唯一のことなのだから。

 

「……たとえそうだとしても、私では」

「見て」

 

 それでも自分への自信が持てないジャンヌが否定しようとすると、藤丸がマシュの方を指差した。

 

「今、マシュはなんとかあのドラゴンと渡り合えてる。でも、決定打がない」

「あっ、確かに……」

 

 火防女の支援もあり、タラスクをどうにか相手しているマシュ。しかし、これという一撃は入れられていない。

 

「だからもう一人必要なんだ、決め手になる人が。だからそれを、ジャンヌさんに頼みたい」

「っ…………」

 

 その言葉をジャンヌは受け止めて、さらに困惑した。

 

 何故、これほどまでに藤丸は自分を信じてくれるのだろう。こんな、何もすることができない自分を。

 

「なんで、って思ってるよね」

「それは……はい」

「俺さ、前に目の前である人を失くしたんだ」

 

 藤丸の脳裏に浮かぶのは、泣き叫びながらカルデアスの業火の中に消えていったオルガマリーの姿。

 

 今でも時折、あの時のことを夢に見る。その度に後悔して、何かできたのではないかと自分を責める。

 

「もしかしたら手を伸ばせたんじゃないかって、何かできたんじゃないかって……」

「藤丸くん……」

「だから決めたんだ。目の前にあるものは、なんだろうと掴み取る。もう二度と、後悔しないように」

 

 だからこそ、と藤丸は初めてジャンヌの方を向いて。そして、笑った。

 

「俺は、ジャンヌさんを信じたい」

「……っ!」

「だから頼む。俺に力を貸してくれ」

 

 そう言って見つめてくる藤丸の目に、ジャンヌはどこかかつての自分と同じものを見た気がした。

 

 あの頃……ただこれが正しいと、その果てに何かを為せると信じて、どこまでも突き進み続けた無垢な少女に。

 

「……わかりました。契約を結びましょう」

 

 ジャンヌは、首を縦に振った。かつての自分のように突き進む少年を、自分のように後悔させないために。

 

 なによりも──自分の助けを求める者がいるのなら、誰だろうと手を伸ばす。それがジャンヌ・ダルクの在り方なのだから。

 

 藤丸も最初からその答えを待っていたように頷くと、令呪の刻まれた右手の袖をまくる。そこで通信音が鳴った。

 

『よせ藤丸くん!そんなことをしたらどれほどの負担が君にかかると思ってる!?』

「……わかってます、危険なことくらい」

 

 本来、マスターが契約できるのは一騎のサーヴァントのみ。それ以上の数と契約をするのは異例中の異例だ。

 

 それは通常の聖杯戦争の場合、戦力的な偏りを生む意味もあるが、それ以上に魔力供給が追い付かないからだ。

 

 例えばセイバーオルタやクー・フーリンたちなどは、カルデアからの魔力供給下にあるため問題はない。

 

 また、灰は不死人であるためか命の〝熱〟であるエスト瓶や、篝火に当たれば魔力の損耗は自分で回復できる。

 

 しかし、ここはその莫大な恩恵がない特異点。そのような場所で、二騎以上のサーヴァントと契約すれば……

 

「それでも、ここで死んだら終わりだ。そうでしょう?」

『っ、ああもう、一度そうと決めたら頑固だなぁ!存在証明は絶対に確立を継続させるから、好きにやってくれ!』

 

 怒りつつもサポートをしてくれるロマ二に「ありがとうございます」とお礼を言って、藤丸は腕を掲げる。

 

 そこに魔力回路が浮かび、ジャンヌは自分に向けてそのパスが向けられようとしていることを感じた。

 

 

 

 

 

「〝──告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に〟」

 

 

 

 

 

 そして、詠唱が始まる。それは朝を知らせる宣誓よりも強く響き渡り、戦場に新たな風を呼び込む。

 

 同時契約の危険性とともにドクターロマンに教わってなんとか覚えた詠唱を、間違えないよう細心の注意を払って紡ぐ藤丸。

 

 いち早く気づいたタラスクが止めようとするが、それをマシュが阻む。そこにすかさず火防女が支援をした。

 

「あれは宝具……いや、契約の詠唱!?」

 

 同じように気づいたマルタは、また十字杖を掲げて〝祈り〟を行使した。今度は藤丸の周囲に歪みが現れる。

 

 火防女と違い、藤丸は歪みに対する対抗手段を持っていない。故にこそ、引き続き契約の詠唱を唱え続けた。

 

「〝聖杯の寄るべに従い、この意この理に従うならば──〟」

「させるかっての!」

「先輩、逃げてください!」

 

 マルタが〝祈り〟を行使し、それに振り返ったマシュが叫んだ、その瞬間。

 

「〝我に従え! ならばこの命運、汝が〝(はた)〟に預けよう!〟」

 

 詠唱が、終わった。

 

 

 

 

 

──パァンッ!

 

 

 

 

 

 〝祈り〟が、純白の一振りによって粉砕される。因果を操り、対象を粉砕する魔力は一瞬で無に帰した。

 

「なっ!?私の〝祈り〟を、旗をたった一度振った程度で!?」

 

 驚くマルタ。まさか一度ならず二度までも〝祈り〟を防がれるとは、想定外にも程があるというもの。

 

 それを為したのは──尻餅をついた藤丸の前に立つ、一人のサーヴァント。彼女はローブを脱ぎ去り、大きな旗をなびかせる。

 

 

 

 

 

「──サーヴァント、ジャンヌ・ダルク。〝ルーラー〟の名を懸けて誓いを受けましょう。貴方を我が主として認めます、藤丸立香!」

 

 

 

 

 

 ここに、救国の聖女と呼ばれた少女が真にサーヴァントとして覚醒した。




次回、決着。
巻きでいくとかほざいてたら脳内プロット見直して無理⭐︎になったので25話まで伸ばします。どうかご理解いただけますよう。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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竜の聖女の最後

じゅ、十人も減った……しかも1分遅れてしまった。
とりあえず、二話目投稿です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


「ジャンヌさん……!」

 

 大きく目を見開き、しかしすぐに喜色に顔を染める藤丸。その顔に本来の力の一端を取り戻したジャンヌは微笑む。

 

 それを見ていたマシュと、モニター越しに気を揉んでいたロマ二はホッと息を吐き、藤丸がやられなかったことに安堵した。

 

「……そう。そこまでして抗おうというのね」

 

 明らかに霊基が強靭になったジャンヌ・ダルクに、マルタは己にしか聞こえないほどに小さく呟く。

 

 狂気に侵され、無情となったはずの顔に浮かぶのは僅かな笑み。その意味を知るのは彼女のみだろう。

 

「タラスク、戻りなさい」

 

 ああ、それならばとマルタはタラスクを呼び戻す。マシュを圧殺せんとしていた悪竜はすぐに聖女の元へと戻った。

 

 突然の行動に、マシュたちは警戒を強める。それでいい、とマルタは笑い、また杖を掲げる。

 

「ジャンヌ・ダルク。貴方が真に戦う覚悟を決めたというのなら、私も全力で応えましょう……どちらにしろ、もう()()()()

 

 古びた鎧の凶戦士に削り取られた左腕をチラリと見て、マルタは()()()()を使うことを決意する。

 

 ドン!とマルタの全身からおぞましい紫色の魔力が爆発。一気に威圧感が増し、マシュたちは得物を構え直した。

 

「敵サーヴァントの魔力、増大しています!」

「これは……!」

「まさか、宝具か!」

 

 身構える藤丸たちに、マルタは詠唱を始める。目の前にいる抵抗者たちを試すため、最大最強の一撃を放つために。

 

「〝神が五日目に作りたもうたリヴァイアサン。その仔にして、数多の勇者を屠ってみせた凶猛の怪物──ここに〟」

 

 マルタの詠唱という名の宣言が、溢れ出した魔力を変換していく。それはタラスクへと流れていき、力を与えた。

 

 

 

 ゴウッッ!!!

 

 

 

 タラスクの全身が、黄金色に輝く。それはまるで世界を照らし、近づくものを焼き尽くす太陽の如く。

 

 聖女より届けられたその祈りを受け止めた悪竜は、勢いよく()()()()()。高く高く、今その身を覆う光……太陽のように。

 

「さあ!滅びに抗わんとする気高き者達に、試練の一撃を与えましょう──────────!」

 

 叫び、吠え立て、そして……

 

「〝星のように──〟」

 

 祈りの聖女は、手を振り下ろす。

 

 

 

 

 

「〝愛を知らぬ哀しき竜よ(タラスク)〟」

 

 

 

 

 

 宝具、開放。聖女の意に従い、かつて人々を苦しめ、悪逆と忌み嫌われた悪竜が死の流星となって降り注ぐ。

 

 それはまさしく、天の鉄槌と呼ぶべきような宝具。燃え盛る魔力の炎を纏ったタラスクは藤丸達目掛けて落ちていった。

 

 このまま受ければ地を抉り、木々を吹き飛ばし、更地と化すだろう。すぐに藤丸は行動を開始する。

 

「ドクター!宝具の使用許可を!」

『許可する!』

「マシュ、いける!?」

「はいっ!」

 

 それに対抗ために藤丸が最初に頼るのは、やはりマシュ。少女はマスターの期待に応えるため、前に出る。

 

 そこで、一抹の不安がよぎった。それはかつて騎士王の一撃を受けた時にも感じた、自分ができるのかという恐怖。

 

(いえ、できます!だって今の私には、先輩がついているのだから!)

 

 それをマスターへの信頼で消して、マシュは叫ぶ。英霊ではない自らに許された、一つの大いなる力の解放を。

 

「真名、偽装登録──いけます!」

 

 マシュの体から魔力が立ち昇る。それを力に変え、大楯を大きく振りかぶって口を大きく開き──

 

 

 

「〝‪ 仮想宝具 擬似展開(ロード) ──/人理の礎(カルデアス)〟ッッッ!!!」

 

 

 

 勢いよく、地面に下部を叩きつけた。光の紋章が大楯の中心に浮かび上がり、そこから魔力の大壁が展開する。

 

 どこか清涼とも取れる音を立てて広がった壁は、確かにタラスクを受け止めた。半透明の城壁が、死の流星を防ぐ。

 

 

 

 ゴガガガガガガガガガガガガッッッ!!!

 

 

 

 藤丸たちの予想に反することなく、まるで太陽そのものが落ちてきたかのようにタラスクは全てを破壊した。

 

 余波だけで大地を盛大に抉り飛ばし、木々を黄金の魔力で消滅させ、マシュの肌に軽い火傷を負わせていく。

 

「なんて、力──!?」

「マシュッ!ドクター、どうにかできないのか!?」

『悪いがこっちも手一杯だ!それに、性能的にマシュの宝具ではタラスクは止められない!』

「くそっ……!」

 

 当然、防御は長くは続くことなく。先ほどとはまるで比べ物にならないほどに超速で回転するタラスクに押され始める。

 

「タラスクは我が守護霊、敵対するもの全てを容赦なく轢き殺す!」

 

 マルタが叫び、それに応えるように甲羅の中から雄叫びを上げたタラスクはさらにギアを一段あげた。

 

 加速し、加速し、加速していく。その速度は決して衰えることなく、一秒経つごとにむしろその強さを増していった。

 

 すかさず、火防女が歌を歌いマシュをサポートするが……焼け石に水とはこのことか。あまり効果はない。

 

 いよいよ、マシュの宝具の城壁が崩れ始める。このままではいずれ崩れ、圧殺されることは必須であろう。

 

「──藤丸くん。いえ、マスター。私に宝具の使用許可を」

 

 故にこそ、聖女は新たに自らの主人、サーヴァントととしては真に共に戦うものとなった少年に問いかける。

 

 少年は振り返って目を見開き、押し込まれているマシュを一旦見てから、顔を真面目なものにすると頷いた。

 

「ですが、耐えられますか?私と契約したことで、負担は増しているのでしょう?」

「……まあ、ね」

 

 同時契約の代償は、確かに藤丸を襲っていた。今もジワリ、ジワリと魔力がすり減っていく感覚がある。

 

 冬木の時、灰の宝具の余波で藤丸は倒れかけた。その時のことを考えれば、宝具の同時展開がどれほど危険かは語るまでもない。

 

 ああ、けれど──だからなんだというのだ。たったそれだけのことで窮地を切り抜けられるなら、何度だって土の味を噛み締めてやる。

 

「いけるよ、ジャンヌさん」

「……マスター、その強い意志に敬意を。これからはジャンヌとお呼びください」

「じゃあ、頼むジャンヌ──宝具を使って」

 

 それは、確かな信頼の色がこもった言葉。それを感じ取ったジャンヌは不敵に笑みを浮かべ、頷いた。

 

 ジャンヌは、今もなお必死にタラスクを押さえ込んでいるマシュの隣まで歩いていく。そうすると旗を掲げた。

 

「ジャンヌさん!?」

「マシュさん……いいえ、マシュ。これより先は私も共に」

「……はい!」

 

 これほど頼もしいこともないと、マシュははっきりと肯定の意を返した。ジャンヌも首肯し、側に目を戻す。

 

 タラスクの突風に吹かれて激しくはためく旗に刻まれたのは、愛する祖国の印。今一度、己が信仰を信じよう。

 

「〝主の御業をここに。我が旗よ、我が同胞を守りたまえ──!〟」

 

 掲げた旗に、主の導きを。気高きその信仰に、今一度聖なる加護を。再び、祖国を守るために。

 

 そのジャンヌの思いに呼応し、旗に溢れんばかりの黄金の光が宿った。それはかつて、兵士たちを導きし救国の光。

 

 

 

「〝我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)〟──────!!!」

 

 

 

 そして、解き放たれる。

 

 爆発する光、広がる奇跡の閃光。代行者たるジャンヌにのみ使うことを許された、主の御業の再現なりて。

 

 それは結界型の宝具だ。内側にいるものに祝福を与え、対してその聖域を犯すものには守りと、然るべき罰を。

 

 マシュのロード・カルデアスに加え、ジャンヌの宝具も重ねがけされた防御陣形はまさしく無敵である。

 

 だからこそ、タラスクがいずれ競り負けるのは必須であった。少しずつ、タラスクの黄金の光が弱まっていく。

 

 最初はほんの少し、やがて蜃気楼の如く揺らめき、タラスクの体を覆う黄金の魔力はどんどん衰退していった。

 

「今だ、マシュ──────っ!」

「ぜぁああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」

 

 裂帛の叫び、振り上げられる大楯。あまりに堅牢な結界に勢いを失いかけていたタラスクはあっさりと打ち上げられる。

 

 そして、空中でいよいよ完全に光が消え失せ、無防備な状態になった。彼は今、崩れた体勢を直すことができない。

 

 この一撃こそは、マルタとタラスクの全てをかけたもの。だからこそ、タラスクにはもはや絞るものがなにもなかった。

 

 ならば、守護霊を失った聖女はどうだろう。それは今、まさしく彼女に向かって疾走するジャンヌが証明するだろう。

 

「はぁ──────っ!」

「チィイイッ!」

 

 至近距離まで近づかれ、マルタは〝救い主〟よりもたらされた十字杖を鈍器にすることもできずインファイトを仕掛けようとする。

 

 十字杖を投げ捨てて、右半身を引いて拳を構えようとして──そこで、自分が致命的なことを忘れていたと思い出した。

 

 構えた拳は、右一つ。旗を真っ先に阻害する相反する左の拳はなく……それこそが、彼女の命運を分けた。

 

 

 

 

 

 ドッ!!!

 

 

 

 

 

 ジャンヌの旗が、マルタの体を貫いた。

 

 先端についた槍が、サーヴァントの強靭な肌を裂き、肉を抉り、臓物に穴を開け、そして貫通させる。

 

『聖女マルタの霊核を貫いた──藤丸くんたちの勝ちだ!』

 

 コフッ、とマルタが吐血する。当然、その血は密着しているジャンヌの顔に全て降りかかってしまった。

 

 その近くに、ドスン!と音を立ててタラスクが落下する。マルタがやられたのと連動して、力を失ったのだ。

 

「くふっ……私もヤキが回ったわね……あるいは、もう一本腕があれば……」

「………………」

「ごめんなさいね、ジャンヌ・ダルク。血で汚したわ」

「……………………」

 

 今更、一人の血でなんだというのだ。自分はもはや、数え切れないほどの人間の血を流させたというのなら。

 

 ジャンヌは無言の表情の下で、そう自分に言う。それをなんとなく察したマルタは、ポンポンと彼女の肩を叩いた。

 

「いいのよ、それで。悩んで悩んで、悩み続ければいい。それが人間でしょ」

「…………私は」

「だから、そうね……それでも抗おうとする貴女に、一つ教えてあげる」

 

 耳元に口を寄せ、マルタはジャンヌにとある情報をこっそりと伝えた。それを聞き、目を見開くジャンヌ。

 

 驚愕の表情で見上げれば、マルタはこれまでにないほどに穏やかな表情だった。ジャンヌも、藤丸たちもそれに見惚れる。

 

「我らがマスター……もう一人のジャンヌ・ダルクが連れるのは、究極の竜種。なら、それしかないわ」

「聖女マルタ。貴女は、最初から──」

「いいのよ、これで……ったく、聖女に虐殺、させるんじゃないってえの」

 

 ようやく肩の荷が下りたような顔のマルタの全身から、光が立ち上り始める。すでに彼女は、終わっていた。

 

 その体が霊子に変換されていく中、マルタは最後に近くで寝そべるタラスクを見た。そしてまた、優しく微笑む。

 

 

 

「ごめんね、タラスク。次はもう少し、マシなやつに、召喚されたいものだわ──」

 

 

 

 その言葉を最後に、マルタは消滅したのだった。

 

「……………」

 

 彼女を貫いた自分の旗を見つめるジャンヌ。

 

 その心の中にあるのは後悔か、達成感か、あるいは……

 

「ジャンヌーー!」

「ジャンヌさーん!」

 

 旗にこびりついた血までもが霊子となって消えていくのを見ていると、藤丸たちが走り寄ってくる。

 

 ジャンヌはなんとか気を取り直し、顔を上げて彼らを見た。そして大きく頷く。

 

「敵サーヴァント、確かに倒しました」

「うん、ありがとう。さすがはジャンヌだ!」

「お疲れ様でした。見事な一撃でしたね」

「すごかったです、ジャンヌさん!さすがはフランスを救った聖女です!」

「い、いえ、これはマスターと貴女たちの奮闘があったからで……」

 

 謙遜するジャンヌに藤丸たちは顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。これはこれで、彼女らしい。

 

 それからしばらく互いの健闘を称え合い、高揚した気持ちも落ち着いたところでジャンヌが神妙な顔で語り出す。

 

「実は、消滅する直前に彼女からある情報を得ました」

「情報、ですか?」

「ええ。それによると……リヨンという街に〝竜殺し(ドラゴンスレイヤー)〟がいるようなのです」

 

 息を飲む藤丸たち。ドラゴンスレイヤーといえば、伝承に少し興味があれば一度は聞いたことのある称号だ。

 

 幻想種の頂点、中でも真の竜種と呼ばれる怪物を倒したものに送られる称号。英雄の代表的な肩書の一つだ。

 

『なるほど、ドラゴンスレイヤーか……確かにあんな竜を従えているんだ、その反動で呼び出されていてもおかしくはない』

「ええ……彼女は、そのドラゴンスレイヤーを匿っていたそうです。もう一人の私に対抗できるかもしれない、と」

「聖女マルタが……」

 

 確かに藤丸たちだけでは無理でも、ドラゴンスレイヤーがいればあの竜をどうにかできるかもしれない。

 

 改めて、マルタという英霊の類まれなる精神力に戦慄する藤丸たち。狂気を跳ね返すほどのその心は、正に聖女に相応しい。

 

 しかしその反面、そんなマルタですら戦わざるを得ないほどの狂気ということだ。黒いジャンヌの力がどれほどかよくわかる。

 

「これからどうしますか、マスター?」

「……リヨンに向かおう。できればその人を仲間にして、戦力を増やしたい」

「賛成です、当初の目的とも合致しています」

「マシュ様に同じく……そうしていれば、いずれ灰の方とも合流できるでしょう」

『ん、どうやら王女様たちも戦闘が終わったようだ。合流して詳しい段取り決めといこう』

 

 四人+ロマンは頷き、マリーたちのいる方へと移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 マルタよりもたらされた、ドラゴンスレイヤーといつ一筋の希望を胸に秘めて。

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

「ほれ、持ってきたよ。食えるかい?」

「すまない、迷惑をかける……」

「いいってもんさ、困ったときは助け合いだよ。他に何かいるかい?」

「いや、平気だ……すまない、貴方には貴方のやることがあるだろうに」

「クヒヒッ、別にちょっとした寄り道さ、なんてことない。それに……」

「……それに?」

 

 

 

 

 

「きっと、あの英雄様なら……困ってる奴がいたら見捨てないだろうしね。ワシを助けてくれた、あの時のように」




次回、竜殺しを探しに。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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竜の魔女は動き出す

どうも、操作ミスで会話の途中に下の穴に飛び込み、フラムトのイベントが折れた作者です。悲しみ。
ところで皆さん、イベントはどうですか?自分はシトナイ狙ってお小遣いの相当部分注ぎ込みましたが爆死しました。
今回は邪ンヌの話です。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 オルレアン。

 

 

 

 かつてフランスの首都として、いと貴き身分の者たちが暮らし、栄えた街。中心には王らの住まう王城がそびえている。

 

 そこは今、まさしく地獄と化していた。空には無数のワイバーンが飛び交い、市街にはミイラのような人間……亡者が跋扈している。

 

 もし、この街に無用心に足を踏み入れようものなら亡者達に袋叩きにされ、()()()を吸われた後に竜の餌になるだろう。

 

 そんな魔境の中心、かつて煌びやかであった城もまた、見る影もなく。紫色のつたで覆われ、魔城となっている。

 

 

 

「──ライダーが消えましたか」

 

 

 

 その一角、かつて聖堂だった場所。

 

 数週間前狂いしサーヴァント達が召喚されたそこには今、ボロボロの王座に座るジャンヌ・ダルクがいた。

 

 ただ一人、邪竜を描いた旗とともに座する中、マルタとの〝繋がり〟が切れたことを感じて嘆息する。

 

「よもやあれほどの理性が残っているとは、聖女とはかくも厄介なものですね」

 

 マスターであることと、ルーラーの能力。それにより、ジャンヌにはサーヴァントの意思がなんとなく把握できる。

 

 それを通して藤丸達との戦闘の末消えたマルタの意志の形を知り、嘆息した。全く厄介なことである。

 

「ですが、ええ。あの忌々しい男がいなくとも、彼らが滅ぼすに値する敵であることはわかりました」

 

 脳裏に浮かぶのは、最後まで己が召喚した究極の竜種──ファヴニールの炎から目を逸さなかったサーヴァント。

 

 泣き叫ぶことも、苦悶に顔を歪めもせず。死をものともしないその姿は、ある種ジャンヌにとって苛立ちの種だった。

 

 彼女の望みはどこまでも惨たらしく、凄惨に、そして残虐に殺すこと。そうすることで絶望を嗤うのだ。

 

「ああ、あの瞳を今思い出しても腹が立つ……!」

 

 だというのに、あの男はその点全く()()()()()()()。淡々と自分が死ぬ事実を受け止めたのだから。

 

 かけらも思っていないのだ、自分の命に価値があると。並のサーヴァント以上に、生にも死にも達観し切っている。

 

 自分が死ぬことでマスター達を逃がす、そのためならどこまでも命を捨てられる。ある意味良いサーヴァントだろうか。

 

「自らをも駒とする、というところですか」

 

 サーヴァントとは本来、道具であるというものもいる。あるいは召喚されたサーヴァント自身がそう言う事も。

 

 サーヴァントとはあくまで過去の遺物、ならば文明や発展の軌跡のように、その後の人間が使()()ことに何の問題があろうか。

 

 実際、そうしたマスターは過去の聖杯戦争においても存在したし、ジャンヌ自身も所詮はその程度と認識している。

 

 あのおかしな霊基のサーヴァントは、それの究極系かもしれない。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし、何よりも気に入らないとジャンヌが思っているのは──

 

 

 

(何故、奴はあの()()を隠していた?この身に宿るものかそれ以上の渇望を、どうして抑え込めた?)

 

 

 

 ジャンヌは灰と対峙しているとき、常に感じていた。地獄の底よりなお深い、深い、その暗い魂のうめきを。

 

 憎しみとは、ある種の渇望だ。それを欲してやまなく、またどれだけ燻ろうとも、決して消えることだけはありえない。

 

 それは原初の憎しみが強ければ強いほどより燃え盛り、やがて己の身ごと憎むものをもろとも焼き焦がす。

 

 あの男の底にあったのは、まさにそれだ。並の人間ならば到底抑えようがない、何もかもを塗り潰す漆黒の心。

 

 バーサーカーなどと笑わせる。あれを狂気程度で片付けていいものか。いいや、それを正気で覆い隠していることこそが狂気の所業か。

 

「……まあ、今更考えても仕方がありませんね。どうせ奴はもう、死んだのですから」

 

 言葉とは裏腹に、ジャンヌの目には怒りが宿っていた。既にこの手で塵も残さず消しとばしたはずなのに、まだ収まらぬ。

 

 まあ、ある意味で言えばそれは当たり前なのだが……ルーラーといえど灰の不死性までは見抜けなかった彼女は知りようもない。

 

 

 

 

 

 オォオオオオ…………

 

 

 

 

 

 その思いに反応したか。聖堂の奥から、背筋が凍りつくような冷気が立ち込める。それはジャンヌの髪を揺らした。

 

 鬱陶しいその冷たさに、ジャンヌは舌打ちを溢すとちらりと玉座の後ろを見た。すると奥に、何やら黒い靄がある。

 

 闇そのもののように冷たく脈動するそこには、〝番犬〟が潜んでいる。さしずめその体を隠す犬小屋というところか。

 

 冷たい闇の中の番犬に、ジャンヌはハッと馬鹿にしたように笑った。どうやら腹を空かせ、この魂にまで目につけたようだ。

 

「まったく、狂ったものばかりで笑う暇もないわ……今は我慢なさい。じきに、心ゆくまで魂を食らえるのだから」

 

 そう、自分を利用し、嘘の祝福で褒め称え、その果てに使い捨てたおぞましいこのフランスの人間達の魂を。

 

 言葉を理解したのか……あるいは、はるか高き聖堂の天井から溢れた、()()()()()()が靄に当たったからか。

 

 番犬はまた眠りにつく。靄は消えてゆき、それに吸い込まれるようにまた冷たさも何処かへと霧散した。

 

 まあ、かと言って寒くなくなるわけではない。ジャンヌの憎悪で燃え盛る心は、常に矛盾してどこか寒々しい。

 

「……あら?」

 

 そのように考えていると、ふとまた一つ()()()()

 

 それは、とある街に放ったサーヴァントの反応だ。確かに最近、妙に弱々しくなっていたが……自然消滅だろうか。

 

 そう考えたのも束の間、目の前に魔法陣が現れる。それはジャンヌが今この世界で唯一信頼する男が使うもの。

 

「ジャンヌ、ただいま戻りましてございます」

 

 数秒して、魔法陣から男が現れた。ジャンヌを狂おしいほどに信奉していた、ジルと呼ばれるあの男だ。

 

「あら、おかえりジル。それで、新しいサーヴァントの調子はどうだったかしら?」

 

 ジャンヌは灰によってヴラドを倒された上にマルタ、それに次ぐバーサーク・アーチャーのダメージを鑑みて新たに戦力を補充していた。

 

 召喚された新たな二人の狂気の従僕のうち一人……それもこのフランスに深く関わりのある方をジルに頼んでいたのだが。

 

「ええ、上々です。実は……」

「一人、サーヴァントの首を刎ねました」

 

 言葉を引き継ぎ、ジルの背後から一人の男が音もなく現れた。

 

 魔法陣で共に現れたその男は、白い刺繍の施された黒のロングコートを纏った青年。端正な顔にはうっすらと笑みが浮かぶ。

 

 かつてのフランスでの礼服に身を包んだ青年は、優雅にジャンヌに一礼する。ふん、と鼻を鳴らすジャンヌ。

 

「へえ。貴方が私のサーヴァントを?随分と舐めた真似してくれるじゃない」

「彼……〝オペラ座の怪人(ファントム・ジ・オペラ)〟は放っておいてもいずれ消滅すると判断したので」

「すでに致命傷だった、というわけですか……それで首を落としたと?」

「ええ──だって、苦しみなく人を終わらせることが、僕の役目なのだから」

 

 何の躊躇もなく、それが事実であると。青年は竜の魔女を前にして、爽やかな笑顔でそう言い切った。

 

 事実そうだ。この青年の真名を知るものがここにいるならば、彼こそがそうであるにふさわしいと証明しただろう。

 

 しばらく、ジャンヌは冷酷な瞳で青年を見下ろす。やがていつものように皮肉げに笑い飛ばすと、足を組み替えた。

 

「いいでしょう、流石の腕といっておきます」

「お褒めに預かり光栄です……それで、次は誰を?」

「そうですね……」

 

 指を顎に当て、思案するジャンヌ。どうやら性能は問題ないようだ、ならば次は本格的に投入することにしよう。

 

 すると、幸いにも今ぶつければ良さそうな者たちがいるではないか。バーサーク・ライダーとの戦いで、多少は消耗しただろう彼らが。

 

 丁度いい頃合いだ、あの間抜けなもう一人の自分の顔でも見て嘲笑ってやろう。そう考え、ジャンヌは命令を──

 

 

 

『貴公にだけは折れぬよ。ジャンヌ殿ではない、貴公にだけはな』

 

 

 

 ──下そうとして。またあの男の、どこか挑発するような赤い瞳を思い出した。

 

 よって、途中で言葉を止める。当然不思議そうに首をかしげるサーヴァント……特にジルに、ジャンヌは別の質問をした。

 

「ジル。貴方はどう思います?」

「はて。どう、と申されますと」

「愚鈍ね、あの男の言葉よ……貴方はどちらが〝ジャンヌ(本物)〟だと思う?あの女と、私」

 

 その質問に、ジルはもともと溢れんばかりの目をギョロリと見開き、怒りとも嘆きとも取れぬが全身を震わせた。

 

 ああ、自分の聖女が迷っておられる。ならばこの胸に秘める思いを解き放とうではないかと両手を振り上げる。

 

「もちろん、貴女ですとも!」

「へえ……理由は?」

「よろしいかジャンヌ、貴女は火刑に処された!あまつさえ誰も彼もに裏切られた!その嘆きが本物ではないとどうして言えるだろうかッ!」

 

 時の王シャルル7世は解放のための賠償金を惜しみ、結果見殺しに近い形でジャンヌ・ダルクを見捨てた。

 

 他のものもそうだ。やれ聖女だ救い主だとはやしたてながら、勇敢にも王に物申すものすら表れもしなかった。

 

 ああ、これが悪意でなくてなんだというのだ。そんな理不尽は許さないと、ジルは吠え立てる。

 

「この到底理解しがたい結末を導いたのは誰か!?神だ!全ては神からの嘲りに他ならないッ!それ故に貴女は、我らは神を否定しこの国を滅ぼす!そうでしょう?」

「……そう、そうねジル。私にはもはや、何も残ってはいない。共に戦う兵士も、守らんとした民たちも」

 

 率いていた兵士たちはもはやなく、救いを渇望していた民もなく。王は裏切り、司教はあろうことか神の名の下にこの身を断罪した。

 

 もはや清々しいまでに、何もないではないか──全てを焼き尽くすまで、いいやそうしてもなお消えぬ、この憎悪以外は。

 

「全て間違えていたというのなら──私という存在も、それを許容したこの国もまた、間違いであるのでしょう。だからこそ、全てをなかったことに……そう、全てを無に還す」

「…………ジャンヌ、そう思い悩みなさるな。これは単なる天罰、正当なる復讐。貴女が救ったのだ、滅ぼす権利も貴女にある。それだけでしょう?」

「……そうかもね。貴女の言葉はいつも極端だけど、ええ。今は頼もしいわ」

 

 既に迷いはなくなった。頭の中で笑うあの男の顔を叩き壊し、玉座から立ち上がると黒い旗を掲げる。

 

 すると、崩壊した聖堂の壁の大穴から、巨大な黒竜が降り立った。その黄金の眼で、呼び出した主人を見つめる。

 

「さあ、いきましょうバーサーク・アサシン。そしてバーサーカー」

 

 青年と、実はずっと聖堂の隅にいた濃い紫の全身鎧を纏うサーヴァントを呼ぶジャンヌは、ああと言葉を止める。

 

「呼び辛いから、もう真名で構わないでしょう……処刑人〝シャルル=アンリ・サンソン〟。湖の騎士〝ランスロット

「────────urrrrrrrrrrrrr」

「仰せのままに、マスター」

 

 ジャンヌの後に、死刑執行人(ムッシュ・ド・パリ)と呼ばれしサンソン家四代目当主と、狂気に落ちし円卓の騎士が付き従う。

 

(いってらっしゃいませジャンヌ──貴女の正しき復讐を、成就するために)

 

 その後ろ姿を、ジルは深々とお辞儀をして見送った。彼が生前、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今再び、竜の魔女が動き出した。

 




次回、あのキャラが登場。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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〝義賊〟

やべえ、投稿方法ミスった!?
どうも、Huluでターミネーター見て興奮してます作者です。あんまり評判よくないけどジェニシス好き。特にT -800が本当の父親みたいなところが。
さて、今回は〝彼〟が出ます。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 また、この夢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中を、傷だらけの誰かが歩いている。

 

 

 

 

 

 

 

 折れた右手は垂れ下がり、潰れた片足を無理やり動かし、もう一方の手では血に濡れたとても長い剣を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 ひどく疲れ果てたその後ろ姿は、先の見えない闇を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 浮かぶのはやはり、一つの疑問。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを知った。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを裏切った。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、多くを失った。

 

 

 

 

 

 

 

 数えきれないほど、この手から取りこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 長かった。自分の齢すら忘れるほど旅をした。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………だが、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その果てに、何かを手にできたのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まだ、答えるものはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 彼の周りにはもう、誰も……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝あんた、火の無い灰ってやつかい?〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時だった。目の前に、青い光が現れたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、広がる闇に対してあまりに矮小な光だった。

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、その人が片方が捻れた足を止めるには十分で。

 

 

 

 

 

 

 

 その人は、しばらく光の前で止まって。

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、共に歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 疑問は尽きない、後悔が消えたわけでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 何も、変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、でも……少しだけ、温かい。

 

 

 

 

 

 

 

 そう思ったからだろうか。光が人の姿になる。

 

 

 

 

 

 

 

 その人よりは、頭二つほど低い背丈。顔は青い被り物でよく見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 でも、彼はその人を蝕む闇ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 だから、知りたいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 あなたは、誰だ?

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 ゴツン!

 

 

 

「ふごっ!?」

 

 鼻先を何か硬いものにぶつけて、目が覚める。あまりの痛みに鼻を押さえて、勢いよく顔を上げた。

 

「ってー……」

「おはようございます先輩、大丈夫ですか?」

「うん、平気……」

 

 無意識的に左を向くと、ほっとした様子のマシュがいる。そのさらに一つ向こうでは、ジャンヌが苦笑していた。

 

 周囲を見渡すと、どこともしれぬ平原。尻の下には少し見慣れた硝子の馬と、同じものに乗った仲間たち。

 

 そうか。移動中に寝ちゃったのか。そう思いつつ、またいつものように頬に手を当てると……やはり、涙が。

 

「また、あの夢でしょうか?」

「うん、まあね」

「夢、ですか?」

「はい。どうやら先輩は、昔から同じ夢を見るようなのです」

「なるほど……」

 

 頷くジャンヌから目線を手元に移す。そして握った右手を開くと、そこにもやっぱり狼の指輪が握られてた。

 

 何度目かわからない夢。先などない暗闇を、終わりなどない永劫の暗黒の中をひたすらに歩き続ける。

 

「でも、どうしてだろう」

「?」

「なんだか、今回はいつもより……少し、いい気がしたんだ」

 

 だからだろうか。なぜだか、いつもは冷たいばかりの一筋の涙が、ほんの少しだけ暖かく感じたのは。

 

「夢もいいけどね、馬から落ちないでくれたまえよ。マスターの君に大怪我でもされたら呆れかえって物も言えないよ」

「あ、す、すいませんモーツァルトさん」

「もうっ、アマデウスったらまたそんな言い方して。良いではないですか、あんなに奮闘したのだから」

「まあ、そこは認めるけどね。何せ敵のサーヴァントを一体倒したのだから」

 

 ……そう。

 

 俺たちは聖女マルタを打倒して出発し、今は件の竜殺しのいる街──リヨンの町へと向かっていた。

 

 途中で寄った街での情報収集によると、少し前にリヨンは滅び、生き残った住民は他の町へと逃げたようだ。

 

 だが、怪物に加えサーヴァントと思しき人間がやってくるまでは〝守り神〟と呼ばれる、大きな剣を持った男が街を守っていたらしい。

 

 おそらくは、それが〝竜殺し〟の英雄。あの見るからにおっかない黒竜を倒せるかもしれないサーヴァント。

 

 それに……

 

「例の人も、リヨンに行ったっていうしね」

「バーサーカーさんのお知り合いらしき方ですね。両方とも無事だと良いのですが……」

 

 街の兵士から聞いた話。それによると、例のソウルの術を操る人は、その英霊(推定)の話を聞いてリヨンに行ったらしい。

 

 それきり、帰って来ないのだそうだ。各街の伝令によると、時折他の街に現れることから生きてはいるようだが……

 

「皆さん、感謝していましたね」

「僕からしたら不気味だけどね、そんな義賊じみた行為。滅んだ街に残った物資を運んでくるというし、敵の内通者かもしれないよ」

「アマデウス!」

「いえ、警戒することは悪いことではありません。ここは特異点ですので、まずは疑念を抱くことも重要でしょう」

 

 その言葉に、同じ硝子の馬で後ろに乗ったルーソフィアさんを見る。横向きに座った彼女は、静かに黙していた。

 

 聖女マルタとの戦いの後、重複契約でぶっ倒れたことでしこたま怒られた時とは大違いだ。あの時はものすごく怖かった……

 

「ですが、今回に限っては心配をせずともよろしいでしょう」

「へえ……その根拠は?」

 

 そうモーツァルトさんが聞くと、ルーソフィアさんは少し考えてから答える。

 

「もしも、私の予想している人物ならば……」

 

 曰く、その人は力あるものによって虐げられる人々の為にこそ、その力を振るうもの。凄まじき高壁をよじ登った不屈の盗人。

 

 名うての盗賊として名を馳せ、〝義賊〟の誇りを持つ彼は、その腕によりバーサーカーの旅路を最後まで支え続けた一人らしい。

 

「へえ、すごい人なんだね」

「ええ……それに、もう一人のジャンヌ・ダルクの目的は徹底的な破壊。情報収集よりも、直接殲滅する方が手っ取り早いと考えるでしょう」

「それもそう、か……まあ、とにかく会ってみないとわからないかな。僕は僕の聞いた音しか信じない」

「それが賢明です」

 

 

 

 そんなこんなで話をしながら、硝子の馬に乗って移動すること二時間くらい。前方に砦が見えてきた。

 

 

 

「見えました、あれがリヨンです」

「ええ、ですが……」

 

 遠目から見ても、リヨンは完全に壊滅していた。もはやその街を守る壁さえも瓦礫の山と化している。

 

 近づいてみると、よりその無残さがわかった。積み上がる瓦礫が、どれだけの攻撃を受けたのかを物語っている。

 

 これでも、その剣を持ったサーヴァントが襲来したサーヴァントを抑えたお陰で死傷者はほとんどいなかったという。

 

「何度見ても、酷いですわね……」

「ふん、綺麗じゃないステージって嫌いよ」

「…………」

「ジャンヌ? お顔が暗いけれど大丈夫?」

「……ええ、なんとか」

「ドクター、生体反応はあるでしょうか?」

 

 マシュが問いかけるも、ドクターは答えなかった。あれ、とブレスレットを軽く小突くが反応しない。

 

 何回かタップしてホログラムを呼び出そうとしたけど、一向に繋がる気配はなかった。どうやら通信できないようだ。

 

「おや、不調かい?」

「そのようです……では、二手に分かれて龍殺しと、ついでにバーサーカーさんのお知り合いを探しましょう」

「まあ、いいアイデアね。それではちょうど八人いることですし、綺麗に分けましょう」

 

 話し合いの結果、東側から俺とマシュ、ジャンヌ、ルーソフィアさん。西側をマリーさんたち残りの四人が探すことになった。

 

 どちらかが見つけるか、あるいはどちらも成果がない場合でも二時間後にここで合流する約束をして別れる。

 

 そうして、市街の探索を始めたわけだが……どこもかしこも、戦いの爪痕が残っていた。

 

「全部、壊れてるね」

「どこもかしこも、徹底的に破壊されているようですね」

「おそらくは竜殺しのサーヴァントと、もう一人のジャンヌ様の放ったサーヴァントとの戦闘の余波でしょう」

 

 そう言うと、ジャンヌが暗い顔をした。あっ、この話題はまずかったか。

 

「ご、ごめんジャンヌ」

「……いえ。でも、どうしてもう一人の〝私〟は、あんなに美しかった街をこんなに……」

 

 思い悩む様子のジャンヌ。何度見ても、この光景をもう一人の自分がやったとは思いたくないのだろう。

 

 ごく普通の俺だってそうなんだから、ジャンヌの性格ならもっと悩む。それこそ、自分自身を疑うほどに。

 

「……俺は」

「……マスター?」

「俺は、違うと思う。あの黒いジャンヌと、今俺の前にいるジャンヌは」

 

 だから。そんな彼女のマスターになったなら、励ますくらいはしたっていいはずだ。たとえそれが、気休めでも。

 

「だって、本当に少しでも恨んでるならあんなことは言えない。きっとジャンヌは、本当に心の底から人を信じてる。そうだろ?」

「ありがとうございますマスター。でも……」

 

 

 

 

 

 ギャォオオオオオオ!

 

 

 

 

 

 ジャンヌが答えようとしたときだった。聞き覚えのある耳障りな咆哮に空を見上げれば、いつのまにかワイバーンが集まってきていた。

 

 それだけじゃない、廃墟の影やそこら辺の物陰から、たくさんのゾンビが出てきた。いわゆる生ける屍(リビングデッド)ってやつだ。

 

「くっ、やっぱ来たか!」

「敵性反応、多数!囲まれています!」

「あれは、元はこの街の人間たち……!なんて外道な……!」

「ジャンヌ様、迎撃できますか?」

「……はい!」

 

 マシュとジャンヌ背中合わせになって、間に俺とルーソフィアさんを挟むと迫りくるワイバーンとゾンビたちの軍団に迎撃を始めた。

 

 流石にこいつらの相手はもう慣れたので、冬木、カルデアの演習、そしてこの世界に来てからの実戦で鍛えた指揮で敵を処理していく。

 

 マシュと本来の力を取り戻したジャンヌは、いつものようにルーソフィアさんの支援も込みで次々と敵を蹴散らした。

 

「〜〜♪」

「はぁああっ!」

「セァッ!マスター、また後方から新手です!」

「流石に数が多くないか!?」

 

 街の中のモンスター全てが集まってきているのか、いくら倒せどキリがない。いくらなんでも無限には戦えないぞ!

 

 それでも、一瞬でも気を抜けば崩れる。必死に声を張り上げ、二人に指示を出しながら撤退を視野に入れ始めたとき。

 

 

 

 グルァアアア!

 

 

「きゃっ!」

「マシュ!?」

 

 少し奥まっていた場所まで行っていたマシュが、倒したはずが上半身だけで動き出したゾンビに足を掴まれた。

 

 結果、大楯を持つ腕から全身への体重移動に失敗してたたらを踏む。そこにワイバーンが空から殺到した。

 

「マシュ、危ないっ!」

「間に合ってください……!」

 

 手を伸ばし、ジャンヌが全力で走る。しかし追いつく直前に、ワイバーンの鋭い牙がマシュに襲いかかって──

 

 

 

 

 

 ヒュッ──バヂヂヂヂヂヂヂッ!!!

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 ギャァアアアアァアアアアァアアアアッ!?

 

 

 

 気がついたら、ワイバーンが全身に放電を纏って悲鳴を上げていた。突然の光景に、呆然としてしまう。

 

 そうしている間に放電は収まり、痙攣していたワイバーンは白目を向いて地に落ちた。そこでマシュがハッとして体制を整える。

 

「やぁっ!」

「ガッ!?」

 

 走り寄っていたゾンビを大楯で蹴散らして、ちょうど正気に戻ったジャンヌと一緒に戻ってきた。

 

 当然、後をゾンビとワイバーンが追いかけてくるが……また何かが投擲され、ワイバーンを放電が襲い、ゾンビを爆煙が蹴散らす。

 

「マシュ、平気!?」

「は、はい、何とか。それで、この援護はどこから……」

 

 謎の援護を恐れてか、魔物たちが近づいてこないのをいいことに辺りを見渡す。

 

 しかし、人影ひとつ見当たらない。一体何がどうなって……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こっちだよ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 不意に、声が聞こえた。それは外からじゃなくて、まるで頭の中に直接語りかけているかのような感じで。

 

 それにどこか、既知を感じた。あれは確か、そうだ……冬木で、バーサーカーがソウルを通じて語りかけてきたとき。

 

「っ!」

 

 そこまで考えて、もう一度周りを見渡す。マシュたちが武器を構えつつ、俺を不思議そうに見た。

 

 

 

《坊主、こっちだ》

 

 

 

 また、聞こえた。今度は何となくどこから聞こえてくるのかわかって、そちらの方向を向く。

 

 マシュたちの方に目線を戻すと、ふとルーソフィアさんが頷くのがわかった。この人も聞いたということは、やっぱり──

 

「マシュ、ジャンヌ、あっちだ!今のうちに突っ切っていこう!」

「藤丸様の意見に賛成です」

「え、ええ!?」

「マスター、ルーソフィアさん、どういうことですか!?」

「後で説明するから、早く!」

 

 困惑する二人だが、このまま戦ってもジリ貧なのは変わらないと思ったのだろう。武器を構え直し、言った方向に向かってくれる。

 

 謎の攻撃に怯んでいる魔物をたちを二人が蹴散らして、俺とルーソフィアさんはその後ろについて包囲を突破した。

 

 それから、脇目も振らずに走り続ける。後ろから聞こえる怪物たちの声に、背中にどっと冷や汗が噴き出た。

 

 〝そこ〟までの道筋は、心配せずとも時折脳裏に聞こえる声が示してくれた。しばらく離れた所の路地裏で止まり、崩れ落ちる。

 

「はぁっ、はぁっ……」

「ここまで、来れば、もう大丈夫、でしょうか」

「ふぅ、ふぅ、多分、ね」

「…………」

 

 俺たち三人が息を切らす中、そんなに呼吸の乱れていないルーソフィアさんは周囲を見る。さ、さすがは魔術の総本山の卒業者だ。

 

 

 

 

 

 ギィ…………

 

 

 

 

 

 少しして、息も整ったところで近くの扉が軋んだ音を立てて一人でに開いた。思わずビクッとしてしまう。

 

 少し待つが、何かが現れる様子はない。マシュたちとアイコンタクトを取り、頷き合うと扉に近づいた。

 

 ジャンヌが縁に手をかけ、一気に開いて旗を構える。だがやはり何も現れず、地下に続いていると思しき階段があるだけだった。

 

「私が先頭に。マスターとルーソフィアさん、しんがりにマシュの順でいきましょう」

「うん、よろしく頼む」

「了解しました」

「わかりました、しっかりと背後を守らせていただきます」

 

 隊列を組んで、階段を降りていく。

 

 中はかなり薄暗く、入口の扉を閉めるとより一層暗くなった。そんな中を慎重に、一段一段下へと降りていく。

 

 降れば降るほど、周りの雰囲気は薄気味悪くなっていった。どこからか聞こえる水の滴る音と、カサカサと虫が這う音が嫌に大きく響く。

 

 しばらくして、階段は終わった。代わりにひと回り横幅が大きくなった通路になり、道を知っているらしいジャンヌに先導してもらう。

 

「ジャンヌさん、この通路は……」

「この街の端に少し大きな砦があり、これはそこへの秘密の地下通路です。主に砦の関係者の避難用ですが……まさか残ってるなんて」

「やっぱりそういうのがあるんだ」

 

 こんな状況だというのに、少しだけワクワクしている自分がいる。仕方ないだろう、秘密のトンネルとか男なら好きなんだから。

 

「ええ、それに……直後に通ったものがいるようです」

 

 ルーソフィアさんが、道の端から何か光るものを拾った。そうして俺たちに見せてくる。

 

 それは、一見して普通の石。ただ見る角度によって七色に見える、少し不思議なものだった。

 

「この〝七色石〟はロスリックのものです。つまり……」

「バーサーカーさんの、知り合い……?」

 

 こくり、と頷くルーソフィアさん。俺たちは顔を見合わせ、今一度頷くと砦に向かって地下での移動を続けた。

 

 暗闇と緊張が体内時計を狂わせる中、かなりの時間を歩き続ける。それはまるで無限のように感じた。

 

 やがて、ジャンヌがピタリと足を止める。少し体をずらしてみると、道中いくつかあった七色石が梯子を照らしていた。

 

「ここです」

 

 最初に、ジャンヌが梯子を登る。次に俺が極力真正面を見て登り、ルーソフィアさん、マシュと続いた。

 

「よい、しょっと」

 

 一番上まで登り切って、ジャンヌは出口を塞いでいた板を開ける。急に光が差し込み、長時間暗闇になれた目を細めた。

 

 少しして光に目が慣れたところで、順番に穴から外に出る。すると、そこはどこかの建物の中だった。

 

「ここは、やはりリヨンの砦ですね」

「所々傷ついてるけど、崩れないかな」

「大丈夫です、いざと慣れば皆さんは私が守ります」

「ありがとね、マシュ」

 

 そんなことを話しながら、詳しく辺りの探索を行おうとしたところで。

 

 

 

 

 

 

 

「クヒヒッ、待ってたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 背後から、声が聞こえた。もはや反射的にマシュとジャンヌが戦闘態勢になり、バックステップでその後ろに回る。

 

 見ると、数メートル先の崩れた壁の瓦礫の上に、誰かがいた。差し込む日の光で影法師になっており、姿はよく見えない。

 

「貴方は一体何者ですか。私たちを呼んだ理由は?」

「返答次第によっては、峰打ちせざるを得ません」

「ハハハ、怖いね。だがこんな状況じゃあ仕方がないってもんだ」

 

 笑いながら、その人は軽やかな動きで瓦礫から飛び降りた。

 

「よっ、と……ふぅ。まだまだワシも捨てたもんじゃあないな」

 

 その人は、みすぼらしい格好をしていた。くさび帷子とボロい布を合わせたような衣服を身につけている。

 

 だが、何より印象的なのは──その頭部全体を覆う、()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

「この人、どこかで……?」

「先輩?どうかしましたか?」

 

 その人の姿に、どこか既視感を覚える。こんな姿の人は一度だって見たことないはずなのに、どうして見覚えが……?

 

「さて。まずは警戒を解くために、自己紹介をしよう」

 

 俺がその疑問の答えを出す前に、その人はこう名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝不死街のグレイラット〟、それがワシの名前さ。何の冗談か、英霊なんてのになってる。で、あんたら……あの()()()()()の仲間かい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【グレイラットの短剣】
伝説の大義賊、グレイラットの用いた短剣。
火の時代が終わって以降、彼は新たに生まれた人々のためにいかなる場所へも赴き、その腕前を発揮したという。
くだらない義賊の矜持は高じて人を救い、やがて矮小な彼を英雄の座に当て嵌めた。
彼はいつも、その最後の大仕事を英雄と共に行ったことを誇り高く語ったというが……






ダレないために巻きでいきましょう。とはいえ、無理やりすぎたか……?
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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王妃の決意

どうも、巨人墓場攻略しようとしたら三歩目で落下死した作者です。とりあえずイザリスから攻略。
色々捏ねた結果、最後の方はかなり文字数が増えると思いますが、どうぞお付き合いください。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

「では、そちらは今の所問題ないのですね?」

『ええ、なんとか持ちこたえています』

 

 とある街、貴賓用の客室の一室。そこでジャンヌは、事前に受け取った通信機越しにマシュと言葉を交わした。

 

 宙に浮かんだ半透明の四角の枠組みには今話しているマシュと、傍らに藤丸立香が映り込んでいる。

 

『現在、〝ジークフリート〟さんをルーソフィアさんとユリアさん、そして……グレイラットさんで看病しています』

「それは良かったです」

『俺も色々手伝いしてるけど、ルーソフィアさんに手痛い指摘をもらってばかりだよ』

「でも、そのおかげであの方は保っているのでしょう?せっかく救出したのです、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の御方がいなくなってしまっては悲しいわ」

「マリー」

 

 ジャンヌの両肩に手を置き、会話に乱入してきたマリーはウィンクした。ジャンヌとあちら側の者たちは苦笑する。

 

 

 

 

 

 現在、藤丸たちとジャンヌたちは別行動をとっていた。

 

 

 

 

 

 それは今しがた話題にも出た、リヨンで救出した竜殺しのサーヴァント……ジークフリートに理由が由来する。

 

 リヨンにて、グレイラットに遭遇した藤丸たちは彼に導かれ、セイバー〝ジークフリート〟と出会うことができた。

 

 しかし、ジークフリートは先のサーヴァントの襲撃においてその身に幾つかの呪いを受けており、酷く衰弱していた。

 

 その後すぐに火防女とグレイラットが異質なソウル……黒いジャンヌの存在を感じ、マリーたちと合流してすぐにリヨンから脱出。

 

 それから火防女の奇跡で最初の砦に帰り、元聖女兼医療スタッフである火防女と、呪いに詳しいユリアが治療にあたった。

 

 結果として、もともとグレイラットが看病していたこともあり、ジークフリートはなんとか持ち直したのだ。

 

 そして、今ジャンヌたちが何故別行動をとっているかというと……

 

『それにしても、順調に聖職者のサーヴァントが発見できて良かったです』

「はい、そうですね」

 

 笑顔で返しながら、ジャンヌは室内に設置されたソファを見た。

 

 そこに座っていた赤銅色の鎧の男が、たおやかに微笑みながら軽く礼をする。同じように軽く頭を下げるジャンヌたち。

 

「この〝ゲオルギウス〟、お力になれるのならいくらでも手を貸しましょう。未来から来たマスターとその仲間たちよ」

『はい、助かります』

 

 笑う藤丸に、ゲオルギウスと名乗った男は頼もしい笑みを浮かべた。

 

 サーヴァントライダー、ゲオルギウス。聖ジョージの名で名高い聖人たる彼もまた、このオルレアンに召喚された英霊の一人。

 

 そして、彼こそがジャンヌたちがこの街にいる理由だった。というのも、ジークフリートの呪いを解くためだ。

 

 火防女の奇跡では外傷を癒すのみ、ユリアの持つ〝解呪石〟で進行は抑えられるものの、ジャンヌ一人では解呪には至らなかった。

 

 そのため、ドラサーヴァンツ(清姫、エリザベート)からの情報でゲオルギウスを探し求め、二日かけてこのモンリュソンに来たのである。

 

『それでは、明日の正午にこの砦で合流の予定に変更はないということで』

『道中、気をつけてね。ジャンヌ、マリーさん』

「はい。必ず彼と共に、全員で帰還します」

「ボンジュール、フジマルくん♪」

 

 その応酬を最後に、通信を切った。魔術具を机に置いたジャンヌは、そのままぼうっと正面の窓の外を見やる。

 

 その向こうには、ゲオルギウスの存在を察知したワイバーンたちによる度重なる襲撃に、避難の準備を進める住人たちの姿。

 

「すごいですわね。いつの時代にも、必ず理不尽に抗う弾劾者たちがいる。そんな民たちが、時代を紡いできた」

「……でも、この理不尽は必然ではない」

「……ジャンヌ。貴女はまだ悩んでいるのね」

 

 ジャンヌの重苦しい口調に、軽々しい話ではないと察したゲオルギウスは席を立つとごく自然に部屋を後にした。

 

 残ったマリーは、己が憧れた少女の気難しい横顔を見つめる。そこにはやはり、拭いされぬ迷いが浮かんでいた。

 

「わからない。どれだけ考えても、本当に身に覚えが一つもないのです。なのに現実は、こうして人々を苦しめるもう一人の私がいる」

 

 ああ、確かにあの少年は違うと、別物であると否定してくれた。

 

 でもそうではないのだ。ジャンヌは違う違わない以前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「……うん。やっぱりジャンヌは綺麗よね」

「え?」

 

 そんな彼女に対する、王妃の答えは肯定でも、否定でもなく。ただ思った心を口にすることだった。

 

「ま、マリー?何故そのようなことを?だって私は……」

「だって私なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「え──」

「ああ、勘違いしないでね。私は私を殺した民を憎んでない。それは9割の確証を持って言えるわ」

 

 でもね、とマリーは困ったように笑って。

 

「残り1割。もしかしたらだけど──私は、私の子供(シャルル)を殺した人たちを憎んだわ」

「マリー……」

 

 それは、当然の感情だった。

 

 彼女──マリー・アントワネット王妃は、心の底からフランスという国を、そこに住う人々を最後の瞬間まで愛した。

 

 あるいは、フランスという国そのものも彼女を愛していた。けれどそれ故か、愛憎という言葉のとおりに彼女は憎まれ殺された。

 

 ああ、彼女はそれでよかった。だって本気で愛してたから。だから、愛する祖国のためならば王族として死ぬのは惜しくない。

 

あの子(シャルル)は違うわ。あの子は何も知らぬ幼子のまま死んでいった。だからね、もし目の前にそういう〝私〟が現れたらこう思うの。『ああ、私はそっち側の私なんだ』、って」

 

 子を殺した国を憎み、千年の戦乱と呪いを渇望したもう一人の〝マリー・アントワネット〟の可能性を、マリーは肯定する。

 

 けれど、()()()()()マリーは心の底から、フランスと同じくらいにジャンヌ・ダルクが好きなのだ。

 

「でも、貴女は違う。だって貴女……人が好きなんでしょう?」

「……ええ、大好きです。だからこそ、恨めるはずもなかった」

「うふふっ!」

「きゃっ!?」

 

 儚い微笑で言うジャンヌの両手を取り、マリーは力一杯振り回した。悲鳴を上げ、椅子から浮き上がるジャンヌ。

 

 それから独楽のようにくるくると周り、マリーはジャンヌを抱き締めるような形でソファに着陸する。

 

「ああ、私がこっちの〝私〟で良かった!こんな貴女とお友達になれたんですもの!」

「マリー……ごめんなさい」

「ノンノン、そう言う時はありがとう、よ!」

 

 むーと膨れたマリーに、ジャンヌは苦笑して感謝しようとして。

 

 

 

 

 

 ──ゾッ。

 

 

 

 

 

「……っ!?」

 

 その瞬間、何かを感じて顔を上げた。

 

「? いきなりどうしたの、ジャンヌ」

「マリー、少し失礼します」

「あらっ」

 

 訝しむマリーの肩を優しく引き離し、ジャンヌは窓に駆け寄ると勢いよく開く。そして空の遥か遠くを射抜くように凝視した。

 

「この気配──〝竜の魔女〟!」

 

 ああ、なんという不幸だろう。半分ほど復活したルーラーの権能は遥か遠く、この街に近づく邪悪な気配を感じてしまった。

 

 それまで緩んでいた室内の空気が、一気に引き締まる。程なくして見張りが何かを遠眼鏡で見たのか、にわかに街も騒がしくなった。

 

「ジャンヌ殿!マリー殿!この街に多数のワイバーンが迫っていると伝令が!」

「なんですって!?」

 

 そこで部屋に飛び込むようにゲオルギウスが入ってくる。ジャンヌは振り返った顔を空へ戻した。

 

 すると、確かにサーヴァントを以てしても霞んで見えるほどの距離に、夥しい数の黒点が見える。ワイバーンの群れだ。

 

 さらに悪いことに、そのワイバーンの群れの下……地上に、サーヴァントの反応が一つあった。

 

「ゲオルギウス、撤退を!あの数のワイバーンにサーヴァント、更に〝竜の魔女〟の私がいては太刀打ちできません!」

「……できません」

 

 何故、と問おうとしてジャンヌはそれに気付いた。そうするとゆっくりと窓の外、今度は下を見やる。

 

 街道は、先ほどとは比べものにならないほど慌ただしく避難の準備をする民で溢れかえっていた。

 

「今、私たちがここを離れれば彼らは死ぬ。私はこの街の市長から彼らの守護を任されている。それは決して見過ごせない」

「っ、でも残れば……!」

「ええ、死ぬでしょうね」

 

 くっと歯噛みするジャンヌ。ここでゲオルギウスが死ねば、ジークフリートは復活できずあの邪竜を倒す手段がない。

 

 しかし、ジャンヌだってこの街の市民を見捨てることなどできない。それでもどちらかを選択しなければ共倒れだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あら。なら、私たちのうち誰か一人が残れば良いではないですか」

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 どうすれば良いのか必死に思案するジャンヌと、難しい顔のゲオルギウスにそんな言葉が投げかけられたのは。

 

 ゆっくりと、二人はそちらを向く。するとそこには、無垢な表情でパタパタとソファに足をぶつけるマリーがいる。

 

「ジャンヌとゲオルギウス様はあの方を治さないといけないし……うん、そうなると必然的に私が残ることになるわね」

「まっ、待ってくださいマリーっ!それなら私だって一緒に戦います!」

 

 駆け寄り、震える両手で肩を掴むジャンヌ。その目には年相応とも言える、友を失う悲しみが現れていた。

 

 そんなジャンヌに……マリーは微笑みながら首を振る。そして、悲痛に歪んだジャンヌの頬に手を添えた。

 

「ノン、ダメよジャンヌ。貴女は貴女のすべきことをしなければ。それにきっと、私はこういう時のために呼ばれたの。敵を倒すのではなく、人々を守るときのために……」

「でも、でもっ……!」

 

 それでもなお、食い下がるジャンヌ。自分でも何故ここまでするのか分からないほどに、その決定を拒む。

 

 ある意味当たり前の反応だった。生前の彼女は神の啓示を信じ、その旗のもとひたすらに戦争を駆け抜けていた。

 

 故に、同じ志を持つ同士はいてもここまで気を許せる〝友達〟など一人もなく。ある意味、マリーがはじめての友人なのだ。

 

 そんな相手がいなくなることを、どうして受け入れられる。たとえ本人が納得していたとしても、それでも……

 

「……ああ。嬉しいわ、ジャンヌ。貴女にそこまで思ってもらえて。貴女と友達になれて、本当に良かった」

「マリー……!」

「ねえ、ジャンヌ。私たちは戦ったわ。宮廷と戦場、それぞれ場所は違えども過酷な戦いを潜り抜けた」

 

 最初に、マリー・アントワネットがジャンヌ・ダルクを知った時。その時最初に感じたのは憧れだった。

 

 マリー基準で言えば、おおよそ三百年前の人物であるジャンヌ・ダルクはこのフランスの、祖国のために身を捧げた。

 

 それはまるで、この国に尽くす王族たる自分のように。戦火と陰謀、囲むものは違えど少女の身で自分たちは戦い抜いた。

 

「こんなすごい女の子が三百年前にいたんだって、そう思った。そんな貴女と友達になれたことは、私の誇りです」

「ま、りー……」

「だから、お願い。ここはこらえて見送って?それが女友達の心意気でしょう?」

 

 そう言って、マリーはジャンヌを抱きしめる。その手つきはまるで彼女が自分の息子にそうしたように、慈しみに満ちていて。

 

 そこから感じ取れる信頼に、決意に、ジャンヌはくっと嗚咽を堪えた。その為に歪んだ目尻から、一筋の涙が溢れる。

 

 迷い、迷い、迷う。このフランスに現界してからずっと彼女がそうしてきたように、悩んで悩んで、悩み抜いて。

 

 

 

 

 

「……待って、ますから」

 

 

 

 

 

 出した答えは、未来への期待だった。

 

「待ってますから、また会いましょう……約束ですよ、マリー」

「ええ、約束よジャンヌ。この街の人々を守り、必ず貴方達に追いつくわ」

 

 マリーが腕を緩め、ジャンヌは頭を上げ彼女の顔を見上げる。そして、微笑み合って約束を交わした。

 

 ひとしきり言葉を交わし、ジャンヌと離れたマリーは重々しい顔をして直立していたゲオルギウスに向き直る。

 

「さあ、それではゲオルギウス様。民の先導と、私の友達をお願いしますわ」

「……すみません、マリー殿」

「いいのです。さ、早く」

 

 ゲオルギウスは頷き、ジャンヌを促して部屋を出て行った。

 

 部屋を後にする時、ジャンヌは最後に振り返る。マリーは微笑んで手を振った。

 

 ジャンヌも手を振り返して、そして扉は閉まった。後は、マリーただ一人だけ。

 

「……ふぅ。ごめんなさいねアマデウス。貴方のピアノを聴く約束も、守れそうにないわ」

 

 誰にも聞こえないような声でそう呟き、脳裏に飄々とした笑みを浮かべるアマデウスを描くマリー。

 

 それから程なくして、よしっと自分に気合を入れたマリーは窓の外に目を移した。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、最後のパレードへと参りましょう」

 




次回、「硝子の王妃に祝福を」

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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硝子の王妃に祝福を

対サンソン戦、レディ!
楽しんでいただけると嬉しいです。
あ、こっから色々詰めなきゃいけないんで文字数が倍増しますが、どうかご勘弁ください。


 ジャンヌたちと会話を交わしてから、三十分後。

 

「さて、どれほど来るのかしら」

 

 マリーは一人、モンリュソンの町の正面門で迫りくるワイバーンとサーヴァントを待ち構えていた。

 

 周りには誰もいない。見張り台に兵すら一人もおらず、避難しようとしている市民の誘導を行っているのだ。

 

 それでいい、とマリーは微笑む。彼らは彼らのやるべきことを。そして私は、私のやるべきことを為しましょう。

 

 その思いは、いつかの革命の最後に似ている。新しき時代の光に目が眩んだ民衆を、断頭台から見下ろした時に。

 

「ああ、でも今日は一人も見てくださる方がいないのね。それは少し悲しいわ」

 

 サーヴァントとしての自分の一世一代の大パレード、見届ける者の一人もいたのなら、それはそれで嬉しいのに。

 

 けれど、誰も立ち止まりは、戻りはしない。それが彼女の選んだ道だ。最後まで一人で散る覚悟こそが……

 

「あら、お客様が来ましたわね」

 

 いよいよはっきりと視認できるほどに近くに来たワイバーンたちに、マリーは硝子の椅子から立ち上がった。

 

 パリン、と後ろで椅子が砕ける音を聞きながら、ワイバーンの大群が引き起こす砂煙に目をやるマリー。

 

 その向こうから、足音がする。宮廷でありとあらゆる陰謀と策略を見聞きした彼女の耳が、それをはっきりと捉えた。

 

 ゆっくり、ゆっくりと近づいてくるのは地を踏み締める音、そして重たい金属のような何かを引きずる音の二重奏。

 

 いよいよ、土煙に影が映り込む。間を置くことなく、影は土煙を突き破って姿を表して──

 

「──まあ。なんて偶然なんでしょう。まさか、貴方が来るなんて」

 

 その人物に、マリーは驚いた。宝石のような目を見開き、予想外の人物の襲来に息を呑む。

 

「ああ、僕も嬉しいよ。このようにまた君と相見えることができようとは。心が震える思いだ、白雪の如き()()()()()()()

 

 そんなマリーに全身血で濡れそぼったその男は白い髪を揺らし、いっそ美しいほどに凄惨な笑みを浮かべて答える。

 

 装飾の施された黒いコートは返り血で染まり、手に持つ両刃の処刑剣からは真紅の鮮血が滴り落ちる。

 

 ああ、一目で分かってしまう。彼が──()()()()()()()()()()()()が、殺人者になったことを。

 

「その格好、もう何人も殺してしまったのね。シャルル=アンリ・サンソン、気怠い職人さん」

「失礼を……だが許してくれ、これは全て貴女のためなのだ」

「あら、随分と血生臭いプロポーズだわ」

 

 あくまで冗談じみた返しをするマリーにサンソンは笑い、その手に握った処刑剣を振り上げる。

 

「人の命とは尊いものだ。だからこそ僕たち処刑人は最大の敬意を払い、罪の清算以上の苦しみ(ばつ)を感じさせないように首を落とす」

「ええ、知っています。貴女は残酷で冷徹な非人間だったけど、いつだって処刑する人々の安らぎを願っていたわ」

「ご理解いただき、光栄の至り……だからこそ僕は、その先を求めた」

 

 痛みを与えぬ終わり、それを実行できることこそが〝良い処刑人〟の大前提。ならば、その先には一体何があるのか。

 

 だからシャルル=アンリ・サンソンは考えた。処刑人の家に生まれ、処刑のことを教えその職を全うした処刑者は模索した。

 

「その結果辿り着いたのは──快楽だよ。その瞬間、()()()()()()()()()()()()

「まあ……冷たい処刑台とは無縁そうなものだけれど」

「確かにそう思うのも仕方がない……でも、僕はそれを心がけ斬首をしてきた。そして生涯最高の一振りが、君に向けた斬首(くちづけ)だった!」

 

 狂気の滲んだ笑みを浮かべたサンソンは、演説をするために振り上げる腕のように掲げていた処刑剣を下ろした。

 

 来る、とマリーは悟る。決してサンソンから目を離さずに、小さく歌の魔術を口ずさんで硝子の盾を呼び出した。

 

「ああマリー、だから僕はどうしてもあなたにもう一度会って聞いてみたかったんだ」

「…………っ!」

「僕の断頭は〝どう〟だった? 」

 

 それは、あまりにおぞましい質問だった。口に出すのも憚られるような、死者ゆえの質問。

 

「君!!最後に「絶頂」を迎えてくれたかい!?」

 

 サンソンが叫び、ぐんと体を前傾姿勢にした。次の瞬間、マリー目掛けて一直線に突進してくる。

 

 盾を体の前面に構えた瞬間、激震。極厚の処刑剣が硝子の盾をいとも容易く粉砕し、マリーは咄嗟に後ろに飛ぶ。

 

 しかし、間に合わず脇腹を処刑剣の湾曲した刃先がかすめる。たったそれだけでドレスは破け、柔肌を食い破って鮮血が飛び散った。

 

「あっ!」

「あまり動かないでくれ。苦しませたくはないから、ねっ!」

「くっ!」

 

 地を蹴って処刑剣を振り上げるサンソンに、マリーは痛みを堪えながら歌唱魔術を展開。サンソンに直撃させる。

 

 しかし、ある程度のダメージは与えたものの大部分が剣で弾かれ、後方のワイバーンに飛び火して二、三十匹ほど弾き落とした。

 

 それから、一方的な処刑(たたかい)が始まった。近づき、首を落とさんとするサンソンからマリーは逃げるように応戦する。

 

「待ってくれ!そうしないと首を落とせないじゃあないか!」

「昔のあなたならともかく、お断りするわ!」

 

 執拗に首を狙い攻撃してくるサンソンに、マリーは魔術による衝撃波や硝子の盾などでなるべく距離を取る。

 

 マリーは元々、全く戦闘向きのサーヴァントではない。彼女は確かに強い女性だったが、それは心においての視点だ。

 

 サーヴァントになったことで、辛うじて歌声を攻撃に昇華できるようになった、ただそれだけの話なのだ。

 

 よって、何十、何百と人の首を切り落とし、その術を極めたサンソンに接近されたが最後、確実に〝終わる〟。

 

 故に、ここで一人しんがりをすることを申し出た時点で、マリーが敗北する確率は濃厚だった。

 

 だが……

 

「ふっ!」

「ぐっ!?」

 

 6度、サンソンは処刑剣を振り下ろす。しかしまるでタイミングが分かっていたように踏み出した足に魔術がぶつけられる。

 

 一瞬止まる足。その隙にマリーはまた、その刃が届かない場所まで逃げ去る。サンソンは悔しげに歯噛みした。

 

 しかし次こそはと処刑剣の柄を握り締め、狂化によって強靭になった膂力で肉薄すると下から剣を首に振るう。

 

「はぁっ!」

「なっ!?」

 

 けれど、またかわされた。

 

 斜めにされた硝子の盾が刃をそらし、首を狙ったはずの剣は伸ばした細腕をかすめるにとどまる。

 

 それから、サンソンの剣は空振り続けた。いくら速く振るっても、力を込めて振り下ろそうと、マリーを斬れない。

 

「何故届かない!?」

「残念だけど、今の貴方に斬られてあげるわけにはいかないのっ!」

 

 十七度目の一閃。それは硝子の盾に挟み込むように止められ、更にサンソンの足元で硝子の薔薇が咲いたかと思うと砕け散った。

 

 その衝撃でよろめくサンソンに、何度目かの歌唱魔術が襲い掛かった。辛うじて剣で防ぎ、サンソンは飛び退く。

 

「くっ、はぁ、はぁ……!」

「何故だ、何故だ何故だ何故だ!?」

 

 何故、この剣は届かない。現にああして体の至る所に傷をつけて追い詰めているのに、(そこ)にだけは擦りもしない。

 

「あの時から何人も殺した!生きていた頃より何倍も強くなった!貴女をもう一度殺せるだけの力があるはずなのに!」

 

 それは本当だ。彼は幾人も殺し、その魂を食らうことで生前よりも何倍、何十倍という能力を手に入れた。

 

 しかし、実際はマリー・アントワネットの首はまだ胴の上にある。それは許されざることのはずなのに。

 

 激しく困惑するサンソン。それが狂化で歪められた〝マリー・アントワネットの首を斬る〟という願望と混ざり、濁っていく。

 

「僕が、僕だけが貴女の首を切れるはずなんだ!なのに、どうして……!」

「……哀しいわね、シャルル=アンリ・サンソン。そんなだから貴方は私を殺せないの」

 

 そんなサンソンを見て、マリーは手を下ろして語りかけた。サンソンは屈辱に顔を歪めていた顔をあげる。

 

 酷いその顔にマリーは悲しげに微笑み、話し始める。サンソンの攻撃により伝えることを封じられた言葉を。

 

「確かに、今のあなたはとても強いわ。私では敵わない」

 

 サーヴァントの性能という点ならば、マリー・アントワネットはシャルル=アンリ・サンソンに遠く及ばない。

 

 それはマリー自身が誰よりも自覚していた。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ええ、私では勝てないでしょう。()()()()()()()()()

「君は、なにを……?」

 

 わからない。サンソンはマリーが何を言っているのかわからなかった。

 

 あるいは……あえて、知ろうとしなかったのか。

 

「貴方はもう処刑人じゃない……ただの殺人者よ」

「なっ!?」

「だって人を殺すのと、処刑するのは違うでしょう?あなたは素晴らしい処刑人だった。罪人を決して蔑まず、彼らが苦しまぬようギロチンだって発明した」

 

 それなのに、とマリーは悲しげに目を伏せて。

 

「でも、今のあなたは違う。この間違ったフランスで多くの人を殺して、殺す技術を磨いてきた」

「そうだ、だからこそ僕は……!」

「けれど、その方法を巧くしていくごとに──処刑人としてのあなたの刃は、本当に錆び付いてしまったわ」

「な、ァッッ!!!??」

 

 衝撃だった。生前、彼女の首を切れと民衆に言われた時でさえも及ばないほどのショックが、サンソンを襲う。

 

 ゆっくりと顔を下げ、血濡れの処刑剣を握る自分の手を見下ろす。この腕は、とっくに錆び付いたというのか?

 

 

 

 

 

「違うッ!!!」

 

 

 

 

 

 そんなこと聞き入れるものかと、サンソンは叫び立ち上がる。その怒りが、はたまた悲しみに反応して宝具が展開した。

 

「違う違う違うッ!!そんなはずはない!!!!!」

 

 彼の背後に巨大な黒い門が現れる。不気味な音を立てて開いた両開きの扉の奥から、黒光する断頭台が現れた。

 

 

 

「〝死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)〟ッ!!!」

 

 

 

 宝具名を叫び、サンソンが本格的に起動した。すると、断頭台に縛りつけようとマリーめがけて無数の腕が迫る。

 

「もうっ、聞き分けのない人ね!」

 

 彼女は腕を振り上げて盾を構え直し、その手から逃れ始めた。

 

 宝具名を叫び、サンソンはその真名を解放した。すると、断頭台に縛りつけようとマリーめがけて無数の腕が迫る。

 

(あの手に捕まったら最後、引きずろされてギロチンを落とされる……!)

 

 〝死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)〟。それは生涯を処刑に捧げたシャルル=アンリ・サンソンを象徴する宝具。

 

 そして、〝王妃の首を切り落とした男〟として歴史に名を残しているという意味において、マリー限定の特攻宝具だった。

 

(ああ……二度目だっていうのに怖いわ。とても怖い…………!)

 

 誰よりその瞬間の恐ろしさを知る霊核の奥に刻まれた恐怖が、マリーの全身を蝕む。

 

 忘れようはずもない、自分の首に当てられた冷たい感触。迫る手、その全てが断頭の刃に思えてくる。

 

 だから硝子の馬を使って、空高くまで逃げた。それでも手は追ってきて、マリーはグッと歯噛みする。

 

「…………!!」

 

 その時だった。町の後門、もうかなり後が少ない避難者の列。その1人に抱えられた、子供と目が合ったのは。

 

 じっと自分を見つめる無垢な瞳に、マリーはとっさに笑って手を振るう。

 

「──!」

 

 すると、子供も無邪気に笑って振り返してくれた。その顔に、マリーはぐっと表情を引き締める。

 

(まだ、あの時と違って私は必要とされている……!)

 

 

 ギャォオオオオオオ!

 

 

「邪魔よ!」

 

 サンソンと戦いながら数を減らし、もはやほとんど残っていないワイバーンを蹴散らしながらマリーは降下する。

 

 全員の避難が完了するまでは、逃げようにも逃げられない。マリーは地に降りて、戦う覚悟をした。

 

 幸いというべきか、宝具の主であるサンソンが錯乱しているためかそこまで手の軌道は正確ではない。

 

 ならば、そこに付け入る隙がある。マリーは手の軌道を慎重に見極めて、そのわずかな隙間を探した。

 

 逃げて、探して、当たりそうになった手を盾で相殺して、また逃げて、探して……

 

「見つけた……っ!」

 

 そして、見出した。

 

 ならば後はサンソンめがけてそこを通るだけ、マリーは自らの身に秘められたその宝具を瞬時に解放する。

 

「〝さんざめく花のように、陽のように。咲き誇るのよ、踊り続けるの!〟」

 

 魔力が満ち、大地に硝子の花園が咲き誇る。空高くを目指して広がった薔薇は、絶妙に黒い手の侵攻を阻んだ。

 

 開かれた道を、マリーは硝子の馬に乗って駆ける。サンソンに、あの自分に執着した可哀想な処刑人のもとへと。

 

 

 

 

 

「〝百合の王冠に栄光あれ(ギロチンブレイカー)〟!」

 

 

 

 

 

 マリーの魔力の大部分を行使した特攻は、果たして背後から迫りくる黒い手を振り切りサンソンに到達する。

 

 そして、瞠目して無防備に突っ立っていたサンソンのその左腕を、頭突きで根本から抉り取って走り抜けた。 

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 三メートル、五メートル。そこでようやく馬は止まって、荒い息を吐きながらマリーは振り返る。

 

 サンソンは、大きく左半身をのけぞらせた体制のまま停止していた。その向こう側で、硝子の花園と巨大なギロチンが消えてゆく。

 

 

 

 

 

 マリー・アントワネットは、シャルル=アンリ・サンソンに勝ったのだ。

 

 

 

 

 

 ほっと胸を撫で下ろしたマリーは馬から降りて、跪いたサンソンに近づいていく。

 

「……サンソン」

「……ら……と……ったんだ」

 

 何かをサンソンが呟いた。あまりに小さなそれに、マリーは首を傾げて耳を傾ける。

 

「ずっと……君に会えると信じてた……だから腕を磨き続けた……だって、そうすれば……」

 

 そうすれば、僕はとサンソンは一拍置いて。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……っ!」

「もっと巧く首を刎ねて、もっともっと最高の瞬間を与えられたのなら。それならって……」

「……もう、本当に馬鹿な人ね」

 

 うわ事のように呟くサンソンに、マリーは呆れたように笑いながら歩み寄る。

 

 そしてそっと、背中から抱きしめた。優しい手つきに、俯いたサンソンの目が見開かれる。

 

「哀れで、でも可愛い人」

「マリー……」

「私は、あなたを恨んでいない。初めから私に許される必要なんてないのよ、サンソン」

「──ッ!!!」

 

 また、目を見開いた。

 

 今度はその瞳に、涙が溜まっていく。それは屈辱からでも、悲しみからでもない……安堵の涙。

 

 ずっと、生きていた時から後悔していた。もう一度会えたのなら、せめて自分にできる方法で謝りたかった。

 

 それが今、無駄だと知って。狂った心に、安寧が訪れた。たとえ泡沫の夢だとしても、それでも自分は許されたのだ。

 

「──ありがとう、マリー」

 

 涙を見せないよう、空を見上げてサンソンは言う。それにマリーも返そうとして──

 

 

 

 

 

「──〝令呪をもって命ずる。バーサーク・アサシンよ、我が城に戻れ〟」

 

 

 

 

 

 その前に、背後から聞こえた冷たい声により掻き消えた。

 

 忽然とサンソンの体が消え、マリーは呆けた。しかしそれも一瞬のこと、背後にいる気配の主に話しかける。

 

「あら、随分と遅い到着でしたのね〝竜の魔女〟」

「ええまあ」

 

 マリーの問いに黒い鎧の少女──黒いジャンヌ・ダルクは面倒そうに返し、ルーラーの力で街の中を探った。

 

「……もう1人の私は逃げましたか。なんて無様な」

「いいえ、違うわ。彼女は()()を持っていったのよ」

「──ハッ、馬鹿馬鹿しい。たかがサーヴァント一匹、どうだというのです」

 

 たとえ弱小なサーヴァントが一人増えたところで、彼女の背後に控える邪竜……()()()()()()さえいればどうとでもなる。

 

 そんな嘲笑とともに言うが、振り返るマリーは微笑むばかり。ジャンヌの苛立ちは増し、ならばと別の角度から攻めた。

 

「馬鹿馬鹿しいついでに、貴方が残っていることもくだらないわ。仲間を守り民を守るなんて、よくもそんなくだらない使命に酔いしれられるものです」

「あら、中々悪くないですのよ?」

「よくもまあ、そんなことを言えたものですね。他ならぬ守ろうとした民たちに殺された貴方が!ギロチンにかけられ、嘲笑ともに首を刎ねられた女が!」

「そうね、そうかもしれないわ」

 

 叫ぶジャンヌ・ダルクに、マリーはもう一人のジャンヌと話したときのことを思い出した。

 

 ああ、確かに理解できる。彼女はその憎しみも怒りも十分にわかるとも。だが、だからこそ──

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………は?」

「確かに私は処刑された。嘲笑も、蔑みもあった。でも、だからといって殺し返す理由にはなりません」

 

 人に乞われて上に立つものが王族だというのならば、また乞う人がいないものは王族にすらなりえない。

 

 ならば、乞われて王妃になった自分にとって、あの最後は当然の帰結だったのだ。そう、マリーは納得している。

 

「求められて王妃になって、そして必要とされなくなったから私自身が望まなくても退場する。それが国に使える人間の運命。私の処刑は意味あるものだったと信じている」

 

 先ほど、自分に向けて微笑んでくれたあの子供のように。この首が落ちたことでつながる未来があるのなら、喜んで受け入れよう。

 

「いつだってフランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)!星は輝きを与えて、それでよしとすればいい」

「貴様…………!」

「そして今ので確信したわ、()()()()

 

 振り上げていた手を下ろして、マリーは真っ直ぐに黒いジャンヌの金眼を見つめて。

 

()()()()()()()()()()?」

「黙れェッ!」

 

 あの男にも問われた質問、そして自分がジルに対して問いかけてしまう程に揺らいだ言葉。それを言われて激昂する。

 

 主人の怒りに反応して、ファヴニールがその顎門を開いた。町に狙いを定め、紫色の獄炎を吐かんとする。

 

 

 

 

 

()()()()()()、〝愛すべき輝きは永遠に(クリスタル・パレス)〟────!!」

 

 

 

 

 

 しかし、せっかく守ったものを破壊されるのをみすみす見逃すマリーではない。会話を交わしながら展開していた宝具を今、解き放つ。

 

 すると、轟音を立てて地面から花園などとは比べものならない硝子の城壁が姿を現した。それは街を覆い、半透明の結界を張る。

 

「二つ目の宝具……結界型の宝具ですって!?」

「あなたにこの街は壊させません。ねえ竜の魔女さん、私のパレード(花道)に付き合って?」

「貴様!マスターの魔力供給もなしで短時間に宝具を連続使用して、どうなるかわかった上で………………!」

 

 力強く微笑むマリー。そこまでして人を守らんとする気高き王妃に、黒いジャンヌの怒りは最高潮に達した。

 

 もはや、街を滅ぼすなどどうでもよい。今はただ、この憎たらしい王妃を消し済みにしなくては気が済まない────!

 

「死ね、滑稽なる硝子の王妃──────!」

 

 

 

 

 

 ゴァアアアアアアアアッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 そして、圧倒的な〝死〟が解き放たれる。

 

 マリーは決して、その炎から目を離さない。逸らさない。かつて断頭台から見た、群衆たちのように。

 

 その身からは既に、光の粒子が立ち上っていた。それでも最後まで微笑みながら、人々を守る硝子の城を張り続ける。

 

「……さよならジャンヌ。あなたに出会えてよかった。フランスを救った聖女の、いいえ、()()の手助けができるなら、私は喜んで輝き、散りましょう」

 

 その胸に、誇りをもって。もう一人の自分に似た()()に抗う少女と、その隣を行く少年たちに勝利の光を。

 

 私は硝子。人々の心を移し取り、それをまた人々に返して伝えるもの。ほら、あなたはこんなに笑ってるよって。

 

「だから、星のように、花のように、泡沫の夢のように」

 

 だって、それが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが、マリー・アントワネットの生き方だから──────────!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後まで笑顔のままで、王妃は硝子の城とともに炎に飲み込まれた。

 

 斯くして邪竜の炎は全てを飲み込み、硝子の城は粉々に砕け散った。後には何もない。

 

 街は滅び、炎が消えた後に残された命は、魔女と邪竜の命。たったそれ二つのみ。

 

 だが、見るがいい。瓦礫の山があるが、そこには一滴の血も、涙も流れてはいない。そして、失われた命も()()()()()

 

 その代わりに……

 

 

 

「……まさか」

 

 

 

 目を見開くジャンヌの目の前、数分前までマリーが立っていた場所には──()()()()()()()()()()()()だけが残っていた。




読んでいただき、ありがとうございます。 
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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マシュの疑問

すみません、イベントやってて金曜は更新できませんでした。そして星狩りに立て続けに低評価が来て昨日は最悪の悪夢を見ました。
それはともかく、今回はマシュの回です。自信?ない。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 ジャンヌさんたちが、砦に帰還した。

 

 

 共にやってきたゲオルギウスさんと共同した洗礼詠唱により、ジークフリートさんの呪いは無事に解呪しました。

 

 その後、避難民の誘導をするためにゲオルギウスさんは一度砦から離れ、どこか安全な街へと旅立ちました。

 

 一方、私たちは十分な休息を取った後、ジークフリートさんが完全に回復次第オルレアンへ進撃することを決定したのですが……

 

 

 

「マスターの様子がおかしい、ですか?」

「はい……」

 

 

 

 砦の一室、私の言葉を聞いたジャンヌさんは難しげな表情をします。

 

 それは、他にもテーブルを囲むエリザベートさんと、清姫さんも同じでした。三者三様に、思うところがあるようです。

 

 理由は明確。帰ってきたジャンヌさんの沈んだ表情と、マリーさんの姿が見えないことに一瞬で察しました。

 

「ここ数日、ずっと思い詰めているというか……」

 

 マリーさんが、ジャンヌさんたちを逃すための囮になって亡くなった。

 

 実際にジャンヌさんからその事実を聞いて、先輩は激しく動揺していたのです。それから少し、様子がおかしくなりました。

 

 ここ数日の間、先輩は一見普通にしているように見えるけれど、ふときた時に苦しげな表情になることがあります。

 

「表面上は、特に変わったことはないのです。でも、何かを押し殺しているように見えて……」

「マシュ……」

「だから、皆さんにお伺いしたいです。先輩に立ち直っていただくには、どうしたら良いのでしょう?」

 

 先輩がマリーさんの死を引きずっていることは、なんとなく理解できる。今日も近くの河原に一人で行ってしまいました。

 

 でも私には、それをどうしたらいつもの状態に戻っていただけるのかが、皆目見当もつきませんでした。

 

 だからこそ、こうしてジャンヌさんたちに問いかけに来た。見たところ、いつもの様子のこの方達なら……

 

「そうですね、私には全然わかりません」

「……え?」

 

 でも、ジャンヌさんの答えは期待していたものとは正反対でした。思い悩み、俯いていた顔を上げて彼女を見る。

 

 ジャンヌさんの目には、言いようのない哀しさのようなものが浮かんでいた。それを表すように、口には儚い笑みも。

 

 それは、他のお二方も同じで。いつもは元気いっぱいなエリザベートさんでさえ、私に同じ目を向けています。

 

「私たちも、立ち直れたわけではないんですよ?」

「え、で、でも、皆さんはもう納得したように見えて」

「バカね、あんた。それは見せてないだけ、単なる乙女の意地ってやつよ。アイドルが沈んでたら観客も盛り上がらないでしょ?」

「このトカゲ娘に賛成するのは癪ですが……はい。嘘偽りなく申しますと、そういうことです」

「エリザベートさん、清姫さん……」

 

 ……では、どうしてだろう。どうしてこの人たちは、それでも立ち上がれるのだろう。私にはわかりません。

 

 それは私の思考ロジックが異なっているからでしょうか。あるいは、私が彼女たちとは違って、本当の意味での人間では……

 

「別れの悲しさは、段階的とはいきません。突然、心臓を掴まれるような苦しさを覚えることもある」

「そう、でした。先輩も、バイタルは問題ないはずなのにあの表情をするときは決まって、胸元を押さえていました」

「でしょう?それは感じて当然の感覚です」

 

 私もどうしてか、それを見ると胸のあたりに異常が起きました。バーサーカーさんの時は、そこまでではなかったのに。

 

 あるいはそれは、バーサーカーさんが不死人で、生き返ることがあらかじめわかっていたからかもしれない。

 

 それが、悲しさというもの。大切な誰かと別れるという事態になった時の、感情のあり方なのでしょうか。

 

「でもね、それでもアタシたちは立ち上がって、戦うの。それがマリーの望んだことだから」

「マリー、さんの……」

「それに、生憎と私たちは何かを失うことには経験があるサーヴァントですもの…………ふふふ、安珍様」

 

 怪しく笑う清姫さんに少し引いたところで、「でもね」とジャンヌさんが言う。

 

「それでも……願わくば、共にいたかった。助けたかった。だって、マリーは友達だから」

「ジャンヌさん……」

「このサーヴァントという特殊な立場でしか実現しない関係でしたが……ええ。彼女は私にとってとても大事な、最初の友達でした」

 

 だからこそ戦うと、ジャンヌさんは続けます。マリーさんの死を無駄にしないためにも、前に進むのだと。

 

 清姫さんたちを見ると、頷かれます。どうやら私は、少し勘違いをしていたようです。

 

「なるほど……ジャンヌさんたちは乗り越えたように見えて、まだ悲しんでいるのですね」

「そういうことになる、のでしょうね。だってそれが、人間ですから」

「人間……」

 

 ……やっぱり、まだわかりません。この胸のモヤモヤは、なんなのでしょう。

 

「……わかりました。ありがとうございます」

「こんなお話でお力になれたのなら……ああ、そうだ」

 

 そこで何かを思い出したように、ジャンヌさんはポンと掌を叩きます。

 

「もしもまだ納得できないようなら、彼に話を聞いてはどうでしょうか」

「彼……モーツァルトさんでしょうか?」

「ええ……きっと、彼が一番思うところがあるでしょうから」

 

 そうか。今回このオルレアンに召喚されたサーヴァントの中で、一番マリーさんに縁があるのはモーツァルトさんです。

 

 生前からお付き合いのあったモーツァルトさん。彼はきっと、ジャンヌさんたち以上に思い悩んでいる……

 

「どうかしらねー。飄々としてたし」

「いえ、一度聞きに行ってみます。皆さん、ありがとうございました」

「いえいえ。藤丸様によろしくお伝えください」

「頑張ってくださいね、マシュ」

「はい」

 

 お礼を言ってから退室する。

 

「よし、いきましょう。確か最後に見たのは、朝食の時……」

 

 そして、モーツァルトさんを探そうと踵を返した時……廊下の向こうから、誰かが歩いて来るのが見えた。

 

「おや、貴公か」

「こんにちは、ユリアさん」

 

 やってきたのは、ユリアさんだった。挨拶をすると、烏の仮面を被った彼女は優雅なお辞儀をします。

 

「ゆっくり休めているかな?明日からオルレアンへ進撃だと聞くが」

「はい。ユリアさんは……」

「私は各砦に残った兵士の指揮だ。出撃する兵士たちはジル・ド・レェ殿がまとめている」

 

 人間を深層意識から操れるユリアさんは、私たちが進撃するにあたって活発化するだろうワイバーンの襲撃に備えるそうです。

 

 一方、ユリアさんが来るのとほぼ同時期に混乱する兵士たちを纏めたのがジル・ド・レェ元帥……生前、ジャンヌさんと一緒に戦った方。

 

 ユリアさんによると、元帥は私たちと同じように、オルレアンへの進撃を考えているそうです。

 

 それを聞いた時、ジャンヌさんはなんとも言えない顔をしていましたが……

 

「貴公も、今日はゆるりと休まれよ。あの御方もきっと、決戦には参上なさる」

「バーサーカーさん、ですか」

 

 そう。バーサーカーさんはラ・シャリテで囮を努めて以降、いつまでたっても、私たちの元へ戻ってこない。

 

 この砦の篝火で復活したとユリアさんに聞いていたので、復活しているのは確実なのですが……聞いても答えてくれません。

 

 毎回、「王は王のなすべきことをしていらっしゃる」としか。マリーさんのこともあり、先輩は気を揉んでいました。

 

「はい、ありがとうございます」

「ああ。では、失礼」

 

 そのまま歩いていくユリアさんに、私も一歩踏み出そうとして……ふと、足音が止まったことに気がつく。

 

 不思議に思い、後ろを振り返ると……ユリアさんは振り返って、私に向かって仮面の奥の目を向けていた。

 

 何故か、心臓を掴まれているような感覚を覚える。まるでこの魂の底まで、全てを見透かされているような……

 

「貴公、何か迷いがあろう。ソウルが揺れている」

「……っ!」

「そんな貴公に一つ、このロンドールの教主ユリアから教えよう」

「は、はい、なんでしょう」

 

 喉がつっかえるような感覚を感じながら、言葉を返す。ユリアさんは一拍おいて、続きを言う。

 

 

 

 

 

()()()()()。恐れぬものは〝人〟の忘却の始まりだ。まして貴公らは〝闇〟も、〝穴〟も持たぬ身。()()()()()()()世界を救わんとするならば、その心、決して折ることなきよう……ああ、音楽家を探しているのならば下の食堂に行くといい」

 

 

 

 

 

 そう言い残して、ユリアさんは去っていった。私は、廊下の暗がりにその背中が消えていくまで棒立ちのままだった。

 

 しばらくして、ハッと我に返る。胸元に手を置いて、ユリアさんから頂いた言葉を小さく反芻する。

 

「死を恐れる、恐れないものは〝人〟の忘却の始まり……」

 

 どういう意味なのだろう。バーサーカーさんの言っていた、死ぬたびに感情を失うとは、また違う意味なのでしょうか。

 

 炎に包まれた管制室での体験は、ひどく心細かったのは明確に覚えています。あの感覚を忘れることは、きっとありません。

 

「……とにかく、今はモーツァルトさんを探しましょう」

 

 とりあえず考えるのは一旦やめて、砦の廊下と階段を何回か通り、ここ数日間お世話になっている食堂に向かう。

 

 食堂といっても、カルデアのような感じではありません。木製のテーブルと、長椅子が置かれているだけです。

 

 その一つに、モーツァルトさんは座っていました。一人でぼうっと、星々が輝く空を見上げています。

 

「あの、モーツァルトさん」

「おや、マシュか。足音が聞こえたから、君が来るとは思ったがね」

 

 どうやら、ご自慢のお耳で接近には気付かれていた様子です。座っていいか聞くと、モーツァルトさんは鷹揚に頷きました。

 

 失礼します、と言ってから対面の椅子に腰を下ろす。そうすると、頬杖をついたモーツァルトさんを見ました。

 

「それで?今夜はどうしたんだい?」

「その……お尋ねしたいことがありまして」

「ああ、なるほどね。いいよ、明日は決戦だ、大きいことでも小さいことでも、なんなりと聞くがいい」

「それでは……」

 

 そうして私は、ジャンヌさんたちにもした質問をモーツァルトさんにもした。マリーさんのことについて、どう思うのか。

 

「……なるほど、ね。藤丸を励ますためにか」

「はい。この件を蒸し返すのは、とても不躾だとはわかっているのですが」

「いや、いいよ」

 

 「ふむ」とモーツァルトさんは口元を手で隠して、しばらく考えてから語り出しました。

 

「マシュ、君が一番迷っているのは彼をどう励ますかじゃないね。その一つ前の段階、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そうだろう?」

「…………はい」

 

 そう。先ほどジャンヌさんたちにお話を伺った時にも思った通り、私にはその心境を解ることができない。

 

 だから、どうやって先輩を励ましていいのかもわからない。その感情に〝共感〟する方法を、私は知らないから。

 

「マリーさんがいなくなって悲しい、というのはわかるんです。でも、状況的に皆さんの判断は正しかった」

「……続けて?」

「なのに、ジャンヌさんたちも、先輩も後悔していて……それが変で、わからなくて」

 

 聞いた状況から察するに、誰かが残らなければどうしようもなかっただろう。その判断は正しいはずだ。

 

 なのに、悔やんでいる。一度正しいと決めた方法なのに立ち止まって、悩んでいる。そんなの、変です。

 

「私は、そんな風には教わらなかった。なのに……」

 

 無意識に、胸の部分を抑える。ジャンヌさんたちのここに宿るその気持ちが、感情がわからない。

 

 わからないはずなのに、私は……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!!」

「そうだろ?君は面白いね、マシュ。まるで真っ新な楽譜のようだ」

「ど、どうして……!」

 

 どうしてわかったのでしょう。私がいくら考えても納得しきれなかった、このモヤモヤが。

 

「なんとなくわかってきたよ。君は本当に、()()()()()()()()()()()なんだね」

「それは……はい、そうです。あまり、外を知らずに生きてきましたから」

 

 脳裏をかすめるのは吹き荒ぶ雪と、白いベッド。それと、自分のバイタルを示す機械の無機質な音だけ。

 

 今見ているこの世界とは真反対な、無味乾燥な記憶。そこで培ったはずの判断基準に似合わないこの感情は、一体……

 

「だから戸惑っているんだ。君が持つ価値基準とかけ離れた感情を抱いていることに」

「……その通りです。そしてそれは、私には要らないもののはずです。だって私には、最初から何かを選ぶ資格は……」

「それは違うね」

「……え?」

 

 見上げれば。モーツァルトさんは、とても優しく微笑んでいた。

 

「いいかいマシュ、君には何かを選ぶ義務がある」

「義務、ですか……?資格や権利ではなく?」

「義務さ。だって僕たちには、ものを考える知性があるのだから」

 

 知性……確かにそれは、人間が他の動物よりも優れているもの。地球上において一番と言っていい。

 

「何を好きになり、何を嫌いになり、何を尊び、何を邪悪とし、何に悩み、何に夢中になるのか。それは他の誰かのいいなりになることでも、周りに合わせて決めることでもない、君自身の義務なんだ」

「私の、義務……」

「人間は多種多様だ、同じ価値観はひとつもない。だから君は、これから多くのものを知り、多くの景色を見る。そうすることで君の見る世界を充実させていく」

「世界を充実させていく……はい、それはなんとなくわかる気がします」

 

 最初に、この特異点へやってきたとき。

 

 なんて、色鮮やかなのだろうと感じた。世界とはこれほどまでに、様々な色で溢れているのかと思った。

 

 それまで毎日のように見ていたカルデアの殺風景なものとは全く違う、見ているだけで心が震える光景だったのです。

 

「そして受け取った分、君は世界に返さなくてはいけない。どんなカタチであれ、君がいた証をこの世界に残すんだ」

「……私がいた、証」

「僕はそうした、残された多くの曲がその証拠だ……まあ、それもたいしたことはなかったけどね」

 

 それは不可解な言葉でした。モーツァルトさんを見ると、彼は肩を竦めます。

 

「だって、たった一人の初恋の女の子の死に際にさえ立ち会えなかったんだよ?生前も、彼女より先に死んでしまった。いやはや、二度目というのは一度目を経験している分きついものだ」

「モーツァルト、さん……」

「要するに、何が言いたいのかというと……僕の残したものは多くの人に愛された。だが、僕の人生はどうでもいいものだった。それだけの話だよ」

 

 でも、それでいいんだとモーツァルトさんは笑った。

 

「後悔はあった。成功もあった。僕の人生はそういうものだった。それで良かったと、僕は胸を張って言おう」

「……それが、人間だからですか?」

「はは、君は頭がいいね。……そんな君ならば、必ず人間になっていけるさ。たとえその生き様が醜く、汚いものでも、それが人であるということなのだから」

 

 それからモーツァルトさんは、私に〝未来を恐れるな〟と教えてくれた。〝存分に悩んで進め〟とも。

 

 それは暗に、私に〝私として生きてみろ〟と言っているようにも思えた。それまで一度も考えなかった、選択を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、でも……ピアノ。せめて一度くらい、聴かせたかったなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その小さなモーツァルトさんの呟きが、やけに耳に残りました。




出来が心配だ……
次回、オルレアンへ進撃。
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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オルレアンの戦乱 1

すみません、イベント攻略だったり、ダクソ3の二週目だったり、あることで悩んだりと更新が途切れました。
今回からクライマックス、よろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 マリーさんがいなくなってから、数日が過ぎた。

 

 

 

 

 

 その間、俺は色々なことを考えた。

 

 マリーさんのことはもちろん、自分のした選択、これから戦っていくこと……本当に、色々と考えた。

 

 一人の時もあったし、サーヴァントの皆に相談することもあった。そういえば、マシュが励まそうとしてくれたこともあったっけ。

 

 必死に元気つけようとしてくれる姿に、自然とここ数日で固まっていた表情がほぐれていくのを感じた。

 

 あるいは、マシュがそうしてくれたからこそ、頭の中で渦巻く後悔や悲しみを飲み込めたのかもしれない。

 

 きっと、これからもああしてマシュに支えられるのだろう。人理修復という、俺にはあまりに過酷な旅の中で。

 

 そして今日、ついに竜殺しの英雄、セイバーである〝ジークフリート〟の魔力が回復したのだ。

 

 だから、俺は今──

 

「やっぱり、すごい数だね」

「はい、目視できるだけでも200を超えていると思われます」

 

 ──オルレアンの地に立っている。

 

 眼前にそびえるのは、ワイバーンの巣窟と化したオルレアンの街。

 

 空には暗雲が立ち込め、ゾンビになっただろう街の住民の呻き声がコーラスのようにここにまで聞こえてくる。

 

 その中央にそびえるイバラの城は、まるで魔王の城のよう。いや、世界を滅ぼすって意味じゃあ本当に魔王なんだけど。

 

 そして、そんなオルレアンの周りの大地は半径3キロに渡って焦土と化している。まるで、近づくもの全てを焼き殺すと言わんばかりに。

 

「みんな、平気?」

 

 そんなオルレアンを、一段高い崖の上から見下ろしている。傍らにはマシュとルーソフィアさん、サーヴァントたち。

 

 まだ住民の避難をしているゲオルギウス、各砦から指示を出すユリアさん、軍備の手伝いをするというグレイラットさん。

 

 そして……モンリュソンで散った、マリーさん以外の全員が集まっている。

 

「はい、体調は万全。いつでも行けます、マスター」

「ええ、勿論です」

「当然さ。マリーのためにも、ね」

「うふふ、燃やし尽くしてしまいましょう」

「一世一代のライブね!心が高鳴るわ!」

 

 頷いたマシュを始めとして、ジャンヌ、モーツァルトさん、清姫さん、エリザベートさんの順に各々の表情を浮かべて答えた。

 

 そして……

 

「当然だ。我が剣に曇りはない」

 

 そのサーヴァント……マシュと共に俺の隣に並んだセイバーオルタが、冷徹な声で答えた。

 

 今回の決戦に際して、カルデアからの助っ人として彼女を召喚した。本当なら他の皆も喚びたかったが……

 

 ただでさえマシュとバーサーカー、それにジャンヌと契約しているのだ。俺のキャパシティでは、一人召喚するのが限度だった。

 

 それに、つい昨日ジークフリートとも契約している。あの巨大な邪竜に対しての切り札だから、ということらしい。

 

『はいはーい、ロマ二が働き詰めでぶっ倒れそうだったから交代したダ・ヴィンチちゃんだよー。藤丸くん、体調は平気かな?』

「はい、今のところは平気です」

 

 一度ジャンヌさんの時に倒れたのが功を奏したのか、四人と契約していてもあの時ほど辛くはない。

 

 ただし、魔力を大きく使う宝具には気をつけないといけない。今も隣で監視している、ルーソフィアさんからのキツい注意もある。

 

『なら良し。油断はしてはいけないが、気負う必要はないよ。これだけのサーヴァントに、騎士王様もいるんだから』

「…………ここに、バーサーカーとマリーさんがいたらもっと心強かったんですけど」

 

 自分の口からこぼれたその言葉に、心なしか雰囲気が暗くなった。

 

 わかってる。今更叶わないことだということは。バーサーカーは以前行方知れず、結局姿を現さなかった。

 

「大丈夫です」

「……ルーソフィアさん」

「あの方は、きっと帰っていらっしゃいます」

「うん、そうだよね。でも…………」

 

 バーサーカーはまだしも、マリーさんは……もう、いない。

 

 まだ、どこかに迷う心がある。ここまできて、目の前に止めるべき相手がいて、それでももしも一緒に戦えたらと思ってしまう。

 

 それは意味のない願望だ。俺の消えない、決して消えてはいけない後悔の生み出した、意味のない現在だ。

 

「フン。私のマスターの癖に、そんな顔をするな。ここで怖気つくような臆病者と契約を結んだつもりはないぞ」

「……うん。わかってるよ、オルタ」

 

 そうだとしても。俺は今、前に進まなくてはいけない。

 

 最後の戦いを前にして日和った自分の心を、思い切り両手で頬を叩いて引き締め直す。バチン、と大きな音が鳴った。

 

「……………………痛い」

 

 我ながら強く叩きすぎた。ジンジンする。

 

「ふふっ、やりすぎです先輩」

「だね……さあ、行こう、皆!」

 

 俺の声かけに、もう一度おうと答えるサーヴァントたち。立ち上がり、ルーソフィアさんに姿消しの結界を解除してもらう。

 

 まずは先制。事前に取り決めた作戦の通り、漆黒の鎧を纏ったオルタが黒いエクスカリバーを掲げた。

 

 怪しく輝く黒き聖剣に、俺でもわかるくらいの魔力が集まっていく。渦巻く様は、まるで銀河のようだ。

 

 見惚れている間に、聖剣に膨大な魔力が集まった。それに反応したのか、にわかにワイバーンたちが騒がしくなる。

 

 オルタは、柄を両手で握りしめると──

 

 

 

 

 

 

 

「──堕ちよ、蜥蜴ども」

 

 

 

 

 

 

 

 そのワイバーンたちに向かって、聖剣を振り下ろした。

 

 あの時受けた宝具級までとはいかないものの、真っ直ぐに振り下ろされた黒い奔流は空飛ぶワイバーンたちに向かって飛んでいく。

 

 そして、無数の黒点で埋め尽くされたオルレアンの空に食らいついた。荒ぶる暴風に、マシュの盾に隠れる。

 

 やがて、魔力の放出が止まった。

 

「ふん、こんなものか」

「す、すごい……」

「流石、僕たちとは霊基から違う」

 

 大楯から顔を出すと──ポッカリと、ワイバーンの群れに大きな穴が開いている。五十匹くらいは消しとんだかな。

 

『よし、今だ!混乱しているうちに市街へ突撃したまえ!』

「はい!マシュ!」

「了解です、マスター!」

 

 流石にこの高さから飛び降りたら大怪我をするので、情けないながらもマシュに抱えて運んでもらう。

 

 四メートルくらいの崖を飛び降りて、続けて降りてきたサーヴァントたちと一緒にオルレアンに向かって駆け出した。

 

 俺とルーソフィアさんを中心に、前にマシュとオルタが、他のサーヴァントたちで囲むような陣形をとる。

 

 酷く遠くに見えるオルレアンに向けて、黒々とした命の気配のない荒野を駆け抜けた。

 

 

 

 ギャォオオオオオオ!

 

 

 

「マスター、ワイバーンが多数接近!目視では数えきれません!」

 

 仲間をやられたことに怒っているのか、咆哮しながら急降下してくるワイバーンたち。

 

 以前、バーサーカーがいなかったらそのまま食い殺されていたことがあったが……なぜだろう。

 

 

 

 酷く、落ち着いていた。

 

 

 

「オルタ、ジークフリート、頼む!」

「我が道を邪魔するな、蜥蜴風情が」

「了解した!」

 

 黒い騎士王の聖剣から放たれる魔力の斬撃が、竜殺しの英雄が宝剣を振るう度に、ワイバーンは次々と落ちていく。

 

「おっと、オーケストラ抜きで二人きりで演奏とは味気ないな」

「アオダイショウ、アタシに合わせなさい!」

「命令しないでくださいまし!」

 

 それだけではない。右から左から、全方位から襲いかかってくるワイバーンたちを全員が迎撃していた。

 

 モーツァルトさんが音楽魔術で、エリザベートが凄まじい歌声で、それに合わせるように清姫さんが振るう扇子から溢れ出る炎で。

 

 支援するのは、隣で並走しながら歌を口ずさむルーソフィアさんの歌声。それが、サーヴァントたちを強くする。

 

「もう、立ち止まらない……!」

「ガァアアアァアッ!」

「せぁあっ!」

 

 真正面から襲いかかってきたワイバーンを、いつかのバーサーカーのように飛んできたジャンヌが旗で殴り殺した。

 

 舞い散る鱗の破片と鮮血に、戸惑うことなく突き進む。俺たちの作戦は単純明快、奇襲からの一点集中突破だ。

 

 

 

「「「GRRRRAAAAAAAAA──────────!」」」

 

 

 

 しばらく走っていると、前方からゾンビの群れがやってくる。爛れた皮膚に虚な目、中には体の半分以上が食い千切られたような人も。

 

 きっと、ワイバーンに食べられた後にゾンビになったんだろう。そんな人たちが何十、何百と襲い来る。

 

「オルタ、もう一度!」

「いいだろう」

 

 そんな彼らから目を逸らさずに、オルタに端的な指令を出した。

 

「安らかに散るがいい」

 

 オルタが、最初の一撃と遜色ない威力の横薙ぎを振り放つ。

 

 純粋な破壊の力と化した魔力の刃が、ゾンビたちを大きく吹き飛ばした。後にはえぐれた地面だけが残る。

 

 その周りを迂回して突き進んだ。オルレアンの中心に高くそびえるイバラの城を、真っ直ぐに見据えて。

 

 走って、走って、走り続ける。ひたすらに足を動かして、少しでも早く、サーヴァントたちに遅れないように食らいつく。

 

 せめて、今だけは足手纏いにならないように。

 

『藤丸くん、気を付けたまえ!サーヴァント反応が三つそちらへ向かったようだ!』

 

 やがて、少しだけ脇腹が痛くなってきた頃。ダ・ヴィンチちゃんの強張った声とともに、前方に黒い閃光が見えた。

 

 いや、違う。光ではなく、ましてや物でもない。凄まじい速度でこちらに飛んできた()()だった。

 

 その三条の閃光は、俺の頭上を通過して──

 

 

 

 

 

「シッ!」

「あんた…………!」

 

 

 

 

 

「オァァアアアァアアアァァアアアアァアアアアァアアアアァアアアアァアアアアッッッ!!!」

「お前、もしかしてサンソン……っ!?」

 

 

 

 

 

「Arrrrrrrrrrrrrr!」

「このっ、サーヴァントは!?」

 

 

 

 

 

 背後から、獣の雄叫びのような咆哮と、ジャンヌたちの驚く声が聞こえる。

 

 続けて、何かを抉り取るような破砕音。すぐ近くで三回も激しい振動が起きて、思わずたたらを踏んでしまう。

 

 急いでブレーキをかけて、振り返った時にはもう遅く。そこにはモーツァルトさんとエリザベートがいなかった。

 

「ジャンヌ、二人は!?」

「それが、なにかに連れ去られました!」

『どうやら、今のはサーヴァントだったようだ。見事に分断されたね』

「くそっ、あと半分くらいなのに!」

 

 オルレアンまでの距離は、あと1キロと半分というところ。せっかく調子良く進めてたのに!

 

「それよりも、前方に注意を!なんとか押し返しましたが、私にも敵が────!」

「え?」

 

 ジャンヌの言葉に、オルレアンの方に視線を戻す。

 

 すると、ガシャンと大きな音をたてて大柄な全身鎧の騎士が目の前に現れた。兜のスリットから、赤い目が輝きを放っている。

 

 その身から滲み出る瘴気のような魔力に、ひゅっと鋭い息が漏れた。そんな俺に、サーヴァントと思しき騎士は手に持つ剣を振る。

 

 やけに明瞭な視界の中、騎士の赤い亀裂の走った剣が心臓に迫った。マシュも、ジャンヌも、清姫さんも間に合わない。

 

 また、この感覚だ。自分の命が焼き切れてしまいそうな感覚──

 

「Arrrrrrr!!!」

 

 すなわち、死の気配。

 

「あ…………」

「呆けているな、愚か者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギィンッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、俺の胸に穴が開くことはなかった。

 

 胸に届くまで残り3センチのところで、黒い剣閃が走って騎士の剣を打ち返す。

 

 それは、俺と騎士の間にいつの間にか割り込んだオルタの聖剣だった。

 

「ふっ!!!」

「Arrrrrrrrrrr!?」

 

 そのまま、ごく狭い空間の中で剣戟の嵐を見舞う。騎士は凄まじい絶技で全てを受け止めるが、剣の方が砕け散った。

 

 得物を失い、僅かに動きを止めた騎士にオルタの剣が振り下ろされる。が、騎士は直前で飛び退いて躱した。

 

 ズンッッ!!!とそのまま振り下ろされたオルタの剣が地面を陥没させる。

 

「あ、ありがとうオルタ」

「あの程度の攻撃、避けてみせろ。次はない」

「う、うん」

「すまないマスター、反応が遅れた」

 

 言外に弱いと言われたことに心の中で苦笑いしつつも、騎士の方を見た。

 

「urrrrrrrrrrrrrrrr…………!」

 

 腰を落とし、右手を地面につけ、獣のような体勢の騎士は、俺を見て唸り声を上げている。そこには多分な殺気が含まれていた。

 

 思わず身震いすると、オルタの横にマシュたちが並ぶ。騎士はさらに唸り声を低くし、警戒する様子を見せる。

 

「あれも、サーヴァントなのでしょうか……?」

「ええ、間違いなく」

「先ほどの剣筋からして、恐らくは元のクラスはセイバーなのでしょうが……」

「凄まじい殺気だ。それに狂気も。マスター、あれは強いぞ」

「……うん、そうみたい、だね」

 

 口々に言う彼女たちの言葉に、俺も今一度サーヴァントを見やる。

 

 いつか、爺ちゃんに教わった。相手の強さを、目線の動かし方で測れと。多く把握できるものが強いらしい。

 

 そして、スリットの奥の赤く輝く瞳は俺とマシュたちを忙しなく見ている。完全に油断のない証拠だ。

 

 わかる。このサーヴァントは並大抵の敵じゃない。それこそ、かつての聖女マルタのように全力で戦わなくては……

 

「マスター、先にいけ」

「……オルタ?」

 

 しかし、そんな俺の思惑とは裏腹に、オルタが一歩前に進み出た。

 

 騎士の視線が、オルタに固定される。すると、それまでより一層強く、ゾッとする殺気が全身から立ち上った。

 

 それを真正面から押さえつけるのは、仁王立ちしたオルタの体から溢れ出る絶大なオーラ。まるでそれ自体がせめぎ合っているようだ。

 

「奴は私が始末する。お前たちは偽の聖女とやらを倒しに行くがいい」

「でも……」

「なに、いかな円卓の騎士とはいえ狂った騎士一人如きに負ける我が剣ではない」

 

 オルタは振り返らずに、はっきりと言い捨てた。それ以上の言葉は不要と言わんばかりに、それきり黙ってしまう。

 

 身長で言えば俺より小さいその背中に、覚悟と王としての風格を感じた。そして、絶対的な力というものも。

 

「すまないマスター、俺も彼女の意見に賛成だ。ここは先を急ごう」

「私も、戦力的にはオルタさんが相対するのが良いと判断します」

「マシュ、ジークフリート……」

 

 二人の言葉に、また迷っていた俺の心はジャンヌとルーソフィアさんの方を向き、目線で意見を求める。

 

 二人もまた、騎士から目線を外さずに頷いた。どうやら、もうみんなの意見は決まっているみたいだ。

 

「っ……」

 

 最後に、オルタに目線を戻す。

 

 グッと唇を噛み締めて、拳を握り、俺は──

 

「それじゃあ、頼んだ」

「ああ。存分に走り、行け。マスター」

 

 ──また、任せることを選んだ。

 

 マシュたちと目配せして、オルタが牽制している間に騎士を迂回するように走る。

 

 いつの間にか大量に集まってきていたワイバーンとゾンビを蹴散らし、ただただ、前だけを見て振り返らない。

 

 

 

 ドッガァアアアアアン!

 

 

 

 程なくして、背後から凄まじい音が聞こえてくる。恐らく、オルタとあのサーヴァントの戦いが始まったのだろう。

 

 ズキン、と胸に痛みが走る。鈍くて、曖昧で、でも確かにそこにあるそれが、()()俺の心を締め付けた。

 

 本当にこれでよかったのか。一緒に戦えばよかったのではないか。いいや、今からでも戻って協力して……

 

『藤丸くん、来たぞ!上だ!』

 

 グルグルと考え込んでいた頭は、ここ数週間で鍛えられた生存本能によって一瞬で切り替わった。

 

 顔をあげれば、ダ・ヴィンチちゃんの言う通り先ほどのように黒い閃光が落ちてくる。今度は俺目掛けて、まっすぐに。

 

 つい数秒前までの悩みなど、いつの間にか消えていた。半ば反射的に隣に向けて声を張り上げる。

 

「マシュ!」

「はい!」

 

 一瞬で呼んだ意味を察したマシュが、暗い洛星と俺の間に割り込んで大楯の下部を地面にめり込ませた。

 

 ガンッ!と音を立てて、二条の流星は受け止められた。しばらくせめぎ合ったあとに、あのサーヴァントがそうしたように飛び退く。

 

 二度目の足止め。先ほどのように迎撃態勢をとってから、目の前に降り立った二人の敵を確認した。

 

「コロスッ!ナニモカモ、スベテヲ破壊シ尽クシテヤル…………ッ!」

「…………………………………………」

 

 その二人組は、奇妙だった。

 

 一人は、どう見ても正気じゃないとわかる。黒い影が全身を蝕むように張り付いており、顔に広がるそれは涙のよう。

 

 もう一人は、見覚えがあった。最初の邂逅で、〝竜の魔女〟のジャンヌのそばにいたサーヴァント。

 

 確か、シュヴァリエ・デオンという名前だった彼?彼女?は……以前見たときとは、全く様変わりしている。

 

 血のような赤いドレスは悍しく、レイピアを携える手袋は禍々しい。極め付けに、その目はがらんどうのようになっていた。

 

「あれ、どうしたんだ……?」

「どちらも、相当ソウルが歪んでおります。恐らくは狂気によって精神が壊れてしまったのでしょう」

「それって……」

 

 シュヴァリエ・デオンを見る。

 

 彼女は生前、マリーさんと親交があったという。なら、あの心神喪失といった様子の原因は……

 

「あのアーチャーは、それこそ竜の魔女の私に従うようなサーヴァントではなかったのでしょうね。だから狂気を纏わせることで無理やり使役しているのでしょう」

「………………」

「先輩?平気ですか?」

「……ごめん、なんでもない」

 

 迷ってる場合じゃ、ない。

 

「みんな、戦おう」

「わかった。背後のワイバーンたちは俺が相手をしよう。すまないが、あのサーヴァントたちは聖女たちに任せる」

「了解しました」

「はい!」

「ルーソフィアさん、支援をお願い」

「かしこまりました」

 

 ジークフリートが俺の後ろに、ジャンヌが戦旗を、マシュが大楯を構えて戦闘態勢に入る。

 

 あちらもそれを感じ取ったのか、片や唸り声を上げながら弓を、片や無言でレイピアを持ち上げた。

 

「戦闘、開始!」

「はぁあああああっ!」

「せぁあああああっ!」

「オォオオオオォォォオオオオォォォォ!」

「………………!」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、幾度目かのサーヴァントとの戦いが始まった。

 

 

 




次回はそれぞれのサーヴァントの戦いです。
そして……
思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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オルレアンの戦乱 2

お久しぶりです!

待っていた方は長らくお待たせいたしました、忘れてた方は今更カムバック!

声を失った少年を最終話まで書き切りましたので、また月金投稿に戻していきます。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 戦場は、少しばかり藤丸たちより前に戻る。

 

 

 

「ふっ!」

「Arrrrrrr!!!!!」

 

 黒き聖剣と、血管のようなヒビが走った鉄剣がぶつかり合う。

 

 本来であれば、堕したとて星の聖剣に敵うはずもない、単なる鋳造品。

 

 しかして、黒い騎士のスキルによって侵食された鉄剣は、狂気を纏いなお衰えぬ剣技で見事に聖剣と互角に打ち合う。

 

 黒と黒の、卓越した剣技の激突。それは余剰した魔力で近づく屍鬼と亜竜を消し飛ばし、一つの領域を作っていた。

 

「Agrrrrrrrrrrrrr!!!」

「チィッ!」

 

 突如、剣戟の中に差し込まれた拳。

 

 それを斜めに構えた聖剣で受け流し、オルタはお返しと言わんばかりにそのまま柄頭を突き込む。

 

 常人であれば頭を消し飛ばす一撃、しかし黒騎士は易々と首をひねって避けると、拳を引いて後退する。

 

「arrrrrrthurrrrrrrrr……!!!」

「ほう、それほどの狂気に侵されてなお、私を私と見るか。大したものだ、サー・ランスロット」

 

 獣の如き眼光を光らせる黒騎士に、地面に聖剣を突き刺しオルタは嗤う。

 

 円卓の騎士が一騎、湖の騎士ランスロット。それがこの黒騎士……バーサーカーのサーヴァントの真名であった。

 

 伝説上では、王妃ギネヴィアとの道ならぬ仲に落ち、栄光なるアーサー王の伝説に崩壊を招いた男。

 

 その伝説より狂気の逸話を獲得し、バーサーカーとして竜の魔女の下で現界したランスロットと、非常に徹した騎士王の側面。

 

 そんな二騎が向かい合うこの戦場は、まさに運命付けられたと言っていいほど、皮肉にも似合っていた。

 

「本来の私と、今の貴様。別の聖杯戦争でも出会っているようだが……さて、この場においてはいつまで保つか」

 

 もとより四騎ものサーヴァントと、カルデアからの直接的な魔力供給なしに契約している藤丸。

 

 故に、藤丸の拙い魔力量で、臨時召喚されたオルタの現界できる時はさほど長くはない。

 

 であれば、求むは必勝。藤丸のサーヴァントとして、目の前にいる円卓の騎士を切り捨てるのみ。

 

「無駄話もここまでだ。いくぞ、サー・ランスロット」

「arrrrrrrrrrrr!!!!!」

 

 咆哮、そして再激突。

 

 先ほどよりも互いの振るう剣は重く、速く、そして強い。これまでの凌ぎ合いは小手調べのようなものだった。

 

 それを証明するように、剛風が吹き荒れ、二騎の体から吹き出した余剰魔力が地を抉り取っていく。

 

 焦土と化した土地はさらに荒れ狂い、地獄と何が違っていようか。

 

 もしこの場に語り部がいたのならば、「まさに騎士王と円卓の騎士天晴!」と褒め称えながら死んでいっただろう。

 

 それはある意味伝説の再演であり、またそれは……終わりがあることの証左でもある。

 

「む……!」

 

 オルタの体から、余剰魔力ではない粒子状の魔力が漏れ始めた。

 

 もうすぐ特異点から強制退去させられる。それはさほど遠い時ではない。

 

 仕方があるまい。オルタも、藤丸がサーヴァントたちと戦闘中なのは魔力の回路(パス)を通じて感じていた。

 

「Aaaaaaaaaaaaaaa!!!!!」

 

 それを勝機と感じたバーサーカーは、一際強く鉄剣を握りしめた腕を振るい、オルタを押し込む。

 

 聖剣の腹で一撃を受けたオルタは、地面に脚甲のかかとの跡を残しながら後退し、バーサーカーを睨んだ。

 

 しかし、そこにもう狂った騎士はおらず。

 

 ならばと魔力の痕跡を辿って空を見上げ──オルタは目を見開いた。

 

 宙に陳列するは、無数の武具。

 

 かつて焦土の下に埋まった者らの所有物だったろうそれらは全て、赤くひび割れている。

 

 それこそは、最強の騎士と称されたランスロットの支配した武具たる証。

 

 狂気に犯されてなお、生前において無窮と呼べるほど研ぎ澄まされた戦闘力を持った男の宝具。

 

 

 

 

 

 

 

 それすなわち──〝騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)〟。

 

 

 

 

 

 

 

「Arrrrrrrrrrthurrrrrr!!!!!!!」

 

 咆哮をあげながら、無数の武具を分身が現れるほどの速度で握り、全方位から圧殺せんとするバーサーカー。

 

 並の英霊であれば、アーチャーでもなければその手数に傷を負うことは必然だろう圧倒的な包囲攻撃。

 

 

 

 

 

「──卑王鉄槌(ヴォーディガーン)

 

 

 

 

 

 それを、オルタはたった一振りで全て無にした。

 

 オルタが地面が陥没するほどの踏み込みとともに一回転し、絶大な魔力を纏った聖剣が振り回されて武具が消し飛ぶ。

 

 同時に、その余波でバーサーカーの残像が消え失せ……たった一人、砕けた剣を手放したバーサーカーが残った。

 

「Arrrrrrrrrrrrrrrr!!!?????」

「安らかに眠れ、サー・ランスロット」

 

 鎮魂と共に、冷徹なる一振りが振り下ろされる。

 

 宝具に迫る魔力を込めたその一閃に、バーサーカーはなす術なく両断され……ガシャリ、と音を立てて地に落ちた。

 

「A……a、あぁ………………」

 

 バーサーカーが、弱々しい呻き声と共に手を伸ばす。

 

 既に鎧は砕け散り、傷口からは夥しい量の血が黒い地面の上に広がっている。

 

 破壊された兜の中から、赤く染まった瞳が覗き……その目は、遠い空を見上げていた。

 

「王、よ…………お許し、くだ、さ……い…………わ、たし、は…………」

「……我らは英霊、人理に刻まれた過去の英雄の影法師。なればこそ、私は貴様を許しもしなければ、憎みもしない」

 

 聖剣を地面に突き刺し、オルタは静かに告げる。

 

 その答えに、バーサーカーは目を見開き……ふっと、兜の中で何かが満ちたように笑って目を閉じた。

 

 手が地面に落ち、流れ落ちた血が粒子へと変わっていく。

 

 程なくして、バーサーカーは全身を魔力に還元し、退去していった。

 

「……さて、私もそろそろか」

 

 オルタもまた、限界がやってきてカルデアへ送還されるのを穏やかな顔で受け入れた。

 

 それまで微量だった魔力が、全身から立ち上っていき……ふと、そこでオルタは眉を潜める。

 

「何か来るな」

 

 空を見上げれば、そこには変わらぬ黒雲。

 

 その彼方先、竜の魔女が座するだろう城からとてつもない魔力を持った何かがやってくるのを感じた。

 

 それだけではない、もっと……もっと()()()ものが、城よりこの戦場へ這い出ようとしていた。

 

 しかし、それに相対するマスターに力を貸してやれるほど、オルタに魔力は残ってはいない。

 

「無様に負けるなよ、マスター」

 

 

 

 

 

 最後にそう呟き、オルタは完全にオルレアンから姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 戦場は移り、オルレアンより少し離れた廃墟。

 

 

 

 

 

「ガ、ァアアアアア!!!!!」

「くっ、冗談じゃない!」

 

 アマデウスは現在、一騎のサーヴァントと強制的な交戦状態に陥っていた。

 

 その相手は──シャルル=アンリ・サンソン。アマデウスとは切っても切れぬ縁を持つ、処刑人。

 

 しかし、冷徹と信念の元に処刑を行った彼の面影はもはやなく、黒い何かを纏ったサンソンはひたすらに暴れている。

 

「あいつ、もう霊基がめちゃくちゃだな……大方使い捨ての兵器にでもされたのか……?」

 

 瓦礫の陰に隠れたアマデウスの推測は正しかった。

 

 元帥ジル・ド・レェは大きなダメージを負ったサンソンを見て、その魔術で死ぬまで戦う傀儡とした。

 

 狂気に狂気を重ねたその力は、単なる音楽家であるアマデウスにはいささか荷が勝ちすぎている。

 

 すでにいくつか無視できない傷を受け、サーヴァントでなければ発狂しているだろう。

 

「マ、ァリィ……マリ、ィ……っ!」

「なんだよあいつ、どうせ振られただろうに未練がましい……」

 

 そこまでつぶやいて、アマデウスは自嘲気味に笑った。

 

(それは、僕自身も同じなんだけどさ)

 

 最後の別れ際に、アマデウスにマリーが残した約束。

 

 それは生前、病床に伏して死を迎えたアマデウスがマリーに果たせなかった約束、そのものだった。

 

 であれば、二度目の約束は別れに他ならない。その定義においては、アマデウスもまたサンソンと同類だ。

 

 ああ、だからこそ……

 

「……見てらんないんだよなぁ。まったく、恨むぜマリー」

 

 嘲笑するように己を笑い、アマデウスは脳裏によぎった彼女の笑顔に悪態をつく。

 

 それから、もう放っておいても消滅するだろうサンソンを見て……ハァ、と諦めたようにため息を吐いた。

 

 

 

 

 

ドォオオオオオン!!!!!

 

 

 

 

 

「うおっ!?」

 

 その時だった。戦場の方角から、すさまじい轟音が聞こえてきたのは。

 

 遠く離れたこの場所からでも、アマデウスは凄まじい魔力の源を感じ取る。恐らくは轟音の発生源だろう。

 

「……ついに現れたのか」

 

 考えられるとすれば、かの邪竜ファヴニールが出陣したのだろう。あの、竜の魔女とともに。

 

 きっと、マスターたちは立ち向かうことだろう。あの少年は、未だ世界を知らぬ少女は、最後まで抗うに違いない。

 

 ならば、自分は……

 

「さて、僕も少しばかり頑張ろうか」

 

 手にヴァイオリンを魔力で構築し、弓で弦を一閃。

 

 偉大なる音楽家の名にふさわしいその旋律は、音楽魔術となって背を向けていたサンソンに直撃した。

 

「ギィッ……!」

「どうだ、音楽も極めればそれなりだろう?」

「ヴ、ァアアアア……!」

 

 瓦礫から姿を現したアマデウスに、サンソンは低く唸る。

 

 憎しみや怨嗟の満ち満ちたその瞳にアマデウスは笑い……出し惜しんでいた魔力を使って霊基を向上させた。

 

 その体に、絢爛なる衣装が現界していく。それはまるで、彼の作曲に登場した死神の如き装い。

 

「さあ、行くよ処刑人」

 

 仮面を被り、指揮棒を携え、アマデウスはサンソンと対峙する。

 

「死神の歌を聴いてゆけ。僕の演奏料は高いぞ!」

「ア マ デ ウ ス ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

 

 闇に包まれていた口をこじ開け、叫んだサンソンが突撃する。

 

 すぐさまアマデウスが指揮棒を振るえば、天使のような彫像が出現し、意のままに旋律を奏で始めた。

 

 宙に楽譜が浮かび、そこから音という名の刃が放たれることもあれば、それ自体が拘束具ともなる。

 

「オ、ァアアアアアアアア!!!」

「くっ、この馬鹿力め!」

 

 しかし、サンソンはそのことごとくを凌駕する突破力で押し進み、アマデウスを斬りころさんと迫る。

 

(チッ、しくじった!出てきたはいいが、もう少し距離を置くべきだったか!)

 

 真正面からの白兵戦に臨んだことを早々に後悔しながら、それでもアマデウスは腕を振るう。

 

 彼にできるのはそれだけであり、ならばそれに応えるサーヴァントとしての能力もまた全力で発揮される。

 

 それまでよりもさらに機敏にサンソンの動きを阻害し始める音楽魔術だが……しかし、やはり思い通りにはいかない。

 

「ヴォオオオオオオオオオ!!!!」

 

 獣のような雄叫びとともに、体を縛る楽譜をまとめて切り裂くサンソン。

 

 あまりの力に、アマデウスは仮面の下で目を見開いた後にチッと忌々しげに舌打ちした。

 

(やっぱり一度退くしかない……!こんな勝手に動いて壊れるオルゴールみたいなやつ相手にしていられるか!)

 

 撤退するか否か、思考をしたその一瞬。

 

 サーヴァント同士の戦いにおいて一瞬は無限と等しく──そして、アマデウスにその隙をカバーするだけの戦闘力はない。

 

 だからこそ、次に意識を戻した時すでに撫で斬りにされていたことに気がつくまで、数秒かかった。

 

「がっ……!?」

「アアアァアア!!!」

 

 血を吐くアマデウスを、サンソンが渾身の力を込めた足で蹴り飛ばす。

 

 これまでとは比べ物にならないダメージを負ったアマデウスは、受け身も取れずに地面に転がった。

 

「ガハッ……ああクソッ、ここまでか」

 

 地面にうずくまり、アマデウスは吐き捨てるようにこぼす。

 

 額には脂汗が大量に浮かび、目元は険しく、傷口から流れ出る血が止まる気配はない。

 

 致命的な一撃。あと一回でも攻撃を加えられれば、アマデウスはその時点で霊核が砕けて終わるだろう。

 

()()()

 

 アマデウスに、その一回をどうにかするほどの余力は、もう残っていないのだ。

 

 本人が何度も豪語していた通り、アマデウスは音楽家であって、戦う者ではないのだから。

 

「ギ、ィ、ィイイイ……!!」

 

 歪な足取りで歩み寄ってきたサンソンが、アマデウスの目の前で右腕と一体化した処刑剣を振りかざす。

 

 ギチギチと音が響くその様は、どれほどの力を込めているのかが一目で見て取れた。

 

 それを見上げ、アマデウスの脳裏にふと昨晩のことがよぎる。

 

 マシュへ語ったこと。自らの人生のこと……その中でも大きな、大きな後悔。

 

 結局、二度もマリーの死に際に立ち会えなかった。  

 

 その後悔を抱いても進むと教えたあの少女の、サーヴァントとしての立派な先輩にはなれなかった。

 

「……ハハ、教師役。サリエリのようにはうまくいかないなぁ」

「アマァデェウスゥゥゥウウウ!!!」

 

 サンソンの剣が、振り下ろされる。

 

 それを前に、アマデウスは観念したように目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいや。貴公は充分に戦ったとも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後に、どこかで聞いたことのある声がした。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「フンッ!」

「あッ────」

 

 ジークフリートの一閃が、バーサークセイバーの胸元を切り裂く。

 

 鮮血が勢いよく噴き出した。この人理焼却という任務に身を置いてから何度も見た光景だ。

 

「王妃よ……我が過ちを、許し給え──」

 

 最後の言葉を残し、一筋の涙とともにバーサークセイバーが消滅する。

 

「敵性サーヴァントの全消滅を確認、戦闘に勝利しました!」

「ゼェ、ゼェ……!」

 

 マシュの報告の声も遠く、俺はその場で膝をつく。

 

「先輩!?」

「ますたぁ!?」

「落ち着いてくだい。ジャンヌ様、ジークフリート様は周囲の警戒を」

「はい」

「承った」

 

 なんだ、これ。ひどく体の中が熱い。

 

 元から度重なるサーヴァントとの契約でひどく重かった体が、まるで煮えたぎるように熱くて仕方ない。

 

 頭も血管が破れそうなくらい沸騰していて、なぜ自分がここにいるのかもわからなくなってきた。

 

「ルーソフィアさん、先輩は一体!?」

「……度重なる宝具の展開と魔力供給に、魔力回路がオーバーヒートを起こしているようです。すぐに治療いたします」

 

 間近にいるのにどこか遠くで言っているようなルーソフィアさんの声に、ついさっきまでの戦いを思い返す。

 

 バーサークアーチャーを倒すために、マシュとジークフリートの宝具を一回。

 

 途中邪魔をしてくるワイバーンたちを退けるために、ジャンヌと清姫に魔力を譲渡して能力を強化。

 

 その中でなんとか回していた魔力が切れ、今にも倒れそうな体がちょっとずつ楽になっていく。

 

「……これで少しは楽になったかと。藤丸様、聞こえますか?」

「…………ゲホッ、うん、なんとか」

「先輩! よかった……」

 

 うまくできていなかった呼吸が戻り、ほっとするマシュに笑いかける。

 

 それさえも、うまくできているのかわからなかった。まだ敵が近くにいないか、そればかりが気になる。

 

「早く、進もう。時間がない」

「でも、少し休憩したほうがいいのでは……」

「立ち止まっている暇は、ないんだ」

 

 マシュの手をそっと押しのけて、彼方にそびえ立つ城を睨む。

 

 あと少しだ。あと少しでたどり着ける。

 

「っ!何かくるぞ!」

 

 その時だった、ジークフリートが切羽詰まった表情で叫んだのは。

 

 これまでにないほど余裕のなさそうなジークフリートに、彼が見上げる空を見て──驚愕に目を見開いた。

 

 あの、大きな影は。ラ・シャリテで一目見た時から頭の中に焼き付いて離れない、壮大とまで思える姿は──

 

『マシュ、ジャンヌ・ダルク、宝具展開!奴の──ファヴニールの攻撃に備えろ!』

「了解しました!」

「はい!」

 

 呆然とする俺の前に、マシュとジャンヌが立つ。

 

 二人の体から魔力が立ち上って、すっからかんに近い魔力が搾り取られるようにすり減った。

 

 そんな俺たちを嘲笑うように、ガパリと空の上でそいつは口を開ける。

 

「〝宝具、疑似展開〟!!!」

「〝主の御業ををここに。我が旗よ、我が同胞を守りたまえ──!〟」

 

 マシュが地面に打ち付けた盾が、ジャンヌの掲げた旗が、バーサークライダーの宝具を受け止めた結界を築く。

 

 俺も正気に戻って、せめてもとマシュの盾になるべく体を隠すような位置に移動した。

 

 その瞬間、いよいよ、ファヴニールの口にたまっていた黒い炎が吐き出された。

 

「〝 人理の礎(ロード・カルデアス)〟!!!」

「〝 我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)〟──────!」

 

 

 

 

 

ゴァアアアアアアアア!!!!!

 

 

 

 

 

 黒炎が、滝のように降り注ぐ。

 

「ぐ、ぅぅぅうううううううっ!!!」

「はぁあぁああああああああ!!!」

 

 俺だけならば一瞬で骨まで溶けてしまうだろうその炎を、二人の宝具はちゃんと受け止めてくれた。

 

 ゴリゴリと魔力が削れていき、いよいよ宝具の展開も解除されてしまうかというところで、やっと炎が止まる。

 

 結界が消えて、思わず安堵の息を吐いた。しかしすぐに気を持ち直して周りを見渡す。

 

 俺たちの周囲を除いて、あたり一面焼け野原になっていた。元から焦土だったのに、これじゃあ二度と植物は生えない。

 

「チッ、本当にしぶとい。本当に憎たらしいわ」

「……竜の魔女」

 

 低いところまで降りてきたファヴニールの背には、黒いジャンヌが乗っている。

 

 何十メートルもあり、威圧感のあるファヴニールの上で黒いジャンヌはハッとバカにしたみたいに笑った。

 

「こんにちは、私の残り滓。随分と無様に立ち回って、よくここまで来たものです」

「……ええ、確かに無様でしょうが。それでも多くの人に助けられ、ここまでやってきました」

 

 ジャンヌの言葉に、これまでオルレアンで出会った人たちや、サーヴァントのことを思い浮かべる。

 

「ようやく、もう一度あなたの前に立てた。そのことに私は、満足しています」

「ええ、私もです──何故ならば我が過ちであり、この国の過ちであるお前を、私の手で今度こそ捻り潰せるのだから!」

 

 悪どく、全身に寒気を覚えるくらいの笑いで言う黒いジャンヌ。

 

 マシュと清姫は眉をひそめ、ジークフリートはファヴニールを睨み……けど、ジャンヌだけは穏やかに笑っていた。

 

「やはり、そうなのですね……」

 

 ジャンヌ……?

 

「……何を言っているの?」

「今の言葉を聞いて、ようやくわかりました。いいえ、決心がついたというべきでしょうか」

「へぇ?一体どんなくだらないものなのかしら」

 

 聞いてくる黒いジャンヌに、旗を地面に突き刺すジャンヌ。

 

 そして、片手を自分の胸に。

 

 もう片方の手を、黒いジャンヌに向けて。

 

 

 

「私は私で、貴女は貴女だ」

 

 

 

 そう、言い切った。

 

「っ、何を訳の分からないことを……!」

「ずっと迷っていたのです。貴女が私なのか、私は貴女なのか……ですが、もう迷わない。ジャンヌ・ダルク。いいえ、〝竜の魔女〟」

 

 もう一度旗を手に取ったジャンヌは、強い瞳で、揺るがぬ言葉で、黒いジャンヌへと告げる。

 

「私は貴女を、怒りでも、憎しみでも、拒絶でもなく……憐憫をもって打ち倒しましょう」

「ッ──────! できるものならやってみるがいい!お前達ごとき雑魚、我が邪竜が一息で──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ゾッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、冷たさを感じた。

 

 なんの脈絡もなく、突然として、肌を焼くような痛みが消え失せた。

 

 その代わりに、心臓まで凍りつきそうなほど冷たい空気が立ち込める。

 

 黒いジャンヌが振り返り、ジャンヌが弾かれたように掲げていた旗を構え直し、マシュとジークフリートも戦闘態勢へ。

 

 俺を含めた全員が見るのは、はるか後方……黒いジャンヌとファヴニールの背後を包み込むような霧。

 

 黒いような、紫のようなその向こうに、恐ろしい()()がいる。

 

 

 

 

 

 ガチャリ……ガチャリ……

 

 

 

 

 

 そんな俺に応えるみたいに、霧の向こうから音が聞こえた。

 

 まるで金属を引きずっているような音は、少しずつ近づいてきて……やがて、霧の中に影が現れる。

 

 やがて、霧から現れたのは……とても大きな騎士だった。

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 四つん這いになり、片手にハンマーのようなものを持ったその騎士は、思い切り咆哮する。

 

 肌をビリビリと叩く冷気、ファヴニールと同じほどに圧倒的な存在感。

 

 俺など一息に踏み潰されてしまいそうな怪物が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 こいつは、何者だ────!?

 




読んでいただき、ありがとうございます。

金曜からは10時更新です。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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オルレアンの戦乱 3

どうも、作者です。

早めに出来上がったので、夜の10時ではなく朝の10時に投稿させていただきます。

楽しんでいただけると嬉しいです。


「──ハ。そういえば貴方もいたわね」

 

 ファヴニールの上で、黒いジャンヌが謎の大騎士を見下ろして笑った。

 

 圧倒されていた俺は、その声でハッと我に返ると震える手を握りしめる。

 

『藤丸くん、マシュ、そこに何か、ファヴニールクラスの魔力反応がある。一体何が起こっているのかな?』

 

 通信機から、ダ・ヴィンチちゃんの強張った声が聞こえてくる。

 

 それに応える余裕すらなく、全身を包み込むような冷気を発する大騎士に目を釘付けにされていた。

 

 それは俺だけではない。マシュも、ルーソフィアさんも、他のサーヴァントの三人も同じように大騎士を見ている。

 

「この騎士は、一体……」

「〝冷たい谷のボルド〟。かつて灰の方が打ち倒せし、獣へ堕ちたイルシールの尖兵です」

 

 どうやらルーソフィアさんは、この大騎士について知っているらしい。

 

 つまりこの大騎士は、火の時代に関係しているものってことだ。

 

 改めて、こんな人が到底太刀打ちできないようなものが沢山いたという火の時代に、内心戦慄する。

 

 でもそんな暇は長くは与えてくれないようで、黒いジャンヌがファヴニールの上から〝ボルド〟に宣告する。

 

「いいでしょう、魂に飢えた冷たい番犬よ。我が邪竜と共に、こいつらを踏み潰してしまえ!」

「ガァアア────────ッッッ!!!」

「■■■■■■■■■■!!!」

 

 くっ、やっぱり黒いジャンヌの仲間なのか!

 

 ファヴニールとボルトが叫んだ瞬間、どこからか大量のワイバーンたちが現れて、ここに集まり始める。

 

 瞬く間に百匹以上に増えたワイバーンたちは、まるで大きな黒い雲のように頭上を覆い尽くした。

 

「これは……!」

『なんという数だ!』

『おやロマニ、起きて平気なのかい?』

『こんな状況で僕だけ休んでられるわけがないだろう!?』

 

 あちらでは作戦開始から休んでいたドクターが復帰したらしいが、こっちはそれどころじゃない!

 

 もう俺の魔力は枯渇寸前、なのに目の前には黒いジャンヌにファヴニール、それと同等のボルドにワイバーンの群れ。

 

 はっきり言って、どうやっても俺たちだけでどうにかなるとは思えない。戦力差がありすぎる。

 

「マスター、どうしますか!?」

「とりあえず、ジャンヌとジークフリートはファヴニールとボルドを押さえて!マシュと清姫はワイバーンの撃退!ルーソフィアさんも援護お願いします!」

「「「「了解!」」」」

「承知いたしました」

 

 話している間に少しだけ戻ってきた魔力を振り絞り、頭痛で割れそうな頭を働かせて迎撃に備える。

 

 今更退けるはずがない。各地の砦に避難している人たちのためにも、ここで食い止めなくては!

 

「さあ、蹂躙の時よ!」

「みんな、頼んだ!」

 

 旗が振り下ろされ、まずワイバーンの群れが殺到してくる。

 

 竦む足を叱咤して、サーヴァントたちを信じて迎え撃とうとして──次の瞬間、予想外の事態が起こった。

 

 ドン、というお腹に響くような音と共に、ヒュウと何かが空気を切る音。かと思えばワイバーンの一部が爆発した。

 

 悲鳴を上げた火達磨のワイバーンは地面に落ち、俺たちもあちらもピタリと動きを止める。

 

『ワイバーンの魔力反応、一部が消失!藤丸くん気を付けろ、まだまだ来るぞ!』

「い、いや、俺たちじゃなくて……」

 

 本当にいきなりだった。一体誰があんなことを……

 

 

 

 

 

 ワアアァアアア!!!

 

 

 

 

 

 その時、後ろから声が聞こえた。

 

 反射的に最高速度で振り返って……唖然とする。

 

 なぜなら、俺たちの後ろには──いつの間にか、何千もの軍勢がついていたのだから。

 

「あれは……フランス軍!?」

「何……!?」

 

 驚く二人のジャンヌ。

 

 確かによく見てみれば、あれはみんな砦やこれまでの道中で何度も見たフランスの兵士たちだった。

 

 さっきのは多分、大砲か何かを撃ったんだろう。現にいくつも黒い鉄の塊が並んでいる。

 

 そういえば、ユリアさんがジル・ド・レェって人がオルレアンへの進軍を考えてると言っていた。

 

 何にせよ──今俺たちが一番欲しいもの、援軍がやってきたのだ。

 

「お待たせ致しました!」

「ゲオルギウス殿!」

 

 馬に乗ってやってきたのは、数日前に最後に会ったライダーのサーヴァント、ゲオルギウス。

 

「ゲオルギウス、遅れて参上致しました」

「彼らは……やはり、来てしまったのですね」

「ええ。砦を守るために割かれた者たちを除いた、このフランスに残った残存兵力。その全てがここに集っています」

『すごい……!これならワイバーンを気にせず、ファヴニールともう一つの大きい魔力反応を相手できるぞ!』

 

 確かにドクターの言う通り、これなら両方を相手にする必要はない。

 

 でも、ジャンヌの表情は優れなかった。フランス軍を見て、どこか悲しそうな目をしている。

 

「ジャンヌ?」

「……確かに、この状況において彼らがいることはとても心強いです。けれどこれはサーヴァント(我々)の戦い。それに仲間が犠牲になるのは……心苦しい」

『あ……そ、そうだよね……』

 

 一気にドクターの声のトーンが落ちる。でも、ジャンヌの言うこともよくわかった。

 

「ハッ!雑兵がいくら増えたところで意味はありません!ボルドよ!ことごとく轢き潰してしまいなさい!」

「■■■■■■■■■■!!!」

 

 雄叫びを上げ、ボルドが冷気と共に歩み始める。

 

 一歩進むたびに起こる地響きは、ボルドがどれだけの重量を持っているのかがすぐにわかった。

 

 あんなものが突撃してきたら、人間じゃひとたまりもない。それにフランス軍はワイバーンへの砲撃で足が止まってる!

 

「させません!」

「ああ、ここで食い止める!」

「ふふ、怪物退治と参りましょう」

「お力添えを」

「みなさん……」

「ジャンヌ、行ける?」

「……はい!」

 

 各々の武器を掲げ、ボルドと黒いジャンヌを迎え撃つ態勢に入る。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 

 

 まるでそれを待っていたかのように、ボルドが勢いよく突進してきた。

 

 腕と足の形こそ人間であるものの、その姿はまさしく獣。俺たち(獲物)めがけ、一直線に突き進んでくる。

 

 先ほどよりもずっと激しい地鳴りを足に肉体強化の魔術を施すことで耐え、まっすぐにボルドを見据える。

 

 接触まで残り三メートル、二メートル、一メートル……そしてついに、マシュの構えた盾にボルドの頭がぶつかる。

 

「ぐぅうううう!!???」

 

 激しい衝突。聖女マルタの操っていたタラスクに匹敵する轟音と、肌がすくみあがるほどの圧力。

 

 

 

 ギャオオオオオオ!!!

 

 

 

 守り手がいなくなるのを待っていたのだろう、砲撃の範囲外にいるワイバーンたちが俺を狙って滑空してくる。

 

「ゼェアッ!!!」

「あら、私たちもいることをお忘れでは?」

 

 数匹のワイバーンは、エーテルと呼ばれるエネルギーを纏ったジークフリートの剣撃と清姫の炎で落ちた。

 

 後に続こうとしていたワイバーンたちは動きを止め、そこをフランス軍に狙い撃ちされて撃墜される。

 

「邪竜よ!」

「ガァアアアア────!!!」

 

 ホッとする暇もなく、黒いジャンヌの大きな声が響いた。

 

 ハッと視線を向ければ、ファヴニールの口元に最初に現れた時と同等の黒い炎が集まっている。

 

『まずい、自分の体内の魔力(オド)だけじゃなく、大気中の魔力(マナ)まで吸っている!こんなの藤丸くんたちどころか、オルレアン一帯が吹き飛ぶぞ!今すぐ逃げろ!』

「──大丈夫です」

 

 切羽詰まったドクターの声に、俺は努めて平静を装って返す。

 

「ハアアアァァア!!!!」

 

 叫びとともに、空を飛ぶ純白の旗。

 

 魔力を収束させていくファヴニールに向けて跳躍したのは──他でもない、ジャンヌその人だった。

 

 ありえない跳躍力で飛んだジャンヌは、その手に握る旗を、ファヴニールの下顎に向けて思い切りぶち当てる。

 

「まさか──射線をズラす気か!?」

『無茶な!?いくらサーヴァントとはいえ、あれを一人でどうにかするなんて無理に決まってる!』 

 

 驚きを含んだジークフリートの声、悲鳴に近いドクターの予測。

 

 あいつが出そうとしているのは、もし放たれれば骨も残らないだろう絶死の一撃。

 

 それをジャンヌは、カチあげることでずらそうとしているのだ。普通なら無理に決まってる。

 

「……彼女なら、できる」

 

 でも俺は、ただ信じていた。

 

 それが足手まといな俺にできる、たった一つのことだから。

 

「ガァア────ー!」

「ァアアアアアアアアッッッ!!!!!」

 

 そして──ジャンヌは、ファヴニールの頭をかちあげた。

 

 誰もが息を呑み、目を見開く。

 

 俺も、マシュも、ジークフリートも、清姫も、フランス軍も、あのルーソフィアさんまでもが。

 

 何より、ファヴニールに跨る黒いジャンヌが。ありえないと、できるはずがないと驚愕する。

 

「この国を、終わらせはしない!」

 

 ただ、そう雄々しく叫んだジャンヌに誰もが思っただろう。

 

 この人こそが──〝救国の聖女〟なのだと。

 

「小賢しい……!ボルド、いつまで遊んでいるのです!」

「■■■■■!!!」

 

 でも、優勢を感じたのはほんの一瞬だった。

 

 激昂に近い黒いジャンヌの命令にボルドが圧を増し、マシュが少しずつ押され始める。

 

 ここまでの戦闘でマシュも相当消耗しているのだ。もう盾を持っているのも辛いはず。

 

 だからこそ、大きくマシュの体勢が崩れた次の瞬間、俺はまずい!と叫ぶ自分の直感に従った。

 

「令呪をもって命ずる!マシュ、避けろ!」

「っ、はい!」

 

 右手から赤い印が一画失われ、一時的にその魔力で強化されたマシュは大きく飛び退く。

 

 当然障害物のなくなったボルドは解放され、圧倒的質量を持つその体が迫ってきた。

 

 サーヴァントは回避し、俺とルーソフィアさんも近くにいたジークフリートに抱きかかえられてなんとか避けた。

 

 だが、それだけでは終わらない。ボルドは、ファヴニールのブレスで燃え盛る大地を抜けその先へ向かう。

 

 ジークフリートの腕の中でしまったと思った時にはもう遅く、そのまま真っ直ぐにフランス軍に突き進んだ。

 

「まずい、フランス軍が!」

「心苦しいですが、我々にはどうしようも──っ」

 

 その時だった。隣でルーソフィアさんが弾かれたように空を見上げたのは。

 

 だがそれに気付かずに、俺は自分の判断ミスを悔やんで蹂躙されるフランス軍を幻視する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「させぬよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空から、雷が落ちた。

 

 フランス軍とボルドの間に割り込むように、大きな、それでいて目を奪われるような美しい光が舞い降りた。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■!!???」

 

 

 

 その雷鳴(らいめい)は焦土になった地面を抉り、ボルドを大きく弾き飛ばす。

 

 揺れる大地を破壊しながらボルドは転がり、しかし途中で手に持ったハンマーで体勢を立て直した。

 

 ちょうど同じくらいに、ジークフリートが雷のある程度近くに着地して俺とルーソフィアさんは解放される。

 

「マスター!ご無事ですか!?」

「マシュ!ジャンヌ、清姫も!」

 

 走り寄ってきたマシュたちは軽傷こそ追っているものの、これといった大怪我はしていなかった。

 

 そのことにホッとしつつ、未だに大地を暴れまわる雷の方へと目線を移す。

 

「あれは一体……」

「ドクター、何か解析結果は出ていますか?」

『──驚いた。は、はははっ、本当にすごいぞ、これは!』

 

 ドクターは、何やら興奮しているようだった。

 

 それはどうやら、あの雷の発生源に向けてのものらしい。

 

『藤丸くん、マシュ!もう安心だ!援軍が来た、それもとびきりの大戦力だ!』

「それって……」

 

 どくん、と心臓が動く音が聞こえた気がした。

 

 それは期待なのか、喜びなのか、それとも今まで長い間いなかったことへ対する、不安と不満なのか。

 

 俺自身もわからないとても大きな感情のうねりが、ドクターの言葉によって胸の中に沸き起こる。

 

 ドクターが太鼓判を押すほどの戦力、そしてあの凄まじい攻撃。

 

 間違いない、あれは──

 

 

 

 

 

 ヴォンッ!!!!!

 

 

 

 

 

 目を見開く俺の前で、雷の中から何かが投げられた。

 

 それは大きな音を立てて回転し、雷を見て唸っていたボルドへ飛んでいく。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 

 

 ボルドはその何かを、ハンマーを使って弾き返した。

 

 反転した何かは、雷の中へと戻っていき──そして〝彼〟が掴んだ瞬間、雷は消え失せる。

 

「──凄まじい力だ。貴公のその剛力、まさに番兵に相応しい」

 

 ああ、という声をこぼしたのは、果たして俺だったろうか。

 

 それとも、隣にいるマシュだろうか。

 

「それ以上に、獣性に侵されてなお消えぬ忠義心、感服に値する。例え、悪しき魔女の下であってもな」

 

 変わらない冷静な声音、片手では扱えるはずがないほどの大斧を振り上げた腕、堂々とした佇まい。

 

 握りしめた大斧を肩に担ぎ、古ぼけた鎧と今にも千切れてしまいそうな外套を纏った〝彼〟はボルドを見やる。

 

「であれば、私も名乗ろう。幾星霜を経て再び相見えた忠義の騎士よ」

 

 そして、戦場全てに響き渡る声で言うのだ。

 

 何より俺の心を奮い立たせてくれる、その声で。

 

 

 

 

 

 

 

「サーヴァントバーサーカー、戦場に遅れ馳せ参じた。我がソウル、マスターの勝利のために」

 

 

 

 

 

 

 

 今ここに、俺の最初のサーヴァントが戻ってきた。

 




バーサーカー、遂に帰還!

待ち望んでいた読者様はいましたでしょうか?自分はこれをずっとやりたかったです!

ついでにある映画のパロも少し入れましたが、気づきましたかね?w

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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オルレアンの戦乱 4

どうも、作者です。また一週間が始まってしまった……

今回は多分、待ってくださっていた方には待っていた展開です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


「バーサーカー!」

 

 我ながら喜びに満ちた声で、バーサーカーのことを呼ぶ。

 

 バーサーカーが不死人だと分かっていても、どこか心の中ではもう会えないんじゃないかって思ってた。

 

 でも、確かにここにいる。

 

 バーサーカーは、俺の誰より頼もしいサーヴァントは、帰ってきたんだ。

 

「馬鹿な、ありえない!お前は確かに殺したはず!なぜ生きているのです!?」

 

 黒いジャンヌが狼狽したように叫ぶ。

 

 バーサーカーは黒いジャンヌに大斧を向け、静かな、けれど不思議と響く声で言った。

 

「言ったはずだ、竜の魔女よ。不死人の意地にしばらく付き合ってもらうとな」

「……本当の不死というわけですか。ふざけた英霊もいたものです……!」

「私自身そう思っているよ……ああ、あともう一つ」

 

 そこで言葉を一旦区切って。

 

「生きていたのは、私だけではない」

 

 え?と首を傾げた、次の瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランス万歳(ヴィヴ・ラ・フラーンス)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、上空からの声。

 

 バーサーカーが現れた時と同じくらいの驚きと共に、聞き覚えのあるその宣言に空を振り仰いだ。

 

 あの時と違い、燦然と輝く太陽は黒雲に覆われてその光は届かない。

 

 だからこそ〝それ〟はよく見えた。

 

「硝子の、馬車……!」

「先輩、あれはまさか……!」

「……ええ、間違いありません」

 

 俺が声を上げ、マシュが堪えきれないように続き、そんな俺たちを肯定するようにルーソフィアさんが頷く。

 

 清姫が、ジークフリートが、ゲオルギウスが……そしてジャンヌが目を見開き、俺たちの前に降りてきた馬車を見入る。

 

 ガチャリ、と馬車の扉が開き、そして──

 

 

 

「皆さまごきげんよう! お加減はいかが? マリー・アントワネット、最後のパレードに参上いたしましたわ!」

 

 

 

 硝子の王女様が、変わらない明るい笑顔で現れた。

 

『これは驚いた!マリー・アントワネットは消滅していなかったのか!』

「ま、りー……!」

「ただいま、ジャンヌ。また会えたわね?私、とっても嬉しいわ!」

 

 ニコリと笑うマリーさんに、ジャンヌは旗を強く握り、何かをこらえるように口元をキュッと引き締める。

 

 俺でもわかった。ジャンヌはきっと、友達が生きていたことに泣きそうになるのを我慢してるんだ。

 

 声をかけようにも、後ろに黒いジャンヌがいるので立ち尽くしていると、マリーさんがジャンヌに歩み寄る。

 

「ほら、顔をあげて?あなたの毅然とした顔、とても素敵だもの!」

「マリー、なぜ、あなたは……」

「あの古びた鎧の騎士様に助けていただいたのよ。竜の魔女の火に包まれる瞬間、あの方が私を救い出したの!」

「彼が……」

 

 半ば呆然としながらジャンヌが振り向くと、バーサーカーは〝騎士の一礼〟とでもいうように頭を下げる。

 

 そっか、バーサーカーが助けてくれたんだ……やっぱり、俺の初めての大英雄はすごいや。

 

「あいたたた。マリー、もう少し安全運転できなかったのかい?僕死にかけてるんだけど」

「あら、軟弱な子豚ね。そんなんじゃアンコールまでもたないわよ?」

「モーツァルトさん!エリザベートさん!」

 

 硝子の馬車からボロボロのモーツァルトさんと、エリザベートまで降りてきた。久しぶりに全員が集まった。

 

「アマデウスさん、あのサーヴァントは……」

「ああ、あの騎士が来てくれたからね。なんとか首が繋がったから、しっかりと鎮魂歌(レクイエム)で満足させてやったさ」

「そうですか……よかった」

 

 ホッとするマシュ。俺もモーツァルトさんが無事でホッとした。

 

「ジャンヌ、あんたいい顔してるわね」

「え?」

「ずっと迷ってたけど、今は吹っ切れてる。もう一人のアタシ(カーミラ)に言いたいこと言ってやった今のアタシと同じ顔だわ!」

「……ふふ。ええ、そうですね」

 

 エリザベートの激励に、これまで通りに微笑んだジャンヌは旗を地面に突き立て、振り返った。

 

 共に俺たちも体を向け、黒いジャンヌを見ると……これまでで一番すごい形相で俺たちを睨んでいる。

 

「ありえない……!何故、何故上手くいかないの……!どいつもこいつも私の思い通りにいかない……!」

「竜の魔女よ!」

「っ!」

「我が心に一切の曇りなし!我がマスター、我が同胞、そして我が友とともに、貴女を討ちます!」

「ッ、黙れ黙れ黙れぇぇええええ!」

 

 苛立つように叫び、俺たちと自分を阻むように黒い炎が地面から立ち上がる。

 

 それらを清姫の炎とジャンヌの旗の一振りが相殺し、サーヴァントたちが俺たちの側に集った。

 

 ファヴニールとワイバーンの群れと共に見下ろしてくる黒いジャンヌに対して、仲間と一緒に見上げる俺たち。

 

 全く正反対の光景、しかし黒いジャンヌは気圧されたようにファヴニールの上で顔を歪めていた。

 

「ぐっ、ボルド!そのマスターを殺せ!」

「■■■■■■■■■■!!!」

 

 ずっとバーサーカーを睨んでいたボルドがこちらへ殺気を向け、進撃してくる。

 

 さっきよりも速い!マシュ一人じゃあ受け止めきれない!

 

「させぬと、何度も言ったはずだ!」

 

 けれど、俺たちの前に一瞬で現れたバーサーカーがボルドの突撃を、岩のような大盾で真正面から受け止めた。

 

 それだけにとどまらず、ボルドの兜に包まれた頭を盾で逸らすと、下から黄金のハンマーでかち上げた!

 

「■■■■■!?」

 

 悲鳴をあげ、再び横倒しになるボルドの体。

 

 ハンマーを肩に担いだバーサーカーは、こちらを振り返って視線を向けてくる。

 

「マスター、無事か」

「……うん。おかえり、バーサーカー」

「ああ。いつも遅れてすまないな」

「ううん、きっと帰ってくるって信じてた」

「それは嬉しいな」

 

 少し楽しそうに笑ったバーサーカーは、次に俺の隣にいるルーソフィアさんの方を向いた。

 

「火防女」

「……灰の方」

 

 二人の間に漂う、和やかな雰囲気。

 

 戦場の真ん中だと言うのに、決して変わらない二人の関係を感じさせた。

 

「いってくる」

「……いってらっしゃいませ。貴方のソウルに、炎の導きがあらんことを」

「ああ。必ず勝とう」

 

 たったそれだけのやりとり。

 

 彼女なんていたことがないけど、こんなに強い絆を結んだ相手がいることに凄いな、と純粋に思った。

 

 ルーソフィアさんと約束をしたバーサーカーは、もう一度闘志とも呼べる雰囲気を纏ってボルドへ歩き出す。

 

「貴公の相手は私だ、ボルド!」

「■■■■■■■■■■!!!」

 

 怒っているような叫び声をあげて、ボルドが咆哮する。

 

 バーサーカーはそれを物ともせず、俺たちからボルドを引き離すようにあっという間に離れていった。

 

 ボルドは黒いジャンヌの命令はもう覚えていないのか、バーサーカーを追って走り去っていく。

 

「おのれ、使えない番犬め……! だが、まだだ!竜たちよ!我が意に従え!」

 

 黒いジャンヌの命令に従い、先ほどよりもさらに多くのワイバーンが飛来する。

 

 けれど、もう俺の心にはなんの心配もなかった。

 

「もう二度と、退きません!」

「はぁああ!」

「すまないが、竜殺しに関しては自信がある!」

「うふふ、丸焼きにして差し上げますわ」

「感謝しなさい蜥蜴ども!あんたらは最前列で聴かせてあげる!」

「さあ、奏でてくださいなアマデウス!一世一代の大舞台と参りましょう!」

「やれやれ、演奏は続行のようだね!」

「〜♪」

 

 ともに並び立つ……なんて、大それたことは言えないけど。それでも彼らが隣にいる。

 

「進め!ここがフランスを守れるかの瀬戸際だ!恐れることはない!我らには聖女がついている!」

「「「おおぉぉぉぉおおおおおお!!!」」」

 

 それだけじゃない、フランス軍だっている。

 

「彼女を、止めよう!」

「「「「「「応(ええ、はい)!!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 まだ、俺たちは戦える!

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「フッ!」

 

 宙を舞う灰の弓から、三本の矢が放たれる。

 

 漆黒のその矢は闇の力を備えており、ボルドの鎧の隙間に的確に狙いが定められていた。

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 自らの唯一の弱点とも呼べる力を秘めたそれを、しかしボルドは大槌の一振りで弾き返す。

 

 灰とてそれは承知のことであり、着地してすぐに右手に大主教の大杖を、左手に呪術の火を装備。

 

「〝追う者たち〟、〝黒火球〟」

 

 放つは闇術、精神力を糧として自らの人間性の中に潜む闇を具現化し、ボルドへと放つ。

 

 人魂の如き五つの黒い光と、暗黒に燃え盛る火の球が片腕を振り切ったボルドの腹部で炸裂した。

 

「■■■!?」

 

 苦悶の声をあげ、半ば獣と化した体と共に肥大化した超重量の鎧を着込んだ体を浮かせるボルド。

 

 その隙を逃さず、素早く懐に潜り込んだ灰は大主教の大杖を両手で握り、〝闇の刃〟を具現化させて振るう。

 

 狙うは両足の腱。不安定な体を支えるそれらを断ち切ることで、ボルドの機動力を奪おうとした。

 

 しかし、硝子の割れるような音ともに刃が欠ける。ボルドの肉体が闇術の技よりも堅牢だったのだ。

 

 む、と呟いた灰はボルドの体から冷気が吹き出るのを察して飛び退いた。

 

「……サーヴァントと化したことで、肉体も強化されたか。実に厄介だな」

「■■■■■■■■■■!!!」

 

 より一層深い恨みを感じさせる唸り声と共に、戦場が凍てついてゆく。

 

 灰の記憶の中では、単に振りまいているだけだった冷気も強化されているのだろう。長く近付くのは危険だ。

 

 それに先ほどからの様子を見ていると、ボルドの感情の昂りに比例して冷気は強くなっているようだ。

 

(……それも仕方があるまい。()()()()()()()()()が目の前にいるのだからな。さしずめクラスは私と同じバーサーカーか)

 

 もしもこの場に現界しているボルドというサーヴァントの霊基にその記憶があるとすれば、灰は仇敵である。

 

 肉体のほとんどが獣となっている以上、解放されたという意識よりも、殺された怒りの方が先行しているのだろう。

 

 放たれる殺気は非常に濃密で、幾度もあの門で戦った時とは比べるべくもない。

 

「しかし加減はしない。私とて、まだ戦う理由があるのでな」

「■■■■■■■■!!!」

 

 何度受けたのかも定かでない叫びを受け止め、再び〝闇の刃〟を纏った大杖を薙刀のように腰だめに構える。

 

 ボルドが突進すれば、灰はその軌道を読み……といっても一直線なのだが……回避して切りつける。

 

 やはり刃は砕ける。しかし、灰は気にする様子もなくもう一度刃を作り、比較的装甲の薄い尻を切りつけた。

 

 どうやら他の箇所よりは柔らいようで、分厚い筋肉に阻まれこそしたもののある程度のダメージを負わせる。

 

「■■■!?」

 

 悲鳴をあげたボルドは反転し、灰を叩き潰すために大槌を振り下ろした。

 

 ひらりと回避した灰はボルドの背に飛び乗り、規格外の膂力で闇の刃を首筋に突き刺す。

 

 またも筋肉に阻まれ、奥までは届かない。しかし元は人間であるために薄く、尻よりもさらに深手を負わせた。

 

 鬱陶しげに激しく体を揺らすボルド。振り落とされてはまずいと灰は自ら飛び降り、距離を取る。

 

「……大体理解した。本気でいかせてもらおう」

 

 そこから、グンと灰のスピードがそれまでの数倍に増した。

 

 危険を感じ取ったボルドはそれまでの単調な正面突破を封じ、代わりに手当たり次第に地面を叩いた。

 

 地面がえぐれ、石と土塊が飛び散る。そうすることで灰の進行を阻もうという、獣なりの作戦だった。

 

 しかし、そんなものでは止まらない。〝フォース〟でそれらを吹き飛ばすと、あっという間に接近した。

 

「!?」

「ふっ!」

 

 駆け抜けるようにボルドの股下をくぐり抜け、その最中に首へ一閃。

 

 感じた鋭い痛みにボルドは憤慨し、その圧倒的重量で押しつぶそうとその場で自ら尻餅をつく。

 

 それも察知していた灰は大杖をアースシーカーへ持ち変え、低姿勢を維持したまま地面にたたきつけて戦技を使った。

 

 地面が激しく揺れ、ボルドのバランスが崩れる。そうすることで着地点が変わり、灰は難を逃れた。

 

「ぬんっ!」

 

 休むことなく、灰はアースシーカーをボルドの左腕。つまりは大槌を握る腕に押し付けてもう一度戦技を使う。

 

 場所が地面でなくてもアースシーカーは遺憾無く力を発揮し、衝撃とともにボルドの手から大槌が離れた。

 

「ッッッ!!!」

「これで……どうだ!」

 

 地面へ落下する大槌を強奪、それを用いてボルドの頭を下からかちあげる。

 

「ッ────!?」

 

 尋常ならざる筋力で振るわれた大槌は、ボルドにダメージを与えるどころかその体を宙に浮かせた。

 

 兜がひしゃげ、その奥に隠されていた瞳を見開くボルド。

 

 ほどなくして、彼の巨体は大地へ落ちた。鎧がそのまま重りとなり、ボルドに追撃を与えてしまう。

 

「■■、■■■■■…………」

「貴公とは何度も相見えた。その早さも、強さも、測ってしまえれば対処はできる」

 

 たとえ何万年を経ようと変わらないロスリックでの長い戦いと、これまでの短期間の攻防で見定めたスペック。

 

 情報さえ揃えば、強敵などいくらでも打倒するのが不死人の真骨頂だ。それはこの場においても変わらない。

 

「■■■■………………」

 

 灰の攻撃によって激しく消耗し、ボルドの意識が明滅する。

 

 まだだ、まだ終わらぬ。この程度では私はまた何も守れないで、獣のまま終わってしまう。

 

 それは許されない。

 

 数千年ぶりの新たな生だ。今度こそ、私は〝彼女〟を……!

 

「■■■■、■■■■■■■■■■!!!」

「まだ立つか。相変わらず頑丈だ」

 

 立ち上がったボルドは、現界するために温存していた魔力を全て振り絞り、冷気に変換して外へ放出する。

 

 そうすると、その冷気を鎧の上から纏った。まるで第二の鎧のような刺々しいそれは、灰の記憶にはないものだ。

 

「……宝具か」

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 肯定するように、ボルドの全身から魔力が膨れ上がった。

 

 それまでとは一線を画す威圧感に、経験において優位を保っていた灰はすぐさま意識を切り替える。

 

 これから繰り出されるのは未知の攻撃。その未知こそが最も恐ろしものだと、灰はよく知っている。

 

「仕方あるまい、来い!」

「■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!」

 

 最大の雄叫びとともに、ボルドは激しい地鳴りとともに突撃する。

 

 それはボルドの最大にして、唯一の武器。己という武器を最大限に活用した、獣の〝技〟というべきもの。

 

 これなるは、数多の戦士を屠ったその勇姿が宝具へと昇華されたもの。そして、一人の不死に破られし奥義。

 

 

 

 すなわち──〝荒れ狂う冷犬(フルクトゥス・フリグス・カニス)〟。

 

 

 

 それは、動きこそ灰が何度も見たものだった。窮地に追い込まれたボルドの繰り出した三連続の突進攻撃だ。

 

 だが、桁が違う。咄嗟に灰はアースシーカーとボルドの大槌を構え、その宝具へ立ち向かう。

 

 

 

 一度目の突進は、二つの特大武器を用いて外へずらした。

 

 

 

 踵を返して戻ってきた二度目の突進は、ハベルの大盾を一枚犠牲にすることで防いだ。

 

 

 

 そして三度目、最後の一撃。

 

 

 

 それまでの二度よりもずっと強く、速く、重いそれを、灰は呪術で肉体を強化することで躱した。

 

 

 

 

 これで終わりだ。灰は着地した時、一瞬だがそう思い浮かべた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!」

「なっ!?」

 

 だが、それでは終わらなかった。

 

 この騎士には、三度では足りぬ。そんな数では、我が宿敵の魂を貪ることは叶わない。

 

 であれば、()()

 

 自らの限界を超えて、かつて人であった時にそうしたように、壁を超えろ。

 

 たとえ獣に堕したとて──目の前に主人を脅かす相手がいる限り、私は騎士なのだから。

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■────!」

 

 

 

 

 

 そんなボルドの、全身全霊をかけた一撃は──




決着はどうなったのか、それは次回へ

次回、邪ンヌとの戦い決着。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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竜の魔女の最後

どうも、作者です。

あと何話かオルレアンは続きますが、まずは決着。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 バーサーカーが現れてから後、藤丸たちの戦況は一変した。

 

 

 

 フランス軍の援護が、ワイバーンたちを抑え込んだ。

 

 

 

 火防女とマリー、アマデウスの旋律が藤丸らの心を奮い立たせ、痛みを消した。

 

 

 

 エリザベートと清姫の攻撃が、辛うじて残っていたゾンビたちの包囲を亡き者とした。

 

 

 

 マシュと、ジャンヌの絶対的な防御が、ファヴニールの爪や尻尾による猛攻を防ぎきった。

 

 

 

 そして──

 

『最後のワイバーンの反応、ロスト!藤丸くん、もう横槍は入らないぞ!ファヴニールと竜の魔女を叩け!』

「はいっ!」

「おのれぇぇぇええええッッッ!!!!!」

 

 藤丸が答え、魔女が叫ぶ。

 

 すでに魔女の顔に余裕はなく、それとは相反して藤丸の表情は決意と確信に満ちている。

 

 大局的に見ても、どちらが劣勢かは明らかだった──彼女が従える竜が、悪名高き邪竜ファヴニールでなければ。

 

 主人の憎悪に反応し、邪竜はこれまでの戦いの中で再び体内に満ちた魔力を口元へと収束させてゆく。

 

 それだけではない、大気に流れるわずかな魔力さえも吸い上げて、この戦場に現れた時と同等の一撃を放とうとする。

 

『ファヴニールに魔力が収束!最大の一撃がくるぞ!』

「わかってます!」

 

 警告を飛ばすドクターロマンに、藤丸は限界を超えた思考力であの邪竜へ対抗するすべを導き出す。

 

 そして、彼へと目線を向けた。この最強の敵を打倒するのは、他でもない彼以外にありえないと確信したが故に。

 

 右手を振り上げ、叫ぶ。魔力不足で激痛と震えに苛まれる腕を左手で掴み、あらん限りの声で咆哮する。

 

 その時彼の脳裏に、また疑問が浮かんだ。

 

 見ているだけだった。何もできなかった。ただただ、足手纏いだった。

 

 何度思っただろう。「生き残ったのが自分でなければ?」と。

 

 自分より優れた魔術師などごまんといる。自分より上手くやれた人がいたはずだ。

 

 それでも!と。

 

 死なせないため、壊させないため──この世界を、終わらせないために。

 

 

 

「〝令呪を以って命ずる〟!」

 

 

 

 だから、彼は吠えるのだ。

 

 恐怖も、後悔も、不安も、痛みも、怒りも、悲しみも、自虐も、自嘲も、何もかも飲み込んで。

 

 それでも、俺はここに立っているのだと。 

 

「邪竜を倒せ──ジークフリート!!!」

「──了解した、マスター」

 

 であれば、英霊として、人として、その叫びに応えんとしてなんとする。

 

 誰よりも前に立つ彼は剣を掲げ、自らの体に満ち満ちた令呪の魔力に不敵に微笑み。

 

「その怒り、その正義、我が信念によって応えよう!」

 

 

 

 ──真エーテル、全開放。

 

 

 

 剣気が伸びる。

 

 暗雲を貫き、絶望を穿ち、希望を秘めて、大剣より絶大な真エーテルが成層圏にまで屹立する。

 

 それは絶対の一撃。邪を屠らんとする信念の剣。なればこそ、代償が担い手とマスターに襲い来る。

 

 全身を焼かれるような痛み、瞳から血涙が頬を伝う感覚。

 

 おおよそ常人には耐えらぬであろう、その責め苦。

 

(だから、どうした────!)

 

 それを、藤丸立香は耐え抜いた。

 

「──敬意を。この絶望を前に、全てを噛み締めてなお立ち続けるその勇気に、心からの感謝を。だから共に打ち果たそう、この敵を!」

 

 長大なエネルギーの刃を、ジークフリートは柄を両手で握りしめ、斜めに構える。

 

 絶大なその宝具に、余波を想定してサーヴァントたちが藤丸の前に立って防御姿勢をとった。

 

 対する竜の魔女は、初めてと言っていい恐怖とも呼べる感情に目元を歪ませ、旗を振ってファヴニールに命令を下した。

 

幻想大剣(げんそうたいけん)最大出力(さいだいしゅつりょく)

「あのサーヴァントを殺せ、ファヴニールッッッ!!!!!」

「オォオオオオオ────────!」

 

 極限まで濃縮された魔力は球状に収束し、ジークフリートの宝具に真っ向から対抗しようとする。

 

 かの邪竜の中にも、魔女と同じジークフリートへの脅威の念があった。

 

 しかし、恐怖ではない。それは概念と化したとてファヴニールの中に刻まれた、己を討ち果たした者への畏敬だ。

 

 

 

 

 

「オオァアアアアァアアアア!!!!!」

 

 

 

 

 

 ただ一人己を地に堕とした英雄へ、最大の敵意をもってファヴニールは最上の一撃を解き放った。

 

 迫る黒い極光。全てを飲み込まんとする、邪竜の滅びの吐息。

 

「〝黄金の夢から覚め、揺籃(ようらん)から解き放たれよ〟」

 

 降り注ぐ光に、ジークフリートは一歩踏み出す。

 

邪竜、滅ぶべし────!

 

 そして──英雄は剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想大剣 天魔失墜(バルムンク)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真名開放。かつて邪竜を屠ったその剣が、再び振るわれる。

 

 空を裂き、地を抉り、邪竜の吐息さえも切り裂いて。

 

 その生涯を、伝説を象徴する一閃は──邪竜ファヴニールを、二度屠った。

 

「オ、ォオオオ……ォォオオオ…………!」

 

 

 

 ──見事なり、竜殺しの英雄よ。

 

 

 

 その眼に、敬意を込めて。邪竜ファヴニールは目蓋を閉じた。

 

 光が邪竜の肉体を滅ぼし、召喚された仮初の魂さえも原初に還す。

 

 そうして剣気が消えた時……そこにはもう、黒竜の姿はなかった。

 

 

 

『魔力反応ロスト……やった、やったぞ!ついに邪竜ファヴニールを討伐した!新しい竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の伝説の誕生だ!』

「……たお、した……?」

「はい、やりました先輩!」

 

 茫然と立つ藤丸に、喜色に顔を染めてマシュが告げる。

 

 それを後押しするように、後ろから盛大な歓声が聞こえた。長らく竜に怯えていたフランス軍の兵たちだ。

 

 微笑みを浮かべ、振り返るサーヴァントたち。それに藤丸は、震える声で確かに笑う。

 

「やっ、たんだ、俺。みんなと、一緒に」

「ええ。実に勇敢で──」

 

 そこで、ジャンヌは言葉を止めた。

 

 何故なら、邪竜が消えたその場所からまだ魔力の反応があったからだ。

 

 他のサーヴァントたちも一瞬緩んだ気を引き締めて、その魔力の持ち主を鋭い視線で睨む。

 

「ぐっ…………まだ、終わりではない……!」

 

 弱々しい声音ながらも立ち上がったのは……竜の魔女、もう一人のジャンヌ・ダルク。

 

 ファヴニールとともにジークフリートの宝具を受けた竜の魔女は、全身から煙を上げていた。

 

「こんなことで、我が憎悪は止まらない……!ファヴニールを失ったからなんだというのです、また召喚すればいいだけのこと……!」

『なんでしぶといやつだ……!藤丸くん、キツいだろうがまだ終わってないぞ!』

「はい……!」

 

 明らかに消耗している様子に、しかし油断なく戦闘態勢に入る藤丸たち。

 

「……いいえ。もう終わりです」

 

 だが、それを止めたのは他でもない……聖女のジャンヌ・ダルクだった。

 

 訝しむサーヴァントたちの中で身構えた藤丸の肩に手を置き、彼女は静かに少年の顔を見つめる。

 

 その真っ直ぐな瞳に、藤丸は何かを感じた。

 

「……わかった。ジャンヌがそう言うのなら」

「先輩!?」

「マシュ」

 

 驚くマシュを、今度は藤丸が見る。

 

 あまりに真剣なその顔に、揺るぎない瞳に、マシュは息を呑む。

 

 その瞳を、彼女は知っていた。これまで何度もこのオルレアンで……そして、燃え盛るあの業火の中で見た、強い目だ。

 

「みんなも。俺を信じてくれ」

 

 大楯を下ろしたマシュを見て、藤丸はサーヴァントたちを見渡す。

 

 すると意図がわかったのだろう、仕方がないと言うように皆各々の武器を下ろした。

 

「ジャンヌ、行ってくれ」

「ありがとうございます、マスター……竜の魔女よ。私が相手となりましょう」

「ほざけ……!いつまで聖女面をするつもりだ……!」

 

 見送る藤丸たちの視線を背に受け、ジャンヌは竜の魔女へと踏み出す。

 

 竜の魔女が手をかざし、黒い炎が襲いかかる。ジャンヌはそれを旗の一振りで消し去った。

 

 驚愕に顔を染め、歯噛みした竜の魔女は支えにしていた旗を振り、炎を纏った槍をジャンヌの頭上に顕現させる。

 

 しかし、落ちてきたそれも一振りするだけで弾かれた。

 

 何度炎を差し向けようが、凶器を振りかざそうが、その歩みは止まることはない。

 

「な、何故だ……!なぜ残りカスのお前が……!」

「……私は貴女の炎を恐れはしない。そして言ったはずです。私は私で、貴女は貴女だと」

「ふざ、けるなぁ!」

 

 旗を振り、最大の黒炎が吹き荒れる。

 

 ──それもまた、真正面から打ち払われた。

 

「────ッ!」

「竜の魔女よ」

 

 ついに、ジャンヌが竜の魔女の眼前へ到達した。

 

「貴女に、引導を渡します」

 

 ゆっくりと見開かれた目は、決して迷いなく。

 

 毅然としたその顔は、まさしく一軍を率いた将にふさわしく。

 

 そこに立つは、何よりも竜の魔女が憎んだ聖女であった。

 

「あ、あ、あああぁぁああアアアアッ!!!」

 

 余りある威圧感に竜の魔女は顔を歪め、しかし未だくすぶる憎悪のままに旗の穂先を突き込む。

 

 ジャンヌはそれを、片手で握った旗でいなす。その拍子に穂先が頬をかすめ、薄皮一枚が切れる。

 

 だが、たったそれだけ。瞠目する竜の魔女に、ジャンヌは旗を握る手を引き──

 

「さようなら、竜の魔女」

「ガッ────」

 

 竜の魔女の胸を、聖女の旗が貫いた。

 

 深く、深く突き刺さった穂先は鎧を射し貫き、竜の魔女の肌を、骨を、心臓を一思いに突き刺した。

 

 ドス黒い血を付着させて、旗の先端が背中から飛び出す。ジャンヌの体にも返り血が飛び、鎧が血に染まった。

 

 それの何を今更忌避することがあろうか。とうの昔に、この身は血に染まっているのだから。

 

「あり、得ない……」

「…………」

「人間、ごときが……お前、ごときが、私の復讐を終わらせるなど……っ!」

「……いいえ。貴女はたった今、敗北したのです」

「違う、まだ私は……!」

 

 ふと、竜の魔女は言葉を止めた。

 

 そして目を見開き、何かに聞き入るように停止する。

 

「……ジル?」

「っ!」

「……ええ、そうね。貴女がそう言うのなら……」

「何を……!」

 

 言っているのですか、というジャンヌの言葉は、突如背後に現れた悪寒に遮られた。

 

「くっ!?」

 

 咄嗟に旗を手放し、ジャンヌは横へ跳ぶ。

 

 体勢を立て直し、一瞬前まで自分がいた場所を見ると──そこには、奇妙な()()()がいた。

 

 ボルドとよく似た鎧に、長細く、折れてしまいそうなほどに華奢な体躯。両手に持つはふた振りの剣。

 

 腰に揺らめくヴェールは薄く、地面にめり込んだ剣の風圧か、兜に被せた布とともに儚げに揺れる。

 

「あれは、もしかしてまた……!?」

「冷たい谷の踊り子。やはり彼女も……」

「…………」

 

 藤丸の驚きの声にも、火防女の呟きにも答えず、踊り子は双魔剣を引き抜いて視線を移す。

 

 その先にいるのは、地に伏した竜の魔女。いち早く思惑に気がついたジャンヌが動こうとした。

 

 しかし、その前に踊り子は竜の魔女を腕に抱き、そして地面に現れた闇の中へと消えていったのだった。

 

「……ジル。やはり、彼女はあなたが……」

 

 伸ばしていた手を下ろし、地面に残った旗を拾い上げてジャンヌは城へ目を向ける。

 

 その顔には、複雑な感情が映っていた。果たしてそれは竜の魔女に対してなのか、それとも──

 

「ジャンヌ!」

 

 立ち尽くすジャンヌに、藤丸は駆け出そうとする。

 

 しかし、ガクンと膝から力が抜けた。そればかりか、次々と四肢が脱力し、立つこともままならなくなる。

 

「え……」

「先輩!」

「マ、シュ……」

 

 あっという間に意識が暗転し、藤丸はその場で倒れ込んだ。

 

「っと。貴公はいつでも無茶をするな」

 

 藤丸が地面に倒れる前に、鎧を纏った腕がその体を受け止める。

 

 その場にいた全員が驚き、腕の主を見て──驚愕した。

 

「バーサーカーさん、腕が……!?」

 

 マシュが声に出して、腕の主……いつの間にか現れた灰の体に手で口元を覆う。

 

 灰は、片腕を失っていた。そればかりか鎧は半ば凍りつき、兜は壊れたのか顔が露出している。

 

「何、この程度どうということもないさ。マスターの奮闘に比べれば、な」

「灰の方。ボルドに勝ったのですね」

「ああ。確かにな」

『……確かに、ボルドの魔力反応が消失している。ファヴニールばかりに注目してたから気がつかなかったのか』

「そういうことだ。とりあえず、一度砦へ帰還するぞ」

「ですが、竜の魔女が……」

「彼女のソウルはもう壊れている。じきに消えるだろう。何よりマスターを休ませなければいけないし……少々、気になることもあるからな」

 

 ちらりと、灰は未だに立ち尽くすジャンヌを見る。

 

 灰の言うことも最もだった。マスターである藤丸がダウンした今、これ以上ここにとどまる意味はない。

 

 少なからず被害を受けたフランス軍もすでに撤退を始め、サーヴァントたちは渋々一時撤退を了承した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、竜の魔女との戦いは藤丸たちが勝利の栄冠を手にしたことで幕を閉じたのだった──。

 

 

 

 

 




というわけで、ファヴニールと邪ンヌ撃破。

次回は休息を挟み、そして真の決戦へ。長すぎますね。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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義賊の矜恃

どうも、リマスターを久しぶりにやってアルトリウスに瞬殺され、白霊衣の協力を得て倒した後にウーラシールを東奔西走、ついでにシフのイベント進めた上で黒い森の庭でシフを倒し、心が死にながらメイビー四人の公王の一人攻略をしたりしてた作者です。
黒騎士シリーズ一式集めるために火の炉で周回してたんですが、あっさり武器落ちるものなんですね。

今回は灰の回。
楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 火が揺らめく。

 

 

 

 

 

 儚く、繊細で、それでいて美しい光が、私の凍てついた体を癒していく。

 

 それはまるでこのソウルすら包み込むような暖かさ。不死人が唯一感じる、安らぎの寄る辺。

 

 ああ、それでもまだ寒いのは……やはりこの身を蝕む、かの冷たい谷の騎士の氷があるからこそだろう。

 

「やあ、調子はどうだい」

 

 眠りと現実の狭間にいるような気分で火を見つめていると、後ろから声がした。

 

 我ながら緩慢に首を回せば……そこには青い頭巾に顔を包んだ、小柄な一人の翁が。

 

「……グレイラット。貴公か」

「ああ。その調子だとまだ回復はしてなさそうだね?」

「かの騎士は暴虐に昂っていたが、しかし見事な騎士だったよ。確かにこの身を食いちぎっていった」

 

 自嘲げに笑い、自らの腕を見る。

 

 命の熱たるエストと篝火の力によって再生した私の右腕は、しかしいまだに冷たい氷に覆われていた。

 

 この砦に帰ってきてから半日、ずっとここにいるが、いくら待てども僅かにしか溶けてゆかない。

 

 幸い鎧の方は直せたが、しかし肝心の腕がこれではどうにもなるまい。

 

「はは、灰の英雄にそこまで言わせるとは。儂もイルシールには行ったが、やはりあそこの騎士は強いさね」

 

 笑いながら、グレイラットは私の横へ腰を下ろす。

 

 そうして同じように火を見た。彼は不死ではなかったが……しかし、ソウルを持つのならばやはり心惹かれるのだろう。

 

「それで、これからどうするんだ? あんたのことだ、あの坊主に力を貸してやるんだろう?」

「ああ、そのつもりだ……彼にはそうするに足る、強い魂がある」

 

 火防女とダ・ヴィンチの尽力により、マスターは魔力を回復して意識を覚醒した。

 

 その後きつく火防女とドクターロマンに絞られ、今は明日の……()()()()()に備えている。

 

「見事なものだ。あれほどの戦いを乗り越えながら、まだ戦うとは」

「次の敵は強いんだろう?あの坊主が命を落とさないか心配だ」

「なに、そうならないようにするさ……」

 

 グレイラットに答えながらも、私は先ほどの話し合いを思い返した。

 

 

 

 

 

 竜の魔女は、聖女ジャンヌ・ダルクではなかった。

 

 

 

 

 

 それが最後に相対したジャンヌ殿の見解であった。

 

 私のソウルが根本から同一していないという見解の通りだった。彼女のソウルはロスリック城のガーゴイルにどこか似ていたのだ。

 

 すなわち、人工物。自然に生まれ落ちたソウルではなく、何者かによって形作られた仮初の命。

 

 彼女はジャンヌ・ダルクの別の側面というには、あまりにも()()()()()()()()()()()()()

 

 そこに憎しみ以外の一切の感情はなく、思考はなく、回顧もなく──記憶すらも存在しえない。

 

 

 

 そもそも、だ。

 

 

 

 彼女がこの特異点発生の起点というのならば、ジャンヌ殿によって撃退された時点で崩壊が始まってもおかしくない。

 

 だというのにカルデアの観測ではいまだに揺らぎは直らず、依然としてこの特異点は存在しているという。

 

 であれば聖杯の所有者は彼女ではなく、他に所有する、〝復讐の聖女〟という彼女を作り出した者がいることとなる。

 

 この見解において、ジャンヌ殿は一つの結論を導き出した。

 

 竜の魔女を作り出したのは、元帥ジル・ド・レェ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうと。

 

 そして聖杯を手に入れた彼は、かの竜の魔女を願望器の力で作り上げた。彼の望む復讐の乙女を。

 

 彼はジャンヌ殿の死後、狂気にその身を落として多くの子を殺し、その果てに死んだという。

 

 ああ、確かに復讐を望むだろう。誰より敬愛する彼女の()()()()()()()()()()()()()彼ならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ああ、やっと貴方を解放してあげられる……私という枷から……だから……どうか泣かないでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……他人事とは思えんな」

「どうかしたかい?」

「いや……さて、どうしたものか。これでは次の戦いでは弓を一度引けるかどうか、といったところだ」

 

 かの騎士の宝具は私の霊基にまで響き、この身を凍りつかせた。

 

 完全に復帰するには数日必要だが、突如として竜の魔女の居城に謎の魔力反応が出現したという。

 

 ジャンヌ殿の予測では、それはジル・ド・レェが呼び出した()()だろうと。

 

 そしてマスターは、まだ戦うと言った。決して諦めなど浮かべない瞳で、私たちに向けて。

 

 ……私が最も好む、生きる者の目だ。

 

「なに、あんたなら一度あれば十分だろう?」

「む?どういう意味だ?」

 

 聞き返せば、グレイラットは虚空へ手を伸ばし、ソウルから何かを取り出した。

 

 現れたのは、布に包まれた何か。槍ほどもありそうなそれを、グレイラットは私へ差し出してくる。

 

 それを左手で受け取り、膝の上に置く。そうして布を取り払うと……

 

「これは矢、か?」

「ああ。この国の鍛治師の連中が鍛え上げた特注品さ。なんでもワイバーンの骨と鱗で鍛え上げた代物らしい」

 

 内より現れたのは、黒い一本の矢。

 

 竜狩りの大矢よりもさらに太く、重いそれは凡そ尋常なものではないだろう。

 

 ただの人では、持ち上げることすら叶わない代物。だからこそグレイラットに託されたのだろうが……

 

 おそらく作るのに用いられたワイバーンも一匹ではあるまい。このようなものが作れるとはな。

 

「アンドレイの親父程じゃないが、この時代の鍛治師の腕もバカに出来ないってもんさね」

「その通りだな……感謝する。これがあれば、十分戦働きができそうだ」

「そいつはよかった。ワシも不死でもないのに、わざわざこんな物騒な時代で目覚めた甲斐があったよ」

「……貴公は、火の時代の後何を?」

 

 グレイラットは少し黙し、それから懐かしむように虚空を見上げて語りだした。

 

「色々なところへ行ったさ。あんたが火の時代を終わらせ、世界は変わった。故に人は寄る辺を失い、暗黒の中、新たな世界を生きる他になかった」

「……このソウルに潜む闇を尊んだわけでない。さりとて、正しい選択だったかは今も悩むよ」

 

 私は知っている。暗闇を歩く恐ろしさを。

 

 信じるものなき心細さを。何もかもがわからぬ中で歩き続ける苦難を。そしてそれこそが人の道たることを。

 

 だから私は選んだ。それが辛く、苦しく、悍しいと知っていて、その上でその責め苦を負わせたのだ。

 

 たとえ重荷だとしても、人は人として生きることが真だと信じたが故に。

 

「だが人に道が生まれことは確かだ。だからこそワシは、そんな奴らの助けとなるべく義賊を続けた。滅びた遺物から使える物を盗み、それを人に与えた」

「やはり貴公は強いな。座り込み、止まってしまった私とは違う」

 

 私の時間は、旅は、あの荒野で止まった。

 

 誰もいない火の炉で一人、世界を見つめることが我が宿命──

 

 

 

「馬鹿なことを言うんじゃない」

 

 

 

 その声に、心の底から驚いた。

 

 好好爺たるグレイラットの口から出たとは思えぬ、冷たく、怒りに満ち溢れた声。

 

 一度たりとて聞いたことのないその一言に、私は腕ばかりか全身が凍りついたような錯覚に襲われた。

 

「ワシが強かったんじゃない。あんたが強かったから、弱いワシでもこの重い腰を上げられたのさ」

「私が……?」

 

その意味を、私は図りかねた。

 

「ワシは義賊だ。人から物を盗み、それを売る、どう言おうと薄汚い鼠だ」

 

 確かに、それは褒められるべき所業ではないのだろう。

 

 現に彼は、その罪によって牢に囚われていた。あの時偶然私が出会わなければ、ずっとあそこにいただろう。

 

 だが……

 

「だが、あんたはそれを誇りと言った。この卑屈な心を強いと嘯いた。その言葉がワシにとってどれほどの勇気になったか、あんたは知らないだろう?」

「それ、は…………」

 

 言葉に詰まる。

 

 勇気。それは私が持たないもの。最後の最後まで怯え、使命という名の枷に捉われ続けたこの身に宿らぬもの。

 

 私は、知らない。分からない。勇気がなんなのか、それがどれほどの力になるのかを、経験していないのだ。

 

「知らなくてもいいさ。だが、これだけは忘れないでくれ……あんたがワシを、最後まで義賊でいさせてくれた」

「……っ!」

「だからワシは誇ろう、あんたが勇気と信じたワシの矜持を。()()()()()()()()()()()、あの高壁の記憶を」

 

その言葉に、私は過去を思い出す。

 

 

 

 ーーあれは、単なる気まぐれだった。

 

 

 

 かの巨人の王を降し、ロスリック城にたどり着いた私は、もう一度あの高壁を登って城へ盗みに入るという彼に協力を申し出た。

 

 興味本位だったのかもしれない。どこか儚く揺れる彼のソウルを案じたのかもしれない。

 

 遠い過去だ。戦いの記憶ばかりは刻まれているというのに、私自身の思いは朧げで。

 

 ただ、彼を一人で行かせれば、幾度とない奇跡で生還した彼が消えてしまいそうで。

 

 だから私は、ふとその感情に従ったまで。本当になんてことない選択だった。

 

 だというのに、頭巾の奥からグレイラットの老獪な瞳が私の瞳を見つめる。

 

 静かに、そして確かにここに在るかの義賊のソウルは……私とは比べ物にならぬほど、気高いものだった。

 

「あんたがどう思おうが……ワシにとってあんたは、紛れもない英雄さ」

「………………」

「ワシにできるのはここまでだ。あとは託したよ、灰の英雄様」

 

 そう言って、グレイラットは去っていった。

 

 

 

 

 

「……そう、か。彼にとって、私の言葉は誇れるものだったか」

 

 

 

 ずっと、何も救えなかったと思っていた。

 

 

 

 見捨てるばかりだと、裏切るばかりで何も残せないのだと。

 

 

 

 ああ、けれど……私の旅は、全てが間違いではなかったのかもしれない。

 

 

 

「ば、バーサーカー……?」

「大丈夫ですか……?」

「……ああ、貴公らか」

 

 頬に伝う何かを拭い、新たに背後に現れた二人へ答える。

 

 振り返れば、そこには一人の少年と一人の少女が。壁から顔を覗かせ、不安げに私を見ている。

 

 何かを案じるような彼らに私は笑い、こちらへ来るように手招きをした。

 

「もう休息は十分なのか?」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「先輩はルーソフィアさんのお説教から逃げてきたんです。私は後輩としてそれに付き添いました」

「いやーマシュそれなんで言っちゃうかなー……」

「はは、彼女も随分と話すようになったものだ。さりとて貴公、無茶への忠告は受けておくものだぞ?」

「はい、肝に銘じます……」

 

 苦笑いをし、頬をかくマスター。

 

 それにおかしそうに微笑み、笑うマシュ殿。とても世界を救う戦いの最中とは思えない、穏やかな彼らの時間。

 

 その時間に少しの間でも共にいれるこの身の、なんと幸運なことか。

 

 私に時はない。灰を被った骨董品が刻む時間は、とうの昔に止まってしまった。

 

 ああ、けれど。それでも彼らに残し、受け継いだものがあったのなら。

 

「……悪くないものだな」

「え、何か言ったバーサーカー?」

「いいや、なんでもないさ。それで貴公、火防女にはなんと叱られたのかね?」

「いや、それが魔力の使い方が荒いって怒られてさ……」

「ですが、最初の特異点でここまでの奮闘は評価に値すると思います!」

 

 あとしばらく、彼らと時を刻んでみよう。

 

 

 

 

 

 そう、兜の下で笑った。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

次かその次で、ようやく終わりです。
次の章からはもっと話数を絞るので。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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その復讐に終止符を

どうも、星狩りにコメントが欲しい作者です。
この作品は基本的に漫画版を参考にしております。そして今回はあまり流れは変わってません。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 月は沈み、そして夜が明ける。

 

 日が昇るのと同時に、藤丸らは砦を出発し戦場へと再び赴いた。

 

 道程は実に楽だった。

 

 それまで空を支配していたワイバーンたちは、ファヴニールが消えた影響か弱体化し、統率を失っていたのだ。

 

 もはや烏合の衆と化したワイバーンたちはフランス軍によって各個撃破され、藤丸らは城へと向かうことができた。

 

 そして、今──

 

 

 

 

 

『いいかい、現在竜の魔女が占拠していた城にはとてつもなく大きな魔力反応がある。フランス軍も少なくない被害を受けて動けないし、藤丸くんの魔力回路も度重なる戦闘で疲労している。だから──』

 

 

 

 

 

 砦を出発する前、最後の会議でドクターに言われたことを思い返す。

 

「……よし」

 

 そうして最後の覚悟を決め、藤丸は目を見開く。

 

 顔を上げれば──そこには、未だに荊に包まれた城。竜の魔女が消えた今も、ここにだけは暗雲が立ち込める。

 

「ここにジル・ド・レェが……」

『超高密度の魔力反応……間違いない、聖杯はそこにある」

 

 ドクターロマンの言葉に、ぐっと藤丸は唾を飲み込む。

 

 ここが最後の正念場だ。自分を見るサーヴァントたちのためにも、怖気付いて止まっている訳にはいかない。

 

「行こう、みんな」

「──いいえ、それ以上進む必要はありません」

 

 藤丸の言葉に返したのは、サーヴァントたちではなかった。

 

 誰もが弾かれたように顔を上げる。全員が皆、一様に声がした城の外壁へと意識を向けた。

 

 そこに立っていたのは、不気味な衣装を纏う一人の男。肌白く、また今にも飛び出しそうな目が恐ろしい。

 

「ジル──!」

「お久しぶりでございます、ジャンヌ・ダルク。そして忌々しくも我が聖女を屠ったカルデアのマスターとサーヴァントよ。あなた方にはお初にお目にかかりますね」

 

 最後の敵があちらからやってきたことで、藤丸たちの間に戦慄が走る。

 

 そんな藤丸たちを見下ろして、胸に手を当て、慇懃な態度で頭を下げるサーヴァントキャスター、ジル・ド・レェ。

 

 見覚えのあるその所作に、ジャンヌは悲しげに目を伏せた。

 

「……予測はついていましたが、やはりあなただったのですね」

「勘の鋭いお方だ。ええ、その通り。私こそがこの国に最初に召喚されたサーヴァントであり、そして──」

 

 胸に置いた手を、ゆっくりと掲げるジル・ド・レェ。

 

 天に向かって広げたその手のひらに、歪みが発生し──そして、冬木で見た黄金の欠片が出現した。

 

「それ故に、誰より早く聖杯を所有したサーヴァントにございます」

「聖杯……!」

「この目で見るのは二度目ですが、凄まじい魔力です……!」

「何故なのです、ジル。何故あなたは、竜の魔女を……」

 

 未だに親愛の情を秘めた憐憫の目を向けるジャンヌ。

 

 変わらぬ彼女にジル・ド・レェは優しく微笑む。それはまるで、最愛の人を思う表情のようで。

 

「もちろん、最初はあなたの復活を願いました。ですが叶わなかったのです。万能の願望機でありながら、それだけは叶えられないと……!」

 

 だが、それも一瞬のこと。次の瞬間には悪鬼のごとき形相へと変わり、藤丸とマシュが息を飲む。

 

 聖杯を持つ節くれだった右手の指は歪み、その尖った爪先で今にも握りつぶしてしまいそうなほどだ。

 

 

 

(でも、それならどうして──?)

 

 

 

 だからこそ、藤丸にはわからなかった。

 

 死後、英霊になってまでもジャンヌの死を覆すことを望んだ彼が、どうしてこのようなことをするのか。

 

 その結末がどうあれ、彼女が必死に守ろうとしたこのフランスを滅ぼそうとするのか……と。

 

「だからこそ、私は造り上げたのだ!私の望んだ彼女を!私の焦がれた彼女を!」

「それが、〝竜の魔女〟だったのですね。彼女が消滅するまでそのことを知らなかったのでしょう」

「ええ、そうですとも。何故ならば──その必要はないからです」

 

 突如、地鳴りがどこからともなく聞こえてくる。

 

 地面は激しく揺れ、大気が震えて──次の瞬間、盛大に破壊音を響かせて城が下から吹き飛んだ。

 

 代わりに、二つの触手が現れる。それはかろうじて残った城壁を掴み、()()を引きずり出した。

 

「あれ、は──」

 

 

 

 それは、イカのようでも、蛸のようでもあった。

 

 

 

 それは、とてつもなく大きかった。それこそ城一つを飲みこめるほどに。

 

 

 

 それは、あまりにもおぞましかった。この世界には存在するはずがない、そう思えてしまうくらいに。

 

 

 

『超ド級の魔力──まさか、ジル・ド・レェの宝具!魔力反応の正体はこいつか!』

「そう、これこそは異界より召喚せし我が宝具!此れを以てこの国を蹂躙した後に、再び我が聖女は降臨召されることでしょう!」

 

 ジル・ド・レェの宣言に応えるように、怪異は遠吠えのような鳴き声を轟かせる。

 

「そして知らしめるのです!我が聖女の願望!我が聖女の復讐!邪竜百年戦争は、まだ終わっていないのだと!」

 

 それを前に、さしもの藤丸も足がすくんだ。いくら覚悟をしても、彼は元々はただの一般人だ。

 

 ただの人間が絶対に勝てないものを目にした時の反応は、恐怖と諦め。まさにそれが顔に張り付いている。

 

「それがあなたの望みなのですね……ですがジル、あなたは一つ思い違いをしている」

「ほう?私の言葉が間違っていると言いますか。ではジャンヌ・ダルクよ、どこが間違っているのです?」

「たとえ、あなたが望んでも。他の誰が望んでも……私は、決して〝竜の魔女(彼女)〟にはならなかった」

 

 けれど、ジャンヌの強い言葉にハッとする。

 

「確かに、私の最後は惨めだったでしょう。裏切られ、嘲笑され、辱められたのでしょう。無念の最期と言える」

 

 けれど、と彼女は言って。

 

「けれども──祖国を恨むはずがないのです」

 

 あくまでも、愚直にも。それでもジャンヌ・ダルクは、やはり恨めるはずがないのと叫ぶのだ。

 

「憎めるはずがないのです。だって、()()()()()()()()()()()()()!愛すべき故郷があった!それだけで、私はあの最後を受け入れられた!」

 

 正面から、ジル・ド・レェとその背後にそびえる高層ビルのような怪異を前に立ちふさがる後ろ姿。

 

 その姿に、何度勇気をもらったことだろうか。誰より辛いはずなのに毅然と立つ彼女に、何度励まされただろうか。

 

 ああ、この人は──本当に、全てを背負って生きた英雄なのだ、と。

 

「もう、このようなことはやめなさいジル……私はたとえどれだけの時が経とうとも、こんなことは望みません」

「……相変わらず、お優しい。本当にお優しい言葉です」

 

 嘆くように訴えかけるジャンヌに、再びジル・ド・レェの顔に微笑みが戻る。

 

 彼は本心よりその心に感服していた。生前と同じように、まさに聖女にふさわしい情けだと。

 

「ですが、あなたはその優しさ故に一つ忘れている」

「え……?」

 

 ジル・ド・レェは微笑みを消し、目を飛び出さんばかりにさらに見開き、歯を剥き出して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたが憎まずとも、私はこの国を恨んだのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつも、脳裏によぎる光景がある。

 

 ジル・ド・レェ()はいつもそれに手を伸ばす。

 

「全てを裏切ったこの国を滅ぼそうと誓ったのだ……!」

 

 けれど、届かない、届かない、届かない。

 

 当たり前だ。だってジル・ド・レェ()はそこにいなかったのだから。届くはずがない。

 

 それでも手を伸ばした。死後も請い願った。けれど結末は、永遠に変わることはなかった。

 

「たとえ、神とて、国とて、王とて、我が復讐の邪魔はさせぬ……!」

「なんだ、あれ……ジル・ド・レェが、怪物と合体して……!」

「正体不明のエネミー、敵性サーヴァントを取り込んで変形していきます……!」

 

 何故、あそこにいなかった?

 

 何故、私は救えなかった?

 

 

 

 

 

何故誰も、彼女を救ってくれなかったのだ?

 

 

 

 

 

「貴女は許すだろう。だが私は許さない!」

 

 こんな結末は認めない。献身した彼女を裏切った国など、報われぬ聖女がいた歴史など、滅びてしまえばいい。

 

 だから殺そう(正そう)壊してみせよう(正してみせよう)。たとえ意味のないことだとしても。

 

「我が道を阻むな、ジャンヌ・ダルクゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

「ジル……!」

 

 怪異は、ジル・ド・レェをその頭部に取り込んで、まるで竜のような姿形へと変貌を遂げていた。

 

 それはまるで、竜の魔女が駆る邪竜ファヴニールの如く。それだけで彼の抱いた思いがわかってしまう。

 

 

 

 コォォォォォ…………

 

 

 

 更には怪異の陰から滲み出るように、踊り子が姿を現した。

 

 すでに壊れた竜の魔女を持ち去っていった痩身の女騎士は、冷気と殺意を纏って藤丸たちを睨み下ろす。

 

「先輩」

「……マシュ?」

 

 震える声で自分を呼ぶマシュに、藤丸は隣を振り返った。

 

「私、わかりません。あれほどの、世界を滅ぼすほどの憎しみが、どうしても理解できないんです……!」

「……人間だから、なんだろうね」

 

 愛故に人を愛し、また愛故に人を憎む。

 

 表裏一体。人が知性を得てより幾星霜、決して変わらぬその真理。平和を生きた藤丸とてそれはわかる。

 

 いいや、()()()()()わからないのだろう。彼はそれほどまでに強い激情を持ったことがないから。

 

 

 

(……ああ、でも。それじゃあダメなんだ)

 

 

 

 いつの間にか、藤丸の足から震えは消えていた。

 

 その足で一歩踏み出せば、あっさりといっていいほどに前へ進めて。マシュの制止も無視をして、藤丸は歩む。

 

「ジャンヌ」

「マス、ター?」

 

 振り返った彼女の顔は、やはり沈んでいて。

 

 それが不相応だとわかっていながらも、藤丸は笑いかける。そして怪異を見上げた。

 

「何です少年? 突然前へ出てきて……私と聖女の間に貴方如きが割り込んで、何か意見でも?」

「……俺に、貴方の気持ちはわからない。だってそれほど強い感情を抱いたことはないから」

 

 それは藤丸の、率直な思いから来る言葉だった。

 

 世界が焼却されたと知り、憤ったときさえもこのような心の芯まで震える憎しみは抱かなかった。

 

 けれどきっと、自分もとても大切な人……ふと後ろにいるマシュの顔がよぎったが……が酷い裏切りを受け、殺されたら。

 

「でもきっと、その思いは間違ってないと思うんです」

「先輩!?」

『藤丸くん!?』

「っ──」

 

 マシュが叫び、ドクターロマンが狼狽し、ジャンヌは目を見開く。

 

 誰も彼もが注目する中で、藤丸はもう一度自分の仮定を考え直す。

 

 もし、かけがえの無い人が心ない仕打ちをされて、後ろ指を刺されたまま、二度と手が届かないところへ行ってしまったら。

 

 きっと──きっとその時は、その誰かを恨んでしまうのだろう。

 

「ほう、ではどうする?私の行いを見過ごすと?」

「違う。俺たちは貴方を止める。そうしなくちゃならない」

 

 たとえその思いが、ねじ曲がっただけの純粋な願いだったとしても。

 

 経験したこともない仮定を思い浮かべて、その恨みも、この国を滅ぼす理由もなんとなくわかってしまえるとしても。

 

 

 

 けれどそれこそが、過去だというのなら。

 

 

 

 自分たちが積み上げてきた歴史の、その一端だというのなら。

 

「たとえ、間違ってないのかもしれないとしても。貴方を見過ごすことだけは、間違いだとわかるから」

 

 わかっている。場違いだ。おこがましい行いだ。自分如きが口を出していいことではない。

 

 そうだとしても。藤丸立香は震える声を抑えて、崩れ落ちそうな足を力ませて、それでもそこに立つ。

 

 

 

 

 

 それが過去ならば──今を生きる人として、藤丸立香は受け止めたいと、そう思ったから。

 

 

 

 

 

「……よろしい。ならば死になさい」

 

 その瞳を鬱陶しがるように、ジル・ド・レェは融合した怪異の触手を放ち藤丸を殺そうとする。

 

 それを、大楯が、歌声が、硝子の盾が、魔の旋律が、大剣の一振りが、守護者の剣が、紅蓮の炎が。

 

 そして救国の旗が、尽く跳ね返した。

 

「──ありがとう、マスター。我ら死者が生者に肩を貸すように、貴方が死者に肩を貸してくれる人であることを、心から誇りに思います」

 

 旗を振り、振り返るジャンヌの顔にはもう悲壮はなかった。

 

 それは、藤丸を守るように並び立つサーヴァントたちとて同じこと。

 

 今彼らは、彼ら自身の歴史を、人生を心より誇っているのだから。

 

「どうか指示を、マスター。我が旗、そして裁定者(ルーラー)ジャンヌ・ダルクの名において、貴方とこの場にいる皆に助力を乞います」

「うん。行こう、ジャンヌ」

「マシュ・キリエライト、行きます!」

「無論だ」

「お任せを」

「オッケー!アタシの最高の歌、聞かせてあげる!」

「やれやれ、最後の公演は長いね」

「あら、素敵じゃない。さあ、踊りましょう、奏でましょう!」

「勿論です。あの珍妙なものを焼き焦がして差し上げますわ」

 

 皆が賛同し、そして怪異を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

「終わらせましょう、ジル。この救いなき復讐に、終止符を打つのです」

「決着をつけよう、救国の聖女よ────────!」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、最後の戦いが始まった。




こうしてみると、ほんと邪ンヌって自分好みの設定してるというか。
だからこそ星狩りにも使ったんですけどね。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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英雄の矜恃

どうも、レクイエムコラボのミスが多くて少し苦笑した作者です。

これで終わりのはずでしたが、結局当初の予定通り人物紹介合わせて55話で終わりそうです。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 ──ああ、なんと勇ましきソウルか。

 

 

 

 

 

 踊り子は、静かな狂気に浸ったソウルに僅かながらの戦慄と感嘆を感じた。

 

 今、目の前に並び立つ意志ありし死者たちと、その後ろで煌々と輝く、矮小なるソウルを持つ少年。

 

 ああ、その熱を忘れてどれほど経っただろうか。今もなお他者に縛られ使われるこのソウルを溶かしてはくれまいか。

 

 それは、記憶から生まれる願望ではない。理性から溢れる憧憬でもない。

 

 本能だ。かの番犬同様に獣と堕した彼女にとって、それは亡者と同様に抱く本能的な欲求なのだ。

 

 思考の枷無くしてソウルを求めることが本能であれば、獣と亡者の何が違うのだろう。

 

 いいや、何も違わない。だからこそ彼女は渇望し、帰郷を求めるのだ。冷たく、しかし暖かいあの神々の街を。

 

「コォォォォォ……!」

 

 故に、彼女は闇と炎を司る双魔剣を振りかざし、踊り子の本懐たる優雅な動きでそのソウルに迫る。

 

 ああ、この刃でその胸を切り裂き、ソウルを取り出せばこの寒さは収まるだろうか。きっとそうに違いない。

 

 人の子よ。神にソウルを捧げよ。それこそがお前たちの役割である──

 

「おっと、させないよ。講演にはオーディエンスが必要なんだ」

「ちょっとちょっと、注目する相手が違くってよ!」

 

 だが、それを重ねた音の二重壁が阻む。

 

 緩やかに、しかし確実に藤丸の首を狙った双魔剣の剣劇は、アマデウスとエリザベートの音楽魔術が防いだ。

 

 疼く踊り子の本能。お前たち死者の仮初めのソウルなどに興味はない。その〝熱〟を私は求むるのだ。

 

「オォォォォオオ……!」

「こいつは、また奇妙なサーヴァントだな……!炎とよくわからない呪いとは……!」

「あら、炎なら私も負けていませんことよ?」

 

 音の壁に、紅蓮が加わる。

 

 双魔剣と同等、あるいはそれ以上の炎が清姫の扇子より生じて、踊り子を焼き尽くさんとする。

 

 その勢いに押され、踊り子はゆらりと後ろへ下がった。遠のいた〝熱〟を見据えて、再び双魔剣を構える。

 

「コォォォオオ!!!」

「チッ、律儀にマスターだけを狙うとはお利口だな!こちとら怪我が治ったばかりの重症だってのに!」

「ちょっと、無駄口叩いてないでさっさと指揮しなさいよ!こいつ変な動きばっかでムカつくわ!」

「あらあら、二人ともお口が悪くてよ?」

 

 必死に踊り子の猛攻を耐えしのぐ二人に、マリーの歌唱魔術が加わった。

 

 二人の魔力が一段と活性化し、その感覚にニヤリと不敵に笑って、かたや指揮を、かたや歌い続ける。

 

 そんなサーヴァントたちに、踊り子は猛る本能のままに甲高い叫びをあげて襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

「死ねい、この匹夫どもが!」

「はあぁぁぁっ!!!」

 

 また、マリーの歌はその他への戦場へも届いていた。

 

 怪異が繰り出す触手や、その陰から滲み出てくる小さな魔物を叩き伏せ、ジャンヌらは前へ進んでいた。

 

 一心に、もはやこの局面において全くの躊躇のない気勢で、英霊たちは倒すべき敵へと一歩一歩近づいていく。

 

 彼女らの頭の中には、一つの目論見があった。それは藤丸が思い返したものと同じ、出立前の会議での結論だ。

 

 

 

『だから──少しでも早く倒すために、宝具の一斉展開での制圧を推奨する』

 

 

 

 彼らが狙うのは、切り札による圧殺。聖杯のエネルギーを取り込んだこの怪異を倒すにはそれしかない。

 

 無論ジル・ド・レェもそれは理解している。だからこそ全力で怪異を操って迎撃を敢行した。

 

 竜のように長い首がおぞましい音を立てて伸張し、下の部分に亀裂が入る。そして左右に分かれ、無数の触手が現れた。

 

 それを大きく持ち上げ、怪魔たちを突破していきたサーヴァントたちに思い切り叩きつける。

 

「〝宝具、疑似展開〟!!!」

 

 英霊とて、まともに受ければ大きな痛手となるだろうそれに──大楯の少女が前へ出た。

 

「〝 人理の礎(ロード・カルデアス)〟!!!」

「マシュ!」

 

 魔力によって汲み上げられた幻想の壁が、少女の細腕二本を支えに怪異の物量攻撃を受け止める。

 

 おおよそ頼りなさげなそれは、しかし決然とした彼女の表情に応えるようにしっかりと防ぎきった。

 

 

 

(私も、ここに立っている!英霊の皆さんとともに戦っている!先輩のサーヴァントとして!)

 

 

 

 一つ、この戦いが始まるよりずっと前……特異点へやってきた時から、マシュには一つの疑問があった。

 

 私は、役に立てただろうか?あの力無くとも決して何者にも屈さぬ、尊敬する彼の隣に立つのに相応しいだろうか?

 

 大勢に助けられてきた。最初の聖杯探索、最初の戦争、今ここにいる彼らがいなければ到底たどり着けなかった。

 

 その中で、藤丸立香は()()し続けていた。どんなにちっぽけでも、小さなことでも、もがいて掴み取った。

 

 偉大なる英雄(音楽家)は言った。人には選ぶ義務があると。

 

 偉大なる王の家臣(教主)は言った。死を恐れよ、人であるならば進めと。

 

 それは、()()()()だ。

 

 多くに支えられ、藤丸立香()がそうしたように。信念の下に、英霊(彼ら)がそう生きたように。

 

(だから、私も選びたい──────!)

 

 マシュ・キリエライトは望むのだ──この先にある、生の勝利を。

 

「このまま支えます!皆さん、お願いしますっ!」

「おのれ、英雄擬きの小娘が──!」

 

 小癪にも耐えしのいだ人理の盾に、怪異の背中に移動したジル・ド・レェは唾を飛ばして激昂する。

 

「ええ。ですがそんな彼女たちだからこそ、我々は力を貸すのです」

 

 マシュを殺さんとする怪魔を切り捨て、守護騎士は笑った。

 

 彼はこれまでの彼らの戦い、その全てを見ていたわけではない。

 

 だが、十分にこの腕をふるうに足るものたちだと判断した。この身をかけて守るに値する勇者だと。

 

「これまでお力添えできなかった分、私も一矢報いましょう!」

 

 ゲオルギウスは、その剣の切っ先を天へと掲げる。

 

 その身が輝き、そして怪異の体に赤銅色の紋章が現れた。

 

 それが示すのは──竜。

 

「これは、まさか!?」

「〝汝は竜なり(アヴィスス・ドラコーニス)〟。私にも竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の逸話があるのです。私の宝具は、敵対者を一時的に〝竜〟と定めるもの」

 

 そして、と彼は笑い。

 

「かの大英雄の剣は、決して竜を見逃さない」

「──〝邪悪なる竜は失墜し、世界は今洛陽に至る〟」

 

 天高く、城ほどの大きさを誇る怪異よりも高く飛んだジークフリートは、その青き極光を再び解き放つ。

 

 それは二度邪竜を滅ぼしし剣。昨日のものよりかは小さくとも、確実に怪異の体を削り取るだろう。

 

「……善と悪は、所詮立ち位置の問題でしかない。だから俺に、あなたを悪と断じて斬ることはできない」

 

 ジークフリートという英雄は、他者からの願望によってその生涯を消費し、王の欲望がため死した男だ。

 

 なまじ他人の正義(欲望)に彩られた生を送ったがために、彼には善悪の判別をつける理由は重いものだ。

 

「だが、彼はあなたを悪としなかった。自分は正しいと叫ばなかった。ただ、()()()()と望んだ」

 

 見過ごせないと、受け入れた上でどうにかしたいと、そう不遜にも叫んだ。

 

()()()()()。この血に濡れた手でもう一度剣を握るには、十分すぎる理由だ。

 

「だからその叫びに応えよう!善でも悪でもなく、俺自身の正義をかけて──!」

 

 英雄は、少年の願いに応え剣を振り下ろす。

 

「〝幻想大剣 天魔失墜(バルムンク)〟!」

 

 繰り出された竜殺しの一撃は、ひと時とはいえ〝竜〟の概念を施された怪異を大きく傷つける。

 

 翼の片方を切り裂き、本体にすら絶大なダメージを与え、聖杯の魔力を持ってしても瞬時には再生できない損傷を与えた。

 

「我が復讐を止めるか、竜殺しの英雄ッ!」

 

 苛立たしげに絶叫するジル・ド・レェに、藤丸を殺すことばかりに執着していた踊り子がようやく気がつく。

 

 それまで細く軽い手足によって繰り出されていた、不規則かつ予測のできない猛攻がやっと止んだ。

 

 〝聖杯の所有者を守る〟というソウルに刻まれた呪いが、踊り子の気をジル・ド・レェへ誘う。

 

「今よ!併せなさいアマデウス!」

「無論、余裕で併せるとも。僕は天才だからね!」

 

 その隙を、二人は見逃さない。

 

もう一人の私(カーミラ)をぶっ倒せればいいと思ってたけど、今日は特別に気分がいいわ!最高の歌を聴かせてあげる!」

 

 エリザベート・バートリー。

 

 カーミラの少女時代の姿を象ったこのサーヴァントが現界したのは、果たしてバーサークアサシンへのカウンターか。

 

 彼女にとってこの時代での戦いは、最初からカーミラを倒すこと、ただそれだけにあった。

 

 先の戦争でその願望は果たされ、彼女は消えゆくカーミラに「お前と同じにはなりたくない」と叫ぶ。

 

 それは無意味な言葉だ。過去の歴史が確定している以上、無垢な少女(エリザベート)はいずれ吸血鬼(カーミラ)になる。

 

 だからこそ彼女はここに立っている。共に戦う仲間のために。過去を受け入れ前へ進むと言った、少年のために。

 

「やれやれ、おてんばな歌姫に併せるのは一苦労だ。まあ、僕にかかればなんてことはないがね」

 

 そんなエリザベートに、アマデウスは呆れ笑いを浮かべる。

 

 彼もまた、藤丸らに感謝している。彼らがいなければ、アマデウスたちもまたここまで来れなかった。

 

 何より、またマリーの死に際に立ち会えなかっただろう。あの騎士がいなければ、後悔を繰り返すことになった。

 

 それと、もう一つ。

 

 自分がサーヴァントとして、似合わぬ教師役などをしたマシュのために、あと一度先輩として何かを示したかった。

 

「フィナーレよ!〝鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)!〟」

「聴くがいい!魔の響きを!〝死神の為の葬送曲(レクイエム・フォー・デス)〟!」

 

 解放された魔力が、巨大な城と音楽隊へと変じて解放される。

 

「…………ッ!!!」

 

 魔音と魔曲、その二重奏。踊り子が気が付いた時にはもう遅く──絶大な音の破壊が、その痩身を打ち据えた。

 

 かろうじて構えた双魔剣が直撃を防ぐが、勢いは衰えを知らず、そのまま吹き飛んで再生途中の怪異へ激突した。

 

 なおも勢いはとどまる事を知らず、地面に触手という名の根を張っていた怪異は空へと打ち上げられた。

 

「なぁ!?この巨大質量を押し上げるだとッッッ!!???」

「はぁ、はぁ……!」

 

 ようやく支えるものを失い、盾を下ろして肩で息をするマシュ。

 

「お疲れ様でした、マシュ。ここからは私が参りましょう」

 

 その横に、清姫が並んだ。

 

「想い人にこそ巡り会えませんでしたが、友達もできましたし、存分に戦えました。得るものの多い現界と言えたでしょう」

 

 扇子を開き、火の粉が舞い散るそれを宙を舞う怪異へと向ける。

 

 魔力が炎へと転換され、宝具の発動準備が完了していく中で、ちらりと藤丸の方へと視線を向けた。

 

 アマデウスとエリザベートの後ろで控える彼は、清姫の視線に気がついて頷く。彼女はクスリと笑った。

 

(素敵な殿方には出会えましたが、今からの姿を見れば幻滅されてしまうでしょう)

 

 その狂気、逸話に身を任せ、清姫は宝具を発動する。

 

「〝これより、逃げたる大嘘つきを退治します……!〟」

 

 炎が、燃える。

 

 強く、大きく、恐ろしい大火炎が、清姫の体を包み込み、やがて一つの長い身と化して龍へと変ず。

 

 〝転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)〟。

 

 嘘をつき逃げ出した僧侶を、隠れた鐘ごと龍となって焼き殺した伝説が具現化したもの。 

 

 

 

「キシャァァアアアアアア!!!!!」

 

 

 

 文字通り、烈火の如くうねりをあげて清姫だった龍が空を舞い、怪異を踊り子とジル・ド・レェごと焼き焦がす。

 

 炎への耐性もそれなりにあったが、そんなもの関係ないと言わんばかりに全身を燃やし尽くし、残っていた右翼を炭にした。

 

「──綺麗だ」

 

 その炎を見て、思わず藤丸は呟いた。

 

「おのれ、この匹夫共がぁぁあ!!!」

 

 しかしその咆哮にハッと我を取り戻し、腹の底から力を込めて叫びあげる。

 

「今だ、()()()()()()──────────!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──応」

 

 遠く、しかして確かに届いたその声に、灰は短く答えた。

 

 昨日、最初に戦場を訪れた藤丸たちが身を隠していた崖の上。今は丸裸になったそこに、灰はいた。

 

 傍に火防女を置き、彼はまっすぐに天へ打ち上げられた獲物を見据えて狙いを定める。

 

「よくぞ、ここまで戦った。貴公らの志に敬意を。私もそれに応えるとしよう──!」

 

 ソウルより取り出したるは、長く太い漆黒の矢。

 

 翁より賜ったそれを、呪術や魔術、そして火防女の歌で極限に強化した肉体で大弓に番える。

 

 竜を狩るために作られた太古の大弓は、未だにその概念を付与されたかの怪異を屠るに相応しい。

 

「ヌゥンッ……!」

 

 

 

 

 

ゴ、ギギギギギギ!!!

 

 

 

 

 鈍い音を立て、弓が引かれていく。

 

 あまりの重量に、強靭な灰の体でも節々に絶大な負担が走り、特に治りかけの右腕からは不快な音がする。

 

 踏みしめた両足は地面に陥没し、一目でどれほどの力が込められているのかを火防女に実感させた。

 

「なるほど、凄まじき代物だ……だが、面白い!」

 

 戦いの記憶から生じた狂気が、灰の口を笑いへと誘う。

 

 

 

 ──やらせぬ

 

 

 

 それに水を差すように、突如として灰の右腕に異変が起こった。

 

 皮膚を食い破り、内側から大量の氷柱が現れたのだ。それは鎧を破壊し、大きく灰の力を削ぐ。

 

 ガクン、と頂点まで達そうとしていた矢が中ほどまで戻された。火防女は息を飲み、灰自身も瞠目する。

 

「……なるほどな。ソウルを奪われてなお、主人を守ろうとするか。大した忠義だ」

 

 

 

 ──やらせぬ

 

 

 

 灰の言葉に応えるように、騎士の冷笑がソウルに響いた。

 

 だが……

 

「灰の方……」

「見く、びるな……!」

 

 腕を食い破られた痛みなど意味がないと言わんばかりに、灰は矢を引きしぼる。

 

 

 

 ──やらせぬ!!!

 

 

 

 再び主人に向けられた死の一撃に、全力で抵抗するかの如く灰の右腕が壊れ始めた。

 

 骨は砕け、筋肉は千切れ、飛び散った鮮血が瞬く間に赤い結晶となって地面に散乱する。

 

 このまま矢を放てば、再び灰の右腕は木っ端微塵になるだろう。治癒にはより長い時間を要するに違いない。

 

「腕の、一つ、程度、くれてやる……ッ!」

 

()()()()()で不死の英雄は止まらない。

 

 傷は経験、死は手段。幾多の死闘を経て武器となったその恐怖は、むしろ灰に力を与える一方だった。

 

 それを糧に、灰は宝具──死の概念の一部を矢に乗せ、あの怪異を射抜けるほど大きくする。

 

 

 

「オ、オォォォォォォォォォオオオオォオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

 

 

 

 雄叫びとともに、ついに限界まで引き絞られた矢は放たれた。

 

 その風圧に、まず引っかかっていただけの鎧が吹き飛んだ。

 

 続けてやってきた反動に、右腕が粉々に砕け散った。

 

 最後に、鼓膜をつんざくような音を立てて飛んだ黒矢の余波に、崖が崩れ落ちた。

 

「火防女!」

「灰の方……!」

 

 崩壊する崖の上、灰は残った腕で火防女を抱きしめ、その場から飛び退いた。

 

 十メートルはある崖が石や岩の山と化し、その近くに降り立った灰は失った右腕の幻肢痛を無視して空を見る。

 

 空を切り裂き、ジェット機のような音を立てて突き進んだ矢は──確かに、踊り子ごと怪異を地面に縫い止めた。

 

「────────ッ!!!!!」

「な、んだ、とぉおぉおおおお!!?」

 

 深く地面に突き刺さった黒矢は激しく怪異を痛めつけ、そして踊り子のソウルに大きな穴を穿つ。

 

 格子のような兜の奥に隠された目を見開き、踊り子は自分のソウルが壊れたことを自覚して驚愕する。

 

 矢を掴むが、引き抜こうとする力も、意志も残っていない。

 

 

 

 ──ああ、この冷たさは。

 

 

 

 その代わり、踊り子の薄弱な思考には一つの思いがあった。

 

 矢の尻の部分、そこにわずかに付着した氷。おそらく灰の右腕から侵食したのだろうそれ。

 

 

 

 

 

 ──貴方(あなた)は、ずっと(そば)にいてくれるのですね。

 

 

 

 

 

 微かに残った記憶、その中にある忠義の騎士を思い返し、踊り子は満ち足りた顔で目を閉じる。

 

 その体から氷の粒のような魔力が流出し、そして矢から離された腕が地に落ちた時──踊り子は、消滅した。

 

「何故ッ!何故お前たち匹夫如きに、我が復讐が邪魔されるのだあァアアアア!!!」

 

 暴れ、抜け出そうとするジル・ド・レェ。

 

 しかし、度重なる宝具によるダメージと灰が矢に付与した死の概念により、怪異の体は端から壊死していく。

 

 聖杯をもってしても再生できないダメージに、ついに完全に動きを止めた怪異を、英霊たちは見上げる。

 

 すると、先頭で旗を握りしめていたジャンヌの前に硝子の階段が現れ、怪異まで続いた。

 

「これは……」

「お行きなさいな、ジャンヌ」

「わっ!?」

 

 ポン、といきなり肩を押され、ジャンヌは思わずたたらを踏む。

 

 踏み出したその足は、階段の一段目へとかかっていた。驚いて振り返ると、そこにはマリーがいる。

 

 一度別れ、そして再開した〝友達〟は、ジャンヌににこりと笑いかけた。

 

「ここから先は、貴女の道よ。いいえ、貴女以外は行けないわ」

「マリー……」

「ジャンヌ・ダルク。国のため身を捧げた、献身の聖女……彼の願いを、終わらせてあげなさい」

「……ええ!」

 

 ジャンヌは、階段を駆け上がった。

 

(……ありがとうマリー。そしてマスターと、英霊たちよ。貴方たちが共にいて、戦ってくれて本当に良かった。そのおかげで、私はやっと──)

 

 

 

 

 

 

「……ジル」

「ジャンヌ・ダルク…………ッ!」

 

 

 

 

 

 そして、彼女はたどり着いた。




宝具祭り。

次回、特異点修復。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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そして、終結へ

投稿時間ミスった!

オルレアン、終結。

楽しんでいただけると嬉しいです。


「……ジル」

「ジャンヌ・ダルク…………ッ!」

 

 ようやく、たどり着いた。

 

 目の前で怪異の一部となり、自分を睨み上げるかつての友に、ジャンヌは憐憫にも似た目を向ける。

 

 彼女は、裁定者(ルーラー)として英霊の座に上げられた後に与えられた記録でしか、彼のその後を知らない。

 

 すなわち、彼女が火刑に処された後。悪逆を犯し、ジャンヌが最後まで信じた神を裁きによって証明しようとした。

 

 清廉な騎士であったジル・ド・レェがこうまでなってしまったことが、自分への敬愛だと言うのなら。

 

 ああ……やはり私は。

 

「……ジル、我が友よ。もはやこの場において、何も言うことはありません」

「では、その旗で私を貫きなさるか?それも良いでしょう……だが!その瞬間私はこの怪異に聖杯を明け渡す!」

 

 聖杯を明け渡す。それはこの怪異の制御を手放すことを意味する。

 

 元より強大なこの怪物は、聖杯の膨大な魔力を要にして操っているにすぎない。それを放棄すれば……どうなるかは明白だ。

 

 怪異は壊れかけの体で、ありとあらゆるものを蹂躙するだろう。宝具を使ったサーヴァントたちにその相手は荷が重い。

 

「フゥ……フゥ……!」

 

 血走った彼の目からは、本気であることが窺える。

 

(……そうまでして、この歴史を否定したいのですね)

 

 ジャンヌは、悲しみに目を伏せた。

 

 彼の醜態にではない。こうまでして英霊を歪ませる聖杯という器にでもない。

 

 ただ……悲しかった。自分などのためにここまで堕としてしまった、その事実一点が。

 

 であれば。

 

「……ええ。ですから、()()()()()()()()()()()()()()()()

「──は……?」

 

 ジャンヌの体から、鎧が消え失せる。強く、固く、決して手放すことのなかった旗も風にかき消されるように。

 

 その手に残るは、細身の剣ただ一振り。かつて聖カトリーヌ教会で彼女に授けられた、祝福の剣。

 

 彼女はそれを引き抜き──そして、刃を両手で握りしめた。血が流れるのも厭わずに、彼女は跪く。

 

「〝諸天は主の栄光に。大空は御手の業に。昼は言葉を伝え、夜は知識を授ける。話すことも語ることもなく、声すらも聞こえないのに〟」

「ジャンヌ、何を──!?」

 

 刃に血が伝い、ポタリ、ポタリ、と怪異の背を赤に染めていく。

 

 聞いたこともないその言葉に、ジル・ド・レェは激しく困惑した。なんだ、いったい彼女は何をしようとしている──!?

 

「〝我が心は我が内側で熱し、思い続けるほどに燃ゆる。我が終わりは此処に。我が命数を此処に。我が命の儚さを此処に〟」

 

 聖カトリーヌの剣が、輝きを放ち始めた。

 

 そこに至ってようやく、下で静観していた藤丸たちも異変に気付いて、ジャンヌを不安そうに見上げる。

 

 それさえも、気にせずに。ただ彼女は言葉を紡ぐのだ。かつてのように、たとえその先に何も残らないとしても。

 

「〝残された唯一の物を以って、彼の歩みを守らせ給え〟」

「まさか、宝具……燃え尽きるとは……やめなさいっ!それだけはぁああああああああ!」

 

 ようやく、彼女が何をしようとしているのか気がついたジル・ド・レェが手を伸ばす。

 

 だが──もう遅い。

 

 

 

 

 

 

 

「〝主よ──この身を委ねます〟」

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、炎が爆裂した。

 

 聖カトリーヌの剣の柄頭が花のように咲き誇り、そして怪異を丸ごと飲み込むような紅蓮の大火に成る。

 

 太陽の如き眩いそれと、体を打ち付ける風圧に、藤丸は思わず両手で顔を庇って踏ん張った。

 

「くっ、一体これは──!?」

「清姫さんの宝具以上の火力……まさか、これは!」

『ああ、そうだ。彼女の宝具さ』

 

 藤丸とマシュ。二人の疑問に、通信機越しにドクターロマンが答える。

 

『あの炎は彼女の二つ目の宝具。彼女の最期(炎に焼かれた聖女)という概念を結晶化したモノ』

「ジャンヌの、最期──!?」

「それじゃあ!」

『そう、そしてその概念故に』

 

 

 

 ──発動後の彼女は、必ず消滅する。

 

 

 

 唖然とする他に、なかった。

 

 特攻宝具と名付けられたその宝具、真名〝紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)〟。文字通りの諸刃の剣。

 

 そう続けられた説明に、藤丸は立ち尽くした。マシュも、その通信を聞いたサーヴァントも、皆。

 

 何も言えなかった。ただ大きく燃え盛る紅蓮の華を、呆然として見上げるしかなかった。

 

 だって、そんなのは。あまりに惨いではないか。此処まで一緒に戦って、支え合って、それなのに。

 

「……た……なら」

「せん、ぱい……?」

「知ってたのなら……なんで、教えてくれなかったんですか!なんで止めてくれなかったんですか!」

 

 藤丸は、叫ぶ。心の赴くままに、怒りとも悲しみともつかない咆哮を、ドクターに投げつける。

 

 彼は何者でもない16の少年だ。今まで共にいた誰かが目の前で死のうとする様など、受け入れられない。

 

『止めないさ』 

「っ!」

 

 だから、彼は断言する。

 

 強く、けれど未熟な少年が受け入れられないことをわかっていたから、あえて突き放すように言う。

 

 導くなどとは言わない。ただそれが彼の役目であると自負しているから、実行するまで。

 

『これは、彼女にしかできないことだ。だから止めないし、止めさせない。君に恨まれようとね』

「…………!!」

 

 そう言われては、何も言えない。

 

 彼に怪異は倒せない。

 

 彼にジャンヌと同じような覚悟はない。

 

 今目の前にいる英霊たちには、及ばない。

 

 藤丸立香は、無力だ。

 

 

 

 

 

「お、オォオオオオオ!」

 

 

 

 

 

 炎の中でジル・ド・レェは叫び、もがく。

 

 肌を焼く熱に?違う。自分の復讐が終わらせられようとしていることに?違う。()()()()()()()()()

 

「こんな、こんな理不尽があってたまるか!宝具を!英雄の誇りたるモノをこのような忌むべき炎に仕立て上げるなど!神よ!貴方はどこまで彼女を穢すのだぁああああ!!!」

 

 許せぬのだ。

 

 たとえその手段が魔道に落ちたとて、根底にあるのは願い。拭えなかった後悔をやり直したいのだ。

 

 だからこそ、この炎を前にしてはもはや自分の復讐などどうでも良い。それよりもなお許容できぬ。

 

「────」

「……笑って、おられるのですか? この炎の中、どうして……?」

 

 けれど、彼女は微笑んでいる。

 

 他でもない焼かれた彼女が。誰よりも怒っていいはずの聖女は、共に焼かれながら笑っている。

 

 熱いだろう、苦しいだろう。

 

 なのにどうしてこの人は、こんなにも()()()()()なのだ──!?

 

「私は、この炎を疎んでいませんから。ええ、確かに辛いですが……それでも、生前もこの炎に見入ったものです。〝絢爛の業火〟と」

「馬鹿な!どうしてそのように言えるのです!なぜ、なぜ貴方はどこまでも──!」

「……信じて、いましたから」

 

 今でも覚えている。

 

 炎は肉を焼き、骨を焦がし、魂を溶かした。

 

 人は言う。それは悲劇の最後だったと。

 

 繰り返される異端審問に罵倒、信じていたもの全てに裏切られ。最後まで誰一人として彼女を理解しなかった。

 

 ああ、きっと聖女は主を、人を、全てを恨んだに違いない──()()()()()()()()()()

 

「わかっていたのです、あの結末は。主の声を聞いたあの時からわかっていて、それでも私は嘆きと悲しみの中で失われていく命を、見捨てないと決めたのです」

 

 そして彼女は、多くの命を救い、そして多くの命を奪った。

 

 罪なき人も、罪深き人もいたのだろう。だが彼女はその一切を心に押し込め、ただ自国のために殺人を許容した。

 

 それは大罪だ。すべての命は等しく価値があり、それならば自分には誰より悲惨な最後が相応しい。

 

 だから聖女ではないと、彼女は言う。その行いに見合った最後を迎えたことに、感謝すら抱く。

 

「ええ、きっと理解されないのでしょう……それでも信じたいのです、人の道を」

「その末路がこの炎だと!?ありえない!こんな……こんな……っ!」

 

 ジル・ド・レェの両眼から、滴が溢れ出した。

 

「こんなのは間違いだ……! そうまでして人を信じた貴女が報われぬ結末など、そんなことがあってたまるか!」

「──いいえ、間違いではなかった!」

 

 誰より自分を思い、苦しみ抜いた友の言葉を、だがと彼女は断じる。

 

「私の最期が惨めでも! それでも救えた命はあった! だって──道は続いた!」

 

 人を殺し、守り、殺し、守り、殺し……もう、自分がどちらをしているのかもわからなかった。

 

 けれど、確かに続いた。続いたのだ、この国は、人間の歴史は、人の道は、平和を願う心は、命の営みは。

 

「私たちの殺戮の果てに、光が! 未来が! 希望が! 遠く! 遠くっ! あの子たちの時代まで!」

「ジャン、ヌ……」

 

 絶望(過去)の後には、希望(未来)が待つ。

 

 走った。走って、走って、走り続けてーー信じた。

 

 信じた末に、人はその手に勝ち取ったのだ。未来を。

 

「私の死後、さらなる犠牲と悲劇を繰り返しても、それでも私たちが望んだ未来はやってきた!」

 

 ──ああ、どこまで。

 

 どこまでこの人は、信じるというのだ。

 

「……だから、もういいんです。きっと貴方は許せなくて。私の最後はどこまでも惨めで。それでも、私たちが信じた光は──遥か先まで、穢されず進んだのですから」

「ジャンヌ、貴女は──」

 

 見上げるジル・ド・レェに、ジャンヌは笑い。

 

 

 

 

 

 

 

「だから、帰りましょう。私たちの在るべき歴史(クロニクル)へ」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、光は爆ぜた。

 

「ジャンヌ────────っ!」

「先輩!」

 

 思わず身を乗り出した藤丸。マシュはそれを守ろうとするも、すでに疲労困憊の体では盾を構え続けられる力がない。

 

 他のサーヴァントたちも己の身を見るのが精一杯で──

 

 

 

 

 

「ヌンッ!」

 

 

 

 

 

 そこへ、どこからともなく舞い降りた灰がハベルの大盾を地面に突き刺した。

 

 

 

 おおよそ片手では易々と扱えぬはずの岩の大盾を以て、藤丸は荒れ狂う閃光と暴風──そして熱から守られる。

 

 

 

 光は、天高く、どこまでも昇り──やがて、力を失ったようにふっと細くなっていった。

 

「……無事か、マスター」

 

 灰は、満身創痍であった。

 

 大盾に加え、自分の体さえも盾にした彼は鎧の各部が破損し、半壊した兜から焼け爛れた頬が露出する。

 

 傷口から煙を上げながら振り返った灰は……力なく地面に膝をついたマスターに、ふとその心を察した。

 

「……マシュ、バーサーカー」

「……どうしたマスター」

「…………はい」

「体が、軽いんだ」

「…………そうか」

「ジャンヌと契約してからあった重さが、ないんだ」

「…………っ!」

 

 マシュは、もう何も言えなかった。

 

 彼女が上手く涙を流す方法を心得ていたならば、寄り添うこともできただろう。でもできないのだ。

 

 それは灰も、集まってきたサーヴァントたちも、カルデアの者たちも、遅れてやってきた火防女も同じで。

 

 誰一人として、藤丸を──

 

 

 

『──嘘だろ。これは』

 

 

 

 それに水を差すように、ドクターのうわ言のような言葉が響いた。

 

「ドクター……?」

『巨大敵性体の消滅を確認……でも、そのほかに残っているこの反応は……!』

 

 皆が、空を見上げた。

 

 

 

「あ……あぁ……っ!」

 

 

 

 マシュは、そう声をあげてようやく涙を流した。

 

 

 

「う、そ……」

 

 

 

 藤丸は、ありとあらゆる感情がごちゃ混ぜになった顔で震えた。

 

 

 

「ンー、フォウ!」

 

 

 

 藤丸の服の中に隠れていたフォウが、顔を出して鳴いた。

 

 

 

「あら、なんて素敵なのかしら♪」

 

 

 

 マリーが笑い。

 

 

 

「やれやれ、最後にこうなるとはね」

 

 

 

 アマデウスが呆れ。

 

 

 

「ふふん、私は最初から信じてたわよ!」

 

 

 

 エリザベートが胸を張り。

 

 

 

「またこのトカゲ娘は嘘を……ふふ、でも良い嘘です」

 

 

 

 清姫が目を弓形に細め。

 

 

 

「ふ……これは予想外の結末だな」

 

 

 

 ジークフリートは微笑み。

 

 

 

「ですが、悪くはありませんね」

 

 

 

 ゲオルギウスはそう同調して。

 

 

 

「……これも、因果か」

「ええ、数奇な運命でございます」

 

 

 

 寄り添う灰と火防女が、その光景に称賛を送った。

 

 

 

 

 そうして、誰もが見つめる先で──宙に舞うジャンヌは、ふと目を見開いた。

 

 

 

「私、なんで……宝具を使ったはずなのに……」

「……やっと、届きましたな」

 

 ハッと、ジャンヌは自分の手を握るその手に目を見開いた。

 

「聖杯を使い、貴女の霊基を宝具の使用前まで復元しました。ええ……どうやら私の負けのようです」

「ジ、ル……?」

 

 そこにいたのは、ジル・ド・レェ。

 

 怪異と共にジャンヌの宝具に焼かれた彼は、もう〝終わった〟のだろう。ジャンヌの手を握る右手と、胸より上しか残っていない。

 

 彼の言う通り、聖杯は使われたのだろう。杯の形となった聖杯が、ジャンヌの胸に握られている。

 

 粒子となって消えてゆく中で、ジル・ド・レェは笑っていた。まるで、かつての騎士だった彼のように。

 

「ではジャンヌ、私はこのまま地獄へ。ああ、それでも……」

 

 

 

 

 

 やっと貴女を、あの炎から──

 

 

 

 

 

「ジル、待っ──」

 

 言い切る前に、彼は消滅した。

 

「ジル……!!」

 

 涙が溢れ出す。

 

 悲しみではない。憐憫ではない。申し訳なさからではない。

 

「あり、がとう…………!」

 

 ただ、喜びゆえに。彼女は泣くのだ。

 

 

 

「ジャンヌ!」

 

 

 

 自分を呼ぶ声に、ふとジャンヌは下を見下ろした。

 

 そこには、自分を迎えようと手を伸ばす仲間たちの姿がある。それはジル・ド・レェが最後にくれた、贈り物だ。

 

「……最後まで貴方は、私を導いてくれるのですね」

 

 かつて彼は言った。彼女こそが旗であると、それ故に我らは進むのだと。

 

 だがジャンヌからしてみれば……このような田舎娘を見捨てず付いてきてくれた彼こそが、導き手だった。

 

「マスター、みんな……!」

「ジャンヌ!」

 

 落ちていった彼女は、藤丸たちに受け止められる。

 

 見渡せば、そこには自分の帰還を喜ぶ皆がいる。そのことがどこか照れ臭く、ジャンヌは笑った。

 

「あの……帰ってきてしまいました」

「いいんです!ジャンヌさんが帰ってきてくれて、私たち……!」

「おかえりジャンヌ……!」

 

 感きわまって涙を流している少年と少女に、皆呆れたように、だがどこか楽しそうに笑う。

 

 ジャンヌもクスリと笑い、それから降ろしてもらうと裸足になった両足で、しっかりと立ち上がった。

 

「マスター、これを」

「これって……聖杯!?」

「は、はい、確かにこれは聖杯です!ということは……ドクターロマン!」

『ああ、こちらでも回収を確認した。第一特異点、修復完了だ!』

 

 その言葉に、顔を見合わせた藤丸とマシュ。

 

「よく戦い抜いた。やはりマスター、貴公を選んで良かったよ」

 

 その肩にバーサーカーが手を置けば、一気に実感が湧いてきて、じわじわと笑みが広がっていく。

 

「や……った────!」

 

 そして、藤丸は両手を上げて歓喜を口にした。通信機越しに、司令室でも歓声が溢れる。

 

「ようやく成し遂げましたね、先輩!」

「やった!やったよマシュ!みんな!」

「せ、せせせ先輩!?」

「俺たちはやったんだ!」

 

 感情が暴走しているのか、片手に聖杯を持ちながらマシュにハグをする藤丸。

 

 ほう、と英霊たちが楽しそうに笑う。当のマシュは顔を真っ赤に染め、藤丸が正気に戻って謝罪するまで硬直していた。

 

『すぐに時代の修正が始まる。レイシフトの準備をするから、少し待っていてくれ』

「わかりました」

「やれやれ、やっと終わりか。ああケツが痛い。働きすぎたかな」

 

 いの一番にいつもの奔放な口調で語り出したのは、アマデウスだった。

 

 またマリーが注意するのを目に浮かべながら、藤丸とマシュが振り返ると──サーヴァントたちが、消え始めている。

 

「みんな……!?」

「皆さんどうして……」

「この時代が復元されたからだろう。彼らの役目が終わったということだ」

「特異点修復による、強制退去。私たちがレイシフトをしてこの時代から帰るように、彼らもまた座へ還るのです」

 

 灰と火防女の説明に、英霊たちは頷いた。

 

 いずれ来るとわかっていた終わりがやってきたことに、二人は沈鬱そうに顔を俯かせる。

 

 この特異点での思い出を振り返り、消沈している二人にマリーとアマデウスが顔を見合わせ、肩をすくめた。

 

「藤丸、マシュ」

「なんですか、モーツァルトさ」

「えいっ」

 

 ムニィ、とマリーが二人の頬を引っ張る。目を白黒とさせる藤丸たち。

 

「ふぁ、ふぁひも……?」

「全く、二人ともお別れの仕方ってのがわかってないね」

「それは、どういう……?」

 

 頬から手を離したマリーと、アマデウスは揃って笑いながら言った。

 

「「別れは笑顔で」」

「「あ……」」

「僕たちだって君達とお別れするのは辛い。だけど最後がそんな顔じゃあ気も滅入るってわけだ」

「だから、最後は笑って送り出してちょうだいな?それが影法師である私たちへの最大の礼儀でしてよ?」

 

 確かに、その通りだった。

 

 誰だって決別は悲しいものだ。それなら精一杯、湿っぽい雰囲気は無くした方が気持ち良い。

 

 そんな当たり前のことを思い出して、二人は笑った。それからマリーたちに向き直って、とびきりの笑顔を浮かべる。

 

「ありがとう、アマデウス、マリー!」

「お二人が最初に助けてくれなければ、私たちは倒れていたかもしれません!心から感謝します!」

「うん、いい顔だ。こんな大怪我こさえて戦った甲斐が、あったね──」

「ごきげんよう、二人とも!またいつか会いましょう──」

 

 まず最初に、二人が天へ召されるように粒子となった。

 

「マシュ!()()()!よくやったわ!」

「ええ、実に良い戦いでした。これで晴れてお役御免ですわね」

 

 次に声を上げたのは、エリザベートと清姫。笑顔で迎えようとして、ふと疑問に眉をひそめる。

 

「子イヌって何?俺のこと?」

「というわけで消えるけど、次会ったらよろしくね!あなた頑張ったから、これからは子イヌって呼んであげる!」

「いやちょっ、だからってなんで子イヌ──」

「じゃあねー」

 

 疑問に答えることなく、それはそれは綺麗な笑顔でエリザベートが退去した。

 

 手を伸ばして硬直した藤丸に、灰は苦笑してもう一度肩に手をのせる。

 

「……ええと、なんかよくわかんないけど。気に入られたってことでいいのかな?」

「まったく、本当にお馬鹿なドラ娘ですわ。聖杯戦争において、二度同じ人間に会うことなんて、それこそ奇跡でしょうに」

「清姫さんも、行ってしまうのですね」

「ええ、これでお別れです。二度と会うことはないでしょう……最期に醜い姿を見られたことは、少々恥ずかしいですけれど」

「醜い?」

 

 首を傾げて、藤丸は記憶を辿る。

 

 最期に醜い、と言われても、特に思い至ることはない。ああでも、もしかしたら……

 

「もしかして宝具のこと?アレすごい綺麗だったよ。カッコよかったし。なー、フォウ」

「フォーウ」

「またまた、嘘を……」

 

 嘘が見抜ける清姫は、扇子で寂しく笑う口元を隠しながら、藤丸を見る。

 

 すると、すっと笑みが消えた。次に疑問が浮かび、そして最期に宝具を使った時のような赤色に顔を染めた。

 

「嘘では……ない……!?」

「うん、本当のことを言ったけど」

「……こ、小指をお出しになってくださる……?」

「え? 別にいいけど……」

 

 こう?と差し出した藤丸の小指を、清姫はがっしりと自分の小指で絡め取った。それはもうしっかりと。

 

 その時見えた藤丸のソウルと、それにつながった()に、灰はわずかに驚いた後に密かに笑う。

 

「で、では、御機嫌よう」

「あ、もうちょっと話を──」

 

 マシュの制止に答えず、清姫もまた退去した。

 

 まるで逃げるような退去の仕方に疑問を感じつつ、二人は次にやってきたジークフリートとゲオルギウスを見る。

 

「随分と騒がしい最期になったが、改めて礼を。望む戦いができた」

「ははは、まったくだ。ですがそれでよろしい。これからもあなた方の旅路が、笑顔で終わるよう祈っております」

「はい、ありがとうございます」

「お二人にも本当にお世話になりました。ありがとうございます」

「それではまた、いつか再び助力できることを願って──」

 

 先にゲオルギウスが退去していき、その隣に残ったジークフリートは藤丸たちの肩に手を置く。

 

「きっと、これからも君達の過酷な旅は続くだろう。だが、どうかめげずに戦ってほしい。その中で多くの出会いと別れを繰り返すだろうが、前に進み続けるんだ」

「はい、わかりました」

「感謝を。偉大なる竜殺し(ジークフリート)

「ああ。君たちの旅に、幸福な結末があらんことを──」

 

 そして、ジークフリートも消え。

 

「皆、行ってしまいましたか……」

 

 最期に、ジャンヌだけが残った。

 

「ん、あれ……?」

「これは……」

「どうやら、私たちが先のようだな」

「レイシフトの準備が整ったのですね」

 

 だというのに、このタイミングで藤丸たちの体も少しずつ光になっていく。程なくしてカルデアに帰還するだろう。

 

 残念そうな顔をする少年と少女に、ジャンヌも同じような顔で微笑むと……スッと、二人を抱きしめる。

 

「じゃ、ジャンヌ?」

「私たちもお別れは寂しいですが、やはりハグが普通なのでしょうか……?」

「ふふ、どうでしょうね……思えばたった数日のことなのに、長く共に旅をした気さえします」

 

 思い返せば、この特異点にやってきてから一週間程度しか経っていない。

 

 たったそれだけの間に、多くの人と出会い、戦い、その心を垣間見て……とても、濃い時間だった。

 

 確かに心に刻まれたその旅路に二人が笑っていると、体を離したジャンヌが少しだけ寂しそうに笑う。

 

「ですが、この旅は歴史に残らない。特異点が修正されれば、全てなかったことになる」

「……でも、俺たちの心には残ります」

「私たちは、決して忘れません」

「そうですね……マリーたちもしんみりしたのはよくないと言っていましたから。それに、お二人とはどこかで会える気がします。私の勘は結構当たるんですよ?」

 

 ジャンヌの言葉に、三人は笑い合う。

 

 と、そこでふわりと藤丸とマシュの体が浮き始めた。後ろにいる灰と火防女も同様だ。

 

 ジャンヌは数歩下がり、そうして繋がった二人の腕を手放していく。

 

「あの!」

「?」

「あなたに出逢えて、本当に良かった!」

「助けてくれて、ありがとうございます!」

 

 最後まで感謝をする二人に、ジャンヌは驚き。

 

 そして慈しむように笑って、最期に灰へと目を写した。

 

「人理の祖、旧世界の王よ。どうか彼らを頼みます」

「ああ。彼らの行末を、最後まで見守ると約束しよう」

()()()()()()()()()()、いつか決着がつくことを祈っていますよ」

 

 今度は灰が驚嘆する番だった。

 

 彼女もルーラーだというのなら、きっとこのソウルが見えていたことだろう。その奥にある感情も……

 

 それでもなお共に戦った聖女に、灰は心からの敬意を抱いた。故にこそ、「貴公にも幸ある未来があらんことを」と言い残す。

 

 

 

「さようなら、皆さん。そしてありがとう──」

 

 

 ジャンヌが見送る中で、藤丸たちはカルデアへと帰還を果たすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………」

 

 そして、もう一人。彼らの帰還を見守る者がいた。

 

 ジャンヌの宝具の余波で出来上がった崖の上に立つその人物は、白い外套に身を包んでいる。

 

 まるで雪の中に潜む白狼の如きフードの下で、その人物は静かにジャンヌのことを見つめる。

 

 すると、どこからともなく馬に乗ったジル・ド・レェが彼女に近づいてくる。

 

「……これが、人理ですか」

 

 その呟きを最後に、風に吹かれてその姿は掻き消える。

 

 

 

 

 

 

 

 その後には……一輪の、刃のような葉を備えた花が残っていた。




これにて終結。

幕間のネタ思いつかないので、募集してもいいですか?

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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第一特異点 邪竜百年戦争オルレアン 登場人物紹介

登場人物紹介です。


 

 

 カルデア陣営

 

 

 ロンドールのユリア

 

 世界蛇の娘、闇の王に仕えるもの。ロンドールの教主であり、亡者を導くもの。

 人理が築かれて以降、火防女と同じく魔法によってその魂を保存した。正しい歴史において、一定以上の人間が死んだ時に人の血の中から目覚める。

 オルレアンにおいてはフランス軍の指揮を務め、灰の支援をした。

 何故、亡者たる人の王を求めた彼女が全てを終わらせた灰に、今もなお仕えるのか。

 その理由は、彼女しか知らない……

 

 

 

 

 

 サーヴァント一覧

 

 

 ルーラー/ジャンヌ・ダルク

 

 言わずと知れた、救国の聖女。脳筋ルーラー、殴ルーラー。夏になると姉なるもの()になる。

 藤丸たちがオルレアンにおいて最初に遭遇したサーヴァントであり、多くの力を失っていた。

 その後、藤丸たちと共に戦う中で自分自身の信念を思い出し、竜の魔女を討つ。

 

 

 

 ライダー/マリー・アントワネット

 

 硝子の王妃。

 フランスの革命の中において息子共々市民に処刑された、悲劇の女性。

 その広い愛でフランスという国そのものを愛し、また国にも愛された。

 オルレアンにおいては窮地に陥った藤丸たちを助け、ジャンヌの友となり、そして街を守るために犠牲になった……かのように思われた。

 灰の手によって救い出された彼女は、最終決戦まで共に戦い抜き、特異点を修復した。

 

 

 

 キャスター/ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。

 

 偉大なる音楽家、世界に名を残す天才。

 数多くの名曲を残した彼は、生前ある男から依頼された作曲の最中死んだという。

 マリー・アントワネットとは生前から親交があり、オルレアンにおいて奇跡的な確率で同時に召喚され、共に行動していた。

 遠慮のない言動が目立つ彼はよくマリーに叱られていたが、だからこそマシュに人間とは何かを説いた。

 マリー同様に最終決戦にも参加、以下同様。

 

 

 ランサー/エリザベート・バートリー

 

 おなじみスイーツ系サーヴァント、イベントごとにやらかしては増えていく。そろそろカーミラさんの胃に穴が開く。

 カーミラを打倒するために戦っていた彼女は、藤丸の信念と戦友たちに共感して最後まで共に戦った。

 カルデアに来た場合はおそらく被害が出るだろう。主にオカンや耳の敏感な職員が。

 

 

 バーサーカー/清姫

 

 日本の伝説、清姫伝説に登場する娘。

 愛を誓い、しかしそれを反故にして逃げ出した僧侶に怒り狂い、追いかけて最後には龍となり、隠れた鐘ごと僧侶を焼き殺した。

 そのため、嘘をつくことには異常に敏感。本能レベルで嘘かどうかを見定める。

 オルレアンにおいてはマリーたちと行動を共にし、藤丸らと合流後は共に戦う。

 マシュに友達だからこそ悲しみ、そしてその意思を尊重することを教えた。

 藤丸の何気ない一言でカルデアに押しかけてきた。貴方が安珍様ですか?

 

 

 

 セイバー/ジークフリート

 

 アポクリファでも同じみ、邪竜殺しの逸話を持つサーヴァント。すまないさん。

 マリーたち同様にオルレアンに召喚され、竜の魔女率いる軍勢と戦っていたが、呪いを受けて隠れていた。

 ジャンヌたちの祝福により戦線に復帰し、最終決戦まで藤丸の信念に共感し剣を奮い続けた。

 それまでは特に無関心だったが、アポクリファを見てから好きになった。

 

 

 ライダー/ゲオルギウス

 

 守護聖人。

 無力な民たちを守り、ジークフリートの呪いを解除した一人。

 最後の戦争においてはフランス軍を存命中のジル・ド・レェと共にまとめあげ、藤丸たちを助けた。

 最終決戦においても宝具を使い、活路を開いた。

 

 

 真名:不死街のグレイラット

 

 クラス:アサシン

 

 出典:『火の暦書』

 

 地域:ロスリック

 

 属性:中庸

 

 性別:男

 

 

『パラメータ』

 

 筋力:C

 耐久:D

 敏捷:B +

 魔力:D

 幸運:EX

 宝具:C

 

 

 詳細

 不死街のグレイラットと名高い、奴隷帽子を被った老翁。

 貧しき人々へ施しをするいわゆる義賊であり、かつて灰の旅路を支えた祭祀場の人物の一人。

 かつてロスリック城の高壁をよじ登り、幽閉されていたところを灰に救われ、以降彼のためにその技を使い続けた。

 そして二度目の高壁登り、それを灰とともに挑み、乗り越え、かつての屈辱を果たした。

 彼はその矜恃を誇るべきものと言った灰を敬愛し、義賊たらんとした結果、英霊の座に上げられたのである。

 

 

 

 

 敵陣営

 

 

 アヴェンジャー/ジャンヌ・ダルク・オルタ

 

 おなじみ復讐者(笑)、ツンデレキャラ。作者が一番好きなサーヴァント開始当時からぶっちぎり。イベントではいつもいいキャラしてますね。

 ジル・ド・レェが聖杯を用いて作り出した偽の〝ジャンヌ・ダルク〟であり、憎悪の起因となる記憶無き、憎しみの化身。

 最後までその真実を知ることなく、ジャンヌの手によって引導を渡された。

 一番好きではあるが、タグにある通りぐだマシュなのでどうするか思案中

 

 

 キャスター/ジル・ド・レェ

 

 ギョロ目。ジャンヌの重度のファン。拗らせすぎて自分好みの聖女を作った男。

 清廉な騎士だったが、ジャンヌ・ダルクを裏切ったフランスを憎み、黒魔術へ傾倒し、子供を虐殺して悲惨な末路を辿った。

 竜の魔女を作り出した張本人であり、ジャンヌの宝具によって満ち足りて消滅した。

 

 

 

 バーサーク・サーヴァント

 

 竜の魔女によって召喚され、ジル・ド・レェに狂気を植え付けられたサーヴァントたち。

 中には彼女の復讐に物申す性質のサーヴァントもおり、強制的に従わされていたものもいた。

 

 

 ライダー/聖女マルタ

 

 おなじみ拳の人……ではなくて、竜の聖女。

 悪竜タラスクをぶん殴……説得し、かの聖人と親交のある人。

 水着があまりにドンピシャすぎて好きになった。仲良くなると素になって荒くなる女の子、よくない?(あくまで個人の意見です)

 

 

 真名:冷たい谷のボルド

 

 クラス:バーサーカー

 

 出典:『火の暦書』

 

 地域:ロスリック、イルシール

 

 属性:混沌/秩序・悪

 

 性別:男

 

 

『パラメータ』

 

 筋力:A++

 耐久:A+

 敏捷:C

 魔力:D-

 幸運:D

 宝具:B++

 

 

 〈宝具〉

 

 〝荒れ狂う冷犬(フルクトゥス・フリグス・カニス)

 

 ランク:B++

 種別:対城宝具

 説明:ボルドが最も得意とした三連続の突進攻撃、それを破った灰に対する後悔と闘争心が生み出した四連続の攻撃宝具。

 全身に氷の鎧を纏い、対象を粉砕する。その威力は城すらも崩し、あらゆる戦士を撃滅するだろう。

 

 

 詳細

 冷たい谷、貴族の街イルシールより法王に追放されし忠義の騎士。

 指輪によって獣となってもその信念の強さを忘れず、主人たる踊り子とともにロスリックを隔絶させていた。

 かつて灰によって打倒され、そして人理によって呼び起こされた灰に連鎖する形で、はじまりの火に残されたソウルから復活した。

 彼は仕えるべき踊り子とともに追放され、そして最後の時まで彼女にのみその忠誠を捧げていた。

 たとえ、狂気に侵されていたとしても。

 

 

 真名:冷たい谷の踊り子

 

 クラス:バーサーカー

 

 出典:『火の暦書』

 

 地域:ロスリック、イルシール

 

 属性:混沌/秩序・悪

 

 性別:女

 

 

『パラメータ』

 

 筋力:C

 耐久:C-

 敏捷:B

 魔力:C

 幸運:D

 宝具:B++

 

 

 詳細

 冷たい谷より追放された神の一族、その末裔たる娘の成れの果て。

 ボルドとともにイルシールを追放された彼女は、ロスリック城の入り口に潜み、薪の王への道を閉ざしていた。

 オルレアンにおいてはレフによって刻まれた呪いに従い、聖杯の所有者たるジル・ド・レェとともに戦った。

 彼女は最後に、たとえ追放されようとも変わらず忠誠を捧げてくれた騎士を思い出し、消滅した。

 

 

 

 ???

 

 藤丸たちのカルデアへの帰還を見届けた、謎の人物。

 その目的は謎に包まれている。



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幕間
火防女の世界


どうも、そろそろ星狩りのほうで心が折れそうな作者です。

とりあえず藤丸と火防女の絡みから。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 俺の名前は藤丸立香。

 

 って書くと、自分しか読まないから変な感じに聞こえるけど……今日から日記をつけることにした。

 

 定期検診に行った時にドクターが提案してくれたのだ。

 

 この過酷な状況、日々ストレスが溜まる。だから毎日何かに書き出すと気分が少し楽になるらしい。

 

 楽しいこと、面白いこと、奇妙なこと、なんてことないつまらないことでもいい。ただ、いきているという自覚が大事なんだって。

 

 それで今日が1日目だけど……まずは、第一特異点から帰ってきてからすぐ後のことを書こうと思う。

 

 オルレアンから帰ってきて、ドクターたちとの会議を終わらせたあと、俺は丸一日泥のように眠った。

 

 初めての聖杯探索に自分で思っていたよりも疲れてたみたいで、夢も見なかった。

 

 必死な顔のマシュに起こされて、やっと目が覚めた。何か異常事態じゃないかと心配したらしい。

 

 ホッとした顔はちょっと可愛かった。いやいや、何書いてるんだ俺……

 

 そんなわけで、なんとか無事に生還した俺たちだが……

 

「……と、このように。魔術回路の本数は生まれつき決まっており、それによって一度に扱える魔力の量も決まっております」

「な、なるほど」

 

 ホログラムで表示された資料を前に解説するルーソフィアさんに、真剣に耳を傾け話を聞く。

 

 かれこれ40分、会議に使われる部屋を用いた魔術講座。休息はとても短く、今日も今日とて勉強だ。

 

 手元のノートにはびっしりと文字が並び、すでに見開き一ページは全て黒で埋まっている。

 

 こうしていると学校で授業を受けてた時を思い出すなぁ。

 

 爺ちゃんに文字の書き方教わったおかげか、達筆だって教師に言われたっけ。

 

 なんなら筆でスラスラと文字を書けるようにしごk……特訓を受けたから、クラスメイトによく頼られた。

 

「では、今日はこの辺りで。お疲れ様でした」

「ありがとうございました……うぁ〜疲れた〜」

 

 そうこうしているうちに、ピピピとタイマーが鳴って50分の講座が終了する。

 

 途端に机に上半身を投げ出して、ピンと伸ばしていた背筋から力を抜くと一気にだらけた。

 

「お疲れ様でした。本日の講座はこれで以上になります」

「はは、あとトレーニングもあるんですけどね」

 

 はっきり言って、俺は魔術師としてはヘボもいいところである。

 

 魔術回路の質も量もざらにいるレベル、ここに来るまで全くの無縁だった魔術についての知識は皆無。

 

 せいぜいまともに使えるのは、必死に覚えた身体強化の魔術とガンドが精一杯だ。

 

 これにしたって普段から体を鍛えておく習慣があったからできたことで、本来ならもっと時間がかかってたらしい。

 

 だからこそ、俺は少しでも多くを学ばないといけない。マスターとして、英霊のみんなに相応しいように。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 目の前に置かれた紅茶にお礼を言う。

 

 カップを手に取り、一口すすると……すごく美味しい。気分がホッとするような味だ。

 

「これ、すごく美味しいです」

「ありがとうございます。トレーニングの時間になるまでここでお休みになると良いでしょう」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 幸いトレーニングルームはこの部屋から近いので、すぐに行ける。

 

 安心しながら紅茶をんでいると、更にお菓子とお代わりの入ったポッドまで置かれた。

 

 それにまたお礼を言いつつ、ふとルーソフィアさんを見る。

 

 

 

 

 

『いってくる』

『いってらっしゃいませ。貴方に、炎の導きがあらんことを』

 

 

 

 

 

 今ここにいる穏やかな女性と、あの時戦場で一緒に戦った〝火防女〟が同一人物であることに今更ながら驚く。

 

 もっとも、本人からしたら今の姿は子孫の体を借りているだけで、あっちの方が本当の姿らしいけど。

 

「何か?」

「あ、いや。ちょっと特異点のことを思い出しまして」

「ああ、なるほど……一般人に等しい状態で、極めて困難なあの任務を達成したことに敬意を評します」

「そんな、俺なんてみんながいなきゃ何もできなかったし……そういえば、ちょっと気になったんですけど」

「私に答えられることなら、何なりと」

 

 胸に手を置き、たおやかに微笑むルーソフィアさん。

 

 俺は意を決して、ずっと気になっていたそのことを問いかけた。

 

「あの冠?って……前、見えてるんですか?」

 

 そう聞くと、ルーソフィアさんはきょとんとした顔になった。

 

 そりゃいきなりこんなこと聞かれたら困るよね……いやでも、初めてあの姿を見た時からずっと疑問だった。

 

 あれ、明らかに両眼を隠してたよな。目の穴があるようにも見えなかったし、どうやって動いてたんだろ。

 

 ちなみにマシュは「ソウルパワーではないでしょうか?」とか大真面目な顔で言ってた。可愛かった。

 

「……ふふ。奇特なことをお聞きになさるのですね」

 

 あっ、クスクス笑ってる。やっぱり変なことだったのかな。

 

「す、すみません。なんかおかしなこと聞いちゃって」

「いえ、かまいません。むしろ少し新鮮な気分となりました」

「バーサーカーとかは聞かなかったの?」

「そうか、の一言でございました。あの時代はそういうものです」

 

 そう、なのかな?そういえばグレイラットさんとかもとんがり帽子みたいな頭巾かぶってるしなぁ……

 

 今は玉座とカルデアスがある部屋の隅っこにいるけど、時々バーサーカーが雑談してるんだよな。

 

「さて、そうですね……確かにあの頭冠(とうかん)を付けているとき、私に視界はありません」

「でも、全然普通に動いてましたよね?」

「私には元より、瞳はなかったのです。故にこそ闇でこの光を覆うあの冠は、私には枷とはなり得ません」

「えっ……」

 

 それってつまり、盲目だったってこと?

 

 そういえば前に、目の見えない人はそれ以外の感覚が鋭くなるって聞いたことがある。それで世界を捉えているとも。

 

 とすれば、今そっとルーソフィアさんが手をかざしているあの瞳は、本来は見えないものだということなのか?

 

「しかし、それで良いのです。火防女は闇を知るもの。人のソウル、その本質を知ってこそ我らは火の番人たり得る」

「じゃあ、やっぱりソウルとかで人を判断してたりするんですか?」

「ご明察です。一見皆同じように見えますが、本来ソウルとはその人間のうちに宿る意思そのもの。故に特別強いソウルは、はっきりと分かるものです」

 

 どこからともなく、ルーソフィアさんの手の中に物が現れる。

 

 それは今話していた、銀色の冠。素人の俺でもすんごい値段がしそうな銀と宝石で作られたそれを、彼女は撫でる。

 

「私の世界は、闇に包まれていました。それは恐怖を抱かせるものではありません。人の本質は闇、光たる神々在ってその対極に在るもの。むしろ、心地の良いものでした」

「今はどうなんですか?」

「勿論、充分に暖かい世界でございます。要するに藤丸様、物事の捉え方さえ変わらなければ世界は変わらないのです」

「物事の、捉え方……」

 

 世界の見方、か。

 

 そういえばマシュがモーツァルトさんに、この世界をどう見るかは自分の価値観で決めるって教えてもらったって言ってたっけ。

 

 俺にとっての世界。

 

 それは当たり前の日常で、でも今はなくて。その世界がもう一度欲しいから戦ってる。

 

 だって俺は、その世界で生きてきたのだから。

 

「私にとって世界は、闇の中であれ光が空にあれ、そこに輝くソウルがあってこそ。ああ、ですから……」

 

 ふと、ルーソフィアさんが言葉を止める。

 

 彼女の話したことを頭の中で吟味していた俺は、ふとそちらを見て……何かを懐かしむような顔に目を奪われた。

 

「あの時私は、心の底から灰の方のソウルに惹かれたのです」

「バーサーカーの?」

「私は祭祀場にいました。そこは玉座の据えられた儀式の場、いつか火を継ぐ方のための場所。そこに、灰の方はやってきた」

 

 そのソウルは誰よりも……ともすれば、唯一祭祀場に残っていた薪の王のルドレスさんほど強いものだったという。

 

 ソウルで世界を見ていた彼女にとって、弱々しくも薪の王に匹敵する気高さを備えたソウルは十分に魅入られるものだった。

 

「灰の方が旅をし、王たちの探求を続ける中で私は待ち続けました。来る日も来る日も、いつかこの世界が変革することを予期しながら」

「昔は一緒に旅をしてたわけではないんですね」

「今でこそ微力ながらお力添えできますが、本来私はただソウルをあの方の力に変えるだけの存在ですので……今思えば、もどかしい日々でした」

 

 バーサーカーは、ずっと一人で旅をしていたのだという。

 

 ロスリックという、世界が寄り集まった場所で多くの敵と戦い、不死人と出会い、別れ、そして薪の王を集めた。

 

 ルーソフィアさんは、それを待っているだけ。いつか帰ってくるその時を待ちながら、篝火を見守っていた。

 

「いつしか己の役目以上に、私自身が望んでいたのです。闇の中で何より強く輝くあの方のソウルの、そばにあることを」

「だから今も、こうやって……?」

 

 そう聞くと、ルーソフィアさんは初めて少し恥ずかしげに笑った。

 

「いつも、喜びを覚えました。灰の方が祭祀場に帰ってきて、私の手を取り帰還を告げてくださることに。ですから追いかけてきてしまったのです」

「ほえー……すごい愛情ですね」

 

 なんだか、クラスの女子が恋バナで盛り上がっていた心理を初めて理解した気がする。

 

 こう、聞いてるだけで胸がじんわりとしてくるっていうか。男子の恋バナは……うん、ただの公開処刑だから。

 

「あるいは執着、とも言うのかもしれません。その輝きを見ることを望み、あまつさえそのお心を求めた私は従者としては失格なのでしょう」

「でもバーサーカー、いつもルーソフィアさんと話してる時幸せそうですよ?」

 

 ピタリ、とルーソフィアさんの動きが止まる。

 

 あれ、何かおかしなことを言ったかな?と首を傾げた瞬間──ルーソフィアさんは、赤い顔で俺を見た。

 

 綺麗な目を見開き、頬は紅潮し、口元には驚き半分困惑半分みたいにアワアワとしている。えっ何これ!?

 

「今なんと……?」

「えっ、だから、ルーソフィアさんと会話してる時はバーサーカーの様子が違うって……」

 

 俺やマシュと話すときは落ち着いていて、いかにも英雄!って佇まいなんだけど、その時は少し違う。

 

 こう、花がちらほら飛んでいるような感じなんだよな。一緒にいるだけで声がちょっと明るいし、口数多いし。

 

「……そう、ですか。そうなのですね」

「あの、ルーソフィアさん……?」

「……こほん。藤丸様、そろそろトレーニングの時間ではございませんか?」

「えっ嘘!?マジであと五分だ!?」

 

 腕輪の時計を見ると、すでにギリギリの時間になっている。話に聞き入って全然気がつかなかった!

 

「あの、紅茶ありがとうございます!それじゃあ俺もう行きますんで!」

「ええ、はい。お気をつけて、怪我のないように」

「はい!また明日よろしくお願いします!」

「ああ、藤丸様」

 

 部屋を出て行こうとすると、呼び止められて振り返る。

 

 すると、すっかりいつもの落ち着いた様子に戻ったルーソフィアさんが微笑みながら言ってきた。

 

「今度、またお話に付き合ってくださいますか?」

「え?そりゃまあいいですけど……」

「ありがとうございます。それと不躾ですが、その時は……灰の方のことも、お聞かせください」

「えっと、わかりました。それじゃあ」

「行ってらっしゃいませ」

 

 ルーソフィアさんに見送られて、部屋を出て小走りにトレーニングルームに向かう。

 

 早く行かないと、マルタさんにどやされる。あの人普段はおしとやかだけど怒ると怖いんだよな。

 

 でも、今日の話し合いで一つ、ルーソフィアさんについて詳しくなったように思った。

 

 つまり、バーサーカーがルーソフィアさんに弱いみたいに。

 

 

 

 

 

 多分、ルーソフィアさんもバーサーカーさんのことになると弱いんだな、と。

 

 

 

 

 




なんかただの惚気になった()

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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藤丸と無名の王のレシピ作成

ギリギリ書き上がったァ!

今回は無名の王の話です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 それはいつも通り、トレーニングを終えて飯を食っていた時のことだった。

 

『……新しいメニューを……増やしたい……』

「……え、っと」

「フォウ?」

 

 時刻は昼頃。少し遅めだったためにカルデア職員の姿はなく、ちらほらとサーヴァントがいるのみ。

 

 そんな中、いつも通り二メートル越えの巨体にコック服を着た無名の王がじっと俺を見下ろしていた。

 

 突然の申し出に、俺は机の上に乗っているフォウと顔を見合わせると、無名の王を見上げた。

 

「ごめん、もう一回言ってくれる?」

『……食堂の……新しいメニューを模索している…………手伝ってくれ……』

「今のメニューでも十分美味しいけど……」

 

 ほら、と食べかけの血赤の苔玉ミートボール(※日替わり、苔玉の種類によって味が変わる)を見せる。

 

 けれど無名の王はミイラのように干からびた顔を横に振って、持ってきていた脚立に腰を下ろした。

 

『今の……俺の作る料理は……元々あったレシピをアレンジしているに…………過ぎない……既に……厨房のレシピは…………枯渇した…………』

「へえ、そうなんだ」

 

 てっきり全部無名の王の思いつきで作られてると思ってた。考えてみれば南極にもハンバーグとかミートボールくらいあるよな。

 

 じゃあエミヤに教わったら?と聞いたら、既に目で見て盗めるものは盗み尽くしてしまったらしい。

 

 なんでも直接教え合うのは料理人としてのプライドがなんか色々絡んでいるらしい。ライバル意識ってことなのか?

 

「うーん、困ったなあ。エミヤに比べたら、特にこれといって料理に詳しいわけじゃないし……」

『なんでも……いいぞ…………』

 

 うむむと首をひねる。

 

 無名の王とは別に契約している訳ではない……というか、カルデアからの魔力供給すら受けてない。

 

 ソウルという特別な力を持ち、さらに火の時代の神様だからか、無名の王はただそれだけで存在できるらしい。

 

 でも、いつも美味しい料理にはお世話になってることには変わりない。

 

 見た目こそ奇抜なものの、栄養がたっぷりの無名の王の飯は食べると次の日のトレーニングに励めるのだ。

 

 食事はモチベーション維持の要素の一つだっていうし、少しでも力になりたいな。

 

『これに……案を…………書いてくれ』

「わかった、ちょっとやってみるよ」

 

 無名の王が差し出してきたメモ帳とペンを使い、とりあえず思いつく限りの料理を書き出してみる。

 

 スパゲッティ、唐揚げ、おにぎり、アスパラのベーコン巻き、ピザ、etc etc……主に日本ではどこでも食べれるものになった。

 

 パッと頭に浮かんだものを羅列して、ページを破って無名の王に手渡す。

 

『…………ふむ…………ほとんどは……作ったことがあるな…………』

「やっぱりそうだよね……」

 

 ……ん? 

 

「今ほとんどって言った?」

『ああ……』

 

 無名の王の指が、メモの料理の名前の一つを指し示す。

 

『この…………さしみ、とは……なんだ』

「刺身っていうのは、魚を生のまま捌いた料理だけど……知らない?」

 

 顔を横に振る無名の王。どうやら刺身は食堂のメニューにはなかったらしい。

 

 頭の中には『刺身……つまり身を刺してスライスする…………?』なんて独り言のような声が響いてくる。

 

 しばらく一人で唸っていた無名の王だけど、やがて合点がいったのか、刺身の下にあるものを指差す。

 

『では…………このすし、は…………』

「シャリっていうお酢を使って作ったお米に、魚の刺身を乗せてつくる料理だよ」

『ふむ…………』

 

 声を唸らせる無名の王は、ポリポリと頭をかきながら俺の顔とメモを交互に見る。

 

「ハッ……!」

 

 そこでようやく、俺はあることに気がついた。

 

 こ、これは……日本に初めて観光にやってきた外国人が、日本料理の調理方法を疑問視する現象!

 

 世界では魚を生で食べる、というのはわりと珍しいみたいだし、お寿司なんかはよく外国人にウケるという。

 

 ましてや無名の王は1万年以上前の火の時代の神様、そのギャップは凄まじいものだろう。

 

 エミヤが握り寿司とか作れそうだけど……無名の王が知らないってことは多分作ったことないんだろうなぁ。

 

 よし、ここは俺が……!

 

「無名の王、よかったら作り方を教えようか?」

『む…………わかるのか……』

「爺ちゃんにちょっと仕込まれてね」

『では……お手並み拝見と……いこうか…………』

 

 こっちに来い、と言って立ち上がった無名の王がキッチンの方に行く。

 

 気がついたらすっかり食事中なのを忘れていたのを思い出し、ミートボールを米と一緒にかっこむとついていった。

 

『入れ……』

「お邪魔します」

 

 ちょっとドキドキするな。今までずっと注文するだけだったカウンターの向こう側に行くなんて。

 

 ちょっとした興奮に胸を高鳴らせながら入ると……外から見ていたよりも、調理場は広々としたスペースを有していた。

 

 エミヤはいない。多分、自室にいるんだろう……部屋がありすぎてどこだか覚えてないけど。

 

「へえ、結構奥は広いんだね」

『ああ…………なにせ……俺とあの男が…………同時に調理できるほどだからな…………』

「あはは、無名の王は体が大きいから大変だなと思ってたけど」

『……案外…………快適だ…………』

 

 ほら、と差し出された石鹸を使って手を洗い、ついでに持ってきた使用済みの食器をシンクに入れておく。

 

 そうすると無名の王に促されて奥に入り、冷蔵庫の中から適当な魚と包丁を見繕っていざ調理を開始する。

 

「まずはこうやって、包丁で鱗を削ぐんだ」

『ふむ……』

 

 俺が魚を捌く様子を、じっと体をかがめて後ろから見つめてくる無名の王。

 

 包丁を使ってるから横は見れないけど、絶対に作り方をモノにするという気迫を感じた。

 

 期待されてることに照れ臭さと嬉しさを感じつつ、気だけは緩めずに調理を進めた。

 

「で、全部削いだら頭を落として、体に包丁を入れて内臓を取る」

『ここまでは……フライと同じか…………』

「まあね。で、次は……」

 

 説明をしながら、自分の記憶を掘り起こしていく。

 

 包丁を使う際の力加減、角度、速さ、切り込み口、魚の方にも気を配りながらすべてを慎重に進めていく。

 

『丁寧な……ものだな…………』

「前は毎日のようにやってたからね。爺ちゃんが生きてた頃は週末だけ遊びに行ってたんだけど、ここに来るまではその家に住んでたんだ」

 

 結構広い家だったので掃除とかは大変だったけど、爺ちゃんとの思い出がある場所だし苦じゃなかった。

 

 何より、実家より学校にも近かったのだ。いつの間にか実家には週末に帰る、という真逆の生活になっていた。

 

「だから案外、料理するのは慣れてるんだ」

『お前は…………現代の人間にしては年若い部類だ…………なのに……偉いものだ……』

「手の凝った料理は週末しかやらなかったけどね。学校の後だと、どうもやる気が出なくってさ」

 

 料理を作るのは嫌いじゃないが、それよりも面倒臭さが勝ってしまい、簡単に作れるものを作って済ませてた。

 

 あー、そういや友達を家に呼んだときは好評だったっけ。お前女子力高えなって言われた。微妙に嬉しくない。

 

「はい、できた。これが刺身だよ」

 

 手を動かすこと数十分、皿の上にはツマと一緒に簡単に盛り付けたアジの刺身があった。

 

『これが…………刺身か………………』

 

 先ほどと同じ席、つまり脚立に座った無名の王がフォークを取る。

 

 箸じゃないことに少し違和感を感じつつ、無名の王がスカーフをどかして刺身を食べるのを見た。

 

「フォウ!」

「あ、ごめんごめん。ほら、フォウも」

「ンフォ、ンフォ……」

 

 しばしの沈黙。無言で……元から喋ってはいないけど……口を動かしていた無名の王は、食べ終わったのかフォークを置いた。

 

「どう?」

『悪く……ない……』

「ウマイフォーウ!」

「よかったぁ〜」

 

 ホッとして胸を撫で下ろす。

 

「てっきり俺の料理なんて不味い、って言われるかと思ったよ」

『……いや…………お前の料理は調理からして……丁寧だ…………味にもそれが出ている……』

「そう?」

 

 刺身に出るのかは疑問だが、とりあえず無名の王的には及第点らしい。

 

 フォウも気に入ったのか、もう一枚モグモグしている。今更だけどこいつ、刺身食べさせて大丈夫なのか?

 

『……何故…………料理をしようと…………思った……』

「えっと、子供の時だから細かくは覚えてないんだけど……」

 

 あれは、小さい頃のことだ。

 

 物心がついてすぐの頃、婆ちゃんが早死にしてしまい、見た目はいつも通りだけど落ち込んでた爺ちゃん。

 

 そんな爺ちゃんに何かできないかと思って色々考えてたら、婆ちゃんが残してたレシピを見つけた。

 

 それを爺ちゃんのところに持って行き、小さい俺じゃあ一人では料理できないので手伝ってもらったのだ。

 

 爺ちゃんの数少ない笑った顔を見た瞬間だった。あの時、頭を撫でてくれたことをよく覚えている。

 

「で、爺ちゃんが笑ったのがすごく嬉しくてさ。上手く作れるようになれば、もっと笑ってくれると思ったんだ」

『……大切な……人だったのだな…………』

「うん、俺の一番尊敬する人だから」

 

 無名の王と、少しの間談笑を楽しむ。

 

 昔友人にも言われたことだが、俺は爺ちゃんの話になると結構饒舌になるらしい。

 

 寡黙な無名の王とも、いつもより話しやすかった。対話というよりは聞いてもらってるだけなんだけどね。

 

「先輩、無名の王さん、それにフォウさんも。一体何をしてらっしゃるのですか?」

「あら、マスター。それに無名の王さんも」

「あ、マシュ。マルタさんも」

 

 いつの間にかマシュとマルタさんがそばに居た。話に熱中して、近くにいたのに気付かなかったな。

 

 戦闘シミュレーションをやった後のか、二人ともジャージ姿(ダ・ヴィンチちゃん製)だった。

 

「体育の授業を思い出すなぁ」

「え? あ、この格好ですね。先輩がいた学校ではジャージを着用していたのですか?」

「そうなんだよ」

 

 マシュと一緒にバスケ……テニス……うん、いいな。すごく楽しそうだ。

 

 というかあれだ、なんか頑張ってるとこを応援してもらいた……なんかやめよう、変だ俺。

 

「それで、先輩たちは何を?」

「今、無名の王に刺身を教えてさ」

「お刺身、ですか?先輩の国の料理だと聞きましたが……」

「これはマスターが作ったのですか?」

「まあね。あ、二人とも食べる?」

 

 追加のフォークを持ってきて残りの刺身を進めると、二人とも食べてくれた。

 

「あらあら、ますたぁのお手製でございますか?」

「へえ、生の魚の切り身か。面白いことをするね」

「こらアマデウス、あまりジロジロ見るものではなくってよ?」

 

 それから少しすると、二人を皮切りにサーヴァントたちが食堂にやってきて、一気に騒がしくなった。

 

 やがて、自明の理とでもいうように皆が食べたいと言ってくれたので、追加の刺身を作ることになる。

 

「結構嬉しいもんだなぁ」

「きゃっ……」

 

 厨房に向かって歩いていたその時、誰かと肩がぶつかった。

 

「あ、すみません……って、あれ?」

 

 振り返るけれど、そこには誰もいない。

 

 気のせいかと思いつつも、俺はキッチンの中に入るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「び、びっくりしたわ……火の時代の魔術を覚えられたからって、あまりはしゃいではダメね」

 

 

 

 

 

 




おや、一体これは……(棒読み)

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藤丸ファッションショー?

活動報告にも書きましたが、先週の金曜日は申し訳ありませんでした。別の作品の特別編を書いておりまして。

今回は藤丸メイン。そしてぐだマシュ。

前回休んだので、特別にいつもより一時間早く投稿します。

楽しんでいただけると嬉しいです。


「ふう……今日も疲れた」

 

 シャワールームから出て開口一番、ついそんなことを言ってしまう。

 

 こうも毎日勉強とトレーニング、あとサーヴァントたちとの交流をしていると少し堪える。

 

 でも、結構戦闘シミュレーションも慣れてきたな……指示のミスも減ったし、少しは成長できてるといいけど。

 

「さて、食堂に行って飯を……」

 

 上着を着ようとしたその時、テーブルの上に置いた通信機がピピッと音を立てる。

 

「いきなりなんだろ?」

 

 手首につけてタップすると、少しの間を置いてどこかに繋がる。

 

『やあ藤丸君、聞こえるかい?』

「あ、ダ・ヴィンチちゃん」

 

 通信を使うなんて珍しいな。いつもは大体ミーティングとかの時にしか合わないから、新鮮味を感じる。

 

『結構。実は藤丸くんに少し確かめてほしいことがあってね』

「確かめてほしいこと?」

『ちょっとそこのクローゼットを開けてくれたまえ』

 

 クローゼット?と部屋の備え付けのそれに目をやる。

 

 一体なんだろうと思いつつ、上が裸のインナー一枚だとどちらにしろ寒いのでクローゼットを開ける。

 

 中にかけられているのは、俺の私服といつも着てるカルデア制服(Mサイズ)の予備にズボン、あとはレイシフト用のスーツ。

 

 着の身着のまま連れてこられたので、入ってるのはその時の服一式と、他は全部カルデアの……

 

「あれ? こんな服あったっけ?」

 

 クローゼットの中には2着ほど、俺の知らない服が入っていた。

 

『どうやら無事に見つけられたようだね。それを出してみたまえ』

「はぁ……」

 

 言われるがままに、クローゼットからそれらの服を取り出してベッドの上に並べてみる。

 

 一つは赤いセーターと魔法使いっぽいローブがセットになった、私立学校の冬服っぽいセット。

 

 もう一つは少し趣向が違い、上から下まで全て紫色を基調としたセット。どっちもどこかの制服っぽい。

 

「これ、いつの間に俺の部屋に?」

『君がいつも着ているカルデアの制服。あれが魔術礼装だというのはすでに承知のことだが、それらも同じ魔術礼装だ』

「へえ! こんな形もあるんですね」

 

 あの服のおかげで魔術師のひよっこの俺でも魔力を上手く扱えているので、魔術礼装には何かと好印象を抱いてる。

 

 なので、突然クローゼットの中にあったこれらの服に抱いていた懐疑的な気持ちが興味へと変わった。

 

『実はついさっき調整が終わったのだが、この状況だ。私も何かと忙しくて直接渡せなくてね、小休憩の時間にこうして通信越しに話したというわけさ』

「ありがとうございます。それで、これをどうすれば?」

『一度袖を通してくれたまえ。今後君がグランドオーダーを遂行する中でお世話になるものだ、微調整が必要ならば一旦回収しなくてはいけないからね』

「わかりました」

 

 言われた通りに一度履いたズボンを脱いで、まずは赤いセーターが目立つ魔術礼装から着てみる。

 

 新しい服に袖を通す時というのは、なんとも言えない気持ちになる。ワクワクするような、少し不安なような。

 

「っと、ネクタイもあるのか。俺学ランだったからなぁ」

『おや、藤丸君の学校は公立だったのかい?』

「まあ、普通に。なのであんまり慣れてないんですよね……」

 

 最後にネクタイを締めたのは、確か爺ちゃんの葬式の時……嫌なこと思い出した。

 

 我ながら慣れない手つきでなんとかネクタイを結ぶと、セーターとローブを着込む。結構軽いな。

 

「着ました」

『着心地はどうだい?どこかきつかったり、変に感じるところは?』

「んーと、今のところないですね」

 

 サイズ的にも少しゆとりがあって、多少手足を動かしてみても全く問題ない。

 

 魔術の施された服だっていうんだから元から壊れにくくはなってるだろうけど、これなら動き回れそうだ。

 

 そうして自分の体を見下ろしていると、突然出入り口の扉がスライドする音がしたので振り返る。

 

「あれ? 誰もいない?」

「フォウ!」

「って、フォウか。相変わらず自由に歩き回ってるやつだなぁ」

 

 時々起きた時枕元で丸まってるから、びっくりすることもある。

 

「フォウ、この格好どう思う?割と似合ってない?」

「フォーウ?」

「って、言ってもわかんないか」

 

 首を傾げたフォウは、そのままトテトテとこちらに近づいてくると、ベッドの上に飛び乗って丸まった。

 

 マイペースな謎生物に苦笑いを浮かべつつ、もう一度羽織ったローブに意識を向けてみる。

 

「これも魔術礼装なんですよね?何か違うんですか?」

『基本的な性能はそう変わらないが、ちょいと機能が違う。それは魔術協会の一般的な制服でね』

「魔術協会って、所長が所属してた?」

『ああ。そしてその礼装は、主にサーヴァントに魔力を供給することに向いている』

 

 そう説明されて、試しに魔力を通してみると、確かに制服よりも回りがいい気がする。

 

 今ここにサーヴァントが一人もいないので確かめようがないけど、次のシミュレーションで使ってみようかな。

 

 一通りの確認事項が済んだので、魔術協会の制服を脱いで、今度はもう一つの魔術礼装を着てみることにした。

 

「うーん、こっちはなんだか、図書館の司書さんっぽい?」

『そちらの具合はどうだい?』

「うん、こっちも違和感はないです。これは何か特徴があるんですか?」

『こちらの礼装はサポート向きだね。サーヴァントの持つ逸話(スキル)の力を使いやすくしたり、魔力を供給して傷を癒せる』

「うげ、難しそう」

『はは。何事も練習だ、若者よ』

 

 的確なタイミングで使えなきゃ、この礼装は使い方に難儀しそうだ。

 

「これもどこかの制服だったりするんですか?」

『ああ、アトラス院というところのものさ』

「色々あるんですね」

 

 先ほどと同じようにぐるぐると手や足を動かしていると、ふとベストのポケットに違和感を感じる。

 

 硬い感触の異物を取り出してみると、それは眼鏡だった。なんでこんなものが入ってるんだろ?

 

「ダ・ヴィンチちゃん、なんかポケットの中に眼鏡が……」

『ん、ああ。どうせだからかけてみたまえ』

「はぁ」

 

 少し手の中でいろんな角度に傾けてみるけど、別に変なところはない。ただの眼鏡だ。

 

 とりあえず危険なところはなさそうなのでかけてみると、伊達眼鏡だった。普通の視力なので問題ないが。

 

『どうだい?』

「どう、って言われても、眼鏡なんてかけたことないのでなんとも言えないですね。強いて言うなら、走ったらずり落ちそう?」

 

 学校の体育の授業では、ピョンピョン跳ねてるクラスメイトの眼鏡を見て不便そうだなと思ってたくらいだ。

 

 でもなんか、眼鏡をしてるだけで何故か賢くなったような気がするので、つけてるだけなら悪くない。

 

 それにこうすると、マシュとお揃い──

 

「〜〜っ!」

「フォウッ!?」

 

 何故か唐突に恥ずかしくなり、眼鏡をベッドに投げつける。

 

 びっくりして飛び起きたフォウが非難がましい目で見てくるが、俺はそれどころじゃなかった。

 

 いや、確かにマシュの眼鏡いいなぁとか思ってるけど!うどん食べてた時とか曇ったのにびっくりしたの可愛かったけど!

 

「うぐぉおおお……」

『おやおや、何やら思春期特有の体験をしているようだ。お姉さんは退散するとしよう』

 

 これまで一度も体験したことのない謎の気恥ずかしさに頭を抱え、奇妙な踊りをする。

 

『先輩、マシュ・キリエライトです。今よろしいでしょうか?』

「ん”っ!?」

 

 変な声出た! よりによってこのタイミングでなんで部屋に!?

 

 慌てて部屋の中を見渡し、床に脱ぎ散らかしたカルデア制服を見つけて慌てて足でベッドの下に隠す。

 

 

 むぎゅっ

 

 

「……むぎゅっ?」

 

 なんか今変な感触が……

 

 恐る恐る足を戻し、しゃがんでベッドの下を覗き込むと……暗がりの中で爛々と輝く瞳が二つ。

 

「うふふ、ますたぁ。足で胸を……だなんて、大胆ですわ」

「……………………」

 

 ゆっくりと、しゃがんだ時と同じ速さで冷静に姿勢を戻し、ベッドの上に転がってた眼鏡をかける。

 

 そうすると目を閉じて、今見たものを思い返す。大事そうに抱きかかえられた俺の制服、はぁはぁしてる清姫……

 

「うん、幻覚だな」

 

 俺は何も見なかったことにした。

 

「大丈夫、俺はクールだ。動揺なんてしない」

「フォウ?」

『あの、先輩? もしかしていらっしゃらないんでしょうか?』

 

 あ、そういえば外にマシュがいるんだった。

 

「ごめんごめん、入ってきていいよマシュ」

『はい。マシュ・キリエライト、失礼します』

 

 フォウが入ってきたのがわかるように、ロックをかけてない自動ドアは勝手にスライドする。

 

「先輩、よろしければご一緒に──」

 

 いつものパーカー姿のマシュは、部屋の中にいる俺を見つけると何かを言おうと口を開いて、はたと動きを止めた。

 

「先輩、それは魔術礼装ですか?」

「うん、ダ・ヴィンチちゃんがクローゼットにいつの間にか入れてたみたいで。ちょっと試着してたんだ」

「とてもお似合いですね。先輩は一般男性の基準と比べてスタイルがいいので、その魔術礼装も着こなしていると思います」

「そう?自分ではあんまり気にしたことないけど」

 

 前に男友達の間で腹筋選手権をやった時は、お前本当に帰宅部?って聞かれたことあったな。

 

 その時はそんなに筋肉あるか?と首を傾げたけど、なんだかマシュにそう言われると頬が緩んでくる。

 

「その眼鏡もお似合いですよ」

「はは、マシュもいつもつけてるじゃないか」

「はい、これでお揃いですね!」

「ん”っ」

 

 また変な声が出た。さっき考えようとしてやめたのに!

 

「せ、先輩?突然口元を押さえてどうかしましたか?」

「いや、なんでもないよマシュ……ほんとなんでもないから、十秒待って」

「は、はい?」

 

 よし、深呼吸だ藤丸立香。息を吸って吐く、そのことに集中するんだ。

 

「すぅ……はぁ。よし、もう大丈夫だ」

「もしかして、体調が悪かったのでしょうか?でしたら」

「いやいや、今日も絶好調だよ。それで、今日は何の用かな?」

「あ、そうでした。ちょうど夕食時なので、一緒に食堂に行きませんかとお誘いしに来たのです」

「ああ、そういうことならいいよ。ちょっと待ってね、すぐ服を片付けるから」

 

 ベッドの上に転がってたもう一つの魔術礼装をクローゼットに片付け……制服は諦めた……マシュと部屋を出る。

 

「おや、マスターにマシュ。これから夕食ですか?」

「ジャンヌさん」

「こんにちはジャンヌ」

「ええ、こんにちはお二人とも」

 

 鎧姿ではなく、ラフな格好をしているジャンヌは、柔らかい表情で微笑む。

 

 オルレアンではほとんど見ることのできなかった顔に内心笑いつつ、どうせなら一緒にどう?と誘った。

 

 ジャンヌは快諾してくれて、三人で食堂に向かった。

 

「あら、マスターにマシュ、それにジャンヌじゃない。ごきげんよう(ボン・ジョールネ)♪」

「こんにちは、マリーさん」

「こんにちは」

 

 着いて早速、偶々入り口近くの席にいたマリーさんに挨拶をされた。

 

「あらっ、あらあら?」

 

 挨拶を返すと、マリーさんはパッと目を見開いて、身を乗り出すと俺の顔をまじまじと覗き込む。

 

 思わず上半身をのけぞらせると、マリーさんはとてもキラキラとした目で俺のことを見た。

 

「あの、何か……?」

「ああ!ごめんなさい、私ったら何も言わずに……マシュとお揃いのものをつけていたから、可愛らしくってつい声を上げてしまったの!」

「ん"っ」

 

 本日三回目の変な声だった。

 

「あ、そういえば眼鏡をしていますね。服装も違いますし、いめちぇん?というやつですか?」

「いや、それほどのものでは……」

「先ほども申し上げましたが、私はお似合いだと思います!」

「マシュ?」

 

 ぐっと拳を握ってふんすと鼻を鳴らすマシュが可愛い……じゃなくて!

 

 マリーさんとマシュの声に釣られたのか、他にも何人かいたサーヴァントたちも寄ってくる。

 

 そうして思い思いに俺の格好を見て感想を言い始めた。大勢の英霊に注目され、縮こまる俺。

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、それアトラス院のじゃない。元一般人にしてはそこそこ様になってるわね」

 

 

 

 

 

 

 

 え?

 

「今、誰かアトラス院って……」

「先輩?どうかしましたか?」

「いや……」

 

 ちょっと周りを見てみるけど、サーヴァントたち以外は誰もいない。

 

 

 

 気のせい、かな……?




迂闊だなぁ…誰とは言わないけど。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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幽霊の正体? 前編

今回はついにあの人が……

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

「うーん……ないな」

 

 トレーニング器具の下から顔を出して、思わず唸る。

 

 一通りトレーニングルームを確認したけど……やっぱり見つからない。一体どこに落としたんだろう。

 

「絶対怒られるよなぁ……」

 

 いつもよりいくらか軽い自分の手首を触り、そんな独り言が口からこぼれる。

 

 いつも使ってる通信機が、気がついたらどこかに失くした。まるで肌身離さず持っていた物をなくしたように。

 

 寝る間際になって、外そうと手を見たらいつの間にかなくなっていたのだ。

 

 探したが、部屋の中にはなかった。とりあえず最後に寄った場所から順に探してるけど……ここじゃなかったか。

 

 割と愛着も湧いてたんだけどな。カルデアからの支給品だし、見つけないと何か言われそうで怖い。

 

「時間も遅いし、早く見つけ……」

 

 その時、突然後ろで物音がした。

 

「っ!?」

 

 い、今のはなんだ……?トレーニングルームには俺以外、誰もいないはずだし……

 

「だ、誰かいるのか……?」

「ンフォウ!」

「ってフォウか!」

 

 ダンベルの影から出てきたのは、おなじみなんの生物かもわからない白いやつだった。

 

 そういえば、こいつは一緒に連れてきて、なんとなく鼻が利きそうだから探すのを手伝ってもらってたんだった。

 

 たまたま廊下を徘徊してるとこにばったり出くわし、ついてきた事を完全に忘れてた。

 

「フォウ、そっちにはあった?」

「ンフォウ」

「そっか……じゃあ、ここはもう諦めよっか」

 

 フォウの頭を撫で、腕を伝って肩に乗ったのを確認するとトレーニングルームを後にする。

 

「あとは……食堂か」

 

 懐中電灯のスイッチを入れて、真っ暗な廊下の先を照らす。

 

 こんな状況だ、電力も極力抑える方針で、管制室とカルデアを守ってる磁場の形成装置以外の電源は夜は切られる。

 

 長細いライトの光が照らしている、ほんの3メートルほど先までしか、俺の目には見えていない。

 

 コツコツと靴底が廊下を叩く音と、肩にいるフォウの息遣い。そして自分の呼吸音以外、無音の世界。

 

 それが酷く心細くて、自然と自分の部屋に向かう足は速くなってしまう。

 

「……中山に見せられたホラー映画思い出すな」

 

 夏だからって、なんでホラー映画観賞オールとかしたんだ。馬鹿だろ昔の俺。

 

 特に一番怖かったのは、あの小学校の怨霊の……っ!?

 

「いっ、今何か動かなかった?」

「フォウ?」

 

 カタカタと何かを叩くような音に、恐る恐るライトをそちらに向けると……吹雪が窓を叩く音だった。

 

「はぁ……神経質になりすぎなのかな」

 

 思わず出た安堵の息とともにこぼれたのは、そんな自嘲的な言葉だった。

 

 なんだか最近、変なことが起きている気がする。誰もいないのに廊下で視線を感じたり、おかずが減ってたり……

 

 これじゃあまるで、本当のホラーだ。余計に昔見た映画を思い出して背筋に悪寒が走る。

 

「早く食堂行って寝よう」

「フォウ!」

「はは、一緒に寝るか?」

 

 通じてるのかよくわからない会話をフォウとして、恐怖を紛らわせつつ歩いた。

 

 そうしているうちに少しずつ目も慣れてきて、ある程度慣れた廊下を右へ左へと前に進み続ける。

 

 しばらくして、ついに食堂にたどり着いた時……ドアのない入り口から漏れる光に、首を傾げた。

 

「俺の他にも、誰かいる……?」

 

 なんだか無性に不安がこみ上げてきて、懐中電灯を消すと近くの壁に背中を貼り付けるような体勢になる。

 

 不思議そうにこっちを見てくるフォウに、これも通じているのか不明なものの、人差し指を口に当てる。

 

 フォウも何かを感じているのか、自分のもふもふの尻尾で体を隠した。それを見て、俺もこっそりと食堂に近寄る。

 

 一歩一歩、抜き足差し足。音を消し、サバイバル時のように気配を隠しながら、ちょいと半分だけ顔を出して中を伺った。

 

 すると、ちょうどタイミングを見計らったかのように中の光は霧散して、食堂は暗くなる。

 

「あれ……?」

 

 気のせい、だったのか……?

 

「フォウ」

「って、なんだよ」

 

 急に顔を叩かれたかと思えば、フォウはすんすんと鼻を鳴らして厨房の方を向く。

 

 そちらを見ると、ぼんやりとした光が台の下から漏れていた。

 

 おまけにガサゴソと何かを漁る音までする。さっきは消えたんじゃなくて移動してたのか。

 

「(コクリ)」

「フォッ」

 

 フォウと頷きあって、入ってきたときのように音を立てず、カウンターに近寄る。

 

 そして手をつき、身を乗り出して厨房の床を見下ろすと──

 

「あったわ!」

「ふがっ!?」

 

 痛ってぇ!? なんか突然下から出てきたものに顎をかち上げられた!

 

「もう、こんなとこにクッキーを隠すなんて。ちょっとした味見ができなくなっちゃうじゃない」

 

 せり上がってきた鼻血を抑えるために上を向いている俺の目の前で、飛び出したものは嬉しそうに喋る。

 

 なんだか聞き覚えのあるような……いや待て、それよりも話したってことは、人間で良さそうだ。

 

「ずずっ……あ、あの」

「お腹は空かないけど、でも甘いものは別よね。まだ私も女の子でいいはずだし……」

 

 だめだ、全然聞いてない。鼻血はなんとかでなさそうだし、ちゃんと顔を見て話そう。

 

「あの、ちょっといいです……か」

「何よ、私は今ささやかな楽しみ、を……」

 

 そして、初めて見たその顔に。

 

 俺は、心臓を氷漬けにされたような感覚を覚えた。あるいは存在しないはずのものを見たような。

 

 ありえない。ありえるはずが無い。そう何度も自分の中で言葉が反芻して、でも目が釘付けになって離せない。

 

 

 

 

 

「所…………長………………?」

「ふ、藤丸! なんでここに……」

 

 

 

 

 

 そこで、俺を見て慌てふためいていたのは──カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィア。

 

 綺麗な白い髪、きつめにつり上がったつり目、けれど俺の知っているよりどこか険が取れた表情。

 

 全て、オルガマリー所長と一致する。一瞬にして脳裏に冬木の記憶がフラッシュバックした。

 

 ヒステリックな様子、バーサーカーと楽しそうに話していた姿、悲痛な、心を切り裂くような最後の絶叫。

 

 呆然と立ち尽くす俺の目の前に、あの人と同じ見た目の誰かがいる。俺の目の前で死んだ、彼女の……

 

「ま、まずいわ、ここは……!」

「所長!」

「ひゃあっ!?」

「ドフォウっ!?」

 

 何やら杖のようなものを握った所長?の手首を掴んで、感情のままに叫ぶ。

 

 その拍子に所長?と肩のフォウの体がぴょんと跳ねた。

 

「本当に所長なんですか!?あの時生きてたんですか!?一体どうやって……!」

「ちょ、離しなさいよ!じゃないと魔術が……!」

「答えてください!本物の所長なら、どうして……どうして俺たちに生きてたことを教えてくれなかったんですか!」

 

 ピタリ、と所長の動きが止まる。

 

 それまで俺の手を振りほどこうとしていた手から力が抜け、そのまま顔と一緒に徐々に下へ落ちていった。

 

「……言えるわけ、ないじゃない。だって私はもう、死んでるんだから」

「どういう……!?」

「とりあえずこの手を離しなさい。もう逃げたりしないわ」

「あ……」

 

 気がつけば、かなり力のこもっていた手を離す。

 

 そうして初めて、所長の手首がとても細かったことを認識した。まるでどこにでもいる女の子みたいだ。

 

 俺よりもずっとすごい魔術師なのに、何故か……俯いている所長は、その手首と同じくらい頼りなく見えた。

 

「藤丸、ここに貴方以外は?」

「……いません」

「そう……ならとりあえず、あっちに行きましょうか」

 

 

 厨房から出てきた所長は、俺の横を通り過ぎてテーブル席の方に向かう。

 

 それを追いかけようとして、俺はふと厨房に入ると、さっきまで所長が何やら探していた下の方を見た。

 

 すると、そこはエミヤと一緒に作ったお菓子類を入れてた場所だった。

 

 立ち上がって所長を見ると……脇にちゃっかりクッキーの入ったタッパーを抱えている。

 

「元気……なのかな?」

「フォーウ?」

 

 思わず苦笑いしながら、開けっ放しだった戸棚を閉めて後を追う。

 

 所長は案外すぐ近くの席に座っていた。立てかけた杖に光の玉が灯り、そこだけ明るくなっている。

 

「ほら、何してるのよ。座りなさい」

「あ、はい」

 

 言われるがまま、目の前に腰を下ろす。

 

 もう一度じっと所長の顔を見るけど……やっぱり本物にしか見えない。とても偽物でない雰囲気だ。

 

「ちょっと、人の顔ジロジロと見て何のつもりよ」

「あ、すみません……今でも所長が生きてたって信じ切れなくて」

「だから私は……ええ、そうね。順を追って説明しないとわかるはずがないわよね」

 

 仕方がないというようにため息を吐いた所長は、一度目を閉じた。

 

 そして両肘をテーブルにつき、両手を組むと口元を隠して……スッと冷たい光を放つ瞳を見せる。

 

「これから話すことを、誰にも言わないと誓えるかしら」

「それはどういう……」

「いいから。私がこれからあなたに話すことの全てを、絶対に秘密にすること。特にロマンにはね。さもなければ……」

 

 そこから先の言葉はなかった。

 

 けれど、もし喋ったらどうなるかは確実にわかっていたのでコクコクと全力で首を縦に振る。

 

「よろしい……さて、どう話したものかしら」

「その……あのカルデアスから、どうやって?」

「じゃあそこから話しましょう……あなたたちが見ていた通り、私はあの時死んだわ。カルデアスに飲み込まれ、永遠にね」

「ッ!」

 

 やっぱり所長は死んでたんだ……ずっともしかしたらなんて思ってたけど、そんな甘い話はなかった。

 

 それをどういうわけか生きていた本人に聞くっていうのは不思議な気分だが、思わず拳に力が入る。

 

「無限の苦しみを味わうはずだった。後悔と悲観に暮れながら、終わらない地獄を見続けるはずだったの……あの方が、蘇らせてくれるまで」

「蘇らせる……!? 一体誰が!」

 

 思わず身を乗り出した俺に、所長は簡潔に一言。

 

「灰の方よ」

「──ッ!!!??」

「あの方は僅かに残っていたはじまりの火の力を使い、かろうじて残っていた私の魂の残り滓に呪いの輪(ダークリング)を刻んだ。そうすることで不死人になった私は、この世に戻ってくることができたのよ」

「そんな、ことが……」

 

 一気に体から力が抜け、椅子に座り込む。

 

 やがて、じわじわと感情が心の底から湧き上がってきた。

 

「バーサーカーが、所長を助けてくれたんだ……!」

 

 それは喜びと、感謝の気持ちだ。

 

 バーサーカーはいつも、俺の思いもよらない奇跡をくれる。

 

 俺がくじかけた時、いつも颯爽と助けてくれる。

 

 最初に出会った時も、冬木での戦いも、オルレアンでだって、俺ができないことをしてくれた。

 

「やっぱりバーサーカーは、俺の英雄だ」

「そんなに喜ばれると、何だか複雑な気持ちになるんだけど。私のように何もできなかったものが……」

「そんな……! 所長がいたら冬木を生き残れましたし、それに俺よりずっとすごい魔術師じゃないですか!」

 

 もう一度立ち上がり、迷惑にならないくらいの音量で訴えかける。

 

 もしも所長が生きていたら言いたかったことを、どうせなら今ここで言ってしまおう。

 

 冬木では色々と教えてくれて、ありがとうございましたって。そして助けられなくて……ごめんなさいって。

 

「所長、俺──」

「残念だけど」

 

 そんな俺に、冷水を浴びせかけるように。

 

 

 

 

 

「私はもう、魔術師でも……このカルデアの所長でもないわ」

 

 

 

 

 

 そう、ごく冷静に所長は断言した。

 




次回に続く。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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幽霊の正体? 後編

後編。

所長が可愛いよ。

楽しんでいただけると嬉しいです。


「え──」

 

 所長が……魔術師じゃ、ない?

 

「それって、どういう」

「不死人の体になって、私はソウルの術を扱えるようになった。あの方や、ルーソフィアに教わって……その代わりに、私の魔術回路は機能しなくなった」

 

 いえ、消えたといったほうがいいかしらと、至極淡々とした口調で言う所長。

 

 あっけらかんとした態度に、俺は驚きを隠せない。

 

 ルーソフィアさんの授業によれば、魔術師にとって優秀な魔術回路は誇りであり、その魔術は文字通り一子相伝の宝だ。

 

 時計塔のロードと呼ばれる、各分野のトップは特にそれが顕著だと。そして所長はアニムスフィア家の……

 

「ソウルとは精神、すなわち魂の術。その力によって魔術は形を成し、奇跡が降り、呪いの術は現れる。わかる? 魂の力一つで、ありとあらゆる神秘が使い放題よ?」

「はあ……」

「つまり、ソウルの強大さ故に私の体には、魔術回路を起動させる基盤が既に残っていないの」

「えっと……つまり、容量不足ってことですか?」

「まあ、一般人のあんたにでもわかる言葉で言えばそういうこと。だから私はもう、魔術世界においてその資格を完全に失った」

「……辛く、ないんですか?」

 

 思わずそう聞くと、所長は少し驚いたように目を見開いた。

 

 その顔は、まるで俺が心配したことが信じられないというようなもので。

 

 

 

 

 

『生まれてからずっと、ただの一度も、まだ誰にも認めてもらえなかったのに──────────っ!』

 

 

 

 

 

 俺はようやく、愚かなほど、最後にこの人が叫んだことを今更ながらに思い出したのだ。

 

 そうだ。この人はきっと、今のままで誰にも気遣うなんてことをしてもらったことがなかったんだ。

 

 それをしてもらうには、俺には到底想像できないほど責任がありすぎる立場の中で踏ん張っていて。

 

 だから、そういう誰もが落ち込んだ時に求める()()()()が、この人には新鮮なんだ。

 

「す、すみません、俺なんかが余計な心配して……」

「なんで謝るのよ。別に何も言ってないじゃない」

 

 無意識に謝罪を口にすると、所長はまたも呆れたみたいに笑って、それになんだか無性に恥ずかしくなる。

 

「そう……そうなのね……たった一言で、こんなにも心が……」

「所長……?」

「んんっ、元とはいえ部下に心配をかけたこと、謝罪します。まあ思うところがないと言えば、嘘になるわ。ご先祖様たちが何代も受け継いできたものを失ったのだもの」

「そう、ですよね……」

 

 魔術師にとって、魔術とは遺産。

 

 その魔術回路も、代々優れた魔術師を選んで守ってきた血筋であるからこそ。

 

 そんな大層な遺産がある家柄じゃない俺には、きっと一生わからない。せいぜいが爺ちゃんの家くらいだ。

 

「けれどね、ある意味清々しい気持ちなの」

「え?」

「我がアニムスフィア家の受け継いだものの消滅、その点だけを見れば私は当主として失格もいいところでしょう……でもその代わりに、ソウルの力の一端を私は手にした」

 

 その言葉にふと、机の上に置かれた観葉植物の鉢の縁に立てかけられた杖を見る。

 

 同じようにそれを見た所長は、杖を手にとって、とても嬉しそうに……そしてどこか慈しむように光を見る。

 

 先ほどから食堂を照らしている光の玉がついたそれが、バーサーカーの使っていたものと同じであるとようやく気がついた。

 

「これは大いなる発展よ。長らくソウルの力をどう扱うのかもわからなかった火の時代の研究、それに進歩……いいえ、革命さえ起こせるわ」

「でもそれを所長が使えたら、なんで使えるんだって話になるんじゃ?」

「あなた意外といいとこ突くわね……ええ、そう。この力は火の時代の終わりとともに失われたもの……」

 

 だからこそ、と一度言葉を切って。

 

「私は存在してはならない」

 

 そんなことを、所長は言った。

 

 まさか、今日だけで人生一番と思えるほどの衝撃を受けるとは思わなかった。そう思えるほどぶっ飛んだセリフだった。

 

「もしこのことが魔術協会に知られようものなら封印指定まっしぐらよ。ようやくあの方の叡智を授かれたっていうのに、冗談じゃないわ」

「ふ、ふう……?」

「ああ、そこはまだ知らないのね。要するに軟禁よ軟禁。希少な能力の保護なんて言ってるけど、一生標本みたいにコレクションされるってこと」

「コレ……ッ!?」

 

 絶句した。それじゃあまるで、昆虫標本みたいじゃあないか。

 

 魔術師の世界の常識は俺たちとかなりズレていると教わったけど、まさかそんなことまでするなんて。

 

 それと同時に、いつも助けられてきたバーサーカーの力がどれだけ魔術世界で価値があるのかを理解した。

 

「これが私がカルデアの所長でいられない理由。ていうか不死人になったなんて知られたが最後、死なないモルモット扱いよ。何されるかわかったもんじゃないわ」

「……俺が思ってたより、ずっと怖い世界なんですね」

「あら、今更わかったの? そうよ、あんたみたいな一般人はずっと隅っこにいればよかったのに、こんな重すぎる荷を引き受けちゃって」

 

 馬鹿にするようなその言い方に、なんとなくしょんぼりとしてしまう。

 

 別に賞賛が欲しかったわけじゃない。栄光なんてもってのほかだ。そもそも所長からすれば俺は部外者なわけだし。

 

 でもやっぱりというべきか、相変わらずというべきか、かなり当たりがきつかった。これぞ所長だ。

 

「俺なりに、全力で頑張ってるんですけどね……」

「そんなのはわかってるわよ。だからあんたの功績は貶してないじゃない」

「え?」

 

 突然の肯定に間抜けな声をあげ、うつむかせていた顔を上げる。

 

「何度も言わせるんじゃないわよ。どこにでもいる凡人にしては、よくやってるって言ってんの」

 

 所長はそっぽを向いて、胸のあたりで両手を組んでいた。

 

 三度は言わないわよと言わんばかりに、フンという言葉が聞こえてきそうな横顔で目だけで俺を見る。

 

 ……俺にオタク文化を教えてくれた飯野。お前がツンデレはいいぞと言っていた意味が今ちょっとだけわかった。

 

「ちょ、何よニヤニヤして。ソウルの矢ぶち当てるわよ」

「死にそうなのでやめてください」

「ったく……そんなわけだから、これからも頑張りなさい。生きてることを知られちゃまずいから、私は手伝えないけど」

「はい、マシュたちと頑張ります」

 

 そこで一旦会話が途切れた。

 

 所長、あ、もう違うのか。ならアニムスフィアさん……オルガマリーさんは馴れ馴れしいよなぁ。

 

「あの、なんて呼んだらいいですかね?」

「は?そんなの好きなように呼びなさいよ。なんで日本人ってそんな引き腰なのかしら?」

「俺に聞かれても……」

 

 そういえば所長、外国人だった。外国人には日本人は奥手に見えるというのは本当のことだったらしい。

 

 あれ? それならなんで話せて……あ、無名の王みたいに日本語を学んだのか?それともこの建物に翻訳機能があるとか?

 

「じゃあ、アニムスフィアさんで」

「他人行儀ね……オルガでいいわよ」

「へ?いいんですか?」

「冬木では一緒に戦ったんだから、特別に許してあげます。光栄に思いなさい」 

 

 またさっきみたいに全然別の場所を守るアニ、間違えた。オルガさん。

 

 というか、結局呼び方を強制されているような……でも2回目だからか、なんとなく本音を察した。

 

 多分、そう呼んでもらいたいんだろう。元は上司だし、怒ると怖いのはわかってるのでここは従おう。

 

「わかりました、オルガさん」

「ちょっと、敬語もやめなさい。もう上司じゃないんだから」

「グイグイきますね!?」

 

 こんなにフランクな人だったか!? それとも一回死んだ経験があるから、何か心境の変化があったのか?

 

「別に……嫌ならいいわよ」

「いや、別に嫌ってわけじゃ……」

 

 ただこう、最初のビンタが強烈すぎて無意識に背筋が伸びるというか……拗ねてぽりぽりクッキーかじってるけど。

 

 あとフォウ、一緒につまんでるけど、お前何でも食べるね? 本当に何の生き物なの?

 

「ロマニとはあんなに親しげに話してるじゃない。私にだけ対応を変えるの?」

「いつ見てたんですか……」

 

 そういや、さっきも何か魔術をどうたらとか言ってたし。姿を消すようなやつがあるのかもしれない。

 

 そこで俺はオルレアンで見たバーサーカーの魔術を思い出した。あれは確か、透明になる……

 

「オルガさん、結構歩き回ってます?」

「うっ……な、何よ、悪いっていうの!?」

「いやいや!ただ、前にここでぶつかったのって……」

「ええそうよ、つまみ食いしに来てたのよ!文句あるの!?」

「まさかの逆ギレ!?」

 

 めっちゃ感情豊かになったなこの人!こんなに子供っぽいところがあるとは思わなかったぞ!

 

 ていうか、もしかしてこの人はしゃいでる?久しぶりに誰かと話したからテンション上がってるのかな?

 

「あの英霊が作るものが美味しいのがいけないのよ……」

「ああ、それはわかります。エミヤの料理、手が込んでるんですよねぇ」

「そう、あの繊細な味付けが……」

 

 和みかけて、ハッとする俺たち。オルガさんがガルルッと威嚇するように睨みつけてくる。

 

 それに気圧されつつも、俺はどうにか頭を回転させて話を穏便な方にシフトチェンジさせる。

 

「えっと、なるべく頑張ってみます。いろんな意味で俺よりすごいオルガさん相手だと難しいでしょうけど……」

「ふん、最初からそう言えばいいのよ……ま、そういうことだから。今後は私を見かけても、人目のあるところでは反応しないこと」

 

 いいわね?と念を押してくるオルガさんに、俺はコクコクと頷く。ソウルの矢を使われたらまずい。

 

 人目のあるところでは、か……あの時最後に言ってたこともあるし、案外寂しがり屋なのかもしれない。

 

 そう思った俺は、立ち上がろうとしているオルガさんに声をかける。

 

「あの、オルガさん。あと一つだけ」

「何よ?」

「あなたが何も成し遂げてないなんてことはありません」

 

 その時の所長の顔を、どう表現すればいいのだろう。

 

 不意を突かれたような、世にも奇妙な言葉を聞いたような、とにかく予想外ど真ん中という顔。

 

 さっきも似たような表情を見たな、などと思いつつ、心の中に浮かんだ言葉を音にしていく。

 

「あなたがいたから、俺は冬木で戦えた。マシュを助けられた。あなたの言葉が、へっぽこ魔術師の俺を勇気付けてくれたんです」

「……藤丸」

「だから、あと一度だけ会えるのなら。一回でいいから言いたかった」

 

 立ち上がり、心の底から誠意を込めて。

 

「ありがとうございました」

「あ──」

 

 俺は、所長に頭を下げた。

 

 あの時、ただ見ていることしかできなくて。本当の絶望を知ったのと同時に、ずっと悔やんでいた。

 

 俺の手は届かない。ただの人間で、何の力もない俺にはこの人はどうやっても助けられなかった。

 

 だから、感謝とほんの少しの後悔と……再会できた喜びを込めて。

 

「だから、これからもよろしくお願いします」

「………………」

「オルガさん?」

「は、恥ずかしいことペラペラ言ってるんじゃないわよっ!」

「あ、ちょっと!」

 

 杖を振った途端、光の球が粒子に変わってオルガさんの体を覆い隠す。

 

 光が消えた時、そこにはもうオルガさんの姿はなかった。きっとあの魔術を使ったのだろう。

 

「あれ……」

 

 机の上にあったクッキーのタッパーがない。さては持っていったな。

 

 抜け目のない行動に苦笑いをしつつ、俺はオルガさんの最後にいた場所を見てポツリとつぶやいた。

 

「元気そうでよかった」

 

 

 

 

 

 

 

 それからすぐ、俺は部屋に戻って眠った。それと腕輪は部屋のトイレの棚に置いてあった。




さて、セプテムのシナリオ確認し直しておこう。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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【第二特異点】永続狂気帝国 セプテム《定礎復元》
次はローマへ


今回からいよいよローマ。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

ーーなぜ、私は王となったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

少なくとも、私を王と仕立てた者たちのためではない。

 

 

 

 

 

 

 

元来我らの地位は低く、学もないが、彼らは愚かだった。

 

 

 

 

 

 

 

では、何の為に盾を振りかざし、誰が為に鉈を振るったのか。

 

 

 

 

 

 

 

ーーああ、やはりあの男のためだろう。

 

 

 

 

 

 

 

唯一心許せる、陽気なる騎士。かの者のため、私は王になった。

 

 

 

 

 

 

 

咎人たちは、我らの義理堅さに付け入り、我が友を利用したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

だから私は、愚かなる民たちにしたのと同じように、君にそれを託した。

 

 

 

 

 

 

 

ああ、友よ。

 

 

 

 

 

 

 

どうかこの呪いを、再び断ち切ってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

「よし、きつくなってないな」

 

 

 

 

 

 レイシフト用のスーツを着込んだ自分の体を見下ろし、少しホッとする。

 

 第一特異点の時からそんなに時間が経っているわけじゃないけど、久しぶりに着る服はサイズが合うかどうか不安になる。

 

 むしろ、少し痩せたかもしれない。ここに来てから、前にも増していろんなトレーニングしてるからなぁ。

 

「気合入れていこう……!」

「フォーウ!」

 

 今朝から部屋にいたフォウと一緒に自分を鼓舞して、もう一度気合を入れ直した。

 

 

 今日からついに、新たに特定された特異点の修復が始まる。

 

 

 体調は万全、睡眠はバッチリ。心構えも必要以上……というには、少し足りないかもしれない。

 

 こんな状況だ、いくら覚悟したってしたりないなんてことはない。二度目だからこそより一層気持ちが入る。

 

「先輩、マシュです。よろしいでしょうか」

「あ、マシュ。今いくよ」

 

 扉の向こうから聞こえてきた声にそう返して、軽く自分の頬を張る。

 

 よし、と小さく呟いて部屋を出ると、スライドしたドアの向こうには準備済みのマシュが立っていた。

 

「おはようマシュ。今日は頑張ろう」

「おはようございます、先輩。どうやら私が何かを言うまでもなく、やる気十分のようですね」

「気持ちだけはね。今回も頼りにしてるよ」

「はい! 頑張りましょう、先輩!」

 

 互いに勇気付けあって、どちらからともなく笑いがこぼれた。

 

 オルレアンに行く前も、こんなやり取りをしていた気がする。その時よりもマシュの表情には、感情がこもっているような気がした。

 

 そんなことを思いながら、俺たちは朝食をとるために食堂へと向かった。

 

 レイシフトの時間が決まっているためか、自然と足が速くなって着いた食堂は、人影はまばらだった。

 

 職員の人たちはすでに、管制室に集まっているんだろう。サーヴァントがちらほらといるだけだ。

 

 俺たちの格好を見て、励ましてくれるサーヴァントたちに答えつつ、素早く注文をして食事を済ませる。

 

「お粗末様でした」

「ごちそうさまでした」

 

 手を合わせ、食器を手に立ち上がる。

 

『……待て』

 

 カウンターにトレイごと返したところで、ぬっと奥から無名の王が顔を出した。

 

 何度見てもインパクトのある顔に若干驚きながらも、無名の王が差し出してきた包みを反射的に受け取る。

 

「これって……もしかして、またお弁当?」

『ああ………今回は……ちゃんと食え………』

 

 無名の王の言葉に、そういえばオルレアンでは食べる前にバーサーカーと離れたことを思い出す。

 

 結局、カルデアに帰ってきてから食べたことに不満そうにしていた無名の王に謝り倒したんだっけ。

 

「うん、今度はあっちで食べてくるよ」

「ありがとうございます、無名の王さん」

『……頑張ってこい』

 

 そのまま引っ込んだ巨体にマシュと顔を見合わせ、また笑い合う。

 

 そうして新しい弁当を手に食堂を出ていこうとした時……トン、と肩がぶつかるような感覚がした。

 

 思わず右を見るが、そこには誰もいない。後ろを振り返っても、誰の姿も捉えることはできなかった。

 

「……行ってきます」

 

 そこにいるはずの、けれど目には見えないその人にそう呟く。もちろん、答えは返ってこなかった。

 

「先輩?どうかしましたか?」

「ううん、なんでもない。さあ、いこう」

 

 首を傾げているマシュに適当にごまかして、今度こそ食堂を出る。

 

 集合の時間までにかなり余裕を持って食べ終えることができたので、管制室についたのは定時の五分前だった。

 

「マシュ・キリエライト、入室します」

「藤丸立香、入室します」

 

 扉が開き、少しだけ見慣れてきた管制室と、そして依然として真っ赤なカルデアスと対面する。

 

 発令所にもなっている管制室には、すでに俺たち以外の全員が集まっていた。バーサーカーとルーソフィアさんもいる。

 

「やあ、おはよう諸君。気分はどうだい?」

「私も先輩も万全です」

「それは良かった。ぜひそこであくびをしている天才様にも見習って欲しいところだね」

「ふわーあ……ん、何か言ったかい?」

 

 モニターの前で椅子に座り、目をこすっているダ・ヴィンチちゃんに苦笑いが漏れる。

 

「もう少しシャキッとはできないのかい?」

「おいおいロマニ、こちとら聖杯の解析で連日徹夜だぜ?サーヴァントといっても疲れるものさ」

 

 言いながらまたあくびをするダ・ヴィンチちゃんに、そういえばこの人はとんでもない量の仕事をしていたのを思い出す。

 

 俺の魔術礼装の調整なんて小さなもので、今言ったみたいに回収した聖杯の解析や、カルデアのリソースのやりくりまで。

 

 とてもじゃあないけど、頭が上がらない。ドクターもなんとも怒りづらいような顔をした。

 

「まあ、それなら仕方ないか……んんっ! すでにレイシフトの準備は整っているよ。今回向かう先は、一世紀ヨーロッパだ」

 

 喉を鳴らし、ドクターが空気を入れ替えた。

 

 フランスの次はヨーロッパか……レイシフトは時間旅行のようなものだというけど、相変わらず驚かされる。

 

 恐ろしく責任の大きな任務に緊張する反面、きっと普通に生きていたら体験できなかった経験にどこか興奮する自分がいる。

 

「より具体的に言うと、古代ローマだね。イタリア半島から始まり、地中海を制した大帝国だ。藤丸くんも知っているだろう?」

「まあ、学校の授業で習ったくらいのことは」

 

 ていっても、学校の定期試験が終わると大体忘れちゃうんだよな……勉強し直した方がいいだろうか。

 

「ん、古代ローマ?なにそれ楽しそう、私も行ってみたいなー」

「こらこら、君は作業があるだろう」

「ちぇー。誰か一人くらいローマ皇帝と話してみたかったのに」

 

 ぶーたれるダ・ヴィンチちゃん。本気で悔しがっているように見えるあたり、本当に行きたそうだ。

 

「転移地点は帝国首都のローマに設定してある。地理的には前回とそう変わらないと思われる」

 

 ただし、とドクターは言葉を切った。

 

「どこかに存在しているはずの聖杯の所在は不明、どういった歴史の変化が起こっているのかも謎だ。すまないね、観測精度が安定していないようだ」

「問題ありません。どちらも私たちで突き止めます」

「ああ。前回は早々に別れることとなってしまったが……此度の探索では、私もマスターの力となろう」

 

 マシュの言葉に、一歩踏み出したバーサーカーが同調する。

 

 バーサーカーは時折、オルレアンでのことを悔いているように言う。俺からすれば最高のタイミングで駆けつけてくれたのに。

 

 けれど、最初に出会ったときの、『手遅れになることの多い』という言葉。

 

 彼にとってその場にいないということは、もしかしたら俺が思う以上に重い意味を孕んでいるのかもしれない。

 

「私も、軍医としてお力添え致します」

「はい、バーサーカーさんもルーソフィアさんも頼りにしています!」

「うむ、実に良い意気込みだ。頼もしいね。作戦の趣旨は前回と同じく、特異点の調査及び修正。そして聖杯の調査、その上での入手あるいは破壊だ」

 

 二度目の聖杯探索。

 

 自然と両手に力が入り、自分を奮い立たせるような緊張と興奮が血管の中から身体中に駆け巡る。

 

 前回と同じように、俺たちの手に人理の存続がかかっている。この肩には重すぎるほどの責任が。

 

 けれど、不思議と初めてレイシフトした時ほどの、押しつぶされるような重圧は感じない。

 

 きっとマシュや、バーサーカーたちがいれば乗り越えられると思うから。

 

「必ず成功させてくれ。君達の方に人類の未来がかかっている……それと、くれぐれも無事で帰ってくるように」

「「はい!」」

「全力でマスターを助けよう」

「できうる限りのことを」

 

 元気よく答えた俺たちにうんうんと満足そうに頷いて、それからドクターはあっと声を上げた。

 

「ごめん、あと一つだけ言い忘れてた。一世紀のローマにも、きっと召喚されたサーヴァントたちがいるだろう。可能ならば彼らの力も借りるんだ。無論、敵対する者に対しては叶わないがね」

「そうか、オルレアンの時みたいにカウンターで召喚されてるかもってことですね?」

「そういうこと」

 

 今もこのカルデアにいる、ジャンヌやマリーさんたちの顔が頭に浮かんでくる。

 

 きっと、敵ばかりじゃない。ジャンヌたちのように力を合わせて戦える人だっているはずだ。

 

「一つ質問です、ドクター」

「なんだいマシュ?」

「前回の特異点において、火の時代の英霊と推測されるサーヴァントがあちらにいましたが……今回もそれはいるのでしょうか?」

「それはーー」

「ああ、いるさ」

 

 マシュに答えたのは、ドクターではなくてしわがれた老人のような声だった。

 

 驚いてそちらを振り返ると……カルデアスのある下の部屋につながる扉が開いており、そこに一人の人物が立っていた。

 

 とんがり帽子のような頭巾をかぶった人。バーサーカーのように、このカルデアに来た火の時代の人。

 

「グレイラットさん!」

「よう、坊主。それに灰の英雄様も。お前さんら、これから大任なんだろう?頑張っておくれ」

「はい、全力を尽くします」

「グレイラット。貴公は今、敵がいると答えたな。その理由があるということだな?」

 

 バーサーカーの問いかけに、グレイラットさんは頷く。

 

「ワシはオルレアンで、あの冷たい谷の連中に対するカウンターとして召喚された。あんたの存在を触媒にね」

「私を?」

「ああ。だから感じるのさ……どの特異点にも、必ずあんたの敵がいる。そして味方もいることだろう」

 

 あのボルドや踊り子のような強い相手が、また立ちはだかる。

 

 それだけで体が、先ほどとは別の意味で震える。オルレアンでボルドと対峙した時の圧倒的な存在感を思い返す。

 

 そんな自分を心の中で叱咤して、もう一度仲間たちを信じる気持ちを強く意識した。こんなとこで折れちゃダメだ。

 

「……ありがたい助言、感謝しよう」

「いや、ワシも今となっては盗みもできん。これくらいは役立たせてくれないと、あんたの友達として不甲斐ないってもんさ」 

「僕からも、情報提供感謝します。他に何か……」

「生憎と、それ以上はワシには分からんよ。何せ単なる盗人だからね」

「そう、ですか……いいや、あまり他に頼ってはいけないな。僕たちの役目は藤丸くんたちのバックアップとサポートなんだから」

「そうだぞロマン、他力本願するにはまだ時期尚早だぞ〜?」

 

 からかうダ・ヴィンチちゃんに、思わず笑いが起こった。

 

 そうして立ち塞がる脅威への恐怖を紛らわして、俺たちは特異点へ旅立つための箱舟に乗り込む。

 

「やっぱり狭い……」

『はは、まあ我慢してくれたまえ』

 

 数週間ぶりのコフィンの中は、相変わらず狭かった。

 

 

 

 

 

《アンサモンプログラム スタート。 霊子変換を開始 します》

 

 

 

 

 

 やがて、始まりを告げるアナウンスが流れ出す。

 

 俺はコフィンの中で力を抜き、深く息を吐いた。そうすることで心を落ち着ける。

 

 

 

 

 

《第1工程(シークエンス) を開始。 4名のパラメータ を確認》

 

 

 

《全コフィンのパラメータ 確認完了。 続いて術式起動 〝チャンバー〟 の形成を開始 します》

 

 

 

《〝チャンバー〟形成。 生命活動「不明(アンノウン)」へと移行》

 

 

 

《第1工程(シークエンス) 完了。 第2工程(シークエンス) 霊子変換を開始》

 

 

 

《全コフィンの準備……終了。 補正式 安定状態へ移行。第3工程(シークエンス) カルデアスの情報 を確認》

 

 

 

 

 

《ーー完了。全工程(シークエンス)オールクリア》

 

 

 

 

 

《〝グランド・オーダー〟 実証 を開始 します。》

 

 

 

 

 

 そして、二度目の過去への旅が始まった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
第二特異点 人理定礎値 B +

A.D.0060 永続狂気帝国 セプテム

薔薇の皇帝
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


セプテムでカルデアから召喚する英霊を募集します。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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助太刀?

オルレアンはすごく長引いたので、なるべくコンパクトにしたい。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

「くっ……!」

 

 

 

 コフィンの中で閉じた瞼を開けた時、そこに広がっていたのは光のトンネル。

 

 見るのは三度目になるそれは、相変わらず凄まじい力で俺の体をその先へと引っ張っていた。

 

 前回でどのように耐えればいいのか、なんとなくわかっていたので腰を落として体を固定する。

 

 

 

 パァ──────!

 

 

 

 やがて、一際強く体が引っ張られた時──目の前から眩い光は消え、代わりに長閑な光景が広がっていた。

 

「今回も成功、ってことかな?」

「はい、どうやら無事にレイシフトできたようです」

 

 隣から聞こえる声に振り向けば、鎧姿になったマシュが立っていた。

 

 ふと後ろを見ると、オルレアンの時と同じようにドレスを着たルーソフィアさんと、バーサーカーもいる。

 

 カルデアの制服に変わった自分の服装を最後に見て、ほっと安堵の息をを吐く。問題なく転移できたみたいだ。

 

「風の感触、土の匂い……どこまでも広くて青い空。不思議です、映像では何度も見たはずなのに、こうして大地に立って、自分の目で見るだけでこんなに鮮明だなんて」

「そうだね、マシュ」

 

 こんなに平和そうなのに、狂った過去のどこかだというのだから不思議な気持ちになる。

 

 機械に囲まれて生きてきた現代人だからか、空気が美味しく感じる。サバイバルの時を思い出すな。

 

 大きく深呼吸をしていると、モゾっと胸元が蠢く。

 

「フゥー……ンキュ、キュ?」

「フォウ!?またついてきたのか!?」

 

 ギョッとして見ると、ぽんっと白い毛玉が飛び出した。

 

 フルフルと顔を振ったフォウは、俺の顔を一瞬見つめると、右肩に飛び乗って腰を落ち着けてしまう。

 

「キュー、キャーウ!」

「フォウさん、今回も同行すると言ってるように思えます。狭い基地より外の世界の方がいいのでしょうか」

「まあ、別にいっか……」

 

 謎の深いフォウのことは一旦置いておき、とりあえず相談をしようとバーサーカーたちの方に振り返る。

 

「ああ、本当に美しい……イルシールや、絵画世界とはとても似付かない……」

「あなた様がこの世界を作ったのですよ、灰の方」

「さて、どうかな……それよりもマスター、ここはとても都には見えないが」

「あ、そういえば。首都に転移させるって話だったけど……」

 

 言われて初めて、先に受けていた話と状況が違っていることに気づいた。

 

 右をみても左を見ても、広がるのはなだらかな丘陵地。建物は一つもなく、実に長閑だ。

 

 なんだかオルレアンの時に酷似した状況に、ふと空を見上げて──俺の目は釘付けになった。

 

「……やっぱり、アレがある」

「光の輪、ですね……私の目には、オルレアンの時と全く同じもののように見えます」

 

 空にポッカリと開いた、とても大きい穴。

 

 手を伸ばせば届きそうで、けれど決して触れてはならないような、そんな気さえする謎の現象。

 

 宇宙にまで達していそうなそれを見上げていると、ププーと通信機が自分の存在を主張した。

 

「先輩、通信のようです」

「みたいだね。もしもしドクター、聞こえてますか?」

『ザ、ザザ──じまるくん、聞こえてるよ。こちらの声も届いているかな?』

「はい」

 

 ノイズの後に、ドクターの声。俺を含めたその場にいる全員が、手首の通信機を注視する。

 

『観測は……うん、安定してきた。そちらの情報も届き始めている。レイシフトは今回も成功したようだ』

「みたいです。でも、場所が違うみたいで……」

『うん? あれ、本当だ。そこは首都ローマ……ではないね』

「明らかに丘陵地です、ドクター。もしやポイントがずれたのでしょうか?」

『ちょっと待ってね……よし、こちらでも正確に確認が取れた。そこは首都じゃない、ローマ郊外だ』

 

 転移位置は固定したはずなんだけどなあ、とぼやくドクターに俺たちは動揺を隠せない。

 

 普段はフワフワしているように見えるけど、ドクターとカルデアの職員さんたちのの仕事はとても正確だ。

 

 となると、問題があるのはこの場所の方? 特異点になったことで、首都に行けるはずだった俺たちはここにいる?

 

「では、時代のほうはどうでしょうか」

『そちらは間違いなく、特異点の存在する一世紀だよ。ローマ帝国第五代皇帝──ネロ・クラウディウスの統治する時代だ』

「ネロ・クラウディウス?」

「ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。西暦37年に生まれ、五人目のローマ皇帝となった人物でございます」

 

 首をかしげると、ルーソフィアさんが補足してくれる。

 

「名君と称えられた皇帝でしたが、晩年には母親や近臣との不仲によりその影響力は揺らいでいき、後半生においては暴君と呼ばれました」

「へえ……」

 

 簡潔にまとめられた説明に、思わず簡単の声を漏らす。

 

 オルレアンの時にも、百年戦争のことを説明してくれたっけ。ルーソフィアさんがいれば歴史には困らなさそうだ。

 

『そう、そして君たちが今いるのは、まだネロ皇帝が名君と崇められていた時代だ。だから人々に皇帝が愛された頃の、繁栄の都ローマが君たちを迎えるはず、なんだが……』

「どこを見ても、丘陵地です。羊がいないのが惜しまれるほどの」

「キャーウ!」

「白い動物ならいるけどね」

 

 テシテシと頬を叩いてくるフォウの頭を撫でる。羊と比べるには、ちょっと小さすぎるけど。

 

『なら他に、何か変わったものはないかい?目に見えるものでなくてもいい、何かの音とか』

「変わったもの、ですか……」

 

 全員口を閉じて、感覚を研ぎ澄ませたのを肌で感じ取った。

 

 音を立てず、静かに耳を済ませると……どこからか、何かがぶつかり合うような音と怒号が聞こえた。

 

「……聞こえ、ます」

『なんだって?』

「これは……戦ってる?」

「どうやらそのようだ。多くのソウルを近くに感じる」

「おそらくは人間同士の交戦中でしょう」

 

 俺たちの言葉を受けたドクターは、すぐに解析をして音の発生源を探してくれる。

 

 その結果、丘の向こう側で大規模な戦闘があることを告げられた。そしてそれが、本来の歴史にないことだとも。

 

 兎にも角にも、まずは様子見をするためにバーサーカーとマシュを前衛にして移動を始める。

 

 

 

「いけぇええええええええ!!!」

 

 

 

「怯むな!進めぇ!」

 

 

 

「押し返せぇえええ!」

 

 

 

 丘の裏側に隠れながら向こう側を覗いた時──そこには戦場が広がっていた。

 

「……間違いありません、戦闘中のようです」

「うわ、戦ってる人の数があっちとこっちで5倍くらい違う……」

「片方は大部隊で、もう片方は極めて少数の部隊ですね」

「戦況を見るに、多勢に無勢といったところか」

 

 眼前で繰り広げられているのは、とても戦いとは呼べないような戦力差での攻防。

 

 争いというよりは、包囲網。圧倒的物量で押し潰さんとしているような、そんな一方的な光景。

 

『他に彼らの特徴は?』

「大部隊は『真紅と黄金』の意匠。小部隊もまた『真紅と黄金』の意匠ですが、少々趣が異なります」

『真紅と黄金……ローマで最も好まれた色だ。ということは、帝国の正規軍……? 反逆者を追い立てているのか?』

「いや、どうやらそれは違うようだ」

 

 ドクターの言葉を否定し、バーサーカーは小部隊の方を指差す。

 

 そちらでは、小部隊を率いている若い……女の子と言ってもいい人が、ほとんど一人で軍隊を相手取っていた。

 

 まるでサーヴァントかと思うような凄い奮闘ぶりを見せているその人に、驚きを隠しきれない。

 

「凄い……あれ、サーヴァントかな?」

「いえ、そのような気配は感じません。おそらくこの時代の人間でしょうが……」

「レイシフト前の会議で確認した時の情報では、確かあちらが首都方面だったな?」

『うん? いきなり何を……ああっ、本当だ!じゃあ、あの部隊はあんな少人数で首都を守っているっていうのか!?』

「なんだって!?」

 

 もう一度戦場の方を見てみる。

 

 確かに……よく見ると、小部隊の方は逃げるために戦うというよりも、これ以上進ませないようにしている?

 

 大部隊の方はそれとは逆に、小部隊を押しつぶしてでも進もうという、一種の執念すら感じられた。

 

『ともかく、だ。過去の文献にこのような争いは記録されていない、つまり本来起こっていない戦争が行われているということになる』

「つまり、これこそがこの時代の歪み、ということですね」

「それなら……」

 

 あとは、どちらに加勢するか。

 

 少なくとも、あの人たちが悪い人には見えない。俺の目には首都を守ろうと必死に戦っているように見える。

 

 マシュたちと視線でどうするかを確認して……俺に委ねるように頷く三人に、心を奮い立たせた。

 

「……このまま大部隊の方が勝ったら、首都が蹂躙されると思う。あの人たちを助けよう」

「はい、私も先輩の強気な方針に賛成します!」

「彼女らのソウルの色を見ても、それが正しいようだ。あの兵士たちのソウルの昂りはあまりに苛烈すぎる」

「くれぐれも怪我のないように参りましょう」

『よし、意見はまとまったね。こちらでもなるべく状況を見るけど、規模が規模だ。サーヴァントや怪物を相手にする時と同じくらいに気を引き締めてくれ!』

 

 ドクターの忠告を聞くや否や、俺たちは戦いへの介入を始める。

 

「バーサーカー、何かこっちに注意を引けるような事はできる?」

「ふむ……まずは意識を引きつけて、彼らの体勢を整える時間を稼ぐということだな?」

 

 こくりと頷くと、バーサーカーはふっと兜の中で笑った。

 

 バーサーカーが両手を何かを握るような形にすると、その手の中に岩から削り出したような大きな斧が現れる。

 

 オルレアンでも目にした見るからに強そうなそれを肩に担ぎ、膝立ちになっていたバーサーカーは立ち上がる。

 

「ではマスター、手を」

「え、うん」

 

 ほぼ反射的に、バーサーカーから差し出された手を握り返す。

 

「では行こうか」

「へっ?」

「バーサーカーさん、まさか──!?」

 

 次の瞬間、俺は空を飛んでいた。

 

「え、ちょ、何これーっ!?」

 

 ドンッと腹の底を叩くような衝撃がしたかと思えば、気がついたら目の前には青空があった。

 

 え、何これ!?俺なんで空飛んでるの!? いや違う、バーサーカーが飛び上がったのに引っ張られたのか!?

 

「舌を噛むぞ。口を閉じて私に掴まるんだ、マスター」

「な、何がなんだかわかんないけどっ!」

 

 とにかくこのまま振り落とされたら死ぬことはよくわかったので、バーサーカーの首に両腕を回す。

 

「それでいい──はぁっ!!!」

 

 俺が掴まった瞬間、バーサーカーは大斧を勢いよく振り上げた。

 

 

 

 

 

ドッガァアアアアアン!!!

 

 

 

 

 

 そして──振り下ろす。

 

 着地地点は、大部隊と小部隊がぶつかっている場所から少し大部隊の側。

 

 オルレアンでボルドを吹っ飛ばしたのよりもやや弱いくらいの雷と衝撃が、思い切り地面に炸裂した。

 

 誰かの悲鳴と、何かが盛大に捲れ上がる音が聞こえる。俺は両足まで使ってバーサーカーの体にしがみついた。

 

「──マスター、もう目を開けていいぞ」

「ほ、ほんと……?」

 

 バーサーカーの言葉に恐る恐る目を開けて……後悔した。

 

 そこにあったのは、有り体に言って地獄絵図だった。

 

 俺たち……というより大斧を中心にクレーターのように地面が陥没しており、その周りには死屍累々の様子が広がっている。

 

 衝撃で吹き飛ばされたか、あるいは雷を浴びた兵士たちが転がっていて、無事な兵士たちは俺たちを凝視しており。

 

 その目には明らかな畏怖が宿っていて。明らかにやらかしたのが目に見えてわかった。

 

 ふと見れば、小部隊を指揮していた女の人も、ぽかんとしている。

 

「マスター、頼む」

「え、頼むって……」

 

 そこでようやく、なんで俺のことをバーサーカーがわざわざ連れてきたのか理解した。

 

 ため息をつきたくなりながら、バーサーカーの体に絡みつかせていた手足を解き、地面に降りる。

 

 そうすると、やや乱暴なやり方に若干バーサーカーを恨みつつも、女の人に向かってこう叫んだ。

 

 

 

 

 

「俺たちは味方です!援護します!」

 

 

 

 

 

 若干やりすぎだけどな!




不死人は脳筋ってそれ常識だから←

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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現れる刺客

今回も立て続けにわちゃわちゃしてます。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

「双方剣を収めよ!既に勝敗は決した!」 

 

 

 

 その一声で、戦いは終わった。

 

 俺たちが参戦したことで小部隊は一気に形成を逆転し、何倍もの人数の大部隊を撃退した。

 

 そして今、多くの兵士が倒れている丘の下に響いた美しい声に俺たちは動きを止める。

 

「これ以上の争いは無用!投降するならば命はとらぬと約束しよう!」

 

 凛々しく、この場の空気を掴むようなその声に、相手の兵士たちが一斉に剣を取り落とす。

 

 多分、恐ろしかったんだろう。突然空から理不尽が降ってきたかと思えば、数で勝っているはずなのにやられるんだから。

 

 それから、同じように剣を納めたもう片方の兵士たちによって、生き残った兵は捕縛された。

 

 俺もルーソフィアさんに軽傷を治してもらいつつ、未だに斧を担いでいるバーサーカーに話しかける。

 

「ああいう作戦なら、前もって一言言ってくれればいいのに」

「なに、急を要する状況だったからな。貴公には悪いことをした」

「先輩が無事で良かったものの、本当に驚きました……」

 

 本当にびっくりした……滝壺(落ちても平気な高さ)に蹴り落とされた経験がなければ、気絶してたくらいには怖かった。

 

 良いのか悪いのかよくわからない爺ちゃんとの思い出に感謝していると、こちらに近づいて来る足音に気がつく。

 

「貴公達、首都からの援軍か?」

 

 問いかける声に振り向くと……そこに立っていたのは、小部隊を指揮したあの女の人。

 

 いや、こうして間近で見ると、もう女の子と言っても良いくらいだった。それもかなり綺麗な見た目だ。

 

 とても戦っているとは思えない容姿にアンバランスな赤い剣は、どこか気品のある雰囲気と相まって不思議に感じる。

 

「てっきり道は封鎖されていると思っていたが……まあ良い、褒めてつかわすぞ」

 

 寛大、と言って良い態度を取る女性の言葉遣いからは、やはり育ちの良さを感じさせるものがあった。

 

 舞台を指揮しているくらいだし、結構偉い人なのは間違い無いだろう。それにあの実力は普通じゃない。

 

「ありがたい。して、貴公らは?」

「ふふん、よくぞ聞いた。余の名は──」

「ご報告します!」

 

 女性が名乗ろうとした途端、走ってきた兵士の人が叫ぶように話に割り込んできた。

 

 兜の中で切羽詰まった表情を浮かべ、息を荒げているその人に、なんとなく嫌な予感が頭をよぎる。

 

「なんだ、申してみよ」

「だ、第二波がやってきます!敵との距離、あとわずか!」

「なんだと!?」

 

 女性とシンクロした動きで、大部隊のやってきた方向を見ると……うっすらと土煙が見える。

 

 俺でもわかる、あれは援軍だ。それも先ほどと同じくらいの規模がありそうなレベルの地鳴りが近づいてきている。

 

「ええい、次から次へと連合帝国め!」

『連合、帝国……?』

「皆のもの、戦いだ!立ち上がり、剣を取れい!」

 

 女性のたった一声で、それまでルーソフィアさんに治療されていた兵士達が一斉に立ち上がった。

 

 そしてすぐさま隊列を組みなおし、捕虜を背後に盾で壁を作って、女性と俺たちを前に体勢を整えた。

 

「すまぬが、異国の者とお見受けする者達よ。再び余に力を貸してはくれぬか?」

「勿論です!マシュ、バーサーカー!」

「ああ」

「はい!」

 

 盾と大斧を構える頼もしいサーヴァント達に、俺もサポートをするべく頭を回転させる。

 

「うむ、その意気込みや良し!余と轡を並べて戦うことを許そうではないか!」

 

 そして女性が赤い剣を構え、俺たちはまた戦いの心構えを決めた。

 

『気を付けろ藤丸くん!先ほどと同じくらいの規模、それにこの先頭にいる反応は──!』

 

 ドクターが飛ばした警戒の声。俺は集中力を高め、うっすらと見えてきた軍勢に目を凝らす。

 

 見るからに屈強な兵士達の先頭に、明らかに雰囲気……というより、次元が違う空気を纏った相手がいた。

 

 

 

「オォオオオオオオォオオオオオ!!!」

 

 

 

 士気を高めるためだろうか、ここまで聞こえてくる怒号のような声の合奏の中で、一際大きな声を発している。

 

 やがて、距離が3桁から2桁に落ちた時──目の前にいたバーサーカーが、大斧を振り上げた。

 

 もう三度目ともなればなにをするのかは分かっていて、咄嗟に「マスター、後ろへ!」と叫んだマシュの盾に隠れる。

 

 

 

 ドッガァアアアアアン!!!

 

 

 

 間断なく、今日二度目になる竜の咆哮のような雷鳴が鳴り響いた。

 

 それは先ほどよりも大きく、けれど誰も倒してはいない。しかし軍勢と、先頭のその人の進行は留まらせた。

 

『ナイスだバーサーカー君!敵の動きが止まったぞう!』

「む、先ほどから聞こえるこの声、一体どこから聞こえておるのだ」

「後ほど説明します。それよりも、あれは……!」

 

 マシュも、俺と同じ人を見た。

 

 釣られるように隣にいた女性もその人に目をやって──驚いたように、目を見開いて固まった。

 

 そればバーサーカーも同じで、油断なく大斧を腰だめに構えて、その人が動き出すのを見張っている。

 

『気を付けろ!そこにいるのは──サーヴァントだ!』

 

 そして──まるでタイミングを見計らったように、ドクターの声がその正体を告げた。

 

「──よもや、ここで相見えるとはな」

「我が、愛しき、妹の、子、よ」

 

 驚きと、どこか悲しさを含んだ声音の女性に、その相手。いいや、サーヴァントは答える。

 

 短く切りそろえられた髪。輝く黄金の鎧と、鮮烈な赤いマントを強靭な肉体に纏い、赤い瞳でこちらを睨んでいる。

 

 その体から溢れ出る威圧感は──紛れもない、オルレアンで何度も戦った英霊のものだった。

 

「叔父上……否、あえてこう呼ぼう。いかなる理由か死より彷徨い出て、連合軍に与する愚か者よ!」

「え、今、なんて……」

「叔父上、と言ったように私には聞こえましたが……」

 

 どういうことだ。この女性と、あのサーヴァントは血縁関係なのか……?

 

「余の」

 

 混乱する俺たちを前に、サーヴァントが言葉を発する。

 

 さっきもそうだったように、やや片言じみた口調で、サーヴァントは顔の前で拳を握りしめ。

 

 

 

余の、振る舞い、は、運命、で、ある

 

 

 

 そう、ゾッとするほど強い意志を込めた声で言い放った。

 

「捧げよ、その命。捧げよ、その体。全てを、捧げよ!!!」

 

 ただの言葉。

 

 けれど、一声ごとに吹き飛ばされそうなほどの重圧を含んだそれは、サーヴァントだからの一言では片付けられない。

 

 まるで生まれながらにして、そうであったかのような。人に命じ、圧することが当然のような、恐ろしいまでの強い言葉。

 

「くっ、叔父上、どこまであなたは……!」

「オ、オ、オオオオオオオオオオォオオオオオ!!!」

「マスター、来ますっ!」

「わかってる!」

 

 雄叫びを上げ、サーヴァントが動き出す。

 

「ぬん!」

 

 すかさずその進路にバーサーカが割り込み、大斧を振り下ろした──

 

「ヌゥンッ!!!」

「──ッ!?」

 

 ゴガァン!と盛大な音を立てて、岩のような大斧がかちあげられる。ボルドでさえも押しのけたあれが、だ。

 

 その光景に思わず目を剥き、一体なにをしたのかとサーヴァントを見て、その突き出された拳に更に驚いた。

 

「まさか素手で!?」

「あのパワー、そして先ほどからの意思疎通の困難さから推測すると、あのサーヴァントのクラスは──」

「私と同じバーサーカー、というわけか。面白い!」

 

 バーサーカーの手から、突如として大斧が消える。

 

 代わりに、古ぼけた手甲の上から握りしめていたのは──皮と金属でできた、ナックルのような武器。

 

「オオォォォ!!!」

「セィァ!!!」

 

 また繰り出されたサーヴァントの剛腕に、バーサーカーのストレートが叩き込まれる。

 

 注目しているせいか、妙にスローモーションで迫った二つの拳が衝突した瞬間、空気が破裂したような音が響いた。

 

 いや、実際に破裂してしまったのだろう。そしてそれを皮切りに、両方の兵士たちが怒号と共に進行を始めた。

 

「マシュ、頼む!」

「はい!マスター、指示を!」

 

 当然のこと、俺たちも棒立ちでいるわけにはいかない。支援するために魔力を回し、指示を出し始めた。

 

 いざ戦いが始まってしまうと、俺はマシュとバーサーカーに頼りきりだ。魔術礼装なしではガンドも撃てない。

 

 だから自然と後ろで声を張り上げるだけになってしまうが、それでも決して楽なわけではない。

 

 一分一秒、周りで戦っている他の兵士たちの動き、こちらが押されている場所、マシュたちの状況。

 

 その全てを分析し、ルーソフィアさんの授業で頭に叩き込んだ戦術の中から最適と思うものを選び取る。

 

 間違えないように、見誤らないように、慎重に、時には一歩引いて、そうやってできることをこなす。

 

「恐れるな!我らには心強い味方がいる!」

「ウォオオオオオオ!!!」

 

 けれど、オルレアンの時よりも少しだけ楽に感じるのは、やはりあの女性がいるからだろう。

 

 俺よりもずっと優れた指揮官である彼女と、ルーソフィアさんの歌で強化されたローマの屈強な兵士たち。

 

 人数の差なんてものともせずに、まるで彼ら全員が一つのように凄まじい勢いで相手を押し返していた。

 

 

 

「オォォォオオオ!!!!」

「ハァアアアアア!!!!」

 

 

 

 そんな状況を維持できているのは、やはりバーサーカーの存在も大きかった。

 

 戦場の中心で、サーヴァントと真っ向から拳で殴り合っている。俺の目には早すぎて、残像しか見えない。

 

 拳打の音が響く度にこの空間全体が揺れるような錯覚を覚えるそれは、見ているだけで体が竦むほどだった。

 

「ヌゥエアッ!!!」

「グッ!」

 

 まずい、拳を弾かれた!相手はもう次の攻撃をしようとしてる!

 

「バーサーカー!フォースだ!」

「フンッ!」

 

 咄嗟に飛ばした指示に、バーサーカーは体から白い衝撃波のようなものを発した。

 

 それは、危ない体勢だったバーサーカーに拳を振り下ろそうとしていたサーヴァントの体を逆にのけぞらせる。

 

 バーサーカーはその隙を見逃さず、拳を開いて翳す。

 

 遠目に見えたその掌には──ゆらゆらと揺らめく、赤い炎が灯っていた。

 

 

 

「〝大発火〟」

 

 

 

 大爆発。

 

 先ほどよりもさらに大きな音が、戦場の真ん中で轟いた。

 

 誰もが動きを止め、振り返る。そして大きく膨れ上がった炎と……それに吹き飛ばされたサーヴァントを見た。

 

「グガァッ!」

 

 地面に倒れ伏したサーヴァントに、ほぼ全員の動きが止まった。

 

 ナックルのようなものを構え直すバーサーカーと、剣を振りかざして叫びを上げた女性以外は。

 

「いまだ、押せ──────っ!」

『おおおおおッ!!!!!』

 

 そして、さらにこちらの攻勢は激しさを増していく。

 

 いくら同じローマ兵と言っても、こちらにはルーソフィアさんの支援がある。マシュの峰打ち?によって、数も最初の半分ほどだ。

 

 程なくして、徐々にあちらの数が減っていった。相手のリーダーに痛手を与えたことで、こっちの士気が増したんだ。

 

「マシュ、俺はバーサーカーの所に!」

「わかりました!お気をつけて!」

 

 けれど、なんだか不安に駆られた俺はマシュに一言断ると、兵士たちの間を必死に潜り抜けていった。

 

 そして、先ほど大爆発が起きた場所にたどり着くと……そこには立ち上がろうとする、サーヴァントの姿があった。

 

「何故、何故だ、我が愛しき妹の、子よ……!」

「これ以上の闘争を望むのならば、私も本気で相手をせざるをえないが」

「バーサーカー!」

 

 名前を呼びながら、戦いの邪魔にならないようにある程度の距離で立ち止まる。

 

 サーヴァントは赤い瞳で俺を一瞥して、それからバーサーカーを怒りのこもった目で睨み上げた。

 

「退くならば、こちらも手出しはしない。まだ色々と情報が揃っていないのでな」

「……何故、捧げぬ。何故、捧げられぬのだ……!」

 

 言葉が通じているのかもわからない呟きを残し、サーヴァントは消えていった。

 

「倒した……?」

「いや、それほどの深傷ではない。おそらく霊体化して退却したのだろう」

『むむ、バーサーカーのクラスにしては理知的な判断だな。もしや相手にもマスターが……?』

 

 ドクターの考察もそこそこに、バーサーカーに声をかけていまだに戦いあっている背後の戦場に戻る。

 

 

 

 

 

 そうしてバーサーカーが参戦し……程なくして、戦いは再びこちらの勝利に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うーむ、困った。ここはどこであろうか?」

 




ちょっと展開が急だったかな?
次回はローマへ。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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皇帝連合

何度か宣伝してますが、仮面ライダービルドとありふれた職業で世界最強の二次創作、「星狩りと魔王」も読んでいただけると嬉しいです。凡にギャグ色が強目の作品です。

なるべく纏められたつもり。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

「まさかこの余が、一度ならず二度までもこうやって助けられるとはな!四、いや五人か?褒めてつかわす!」

 

 

 

 この特異点での初めてのサーヴァントとの戦いが終わり、俺たちは女性と一緒に行動していた。

 

 後ろにはずらりと縄で手と足をつながれた兵士たちが並んでいて、行軍に紛れて俺たちも進んでいる。

 

「先ほど声をあげた姿なき一名は、もしや魔術師の類か?」

『おっ、魔術をお分かりとは話が早い。実は僕と、そこにいる四人はカルデアという組織の──』

「特に、そこな盾の少女と古き騎士よ!見ていて実に爽快であったぞ!」

『あっ遮られた……』

 

 あえなくドクターが自己紹介を撃沈させられていた。女性の勢いの方が強かったから仕方ない。

 

「こちらこそ、我々のような得体の知れないものを信じてくれて感謝する」

「何を言う!二度も恩を作った相手を無下にはできぬ!なんなら報酬を約束──あ、いや」

 

 何かを言いかけて、女性は言葉を止めた。

 

 何か言ってはまずいことを言った時のような、バツの悪そうな顔だ。よっぽどいけない話だったんだろうか?

 

「こういったことは、首都に帰ってからの話であるな。すまぬ、忘れてくれ」

「いえ……それよりも、ここまで来たのですから、自己紹介をさせていただければと思うのですが」

 

 マシュ、ナイス! 俺は心の中で小さくガッツポーズを決めた。

 

 この特異点に来て早々、先ほどの戦いに介入したので、ろくに情報交換ができていないのだ。

 

 さっきもドクターが言おうとしてスルーされたし、マシュの提案は俺たちにとって助かるものだった。

 

「む、それもそうか。だがまずは余からだ」

 

 カツン、と立ち止まり、バッとスカートをはためかす女性。

 

「余こそ、真のローマの守護者。まさしくローマそのもの。必ずや帝国を再建してみせる、そう神々・神祖・自身、そして民に誓った者!」

 

 そうして自信満々の表情で、彼女は名乗りを上げた。

 

 

 

「余こそ、ローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウスである──!」

 

 

 

 告げられた彼女の名前に、俺は──やっぱりか、と思った。

 

 もちろん驚かなかったわけじゃない。さっき聞いたばかりの皇帝様だと知って、とてもびっくりした。

 

 だが、さっきの戦いでの堂々とした佇まい、そしてあのサーヴァントのように、人を従えることそれ自体が自然であるという態度。

 

 それを先に見ていたからだろう、何故かそんな気がしていたというのが一番正しいだろう。

 

 でも、それより気になるのは……

 

「……神々、か

「皇帝ネロ、このような……」

「「…………」」

「ふっふっふ、驚いているな?そうであろうそうであろう!存分に驚き、そして見惚れるがいい。特別に許す」

 

 どうやらその名前に驚いたと思っているらしいネロ皇帝は、自慢げに胸を張る。

 

 女の子と呼んでもいいくらいの見た目でそれをやると可愛らしいのだが、そんなことよりも。

 

「ネロ皇帝って……」

『じょ、女性だったのか……歴史とは……深いな』

「初めて邪竜ファヴニールを目にした時と同等の驚きです」

「まあ、そういうこともあるだろう。えてして人の記憶と現実は違うものだ」

「時代の移ろいによるもの、ともいえるでしょう」

「?」

 

 首を傾げていたネロ皇帝だったが、納得がいったのか深く追求はされなかった。

 

 それから数時間ほど黙々と歩いているうちに、正面の道の先に壁らしきものが見えてきた。

 

 近づいていくうちにどんどん大きくなるそれは外壁のようなものだとわかり、それをくぐった先には──

 

 

 

「見るがよい!しかして感動に打ち震えよ!これが余の都、童女さえ讃える華の帝政である!」

 

 

 

 活気溢れる、素晴らしい街並みが広がっていた。

 

「わあ……!」

「活気がありますね、先輩!」

 

 ワイバーンとゾンビで溢れかえっていたオルレアンとは比べ物にならない、人の熱に満ちた光景。

 

 そこかしこで笑顔が見られ、疲弊しきったフランス軍の兵士たちを想像していた俺の予想は見事に裏切られた。

 

「はじめに七つの丘(セプテム・モンテス)ありし──という言葉があってな。神祖と、かの丘とともに栄光の歴史は幕を上げ──おっと、この林檎を一ついただくぞ店主」

「へいらっしゃ……ああっ、皇帝陛下!どうぞお持ちください!」

「うむ、感謝する。ほれ、お主らも一つどうだ?」

「あ、いただきます」

 

 つい反射的に受け取る。店で売ってるものだし、危ないことを気にしなくてもいいよね?

 

 美味しそうに林檎をかじっている皇帝陛下を見てそう思いつつ、真っ赤なそれを齧る。すると甘みが口の中に広がった。

 

「ん、美味しいなこれ」

「ほう、良い大口だなお主。余はますます気に入ったぞ!」

 

 何やら皇帝様に気に入られつつも、俺たちは腰を落ち着けて話すために皇帝陛下の館へと移動した。

 

 その道行きの中で、子供や通りにある店の人など、様々な人に皇帝陛下は話しかけられていた。

 

 みんな良い笑顔で、ルーソフィアさんの言っていた通り、この時代のローマ皇帝はまだ愛されていたのだなと、そう感じた。

 

 

 

「さて──では貴公らの目的を教えてもらおうか」

 

 館の一室に通されてすぐ、開口一番に皇帝陛下がそう言った。

 

 会議をするためのものだろうか、長い机の端の方に座った俺たちは顔を見合わせ、確認を取る。

 

 この人が今の所、本当のネロ皇帝陛下だということは間違いなさそうなので、事情を話しても良さそうだ。

 

「俺たちの目的は──簡単に言うと、皇帝陛下を助けることです」

「む?余を助けるだと?」

『そこからは僕が説明をしよう。世界の中心にして、世界そのもの。世界に君臨せし最大の帝国にして、都の名でもあるローマ。この時代、首都が脅かされるはずがない。ならばそこには必ず──聖杯が関係しているはずだ』

 

 そしてドクターは、こちらの目的を皇帝陛下に説明してくれた。

 

 この時代が特異点となっていること、聖杯の影響で歴史に狂いが生じ、結果崩壊の危機が迫っていること。

 

 そして、人類の歴史にとって重要である、歴史上類を見ないほどの大帝国であるローマの滅亡を防ぎに来た、と。

 

『──ということです』

「……う、むむ。よくわからぬ。余にもわかる言葉で説明せよ」

「すみません、理屈っぽい人なので……」

「私たちの目的は、究極的には聖杯……とある特別な魔術の品。それは在るだけで周りの事象を狂わせてしまうものであり、このローマを蝕んでいる原因である可能性が高いと予測しています」

「ふむ……」

 

 腕を組み、目を瞑る皇帝陛下。俺たちの話を信じるかどうか、考えているのだろう。

 

 しばらくの間、沈黙が部屋の中を支配する。なんだか居心地が悪くなり、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

「……なるほど、聖なる杯が我がローマをな」

「信じていただけるのですか?突拍子も無い話ですが……」

「うむ、不思議と違和感を覚えぬのでな。特に聖杯、だったか……いや、気になるのはきっと杞憂であろう。いつかそんな悪夢を見ただけだ」

「えっと……?」

「ああすまぬ、こちらの話だ……だが、危機というならば大いに心当たりがあるぞ!」

 

 皇帝陛下が部屋の外に向かって声をかけると、兵士の人が大きな紙らしきものを持ってくる。

 

 机の上に置かれたそれは、どうやら地図のようだった。多分ローマ帝国の版図とかだろう。

 

「我が国は今、危急の時にある」

「というと、先の兵士たちか」

「左様。栄光の大帝国は今やバラバラに引き裂かれ、二つとなってしまった」

 

 近うよれ、とでも言うように手招きをする皇帝陛下に、俺たちは席を立ってそちらに行った。

 

 すると、俺には読めない文字が書き込まれた土地の版図がバッサリと線で二つに分かたれていた。

 

「片や、余が統治する正当なるローマ帝国。この首都ローマを中心とした領域だ。そしてもう一つが──」

 

 トン、と二つになった領土の片割れに置かれる指。それが示すのは……

 

「なんの前触れもなく、突如として姿を見せた複数の『皇帝』どもが統べる連合だ」

「皇帝、貴方は叔父上と言っていた。つまり先ほど襲い来たあれも、その一人であると?」

「……皇帝カリギュラ。我が叔父であり、かつて皇帝だった男だ。そしてそのような者たちが集まって出来た〝連合ローマ帝国〟は帝国の半分を奪ってみせた」

 

 確かに、そんな大それたこともサーヴァントならば決して不可能じゃない。兵士も結構いるみたいだし。

 

「斥候はことごとく消息を絶ち、首都の位置すらわからない始末。そして我が宮廷魔術師も、『皇帝』の一人に歯向かって果てた。実に困ったことだ」

 

 この時代の人間は、決して弱いなんてことはないはずだ。

 

 それなのにこの状況ということは……さっき話に出たカリギュラという皇帝しかり、やはりサーヴァントの力が大きいのだろう。

 

『おそらく、その皇帝のうちの誰かが聖杯を手にしているんだろうね』

「それがこの特異点の原因となっているのでしょう」

「であれば、連合帝国の強大さにも納得できる。奴らは各地で暴虐の限りを引き起こし、民を苦しめているのだ」

「今回の戦いから推測するに、貴方は兵力のほとんどをその鎮圧に充てているのでは?」

 

 バーサーカーが唐突に、地図を見てそう言う。皇帝陛下は驚いたように彼を見上げた。

 

「貴公、なぜわかったのだ?」

「貴方は皇帝、この国最大の要であるはず。だというのにあの少なすぎる兵の数から鑑みるに、そこまでの余裕はないと判断したのだが」

「うむ、その通りである。だがそれでもなお、奴らの勢いはとどまるところを知らん。口惜しいが……今の余の脆弱さを思い知らされた気分だ」

「ネロ皇帝陛下……」

「で、あるからこそだ!」

 

 うわびっくりした! いきなり大声を上げられて、ついビクッとしてしまった。

 

「貴公たちに命じる。いや、頼む!余の客将となってはくれぬか!」

「きゃく……しょう?」

 

 なんだ、きゃくしょうって。古典の授業で聞いたような……客商売……の略では絶対になさそうだし。

 

 意味がわからずにルーソフィアさんを見ると、雇われて戦う傭兵のようなものであると教えてくれた。

 

「余は戦力が欲しい。そして貴公らは聖杯を手にするために拠点が必要なはず。もし協力してくれるのなら、余とローマが後援しよう」

『願っても無い申し出だ。どちらも得がある』

「先のオルレアンで、支援の有り難みはよくわかったからな」

「皇帝陛下に力を貸し、私たちが連合を打倒すれば聖杯も手に入るでしょう」

「先輩、どうしますか?」

「うん、そうしよう。皇帝陛下、よろしくお願いします」

「おお、そうか!快諾してくれるか!はっはっは!今日は良い日だな!」

 

 

 

 朗らかに笑う皇帝陛下の笑い声が、部屋の中に響いた。




ちょっとコンパクトにしすぎたか。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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頼もしい助っ人

C.C.C.コラボ復刻しましtメルトリリス当たったヒャッホオォォォォォオゥウウウ!

ふぅ……さて、みなさん投票ありがとうございました。

前回からガクッとUAが下がりましたね……説明回はややこしかったか?

では今回は、エトナ火山に行く話です。いつもより文字数が千文字ほど多め。

楽しんでいただけると嬉しいです。


「くぁ……」

「先輩、お疲れのご様子ですね」

「フォーウ?」

「ああうん、ごめん……ついあくびが出た」

 

 隣と、右肩から覗き込んでくる一人と一匹にそう答えて、自分の疲れの原因を思い返してみる。

 

 悩むまでもなく、昨日のことだろう。皇帝陛下と協力関係を結んで間もなく、首都が攻撃された。

 

 幸いサーヴァントはいなかったけど、日が落ちるまで走り回って、指示して、戦って……休みなどなかった。

 

 一瞬で終わってしまった物思いにちょっと苦笑いしながら、マシュと一緒に昨日の部屋に入る。

 

「藤丸立香、入ります」

「マシュ・キリエライト、入室します」

「うむ!よく来た!昨日はよく眠れたか?」

「はい、泥のように眠りました」

 

 部屋に入ってすぐ、もうそこにいた皇帝陛下が元気な声でそう言ってくる。

 

 あれだけ不利な戦いをしていたのに、俺と違ってこれっぽっちも疲れているようには見えない。

 

 これがまだ戦いがあった時代の人間との差なのか……俺ももっと気張っていかないと。

 

「おはようマスター。少しは疲れが取れたかな?」

「おはようございます、藤丸様」

「バーサーカー、ルーソフィアさんも。おはようございます」

「フォウ!」

「お二人も快調そうですね」

 

 俺たちとは別の場所で休息を取っていた……この館の中庭に篝火があったらしい……二人も元気そうだ。

 

「うむ。皆のもの、昨日は大儀であった。それで……」

「あの、皇帝陛下。実はひとつお願いがございます」

「む?なんだ、言ってみるが良い。余は寛大だぞ?」

 

 俺とマシュは顔を見合わせ、互いに頷くと腕の通信機を起動させる。

 

 すると、ププーというお馴染みの音の後、ホログラムの画面にドクターが現れた。おお、と皇帝陛下が驚く。

 

『改めまして、皇帝陛下においてはご機嫌麗しくあることを願います。僕が魔術で声を飛ばしていたものです』

「おお、貴公が例の魔術師か。して、この余を前にして何の用向きだ?」

『はい。我々のこの時代での活動を安定させるために、エトナ火山へと参りたいのです』

「ほう?」

 

 興味がありそうな声を、皇帝陛下が発する。

 

 エトナ火山。ヨーロッパ最大の活火山であり、このローマ帝国の時代においても変わらずある山。

 

 昨日、寝る直前のブリーフィングで俺たちは今日ここに行くことをドクターから指示されていた。

 

 何故なら……

 

「ふむ、宮廷魔術師もエトナ火山にはよく行っていたな。理由を言ってみよ」

『我々にとって重要な霊脈が、あの火山には存在しているんです』

「その霊脈を用いれば、戦力の確保ができます。私たちが活動するための資源も」

「俺たちには、ここにいるバーサーカーとマシュ、二人と同じくらいの力を持った味方を呼ぶ手段があるんです」

 

 そう。俺たちが狙っているのは、カルデアからの支援物資の受け取り、そしてサーヴァントの召喚だった。

 

 オルレアンでは、最後の戦いで一時的にセイバー・オルタ……アーサー・ペンドラゴンを喚んだ。

 

 あの時は沢山のサーヴァントと契約していたから短い時間しか現界させられなかったが、ここではマシュたちだけだ。

 

 だから、俺のショボいキャパシティでも後一人なら、その霊脈を使えば英霊を召喚できる。

 

「……つまり、こういうことか。貴公たちをエトナ火山に向かわせれば、余のため、ひいては余のローマのためになるのだな?」

「「はい」」

『それは保証しましょう』

 

 俺とマシュが声を揃え、それを助けるようにドクターが答える。

 

 皇帝陛下はしばらく難しい顔をして、俺たちの申し出について考え込んでいるようだった。

 

 やがて、「うむ」と大きく頷く。そして椅子から立ち上がり、俺たちの方を見た。

 

「あいわかった!余は連合帝国の調査があるゆえ、同行できぬが──好きにするが良い」

「ありがとうございます!」

「必ず陛下に貢献します」

「うむ、うむ!そちらの二人も行くのであろう?道中、連合の兵にはくれぐれも気をつけるが良い」

「無論だ。我が力、マスターを守るために全力で行使しよう」

「務めを果たします」

 

 よし、許してもらえた。これで少しは特異点の探索が楽になるといいけど……

 

 そうして安心しかけたところで、『ところで』というドクターの声に意識を引っ張られた。

 

『恐れながら、もう一つだけ皇帝陛下にお尋ねします』

「なんだ、今度は余に何を聞きたい?」

『──レフ・ライノールという男を、知りませんか』

 

 その瞬間、自分の体が強張ったことを自覚した。

 

 それは隣にいるマシュも同じで、きっと俺も彼女と同じように険しい表情をしているのだろう。

 

 普段は温厚なバーサーカーでさえ、少し離れていても分かるくらいに、兜の下から怒気を放っている。

 

「ふむ、そのような名は知らぬが。因縁ある者か?」

『ええ、少し』

 

 本当は少しなんてものじゃない。

 

 レフ・ライノール。カルデアの裏切り者。この事態を招いた誰かの手先であり……所長を殺した男。

 

 今でこそ、彼女がまだこの世にいることを知っている。

 

 けれど、あの時の絶望も、怒りも……決して、忘れてはいない。

 

『魔術師なのですが、あるいは連合帝国にそのような者がいるという情報は?』

「ないな。レフという名は全く耳に覚えがない。すまぬな」

『……いえ。こちらこそ、余計なことを聞きました』

 

 そう締めくくったドクターの言葉に、少し場の雰囲気が冷たくなった。

 

 

 

 そうして、ローマを一度離れることを許された俺たちはエトナ火山へと向かうことにした。

 

 出発する際に、皇帝陛下は俺たちに馬を貸してくれた。この状況で馬は貴重なはずなのに寛大だ。

 

 でも、俺は車と電車、一番近い乗り物で自転車に慣れきった現代っ子。

 

 生きた馬を操る技術なんてあるはずがない。流石に爺ちゃんもそれは教えてくれなかった。

 

 なので、知識は持っていたマシュにレクチャーをしてもらいながら、なんとか馬の扱い方を覚えた。

 

 どうにか走らせる時のコツを掴んだところで、今度こそ無名の王の弁当で腹ごしらえをして出立する。  

 

 

 

 道のりは楽だった。

 

 こちらを観測しているドクターの指示に従い、最短ルートでエトナ火山まで行くことができた。

 

 連合の部隊と思しき反応も教えてくれるし、またバーサーカーが近付くと察知してくれるので、戦うこともなかった。

 

 そうして体内時計が昼を過ぎ、2時間ほど馬を走らせたところで……ついにエトナ火山に到着した。

 

「せ、先輩、平気ですか……?」

「し、尻が痛い……」

 

 馬ってあんなに激しく動くものなのか……マシュの腕ががっちり、お腹を押さえてなかったら振り落とされてた。

 

 ジンジンと痛む尻をさすりながら、同じように馬から降りて、ルーソフィアさんに手を差し出しているバーサーカーの方を見る。

 

「バーサーカーは、やっぱり馬に乗るのも上手いね」

「さて、自分ではそれほど自覚がないが……おそらく、かつては馬に乗ったこともあるのだろうな」

 

 その答えに、きっと彼が不死人として失ってしまった記憶の中のことなのだろうと察する。

 

 記憶はなくても、そのソウルに経験は刻まれているらしい。彼の凄まじい弓の腕もその一つだという。

 

 不思議なその概念に興味を引かれながらも、任務を遂行するために指定されたポイントへ移動を始めた。

 

「召喚サークルは、霊脈の力が最も多く流れている場所で行う予定です」

「うん。それにしても熱いな……」

「エトナ火山は名の通り、この時代においても健在の活火山。気温も高いでしょう」

「燻りの湖を思い出すな」

 

 額の汗を拭いながら、通信機に転送されているマップを見て山を登る。

 

 幸い、馬と違って登山については、足の疲れない道の選び方から体力配分まで知識があった。

 

 爺ちゃんとのキャンプが懐かしい……山菜を探す片手間に必死に学校の宿題を片付けてたっけ。

 

「止まってください先輩」

「っ、わかった」

 

 おっと、昔を思い返す暇もなさそうだ。

 

 盾を構えているマシュの後ろで体を屈めて、こっそりと彼女が見ている方向に目線を移す。

 

 

 グルルルル……

 

 

「あれは……魔獣でしょうか。犬に酷似した生物の群れと判断します」

「おそらく、霊脈から溢れるエネルギーを本能的に嗅ぎ取ったのでしょう」

「沢山いるね……」

 

 少なくとも20匹はいるように見える。みんな殺気立っていて、牙の間からうなり声が漏れていた。

 

 そしてここが丁度、目的の場所だ。どうにも追い払えそうな雰囲気じゃない。

 

「なるほど……つまり奴らを殲滅すればいいんだな」

「え?」

 

 今なんて、と聞こうと振り返ろうとして。

 

 既にその手に揺らめく炎を握りしめ、それを地面に向けて叩き付けようとしているバーサーカーに言葉が詰まった。

 

「〝混沌の嵐〟」

 

 バーサーカーの手が地面に接触した瞬間、地面が震える。

 

 一体何をしたのかと身構えた瞬間──突如、周囲から無数の火柱が地面から吹き出し、空に向けて放たれた。

 

「あっつ!?」

「こ、これは一体……!?」

「お二人とも、こちらへ」

 

 手招きをするルーソフィアさんに、俺とマシュは慌てて逃げ出す。

 

 元から隠れていた岩陰の、さらに奥の方でバーサーカーの力が収まるのをじっと耐えた。

 

 それは三分くらいか、それとも五分だっただろうか。もしかしたらたった数秒のことかもしれない。

 

 だが、向こうから聞こえてくる爆音と犬の悲鳴のような声に、俺は頭を抱えて目を瞑った。

 

「終わったぞ、マスター」

 

 しばらくして、近くでバーサーカーの声が聞こえる。

 

 恐る恐る目を開けると、兜の奥から赤い目が俺のことを覗き込んでいた。

 

「バーサーカー、今のは……?」

「少し大規模な呪術を使った。手っ取り早く殲滅できる最善策を取ったのだが、驚かせたな」

「い、いえ、助かりましたバーサーカーさん。それよりも、魔獣は……」

 

 マシュと一緒に岩陰から顔を出して……そこに広がる焼け野原にあんぐりと口を開けた。

 

「す、すごい……」

「なんという威力……やはり火の時代の力は凄まじいですね」

「フォーウ!」

「なに、奴らはこれくらい念入りにした方が良い……そう、犬はな」

 

 なにをやっても凄いバーサーカーにびっくりしつつも、当初の予定通りサークルを作る。

 

 マシュの盾を触媒に、俺とルーソフィアさんの魔力を使ってカルデアへの大規模な魔術的交信を行なった。

 

「ドクター、聞こえますか?サークルを設置しました」

『聞こえてるよ。それじゃあ、早速──召喚をしようか』

 

 はい、と答えて俺は袖をまくった。

 

 魔術回路を起動する。手に水色の模様が浮かんで、そこに魔力が流れていることがわかった。

 

 ルーソフィアさんに手伝ってもらい、目の前にあるサークルと俺の魔力を繋げると詠唱を始める。

 

「ふぅ……よし」

 

 もう召喚する英霊は、先にブリーフィングで決まっている。

 

 あとは、俺の集中力だけだ。

 

 

 

「──素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師アニムスフィア」

 

 

 

 ──曰く。本来英霊の召喚には触媒となる、その英雄に連なるものが必要だ。

 

 

 

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 

 

 でも、〝彼女〟にそれはない。なぜなら彼女は本来存在せず、故に遺物がないからだ。

 

 

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 

 

 なぜ〝彼女〟が、俺の召喚に応えてくれたのかはわからない。あるいは報復のためかもしれない。

 

 

 

「──告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。人理の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 

 

 〝彼女〟と俺を繋ぐものは、あの人生で一度も体験したことのない、激しい戦いの記憶だけ。

 

 

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善となる者。我は常世総ての悪を敷く者」

 

 

 

 ああ、たとえそうだとしても。〝彼女〟は俺に力を貸してくれた。その旗を預けてくれた。

 

 

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ────!」

 

 

 

 だから俺は──〝彼女〟を信じて言葉を紡いだ。

 

『召喚術式の起動に成功、そちらに現界するぞ!』

 

 ドクターの言葉通りに、サークルが眩い光を放つ。

 

 思わず気が緩んだ、その一瞬。視界の隅っこで怒りを目に宿した犬のような怪物が草陰から躍り出た。

 

「っ!? しまっ──」

「フォウッ!?」

「先輩!」

「マスター!」

 

 まずい、避けるのが間に合わな──

 

 

 

 

 

 

 

「──あら。こんな犬畜生に噛み殺されるなんて、私のマスターにしては無様すぎるわね?」

 

 

 

 

 

 

 

 豪、と。

 

 炎が生まれた。目と鼻の先で、今にも俺の喉を食いちぎり、その牙で肉を引き裂こうとしていた獣の体から。

 

 物理法則など知らないと言わんばかりに、尻餅をついた俺を嘲笑うように──その〝黒い炎〟は、獣を焼き焦がした。

 

「ハン。一瞬も保たないだなんて、所詮は獣ですか。まあいいでしょう、マスターに我が炎を見せられたのですから」

 

 尊大な言い回し。この世全てを嘲笑うような口調。

 

 その声に、後ろを振り返れば──彼女は、俺のことさえも可笑しそうにクスクスと笑って見下ろしていた。

 

「滑稽な姿ですね?お出迎えもできないのかしら、この愚鈍なマスターは」

「……ごめんね。つい見惚れちゃってさ」

 

 そう言うと、彼女は少し驚いたようだった。

 

 言った事は本当だ。振り向いて、彼女を改めて見た瞬間──思わず、目を奪われた。

 

 その銀色の髪も、黒く輝く鎧も、とても白い肌も……煩わしげに細められた金色の瞳も。全てが綺麗だった。

 

「……フン。まあ世辞としてはそこそこでしょう。さあ、マシュとそこの古臭い聖女、似非バーサーカーもいる事ですし。さっさと立ちなさい」

 

 差し出された手をとって、俺は立ち上がる。

 

 そうすると、改めて彼女と向き直って笑いかけた。

 

「来てくれてありがとう。頼りにしてるよ──ジャンヌ・オルタ」

「ええ。せいぜい我が復讐の炎を使いこなしてみなさい、マスター?」

 

 

 

 そうして喚び出した彼女──竜の魔女ジャンヌ・ダルクオルタは、不敵に笑った。

 




はい、という事で邪ンヌちゃん登場でした!

他の鯖を選んでくださった皆様は申し訳ありません。こうやって各特異点で一人ずつカルデアから喚ぶので、次回にご期待ください。

思った事、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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ガリアでの戦い 1

いつも読んでくださる方、新たにお気に入り登録してくださった方、ありがとうございます。

うーん、前回でガクリと色々落ちましたね。各特異点で一人だけ英霊を呼ぶのは初期構想からありましたが、余分な要素に見えたか?

とにかく、今回からガリア。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 ジャンヌ・ダルク・オルタを召喚し、首都に帰った俺たちを出迎えたのは戦地への遠征だった。

 

 向かう先はガリア。皇帝陛下と、首都の防衛の為に残す兵士以外の全ても引き連れての行軍になった。

 

 彼女がこの時代の重要な人物である以上、皇帝陛下に何かあったらまずいことになる。

 

 だから、気を引き締めて遠征に望んだわけだが……

 

「アッハハハハ!どうした!かのローマ帝国の精鋭がこの程度か!」

 

 十字架をかたどったような黒い剣が、天に向かって掲げられる。

 

 そして落ちるのは神の祝福ではなく。ただどこまでも黒い炎に包まれた杭のような槍が降り注いだ。

 

 それは偶然遭遇した連合帝国の兵士たちを、いとも容易く倒していく。槍に貫かれ、そして炎が爆ぜるのだ。

 

「そんなものですか!もっと楽しませなさい!」

 

 嬉々とした笑顔で敵を蹂躙するオルタは……それは楽しそうだった。

 

「うむ、あれがお主らの連れてきた新たな戦力か。確かに凄まじい力であるな」

「正式に先輩と契約していますので、制御はできているはずです……一応」

「俺もそう思いたいよ……」

 

 暴れ回っているオルタを見ながら、マシュと二人で遠い目をする。

 

 あれでもかなり大人しくなったんだよな……召喚したての時とか、シミュレーションで敵を仲間ごと焼き払おうとしてたし。

 

 通常の聖杯戦争においては、一人のマスターにつき英霊は一人。それだけで十分の戦力だからだ。

 

 つまり、沢山の英霊が集まるカルデアはそれだけ危険な場所でもあるということ。

 

 だからこそ、俺の任務には英霊とのコミュニケーションも含まれてるんだけど……オルタは本当に大変だった。

 

「ルーソフィアさんがいなかったら、俺全身火傷だらけなってるんじゃないかな」

「医療スタッフとしては仕事冥利につきますが、あまり無茶をなさらぬよう」

「うっ、わかりました……」

「敵であった時はかくも厄介なものかと思っていたが、味方となると実に頼もしいな」

 

 ルーソフィアさんの隣にいたバーサーカーのつぶやきをたまたま聞いて、そういえばと思い出す。

 

 オルレアンでバーサーカーはオルタや、他のサーヴァントを一人で相手にして一度死んだのだ。

 

 今目の前で薙ぎ払われている兵士たちと同じ経験をしたのだろう、考えるだけで恐ろしい死に方を。

 

「あら、もう品切れですか。全く歯ごたえのない連中です」

 

 そうこうしているうちに、オルタが全ての兵士を倒してしまった。

 

 左右から挟み込むような形で挟撃してきた、百人を超える兵士達。それを、たった一人で蹴散らしたのだ。

 

 全く出番のなかった……というかオルタに邪魔だと一喝された……兵士が、生き残った人たちを捕らえる。

 

 俺は、その様子を眺めているオルタに近づいた。

 

「お疲れ様。流石だね、オルタ」

「当然でしょう? 私は竜の魔女、破滅の象徴たる女。あの程度の雑兵にてこずることなどありえないわ」

 

 俺の言葉に鼻で笑うように返し、得意げな顔をするオルタ。

 

「うん、わかってる。オルタなら平気だって信じてたよ」

「……そ。ならいいです。さあ、あの連中を引き連れてさっさと進むわよ。まだまだ戦いが待っているのでしょう?」

 

 また暴れるのが楽しみだと、そう言うようにオルタはいつものように一番活き活きとした顔で笑った。

 

 頼もしさと、ほんの少しの恐ろしさを感じながら、俺は彼女の言う通りに先に進むことを皇帝陛下に勧めた。

 

「はっはっはっ!相変わらず、その手勢の数でよくやるものよ!」

 

 再び行軍を始めて、皇帝陛下の第一声はそれだった。

 

「おまけに今度は、マシュやそこの古き騎士は一歩も動かず、声のみの魔術師の情報と面妖な力を持つ女一人のみと来た。貴公たちはいつも私を驚かせてくれるな」

「あら、そう言うのならこれからも敵は全て私が倒してさしあげようかしら?その時は見た目はご立派なこの兵士たちが置物になるわよ?」

「うむ、本当にできそうであるな!いっそのこと、全員まとめて客将でなく正式に迎え入れたい気分だ!」

 

 皮肉げに言うオルタにすらも、皇帝陛下は大きな声で笑って言葉を返した。

 

 ジャンヌは舌打ちして、そっぽを向くと黙ってしまう。自分のペースに乗せられなかったからか?

 

「どうやら皮肉は通じんらしいな」

「うっさいわよ似非バーサーカー。ていうかあんたと話すと苛立つから話しかけてくるな」

「……これは失礼した」

 

 ……こっちはこっちで剣呑だなぁ。

 

 オルレアンでのことが原因なのか、バーサーカーは気にしてないっぽいけど、オルタが彼を毛嫌いしている。

 

 それにしても、似非バーサーカーか……うん、確かにこれまで見てきた敵を見ると、狂気ってなんだっけみたいな所はある。

 

「先輩が何やら納得している様子です」

「フォーウ」

「む、そこの二人は仲が良くないのか……しかし、お陰でここまで無事に来られた。もし余のものになった暁には、連合帝国を倒した後にブリタニアの地をやろう」

「か、考えておきます」

 

 皇帝陛下に答えを濁しながら進み、ガリアの地に入ったのはすぐのことだった。

 

 幸いにも、野営地に到着するまでこれ以上連合帝国の兵に遭遇する事もなく、俺の心は少し軽かった。

 

 野宿は慣れているというか、日常レベルに浸透しているが、それでもちゃんとした寝床があると思えば気が楽になる。

 

 

 

「皇帝ネロ・クラウディウスである!これより謹聴を許す!」

 

 

 

 野営地に到着してすぐ、皇帝陛下の命令で全ての兵士が集められた。

 

 ここまで一緒にやってきた部隊よりも、更に大勢の軍隊。それが規則正しく並ぶ様は圧巻だった。

 

「ガリア遠征軍に参加した兵士の皆よ!余と余の民、そして我らがローマのためにご苦労!これよりは余も遠征軍の力となる。一騎当千の将もここにある!」

 

 皇帝陛下が手を横に広げ、俺たちに無数の視線が向けられる。

 

 まるでこちらを見定めるようなそれに、ゴクリと自分が生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。

 

 無意識に背筋を正していると、突然背中に衝撃が走った。イッテェ!?

 

「オ、オルタ?」

「何を怖気付いているのですマスター。貴方にはこの私が付いているでしょう」

「はい。私やバーサーカーさんもいます。胸を張ってください、先輩」

「……うん、そうだね。ありがとう二人とも」

 

 そうだ、俺はマシュたち三人のマスターなんだ。彼女たちのためにもっと堂々としていないと。

 

「この戦い、もはや負ける道理はなし!──余と、愛すべきそなたたちのローマに勝利を!」

 

 ワッ、と一斉に歓声が上がる。

 

 鼓膜が破けてしまったのではないか、そう錯覚するほどに、皇帝陛下の一言で絶大な熱気がこの場に満ちたのだ。

 

「すごい歓声ですね。これが皇帝ネロ全盛期のカリスマですか」

『ああ。こんな人物は、晩年は……』

「ドクター。それ以上はお控えを」

『うん、わかってるよルーソフィアさん。過去を生きる人間に未来を知らせない。それが鉄則だ』

 

 演説が終わり、兵士たちはそれぞれの持ち場に戻っていく。

 

 そんな中で、こちらに近づいてくるふたりの人物に気がついた。

 

『む、その反応。藤丸くん、そこに……』

「はい、わかってます」

 

 なんとなく、程度の感覚だけど。ドクターの指摘に俺もあの二人が何者なのかを察した。

 

 全く敵意はないが、それでも一応マシュたちに目配せをして警戒している中で、彼女たちやってきた。

 

「思ったよりも早いお越しだったね、ネロ・クラウディウス陛下」

「うむ。息災であるか」

「まあね。で、そっちのご一行が噂の客将かな? 話は聞いてるよ」

「初めまして。藤丸っていいます。こっちはマシュ、バーサーカー、ルーソフィアさん、それにオルタです」

 

 一応、代表として俺がマシュと一緒に歩み出る。

 

 二人組のうち、話しかけてきた女性はへえと感心したような声を漏らした。

 

「確かに、見かけによらず強そうだ。とにかく、遠路はるばるこんにちは。私は〝ブーディカ〟。もう気付いてると思うけど、サーヴァントだよ」

「ブーディカ……」

「ブリタニアの女王。東ブリタニア、ノーフォーク地方を治めたイケニ族の女王。ローマ帝国とは敵対関係にあったと記憶しています」

「おや、そちらの女性は物知りなんだね。そう、私は元女王。今は縁あって、このガリア遠征軍の将軍を勤めてるんだ」

 

 ローマ帝国と敵対してたのか……それなのにこっち側にいるってことは、何か事情があるんだろう。

 

 とりあえず、ブーディカさんのことは把握したので、今度は隣にいるもう一人の方を()()()()

 

「それで、こっちが……」

「──戦場に招かれた闘士が、また新たに三人。喜ぶがいい、此処は無数の圧政者に満ちた戦いの園だ」

 

 野太い声で、その岩のような……というか筋肉そのものみたいな見た目に反さず威圧感のある言葉。

 

 全身を、なんというのだろう。拘束具って言ったらいいのかな? そんな格好をした彼も、サーヴァントの気配を持っていた。

 

「あまねく圧政者、そして強者が集う、強大な悪逆が迫っている。今こそ反逆の時だ!さあ共に戦おう、比類無き圧政に抗う者よ!」

 

 そう声を張り上げて、歯を見せ笑うそのサーヴァントに、俺たちは。

 

「「「「「………………」」」」」

 

 ……え、っと。

 

「あの、なんて……?」

「すみません先輩、私に少し意味を理解する時間をください」

「何言ってんのかしらこの筋肉ダルマ。ほら似非バーサーカー、あんた一応同類でしょ。通訳しなさいよ」

「ふむ……なるほど。そういうことか」

「個性的でございますね」

「え?あんたら本当に解ってんの?」

 

 何を言ってるのかちょっとよくわからない。悪逆とか圧政とか、恐ろしい単語だけは理解できた。

 

「うわあ。珍しいこともあるんだなぁ」

「えっと、ブーディカさん。一体どういう……」

「ああ、ちょっと彼コミュニケーションが取り辛いところがあってね。まあ喜んでるってことだけ解ればいいよ」

「は、はぁ……」

 

 とりあえず、歓迎はされているみたいだ。

 

「反逆の勇士よ、汝は我が前に名を示した。我が名は〝スパルタクス〟!共に自由の青空の下、悪逆の帝国に反旗を翻し叫ぼう!」

「えっと、よろしくお願いします」

『なるほどね。つまり彼らははぐれサーヴァントということか。そして自由意志で、時代を守護する側に立っている。これは心強いぞ』

 

 あ、そういうことか。

 

 つまりこの二人はオルレアンで出会ったマリーさんや、モーツァルトさんと同じ、この地に呼ばれた英霊。

 

 確か、この異常事態に対するカウンター召喚だったか。一人でも英霊が多いのなら、とても頼もしい。

 

「おや、君が姿の見えない魔術師殿か」

『おっと、これは失礼。先ほどは名乗り損ねた、僕はロマンだ。よろしく頼むよ』

「はいはい、ロマンね。結構優秀な情報提供者なんだって?揃いも揃ってお気に入りになりそうな面子だ。ねえ皇帝陛下?」

「……」

「ネロ陛下?」

 

 なんか苦しそうな顔をしている。どうしたんだ……?

 

「ん、何か言ったか?」

「もしかして、また頭痛?」

「そのようだ。少し疲れたようだな。ブーディカ、客将たちを頼む」

「わかったよ。ついでにガリアの戦況について教えておくから」

「では、頼んだぞ。余は少し床につく。藤丸たちも、聞くべきことを聞いた後にしっかりと休むがよい」

「わかりました」

「ネロ皇帝陛下、お大事に」

 

 皇帝陛下は、野営地の奥へと去っていった。そちらに一番大きいテントがあるのだという。

 

「さ、私たちも行こっか。あっちのテントだよ」

 

 ブーディカさんに案内されて、作戦会議用のテントに向かう。

 

 多くの人が中に集まるためか、周りのテントと比べてそのテントは結構な大きさだった。

 

 そして、入り口の布をくぐって中に入ると──

 

 

 

「おや。ようやくお越しになったか、我が王とその主よ」

 

 

 

 そこには、烏兜の教主がいた。




ここでも出たよロンドール。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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ガリアでの戦い 2

何か変だと思ったら、前回途中までの保存を投稿してました。

最後の数行を追加したので、先に読まないと、今回の最初のやりとりの意味が少し不明瞭になります。よろしくお願いします。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

「びっくりしたね……」

「はい。まさか、彼女……ロンドールのユリアさんが、この時代にもいるなんて思いもしませんでした」

「フォーウ」

 

 マシュと二人、野営地の端っこにある丘でそう話し合う。

 

 ブーディカさん達と一緒にガリアでの戦況を教えてくれたのは、オルレアンでも会った火の時代の人だった。

 

「確か、正しい歴史から一定の人数が減ると召喚されるんだっけ」

「オルレアンではそのようにおっしゃっていました。彼女は、人間を導く者だと」

「何にせよ、あの人がいるならもっと心強いね」

「そうですね」

 

 素人の俺でも、オルレアンの兵士たちはかなり統率されていたことはわかる。それこそワイバーンに対抗できるほどに。

 

 あの人がいるならば、これから先の戦いにも少しだけ安心できる気がした。

 

「やっ、君たち。さっきぶりだね」

「反逆者達よ、そこにいたか」

「あ、ブーディカさん。それに……スパルタクスさんも」

 

 後ろを振り向くと、ついさっきまで一緒にいたサーヴァントの二人がいた。

 

「あれ? 古い鎧の彼に仮面をつけた女性、それとあのツンケンしてそうな子は?」

「バーサーカーさんは、周辺の確認をしてくると言って森の方へ。斥候がいないかを確認しているそうです」

「オルタはどこかに行っちゃいました」

 

 群れるのは断りよ、なんていつもみたいに言い捨てて、さっさと霊体化して何処かに行ってしまった。

 

 もしかしたら案外近くにいたりするかもしれない。何気に近くにいたりすることがたまにあるから。

 

「ルーソフィアさんはおそらく、野営地の何処かにいるかと」

「そっか……あ、そうだ! どうせなら君達のことを聞かせてよ」

 

 パッと笑って、マシュの隣に座るブーディカさん。スパルタクスさんはそのまま突っ立ている。

 

 座らないのかな?と見上げたらニカッと真っ白な歯が見える笑顔を浮かべ、俺の横にのっそりと腰を下ろす。

 

 俺たちだけだった夕焼けの丘が、一気に倍に増えた。隣にいるスパルタクスさんの圧がすごい。

 

「ンフォーウ」

「あはは、なにこの生き物。よく分からないけど可愛いな、このこの〜」

「私たちのこと、ですか?」

「うん。これから一緒に戦うんだ、相手の人となりを知ってなきゃ頼りにもできない。だからここは、親睦を深めると思ってさ」

『その意見には僕も賛成だよ』

「あ、ドクター」

 

 腕を持ち上げて腕輪を操作すると、声だけでなくドクターの映像がホログラムで浮かび上がる。

 

「おや、あなたがずっと声だけを届けていた魔術師殿?へえ、頼りないけどいい人そうじゃない」

『しょ、初対面の女性にまで……僕ってそんなにふわっとしてるように見えるのかなぁ?』

「「うん(はい)」」

『二人とも酷いっ!?』

 

 いやだって、この前もお饅頭食べて緩んだ顔してたし。ふわふわした雰囲気だし。

 

 エミヤのお手製だから仕方がないけどね。一度食べたらもう、下手な料理は食べられない中毒性がある……

 

『とほほ……ま、まあとにかく、彼女達と親睦を深めるというのは重要だと僕は思うよ』

「そういうこと。魔術師殿もそう言ってるしさ、お姉さんに聞かせてごらん?」

 

 うっ、こてんと顔を傾ける仕草が可愛い。何というか、見ていてほんわかとするというか……

 

「先輩?どうかしましたか?」

「ハッ!?い、いや何でもないよ?」

「そうですか?突然仰け反ったので、一体どうしたのかと……」

「ほんと、何でもないから。それよりほら、ブーディカさんと話そう」

「は、はい……?」

 

 いけない、ブーディカさんの露出度の高い服装とのギャップで思わずドキドキしてしまった。

 

 マシュは妙に慌てている俺の様子に首を傾げていたものの、あまり気にすることもなく話し始めた。

 

「──というわけで。この時代の重要人物であるネロ皇帝陛下を守るため、ひいては人理を修復するために、私たちはこの時代にやってきたのです」

「なるほどねえ、そんな遠い異郷から……そっかあ、そんなこともあるのかあ」

 

 俺たちの話を聞いたブーディカさんは、納得したようにうんうんと頷く。

 

「事情はわかった。しばらく一緒に戦うことになると思うけど、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

「こちらこそ、お二方がいて頼もしいです……あの、こちらも一つ質問をよろしいでしょうか」

「ん、何?」

 

 ブーディカさんが不思議そうな顔をすると、マシュは躊躇いがちな口調で問いかけた。

 

「なぜ、貴女はネロ皇帝陛下の下に……?」

「……ああ。まあ、そこは気になるよね。どうして女王ブーディカがローマの将軍に、って」

「はい。記憶が正しければ、貴女は……」

 

 そこから先を、マシュは言わなかった。

 

 だが、先ほど初めて顔を合わせた時のルーソフィアさんの解説が脳裏をよぎり、なんとなく内容を察する。

 

 具体的にどうだったのかまでは聞かなかったが、敵対していたローマにどうして協力しているんだろう?

 

「最初は本当に驚いたよ。ローマに全てを蹂躙されたこの私が、よりによって死んだ直後のこの時代に召喚されるとは、ってね」

「その……報復、などは考えなかったのですか?」

「勿論考えたさ。国も、娘たちも、ローマには何もかもを奪われた。ネロ公に復讐をする機会が与えられたとさえ思った」

 

 もしもここにルーソフィアさんがいれば、その経緯を詳しく語り、より彼女のことを知ることができたのだろう。

 

 でも、そんなものは必要ない。

 

 だってそれを語るブーディカさんの表情は……笑っているのに恐ろしかったから。

 

「でもね。連合帝国に食い荒らされてる今のこの国を見たら……気がついたら体が動いちゃってね」

「そしてネロ皇帝陛下に協力した、と?」

「あいつのためじゃなくて、ここに生きる人々のためにね……あるいは生前、復讐のために虐殺したロンディニウムの連中への負い目かもしれない」

「自分でもわからないのですか?」

「うん、正直ね。でもきっと、これが私の本質。何かを守るために戦うのが一番向いてるって、そう思うの」

 

 今度の笑顔は、冷たくなかった。

 

 間にマシュを挟んで見た笑い方は、まるで自分の生き方に呆れるような、でも満足したような顔だ。

 

 ……似てる、と思った。マリーさんやモーツァルトさんもこんな風に自分の生き方を語っていた。

 

 後悔がない、ってわけじゃないと思う。そんなものよりも、色々な者を受け入れた上で笑っているように思えた。

 

「だからさ、君達も私がどんな存在なのか……ってことは、ネロ公にはあまり言わないでくれるかな」

「もう死んでるって分かったら、余計に悩むからですか?」

「そういうこと。あいつ、前以上に危なっかしいというか。余計な気遣いをさせて負担を増やしたら、戦況がどう動くかもわからないしね」

「……理解しました。貴女は正しく、誇り高き英霊なのですね」

「ん?私が?」

「はい。人々が憧れる英雄の姿、悪逆を制し、人々を救う象徴……そのように感じました」

「にゃはは、そう見えたのならたまたまだよ。まあ、悪い気はしないけどね」

 

 照れ臭そうに笑うブーディカさん。微笑むマシュにつられて、俺も口元が緩むのが分かった。

 

「結局、こうしているのは偶然だ。ただあっちの方が気にくわないから力を貸した。それだけのことなの。そこにいるスパルタクスだってそうだよ?」

「スパルタクスさんも?」

「うん。多分あいつには、連合の兵士一人一人が全部圧政者に見えてるんじゃない?」

「な、なるほど……?」

「それは頼もしいですね……?」

「フォフォウ?」

「おお!圧政者よ!すでに闘技場の壁は崩れ去った!今やこの大地全てが我がコロッセオである!」

「うわびっくりした!?」

 

 耳元で大声出されたから鼓膜が破けたかと思った!

 

 体育座りしてるスパルタクスを見ると、グリンとその目がこちらを向き、ニカッ!と笑う。

 

「反逆者よ!まだ見ぬ圧政者たちを、共に我らが肉体と不屈の精神の前に、その悪逆なる力を屈服させようぞ!」

「ほら、一緒に戦おうって言ってるよ。味方じゃないけど、今は敵でもないから安心しろって言いたいのかな?」

「(わかりません)」

「(全然わからない)」

 

 マシュと内心が一致したような気がした。

 

「でも、これで改めて安心できました。このように自然に現界した英霊であっても、自らの意思で時代の修正の側に立つ人もいるのですね」

「やだなあ、大袈裟だってば」

「はははは、見るがいい。この肉体、この傷こそが反逆の証。圧政者たちも今にわかることだろう」

「あ、照れてるんですね」

「先輩!?わかるようになったんですか!?」

 

 いや、会話の流れ的になんとなくそうかなって……

 

「ハッ。それくらいはっきりと敵でないと言ったほうが潔いですね。殺された相手に協力するなんて、私は正気を疑いますが」

「あれ?オルタ?」

 

 後ろを見ると、いつの間にかそこにオルタが立っていた。

 

 胸の前で腕を組み、嘲笑うような笑い方で俺たちを見下している。いかにも通りがかりましたって感じだ。

 

「やっぱりずっといたんだ?」

「ハァ? ずっといたですって? 自意識過剰も甚だしい。偶々聞いただけよ、偶々」

「いやでも、さっき殺されたのに手伝うなんてありえないって」

「………………マスター、そういえば今日はまだ火あぶりになってなかったわね?」

「いや一度も火あぶりにはなりなくないよ!?」

「うるさい!とりあえず一回燃えときなさい!」

「ちょっ!」

 

 マジで燃えてる槍が出てるんですけど!ちょっとオルタさん、手を振り下ろすのをやめ──!

 

「黒焦げになっときなさい!」

「マスター!」

 

 俺に向かって飛んできた槍は、かろうじて動いたマシュがかざした盾によって受け止められた。

 

「うわっ!」

「きゃっ!?」

 

 が、その表面で炎が爆発して、斜面で不安定な姿勢だったマシュと一緒にすっ転んだ。

 

「あいたた……ありがとマシュ」

「いえ……それよりもオルタさん、やりすぎでは?」

「フン。余計なことを言うからよ」

 

 そっぽを向いたまま、オルタはその場で消えた。霊体化してしまったのだろう。

 

 マシュと顔を見合わせて苦笑いする。どうやら、まだまだ和解するのは先になりそうだ。

 

「大丈夫?」

「あ、はい。いつものことなので」

「もう慣れました」

「あれが普通って、相当じゃじゃ馬だね」

「さあ、我が手を取るがいい。同胞、反逆者よ」

 

 二人に手を貸してもらって立ち上がると、ふとブーディカさんがマシュを見つめていることに気付く。

 

 こう、じーっという擬音が聞こえてきそうなほど見つめている。穴が開くほどマシュを見つめている。

 

「ふんふん、盾の英霊か……それも混ざってる……」

「あ、あの……?」

「あ、ごめんね。さっ、そろそろ良い時間だ。ご飯を食べよう。私がブリタニアの料理をご馳走してあげる」

「ブリタニアの料理、ですか?」

「私、興味があります」

「それはよろしい。さ、腹が減ってはなんとやらだからね!腕によりをかけて作るよ!」

 

 

 

 力拳を作るように腕を掲げるブーディカさんに笑いながら、俺たちは野営地へと戻っていった。

 

 




さて、サクサクいくぞ。次回から戦闘だ。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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ガリアでの戦い 3

昼寝してたら夕方で、ギリギリ書き上がりました。

以前に言った通り、この章からコンパクトに行きますので、早速前振りなしに戦争突入です。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 ガリア。

 

 

 

 かつて皇帝ネロの下、ローマ大帝国の一部として統治されていた地。

 

 しかし、突如として現れた皇帝連合、そして皇帝連合へと与したローマ兵たちによってその大半を奪われた。

 

 それから幾度となくしてガリアでは争いが起こり、ネロ率いるローマ軍はかの地を取り戻すために奮闘した。

 

 圧倒的兵力差、そして彼らを率いる〝皇帝〟の一人の前に、最初はなす術もなく敗北を喫する。

 

 だが、何処からか現れた二人の将軍、そして未だ正体の掴めない〝導き手〟と呼ばれる軍師の登場により戦況は変わる。

 

 未だ大半が占領されているものの、徐々にローマ軍は勢いを増し──そして再び戦争が始まった、今。

 

「申し上げます、皇帝陛下。敵軍の攻勢が前回よりも増している──と、前線からの早馬がありました」

「……ふむ。して、その理由は?」

「新たに前線に加わった、皇帝ネロ率いる小部隊が驚異的な突破力をもってして進撃をしているとのことです」

「ほう」

 

 その兵の知らせに、指揮官たる〝彼〟は声をあげた。

 

 敵の首魁が現れたことに対する驚きか、それともこちらが劣勢であるということへの感心か。

 

 あるいはその両方ということもあり得るだろう。ただ兵の目には〝彼〟が焦っているようには見えなかった。

 

「恐らくは、()()()()の仰っていた〝特別〟な敵将が部隊にいると思われます」

「そうか」

「は。して、いかがいたしましょう」

「構わん。放っておけ」

「は……?」

 

 再び、兵は目の前の男が発した言葉の真意を計りかねた。

 

 だがそんな彼の内心を知る由もなく、男はやれやれとでも言いたげにため息を吐いた。

 

サーヴァント(怪物)の相手が務まるのはサーヴァント(怪物)だけだ。無駄に兵を消費する必要はない」

「と、仰いますと……」

「神々の気まぐれも、ここまでくると笑い話にもならんな。何が──セイバーのクラスだか」

 

 贅肉の乗った頬に薄ら笑いを浮かべ、男は自らの運命を嘲るように言う。

 

「この私に、わざわざ剣を執れなどとはな」

「ま、まさか……それは、皇帝陛下()()()()様、自らが赴きなさると?」

「阿呆め。奴らが私の前に来るのだ、こちらは動かん。お前たちもそれなりに相手をして退くがよい。兵の無駄だ」

「し、しかし!我らは真に正当なる連合ローマ帝国の兵士です!」

 

 至極冷静に命令を下す男に、兵士は激昂するように声を荒げる。

 

「ガリア支配は神々の意図なれば!おめおめと引き下がるなど!」

「死に急ぐ必要がどこにある。アレらに人は敵わん。適度に戦い、退け。私は貴様らの死など望んでおらん」

「ですが……」

「それとも──皇帝の命令が聞けぬか?」

 

 ギロリ、と翡翠の瞳を兵士に向け、威圧感を発する男。

 

 おおよそ人とは思えぬプレッシャーに、絶対的なものとその思慮を見た兵士は口をつぐんだ。

 

「それで良い。そら、行け」

「はっ!」

 

 兵士が走り、離れていくのを見送り、男は腰掛けた椅子に背を預ける。

 

 戦場の中においては豪奢なそれは、憂うような表情を浮かべる男の立場を表していた。

 

「最も、私がどう言おうと貴様らはその命を捨てることになるのだろな。自らが信ずるローマのために」

 

 思うは自らを、そして連合を信じ、そちらに与した兵士たち。

 

 兵士とてローマ市民だ。かつて皇帝であった彼もまた、その死を嘆く気持ちがある。

 

「まったく、〝あの御方〟の酔狂も大概だな……完璧な統治、完璧な統率。それは()()()()()()だろうに」

 

 そして次に自らが従う相手を思い出し、戦場を見据えた。

 

「さて。あと如何程でここへたどり着く?今代の皇帝と、英霊たちよ」

 

 その威厳を示すかのような赤いマント、全身についた贅肉を更に上から覆う黄金の鎧。頭に乗るは月桂樹の冠。

 

 その脂肪さえなければ絶世の美貌を表しそうな男──〝皇帝〟が一人は、面白そうにくつくつと笑った。

 

 

 

「進め!我らに敗北はない!」

 

 

 

 そんな彼が見つめる戦場で──藤丸たちは死に物狂いで戦っていた。

 

 新たに参列したネロの指揮の下、圧倒的兵力を前にしてガリア解放軍はこれまで以上に奮闘している。

 

「バーサーカー!3時の方向に新しい部隊!」

「了解した!」

「マシュは前衛を抑えて!オルタはその隙に突き崩してくれ!」

「了解しましたマスター!」

「ハッ、蹴散らしてあげるわ!」  

 

 その所以はやはり、ネロが連れてきた藤丸たちにある。

 

 何処の異国とも知れぬ古鎧の騎士と、年端もいかない少女、見たこともない国旗を手に敵を蹂躙する女。

 

 それらを従える、遥かに年下の少年。それが自分達の軽く5倍は敵兵を倒し、快進撃を見せている。

 

 誇りあるローマ帝国の戦士として、更には敬愛する皇帝の前で、彼らに負けていられるはずもない。

 

「我らが皇帝陛下に勝利をぉぉおおお!」

「客将ばかりに後れを取るな!ローマの意地を見せつけろぉおおお!」

「押し返せええええ!」

 

 幸い、彼らが連れてきた異邦の魔術師の歌によって体の調子も良い。

 

 そこに、これまでにないほど高ぶった士気が上乗せされたならば、もう負けはしない。

 

『すごい熱気だ!君達と一緒にいるネロ皇帝の小部隊だけでなく、他の兵士たちまで優勢になりつつある!』

「ドクター、次は!?」

『ああ、ごめんごめん!つい熱中してしまった!そこから右に敵の部隊を迂回しなさい!敵陣への近道になる!』

「ありがとうございます!」

 

 ロマンの感想に返答をする余裕もなく、この場の戦況を俯瞰できる彼に情報を貰った藤丸は次の思考に移る。

 

 ここにおいても、彼のやることは変わらない。

 

 

 

 見て、聞いて、感じて、そして考える。

 

 

 

 その全てを同時に行うことは、戦争の素人には過酷なことだ。

 

 その上、魔力のパスを通じたサーヴァントたちの状況確認と並行してほぼ常に前進しているために、体力の消耗も激しい。

 

 オルレアン以降、諸々と更に鍛えておいて良かったと、今更ながらに思った。

 

「くっ、なかなか抜けられない!」

「うむ!敵ながら天晴れだ!よもや余の部隊をここまで押さえ込むとはな!」

 

 しかし、敵とてただ数が多いばかりではない。

 

 破竹の勢いで連合軍を蹴散らし、あと少しで敵陣へと攻め込むところまでやってきた藤丸たち。

 

 しかし、ここに至って攻めあぐねている。最後の意地とでも言うように、敵陣への侵攻を阻まれていた。

 

「ハァッ!」

「ハハハハハ!圧政者の手先たちよ!我が肉体、我が力の前に滅ぶがいい!」

 

 足が止まりかけていたその時、敵軍の兵士を吹き飛ばして、二頭の馬が引く戦車と、筋肉の塊が現れた。

 

 藤丸たちの前に停止した戦車の上に乗っていたのは、赤髪の女傑。そして兵士たちに向かって暴れまわっているのは、灰色の大男。

 

「ブーディカさん!スパルタクスさんも!」

「ネロ公!藤丸くんたちも!ここは私たちに任せて、一点突破で本陣までいきなさい!」

「しかし、貴公たちは……」

「私たちは心配しないで!大将を取ればこっちのものなんだから!」

 

 ぴしゃりといいつけるように、顔を曇らせるネロに突き出された槍を盾で弾きながらブーディカは叫ぶ。

 

 かつて敵として相対した時と全く変わらぬ、この国を守るために助力してくれた好敵手にネロはグッと口元を引き締める。

 

「皆の者!これより本陣へ強襲をかける!余に続くのだ!」

『藤丸くん、サーヴァントたちを!』

「はい!」

 

 ドクターの言葉に言わんとするところを察し、藤丸はパスを使って英霊たちに呼びかける。

 

「みんな、戻ってきてくれ!」

 〝了解した〟

「わかりました!」

 

 召集の言葉に、灰がソウルを通じて、比較的近い場所にいたマシュが肉声で返す。

 

 ほどなくして、大楯で敵兵を蹴散らしながらマシュが現れた。同様に、灰が包囲網を突っ切り戻ってくる。

 

「マスター、今帰還した」

「ご無事ですか?」

「うん。それよりもオルタは──」

 

 戦場を見わたそうとした、その時。

 

 轟音をあげてそこまで離れていない場所が爆発した。咄嗟にそちらを見ると、空へ燃え上がるのは漆黒の炎。

 

 その中心で、旗を掲げる魔女の姿があった。雑兵などいくらいようとも関係ないと言わんばかりに嗤っている。

 

 思わず見惚れる藤丸に、目線を合わせた彼女は先ほど彼がそうしたようにパスを介して話しかけた。

 

 〝さっさと行きなさい。あの筋肉ダルマと女王サマに力を貸してあげるわ〟

「……わかった。気をつけて」

 〝ハッ、誰にものを言ってるのかしら〟

 

 皮肉で返してきたオルタに苦笑し、藤丸はマシュたちに振り返ると前進を伝えた。

 

 一瞬疑問に思ったものの、二人の使い魔はマスターの言葉に従い、ネロ率いる部隊とともに本陣へ進んだ。

 

「後少しだ!決して足を止めるな!」

 

 ネロの激励に応、と兵士たちは応え、藤丸たちも同じほどの気勢を伴って戦い続ける。

 

「せぁあッ!」

 

 マシュの大盾が敵の攻撃をいなし、弾き、相手が無防備になれば、容赦無く峰打ち(?)を入れた。

 

「フンッ!」

 

 灰が大斧を振り下ろして雷を落とし、あるいは精神力を絞ることで威力を抑えた呪術で敵を一掃した。

 

 そうすることで、結果的にネロ達の活路を開いた。指揮官としても優れたローマ皇帝は、その穴を見逃さない。

 

「今だ!行け!」

 

 素早い判断に兵士たちは従い、サーヴァント達が開けた穴に飛び込むように足を進める。

 

 雄叫びと怒号が支配する戦場を抜け──そしてついに、彼らの目の前に敵の本陣が姿を現した。

 

 此度の戦争が始まった時に比べれば、舞台は随分と人が欠けている。だが半数以上が健在のまま到達したのだ。

 

「やっと着い──」

『いや、待て!止まるんだ!』

 

 藤丸の腕輪から響いた声に、咄嗟に全員が立ち止まる。

 

 なぜ止めたのかと言葉に出す前に、藤丸は自らの目に映ったものによってその理由を理解した。

 

 連合軍のガリア侵攻軍。その本陣は小高い丘の上に設置され、今や藤丸達の目と鼻の先にある。

 

 だが。その行く手を阻むものがいた。

 

「おい、何だあれは……?」

「獣……いや、違うぞ!」

「あ、あの化け物は一体!?」

 

 口々に、それらを見たローマ兵達が驚愕と恐れの入り混じった言葉をこぼす。

 

 本陣を取り囲むように、丘の上に何体も寝そべっているもの。

 

 それは()()()()()()()()()を持つ、象ほどもある巨大な化け物だった。

 

「ドクター、あれは……」

『わからない。魔力反応があるから、通常の生物でないことは確かだろうけど……』

「……罪の異形。かつて煌びやかだった都を罪過の炎で燻らせた者達、その成れの果てだ」

 

 マシュの疑問に、灰が静かな声で答える。

 

 罪の異形、と彼が呼んだものが詳しくどういったものかはわからないが、火の時代のものである事はわかった。

 

「して、騎士よ。奴らは貴公らが苦戦するほど強き相手か?」

「いや。ただ馬鹿力と堅牢さは目を見張るものがある」

 

 かつての火の時代、イルシールの地下牢よりさらに地下深くに埋もれた都を思い返す灰。

 

 

 

(……あの異形がいる、という事は。つまりこの特異点には、もしや()()()()()が──)

 

 

 

 ほんの一瞬、思考に耽った灰はすぐさま武器をスパイクメイスへと持ち返る。

 

 あの異形たちに対して有効なそれを手に、自分を見るマスターたちやネロらの前へと立った。

 

「奴らの相手は私がする。その間に、本陣へと駆け抜けろ」

「……わかった」

「お願いします、バーサーカーさん。皇帝陛下、行きましょう」

「うむ。勇猛なる騎士よ、決して死ぬでないぞ!」

「なに、そこは私の()()()()だ」

 

 軽く冗談を返した不死人は、一人異形たちへ向けて走り出す。

 

 八メートル、五メートル、三メートル……そして二メートルまで距離を縮めた、その時。

 

 

 

「ヴォォォオオオ……!」

 

 

 

 鈍重な獣たちは、ようやく目を覚ました。

 

 次々と彼らの指のような器官が開かれ、掌に隠された悍ましい瞳が灰を捉える。

 

「さあ、こちらに来い……!」

「「「「ヴァアアアア!」」」」

 

 異形たちは、地響きを立てながら藤丸たちから離れていく灰を追いかけて行ったのだった。

 

「今のうちに!」

「うむ!皆のもの、あの騎士の勇気を無駄にするな!進めぇ!」

 

 流麗な、かつ力強い声音で放たれた号令に応え、彼らは本陣へと進む。

 

 流石に無防備なわけもなく、兵士たちは本陣を守る部隊とぶつかり合った。

 

「皇帝陛下!我らが押さえているうちに彼らとお行きください!」

「すまぬ!さあ、藤丸、マシュ!」

「はいっ!」

「わかりました!」

 

 ブーディカら、灰、そして部下たちの助けを借り、藤丸たち三人は本陣へと踏み込んだ。

 

 

「──ようやく来たか。待ちわびたぞ、まったく」

 

 そして彼らを、〝皇帝〟の一人が出迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふうむ。この戦い、助太刀をすべきか、あるいは──む? あれは……」

 




これ、タマネギの人どこで出そうかな。もう次に出しちゃっていいかな。

カエサル戦、ショートカットしていいと思います?

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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ガリアでの戦い 4

前回の話、罪の獣ではなく罪の異形でした。修正しておきました。

今回は主に灰がメイン。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

「あれが……」

「皇帝の、一人……!」

「偽の、ではあるがな」

 

 待ちくたびれた、と口にした男を前に、三人は体を強張らせる。

 

 そんな彼らを前に、ふくよかな頬を支えていた拳を肘置きから外し、更にもう一方の手も使って男は立つ。

 

「実に退屈な時間であったが、まあそれだけの価値はあったぞ」

「何だと……?」

 

 訝しむネロに、男が笑い彼女を指で指し示す。

 

「美しいな。ああ、実に美しい。その美しさは世界の至宝であり、まさにローマにふさわしいといえよう」

「なっ……」

「それに、そこの奇妙な盾を持った少女。お前もな」

「っ……!」

 

 突然の賛辞に、ネロとマシュは状況も忘れて顔を見合わせたくなった。

 

 しかし、男は顔こそ笑っているものの、その目は真剣だ。つまり本心から零れ落ちた言葉である。

 

 何という余裕、何という姿勢。ネロにも通ずるその在り方に、藤丸たちは驚きを禁じ得ない。

 

「さあ、名乗るが良い。我が愛しきローマを継ぐ者よ」

「──っ」

「おや、沈黙か? 栄光あるローマ帝国の皇帝ともあろう者が、戦場ではその雄弁さを忘れるか?」

 

 男の雰囲気に当てられ、つい声を出せなかったネロに彼はまるで嘲笑するように口を歪める。

 

「それとも、よもやこの私と名乗りもせず戦おうというわけではあるまい? であれば、期待外れの皇帝という他にないが……」

「──言ったな。僭称皇帝、不遜にも皇帝を名乗る男よ」

「ほう、良い顔になった。では改めて名を聞かせよ。貴様は誰だ。この私に剣を執らせる貴様は──何者だ?」

 

 試すかのような言葉。これでもなお名乗らぬというのならば、相手にする価値もないと言わんばかりの言。

 

「──ネロ。余はローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウス。貴様を討つ者だ、覚えておけ!」

 

 傲岸不遜なる男の挑発に、今度こそネロは堂々と胸を張り、よく通る凛とした声で答えた。

 

 それはまるで、舞台の上の歌姫のように。威風堂々たる佇まいは、男のそれに勝るとも決して劣りはしない。

 

「良い。それでこそローマの支配者よ。そういえばそこな客将たちよ、遠い異国から参ったと見受けるが、ついでだ。貴様たちも名乗ることを許す」

「……藤丸立香、です」

「マシュ・キリエライト。マスター・藤丸のサーヴァントです」

「ふむ、なるほど。聞き慣れぬ響きだな」

 

 またも感心したように、男は太い指を自分の顎にあてがい、興味深そうな目で藤丸たちを見る。

 

 咄嗟に答えた二人は、やはりその佇まいにネロに似通った()()を心のどこかで感じていた。

 

 彼らが皇帝、というものに会うのはこの特異点に来てから初めてであるが、本当にこれが名前だけの皇帝なのかと疑問を覚える。

 

「しかし、そうか。そこの……なんと言ったか? ええと」

「ふ、藤丸です」

「ああ、そうそう。そしてそこな少女がサーヴァント……ほうほう、なるほど。これがマスターとサーヴァントか」

「……何を仰っているのですか?」

「いや何、私の知るそれとは違うものだったからな。あるいはお前たちのようなものが本来の形なのかもしれぬ」

 

 要領を得ない言葉ではあったが、しかしこの言葉で男のことについて幾つかのことを藤丸たちは理解した。

 

 まずこの男は、マスターやサーヴァントと言った魔術的な言葉についてある程度の意味を理解している。

 

 すなわち、()()()側にも魔術師……それもサーヴァントを召喚できる相手ががいるということ。

 

 先日襲ってきたカリギュラから分かっていたことだが……カルデアにとってはその魔術師が()()ということが重要だ。

 

「貴方には、聞きたいことがあります。連合について、聖杯について……そして、そちらにいると思われる魔術師について」

「好奇心旺盛な娘だ。だがよかろう、それでこそこちらも戦い甲斐があるというものだ」

 

 男の手に、黄金の剣がどこからともなく現れ、その体から魔力が溢れ出た。

 

 凡そ人間の術とは思えないそれにネロは驚愕し、そして藤丸たちは息を呑むのと同時にまたひとつ気付いた。

 

 この男も──カリギュラと同じように、この特異点に召喚されたサーヴァントの一人なのだ、と。

 

「我が黄金剣、黄の死(クロケア・モース)の錆になりたくなくば、防げよ娘。そして今代の皇帝よ。先ほどの威勢、偽りではないと示してみせよ」

 

 さすれば、と男は言い。

 

「その暁には、俺が貴様たちの質問とやらに答えてやろう」

「「っ!」」

「その言葉、違えるでないぞ! 藤丸、マシュ! あの皇帝の名を語る不届き者を処断してくれようぞ!」

 

 紅蓮の剣を構え、臨戦態勢に入るネロに、藤丸たちも戦闘に備えた。

 

 

 

「それで良し。さあ、せいぜい楽しませてくれ!」

 

 

 

 雄々しい声で言い放った男の剣が、ネロの前へと陣取ったマシュの大楯へと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴガァンッ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……あちらも始まったか)

 

 本陣から響いた、金属同士がぶつかり合うようなその音に、灰は戦いの始まりを悟る。

 

「グゴァアアアア!」

「フンッ!」

 

 そして同時に、自らのソウルに引かれて襲い来る怪物の攻撃をも察知して回避した。

 

「グゥゥウウ……!」

「やはり貴様らは変わらんか」

 

 罪の異形は見た目に反することなく、非常に鈍重だ。それこそ絵画世界の烏とは比べ物にならない。

 

 おまけに足音も予備動作も大きく、わざわざ唸り声で知らせてくれるので、灰にとっては()()()()()部類の敵である。

 

「オォオオオオオ!」

「ゴアァアアア!」

 

 もっとも、一体だけならば、の話だが。

 

「チッ!」

 

 即座にソウルから道具を取り出し、それをあらぬ方向へと投げる。

 

 放射線を描き、地面に当たった砕けて白い粉塵を撒き散らしたそれは、染み付いたソウルの匂いを濃く発した。

 

 〝誘い頭蓋〟と呼ばれるそれにほんの数秒、異形らは意識を持っていかれた。

 

「グオォオオオ!」

 

 ありもしないソウルに引かれ、異形の一匹が粉塵へと体をもたげて襲いかかる。

 

 その拍子に、腹部に隠されていた無数の目玉が剥き出しになり──そこに灰はスパイクメイスを叩き込んだ。

 

「ハァッ!」

「ゴッァアアアアッ!?」

 

 通常の武具よりも出血量の高いそれのトゲが食い込み、目玉がいくつも潰れて異形に壮絶な痛み与える。

 

 痛覚までは鈍くはならなかった異形は絶叫し、容赦なく弱点を叩いた灰は引き抜いたスパイクメイスを構え直すと……

 

「さらばだ、異形よ」

 

 再び、自らが引き裂いた目玉にスパイクメイスをぶち当てた。

 

 極限まで強化された灰の筋力、スパイクメイスの太く、鋭い刺とそれが伸びる鉄塊の重量、そして容赦なき全力攻撃(フルスイング)

 

 それら全てが合わさり、異形はさらなるダメージを受ける。それも一度ではなく、四回も。

 

「グ、ゲァ……」

 

 それほどのダメージを受ければ、いくら堅牢な体を持つ異形とてその肉体を滅ぼすには充分だった。

 

 断末魔の唸り声を上げ、異形は倒れる。そのままフッと解けるように消えていき、ソウルが灰の中へとやってきた。

 

「さて、残り三体だ」

「ウゥウウウ……!」

「オォオオオ……!」

「ガァアアアァア……!」

 

 異形を一匹倒すのにかかったのは、たったの五秒。

 

 それは誘い頭蓋の効果が切れるまでの時間であり、残りの異形が正気に……まあ元よりそうであるかは疑わしいが……戻る。

 

(さて、どう片方を引き付けるか……)

 

 こちらに殺気を向けてくる異形たちに、スパイクメイスを構えつつ灰は考える。

 

 彼にとっての最大の敵は、圧倒的な力や速さでもない。極端に言ってしまえば特殊な力や周りの環境もそうだ。

 

 力があるというのならば躱せばいい。速ければその速さに慣れるまで死を繰り返せばいい。手段というものは案外ある。

 

 

 

 であれば、何か。

 

 

 

 それは数だ。数こそ力という言葉を、彼はその身で誰よりもよく知っている。

 

 あの図体の相手が同時に三体、灰の経験則からして辛い戦いになることは間違いない。

 

(奴らとて間抜けとは言い難い。誘い頭蓋のソウルの匂いは覚えられただろう。なら……)

 

 別の手段で異形たちを引き離す。そう結論付けた灰は、スパイクメイスを両手で握り締め……

 

 

 

「ウォオオオオオオオオオッ!」

 

 

 

 その瞬間、第三者の咆哮が轟いた。

 

「ッ!?」

 

 オルタたちが抑えているローマ兵か、あるいは新たな敵が現れたかと灰は声のした背後を振り返る。

 

 だが、こちらに向けて猛然と爆走してくるのはそのどちらでもなく……何より灰にとって予想外の相手だった。

 

「「「ガァアアアァア!!!」」」

 

 棒立ちしていた灰を異形たちが見逃すはずもなく、両手と顔の指のような器官を広げて覆い被さろうとする。

 

「っ、しま──」

「フンッ!」

 

 だが、その一体が横を通り抜けた何者かの斬撃によって、先ほど灰がそうしたように目玉を破壊された。

 

「グォオオウウ!?」

「今だ!」

「ッ!」

 

 その声に咄嗟に両手に力を込め直し、怯んだその一体に、残りの二体の下を潜り抜けるようにして接近。

 

 そして体全体を回して遠心力をつけ、下からスパイクメイスをお見舞いした。規格外の筋力により異形が宙を舞う。

 

「せぁあああっ!」

 

 そして、無防備な異形の腹に突き立てられる()()の切っ先。

 

 裂帛の叫び声と共に繰り出された刺突は更に異形の体を押し、こちらの様子を伺っていたローマ兵らの上に落ちた。

 

「オォオオオオ!」

「ヴァアァァアアアア!」

 

 彼らの悲鳴を聞いたのも束の間、まだ残っている二体の気配に振り返った灰は完全に戦闘態勢に戻っていた。

 

 まず、先に接近してきた異形のドスドスと動く短い足に向けてスパイクメイスをスイングする。

 

 ぐらり、と揺れた異形の体はスパイクメイスを振り抜いた灰に向けて倒れ……その後ろから突き出された大剣に頭を貫かれる。

 

「ヴォオオオオアアア!?」

 

 絶叫し、後ろへと後退する異形。

 

 ちょうどその後ろから走ってきていた異形は減速できず、二体がもつれて転んだ。ズシン、と地響きが起こる。

 

 どうにか立ち上がろうともがく異形たちは──ふと、自分たちの体に影がさしていることに気がついた。

 

 

 

「これで──終わりだ」

 

 

 

 振り下ろされるは、最後のデーモンのソウルから作り出された大斧。

 

 寸分の狂いもなく、重なった異形たちの頭部に落とされた大斧は、彼らの思考を頭ごと切り裂いた。

 

 異形が倒れた時と同等の地響きが、その場の全てを揺らす。大斧は頭部ばかりか、大きく地面を抉ったのだ。

 

「……ふう。それなりに手強かったぞ」

 

 土煙と共にその体を消滅させた異形を見届け、灰は大斧を地面から引き抜くと肩に担いだ。

 

「やあ、貴公! 見事な戦いぶりだったな!」

 

 不意に、背後から声をかけられる。

 

 先ほどから共に……ごく自然と一緒に戦っていたその者の声に、灰は己のソウルが震えた気がした。

 

 同時に、火の時代の鮮明な記憶の一部を思い起こしながら振り返ると……大剣を担いだ〝彼〟がやってくる。

 

「まさに一騎当千! 最初に出会った時も驚いたものだが、やはり貴公の強さは凄まじいな! ワッハッハ!」

「……貴公も。貴公も、相変わらず無双の勢いだった。二万年という時を経ようとも、決して忘れぬほどに」

 

 灰の声には、懐かしさと感慨が乗っている。

 

 それは、相変わらずの〝彼〟の豪快さに対する呆れか、あるいは……その最期を見届けた哀しさからか。

 

 

 

 ああ、けれども。

 

 

 

 こうして再会できた。あの頼もしき盗人が言ったように、この時代にも自らに縁ある者がいた。

 

 異形を見た時から、もしもと思っていた可能性が、思わぬ形で早速やってきたのだ。

 

「助太刀感謝する」

「なに。多勢に無勢などと、そんなものを見過ごしては()()()()()()()の名が泣く。相手が貴公となれば、尚更な」

「やはり変わっていないな。カタリナのジー……」

 

 

 

 

 ゴガァンッ!! 

 

 

 

 その時、本陣の方から一際大きな音がした。

 

 懐かしさに浸っていた灰の意識はすぐさま戦場へと戻り、そしてそこにいる今の仲間たちへと向かう。

 

「む、なんだ今の音は」

「すまない貴公、また後で話そう」

「あ、おい!」

 

 静止する声も振り切って、灰は本陣へと走る。

 

 幸いにもそこまで離れてはいなかった為に、すぐに辿り着いた。

 

 本陣を囲う幕を大斧で切り裂き、中へ飛び入る灰。

 

 

 

 

 

 

 

 そこにあったのは──一人の男を前に苦戦する、マスター達の姿だった。

 




さて、この助っ人は何者なのか。

そして藤丸たちは皇帝の一人に勝てるのか。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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ガリアでの戦い 5

ちょっと他の作品と別の事情で心が軋みを上げていますが、なんとか今日の分は書き上がりました。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 三人称 SIDE

 

 時は少し遡る。

 

「ふうむ、中々強いな貴様ら」

「くぅっ……!」

「こやつ、なんという強さだ……!」

「くっ……!」

 

 悠然とそこに立つ男に、いくらか疲労の見える顔で剣と盾を構えるネロとマシュ。

 

 その後ろで指示を出していた藤丸は、これまでの短時間の戦闘でこのサーヴァントが見せた力に戦慄していた。

 

 贅肉に包まれた体に似合わぬ速さ、的確さ、そして力強さ。

 

 斬りつける剣は重く、そして防ぐ剣は正確。攻撃と防御、それぞれに優れた二人のどちらかがいなければすぐにでも崩れる。

 

 元より英霊とは()()()()()()であると理解はしていたが、見た目以上に厄介な相手だった。

 

『さすがは最優と呼ばれるセイバークラスのサーヴァントか……!』

「いや。そもそも、名称たる私に剣を振るわせる事それ自体がおかしいのだ。人材の使い方が誤っている」

「あれだけの卓越した剣技を持っていて、何を……!」

「くっ、偽の〝皇帝〟のくせにやるではないか……っ!」

 

 自分の剣が届かない不甲斐なさに歯噛みするネロに、しかし男はふむと声を漏らすと呆れたような顔をした。

 

「それは違うぞ、ネロ・クラウディウス。私もまた、正真正銘の皇帝だ。最も、その称号を聞いたのはこうして現界してからなのだがな」

「何を世迷言を……!」

「貴様の剣、実に美しい。貴様自身の勇気もな。故に、我が名を明かそう」

 

 突然そう言い始めた男に、その場にいる全員が訝しげに彼を見た。

 

 そういえば。こちらには名乗らせたが、この男は一度たりとも自らの名を明かさなかった。

 

 つまりそれは、これまで名乗るにも値しないという事で。屈辱と怒りがネロの心をよぎる。

 

「私の名は──()()()()

「────」

 

 だが。そんなものは、男の明らかになった名前に全て吹き飛んだ。

 

「今、何と……?」

「〝ガイウス・ユリウス・カエサル〟、それが私だ、皇帝ネロ・クラウディウスよ」

「それ、は……初代皇帝以前の、支配者の……」

 

 彼女は、その名前を知っていた。

 

 未だ、ローマが帝国にあらず、それ故に皇帝という称号もなかった頃。しかし当然統治者はいた。

 

 そして、男の名乗ったその名前は──皇帝の称号が誕生する以前の、このローマの支配者のものだった。

 

「まさか、遠い過去に死した者が……?」

「既にカリギュラには会っているだろう? つまりそういう事だ」

 

 呆然とするネロに突きつけるように、カエサルは言う。

 

()()だ。私も、奴もな」

「ッ……!」

「おお、酷い顔だ。肩の力を抜け、笑え。お前は美しい、世界の至宝たるその美しさを失ってはいかん」

「ガイウス・ユリウス・カエサル……!」

「本物の、過去の皇帝の英霊……!」

 

 同様に驚く藤丸たちに、硬直していたネロから目線を移したカエサルは語りかける。

 

「そこの盾の少女、お前も美しいな。マスターの方もそこそこの指揮能力だったぞ」

「「……!」」

「その勇ましさを讃え、一つだけ教えてやろう……お前たちの求めるモノ(聖杯)は、我らが城にある」

 

 その情報に、数秒の間三人は呆然としていた。

 

 今、目の前の男は。自分たちがこの時代へやって来た目的の物を所有していると、そう言ったのだ。

 

 予想外にもたらされた情報により困惑する藤丸たちにカエサルは笑い、「だが」と前置きをする。

 

「正確には我らのものではない。宮廷魔術師を務める男が所有しているな」

「な、それって……!」

「……ガイウス・ユリウス・カエサルさん。その人物の名を、教えていただけますか」

「ならん。既に健闘への褒美は与えた。あとは私を倒せた時に聞くがいい。さすれば答えてやらんこともないぞ?」

 

 どうやらこれ以上口を滑らせるつもりはないらしい。

 

 再び剣を構えるカエサルに、三人は勝利して貴重な情報を持ち帰るため、そして更なる情報を手に入れるために身構える。

 

 それを見たカエサルは、彼女らの意気込みを評するように笑った。その瞬間全身から魔力が吹き出す。

 

「良い気迫だ。ならば私も本気を出すとしよう。あの聖杯は、私も個人的な願いのために欲しいのでな」

「この魔力量は……!」

「むう、現世へ帰った死者のカラクリはよくわからんが、あれがまずいことだけはわかるぞ!」

「ドクター!」

『なんてことだ……! 魔力量、出力ともに急上昇! これまでは手加減していたみたいだ!』

 

 ロマンの言葉に呼応するように、カエサルの体に剣が現れた時と同じ魔力の粒子が纏わり付く。

 

 それは石のような色をした鎧へと変わり、カエサルの体を覆った。

 

 どうやら、言葉通りの全力のようだ。

 

「さて、ではここからは一切の手加減はしない。久々にしっかりと体を動かすことにしよう」

「くっ、名を聞かなければその発言、迷いなくその体ごと切って捨てたものを……!」

「敵性サーヴァント来ます! マスター、指示を!」

「ああ!」

「行くぞ!」

 

 構えた藤丸たちに、有り余る余裕を持った笑顔でカエサルは襲い掛かった。

 

 

 

 それから、藤丸たちは必死に戦った。

 

 

 

 カエサルの本気はまさしく圧倒的と言って良いものであり、彼らは大いに苦戦する。

 

 藤丸が指示を飛ばし、マシュが豪剣を防いで、そのタイミングでネロが斬り込み、カエサルを打倒しようとした。

 

 だが、流石は皇帝の称号を持たぬとはいえ、ローマの支配者たる英霊。

 

 二対一という数の差に一歩も怯まず、むしろ藤丸たちを堂々とした姿勢で追い詰めていった。

 

「フハハ、どうした! 勢いが衰えたぞ!」

「くぅ……!」

「これが、初代皇帝以前の支配者の実力……!」

「くっ!」

 

 一切の手抜きなしの戦闘が始まって、10分か、あるいはほんの数分か。

 

 その感覚さえ、藤丸は曖昧になっていた。それほどまでにカエサルは強大であったのだ。

 

「ふうむ、しかしよく持ちこたえる。本当に良いぞ、貴様ら」

「むう、これ以上どう攻めれば……!」

「どうにかして、突破口を……!」

 

 攻めあぐねている二人の後ろで、藤丸は自分の指揮の至らなさに顔を渋らせる。

 

(どうする……どうすればいい!)

 

 せめてあと一人、いれば。そう藤丸は考えた。

 

「だが、あまり長くも相手していられんのでな。そろそろ終わらせよう」

「ッ! 何をする気だ!」

「魔力量、急上昇! マスター!」

『まずいぞ藤丸くん! 宝具だ!』

「わかってます!」

 

 カエサルの握った黄金の剣に、粒子状になった魔力が収束していく。

 

 マシュやロマンのように魔力を観測できない藤丸にも、あのように目に見えていれば理解できる。

 

 いざとなれば、マシュの宝具を展開することも視野に入れなければならない。

 

「ではゆくぞ! 次で最後だ、今代の皇帝、そして異郷からの者達よ!」

「マシュ、宝具展開の用意! 皇帝陛下はマシュの後ろへ!」

「はい!」

「ぬう、致し方ないか!」

 

 この場で最大の守り手であるマシュが、どこから攻撃が来ても良いように身構える。

 

 ネロと藤丸はその盾の後ろに退避した。その内に、カエサルの魔剣はその力を発揮した。

 

「〝私は来た! 私は見た! ならば次は──〟」

 

 だが。

 

 

 

「〝──雷の大槍〟」

 

 

 振り上げられた黄金剣が、その力を解き放つことはなかった。

 

「ッ!」

 

 とっさに頭上から降り注ぐ雷に気がついたカエサルは、宝具の展開に出力していた魔力を強化に回す。

 

 解き放たれていた黄金の光は剣に留まり、それをもって雷を斬り払い……()()()()()()()()()()()も受け止める。

 

 

 

 ガギィンッ!!!

 

 

 

「──貴様。一体何者だ」

「貴公の首を断つもの。ただそれだけだ」

 

 鋭く細められたカエサルの瞳と、彼が頭の上に掲げた剣と拮抗する大斧を持つ騎士──灰の赤眼が交差する。

 

 跳躍、からの空中で回転することで遠心力をつけた大斧は、激しく火花を散らして黄金剣を押す。

 

「ヌンッ!」

 

 が、そこに巨大な手を模した鎧を身につけた左手が柄を握ることで形勢は逆転し、むしろ騎士が押される。

 

 即座に競り負けることを予測した灰は、至近距離でカエサルへとククリナイフを投げつけた。

 

 それを咄嗟に手で払った隙に、灰は飛び退いてマシュの近くへと着地した。

 

「すまない、遅くなった」

「「バーサーカー(さん)!」」

「お主は! 外の化け物たちはどうしたのだ!」

「案ずるな、しっかりと始末してきた」

 

 ネロの問いかけに答えながら、油断なく大斧を構える灰。

 

 その立ち位置から一瞬で灰の立場を察したカエサルは、またも不敵に笑う。

 

「一人増えたか。貴様はあの魔術師が言っていた厄介なサーヴァントだな。これはいよいよ人材編成のやり直しを要求したいところだ」

「魔術師、か……その前に私たちが貴公を倒す」

「それは困るな。ではまとめて屠ろう」

 

 再び黄金剣を構えるカエサル。宝具こそ灰の介入によって不発に終わったものの、まだまだ健在そうだ。

 

「マスター、指示に従おう。あのサーヴァントを倒すぞ」

「……わかった。マシュ、ネロ、頼む」

「了解しました」

「うむ。頼りにしておるぞ、騎士よ!」

 

 新たに灰を加え、戦力を増した藤丸たちはカエサルと三度の戦闘に臨んだ。

 

「マシュは防御と撹乱! 皇帝陛下は攻撃を続けてください! バーサーカーは遊撃を!」

「はい!」

「応っ!」

「了解した」

「さあ、お前たちの意地を見せてみろ!」

 

 マシュがカエサルの豪剣をいなし、ネロが攻める。

 

 そこまでは先ほどと何ら変わらない。

 

「ふっ!」

「ぬう、弓か!」

「よそ見をするかッ!」

「ははは、これは余裕というものだ!」

「やらせません!」

 

 だがそこに灰が加わった途端に、二人の動きに余裕が生まれた。

 

 ネロの攻撃後の隙、マシュの防御する間の穴、藤丸が次の動きを支持するまでの思考時間。

 

 そういったものを的確に判断し、ある時は弓で援護を、ある時は槍や斧でネロと共に攻勢を、またある時はソウルの術で妨害をする。

 

 

 灰は長い間一人で戦ってきた。

 

 

 その中において鍛えられた観察眼は、何も敵ばかりに有効なわけではない。

 

 あるいは……数少ない共に戦った者との再会が、その眼を研ぎ澄ませたか。

 

「ええい鬱陶しい! あの魔術師が言っていたのはこういうことか!」

「私は厄介だぞ。それこそ()()()()な」

 

 何度目か、剣を大盾で弾いた灰にカエサルは渋い顔をする。

 

「〝大発火〟」

「なんだと!?」

 

 すかさず灰は離した左手に〝呪術の火〟を出現させ、そこから至近距離で大爆発を起こす。

 

 そのような術まで使ってくることは想定外だったカエサルは思わず仰け反った。

 

「皇帝陛下!」

「ハァッ!!」

「ガッ!?」

 

 そこへネロが裂帛の叫びと共に、ついに一太刀浴びせた。

 

 パッと鮮血が舞い、カエサルの体が斜めに切り裂かれる。

 

 後ろによろめくカエサルにさらにもう一撃浴びせるネロだが、そちらは身を引かれて浅くなった。

 

「今のは相当の一撃だったはずです!」

『いや、まだ魔力は衰えていない。だが痛手ではあるはずだ』

「ふ、その通りだ……このカエサル、そう簡単には倒れんぞ」

 

 戦意の衰えない目で笑うカエサルに、一時的に下がった灰たちも闘志を漲らせて攻勢を仕掛ける。

 

 

 

 

 そうして、彼らの戦いは長く続いた。

 

 

 




次回でガリアは終わります。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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ガリア奪還

すみません、月曜から昨日まで外せない用事がありまして、執筆の時間が取れませんでした。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 

 

 数分、数時間、あるいはほんの少しほどの時間かもしれない。

 

 藤丸も、マシュも、ネロも、あるいはカエサル自身ですらもその感覚は朧げだった。

 

 数多の敵を屠り、王を屠ってきた灰ただ一人が、徐々に衰えていくカエサルの力を実感していた。

 

「セァアッ!」

「シィッ!」

「ぐふっ……」

 

 そして、百に届こうかという凌ぎ合いの末に、ついにネロと灰の刃が届いた。

 

 紅蓮の剣とロスリックの騎士らの槍が、カエサルの体をその分厚い服と脂肪の鎧で守られた内側まで、深く切り裂く。

 

 大きく後ろによろめいたカエサルは、自慢の黄金剣でその体を支え、傷口を抑えて血を吐く。

 

「こふっ、ここまでか。うむ、美しい女達に倒されるというのなら、それも悪くはあるまい」

「やった、のか……!」

「はぁ、はぁ……」

『こちらでも魔力の減少を確認。やったぞ藤丸くん、君たちは勝利したんだ!』

 

 ドクターの言葉に、藤丸達の張り詰めていた気持ちが少しだけ緩んだ。

 

 更にそれを証明するように、カエサルの体から魔力の粒子が漏れ出る。この世界から退去しようとしているのだ。

 

 いよいよ勝利の確信を深めた四人を前にして、なおもカエサルは血に濡れた口元に不敵な笑みを浮かべた。

 

「見事であったぞ、お前達。どうやら外でも他のサーヴァント達が暴れていたようだが、よくぞ私をここまで追い詰めた。賞賛を送ろう」

「あなたの剣の腕は、非常に強力でした。先輩の指示と、皇帝陛下の剣技と、バーサーカーさんの援護がなければ倒せなかったことでしょう」

「いいや、盾の乙女よ。貴様もよく防いだ。まあ、その技量を上回るほどの者もいたがな」

 

 ちら、とカエサルの碧眼が静かに佇んでいる灰へと向けられる。

 

 半ば退去しているカエサルの目から見ても、ただそこにあるだけで灰は異様な雰囲気を纏っていた。

 

 英霊と融合している少女とも、未だ生の中にある皇帝やあのマスターとも違う。あれは──

 

「貴様もよくやるものよ、太古の時代の王。そのような()()()()()()()で、ここまでの力を持つとはな」

「……さてね。召喚されるにあたり、火のない灰()()()()()()定義されているのだ」

「全く、とんだ貧乏くじだ。そも、この私を一兵卒として運用すること自体がおかしかったのだがな」

「……祖先よ、貴方は」

 

 満足げに笑うカエサルに、ネロは絞り出すように言葉を向けた。

 

 それを聞いたカエサルは、それ以上は必要ないと言わんばかりに手で制す。ネロは口をつぐんだ。

 

「まったく、()()()()の奇矯には恐れ入るわ。次に現界する時はセイバーなどとふざけた霊基はごめんだな」

「あのお方……?」

 

 不審なカエサルの言葉に、ネロは眉をひそめておうむ返しに聞き返してしまう。

 

「そうだ、当代の正しき皇帝よ。連合の首都で、あのお方は貴様の訪れを待っている。私は正確には〝皇帝〟ではないが、死した我らでさえも逆らえんお方だ」

「あなたほどの人物が逆らえない相手、だとっ!?」

 

 かのガイウス・ユリウス・カエサルでさえも逆らえぬ相手。 

 

 そう聞き、ネロはこれまでの連合との戦いの中で最も大きな驚愕に見舞われる。

 

「その名と姿を目にした時、貴様はどういう顔をするのだろうな。ああ、それもきっと美しいに違いない」

「っ……!」

「そして太古の王よ。貴様も覚悟しておくが良い。あのお方を守る、()()()()の力をな」

「……やはり〝薪の王〟か」

「お前たちの驚く顔を、楽しみにしているぞ──」

 

 仰々しく両手を広げたカエサルは、最後まで笑みを崩さぬままに──この世界から消えた。

 

「消え、た?」

 

 魔力の残滓のみを残し、跡形もなく姿を消したカエサルに、呆然とネロは呟く。

 

 つい先ほどまで戦っていたはずの祖先が、もういない。完全に魔術を理解していないネロには驚くべき光景だ。

 

「これは、なんだ……魔術の類のよるものなのか」

「その通りです、皇帝陛下」

「この世界から、消えたんです」

「今、何と……?」

「現世より退去する、ということだ。彼らは世界に刻まれた過去の記録、そこから現れる影法師。我らは虚無の存在であり、その亡骸が残ることはない」

『仮初の肉体が消えると、現界している間の経験が座に送られ、それで終わるのですよ』

「……よく、わからぬ」

 

 灰らの説明を聞いてなお、しかし魔術についての知識に疎いゆえにネロは上手く理解できない。

 

「だが、先ほど奴が……否。あのお方が言っていたのは」

「真実だ。サーヴァントとは、人間が世界を守護する精霊へと昇華されたものに他ならない……最も、そうでない残り物も稀にいるがな」

「そう、か……つまり余は、貴公たちにあの名君カエサルを手にかけさせたというわけだな」

「皇帝陛下……」

 

 マシュは、意気消沈した様子のネロに何かを言おうと口を開いた。

 

「いや、何でもないぞ! うむ、見事に皇帝の一人を倒したこと、褒めてつかわすぞ!」

 

 それを察知したように、ネロは努めて大きな声でそう宣言する。

 

 気迫にも似たその大声に、マシュは言葉を飲み込んだ。

 

 その肩に藤丸が手を置く。振り返ったマシュは、頷く彼に少し複雑そうな顔で首肯した。

 

「これでガリアは、名実ともに余の下へ戻った。強大な連合帝国に一矢報いたのだ!」

『先ずは第一歩、というところかな』

「うむ! 余の想いのままに、余の民の願いのままに、神祖と神々に祝福されしローマが今、戻りつつあるのだ」

「おおーうぃ!」

 

 はっはっはと、まるで無理やりそうしているように笑うネロに苦笑している藤丸たちの耳に、誰かの声が響く。

 

 すわ新たな敵かと、声がした方を全員が振り返ると……こちらに向かってタマネギが走ってきていた。

 

「……はい?」

「え、っと……あれはタマネギの魔物でしょうか?」

「むう、また面妖な敵が!?」

「落ち着いてくれ、あれは怪物の類ではない」

 

 思わず身構える藤丸たちを灰がなだめているうちに、タマネギが近づいてきた。

 

 近くで見ると、それが白に近い色の鎧を纏った人であることがわかる。

 

 特徴的すぎる兜と、ずんぐりとした体形で藤丸たちは見間違えたのだ。無理もあるまい。

 

「ふぅ、ふぅ、全く驚いたぞ貴公。いきなり飛び出していったかと思えば」

「すまない。だが、貴公は今までどこに?」

「何、少し兵士たちに追い回されたのでな。逃げておったわ、ワッハッハ!」

 

 豪快に笑うタマネギ騎士。灰が兜の下で苦笑いをこぼしていると、「あの」とおずおずとマシュが歩み出る。

 

「バーサーカーさん、何やら親しげな様子ですが、その方は一体……?」

「ああ、紹介しよう。彼は〝《yellow》カタリナのジークバルト《/yellow》〟。火の時代に存在した国の騎士であり……()()()だ」

「「『えっ、ええええっぇぇえええええ!?』」」

 

 あまりに予想外な紹介で、藤丸とマシュ、ロマンの三人の驚きの声が見事に重なった。

 

「……」

 

 何度も交互に灰とジークバルトを見比べる二人を眺めながら、ネロはふと先ほどまで相対していたカエサルへ思いを馳せた。

 

 

(余は、必ずこの手にローマを取り戻す。それまでは絶対に……立ち止まるわけにはいかんのだ)

 

 

 この日、ネロ・クラウディウスとその新たな客将たちの活躍によりガリアが奪還された。

 

 

 

 

 

 まだまだ、戦いは始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

               ●◯●

 

 

 

 

 

「……カエサルが敗れたか」

 

 

 

 

 

 ガリアでも、首都ローマでもないどこか。

 

 荘厳なる広間に、ポツリと玉座に座る者の口からこぼれた言葉が響く。

 

「ああ、そのようだ。聖杯への願いがあるというから使ってやったものを」

 

 それに返したのは、かの者の前にて佇む紳士然とした緑色の礼服の男。

 

 レフ・ライノール。かつてはカルデアに所属していた魔術師であり、全ての始まりを招いた男。

 

 自らを王の従者と呼び、そして今は……この特異点となった古代ローマにおいて、連合の魔術師を務める者。

 

「まあ、一つ駒が失われただけだ。問題はないだろう。新たなサーヴァントを召喚すれば良い」

 

 レフはカエサルの奮闘を、そのたった一言で切り捨てた。

 

 彼にとってはどのような英雄、傑物であろうとも、等しく同じ価値──道具としての利用価値しかない。

 

 たった一人、かの神々の時代を終わらせ、人理を築き上げた最後の王の残り滓を除いては。

 

「問題と言うのならば、この愚かなバーサーカーの方がよっぽどそうだ。いや、バーサーカーはそれで当たり前か?」

「う、ウゥウゥウウウウ……!」

 

 ひどく蔑んだ目で、レフはちらりと跪いた男へと目を向けた。

 

 おおよそ人に向ける者ではないそれの先にいるのは……逞しい体を黄金の鎧で包んだ、赤いマントの皇帝。

 

 カリギュラ。かつて灰たちの参戦によって撃退された〝皇帝〟の一人、連合のサーヴァントである。

 

「こちらの命令に逆らうとはな。笑える話だが、血は水より濃いらしい」

「余の、運命に、我が愛しき妹の子、ネロは、関係なし。美しき子よ。お前は愛され、愛されるのだ……余の、運命には……」

「ふん、令呪がないのが口惜しいよ。だがその代わりに、貴様には()()()()()の術式を用意してある」

 

 その時浮かべたレフの顔を見たものがいれば、こう言うだろう。

 

 〝邪悪そのものだ〟、と。

 

「ッ!? こ、れは……!」

 

 レフがかざした手から魔法陣が展開し、その効力が発動される。

 

 それと同じ、悍しい色の魔力がカリギュラの体を包んだかと思えば、彼は急に苦しみ出した。

 

「己の姪をその手にかけろ。そしてこの時代の全てを破壊し尽くせ──まあ最も、それらを考えるような知性は残ってないと思うがね」

「ぐ、ぉああああぁああッ!!!」

 

 大きく、獣の如き咆哮をあげたカリギュラは、ガクンと頭を落とすとそのまま動かなくなった。

 

 だが、その体からは異様な威圧感を醸し出している。少しでも触れれば爆発しそうな、そんな怪しいものを。

 

「いやはや、サーヴァントとは不自由なものだな。どのような伝説を持ち、超人的な力を有していようと、使い魔という枷に嵌められている。世界を変革する力を持ちながら縛られているのだ、ここまで皮肉な話もあるまい!」

 

 誰に聞かせるでもなく、レフは哄笑する。

 

 人理の中で現れた無数の英雄たち、その一人が無様に跪いていると思うと、笑いが止まらなかった。

 

 

 それを言うのならば、()()()とてそうだろう。

 

 

 忌々しき灰、火の燃え尽きた後の残り滓に引っ張られて召喚された《薪の王》の一人。

 

 我が手中にある〝巨人の王〟とて、いかに強力であろうとも所詮は手駒に過ぎないのだから。

 

「なあ、君もそう思わないか?」

「……さて、どうかな」

「おっと、これは失礼。()()()()()()()()()()()()()()……ク、クク。故にこそ私に従うしかないのだ」

 

 また、笑いが漏れた。

 

「お前に運命なるものが存在するのならば、それは私だ。この時代の破壊、皇帝ネロの死、古代ローマ帝国の崩壊による人類史の死──それこそが定められた宿命。そして、我らが王より賜われた、私の責務であるのだからな」

 

 

 

 

 

 ハハハハハ、という笑い声が、連合の城に木霊した。

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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古き神

SAO・アリシゼーションの二次創作やってます。よろしくお願いします。

水着式部さん最高ッ!!!!!!!

サクサク進めて行きますよ〜。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 藤丸 SIDE

 

 ガリア奪還から数日が経った。

 

 敵のサーヴァント……昔のローマの支配者の英霊が倒れたことで、連合軍は全員が降伏した。

 

 そして、ローマへ帰る道の中で俺たちは一つの噂を聞いた。

 

 

 曰く、地中海のとある島に古い神が現れた、と。

 

 

 一度聞いただけならただの噂で終わったが、ガリアが地中海に面しているためか、四回も各地で同じことを聞いた。

 

 新たな英霊、もしくはこの時代にいる神様そのもの……あるいは、例の連合の魔術師に関する何かなのか。

 

 何れにしても、聖杯にも関係があるかもしれないということで、会議した結果調査に向かうことに。

 

 そして船を使い、島を調査するついでに海路で首都へ帰るのだが……

 

「うっぷ……」

「せ、先輩、大丈夫ですか?」

「なんとか……あの、ルーソフィアさん。酔い止めの薬とか持ってないですか」

「流石にありませんが、回復の魔術をかけておきましょう」

 

 俺は絶賛、海の上でグロッキー状態だった。

 

 平気そうなマシュに背中をさすってもらい、ルーソフィアさんに魔術をかけてもらう。

 

 今日この日ほど、自分の三半規管を恨んだことはない。

 

 爺ちゃんと無人島に行くときは安全運転だったから、こんなに激しい運転は初体験だ。

 

「はっはっは! 良い風だ! これならば後数時間で島に上陸できるぞ!」

 

 笑顔で船を操る皇帝陛下は、それはそれは楽しそうである。

 

 俺の他にも、一緒に乗った精鋭部隊の兵士たちも大多数がそこらじゅうに転がって呻いていた。

 

「ありがとう二人とも、ちょっと楽になった」

「あまり無理をしないでください。デミ・サーヴァントになって強化されている私でも、かなりきついので……」

「ルーソフィアさんは平気そうですね……?」

「ええ。常に肉体強化の魔術をかけているので」

 

 普通に対策してた。

 

 確かによく見ると、体に魔術回路が浮かんでいる。どうやら彼女もこの揺れにはタダでは済まないらしい。

 

『いやはや、君たちのバイタルを見れば一目瞭然だが、凄まじいね。彼女が堂々と自分が舵を取る、と宣言するから、てっきり操船技術があるものかと』

 

 そうなのだ。

 

 島へと船を出す際に誰が船を操るかを協議した時、真っ先に余こそが、と名乗り出たのが陛下だった。

 

 自信満々だったので頼もしく感じていたのだが、いざ乗ってみると安全のあの字もない絶叫系アトラクション。

 

 ちょっとだけ自分のすぐ人を信じる性格に疑問を持った。今度からはちゃんと確認しよう。

 

『いやしかし、めちゃくちゃではあるが最短距離で確実に島が近づいている。あと一時間もすれば到着できてしまうぞ』

「それは嬉しいのですが、もう少し肉体的には一般人寄りの先輩を気遣って欲しかったです」

「マシュのその心遣いだけで嬉しいよ……それにしても、本当に神様がいるのかな?」

「定かではありませんが、西暦以降のこの時代に神格が現世に降臨する、というのは可能性が低いでしょう」

 

 もう一度、数日前にドクターに聞いた話を思い出してみる。

 

 

 英霊の他に、この世界には神霊と呼ばれる存在がいるらしい。

 

 精霊の一種である英霊よりも上位の存在であり、世界中の伝説に語られる神々そのものであるとか。

 

 しかし、彼らはすでに地上から姿を消した。自然の具象や、権能の象徴として顕現することはできない。

 

 すでに世界は、そこに存在する文明は人間のもの。そこに神々が介入することは、もはやない。

 

 あるいは最初から存在しないかも、と言われるほどにその存在は魔術世界では曖昧で、高次の次元にいる、というのが通説のようだ。

 

『だが、今となってはそれもわからないぞ。何せ人理の創造者……ある意味神とも呼べるサーヴァントが藤丸くんの味方についているんだから』

「神様、ですか」

 

 バーサーカーは、自分は決して英雄などではないと言った。

 

 私は単なる薪なのだ、と。それなら神様だなんて言われた時には、それ以上に否定するかもしれない。

 

「そういえば、バーサーカーは?」

「あちらにおられます」

 

 ルーソフィアさんの指が指し示す方向を、マシュと一緒に見る。

 

 そこは甲板の後ろの方で、先ほどから陛下の他に唯一笑い声が聞こえてくる場所だ。

 

 まだ到着するまで時間はあるようだし、三人でそちらに行って、一段高いその場所を階段の途中から覗き込む。

 

「ワッハッハ! こうして数日経ったが、未だに嬉しいぞ! またこうして貴公と会えるとは夢にも思わなかったからな!」

「私もだよ、ジークバルト殿」

 

 そこではタマネギ……みたいな鎧の人と、バーサーカーが床に座って話している。

 

 ガリアで彼を助けてくれたらしいあの人は火の時代の人で、バーサーカーの友人……らしい。

 

 二人とも全身くまなく鎧で包んでいるので顔はわからないが、陽気なジークバルトさんにバーサーカーも楽しそうだ。

 

「仲、良さそうですね」

「みたいだね」

「かつて火の時代であった頃も、灰の方は彼のことを時折楽しそうに口にしておりました」

 

 火の時代については悲観的なことを言うことが多いバーサーカーがそう言うなんて、よっぽど親しいんだろう。

 

 ここ数日見ている間も、物静かなバーサーカーは不思議とジークバルトさんと一緒にいて居心地が良さそうだった。

 

 陛下の許しをもらってこうして船に乗っている今も、いつも和やかな雰囲気だ。

 

「ここ数日は歩きっぱなしで、話もできなかったからな。うむ、こうしてゆっくりと会話できるのは喜ばしいことだ」

「ああ。ジークバルト殿はいつからこの時代に?」

「時代、というのは私にはよくわからん。そもそも、我が古き友との戦いの後、眠ってからの記憶がないのだ」

「……それは」

「だが、再び目覚めたこの世界が、かつての我らの時代のように危機に面していることだけはわかった。騎士として悲しむ民がいることは見過ごせん。貴公らに協力しよう」

「助かるよ。私だけではマスターの力になりきれるかわからないからな」

「何を言う! あれほどの旅をくぐり抜け、今もなお世界のために戦う貴公は立派だ!」

「……さてね」

 

 ワッハッハ! と笑ってバーサーカーの肩を叩くジークバルトさん。

 

 いつも通り謙遜するバーサーカーは、どこか照れ臭そうだった。

 

 そこで覗き見は一旦やめて、マシュと顔を突き合わせる。

 

「陽気な人だね」

「バーサーカーさんも心なしか楽しそうです」

「彼は灰の方と同じように、使命を持って蘇った不死人であったそうです」

 

 語り出したルーソフィアさんを見て、その話に耳を傾ける。

 

「その気質は陽気にして豪放、時に手助けをし、灰の方が助けられ、グレイラット様を助けたこともございました」

「あのグレイラットさんが?」

「はい。そして彼は……灰の方と共に《薪の王》の一人を倒し、その命を終えたそうです」

 

 え、という声が自分の口から漏れたのがわかった。

 

 そういえばさっき、古き友との戦いって……じゃあそのジークバルトさんの古い友達が、《薪の王》? 

 

「〝巨人の王ヨーム〟。罪の都の王にして、《薪の王》の一人。ジークバルト様はかの王にまつわる不死人であり……その役目を終え、灰の方がその最後を看取ったと」

「……ジークバルトさんを」

「……私には、友人の最後を見送る、という体験をした記憶はありませんが。家族を失った時に匹敵するほど辛いことだと聞いたことがあります」

「はい。ロスリックの城に辿り着き、祭祀場に帰還した灰の方は気落ちしていらっしゃいました。そのソウルに陰りが見えるほどに」

 

 ……ジークバルトさんは、バーサーカーにとって大事な友達だったんだな。

 

 そう考えると、こそこそと覗き見してることになんだか居心地が悪くなってきて、そそくさと退散する。

 

 それからしばらくして船も目的地に到着し、俺たちは女神がいるという島に降り立った。

 

「うむ、実に痛快な船旅だった! 面白かったぞ!」

「兵士の方々、誰も降りてきませんね……」

「うん、多分……」

「そっとしておきましょう」

 

 誰一人として、屈強なローマ兵達が残らないなんて……ルーソフィアさんに感謝だ

 

「さて、ここに古き神とやらがいるのか」

「あれ、ジークバルトさんは?」

「彼は船に残るそうだ。我々が調査をする間監視をするらしい」

『なるほど、では早速件の相手を……と、サーヴァント反応か。言う前に向こうから来たようだ』

 

 ドクターの言葉に即座に、俺たちの間に緊張が走る。

 

 おそらくあっちで観測したんだろう。まさか、探すまでもなく相手からやってくるなんて。

 

「またもや敵襲か? まったく、休まる時がないな」

「バーサーカー、マシュ、警戒を……」

『いや、待ってくれ』

 

 指示を出そうとしたところを、ドクターにすかさず止められた。

 

「ドクター?」

『これは……なんだ。サーヴァントの反応とは少し違う?』

「──ええそう。()()のサーヴァントとは違うの」

 

 何やら狼狽ているドクターにこちらも困惑していると、声が聞こえた。

 

 通信機から目を移し──そこに立っていた人物に、思わず息を呑む。

 

「ごきげんよう、勇者様方。当代の我が仮住まい、()()()()()へ」

「あれが……」

「古き神、だというのか?」

 

 現れたのは、一人の女の子に見える人物。

 

 白と黒のフリフリとしたドレス、ツインテールに結ばれた紫色の髪。美しい顔立ちと──背中に背負った光輪。

 

 あまりの美しさに、一瞬我を忘れた。隣にいたマシュに「マスター?」と肩を揺さぶられ、ハッと我に帰る。

 

「え、ええと。貴方が例の?」

「あら、あら。てっきり勇者かと思ったけど、あどけない少年に、こんなに沢山サーヴァントがいるなんて。残念だわ」

「ドクター、彼女の気配は……」

『ああ、マシュ。計器で計測できるほどの神性……こいつは驚いた! 彼女は神──いや、()()()()()だ!』

 

 なんだって!? と大声を上げそうになって、あの女の子がまだ味方かどうかわかってないことを思い出す。

 

 馬鹿みたいに叫ぶのをどうにか飲み込んで、一応警戒しながらサーヴァント……いや、女神を見る。

 

「ええ、そう。私は女神。名は──ステンノ」

「女神ステンノ。ギリシャ神話におけるゴルゴン三姉妹が一柱。形のない島に住まう女神。姉妹にエウリュアレとメドゥーサを持ちます」

「あら、博識なのね。その通りよ、古き神と呼ばれるのは些か不満だけれど……まあ、あなた達からすればそうなのでしょう。それで私の美しさが劣るわけでもなし、構わないわ」

 

 なんだか余裕のある様子だ。

 

 神様といえばすごい力を持つ、というイメージだし、それも当然なのかもしれない。

 

「ドクター、話と違いますが」

『いやあ、何事にも例外はあるものだね! 神霊サーヴァントとは、僕もびっくりだ』

「しかし、こうして目の前にいるのです。灰の方もいるのですから、不可能ではありません」

『そうだねルーソフィアさん。だが、そうだとしても〝神そのまま〟であるはずがない』

「〝神そのまま〟?」

『英霊はその存在が大きすぎるから各クラスにその一側面に限定して召喚する、という話を覚えているだろう? 同じように、もしも神霊がサーヴァントとして現界したのならば、その力はダウンサイジングされているはずなんだ』

「あら、そちらの魔術師さんも物知りなのね。私の目でも見えない場所にいるのが残念だわ、もしそうならば一眼でどうにかして差し上げたのに」

 

 あ、なんか今ものすごくゾクッとした。

 

「して、ステンノなる神よ。貴方は我らの前に立ちはだかるおつもりか」

 

 微笑んでいる女神様に何故か悪寒を感じていると、俺たちの前にバーサーカーが立つ。

 

 その口調は……どことなく、いつもの冷静さの中に敵意のような鋭いものが覗いているように思えた。

 

「あら、強い敵意。貴方は()()()()()()()()ようだけど、神はお嫌い?」

「嫌い、ということではない。ただ私の知る神々は少々お節介の過ぎる連中だ。故に──()()()かはっきりさせよう」

 

 殺気。

 

 俺にもわかるほどのそれがバーサーカーから溢れ出す。これまでにないほどの過激な反応に、俺は困惑した。

 

「ご心配なさらずとも、私に貴方を打ち倒すほどの力はないわ」

『……つまり戦闘能力は低く、貴方に戦う意思はないと?』

「そういうのはアレスとか、そのあたりに任せるわ。戦うことを求められていない女神というのもいるのよ。そこの守るための盾を持つ貴女のように」

 

 マシュを見てふふっと笑う女神様。あ、またゾクってした。

 

「そちらの貴方も、昂った敵意を収めて頂戴?」

「……そうだな。失礼した」

 

 バーサーカーの殺気も収まり、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 そんな俺たちを見てまた笑い、それから女神ステンノは柔らかい声音で。

 

 

 

「さて、それでは。この島に見事辿り着いた貴方たちに──女神の褒美を授けましょう」

 

 

 

 そう、言った。




読んでいただき、ありがとうございます。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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皇帝カリギュラの最後

イベントガチホラー演出で死にそう。水着式部さん欲しい。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 藤丸 SIDE

 

 

 

「ひ、ひどい目にあった……」

「凄まじい場所でしたね……」

「うむ……流石の余もあれは疲れたぞ」

「……アレも人を謀る類の神だったか」

「私も、少しばかり疲れました……」

『おおう、精神的バイタルの著しい低下……実際に見ていなくても、どれだけの激戦だったかよく分かるよ』

 

 〝形のある島〟島内の洞窟から出てきた俺たちは、一斉にその場で崩れ落ちた。

 

 

 

 あの女神様、褒美があるとか言いながらとんでもないところに誘導してくれた。

 

 この洞窟の中にそれがあると言われ、来てみたら出てきたのは大量の魔獣とゲームで見たことのあるキメラっぽい化け物。

 

 後少しだけ油断してたら危ないところだった。バーサーカーが時々、神様に対して冷めた思考なのもわかる気がする。

 

「とりあえず、浜辺まで帰還しましょう……」

「そうだね……船も心配だし」

「むう。あの女神、余の船と余の兵に何もしてはおらんだろうな?」

 

 少し……いや結構な疲労感に苛まれつつも、休憩を切り上げて体を動かす。

 

 

 

 帰りの道は、みんなほとんど無言だった。

 

 あの元気溌剌なネロ陛下でさえも静かで、余程疲れたんだろうとわかる。

 

 時々襲いかかってきた魔獣に関しては、もう相手するのも面倒という風に速攻でぶった斬って進む。

 

 マシュやバーサーカーもそんな調子で、森を抜けて浜辺に出た頃には、すっかり太陽が東に傾いていた。

 

「や、やっとついた……」

「先輩、お疲れ様でした」

「どうやら船はなんともないようですね」

「ああ。さっさとあの女神を見つけ出そう」

「余は寛容だが、今回ばかりは少し怒っている……」

 

 覇気のない愚痴のようなものが漏れながらも、船に近づいていく。

 

 すると、船のすぐ側で、浜辺に打ち上げられた流木に腰掛けている女神ステンノの姿を見つけた。

 

「あら、お帰りなさい。とっておきのご褒美は楽しんでいただけたかしら?」

「余は、余はもう疲れた……へろへろだ……」

「閉鎖空間での連続戦闘は、さすがに堪えるものがあります」

 

 くたくたに疲れた俺たちを見て、女神ステンノはくすくすと面白そうに笑う。

 

 まるで俺たちが苦難にあった事そのものが楽しいと言わんばかりの顔だ。こ、これが神様なのか……

 

「だらしないわねー。あのくらいどうって事ないでしょ?」

「あははははは!」

 

 あんまりな態度の女神ステンノに更に疲労感を増していると、聞き覚えのある声と笑い声が聞こえた。

 

 驚いて顔を上げると、いつの間にか女神ステンノの隣に──アイドル系サーヴァントがいる。

 

 しかもその隣には、メイド服を着た犬だか猫だが狐だかわからない女性も。

 

「先輩、敵性個体が二体です。変なことをしでかす前に蹴散らしましょう」

「敵か? まだ敵がいるのだな? よし、わが剣の錆にしてくれようぞ」

「ちょ、またこの反応なの!?」

「二人ともストップストップ!」

 

 ゆらぁ……と某精神パワーみたいにオーラを纏う二人をなんとか宥め、現れた二人を見る。

 

「エリザベート、でいいのかな?」

「何よ、もう私のこと忘れたってわけ?」

 

 どうやら記憶はオルレアンの時から継続しているみたいだ。

 

 サーヴァントは召喚される度に別人らしいが、どうしたことか今のエリザベートは俺たちの知ってる彼女らしい。

 

「それにしても、随分と苦戦したみたいねー。ま、子イヌたちなら仕方ないでしょうけど」

「……突然出てきて、なんだ貴様? 無粋かつ無礼なやつめ」

「あんたこそ何よ、相変わらず偉そう……って、魔力感じない? え、何あんた、生きてるの?」

「何をわけのわからんことを言っている。どう見ても余は健在であろう」

「「?」」

 

 えっと、なんのことを話しているんだろうか。

 

 エリザベートはネロ陛下をジロジロと頭の天辺からつま先まで見渡して、へえーと言っている。

 

 なんだか、久しぶりに会った友達を珍しかってるような……二人が生きてた時代は全く別のはずだけど。

 

「むう、なぜかこやつの目線が親しみを含んでおる気がする」

「なるほど、わかったわ。つまり生ネロってわけね!」

「な、生……?」

「ええい人を肉か何かのようにいいおって! いい加減寛大な余でも限度というものがあるぞ!?」

「あははははは!」

 

 意味不明のことを言うエリザベート、困惑する俺たちに、怒るネロ陛下に笑う謎の女性。

 

 うん、カオスだこれ。

 

『フランスの時より酷いな……全く意味がわからない』

「まあ、少し複雑なのよ。彼女たちは現界する時に一緒に引っ張ってきたの、あの洞窟を完成させるために」

「そんなことってできるんですか?」

『連鎖召喚はできないわけじゃないが……さすがは神霊サーヴァントといったところだね』

「それで、ちょっとテストプレイをしてもらったのよ」

「まあ、あんまり面白みはなかったけどね。とりあえず、地下洞窟ライブっていう新ジャンルは開拓できそうよ」

 

 そんなライブに誰が来るというのか。

 

 思わずツッコミかけたけど、言っても仕方ないので飲み込んだ。

 

「どうやらエリザベートとは知り合いのようだけど、こちらは?」

「あはははは!」

「いえ、面識はありません。サーヴァントであることはわかりますが……」

「何か、別のソウルから分離したものであることはわかるがな」

 

 別のソウル……つまりオルタみたいな別側面だろうか。

 

 そういえばオルタ、陸路で帰る部隊の方と一緒に行ったけど、ちゃんとやってるかなぁ。

 

 嫌な予感がするって船に乗らなかったのはいいとして、兵士の人ぶっ飛ばしてたりしないだろうか。

 

「うむ、では自己紹介とあいなろう! 我はタマモナインの一つ、〝タマモキャット〟! 語尾はワン、趣味は喫茶店経営。好きなものはニンジン。うむ、我ながらブレブレなのだな。あ、ワン」

「こやつ喋ったぞ!?」

「取ってつけたようにワン……!」

 

 なんだかまたおかしなサーヴァントに遭遇したな……

 

 それからしばらくタマモキャットさんとやらのハイテンションに振り回されながらも、敵じゃないことはわかった。

 

 なんだか洞窟の最後の方にあった宝箱の中に潜んでたとか言ってたけど、もう疲れてるのでスルーした。

 

『いやあ。愉快ではあるけど、この島は結局骨折り損のくたびれ儲けだったね』

「本当ですよ……」

『まあまあ、そう気を落とさずに。とりあえず今回のところは首都にでも戻って──』

 

 そこでドクターは不自然に言葉を切った。

 

「ドクター?」

「いったいどうしたのですか?」

『っと、すまない。いきなりで悪いが、サーヴァント反応だ!』

「ん?」

「ワン?」

「あら、何かしら」

「ドクター?」

 

 サーヴァントのみんなが一斉に反応した。

 

 そりゃあ確かに、ここには沢山サーヴァントがいるけども。

 

『すまない、言い方が悪かったね! ()()()()()()サーヴァントだ!』

「「ッ!?」」

「マスター、あちらから来るぞ」

 

 隣にいるバーサーカーを見ると、既に盾と斧を装備して海の方を見ていた。

 

 前に出たマシュとネロ陛下の後ろに反射的な動きでルーソフィアさんと一緒に後退し、戦闘態勢をとる。

 

 程なくして、ジッと夕日が反射してきらめく海面を見つめていると、そこに不自然な波が立った。

 

 

 

 ザバ、と音を立て、海面から一人の人間が姿を現す。

 

 これまでずっと海の中にいたのだろうか、到底普通の人間には不可能な芸当に驚きを隠せない。

 

 その人物は全身から海水を滴らせながら、強い足取りで砂浜に上がって来ると、こちらを見た。

 

「あれは……!」

「皇帝カリギュラ……! 特異点に来て最初に交戦したサーヴァントです!」

 

 まさかの海から登場したのは、連合のサーヴァントの一人。つまり過去のローマ皇帝の一人だった。

 

 以前見たときもかなり狂化の度合いが高かったけど……今はもっと、狂気が目から滲み出ている。

 

「余の、振る舞いは、運命、である……! 捧げよ、その命! 捧げよ、その体!」

「……そのソウル、何かを入れ込まれたな? 随分と絡め取られている」

「伯父上!」

「え、誰? ネロの伯父さん?」

「まあ、これは酷い。サーヴァントとはそういうものでしょうけど、悪趣味ね」

 

 やっぱり、元からそうではあったが明らかにまともじゃない。

 

 ソウルの見えるバーサーカーの言葉からして、多分連合の魔術師とかに何かをされたんだろう。

 

 その赤く光る目は……俺たちの中の他でもなく、ネロ陛下だけを見つめていた。

 

「美しい、な……美しい。故に、奪いたい。貪りたい、引き裂きたい。その女神のごとき清らかさ美しさ全て……!」

「伯父上、あなたは……」

「愛して、いるぞ。我が愛しき妹の子──ネロオォォォォオオ!!! 

「っ……!」

 

 なんて気迫だ。比喩じゃなく、言葉で空気がビリビリと揺れた。

 

 もしかしたら、あのカエサルより……いや、そのオーラだけなら確実にこっちの方が上だ。

 

「ネロ陛下……!」

「……わかっている。あれはもはや伯父上ではない、ただの野獣だ」

 

 一歩、カリギュラに向けてネロ陛下が踏み出す。

 

 その背中は一見小さく見えるようで、その何倍も大きく、そして雄々しく見えた。

 

「伯父上は死んだのだ。無念の死であろうと、死者がこの世界に迷い出たというのなら、屠るのが皇帝としての余の務めであろう」

「フゥゥゥウウ……!」

「そのために……力を貸してくれるな? 藤丸と、そしてその仲間たちよ」

 

 振り返ったネロ陛下の顔には、いつもの勝ち気な笑みが浮かんでいた。

 

 こちらをも奮い立たせるような表情に、怖気付いていた足から震えが消え、心が落ち着いていく。

 

 マシュとバーサーカーに頷くと、彼女達も同じ気持ちだったのか、決然とした表情でネロ陛下の隣に並んだ。

 

「ではゆくぞ! 皇帝連合が首魁の一人、僭称皇帝カリギュラよ!」

「ネロォオオオオ!!」

 

 

 そうして、俺たちと連合のサーヴァントの一人の、新たな戦いが始まった。

 

 

 戦っていた時間は、そう長くはなかったと思う。

 

 あるいは、あまりに濃密でそう勘違いしているのか。

 

 

 

 ただ、俺の指示やマシュの防御、バーサーカーの援護が必要だったのは、あくまでネロ陛下の手助けのみだった。

 

「はぁああああああっ!!!」

「オォオオオオォオオオオオッ!!!」

 

 何故なら、あまりにネロ陛下とカリギュラが互いに白熱していて、気圧されてしまったから。

 

 その背中はこれ以上は必要ないと、自分自身が決着をつけなければならないと、そう語っているようで。

 

 もしかしたらそれは、カエサルとの戦いで相手が本物の皇帝だと知ったからこその覚悟だったのかもしれない。

 

 だから俺は、マシュたちに必要以上の指示はしなかった。

 

「ネロォオオオオオオオオオ!!!」

「伯父上ぇえええええ!!!」

 

 やがて、夕陽が水平線の向こうに沈む頃。

 

 絶叫のような裂帛の叫び声を上げたネロ陛下と、カリギュラの影が交差した。

 

「っ…………」

「……勝負あった」

 

 痛いほどの静寂を破り、砂浜に膝をついたのは──カリギュラ。

 

 黄金の鎧を切り裂き、その体には大きな裂傷が刻まれている。

 

 対するネロ陛下は、拳が掠ったのか、頬に僅かな傷があるのみだった。

 

「ネ、ロ……」

「っ、敵サーヴァント、まだ……!」

「……いや、マシュ。もう終わったよ」

 

 盾を構えようとしたマシュを手で制し、二人の様子を見守る。

 

 バーサーカーも、エリザベート達も、剣を下ろしたネロ陛下がカリギュラに振り返るのを、ただ見ていた。

 

「我が、愛しき姪、よ……おまえ、は……うつくし、い……」

「……生前の貴方も、そのように仰ってくださった」

「月の、女神、よりも……聖杯の輝き、よりも……うつく、しい、のだ……ああ、だから、余は──」

 

 言い切らぬままに、カリギュラは光の粒子になって消えていった。

 

 砂浜には、何も残っていない。飛び散った血さえもが、魔力の残滓となって消えてしまったから。

 

「伯父上……」

「……ネロ陛下」

 

 思わずと言った様子で、マシュが呟く。

 

 それが聞こえたのか、カリギュラのいた場所を見つめていたネロ陛下はこちらへと振り返った。

 

「……敵将カリギュラ、今ここに討ち取ったり。僭称の〝皇帝〟をまた一人屠ったのだ!」

「……はい、そうですね」

「でも、ネロ陛下は……」

「心配せずともよい、マシュ。余は平気だ……何故なら余は、ローマ皇帝だからな」

 

 そう笑う陛下の顔は、やはりどこか辛そうだ。

 

 けれど、ここで何か変なことを言ってしまっても仕方がない。俺たちは口をつぐんだ。

 

「しかし、よく助けてくれた。お前達には助けられっぱなしであるな」

「いえ、そんな……」

「俺たちはただ、できることをしただけです」

「それが私たちの使命であるからな」

「ふふ、連合帝国征伐の暁に、と約束した褒美は凄まじいものとなりそうだな。ああ、もちろん怪物の類ではないぞ」

「それ、私に言ってるのかしら?」

 

 終始座って見ていた女神ステンノが呆れたように言う。

 

「まったく、ただの人間が女神に向かって憎まれ口とは勇気があるわね。あるいは本当の勇者なのかしら」

「いいや、違うぞ。余は兵士でもなければ英雄でもない。余は──ローマ皇帝だ」

「……そ。なら貴女のことはそう呼んであげるわ、ローマ皇帝。楽しませてくれたついでに、今度こそ本物の女神の褒美をあげましょう」

 

 今度は一体なんだ、と身構える俺たちに、女神ステンノはクスクスと笑う。

 

 それだけで他には何も言わないので、一応これ以上何かあるわけではないらしい。

 

 

 

「ふふ、可愛らしいこと……さて。それでは貴方達に授けましょう──貴方達が敵対する連合帝国の首都、その正確な場所をね」

 

 

 

 そうして女神ステンノがもたらしたのは、驚くべき情報だった。




読んでいただき、ありがとうございます。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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一時の休息と、異変

なんとかギリギリ。

アビーちゃんとVR当たったけど、式部さん来てくれなかったんや……

今回は繋ぎ的な話かな。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 〝形のある島〟で皇帝カリギュラを倒した俺たちは、現ローマ帝国首都に凱旋した。

 

 

 道中は決して安全とは言えなかった。

 

 連合の召喚した新たなサーヴァント、スパルタの王レオニダスと交戦したのだ。

 

 なんでも防衛において有名な英雄であった彼は非常に手強く、俺たちの行手を阻んだ。

 

 それでもなんとか、いつものように皆の力を合わせてレオニダス王に打ち勝ち、やっとの思いで帰還。

 

 

 それから他に召喚されていたこちら側のサーヴァント、中国の英雄〝荊軻〟さんや〝呂布〟さんとも出会った。

 

 共にローマ帝国を取り戻す仲間として親睦を深めるのもそこそこに、俺たちはすぐにまた動くことになる。

 

 

 

 女神ステンノからもたらされた情報を元に、連合首都への侵攻を開始したのだ。

 

 荊軻さんたちが倒した三人の《皇帝》のサーヴァント、そして俺たちが倒したカエサルとカリギュラ。

 

 強力な指揮官でもある彼らを打倒したためか、連合首都へ向かう道中に立ちはだかった連合軍はあまり苦戦しなかった。

 

 そうして快進撃を続ける中、今日も俺たちは戦場にいた。

 

「決着はついた! 剣を捨てよ! ここで降伏するのならば命までは取りはしない!」

 

 ネロ陛下の声が戦場に轟く。

 

 散々暴れまわったオルタやバーサーカー達に疲弊しきっていた連合軍は、すぐに次々と剣を取り落とす。

 

 間髪入れず、こちらの軍勢から勝鬨が上がった。それに俺もほっと息を吐き、肩から力を抜く。

 

「お疲れ様でした、先輩」

「マシュこそ、怪我はない?」

「はい、問題ありません」

 

 すぐそばにいたマシュの安否を確認して、バーサーカー達と合流する。

 

 降伏した敵の兵士たちを捕縛して、それを首都へ移動させる隊と別れると、俺たちは拠点へと戻った。

 

 ここ数日で若干慣れてきた歓声に迎えられて、陛下の演説が終わると俺たちにあてがわれたテントに行く。

 

 そうして入って早々、俺は思わずベッド(ちょっと豪華)に倒れ込んだ。

 

「んぁー、今日も大変だった……」

「少し休憩することを勧める。元は戦士でもないマスターに、この連日の戦闘は堪えるだろう」

「ありがとう、バーサーカー」

 

 入り口の方から声が聞こえてくるバーサーカーの心遣いに感謝する。

 

「あれ、そういえばルーソフィアさんとオルタは?」

「ルーソフィアさんはユリアさんと情報共有をしに。オルタさんは兵士に絡まれるのが嫌だからと、何処かへ行ってしまいました」

「まあ、あれだけ戦功を挙げたのだ。その扱いも仕方あるまい」

「ああ、それは確かに嫌な顔しそうだね」

 

 割と沸点が低いので、あまりしつこく絡まれるとその場で爆発(物理)する危険すらある。

 

 流石にそれはヤバいけど、折角なら労う言葉一つでも言いたかったのに。

 

「ん?」

 

 会話をする際に、顔を横に向けて視線を巡らせる。

 

 すると、テントの中に設置された机に向かっているマシュが見えた。

 

 激闘の後だというのに何やら手元の手帳みたいなものに何かを書いており、なんとなーくベッドから起き上がる。

 

 いやほら、いくらマシュがデミ・サーヴァントとはいえ、女の子が元気なのにこっちが寝るのも……ね。

 

「マシュ、何書いてるの? 日記?」

「はい。この特異点での出来事を戦記物のように記録しておいてくれとドクターが」

「何故戦記物限定……?」

 

 あのゆるふわドクター、今度は一体何を考えているのだろうか。

 

 首をかしげる俺に見計らうように、というかあちらで聞いていたのだろう、ピピッと通信機が起動する。

 

『せっかくローマ総督の一人になったんだからね、是非ともこれは書き記しておかなければ損じゃないか! どうせなら新・ガリア戦記みたいたタイトルで本にして……』

「いや、それ機密漏洩なんじゃ……」

 

 俺がカルデアに来た時も目隠し耳栓付きで飛行機に詰め込まれてたし、そこらへんはしっかりしてるだろう。

 

『うん、そうだね。じゃあ真面目な理由を言うと……これは保険だよ』

「保険?」

『もし世界を救ったとして、だ。元に戻る〝外〟と違って、僕たちカルデアの損害はなくなりはしない』

「あ……」

 

 そうか。

 

 全てが焼却されたこの世界で、俺たちだけが唯一時間を刻んでいる。

 

 それはつまり、レフが仕掛けた爆発事故の被害者……所長のように死んでしまった人たちは元に戻らない。

 

『だから詳細に記録を取っておこうと思ってね。無論こちらでも観測しているが』

「そういうことなんですね……まあ、俺も日記書いてますし」

『うんうん、ちゃんと続けてるようで何よりだよ。カルデアにいる時はなるべく毎日書いてね』

「はい」

 

 少なくとも、ローマを取り戻してこの時代を修正できれば書くことには困らなさそうだ。

 

 時折内容に思い悩むように虚空を見つめる(可愛い)マシュを眺めていると、ふとこちらに視線が向く。

 

「そういえば先輩、私は一つ気になることがあります」

「マシュ、気になることって?」

「ネロ陛下と……ブーディカさんのことです」

 

 途端、テントの中の空気が少し引き締まった。

 

「ここしばらく……形のある島から帰還した時からでしょうか。ネロ陛下のブーディカさんへの態度が少し、おかしいというか」

「確かにマシュの言う通りだね……なんか、ぎこちない」

 

 よそ者の俺たちから見ても、ネロ陛下はブーディカさんにどこか遠慮がちだった。

 

 ブーディカさんの方もそれをどことなく察しているのか、時折俺たちの前で「困ったもんだね」と笑っている。

 

 

 

 

 多分、皇帝カリギュラとの戦いにその理由がある。

 

 カエサルは歴代のローマ帝国の君主の一人、という立ち位置だけど、カリギュラはネロ陛下の伯父だという。

 

 死んだはずの肉親をもう一度、今度は自分の手で殺すというのはどれだけ辛いのだろう。

 

 それでも止まらない、と強く宣言した陛下だったが、英霊という〝死者〟に対する認識がより深まったようで。

 

「とはいえ、これは私たちが介入できる問題ではない。当人が折り合いをつけなければどうしようもないことだ」

「……不躾ですが、バーサーカーさんはそのような経験がおありですか?」

「そうだな……ある、と言えばあるのだろう」

 

 バーサーカーはそれ以上を話さなかった。きっと彼にとって辛い思い出なのだろう。

 

 かつて親しい人だったのに……何故そんなことになってしまうのだろう。

 

 

 

 あるいはこれが、このグランドオーダーという戦いに付き纏う宿命、のようなものなのか。

 

 

 

「さりとて、彼女らとて強き意思あるもの。言葉を持つ以上は、いつか分かり合える時も来よう」

「俺たちにも何かできないかな……」

「とりあえず、私たちが空気をよくできるように接してみるのはどうでしょうか?」

「それが良さそうだね」

 

 ブーディカさんの部隊は、今はスパルタクスさんや呂布さんと一緒に近くをうろついてる連合軍の撃に向かっている。

 

 帰ってきたときのために今後の方針を話し合っていると、急に「むっ」とバーサーカーが言った。

 

「どうかした?」

「……ユリアが呼んでいる。作戦会議用のテントに来て欲しいそうだ」

「ルーソフィアさんが行ったのでは?」

「どうやら我々にも聞かせておきたいようだ」

 

 これまで様々な作戦立案で快進撃を実現させてきたユリアさんが、いったい何の用だろう。

 

 不思議に思いながらも、重い腰を上げて二人と一緒にすぐ近くにある会議室ならぬ会議テントに行く。

 

「来たぞ。何があった」

「ようこそ、我が王とそのマスター達よ」

 

 テントの中に入ると、いつもと変わらず大きな机の前に立っているユリアさんが振り向く。

 

 英霊に近いものとは聞いているけれど、この特異点に来てから一度も休むのを見たことがない。

 

 悠然とした佇まいでいるユリアさんのすぐ隣にはルーソフィアさん……そして椅子の一つにタマネギ鎧の人が座っている。

 

「貴公もいるのか、ジークバルト殿」

「ああ。これは私にも関係がある話だからな」

 

 ジークバルトさんにも……? 

 

「さて。こうして呼び立てたのは他でもない。この戦争に関する重要な情報を得たからだ」

「「っ!」」

「ほう。してそれは?」

「つい先ほど、連合首都の様子を探っていた斥候部隊の兵士が帰還した。それもたった一人だ」

「どうやら他の斥候の方々が時間を稼いでいるうちに敗走してきたらしく、傷が酷く、私が治療しなければあと少しで事切れている状態でした」

「まあ、そう易々と侵入は適うまい。それで?」

 

 問いかけるバーサーカーに、ユリアさんは地図の一点を指し示す。

 

 それは女神ステンノからもたらされた情報により知ることができた首都の位置で、俺たちはその近くまで迫っている。

 

 それなのになぜわざわざ指し示すのか、と思っていると、ユリアさんはそこに一つの駒を置いた。

 

「斥候兵は言った──()()()()()()()()()()()()()()()、と」

「それってもしかして……」

 

 自然と、視線がバーサーカーの方へと行く。

 

 以前のカエサルとの戦いの時、彼はバーサーカーに言っていた。

 

 〝心しておくがいい、かの巨人の力を〟……と。

 

「かろうじてソウルから読み取った記憶を確かめた結果、私はこれをかつて我が王が狩った《薪の王》の一人だと確信した」

「罪の都の王……か」

「祭り上げられた我が古き友、巨人ヨーム。私と同じく、蘇ったのだろう」

 

 重苦しく、ジークバルトさんが告げる。

 

 バーサーカーから何度か《薪の王》の話は聞いている。彼らがどれだけ強くて恐ろしい相手なのか、を。

 

 そんな相手の一人が今、俺たちの前に現れようとしているのだ。

 

「敵の部隊に罪の都の化け物がいた時から薄々思ってはいたが……よもやここまで来て、立ち塞がろうとはな」

「我が古き友には、それだけの力がある。こと国を守ることならば、彼奴はどこまでも力を発揮する」

「勝利できる確率は低いのでしょうか……?」

「力で、ということならば無理だろう。我が王がそうであるように、《薪の王》達もまた英霊となってさらに力を増している。いくら兵がいたところで無駄死にするだろう」

「じゃあどうしたら……」

「だから私がいるのだよ、少年」

 

 そう言ったジークバルトさんの声は、いつもの陽気な声とは似ても似つかなかった。

 

 もう一度彼を見ると、大きな兜の奥にある瞳と目が合った……ような気がする。

 

「我が古き友の相手は私がしよう。その間に貴公らは首都に攻め入る。その相談をするためにここに呼んだのだ」

「ジークバルト殿。貴公、よもやあの時のように」

「なあに、それが私と古き友との約束だ……たとえ、何度死に、蘇ろうとも」

 

 重く、そして固く決意を決めた言葉がテントの中に木霊する。

 

 バーサーカーはそれ以上何も言わずに、ただ一言だけ「わかった」とだけ言った。

 

 ジークバルトさん本人も腕を組んでそれきり黙ってしまう。ルーソフィアさんも、ユリアさんもだ。

 

 それはまるで、オルレアンで最後の戦いに挑む前のジャンヌのような──死を覚悟した姿である。

 

 

 

「失礼します!」

 

 

 

 思わず何かを言おうとしたその時、兵士の人がテントに駆け込んできた。

 

「軍師ユリア殿! 火急の要件ゆえ、取次もせず入ったことをお許しください!」

「構わない。何があった?」

「はっ! ブーディカ将軍率いる部隊が拠点への帰還中、挟み込まれるように奇襲攻撃を受け、スパルタクス将軍と呂布将軍は敵兵の一部を追い別離! そしてさらに左右から挟撃してきた部隊により、ブーディカ将軍が捕虜となりました!」

「な……」

「なんだって!?」

 

 

 

 

 ただでさえ重苦しい空気の中、やってきたのはそんな最悪の報告だった──。




読んでいただき、ありがとうございます。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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ブーディカを取り戻せ 前編

すみません、教習所の諸々で勉強に追われ、金曜日は手をつけられませんでした。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 情報によると、ブーディカさんは連合首都近くの砦に連れていかれたそうだ。

 

 しかも最近、そこには新しい将軍が率いる軍が籠城の構えを取っているのだとか。明らかにサーヴァントだろう。

 

 ネロ陛下はすぐに部隊を編成し、俺たちもほんの少しの休憩を取った後に彼女の救出へと向かった。

 

「皇帝陛下、もう間も無く砦に到着します」

「うむ」

 

 行軍を始めてから約半日、俺たちはついに件の砦の目と鼻の先まで接近している。

 

 兵士の一人に告げられた陛下の顔は若干強張っていて、俺も自然と気持ちが引き締められた。

 

「それにしても、懸念があります。ユリアさんやドクターの見解によると、罠の可能性が高いということですが……」

「うん。あからさますぎる、って言ってたね」

 

 キャンプを出発する前、俺たちも交えた作戦会議の場での話だった。

 

 突然の奇襲、討伐されたのではなく捕らえられたブーディカさん。そして首都の目前に構えられた砦。

 

 サーヴァントを抑えられるのはサーヴァントだけ、つまり相手にも同じだけの力を持つ敵将がいる。

 

 それなのにわざわざ生け捕りにして砦にこもるというのは、明らかに怪しすぎるというのがドクター達の意見だった。

 

 しかも、軍で一番の突破力を持つスパルタクスさんと呂布さんを、あえて別の場所に引き離した。

 

 このことから、相手には飛び抜けて優れた軍師がいる、と結論づけられた。

 

「少なくとも、軍を指揮するものが一人。そして軍略を考えるものが一人。合わせて二人のサーヴァント、あるいはそれに近い知恵を持つものがいるのだろう」

「藤丸様、お気をつけを。あちらもあなたが我々の要であることは承知しています」

「ありがとうございます。作戦通りに、慎重にやります」

 

 そう、何もそんなわかりやすい罠に、そのまま直接飛び込むわけじゃない。

 

 オルレアンの時と違って、今度は最初から軍隊がいる。作戦もある。

 

 あとは俺の()()だけだ。

 

「先輩は私がお守りします」

「頼りにしてるよマシュ」

「はい!」

「うむ、二人とも気勢は十分のようだな。さて、見えたぞ」

 

 陛下に声をかけられ、マシュと見合わせていた顔を正面へと戻す。

 

 すると、立派な砦が眼前に聳えていた。連合首都を守る要としてふさわしい様相だ。

 

「ここにブーディカがいるはずだ……聞け! 我が名はネロ・クラウディウス! 第五代ローマ皇帝である!」

 

 砦に向かって、陛下が声を張り上げた。

 

「ブーディカ、生きているのだろう!? 返事をせよ! 余は知っているぞ! 貴様が易々と死ぬことなどありえないと!」

「ネロ陛下……」

 

 悲痛そうな横顔のネロ陛下の言葉は、どうかそうであってくれと言うようで。

 

 きっと、敵として戦ったことがあるネロ陛下だからこそ、誰よりブーディカさんのことを案じているのだ。

 

 陛下にはいつも自分で言うように寛大だ。今は味方である彼女のことを、心の底から……

 

「──おや。随分と信頼しているね」

「「「っ!」」」

 

 すると、砦の外壁にある塔、その一つからよく通る声が響いた。

 

 反射的にそちらを見ると、そこには俺より少し年上か、同じくらいの赤毛の男が立っていた。

 

 その傍にはなぜか、黒スーツに赤いネクタイをした長髪の男が立っている。メガネとタバコもしていた。

 

「な、なんだあれ……? この時代にしては、かなりミスマッチな組み合わせのような……」

『おそらくは現代に近い時代の英霊なのだろうね。気を付けろ、彼らもまたサーヴァントだ』

「マシュ・キリエライト、警戒態勢に入ります」

 

 静かな声でマシュが俺のそばにより、バーサーカーも手の中に竜断の斧を取り出して握りしめる。

 

 二人に警戒してもらいながら、俺はこちらを見下ろす二人組を見上げた。

 

「しかしまあ、彼女は無事だよ。ただ君をここへ連れてくるための囮だからね。少し眠ってもらってはいるが、傷つけてはいない」

「そういう要望だからな。君の指示の実現には苦労したよ、あのバーサーカー二体を遠ざけてサーヴァントを生け捕りにしろ、とは」

「あはは、でも君はやってのけた。やっぱり先生はすごいよ」

「何、私はただ体を貸しているだけのしがない魔術師にすぎん」

 

 体を貸している……? 

 

「……そうか、それを聞いて安心した。よもやそちらからのこのこと出てくるとはな。この砦の将と見た、我が前で名を明かすことを許そう」

「おや、それはご丁寧に……うーん、それじゃあなんと名乗ろうか。色々とあるんだよね」

 

 砦の上でうんうんと唸るサーヴァントに、こっそりと通信機を近づけてドクターに聞く。

 

「そんなことってあるんですか?」

『昔の英霊ほどよくあることさ。日本の昔の武将だって幼名とかがあるだろう?』

「な、なるほど」

 

 生まれてこの方、あだ名以外の呼び名がない俺からすれば新鮮な感覚だ。

 

 そういえば世界史の授業でも、覚えるのめんどくせーとか思いながらノート取ってたなぁ。

 

「──うん、決めた。ではこう名乗ろう」

 

 たわいもない思い出を懐古しているうちに、サーヴァントはより一層強く声を張り上げる。

 

「僕はアレキサンダー。〝アレキサンダー3世〟だ」

「紀元前三百年台、アルゲアス朝マケドニア王国の王。ヘラクレスとアキレウスを祖先に持つ、征服王と呼ばれる英雄。あれはおそらく、その青年期の姿でしょう」

「また王様の英霊……」

「で、彼が……」

「ロード・エルメロイ二世だ。サーヴァントとしての名は別にあるのだが、まあ軍師の名前を覚える必要もあるまい」

 

 〝征服王〟なる英霊の青年期の姿をとったサーヴァントと、ロード・エルメロイ二世と名乗る英霊。

 

 オルレアンの後から結構勉強したつもりだが、ロード・エルメロイ二世というのはピンと来ない。

 

 いや、そういえば魔術の勉強の時、時計等のロードの一人にそんな名前があったような……

 

「さて。ではこうして対峙している訳だが、どうする? ローマ皇帝さん」

「無論、貴様らを叩き斬ってブーディカを救い出し、連合首都を潰す。なんだ、今更敵対しないとでも言うつもりか?」

「うん」

 

 あっさりと、アレキサンダー3世は陛下の言葉に頷いた。

 

 流石に予想外すぎてぽかんとしていると、アレキサンダー3世は困ったように笑って頭をかく。

 

「な、何と? 誠に敵ではないと申すのか?」

「実を言うと、僕はマスターと相性が合わないみたいでね。君たちを倒せと言う命令を受けてはいるが、ここにいるのは僕自身の意思なんだ」

「私は彼に引っ張られて召喚された()()()だ。元々彼の味方であって連合とやらのサーヴァントではない」

 

 相手のマスター……おそらくはレフと思われる連合の魔術師。

 

 今あそこで、それこそ年相応の青年のように笑っている英霊とは確かに人種が違う気がした。

 

「ただ、僕はどうしても君と話がしたくてね。同じ王として、征服を是とした者として。だからこそ、ここにいる」

「──戯れ言を。何を話すことがあるというのだ!」

「うーん、まあそういう反応だよね……だから、こうする他にはなさそうだ」

 

 突如、ワァッ! という怒号が聞こえてきた。

 

「っ!?」

 

 振り返ると、いつの間にか俺たちの軍が後ろから、そして砦の左右側面から出てきた部隊に挟み撃ちにされている。

 

 たった一瞬で包囲されたのだ。ああやって出てきたのは、この時間を稼ぐためだったのだろう。

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■────ーッ!!」

 

 

 

 

 

 それだけではない。

 

 まるで後方の部隊の影に隠れていたかのごとく、山のような〝黒〟が盛り上がった。

 

 やがてそれが、雄叫びをあげる人型のものであることがわかる。黄金の装飾に三メートルを超える巨躯──サーヴァントだ。

 

「全軍、迎撃せよ!」

 

 しかし、ネロ陛下は一切驚くことはなかった。

 

 凛とした、よく通る美声で兵士たちに号令をかけると、彼らは雄叫びを上げ、剣を抜くと襲いかかってきた連合軍に立ち向かう。

 

 あっという間に戦場が出来上がった中で、俺たちを守る為に盾を構えた兵士たちの円陣の中から彼らを見上げる。

 

「驚いたね。まさかここまで早く対応するとは。折り込み済みだった、というわけかな?」

「こちらにも優秀な軍師がいるのでな……そして、貴様のその余裕もここまでだ」

「何を──」

「ッ! アレキサンダー!」

 

 ロード・エルメロイ二世が叫び、アレキサンダーを塔の上から突き飛ばす。

 

 

 

ドッガァアアアアアン!! 

 

 

 

 次の瞬間、黒い炎が弾け、塔が盛大な崩壊音を立てながら瓦礫と化した。

 

「先生ッ!」

「──ハン。勘のいい男だこと。あと少しで、我が黒炎に爆ぜる所だったのに」

 

 流石はサーヴァントというべきか、危なげなく着地したアレキサンダーに投げかけられる声。

 

 彼が咄嗟に上空を見上げると──そこには漆黒のワイバーンを駆る、黒き旗を携えた魔女がいた。

 

「君は……」

「その表情、実に無様で見応えがあるわね」

 

 ハッと嘲笑った彼女は、魔力で編まれていたワイバーンを霧散させると俺の近くに着地する。

 

「うっ……」

「マスター、平気ですか?」

 

 その途端、どっと疲れが押し寄せてきて、ふらついたところをマシュに支えられた。

 

「なっさけない。私のマスターならもう少ししゃんとしてなさいよ」

「はは、ゴメンねオルタ……」

 

 節約する術をルーソフィアさんから教わっていたとはいえ、ずっと魔力供給し続けるのは骨が折れた。

 

 ワイバーンを構築する魔力と、オルタとワイバーンの気配を隠蔽する魔術を行使するための魔力。

 

 それを何十分も続けていたので、俺のしょぼい魔力はもう3分の1あるかどうかだ。

 

 ともあれ、ユリアさんの立てた作戦通りに意表を突くことはできたみたいだ。

 

「……そうか。はめられたのは僕だった、というわけだね」

 

 そんな俺たちを見て、さらに背後を見たアレキサンダー3世はやはり困ったように笑った。

 

「ヌゥン!」

「■■■■■──ーッ!」

 

 後ろから聞こえるのは、あの巨人のようなサーヴァントとジークバルトさんが戦っている声。

 

 わざわざ振り返らなくても響いてくる激音は、それだけでどれだけの戦いが繰り広げられているのかが明白だ。

 

「言っただろう? 優秀な軍師がいると」

『ついでに僕もね!』

「ドクター、空気を読んでください」

『あ、はい……最近マシュが冷たいなぁ』

「ま、まあまあ……」

「ははっ、これはしてやられたよ。僕も先生もツメが甘かったと言わざるを得ない」

「その後悔ごと、座に持ち帰ると良い」

 

 バーサーカーが踏み出そうとした途端、ネロ陛下が手で制した。

 

 俺たちは怪訝な顔で彼女を見た。ここまでユリアさんの作戦通りだったが、予定にない動きだ。

 

「道を開けよ」

 

 陛下はそのまま兵士たちを退かせると、アレキサンダー3世の前に進んだ。

 

「この余を陥れようとした勇気、そして自ら姿を現し、あまつさえ敵対せぬと豪語した豪胆さに敬意を評し、余との一騎打ちを許す」

「ネロ陛下!?」

「陛下、それは作戦の中にありません!」

「案ずるな、負けはせぬ」

 

 思わず一歩踏み出した俺たちをもう一度制するように、大きな声でネロ陛下が言った。

 

 その強い声音に、無意識に足が止まってしまう。

 

「……いいのかい? 僕としてはありがたいが、せっかく意趣返しできたのに」

「なに、決戦前のちょっとした戯れよ。全力でかかってくるがいい」

「では、お言葉に甘え……てっ!」

 

 言うや否や、剣を抜いたアレキサンダー3世がネロ陛下に襲いかかる。

 

 

 

 

 陛下はその一撃を剣で受け止め、俺たちが見る前で一騎討ちが幕を開けた。




読んでいただき、ありがとうございます。

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ブーディカを取り戻せ 後編

むう、最近多少休んでいた日もあったけど、アクセス数が下がってきている……二章にしてすでにクオリティが下がっているというのか。

今回は少し長いです。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 三人称 SIDE

 

 

「ハァッ!」

「ぬぅんっ!」

 

 半壊した砦の前、大勢の兵士がひしめく戦場に一際大きく響く、二つの叫び。

 

 

 片や戦場に咲く一輪の花のごとき、真紅の皇帝。

 

 

 片や世界の外より呼び出された過去の英雄、その若き日の影法師。

 

 

 両者ともに征服者としての生を歩んできたもの、しかして生者と死者という明確に違う二人の王。

 

 本来であれば、サーヴァントと生身の人では能力に決定的な違いがある。

 

 それがかの有名な征服王イスカンダルともなれば、たとえ年若き頃であろうとその力は一級品だ。

 

「そんなものか、アレキサンダー3世!」

「ははっ! 君は本当にすごいね!」

 

 だが、そんな前提など知らぬと言わんばかりに、真正面からネロは拮抗していた。

 

 その細腕のどこにそんな力があるのかという力で剣を打ち合い、召喚された馬で突撃してくれば一瞬で全ての脚の健を切り裂く。

 

 

 その剣気は、もはや英霊の域。

 

 

 左右からネロを仕留めんと押し寄せてくる連合軍を押しとどめる藤丸たちは、それを見て思わず舌を巻いた。

 

 しかし軍勢の勢いは凄まじく、一進一退の攻防を繰り広げるネロらを常に注視する暇もない。

 

「やはり僕の見立てに間違いはなかった! こうしてここにやって来て正解だったと、改めて心からそう思うよ!」

「訳の分からぬことを! 此の期に及んでまだ対話を望むなどとほざくつもりか!」

「ああ、その通りさ!」

 

 アレキサンダーが右の手に握った剣を振り下ろし、ネロが紅蓮の剣で受け止める。

 

 再び拮抗する中で、ぐんとネロに顔を近づけたアレキサンダーは、剣の間で飛び散る火花の向こうで笑う。

 

「これほどの力、これほどの戦略! 強大な連合に対して一歩も引かぬ立ち回り! 賞賛に値するよ!」

「ええい、貴様に褒められても嬉しくないわ! 何故そこまで余に固執する!」

 

 ネロが柄を両手で握り、剣を切り払えば、アレキサンダーはひらりと躱して数歩分後ろに着地する。

 

 両者ともに油断なく構えるが、不意にアレキサンダーが構えを解いた。

 

「決まっているだろう? 君が抗うからさ」

「……なんだと?」

「僕はね、この戦いに意味があるとは思えない」

 

 先程までの白熱した様子から一転、至極落ち着いた声音で語り出す。

 

 一見棒立ちしているように見えるが、隙のない様子に、とりあえずネロは耳を傾けることにする。

 

「僕は過去の英雄の影法師だ。だが、だからと言って人命を軽んじたりはしない。むしろ尊いもの、守るべきものだと思うよ」

「ならば、この状況をなんとする? 貴様の世迷言を叶えるため、今も兵士たちは傷ついているのだぞ!」

「うん、そうだ。だから速やかに()()()()()()()()

 

 にこりと、どこまでも邪気なくそう言ってのけるアレキサンダーに、ネロは怒りと同時に恐れをも抱いた。

 

 人命を尊重すべきとのたまっておきながら、同じ口でその時間を使って話し合おうというのだ。

 

 並外れた胆力、そして厚顔さ。ある種英雄に相応しいその傲慢さは、世界全てをローマにせんとするローマ皇帝と似ていた。

 

「意味があるとは思えない、貴様はそう言ったな?」

「ああ、その通りだ。だって無駄だろう? 戦えば戦うほどに兵は傷つき、資源は減り、命が散る。そのことになんの得がある?」

「……それは」

「だが、君は今もなお抗い続けている。支配から、隷属を受け入れることから反逆し続けている。それは何故だい?」

 

 一見して、アレキサンダーの主張は正しいものだった。

 

 戦とはつまるところ、理由をつけた人命および資源の浪費に他ならない。

 

 理由や大義があるからと相手を傷つけ、奪い、蹂躙し、陵辱する。戦いの本質とはすなわち略奪だ。

 

 

 ネロは、歴代のローマ皇帝の一人としてよくそれを理解していた。

 

 民に愛される反面、他者の土地を侵略して領土を広げてきたのだ……ブーディカにそうしたように。

 

「並び立つ皇帝の一人として在れば、無用の争いを行う必要はない。それなのに、どうして君は戦う?」

 

 それは、征服王とまで呼ばれた男からの問いかけ。

 

 同じ支配者として、誰かを踏みにじって来たものとして、剣を取る理由を見定める言葉。

 

「………………」

 

 しばし、ネロは沈黙した。

 

 周りには怒号と武器を打ち付け合う音が響く中で、ただ二人の周りだけが隔絶されたようで。

 

 アレキサンダーは待った。この少女が、支配者の代名詞とも言える皇帝の名を持つ人物が、どう答えるかを。

 

 藤丸もまた、マシュやバーサーカー、オルタなどに敵を押し返させなが意識の一部をそちらに傾けた。

 

「……無用、と言ったな」

 

 果たして数分ほど経った頃だろうか。

 

 不意にネロがこぼした小さな呟きに、アレキサンダーは不敵に笑む。

 

「言ったよ。ならどうする?」

「──許さぬ」

 

 そして、顔を上げたネロは──心の底からの憤怒で彩られた表情を現した。

 

 同時に溢れ出した怒気と覇気に、しかしアレキサンダーが一歩も引くことはなく、真正面から受け止める。

 

「たとえ、死した血縁であろうとも。名高き名君であろうとも、古代の猛将でも、伝説に名高き大王、神祖その人にさえも譲らぬ!」

 

 高く声を張り上げ、ネロは叫んだ。

 

 

 

「今この時、この瞬間! 皇帝として立つのは、このネロ・クラウディウスただ一人である!」

 

 

 

 戦場に轟く声は、アレキサンダーばかりか、他の兵士たちにさえも轟いた。

 

 一瞬、すべての戦士が動きを止める。そうして戦場の真ん中で堂々と立つネロを見た。

 

「民に愛され、民を愛し、望まれ、そう在るのはただ一人! ただ一つの王聖!」

「……っ!」

「ただ一つだからこそ星は強く輝く! ただ一人だからこそ、民の期待も、敵を屠る罪さえも背負う傲慢が許されるのだ!」

 

 魂の叫び。

 

 現代においても度々よく聞くその言葉。その意味を藤丸は、今この瞬間真の意味で理解したような気がした。

 

 それほどまでに、その小さくも雄々しい背中には、他の誰にも負けない圧倒的な〝覇〟があったのだ。

 

「たとえローマの神々全てがそう命じようとも、決して受け入れぬ! 決して退かぬ! 我が道を、我が運命を、我が覇道を! それらすべてを貫くこと、それが我が人生なり!」

「誰に否定されようとも、かい?」

「無論! 進み、栄え、そして華々しくあろう! それがこの余、ネロ・クラウディウス──ローマである!!!」

 

 

 

 誰もが気圧された。

 

 

 

 誰もが圧倒された。

 

 

 

 誰もが畏怖した。

 

 

 

 そして誰もが──心底見惚れた。

 

 

 

「──見事! その言葉が、僕はどうしても聞きたかった!」

 

 ただ一人、嬉しさを隠しきれんと言わんばかりに応えたかつての王。そのただ一人を除いて。

 

「君には覇王に、いや皇帝になる資格がある! 栄華繁栄を誘う薔薇として咲く権利が! それこそ、人間だけが持つ業、堕落を示す獣──()()にだってね!」

「黙れ! もうこれ以上の問答は必要なし! 真正面から貴様を斬り伏せる!」

「やるがいい! 人類史の華、傲慢なる皇帝よ!」

 

 問答を終え、再び剣を構えた二人は凄まじい勢いでぶつかり合った。

 

 その際に発した衝撃で正気に返った兵士達は、再び怒号と雄叫びを上げて戦い始める。

 

「──マスター。私、驚きました。あれほどの前に進む、傲慢とも言えるほどの強い意思があるだなんて」

「ああ、俺もだよ……だから、突き進もう。最後まで一緒に!」

「はい!」

 

 強く、爛々と目を輝かせる二人。

 

「ハッ、二人ともいい顔になったじゃない!」

 

 そんな二人に寄ってたかってきた有象無象を、唸る旗でぶちのめしたオルタが笑う。

 

 闘争の中で最も猛る憎悪を燃やした彼女は、自分をかつて打ち負かした彼らの強さに一種の敬意を持ち合わせていた。

 

 

 すなわち……自分を負かしたのだから下手な相手に負けたら承知しない、という捻くれた思いを。

 

 

 勿論そんなこと口に出さないし、気取られようものならマスターを黒焦げにするが、それでもあるものはある。

 

 故に──

 

「マスター、宝具の使用許可を出しなさい!」

「へっ? なんで急に──」

「いいからさっさとするっ!」

「は、はいっ!」

 

 物凄い剣幕のオルタに押され、藤丸は足りない魔力を補って、令呪の一角をオルタに使うことにした。

 

 

「いいわよマスター! ──〝これは、我が憎悪によって磨かれた魂の咆哮! 〟」

 

 

 体に満ち満ちた魔力を使い、オルタは旗を翻すと腰から剣を引き抜く。

 

 本来ならば自滅宝具に使われる聖カトリーヌの剣、しかして反転されたそれは他者を焼き尽くす炎を喚ぶ杖。

 

 瞬時に剣から結界が展開され、ある一定の方向に対して、地面が今にも噴火しそうな〝真紅〟へと変わった。

 

 

 

「〝吠え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)〟!」

 

 

 

 宝具の名が告げられた瞬間──地面が、吹き飛んだ。

 

 否、正確にはその下から湧き上がってきた膨大な黒炎によって爆発したように抉り取られた。

 

 その上にいた兵士たちはことごとく焼き焦がされ、宙を舞い、あまつさえ炎の中から飛び出してきた槍に貫かれる。

 

 やがて炎が収まった時、そこには黒こげになった地面が真っ直ぐに続いていた──ネロの方に向かって。

 

「行きなさい。あとは私とあのエセバーサーカー、古聖女でどうにかするわ」

「ありがとうオルタ!」

「ありがとうございます、ジャンヌオルタさん!」

「ふん、無駄口叩いてないでさっさと行く!」

 

 しっしと追い払うように手を振るオルタに顔を見合わせ、頷き合った二人はネロの元へ駆けた。

 

 連合軍の兵士たちは慌ててその道を塞ごうとするものの──空を切り裂き飛来した大矢に足を止める。

 

「彼女が言っただろう? 貴公らの相手は我らだ」

 

 一斉に砦を見上げる兵士達に、塔の上に立って大弓を構えた灰がキザな台詞を言い放った。

 

『ファインプレーだ! いやあ、敵の時は厄介だったが、味方になると彼女は頼もしいね!』

「それよりドクター、ネロ陛下は!?」

『おっと、感心している暇じゃなかったか! どうやらアレキサンダー3世が本気を出したようでね! この魔力出力、彼女一人では荷が重そうだ!』

「急ぎましょう、マスター!」

「ああ!」

 

 急ぎ足も急ぎ足、全力で腕と足を動かした二人は、ものの数分でネロの元へとたどり着いた。

 

「はぁっ!」

「ぬうぅ……!」

 

 すると、そこではやや劣勢の戦いが繰り広げられている。

 

 先ほどと姿が変わり、真紅のマントを纏ったアレキサンダーが押している。魔力上昇による霊基再臨だろう。

 

「「陛下!」」

「ぬっ、お前達か! すまぬがこの化物の相手を手伝ってくれるか! 業腹だが、余一人では攻めあぐねる!」

「はい、勿論!」

「ネロ陛下のサポートに入ります!」

「君たちも参戦か! 面白いっ!」

 

 一人増えたというのに、アレキサンダーはなおも笑いながら剣を振るった。

 

 

 そうしてマシュが参戦してから、彼らの戦いは少しずつ拮抗へと戻っていった。

 

 剛剣を振るうネロと、鉄壁のガードを誇るマシュ。相性の良いこの二人に、さしもの英霊といえど一筋縄ではいかない。

 

 もしロード・エルメロイ二世がいれば妨害をしただろうが、哀れ先ほどのオルタの一撃で瓦礫の下で瀕死だ。

 

「くうっ!?」

「いけるぞ! このまま攻勢だ!」

「承知した!」

「了解しましたマスター!」

「これ、はっ……! ちょっと、まずいね……!」

 

 とうとうアレキサンダーの方が押されていく形となっていった。

 

 後方の戦いも、数こそ連合軍の方が多いものの、その差をサーヴァント達が覆している。

 

 それでも、こちらにもまだサーヴァントがいる。そう思った瞬間。

 

 

 

 

 

 ズドォンッ!!!! 

 

 

 

 

 

 激音が轟いた。

 

「「「「っ!?」」」」

 

 地面を揺らすほどのそれに、戦いも忘れて四人は振り返る。

 

 

 

「■、■■■■■■■■………………」

 

 

 

 すると、なんということだろうか。

 

 あれほど猛威を振るっていた黒いサーヴァントの体が大きく切り裂かれているではないか。

 

 それを成したのは、相応の巨大な武器でもなければ、灰の魔術の類でもなく。

 

 

 ──ただただ大きな、〝風の刃〟だった。

 

 

 藤丸達の前でふっと消えていったそれは、サーヴァントの心臓を易々と両断し──そして、巨躯が光の粒子となった。

 

『……今のは宝具、か?』

「魔力を感じましたが、いったい誰の……」

「ふ、はははっ!」

 

 疑問を呈するロマンとマシュの言葉を遮り、アレキサンダーが笑う。

 

 急いで3人がそちらに視線を戻すと、これまでにないほどギラついた目でアレキサンダーはこちらを見ていた。

 

「まさか、彼が倒されるとは! いやはやまったく、君たちは本当にすごいよ!」

「……負け惜しみか?」

「ああ、確かにそうだ。流石に君たちに加えて、彼を倒したサーヴァントまでやってこられたら勝ち目はない」

 

 だから、と一度言葉を切り。

 

「次で、決着にしよう」

 

 そしてアレキサンダーは、凄絶に笑った。

 

『魔力反応急上昇! 宝具が来るぞ!』

「マシュ、防御体制! ネロ陛下は──」

「余が斬る! お前達は防ぐことのみ考えよ!」

 

 瞬時に計画を立てた三人は、可視化するほどに高まったアレキサンダーの魔力に用意をした。

 

 三人が持ち場についたその直後、最高潮まで高まった魔力が解放され──先ほどのオルタのように、荒野が展開される。

 

「さあ、ゆくぞ!」

 

 ほんの半径数メートルほど、しかし心象で世界を塗り替えたアレキサンダーは、馬に乗り叫ぶ。

 

『三人とも、来るぞ!』

「〝暗雲よ! 雷よ! 父よ! 見るがいい! 〟」

 

 

 

 叫び、猛りながら黒馬が走る。

 

 

 

 雷鳴を伴い、外套を翻して、若き日の王が剣を掲げ吠える。

 

 

 

 これこそは最初の蹂躙。彼が共に駆け抜けた愛馬、その逸話が昇華された宝具。

 

 

 

「〝始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)〟!」

「真名、偽装登録──仮装展開──/人理の礎(ロード・カルデアス)ッッ!!!」

 

 雷鳴の化身とさえ呼んで差し支えない突貫に、白亜の壁が拮抗する。

 

 騎士王の聖剣も、祈りの聖女の従える竜すらも受け止めたそれは、征服王の一撃すらも防いだのだ。

 

「はぁあああああああっ!」

「負け、ないっ!!!」

「そのまま抑えておれ、マシュ!」

 

 大盾を構え続けるマシュに命じ、跳躍したネロは彼女の肩を足場に更に飛ぶ。

 

 狙うはブケファラスの背に乗ったアレキサンダーただ一人。下段に剣を構え、鋭い瞳で睨み据える。

 

 

 

 

 

「これで終わりだ、アレキサンダー3世ぇえええええええっ!!!」

「おぉおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 

 

 

 

 両者ともに、裂帛の叫び。

 

 

 

 ブケファラスの力を維持したままに、アレキサンダーは炎を纏うネロの剣と自分の剣を交差させて──

 

 

 

 キンッ、という音と共に光が爆ぜる。

 

 

 

 やがて、それが収まった時。

 

 荒野は消え──鮮血に塗れたアレキサンダーと、剣を振り切ったネロがいた。

 

「……余の、勝利だ」

「……ああ……そして僕の敗北だ」

 

 言葉を交わし、一方が倒れる。

 

 数瞬、沈黙が戦場を支配し──そして、程なくして一方の歓声で満たされた。

 

『魔力反応減退……アレキサンダー3世を撃破した!』

「やりましたね、マスター!」

「うん、そうだね」

 

 喜びをあらわにするマシュに微笑み、ふと藤丸は倒れたアレキサンダーを見る。

 

 するとどうだ、彼は最後の力を振り絞るように全身を震わせ、立ち上がっているではないか。

 

 目を見張る藤丸達の前で、どうにか立ったアレキサンダーにネロが振り返る。

 

「……まだ立つか。流石としか言いようがないな」

「はは、まあ、ね……最後に、一つだけ。君の誇り高さは、その美しい花のような絢爛さは強さにもなるだろう。けれど、いつか──」

 

 言い切る前に、アレキサンダーは微笑んだままに光の粒子を立ち上らせる。

 

 これはもう時間がないと察した彼は、その表情を変えずに、そのまま消滅していった。

 

「……最後まで言わぬか、馬鹿者め」

 

 呆れたように言い、それから藤丸とマシュに歩み寄るネロ。

 

「礼を言うぞ、二人とも。お前達にはいつも助けられてばかりだ」

「いえ、そんなことはありません。ネロ陛下の善戦の賜物です」

「はい。それがなければ勝利はありませんでした」

「ふっ、謙虚なことよ。ともあれ──勝敗は決した! この戦い、余の勝利である!」

 

 剣を持つ手を振り上げ、高らかに宣言したネロに、兵士たちは同調するよう拳を振り上げた。

 

 

 

 

 

 その後、ブーディカを拘束していたロード・エルメロイ二世の消滅も確認され、彼女は砦内の牢から救出されたのだった。




読んでいただき、ありがとうございます。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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決戦開始

すみません、月曜は時間が取れなくて執筆できませんでした。

なんか最近こんなことばっか言ってるような気がしますが、終盤に入るので文字数が増えています。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

 

 

 

 ──感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 あの力を、あの刃を、あの嵐を。

 

 

 

 

 

 

 

 我がただ一人の友に託した剣、巨人殺しの刃。

 

 

 

 

 

 

 

 それが使われた。かつて我が身を引き裂いたあの力を、すぐ近くに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 友が、いる。

 

 

 

 

 

 

 

 この時代に、この世界に、心優しき我が友がいるのだ! 

 

 

 

 

 

 ああ、なんで喜ばしい。あの日、〝約束〟を果たしにきてくれた時と同じほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 共に、あの火の継承者もいることだろう。そして彼らは必ず()()に来る。

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、友よ──もう一度、私を殺してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 藤丸 SIDE

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの、夢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中を、傷だらけの誰かが歩いている。

 

 

 

 

 

 

 

 折れた右手は垂れ下がり、潰れた片足を無理やり動かし、もう一方の手では血に濡れたとても長い剣を引く。

 

 

 

 

 

 

 

 ひどく疲れ果てたその後ろ姿は、先の見えない闇を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 浮かぶのは、変わらない一つの疑問。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを知った。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを裏切った。

 

 

 

 

 

 

 

 多くを斬った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、多くを失った。

 

 

 

 

 

 

 

 数えきれないほど、この手から取りこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 長かった。自分の齢すら忘れるほど旅をした。

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………だが、私は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その果てに、何かを手にできたのか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……答える者は、やはりいない。

 

 

 

 

 

 

 

 彼の隣に寄り添うように進む青い人影も、ただ共にいるだけで。

 

 

 

 

 

 

 

 彼の行く先は、やはり闇に満ちていて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝うむむむむむ……お、おお!? すまぬ、考え耽っていた! 〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、光が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、青い人影よりも随分と強い、太陽のような光。

 

 

 

 

 

 

 

 片方が捻れた足を止め、また彼は光を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく、光を眩しそうに見つめて。

 

 

 

 

 

 

 

 また、一緒に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 疑問は終わらず、後悔は胸で燻り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱり、変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 でも、少し……少しだけ、安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 そう思った途端に、光は人へと形を変える。

 

 

 

 

 

 

 

 その人よりも随分と恰幅の良い、全体的に玉ねぎのような鎧。

 

 

 

 

 

 

 

 まるで太陽のような明るさを持ったその人は……その手の中に、〝風を纏う剣〟を携えて。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、一緒に歩き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「──んぱい。先輩?」

「ん……あ、あれ? マシュ?」

「はい。あなたのサーヴァント、マシュ・キリエライトです。立ったまま、またレムレムしていたようですが……」

 

 ああ……居眠りしちゃってたのか。

 

 一瞬、夢の中の暗闇とマシュの黒い鎧が重なって見える。

 

 すぐにそれを振り払い、俺は笑顔を浮かべた。

 

「うん。大丈夫」

「そうですか、なら良かったです。あ、ネロ陛下の演説が始まりますよ」

 

 マシュの言葉に、登壇した若き皇帝へと目をやった。

 

 

 

「皆のもの! 勝利は我らにあり!」

 

 

 

 今日も変わらず、ネロ陛下は綺麗な声で兵士たちに宣誓する。

 

 俺たちもまた、他の英霊達と一緒に客将の1組としてそれに耳を傾けた。

 

「先輩、体調は平気ですか?」

「うん、調子いいよ。マシュこそ平気?」

「食事、休息共にしっかりと取りました。本日も体調は良好なマシュ・キリエライトです」

 

 むん、と力拳を作るマシュに、自然と頬が緩むのがわかる。

 

 いつも変わらず微笑んでくれる彼女がいるから、俺も頑張ろうと思えるんだよな。

 

 未だに何故そうなのかはわからないけど、マシュに先輩と呼ばれると背筋を伸ばさなくてはと考えるんだ。

 

「お二人とも、今日がおそらく最後になるでしょう。くれぐれも怪我にはお気をつけを」

「ハン、下手な怪我を負ったら承知しません」

「そうならぬために、我らがいるのだ」

「ああ、みんな頼りにしてる」

 

 オルレアンの時は心が休まらないという意味で気が抜けなかったが、今は破竹の勢いで勝っているからこその休みなし。

 

 けれど、共に戦いをくぐり抜けていた彼女達がいるなら、俺も最後まで力を振り絞ろうと決意した。

 

「ふふ、君たちは仲が良いな」

「荊軻さんも、よろしくお願いします」

「ああ。暗殺しか業のない身であるが、最大限助力しよう」

 

 はぐれサーヴァントにして同じ客将の荊軻さんは、頼り甲斐のある笑みを浮かべた。

 

 本当ならここに、スパルタクスさんや呂布さんもいるはずなんだけど……まだ戻ってこないらしい。

 

 バーサーカー特有の振り切れた猪突猛進さ、と言ったのは昨晩のドクターだったっけ。

 

「…………むう」

「……平気か、ジークバルト殿」

「うむ……」

「……?」

 

 なんか、ジークバルトさんの様子が少しおかしいような。

 

 そういえば昨日、一人であの巨人のようなサーヴァントを倒したのは確か……

 

「もはや連合の首都は目と鼻の先! もはや恐るるものは何もなし! さあ、勝鬨をあげろ!」

「「「うぉおおおおおおおおおお!!!」」」

 

 ビリビリと空気を震わせる雄叫びが上がり、いよいよ出陣する。

 

 

 

 砦はまさに首都の目と鼻の先にあり、10キロも離れてはいない。

 

 そのため、ここ連日の行軍に比べれば、遥かに少ない時間で首都の外壁がうっすらと前方に現れた。

 

 が、それと同時に──万全の体制で首都の前面に陣取った、残る連合軍の全てもが視界に映る。

 

 ざっと目に見えるだけでも、三万人くらいはいる気がした。

 

 

 

 オオオオオ…………!!!! 

 

 

 

 既にあちらもこっちが見えているのだろう、地を揺らして一斉に進軍してきた。

 

「恐れるな! もはや陥落は直前! 進めぇ!」

「「「オオォォッ!!!」」」

 

 だが、そんな大軍勢でさえもローマ兵達は恐れることなく、陛下の号令のもとに突き進む。

 

 たった数百メートルの距離を瞬く間に踏破し、俺たちを含めたローマ全軍と連合の軍勢がぶつかった。

 

 

 昨日よりもさらに激しく、そして大規模な戦場が瞬く間に出来上がる。

 

 

 数でこそ連合の方が多い。

 

 が、こちらには何人も一騎当千のサーヴァント達が揃い踏みしている。

 

 何よりも、絶対にネロ陛下に勝利を捧げよと言わんばかりの、周りにいる兵士の人たちの気迫が数の差を埋めた。

 

 

 そのためか、体感時間で一時間ほどで瞬く間に勢いはこちらに傾いた。

 

 随分と速い流れの時間を体感しながら、ネロ陛下と一緒に精鋭部隊に守られながら最前線を進む。

 

 

 

 いかに凄まじい勢いとはいえ、いつか数の差による有利を取り戻されてしまう。

 

 そのため、今回の決戦は早期決着を望むことになった。

 

 作戦はシンプル。

 

 残存兵力をこちらの軍で押さえ込んでいる間に首都に入り、なるべく早く俺たちで連合の首魁を倒す。

 

 

 周りにはマシュ、バーサーカー、荊軻さん、そしてジークバルトさん。

 

 殲滅力のあるオルタは一人で戦場の中を駆け巡っており、昨日奪還したブーディカさんも同様だ。

 

 特にオルタが絶好調で暴れているようで、先ほどからひっきりなしに遠くで爆発音が鳴り響く。

 

 ルーソフィアさんも後方支援をしているし、俺も負けてられない。

 

 酷使することに慣れた頭と足を動かし、必死にサーヴァント達についていく。

 

「右部隊、陽動に成功! 陛下!」

 

 どうやら道が拓けたみたいだ。首都の入り口がはっきりと見える! 

 

「うむ! では皆のもの、首都へ──」

 

 そうして陛下が号令をかけようとした、その時。

 

 突如として、地面をひっくり返すような衝撃と轟音が全身を打ち付けるようにした。

 

「っ!?」

 

 思わず足を止める。

 

 それは俺だけでなく、敵味方関係なくその場にいる全ての人間も同じようで。

 

 

 

 発生源は、首都入口のすぐ側だった。

 

 誰もが動きを止めて、もうもうと立ち込める土煙を凝視する。

 

 よく見ると、その土煙の近くに大量の()()が散乱していることに気がついた。

 

「あれは、もしかして……」

「余と連合軍の兵達……か?」

 

 俺たちの疑問は、すぐに解決された。

 

 土煙が晴れるにつれて、それの輪郭も明確になり……それが凄惨な亡骸であると理解する。

 

 まるで凄まじい衝撃で圧死したかのような彼らの死体の、すぐ側に。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 その元凶と思われるものが、いた。

 

 

 

 遠目から見ても、それは8メートルを優に超えるほどの体格をしている。

 

 

 

 

 巨大な手には、砦の壁すらも簡単に切り裂けそうな大鉈が握られ、地面にめり込んでいる。あれを振り下ろしたのだろう。

 

 

 

 昨日見た黒いサーヴァントすらも子供に見える体は鎧に包まれ、鎖帷子の帽子にはくすんだ王冠が戴かれて。

 

 

 

 その全身は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「あれ、は……」

『これまでにない強力な魔力反応……! 霊基、霊核共に神霊クラス!? 藤丸くんたち、今そこにとてつもない化け物がいないかい!?』

 

 圧倒される俺たちを前に、ドクターの通信が入る。

 

「……ええ、ドクター。今、私たちの前には……」

「《薪の王》の一人だ」

 

 俺たちの疑問に答えを返すように、隣でバーサーカーが呟いた。

 

 

 あれが、薪の王。

 

 

 

 火の時代の継承者、かつて石の玉座に座った王の一人。

 

 

 

 世界焼却の黒幕の手に落ちた王の一人が、俺たちの前に現れた。

 

 

「──ヨーム。やはりいたのだな、わが旧き友」

 

 呟くような、絞り出したようなジークバルトさんの一言が、やけに耳に残った。

 

 

 

「──勇ましきものよ」

 

 

 

 そんな俺たちに追い打ちをかけるように、静寂に包まれた戦場に声が響く。

 

『首都の外壁の上に魔力反応! さらなるサーヴァントだ!』

 

 ドクターの飛ばした軽快に、反射的に言われた場所を見る。

 

 すると、未だに数十メートルの距離がある首都を守る外壁。その上に誰かが立っていた。

 

「実に、勇ましい。それでこそ当代のローマを統べる者である」

 

 サーヴァントだからか、それとも魔術的な何かが発揮されているのか。

 

 声音は静かなのにはっきりと聞こえるその声は、ぞわりと悪寒を覚えるほどに圧倒的な覇気を持っている。

 

「巨躯の人物が、砦の上に立っています。そして、その視線がネロ陛下に……」

 

 人間の俺よりも、サーヴァントのマシュやバーサーカーなどははっきりとその姿が見えているのだろう。

 

 思わずといった様子でつぶやいたマシュの言葉に、次のサーヴァントの言葉はこんなものだった。

 

「──そうか、お前がネロか。なんと愛らしく、何と美しく、何と絢爛たることか。その細腕でローマを支えて見せたことも多いに頷けよう」

「っ、私の言葉がこの距離で……」

「あちらもサーヴァント。声帯だけでなく耳も良いようだな」

 

 あちらもこちらも、互いのことが見えている。

 

 相手がサーヴァントの場合は、どんな行動をしても油断ならないんだ。

 

「さあ、おいで。過去、現在、未来。そのローマ全てが、お前を愛しているとも」

「な……」

「ネロ陛下? 顔色が優れないようですが……」

 

 ネロ陛下の顔は、蒼白といっていいほどに青白くなっていた。

 

 彼女は自分を見ているらしいサーヴァントを見上げ、唇を……いや、全身を戦慄かせている。

 

 まるで、怯えるように。

 

「あれ、は……まさか、そんな……」

「ネロ陛下の様子がおかしいです。何か魔術的な攻撃を……」

「いいや、違う。ただ単純に彼女は──恐れている。ソウルの底からな」

「魂の底から、ですか? バーサーカーさん」

「ああ。そして私も驚いている」

 

 バーサーカーが、砦の上にいる人物を一瞥する。

 

「あれは……あの英霊は、紛れもない《王》だ」

「王……そうだ」

「陛下……?」

「一目でわかってしまったのだ……あれは、あのお方こそが……ローマだ」

 

 その言葉に少なからず衝撃を受けた。

 

 彼女にとって、ローマは何よりも愛しており、誇っていて、これまで誰にも譲らないと宣言してきたもの。

 

 その彼女が。ローマ皇帝であることを矜持とした彼女が──あのサーヴァントを、ローマそのものだと。

 

 そう認めたのだ。

 

「そうだ。お前にはわかるはずだ。(ローマ)こそがローマ。(ローマ)が、連合帝国なるものの首魁である」

「な……!」

「さあ、(ローマ)のもとへ帰ってくるがいい。連合に連なる皇帝の一人となれ。(ローマ)は全てを許そう。お前の内なる獣さえも、(ローマ)は愛してみせよう」

 

 それは、ただの言葉じゃない。

 

 一言一言にプレッシャーを伴う、まさに王の言葉。

 

 冬木で初めてセイバーオルタの前に立った時も感じた──圧倒的な威厳を持っていた。

 

「私が──ローマだ」

「あ、ああ……そんな……お前は、いや、あなたは……!」

 

 陛下は、あのサーヴァントに心当たりがあるようだった。

 

 自然と視線を彼女にもう一度向けると、彼女は……心の底から畏怖を含んだ目で、続きを言い放った。

 

「あなただけは、ありえぬと……そうであってほしいと、余は思っていたのだ……そう信じていたかったのだ」

 

 だが、と言葉を切って。

 

「連合の頂点に君臨するのは……我が前に立ちはだかるのは、相応しくないとも思っていたのだ──()()()()()()! あなた以外には!!」

『神祖ロムルス……セプテム・モンテスにローマ帝国を打ち立てた建国の英雄か!』

 

 つまり、最初のローマ皇帝……! 

 

 

 

 大物の登場に戦慄していると、どこからか雄叫びが聞こえてきた。

 

「何だ!?」

「マスター、首都の中から新たな軍隊が! ネロ陛下を狙っています!」

「くそっ、このタイミングで!?」

「いいや、今だからこそだろう」

 

 バーサーカーが杖を掲げ、ソウルの魔術を解き放つ。

 

「〝ソウルの奔流〟」

 

 豪奢な杖から飛び出したのは、一言で言えば極太のビーム。

 

 それは新しく出てきた部隊の前方部分を蹴散らし、それを合図にしたかのように再び戦場が動き出した。

 

 怒号と闘志あふれる雄叫びが戻ってくる中で、あの《薪の王》も地響きを立てながら大鉈を持ち上げる。

 

 まずい。そう思った瞬間、視界の端を白い塊が駆け抜けていった。

 

「うおおおおおおおおおっ!!!」

「ジークバルトさん!?」

 

 飛び出していったのは、他にはいない特徴的な鎧を纏った人物。

 

「ヨームッ! 我が旧き友よ! 再び約束を果たしにきたぞ!」

 

 叫びながら、ジークバルトさんは群がる兵士たちを蹴散らして一直線に《薪の王》に向かっていく。

 

 止める間もない快進撃に思わず固まっていると、全身を震わせるような「声」がした。

 

 

「──待っていたぞ、カタリナのジークバルト」

 

 

 喋った。

 

 あの巨人が、火の時代から召喚された《薪の王》が、文字通り魂にまで響く地鳴りのような声で。

 

 それは、歓喜に満ちていて。

 

 何かを待ち焦がれ、ついにその時が来たような──そんな感情が、溢れんばかりに込められていた。

 

「我ら、《薪の王》に栄光あれ!」

「オオオオォォォオオオオオッ!!!」

「ジークバルトさっ……!」

 

 がむしゃらに突き進むジークバルトさんの背中に手を伸ばした、その瞬間。

 

 彼の手の中にあった長大な剣が消え、代わりに持ち手の先端が奇妙な形の、一回り小さな大剣が現れる。

 

 もうすでに遠く離れた背中──だが、はっきりと俺の目に見えたのだ。

 

 

 

 その剣が、風を纏っているのが。

 

 

 

「フンッ!!!」

 

 ジークバルトさんが、それを振り下ろす。

 

 すると、あの《薪の王》の大鉈にも負けない大きさの、目に見える風の刃が行く手を阻む兵士を蹴散らした。

 

 その勢いのままに刃は直進し、《薪の王》が構えた大鉈にぶつかって凄まじい音を立てる。

 

「づっ……! 耳が……!」

「マスター! 大丈夫ですか!?」

「うん。それより、先に進まないと……!」

 

 ネロ陛下は、半ば放心したような状態でいる。あのサーヴァントはもう外壁の上にいないのにだ。

 

 このまま同じ場所にいつまでもいるのはまずい。とにかく作戦通り、首都に入り込まなくては……! 

 

「藤丸将軍、ご報告します!」

 

 一度開いた道をふさぎ始めた兵士たちに歯噛みしていると、馬に乗った兵士が戦場を突っ切って現れた。

 

「何ですか!?」

「スパルタクス将軍、並びに呂布将軍! ただいま帰還されたとの報告が入りました!」

「何だって!?」

 

 思わず声を荒げた途端、オルタとは違う轟音が戦場のどこからか、二つほど響いた。

 

 それに影響されたように、連合軍の動きが変わる。その結果、首都へ進む道が少し手薄になった。

 

「マスター!」

「ああ、わかってる! ネロ陛下! 前に進みましょう!」

「あ……う、うむ」

 

 普段なら絶対やらないが、激しく肩を揺さぶるとようやく正気に戻った。

 

 緩慢ながらも動き始めたネロ陛下たちについていこうとすると、バーサーカーが立ち止まっていることに気がつく。

 

「バーサーカー? どうしたの?」

「……マスター。この戦場に残ることを、許してはくれないか」

 

 一瞬、思考が止まった。

 

 バーサーカーはカルデア陣営の最高戦力。だからこそ首都侵入の組に振り分けられたのだ。

 

 そのことを、ここ数ヶ月で染み付いた指揮的な思考が言うが……バーサーカーの雰囲気が、異様だ。

 

 そして、こんな時の彼がどうしたいのか。

 

 付き合いの短い俺でも、何となくわかっていた。

 

「……ジークバルトさんを、助けに行くんだね?」

「ああ……実に身勝手な振る舞いだとは承知しているが」

「うん、いいよ」

 

 俺は、自分でも思いの外あっさりとそう言った。

 

 バーサーカーも驚いたような気がする。わかってる、戦況を考えれば明らかな判断ミスだろう。

 

 でも、それでも。

 

「大事な、友達なんでしょ?」

「……ああ」

「なら、行ってくれ。あとは俺とマシュたちで何とかするから」

 

 強がりに近い言葉を使い、彼に笑いかける。

 

 きっと今頃、通信の向こうでドクターとダ・ヴィンチちゃんあたりにやれやれと言われているだろう。

 

 

 でも、この特異点にきて。

 

 ジークバルトさんと再会して話しているバーサーカーは、本当に嬉しそうで、楽しそうで。

 

 だったら、彼のマスターとして。

 

 

 

 こうしないといけない気がしたんだ。

 

 

 

「……本当に」

「ん?」

「本当に、君が私のマスターでよかった」

「あはは……まだまだ不甲斐ないけどね」

「このような場でなければ、再び忠誠を誓うが……すまない、行かせてもらう」

「うん。頑張って」

「ああ」

 

 くるりと踵を返し、バーサーカーは兵士の壁を飛び越えるとジークバルトさんのあとを追った。

 

 それを見送って、ふとずっと隣にいたマシュをみる。

 

 すると、彼女は微笑んでいた。

 

「えっと。やっぱりまずかったかな?」

「いいえ、マスターらしい判断でした」

「ああ。君は人が良いな」

「荊軻さんまで……とにかく、バーサーカーの分まで俺たちが頑張ろう!」

 

 すぐ近くで、何かを憂うような表情でいるネロ陛下のためにも。

 

 

 

 マシュや荊軻さんと頷き合い、俺たちは首都に向けてもう一度進み出した。

 




次回、ヨーム戦。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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約束を

ドチャクソ文字数増えた…

主にヨーム戦、間に藤丸たちを挟んで。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 三人称 SIDE

 

 

 

「うおぉおおおおおっ!!!」

 

 

 

 雄叫びを上げ、男が走る。

 

 乳白色の鎧に身を包み、その下にある鍛え抜かれた肉体を躍動させて進み続ける。

 

 向かうべきはただ一人──彼が死をも超越してまで誓った約束を果たそうとした、友の下へ。

 

「ヨォオオオオオムッ!!!」

 

 叫び、吠え立て、騎士はひたすらに駆け抜けた。

 

「ジークバルト……!」

 

 そして巨人の王は、それを待ちわびたかのように大鉈を振り上げる。

 

 

 

 

 

 騎士の国カタリナ。

 

 

 

 

 

 かつて、火の時代において名を馳せたその国は、特徴的な伝統の鎧とその気質で有名であった。

 

 国の名を冠するほどに〝騎士〟という存在を重んじ、高尚な騎士道精神を尊んでいた。

 

 

 

 今は無きその歴史、古い古い時代の中において、ジーク家はカタリナの中で最も古い家の一つと数えられる。

 

 その起源は古く、かの大王グウィンの率いる神の治世が残っていた時代からすら存在していたという。

 

 ジークバルトもまたその例に漏れず、国随一の剣の腕、そして素晴らしき(ソウル)の持ち主であった。

 

 

 そんな彼は、ある時一人の巨人と出会う。

 

 その巨人は他の巨人らと同様にかつては身分が低く、ある時を境に王として祭り上げられた者だった。

 

 そもそも罪の都とは、それ以前は別の名前で呼ばれた都であった。

 

 贅に溺れ、財に心酔した都の住人らはその傲慢さにふけり、やがて禁忌を犯したのである。

 

 

 すなわち、《はじまりの火》の創造を。

 

 

 かつて最初の英雄に名を連ねた魔女たちと同じ過ちを犯した彼らを、失敗した実験によって生み出された罪の炎は罰した。

 

 都は焼かれ、住人は生きながらにくすぶり続け、そして一部はデーモン、と古来呼ばれた混沌に変じた。

 

 

 その混乱を収めるために残る愚か者たちに選定されたのが、随一の強さを持つ巨人ヨームである。

 

 元来巨人とは義理堅く、恩を受けた相手を裏切ることは決してない。たとえそれがどれだけ不当な扱いだろうとも。

 

 ヨームとて同じことであり、愚者たちはそこに付け入った。

 

 

 

 ヨームは戦った。

 

 並み居る巨人らの中でも飛び抜けた巨躯をも守る大楯と頑強な大鉈を携えて、罪に沈んだ都に溢れた混沌を滅し続けた。

 

 不当な扱い、策略によって座らされた王座。

 

 ヨームは誰一人として信用しなかった。それまで生かされた恩、ただそれだけのために己の身を賭した。

 

 悲惨な扱いにも関わらず戦う彼を見て、ジークバルトは感嘆した。

 

 

 

 ああ、彼こそが真の騎士である! と。

 

 

 

 そして二人は友になったのだ。

 

 ヨームは、初めて誰かを信じることを知った。

 

 ジークバルトは己が求めた騎士道を見つけ、歓喜した。

 

 

 

 だが、ヨームはその役目を全うできなかった。

 

 猛る罪の火に今度こそ都全てが焼かれ、彼は守るべき愚者たちをも失ったのである。

 

 残ったのは、混沌と、無力な自分と、たった一人の友だけ。

 

 守るものを失ったヨームは大盾を捨て、鬼神の如き強さで混沌を根絶した。

 

 

 

 己の全てを賭けたその英雄的行為は、彼をはじまりの火を継ぐ《薪の王》の玉座へと誘った。

 

 

 

 石の王座に座した彼は──知ってしまった。

 

 この時代に、世界に先がないことを。継いでいくほどに弱るばかりで、もう火は消えかけていることを。

 

 何よりも──自分が、いずれやってくる最古の火継ぎの再現のための、単なる《薪》でしかないことを。

 

 

 

 だからこそ、ただ一人の友に願ったのだ。

 

 

 

 もしも、その時が来たならば。

 

 

 

 その時は、お前にこそ自分を討ち取ってほしい、と。

 

 

 

(やって来たぞ、我が友よ! 誇り高き巨人よ! たとえ何度、そのように蘇ろうとも、私はお前との約束を果たすッ!)

 

 召喚されたジークバルトという英霊は、その逸話を主としてその存在を定義されていた。

 

 人理が呼び覚ました灰を呼び水として、人理焼却の黒幕の手に落ちた《薪の王》ヨームへのカウンターとして召喚され。

 

 最もかの王に縁深き者……()()()()()()()()()()()()()()()として、その霊基を定められたのだ。

 

 

 

 なんという悲運だろうか。

 

 この男は召喚されたその瞬間から、友を殺す運命にあるのだ。

 

 だがジークバルトは嘆きはしない。

 

 それが宿命であるのなら、自分の存在意義であるのなら──かつての約束を誇りとして、戦おう。

 

 その手には、彼の運命とともに刻まれた宝具(逸話)──〝嵐を統べる者(ストームルーラー)が握られている。

 

 またの名を〝巨人殺し〟。嵐の刃たるそれに風を纏い、ジークバルトは振り下ろされる大鉈に剣を振り上げ──

 

 

 

「ハァッ!」

 

 

 

 それに合わせるように、()()()()()()()()が放たれた。

 

 交差する形で飛んだ二つの風刃は、大鉈を弾き返す勢いのままにヨームの胸当てを強打する。

 

 よろめき、膝をついたヨームに、ジークバルトは驚きを顔に浮かべて後ろを振り返った。

 

──姫よ、今一度剣を握ることをお許しください

 

 そこに立つのは、古びた鎧の探究者。

 

 故郷の国を旅立ち、放浪していたジークバルトの、ヨームを数えぬ限りでは最も新き、唯一の友。

 

 王狩りとも謳われた男は──その手にジークバルトと同じ、愚者らに与えられた嵐の剣を携えていた。

 

「貴公……」

「──ジークバルト殿。友愛の義の下に、貴公の約束に力添えさせていただこう」

 

 静かに呟き、灰はジークバルトの隣に立つ。

 

 完全に頭に血が上っていたジークバルトは、すっと自分のソウルが昂りを収めるのを感じた。

 

 

 

 ああ、そうだ──自分は忘れていた。

 

 

 

 ジークバルトには、まだあと一人友がいたではないか。

 

 旧友を追い求め、歪に繋がった世界を旅する中、行く先々で出会い、ともに苦難を乗り越え。

 

 そして、自分の最後を看取ってくれた。かけがえのない友が。

 

「……うむ! 貴公、我が新しき友よ! 今一度、助太刀をしてはくれまいか!」

「もちろんだとも。さあ、共に行こう」

「応!」

 

 いつものように明るい声音で答え、ジークバルトはストームルーラーを構え直す。

 

 

 

 今ここに、二振りの巨人殺しが揃った。

 

 

 

 立ち上がったヨームはそれを睨みつけ、そして全身から闘気を発する。

 

「さあ──来い!」

「「はぁああああっ!」」

 

 裂帛の叫びと共に、二人の騎士が再び《薪の王》へと挑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 藤丸 SIDE

 

 

 

「マスター、市民が攻撃してきます!」

「こんな、普通の人まで……っ!」

 

 どうにか首都内に潜入した俺たちだったが、そこには予想もしない軍勢が待ち構えていた。

 

 ネロ陛下のローマを離れ、皇帝連合の皇帝民として移住した数多くの一般人たち。

 

 その全てが、外にいる兵士たちと同じように足止めをしてきたのだ。

 

「まさに死に物狂い、という様相だな……! これで外にいる呂布達が抑えなければ挟み撃ちだぞ!」

「とにかく、危害を加えるわけにはいきません!」

『これは参った! まさか神祖ロムルスの威光がここまでのものだったとは!』

 

 ロムルス、と聞いて。

 

 気になってすぐそばにいるネロ陛下のことを見ると……いつもよりもずっと思いつめた表情でいた。

 

 しかも、元ローマの民が相手であるためか、とても複雑そうな表情で襲いかかってくる相手をあしらっている。

 

 明らかに元気がない。なんとかしたいという思いが湧いてくるが、どうすればいいのかわからなかった。

 

「う、うおおおぉぉっ!」

 

 その時、ネロ陛下の背後から瓶を振り上げる男が現れた。

 

 何かに思い悩んでいる顔のネロ陛下は気づいていない。まずい! 

 

「ガンド!」

「ぐはっ!?」

「っ!?」

 

 銃のように構えた指先から魔力弾を打ち出し、男を吹っ飛ばす。

 

 俺の魔力出力ではそんなに殺傷力はないので、多分骨折くらいで命に別状はないだろう。

 

 ともかく、ほっと安堵しながら陛下に駆け寄る。

 

「陛下、平気ですか!?」

「うむ……」

 

 ……やっぱり、かなり悩んでいるみたいだ。

 

 普段の語り口調から、陛下がローマ帝国の信仰する神々や、祖先のことをとても尊敬していることは知っている。

 

 俺が想像できるのは、一番古くて爺ちゃんだけど……でもきっと、とても辛いんだろう。

 

「……余は」

「え?」

「余は、これまで己の信念を信じて突き進んできた」

 

 周りには暴徒、外では戦争。

 

 とても穏やかとは言えない状況の中で、驚くほど弱々しい声で陛下は語り出した。

 

「たとえ叔父が立ちはだかろうと、歴史に名を刻んだ名君と相対しようと、己の責務を、皇帝としての誇りをかけて戦い続けてきた」

「……はい。ずっと近くで見ていました」

「だが、だが……! 今ここに来て、余はこれまでにないほどの苦悩に直面している!」

 

 心から苦しそうに、陛下が叫ぶ。

 

「あの方の声を聞き、姿を見て、言葉を受けた時。余は思ってしまったのだ──この方に全てを委ねてしまいたい、と!」

「!」

「連合の皇帝の一人として、あの方の下につきたいと、そう思ってしまった! ここまで来てだ!」

 

 ……それは、俺には計り知れない感情のこもった激白で。

 

 堪えていたものが一気に溢れ出たように、綺麗な顔を苦しそうに歪めて、宝石のような目で俺を見上げる。

 

「余は、不甲斐ない皇帝だ。お前たちに力を借り、兵士たちの命を散らし、ローマの全てを守るために戦ってきたのに……」

「いいえ」

 

 そんな弱々しい陛下に、俺は首を横に振った。

 

 訝しげに陛下が見上げてくる。

 

 その目をまっすぐ見返して、俺は言葉を続けた。

 

「陛下は、いつも真っ直ぐで、強かったです。マシュたちの力を借りなきゃ何もできない俺なんかより、ずっと美しい生き方をしていたように思います」

「美しい、生き方……」

「陛下は言いましたよね。ローマの全てを守るために戦ってきたんだって。俺、初めて都に行った時──感動したんです」

 

 あれほど圧巻された記憶を、俺は少なくとも多くは持ち合わせていない。

 

 溢れかえるほどの活気、その1日1日を全力で生きている華やかな都。

 

 こんなにも命に、生を楽しむ意志の活力に満ち溢れた場所があるのだと、心の底から感激した。

 

 そんな彼らも、そしてネロ陛下も──

 

「みんな、笑っていました」

「っ!」

「繁華街の人たちも、働いている人たちも、兵士の人たちだって、みんな笑ってたんです。今自分が生きているこの瞬間を、全力で生きていたんです」

 

 きっと、あの感動を俺は忘れない。

 

 この旅で出会った全てを、俺はきっと死ぬ時まで忘れることなどできない。

 

「陛下は、何のために戦っていたんですか?」

「……そう、か……余は、あの光景を……忘れていたのだな」

 

 ネロ陛下は俯く。

 

 しまった、言い過ぎたか。これ、不敬罪とかになったりしないよね? 

 

 内心ちょっと冷や汗をかきながら、それでも伝えたいことを伝えられたことにどこか満足している。

 

 そんな気持ちでいると──不意に、勢いよく陛下は面を上げた。

 

「うむ、そうだ! 余は話がローマの、ローマの民の笑顔のために戦っていたのだ!」

 

 その声には、もうさっきまでの弱さはない。

 

 突然戻った気迫に少し気圧されていると、陛下はぐるりと周りを見渡す。

 

「見よ、藤丸。この首都の民、誰一人として笑っていない」

 

 言われてみると、確かに誰も彼も必死に俺たちを倒そうとしていて、笑顔なんて一つもない。

 

 ただこの皇帝連合を存続するために──あの神祖ロムルスの為だけに命さえ投げ出してしまいそうな危うさがある。

 

 それは、とてもではないがあの都中で咲き誇っていた笑顔とは比べものにならなかった。

 

「たとえ、敵が神祖であろうと。余はこの光景だけは受け入れられない。たとえ余自身が望もうと、民が笑えぬ治世など絶望しか呼ばぬ!」

 

 強く、俺が圧倒された力を取り戻した声で。

 

 煌めき輝く、エメラルドのような綺麗な瞳に光を宿して。

 

 その俺より小さな体には見合わないほどの覇気を発揮して。

 

「故に余は──かの神祖を打ち倒そう!」

 

 そう、声高く宣言した。

 

「余の皇帝としての誇りにかけて! 話がローマに住まう人々全てと、神々に誓って! 余は最後まで戦い抜く!」

 

 もう俺が心配する必要なんてなさそうだ。

 

 少しホッとしていると、こちらを向いた陛下は自信満々な顔であった。

 

「藤丸、最後まで付き合ってもらおうぞ」

「はい、最後まで一緒に戦います」

「うむ! ──誇り高きローマの戦士たちよ! 今は敵であれども、彼らは守るべき民である! 極力傷つけることなく、このまま城まで突破せよ!」

 

 

 

 オオオオオォォッ!!! 

 

 

 

 待っていましたと言わんばかりに歓声をあげ、ローマ兵たちは暴徒を押し返し始める。

 

 それを見て、俺もマシュたちのところに急いで戻った。

 

「マスター、何だかネロ陛下が元気を取り戻したようなのですが」

「うん、もう平気だ……さあ、あの城に向かおう!」

「はい!」

 

 神祖を倒して……聖杯を回収する! 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 三人称 SIDE

 

 

 

「セイッ!!」

「ハァッ!!」

 

 二本のストームルーラーが振り下ろされる。

 

 それはヨームの身の丈に迫る刃を作り出し、大鉈で防ごうとした巨人の体を削り取った。

 

 

 その剣を誰が鍛えたのか、何故ヨームがそれを持っていたのか。

 

 それをジークバルトも灰も知らない。そもそも、灰の武具の大半は他者から奪ったものなのだから当然だが。

 

 だが、あまりに強力無比なこの剣は巨人を相手にした時にしか、その超常の力を発揮しない。

 

 そのことから察するに……良い目的のもと作り出されたわけではあるまい。

 

 

 故にこそ、騎士たちは曰く付きであろうその剣を覚悟を持って振るう。

 

 一人は、旧友のためにそのソウルを燃やして。

 

 一人は、マスターと友のために。

 

 

 両者ともに()()を支払いながら、巨躯の孤王を倒すためにその柄を握りしめた。

 

「オオオォオオッ!!」

「フッ……!」

 

 ジークバルトが迫力のある叫びとともに一閃を繰り出せば、その隙を埋めるように灰がストームルーラーを振るう。

 

 本気の殺意をもってジークバルトらを叩き潰さんとするヨームは、息のあったコンビネーションに何度かの直撃を受けた。

 

 

「ぐ、おぉお……!」

 

 

 苦しげに声を漏らし、膝をつくヨーム。

 

 灰の目には、そのソウルが弱まってきていることが分かった。余力は六割もあるまい。

 

 だが、彼は知っている。

 

 かつて一度戦ったからこそ、この先のヨームが最も厄介であることを。

 

 

 

「オオオォオオオオッッ!!!!!」

 

 

 

 巨人が吠える。

 

 兜代わりの鎖帷子の奥に隠された大口を開けて、地面にヒビを入れるほどの咆哮が撒き散らされる。

 

 とても劣勢であるとは思えない声量とともに、膝をついていたヨームはズン!! と大鉈の先端を地面に叩きつけた。

 

 

 そして、火が灯る。

 

 

 燻っていた体に、ソウルに残った《はじまりの火》の残滓が彼の闘志に答えて燃え盛る。

 

 瞬く間に赤熱した体から大鉈に火が伝い、そこに炎の巨人と形容できる存在が出来上がった。

 

「まだ、まだいけるぞ、ヨーム!」

 

 怯むことなく、ジークバルトがストームルーラーを掲げた。

 

「うぐっ!?」

 

 その瞬間、ドクンッ! と激しい激痛がエーテルの体を駆け巡り、ジークバルトは思わず片膝をついた。

 

 その隙を見逃さず、ヨームが真っ赤に染まった大鉈を振り下ろす。

 

「フンッ!」

 

 すかさず灰が割り込み、ストームルーラーを振るって打ち返した。

 

 よろめいて後退するヨームをひと睨みし、灰は胸当てのあたりを押さえているジークバルトに近寄った。

 

「平気か?」

「……何の、これしき。約束を果たすまでは、屈さんよ」

「そうか……では、その言葉を信じよう」

 

 片手でジークバルトの片腕を持ち、重量のある鎧に包まれた体を規格外の膂力によって立たせる。

 

 そこでジークバルトは自分で立ち、今一度ストームルーラーに風を纏って、二人を睨め下ろす巨人を見上げた。

 

「さあ、決着をつけるぞ!」

「ジークバルトオオオッ!!」

 

 吠えた二人は、互いに剣を振り上げる。

 

 灰は黙してジークバルトに付き従い、その動きに合わせて嵐の力を解放した。

 

 

 

 ズン、と言う鈍い音と共に、またヨームの体は傷ついていく。

 

 しかしそれまでと違ったことは、ヨームは野太い声で叫びながら、そのまま突撃してきたことだ。

 

 振り下ろされた超重量の大鉈を、灰は即座にストームルーラーをソウルに仕舞い込み、別の武器を取り出す。

 

 

 ガゴン、と大きな衝突音を立てて大鉈を受け止めたのは──ヨーム自身のソウルから作り出された、全く同じ大鉈。

 

《薪》とされた彼のソウルの残滓から作り出されたそれはいくらか小さく、灰の怪力によってどうにか拮抗する。

 

「今だ!」

「セァッ!!」

 

 大鉈を大鉈で支える灰の後ろから飛び出したジークバルトは、近距離でストームルーラーを斬り上げる。

 

 ほぼ横一直線に飛んだ風の刃は、辛うじて差し込まれた左腕に深い傷跡を残し、ヨームは苦悶に顔を歪めた。

 

 

 緩んだ力の圧に灰は全身の筋肉を奮い立たせ、声無き絶叫と共に大きく大鉈を外側へと弾いた。

 

 ありえざる膂力に、ヨームはまるで大鉈のみならず右肩の根本から腕が弾け飛ぶような衝撃を覚えた。

 

「ハッ!」

 

 灰の猛攻は終わらない。

 

 振り回した大鉈を虚空で消し去り、再びストームルーラーを握りしめた。

 

 回転する体の勢いに身を任せ、精神力を消費させて風を刃に纏わせると振り抜いた。

 

 

「グッ!?」

 

 

 ズグン、という鈍い感触がヨームを襲い、次の瞬間右肩がパックリと割れて鮮血が迸る。

 

 吹き出す端から、全身に盛る炎で蒸発していくそれに、さしもの巨人とて大きく後ろにタタラを踏んだ。

 

 

 明確な隙。

 

 攻撃とは最大の防御なりという言葉を体現するように、ヨームの鬼神の如き強さはその猛攻に由来する。

 

 だが、特攻宝具とも呼べるストームルーラーを二本同時に相手する、という特殊な状況に置かれてはその優位性を保てず。

 

 

 

「──友よ」

 

 

 

 頭上にストームルーラーを掲げたジークバルトは、目を見開くヨームに語りかけた。

 

 その刃には、それまでで最大の風が集まっている。

 

「再びこうして会えたこと、感謝しよう。たとえどのような主であろうとも尽くすその忠義、変わらずにいたことが何より嬉しかった」

 

 ジークバルトの持つ魔力全てを注ぎ込まれた風は、確実にヨームのソウルを削り切る威力がある。

 

 それはつまり──これがジークバルトにとっても、最大最後の一撃であることを意味していた。

 

「だから──友情と敬意を持って、また約束を果たそう。何度でも、何度だろうと!」

 

 覚悟を決め、柄を握りしめ、腰に力を入れて。

 

 最後にちらりと、最後まで共に戦ってくれた古騎士を見てふっと笑い。

 

 

 

「これで終わりだ──さらばだ、我が友よ」

 

 

 

 ジークバルトは、静かに嵐を解き放つ。

 

 ストームルーラーが直下へ真っ直ぐに落ちた瞬間──それまでの数倍は大きな刃が通過した。

 

 それは、ヨームの大鉈を、傾いた体を、その後ろの首都を守る堅牢な壁さえも切り裂いて。

 

「オ、ォオオオオオオ……」

 

 ゆっくりと、その巨躯が倒れ臥す。

 

 その背中が先の一撃で脆くなった外壁に倒れ込み、盛大な瓦礫の山を作りながら巨人は転倒した。

 

 

 

 しばし、戦場に轟音が響く。

 

 やがて外壁からポロリポロリとこぼれ落ちていた瓦礫が止み、振動が収まっていく。

 

 それが終わった時……もう、巨人の王は動かなかった。

 

「はぁ、はぁ……ッ!」

 

 ぴくりともしないヨームを見ていたジークバルトは、先ほどより更に荒く息を吐いて仰向けに倒れた。

 

 その手からストームルーラーがこぼれ落ち、わずかに渦巻いていた風が掻き消える。

 

 しばらく無言で空を見上げたジークバルトは──兜の下で、清々しい笑顔を浮かべたのだった。

 

「これで……また、約束を果たせた」

「………………」

「ありがとう、貴公。また付き合わせてしまったな」

 

 すぐ隣に立っている灰は、黙って彼の言葉を聞いた。

 

「勝利の祝杯を、と言いたいところだが……どうやら此度は、その時間もないらしい」

 

 ジークバルトの鎧から、白い粒子が立ち昇る。

 

 

 

 英霊、カタリナの騎士ジークバルト。

 

 

 

 セイバーの霊基として現界した彼の持つ宝具、その名を〝嵐を統べる者(ストームルーラー)〟。

 

 

 

 魔剣たるその剣の逸話の最後は、巨人の王ヨームの討伐。

 

 

 

 共に刻まれるは──騎士ジークバルトの死。

 

 

 

 確定されたその逸話は、宝具の展開とヨームの撃滅を条件として……ジークバルトを消滅させる。

 

 

 

「また、貴公に背負わせてしまうことを詫びる」

「……気にしないでくれ。私の旅は、そういう旅だ」

 

 灰はそれをわかっていた。

 

 分かっていながら……かつてのように見送ると分かっていながら。

 

 それでも、この陽気な騎士の願いを叶えたかったのだ。

 

「はっはっはっ、心優しき我が友よ! 貴公がいつか救われることを、私は心より願っているぞ!」

 

 最後に陽気に笑ったジークバルトは、右手を燦然と輝く太陽に伸ばし。

 

 

 

「我らのソウルに──太陽の栄光あれ!」

 

 

 

 そう言って、消滅した。

 

 共に、まるで寄り添うようにヨームも魔力の粒子になって消えていく。

 

 やがて、重なり合った二人の魔力が空へ消えていった時──ゴボッ、と大量の血を面頬の中で吐き出した。

 

「ゴフッ……どうにか隠し通せたようだな」

 

 二人の魔力が散っていった方を見上げ、やれやれと呆れながら独白する灰。

 

 そのままぐらりと後ろに倒れ、受け身も取れずに先ほどのジークバルトのように仰向けになった。

 

「……やはり、使えないか」

 

 既に手の中から消えたストームルーラー。

 

 

 

 かつてもヨームを倒すことそれだけに使った剣は──数ある武具の中で唯一、見事に砕け散ってソウルの中にあった。

 

 

 

 ジークバルトが必ずヨームを倒すのと同時に消滅するように、灰もまたその霊基に特殊な呪いがかけられている。

 

 

 

 その呪いは、誰かにかけられたものでもなければ、生まれつき持っている類のものでもない。

 

 

 

 ただ単純に──最後の薪の王(この霊基)である限りは決して破れぬ呪いなのだ。

 

 

 

「……すまない、マスター。そちらに行くにはもう少しかかりそうだ」

 

 

 

 疲れと、友への哀愁と。

 

 

 二つの苦しみを呑み下すため、しばし灰は戦場の空を見上げ続けた。

 




あと二話で収まるかなっと。

にしても随分とアクセス数減ったな…

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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神祖

さて、次回でまとめきれるかな…

今回はローマ…間違えた、ロムルス戦。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

「な、なんとか着いた……」

「マスター、随分と疲労しています」

「うむ、ご苦労であった。マシュたちのようなサーヴァント? でないにも関わらず、お前は健脚だな」

「お褒めに預かり光栄です……」

 

 どうにか暴徒を突っ切って城までついたけど、つ、疲れた……

 

 いや、昔山で野犬の群れに追いかけ回された時に比べれば、まだマシだった。

 

 犬の嗅覚って、人間の一億倍なんだよ……

 

「さて、我が屈強なるローマの戦士たちをしんがりに置いて、ようやくたどり着いたわけだが……本当にここか?」

『ああ、そこから強大な魔力反応を感じる。間違いなさそうだ』

「私も感じるぞ。殺すべき〝王〟の気配をな」

「皇帝暗殺の逸話を持つ荊軻さんもこう言っていますし、間違いなさそうです」

「よし。それじゃあ……行こう」

 

 最後の覚悟を決め、俺たちは王城の門を押し開けると中に入った。

 

 そこからはドクターの指示を頼りに、城の中を神祖ロムルスの反応に向かって進んでいく。

 

 道中、やはりと言うべきか怪物や城に残っていた兵士に邪魔されたが、どうにか進めていた。

 

「ううむ、やはり……この城の構造、余の城と一致しておるな」

「確かに、よく見ると廊下の作りや扉の配置が同じです。これも聖杯の力なのでしょうか?」

『ありえるね。オルレアンではファヴニールなんて化け物を魔力で召喚してたんだ、城くらい作れても不思議じゃない』

 

 どこか既視感を感じる廊下の中を、慎重に進んでいく。

 

 まるでローマ帝国の首都にいる時のような気持ちになるが……あの城よりも、ここはずっと静かだ。

 

 

 

 そうなると自然と移動も早くなって、この城にたどり着くまでの道のりが悠久に思えるほどあっさりと玉座の間についた。

 

 最初に城に入ってきたときと同じような気持ちになりながら、マシュが重厚な両開きの扉を押し開けていく。

 

 そうして露わになったその王座は、やはり見覚えがあって。

 

「──来たか。我が愛し子よ」

 

 ただ、そこに座する人だけが圧倒的な存在感を放っていた。

 

「神祖ロムルスよ! 誉れ高くも建国を成し遂げた偉大なるローマの父よ! 余はやってきたぞ!」

 

 気迫のこもった声で、歩み出たネロ陛下が宣言する。

 

 その姿に、先ほどロムルスが現れた時の気後れのようなものは存在しなかった。

 

「……良い輝きだ。ならば、もう一度呼びかける必要はあるか、()()よ」

「いいや、もはや必要なし。今、そなたが口にした通りに──過去も現在も、未来でも! 余こそがこの世界で唯一の第5代ローマ皇帝、ネロ・クラウディウスである!」

 

 胸を張り、剣を携え、碧眼は神祖ロムルスの赤い瞳を見据えて。

 

 これまで通りに──いいや、これまでのどんな時よりも力強く、〝皇帝〟は始まりの人に相対した。

 

「故にこそ、余は余の剣たるこのもの達とともに、そなたを倒す!」

「──許す。その言葉嘘でないと叫ぶのならば、(ローマ)の愛をお前の愛で蹂躙してみせよ」

 

 そして、神祖ロムルスは立ち上がった。

 

 玉座から、一歩、また一歩とこちらに進む度、ありえないほどの威容が部屋を支配する。

 

 屈強な見た目に留まらず、それ以上の存在感が──あの邪竜ファヴニールにも劣らないオーラを醸し出す。

 

 ただそこに立っているだけで苦しくなるのは、まるで──冬木でオルタの暴力を前にして膝を屈した時のようだ。

 

「マスター、気をしっかり持ってください」

「っ、そうだね」

 

 ……そうだ。

 

 今の俺は、一人じゃない。あの時よりも少しは成長したはずだ。

 

 だから……俺を頼ってくれる、この強い女の子の期待に応えなければ。

 

『魔力反応急上昇! 仕掛けてくるぞ!』

「マシュ、前衛を! ネロ陛下は遊撃、荊軻さんは隙を見て強襲!」

「了解しました!」

「うむ! この余を扱う権利を、この一時与えようぞ!」

「任せろ」

「では行くぞ──我が槍、我がローマを超えてみせろ」

 

 手に出現した生い茂る木のような槍を掲げ──そして、振り下ろされる。

 

 その瞬間、ゴウッ! という強烈な風が全身に叩きつけられた。た、たった一振りだけで吹き飛びそうだ……! 

 

「怯むな! 前へ進まねばあの方は超えられぬ!」

「はいっ!」

「──来い!」

 

 槍が振り切られた風圧を耐え抜き、本格的な戦闘が始まった。

 

「ヌゥンッ!」

「くっ、重っ……!」

「はぁあああっ!」

 

 二度目の振り抜きをマシュの盾が阻み、ネロ陛下が斬りかかる。

 

 神祖ロムルスは、それを易々と片手で受け止めた。

 

「なっ!」

「せぁっ!」

「ふむ」

 

 刀身を掴まれ、動きの止まった陛下。

 

 マシュが盾を上へ勢いよく振り上げることで神祖ロムルスの体勢をずらした。

 

「──ッフ!」

 

 そこへ、背後からの荊軻さんの奇襲。

 

 首筋に向かって匕首、という短刀が突き込まれたが──神祖ロムルスは、あえて()()()()()

 

 そうすることで、頸動脈を狙って放たれた匕首はスパルタクスさんの着ているような服に当たって阻まれる。

 

 甲高い音を立てて鎧の表面を滑った短刀、苦い顔をする荊軻さんに下から神祖ロムルスの槍が迫る。

 

「ガンドッ!」

「ほう。お前も立ち向かうか、少年よ」

 

 俺がなけなしの魔力で放った魔力弾で、一瞬気を引くことができた。

 

 その間にサーヴァントたちと陛下は体勢を立て直し、再び神祖ロムルスに攻撃を仕掛ける。

 

 

 だが、神祖ロムルスは生半可な相手ではなかった。

 

 その鈍器のような槍を振るう剛力も、彫像のような筋肉を纏った体に相反する恐ろしいまでの素早さも。

 

 卓越した判断技術と戦闘力、判断力も、その全てが俺の予想を大きく上回る強さを兼ね備えていたのだ。

 

 

 その力は聖女マルタの操るタラスクさえ受け止めたマシュの盾を吹き飛ばし、ネロ陛下の剣撃をそよ風のように受け流す。

 

 攻めあぐねる、とはこういうことか。二人の隙間を縫うように攻撃を仕掛ける荊軻さんもかすり傷も負わせられない。

 

「くっ、なんという実力だ……!」

「ポテンシャルはセイバーオルタさんに匹敵します!」

「どうした、愛し子とその剣よ。お前たちの(ローマ)はそんなものか」

「なんの! 我が誇りにかけて、この程度で終わりはせぬぞ!」

「私もです! あなたを打倒し、この戦いを終わらせます!」

 

 みんなの気合は十分。

 

 俺もなんとかサポートできないかと頭を悩ませるが、あの激闘に介入できるような何かはない。

 

「何か、何かないのか……!」

 

 そう呟いて、ふと握った自分の拳が眼に映る。

 

 魔力が枯渇しかけて震えているその手の甲には……一画がかすれて消えた、赤い印が刻み込まれている。

 

 

 そうだ、令呪を使ってなんとかできないだろうか。

 

 

 単純に能力を向上させただけでは、少しの間なら圧倒できるだろうけど、あくまで一時的なものになる。

 

 令呪の効力は短い。まだまだ余裕がありそうな今の神祖ロムルスでは、反撃されてしまう可能性が高い。

 

 なら……

 

「何か考えているようだな?」

「荊軻さん?」

 

 気がつけば、隣に荊軻さんがいた。

 

 そうだ、速さと奇襲に特化した彼女なら……

 

「荊軻さん、ひとつ提案があります」

「ほう?」

 

 そうして俺が手短に作戦を伝えた、その時。

 

「愛し子よ」

 

 神祖ロムルスが、口を開いた。

 

「っ!」

「よく戦った。よく抗った。お前の愛は強い。そのことを(ローマ)はしかと感じたぞ」 

「何を、終わったようなことを!」

 

 斬りかかるネロ陛下。それを槍で受け、神祖ロムルスは不敵に笑った。

 

「終わりではない。これは──試練(ローマ)だ」

『魔力増大! 宝具だ!』

 

 間髪入れず放たれたドクターの忠告通り、神祖ロムルスのオーラが劇的に膨れ上がった。

 

「これは……!」

「むう……!」

「マシュ! ネロ陛下!」

「では、受けてみよ──我が(ローマ)を!」

 

 まずい、来る! 

 

「〝すべて、すべて、我が槍にこそ通ず! 〟」

 

 神祖ロムルスの槍に、凄まじい魔力が収束していった。

 

 それが最高潮に高まった──その瞬間。

 

 

「〝すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)〟────!」

 

 

 部屋の中を、《大樹》が埋め尽くした。

 

 槍から爆発的に溢れ出した大量の樹木が伸び、成長し、暴れ狂い──部屋の中の全てを蹂躙する。

 

 あの巨人の王ヨームの背丈ほどの高さの玉座の間を飲み込んだそれは、文字通りすべてを飲み込んだのだった。

 

 

「……む」

 

 

 だが、神祖ロムルスが不思議そうな声を漏らした。

 

 俺はそれを──間一髪で宝具を展開し、大樹の侵略を防いだマシュの後ろから聞いたのだ。

 

 強く手首を左手で握りしめ、偏食かけた右手の手の甲では……残る令呪が二つとも輝いていた。

 

 一つは、繋がった魔力回路(パス)を通じて呼び戻したマシュの宝具に。

 

 そして、残るもう一つは。

 

「〝──ここより己の死は恐れず、生も求めず〟」

「……っ」

「〝不還匕首(ただ、あやめるのみ)〟……ふっ、今回は上手くいったな」

「ぬ、う……」

 

 神祖ロムルスの背後からその心臓を貫く、荊軻さんへ。

 

 彼女とは昨晩、もしかしたら何かあるかもしれないということで仮契約を結び、パスを繋いであった。

 

 これで……俺に残ったものは全部出し尽くした。

 

 あとは……

 

「ネロ陛下!」

「はぁあああああああああっ!!!」

 

 マシュとともに退避していた陛下が、白亜の壁を乗り越える。

 

 そのまま途中で成長を止めた大樹の上を走り、一直線に硬直しているロムルスの元へ駆け抜けて──

 

「フッ!」

「──ッ!」

 

 その胸に、深く剣を突き立てる。

 

 鍔の無い真紅の刀身は分厚い胸板に半分以上埋まり、遠目から見てもその傷は致命傷だ。

 

「よし……!」

「神祖ロムルス、行動を停止! 大ダメージと思われます!」

「……見事だ」

 

 思わずマシュと一緒に声をあげると、神祖ロムルスが呟いた。

 

 口の端からは血が流れ、手の中から槍が滑り落ちる。それと同時にマシュの盾を押していた木の幹が消えた。

 

 部屋の隅まで追いやられていた俺たちはホッと息を吐き、神祖ロムルスを見た。

 

「……この()、しかとそなたの胸を貫いたぞ」

「眩い愛だ、ネロ……そのすべて、しかと見させてもらった」

「…………」

「永遠なりし、真紅と黄金の帝国。その繁栄をお前に、この後に続くものに託そう」

「……その使命、我が皇帝の位に賭けて成し遂げると誓おう」

「忘れるな。ローマは永遠だ。故に、世界(ローマ)は永遠でなくてはならない。心せよ、おまえの手に、未来は……──」

 

 まるで、満ち足りたような表情で。

 

 ネロ陛下の前で、神祖ロムルスは消滅した。

 

 ふっと、その胸を穿っていた剣が空中に投げ出され、所在なさげに揺れる。

 

「……偉大なる神祖よ。どうか安らかに眠りたまえ」

 

 それを見るネロ陛下の目は、どこか寂しげだった。

 

『魔力反応、完全消滅……神祖ロムルスを撃破したぞう! よくやった!』

「私たちの勝利です」

「いやはや。一か八かの賭けだったが、うまくいったものだな」

「荊軻さん、ありがとうございました」

「いや。君はなかなかの戦略家だ。良い指揮官になれるだろう」

 

 束の間の勝利に喜びながら、ふと戻ってきたネロ陛下に目を向ける。

 

 顔を俯かせながら歩み寄ってきた彼女に、喜びも萎えて何かを言おうとした。

 

 

 

「──いやはや。驚いたよ、あのロムルスを倒すとはね」

 

 

 

 心の底から嫌悪感をかき立てられるような、その声が聞こえるまでは。




次回はまた文字数が多くなります。

さあワカメ、心の準備はいいか?

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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魔神、顕現

すみません、やっぱりボリュームが1万文字を超えてしまうので、あと一話だけやります!

その分幕間が一話減ってしまいますので、ご了承下さい。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 この、声は……っ! 

 

「レフっ……!」

 

 半ば確信しながら、ネロ陛下のさらに背後を見る。

 

 そこに立って、憎らしげな笑顔で拍手をしていたのは──紛れもない、レフ・ライノールだった。

 

 緊張で体が強張る。自分でも驚くほど怒っているのがわかる。

 

 隣にいるマシュが、大楯の持ち手を強く握る音が不思議と大きく聞こえた。

 

「いや、いや。その程度の戦力でロムルスを倒しきるとは、冬木の時より多少力を付けたのか? デミ・サーヴァントふぜいがよくやるものだ」

『……やはり君か。おかしいと思ったよ、ロムルスを倒したのに特異点の修復は始まらない。ならば聖杯を所有する連合の魔術師……つまり君を倒さないと、事態は収束しない』

 

 通信機越しのドクターの言葉に、レフはフンと鼻を鳴らした。

 

「だが、所詮はサーヴァントだ。いくら力をつけようとも──聖杯の力には敵わない」

「「「「っ!」」」」

 

 息を呑む。

 

 レフが胸の前で掲げた手の中──そこに、ジル・ド・レェが持っていたものと同じ黄金の欠片が現れたのだ。

 

「あれは……聖杯!」

「はい、前回のものと形状は一致しています。感じる魔力の膨大さから見ても、間違いありません」

「あれがお前達の求めていた……むう、凄まじい力だな」

「油断するな。あの男……不気味だぞ」

 

 ……聖杯はとても強大な力を持っている。

 

 オルレアンでは、ジル・ド・レェがとんでもない怪物を召喚していた。

 

 同じようなものを出されたらまずい。あの時よりずっとここにある戦力が少ない。

 

『宮廷魔術師が、王の危急をあえて見過ごすとはね。すっかり裏切りが板についた……というより、それが素なのかな。活き活きとしてるよ、君』

「……聖杯を渡せ、レフ・ライノール」

 

 一歩前に出て、正面から睨みつける。

 

 俺がこんなことをしても意味がないのはわかってる……でも、所長を殺された恨みがあった。

 

「ほう、いっぱしの口を利くようになったじゃないか少年。聞けばフランスでは大活躍だったとか……まったく、おかげで私は大目玉だ!」

 

 カッと目を見開いたレフが、大きく口を開けて叫んだ。

 

 無意識に、一歩後ずさる。すかさずマシュが隣にやってきた。

 

 見た目は人間のはずなのに、その気迫はまるで……あのジル・ド・レェの怪物のようなそれだ。

 

「本来ならばとっくに〝神殿〟に帰還しているはずなのに、貴様達のおかげで子供のお使いさえできないのかと追い返された! ああなんと腹立たしい!」

 

 本心から苛立っているように、顔をものすごい形に歪めるレフ。

 

 ……まるで八つ当たりだ。子供のように感情を剥き出しにして、俺たちへ怒りを向けてきている。

 

 じっと睨み返していると、レフはフッと息を吐いて表情を元に戻す。それから心底面倒そうな顔をした。

 

「結果、こんな時代で後始末だ。聖杯を相応しい()()に与え、その顛末を見物する愉しみすら堪能できなかった」

『……そうか。その時代を狂わせる人間や英霊に聖杯を預けてしまえば、その力で自然と時代は狂っていく』

「……だが。あの方は、誉れ高き神祖はそれを望んではいなかった」

 

 ネロ陛下が引き継いだ言葉に、神祖ロムルスの最後の言葉を思い出す。

 

 〝ローマは永遠だ。故に世界(ローマ)は永遠でなくてはならない〟……彼は時代の崩壊を望んでいなかった。

 

 むしろその逆、自分でローマをもう一度導こうと……そしてネロ陛下に負け、後を託していた。

 

「フランスでは、召喚されたジル・ド・レェがそうでした。ですが神祖ロムルスは違ったからこそ──」

『──君が自らの手で干渉するしかなかったということか。皮肉だなレフ教授、この時代に君のような人類の裏切り者はいなかったわけだ!』

「──ほざけカス共。どいつもこいつも思い通りに動きもしないゴミの寄せ集めが、最初から期待などしていないわ!」

 

 叫び、レフは俺を見る。

 

「君もだよ藤丸君。凡百のサーヴァントをかき集めたところで、私を阻めるとでも?」

「……俺はもう、あの時とは違う」

 

 無力なままなのは変わらない。でもただ所長が殺されるのを傍観していた時とは違う。

 

 あの時より、少しは魔術を知った。マスターとは何かを知った──英霊達と、絆を結んできた。

 

「俺は、皆が繋いでくれた絆があなたに負けるとは思っていない!」

「ああ、確かに君は変わった。立派に成長したのだろう。無駄にあがけば無駄に苦しむとも理解できない、その愚かさが実に増長したとも!」

「っ!」

「そしてやはり思い違いをしているようだ。聖杯を回収し、特異点を修復し、人類を──人理を守るぅ? 馬鹿め、すでに貴様らにはどうにもならんわ!」

 

 ……あの時も、こいつはそう言った。

 

 所長を嘲笑い、カルデアの人たちを殺して、全ては無意味だと罵った。

 

 その時からこいつは何も──何も、変わってない。

 

「抵抗は無意味、結末は確定した。貴様らが何をしようと無意味、無為、無能! 実に哀れだ、ハハハハハッ!!!」

「っ、そんなことはない……!」

「レフ・ライノール! ここであなたを倒します!」

「事情はよくわからんが、あやつを倒せばローマは元に戻るのだな?」

「ここまでやってきたのだ、助太刀しよう」

 

 ネロ陛下と、荊軻さんも並ぶ。

 

 そんな俺たちに──やはりというか、レフは醜悪な笑みを浮かべた。

 

「せっかくだ。哀れに死にゆく貴様たちに、今私が! 我らが王の寵愛を見せてやろう!」

「っ!?」

「聖杯が……!」

 

 輝いている……!? 

 

 オルレアンで見たものよりもさらに強く、そしておぞましい光を発する聖杯。

 

 レフの手の中で輝くそれは、全身が寒気立つような威圧感を発した。

 

 

「お、おおおぉぉぉオオオオ────!」

 

 

 その輝きに、レフが包まれて──! 

 

「くっ!」

「フー、フォウッ!」

「下がってくださいマスター、危険です!」 

「なんだ、このオーラは……!」

「なんと邪悪な……!」

 

 輝きはどす黒い瘴気に変わって、俺は思わず両手で顔をかばった。

 

 ロムルスの一振りに匹敵する風圧が吹き荒れ、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ……! 

 

 

《──ハ、ハハハハハ》

 

 

 やがて、それが収まった時にいたのは。

 

 この世のどんなものよりも大きくて、おぞましくて、恐ろしい──何より醜い怪物だった。

 

「なんだあの怪物は……! 醜い! この世のどんな怪物よりも醜いぞ、貴様!」

《ハハ、ハハハハ! ソレはソの通リ! この醜さこそが貴様ら人類の証明、これこそが貴様らを滅ぼすのだ!》

 

 声すらも恐ろしい。

 

 大元はレフのものだが、まるで男や女、若い人や年老いた人のものがいくつも重なって聞こえる。

 

 それは互いが互いを汚し、聞くに耐えない気持ちの悪い声を作り出しているのだ。

 

『この反応、この魔力……サーヴァントでも幻想種でもないぞ! これは──伝説上に存在する、本物の〝悪魔〟の反応か……?』

《改めて自己紹介しよう。私はレフ・ライノール・()()()()()! 七十二柱の魔神が一人! 魔神フラウロス──これこそが我が王の寵愛そのもの! 我が真の姿だ!》

 

 魔神、フラウロス……

 

「おぞましい……やはりおぞましいぞ貴様! これでは悪逆そのものではないか!」

「地に突き立つ、巨大な肉の柱……通常のサーヴァントの比ではない大量の魔力……ドクター、これは!」

『……フラウロス、七十二柱の悪魔……まさか、彼の言う王とはまさか……』

「ドクター!」

「マシュ、油断しないで!」

「っ、はい!」

 

 皆が武器を構える。

 

 俺もほとんど魔力は残っていないが、それでも王座にそそり立つ巨大なイカの足のような怪物を睨んだ。

 

 

 

「──レフ・ライノールッ!!!」

 

 

 

 その時──〝彼〟の声が聞こえた。

 

「っ!?」

 

 思わず後ろを振り返る。

 

 すると、開けっ放しになっていた扉の向こう──俺たちの頭より上を、一つの影が飛ぶ。

 

 目で追うと、その影は俺たちの上を飛び越えて、そのまま怪物になったレフに激突した。

 

《グオオオォオオオオッ!? き、貴様……!》

「焼きつくされよ! その醜きソウルごと!」

「「バーサーカー(さん)!?」」

 

 怪物の四角い目玉の一つに大斧を突き立てているのは、バーサーカー。

 

 外で《薪の王》と戦っていた彼は、蠢く怪物に雷を発する大斧を更に深く沈み込ませていく。

 

「マスター、退避しろ! 宝具を使う!」

「っ! マシュ、ネロ陛下、荊軻さん! 今すぐ逃げよう!」

「は、はい!」

「むう、あの怪物を前にして逃げるというのか!?」

「それほど危険な攻撃をするということだ、急げ皇帝!」

 

 冬木で一度だけ見たバーサーカーの宝具が脳裏をよぎる。

 

 あれは死の概念そのもの、解き放たれたら英霊であっても死んでしまう──そんな危険なものだ。

 

 全力で走って、マシュたちと一緒に部屋の外に出ると、四人でとても重い扉を閉め始めた。

 

 

 

「〝──これより開くは禁断の扉、人を貶める呪縛の監獄〟」

 

 

 

 その途中で、バーサーカーの詠唱が始まった。

 

「〝其はかつて一人の小人見出したる、悲しく、恐ろしき人の真実なり。されど真は永遠に変わることなく。ならばこそ我は受け入れよう、その絶望を。謳え、嗤え、狂え。意思あるならば全てを嗤うがいい〟」

 

 少しずつ狭まっていく玉座の間の光景、その中で魔神フラウロスの体よりも黒く輝く光。

 

 天井高く、フラウロスの屹立で崩壊した天井の向こう側に、赤く蠢く黒い空の穴が見えた。

 

 刻一刻と迫るタイムリミットに、俺は全身の力を両手に込めて扉を押す。

 

「〝その果てに、すべからく絶望すべし。あまねく人よ、我が苦しみを見よ、憎しみを聞け。この残酷を、その身をもって知るがいい〟」

《貴様ぁあああああッ!! 既に終わった時代の残りカスの分際で、王の寵愛たるこの姿に傷をぉおおおお!》

「〝来たれ死よ、我らが人の内に眠る暗黒よ。呪いの輪《ダークリング》の下に、解き放て〟──一度滅びてもらうぞ、レフ・ライノール!」

 

 そして、ついに扉を閉め切ろうかという刹那、その瞬間。

 

 

 

「宝具解放──《 我が闇を見よ、人の性を(ダークソウル) 》」

 

 

 

 固く閉ざした扉の向こうで、激震が轟いた。

 

「ぐうううぅ!」

「くうっ!」

「す、凄まじい衝撃だぞ! あの騎士は何をしたのだ!?」

「今はこの扉を抑えろ! さもなければ吹き飛ぶぞ!」

 

 あの時は遠くで見てるだけだったけど、こんなに威力があるなんて! 

 

 他の三人に比べればちっぽけな力だが、この壁のような巨大な扉を破壊せんと迫る衝撃を押し返す。

 

 それは城そのものすらも揺らして、天井から今にも蝋燭のシャンデリアが降ってこないかと慄いた。

 

 

 

 耐えて、耐え続けて、何秒が経過しただろう。

 

 少しずつ揺れが収まっていく。それに伴って扉を内側から押す力も弱まっていき。

 

 ほどなくして、完全にピタリと振動が収まった。

 

 あまりの落差に、俺たちは思わずバランスが崩れて扉に体を押し付ける。

 

「「あ……」」

 

 その際。偶然にもマシュと手が重なった。

 

「す、すみませんマスター」

「う、うん、俺も」

 

 すぐにパッと体ごと引く。いけない、こんな状況なのに何やってるんだ俺。

 

 数秒ほどマシュと見つめあって、「んんっ!」というネロ陛下の咳払いにハッと我に返った。

 

「な、中はどうなっているのでしょうか?」

「ドクター、そっちの観測ではどうなってますか?」

『ううん、魔神フラウロスの反応は……微弱だね。どうやら彼の宝具は効いたようだ』

「それならば早く開けるぞ! あやつ一人にあの怪物を任せ続けるのは余は心苦しい」

「ああ、そうだな。藤丸、マシュ、開けるぞ」

「はい、荊軻さん」

「バーサーカーを助けないと」

 

 あの宝具はすごい力を持っていたが、その分かなり消耗していたはずだ。

 

 はやる気持ちを抑えながら、扉に手を伸ばした──その時。

 

 バン! と大きな音を立て、扉が内側から開いた。思わず尻餅をついてしまう。

 

「マスター! まだここにいたのか!」

「バーサーカーさん!?」

「ば、バーサーカー、レフは──」

()()()()()()()()()()()()! とにかく、今すぐ()()から──」

 

 とても慌てた様子でまくし立てるバーサーカー。

 

 ふらふらと体を揺らし、今にも倒れそうな彼の後ろをふと見ると。

 

 

 

「──人は」

 

 

 

 そこに、()()があった。

 

 

 

「私をこう呼ぶ。〝神の鞭〟と──」

 

 

 

 

 

 そして、視界は極光によって白一緒に塗り潰され──暗転した。




読んでいただき、ありがとうございます。

次回で本当の本当に終わり。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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神の鞭 前編

……今回で終わらせるなんて言ってたのはどこの阿呆でしょうね。

すみません、次回こそ終わりにします。

今回は灰がメイン。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

三人称 SIDE

 

時は少しばかり遡る。

 

 

 

《グァアアァアァアアアアァアアアアアアァアアァアア!?》

 

 

 

 灰の宝具の余波を受け、崩れていく玉座の間に絶叫が轟く。

 

 世にもおぞましいその叫びは、口を持たないはずのレフ・ライノール・フラウロスから放たれるもの。

 

 脆弱な心の持ち主であれば、その声だけで発狂してしまうだろうと思えるほど醜悪だ。

 

「ぐ、ぅああああッ!」

 

 だが、灰のソウルは砕けない。

 

 この程度の断末魔、嫌というほど聞いてきた。

 

 触れるだけで身を削られる、覇王の纏う深淵よりはマシだ。灰は全力で宝具を展開し続ける。

 

 

 この宝具は、見ての通り実に大きな弱点がある。

 

 それは発動中、灰が動けないこと。

 

 疑似的に顕現したダークリングを媒介として吐き出される死の概念は、数多の敵を屠った灰にも難しい。

 

 しかし、それでいい。

 

 何故なら、死そのものに抗えるような存在は……それこそ、根源たる灰以外にいないのだから。

 

《ば、かな! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なァ!》

「まだ言葉を使うか、魔神ッ!」

《貴様如きの宝具に、何故私の王の寵愛がァアアアア!!?》

「その傲慢が貴様の敗因だ……!」

 

 黒く滑る皮膚を、水晶の如き鮮血色の瞳を、その姿を形作る聖杯との繋がりを死が蝕む。

 

 百では足りぬ。千でも足りぬ。

 

 まさしく万死。それを超える夥しい数の〝終末〟が、人理崩壊の黒幕の尖兵を喰らい尽くした。

 

「ぐぅ……!」

 

 やがて、ダークリングが消えていく。

 

 共に死の瘴気が薄れ出し、灰は渾身の力で大斧を瞳から引き抜くと飛び退いた。

 

 着地した瞬間、ガクリと片膝をつく。この宝具は灰の魔力を消滅一歩手前まで搾り取る。

 

 

《オ、オォオオオオオオオ……………》

 

 

 その代償として、目の前でフラウロスが崩壊していった。

 

 元より黒い体に亀裂が走り、そこから血でも魔力でもない物が流出していくと、その形を崩していく。

 

 この広間そのものを覆い尽くさんと言わんばかりの巨柱が消えた時……そこにいたのはレフ。

 

「くっ、これほどの力とは……!」

 

 苦悶に表情を歪めたレフは、灰と同じように膝を屈する。

 

「見誤ったな。《薪の王》とて、我が刃は止められぬ」

 

 フラウロスの崩壊する間にエストで回復をしていた灰は、その大斧の切っ先をレフに向けた。

 

 今にもその岩から削り出したような凶刃が首を飛ばしそうであるが、一つ彼には気になることがある。

 

「貴様、サリヴァーンはどうした。奴を護衛にしていなかったか」

「ククク……奴は別の特異点に置いてきたさ。()()()()()()()()()()()()()()の元へな」

「……そうか。ではあと一つだけ聞くとしよう」

 

 大斧の柄を両手で握り、いつでもレフを粉砕できる構えを取った灰は語りかける。

 

「ーー()()()()()()()()()()()()()()?」

「ーーク、ククク。ハハハハハ!」

 

レフは、嗤った。

 

 この圧倒的に不利な状況において、可笑しくて仕方がないとでもいうように灰を嘲笑うのだ。

 

 狂気に満ちた歓喜で眩んだ瞳は、もはや彼が元は人理守護の側にいたとは誰も思うまい。

 

「ああ、それこそ相応しい場所に捨てたとも! 貴様が後生大事に抱えていた逸話(もの)を奪ってやったのは、実に気持ちが良かったぞぉ! ハーハッハッハッ!」

「……そうか」

 

灰はようやく得心がいった。

 

 

 砕けた巨人殺し。

 

 

残るのは記憶のみで、実態が奪われた自らの力。

 

 

そしてーー戒めの呪い。

 

 

 全てに納得がいく。

 

 その上で……このレフ・ライノールという男に、深い〝憎悪〟を抱いた。

 

「これまでありとあらゆるものを失ってきたがーーレフ・ライノール。我が逆鱗に触れたな」

 

そればかりは許せない。

 

 灰にとって、()()()()を失うことそれだけはどのような屈辱よりも耐えがたいのだ。

 

 これ以上何も聞く気はない。

 

 灰はレフの首を……否、そのソウルごと両断しようと、大斧を振り上げーー

 

「ーー馬鹿め、私に時間を与えたな?」

「ッ!」

 

 その瞬間、《薪の王》と相対した時に匹敵する悪寒を感じ飛び退く。

 

 レフはゆっくりと立ち上がりーー再び輝きを放つ聖杯たる欠片を見せつけるようにした。

 

「この古代ローマを触媒として、私はこれまでにない大英雄の召喚を成功させている。喜べ火の無い灰、貴様らの健闘はこれにて無意味となる!」

 

 聖杯が掲げられ、その光で通常のものよりも大きな召喚陣が描かれる。

 

 そこから感じる恐ろしい存在感に、灰は即座にハベルの大盾を取り出した。

 

「さあ、人理(せかい)の底を抜いてやろう! 七つの定礎、その一つを完全に破壊してやる!」

 

 口が裂けるのではないかというほどに嗤ったレフは、聖杯から溢れ出る魔力を召喚陣に注ぎ込み。

 

 

 

「さあ、来たれ! 破壊の大英雄〝アルテラ〟よ!!!!!」

 

 

  

 召喚陣が、起動した。

 

「くっ!」

 

 眩い光が広間を照らす。

 

 兜の中で自らの判断に歯噛みした灰は、レフの醜悪な異形のソウルを頼りに突撃した。

 

 一歩進むごとに魔術や呪術で強化され、まるで弾丸のような速度に達した灰はレフを破壊ーーできなかった。

 

 

 

ゴウッ!!!

 

 

 

〝光〟だ。

 

 熱でもなく、力でもない、純粋にて圧倒的な〝光〟が灰の特攻を押し返したのだ。

 

「ぐぁあっ!?」

 

 大きく後退させられた灰は、パシッ!と亀裂の入ったハベルの大盾を緩衝材にする。

 

 灰の強靭な肉体は古竜の鱗から作られた大盾に受け止められ、すぐに体制を立て直した。

 

「何が……!?」

 

 兜のスリットから、召喚陣から現れたモノを見る。

 

「……………」

 

 そこにいたのは、〝大火〟だった。

 

 

(この、全てを破壊し尽くさんとするソウルはーー)

 

 

 彫刻のような美を持つ褐色の体。煌く銀髪。手荷物は、先刻光を放ったのだろう四色の光剣。

 

 灰の目には、その肉体全てを焼き尽くさんとする、理不尽なまでの〝破壊の魂〟とも呼ぶべき概念が見えた。

 

「さあ、大英雄アルテラよ。殺せ、破壊しろ、焼却しろ。その力で以て、ローマごとこの特異点を焼き尽くせ!」

「……………」

「ははははははは! 終わったぞ火の無い灰!カルデア! 人理継続など、夢のまたゆ」

 

 

 

ザンッ。

 

 

 

「黙れ」

「…………………………は?」

「っ!」

 

 レフは、左右に分かれた。

 

 呆けた顔のまま、まるで意味が理解できないという表情で、真っ二つになって床に倒れた。

 

 それを成したのは灰ではなくーーレフが召喚したはずの英霊アルテラ。

 

「…………」

 

 あっさりと召喚者を斬って捨てたアルテラは、無表情で転がる聖杯に手を伸ばす。

 

 すると、ひとりでに浮き上がった欠片はアルテラの手の中に吸い込まれて一体化した。

 

「貴公、なんのつもりだ……?」

 

 灰は、先のカウンターで痛む体を奮い立たせて問いかける。

 

 

 これほど破壊に満ちたソウルの持ち主が、よもや正義からレフを断罪したとは考えられない。

 

 唯一、敵を見定める自らのその目だけは信じてきた灰は、警戒しながらアルテラを見た。

 

 それに反応したかのように振り返ったアルテラはーーどこまでも無表情。

 

 

「ーー私は、フンヌの戦士である」

 

 

声は冷たく、重く。

 

「そして、この西方世界を滅ぼす、破壊の大王である」

 

 ゆっくりと振り上げられた光剣にーー先ほどとは比較にならない魔力と光が集い出した。

 

 

 

(あれは……まずい!)

 

 

 あまりに強大なそれに、外にいるだろうマスター達のもとへ灰は走り……

 

 

 

 

 

 

「人は、私をこう呼ぶーー〝神の鞭〟と」

 

 

 

 

 

 

 その直後、宝具()が解き放たれた。

 

 

 

直後、王宮が崩れ落ちていく。

 

 

 

 魔力によって再現されたローマ首都の王宮、その荘厳な外壁も、雄々しき扉も、煌びやかな装飾も、全て。

 

 

 

 連合帝国の中枢にして、その威光そのものだったロムルス無き今、もはや存在する意味はないと言わんばかりに。

 

 

 

否、それだけではない。

 

 王宮を内側から破壊した光は、首都全体はおろか、ほとんど勝敗が決していた戦場にすら及んだ。

 

 溢れ出た力を持つ極光は、都を、大地を、空気を、兵士達を蹂躙し、サーヴァントにすら襲いかかった。

 

 全て、全て飲み込んでいく。まるでそうすることが宿命のように、何もかもを粉砕するのだ。

 

 

 

 

「ーー私は、フンヌの戦士である。破壊の大王である」

 

 

 

 

 そうして破壊の限りを尽くした時。

 

 唯一、連合首都だったものの上に立ったアルテラは、とある方向を見た。

 

 

 

 その目が見据えるものは、連合首都が瓦解した今最もこの特異点で栄えた地ーーローマ。

 

「私は全てを破壊する。破壊の大王である」

 

 まるで壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返し、ゆっくりとアルテラは歩き出した。

 

 その歩みは決して速くはないが、しかし何人たりとも止められる力強さを持つもので。

 

 誰にも止められることなく、自ら止まることもなく。

 

 アルテラは、己に定められた破壊の宿命に従い歩いていった。

 

 

 

 

 

……そうして彼女が去って、少しして。

 

 不意に、カタリと元は王宮だった瓦礫の一角から音がする。

 

 静寂に満ちた空間の中でそれは嫌に大きく響き……二度目の音は、それより更に響いた。

 

 

「んの……重いのよっ!」

 

 

 そして、三度目は盛大に爆発した。黒炎と一緒に。

 

 何百キロもある瓦礫は、映画に使われる発泡スチロールのダミーのように吹っ飛び、同じ瓦礫に着地した瞬間砕けた。

 

 それを行った人物は、瓦礫のあった場所から立ち上がり、身に付けたマントの土埃を払うと悪態をつく。

 

「ったく、いきなりふざけんなっての……ほら、あんた達もさっさと出てきなさいよ」

「ぷはっ!」

「んはぁっ!」

 

 その人物ーージャンヌオルタに続いて、水中から息継ぎの為に浮いてきた時のような声で二人の少年少女が顔を出す。

 

 藤丸とマシュ。全身砂と傷に塗れた彼らは互いの顔を見て、生き延びたことにホッと息を吐いた。

 

「ど、どうにか生還できました……」

「オルタがいなかったら危なかったな……」

「せいぜい私に感謝しなさい」

 

 胸を張って不敵に笑うオルタ。

 

 あの光に飲み込まれる直前、壁をぶち抜いてやって来た彼女の宝具で相殺しなければ藤丸達は死んでいた。

 

 なので素直に感謝していると、三人のすぐ側の瓦礫がモゾモゾ、と言うには可愛すぎる音を立てる。

 

「よいしょ……っと!」

「ぬう! 本気で死ぬかと思ったぞ!」

「ブーディカさん! ネロ陛下!」

 

 顔を出したのは、ブーディカとネロ。

 

 女の身でもサーヴァントなので、ブーディカが小盾(バックラー)を着けた左腕一本で瓦礫をどかす。

 

 若干よろけながらも立ち上がったネロに、藤丸とマシュもどうにか立つと走り寄った。

 

「お二人とも、無事だったのですね。良かったです」

「ブーディカさんも、オルタと一緒に助けに来てくれてありがとうございました」

「いやいや。正門まで攻略しに来たら、ネロ公がなーんかピンチな予感がしてね」

「うむ! とてもスリリングな体験であった!」

 

 腕組みをしたネロは、力強い声音とは裏腹に随分と疲れた雰囲気をしていた。

 

 

 

 無理もあるまい。神祖ロムルスという、心理的にも物理的にも超のつく相手と本気で戦いを経て。

 

 その後に正体不明の魔神を名乗る怪物が現れたかと思えば、王宮ごと崩落した。

 

 これで驚かない人物がいたならば、きっとその人間は精神的にどこか超越しているのだろう。

 

 ネロを労おうとしていると、更に近くの瓦礫が動いた。

 

そこから一人の騎士が姿を現す。

 

「っと……無事だったかマスター。それにマシュ殿達も」

「バーサーカー! 無事で良かった」

「ご無事で何よりです」

「いや、私がもう少し踏ん張れれば良かったのだがな」

 

 悔しげに言いながら、灰は戦場の方を見る。それから少しの間立ったまま沈黙した。

 

「……ソウルを介して語りかけたが、どうやら火防女やユリア達は無事のようだ。しかし、スパルタクスと呂布があの光の直撃を受けたらしい」

「私も宝具を使わなければ危なかったからねー。おかげでネロ公を死なせずに済んだけど」

「感謝するぞブーディカ。それにしても……また、とてつも無い敵が出て来たものだな」

「……はい」

「……あんなサーヴァントがいるなんて」

 

 

 

 そう言って瓦礫の山を見渡すネロに、藤丸達も表情を暗くするのだったーー。




読んでいただき、ありがとうございます。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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神の鞭 後編

ものすごいスランプに陥り、どう展開を進めればいいのかわからずに更新できませんでした。申し訳ありません。

友人に相談し、どうにかこうにか完成させたのですが…一万文字超えかぁ。

ともかくセプテム最後の話。


楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 三人称 SIDE

 

「っと、なんだ。暗い顔をしているな」

「あ、荊軻さん」

 

 藤丸達が沈んでいると、その近くの瓦礫に姿を見せなかった荊軻が着地した。

 

「あの英霊の様子を見てきたが、ゆっくりとローマ首都に向かって歩いている。あの速度なら今から追いかけても間に合うだろう」

「で、あるか……」

「でも、あれに勝てるの? 聖杯も持ってるんでしょ?」

 

 現実的な戦力差を問いかけるブーディカに、藤丸とマシュは難しい顔をした。

 

 真っ先に笑い飛ばしそうなオルタも、彼女自身聖杯の力がどれだけのものか知っているために無言でいる。

 

 その空気を終わらせたのは、ドクターロマンの通信越しによる冷静な分析だった。

 

『戦力差は大きいが、どちらにせよ彼女の宝具で首都が消し飛んだらローマ帝国は消滅するだろうね』

「あれほどの破壊の化身だ、その後に貴公を殺して完全に滅するだろう」

「それは願い下げであるな。余は余の民も、ローマも、余自身もくれてやるつもりはない」

「じゃあ戦うしかない、か……」

「ですが、果たして勝てるでしょうか……」

 

 冬木にて戦った、聖杯の加護を受けたセイバーオルタに匹敵する魔力量。

 

 それを宝具を受けかけて実感したマシュは、体の震えを抑えるように左腕を右手で抱いた。

 

「倒せぬか、マシュ?」

「え?」

「余は、お前達の力があの者に劣っているとは思わん」

「ネロ陛下……」

「お前達は余を何度も助けてみせたではないか。名君カエサル、我が伯父カリギュラ。いずれも強敵だったが、お前達は見事倒した」

 

 自信も十全に、胸を張ってネロは語る。

 

 戦おうとしている当人である藤丸とマシュは、相変わらずのその揺るぎない姿勢に自然と聞き入った。

 

「断言しよう。神のことについてあれこれと言ったが、間違いなく余に運命と神々は味方している。だからこそお前達が来た」

 

 ネロの言葉に、これまでの戦いが脳裏をよぎる。

 

 オルレアンとは違った戦い。ネロ率いる軍と共に、様々なサーヴァントを打倒してきた。

 

「ローマは救われる。余の民は、ローマは必ず残る。神祖は言った、ローマは永遠だ、故に世界もまた永遠でなくてはならぬと。ならば、ローマは永遠に続くのだ」

「永遠に……」

「たとえその名が忘れられ、変わり、皇帝が、国が変わろうとも、永遠の帝国は在り続ける。それが人の繁栄の理、人間という生命(いのち)──藤丸。そなた達が守らんとする、()()だ」

 

 ネロの瞳は、遠くを見つめていた。

 

 目の前の藤丸達に語りかけているようで、その目線はずっと先──遥か未来、ローマの名が歴史に刻まれた未来を。

 

 目線だけではない。彼女を形作る者全てが輝きを放っているかのような錯覚さえ覚えてしまう。

 

 あまりに圧倒的。

 

 皇帝の覇気ではない。ネロという一人の女性のそれでもない──それはまるで、英霊の如き気迫。

 

 

(……混ざっている。この特殊な時代の中で、人間のものと英霊に昇華したソウル、その一片が)

 

 

 藤丸達も、ブーディカ達英霊も圧倒される中で……灰だけが、彼女の魂の光を見つめた。

 

「……ネロ公、何言ってるのかよくわかんない」

 

 しばらくして、正気に戻ったブーディカが静止しているネロに言う。

 

「む、そうか。正直余にもよくわからん」

「……でも、決意はできました」

 

 静かに、マシュが告げた。

 

「私達が守るべきもの、守らなければいけない理。たとえそれ自体が消えても受け継げれていく人の証……」

「……そうだね。たくさんの人が、英雄が積み重ねたもの。俺達が絶対に取り戻さなきゃいけない……諦めちゃいけないもの」

 

 胸に手を置き、囁くように言うマシュに、同じように藤丸も、そこに染み入ったネロの言葉から答えを導いていく。

 

 

 

 あの日、大切だった普通のものを奪われ、その平穏を取り戻すために負けられない戦いに身を投じた。

 

 

 

 あの日、炎の中で手を取られ、聖剣の輝きに呑まれそうになった中でも諦めない男に、共に進むと決めた。

 

 

 今ここではない。

 

 あの瞬間から、二人の……今を生きる人間の戦いが始まったのだ。

 

「たとえ、どんなに相手が強大でも、理不尽でも。それでもあがいて、必ず勝って取り戻す」

「そういうことですよね、ネロ陛下」

「うむ! それでこそお前達だ!」

 

 次に目を開けた時、二人の目から恐れは消えていた。

 

 腰に手を当て、満面の笑顔で頷くネロに、他のサーヴァント達も自然と表情を笑みへと変えていく。

 

 この力無き少年と、英霊のようにあることを望む少女を前にして、英霊の自分達が沈んではいられない。

 

「ハッ! あんたらはそれくらい正直な方が、こっちも楽なのよ」

「あたしも付き合うよ。何かが蹂躙されるのを何もできずに見てるのはもうこりごりだからね」

「抽象的な話だったが……ネロ皇帝の強運なら信じてみてもいいかもしれん」

 

 少しずつ、戦意が高揚していく。

 

 全員の顔に闘志が宿り、いよいよネロが号令をかけようとした──その時。

 

『ローマ首都の方角から大量の魔力反応! これは……もしかして聖杯から漏れ出した魔力で召喚された魔獣か!?』

 

 ロマ二の警告に緊張が走る。

 

 自分達がやってきた方向を見ると、サーヴァント達は猛然とこちらに向かってくる魔獣の群れを確認する。

 

 人間の藤丸には見えなかったが、ただならぬ雰囲気にそれが本当であることを実感した。

 

「おそらく、ネロ皇帝を殺すことでこの時代を完全に破壊するという意思があれらを突き動かしているのだろうな」

『聖杯が一体化している影響か……とにかく、迎撃しないとまずいぞ。まだこちらの軍は立て直しできていない、このままだと巻き込まれることになる』

「それならあたしが残るよ」

「ふむ。では私もやろう。怪物は専門外だが、人型以外の相手もたまにはいい」

 

 ブーディカと荊軻が歩き出す。途端にネロは慌てた。

 

「ま、待てブーディカ、荊軻。お前達も共に行くのだぞ!?」

「じゃああれを誰が相手すんのさ。あんたらはアレを追いかけな。怪物退治はこっちでしてあげるから」

「だが──」

 

 

 オオオォオ……

 

 

 いずれかの怪物の咆哮が響く。

 

 それは如実に、未だアルテラの宝具から回復していない兵士たちのタイムリミットを示していた。

 

 ネロはこちらを振り向かないブーディカの背中をもう一度見て、「くっ」と悔しげに唸った。

 

「……すまぬ、我が好敵手。ブリタニアの女王よ」

「……早く行きな、馬鹿皇帝。あんたの世界を守ってきなよ」

 

 それきり、止めていた歩みを進めるブーディカ。

 

 もう戻らないことを察したネロは、表情を引き締めて藤丸たちに振り向く。

 

「さあ、いくぞお前たち!」

「ああ!」

「はい!」

「了解した」

「さあ、ぶちのめしに行きましょうか!」

 

 

 

 

 

 最後の戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 藤丸達は、このような状況を先んじて予想していたユリアの用意した馬を使いアルテラを追いかけた。

 

 火防女を加え、ブーディカ、荊軻が迎撃している魔獣の大群を迂回しローマへの道を引き返す。

 

 当然、道中にも魔獣は現れたが……藤丸達の勢いは止まらなかった。

 

 

 

 野を越え、川を渡り、荒野を駆け……そして、夕暮れが地上を照らす頃。

 

「っ、見えました!」

「魔獣はいないようだな……仕掛けるぞ」

「ハンッ、あんたに言われなくても!」

 

 霊体化していたオルタが実体となり、こちらに背を向けて歩いているアルテラに黒炎を纏った槍を射出する。

 

「………………」

 

 数多くの兵士を屠ったそれを、アルテラは振り向くこともなく光剣で弾いた。

 

 そのままピタリと歩みを止める。これ幸いと馬の腹を蹴り、藤丸達は最後の加速を行った。

 

 

 

 数メートル前で手綱を引き、馬を止める。

 

 長い間走り続け、いささか疲れの見える嘶きをあげる馬から降りて、藤丸達はアルテラを見た。

 

「やっぱり、すごい威圧感だ……」

「聖杯の魔力反応、健在……彼女を討伐すれば、まだ回収できます」

「油断するな。アレは並大抵の英霊ではない」

 

 竜断の斧と紋章の盾を構える灰に並び、マシュとオルタが戦闘態勢に移行する。

 

「そこな戦士よ! それ以上は進ませぬ!」

「……行く手を阻むか、私の」

 

 ゆらりと振り返るアルテラ。

 

 その真紅の瞳に映るのは、やはり絶対的な破壊の意志。藤丸は生唾を飲み込む。

 

「……君を進ませるわけにはいかない。ここで止める」

「そう、阻んでみせるぞ。その先には絶対に行かせる訳にはゆかぬのでな」

 

 国を、民を守るため、ネロは宣言する。

 

 じっとそれを静かに聞いていたアルテラは、光剣の切っ先を彼女へと向けた。

 

「──私は、フンヌの戦士である。そして大王である。この西方世界を滅ぼす破壊の大王……全てを、破壊する」

「……わからぬ。何故世界を滅ぼそうとする? この世界は美しいもので溢れているというのに。花も、歌も、おうごんも、愛も良い。それなのに全て破壊するとは、勿体無いとは思わぬか?」

「……私は、破壊する」

 

 蕩々と語るネロに、しかしアルテラは答えない。

 

 否、言葉を変えないと言うべきか。

 

 それが己の在り方であると定められたように、同じ言葉ばかり繰り返す。

 

「まるで、破壊の概念そのもののような……」

「……どうも貴様は放っておけぬな。その在り方に大いなる矛盾と苦しみを抱いているように見える」

 

 まるで人形か、あるいは機械のようであるその様子に、藤丸達は流石に眉を潜めた。

 

 その違和感を飲み込んで、ネロはさらに一歩前へと前進した。

 

「力では貴様に敵わぬだろう。だが、その在り方故に。余の愛が貴様に勝つ。そう覚えておけ」

「──愛など、私は知らない。美しさなど、わからない」

『どうやら自動的な応答ばかりではないようだが……もしかして、聖杯の力によって一種の暴走状態にあるのか?』

「なおのこと、もう一度あれを撃たせるわけにはいかんな」

 

 この中で誰よりも間近にあの宝具を受けた灰は、その威力を文字通り身をもって知っている。

 

 既にエストは尽きている。それでも足りず、〝女神の祝福〟すら使ってようやく全快した。

 

 故に……

 

「少し、本気を出そう」

 

 灰が、ソウルからあるものを取り出す。

 

 

 それは一見して、赤くひび割れた長細い石のようであった。

 

 

 灰の手の平に収まってしまうような、小さな石ころ。

 

 

 

 しかしてそれは灰の持つ切り札の一つ、かつて〝火〟に触れた英雄が今際の際に残した力の残滓。

 

 

 

 すなわち──残り火。

 

 

「フンッ!」

 

 灰が手の中で残り火を砕く。

 

 その瞬間、中に内包されていた力の残滓が灰の肉体、そしてソウルまで駆け巡った。

 

 灰の体が、炎に包まれる。英霊という枠に収められた肉体は、かつてのようにその力を受け入れた。

 

『バーサーカー君の魔力が急上昇! これは……霊基の格そのものが向上している!?』

『へえ、自主的な魔力リソースの吸収か〜。さっすが、火の時代の英霊だ』

 

 カルデアにて藤丸達を観測していたロマ二は、急激に上昇した灰の魔力に驚愕する。

 

「さあ、破壊の化身アルテラよ。決着をつけよう」

「破壊する──全てを」

 

 アルテラの光剣が、輝きを放ち始めた。

 

 そのままに悠然とこちらに歩んでくるアルテラに、ネロや英霊達が走り出す。

 

「みんな、最後の戦いだ! 頼む!」

「私が支えます、バーサーカーさんとオルタさん、陛下は攻撃を!」

「うむ!」

「了解した」

「言われるまでもないわ!」

「ふっ!」

 

 マシュが誰よりも早く駆け、光剣から飛び出た光線状のエネルギーを防ぐ。

 

 一拍おいて、その背後から灰とオルタの息のあった連携攻撃が繰り出された。

 

 

 まずオルタが先ほども放った槍をいくつも放ち、それによってアルテラの視界を塞ぐ。

 

 アルテラは光剣から七色の光を放ってそれを打ち消すが、重ねて斧と戦旗が振り下ろされた。

 

 普段の相性の悪さなど感じさせない動きで与えられた一撃に、アルテラは光剣を一振りした。

 

 

 

 宝具とまではいかないものの極光が横薙ぎに放たれ、二人は空中で身を捻る。

 

 その回転を加え、光剣を振り切ったアルテラに改めて刃が殺到。

 

「──ハッ!」

 

 だが、そこで予想外のことが起こった。

 

 なんと光剣の四色の刀身が、ぐにゃりと粘土のように変形したのだ。

 

 それは自動的に二人の攻撃を受け止め、それどころか曲がりくねる切先が正確に心臓を狙う。

 

「〝フォース〟!」

 

 灰が一瞬でソウルの術を用いて、その体から放たれた力の波動が切っ先を跳ね返す。

 

「ふっ!」

 

 その隙をついて、後ろに回り込んだネロが袈裟斬りを繰り出した。

 

 それは聖杯によって強化されたアルテラを傷つけるまでは至らなかったが、()()()()を切り裂く。

 

「む……」

 

 声を漏らしたアルテラは、その場で駒のように回転すると変形する光剣で三人を打ち払った。

 

 どうにか各々の武器で防御した三人は、ある程度アルテラから離れると鋭い目で観察する。

 

 アルテラは、体内に格納した聖杯を使ったのか、背中の傷を治すと、ゆらりと光剣を下ろした。

 

「形を変える武器……いや、アレは光そのものか。隙が少ないな」

「どうすんのよエセバーサーカー。あんた、あのデカブツを倒した剣みたいなのあるんじゃないの?」

「……生憎と、心当たりはあるがね」

 

 苦々しげに、面頬の奥で灰は答えた。

 

 確かに、灰はあの光剣に拮抗するだけの武器を持っている。

 

 

 かの大国ロスリックの双王子、そのソウルが一つになった聖剣。

 

 

 光と炎。その力を携えた、数多ある灰の武具でも比類なきあの剣ならば拮抗もできよう。

 

 だが、単に特殊な力を持つだけのストームルーラーであれなのだ。

 

 二つの異形のソウルをより集めたあの剣など、呪いがかけられた今の灰には使えない。

 

「あんたのあのトンデモ宝具は?」

「彼女ほどの霊格になると、触れた瞬間にというわけにもいかんだろう。その間に聖杯の魔力で回復されれば意味がない」

「何よ使えないわね」

「ああ、私も困っている」

「私が言うのもアレだけど、もっと使い勝手のいい宝具にしなさいよ」

「抑止力に言ってくれ」

 

 何しろこの男、死んでも蘇ることができる利点を生かして経験を積み、相手を殺してきた。

 

 殴って殺す、しかし死んだ。ならば次はもっと強く殴って殺す。それでも足りないなら……の繰り返し。

 

 つまり根本的に究極の脳筋である。ジャンヌもその類なので、うまく案が浮かばない。

 

「あの、一つ提案なのですが」

 

 そこへ、警戒体制のままマシュとネロがやってきた。

 

「あらマシュ、なんかいいアイデアがあるの? 少なくともこいつよりはマシでしょうけど」

「聖杯によって迂闊に攻撃ができないのなら、その聖杯を奪取してはどうでしょう?」

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 マシュの突拍子もない発案に、二人はキョトンとした。

 

 パスを通じて彼女の言葉を聞いていた藤丸も、一瞬意味がわからず困惑する。

 

「……どういうことだ、マシュ殿」

「彼女は聖杯によって強大な魔力を保有しています。先ほどのネロ陛下の攻撃で、その力で自己治癒もできることがわかりました」

 

 自分から仕掛ける気はあまりないのか、ジッとこちらを見ているアルテラを警戒しつつ二人は耳を傾ける。

 

「ならば、その魔力リソースを奪い取ってしまえば彼女に攻撃が通じるのではないでしょうか」

「元から断つ、ということだな」

「で、可能性はあるわけ?」

「それは……」

「……あるにはある」

 

 小さく、慎重に確かめるように灰が呟く。

 

 今度は三人が彼を見ると、灰は火の粉が舞う自分の胸鎧に手を置いた。

 

「今この体は、残り火の力で力を増している。そして今の私の目には、はっきりと彼女の中にある聖杯が見えている」

「それは誠か!」

「なんて凄いスキルでしょう……」

「で、どこよそれ」

 

 驚くマシュやネロとは裏腹に、ごく冷静にオルタはアルテラの方を睨んだ。

 

「心臓部だ。我らの肉体はエーテルではあるが、そこから全身に力を送るのが最も効率的なのだろう」

「ふぅん……」

 

 灰の説明を受け、少しの間黙り込む。

 

「じゃ、あたしがあいつの胸ぶち抜いてあげるから。あんたらの誰かが聖杯を奪いなさい」

「ええっ!?」

「なんと!?」

「……ほう」

 

 それから、オルタは何気なくそう告げた。

 

 その意味を深く考えるまでもなく、最も危険な役割であることは藤丸ですら明白にわかる。

 

 慌ててパスで彼女に言おうとした藤丸だったが、その直前にギロリと睨みつけられて口をつぐむ。

 

 強制的にマスターを黙らせた彼女は、そのまま腰の剣を抜くとアルテラへ向けた。

 

「あんたの宝具より私の方が使い勝手がいいわ。それでくり抜いてやるから、あんたは宝具の準備をしなさい。美味しいとこはあげるわ」

 

 それにね、と彼女は一言置いて。

 

「この特異点に召喚されてから魔獣だの雑魚兵だの、弱い相手ばっかで体が鈍ってんのよ」

 

 かつてオルレアンで藤丸たちの前に立ちはだかったときのように、獰猛に、冷酷に笑った。

 

「……ならば、余がその聖杯とやらを取ることにしよう」

「ネロ陛下がですか!?」

「案ずるな、マシュ。ローマを守るためだ」

 

 普段通りの気迫で言い放ち、ネロがオルタの隣に立って剣を構える。

 

 彼女はチラリと英霊でもない、人間であるネロを一瞥し……フン、と鼻で笑うとアルテラを見た。

 

 

(何故……英霊ですらないのに、ネロ陛下は)

 

 

 一瞬だけ、マシュは困惑した。

 

 それは、藤丸に対して抱いた疑念と同じもの。

 

 確かに、ネロ・クラウディウスの力は人間のそれを越えている。だがあくまでこの時代の人間だ。

 

 それなのに、臆さず、怯えず、前を向いている。守るために。破壊させないために。

 

 その強い意思は──かつて、自分の盾を支えてくれた男に似ていた。

 

「マシュ!」

「っ!」

 

 名前を呼ばれる。

 

 振り返れば、あの時と同じ顔で彼は頷いていて。

 

「……私がバーサーカーさんを守ります! お二人は全力で聖杯の奪取を!」

 

 次の瞬間叫ぶマシュには、もう迷いはなかった。

 

「オルタ、陛下! 全力で頼む!」

「ハッ! 上等じゃない!」

「目にもの見せてやろうぞ!」

「──すべて、破壊する」

 

 気勢も十分に走り出した二人に、アルテラもゆっくりと光剣を掲げた。

 

 

 

 そして、決死の戦いが始まった。

 

 

 

 アルテラは強かった。

 

 変幻自在の光剣に聖杯からもたらされる無尽蔵の魔力、本人の戦闘能力そのものさえ。

 

 英霊アルテラは、その概念に西ローマ帝国の滅亡の要因を持つ。

 

 いわばローマという国に対する特攻概念。それによって一種の知名度補正を受けているのだ。

 

 

 さりとて、藤丸達カルデア陣営も決して劣っていたわけではない。

 

 オルタはこれまでの鬱憤を晴らすように、堅牢なアルテラを相手に怒涛の攻勢を繰り広げた。

 

 敗北は許されない以上、最後の戦いに遠慮する必要はない。存分に魔力を使い、好き放題に暴れた。

 

 当然マスターである藤丸にも負担がかかるわけだが、彼は一言も苦悶を漏らさず、火防女のフォローの下指示を出し続ける。

 

 それでも絶大なバックアップを受けたアルテラと互角とはいかず。

 

 

 その差を埋めたのは、ネロだった。

 

 

 人の身でありながら突出した力を持った彼女は、誇りと己の民、己の帝国への愛を胸に奮闘し。

 

 その気迫はまさしく覇王の如く。

 

 いかにアルテラが強大であろうとも、全霊以上の力を発揮した彼女と、消滅覚悟で暴れるオルタに、徐々に押され始め。

 

「せぁああああああっ!」

「む、ぐぅ……!」

 

 ネロの斬撃の圧に押され、アルテラは後退する。

 

 塵も積もれば山となる。その体には、二人の攻撃によって少しずつできた傷が無数についていた。

 

 アルテラは、一度後退して聖杯を使い、その傷を治そうとした。

 

「マスター、搾り取るわよッ!」

「──やれ、ジャンヌ・ダルク・オルタ!」

 

 残り少ない魔力を、藤丸はオルタに向けてパスで明け渡す。

 

 それを受けたオルタは、初めて逃げの姿勢を見せたアルテラに狙いを定め。

 

 そして、詠唱を開始した。

 

「〝これは、我が憎悪によって磨かれた魂の咆哮! 〟」

「っ……!」

「ガンドッ!」

 

 宝具の発動を察知したアルテラが光剣を向ける。

 

 しかし、文字通り雀の涙ほどの魔力をありったけ絞り出して放たれた藤丸のガンドがそれを弾いた。

 

 蓄積したダメージによって少なからず疲弊していたアルテラは、たったそれだけで光剣をそらされる。

 

「さあ、食らいなさい!」

 

 その間に、オルタは宝具の展開を済ませていた。

 

 瞬く間に地面がひび割れ、マグマのように煮えたぎる。

 

 それは不規則な軌道で地面を這い回り──アルテラの足元全体にぱっくりと口を開けた。

 

 

 

「〝吠え立てよ、我が憤怒(ラ・グロンドメント・デュ・ヘイン)〟!」

 

 

 

 地獄の業火が咲いた。

 

「ッ……!」

 

 宝具の直撃に、アルテラは歯を食い縛る。

 

 せめてもと回復に充てようとしていた聖杯の力を、炎に混じった呪いを防ぐための障壁に使った。 

 

 少しずつ削れていく自分の胸。業火から突き出される槍が皮を、肉を抉っていく。

 

 やがて、その中に秘された輝きが露出し始めた。

 

 

(──破壊する。この程度、なんともない)

 

 

 炎に焼かれ、呪いを弾きながらも、暴走しかけた思考でアルテラは考える。

 

 確かに手痛い一撃だが、それだけ。これを受け切って、あとは何もかも枯渇した彼らを殺せばいい。

 

 我は大王。西方世界を灰燼に帰す破壊の化身──

 

「おおおおおおおおっ────!」

「ッ!!???」

 

 だからこそ、それは彼女にとって予想外だった。

 

 燃え盛る業火の中に、なんとネロが飛び込んできたのだ。

 

 

 

 人間が、英霊の戦いに割り込んできたのだ。

 

 

 

「ネロ陛下、そのまま進んでください!」

 

 いや、彼女だけではない。

 

 その傍らには全てを防ぐ白亜の壁を、自分と彼女を守るために展開した騎士(少女)がいる。

 

 何故、と疑問を呈するアルテラ。

 

 あの英霊は、あのおかしな英霊を守っていたはずなのに、何故この人間とともにいるのか。

 

 そう思い、炎の向こうを凝視すれば──棒立ちになっていた古騎士は、ふっと幻のように消える。

 

 赤い瞳を見開く彼女は──完全に、驚きで動きを止めていた。

 

「これが……余の……覚悟だぁああああああっ!」

「がっ……!」

 

 ネロの白い指が、聖杯の欠片を掴み取る。

 

 そのまま勢いよく腕を引き、アルテラから聖杯は抜かれた。

 

 その瞬間、アルテラの中に満ち満ちていたもの全てが急速に失われていく。

 

「な、ぜ──」

「──眼に映るものが全て、本物ではない」

 

 

 ドッ。

 

 

 深くえぐられた胸を、何かが貫通する。

 

 マシュに抱えられ、炎の中から脱出するネロから自分の体に視線を移す。

 

 大きく損なわれた胸には──風を纏う、肉厚の刃が生えていた。

 

「これ、は……!」

「──友よ。貴公の剣を使わせてもらう」

 

 もう一振りの巨人殺し(ストームルーラー)を握った灰は、炎の中で静かに告げる。

 

 数千度では足りない熱量の中、彼の鎧もまたアルテラの体のように少しずつ破損し始めていた。

 

 やがて兜がひしゃげ……その奥にあった、血涙を流す赤い瞳をアルテラに向けて。

 

 

 

 

 

 

 

「終わりだ、破壊のソウルを持つものよ──《 我が闇を見よ、人の性を(ダークソウル) 》」

 

 

 

 

 

 

 

 炎の中から、黒い閃光が炸裂した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「くっ、ここまでみたいね……」

 

 灰の宝具の発動直後、魔力の尽きたオルタが宝具を止める。

 

 炎が消え失せ、後には中に閉じ込められていた黒光ばかりが光り輝いた。

 

 

 

 やがて、その光も消えていく。

 

 

 

 藤丸とネロ、火防女を後ろに盾を構えるマシュと、ほぼ魔力が尽きかけ、戦旗を支えに睨みつけるオルタ。

 

 四者が見守る中で消えていった光の跡には……全身の大部分を黒く炭化させた、アルテラがいた。

 

「っ、まだ生きて……!」

「あれほどの攻撃を受けてもまだ……!」

 

 絶望と焦りがない混ぜになった表情で叫ぶ藤丸とマシュ。

 

「いえ、お二人とも。もう終わりです」

 

 火傷を負ったネロと、壊死しかけた右手を治療していた火防女が告げる。

 

 驚いた三人は、オルタにも確認しようと彼女の方を向いて……何故かものすごく嫌そうな顔で彼女に睨まれている灰を見つける。

 

「火防女の語る通りだ。彼女の霊核は完全に破壊した」

「……ちょっと、なんで肩に手置いてんのよ」

「いや、これならばある程度魔力を譲れるのでな」

「あいっかわらず非常識ね……もういいから退けなさいよ」

「おっと、これは失礼した」

 

 ほとんどカルデアに送還されかけていたオルタは、ソウルを介して灰の送った魔力で回復した。

 

 そうするとぺしりと灰の黒焦げた手を払い除け、それから満身創痍のアルテラを見る。

 

「……フン。もうあれは死んでるわ。もうすぐ消滅するわよ」

「そ、そうか。倒したのだな!」

 

 歓喜するネロ。ローマを脅かす脅威が去ったと知り、彼女はほっと安堵する。

 

「……そう、か」

 

 が、アルテラが喋ったことで緊張が走る。

 

 まだ動けるマシュが構えを取るものの、彼女は一歩も動くことすらできない。

 

 それどころか、体から一粒、また一粒と光の粒子が立ち上り始めた。

 

「この、世界には……私の剣でも、破壊されないものが……在る、か」

「……破壊を定められた英霊よ。貴公とてかつては偉業をなし人理に刻まれた者。であれば、その強さは知っているだろう」

「ああ、そうだな……そうなのか……私の、軍神(マルス)の剣でも……」

 

 確かめるように言って、半分焦げた顔を上げたアルテラは。

 

 

 

「それは、少し。嬉しいな──────」

 

 

 

 少女のような笑顔で、消えていった。

 

「……消えた、か。英雄アルテラ。また違うカタチで見えることもあろう」

「これでようやく終わりましたね……」

「ま、そこそこ楽しめたわ」

「大変、だったね……」

「藤丸様、帰還した後に今回の報告書と反省文です」

「アッハイ」

 

 一気に空気が弛緩し、今にも座り込んでしまいそうな雰囲気になる。

 

 それに微笑みながら、ふとネロは自分が握っていたものに目を落とと、随分と形が変わっている。

 

 手の中で光り輝く黄金の杯を、ネロは藤丸に歩み寄って差し出した。

 

「受け取れ。お前たちの探していた聖杯とやらはこれだろう?」

「ありがとうございます、ネロ陛下」

「最後までありがとうございました」

「はっはっはっ! お前たちと一緒に戦うのは楽しかったぞ! うむ、これは余の伝記に書き記すのもやぶさかではない!」

 

 機嫌がよさそうに高笑いする彼女に、藤丸とマシュは顔を見合わせプッと吹き出す。

 

 それから三人で思い切り笑った。火防女とオルタ、灰はそれを無言で見守った。

 

 しばらくして落ち着くと、灰が藤丸の腕輪に向かって声をかける。

 

「聖杯も無事に回収。任務は完了だろう、ドクターロマン」

『そうだね。もう今にも送還が……と。噂をすればだね』

 

 ふっと、藤丸とマシュ、火防女の体が浮く。

 

 それとは裏腹に、英霊である灰とオルタの体がアルテラと同じように魔力の粒子と化していった。

 

「ま、特に私は余韻なんてありませんし? さっさと帰ってきなさいよ、マスター、マシュ」

 

 なんの躊躇もなく、むしろ自分から消滅を早めてオルタが真っ先に消えていった。

 

 それを見て驚いていたネロだが、はっと悟ったように目を見開くと……寂しそうに笑った。

 

「……そうか。お前達も行く、のだな」

「はい」

「呂布やスパルタクス……ブーディカ、もか」

 

 こくりと頷く二人。

 

「時代は修正され、この戦いもなかったことになるでしょう。けど……」

「俺達は、絶対忘れません」

「……余も、ローマの民も忘れるが、お前達は記憶しているか。うむ、ならば良し! 全米の感謝と薔薇のみを伝えておこう!」

 

 しばらく迷うように考え込んでいたネロだったが、最後にはやはり堂々と胸を張った。

 

 花が咲いたような笑顔に、藤丸達も腰元まで消滅した灰も笑い返し、最後の挨拶を交わす。

 

「突然現れた俺達を助けてくれて、ありがとうございました」

「何を言う! むしろなんの褒賞も与えられぬことが惜しくてたまらぬ!」

「ローマ首都の街並みは、本当に素晴らしかったです。美しいとさえ感じました」

「うむ! いつかまた来るが良いぞ!」

「ネロ・クラウディウス陛下。そのソウルに幸福があらんことを」

「お前もそこなバーサーカー? とやらと仲良くな!」

「……貴公のような王ならば、狩ることは望ましくないな」

「余はそう簡単にはやられぬぞ!」

 

 最後まで、涙を流すことはなく。

 

 どこまでも彼女らしく、汚れなど気にならない満面の笑みを浮かべ、ネロは藤丸達を見送って。

 

「さようなら、ネロ陛下──!」

「もし英霊として会うことがあれば、またいつか──!」

「またいつか会おう。異なる時代、異なる世界でも、きっとお前達はローマと繋がっているのだから────!」

 

 薔薇を彷彿とさせる笑顔を最後に視界に収め、藤丸達は光と共にこの特異点から回収されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……人。紡ぎ、作り、伝え、育む者達」

 

 名残惜しそうに空を見上げるネロを、夕陽の中から見る者が一人。

 

 近くの岩山に立ち、たった一人でも輝くような気迫を備えた彼女に、フードの奥で唇を歪め。

 

「けれど、伝えるものが争いと悲しみ、終わりの歴史ならば。やはり人理とは──深淵の闇を孕むものに他ならない」

 

 囁くような一言は、荒野に吹き抜ける風にその姿と共に消えて。

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、刃の葉を備えた一輪の花のみが残された。

 

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

さぁて、幕間どうするか…

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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幕間
第二特異点 永続狂気帝国セプテム 登場人物紹介


毎度おなじみ、今回は人物紹介です。




 

カルデア陣営

 

ネロ・クラウディウス

 

薔薇の皇帝。第5代ローマ皇帝。

大胆不敵な姿勢、大きな器量、そして国も民も愛する絶大な愛。

全てにおいて華麗にして可憐な皇帝。その生涯は毒と暗殺にまみれたものだったというが、藤丸達と共に戦った彼女はそれ以前の彼女だった。

伯父との対峙に悩み、過去の名将に唸りを上げ、神祖を前に屈しかけたが、藤丸達とともに見事ローマを守り抜いた。

 

 

 

 

 

サーヴァント一覧

 

 

アヴェンジャー/ジャンヌ・ダルク・オルタ

 

みなさんおなじみ、チョr……失礼、竜の魔女。

オルレアン編にて紹介したが、今回はカルデア陣営のサーヴァントとして紹介される。

オルレアンにおけるセイバーオルタの役割、カルデアからの助っ人として召喚された。

藤丸の決死のコミュニケーションにより、そこそこ言うことを聞く。絆レベルは4くらい。

 

 

 

ライダー/ブーディカ

 

おなじみ皆のお姉さん。エミヤなどと一緒に食堂でお世話になっているマスターも多いはず。

かつてローマ帝国に蹂躙された女王にして、ネロの宿敵。

しかし、破壊され、貪られていくローマを目の当たりにネロの味方につき、客将として戦った。

マシュや藤丸などのいいお姉さんとして接してもいた。包容力のある女性、いいよね。

 

 

バーサーカー/スパルタクス

 

圧政。彼を表現するならば、その一言である。

かつて闘技場の奴隷であった彼は圧政を憎み、破壊し、蹂躙することを望む。

筋肉・圧政・ついでに圧政。今年の夏イベではトーテムポールになってましたね。

 

 

バーサーカー/呂布

 

中国の英霊。その名を知る人は多いだろう、有名な猛将。

今作では存在感がゼロに等しかったが、後述の荊軻とともにローマ側の客将として戦っていた。

 

 

アサシン/荊軻

 

始皇帝を暗殺しようとし、失敗し、生きて帰ること叶わず伝説となった女性。

終盤において藤丸達と行動をともにし、神祖ロムルスとの戦いおいても非常に重要な役目を果たした。

第二部の秦以降、作者のお気に入りサーヴァント。

 

 

アサシン/ステンノ

 

ヤベー女神の片方。レア度の高い方。

形のある島という場所に住み着いており、藤丸達を翻弄した。

 

 

ランサー/エリザベート・バートリー

 

オルレアンでも出てきたドラ娘、スイーツ系サーヴァント。

形のある島にてぽろっと出てきた。

 

 

バーサーカー/タマモキャット

 

カルデアキッチンに欠かせないキャット。狐?犬?どれだかわからない。

形のある島にて登場。多分カルデアにもやってくる。

 

 

 

真名:カタリナのジークバルト

 

クラス:セイバー

 

出典:『火の暦書』

 

地域:ロスリック

 

属性:秩序・善

 

性別:男

 

 

『パラメータ』

 

 筋力:A+

 耐久:A

 敏捷:C +

 魔力:D

 幸運:D-

 宝具:B

 

 

〈宝具〉

 

嵐を統べる者(ストームルーラー)

 

ランク:B

種別:対巨人宝具

説明:ストームルーラー。巨人を殺す嵐の剣。

一度発動した場合、その力は特定の相手を殺すまで継続する。その際常に魔力が消費される。

 

 

詳細

騎士の国カタリナ。

古くから火の時代にあったその国の中、特に古いジーク家の騎士。

代々のカタリナの騎士同様に情に厚く、義を重んじ、友情を何より大切にする男。

かつて、火の時代に孤独な旅を続けた灰の数少ない友。

英霊として召喚され、彼と再会してもその友情が変わっていることはなかった。

たとえ、もう一人の友を再び殺すために喚ばれたのだとしても。

 

 

 

敵陣営

 

サーヴァント一覧

 

 

バーサーカー/カリギュラ

 

ネロォ!と叫んでいる人……ではなく、皇帝連合の皇帝の一人。

月の女神に魅入られ、狂気に堕ちた。その逸話を元に召喚された彼は全てを破壊し、蹂躙し、貪ろうとする。

最後はネロとの一騎打ちにより、満足とともに消滅した。

 

 

セイバー/ガイウス・ユリウス・カエサル

 

カルデアの誇るトラブルメイカーの一人。口先が上手い。セイバーとして現界したことに不満のあるお方。

皇帝連合の皇帝の一人として召喚され、ガリア侵略を任されていた。

ネロ率いる、藤丸達カルデア陣営を加えた新生ローマ軍と戦い、マシュや藤丸と共に戦ったネロに打ち倒された。

 

 

ライダー/アレキサンダー

 

某征服王の若き頃の姿。リリィの一種じゃないかと思っている作者である。

なぜ戦うのか、なぜ抗うのかとネロに問いかけ、彼女に改めて皇帝連合と戦う意味を自覚させた。

 

 

キャスター/ロード・エルメロイ二世

 

胃の痛い人、周回要員。全国のカルデアで酷使されているお方。

ではなくて、孔明の霊基をベースにしてアレキサンダーに連鎖して召喚されたサーヴァント。

オルタに砦の外壁ごと押しつぶされた。

 

 

ランサー/ロムルス

ローマ。彼はただこの一言で言い表わせるだろう。

歴史上に強大な帝国として残るローマ帝国を築き上げた人物。神格化され、神祖と崇められる。

レ/フに召喚され、皇帝連合の首魁として君臨していたが、その心にはローマを愛する思いだけがあった。

自らに屈することなく、今この瞬間を生きる自分こそがローマ、皇帝であると叫んだネロに後を託した。

 

 

セイバー/アルテラ

 

フンヌの王。破壊の大王。西方世界を滅ぼす者。

神の鞭とも呼ばれ、ローマ帝国に対するある種のアンチ的な存在である彼女は、レ/フによって最大のカウンターとして召喚された。

が、召喚者であるワカメ……レフをレ/フにして殺害。聖杯を奪い取り、その力でローマを滅ぼさんとした。

最終的に藤丸、マシュ、ネロ、オルタ、灰による共同戦線との苛烈な決戦を行い、彼らの力と決意、勇気を前にして敗北した。

ガチャは悪い文明。沖田さん欲しい。

 

 

 

 

真名:ヨーム

 

クラス:バーサーカー

 

出典:『火の暦書』

 

地域:ロスリック

 

属性:混沌・善

 

性別:男

 

 

『パラメータ』

 

 筋力:A+++

 耐久:A+++

 敏捷:C -

 魔力:D

 幸運:D-

 宝具:A

 

 

〈宝具〉

 

罪なる都の孤王(ヨーム)

 

ランク:A

種別:常時発動型宝具

説明:孤独なる王。孤高の巨人。

彼は宝具を持たない。強力な武器も、特別な生まれでもない。

それ故に、英霊として彼に与えられたのはその生涯そのものを昇華した代物だった。

彼は強くなり続ける。ただ独り、何かを守護するために戦った時、この宝具は彼に比類なき力を与えるのだ。

 

 

 

詳細

偉大なる薪の王、はじまりの火を手にした者。

屈強なるこの巨人は愚かな人間達によって王に仕立て上げられ、怠惰にして傲慢な彼らが死した後にも戦い続けた。

その勇姿、偉業は讃えられ、そして冷たい石の玉座に招かれたのだ。

ただ一人、陽気な騎士が己の物語に終止符を打つことを待ち続けて。




今回は延びたため、二話幕間を書いてオケアノスです。



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「右腕」は誰だ?

なんというか、うん。

ネタが安っぽい。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

「うーん、これは派手にやったねぇ」

「いたたっ!」

 

 ドクターに右手を揺らされ、走った激痛に思わず声を上げる。

 

 黒ずんだ指先はろくに動かないくせに、痛みだけは嫌というほど主張するのだ。

 

 だというのに、ドクターはニコリと笑って手元の用紙……確かカルテルと言ったっけ……に書き込む。

 

「うん、痛みを感じるのならまだ平気だ。定期的な治療魔術と鎮痛剤で元に戻るよ」

「そ、そうですか……」

 

 ほっとした。

 

 もしこれで痛まないようなのなら……右手の指を切断しなくてはいけない、なんてことにならなくてよかった。

 

 慎重に、あまり動かさないように包帯を巻き直して、首から下げた包帯に吊るす。

 

 それからドクターに向き直ると、カルテルを書き終えた彼は振り向いて柔らかく笑った。

 

「無茶をするのはあまりよろしくないが、そう言ってもいられない状況なんだよね。藤丸くんには負担をかけることになる」

「なんとか頑張ってみます」

「頼もしいね。いやぁ、しかしよく頑張ったねえ。これほど大きな特異点を二つも修復して、まだ五体満足なんて驚いたよ」

「マシュやバーサーカー達のおかげですよ」

 

 マシュが、バーサーカーが。今回味方になってくれたサーヴァント達が。

 

 みんながいたからこそ、特異点修復……聖杯を回収できた。

 

 今回のローマでも、一人でも欠けてたら俺は死んでいたかもしれない。

 

「うんうん、そうだね。聞けばあの竜の魔女様もかなり言うことを聞いたみたいじゃないか」

「はは……」

 

 ドクターの言葉に曖昧に笑い返しながら、彼女のことを思い出す。

 

 なんの因果か、オルレアンから帰還後に召喚された彼女はかなりアクの強い英霊だった。

 

 度重なる戦闘シミュレーションによる連携や、危うく燃やされかけながらのコミュニケーション……

 

「本当に大変でした……」

「素直に君のコミュニケーション能力には脱帽だよ……さ、検診は終わりだ。これ鎮痛剤、服用方法はこれね」

「ありがとうございます」

「あまりここに来ないようにね。あ、僕がサボれ……雑談ならいいけど」

「またルーソフィアさんに怒られますよ」

 

 俺みたいに。

 

「じゃあ、失礼します」

「お大事にねー」

 

 ほんわかと笑うドクターに会釈して、薬を片手に医務室を後にする。

 

 そして廊下の方に体を向けたところで、きゅうとお腹が鳴った。

 

「そろそろ昼時かな……」

 

 サバイバルで培われた体内時計によると、だいたい正午を少し過ぎたくらい。

 

 自室に向かおうとしていたところを、食堂に行くことに変更して歩き出した。

 

「いや、でもどうするかな……自分で食べられるかなこれ」

 

 吊るされた自分の右腕を見下ろして、思わず独り言を呟いてしまう。

 

 

 

 ローマから帰還した俺に待っていたのは特異点での活動報告と検診……そして山のような反省文。

 

 

 

 最後に関しては、ルーソフィアさんから戦闘シミュレーションや小テストの際に課せられるもの。

 

 そして今回十枚を超える反省文を書かされた理由は、言わずもがなこの右腕が原因だ。

 

 最後の合戦において、俺は令呪三角も自分の魔力も全部使い切り、文字通りすっからかんだった。

 

 それなのに、その後のアルテラとの戦いにおいて米粒ほどの魔力を絞りに絞ってサポートしたせいでこうなった。

 

 

 魔力回路の酷使によって右腕の末端神経がダメージを受け、壊死寸前だったらしい。

 

 あの場で直ぐルーソフィアさんが治療してくれたからよかったものの、放っておけば危なかったとか。

 

 最悪、その後の経過でダメなら指を……と最初に聞かされた時は、心の底からゾッとしてしまった。

 

 

 だが幸いにも、ルーソフィアさんの優れた魔術によってどうにかそれは免れた。

 

 ドクターの見立てでは、定期的な処置によって二週間程度で元には戻るらしい。

 

 体と同様に魔術回路も疲労しているので、しばらく座学以外のトレーニングは控えるように、とのこと。

 

「ルーソフィアさん怖かったなー……」

 

 もうあの説教は受けたくない。

 

 口調こそ丁寧。いや、そうだからこそ渾々と正論と反省点を指摘され続けるのは、実に心に響いた。

 

 最近ではルーソフィアさんのことが、厳しい学校の先生に思えてきて仕方がない。

 

「言ったら怒られ……はしないけど、困らせちゃいそうだな」

 

 いや、案外ノリがいいからもしかしたら本格的に教師になるかも……なんちゃって。

 

「フォウ!」

「あ、フォウ。お前もお昼食べにいくのか?」

「フォフォウ!」

「そっか。乗っていく?」

「ンフォウ!」

 

 元気よく答えたフォウに、その場で立ち止まって片膝をつく。

 

 そうして吊るされた右腕を不恰好につきだしたのだが……フォウはスンスンと嗅ぐだけで乗らない。

 

 

 かと思えばトテトテと移動し、ぶらりと垂らしていた左腕からよじ登って。

 

 しばらく俺の首の周りをぐるぐると回って、最終的に左肩に収まった。

 

「珍しいな、いつも右側に来るのに」

「ンフォっ」

「もしかして、気遣ってくれたのか? 可愛いやつだな〜」

「フォフォ〜♪」

 

 頭を撫でると、気持ち良さそうに耳を動かすフォウ。

 

 ほんとなんの生き物なんだろうね、これ。まあ可愛いからいいけどさ。

 

 

 フォウと一緒に、のんびりと廊下を進んでいく。

 

 なんだかんだ、気難しいサーヴァントとの交友やトレーニングでカルデアでの日々は忙しい。

 

 それらを苦とは思わないが、怪我のおかげで時間的なゆとりがあることに、微妙な嬉しさがある。

 

 

 自然と足取りも緩やかになり、いつもよりかなり時間をかけて食堂に到着する。

 

「さて、中の様子は……っと」

 

 ちょうどお昼時だからか、中は結構賑わってるな。

 

 休憩時で、俺と同じように昼食をとっているカルデア職員の人に、サーヴァントもいる。

 

 最初は環境を整えるためにスタッフの人たちは無休で働いていて、ほとんど誰もいなかった。

 

 

 最初は、俺とマシュ。それと早々にキッチンの主になった無名の王。

 

 それからオルレアンで出会い、縁を結んだ英霊が来てくれて、この数日のうちにまた増えた。

 

 随分賑やかになったなぁ、と思いながらもカウンターに行った。

 

「すみません、注文いいですか」

「はいはーい、今聞くよ……って、マスターじゃない」

 

 寸胴鍋の中身をかき回しながら振り返ったのは、際どい衣装の綺麗な女性。

 

 ローマ軍で一緒に戦った英霊、ブーディカ。彼女は三人目のキッチン英霊になっていた。

 

「いつもはもう少し遅いのに、今日は早いね。何食べる?」

「手がコレなんで、なるべく食べやすいものをお願いします」

 

 右腕を見せると、彼女はほんの一瞬だけ心配そうな顔をした。

 

 

 カルデアにやってくる英霊は、特異点での記憶を持たない。

 

 

 現界中の記憶は座に経験として送られ、記録の一つとして保存されて、次に召喚されても連続はしない。

 

 オルタの方のジャンヌみたいに、特殊な英霊でもない限りは、基本的に初対面から始まる。

 

 なのに、その顔はローマで戦っていた時に何度も見た彼女とそっくりだった。

 

「うん、わかった。それじゃスープ系のものでいい?」

「はい、それなら左手でも食べられそうです」

「席に座って待っててね、持っていくから」

「ありがとうございます」

 

 そうお礼を言って、なるべくカウンターに近い席で開いている場所に座る。

 

 右腕をそっとテーブルの上に置いて、ふぅと一仕事終えた後のようなため息が出た。

 

「おや藤丸くん、腕は平気かい?」

「はい。カルデアスの整備は大変ですか?」

「そりゃあもう。この前もちょっとね……」

 

 たまたま近い席にいた職員の人の話を聞きながら、料理がやってくるのを待つ。

 

 ほとんど専門的な話で詳しく理解はできないが、それでも職員の人達の話は聞きごたえがあった。

 

「っとまあ、こんな感じかな。まあ、君にはよくわからないだろうが……」

「いえ、いつも楽しいです。真剣に、一生懸命に仕事をしてるのが伝わってくるので」

「はは、そう言ってもらえると生き残った甲斐があるよ」

 

 照れ臭そうに笑う男性に、「いつもありがとうございます」と言う。

 

 彼らの尽力がなければ、俺は安全にレイシフトもできないのだ。

 

 なら、真剣に聞くのは当然のことだ。

 

「お話中失礼します、先輩」

「あ、マシュ。ちょうどひと段落ついたところだよ」

「おっと。じゃあ僕はこれで」

「あ、はい」

 

 そそくさと行ってしまう職員の人。マシュと二人で顔を見合わせ、首をかしげる。

 

「どうして私と先輩が会話を始めると、いつもどこかに行ってしまうのでしょう?」

「どうしてだろうね。それに、なんか時々変な目で見られるし……」

「私もです。なんだか、微笑ましいものを見るような……」

 

 なんでだろ。普通に喋ってるだけなのに、特に職員の人に限って遠巻きに見ている。

 

 ニヨニヨというか、ニヤニヤというか……なんだろ、保護者的目線? 

 

「とりあえず、隣に失礼してもよろしいでしょうか?」

「もちろんいいよ」

 

 左手を使い、椅子を引いてどうぞと言う。

 

 失礼します、と言って彼女はスカートを押さえながら座った。

 

 一つ一つ丁寧なその所作が、なんというか見ていてほっこりする。

 

「先輩。右手の調子はどうですか?」

「見ての通り。あんまり良くない、かな……でも、なんとか日常生活は「それなら!」うわっ!?」

 

 きゅ、急にマシュが身を乗り出してきた。

 

 右肘で体を支えながら、椅子からお尻を浮かしてズズイッとこちらに接近したマシュの目を見る。

 

 いつ見ても綺麗だな……肌も白くてシミひとつないし、睫毛とか長くて眉毛も細くて……じゃなくて。

 

「私が先輩のサポートをする、というのはどうでしょう?」

「さ、サポート?」

「はい。その様子では何かと不便だと思いますので、後輩として、先輩のサーヴァントとしてお手伝いを……」

「あらあら。面白いお話ですわね」

 

 マシュの勢いに押されかけていると、新しい声が聞こえた。

 

 二人揃ってテーブルの下を見ると、そこからにゅっと清姫が顔を出す。本当ににゅって感じだった。

 

「きよひー!?」

「清姫さん、そんなところから……」

「ごきげんよう、ますたぁ」

 

 にこりと笑った彼女はテーブルの下に潜り、またしてもにゅっとマシュと俺の対面の席に姿を現す。

 

「それで私、不自由なますたぁの右手となる、という話に興味がありますわ」

「あーうん、えっと。マシュが提案してくれて……」

「ええ、ええ。ですから不肖、この清姫がその役目を担いますわ」

 

 胸に手を当て、にっこりと笑う清姫。

 

「待ってください清姫さん。ここは発案者である私がやるのが妥当だと思います」

「マシュさんったら、おかしなことを言いますわ。安珍様(ますたぁ)のお世話は私こそが……」

「いえ、私が……」

「いやあの、確かに大変だけど一人で」

 

 その瞬間、右足の脛にものすっごい痛みが走った。

 

 いってぇ!? なんだ、今誰かに思い切り足を蹴っ飛ばされたぞ!? 

 

 

 なにやら睨み合っている二人から目を離して周りを見るが、他には誰もいない。

 

 職員の人は遠くの席だし、サーヴァント達の一部は面白そうにこっちを見てるだけだし。

 

 そうなると……下手人は一人。

 

「……あの、なんで蹴るんですかね」

 

 近くにいる二人に聞こえないようにつぶやくと、カタンとテーブルの上に置かれた観葉植物が音を立てる。

 

 そーっと二人から少しだけ離れて、左腕を伸ばして植物の葉っぱをめくると……光で書かれた文字が。

 

 

 〝女の子からの好意は受け取っときなさい、このバカ〟

 

 

「ええ……そんなツンデレ幼馴染みたいな」

 

 思わずそう言った瞬間、また脛に鋭い痛み。さっきより威力上がってるぅ!? 

 

「? どうしましたかマスター、足を押さえて」

「い、いや、なんでもない……」

「さあマシュさん、私にその場所を譲ってくださいな」

「いえ! 先輩の後輩としてここは譲りません!」

 

 だんだんヒートアップし始めた二人。そ、そろそろ止めないと……

 

「なになに、なんか面白そうなこと話してるじゃない!」

 

 その時、超弩級にヤベェトラブルメイカー(エリザベート)がやってきた。

 

「子イヌにご飯食べさせるって話、気に入ったわ!」

「あらこの蜥蜴娘、どこから湧いて出てきたのでしょう、ふふふ」

「あんたこそマシュの提案をかすめ取ろうとして、いい根性じゃないアオダイショウ」

「「……ふふふふふ」」

 

 まずい。オルレアンでの二人の仲の悪さがここでも発揮された。

 

「二人とも強敵……ですが、ここは発案したものとしての責任を!」

「あの、本当にいい……」

 

 

 バシィッ!! 

 

 

 三度目の脛蹴り。どうしろってんだよもう。

 

 

 

 

 結局三人のキャットファイト? は、タマモキャットがシチューを持ってくるまで続いたのだった。




読んでいただき、ありがとうございます。

次回どうすっかなぁ

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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休息も大事


まっっったくネタが思いつかず、何回かすっぽかしてしまいました。すみません。

そのくせ今回は短いです。

ぐだマシュ。楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 藤丸 SIDE

 

 

 

「ふぅ、はぁ……」

「お疲れ様です、先輩」

「ああうん、ありがとマシュ」

 

 マシュから差し出されたハンドタオルと飲料水を受け取り、お礼を言う。

 

 いつもよりだいぶ量が多い気がする汗を拭って、飲料水で喉を潤せばだいぶ落ち着いた。

 

「ふぅ……やっぱりちょっと鈍ってるなぁ」

「仕方がありません、右腕があの状態では無理をする方が危険です」

「わかってるけど、ちょっとね」

 

 スポーツなどが毎日練習することに意味があるように、トレーニングも同じことだ。

 

 勿論、あまり腕を使わないトレーニングも続けてはいた。腹筋とか、ランニングマシンとか。

 

 けど、いつもよりずっと足りない。

 

 

 幸いドクターやルーソフィアさん、医療班のスタッフのおかげで右腕は元に戻った。

 

 だから久しぶりにトレーニングルームに来たはいいけど……やっぱりいつもより疲れたなぁ。

 

「特異点でマシュ達に迷惑かけないためにも、しっかり鍛え直さないと」

「その心構えは素晴らしいの一言につきますが、しっかり休息もとってくださいね」

 

 眉を下げるマシュ。

 

 彼女は今日からトレーニングを再開する俺を案じて、一緒にきてくれた。

 

「大丈夫だよ、今日のノルマはこれで終わりだし。ドクターからも調子に乗らないよう注意されてるからね。ありがとうマシュ」

「いえ……私は先輩のサーヴァントですから。心配するのは当然です」

「あはは、本気出すと俺よりずっと凄いからなぁ」

 

 そんな彼女を心配させないよう、なるべく明るく笑いながらベンチから立ち上がる。

 

 

 それから、広々とした部屋の中で様々なトレーニングを行なっている英霊達を見た。

 

 腕相撲してる呂布とスパルタクス、サンドバッグを乱舞させてるマルタさん、人形を滅多刺しにする荊軻さんetcetc……

 

 背中を任されたマスターとして、彼らの恥にならない程度には頑張ろう。

 

 

 そんなことを内心で思いながら、マシュと一緒にトレーニングルームを出る。

 

 自室に戻ってシャワー室で汗を流し、さっぱりとした。

 

「ふぅ……それにしても、綺麗に治ったなぁ」

 

 シャワーを止め、バスタオルで頭を拭きながら普通に動いている自分の右腕を見る。

 

 一週間くらい前までは、お湯に当たるとかなりヒリヒリして結構慎重に洗っていたのだが。

 

 魔術がすごいのか、ルーソフィアさん達がすごいのか。

 

「……多分両方だろうな。みんないろんな分野のエキスパートって話だし」

 

 マスター適性があったから補欠要因で連れてこられた俺と違い、職員みんなスペシャリスト。

 

 それに少し居心地の悪さを感じないわけでもない。みんな優しいので、大して気にならないけど。

 

 

 そんなことを思いながらシャワー室を出て、髪を乾かし服を着替えて……

 

「あれ……なんか……」

 

 制服があったかい。これ、クローゼットにあったストックの一つで出したばっかなんだけど。

 

「うふふふふ……」

「──っ!?」

「ますたぁのお召し物は、この清姫が温めておきました……ええ、この身で抱き、しっかりと体温で……」

 

 ………………後ろから声が聞こえたけど、幻聴だろう。うん。

 

 

 とりあえず妙に生暖かい制服を羽織り、なんだか部屋にいると危ない気がするので出る。

 

 すると、ちょうど目の前を通りがかったマシュと目があった。

 

「あ、先輩。どこかお出かけですか?」

「そ、そうだよマシュ。ちょっと散歩しようかなって」

「ではお供します。また先輩が迷ってはいけません」

「そんなこと……ないって言い切れないんだよなぁ」

 

 もう何ヶ月かいるはずなんだが、この施設の半分も網羅できてない気がする。

 

 なにせ、共有施設だけでなくサーヴァントや職員の人たちが使っている部屋も含めたら400部屋以上。

 

 

 とても覚えきれるわけがない。そもそも主要な場所さえ把握しておけば、行く意味もない。

 

 とはいえ、このまま部屋に戻るのもかなり不自然なので、マシュと一緒に適当に歩き回ることにする。

 

 シミュレーションのトレーニングはまだ不許可ということで、座学の時間までは暇だし。

 

「そういえば先輩、知ってますか?」

「ん?」

「ダ・ヴィンチちゃんの奮闘のおかげでリソースの運用にも少し余裕ができて、レクリエーションルームが解放されたらしいですよ」

「へえ。何があるの?」

「私も実際に行ったことがないので、資料を読んだだけなのですが。軽いフィットネス器具やゲーム機器もあるとか……」

「ゲームか……」

 

 あっちにいた頃は友達付き合いで、結構やる機会も多かったなぁ。

 

 ずらりとゲームソフトが棚に並んでいた同級生ほどじゃないが、ある程度はできる自信がある。

 

 でもここ北極だし、そもそも俺の知ってる日本のゲームってあるんだろうか? 

 

「気になりますか?」

「んー、ちょっとね。もしかしたら俺の知ってるゲームとかあるかもって思って」

「どうせなら行ってみましょうか」

「そうだね、せっかくの機会だし」

 

 そういうことで、資料でレクリエーションルームの場所を知ってるマシュに案内してもらった。

 

 

 結論から言えば、俺の部屋からそこまで遠くない場所にあった。

 

 中に入ると、カルデア職員用の自室と同じ大きさの室内に色々と置かれている。

 

「へぇ、こうなってるんだ……」

「あちらが体を動かすタイプの器具、そしてあちらにテレビとゲーム機の類が置かれているみたいですね」

「あっちはトレーニングしたばっかだし、ゲーム機の方見てみようか」

「はい」

 

 レクリエーションルームの一角、ソファがある場所に行ってみると、棚の中にいくつもソフトが並んでいる。

 

「えーと、なんだこれ知らないタイトルだな……こっちも海外のっぽい……」

「なるほど、これがゲームソフト……」

 

 色々手に取ってみるが、半分以上は外国製のものだった。職員の人達も日本人ほとんどいないもんなぁ。

 

 他の日本で見たことあるやつもだいたいレトロゲームで、父さんに話だけ聞いたことあるような……

 

「ん? ああ!」

「どうしましたか先輩?」

「ちょっと知ってるソフト見つけてさ」

 

 取り出して、隣に女の子座りしていたマシュに見せる。

 

 某赤い帽子のヒゲの人がカートに乗り、様々なキャラクターとレースをしているパッケージ。

 

 そう、いわゆる国民的大スターであるマ◯オの作品、マ◯オカートである。

 

「これは日本製のソフトですね」

「ああ。やっぱり◯リオは世界に通じるらしい」

「マ、マリ……?」

「ああえっと、とりあえずこれは複数人でやることのできるレーシングゲームだよ。やってみる?」

「先輩がそう仰るなら……」

 

 パッケージを裏返して首を傾げているマシュに、俺は早速ゲーム機本体を探し出す。

 

 幸いにもどうにかW◯i Uをテレビに繋ぐことに成功し、ソフトを入れて起動した。

 

「マシュはやるの初めてだろうから、まずは操作説明から見てね」

「は、はい」

 

 初めての経験だからか、マシュの声は硬い。

 

 それどころか、コントローラーを変な構え方してたので思わず苦笑いしてしまう。

 

「違う違う、これは横にこうやって持つんだ」

「こ、こうですか?」

「そう。それでボタンの向きはこう。どういう風にボタンを使うかは説明されるから」

「あ、ありがとうございます」

 

 お礼を言うマシュに頷いて、隣に腰を下ろす……ちょっといい匂いしたな。

 

 

 それはそれとして、どうやらソフト自体が一度も使われてなかったみたいだ。

 

 そのため操作説明が自動で流れ、ふむふむと頷くマシュ(可愛い)と一緒に操作を思い出す。

 

「なるほど、だいたい理解できました」

「それは良かった。俺はこの赤帽子の人選ぶけど、マシュも好きなの選んでいいよ」

「わかりました、ではこの防御力が高そうなエネミーにします」

 

 選択基準がサーヴァントっぽかった。

 

 

 マシュが毎回姫様をさらう大亀を選んで、残りのメンバーがランダムで選ばれスタートする。

 

 三つ並んだランプが点滅し、そして……レースが始まった。

 

「せっ、先輩! 始まりました!」

「うん、それじゃさっきの説明通りにやってみようか」

「はいっ」

 

 やや慎重に、マシュがク◯パを走り出させる。

 

 最初だし本気出すのもな、と思ったのでそれに合わせて俺もマリ◯を操作した。

 

 

 マシュはなんというか、いかにも初心者って感じだった。

 

 時折止まりながらノロノロと進み、壁にぶつかり、アイテムをスルーし、崖から落ち……

 

 その度にコツを教え、ビュンビュンとNPC達が俺達二人を追い越す隣でレクチャーする。

 

 

 さすがと言うべきか、マシュは一度教えると一生懸命再現し、すぐに習得した。

 

 最初は覚束なかった操作も徐々に慣れてきて、ついに一周目をゴールすることに成功した。

 

「やりました先輩、ゴールできました!」

「おめでとうマシュ」

 

 まあ、教えてる間にNPCが三週回り切ってしまったのでゲームとしては終わりなんだが……

 

 最初に会った時とは比べ物にならない豊かな表情をするマシュを見てると、どうでもよくなる。

 

「どうする、もう一回やる?」

「先輩のアドバイスのおかげでもう少しうまくできそうですので、やってみたいです」

「そしたら同じステージでやってみよっか」

「はい」

 

 

 

 その後、マシュといくつかのステージをやって楽しんだ。

 




読んでいただき、ありがとうございます。

オケアノス、どの王を出すかな…



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【第三特異点】封鎖終局四海 オケアノス
遥かな海へ


ども、作者です。

オケアノスでは召喚する英霊を募集せず、漫画版に準じて彼女とします。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

 ──ああ、兄よ。

 

 

 

 

 

 

 

 恐ろしきデーモンの王子を屠りし、勇敢なる我が兄よ。

 

 

 

 

 

 

 

 我が呪いをその身に移した、心優しき兄よ。

 

 

 

 

 

 

 

 私達は、いつまでこの血と呪いに囚われるのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 たとえ火の時代が終わり、人の時代が来ようとも、我らが呪い()は消えませぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、ああ、それならば。

 

 

 

 

 

 

 

 我が剣たる兄、ローリアンよ。

 

 

 

 

 

 

 

 どうか、今一度立ち上がりますよう──

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 ──目が覚める。

 

 

 

 

 

 今日も、同じ時間に。

 

 体温を確認し、次に五感を確認する。

 

 正常。

 

「──、──────」

 

 客観的に、自分の存在を認識できるよう名前を口にする。

 

 自分の記憶、意識が連続していることを確認すると、深呼吸をして。

 

 

 眠るたびに消えてしまうのではないかと思う自意識が続いていることに安堵した。

 

 私は私だ。今日も私は、私としてこの世界に存在することを許された。

 

 

 ホッとしたのか、それとも別に何かを感じたのか。

 

 そんな薄氷の上を歩くような気分でいると、電子音が鳴って部屋に声が木霊する。

 

「やあ、おはよう〝二号〟。寒くないかい? 今朝はとても冷え込んでいてね、外の気温はマイナス70℃だ」

 

 男性の声。聞き慣れた声。

 

 

 それは大変ですね、と率直に返した。

 

 

 思ったことを口にして、その寒さとは無縁な清潔で快適な部屋を見回してみる。

 

 すると、次にガラス越しの彼から聞こえてきたのは、やや躊躇うような。

 

 どこか、苦しそうな声だった。

 

「……何か不都合はある? 気に入らないコトがあったらなんでも言っておくれ」

 

 彼は表情を崩してそう言った。

 

 辛そう、なのだろうか。

 

 きっと彼の体の一部……手で触れている胸部が痛いのだろう。

 

 

 大丈夫ですか、と口にした。

 

 

 すると、更に彼は眉根を寄せてしまう。

 

「……ああ、僕は大丈夫だよ。余計な気遣いをしたね。おはよう□□、5110回目の覚醒、おめでとう」

 

 

 ありがとうございます、と返事をした。

 

 

 心からの気持ちだった。

 

 私は、とても幸せだ。

 

 

 

 

 

 今日も一日、この綺麗な世界を見ていられるのだから。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 ──暖かい場所だった。

 

 

 

 

 

 木漏れ日が差し込み、花が咲き誇る公園のような場所。

 

 昔世界史の授業の教科書で見た、お城の庭園が想像できる中で一番近いだろうか。

 

「姫。姫、どこにいるのですか?」

 

 その庭園を、一人の男が闊歩している。

 

 

 彼は、一目で騎士とわかる佇まいをしていた。

 

 こんな平和そうな場所なのに両手と両足には鎧をつけて、多分服の下にも何か着込んでいる。

 

 左手は腰に下げた剣に添えられていて、彼がどんなに穏やかな場所でも〝それ〟に構えているのがわかって。

 

 

 不思議と顔だけはピントが合わないようにぼやけていて、よく見えない。

 

 ただ、その短く切りそろえられた黒髪や、隙のない姿勢だけはどこか既視感が……

 

「姫。隠れておいでなのなら、お戻りください。勉学の時間が終わっておりません」

 

 彼は、この広大な庭園の持ち主に仕えているのだろうか。

 

 かしこまった口調で、何度もこの庭園のどこかにいるらしい〝姫〟を探して回っていた。

 

 

 ゆっくりと歩き回っているのは、走って探せば〝姫〟が逃げるからなのか。

 

 あるいは、〝姫〟を怯えさせないようにしているのか……そんなふうに思えた。

 

 

 その時、ガサリと近くの茂みから音がした。

 

「?」

 

 彼はピタリと足を止めて、そちらを振り向く。

 

 そこには名前のわからない、見たことのないような花がいくつも咲き誇っていた。

 

 

 花弁が、綺麗に舗装された石畳の上に数枚落ちている。

 

 整えられている庭園の中でそれは不自然で、彼は花びらを摘み上げると笑った。

 

「姫。近くにいるのはわかっています、聞こえているのでしょう?」

 

 さっきよりも少しだけ大きな声で、彼は呼びかける。

 

 すると、ふふっと小さな笑い声がどこからか聞こえた。

 

 耳聡くその声を聞き分けた彼は、最初の茂みの数メートル先の別の場所を見る。

 

「そこですね、姫」

 

 そう告げた瞬間、ガサガサと茂みが揺れて誰かが逃げていった。

 

 

 今度は音だけではなく、その茂みからちらりと白い布のようなものが見え隠れする。

 

 確信を深めた彼は、しかし歩く速度は変えずにゆっくりと追いかけだした。

 

「姫、すぐそちらに行きます」

「ふふふっ」

 

 〝姫〟は、徐々に近づいていく距離に楽しそうに笑いながら逃げ続ける。

 

 彼もいつものことのように柔らかに笑って……そんな気がした……庭園の奥に入っていく。

 

 

 そして、急に視界が開けた。

 

 

 そこにあったのは、色とりどりの花が咲き誇る、小さな円形の庭。

 

 

 箱庭のようだ、と思った。

 

 

 その中心で座り込んでいる、一人の小さな女の子が。

 

 白銀と言うのだろうか。透き通るような長い髪をふわりと広げた彼女は、彼を見て笑っている。

 

「姫」

「ふふ、見つかっちゃった」

 

 ニコニコと笑っている女の子に、彼は近づいていく。

 

 そして小さな庭の前で立ち止まって、片膝をついて女の子と目線の高さを合わせ。

 

「探しました、今回も」

「見つけるのが早すぎるわ。せっかくお休みしてるのに、つまらない」

「勉学の授業から抜け出すのは休みではありません」

「自主的な休憩よっ」

 

 ふんす、と膝立ちで胸を張る女の子。

 

 可愛らしい女の子に彼は「ふっ」と堪え切れなくなったのか笑い、女の子も笑う。

 

「さあ姫、戻りましょう。魔術師の方が困っておいでです」

 

 彼が鎧に包まれた、大きな手を差し出す。

 

 女の子は見つかった時点で満足したんだろう、満面の笑みで彼の胸に飛び込む。

 

 ガシャリと音がして、やはり彼が服の下に鎖帷子を着ていたことがわかった。

 

「っと。これは危ないと以前から言っているではないですか」

「いーの、私がこうしたいの」

 

 短い両腕では回し切れない彼の体を抱きしめて、女の子は言う。

 

 無邪気な様子に彼も毒気を抜かれて、彷徨わせていた右手で女の子を抱き抱える。

 

 

 あっさりと剣から左手も離して、女の子の背中とお尻に手を回して支えると立ち上がった。

 

 女の子も慣れているのか、彼の太い首に手を回して鼻歌など歌っている。

 

「あなたは、こうやっていつも探しにきてくれるわ」

「姫の警護が、私が主から与えられた使命でございますので」

 

 

 

 ──そう。これが我が使命、私が今一度剣を携える意義。

 

 

 

 彼の心が伝わってくる。

 

 この女の子が今より小さな時……いや、生まれたその時に生涯守り抜くと、そう主人に誓った。

 

 

 なんのことはない。

 

 朽ちることのないこの身、たとえ記憶がいずれ薄れようと決して失うものか。

 

 老いぬ我が身、死なぬ我が肉の体。

 

 その全霊をかけ、この小さな宝を誰にも傷つけさせはしない。

 

「それじゃあ、私を城のお部屋から抜け出させた時点であなたの負けね」

「はは、それもそうですな」

 

 言葉を交わしながら、元来た道を引き返す。

 

 来た時と同じようにその足取りは急がず、この小さな主人の笑顔が曇らぬよう。

 

 

 怯え、全てを放棄したこの手に今ある暖かさを失うことを恐れたのかもしれない。

 

 それでもいい。

 

 私が罪深いのだとしても、このソウルがくすんでいたとしても……この手で壊さず、守る。

 

 

 

「安心ください、姫。あなたの事は我がソウルにかけて、必ずお守りいたします」

「ふふっ! そう言う時のあなたの瞳、とっても輝いて、まるで宝石のようね!」

 

 

 

 そんな、どこか聞き覚えのある彼の言葉を最後に、二人の後ろ姿はぼやけて。

 

 

 

 

 

 そのまま、微睡みのような暗闇に閉ざされていった──

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「──んぱい、先輩。起きてください」

「んっ……」

 

 肩を誰かに揺さぶられてる……

 

 うっすらと目を開け、それからゆっくりと目蓋を持ち上げていく。

 

 

 そうして自分の肩に手を置いた人を見ると、そこにいたのはピッチリとしたスーツを着た女の子。

 

 ……というか、レイシフト用の服に着替えたマシュだった。

 

 

 不思議そうに俺の顔を見ているマシュに、だんだんと意識がはっきりしてくる。

 

「またレムレムしていたみたいですね。昨晩はねむれなかったのでしょうか?」

「……ん、いや。少しうつらうつらしただけだよ。平気」

「それなら安心です──もう少しで三つ目の特異点の探索が始まりますから」

 

 マシュがそう言った時、スピーカーから音がしてドクターに招集をかけられた。

 

 椅子から立ち上がり、二人揃って隣の司令室に入る。

 

 

 そこには既に、俺たち以外の全員が。

 

 ドクター、バーサーカー、ルーソフィアさん、そしてダ・ヴィンチちゃん。

 

「フォウ!」

 

 ついでにフォウもいて、俺を見るなり走ってきて肩に飛び乗った。

 

 あっという間に右肩に収まった謎生物の頭を撫でつつ、四人の前にマシュと一緒に立つ。

 

「やあ二人とも、いよいよ三つ目の特異点だ。昨夜はよく眠れたかな? 僕は正直あんまり眠れてないよ」

 

 マシュと似たようなことを言うドクターは、確かにクマが目元に浮き出ている。

 

 その原因が前回の特異点だろうことは、実際に戦っていた俺達がよくわかっていた。

 

 

「レフ・ライノールは死に、第二の聖杯を回収した……と、これだけを言えば聞こえはいいが。疑問は増えるばかりだ」

「レフ教授……あの七十二柱の魔神を名乗る肉の柱のことも気になります」

「その辺りを解析する余裕も欲しいところだったが、時間も設備も足りなくてね」

 

 やれやれ、とかぶりを振るドクター。

 

 あのフラウロスと名乗っていた肉柱の怪物……バーサーカーがいなくては戦うことになっていた。

 

 ただ目の前に立っただけで、そのまま押し潰されてしまいそうなほどの途轍もない威圧感だった。

 

 

 あれがまた出てきたら……そう考えただけで心が震え上がる。

 

「七十二柱の魔神と言えば……」

「古代イスラエルの王、ソロモン。該当する資料の中で最も合致する可能性の高いものはそれです」

「ソロモン?」

 

 また歴史の授業で聞いたような名前だ。それとゲーム友達の会話にも出てきたっけ。

 

「彼は魔術世界の最大、最高の召喚術士と名高く……」

「……そして、彼が本当の魔術と共に操り使役したものが七十二柱の魔神というわけだ」

「あれ、バーサーカーも知ってるの?」

「少し、な」

「あっちゃあ、全部説明されちゃったかー。せっかくマシュにカンペも渡しておいたのに」

「はい、驚くリアクションをしそこねました」

「何をやってるんだ君達は……」

 

 呆れるドクターと一緒に苦笑いしてしまう。

 

 残念がるマシュがはい、と紙切れをダ・ヴィンチちゃんに渡す。本当にあったのかカンペ。

 

 

「とにかく、まだ確定してはいない。バーサーカー君の見解では相当強大なソウル、魔力を持っていたのは間違いないようだが、本当に魔神かどうかは定かではない」

「最新の見解ではただの七十二の用途に別れた使い魔に過ぎない、となってはいるがね。そこから天使の起源とも言われている」

「実際に名乗った以上、騙りかあるいは無関係ではないかのどちらかだろう。確かめねばなるまい」

 

 モニターに表示されたフラウロスを見て、はっきりとバーサーカーが告げる。

 

 その様子はどこか鬼気迫るというか……是が非でも確かめるという気迫を感じた。

 

「ただ、悪魔の疑念はもっと後の時代に誕生したものだから、伝説通りすぎて怪しいけど。もしもこの事態の黒幕が()()()を召喚し使役しているにしても、宝具はあんないかにもな悪魔じゃなくて、もっとシンプルかつスマートな……」

「はいはいロマ二、考察は後回しにしたまえ。今は三つ目の特異点、そうだろ?」

「おっと、そうだった。ということで、あの魔神に関しては新たに情報が出てきたら適宜調査。それより当面の課題、三つ目の聖杯の話をしよう」

 

 画面が切り替わり、別のデータが映し出される。

 

 フラウロスの3Dモデルの代わりに表示されたのは、俺達が二つ集めた杯のモデルだった。

 

 

「唐突だが藤丸君、君船酔いはしたっけ?」

「いえ、全然。祖父とは船でよく無人島に行ってましたし」

 

 ただしローマでの船旅、あれはノーカンだ。ネロ陛下の操船技術がアグレッシブすぎた。

 

「それならば結構。というのも、今回はこれまでの二つと違い、陸地が極端に少なくてね」

「つまり、陸路ではなく海路での探索が主になると?」

「その通りだ。行き先は1573年、場所は見渡す限りの大海原! つまり具体的に「ここ」と定められた地域ではないのさ」

「海域にあるのはまばらに点在する島だけ。ある意味対象が絞られているが、逆に言えばそうでなかった場合は……」

「水をかき分けてでも、というわけでございます」

「そ、それはかなりキツいんじゃ……」

 

 別に泳げないわけではない。主にDHAやタンパク質を取るのに魚の確保が必須だったので。

 

 だがしかし、この過酷な旅においては慣れ親しんだそれさえもまるで意味が違ってくるに違いない。

 

「あっちに行ったら、もしや海の真上なのでは?」

「それについてはこちらのレイシフト転送の技術を信用してほしい、としか。海の上にはならないように努力するさ」

「はい、ということでもしもの状況のためにこれを持って行きなさい」

 

 ダ・ヴィンチちゃんから、何やら折りたたまれた物が収納されたビニール製の袋を受け取る。

 

「それは私特製のゴム浮き輪だ。万が一の時はこれを使いなさい」

「ありがとうございます、ダ・ヴィンチちゃん」

「その時は有効活用させていただきます!」

 

 俺たちの分はルーソフィアさんに預かってもらって、「よし」というドクターの声にもう一度視線を向ける。

 

「それでは、いざ16世紀の大航海へ! くれぐれも十分な注意をして探索に当たるように!」

「「はい!」」

「かしこまりました」

「最大限、彼らを守ろう。このソウルにかけて」

 

 そのバーサーカーの一言が、やけに耳に残った。

 

 

 

 

 

《アンサモンプログラム スタート。 霊子変換を開始 します》

 

 

 

 

 

 フォウを胸元に詰め込んでコフィンに入ると、アナウンスが流れる。

 

 これまでの二度と変わらず、深呼吸をして、気持ちを落ち着けて。

 

 

 

 

 

《第1 工程(シークエンス)を開始。 4名のパラメータ を確認》

 

 

 

《全コフィンのパラメータ 確認完了。 続いて術式起動 〝チャンバー〟 の形成を開始 します》

 

 

 

《〝チャンバー〟形成。 生命活動「不明(アンノウン)」へと移行》

 

 

 

《第1工程(シークエンス)完了。 第2工程(シークエンス) 霊子変換を開始》

 

 

 

《全コフィンの準備……終了。 補正式 安定状態へ移行。第3工程(シークエンス) カルデアスの情報 を確認》

 

 

 

 

 

《──完了。全工程(シークエンス)オールクリア》

 

 

 

 

 

《〝グランド・オーダー〟 実証 を開始 します》

 

 

 

 

 

 三度目の、聖杯探索が始まった。

 




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第三特異点 人理定礎値 A

A.D.1573 封鎖終局四海 オケアノス

嵐の航海者
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読んでいただき、ありがとうございます。

いよいよ第4章の開始。

思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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始まりは空から


どうも、このオケアノスを執筆するためにパイレーツオブカリビアン再履修している作者です。

先週はハロウィンで別の作品に時間を使ってましたね。

今回はオケアノス二話目。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 嵐が唸る。

 

 

 

 暴風が理不尽に叩きつけ、雨が大砲のように降り注ぐ。

 

 

 

 大海原は黒く染まり、荒れ果てていた。

 

 

 

「砲弾装填! 準備完了しました!」

「よし、撃ぇぇえええ────!!」

 

 そんな大海に飲み込まれることなく、咆哮が轟く。

 

 続けて途轍もなく重い音とともに、嵐の中で振り子のように揺れる船から鉛玉が発射された。

 

 それははるか遠方、その船を執拗に狙うもう一隻の船に半分ほどが命中し──しかし、無意味。

 

「チクショウダメだ! ろくに効いてねぇ!」

「見りゃわかるよアホンダラ! こいつぁマトモに相手する方が間抜けってもんさね!」

 

 報告をする粗野な格好の男に、船の舵を握っていた女は雷鳴に負けじと怒鳴る。

 

 女の美貌には焦燥が浮かんでおり、雨粒が染み込んでぐっしょりと重くなった服が戦う時間を自覚させた。

 

 

 今、彼女らは未曾有の危機に襲われている。

 

 すでに十分戦った。

 

 しかし、好き放題に暴れて()()()()()までしたこの女をして、これはあまりに不毛な戦いだ。

 

 このままでは大砲の弾は切れ、雨で船員も自分も弱り、あのクソッタレな船にやられる。

 

「取り舵一杯、ズラかるよ! ヤロウども、風に乗って離脱するんだ!」

「風ぇ!? こいつは嵐っていうんじゃないすかねぇ!?」

「ああそうさ、いっそのことこの風に乗って空でも飛んで見せようじゃあないか! 帆を張れ! 錨を引き揚げろ! 生きて陸に上がって、船で飛んだって女を口説きたきゃそのトロい足を動かしな!」

「「「アイアイサー!」」」

 

 腹の底まで響くような地鳴りに等しい声に、甲板にいた船員達はすぐに命令を実行する。

 

 瞬く間に帆が張られ、そして船は──言葉の通りに、暴風で海面から浮き上がった。

 

「おおう!? こいつぁすげぇ! 本気で浮いてますぜ我らがペリカン!」

「ああん? テメエ今アタシの船をなんて呼びやがった!?」

「ゴールデンハインド号っす! 間違えましたー!」

 

 ガッハッハ! と豪快に笑いを飛ばし、船員は銃をぶっ放される前にその場からトンズラした。

 

 

 チッ、と舌打ちをした女は、甲板に揃った連中を見下ろす。

 

 共に数多の航海を乗り越えてきた仲間(クルー)達、そして不幸にも今回が初航海の新顔達。

 

 誰もが笑い、あるいは歯を食いしばり、何度も海面をバウンドする船にしがみついていた。

 

 

 意地汚く生き足掻いている部下達に獰猛に笑った女は、また声を張り上げる。

 

「ヤロウども、アタシらには幸運がついてる! 信じな、今回だって必ず生きて帰れるよ!」

「そうだ、船長を信じろ! 陸に上がれば三等船員だろうが一端の男だ、気合入れろ!」

『オオ────!!』

 

 威勢良く答えた船員。女は豪快に笑い飛ばし、思い切り舵を回した。

 

 再び海面についた船は、その操作に従って全くの真反対、陸地に向かって進み始める。

 

 

 この暴風と荒れ狂う海すらも操り、船は生還への血路へと滑りだしたのだ。

 

 本当に奇跡のような豪運に、一瞬間抜け面を晒していた船員達は一斉に歓声をあげた。

 

「「船長万歳! 船長万歳!」」

「さあ阿呆ども、勝利の凱旋としゃれこむよ! さっさと帰って、飲んで騒いで暮らそうや!」

 

 笑って拳を振り上げる女に、船員達は同じように腕を掲げて。

 

 

 

『幸運たる我らが船長──()()()()()()()()()!!!』

 

 

 

 一斉に勝鬨を上げる彼ら。

 

「……ふ。これでこそ生ありし人というものだ」

 

 女の後ろ、この悪天候の中微動だにせず壁に寄りかかっていた女烏は仮面の下で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「この大渦の中を逃げ延びたか……英霊でもない身で信じられん……」

 

 そして、もう一人。

 

 彼女らを長い間追い回し続けていた船の上、甲板にて逃げ果せるゴールデンハインドを見る男。

 

 心底驚いた、という顔で大荒れの地平線の向こうに消えていくそれを見て、ニヤリと笑う。

 

「──クク、ハハハハ! だが、それでこそフランシス・ドレイク! 伝説は本当だった!」

 

 それは歓喜か。

 

 あるいは憧憬か。

 

 どちらでも構わない。男は両腕を広げ、嵐に向かって一人高らかに笑うのだ。

 

 

 

「ハハハハハ! ア──ッハッハッハドゥーフフフフフフフwwwwww!!!」

 

 

 

 若干、嵐の中にノイズのような雑音が混ざった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 藤丸 SIDE

 

 

 

 ──僕達を信じてくれ。必ず安全な場所にレイシフトさせる。

 

 

 

 コフィンに入る前、ドクターは俺とマシュにそう言った。

 

 俺達はその言葉を信じた。

 

 

 彼──ドクター・ロマンはこれまでの二つの特異点で的確に俺達を指揮し、導いてくれた。

 

 時々勝手に貴重な糖分であるお菓子を漁ったり、俺の料理つまみ食いしたり、ネットアイドル見てたりするけど。

 

 それでも、彼がいなければここまで生き延びてこられたかわからない。

 

 

 

 そう、だから信じたのだ。

 

 

 

 信じたのに── 

 

 

 

「あばばばばばばばばば!!」

 

 なァ────んでパラシュートなしスカイダイビングしてるんだぁあああああああ!!! 

 

「……たしかに、海の上ではありませんでした」

「ああ、空の上だがな」

「せ、先輩っ!」

「しぬぬぬぬぬぬぬぬっ!!!」

 

 びゅうびゅうと吹き荒れる風でうまく喋ることすらできない。

 

 やばいやばいやばい! どんどん海面が近づいてきてる! 

 

 あまりに速度をつけて海面に叩きつけられるとコンクリートのような硬さになる、と前に聞いたことがある。

 

 

 つまりこのままだと、俺は聖杯探索の前に木っ端微塵になってしまうというわけだ。

 

 

 ──なんて冷静に考えてる場合じゃない! 早くなんとかしなきゃ死ぬ! 

 

「ドドドクタタァアア!!!」

『すまない! まさかここまでずれるとは思わなかった! と、とにかくマシュ! バーサーカーくん! どうにかしてくれ!』

「言われなくてもそのつもりですっ!」

「火防女、捕まっていろ」

「はい」

 

 ドクターの指示に隣を落下中のマシュ達を見ると、彼女はこちらに手を伸ばしている。

 

 どうにか手を伸ばして引き寄せてもらい、顕現した大盾で暴風が防がれ、顔の肉が震えるのは止まった。

 

 続けてルーソフィアさんを片手で抱いたまま、バーサーカーがうまく体を捻ってこちらにやってきた。

 

「いいか、よく聞いてくれ。今から私が海面に向かい、全力で〝放つフォース〟を使う。その衝撃で幾らか速度が緩和されるだろうが、それでも足りないだろう」

「で、では私の宝具を!」

「ああ、頼む。いいか、タイミングが重要だ。よく見極めてくれ、マスター」

「わ、わかった!」

 

 頷くと、バーサーカーは両手を胸の前に持っていく。

 

 

「──〝放つフォース〟!」

 

 

 何度か見たことのある形ある衝撃が、白い波動になって発生。

 

 突き出した白い奔流は海面に向けて勢いよく飛んでいき、空中で弾けた。

 

「マシュ、今だ!」

「真名、偽装登録──〝仮装展開──/人理の礎(ロード・カルデアス)ッ!!! 〟」

 

 マシュが宝具を展開し、大盾から淡い青色のシールドが展開される。

 

 俺たち全員を十分に覆えるそれに、バーサーカーの使った力の余波が叩きつけられた。

 

 

 ズン、とシールドにすごい衝撃が加わり、加速していた俺たちの体は一瞬止まる。

 

 立て続けにバーサーカーが力を使い、同じ要領で少しずつ速度を落としていった。

 

 

 俺はマシュの腰に回した両腕の力を強くする。

 

「だ、大丈夫なのかこれ!?」

「信じてくださいマスター!」

 

 情けないながらも、マシュに全力でしがみつくしかない俺。

 

 

 もうすぐ着水だ、構えて──

 

「ではマスター、なるべくじっとしていたまえ」

「へ?」

 

 スポン、と体に何かつけられる。

 

 自分の腰を見下ろすと、そこにはダ・ヴィンチちゃんの浮き輪がついていた。

 

 急いでバーサーカーを見ると、上半身の鎧を脱いだ彼は、浮き輪をつけたルーソフィアさんに逆に捕まっていた。

 

「衝撃に備えてください!」

「え、あ、うん!」

 

 何か言う暇もなく、俺は慌てて目蓋を閉じ、右手の指で鼻をつまむ。

 

 

 そして、最初より随分と遅い速度で、いよいよ海面に叩きつけられた。

 

 

 

 ドン! という強い衝撃。

 

 

 

 昔友達とプールに行って、飛び込み台からプールに飛び込んだ時と似た感覚。

 

 着水時の衝撃で右手が外れそうになり、なんとか力を込める。

 

 幸いにも、浮き輪のおかげですぐに浮かんでいった。

 

「ぷはっ!」

 

 顔が出た途端、勢いよく息を吸い込む。

 

 ああ、空気が美味しい。

 

「ふぅ、ふぅ……マシュ! バーサーカー! ルーソフィアさん!」

「ここです!」

 

 後ろから聞こえた声に振り向くと、浮き輪をつけたマシュがこちらに泳いで来ていた。

 

 すぐ側にはルーソフィアさんもいて、浮き輪にバーサーカーが捕まっている。

 

「藤丸様、どこか痛みはありませんか?」

「平気です。みんなも大丈夫だった?」

「はい。海に落ちるのは初体験でしたが、なんとかなりました」

「私も何も」

「私もだ。生憎と泳ぎは不得手なので、このような不格好だがな」

 

 自嘲気味に言うバーサーカーに、ああだから鎧を脱いだのかと思う。

 

 あんな重そうな鎧着てたらそのまま沈んじゃいそうだからな。

 

 というか、バーサーカーにも苦手なことってあったんだ。普通は当たり前なのに、びっくりだった。

 

「でも、これからどうしましょう」

「泳いでいく、しかないのかなぁ……」

 

 何がいるのかわからないので、なるべく早めに陸地に上がりたい。

 

 

「ドクター、一番近い陸地は?」

『待って、今全力で調べてる』

「早くしてくださいドクター。マスターが風邪をひいてしまいます」

『う、うん、わかってる。流石にこんな事態になるとはなぁ……』

 

 マシュがちょっと呆れてる……いや、怒ってる? 

 

「……いや。その必要はなさそうだ」

「え? バーサーカーさん、どういうことですか?」

「あれを見たまえ」

 

 バーサーカーの指差す方向を見る。

 

 

 すると、こちらに向かって一隻のボートが近づいてきていた。

 

 

 真っ黒な旗を掲げたそれは、波に揺らされながら緩やかにこちらに近づいていくる。

 

「あれは……」

「簡潔に言うならば──迎えだ」

 

 そのバーサーカーの言葉を証明するように、徐々に近づいてきたボートから何か投げられた。

 

 

 パシャン、と海面を打って着水したのは……ロープだ。

 

 マシュと顔を見合わせ、頷くと全員一緒にそのロープで船に近づいていく。

 

 

 ロープをうまく伝う方法を使ってなるべく素早く近づくと、ボートは割と大きかった。

 

 

 不意に、上から手が差し伸べられる。

 

 顔を上げ──手を差し出した人物を見て、俺は驚いた。

 

「さあ、手を。我が王の契約者よ」

「ユリアさん!」

 

 知っている人に会えてほっとする反面、なぜこんなピンポイントにと疑問が浮かぶ。

 

 とはいえ、このままだと海水で塩漬けになるので彼女の手を取り、ボートに引き上げてもらった。

 

 

 続けてマシュ、ルーソフィアさん、バーサーカーもボートに乗り込んでくる。

 

 全員無事に乗り込んだところで、ボートの舵を持っているユリアさんの方を向いた。

 

「お待ちしていました、我が王。そしてその仲間達。お迎えにあがりました」

「助かった」

『いやはや、すごいなぁ。こんなにすぐ見つけるなんて、やっぱり火の時代の人間は飛び抜けてるよ』

 

 今はドクターの言葉に同感だった。

 

「それで、どこか行くあてがあるのか?」

「ええ。あなた方があの杯を手にすることを望むならば、適任の人物が」

「じゃあ、連れていってくれるんですか?」

「無論だよ、我が王の契約者。私はあなた方を導くためにいるのだから」

 

 

 

 そう言ったユリアさんの手によって、ボートは何処かへと動き始めた。




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思ったこと、感じたことを書いていただけると嬉しいです。


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海賊女王 前編

金曜だぜいぇい。 

今回は我らがキャプテンの登場。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 藤丸 SIDE

 

「見えました。あれが……」

「海賊島……」

 

 前方に見える、一つの島。

 

 

 それがユリアさんの操船によって向かっている、俺達の最初の目的地。

 

 彼女いわく、この海で聖杯を見つけるならばうってつけの人物がいるということらしい。

 

 

 でも海賊島っていうくらいだから、多分その人海賊だよな……

 

 俺のイメージは子供の頃見た、某夢の国の経営会社がやってた海賊映画。

 

 四作目も面白かったのを覚えてる。友達付き合いしてるうちに、映画を見ることのが好きになってた。

 

 

 それはともかく。

 

 またマシュやバーサーカーに頼りそうな予感を感じているうちに、島に到着した。

 

 ボートがゆっくりと岸辺に定着し、俺達は島に上陸する。

 

「到着だ。ここからは徒歩で向かう」

「この島に、本当に聖杯を見つけられる人物が……」

「さて。まずは会ってもらわぬことには」

 

 ユリアさんの言葉に、島を見渡してみる。

 

 後ろには青い海、目の前には白い砂浜とどこまで続いてるのかわからない鬱蒼とした森。

 

 

 これのどこに、と思った瞬間、森の中から数人の男達が出てきた。

 

 これまでの経験から身構え、マシュとバーサーカーが俺達の前に立つ。

 

 

 いかにもな格好をした彼らは、俺達の前にわらわらと近付いてくると……

 

 

「「「おかえりなさいませ! ユリアの姐御!」」」

 

 

 一斉に頭を下げた。

 

「へ?」

「ど、どういうことでしょう?」

 

 俺達が困惑しているうちに、ボートを止めたユリアさんがやってきて、海賊らの前に立つ。

 

「客人をお連れした。船長は何処に?」

「へえ、隠れ家で宴をやってますわ。案内いたしやす」

 

 赤いバンダナを頭に巻いた厳ついおじさんが進み出て、俺達にニカッと笑った。

 

 本当にアイパッチつけてる海賊っているんだ……などと思うのは、少し気が緩みすぎだろうか。

 

 とにかく、どうやらユリアさんのおかげで戦うことは避けられたようで、森のなかに進んだ。

 

 

 

「そういえばユリアさん、先ほど船長と言っていましたが。例の人物は船をお持ちなのでしょうか?」

 

 その人物の隠れ家とやらに向かう道中、マシュが問いかける。

 

 烏のような仮面で全く顔の見えない彼女は、視線がこちらに向いているかもわからないが答えた。

 

「〝フランシス・ドレイク〟。後の時代の貴公らならば、この名も知っておいでだろう?」

「フランシス・ドレイクというと……世界を開拓した偉大な英雄の一人ですね」

 

 あ、この流れは……

 

「1543年頃に生まれ、大航海時代においてイギリスの私掠船として数々の海を踏破した大海賊。スペインの無敵艦隊を破ったことから、海の悪魔(エル・ドラゴ)と恐れられた人物です」

 

 俺の予感通り、ルーソフィアさんが解説をしてくれた。

 

 世界史の授業で大航海時代のことはやったなぁ。ここだけ戦国時代と同じくらい夢中になって聞いてた。

 

 それにしても私掠船、か。確か国から許可を受けて、別の国の船を襲ってもいい海賊のことだっけ? 

 

「スペインなんざ楽勝で勝っちまうぜ、姉御はよ!」

「あなたはフランシス・ドレイクの船の船員なのですか?」

「おうよ! 姉御はすげぇぜ、会ってタマ落っことすなよ!」

 

 いや、それ女の子のマシュに言っても……

 

「彼女は人類史において最も早く、生きたままに世界を一周した航海者。王の契約者よ、貴公らの目的を果たすのにこれ以上の人物はいるまい?」

「確かに……」

「ユリア。貴公はこれを見越して彼女に接触していたのか」

「我が使命は、人を導くことにありますれば」

 

 やっぱりユリアさんはすごかった。

 

 第一特異点ではフランス軍の指揮官、第二特異点ではローマ軍の参謀……なんでもできるな。

 

「この時代ですと、彼女は生前でしょう」

「マスター、彼女の助力を求める方が効率的かと」

「そうだね。とはいえ一応は海賊だし、もしもの時は……」

「我々に任せたまえ」

 

 バーサーカーの頼もしい言葉に頷き、俺はこれから会う人物に想いを馳せた。

 

 どんな人物だろう。やっぱ国の艦隊を破っちゃうくらいだから、筋肉ムキムキの大男だろうか? 

 

 友達に貸してもらった海賊漫画の白◯みたいな。あの人、なんで頭削れたのに生きてたの……

 

 

「姉御! 姉御ー! 客人を連れてきやしたぜ!」

 

 勝手に妄想を膨らませているうちについたみたいで、案内役の人が大声をあげた。

 

 前を見ると、パッと開けた場所でさっき以上の数の海賊達が集まっている。

 

 テーブルの上にはご馳走の数々、強い酒の匂い……これぞ海賊! という感じの宴の様相だ。

 

「姉御と話がしたいって言ってますぜ?」

「──ああん? ったく、人がせっかく楽しく酔っ払ってる時に」

 

 その、最奥。

 

 何かの動物の皮で作られた派手めな椅子に、大きな帽子で顔の隠れた人物がいた。

 

 片手にはジョッキ、他の海賊達よりもいくらか綺麗な服装……多分あの人が、フランシス・ドレイク。

 

「キャプテン。重要な人物をお連れした」

「その声は……ユリアかい? するってぇとなんだ、あんたの言ってた奴らが来たってことか」

 

 お酒を飲んだせいか、やや洗い声音で言われた言葉に驚く。

 

 椅子の上からフランシス・ドレイク(多分)が立ち上がり、財宝っぽい山から降りてきた。

 

 

 そしてカツカツと、俺たちの前にやってきて──

 

「で? あんたらがアタシを経験もしたことがないような大航海に連れて行ってくれるっていう、ガキどもかい?」

「「っ!?」」

 

 俺と、多分マシュが息を呑んだ。

 

 だって、だって。

 

「綺麗な、お姉さん……?」

「は、はい。とてもスペイン海軍を壊滅させた人物には見えないほどの美しい人物です」

『ネロ公の時もそうだけど、歴史とはままならないものだなぁ』

 

 帽子の下から覗いたのは、ものすごい美人の顔だった。

 

 傷こそついているものの、先ほど渡ってきた海のような目は力強く、間近で見ていると引き込まれそうになる。

 

 それと、その……ものすごく前が開いた()()()()()()胸元からは、全精神力を使って目を逸らした。

 

 ありがとう爺ちゃん、昔婆ちゃんに女の人の胸元見てて、関節技くらった時の話してくれて。

 

「はぁ? スペイン海軍? あたしゃそこまでの悪事を働いた覚えはないよ」

「……どうやらスペイン艦隊と戦う以前のようです(ボソボソ)」

「みたいだね(小声)」

 

 とりあえず、イメージとだいぶ違ったことだけは心の中にしまっておこう。

 

 ガラガラと崩れた◯ヒゲの妄想を取っ払い、腰に手を当ててこちらを見ているドレイクさんを見る。

 

「で? ユリアの話じゃあ面白い話があるそうじゃないか」

「初めまして、私はマシュ・キリエライトと言います。我々はカルデア、星の未来を観測し、それを保証する者」

「フランシス・ドレイク船長、貴女に俺達の航海を手伝ってほしいんです」

「ふーん、未来を観測するカルデア(星見)ねぇ。星図でも売りつけようって?」

『お、この人案外博識だぞ。酔っ払ってるはずなのに』

「……なーんか薄っぺらい声がするねぇ。弱気で悲観主義で根性なしで、そのくせ根っからの善人っていう、アタシの嫌いな奴の匂いだ」

『ひどい!』

 

 まあドクターがロクデナシ認定されるのはいつものことだから、別にいいとして。

 

「私達はこの時代の異常を元に戻すため、さる場所から送られてきました」

「狂った世界、貴女の知るものとは異なる海。心当たりがおありでは?」

 

 マシュとルーソフィアさんが言えば、ピクリと彼女は眉をあげる。

 

「時代だなんだというのはどうでもいいが、海の話をされちゃ聞き捨てられないね」

「それは良かったです。それで、この海域には看過できない現象が起きていて──」

「わかったわかった。要するにアンタら、足が欲しいってことだろ? ユリアもそう言ってた」

「あの、それはそうなのですが。根本的な目的が他に……」

「けどねぇ、別にアタシらがここを動く必要はないわけさ」

「はい?」

 

 何を言ってるんだこの人は? 

 

 マシュと一緒に首をかしげると、ドレイクさんはジョッキを高く掲げて声高に叫んだ。

 

「だってここには、いくらでも酒と飯がある! そうだろ海賊ども!」

「「「いぇええええい! 無限に湧き出るラム酒サイコー!」」」

「「えええええ…………」」

 

 もしかしなくても、この人達めっちゃ酔ってる? 

 

 思わずユリアさんを見ると、彼女は無言で小さく肩を揺らした。どうにかしなきゃいけないらしい。 

 

 

 とりあえず話をつけようと思い──目を剥いた。

 

 ドレイクさんが手に持っているあのジョッキ……いや、あの杯は!? 

 

「ま、マシュ、あれ!」

「はい? なんでしょうか先輩」

「ドレイクさんが持ってるあれって!」

「? ……っ!?」

 

 指差す俺にマシュは見て、数秒止まった後に顔を盛大に驚かせた。

 

 後ろからバーサーカーやルーソフィアさんの「ほう」という声が聞こえる。きっと見たんだろう。

 

「あ、あの、ドレイク船長。つかぬ事をお伺いしますが」

「ん? なんだい突然」

「その、手に持っているものは……」

「ああ、これのことか」

 

 ドレイクさんが胸元まで下ろしたのは──黄金に輝く、立派な杯。

 

 

 すなわち、聖杯。俺達が探し求めてきたそれが、目の前にあったのだ! 

 

 

 ドレイクさんが女だったという驚きにぶっ飛んでいたが、あれは間違いなく聖杯だ。

 

「そ、それをどこで?」

「ああ、ちょっと前に拾ってね。こいつがあれば酒は尽きないし、テーブルに乗せりゃ勝手に肉や魚が出てくる。こんな便利なもんはない!」

「何言ってんですか姉御、ありゃあすごい大航海じゃなかったっすか!」

「そうですよ、いつまでも明けない七つの夜、海という海に現れた破滅の大渦!」

「そしてメイルシュトロームの中から現れた、幻の都市アトランティス!」

「〝時は来た。オリュンポス十二神の名の下に、今一度大洪水を起こし文明を一掃する……! 〟とかなんとか言ってたデカブツをぶっ倒して、そのお宝を奪い取ったんじゃないすか!」

「なんかの間違いか知らねえっすけど、ありゃ世界を救ったんじゃないですかね?」

 

 海賊達の口から次々に出るわ出るわ、とんでもない情報の嵐。

 

 とてもじゃないが聖杯を前にして無視できない話の内容に、彼女の顔と杯を何度も見る。

 

 アトランティスとかオリュンポスとか、なんかとんでもない神話の名前が出てきたんですけど!? 

 

「そんな大層な話だったかぁ? つーか、ポセイドンを名乗りやがったあのデカブツに、船乗りとしてムカついたからぶちのめしただけさね」

「で、ついでに都市ももう一回海の底に沈めて、お宝もぶんどって?」

「あーっはっはっは! ありゃいい船旅だったねぇ!」

「「ガッハッハ!」」」

「な、な、な……!」

「こ、これは、なんと言ったらいいのでしょうか……」

「思った以上に事態は進展しているようでございますね」

「……なるほど。道理であそこまで強い輝きを放つソウルというわけだ」

 

 もう、頭がパンクしそうだった。

 

 フランシス・ドレイクは女で、聖杯がもう彼女の手にあって、なんかポセイドンとかいうのを相手してて……

 

 だめだ、全く理解できない。

 

 

 これまでの特異点も壮絶だったけど、もっと意味がわからなさすぎる! 

 

 

「つーわけだ。アタシらを動かしたいってんなら、勝って言うことを聞かせるくらいはしてみせな!」

「か、勝って、ですか?」

「そうさ! アタシらは海賊! 悪徳悪行、非道卑劣なんでもござれの力が全て! 勝者が全部ぶんどって、敗者は野垂れ死ぬ! それがこの海さ!」

 

 だから、とドレイクさんは聖杯を手放して。

 

 これまで見た聖杯のように、光になって吸い込まれたそれの代わりに銃を二つ取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「あんたらとアタシの大勝負、勝ったらちゃあんと話を聞いてやる! せいぜいこの酔いを覚ましてみせな!」

 

 

 

 

 

 

 

 なんだか、今回も無事には終わりそうになかった。

 

 




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海賊女王 中編

 
ようやく重い腰を上げ、連載再開します。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 藤丸 SIDE

 

 

 

 目の間には銃を構えたドレイクさん。

 

 マシュと顔を見合わせて、互いになんと対応すればいいのかと表情に出す。

 

 かなりぶっ飛んだ話が聞こえてきたり、聖杯を持ってたりするものの、彼女は人間のはず。

 

 しかし、この状態で話が通じるのか……

 

「なんだ、来ないのかい?」

「ええと……」

「なら、こっちからいくよ!」

 

 大きく笑ったドレイクさんは、躊躇なく引き金を引いた。

 

 パンッ! と鼓膜が破けそうな音を立てて銃弾が飛び出し、咄嗟にマシュが盾を顕現させて防ぐ。

 

「ほう、いい反応だね! ならこれはどうだい!?」

 

 ドレイクさんが手を掲げ、驚くべきことが起こる。

 

 彼女の背後から空中に、()()()()()()()()()()のだ。

 

「なんだあれ!?」

「まさか、聖杯の力!?」

 

 先ほどとは比べ物にならない轟音を響かせ、大砲が火を噴く。

 

 またマシュが防いでくれるが、彼女も驚いていたのか、受けた後に少しよろけた。

 

「マシュ!」

「平気です! それよりもマスター、彼女は通常の人間を遥かに超えた力を所有しています!」

「ああ! バーサーカー!」

「わかった」

 

 バーサーカーが前に出て、マシュの隣に並ぶ。

 

 防御はマシュに任せて、バーサーカーに無力化してもらう……それが一番早く終わりそうだ。

 

 魔力のパスを通じて二人に方針を伝えると、バーサーカーは籠手をつけた拳を構え、マシュが盾を構えた。

 

「準備はいいかい? それじゃあいくよ!」

「フランシス・ドレイク、接近します!」

「マシュ殿は作戦通りに。正面からの相手は任せろ」

「はい!」

 

 それから、ドレイクさんとの戦いが始まったわけだが……

 

 

 

 彼女の強さは、本当に人間なのか疑わしかった。

 

 

 

 一発ずつ弾を込める仕組みのはずの銃は乱射され、大砲の弾が降り注ぎ、蹴りでマシュの盾を弾く。

 

 聖杯による恩恵を受けている、というのはわかってるんだけど、それにしても非常識な強さだ。

 

 倒してしまうわけにもいかないので、些か二人の動きが鈍いのも理由の一つ。

 

「そらそら、こんなもんかい!? あたしゃまだ酔ってるよ!」

「くっ!」

「っ……」

 

 人間にはありえない砲撃の嵐に、一旦後退した二人。

 

「……これは、多少本気を出さざるをえまい」

 

 すると、バーサーカーが右手を掲げた。

 

 そこに宿っているのは、炎に似た揺らめく力──見たことのない呪術。

 

「〝内なる大力〟」

 

 自分に向けてそれを発動したバーサーカーは、体が炎に包まれた。

 

 まるで焦げ付くようなその姿に息を呑む。

 

「自分から火だるまになるとはね。驚いたよ」

「悪いがあまり保たないのでな、勝負を決めさせてもらおう」

「その強気、嫌いじゃないよ!」

「マシュ殿、防御を頼む」

「了解しました!」

「二回戦といこうじゃないか!」

 

 そして、戦闘が再開される。

 

 

 

 

 豪快に暴れるドレイクさん。応戦するバーサーカーとマシュ。

 

 構図は変わらない。

 

 しかし、明らかにバーサーカーの動きが見違えていた。

 

「大砲だけ頼む。あとは気にしなくて良い」

「はいっ!」

 

 片手に長槍、もう一方に盾を携え、バーサーカーが前進する。

 

 ドレイクさんが発砲する。合わせるように大砲が火を吹いた。

 

「せぁっ!」

 

 大盾を地に突き立て、マシュが一回転するように跳躍。

 

 空中でさらに体を回し、飛来した鉄塊を打ち返すようにして受け止めた。

 

 その下をバーサーカーがくぐり抜け、盾で弾丸を防ぎながらドレイクさんに肉薄した。

 

「そらぁ!」

 

 怯むことのない、威勢良いドレイクさんの蹴りが炸裂。

 

 さっきまではそれで後退させられていたが……激しい音を立て、バーサーカーは受け止める。

 

 どころか、さらに一歩踏み込んだバーサーカーによって、伸ばされた彼女の膝が大きく曲がった。

 

「へえ? いいパワーじゃないか」

「今度はこちらが攻めるぞ」

「そうかい、っと!」

 

 不安定な姿勢のまま、マスケット銃の銃口が彼へと向けられる。

 

 その引き金が完全に惹かれる前に、バーサーカーの手から盾が消えた。必然的にドレイクさんはたたらを踏む。

 

「ふんっ!」

「っ!?」

 

 そのタイミングを見逃さず、高速で回転した長槍の柄が銃を手中から弾く。

 

 勢いを落とすことなく、石突がドレイクさんの鳩尾に吸い込まれていくように入れられた。

 

「ぐっ!?」

「まだやるか?」

「──あはははっ! あんた面白いねぇ!」

「っ!」

「バーサーカーさんっ!」

 

 直後、轟音。

 

 それは空中から地面に向け、砲門を向けた大砲から発射された砲弾によるもの。

 

 海賊たちが飛ばしていたヤジがかき消され、砂塵が舞い、俺は身構えた。

 

「どうなった!?」

「ふむ。今の王が相手とはいえ、やはり中々のものだ」

 

 隣に佇むユリアさんの気がかりな言葉に反応する間も無く。

 

 俺の言葉に呼応するように、豪快な金属音と共に土煙が吹き飛んだ。

 

「ははははぁ! さっきのはいい一発だったよ! もう一回食らったら酔いが覚めそうなくらいねぇ!」

「それはありがたいっ!」

「はぁっ!」

 

 手加減無しに大砲やマスケット銃を乱れ打ちするドレイクさんに、矛と盾の役割を見事に分担した二人が対抗している。

 

 真偽のほどはともあれ、神の名を持つ存在に打ち勝ち聖杯を手に入れたという彼女。

 

 俺達も二つの特異点を修復し、苛烈な戦いを共にくぐり抜けてきたのだ。連携力は負けてない! 

 

「マスター、魔力を!」

「了解!」

 

 魔術礼装起動、瞬間強化。

 

「せぁあああっ!」

「ぬぐっ!」

 

 パスを通じて受け取ったマシュが、裂帛の叫びと共に大盾を振るう。

 

 一息に流星のように落ちてくる砲弾や銃弾を撃ち払い、風圧でドレイクさんの動きを止めた。

 

 観衆がどよめく中、地面に突き立てられた大盾の上部に向けて跳躍する人物が一人。

 

「ふっ!」

 

 大盾を足場に、更に地面へめり込むほどの脚力でバーサーカーが跳んだ。

 

 宙で一回転し、そしてようやく動き始めようとしていたドレイクさんに向けて回転のかかった蹴りを見舞った。

 

 さすがと言うべきか、彼女は交差させたマスケット銃でそれを受け止めた。

 

 彼女の足元に亀裂が走る。それでどれだけの膂力がかかったのかは一目瞭然だった。

 

「ぐぅっ! 痺れるねぇ!」

「ならば、もう一度どうだ?」

「何を──っ!?」

 

 肉薄する黒影。

 

 それは大盾を手放し、バーサーカーの一撃を隠れ蓑に接近したマシュ。

 

 地面に張り付くような姿勢で走り寄った彼女の、固く握り締められた拳が──! 

 

「はぁっ!」

「ご、はっ──!」

 

 渾身の右ストレートが、ドレイクさんの腹に入る。

 

 マシュがそのまま腕を振り切ると、彼女は両足で地面を抉りながら大きく後退した。

 

 距離にして凡そ5メートル。その地点で停止して、同時に全ての音がその場から消えた。

 

「目標、沈黙しました。それなりに手加減はしましたが、聖杯の加護があるとはいえやりすぎたでしょうか?」

「……さて。それはどうだろうな」

 

 微動だにしないドレイクさんを注視する。

 

 誰もが固唾を飲んで見守る中、ゆっくりと顔を上げた彼女は──

 

「いやあ、気に入った! アンタ達やるねぇ!」

 

 快活に笑っていた。

 

 それは戦闘中に浮かべていた、豪快でいっそ残忍なほどの凄惨な笑みではなく、気持ちの良いもの。

 

 そしてふと気がつく。最初に顔を見た時からあった赤らみが、かなり薄れていることに。

 

「酔いもすっかり覚めた! ラム酒なんざ問題にもなりゃしないよ!」

「……これは、勝利したということでいいのでしょうか?」

「そのようだな。戦意はないらしい」

 

 すっかり闘志が消えたドレイクさんに、二人も警戒体制を解除する。

 

 楽しげに笑っている彼女に、あのアイパッチの人が恐る恐ると近づいた。

 

「姉御、大丈夫なんですかい?」

「あん? そりゃ当たり前さ……さて」

 

 ぐるりとこちらを見るドレイクさん。

 

 無意識に身構えてしまうのは、彼女が生身とは思えない強さの持ち主だからかだろう。

 

 ズカズカと大きな足取りで歩み寄ってきた彼女は、俺に真っ直ぐ視線を向けてきた。

 

「さっき言った通り、アタシの敗北さね。煮るなり焼くなり、抱くなり好きにしな!」

「だ、抱く……」

「いやあの、そういうのは遠慮します」

 

 これまた古典的な。

 

 ていうかちょっと顔を赤くしてるマシュ可愛い……じゃなくて。

 

「なんだ、じゃあ本当に足が欲しいってだけかい? 海に不慣れな坊主と古臭い鎧を着た連中が、海賊に頼るって?」

「っ」

 

 顔を近づけてくるドレイクさん。

 

 強い眼光を放つその青い瞳は、俺に覚悟を問うているかのようだった。

 

 

 

 

 本物の海賊。

 

 創作物や空想の中のそれではなく、略奪を生業とする、時には殺人さえする海の荒くれ者。

 

 規律正しいフランス軍とも、ローマ軍とも違う。

 

 そんな相手に協力を求める意味を、お前は本当にわかっているのかと、そんな風に睨みつけてくる。

 

 だから、俺は。

 

「フランシス・ドレイクが、必要だ」

 

 ただそれだけを、俺にできる最大の敬意を声に込めて、そう言った。

 

「……へえ? ふーん、はーん?」

 

 めちゃくちゃ観察されている。

 

 ふぅん、とか、はぁん、とか声を漏らしながら、ドレイクさんは俺のことを全身くまなく見て。

 

 視界の端でマシュがハラハラとし、バーサーカー達が見守ってくれていて、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

「なるほど、なるほど。アンタは他でもないこのアタシを必要だと、そう言うんだね?」

「はい」

「そーう、なのかい。ふむ……」

 

 最後に大きく頷いたドレイクさんに、ギュッと拳を握る。

 

 すると、そんな俺を見てニヤリと笑ったドレイクさんは。

 

「よしわかった! アンタらに力を貸してやろうじゃないか! 文字通り大船に乗ったつもりでいな!」

 

 あっはっはっ、とまた豪快に笑うドレイクさんに、俺は心底安堵した。

 

 なんとか気に入る答えを返せていたようだ。どっと脱力しそうになる。

 

「ってぇことだ、アンタらもそれでいいね!?」

「「「アイアイサー! 姉御のおっしゃる通りでさぁ!」」」

 

 一斉に拳を振り上げ、あるいは声を張り上げた海賊達に、小さく苦笑する。

 

 と、そんなふうに油断していたのが悪かったのか、突然ドレイクさんが首を腕を回してきたのに反応が遅れた。

 

「アンタらとアタシらは今日この瞬間から仲間さ! まずは乾杯といこうじゃないか!」

「え、いやちょ、俺未成年……」

「「「待ってましたァ!!」」」

 

 俺の抗議は見事、今度はジョッキを持って再び腕を振り上げた海賊達の叫びに呑まれた。

 

 いつの間にかドレイクさんも並々と酒の注がれた聖杯を手にしている。どうやら拒否は無理らしい。

 

 

 

 

 

 ……とりあえず、飲まされないように気をつけることから始めよう。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。


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海賊女王 後編


やはりお気に入りもアクセス数も乱上下しましたね。

早く調子を取り戻さなくては。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

「……マスター、こんなことをしていていいのでしょうか」

「……仕方がないよ、海賊だもの」

 

 飲めや歌えや、時には殴り合いまでなんでもござれの大騒ぎ。

 

 これまでに類を見ないほどの奔放っぷりを見せる海賊の宴。

 

 その片隅で、俺達はちびちびと食べ物を口に運んでいた。

 

「君も中々に順応が早くなっているな、マスターよ」

「はは、流石にね……」

 

 二つの特異点を経験して分かったことの一つ。

 

 それは、ある程度流れに身を任せ、状況に慣れた方がいいということ。

 

 特異点とは未知の世界。柔軟に対応していき、かつ然るべき時に的確な判断をしなければならない。

 

 俺なりにその手法を考えた結果、なるべく早く適応するのが最善だった。

 

「ですが、いつまでもこうしているわけにもいきませんし。フランシス・ドレイクさんと情報の共有を……」

「アタシを呼んだかい?」

「ひゃわっ!」

 

 内緒話をするように声を潜めていたマシュが、眼前から投げかけられた声に肩を跳ねさせる。

 

 いつの間にやってきたのか、聖杯を片手に携えたドレイクさんがどっかりと向かいに座り込む。

 

「なんだいアンタら、揃いも揃ってしけたツラして。そんなんじゃあ財宝が逃げちまうよ?」

 

 ある意味目の前にあるようなものだけど、という言葉は胸の内に仕舞い込んで。

 

「すみません、今後の相談をしてて」

「ああ、そういうことかい。で、アンタらはどんな航海をアタシらにさせてくれるんだい?」

 

 片膝を立て、身を乗り出したドレイクさんは楽しそうな顔をする。

 

 乗り気ならしい彼女の頬は多少赤らんでいるが、先ほどまでよりは素面だろう。

 

 

 

 

 仲間達に目配せする。

 

 マシュが頷き、続けてルーソフィアさんも微笑んだのを確認して、話を切り出した。

 

「えっと、まずこの海について知りたいんですけど」

「ん、具体的には?」

「ここはどの海域なのでしょうか? イングランド、あるいはスペイン近海? それともカリブ海?」

「あー…………」

 

 ドレイクさんは、しばらく思い出すように虚空へ視線を右往左往させて。

 

 それから、二ヘラっと酔っ払い特有の笑みを浮かべると海賊帽を空いた手で叩いた。

 

「ごめん、さっぱりわかんないね!」

「「分からないのにこんなに騒いでたの(んですか)!?」」

「あっはっはっ!」

 

 だめだこの人、適当だ! これが海賊か! 

 

「なるほど、豪胆さも英雄の資質というわけか」

「火の時代の勇士達に通ずるものがあります」

「お二人とも感心しないでください!」

「けどねえ、この海域が異常だってことは分かってる」

「異常?」

「そうともさ」

 

 更に身をこちらへ乗り出し、ドレイクさんは獰猛に笑う。

 

 一瞬前とは一風変わったその雰囲気に、思わず喉を鳴らした。

 

「アタシも長いこと海賊やってて、それなりに修羅場ってのをくぐり抜けてる。だからこそ、厄付きかどうかってのもなんとなく嗅ぎつけられるのさ」

「と、いいますと……」

「ジャングルがあったと思えば、地中海の温暖な海に出る。バカみたいに海流の複雑な海域に出た時なんか、沈むのを覚悟したね」

 

 なんて破茶滅茶な。さすがは特異点と言うべきだろうか。

 

 なによりと、驚く俺達にドレイクさんは前置きして。

 

「大砲の弾ぶち当ててもピンピンしてる超人がうろついてるんだ。これが異常でなくて、なんだってんだい?」

「サーヴァント……!」

「やはりいたか、この特異点にも」

 

 明確になった〝敵〟の存在。あるいはカウンターとして召喚された野良サーヴァントか。

 

 いずれにせよ、この怪奇的な海で平然と航海をしているというのなら、海に慣れた英霊なのだろう。

 

 もしかして海賊の英霊か……? 

 

「ってわけさ。よく分からない敵、海流も風もしっちゃかめっちゃかのマトモじゃない海。ついでに言やぁ「大陸」も見当たらないときた」

「そこまで把握していたのですね……では、今後はどのような方針を取っていたのですか?」

「そう、まさにそれさ。明日にでも新しい船旅に出ようって時に、ユリアがアンタらを連れてきたってわけ」

 

 ドレイクさん曰く、ユリアさんからいずれ俺達がやってくる事は聞いていたらしい。

 

 彼女がドレイクさんの船に加わったのは数ヶ月前、海が()()()()()直後だとか。

 

「〝いずれこの荒海を、美しき大海へと戻す星見がやってくる〟……最初に聞いた時はよく分からなかったが、アンタらの力を見るとホラ吹いたってわけでもなさそうだ」

「では、先程の戦闘はその真偽を確かめるために?」

「いんや? 面白そうだったからだけど?」

「「えぇ……」」

 

 この刹那的な生き方、現代に残るイメージ通りの海賊というべきか。

 

 しかし、あれでサーヴァントと互角に戦える可能性があるという認識は持ってくれただろう。

 

 反対に、聖杯を所有している彼女の力を考えると、最良の協力者を得られた。

 

 流石はユリアさん、と言うべきか……

 

「そういえば、さっきその聖杯を手に入れた時の話をしていましたけど」

「ん、ああ。このヘンテコな金ピカのことかい。アタシなんて言ったっけ?」

「アトランティスとか、ポセイドンとか……」

「ああそうだったね。いやぁ、あの時は爽快だった! おかげで食うにゃ困らないし、あの超人どもにど弾丸(タマ)食らわせられる! 見た目が悪趣味なのと勝手に胸に入るのさえ除きゃあ、最高のお宝さ!」

 

 酔った勢いとか、聞き間違えじゃなかったらしい。

 

 アイパッチの人が話していたことを今度は自ら語り出すドレイクさんを見つつ、マシュと顔を寄せ合う。

 

「マスター。信じられないことですが、どうやら私達が来る前に人理定礎は崩壊しかけていたようです」

「みたいだね……それをドレイクさんが解決しちゃって、聖杯を手に入れた……この場合どうなるんだろう?」

「聖杯に認められた正式な所有者、ということになるのでしょう。自在にその魔力を引き出していることからも、明らかです」

 

 改めてとんでもないな、この人。

 

 

 

 

 どうしたらいいのだろうか。あれを回収して終わり、というのは簡単すぎる気がするし。

 

 一度頼んで受け取ってみて、ドクターに指示を仰ぐのが一番いいかな? 

 

「すみません、ドレイクさん」

「あん? なんだい?」

「その聖杯、一度持たせてくれませんか?」

「は? そりゃいいけど。命以外はくれてやるって話だしね」

 

 ぐい、と中にあった酒を飲み干し、ドレイク船長は無造作に聖杯を放る。

 

 宙を舞うそれに手を伸ばし、なんとかキャッチした。

 

「聖杯回収、完了……なんて」

「…………何も変わらないですね」

 

 十秒、二十秒と待ってみるが、何も変化がない。

 

 マシュと顔を突き合わせ、互いに困惑した顔を見せ合ったところで、第三の声が上がった。

 

「ふむ。もしやと思っていたが、やはりか」

「バーサーカー?」

「マスター。その聖杯からはあの男……レフの魔力を感じ取れない。思うに、それは()()ではないか?」

「別物……ですか」

「本来この時代にあった、正しい聖杯ということです。歴史上、()()呼ばれる願望器は数度出現していますので」

 

 二人の意見は、確かにある程度の説得力を持っている。

 

 これまで聞いた話と比較し、頭の中で色々推察してみるけれど、やはり俺一人じゃ確証が持てない。

 

 そこで初心に返って、俺はブレスレットの通信機能を立ち上げた。

 

「ドクター、聞こえますか? ちょっと確かめたいことがあるんですが」

『ああ、こちらでも話を聞きながら観測していたよ。依然として時代のボルトは外れたままだ。エミリアさんの言う通りだろうね』

 

 ドクターはいやはや驚いたね、なんてどこか気の抜けた困り笑いで言う。

 

 常にこちらの状況を観測している彼がそう言うのであれば、この推察は真実となった。

 

「じゃあ、人理を乱しているレフの聖杯がどこかに?」

『その予測は正しい。そしてこちらの見解では、そこにある〝世界を救ったフランシス・ドレイクの聖杯〟と〝世界を壊すレフの聖杯〟。相反する二つの聖杯が存在することがそんな海になっている理由だ』

 

 ドクターの説明によれば、ドレイクさんとこの聖杯がある限り、この時代は壊れない。

 

 けれど、レフの聖杯がある限りは人理も海も元に戻ることもない。

 

 停滞した特異点。そう呼ぶべき状況のようだった。

 

「つまりこれまでの特異点ほど切迫はしていませんが、目的は変わらないのですね?」

『そういうことだね。ということで、その聖杯は……』

「はい。ドレイクさん」

「ん?」

「これ、返します。この聖杯は貴女が持っているべきものです、キャプテン・ドレイク」

「お、そうかい? こりゃ丁寧にどうも……」

 

 受け渡した聖杯には、どこからか湧き出るように酒が満ちていく。

 

「……こんなにあっさりお宝渡すのも、返されるのも初めてだよ」

 

 聖杯をゆらゆらと回しながら、彼女は拍子抜けした表情で呟いた。

 

 

 

 

 それを尻目に、通信越しにドクターを交えてその場の全員で幾つか相談を交わす。

 

 ある程度まとまった後に、マシュが声をかけた。

 

「キャプテン・ドレイク。改めてお話があります」

「聞こうじゃないか」

「それと同じものが、この海のどこかにあります。それを回収しない限り、この海は永遠に元には戻らないのです」

「……へえ」

 

 ふと、彼女の顔が引き締まる。

 

 海の話となれば聞き捨てならない、という言は本当なのだと思わせる真剣な色を目に帯びた。

 

本気(マジ)で言ってんのかい、それ?」

本気(マジ)です。我々の目的はその聖杯を回収し、この時代……この海を元に戻すことにあります」

「ふぅん……で、その為の()がアタシらってわけだ」

「こちら側としてはそうなります。そして……」

 

 通信映像を立ち上げ、その方向をドレイクさんの方へと向ける。

 

 面食らった表情をする彼女に、ホログラムの中のドクターが柔和な笑みを向けた。

 

『初めまして、キャプテン・ドレイク。僕はドクターロマン。彼らの補佐役とでも思っていただきたい』

「ああ、さっきのナヨっとした声のやつかい。んで、アタシになんか用?」

『こちらの都合で協力してもらうので、ちょっとしたメリットの可能性を提示しておこうとね』

「メリット、ねぇ」

 

 気のない声だったが、その目線には興味が浮かんでいるように思えた。

 

『聞いての通り、その聖杯には世界を捻じ曲げるほどの力がある。それこそ望みさえすれば、どんな財宝だって生み出せる代物だが……どうだい?』

「馬鹿言ってんじゃないよ。お宝ってのはね、知恵と勇気と冒険で手に入れるもんさ。苦労せず手に入れたもんなんざ、アタシにとっちゃ価値がない」

『それを聞いて安心したよ』

 

 コホン、といつものように咳払いを一つ。

 

 ゆるふわな表情を引き締め、ドクターがドレイクさんに語り出す。

 

『キャプテン・ドレイク。今回の協力にあたって、我々は経験したこともないような波乱万丈の航海を貴女にさせることになるだろう』

「へえ、面白い。そっちの鎧を着た連中はあの超人どもとも渡り合えそうだしねえ、派手なことになりそうだ」

『だが、その他にもう一つ。これは可能性の話だが……』

「もったいつけるんじゃないよ。そら、酒が回り切らないうちに言いな」

『では遠慮なく。その海は今、貴女の聖杯ともう一つの聖杯の力が相殺しあい、停滞している。その閉じた世界には、ある種の思念もまた、閉じ込められているかもしれない』

 

 思念? とドレイクさんは首を傾げた。

 

 俺もドクターが何をどのように話すのか、と言うのは聞いていないので、耳を傾ける。

 

『大航海時代。良きにつけ悪しきにつけ、財宝と夢を求めて誰もが旅をした時代。これによって世界は一回り大きくなり、結果として多くの国々が栄え、あるいは滅んだ。そんな彼ら、星の開拓者達の願望とでも言うべきものが、その特殊な世界で形を成しているとしたら?』

「つまりドクター、それは所謂……金銀財宝、のようなものですか?」

「ほう!」

 

 これ以上ないほどドレイクさんが反応した。

 

 身を乗り出す、というかテーブルに片膝を立てて、ホログラムに鼻先がつきそうな勢いだ。

 

 こちらから見ると左右反対のドクターは苦笑しつつ、話を続ける。

 

『そう、お宝の山ってやつさ。その時代だと香辛料とかも貴重品かな?』

「そうさね! 要するにアンタ、あるって言うのかい! このおかしな海のどこかに、船に積み切れないほどのお宝が!?」

『ああ、その可能性は──高い!』

「くぅ──っ!」

 

 ドレイクさんが、それはそれは楽しそうに、これ以上ないと言うほど口元に笑みを浮かべる。

 

 それは満面の笑みと言って差し支えなく、見開いた青い双眸までもが爛々と輝いていた。

 

 ダン! と思い切り靴裏をテーブルに打ち付ける。そして彼女は、聖杯を天へ掲げた。

 

「燃えてきた! 俄然燃えてきたよ! ヤロウども! これから無理難題な航海をするよ! 明日から命の保証はない、しこたま飲んどきなぁ!!」

「「「イャッホォオオオウ!」」」

 

 ガシャン、とそこかしこからジョッキを打ちつけ合う音が鳴り響いた。

 

 さながら合奏のように盛大な音を立て、続けて歓声や怒号、果ては肩を組んで歌う人まで現れる。

 

 その誰よりも上機嫌さを全身から発するドレイクさんは、高笑いしながら酒を煽った。

 

「成功したようですね」

「うん。積極的になってくれてよかった。ドクターもありがとうございます」

『うん、まあ100%じゃあないんだけどね。その可能性はあるっていう話を、僕はしただけさ』

 

 どちらにしろ、未知の冒険ができるのだからいいだろう? と悪戯げに笑うドクター。

 

 やる時はやるドクターに、俺はマシュ達と顔を見合わせて笑わざるを得ない。

 

 

 

 

 

 映像の端っこで、ダ・ヴィンチちゃんが同じ顔をしているのが印象的だった。

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。

さあ、次回から航海の始まりだ!


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いざ、大海原へ!

すみません、書いているうちに調子を取り戻して長くなった結果、二回分もすっぽかしました。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

「うぉえっぷ……」

「先輩、大丈夫ですか……?」

「ごめん、まだちょっと無理……」

 

 先輩と呼んでくれる女の子に背中をさすられ、桟橋の上で四つん這い。

 

 我が事ながら情けなさすぎて、実に恥ずかしい。

 

 でも気にならないくらい気持ち悪い。今にも吐きそう。

 

「まさか、テンションの上がったドレイク船長に無理やりお酒を飲まされるとは……」

「めっちゃ力強くて抵抗できなくて……おぇ」

「ああっ先輩、喋らないで結構です! 余計に気分が悪くなってしまいます!」

「ごめん……ほんとごめんねマシュ……」 

 

 迷惑かけて申し訳なさすぎる。バーサーカーが霊体化してくれてるのも居た堪れない。

 

 船長達は船の準備、エミリアさんもユリアさんと一緒に行っている。

 

 そしてグロッキーな俺……出だしから格好つかないなこれ……

 

「後でエミリアさんに治療してもらいましょうね、先輩」

「そうだね……うぇっ、爺ちゃんも酒に関してだけは、忠告くらいしかしてくれなくて……うぷ」

「重症ですね……」

 

 これで一口二口とかだったら違うんだろうけど、ジョッキ3杯分は無理だった。

 

 人類最後のマスターは大変だなぁ……

 

「先輩がとても遠い目を……」

「お、なんだい藤丸。あんたまだ悪酔いしてんのかい?」

「ドレイク船長……?」

 

 脳みそが頭の中で回っているような気持ち悪さを覚えながら、顔を上げる。

 

 すると、俺を見下ろしているドレイク船長は呆れたように笑っていた。

 

「なっさけないねぇ。初めて酒を飲んだガキでもあるまいに、いつまでへばってんだい」

 

 まさにそうなんだけどね!? 

 

 などと叫びかえしたくても、大声を出した途端にゲロりそうなので無理だった。

 

「藤丸様、こちらに。治療いたします」

「あ、ありがとうございます……」

「ささ、足元にお気をつけを旦那様(ますたぁ)。ゆっくり立ち上がってくださいまし」

「ありが……ん???」

「え?」

 

 マシュと二人、疑問の声が重なった。

 

 一瞬悪酔いの気持ち悪さも忘れ、立ち上がりかけた自分の腕を支える人物を見る。

 

 そして、にこりと微笑み返してくる着物姿の美少女に顔の青さが深まるのを実感した。 

 

「…………清姫? なんでここにいるの?」

「うふふ、旦那様がおられる所にこの清姫あり、ですわ」

「答えになってません! まさかフォウさんのようにレイシフトに便乗して……!?」

「フォフォウ!」

 

 一緒にするな! と言わんばかりに足元でフォウが吠えた。

 

 なんで、とかいつから、とか色々思考が巡り、しかしそれは今の俺には悪影響でしかない。

 

「うぷっ……!」

「先輩!」

「これは、早急に治さなくては乗船もできませんね」

「ったく、いよいよ出航だってのにしまらない連中だよ」

 

 あなたのせいでしょ、というのは喉を上ってきたものを抑えるのと一緒に呑み込んだ。

 

 

 

 

 エミリアさんの治療と酔い覚ましの薬で、どうにか少し回復できた。

 

 恨めしい目を船長に向けるが、彼女はガン無視で別の方向を見ている。

 

「さあ、よく見ておきな! こいつが今からアタシを、アンタらを見果てぬ財宝の山まで運ぶ船さ!」

 

 もはや気にしても意味がないと悟り、ため息をひとつ零しながら彼女の言うものへ振り返る。

 

 

 

 それは、ずっとそこに在ったもの。

 

 

 

 威風堂々、何にも遠慮することなく浜辺に鎮座する黒き大船。

 

 

 

 この世界において、生身では最強の海賊フランシス・ドレイクが駆るその船の名は── 

 

 

 

 

「〝黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)〟! 人間だろうが超人だろうが、なんでも来やがれってねぇ!」

「すごい……!」

「これが正真正銘、大航海時代を旅した海賊船なのですね……!」

 

 圧巻。その感想は、この旅を始めてから何度も抱いてきた。

 

 それでも色褪せることなく、乾くことなく。いつだって驚きは俺に感動を与える。

 

 それはきっと、俺以上に隣で目を輝かせて見上げるこの女の子だって──

 

「「と、いうわけで」」

「え」

 

 感動していたれたのもそこまで。

 

 がっしりと両肩に手が置かれる。一つは船長の、一つはいつの間にかそこにいたアイパッチさんの。

 

 悪い予感を感じつつも、俺は引きつった下手くそな笑顔で二人の満面の笑みを見返した。

 

「男っ手が足りな〜い♪」

「具体的に言うと水っ夫が足りな〜い♪」

「ま、まさか……!」

「野郎ども! 水夫見習いが増えたよ! しっかりしごいてやんな!」

「「「ハイホー!」」」

「ヒィっ!?」

 

 二つだった手が一瞬で何倍にも増えたぁ!? 

 

 いつからいたんだよとツッコむ暇もなく、俺は海賊達に担がれて船の方に運ばれた。

 

「この船に乗る以上、アタシの言うことは絶対だ。せいぜい頑張りな!」

「せ、せんぱーい!」

「旦那様ー!」

「あら、これは困ったことに……」

「私がついていこう。一応男であるしな」

「お、やる気だね。それじゃあアンタとそこの二人は藤丸とだ。アンタは頭が良さそうだから甲板のユリアんとこ行きな」

 

 そうして俺達は、あれよあれよと言う間に船に連れ込まれたのであった。

 

 

 

 

 えっさほいさと、まるで米俵のように船内を運ばれることしばらく。

 

 足取りの荒さと海賊達の熱気に気持ち悪さがぶり返してきた頃、とある部屋で降ろされる。

 

「いってぇ、腰が……」

「そうら、追加だよ!」

「わわっ!」

「きゃっ!」

「ぐへっ!?」

 

 は、腹に二人分の体重が……

 

 いくら女の子とはいえ、全身鎧と着物を着てる分結構な重量がいい感じにレバーを直撃した。

 

「うごごご……」

「す、すみません先輩!」

「貴女、もう少し丁寧にできないんですの!?」

「あっはっはっ、海賊に何求めてんだい!」

 

 は、吐き気が……吐き気がぁ……

 

「平気かマスター。火防女を呼んでくるか?」

「ぐぐ、なんのこれしき……!」

「おっ、ガッツあるじゃないか。ちょっと見直したよ」

「どうも……」

 

 ニカッと笑う船長に、何だか毒気が抜けていった。

 

 連れてこられた部屋の中を見渡す。そしてすぐに顔を顰めた。

 

 

 

 

 一言で言うならば、汚部屋。

 

 そこかしこに散らばった衣服の類、転がっていたり粉々になったままの酒瓶、果ては銃まで。

 

 壁には酒や、あるいはもっと汚いものらしき染みが散見し、すえた匂いが何よりもキツかった。

 

「じゃ、まずは掃除からだ。男所帯だからねえ、とびきりに臭いし汚いよ!」

「……ええ、存分に感じているところです」

「これは、酷いの一言に尽きますね……」

「不潔な……」

「船に乗った以上はアタシの船員、まずは下働きからってね。そんじゃ頑張りなよ〜」

 

 ドレイク船長が行ってしまった。

 

 残された俺たち四人+フォウは顔を見合わせ、なんともいえない表情をする。

 

「先輩、どうしましょう」

「全く野蛮ですこと」

「まあまあ、清姫……とにかく、船に乗せてもらった以上やることはやらないと」

 

 せっかく上手くいっているのに、ここで腐ってて気分を損ねても大問題だ。

 

 不安そうな顔をするマシュに、俺はあえて得意げに笑って力瘤を作る仕草をする。

 

「任せて。一人暮らししてたから、一通り家事はできるよ。炊事洗濯掃除、特に掃除はね」

 

 爺ちゃんの家は結構広かったので、掃除スキルの向上は必須だった。

 

 蔵の中にわんさかあった、おそらく旅中で集めたのだろう品々の分別だってやったことがある。

 

 それに比べれば、この部屋くらい、ただ臭いと見てくれがキツいだけだ。

 

「清姫はどう? できれば手伝ってほしいんだけど」

「ええ、ええ。あの者達は気に入りませんが、他ならぬ旦那様が言うのであれば私もお力添えしましょう。これでも花嫁修行はしていましたので」

「では私も、後輩として精一杯頑張らせていただきます!」

「ありがとう、助かるよ二人とも」

 

 二人の了承は得られた。

 

 俺は、腕組みをして佇んでいるバーサーカーを見る。

 

「バーサーカーも、手伝ってくれる?」

「無論だとも。これでも目利きにはそれなりに自信がある。使える物と使えない物の選別程度はできるだろう」

「それで十分だよ」

 

 ようし、早速始めよう。

 

 袖をまくり、靴を爪先までしっかり履き込むと、三人と頷き合った。

 

「じゃあ、まずは服の仕分けから」

 

 

 

 

 

「船が動くぞぉ──!! 荷物しっかり抑えとけぇ──ー!」

 

 

 

 

 

 暗闇と衝撃が全身を覆うようだった。

 

 大きな振動と共に両足が床から浮き、間髪入れず汚れた服とゴミの山が吹っ飛んできた。

 

 それは痛みというよりも、四方八方からこの世のものとは思えない汚臭を押し付けられるようで──

 

「──かはっ」

「せ、せんぱ──い!!?」

 

 

 

 

 

 そうして、俺達の船旅が始まった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「ヨーホー、掲げよー。ドクロの旗ー」

 

 海賊映画で聞いた歌を口ずさみながら、ブラシでデッキを擦る。

 

 出港してから数日。

 

 最初は船の揺れとブラシの質の悪さに悪戦苦闘したが、すっかり慣れた。

 

 今では歌いながらだって清掃できる。

 

「よし、こんなところかな」

「よう藤丸、板についてきたじゃねえか」

「水夫見習いも卒業か? がっはっはっ!」

「ありがとうございます」

 

 通りがかった船員の言葉に、ちょっと嬉しくなったりもする。

 

「さて、次は船首の方の点検を──」

 

 しようか、なんて口にしようと振り返る。

 

 けれど言葉は尻すぼみになって、俺の視線はそこにいる彼女に釘付けとなった。

 

 

 

 彼女は、海を見ていた。

 

 

 

 ギラギラと照りつける陽光を和らげるように吹く潮風に、紫の美髪が揺れている。

 

 そうして露わになった両方の瞳を輝かせ、どこまでも広がる大海原を眺めているのだ。

 

 とても楽しそうに。慈しむように。

 

 何より、嬉しそうに。

 

 その横顔があまりに可愛らしくて…… 

 

「おぉーい藤丸、サボってねえで身体動かせー!」

「あっ、はぁい!」

 

 怒号で我に返った。

 

 慌ててバケツとモップを片付けて、彼女がいる船首へと小走りで駆けていく。

 

 足音で気がついたのだろうか、こちらに振り返った彼女……マシュは柔らかく笑った。

 

「お疲れ様です、先輩」

「マシュもね。怪しい影は?」

「ありません。サーヴァントの優れた視力でずっと目を凝らしていましたが、海賊船の一隻も現れませんでした」

「みたいだね」

 

 見張りというよりは、観賞も楽しんでいたみたいだけれども。

 

 そんな野暮な言葉は、うきうきと全身から聞こえてきそうな様子を見れば引っ込んでしまう。

 

「何日か経ってるけど、気分は悪くなってたりしない?」

「はい。むしろ快調なんです。ローマでも船に乗りはしましたが、ここまで本格的な船旅は初めてで、眼に映るもの全てが新鮮で……はっ!」

「あはは! マシュが楽しそうで良かった」

「う、うぅ……すみません、そんな状況でないことは理解しているつもりなのですが、つい……」

「いいんじゃないかな。俺も気持ちはよくわかるよ」

 

 きっと、小さい俺を船に乗せた時の爺ちゃんはこんな気持ちだったんだろうな。

 

 

 

 

 見るもの、聞くもの、感じるもの。

 

 その全てが未知で、ちょっぴり恐怖で。

 

 けれど、その恐れをあっさりと上回る感動は、人生において掛け替えのない体験だ。

 

「綺麗だもんね、この船の上から見る景色」

「はい、とても。あっ、先輩! あそこにカモメの群れがいますよ! あっちにはイルカも!」

「おっ、ほんとだ。沢山いるなぁ」

 

 マシュと二人並んで、甲板の淵から身を乗り出しそうな彼女に少しハラハラしながら海を見る。

 

 普通じゃない海域。この世界のどこにも存在せず、ズレ落ちた、封鎖された海。

 

 でも、キラキラと陽の光を受けて輝く海原も、空を飛ぶ鳥や、魚や、水生生物も。

 

 ともすれば、時折現れる「海賊」の概念が物質化した敵だって。

 

「マシュ。俺、思うことがあるんだ」

「思うこと、ですか?」

 

 少し強く吹いた潮風に、髪を手で押さえるマシュに頷いて。

 

「この旅はさ、決して楽なものじゃない。本当はもっと、常に緊張感を持っていなくちゃいけないのかもしれない」

「……それも、ある意味では正しいと思います」

 

 きっと、それが本来正しい姿勢なのだろう。

 

「でもさ。それだけじゃないんだ」

 

 そう、決して嫌なことばかりじゃ、苦しくて辛いことばかりじゃない。

 

「フランスの時だって、ローマの時だって。出会いが、発見が、冒険があった。そこにはどこか、楽しさも感じていたんだ」

「……はい。私も、いつも感じています」

 

 もしも。

 

 人類最後のマスターとして、カルデアの使いとして、使命と責任を以って臨む以上に。

 

 この旅に俺という一個人、藤丸立香という人間として意義を持たせることが許されるなら。

 

「俺達は、俺は、きっと。()()()()()()を繋ぐ為に、戦うんだ。その為に歩き続けるんだって、そうも思うよ」

「先輩……」

「って、クサいこと言っちゃったかな」

 

 今更に照れくさくなって、俺は照れ隠しに笑ってみせる。

 

 けれどマシュは、ゆっくりと左右にかぶりを振って、優しく笑ってくれた。

 

「先輩は、不思議です。私がこの胸の中に抱えている、漠然とした感情に形を与えてくれます。沢山のことを教えてくれるのだと、いつも感謝しているのです」

「そ、っか。なら、ちょっとはマシュの先輩として格好がついたかな?」

「はい! 先輩のそういうところ、とても好感が持てると思います!」

「んっ、あ、ありがと」

 

 ……急にこういうこと言われると、心臓がグッと締め付けられる。

 

 もっと気障でいいカッコしいな人間だったら、あっさりとこの返答をできるのだろうか。

 

 

 

 俺の方こそ、君のその笑顔をとても魅力的に感じてる、だなんて。

 

 

 

「あの、マシュ。俺」

「でっけぇのが出たぞぉ──! 大物だぁ──! マシュぅ──ー!」

「マシュ・キリエライト、ただいま参ります! 先輩、失礼します!」

 

 一瞬で水夫の格好からサーヴァントの戦装束に変わったマシュがすっ飛んでいった。

 

 船のすぐそばに現れたらしい大怪魚を討伐しに行った彼女を目で追いかけて、俺は苦笑いする。

 

「格好、つかないなぁ」

「いいや、良い言葉だった。私が保証しよう」

「うぇいっ!?」

 

 いきなり後ろから聞き覚えある声が! 

 

 振り返ると、大魚の突き刺さった銛を担いだ上裸のバーサーカーがいた。

 

「バーサーカー、いつからいたの!?」

「失礼、少々盗み聞きをしてしまった。許してくれたまえ」

「あ、あはは。まあこんな場所だし、誰かに聞かれてもおかしくないよ」

 

 むしろ、バーサーカーにしか聞かれてなかった方が珍しいケースだろう。

 

「ていうかそれ、獲ったの?」

「ああ、今あちらで騒いでいるやつの相方だ。奇襲して片方を仕留めてきた」

「さすがだね」

「以前は不得手だったが、泳ぎも修練中だと報告しておこう」

「俺が船から落ちた時は頼りにするよ」

「それはよく習熟しておかなくてはな」

 

 力強く笑うバーサーカーに、俺も笑って頷いた。

 

 それからふと、彼はいつもの真面目な顔に戻る。

 

「マスター。世界を救う旅の経験者として、君に一つ助言をしよう」

「それって?」

「使命と意思は、同等だ。その義務が誰かから背負わされた物であれ、自ら定めた物であれ、同じほどに己の願いを持つべきなのだ」

 

 自分自身の願い……

 

「旅の終わり、その最期には必ず強大なものが立ちはだかる。それは敵かもしれない。あるいは使命そのものということもある」

「……もしその時は、どうしたら?」

「忘れるな。信じろ。己の心に、慈しむと定めたものを。その為にこそ、この旅の終着は成し遂げられる」

 

 その言葉には、実感と実績が秘められているように思えた。

 

 力強く断言する声の裏に確かな確信と、決意めいたものをも感じた。

 

 だから俺は、こう尋ねた。

 

「……バーサーカーは、そうしたんだね?」

 

 すると、彼は少し目を見開いて。

 

 それから、これまで見たこともない笑い方をした。

 

「その為に、多くを見て、多くを知り、多くを斬って、そしてきっと──多くを裏切ったのだろうがね」

「え……」

 

 その、言葉って── 

 

「マシュが仕留めたぞぉ──!」

「藤丸ぅ──! 騎士野郎ぉ──! 引き揚げ手伝えぇ──!」

「ふむ、呼ばれたな」

「……そうだね、行こっか」

 

 バーサーカーと二人、大海魚の引き揚げを手伝いに向かう。

 

 

 

 

 

 胸に生まれた引っ掛かりを、今は押し込めて。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「はふはふ……!」

「おいひいでふ……!」

 

 元の見た目から警戒してたけど、この怪魚のソテー美味い! 

 

 口の中で野菜と一緒にほぐれていく白身もさることながら、ソースが絶妙に良い味を出している。

 

 手が止まらないとはまさにこのこと、マシュと二人で競い合うように口に運ぶ。

 

「ふふ、気に入っていただけたようで何よりですわ」

「んっ、清姫さん」

「お疲れ様、清姫。料理番は慣れた?」

「ええ、それなりに。これも旦那様の為と思えばこそです」

 

 うふふ、と笑いながらこちらに熱のこもった視線を向けてくる。

 

 ぐっと飲み込みかけた魚が詰まりそうになった。相変わらずこういうのには弱い。

 

「ですので褒めて下さい、そうすればこの清姫より一層──」

「何サボってるでちか」

 

 こちらに寄ってこようとした清姫は、しかしコック帽を被った頭をがっしりと掴まれた。

 

 いつの間にやら彼女の背後にいた、清姫より頭二つと半分くらいは大きいだろうコック長。

 

 そんな彼は容赦なく清姫を担いでいった。

 

「まだまだ仕事は終わってないでち、さっさと来るでち」

「御無体な! というかその口調逆らえないんですけど何なのですか!?」

 

 旦那様ぁ〜、とエコーを残し、清姫が厨房に連行された。

 

「お忙しそうですね」

「みんな沢山食べるからねえ」

 

 さすが海賊、波乱に満ちた海を旅するだけあって食べる量もピカイチ。

 

 俺もそれなりに食べるけれど、彼らに比べると控えめに思えてしまう。

 

「バーサーカーも、最近は結構食べるよね?」

「……うむ。君達に感化されたかな」

 

 実はずっと対面にいたバーサーカーは、苦笑気味に答えた。

 

 

 

 

 あの料理対決以降、彼は時々だがこうして一緒に食事をしてくれる。

 

 人の真似事と彼は言うけれど、少しだけ近づけた気がして嬉しいのだ。

 

「どう? 美味しい?」

「ああ。食事というものにようやく慣れてきたよ」

「そっか、よかった」

「清姫さんのおかげで、携帯食ではなく本格的なお料理をいただけるのが幸いですね」

 

 本当に清姫様々だ。

 

「あ、マシュ。ソースがついちゃってるよ」

「は、恥ずかしいです。どこですか?」

「えっとね、ここらへん」

「……そう、か。そうだな。こういうものだったな」

 

 その時、バーサーカーが小さく何かをつぶやいた気がした。

 

「ご歓談している所、失礼します」

「あ、エミリアさん」

「エミリアさん、お疲れ様です」

「火防女か」

 

 同じ料理を手にやってきたエミリアさんは、俺達を見回す。

 

 最後にバーサーカーを見て、どうしてかくすりと笑ってその隣に腰を下ろした。

 

「お二人とも、体調にお変わりはありませんか? 何かあればすぐに仰ってくださいね」

「ありがとうございます。おかげさまで元気です」

「エミリアさんがいるだけで、とても心強いです」

「まあ、嬉しい評価です」

 

 実際にエミリアさんのお陰で、他の船員の人達も健康が改善されてるらしい。

 

 どんな病気があるかわかったもんじゃない、とドクターは定期通信で忠告してきたが、今の所は平気そうだ。

 

「では、あと数日頑張りましょう。この速度を保っていれば、直に目的地へと辿り着きます」

「いよいよ、ですか」

「ちょっと緊張します」

 

 緩んでいた表情を引き締めざるを得なかった。

 

 

 

 ゴールデン・ハインド号は現在、明確な目的地を持って航行している。

 

 

 

 俺達がこの特異点にやってくる数日前のことだ。

 

 ドレイク船長達はとある嵐の海域にて、超人──すなわちサーヴァントと遭遇したらしい。

 

 どうにか応戦し、嵐に乗じて逃げ切った後にあの無人島へと辿り着いた。

 

 が、その後も件のサーヴァントの尖兵と思われるサーヴァントが襲撃してきているのだという。

 

 

 

 

 そのサーヴァントは執拗にドレイク船長を狙い、しかしユリアさんとの二体一になるとすぐに撤退するとか。

 

 撤退の仕方は、ユリアさん曰く〝空間転移〟。莫大な魔力を使ってサーヴァントを瞬時に移動させる魔術。

 

 それを何度も可能とできるのは──聖杯からの魔力供給のみだと。

 

 何度目かの応戦の後、比較的自由に動けるユリアさんが出撃者の痕跡を元に海域を探索。

 

 結果、とある島にて襲撃者が残したと思われる航海日記と海図を入手。

 

 それを参考に、俺達は大きな印が書き込まれたある島を目指していた。

 

「ドレイク船長、及びユリア様からの情報提供により、そのサーヴァントはヴァイキングの英霊である可能性が高いでしょう」

「ヴァイキング……海賊の起源となったとも言われる屈強な戦士の一族ですね。それも英霊に昇華する程となると……」

「自ずと対象は絞られることでしょう。いずれ遭遇することも十分にあり得ます」

「気をつけなきゃいけませんね」

「重要なことはもう一つある。そのサーヴァントを差し向けている、フランシス・ドレイクが刃を交えたという敵だ」

 

 バーサーカーの言葉に、俺達は頷く。

 

「数少ない情報のうち有力であるのは、〝海賊船を持つ英霊であること〟。〝複数のサーヴァントを従えていること〟。そして……」

「〝鉤爪〟、か……」

 

 この船ではそのサーヴァントを仮称として、〝鉤爪の男〟と呼んでいる。

 

 最初にこの話を聞いた時、ドレイク船長に当時の状況を尋ねると冷や汗を流していた。

 

 それほどに強大な相手、ということだろう。

 

「これから向かう島に現れる可能性も考えられる。マスター、わかっているな?」

「ああ。なるべく万全の状態で挑もう」

「不肖、このマシュ・キリエライトも頑張らせていただきます!」

「二人とも頼りにしてるね」

「当日は私も同行いたしましょう」

 

 マシュ達とテーブルを囲んで、上陸時の計画を立てていく。

 

 

 

 

 

 どこか、不穏な予感めいたものを感じながら。

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。


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雄牛の迷宮 前編


すみません、色々こねくり回しているうちに以前の更新時間になってしまいました。

楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

「はっ、はっ……!」

 

 

 

 走る、走る。

 

 白亜の回廊、無限の迷宮。

 

 一人の少女が、出口も分からぬままにひた走る。

 

 果たしてその美しすぎる相貌は、女神か小悪魔かと戸惑うほど。

 

 凡そ人々の思い描く、美しき少女をそのまま具現した偶像(アイドル)のようであった。

 

「はぁっ、はぁっ、ああもう無理!」

 

 やがて、悪態と共に彼女は足を止める。

 

 荒く呼吸を繰り返し、途端に堰を切ったように幾筋もの汗が頬を伝った。

 

 それさえも美しく、しかし彼女は嫌悪感をにじませながらそれを拭う。

 

「まったく、なんでサーヴァントになんてされてるのよ……ていうか、こんなに走ったの生まれて初めて……」

 

 疲労し、足は動かず、もはやこれ以上走ることはかなわない。

 

 その現実に苛立ちと、誰に対してでもない腹立たしさを汗の雫で外へ押し出す。

 

 

 

 

 サーヴァントとは人理に刻まれた故人の栄華、その影法師。

 

 しかして全てが万夫不当の屈強な大英雄であると前提づけられている訳でもなし。

 

 中でも彼女は、特にそういう意味では()()部類なのだ。

 

(ステンノ)も、駄妹(メドゥーサ)もいないし、どうしろってのよ……いや、別にあの子がいなくても大丈夫だけど」

 

 ええ、大丈夫。そう自分に言い聞かせるように嘯いてみる。

 

 すると彼女は自身本来の余裕を取り戻した気がして、周囲を見回してみた。

 

「そもそも、この迷宮って()()迷宮(ラヴィリンス)よね……? だとしたら脱出なんて無謀もいいところじゃない」

 

 もしもこれで、〝とある糸〟があったのであれば彼女も違う答えを出したかもしれない。

 

 しかし、()()()()()()()()()()存在故にこれが絶望的な現状であることを理解できる。

 

 それはもう、嫌な顔をこれでもかと作るほどに。

 

「というか、これ絶対いるわよね……本当にこの迷宮がそうだとしたら、()()が」

 

 次についたその悪態は、半ば確信めいたものが含まれていた。

 

 忙しなく、それまでより不安の混じった視線は何かを畏れているかのように。

 

 

 

 

 

──────────ッ!! 

 

 

 

 

 

「っ、やっぱり……!」

 

 彼女の懸念、畏怖に応えるかの如く、獣の雄叫びが届く。

 

 唸るなどというものではない。かといって普通の獣などでは断じてない。

 

 言うなれば()()のように鋭く、力強い、極太の咆哮であった。

 

 彼女の不運は終わらない。

 

「っ、後ろからも何か……ああもう、どうすればいいのよ!」

 

 サーヴァント特有の鋭さで感じ取ってしまった、()()とは別の何か。

 

 足音、気配、偶像として昇華された故の欲望じみたもの、あるいはその全て。

 

 いよいよ我慢の限界だというように、彼女は頭を抱えて目を瞑った。

 

 

 

 

 それは、ひと時の現実逃避の行為であり。

 

 だから彼女は、とにかくこちらに迫るものから先に逃げようと瞼をあげて。

 

 そこに立っていた、雄々しくも恐ろしき〝怪物〟に、その時初めて気がついた。

 

「…………………………」

「──っ!」

 

 直後。

 

 

 

 

 

 深き惑わす迷宮に、少女の悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「ん〜……?」

「? どうしましたドレイク船長?」

 

 いきなり変に唸って、どうしたのだろう。

 

 特段するべきこともなくて、マシュと三人並んで甲板で海釣りの真っ最中だというのに。

 

 もしやおかしな感触でも竿にかかったのかと思ったが、彼女は手でなく鼻を動かしていた。

 

「変わったね。空気の味が」

「空気の味、ですか?」

「それって、潮風とか海流的な……」

「あんたも中々慣れてきたね、藤丸」

 

 わしわし、と無造作に頭を撫で乱された。

 

 潮風が混じった髪は変な形で固定され、苦笑しながら彼女を見る。

 

「別の海域に出たってことですか?」

「どうかね。まあ、他の阿呆どももすぐに気がつくだろうさ。それに……」

 

 船首の向こう、舵が向かうままに進む彼方へ彼女は目線を伸ばした。

 

 その先に何かを感じ取ったような横顔を見ている内に、他の場所から声が上がる。

 

「島だ──! でっけえ島が見えたぞぉ──!」

 

 見張り台から、船底にまで届くのではないかという大声が轟いた。

 

 甲板にいた全員が反応し、俺もつられて前方を見て……その時グッと手の中で竿が引っ張られた。

 

 あっ、と言う間に強い引く力に竿は持っていかれ、小さな水音を立てて落ちてしまう。

 

「ああ……」

「あっはっはっ、災難だったねぇ」

「先輩、ドンマイです」

 

 後ろから俺の髪を直してくれてたマシュの励ましが、ちょっと響いた。

 

 

 

 

 それからすぐ、事態は動いた。

 

 船員達が船の各所点検や周囲の警戒を始め、俺達は甲板後方の会議室に集まった。

 

「……ふむ。間違いなく、あの海図に記されていた島に違いない」

 

 烏面の航海士が、静かに告げる。

 

 彼女が見下ろし、俺達も今一度確かめるように見下ろす机上には二つの地図。

 

 ヴァイキングの日記に記された導と、ここ数日の航海で作られた海図も一致していた。

 

「ひときわ大きい印……一体何があるのでしょうか」

「正体不明の敵対サーヴァントが、目標であるドレイク船長以外に大きく関心を示した。この事実から鑑みるに……」

「とんでもないお宝か、バケモンがいる。そういうことだろう?」

 

 なんとも自信ありげに笑う船長に苦笑するが、まあつまりはそういうことだろう。

 

「バーサーカーの意見は?」

「遠眼鏡を見た限りでは、不可思議なものは見受けられなかったが……少し気になるな」

「王、そう仰られると?」

「大したことではない。ただ、私のソウルが不穏なものを感じている。それだけだ、気にしないでくれ」

 

 あまり気に病ませないためか、そう締めくくった言葉に俺とマシュは顔を見合わせる。

 

 これまでの特異点でも、彼の危機感知能力と警戒心によって多く助けられてきた。軽んじるにしてはかなり正確だ。

 

 どうしたものか。思考を回転させている俺の考えを中断したのはパチンという音だった。

 

「では、こういたしましょうか?」

「清姫、何か意見が?」

「ええ。私見ですが、フランスでの戦いを見るに灰の騎士様の先読みはかなりのものと私も思います。であれば、あの島に上陸するのと同時にこの船にも戦力を残しておくべきでしょう」

 

 一理ある提案だ。

 

 元から船の全員であの未知の島に乗り込む、というのは俺達も船長も考えてはいない。

 

 船長の作戦では、ボートを使った少人数での上陸と探索を行う予定だった。

 

 そしてここでの戦力とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()存在を示す。

 

「そこで、こう分けてはいかがでしょうか。島には旦那様とマシュ、灰の騎士様、ドレイク船長が。船には私とユリア様。そして……火防女様が残るというのは」

「エミリアさんも?」 

「面白いね。アタシらに訳を聞かせてみな」

 

 はい、と清姫が頷く。

 

「フランシス・ドレイク。まずこれだけは言わせていただきますが、私……ひいてはカルデアにとって最も優先すべき人命は旦那様です」

「へぇ……それで?」

「島に旦那様も行ってしまわれる以上、マシュとこちらの最大戦力とも言える灰の騎士様が伴うのは必定。さりとて船に何かあっては海を渡る手段を失ってしまいます」

「なるほどね。それで超人(サーヴァント)のあんたが残るってわけだ」

「左様です。ユリア様はこの船では船長に次ぐ立場のようですし、いざという時に指揮を。そして火防女様には……非常時の伝達役になってほしいのです」

「……理解しました。ソウルの力ですね」

 

 静かに呟くエミリアさんの言葉に、俺もようやく事の仔細を完全に理解した。

 

 清姫は、もしも不測の事態……何者かの襲撃があった際、魔術的な連絡が取れないことを危惧しているのだ。

 

 そしてバーサーカーやエミリアさんは、魔術の枠にとらわれないソウルという古代の力で交信ができる。

 

 二重に互いの状況を把握できる状況を作ろうとしていたのである。

 

「ほーん。つまりはあれかい、なるべく船と島にいるアタシらの連携を取れるようにしとくってことだね?」

「理解が早くて助かりますわ……と、旦那様。ここまで話を勝手に進めてしまいましたが、よろしかったですか?」

「うん、いい意見だった。ありがとう清姫」

「うふふ、お役に立てたようで何よりですわ」

 

 広げた扇子に口元を隠し、おしとやかに笑う清姫に俺も笑顔で頷く。

 

 やはり、少女の姿をしていても英霊。非常に良い提案だった。

 

「ドクターはどうですか? 清姫の提案、結構いいと俺は思うんですけど」

「私も賛成です。未知の海域での探索、危険度は計り知れません」

『……うん、そうだね。こちらでも最大限カバーするつもりだけど、妨害は十分に考えられる。レオナルドもその島には霊脈が通っていると言っているし、魔術的な危険は鑑みて然るべきだ。こちら側としては異論はないよ』

 

 通信機越しの結論に納得し、俺はマシュを最初に全員の顔を見渡していく。

 

 誰の顔にも反対の意思がないことを確認し上で、この船での最終決定権を持つ人物を見た。

 

 彼女は待っていたかのように、両手を腰に当て、大きな胸を張って笑顔を作った。

 

「ようし、決まったね? それじゃあ早速、あの島に乗り込もうじゃあないか!」

 

 

 

 

 

 そうしていよいよ、俺達は未開の島に上陸することになった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

「じゃあ清姫、エミリアさん。行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、旦那様。おかえりをお待ちしていますわ」

「くれぐれも怪我のないように。もし傷を負ったとしても、必ず治して差し上げますので絶対に帰ってきてください」

「はい、気をつけます」

「マスターは必ず私達で守ります!」

「では行ってくる」

「ほら、湿っぽいこと言ってんじゃないよ! どうせならワクワクして行きな!」

 

 既にボートに乗り込んでいるドレイクさんは、彼女自身がとても楽しそうだった。

 

 それもそうかなんて思い直しつつ、船の壁に取り付けられた網はしごを伝ってボートに降りる。

 

 全員が乗り込み、清姫達+海賊の皆さんのお見送り付きで俺達は船から出発した。

 

 

 

 

 島まではすぐだった。

 

 剛力の持ち主であるバーサーカーによって、難なくボートは海の上を滑るように進んだ。

 

 苦もなく岸辺まで辿り着いて、俺達は周囲を見渡す。

 

「ヒュウ、でかい島だねえ。こいつは期待できそうだ」

「敵性体、魔力反応共になし。今のところ危険はありません」 

「バーサーカーは何か感じる?」

「危機という意味では直近には感じない。だが……」

 

 彼は、俺を超えて背後のどこかへ面頬を向ける。

 

 慣れというのだろうか。兜越しに彼がどこかを強く注視していることが感じ取れる。

 

「気をつけろ、マスター。この島には()()が渦巻き、深く根付いているぞ」

「……わかった。その忠告、覚えておくよ」

 

 っと、そうだ。まずは無事に上陸したことを報告しなくちゃ。

 

「ドクター、聞こえますか? 無事に上陸しました」

『ああ、こちらも状況を解析した。早速だが、その島のある場所から気になる反応が出てきた。座標ポイントを送る』

 

 わずか数秒後、端末から甲高い受信音が発せられた。

 

 送られてきた情報を同封されていた島の大まかな見取り図に合わせ、場所を割り出す。

 

「この辺りか……船長、まずはこの方向に向かいたいんですけど」

「どうやら何かがあるようです」

「へぇ。ま、あてもなく歩き回るのも楽しいけど、そういうのもいいね。ほら、日が暮れちまう前にさっさと行くよ!」

 

 元気よく拳を突き上げ、ドレイク船長はいの一番に歩き出した。

 

 一瞬で見取り図を把握したのだろう、その座標の方向に向けて迷いなく進む後ろ姿が頼もしい。

 

 続けて俺達も移動を開始。船長に追いつくとバーサーカーを殿に頼み、マシュを先頭として進む。

 

 

 

 

 少し進んだだけで、この島が遠目に見た以上に広いことがよくわかった。

 

 浜辺を移動してすぐ岩石地帯に入り、苦労して踏破したかと思えば現れた大河を迂回し。

 

 長閑な草原を通り抜け、座標の示す位置に存在する森に入る頃には三時間も過ぎていたのだ。

 

「そういやさ」

 

 ふとドレイク船長が声を上げたのは、粛々と登山をしている最中のことだった。

 

「ここ数日見ていて思ったけど、マシュは海を見るのは今回が初めてなのかい?」

「はい。そもそも、外に出たことがなかったので」

「……ふーん。そ」

 

 振り返ったドレイク船長の横顔に、一瞬で複雑なものがよぎったのを見逃さない。

 

 それは本当に瞬く間で、興味を失ったことを装うように平坦な表情で続けて俺を見る。

 

「藤丸は?」

「祖父に連れられて何度か。でも、海自体をちゃんと旅するのは初めてです」

「そうかい。どうりで二人とも、楽しそうに海を見てたわけだよ」

「うっ、そんなにあからさまだったでしょうか……」

「アンタの目が宝石に見えてくるくらいはね、マシュ」

 

 あ、マシュの耳が赤くなった。

 

 

 

 

 ふと船長が立ち止まる。

 

 どうしたのかと訝しんだのも束の間、こちらに振り返ってきた。

 

「それじゃあ、これから先もっといろいろな海を見せてあげるよ」

「いろいろなもの、ですか?」

「それをドレイク船長が?」

「そうさ。アンタらがこれまで見たこともないようなものを沢山ね」

 

 そう言って、ニカリと彼女は白い歯を見せて笑った。

 

 きっと驚かせてやれると、度肝を抜いて、感動させてやれると、そう確信がある笑い方。

 

 どこまでも自信に満ち溢れた、これまで幾度も見た〝彼ら〟のようなその笑顔に俺達は見惚れた。

 

 そんな俺達に、彼女はこう言うのだ。

 

「約束さ。期待してな」

「……はい」

「楽しみに、してます」

「ははっ! それじゃあ早速──」

 

 その次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 前触れなく、地面がひっくり返るような振動がやってきた。

 

 

 

 

「これは、地震!?」

「一体なんだってんだい!?」

「くっ!?」

「マスター!」

 

 しまった、今ので足を踏み外して……! 

 

「っと。危ないぞ、マスター」 

 

 バーサーカーに腕を取られ、斜面を転がり落ちることを免れた。

 

 ホッとしつつ、自分で姿勢を戻して自立する。

 

「ありがとう。それにしても、今のは……?」

「単なる地震ではなかったように思いますが……」

「なんともきな臭いねえ……」

「……っ。マスター、通信を」

「え? あ、ああ。うん」

 

 とりあえず、島の外にいるエミリアさん達がどうなったのか確かめようか。

 

 端末の通信相手を、カルデアから変更してっと……

 

「……あれ?」

「マスター、どうかしましたか?」

「……繋がらない」

「「「!!」」」

 

 三人が駆け寄ってくる。

 

 彼女達の前で、俺はもう一度端末を最初から操作するけれど、結果は同じ。

 

 まるで砂嵐の中にいるように、荒々しくも冷たい音が返ってくるだけだった。

 

「これは……まさか恐れていた事態が本当に…………」

「さっきの地震といい、なぁんかきな臭いねぇ……?」

「カルデアも……ダメか」

 

 通信圏外とかじゃない。端末の魔術そのものがうまく働いていないって感じだろうか。

 

 何者かの妨害。それもさっきの地震のタイミングを考えると……

 

「バーサーカー、いい?」

「試してみよう」

 

 それきりバーサーカーが押し黙る。

 

 俺とマシュ達は周囲の警戒をしつつ、彼がソウルの力でエミリアさんと話すのを待った。

 

「……なるほどな」

「どうだった?」

「なんとかソウルを介して意思は伝え合うことができた。どうやら魔術結界のようなものが発動し、船もろとも一帯を覆っているようだ」

「つまり、この島周辺に閉じ込められたということですね」

「どうしようか? 船に一旦戻りますか、船長」

「ふぅむ……」

 

 船長は難しげな顔を作り、腕組みをして唸る。

 

「火防女は、あちらで状況の解析を試みると言っている。ドクターロマンが示した座標の調査を優先してほしいと」

「たしかに、この突然の結界の発動にその座標ポイントにある〝何か〟が関与している可能性は捨てきれませんが……マスター」

「……うん」

 

 船長とバーサーカーを見る。

 

 二人は示し合わせたわけでもないだろうに、同時に俺を見返してきた。

 

 そして頷く。俺のしたいようにしてみろと、そう言うかのように。

 

「……俺は、このまま向かった方がいいと思います。あっちには清姫達もいるし、状況が分からないのなら近い方から解決する方がいいかな、と」

「なるほどね……よし、アタシは賛成だ。ワケわからないモンをワケわからないまま引き返すなんてのは、海賊の名が廃るってもんさ」

「マスターの判断に従います。エミリアさん達を信じましょう」

「では決まりだな」

 

 不安はある。何か嫌な気配も感じる錯覚すら覚える。

 

 けれど、ここで引き返してもどうにもならない気がした。

 

 

 

 

 そして俺達は、この島に潜む何かを確かめに再び進み始めた。

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

この後の話を書くためにエウ×アスイラストを調べまくっている今日この頃。


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雄牛の迷宮 中編


大学の履修関連で、先週は金曜の分を執筆できずすみませんでした。




 

 

「……これは」

「ただの洞窟……じゃないようだねぇ」

 

 座標ポイントにあったもの。

 

 それは何時ぞやの「形のある島」にどこか似通った、不思議な雰囲気の洞窟。

 

 違うのは、植物と蔦で覆われた周囲の岩肌とは裏腹に、洞窟の入り口はとても綺麗であること。

 

 それも、歴とした様式に基づいた素晴らしい白亜の出入り口が設置されていた。

 

「明らかに天然ものじゃないね。かといって、大昔の遺跡っていうには真新しい」

「怪しい、ですね」

 

 いくら特異点の無人島とはいえ、こうもあからさまに不審だとなぁ……

 

「なるほどな。これが感じていたものか」

「それじゃあ、ここに何か?」

「潜んでいる可能性は十分にある。この状況の打開の一手になるやもしれないな」

 

 行くも戻るも危険あり、か。

 

 どうせ通信は繋がらないし、結界のせいかパスを通じた念話も使えなかった。

 

 ここで引き返すよりは、進んだ方がまだいいと直感のようなものが囁いてくる。

 

「なあに足踏みしてんだい。こんなに面白そうなものがあるんだ、いっちょ乗り込んでやろうじゃないか」

「些か不安が残りますが……マスター、不思議なのですが進んだ方が良いと感じています」

「俺もだ。バーサーカーはそれでいい?」

「君が行くところ、その全てに伴い矛となり盾となる。そう誓ったからには異論はないとも」

 

 よし、と一息自分に気合を入れる。

 

 

 

 

 不安半分、恐怖が少し。

 

 それにどこかワクワクする気持ちを心に孕み、一歩踏み出す。

 

 そうして皆で門を潜り、洞窟の中に入ると──

 

「これは……!」

「人工の建造物……!?」

「複雑怪奇、と言わざるをえない光景だな」

 

 なんとも形容し難い景色だった。

 

 入り口と同じ、見惚れるような白い石材で作られた建造物が幾重にも積み重なっている。

 

 階段や柱、壁、床、屋根、部屋などが秩序なく繋がり、重なり、接合し、まるで奇怪な迷路のようだった。

 

「いいねぇ、滾るよ……! 財宝の匂いがぷんぷんするじゃないか!」

「ど、ドレイク船長! 前に出すぎです、まさかそのまま──!」

「覚えときな、マシュ」

 

 こちらに勝ちな笑みを浮かべながら、ドレイク船長は。

 

 なんの躊躇もなく、迷宮(ラビリンス)に向かい背を向けながら地を蹴った。

 

「アタシと冒険するってのは、優等生ぶってちゃダメってことさ」

「ドレイク船長!」

 

 瞬く間に船長の姿が消える。

 

 慌ててマシュと二人で覗き込むと、ドレイク船長は空中で体を捻り、回転させる。

 

 そのまま新体操の選手の如く、危なげなく迷宮の一角に着地してしまった。

 

「ほら、なぁに尻込みしてんだい! さっさと来な!」

「あ、相変わらずの大胆さです」

「なんというか、凄いよね」

「どうしましょうマス……マスター!?」

 

 こっちを見たマシュがギョッとした顔になる。

 

 どうしたのだろう。何か俺におかしいところでもあるのかな? 

 

「あの、何故ごく自然とバーサーカーさんの脇に抱えられているのでしょうか……?」

「え、だって迷宮(ラビリンス)に入るんでしょ? だったらこれが一番手っ取り早いって」

「うむ。口は閉じていたまえ、舌を噛むからな」

「お二人とも慣れすぎでは!?」

 

 ははは、この程度の高さなら最初に空にレイシフトしたのに比べれば。

 

 こうすればバーサーカーの不思議な指輪の力で衝撃も少ないし、カルデアで練習済みだ。

 

「ではマシュ殿、行こうか」

「これはもう迷っている場合ではないですね……はい! マシュ・キリエライト、行きます!」

 

 船長に倣い、勢いよく迷宮に向けて飛び降りてもらう。

 

 ゾッとする浮遊感と、内蔵があるべき場所から浮いているような感覚が全身を駆け巡った。

 

 刹那の間に宙を舞った体は、数秒の無重力状態を体験した後に着地の衝撃を受けた。

 

「おふっ」

「無事迷宮(ラビリンス)に侵入成功。マスター、気分は悪くありませんか?」

「うん、平気。ありがとうバーサーカー」

「お安い御用だ」

「来たね。さあて、地下迷宮(ダンジョン)攻略といこうじゃないか」

 

 痺れる体を解すのもそこそこに、探索開始だ。

 

 

 

 

「ん、また別れ道かい」

「これで何度目でしょう……」

「このままだと来た道を忘れそうだね」

 

 意気込んで進んだはいいものの、分岐路に不規則な階段、かと思えば行き止まりに魔物の類。

 

 滅茶苦茶にも程がある。

 

 もはや、一人だけ迷いなく進んでいく船長についていくような形になってしまった。

 

「んー、右だね」

「ああ、また躊躇なく……直感で進んでいますが、本当に平気なのでしょうか?」

「立ち往生するよりは良いのだろうな」

 

 恐れ知らずとは船長のような人のことを言うのだろう。

 

「でも、不思議と嫌な感じはしないね」

「確かに。振り回されていますが、忌避や嫌悪などは感じません。むしろ……」

「ネロ陛下みたい?」

「そうです」

 

 船長と同じように、ネロ陛下も大勢を強引に人を引っ張っていく人だった。

 

 それは人を惹きつける力のようなもので、ドレイク船長にも同じようなものを感じる。

 

「それに、自分がこれと決めたものには真摯に、真っ直ぐに向かっていくところとか、時々妙に現実的なところはジャンヌみたいだよね」

「これが、歴史に名を残した人間特有の性質のようなものなのでしょうか?」

「んー……多分そういうことじゃないと思う」

「? それはどういう?」

 

 船長の後ろ姿を見る。

 

 好奇心と探究心、何よりも勇気に溢れたその背中。

 

 似ているとは言ったけれど、これまでの旅で出会ったどの人間とも全然違うタイプの人だ。

 

 でも。

 

「勇気や覚悟を持って、一歩踏み出せるかどうか。きっと、それだけなんじゃないかな」

「一歩踏み出せるかどうか……」

 

 彼女の足は止まらない。

 

 救国のために戦い続け、悩みながらも止まることはなかった、あの聖女のように。

 

 ローマのため、あらゆる傲慢と不遜を貫き歩み続けた、かの華の皇帝のように。

 

「だから、同じように信じられる。そういう人な気がするんだ」

「先輩……」

 

 そう、だから。

 

 いずれ来るだろう時、フランシス・ドレイクという人間が()()することも予感できる。

 

 あの足で、その地点まで到達できてしまうのだろうと、そんなことを思うのだ。

 

「よーし、次左行ってみようか!」

「……多分」

「一応、道筋は記憶している」

「私もです、ご安心をっ」

 

 この気持ちが正しいことを、信じよう。

 

 

 

 

 それからしばらくの間も、終着点の見えない探索が続いた。

 

 上を見上げれば、そこに静謐として鎮座するのは無数に積み重なった階段や壁、部屋の数々。

 

 地上の入り口からどれだけ降りてきたのか、もはや時間感覚と一緒に曖昧になってきた。

 

「だいぶ奥まで来た感じがするねぇ。こりゃ相当だ」

 

 あの船長でさえも、少し呆れたような声で呟いている。

 

「平気ですか?」

「うん。どこかに閉じ込められた時を想定したシミュレーションは受けてるしね」

 

 カルデアの技術は凄い。

 

 あらゆる事態に対応した仮想シミュレーションが用意されていた。

 

 屋上から飛び降りて、サーヴァントにキャッチしてもらい着地するやつも早速役に立ったしね。

 

「……その、マスター。提案なのですが」

「んー?」

「て、手を繋ぐというのはどうでしょう?」

「んー……えっ」

 

 今なんて? なんて言われた? 

 

「あっ、えっと、手?」

「は、はい。互いの感覚を感じながら進むことで認識が狂わないようにするのです。はぐれる危険がなくなりますし、そうすれば多少ストレスの緩和にもなると思うのですが、すみませんやはりこのような状況で不謹慎でしたでしょうか」

「マシュ、落ち着いて。リラックス」

 

 マシュの目がぐるぐるしてる。めっちゃ捲し立てたな。

 

「うーん……でも、悪くない、かもね」

「で、ですよねっ!」

「バーサーカーも道は覚えてくれているし。今進んでる感覚を忘れないようにするのも大切だ」

 

 うん、そうだ。それだけなのだ。

 

 だからマシュの頬がちょっと赤くなってたり、やけに心臓の音が煩いのも気のせいで。

 

「じゃ、はい」

 

 俺は勤めて平成を装いながら、彼女に見えるよう右手を持ち上げた。

 

「し、失礼します」

「ん……」

 

 小さい。そして柔らかい。

 

 指も掌も細く、あんな大きな武器を扱っているとはとても思えないほどきめ細かい。

 

 

 

 

 ふと気がつく。

 

 マシュの手は、たとえその力を持っていても無双の英雄のものではないのだと。

 

 滅多にないから断言はできない。けれど彼女の手は、()()()()()()のものだ。

 

 あの時は、そんなことにさえ気が付かなかったけれど……

 

「──あの時も。こうして、握ってくれましたね」

 

 心臓が強く跳ねた。

 

 まさに思い浮かべたあの情景に、マシュの声がぴたりと重なったから。

 

 横目で見ると、彼女はちょっと恥ずかしそうね下を見ながら、懐かしげに笑う。

 

「まだそれほど経っていないのに、何故か懐かしいです。それほど先輩との思い出を積み上げてきたということでしょうか」

「……そうだといいね」

 

 少なくとも、俺はマシュと出会い、ここまで旅してきたことを喜ばしいと思っているから。

 

「しっかし、ご大層な迷宮(ラビリンス)だねえ」

「「っ!」」

 

 やっば、いきなり船長が話し出すからびっくりして強く握っちゃった! 

 

 マシュの顔がすごく赤い。なんなら俺もその数倍は赤い気がする。

 

「これまでの意匠を見るにギリシャ……アタシの国(イングランド)でも有名な〝あの話〟みたいじゃあないか」

「あの話? フランシス・ドレイク、貴公には何か心当たりが?」

「何だいあんた、そんな古臭いナリして知らないのかい?」

 

 呆れたね、と背中越しに嘆息しながら、船長は人差し指を立てる。

 

「クレタ島の〝ラビリンス〟。ギリシャの神話の時代から語り継がれてきた、御伽噺みたいなもんさ」

「ラビリンスって、どこかで聞いたような……」

「ん、んんっ。クレタ島とはギリシャにある島の一つです。神話では、そこにはかつてとある〝迷宮〟が建てられており、その中には──」

「──っ。止まりな」

 

 まるで、弦を引いた弓のような声だった。

 

 これまで途切れることのなかったブーツの足音が止まり、俺達も自然と足を止める。

 

「……なるほど。どうやらようやく()()()を引いたみたいだ。見てみな」

 

 マシュと顔を見合わせ、背後でずっとしんがりをしていたバーサーカーにも合図する。

 

 手を離し、武装した二人を伴って船長の隣まで行き──息を呑んだ。

 

「これは……!」

「どうやら、随分と派手にやり合ったらしい。あの結界を張った張本人かは分からないけどね」

「なんて激しい戦闘跡……!」

 

 これまでにも何度か通過した、開けた部屋のような構造の場所。

 

 そこはみるも無惨に破壊されており、そこかしこに夥しい数の陥没や裂傷が散見された。

 

 とても人間業とは思えない破壊の跡。特に多いのは何かで切り裂いたような痕跡だ。

 

「相当な怪力の持ち主のようだな。堅牢な迷宮の壁や床をここまでにするとは」

「こんなことできんのは、あの超人どもくらい──ッ!?」

 

 ッ! いきなり激震が!? 

 

 思わずたたらを踏んでしまうほどの激しい揺れが、前触れなくやってきた。

 

 慌てて姿勢を持ち直すが、すぐにまた同じものがやってきて慌ててバランスを取る。

 

「また地震!?」

「いえっ、断続的に続くこれは、まるで誰かの足音──!?」

 

 まさか、と思ったのも束の間のこと。

 

 

 

 

 

「────みつ、けた」

 

 

 

 

 

 それが、現れた。

 

 浅黒い、屈強で頑強な筋肉の鎧に包まれた巨躯。

 

 手足に締められた鉄枷に鎖はなく、それがこの迷宮では自由の身であることを表すよう。

 

 両手には人など真っ二つにしてしまえるような斧槍を携え。

 

 そして。

 

 

 

 その顔は、()()()()()だった。

 

 

 

「あれは、もしかして()()かい!?」

「この魔力量、そして迷宮! 間違いありません! あれこそがクレタ島のラビリンスに幽閉されていたという怪物! 世界の神話に名を連ねる、ミノス王の牛と名付けられたもの!」

 

 伝説の怪物、その名前は……! 

 

「真名、〝ミノタウロス!!!」

「オオォオォォオオオオォォ────!!!」

 

 何という雄叫び! 

 

 ただ叫んだだけで周囲の瓦礫が吹き飛び、先の地響き以上の振動が体を打つ。

 

 マシュが構えた大盾の後ろにいなければ、俺などあっさり吹き飛ばされていただろう。

 

「どうする? あれは相当に厄介な相手になるが」

「マスター、相手のテリトリー内であるここでは不利です! 私とバーサーカーさんが押さえ込めば撤退は可能です!」 

「落ち着きな!」

 

 雷のような怒号が轟いた。

 

 同時に、火薬の匂いと共に聞き覚えのある発砲音が迷宮内に木霊する。

 

 

 

 ミノタウロスの肩に、裂傷が走った。

 

 

 

 振り返ると、そこには銃を構えた船長がいる。

 

「今ここで退いて、なんになる!」

「ドレイク船長、流石に今は──!」

「ここが正真正銘ミノタウロスの迷宮だってんなら、〝アリアドネの糸〟なしにどうやって脱出しようってんだい?」

「っ、そうでした……!」

 

 一瞬にしてマシュの顔色が変わった。

 

 ミノタウロスという名前しか聞いたことがない俺にはわからないが、脱出は困難らしい。

 

 

 

 

 それに、ミノタウロスはさっき「見つけた」と言った。

 

 つまり、俺達が迷宮内にいることを感じ取れるのだ。どこに逃げようといずれ見つかる。

 

 もし逃げられても、この迷宮を維持する力より先に俺達が力つきる可能性も低くない。

 

「……やるしか、ない」

「よぉし、いい目だ藤丸!」

 

 ドン! と力強い衝撃が背中を駆け巡った。

 

 それは船長の手が俺の背を打ち付けた音で、彼女は俺達の誰より前に立つ。

 

 これまでのように、いつものように。恐れなど感じさせない、頼もしい背中を見せた。

 

「弾は当たった! 血が出た! ならアイツは倒せる! 気張りな、三人とも!」

「船長……!」

「ひとつ教えといてやるよ! アタシはこの海を出たらね、絶対にやるって決めてること(ユメ)があるのさ!」

「夢……?」

 

 両手に携えたマスケット銃を、ミノタウロスに向けながら。

 

 顔だけこちらに振り返った船長は、冷や汗の伝う顔に力強い笑みを貼り付けてみせた。

 

「続きはこの修羅場をくぐり抜けられたらさ! どうだい! こんな簡単な約束も果たせないで、ビビって死んで、それでいいのかい!?」

 

 ──ああ、それは。

 

 それはなんて卑怯で、心強い鼓舞なのだろう。

 

 だって、()()()()()なんて聞かれてしまったら。

 

「いいわけない……死にたくないから、ここにいるんだ!」

「マスター……」

「マシュ、バーサーカー! やろう! こんなところじゃ、終われない!」

 

 

 

 こんな中途半端で、終わってたまるか! 

 

 

 

「はい……はい、はい!! 勿論です、マスター!」

「その一言を待っていたぞ、マスター」

 

 二人が船長の隣へ並ぶ。

 

 俺にとって一番頼りになる、俺の仲間。

 

 最も信頼する俺のサーヴァントに、命運を託そう。

 

「ぶちかまそうじゃないか!」

「マシュ・キリエライト! ミノタウロスの迷宮を踏破します!」

「貴公、異形の戦士。灰の英雄の名の下に相見えよう──!」

「し、ねぇ…………っっ!!」

 

 

 

 

 

 伝説の怪物との戦いが、始まった。

 

 

 

 

 





オケアノスは長くなりそうです。

読んでいただき、ありがとうございます。


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雄牛の迷宮 後編


みなさん、2022年明けましておめでとうございます。

ようやく調子が戻ってきた?ので、帰ってまいりました。

しばらくはペースが崩れるやもしれませんが、よろしくお願いします。


 

 

 

 

 

「オォォオオオオォッ!!!!」

 

 

 

 ミノタウロスの咆哮と共に、彼らは動き出す。

 

 斧槍と中盾を携えた灰は右へ。獰猛に笑うドレイクが左に。

 

 二人をどちらもカバーできるよう、大楯を構えたマシュが正面から肉薄した。

 

「オォオオオッ!」

 

 野太く吠えた獣は、最も目障りと感じた大楯へ刃を振り下ろす。

 

 本能的か、それがこの戦士達の守りの要と察知した故、剛力を以って斧槍を下へ薙いだ。

 

「受け止めますっ!」

 

 臆することなく、少女は踏み込む。

 

 二つの特異点にていくつもの修羅場をくぐり抜けた彼女に、威容への恐怖は小さく。

 

 それを上回る戦意を込め、抜群の踏み込みで振りかぶられた斧槍に()()()()

 

 

 

 カゴォンッ、と鈍い音。

 

 

 

 完璧に近いタイミングで衝突したことで、両断は叶わず拮抗する。

 

 自らに宿った技術(チカラ)の使い方を熟知してきた今のマシュに、それは容易いことだった。

 

 なおもミノタウロスは押し潰さんと、唸りを漏らして斧槍を押し込み続け──

 

「フッ!」

「ッ!」

 

 掬い上げるような銀閃が、斧槍を下から打つ。

 

 怪物が鉄面に光る双眸を巡らせれば、そこには自分と似通った武器を振り切った古鎧の騎士。

 

 驚くべきことに、英霊と昇華された己の剛力に真正面から対抗してきたのだ。

 

「オォォォオオッ!」

 

 邪魔だ、と言葉を叫ぶ代わり、嘶きのような声でもう一方の斧槍を横に薙ぐ。

 

 かち上げられた自らの腕の下を通過して、動き終えた後の姿勢でいる騎士を真っ二つにしてやろうとした。

 

 

 

 

 が、不思議なことが起こる。

 

 甲高い音を立て、斧槍が騎士の固く構えた中盾に当たった瞬間、()()()()()

 

 流れる水の如き動きにミノタウロスが驚く間も無く、騎士は全身で攻撃をいなす。

 

「ハァッ!」

「ッ!?」

 

 盾受け(パリィ)。灰が数多の敵を屠った技量が一つ。

 

 見事、怪物の柱のような腕ごと得物を弾いたことにより、体勢を崩させる。

 

「ハハァ! やるねぇ二人とも!」

 

 そこを狙い、ミノタウロスにできた〝穴〟へとドレイクが引き金を引く。

 

 小さな砲撃と形容すべき発砲音が、連続して八つ。

 

 聖杯の力で本来の性能以上を引き出された銃撃は、筋肉の鎧に傷をつける。

 

「ウ、ォアァアアァアッ!」

「ぐっ!?」

「くうっ!」

 

 さりとて、神代の怪物。その程度では怯みもせず、怒りの声を強く轟かせた。

 

 強引に振り回された斧槍により、前衛の二人が後退を余儀なくされる。

 

 追いかけようと、怪牛が踏み込んだ。

 

 瞬間、いつの間にか転がされていた複数の黒い壺が踏み潰され、爆発。

 

 迷宮に轟音が轟き、爆炎が立ち上る。

 

「ヒュ〜♪ いい威力じゃないか」

「いや……」

 

 油断なく、灰は面頬の奥で眼を細める。

 

 ほどなくして晴れた煙の中から、抉れた地面の中心で佇む無傷の巨躯が現れた。

 

「ふむ。中々の頑強さだな」

「伝説に名高きミノタウロス、伊達じゃないねぇ」

「っ、再び来ますっ!」

「消え、ろぉおおおオオォォオオッ!!」

 

 頭蓋を揺らす怒鳴り声とともに、猛然と三人へ突撃してくる。

 

 両の斧槍を揃え振り上げる様に、受け止めるのは危険と判断した彼らは各々回避。

 

「はぁっ!」

「ふっ!」

 

 マシュと灰が両側面に周り、圧殺するかのように大楯と中盾を突き出す。

 

 重々しく鈍い音が鳴り、左右に開かれた斧槍にて防がれる挟撃。

 

「オオオァッ!」

 

 それどころか、押し込む二人の膂力を完全に上回る力で弾き飛ばした。

 

 わずか数秒、彼らの足が地面から離れる。そこを見逃す怪物ではない。

 

 確実に攻撃を与えられる瞬間、赤い眼光を宙に走らせながら両腕に力み──

 

「アタシを忘れてないかィ!?」

「っ!」

 

 そこで、股下に潜り込んだニンゲンに気がついた。

 

 二人に意識が集中している数秒間、滑り込んだ彼女は首筋めがけて引き金を引く。

 

 流石に危機を感じたか、斧槍を引き戻して防いだことで、灰とマシュは難を逃れた。

 

「ハッ、いい反応するねぇ!」

 

 床に体を滑らせて背後に回ったドレイクも、体勢を立て直すと銃を突きつける。

 

 

 

《マシュ、バーサーカー、今のうちに次の指示を!》

《了解しました!》

《承った》

 

 

 

「邪魔、だぁっ!!」

 

 発砲される前に、ミノタウロスが勢いよく振り返った。

 

 そしてなんと、斧槍の一方を投げ打ってくる。

 

「いぃっ!? そんなのありかい!?」

 

 豪風とも呼ぶべき風切り音を伴う鉄塊に顔を引きつらせ、ドレイクはたちまち姿勢を崩す。

 

 本能的な行動だったが、功を奏して斧槍は彼女の帽子のみをもぎ取って背後の壁に突き刺さった。

 

「──隙を晒したな」

「ッ!」

 

 追撃を仕掛けようとしたミノタウロスの耳に、冷たい声が木霊する。

 

 殺意の発生源に目を向ければ、少女の大楯を足場に古騎士が跳躍するところであった。

 

 両手に携えるは、禍々しい形をした黒光りする大斧。

 

「ハァッ!!!」

「倒、すっ!!」

 

 唸りを上げ、全身を使い振り落とされた大斧へ、ミノタウロスは両手で握った斧槍で抗した。

 

 

 

 何度目かの大衝突音。

 

 

 

 大得物と大得物、おおよそ人が使うものではない武具同士がぶつかり合う。

 

 盛大に火花が散り、化け物じみた膂力で押し込み合うが、またそれによって互いを押さえ込み拮抗する。

 

 

 

 

 だが、不利なのは灰だ。

 

 空中にいる分、大斧しか体重をかける場所がなく、地に足をつけたミノタウロスより不安定である。

 

 大きな不利だが、さりとて今の彼にはそれを埋めるだけのものが存在していた。

 

「こいつを食らっても平気かい、化け物っ!」

 

 獰猛に笑うドレイクの背後に、虚空より出現するいくつもの砲塔。

 

 カルヴァリン砲。近世、艦載砲として活躍した無骨な兵器。それが四門。

 

「今だ、()ぇ────っ!」

 

 その一声により、黒鉄の砲塔が火を吹く。

 

 当たれば決して無傷では済まない威力。故にミノタウロスの反応は早かった。

 

「邪魔、だっ!!?」

「ぐっ!?」

 

 急に斧槍を支える力を抜かれ、灰の姿勢が崩れたところに左から極太の肘が叩き込まれる。

 

 面頬を強かに打ち付けた一撃で灰は硬直し、さらに背後へ振り向きながら斧槍が振るわれる。

 

「マシュ!」

「させませんっ!」

 

 刹那、マシュの大楯に走る魔力の光。

 

 それは彼女が受け継いだ逸話(スキル)の力であり、空間を超えて灰へと作用する。

 

 現れた半透明の白璧によって斧槍は防がれたが、気にかけることなく怪物は砲撃に備えた。

 

 

 

 

 

 一秒後、大爆音。

 

 

 

 

 

 先程と同等かそれ以上の激震と共に、全ての砲弾が着弾する。

 

 炎の花が咲き乱れ、ミノタウロスの体が覆い尽くされる。

 

 その間にマシュは灰を連れて退避し、ドレイク共々藤丸の近くまで後退した。

 

「……すまない、マシュ殿。助かった」

「いえ、いつもお助けいただいているのに比べれば」

「流石のあいつでも、こいつを食らっんなら無事じゃあ──っ!?」

 

 得意げだったドレイクの声が、凍りつく。

 

 目を見張る彼女に三人もそちらを見やり──同じように驚愕した。

 

「ぐ、ぅ……う!」

「み、ミノタウロス、健在です!?」

「おいおい、頑丈にも程があるだろ……!」

「一筋縄では、いかぬな」

「ま、も……る…………!」

「…………?」

 

 

 

(守る……守るって、今言ったのか?)

 

 

 

 マシュ達が臨戦体勢を取り直す中、藤丸だけは懐疑的に表情を変えていた。

 

 砕けて地面に転がった鉄面の奥に隠されていた、人間らしい顔。

 

 血に塗れたその顔は戦意に猛り、赤い瞳は猛獣のように煌めいている。

 

 その奥に何か、譲れぬ決意のような……

 

「やれやれ、全くこの海は退屈しないねぇ!」

「再び交戦に入ります!」

「立ち塞がるというのなら、打ち破らねばなるまい」

「……っ!」

 

 答えに辿り着く前に、再び戦いが始まろうかという、その時。

 

 

 

 

 

 

 

「──お待ちなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 響いた声と足音に、全員がそちらを振り向く。

 

 廊下の向こう、迷宮の奥へと繋がる方向から、息を切らせて美しい少女が走ってきた。

 

「あれは……なんだい?」

「この魔力反応、第二のサーヴァントです!」

「えう、りゅあれ……!」

「……ふむ」

 

 ドレイクが訝しみ、マシュが警戒を強める。

 

 だが、これまでとは違う声音で名前らしき言葉を呟いたミノタウロスに、灰が武装を解いた。

 

「バーサーカーさん? どうしたんですか?」

「潮時、だな」

「え……」

 

 そうしているうちに、少女がこちらに到達する。

 

 彼女はミノタウロスの前に立つと、華奢な体でその巨躯を庇うようにした。

 

「ついていけばいいんでしょう!?」

「「「…………へ?」」」

「お目当ては私だけでしょう、これ以上はもういいわ!」

 

 なにやら、身代わりになるとでもいうような科白を並べる少女。

 

 藤丸、マシュ、ドレイク、三人は顔を見合わせ、キョトンとする。

 

 静かに武具をソウルに仕舞い込んだ灰が闘志を吐き出すように息を吐き、壁に背を預けた。

 

 完全に警戒を解いた彼に、何かを察した三人は、またミノタウロスと少女を見て。

 

「……えっと。お目当てじゃ、ないです」

「………………う?」

「…………はい?」

 

 場に、沈黙が訪れた。

 

 一拍、二拍と時が流れ、互いに気まずいような、呆気に取られたような顔を見せ合い。

 

 やがて現状の食い違いを理解すると、少女が頭痛を抑えるように額を抑える。

 

「……オーケー、わかったわ。どうやら貴方達、()()みたいね」

「違う? な、なんのことかわかりませんが、対話が可能ならば一度話し合いませんか?」

「ええ。そちらの方が私も楽でいいわ」

「ぅ…………」

「〝アステリオス〟、大丈夫よ。ご苦労様」

 

 ひとまず、対話と相なった。

 

 

 

 

 それから十数分ほどして。

 

「……つまり、貴方達がここへ来たのは聖杯探索の一環であって、私達を狙ってきたわけではないのね?」

「はい。この島に貴女方がいる、という事すら我々は知りませんでした」

「で。そっちは自分達を付け狙ってる〝誰か〟と勘違いして、島に結界を張ったってわけかい」

「どちらかといえば、閉じ込めるよりも連中(てき)の侵入を防ぐものだったのだけれど。それにしても紛らわしいのよ、貴方達」

「あはは……」

 

 呆れる少女に、藤丸達は苦笑するしかない。

 

 それからふと、彼は思い出したような顔をした。

 

「そういえば、貴女は……」

「〝エウリュアレ〟よ。クラスはアーチャー。完璧な少女偶像(アイドル)とされた女神、よく覚えておきなさい」

「エウリュアレさん。その、ステンノっていう女神様、知ってます……?」

「あら、(ステンノ)を知ってるの? どこかでサーヴァントとして召喚でもされたのかしら」

「はは……」

 

 苦笑いする藤丸とマシュの脳裏に、第二特異点の記憶がよぎる。

 

 形のある島、怪しげな女神、ダンジョン……大変な経験であった。

 

「まあいいわ。こっちのでかいのは〝アステリオス〟。バーサーカーね」

「ん。よろ、しく」

「よ、よろしくお願いします」

 

 軽く頭を下げるミノタウロス、改めアステリオスに倣って藤丸達も一礼。

 

 あぐらをかいてエウリュアレの後ろに座り込んだ彼からは、すっかり戦意が消えている。

 

「しかし、なるほど。ミノタウロスではなく、本来の名前であるアステリオスなのですね……」

「確か、ミノス王の牛、って意味だっけ?」

「この子は、偶然迷宮に迷い込んだ私のことを守ってくれていたの」

「先程も言っていましたね。エウリュアレさんは誰かに追われているのですか?」

「それがもう、厄介も厄介なやつに目をつけられて迷惑してるのよ。あんなド変態サーヴァント、ギリシャにもいなかったわ」

「「「「……!」」」」

 

 呆れと軽蔑を含んだ言葉に、藤丸達がアイコンタクトを取る。

 

 例のサーヴァントが強く興味を示した島に、サーヴァントが二人。

 

 この状況、偶然とは思えない。

 

 そのヴァイキングのサーヴァントか、あるいは繋がりのある者か……

 

「てっきり、そこの人間がアレのマスターだと思ったのだけど……違うようだし。はぁ、出てきて損したわ」

「す、すみません?」

「でも、そうじゃなかったらアステリオスをもっと傷付けてたかもしれないし。よかったよ」

「ふーん、そ」

 

 いかにも興味なさげに返答し、エウリュアレは藤丸らを見る。

 

「で。あんた達はこの島を出たいから、結界を解除してほしいのよね?」

「できれば、そうしていただけると助かるのですが」

「うーん、どうしようかしら……もしそれであいつらに見つかったら面倒だし、かといって殺されるのは絶対に嫌だし……アステリオスを見捨てるなんて、絶対に……」

 

 自ら解くか、あるいはもっと悲惨な方法をとるか。

 

 藤丸達としても、できれば前者が好ましい。

 

 

 

 

 難しい顔で考え込むエウリュアレと、それを見守る彼ら。

 

 最初に答えを出したのは──意外なことに、ドレイクであった。

 

「じゃあ、こういうのはどうだい? あんたら二人とも、()()()()()()()()ってのはさ」

「えっ?」

「フォフォ?」

 

 意表を突かれたか、エウリュアレは予想だにしないという反応を見せた。

 

「船長、それは俺達と同じようにってこと?」

「ま、そうだね」

 

 ニヤリ、といかにも悪そうに笑った彼女は、一歩前に出る。

 

 エウリュアレとアステリオスの両者をしっかりと見てから、声を大きく語り出した。

 

「要するに、アンタらはこの迷宮に引きこもるほど切羽詰まってるわけだろう? さっき見た通り、アタシらはそこそこやるよ。身を守るにはうってつけだと思うけどね」

「それは……そうだけど」

「アタシらは今、とんでもなく波瀾万丈な船旅の途中で、タフなやつは多ければ多いほどいい。ついでに男連中がやる気を出す花もね。つまりこれは、どっちにも利益がある()()ってわけさ」

 

 だから、と一言置いて。

 

「どうだい?」

「………………」

 

 エウリュアレは、再び難しい顔をした。

 

 その表情のまま、さまざまなことを思い巡らせているのが伺える目で黙考し。

 

 やがて区切りがついたのか、少し疲れたようにため息を吐いた。

 

「……そう、ね。悪くない話だと思うわ」

「よっし、そうこなくっちゃ。いやぁ、こんな面白いヤツら、見逃したとあっちゃ海賊の恥ってね!」

 

 満足げに大笑いするドレイクに苦笑する藤丸達であるが、しかし内心は安堵していた。

 

 互いのことを思い合っているように見える二人を置いていくのは、なんだか気持ちが良くない。

 

 なんとも言えない顔をしつつ、エウリュアレは背後を見る。

 

「貴方は、それでいい?」

「……エウリュアレが、それで、いいなら。一人は、さびしい」

「そう……なら、貴女の船とやらに乗ってあげるわ。せいぜい、良い部屋を用意することね」

「ハッ、威勢がいいね。それくらいがちょうどいいよ」

 

 こうして、比較的穏便に話は纏まり。

 

 新たにエウリュアレとアステリオスが旅路に加わった。

 

「それじゃあ、やってちょうだい」

「わかっ、た」 

 

 立ち上がったアステリオスが、迷宮を見渡す。

 

 直後、周囲の魔力が急激に変容するのを藤丸達は肌で感じ取った。

 

 驚いて周囲を見回せば、みるみるうちに白亜の回廊が姿形を変えていった。

 

 壁が、柱が、階段が消えていき、その奥から岩肌が露出していく。

 

 一瞬もしない間に、そこはなんの変哲もない天然の洞窟へと変わり果てた。

 

「す、すごい……一瞬で……」

「入り口が、すぐ後ろに……たったこれだけの距離が、あれほどの…………」

「英霊ならではの神秘、といったところだな」

「本当に、楽しみに事欠かない旅さね」

 

 

 

 

 

 ドレイクの言葉に、確かに、と頷いてしまう二人である。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

『──では、新たな英霊を二騎引き入れ、結果的に結界が解除されたということですね』

「はい、もう出航できると思います」

 

 通信越しに、火防女はそうですか、と答える。

 

 迷宮の消失と共にエウリュアレが結界を解き、こうして通信魔術も復活した。

 

『いやー、安心したよ。突然通信が遮断されたものだから。こちらでも存在の確認はできているとはいえ、焦った焦った』

「すみませんドクター、心配かけて」

『いや。おかげで新しい英霊の参入という、良い状況をもたらしたからね。ここは役得だったと思っておこう』

 

 あくまで楽観的に、しかし労わるような声音で言うロマンに藤丸とマシュは顔を見渡せ、微笑む。

 

 ゆるふわだのなんだのと揶揄っているが、こういったところに助けられているのは確かだった。

 

「しかし、ただ帰るってのも面白くないねぇ」

「はぁ?」

 

 ぼやくように言うドレイクに、エウリュアレが怪訝な声を上げる。

 

 アステリオスにしゃがませ、肩に陣取った彼女はすぐにでも島を離れたいという顔だ。

 

「いやね。この洞窟は奥があるみたいじゃないか。アンタらは行ったことあるのかい?」

「ないわよ。すぐ迷宮に迷い込んだのだから」

「奥、しらない」

「そうかい! 尚更、隅々まで調べつくそうじゃないか!」

「せ、船長! ここは船に戻った方が──」

「かぁー、真面目なことは言いっこなしだよ。さっきもそう言ったろ?」

 

 マシュが言い切る前に、肩に手を回して中断させたドレイクは人差し指を振る。

 

「冒険は行けるとこまで行ってこそ。途中で引き返すのは気持ち良くない。な? わかるだろ?」

「ど、同意を求められましても……」

「……でも、ちょっと気になるかも」

「先輩!?」

「藤丸、よく言った!」

 

 藤丸とて17の健全男児。男の子的な好奇心が疼くのは仕方があるまい。

 

「そら、アンタのマスター? がそう言ってんだ。異論はないね」

「わっ、ちょっ、船長!」

 

 我が意を得たり、と笑ったドレイクは、マシュが何かを言い募る前にそのまま連れていってしまう。

 

 少し楽しそうな顔をした藤丸も後に続き、当然のように灰が彼の背後を守るように歩み出す。

 

「……これ、私達も行かなきゃいけないのかしら」

「……う」

 

 

 

 

 

 そんなドレイクの思いつきにより、突発的な洞窟探検が始まった。

 

 

 

 

 

 道のりは案の定と言うべきか、楽ではなかった。

 

 道中には動く骸骨や怪物、どこぞの島を彷彿とさせる敵が待ち構えていたのである。

 

 アステリオス達がいた影響か、はたまたこの海に封じ込められた〝思念〟のせいか。

 

 おまけに道はかなり不安定で、魔術による身体強化がなければ藤丸は途中でリタイアするレベルだ。

 

「ゼェ、ゼェ……あ、あんなに敵がいるとはね」

「に、人間にはキッツい……」

「フォウ……」

「情けないわねぇ」

 

 迷宮探索以上に疲労しながらも、着実に一行は前へと進んでいた。

 

 現に、汗を拭う藤丸の目は道の先にある光を捉えている。

 

「あれが、出口みたいですね……」

「結局お宝の一つもなかったとは……」

「いえ、でも船長、もしかしたらこの先に伝説の武器とか隠されてるかも!」

「らしいねぇ、藤丸。そういうの、嫌いじゃあないよ!」

 

 体に最後の活を入れ、ドレイクと藤丸は大きく踏み出す。

 

 彼らの目にはまだ見ぬ秘宝への期待が滲んでおり、自然と出口へ向かう足も早くなった。

 

「俺達の冒険は──!」

「まだまだこれからさ──!」

 

 足早に、光の向こうへ踏み込んだ彼らを待っていたのは──

 

 

 

 なんの変哲もない、崖であった。

 

 

 

「…………と、徒労」

「まあ、こんなもんだよねぇ……」

「フォーウ……」

 

 がっくりとうなだれる二人。なんとなくこんなオチになる気はしていたのだ。

 

 ドッと沸いてきた疲労感にその場で腰を下ろす二人に、後からやってきたマシュ達が歩み寄る。

 

 彼女達は、崖の向こうを見て……ふと、灰が藤丸の肩に手を置いた。

 

「マスター。一概に無駄足というのは早計かもしれないぞ」

「……どういうこと?」

「立ち上がって、そして見たまえ。中々に()()()()ぞ?」

 

 不思議に思いつつも、他ならぬ灰が言うのならと藤丸は立つ。

 

 そして、自分よりも前にあるマシュの背中を見て、その少し後ろから覗き込み。

 

「────」

 

 その光景に、心奪われた。

 

 

 

 

 

 どこまでも、どこまでも広がる、大海原。

 

 

 

 

 

 茜の光に照らされて、美しく輝き続ける、彼方まで続く海。

 

 

 

 

 

 同じ様に、されど鮮やかに色づいた空の下、煌めく水面が優雅に波打つ。

 

 

 

 

 

 その穏やかな音が、香る潮風が、暖かな太陽が、その全てが。

 

 

 

 

 

「……キレイ」

 

 誰かが、そう呟いた。

 

 その場にいた誰か、かもしれない。

 

 あるいは、管制室からその光景を見た、カルデアの誰かかも。

 

 ああ、けれど、確かに。

 

「──行けるところまで、行ってよかった。こんなに、素晴らしいものが見られるなんて」

 

 藤丸立香は、聞いたのだ。

 

 その隣で、少女の小さな、けれど大きな喜びと感動を孕んだ、呟きを。

 

「この世界は。こんな色彩(いろ)をしているんですね……」

「…………そうだね」

 

 綺麗だと、彼も思った。

 

 でもそれは、きっと彼女の感じる何分の一にも満たないのだろうな、とも思った。

 

 だって自分は──こんなに、慈しむように笑ってはいないだろうから。

 

 

(君が、そうやって笑う度。俺は、まだまだ知らないなって、そう思うんだ)

 

 

 それを自覚する度、藤丸立香は思いを強くする。

 

 まだ、多くを知らない。

 

 多くを語り合っておらず、多くを共に過ごしてもおらず。

 

 でも。

 

 

(きっと、知らないからこそ。俺は──)

 

 

 ふと、マシュは音を聞いた。

 

 それは自分のすぐ隣からで、振り向いてみればそこには一人の少年がいる。

 

 彼は、そこに立っていた。まるで、自分が見ているそれを、感じているものを、少しでも多く共有するかのように。 

 

「先輩、海がとても綺麗ですね」

「……あぁ。とっても」

「船長は、約束を守ってくれました」

 

 

 

 アンタらが知らない海を、もっと見せてやるよ──

 

 

 思い返す。

 

 笑い合い、二人はまた海を見た。

 

 

(分かっていきたいと、思うんだ。少しずつでも、知れるように)

 

 

「くくっ、青春だねぇ」

「はぁ……さっさと船に行きたいのだけど」

「う」

「…………美しい、な」

 

 

(あの、掻き分けられぬ海原を進むような旅路の果て。その一端がこれならば──ああ、我が苦行に、意味はあったのだろうか)

 

 

 騎士は見る。

 

 素晴らしき光景。その中で笑い合う、得る者すべてに確と向き合う生者の輝きを。

 

 それは、なんて眩くて、愛おしくて……

 

 

 

 

 

『…………星の開拓者、か』

 

 

 

 

 

 ふと。誰かの呟きが木霊した。

 

 

 

 

 

 





ハッスルしすぎて九千文字近くになっちゃいました笑


読んでいただき、ありがとうございます。


思ったこと、感じたことをコメントしていただけると幸いです。


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黒髭惨状 1

すみません、またかなり開きました。

実は……ヒスイ地方に旅立っていました。

今回も楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

 〝彼〟の夢だ。

 

 

 

 

 

 ぼんやりと曖昧な視界の縁に、そう確信した。

 

 彼は変わらず、軽装の鎧と上質な衣服に身を包み、その左手を腰の剣に添えていた。

 

 顔はやっぱり見えなくて、ただ真剣な表情であることはなんとなくわかる。

 

 今は、どこかの部屋の前に立っている。そこを守っているかのようだ。

 

 

 

 

 何をしているのだろう、と思っていると、ノック音がする。

 

 それはドアの内側からで、彼も気づいて振り返った。

 

 カチャリ、と控えめな音を伴い、ドアが開かれる。

 

 中から顔を出したのは──あの、白銀の少女だった。

 

「姫。いかがなさいましたか?」

 

 膝をつき、優しい声音で彼は聞く。

 

 隙間から顔を覗かせた少女は、もじもじと恥ずかしそうに視線を右往左往させた。

 

 やがて、その顔の下半分を隠すようにして、手に持っていた本を見せる。

 

「あのね。今日のお勉強のことで、分からないことがあって。貴方なら知ってるかなって」

「私に理解できる事であれば、お教えできますが……」

「地理の勉強なんだけど……」

「ああ、なるほど。それなら少しはお力になれるでしょう」

 

 そう聞くと、少女は表情を明るくした。

 

 ドアを開け放ち、彼の手を取る。そのまま部屋の中へと引っ張った。

 

 彼も抵抗することなく入っていき、手を引かれるままに机の方へと向かう。

 

「それで、何がわからないのですか?」

「えっとね、これ。読み方がわからないの」

 

 本を机の上で開き、指で示す少女。

 

 後ろから覗き込むように見た彼は、「ああ」と納得したような声を漏らした。

 

「これはメルヴィアですね。魔術と呪術、その両方に長い歴史と強力な力を持つ術士の国です」

「へえ、メルヴィアっていうんだ。どこにあるの?」

「我が国からですと、北西になりますね。海を越えた遠方です」

「ふうん……」

 

 少女が説明を受けたことで、興味深そうに文字列を眺める。

 

 俺にはわからない言語だったけれど、彼の言葉でどこかの国の記述だということだけはわかった。

 

「じゃあ、ここは?」

「アストラです。優秀な騎士を多く抱える国であり、特に上級騎士と呼ばれる者達の祝福された武具は強い力を持つ。礼節のある国柄ですよ」

「じゃあじゃあ、こっちは?」

「それは……ドラングレイグ。遥か昔にあった、大きな力を持つ王が収めた大国です」

 

 スラスラと出ていく答えが面白いのか、少女は次々と質問を投げかける。

 

 その全てに澱みなく答える騎士はとても博識で、まるで実際に見てきたような……

 

「すごい、すごいわ! 貴方、なんでも知っているのね!」

「はは。私も驚きです」

 

 答える彼の心が、その時伝わってきた。

 

 

 

 

 

 ──何故、私は知っているのだろうか。我が主に仕える以前のことは、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 少女に答えた言葉の通り、どうやら彼自身も自分の知識に戸惑っているようで。

 

 それでも微笑みながら、彼は手を伸ばして本のページを捲る。

 

 現れたのは、おそらく世界地図。

 

 そこには先程答えた国の名前もあって、地形は……俺の全く知らないものだった。

 

「よいですか、姫。この世界には多くの国があります。様々な技術、土地、人々、文化……その全てが、我らのすぐ隣に存在しているのですよ」

「はぁ……世界って広いのね」

 

 キラキラとした目で、地図を眺める少女。

 

 以前は勉強から抜け出していたが、子どもらしく未知への興味は強いのだろう。

 

 彼に地名を教わりながら、その国についてのページを繰って、目を輝かせる。

 

 

 

 

 それを見守る彼に、彼女は振り返ってこう言った。

 

「ねえ! いつか私も、この国々を見られるかしら!」

「そうですなあ。我が国は外交も盛んですし、姫も赴くことがあるかもしれません」

「本当!? それだったら私、とても楽しみ! 知らないものがいっぱいだもの!」

 

 まだ見ぬ世界を知りたい。

 

 そこにある、未だ知らぬ輝きを、その目で見たい。

 

 どうしてだろう。彼女の考えていることが、手に取るように俺にはわかった。

 

 どこか眩しそうにそれを見ていた彼の、剣の柄頭に乗せられた手に彼女が触れる。

 

 驚く騎士に、少女はあどけない笑顔で囁いた。

 

「その時は守ってね。私の隣で、いつものように」

 

 少し、彼は息を呑む。

 

 驚きだろうか。守ろうとしている相手からの、それができていると証明するような言葉への。

 

 けれども彼は、少し口角を上げて、自分の手を彼女の小さなそれに被せたのだ。

 

「ええ、必ず。外の国々は、()()()()()()()()()()?」

「ふふ、楽しみにしてるわ!」

 

 彼の言葉に、あれ、と思って。

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、視界が滲んで…………夢が溶けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「──ぱい、先輩」

「んぅ……ましゅ…………?」

 

 揺り動かされ、目を覚ます。

 

 瞼を上げて、最初に見えたのはこちらを覗き込むマシュの顔だった。

 

「はい、マシュです。お目覚めですか?」

「うん……俺、寝ちゃってた?」

「はい。島での探索は相当大変でしたから、無理もありません」

「ごめん、先輩として不甲斐ないね」

「いえ、そんなことはっ」

 

 話しているうちに眠気も覚めてきて、よっと声を上げて立つ。

 

 後ろを振り返ると、そこには波打つ青い海。

 

「島から随分と離れたね」

「そうですね。もう影も形も見えません」

 

 流石はドレイク船長の船と言うべきか。半日もあればあっという間だった。

 

 夜が明けるまでは、俺も警戒して気を張っていたんだけど……そこで限界がきた。

 

 そのうち波に揺られる船に、うつらうつらとしてしまったんだ。

 

「航路は?」

「順調です。敵船も無し、例の日記に従い航行中。この調子なら、いずれは何かを見つけられるかもしれません」

「そっか」

 

 マシュの報告を聞いて、俺は甲板上に視線を巡らせる。

 

 

 

 

 先頭の辺りで、縁に腰掛ける女神エウリュアレの姿があった。

 

 ドレスの裾を海風に靡かせ、物憂げな顔で海原を見つめながら、彼女は小さく歌を口ずさむ。

 

 それが、風に乗って聞こえてくる。

 

 傍では、アステリオスが膝を抱えて、歌声に合わせ体を揺すっていた。

 

「流石はエウリュアレさん、見事な歌声ですね」

「アステリオスも元気そうでよかった」

 

 迷宮で、あれ以上傷つけなくてよかった。

 

 あどけない顔でエウリュアレの歌を聞く彼を見ていると、そう思えてくる。

 

 そんなことを考えていると、不意に後ろから肩に衝撃が走った。

 

「おわっ!」

「なーに二人とも、こんなとこでボケッと見てるんだい?」

「せ、船長!?」

「どうせなら特等席で聞こうじゃないか、ねえ?」

 

 そう言ったドレイク船長は、俺達が答える暇もなく引きずっていった。

 

 とても女の人とは思えない力で近づいていくと、彼女も気がついてこちらに振り返る。

 

 自然と歌うのも止まって、目の前に来た時は怪訝な顔になっていた。

 

「なんだい、もう終わりかい? せっかく聞きに来たってのに」

「聞いていいなんて言ってないのだけど」

「う?」

「そんな意地悪言うなよぅ」

 

 す、拗ねてる……相変わらず欲望に忠実だなぁ。

 

「はぁ……ずっとそんな顔されると面倒だから、一回だけ聞かせてあげるわよ」

「おっ、気前がいいねぇ」

「まったく……それで」

 

 エウリュアレが、こちらをもう一度見る。

 

 俺達を超えた先に向かっている視点に、三人で揃って振り向くと……

 

 そこには、静かに佇むバーサーカーがいた。

 

「あなたも観客、でいいのかしら?」

「まあ、そのようなものだ」

「ふぅん……まあいいわ」

 

 一瞬目を細め、しかし彼女はそれ以上なにかを尋ねることはなく。

 

 海を見て小さく口を開き。

 

 

 

 

 

「La——♪」

 

 

 

 

 

 また、歌い始めた。

 

 美しい。それだけが心に浮かんだ言葉だった。

 

 完璧な少女の偶像として定義された女神。その名に恥じることなく、芸術品のような歌声。

 

 歌詞はなく、具体的な意味を持つわけでもなく。ただ気ままに紡がれるだけの、繊細な旋律。

 

 そこにこれほどの美があることを、俺は生まれて初めて知ったのだ。

 

「ほぉ……こいつはいいねぇ」

「先輩、とても綺麗ですね」

「うん……」

 

 感嘆のため息を吐いたのは、きっと俺達三人全員だったと思う。

 

 それから数分ほどで、彼女の歌は終わった。そのことに名残惜しさが心を撫でる。

 

「はい、おしまい。あなた達にはこれで十分でしょ」

「素晴らしかったです、エウリュアレさん」

「すごく良かった」

「ああ! あんたらを船に乗せて正解だったよ!」

 

 思わず拍手をすると、周りからも聞こえてきた。

 

 見れば、甲板にいた全員が手を打っている。皆が聞き惚れていたようだ。

 

「ほらあんたら! いい見世物を見たんだから、ビシバシ働きな!」

「「「アイアイ、キャプテン!!」」」

 

 威勢良く答え、彼らは仕事に戻っていく。船長も指示を出しに行ってしまった。

 

 後には俺達だけが残されて、ふとまだ何も言わないバーサーカーを見た。

 

 彼はやはり、黙してその場に立っている。

 

「バーサーカー、どうだった?」

 

 彼は、少しの間そのまま沈黙していて、やがて少し顔を上げる。

 

「…………かつて、我ら不死の時代の話だ。()()()()()()()という国の祭壇に、その美しき歌声で怪物達を鎮め、眠らせた者達がいたという」

「っ!」

 

 ドラン、グレイグ……それって…………

 

「その話を、貴公らを見ていると思い出したよ」

「う?」

「……私の知らない伝承と同じにされるのは遺憾だけれど。まあ、褒め言葉として受け取っておきましょう」

「先輩、どうやらバーサーカーさんも楽しんでいらっしゃるようです。…………先輩?」

 

 ドラングレイグ……あの夢の中で、騎士が少女に説明していた国の名前……

 

 だとすれば、あれは火の時代の……? なら騎士は不死の……彼の正体は、一体──

 

「先輩? 先輩!」

「っ、え、あ、どうかした?」

「いえ、先輩がぼうっとしていたので……大丈夫ですか?」

「うん、全然平気。ちょっと考え事をしていただけだよ」

「それなら良いのですが……」

 

 心配させてしまったな。気をつけないと。

 

 とりあえず笑いかけて、なんでもないことを証明しておく。

 

「この私の歌声を聞いたんだもの。そうなってもおかしくないわね」

「……そういえば、ずっと聞き忘れていました。エウリュアレさん、貴女は誰に追いかけられていたのですか?」

 

 思い出した、といった表情で問いかけたマシュに、エウリュアレが顔を険しくした。

 

 もう、これでもかというほど苦々しい顔に、よっぽど嫌な記憶なのだと悟る。

 

「貴女、嫌なことを質問するわね……」

「申し訳ありません。ですが、懸念事項はしっかりと把握しておく必要があるんです」

「……まあ、悪気はないようだし。許してあげる」

 

 ふぅ、とため息を吐いた彼女は、海の方へ顔を向ける。

 

 そのまま、しばらく黙り込んで……やがて、とても重々しい口調で語り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら。私って、可愛いじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「「……はい?」」

「だから、私って可愛いでしょう?」

「は、はぁ……それはまあ、そうですが……」

「確かに、女神様なだけはあるけど……」

「そう。可愛いし、可憐な私。だから男共に狙われるのは当然よね。だけど……」

「だけど……?」

「今回は、とびきりタチの悪いのに引っかかったみたい。ドレイクと同じ、でも正反対に妙な海賊にね」

「海賊、ですか……」

「ただの海賊ではないわ。()()()()()()()()()よ」

 

 俺が息を呑むのと、マシュが同様の反応をするのは同時だった。

 

 後ろにいたバーサーカーも身じろぎをしたのか、ガチャリと金属音が聞こえてくる。

 

 海賊のサーヴァント。それはもしかしたら、俺達が追っている敵と同一の存在かもしれない。

 

「真名は知らないわ。知りたくもないし。ただ、世界であれ以上に気持ち悪いものは滅多にいないでしょうね」

「き、気持ち悪い……?」

「ええ。あれを見たら、スキュラでさえ自分の体を見直すでしょうね」

「強いでも怖いでもなく、気持ち悪いって……」

「どんなサーヴァントなのか、見当もつきませんね……」

 

 だが、情報が入ったのはいいことだ。

 

 それが同じ敵でも、そうじゃなくても、おかしな敵だということはわかった。

 

 海賊の英霊なら船を持っていることは確実だし、気持ち悪いというのも何かの力かもしれない。

 

 用心した方が良さそうだ。

 

「私からも一つ、質問をしていいかしら?」

「何でしょうか? 答えられることでしたら良いのですが」

 

 数度目にこちらを見たエウリュアレが、片手をもたげる。

 

 そして、ほっそりとした人差し指で示したのは、またしても俺達の後方。

 

 バーサーカーだ。

 

「貴方。とてもおかしな存在よね」

「……人類史に刻まれし女神よ。私は前時代の遺物だ。そう思うのも仕方があるまい」

「そうじゃないわ」

 

 はっきりと断言した彼女は、次にこう言った。

 

 

 

 

 

「貴方──呪いにかかっているでしょう?」

 

 

 

 

 

 っ!? 

 

「バーサーカーさんが、呪いに……?」

「エウリュアレ、どういうこと?」

「あら、マスターなのに解っていないの? その男、呪いで霊基が雁字搦めになっているわよ。それも、とても強力……神々でも早々解呪できないレベルね」

 

 むしろどうして動けているのかしら? と、彼女は首をかしげる。

 

「それじゃあ本来の半分も実力を発揮できないでしょう。英霊になって格下げされた私といい勝負よ」

「バーサーカーさん、本当なのですか……?」

「もしかして、ずっとそんな状態で俺達と旅を……?」

 

 思い出した。そういえばローマでも、カエサルが似たようなことを言っていた。

 

 あの時は必死で、記憶の隅に押し流したけど……英霊にはすぐに見抜けるほどの呪い。

 

 それを、俺はマスターのくせにずっと気付けなかったのか……? 

 

 

 

 じっと、バーサーカーを見つめる。

 

 胸の中には驚きとか、悲しみとか、不甲斐なさがぐるぐると渦巻いていて。

 

 かなり混乱していると──彼は、面頬の奥で嘆息した。

 

「……神というのは、いつの時代も理不尽だな。人が隠すものを遠慮なく暴き立てる」

「あら。むしろ感謝してほしいわね。貴方、自分からそこのマスターに言うつもりはなかったでしょう」

「まあ、な。だがそれは、重責を背負う彼に、私などの事情を上乗せしない為だ」

「大した詭弁ね。神にも等しい力を持ちながら、それと一緒に人間らしい傲慢さも封じられたのかしら」

「耳の痛い話だ」

 

 かぶりを振ったバーサーカーは、先ほどとは比べ物にならない大きなため息を漏らす。

 

 そして俯くと、しばらくの間黙っていたが……やがて、俺とマシュの方を見た。

 

「女神の余計なお節介に乗じ、告白しよう。そうだマスター、私は呪いに侵されている」

「…………それは、どんなものなの?」

「大したものではない。精々が、我がソウルに収められた武具の多くを使えなくなるのみ。あれらがなくとも、君達の力にはなれるだろう」

「それは、確かに戦力的には今のバーサーカーさんでも十分以上ですが……それ以外の害はないのですか?」

「無い、と言っていいだろう。それにな、マスター。マシュ殿」

 

 バーサーカーは、その手を自分の胸に当てる。

 

 そこに宿るソウルに触れるように、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「これは、誰かから戒められたものではない。()()()()()()()()()()()呪いなのだ」

「えっ……!?」

「自分自身で!?」

 

 呪いを自らにかけるなんて、何があったんだ!? 

 

「最初は誓いだった。しかし、英霊として召喚されるにあたって逸話となり、効力を持つ呪いに昇華された。つまりは自業自得なのだよ」

「ほんと、人間って馬鹿よね。自分の首を絞めることを、好き好んでやるのだから」

「ああ、私はとても愚かだ。必要以上の力は持ちながら、己を縛ることでしか保てない……とても、英雄や神と呼ばれる器ではない」

 

 その言葉は、冬木で出会ったあの時にも聞いたもので。

 

 もし呪いが、自分に戒めた何かがその理由なのだとしたら。

 

 俺は、藤丸立香は……

 

「私は所詮、遺物以上の何者でも」

「英雄だよ」

「……マスター?」

 

 声を、張り上げる。

 

 まっすぐにバーサーカーを……そのスリットの奥にある、彼の瞳を見るつもりで。

 

「誰がなんて言おうと……たとえ、貴方自身がそうでないと言っても。俺にとってバーサーカーは、確かに英雄なんだ」

「……君は…………このような私を、そう呼ぶのか」

「何度だって呼ぶ。貴方は、英雄だ。他でもない、藤丸立香の、一番の大英雄なんだよ」

 

 

 

 思い出す。

 

 

 

 あの時、あの瞬間。

 

 

 

 目に見えた死を、打ち払ってくれた彼の後ろ姿を。

 

 

 

 あの日から、俺の思いは色褪せてはいない。

 

 

 

「……私も、そう思います」

「マシュ……」

「オルタさんを前にして挫けそうになった時、バーサーカーさんの激励が、私を奮い立たせてくれたんです」

 

 彼女はぎゅっと、胸の前で拳を握る。

 

 その手をもう一方で包み込んで、掛け替えのない思い出を抱きしめるように。

 

 心からの想いがこもった微笑みで、バーサーカーを見てくれた。

 

「私が挫折を、死を選ばずにいられたのは。今先輩の隣に居られるのは、貴方という英雄がいたからです、バーサーカーさん」

「………………」

「だから、どうか恥じないでください。貴方はどんな英傑にも見劣りしないと、マシュ・キリエライトが断言します」

 

 …………あぁ、本当に。

 

 なんて綺麗な目をしているのだろう、この()は。

 

「…………私は」

「お気が晴れましたか、灰の方」

「ルーソフィアさん」

 

 いつの間にかやってきた彼女は、柔らかく微笑む。

 

 そしてバーサーカーの手を、寄り添うように両手で包んだ。

 

「灰の方。彼らでも足りないのであれば、私が貴方の素晴らしさを語ることにいたしましょう」

「…………いいや。それは少々、気恥ずかしい」

 

 大きな手でルーソフィアさんの手を握り返し、彼は踵を返す。

 

 怒っただろうか。不安に思ったその時、彼は顔だけこちらに振り返る。

 

「見張り台に行ってくる。もし敵を見つければ、誰より早く撃滅してみせよう。貴公らの仲間として、な」

「「っ!」」

「では、失礼する」

 

 甲板を蹴り、バーサーカーはメインマストの上へと跳んでいった。

 

 俺達は顔を見合わせて、互いの笑顔を確認し合う。

 

「まったく。とんだ茶番だこと」

「みんな、なかよ、し?」

「そうね。これだから人間は」

 

 

 

 

 

 いつかの日。

 

 

 

 

 

 彼の抱える呪い(なやみ)について、話してくれるといいな。

 

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。

感想などいただけると嬉しいです。


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黒髭惨状 2

な、なんとか十時には間に合った……!

どうも、熊です。

正直に告白します。エルデンにハマりまくってました!!!(プレイ時間100時間オーバー)

いやもうね、圧倒的な楽しさにのめり込んでのめり込んで……本当に更新サボって申し訳ありません。

でもほら、褪せ人の皆様なら分かるでしょう?ね?(誤魔化すな)



そんな言い訳にもならない話はともかく、最新話です。楽しんでいただけると嬉しいです。


 

 

 

 

 

 

「おっ。いい感じに進んでるねぇ」

 

 

 

 

 

 男が、呟く。

 

 彼の目線の先にあるのは、木箱の上に乗せられた水晶玉。

 

 不思議な光を放つそれの中に、海上を進む一隻の船が。

 

 

 

 ゴールデンハインド号。

 

 

 

 島から遠く離れ、順調に航路を進むその姿が鮮明に映し出されている。

 

「貴方の持ってきたそれ。便利ですわね」

「だね。おかげで随分と索敵がやりやすい。〝バーサーカー〟も失わずに済んでいるしね」

 

 男の上方から、二つ女の声。

 

 気の抜けた笑いを顔に浮かべて、男は後頭部に手をやる。

 

「いやはや、()()()()()()()水晶がここまで役立つとは。拾い物もするもんだねぇ」

 

 聞く相手の気を削ぐような声音。そこには積み重ねたものから生じる落ち着きがある。

 

 歴戦の戦士。

 

 他者が鍛え上げられたその細身を見れば、そう思わずにはいられない。

 

 

 

 

 男は、上の梁に腰掛ける二人組から目線を移す。

 

 そして──部屋の最奥に座する〝その男〟に声をかけた。

 

「で、〝船長〟。どうします? あと少しで近くまでやってきますよ」

 

 問いに、返事はなく。

 

 だが、ゆっくりと立ち上がったその巨躯が答えを示していた。

 

 

 

 

 

「抜   錨」

 

 

 

 

 

 野太く、腹の底まで震え上がるような宣言。

 

 船の隅々まで届く威厳のある言葉により、魔力で作られた疑似的な船員達が動き出す。

 

 錨を上げろ。帆を張れ。船長のご命令だ! 

 

 繰り返し雄々しく叫び、男達が仕事をする。

 

 その声を聞きながら、歩き出す〝船長〟に伴うように男と二人組が続いた。

 

 時を置かず、どこからともなく現れた半裸の偉丈夫がその列に加わる。

 

 やがて、彼らが甲板に出た頃。

 

 

 

 マストに高々と掲げられるは──黒布に髑髏の海賊旗。

 

 

 

「これより、海賊を始める」

 

 それは、宣告であり、命令。

 

 目に映る、欲するもの全てを奪い。それを妨げる全てを消してゆく。

 

 この海で、唯一絶対のルールである。

 

「やっと本気を出してくれましたねぇ。それじゃ、お手並み拝見といきましょうか」

 

 ニヤリと、その男は笑う。

 

 獰猛な、一目でどのような人間か分かってしまう、海賊の笑い方。

 

 ギラリと右手に取り付けた鉤爪を輝かせ、高く足音を鳴らし、甲板の中心で胸を張り。

 

 その目はただ、前だけを見つめていた。

 

 

 

「世界で最も有名な大海賊。その真名──〝エドワード・ティーチ〟船長?」

 

 

 

 海賊は──黒髭は、その異名に違わぬ髭面に、これから始まる〝狩り〟への期待を乗せていた。

 

 昂る思いのまま、言葉にするために口を開き、そして放たれたのは──

 

「ドゥ────フフフフフフ!! 待っててねエウリュアレたん! すーぐ拙者が迎えに行くからネっ⭐︎」

 

 聞くに堪えない戯言だった。

 

「…………ねえ、やっぱり今のうちに首を切り落としておかないかい?」

「おやめなさいな。アレでも船長ですのよ、アレでも。それに、鼠だって虫だって懸命に生きているでしょう? 疫病を運ばないだけ、臭くて気持ち悪くて不快なだけでマシじゃありませんの」

「なんか持ってそうではあるけどね」

「やれやれ。こんなんで大丈夫かねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 今、藤丸達に恐ろしい試練(?)が襲い掛かろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「天気朗々、波低し。いい日だねぇ。こんな日は飲みたくなるねぇ」

「ガッハッハ、姉御、そりゃいつものことじゃないっすか!」

「うるさいよ。だが、その通りだ!」

 

 あっはっは、と機嫌良さげに大笑いするドレイク。

 

 それを見て、藤丸とマシュは顔を見合わせ苦笑する。

 

「船長、今日も楽しそうです」

「エウリュアレとアステリオスが来てから、一層船も賑やかになったからね」

「その分、清姫さんの負担が大きいのが懸念事項ですが……」

「悪いことしちゃったかな……」

 

 大食いの船乗り達は勿論、あの巨体に相応しくアステリオスもよく食べる。

 

 本来サーヴァントは食事が必要ない為、原因は親交を深めようと誘った藤丸にもあった。

 

「後で、少し話をしてみるよ」

「良いと思います。清姫さんは……その、先輩とお話をすると、とても元気になりますから……」

「ははは……」

 

 別の意味での苦笑が出た。なまじバーサーカーな分だけ、扱いが難しい。

 

「お二人とも」

「あ、ルーソフィアさん」

「どうかしました?」

 

 振り返る二人へ、火防女は頷いた。

 

「少し、相談しておきたいことがございます。今後のことでございます」

「なるほど。それならバーサーカーさんや、船長もお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「船長の方には、後ほど私から。灰の方は……

()()()()()()()()()()()()

「「?」」

 

 必要がないとは、どういうことだろうか。

 

 含みのある言い方が気がかりなものの、火防女はそれ以上は何も言わずに語り出す。

 

「先ほど、ユリア様と話をしていました。そこで、ある可能性についてお二人にも警告しておいた方が良い、という結論に至りまして」

「ある可能性、ですか?」

「それって、特異点修正に関係するってことですか?」

「遠からず、でございます」

 

 一度言葉を切り、いよいよ本題と言わんばかりに厳かな口調で次の言葉を告げる。

 

「藤丸様、マシュ様。第二特異点でのことを覚えておいでですか?」

「勿論です」

「大変なことは沢山あったけど、ちゃんと全部記憶してるよ」

 

 皇帝ネロとの出会い。共に連合帝国と戦った日々。

 

 立ちはだかった神祖ロムルス、現れるレフ・ライノール、顕現した大英霊アルテラ。

 

 そして……灰の時代の騎士、カタリナのジークバルト。

 

「ですが、それを今どうして?」

「最後の戦いのことです。灰の方がジークバルト様と共に打倒した、巨人の王の存在について」

「ヨーム……」

 

 その名前に、藤丸は少し眉を落とす。

 

 

 

 

 特異点が修復された後、記録と報告書を作成する為に灰は当時の説明を求められた。

 

 そして知った。

 

 英霊ジークバルトとヨームに運命づけられた因縁……その、最期を。

 

 あの時、「かつても同じだった」と平坦な声で語る灰は、藤丸にはどこか悲しそうに見えた。

 

「……ご友人との別れは、バーサーカーさんにとってお辛い経験だったはずです」

「そうだね……」

「心を砕いていただき、従者として感謝いたします。……ですが、あの一度で終わりではないことも、お二人ならば分かっておられると考えております」

 

 火防女の言葉に、悲しみを目に浮かべていた二人は顔を引き締め、頷く。

 

 レフ・ライノール、ひいては人理焼却の黒幕の手に落ちた《薪の王》達。

 

 そして、カルデアに現れた玉座の数は五つ。

 

 一つは賢王ルドレスが座し、ヨームを打ち倒したことにより、残る王は三人。

 

 それだけの強大な存在が、この旅の先には待ち構えているのだ。

 

「っ! もしや、この特異点にも《薪の王》が潜んでいるかもしれないと?」

「……!」

「ご明察でございます。ユリア様もまた、その兆候を感じ取っているようなのです」

 

 こちらへ、と手で示す火防女に従い、二人はついていく。

 

 船尾の方へと階段で上がった三人は、海図を前に佇む黒い人物へと近づいた。

 

 彼女──ユリアは、ゆるりと振り返る。

 

「来たか。王の契約者と盾の乙女よ」

「ユリアさん。《薪の王》の存在が確認されたというのは本当ですか?」

「もしかして、この特異点に来てから戦ったことが?」

「ふむ。彼女に少し聞いたようだ」

 

 納得したように呟いて、彼女は眼前のテーブルに顔を向けた。

 

 烏面の奥にある目線が向かう先を、藤丸達も覗き込む。

 

 揺れる船の上で、吹き飛ばされないよう固定された海図。そこには航路が示されている。

 

「この特異点にて顕現した私が、各地を周り情報を集めたという話はしたな」

「はい。そして、万全の体制で我々が到着するのに備えていたと……」

「その通り」

 

 伸ばされる黒指。

 

 いつくかの島を示していき、やがて最初にドレイクと出会った島の近くで止まる。

 

「情報収集の最中、私はいくつかのとある痕跡を発見した。火の力の残滓だ」

「火の力、ですか?」

「知っての通り、我ら火の時代の人間はその類の力をソウルで感じ取れる。故に、これは確かな事実だよ」

「なるほど……ジークバルトさんみたいな火の時代の英霊ってことは?」

「それはないだろう。我が王を除き、あれほどまでの影響を残す火の力を持つ存在は、《薪の王》以外に存在しない」

 

 これでも目と耳は多かったものでね、という言葉の裏には、教主という立場に相応しい威厳がある。

 

 計り知れない彼女の過去に少し戦慄しながらも、藤丸達は《薪の王》の存在に思いを馳せた。

 

 

 

(もし、またジークバルトさんの時のようなことが起こるなら。その時、俺達は彼に何を────)

 

 

 

「左舷に船だぁ──! 海賊旗を上げてるぞぉ──!」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

 見張り台から甲板上に届いた大声に、弾かれたように全員がそちらを見る。

 

 

 

 

 水平線。

 

 果てなき境界を滑るように進む、一隻の船。

 

 徐々にこちらへ近づいてくる、その船のマストに掲げられたのは、黒い海賊旗だった。

 

「敵船か!」

「これまでにも何度か接敵しましたが、あれもその類でしょうか」

「なんにせよ、落ち着いて話をできる状況ではなくなったな」

 

 にわかに船上が騒がしくなり、武器を用意する声が上がり始める。

 

 マシュが鎧と盾を顕現し、臨戦態勢を取る。

 

 藤丸も意識を切り替えつつ、魔力のパスを通じて灰へと通信を行った。

 

《バーサーカー、見えてる?》

《無論だとも。だがマスター、気をつけろ。どうやらこれまでとは異なっているようだ》

《わかった》

 

 己のサーヴァントの忠告を心のとどめつつ、マシュへアイコンタクト。

 

 彼女は即座に気がつき、頷いた二人はドレイクの元へと駆けていった。

 

「船長!」

「敵襲のようです!」

「わかってるよ。あんだけはっきりくっきりと旗が見えてんだ、見間違えようがない」

 

 選手で遠眼鏡を覗き込んでいたドレイクは、やってきた二人にぶっきらぼうに返答。

 

 そして振り返り、ニヤリと不敵に笑ってみせる。

 

「それも、どうやら()()()()のお客さんのようだね」

「え?」

「それは、どういう──」

 

 首をかしげる間にも、事態は進んでいく。

 

 いよいよ、輪郭がはっきりと目視できるまでに海賊船が接近してきた。

 

 窓が開けられ、敵船に向けて横向きに舵を切った船の側面から大砲が次々と伸びる。

 

 デッキにも、サーベルと銃を携えた海賊達が揃い始め。

 

 二人も、今はいちいち気にしている場合ではないと諦めて海賊船を見据える。

 

「あら。アステリオスが唸っているから、何事かと来てみれば」

「うぅう……!」

「エウリュアレさん、アステリオスさんも!」

「二人とも、来てくれたの?」

「まあ、一応ね」

 

 暇潰しよ、と涼しげに答えるエウリュアレ。

 

 だが、サーヴァントがいるかいないかという点は非常に大きい。

 

「ありがとうございます、お二人とも。心強いです」

「俺からもありがとう」

「すけだち、する」

「ふん。……それで、あのサーヴァントはどうしたの?」

「バーサーカーなら、上だよ」

 

 藤丸は見張り台の方を示し、彼女は興味なさげに「そう」とだけ返した。

 

 こうして二人が加わり、いよいよ迎撃の準備が整ってきた頃。

 

 ついに、船が声が届く程の範囲にまでやってきた。

 

 

 

 

 その船は、異様だった。

 

 

 

 

 

 ゴールデンハインドにも引けを取らない大きさもさることながら、その雰囲気の異常な不気味さ。 

 

 何か、この世のものではないかのような雰囲気すら醸し出す巨大な船に、大きく唾を飲む。

 

「なんでしょう、この悪寒は……とても嫌な予感がします」

「……俺もだ」

「あんたら、いい勘してるじゃないか」

 

 ドレイクが、手すりに片足をのせる。

 

 その両手にはマスケット銃を携え、彼女は……獰猛な炎を瞳に宿していた。

 

「まさか、ここで会うとはね。悪縁ってのはよく回ってくるもんさ」

「あの旗は、もしや……」

「ルーソフィアさん、何か心当たりが……?」

 

 藤丸達の隣にやってきた火防女が、風に揺れる旗を見据えて頷く。

 

 いつも微笑みをたたえたその口元には、緊張が現れていた。

 

「藤丸様。大航海時代において、海賊というのは数多く存在します。しかし、後世にまでその名を轟かせる者は数多くはいません」

「……それは、つまり?」

「あの海賊船は、中でも特別に……いいえ。()()()()の知名度を誇る海賊のものでございます」

 

 息を呑む藤丸とマシュに、そして、とルーソフィアは続け。

 

「この時代に、その海賊は未だ存在していないのです」

「っ、サーヴァント……!」

「じゃあ、あれが……!」

 

 

 

 先ほど、ドレイクが呟いた言葉を二人は思い出す。

 

 

 

 彼女は、まるでこの船を知っているかのような口ぶりだった。

 

 そして、以前戦ったという海賊のサーヴァント。何度も襲撃を仕掛けてきたヴァイキング。

 

 全てが一本の線で繋がるような体感。

 

 そして……

 

「……嘘でしょ。よりによってこいつなわけ?」

「エウリュアレさん?」

「ああ、マシュ。藤丸。気をつけなさい。これから出てくるのは……この世で最低の類のものよ」

 

 非常に嫌そうな顔で、エウリュアレは警告のようなものを口にする。

 

 彼女を肩に乗せたアステリオスも全身を力ませ、いよいよ二人は緊張を最高潮に高めて。

 

「此処で会ったが百年目。この前の借り、存分に返させてもらおうじゃないか……!」

 

 最後のひと押しをするが如く、ガチャリとロックを上げる音が響いた。

 

 

 

 

 

 その時だ。

 

 船上に、人影が姿を現す。

 

 ざわりとゴールデンハインドの船員達がざわめき、ドレイクが手を上げて制した。

 

 油断なく睨み据える彼女達の前で、ついに人影がその姿を現した。

 

「……………………」

 

 その男は、巨大だった。

 

 筋骨隆々、二メートルに届こうかという体を豪奢な衣服に包み、組んだ腕の片方には鉤爪が。

 

 鋭く、淀んだ瞳には強い欲望が垣間見え、引き結んだ口は豊かな黒い髭に覆われている。

 

 その体から立ち上る気迫は──圧倒的に、人間を超越していた。

 

「鉤爪のサーヴァント! あれが……!」

「史上最大の知名度を誇る、海賊……」

 

 藤丸は、ふと自分の記憶を反芻する。

 

 鉤爪。巨大な船。

 

 そして、()()

 

 

 

 これだけの明白なピース。

 

 大して海賊に詳しいわけでもない藤丸でも、すぐに思い至る。

 

 その海賊の、正体を。

 

『ああ、やっと安定した!』

「ドクター!」

『すまない、あの島から脱出した後、通信魔術を調整していてね。それよりも、今君達の前に大きな魔力反応がある! サーヴァントだ!』

「ドクター、既に会敵しています」

『しまった、一歩遅かったか! だが気をつけろ! こちらの解析によると、そこにいるのは史上最大の知名度を誇る大海賊!』

 

 今一度、藤丸達はそのサーヴァントを見て。

 

 そして、次にドクターロマンが口にした名を、心の中で共に呟いた。

 

 

 

 

 

『黒髭──〝エドワード・ティーチ〟だ!』

 

 

 

 

 黒髭。

 

 最も海賊という存在を印象付けた、最強にして最悪の海賊。

 

 現代にまでその悪名を轟かせ続けた男が、今サーヴァントとして立ちはだかっていた。

 

「よう、また会ったねクソ野郎。今日こそたっぷり仕返しさせてもらうよ」

「……………………」

「おいおい、ダンマリ決め込むつもりかい? このアタシを無視しようなんざ、いい度胸じゃあないか! おら、聞こえてんだろこのヒゲ野郎!」

 

 ビリビリと空気を震わせる咆哮に、ゆっくりと黒髭がこちらを見る。

 

 その視界にドレイクを捉え、ようやく固く閉ざされたその口を開いた。

 

 告げた、最初の言葉は──

 

「はぁ? BBAの声なんぞ、一切聞こえませぬが?」

「──────────は?」

「「…………………………え?」」

 

 

 

 

 なんともバカにし腐った、そんなセリフであった。

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。

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黒髭惨状 3



なんとか書き上がった…

すみません、何かと忙しくて更新が途絶え気味で…

今回は黒髭編パート3。よろしくお願いします。



 

 

 

 

 

 静けさ。

 

 

 

 それがこの場にあるものだった。

 

 元凶は、バカにし腐った表情をしている髭面の大男の一言。

 

 そのたった一言によって、見事に空気が凍りついたのだ。

 

「……お前、今、なんて言った?」

「だーかーらー、BBAはお呼びじゃないの! 何その無駄にデカい乳、ふざけてるの?」

 

 再度、ドレイクが聞き直しても変わらなかった。むしろ酷かった。

 

 藤丸達もぽかんと口を開けるほど呆気にとられている中、男……黒髭の口撃は止まらない。

 

「まあ、刀傷はポイント高いと思うよ? うん、それはいい。でもね、ちょっと年齢が行き過ぎてるよね。ホント」

「……………………」

「せめて属性が半分くらいなら拙者も許容範囲でござるけどねぇ。ドゥルフフフ!」

 

 何を言っているんだろう、この男は。

 

 一様に藤丸達の思考から出た疑問はそれであった。

 

 なんか現代のオタクみたいな口調だとか、笑い方が気持ち悪いとか、色々と言いたいことはある。

 

 しかし、ただ純粋に…………ドン引きしていた。

 

「……はっ!? 著しく黒髭のイメージを崩壊させる言動に意識が飛んでいました! マスター、これは現実でしょうか!?」

「うーん、残念ながらそうみたーい……」

「マスター!? 遠い目になっています!」

「姉御? 姉御ー? ……ダメだ、こっちも目が死んでる…………」

「無理もないわよね。だってアレだもの。……私、よく生き残れたわね。精神的に」

「うぅ……!」

 

 唸るアステリオスの肩の上から、ゴミを見る目で見下すエウリュアレ。

 

 彼女が喋った途端、耳聡くその声を聞きつけた黒髭は凄まじい勢いで振り向いた。

 

 

 

 

 グリン、という擬音が似合いそうな動作に藤丸らが顔を引きつらせる中、黒髭は発狂する。

 

「んほほおおおおおおおおおお! やっぱりいるじゃないですかエウリュアレちゃん! ああ、やっぱり超可愛い! 天上の女神! かわいい! kawaii! ペロペロしたいしされたい! 主にあそことかこことか!」

「うわ……」

「あ、踏んだり蹴ったりもいいよ! 素足で、ゴキブリを見る目で蔑みながら踏んでほしい! そう思うでしょう皆さん!」

 

 ウォオオオ!! と黒髭の船から多くの雄叫び。

 

 藤丸は額を手で覆い天を仰いだ。

 

 彼の中の、某映画等で培われた海賊黒髭のイメージが現在進行形で木っ端微塵にされている。

 

 現実を受け入れるには、もう少し時間がかかりそうだ。

 

《……マスター。あの、女性の尊厳を酷く貶める外道の頭を射抜いていいだろうか?》

《………………ごめんバーサーカー、もうちょっと待って》

 

 既に見張り台で大弓を構えている灰にそう返しながら、何とか目の前を見る。

 

 ハァハァと興奮している黒髭は、非常に視界に入れておきたくないものの、周囲には複数の人物がいる。

 

 大柄な女性と、小柄な少女の二人組。気怠そうな雰囲気を醸し出す、槍を持った中年の男。

 

 どちらも異様。そして、これまでの戦いで魔力や特有の存在感に慣れた直感が告げる。

 

 アレは、サーヴァントであると。

 

 

 

(黒髭を含めて、少なくとも四騎のサーヴァント……一筋縄じゃいかなそうだな)

 

 

 

 戦闘能力は無いというエウリュアレを除き、こちらのサーヴァントは四騎。

 

 マシュ、灰、アステリオス。

 

 そして清姫も既にこの場に集っている。今は霊体化し、藤丸の背後を守護していた。

 

「ウゥウウ……!」

 

 戦略を組み立てていると、不意にアステリオスが大きく威嚇の声を唸らせる。

 

 肩からエウリュアレを下ろし、背中に庇うと斧槍を構えた。

 

「アステリオス……」

「あん? なんだこのデカブツ、エウリュアレちゃん隠しやがってよぉ! 出せよー! エウリュアレ氏だーせーよー!」

「マスター、色々な意味で今のうちに撃滅しておいたほうが良いのでは……」 

「……ん?」

 

 アステリオスに騒ぎ立てていた黒髭が、ふと視線を移す。

 

 その目が向かう先は、藤丸の隣にいるマシュと、そして火防女。

 

 

 

 

 スッと、真剣な表情で目を細める黒髭。

 

 何やらただならぬ雰囲気に、マシュが藤丸や火防女を守るように大楯を顕現させる。

 

 十字の盾の間から睨みつけてくる少女に、黒髭はカッ! と目を見開いた。

 

「ンンンっ、マル!」

「…………え?」

「片目メカクレ美少女に、完全メカクレな華奢な美女! どちらもいいですなぁ!」

「…………は?」

《…………ほう?》

 

 今、何故か藤丸はイラっとした。魔力回路を通じて、灰の低い声が重なる。

 

 それに気付かず、品定めするように目を輝かせた黒髭は相も変わらずまくし立てていた。

 

「あれ? メカクレ属性なのってバーソロミューだっけか? まあどうでもいいや。それよりもそこの淑女お二人!」

「……な、何ですか」

「我々に何か?」

「お名前を聞かせるでござる! さも無いと──」

「「……さもないと?」」

「今夜、拙者は眠る時に君達の夢を見ちゃうゾ☆」

「マシュ・キリエライトと申しますデミ・サーヴァントです以上ですっ!!」

「火防女でございます。僭越ながら、我が借り身の名は彼女の尊厳を守るために慎んでお断り致します」

「マシュたんに火防女たん……二人揃って焼きマシュマロコンビ、何つって……ふひひひ…………」

《マスター。ソウルの奔流を使う許可を》

《本当に待って。俺も同じ気持ちだけど、マジで待って》

《嘘偽りがないのが余計に気色悪いですね。旦那様、焼き焦がしてもよろしくて?》

《清姫もステイ》

 

 口の端をピクピクと引きつらせながら、どうにかこうにか二人を抑える。

 

 全身を震え上がらせているマシュはポンポンと頭を撫でながら、黒髭を睨みつけておいた。

 

 だが、あの変態サーヴァントをどうしたものか。いっそ灰と清姫にゴーサインを出そうか。

 

 

 

 

 

「………………撃て」

 

 

 

 

 悩む藤丸に答えを出したのは、その一言だった。

 

 地の底から響いてきたような声に、一斉に全員の目線がそちらに向かう。

 

 その中心にいるのは──俯いたドレイクだった。

 

「あ、姉御? 今なんて?」

「大砲。ありったけ全部、ぶち込め」

「た、大砲ですかい? でも──」

 

 あまりの剣幕に狼狽していたアイパッチ船員の頭に、ガッと被さる手。

 

 ゆらり、と振り向いたドレイクは──額にいくつもの青筋を浮かべ、ニッゴリと笑った。

 

「いますぐ大砲を用意するか、あんたが弾になってあんにゃろうとキスするか。どっちか選びな」

「ヒィっ!! あ、アイアイマム!!」

 

 どうにか答えたアイパッチ船員は、解放されるや否や周囲の部下に命令を叫んだ。

 

 慌てて固まっていた船員達は船中にかけていき、大砲の準備を始める。

 

 後には藤丸達だけが残り、黒髭はドレイクを見て非常に腹の立つ表情を作った。

 

「あれ? BBAおこ? おこなの? ぷんすかしちゃってるの? 年甲斐もな──」

 

 その時、発砲音が轟いた。

 

 大砲に弾を込めていた船上の者達が一斉に見ると……ドレイクが銃を抜いている。

 

 煙の立ち上る銃口から飛び出た鉛玉は黒髭の髭をかすめ、チリチリと燃える毛先にさしもの彼も押し黙る。

 

 そんな黒髭へ、ゆっくりと顔を向けたドレイクが言い放った言葉は。

 

 

 

 

 

「────ブッ殺す」

 

 

 

 

 

 単純、かつ明快な絶許宣言であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「総員ッ! 大砲発射用意ッ!! あのクソボケを地獄の底まで叩き落とせェエエエエエッ!!!」

「「「アイアイマム!」」」

 

 にわかに船中が騒がしくなり、いよいよ開戦の火蓋が切って落とされた。

 

「あらやだ、ガチギレしちゃった」

「いやいや、そりゃあんだけ煽り倒したら誰でも怒るでしょうに」

「本当、人をイラつかせる才能だけは一級品ですわね。それだけは」

「おまけに臭いし気持ち悪いんだから、一種の才能だよね」

「酷くない? これでも拙者船長よ?」

 

 くすん、と泣き真似をする黒髭に、同船上のサーヴァント達が嫌な顔をする。

 

 しかし流石は大海賊と言うべきか、軽やかにその反応を無視すると獰猛に笑ってみせた。

 

「ブラッドアクス・キングさーん。出番でおじゃるよー」

「…………ギ、ギギギィ」

 

 ゆっくりと、甲板上に新たな影が立ち上がる。

 

 ゴールデンハインド側で臨戦体制だった藤丸達は、それを見て目を見張った。

 

 

 

 

 現れたのは、黒髭に回るとも劣らぬ巨漢。

 

 全身を分厚い筋肉の鎧で包み込み、頭に黒角を備え、血染めの大斧を携えた戦士。

 

 まるで悪鬼の如き様相の戦士は、真紅に染まった瞳でドレイク達のことを睨んだ。

 

「ちょいとBBAから、アレ奪い取ってきてねー」

「あいつは……!」

「ドレイクさん、あの方をご存知なんですか!?」

「ああ、いっつもアタシを付け狙ってきた厄介な野郎さ……!」

「っ、ヴァイキングのサーヴァント……!」

「ブラッドアクス・キング……そう呼ばれるヴァイキングは唯一、〝エイリーク血斧王〟。その獰猛さと比類なき勇猛さで名を残す九世紀頃の英霊です……!」

 

 口早に告げられた敵対サーヴァントの真名に、藤丸達は即座に身構える。

 

 同時、目の輝きを昏く増したエイリークが両足を撓ませ、一足飛びに跳躍した。

 

「血ダ、血ダ、血ダァアアアアアアアッ!!」

「敵性サーヴァント接近! これより戦闘に入ります!」

「バーサーカーっ!」

《応ッ!》

 

 空中にいる隙を逃さずに、すかさず藤丸が叫ぶ。

 

 半霊体化していた灰が完全に顕現し、既に引き絞っていた大矢を解き放った。

 

「ウォオオオオオッ!!!」

 

 唸りを上げて飛来した大矢へ機敏に反応し、エイリークが斧を薙ぎ払う。

 

 甲高い音を立てて大矢が弾かれ、代償として一瞬エイリークの動きが止まった。

 

「ふっ!」

 

 見張り台から、灰が飛び上がる。

 

 その手の内から竜狩りの大弓が消失し、代わりに大斧が出現した。

 

 分厚いエイリークの体を両断せんと、空中で回転しながらの一撃を見舞った。

 

「おおおぉっ!!」

「──()()()()()()()()()。だが、アンタがいるのは想定済みなんだよ」

 

 宙を舞う灰に、槍兵が不気味に笑う。

 

 

 

 瞬間、アン女王の復讐号より飛び出す大きな影。

 

 

 

 それは真っ直ぐに灰めがけて飛んでいき、まず藤丸達が気付いて目を見張る。

 

 次に、自分に向かってきた絶大な殺気を察知した灰がそちらへ視線を投じた。

 

「貴公は──っ!!?」

「オォオオオオオ!!!」

「ぐぅっ──!?」

 

 薙ぎ払われた影の得物。灰は大斧を盾にして受け止める。

 

 だが、凄まじい膂力を殺しきることはできずに、そのままゴールデンハインドに叩き返された。

 

 船上の大砲を一つ吹き飛ばし、ついでに船員も弾きとばしながら着弾した灰に藤丸が駆け寄った。

 

「バーサーカー! 大丈夫!?」

「…………ああ、マスター。大した痛手ではない」

 

 大砲の残骸を払いのけ、灰が立ち上がる。

 

 そのまま兜を敵船へと投じ、つられて藤丸も彼の視線の先にあるものを追いかけた。

 

 

 

 

 アン女王の復讐号の船上。

 

 そこにはマシュやドレイクの追撃を察知したエイリークが、既に舞い戻っている。

 

 そして、血斧王の隣。

 

 不敵に笑う槍兵の側で、燻んだ黄金の鎧に身を包んだ戦士がこちらを見ていた。

 

「オオォォ……!」

「アレって、まさか……!」

「……察しの通りだ、マスター」

 

 驚く藤丸に、灰は静かに告げる。

 

「《薪の王》の強大なる守護者。ただ一人デーモンの王子を撃滅せし、火の時代の英雄……〝ローリアン王子〟!」

「っ、火の時代……!」

 

 今一度、藤丸はそのサーヴァントを見る。

 

 死人のように白い、顔の下半分。それ以外の全てを鎧で包み、燃え盛る大剣を携えた王子。

 

 足を患っているのか、膝立ちで構える姿からは、しかしローマで相対したヨームに等しい力を感じる。

 

「新たな火の時代のサーヴァント! ルーソフィアさん、何か情報はありますか!」

「かの英雄は、最も火の時代の終わりに近しきもの。謳われるは無双の豪剣と……」

「それと……?」

「……いえ、今は必要な情報ではありません」

 

 何か、含むような声で話を切る火防女。

 

 マシュと藤丸が首を傾げていると、不意に灰が呟く。

 

「……おかしい。何故、()()()()()()()()()なのだ?」

「え? それってどういう……っ!?」

 

 答えを得る前に、甲板が轟音とともに揺れて藤丸はバランスを崩す。

 

 なんとか手をついて体を支え、周囲を見ると、ついに大砲が黒髭達へ発射開始されていた。

 

 至る所から船員達の怒号と、大砲が火を吹く音が轟き始める。

 

 負けじと、アン女王の復讐号からも同じように大砲が撃たれ始めていた。

 

「マスター! どうやら詳しい情報を聞くのは後にした方が良いようです!」

「みたいだね! バーサーカー、まだいける!?」

「無論。ローリアン王子が相手と言うのなら、不足はあるまい」

 

 力強く立ち上がる灰に頷き、藤丸は意識を大サーヴァント戦へと切り替えた。

 

「清姫! マシュの援護を! バーサーカーはローリアン王子が来たら迎え撃ってくれ!」

「承知しましたわ、ますたぁ!」

「承った!」

 

 顕現した清姫を加え、こちらにやってきたマシュが、灰と共に構える。

 

「てつ、だう!」

「アステリオス!」

「私も、ここであんた達が死んだらアイツに捕まりそうだから協力してあげるわ。一応、支援くらいはできるから」

「助かります!」

 

 サーヴァントとしての全戦力が集結した。

 

 皆が戦意を宿した目で睨みつけ、黒髭はニヤリと笑う。

 

「おっ、マシュちゃん達もやる気のようだねぇ。そんじゃ──心置きなく、海賊しようじゃありませんかァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「ブッコロス!!」

「オォオオオッ!」

 

 最初に仕掛けたのは、エイリークとローリアンから。

 

 示し合わせたように、エイリークはドレイクへ狙いをつけて。

 

 そしてローリアンが、全くそちらを気にすることなく灰へと向かってくる。

 

「皆、そちらは頼んだ!」

「了解しました!」

「言われずともっ!」

「う、ぉおおおおっ!」

 

 混戦状態を回避する為に、灰が自らローリアンへと跳躍する。

 

 エイリークが横を掠めるように通過していき、そして再び空中で衝突した。

 

「今一度、打ち倒させてもらうっ!」

「カァアァアァアッ!」

 

 声にならない雄叫びを撒き散らし、ローリアンが両手で大剣を薙ぎ払う。

 

 二の舞になる前に灰は重心の起点を移動させ、大斧を軸に一回転して避けた。

 

 そのまま、捻りを加えた蹴りをローリアンの横面にねじ込む。

 

「ハァッ!」

「ギッ──」

 

 蹴り飛ばされたローリアンは、ゴールデンハインドの船首方向へ落下した。

 

 灰もまた、それを追いかけて落ちていく。

 

「コロ、スゥウゥウウウウ!!」

「させませんっ!」

「野蛮な輩にはご退場願いましょう!」

 

 一方で、乗り込んできたエイリークにマシュ達も真っ向から戦いあっていた。

 

 見た目にそぐわぬ剛力で振るわれる血斧を、大楯が悉く防いでいく。

 

 その壁を突破しようと夢中になっている隙に、清姫が扇子をかざした。

 

「焼失なさい!」

 

 宙に出ずる火玉。それらは弾丸のように素早くエイリークを襲う。

 

 爆炎が咲き誇るが、すぐさま炎を血斧が斬って捨てた。

 

「アツィ、ィイイイ!」

「まあっ、なんて頑丈な……!」

「清姫さん退避を!」

「ウォオオオオオッ!」

 

 標的を変え、エイリークが清姫に突撃する。

 

 が、踵を返した凶戦士が走り出す前に、その顔が拳の形に歪んだ。

 

「ぶっ、飛べ!」

「オゴァァアァアッ!?」

 

 見事な鉄拳を炸裂させたアステリオスにより、エイリークが甲板に叩きつけられる。

 

 血斧で姿勢を立て直した凶戦士はアステリオスを睨むが、何かに気付いたように上を見上げた。

 

 そこには既に、大きな顎門を開いて待ち構えていた、炎の大龍がいたのだ。

 

「今度こそ燃え尽きなさいな!」

 

 

 

 

 

 ゴォァァアアァアァアッ!! 

 

 

 

 

 

 炎龍が、激しくうねりながらエイリークに向けて落ちる。

 

 先ほどとは比べ物にならない炎の花が咲き、それを見ていたドレイクが青い顔をした。

 

「おいちょっと、清姫! あんた船を沈没させる気かい! もう少し手加減しておくれよ!」

「ご心配なく、修繕できる程度に留めます!」

「そういうことじゃあない!」

「──ウォオオオオオッ!!」

 

 問答をしているうちに、エイリークが炎を突き破って現れた。

 

 多少焦げてはいるが、やはり軽傷だ。恐るべき頑強さに藤丸は慄く。

 

「サーヴァントとはいえタフすぎないか!?」

「あの様子ですと、エイリーク血斧王のクラスはバーサーカー。狂化による能力強化の影響でしょう」

「くっ、バーサーカーならではってことか……!」

 

 己の身を顧みない凶戦士は、目的を果たすべくマシュ達に襲い掛かる。

 

 マシュが防御、その間に清姫が攻撃、という分担で応戦しているが、勢いは止まらない。

 

「コロス、ウバウ、ウバウゥウウウッ!」

「くっ! この、サーヴァントはっ! 何かを、狙って!?」

「何が目的にせよ、厄介極まりますわね!」

 

 戦況を見ながら、藤丸は思考を回転させる。

 

 二人がうまく噛み合って互角ではあるが、大きく優勢になれる決定打がない。

 

 清姫が宝具を使えば撃退が可能そうなものの、その時はゴールデンハインドが沈没するだろう。

 

 それはあまりに致命的な為、選択できない作戦だ。

 

 

 

 

 

 最も手っ取り早いのは、灰がローリアンを撃退してこちらに参戦することか。

 

 一度、マシュ達から目を離して、激しい戦闘音が響く船首の方を見る藤丸。

 

「カァァア──ッ!」

「シィッ──!」

 

 そこではやはり、超常的な戦いが繰り広げられている。

 

 目に見えぬ程のスピードで巨剣を乱舞するローリアンと、その全てを紙一重で防ぐ灰。

 

 時に武器で、時に左腕に装備した盾でいなしながら、猛烈な攻撃の合間に反撃を叩き込んでいる。

 

 だが、決着はまだまだ着くことはなさそうだ。

 

 

 

(くっ、あれじゃあすぐには難しいか……!)

 

 

 

 現状の戦力でどうにかするしかない。

 

 意識を切り替えた藤丸は、マシュ達の様子を確認しようと振り向き──

 

「戦場で余所見はいけないなぁ」

「──ッ!?」

 

 いつの間にか、背後に立っていた槍兵に息を呑んだ。

 

 不気味な笑顔を浮かべた男は、既に黄金の槍をその手に携えている。

 

 しまった、回り込まれた。

 

「んじゃ、お疲れさんカルデアのマスター。悪いけどこれも戦いなんでね」

 

 そう思ったのも束の間、男は躊躇なく槍を藤丸の心臓に突き込んだ。

 

 避けられない。せめて直撃は回避しようと体を捻ろうとするが、その速度は槍が迫るより遅い。

 

 

 

 

 

 よもや、ここでおしまいか。

 

 絶望的な考えがよぎった、まさにその瞬間。

 

 激しい激突音と共に、槍の穂先が受け止められた。

 

「…………へえ? まだ伏兵がいたとはね」

「悪いが、この少年をやらせるわけにはいかない」

 

 その女──ユリアは、見えぬ刃で男の槍と拮抗しながら涼しげに答える。

 

 ごく自然に不可視の刃へ手を添え、穂先の力の向きを外へずらすと男の首に一閃した。

 

「っと!」

 

 一瞬の差で男はそれを後ろへ躱して、そのまま飛び退く。

 

 ユリアは残心を解き、藤丸を守るようにゆるりと刀を構え直した。

 

「やれやれ、おっかない航海士がいたもんだ。バーサーカーが手こずるのも納得だね」

「お褒めに預かり光栄だ。……さて、王の契約者よ。怪我はないか?」

「ありがとうございます、ユリアさん」

「何、礼を言うほどの事でもない。貴公には王の旅路を最後まで見届けてもらうのだから」

 

 フッ、と烏面の下で笑うユリアは、非常に頼もしく思える。

 

 藤丸は頷くと、今度こそ油断しないように槍兵の男を見た。

 

「これは面倒だな。おじさん、ちょっと本気出しますかね」

「さて。それはこちらの台詞だな」

「先輩、大丈夫ですか!?」

「ああ! ユリアさんが力を貸してくれる!」

 

 ホッと安堵しながら、すぐに表情を引き締めたマシュと清姫は今も交戦中。

 

 灰とローリアンの剣戟音も止むことはなく、大砲の大合奏は終わることを知らない。

 

 それどころか、ロープを使って黒髭達の船からこちらに飛び移る海賊まで現れ始める。

 

 

 

 

 

 

 

 早くも黒髭海賊団との戦いは、混戦の様相を見せ始めた。

 

 

 

 

 

 





ローリアン登場。

しかし、呪われた王子はどこに…?

感想などいただけると嬉しいです。


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撤退


今日は間に合ったー!

どうもどうも、お久しぶりです。ようやく続きを書くことが出来ました。

楽しんでいただけると嬉しいです。



【挿絵表示】


色付けしました。




 

 

 

 

 戦況は膠着状態にあった。

 

 

 

 砲撃は互いの船に少なくない損傷を与え、船員達の交戦も一進一退を繰り返している。

 

 それはサーヴァント同士の戦闘においても、同じ事が言えた。

 

「ツブレロォオオオォ!!」

「くっ、本当に頑丈ですね!」

「私が引きつけます、その間に攻撃の準備を!」

「承りましたわ!」

 

 エイリークの勢いは衰えることを知らず、あらゆる苦痛をものともせず暴れ続けている。

 

 とはいえ全くの損傷がないわけではなく、軽傷のマシュと清姫に比べて相当な痛手を負っていた。

 

 これまでの経験から、カルデア所属のサーヴァントは対バーサーカーの戦闘訓練を積んでいる。

 

 マシュは勿論、清姫もそれを受けており、猛威の狂戦士を相手取る手法も心得ていた。

 

 そう遠くないうちに、決着はつくだろう。

 

「やっちゃいなさい、アステリオス!」

「ぜんいん、たお、す!!」

 

 二人がエイリークを抑えているうちに、アステリオスらが搭乗して来た敵船員を蹴散らす。

 

 いかに黒髭の宝具の一部として顕現した海賊達といえど、伝説に名高き怪物の前では為す術もない。

 

 女神の声援を受けたアステリオスによって次々と宙を舞い、あるいは海に叩き落とされていった。

 

「うーん。邪魔ですなぁ、あのデカブツ。エウリュアレちゃん独り占めしやがって、ズールーいー!」

「気持ち悪っ……」

「大の男が地団駄を踏む様は見るに耐えませんわね。船長、ちょっと手足を縛って頭から海に落っこちてくださる?」

「ねえそれ死ねって言ってるよね? 酷くない?」

「船長がどうなろうが別に構わないけど、せめてあれが片付けば……」

 

 二人組の一方、小柄な女がゴールデンハインドの船首を見やる。

 

 

 

 

 

「〝雷の大槍〟」

「オォオオオ!」

 

 雷鳴を轟かせ、放たれた光。

 

 兄王子は雄叫びを上げ、真正面からその剣で打ち破ってみせる。

 

 それは単なる囮。剣を振り切ったローリアンの懐へ灰は潜り込み、その姿勢を支える片腕を蹴りつける。

 

 途端にバランスを崩すローリアンへ、下から竜狩りの槍を突き上げた。

 

「カァッ!」

「フンッ!」

 

 咄嗟に身をよじり、脇腹を掠めた槍へ返礼するように剣を逆袈裟斬りに振り下ろす。

 

 間一髪、槍でいなした灰は兄王子の脇をすり抜けて前転し、脱出。

 

 互いに背中を向けた二人は振り向き、油断なく得物を構えて睨み合う。

 

「……豪胆なる剣技は変わらずか、偉大なるデーモン殺しよ」

「フゥウウ……!」

 

 一進一退を繰り返し、なおも倒れぬ英雄と英雄。

 

 火の時代にて刃を交わらせ、打ち倒した兄王子は英霊となってより勇猛さを増していた。

 

 

 

(だが貴公、守るべき主君……かの王子無き今、何故(なにゆえ)賊へ与するのだ?)

 

 

 

 冴え渡る剛技から感じるのは、強い信念の力。

 

 その所以を知る故に、彼が海賊の手先となっていることが不思議でならない。

 

「しかし、それがサーヴァントというものか……ならばその呪縛から解き放とう」

「カァアアアア──ッ!」

 

 か細く、されど猛烈な叫びを合図として、火の時代の英雄達は再び刃を交わした。

 

「──へぇ。聞いてたより実物はずっと強いな、あれ」

 

 ローリアンと互角に渡り合う灰に、ランサーが笑う。

 

 刀を構えるユリアと、その背後にいる藤丸は警戒も露わに睨みつける。

 

 一見隙があるようにも見える佇まいは、しかし強烈な存在感を放っていた。

 

「早々に我らの船から立ち去ることを勧める」

「そう簡単に引き下がっちゃあ、オジサンも面目丸潰れで──ねッ!」

 

 ニヒルに笑いながら、緩やかに構え──そして殺す。

 

 高速で黄金の槍が突かれ、藤丸達に切っ先が迫るが、ぬるりとした動きで振るわれた闇朧(やみおぼろ)に巻き取られた。

 

 ユリアはその細身から発揮されたとは思えない膂力で外へずらし、そのまま首へと一閃。

 

「っとぉ! 容赦ないねぇ!」

「フッ!」

 

 黒いスカートを翻し、舞うように闇朧(やみおぼろ)を繰り出すユリア。

 

 常人であれば困惑したままに切り捨てられただろう攻撃に、ランサーは見事に合わせてきた。

 

 金槍と無の刃が衝突しあうたび、火花だけが宙に散って奇妙な光景を作り出す。

 

 透明の刃を自在に振るう教主と、完璧に対応する槍兵。双方の絶技に藤丸は圧倒された。

 

「これでもそこそこ腕には自信があったんだが、あんた本当に無名の英霊かい!?」

「我が身は英傑にあらず。ただ人を導き、王の栄光を語り継ぐのみ」

「なるほど、従者ってわけか。立派なことだッ!」

 

 軽口のように会話をしながらも、その戦いは苛烈さを増すばかり。

 

 あと少しでも激しくなってしまえば、身の安全のために藤丸は退避せざるを得ない。

 

 

 

 

 

 何もすることができないことを早々に察し、彼は戦場になった船の上を見回した。

 

 どこもかしこも、比較ができないほど激戦になっている。

 

 今の所は拮抗しているが、あちらのサーヴァントが更に出張れば戦況は予測がつかなくなるだろう。

 

「どうすれば……っ!」

『これ以上の戦闘続行は不利だ! 彼らを撒くしかない!』

「でも、どうやって!?」

『一瞬でいいから、状況を変える必要がある! 例えば、相手のサーヴァントを一人でも倒すとかね!』

 

 ロマンの指示に従い、藤丸は改めて周囲を見回した。

 

 船員同士は一進一退。黒髭の宝具なのか、無数にあちらの船上で沸くのをアステリオスが押し留めている。

 

 次に、もう一方──マシュ達と戦闘を繰り広げているエイリークの様子を確かめた。

 

「コロ、スゥウウウ!!」

「いいですわ、少し動きが鈍くなってきました!」

「このまま押し切ります!」

 

 こちらは打って変わって、優勢に傾き始めていた。

 

 状況を鑑みて、こちらが確率が高いと判断した藤丸は魔力のパスを開く。

 

《バーサーカー! 戦っているところ悪いけど、今いいかな!?》

《マスターか! 何か策があるのか!?》

 

 激しい攻防をしながらも、灰は聡く藤丸の思惑を言い当てる。

 

 彼が見ている訳ではないのに思わず頷いて、急いで作戦を伝えた。

 

《この場から離脱する! 一瞬でいいから、マシュ達の方に行ってほしい!》

《ふ、この豪傑相手に無茶を言う。だが、任せたまえ!》

 

 頼もしい返答に藤丸は安堵し、矢継ぎ早にマシュ達へパスを変更して作戦を伝えた。

 

 エイリークを抑えながも、二人は一瞬藤丸に目線を向け了承の意思を送った。

 

 

 

 

 

 全員の意思は統一された。

 

 近寄ってきた敵船員をガンドで追い返しながら、藤丸は意識の半分を灰へ向ける。

 

 英雄同士の苛烈な戦いを必死に見極め……互いが仕切り直すために手を緩めた瞬間、カウントをする。

 

《3、2、1…………今だっ!》

 

 パスを通じて発せられた、マスターの声。

 

 瞬時に聞き届けたそれに、灰は大きくローリアンへ踏み込んだ。

 

「シィッ!!」

「カァッ!!」

 

 突き出された大槍へ、ローリアンは幾度とない反撃を試みた。

 

 空気を切り裂く音、殺意が乗せられた矛先、そして直感──全てを動員し、大剣を振るう。

 

()()()()()()()

 

「猛りすぎたな、貴公」

 

 フッと、その手から大槍がソウルの中へ消えた。

 

 代わりに、右の手の中で輝きを表したのは──呪術の火の煌めき。

 

「〝大発火〟」

「っ────!!?」

 

 ローリアンの顔面の前で、大きな炎が炸裂する。

 

 それは彼の弱点ではないが……意表を突いて動きを止めさせるのには十分だった。

 

「〝放つフォース〟!!」

 

 続けて、左手の聖鈴から放たれる祈祷の力。

 

 炎に仰け反っていたローリアンは、駄目押しに放たれたそれに大きくバランスを崩した。

 

 度重なる剣戟で最初の位置からかなり後退しており、後ろへ転げ落ちる。

 

「アァアアァ──ッ!?」

 

 転落する寸前でへりを掴んだローリアンは、宙吊りの体勢で怒りの声をあげた。

 

 しかし、既にそこに灰の姿はなく、何処かとソウルの波動を追いかければ、既に遠く離れており。

 

「ブッツブスゾォオオォオオオ!!」

「そこまでにしてもらおう、血斧王」

 

 暴れまわっていたエイリークへ高速で肉薄した灰は、手元に武器を顕現。

 

 取り出された長物──幽鬼のジャベリンを、大斧を振り上げた彼へ投擲した。

 

 

 

 

 

 唸るような音を立て、剛槍が飛んでいく。

 

 灰自身がかつて凍える絵画の世界で幾度となく貫かれたそれが、エイリークの腕を穿った。

 

「ガアアァアア!!?」

「マシュ殿、今だっ!」

「はいっ!」

 

 動きを止めたエイリークへ、マシュが姿勢を低く肉薄する。

 

 十分な距離まで来た瞬間、大きく右足を踏み込み、大楯をフルスイング。

 

 己の極太の腕を刺し貫いた槍へ意識を集中していたエイリークは、なす術なく中空へ打ち上げられた。

 

「清姫さん、お願いします!」

空中(そこ)ならば遠慮はいりませんね! 承りました!」

 

 強く笑った清姫が、その体より魔力を発する。

 

 船上という場所で実力を発揮しきれなかった彼女は、大いにその宝具を解放した。

 

「〝これより、逃げたる大嘘つきを退治します〟──燃え尽きなさい、〝転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)〟!!」

 

 その身から溢れ出た炎が形を成し、龍となる。

 

 咆哮の代わりに火花を散らした炎龍は、うねりながら全身でエイリークを包み込んだ。

 

「グォオオオオオォッ!!?」

 

 逃げ場のない火攻め地獄。その超高熱の前では、狂化によって増強した堅牢さも意味がない。

 

 抵抗虚しく、骨の髄まで焼き尽くされたエイリークは、炎の消滅と共に脱力した。

 

 床の上に落下する巨体。黒焦げになり、煙をあげる姿は無残の一言に尽きた。

 

「敵性サーヴァント、大きく負傷! 戦闘の継続は困難と判断します!」

「この身を蛇としない、ギリギリまで力を出したのです。これ以上起き上がらないでくださいましよ……!」

「グ、ァ……」

 

 油断なく構えるマシュ達の前で、僅かに身じろぎしたエイリークが声を漏らす。

 

 死に体を無理やり動かし、炭化したその腕を、ドレイクへと伸ばした。

 

「コロ、ス…………セイハイ、テニ……イレ……チクショウ…………」

 

 だが、それ以上の事は何もできず。

 

 床へ腕と頭を落とし、程なくして光の粒子となって消滅した。

 

 

 

 

 

 一瞬、戦場が静寂に満たされる。

 

 誰もがエイリークのいた場所を見つめ、僅かながらも動きを止めた。

 

「エイリーク血斧王、撃破! やりました、マスター!」

 

 それを打ち破ったのは、マシュの勝利宣言。

 

 藤丸は「よしっ」と拳を握り、立役者である清姫が安堵のため息を漏らした。

 

『やった! 藤丸くん達、ナイスファイ──』

「アンタら、よくやった! いい働きだ!」

 

 ドレイクが快活に笑うと、そこでようやく各々ハッと我を取り戻した。

 

 改めて戦闘を再開するが、黒髭側の勢いは先ほどと比べ、目に見えて落ちている。

 

「チャンスだ! 敵を蹴散らせ、帆を開け! 離脱するよ!」

「「「アイアイサー!」」」

 

 大部分の船員が士気の落ちた敵を押し留め、幾人かが舵取りに向かう。

 

 一気に状況が好転し、手の空いたマシュ達も参戦するとみるみるうちに敵船員は撃破されていった。

 

『……なんだかタイミングを取られたような気がするよ』

「ドクター、何ブツブツ言ってるんですか?」

『な、なんでもない! だが、作戦は大成功だ! 藤丸くんもあと少し頑張ってくれ!』

「はい!」

 

 藤丸も気を取り直し、マシュ達の援護に向かうのだった。

 

 

 

 

 

「むう、バーサーカーが負けたか。だがっ! エイリーク血斧王など我ら黒髭海賊団の中では最も格下! いい気に──」

「いい加減に黙りたまえ、海賊」

「フォウッ!?」

 

 アン女王の復讐号で胸を張っていた黒髭が、灰の投擲した雷の槍で黙らされる。

 

 髭の一部に擦り、チリチリと燻っているのを見て冷や汗を流した。

 

「やっべ、あの騎士めっちゃ怖。おたく冗談通じないタイプ?」

「軽口の類は大いに結構だが、あいにくと相手によるものでね」

「ぐぬぬ、イケメンムーブかましやがって。どうせその兜の下も整ってんだろあぁん!?」

「何に憤っているのだ、貴公は」

 

 野次を飛ばしてくる黒髭に、灰は船員を蹴散らしつつ呆れのため息をついた。

 

 なんとも気の抜けた会話だが、戦況は着々と撤退に向けて動き出していた。

 

「そら、こいつで……最後っ!」

 

 先ほどから船の間にかかった縄を排除していたドレイクが、最後の一本を撃ち切る。

 

 互いに向けて若干傾いていた船同士が元に戻り、大きく揺れた。

 

「っと。ふぅん、さすがフランシス・ドレイク。銃の腕前は私と互角みたい」

「どうする、アン?」

「そうですわね……状況的に、今更参戦したところであの騎士様の相手をすることになりそうですわ」

「この状況でそれは勘弁願いたいね」

「ですが、次こそは……」

「僕達の銃弾が、剣が、獲物を捕らえる。だね?」

「うふふっ♪」

 

 二人の海賊が、アン女王の復讐号の上で妖しく笑った。

 

 

 

 

 

 彼女達の読み通り、ゴールデン・ハインドの撤退準備は整いつつある。

 

 船上の敵は殆どが排除され、後は離脱するのみという段階まで来ていた。

 

「っと。ここらが潮時みたいだね」

 

 ユリアと鎬を削りあっていたランサーも、その空気を敏感に察する。

 

 構えを解いて槍を肩に担いだ彼は、彼女に向けて気の抜けた笑みを向けた。

 

「ってことで、勝負は次にお預けでいいかい? 教主のお嬢さん」

「……そちらが手を引くのなら、こちらも刃を納めることにしよう」

 

 闇朧を納めたユリアは、戦意を消していつものように胸の下で腕を組む。

 

 一瞬で戦士としての気配を消した彼女に、ランサーはキョトンとした後にまた笑った。

 

「本当に、読めないねえ。アンタ、本当のところは一体何なんだい?」

「答えたはずだよ。私は教主ユリア。人を導き、また偉大なる我が王の教えを伝え説く者。だが……」

 

 烏面の奥で、彼女は目を細める。

 

「再び相見えた時、王や、王の契約者を脅かすのであれば。私は再び、この刃を振るうことだろう」

「……肝に銘じておくよ」

 

 どこか不透明な笑顔のまま、ランサーはアン女王の復讐号へと跳び去っていった。

 

 その姿を見送るように目で追いかけて、それからユリアは「さて」と呟く。

 

「戦況は覆った。後はどうする? 我が王の契約者、そして偉大なる航海者よ」

 

 試すように、教主は呟いた。

 

 

 

 

 

「ようし、面舵一杯! あのクソッタレから逃げるよ!」

「「「アイアイ、キャプテン!」」」

 

 完全に船を動かせる状態になったことで、ドレイクが号令をかける。

 

 慌ただしく配置についた海賊達は、各々の仕事を全力でこなした。

 

 何か手伝えることはと彼らを見ていた藤丸は、自分に走り寄ってくる者達に気付く。

 

「マスター、ご無事ですか!」

「旦那様、お怪我はありませんこと!?」

「マシュ、清姫! さっきはすごかったよ!」

「藤丸様も、軽傷なようで何よりです」

「ルーソフィアさん。大丈夫でしたか?」

「はい、問題ございません」

 

 三人の様子をそれぞれ確認して、ほっと藤丸は安堵する。

 

 この中で一番身の危険があるのは自分だと分かってはいるものの、心配しないはずがない。

 

 互いの無事を喜び合っている彼らを見て、少し離れた場所にいた灰も面頬の下で微かな笑みを浮かべた。

 

「これで何事もなければ、あとは……」

「カァア──ッ!」

「っ!」

 

 背後から聞こえた声に、咄嗟に武器を構えて振り返る。

 

 すると、船首にぶら下がっていたローリアンがようやく這い上がってくる所だった。

 

「今しばらく時間を稼げると思ったが、やはり駄目か……!」

「オォオオオ……!」

 

 王子が上半身をデッキに押し付け、いよいよ膝を縁にかけようかという、その時。

 

「う、ぉおおおおおっ!!」

「っ、アステリオス殿!?」

 

 灰が動き出すより早く、その隣をアステリオスが突き抜けていった。

 

 その肩からエウリュアレを下ろし、身軽になった彼は、雄叫びをあげて突撃する。

 

 そして、ローリアンに勝るとも劣らない全身を使い、渾身のタックルを決めて海へ飛び出した。

 

「おち、ろぉおおおおおおお!」

「ク、ァァアァア──ッ!?」

 

 二つの巨躯が、へりの向こうへと消えていく。

 

 

 

 程なくして、ぼちゃんと大きな音が下の方で鳴った。

 

 

 

 灰だけでなく、藤丸達や置き去りにされたエウリュアレもが呆気に取られる。

 

 が、すぐに我を取り戻すと全員がアステリオス達の消えた場所へ走り寄った。

 

「アステリオスっ!」

「アステリオスさんっ!」

「ああもう、いっつも猪突猛進なんだから!」

 

 船首へ到着するや否や、互いに競い合うようにして身を乗り出す。

 

 そして──大砲の一つに手をかけてぶら下がっているアステリオスを見つけ、ほっとした。

 

 彼が見下ろしている海面には、大きな波紋が浮かんでいる。どうやらローリアンは沈んだらしい。

 

「び、びっくりしました……」

「まったく、殿方というのは時にどうしてこう……」

「おーい、アステリオスー!」

「う」

 

 大きく腕を振る藤丸の声に反応して、顔を上げたアステリオスも空いた手を上げる。

 

 その表情のなんとも自然な様子に、なんだか気の抜ける思いがした。

 

 彼らがそうしているうちに、全力で帆を張ったゴールデン・ハインドはその場から離れていく。

 

 みるみるうちに巨大な帆船は遠ざかっていき、黒髭達に見送られる形となっていた。

 

「フォオォオオオ! 待つでおじゃる! BBAはいいけど、エウリュアレ氏と聖杯は置いていってくだちゃい!」

 

 この期に及んでふざけた言い回しをする黒髭に、ドレイクはギリっと歯軋りをする。

 

「黒髭とか言ったな、あの野郎。次に会った時は、必ず、何があろうと! 何が何でも!! あの首叩き落として、船首に括り付けてやるからなぁ────!」

 

 

 

 

 

 

 

 ドレイクの叫びが、大海原へと木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。

感想カモカモ!


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