魔法少女の道化師 (幻想郷のオリオン座)
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道化師の誕生

この作品は人に期待され続け、人の期待に応えることしか出来ない主人公
仙波 梨里奈が成長していく物語となっております。
基本的にはマギアレコードのメインストーリーに沿って話が進んでいきます。
序盤はメインストーリーに梨里奈が存在して居るだけではありますが
中盤から着実にストーリーに影響を与えていきます!


何でも出来る天才…私はきっと道化師だ。

私に居場所なんて無い。私にとってはどんな場所でもステージなのだ。

 

「梨里奈(りりな)、今度のテストも期待してるぞ」

「うん、任せて」

 

家でもテストや部活動の試合の度に期待される。

 

「勉強、頑張ってるな」

「うん」

 

テスト等も無い日も、私は両親に勉強をして居ることを期待され続けてきた。

 

「やっぱり梨里奈って凄く頭良いよね、分からない問題とかあるの?」

「ある訳無いじゃ無い、だって梨里奈は天才だよ? 文武両道の完璧な子だし」

「…あぁ、大体の事は出来る」

 

学校でも同級生からはいつもこんな風に言われる。

褒めて居ると思っているのかも知れないが…私にはこの言葉が痛い。

 

「く、梨里奈…対策はしてきたけど…」

「まぁ負けても当然だ、胸を借りるつもりでぶつかれ!」

「よし、勝負!」

 

部活動の試合の度に相手の選手とコーチの会話が聞えてきた。

向こうは負けて当然と考えていて、私は勝って当然なんだ。

私は勝たないと駄目だ、期待外れとガッカリさせたくない。

 

「凄いよね、何をしても表情1つ変えないし」

「勉強も凄いし、運動神経も抜群だし! 何でも出来るもんね!

 剣道の達人、柔道も出来る! 足は飛び抜けて速いしスタミナも凄い!

 ここまで運動神経が凄いのって、梨里奈くらいでしょ!」

「あ、これ解ける?」

「もう、梨里奈がそんなくだらない問題分からないわけ無いじゃん」

「そうだよね、何をしても表情1つ変えないからね、何でも出来る人って凄いよ!」

「弱音も吐かないし、どうすればそんな風に強くなれるのか知りたい!」

 

私の周りは、いつもこんな声ばかりだった…ただ1人を除いて。

 

「梨里奈ちゃん、今日も大変だったんだね。

 ちょっとしんどそうだけど無理しないでね?」

 

帰り道、不意に私は親友に声を掛けられた。

 

「七美(ななみ)、不意に声を掛けないでくれ」

「良いじゃん、それじゃ今日も私の家に遊びに来てね!」

「あぁ、約束は守るよ」

 

彼女は本当にありのままの姿をいつも見せてくれている。

髪の毛を整えることはあまり無いのか、彼女は髪の毛が跳ねてることが多い。

髪の毛を染めている子が多い中で、彼女は黒髪。まぁ、私もだけどな。

 

服装はいつも質素だが、一貫して暖かい服装で行動している。

彼女は身体が弱いからな、身体を温めていないと体調を崩す。

そして化粧もしていない。それなのに彼女の笑顔はいつも明るかった。

服装だって、決して明るい服装では無いがいつも誰よりも明るく見える。

 

そして七美は…彼女だけは私に対してあんな事は言わなかった。

私が辛いと感じている時もそれを見抜いて労いの言葉を掛けてくれる。

そんな親友の隣に居る間だけは、私は私で居られる。

彼女の部屋に居る間は…何だか、のびのびと遊べる。

 

まぁ、あいつの家は私の家とは比べものにならないほどに大きいし

物理的にものびのびと遊べるんだけどな。

お嬢様学校に通えるほどの金持ちだからな。

私の場合は学費免除で通ってるが。

 

「梨里奈ちゃん、どうしたの? そんなに難しそうな表情しちゃって」

「え? あぁ、何でも無い」

「…もう、また自分の思ってること言えなかったの?」

「……言えない、私がありのままの姿を見せるのはお前の前だけだ」

「駄目だよ! もう、何度も言ってるけど私以外にもありのままでぶつかれる

 そんな友達を作らないと! 大丈夫、梨里奈ちゃんなら出来るよ、頑張って!」

「そんな無責任に頑張れ頑張れ言わないでくれ…私だって頑張ってるんだから」

 

どれだけ頑張っても、私はその1歩を踏み出す勇気が無かった。

 

「大丈夫だって、皆、梨里奈ちゃんの事を分かってくれるって!」

「そんなの分からないじゃ無いか…」

「私と最初に話をしたとき、こうなるって分かってた?」

 

彼女に初めて声を掛けたとき…あぁ、私はまさかあの時

あの会話で七美と親友になれるとは思わなかったからな…

 

「大丈夫だって、何とかなるよ」

「……それでも、私…ん? なんだこれ…」

「あ、ここの謎解き難しかったら聞いてね、このゲームは得意だからさ」

「いや! 私は自力で解くぞ!」

「ふっふっふ~、さて梨里奈ちゃんに解けるかな~?」

「解く!」

 

こうやって、自分の好きなように遊べるこの時間。

この間だけは、私は私のままでいられる気がする。

くだらない事で意地を張ってみて、駄目な所を見せることが出来るのは彼女だけだ。

 

「ふぃ~、楽しかったね」

「あぁ…しかしクリア出来なかった…」

「あれは何周もしないと分からない問題だし、最初から分かる筈が無かったのだ!」

「な! それを先に! 

 …ま、まぁ良い。七美、そろそろ寝ないで大丈夫か? これ以上は身体に悪いぞ?」

「大丈夫だって、まだ9時じゃん」

「私の生活リズムではこの時間でいつも寝てるんだが?

 それに、お前は病弱なんだから身体を労れよ」

「うー、病弱なのはどうでも良いけど。

 まぁ、梨里奈ちゃんのリズムを崩すわけにはいかないね。

 それじゃ寝よっか。また明日ね」

「あぁ、しかし泊めて貰って悪いな」

「私は嬉しいから良いよ」

 

…私も嬉しい、彼女と一緒に過せるのは。

 

「お姉ちゃん、起きてよ!」

「あ、弥栄(やえ)」

「また梨里奈さんと一緒に寝て!」

「もう、そろそろ中学生なんだからお姉ちゃんに甘えないでよ」

「あ、甘えてなんて無い!」

 

と、上の妹は言っているが、彼女の服装や見た目は姉にそっくりだった。

全て真似ているというのが分かる。

甘えてないと本人は言うが、彼女は姉に憧れているのが分かる。

 

「……」

「あ、久実(くみ)も来てたんだ、久実も恥ずかしがらないで出て来なさい」

「……う、うん」

 

そして下の妹、久実。彼女は姉とは違ってあまり元気な方ではないが

時折見せる笑顔は姉の明るい笑顔とそっくりだった。

姉よりも地味な見た目をして居るが、やはり七美の妹なのだと分かる。

 

「あぁ、また梨里奈の方に」

「……ふぅ」

 

そして、下の妹の方は何故か私に懐いていた。泊まったり遊びに来たりしたとき

たまに私の隣に座る。その度に頭を撫でてやるが、幸せそうな表情を見せる。

これがいつもずっと続く事を、私は願っていた。

 

「梨里奈ちゃん、今日も楽しかったよ、また今度一緒に遊ぼう」

「あぁ、そうだな」

「……それとさ、梨里奈ちゃん。

 もしもの事がいつ起るか分からないからお願いしたいの」

「ん?」

「もし、私に何かあったら……私の事は忘れて、幸せに生きてね」

 

不意の言葉だったから少し呆気にとられてしまった。

そのお願い事に対し、私は何も答える事が出来なかった。

 

彼女は本当に病弱だ…今まで生きてきてるのが不思議なくらいに身体が弱い。

だから、その言葉の重みは……その事情を知ってる私にはよく分かった。

何も答える事は出来ず、私はただ彼女に何事も無いことを願うことしか出来なかった。

 

しかし、そのお願い事に対し何も言えなかったことを……私はすぐに後悔した。

 

「……七美」

 

私の願いは届かない。どれだけ願っても、叶わない願いは何とも呆気ない。

七美は死んだ…私のせいで、私の親友は命を落とした。

……私にもっと力があれば…彼女は死ななかったのに。

生まれて初めて…私は涙を流した。

そしてこの涙はきっと、私にとって最後の涙となるだろう。

 

「……もう11時……か…」

 

七美が死んだ病室…私はもうしばらくここに居ようと思っていた。

だが、七美の家族がやって来た…もう、私に居場所は無い。

私は涙をバレないように拭った……涙は、私に相応しくない。

 

「……っ!」

 

病室から出ようとした時、弥栄は私に何か言いたそうな表情をしたが

どうやらその言葉はかみ殺したようだった……

何も伝えることが無いのなら、私がこの場にいる理由はない。

 

私は病院から足下を向いたまま出た。

そして、病室から出たとき…私は視線をあげる。

私の目の前に広がったのは真っ暗な夜の光景……

この、何も映らないこの暗闇は…まるで、今の私の心情を表わしているようだ。

 

「僕と契約して魔法少女になってよ」

 

親友が死んで数ヶ月の時間が経ち、喋る動物が私の前に現われる。

 

「契約? 何を馬鹿な」

「契約してくれれば、君の願いを何でも1つ叶えてあげる」

「……本当か?」

「あぁ、どんな奇跡でも起してあげられるよ。

 さぁ、君の願いはなんだい?」

 

……どんな奇跡でも叶う、そんな馬鹿みたいな話。

とは言え、そんな事を言ってきたのが

喋る小動物であったというなら、信じるには値するのかも知れない。

 

まさにファンタジーの世界。ならば奇跡もあるのかも知れない。

魔法少女というのはよく分からないが、奇跡の代償であるなら何でもやってやろう。

 

「……分かった、契約しよう」

「話が早くて助かるよ。それじゃあ、

 仙波 梨里奈(せんば りりな)、君は何を願う?」

「……私が願うのは」

 

奇跡、私はどんな奇跡を願おう……私が願う奇跡は…願いたい奇跡は…

 

「……私が…願うのは…………、私が願うのは自分を越え続ける事が出来る才能だ」

 

私が望んだ奇跡は……自分を越え続けると言う奇跡だった。

居場所では無く、私は道化であり続ける事を願った。

それが私の生き方で、私はもう、この生き方以外を見られないのだから。




プロローグ終了後からは神浜に舞台が移ります。
そこからが本編なので、どうぞお楽しみに!


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神浜へ

「…神浜市か」

 

あの奇跡を経験してから、ほんの数ヶ月後だ。

私は卒業し、新生活としてこの神浜市へやって来た。

最初は高校へ行くのは難しいとは思ったが

私の能力を買って、直接勧誘が来たから来てみた。

 

どうも私の存在を知っては居たけど探すのに苦労したそうな。

後は色々と制度の問題もありそれを突破するのも苦労して

入学シーズンから少し経っての勧誘。

 

学費なども大分安くしてくれるらしい。

高い成績を出し続けていけば全額免除もあり得るそうだ。

 

没落してきている我が家の家計では高い学費など払えない。

これは本当に都合が良い話だった。家柄もあり

家族は家から出られ無いから1人暮らしだが

私としても、1人の方が過ごしやすい。

家族と過ごす時間よりも、私は1人で過ごす時間が欲しかったしな。

 

「っと、はい…これで大丈夫ですか?」

「はい、ありがとうね」

 

これから過ごすアパートに自分の名前を書いた。

高校1年生で1人暮らしをする事になろうとは思わなかったが

まぁ、炊事洗濯などの家事は全てこなせるから問題は無い。

 

私は何だって出来る。何でも出来ないと駄目なんだから。

 

「……誰も居ない部屋か」

 

私が入った私の部屋、そこには何も無い殺風景な光景が広がっていた。

とは言え、私の部屋は元々こんな感じか。勉強机程度しか無かったのだから。

いや、沢山の参考書はあったな。ひとまず参考書は全部持ってきてるし

後から到着するカラーボックスに叩き込んでおけば良いか。

 

 

 

「よし」

 

部屋について1時間で、私の引っ越しは完全に終了した。

何せ私の部屋の家具は元々少なかったからな。

勉強机と参考書が入ったボックスを運ぶだけで完了だ。

実に楽な引っ越しだと思う。引っ越し業者さんの時間を無駄にしてしまった気もする。

この程度なら正直1人でも運べたが、移動が電車だからな。流石に電車内には運べない。

 

「勉強をしよう」

 

そして私は再び勉強を始めた。簡単な勉強だ。

高校生の勉強を早めにしてみたが、凄く簡単だな。

この位のレベルであれば、高い成績を残し続ける事が出来るだろう。

私は最高の結果を出し続けないと行けないのだから。

 

「ふぅ、ひとまずこんな物……ん?」

 

一段落して一休みしようとしたときに魔女の気配を感じた。

勉強机に入れてあるグリーフシードを少し手に取りその気配の元へ移動する。

 

「最近は静かだったと思ったが、こっちでは魔女が湧くのか」

 

奇跡の代償は魔女の撃破…なんて言う単純な物。

私にとって、そんなに難しい代償では無い。

奇跡の割に、かなり安い代償と言えるかな。

とは言え、命懸けだから代償としては十分なのかも知れない。

ひとまずはいつも通りに魔法少女に変身し結界の中へ入る。

 

「ん」

 

うにゃうにゃとしたカラフルな泥団子みたいな使い魔だな

形は犬みたいだ…変な使い魔だな。

いや、使い魔の姿が変なのはいつも通りか。

しかしここの使い魔…妙に力が強いような気がするが。

 

「うーん」

 

動きも速いし、行動も連携が取れているように見える。

 

「お?」

 

防御力もそれなりにある様だ…速攻は少し面倒かも知れない。

魔女ならいざ知らず、ただの使い魔でこのレベルだと?

今までここまで力が強い使い魔など居なかったのに。

 

「っと」

 

遠方から遠距離攻撃をチクチクと面倒だな。

 

「くたばれ」

 

私は武器として使っている短刀を伸ばし、その遠方の使い魔を貫いた。

すぐに短刀を戻し、飛びかかってきた奴を仕留める。

 

「…ふぅ」

 

ただの使い魔だというのに妙にしぶとく面倒な奴らばかりだな。

ひとまずこれでしばらくは安心だろうが、使い魔が地味に脅威だとすると

中々に戦闘が面倒な事になりそうだな。1人でも問題は無いが時間が掛るのは嫌だ。

早く家に戻って寝なくては。もうそろそろ9時だからな。

 

「くぅ! 今日は随分と数が多いわね!」

「今回はぶっ倒れてた子の救助が優先だ、撤退するよ!」

「なんでレナがこの子の為に!」

「で、でもこの人、私を助けてくれて…」

「知らないわよそんなの!」

「良いから! 人命第一でしょ? 大事な仲間なんだから」

「こんな弱い奴が仲間になっても嬉しくないんだけど?」

「多分この子は神浜の人間じゃ無い。仕方ないさ」

 

私の他に魔法少女がいたのか。しかしチームを組んで挑んで居るとは珍しい。

そんな魔法少女達は初めて見たな。そして4人か…

とは言え、1人はどうやら動けないようだ。

しかしあの3人、いまいち連携が取れていないかも知れない。

恐らくこのままだと包囲されるな。さっさと撤退しないと不味いだろう。

 

「ほら、速く逃げるよレナ!」

「うぅ…どうして逃げないと駄目なのよ、レナ達なら余裕でしょ!」

「れ、レナちゃん。安全の方が大事だよ、下がろうよ」

「はぁ!? ここまで来て逃げられるかっての! もう少しで最深部でしょう!?」

 

……どうもあのレナという子が問題を起しているようだな。

見た目以上に子供っぽい性格をしている様に見える。

しかし、あんな風にわがままに振る舞えるというのも羨ましくもある。

だが、状況は見た方が良かったな。撤退を渋ったせいで包囲されている。

 

しかしあの娘、戦闘の時に少し躊躇いがある様な気がする。

仲間内との会話にも若干違和感がある…

ちょっとした親近感が湧く気がする。

 

「ほ、包囲されてるよ!」

「いつの間に!」

「形勢不利だね…退路も無いよ」

「こ、このままじゃ…」

 

まぁ良い、本来は助ける義理などは無いがこの場を放置は不味いだろう。

眠っても安心してのんびりとする事すら出来ない。

睡眠の時位、何も考えずにのんびりとしたいからな。

 

「ふぅ、ここであったのも何かの縁だ。手を貸そう」

「だ、誰よあなた! 魔法少女なんでしょうけど

 魔法少女っぽい服じゃないわね…黒い軍服?」

「私は仙波 梨里奈。最近こっちに引っ越してきたんだ。

 これからは顔を合せることになるだろうから顔は覚えていても損は無いだろう」

「神浜の外から来た魔法少女か!? それなら油断は禁物だぞ!

 相手がただの使い魔だったとしても神浜の魔女は」

 

私に気付いた使い魔達が一斉にこちらに飛びかかってくる。

ふぅ、この程度ならば容易に捌くことは出来る。

多少連携は取れるし、個々の能力も高い様子だが。

 

「あぁ、分かってる。多少強い程度じゃ相手にはならないがな」

「い、一瞬で飛びかかってきた使い魔を全部捌いた!?」

「べ、ベテランの魔法少女だったのか!?」

「いや、数ヶ月前に契約したばかりだ」

「う、嘘だろ? そんな数ヶ月ちょっとの実力じゃ無いだろ!

 やちよさん程じゃ無いとは思うけど…この実力は相当」

「私の実力なんてどうでも良いだろう? 今はこの場を切り抜ける。

 ひとまずお前達を包囲している使い魔を排除する」

「まぁ、退路は確保したいからね」

「外側は私に任せろ」

「わ、分かった」

 

私は初めて誰かと協力して魔女の…いや、使い魔の対処に当った。

使い魔の動きはある程度確認し、予測が出来るようになっている。

ひとまずだが、自分の固有魔法を使う必要も無く殲滅は可能だろう。

 

「包囲は突破したな」

「あんた何なんだよ、異常な程に強いけど…」

「気のせいだ」

「1人でここの使い魔何十匹も倒してるくせに何言ってるのよ!」

「多少武術に心得があってな、運動能力には自信がある。

 さてどうする? 今なら撤退は可能だ。

 逃げるというなら付いていくが…」

「そうだね、今は逃げた方が良いだろう」

「く…仕方ないわね」

「よし、分かった」

 

そのまま私達は撤退をする。使い魔達の追撃もあったが

迎撃は容易であり、すぐに魔女の結界から抜け出すことが出来た。

 

「よ、良かったよぅ…」

「今回は本当に助かったよ、確か梨里奈だったっけ?

 あたし達の方も自己紹介させて貰うよ。

 あたしは十咎ももこだ、よろしくね」

「あぁ、よろしく頼むよ、十咎さん」

「ももこで良いよ、一緒に戦う仲間だからね。

 それにあたし、上下関係とか苦手だし」

「そうか」

「あ、あの、わ、私は秋野かえでって言います!」

「あぁ、よろしく」

「よ、よろしくお願いします!」

 

随分と弱気な少女だ、だが芯はしっかりとしているように見えた。

もう少しどっしりと構えても良いと思うが偉そうに何かを言える立場では無いか。

 

「ほら、後はレナだけだよ」

「なんで自己紹介なんてしないと…」

「助けて貰ったんだから、そもそも初対面の相手には自己紹介は常識だろ?」

「うぅ……レナよ」

「多分、レナの下の名前はとっくに知ってると思うぞ。名字とかも言うべきだと思う」

「み、水波よ、水波レナ! これで良い!?」

「あぁ、レナだな。よろしく頼むよ」

「全く、なんでレナが…」

「……少しは自信を持てよ」

「な!」

 

ひとまず帰るとしようか、今日はもう9時だ。少し遅くなってしまった。

 

「待ちなさいよ! 最後の言葉、どう言う意味!?」

「それはお前自身が1番分かってるだろう? 以上だ。

 私は帰らせてもらう。もう9時を過ぎてしまったからな」

 

出て来そうになっていたあくびをかみ殺し、そのまま家へ向った。

 

「何なのよもう! レナも帰る!」

「あ、待ってよレナちゃん!」

「ま、今日はもう解散で良いだろう。じゃ、あたしもこの子が起きたら帰ろうかな」

 

無駄に強い使い魔のせいで少々疲れた、9時も過ぎたし急いで帰るとしよう。

 

彼女達と別れて少し経った…しかし、あくびが止まらない…

誰も見ていないなら良いかも知れないが。

あくびなんてはしたない姿を見せるわけにはいかないからな。

そんな姿を見せても良いのは、あいつの前だけだったんだから。

 

……七美、どうしてお前は、私の居場所になってくれたんだ?

そんな事、私が考えたところで何も分からない。

居場所を失うのは辛い。それを知ってる私だから……

 

「ちょっと良いかしら」

 

眠る直前に考える事を歩きながら考えるべきでは無いな。

しかし、この時間に私に話し掛けてくる少女とはな。

いや、少女か? どうも見た感じ年上に見えるな。

 

「こんな時間ですし、お話しがあるなら後日でお願いします」

「あら、後日だと時間が取れそうにないから今話し掛けてるのよ?」

「……私は今時間が取れないので後でと言ってるんですよ?

 早く寝ないと、時間が遅くなってしまいますからね」

「それなら、こんな時間に外を出歩くべきでは無いわよね?

 でも、出歩いてる。あなた魔法少女でしょ」

 

魔法少女の事を知っていると言う事は、この人も魔法少女なのだろう。

魔法少女がどうしてもこの場で話さないと行けないこととは何だろう。

魔女の存在か? しかし、魔女の気配はしないがな。

 

「あなた、ここの魔法少女じゃ無いでしょ?」

「その通りです、最近というか、今日引っ越してきたばかりです。

 今、魔女の結界を抜けて家に帰ろうとしてるところです」

「へぇ、この新西区に住んでるのね」

「はい、転入することになった高校がこの近くでして」

「そう」

「それで? こんな世間話をする為に呼び止めたわけでは無いんでしょう?」

「…えぇ、あなたの実力を見せて貰いたいの。この神浜でやっていけるかどうかを」

「……後日でお願いします、今日はもう遅い。眠りたいんですよ。

 こんなに夜更かししたのは一生のうちで2度目ですよ」

 

1度目は……思い出したくない。

もう思い出すことも、思い出そうともしたくない。

 

「……まだ9時少し過ぎた程度よ?」

「そうでしょうね、でも私、最近夜が嫌いになったんですよ、早く帰って寝たいんです」

「……みかづき荘、そこで待ってるわ。来ない場合、探しに行くから」

「分かりました、時間があればよさせて貰います」

 

…約束をした以上は行かないと行け無くなるか。

約束は破ってはならない。当然だろう。

 

「……それともう一つ、孤独ルームのウワサ…聞いたことある?」

「噂? 何ですかそれは」

「1人暮らしの少女の前に姿を見せ、誘拐し洗脳すると言われているウワサよ」

「ふ、何を言うかと思えば、そんな世迷い言を伝えられるとは思いませんでしたよ。

 噂が何だって言うんですか? 所詮噂は噂、事実な訳無いでしょう?」

「えぇ、普通ならね…でも、この神浜ではそんなくだらないウワサが具現化する」

「……信じているんですか?」

「信じるも何も、私はこの目で見て、そのウワサを排除しているの。

 あなたも1人暮らしだというなら気を付けなさい。狙われないように」

「…肝に銘じておきますよ」

 

そんなくだらない噂の事を覚えておくなんて意味は無いと思う。

だが、それはあの人の言葉が嘘偽りであればだ…だが恐らく…あの感じは事実。

 

「それではまたお会いしましょう。自己紹介は次に会うときに」

「…そうね、お休みなさい」

 

私はそのまま自分の部屋に戻った。やはり殺風景な物だ。

……ゲーム機も全て捨てたからな。もう必要も無かったから。

これから暇な時間はひたすらに勉強に励むとしよう。

ひとまず今日は寝るとしよう。噂とやらに警戒しながら。

 

 

 

(……さぁ、今日も楽しいパーティーが始まる。今日は新しいお客様)

 

……寒気がした、嫌な予感がして咄嗟に私は目を覚ました。

目を覚ますと、そこは私が知らない空間だった。

元々自分の新しい部屋には慣れてはいなかったがこの豹変は流石に気付く。

 

周囲には巨大なケーキが置いてある。

周囲も異様な程に明るく、どうも楽しそうな雰囲気は感じた。

だが、その雰囲気に相応しくない大きな檻が見えていた。

 

その檻の中には何人もの少女達が蝋燭を円形に立てていて

その蝋燭の真ん中には小さなケーキが置いてあるのが分かった。

全員手を叩きながら首を振っているが楽しそうには見えないな。

まるで生気が無い…その行動には一切の感情を感じなかった。

 

「……」

 

唖然としたよ、こんな訳の分からない光景が目の前にしてしまったんだからな。

変な小さな声が聞え、背筋がゾッとして、目を覚ましたらこんな空間の中。

まるで魔女の結界の様に見えるが…何処か雰囲気が違う気がする。

 

「……もしかして、これが噂?」

 

あの女の人が言っていた噂とやら、それがこれなのか?

こんな訳の分からない空間に引きずり込まれる事になろうとはな。

 

「ん?」

 

使い魔か? 随分と派手な衣服を纏った象だな。

馬子にも衣装とは言うが、ここまで派手では逆に無様に見える。

まるで自分を偽り、着飾りすぎただけの惨めな姿だ。

その姿の中に、自分の真の姿は無い…ま、私が言えた口では無いがな。

 

「*::@!」

「なんて言っているのかは分からないが、家に帰らせて貰うぞ!

 これ以上夜更かしをするのは嫌でね!」

 

象の数は多いが、動きはかなり遅い。

見た目通りとは言え、たまに鼻から黒い雫を飛ばしてくる。

 

「気持ち悪いな、鼻水か何かか? 鼻の掃除をする事をお勧めするよ」

 

その鼻水を避けながら象に接近し攻撃をする。

しかし流石は象。中々に皮膚が硬いな。

とは言え、どんな動物や生き物でも急所は存在する。

 

関節部分はどうしても柔らかくなくちゃならない。

そうしないと動くのも一苦労になるからな。

だから、その部分を狙えば攻撃は通る。

ここまで動きが遅い相手の急所を狙うことなど造作ない。

 

「ふん」

 

関節を切断された象はその場に跪く。

私はすぐに象の背中に乗り、首を突き刺した。

象はすぐに姿を消す。やはり使い魔のような物なのだろう。

 

「次だ」

 

数は多いが所詮のろまな動く的。ちょっと硬い程度じゃまるで意味が無い。

私は群がる象をドンドン倒していく事にした。

そして、檻に向って走る。恐らくあの檻が噂とやらの本体だろう。

 

「邪魔だ!」

 

象が私の前に壁を作る。とは言え、いちいち相手にするのも面倒になって来た。

動きが鈍いなら、その攻撃を避けて本体を叩くのが1番早い。

 

「さぁ、姿を見せたな」

 

ある程度接近すると、その檻が立ち上がる。

檻が立ち上がるという表現はおかしい気がするな。

立ち上がるでは無く、檻の下に隠れていた本体が姿を見せた。

こっちの方が正しいだろう。しかし大きな檻を頭に乗せたペンギンが出てくるとはな。

 

しかしよく見ると、どうもぬいぐるみという風に見える。

だがどちらにせよ、その帽子は趣味が悪いと私は思うけどね。

 

「しかし、ペンギンならもう少し仲間が居てもおかしくないと思うが。

 …もしや、仲間が居ないから孤独ルームって感じなのか?

 まぁ良い、何が理由であれ私の邪魔をするなら排除させて貰う!」

「ぴ↓ぴ↑ぅ↓」

「面倒は嫌いなんだ…一撃で終わらせる」

 

これ以上は眠る時間が無くなるからな。魔力消費も大した事は無いんだし

ここは固有魔法を使って撃破させて貰おう。自分の身体的限界を越える魔法。

 

「消えろ」

「ぴ↑ぁ↓」

 

かなり強化したからか、あの魔女の様なペンギンは私の速度に反応出来ず

身じろぎ1つする事無く急所を突かれて消えた。

自分の限界を越え続けたいと願った私に与えられた力は

自分を強制的に成長させる力…私にピッタリだな。

 

「……」

 

ペンギンを仕留めたことで、檻に囚われていた少女達が落下した。

私はその少女達が地面に叩き付けられる前に何とかキャッチする。

 

「パーティー…あなたも……い、一緒に…寂しいでしょ? 1人は寂しい…」

「……」

 

ゆっくりと差し伸ばされた手を、私は躊躇いなく払えた。

 

「1人を寂しいと思えるとはな、羨ましいよ」

「……」

「もう起きろ、私は寝るがな」

 

結界はそのまま消えていった。そう言えばあの魔女。

グリーフシードを落とさなかったな。

ま、私は魔女との戦いで魔力を消耗することも殆どないから

グリーフシードはかなり余っているから何の問題も無いが。

 

「……部屋に戻ったか…寝直すとしよう」

 

今日は面倒事に巻き込まれる日だった…だが、この街を知る良い機会になったか。



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神浜の観光

……眠い、まだ眠たい…今日が日曜日だったのは救いだったかな。

入学は明日だ、ひとまず制服も問題無く洗っている。

なら、早速朝食と…あ、駄目だな、冷蔵庫の中が空っぽだ。

今手持ちにあるのは……1000円くらいか…銀行で降ろさなくては。

 

「……ひとまず、街を回るとしよう」

 

とりあえず色々と回ってみる事にした。色々な区に別れているんだな。

参京区と言うところは商店街になっているのか。

ちょっと行ってみても良いかも知れないな。

歩いて行ける距離だ…とは言え、腹も減ってる。

 

いや構わないか。時間的にも歩いていれば丁度良い時間だろう。

コンビニで朝食を買って食うというのは、あまりよろしくないからな。

 

「……意外と距離があるんだな」

 

少し歩き、私は何とか参京区へ移動することが出来た。

道中、コンビニでお金も下ろし、所持金は1万以上ある。

 

しかし、この参京区は商店街が多いな。だが、若干時間が早い。

中々開いていそうな店は無いな…この時間だし仕方ないのか。

 

「ん?」

 

万々歳…ふむ、この時間でも開いているのか。

何だか中華料理店というのは朝早い時間から開いているイメージがあるが

やっぱり早朝から開いているんだな。

 

「ここにするか」

 

私はゆっくりとその中華屋の扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ!」

「あ、えっと」

 

扉を開けると、高校生くらいの少女が元気よく出迎えてくれた。

店屋に入ってここまで元気よく入店を歓迎されるとは。

 

「おっと、初めてのお客さんだね。ようこそ万々歳へ!」

「ど、どうもよろしくです」

 

随分と元気が良い子だな…性格から考えても同い年位だとは思うが

所詮は性格。見た目の身長とかから考えると年上の可能性もあるにはあるのか。

とは言え、ここまで積極的に客に絡む店員は珍しい気がする。

 

「えっと、こちらの席へどうぞ」

「ありがとう」

 

彼女に案内されるがまま、私はカウンターの席に座った。

ひとまず目に付いた半チャン定食を頼む事にした。

値段は1000円か、結構高いか。

だが構わない。今日はお金を下ろしてきてるしな。

あまりお金は無いが、今日くらいは贅沢しても良いだろう。

 

「父ちゃん、半チャンね!」

「あいよ」

「親子なんですか?」

「うん!」

 

そうか、親子で経営している中華点なんだな。

少し羨ましい気がする。

 

「しかし、親子で経営って大変でしょう? 自営業は」

「うん、でも大丈夫! 私が絶対に繁盛させるからね!」

「客商売はお客様が居てですし…1人じゃ難しいんじゃ…」

「た、確かにそうかも知れないけど! やろうとしなきゃ出来ないよ!

 私は最強を目指してるんだからね! 偉業を成し遂げるためには何でもしないと!」

 

偉業…か、何かの為に必死になる気持ちは私と似たところがあるのかも知れない。

だが、私の場合は彼女のように何かを目指して頑張ることは出来て居ないが。

……しかし本当に明るい人だな。元気が良い…元気が良すぎてちょっと違和感がある位だ。

 

「ふんふん!」

 

……いや、気のせいか。ただ飛び抜けて元気が良いだけなのかもな。

やはり何かを残そうとする人はこれ位の元気が無いと駄目なんだろう。

元気よく振る舞わないと、自分のネガティブに負けてしまうだろうからな。

ネガティブに負ければ行動が出来なくなる。何かを残すためにはポジティブ無ければ駄目か。

 

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

普通のラーメンだな…ひとまず食べてみるか。

 

「……」

「ど、どう!?」

 

……凄いな、この味…いや、美味しいというわけでは無い。

うむ、非常に美味しい…そう言うわけでは無い。

だがしかしだ、可も無く不可も無く。日常的に食べるような料理。

非常に美味しいわけでも無いし、かといって不味いわけでも無い。

中間点の50点と言った所だ。

 

「あ、味の評価を…」

「良いんですか?」

「お願い! 参考にしたいから!」

「……50点です」

「うわー! やっぱり50点! 皆50点って言うんだよ!」

「そんなにがっかりしなくても良いと思いますよ?

 こんな絶妙な味…ある意味では魅力的とも言えます。

 非常に美味しい訳でも無く、不味いわけでも無い。

 逆に凄いと思いますよ」

「褒められてる気がしないよぉ!」

 

この味に、私は色々な魅力を感じた。これ位が丁度良い。

丁度良い塩梅…美味しすぎる料理は毎日は食べたくならない。

それはそうだ、その美味しい味がいつか当たり前になってしまうのだから。

たまにご褒美として食べに行く。それが美味しい料理。

 

不味い料理は1度食べたらもう2度と来たくなくなる。

当然だ、不味いのだから。

 

だが、この料理ならばあまりにも美味しすぎる訳でも無いし不味くも無い。

これなら、また明日来ても良いと思える。私の予想だとこのお店は

繁盛はしないが、常連客が増えて行く。そんな身近な店だろう。

 

「うぅ、どうすればぁ…」

 

それに、随分と元気の良い看板娘も居るんだ。

同年代の子も入りやすいだろう。

中学生とか、高校生とか。そこら辺の女の子も入りやすいはずだ。

中華は男子が食べる物というイメージは大いにあるが

そのイメージをこの子が壊してくれている。

それに、入ればいつでも歓迎してくれる何とも入りやすい店。

 

「……」

 

少女が悩んでいる声を聞きながら、ラーメンを啜りチャーハンを食べる。

悪くないかも知れない。家で1人で料理を食べるよりはマシかもね。

 

「ごちそうさまでした、ありがとうございます。これお代」

「あ、ありがとう。また来てね! あぁ、そうだそうだ!

 私は由比鶴乃! よろしくね!」

「…私は仙波梨里奈、よろしくお願いしますね」

「梨里ちゃんだね! また来てね!」

「はい」

 

さて、腹ごしらえも済んだし、今日はこのまま帰って。

 

「……偶然ね」

「あなたは」

 

万々歳から出てから少しして、昨日あった女性と出会った。

まさかこんな所で出会うとは思わなかったな。

 

「そうですね、完全に偶然です」

「……昨日の話、覚えてるわよね? 付いてきて」

「…分かりました」

 

昨日の話か…実力を試したいという話…時間も悪くないし休日だしな。

今日は彼女に従って、戦いをすることにした。



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力試し

「力試しと言う事ですが、本当にやるんですか?」

「えぇ、その為にあなたにはここまで来て貰ったんだから」

 

路地裏か…ここならあまり人は来ないし戦えるのか。

しかし、彼女の装備的に考えても路地裏は不利だろう。

彼女は槍のような物を装備している。

 

とは言え、槍というのは突く事に特化している装備。

しかし、突く事の他に割る事も出来そうな斧の機能もありそうだ。

槍とポールアックスを合わせた感じだな。

薙刀に突く機能を強化した感じなのだろうか。

 

「この路地裏の狭い空間で、その装備は多少不利だと思うんですけど?

 リーチの長い武器は、狭い空間ではその機能を発揮しづらいと思いますか?」

「短いリーチしか無いあなたに武器の心配はされたくないわね」

 

私の装備は短刀だからな、まぁ見た目は短いリーチしか無い。

とは言え、私にはこの方が速く動ける分使いやすいからな。

この様なリーチの短い装備というのは懐に入りさえすれば勝ちだ。

 

動きを速くすることも出来る私にとって、この短刀は適性装備と言える。

しかし、槍等のリーチの長い装備は接近されてしまえばお終いだ。

つまり接近されないように、常に冷静な判断が求められる。

動きが速い相手の時に冷静な判断を失えば敗北する。

 

私の様に動きが速すぎる相手と対峙したとき。その相手がどれ程の腕かは分かる。

経験が豊富であれば冷静に対処は出来るだろうが、経験が浅ければ恐怖し冷静な判断を失う。

リーチの長い武器にとっては懐に潜り込まれるのは死を意味するのだから。

さぁ、彼女はどっちだろう。戦えば分かる事だが興味はある。

 

「では、始めましょうか…しかし本当に不思議ですよ。

 私にとって、かなり有利になるこの空間を選ぶとは」

「あなたにとってだけ有利になると思うの?」

「えぇ、今の所はね」

 

まずは正面から彼女に接近する事にした。

彼女は私の動きに反応し、槍部分での突きを仕掛ける。

私はその攻撃をギリギリで回避、そのまま彼女へ短刀での攻撃を仕掛けた。

 

「っ!」

「む」

 

だが、彼女は咄嗟に武器を上に振り上げ、私の短刀を弾いた。

そして、彼女はすぐに後方に跳び下がりバランスを崩していた私に斬りかかる。

しかしバランスを崩していたのは演技。すぐに態勢を戻し回避、槍を踏み付けた。

 

「ふん!」

「中々やるじゃない」

 

槍を踏み付け身動きを取れないようにしたところに短刀を投げたが

彼女は私の投げた短刀を回避した。

それなりの速さで投げたと思っていたが…なる程、かなり強いな。

接近されても冷静さを失わず的確にカウンターを仕掛けてくるとは。

 

「おっと」

 

踏み付けていた槍が大きく振り上げられる。

これならバランスを崩すかも知れないが、私は槍に乗り跳躍。

彼女の背後に跳び、一気に接近する。

 

「っと、かなり出来るわね」

「背後からの強襲をすんなり防御とは驚いた」

 

私の背後からの攻撃は、彼女にいなされる。

バランスを多少崩したが、私はあえてバランスを大きく崩し

そのまま前転により距離を取ると同時に態勢を立て直した。

 

「良い判断ね、猪突猛進に見えて失敗した後の対処も完璧に考えている。

 かなりの実力と言えるわ…しかし、武器による強襲以外に何か無いの?

 後もう1つ…あなた、本気を出してないわね。隠している物が多いように見える」

 

中々の洞察力と言った所だな。確かに私はまだ色々な要素を隠している。

この短刀に関する秘密は3つ程はまだ残してるし、自身の魔法も隠している。

しかし彼女も本気では無いのだろう。魔法少女と戦う事はこれが初めてだが

魔女と戦うよりもしんどいかも知れないな。

 

「では、ちょっとだけやる気を出させて貰いましょうか」

 

このままだと長期戦になるかも知れない。短期決戦を仕掛けるとしよう。

私は再び彼女に接近する。さっきよりも若干加速して。

限界突破による強化ではないが、少し本気を出した感じだ。

 

だが、若干加速したところで彼女をどうこう出来ないことは分かっている。

私は彼女の攻撃が飛んで来る前に跳躍し、彼女の頭上を越える。

その時に手元に何本もの短刀を呼び出し、頭上から雨のように降らした。

 

「く!」

 

彼女はその攻撃を弾き、攻撃を防いでいる。

しかしながら、私の投げた短刀は頭上から全て力で落とした訳では無い。

何本かの種類に分け、落下速度を変えるように落としている。

 

その為、私が着地した後もあの短刀は少しの時間降り続けることになる。

その間、彼女は防御をするしか無いだろう。

多少広範囲に展開させて貰ったからな。

 

ここが広い地形であれば回避は出来たかも知れないがここは路地裏。

狭い範囲しか無いこの空間で回避し続けることは不可能だろう。

 

「ふん!」

 

私は着地と同時に彼女へ接近する事にした。

落下してくる自身の短刀を弾きながら一気に。

防御で手一杯になっている彼女は上空からの攻撃と地上からの攻撃

この2箇所からの同時攻撃を防ぐことは出来るのかな?

 

「ぐぁ!」

 

流石にその両方を防ぐ事は出来なかったのか彼女は私の攻撃を受けた。

とは言え、短刀で斬り付けたわけでは無く、加速の勢いを利用して蹴りを入れただけだ。

相手は人間。その相手を殺すわけにはいかないだろう。

 

ひとまず私はその後、自身が投げた短刀を消し元に戻した。

空と地上の同時攻撃。これを防げるのは武器を2つ持ってなきゃ無理だろう。

 

「く、予想以上に出来るわね…」

「これで力試しは完了で良いですか?」

「……えぇ、あなたの実力、認め」

「このぉ! よくもやちよさんを!」

「っと!」

 

あ、危ない…不意にデカい大剣が…そしてあの声は昨日の

 

「確かももこだったか、不意に攻撃は流石に危ないと思うが…」

「あなたどうしてここに?」

「昨日の事でやちよさんを問い詰めようとして探してたんだ。

 そしたら、やちよさんがこの子に蹴られてるのが見えて」

 

何か凄くいやなタイミングで姿を見せていたんだな。

そのタイミングで私達を見付けたとすれば誤解するのも仕方ない。

 

「……いやなタイミングに遭遇したわね。ただの力試しよ」

「はぁ!?」

「タイミングが悪いな…あれでもし私が避けていなければどうなってたか」

「う、嘘だろ…ごめん! 本当にごめん!」

「そのタイミングでみてしまったのなら誤解するのは仕方ない。

 大丈夫、気にはしていないから」

「うぅ…ありがとう、はぁ、あたしなんでいつもタイミングが悪いかな…」

 

どうやら、いつもタイミングが悪いらしい。とは言え、悪いタイミングに遭遇しても

最悪の事態に至ってないのだから幸運なのかも知れない。

 

「それじゃあ、私は帰るわ。その子の実力も分かったことだし」

「あ、待ってくれやちよさん! 昨日の事を問い詰めさせて貰う!」

「昨日全て話したでしょ? 今更もう一度話す必要は無いわ」

「あ、待て!」

 

彼女達が何処かに行くところを、私は止めることも事情を聞くことも無く見守った。

そのまま、私は自分の部屋に戻る。誰も居ない部屋は…何故か安心出来るから。

昨日、うわさに囚われていた少女は1人が寂しいと言っていたが。

私はむしろ、1人の方が安心出来る…家族も居ない、誰も居ない1人という空間。

私は……その空間の中でしか、私で居られないのだから。



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偶然の再会

次の日、私は神浜市立大附属学校へ向う事にした。

好成績を出し続ければ学費は免除してくれるという話がある。

それは水名女学園でも似たような制度があるが

そっちは寮も無かったし、こっちの方が通いやすいからな。

 

それに好成績のままであれば、大学の方も免除と言う。

ここでしばらく過ごせば、教育費を出す必要も無く

高校から大学まで通うことも出来て便利が良い。

 

しかし、この神浜市…教育機関がかなり多い気がする。

都会だからなのか? どうも田舎で過ごしてた私には想像出来ないな。

 

「はい、今日は転入生を紹介します。梨里奈さん」

「はい」

 

教員に呼ばれ、私は生徒達の前に立つ。

本来は高校へは行けなかった私が少しの時間を空けての転入。

最初の自己紹介を1人だけ行なわないといけないというのは少し恥ずかしい。

 

「初めまして、仙波梨里奈と言います。本来はこの神浜の人間では無く

 街に関して分からない事も多々ありますので、色々と紹介してくれればと思います。

 その会話を通し、仲良くなることが出来ればと思っていますので、よろしくお願いします」

「はい、ありがとうございました」

「ははぁ、これはすごい偶然だね」

「あ」

 

私の自己紹介の後、クラスを見渡すと何処かで見た顔があった。

そうか、ももこもこの学校の生徒だったのか。

それも同じ学年とは、何と言う奇遇だろうか。

 

「ん? もしかして知り合いなの?」

「あ、はい。休みの日に偶然出会いました」

「なら、丁度席も空いてるし、ももこさんの隣に座ってください」

「はい」

 

意外と席って開いてるんだな。

もしかしたら転入生が複数人来ること前提なのかも知れない。

それはそうか、勧誘をするくらいだからな。転入前提なのかも知れない。

 

「はは、まさか同じ高校に来るとは驚いたね」

「全くだな」

 

教員に言われたとおり、彼女の隣に私は座った。

 

「一応、ここの高校は勉強が難しいから注意してね」

「ん、大丈夫だ」

 

そのまま授業が始まったが、私には何の問題は無かった。

これでもそれなりに勉強はしてきているからな。

学費を免除して貰う為に頭が良いのは当然…と言うのは戯れ言。

 

私は完璧であり続けないといけない。どんな問題でも失敗は許されない。

ケアレスミスもあってはならないから常に気は抜けない。

しかし、今日はいきなり抜き打ちテストというのは驚いたよ。

 

「うぅ、難しい」

「……」

 

簡単な問題ばかりだな、これ位なら事前に勉強をする必要も無い。

最もこれは抜き打ちテスト。事前に勉強をする事は出来ないがな。

こう言うのは普段勉強をしているかどうかを計る物なのだろうしな。

それなら、普段勉強が出来ていれば造作ない問題しか無いだろう。

 

「はぁ、終わった…自信ないなぁ」

「この位大した事は無いと思うが」

「あはは、あんな事を言ったあたしがこれじゃ示しが付かないね」

「いや、忠告してくれてありがとう」

 

こう言う場合なんて言えば良いのか私には分からない。

七美に対してこういう風に言われたときは、大体勉強を後で教えてあげると

そう言って終わってた記憶があるからな。

 

「しかしなぁ、これあたし何点ぐらいだろ…60点取れれば良い方かな」

「大丈夫だと思うぞ」

「ちょっと不安だけど、そう言って貰えるなら期待してみようかな」

 

それからしばらくして、抜き打ちテストの点数が出て来た。

私の点数は100点。ももこは62点だった。

 

「ふぅ、セーフ! 何とかなった様で安心したよ」

 

私もこの点数を見たとき、凄く安心した…100点を取れて良かった。

テストの度にこの採点を見る瞬間がどうしようも無く不安になる。

これで100点じゃ無ければどうしようと、そう思ってばかりだからな。

 

「そっちも安心した感じだし、良い感じの点数だったんだろ?」

「ん、まぁ何とか」

「ちょっと見せてよ。どれどれ…うげ! 満点!?」

「うん、何とか満点だった」

「いやいや! その表現はおかしいでしょ! 何とかって60点台とかで使うんじゃ…」

「ん…あ、あぁ、そうかも…じゃあえっと。当然の100点だ」

「……ねぇ、もしかして満点じゃないと駄目な理由とかあるの?」

「え?」

 

い、いきなりそんな事を聞かれるとは…こんな風に言ってきたのは

七美くらいだったんだが…他はただ褒めるだけというか

私の態度に対し、一切の関心を示しては居なかった。

 

「いや、そんな物は無いけど…えっと、意地を張りたいから」

「そんな風には見えないけど、色々と大変なんだね」

 

ここは違うな、七美は更にグイグイと聞いてきた。

絶対嘘でしょとか、何か大きな理由があるんじゃ無いの? とか

しつこすぎるくらいに徹底的に聞いてきていたような記憶がある。

 

「でもさ、常に満点取らないといけないって大変でしょ」

「……そうかも知れない。でも、仕方ない事だ」

「仕方ない事? うーん、家庭の事情とか?」

「まぁ、そんな所かな」

 

どうやらももこはかなり優しい少女みたいだな。

それもそうか、仲間を指揮するリーダーみたいな立場の様だったし

相手を気遣うことは大事なのかも知れない。

 

「うーん、あたしには分からないけど苦労してるんだね」

「苦労は誰でもして居る事さ、私だけじゃ無い」

「それはそうだけど、大変そうだね」

「大丈夫だ、魔女を狩るよりは簡単な事さ」

「はは、案外そうかも知れないね」

 

同じ魔法少女だからこんな風に言って逃げられるな。

正直言えば、魔女を狩る方が簡単なんだがな。

その後もこの学校での授業は続いた。

 

とは言え、どれもこれも簡単な問題ばかりだった。

参考書で読んだ問題とか、容易に理解出来る問題ばかり。

難しいと感じる事はまるで無かった。

 

そもそも高校の授業で難しいと感じる余裕は無い。

完璧にこなさなくてはならないのだから。

授業も部活も、全て完璧にこなし続ける。それが私だから。

 

「ふぃ、今日の授業も大変だったね」

「そうだな」

「ねぇ、微分ってあれ何なの? いまいち分からないんだけど」

「微分か、あれは中学の頃に習ったy=2x の傾きを元に考えてみると

 概念的な部分は多少分かりやすいかも知れない」

「うわ、覚えてないかも…」

 

ある程度勝手が分かれば、大した問題では無いのだが

勝手が分かるまでは確かに難易度が高いからな。

どうすれば分かるかとなれば、何度も勉強して動きを理解すれば分かるが

彼女は魔法少女も兼用しているんだ、勉強の時間もあまり取れまい。

 

学問や部活動でも思うが、魔法少女も兼用しているというのはかなり不利だな。

魔女退治に要する時間は魔法少女次第だが、長ければ3時間は奪われる。

かなりのロストといえる。1日のロストならまだしも

毎日この3時間のロスがあるとすれば、相当遅れるだろう。

10日で30時間。1日以上の時間を失うと言う事だからな。

 

ならばと早く魔女を退治しようとしても魔女退治には命の危険がある。

最悪の場合、自分の一生を全て棒に振るうかも知れない。

早い解決よりも、安全な解決の方が大事になってくるからな。

 

「あの子、梨里奈ちゃんだっけ…」

「ももこと一緒って…」

「何か雰囲気近寄りがたいよね…」

 

一緒に下校していると、どうも同じクラスの女子生徒の声が聞えた。

 

「うぅ、ごめんね、あたしは女の子らしくないってよく言われてて…

 ほら、あたしと一緒に居ると、梨里奈の評判も悪くなりそうだし」

「ん? 何処へ行くんだ? 一緒に帰るんだろう?」

「い、いやでも…あたしと一緒に居たら、梨里奈も男っぽいって思われるよ?」

「そこは気にしないから私は大丈夫だ。

 でも、私は確かに近寄りがたい雰囲気だし、ももこが嫌だというなら」

「あ、いや…嫌とは思って無いけどさ」

「じゃあ一緒に帰ろう。これから一緒に過ごすことも多くなるだろう?

 多少はお互いの事を知ることも大事だと思うんだが?」

「……わ、分かったよ」

 

ももこは少し恥ずかしそうにしながら私の方に戻ってきてくれた。

私は1人が好きだ。だが、辛そうにしている奴を放置は出来ない。

彼女はさっき、辛そうにしていた。突き放せる物か。

 

他人の評価は確かに気になる。でも、男っぽくみられる分は問題無いからな。

そのまま私達は家に着くまで一緒に下校した。

ももこの表情は、少しだけ柔らかくなってるように見えた。



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些細な喧嘩

転入から少しだけ時間が経過する。

私は買い物の為に出歩いていた。

もう時間は夕暮れか…まぁ晩ご飯の買い出しと

明日の弁当の分だから夕暮れになるのは当然か。

生活費もあまり無いし、節約料理になるな。

 

まぁいつもの事だ、この安い食材で美味しい料理を作る。

これもまた楽しいと感じる様になってきていた。

もう少し色々なバリエーションを試してみたい気もするが

お金が無いのだから仕方がないだろう。

 

「止まってー!!」

「ん?」

 

近くの公園の方から大きな叫び声が聞えた。

それと同時にちょっとした戦闘音。

ただ事じゃ無さそうだな。

 

「キャッ!」

「バーカ!」

 

……何事かと思って確認しに来てみれば。

あの青髪の少女は…あぁ、そうだそうだ。

確かももこと一緒に戦ってた子供っぽい方の子だな。

 

で、あそこで尻餅をついているのは…あぁ、そうか思いだした。

あの時気絶していた少女だな。

 

「げ! あんたは!」

「何かあったのか? 喧嘩でも」

「そこを退いて!」

 

私はただ話し掛けただけだというのに、いきなり攻撃をされるとは。

私は変身していないんだが…でもそうだな、動きは単純だ。

 

「っと、危ないじゃないか」

「うわぁ! い、いたたた!」

 

彼女の攻撃を避けて、ビニール袋を離し、私は彼女の関節を取った。

これで動くのは難しいだろう。

 

「は、離しなさいよ馬鹿!」

「そんな事を言われても、いきなり攻撃をしてきたのはそっちじゃ無いか。

 身を守るためだし、多少は許して欲しい」

「う、うるさい! な、なんで変身もしてないのにレナに勝てるのよ!」

「関節を取れば人間相手なら大体は鎮圧できるからな」

「うぐぐぅう! 痛いって!」

「梨里奈、ごめん、迷惑掛けて」

「いや私は迷惑していない。私よりも向こうの少女の方が」

「あぁ、いろはちゃんにも謝罪はしたよ、迷惑掛けちゃったしね」

「あの…何があったんですか? それと、その人は…」

「あぁ、そうだね。いろはちゃんと私達を助けてくれた子でね」

「仙波梨里奈だ、よろしく頼むよ」

「あ、えっと、環いろはです。よろしくお願いします」

「れ、レナを放置して話しないで!」

「それもそうだな」

 

ひとまず私はレナの拘束を解き、拘束のために離したビニール袋を回収した。

卵、割れていないだろうか…あぁ、良かった割れてない。

ふぅ、もし割れていたらもう一度買い直さないといけなかった。

 

「で、何が原因で喧嘩したのさ」

「それは…」

「ふん」

「まただんまりか…まぁ、君達2人が喧嘩するのは日常茶飯事だし

 今更、無理に言えとは言わないけどさ」

「そんなに喧嘩をしてるのか?」

「そりゃもぅ、いっつも喧嘩ばかりだからね」

「止めなさいよももこ!」

「そうだよ、恥ずかしい!」

 

お互いが居る場面で…ふーん、喧嘩ばかりしても仲が悪いわけでは無いのか。

何で喧嘩をしたかは不明だ。あぁ、喧嘩するほど仲が良いと言うからな。

 

「とにかく! レナに構わないで!」

「おいおい、何でそんなに頑なに」

「放っておいてよ!」

「っと」

「あ! また逃げた!」

「足は速いんだな」

「れ、冷静な解説は良いから追いかけよう!」

「そうだな」

 

包囲していたと思ったが、あんがいあっさりと逃げたな。

誰も拘束していなかったし、逃げようと思えば逃げられるか。

ひとまず追いかけるとしよう。追いつくことは出来る。

 

「あ、あの人、足が凄く速いんですね」

「あたしらじゃ追いつけないくらい速いね…」

「…あ、買い物袋どうしよう…まぁ良いか」

 

ひとまず彼女を追いかけるが、ある場所で姿を見失った。

おかしいな、曲がり角を曲がったらすぐだと思ったが。

その場に居たのは20代くらいの男性だった。

 

「すみません、ここに中学生くらいの少女はいませんでしたか?」

「そ、その子なら向こうに行ったわよ」

「……はぁ」

 

あれ、おかしいな…20代くらいの男性なのに口調が女の子みたいだ。

雰囲気がこう、女子中学生? とか、そんな感じに思えた。

それにこの人が指差した方向に本当にレナが向ったのなら

私が見失っているはずは無いのだが…

 

「な、何みてるのよ、行った方向は教えたんだから早く行きなさい」

「……いやすみません、男の人で女口調というのに若干違和感を感じて」

「うげ!」

「でも、ありがとうございました」

「そ、そうよ、そっち行けば良いのよ」

 

うーん、凄く違和感があるが…あの子みたいな口調だったような…

でも、姿はまるで違うし、急がないと追いつけないかも知れない。

いやでも、あの人が言った方向は何か不思議というか

本当に向こうに逃げたというなら、私が見失うか?

 

「ん?」

 

やはり気になって背後をみてみると、あの男性の姿は無かった。

さっさと何処かに行ったという可能性はあるが…

 

「ん? な!」

「うわ! 何で戻ってきてるの!」

「お、おい待て! 何処かに隠れてたのか!?」

「追ってこないでよ!」

 

くぅ、また姿が…何処に行った? ここら辺に詳しくないから

逃走経路が分からないぞ…ここの路地しかないが。

 

「……居ない」

 

今度は女性が路地の裏を通っていた。

何でこんな女性が路地裏を通ってるのかは不思議に感じたが近道なのだろう。

しかし、本当に何処に逃げた…逃げ足が速すぎる。

追いついたと思ったら、そこには居ないんだか…ん?

 

そう言えば、あの路地はどう考えても狭いよな。

レナがここを通ったとして、なんで成人女性が普通にそこに居るんだ?

確かにここを曲がったと思ったが、その先に居たのは違う人。

この狭い通路、レナとあの人がすれ違う隙間は無い筈じゃ?

 

「……どうして?」

 

色々と考えても分からないまま、女性が路地裏から出ていくのを見届けた。

しかし、レナの姿はやはり見えなかった。

女性が入る姿も見てないのに…

 

「はぁ、はぁ、梨里奈、レナ見付けた!?」

「あ、いや見失って…うーん」

「どうしたの?」

「いや、おかしな事が連続で起こってな。

 別人が居るのが不思議な場面で、何度も別人と遭遇してね。

 

 男の人が女口調だったり、いやそう言う趣味があるのは知ってるんだが

 服装はそのままで口調だけって、ちょっと不思議な気もする。

 後、路地裏だが、狭い通路なのに女性の背後にレナが居なかったり」

「あ…そ、そうか、ごめん忘れてた! 伝えるべきだった!」

「ん?」

「レナの魔法は…変身なんだ」

 

そ、そうか! じゃあ、あの場で遭遇した男性も

路地裏を通っていた女性もレナだったのか!

 

「くぅ、やられた…」

「伝えてなかったあたしが原因だ、ごめん」

「いや、力になれなくてすまない」

「レナちゃん…」

「とにかく迷惑を掛けたお詫びをしたいんだけど」

「…いや、私は買い物の帰りだ。一緒に何処かに行きたい気持ちはあるにはあるが

 その前に、買い物をした物を部屋に運ばないと行け無いからな」

「あ、そうだね。ごめん迷惑掛けて…でも、もしかしたらこの後も迷惑掛けるかも」

「あぁ、その時は存分に頼ると良い。協力はするからな」

「ありがとう、梨里奈」

「気にしないでくれ」

「あ、あの梨里奈さん」

「ん?」

「迷惑掛けちゃって…ごめんなさい。それとこれ」

「おぉ、私の買い物袋。ありがとう」

 

かえでが私が置いてきていた買い物袋を持ってきてくれていた。

よし、これですぐに家に戻れるぞ。

 

「それじゃあ、また明日になるだろうが。何かあったら言ってくれ。

 協力は惜しまないからな」

「うん、ありがとね」

「それと、いろはだったかな」

「あ、はい」

「何かここに来る理由があるみたいだな。

 ここで会ったのも何かの縁だ、協力が必要なら頼ってくれ。

 協力は惜しまない」

「え? でも、まだちょっとしかお話ししてないのに…協力してくれるんですか?」

「あぁ、協力するつもりが無ければこんな話しはしないさ。

 迷惑だと思わずに好きなだけ頼ってくれ。これでも実力には自信がある」

「梨里奈はとんでもなく強いからね、やちよさんと良い勝負してたくらいだし」

「そうなんですか!?」

「あぁ、大変そうな事態になったら頼ってくれれば良い。協力するからな」

「は、はい! 何かあったら協力をお願いしたいです」

「あぁ、それとこれだ、連絡先」

 

ひとまずこの場にいる3人に私の連絡先を伝えた。

 

「ありがとうございます」

「それじゃ何かあれば呼んでくれ」

「は、はい!」

 

何で彼女に協力しようと思ったんだろうな。

出来れば1人が良いと思っているはずの私が。

同じ魔法少女に会えたことが、少し嬉しかったからか?

 

協力して戦うと言うことが無かったから…それが嬉しかった?

…どうだろう、ただ見栄を張りたかっただけかも知れないな。

まぁ良い。どんな理由であれこれが私の行動であることに変わりは無いか。

ひとまず、今日は家に帰って料理を作ろう。今日はちょっとした贅沢デーだ。



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絶交ルール

あれから数日、どうもあの後からあの2人を会わせるのは難しいと判断したそうだ。

と言う訳で、ももこが2人の鉢合わせ計画とやらを実行したそうだ。

しかし、あの日以降のももこの行動をみていると、成功する未来があまり見えなかった。

 

ももこはあの日以降、毎日の様にレナとかえでを追いかけ回していた。

あれじゃあ、確実に警戒されている。このままでは不味いだろう。

そして鉢合わせ計画だが、いろはにレナを引っ張らせるつもりらしい。

 

で、私は遊撃を自分で買って出てみた。

ももこはどうやら計画性がある方ではないみたいだしな。

私が状況に対処出来るように行動する事にした。

 

「うーん」

 

さて、レナは性格上強引にその場に誘導するのは無理だろうな。

ももこは好きな事で誘導するのが良いと言っていたがどうだろう。

それ、普通に考えて騙されたと分かったら怒るだろうに。

 

そもそも、推しのアイドル情報をファンが調べないとも思えない。

それが嘘だとバレてしまうのではと言う不安もある。

と言う訳で、ひとまず彼女を誘導するために追いかける経路を想定した。

 

基本はいろはの誘導だが、もしもが起こった場合はこの経路で彼女を追うとしよう。

しかし、強引を通り越している気がするな…ここは素直に説得した方が良いのでは?

うーん、私も意外と計画性が無いのかも知れない。

 

「……しかし遅いな」

 

正直、そろそろ行動があっても良い頃だと思うんだが…

委員会とやらは、そんなに時間が掛るんだろうか?

 

「ん?」

 

私の携帯電話に電話が掛ってきた。

 

「はい、もしもし」

「あ、梨里奈!?」

「そうだ、どうかしたのか?」

「そ、それが…今日、委員会無かったみたい!」

「え? そ、そうなのか?」

「うん、いろはちゃんに伝えて、少しして梨里奈にも伝えなきゃって思ってさ!

 ごめん、た、多分ゲーセンに居るから!」

「げ、ゲーセン…ど、何処にあるんだ?」

「あ、地図を送るから」

「あぁ、分かった」

「ごめん! じゃあ、よろしく!」

「あぁ」

 

まさか時間を間違えていたとは…本当に行き当たりばったりだな。

これじゃあ、計画を練る意味が無いレベルじゃないか。

とは言え、彼女は彼女なりに頑張っているんだ、それを酷評する訳にはいくまい。

 

誰だって得手不得手はある。彼女は計画を練るというのが苦手だったと言うだけだろう。

私で言えば、自分を見せるのが大の苦手だったりするような物だ。

それに私の場合、彼女のように仲間の為に必死に行動したりは出来ないだろうしな。

協力はするが、自分で積極的に行動は出来ないからな。

 

「っと、確かここら辺だな」

 

ひとまず地図に従い、そのゲームセンターへ向った。

こんな所に1人で来たのはこれが初めてだ。

七美と一緒に来たことはあるんだがな。

 

「っと、レナ…」

 

彼女の姿を探してみるが、何処にも姿が見えなかった。

おかしいな…もうすでにいろはが先に来て誘導したのかも知れない。

 

「……ん?」

 

何だ? 変な気配を感じる…何処か異質な気配。

いや、この気配は前に感じた事があった。

最初にこの神浜に来た日の夜…あの夜に同じ様な気配を感じた。

 

何だ? もしかして…噂とやらか? それに、他にも気配が

これは魔法少女の気配か? あ、もう一つの妙な気配が移動してる。

 

「クソ、どうなってる?」

 

私は急いで魔法少女達の気配があった方へ向う。

だが、そこには誰も居なかった。

どうやら、もうすでに移動をしてしまったらしい。

気配を探ってみるが…妙な違和感の気配。

 

「く、何処へ行った?」

 

気配を感じなくなった…何処へ行ったんだ? 何があった?

状況を理解できてはいないが、私は方々を探して見る事にした。

しかし、何処にも姿は見えないし気配も感じない。

 

何処へ行った? 微量な魔力は感じるのだがどうもこの街は

魔法少女の気配を複数感じるせいで、正確な物は判別できない。

数が多いというのは、こう言う場面では若干デメリットになるな。

 

「……何処にも見えない、それに時間も」

 

そろそろ良い時間だ…このまま探し回っても恐らくらちがあかない。

ここはももこと合流する方を優先した方が良さそうだな。

確か建築放棄地で待機していると言っていたな。

そっちに合流するとしよう。全く何がどうなってる。

 

「な、何だこの空間」

 

建設放棄地に着いたら、妙な結界がそこにあった。

明らかに異常だ、私はすぐに変身し、その結界に入る。

 

「さぁ、まとめてかかってらっしゃい」

「っと、ふん!」

「うぅ!」

「何?」

 

結界の中に入ると同時に妙な事になっているな。

やちよさんがかえでとレナを襲っている様に見えたが

その状態をももこといろはが放置はおかしいと思い

2人の方を狙ったが…正解だったか?

 

「あなたは」

「梨里奈!」

「どう言う状況? 私にはさっぱり分からないんだが」

「絶交階段ルールのうわさが具現化してね。2人が洗脳されてしまってるの。

 2人を元に戻すには、うわさ本体を叩くしか無い。

 で、私はこの2人の足止めを担当しているのよ」

「…なら、私は絶交ルールへの攻撃をサポートする方が正しそうですね」

「えぇ」

 

彼女なら、あの2人を止めることは造作ないだろう。

例え2人同時でも、あれほどの実力があれば問題は無い。

 

「なら、こっちは私が多少足止めしよう」

 

限界突破を行ない、あの絶交ルールとやらの大きな鐘を思いっきり蹴る。

絶交ルールのうわさとやらはこの一撃を受け、大きな鐘の音を鳴らす。

何とも不協和音な鐘の音だろうか。

着地と同時に、何体かの使い魔が姿を見せる。

 

「これも魔女と似たような感じなんだな、しかし象では無いのか。

 うわさも種類によって色々とあると言う事なんだろうか」

 

とまぁ、それでもまぁ象の方が驚異的と感じられた。

私はその使い魔を全て叩き付けることにする。

 

「やっぱり強いね、梨里奈」

「あの使い魔が…まるで相手にならないなんて」

「いや、あの本体には大したダメージが無い様に見える」

「あたし達の攻撃よりは通ってそうだけど」

「そうね、問題はどうやって致命傷を与えるか」

 

あのちょっとした時間の間に、あの2人を鎮圧したか。

流石としか言えないほどに強いな。

 

「げ、もう2人を…」

「えぇ、2人は倒したわ。これで心置きなく戦えるでしょ?」

「あぁ、これで遠慮無くあいつを叩ける」

「でも、私達の攻撃はあまり通ってるようには思えません」

「どうすれば致命傷を与えらるんだ?」

 

私の攻撃は多少通っていた。だから、私の限界突破をフルに使えば倒せそうではある。

しかし、流石にあれ以上となると、消耗が少し痛いが。

 

「じゃあ、連携して攻撃って言うのはどうでしょうか」

「…なる程ね、絶交の性質とは逆でやってみようという事ね」

「はい! そうです! それです!」

「繋がり、信頼、友情、絆…なんて言うか、そんな感じかしら」

「ただ、繋がりはあっても、あたしとやちよさんの絆って」

「私はももこのこと、普通よ」

「それなら、あたしだってやちよさんのことは…普通だよ」

「ん? もっとあるんじゃ無いのか? 会話とか色々と聞いた感じ

 ももこはやちよさんの事を損益してるようだし、やちよさんもももこのことを

 そんなに嫌ってるようには見えなかったけど」

「そんな事は!」

「あぁ、あの時ね」

 

私がやちよさんと力試しと言う事で戦ってたときに

ももこは大分必死になってやちよさんを助けようとしてたからな。

いやそうな素振りは見せていなかったし。

 

「素直になれない関係という奴か? レナとかえでと若干違って」

「…色々と事情があるんだ」

「そういう事情は後で良いわ、今は時間が惜しいのだから」

 

そうだったな、レナとかえでは結構不味い状態だからな。

こんな所でのんきに話をしている暇は無いのか。

 

「じゃあ、2人を助けたいという気持ちは一緒ですもんね。

 それって、今の私達には1番の繋がりですよね」

「そうね、私達を結びつける、1番強い繋がりかも知れないわね」

「うん、確かに。それじゃあ、かえでとレナを助けたい気持ちを

 1発、いや、4発ほど乗せていきますか!」

「はい、そうしましょう!」

「オーバーキルになりそうだな。まぁ良いだろう。償いには丁度良いか」

「ラ↑ン↓ラ↑ンラ!!」

「丁度相手もお怒りだし、良いタイミングでしょう」

「叩き込むぞ!」

 

思いを1つにした連係攻撃。こういうことをする事になるとは思わなかった。

だが、こう言うのも悪くないかも知れない。

 

「あなたのせいで、どれだけの子が消えたのかしら。

 償いとは言わない…ただ、消えなさい!」

「何度、本音を出しても繋がっていられる。

 そう言う友達って、凄く尊くて大切だと思う。

 だから私は、その絆を切ろうとしたことを許せない!」

「くだらなくて、つまらない事で何度も喧嘩が出来る。

 ありのままの姿でぶつかり合える相手というのは大切だ。

 その相手を奪う事…そんな事、絶対に許せない!」

「最後こそ、ちゃんと守りきらないとな…

 だからさ魔女さん…あんたは地獄で贖罪し続けろ!

 コノヤロオオオオオオ!!」

 

ももこの叫び声に合わせ、私達は同時に全力の攻撃を叩き込んだ。

4人の全力を尽くした攻撃を受けた絶交ルールは綺麗な鐘の音をならし崩壊。

階段が消滅し、最後に鐘が落下した後、鐘も消滅した。

それと同時に、結界が消えていく。

 

「よし、結界は解けた! 急いでレナとかえでを!」

「きっと近くに居るはずよ、探しましょう」

「2人とも無事で居て…」

 

何処だ? 何処に居る…あんまり良い状況じゃ無い、早く見付けないと!

 

「なんでレナだけ目が覚めるのよ…かえで、あんただって大丈夫でしょ?

 目、開けなさいよ…」

 

辛そうな呟き声が聞えた。私達はその声に気が付き、急いで近付く。

 

「レナ!」

 

移動した先には気絶しているかえでと、そのかえでを必死に起そうとしているレナの姿があった。

レナの目元には普段の強気な彼女からは想像出来ない涙が浮かんでいた。

あんな風に言っていても、やはりかえでの事が心配だったんだろう。

 

「ねぇ、ももこ助けて! かえでが起きない!

 レナとかえでの事守るって言ったでしょ!?」

「っ…!」

「お願い、ゲーセンとか奢れなんて言わないから! 何とかしてよ!」

「やっぱり、長く操られてたほうが消耗が激しいみたいね…!」

「私の治癒能力で…後、ももこさん、さっきの魔女のグリーフシードは」

「あの魔女、グリーフシードを落とさなかった…」

 

やはり落としていないのか…前に遭遇した孤独ルームのうわさも

撃破した後にグリーフシードなどは落としては居なかった。

うわさという存在はグリーフシードを落とさないのか。

 

「急いで魔女を探してくるよ!」

「それは無用よ、私のストックがあるから」

「…ごめん…やちよさん…」

 

私もストックはかなりあるが、ここで言うのはあまりよくないかも知れない。

 

「またこんなにももこの世話を焼くなんて

 今日の今日まで思ってもみなかったわ」

 

そう言い、やちよはかえでにグリーフシードを与えた。

たまっていた穢れがすぐに綺麗になっていく。

 

「かえで…かえで…目を覚まして! 仲直りの印しにって

 かえでが好きなもの買ってあるから!

 ずっと謝りたくても謝れなくて、渡したくても渡せなくて…!

 ずっと鞄の中に入れてあるの! 

 いつでも渡せるから、渡したいから、だから起きて! お願い…」

「レナちゃん…」

 

レナの声と思いが届いたのか、かえでが目を覚ました。

……我ながら、こんな風に思うなんて恥ずかしい。

 

「かえで?」

「うん…」

「―っ!! 良かった、良かったぁ!」

「はぅぅっ、揺らさないでよぉ…」

「…私、ちゃんと聞えてたよレナちゃんが謝ってるの…謝ってくれてありがとう…」

「うん、うん…ぐすっ…」

「家庭菜園から野菜取ってたのレナちゃんだったんだね…」

「うん…」

 

ひ、人の家に入って野菜を取ってたのか…そんな事をしてて…それは不味いだろ。

 

「私のペットのこと、そんなに気持ち悪いって思ってたんだね」

「うん…」

 

ペット? どんなペットだ? と言うか気持ち悪いと思ってたのか?

いくら何でも人が可愛がってるペットを気持ち悪いって…

 

「後で、ちゃんと謝ってね…」

「やだ、2度は謝らない…ぐすっ」

「ふふっ、分かった」

 

…だが、2人が再び繋がれたというのなら、私は何も言うまい。

それでお互いが良いと思ってるなら、それ以上の介入は無しだな。

 

「はぁ…ほんと…良かった…」

「……」

 

何とか一件落着と言った所かな。

ん? やちよさん、何処へ行くんだ?

 

「待ってください、やちよさん」

 

やちよさんが何処かに行こうとしているのに気付いたいろはが

彼女を真剣な表情で呼び止めていた。

 

「何? もう終わったでしょ?」

「はい、そうなんですけど…1つ教えて欲しくって…」

「何かしら?」

「さっき倒したのって、本当に魔女なんですか?」

 

それは確かに私も疑問に思っていたことだった。

魔女にしては、異様な部分が多かったからな。

 

「それは私も気になってたことです、私も知りたい」

「梨里奈さん」

「…あなたも? 何で魔女なのか疑問に思ったのかしら?」

「やちよさん、ずっと魔女って言ってなかったじゃ無いですか」

 

そうなのか? 私は他の所で疑問を抱いていた。

だが、いろはの方は違ったようだ…よく人の話を聞いている。

そんな所に気を配れているとは…かなり鋭いな。

 

「……鋭いわね」

 

いろはの周りの様子をうかがえるスキル…何だか七美に似ている気がした。

あいつも周りの様子をいつも伺ってた。私の隠し事も全て見抜いてしまうほどに。

 

「そうね…私は違うと思ってるわ」

「じゃあ、今のは一体…」

「私はウワサと呼んでいるわ」

「ウワサ?」

「そう、魔女でも使い魔でも無い。ウワサはうわさの為に現われる

 うわさを現実にする存在として、うわさを守る存在として…」

「……そんな事をして、誰がどんな得……いや、いくらでも得にはなるか」

「そうね、あなたの思ってるとおり。誰の得にでもなる」

「あの、ごめんなさい…上手く呑み込めなくて…どう言うことですか?」

「それはどっちに対する疑問? ウワサがうわさの為に存在すると予想した私の方?」

「あ、両方です…」

「……じゃあ、まずは私がどうしてそんな風に思ったのかを答えましょう」

 

順序的に、そっちの方が分かりやすいとは思うからな。

私の方はやちよさんの意見は容易に理解できたが。

 

「いろは、あなたも絶交ルールで経験したわよね。

 うわさ通りにする為にかえで達をサライに来て

 うわさの内容から外れようとする私達を、排除しようとした。

 あれは本当にただ、うわさの為に存在してるの。

 魔女や使い魔とは決定的に違う存在でしょ?」

「魔女は自分自身の為に存在し、使い魔は魔女のために存在するからな」

 

魔女は結局の所、自分の為に存在するがウワサはうわさの為に存在する。

自分自身では無く、何故かうわさの為に存在している。魔女では無いだろう。

 

「…ウワサ…本当にそんなのが…」

「信じたくなければ信じなくても良いわ、ただ、気を付けなさい。

 この神浜に通う以上は避けられない存在でしょうから」

「じゃあ、誰の得にもなるって言うのは?」

「そのままの意味だ…うわさの為にウワサが存在する。

 うわさを自在に現実にする事が出来るんだ。

 誰かが自分にとって都合の良いようなうわさを流せば

 ウワサにより、そのうわさは現実になる」

「……じゃあ」

「ウワサの存在が何か…誰が作ってるのか。

 私が思うに、これは人為的か…あるいは魔女の仕業か」

「……」

「いや、人為的と言う可能性が高いか。魔女はうわさを流行らすことは出来ない。

 だが人なら、複数の人間に協力を仰げばうわさを広げる事は可能だ」

「私もそれは予想してるわ。人為的…この可能性が高い」

「そんな…じゃあ何の為に、絶交ルールなんて皆が不幸になるようなうわさを…」

「あぁ、私もそこが引っ掛かるんだ」

 

自分にとって都合の良いうわさ…そのうわさが周りに不幸を振りまくとは思えない。

人為的という可能性が高いが…その目的が分からない。

 

「私はそれも調べてる。うわさを調べながらね」

「……」

「聞きたい事がそれだけなら、私はもう帰るわね。やることはやったし」

「あ、はい…」

「じゃあ、私も帰るとしよう。折角再び繋がった友情の邪魔はしたくないしな。

 それに、時間も良い頃だ。そろそろ帰らないとな」

「はい、それじゃあまた」

 

私はそのまま自分の部屋に戻る事にした。

……さて、この神浜にはかなり色々な事情が込み入ってるようだな。

面倒事に巻き込まれなければ良いが…



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魅力的なうわさ

行方不明になっていた少年少女達が帰ってきたと言う話を神浜を回っている間に聞いた。

どうやら、ウワサを仕留めればウワサの被害に遭った人達は戻ってくる様だ。

どうも、魔力を吸い取られるのは魔法少女限定らしいいな。

 

「っと、ここが水名区だな」

 

まぁ、うわさの事よりも、今はこの街に詳しくならないとな。

もしも迷ったりしたら恥ずかしいし。

 

それに魔法少女として活動してるわけだし、これから遠出もあり得るだろう。

そしてここら変が水名女学園だが。うーん、学校終りに来たせいか夕暮れだな。

この時間であれば学生は大体下校してると思ったが…ん? いや、あの子は。

 

「水名女学園、地図だと、右かな…」

「…左だ」

「わ! あ、梨里奈さん。どうしてここに?」

「この街に引っ越してきたからな、街のことは多少知っておこうと思って

 最近は色々な地区へ足を伸ばしてるんだ。

 そう言ういろはの方はどうしてここに居るんだ?」

「あ、えっと…うわさを探してて」

「うわさ?」

 

何故うわさを探しているのか分からないが…何かしらの理由がありそうだな。

 

「そうか、じゃあ私も協力しよう」

「良いんですか!?」

「あぁ、何かあれば協力するとも言ったし一緒に回るのも道を覚えるにも良いだろう。

 それに、お前はどうやら方向音痴みたいだしな。迷いそうだし」

「あ、あはは…ありがとうございます」

「ひとまず水名女学園だろ? こっちだ、付いてきてくれ」

「あ、はい」

 

私はいろはを案内する事にした。地図を見てその場所に行くだけだがな。

これが案内というのか微妙だが、まぁ方々を探すにも丁度良いだろう。

 

「よし、ここだ」

「……れ、歴史が古そうな校舎ですね…」

「歴史はそれなりに深いみたいだな。勧誘しに来た教員もそう言ってた」

「か、勧誘ですか!?」

「ん? あぁ、学費免除で勧誘しに来てな。寮が無いから駄目だったけど」

「え、えぇ!? こ、こんな歴史が古そうな所から勧誘が来たんですか!?」

「ん? あ、あぁ。こう見えても中学時代は色々とやってたからな。

 勉強は良く出来てたし、部活動も散々やってたから、そのうわさを聞き付けて来てね。

 水名女学園と神浜市立大付属学校が勧誘に来たんだ。

 神浜市立の方は寮も提供してくれるとのことだったから、こっちに入ったんだ。

 あまりお金が無いからな。学費免除は大きかったのさ」

「そ、そんなに凄い人だったんだ…魔法少女としても凄かったのに…」

「まぁ私の話は良いだろう。今はうわさを聞くんだろう? 私も協力するよ」

「あ、はいありがとうございます!」

 

ひとまず私も手当たり次第にうわさの話を聞いてみることにした。

とは言え、誰に聞いてもうわさの事は知らないという。

いろはが言うには、神社のうわさがあるらしいが…誰も知らないのか。

 

「うぅ、誰も知らないなんて…」

「すまないな、私が聞いた方も誰1人として知らなかったらしい。

 力になれずに申し訳ない」

「うーん…もしかしたら、うわさに詳しい魔法少女に聞いた方が良いのかな…」

「それが1番早いかも知れないな」

 

私はうわさというか、この神浜に来て間もないから協力できそうに無いが。

しかし、ここまで広がってないうわさが具現化するんだろうか?

女子高生といううわさに関して詳しそうな子達も知らないのに…

 

「うぅ、魔法少女の誰か! 噂を教えてー!」

「おいおい、いきなり叫んで」

「え、えへへ、これで誰かが噂を教えてくれれば良いかなって…」

「いいよ!」

「へ?」

 

誰だ? いろはの叫び声に反応して誰か来た。

 

「うわさの事なら! 最強の魔法少女! 由比鶴乃にお任せだー!」

「へ!? 誰!?」

「確か万々歳の…」

「おぉ! あの時来てくれたお客さんだね! ふふ、常連さんにもサービス!

 さて、何が聞きたいのかな? 何でも教えちゃうよー!」

「あ、あぁ、あの、本当に教えてくれるんですか…?」

「でも、うわさはね、好奇心で調べたら危ないよ!?

 得にうわさと違うことをしたらぜーったいに駄目だからね!」

「あの、その辺りはもう…」

「うわさを消そうとするのも、ぜーったいに駄目だよ!

 だって、変な化け物が出てくるから!

 出て来たらとっても大変だよ!? とーってもだよ!?」

「あ、あの、だから! 私、その辺りは知ってるんです!」

「と言うか潰したからな、1つ…」

 

私はもうすでに2つ消しているけど…言わないでおこう。

 

「おぉ! 凄いね! じゃあね、じゃあね!」

 

と、止まらないな…しばらくは彼女の話に付き合うとしようか。

それからしばらくして、ようやく彼女の勢いが弱まった。

 

「え、えっとですね、私は妹の為にうわさを探していて」

 

その隙を見て、いろはが何とか自分のペースに持っていくために声を発した。

しかし、妹の為にうわさを探しているのか。

その為に、神浜の外から来ているとは驚いた。

 

「えっと、環ういって名前なんですけど…知りませんか?」

「んーーや、知らないなー」

「私も聞いたことが無いな」

「じゃあ、柊ねむって子と、里見灯火って言う子は…」

「おっおぉ、盛り沢山だね-、待ってね、ちょっと考える!」

「うーん……はっ! ひいらぎって!」

「知ってますか!?」

「んや、知らないや…」

 

ならそんな反応をするな……紛らわしいな。

 

「あぅ…」

 

その回答を聞いたいろはがかなり落ち込んでしまった。

いやまぁ、1度期待してすぐに裏切られたらそうなるよな…

 

「だけど、良い事思い付いたよ!」

「へ? 良い事…ですか?」

「うん! 口寄せ神社って噂、知ってる?」

「…神社!?」

 

あぁ、そう言えばいろはが探していた噂は神社に関する物だったか。

 

「わっは、凄い反応だね!」

「あ、あの、私も神社の噂を調べてたんです! 名前も今聞いたくらい何も知らないんですけど」

「お、それは偶然のラッキーだね! 知りたかったなら、知って驚いた方が良いよ!」

「驚く?」

 

名前からして…動物でも呼び寄せる噂なのだろうか。

それなら確かに驚くな…何処までも意味の無い噂だし。

 

「うん! だってね、その神社に行くと…会いたい人に会えるんだから!」

「んな!」

「凄い食いつきだね…梨里奈ちゃんの方が反応したのは驚いたけど」

「あ、いやその…ようやくいろはの目的が果たせそうだと驚いただけで」

「そうなの?」

「梨里奈さん、会いたい人が居るんですか?」

「……あ、いや。そんな事は無いさ」

「絶対嘘だ! ほら、一緒に調べようよ! 口寄せ神社!」

「一緒にって…」

「わ、私も良いですか?」

「うん! 皆で探した方が見付かるよ! 私も探してるし!」

「そ、それなら是非!」

 

……会いたい人に会える…か。

 

「で、梨里奈ちゃんはどうする? 一緒に探そうよ!」

「……わ、分かりました。協力できることはあまりなさそうですけど」

「大丈夫! 皆で探せば問題無いよ! 一緒に頑張ろう!」

「はい、よろしくお願いします、由比さん!」

「―!? 何で私の名前を…最強の魔法少女だから?」

「自分で言ってましたよ…」

「あ、そうだっけ? えへへ、気付かなかったよ」

 

……意外と、馬鹿なのかも知れない、この人。

 

「私は環いろはって言います。よろしくお願いします由比さん」

「由比さんは堅いなぁ」

「えぇ!? じゃあ、鶴乃…さん?」

「……」

「鶴乃ちゃん?」

「はい、由比鶴乃です! よろしく、いろはちゃん!」

「それで良いんですか…鶴乃さん」

「いろはちゃんと同じ風に言ってね!」

「……つ、鶴乃ちゃん、よろしくお願いします」

「よーし! 頑張っちゃうぞー! あ、その前に携帯電話の番号を交換しよう!」

「あ、はい」

 

ちょっと疲れてしまいそうだな…でも、あのテンションで彼女は疲れないのだろうか?

ちょっと不思議という感じがするな。



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諦めきれない願い

それからすぐに、私達は水名区に再び集合と言う事になった。

電話番号を交換したからな、すぐに電話がかかってきた。

昨日の今日で速攻とは驚いたよ。

 

「それでは! 口寄せ神社は何処だ! よし探そう作戦を始めます!」

「はい!」

 

そんな元気よく…彼女のテンションはかなり高いな。

 

「それでどうしましょうか? 色んな神社を回りますか?」

「それは安心して! 私がどんどん調べてみる!

 だから、いろはちゃん達はこれを調べてみないかな」

「これ?」

「うん、水名区に古い話があってね、それを調べてみたらどうかなって」

 

確かに神社と昔話というのは縁が深いからな。

昔話から取って神社を作ったという可能性も無くは無いだろう。

 

「昔話と神社…何かありそうですね!」

「でしょでしょ!?」

「それってどんな話なんですか?」

「えっと、簡単に話すと、昔ね、身分の違う男女が恋をしてね

 男の人の方が、殺されちゃったんだって。

 それでね、ある日、悲しんでた女の人が男の人の字が書かれた紙を見付けてね。

 そこに書いてあった場所に行ってみたの。そしたら、なな、なんと!

 男の人に再会できたんだって!!」

「すごくザックリしてましたけど、ちょっと良い話みたいですね」

 

良い話? 良い話なのだろうか…男の人、死んだんじゃ無いのか?

死んだのに再会したと言う事は、幽霊か何かでは無いのか?

その後、女の人はどうなったんだ? 男の幽霊に攫われたのか?

 

「うん、男の人は幽霊だけどね」

「恐い話だった!」

 

いやまぁ、当然そうなるよな。

 

「でも、会いたい人に会えてる…」

「でしょ!? でねでね、その2人が辿った道をなぞっていくとね

 すっごい強いパワーを持った縁結びスポットに行けるんだよ!」

「あ、それで…」

「うん、調べて欲しいなって」

「でも幽霊…鶴乃ちゃんは行かないんですか?」

「私、細かい事を考えるの得意じゃないから!

 どんどん色んな神社を回る方があってると思うんだー!」

「そっか…で、でも、2人ですし大丈夫ですよね!」

「そうだな…しかし、幽霊ってそんなに恐いか?

 魔女とか、そこら辺と同じ様な物じゃ無いのか?」

「ええ!? 恐いじゃ無いですか幽霊!」

「そ、そうか?」

 

幽霊か…そんなに恐いというイメージは無いんだよな。

七美も怖がってたような気がする。普通は恐いのだろうか…

 

「まぁ任せてくれ、何かあったら守るから」

「あ、ありがとうございます!」

「えっとね、確かスタートは男の人の家らしいよ!」

「分かりました!」

 

スタート地点か、そこから…と言うか、どういう風に行くのか考えないとな。

まず男の人の家って何処だろうか。そこから探さないと駄目だな。

 

「えっと…ここがスタート地点…」

「スタンプラリーまであるな…これって」

 

うわさというか、ただの町おこしとかなんじゃ無いのか?

 

「あ、説明も書いてありますよ。黄泉まで繋がる強い絆

 水名区気ってのパワースポットを探そう。

 悲恋の男女の足跡を辿ってスタンプを集めると

 たどり着くのは何と2人を結んだ縁結びスポット。

 永遠を誓い合いたい方々や仲間との絆を確かめたい方々は

 1度探してみてはいかがでしょうか。

 主催:水名区町おこし委員会」

 

やっぱりただの町おこしじゃ無いか……

 

「これ、ただの町おこしですよね…」

「そ、そうだな…だがまぁ、やってみても良いんじゃ無いか?

 今はうわさが現実になるわけだしな。こう言うのもうわさに繋がるかも知れないし」

「そ、そうですね、やってみましょうか」

 

逢瀬を重ねた路地裏…あぁ、スタンプがあった。

 

追い詰められた南門、ここにもあるんだ。

 

切り捨てられた旧邸宅…と言うかここ、水名女学園の所じゃ無いか。

そしてここにもスタンプ…前に来たときは気付かなかったな。

 

最後、男の手紙があった水名大橋。で、このスタンプで全部か。

 

「はぁ、やっと揃いましたね」

「そうだな」

 

もう夕暮れ時じゃ無いか…これで何も無かったら…時間を無駄にし形になるな。

 

「そして、場所は…」

 

AとB、2人の紙を線に合わせて重ねましょう。

太陽に透かしてみると、重なったスタンプが地図になって2人を導いてくれるでしょう。

 

「……ふ、2人で回る物だったんだ…よ、良かったぁ梨里奈さんが居てくれて」

「そうだな…で、私の方は…Aだな」

「あ、私の方もAで……」

「……えぇ!?」

 

ま、不味い…ここに来てこんなミスをする何て!

 

「妹の事を調べている割に、随分とのんきね。

 と言っても、私もスタンプラリーをしてるんだけど」

「そ、そうなんですか? 実は口寄せ神社について調べてまして。

 それで、ヒントになるかなって2人でスタンプを集めてたんです」

「ふーん…」

「な、何ですか…?」

「思ったよりちゃんのうわさを調べてるのね。

 ただ調べてるのが口寄せ神社だなんてね。

 そして…あなたまで一緒に調べてるとは驚いたわ」

「私も一応、うわさには興味がありまして」

 

興味と言っても、少し不吉な雰囲気は感じているんだけどな。

人為的に作られたかも知れない謎のシステム…そんな風に感じている。

 

「ただまぁ、半端な気持ちでうわさに首を突っ込むべきでは無いわ」

「でも…」

「……私が何を言っても、あなたはうわさを調べるんでしょうね」

「はい、ういを見付けるチャンスかも知れませんし」

「……で、あなたは?」

「私ですか?」

「えぇ、いろはの方は妹の事になると頑固なのは分かってる。

 でも、あなたはどうなの? そんなにまで必死にうわさを探す理由はないでしょ?

 あなたはうわさを探す必要が無いのに探している。何故?」

「……理由はありません。ただ偶然協力をして居るだけ」

「なら、今すぐうわさに首を突っ込むのは止めなさい。

 あなたの実力は認めているわ。でも、目的意識が無いのにうわさを探すべきでは無い。

 うわさは危険な存在なのよ。その危険に首を突っ込まない方が良い」

 

やちよさんの言うとおり、私はうわさを探す必要が無い。

いろはの様に妹を探しているという目的も無い。

でも、私はうわさを探している。

 

「…そうですね、ではこれはどうでしょうか? 

 知り合いが危険な事に首を突っ込んでいる。

 だから、守る為にうわさを探している」

「……それはあなたが動く理由になるの?」

「なります」

「……あなたも、頑固そうな雰囲気ね」

「いろはとやちよさん程では無いと思いますがね」

「……そ」

 

私がうわさを調べるのは…知り合いに良い人だと思って欲しいから。

きっとそれだけが理由だ…分かりきってる事だ。

どう頑張っても自分の為に行動することしか出来ない…それが私なんだ。

 

「えっと、やちよさんも口寄せ神社のうわさを調べてるんですよね?」

「まぁ、そうね…」

「あの、それなら私、Aなんです! 実は梨里奈さんもAでして…」

「何を急に…って、そう言う事? 私は…何の因果かBよ」

「それじゃあ!」

「はぁ…仕方ないわね…重ねてみましょうか」

 

2人は指示に書いてあったとおり行動した。

 

「なる程、なんて事無いスポットだわ」

「分かるんですか?」

「えぇ、付いてきて。仕方ないし案内してあげる」

「はい!」

 

ん? 移動を始めたいろはが何かを落としたぞ。

 

「…いろは、何か落としたぞ?」

「え…?」

「このノート、お前のだろ?」

「あひゃっ!? あの、これは!」

「何を慌ててるんだ…?」

「慌ててまひぇん! ただの宿題ですから…!」

「そ、そうか」

 

絶対嘘だ…宿題を持ち歩く意味ないだろ…だが深くは追及するまい。

とりあえずこのノートをいろはに返し、やちよさんの案内に従った。

 

「ここがゴール…凄く大きい神社ですね…」

「内苑と外苑に別れてるくらい立派な神社よ」

「あの、やちよさん…もしかしてこの神社が口寄せ神社だったり」

「そうだと良かったわね」

「過去形と言う事は違うんですね」

「私が調べた限りは違うわね、何も起きなかったもの。

 それに、元々は縁結びとは関係が無い神社だから」

 

ふーん、なる程…とは言え、町おこしで嘘情報は流すまい。

 

「とにかく行ってみましょうか」

「そうね」

 

ひとまず私達3人はそのまま神社の方へ進んだ。

 

「ようこそ、お参りくださいました」

「スタンプラリーのゴールってこちらでしょうか?」

「あ、スタンプラリーに参加してくださった方ですね」

「はい、このスタンプ用紙…こちらで回収していただけますか?」

「はい、大丈夫ですよ。確かに、頂戴いたしました」

「私のスタンプラリーも回収してくれるんですね」

「えぇ、勿論です、では、最後に…」

「最後に?」

「な、なんですか?」

「こちらの神社の中でお互いの思いを伝えてください。

 今回の景品として縁結びのお守りを差し上げます」

「えぇ…?」

「なんて恥ずかしい…」

 

これは私も入ってるんだろうか? 2人用のスタンプラリーで3人目なんだが…

 

「行きましょう、環さん…」

「…うぅ、やちよさんと梨里奈さんって何考えてるか分からないです…」

「え、言うの?」

「へ?」

「ふっ、ふふ、あなた素直すぎるわよ」

「まぁ、純粋なのは良いと思うがな」

「あ、ご、ごめんなさい!」

「…はぁ、もういいわ…何でも言いたいことを言って」

「私の方も構わない。好きに言ってくれ」

「な、なんでもって言われると…えぇっと…よく分からないけど

 やちよさんも梨里奈さんも、凄く良い人だなって思います…

 私の事を心配してくれたり、私の問題なのに手を貸してくれたり…

 凄くいい人達だって、思ってます」

「そう、因みに私はあなたの事こう思ってるわ。

 恐くなるくらい真っ直ぐだって」

「え…あ、あの、それってどう言う意味…」

「さて、どう言う意味かしらね。さて梨里奈。

 私もいろはも言ったんだし、後はあなただけよ?」

「い、言うんですか?」

「そうよ。あ、でも私があなたをどう思ってるかは言ってないわね。

 そうね、強いけど何処か脆い…とまぁ、こんな感じかしら」

 

…的を射ている。私とそんなに長いこと一緒に居ないのに見抜かれていたか。

 

「…そうですか。じゃあ、私はやちよさんの事は恐いくらいに凄い人って思ってますよ。

 いろはの事は、何処までも真っ直ぐで加減を知らない危ない子って感じてます」

「そ、そんな風に思ってたんですか…?」

「あぁ、お前は素直だからな。目的の為に何処までも真っ直ぐで本気。

 加減を知らないから、何処か危うく感じるのさ。そして優しい。

 いつかその優しさを利用されないように、気を付けることだな」

「……あ、はい」

 

ま、そんな彼女に付いていこうとする奴は多いだろうがな。

危なっかしいから守ってやりたいと感じる。

素直さは時に短所だが、長所にもなるからな。

それから多少参拝して、夜暗くなってきた時間。

 

「はぁ…何だか疲れたわ…さ、2人も早く帰った方が良いわよ?」

「あ、あのちょっと待ってください!」

「さっきから何を書いてるの?」

「ん? それってさっき落とした宿題って言ってたノートか?」

「ひゃわっ! あぁ、あの、見ないでください!」

「自分の顔を隠してどうするのよ? 丸見えよ…」

「はわっ!?」

「かみはま…ふしぎ、のーと? って、あなたまさか…」

「えっとぉ…はい…真似しちゃいました…」

「さっき落としたのも宿題じゃ無かったのね」

「ごめんなさい…」

「ふっ、いいわ。別に真似したって気にしないわよ

 程々に頑張って」

「あ、ありがとうございます」

「それじゃあ、私は失礼するわ」

「あ、はい、今日はありがとうございました」

「こちらも助かったわ。景品で縁結びのお守りも貰えたんだから

 …あえると良いわね…妹さん…」

「え?」

「いえ、何でもないわ」

 

そう言い残し、やちよさんは姿を消した。

 

「…やちよさん、よく分かりませんよね…」

「ん?」

「私を追い出そうとしたり…この子を狙ったり…

 私達に敵対的な感じはするけど…

 絶交ルールの時は一緒に助けてくれたり…」

「……もう分かってるだろう? 無愛想で不器用だけどさ」

「…はい、それがやちよさんの優しさ…なんですよね。

 だから、前に魔女を倒して大丈夫だって認めて貰えたみたいに。

 私もうわさ探しも大丈夫だって認めて貰いたいです」

「そうだな」

 

きっと大丈夫だろう。彼女は何処までも真剣なんだから。

そのまま今回は解散と言う事になった。

鶴乃ちゃんの方も結果はよろしくなかったようだ。

そして後日、今度は3人で神社を調べるという話しになった。

 

「……綺麗ですね」

「そうだな…」

 

帰りの電車の中。私達2人は一緒に帰っていた。

 

「あれ?」

「どうした?」

「いや、ビルの上に神社があって…」

「……本当だ、あんな所にもあったんだな」

「じゃあ、明日あそこを探してみますね」

「そうだな、3人だし別れて探すのもありだろう」

「はい」

 

そのまま部屋に戻り、宿題を終わらせ晩ご飯を食べた後に就寝した。

明日も探すとしよう…口寄せ神社のうわさを。

もし本当に会いたい人に会えるというなら……七美。

はは、全く馬鹿げてるな…死人に会える筈なんて…ないのに。

それなのに、僅かに希望を抱いてしまう……まだ、未練があるのか…私は。



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翌日の探索

この神浜にすんでいる私はいろはよりも先に水名区へ移動出来た。

そこには既に鶴乃もおり、楽しそうに待っていた。

 

「いやぁ、後はいろはちゃんだけだね!」

「そうですね」

「うーん、敬語もやめて欲しいんだけどなぁ」

「しかし、同じ学校の上級生でしょ? 制服もそうですし」

 

この鶴乃は私の高校の上級生だった。

まさかの高校3年生。色々と話を聞いたがどうにも

成績は優秀で、なんとこの小中一貫校で休んだことがない皆勤賞らしい。

 

まさしく鉄人。最強と自分で言ってるだけはある。

それを言えるくらいに戦績を残しているのだからな。

 

「大丈夫だよ、気にしないで!」

「…じゃ、じゃあその…よろしく」

「うん、それで良いよ!」

 

しかし、上級生相手にタメ口というのは抵抗があるな…

いや雰囲気は上級生という感じはしないんだけど。

それからしばらく待機していると、いろはもやって来た。

 

「いっろはちゃーん!」

「鶴乃ちゃん、梨里奈さん、こんにちは」

「うん、今日も元気いっぱいで頑張ろうね!

 何てったって今日は3人だから!

 3人って事は3人4脚だよ!?

 これはもう、見付かるかも知れないねー! ふんふん!」

 

本当に凄く元気が良いな…

 

「あ、あのね鶴乃ちゃん。今日も別行動で良いですか?」

「ほ?」

「あの、昨日電車に乗ってたらビルの上に神社があって」

「ビルッ!? ありゃりゃ? スマホの地図にはなかったけど

 どの辺りか分かる?」

「えーっとぉ…たぶん…この辺り…?」

「水名ホテル参番館…建物の名前しか無いね」

 

この建物と神社が一体になっているとか、そんな感じなのだろうか。

 

「でも、確かにあったと思うんです! そうですよね!」

「あぁ、私も確かにそこに神社が見えたと思う」

「そうなんだ、全然気付かなかったよ!」

「だから、私はそっちを見てみようと思うんですけど…どうですか?」

「うん、気付けなかったことに気付けたのは良い事だよー

 はなまるあげちゃう!」

「あ、はい、それで」

「いいよ! じゃあ、今日も別行動だね!

 梨里奈ちゃんはどっち? 私と一緒に回るのか

 いろはちゃんと一緒にここに行くのか」

「じゃあ、私は鶴乃ちゃんと一緒に探すよ」

「りょうかーい! それじゃあ、何かあったら連絡しようね!」

「あ、それと…無料で電話が出来るって聞いたんですけど

 何処から電話をすれば良いか分からなくて…」

「およよ、それはね、アプリを落とさないとね!」

「そんな機能があるんだ…私も知りたいな」

「わかった、じゃあ教え…お、およ? 梨里奈ちゃん、その携帯…」

「ん?」

「そ、その携帯じゃ無理だと思うけど…」

「そ、そうなのか!?」

 

や、やっぱりこの折りたたみ式の携帯電話じゃ駄目なのか…

す、スマホとやらを買うべきなんだろうか…うぅ、お金が欲しい…

とりあえず私は駄目だと言うことで、私は何もしなかった。

 

「よーし、それじゃあ探そうか」

「そうだな、まずは何処に行く?」

「まずはここだね!」

「…少し遠いんだな」

「大丈夫! 走っていけばすぐだよ! 行くよぉ!」

 

私の了承も無しにすぐに走り出すとは…これは、彼女に付いていくだけでしんどそうだな。

 

「えっと、ここは違うんだね。あ、屋台がある。ソフトクリーム食べよ!?」

「あ、そ、そうだな」

 

ソフトクリーム、結構高いな…だが、久しぶりに食べてみたい。

私はソフトクリームのバニラを購入し、神社近くにあったイスに座って食べた。

 

「甘いね!」

「そうだな」

 

席に座って、2人で一緒にソフトクリームを食べる。

何だか凄く懐かしい感じがした。

 

「は! 甘い中華っていいかも知れない!」

「…絶対にあわないから止めた方が良い」

「なんで!?」

「奇抜な物に挑戦するのは足場が固まった後が良いと思うからな。

 万々歳はまずあの安定した味を広めるべきだと思う。

 でも、50点では無くて60か70点位に上げるべきかな。

 美味しすぎると駄目だし、不味いのも駄目だしな」

「60点…なんとか目指さないと!」

「10点の壁は大きそうだけどな」

 

テストなら勉強すれば事足りるが何かのレベルを上げるのは難しい。

料理というのは正解がない迷路。人によって採点基準も違うからな。

その全ての採点基準に対して50から70点を出せる料理…難易度は高い。

 

決っている答えにたどり着くだけの勉強と

決ってない答えを探しだして向う料理では難易度がかなり違う。

家での食事であれば、採点基準は大体分かるかも知れないが

不特定多数の採点基準となれば話は別…難易度は高いだろう。

 

「よーし! でも今は、口寄せ神社だよね!

 さぁ! 次の神社に出発だよ!」

「あぁ、その前にポテトを」

「お、良いね!」

 

屋台でポテトを買って、走りながら食べて移動した。

はしたない気がするが…食べやすいし良いだろう。

 

「……ん? これ、魔女の気配?」

「そうだな、どうも強そうな気配だ」

「よし、行こう梨里奈ちゃん!」

「そうだな、しかし他の気配より大きく感じるが」

「大丈夫! 最強の私が居ればどんな魔女も余裕だよ!」

「……油断はしないようにした方が良いと思うぞ」

「大丈夫だって!」

 

まぁ、放置するわけにも行かないしな…行くしかないか。



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鉄の魔女

私達は急いで魔女の気配を感じた方へ走っていった。

どうも大きな気配を感じるが、やるしかないだろう。

 

「よし、行くよ!」

「あぁ、油断せずに行こう」

 

私達はその場で変身し、すぐに結界の中へ入った。

結界の中にはいくつもの刃物らしき物が刺さっている。

 

「なんか…かなり病んでそうな結界だな」

「うわぁ、ナイフとかが一杯だよ…」

「@@。s!」

 

色々と見て回る余裕は無いようだな。

私達の前に現われたのは、大きな檻にいくつもの刃物が刺さった使い魔だった。

その刃物はどうやら自在に動くようで、私達に刃物を飛ばしてきた。

 

「ち!」

 

ひとまず飛んで来た刃物を撃ち落とす。

しかしこう言うのは喰らうと痛いじゃ済みそうにないな。

 

「攻撃的だね、この使い魔」

「刃物による攻撃だ、喰らえば痛いじゃ済まないだろう。油断しないようにしよう」

「うん、そうだね!」

 

しかしだ、刃物に関しては私もそれなりに得意だからな。

 

「っと、そら!」

「::@!」

「喰らえー!」

「;;;!」

 

鶴乃の攻撃は炎が付いている扇による攻撃なのか。

ブーメランのように投げた後に戻ってくるのは便利が良い。

更に彼女は戦闘能力も高いようで、飛んで来る刃物も簡単に避けている。

 

自分の事を最強の魔法少女と言うだけはあって、その実力は本物か。

確かにかなり強い。しかし、やちよさんと比べると動きが単純に見えるな。

能力は高いが猪突猛進。やちよさん相手となれば勝ち目は無さそうだ。

 

「あ! 梨里奈ちゃん危ない!」

「私を集中砲火とは」

 

とは言え、私もこれ位の攻撃でやられてやるほどに優しくはない。

飛んで来たナイフを全て撃ち落とす。これ位は造作ない。

 

「おぉ! 全方向から飛んで来たのに撃ち落とすなんて!

 梨里奈ちゃんって強いんだね!」

「多少自信はあるんだ。さぁ、あの使い魔を潰して魔女を探すぞ!」

「うん!」

 

私達はそのまま使い魔達を排除しながら結界の奥へ進んでいった。

全身が刃物で出来た棒人間の様な使い魔にも襲われるが撃破は可能だった。

そしてどうやらこの使い魔達は姿によって役割も違うようだ。

 

檻にナイフが刺さっている使い魔は基本的に遠距離攻撃を。

接近してくる棒人間の方はそのまま近接戦闘をメインにしてるらしい。

まぁ共通点として、どちらも異常な程に凶暴だがな。

 

「っとと、なんかここの使い魔、結構強いね」

「あぁ」

 

最初、ももこ達と一緒に戦った魔女の使い魔よりは断然強い。

遠距離攻撃と近距離攻撃の組み合わせ。連携も完璧だ。

更に装備は刃物。あんなのを思いっきり喰らえば痛いじゃ済まないぞ。

 

油断は出来ない。攻撃を受けないように立ち回らないといけないのは辛いな。

まぁ、痛いのは苦手だし、最初から攻撃を受けるつもりは毛頭無いんだが。

 

「よし、この奥に魔女が居るぞ」

「うん、油断しないで行こう!」

 

私達2人は勢いをそのままに魔女が住む最深部へと突入した。

その中に居たのは、大きな檻の中に無数の小さな刃物が突き刺さっており

その檻を足下から持ち上げている人型の使い魔達が何人も。

その他にも檻を守っている使い魔もわんさか居る。

 

「これが魔女か…」

 

檻の中には刃物の他に、大きなイスにふんぞり返ってる仮面を被った棒人間が居る。

その棒人間は仮面越しにこちらを見ているように見えた。

とは言え、その棒人間に顔なんて物はないんだが。

 

「、、@;;:!!」

「なんて言ってるか分からないけど、やる気満々って感じだね」

「油断しな、うお!」

 

魔女は早速動いた。檻の中にあるいくつもの刃物を同時にこちらに飛ばしてくる。

その数は数え切れない。避ける隙間も見えないぞ!

 

「うわぁあ!」

「避けれない、弾け!」

「分かってる!」

 

私達は2人で協力し、自分達を狙って飛んで来た刃物を全て撃ち落とす。

く、なんて強力な…一撃一撃が侮れないくらいに強いぞ。

そう易々と防ぎきれない…油断ならない攻撃だ。

 

「数が多い攻撃って厄介だよね!」

「そうだな、防ぐしか無い」

「@@;!」

「わぁ! また!」

 

さっき飛ばしてきていた刃物も、あの短期間の内に復活している。

この短い間隔で…これは厄介だな、厄介極まりない。

長期戦は避けなくては…勝ち目はないぞ。

 

「っ! 長期戦は避けたいな」

「うん、でもこのままじゃ近付けないよ」

 

恐らくだが、接近すれば檻を守っている使い魔も動いてくる。

その間に魔女からの攻撃が飛んで来たら防ぐのが難しくなるな。

つまり、一瞬で片を付けるしか無いと言う事だ。

 

「……鶴乃、次の攻撃が来たら私が一気に近付く。

 鶴乃は私の接近を妨害しようとする使い魔を排除して欲しい」

「うん、分かったよ。でも鶴乃って呼び捨てしてくれるの何だか嬉しい!」

「…気に入らなかったか?」

「いいや! 何だか呼び捨ての方が良いよ!

 なんかこう、相棒って感じがするしね!」

「…そうかもな」

 

お互いの命を預けてる相棒。今のこの状態はそんな感じだしな。

 

「よし、じゃあ一気に仕掛ける。作戦通り頼むぞ」

「うん、任せて!」

「……付いて来いよ?」

「うん!」

 

丁度作戦会議が終わったタイミングに魔女の攻撃が飛んで来た。

それに会わせ、私は固有魔法を発動。一気に接近する。

飛んで来たナイフを撃ち落としながら、一気に魔女へ近付いた。

 

「@@・:!」

 

私の攻撃を妨害しようと使い魔達が飛んで来る。

 

「させないよ!」

 

だが、その使い魔達を鶴乃の扇が叩き落とした。

私は鶴乃の扇でバランスを崩したりしている使い魔を踏み台にして再び飛び上がる。

そして、鶴乃の扇を踏み台にして、一気に魔女へ接近した。

 

「くたばれ!」

 

檻の隙間から入り、中に居る魔女の胴体を巨大化させた短刀で切断した。

ここまで巨大化できるなら、正直短刀である必要性はないな。

 

「@@。:……」

 

真っ二つに切断された魔女はゆっくりと姿を消し

足下にグリーフシードを残して完全消滅した。

 

「やったね!」

「あぁ、無事撃破だ」

 

魔女を撃破したことで使い魔達もその姿を消していく。

 

「よし、このグリーフシードは鶴乃に渡すよ」

「え? 良いの?」

「あぁ、私は沢山あるからな」

「おぉ! ありがとう! じゃあ、早速使おう。さっきので結構消耗しちゃったし」

「無理はしない方が良いからな」

「梨里奈ちゃんは大丈夫?」

「あぁ、問題無いよ」

 

ひとまず一息吐く事にした。

流石に魔女戦直後だと、ちょっとばかししんどいからな。

 

「ふぅ…よし、少し休んだら口寄せ神社のうわさをもう一度探してみるか」

「うん、そうだね!」

 

少しの休憩の後、私達は再び口寄せ神社を探す事にした。

しかしまぁ、方々探しても結局口寄せ神社が何処なのか分からなかった。

 

「見付からないね…」

「そうだな、もう良い時間だ」

 

若干暗くなって、私達は帰る事にした。

その道中…私達は水名神社の前を通る。

 

「ほぅ、夜は参拝が終わってるんだな」

「そうみたいだね。まぁ、夜ってなると幽霊でそうだもんね!」

「は、幽霊なんて……ん?」

 

待てよ、昨日鶴乃から聞いたおとぎ話…確か最後の方。

 

(男の人は幽霊なんだけどね)

 

そう言ってたはず…幽霊はいつ出てくる?

そんなの、夜に決ってる。

で、うわさがあるのにうわさは広がっていない。

 

更に私達が色々と探しても見付からない理由…そんなの1つしか無い。

私達は、夜の時間帯に神社を回っていないからだ。

暗くなれば当然家に帰る。そうか、だから見付からなかったんだ!

 

「どうしたの?」

「…口寄せ神社が何処か分かった」

「えぇ!? そうなの!?」

「あぁ、水名神社だと思う」

「え? でも、水名神社は違うよ、探しても」

「……幽霊はいつ出てくると思う?」

「え? そんなの夜…あ、あぁ!」

「そう、恐らく口寄せ神社は夜の水名神社。

 夜に捜索することがなかったから、気付けなかったんだ。

 参拝も終了してる…通りで探しても見付からないと思った」

「なる程! それなら、急いでいろはちゃんにも伝えよう!」

「そうだな」

 

私達はすぐにいろはに連絡してこの事を伝えた。

しかし、いろはの方もやちよさんに教えて貰ったと言っていた。

そして明日の18時30分に集まろうという約束をしたとも言っていた。

 

全く盲点だったよ…話は良く聞く物だな。

だが、これで目星は付いた。明日こそ必ず見つけ出す!




魔女の性質。

鉄の魔女、その性質は拒絶。
自らの鳥かごと、自らを称える存在にしか興味を持たない魔女。
それ以外の者には、ただ単純で安直な恐怖のみを与え
自らの眷属にしてしまう。

正直必要無いかも知れませんが、考えた以上は発表したかった…


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口寄せ神社

18時30分…私は約束の時間までに駅に移動した。

どうも周囲は騒がしい…まぁ、この時間帯だしな。

帰宅するために来ている学生が多くても不思議はないだろう。

 

「来たわね、これで後は鶴乃だけね」

「あれ? 鶴乃ちゃんの事、話しましたっけ…」

「え? まぁ自称最強の魔法使いと言えば」

「あーーーー!! やっちよしっしょぉー! だーーー!」

「あぐ!」

 

私達が少し話をしていると、凄まじい勢いで鶴乃が飛んで来きて

やちよさんに抱きついた…かなり力が強いのだろう。

やちよさんは鶴乃の抱き付きで少し顔をしかめた。

 

「し、知り合いだったんだな」

「もしかして、いろはちゃんが約束してたのってやちよ!?

 まさか2人が知り合いだなんて思わなかったよ!

 あ、もしかして梨里奈ちゃんもやちよと知り合いだったりするの!?」

「ん、まぁ色々と助けて貰ったりしてたからな」

「そうなんだ! やったね、嬉しいね! また一緒に戦えるなんてねっ!

 ふんふん!」

「私はそうでも無いわ…」

「うえぇぇ!? なーんでー!?」

 

一体何があったんだ? なんで一旦別れたんだ?

まぁ、会話の雰囲気から考えてどうやらやちよさんが

鶴乃と別れたという感じだな…あの子は、離れるつもりはないみたいだし。

 

……深く追及してみたいが止めておいた方が良いか。

何か大事な理由があるのだろう。出来れば人に話したくない理由が。

それを追及しない方が良いだろうからな。

 

「えっと、知り合いだったんですね」

「知り合いじゃないよ!? 私達は同じチームだからね!」

「そうなんですね」

「同じチーム…やちよさんの反応から考えてもそんな風には…」

「過去の話だからね、まぁ良いわ。鶴乃も連れて行きましょう」

「行こう行こう!」

「この、引っ付き虫はね、1度引っ付くと離れないし。

 それに今回は人数が居る方が良いから…

 猪突猛進な所を除けば鶴乃の実力も確かだしね」

 

一緒に魔女と戦ったときに鶴乃の実力は良く分かったからな。

猪突猛進な所を除いたら、確かにかなり強いだろう。

と言うか、その部分がなければやちよさんと互角レベルだと思うし…

 

「流石、自称最強ですね」

「えっへん!」

「…自称込みで褒められて嬉しいのか…」

「それで、環さん、仙波さん」

「はい」

「なんでしょう?」

「鶴乃を剥がしてもらっていい? さっきから重くて…」

「あ、あはは…ほら、鶴乃、そろそろ離れた方が良い言われてるし」

「はーい」

 

意外とあっさりと離したな。ここで時間を取られるよりはマシだが

もう少し粘るかと思ったぞ…予想外だな。

その後、私達は4人で水名神社へ向った。

夜の神社か…まぁ、昼とは違って結構雰囲気違うな。

 

「夜の神社って…雰囲気が違いますね…何だか恐いです」

「夜になると照明も落ちるからね。

 でも、こう言う神社も中々おつだと思わない?

 まぁ、ああいうのが居ると台無しになるけど」

「夜の神社って初めて来たよ! こんな風に森に囲まれてると

 都会じゃないみたいだね! あ、幽霊とか出てくるかも!

 あの話に出て来た男の人の幽霊とか!」

「いや鶴乃、出てくるとしたらその男性の幽霊と

 女性の方の幽霊もセットで出てくるだろう。単体は無いと思うぞ」

「ちょ、ちょっと2人して恐い事言わないでよ!」

「恐がりだな、いろは。そもそも恋を叶えた幽霊が出て来たとすれば

 それは恐怖というか奇跡の象徴みたいな感じでむしろ良いじゃないか」

「それでも、幽霊は恐いですよぉ!」

 

こ、恐いのだろうか。やっぱり…私は幽霊をイメージしてもまるで恐くないんだが…

うーん、そう言う所が女の子っぽく無いと言われる理由なのかも知れない。

七美にも言われてたしな……

 

「ほら、2人とも、のんびり話してる暇があるの? ほら、早く行くわよ。

 それに、動き回ってたら危ないしね」

「大丈夫だよ、ただの砂利道で、あ!」

 

私の近くで鶴乃がつまずき転けそうになった。

私はその姿を見て、無意識のうちに彼女が転けるのを止めていた。

 

「あ、あっぶなぁ、えへへ、ありがとね」

「……」

「ん? どうしたの?」

「あ、いや、何でも無い……足下、気を付けろよ。

 何でも無いちょっとした怪我でも酷い事になるかも知れないんだから」

「あ、うん」

 

……人が転ける姿は何度か見てきたはずなのに

何故だろう…ただ転けるのを止めただけなのに…心の底から安心している私が居る。

 

「あ、外苑の門! 本当に夜は閉まってるんだね!」

 

確かに外苑の門が閉まってるな…なる程、これは気付けない。

 

「えぇ、だから私も気付けなかったのよ…」

「そう言えば、お参り出来ませんね…」

「でも、お参りするしかないでしょ?」

「へ? それってもしかして…」

「察しが良くて助かるわ、これから内苑に侵入するのよ」

「やっぱり!?」

「……ほ、本当にするんですか? 見付かったら…」

「そうですよ! 怒られちゃいますよ!」

「じゃあ、私と鶴乃で行ってみるわ。鶴乃は行くでしょ?」

「もっちろん!」

 

うぅ、まさかこんな事態になろうとは…ど、どうしよう。

 

「環さんと仙波さんはどうする? 会いたい人が居るんでしょ?

 ここで諦めちゃって良いの? 折角誘ったのに残念だわ」

 

うぅ…どうしよう、ここでもし誰かに見付かりでもすれば、私は…

私は願い事をした意味が無くなってしまう。

もし見付かれば…でも、だけど…

 

「うぅう…い、行きます!」

「仙波さんは?」

 

どうする…またここで……ここまで来て…また…

……いや、決めるしかない。どうせ私の問題でしかない。

また私自身を捨てるのはごめんだ…最後、ただ会うくらいなら。

 

……所詮うわさとしても、最後に会うために…せめて、別れの言葉を伝えられるなら。

相手が例え幽霊だったとしても…伝えたい言葉がある。

別れの言葉を伝えたい、感謝の言葉を伝えたい。

ここで退くわけには行かない!

 

「……行きます」

「決まりね」

 

……うぅ、神主さんとかに見付から無い様にしなくては。

しかし、夜の神社に神主さんとかいるんだろうか?

居るとすれば、衣食住全て神社内で行なってるのか?

……いや何を考えてるんだか。それより監視カメラとかの方が不安だろう。

周囲をしっかりと見渡して、監視カメラに見付からないようにしないとな。

 

「あは、魔法少女なら簡単だね-次はどうしようか! 何をすれば良いのかな!?」

「も、もう少し静かに…今悪い事をしてるって自覚あるのか? バレたら不味いぞ」

「はい!」

「大声を出すなよ…もう少し小声で…」

「えっと、それじゃあ、うわさの内容を伝えておくわ。

 そこに、会いたい人に会う方法も含まれているから」

「分かりました」

 

アラもう聞いた? 誰から聞いた? 口寄せ神社のそのウワサ。

家族? 恋人? 赤の他人? 心の底からアイタイのなら、こちらの神様にお任せを!

絵馬にその人の名前を書いて行儀良くちゃーんとお参りすれば

アイタイ人に合せてくれる。

だけどだけどもゴヨージン! 幸せすぎて帰れないって

水名区の人の間ではもっぱらのウワサ、キャーコワイ

 

「と言う内容よ」

「ど、独特な語りですね」

「まぁウワサなんてそんな物でしょう。

 今大事なのはそこじゃ無くて、会う方法ね。

 会いたい人に会うには神社の絵馬を使う必要があるって所よ」

「そして、ういに会えたら、連れて戻れば良いんですね…無理矢理、手を引いてでも」

 

…無理矢理連れて行く…そんな発想、私には一切なかった。

ただ一言、伝えたい言葉を伝えたい…それだけの気持ちだった。

 

「そうね、それぐらいの気持ちで挑みましょう…! あなたも…私も…」

「はっ…! 私、絵馬を持ってないです…!」

「あ、私も…」

「私が用意してあるわ、情報を知ってるのに手ぶらじゃ来ないわよ」

「あ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

 

やちよさんは手に持っていた3枚の絵馬のうち、1枚を私に、1枚をいろはに渡した。

……あれ? 何か足りないような気が…いや、気のせいか。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

「え、あ、やちよー?」

「ん? どうしたの? なに、その手…」

 

……あれ? 絵馬は3枚しか無かったような…

 

「え、う、わたしの絵馬は…?」

「ないわよ」

 

な、無いって…そんなあっさり言い切るとは…

 

「元々、私達3人で入るはずだったもの、用意できるはず無いじゃない…」

「んー…んーんー!」

 

…あ、そうか。そう言えばやちよさんは私もうわさを探していることを知ってたな。

いろはと一緒に回っているときに遭遇したし。

あぁ、それで私の分は用意できていたんだ。

 

「そんな顔してもない物は無いの、そもそも、本当に必要なの?」

「はぇ? ……はっっっ!」

「いらないでしょ?」

「うん、やちよと私が探してるのって同じ人だから

 別に私は行かなくていいや、だから、この由比鶴乃

 お祈りする3人の盾になるよ! 急に敵のウワサが出て来たら危ないもんね」

「全く、すぐに突っ走るんだから…頭の回転が速いのは決行だけど

 脇道に逸れないようにしなさい」

「頭の回転が早い?」

「これでも私、学年の中では最強だから!」

 

3年生で最高成績だからな、色々と伝説級の人だし。

頭の回転が速いのは分かる…雰囲気からは想像出来ないが。

 

「最強?」

「成績が1番良いって事よ」

「えぇぇ!?」

「まぁ、驚くよな」

 

私も結構驚いたし、そりゃあ驚く。

ひとまず私達はその話を後にしてうわさを試す事にした。

 

「環さん、仙波さん、会いたい人の名前は書けた?」

「はい、私は問題無く」

「環うい…里見灯花…柊ねむ…うーん、全部は駄目ですよね?」

「欲張って失敗しても知らないわよ?」

「おとぎ話でも、欲張り者は失敗するからな」

「うぅ…そうですよね」

「えぇ、絵馬の予備もなんだから欲張らない方が良いわ」

「それなら、環ういって書きます!」

 

絵馬に書く名前も書いた…千花七美…私の親友の名前だ。

 

「それじゃあ、拝みましょうか」

「はい…」

 

礼儀正しいお参りか…2礼2拍手1礼で大丈夫かな。

……しかし、まさかこんな事態になるとは思わなかった。

淡い希望でしか無い、何の気なしにウワサを調べてまさかこんなチャンスに巡り会えるなんて…

もう2度とこんな事は無いと思ってたのに…七美に別れの言葉や礼を言うチャンスなんて…

 

そして、こんなくだらない噂話を信じるなんて…思わなかった。

でも、淡い希望でも…私は賭けてみたい…あの子に…会いたい。

最後のお礼を、最後の…言葉を……どうか、伝えさせて欲しい。

神様なんて信じない私だけど、この瞬間だけは信じたい。

どうか…私の親友に…私の大事な大事な親友に…会わせてください。

 

「よっし、ウワサめ! 来るなら来い! 

 もしも、ういちゃん達を連れて帰るのを邪魔するなら!

 最強の私がコテンパンにするからね!」

「ちょっと、鶴乃! 刺激するような事言わないで!」

 

やちよさんの注意と同時に、周囲の雰囲気が変った。

 

「―っ!?」

「これは…あぁ、そう言えばウワサはうわさを守る為に現われる。

 さっき鶴乃の言葉に連れ帰るって言ってたけど

 うわさの内容は帰れなくなる……あぁ、それで」

「■▼▲■」

「余計なことを言うからウワサが出て来たじゃない!」

「連れ帰るって言っちゃったからな…」

「私のせいかな…?」

「それ以外考えられないわよ、連れ帰るなんて言っちゃったから…

 ほら、最強の鶴乃ちゃん、盾になるなら早速出番よ!」

「はい!」

 

だ、大丈夫か? ちょっと不安なんだけど…

 

「背中は私に任せて、会いに行ってきて!」

「格好付けてるけど、あの子が撒いた種なのよね」

「ちゃんと失敗の分は頑張ってくれる感じですし任せましょう」

「そうね、よし行くわよ」

 

よし、もう1度参拝しないと…早くしないとウワサも多いしな。

 

「やちよ、ウワサが多いよ! このままじゃ、そっちに行っちゃうかも!」

「ちょっと、盾になるんじゃ無いの?

 ほら、ちゃんとしないと自称最強の名に傷が付くわよ!?」

 

自称はどれだけ傷を負っても問題無いような気がするんだが…

 

「うえぇえええん、頑張る!」

「急ぐわよ、2人とも、ウワサが来る前に全て終わらせましょう!」

「は、はい!」

 

絵馬をしっかりと持って、礼儀正しく参拝を行なう。

2礼、2拍手、1礼…背後の事は考えず、礼儀正しく参拝をする…

七美に会うために、願いをしっかりと抱いて。

 

紳士に…その願いを告げる…目を瞑り、心の中で本気で考えて……

そして、ゆっくりと目を開ける。

 

「……夕方?」

 

さっきまで夜だったのに、目を開けると夕方になっていた。

……これは、成功と言う事で…良いんだろうか。



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会いたかった親友

夕暮れ時、周囲にいろはとやちよさんの姿は無かった。

しかし、色々な所で安らかな顔をして眠ってる人達が居た。

彼らが幸せで帰れなくなった人…と言う事なのかも知れない。

 

「……幸せか」

 

私はどうかな…果たして、出会えて幸せになれるだろうか?

ふ、どうかな。私はそもそも七美との決別のためにこのウワサに参加した。

やちよさんやいろはとは、そもそも目的が違う。

 

私の目的は…彼女に対する未練を断つこと。

もう七美は死んだ…私はそれを理解していたはずだ。

だから、願い事も彼女を蘇生することを願わなかった。

 

私の願いだって、本来は彼女の未練を断つために願ったような物だった。

自分の居場所だった彼女を完全に心から殺す為に

私は道化になる道を選んだはずだった…それなのに、今でも未練が残ってる。

 

どうして未練が残っているのかと考えて出て来た答えは。

彼女に対し、大事な事を言えていないからと言う結論に至ったんだ。

感謝の言葉を、謝罪の言葉を……そして、別れの言葉を。

私は彼女にその大事な言葉を伝えることが出来ていなかったんだから。

 

「……七美」

 

これが本当に最後だ…七美の思い出をこれ以上引きずらないために。

私がちゃんと、私として求められている生き方をする為に。

私はこの思い出を…あの幸せな思い出を断ち切らないと駄目なんだ。

 

芸を忘れたサーカスのライオンが誰かに求められることはあるか?

答えは簡単だ、無い。芸を忘れ、野生を取り戻したライオンにあるのは死だけだ。

居場所を剥奪され、もはやそこに居ることも許されない。

 

求められているのは、力強く凜々しいライオンの姿では無い。

人間に媚びをへつらい、命令に従い、プライドも何も無い惨めな王者。

百獣の王を人が従えていると言う優越感を与えてくれる情けない王。

 

求められているのは、恐怖と威厳を振りまく真の姿では無いんだ。

 

「……本当の私を欲する奴は要らない…」

「……またそんな事言ってるの? 梨里奈ちゃん」

 

私が独り言を呟いた瞬間、背後から声が聞えた。

さっきまで気配も何も無かったのに…聞き慣れた声が。

いや、聞き慣れていた声が…もう聞けないはずの声が聞えた。

 

「……七美…」

 

声が聞えた方向に私の体は無意識に向いていた。

自分でも驚いてしまうほどの短い間に…私は彼女の姿を見ていた。

懐かしい制服…中学生の頃の制服…なんて事の無い

可愛げも無いブラウンのセーラー服でしか無い。

 

神浜市立大附属学校の制服を茶色にして

スカートも紺色のチェックにしたような制服。

味気もなく、可愛げも無く、七美もあまり好いては居なかった制服だった。

 

「……久しぶりだね、梨里奈ちゃん」

「…な、七美…本当に七美…なのか?」

「うん、私だよ。紛れもなく私」

 

……死んだはずの七美が…私の目の前に立っている。

私の為に怒って…怪我をして…そのせいで病気を悪化させ命を落としたはずの七美が…

 

「会いたかったよ、梨里奈ちゃん」

「……あぁ、私も会いたかった…七美」

 

姿は七美にそっくりだ。しかし、あいつは死んだ筈なんだ。

だから、この場にいるのはおかしいんだ…でも、嬉しい。

例えこの七美が幽霊だったとしても、私は素直に喜べる。

 

「……七美、私はお前に伝えたい事があったんだ」

「何?」

「……私みたいな自分の個性を見せようとしない奴と一緒に居てくれて、ありがとう。

 ずっと1人で閉じこもって、自分1人で考える事しか出来ない私に寄り添ってくれて…

 一緒に色々と考えてくれてありがとう。 

 ありのままの私を受入れてくれて…ありがとう」

「何を言ってるの? 当然だよ、それにさ、その言葉いつも伝えてくれてたじゃん」

 

そう、最初は七美に何度もお礼をした、その度に七美は笑いながら当然だよと答えてくれた。

付き合いが長くなるにつれてそんな話をする事も無くなってきていた。

それが、当たり前だと感じ始めてしまっていたからだ。

 

「だって、大事な友達だもん」

 

…同じだった、当然だと答えて…そして、その後に当たり前の様に友達だもんと答えた。

その素直さが、私はいつも羨ましいと思っていた。

自分の思ってることを、平気な顔で話せる姿を、羨ましいと思っていた。

 

「……助ける事が出来なくてごめん…私の為に怒ってくれたのに

 私にもっと運動神経があれば、七美が転けないように手を取れたのに。

 私が駄目だったから、怪我をさせて……そのせいで、病気を悪化させて…

 

 私の為に、沢山の事をしてくれたのに……何も出来なくてごめん。

 お前は私に沢山与えてくれたのに、私はお前に何一つ与える事が出来なくて…ごめん。

 お前が必死になって私を変えようとしてくれたのに、結局変われなくて…ごめん」

「梨里奈ちゃん…」

 

七美は私の言葉を聞いて、少しムッとした表情を浮かべた。

当然だ、当然なんだ…私は七美に怒られても文句は言えない。

彼女は私の為に必死に頑張ってくれたのに、私は全く応えられなかったんだ。

 

でも、1つだけ応える事が出来る…1つだけ、最後に答える事が出来る。

 

「……七美……今までありがとう、そして…さようなら」

「え? 何を…」

「分かってる。お前は幻だ、いや…本当にここに来てくれたとしても、お前は幽霊。

 私はお前にもういちど会えて幸せだ…だから、最後くらいは応えたい。

 お前が、私にお願いしていた事に……

 もしもの事があったら私の事は忘れて、幸せに生きてね……」

 

元々七美は病弱だったんだ…自分にいつ何が起るか分からないと感じていたんだ。

だから七美は、もし自分に何かあった時にって私にそんなお願い事をした。

だけど、私はその言葉に対して、何も答えられなかった…

 

だから最後に返事を伝えたかった。ようやく決心が付いた、彼女を失った後に

この願いにだけは…その最後の願いにだけは、私は答えないといけないと。

だけど、流石に全ての願いを叶えることは出来ない。

 

周りの期待を裏切らないために、自分を押し殺してきた私だが

この期待にだけは…答えられなかった。大事な親友が私に抱いてくれていた期待。

私は最後の最後まで、その期待に答えることは出来ないんだ。

 

「だけどごめん。きっと私はお前を忘れることは出来ない……

 いくらお前からの頼みでも、それは出来ない…その期待には応えられない。それは謝る。

 でも……きっと、幸せに生きてみせるから」

 

もう溢れることが無いと思っていた涙がまた…

 

「……梨里奈ちゃん、本当に良いの?」

「え?」

「私以外の居場所を……作れるの?」

 

七美以外に居場所を作るか…それはきっと、私には出来ないだろう。

もう、私は自分の居場所を捨てたんだ。だからもう、居場所は作れない。

でも、居場所を作らなくても、私は幸せになれるはず…だから。

 

「ねぇ、このまま一緒に、ここで過ごそうよ」

「……え?」

「このままずっと一緒に、私がずっとあなたの居場所になってあげるから。

 ここに居れば、私は永遠に消えたりしないよ…ずっと一緒に居られる。

 周りの期待に応える必要も無い。ありのままの自分で居られるよ?」

「……」

 

ありのままの自分……ずっと一緒に居てくれる人……

ずっと、ありのままの自分を受入れ続けてくれる人……

 

「だから、一緒に居ようよ。それに私、1人は寂しいもん」

「……」

「ね、一緒に……あなたがありのままで居られるのは…私の隣だけなんだから」

 

……凄く魅力的な誘いだった…誰からの期待に応える必要も無く。

ありのままの自分で居続けることが出来る……なんて魅力的だろう。

 

「さぁ、梨里奈ちゃん」

 

私の目に前に差し出された手……この手を取れば、私は永遠の安心を得られる…

……あぁ、凄く魅力的だ……でも。

 

「え?」

 

私はその差し出された手を払いのけた。

私の為に差し出されたのかも知れない、その手を。私は自分の意思で払いのけた。

 

「その誘い、確かに魅力的だ。だが、七美なら決してそんな事は言わない。

 あいつはいつも容赦ないんだ。何事も挑戦だとか、そんな風に言ってた。

 七美なら…お前が本当に七美だったら…このままずっと一緒に居ようなんて言わない。

 

 あいつなら私の別れの言葉に対し、頑張ってねとそんな無茶な言葉を言う!

 満面の笑みで、一切の悪意なんて無く! 強引に私を応援する奴だなんだ!

 だから、お前は違う!」

 

七美の姿をしていたそれを思いっきり手で払いのけた。

私の手が通過したその影は、まるで霧のように私の目の前から消える。

……はは、やっぱり私は最初から最後まで道化だったようだ。

 

折角決意を固めても、所詮何かの掌の上で踊っただけだ。

……だが、それが私が選んだ道だというなら…私は何も言わない。

そのまま踊ってやる……もう、私は道化になる事を決めたんだから。

 

「……感謝するよ、お陰で…改めて決意できた」

 

私は…ただひたすらに踊るだけの道化になる。

プライドも無い、期待された通りの事しかしない道化師に。



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止まらない怒り

……幸せな夢は最後に不幸を振りまいて消えた。

そんな私のソウルジェムはいつの間にか濁っていた。

……この程度の事で濁るなんて、情けない。

 

勇気を出して最後の言葉を振り絞ったのにの、私の言葉はただ虚無に消えた。

届くことは無い……勇気なんて、出さない方が良かったかも知れない。

頑張る必要も無かった…頑張っても報われない。

 

私の努力は何処までも無意味なのかも知れない。

求められたことしかしてこなかった私が……

今更自分の為に何かをしたところで…意味は無かった。

 

「……」

 

濁っているソウルジェムを覗いてみる。

確かこれが真っ黒になれば死ぬらしいじゃないか。

しかしまぁ、紺色だから何処まで濁ってるか分かりにくいがな。

 

「…ん」

 

しばらくウロウロとして居ると、再び七美の様な姿が見えた。

 

「……しつこい、今度は容赦しないぞ」

 

1度あんな風に馬鹿にされて…再び湧いてくるなんていい加減にして欲しい。

 

「お前は違うと言って!」

「……私を、探して」

「なん」

 

唐突に姿を見せた七美の影はそんな一言を残し消えた。

なんだ……何の為に湧いてきたんだ? 意味が分からないぞ。

私を再び誘うためじゃないのか…? じゃあ、さっきのは一体。

 

「―っ!」

 

囮だったのか…七美のような影に近付いた後、私の周囲をあのウワサの使い魔が包囲した。

ウワサ通りに私が行動しなかったからか? 

全く、ウワサ通りに動かしたいなら、どうして偽物を徹底的に作り込まなかったんだ?

 

あんな未完成な偽物を出したところで、誰かを騙せるはずも無いだろう。

人の弱みにつけ込むにしても、もう少し徹底して欲しい物だ!

 

「ふん、弱い」

 

多少包囲されたところで敗北するほどに私は甘くは無い。

数による攻撃というのは重要かも知れないが

それよりも重要なのは個々の質だろう。

 

質が弱い雑兵を集めたところで状況は早々覆らない。

流石にスタミナを奪うという戦術を取れば状況は違うだろうが

悪いが雑魚の相手をする程度で私のスタミナは削れない。

 

激しい行動がメインである私の立ち回りだが

その実、移動自体は1歩で済むんだ。

距離があるならまだしも、至近距離じゃ無意味だろう。

 

「同時に飛びかかってきたか」

 

だが、周囲に短刀を呼び出し、飛び上がってきた使い魔達を串刺しにした。

私は基本的に武器を召喚しての立ち回りだからな、数が多くても制圧はできる。

伸縮自在に伸び縮みさせている短刀も実際は短い短刀を消し

長い刃物を召喚し、相手に突き刺しているのだから。

 

その召喚スピードは自分でも分からない程に速い。

圧倒的な素早さと変幻自在の射程によって相手を追い込むのが私の立ち回りだ。

体力も無尽蔵だからな、限界が来れば限界を突破すれば良いだけの話だ。

長期戦も短期決戦も私はこなせる。強くなくてはならないのだから。

 

「……ふぅ、やはり雑魚がいくら群がっても意味は無いな」

 

周囲の使い魔達を掃討し、一息吐くことにした。

私を探してか……ただの偽物がそんな事を言うとはな。

ただの囮だったんだろうが……気味が悪い。

 

「……しかし、いろは達は大丈夫だろうか」

 

結局このウワサは人の弱みにつけ込んだウワサだった。

だとすればあの2人も同じ様な目に遭っているかも知れない。

……あの2人を探してみるか。

 

「……いろは、やちよさん。何処かにいるか?」

 

あまり大声を出したくは無いな、場所をウワサに特定される可能性がある。

しかしまぁ、さほど探す必要は無かったようだ。

既にいろはとやちよさんは合流している様子だった。

 

しかし……あの白髪の人は誰だ? 魔法少女の様だな。

何故かいろはと戦ってる……しかし、援護は必要なさそうだ。

 

「はぁ、はぁ、良かった。偽物だった」

「ごめんなさい、環さん。嫌な役回りを引き受けて貰って」

「いえ、大丈夫です。それよりも今度は李里奈さんを探さないと…」

「そうね、あの子もきっと同じ様な目に遭ってるはず。

 急いで合流しないと駄目でしょう」

「その必要はありません……こっちも解決しました」

「仙波さん…大丈夫だったのね」

「はい……全く最悪なウワサでしたね」

「そうね…って、仙波さん。ソウルジェムが…」

「あぁ、少し濁ってしまいましてね」

 

少し前までは綺麗だったんだがな…一応グリーフシードで穢れを取ったが

それでもすぐにたまるのか……情けない。

 

「それより、今は早くここから出ましょう」

「……そうね、鶴乃も心配だし」

「はい」

 

私達はそのままウワサの空間からゆっくりと出た。

ウワサの外は入る前と同じ様に真っ暗で鶴乃がソワソワしながら待っていた。

そして、私達の帰還に気付くと、彼女は駆け寄ってくる。

 

「どうだった?」

「……駄目だったわ」

「ありゃりゃ、外れだったんだ…残念だね…」

「それより、そっちは大丈夫だった?」

「うん! 3人の盾になるという役目は果たしたよ!」

「そう」

 

しかしだ、このまま帰れるのだろうか?

 

「…でも、油断はしない方が良いわね。

 うわさを実現させるのがウワサ。

 大事な人に出会ったのに眠らないまま更には否定した私達をウワサが逃がすとも思えないし」

 

最愛ノ者トノ再開ヲ求メテ殺メル者ヨ

神ヲ謀ッタソノ罪、万死二値スルデアロウ

 

「今の声…ん」

 

周囲の景色が変る……来たか。

 

「来たわね…!」

「鮭闇羅我蔌愚我輪邊」

「あれがウワサを具現化してる大元ね。

 で、さっき謀ったと聞えたけど。

 あの声がウワサの声だというならそっくりそのまま返さないとね」

「はい、会いたい気持ちを利用するなんて」

「……確実に仕留める、許せない!」

「な、待って仙波さん!」

 

こいつが私を馬鹿にしたんだ……私の願いを!

そして、あいつは七美をも愚弄した…許せるか!

 

「凄く早いよ!」

「くたばれ!」

 

限界突破の力を惜しみなく発動した一撃だった。

私の攻撃はあのウワサに通っているように思えるがどうも軽い。

 

「蛾戯画愚」

「はん!」

 

このウワサの反撃も避けて、一瞬でもう一撃を叩き込む。

だが、どうも浅い…多少は効いているように感じるが致命打を叩き込めない!

 

「無茶しないで!」

「あの子…よっぽどあの空間で馬鹿にされたことを怨んでるのね…」

「きっと、凄く大事な人だったんだよ」

「蛾我賀唖」

「ち!」

 

やっぱり私の攻撃もあまり通っているようには思えない。

完璧に弾かれているというわけではない、確かにダメージは与えているのだが

致命打にはとてもじゃないが届かない、取り巻きも面倒だ。

 

「駄目だね、全然攻撃が通ってるように見えないよ。

 もしかして、魔力を弾くコーティングでもしてるのかな?

 油まみれの厨房みたいな」

「また適当なことを言って、そんな事あり得るはずが…

 いや、ウワサはうわさ…魔女と関係ないなら…」

「あり得るって事だよね」

「えぇ、だからといって解決策は分からないけど」

「何か、考えるきっかけはないでしょうか、馬、蛙、口寄せ、神様…」

「…っは」

「鶴乃ちゃん?」

「うーん…神様!!」

「鶴乃ちゃんが閃いた!」

「うん、閃いた! あのね、神様って願いを叶えてくれるでしょ?

 で、魔法少女って願いを叶えて生まれたでしょ?

 どっちも奇跡に関係してるから、魔力の質が似てるのかなーって

 もしもそうだったら、魔法とか効かなそうじゃない?」

「100歩譲ってそうだとして…どうすれば」

「さっさと倒れろ!」

「賀愚我」

「……でも、仙波さんの攻撃は通ってる…?」

 

致命打が与えられないなら、何発も叩き込めば良いだけの話だ!

一撃で倒れないなら100発叩き込めば良い!

こいつは許さない…絶対に!

 

「何あの速さ……目が追いつかないよ」

「口寄せ神社のウワサも、手も足も出てない…」

「あ、少しずつ傷が!」

 

もっと何発も叩き込む! 何度も何度も叩き込んで追い込んでやる!

攻める! 容赦なく攻める! 躊躇わない!

 

「もっと速く……」

「嘘…何あの速さ……」

「今まで、見たことない…」

「破緋愚唖!」

「っ! いろは!」

「うわ!」

「環さん!」

 

く! 私を捉える事が出来ないと判断したか。

不味いな、仲間を守りながら戦わないと。

 

「はぁ、はぁ……っ」

 

少し力が抜けてきた…やり過ぎたか…?

 

「うぅ…」

 

いろはの状態も悪い。

 

「くっ仙波さん、撤退するわよ!

 あれだけあなたが叩き込んでも致命傷は与えられてない。

 動きはかなり鈍くなっているけど、これ以上は環さんが持たないわ!」

「……分かりました」

 

やちよさんはいろはを背負い、走り始める。

鶴乃は出口を探して動き回っている。

あいつの耐久力は異常なほどに高い。

 

撤退しながらあのウワサに攻撃をしているが

私以外の魔法少女の攻撃はことごとく弾いている。

唯一私の攻撃だけは、あのウワサには通っている。

 

深くは通らないが、他の魔法少女と比べればかなり通っている方だろう。

その差はなんだろうか…私は物理攻撃を主要に戦っているから?

しかし、私の短刀は魔法による武器。物理攻撃のようで違う。

 

魔法で作っているはずの武器での攻撃が通るというなら

鶴乃の扇も通るし、やちよさんの槍でも通るだろう。

しかし、ダメージは無い…理由が分からないぞ。

 

「ち、小物が多いわね」

「……」

「環さん、しっかりして! く! ウワサが動き出した…」

「やちよー! 出口を見付けたよ!」

「でかしたわ! この、どきなさい!」

 

やちよさんは退路を作るためにウワサに攻撃を仕掛ける。

しかし、態勢を崩してしまった。

 

「やちよ!」

 

咄嗟に鶴乃がカバーに入るが、どうも彼女もかなり追い込まれているらしい。

私も…中々に辛いな。限界突破を多用したせいか?

でも、まだ動けるなら!

 

「この!」

「鴑御蔌婆鵜!」

「鶴乃、仙波さん!」

「やちよはいろはちゃんを連れて先に行って、こいつは私が引き受けるから!」

「鶴乃、お前も行ってくれ。こいつへの攻撃は私の方が通る」

「でも、梨里奈ちゃんも凄く消耗してるんじゃ! さっきの攻撃で!」

「大丈夫…何とかする」

 

もう一度限界突破の力を行使する。

私の集中攻撃でこいつもかなり消耗しているはず。

このまま追い込めば勝算は十分ある!

 

「また凄く速く…分かった、頼むね!」

「この!」

 

私の攻撃は確かにこいつに入ってる。

こいつの動きじゃ追いつけないほどに加速すれば、このまま撃破も!

 

「っ!」

 

……大体分かってたが、流石に無理をさせすぎてるか……

これ以上のこの力の行使は、魔力ではなく、身体が限界を迎える…

でも、あと少しの所まで追い込んでるんだ、必ず仕留める!

 

「らぁ! 深く、入った!」

 

流石に向こうもこの攻めには限界が近付いているようだ。

ようやく私の攻撃が深く入った。これなら

 

「ぐ……逃がすか!」

 

私はあいつの足下に大量の短刀を呼び出し、串刺しにしながらあいつを打ち上げた。

かなりの攻撃だが、やはりあの防御力を貫通させられない。

あと少しだというのに、まだ届かないって言うのか!

 

は、速く追撃を…だが、これ以上は身体が持たない。足の激痛で私はその場に跪く。

 

「待て! く、悪い、そっちに行った!」

「くぅ!」

「やちよ! この!」

「駄目、やっぱり私達の攻撃は通らない!」

「なんで向こうは瀕死なのに…!」

「待ってろ……今すぐ、っく!」

 

小物が……私の邪魔をしようというのか…

クソ、こいつらの相手をして居る暇は無いと言うのに!

 

「っは、っは、っは……ふぅ、はぁ…す、すぐに潰す……!」

 

相手は小物とは言え、ここまで消耗している状態で速攻は困難…

だが、速攻を仕掛けないとやちよさん達が危ない。

特にいろはだ…彼女は身体に深い傷を負った。

ソウルジェムの状態もあまり良くない……急いで合流しないと。

さっさとグリーフシードを渡せば良かった!

 

「う、ぐぅ!」

 

こ、小物相手に…傷を受けるなんて…

私の体もかなり限界が近い…と言う事だ。

思った様に身体が動かない。ソウルジェムもかなり濁ってきている。

だが、手持ちのグリーフシードは後1つ…

こんな事なら、もっと持ってきていれば良かった。

 

「あぐぅ!」

「やちよさん!」

 

向こうもかなり不味い…身体は上手く言うことを聞かないから

小物相手にかなりの時間を浪費してしまう…

やちよさん達の方もかなり追い込まれている。

あいつは私以外の魔法少女の攻撃をほぼ完璧にカットして居るんだ。

攻撃が効かない相手じゃ、あの2人でも長くは持たない。

攻撃が通る私が行かないと駄目だ!

 

 

「だから、お前らはさっさと消えろぉ!」

 

痛む足を無理矢理動かし、小物達を撃破して急いで合流しに走る。

 

「この! そろそろくたばれ!」

「輪蔌藻観躘毫」

「仙波さん!」

「くぅ……まだ、浅…うぁ!」

「仙波さん!」

 

クソ……まだ甘い。もっと通さないと…もっと深く叩き込まないと…!

 

「う、うぅぅう!」

「環さん」

「穢れが! グリーフシードが1つだけある! 急いでいろはに!」

 

私はグリーフシードをやちよさんに投げる。

 

「ぐぁ!」

「仙波さん!」

 

く、投げたときの隙を……でも、私は…まだ大丈夫だ。

 

「つぁ!」

「やちよさん!」

 

小物…あの小さい奴らがやちよさんの妨害を!

 

「クソ…グリーフシードが!」

「うぁああ!」

「環さん! そんな…」

「こい…つら!」

「うぁあああ!」

 

いろはが…な、なんだ? 何か…何か出てきた!

 

「何…これは!」

「唖賀蔌蛇!」

「なん!」

 

いろはから出て来た魔女の様な存在が目の前であのウワサを倒した。

 

「え? 何…倒した…?」

「……ど、どうなってる?」

「環さん! 大丈夫…って、そのソウルジェム…」

 

さっきまで濁りきっていた筈のいろはのソウルジェムが綺麗になっていた。

穢れは一切ない…そんな馬鹿な…何があったんだ?

 

「あれ? 穢れが…消えてる?」

「……」

「はっっっ!! 分かった! 今のは穢れを使った技なんだね! 

 凄いね、いろはちゃん! 魔法少女の新しい技を発明だ! ふんふん!」

「そう、なのかな…? すみません。全然自覚がなくって、私…」

「私も初めて見たけど、なんだったのかしら…とりあえず調整屋に行きましょう」

 

よく分からない攻撃だったが…まぁ、事なきを得て良かったと考えよう。

出来れば、あいつには私がトドメをさしたかったが…仲間の命が最優先だ。

 

「悪いけど、行かせるわけには行かないわ」

「え!?」

 

不意に聞えた声の方向を向いてみると、そこには金髪で

独特なドリルヘアーの魔法少女が立っていた。



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見滝原の魔法少女

不意に姿を見せた初めて見る魔法少女。

彼女は笑顔を見せているが、敵意がむき出しなのが分かった。

 

「私は巴マミ、見滝原の魔法少女よ。

 あなた達、魔女と一緒に居て良く平気でいられるわね。

 妙な結界があると思って入ったら思いがけない収獲だったわ」

「笑顔で随分と敵意を剥き出しにしてくるわね」

「えぇ、そうね。でもそれは、そこの魔女さんだけによ」

「……わ、私、ですか…?」

 

確かにいろはが出したのは魔女に酷似していた。

だが、いろはが魔女では無いと言う事位、私達は分かっている。

どんな方法であんな存在を出したのかは分からないが。

唐突に出て来た相手に明け渡すほどに私達は薄情じゃない。

 

「白々しいわよ、まさか人に紛れている魔女が居るなんて思わなかったわ」

「何を勘違いしてるの? ここに居るのは全員あなたと同じ魔法少女よ」

「だけど、その子は違うわ」

「……随分と思い込みが激しいな。一目見ただけで判断とは軽率な」

「あら、私は本当の姿を見たの。勘違いをして居るのはあなた達の方よ」

「このー、好き勝手言って! いろはちゃんは何もしてないでしょ!?

 最強で優しい魔法少女由比鶴乃も怒ったぁぁあ…

 うぅ、魔力が減って力が出ない…」

「本当、一難去ってまた一難…魔法少女を相手にこれ以上消耗したくないわね…」

「やちよさん…私が行きます」

「だめよ、環さん」

「4人を前にしてあの余裕、きっとただ者じゃない筈よ」

「でも、あの人が狙っているのは私だけです

 それに、今は私が1番魔力が残ってますから」

「気の利いたことも言えるのね」

「……いろは、私はまだ動ける…一緒に戦おう」

「でも、梨里奈さんも消耗が…」

「大丈夫だ、スタミナには自信がある」

 

今はスタミナよりも、肉体の方が限界に近い。

だが、いろは1人では恐らくあの魔法少女には勝てないだろう。

 

「2人掛かりでも問題無いわ。でも、後悔しても遅いわよ」

「リボンが銃に…この人、凄い魔力の扱いになれてる」

「さぁ、食らいなさい」

 

マチェット銃という奴か……だけど、弾道は。

 

「な!」

 

私はマチェット銃の弾道を予測、その場所に短刀を展開して弾いた。

 

「梨里奈さん…銃の弾道を」

「防御は私に任せろ、いろは、お前は攻撃をしてくれ」

「はい、分かりました」

「く!」

 

彼女が放ってくる銃撃を、私は再び短刀で防御した。

その間にいろはが後方から援護射撃を行なう。

今の私はあまり派手には動けない。だからこう言う形で援護するしかない。

魔力の方はまだ余裕があるからな、肉体的に限界が近いだけだ。

 

「あなた、中々やるわね。でも、これならどう?」

 

いくつものマチェット銃が展開される。

だが、弾幕を防ぐ為に必要な情報は僅か。

 

「梨里奈さん危ない!」

「はん!」

「な!」

 

私は自身を中心に短刀を展開、私といろはに飛んで来た弾丸を弾く。

 

「無駄撃ちは目眩まし。本命は僅かと決っている」

「……弾いた弾丸が仲間に跳弾しないように展開している…

 驚いたわね、ここまで器用な真似が出来る何て」

「えい!」

「く!」

 

私は防ぎ、いろはが攻める。攻撃と防御をハッキリと差別化することで

お互いがお互いの役目に集中できる。

これが2人居るという強み。1人では役割分担が出来ないからな。

 

だから、攻撃も防御もどうしても中途半端になってしまう。

 

「怨まないでくれよ、見滝原の魔法少女。

 私達は既にボロボロだ、こんな状態じゃなければ1対1でも戦ってやるんだがな」

「あなた何者? これだけの実力を持つ魔法少女は初めて会ったわ。

 そしてなんで、あなたはその魔女さんに肩入れをしているの?」

「魔女だと思っていないからさ」

「強情ね、でも攻略法はある物よ!」

「その行動、予想してないと思ったか!」

 

彼女が飛ばしてきていたリボンを私は断つ。

彼女はリボンをマチェット銃に変化させていた。

なら本来の魔法はリボンを扱った魔法なのかと予想した。

リボンを戦闘に使うとした場合、本来なら拘束に用いるはず。

 

「これは驚いたわ。でもこれはどうかしら!」

 

彼女が巨大な銃を手元に出す。

 

「出来れば使いたくは無かったけど、仕方ないわ。

 ティロ・フィナーレ!」

「な、なんですかあれ! 逃げないと!」

「それなら、これだ!」

「く!」

 

私は彼女の足下に大量の短刀を瞬時に召喚し、あの巨大な銃口を上に弾いた。

 

「まさか、そんな技まで…」

「…驚いたわ、ここまで強いのは」

「はぁ、はぁ…諦めてくれるか?」

「でも、流石のあなたもかなり辛いみたいね。

 前に戦闘があったらしいわね、それがなければ私に勝ち目は無かったかも知れない。

 でも、手負いのあなたなら倒せるわ。このまま押し切らせて貰う!」

「まだやるか…」

 

流石に辛いな…これ以上の戦闘は出来れば避けたい。

 

「これで終りよ!」

「っく! ん?」

「ったく、神浜の猛者が雁首揃えてどう言うことだ?

 傍観者を決め込むなんて泣けてくるよあたしは」

「ももこさん!」

「よっ、いろはちゃん、梨里奈」

「どうしてここに?」

「ちょいと4人のお手伝いに来ただけさ。

 そしたら、このザマだからね今週のビックリドッキリNo.1だ。

 で、そこの2人はなんで突っ立てるんだ?

 …って、よく見りゃなんでボロボロなんだよ!」

「既に戦ってきたからよ…」

「私も魔力がカラカラだよ…」

「おいおい、まさか、お前が…!」

「え!? ちょっと待って、それは誤解だわ!」

「と言っても、この現場を見た以上はさ

 こちとらはいそうですかって納得出来ないんだよなぁ」

 

確かに連戦になって、ボロボロになっているとは思えないだろう。

とは言え、あの2人が彼女に遅れを取るとは思えないけど。

確かにあの少女はかなりの実力があるが、あの2人が手を組んで戦えば

負けるほどに突出して強いわけじゃ無いと思う。

 

「くっ…あの魔法少女だけでも厄介なのに新しい魔法少女は流石にキツいわね。

 ここは大人しく引いた方が良さそうね…」

「事情はよく分からないけどさ、消えるならさっさと消えてくれ。

 5秒だけ我慢してやる」

「覚えておいて、私はあなた達の敵じゃないわ。

 私の敵はここに居るただ1人…人に化けた魔女だけよ」

「……」

「それじゃあ、失礼するわ、また会いましょう」

「今の彼女、見滝原の魔法少女って言ってたわよね

 そんな遠くの街の魔法少女が、どうして神浜市に…

 勘違いしたままだから、今後も気を付けた方が良さそうね」

「はい…」

「よし、それじゃあ、ソウルジェムを浄化してからウワサの調査に行くとするか」

「それもう終わったよー」

「なっ、うそだろ!?」

「流石タイミングの悪さは一級品ね」

「うぐっ…」

 

とは言え、あのタイミングで来てくれなかったらどうなってたことか。

全く失敗した方に最初に目が行くとはな。

 

「落ち込むなよももこ、ももこが来てくれなかったら

 私達、どうなってたか分からなかったんだから」

「そうですよ、ももこさん。助けてくれてありがとうございます」

「あぁ、うん、どう致しまして。

 ただ、やることもないみたいだし、あたしは帰るわ

 いろはちゃんもあんまり遅くなりすぎるなよ?」

「え? あっ…こんな時間…!」

「……げ、もう21時近いじゃないか…はぁ、帰ってる間に

 確実に21時を過ぎるな…」

「環さんは帰っちゃ駄目よ」

「ふぇっ!?」

「環さんは私に伝えたい事があるそうだからね」

「でも、お母さんに怒られちゃいますよ…」

「大丈夫よ、私が説明するから」

「はい、スマホ貸して」

「えぇ!?」

 

それから、やちよさんはいろはのスマホで母親を説得したようだった。

とは言え、私は特に呼ばれなかったし、すぐに家に帰った。

……七美のあの言葉が気になるが、今日はもう寝よう。



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謎の使い魔

あの騒動からしばらくの時間が経過した。

どうやらあの後から、いろはとやちよさんは協力してウワサを探しているようだった。

私は特に気にも留めず、いつも通りに過ごしていた。

 

「……っと」

 

最近は魔女の数が妙に増えてきている気がする。

最初よりもドンドン増えてきている。

 

「はぁ、またここにも魔女が」

「どりゃぁあああ!」

「!?」

 

あ、危ない…結界に入ると同時に攻撃を貰い掛けるとは驚いた。

だが、魔女の攻撃ではない……

 

「邪魔だぁ!」

「この!」

「うぐ!」

 

再び飛んで来た攻撃に辛うじて反応した私はその攻撃の出所を攻撃する。

 

「おいなんなんだ! いきなり!」

「くぅ…こいつ…ってなんだ、魔法少女!?」

「そうだ、全く結界に入るなりいきなり攻撃をしてきて」

「フィリシアちゃ…って、梨里奈さん!?」

「あぁ、なんだいろはも居たのか」

 

少し呼吸が荒くなっているいろはが姿を見せた。

どうやら彼女と共闘しているようだ。

 

「話をしてる場合じゃないだろ! 魔女を殺すんだ!」

「おいおい、随分と乱暴な相棒じゃないか…大丈夫なのか?」

「それは…フィリシアちゃんは……両親を魔女に」

「ここの魔女か?」

「知らない! だから魔女は全部逃がさねぇ! 全部ぶっ殺す!」

 

彼女の目に異様な程の執念を感じた。

どうやら本気らしい……はぁ、こう言うタイプは危険……

あぁ、そうか…あの時の私みたいな物か。

自分の事も仲間の事も考えず、闇雲に攻撃してたあの時と。

 

「落ち着け、仲間と協力するなら我を忘れるな」

「落ち着いてられるわけねーじゃん! 俺は父さんと母さんの仇をとるんだ!」

「仇を取る前に死ぬぞ? 仲間と一緒に」

「っ…」

「辛い思いをしているのは分かる。だが、もっと辛い思いをする必要は無い。

 仲間を信じろ。と言っても、事情を詳しく知らない私が言っても説得力は無いが」

「……いや、ありがとう」

 

意外と素直じゃないか…乱暴な奴だと思ったが、そこまで酷くはないらしい。

 

「いろは、この調子なら大丈夫そうだな。2人で魔女を倒してこい」

「梨里奈さんは協力してくれないんですか?」

「私は偶然来ただけだからな、先客が居るなら横取りはしないさ」

「ま、待てよ! 名前を教えてくれ!」

「仙波梨里奈、その内また会うだろう。それじゃあ、私はこれで。

 仇、ちゃんと取れよ」

 

これ以上この場にいる必要は無い。私は魔女の結界から外に出た。

ふぅ、中々良い時間だ。そろそろ家に帰ってのんびりとするか。

 

「ん? なんだあれ…」

 

人…使い魔か? でも、結界は張ってないように見える。

魔女じゃ無い…使い魔でも無い…人とも思えない。

ん? 何か聞える?

 

アラもう聞いた?誰から聞いた?

ミザリーウォーターのそのウワサ

 

むかし懐かしママチャリの、荷台に乗った保冷箱

 

おじちゃん1杯くださいなって

貰った水を飲んだなら

ゴクゴクプハーッって気分は爽快、元気も一杯!

 

けれどだけども、それはまやかし

飲んだ水はヤバイ水!!

 

24時間経っちゃうと

水に溶けた不幸が災いを引き起こすって

参京区の学生の間ではもっぱらのウワサ!!

 

モーヒサーン!

 

……ウワサ? ミザリーウォーター? なんだ、明らかに不自然だ。

まさか、あれがウワサを振りまいてるのか?

 

「よく分からないが…面倒事の種は潰したいな」

「……行かせない」

「ん?」

「こい」

「悪いが今はそれどころじゃ無いから転けてろ」

「うぅ!」

 

不意に掴まれたが、悪いが武術の心得はある。

いきなり投げ倒したのは悪いと思うがさっきの奴は不穏な気がした。

 

「く、行かせない!」

「魔法少女か、しかしそんな弱い攻撃でよくここの魔女相手に生き残れた物だ」

「うぁ!」

「逃がさない!」

「無茶はするな、私には勝てない」

「うぅ!」

「変身もしてない相手に圧倒されるくらいだ、諦めろ」

「待って!」

 

しばらく追いかけていると、とある場所にたどり着いた。

道中、邪魔な妨害もあったが…まぁ、対処は出来た。

 

「あなたもマギウスの翼になりに来たワケ? 仙波梨里奈」

「マギウスの翼だと? そもそもお前は誰だ?」

「何も知らないで来たんだ。うわささんをストーキングしてくるとは思わなかったヨ。

 全く黒羽根達は何をやってるんだかネ」

「うわささん…あれの名前か、良くは分からないが

 あんな不吉な物の名前を知っていると言う事は

 お前はウワサに関わっていると言うことで良いのか?」

「勿論、アリナは凄く関わってるヨ」

「じゃあ、ウワサを消して貰おうか。不幸を振りまいてるようでね。

 ミザリーウォーターだったか。中々にろくでもないウワサじゃ無いか」

「ふふ、自分の状況分かってるわけ? ここはアリナ達のテリトリーなんですケド?」

 

まぁ、いくつかの魔力を感じていたからな…本拠地なのか?

 

「仙波梨里奈…中々に強い魔法少女だって聞いてるヨ。

 その内、勧誘するつもりだったけど丁度良いかもネ。

 マギウスの翼に入らない? 魔法少女の解放を目指して」

「勧誘というなら強引な真似をしない方が良いと思うが。

 だがそうだな、答えはノーだ。分かってるだろ?」

「だったら、力尽くで連れて行くだけなんですケド!?」

「ハッキリ言う…怪我をしたくないなら下がれ」

「……魔法少女の解放のため、退けない」

「解放というのがなんなのか分からないが…

 これ以上、ウワサを広めるなら容赦はしない!」

 

黒いフードの連中はあまり強くはない。

とは言え、攻撃のパターンは意外と豊富だ。

長期戦は不利だと判断した私は、速攻での勝負を選んだ。

 

「うぅ!」

「聞いてたとおりに強いネ」

「お前を潰せば全部終わるか?」

「無理に決ってるんですケド? アリナの魔女に勝てるわけ無いんだから」

 

魔女が一気に…どう言うことだ、なんで魔女が!

 

「さぁ、ブレイクしちゃいな!」

 

この数の魔女を相手に…長期戦は不利だし、戦闘も不味い。

どうやって魔女を操ってるんだ? クソ、ここは撤退するべきか。

 

「逃がすわけ無いんですケド!」

「これだけの魔女をどうやって操ってる…」

 

魔女の数は何匹も…これだけの魔女を同時に相手取るのは不味い!

特に神浜の魔女は単体でも脅威…この数を1人で捌ききれるとは思えない!

 

「くぅ!」

「あはは! ドンドン追い込んじゃうヨ!」

「……流石に分が悪いな、いくら何でもこの数は異常だ」

「さぁ、そのまま死んじゃってアリナの作品の1つになりなヨ!

 孤独な強者の屍だなんて、中々魅力的でショ?」

「悪いが、私は屍になるつもりは無い」

 

私は限界突破の魔法を扱い、退路を塞いでいた魔女を撃破した。

 

「な! 何勝手なことをしてくれてるワケ!?

 アリナの作品をブレイクするとかあり得ないんですケド!?」

「おっとそうか、悪いな。お前の恨み言を聞いてやるつもりは無いんだ」

「待て! 追いかけろ翼!」

「は、はい!」

 

とは言え、ただの魔法少女が私を追跡するのは困難だろう。

ふぅ、全くさんざん走らせてくれたな。

ひとまずここまで逃げてくれば大丈夫だろう。

 

「逃がさないって言ったんですケド!?」

「うぉ! また魔女か…いや、お前から出てる?」

「ふふ、アリナの可愛いドッペルでお前をブレイクしてやる!」

「いろはがやったのと同じ様な奴か…じゃあ、あれもウワサの類いか…」

 

ち、面倒なのに目を付けられてしまったな。



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マギウス

彼女の魔女による攻撃、何とも広範囲に及ぶ攻撃だ。

巨大化し、上空から絵の具のような物を多数垂らしてくる…

当れば不味そうだが、どうも垂れてきた絵の具はその場に残る。

このままだとゆっくりと追い込まれていくぞ…

 

「あはは! さぁ、アリナの作品に溶けて!」

「まぁ、展開が遅いんだが」

 

だが、私は限界突破の力により、一気に後方に飛び退き範囲の外に逃げた。

 

「チッ! 逃げないで欲しいんですケド!?」

「お前は死ねと言われれば死ぬのか?」

「はぁ!? アリナに命令するとかあり得ないんですケド!?」

「そうだろう。勿論私もお前の命令に従う義理は無い」

 

この広範囲攻撃は流石に分が悪いからな。

攻撃を食らえば不味そうだ。逃げるのを最優先にしたい。

 

「それ、ドンドン仕掛けちゃってよね!」

「く、また魔女が」

 

しかし、魔女が結界から出て行動してくるなんて…

どう言うことだ? あいつの力か? クソ、分からない。

 

「くぅ!」

 

流石に多い…このままだと物量で押しつぶされる。

単体だけならさほど脅威ではないが、単体じゃ無い。

複数体が協力して私に攻撃を仕掛けてきている。

魔女同士が手を組むなんて馬鹿げたことが…今まで無かった。

ただでさえ異常だったこの神浜でもあり得なかった事態…どう言うことだ!

 

「ふふ、あの子のドッペル、やっぱり便利が良いヨ。

 あの子とアリナの固有魔法が揃えばどんな奴でもデリートできちゃう」

「く!」

 

駄目だ、魔女の相手で時間を取られていると、

あいつのドッペルとやらに追い込まれる。

確実に周囲を侵食していく…あの異様な力。

その大元を叩こうとしても、本体事態も気色が悪い。

近付けばダメージを食らうのは避けられない。

 

「そこ」

「んな、うぐ!」

 

黒羽根…ち、何処までも分が悪いな。

大量の魔女…ドッペルという意味の分からない力。

更には黒羽根…いくら何でも、この状況は不味すぎる。

 

「ほら、もう逃げ場は無いんだから、大人しくデリートされちゃいナ!」

「それは嫌だと言ってるだろう?」

「んな! ビルの上に!」

 

こうなれば逃げ場は上しか無い。私は急いで近場にあったビルに登る。

こんな真似をしている所を見られたら…困るな。

だが、あのままだと命が危うい。多少不格好でもここは逃げさせて貰う。

 

「待てって言ってるんですけど!?」

「何度も言わせるな。そうだ、おまけだ取っておけ」

 

私は自身の力で作った大量の短刀をビルの上から落とす。

当たり前だが相当な凶器になるぞ? 食らえば死ぬだろう。

 

「んな!」

「うわぁああ!」

「魔女!」

 

彼女の指示で魔女が動き、魔女はアリナという少女だけを庇った。

他のマギウスの事はどうでも良いんだな…だが構わない。

最初から、私の攻撃はマギウスの翼には届かない。

 

「う…え?」

「んな…」

「は、無駄な消耗をしたなアリナ。

 私の攻撃はそもそもお前達には届かないのさ。

 射程の調整くらいは出来る。だから、お前を庇った魔女は無駄死にだ」

 

実際に被害が出たのはアリナを守っていた魔女だけだった。

マギウスの翼達に私の刃物は届いてない。

届く前に消えているからな。

つまりあの攻撃はただの見かけ倒しだ。

 

「こ、このクソガキがぁ!」

「私を詳しく調べなかったのが失敗だ。

 人を殺すような真似を私がするわけが無いだろう? じゃあな、マギウス」

「待て! 待てって言ってるでしょうが!」

 

そのまま私は急いで家に移動した。

はぁ、マギウスの翼か……明日、やちよさん達に報告した方が良さそうだ。

 

「しかし……っ」

 

さ、流石にあの戦闘は辛すぎたな…はぁ、結構食らってしまっている。

大量の魔女にアリナのドッペル、更には黒羽根による襲撃。

あの組織とやり合うようになった場合、あれを同時に相手にしないと駄目か。

 

「……ふぅ」

 

ひとまず家で多少の手当をして、私は休む事にした。

……そして、後日。私はやちよさん達にマギウスの話を告げる。

 

「マギウスね、私達も会ったわ」

「そうなんですか?」

「うん、ミザリーウォーターのウワサを探してるときに」

「そう言えば、よく分からない黒いのもそんな事を言ってたな…」

 

ひとまず、昨日の事をやちよさん達は私に話してくれた。

なる程、向こうもかなり大変だったようだな。

 

「…なぁ、姉ちゃん」

「ん? あぁフェリシアだったか。どうした?」

「昨日…いろは達にも助けられたんだけど…姉ちゃんにも助けられたから」

「ん? 私は何かしたか? 結局何もしないでノコノコと出ていっただけだが」

「いや、俺にもっと辛い思いをする必要は無いって言ってくれて、ありがとな。

 あの言葉のお陰で…俺も少しだけ楽になった気がしたし」

「そうか…なんて事無い言葉でも、お前を救えたのならよかった」

「それと…昨日の事もあって、俺少し思ったんだけど…

 姉ちゃんも一緒に、俺達と戦って欲しいんだ」

「……何でだ?」

「だって、姉ちゃんもウワサを探してるんだろ? なら協力関係で良いと思うんだ」

「……ウワサか」

「悪い話では無いと思うわ。あなたの話から察するに

 あなたもマギウスに目を付けられてるみたいだしね。

 単独行動は不味いんじゃ無いの? 流石のあなたでも」

 

確かに前回のことで身に染みて分かった気がする。

ドッペルという不思議な力。結界の外に出ている魔女。

黒羽根…そしてやちよさん達の話から白羽根という少々強いのも居るみたいだ。

確かに1人では荷が重い…狙われているようだし協力してくれる仲間は多い方が良いか。

 

「…分かった、一緒にウワサを探すとしよう」

「本当!?」

「あぁ、このままだと不味いのは間違いないからな。

 マギウスが居るこの街で1人過ごすのは危険そうだし」

「よかった…梨里奈さんが居てくれれば心強いです!」

「足を引っ張らないように頑張らせて貰うよ」

「いえ、私の方が足を引っ張っちゃいそうです」

「ふふ、そうね。じゃあこれから大変になりそうだし

 調整屋にでも行きましょうか」

「…調整屋というのはなんだ?」

「……え!? 知らないんですか!?」

「うん」

「い、今までどうやって魔力を強化してたのよ…」

「魔力って強化できるのか…」

「て、天然物でこの強さだったのね…これは末恐ろしいわ」

 

なんだろうか、調整屋を知らないというのはそこまで異常なことなのか…

でも、どうやら話の感じからして、調整屋に行けばより強くなれるみたいだな。

なら、私にとってかなりプラスになりそうだ。



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調整屋

いろは達に案内されて、私は調整屋がいると言う場所へやって来た。

こんな所に調整屋という人が居るのか。

まるで廃墟だが…こんな場所に人が過せる場所があるとは思えない。

 

「なる程、ここに調整屋が居るのか」

 

私の案内をしてくれたのはいろはとやちよさんの2人だった。

そんなに沢山で押しかけるわけにはいかないらしい。

 

「あら、調整屋さんへいらっしゃい…あら? 今日は新しい子が来てるのね。

 新人さん? 神浜に最近来た子って所かしら。

 使い魔に襲われてた所を2人に助けられたのかしら?」

「いえ、彼女はいろはと同じくらいのタイミングに神浜に来ていた魔法少女よ」

「え? いろはちゃんと同じくらいに来たの?」

「仙波梨里奈と言います。よろしくお願いします」

「―! 仙波梨里奈…」

「知ってるの?」

「まぁ、有名人だからね」

 

知らない間に、私はこの神浜ではそこそこ名を知られていたらしい。

 

「異様なくらいに強い魔法少女。色々な子から話を聞いたわ」

「ウワサという形ですか? もしそうなら、私のウワサが出て来ても不思議な意ですね」

「勘弁して欲しいわね、あなた程の実力があるウワサとか勝ち目が無さそうだし」

「随分と評価してるのね」

「当然よ、今までの彼女の活躍を見ていればね」

 

私の限界突破の魔法はその名の取り天井知らずの魔法だからな。

その気になれば相手が何であれ撃破が出来る。

完全に力押しが出来る魔法と言えるだろう。

 

無茶をすれば身体にダメージがあるが、その気になれば

その身体の限界さえ突破できるんだろう。

まさしく天井知らずの諸刃の剣…実はかなり危険な固有魔法だろう。

 

「まぁ、彼女の話は良いとして、今日来た理由を教えて貰おうかしら」

「彼女の調整をしてもらおうと思ってね」

「調整してないのね…私は担当してないから神浜では調整してないとは思ってたけど」

「神浜の外でも中でも、1度だって調整してません。

 そもそも、調整屋という存在自体知りませんでしたし」

「……嘘、それで噂になるくらい強いの? 天然物とか恐いんだけど…」

「でも、これから先は調整した方が良いと思ってまして。

 流石にマギウス達の襲撃に今のままじゃ耐えられそうに無いし」

「まぁ、聞いた話が本当だとすれば、あなたは十分そのままでもやっていけると思うけどね」

 

それはまぁ、あんな事態普通なら遭遇しないからな。

仲間も1人も位無い状態で単身的の本拠地に行くなんて正気の沙汰じゃ無い。

 

「それじゃあ、私が魔力の調整をしてあげましょう。

 大丈夫、今回はお代はいらないわよ♪」

「どうして?」

「天然物の大物を調整できるなんて珍しい経験になるでしょ?

 私もちょっと楽しみなの。だからお代は結構よ~♪」

「ありがとうございます。所で調整というのはどうするんですか?」

「そうね、じゃあまずは服を脱いで?」

「みたまさん…」

「分かりました」

「そして躊躇いなく脱ごうとしないで仙波さん!」

「ん? 違うんですか?」

「ここまですんなりと服を脱ごうとした子は初めてね…

 可愛らしいのに随分と天然さんなのね。

 と言うか、羞恥心が無いのかしら…」

「ひ、酷い言い方ですね…で、えっと、調整というのはどんな風に?」

「えっとね、私はソウルジェムに触れる事が出来るの。

 そして、他の魔力をソウルジェムに与えて調整するのよ」

「はぁ…」

 

そんな力を持っているのか…固有魔法かな?

しかし、どんな願いをすればそんな固有魔法を得られるのか不思議だな。

 

「そう言うわけだから、そこに寝転がって」

「はい」

「落ち着いて…リラ~ックス」

「……ふぅ」

 

リラックス、力を抜いて……小さく呼吸をする。

 

「ん…」

「はい、触れたわ…それじゃあ、魔力を……あら?」

「ど、どうしたんですか?」

「……う、うーん。調整できないわね」

「え? 何でよ」

「…? 私の調整は出来ないんですか?」

「えっと、そんな感じ…おかしいわね、こんな事初めて」

 

どう言うことだろう…私は他の魔法少女と違ったりするのか?

神浜の魔法少女じゃ無いから…いやでもいろはの調整は出来てる風だったし

出身は関係ないのか…じゃあ、どうしてだろう。

 

「なんで? そんなの初めてだけど」

「私も初めてで困惑してるのよ…こうなんて言うか魔力の質が違うの」

「質というと…どう言うことですか?」

「梨里奈さんが強すぎて魔力の質が良すぎるとか、そう言う意味ですか?」

「いえ、そう言う意味じゃ無いのよ……なんて言うかこう…流れた感じが違うの。

 魔法少女のソウルジェムに触れたとき、指先は基本的に温かく感じるんだけど

 この子に触れたときは、少し冷たく感じてね…何が違うのか分からないけど」

 

冷たくと言うのはどう言う意味だろうか…

しかしだ、調整が出来ないと言うことは私はこれ以上強くなれないと言う事か?

いやそもそも限界突破の魔法を使えばいくらでも強くなれるんだが。

 

「おかしいわね、こんな感覚は初めてよ……うーん、理由は分からないけど

 調整が出来ないと言うのは変わりないわ…ごめんなさい。力になれなくて」

「いえ、私の方こそ…なんか変な感覚にしちゃって済みません」

「興味深くはあるんだけどね…なんなのかしら」

「みたまに調整できない魔法少女がいたなんて予想外だったわ」

「私も考えてもみなかったわ、ごめんなさい。

 でも、気が向いたらまた来てね。調整出来るように私も頑張って見るから」

「あ、はい。ありがとうございます」

「それで、2人はどうする?」

「じゃあ、折角来たんだし調整して貰おうかしら」

「Ok~梨里奈ちゃんの調整が出来なかったから、2人はお詫びに無料にしてあげる」

「梨里奈へのお詫びになってない気がするわ」

「仲間が強くなるんだし~、悪い話じゃ無いと思うわよ~」

「そうですね、お願いします」

「お任せあれ~」

 

……私だけが違う理由…それは一体何だ?

あの時、口寄せ神社のウワサの時だって、私だけはウワサの大元にダメージを与えていた。

それと何か関係しているのか…? はぁ、考えても分からない。

だが、理由を見付けないと不味いだろうな。ひとまず、考えるだけ考えてみよう。



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うわさの調査

うーん、結局あれから1週間か。

よく分からないまま時間が過ぎる。

やちよさん達と合流してウワサを調べるという事にしたが

 

私はひとまずマギウスを探ってみることにした。

やちよさん達がウワサを潰そうとしているのは

マギウスの翼をあぶり出すためみたいだからな。

 

なら、本来の狙いはマギウスの連中なのだろう。

となれば、ウワサを潰すやちよさんチームと

マギウスを探す別働隊として、私は別行動の方が良いかも知れないと判断した。

 

この考えはやちよさん達に伝え、了承して貰った。

ウワサを追えばマギウスにたどり着くとすれば

マギウスを追えばやちよさん達とその内合流するかも知れないしな。

 

マギウスへの奇襲も可能かも知れないと考えれば割りと良いだろう。

問題はマギウスが私の動きを警戒しているかも知れないと言う事だ。

付け狙ってる可能性もあるから気を付けないと。

一応、何かあったら合流するように約束してるからな。

 

マギウスの本拠地を見付けたり、活動を発見した場合も連絡をする約束だ。

1人では危険だからと協力したのに単独行動では意味が無いからな。

 

「……ふむ」

 

一応、マギウスの手がかりは無いかと考え

やちよさんが書いていた神浜ウワサノートから

ウワサの出現位置を地図に書き記して回ってみることにした。

 

なんか違和感のある配置が多い気がするが

やちよさん達は別のウワサに用があるらしい。

電波少女…そのウワサを探しているらしい。

 

「ここに噂があってと」

 

身を隠しながらウワサの場所を探る。

何カ所かに黒羽根の姿があったが死角が多い。

ちゃんと見回りをして居るのか?

 

この程度の相手なら奇襲を仕掛けて意識も奪えるが

恐らく尋問してもあまり意味は無いだろう。

 

そんな翼の1枚1枚に本拠地を教えていれば

必ずボロが出るからな。そんな馬鹿な真似はしないはずだ。

 

「……しかし、東に行けば行くほどウワサが増えるのは不思議だな。

 東にも魔法少女がいるらしいと言う話は聞いたけど…しかしこの地図。

 妙だな…東の方は話を聞けないらしいが…うーん」

 

1箇所だけ台風の目の様に穴が開いている。

それと東に行けば行くほど増えている噂。

 

案外、東のウワサと合併させた場合、西の方がウワサが多い状態になるのだろうか。

だとすれば、最悪同士討ちの可能性も発生したかも知れないな。

仲が悪い状態だったらしいし、あり得るだろう。

 

この分布を見て、東から噂が流れているなら東の方がウワサが多い。

つまり、東から噂が流れてきている。だとすれば東が元凶か? と言う発想。

そんな発想に至ってしまったら東との戦争もあり得たかも知れない。

 

西も同じ様な分布になっていれば西から来ていると誤解する可能性もある。

そうなれば西と東で消耗戦が発生した…可能性があった。

この1箇所、この台風の様な目が無ければそんな発想に至ってた可能性まであるだろう。

 

「……まぁ、マギウスの狙いが魔法少女の解放という奴だとするなら

 魔法少女同士が殺し合う可能性は潰したかったのかもしれないがな」

 

しかしなぁ、この分布は少々露骨すぎると思う。

いくら何でもここに来て下さいと言ってるような物だろう。

もし西と協力してウワサをまとめて同じ様な分布になったとすれば

どう考えても罠だ。ここまで露骨すぎる罠を張るなんてね。

 

こんな罠に引っ掛かるなんて事あり得ないだろう。

よっぽど切羽詰まっている状況じゃ無ければ絶対にあり得ない。

時間が惜しかったり、よっぽど心の余裕が無い状態じゃなければ容易に看破できる。

 

「ウワサの分布からマギウスの本拠地を探すのは難しいかな」

 

……なら、確定しているマギウスの情報を探って見るとしようか。

確かアリナだったか、あいつは有名人らしいじゃないか。

やちよさんも名前を知っていたし、調べれば情報は出てくるはず。

 

「えっと、アリナ…」

 

……うーん、分からないな。でも、地区の風貌から分かるかも知れない。

アリナは自分のドッペルを作品とか言っていたように思える。

そして、やちよさんの情報から芸術家である事は確定している。

 

だとすれば、最も有力な候補はこの栄区。

ここは芸術の地区だという風に書いてある。

ひとまずここを探るとしよう…見付かると良いがな。

 

「っと、ここが栄区か」

 

結構遠いな…とは言え、複数人で移動すると行動を気取られるかも知れない。

さて、ここのウワサは…記憶ミュージアムのウワサとかか。

このウワサを調査するのは後にして、今はマギウスの情報を探そう。

流石にウワサの調査を単独で行なうのは危険だからな。

 

マギウスの情報を探す方がもっと危険だが、ウワサに近寄らなければ分かりにくいだろう。

私達がウワサを狙っているという情報は、ある意味では良い隠れ蓑になる。

ウワサの近くには恐らく黒羽根が居るだろうし、避けて通らないとな。

 

「…賞を取ったという学生を知りませんか?」

「賞?」

 

私は一般の人達に聞き込みをすることにした。

私は年齢的には高校1年生だからな。

 

最近引っ越して来て、ある芸術家の話を聞いた。

その芸術家は高校生なのに凄い賞を取ったと聞いたんですが

その人に一目で良いから会ってみたいんです。

 

会って、色々と話を聞きたいのですが栄区に居ると聞いた程度の知識しか無いので

教えて欲しいんです…こう聞いて回ったら彼女の話を聞くことが出来た。

 

「えっとね、アリナ先輩は私の先輩なの」

「せ、先輩なのか…」

「うん! 色々と絵を教えて貰ってるの」

「そうか」

 

どうやら、かなりの大当たりを引いたが…同時に危険でもあるな。

だが、彼女のお陰でアリナが通っている学園が栄総学園だとしれた。

 

同時に彼女から、アリナの作品の情報も知ることが出来た。

争いのない完成品。これがどうやら賞を取ったという作品らしい。

 

「……栄総学園」

 

ここがこの栄区の教育機関か…恐らくアリナが居るのはここだな。

だが、あのかりんと言う少女の話では、今は居ないという。

それはそうだろう。休日だからな。居る訳がない。

 

インタビューが狙いなら居場所を特定しようと動くんだろうがな。

ひとまずは場所が特定できただけで満足だ。

さて、アリナが居ると思われる学園は特定できた。

この付近にマギウスの本拠地があるかも知れない。

 

「……居ないか」

 

時間は夕暮れ…流石に探しても見付からなかった。

私は栄区から出る為に駅へ移動する。

全く困ったな…推測が外れた…何処に本拠地があるんだ?

 

「……うーん」

 

ウワサの地図に目を移す。1箇所、妙にウワサが集中している場所に目が行った。

……だが、これも後だな。ひとまずもう1つ想定した場所を探して見よう。

東側にも西側にも属していなかったという中立地帯。

隠れ家にするには丁度良い場所かも知れないしな。



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中央区のうわさ

中央区、中立地帯だったこの場所だが…しかし失敗したな。

まさかもうこんな時間になるなんて。

 

「うーん」

 

中央区を探している間に日が暮れてしまった。

そろそろ帰ろう。やはり1日に詰め込みすぎたようだ。

ひとまず私は改札を通り、電車を待つことにした。

 

「ん?」

 

そんな時、私の携帯電話が鳴る。

 

「はい」

 

こんな時間に誰かと疑問を抱きながらも私は電話を取った。

電話の先で聞えた声は、やちよさんだった。

 

「仙波さん、ウワサの調査で協力して欲しい事があるの」

「はい、分かりました。どんなウワサですか?」

「名無し人工知能のウワサ。詳しい話は後でするから

 中央区に来てくれる? 少し時間がかかるかも知れないけど」

「…いえ、そんなにかかりませんよ」

「え?」

「丁度良いタイミングです。私も今中央区に居るんです」

「本当? 凄い偶然ね。でもどうして?」

「マギウスの翼が本拠地を立てるとして

 1番バレにくい場所は何処かって考えたところ

 丁度中立地帯になってたという中央区が怪しいかと思って探してたんです。

 外れでしたけど、無駄足にはならなかったようで安心しました」

「そう、お金が無駄にならなくて済んだわね」

「えぇ」

 

やちよさんの話を聞いた私は、すぐに電車の改札からでた。

無駄なお金がかかったな。

しかし、どうして私はこの行動に躊躇いを持たなかったんだろう。

考えてみれば、お金はあまり無いはずなのに…電車で動き回るなんてな。

 

……まぁ良い、この件は人命もかかってるんだ。

金のことは後で良いだろう。

 

「それじゃあ、電波塔に来て欲しいの。どれ位で付きそう?」

「そうですね、ここから電波塔なら10分も掛りません」

「分かったわ、待ってる」

 

私は急いで電波塔の場所へ移動した。

そこにはいろは、やちよさん、フィリシア、鶴乃の4人。

……しかし、誰だ? あの2人は…初めて見る顔だな。

 

「あ、来たわね」

「この人が頼りになる魔法少女さんですか?」

「うん、私たちの中で1番強いかも」

「褒めすぎだ。とりあえず自己紹介をさせて貰おう。

 私は仙波梨里奈、最近この神浜に来た魔法少女だ」

「あ、えっと。私は鹿目まどかって言います」

「わ、私は曉美ほむらです…」

「2人ともよろしく頼む…でも、なんで2人はウワサを?」

「彼女達はウワサに巻き込まれたかも知れない先輩を探してるの。

 覚えているでしょう? 巴マミ」

 

巴マミ…確か口寄せ神社の時に戦った、見滝原の魔法少女か。

 

「なる程、あの魔法少女か…で、その後輩。

 あの魔法少女は私達に対して随分と敵対的でしたが」

「えぇ、でも彼女は彼女なりの考えがあって行動したんでしょうし

 それに、危険な目に遭っているというなら放置は出来ないでしょ?」

「……それもそうですね」

 

確かに危ない目に遭っているなら助けてやらないと駄目だろう。

しかし、あれほどの実力者が負けるとは思えないんだがな…

だが、ウワサなら話は別か…口寄せ神社の件がある。

それとミザリーウォーター、私はその場に居なかったが

かなり苦戦したという話を聞いた。油断ならない。

 

「それじゃあ、ウワサは?」

「この電波塔の上よ」

 

私はそのまま全員と合流し、電波塔の最上階へ移動した。

高いな。しかし綺麗な夜景だ。

 

「わっは…立って見ると凄く高いね」

「ぬわぅ! したから風が!」

「……ごく」

 

ウワサの場所に行き着くには、ここから飛び降りないと駄目らしい。

ここから飛び降りるというのは中々に度胸がいるな。

 

「やっぱり、いざ立って見ると怖じ気づいちゃうでしょ?」

「かなり勇気がいりますね」

「何かあっても、多少なら何とかなりそうだけど」

「それはまぁ、梨里奈さんなら大丈夫そうな気がしますけど」

 

流石に空中で動き回る事は出来ないんだが

魔法少女の状態だとすれば、上手く魔力を使えば何とかなりそうだ。

 

「でも、覚悟を決めないといけませんよね。

 まどかちゃんとほむらちゃんは大丈夫?」

「少し、恐いです…見滝原で魔女と戦ったときも足が竦んじゃって」

「そう言えばそうだったね、大丈夫?」

「うん、鹿目さんと一緒なら平気」

 

随分と仲が良いんだな…友情以上の何かを感じる気がする。

 

「ふふっ、この街は噂が現実になるんだから、きっとこの飛び降りた先に

 本当に電波の世界がある。そう信じよう」

「うん!」

「これで皆、覚悟が決ったわね」

「待って下さい、アイさんからメッセージが」

 

アイ、確か名無しの人工知能か。

 

「マギウスの翼が現われました、気付かれないように対処するためには

 人の数は少ない方が良いと思います」

「マギウスの翼…」

「彼女達に取っても守るべきうわさって事ね」

「でも、いける人数が限られてるなら」

 

いろはと一緒に行動している、小さなキューべーが喋る。

どうやらこのキューべーはいろはに色々とアドバイスをしている様だ。

いつ見ても私の前に出て来たあのキューべーとは風貌が違うよな。

雰囲気もかなり違う……なんなんだろうな、この小さいの。

 

「うん、私は佐奈ちゃんの事を自分の手で助けてあげたい。

 やちよさん、私に行かせてくれませんか? さなちゃんを助けたいし

 マギウスの翼が居るなら、ういの話しも聞けるかも知れません」

「……そうね」

 

いける人数が限られている理由は出来ればマギウスにバレないようにする為に。

妹の話を聞くとしたら、かなり危険な状態に陥っていると言う事になるが…

 

「…私も一緒に行って良いか? マギウスの翼が居るなら危険だからな」

「…そうね、この中で1番実力があるのは仙波さん。

 最悪の事態が起ったときの保険は欲しいわね。

 でも、環さんは?」

「はい、構いません」

「じゃあ、行くのは環さん、仙波さん、鹿目さん、曉美さんの4人ね。

 4人とも気を付けて」

「良いんですか? 私達が行っちゃって…」

「こちらの目的は環さんと仙波さんに任せたから

 2人は巴さんを見付けてあげたら良いわ」

「それなら、はい…行ってきます!」

「フィリシア、行かずに済んで安心したか?」

「はぁ!? そんな訳ねーじゃん!」

「ふ、冗談だ」

 

冗談なんて久しぶりに言った気がする。

 

「ふふ、梨里奈さんも冗談なんか言ったりするんですね」

「そ、それはまぁ…」

「なんか意外だよ! そう言う事は言わないタイプなのかと思った!

 こう、必要な事だけ話して他は話さない感じだと思ってた!」

「き、基本的には言わないんだ…冗談も得意ではないし。

 だから、これは気の迷いであってだな…」

「必死に取り繕わなくても良いじゃ無い、冗談くらい誰でも言うわよ。

 それに、少しだけ近付けたような気分になって、私は嬉しいわ」

「……」

 

恥ずかしい…失敗した、変な事を言わなければ良かった。

何だか緊張してる風だからほぐそうと思ったが、失敗した…うぅ。

 

「うぅ、こんな筈じゃ…」

「楽しそうですね、その様なお話しを聞けて、私も少し嬉しいです。

 でも、お話しの腰を折ることになりますが残りの方への指示を。

 残りの方は神浜セントラルタワーのヘリポートに移動して下さい

 私が消えた後の転送先をそこに設定しておきます」

「うわさにも聞かれていた…!」

「落ち込むなよ姉ちゃん! 見てて面白いけど!

 スゲー強いって聞いたんだけど、案外面白い所あるんだな!」

「意外だよね-! 完璧超人だと思ったのに」

「うぅ…済まない、不甲斐ない姿を見せて…大丈夫だ、もうヘマはしない」

「何言ってるの? ヘマなんかじゃ無いよ! 私は梨里奈ちゃんの

 普通な所が見れて、凄く嬉しかったよ!

 思ってたより近い存在なんだって分かったからね!

 これでもっと近付けそう! ふんふん!」

「私もです。私と同じ様に落ち込んだりするんだなって分かって嬉しいです」

 

うぅ…ドンドン恥ずかしくなってくる。

じょ、冗談なんて言う物じゃ無いな…

 

「こ、この話はここまでにしよう。じ、時間が無いし…」

「あ、逃げるつもりだね!」

「ま、マギウスの翼もいるみたいだし助けを待ってる人も居るんだ!

 こ、これ以上の無駄話は無意味だ! 行くぞ!」

「あ! 逃げるように飛んだ! 待って下さいよ!」

 

うぅ! 失敗した失敗した失敗した! は、恥ずかしい!



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執念

散々恥ずかしい思いをしたが、うわさの中には入れたようだ。

はぁ、失敗したな…下手な事を言わなければ良かった。

 

「っとと、こ、ここがうわさの中…?」

「ここがアイさんが居るところ…私達、電波の中に溶け込んだのかな?」

「噂って凄いね…本当にこんな事が現実になっちゃうなんて」

 

噂が現実になる。魔法少女という存在が居るわけだし

意外と世界は奇跡とかそう言う不条理はあるのかも知れないな。

ひとまず、このまま奥を目指そう。アイという名無しの人工知能を探し出さないと。

 

そして、さなと言う少女を見つけ出し、救出しよう。

しかし何だか妙な気分でもある。

私達はさなに助けを求められている訳では無い。

 

私達が助けを求められたのは、うわさの人工知能。

この事件の大元…やっぱり、何だか特殊な気がする。

まぁ特殊な存在がうわさなんだし当然と言える気がするが。

 

「えっと、何処まで行けば…」

「ん!? 周囲の気配が…」

「これって、うわさの結界!? アイさん、私達に罠を仕掛けて!?」

「どっちかは分からないが、事態に対処するしか無いだろう」

 

私達は臨戦態勢を整え、襲いかかってきたうわさ達を撃退した。

まどか達も最初はうわさに困惑をして居たが、いろはの言葉のお陰で

ちょっとずつだがうわさの対処にも慣れてきている。

この攻撃にどんな意味があるかは分からないが…私も一緒に居て良かった。

まぁ、私が居なくても最悪の事態には至りそうに無いが。

 

「……見付けた…」

「なんだ?」

 

うわさを対処していると、1人の黒羽根が私達の前に姿を見せた。

ち、マギウスの翼に存在を認識されたのは痛い。

だったら、騒がれる前に潰せば!

 

「梨里奈ぁああ!」

「な、私の名前を…なん! うぉ!」

 

彼女は叫び声を上げると同時に右手を広げた。

その右手は唐突に真っ黒く巨大化し、私へ向って振り下ろされた。

 

「きゃ! な、何!?」

「どうなってるの!?」

「マギウスの翼!」

 

振り下ろされた巨大な黒い腕は再びすぐに振り上げられる。

あれはなんだ!? あいつの魔法? いや、でもあの不吉な雰囲気は…

魔法と言うより、マギウスのアリナ…彼女が使っていた力に雰囲気が似ている気がする。

 

手は更に振り上げられると同時に更に奇妙に変化。

そして、その巨大な掌には真っ赤な大きな切れ目が裂かれている。

そこから血のような物が滴り落ち、掌から離れると同時に血は更に小さな手と変わる。

小さな手はそのまま地面に落下し、紙吹雪のように弾けた。

 

「ま、魔女…?」

「絶対に…逃がさないんだから…!」

「っ! その顔…」

 

黒羽根のフードが取れた、そのフードの下には少し懐かしい顔があった……

私の前に立ちふさがり、攻撃をしてきていたのは弥栄…七美の妹…弥栄だった。

 

「弥栄、どうしてお前がここに…マギウスの翼に……

 そしてその姿…魔法…少女…?」

「梨里奈…絶対に復讐する…お姉ちゃんの仇を取る! 私が!」

 

彼女の目に大粒の涙が見えた……私に復讐をするために…この神浜まで来たのか…

 

「し、知り合い…ですか?」

「あぁ……仕方ない。3人とも、こいつは私の客だ。

 私が相手をする。その間に3人はうわさを見付けてくれ!」

「で、でも! あんなのを1人で相手にするなんて無茶です!」

「マギウスの翼に存在を認識されている状態では何よりも時間が重要になる…

 あいつの狙いは私だ…なら、私があいつの足止めをするしか無いだろう。

 4人であれと戦っていては時間を取られすぎる…だから、これが最善だ」

「……わ、分かりました」

「終わらせた後に合流する。私が合流するよりも前に終わらせてくれても構わない。

 行ってくれ」

「…はい! 行くよ、2人とも」

「で、でも…あんなのと1人でなんて危険すぎるよ!」

「大丈夫、梨里奈さんは強いから…信じるしか無いよ!」

「うぅ……ごめんなさい」

「私が言い出したんだ、謝ることはない」

 

あの3人が逃げるまで、弥栄は動きを見せることは無かった。

狙いは完全に私だけだと言う事がこれでハッキリした。

 

「梨里奈…これで心置きなくお前を殺せる…」

「お前に怨まれて当然の事をした…好きにすればいい。

 私はお前の行動に文句を言う事はしないし、怨むなとも言わない。

 だが…お前に殺されてやることは出来ない。あいつの所に行くには…まだ早い」

「は! そうよ! あなたはどうやってもお姉ちゃんの所には行けない!

 あなたはここで死ぬから! そして死んだ後もお姉ちゃんと会うことも出来ない!

 お前なんかが! お姉ちゃんと一緒に居られる訳がないんだ!」

 

彼女は振り上げていた手を私に叩き付ける。

しかし振りは大きい。私は素早く後方に下がり手の範囲外に逃げる。

 

「逃がすかぁ!」

「っ!」

 

だが、手はすぐに動き、私を掴もうと伸びてきた。

今度は跳躍を行ない、彼女の手から逃れる。

 

「逃がさないって、言ってるでしょう!?」

「左手も!」

 

左手も唐突に変化し、私の方に伸びてくる。

私は急いでその足を蹴り後方に飛び退き手が閉まる前に抜け出す。

だが、今度は着地と同時に右手が動き、私を捕まえようとする。

 

なんとか逃げても、また次が…このままじゃ追い込まれる!

私は限界突破の魔法を使い、その手が追いつけないほどの速度で避けてはいるが

このままじゃジリ貧…だが、私は攻略法は分かってる。

 

「絶対に捕まえる! 握り潰してやる!」

 

彼女の殺意は当然だ、当然なんだ…当たり前なんだ…

私は彼女の姉を見殺しにした…怨まれて当然だ…当然なんだ…

だから、彼女が私を殺したいというなら殺されてやる事が正しいんだろう…

 

「逃げるなぁ!」

 

だけど、私にはそれが出来なかった…死ぬのが恐いからだ。

誰でも、死んでも良いと思える人は居ないだろう。

死ぬのは恐くないと本気で思ってる奴は…ただ自分に絶望してるだけの人間…

 

じゃあ、なんで私は死ぬのが恐いんだ?

私は自分に絶望してるはずなのに…未来にも希望は抱いてないのに。

この先を生きていても、自分のままでいられ続けない恐怖しか無い筈なのに。

居場所なんて無い、孤独な未来しか考えてないはずなのに…

 

「逃げるなって、言ってるでしょうがぁ!」

「……私は…死ぬわけにはいかない」

「知らないわよ、私はお前を殺すんだ!」

 

彼女が右手を地面に叩き付けると同時に右手が消える。何処に消えた…? 

 

「潰れろ!」

 

唐突に出て来た大きな黒い影…背後!? 私の視界が暗くなっていく。

 

「死ぬわけには…行かないんだ!」

「うぁ!」

 

あわや潰される寸前に私は黒い手の指先を切断し飛び出した。

 

「…なんで死んでくれないのよ!」

「死にたくないからだ…」

「知らない…絶対に捕まえる…捕まえてお姉ちゃんの仇を取るんだ!

 絶対に…逃がさない…!」

 

彼女の瞳には揺るぐことが無い決意が見えた。

彼女は決して私を逃がさない…私も決意を決めるしか無い…か。



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執念のドッペル

弥栄の力がマギウスのアリナが使用した力と同じだと言う事は分かる。

 

「うぅ!」

 

あの手は、何処までも私を追いかけてくる。私だけを…

あの3人には目もくれず、ひたすらに私だけに手を伸ばしてきている。

言えば執念…私に復讐するという執念だけで私を追い続けてくる。

 

「…逃げ回りやがって…何処までもちょこまかと……

 なんで逃げてばかりなの!? 戦えよ…戦えよ!」

「……」

「答えないって言うの? また無言のままで私の前に立つの!?

 そしてまた無言のままで私から離れようって言うの!? 答えろ!」

 

また……あぁ、そうか。あの時か…病院で最後にすれ違った…あの時。

 

「何でさ…何で涙を私達の前で隠した…」

「……泣き顔を見られたくなかったからだ、そんな情けない姿を見せたくなかった」

「じゃあ何? お姉ちゃんが必死にしてたことは意味なかったっての!?

 あんたが自分らしく居られるように、必死に頑張ってたお姉ちゃんの努力は!?

 全部無駄だったっての!? ふざけるな……ふざけるなぁ!」

 

彼女が操っていた手が更に肥大化したと思ったら弾け

小さな手が無数に飛び出してきた。

 

「っ!」

 

流石にその無数の手を避けきるのは不可能だった。

私は後方に下がり、回避をしつつその手を短刀で振り払いながら逃げ回る。

しかし、私がどれだけ手を打ち落とそうとも何処からか新しい手が生えてくる。

 

そう、この手は私を殺すまでいくらでも蘇る。

弥栄を…弥栄の意識を奪わない限り、永遠に私に襲いかかるだろう。

この無数の手をかいくぐり弥栄に接近することは…………不可能だ…。

 

「あんたは人の期待に応えてばかり! それしか取り柄の無いピエロ!

 それなのにあんたはお姉ちゃんの期待に応えようともしなかった!」

 

ピエロ…七美にもたまに言われていた…人の期待に応えようとしかしない。

そんなのただのピエロだよ、梨里奈ちゃんは所詮ピエロだよって。

でも、その言葉には何故か優しさがあった…何でそんな風に感じたのか。

 

私の事をピエロと呼ぶ度、七美は辛そうな表情だったからだ。

分からないと思っていたんだろうか…本当は私に気を遣ってくれている事に。

私よりも傷付いているのに…あいつは何かを隠すのが下手だった。

 

「なんで!? 何で本当に自分の事を大事にしてくれている!

 自分の事を分かってくれてるはずのお姉ちゃんの期待には応えなかったの!?

 何で答えてあげようとしなかった!?」

 

…変ろうとした、何度も変ろうとした。

でも私は変われなかった…恐かったんだ…

私に期待してくれている人達の期待を裏切ることが。

 

裏切ったらどうなるか…それも分からなかった、だから恐かった。

慰めてくれるのか? もう一度チャンスをくれるのか?

それとも怒るのか…幻滅されてしまうのか…期待されなくなるのか…

存在を否定されるのか…陰口を言われるのか…

 

ショックを与えてしまうのか? 抱き続けた幻想を砕かれ

相手に何かを思ったり、期待したりすることが出来なくなるのか?

 

いつもそんな不安に潰されそうになって、最終的に行き着くのは

皆が私に抱いてくれている幻想を潰さないために答え続けなくては…だった。

それなのに私は七美の期待に応えることが出来なかった。

最初も…最後も…そしてその後も…私が七美の期待に応えることは結局無かった。

 

「お姉ちゃんの事が大事じゃ無かったの!?

 あんたの事を何も考えてない、ただ期待することしかしない!

 ただあんたの実績やあんたが残した結果にしか興味が無い連中!

 そんな何もしてくれない馬鹿な連中の方が大事だったの!?」

 

私は何も答えられなかった…私の事をずっと大事に思ってくれていた親友。

その親友の願いに応えられる事が出来なかった私…

七美はずっと、私が変ってくれることを願っていたのに…

 

私は変われなかった。結局今までと何一つ変らない…

臆病で、人の期待に応えることしか出来ない、

自分の意思さえ持とうとしない。

ただ与えられた演目をこなすだけの道化師のままだった。

 

そして何より…最も自分を本当の意味で応援してくれていた

必死に手を貸してくれた…一緒に頑張ろうとしてくれた…

そんな大事な人の期待には答えられない…最悪な奴だ。

 

「そうだよ、きっとそうだ! そうに違いないんだ!

 だから私はお前が憎い! 憎いんだよ!

 私が1番憧れてて、大好きだったお姉ちゃんを裏切ったお前が憎い!

 

 きっとお姉ちゃんは辛い思いをしたままなんだ!

 お前が居るから! お前がこの世界に居るから!

 だから私はお前を殺さないといけない! だから死ね!

 

 どうせ大事でも無い奴の期待に応えることしか出来ないピエロなんだろ!?

 だったら私の期待に応えて死ね! 私に殺されろ!

 そこでピエロみたいに笑いながら死ねよ! 裏切り者!」

 

……そうかも知れない、私は大事でも無い奴の期待に応えることしか出来ない。

大事な人の期待には応えられない…そんなろくでなし。

 

「……その通りだ…私は大事じゃ無い奴の期待にしか応えられないだろう。だから」

「―!」

 

私は全方位から迫ってくる黒い手を前に立ち止まる。

そして、その全ての手を斬り裂き、私はその場に立ち続けた。

 

「だから、お前の期待にも応えることは出来ないだろう…弥栄」

「はぁ!?」

「私にとって…お前も大事な奴だからだ。

 七美が可愛がってたお前らの事を大事でも無いと思うわけがない」

「……は、はは、あはは! あはははは! …ふざけるな!

 ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなぁ!

 私はお前の事なんて大事なんて思って無いんだよ!

 だから死ねよ! 私に殺されろよ! 私に握り潰されろ!」

 

彼女が再び巨大な手を召喚した…こんなのに叩き潰されれば間違いなく死ぬだろう。

 

「それは出来ない…分かるんだ、お前に殺されたりしたら」

 

だが、その巨大さ故に避けやすい攻撃でもあった。

私は彼女が呼び出した手の、指と指の間をすり抜ける。

 

「う!」

「七美が悲しむだろう? 大事な妹の手が汚れてしまったって」

「あ…」

 

そのまま彼女に接近し、彼女を強く地面に叩き付けた。

その一撃で弥栄は意識を失い、呼び出していた巨大な手が消滅する。

 

「……ごめん、弥栄…許さないでも良いから、今は眠っててくれ。

 …私は少しでも七美の期待に答えたいんだ…

 今まで答えられなかったけど、最後の願い位は…答えてやりたい。

 私は幸せに生きる…その為にも、ここでは死ねないんだ」

 

弥栄の目に大粒の涙が見えたような気がした。

だが、私はそんな弥栄を放置していろは達の元へ向う。

……弥栄、また会うことがあっても…私は決してお前に殺されたりはしない。

私と同じ様に、姉の思いを裏切って欲しくは無いから。



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嫌な再会

…早くいろは達に合流しないと行けない。

当然さなを救い出そうとすればうわさは暴走する。

それがうわさという存在だと言う事はこれまでで理解した。

 

それだけならまだ良い。あの2人の実力は未知数だが

いろはの実力は十分あると思う。

しかし少し不安要素があるにはある。

 

あの3人…前衛とか居るのか? そう言えば居ない気がする。

いろはがクロスボウ。まどかは弓。ほむらは…銃火器だったな。

あの銃火器、魔法的要素が無いがどうやって召喚したんだろう?

 

と言うか、何か見た目が現代兵器そっくりだった気がする。

……魔法なんだろうかあの銃火器…本物だったりしないか?

とか思ったが、魔法で作ろうと本物だったとしても凶器は凶器。

私の短刀だって魔法で作ってるが、本物より凶器だしな。

 

いや、そんな事はどうでも良い。こんな状態で何を考えてるんだ私は。

今は急がないと…いろは達は全員後衛じゃ無いか。

私が抜けたら、誰がうわさの足止めをするんだ?

 

やちよさん、鶴乃、フィリシアの誰かが居れば前衛をやってくれるが

あの3人では、誰1人として前衛役が出来ない…全員後衛は不味い。

とにかく急いで合流しないとうわさに競り負ける可能性もあるぞ。

近付かれたら不味いんだし、急いで探さないと。

 

「いろは! まどか! ほむら! 何処に…んな!」

 

必死に探していると、倒れている3人の姿があった。

そしてその3人の近くには…アリナの姿が見えた。

 

「アリナ…マギウスのトップがどうしてここに…」

「…へぇ、あなたもここに来てたんだ。これはグッとタイミングだヨネ」

「り、梨里奈さん…」

「そこで動かないでよ。もし動けば分かるヨネ?」

 

……アリナの近くにはいろは達が倒れている。

この状況であいつは私に動くなと言った…この意味は容易に理解できた。

動けば仲間達を殺す…あいつは口には出さないが、そう言っている。

 

「ほら!」

「うぐ!」

 

彼女の魔法によるレーザーが私に当る。

大きな針に刺されたかのような痛みが私に走った。

 

「ほらほら!」

「う…ぐぅ!」

「梨里奈…さん!」

 

うぅ…動けないというのは…辛い。

限界突破を最大に使用し、一気に接近するか?

だが、アリナが私に反応するよりも早くに接近できるか?

 

「さぁ、フィナーレはアリナのドッペルで!」

 

彼女からあの時見たドッペルが現われた。

 

「動くことが出来ない状況じゃ、どうしようも出来ないでしょ?」

「…うぐぅうう!」

「り、梨里奈…さん!」

 

動けない状態で私はドッペルの攻撃を受けてしまった。

さ、流石にこの一撃は…重い…

死ぬまでは行かなかったが…満足に動けない…

 

「あはは! 生きてた! 随分と頑丈だヨネ」

「く…ぅ……」

 

このまま攻撃を食らい続けたら…流石に持たない…どうにかしないと。

このままじゃ、全員全滅する…一緒に行動出来ていれば、こんな事には…

 

「あっはは! さぁ、もっと痛めつけてあげないと」

「わ、私も…戦う…! やっぁああ!」

 

いろは達が倒れている中、1人だけ無傷に近かった盾を持った少女。

恐らく彼女がさな…その彼女がアリナへ攻撃を仕掛けた。

自信の無さそうな表情だったが、彼女は勇気を出しアリナに攻撃をする。

 

「あんたは出て来なくて良い、今最高に楽しいシチュエーションなんだから」

「あぅ!」

 

だが、彼女はあっさりと反撃を貰い少し動けなくなった。

だが、彼女が作ってくれたこの一瞬の隙は私達の運命を変えるには十分だった。

 

「私を相手に…よそ見はしない事だ!」

 

その一瞬の隙を見て、私は固有魔法を発動し一気に間合いを詰める。

 

「嘘! うあぁ!」

 

一気に接近をした勢いをそのままに、私は彼女を強く蹴り飛ばす。

アリナは私の強襲に反応出来ず、吹き飛ばされ転がった。

お陰でいろは達から距離を取らせることに成功した。

 

「く! アリナの攻撃をあれだけ受けた上にドッペルも食らった筈なのに動けるとか

 あり得ないと思うんですケド!?」

「限界を越えるのが私の魔法だ…お前の目には私が限界に映っていただろう。

 だが、私に限界はない。とは言え、さな…

 彼女の助けが無ければたどり着けなかった。

 ほんの一瞬の隙…作ってくれてありがとう」

「……あ、えっと」

「3人とも…動けそうか?」

「うぅ、り、梨里奈さん…私達より、あなたの方が…」

 

この状況で私の心配をするのか…優しいな。

 

「ふ、その状態で私の心配をしてくれるのか…いろは、お前は優しいな。

 安心しろ…私は大丈夫だ……お前は自分とまどか、ほむら、さなの心配をしろ」

「本当…あんた異様に強すぎて嫌なんですケド?

 ことごとくアリナの傑作の邪魔をして…ふざけないで欲しいんですケド!?」

「他人を巻き込む作品を書くなら覚悟位はしておけ。

 全員がお前の作品が好きなわけじゃ無いんだぞ?

 それと、他人を作品に巻き込むなら許可くらい取れ、礼儀だろ?」

「はぁ!? ワケ分からない事言わないで欲しいいんですケド!?

 アリナは傑作を作ろうとしてるの、アリナは自分がやりたいことをやってるだけなんだけですケド!?」

「なら私は私がやってるだけだ。お前の作品には興味は無いし

 お前の作品の一部になってやるつもりも無い。

 私を巻き込んだことを1人後悔しろ!」

「チ! アリナの邪魔すんナ!」

 

彼女は確かに芸術家としては素晴らしいのかも知れない。

自分の思いの丈をぶつけると言うのは芸術作品を作るには必須だろう。

それ位は理解している…彼女ほどに自分勝手な作家の方が

最高の作品を描けるのかも知れない。でも、私には関係ない。

 

「まぁ、これだけは覚えておけ。万人受けする作品は作れない」

「うぐ!」

 

一気に接近し、もう一度彼女に攻撃を仕掛けた。

私の攻撃を受けたアリナは、少し息が荒くなる。

 

「お前の作品は私に合わないし、お前がしてる事は気に入らない。

 だから、邪魔させて貰うよ。邪魔されずに作品を書きたかったら

 誰にも干渉しないで、自分の居場所で黙々と自分だけで作品を書いておくことだ」

「本当邪魔だよネ……あんたって!」

「そうだろうな、私もお前は邪魔だと思ってる」

「だから、もう一度溶けろ!」

 

もう一度ドッペルを…く、全く何度も何度も!

 

「そして、あんたはこの攻撃、どうするか見物だよネ。

 あんた1人ならこの攻撃は避けれるかも知れないけどサ。

 アリナのドッペルによる範囲は後ろの4人も巻き込むヨ」

「……」

 

確かにその通りだ、私はアリナのドッペルは回避が可能だ。

だが、いろは達は…このドッペルを避けきることは困難。

更にいろは達は既にこのドッペルによる攻撃を受けている。

いくら何でも2発目は耐えきれない…全滅もあり得る。

 

4人を射程外に逃がすのが最善策なんだろうが

4人は動きが速いわけではないから範囲外に走って逃げる事は出来ない。

だったらどう対処すれば良い? …選択肢は1つだけ。

結構危険だが、発動前にドッペルを止めるしか無い!

 

「やれる事は…これしか無い!」

 

自身の固有魔法を再度発動し、アリナに接近した。

 

「まさか!」

「発動前に止めさせて貰う!」

「うぅ!」

 

私の攻撃はアリナに当った。だがアリナのドッペルによる攻撃は私に全て直撃した。

僅かに発動した、至近距離にしか範囲は届いては居なかったが

その範囲に私は入っていた…だが、いろは達は…これで大丈夫だ…

 

「あ…ぐぁ…」

「り、梨里奈さん!」

「本当…クレイジーなんですケド…」

 

い、意識が…流石に2発も食らったのは痛すぎた…

 

「くぅ…い、いろは…い、今のうちに…うわさを…」

「わ、分かりました…3人とも…今のうちに!」

「は、はい!」

 

いろは達はアイとの戦闘を始めた…その間、私は動くことも出来ず

ただ傍観することしか出来なかった…情けないな…全く。



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アイとの激突

暴走する名無しの人工知能。4人は必死に交戦している。

ボロボロの状態であいつを相手にするのは辛い。

本来なら、勝てる見込みすら見えないはずだった…

だが、アイの必死の抵抗…そのお陰で勝算が見えている。

 

「あ、あ」

「不味い!」

 

あまり動ける状態じゃ無いのに、アイの攻撃はいろはを狙う。

私は咄嗟に短刀を召喚し、投げる事でその攻撃を防ぐ。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

どうも決定打に欠けている…追い込まれている状態だから仕方はない。

だが、このままだとジワリジワリと追い込まれるのがオチだろう。

アイの援護があるとは言え、このままじゃジリ貧になってしまう。

 

それだと、既に激しく消耗しているいろは達は魔力が尽きる。

何処かで決定打を叩き込む必要がある。

だが、強力な攻撃には大きな隙が付きものだ。

 

今のままでは決定打を与える隙が無い。

誰かが大きな隙を作らないと……いや、誰かじゃない

私がやらないと…動ける状態じゃないが、技は使える。

 

「……よし、私が隙を作る。その間に仕掛けてくれよ!」

「え? あ、はい!」

 

私は地面に手を当て、大量の短刀を召喚し

蛇のように這わせる。汎用性が高いよな、この技は。

動く必要は無いんだから、遠距離でも大打撃を狙える。

 

「な、何あれ…武器が蛇みたいに!」

「梨里奈さんの技だよ…名前は無いみたいだけど」

「巴さんのティロフィナーレみたいな技でしょうか…」

「構えろ!」

 

私の召喚した蛇はアイの元へ接近し、弾けてアイを串刺しにする。

蛇のまま相手を貫く訳では無く、弾けて串刺しにする回避が難しい技。

結構強力な技だが、うわさにトドメを与えるには軽いだろう。

 

「いろはちゃん、あの時みたいに一緒に攻撃しよう」

「うん、そうだね!」

 

私の攻撃でアイが大きく怯んだ隙にいろはとまどかは同時に攻撃を仕掛けた。

うわさはその同時攻撃で大きく怯み、更に隙を生んだ。

あと1歩だ…ダメ押しの一撃が欲しい。

 

「さなさん、私の手を握って」

「あ、はい」

 

ほむらとさながお互いに手を握ると同時に一瞬でアイの元に姿を見せた。

何だ? 1歩も動いた様な素振りは無かったのに…

 

「えい!」

「この…やらせるわけにはいかないんですケド!」

「アリナ!」

 

さなに向ってアリナの攻撃が飛んでいく。

いつの間に目を覚ました…この一撃を逃せば勝算がない!

アリナも目覚めてしまってるし、この隙にアイを仕留めきれなければ競り負ける!

このチャンスは逃せない…このチャンスだけは!

 

「うぐぁぅ!」

「梨里奈さん!」

「アリナの邪魔するなって何度言えば分かるの!」

「何度……言っても…無駄だ…」

 

アリナの攻撃を受け止めて少しして、周囲の雰囲気が変る。

電波のような、何処か分からない世界から暗く星が見える景色に変った。

 

「あ、いろはちゃーん!」

「良かった、転送されてきて安心したわ

 何とか無事みたいね…状況はかなり不味そうだけど」

「梨里奈ちゃん大丈夫!?」

「梨里奈の傷も気になるし…見たことが無い顔が2つほどある。

 状況的にいろは達と一緒に居るのがさなで梨里奈の前にいるのは敵ね」

「まさかこんな事になるなんてネ……あのうわさの結界…良い魔女の隠し場所だったのに」

「アリナ…さん」

 

彼女の言葉の直後に大きな反応を認識することが出来た。

こんな魔女…何処に居たんだ? 相当強いぞ。

 

「アリナ…じゃあ、あなたが梨里奈が言っていたマギウス…」

「皆アリナの事知ってるのワケ? それなら無駄話は無しで良いヨネ。

 アリナ的に魔女の隠し場所をリサーチしないといけないワケ」

「マミさんは…? マミさんを返して!」

「えさにしたから無理だってさっき話したと思うんですケド

 アンダースタン? 理解してる?」

「ほんとに…巴さんが…こんな所で…?」

そんなに返して欲しいワケ?」

「当たり前だよ! 大切な先輩だもん!」

「じゃあ、返してあげてもいいケド

 原型が無くなってたらごめんね?」

「そんな言い方…」

「ごめん、わたしちょっと耐えられないや」

「でも、正直言うとネ、今はその先輩の心配をしてる場合じゃ無いと思うの。

 だって今は」

 

私の身体が動かなくなった…何だ!?

 

「何を!」

「アリナの結界でこいつを捕まえてるの

 折角だし、こいつも魔女のえさにしようと思ってネ。

 アリナを散々邪魔したんだし、当然だヨネ」

「そんな! 梨里奈さんは今ボロボロなのに!」

「急いで助けるわよ!」

「させない」

「黒羽根!」

「これより先には行かせる訳にはいきませんわ」

 

黒羽根達…やっぱり結界の中に散らばって待機してたのか…

アイは自分が消えた際に、中に居る存在全てをここに転移させたと…

 

「さぁ、美味しく食べられちゃってね?」

「……後悔するぞ?」

「そんなボロボロで何言ってるんだか、それじゃあね」

 

私の視界が再び変化した…魔女の結界の中…か。

使い魔達が一斉に私に向って攻撃を仕掛けてきた。

ボロボロの状態で強力な魔女と戦う事になるなんて…でも、やるしか無い。

 

「……ち!」

 

蝶に棒やら何やらを付けたような見た目の使い魔か。

フラフラと動いて、何だか気持ちも悪いな。

 

「うぅ…」

 

しかし…ただの使い魔でもこれだけ厄介とは…ボロボロなのは重すぎるハンデだ。

ふぅ、しかし…結界の中には入れたのはある意味チャンスでもあるのか。

何とかあの2人の先輩…巴マミか、あいつを見つけ出さないと。

 

出来れば敵対的で無い事を願うしか無い…

この状態で更に使い魔や魔女に追い込まれている状態だと言うのに

あいつと交戦となれば…勝算は限り無くゼロに近いだろう。

 

「ここが最奥か」

 

最初から魔女に私を食わせるつもりだったのか、少し進めば魔女の階層に着いた。

……魔力は十分ある。その代わり、身体はボロボロ。

こんな状態で強力な魔女と戦えだなんて…正直、容赦ない。

だが、やるしかないだろう。結局ここまでマミの姿は無かった。

この先にいることを願って…進むとしよう。



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振子時計の魔女

最深部…私の淡い希望など叶わなかったな。

最深部の魔女の部屋、この場所にマミの姿は無かった。

振子時計から木の根のような触手が伸びている魔女…

そして、よく分からないデザインが書いてある割れたガラス板を抱えている。

 

振子の重心には上下逆の唇。

攻撃を仕掛けてくるとすれば、あの触手か?

それとも、あの割れたガラス片?

あるいは振子を自在に操っての殴打攻撃か?

 

あの見た目から考えられる攻撃手段はこの3つだが…

相手は魔女、予想外の攻撃もあり得るかも知れない。

油断はしないでおかないと、あっさりと殺される。

 

ましてや、今の私はボロボロの状態だ。

一撃でもまともに受ければ、動けなくなる。

この場で助かる方法は、ダメージを食らわずに立ち回る事。

 

「……っ」

 

少しふらつく…身体も結構辛い状態らしい。

体力の限界を越える方法もあるが、今まで1度も使ったことが無い。

それ故に、どんな反動があるかが分からない…不安すぎる。

 

「@:@@@¥!」

「うぐ!」

 

足下から触手が! やっぱり触手による攻撃なのは間違いないが

まさか地面からの攻撃とは思わなかった。

だが、この攻撃は回避が出来る。触手が出てくるまでの時間が長すぎる!

 

「そこ!」

「@-!」

 

回避と同時にあの魔女に短刀を投げつけるが、ガラス片に防がれた。

あのガラス片、防御に使うのか。

遠距離攻撃はあまり効果が無さそうだという事だな。

 

しかし、接近するのは危険すぎる。

あの触手による攻撃や触手による攻撃もあり得る。

更には、あのガラス片も自在に動かせるなら攻撃に転ずることも可能だろう。

 

攻撃をする為には背後に回るしか無い。

そうすれば、ガラス片による防御と攻撃は出来ないだろう。

触手と振子による攻撃は分からないが…遠距離で攻めれば問題は無いはずだ。

 

「一気に!」

 

背後に回るため、身体に多少無理を強いて魔女の背後に回った。

 

「これなら、どうだ!」

 

10本の短刀を魔女の背後に投げつける。

勢いはそれなりにある筈。ダメージだって多少は期待できる!

 

「、;;+!」

「何! うぐ!」

 

あの魔女! 私の投げた短刀を! 

まさか振子を振り回して、私の方に跳ね返してくるなんて!

さ、流石に全ては捌ききれない…何発か食らったが、致命傷は避けた!

 

「っく、背後も駄目か…」

 

あの振子が厄介だ…接近戦に持ち込んでも、あの振子による振り回しは…

流石に回避は出来ないし、一撃の威力から考えても危険すぎる。

 

「まいったな…これは、うわ!」

 

く! 振り向くことも出来るのか!

それにあのガラス片、やはり攻撃にも転用できる!

射程も振子より若干長いから中距離戦はあのガラス片による攻撃…

一撃も強力そうだ、何とか距離を取れたから良い物の

あの反撃で深い怪我を食らってたら、この攻撃で潰れてた!

 

「接近戦は振子による攻撃…中距離はあのガラス片…遠距離は触手による攻撃

 …厄介な魔女だ……」

 

遠距離からの攻撃は防げるし、跳ね返す事も出来る。

こうなると、突破口は接近戦しか無い。

接近戦能力が高い相手に対し、接近戦を挑むしか無いとは…

 

「…万全な状態なら、一気に仕掛けられるが…」

 

これ以上、限界突破による速度強化は危ない。

万全であれば、一気に叩き込めるが…この状態は辛い…

 

「見付けた! 魔女!」

「ん!? フィリシア!?」

 

攻め切れないこの状況で、フィリシアが乱入してきた!

これは…反撃のチャンスと言えるかも知れない。

 

「あ、姉ちゃん! 大丈夫か!? 血が!」

「心配してくれてありがとう、だが大丈夫だ。

 フィリシア、今はこの魔女を倒すことを考えよう」

「…あぁ! 分かった!」

 

フィリシアは接近戦闘に強い…だから、近付けさせれば!

あのガラス片も、恐らくフィリシアの攻撃力なら砕ける!

防御を無効化させる。次にあの振子攻撃。

あの攻撃の直後をフィリシアが叩けば!

 

「フィリシア、私が攻撃の隙を作る。振子による攻撃直後なら

 すぐには振子による攻撃は使えないはずだ。

 問題はガラス片、それを何とか出来ればいける!」

「分かった!」

 

ここは短刀を這わせ、一気に攻撃を仕掛けよう。

こう言う場面において、最大の攻撃がこの技だ!

動く必要が無い、遠距離集中攻撃。これに賭ける!

 

「やはり防ごうとするか」

 

私の攻撃を、あの魔女は振子を振り回して迎撃する。

今回の短刀は魔力により癒着して居るから周囲に飛び散ることは無い。

だから、この攻撃には本来高い殺傷能力は無い。

あくまで隙を作るための攻撃。倒すための攻撃じゃ無い!

 

「弾けたか」

 

振子と私の短刀、勝負は振子の方に軍配が上がった。

そもそもは攻撃の為に使用した訳じゃ無いから、この結果は分かってるし

この結果になったところで、大した痛手にはならない。

 

「フィリシア!」

「うおぉおおおお!」

 

振子による攻撃が終わると同時に、フィリシアが駆けてくる。

ガラス片による攻撃を粉砕し、そのまま魔女に接近した。

 

「こいつで黙らせてやる! ウルトラグレートビッグハンマー!」

 

フィリシア…確かに名前の通り、ハンマーが巨大化して魔女を叩き潰したが

何だその名前は…と言うか、ああ言う技には名前を付けるべきなのか?

 

「よっしゃー! 魔女討ち取ったり!」

「…はぁ、ありがとうフィリシア、助かったよ」

「えっへん! ま、姉ちゃんが居なかったら苦戦してたんだろうけどな。

 大丈夫か姉ちゃん。怪我が酷いぞ…その怪我でどうして今まで戦えてたんだよ…

 何か少しだけ怖ーよ」

「そんなの、死にたくないから。それだけだ。

 それに、私には約束もあるからな、そう易々と死ぬわけには行かないのさ」

「……そっか、ん。ほら起してやるよ」

「ありがとう…成長したな、フィリシア」

「そりゃ俺だって成長するさ! 皆のお陰だけどな…」

「それが普通だ、1人で真に成長する事は出来ないんだからな」

 

フィリシアのお陰で、何とか助かった…本当、感謝しないとな。



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容赦なく

周囲の結界が消えていく。

そして、ヘリポートに私達は移動していた。

壊された結界。大事にして居た魔女を排除されてアリナはどんな気分かな。

 

「フェリシアちゃん! 梨里奈さん! 良かった!」

「ふぅ、助かった。命拾いしたよ」

「あ、あの、巴さんは…」

「いや、中は俺達2人だけだった…」

「そんな…じゃあ、マミさんは…」

 

マミがいなかったという事実はまどか達にはあまりに衝撃だっただろう。

大事な先輩が死んでしまったかも知れない。そんなの、衝撃を受けないはずが無い。

 

「いや、マミとかどうでもいいんですケド…

 アリナの作品はどこ…?」

「あんな気味悪いもんぶっ潰したに決まってんだろ!」

「後悔するぞと警告したはずだ…聞かなかったお前が悪い。

 お前の手で壊したような物だ」

「……ベストアートワークを彩る…ジュエリーの一つが…」

 

アリナから表情と言える物が消えた…目は虚空を向いている。

そこには誰もいない、ただ暗い星空が見えてるだけだ。

そもそも焦点すら合っていなかった、彼女は今、何も見ていない。

 

「魔女一匹でなにショック受けてんだよ」

「…けるな」

「は?」

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!

 ヴァァァアアアッッッ‼

 作品をブレイクしていいのはアーティストだけなんですケド!

 何勝手なマネしてくれてるワケ⁉」

 弁償しろよ‼ アナタらのボディを魔女に喰わせて弁償しろよ‼」

 

さっきまでも態度とはまるで違う、冷静さを欠いた状態か。

……本当、芸術家というのは分からない。

ただ好きな事を好き放題にするだけ…羨ましいよ。

 

「鹿目さん!」

「ほむらちゃん!」

「こいつ、マジで壊れてるぞ!」

「全くだな、いかれてる」

「壊れてる? 壊したのはアナタらだクソガキ!

 あぁぁ…………黒いのが蠢いてきた…

 叩いて砕いてすり潰すしかない。

 アナタたち纏めて、真っ赤な絵の具にしてやる!

 このドッペルで!」

「そう言えば、血で絵を描いたという画家がいたな」

「余裕かましてる場合かよ姉ちゃん!」

「勿論だ、余裕をかます暇は無い!」

「な!」

「はや! ボロボロなのに!」

「ドッペルはここから出ているんだろ!?」

「うぎ!」

 

私は一気にアリナに接近し、彼女のソウルジェムを弾き飛ばす。

あのままたたき壊せば良かったが…

 

「く! でも、無駄なんだよ!」

「ち、壊さないと出てくるのか!」

「うわぁ!」

「あんたから潰してやるよ、梨里奈!」

「く、うぐぅう!」

 

流石にボロボロの状態でこの追撃は辛い…

回避出来るほどに態勢は良くないし…この一撃は…

 

「うぅ…」

「……く…」

「でも、まだ足りないヨネ! もっと徹底的に痛めつけないと!

 特に梨里奈、お前には確実に消えて貰う!」

「…随分と憎まれた物だ…でも、流石の私も殺されるというなら黙ってはいない」

 

体力の限界突破。魔力消費が凄まじいからあまり使いたくは無いが

この場面じゃ、使わなければ勝てないだろう?

 

「うそ…何でアリナのドッペルを食らって、立ち上がってるワケ?」

「姉ちゃん…な、なんで動いて…そ、そんな怪我で、う、動けるわけ…」

「肉体の限界突破。傷を急速に癒やさせて貰ったよ。

 再生能力の限界突破とでも言おうか。出来れば使いたくは無いんだが

 流石に死ぬわけには行かないんだ…」

「……チ! でも、怪我はまだ完治してないでしょ!」

「そう思うか?」

 

私の怪我は癒えている。完全に癒えている。

流石に服までは回復しないが、傷自体は完治だ。

 

「な…怪我が治って…」

「梨里奈は休んでて!」

「おっと」

 

私とアリナの間に割って入ってくるように鶴乃が姿を見せた。

 

「今度は誰な訳!」

「由比鶴乃だ! これ以上皆を怪我させることは!

 この最強の魔法少女である私が許さないから!」

「邪魔しないで欲しいんですけど!」

「邪魔するよ!」

「く、うぅ!」

「よし、競り勝った!」

 

やはり鶴乃は強いな。アリナを初手で圧倒したか。

 

「フェリシア! 梨里奈! なんともない!?」

「何ともあるに決ってるだろ…ヘトヘトで力が出ねぇよ。

 でも、俺よりも姉ちゃんの方が…結界の中で戦ってたのは姉ちゃんだし!

 それに、さ、さっきまでボロボロだったのに…」

「私はなんともないぞ、この通り怪我1つしてない」

「それがおかしいんだよ…ど、どうなってるんだ…?」

「ち…あなた、勝ったつもりなワケ?」

「ちょ、ちょっと! まだ動くつもり!?」

「アリナ的にまだ超アングリーなんですケド…

 今からでも、デリートしたくて仕方ないワケ…」

「でも、戦った所で結果はもう見えてるよ!」

「その通りだ、鶴乃に私。この2人を相手に1人で勝てると思うか?」

「結果なんてどうでも良いんですケド!

 アナタら2人に、アリナの作品をブレイクされた分

 リターンが欲しいだけなワケ」

「―っ!? 俺、こいつ恐い…」

「あんたら2人をくれたらアリナの作品と相殺

 無かったことにしてあげてもいいんだケド」

「……良いだろう、なら私をくれてやろう。だが、私は凶暴だぞ?

 私を押さえる事が出来れば、大人しく殺されてやろうじゃ無いか」

「な、何言ってんの!? 私は仲間を売らないよ!」

「折角ちょっと無理をして傷を治したんだ。大人しく守られるのは恥ずかしいからな」

「じゃあ、あなたを殺しても良いって事ね!」

「どうぞ、殺せる物なら、鶴乃はフェリシアを守っていてくれ」

「姉ちゃん! ぼ、ボロボロだったのに何をいってるんだよ!」

「む、無茶はしない方が良いよ梨里奈ちゃん!」

 

ソウルジェムは濁っているから、あまり魔法は使わない方が良いな。

濁れば濁るほど、段々自分が自分じゃ無くなっていくような気がしてゾッとする。

出来ればこの感覚は長く感じたくは無いから、短期決戦に及ぶしか無い。

 

「もう遅いんですけど!」

「ハッキリ言うが、私と戦うならまず距離を取れ」

「くぅ!」

「少なくとも、私の体術が届かない距離まで逃げろ」

「うぐぁ!」

「この距離では、魔法少女に変身するまでも無く圧倒できる」

「ちぃ! こ、こいつ!」

「や、やっぱり強いね、体術だけで追い込んでる」

「でも、どうして動けるんだよ…あんなにボロボロだったのに…」

「至近距離は私の得意分野だ」

「ふざけて! こうなったら、アリナのドッペルをもう一発!」

「この時を待っていた!」

 

私は短刀を召喚、アリナがドッペルを発動させようとした寸前を狙う。

私の短刀は確実にアリナのソウルジェムを捉えている。

今回は加減も無い、身体の怪我も十分だ。確実に壊せる。

 

「…駄目!」

「な!」

 

だが、寸前にやちよさんが私の攻撃を防いだ。

 

「や、やちよさん! 何を!」

「梨里奈、それ以上は駄目よ、もう勝負は着いてる」

「……でも、相手の最大の武器を潰せれば」

「これ以上は駄目よ、梨里奈…」

「……わ、分かりました」

 

何で止めたんだ? 私にはこの行動の意味が分からなかった。

でも、彼女が止めろというのであれば、無理に仕掛ける必要も無い。

そもそもこの状況、私達に軍配が上がっているのは間違いないのだから。

 

「く…」

「そろそろ止めてください」

 

まだまだ好戦的だったアリナをやちよさんと同じくらいの人が止めに入る。

 

「みふゆ…」

「ごめんなさい、やっちゃん。家のアリナが暴れてしまって」

「暴れるなんて、ただ個人の問題だから良いわよ。

 それより、魔女を守るってどう言うことなの…?」

「魔女を守る…?」

「……それも、必要なことなんです」

「解放のために? 信じられない。

 魔女で私達が救われるなんて、あなた何を考えてるの!?

 目を覚まして!」

 

…知り合い、やはり彼女とやちよさんは知り合いだったのか。

それより、魔女を守る…そんな事、どうして。

 

「やっちゃん! お願いだから、これ以上干渉しないで…

 本当に、争わなくちゃいけなくなります」

「みふゆ」

「むしろ争わせてくれると、嬉しいんですケド?」

「よく言えるな、争うというのなら、私はお前のソウルジェムを壊すぞ?」

「止めなさい!」

「…わ、分かってます」

 

最大の武器を破壊する行為…相手の戦力を削ぐ妥当な行為だが…

何だ? ソウルジェムに何がある?

 

「アリナ、いけませんよ争っては。あなたは3人のマギウスの1人です。

 それに、この場で戦えばまず我々に勝ち目はありません」

「……チ」

「分かったら、ここは退きましょう」

「…仙波梨里奈」

「何だ?」

「あなたへの怨み、アリナの心に刻み込まれたから。

 今度会ったときは、絶対に魔女に食わしてやる」

「ならやちよさんが近くにいる時を狙うんだな。

 私が1人でいるときに私を襲えば、私はお前のソウルジェムを砕きかねないぞ?

 出来るだけ効率の良い手を取りたいからな、最大の武器は潰す」

「……何度駄目だと言ってると思ってるの? それだけは絶対に駄目よ」

「……はい」

 

脅し文句に近い言い方だ。本気でそうは思ってはいない。

ここまで止めると言うことは、絶対に何かある…それなら事実を知るまで動けない。

 

「じゃあね、やっちゃん」

「やっぱり戻ってきてはくれないのね」

「ごめんなさい」

 

そう言い残し、みふゆと言われていた人はアリナを連れて帰っていく。

 

「みふゆ、本当に戻ってこないのかな…」

「あのアリナの行動を許容するぐらい何だから

 私達の言葉じゃ覆らないほど決意は固いのでしょうね」

 

……分からない事は多いな、マギウスが何で魔女を守っているのか。

マミの行方、そしてソウルジェムの謎。

…情報を集めるしか無いだろうな。

 

本当、嵐が来たかのような時間だった。

まどか達はそのまま急いで家に帰り

さなはみかづき荘にすむことになった。

 

そのまま歓迎パーティーを始めることにしたらしい。

今回は鍋、そのパーティーに何故か私も招待された。

折角の招待を無下にするわけには行かないか。

晩ご飯をごちそうになる…何だか申し訳ない気持ちになる。

 

「どうしたの? 浮かない顔をして」

「い、いや、お金も払っていないのに晩ご飯をって言うのは…」

「……気にしなくて良いのに」

「そ、そう言うわけには…やっぱり気になって」

「…じゃあ、買い物や調理を手伝って貰える? 

 手伝ってくれたお礼で晩ご飯をごちそうしてあげるわ。これなら良いかしら?」

「…はい、分かりました。お安いご用です!」

 

手伝ったお礼だというのなら、まだ妥協は出来る。

腕によりをかけて料理の手伝いをさせて貰おう。

ま、水炊きになるみたいだし、腕はあまり関係ないかな。



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バイト

昨日の水炊きは本当に美味しかった。

私は野菜などを切る手伝いをした程度だが

それだけで満腹になれるなんて、嬉しい限りだった。

 

ひとまず、今日は朝から質素なご飯を食べようか。

昨日の食事と比べれば、本当に質素だな。

もやしだからなもやし。もやし炒め。

 

ここにスクランブルエッグもトッピングして

玄米を食べよう。ふむ、まぁちょっと贅沢かな。

昨日の食事が嬉しかったからか、少しだけ贅沢にしてしまった。

 

……しかし暑いな。そろそろ扇風機を付けよう。

来月は夏休みに入るからな、暑いのは当然か。

しかし、暑いのにはまぁまぁ慣れているつもりだったが

……都会の夏は暑いな。実家だったら川の音を聞いたりして涼めるが

ここじゃあ車の音ばかりだ、流石に多少なれてきたがな。

 

「……ふぅ」

 

流石に少しくらいは着崩しても良いだろう。

両親もいないんだ、客人も無いだろう。

1人の時位は気を緩めても良いだろう、流石に。

 

「はぁ……暑い、まぁいいか。食事を取ろう」

 

暑いのを堪えて朝食を口に運ぶ。

はぁ、しかしまだ6月だというのに、暑いのは嫌だな。

もう少し位時期が早いと思うんだ。出来れば暑い日はない方が良い。

寒い時間も嫌いだ、別に堪えるのは簡単だがな。

 

「りーりーなーちゃん!」

「……」

 

食事をして居ると、私の部屋の扉が開いた。

……あ、あれ? 客人!? こんな早朝に!

え、あれって鶴乃か!? 何でまた!

 

「向かえに来たよ!」

「え? あ、え?」

 

む、向かえに来たって…な、何か約束してたっけ!

 

「あ、ご飯食べてたんだ。ごめんごめん」

「…な、何か約束してたか?」

「いやぁ、うわさ探しをしてるし今日もするのかなってね!

 今日は万々歳も店休日だから!」

「そ、そうだな、うわさを探さないと。ちょ、ちょっと待っててくれ」

「それにしても梨里奈ちゃんの部屋暑いね! エアコン点けないの?」

「エアコンなんて、そんなの点けたら電気代が…」

「…あ、えっと梨里奈ちゃん。何食べてるの?」

「ん、もやし炒めとスクランブルエッグに玄米だ。今日は贅沢しようかと思って」

「ぜ、贅沢…?」

 

鶴乃が唖然としている…や、やっぱりこれが贅沢なのはおかしいかな…

いや、自分でも何となくそんな気はしてたんだ。

でも、認めるのは何かいやだったから贅沢だという事にしたが…

 

や、やっぱり贅沢じゃ無いかな…でも、お金が無いんだよな。

うわさを探す為に神浜を回らないといけないから電車代が馬鹿にならないし。

そうなると、節約しないといけないから仕方ないんだよなぁ。

 

「……梨里奈ちゃん!」

「何だ?」

「バイトって興味無い?」

「働いてお金を稼ぐ奴か?」

「うん! 万々歳でバイトしない! 一緒に頑張ろうよ!

 お父さんにお願いしてフェリシアと一緒に雇って貰えるようにするよ!」

「……そだな、確かにこっちは物価が高いし…」

 

こっちは野菜や肉が高いからな、仕送りだけだとちょっと間に合わない気がする。

更に電車代もかなり掛るし、こっちでバイトをするのも良いかも知れない。

 

「おぉ! じゃあ早速お父さんにお願いしてくるね!」

「ん、ありがとう」

 

後日、私は鶴乃のお陰で万々歳でバイトが出来る事になった。

万々歳では鶴乃にフェリシアの2人が居る。

人手は十分だと思うが、それでも雇ってくれたのは助かった。

ちゃんと成果を残さないとな。

 

「やぁ、梨里奈ちゃんだね、いつも鶴乃がお世話になってるよ」

「いえ、私の方が鶴乃にお世話になってますよ」

「エッヘン! 私は最強のだからね!」

「本当、頼りになるよ鶴乃」

 

鶴乃はいつも誰かを助けてるからな。

だが、鶴乃が誰かに助けを求めている姿は殆ど見た記憶が無い。

鶴乃はいつも誰かを助けてばかりで、自分は助けを求めない。

……ふーむ、ちょっと冷静に考えてみると何か引っ掛かるな。

 

「よっしゃ! 姉ちゃんも増えたし、これで万々歳も大盛況だな!」

「そうだな、盛り上げていこう」

 

しかし、外食はあまりしないから分からないが

飲食店というのは女性の雇用率が高いのか?

この万々歳は私を含めて3人も女子学生が働いてるわけだが…

 

「じゃあ、まず梨里奈ちゃんは仕込みを手伝って!」

「あぁ、分かった」

 

鶴乃の指示で、鶴乃の父親に指示を貰い、お店の仕込みを手伝った。

 

「これ位で大丈夫ですか?」

「あぁ、凄い上手だね。家で料理とか手伝ってるの?」

「私は1人暮らしでして、家ではいつも全部の家事をやってるんですよ」

「1人暮らしなのかい!? まだ学生なのに苦労してるんだね」

「いえ、両親が働いて稼いでくれているお金で過ごしてるだけです。

 苦労なんてしてませんよ。苦労してるのは、私の為に頑張って働いて

 仕送りをしてくれている両親の方ですよ」

「随分と出来た子だね、きっとご両親の教育が良かったんだろうなぁ」

「えぇ、そうですね」

 

でも、私が思うに私の両親よりもこの人の方が良い教育をして居ると思う。

鶴乃を見ていれば分かる。いつも元気で誰かの事ばかり考えてる。

すこし自分を軽んじすぎてるのはちょっと引っ掛かるが。

何だか無理をして居るんじゃないかって勘繰ってしまう。

いや、言わないでおこう。いつか質問をして見るか。

 

「鶴乃ー」

「いらっしゃい! あ、レナちゃん!」

「いつものお願い」

「任せて! 八宝菜お願い!」

「分かった」

「ん? どっかで聞いた声…って、えぇ!? 梨里奈じゃん!」

「バイトをする様になったんだ。ちょっと待っててくれ、すぐに八宝菜を作る」

 

えっと、味付けは万々歳仕様で行なうとしよう。

んーっと、確か分配はこんな程度であってるだろう。

もう少し薄味にしても良い気がするけどな。

で、塩コショウ。

 

「梨里奈って料理出来たのね…しかも超上手だし」

「おぉ! 姉ちゃんは何でも出来るんだぞ!」

「これ、フェリシア要らないんじゃ…」

「なぁ!」

「良し完成。八宝菜だ」

「は、速いわね…」

「鶴乃のお父さんも一緒にいるんだ、速いのは当たり前だろう」

「まぁね、でもお客に対して結構高圧的なのね」

「知り合いだからな、気に入らないなら敬語を使うが」

「いや、このままで良いわ、それじゃあ味を拝見ね」

 

レナが私が出した八宝菜をゆっくりと口へ運んだ。

大丈夫だろうか…上手く万々歳の味を再現できているか凄く不安だ。

 

「……あ、味が変らない」

「そうか良かった、オリジナリティーは一切無しで作ったからな。

 万々歳の味を完全に再現した八宝菜だ。

 これが中々難しくてな、絶妙な味付けが必要で

 安定してこの味を出すのは苦労するだろうと感じた。

 この味を随時安定して提供できる鶴乃のお父さんは本当に凄い」

「おぉ! 流石お父さんだね!」

「あはは、喜んで良いのかちょっと分からないな」

「で、点数はどんな感じなのかな? かな!」

「…いやまぁ、50点」

「なんでぇ!」

「この50点の味が凄いんだ! 作ってみれば分かる!

 この味付けを毎日こなせるようになれば凄腕の料理人になれるぞ!」

「本心で言ってる…わね」

「うん!」

 

この味を安定して作れる様になれれば、完璧な料理人になれる気がする。

私の夢は料理人とかでは無いが、ちょっとは得意気に……

ん、んー…しかし……私の夢って、何だろう?

駄目だ、この瞬間までそんな事を考えた事が無かったな…

まぁ良い、今は仕事だ仕事。しっかりと仕事をこなさなければな!



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バイト代

ふぅ、しかしあれから1ヶ月か、結構長い時間が経った。

鶴乃のお父さんに言われて、自分オリジナルの料理を作ったりもした。

まぁまぁ好評だったから、素直に嬉しかったが

やはりオリジナリティーを優先して多少手を加えた程度。

万々歳の味付けと全然違っては駄目だからな。

 

そして給料日…私は鶴乃のお父さんから8万の大金を手渡される。

……8万…こ、これだけの大金があれば食事に困らない…

仕送りで貰っているお金よりも多いし…嬉しい。

 

「うぅ、こ、これだけあれば…食事も豪勢になる…」

「い、今までどれ位で生活してたの?」

「1万だ」

「どうやって生活してたの!?」

「食事は最小限に抑えて、たまにちょっとだけ贅沢をしてた。

 欲しい物は買わなかったし、服も持ってきてた3着を着回してた。

 洗濯は毎日してたが、夏場は大丈夫か最近は不安だったんだ。

 まぁ、夏休みに入るのなら1着でしばらくは回せるかと」

「…そ、壮絶だね…」

「だが、万々歳では賄いも出るから、本当に助かってる」

 

これなら食事代も浮くし、本当に嬉しい限りだ。

 

「姉ちゃんも大変だったんだな」

「フェリシアと比べれ贅沢な生活だったさ。

 ずっと魔女退治でバイトをしてたような物だろう?

 それと比べれば、私は贅沢なほどだったよ」

 

フェリシアの話は聞いた、両親が魔女に殺されてしまい

ずっと1人で今まで生活をしてきていたと言う話を。

魔女退治で毎日1000円かグリーフシードで魔法少女達と契約してたとか。

今はみかづき荘で食事を分けて貰ったりして生活してるとも聞いている。

そんな大変な毎日を過ごしていたフェリシアと比べれば私は贅沢だ。

 

「でも、これだけ貰えれば今月は普通に生活できそうだ…ありがとう」

「梨里奈ちゃんが来てから、万々歳もお客さん増えてきたし当然だよね!」

「あぁ、もっとあげても良い位なんだね」

「いえ、凄く嬉しいです!」

 

バイトは禁止されていたけど…1人暮らしなんだし、多少は稼がないとな。

折角鶴乃が誘ってくれたんだし、断るわけにもいかないしな。

さて、この8万円で今日は何を作ろうかな…ひとまず節約は変らずかな。

 

その日はお給料を貰った後、すぐに部屋へ戻った。

ひとまずこの貰ったお給料と仕送りを計算して

9万円、この9万円を食費、貯金、電車代、自由に使うお金で分けよう。

 

まず食費は4万円、光熱費と家賃は親が払ってくれてるから良いとして

貯金は3万で、電車代は1万。自由に使えるお金は1万で分けよう。

 

食費ももう少し節約すれば3万円で何とかなりそうだ。

万々歳での賄いもあるし、食費もかなり浮く。

とは言え、多少多めに取るべきだろう。まず今月は様子見だ。

健康状態に気を付けたいし、節約のしすぎはあまり身体によろしくないからな。

 

「…ふふ、かなり裕福になったな」

 

これだけあれば空腹に悩まされることも少なくなるだろう。

素直に嬉しいと思う…あぁ、何だか色々と考えるのが楽しくなるな。

ひとまず今日の夕食を買う事にしよう。

 

一応、安いお店に行って、安めで晩ご飯を仕上げる。

……ぶ、豚肉…う、うーん、こっちの方が量が多いな。

もやし…どれが1番安い? えーっと…これだな。

特売はニラか、よし、今日はレバニラに挑んでみよう。

 

あ、卵も安いじゃないか。む、味噌も…味噌汁も作ってみるか?

豆腐とネギとお麩とシメジも入れて見ようかな。

そして白米…うぅ、なんて贅沢な食事だ…これならお腹いっぱいに食べられる。

 

「ふんふふーん…あ、駄目だ駄目だ、鼻歌なんて」

 

つい鼻歌が出てしまった、はしたない。

嬉しかったからな…冷静になるんだ私。

神浜に来てから最近たるんできた気がするぞ。

もっと気合いを入れ直さないと、1人暮らしだからって油断しすぎだ。

 

「特賞!」

「え!? や、やった!」

 

ん? あの後ろ姿はいろはじゃないか。

何だ? 回転抽選器で何か引き当てたのか?

 

「いろは、何してるんだ?」

「あ、梨里奈さん! 見てください特賞を当てちゃいました!」

「それは凄いな! 特賞は…ほぅ、海水浴場近くにある民宿の宿泊券か」

「はい! それも6人分ですよ!」

「6人分!? 珍しいな、こう言うのは大体ペアか4人分だが」

「感謝を込めて6人分らしいです!」

 

セオリーを無視したのか…しかし6人分とはまた結構な数だな。

これは当てたとしても、1家族大体4人だし2人分余るぞ。

最近は1家族3人のケースも多いしな。私の家もそうだし。

中には5人家族も居るけど、結構珍しいしこれでも1人分あまるぞ。

 

「だから、みかづき荘の皆と一緒に行こうと思うんです!」

「良いんじゃ無いか? マギウスやうわさとの戦いで皆疲れてるだろうし

 こう言う息抜きも」

「それで、梨里奈さんも来ませんか? 後、鶴乃ちゃんも誘おうかなって」

「ん? 私も一緒に? 良いのか?」

「はい! いつも助けられてばかりですし!」

「嬉しい誘いだな。だが、私は水着を持っていなくてだな」

「じゃあ、今度一緒に水着を探しに行きましょう!」

「……そうだな、でも本当に良いのか? 私なんかが一緒に行っても」

「はい! 一緒に来て欲しいです!」

「そ、そうか…じゃあ、喜んで!」

「はい! 夏休み予定を合わせて皆で一緒に行きましょう!」

「そうだな」

 

しかし1週間というのは結構長い期間だな。

まぁ楽しい時間はすぐ似すぎる物だ。1週間、今は長いと感じても

いざ蓋を開けてみれば、案外短いんだろうな。



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夏に向けて

……水着を見て回る日が来るとは思わなかったな。

うーん、大体手持ちにあったのはスクール水着だけだしな。

まぁ、そんな物は引っ越しで持ってきてはいないが。

そもそも水泳の授業とかは殆ど無いからな。

 

しかし…うーん、水着をいざ見に来たは良いが

なんだこれは…布切れ1枚だけとは。

 

「こっちが似合うかな! いや、こっちかな」

「李里奈にはこっちが似合うと思うわ。スラッとしたモデル体型だしね。

 可愛い路線よりも、クールな感じの方が似合うと思うわ」

「でも、可愛い路線の李里奈さんも見てみたいと思いませんか?」

「確かに若干興味はあるけど…やっぱり個性を活かせる方が良いと思うの」

 

何故だろう、私の水着を買いに来ているはずなのに

当事者である私よりも、一緒に来たやちよさんといろはの方が盛り上がっている。

私はこの布切れを見て、若干の拒絶反応を起しているというのに。

 

なんだこれは、胸と恥部しか隠せないじゃないか。

これは果たして服と言っても良いのか? ただの下着では…

それにどれもこれも大体同じだし…ちょっと模様が違うだけ。

ついでに物によってはフリルが付いてる…程度だな。

 

材質とか違うのだろうか? いや、ここまで布が少なければ

材質が違おうと、何の意味も無いのでは?

しかし…この程度なら1から作った方が安上がりな気がする。

 

一応、服程度は縫えるけど…これを作るとなると勉強が必要だし

材料や道具も必要になってくるから、やっぱり買った安いかな。

 

「李里奈さんはどれが良いと思いますか! …え? 李里奈さん何してるんです?」

「…いや、ちょっと材質が気になって…」

「そんなの気にしても、あまり意味ない気がするんだけど」

「いやその、こんな布切れ1枚にどうしてこれだけの値段が付くか気になりまして」

 

そもそもこんな布切れに5000円もの値段があるのが異常だ。

おかしいな、私が持って居る服の中でもここまでの物は無いぞ…

大体が適当に買ってきた古着だからな、安い奴だし…

その服よりもこの布切れが高いと言うのは異常だと思う。

 

「まだ安い方だと思うのだけど?」

「え!? 安いんですかこれ!?」

「ま、まぁ…高い物は1万超えるからね」

「なぁ! これに1万の価値があるのか疑問というか

 そもそも服如きに1万以上の値段とかおかしイのでは!?」

「ふ、服如き…李里奈さん、お洒落とか…興味無いんですか?」

「興味無い、大事なのは内面であって、外見ではないし…

 そもそも服程度で人の何が変るのか私自身よく分かってない。

 着飾るよりも内側から輝きを放つ事が大事だと聞いたからな」

 

ふふ、七美の言葉だ…あいつはいつもそんな事を言ってくれていた。

あいつの言葉には、私の支えになっている物がいくつもある。

もうこの世には居ないが、七美の事を忘れることは私には出来ないだろう。

 

「確かにその通りね、でも外見も大事なのよ?

 殆どの人間はまず第一歩目で内面を見ることは無いの。

 まずは外見から入る物よ。そこから内面の価値が出てくるの。

 外見は言わば入り口。くすんだ看板のお店よりも

 綺麗に整った看板があるお店の方が入りやすいとは思わない?」

「まぁ、確かに…」

「でしょ? それは人にも同じ事が言えると思わない?

 綺麗に着飾ってる人の方が近付きやすい。だから、服装は大事なの」

「うーん、そう考えてみると確かに…」

 

だが、私は人に近付いてきて欲しいとは思わないタイプだ。

私に近づく人が増えれば増えるほど、私は本来の私から遠のいていく。

より厚い仮面を被り、自分を見失ってしまいそうだからな。

それは恐らく七美が願った私の姿では無いだろうからな。

 

「服装は入り口を大きくするために重要なの。

 勿論、内面の方が大事なんだけどね。

 お店で例えれば、綺麗なお店でも料理が不味いお店には人が来ないって感じね。

 逆にくすんでいるお店でも、入ってみれば美味しかったら人は来るけどね。

 そこから口コミで広がって商売繁盛というルートもあるのかしら」

「人で言えば、仲良くなった友達が別の友達を紹介してって感じで

 ドンドン増えて行く感じですかね!」

「その通りよ、環さん」

 

もし、誰にも来て欲しくないと感じた場合はそう言う服そうが良いのか?

いやしかし、それはそれで…父さんや母さんが…うーん。

やはり着飾った方が良いのか? でも…うーん。

 

「……分かり…ました」

「……そ、そう?」

 

個人的には少し難しい判断だった…私はこのままで居られる方が良い。

でも、やちよさんやいろは達に期待される以上はこなさないと駄目だろう。

とにかく可愛らしい水着だろうと何だろうと着てやることにしよう。

 

「じゃあ、この水着で…」

「クールな方を選んだのね」

「可愛い方にはまだ抵抗が…」

 

うぅ、決定したとは言え、この布切れに7千円か…

うぐぐ、これだけあれば色々と食べられるのに…

ま、まぁ、皆と騒ぐために必要な出費だという事にしよう。

 

「それじゃあ、李里奈さんの水着も買えたことですし!」

「ふふ、当日が楽しみね」

「そうですね」

 

まぁ、7千円の出費は痛いけど、仕方ないか。

バイトで貰ったお金もあるし、少しくらいは新しい事に挑戦も良いだろう。



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海へ!

当日、あまり表には出さなかったが内心は少々楽しみだった。

海に誰かと一緒に行くことは早々無かったからな。

そもそも海自体、殆ど来たことが無い。

私としても、あまり目立ちたいとは思わないからな。

 

「海だー!」

 

いろはが何だか楽しそうに叫んでいる。

私はちょっと無理だな…恥ずかしいし。

 

「これが宿か…」

 

やはや、私は旅行なんてした記憶が無いからな。

宿というのは中々に刺激的という感じがする。

 

「うん、これが宿ね! 楽しそうじゃないの」

 

それにしても…み、見知った顔が居る様な気がする。

いやうん、確かにここは神浜からそんなに離れてはいないし

勿論、知り合いなどがいたとしても違和感は無いのだが。

 

「って、えぇー! れ、レナちゃん!?

 それにかえでちゃんとももこさんまで!?」

「あ、あら、あ、あなた達も来てたのね! 凄い偶然ね!」

 

ぐ、偶然…? レナ、嘘を突くにしても少しくらいは表情をだな…

どう考えても偶然じゃ無いだろ…表情から丸分かりだ…

レナもかえでもももこもこれじゃ隠せてないが?

 

「ど、どうして3人とも!?」

「ま、まぁ3人で旅行というか…」

「へぇ、3人だけって凄いね、普通は家族と行きそうだけど」

「わ、私達3人はチームだから!」

「まぁ、私達だって同じ様な物だろ? 仲間内で来てるわけだからな」

 

何度か死線を共にしてくれば、深い感情を抱くからな。

とは言え、今回のレナの場合は…きっとそれだけじゃ無いんだろう。

勿論、大事な仲間と過ごしたいという思いはあるだろうが

素直じゃ無いあいつの事だ、いろは達とも一緒に居たいのかもな。

だが、素直になれない…か。

 

「ん?」

 

私達が目を離した隙に、どうもいろはに

かえでが何かを伝えているのが見えた。

僅かに聞えた会話内容から察するに、事のいきさつは

私の予想通りだったと言う事が分かるな。

 

その後、やちよさんにいろはが耳打ちをする。

やちよさんにも伝えるのか。あ、こっち向いたな。

私は小さく頷いて、理解していると言う事をいろはに伝えた。

 

「いやぁ、しかし凄い確率よねー! 日程が丸被りなんて!

 偶然って恐いわねー!」

 

あくまで偶然を装うのか。それで通りそうなのは正直なところ

フェリシア位じゃないか? あいつは純粋だからな。

 

「あ、あぁ、いやぁ偶然偶然!」

「へー、偶然なのか! そりゃスゲーな!」

 

案の定、フェリシアだけは察してないようだな。

若干鶴乃も気付かないと思ったが、冷静に考えてみれば

鶴乃はかなり察しが良いからな。元気だが馬鹿じゃ無い。

 

「うふふ…」

 

さな…何も喋ってないが嬉しそうだな。

……さなの話は少しくらいは聞いてる。話したくないし

知られたくも無い過去かも知れないが…きっと全部では無いだろう。

まだ出会って1ヶ月程度だからな、全て話せる筈も無い。

 

それに、陰湿な過去話など、今のさなには酷だろう。

しかし不安はあるな。酷い過去を持つ者というのは基本的に

希望が見えた後、その希望だけしか見えなくなってしまう可能性がある。

私も経験がある。私の居場所を見出して、それで…

 

問題はさなだ…彼女はその…今の幸せ以外の幸せを見ることが出来るのか?

それは…困難か…彼女は透明人間だ、魔法少女以外からは視認されない。

何処にでもあるありふれた幸せを掴むにはその祈りが邪魔だ。

透明になりたいという願い。それは願いでは無く、今では彼女の鎖。

祈りでは無い、もはや呪いだろう。どうすればその呪いを解けるのか。

 

マギウスとの戦いも魔法少女の未来も…

はぁ、全く…これじゃマギウスとの戦いなんて

この先の戦いの前哨戦に過ぎないとしか思えないな。

 

「梨里奈さん? 何か悩み事ですか?」

「あぁ、いやなんでも無い。ただその…えーっと、そうだな。

 そうだ、水着を着るとして、恥ずかしいなぁと考えてただけだ」

「あはは! 大丈夫ですよ!」

「何? 水着とか着るのに抵抗あるの? スタイル良いのに?

 何かコンプレックスでもあるの?」

「ひ、人前で肌を見せることに慣れて無くてだな…はは」

「だからいつも色気の無い格好してたのね、あなた」

「あぁ、外観に多少は気を配れとやちよさんにも怒られたよ…はは」

 

そんな何気ない会話を残し、私達は海へと移動した。

……しかし、み、水着は…やっぱり抵抗があるな。

 

「海だー!」

「きたー!」

「フォー! 突入-!」

「俺もー!」

 

海に着くと同時に鶴乃とフェリシアのテンションが振り切れた。

人目も気にしない歓喜の後、彼女達は即座に海へと走っていく。

 

「楽しそうね、あの2人」

「そうですね」

「…所で梨里奈、1つ聞いても良いかしら?」

「何ですか? やちよさん」

「…何で服着てるの? 水着に着替えてたの見てたけど」

「だ、だって恥ずかしいですし…」

 

うぅ、ひ、人が多いのにこの格好は些か…と言うか、かなり破廉恥で…

さ、流石にこんな状態で平然と動けるほど、私は他人慣れしてない…

 

「駄目よ、ここは海なんだから水着は礼儀みたいな物でしょ?」

「む、無理です! 水着とか無理! あんな露出が激しい格好!」

「ちゃんと選んだんだから、見せるための物よ? 水着は」

「無理ですよ!」

「おぉ! 楽しそうなことしてるな! 俺も混ぜろー!」

「ふぇ、フェリシア!? だ、駄目だ来るなぁ!」

「そうなると、この私も行かないとね! さぁ、水着を見せるんだ!

 ここは海だし、水着で動くのは礼儀だかんね!」

「鶴乃も!? む、無理な物は無理なんだ! 水着とか!」

「年貢の納め時って奴かしら」

「うわぁあ!」

 

つ、鶴乃とフェリシアが悪のりしてる! 脱がそうとしないでくれぇ!

 

「や、やめ、やめろぉおー!!」

「ふっふっふ、いくら姉ちゃんでもこの状況は無理だぜ!」

「流石にこんなやり取りで攻撃は出来ないだろうしね!」

「や、止めてくれぇ! は、恥ず、恥ずかしいだろ!?」

「普段クールなのにスゲー顔が赤くなってる!」

「よっぽど恥ずかしいんだね! でも、礼儀だから!」

「だ、誰か助けてくれ! い、いろはぁ!」

「そ、その…あ、諦めた方が…」

「そ、そんなぁあ! う、うわぁぁあ!」

「よし、取った!」

 

うぅ…脱がされた…なんて事だ…は、恥ずかしい…

こ、こんな露出が激しい破廉恥な格好になってしまうなんて…

 

「うぅ…」

「かなりスタイル良いわね…モデル?」

「も、モデルは…やちよさんだ…」

「いやぁ、でも梨里奈って…動揺したりすると可愛いんだ。

 普段からは想像出来ないけど、やっぱり隙がある方が良いね」

「か、可愛いとか言わないでくれ…私はそう言うキャラじゃ無いんだ…」

「少しくらい肩の力を抜いた方が良いと思うけどね」

「やろうと思って簡単に変われるなら、私は今のままじゃありませんよ…

 でも、この格好は本当に恥ずかしい…やっぱり服を」

「駄目だよ!」

「うぅ…」

 

こ、こんな恥を欠いてしまうなんて…これでは嫁に行けない…



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ビーチで遊ぼう

結局あの格好のまま、しばらく過ごすことになった。

周りは慣れれば大丈夫と言うが、結局最後まで慣れなかった。

こう、風が肌の至る所に触れているという感覚はどうも慣れない。

私はスカートとかもあまり好まないのに…はぁ、こんな格好。

 

「じゃあ、今度はビーチで遊びましょうよ!

 無料でビーチの遊び道具を貸して貰えるらしいし」

「無料で…か、キャンペーンという感じかな」

「面白そーじゃんよ!」

「よーし! 何が出来るの!?」

「スイカ割りセットとかがあるけど…貸し出し中みたいで」

「え? じゃあ、何なら大丈夫なんだ!?」

「えーっと、ビーチ・フラッグスなら大丈夫だって…」

「ビーチ・フラッグスって走って旗を取る奴?」

「そうそう、それならあるんだって!」

「おぉ! ならやろうと! ビーチ・フラッグス!」

 

走って旗を取る奴か…確かそんな遊びがあったな。

 

「……」

 

何だ? いろはの奴、表情が若干暗いな…と言うか、全体的に少し暗い。

鶴乃とフェリシアは明るいが。

 

「……や、やるの? ビーチ・フラッグス」

「や、やるんでしょ…勝てる気がしないけど」

 

レナとかえでが目を合せた後、フェリシア、鶴乃に目をやった後

私の方に目を向ける…何となく何を考えているのかを察した気がした。

 

「環さん」

「は、はい…」

「やる前から諦めるのはよくないわよ」

「は、はい…と、言いたいんですけど…あはは」

「これは勝負事だが、実際はただの遊びだろう。

 遊びは勝ち負けよりも楽しむべきだろう?」

「そ、そうですよね!」

 

とは言え、私は勝負事では負けるつもりは毛頭無いんだがな。

元々、そう言う生き方をしてきたわけだし、ここで負けるのもな。

 

「ぜ、全然追いつけない…」

「スタートダッシュ早すぎですよ!」

 

私は結構足が速いからな。勝負である以上は本気で…

と、行きたいんだが、この格好でははだけそうで本気を出すの恐いな…

 

「よーし! 姉ちゃん勝負!」

「フェリシアも足が速いな」

「まぁな!」

「でも、私も負けてやるつもりはないぞ?」

「へっへー! 俺だって負けねーぞ!」

 

準備をし、合図と同時に私達は振り返り走った。

流石フェリシア、凄く足が速いな、ぶっちぎりだ。

とは言え、スタートダッシュがちょっと遅いかな。

 

「っと」

「うわっぷ! く、クッソー! 姉ちゃん早すぎるって!」

「私は勝負事に手を抜くタイプじゃ無いんだ、大人げないかも知れないがな」

「ま、まぁ、魔法少女に変身しても無いのに魔法少女に変身した

 レナをあっさりと押さえ込む程だしね…」

「いやぁ、水着にされて恥ずかしいとか言ってたとは思えないね」

「それは思い出すから止めて欲しい…今も水着だし。

 こんな状態で本気で動いたら、見えてしまいそうで恐いし」

「本気じゃ無いと言うことをさらっと明かしてきたわね」

「そ、底が知れないわね」

「意外と底はないかも知れないぞ? 私には」

「うん、冗談に思えない冗談っぽいこと言わないで」

 

冗談では無いんだけどな、私の願いは限界を越え続けること。

本当に底がないかも知れないと言うのが私だ。

 

「まぁ! 最強の魔法少女であるこの私が勝つんだけどね!」

 

そして決勝戦。決勝戦の相手は鶴乃だった。

鶴乃はかなり足が速かったな、フェリシアの次くらいか。

 

「凄い自信だね、逆に凄いかも…」

「じゃあ、決勝戦だ!」

 

私も少しは手加減をした方が良かったのかも知れないが

正直、勝負である以上は負けたくないという思いがある。

結果は明らかな物で、私がぶっちぎりで勝利した。

 

「鶴乃、明らかに取られているのにわざわざダイブしなくても…」

「……さ、3本勝負だよ! 決勝戦だし!」

「ま、まだやる気なんだ、鶴乃ちゃん」

「その…言ったら悪いかも知れないが…3回勝負したところで」

「ふっふっふ! 次負けるのが恐いんだね!」

「む、そんな風に言われたらやるしか無いな。3回だな」

「うん!」

 

と言っても、結果は見えていたとしか言えなかったが。

私、これでも相当鍛えてるからな。足の速さは筋金入りだ。

だが、それでも鶴乃は諦めないらしい。

しかし、持久戦にも自信がある私の勝利は変らなかった。

 

「て、手も足も出ない…」

「梨里奈のスタミナ凄いわね、鶴乃が体力で負けたわ」

「結局、何回やったんでしたっけ?」

「32回だ」

「短距離でもその回数はしんどいだろうなぁ」

「で、でもまだ諦めないから!」

「ん?」

 

鶴乃が起き上がり、ももこが持っていたフラッグを取った。

 

「さぁ、梨里奈! 今度は人間ビーチ・フラッグで勝負!」

「に、人間ビーチ・フラッグ…?」

「な、何言ってるのよ…」

「人間ビーチ・フラッグだから私が旗だから、私を捕まえたら梨里奈の勝ち!

 逃げ切ったら私の勝ちだから!」

「……それはただの鬼ごっこ的な奴だろ。それに、そう言うルールなら

 鶴乃が旗役じゃ無くて、私が旗役の方が良いんじゃ無いか?

 鶴乃が私を捕まえたら勝ちとか」

「え? 梨里奈が旗役?」

「まぁ、捕まえたと言ってもタッチだけでは面白く無いだろうが」

「じゃあ、がっちり掴めたら勝ちで!」

「あ、本気でやる気なのか? その…さっきも言ったけど」

「関係ないよ! さぁ勝負!」

 

ほ、本気でやるのか…ちょっとした冗談だったんだがな。

 

「てりゃー!」

「おっと」

「おぉ! こ、今度こそ捕まえ、あれ!?」

「全力でやったら疲れるぞ?」

「こ、このー!」

 

このルールは失敗だったかも知れない。

 

「梨里奈さん、殆ど動いてないように見えますが」

「あの子、格闘技とか確実に極めてるわね。簡単に鶴乃が流されてる」

「あれが俗に言う合気道って奴かな、ありゃ凄い」

「もう鶴乃が遊ばれてるようにしか見えないわね」

「り、梨里奈さん…一応付き合ってはあげるんですね」

「くぅ! 俺がやりたかった!」

「じゃあ、フェリシアも参加したら? 梨里奈がどんな反応をするか」

「お! じゃあ俺も参加だ! 姉ちゃん捕まえたら俺が1番!」

 

ま、まさかの飛び込み…それはつまり実質鶴乃とフェリシア

どっちが私を捕まえるかの勝負なんじゃ無いか?

 

「フェリシアが捕まえる前に私が捕まえる!」

「いいや! 姉ちゃん捕まえるのは俺だぜ!」

「わ、私が逃げ切るかもと言う可能性は考えないんだな」

 

しかし、流石に2人だと適当に流すのは難しいな。

 

「「今だ!」」

「っと」

 

2人が私に飛びかかる瞬間に2人を避ける。

 

「「ゲッ!」」

 

そして、2人が正面衝突してしまう。止まると思ったが流石に無理だったか。

 

「あ、その…だ、大丈夫か? 2人とも。ちょっとやり過ぎた」

「うぅ…でも、甘い!」

「んな!」

 

2人が倒れているからと油断して近付いたら2人同時に飛びつかれた。

驚いて後ずさりをしたが、既に遅く足を掴まれて思いっきり転けてしまう。

 

「うげ!」

 

更に運が悪いことに、転けた先にはレナが居た。

私達はレナを巻き込んで結局私は捕まるという、何とも申し訳無い結果。

 

「い、いたた」

「よ、よーし! やったねフェリシア!」

「おぅ! 姉ちゃん捕まえたぜ!」

「も、もはやどっちが優勝かと言うより、私を捕まえたかっただけか…

 はは、やられたよ。レナ、すまないな、大丈夫か? 怪我は?」

「だ、大丈夫よ…それにあんたが謝ることじゃないし」

「いや、私が悪いんだ。もっと背後に気を配ればよかった。

 でも、怪我をしてなかったなら一安心だ」

「ふん」

 

ちょっとした問題はあったが、何とか怪我をしないで住んだ。

初日で大怪我をしたんじゃ笑えないからな。



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戦いの始まり

1日目は殆どビーチで過ごしたような気がする。

だが、2日目はちゃんと海で泳ぐという感じだな。

全員泳ぎ方が独特だ。

 

しかし、フェリシアといろはの2人は泳げないのか。

フェリシアはやちよさんに泳ぎ方を教わってるが

いろは…ずっと浮き輪で浮かんでるな。

 

「わぁ! さなちゃんってスーって泳ぐね!」

「あ、あまりその…」

 

さなは随分と静かに泳ぐな。性格が出ているという感じか。

それと比べて、鶴乃は随分と独特な泳ぎをする。

何事にも挑戦したがる彼女らしいと言えばらしいがな。

 

「鶴乃、何なのよその泳ぎ方!」

「よくぞ聞いてくれました!

 これぞ現在開発中のバタフライと背泳ぎの融合のバタ泳ぎ!」

「その名前だけ聞くと、バタフライと平泳ぎでも成り立ちそうだな」

「それ、殆どバタフライ! それにしても梨里奈は泳がないね

 もしかしてフェリシアやいろはちゃんと同じで泳げないとか!」

「泳げないなら沖には出てないと思うけどな」

 

私は泳げるけど、あまり積極的に泳ごうとするタイプじゃ無いからな。

 

「な…まさか、水上歩行!」

「出来るわけないでしょ!? 流石の梨里奈でもそれは!

 それはもはやファンタジーの世界よ!」

「ま、魔法少女がファンタジーを否定するのか…」

「うぐ、た、確かに…でもじゃあ、梨里奈は出来るの?」

「…………多分無理だな」

「多分って何よ! 後、間が凄く長いわ!」

「いや、本当に出来ないかを考えて、多分無理だと思った」

「か、考えるだけの可能性はあるんだ」

「流石だね!」

 

限界突破をフル活用すれば出来るかと思ったけど

流石にそこまでの強化だと魔力の消費が凄そうだ。

 

「もし梨里奈が泳げないとしても

 ちょっと教えたら泳げるようになりそうだし教えるの楽そうだけどね。

 あぁ、それと環さんも浮き輪を取ったら? フェリシアと一緒に教えてあげるわ。

 なんなら、梨里奈に教えて貰う? 教えるの上手そうだし」

「む、無理ですよー! 私は泳げませんー!」

「やちよー、腹減った!」

「そう、じゃあ海の家に行ってみましょうか」

「おー!」

 

フェリシアが腹を空かしているようだし、海の家か。

しかしだな、海の家って言うのは妙に高いんだよな。

あまりお金があるわけじゃ無いし、出来れば…いやいや、今は大丈夫だろう。

 

「あ、看板…あの名店、ウォールココナッツとコラボ中?」

「あの洋食屋の!?」

「洋食屋? そんなのがあったのか」

「いらっしゃいませー!」

「まなかさん!」

「おぉ、さなさんじゃないですか」

 

…ん? 彼女、さなの姿が見えている? コックの様な格好だが…

オレンジ色の髪の毛、髪は…編んでいるんだろうか?

しかしだ、さなの姿が見えていると言うことは彼女も。

 

「魔法少女?」

「あ、はい! 私は魔法少女です」

 

神浜に魔法少女が多いとは思っていたが…そんなに多いのか。

私が居た場所は殆ど魔法少女の姿なんて無かったのに

神浜は何故か魔法少女が多い…だが、普通は逆じゃ無いか?

神浜は魔女が強い…そんな強い魔女が多い神浜で

何故魔法少女が多いんだ? 普通は逆…少ないはずじゃ?

 

「それにさなと知り合いみたいだけど」

「はい、あ! やちよさんじゃないですか!

 じゃあ、皆さんはお知り合いですか?」

「えぇ、軽く説明するわね」

 

やちよさんは彼女に私達が何故ここに居るかといういきさつを話した。

 

「おぉ、それで皆さん旅行に」

「はい…」

「楽しそうな顔して…よかったですね!」

「はい!」

 

さなとはかなり仲が良い様だな。心配する必要は無かったか。

 

「なぁ、ちょっと良いか?」

「何?」

「うおぉー! 腹減った!」

「あぁ、そうだった」

「お食事ですね! どうぞ中へ!」

 

私達はまなかに案内されて中へ移動した。

どんなメニューがあるんだ? コラボだし特殊なメニューが…

 

……トマトケチャップ焼きそば…それはただのナポリタンじゃ?

海からやって来たカニのサクサククリーミー衣揚げ…あぁ、カニクリームコロッケか

海からやって来たカニの降りは居るのか? カニは大体海だろう。

ひまわりイエローの卵で…って、ただのオムライスだろこれ!

ひまわりとイエローを合わせる必要は…そもそも色要らないだろ。

 

「…つまりは、洋食の海の家って事ね」

「大体その通りです!」

「ハッ! つまりそれって…」

「つまり…?」

「中華料理は…ない…と」

「無いです」

「了解です」

「その降り必要か!?」

「ハンバーグ食べたい!」

「ありますよ!」

「もう決めたの?」

 

うーん、料理の名前で少し動揺して選んでなかった。

し、しかし…こう言うセレブが食べそうな物は食べてこなかったしな…

と言うか、どれもこれも高い…安いのは…白米か…白米美味しいし、それで良いか。

 

「ふぎゃぁあああ!!」

「ん? 悲鳴…?」

「今、店の奥から…」

 

普通のお店で悲鳴なんてあり得るのか? 女の人の声っぽかったが

襲われてるって感じではないし、辛い物でも食べたか?

 

「ぁぁぁぁあああ! もう…駄目…」

 

奥の方から走ってきた黒髪の少女が私達の近くで口を押さえて倒れた。

……うん、辛い物を食べたに違いない。無茶をするからだ。

 

「…あぁ…残念」

「え? え? え? 何この状況!」

「はぁ~無理だったか」

「あ! 夏希ちゃん!」

「え? あ、かえでちゃん! わー! 久しぶり!」

 

今度はかえでの知り合いか。昨日と比べて今日は随分と…

まぁ、当然なのか、夏休みだしここは神浜から近いリゾート地。

それにこっちの人数は多い、知り合いが多いのは当然かな。

 

「ん? 今度はかえでの知り合い?」

「ほら! 前に話した空穂夏希ちゃん!」

「…あ!」

「おー、そうなんだ!」

 

私達は知らないかえでの知り合いと言うことか。

チームには話をしたみたいだがな。

 

「夏希ちゃん! ももこちゃんとレナちゃんだよ!」

「あ! 初めまして~!」

「どーもどーも!」

「…ども…」

 

やっぱりレナは溶け込めないと上手く会話が出来ないタイプらしい。

ももこは誰とでもすぐに仲良くなれるタイプだな。

 

「いつ以来だっけ!」

「えーっとね…」

「ふぉぉぉぉ!」

「あ、そうだった…ひみかちゃん、大丈夫!」

「これって、どう言う状況?」

「まなかがご説明しましょう!」

 

彼女の説明によれば、この状況は海の家夏限定のチャレンジ

超辛カレーチャレンジという物らしい。

この海の家限定で超辛いカレーを提供していて

それを食べきった物にはウォールナッツの食事券が貰えるのだとか。

更には一定時間以内に食べきることが出来れば料金無料。

よくある、大食いチャレンジという感じに近いか。

 

そして、ひみかと言う少女はその食事券目当てで挑んだが…

まぁ、結果は見ての通り、悶絶してしまったと言う事か。

そして夏希という少女はそんな彼女を応援するために来たと。

仲が良いというのがよく分かるな。

 

「み、水…」

 

最終的にひみかと言う少女は完全に破れたわけだが

どうやら、夏希という少女は彼女を特訓するつもりらしい。

夏希は彼女を引っ張り、私達の前から姿を消した。

ハバネロの一気食いとは…それに結局水…渡してないな。

 

「また1人、敗れ去ってしまったか…このカレーの辛さ、まさに最強なり!」

 

しかしこの子、努力の方向性を間違えている気がする。

そんな料理よりもいつ食べても飽きない、当たり前の味を開発すれば良いのに。

料理人としてはそれこそが到達点なのでは?

 

「今、最強と言いました?」

 

そしていやな予感はして居たが…鶴乃が反応してしまった。

 

「言ったけど…」

「なら、挑戦するしか無いでしょう!」

「ほう…」

 

本気だ…これは本気の目だ…流石鶴乃。

 

「鶴乃がやるんだったら俺もやるぜ!」

「フェリシアも反応するのか…」

 

しかし…食事券か…悪くないな、節約するにも欲しいところだ。

それに一定時間以内に食べきれば料金も無料か。

 

「…じゃあ、私もやろう」

「えぇ!? 梨里奈さんも!?」

「まぁ、うん」

「うぅ、さ、3人ともここはしっかりと考えた方が…」

「しっかりと…うーん……うん! 挑戦するよ!」

「あーん、もう! 梨里奈さんは!?

 り、梨里奈さんが挑まないならフェリシアちゃんも…」

「フェリシアには悪いけど、挑戦したいな」

「そんなぁ…」

「なら、私も参加しないとね」

「やちよさんまで!? もう滅茶苦茶だよぉ!」

 

そして、私達4人は超辛カレーチャレンジに挑む事になった。

 

「これが激辛カレーか、見た目はそんなに恐ろしくは無いな。

 何だかカレーのルーが赤い気がするが…気のせいだろう」

「よーし、食べる!」

 

フェリシアと鶴乃が2人同時にカレーを口の中に入れた。

それを見た後、私もゆっくりと口の中に入れる。

 

「「ひぎゃぁぁあぁああ! からぁぁあぁい!」」

 

た、確かに結構応えるな…辛い物、あまり食べないからなぁ。

 

「み、水、水!」

「う、海だ! 海に水が!」

「海の水はしょっぱいぞ? より酷くなるんじゃ」

 

なんて、私の小さな声が聞えるような状況じゃ無かったか。

2人はすぐさま海の方に走っていき、海水を飲み更に悶え始めた。

 

「ひ、悲惨です!」

「そしてそんな光景を尻目に普通にカレー食べてる梨里奈さんとやちよさん!」

「料金無料と食事券は大きいからな」

「汗凄いのに、表情が何一つ変ってないのがシュールね」

「やちよさんもじゃないですか

 ふぅ、ごちそうさまでした。タイムは?」

「す、凄い速さです…タイムも余裕です」

「ふぅ、一安心だ」

 

タダでお腹いっぱいになれるなら、これに越したことはないな。

 

「では、料金は無料、そしてウォールナッツの食事券です!」

「ありがとう…ふふふ」

「凄い嬉しそうね、梨里奈、まぁ私も嬉しいんだけど」

「も、もしかして梨里奈さん…食事券と料金無料のために…

 それにやちよさんもこんなにあっさりと…」

「か、完敗です…いやぁ~、感服しましたよ」

「ん? まぁ、その…ありがとう」

「あなたなら、戦えるかも知れません」

「戦える? 何と?」

 

なにやら神妙な面持ちだが…何の事だろう。

 

「今日の午後から開催される特別なフードバトルイベントで!」

「ば、バトル…?」

「ここのカレーとは違うんですか?」

「ここのカレーチャレンジは常時開催です。

 しかーし! 今日の午後に開かれる大会は1回きり!」

「ま、まさか…あの2人が悶絶するほどのカレーより辛いカレーを食べるとか!」

「いえ、違います。メニューは冷製パスタ」

「まさか、それが激辛とか」

「いえ、普通です。しかも小皿サイズです。

 しかし、エンドレスなんです!」

「つまり、わんこそばとか、そう言う類いか?」

「そう言う感じです。つまり、冷製パスタエンドレスバトル!」

「そのままだな」

 

まぁ、他に難しい言い回しとかは不要かな。

 

「更にこれは3人1組のチーム戦です」

「ふーん」

「更に更に! 優勝者には神浜で使える商品券5万円分をプレゼント」

「な!? 5万円!? 5万円だと!? そんな大金が貰えるのか!?

 5万円もあれば5ヶ月は過せるぞ!」

「あれあれ、私は今違和感ある言葉を聞いた気がしますよ…」

「5万円…家計の足しにはなるわね」

 

なんて大金だろう、こんなの出ないわけには行かない!

 

「3人一組か…私は1人だし、あと2人…」

「悪いけど、私達は私達で出るわ」

「くぅ、分かっては居るが…」

「じゃ、じゃあレナが梨里奈と組む!

 かえで! あなたも梨里奈と組みなさい!」

「えぇ!? わ、私も!?」

「そ、そうなのか! ありがとう! 本当にありがとう!」

「ちょ、梨里奈…な、何か本気で感謝されてるんだけど…」

「必死なんだね」

「うぅ…まだ舌がヒリヒリするよ…」

「辛いの辛いぜ…」

「よし、じゃあ鶴乃、フェリシア。次の大会よ!」

「え!? 何かあるの!? ちょ、ちょっと辛いのは!」

「辛くは無いわ! 沢山食べるだけよ。梨里奈には負けられない」

「え? 姉ちゃんと戦うの? それ楽しそうだな!」

 

やちよさんはフェリシアと鶴乃と組むのか…大食い2人。

しかし、私も負けられない…

 

「やちよさん、負けませんよ」

「私も負ける気は毛頭無いわ」

「「5万円は渡さない!」」

「……な、なぁ、何だか姉ちゃん普段と雰囲気違う気がするんだけど…」

「うん、私もそう思うよ」

 

今日は絶対に勝つ! 5万円は私達が手に入れる!



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負けられない戦い

そして時間が来た。参加チームが何人かいたが

そんなの私には関係ない、警戒すべきはやちよさんか。

リレー形式みたいだし、ふむ、何とかなりそうだ。

これでもしも勝利数でカウントされていたとすれば厳しかったかも知れない。

 

「じゃあ、メンバーも揃いましたね、ではスタート!」

 

他の2チーム…名前とかさっぱり覚えてない。

自己紹介をして居たような気がするが

目の前の5万円のことしか考えてなかった…

そして私はアンカー。さぁ、レナとかえでは何処まで食べるか。

 

「ふゆぅ、も、もう無理ぃ…」

 

あ、最初にかえでがダウンしたな、1番は…うーん。

 

「な、何やってるのよかえで! 一番最初にダウンなんて!」

「ふ、人選を誤ったわね。レナもかえでも大食いは苦手だったはず」

「あ、忘れてた…で、でもレナは食べれるわ!」

 

そう意気込んでレナも食事を始めたが…うん、すぐにダウンした。

 

「レナも駄目じゃないか、他メンバーはまだ後続居るのに…」

「うぅ、ごめん梨里奈」

「いや大丈夫だ、2人が居なかったら参加出来なかったからな」

 

そして私の番か…5万円は私達がもらい受ける!

 

「あむあむ」

「す、凄まじい勢い!」

「一瞬でレナとかえでが食べた分を抜いた!」

 

この勝負に勝てれば、私は5万円の大金を手に入れる事が出来る!

どれだけ山分けするかはちゃんと話をしないと行け無いが

1万円でも、私には大きすぎるプラスだ!

1万円は大きいぞ、それだけ料理のバリエーションが増える!

新しい調理器具とかも買うことが出来る! 色々と出来る事も増える!

 

「むぐむぐむぐ!」

「く、まさか私が出るまでにダウンしないとは…流石梨里奈、凄まじい執念ね」

「私はまだまだ入りますよ! さぁ、次!」

「も、もう少しゆっくり…冷製パスタがちょっと」

 

そのまま私はひたすらに食べ続けた、正直味とか覚える余裕が無い。

 

「ほら! まだまだ100皿! 次!」

「何と言う食いっぷり! 1人で既に80皿だ!

 更に表情が何一つ変ってない、これはまだまだ余裕かぁ!?」

「く、全然表情が変ってない、普段からクールだから読めないけど

 流石のあなたと言えど、その量は限界が近いはず」

「何度か言ったでしょう? 私に限界は無い!」

「く! 魔法を使っているとでも!」

「勝負はフェアじゃ無ければなりません。それをするのは

 私のプライドが許さない。これはあくまで対等な戦い!」

「ふ、そうよね。ならば余計に負けられないわ!」

 

……しかし、ちょっと冷静になると美味しいな、この冷製パスタ。

食べやすいという感じがする。後、汁の味付けも良いな。

流石店で作ってるだけある。この味を再現できればなぁ…

さっぱりとした味付けというのは、やはり美味だ。

 

「あむあむ、ふんふん…」

「おーっと! 100皿を越えたというのに表情が緩みました!

 こ、これは、まだ全然食べられるという証拠でしょうか!?」

「く、馬鹿な、この状況で頬が緩んでる…余裕のアピール?」

「よし、おかわりだ」

「全くペースが落ちる気配が無い! 激しいトップ争い!

 夏目選手も負けじと食い付いています! この勝負分からないぞー!」

「うぅ、あ、あの人…凄い食べる…」

「ちょ、ちょっと食べ過ぎじゃ無い? あんなに入る物なの…?」

「これ、もう私達居なくても梨里奈さんだけで勝てたんじゃ…」

「そ、そんな事無いわよ…多分」

 

でも、流石に結構辛いな…あぁ、でも幸せでもあるなぁ

お腹いっぱいになる事は早々無いからなぁ、腹八分目所か

半分も行かないことが結構あったし…ふふふ、もっと食えるぞ。

私の胃袋の限界が何処までか試してやろう!

 

「よし! まだまだ!」

「何か楽しそう…ね」

 

そのまま勝負は続いた。ひたすらに食べていると終了という声が聞える。

 

「む…じ、時間切れ?」

「はい! 勝者は213皿完食した仙波チーム!

 最初から最後まで一切ペースが落ちずに完食! 圧倒的な実力差!」

「よーし! 優勝だ!」

「く、無念…」

「しかもまだ余裕がありそうなんだけど…何処まで入るんでしょうか…」

「おめでとーございます! それでは優勝賞品の商品券5万円分です!」

「ありがとう」

 

5万円…ふふ、これだけあれば色々と変えるぞ。

 

「よし、5万円ゲットだ! レナ、かえで、どう分配する?

 私は1万円でも手に入れる事が出来れば満足だ」

「あなたが1万円とかあり得ないでしょ! 

 レナ達が1万円でもバランス取れないくらいなのに!」

「いや、2人が協力してくれなかったらそもそも参加出来てないからな」

「い、良いわよ。それ生活で使うんでしょ? あなたが全部で」

「な、何を馬鹿な! こう言うのは対等に分けないと!」

「私も全額梨里奈さんで良いと思います、私達何もしてないし」

 

で、でもそう言う訳には…私が全部貰うのは申し訳無いというか。

 

「どうしても多少分けたいって感じだね。だったらこうしたらどう?

 その5万円で、今度昼食を奢って貰うってのはさ。

 それなら3人とも良い感じに満足できるんじゃ無いか?」

「そ、そんなので良いのか?」

「まぁ、それで梨里奈の気が収まるなら。

 本来なら貰えるような物じゃ無いけどさ」

「私もそれで大丈夫です!」

「そ、そうか…じゃあ、その時は全員に奢ろう。折角の大金だからな。

 どうせなら全員で共有した方が良いだろう」

「え? 私達にも奢ってくれるの?」

「あぁ、楽しい方が良いだろ? それに旅行に連れてきて貰ったしな。

 そのお礼も兼ねて、この5万円で奢るよ」

「ふふ、そうね。じゃあ、その時を楽しみにしましょうか」

「あぁ、楽しみにしてくれ」

 

5万円の大金だからな、折角だ皆で何かを食べる方が良いだろう。

楽しい事は共有したい…共有できる相手が居るのだから。

あいつも…七美も言ってたな…楽しい事は共有すればもっと楽しいと。

その言葉、今ならよく分かる気がするよ。



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サプライズパーティー

1週間という時間…普段ならすぐに過ぎてしまう。

しかしだ、旅行をしているこの時間は凄く長く感じる。

3日目も中々に面白い事になったが、結局は漫才というオチ。

4日目はいろはのトラウマを克服させるために色々と動いた。

トラウマというのは中々克服出来ないが、1歩は進めたかな。

 

そして5日目はサプライズか、鶴乃も中々手の込んだことをする。

そして6日目は夏祭り、何とも楽しい時間だったよ。

最終日の7日目、勿論最後は海だった。

 

「ふふ、1週間色々あったわね」

「そうですね、こんな濃厚すぎる1週間は初めてでした」

 

最後、私達は海で遊び、記念撮影をした。

思い出というのは何かしらの形で残したい物だ。

そして、まだまだイベントは終わらない。

何故なら今日はいろはの誕生日だからだ。

 

「よし、私も誕生日プレゼントを用意しないとな」

 

神浜に戻って、私も早速誕生日プレゼントを用意する事にした。

各々の誕生日プレゼントの話はしっかりと聞いた。

そして、私が担当するのは誕生日ケーキだ。

 

「材料と包装用の道具を用意して…ふむ、しかしケーキがプレゼントか」

 

それはそれで、若干寂しい気がするな。何か別の物も欲しいか。

折角の誕生日プレゼントだ、食べて消えてしまう物よりも

やはり何かしっかりと残る物が一番だろう。

 

出来れば被らない物…やちよさんはレシピ本で

フェリシアはブローチ、鶴乃は思い出の写真ファイル。

さなはカムゴンのイラストだったかな。ふふ、3日目のあの騒動だ。

全く、終始振り回されたという感じだったよ。

 

「……そうだな」

 

急遽、何かあの1週間に関連する出来事に関するプレゼントは難しい。

あるとしてもかなり限られた物しか出来ないが…

それでも、一応は色々と考えていたからな。

 

色々な可能性を考えて用意したり回収した物もある。

無難なところかも知れないが、私はアクセサリーを作るとしよう。

勿論、ブローチじゃ無い。それじゃフェリシアと被ってしまう。

だから、私が用意するのは誕生日ケーキと貝殻のネックレスだ。

 

楽しい1週間で、いろはに送るプレゼントも全員色々とある。

でも、意外と海に関連するプレゼントは無いからな。

やちよさんはレシピ本、フェリシアはいろはのブローチ

鶴乃の写真は海の写真もしっかりとあるが、写真以外があっても良いだろう。

そしてさなのカムゴンは…まぁ、3日目の騒動だからな、海はあまり関係ない。

 

「ふ、今晩までに誕生日ケーキと貝殻のネックレスか…面白い

 やると決めた以上はやってやるさ」

 

私は必死にその2つをこなす。勿論まず最初はペンダントだ。

誕生日ケーキは出来たてを持っていきたいからな。

 

「…ふぅ、何とか間に合った…中々ヘトヘトだ」

 

必死にペンダント作りと誕生日ケーキを作ったわけだが

何と言うか、一切休めてないが、それでも満足できる物が出来た。

人に何かをするんだ、全力で自信も満足できる物じゃ無いとな。

 

「よし、急ぐか」

 

私はその2つを持って、急いでみかづき荘へ向った。

少し暗くなったな、メインの誕生日ケーキが遅れるのはよろしくないだろう。

とは言え、無理に走って形を崩すのはナンセンスだ。

しっかりと安全第一に急がないとな。

 

「よし、あと少しだ」

「……ぁ」

「ん?」

 

何処からか小さな声が聞えた気がした。何かに気が付いたような声。

すぐにそんな小さな声がした方を向いたが、暗がりで何も見えなかった。

 

「…気のせいか」

 

きっと気のせいだろう。今は急いでみかづき荘へ走らないと。

それにしても、何処かで聞いたような声だった気がしたが…うーん。

 

「ふぅ、すまない、ちょっと遅れた」

「いや、時間は十分早いわ。それで、例の物は?」

「ここに、それにその言い方は何だか変な感じですね」

 

私は自分が作った誕生日ケーキをやちよさんに渡した。

 

「ん、あまり見ない包装ね。大きさも随分と…何処で買ったの?」

「まぁ、見たら分かると思います。大きさや味には自信ありますよ」

「そう、食べてみて美味しかったらお店の場所を教えて欲しいわ」

 

そして、誕生日パーティーの準備を済ませ、やちよさんがいろはを呼んだ。

私は違和感を隠す為に姿を隠して身を潜めることになった。

レナ、かえで、ももこの3人も同じだ。

 

「さぁ、どんな反応するかな…」

「て言うか、何でレナ達ここなのよ…」

「私達が居たらサプライズが…」

「サプライズ大好きだよな、鶴乃は」

 

と言っても、鶴乃があの場所に居るとしても若干違和感はあるけどな。

だが、今日は泊まるという風に伝えてたし、問題は無いか。

そして、4人がいろはの誕生日を祝い始めた。

歌声が止んで、4人のプレゼントの後に私達の出番だ。

 

「皆さん…ありがとうございます!」

「でもさー、誕生日教えてくれてもよかったじゃん!

 もっとぐいぐいーっとアピールしないと祝って貰えないよ!」

「普通はグイグイしないわよ」

「じゃあ、ケーキを持ってきますね! 大きいんですよ!」

「あ、ありがとうございます!」

 

さなが私が持ってきたケーキをいろはの前に出した。

そしてプレゼント交換だ。全員、事前に聞いた通りのプレゼントを渡した。

 

「やちよさん、さなちゃん、フェリシアちゃん、鶴乃ちゃん…

 ありがとう、本当に本当にありがとう! ずっと、大事にするから…」

 

よっぽど嬉しいんだな、少しだけ涙を流してる。

うれし涙ほど、喜ばしい涙は無い。

 

「あ、ちょっと待って、まだあるの」

「え!? そんな、これ以上なんて!」

 

そして、私達の出番だな。やちよさんの目配せで私達は同時に姿を見せる。

 

「誕生日おめでとう、いろは。私達も聞いたんだ」

「おめでとう!」

「梨里奈さん、ももこさん、レナちゃんにかえでちゃんまで…」

「ふふ、当然あたしらも用意してるよ、プレゼント。

 でも、個別のプレゼントって言うのは中々思い付かなくてね」

「だから、私達3人で花束を買ってきたよ!

 このみちゃんセレクトだから凄く綺麗で可愛いよ!」

「本当に! わーすごーい! ありがとう!」

「後、食べ物とかも買ってきたわよ」

「でも、レナちゃん自分が好きなものばっかり選ぶの!」

「そ、それは良いじゃない! 美味しいんだから!」

 

レナは相変わらずと言う感じはするな。

 

「じゃあ、私からはこの貝殻のネックレスだ」

「あ、凄い綺麗です! 何処で買ったんですか!?」

「ふふ、あの海で拾った綺麗な貝殻を使った手作りだ」

「えぇ!? 手作りなんですか!? でも、凄く綺麗!」

「手先は器用だからな、似合うと思うよ」

「あ、ありがとうございます!」

「手作りとは恐れ入ったわ…半日で作ったの?」

「は、半日!?」

「本当はもう少し綺麗に作りたかったんですが、ちょっとね。

 今度は誕生日も分かったし、次はもっと綺麗なのを用意するよ」

「いえ、私はこれで凄い満足です…ありがとうございます!」

 

少し苦労したが、頑張った甲斐があるという物だ。

こんなに嬉しそうな顔を見られたならな。

 

「じゃ、ケーキを食べましょうか」

「そうだな! 楽しみだぜ! 姉ちゃんが用意したケーキ!」

「ケーキも梨里奈さんが!?」

「あぁ、5万円も手に入ったからな、頑張ったよ」

「あ、ありがとうございます…本当に、なんてお礼をしたら」

「私はただ楽しそうな姿を見られるなら、それで満足だ」

「嬉しいです…本当に」

「さぁ、ケーキを開けるわよ」

 

やちよさんが私が用意したケーキを開けた。

うん、我ながら中々のビックサイズを用意できたぞ。

この人数だ、大きい方が良いからな。

 

「大きいわね、このサイズが売ってるお店ってあるの?」

「まぁ、食べてみてください」

「じゃあ、均等に分けるわね。勿論、環さんのサイズが一番大きいけど」

「そ、そんな、皆平等で」

「いいえ、今日の主役は環さんよ、異論は無いわよね? あなた達」

「うん!」

「でも、その前にもう一度祝いましょうか。

 今度は全員で、そして環さんがロウソクを吹き消して頂戴」

「は、はい!」

 

ロウソクに火を灯し、部屋の明かりが全て切れる。

 

「ハッピバースデーテゥーユー」

「ハッピバースデーテゥーユー」

「ハッピバースデーディア…いろはさーん」

「ハッピバースデーテゥーユー!」

「はぁ、フーー!!」

 

全員の歌の後、いろはが大きく息を吹きかけロウソクの火を消した。

すぐに大きな拍手が響く。

 

「本当にありがとうございます!」

「じゃあ、分けるわね」

 

そして、ケーキが分配される。当然いろはが一番のビックサイズだ。

 

「いただきます! あむ…む、な、何このケーキ…初めて食べる!」

「驚いた、随分と食べやすい味付けだね、上品な味わいだ」

「……こんなケーキ、食べたことが無いわ…梨里奈、これは何処で?」

「食べたことが無いのは、まぁ当然というか…」

「ま、まさか…このケーキを作ったのは梨里奈ちゃんなのでは!」

「流石だな鶴乃、その通りだ。このケーキは私が作った」

「えぇーー!!」

「流石にこのサイズのケーキは市販じゃそうそう売ってないからな。

 あまり神浜にも詳しくないし、店を探すより作った方が確実だった。

 勿論、味には自信があったからな。当然、本気で作ったぞ」

「嘘、こ、これを自力で…凄くない!?」

「むむむ! こ、これは…梨里奈ちゃんが万々歳に居るのはチャンスなのでは!?」

「あめぇ! 最高だぜ!」

「美味しそうに食べて貰えて、安心したよ」

「…今度、スイーツの作り方を教えて貰おうかしら…」

「梨里奈ちゃん! 今度万々歳で美味しい料理を作ってみてよ!」

「あ、いや、万々歳の味はあれで完璧だと私は」

「今度、私にも色々と教えてください! 梨里奈さん!」

「ず、随分と食い付くな…これは予想外だった…」

 

色々と教えてくれと言われても…うーん…時間に余裕があれば教えてみようか。

料理を誰かに教えるのは殆どやったことないから不安だが、頑張ろう。

それにしても、今日はいろはが楽しそうでよかった。

そして、皆幸せそうだ。頑張った甲斐がある。

自分のやった事で目に見えて周りを幸せに出来るのは、やっぱり嬉しいな。



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秘めたる思い

全くマギウスの翼を追うのは苦労するな。

あれ以降、あまり情報を仕入れることが出来なかった。

ついさっきまで夏だったような気がしたが、もう寒くなってきた。

はぁ、年も越した…か。最初は大躍進だったが上手く行かない。

 

「……はぁ、全く上手く隠れるな。マギウスの連中は」

 

うわさノートを広げて回っては居るが…やれやれ。

と言っても、このうわさノートでは本拠地を割り出すのは難しいか。

…そうだな、冷静に考えてみればうわさなる物を作り出す能力がある連中。

そんな連中が簡単な発想で本拠地を割り当てられるようなヘマはしない。

 

マギウスのトップは恐らく複数人居るんだろう。

その内の何人かは切れ者だな。

アリナがここまで緻密に色々と練れるようには思えないしな。

 

あいつは何だ? 行動力に秀でていると考えるとして

残りは手段を与えているのだろうか?

その手段を用いてアリナが動いて居るという感じか?

 

それにアリナと最初戦った時に妙な言葉を言ってた。

それにだ、マギウスはどうやって魔女を使役してるんだろうか。

アリナの固有魔法が結界を作る事だったと思うが

もう1つ、あの子のドッペルと言ってたが、そのドッペルはどんな物だ?

魔女を操るドッペル? そんな都合の良い能力があるのか?

 

「……うーん、考えるべき事は多いが、今は本拠地の捜索か。

 もし仮に、私がマギウスの立場だった場合何処に陣取るかな。

 …確実に隠れられるという自信があるなら展開しやすい

 西と東の間だかな。そこならうわさも流しやすいし

 情報収集も楽だ、それに東と西がにらみ合っているのなら

 どちらもそうそう手を出せないのが中央だろう」

 

とは言え、情報をある程度把握していれば

その位置が無難だと予想される可能性はある。

いかなる可能性も潰すのであれば、無難な位置。

想定できない位置…あえて何の変哲も無い場所に配置するか?

 

「…あ、不味いな…時間を掛けすぎたか」

 

そろそろバイトの時間だな。急いで向うとしよう。

 

「すみません、少し遅れてしまいました」

「お、来たね!」

「あぁ」

 

私が万々歳に来ると、鶴乃が元気よく迎えてくれた。

しかし…何と言うか、鶴乃はいつも元気だな。

あまりにも元気すぎる気がする。まだ1年共に居ないが

鶴乃が辛そうな表情をしているところを見ない。

 

「……」

「ん? どうしたのかな?」

「いや、少し気になることがあってな。バイトの後で話すよ」

「今話しても良いのに-!」

「まずはやることをやらないとな」

「そうだね、あ、いらっしゃいませ!」

 

私達は2人で万々歳の手伝いをこなした。

万々歳に来るお客さんはやはり常連客ばかりだ。

だが、店にとって重要なのはそう言う常連客だろう。

とは言え、もう少し常連客を増やさないと駄目だろうが。

 

「ふぃ、終わったね。それで? 気になることって?」

「あぁ、まだ仲良くなって、1年経っていないんだが

 鶴乃が辛そうな表情をしているところを見たこと無いと思ってな」

「え? そんなの当然だよ!」

「当然じゃ無いぞ? 毎日笑顔で生きる事は大変な事だ。

 どんな時でも笑顔で居るのは、どんな時でも

 他者の理想の姿で居る事よりも、きっと難しいからな」

「そ、そんなの」

「少しくらい、辛い表情を見せても良いんじゃ無いか?

 常に笑顔で居るのは大変だろうしな」

 

鶴乃はいつも笑ってる。相手の心が読めるわけじゃ無いが

この行為がどれだけ難しい事かは分かる。

私には出来る気がしない。誰かの理想のままでいる事よりも

きっと困難なことだ。何故なら私に理想を抱かない相手の前では

相手の理想を演じる必要が無いからな。だが、笑顔はどうだろう?

 

知り合いの前でも大事な人の前でも笑顔は作りたいからな。

常に笑顔で居れば、それが当然になりかねない。

自分をさらけ出して良い場所が分からなければ、疲れるだけだ。

 

「それに、笑顔って言うのは分かりにくいからな。

 その心の内で何を考えていても、笑顔であればそれで良いと思う。

 笑顔は幸福の証だけだと思っている人が多いからな」

「……」

「笑顔は便利だ、幸せを強調するときにも使えるし

 何かを隠すときにも使える。毎日を過ごしていれば

 後者の方が使用頻度が多くなるだろうな。

 

 でも、仲間の前では前者…と言う、先入観もある。

 友達同士のやり取りで笑顔を見せれば後者とは思うまい。

 そしてお前は常に明るい。これも難しい事だと思ってな。

 こっちも私には出来ない。例えどんな性格でも

 常に幸せな奴はそういないだろう? 辛いときは絶対にある」

 

鶴乃の表情が少しだけ…何だかボーッとしてるように見える。

悪い事を聞いたか? …いや、どうだろうな。

正直、こんな表情の鶴乃を見たのは初めてだ…そう、初めてなんだ。

 

「……で、でも…梨里奈ちゃんも苦労してるし」

「そうだな、誰でもそうだ。でも、お前もじゃ無いか? 鶴乃」

「どうして、そんな風に言うの?」

「そうだなぁ、似てる気がしてな…何となく私に。

 最初は違和感も感じなかったけど、ずっと過ごしてる内に

 常に笑顔って所に気付いてね。それで何となく似てる気がしたんだ。

 

 私も…まぁ、そうだな。周りの期待に答え続けないといけないと感じて

 常に期待に答えようと努力してきて、他者の理想になる事だけ考えてた。

 それで自分がどうなるかとか、何も考えて無くてな。笑えるだろう?

 自分自身の人生なのに、自分の事なんてどうでも良いと思ってたんだ。

 お前は私じゃ無くて私以外の誰かかよって言いたくなるよな」

「た、確かに最初と今じゃ雰囲気違うね」

「そう…だな…ふふ、最初の私ならこんな事は言ってないだろうな。

 でもな、皆と過ごしてると親友の言葉が何度も蘇ってきて

 昔を…思い出すんだ。まぁ昔と言っても、1年程度前だが」

 

そうだよな、まだ1年程度しか経ってないんだ。

私にはその1年が…まるで何十年も前に感じてしまう。

 

「そして、その親友に言われた言葉がピエロだ」

「ぴ、ピエロ?」

「そう、ステージの歓声に答え、笑顔を作り続け難しい技を

 難なくこなし、喜ばず、期待に答え続けるピエロ。

 的を射てると私は思ったよ」

「そうなんだ…」

「だから、演じる事の難しさはまぁまぁ分かってるつもりなんだ。

 素直になれないのは辛い。弱音を吐く先さえないのは余計にな。

 私の場合は…まだ親友が居たから大丈夫だったんだが」

 

今は鶴乃達の前であれば、少しくらいは素直になれる気がする。

流石にまだ弱音は吐けないかも知れないが

嫌な事は嫌と言えるようにはなったからな。

 

「だからほら、限界になる前に少しくらい素直になると言い。

 辛い事はあるだろう? 愚痴とか、そう言うのが。

 私でよかったら聞くぞ? 毎日笑顔なのは素晴らしい事だが

 心の底からの笑顔じゃ無いと、笑顔はその内陰るぞ?」

「い、いや、良いよ。そんなのないから、本当に」

「…そうか、でも鶴乃…偽物の笑顔ばかり作ってたら

 本当に楽しいときに、心の底から笑うことが出来なくなるかも知れないぞ?」

「え……?」

「本当に答えたい想いに答えられなくなるかも知れない。

 偽りを作り続けた代償は、本物の願いや笑顔かも知れない。

 偽物には確かに価値はあるだろうが、代償が重すぎる。

 

 偽りの先にあるのは、失われた本物かも知れない。

 だからな、そうなる前に偽りを捨てるのもありかも知れない。

 本物になろうと努力する偽りであれば問題は無いかもしれないがな」

「……」

「悪いな、長話が過ぎた。ただ少しは友人を信頼するのも良いと思う。

 親友の前で偽りを演じる必要は無いんだ、その友情が本物ならな。

 大丈夫だ、どんな思いでもきっと受入れてくれると思うぞ」

「……か、考えておくね」

「そうだな、考える事は大事だ。行動の第一歩だからな。

 それじゃあ、また明日、みかづき荘で会おう」

「うん」

 

言いすぎたかも知れないな、勘違いかも知れないのに。

でも、あの雰囲気はきっと勘違いじゃ無かっただろう。

だが、どうかな。何かを変えるための一歩は本当に重い。

足に何十㎞もある重りが付いてるんじゃ無いかと思うくらいに。

その一歩を踏み出すのは簡単じゃ無い。

でも、誰かに手を引っ張られたり押されたら簡単だ。

そんな物なのだろう。重りなんて物は。



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マギウスからのお誘い

ふーむ、みかづき荘でやちよさんにお揃いのコースターを送る

そんな計画が進んでるという話を聞いた。

そして、私の手元にはそのお揃いのコースターがある訳だが…

 

「外で待って、一気にババンって…

 と言うか、私も参加して良いのか?」

「勿論です、梨里奈さんも私達の仲間ですから!」

「私はあまりみかづき荘には寄らないが、そう思ってくれるなら嬉しいよ」

 

とは言え、事態はあまりよろしくない状態になってる。

まさかマギウスの1人がみかづき荘に直接出向いてくるとは。

それに講習なんて…何が狙いだ?

 

「結局コースターは渡せなかったか」

 

状況はあまり良くないように思えたな。やちよさんの雰囲気も変った。

みふゆだったか…あの魔法少女、何が狙いだ?

 

「こんにちは、梨里奈さん」

「……私に何の用だ? マギウスの翼」

「そんなに睨まないでくださいよ」

 

私に直接接触してくると…なる程、それもそうだな。

私は普段、みかづき荘には立ち寄らない。

そうか、いろはから話が来ない可能性も考えたか。

 

「ただお話ししに来ただけです。あなたもマギウスの翼に入りませんか?」

「全く開幕何を言い出すかと思えば。何故、私がマギウスの翼に入ると?

 あり得ないだろう。私はお前達の活動は気に入らないんだ。

 それに私がマギウスの翼に入れば暗殺されかねないからな」

「暗殺?」

「こっちの話だ、とにかく私はマギウスの翼には入らない。

 興味はあるぞ? 破壊する対象としてだが」

「では、争う前に私達が指し示す、魔法少女の解放とは何か

 それの抗議をしましょう。そうすれば、あなたの考えも変るかも知れない」

「それか、くだらないな。どんな理由であれ他者に害をなすことに変わりは無い。

 例えば戦争にどれだけ尊い大義名分があろうとも、悪は悪だろう」

「戦争が起る前に、話し合いで解決することも必要でしょう?

 私がやりたいのはそう言うことです。話し合えば分かる事もあります」

「それなら話し合いで魔法少女を解放すれば良い。

 私が言いたいのはお前達がやってる事が既に戦争と同じだと言う事だ。

 既に起ってるんだよ、その事態が。正義の味方面をするな」

「では、あなたが起す争いは正義なのですか?

 私達、マギウスの翼と起す争いは」

「正義? ふ、魔女を狩るのも何をするのも正義でやってるわけじゃない。

 やるしかないからやってるんだ」

「なら、魔法少女の解放もやらなければならないことです」

 

魔法少女の解放という目標に…どれ程の意味があると言うんだ?

それにかなりこだわっているようだが…何があるんだ?

 

「梨里奈さん、あなたがマギウスの翼に参加してくれれば大きく進歩します。

 あなたほどの魔法少女が敵では無く味方になってくれるなら」

「言っただろう? 味方にはならない」

「その考えも、きっとある真実を知れば変ります。

 ですので明後日、いろはさん達にも伝えましたが記憶ミュージアムで」

「うわさだな? そちらにとって有利であろう場所に何故行く必要がある?」

「この場所でしかお伝えできない事実があるからですよ。

 誰も受入れがたい事実は正攻法では受入れませんからね」

「だからうわさで伝えると? 洗脳じゃ無いのか?

 宗教の勧誘みたいな真似だな、全くくだらない」

「ですが、いろはさんは了承してくれましたよ?」

 

……ち、全くやってくれるな…いろはなら行くだろう。

あいつはあまり人を疑わないからな。

そして…そうだな、さなとフェリシアは行きそうだな。

いろはに誘われたら、結構あっさり行きそうだ。

やちよさんは行かないか…鶴乃は…行くかも知れないな。

 

「……こいつめ」

「では、明後日、お待ちしています」

 

そう言い残し、彼女は私の前から消える。

前の時もそうだが、みふゆだったか…彼女は読めないな。

いまいち悪意を感じない。かといって良い雰囲気も無い。

やちよさんと知り合いの様だが…あの2人はどう言う関係だ?

それに何故やちよさんとみふゆは別れてしまったんだ?

 

きっと前は仲がよかったんだろうが…だが、いや待てよ

そう言えば、私にはずっと気掛かりなことがあったはずだ。

ソウルジェム。やちよさんは何か知ってるようだが教えてくれなかった。

やちよさんが知ってるなら、あのみふゆも知ってる可能性だって…

2人の仲が別たれたとして、もしかしたらこの秘密じゃ?

やちよさんが頑なに教えてくれなかった事実…だからな。

 

「……仕方ない、行くしか無いか…」

 

知りたい謎を教えてくれるかも知れないからな。

まぁ、不審すぎる状況ではあるが…さて、どうだか。

向こうはこちらを仲間に引き込みたいと思ってるだろう。

マギウスの翼にとって、活動を邪魔する私達は即刻排除したいだろう。

 

だが、それなら翼を総動員して襲わせれば良い。

少なくともみかづき荘に奇襲を仕掛ける事が出来れば大打撃だ。

だがそうじゃ無い。魔法少女の解放が狙いだと言ってたわけだし

排除したいとしても、殺したい訳では無いはず。

 

「それにしても、受入れがたい事実…か」

 

やはり私達に関する事だろう。どんな事実か教えて貰おうじゃないか。



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マギウスの講義

やちよさんの様子が明らかにおかしい状態になってる。

不安は多いが、それでも行くしか無いだろう。

 

「梨里奈さんも…来てくれるんですね」

「あぁ、気になることも多いしな」

「はっはっはー! 姉ちゃんまで来たら敵無しだぜ!

 俺に鶴乃、そして姉ちゃん! 何が来ても余裕だぜ!」

「だね! 梨里奈ちゃんが居れば百人力だよ!」

「期待に答える努力はするがな」

 

それにしてもボロボロだ。それに魔力の反応もある。

さて、人の気配もある訳だが…

 

「本当にお昼頃までに来るなんてビックリ。

 ふふ、これは抗議のし甲斐がありそうだねー」

 

女の子の声…中学生か小学生くらいか。

 

「うそ、まさか…」

 

声の主の姿を見た途端、いろはの表情が大きく変わった。

まるで知り合いに出会ったかのような反応…

 

「本当に私の事知ってるんだね。

 初めまして、環いろは

 わたくしは里見灯火、マギウスの1人だよ」

「灯火ちゃん…ほ、本当に私の事…覚えて…無いの?」

「言ったよね、初めましてって」

 

いろはの方は彼女の事を覚えているというのに

向こうはいろはの事を覚えていないと…

どう言うことだ? 可能性として最も考えられるのは

あちらのマギウス、灯火の記憶が無いと言う事だ。

いろはが嘘を言うとは思えないし、知らない顔を覚えるとも思えない。

 

「さ、その話は今は後にして、お茶でも飲みながら

 ゆっくりと講義を始めよう」

「……全く何が狙いだ? 茶に毒でも仕込んだか?」

「警戒心が強いね」

「私はマギウスには嫌われてると思ってるからな」

「安心して? 絶対に何もしないから」

 

彼女の笑顔からは…確かに敵意のような物は感じない。

全く動揺をしていないな。私達の人数を前にして。

もし私達がその気になれば、彼女はどうしようも無いだろう。

それとも私達全員と敵対したとしても勝てる。そんな自信があるのか?

だとすれば、かなり自信過剰なタイプだな。

その自信に伴った実力があるから、マギウスを組織してるのだろうが。

 

「今回の講義内容はね、魔法少女の真実!

 嘘でも冗談でも無いあるがままのお話しだよ」

 

あるところに3人の魔法少女がいました

AさんBさんCさんはとっても仲良し いつも3人で魔女を狩っていました。

そんなある日、苦戦して魔女を逃がしてしまった3人は日を改めて同じ魔女に挑戦しました

ところが、その結果は大ピンチ!

 

魔女の圧倒的な力を前に、3人とも負けてしまいそうになりました。

その時Cさんは立ち上がると、ひとりで魔女に突撃していきました。

おかげで魔女は致命傷を負い、最後はAさんによって仕留める事ができました。

 

でも、Cさんは死んでしまいました。 体は無傷でどこにもケガはないのに

 

「さて、それはどうしてでしょう」

 

……体が無傷で死んでしまう…そんな事があるのか?

毒でも喰らったか? それとも魔女の能力か何かか?

もしくは…そうだ、何故かやちよさんが止めたソウルジェム!

もし、ソウルジェムが魔法少女の急所だったとすれば

やちよさんがあの時、私を止めたのも頷ける!

 

「ソウルジェム?」

「あ、正解! 流石最強さんだねー」

 

体にケガがないCさんの側には砕けたソウルジェムが落ちていました。

そのときAさんとBさんは気づいたのです

ソウルジェムは名前の通り自分達の命そのものなのだと

 

「そのAさんとBさんが…やちよさんとみふゆか?」

「鋭いね、流石梨里奈。それより驚いたのが

 全然動揺してないね、気付いてたの?」

「まさか、気付いていればお前の仲間を殺そうとはしてない」

「ありゃ、それは運が良かったね」

「そ、ソウルジェムが命って…それってあの、私達が人間じゃ無いって…」

 

さな達はこの事実で動揺してしまっているようだ。

実際、そうかも知れないな。

 

「人なら死んでる戦いを魔女としてきたんでしょ?

 その地点で人じゃ無いよ?」

「それはどうだろうな、私はそうは思わない。

 心臓が止まってるのか? 何も考える事が出来ないのか?

 呼吸が止まってるのか? いや、私は全て行なってる。

 それは私が生きているからだ。悲観的に考えても良くはないだろ」

「梨里奈さん…そ、そうですよね、私、ちゃんと生きてますもんね!」

「楽観的だね-、でも、この続きを聞いても同じ事が言えるかな?」

 

AさんとBさんはソウルジェムが自分の魂だと受け入れた後

他の仲間とチームを組んでいました。

このときはDさんEさんFさんが増えて合わせて5人

みんなで互いを支えながら魔女と戦っていました

 

そんなある日、他のテリトリーから魔女が流れてきました

Dさんは都合が悪くて合計4人。

この日も協力して倒そうとしましたが

今まで倒されなかった魔女は強くて4人でも大変な戦いになりました 。

 

そしてAさんがピンチになったとき、Fさんは身を呈してAさんを守ると倒れてしまいました。

戦いは魔女側が逃げて終わりましたがFさんの体はボロボロ。

おまけにグリーフシードもありません。

ソウルジェムは黒く染まりきりFさんの体はもう動きませんでした。

 

「さ、この後Fさんはどうなったでしょうか?

 正確に言うとFさんは何に変ってしまったでしょうか?」

「変った? そんなの分かる訳ねぇだろ」

「……」

 

そう…だな、流れを考えてもこの後どうなったかは…分かる。

魔女…そう、きっと魔女になったんだ。

 

「倒れてしまったFさんの手には黒く染まったソウルジェムがありました。

 そしてFさんが苦しみ始めると

 それは突然グリーフシードに変化して魔女を生み出したのです」

「んなの嘘だ…だって…それなら…あれが魔法少女だって言うなら…

 オレ、一杯殺しちまった」

「うんうん、いっぱい殺しちゃったねー」

「フェリシア、お前は本当に優しい奴だな…」

 

辛そうな表情をしているフェリシアの頭を私は撫でた。

普段なら嫌がるだろうが、今の彼女はそれどころでは無さそうだ。

 

「だが、フェリシア…もし、魔女が魔法少女だとすれば

 きっとその魔女は…倒してくれて喜んでるはずだ」

「どうしてだよ! 殺されたんだぞ!?」

「あんな姿で生きて、体が勝手に動いて色んな人を集めて

 その人達を殺し続ける…私なら、そんなの我慢できない」

「……」

「意思があるかは…分からないが、それでもそんな状態で生き続けるより

 いっその事、殺された方がマシだって…私なら思う」

「姉ちゃん…」

 

勿論、受入れがたい事実であると言う事に変わりは無い。

そうだろう? 自分達が最終的にあんな化け物二なるだなんてな。

だが、奇跡を願った代償がただ戦うだけなんて甘すぎる。

 

「あなたは本当に前向きだねー、馬鹿なの?」

「どうしようも無い現実に直面したとき心を救える方法は

 その行動が最善である事を理解する事だ。

 それに私ならそう思う。あんな姿で生きながらえたくは無い」

「ふふ、それ以外の最善の方法があるとすればどうかなー?」

「どう言うことだ?」

 

魔女化を目撃してからというもの半年経ってもBさんはずっとショックを受けたままでした。

考え方を変えようと思ってもできず、ただ魔法少女になった自分を呪っていました

 

それから、さらに半年が経ち、神浜に魔女が集まりキュゥべえを見かけなくなったころには

その負の感情は次第にソウルジェムを蝕み

そしてついに、Bさんのソウルジェムは真っ黒に穢れてしまいました

 

Bさんは思いました。ついに自分もFさんと同じように魔女になってしまうのだと…

ですが、そうはなりませんでした。

 

「答えはもう簡単だよねー」

 

Bさんは魔女にならずドッペルを出していました。

このときには既に神浜では魔法少女を解放するための動きが始まっていたのです 。

そして、ひとりの少女が現れるとこう言いました「一緒に魔法少女を解放しよう」と

 

「この1人の少女って灯火ちゃん?」

「そう、マギウスであるこのわたくし!

 どう? わたくしって凄いでしょ?

 マギウスの翼って凄いでしょ?

 皆もマギウスの翼に入りたくなったでしょ?」

 

……何とも腹が立つな…目的がどれだけ立派でも手段がなってない。

無関係な人を襲い、醜い姿となった魔女さえも使役する。

それが魔法少女であり、自分達と同じ存在だというのに

それを何の罪悪感も無く道具のように扱う…手段が駄目だ。

 

「本当だとしたら、目的は立派なのかも知れない」

「さなちゃんは信じるの!?」

「だ、大丈夫です、私は信じてませんから」

「でも、でもさ…上手く行けば魔女って居なくなるんだろ?」

「駄目だよ、フェリシア」

「例えどんな大義名分があろうとも、手段が賛同できない。

 戦争を無くす為に自国以外の全ての国を滅ぼす。

 そんな事をして、許されるはずが無いだろう?」

「では、次の講義へ進みましょうか? 体験学習の講義です」

「みふゆさん…」

 

体験学習…記憶ミュージアムという場所で行なうわけだし

やはりそう言う部類の厄介ごとを用意するのか。

 

「じゃあ、始めよーか」

 

灯火が手にあるベルを鳴らす。

同時に、周囲の景色が一瞬で変化した。

 

「こ、ここって」

「やっぱり最初から私達を罠に掛けるために!」

「罠じゃありません、体験学習への案内です」

 

そう言うと、みふゆは何処からか本を取り出す。

 

「これは私の記憶。講義で語られた物語の記憶です。

 さぁ、真実を見てきてくださいお話しはそれからにしましょう」

 

意識が…参ったな、流石にうわさの範囲内は…



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とある記憶の物語

いつも通りの日常だった、やちよさんをかなえが珍しく気遣ってる。

少しだけ特殊な光景に見えた。

そんな当たり前の時間が過ぎる。何とも平和だ。

私達が魔法少女として魔女と戦ってるとは思えない程に。

 

だが、思えないだけで、現実は変らない。

今夜もまた私達は4人で魔女退治へ赴いた。

 

今日は昨日取り逃がした魔女に対処するために動く。

もう少し踏み込んでいれば、魔女くらいは倒せただろうに。

 

「来たわね、迎撃しましょう」

「はい」

 

だが、昨日と比べてこの魔女は段違いに強くなっていた。

強力すぎる…何だか力も上手く入らない。

私の攻撃が通っているのか疑問に思うほどだった。

 

「く、強い!」

「梨里奈! 何よ、昨日とは桁違いに強いじゃない!」

「私達だけじゃ、対処出来ないかも知れません」

「ここは一旦撤退した方が良いかも知れない

 グリーフシードを調達してからじゃ無いと」

「そうですね、何とか」

 

だが、使い魔達は私達を帰してくれるつもりは無いらしい。

正面突破を計るか? 私なら出来るが…クソ、駄目だ、今日は力が入らない。

何でだ? 普段なら、もっと…このままだと全滅だ!

 

「…私、前に。後は任せる」

「かなえさん! 前にって! それがどう言う意味か分かってるんですか!?」

「ん」

「なら馬鹿な考えはよしなさい!」

「拾って貰った命…私…空っぽだったのに楽器を弾いて…未来を見た…

 それだけで十分…良い人生だった…」

「何を馬鹿な!」

 

だが、彼女は私達の制止を聞かず、そのまま魔女に向って突撃した。

かなえのお陰で魔女は致命傷を負い、何とかやちよさんの手でトドメを刺された。

だが…体の何処にも傷が無いのに、かなえは一切動かない。

 

「あなた! 折角自分で夢を見付けたんでしょ!?

 見付けただけで十分だなんて、勝手に投げ捨てないでよ!」

「やっちゃん…これ」

 

みふゆさんの手には砕けたかなえのソウルジェムがあった。

きっと魔女に突撃したときに…砕かれたんだ…

急いでグリーフシードを使ったが、割れたソウルジェムが治ることは無かった…

 

「……受入れがたいけど…このソウルジェムが…私達の命…と言う事か…」

 

そんな受入れがたい事実を目の当たりにした…だが、それでも

かなえが命を捨ててまで教えてくれた、この真実。

この真実は絶対に私達を救ってくれる…必ず生かす。

死んでしまった者は、もう救えない…それこそ奇跡が起きなければ。

そして奇跡が起きたところで、死者は救えないんだ。

奇跡が起きて、また再び別の奇跡が起きない限り…

 

「……」

 

哀愁漂う時間はドンドン過ぎる。だが、私達は立ち止まらなかった。

私達は進むしか無いんだ。かなえは私達が立ち止まることを望んでない。

彼女は夢を見て、進もうとした…なら、私達も進まないといけない。

彼女に負けないように、私達も前を向き、進まなければならない。

 

ずっと進んでいる内に、私達には新しい仲間が出来た。

ももこ、鶴乃、そしてメル。何とも賑やかだ。

特に鶴乃。彼女はいつも明るいし、いつも楽しそうだ。

逆に不安になってしまうな。元気すぎると自分を見失うかも知れない。

 

そしてメグは…中々彼女も癖が強い。占いが好きなんだが

彼女の占いは結果へと導いてしまうし、癖が強いというか。

 

「やちよさん、家計簿の処理、これで良いですか?」

「ん、ありがとう梨里奈。相変わらず仕事が早いわね。

 あなたが居ると居ないとじゃ、家計簿の進みが全然違うわ」

「一応、家計をやりくりするのは得意なんですよ、私は」

 

私は貧乏だからな、ちゃんとやりくりしないと破産してしまう。

ちゃんとやりくりしても破産してしまいそうだけどな…はは。

 

「さて、今日は大東から流れてきた魔女を狩るわよ」

 

そんな日だが、今日は中々に大物を狩る事になりそうだ。

色々な魔法少女達が迎撃しても突っ切ってくるくらいだからな。

油断でもすれば、あっさりとくたばってしまうだろう。

 

「あ、今日はお店に出る日だった!」

 

そんな相手を狩る事になったが、鶴乃はお店の方らしい。

私もそろそろバイトをしないとな。万々歳で雇って貰おうか。

 

「全く、あなたは細かい所抜けてるわね」

「こっちは私達だけで対処するので、お店の方を優先してください」

「ごめんね、みふゆ…じゃあ、また今度ね!」

 

そう言うと、鶴乃は相変わらずの足の速さで私達の前から消えた。

 

「鶴乃が欠けてしまったか、かなりの大敵だが…大丈夫か?」

「安心してください仙波先輩! この僕の占いではラッキーデイですからね!」

「確かにお前の占いが当るのは分かってるが、幸運では覆せない

 そんな事態だってあるんだし、油断だけはしないでくれよ?」

「やっぱり仙波先輩は僕の占い、信じてくれてないんですね…」

「占いは予想であって、結果では無いからな。

 今日1日良かったというのは、今日1日終わってからだ」

 

そんな会話をしていると、例の魔女が私達の元へやって来た。

だが、やはり他の魔法少女達と戦って生き残ってただけはある。

かなり強いぞ、この魔女は。

 

「ち…あ、不味い! やちよさん!」

「しま!」

「七海先輩!」

 

やちよさんに魔女の攻撃が当りそうになった瞬間にメルが身を挺してやちよを庇った。

そのせいで、メルの体はボロボロ…ソウルジェムも真っ黒になっている。

何とか魔女を追い払うことは出来たが…どうすれば…グリーフシードは無い…

 

「こんな事に…あの時、倒し切れていれば…」

「グリーフシードは!?」

「手持ちは…」

 

このままではメルが…何か、なにか手を考えないと!

だが、どうする!? どうすれば…グリーフシード…

 

「う…うぐぅぅう!」

「ソウルジェムが…」

「な、何が起きて!」

 

メルが唐突に苦しみ始める…ソウルジェムの濁りも一気に…

な、何だ…そ、ソウルジェムが…グリーフシードに…な…魔女…?

 

「う、嘘…どう言う…」

「メルから…魔女が…」

「そんな…嘘…そんな事って…」

 

メルのソウルジェムから魔女が生まれた…そんな受入れがたい事実を

私達は今、目の前で突き付けられた。これが本当なら…

本当なら、魔女は全て…魔法少女だと言う事になる。

なら、私達がしていたことは…人殺しだったのか…?

 

そんな動揺の中、私達はみかづき荘へと逃げた。

当然、全員動揺隠せていなかった…だが、受入れるしか無い。

 

「魔女が…魔法少女だったなんて…そんなの!

 じゃあ、あたし達は願いを叶えた結果、人殺しになるって事じゃ無いか!」

「ももこ…そんな風に思わなくて良いだろ…現実は変らないが

 考え方を変えることは出来る…人殺しかも知れないが

 きっと…救いになってる…筈だ」

「はぁ!? 何言ってるの!?」

「お前はあんな姿で生きながらえたいか!?」

「うぅ…」

「罪のない他人を殺し続けたいか? 罪を重ね続けたいか?

 私は嫌だ…私ならいっその事、殺して欲しいと願う…」

「……」

「悲観的に考えない方が良い…辛い時でもやるしか無いことはやるしかない。

 だったらせめて、心だけでも」

「……」

 

だが、私達がいずれ魔女になる事は変らないのだろう。

魔法少女になった地点で、私達は魔女になるしか無い。

……だが、そんな事はどうでも良いんだ!

私が魔女になる事なんてどうでも!

 

「……考えは変りましたか?」

 

意識がハッキリと目覚めると同時に世界が変った。

そして目の前にはみふゆと灯火の姿があった。

 

「……そうだな、魔法少女はいずれ魔女になる。

 それは分かった。だが、気に入らないんだよ。

 最初から言ってるだろう? 気に入らないんだ!

 

 お前達は何なんだ!

 何で魔女の事実を知って居るのに魔女を利用する!

 そして何故一般人を襲ってるんだ?

 そんなの普通を妬んでるだけだ! ふざけた事を!

 自分達が幸せになるなら他人はどうでも良いのか!?」

「でも、彼らはわたくし達の苦労をだーれも知らないよ?

 わたくし達が人を止めてまで守ってあげてるのに誰も恩を感じてない。

 それなのにわたくし達は辛い思いばかりする。

 これって不平等だと思わない?

 わたくし達だって、

 少しくらいわがままを言っても良いと思うんだ-。

 それに普通に戻りたいって思ったら駄目なの?」

 

……確かにそうだな、何も知らない奴らは何も分かってない。

それが当たり前と思ってるし、それが当たり前と感じてる。

その裏でどれだけ辛い思いがあるのかも考えないで

ただ表面だけを見て、全ての評価を下す。

私達が何も言わないで我慢してるのに

奴らはそんなのお構いなしだ。

 

「……そうだな、確かにそうだ。嫌だな、わがままを言いたい。

 自分の好き勝手にして、自分達のやりたいようにやりたい」

「それなら」

「でも、そんな事をしても私は幸せにはなれないんだよ。

 好き放題に暴れることが幸せなんかじゃ無い…

 私はな、幸せにならないといけないんだ。

 どんな鎖があろうとも、呪いに蝕まれようとも

 私は幸せに生きないといけない。それが願いなんだ…

 

 私は幸せになる為にも、この現実と戦う。

 現実に屈し、自分を曲げたら負けなんだよ。

 私は私のまま…幸せになってみせる。

 私の意地を持って私は負けない。

 自分の幸せのために他人を踏み台になんて出来る物か!

 私はマギウスの翼には入らない」

 

う、うぅ…な、何だ…少しだけ視界が…

 

「う、うーん…あ…いろは…それにやちよさん? 何故ここに?

 やちよさんは来なかったって聞いたが…やはり心配で来たか。

 しかし鶴乃達が居ないな…少し、探してみよう」



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歪み始めた物語

2人が気になるし、少し周囲を探索したら戻るか。

それにしても、随分と入り組んでいるな…

 

「…ん? あぁ、フェリシア、さな、鶴乃…」

「あら、マギウスの翼に入るつもりになった? 仙波梨里奈」

「…灯火、それにアリナまで」

「アリナ的にはあんたの事大っ嫌いだけど

 協力してくれるって言うなら心強いよね。

 それで? どうすんの?」

「私の記憶…見てくださったのですよね?

 あの現実を見れば、あなただってこれが救いだと」

「私はな、幸せに生きないと駄目なんだ。幸せに生きろと頼まれた。

 だから、お前らの元にはいけない。お前らと同じになって

 何でもかんでも好き放題にしたら、幸せにはなれないからな。

 私は私のままで幸せにならないと駄目なんだ」

「幸せ? 魔女になってしまう未来が幸せなの?」

「幸せは一瞬でも十分な価値があるんだ。

 それに他の方法を模索するのもありだろう。

 赤の他人を巻き込んで不幸にするクソみたいな手段以外でな」

 

さて、マギウス2人…みふゆと結構な顔ぶれだ。

ここで本気を出せば、多少はダメージを稼げるか。

ひとまず、あちらも臨戦態勢。こちらも戦う準備をしよう。

 

「やっぱりあんたはこの3人ほど簡単にはいかないよネ」

「3人…どう言う事だ!」

「鶴乃さん、フェリシアさん、さなさんは私達マギウスの翼に来てくれるそうです」

「な!」

 

3人の目付きが…そんな馬鹿な…

 

「皆を守るならマギウスの翼。偉業を成すのが、わたしの目的

 何だか啓示をうけた気分だよ。梨里奈ちゃんもおいでよ」

「鶴乃…」

「ここで私は、自分の願いで苦しんでいる人を助けます

 そう、それから私も世界が明るく見えてるんです」

「さな…」

「オレも…自分の罪を消すならマギウスの翼だって思ったんだ

 オレ、神様から翼になれって言われた気がするんだぞ」

「フェリシア…」

「ふふ、さぁあなたはどうするの? 残り2人もどうなるか分からないよー?」

「……全く、舐めた真似をしてくれる。神様? 罪を消す?

 フェリシア! お前は何の罪も犯しちゃ居ない!

 お前は魔女になってしまった魔法少女達を助けてたんだ!

 サナ! お前、今まで一緒に居た時間は明るく見えなかったのか!?

 楽しくなかったのか!? 楽しそうに笑ってたじゃ無いか!

 鶴乃! お前、それは本当に心の底からの笑顔なのか!?

 作られた笑顔だ! 作らされた笑顔だ! そんなの、笑顔じゃ無い!」

「無駄無駄、完全に洗脳してるからね」

「この…」

「ふふ、戦う? この状況で? 無駄だと思うけどネ」

「私を舐めるなよ……全力全開で挑めば6人程度相手じゃ無い」

 

このまま一気に3人を奪い返せば、まだ助けられるかも知れない。

私の限界突破の魔法であれば、瞬間的に比類無い力が得られる。

肉体が持たないかも知れないが、それでもすぐに6人を制圧することは可能だ。

 

「そうそう、アリナ的にはあんたが洗脳されるはず無いって思ってたワケ」

「それが?」

「でも、アリナ的にあんたはどうしても欲しいんだよネ。

 ウザいけど、実力は確かだし、どんな手を使ってでも手に入れたいからネ」

「そう、だからわたくしも少し手を打たせて貰ったの。

 あなたと戦うのは流石のわたくし達も骨が折れるからね-

 でもー、あなたを仲間に引き込めれば、わたくし達の邪魔を出来る魔法少女は

 一切居なくなると言えるからねー、だから、どうしてもあなたを洗脳したいの」

「何だ? 応援でも用意したのか?」

「そう、応援だよ-、さ、出て来て」

 

アリナと灯火が怪しく笑う。すると何処からか足音が聞えてくる。

 

「最終手段って奴だよ、あなたもそしてあの2人も。

 もし万が一、洗脳できなかった場合の最終手段。

 そして必ず、あなたを手に入れる。利用価値の塊だからねー」

「この場で戦って倒すと? そう簡単にはやられ…な、嘘…だろ…」

 

私は困惑するしか無かった…目の前に広がる光景を前に

私はただただ困惑するしか無かった…どうして…

 

「……そんな、嘘だ…あり得ない…どうして…どうなってる…

 な、何がどうなって…」

「ありゃ? 随分と動揺するねー、まるで

 幽霊に出会ったみたいに」

 

こんな筈…何故…何だあの姿は…ど、どう言うことだ!?

わ、私の動揺を誘うために…だが、どうやって!?

そ、そう言ううわさか!? ふ、2つ仕込んでたのか!?

 

「あなたは……ふふ、やっと会えた…久しぶりだね……梨里奈ちゃん」

「わ、私を騙すつもりだな! な、七美は死んだんだ!

 そこに居るはずがない! だから…だからお前は偽物だ!」

 

私の目の前に姿を見せたのは…そう、私の唯一の居場所である

七美…だった…だ、だが、七美は死んだ筈なんだ…

死んだ、私は七美の最後を見た…そう、見たんだ…生きてるはずが無い!

 

「酷いなぁ…梨里奈ちゃん…私は本物だよ…もう私は偽りたくない」

「ど、どう言うことだよ…七美…」

「梨里奈ちゃん、私は今、やっとあなたの苦労が分かったの。

 居場所が無いのは辛いね…とても辛い…誰にも受入れられない

 自分を偽り続けないといけないのって、本当に辛い」

「七美……あぁ、そうだろうな。分かってたさ。

 お前に辛い思いはさせたくなかった…」

「でもね、マギウスの翼なら…私の居場所はあるの。

 偽らなくて良い場所が…だから、梨里奈ちゃん、こっちに来てよ。

 ずっと人に期待され続けて、自分のありのままを見せられなくて

 本当に辛かったよね…でも、そんな思いをする必要はもう無いの。

 私と一緒に、マギウスの翼に入って…居場所を広げようよ」

「……お前、本当に七美…なのか?」

「そう、私は七美だよ、千花七美…私はここに居る。

 私は蘇ったんだ、弥栄と久実のお陰で…私はここに居る」

 

…弥栄が言ってた…私は死んでも七美には出会えないと。

そうか…そうだな…出会えるはずが無い…だって、七美は蘇ったのだから。

弥栄の言葉の真意を…今、理解できた。

 

「蘇っても、私には居場所なんて無くなってたけどね。

 誰にも信じて貰えなかった…私が生きていると。

 目を覚ましたとき、私には何処にも居場所が無くなってた。

 だから、自分を隠して生きた…数ヶ月、ほんの数ヶ月だけね。

 それなのにあんなに辛かった…生き返らなかった方が良かったと

 そう思えるくらいに辛かった…

 

 でも、梨里奈ちゃん、あなたはもっと辛かったんだよね?

 期待に答え続けないといけない、そんな思いをずっと抱いて

 必死に自分自身を隠し続けた。自分自身の居場所を作れず、

 家にも、学校にも、何処にも本当の居場所が無い。

 あるのは偽りの自分しか見てくれない人達だけ。

 

 そんな毎日を過ごしてた…ごめんね、頑張れなんて無責任なことを言って…

 もう、頑張らなくて良いよ…辛い思いをしなくて良い。

 だから、一緒にマギウスの翼に入ろう? そこにはあなたの居場所がある」

 

七美にそんな風に言われて、体から力が抜けるような気がした…

ずっと抱いてた、孤独感…それを共有できるなんて…

七美が居るなら……七美も居てくれるなら、マギウスの翼も…

 

「ふふ、予想通り、かなり効果的だったって感じだネ」

「うふふ、さぁいらっしゃい、仙波梨里奈、マギウスの翼へ

 あなたの友人もこう言ってるんだから。

 大丈夫、受入れるよー」

「……」

 

あぁ、そうかも知れない…そうだ、七美がそう言ったんだ。

七美の期待に答えないと…また失ってしまうかも知れない。

でも、今なら…答えられるかも知れない…七美の思いに…

あんな後悔は…もうしたくない。今なら簡単に答えられる…

 

「さぁ、梨里奈ちゃん…一緒に行こう」

「七美…」

 

差し出された七美の手を握るために、私は私の手を伸ばす。

もう後悔をする事も無い……私は私のままで良い。

大事な親友の思いに……答えられるなら…

だけど、私の手は途中で止まる…何かが突っ掛かる。

手を伸ばせば良いだけなのに、私の手は動かない。

 

「……どうしたの? 梨里奈ちゃん」

「……」

「大人しく手を掴んだら? あなたの居場所はマギウスの翼にしか無いよ-?」

「そうだよ、誰も本当のあなたを見ない…でも、マギウスの翼なら私も居る。

 私と一緒にもう一度、あの毎日を過せるんだから…迷う理由はないでしょ?」

 

迷う…理由…そうだ、無い筈だ。あんな楽しい毎日を…過せるなら…

 

(ほらほら姉ちゃん! 早く来いって!)

(一緒に楽しく過ごしましょう)

(……素直になれって言ったの、梨里奈ちゃんじゃん)

 

素直に…なれ…素直に…私は七美と一緒に居たい。

でも、それならどうして私はあの時…七美を生き返らせなかったんだ?

 

(梨里奈……無茶はしないで)

(行かないでください! 梨里奈さん!)

 

私が七美を生き返らせなかったのは…そうだ、自分の為じゃ無かった。

 

(…もう、また自分の思ってること言えなかったの?)

(……言えない、

 私がありのままの姿を見せるのはお前の前だけだ)

(駄目だよ! もう、何度も言ってるけど

 私以外にもありのままでぶつかれる

 そんな友達を作らないと!

 大丈夫、梨里奈ちゃんなら出来るよ、頑張って!)

 

……七美に対して、

何で私は自分の思ってることを言えないんだ!

七美には自分のありのままでぶつかる…

例え嫌われたとしても!

 

「さぁ、梨里奈ちゃん!」

「ッ!」

「え?」

 

私は差し出された七美の手を振り払った。

過去にも同じ様な事をした気がする。

だが今度はその手は消えなかった。

私の目の前に七美はまだ居る。

触れた感覚もある。本物だ。

 

「七美、いつかお前の幻にあったよ。

 お前に会いたくて会いに行ったんだ。

 その時のお前も、今のお前と似たような事を言ってた。

 そして私はその時も、その手を払いのけた…

 それが偽物だったからだ」

「違う! 私は本物! 本物の千花七美! 分かってよ!

 あなたまで私を否定しないで! お願い、受入れてよ!

 ずっと探してた…ずっと探してたんだ!

 どうしても会いたかったから!

 ようやく会えたのに!

 なのにあなたまで私を偽物って言わないで!」

「あぁそうだ! お前は本物だ! 分かってる!

 だから、その手を払ったんだ」

「え…ど、どうして私を受入れてくれないの!?

 辛いんでしょ!?

 分かるの、同じ思いをしたから分かる!

 だから、私はあなたを…あなたと!」

「私はお前の事が大事だ、弥栄の事も、久実の事も。

 だからだよ、だからこの手は取れない。

 今のお前はまるで何かに操られてるようじゃないか!」

「操られてなんか無い!

 私は私の意思であなたと一緒に居ようって!」

「今のお前は昔のお前とは違ってしまってる。

 だから、私が救う!

 お前の隣に居ては、それが出来ない!

 私はお前を助ける!

 昔、お前がやってくれたように!

 今度は私がお前を助ける!

 お前は間違ってる!

 あんな場所に本当の居場所なんてある物か!」

 

私はやはり親友の期待に答える事だけは出来ないようだ。

親友の期待や願い。それに答える事が出来ない。

大事だと思ってる奴の思いには全く応えられない。

弥栄の時もそうで、そして七美の時もそうだ。

 

だって、彼女達の前に居る間は道化師じゃ無いのだから。

彼女達の前に立ち、共の過ごしてる間は…

私は決して道化なんかじゃ無い。

私は仙波梨里奈として、彼女達の前や隣に居るのだから。

 

「今の私はお前が言うピエロじゃ無い。

 お前の前に立つ私はピエロじゃ無いんだ!

 お前達の隣に居る間、私はピエロじゃない!

 ありのままの仙波梨里奈だ!

 だから、期待には答えられない!

 お前達の前に居る間は期待に答えるんじゃ無い

 お前達が本当に幸せになれる、

 そんな未来を願ってるんだ! 友人として!」

「何で…何で私と一緒に居てくれないの…

 あなたは私の居場所なのに…」

「あぁ、一緒に居てやるさ。

 お前が心の底で笑える様な居場所として。

 だから、今は一緒に居られない。

 今一緒に居ればお前はお前じゃ無くなる…

 お前じゃ無いままだ。

 だから、私はお前を救わないといけない。

 いつか言っただろう? 幸せになれと。

 なら、私からも伝えよう。

 幸せになれ…今のままじゃ、

 お前は絶対に幸せにはなれない!」

 

私の言葉を聞いた七美がゆっくりと後ずさりをする。

その間にチラリと見えたソウルジェムは濁っていた。

 

「あ、これはヤバいね、アリナ達は離れないとネ」

「そうですね、

 ではやっちゃん達を迎えに行きましょうか」

「あなたが私達の仲間になってることを祈ってるよー

 じゃーねー」

「待て! フェリシア達を何処に! ッ!」

 

真っ黒い気配が周囲を包む…

そんな…七美、あれはドッペル…



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友愛のドッペル

巨大な姿だった…2人の人の様な姿があるが

その2人の手にはいくつもの南京錠があった。

まるで魔女の様な姿…そんな化け物が

七美の背後に出て来た…こんな馬鹿な事が…

 

「こんな手は、使いたくなかった…

 使う必要も無いって思ったのに。

 だって、梨里奈ちゃんは私の大事な親友だったから。

 私の言葉を聞いてくれれば…来てくれるって思ってた」

「私はお前の親友だから、お前の元には行けないんだ」

「でも、きっとその考えはすぐに変る。変えてみせる。

 私の友愛のドッペルで、あなたを…取り返す」

「安心しろ、取り返す必要は無い。

 元より私は変ってない。

 今まで通り、お前の親友としてお前の前に居る。

 お前は私を失ってないんだ」

「なら、一緒に来てよ!」

「それは出来ない…私はお前の親友だから!」

 

救わなければいけない。彼女を、救わなければならない!

 

「全く、私に散々言っておいて

 今じゃお前が諦めるのか?

 頑張れよ、変な手を使わなくても

 お前なら出来るだろ?」

「頑張れって言葉…本当に無責任だよね…頑張ってるのに」

「そうだな、誰でも頑張ってる。期待に答えようと。

 それに私は今の今まで、

 ずっとお前の期待に答えようと必死だったんだぞ?

 幸せに生きようと。

 

 でも、もう止めた…

 お前と一緒に居るときの私はピエロじゃ無いもんな。

 期待に答える努力はするが、

 期待に絶対に答えないと駄目という訳じゃない。

 その時の私はピエロじゃ無い。

 

 素直にもなれない不器用な少女

 仙波梨里奈だ…だから、私は期待に答えるんじゃ無い

 努力するつもりだ…お前の為に努力する。

 お前の為に頑張る」

「私と一緒に居ることが、私の為じゃ無いって?」

「お前の心を救う事が、お前の為だ。

 今のお前を救ってみせる。

 親友として、私は必死に努力してお前を元に戻す!」

 

自身の両手に短刀を再度召喚した。

七美を止めなくてはならない…絶対に。

 

「私はあなたを連れ戻す!」

 

そう言うと、彼女のドッペルから大量の糸が飛んで来た。

その糸は地面や壁に接触すると、即座に繋がった。

 

「トラップ系か?」

「違うね」

 

再度私に向けて複数の糸が飛んで来る。

これだけしか攻撃手段が無い?

破壊力が抜群という風には見えないし、どんな効果だ?

 

「逃げないでよ!」

「攻撃かも知れないなら避けるさ」

「だったら、逃げられないようにする!」

 

彼女が周囲に大量の糸を飛ばした。

この狭い範囲では避ける事が出来ない。

仕方がない、私の方に飛んで来た糸のみを切断しよう。

 

「無駄だよ…運命の糸は切れない」

「な…」

 

私が彼女が放った糸を迎撃しようとすると、その糸は

私の短刀をすり抜け、そのまま私の胸に突き刺さった。

 

「な…糸が…でも、痛くない…」

「奪う」

「な、い、うぅあぁぁああぁああ!」

 

む、胸が…張り裂ける…痛い…こ、こんな…あ、うぁ…

 

「これであなたの心は私の物…さぁ、私と一緒に…」

「はぁ、はぁ、はぁ…い、意識が一瞬飛ぶかと…」

「さぁ、一緒に来て、梨里奈ちゃん」

「さ、さっきも…言っただろ…

 お前と一緒には居られないと」

「え?」

 

私の答えを聞いた七美の表情が大きく変わった。

明らかに動揺してる。

さっきの攻撃に何かあったのか?

激痛が走るだけだったが…

 

「そ、そんな…どうして…確かに糸は、心に繋げて…

 確かに奪う能力も発動した…悲鳴を上げてたし、

 絶対に繋がってた…

 な、なのにどうして…どうして…」

「あの攻撃に…何かあったの…か?」

「どうして!」

「いぐ! う、うぐぅぅうぅぁ!」

 

ま、また! また…胸が…胸が張り裂け…う、ぁ…

こ、この攻撃…は…が、外傷は無いのに…くぁ…

 

「あ…くぅぁ…」

 

激痛が…くぅ、た、立ってられない…ど、どんな攻撃だ…

 

「こ、今度こそ…さっきよりも沢山繋げて、

 奪ったんだ…手に入れたはず」

「はぁ、はぁ、はぁ…さっきから、

 な、何を言ってるんだ…」

「どうして!? どうして効果が無いの!? どうして!

 私の友愛のドッペルは…魔女の心だって奪えるのに!」

「心を奪う!? そ、そんな能力を!」

「私のドッペルは…相手を私の友人にするドッペル…

 糸を繋げて、効果も発揮したのに…

 何であなたには効果が無いの!?」

「……ふ、ふふ、なんだ…そんな事か…

 簡単すぎる問題じゃ無いか」

「どう言うこと!?」

「何度も…私はお前に答えを伝えた…何度も何度も…な…

 私はお前の親友なんだよ…ずっと、今でも…」

「え…」

「だから、もう意味は無いんだ…

 私はお前の親友だからお前を取り戻そうとしてる。

 友人にする能力なんて、

 ふふ、お前の親友に効果があるわけが無いだろう?

 もうすでに友人よりも親しい、親友なのだから」

「あ…あぁ…」

 

七美がゆっくりと後ずさりをした。

表情から明らかな動揺が読み取れる。

彼女は焦りの表情を浮かべたまま、何処かへ走り出した。

 

「ま、待て! 七美!」

 

私は胸の激痛を堪えながら、急いで七美の後を追う。

ここで見失ったら、今度いつ会えるか分からない!

 

「七美!」

「死ね!」

「な、がふ!」

 

……そんな、弥栄…彼女の大きな手が、私の腹を貫いた…

痛い…お腹が…焼ける…そんな…どうして弥栄も。

 

「あ…ぐぁ…」

「やっと…殺せる…」

「ぐぁ…」

 

彼女が私の腹から手を引き抜く…

こんな状態で立ってられるはずがない…

フラフラと背後の壁に背中が当り、

その場に座り込んでしまった。

駄目だ…ち、力が入らない…体が満足に…動かせない…

 

「良くもお姉ちゃんを泣かせたな…梨里奈…」

「ぅぁ…ゲホゲホ!」

「もう死にかけだね、口から血まで吐いちゃって…いい様!

 でも、お姉ちゃんの傷はもっと酷い!

 もっと痛い思いをしたんだ!

 そんな痛み程度!

 お姉ちゃんの痛みに比べればへでも無い!

 だから、もっと痛めつけてやる! もっともっと!」

「弥……栄お、まえは…今の七美…が…ゲホ!

 お、お前が大好きな…七美だと…」

「何言ってるの? お姉ちゃんはお姉ちゃん、

 私はお姉ちゃんの事、大好きだよ」

「……よく…みろよ…」

 

駄目だ…意識が少しずつ曖昧になっていく…

このままだと…死ぬ…

体がドンドン冷えていく…あぁ、こんな事になるなんて…

 

「うるさいなぁ、どうせ死ぬんだから黙ってろ!」

「もう止めて! 弥栄お姉ちゃん!」

「な!」

 

弥栄が私にトドメを刺そうとしたとき

走り込んできた影が弥栄を思いっきり押し倒した。

 

「く、久実! 何の真似!?」

「止めて…止めてよ…こんなの…こんなの!」

「離せ! 久実も見たでしょ!?

 こいつがお姉ちゃんを泣かせたの!」

「違う、違うんだ! だから、止めて!」

「この!」

 

い、ま、なら…今なら…まだ…助かる。

自分の治癒能力の限界を突破し、傷の回復を図る。

魔力の消費が…激しい……治せても、動けない…か。

 

「この、久実!」

「駄目だから、ごめん! 弥栄お姉ちゃん!」

「な、ドッペル! こ、この!

 うぎ! か、体が…クソ! 離せ!」

「梨里奈…さん…い、一緒に…」

「……」

「梨里奈さん? 梨里奈さん!

 へ、返事して! 梨里奈さん!」

 

こ、声だけが聞えるが…口を上手く動かせない…

だ、だが、傷は…治った…

まだ、し、死ぬわけには…行かない…



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初めての親友

「梨里奈、何よこの点数!」

「お、お母さん…で、でも、これでも学年では」

「小学生のテストで100点も取れないなんて…」

 

最高得点以外は怒られる…頑張らないと…

怒られるのは嫌だ…

90点なんかじゃ駄目なんだ、100点だけ。

だから、勉強をしないと…

少しサボっちゃったから90点だけ。

頑張らないと、もっと頑張って…

お母さんとお父さんをガッカリさせたくない。

 

「そうそう、やっぱり100点くらい当然よね。

 小学生のテストだし」

「う、うん…勉強、頑張るよ」

 

100点は当然で、褒められるような事じゃ無いんだ。

取れて当たり前…だから、取らないといけないんだ。

お母さんをガッカリさせたくない…頑張らないと。

 

「梨里奈、もう少し足が速くならないと駄目だな、

 遅いぞ?

 お父さんにかけっこで負けちゃうんじゃな」

「う、うん…も、もっと速く走れるようになるよ」

「そうそう、お前は運動できるんだ、

 将来はスポーツ選手かな。

 それなのにお父さんに負けるようじゃ、まだまだ。

 お前にはお父さんの代わりに大舞台で活躍して貰わないとな」

「うん、頑張る」

 

速く走るようになって、

色々なスポーツが出来るようにならないと。

私は凄いんだって、お父さんも言ってくれてる…

走ってると、足が痛くなっちゃうけど…

弱音を言ってられない。

お父さんに勝てるようにならないと駄目なんだ。

小学生の内に頑張って、お父さんよりも速くならないと。

 

「不味いわね…もっと美味しい料理出来ないの!?」

「ご、ごめんなさいお母さん…火加減とか上手く…」

「女の子なんだから料理くらい出来ないと駄目よ!」

「ご、ごめんなさい、急いで、痛!」

「あぁもう! ちゃんと手元注意しなさいって!」

「ご、ごめんなさい…」

「良い? 食材を切るときは、速く切らないと駄目なの

 ゆっくりじゃ、時間掛って待たせちゃうでしょ?」

「う、うん…頑張る…」

 

うぅ、何度も指を切っちゃうけど、

それは私がドジだから。

すぐに美味しい料理を届けるようにならないと…

女の子なんだもん。

女の子だから、美味しい料理を作るのは当然だから。

未来の旦那さんに不便を掛けたくないから、

掃除もこなすように…

 

あ、料理と掃除が終わったら、勉強して…運動しないと。

そして良い子だから、早寝しないとね。

9時には寝ないと怒られちゃう。

友達だって、皆同じくらい頑張ってるはずだもん。

私も頑張らないと。

 

「……よし、お風呂も入って、勉強しないと…」

 

しっかりしないと、私がしっかりしないと…

私、凄い人になって、

貧乏なお家を助けないと行けないんだ。

 

頑張ってお勉強して、凄い良い会社に入るんだ。

そして、運動して、スポーツ選手になってテレビに出て

そして、お金持ちの旦那さんと結婚しないと…

貧乏なお家を助けるんだ。

 

「わぁ、今回も100点! 凄いね梨里奈ちゃん!

 天才だね!」

「え? あ、う、うん…」

 

皆が私の周りに集まってくる…

100点を取るのは凄い事なんだ。

そんな事、今まで思ったこともなかった。

当然だって…ずっと、当然の事だって…

 

「梨里奈が天才なのは当然じゃん。

 だって、小学生の時から」

「……」

「運動も出来るし、料理も上手だしね」

「運動してる姿格好いいよね、梨里奈って!

 男の人みたい!」

「格好いい!」

「あ、あぁ…」

 

男らしい…運動も出来るんだし、男らしいのも当然なの?

中学生で男子と戦って圧倒できるのは私くらいだから…

男らしく振る舞おう…だって、皆、そんな私を望んでる。

 

「凄く頭が良いですね、梨里奈さん」

「えぇ、だってこの子は、私の自慢の娘ですもの」

「運動も出来るし、何でも出来る。

 お家のお手伝いもしてるんですよね?」

「毎日助かってます。本当にこの子は私の自慢の娘」

「ご両親の教育の賜物ですね」

「えぇ、この子には立派になって貰わないとね」

 

私は天才だから、常に立派で無くてはならない。

お父さんとお母さん、そして先生と同級生達…

全員、そんな立派な私を望んでる。

そんな私以外の私は…きっと私じゃ無い。

 

「梨里奈、点数少し落ちてるわよ!」

「ご、ごめん、次は100点を取るから」

「梨里奈も間違えることあるんだ…」

「だ、大丈夫…次は間違えない…」

「梨里奈さん、あなたはこんな物じゃ無いでしょ?」

「は、はい…先生…大丈夫です、

 次はもっと良い点数を取りますから」

 

中学生になっても、100点が当たり前。

少しの失敗も許されない。

そうだ、私は完璧じゃ無いと駄目なんだ…

私は皆から期待されてる。

些細なミスでも周りをガッカリさせてしまう…

失敗しないで頑張らないと。

間違いは許されない、運動も勉強も家事も、

全て完璧にこなさないと。

 

「……はぁ、疲れた」

 

1人の時だけは…あぁ、何だか落ち着く気がする。

1人の時は誰からも期待の眼差しを向けられる事が無い。

1人の時だけ…私が私で居られるのは、

その時だけなのかも知れない。

いやでも、どうかな…

もう、本当の自分が何なのか…忘れてきた。

 

本当の私ってどんな感じなんだ? 

人前で期待に答えようとする

それ以外の私は何なんだ? それ以外に…私に何がある?

 

友達なんて居ない、夢も無い…

私はもう…私自身の意思さえ…

皆の期待に答えることしか出来ない…

1人の時は何だか焦ってしまう。

 

私はこの間、どんな風になれば良いんだ? 

何をすれば…1人の間だ、何をすれば?

何もすることが無い…何も出来ることがない…

本当の私は…空っぽ?

 

「あの…梨里奈さん」

「あ……わ、悪いな…少しだけ気が緩んでた。どうした?

 君も勉強を教えて欲しいのか?

 それとも運動? 何でも良いぞ。

 私は何でも出来るからな、教えるのだって得意だ」

「……梨里奈さん、私ね、ずっとあなたに憧れてたの」

「どうしたんだ? そんな神妙な顔をして」

「私、病弱だから…何も出来ないの。

 家族にもいつも迷惑を掛けてる。

 だから、何でも出来るあなたの事…羨ましかったの」

「大丈夫だ、どんな時だって、

 君は誰かの役に立ってるはずだ。

 病弱なのも気にしなくても大丈夫だろう。

 それに君の両親は迷惑だなんて思って無いさ」

「…でもさ、私さっき気付いた…

 梨里奈さんも辛い時があるんだって」

「な、何を…わ、私に辛い時なんて無い」

 

弱みを見せたら駄目だ、

私は完璧にならないと駄目なんだ。

誰からの期待にも答えられるようにならないと…

弱い所を見せて、ショックを与えたくない。

私は何でも出来る

完璧な天才児…だから、弱い所なんて。

 

「梨里奈さん…いや、梨里奈ちゃん!

 私と友達になって!」

「え…な、何をいきなり…」

 

彼女は私に手を差し出す…彼女の表情は笑顔だった。

彼女は…私に失望してない…弱い所を見せたはずなのに…

 

「梨里奈ちゃんだって辛い思いをしてる。

 きっと皆の期待が重荷なんだよね?

 でも大丈夫、私はあなたのありのままを受け止めるよ。

 梨里奈ちゃんだって1人の人間だもんね、

 辛い時や悲しいときだって絶対にある。

 だけど、それを見せられる相手が居ない…

 そんなの辛すぎるよ…」

「つ、辛い事なんて無い! わ、私は…完璧なんだ」

「完璧な人なんて…何処にも居ないよ、居るはずがない。

 どんな人だって辛い時だってある、出来ない事もある。

 だけど、皆きっと、完璧を望んでる…

 だから、誰かにそれを求める。

 皆、あなたに完璧を求めてる…

 あなただって完璧じゃないのにね

 でも、あなたは不運にも完璧を演じる事が出来た…

 不運な事に完璧を演じる事が出来るほどの天才だった…」

「そんな事は…私はテストだって満点だし、

 運動も学年1位だ。

 ちょっと前に全国大会で優勝だってした…

 一切点を与えずに。

 わ、私は完璧なんだ…私は何だって…」

「無理、しないで? 辛い思いだって沢山したんだよね?

 辛くても弱音を吐くことが出来ずに…1人の時だけ悩んで

 誰にも悩みを打ち明けられないのは辛いよ」

「辛くなんて無い! 当たり前なんだよ!」

「私だけは…あなたのありのままを受け止めるから!

 だから、私と友達になって! 梨里奈ちゃん!」

 

彼女の言葉に嘘偽りは感じなかった…

本気でそう思ってくれてる。

分かってくれてるのか…私だって辛い時があるって。

皆、私は何でも出来て当然の様に見ていた…なのに彼女は…

 

「……本当の私なんて見ても…幻滅するだけだぞ…」

「幻滅なんてしないよ、

 友達なら良いところも悪いところも全部受け止める。

 あなたに理想を押付けたりなんかしない」

「ほ、本当の私なんて…居ないんだぞ?

 私は本当の私を知らないんだ…」

「だったら、一緒に見付けよう。

 本当のあなたがどんな子なのか。

 大丈夫だよ、絶対に見付かる。

 1人じゃ無理でも、2人なら!」

「……後悔、するぞ? 私みたいな奴を友人にしたら」

「後悔なんてする訳無い」

「……本当に…良いのか? 弱音を吐いても…」

「何でも言って、聞いてあげるよ」

「……ありがとう…本当に…ありがとう…」

 

私はずっと差し出されていた、彼女の手を握る。

普段、人には見せないけど…私の目には涙が溜まっていた。

何でだろうな…ただ友達が出来ただけなのに…

 

「これからよろしくね、梨里奈ちゃん」

「あぁ…よろしく」

 

千花七美…ありのままの私を受け止めてくれる、

唯一の親友…

この子と一緒なら…もしかしたら、

本当の私が何なのか…分かるかも知れない。

 

彼女の隣なら、自然と笑顔が出る…

誰かと一緒に居るのが楽しい…

1人よりも、彼女の隣に居る間は何故だか落ち着く…

だけど、私は親友なんて作らない方が…

良かったのかも知れない。

 

私は憧れの的だった…学年のアイドルと言われるくらい。

そんな私と仲良くしている七美が妬まれるのは…

当然だった。

 

「もう梨里奈さんに付きまとわないでよ!」

「何でさ!」

 

学校も終り、

いつも通り七美のクラスに足を運んだときだった。

七美が何人かの女子生徒に囲まれていた。

 

「あの人と私達じゃ、住む世界が違うのよ!

 ましてやあなたみたいな根暗!」

「住む世界が違う? 何言ってるの!

 同じ街で同じ学校に通ってる!

 梨里奈ちゃんだって、私達と同じで辛い時だってある!

 失敗するときだってある!

 どうして誰も分かろうとしないの!?」

「な、七美! 喧嘩は!」

「梨里奈さんが失敗なんてするわけ無いでしょ!」

 

七美と取っ組み合い女子が七美の頬を強く叩く。

その勢いで七美は大きく仰け反る。

 

「な、七美!」

 

私は倒れそうになる七美に手を伸ばす。

だが、私の手は彼女には届かなかった。

足が遅かった…もっと速く走れたなら…

私は倒れる彼女の手を掴めたはずだった。

 

だが、私の手は届かない…

七美はそのまま机に頭を強打した。

勢いよく倒れてしまい、彼女の頭部から血が流れる。

この光景を見た他の女子生徒達は

逃げるようにその場から離れた。

 

「な、七美! 七美、七美! 大丈夫か!? 七美!」

「梨里奈…ちゃん…えへへ、ご、ごめんね…」

「謝らないで! 私がもっと速く動けてたら

 私が悪いの! な、七美、待ってて!

 急いで先生を呼んでくるから!」

 

七美は重体だった。先生に話をして救急車で運ばれた。

後頭部を強打した事で彼女が死んでしまった、

というわけでは無かった。

ただ強打した事で、別の病が併発してしまった。

七美は体が弱い…この怪我が原因で一気に体に限界が来た。

 

「……」

 

そして…私は七美の最後を看取ることになった…

七美は死んだ。そう、私が殺したんだ。

私なんかと仲良くなったせいで、七美は命を落とした…

私がハッキリと全員に素直にぶつかるようになってたら!

七美に言われたとおり、

七美以外に素直な気持ちを言えたなら!

そうすれば、こんな事にはならなかった筈なんだ!

 

そんな後悔をしても、七美はもう戻ってこなかった。

だが、偶然か…私は奇跡を掴むチャンスを得た。

何でも願いを叶えてくれるという、喋る獣。

私は七美を蘇らせて欲しいと思った…

だが、その願いは押し殺した。

私が願ったのは私の限界を越え続けること…

道化になり続けること。

 

「仙波梨里奈、それが本当に君の願いなのかい?」

「自分の限界を越え続けること…それが本当に私の願いだ」

「そうなのか、僕はてっきり

 親友を蘇らせて欲しいと願うと思ったんだけどね」

「良いから! 願いを叶えるというなら叶えろ!」

「あぁ、君の願いは叶えられる。

 本気で願っているんだね」

「そうだ、本気だ…」

「だけど、仙波梨里奈、自覚はあるのかい?

 それはもはや奇跡じゃ無い。

 奇跡では無く、それはもはや呪いだ。

 君は自分自身に呪いを掛けるつもりなのかい?」

「呪い? 何を言ってる。私は自分を越え続けたいんだ」

「その願いは、

 君のための願いでは無いと思うんだけど?」

「良いから叶えろ、叶えられるならな!」

「…やれやれ、分かったよ。

 でもね、君はその願いに…

 いや、呪いに…魂を賭ける事が出来るのかい?」

「魂だろうと何だろうと賭けてやる…

 もはや空っぽなんだからな」

 

私はこうして魔法少女になった。

限界を超え続け、完璧な道化になるために。

 

「驚いた…君にこれ程の素質があるとはね

 余計に勿体ないよ」

 

七美を蘇生させれば…七美は私と同じ思いをする事になる。

七美が死んで、もう何ヶ月も経つ…そんな状態で蘇っても

彼女の居場所は無くなってしまう…私以外、消えてしまう。

 

七美はそんな事…きっと望まないだろう。

私と同じ思いはして欲しくない…

家にも何処にも居場所が無い…

私の隣だけが居場所…そんなの、辛すぎる。

 

仮に七美が死んだことを無かったことにしてくれと

私が願ったとしても

果たして…その七美は本物の七美なのか?

いや、きっと違う。

七美は死んだ…私が殺した…だから私は私を呪うしか無い。

私は自分に罰を与えた…もはや居場所など必要無い。

私はどんな時でも道化になる…ピエロになる。

 

それが私が私へ降した罰…そうだろ?

そうだ、私は私に罰を降した。

なのに…どうして…

私は今、居場所なんて作ろうとしたんだろう。

みかづき荘の皆と過ごす時間が…楽しすぎたのか…

駄目だ、私は私に罰を降した、

道化であり続けないと駄目だ。

大事な人の期待に答えられない、私みたいな奴は…

 

「……いや、何を馬鹿な事を考えてるんだ、私は」

 

また、私は親友の思いを…裏切るつもりか?

あいつは私に言った…幸せになれと、そう言った。

あいつを忘れる事は無理だが、幸せになる事は出来る。

 

「梨里奈ちゃん、私と一緒に…私の居場所に…」

 

そして、あいつと一緒に居るとき、

私はピエロなんかじゃ無い…仙波梨里奈だ。

あいつの期待に、願いに応えることは出来ない。

私は彼女の親友だからだ。

彼女が辛そうなら救わないと駄目だ!

私は絶対に…七美を助ける!



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私の救世主

「七美…待って…ろ」

「あ、梨里奈さん!」

 

腹部に痛みが…それに、久実?

 

「な、久実…?」

「はい、久実です…」

 

何だ…夢を見てたのか、私は…うぅ、腹が少し痛む。

傷は殆ど癒えてるが、流石に痛みは完全には引いてないか…

 

「どうして…弥栄は…?」

「…弥栄お姉ちゃんからは逃げました、

 ここなら気付かれません」

「……そ、そう言えば、ここは?」

「みかづき荘です」

 

みかづき荘…ど、どうして久実がみかづき荘に…

 

「何で…みかづき荘に?」

「梨里奈さんがここに来てるの、知ってましたから」

「い、いつ?」

「夏です…確か8月の20日…だったような…?」

 

8月20日? いや待て、その時は確か海水浴に…

そう言えば、8月22日に小さな声が聞えたのを覚えてる。

もしや、声の主は…

 

「その時の私は…手に何か持ってたか?」

「あ、はい、ケーキの入れ物みたいな物を…」

「そうか…なら8月22日だな、小さな声が聞えた」

「あ…そ、そうだった…うぅ、日付覚えてなかった…」

 

少し記憶違いをしていたのか。

 

「所でだ、どうしてみかづき荘の中に…?」

「あ、合鍵が置いてあって…」

「中に人は?」

「い、居ませんでした…」

 

やちよさん、合鍵の場所を変えた方が良いのでは?

それにしてもやちよさん達……

もしかして、やちよさんといろはも…

 

「そうか……」

「だ、大丈夫…ですか?」

「あぁ、大丈夫だ」

「お、お腹の怪我…少しだけ治したんですけど…」

「……やっぱり、久実も魔法少女に…なったんだな」

「……はい、

 お姉ちゃんの体を元に戻して欲しいってお願いして…」

「体を?」

「はい、そして弥栄お姉ちゃんが

 お姉ちゃんを蘇らせて欲しいって」

「……そうか」

 

私があの時、

大人しく七美を蘇らせて欲しいと願っていれば…

2人は魔法少女なんかにならなくても…

なんて…私は愚かなんだ…

 

「そして…七美お姉ちゃんは…蘇ったんです…けど」

「……大体想像は出来る…七美と会話をして…分かった」

「……ごめんなさい、梨里奈さんは…こうなるって…

 分かってたんですよね…? 七美お姉ちゃんが…」

「大事な姉に生き返って欲しいって思う事は当然の事だ。

 気にすることは無い…

 誰だって、大事な人を失いたくは無いだろう」

 

彼女達はまだ小さい。

大事な家族と一緒に居たいって思うのは当然だ。

大事な人の死を受入れたくないのも当然なんだ…

ただ気付かなかった。

私が気付かなかったんだ…2人が辛い思いをすることに…

 

「でも! そのせいで…七美お姉ちゃんが辛い思いをして…

 ずっと独りぼっちになって…それで」

「七美は独りぼっちじゃ無かった…お前達が居たんだ」

「だけど、七美お姉ちゃんは寂しそうで…

 それに弥栄お姉ちゃんも…

 七美お姉ちゃんが辛い思いをしてるのは…その…

 梨里奈さんのせいだって…

 

 そんな訳無いって…言っても聞いてくれなくて…

 梨里奈さんが神浜に行ったって話を聞いて、

 私達も…行ったんです…

 そしたら、魔女と3人で戦ったのに、手

 も足も出なくて…」

「3人…七美も」

「はい、七美お姉ちゃんのお願いは…居場所をください…

 そしたら、お姉ちゃんが死んだって事を忘れてくれて

 ずっと居場所って…だけど、梨里奈さんが居なくて…

 お願いで手に入れた居場所も、

 七美お姉ちゃんは嫌だって」

 

七美の願いは、居場所が欲しいという願い…だったか。

 

「でも、死んじゃいそうになった時に

 お姉ちゃんからドッペルが出て来て…

 魔女を縛って…友達にして…

 その瞬間をマギウスに見付かって…」

「……魔女を友達に?」

「はい、お姉ちゃんのドッペルで魔女が止まったんです

 それで、お姉ちゃんの言う事を

 何でも聞くようになったんです…ドッペルって、

 あ、私も弥栄お姉ちゃんも出せるんですけど…

 わ、私の場合は鎖で相手を捕まえるドッペルで…

 弥栄お姉ちゃんのドッペルは

 沢山手が出てくるドッペルで…」

 

ドッペルは確か本来、魔法少女が魔女になるとき

代わりにソウルジェムから出てくる

魔女の様な何かだったかな。

ドッペルが出てくる瞬間は

あの記憶ミュージアムでは見なかったが…

確か私がハッキリと意識を取り戻した瞬間に景色が変った…

 

「えっと、あの…そ、その場面をマギウスに見付かって…

 な、七美お姉ちゃんは、

 わ、私達と一緒にマギウスの翼になって…

 その間に梨里奈さんを探そうって

 …わ、私は個別で探そうって…」

「どうしてだ? 一緒には」

「その、弥栄お姉ちゃんは…

 梨里奈さんを殺そうとしてるから…

 わ、私は七美お姉ちゃんを助けられるのは、

 梨里奈さんだけって…

 そう思って…でも、弥栄お姉ちゃんは聞いてくれないし…

 七美お姉ちゃんも…何だか…雰囲気が変っちゃって…

 だから、わ、私だけで探そうって…み、見付けたとき

 す、すぐに声を掛けようとしたんですけど…

 勇気が…出なくて」

 

久実は臆病な性格だからな、

行動するのに時間が掛ったんだろう。

でも、私が危ない時、

彼女は勇気を振り絞って助けてくれた。

彼女は本心で私を助けてくれようとしてる。

そして、七美と弥栄も助けようとしている。

臆病だが、芯は凄く強い…流石は七美の妹だよ。

 

「でも、私を助けてくれた…ありがとう、久実」

「あ、あわ、あわわ…あ、ありがとうなんて、

 そ、そんな…え、えへへ」

 

恥ずかしそうだが、嬉しそうに笑っている。

可愛い子だな、私にお礼を言われたことが

そんなに嬉しかったのか…

 

「あ、そうだ、喜んでる場合じゃ無くて…そ、その!

 梨里奈さん!

 お姉ちゃんを…弥栄お姉ちゃんと七美お姉ちゃんを、

た、助けてください!

 わ、私1人じゃ…な、何も出来ないけど、

 り、梨里奈さんなら2人を…」

「あぁ、任せてくれ…当然助けてみせるさ、

 七美も弥栄も…必ず私が」

 

七美は私の心を救ってくれた。

ならば今度は、私が七美の心を救う。

そして弥栄も救う。

弥栄だって、あの時の七美が大好きなはずだ。

七美が死んでしまって、

辛い思いをしたからあんな風になった。

あいつの思いを全て受け止めて、弥栄も救う。

 

「ありがとございます! ありがとう…ございます…」

 

私にお礼を言いながら、久実は涙を流し始めた。

涙を堪えようとしているが、彼女の涙は止まらない。

 

「ありがとう…ございます…」

 

久実は私に抱きつき、私の胸の中で泣き始めた。

 

「久実…辛かったな…大事な姉妹達が変ってしまって…

 必死に頑張っても、2人を元に戻せなくて。

 でも、もう大丈夫だ…私が2人を救ってみせるから」

「う、うぅ…う、うぅ…」

「後は…私に任せてくれ、久実」

「……い、いや…わ、私も、私も…が、頑張ります…から!」

 

……そうか、あぁ私はやっぱり馬鹿だな…

久実だって成長するんだ。

臆病な彼女だったが

こうやって自分の意思をしっかりと持ってる。

私に全部任せて、自分は何もしないなんて、

そんな子じゃ無いよな。

ちょっと前まで、臆病だったのに…ふふ、何て力強い瞳だ。

 

「そうだな、じゃあ、一緒に頑張ろう。2人で助けだそう」

「は、はい!」

 

久実は私が差し出した右手を掴んでくれた。

目に力強い思いを感じる…大丈夫だな、これなら。

 

「あれ? 電気付いてると思ったけど、誰も居ないのか?」

「だ、誰か来ました!」

「そんなに怯えなくて良い、私の知り合いだろう」

 

絶妙なタイミングで入ってくるな、ももこ。

しかし、やちよさんといろはの2人は…大丈夫か?



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全員の安否

ひとまずももこと合流するとしよう。

もしやちよさんといろはに何かがあった場合

ももこと合流して、全員を救い出さないと。

 

「フィリシアちゃん! さなちゃん!」

「えっと、ごめん…ももこでした…」

「そんな…」

「えぇ!? いろはちゃん!?

 そんな崩れるようなこと!?

 そりゃ、あたしはバットタイミングのももこだけど」

「ももこ…」

「あ、やちよさん…」

「どうしたの? 勝手に上がり込んでくるなんて」

 

どうやら、丁度タイミング良くいろはとやちよさんが帰ってきたようだ。

はぁ、最悪の事態だけは避けられたと言ったところか…

とは言え、今は出にくい雰囲気だな。ここで出るのは止めておこう。

 

「出ないんですか?」

「あの中に私が入るのは場違いだろ?」

 

私はしばらくの間、部屋に隠れて3人の会話を聞くことにした。

やちよさんの過去の事を。解散か…他人を犠牲にして生き残る魔法。

自分自身が仲間の死の原因かも知れない…

そんな思いを抱いていたんだな…

 

今までのやちよさんの立ち振る舞いからは気付かなかった。

私もまだまだだな…やちよさんの思いに気付けないなんて。

そして、いろはが体を張ってやちよさんを説得した。

大した物だな、いろは。最初に出会った時は…

魔女にやられて、情け無い印象を抱いていたが…変る物だ。

 

それにしても、ますます出にくくなったな…

ももことやちよさんが素直になれた、そんな瞬間。

そんな感動的な場面で私が出るのは無粋と言える。

 

「梨里奈…さん…? う、嬉しそうですね…」

「ん? あぁ、ここで出来た知り合いがようやく素直になれたんだ。

 私だって喜ぶさ…一歩踏み出す勇気……本当に大事だよな」

「……はい」

 

2人がしばらくの間、静かになる。そして会話が始まった。

鶴乃達の話をしているようだな…そろそろでても大丈夫か

 

「はい…皆それで、マギウスの翼に行きました…」

「マジか…って、待って!? 皆!? じゃあ、もしかして…

 も、もしかして、り、梨里奈も?」

「詳細は分からないけど、アリナはそう言ってたわ…」

「嘘…だろ…あの人が敵になるとか、洒落にならないだろ!?」

「えぇ、最大の問題がそこね…梨里奈をどう攻略するか。

 あの子は味方なら本当に頼りになるけど…敵ってなると…」

「あたしら3人…そして、やちよさんといろはちゃんの2人。

 5人で挑んだところで…勝てる気がしないよ」

「今後のことを考える上で、最も考えないと行けないのがそこね。

 梨里奈をどう攻略するか…可能なら不意を突いて無力化したいけど

 正面からじゃまず勝ち目が無いわ…」

「不意打ちすら効果があるか分かりませんしね…

 ちょっとしたダメージならすぐに回復しちゃいますし」

「ちょっとした? 致命傷でも起き上がってたわよ?」

「そ、そうでしたね…考えてみれば、抵抗できない状態で

 アリナに一方的に攻撃されて動けなくなってたのに…

 それなのに魔女を倒して、あそこまで戦ってましたし…」

「化け物かよ…」

「……必死に考えないと勝てないわね」

「だね、もっと知恵を絞ろう…安易な手じゃ勝てないし」

 

す、凄い過大評価をしてくれるな…流石に驚くよ。

 

「…ふぅ、全力で対策を考えてくれているところ悪いが

 残念な事に私はマギウス側じゃ無いんだ、期待に添えず申し訳無いな」

「え!? 梨里奈…さん!?」

「嘘、い、いつの間に…そ、それに…あなたはマギウスの翼に!」

「安心してくれ、マギウスが持ってる切り札は私には効果が無かったんだ」

 

私の登場に3人ともかなり驚いている様子だった。

どのタイミングで登場するか悩んだが、一番無難だったか。

 

「り、梨里奈さん…良かった…もし梨里奈さんがマギウスの翼に入ってたら…」

「本当よね…八方塞がりだったわ。あの見滝浜の魔法少女。

 そして梨里奈が相手だなんて、ゾッとするわ…」

「はぁ、一安心だね…最悪の事態は免れたみたいだ」

「大丈夫さ、辛うじて踏みとどまった…私の方でもマギウスと敵対する理由が

 ハッキリと出来てしまったというのはあるがな」

「どう言うことですか?」

「私の死んだはずの親友がマギウスの翼に入ってしまってる」

「え!? し、死んだはずの人が!?」

「あぁ、そしてそいつも心が囚われてる。だから助ける。

 ハッキリとマギウスと敵対する理由が出来たよ」

 

今までは結局、そこまで興味は無かったのかも知れない。

いろは達に引っ張られるような形で回ってただけだ。

うわさにもそんなに興味は無かった…だが、それも終りだ。

これからはマギウスを潰すために…七美を救うために動く。

いろは達に付いていくだけじゃ無い。私自身の意思で動く。

 

「それと、今後についてだが、私の対策を練る必要も無くなったんだ

 もっと素早く踏み出せるようになったんじゃ無いか?」

「まぁ、そうね。あなたの対策ほど考えるのに苦労することは無いからね」

「正面からじゃ、絶対に勝てませんからね…全員で挑んでも勝てる気がしません」

「不意打ちぐらいしか考え付かないからな、不意打ちも効果あるかも分からないし」

 

流石に過大評価しすぎだと思う…何だか恥ずかしい。

 

「あまり私の事を過多に言わないでくれ…」

「それだけ言われても良いくらい、あなたは強いのよ。 

 私の予想だと単体であなたに勝てる魔法少女はいないわ。

 私もあなたに勝てる気がしない。敵にならなくて本当に安心よ」

「逆を言えば、マギウスにとって梨里奈が仲間にならなかったのは致命的だね。

 あたしらの最大の牙を奪えなかったんだ、これは応えるよ」

「どうかな、この状況もあっさり崩壊しかねないぞ?」

「どう言うことですか?」

「私は大丈夫だが、お前達が全員、洗脳されると言う事だよ」

「……どう言うこと? 話して」

 

私は3人に七美のことを全て話した。

最も3人にとって最も必要な情報は七美のドッペルだろうが。

七美の容姿も説明した。青い生地に白のラインが入った

セーラー服。このセーラー服は水兵の物だったな。

髪は黒く綺麗な長髪で…いつもの髪飾りがあった。

可愛らしい四ツ葉のクローバー…。

弥栄の容姿も似ていたな、弥栄は黒だったが

髪飾りは姉と同じだった。

 

「友愛の…ドッペル…」

「糸で繋いだ相手を強制的に友人にする能力って…無茶苦茶だね」

「アリナが言ってた最終兵器は七美のことだ。私は問題は無いが

 私以外には恐らく効果的だろう。魔女にさえ効果があるくらいだ」

「何で梨里奈さんには効果が無かったんでしょう?」

「簡単な事さ、私があいつの親友だからだ。

 既に親友である私を友に出来る筈が無いだろう?

 もうすでに掛け替えのない友なのだから」

「なる程ね、既に仲が良い場合は効果が無いと…

 確かにそれなら、私達が喰らった場合洗脳されちゃうわね」

「あぁ、だから七美と戦えるのは私だけだろう。

 七美の特徴はさっき言ったとおりだ。出会ったら逃げてくれ。

 友愛のドッペルを受ければ、簡単に洗脳される」

「分かったわ」

 

まさしくマギウスの最終兵器に相応しいドッペルだ。

 

「でも、梨里奈が居れば何とかなると…はぁ、その話を聞いて

 ますます梨里奈がこっち側に付いててくれて良かったと思うよ…」

「あそこで私が選択を誤っていたら、全滅だったかもな」

「全く否定できませんね…と言うか確定って気がするんですけど…」

「梨里奈とその友愛のドッペルを持つ梨里奈の親友…

 見滝浜の魔法少女にさな、鶴乃、フェリシア…完全に終わってるわね」

 

意外と私の存在は大きかったのかも知れない。

少なくとも私以外で七美の友愛のドッペルに対抗できる魔法少女はいないだろう。

この神浜で七美と親しい魔法少女が居るなら話は別だが

七美のあの口振りから、七美は神浜に来てすぐにマギウスの翼になってる。

七美と交友関係がある魔法少女は恐らくマギウスの翼内部にしかいないだろう。

 

「まだ私が居て良かったかも知れないな…とは言え、まだ辛そうだ。

 戦力があまりにも少なすぎる…あと何人か欲しいな」

「それなら、まどかちゃん達にもお願いしてみます!

 まどかちゃんからメールも来てますし、また神浜に来るって!」

「あの子か…」

「当然、あたし達も協力させて貰うよ。レナもかえでも助けるって言うだろうしな。

 かえではまだ動けないかも知れないけど」

「本当に良いの?」

「あぁ、大切な人を助けるのに理由は要らないさ、な、先輩」

「やめて、ももこにそう言われると何だかむずがゆいわ」

 

いろはがまどか達を、やちよさんはももこ達を。

何だか私だけ協力してくれる仲間が居ないという感じがするな。

 

「なら、私からも1人、仲間を紹介するよ。久実!」

「ひゃ、ひゃい!」

 

私が久実の名前を呼ぶと、少し震えながら久実が部屋から出て来た。

臆病だからな、知らない人の前に出るのは恐かったんだろう。

だが、私が呼んだら出て来て欲しいというお願いは聞いてくれたな。

 

「この子は…服装から黒羽根っぽいけど…知り合い?」

「あぁ、さっき言った私の親友…七美の妹だ」

「え? 協力してくれるの?」

「お、お姉ちゃん達を助ける為に…

 そ、それに梨里奈さんの助けになるなら…が、頑張ります!

 そ、そんなに…頼りにならないかも…知れませんけど…」

「いいや、マギウスの翼に所属してた子が協力してくれるなら心強いわ」

「が、頑張ります…」

「…やちよさん、私達、2人だけじゃありませんね」

「えぇ、最悪の事態は避けられた、まだ先は真っ暗じゃ無いわ」

「はい、まだ希望は十分あります!」

 

そうだな、まだ状況は最悪じゃ無い。

まずは鶴乃達を助け出して、そして七美達を救ってみせる!



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今後を考え

私は久しぶりに誰かと一緒に過ごすことになった。

今後のマギウスの行動を警戒して、私はしばらくの間

みかづき荘で世話になる事になったからな。

 

マギウスに取って、私というのは確実に邪魔な存在。

孤立してしまうと言うのは、あまりよろしくないからな。

だから、私もみかづき荘にしばらくの間滞在する。

当然、久実もだ。

フェリシア達が居ないから静かではあるが

それでも2人だけよりは大分賑やかだろう。

 

気持ちを新たにする意味も込めてみかづき荘の隅々を掃除する。

私は誰かが居る部屋を掃除するのは何だか好きだからな。

自分の部屋には無頓着だが、誰かの部屋は綺麗にしたい。

 

「よし、綺麗になったわね」

「はい、大分」

「ピカピカですね…新築みたい」

「気合いを入れすぎた気がする」

 

やり過ぎたような気はしたが、やるなら徹底的にが一番だからな。

 

「よし、じゃあこれからの行動を考えましょう。

 マギウスの本拠地を何とか割り出さないとね」

「そうですね…一応、久実…聞いておくけどマギウスの本拠地は」

「ご、ごめんなさい、わ、私も…し、知らなくて…」

「そうだよね…」

「あぁ、慎重な連中だ。大事な部分は伝えてないだろう。

 知って居るとすれば、みふゆか…もしくは七美かな」

 

七美の能力はマギウスに取っても大きな価値があるだろう。

みふゆやマミの様に特別な扱いをされてる可能性もある。

と言っても、七美と接触できなければ意味が無いがな。

 

「となると、手がかりになるのはうわさ…かしら」

「そうだと思います。と言う事でこれを」

 

私は何度かマギウスの捜索に利用してきたファイルを見せた。

やちよさんの神浜うわさファイルを参考にうわさの場所を記した物だ。

 

「これは確か、あなたが今までマギウスの捜索に利用してた地図ね」

「はい」

「凄いびっしり印が付いてますね…」

「あぁ、いくらか探索ついでにうわさも捜索してたからな。

 そのうわさの場所も印を付けてる。中々多いだろう?」

 

いろは達は私が見せた地図を少し見た後、違和感に気付いたようだった。

 

「あ、あの…何でここだけうわさが綺麗に?」

「えぇ、明らかに不自然ね」

「その通り、明らかに不自然なんだ。それとこのメディカルセンターもな」

 

ここだけ妙に密集しているからな、明らかに怪しい。

いろはだけはその場所に見覚えがある様子だった。

 

「確かに…ここだけ妙に密集してるわね」

「ここ、うい達が入院してた…」

 

いろはの記憶の事は聞いている。妹の事を。

何故かいろは以外の記憶から消滅している妹。

何故いろはだけは覚えているのか…全く不可解な現象も多い。

 

「なる程、この場所と何故か台風の目の様になってる場所。

 どちらを優先的に調べるべきかしら」

「……私の予想だと、両方罠だと思うんですけどね」

「どうして?」

「露骨すぎるからですよ」

 

台風の目の様になってる場所、こんな場所をあえて作る理由がない。

仮に本拠地の近くだからとしても、こんなにも露骨では特定される。

そしてメディカルセンター、こちらは恐らく私であれば罠として使う。

 

多い理由も想定だが、最初の実験としてこの場所にうわさをいくつか作り出した。

だから多い、だが私ならその後、ここを本拠地にしようとは思わない。

明らかに不自然だからな。うわさが集まれば注目されるのも必然だ。

そんな場所に本拠地を構えて居れば、誰かに見付かりかねない。

 

七美の妹である黒羽根にも本拠地を教えてないほどだ

それだけ慎重な連中と言える。そんな奴らがこんな目立つことはしないだろう。

 

「もし私がマギウスの立場であれば、こんなにも露骨な真似はしない。

 私ならそこら辺の適当な場所に本拠地を構えます」

 

特に違和感の無いうわさの配置となってる場所に本拠地を置く。

 

「…確かに言えてるかも知れないわね」

「ですが、これが罠であるなら、確実に人員を投下してるはず。

 白羽根やそう言うレベルの人員を…」

「あえて罠に踏み込もうと言うの?」

「虎穴に入らずんば虎児を得ずって奴ですよ。

 そしてもうひとつ、あちらは私が気掛かりと感じてるはずです。

 そんな私がもし仮に単独でこの罠に突っ込んだとすれば」

「まさか!」

「同時にいろは達はメディカルセンターに移動というのもありだろう。

 マギウスとしても2人の事だってどうにかしたいはずだ」

 

もし私を過大に危険視しているのなら、外堀を埋めようと考えるだろう。

つまりは協力者の籠絡だ。いろはとやちよさんをマギウスの翼に加える。

その後はももこ達と確実に私を孤立させていき、確実に私を捕える。

 

だが、これにはかなりの行程が必要となるだろう。

七美は1人しか居ない、2人を引き込むには七美の力が必須だろう。

そしてドッペルはソウルジェムが濁りきらないと使えない。時間が必要だ。

可能なら私を先に何とかして、残りをゆっくりと排除すると言う感じが無難か。

 

「何を考えてるの?」

「罠を2つ同時に踏むんだ。私達が罠を踏むという素振りを見せてゆっくりと。

 私を撃破したいなら、私の方に戦力を集中させる。

 恐らくマミとみふゆが来るだろう、フェリシア、鶴乃、さな

 この3人も来る、現マギウス最大戦力だろうな」

「それは危険すぎます!」

「まぁ聞け、マギウスにはいくつか選択肢があると思う。

 まず1つ目がそれ、もうひとつが2人の洗脳だ。

 その場合であれば、メディカルセンターにフェリシア達が来るはずだ」

「ど、どうしてですか?」

「フェリシア達が2人を足止めするのに最も効果的だからだよ。

 時間を稼ぎ、七美のドッペル発動まで粘り

 ドッペルにより2人を洗脳する。フェリシア達が来れば

 いろは達は3人を説得するために時間を割くだろう? そう言う事だ」

「あなた…そこまで想定してるの?」

「マギウスの立場になった場合、どれが効果的かを考えただけですよ」

 

そしてまだ他にも選択肢はあると思う。

 

「他には…うわさを使っての大きな事態を起すこと。

 うわさはどうも何でも出来るみたいですからね。

 記憶ミュージアムのように人を洗脳できるうわさを用意したり…」

「確かに一理あるわね…でも、最後の場合であれば

 今頃、下準備の最中とかかしら。

 マギウスからしてみれば、私達の洗脳が失敗したのはイレギュラーだし

 即座に対処は出来ない筈。私達をどうこうするなら準備からじゃないとね」

「かも知れませんね…」

 

と言う事は、新しいうわさが流れ始めてるかも知れないって事か。

 

「一応、既に何かの行動をしてるかも知れませんけどね…久実、何か知らないか?」

「え? あ、えっと…わ、私が言われたのは…うわさを、守れって…

 あ、でもお姉ちゃんが言ってました! 大きなうわさが…」

「大きなうわさ?」

「その…確か、詳しく聞いてないんですけど…大きなうわさを流して…

 確か何だか、一気に…うぅ、ごめんなさい…七美お姉ちゃん

 その事、少ししか言って無くて…梨里奈さんを探す為に色々したって話の方が」

「私を探すために色々? どんな事をしたんだ?」

「マギウスにお願いして…梨里奈さんを捕まえて貰えるようお願いしたって…」

「マギウスに直談判できるほどに重宝されてると言う事か、やっぱりな」

 

七美は幹部クラスか…七美に話を聞ければ一気に事態は動きそうだが…

それより気になるのは大きなうわさの方か…

 

「ありがとう、久実。既にマギウスが何か手を打ってると言う事が分かった」

「そうね、それでどうする? 明日の予定。

 さっき梨里奈が言ってた様に罠を2つ同時に踏む為の準備をする?」

「……危険な事は避けたいですけど…時間があまりないみたいですし…

 そうですね、危ないですけど…それで何とか!」

「よし、じゃあ下準備として、私達がマギウスの罠に気付いてない風に進もう」

「はい、その準備をしてる間にマギウスが流してるって言う

 大きなうわさも特定しましょう!」

「あぁ、それが良いな」

 

大きなうわさがどんな物か…早急に把握し対処しないとな。

 

「…それとさっきも言ったけど、メディカルセンターの捜索をしたときに

 もし2人の前に鶴乃達が姿を見せた場合は…七美を警戒してくれ」

「えぇ、分かってるわ。友愛のドッペルは危険みたいだからね」

「でも…フェリシアちゃん達がもし私達の前に来てくれたときに…

 フェリシアちゃん達をどうすれば助けられるんでしょう…

 説得しても効果があるか分かりませんし…それに説得に時間を掛けたら

 梨里奈さんの予想が合ってた場合、わ、私達も…」

「それよね…3人を強制的に連れ戻す方法も考えておきましょう」

「はい…」

 

説得に時間を掛けると七美にやられる。時間を掛けないと説得が困難。

やはり七美の存在は私達に取ってかなり脅威だろう。

 

「でも、梨里奈さん…も、もし梨里奈さんの前に七美お姉ちゃんが来たら…」

「どうした? 何か不安な要素でも?」

「……きっと、梨里奈さん…七美お姉ちゃんに攻撃出来ない…」

「……そうよね、親友を攻撃するのは…その…」

「大丈夫だ、覚悟は出来てる。それにまだ先の話だ。

 まずはマギウスに私達の動きを予想させないと駄目だからな。

 えっと、明日は私は万々歳に行きます。しばらくバイトに出られませんから」

「そう…ね、大事な事よね」

「はい」

 

明日の行動は決った…万々歳で事情を話した後、行動開始だな。

私達が罠に誘導されていると、勘違いさせないと駄目だからな。

マギウスは私を最大限警戒する。重要なのは私の行動になりそうだな。



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万々歳へ

宣言通り、私は万々歳に足を運んだ。

万々歳は今は臨時休業らしい。

やはり鶴乃は家にも帰ってないのか…

張り紙にも娘を見掛けたらご連絡くださいと書いてある。

 

「失礼します」

 

表は簡単に開いた…そして、万々歳の店内は…

今まで私が見てきた中で最も暗かった。

電気も付いていないが、そんな事はどうでも良いくらいに

真っ暗だ……

 

(お! 来たね梨里奈ちゃん! さぁ、今日も頑張ろう!)

(頑張ろうといっても、あまり客来ねーけどな)

(ちょ! フェリシア! これから繁盛させるんだから!

 この最強である私が本気を出せばお客さんも沢山来るって!)

(あはは、じゃあ鶴乃、今日は呼び込みなんてどうかな?)

(任せてよお父さん! お客さん、ガンガン呼び込んじゃうよ!)

 

確かに客はあまり来なかった…だけど、とても明るかった。

客として入ったときも、本当に明るい。

鶴乃という存在がこの店を照らしていたんだろう。

常に店を照らそうと、必死に輝いてた。

 

私達はそんな鶴乃の輝きに甘んじてたんだろう。

一緒に輝こうとしなかったのかも知れない。

鶴乃が太陽なら、私達は月だったのだろう。

月は太陽がなければ輝けないのだから。

 

「親父さん…私です」

 

真っ暗な店の隅っこに、うなだれている親父さんが居た。

少しだけ声を掛けるか戸惑うが、私は声を掛けることを選択した。

ここで声を掛けず、店から出られるはずがない。

 

「……あぁ、梨里奈ちゃんか…もしかして君も…」

「そうですね…私もきっと鶴乃達と同じ事を伝えに来てます。

 ……しばらくの間、バイトを休ませて貰おうと」

「……そうか、店の方もしばらくの間は休みだ」

「えぇ、ですが…次に私が来たときには必ず賑やかにして見せます。

 まずはいつも通りに、そしていつも以上に…鶴乃とフェリシアと一緒に」

「ふ、2人を見たのか!? 何処で!」

「まだ見付けていません、その手がかりを探す目的もあってここに」

「そうか…」

「鶴乃が万々歳に来たときに違和感とかありましたか?」

 

鶴乃は確実に万々歳に1度戻ってきている。

洗脳できているというなら、鶴乃を家に1度帰すだけなら問題無いだろう。

とは言え、常時家に帰していれば、私達が確実に説得に来る。

それが嫌なんだろう。だが、逆を言えばだ

鶴乃がこうして万々歳に帰ってきていないと言う事は

 

洗脳を解除される可能性があるという事だろう。

完全な洗脳であれば、わざわざ街全体に波風が立ちかねない

鶴乃という少女の失踪だなんて望まないはずだからな。

 

「違和感…あぁ、そうだな…確か鶴乃が失踪する前に

 今までに1番安心出来る居場所を見付けたから帰らないって…

 捕まえようと思ったが、速すぎて捕まえられなかった…

 ただな…その時の鶴乃はいつもの元気な笑顔じゃなかったんだ…

 緊張が解けたみたいで、眠たげで表情がなかったんだ…」

「……そうですか」

 

緊張が解けたような表情…か…私も七美の前ではそんな表情だったのかな。

安心出来る居場所。周りに大事な奴が居ないから、緊張が解けたのかも。

なら、私とは違うのかも知れないな…私は期待されるから答えようとした。

 

鶴乃のあの笑顔は、もしかしたら大事な人を支えたいから…

私とは違う。大事だと思える人が居て、それで甘えられなかった。

鶴乃は優しいからな、フェリシアの面倒もいつも見ていたし

いろは、やちよさん、さな、そして私の事も…本当に優しすぎる。

優しすぎるから、甘えられなかった…

 

「…分かりました、必ず鶴乃とフェリシアを連れ戻して見せます。

 必ず鶴乃を見付けます」

「……俺も探すよ、鶴乃を見掛けたら梨里奈ちゃんにも連絡するよ」

「はい、私も鶴乃を見付けたら必ず伝えます」

 

鶴乃…優しすぎるよ、お前は…やっぱり親父さんにも見せなかったんだな。

私なんかと違って、お前は本当に優しい奴だ…だから、お前の周りには

とても良い人が集まる。素直になれれば、本当の居場所は身近にある筈だ。

最も安心出来る居場所…それは簡単に自力で作り出せる。

素直になれば良い…まだチャンスはある。必ず連れ戻してみせる。

 

「……ふぅ、よし、方々を探すとするか」

 

まずは情報収集だな。今回は誘導作戦だが、情報は欲しいからな。

調査をゆっくり進めていって、その過程で情報を得た風に装う。

 

「ふーん、方々探してたら遅くなったな」

 

最近はかなり夜分遅くに帰っている気がするな。

全く、ちょっと前までは毎晩9時に寝るのが当然だったのに

最近は完全にリズムが崩れてる。今から戻っても9時睡眠は無理だな。

 

「ふぁぅ……あぁ、そう言えば昨日は殆ど眠れてなかったな…」

 

色々な事がありすぎた…死んだと思ってた七美が生きていて

七美がマギウスの翼に入っていて、雰囲気も変ってしまって…

それに死にかけた…本気で死ぬと思ったのはあれが初めてだったよ。

まさか実際に自分が腹を貫かれるとは…

 

限界突破の汎用性が高くて助かった。

しかし、考えてみれば神浜に来てから死にかけることが多くなったな。

大体がマギウスの連中の影響なんだが…

 

「獲った!」

 

不意打ちを仕掛けるなら、少しくらいは気配を消せば良いのにな。

 

「獲ってない」

「な!」

 

背後から奇襲を仕掛けてくる魔法少女を変身するまでも無く制圧する。

魔法少女と言えど所詮素人。変身しようと接近戦であれば容易に反撃出来る。

 

「残念だったな黒羽根、私はこう見えて強いんだ」

「く、な、なんて力…変身してないのに!」

「力は技術で埋めれるんだ」

「うぐぐぅ!」

「さぁ聞かせて貰おうか、鶴乃達の居場所は何処だ?

 力を込めれば込めるほど、激痛は増していくぞ?

 流石に腹を貫かれるほどは痛くないだろうが」

「ど、どれだけ喚いても、お前達の仲間は…!」

「喚くのは私じゃない、お前だ」

「いだだだだ! や、やめ! 止めろ! し、知らない! 知らないから!」

「……」

「痛い痛い! た、助けて! お、折れる! 折れちゃう!

 知らない! 本当に知らないの! 知らないから助けて!」

 

これ以上は止めておこうか…本当に折ってしまっては申し訳無い。

 

「ふん、仕掛けるならもう少し数を揃えるか、連携を取れ。

 仲間が捕まればすぐに助けに来い、怯えてる暇は無いだろう?」

「く…これが仙波梨里奈…変身してもないのに…」

「さぁ、行動が遅いから変身してしまったぞ? 逃げるか?」

「いや、数はこっちの方が多いんだ! 1人に対して私達は5人!」

「もうすでに1人戦闘不能だ、もうお前達は4人だよ」

「関係ない、人数差は火を見るよりも明らかだ! 仕掛けろ!」

「言っただろう? 私に仕掛けるなら

 数を揃えるか、連携を取れと」

 

 

 

 

結局、鶴乃の居場所も七美の居場所も分からなかったな。

 

「全員に聞いても分からないとは、厳重な警備だな」

「つ、強すぎる…こ、この人数でも…傷1つ…」

「連携を取れ、良くそんな雑な連携で神浜の魔女を相手にして来られたな。

 とにかく帰れ、仲間の情報を知らないなら用は無い」

「くそ…て、撤退…だ…」

「何故…マギウスの翼に…入らないんだ…救われたくないのか…?」

「大事な仲間にあんな仕打ちをする組織なんぞに救われたくは無い」

 

七美、お前がどうしてマギウスの翼に入っているのか分からない。

何もしていない人の心を弄ぶマギウスの翼に入っているのか。

私はあの口寄せ神社で見た、幸せな偽りの夢を見ている人達を。

神浜に来たときに見た。作られた居場所で傷を舐め合う少女達を。

崩れた絆を直そうとする健気な思いを食い物にする化け物を。

 

「私はマギウスが気に入らない。お前達を否定はしないが肯定もしない。

 さぁ消えろ。痛い思いはあまりしたくないだろう?」

「クソ…どうして…」

 

そう言い残し、翼達は私の前から姿を消した。



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最大の警戒

今回の件で希望がある程度見いだせた。

どれだけ喚いても無駄だと羽根達は言うが

それが本当ならわざわざ鶴乃達を隔離しない。

マギウス自身が可能性があると伝えているのに

何故奴らはそれに気付かないんだろうな?

 

…なんて、羽根の殆どは中学生か高校生だろう。

ただ上の意思に追従しているだけであれば

気付かないとしても無理は無いかな。

 

しかし、そう考えてみると意外とマギウスの翼は

私を崇めていた中学の連中と似たような物なのかな。

相手の行動に懸念を抱かず、盲目的な思いを馳せる。

考える事を放棄したなれの果て…と言っても、まだ学生。

なれの果てでは無いか…なりかけでしかない。

 

だがまぁ、自分達の行動に疑問を抱かないのは問題か。

それに相手の事や誰かの事、生きてる人や生き物に対し

道具にしようなんて言うとは、全く荒んでるな。

 

「…私も変ったな」

 

ほんの数ヶ月で人と言うのはここまで変わるのか。

期待に答えようとすることしか出来なかった私が

神浜に来て、色々な事を考えるようになった。

そして七美に再会して、より考える様になった。

 

そして七美も変った…だが、まだ救える。

私が諦めなければ、七美の心を救える筈なんだ。

私は諦めない。私が諦めると言う事は七美への裏切りだ。

 

……だがしかし、思う事は多い。

もし私が七美の蘇生を頼んでいたらどうなってた?

こんな事にはなってなかったんじゃ無いか?

七美の心が荒んでしまうような、今の状態には…

ふ、なんてかも知れない事を思うのはまだだ。

 

どうしようも無い絶望を前にして思えば良い。

まだ私は幸せを掴める。七美を救える。

過去の選択を悔むのはまだだ。

今の選択の先で七美を救えばその選択はきっと正しかったんだ。

その選択を誤りにしないためにも、私は先に進まないとな。

 

「よし、まだ諦めないぞ。私はまだ進む」

「何処へ進もうというの? あなたが進む先は1つだけよ?」

 

そんなに懐かしくもない声が聞えた。

いつか会ったな…そしてやちよさん達から話も聞いた。

 

「……1つだけ? 悪いが道は無数にある物だ。

 1つだけに選択を絞るのは困難だな」

「ふふ、少なくともこの先には行けないわよ?

 今は後ろに下がることしか出来ないんだから」

 

前の十字路から巴マミが姿を見せた。

見滝浜の魔法少女…まどか達の先輩か。

と言う事は中学生なんだよな、一目ではそうは見えないが。

 

「悪いが私の帰り道はその道なんだ、退いてくれないか?」

「いいえ、退かないわ…退くのはそっち…と言いたいところだけど」

 

魔力の反応はずっとしていたが…やはり背後も塞いできたか。

 

「どうやらあなたには、退く場所もないみたいね?」

「2度連続で襲撃とは…そこまで私の存在が煩わしいか?」

「えぇ、色々と聞いているわ、仙波さん、あなたの話しを。

 だから、たった1日でここまで襲撃されるのよ。

 単独行動なんて、狙ってくださいって言ってるような物よ?」

「何故、狙われると分かってて単独で行動するか分かるか?

 それは、1人で行動しても問題無いと知っているからだ」

 

変身はすぐに終わる。一瞬で可能だ。

数を揃えても、質が低ければ相手にはならない。

 

「お前も、知ってるはずだ。ボロボロの私と相対したときにな。

 そう言えば、認めてたな。私が万全であれば勝ち目はなかったかもと。

 今の私は万全だ。だから、頭数を揃えたのか?

 だがそれはお前にはあまり得がないだろう? 邪魔な的が増えた。

 多重に展開する攻撃なんて、確実に仲間を巻き込むだろう」

「そうね、でも関係なく放つとすればどう?」

 

まさか、すぐに大量のマチェットを召喚した…こいつ本気か!?

 

「ふふ、さぁ喰らいなさい!」

「この! どうしたんだ全く!」

 

すぐに大量の短刀を召喚し、最初に出会った時と同じ様に弾く。

だが、さ、流石に背後を意識しすぎた。

 

「く…」

 

自分の方に飛んで来る弾丸に対する意識が散漫になったせいで

足に一発、肩に一発の弾丸を受ける…なんて無茶苦茶を…

 

「そうよ、私は1人ではあなたに勝てない。

 そして数を揃えたところで勝てないことも知ってる。

 だけど、あなたが1人じゃなければ勝てるのよ」

「……そうか、う、後ろの奴らは攻撃が狙いじゃない

 私が奴らの盾になることを狙ってたのか…」

「そうよ、あなたなら後ろの子を守ることを優先すると思ったの」

「もし…私が後ろの奴らを…守らなかったら…どうするつもりだった?」

「その時はその時よ、大した損失じゃないわ」

「え…あ……」

 

明らかに様子が変だ…最初出会った時よりも…異常だ。

何が…何があったんだ? 何が彼女をこんな事に…

 

「何があったんだ…」

「救いのために犠牲は必要なの。でも安心して?

 あなたはその犠牲には入らない。あなたには価値がある。

 さぁ、無駄な抵抗は止めなさい。その怪我じゃ戦えないでしょ?」

「まだ片足だけだろ」

「ならもう片方」

「ッ!」

 

よ、容赦が無い…両足を撃つか…? 何が…この…

 

「はぁ、はぁ…」

「あなたには最大限警戒をしないと行けないからね。

 痛いでしょうけど我慢して? すぐに楽になるから」

「……警戒か、本当に怖がられているな…

 なら、期待に沿わないとな? これじゃ拍子抜けだろ?」

「何をしても無駄よ?」

「ふ、さて…傘は持ったか?」

「何を…な!」

 

既に仕掛けは用意してる。残念だが鉄の雨は唐突に降るからな。

 

「私の周りでは天候が良く変るんだ」

「く!」

 

マミは私が落としたナイフを自らの魔法で迎撃していた。

私をあんな風に評価していたが、少し焦ると駄目なんだな。

 

「うわぁああぁ!」

 

黒羽根達は恐怖のあまりにその場に叫びながら伏せた。

空から雨の様に短刀が降ってくるのはゾッとするよな。

それも空中で金属同士が激しくぶつかる音を何度も響かせながら。

 

「駄目、捌き切れな…」

 

そして、マミが捌ききれなかった短刀の1本が

マミのおでこに直撃…しそうになるが

 

「…消え、ま、まさか!」

「最初から目眩ましだ、うるさかっただろ?」

「回復して!」

「さぁ、観念しろ!」

 

マミが気付いたときにはもう遅かった。

既に回復は完了してるし、距離も詰めてる。

うるさいし、恐ろしい光景だからな、視線も外れるさ。

厄介な魔法少女とは言え、対人はまだまだだな。

簡単に動きを封じることが出来た。

 

「こ、この…」

「アリナから聞かなかったか? この目眩ましの事を。

 私が人を殺せるわけ無いだろ? 私は臆病だからな。

 焦ってしまったな? 巴マミ」

「本当…最大に警戒されるだけあるわ…」

「さぁ、全て教えて貰おうか…鶴乃達の事、マギウスの根城

 そして、七美が今どこにいるか…」

「教えると…思う?」

「教えて貰えないなら、無理矢理聞き出すだけだ」

「ざ、残念だけど…あなたは最大に警戒されてるの」

「な!」

 

この反応は…魔女!?

 

「な、何をした!? どうしてこのタイミングで魔女が!」

「ふふ…それだけじゃ、無いわよ…よく探りなさい」

 

……ま、まさか、この反応は…まさか、まさかまさか!

 

「そんな…久実!?」

「ふふ…さ、さぁ、どうする? 間に合うかしら?」

「クソ!」

 

どんな方法を使ったんだ!? 何で久実の場所に魔女が!

とにかく急がないと! 久実1人じゃ、神浜の魔女は不味い!



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最速の救出劇

久実の気配を急いで追わないと! 身体強化も最大に使うしか無い!

時間が無い、神浜の魔女じゃ、久実は勝てない!

七美、弥栄、久実の3人でも勝てなかった相手…

久実の近くに魔女以外の気配なんて無い! どうしてこんな時間に!

 

「あ、あぁ…」

 

私が急いで久実の元に走り込むと、もう久実は追い込まれていた。

使い魔に完全に包囲されて、魔女本体の攻撃範囲内に入ってしまってる。

魔女だって、もうすでに久実を殺すつもりらしい…

 

こんな距離じゃ、もう走っても間に合わない…

それに結界を作らない魔女…そんな魔女、七美の力で操ってるに違いない!

よりにもよって、七美の力で久実を! ふざけた真似を!

 

「久実に触れるな!」

 

私に取れる手は正直これしかなかっただろう。

短刀を呼び出し、身体能力を最大に強化しての投擲。

私が投げた短刀は瞬く間に魔女に直撃し、貫通した。

だが、大きな隙が出来た、これだけで十分だ!

 

これだけ時間があれば、私の速度なら間に合う!

もう2度と、あの時みたいな思いはごめんだ!

私の力が及ばずに、大事な何かを守れない、そんなの嫌だ!

私はもう2度と、あんな思いを…したくないから!

 

「そこから消えろ!」

 

移動の過程で久実を包囲していた使い魔を撃破する。

すれ違い様に短刀でまとめて引き裂くなんて造作ない事だ。

問題は魔女、そいつさえ仕留めれば、それで終りだ!

使い魔を引き裂くとほぼ同時に魔女に向けていくつかの短刀を投げる。

2回もあの投擲をするのは肩が持ちそうに無いからな、別の方法で仕留める!

 

「これで終りだ!」

 

魔女の周囲に飛び散ったいくつもの短刀を強く蹴り飛ばす。

何本も何本も魔女の体に短刀が突き刺さり

私は突き刺さった短刀の内の1本を魔女を踏み付けると同時に深くに差し込む。

 

「@、おn!」

 

久実を助けるために全力で走っていた勢いもあり

魔女は私の踏みつけの勢いで地面を滑る。

魔女の体の上に乗っていた私も同じく滑った。

スケートボードに乗るとすれば、こんな感覚なのかもな。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…もう休め」

 

最後に短刀をいくつも召喚し、魔女を串刺しにしてトドメを刺した。

魔女は小さな断末魔を上げ、黒い煙をまき散らし姿を消した。

 

「り、梨里奈…さん…梨里奈さん…うわぁぁあ! 恐かったよぉ!」

「おっと…もう大丈夫だ…ごめんな、恐い思いをさせて。

 私がもっと速く合流出来てたら、こんな思いをさせないですんだのに」

「うぅ、ひっく…うぅ…わ、私…し、死んじゃうかもって…」

 

緊張が解けて、涙が出て来てしまったんだな。

まだ久実は小学生だ、死ぬかも知れない場面に直面すれば

涙が溢れてしまうのも仕方ない…私に抱きつくのだって仕方ない事だ。

まだ小学生…まだ誰かに甘えたい時期なんだ…それなのに姉2が…

 

辛いだろう…家族に嫌われるのも恐かっただろう。

でも、2人を助けようとする、優しい子だ…

私が守らないと…七美を元に戻すまで、

私がこの子の姉になってあげないと。

 

「う…」

 

ふぅ、全身が痛むな…流石に無理をしすぎた…

限界突破はやり過ぎるとこうなる。

全開で飛ばしたし、最後の瞬間は肉体の限界も完全に越えてただろう。

限界突破の魔法とは言え、肉体への負荷が多大なのが辛いところだな。

それに魔力の消費も中々辛い…自身の全開さえ越えると厳しいな…

 

「うぅ…恐かった…ごめんなさい…」

 

しばらくの間、久実は私の胸に顔を埋めて泣いていたが

落ち着いてくれてよかった…

 

「謝らなくて良い…さぁ、みかづき荘へ戻ろう」

「う、うん…」

「ほら、グリーフシードだ…随分濁ってる、使え」

「で、でも、梨里奈さんも…」

「私は大丈夫だ、さぁ」

「…ごめんなさい」

 

私はさっきの魔女から奪ったグリーフシードを久実に渡した。

精神的に負荷を追いすぎたんだろうな、ソウルジェムが真っ黒だった。

さて、このグリーフシードは調整屋に持っていくとしようか…

 

「さ、帰ろう」

 

……あぁ、とは言え…そうだよな。

 

「帰れる思うの? このチャンスを私達が逃すと?」

「あ…マギウス…の…そんな…」

「全く卑怯な事をしてくれるな…まだこれだけ居たのか。

 さっきよりも増えてるんじゃないか?」

 

体は既にボロボロだし、魔力も大分消耗した。

グリーフシードの予備を持ってきていればよかったな…

明日辺り、部屋に戻ってグリーフシードの補充をしよう。

やちよさん達も必要だろうし、結構持ってるからな。

 

「それにしても安心したわ、あなたも失敗することがあるのね?

 あの場面で何故その使えない子にグリーフシードを使わせたの?」

「久実はソウルジェムがかなり濁ってたからな。

 私としても、大事な親友の妹が辛い思いをしてるのを放置は出来ない」

「でもあなたの事だし、どうせこうなることは分かってたんでしょ?

 一時の感情に流されて判断を誤るなんてね」

「一時の感情ほど厄介な物は無いからな。とは言えだ

 その通り、こうなる事は想定していた…出来れば外れて欲しかったが

 意外と私は勘が鋭いようだ…当然、どうするかも考えたが

 生憎時間が無くてな…私の中でも嫌な選択肢しか浮かばなかった」

「へぇ、その選択肢って?」

「強行突破だ。問題はお前達の身の安全を保証できないと言う事だ。

 ご覧の通り、私も余裕が無い。余裕が無い状態で敵の身を案ずる事は出来ない。

 怪我をしたくない奴は下がってろ、傷が一生残りかねないぞ?」

 

自身の周囲に短刀を召喚し、威嚇する。

私が本気を出せば…そうだな、最悪相手を殺しかねない。

だが、この場面だと流石に加減をする余裕が無い。

魔力の消耗もあるし、久実も居る。肉体もあの全力移動でかなりギリギリだ。

この場面で相手の怪我を心配する余裕なんて何処にも無いだろう。

 

「例え魔法少女が解放されたとしても、その傷は一生残るだろう。

 最悪の場合は誰か死ぬかも知れない…それだけ今の私は余裕が無い。

 後が無いと言うことはそう言う事だ、手負いが最も危険なんだ

 人だろうと、獣だろうとな」

「……」

 

私の威嚇を受けた黒羽根や白羽根達からは明らかな動揺が見える。

露骨だな、顔色が分からなくても動きで分かってしまう。

 

「どうする? 逃げる奴は追わないぞ」

「あら、逃げるというの?」

「そ、それは…」

 

そうか、流石にマミの脅しの方が効果的らしい。

最初出会った時よりも随分と容赦の無い性格になったな…

やはり何か変だ…マギウスの連中に何をされた?

最初も話があまり通用するタイプでは無かったが

狂気のような物は無かった…

 

あの時は正義感か、そんな雰囲気だった。

思い込みが激しいだけで、実際は正義感ある魔法少女、そんな感じだ。

だが今は…狂気を孕んでる。異常なまでの目的意識と言う感じだ…

 

「…仕方ない、後悔するなよ…

 久実、少し離れていてくれ」

「う、うん…」

 

足が痛む、体も上手く動かせない…こうなったら

不甲斐ないかも知れないが…久実に怪我をさせる訳にもいかない。

 

「行くぞ」

 

少し私から距離を取ってくれた久実に近付き彼女を抱き上げる。

 

「ふえ!?」

「人殺しは嫌だからな、私は逃げる!」

「嘘!?」

 

不甲斐ないが、一気にその場から飛び上がり、屋根伝いに離脱する。

虚を突かれたからか、マミの攻撃はワンテンポ遅れていた。

あぁ情け無い…前までなら絶対にやらなかったな、こんな方法。

 

「すまないな、情け無いがあの場面でお前を護りながら

 あの数を怪我させずに殲滅するのは無理だったんだ。

 殺したくはないし、出来れば怪我も負わせたくなかったからな」

「い、いや、わ、私が魔女に襲われなかったら…」

「いいや、大丈夫だ…それにしても、どうしてあの場所に?」

「帰ってくるのが遅いから…り、梨里奈さんを探して…心配だったから…

 でも、黒羽根に襲われたりして逃げてたら、魔女に襲われて…」

「そうか…すまないな、帰ってくるのが遅くなって…」

 

そうか、黒羽根に誘導されてたのか…通りで黒羽根の数が多かったわけだ。

最初から久実の行動を制限してたのか…

 

「遅いわね…」

「久実ちゃんも姿が…い、急いで探さないと!」

「そうよね、梨里奈と久美ちゃんに何かあったら一大事ね」

「すまない、遅くなっ…っとと」

「梨里奈…上空から降ってくるなんて変った登場ね…

 いや、それよりも大丈夫? 明らかに体調が悪そうだけど」

「だ、だいじょう…うぅ…」

「っと、大丈夫じゃないわね」

 

さ、流石に無理だったか…みかづき荘に到着すると同時に力が…

はぁ、情け無い…途中で立てなくなってやちよさんにもたれ掛るなんて…

うぅ…も、もっと鍛えないとな…体が付いてきてない…

 

「あ、あの! 梨里奈さん、わ、私のせいで!」

「何があったの?」

「詳しく…話しますよ」

 

私はやちよさんに肩を貸して貰いってみかづき荘に入る。

無茶をすることには慣れてるが、やっぱり限界突破は反動がデカいな…

便利なんだが、もう少し反動が少なければ…はぁ。



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明日の行動

今回起った事態を、私は全て2人に話した。

どうも私の予想通り、マギウスは私を最大に警戒している。

同時に、どうしても手駒にしたいと考えているらしい。

実際、私という戦力はかなり強大な物だろう。

マギウスの翼を総動員すればどうなるかは分からないが

半端な戦力では数を揃えても無意味だからな。

 

「やっぱり、梨里奈さんの事をどうしても」

「そうみたいだな」

 

身体強化の反動も少し休んだら回復してきた。

話をしている間は、体を動かさないからな。

 

「で、明日はどうするの? あなたの推測が正しければ

 単独行動はかなり危険だと思うんだけど?」

「逆ですよ、逆に単独行動が安全でしょう」

「どう言う意味?」

「今回の件でマギウスが私をどうにかしたいと私に知らしてしまった。

 当然、今回の件で逃げ切った私達が2人に伝えることも間違いない。

 そしてマミに対して、根城を教えろという脅しも掛けました。

 となれば、私が次の日以降も単独行動というのは怪しいでしょう?」

「普通なら、囮と考えるわね」

「そう言う事です、マギウスの翼を釣るための餌と思うはず」

 

あまりに露骨な餌だ…下手に手を出そうとはしないだろう。

とは言え、あちらも相当頭が良いだろう。

私の作戦を見抜かれるかも知れないが、まずは様子見だろう。

 

「この方法で自由に行動出来れば情報収集も早い。

 そして、私の動向を向こうが掴みやすい状態。

 なら、誘導が出来るかも知れません」

「確かにね。とは言え、あなたは非常に危険な立場。

 あちら側があなたを最優先で倒そうとするのであれば

 囮と想定していても最高戦力で潰しに来るかも知れない」

「莫大な戦力は動かしにくいでしょう? 

 ですので、もし私を潰そうと考えるのであれば

 誘導しての迎撃…でしょうからね」

 

マギウスの翼を誘導することも出来るだろうからな。

私が動くというのはそれだけ向こうも警戒する。

私は中々に強いからな、存在が厄介だ。

厄介な存在は可能な限り潰したい、そう考えるはずだ。

 

「で、あなたはその迎撃を正面から叩き潰すと? 1人で?」

「えぇ、そのつもりですよ」

「いくら梨里奈さんでもそれは無茶ですよ!」

「私の心配よりも、2人は自分の心配をした方が良い。

 七美の存在は私達に取ってはかなり危険だからな。

 特に2人には、何か手を打ってくるかも知れない。

 でも、七美の存在は大きいし…さて、どう動くか」

「そのどう動くか、と言うのは

 七美という子をどう動かすかと言う事よね?」

「そうです。マギウスに取って七美の存在は重要な手駒。

 彼女をどう動かすかで戦況を大きく動かすことが出来る。

 チェスで言う所のクイーン、将棋で言えば飛車角でしょう」

「ボードゲームするのね」

「人並みには」

 

戦況を大きく覆す事が出来る手駒。

この手駒を何処に配置するかで大きく状況が変る。

取られてしまえば一気に状況が不利になるが

取られない限りは大いに戦場を荒らすだろう。

 

あちらからしてみれば、私という存在がその立ち位置。

私をどうにかして撃破したいのは明白だろう。

 

「手としては前も言いましたが、2人を洗脳すること。

 他には神浜の魔法少女を1人でも多く手駒にすること。

 強いて言えばももこ達でしょうね、私達への協力者への妨害。

 あるいは調整屋であるみたまさんを手駒にする。

 他には…私達以外の力ある魔法少女を手駒に加えること」

「指せる手が多すぎるわね。私達が指せる手は少ないと言うのに」

「その代わり、私達に取っての飛車角はそうそう落ちません」

「あなたの事よね、その飛車角と言うのは」

「えぇ、自惚れですかね?」

「まさか、あなたは間違いなく飛車角やクイーンより大きな仕事をするわ。

 でも、だからこそ失うわけには行かない。あなたに何かあれば

 私達だけで巴マミも含めた力ある魔法少女と戦う事になる。

 ハッキリ言うと、あなたを失うことは私達には詰みに等しいわ」

「活路があるとすれば、私を失う前に鶴乃達を奪還することですね」

「そうよ、だから無茶はしないで欲しい」

 

確かに私という存在は大きいからな。

だが、私達だけというわけではないんだ

もし私に何かあっても、活路は見いだせるだろう。

私が居なかったとしても、活路は必ず見いだせるか…

いや、無理か…七美がいる。私以外で七美は止められないだろう。

 

「じゃ、じゃあ2人チームで行動しません?

 丁度私達は4人ですし…」

「それは良いのだけど、その場合メンバー分けは

 私と梨里奈、いろはと久実ちゃんになると思うわ」

「え、あ、わ、私は…梨里奈さんと…その…」

「梨里奈がやろうとしていることはあまりにも危険だからね。

 まさか囮になって全部まとめて1人で潰そうなんて無茶にも程がある」

「私を倒すなら戦力の大部分を割くと思いますからね。

 その中に鶴乃達も居るかも知れない。居ないのなら別の手」

「……私達を手駒にしようと動くと?」

「えぇ、そう思います」

 

私を孤立させて、包囲して叩く方法。

効果は間違いなくあるとは思うが…

 

「とは言え、確定ではない。そこで久実はみたまさんの所に行って貰って

 七美が来てないかという確認をお願いしておきたい。

 その間に私は単独行動で情報収集を続ける。

 そしてやちよさんといろはの2人は一緒にうわさ探しと

 例の場所へ行ってきて、どう言う状況かを見た方が良いかと」

「それしかないのかもね。でも、それを決めるのはリーダーであるいろはよ」

「……はい、その手で行きましょう。でも明日はすぐに撤収して

 出来れば私達4人全員で動ける態勢を取った方が良いと思います。

 あまり夜間遅くならずに、6時にはみかづき荘へ」

「…あぁ、リーダーの指示であれば従おう」

「ありがとうございます」

 

ひとまず全員明日の行動が決ったところで今日は休む事になった。

明日、情報収集の合間にグリーフシードを回収してこよう。

さて、マギウスの翼はどう動くか…見物だな。



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東へ向けて

すぐに1夜が明けた、やはり眠ると早いな。

今日は休日だし、結構自由に動けそうだ。

私は早速色々と聞き込みをしながら行動を始めた。

 

「うわさ…あ、そうだ! 何か遊園地が出来るそうだよ!」

「遊園地? 何処にですか?」

「さぁ、そこまでは…」

「そうですか」

 

だが、怪しいな…もう少し調べてみるか。東に行きながら。

とは言え、その前にグリーフシードだな。

うん、久しぶりにこの部屋に戻った気がする。

とにかく棚のグリーフシードを…よし20個かな、十分だ。

 

「無駄に溜めたな…あまり魔力は消耗しないし溜まる一方だ」

 

だが、今はこのグリーフシードが重要な役目をしてくれる。

これだけあればしばらくは持つだろう。

…とは言え、このグリーフシードも魔法少女の亡骸…になるのか。

溜まった穢れを代わりに引き受けてくれているが

 

案外、呪いの矛先を変えてるだけなのかも知れないな。

人は以外と呪いには無力なのかも知れない。

だが、完全に無力であるなら希望はないだろう。

まだ可能性はある。一般の人を巻き込まない方法もきっとある。

 

それにしてもだ、ドッペルというのは相当特異な力。

もしかすれば、そのドッペルで何かを救う事が出来るかも知れない。

七美の友愛のドッペル。あれはほぼ魂に干渉するドッペルだろう。

そう言うドッペルがあればあるいは…なんて、考えてる場合じゃないか。

 

「ふぅ…あ、冷蔵庫の牛乳が腐ってる…ぐぬぬ、も、勿体ない…

 えっと、まだ大丈夫な食材は…うん、こんな物か。

 意外と少ないな…も、勿体ない…うぅ、使える食材で何か作るか…」

 

ひとまず冷蔵庫の余った食材を使って料理を作って小腹を満たす。

後は電気代温存の為に冷蔵庫の電源を切って…よし、全部切ったぞ。

ブレーカーも落としておこう。火事は無いと思うが念の為。

 

「よし、再開だ」

 

再びうわさの情報収集を始めた。やっぱり遊園地のうわさはあった。

しかし、このうわさ…東から流れてきてるように感じるな。

東に行けば行くほどにうわさを良く耳にする。

 

とは言え、うわさというのは意外と…もしかしたら東にも?

その可能性はやはりあるよな。でもそうなれば

マギウスの本拠地は中央付近か? いや、露骨すぎるか。

 

「ふんふん…しかし、全然襲撃が来ないな。これじゃ囮の意味が無い」

 

なんて小声で呟くが、聞えただろうな。

 

「すみません、うわさを調べてまして」

「う、うわさですか?」

「はい、何かありますか?

 部活動の一環で聞いて回ってるんです」

「へぇ、そうなの。じゃあ、工匠区って知ってる?」

「あぁ、確か東側の…一応話は聞いたことあります」

「じゃあ、そこの旧車基地って所があるんだけど

 そこで変な姿を見たってうわさがあるの」

「へぇ、どんな?」

「小さい光る子供が走り回って、気付いたら消える。

 うわさって言うのを調べてるならオカルト系でしょ?

 なら、こう言うちょっと心霊チックなの良いんじゃ無い?」

「確かに面白そうですね、明日行ってみます」

「今から行かないの? 時間的には丁度良さそうだけど?」

「うーん、確かにそうですね…」

 

さて…露骨な誘導が来たな、悪くないがこのまま行くべきでは無いだろう。

工匠区は確か東のテリトリーだったか、下手に近寄れない。

ひとまずやちよさんに少し相談をした方が良いか?

 

ひとまず私は距離を離して、やちよさんに連絡をした。

そして、さっきの会話を全てやちよさんに伝える。

 

「と、言う事がありまして。露骨な誘導ですね」

「そうね…でも、そこは東のテリトリー

 一応、私達も東に協力を要請する予定ではあるんだけどね。

 でも、今日は戻ってきて欲しいの。伝えたい事があるわ」

「そうです…いや、待てよ…今誘導してきたって事は

 既に戦力が揃ってると言う事じゃ…無駄な戦力を集中させて

 そのまま撤退なんて無駄な事を…相手は意外と計算高い。

 もし私なら誘導に失敗した場合の手を…」

「どうしたの?」

「やちよさん、連絡をするならすぐに連絡をお願いします。

 私はこのまま東の方へ向って、例の場所を調べます」

「ちょ、ちょっと! 伝えたい事が…フェリシア達の事で進展が」

「それは知りたいですけど今は東です!

 杞憂なら良いんですけど、急いで連絡を!」

「ちょ、ちょっとま!」

 

あぁ、盲点だった! 七美が居る以上、方法は多々ある!

その多数ある手の1つに東の制圧だってあったはずだ!

東の状況はよく分からないが、統括してる奴が居るはず!

そいつを七美の力で協力させれば東が落ちる!

東の戦力はかなりデカいだろう。マギウスと東の魔法少女

その二大勢力とぶつかるというのは非常に不味い!

 

「っと、急いで」

 

急いで東の方に走ると、スマホがなる。

私は走りながらスマホを取り出し、着信に出た。

 

「東のボスに連絡を取ったわ。どうも動きが妙らしい」

「何処に居るか聞きましたか!?」

「えぇ、工匠区の湖がある場所…確か」

 

高所を移動してきたからか、すぐに湖の場所が分かった。

そして、湖の近くで戦ってる魔法少女の姿もある。

真っ白い軍服か…少し私に似ているな、軍服という点は。

しかし黒羽根が多いな…

 

「いや、大丈夫です。湖が見えた。そして白い服の魔法少女」

「その子よ、その子が和泉 十七夜、東のボスよ」

「なら…不味い!」

 

高所から見ていると、ドッペルの姿が見えた。

やはり、マギウスは彼女を手駒に加えるために!

 

「く、何だあれは…」

「梨里奈ちゃんを取り戻す為に、私は!」

「私は最初からお前の前から消えちゃ居ない!」

 

私はすぐに飛び込み、七美のドッペルを無数の短刀で貫いた。

 

「そんな! この声…どうしてここに! 梨里奈ちゃん!」

「七美…何度も言わせるな、そんな方法は間違ってる」

「間違っていても、この方法しか無い…から!」

「む、君は…確か七海が言っていた魔法少女か、確かに黒の軍服だ」

「和泉 十七夜さん、黒羽根の方は問題ありませんよね?」

「あぁ、問題無い、君は? 七海からは相当な実力と聞いた」

「私は私の親友を止めます。これは私にしか出来ない」

「む、そうか。自分としては君の実力を見て見たいと思っていたが

 親友のためであるなら仕方ない。黒羽根は自分に任せろ」

「ありがとうございます」

「クソ! 梨里奈だ! 何でここに…不味いぞ、撤退しろ!」

「む、黒羽根達が一斉に逃げ出したな、どれだけ恐れられてる?」

「……七美、ここでお前を連れ戻す」

「梨里奈ちゃん、私はあなたを取り戻す」

「……」

 

七美の手元に武器と思われる物は無いが…

だが、七美は私と戦うつもりだろう。あの目は…

しかし、例え七美と戦う事になったとしても必ず助け出す。

七美を助け出して、鶴乃もフェリシアもさなも…全員まとめて助けてやる!



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七美との対決

七美が攻撃手段を持っているのかは分からない。

だが、1対1ならば恐らく私の方に分があるだろう。

七美を侮っているわけではないが、彼女は病弱。

私の高速戦闘に付いてこれるとは思えない。

 

相手の出方を見るのも重要ではあるが

七美の魔法が分からない以上は素早く仕掛けるしかない。

彼女は私がここに来ると想定はしていなかっただろうし

仮にトラップ系の魔法だったとしても用意する余裕は無いはずだ!

 

「行くぞ!」

 

素早く間合いを詰める。

相手の出方が分からないなら無謀な行動ではあるが

長期戦になって他の羽根が来ても厄介だからな。

七美奪還の妨害をされる訳にはいかない!

 

「はぁ!」

「ッ!」

 

一気に七美と間合いを詰めようとすると

目の前に大きな岩が飛んで来た。

これが七美の魔法!? 岩飛ばすのか!?

だが…七美の願いは居場所が欲しいという願い。

この魔法とその願いは何だか乖離してるように感じる。

 

「どんな魔法か分からないが、この速度では無意味だ!」

 

私はすぐにその岩を回避し、七美の姿を視認した。

 

「知ってるよ、梨里奈ちゃんは強いんだから」

「ん? うわ!」

 

引寄せられた!? 唐突に、彼女が手を叩くと同時に!

 

「痛いけど我慢してね!」

「な!」

 

かなり尖った石が私の方に近寄ってきてる!

いや、私も近寄ってる!? どんな魔法だ!

 

「この!」

 

私は急いでその岩を弾き飛ばした。

だが、今度は背後に引っ張られる!

 

「な! うぐ!」

 

弾いた岩が…背中から…ど、どうなって…

 

「くぅ…」

「膝を付いたね、出来ればこんな事はしたくないけど」

 

初めてだった…初めて魔法少女との1対1の戦いで

ここまでの大ダメージを受けたのは…今までこんな事は…

巴マミとの戦いの時はあいつの無茶にやられたが

今度は正攻法で私は膝を付く…その相手が七美だなんて。

 

「や、やっぱりお前は…私の色々な初めてになるな…」

「梨里奈ちゃん、マギウスの翼に来て」

「……断る」

 

フラフラと立ち上がり、背中に突き刺さった石を引き抜こうとする。

でも、引き抜けない…何だ、何かに引っ張られてるように…

 

「無理だよ、その石は引き抜けない。私が能力を解除しない限りね」

「……そうか」

 

この感覚で七美の魔法がどんな魔法なのか少しだけ分かった。

引寄せられるような感覚。石を引き抜こうとしたときに

なにやら服が引っ張られるような感覚になった。

 

「…だが、痛いのはごめんだからな」

 

私は自身の軍服を1箇所引き裂いた。

そのまま妙に引っ張られている布を強めに引く。

小石は私の体を貫通して、体から飛び出した。

 

「何を!」

「い、石が入ったままだと傷が癒やせない…だろ」

 

すぐに治癒能力の限界突破から自身の傷を癒やす。

運の良いことに石が突き刺さった場所は致命傷になる場所じゃ無い。

完全に癒えるまで少し時間が掛るが、短期間で完治だろう。

だが、口から少し血が出てしまった…普通は無茶だからな。

 

「七美、お前の魔法の正体…分かったぞ」

 

布切れと石の隙間を短刀で切った。

何かが刃に当り、切れた様な感覚の後、石は地面に落下する。

 

「い、1回喰らっただけで…私の魔法の正体が…」

「あぁ、お前の魔法は糸で繋げる魔法。違うか?」

「……流石だね」

「そうと分かれば対策はある。その糸は切れるようだしな」

 

いつ相手に糸を付けるのか分からないな。予備動作はないみたいだ。

かなり強力な魔法だ。自分が何と繋げられたかが分からない。

何処からの攻撃かも分からない…不意に引っ張られると焦るしな。

 

更に糸が殆ど見えない。夜だからなのかは分からないが

それでも意識していない間に糸を引っ付けられると厄介だ。

 

「本当に対策があるのかな? 私は魔法少女の中でも結構強いよ」

「間違いないな、だがお前を連れ戻すためだ。強かろうとも必ず!」

 

糸の特性が分からないからな。ここは1つ試す!

 

「糸は1箇所しか繋げられないんだろう? なら、こうだ!」

 

自身の周囲に大量の短刀を呼び出し、七見に向けて放った。

 

「……舐めないでね!」

 

やっぱり1箇所だけじゃないのか。

短刀のいくつかが私の方に引寄せられた。

 

「脅威だな、やっぱり」

 

私はすぐに短刀を解除した。

 

「侮らないでね、梨里奈ちゃん」

「侮ってはない。試しただけだ」

 

七美…私がこっちに来て1番強いと感じる。

 

「全く、これ程強いのに何故最初神浜に来たときに苦戦したんだ?

 これだけの力があれば、神浜の魔女だろうと倒せるだろう」

「単純だよ、私の魔法は火力が足りないんだ。

 相手が人であれば十分な効果を発揮するけどね」

「久実達が居るなら、お前が魔女を足止めして叩けただろうに」

「久実の魔法は再構成。攻撃出来る魔法じゃない。

 弥栄の魔法だって治癒魔法。梨里奈ちゃんみたいに

 魔力の扱いに長けてるわけじゃないから攻撃力が足りないんだ」

「そうか」

 

火力不足か。確かに神浜の魔女相手にそれは致命的だな。

だが、この会話で分かる事もある。七美の魔法は

そんなに多くの対象を繋げる事が出来るわけじゃない。

 

複数の対象を繋げられるのであれば、魔女から逃げ切れるからな。

死を覚悟するような場面にはならない。

だが、複数繋げられない。だから使い魔に追い込まれたんだろう。

 

「仙波君、こちらは終わったぞ…自分も加勢しよう」

「十七夜さん」

「流石に2人相手は不味いかな…梨里奈ちゃん1人でも手一杯なのに…」

「逃がさないぞ、七美!」

 

絶対に助け出すと決めた! あんなやり方は間違ってる!

絶対に七美をここで連れ戻して、鶴乃達も取り戻す!

 

「逃げるよ、流石にね」

「待て!」

 

七美が素早く後方に下がった! 何だあの速度!

そうか、魔法の! 逃がすわけには行かない!

限界突破の魔法をフルに使えば十分追いつける!

 

「待て! 七美!」

「お、追いついてくるの!?」

「絶対に連れ戻す!」

「く、こ、来ないで!」

「うぁ!」

 

ひ、引寄せられる…でも、関係ない! 

無理矢理にでも追いつく!

 

「に、逃がすかぁ!」

「糸が…そんな無茶苦茶!」

「七美様を守れ!」

「黒羽根! く!」

 

しまった! 黒羽根の攻撃で!

 

「うぅ、こ、この…」

「飛んだね!」

「しま、うわ!」

 

黒羽根の攻撃を避ける為に飛んだせいで

新たに七美が付けた糸に引寄せられてしまった!

クソ、急いで追わないと行けないのに!

 

「糸を…って! 不味い!」

 

背後を振り向くと、そこには十七夜さんの姿があった。

 

「と、唐突に引寄せられてしまった…

 何があったんだ…」

「か、十七夜さん、ひ、ひとまず動かないで」

「う、うむ」

 

すぐに自分と十七夜さんに付いた糸を斬った。

下手な事をすると

十七夜さんに怪我をさせてしまうから

あまり早く切断できなかった…

そのせいで七美の姿が見えなくなった。

 

「クソ…あと少しだったのに…

 七美にあんな魔法が…」

「かなり強力な魔法の様だな、驚いた。

 所で傷は大丈夫か? 

 かなり深そうだったが」

「大丈夫です」

 

もう私の傷は完全に塞がっていた。

塞がってないとあんなに動けない。

しかし…七美をまた取り逃がすなんて…

あと少しだったのに…

 

「……仙波君、

 君はあの少女をどうしても取り戻したいのだな?」

「はい、私の親友です…」

「だが、彼女は相当な実力者だ。

 他の羽根とは実力が違いすぎる。

 あの魔法、私も全く抵抗できなかった…

 半端な力ではあの引寄せには抵抗できまい」

「数で攻めれば勝算はあります。

 でも私は例え1人でも助け出す。

 誰も協力してくれなかったとしても、

 私は必ず…

 ですが、今はそれよりも…

 洗脳された鶴乃達ですけどね…」

「あぁ、君の心の内は読ませて貰った。

 悪意はないようだな」

「心の内? 心を…読めるんですか?」

「あぁ、君と彼女が戦っている最中に

 心を覗かせて貰ったんだ。

 お互いにお互いの事を考えていたな。

 七美という少女も

 君をどうしても連れて行きたいと考えていた」

「……そうですか」

 

やっはり分からない…

七美、どうしてお前がマギウスの翼に入ったのか。

一般の人を犠牲にしてまで…助かりたいのか?

他の方法を考えようと思わないのか? 

…分からないよ、七美。

 

だから必ず、お前とまた話をして…

お前を改心させてやる。

絶対に助けてやるぞ、

七美…お前を偽りの居場所から引きずり出して

本当の居場所がある所へ連れて行ってやる…

絶対にだ、絶対に…



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死闘の後

七美を取り逃がすことになってしまった…

結果として東のボスである和泉 十七夜さんを救えた。

更には私達と協力関係という物を築いてくれた。

 

私は一息吐いた後、みかづき荘へ足を向けた。

とにかく今回の件を報告してグリーフシードを渡さないとな。

……しかし、七美…どうして…

 

「ただいま戻りました」

「あら、お帰りなさい」

「遅かったね、梨里奈ちゃん」

「大丈夫でしたか? 東の方は」

「あぁ、東の方は何とかなったよ。

 十七夜さんも無事だ。危うかったけどね」

「り、梨里奈さん! お、お姉ちゃん居たんですよね!?

 ど、どんな感じでしたか!?」

「最初に会ったときと雰囲気は変ってなかったよ。

 十七夜さんをドッペルで洗脳するつもりだったらしい。

 あと少し遅れてたら、洗脳されてたかな」

「そ、そんなにギリギリだったんですか!?」

「あぁ、少し遅かったら危なかった」

 

もうすでにドッペルまで出してたからな。

あと少し遅れていれば、マギウスの狙い通りだっただろう。

 

「はぁ、それを聞いて安心したわ。やっぱり七美という少女は

 私達に取ってかなり脅威となる存在と言う事ね」

「でも、厄介なのはドッペルなんだろ? それなら」

「魔法少女としても相当な手練れだ、あいつは…負けるところだった」

「はぁ!?」

 

4人の驚きの声と同時に、他の声が混ざっていたような気が…

 

「お、おいおい! 姉ちゃんが負けそうになるとか嘘だろ!」

「……!?」

「あ…」

「……」

 

な、なんでしれっと机の下からフェリシアとさなが…

 

「これはまた…そっちも良い結果だったようですね」

「ゲ! 姉ちゃんにバレちまったぞ!

 折角驚かせるつもりだったのに!」

「逆に驚かされちゃったわね。あなたが負けそうになるだなんて

 巴さんと戦った時と同じ様に変な手でも使われたの?」

「いや、正攻法で戦って追い込まれました」

「嘘だろ…そんなにヤバい魔法少女なのかよ」

「で、でも…七美お姉ちゃん、そ、そんなに強く…」

「魔女との相性が悪いだけで、魔法少女との相性は良いみたいでな。

 1対1での戦いなら、七美の方に分があるだろう」

「確かに七美お姉ちゃんの糸の魔法は凄いけど…

 あ、そう言えば私、梨里奈さんにお姉ちゃんの魔法の事…」

「大丈夫、ちゃんと聞いたよ。でも、七美が強くてな。

 気付かない間に糸を繋いでくるのは厄介すぎるよな」

「あ、ちゃんと言ってたんだ。良かった…忘れてたら…」

「大丈夫だ、どう攻略するかも分かってきたしな」

 

七美の糸は脅威だが、対処の方法が無いと言う事は無い。

七美の糸の対処方は糸を切断すること。

私は短刀を召喚して戦うから、糸を切ることは出来るからな。

 

限界突破で無理矢理引き千切る事も出来る。

だが、油断ならない。私が召喚した武器にも繋げられるみたいだし

まさしく魔法少女を倒すための魔法…脅威だな。

 

「でも、あなたが1人では追い込まれれる程の実力。

 単独行動はますます避けた方が良いでしょうね。

 明日、例の場所へ向う予定ではあるけど…

 その時は私達全員で行動しましょう。あなた1人は無謀よ」

「でも、あの場所は罠である可能性が非常に高い。

 それでも行くんですか?」

「えぇ、そこで待機してる羽根に幹部クラスが居るかも知れない。

 十七夜は相手の心を読めるからね、彼女に協力して貰えば」

「そう言えば、彼女は心を読めると言ってましたね」

 

いつの間にか覗かれてたみたいだし、若干恐いな。

 

「だから、明日は全員一緒に行動しましょう」

「よし! 俺達も頑張るぜ!」

「はい、絶対に…」

「じゃあ、明日が正念場って所か。遊園地の噂もあるし

 少しでも早く鶴乃を取り戻さないと不味いからな」

「遊園地の噂、そう言えば私も聞きました」

「お、梨里奈も聞いたんだな、遊園地の噂」

「確か…この台風の目となる場所近くでは良くでかなり聞いた。

 近寄れば近寄るほど、その噂を聞く機会が増えたような気が」

「そうだね、あたしの感覚だと東から流れてる感じがした」

 

東か…やはりあの場所を調べてみるしかないだろう。

どう考えても罠という感じだったが、飛び込むしかないか。

虎穴に入らずんば虎児を得ず。無謀でもやるべきだな。

 

「そう、ならその噂も含めて調査したいわね」

「調査するなら急いで方が良いと思うぞ。

 明後日の夜明けにオープンらしいから」

「夜明けにオープンなんて…より一層、怪しさしかないわね」

「問題として、どうしてそんな露骨に怪しい噂を信じてるのか。

 所詮噂と考えているのか…でも、一番乗りを目指すという言葉もあった。

 信じてる人もかなり居る様子だったし…これも噂の効果か?」

「うわさだからね、何があったとしてもおかしくないわ」

 

実際、私が遭遇した噂はことごとく唐突に現われてたからな。

やはりあり得無い事が実現する…全く面倒だ。

 

「とにかく、そう言うのは明日考えましょう。今日は休むわ。

 梨里奈、あなたも結構消耗してるみたいだし休んだ方が良いわ」

「はい、何だか七美と再開してと言う物、怪我ばかりしてる気がします。

 あ、それとこれをどうぞ。私がストックしてたグリーフシードです」

 

私はポケットからグリーフシードを全部取り出した。

 

「こ、この量は…こりゃ、あたしらの出番無いかなぁ…あはは」

「す、凄い量ね…使わないの?」

「私の魔法、そんなに魔力を消耗しないので溜まるんですよ。

 流石に怪我を治すとなると、結構消耗しますけどね。

 ここに来るまでは深い怪我なんて殆どしませんでしたから」

「でも、良いんですか? こんなに沢山…」

「私1人じゃ使い切れなくて困ってたんだ。

 丁度良い機会だろう? 多いに越したことは無いしな。

 それにいくつかまだストックしてるから大丈夫だ。

 無くなったらそれも持ってこよう。10個以上はあったはずだ」

「凄い数ね…驚いたわ。でも、それなら遠慮無くいただくわね」

「はい、ご自由に使ってください」

「まぁ、あたしらもいくつかストックあるし、足りなくなったら言ってよ」

 

ひとまず私達は今日1日休む事にした。

明日が本番だしな、急いては事を仕損じるという。

私には痛い言葉だ。何度急いで怪我をしたか分からない。

七美の時も久実の時も、そして今回も焦りすぎは良くないな。

 

「ふぅ…風呂が開いたぞ…って、どうしたんだ? そんなに焦って」

「ちょっとフェリシアちゃんとさなちゃんのソウルジェムが…」

「そうか、洗脳された影響か…」

「えぇ、でも大丈夫、何とかなったわ」

「それは良かった…」

「ん? ちょっと梨里奈、あなたもソウルジェムが…」

「ん? あぁ、気付いてなかった…ちょっと消耗したからな…」

「ちょっとって程じゃないだろそれ! どうしたんだよ!」

「……グリーフシードがあるから大丈夫だろう」

「そうだけど、そんなに消耗したの?」

「でも、今までそんなに…昨日もそこまでじゃありませんでしたよね?」

「……七美と戦ったのが堪えたのかも知れないな。でも、大丈夫だ」

 

焦りすぎているのかも知れない…七美の事で。

こんなんじゃ駄目だな、もっとしっかりしないと。

もっとしっかりと、周りに幻滅されるわけにも行くまい。

この程度で動揺して居る場合じゃない、まだ七美を救えるのだから。



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東へ向う準備

早速私達は東へ向い、十七夜さんと会うことになった。

とりあえず、今日は私が朝食を作る日だからな。

当番制らしいし、私は料理が出来るから問題は無いが。

 

「…冷蔵庫の中身、何とも豪華だなぁ…」

 

卵が沢山ある…うぅ、私からしてみれば

卵は結構な高級食材なんだよな。

必須食材でもあるが…意外と高い。

 

冷蔵庫で卵が10個以上なんて事はほぼ無いが

流石に何人も一緒に住んでるわけだからな。

沢山卵が置いてある。それに肉まで…

豚バラ…ううぐ、300円オーバーとは…

 

はぁ、こんなにも充実した冷蔵庫の中身を見るなんて。

万々歳でバイトをしているときはいつも見てるが

やはり一般家庭でこうなると、何だか羨ましい。

 

「……随分と恨めしそうに我が家の冷蔵庫の中身を見てるわね」

「あ、やちよさん。すみません。ちょっと…あはは」

「あなた、そんなに生活苦しいの?」

「ま、まぁ…万々歳でバイトを始めてからはかなり裕福になりましたけど

 それでも、やっぱりこう、貧乏性というかそう言うので

 あまり沢山の食材を買えないんですよね。貯金が増えてます」

 

バイトを始めたんだし、もっと沢山の食材を買っても良いが

やっぱりこう、何だか沢山の食材を買うというのは抵抗がある。

今でも広告を見比べて、何処が安いかを確認した後に

自転車でそこまで行ってるからなぁ…

 

正直な話し、自転車で移動するよりも魔法少女に変身して

ひょいひょいっと行った方が早く着く気がするがな。

本気を出せば新幹線より速く動けるし…無駄遣いはしたくないが。

まぁ、自転車で行ってもバイクよりは早く移動できるから良いんだが。

 

「あなた普段は何処に買い物行ってるの?」

「広告を見比べて安いところを選んで回ってるので

 普段ここに行く、と言うのはありませんね」

「あなた、確実に将来良いお嫁さんになるわね。

 料理も家事も何でもこなせるんでしょ?

 掃除とか下手なプロより完璧にこなすし…短期間で」

「いやいや、自分の部屋とかは意外と散らかってますよ。

 人の部屋はこれでもかと言わんばかりに掃除しますが

 自分の事は意外と気にしてないので、掃除はあまり。

 人が来るときはかなり綺麗にしますけどね」

「あなたは自分に無頓着だからね。

 でも、肌のケアはしっかりしてるわよね? 化粧はしてないけど」

「私は周りから男っぽいと言われてましたからね。

 化粧するのは女々しいのでしなかったんです。

 興味はありますが、周りが私を男の様だと思うのであれば

 私は化粧はしません。とは言え最低限肌のケアはします。

 

 女性としての魅力という部分を維持するためにも必要ですからね。

 男っぽいと言われてましたけど

 女の子としても憧れると言われてたので」

 

私の行動理念は大体周囲が私にどんな印象を抱いているかで変る。

私が格好いいと言われていれば、私は格好良く振る舞うし

可愛いと言われていれば、きっと可愛く振る舞っていただろう。

それが私だからだ。私は道化師だったからな。今はそうでもないが

化粧をしないと言うのは昔の名残だ。

 

「あなたは周りの目を気にしすぎよ…そんなんじゃあなたは1人よ?」

「大丈夫、分かってます。親友に何度言われたことか。

 だから、今の私は前と比べれば大分マシなんですよ。

 そうじゃ無いと、やちよさんにこんな事は話しませんから。

 全員の自分の弱点とか好きな事とか、嫌な事とか

 そんな事は全く話さない。家のことも話してませんよ」

「……そう、じゃあ私に色々と話してくれるのは」

「私がここを気に入ってるから…まだ、大して仲良くない相手に

 自分の事を話すことは出来ませんからね」

 

七美のお陰で変ったとは言え、まだまだ私は完全には変ってない。

誰彼構わず、自分の事を話してありのままで付き合えるほど

私は出来上がってない。知り合ってすらない仲が良くない相手には

今でも仮面を被ってしまう。それが普通なのかもしれないがな。

 

「そう、ならまだ良かったと言えるのかしら」

「えぇ、それじゃあ早速料理を作りますね…

 所でやちよさん」

「何かしら?」

「冷蔵庫の食材って…ど、どれを使って良いんですか?

 どれもこれも私には高級食材に見えて手が出せないというか」

「…好きなのを使ってくれて構わないわ」

「ほ、本当ですか!? でも、どれもこれも…」

「美味しかったら何でも良いのよ、お金は幸せを買う物なんだから」

「は、はい…では、無駄遣いにならないよ、腕によりをかけましょう」

「お願いね、梨里奈」

 

私は早速料理を開始した、早速スクランブルエッグを作ろう。

私はこのスクランブルエッグが好物なんだ、食べやすいからな。

とは言え、卵を使わないと行けないから普段は作れない。

ちょっと贅沢をしようと思ったとき位しか出来ないからなぁ。

 

さぁ、スクランブルエッグにウインナーも一緒に用意して

焼き加減も完璧だ、我ながら良い出来だと思う。

味付けも完璧に出来たぞ。上手く行った。

 

さて、次に朝食と言えば味噌汁だ。

これも普段ならそうそう作れないが、今回は可能だな。

インスタントの味噌汁は高いし、あまり栄養バランスが良くない。

 

味も好みでは出来ないからな、やはり自分で作るのが1番だ。

私は味噌汁というか、そう言った汁物が好きなんだ。

意外とそう言った汁物というのは腹の膨れを維持できるからな。

少しでも食事を取らないで活動するためには必要不可欠だ。

 

「よしっと、全員朝食が出来たぞ」

「おぉ! 待ってました!」

「梨里奈さんの手料理…久しぶりです…」

「良い匂いですね、梨里奈さん!」

「す、凄く美味しそう…」

「味には自信があるぞ、さぁ食べてくれ」

「じゃあ、いただこうかしら」

 

全員、私の料理を美味しそうに食べてくれた。

やっぱり誰かに料理を出したときに最も嬉しい反応がこれだ。

とは言え、あまり全力で作りすぎると飽きてしまうと言うのが人だ。

美味しすぎる料理は作るべきじゃ無い。程よく美味しいのが1番だ。

 

人に振る舞うときはそれが最も重要だと思う。

大きな店とかであれば、極上の料理を出せば良いとは思うがな。

だから、今回私の料理はやちよさんの料理に寄せた味付けにした。

毎日食べる食事はいつも通りが最も美味しいんだ。

 

「うめぇ! やちよの料理と同じだ!」

「確かに私の料理と同じ様な味付けね…」

「梨里奈さん、料理の味付け自在に帰れるんですね。

 前、私達に料理を振る舞ってくれたときは…家の味そっくりだったのに

 今回はここの味付けにそっくり…」

「万々歳の時も万々歳の味付けそっくりだったっけ」

「…つまり、本気で作ったわけじゃ無いのね? 私の味に合わせたと」

「そうですね、普段食べる味付けが1番美味しいんですよ」

「そ、そんな事を聞くと…わ、私、凄く気になるんですけど…」

「ん? どうした?」

「梨里奈さんの本気の料理って…どんな味なんですか?」

「1度ケーキを作ってくれたとき、凄く美味しかったですし…

 あれが本気だとすれば…もし本気で料理を作ったなら…」

「今まで食べたことが無いような、凄い美味しい料理が…!」

 

本気で料理を作ったことは無いからな。食材の関係もあるし

仮に誰かに振る舞うときも、その家の味を振る舞ってた。

私は普段の生活でもあまり本気で料理は作らなかった。

 

家で料理を作ったときも母親の味を模倣して作ってたし

私が本気で料理というか、何かしらを作ったのは

前にいろはの誕生日で振る舞った、あのケーキくらいか。

 

「出来るかも知れないな、本気で料理を作ったことは無いし

 私自身、どんな料理が出来るかは分からないんだが」

「今度、作って欲しいのだけど?」

「…そうですね、でもその…わがままになるんですけど

 私が本気で料理を作る時は

 鶴乃も弥栄もそして七美も…皆一緒に居る

 そんな場所で作りたいんです。

 私が初めて自分自身の本気を出す場面であるなら」

 

私の言葉を聞いた皆はにっこりと笑って首を縦に振った。

 

「えぇ、そうね。それが1番ね」

「よーし! 鶴乃もそんで姉ちゃんの友達ってのも!

 全員マギウスから引っ張り出して、姉ちゃんの料理食うぞ!」

「どうせなら、み、みふゆさんも…」

「うん! それにういも灯火ちゃんもねむちゃんも!

 皆、全員で梨里奈さんの最高の料理を!」

「…そうね、その為にも必ず連れ戻しましょう!」

「自分達の親友を、大事な人を!」

「私もが、頑張ります…お姉ちゃん達を助ける!」

「よっしゃー! 何だか気合いが入るぜ! 早速行こう! 東だろ!?

 うん、さっさと行こうぜー!」

「だめよ、まだご飯。それにあなた達は待機」

「な、何でだよ! 絶対行くんだからな! 鶴乃助けるんだ!」

「だから、駄目だって…」

「やだやだー! 絶対行くんだー!」

「わ、私だって行きたいです!」

「さなちゃんも駄目だって…」

「いや、行き…ます!」

「2人はお留守番だよ-!」

 

朝食を食べ始めると、何だか騒がしいことになった。

うーん、でも何だか…4人とも楽しそうだ。

楽しそうな4人の姿を久実と見ながら私は朝食を食べた。

 

「り、梨里奈さんも止めるの手伝ってくださいよー!」

「早く食べないと朝食が冷めるからな。美味しい内に食べたい」

「あ、そ、そうだな! 美味しいご飯食べるぞ!」

「う、うん、今はご飯を食べないと…」

「な、何だか止まったけど…食事の後、また騒がしくなりそうね」

「そ、そうですね、あはは」

 

2人の予感は無事的中し、朝食の後

やはりフェリシアとさな2人と激闘になった。

激戦の末、何とか2人を部屋に戻し、眠らせることに成功する。

うん、楽しそうなやり取りだったな、見てて実に楽しかった。



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東へ

「ど、どうしたんだよ2人とも、随分と疲れてるじゃないか!」

「ちょっと朝から一戦交えてね」

「まさか、マギウスの連中に!」

「いや、フェリシアとさなの2人だな」

「えぇ!? どう言うこと!?」

「実は…」

 

いろはがももこに朝会ったことを全て話した。

流石にあのやり取りを聞いたももこは少しだけ呆れた表情だが

若干笑っているように見えた。

 

「確かに洗脳の影響がどんな形で出るか分からないもんな」

「そうなのよ」

「…でもさ、梨里奈の本気の料理って奴あたしも気になるんだけど」

「あ、ももこさんも食べてみたいですか? 梨里奈さんの本気の料理!」

「あぁ、勿論だよ。あのケーキも美味しかったからね。

 もしその時が来たら、あたしらも混ぜてくれない?

 レナとかえでも絶対に食べたいって思う筈だしさ」

「あぁ、その時が来たら振る舞うさ。だが、ももこは自分で言うとおり

 結構バットタイミングだからな、料理を食べ終わったタイミングに」

「や、止めてくれよそう言うの! ちょっと恐いじゃん。

 ま、まぁ、その時はグッドタイミングで来るから大丈夫だって!」

「本当かしら?」

「信じてくれよ-!」

 

こんなやり取りをする事はあまり無いが…私も変ったな。

相手を弄るなんて、殆どしなかったが。

……あぁ、何だろう。私はこの神浜に来て変った。

 

誰かと一緒に戦ったり、誰かと一緒に話をしたり。

……誰かと一緒に大きな困難に立ち向かったり…

そして同時に少しだけ勿体ないと思う私も居た。

……こんな事、思うべきじゃ無いのかも知れないけど。

この中に…この中に七美が居てくれれば…七美が居れば…

 

どうして、折角会えたというのに、敵同士なんだろうな。

いや、敵じゃないか…意見がぶつかってるだけに過ぎないだろう。

所詮そんな程度なんだ。意見がぶつかる。そんなの親友同士なら

きっと必ず何処かである事なんだ。だから、悔まなくて良い。

 

親友とぶつかり合うなんて事、きっと誰だって経験する。

喧嘩をすることだって必ずあるさ、当然だ。

だから、私はただ七美と喧嘩してるだけなんだ。敵同士なんかじゃない。

ただ喧嘩をしているだけ。なら、仲直りをしないとな、必ず。

 

喧嘩別れだなんて結末はごめんだ…親友に歩み寄る。

私に必要なのはそれだ。歩み寄って、一緒に前に進めば良い。

だから、負けないぞ…七美、絶対に連れ戻してやる。

 

「さてと、そろそろね…」

 

あのやり取りの後、私達は無事に合流地点へ到着した。

そこに到達すると同時に十七夜さんの姿が見えた。

 

「来たわね」

「おぉ、久しいな七海! 十咎も一緒じゃないか!

 それに懐かしいな…それに? む、だれだ!?

 2人も知らぬ奴が居るが…」

「あ、えっと…私は環いろはって言います。

 最近、神浜に来て、やちよさんのお世話になってます」

「え、えっと…わ、私、く、久実です…

 その…せ、千花 久実…お、お姉ちゃんを助けたくて…」

「お姉ちゃんと言うのは?」

「昨日、一戦交えた私の親友のことです。

 この子は妹の1人、久実です。あと1人は弥栄。

 弥栄の方はマギウスの翼に残ってます」

「む、そうか、昨日の…彼女は相当な手練れだったな。

 その妹と言う事は、彼女も中々の手練れなのか?」

「い、いや、わ、私は…」

「久実はまだそんなに戦った経験はありません。

 ですが、姉を助けたいという思いは強い」

「そうか…とにかく立ち話も何だからな。

 近くの店に入って、そこで話すとしよう。付いてきてくれ」

「分かったわ」

 

私達は十七夜さんに付いていき、小さな店に入った。

デザートが置いてあるな…ドーナツ屋さんか。

結構広いし、これなら確かに会話が出来る。

私達はいくつかドーナツを選び、奥の席に着いた。

早速私達は、今現在の状況を彼女に伝える。

 

「やはり由比君が、昨日彼女の心を覗いたときに知った」

「もう知ってたのね」

「あぁ、共に戦った際に心の内を探ろうと思ってな。

 どうも悪意と思う物は無かった。

 由比君とそして親友を救いたいという思いで一杯だったな」

「えぇ、救いたいんです、彼女を」

「だが、彼女も君を救おうと思っているように感じた。

 君達はただお互いを助けようとしているだけではないのか?

 やり方は違えど、目的は同じだ」

「七美は…間違ってます。罪のない一般の方を巻き込むなんて。

 その上で魔法少女を救おうなんて…結局は自分達の為。

 そんなの戦争何かとやってる事は何ら変りません」

 

戦争も結局は自分達さえ良ければ良い、そんな感じだ。

そんなのは間違ってる…他の方法だって必ずあるんだ。

 

「確かに言えているかも知れんな、無論自分も手を貸そう

 マギウスの翼が相手なのだからな」

「十七夜さんも何か被害に?」

「あぁ、工匠の仲間を皮切りに随分と持って行かれたからな。

 怒り心頭という奴だ。だが、1人でどうしようかと

 考えあぐねいた所だ。

 だが、これ幸い、七海からの提案ときたら手を結ぶしかないだろう」

「そんなに連れて行かれたのか?」

「あぁ、東の魔法少女の多くが白羽根や黒羽根に混ざってる…」

「そうだったのね…」

「で、早速だが自分は何を手伝えば良い? 惜しみなく情報も与えるぞ」

「ありがとう、十七夜はうわさって調べてるかしら?」

「勿論だ、彼女達の泣き所だからな、触れないわけには行かないだろう」

「それなら、その情報が欲しいわ」

「ふむ、それはまたどうしてだ?」

「あの、これを見てください」

 

いろはが私達の前にあのうわさを記した地図を出した。

十七夜さんにこの地図のことを多少話した後

十七夜さんが持っている、うわさの情報を地図に付け足す。

するとやはり予想通り、例の場所がポッカリと空いている。

 

「なる程、これは面白いな」

「でも、やっぱりあまりにも露骨すぎますよね…あ、因みに」

 

私は自分が聞いたうわさをその地図の真ん中に書いた。

 

「これは?」

「捜索中に聞いた、うわさですよ。子供の幽霊が居るらしいです」

「……露骨すぎないか? これは」

「つまり、この場所はほぼ罠だと言う事だな」

「そう言う事です」

 

私の予想通りだったな、完全に罠だろう、これは。

私に変なうわさを伝えた羽根は大馬鹿だな。

と言っても、既にここが罠なんじゃないかとは思ってたが。

 

「でも、ここに行くべきだとは思いますよ、私は」

「どうしてだ?」

「このうわさは私を釣るために仕組んだうわさだからです」

「つまり、あなたをここで仕留める為の罠だと」

「はい、でも知っての通り、私は半端な羽根では倒せない。

 幹部だって、私と1対1で戦ってもほぼ勝ち目がない。

 私を確実に潰すために仕組んだ罠だとすれば

 

 何人もの幹部を投下する必要もある筈です。

 と言っても、この罠は昨日の罠。

 今日も張ってるかは分かりませんが」

「でも、試してみる価値はあると?」

「はい、十七夜さんが居るのであれば…ね」

 

彼女は心を読めるんだ、ならば、幹部の心も読めるはず。

そうすれば、色々な情報を取得することだって可能だろう。

 

「…なる程ね…でも、罠だと分かってる場所に向うの?

 かなり危険が伴うわ」

「それでも、行ってみた方が良いだろう。情報を得るためにはな」

「私もそう思います。十七夜さんも協力してくれるのなら」

「無論、協力しよう。情報を得るためだからな」

「ありがとうございます」

「よし、なら行こうか」

「はい!」

 

罠だと分かりきっているからこそ向う。

ここで幹部を捕獲し、心の内を読んで貰えば情報を得られるはずだ。

私達はすぐにその罠と思われる場所へ向った。



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マギウスの罠

ここが罠だとすれば、マギウスが待ち伏せしているだろう。

周囲に最大限の警戒をしながらゆっくりと進む。

何カ所か魔法少女の反応を感じた…でも、数が少ない。

 

「…罠だとすれば、もう少し反応があっても…」

「やっぱり罠だと気付いてたんだね」

「久実! よくも邪魔したな! 今度こそ!」

 

私の小声に反応して、頭上から声が聞えた。

…あの声は間違いない…七美!

それに弥栄まで…全力だな。

 

「七美! 弥栄! お前が出てくると言うことは…」

「えぇ、あなた達の予想通り、ここは私達の罠よ」

 

巴マミ…彼女まで姿を見せるとはこれは豪勢な布陣だな。

 

「今度こそ、あなた達を拘束して見せます」

「あなた方を全員制圧できれば、汚名返上だから」

「天音姉妹まで来るとはな」

 

縦笛を持った魔法少女、彼女達も幹部なのだろうか。

 

「やっちゃん、ここで確実に捕えさせて貰います」

「みふゆまで…マギウスの翼幹部勢揃いって所かしら」

「全力で来る割に、羽根達はすぐには出さないんだな」

「えぇ、邪魔ですからね…特に七美さんが居る場面では」

「そう言う事、死なないようにしてね!」

 

周囲の建造物が一気に私達の方へ向けて飛んで来た。

 

「不味い、下がれ!」

 

全員、すぐに後方へ退き直撃を避けた。

だが、同時に私は何かに引っ張られる。

 

「まさか!」

「梨里奈さん!」

「クソ!」

 

すぐに自分を引っ張る糸を切断する。

流石に空中で切断するとなれば吹き飛ばされるな。

とにかく空中で姿勢を正さないと

 

「狙いはあなたよ!」

「く!」

 

態勢を立て直そうとした所にマミの弾丸が飛んできた。

私は空中で何とか態勢を立て直し、マミの弾丸を自身のナイフで撃ち落とす。

同時に自身の近くのパイプにナイフを突き立て、足場にし

更にナイフを突き立て、落下しないようにバランスを取った。

 

「全く…容赦ないな、死んだらどうする」

「本当、恐ろしいくらいに強いわね、あなたは。

 あの不意打から私の攻撃を全て撃ち落としたあげく

 落下しないよう、即座に足場まで作っちゃって」

「私の魔法は限界突破なんだ、お前達みたいに

 糸なりリボンなりで立体的には動けなくてな。

 足場を作るしか無いんだ」

「あの2人は梨里奈の相手で手一杯なら

 今のうちにみふゆと天音姉妹を!」

「残念だけど、あなた達の相手は私達だけじゃ無いんですよ」

 

みふゆが指を鳴らすと、周囲から黒羽根達の姿が

私はあの2人で制して、やちよさん達は黒羽根が叩くか。

 

「ついでだよ、出て来て」

「く、この気配は…魔女!? 数もかなり多い!」

「彼女達は私が操ってる。数は10以上は居るよ」

「千花さんがマギウスの翼に入ってくれたお陰で

 私達はより容易に魔女を操れるようになったからね。

 全力であれば、この程度の数じゃないわよ?」

「不味いぞ、七海、この戦力は想定外だ」

「えぇ…何とか撤退しないと」

「撤退はさせません、特に梨里奈さんは」

「私も随分と嫌われたな」

 

羽根達も多いし、魔女も居る。幹部も予想以上に勢揃いだ。

特に七美と巴マミ。あの2人は不味いぞ。

 

「ふふ、絶対に逃がさないわ。あなたは必ず手に入れる」

「梨里奈ちゃん、絶対に取り戻すから」

「……」

「1番の問題は、恐らく梨里奈さんでしょうね。

 あの2人の実力は規格外です。

 梨里奈さんが強くても、あの2人同時は手に余るでしょう」

「つまり、私達はあなた達を倒して、

 何とかして梨里奈の援護に行けば良いのよね」

「そう言う事になります。けど、この数に勝てるとお思いですか?

 更には魔女だって居る。やっちゃん、諦めてください。

 大人しく諦めて、私達と共にマギウスの翼へ」

「十七夜さん、お願いします。マギウスの翼に来て下さい」

「断る、何度も言っと思うが?」

「梨里奈ちゃん、マギウスの翼に大人しく来て。

 出来れば、怪我はさせたくない。

 昨日みたいな思いは嫌でしょ?」

「その誘いに私が乗らないと言う事は分かりきってるだろう?

 昨日もそうだ、私はマギウスの翼には降らない」

「本当、強情だね!」

 

周囲から私に向けて、いくつもパイプなどが飛んで来た。

私はすぐにその場から離れ、上空へ飛び上がる。

 

「それ!」

「うぐ!」

 

上空に飛び上がると同時に、私は再び地面に叩き落とされそうになる。

すぐに糸の位置を割り出し、その糸を切断する。

 

「く!」

 

だが、結構な勢いで地面にまで落下した。

と言っても、それでもすぐに態勢を立て直せる程度。

だが、視線を上げると、何挺もの銃がこちらを狙っていた。

 

「これでどう!?」

 

咄嗟に自身の手元に短刀を召喚し

私に当るであろう、弾丸のみを後方に下がりながら防ぎ

障害物に身を隠して弾丸をやり過ごす。

 

「無駄よ! ティロ・フィナーレ!」

「くぅ!」

 

危ない、あのままあそこに居たら障害物もろとも吹き飛ばされてた。

全く手加減という物を知らないのか! 死ぬだろ!

 

「捕えた!」

「な、うぐぅぅ!」

 

不味い、吹き飛んだ障害物に気を取られすぎた!

いつの間に私の四肢に糸を繋げたんだ…クソ、身動きが…

 

「梨里奈ちゃん、1対1なら梨里奈ちゃんに分があったかも知れない。

 でも、今はマミも居る…勝ち目はないよ」

「そう言う事よ、さぁ、弾丸を受けたくなければ降伏しなさい」

「……四肢を捕えた程度で、私を倒したつもりか?」

 

自身の限界突破を行使し、四肢を拘束していた糸を引きちぎる。

 

「嘘…」

 

マミはそんな動作を異常に思えたのだろう、驚きの声が漏れた。

 

「……やっぱり、強いよね…梨里奈ちゃん。

 普通ならあれで身動きは全く取れなくなる。

 私の糸を力だけで引きちぎれるのは…あなただけだよ」

「私に限界はない。私を捕えたくば意識を奪え。

 四肢を拘束したところで、私には何の効果もない。

 牢獄だろうと、その牢をへし折り、脱出してやろう」

「あれが仙波 梨里奈…マギウスが最大に警戒するだけはありますね。

 まさか、七美さんの拘束を引き千切るとは」

「はは、やっぱりあの人が敵じゃなくて良かったよ」

「えぇ、全く勝てる気がしないわ」

 

私の限界突破はまさしく天井知らずの能力だ。

半端な肉体では体が持たないところを差し引けばまさしく最強だろう。

 

「…七美、流石にこれ以上、お前達に翻弄されるわけには行かない。

 私も本気で行くぞ…今度は油断しない」

「それは、私の糸を避けてから言ってよ!」

「なら、そうしよう」

 

私は七美が飛ばしてきた糸を全て回避した。

 

「……嘘、ど、どうして…弾丸よりも早い私の糸を…全部避けて…

 み、見えるわけ無いのに! 私の糸はほぼ透明…見えるわけ!」

「言っただろう? 本気で行くと。これが本気だ」

 

第六感の限界突破。魔力の消耗が激しいが

七美を倒すにはこの手しかないだろう。

あの目に見えない糸を避ける方法はこれしか無い。

 

「どんな手か知らないけど、無駄よ!」

 

私はマミが放った無限の弾丸を全て避ける。

何処に弾丸が来るか、全て分かる。

どの部位を狙っているのか、その全てが。

 

「冗談でしょ…」

「冗談だと思うなら試せ!」

 

すぐに地面を蹴り、2人との間合いを詰める。

 

「この!」

 

七美が飛ばしてきた糸を移動しながら全て避け

 

「近寄らせないわ!」

「無駄だ!」

 

マミの弾丸は全て私の手に持っている短刀で撃ち落とす。

 

「そんな!」

「避けれるなら避けてみろ!」

 

マミの弾丸を撃ち落とすと同時に鉄の蛇を呼び出し攻める。

 

「この!」

「くぅ!」

 

マミと七美は私が放った蛇へ迎撃をするが

無数の刃物が蛇の形をなしたのが私のこの技。

どんな攻撃を受けても、1本1本しか潰せない。

 

「こうなったら! ティロ・フィナーレ!」

 

マミが大技で私の蛇を全て弾き飛ばすが

 

「よし!」

「く、梨里奈ちゃんが!」

「そんな、見失って!」

「勘で探せば分かるだろ?」

「うぐ!」

 

私は周囲の建物を利用し、彼女達の死角からの攻撃を仕掛けた。

マミは私の攻撃を避けれず、一撃を貰う。

 

「この、あぅ!」

 

同時に七美の足下にマミへの攻撃と同時に仕掛けていた短刀が刺さる。

出来れば傷付けたくはないが、こうなると仕方ないだろう。

 

「はぁ!」

「うぁ!」

 

周囲の建物を利用し、高速で2人に攻撃を与えた。

こんな地形は確かに七美の糸の独壇場かも知れないが

残念な事にこう言う場面は私に取っても有利なんだ。

 

立体的な動きが出来ないと言ったが、足場があれば可能だからな。

それが私の強み。私の高速戦闘の強いところだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…こ、こんな…」

「く…ここまでなんて…」

「これ以上は動けないだろう? 大人しく降伏しろ」

「く…まだ!」

「諦めろ」

 

マミが手元に召喚した銃を、すぐに蹴り上げた。

 

「そ、そんな…」

「梨里奈ちゃん、やっぱり強いね…でも、これなら!」

 

七美が糸を使い、私達の方へ巨大なタンクを引寄せた。

 

「無茶を!」

 

私は急いで2人を抱き上げ、その場から移動をする。

 

「さぁ、捕えた…」

「く…」

 

私が2人を抱きかかえたときに、七美に糸を繋げられた。

そのまま後方の方へ引っ張られて、やちよさん達の元に。

 

「り、りな…大丈夫?」

「えぇ、私は…でも、どうもこっちは不味そうですね」

「えぇ…ちょ、ちょっとね…」

 

十七夜さんとやちよさんが動けない状態みたいだ。

周囲ではいろは、ももこ、久実が戦ってるが、押されてる。

 

「クソ…数が多すぎる!」

「加勢するぞ!」

「させません!」

 

みふゆの姿が分身して…く、それに視界が変な風に。

 

「不味い、幻覚の!」

「そこです!」

「でも、今の私には効果が無い!」

 

視界は捨て、私は自分自身の勘を信じて攻撃をする。

 

「な!」

 

どうやら、私の堪は的中したようだ。

確かな手応えと同時に視界が晴れた。

 

「…ど、どうやって…」

「今の私は第六感が鋭いんだ、幻覚なんて意味が無い。

 幻覚も幻聴も幻惑も、今の私には効果が無い。

 不可視な攻撃さえ、今の私は避ける事が出来る」

「こ、これ程だなんて…」

「さぁ、刺せ!」

 

自身の周囲に大量の短刀を召喚し、周囲に向けて放った。

 

「うわ!」

 

私の攻撃は仲間達には一切当ること無く、周囲の羽根を攻撃した。

 

「よし、怯んだぞ! 一気に!」

「あ、笛が!」

「音が…よし、動ける!」

「形勢逆転ね! みふゆ!」

「うぅ!」

 

動けるようになると同時にやちよさんがみふゆに攻撃をした。

彼女は攻撃を受けて怯み、後方に退く。

 

「よし」

「クソ、梨里奈!」

「ん、弥栄」

 

弥栄が唐突に私に攻撃を仕掛けてきたが

ドッペルは出してないな、なる程、武器は私と同じか。

 

「止めて! 弥栄お姉ちゃん!」

「久実! 邪魔するな裏切り者!」

「間違ってるってどうして分からないの!

 こんな事しても、七美お姉ちゃんは助からないよ!」

「梨里奈はお姉ちゃんを悲しませたんだ! 生かしておけない!」

「梨里奈さんが死んだら、お姉ちゃんは絶対に悲しむ!

 どうして分からないの!? 弥栄お姉ちゃん!」

「うるさいうるさいうるさい! 邪魔するなぁ!」

「うぁ!」

「絶対に梨里奈は私が!」

 

弥栄が私に向けてナイフを向けてきた。

私は弥栄の手を止める。

 

「く、この、離せ! 離せよ!」

「…弥栄、どうして大事な妹にそんな事を言うんだ?」

「お、お前を殺せば久実だって戻ってくるんだ!

 全部お前が悪いんだ! お前さえ居なければ!

 お前さえ居なければ! お前のせいで全部台無しだ!」

「……七美を蘇生させなかったのは…本当に悪いと思ってる。

 お前達を魔法少女なんかにしてしまったのは私の責任だ…

 魔法少女の解放という言葉に確かに甘美な物があるのも認めよう。

 でも…やり方が間違ってる。平和を手に入れるために

 世界の全てを滅ぼす。そんな手段と遜色ないほどに誤ってる」

「そんなことどうでも良いんだ! 私が魔女になろうとどうでも良い!

 でも、お姉ちゃんが辛い表情をしてるのを見るのは嫌なんだよ!

 だから、お前を殺せば、お前を殺せばお姉ちゃんだってきっと!」

「弥栄お姉ちゃん、そんな訳無いよ! 大事な人が死んで

 七美お姉ちゃんが喜ぶ訳無いよ! どうしてそんなに強情なの!」

「うるさい! うるさい! こいつがお姉ちゃんの前に現われなければ!

 こいつがお姉ちゃんを蘇らせていれば! お姉ちゃんは笑えたんだ!

 笑って、いつも通りに元気に笑って! 今みたいにならなかった!」

「七美お姉ちゃんは、梨里奈さんが居なかったら笑ってない!

 梨里奈さんが七美お姉ちゃんを蘇らせなかったのは…

 七美お姉ちゃんの事を心配してなの…七美お姉ちゃんが

 あんな風になっちゃったのは、私達が七美お姉ちゃんを…

 七美お姉ちゃんを蘇らせたからなんだよ!」

「そんな訳無い! そんなの嘘だ、嘘だ! そんな訳無い!

 私は間違ったことなんてしてない! してないんだ!

 違う、違う、違う、違う、違う…私は…私達は悪く…無い…」

 

弥栄のソウルジェムが真っ黒に…不味い!

 

「全部、お前らが悪いんだぁぁあ!」

「無数の手が!」

 

弥栄…あぁ、分かるよ…弥栄…自分達が悪いなんて

そんな風には思いたくない…誰だってそうだ。

でも、過ちを受入れないと…成長はしないんだ。

まだ小さなお前にその事を理解しろとは…言えないが。

 

「梨里奈! 逃げて! その手は全部あなたを狙ってる!」

「……弥栄、辛かったよな、自分達のせいで何て思いたくないよな。

 当然だ、当然なんだ…でも、未来から目を背けるな」

 

私は私を狙ってきた無数の手を、全て切断した。

 

「…弥栄、今すぐ分かれとは言わない。まだ小さいんだ

 理解できるわけがないし、そんな風には思えないかも知れない。

 でも、まだ未来は…まだ可能性はある。だって、七美は今…生きてるんだ」

「あぐ…ぁ」

 

手を切断しながら、私は弥栄に一撃を入れ意識を奪った。

 

「……弥栄、きっとまた笑える。お前も笑えるようにしてやる。

 それが七美の親友として、私がやるべき事だ」

「…梨里奈さん…」

「…む、不味いぞ! 上だ!」

 

十七夜さんの言葉に反応し、上を見てみると

そこには巨大な建物の一部が迫ってきていた。

 

「七美!」

「止めて、七美お姉ちゃん!」

 

だが、久実が手をその建物に向けた途端

建物が途中で停止する。

 

「ど、どうなってる!?」

「わ、私の再構成の魔法で…足止めしてます…」

「久実…戻ってきて、久実! 私と一緒に梨里奈ちゃんを取り戻そうよ!」

「七美お姉ちゃん! 分かって! 間違ってるの! そんなの間違ってる!

 梨里奈さんはいつも七美お姉ちゃんの事を心配してる!

 七美お姉ちゃんの事を助け出そうとしてるの! だから!」

「分かって、このままだと私達は結局魔女になるの…

 そんなの、嫌でしょ!? だから、マギウスの目的を果たして

 魔法少女達が全員解放されて…そうじゃ無いと、私達は笑えないの!

 魔女になっちゃうんじゃ無いかって、そんな思いをしたままは嫌なの!

 生きてる死体として、ずっと過ごさないと行けないなんて、嫌でしょ!?」

「ほ、他に、ほ、方法はあるよ…き、きっと、あるの…」

 

少しずつ、巨大な建物は私達の方へ動いてきてる…

 

「だか…ら…だから、目を覚まして! 七美お姉ちゃん!」

「そんな風に悠長に構えてる…暇は無いの!」

「うぅぅぅあぁぅぅ! 駄目…お、押されてる…」

「仕方ない、みふゆ」

「な、何ですか?」

「弥栄を頼む」

 

私は寝転がってる弥栄をみふゆに向けて投げた。

 

「え?」

「…弥栄は七美からは離れたがらないだろう。

 本当なら七美同様連れ戻したいが…仕方ない。

 あんな感じだが、普段は優しいんだ…恥ずかしがり屋だがな」

 

私は必死にあの建物を抑えている久実を持ち上げる。

 

「全員、撤退よ!」

「ま、待って! 梨里奈ちゃん! 久実!」

「待たないさ」

 

七美が飛ばしてきた糸に私が持っている髪留めをプレゼントした。

髪留めはすぐに七美の方に引っ張られる。

 

「髪留め…」

「大分遅めの誕生日プレゼントだ! 来年は手渡しさせてくれ!」

 

そう言い残し、私達はその場を後にした。

七美達はもう追っては来なかった。



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次の行動を

何とかあの場を切り抜けることが出来たな。

とは言え、十七夜さんが幹部の心を読む

そんな余裕があったかどうかは疑問だったが。

 

とにかく私達は最初に合流した付近にある店に再び入った。

 

「はぁ…何とか助かったわね。

 梨里奈、あなたは怪我とかしなかった?

 あそこまでの手練れ、2人と同時交戦だなんて」

「問題はありません。怪我はこの通り殆ど」

 

大した怪我はしなかったからな。

あの2人と同時となると、普段以上の使い方をしないとな。

 

「彼女の相手は、君で無ければ勝算はないだろう。

 目には見えないいくらでも引き寄せる事が出来る糸なんてな」

 

実際、あの魔法は驚異的すぎるからな。

私の第六感の限界突破か未来予知レベルでなければ

彼女の糸を避ける事は困難だろう。

 

第六感の限界突破と、素早く動くための身体能力の限界突破。

同時に動体視力まで突破しないと回避が困難だ。

そのせいで、結構魔力を使ってしまった…若干濁ったな。

 

「はい、グリーフシード」

「ありがとうございます」

 

やちよさんに渡されたグリーフシードを使い穢れを落とした。

あまり連戦はしたくないな…七美との対決というのは流石にな。

 

「なぁ、十七夜さん。幹部達の心読めたか?」

「あぁ、何とか読むことが出来た。天音姉妹の心は容易にな」

「どうだったの?」

「うむ、居場所と由比君の状態は分かった。

 やや言いにくい事だが…由比君は洗脳されたままらしい。

 そして、うわさを守る為にうわさの一部になったらしい」

「う、うわさの一部になる…? そんな事が出来るのか…」

「それで、居場所は?」

「うむ、自分の地元だ、大東区の観覧車草原に居る」

 

遊園地の噂だとすれば、やはり観覧車やそう言う場所か。

 

「ヤバいな…遊園地のうわさがもし鶴乃だとしたら…」

「みんなが鶴乃に殺される…」

 

確か、うわさはキレーションランドだったか…

ノンビリ、ダラーッとハッピーになれる。

ストレスフリーなテーマパークがオープンする

 

帰りたくなくなること間違い無しで

いつまでもずーっといられちゃう!

 

だけど満員のとき、出たくない人はこの世から退場させられる

この世から退出されるらしいが、もしや殺すのは鶴乃…

 

「時間も大分遅い…開くのは明日の夜明け…」

「もう大分遅いな…あぁ、本当神浜に来てから夜更かしばかりだ」

 

これで何度目だろうな、もう覚えてないくらいに夜更かしをしてるぞ。

時間も大分遅い、外はもう真っ暗だ。

 

「最初あったとき、あなたはすぐに帰ろうとしてたわね」

「ずっと9時には寝るようにしてたんですよ。

 あの時を皮切りに、9時を過ぎることがかなり多くなりましたが。

 あの時が2度目…それ以降がこんなにも何度も来るなんて予想外ですよ」

 

本当に異常と思えるくらいだが…そんなに悪い気はしない。

何かの為に奔走するというのは、何と言うか…少し嬉しい。

 

「はは、健康的だな。じゃあ、眠いとかあるのか?」

「いや、全然平気だ。もう慣れた。さぁ、鶴乃を助けに行こう」

「えぇ、必ず救い出すわ」

「うむ、では自分に付いてきてくれ、案内しよう」

「はい、お願いします!」

 

私達は十七夜さんの案内に従いその観覧車へ向った。

 

「じゃあ、その間にあの2人に連絡をしましょう」

 

移動のさなか、いろはがフェリシアとさなに連絡をする。

 

「さて、最重要のうわさだとすれば、相当な戦力が揃ってそうね」

「そうでしょうね、マギウスの翼が総動員の可能性だってあり得ます」

「それに、ちょっと前に幹部達と交戦したからね。

 彼女達も全員、そちらの防衛に向ってる可能性だってある」

「洒落にならないな、あの戦力と戦うとなると驚異的だ。

 羽根程度ならまだしも、幹部相当は規格外だろう」

「七美って子は梨里奈だって苦戦するほどの相手なんだろ?

 攻略だって、梨里奈以外はほぼ不可能なんだろ?」

「そうだな、あの見えない糸を私以外で攻略するのは困難だ。

 気付かないうちに糸を繋げられて振り回される。

 上空で糸を切断して上空で態勢を立て直して

 落下の硬直をすぐに立て直して、次の攻撃を避ける。

 これが出来るなら、もしかしたら戦えるかと」

「いや、それは流石に…特にあたしは武器がこうデカいからな」

 

確かにももこの武器は大剣だからな。

上空で態勢を立て直すのは難しいだろう。

 

「因みに切断する手段がない場合、どうしようも無い」

「つまり…十七夜といろはが捕まった場合は助けが必須と」

「そうなると思います。何処に糸が繋がってるのかを確認して

 その糸を私達の内、誰かが切断しない限りどうしようも無いでしょう」

「なる程、自分と彼女は相性が悪いのか」

「久実はどうだ? 武器はどんな武器だ?」

「えっと…杖です…こんな感じの」

 

久実が杖を振り上げると、杖が光った。

 

「これで対象を選んで、再構成を使ったり出来ます。

 杖を使わなくても、一定範囲なら使えますけど…」

「で、その再構成ってどんな感じなの?

 あまりあなたの魔法は見て無かったからよく分からないの」

「えっと、じゃあ」

 

久実が自分のポケットに入れてたスマートホンを壊した。

 

「…久実、わざわざ壊さなくても…」

「だ、大丈夫です、えい!」

 

壊したスマートホンに杖を掲げると

壊れたスマートホンが簡単に再生した。

 

「な、すぐに直った…」

「は、はい、こんな感じです…データは…あ……」

「ど、どうした?」

「……だ、大丈夫です…ば、バックアップは…うぅ…」

「そ、その…ごめんなさい、えっと…変な事をお願いして」

「いえ、わ、私が悪いんです…別のでやれば良かった…」

「久実…あまり落ち込まないでくれ。その…なんだ。

 も、もし良かったら、私にやってるゲームを教えて欲しい。

 スマートホンを買ったんだ。

 地図とかも見れるし、かなり便利で買うことになったんだが

 アプリというのがどんな物が良いのか分からなくてな」

「じゃ、じゃあ、い、一緒に…」

「そうだ、同じくらいのスタートラインなら一緒に楽しめるだろ?」

「は、はい! え、えっと、このアプリが」

 

私は久実に話を聞いて、面白いというアプリをインストールした。

うん、しかしスマートホンは高いからなぁ…でも、買って良かった。

 

「えへ、えへへ…これで4人で…」

「そうだな、今度4人で一緒に遊ぼうか」

「はい!」

「災い転じて吉となすって事かしら」

「あの、うわさを聞いた人がもう動き出してる見たいです!」

「はぁ!? ちょっと、早すぎるだろ!」

 

そう言えば、うわさを話していた人達は一番乗りにこだわってたな。

 

「くっそ、徹夜する気か!? 思ったより時間がなさ過ぎる!」

「急ぎましょう!」

「はい!」

 

私達は少し急ぎながら、フェリシア達が到着するのを待った。

しばらくすると、フェリシアとさなが私達に合流した。

 

「おーいーつーいーたー!」

「お待たせしました…!」

「フェリシアちゃん! さなちゃん!

 ありがとう、2人とも来てくれて」

「おう、さっさと鶴乃助けようぜ! もう元気だからな!」

「はい、元気ですから…!」

「ふふっこれで頭数は揃ったわね、来てくれて助かったわ。

 天音姉妹が言ってたとおり、うわさが重要な物だと

 激戦になるのはほぼ確定だったからね」

「おう! バリバリのドンだっ!」

 

ほぼ確実に激戦になるからな、だが、今なら間に合うだろう。

羽根が集まる時間が無い。だから、勝算はまだ十分ある。

幹部の負傷は…まぁ、弥栄が居るから意味は無いだろうが

今、なんとかするしかない。

 

「激戦になるだろうが、まだ余裕はある。

 羽根が集まる余裕が無いんだからな。

 だから、短時間で決着を着けるしかない」

「あぁ、どっちみちタイムリミットは夜明けって決ってるんだ」

「そこで、人の割り振りについてなんだけど

 七美、弥栄、マミ、みふゆ、灯火、アリナ、羽根に対しては4人で当って

 遊園地のうわさも4人で当るわ」

「丁度半々だな、勿論前者に当るのは

 私、久実、十七夜さん、ももこ。

 うわさに当るのはやちよさん、いろは、フェリシア、さなだな」

「ね、姉ちゃんは鶴乃を助けには来ないのか?」

「ふ、鶴乃は4人なら必ず助けられる。

 だから、私は私しか救えない奴を救うんだ」

「姉ちゃん…」

「それとその前に…鶴乃のありのままを受入れて欲しい」

「ありのまま?」

「大丈夫、4人なら分かるさ、歩み寄るだけで良い。

 受入れれば良い、きっと誰だって仮面を被ってる。

 その仮面を取れる場所があるだけで、人は救われるのさ」

「…あなた、何か鶴乃に気になることでも…」

「ん、杞憂だろうがな」

 

きっと4人なら鶴乃を救えるはずだ。

とにかく今は例の観覧車へ向うか。

 

「ん、魔法少女の気配…」

「よし、急ごう」

 

やっぱりここだったな…待ってろよ、七美、弥栄、鶴乃。



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総力戦の幕開け

うわさへの入り口が何処にあるか。

見た感じでは何処に何があるかが分からない。

違和感があるわけでも無いが…可能性があるとすれば。

 

「観覧車が怪しいな」

「そうね」

 

私達は観覧車が怪しいと睨み、そちらに足を運ぶ。

 

「これ以上は行かせない」

 

当然と言えば当然だが、結構な数の黒羽根と白羽根が姿を見せた。

しかし、こいつらに足止めされるのは避けたいところだな。

 

「分かってたことだが、結構な数のお出迎えだな」

「ふむ、見知った魔力もいくつか混ざってるな」

「ここでこいつらと言う事は、奥にマギウスが居そうね」

「そうですね…でも、それだけじゃない…幹部も勢揃いでしょう」

 

ついでに魔女の気配もある。凄まじい防衛ラインと言えるな。

 

「魔女の気配も…それに羽の数も尋常じゃないわ。

 予想以上に遙かに多い…ここまでとはね」

「事前にかなり準備をして居たと言う事でしょう。私が居るから」

 

私はマギウスに最大限に警戒されてるらしいからな。

私が動けると言うのであれば、最大の砦である

このうわさを破壊されないよう、準備をしてきたんだろう。

 

恐らく罠で私を捕えきれなかった場合も考えて。

用意周到という奴だな。

 

「この数は流石に不味いかも知れないわね…

 仕方ない、うわさには2人で当って

 羽根達には6人で」

「いや、これは私が招いたこと。それで足は引っ張りません。

 それにフェリシアもさなも鶴乃を助けたいに違いない。

 だから、私が相手をします。何なら1人だけでも」

 

数が多い、怪我をさせてしまうかも知れないが邪魔はさせない。

 

「梨里奈! いくらあなたでも…」

「お前達…怪我はしたくないだろう? 怪我をしたくないなら

 私達の前から消えろ…救われても一生残る傷を負いたいか?」

 

私が指を鳴らすと同時に、羽根達を全て包囲する程の短刀を召喚した。

私がその気になれば、もう一度指を鳴らすだけでさよならだ。

 

「な…この数は…」

「警告する…邪魔をするな、もう一度私が指を鳴らせば」

「く…」

 

羽根達が一斉に退いたのが分かった。威嚇には十分だな。

 

「こ、これ程の武器をどうやって出したんだ?」

「私は魔力消費が少ないので」

 

私の魔力消費はかなり少ない。魔法の消費もな。

身体能力を上げたり、動体視力を上げたりという使い方であれば

消耗は激しいが、武器を出す程度なら大した消耗にはならない。

 

「さ、退け」

「ひ、怯むな! 脅しだ!」

「仕方ない…全員、観覧車に向けて走るんだ」

 

私はもう一度指を鳴らす。それを合図に短刀が降り注いだ。

 

「うわぁ!」

「さぁ、道は作った! 1直線に!」

「えぇ、分かったわ!」

 

短刀を私達が進むだけの道幅を開け、落とす。

羽根達は私が落下させた短刀に怯え、左右に仰け反り道を作った。

 

「クソ! 行かせるな!」

「ここで魔力を消耗しないでくださいね、私に任せて」

 

羽根達の攻撃は全て私の短刀が防ぐ。

同じ様な攻撃ばかりなのは、そう言う制約があるからなのだろう。

だが、そのせいで個性ある戦いが出来ない。

これでは簡単に防がれるし、対策される。

 

「クソ、攻撃が全部弾かれて、うぁ!」

「あはは、むしろ羽根達が可愛そうだね」

「うむ、やはり凄まじい実力のようだな」

「魔女が相手なら、もうちょっと容赦なく動けるんですけどね」

 

短刀の雨を避けて、飛びかかってくる羽根達を体術で制圧した。

私1人で対処出来ない場合は、十七夜さんとももこが迎撃してくれてる。

 

「うし、これならあたし達4人でも何とかなりそうだね!」

「本当、あなた達が敵に回らなくて助かったわ」

「仲間は偉大ですね」

 

そのまま羽根達を迎撃しながら、観覧車の前にまでたどり着く。

羽根達はここまで来る間に、半分くらいリタイヤした。

流石に容赦が無かったな。だが、戦う気力を奪ったまで。

流石に服がボロボロでは戦いたくは無いだろうからな。

逃げ出す大義名分を作ったまでだ。契約したとは言え少女だからな。

 

「繊細な事も出来るんだな、羽根達のローブを引き裂くとは」

「確かにあれだと戦えないわね。怪我も無いしまともな手段だけど」

「大怪我をさせるわけには行きませんからね。

 と言っても、やり過ぎた感は否めませんが」

「ま、大丈夫だろ、あいつらがやろうとしてる事と比べればさ。

 人の命を奪う行為なんかとは比べものにならないよ」

 

撤退せざるおえない状態にすれば、撤退する。

勝ち目がないというのに、そこまでして戦いたくは無いだろう。

 

「さて、観覧車の近くまで来たわね」

「この近くにアリナ達が…」

「近く所か真上に居るんですけど」

 

アリナの攻撃か、真上からの攻撃とはね。

 

「やっぱりここに居たか、マギウス…」

「チッ、不意打ち全部防ぐとかどうなってるワケ?」

「不意打ちだったのか? これは失礼。ただの挨拶だと思ったよ」

 

アリナの攻撃は全部私が召喚した短刀が弾いた。

中にはマチェット弾、マミの弾丸も混ざってたな。

 

「やっぱりあんただけは排除したかったんだよネ。

 他2人はまだどうにでもなるけど、あんただけは」

「だからね、この場であなた達を倒そうと思って沢山揃えたんだよ?」

「マギウスの最高戦力に近い状況よ? 流石のあなたでも苦戦するでしょ?」

 

地上にマミが姿を見せた。その背後から七美が姿を見せる。

七美の髪には、私が渡した髪留めが付けてあるのが見えた。

 

「梨里奈ちゃん、今度こそ私達の勝ちだよ」

「まだ勝負も始まってないぞ? 七美」

「いーや、流石のあなたでももう勝ち目はないよ?

 幹部もマギウスもぜーんぶ揃ってるんだよ?

 いくらあなたが強くても、この戦力は覆せないって」

「本当なら1人で倒したい所なんだけど、流石にネ」

「さっきっから梨里奈梨里奈って、あたし達も居るんだぞ!?」

「あぁ、そちらの戦力が揃っているのなら、我々の戦力も揃ってる。

 個の実力であれば、自分達はお前達よりも上だろう」

「へー、凄い自信だね-、でもざーんねん!

 私達と羽根達は実力がぜーんぜん違うの。

 あなた達の中で私達とまともに戦えるのって

 多分東のボスとベテランさん、後はピエロちゃんだけなんだよね」

「ピエロって、誰の事?」

「あなた達の最高の切り札だよ、仙波 梨里奈。

 弥栄から聞いたよ? ピエロなんだってね?

 人の期待に答える事しか出来ない、ただのピエロ」

 

弥栄に言われて以来だな、その呼び名は。

 

「梨里奈さんをそんな風に言わないで! 灯火ちゃん!」

「んー? どうしてあなたが怒るの~?」

「私だって怒ってるわ、大事な仲間の悪口を言われたんだから」

「やっちゃん…」

「事実を言ったまでだよ?」

「そうだな、確かに事実だ。私が今の私で居る理由はそれだ」

「梨里奈…」

「周囲からの期待を浴びて、その期待を裏切りたくないと思った。

 周囲から天才と謳われ、その期待を裏切りたくないから努力した。

 私にはそれしかなかった、少なくともあの時までは」

「……」

「だが、今は違う。私は今、私の意思で選び、ここに立ってる!

 もうピエロは居ない。また出てくることもあるかも知れないが

 少なくとも、今! この場にピエロなんて存在はしないんだ!

 ここに居るのは期待に答える事しか出来ない道化師なんかじゃない!」

「まー、あんたが道化師だろうと何だろうと、アリナはどうでも良いんだけどネ。

 あんたはここでアリナ達に殺されるんだからネ」

「やってみろ、私はここでは死なない。私は1人では無いからな」

「まぁ、力の差を教えてあげるよ! みふゆ、ベテランさんをお願いね」

「分かりました」

「私は環いろはを止めるわ」

 

マギウス達が臨戦態勢になった。前座はこれまでか。

 

「うむ、では自分は羽根を足止めするとしよう」

「十七夜さん、あたしも手伝うよ」

「俺は姉ちゃんを助けるぞ!」

「わ、私はいろはさんを」

「梨里奈さん、私も…お姉ちゃんを…」

「違うよ、梨里奈ちゃんの相手は私達!」

「っと、また糸か」

「ヤバい! 急いで姉ちゃんを追いかけて」

「違う、お前は私が相手してやる! 久実!」

「な! あの子は何だ!? 早いぞ!」

「うわ!」

 

弥栄が十七夜さんとももこをかいくぐって…

弥栄、あそこまで強かったのか!

 

「や、弥栄お姉ちゃん…」

「久実…絶対に許さない!」

「この! 久実から離れやがれ!」

「チ、邪魔するな!」

「うぉ! 何だこいつ! 力強ーぞ!」

「弥栄があそこまで強いなんて!」

「仲間の心配してる余裕があるワケ!?」

「あなたの方が危機的状況だと言う事を自覚しなさい!」

「4人で足止めすると言った手前、

 やっぱり無理だったは示しがつかないからな!」

 

私は七美の糸を切断すると同時に、マミとアリナの攻撃を弾く。

 

「絶対に負けない!」

 

少しでも早く倒さないと不味い。時間を稼がれる訳にはいかないからな!



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容赦の無い刃

最速だ、初っ端からトップギア。

私はすぐに第六感の限界突破と

自身の身体能力の限界突破を重ねる。

 

「そこ!」

「同時はキツいでしょ?」

「アハハ!」

 

同時に3人が私に攻撃を仕掛けてきた。

私はすぐに七美の水平方向に展開した糸を避ける。

飛んで来たアリナとマミの弾丸は

自らが召喚した短刀で防ぎ、弾く。

 

「な!」

 

マミの弾丸は綺麗に跳ね返りアリナに当った。

致命傷では無いさ、ちょっと足に当っただけだ。

 

「クソ…ど、どうやって!」

「第六感の限界突破。言わば、勘を突破してる。

 どの角度に反射すればそこに跳ね返るか。

 所詮は勘でしかないが、無事に当る物だな」

 

簡単に言えば、自分の勘を強化する状態だからな。

何処が急所か、所詮は勘でしかないが当るんだ。

この勘というのは中々くせ者で、知識にある物から

知識にない物まで多少は対応することが出来るんだ。

 

「つまり、私への同時攻撃は場合によっては

 自らに刃を突き立てるような物だ」

「飛び抜けてるわね、あなたは」

「時間が無いんだ、最高速度でケリを付ける!」

 

いくつもの短刀を手元に召喚し、私は3人に駆け寄る。

当然、半端な速度ではない。

 

「そう何度も食らうもんですか!」

「今回の計画はマギウスが揃ってる今でしか出来ないんだったな。

 お前達が目的の為に手段を選ばないなら、私も選ばないでやろう。

 アリナ、お前を殺す。それでお前達の計画はお終いだ」

 

マミの弾丸を全て弾き飛ばし、アリナに跳ね返す。

 

「うぐぁ!」

 

避けようとするも、避けきれず、アリナに大きなダメージとなった。

 

「不味い! 下手な攻撃が出来ない!」

「じょ、冗談じゃ…」

「殺人も辞さないんだろう? お前達がやってる事は。

 安心しろ、私がこれからしようとしてることもお前らと同じだ。

 ただ直接手を下すか下さないかの違い…むしろ健全だろ?

 何も知らない他者を洗脳し、その人物に殺人を犯させるよりは

 遙かに健全だし良心的なことだ。お前を殺す事は造作ない」

 

相手のソウルジェムを破壊する程度、大した労力は要らない。

一撃だ、私が短刀を投げるだけで、簡単に破壊できる。

 

「それにまぁ、魔法少女は『人』じゃないらしいからな。

 お前を殺したところで、人殺しにはならないだろう

 化け物が化け物を殺したに過ぎない、そうだろ?

 だから、お前達は平気な顔で人を殺せるんだ。

 既に化け物だから、人なんて所詮は食い物でしかないんだろう?」

「あんた、目がマジなんですけど…」

「あぁ、本気だからだ」

 

私は短刀をアリナに向けて振り下ろした。

 

「止めて!」

 

だが、私が振り下ろした短刀は七美に止められる。

 

「梨里奈ちゃん…止めて…それは駄目! 人殺しにならないで!」

「七美、お前はどうなんだ? このままじゃ、お前は人殺しだぞ?」

「……」

「巴マミ、お前もだ。このままではお前も人殺しだ。

 何か崇高な想いがあったとしても、その現実は変らない。

 その行動がお前の正義だとしても、お前は人殺しでしかない」

「あなたには関係ない事よ、魔法少女の救済のためには仕方ない事よ」

「じゃあ、私は神浜の人々を救うために、アリナを殺すぞ?

 私が正しいと思ったことをやり遂げるために

 私はアリナを殺すぞ? 簡単だからな。大量虐殺よりも簡単だ」

 

1人の魔法少女を殺す程度、造作ないからな。

私は七美を振り払い、アリナに短刀を向けた。

 

「死ね、殺戮者」

「この!」

「止めなさい!」

「ふん」

 

マミが放った弾丸を軽く弾いた。

至近距離でも大した労力ではないな。

 

「そんなに解放が大事か? その焦りは何だ?

 殺人も辞さない相手の割には、随分と動揺してるな。

 そんなに人が眼前で死ぬのは恐いか? 巴マミ」

「……」

「梨里奈ちゃん、や、止めて…」

「お前らの大量虐殺と比べれば大した事は無いだろう?

 所詮、1人の人間が死ぬだけだ。数千もの人じゃない。

 所詮1人だ、たかが1人だ、数千人と比べれば造作ない。

 そうは思わないか? 1人の命と数千もの命

 天秤に掛けたところで、1ミリだって動かないだろ?」

「何なの、あんた…随分と気が狂ってるね」

「お前には言われたくないな、アリナ。

 私は今、結構キレてるんだ。普段通りに見えるかもしれないがな。

 大事な仲間を大量虐殺の道具されたんだからな。

 

 全くふざけた連中だよ。大量虐殺も当然だが

 それを自らの手で行なわないというのも、実に腹立たしい。

 所詮、解放などと謳っても、自分で選択しない愚者だな。

 

 死を眼前にするのがそんなに恐いか?

 死を目の当たりにするのがそんなに恐ろしいのか?

 解放のために自らが恐怖するのがそんなに嫌か?

 なら、お前達に取って解放なんて、その程度の物でしかない!

 

 だが、私は殺せる。神浜の人々を救うためにお前達を殺せる。

 お前達殺せば、全ての計画は頓挫し、このうわさも無意味となる。

 うわさを作る必要も無いだろう? 簡単だ、今なら殺れる」

「この、させないわ!」

「来たか」

 

背後から飛んで来た灯火の攻撃を私は避けた。

 

「この計画はマギウスが3人揃ってる今だから出来るんだよ!

 アリナを殺される訳にはいかないんだから!」

「は、引っ掛かってくれたな? 何度も言ってるだろう?

 私は人を殺す度胸はないんだ。必要とあれば殺せるがな。

 4人とも! 今のうちに滑り込め!」

「よ、よし! 皆! 急ぎましょう!」

「えぇ!」

 

灯火がこっちに来たことで、いろは達が観覧車へ向けて走り出した。

いつ来るか分からなかったが、無事に来てくれて助かったよ。

 

「ちょっとは予想出来てたけど、やっぱり陽動だったんだね!」

「あぁ、だが言った事は本心だ。お前ら2人の命と

 数千人もの命、天秤に掛けたところで1ミリも動きはしないさ」

「本当むかつく!」

「どうする? たった4人で今の私を止められるか?」

「容赦しないんだから! もう集めたエネルギー

 無理矢理使ってでも倒す!」

「本来ならお前達2人を即座に排除しても良い。

 殺して、1人欠けさせるか、2人欠けさせても良い。

 さっきの話が本当なら、1人殺せばそれで終りだろう?」

「ッ」

「だが、やらないでおこう。七美に免じてな。

 だが、再起不能にはなって貰うぞ!」

「やれる物なら、やってみてよ!」

 

ここまで本気になったのはいつ振りだろう。

私は今まで本気を出し切れてない。

きっと、今だって全力は出し切れないだろう。

だが、やれるだけの事はやる。

必ず4人が出てくるまでの時間は稼ぐ!



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1人故の強さ

「はぁ!」

「っと」

 

なる程、かなり大規模な攻撃を当たり前の様に使うな。

だが、恐らく私と1対1で戦うとなれば

全くもって勝算なんてないだろう。攻撃が大振りだ。

 

「逃がさない!」

「全く」

 

攻撃を避けると、すぐにアリナの追撃が飛んで来た。

私はその攻撃を避けながら、何発か弾く。

 

「梨里奈ちゃん、お願い!」

 

七美の放った5本の糸は私を逃がさないように展開されていた。

そして、七美の背後にはマミの姿がある。

 

「これでどう? ティロ・フィナーレ!」

 

逃げ道を七美の糸で塞ぎ、私へ攻撃をすると。

だが、私を覆うほどの七美の糸ではあるが

当然、抜け道はまだあった。上空だ。

私は地面を強く蹴り、マミの攻撃を飛び越える。

 

「な、何て跳躍力…」

「自身を強化することしか私は出来ないからな。

 だが、逆にそれだけなら出来る、誰よりも…な」

 

私の限界突破の魔法に出来る事はそれだけだ。

他者に直接干渉することが出来る訳でも無いし

何かしらの事象に干渉することが出来るわけじゃない。

他者を癒やすことは出来ないし、他者を繋げる事も出来ない。

 

渡しに出来ることは、ただ自分自身を強化することだけ。

それだけだ、自分以外に干渉することが出来ない。

まさしく私に相応しい魔法と言えるな。

他者との関わりを断ち続けていた、私には。

 

「どれだけ必死になっても、この一撃は無理でしょ?

 ビック・バーン!」

 

空高く飛び上がったと思うと、無数の傘が出て来た。

雨みたく降り注ぐな…まるで炎の雨という感じだ。

 

「複数の攻撃を展開するのは良いが、私相手だぞ?」

 

と言っても、私は今、第六感の限界突破を用いている。

何処にどんな風に降ってくるかは、ある程度分かってしまう。

身をかわせる程度の空間なんて、結構あるもんだ。

 

私は彼女の攻撃を糸を通すような隙間をあえて選んで避けた。

 

「なら、上空だけじゃなく、地上からの攻撃も合わさればどう?」

「容赦しないわ、もう終りよ」

「…今すぐ降伏してよ、梨里奈ちゃん!」

「流石にその攻撃はしんどいからな…もう1段階強化だ」

 

私は自身の身体能力と第六感を更に強化した。

流石に2重の強化となれば、より魔力消費が激しくなる。

だが、今の状態であれば、ほぼ未来予知に近いほどだ。

 

「数が多くても」

 

私は上空からの攻撃も側面からの攻撃も全て見えた。

軌道さえ見えてしまうほどに、殆どが未来予知と言えるくらいに。

何処なら攻撃が当らないか、どうすれば避けられるか、全て分かった。

 

弾かないといけない攻撃は弾き、避けられる攻撃は避ける。

時間を稼ぐだけなら、わざわざ攻撃を仕掛ける事は無い。

 

「クソ! 全然効果が無い!」

「でも、それもここまで」

 

だが、私のその流れを断ち切ったのは、やはり七美だった。

彼女は私に糸を繋ぐわけではなく、大地に繋ぎ私の妨害をした。

直線的な攻撃よりも、こう言った広範囲攻撃の方が

私には効果的だし、またこの場面では厄介だ。

 

「やっぱり七美、お前は厄介だな」

「ついでにこの一撃はどう? とんでもない破壊力だよ!」

 

不味いな、この範囲は流石に避けきれないかも知れない。

こうなれば、防ぐしか無いだろう。

 

「吹き飛んじゃえ!」

 

私は急いで自身の前に大量の短刀を用いて眼前に壁を作った。

 

「無駄だよ! そんな程度の壁!」

 

当然だが、私の壁は簡単に破壊されるだろう。

しかし、それでも構わない。元より防げるとは思って無い。

 

「あは! 簡単に壊れちゃったね!」

 

だが、その場所に私は既に居ないんだ。

私が私の前に壁を作ったのは所詮は目眩ましなのだから。

ここまで魔法をフルに用いないと行け無いなんてな。

 

「あれ? 姿が…塵も残らないで消えちゃったのかにゃ~?」

「当然、消えてはないぞ? デカすぎるんだよ攻撃が」

「嘘! いつの間に! うわぁ!」

 

私はすぐに彼女を地面に叩き落とした。

厄介な傘だな、だが、地上に落とせば上空からの攻撃は止むだろう。

上空と地上からの同時攻撃なんて厄介極まりないからな。

 

「う、嘘…わ、私達がこれだけやっても…」

「怯えるな、七美に免じて殺すのは許してやろうと言っただろう?

 ただ再起不能になるだけだ、死ぬよりはマシだろう?」

「何なんだよ、何なんだよ! お前は!」

「明らかに動揺して居るな? 言ったじゃないか。

 私はそれなりに強いぞ?」

「梨里奈ちゃんがそれなりだったら、他はどうなるの?」

「さぁな、本人に聞けば良い」

 

私はそれなりに強い。強い理由だって強くなり続けたいと

そう願ったから。強くなければ、願いが無意味じゃないか。

だが、私は最強とはほど遠い。そんな物になろうとはしてないからな。

 

「さぁ、そろそろ再起不能になって貰うぞ。

 最高の攻撃というのも良いが、残念な事に

 私の本気は相手を殺しかねないからな。

 

 終わらない限界突破なんて、恐怖でしかないだろ?

 一撃の度に私の速度が上がり、最終的には手も足も出ない。

 それが私には出来るが、しんどいんだ。

 だから、最高の連撃ではなく、最悪の弾幕をプレゼントしよう」

 

私は指をならし、自身の周囲にいくつかの短刀を召喚した。

数は…自分でも分からないが、数千はあるだろうな。

本気を出せば、数億か数兆か。どっちにせよしんどいが。

 

「これで終りだ、沈め!」

「梨里奈ちゃんは強いけど、私も負けない!」

 

七美がすぐに足下の糸を繋げ、地面を引き上げた。

それにより、私の攻撃は全て防がれてしまった。

 

「負けないから…」

「…やはり、七美が1番厄介か…」

「クソ、数が多いな…」

「うぅ…」

 

不味いな、羽根達に押されているようだ。

流石にあの数を3人で抑えるのは不味いか。

すぐに合流して、羽根達を協力して。

 

「そろそろあっちの方が不味いみたいだね。

 流石にあの数を相手に3人はキツいんじゃ無いかにゃ~

 あなたがあっちに居れば分からなかったけどね~」

「でも、あなたをあちらには行かせないわ。

 挟んであなたも一緒に倒してあげるわ」

 

このままだと…どうにかして仕留めきらないとならないか。

仕方ない、やるしかないだろう。非常に消耗が激しいがな。

口寄せ神社の時に使った、あの終わらない限界突破を。

人が相手であれば、確実に屠れるはずだ。

 

「ももこ! なに苦戦してるのよ!」

「な! レナ!?」

「レナ!?」

 

ももこの声を聞いて、すぐに後方を見た。

そこにはレナとかえでの2人の姿が見えた。

マギウスの翼を背後から奇襲したのか。

 

「両方から挟んで倒そう!」

「よし、これならいけるよ!」

「ちぃ、邪魔を!」

「これなら無理をする必要は無いな。

 さぁ、やろうか!」

 

いろは達が鶴乃を取り戻すまでの時間を稼ぐ。



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全力の攻防

状況はこちらの有利に展開したと言える。

レナ達の合流もあって、私が無理をする必要が無くなった。

 

「仕方ないわね…こうなったら容赦しないわ」

「私達は少し下がっておこうかな-」

 

マミが小さく息を吐く。するとマミの周囲に大量の銃が出る。

だが、何だろうか…今までとは雰囲気が違った。

今まで以上にマチェット銃の数も多い。

だが何より…マチェット銃の銃口が向いてる場所が妙だ。

 

「絶対に…解放の邪魔はさせないわ!」

 

マミの頭上から、妖精の様な小さな存在が飛び出す。

同時にその妖精の様な小さな存在まで銃へと変った。

 

「死になさい!」

「ッ!?」

 

マミの狂気さえ感じる程の叫び声の後

全ての銃身から今まで以上のレートで弾丸が射出される。

マチェット銃だというのに、1度放った後も弾丸を飛ばすと!?

マチェット銃なのか? あれは、もはや現代兵器だ!

 

「チィ!」

 

私は即座に自身の周囲に短刀を召喚し、飛んで来る弾丸を弾く。

うち、弾き飛ばされた短刀の2本を掴み、飛んでくる弾丸を切り落とす。

 

「全く…仲間もろごと屠る気か!?」

「いいえ、私の狙いはあなただけよ」

「何を…いや、これは!」

「な、梨里奈! 後ろ!」

 

弾丸の軌道が不自然に曲がって、私の方に飛んで来た!

全く無茶苦茶をするな!

 

「まだ終わらないわよ!」

「マチェット銃とは思えないな」

 

背後から飛んできた弾丸を撃ち落としながら避けるというのは辛いな。

とは言え、集中的に私を狙っているのは好都合だ。

 

「そこ!」

 

攻撃を弾きながら、一瞬見えた隙間。

私はそこを狙い、短刀を全力で投擲する。

 

「くぅ!」

 

私が投擲した短刀はマミのマチェット銃の1挺に当る。

その1挺に当った短刀が弾け、別のマチェット銃に直撃する。

最初に当ったマチェット銃も2段目に当ったマチェット銃も

私の短刀で照準が大きくズレ、自身のマチェット銃を何発も撃つ。

 

「まだ終わらないぞ!」

 

この攻撃で勢いが若干弱まったことにより、更に投擲を行なった。

私が投擲したいくつもの短刀はマミのマチェット銃を全て破壊する。

 

「全くデタラメよね。でも、終りよ。ティロ・フィナーレ」

 

しかし…マミの頭上滞在している巨大な砲台。

その砲台は私めがけて、真っ直ぐに飛んで来た。

これを避ける事は造作ないはずだ…だが、見るからに破壊力がある。

背後にはももこ達や羽根達が揃っている状況だった。

 

こんな状況で私が避けるという洗濯を取れないのは明白だろう。

全く! 仲間を容赦なく吹き飛ばそうとするなんて異常だろう!

 

「不味いぞ…あの弾速じゃあたし達!」

「本当に…無茶苦茶をするな…こうなったら私も無茶をするしか無いだろ!」

 

私は自身の肉体を最大に近いほどに強化した。

これだけの砲弾を防ぐには…いや、弾くにはこれしか無い!

 

「私は技名なんて思い付かないからな…締まらないかも知れないが!」

 

私は自らの技名何て考えてないし、思い付くことも無かった。

何、ただの限界を更に越えた限界突破でしか無い。

極限にまで自身の能力を強化してでの一撃でしか無い。

 

私はマミ程にセンスは無いだろうな。

一応、技名を考えてもみたが、恥ずかしいから言わない。

だが、シンプルに…この一撃はマミの攻撃を砕くには…十分だった。

 

「な…」

 

私の攻撃なんて、ただの身体能力を強化しての一撃でしか無い。

しかしだ、それでも相殺するには十分だったようだ。

 

「痛いな…流石に腕が…同時にもう後には退けなくなった。

 このまま終わらせる! 終わらない限界突破を見せてやろう!」

 

自身の身体能力を極限以上に突破し続けるこの技。

だが同時に、自分自身の肉体の方がやられる。

そっちも限界突破すれば良いが、後遺症が恐いからな。

 

「一気に終わらせよう」

 

私は即座に地面を蹴り、マミとの間合いを詰めて一撃で落とした。

あまりにも速すぎたんだろうな、マミは何があったか分かってない。

 

「この!」

 

私がマミを倒すと同時に七美達の攻撃が飛んで来た。

だが、今の私は止まらない…止まれる状態じゃ無い。

時間が無いんだ、この終わらない限界突破をした以上

私はこの体が限界を迎える前に倒しきらないとならない。

 

「無駄だ」

 

アリナの攻撃を全て弾き、瞬時に間合いを詰めて倒した。

 

「速すぎでしょ!」

「今の私は速さが唯一の取り柄でね」

 

即座に灯火も撃破した、距離が多少は慣れてる程度なら

1歩の間合いでしか無い…私の1歩は異常だがな。

 

「…残りは七美…お前だけだな」

「…どうして攻めてこないの?」

「私の予想だと、お前に近付けば八つ裂きだろう?」

「流石、お見通しだね」

 

七美は既に自身の周りを糸で壁を作ってるような状態だ。

そして、糸の先には私の短刀が繋がってる。

私が七美に近付いた瞬間に糸を引寄せれば終りだ。

 

「…自分に糸を繋ぐと言う事は非常に危険だと思うが?」

「梨里奈ちゃん、私はあなたが強いことを知ってる。

 どうしようも無いほどに強いと言うことを。

 

 マギウスの2人が揃って、巴さんも揃ってる状態。

 それでも勝ち目が無いのに、私1人じゃ勝てない。

 だけどね、正攻法以外なら勝つ事は出来るかも知れない。

 

 梨里奈ちゃん、あなたは1人だと無敵に近いくらいに強い。

 でも、仲間が居る場面だと…あなたには弱点が出来る。

 そして友人が居る場面であっても…あなたには弱点が生まれてしまう。

 この糸は私が動けなくなったら勝手に引寄せられるようにしてある」

「つまり…その糸を全て切断して意識を奪えば良いんだろ?」

「梨里奈ちゃん、気付かないんだね。その終わらない限界突破

 あまりにも魔力消耗が激しいから…第六感の突破出来てないでしょ」

 

見抜かれてたか…その通り、今の私は第六感の限界突破は出来てない。

だからこそ、速攻で仕留めに行ったとも言える。

 

「なら、考えてみてよ…私が仕掛けた罠…時間が経てば不利になる。

 速く気付いて行動しないと、あなたの体が限界を迎えるよ?

 第六感の限界突破をしても良い、でも、魔力が持つ?」

 

実際私の魔力はかなりギリギリだ、グリーフシードを使えば良いが

しかしながら、そんな動きを七美が見過ごすとも思えない。

恐らく今までの話からしても、この限界突破状態で動いて

ようやく対処出来るほどの罠なんだろう…

それだけシビアな罠、グリーフシードを使ってる暇は無いだろう。

 

「……他に何の手があるのか分からないが、ひとまずはお前の意識を奪う!」

 

私はすぐに七美に近付き、彼女の意思を奪う。

同時に七見に向ってきた短刀……な、3本!?

 

「く!」

 

急いでその3本を繋いでいた糸を切断し、背後を見た。

 

「何!?」

「引寄せられる!」

「まさか!」

 

七美が仕掛けた糸は自分自身の3本だけじゃ無くてももこ達にも!

 

「クソ、間に合え!」

 

もう肉体的にもボロボロだが…自分の体に鞭を打ってやるしかない!

 

「このぉ!」

 

限界突破の更に限界突破。かなり突破をした。

急いで1本は切断できたが、ももこの方は間に合わない!

 

「間に合ってくれ!」

 

必死に腕を伸ばし、辛うじてももこを動かすことが出来た。

だが、ももこに繋がっていた糸も動き、短刀が私に刺さった。

 

「り、李里奈!」

「こ…の!」

 

だが、私に突き刺さったことで、何処に糸があるか分かった。

すぐにその糸を切断して、致命傷だけは避ける事が出来た。

 

「も、ももこ…だ、大丈夫か…」

「だ、大丈夫かってのはあたしの台詞だよ!」

「そうか…なら、良かった…だがまぁ…ここで私はリタイアだ…

 後は頼むぞ…やちよさん達が出てくるまで…時間を…稼いでくれ」

「仙波は大丈夫か!? 魔力の消耗は!? 傷の度合いは!」

「り、梨里奈のソウルジェムが今まで見たこと無いくらいに濁ってる!」

「グリーフシードを、く! 邪魔をするな羽根共!」

「十七夜さん! 少しだけ頼めるか!?」

「あぁ、任せろ!」

 

……やっぱり七美が絡むと、いつも怪我をするな…

本当に…お前は私の…天敵だよ…



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リーダーの選択

ボロボロだった私が次に目を覚ましたのはベットの上。

何て、都合の良い展開が待っていると思ってたが。

なる程…どうも私は回復するのが早すぎたらしい。

 

「遅すぎるだろ…どれだけ時間が掛るんだ!?」

「そろそろ不味いな…」

 

結構追い込まれているという状況らしいが…

まだ、やちよさん達は…

 

「……2人とも…済まないな、私が不甲斐ないせいで…」

「梨里奈!? もう起きたのか!?」

「私はどうも…回復が早いらしい…私も防衛に参加しよう」

「それは心強いが…」

 

結構な数だ…しかし、肉体的にも相当辛い。

体が引きちぎれるような激痛が……

 

「い、いや駄目だ! もう体は相当無茶だろ!?

 満足に動ける状態じゃない筈だ! ここはあたしらに任せて!」

「……いや、十咎。そんな悠長なことを言ってる暇は無いだろう」

「でも十七夜さん! 今の梨里奈は相当辛いはずだ! 戦えるわけが!」

「…そうかもな、だが戦って貰うわけじゃ無い…行くんだ、仙波…

 七海達や由比君が待ってるだろう…」

「……あの中に入れと? でも、鶴乃は4人に任せれば…」

「時間が掛りすぎてる、手間取ってるのかもしれん」

「……分かりました」

 

疑ってるわけじゃ無い、だが…今の私に出来るのはそれ位だろう。

もうすでにまともに戦える状態では無いかも知れないが

それでも、多少の時間を稼ぐことだって出来る筈だ。

 

「よし、行ってきます」

「あぁ、頼むぞ」

 

私は痛む体を無理矢理動かし、やちよさん達が向ったゴンドラへ入った。

 

「随分とのんきそうな雰囲気だな…しかし、遊園地の割に殺伐としてる」

 

ゴンドラの中は少しだけ荒れている様子だった。

戦闘があったのか分からないが、中々に辛い。

 

「う、うぅ…クソ、な、何だ…余計に力が…」

 

こ、これがこの噂の効果か…気力を削ぐと言った所かな…

全く、今の私に取っては最悪の場所じゃ無いか。

急いで家のベットで眠りたいくらいにしんどいんだぞ?

既に夜更かしの時間だ…本来ならベットでグッスリの方が良いのに。

 

「だが……まぁ…ある意味、激痛のお陰で助かるな…」

 

意識が薄れそうになっても、体中の悲鳴が私をたたき起こす。

1歩歩くだけで、かなりの激痛が走るからな。

こんな状態でゆっくりと眠れるわけが無いだろう。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…い、いろは…やちよさん…フェリシア…さな…

 あぁ、駄目だな…大声も上げられない…」

 

大声を出そうとすると体中が痛んでしまう。

この反動は相当辛い…下手したら簡単に意識が飛ぶ気がする。

体が千切れたのかと誤解してしまうくらいの激痛だ。

 

それも全身が…既に相当ボロボロなのだろう。

本来なら無茶な役目は押付けて欲しくは無いが

だがしかし…私に与えられた出来る事がこれなら仕方ない。

 

私は激痛を無理矢理堪えながら、1歩1歩足を進めた。

 

「くぅ…」

 

うぅ、不味いな…噂の使い魔が仕掛けてくる攻撃を受けたら

何だか余計に気力が…だがしかし、今の私は全身激痛だからな。

無理矢理体も動かしてるんだ、痛みで意識が飛ぶことはあるかも知れないが

気力を全て削がれ、意識を失うことは…無い!

 

「うぐらぁ!」

 

あぁもう…い、痛いんだよ…

腕を振るう度に腕が何処か行ったと勘違いしそうなくらいに。

 

「はぁ、はぁ…は、はぅ…くぅぁ…く、クソ…ま、まだだ…

 まだ、休むべき時じゃ無い…鶴乃を連れ帰って…安心しないと

 満足に眠れないだろ…? 私は…どうせ寝るなら満足に寝たい!

 折角の夜更かしだ…夜更かししただけの対価くらい欲しいから…なぁ!」

 

腕が…足が…い、意識が痛みに飲み込まれそうだ…

それでも進む…無理矢理にでも進む…げ、限界突破はキツそうだが…

そ、それでも…ま、まぁ…進むことは…出来るだろう。

 

「はぁ、はぁ…ぐ、うぐぅうぅ! 鶴乃ぉお!」

「……ありゃりゃ…梨里奈ちゃんも来たんだね…」

「鶴乃…な、み、皆…」

 

鶴乃の姿を見たが…その背後に動けない状態の4人が居た。

何で…ど、どうしたんだ? 鶴乃もボロボロだし…何が。

 

「…り、りな…ごめんな…さい…」

「折角…わかり合えると思ったのに…もう、魔力が…」

「……もう、助からないよ。だって、私を助ける方法があっても

 もう、その方法を試す手段は無い…」

「魔力があれば…後、1度だけ…チャンスが…」

「俺…まだ、あ、諦めたくねぇよ…鶴乃の事…や、やっと分かったんだ…

 ぜ、絶対に、た、助けて…あ、ありのままで話すんだ…」

「……もう良いの、皆が私の事…大事だって思ってることは分かったから…

 だから、もう良いの…私の事なんてどうでも良いから…私を…」

「……魔力があれば…良いんだな。なら、その魔力…私が送ろう!」

 

私の魔力は完全回復に近い、意識を失ってる間に

ももこ達がグリーフシードを使ってくれたんだろう。

私の魔力は完全に近い状態にまで回復していた。

だが、肉体がボロボロだからな、最悪の場合は肉体の限界突破をして

一緒に戦おうと思ったが…それよりは有用な使い方が出来るだろう。

 

「梨里奈…で、でも…私達に魔力を送ったら…」

「安心してください…今の私じゃ…元より動けませんからね…

 正直、激痛で立ってるのもやっとだし、意識を保つのもやっと。

 だけど、魔力消費が激しい肉体の限界突破をしないで堪えてきた。

 それが功をそうした…それだけです。でもこれは、最後のチャンス」

 

どれだけの魔力があれば良いのかは分からないが

きっと、相当数の魔力が必要なのだろう。

いろは達4人の残った魔力よりも大きな魔力が。

 

それだけとんでもなく大きな魔力を私が持ってたとしても

恐らくチャンスは1度きり…このチャンスを逃せば

グリーフシードを使って回復する余裕は無いだろう。

 

「…そして後1つやちよさん…失敗したら最悪、全員共倒れです。

 それを避ける方法は…鶴乃を倒すこと。

 私なら出来る…魔力をかなり消耗してでも肉体を突破すれば…

 でも、それは同時に鶴乃を見捨てると言う事…どう、しますか?」

「……それは」

「……いや、問う相手が違った…どうする? いろは」

「わ、私…ですか?」

「あぁ、お前はリーダーなんだろう? なら、選ぶんだ。

 1人を殺して確実に他が助かる方を選ぶか…

 全員死ぬかも知れないと言うリスクを背負ってでも

 誰1人殺さず、自分が理想とする最高のシナリオを目指すか。

 選ぶんだ、リーダー…現実か理想か…確実を取るか全てを賭けるか!」

「……助けます、鶴乃ちゃんを…助けます!

 お願いします…梨里奈さん…もう1度…もう1度だけ!

 もう1度だけ、私達にチャンスを…チャンスをください!」

 

殆ど動けないはずのいろはだが、フラフラしながらも立ち上がる。

弱々しい立ち姿ではあるが、その瞳は非常に力強い物だった。

 

「……リーダーが選ぶなら…付いていくしか無いわね…」

「鶴乃を絶対に助けるんだ…俺達で!」

「はい! あの毎日を…もう1度! あの毎日よりも楽しい毎日を!

 その為に…私達は頑張るんです!」

「どうして…あ、危ない事だよ…わ、私を倒した方が安全だよ!」

「……鶴乃、良かったな…お前のありのままを受入れてくれるそうだ。

 今度から…しっかりと頼るんだぞ?

 私みたいに1人で全部やろうとするな。

 1人だけで最強になっても…意外とつまらないからな」

「……姉ちゃん、まさか最初から鶴乃のこと…全部分かってたのか…?」

「あぁ、鶴乃と私は似てたんだ…だが、今度からは違うだろう」

「鶴乃…こ、今度は、今度は俺がお前を助けるからな!」

「無理だよ、フェリシア…さっきも駄目だったじゃん…」

「さっきは駄目だったかもしれねーけど! 今度は駄目じゃねーよ!

 だって! 姉ちゃんも来てくれたんだ! 俺達が諦めなけりゃ

 絶対に鶴乃を助ける事だって出来るんだ!

 俺だって! 鶴乃の事理解するから! 迷惑掛けねーから!

 だから…だから! 戻って来いよ! 鶴乃!」

 

鶴乃には自分を支えてくれる仲間が居るんだ。

自分のありのままを知っても、受入れてくれる仲間が。

それはとても幸せなことだ…とても、大事な事だ。

 

「今度こそ…今度こそ5人の力で!」

「あぁ…いろはに預ける! 本当なら俺が目を覚まさせてやりたいけど

 でも、いろはなら大丈夫だ! 俺達のリーダーだからな!」

「ありがとう…フェリシアちゃん」

「もう1度…これが最後のチャンス…絶対に連れ戻すわ」

「いろはさん…皆の思い、いろはさんに託します」

「いろは…鶴乃の目を覚まさせてやってくれ。

 夢は目覚めるから幸せなんだからな。

 あいつの悪夢を…今、終わらせるんだ」

 

私達の魔力を全てリーダーであるいろはに送る。

いろはに全部を託す…今度は失敗するなよ。

 

「鶴乃ちゃん! 絶対に助けるからね! 皆の思いを込めた一撃で!

 鶴乃ちゃんの心を解き放ってみせるから!」

「……いろはちゃん、良いよ、私を撃ち抜いて」

「今度からは私達に頼って! 辛い時も大変な時も!

 隠さないで全部! 私たちと一緒に悩もうね!

 だって私たちはチームなんだから!」

 

いろはの願いが込められた一撃は真っ直ぐに鶴乃を貫いた…筈だった。

だが、鶴乃は一切その表情を変えず、立っていた。

 

「鶴乃にダメージが無い…」

「……」

 

少しの沈黙の後、鶴乃から泡のような物がゆっくりと漏れてきた。

 

「鶴乃ちゃんから何か漏れて…これって…」

 

鶴乃の過去…鶴乃の思い…それが、私たちに流れ込んできた。

泡沫の様に現われては消えて…僅かな衝撃でも消えてしまいそうな

そんなとてもとても脆く、美しい光景だった…

泡沫の夢…見えては消える、そんな儚く美しい光景。

 

泡の中に見えるその過去は…とても美しかった。

とても美しくて、とても力強く…そしてとても…儚い。

とても優しくて…とても頑丈に見えて、とても脆い。

あぁ、ここまで優しく努力をしているはずの鶴乃…

その過去はおだてにも報われているとは言えなかった。

 

大事な人が死に、大事だった場所もゆっくりと廃れていく。

大事なチャンスも無駄に潰え、それでも強く振る舞った。

大事な仲間も死に、何も知らずに過ごした…

 

尊敬していた師匠も変わり、それでも支えようと努力して

誤解される大事な師匠を必死に助けようと動いた。

そんな辛い思い出を積み重ね…その上でもなお気丈に振る舞う。

だけどな、鶴乃…お前の努力は決して無駄なんかじゃ無かった。

 

「今度は…今度は私に…お返しさせてください…鶴乃さん」

「いちいち、んな心配すんなよ! 俺だってもう店の戦力だろ!?」

「ごめんね鶴乃、ずっと無茶させちゃって」

「私、鶴乃ちゃんに頼って貰える、そんなリーダーになるからね

 一緒に手を取り合おう…」

 

何故なら、その優しさに気付き、助けてくれる仲間が居るんだ。

自分達の身を顧みず、助けようとしてくれる仲間がこんなに居る。

鶴乃、お前はもう1人じゃ無い。お前には仲間が居るんだから。



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ボロボロの体を引きずって

「鶴乃! 大丈夫か!? 鶴乃ー!」

「うわぅわぅおぅ! フィリシア、頭揺れるから!」

「おっし、起きた!」

 

鶴乃の過去を知り、鶴乃も目を覚ました。

 

「後はうわさの大元をどうにかすれば解決ですね」

「どうすれば…大元のうわさが出てくるんでしょう…」

「もうそろそろ出てくるんじゃ無いか?」

「ん、うわさをすればって奴ね。うわさのうわさってのも妙だけど」

「ォォン……ォォン」

 

観覧車のような形状をしたうわさが私達の前に姿を見せた。

これが大元のうわさ…このうわさを倒せばそれで万事解決だ。

 

「出てくるのが早過ぎね…魔力は限界よ…」

「ま、不味いね…わ、私も何だか力が出なくて…」

「グリーフシードの数は少ないが、少しだけある。

 私があれを少しだけ足止めするから、その間に回復してくれ」

 

グリーフシードの数は本当に少なく、2つしか無い。

かなり消耗したからな、もっと持ってきていれば良かった。

 

「本当、鶴乃からうわさを引き剥がせたのは幸運だったな

 引き剥がせてなかったら、回復の余裕が無いからな」

「でも、姉ちゃんが足止めしたら…」

「鶴乃相手じゃ無理だ、それに…私も限界で、いぐ!」

「姉ちゃん!?」

「だ、大丈夫だ…」

 

や、やっはり鶴乃と戦うってなってたら回復の余裕は無かったな…

鶴乃は動きも速いし、今の私じゃ足止めなんて出来なかっただろう。

 

「い、急いで回復して欲しい…い、今の私じゃ…あまり稼げないぞ…」

「わ、分かった! でも、誰が使う!?」

「梨里奈さんが使うのが1番だけど…」

「私は足止めだ…回復の余裕は無いぞ…」

「そうね…」

「じゃあ、やちよさんと…後は」

「いろはだな…やちよといろはの連携はスゲーからな!」

「…わ、分かった、じゃあ私が使うね!」

 

グリーフシードの回復に使う時間はそんなに掛らないが

さて…今の私にあれを相手に1分も持つか?

正直、30秒でも怪しいというのがある。

 

「来たか、止める!」

 

いろは達が回復をしようとするとうわさが動いた。

飛んで来た攻撃はまるで泡のようにゴンドラから分離されてきた。

攻撃は私を泡のように追尾する。

 

「この!」

 

私は飛んで来た泡を全て召喚した短刀で撃ち抜いた。

私はあまり派手には動けない…魔法の行使は出来るが

今の魔力だとちょっと肉体の限界突破は無理だろう。

 

「う、動かなくても……って、うぁ!」

 

危ない! 1つの泡が空中で弾け、私が居た場所に

黒いモヤをぶちまけてきた。

即座にその場から離れたが。

 

「いぐぅぅ!」

 

着地と同時に前進に鋭い痛みが…ま、不味いな…

い、痛みで意識が吹き飛びそうだ…だが、まだ粘るぞ…

 

「クソ、な、うぐぁ!」

 

ま、不味い…痛みで怯んでる間に使い魔の体当たりが…

 

「は、はぁ、はぁ…くぅ…クソ…まだ…」

 

もう殆ど動けなかった…あぁ、大した時間を稼げなかったな。

 

「姉ちゃんが無茶してどうすんだよ! 俺も戦うぞ!」

「フェリシア!?」

 

フェリシアだって、もう殆ど動けないはずなのに…

 

「もう、梨里奈ちゃんだって無茶ばっかじゃん。

 分かってる風に言ってたけど、自分の方は分かってないんだね!」

「鶴乃も…い、今は動くべきじゃ!」

「動きべきじゃ無いのは梨里奈さんの方です。

 もう、辛いんですよね? だったら、私たちに頼ってください!」

「あ、あんな風に大見得を切った手前、そう易々とは…」

「無茶しないで? 梨里奈ちゃん。私たち仲間じゃん!」

「……仲間…か」

 

あぁ、そうか…そんな風に思ってくれてたんだな…

ちゃんと皆も…私は何処か1歩引いてたのかも知れない。

あくまで協力してるだけって感じでな。

…でも、そうだよな。私たちは仲間だった…私も含めて。

 

今回は1人で戦ってばかりだったから忘れてたな。

……本当に情け無い、鶴乃にあんな事を言う資格何て無かったな。

 

「…本当に申し訳無い…全く私って奴は…」

「えへへ! よし! 一緒に頑張ろう!」

 

私たちが4人で足止めをしているが、やはり限界は限界だった。

全員、既に限界なんだ、肉体的にも魔力的にも。

 

「くぅ…これ以上は」

「不味い! 鶴乃!」

「うわぁ! こ、こっちに!」

 

鶴乃の方へ使い魔が1匹突撃してきている。

すぐに動こうとしたが、体が…動かない…ここで…

 

「待たせたわね」

「うわ! し、師匠!?」

 

だが、鶴乃に近付いてきた使い魔は鶴乃に攻撃をする前に

辛うじて魔力を回復出来たやちよさんが撃退した。

 

「こっちも…って、わ!」

「皆さん! 引いてください! 後は私とやちよさんで!」

「間に合ったか…はぁ」

「な、何とか……」

「い、一旦下がろう!」

「そうだな…」

 

私たちは体を引きずるようにゆっくりと動き

やちよさんといろはの背後に移動した。

 

私たちが下がり、2人はうわさと相対する。

だが、魔力も回復している2人を前に

鶴乃という一部を持って行かれているうわさは手も足も出ず

あっさりと2人により撃破され、うわさの空間は消滅した。

 

「よし!」

「やった! 出て来たぞ!」

「そんな…うわさが…」

 

最も重要視していたうわさも無効化されて

…そして、マギウスの殆どと幹部さえ倒れている場面だ。

 

「はぁ、はぁ…クソ、久実…もう粘らないで」

「お、お姉ちゃん…い、行かせないよ…」

「もう、もう止めてって言ってるんだ!

 勝ち目なんて無いって分かるだろ!?」

「ひぐ! ま、まだ…弥栄お姉ちゃんは…わ、私が…」

「もう、止めろぉお!」

 

大量の手が…ドッペル…

 

「止めるもんか…絶対にお姉ちゃん達を救うんだ!」

 

久実までドッペルを発動し、激しく衝突した。

最終的に勝利したのは

 

「あぅ…」

 

弥栄のドッペルだった…ボロボロの久実には弥栄の攻撃は止められない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…もうこれで分かったでしょ…無駄なんだよ!」

「まだ…わ、私は…私は!」

「凄い根性ね、久実ちゃん」

「な!」

 

久実を拘束していた手が、一瞬のうちに全て切断された。

 

「まさか…やちよ! じゃあ、うわさが!」

「そうよ…この総力戦、どうやら勝ったのは私達みたいね」

「……いや、まだだ…まだ終わってない。

 うわさが倒されても、梨里奈を殺せれば私達の勝ちだ!」

「く! この子、移動速度が!」

 

やちよさんもかいくぐってくるとは思わなかった。

どうやら、弥栄の移動速度は相当速いらしい。

 

「不味い、梨里奈さん!」

「死ね! 梨里奈!」

「やらせ、ない!」

「なぅ!」

 

私に弥栄の凶刃が突き刺さる寸前に

弥栄の四肢を無数の鎖が拘束した。

 

「久実! 邪魔するなぁ!」

「全く…折角の記念日になると思ったから来たのに

 予想以上に悲惨な状況だね」

「な…」

 

観覧車の上から…新しい声が…

 

「誰…え? あの姿って…ねむちゃん…」

「やぁ、僕の事を知ってるんだね、初めまして、環いろは」

「まさか…最後のマギウスって…」

「あぁ、僕だよ」

 

まだ…マギウスの奴が居たのか。

 

「この…いぐぅ…」

「梨里奈さん!」

「ふふ、そちらも相当な消耗らしいね。

 さて、どうしようか。僕達の方も非常に消耗が激しいんだよね。

 他のマギウス達は全員やられちゃったみたいだからね。

 本当、君は規格外だよ、仙波 梨里奈」

「……」

「僕達としては、この場で君だけは倒したいんだ。

 恐らくだけど、今の君を倒すことが出来るだけの戦力はある。

 羽根の数もまだ結構あるし、総攻撃もありかも知れないね」

「そうなれば、私達はあなたを即座に倒さないと不味いわよね」

「そうなるね、でも僕もマギウスだ。相当強いと思うよ?

 お互い、ただでは済まないだろうね。消耗してる君達と違って

 僕は今、全くと言って良い程に消耗をしていないのだから」

「試す? 生憎だけど私といろはの2人はまだ十分動けるわ」

「そうだろうね、でも他の仲間はどうかな? 由比鶴乃も仙波梨里奈も

 相当消耗しているでしょ? この場面で僕が攻撃し倒すとすれば

 その2人になるよ。と言うよりかは、恐らく仙波 梨里奈を攻撃するよ?

 今、少し動いただけで辛そうにしてたくらいだ、満足に動け無いでしょ?」

「……私は無理をするのは得意だ…やる気なら、無理をしてでも応えるぞ」

 

既に全身がバラバラになりそうなくらいに痛い…

だが、必要とあれば…例え体に鞭を打とうとも…

 

「いやいや、ここはお互い賢くなろうよ。

 ここで再度激突しても、お互いに大きな損害は避けられない。

 勿論、その先に大きな利益があるのは間違いないけどね。

 でも、お互いに危険は選びたくないだろう?

 ここはお互い、痛み分けという形で幕を下ろそう。

 

 正確には僕達が痛い目に遭っただけで、君達には損害は無いけどね。

 だから僕達が賢くなって、君達に譲歩すると言ってるんだよ。

 そちらの目的は果たせただろう? ここはお互いに退こうよ」

「…つまり、自分達は大人しく撤退するから

 私達に撤退の邪魔をして欲しくないと言うこと?」

「そう言う事だよ。ここで戦っても良いけど

 何も失ってない君達が大事な仲間を失うかも知れない。

 最有力候補はそこで痛みに顔を歪めている梨里奈だ。

 今回の戦いにおけるMVPと言えるね。

 

 僕達としても彼女だけはどうにかしたかった。

 今の状態で戦う事を君達が選択した場合

 僕達は必ず梨里奈を道連れにするだろう。

 それでも戦う? この話は悪い話じゃ無いと思うよ?」

「……いろは、どうする?」

「……本当はどうにかして灯火ちゃんもねむちゃんも連れ戻したい。

 みふゆさんも取り戻したい…七美さんも取り戻したい。

 だけど…誰も失いたくは無いから……

 だから、今回はこれ以上の戦闘は止めよう」

「賢明な判断だよ、環いろは。

 これ以上はお互いに無意味な戦いに近いからね。

 と言う訳だから、弥栄、撤退だよ」

「何を! ねむ! わ、私はまだ!」

「…大人しく従って? あなたが好きな本もう貸さないよ?」

「……そんな事で私が従うと思うのか! やっと梨里奈を!」

「その状態じゃどのみち無理だよ、幹部としての命令だ、撤退だ」

「……クソ、あと少しだったのに…久実…絶対に許さないからな…」

 

弥栄は悔しそうにしながらも、ねむの言葉に従った。

弥栄の手は震えていて、悔しと言う感情が伝わってくる。

 

「…みふゆ、マギウスの翼全体に撤退命令だ。

 マギウスと倒れた幹部を全員連れて撤退する様指示を出して」

「はい、分かりました」

「……これで僕達も後が無くなった、もう手段は選ばないよ」

 

最後にそう言い残し、ねむはマギウスの翼達と

倒れた七美達を連れて、私達の前から消えた。

 

「はぁ…あ、焦った…あのまま戦闘になったらちょっとあたしは辛かったな」

「は、はぁ? こ、この程度で根を上げるの? まだまだ余裕よ!

 あのまま戦ったって、レナは大活躍間違いなかったし!」

「レナちゃん、嘘吐かないでよ。凄い息荒かったし」

「はぁ!? そ、そんな訳!」

「ふ…まぁ、あのまま戦ってたら、わ、私が不味かったな」

「梨里奈!?」

 

駄目だ…さ、流石にそろそろ立つのも限界だな…

周りは驚いただろうな、唐突に崩れ落ちたんだから。

 

「だ、大丈夫!? あんた!」

「……だ、大丈夫じゃ…無いな…もう歩けない…」

「本当無茶ばかりして! いろはの判断は正しかったわね…」

「よ、良くそんなに辛いのに、あんな啖呵を切れたな」

「私が限界だとバレたら…ちょっと分が悪いだろ?」

「姉ちゃん、本当にもう無茶しないでくれよ! ゾッとしたぞ!」

「そうだよ梨里奈ちゃん! そんな風に強がっちゃぁあ…」

「うぉ! 鶴乃までどうしたんだ!?」

「あ、あはは…じ、実は私ももう限界なんだよね…力入らないや…」

「私達4人で手ひどくやっちゃったから…本当にごめんなさい、鶴乃」

「いやいや、結局私は大丈夫だったし、全然平気だよ…」

「はぁ、辛いのを隠しても意味ないわよ、素直になりなさいよ。

 とにかく急いで戻りましょう…グリーフシード余ってる?」

「それが…もう殆ど無いんだよな、消耗が激しくて」

「なら、急いでみかづき荘に戻りましょう! 

 梨里奈さんから貰ったグリーフシードが余ってます!」

「よし、じゃあ急ぐか!」

 

意識を保つことが出来て良かった……

だがまぁ、流石に電車で揺られている間は…眠たい…



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痛みと共に

「梨里奈さん…大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃ…無いかな」

 

あの死闘が終わった次の日だが…私はまだあまり動けない。

全身の筋肉痛が酷い…肉離れという奴だろうなぁ。

全身が相変わらず串刺しにされてるかのように痛む…

 

「酷い筋肉痛ね…あなたの限界突破は本当に体への負荷が大きいわね」

「えぇ、自分の体を無理矢理限界以上で動かしてるわけですしね。

 あぅ…ちょっと目も痛い…はぁ、視力は全く落ちてないがな…」

「本当、無茶しないでよね、梨里奈ちゃん」

「鶴乃、お前も相当辛そうだが大丈夫なのか?」

「あっはっは! 私を誰だと思ってるの!?

 最強の魔法少女、由比 鶴乃だよ! あぅ、いたた…」

「無理するなよ、鶴乃。お前も相当消耗してたんだからな。

 うわさで無理矢理動かされてたとすれば、当然と言えるが」

「あはは、そだね、でも私の場合は梨里奈ほど酷くはないよ」

「辛いのは変わらないだろう? 他人とはあまり比べない方が良い。

 私は慣れてるからな…思いの外平気だぞ」

 

と言っても、ここまで酷い痛みになったのは今回が初だが…

やはりあの限界突破の多様は体に負担が掛りすぎるな。

しかし、私にはそれしか出来ないからな、脳筋と言う奴か。

 

「うぅ、ごめんな、2人とも…俺がもっと強かったら…」

「フェリシア、落ち込む必要は無い、私が異常なだけだ。

 自分で言うのも何だが、私は強いからな。狙われるのは仕方ないんだ」

「実際、向こうとしても梨里奈をどうにかしたいと言う気持ちは大きいでしょうね。

 私達の最高戦力であり、現状バランスを崩壊させてるのはあなただもの。

 マギウスにとって、あなたほどに厄介な相手は居ないでしょう」

「でしょうね。本当、1人じゃ無くて良かった…」

 

私1人だけだったら、休む事も出来ないからな。

私の魔法の特性上、1人でも戦えるだろうが…死んでしまいそうだ。

 

「とにかく、鶴乃と梨里奈はしばらくの間

 みかづき荘からは出ないで、しっかりと休んでなさい。

 その間、炊事洗濯の当番は私達で回すから」

「あはは、そうだね…はぁ、でもなぁ…あぁ…」

「鶴乃! どうしたんだ!? うわさの影響か!?」

「……本気でガッカリしてるだけなんじゃ無いか?」

「あ、あはは…か、皆勤賞が……」

「ほ、本気で狙ってたからね、皆勤賞…」

「あぁ…そうか…鶴乃、分かるぞその気持ち」

「えぇ!? 梨里奈も分かってくれるの!?」

「あぁ、私も中学の時、1日体調不良で休んで

 皆勤賞を取り逃した、卒業まで数ヶ月でな」

「うぅ、つ、辛いよね、頑張ってたのに…」

「そうだな…出席は1度取り逃がしたら2度と手に入らないからな。

 だが、所詮は数字でしか無い。大事な物を失ったわけじゃ無いんだ。

 ……所詮はただの数字さ。ゲームのスコアと大差無い」

「た、確かにそう思うと、す、少しは気持ちが楽かも!」

「そうだろう?」

 

正直、私は出席を取り逃がし、皆勤賞が消えたことはどうでも良かった。

そんな物よりもとても大事な物を、その前日に失っていたのだから。

だが、今の私はその大事な人を救えるチャンスがある…幸福なことだ。

お互いに魂の無い、人の形だったとしても…私に取って

あいつは掛け替えのない親友…だから、必ず取り戻す。

 

それにそう悲観することでも無いだろう。例え私が偽物でも

私は他でもない、私自身である事に変わりは無いのだから。

そう自信を持って言える…私は私だ。

そして、七美も七美だ…1度死に、蘇ったとしてもな。

 

「鶴乃が何とか立ち直ったようね。やっぱりあなた達は似てるのかしら」

「そうかもね、私と梨里奈ちゃんって、意外と似てるかも!」

「私もお前も、結構無茶をするからな。今回も一緒にダウンだし

 意外と似てるかも知れないな、私達は」

「鶴乃ちゃんの事にいち早く気付いたのも梨里奈さんみたいですしね」

「似てるからな…だが、私は自分の為に自分を堪え

 鶴乃はその優しさ故に、自分を堪えてた。

 同じく堪えてた身の上だが、私は自分の為で、鶴乃は皆の為だ。

 鶴乃のほうが、私なんかよりもずっと上等な子だよ」

「そんな事無いよ梨里奈ちゃん! そんな風に言わないで!

 自分をそんな風に貶したりしたら駄目だよ!」

「梨里奈さんは凄く優しい人です! そ、そんな風に思わないで…

 お、お姉ちゃんが言ってました! 梨里奈さんは凄く優しいって!」

「そうですよ! ネガティブに考えないでください!

 梨里奈さんは私達の大事な仲間なんですから!」

「…そうだな、すまない。それは昔の私の事だった。

 今は…昔とは比べものにならないくらいに上等になれたよ。

 皆のお陰でな…ありがとう。そして、私が元気になれたのは

 やっぱり七美の影響も凄く大きい…私もあいつみたいに

 あいつを支えて、お互いに強くならないとな」

 

必死に訴えてきてた久実の頭を撫でる…

絶対にお前の姉を救ってみせると…そう思いながら。

 

「まぁ、強くなるにせよならないにせよ、まずは休みなさい。

 覚悟を改めるのは大事だけど、まずは体を整えないとね。

 体中が痛いんじゃ、前向きな発想もし難いでしょう?」

「そうですね、確かに痛いとどうも後ろ向きになる」

「痛いってだけでストレス凄いからね。当然と言えるわ。

 特にあなたは相当無茶をしてたんだから、本当にゆっくりして」

「はい、ではお言葉に甘えて、しばらく休ませて貰います」

「えぇ、無理しないようにね。じゃあ、料理を用意しましょうか。

 いろは、フェリシア、さな、手伝って頂戴」

「はい!」

「ま、仕方ないか」

「足を引っ張らないよう、頑張ります」

「あ、あの、わ、私は…」

「久実ちゃんはそのまま梨里奈と鶴乃のお世話をお願いするわ。

 何かあったら呼んで頂戴」

「は、はい!」

 

しばらくは動けそうに無いが、それは向こうも同じかな。

とにかく今は体を休めよう。向こうが何をするか、分からないのだから。



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無意識に

しばらくの間だ、私達はゆっくりと休ませて貰った。

そのお陰で、ようやく私も筋肉痛が治ってくれた。

まだ完治ではないが、酷いときよりは大分楽だな。

 

「ふぅ…筋肉痛が治るのに1週間以上掛るとは…」

「え? 今日終わったの…?」

「あ…ま、まぁ…完治したのは…今日だな」

「……」

 

しまった、つい嬉しくて口が滑ってしまった。

筋肉痛が1日で治ったと嘘を吐いたのが…

 

「梨里奈」

「……あー、その…い、今完治しただけで…

 い、1日終わった後は、ある程度痛みは引いてました…」

「あら、そうなの…なんて、言うとでも思うの!?

 無茶はするなと、あれほど言ったのに!」

「す、すみません! 何だか1人だけ何もしないのは辛くて!」

「あなたは無茶ばかりするんだから! どうしてそんな無茶ばかりするの!?

 あなたの事を心配している私達の身にもなりなさいよ!

 良い? あなたは私達の大事な仲間なの! 

 辛い時に頼って欲しいと、私達はそう思ってる!」

「面目ありません…」

 

うぅ、や、やちよさんに怒られてしまった…

だ、誰かが本気で怒ってくれるのは何だか嬉しい…

しかし、私はやちよさんや皆を裏切ってしまったに等しい…

嬉しいとか思ってる場合じゃ無いんだよなぁ…

 

「おぉ、姉ちゃんが怒られるだなんて珍しいな」

「そうでもない…よ…私、何度も見てるから…」

「ん? そうなの? 俺は初めて見た気がするぞ?」

「何度も、七美お姉ちゃんに怒られてるの、見たから…」

「七美…姉ちゃんの親友だっけ。やっぱり恐いんだな。

 俺、あいつに勝てる気がしない…」

「な、七美お姉ちゃんはや、優しいんだよ!

 今はちょっと…違うだけで、いつもは凄く優しいの!

 梨里奈さんと同じくらい、優しいんだから…」

「姉ちゃんより優しいのか? そんな風には思えなかったけどなぁ。

 まぁ、俺もあの七美? って、姉ちゃんと話はしてないし

 あの時、ちょっと見ただけだから雰囲気しか分からないんだけどな」

 

あぅ…何だか皆に不甲斐ない姿を見せてしまった…

 

「本当、あなたは…もう少し自分を労りなさいよ」

「そうだよー、私にあんな風に言ってて

 自分はやらないなんて酷いよー」

「か、返す言葉も無い…こ、ここは反省して、より一層!」

「休みなさい」

「……はい」

 

もう何も言い返せなかった…こ、これ以上怒られるわけにはいかない。

何だか、みかづき荘に来てからと言う物

私の化けの皮が剥がれ続けてる気がする。

 

元々、私は結構抜けてるというか…意外とドジというか。

まぁ、無茶してしまうのは今も昔も変わらないがな…

……は、はは……あぁ、そうだな。変わらない。

 

「やちよさん…ご心配を掛けてすみません」

「全く、もう無茶しないで頂戴」

「えぇ…ありがとうございます」

 

今日は休む事にしよう…大人しく、休むとしよう。

……休む…か、何だろうな、心地良い気がする。

部屋に戻って、ある程度持ち出してた資料を読み漁る。

誰から強制されたわけでも無く、自分の意思で。

 

「……ふぅ、寝転がりながら勉強をするなんてな」

 

とりあえず、学校で貰った教科書は全部読んで全部理解した。

しかしたまには見返してみたりする、忘れないように。

とりあえず、今まで出されたテストは全て満点。

昔はそうでもなかったが…今は、その結果が誇らしい。

 

勉強が楽しいと思えるようになった。

頑張って勉強しようとしてる久実を見ると何だかな。

そうだよな、勉強…普通は誇らしいことだよな、この点数は。

 

「……んー、しかしまぁ、勉強はここまでにして。

 ひとまず…そうだな、マギウスの翼がどう動くか

 こう言う何も無いときが逆に恐いし、考えておこうか」

 

さて、柊ねむは最後、後が無くなったと言ってたな。

そして、ああ言うタイプは大体切り札はそう簡単には切らない。

想定が悉く砕かれたときに、必ず対処出来る切り札がある筈だ。

 

今まで、マギウスの翼が取ってきた行動が

あいつらが思う範囲で実は手段を選んでいたとする。

…孤独ルーム、絶交ルール、口寄せ神社…他にも色々あったが

それらに共通する部分は…意外と分からないな。

 

でも、どれもこれも、実は良いうわさに悪い部分を追加したうわさか?

絶交ルールは…そうだな、結果として真の友情を育めそうなうわさではある。

いつも喧嘩をしたりして、素直になれない友人同士。

そして、攫われるのタイミングは絶交と言われた人物が和解を申し出たとき。

その時、絶交と言った方が助けに行けば、お互いに友情を深める事が出来る。

 

このうわさ、タイムリミットが無かった場合であれば

意外と良い効果があるかも知れない。だが、リミットがある。

 

次に口寄せ神社だが、こっちも帰れなくなると言う部分が無ければ

普通に良いうわさだろう…別れも言えずに別れることになった人物が

最後に…その別れた人物に最後の言葉を掛け、過去に引導を渡せる。

例え相手が幻影でも、最後の言葉を言えたと言うだけで気持ちは救われる。

 

 

「うわさか…どう言う経緯で作ろうと思ったんだろうな」

 

うわさで集めてるのは不幸だろう…しかし、不幸を集めてどうするんだ?

……いや、そう言えば魔法少女も辛い思いをすれば魔女になるんだよな。

やはり不幸だとか、感情の起伏には莫大なエネルギーがある。

ドッペルもその類いだったか…なら、このドッペルでどうにか出来ないのか?

 

「んー…はぁ、考えても分からないか…とりあえずだ

 マギウスの狙いは不幸をかき集めることとして

 何が1番効率的かとなれば…やはり、人員を割くことか?

 いやいや、それもそうだが…それよりもマギウスが優先したいのは」

 

……これで僕達も後が無くなった、もう手段は選ばないよ。

 

「……もう、後が無くなった場合、私があちらの立場ならまず」

 

邪魔者を排除するだろう。邪魔になる可能性がある異物を。

私が彼女達の立場であれば、もはや失敗できないのだから。

必ず邪魔者を排除し、より盤石な構えを取るだろう。

邪魔者が居なければ、どんな手を打とうとも成功するのだから。

 

そしてもうひとつ…邪魔者を排除できなかった保険を用意する。

最後の一手を、どうしようも無いほどに強大な一手とするか

どんな相手でも倒せる、えげつないうわさを用意するか。

 

私があちらの立場であれば、保険を用意した後に

殲滅用のうわさを用意して、殲滅を開始するだろう。

うーん…しかしどうだろう。相手に私が居るんだぞ?

半端なうわさでは効果が無さそうだ…私を封じる方法。

 

私に不意打ちを仕掛けて無力化するか…

あるいは私が本気を出せない場面を作り出すか。

あるいは物量で私を押しつぶそうとするか。

 

七美と弥栄を人質にして私に本気を出せなくする?

私が手加減せざるおえない相手を用意する?

私だけじゃ手に負えないほどの戦力を用意する?

駄目だな、どれも出来そうだ…的が絞れない。

 

「はぁ……動きが読めないのが厄介だな」

「……あ、あの、り、梨里奈…さ、さん」

「ん? あぁ、久実か。どうした?」

「え、えっとね…べ、勉強を教えて欲しくて…」

「ん、良いぞ。勉強を教えるくらいなら

 やちよさんも許してくれるだろうしな」

「ほ、本当ですか!?」

「そうだ、あぁそれと久実、1つ良いか?」

「え?」

「敬語は良いよ、姉と会話してる程度の気分で良い。

 はは、私はお前が敬語を使わないといけないほど

 遠い存在じゃ無いからな。とても身近なお姉さんだ」

「…う、うん! り、梨里奈、お、お姉ちゃん!」

「ん、まぁそれでも良いよ。さぁ教科書を持ってきてくれ。

 何でも教えてやるぞ」

「う、うん! ま、待っててね!」

 

嬉しそうに笑い、久実は私の部屋からドタドタと出ていった。

…梨里奈お姉ちゃん…か…ふふ、悪くないな。

立派な姉になれるよう、頑張らないと。



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一時の平穏

久実に勉強を教えたり、中々有意義な時間が過せた。

うん、非常に有意義だったと思う。よし、そろそろ動こう。

私達が最初に行なった行動…それは、感謝を示すことだった。

 

「よーし…やちよさん!」

「ん? どうしたの?」

 

いろはが意を決してやちよさんに話し掛けた。

その光景を、私は台所で聞いていた。

意外と堂々とした手法だ。まぁ、サプライズが多かったからな。

 

「実は渡したい物があるんです」

「渡したい物? 何かしら」

「これです」

 

いろはがやちよさんにコースターを渡した。

 

「コースター?」

「はい! やちよさんのマグカップに使ってください!」

「そう、ありがとうね」

 

そして、いろはがコースターを渡したタイミングで

私がお揃いのマグカップにコーヒーを注いで姿を見せた。

 

「コーヒー、入りました」

「おぉ! ちゃんと牛乳ココアだよな!」

「あぁ、フェリシアの分はちゃんと甘いぞ。

 安心しろ、好みの甘みだと思うからな」

「流石姉ちゃん!」

「もしかして、私の好みの味にも合わせてたりするの?」

「勿論だ、全員分の好みの味付けにしておいたぞ。

 甘さも苦さも程よいはずだ。豆から挽いたからな!」

「梨里奈さん、凄い所こだわりますね…」

「たまには良いじゃ無いか、そう言う余興も。

 落ち着くぞ? 豆を挽く時の音は」

「あはは、梨里奈お姉ちゃんは何でも楽しめそうだね」

「えぇ、しかし良いタイミングね。じゃあ、早速…って、あら…」

 

私が持ってきたお椀を見たやちよさんが何かに気付いた表情を見せた。

少し驚いた表情の後、やちよさんが優しく笑った。

 

「そう言う事ね…お揃いのマグカップにお揃いのコースター…」

「えぇ、さぁやちよさん。そのコースターを」

「…えぇ」

 

嬉しそうにやちよさんが自分のマグカップの下にコースターを敷いた。

これで、皆お揃いだな…お揃いのマグカップにお揃いのコースター。

全員分が揃い、完成した姿が私達の前に出来た。

サプライズでは無く、サラッとしたプレゼントだ。

 

だが、全員の絆を再確認する為のこのプレゼントは

こう言う、全員が居る当たり前の光景の中でこそ相応しい。

私はそんな風に思った。私達の新しい当たり前が出来た瞬間だ。

 

「おぉ! 凄い好みだよ! 流石だね梨里奈ちゃん!」

「丁度好みみたいで安心したよ」

「甘いけど甘すぎないってこう言う味を言うんだな!」

「フェリシア、お前の分は普通の人が飲んだら甘すぎると思うぞ」

「ふふ、美味しいわね、やっぱり」

 

こう言う、当たり前の光景…それを取り戻せた。

あぁ、それだけで十分だろう。

私達は再び取り戻した短い平和をゆっくりと楽しんだ。

 

まだ真の平和じゃ無い…短い平和でしか無い。

マギウスとの戦いは終わってないし、魔法少女の宿命だって

私達には纏わり付いていた…それでも、この一時の平和くらい

ただ1人の女の子として楽しみたい。

 

「やちよさん!」

「ん? ももこ?」

 

私達がゆっくりとコーヒーを飲んでいると

みかづき荘の扉が開き、ももこが姿を見せた。

ももこは少し消耗しているようで、妙に息が上がってる。

 

「何かあったの?」

「あぁ、マギウスの翼が動き出した」

「……はぁ、もう少し位この平和を楽しみたかったけど

 悠長なことを言ってる場合じゃ無くなったわね。

 どう言う状況なの? 詳しく教えて」

「マギウスの翼は、自分達の意に背く魔法少女を殺すつもりだ!」

「そ、そんな!?」

「急いで魔法少女の保護に走るわ! 急ぎましょう!」

 

やちよさんが動き出そうとしたとき、やちよさんの電話が鳴る。

彼女はすぐにその電話を取った。

 

「はい、もしもし…十七夜? 

 あなたから電話と言う事は、そっちも不味そうなの?」

 

やちよさんと十七夜さんの会話を聞いた感じ

どうやら東の方も同じ様な状況らしい。

一気に動いたか…全く休ませて欲しいよ。

 

「もしかして、向こうも?」

「えぇ、マギウスの翼の様子が急変したそうよ。

 一気に攻めてきてるらしい。急ぎましょう!」

「あぁ、そうだな!」

 

私達は急いでみかづきそ荘から飛び出す。

 

「死になさい」

「ッ!?」

 

みかづき荘から飛び出すと同時に、私達へ向けて弾丸が飛んでくる。

銃声に反応した私は即座に体を動かした。

 

「梨里奈!」

「だ、大丈夫です…ギリギリね」

 

掠ったな、あと少しで頭を撃ち抜かれるところだった。

頬から血が滴り落ちる。

 

「ふふ、魔法少女に変身しなくてもその反応速度は驚いたわ」

「奇襲とはな…相も変わらず、私には容赦ないな、巴マミ」

「あなたに容赦なんてしたら負けてしまうでしょ?」

「容赦しなければ勝てるとでも? 1人で来るとは随分と舐めてくれるな」

 

魔法少女に変身し、彼女に向けて短刀を構えた。

いろは達も変身し、全員臨戦態勢だ。

 

「巴さん、この状況で勝てると思うの?

 少なくともあなた1人で勝てる人数差じゃ無いと思うけど?」

「そうね、私は1人であなた達は8人。人数差は絶望的と言えるわね。

 でも、今回は忠告しに来たのよ? あなた達にね」

「忠告?」

「えぇ、マギウスの翼はもう手段を選ばないわ。

 あなた達を含めた、マギウスの翼に所属しない神浜の魔法少女。

 その全てを、私達は誅殺すると宣言するわ」

「殺すって…事ですよね…それがどう言う意味か分かってるんですか!?」

「えぇ、ただ解放の邪魔になる存在を殺すだけよ。

 幾千の魔法少女達を救う為に、邪魔な存在を排除する。

 数え切れない数の魔法少女を救うために、数十人の魔法少女を殺すだけよ」

「自分が何を言ってるか分かってるのかよ!」

「えぇ、邪魔者を排除しようとしてるだけよ」

「……全くお前達は…お前達がやろうとしていることは

 1万を救う為に10万を殺すのに等しいんだぞ…

 魔法少女だけでも非人道的だが、前回の件もある。

 お前らは一般の人達さえ殺そうとしてる…ふざけてる」

「解放には仕方のない犠牲よ」

「仕方ないだと? その方法以外に方法を考えてないのにか?

 狂信的に妄信的にただ1つの可能性しか見て無いだけだろう?

 冷静になれ、阿呆共。何千何億の可能性を試して犠牲を選べ」

「そんな途方も無い時間を過ごせば、私達は死んでしまうでしょ?」

「未来の魔法少女も救う為に努力してると思ったが。

 何だ、自分達が助かりたいだけか。自己保身的な偽善者共め」

 

マミが無言のまま、私に向けて弾丸を放つ。

私はその弾丸を手に持ってる短刀で弾き飛ばした。

 

「……あなたは本当に腹が立つわね、梨里奈」

「私もだよ、私もお前とのやり取りは腹が立つ。

 本心は知らないが…お前は妄信的すぎる」

「……ふ、まぁ良いわ。あなた達はもうお終いなのだから」

 

マミが変身を解除し、私達に背を向ける。

どうやら、本気で戦うつもりは無いらしい。

 

「…まぁ、精々急ぐ事ね…既に殲滅は始まってる。

 あなた達は強い。だけど、他の魔法少女はどうかしらね。

 一緒に固まって行動してたら、何人も死ぬわよ?」

「…露骨に孤立させようとするんだな」

「えぇ、そうよ。私達はあなた達を孤立させたいの。

 目的は分かるでしょ? でも、あなた達は私達の狙いを知りながらも

 孤立し行動するしか無い。果たして何人死ぬかしらね?」

「本当、いやな行動をしてくれるわね…」

「ふふ、あなた達もでしょ? 同じ事をしたまでよ。

 さて、あなたの親友はどうなるかしら?」

「…まさか、七美を!」

「あなただけはどうしても倒したいからね。

 ヘリポートで待ってるわ。1人で来なさい」

「……本気だな」

「本気よ。言っておくけど、私を捕まえても無駄よ?」

「……クソ」

「梨里奈…」

「……私1人で行く…皆は、魔法少女達の救助を頼む」

「えぇ…」

「ふふ、決まりね」

 

そう言い残し、彼女は私の前から消えた。

……罠だと分かっていても、行くしか無い…やるしかない!



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とにかく急いで

このままのんびりは出来ない。

折角コースターを渡せたというのに…本当に容赦が無い。

せめて明日まで待ってくれれば良かったのに。

クソ、もう夕暮れじゃ無いか…

 

「……梨里奈、分かってると思うけどどう考えても罠よ。

 あなたの親友は恐らくマギウスの切り札に近い存在。

 そんな存在を無下に扱うとは思えないわ」

「そうでしょうね、七美のドッペルは対策が困難です。

 そんな七美を私の餌のために使うとは思えない。

 だけど、やちよさん…僅かでも可能性があるなら…

 私はその可能性を無視することが出来ません…

 

 七美だって、私をマギウスの翼に引き込むためと言われれば

 その役目を引き受ける可能性だってあるんです。

 ……僅かだとしても…その可能性を…無視出来ない」

「……そう」

「すみません。後はお願いします」

「梨里奈ちゃん…魔法少女を皆助けた後なら

 私達が行っても良いかな?」

「……そうだな、その後なら大丈夫だ。

 多分、その頃にはもう全部終わってるはずだからな」

 

どんな状況になってるかまでは分からないが。

少なくとも全て終わっている筈だろう。

 

「分かった…じゃあ、魔法少女達を全員調整屋に集めてから行くね

 でも、梨里奈ちゃん…無茶はしないでよ」

「無茶は…きっとする。するしか無いんだから。

 心配を掛ける事になって…すまない」

「梨里奈ちゃん!」

 

もう立ち止まって居られなかった、急がないとならない。

とにかく急いでヘリポートに向おう!

確か、アイが転移させてくれた場所だった筈だ!

 

「…ウ゛ゥ…」

「ち、邪魔を、なん!」

 

く、何故…分からないな、私はマミの誘いで来たんだ。

どうして羽根が…足止めをする必要があるのか?

しかし何だ…動きが今まで以上に愚直というか

まるで思考してないように、短絡的な行動だ。

 

「全く、邪魔をするな」

 

こんな連中に魔力を消耗してる場合じゃ無いからな。

ひとまず軽く投げて、そのまますぐに。

 

「ウゥ!」

「ッ!」

 

投げ飛ばしたのにまだ動くのか? 前までは簡単だったのに

何だ…今日は随分と根性があるじゃ無いか。

しかし何だろう。決意を新たにした…と言う訳じゃ無さそうだな。

さっきから会話も何も出来そうにない。本当にどうなってるんだ?

 

仕方ない、多少痛いだけの攻撃じゃ動くのなら

確実に意識を奪える攻撃をすれば良い。

女の子を路肩に寝かすというのは酷だが、許せ。

 

「ウァ…」

「流石に気絶はするんだな。全く、邪魔な」

「ウゥ!」

「…まだ来るのか…邪魔をするな!」

 

急いでいるというのに、羽根達が邪魔をする!

何だ? 私に来て欲しいんじゃ無いのか? 何が狙いだ、マミ!

 

「全く…蟻の様にゾロゾロと…」

「ウァゥ…」

「…しかし何だ? まるで理性の無い獣の様だぞ?」

「ウガァ!」

「返事くらいしろ!」

 

魔法少女に変身したままでの行動は消耗的に不味いか。

ひとまず変身を解除した状態で、さっさと急ごう。

不意打ちへの対処が甘くなる弱点があるが

状況が状況だ、このままでは長期戦は避けられない。

消耗しきった状態でマミと戦う事になるのは避けたいからな。

 

「うわぁあ!」

「女の子の声? 羽根か?」

「ちょ、ちょっと…ど、どうなってるの!? 何で私襲われてるの!?」

「そこの魔法少女! こっちに来い!」

「え? あ、あなたは…確か梨里奈さんだっけ? うわさは聞いたことが

 って、きゃわぁ! もう来ないで! あ、だ、駄目!」

「全く!」

 

何処の誰だか知らないが、見て見ぬ振りは出来まい。

私は短刀をソウルジェムから取りだし、彼女に攻撃しようとした

羽根の武器に短刀を投げ、当てた。

 

「えぇ!?」

「もう動くな!」

 

そのまま一気に羽根に接近し、彼女の意識を奪った。

 

「あ、あなた、ま、魔法少女の事、知って」

「私も魔法少女だからな。それよりも今はあまり時間が無い。

 調整屋に皆を集めてる! そこに行って状況を聞いて欲しい。

 私は今、事情を話してる余裕が無いくらいに急いでるからな」

「で、でも! って、あ、危ない!」

「良いから、説明はそこで聞いて欲しい」

 

飛びかかってきた3人の羽根達の意識を奪う。

相手の意識を奪う手法は分かってるからな。

 

「な…す、凄い速かった…ま、魔法少女に変身してないのに…」

「私は強いからな、だから私の事は気にしないで良い。

 急いで向って欲しい。流石に護衛までは出来ないから

 自分の身は自分で守るんだ、じゃあな」

 

本当にあまり時間が無いというのに手間を取らせてくれるな。

無駄に数が多いというのが一番厄介だ。

 

「ん? 魔女の気配だと!? しかも…結界の中じゃ無い!」

 

七美の…どっちだ? 七美が捕まってないのか

はたまた捕まってるけど自分から捕まってるのか。

どっちだとしても…私には都合が悪いな。

いや、捕まってないならそれはそれで良いが。

それでも可能性が0では無い限り、行くしか無いだろう。

 

「邪魔だ! 魔女!」

「ギニィ!」

 

魔女とのすれ違い様に魔女の懐に入り、ソウルジェムから出した短刀で

魔女の全身を斬り裂いた。一瞬でバラバラになった魔女はソウルジェムを落とす。

あまり時間は掛けたくないが…最悪の場合を想定して頂いておこう。

多い方が長期戦となりそうな今は有利だからな。

 

「ウゥ!」

「またお前達か…いい加減に邪魔をするな!」

 

時間が掛る…暗くなってしまいそうだ。

あぁもう…最悪だ! 全く! 折角の良い気分が台無しだ!



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誤算

「はぁ、はぁ、はぁ…」

「遅かったわね、もう日が落ちてしまったわよ?

 それにしても、随分と息が荒いわね?」

「……マミ、七美は…何処だ…」

「見て分かるでしょ? あなただって想定はしてたはずよね?

 勿論、この場には居ないわ」

「……あぁ、そうか」

 

はぁ、やっぱりそうか…だがまぁ、良いだろう。

七美が居ないというなら…この場に長く留まる必要は無い。

 

「でも、帰れるとは思わない事ね」

「あぁ、分かってる」

 

だがまぁ、退路にも羽根が居るし…撤退は出来ないか。

 

「マミ、羽根達に何をしたんだ? 全員とち狂ってるぞ?」

「解放に集中できるように、余計な感情を捨てさせたまでよ。

 あなた達の存在は彼女達にも影響を与えてしまってると言える。

 全く、迷惑極まりないわね、あなた達という存在は」

「それはこっちの台詞だ、マミ。これで何度目だ?

 私の邪魔をするのは」

 

と言っても、私も数えたりはしてないがな。

何度マミに襲撃されたかよりも、どうすれば七美を救えるか。

この事ばかり考えてたしな。

 

「私はあなたの邪魔はしてないわよ? あなたの目的の妨害はね。

 あなた達が私達を妨害するから止めてるだけ。邪魔では無いわ」

「どんな場合でも、行動には目的という物が存在するんだ。

 私達は犠牲を出さないために行動し、お前はそれの妨害をした。

 十分邪魔という類いに入ると思うが? 何てな。

 こんなくだらない戯言は良いだろう?」

「えぇ、そうね。無駄話が過ぎたわ…じゃあ、早速始めましょうか。

 厄介者であるあなた達に対し、私は罰を降す!」

 

さて…どうするか…ここはヘリポート。

私なら即座に離脱することが出来るだろう。

わざわざ背後を羽根で塞いだところで逃げ道は何処にでもある。

ここは屋外だ…ただ高いだけの屋外。

私の身体能力であれば、ここから飛び降りても無傷だろう。

 

だが、ここで撤退をするわけには行かないかな。

これだけの数が揃っているんだ…私が撤退すれば

周囲の人達が襲われかねない。ここで無力化するしか無い。

こいつらのヘイトが私に集まっていれば、私以外が狙われたりはしない。

 

「さぁ、やるぞ!」

 

それに…あいつからはうわさも気配も感じる。

鶴乃と同じく、うわさの気配が…もし同じ様な物であるなら

あいつに引っ付いてるうわさを剥がすことが出来るかも知れない。

 

心が通っていないといけないらしいが…出来るか?

あまり自信は無い。私は誰かに心を開くのが得意じゃないからな。

だが、うわさを剥がすことが出来れば…

巴マミも協力してくれるかも知れない。

彼女は戦力としてはかなり頼りになるだろう。

 

しかしな…下手に倒しきれば殺してしまう…

そうなれば、まどか達が…クソ、どうする?

 

「ティロ・フィナーレ!」

「相変わらず無茶を!」

 

私の後方には黒羽根が居る…この攻撃は避けられないか!

だが、ドッペルから放たれた一撃で無いなら!

 

「この!」

 

くぅ! 身体強化をまだ許容範囲で発動させて防いだが…

け、結構通常であれば、弾くのに手こずるな。

だが、これ位なら!

 

「ふふ、甘いわね。避ければ良いのに」

「後方に…お前らの仲間が居るんだぞ…?」

「そうよ、あなたの後ろには彼女達が居るのよ?」

「ッ! うぐぁ!」

 

こ、この状況で攻撃してくるのか…わ、私が倒れたら

こ、こいつらもまとめて吹き飛ぶぞ!? クソ!

 

「このぉ!」

 

よ、予定変更だ! 出来る限り素早くこの砲撃を弾く!

 

「あら、もう弾き飛ばしちゃったのね」

「クソ! お前達死んでも良いのか!?」

「ウァ…」

「……やっぱり、どうかしてるぞ!?」

 

理性が無い…そんな気がする。

ずっとそんな雰囲気は感じていたが、確信出来た。

あ、あんな分かりやすい状況で私を攻撃するだなんて

あまりにも不自然だ…私が倒れれば、自分達も吹き飛ぶ。

 

ま、前に彼女がしてきた戦術と同じではあるが

その時はやはり羽根達にはしっかりと知性があった。

いくら何でも自分達が死ぬという行動はしなかったはずだろ!?

 

「だから、言ったじゃ無い。全員、解放に集中出来るようにしたと」

「……じ、自分達の命よりも…解放を? …随分な聖人だな。

 お前は自分達さえ良ければ良いという雰囲気だったのに

 その部下は自分達よりも他者を選ぶのか?」

「そうよ、立派でしょ? 素晴らしいでしょ?」

「……全くとち狂ってるな…ブラック企業という奴か?

 今のこいつらは、完全にお前ら幹部の操り人形か」

「いいえ、心の底から解放を求めてるだけよ」

 

理性があるようにはとても思えないがな。

心の底からというよりかは、催眠術か何かで

心の全てを解放だけに塗り替えてるような雰囲気だ。

 

ゾンビ映画に出てくる、ゾンビ達の様にな。

ゾンビ共は食うという考えだけに支配されてるが

今の羽根達は解放という考えだけに支配されてる。

雰囲気だけで言えば、そんな感じがする。

 

「……このままだと不味いな」

「えぇ、不味いわね、さぁ今度はどうかしら?」

「銃撃を乱射するだけじゃ、私に効果は薄いぞ?」

「えぇ、あなた1人だけならね!」

 

当然の様に羽根達さえ巻き込むように攻撃をしてくる。

羽根達を庇いながら、あのマミの攻撃を捌くのは

ハッキリ言って、困難極まりないな。

…どうする? 黒羽根達を見捨てて…

 

いや、駄目だな。目的の為に犠牲を選ぶわけには行かない。

あんな風に言った手前、私がそれをやるわけには行くまい。

 

「つまり…速攻で倒すしか無いと言うわけだな」

 

周囲にばらまくように大量の短刀を投げ飛ばした。

そこら辺をうようよと飛んでる埃のように飛ばす。

 

「ん…」

 

マミの弾丸は私が展開した大量の短刀に弾かれていく。

そのまま私は自分の短刀をくぐり抜け、一気にマミに接近した。

 

「な!」

「このままだと不味いからな、一緒に地上へ降りて貰う!」

 

そのままマミに飛びつき、一緒にヘリポートから落下する。

 

「無茶を!」

 

彼女は即座にリボンを使い、落下を阻止しようとする。

私は落下の最中、壁を蹴り、彼女の頭上を取った。

 

「便利なリボンだな、利用させて貰う」

「うぐ!」

 

彼女が捕まってたリボンを掴み

彼女を頭上から蹴り、落下させる。

だが、即座に別の方向にリボンを展開か。

 

「逃がさないぞ!」

「諦めなさい!」

 

彼女がリボンで移動しながら、私へ弾丸を放つ。

即座に彼女の攻撃を弾くように短刀を展開し

彼女の弾丸を弾き飛ばし、短刀を伸ばし、足場にする。

 

「それはもう短い刃である必要は無いでしょ?」

「短い方が私のスタイルと合うんだ」

 

そのまま短刀から飛び出し、マミのリボンに飛びついた。

 

「いい加減にしなさい!」

「っと、ここなら邪魔は居ないからな!」

「うぐ!」

 

マミの弾丸を僅かに身を動かし避けた後

即座に彼女を再び蹴りつけた。

 

「ん?」

 

私の足にリボンが巻き付く。

 

「あなたがそのつもりなら、私も一緒に付き合ってあげるわ。

 落ちながら戦うだなんて、普通は経験出来ないわよ?」

「それはそうだろう。落ちながら戦える魔法少女は珍しいだろうしな」

 

即座に足に巻き付いたリボンを切るが、すぐに巻き付く。

ほぅ、七美程ではないが、地味に厄介だな。

しかし、何故リボンで銃を作ろうと思ったんだろうか。

 

「そこ!」

「当るか!」

 

彼女の弾丸を弾き飛ばし、即座に短刀を再度伸ばした。

こう言うとき、短刀を自在に伸ばせるというのは便利だな。

リボンや糸程じゃ無いにせよ、滞空時間を延ばせるからな。

 

「その足場、私も利用させて貰うわ!」

「あぁ、出来る物なら!」

 

一瞬だけ勢いを減衰させることが出来れば良い私は

即座に伸ばした短刀を元に戻し、その場から消す。

マミはさっき短刀を足場にしようとしたことで

少しだけ落下速度も落ち、私に近付いたな。

 

「しま!」

「そら!」

「くぅ!」

 

上空でマミを斜めに蹴り落とす。

勿論、即座にリボンで復帰できるように蹴り落とした。

 

「本当に…無茶を!」

「案外、無茶でも無いだろ!」

「この!」

 

私の短刀をマミは撃ち落とした。

流石の動体視力。だが、少し盲目だな。

私は地面に向けて短刀を伸ばす。

 

「え!?」

「さぁ、この高さなら死にはしないだろ?」

 

伸ばした短刀を足場にして、彼女に近寄り

即座に彼女を蹴り落とす。

 

「うぁ!」

 

既に大分地面に近かったからな、十分だろう。

そのまま壁に飛びつき、私は勢いを殺した後

すぐに地面に着地する。

 

「ふぅ、中々スリリングだったな。

 これが俗に言う紐無しバンジーという奴だな。

 どうだ? そっちは楽しめたか?」

「……本当に、あなたは…」

 

やはりまだ動けるか。相当な勢いだと思ったが。

 

「全く…異常なくらいにタフだな」

「あなたが言えるのかしら? でも、時間は稼げたかしら」

「時間?」

「状況としては、依然私達が有利だと言う事よ」

 

…何だ? 周囲の電気が…

 

「ふふ、順調ね…ここまでは計画通り。

 これでワルプルギスの夜はこの神浜に来るわ」

「ワルプルギスの夜?」

「最強最悪の魔女よ…彼女が通った後には廃墟だけが残るの」

「そんな魔女を! そ、それがどう言う事か分かってるのか!?」

「えぇ、だけど、まだ計画通りで無い部分が1つあるわ」

「計画通りで無い部分…だと?」

「えぇ、あなたの存在よ。あなたなら最悪の場合

 ワルプルギスの夜を倒してしまうかも知れないからね。

 それ程にまで、あなたは厄介な存在だと認知されてる。

 だから、例えどんな手段を使おうとも」

 

羽根…まだ居たのか…地上にまで用意するとはな。

 

「あなただけは倒さないとならないわ。

 そう、どんな手段を用いたとしてもね」

「ふん…同じ戦術を使うつもりか?」

「えぇ、あなたを孤立させるわ」

「……どう言う事だ? 既に私は」

「ふふ、どう言う事だと思う? 仙波さん?」

「……」

 

まさ…か…まさか、まさか!

 

「どうして、あなたを倒すために…あなたの親友が

 この場に居なかったのかしら? あなたの親友は

 あなたに対する最大の切り札。

 あなたをどうしても倒したいのなら

 何故、彼女を利用しなかったんだと思う?」

「……ま、さか…」

「魔法少女が襲撃されてるとなれば…どう行動する?」

「クソ! やられた…クソ!」

「逃がさないわよ?」

「くぅ! 邪魔するな!」

 

不味い! 不味いぞ! 何故気付かなかった!?

そうだ…1箇所に魔法少女を集めるのは愚手だった!

奴らには…七美が居るんだから!

 

「梨里奈! 遅れてしまったわね」

「や、やちよさん!?」

 

やちよさん達が来てくれたのか? そう言えば、別れるときに。

だが、いろはとさなの姿が無い…2人はまだ魔法少女を探してるのか?

 

「…あら、来てしまったわね。これは少し想定外よ」

「ま、マミさん!」

「何だよあの格好、面白ぇ格好してるな」

「杏子、今のマミさんは普段よりも容赦ないわよ」

「で、でも、この数なら…いくら巴さんでも」

「まどか達も」

 

まどか達も来たのか。大きいが…しかし、状況は不味い。

 

「さぁ、梨里奈ちゃん! 私達全員で挑めば!」

「悪いが、時間が無い…来て貰ってそうそうで悪いんだけど

 …私の代わりに、マミの相手をお願い出来るか!?」

「ど、どうしたの? そんなに焦って…」

「1箇所に魔法少女を集めるのはあまりにも愚手だった!」

「どう言う…」

「まぁ良いわ、あなたを完全に孤立させることが出来なかったけど

 あなた達の戦力を削り落とすことは出来るのだから」

「七美が居るんだ…このままだと、ももこ達が敵になる!」

「な!? そうか…あの子が! 確かに不味いわね」

「確かに彼女は驚異的すぎるな…失念してた」

「だから」

「行かせるとでも?」

「くぅ!」

 

そう簡単にはいかせてはくれないか…

だが、行かないと不味い…このままだと全滅だ!

 

「巴さんは私達が受け持つわ! 梨里奈は急いで調整屋に!」

「すみません!」

「逃がす訳無いでしょ?」

 

マミが私に向けて攻撃を仕掛けようとしたとき。

 

「梨里奈さん、今のうちに! 急ぐんですよね?」

「ほむら…じゃあ、時間を止めたのか?」

「はい、このまま私に捕まって!」

「あぁ、恩に着る」

 

周囲の時間を止めて、ほむらが私をマミの前から離してくれた。

 

「本当なら、このまま時間を止めて一緒に向いたいんですけど

 そんな長時間は止めてられません。

 それに、私もマミさんを助けたくて」

「あぁ…大事な先輩だもんな。大丈夫だ、私はすぐに下がれる。

 お前は大事な仲間達と一緒に、大事な人を救ってくれ」

「はい!」

 

時間が動き出した。

 

「な!」

「いつの間に…そうか、曉美さんの」

「はい!」

「やっぱり凄いね! ほむらちゃん!

 私も頑張って皆の助けになるよ!」

「何か話が良く分からないんだけど…

 まぁ良いか、とりあえずあたしらは

 マミを止めりゃ良いんでしょ?」

「そうね、何か大変みたいだけど

 そこはこの梨里奈って人が何とかしてくれるみたいだし!

 私達はマミさんを足止めしたり、目を覚ませれば良いって!」

「邪魔を…本当に私の邪魔をしないでくれる!? あなた達!」

「邪魔はさせて貰うわ…梨里奈、お願い」

「はい、任せてください」

「梨里奈お姉ちゃん…な、七美お姉ちゃんを…」

「…あぁ、絶対に止める」

 

あまり時間は無い、もう最初から全力で飛ばさないと不味い!

 

「待ちなさい!」

「梨里奈の所へは行かせない!」

「この!」

 

間に合ってくれ! 



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2つの居場所

群がってくる羽根達を全て払いのけ

迷うこと無く、私は真っすぐにみたまさんの所へ急いだ。

このままだと危険すぎる…全員が七美に洗脳されたら…不味い!

 

「みたまさん!」

 

扉を蹴破る程の勢いで、調整屋の中に飛び込んだ。

 

「梨里奈!」

「あぁ、やっぱり来てくれたんだね、梨里奈ちゃん」

 

そこには既にドッペルを発動しようとしている七美が居た。

魔法少女達は既に拘束されている状態だ…

だが、ドッペルを発動してない。

何故間に合った…? いつでも発動出来る状態なのに。

それに…七美の反応は…まるで、私が来るのを分かってたかの様で

 

「待ってたよ、ちょっとだけね」

「…七美、ど、どう言う事だ?」

「この状況を見れば、察しは付くんじゃ無いのかな?」

 

そうだな…既に全員拘束されて、抵抗できる状態じゃ無い。

ソウルジェムもほぼ全員分を回収している。

完全に襲撃を仕掛け、即座に全員の意識を奪い拘束した。

だが、ソウルジェムを奪っただけで。

 

それだけの時間があるのなら、ドッペルを発動させ

全員を既に洗脳していれば良い…筈なのに。

七美のドッペルは壁も貫通するのだから

 

不意打ちで仕掛ければ、容易に全員を洗脳できた。だが、してない。

その状況から予想が出来るのは…ただ1つ。

彼女の目的はここに居る魔法少女を洗脳することではない。

 

「私を…」

「そう、あなたを捕まえに来たんだよ、梨里奈ちゃん」

「……七美、そこまでして私を捕らえたいのか?

 捕らえてどうなる…? 魔法少女の解放に利用するか?」

「そんなのどうでも良いよ、魔法少女の解放だとかもう興味無い。

 私はただ…居場所が欲しいだけなの。私が私で居られる。

 そんな場所が欲しいだけ…魔女になろうが関係ないよ、そんなの」

「……七美、ならマギウスの翼にこだわる必要は無いはずだ!」

「そう、こだわる必要は無い。だけど、ここは私の居場所なの。

 私を私として見てくれて…作られた仮の居場所じゃ無いの」

「分かってるだろ…そんなの、お前の居場所じゃ無い。

 マギウスはお前の力を利用してるだけだ…それだけだ。

 お前の居場所なんかじゃ無い!」

「分かってる。だから、私はあなたを取り戻したい」

「どうしたんだよ…七美…お前はそんな奴じゃ…」

「私はこんな奴なんだよ、梨里奈ちゃん」

 

七美が仮面のような笑顔を私に向けた。

口だけが笑っていて…引っ付いたような笑顔。

本当の笑顔じゃ無い…ただ絵に描かれただけの笑顔。

今の七美の瞳には光りが無い……

 

「マギウスの翼を止めれば良いじゃ無いか。

 私はお前を受入れる…」

「私はあなたをマギウスの翼に引き入れて…

 一緒に、一緒に、一緒に!」

「七美…? 七美、ど、どうしたんだ?」

「解放よりも、一緒に! 一緒に! あ、あぅ、い、一緒…に!」

 

苦しんでる…のか? 何でだ? 何が!

そう言えば…七美に渡した髪留めに少しだけ違和感が…

 

「七美! その髪留めを!」

「…駄目だよ、渡せない、梨里奈ちゃんが私にくれた髪留め。

 絶対に梨里奈ちゃんを取り戻す為に…この髪留めが…」

「……やはり、その髪留めなんだな…」

「マギウスが私に力をくれた…」

「マミと同じか」

「そう、うわさと一体化した…これでもう迷わない」

「……七美、なんでそこまでして…」

「連れて行くの…一緒に居るの…一緒に、一緒に!

 一緒に…あぅ、い、一緒に…一緒に…」

「七美! もう止めてくれ…それ以上自分を壊さないでくれ!」

「……はぁ、はぁ…お、落ち着いた…うぅ」

 

どんなうわさか分からないが…だが、うわさを剥がす方法は分かってる。

七美と心を通わせていれば、うわさだけを剥がせる!

大丈夫だ…私なら出来る。七美を救うためにはそれが!

 

「下手な事をしようとしないで、梨里奈…殺すよ?」

「弥栄…」

 

弥栄がナイフをみたまさんの首筋に当てた。

……抵抗できない…即座に動けば止められるか?

だが、全力で飛ばしたせいで、そんな速度で動ける自信が無い…

 

「…梨里奈ちゃん、大人しく私達と一緒に来て」

「……」

「否定すれば、私のドッペルがここに居る全員を洗脳する」

「……わ、分かった」

「それで良いの…さぁ、ソウルジェムを私に渡して」

「……あぁ」

 

変身を解除し、ソウルジェムを七美に手渡した。

 

「それで…どうするんだ? 私のソウルジェムを壊すか?」

「そんな事はしないよ、ただ…規則だから。弥栄」

「うん、本当なら殺してやりたいけど

 お姉ちゃんの指示だから…意識だけを奪う!」

「いぐ!」

 

うぅ…こ、後頭部が…も、もう少し優しくしてくれても…

 

「……倒れたね、じゃあ連れて行こう」

「うん」

 

……い、一応、本当に意識を失ったか確認すれば良いのに。

だが、好都合かも知れない…本拠地が分かれば大きいぞ。

 

「これで後は久実だけだね」

「久実ももう一度引き入れるの? 今から行く?」

「久実は他の魔法少女と一緒に居るから、今は不味いと思う」

「梨里奈を人質にすれば良いんじゃ無い?

 それに、他の魔法少女もお姉ちゃんのドッペルで洗脳できるし」

「激しい戦闘になったら梨里奈ちゃんが目覚めるかも知れない。

 多分、あの魔法少女達は私のドッペルのことを知ってる筈だからね」

「そんなの関係ないって、多分起きないよ。

 それに、変身してない梨里奈なんて余裕だよ」

「勝てるわけ無いよ、例え変身してないとしてもね。

 安全第一だよ、あ、それと弥栄。ソウルジェムはあなたが持ってて」

「どうして?」

「梨里奈ちゃんが起きたとき、私が持ってたら簡単に奪われる」

「ん…分かった」

「壊さないでね? 壊したら」

「わ、分かってるよ…お姉ちゃん…梨里奈は殺したいけど…

 で、でも…お姉ちゃんに嫌われたくないし…」

「梨里奈ちゃんと、また仲良くしてよ…弥栄」

「……何で梨里奈の事をそんなに? こいつはお姉ちゃんを裏切って!」

「裏切ったのは私の方だよ…梨里奈ちゃんは…私の事を大事にしてる。

 なのに私は…マギウスの翼に入ってる…解放に興味無いのにね

 理由は自分勝手な物だよ、梨里奈ちゃんとマギウスの翼…

 どっちも失いたく無いってだけなんて…」

 

1人、居場所が無いと言うのはとても辛い…私もそれは知ってる。

だが、私が知ってる事は…当たり前としか思ってない辛さだけだ。

その辛さが当たり前だった私と、当たり前じゃ無かった七美…

同じ辛さでは無い筈だ…そうだよな…両方失いたくなかったのか。

 

そうだ…あぁ、分かってる筈だ、私も。

折角得た居場所が無くなる辛さを…

……だけど、そのままで良いわけが無いんだ。

 

「お姉ちゃん……ごめんなさい」

「何の事? 私はあなた達に感謝してるよ?」

「……うん」

「……あぁ、どうすれば…あんな当たり前に戻れるのかな…

 もう無理なのかな…私と梨里奈ちゃんは…あの時には…」

「ドッペルで奪えれば戻れるのに」

「……そんな事をしてもさ…私の願い事と…同じだよ…

 分かってる筈なのにね…分かってるのに…出来ない…

 もうそれしか…思い付かないよ…」

「お姉ちゃん、だ、大丈夫…大丈夫だって。

 き、きっと色々と話せば、梨里奈も…多分だけど…」

「……無理だよ、梨里奈ちゃんは

 私と一緒に居るときはピエロじゃ無い。

 自分が正しいと思ったことをきっと貫く。

 

 マギウスがやってる事が正しい事じゃ無いのは間違いない。

 犠牲を出す選択は正しくないし、

 魔法少女の方が価値があると言ってる…考え方なんだろうけどね。

 

 むしろ、魔法少女が解放されたら魔法少女の価値は無いんじゃ無いのかな?

 魔女が居ないから存在意義も無い…いつも暴走する危険性がある危険な存在。

 ドッペルをいつ出すか分からないし、管理も一苦労。

 

 魔法を使って特別な事が出来るかも知れないけど

 魔法は千差万別…不要な魔法は何も出来ない。

 魔法少女の中でも差別が生まれちゃうかも知れない。

 

 だから…邪魔になるんじゃ無いかな…魔女が居なくなれば

 私達という存在は邪魔になる……解放は合理的じゃ無いかもね。

 最悪の場合、国の偉い人に捕まっちゃったりしてね、あはは」

 

そんな可能性も確かに存在してるかも知れないな。

ドッペルという危険な能力がある以上、放置は出来ないだろうしな。

寝てる間も穢れがたまれば発動する…うーん、確かに時限爆弾みたいだ。

 

「そして、戦争をする人達に利用されたりして…

 結局、沢山の命が失われたりするかも知れない。

 最悪の場合、私達の手で誰かを殺しかねない。

 

 魔法少女の存在が露呈すればQBの存在も把握されて

 強制的に非人道的な願いを叶えさせられて酷い事になるかも。

 そうならないにしても…やっぱり戦争に利用されちゃうかも…

 

 私達が平和で生きるには…

 私達が魔法少女じゃ無くならないと駄目なんだと思う。

 解放と言っても、魔法少女のままだったら意味が無い…」

「でも、お姉ちゃんはマギウスの翼に…?」

「うん、もう私はここに居場所を作っちゃった。

 もう失いたくない…失う怖さを知ったから…」

「……お姉ちゃん」

 

それ以降、2人は会話をしなくなった。

最後に聞えたのはアリナの声と

フェントホープという言葉だった。

それ以降は会話の内容から、アリナの結界に囚われたみたいだな。



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天才達

…やっぱり完全に囚われてる状況だな。

 

「起きたみたいだネ、梨里奈」

「あぁ、最悪な目覚めだがな」

 

目を覚ませば周囲は鉄格子だなんてな。

更にはアリナがお出迎えだなんて、より酷い。

 

「…なぁ、アリナ。お前は魔法少女が仮の解放をされた後。

 その後の世界の事を…その後の魔法少女のことを

 考えたことはあるか?」

「いきなり何を言い出すと思ったら」

「平和だと思うか? 幸せだと思うか?

 ドッペルという時限爆弾を背負った状態で

 平和に過せると思うか? 魔女が居ない状態で

 どうやってグリーフシードを調達する?」

「そんなの、ドッペルを使えば全部解放される」

「ドッペルを使わないと解放されないんだよな?

 自分の穢れだとか、そう言うのを理解するのは困難だろう?

 社会に出た後、必ずストレスを抱えることはある。

 上司や先輩に怒られる事は必ずあるだろう。

 そんな時…ドッペルが発動したら…どうなる?」

「……」

「私も考えて無かったよ…そんな可能性までは」

 

あぁ、気付かなかった…そんな可能性まで目を向けてなかった。

ただマギウスのやり口が気に入らなかったから止めようとした。

それだけで、マギウスの野望が成就した後の世界は考えてなかった。

 

止めることしか考えてなかった…成就した後の世界は見て無かった。

私はやはり穴だらけだった…やっぱり、私1人で出来る事はそんな物だ。

人によって考え方は多種多様。だから1人はたかが知れてる。

色々な奴の話を聞いて、ようやく色々な可能性を見れる。

 

自分を天才だとか、そういう風に盲信すれば何も出来ないのだろう。

ある意味では狂信的な信者に等しいのかも知れない。

盲目になる…自分に自惚れれば盲目になる。

天才は殆どがそうだろう…きっと歴史を変えた天才もそうだ。

 

違うのはその思想が正しかったから。

あるいは、そんな盲目を直してくれるような

身近な親しい友人なのかも知れない。

それが例え天才だろうと、凡才だろうと。

ただ一緒に居て、自分としっかり話をしてくれる友人。

 

「私は色々と出来るが、ただ出来ただけだ。

 天才だとかそんな風に持ち上げられてたが…

 実際はこんな物だ。

 なぁ、アリナ……お前は自分が天才だと思うか?」

「何なの? そんな下らない質問。何だかイラッとするネ」

「天才は基本的に何でも出来ると勘違いしてる。

 だから、出来ない場合の未来を思い描けないのかもな。

 私だって、お前達の解放を阻止できなかった場合の未来は

 全くと言って良い程に思い描いてなかったんだ。

 

 更には目的以外見えなくなったりするのかもな。

 ただやり遂げたい…そう言う目的意識だけを目指すのかもな。

 そう言う、盲目的な努力が結果に繋がるんだろうが」

 

実際…灯火やねむからは達成した後の未来。

この問題に対する疑問や懸念は聞かなかった。

魔法少女が特別だと…そんな事を言ってた様だしな。

この懸念さえ抱いてない…そんな可能性もある。

 

……まぁ、見た目からまだ幼いからな。

達観した思想や可能性への考慮なんて物は

幾多の失敗による経験が無いのであれば辿り着けない。

 

だから、そう言う目標達成後の欠如に目が向かないのかも知れない。

ただ目的を達成する…その事だけに目を向けている。

今までの私と同じ様に。

 

私は期待に答えたかっただけで、期待に答えた後

その人がどう感じるのかとか、そんの先の自分がどうなるのか。

そんな事は考えてなかった。期待されたから答えようと思った。

私に合ったのは、きっとそれだけだったんだろうな。

 

「失敗して…後悔したことが無い…だから、気付けない。

 アリナ、お前もそうか? 失敗して後悔したことがあるか?

 取り返しの付かない、そんなどうしようも無いミスを犯したか?」

「そんな事、アリナがするわけ無い」

「だろうな…芸術家だからな、お前は…だが、考えた事はあるか?

 自分が凄い作品を作る意味を…作りたいだけなのか?

 それとも、その先に何かあるのか?」

「アリナは生命の最後に美しさを感じてるの。

 そんなアリナの美こそ、アリナが外に発したいテーマ。

 そして、アリナの作品を何処かの他人が勝手に評価してくれれば良いの」

「そうか…空っぽなのか? お前はその作品に価値を見出さないのか?

 周りの評価が全てで、自分の評価はどうでも良いのか?

 ふ、一昔の私みたいだな。私の場合は自分自身だが」

 

彼女はきっと天才という部類なのだろう。

きっと感覚で作品を書くような、そんな天才。

その作品は彼女が感覚で作った作品であり

彼女自身はその作品に願いを込めてない。

自己顕示欲に近いのかもな。

ただ作りたいと思ったから作っただけ…かもな。

 

「本当にむかつくネ」

「あぁ、私も多分こんな事を言われたらイラッとする。

 自分の事を知らないくせに偉そうに言いやがってと思う。

 だから、私がお前にそんな事を言っても意味は無い。

 お前の考えを変えることは出来ないだろう。

 

 私はお前の親しい人間では無いからな。

 きっと…自分を大事にしてる誰かに言われないと

 考え方が変わるとはとても思えない。

 

 だけど…自分の事をちゃんと見てくれる人に言われれば…

 きっとその内、考えが変わるだろう…私はそうだった。

 少なくとも…私はそれで、少しだけ…変われた気がする」

「誰に何を言われようとも、アリナが変わるわけ無いと思うけどネ」

「なら、試してみれば良いんじゃ無いか?

 お前を大事にしてくれる、そんな大事な誰かを見付けて」

「もうおしゃべりは終了で良い?」

「あぁ…そうだな」

 

アリナが私の前から消えた。

……どうだろうな…あいつには大事な誰かが居るんだろうか?

いや、きっと居るだろう…ただ気付かないだけだ。

 

もしくは…気付いても気付かない振りをしてるだけか。

まぁ、どちらにせよ…あいつがただの凶人じゃ無いなら

きっと誰かが支えてくれるだろう。



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色々な思い

七美の言葉で、私は色々な事を考えた。

七美の言葉で、私は色々な可能性に気付いた。

私は七美に出会ってからと言うものいつも彼女に救われた。

 

同じ様な事しか考えられない私の代わりに

七美は色々な事を考えてくれた。

挑むきっかけをくれた、考えるきっかけをくれた…

 

「……さて、どうだろうな」

 

今考えるべきなんだろうか分からないが…

だが、可能性を考慮したりした方が良い。

その事を、私は七美の言葉を聞いて気が付いた。

 

マギウスの野望が達成されたとしても

達成されなかったとしても…やはり問題は付きまとう。

ドッペルがいつ解放されるか分からない状況が続く。

 

社会に出れば、過度なストレスに必ず襲われるだろう。

辛い思いもする…その時にドッペルが発動すれば

ドッペルを発動させた魔法少女は誰かを殺す。

 

そうなれば、その後悔が魔法少女を襲い

更にドッペルが解放され…破壊を続ける可能性だってある。

そうなれば、社会的にも魔法少女の存在は認知される。

 

七美は本当にいつだって先を見ていたんだな。

未来の可能性を…私は想像もしてなかった。

マギウスが犠牲を出すという行動をしている。

それを止めようとして動いてただけ…

 

仮にマギウスを止められたとしても

魔法少女の魔女化が付きまとう。

解放されてもされなくても

魔法少女の未来は今だ絶望だけだ。

 

「……だが、甘美な言葉である事は間違いない」

 

魔女化の事実を知り、絶望した魔法少女達に

魔女化しないと言う言葉は、あまりにも甘美な言葉。

盲目的に盲信的にその言葉を信じたいと思うのも仕方ないだろう。

 

「魔法少女が救われるには、魔法少女で無くなる必要がある」

 

少なくともQBに目的だとか、そう言うのを聞くしか無いだろうな。

この神浜の外に居るであろうQBに…まずはそれが第一歩だろう。

 

だがしかし…今はこの牢屋からどう脱するかだな。

ソウルジェムは無いし…魔法少女に変身も出来ない。

こんな鉄の牢獄から変身しないで脱出は困難だろう。

 

ひとまずは周囲を見渡すが…やはり何処にも何も無い。

完全に拘束されてる状態だな。両手両足は自由だが。

まぁ実際、こんな牢屋の中から素手での脱獄は無理だろうからな。

 

「ほら、ここで倒れててよネ」

「うぅ…」

「いろは!?」

 

結界からいろはが出て来た…まさかいろはまで。

だが、何故いろはだけなんだ?

 

「いろはだけなのか?」

「そう言う事。あなた達2人はイブの餌にする予定だからネ」

「イブ…良く分からないが、大人しく餌二なるつもりは無いぞ?」

「魔法少女に変身できないくせに、随分と強気だよネ」

「そもそもだ、両手両足を拘束してない私をどうやって連れてくんだ?

 魔法少女に変身して無くても、隣接した相手なら容易に制するぞ?」

「その時が来れば方法を教えてあげる。じゃあね」

 

そのまま何も言わず、アリナは私達の前から消えた。

残されたのは連れてこられたいろはだけだった。

 

「…いろは、大丈夫か?」

「うぅ…あ、り、梨里奈さん…ど、どうして…」

「七美にしてやられてな。

 本当、あいつにはしてやられてばかりだ」

「そうなんですか…」

「それで、お前は? 応援に来たのも

 やちよさん達だけだったしな」

「実は、あるうわさの事を思いだして

 もしかしたらと思って、別行動をしてたんです。

 そしたら…実際にあったんですけど…」

「そうか…」

 

この場所に移動する手段が何処かにあったと言う事か。

やはりうわさなんだな。だがしかし…どうするかな。

私といろはが揃ったとしても、脱出は難しいな。

 

「……うーん」

 

さて…脱出手段を考えないと不味いかな。

アリナは私といろはを餌にすると言ってた。

そして、ソウルジェムも無い…時間が無いな。

 

「……うーん」

 

ブラジャーのワイヤーを外して、針金を用意した。

一応、この硬さならピッキングとか出来そうだが…

だがまぁ、意外と見張りが居ないというのが良いな。

 

まぁ、こんな牢獄だ。脱出は無理だと踏んだんだろう。

しかしながら、少し不用心すぎるというのが事実だが。

うーん…ピッキングかぁ…出来るだろうか?

 

「あ、あの、梨里奈さん…何を?」

「あぁ、ちょっと待ってくれ…うーん、出来るか分からないが。

 一応、私は色々と勉強しててな…流石にこんな技術は

 殆ど勉強はしてないが、一応多少は流し読みをしてだな。

 

 暇な時とか、いつも勉強してるとたまに色々な資格とか…

 殆どやらないが…ちょっとだけ…ん、んんー」

 

や、やっぱり本とかで読むのとは難易度が違うな。

しかしだ…ここを…ふむ、意外と引っ掛かる。

見た目通り、鍵は旧式なのか? いけそうだが…

しかし何だか、手応えというか…若干違うような。

んー…っと、ここを…っと、こう…んー…

 

「あ、あの…梨里奈さん?」

「うーんと……これをこうして…んー、少しだけ感覚が分かってきた。

 こう…っとと、この手応えが怪しいのか?」

「梨里奈さん…大丈夫なんですか? 結構時間が」

「まぁ、プロじゃ無いからな。プロなら数十秒の場合があるが

 ……私は、し、素人で…ここを…よし!」

 

ガチャッと言う音が聞えた。

ふぅ、10分以上掛ったな。やはり時間が掛る。

 

「あ、開いたんですか!?」

「あぁ、開いた」

「じゃあ!」

「あぁ、ザル警備にも程があるな。

 もう少し位、私を警戒すれば良いのに」

 

だが、これで抜け出すことが出来そうだな。

よし、警備が派手に動く前に、全部排除していこう。

今の私達はソウルジェムが無い。ある意味では有利だろうな。

魔力で探知される可能性は低いだろう…さて、ソウルジェムを探さないとな。



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確実な逃走劇

「いろは、私から離れるなよ?」

「は、はい!」

 

牢屋の扉をゆっくりと開け、近場の通路に向った。

通路の角に身を寄せ、足音を聞いてみる。

 

「……よし」

 

通路の先を確認し、誰も居ないことを確認した。

そのまま足音を立てないように移動していく。

ん…羽根が居たな。当然こっちは警戒してない。

 

「……っと!」

「むぐ! む、ぐぅ…」

 

背後から近寄り、羽根の意識を奪った。

ふぅ、ドキドキするな、こう言うのは。

バレたらかなり不味いからな。

一環の終りという訳では無いが…苦労するだろう。

 

「よし…いろは」

「あ、は、はい」

 

いろはに黒羽根から奪ったローブを渡した。

顔を隠すからな、声でバレるかも知れないがな。

しかし…数が多い。全員分の声を覚えてるかな?

 

「っと、よし」

 

近場の部屋を確認た。中には1人、黒羽根が居る。

だが、休んでるな。休憩室と言った所か。

 

「ど、どうしたの? な、何か…あったの?

 ね、ねぇ、こ、答えてよ…い、悪戯?」

 

扉を少しだけ開けて、彼女を誘い込んだ。

彼女はゆっくりと足音を消さずに近付いてくる。

ある程度まで近付いた瞬間!

 

「え!?」

「静かに」

「むぐ!」

 

ある程度近付けば、私の動きであれば即座に制圧できた。

油断していると言うのは、あまりにも大きすぎるデメリットだな。

まぁ、警戒さえしてなかったんだ。私達が自力で脱出だなんて可能性

一切なかったんだろう。甘いな。せめて私の両手両足を拘束してればな。

 

「よっと」

 

そのまま室内の黒羽根からローブを奪った。

その後、意識を奪った黒羽根をその部屋に運び込み

休憩室の道具を使って、彼女達が叫べないように口を塞いだ。

 

両手両足も、一応は休憩室の衣服とかを利用して拘束。

着替えがあるとは、中々良い環境だな。

まぁ、その着替えが邪魔になってるんだがな。

 

「いろは、着替え終わったか?」

「は、はい」

「じゃあ、私も急いで着替える」

 

そのまますぐにローブを羽織る。これでバレにくいはずだ。

だが逆に、あまりこそこそは動けないな。

ちょっと不安だが、堂々と進むしか無いだろう。

 

「よし、ソウルジェムを探そうか。と言っても、足で探すしか無いが」

「そうですね、羽根達に聞いたら、違和感がありますもんね」

「そうだな…会話を聞いて行こう」

「はい」

「会話は私がする…いろはの方はあまり喋らなくて大丈夫だ」

「わ、分かりました」

 

私達は牢からゆっくりと違和感がないように出た。

堂々と振る舞えば、きっとバレないだろう。

よし…誰にも見られてないな、少しだけ待機だ。

 

「おい、お前達」

「は、はい!」

 

少しだけ待機していると、羽根が私達に話し掛けてきた。

しかし、疑ってるようには見えないな。近場には誰も居ないし

あわよくば近付いてきた奴を無効化しようとは思ったが。

 

魔力探知とかしてないのか? いや、するわけ無いか。

私達はソウルジェムが無いんだ。

魔力を探知したところで、私達の気配は分かるまい。

 

「環いろはと仙波梨里奈は変わりないか?」

「あ、は、はい、あの2人は牢の中で大人しくしてます。

 さ、流石にソウルジェムを奪われてる状態では何も出来ないでしょう」

「そうだろうな、だが、仙波梨里奈は危険だ。

 警戒した方が良い」

「そ、そうでしょうか? い、いくら何でも

 ま、魔法少女に変身出来ないなら…で、でも…」

「自信が無いのか?」

「は、はい…何だか、恐くて」

「…はぁ、そんな様子じゃ安心出来ないな。

 もう良い、お前達は別の警備に回れ」

「は、はい…すみません…」

「全く、ここまで来たのに、まだ自信が無いとはな」

「も、申し訳ありません…」

 

よし、上出来だな。話し掛けてきた白羽根の指示で

私達の配置が変わった、少しだけ深い場所だな。

 

「…ソウルジェムの位置が分からないのが恐いな」

「は、はい…」

 

まぁ、ソウルジェムがあるのは恐らく深い場所だからな。

ひとまずはこの場で少しだけ待機だ…それが良いだろう。

 

「おい、お前達」

「は、はい!」

「環いろは達の仲間が侵入した。

 周辺の警戒をしろ。侵入者を発見次第拘束だ!」

「は、はい!」

 

誰だ? 誰が入ってきた? 出来れば合流したいが…

しかしだ…探知する手段が無い。

あちらもこちらも…探知することは出来ないだろう。

 

「誰が来たんだろうな…」

「き、きっとさなちゃんです。一緒に居ましたから」

「なる程、頼りになるな、さなは」

「はい」

 

とにかく探すしか無いだろう。

さなが何処に居るかは分からないが…

 

「……」

 

しばらくの間、周囲を見て回った。

合流出来れば、もう少し強気で動けそうだが。

 

「おい! 環いろはと仙波梨里奈が脱獄したぞ!」

「な! どうやって!? 侵入した仲間か!?」

「し、侵入者の姿は発見できてない! と、とにかく探せ!

 牢が破壊された痕跡も無いし、内通者が居る可能性もある!」

「そんな!」

 

周囲の羽根達が慌ただしく動き出す。

それはそうだろうな、私達が脱獄したのだから。

そして、いつ抜け出したかも分からないだろう。

 

私達の姿を気絶させた羽根達に見せたわけでも無い。

疑心暗鬼…さて、どう動くだろうか。

 

「い、急いで探さないと!」

「う、うん」

 

私達も探す振りをしながら、周囲を走り回る。

周囲の羽根達に合わせて、違和感無いようにな。

しかしどうするか…ソウルジェムを探したいが

さなとも合流したいし…出口も把握したい。

 

しかしだ、さなが潜伏しているなら下層か?

入ってすぐなら、1階からの潜入が無難だろうからな。

 

「ど、何処に行きましょうか…」

「1階を目指そう。さなが来てるならそこが近い筈だ」

「わ、分かりました」

 

だが、羽根が派手に動いてる状態だ。私達がこの格好で動いて居れば

例えさなが居たとしても、私達だと気付かないだろう。

さなが向うなら…牢屋だろうな。あそこが何処かは分からないが。

 

「とにかく下層を目指そう」

「は、はい」

 

周囲を索敵しながら下へ向って走った。

全く、広すぎるだろう。ソウルジェムと離れすぎると不味いだろう。

 

「……しかしなぁ」

 

もし、さなが潜伏しているとすれば…

私達と同じ様に潜伏してる可能性もある。

……ここは、ちょっとリスキーだが…

 

「二葉さな! 何処に居る!」

 

あまり違和感が無いように走りながら、大声でさなの名前を叫ぶ。

結構危険だし、違和感がある行動かも知れない。

だが、この場面で識別出来るのはそれ位だろう。

 

そして、私達に出来て羽根達に出来ない事は1つ。

声の識別。彼女達は仲間の声を完全に把握してない。

仲間が多いから出てくる短所だ。逆に声でお互いが分かるのは

仲間の数が少ない、少数精鋭の長所でもある。

 

「このまま下層へ」

「ま、待って!」

「……」

 

後ろの方から声が聞え、私達は足を止めた。

 

「い、いろはさんと梨里奈さん…ですよね?」

「……そうだ」

「やった、合流出来た」

「あまり長話は出来ない。走るぞ

 その間に色々と教える。小声でな」

「は、はい!」

 

私達は3人で階段を降りる。

ソウルジェムの探索も必須だが

とにかく今の状況なら、多少は上手く動けるはずだ。

 

マギウスの翼は混乱している。

この状況であれば、派手に動ける。

 

「よし…あそこが出口か。一応、場所は」

「おい、お前達! マギウスの目的は!?」

「……ふぅ、潮時か」

「うぐ!」

 

テレパシーか何かか…まぁ、実際それが正しいだろう。

潜伏されてる可能性が高い以上、その方法で見分けるしか無い。

そんなテレパシーは私達は受信できないのだから。

 

「あそこだ! 見付けたぞ!」

「…通路に逃げ込むぞ!」

「は、はい!」

「待て!」

 

私達はマギウスの翼から逃げ出し、通路に入る。

 

「逃がすか!」

「全く、本当にまぁ、良くあの状況でマギウスに付こうと思うな」

「ふん、あなたには分からないわ、何でも出来るあなたには

 何も出来ない私達の気持ちなんて分からないでしょう!?

 自分達じゃ何も出来ない。だから、出来る人を信じるしか無い!」

「そうだ、分からない。お前達もだろう?

 何でも出来てしまう奴の気持ちなんぞ分かるまい。

 そう言う物だ、他人はどんな時でも輝いて見えてしまうんだ。

 他人に自分に無い物を求めるからな。

 だが、思考停止して良い理由にはなるまい」

「ふざけないで! 解放さえ叶えば、私達は報われる!

 そんなの! 考えなくても分かる事よ!」

「……救われると思うか? 本気で、本心で、心の底から」

「そうよ、救われるって信じてる!」

「……少しは歴史の勉強をしてた方が良かったんじゃないか?

 まぁ、私も人の事を言えた口じゃ無いんだがな」

「どう言う…」

「まぁ良い…絶望されたら流石に不味いからな。

 盲信的な奴に正論や現実はあまりに酷だ」

「……何なのよ!」

 

やるしかないか…この距離ならやれそうだが…

 

「……何で、私こんな事してるんだろう」

「う゛!」

 

私達に攻撃をしようとしてきた羽根達が全員倒れた。

 

「…な、なんで?」

「……梨里奈、私はお前を殺したい。

 だけど、今はそれ以上に…お姉ちゃんを助けたい」

「弥栄」

 

羽根達を倒した黒羽根。彼女がローブを脱いだ。

そこに居たのは弥栄…だった。

 

「どう言う心境の変化だ?」

「梨里奈を運んでるとき、お姉ちゃんは嬉しそうだった。

 だけど同時に…辛そうだった。私には見てられなかった。

 うわさの一部にされて…だから、止めて欲しい」

「んな」

 

弥栄が何かを投げたと思ったら、私のソウルジェム…

 

「環いろはのソウルジェムまでは取れなかった。

 でも、そろそろ来ると思う。1階のエントランス、もう来てる。

 そこにはお姉ちゃんも居る…だから、お姉ちゃんを…助けて」

「……最初からそのつもりだ…弥栄、ありがとう」

「……今まで、ごめんなさい」

「謝るのは久実にしておけ、私は気にしてないからな。

 殺されても文句は言えない…そう思ってる。

 さな…いろはの事、頼む」

「は、はい!」

「弥栄は見守っていてくれ、私が七美を救うところを。

 ここから見えるだろう? エントランスは」

「…うん」

 

弥栄から渡されたソウルジェムを使い、変身する。

そして、1階のエントランスに向けて飛び降りた。

 

「梨里奈!?」

「それは貰うぞ」

「うぁ!」

 

ソウルジェムを持つ羽根達の意識を奪い、

いろは…と、何だ? 他にもあるな。

まぁ良い、まとめて回収しよう。

 

「ッ! 梨里奈…ちゃん…」

「梨里奈!? どうして変身して!」

「羽根共に用は無い。下がってろ」

「この、今更!」

「…邪魔だ」

「ヒ…」

 

周囲に居た羽根達が怯えて、ゆっくりと後ずさりをする。

 

「……七美、助けに来たぞ…今度こそ、お前を助ける」

「梨里奈ちゃん…どうして…」

「お前の大事な妹達から大事な思いを預かってきた。

 七美、お前を必ず救う」

「……どうしても、私と戦うの?」

「そうだ、お前の親友として、私はお前と戦う」

 

必ず救う。救い出せる…あの会話を聞いてなかったら

もしかしたら、私は気付けなかったかも知れない。

だが、今は違う…必ず救う。



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救う為の戦い

周囲の羽根達は動ける状況ではなかった。

全員、何故か腰を抜かしている。怯えすぎだな。

だが、好都合だった…七美を確実に救うためだ。

 

「梨里奈ちゃん…今の私は前までの私とは違う。

 拘束されてた魔法少女達を見たでしょ?

 本来の私の能力なら、あの全員は無理。

 だけど、今の私なら出来た…私が強くなってるから」

 

確かにあの場に居た魔法少女全員を撃破していた。

いくら七美が強くても…あの数相手では苦戦したはず。

だが、七美は無傷だったし、全員を拘束してた。

糸の数も、今までの比では無いくらいに増えてるんだろう。

 

「今の私は同時に20本の糸を操れる…この意味が分かるでしょ?

 あなたに勝ち目は無いの…うわさと一体化した私には勝てない」

「七美、お前がどれだけ強くなろうとも、私はお前に挑むまでだ。

 私はお前を救うためにこの場に立った。

 それに七美、お前にうわさが付いているのなら

 私にはお前の妹達の思いが付いている。

 弥栄と久実だけじゃ無い…お前の思いも私にはある」

「……」

「必ず私はお前を助ける。そして、共に探そう。

 当たり前だった毎日に戻る方法を。

 まだ、最悪では無いだろう? まだ、終わってないんだ」

「もう終わってるよ…もう、私はウワサの一部になってる。

 マギウスが殆どのうわさを消してる中でも残るうわさ。

 それだけ重要視されていて、力があるうわさ。剥がせるわけが無い」

「……剥がすんだよ、そしてお前を救う。そう決めた!」

 

七美を救う…必ず救い出す。そう決めた。

だから、彼女の前に私は立った…本気だ、私は本気だ。

 

「剥がせるの? 無駄だよ!」

 

周囲に大量の糸が展開し、周囲の家財が一斉に私の方に飛んで来る。

その攻撃を避けるが、同時に家財が当った場所にうわさが出て来た!

 

「うわさ!? 何だこのうわさ! 熊か!?」

「この場所その物がうわさなの。色々な意味であなたは私には勝てない!」

「ふん、数が増えるなら減らせば良いだけだろ!?」

「そんな簡単なうわさが本拠地にあると思ってるの?

 良い事を教えてあげるよ。

 

 この子達はあなたがうわさを倒せば倒すほどに強くなる。

 全員ね、いくらでも増えて、いくらでも強くなり続ける兵士

 あなたは無限に増え続けるうわさを倒せない。

 倒しても良いけど、その度に脅威になるの」

「…物量でくるか」

 

七美が1度攻撃をする度に20のうわさが呼び出される。

そのうわさも倒せば倒すほどに全体が強くなると?

厄介なうわさだな。だが、倒さなければ良いんだろう?

 

「ウォグマッ!」

「熊の生首だなんて、地味に悪趣味だな。

 まぁ、うわさは殆ど悪趣味ではあるがな」

「酷い使い魔や魔女よりはマシだと思うけどね」

「酷いのと比べるのはどうだろうな。まぁいい、やるだけだ」

 

倒さなければ良い。それだけなら容易に対処出来る。

熊たちの攻撃を避ける事はそんなに難しい事じゃ無かった。

第六感の限界突破を使用してる状態の私は並じゃ無い。

 

全方位からの攻撃だろうとも、今の私は捌ける。

数が多かろうと少なかろうと、当らなければ意味は無い。

 

「そこ!」

「無駄だよ」

「っと」

 

やはり七美の攻撃は脅威と言える。

弾幕を張れば、その内の20個も操られるのは致命的だからな。

まぁ、投げた分が帰ってくる程度なら造作ない。

即座に糸を切断すれば、何て事も無いのだから。

 

「多少は痛いが許せよ、七美」

 

地上で群がってる熊たちを足場にして、七美に近付く。

七美は即座に周囲に糸を展開してこちらに引寄せてきた。

全方位から引っ張られるような感覚は辛いが!

 

「そう簡単には攻撃させないよ!」

「あぁ、私もそう簡単には食らわない!」

 

即座に体勢を立て直し、周囲の糸を全て切った。

そのまま飛び込んできた家財を足場にし

七美の左方向から距離を詰める。

 

「無駄だよ」

「っと、だろうな」

 

七美が私が飛び込む寸前に眼前へ壁を立てた。

だが、上空で体勢を立て直し、即座に壁の側面に回る。

 

「分かってるよ!」

「あわ、私も分かってる」

 

私が何処から飛び出すのか、七美は予想し、そして当てた。

だが、私も七美が私の攻撃に反応することは想定済みだった。

即座に伸ばされた糸を切断し、彼女との距離を詰める。

 

「くぅ!」

「このまま!」

「無駄なの!」

「チィ!」

 

一気に接近しようとするが、流石にあの数は近付けない。

即座に撤退し、距離を取ることにしたが

あの熊のうわさが多すぎるな。だが、倒せない。

しかし、利用は出来る。熊たちの攻撃を利用し

私は再度七美に接近した。

 

「無駄なの!」

「ち! 糸の数が多いか! だが、そこがある!」

「しま! うぁ!」

 

糸と糸との合間を縫い、ありったけの魔力を込めた蹴りを

七美に叩き込むことが出来た。

私の足には確かな手応えがあり、七美の髪留めがはじけ飛ぶ。

 

「あ、あぅ…」

「…自分がプレゼントした物を、蹴り飛ばさないとならないとはな。

 中々悪趣味だが…私に取って大事なのはお前だよ…七美」

「……あぁ、今までは…結構良い感じだったのにな…私…

 良い感じに…梨里奈ちゃんを追い込めてたのに…あはは

 何だろうな…やっぱり…最後に重要なのは…意思の強さな…かな…」

「迷いがあるお前と、迷いが無い私。結果は見えてただろう?」

「……そう、だね……ありがとう…やっぱり…あなただけは…」

 

ギリギリの所で七美が意識を失った。

だが、周囲は熊のうわさが群がってる。

急いで七美を背負い、即座に動けるように準備をするが

この数は…流石に逃げ切れるか?

 

「クソ…多いな…」

「うりゃぁ! っと、お待たせ!」

「な! ももこ!?」

 

て、天井が砕けたと思ったら、ももこが降ってきた!

驚いたな…派手な登場だ。

 

「グットタイミング、と行きたかったけど、案外そうでも無さそうだね。

 もうソウルジェムは奪い返せたって事?」

「あぁ、この通りだ」

 

全員のソウルジェムは無傷だからな。

ちゃんと丁寧に扱ってたさ、大事な命だからな。

 

「本当、わざと捕まったのかって言いたくなるくらいに手際が良いね」

「往生際が悪いんだ。私の場合は。そして、私の目的も果たせた」

「そうだね、じゃあ目の前の変な奴らを全部潰そう!」

「あぁ、そうしよう!」

 

私達は2人で協力して七美の攻撃で出て来た連中を排除した。

 

「ふぅ、中々数が多くて厄介だったね。

 で、目的も果たせたんだっけ? その背負ってる子の事?

 千花七美だっけ…」

「あぁ、そうだ。私の…大事な親友だ」

 

暖かい…そう、とても暖かかった。

……実感できた…七美がここに居ると、よりハッキリと。

呼吸もしてて、心臓の音だって聞えてた。

…生きてる。本当に…生きてる。

 

「梨里奈、あんた泣いて…」

「……泣きたくもなるさ、嬉しいんだ」

「梨里奈…」

「梨里奈さん…良かったですね」

「……ありがとう、お姉ちゃんを助けてくれて」

「大事な人を取り戻せて…良かったですね!」

「弥栄、いろは、さな…そうだな。ありがとう」

 

助け出せた…だが、まだ完全に終わったわけじゃ無い。

状況は良くないはずだ。ワルプルギスの夜が来てるのだから。

 

「な、七美様が…だ、だけど、まわ終わってない!

 私達は負けてない…絶対に、解放の邪魔は…させない!」

「どうしてそこまで必死に解放に拘るんだ?」

「そんなの…私達が救われたいからだ! 

 こんな理不尽な目に遭って…私達ばかりこんな目に遭って!

 私達が何をしたって言うのさ! 何をしたの!?

 ただ…ただ救われたいって、そう願っただけなのに!

 それなのに、その結果がこれよ! 魔女になって…結局救われない!」

「……あぁ、何だろうな…この相違は…全く何処までも…皮肉だ。

 奇跡を願ったお前達は未来に絶望を抱いて

 自分に呪いを掛けた私は、未来に希望を抱いた」

「どう言う事?」

「私はお前達とは違うのさ、私は私に呪いを掛けた。

 自分の魂を対価に、私は私を呪った。何も無いと知りながら

 何も無いと思ってたから、私は自分を呪った。

 私は奇跡で生まれた魔法少女じゃ無い。呪いで生まれた魔法少女。

 QBにも言われたよ、私の祈りは呪いだとな」

 

私は自分に呪いを掛けた。そんな私が今、希望を掴んだ。

奇跡を願ったはずの彼女達は絶望を掴んだ。

皮肉だな…全くもって皮肉だ。

 

「あんたら…自分達だけが不幸だとか、自分達ばかりとか言って。

 結局は自分達の事しか考えてないじゃないか!」

「そんな物さ、私達なんて…私達は自分達が救われたいだけ。

 それ位は分かってる! でも、救われたい!

 あなた達は色々な人の思いを潰す…

 妹を殺された人の、親友を守ろうとする人の

 外で静かに暮らしたい人の、他重苦から逃れたい人の」

「なら、お前達は平和に暮らしてる人の

 今を楽しんでる人の、未来を掴むために努力してる人の

 そして、どん底から這い上がろうと、必死になってる人達の思い…

 いや、命を奪い…彼らの未来の、可能性さえ全て奪う。

 

 前も誰かに言ったが、幾千もある可能性を試さずに犠牲を選ぶな!

 お前らは試行錯誤したか? 事実を知り、助かる努力をしたか?

 可能性を模索したか? 何度も挑戦し、何度も挫折したのか?

 違うだろう? お前達は…甘い言葉を前に思考を止め

 自分が助かりたいという、そんな考えだけに思考を支配されてる。

 

 当然、分からない事でも無い。理不尽だと思うかも知れない。

 だが、理不尽は短絡的な行動だけでどうにかなるほど…甘くない。

 考えた事は…あるか? 魔法少女が解放された後の未来を」

「えぇ、何度も」

「なら、その未来にある、自分達の不幸を…考えたか?」

「え…」

 

羽根達が明らかな動揺を見せる。

やはり、考えてなかったのだろう。七美はよくこんな状況で

あんな思考に辿り着くことが出来たな…素直に凄いと思うよ。

 

「何故…解放されたら幸せになれると思うんだ?

 そう信じたいだけなんじゃ無いのか?

 人は占いでもそうだが、自分にとって悪い事は興味無いと思い

 自分にとって幸福なことは正しいと思いたがる。

 それと同じで、お前達は幸せになる可能性しか見て無い」

「……」

「何故、幸せになれると思うんだ? 魔女にならなくなるだけだろ?

 ドッペルはそのままだし…魔法少女である事は変わらない。

 長く息が続けば続く程に、魔法少女は悪意に飲まれる。

 私達が幸せになるにはきっと、魔法少女とは違う存在。

 元の人間に戻らないとならない…マギウスの計画ではそれは叶わない」

「そ、そんな訳無い! 魔女にならなかったら、わ、私達は誰も殺さず!

 い、色々な…ま、魔女になる恐怖から解放されて、し、幸せに!」

「……どう頑張っても、私達は人間だ…穢れは溜まるだろう。

 怒られて…辛い思いをして…ドッペルが出たらどうなる?

 怒られてる最中に……きっと、相手が死ぬだろう」

「……そ、そんなの」

「それにだ、今のままだと守るべき物さえ消え去るぞ?

 ワルプルギスの夜だなんて、とんでもない魔女を呼べば

 お前達の家族も、守りたい親友も…全て瓦礫の一部になるだろう」

「……」

「神浜に…何の思い出もないのか?

 それなら、神浜を破壊しようとするな…

 お前達が知らない大事な物を…勝手に恐そうとするな。

 そんな行為、魔女と差して変わらない…大義名分があれば

 何でもやって良いわけが無いだろう?」

 

羽根達が動かなくなった…涙を流す羽根も居た。

折角抱いた希望にさえ、絶望は纏わり付く。

気付きたくない…気付いても考えたくない可能性。

私は彼女達に、そんな残酷な事実を突き付けた。

 

「……だが、マギウスの言う解放は所詮数ある可能性の1つでしか無い。

 可能性はまだあるはずだ…探す事を諦めない限り

 必ず…何処かにお前達が救われる可能性だって存在するはずだ。

 だから、そう悲観することじゃない。

 考える事を諦め無い限り…希望は捨てるべきじゃ無い」

 

羽根達は全員、動く素振りを見せなくなった。

 

「あれ? 何かもう終わってる?」

「レナ…かえで…」

「…何でこいつらは動いてないの? 何をしたの?」

「やちよさん…私は何もしてませんよ。

 私はただ…親友の言葉を伝えただけです」

「梨里奈さん、もうソウルジェムを」

「はい…ん? みふゆさん? それに…誰だ? その2人」

「ひ、酷いでございます! 天音月夜でございますよ!」

「う、うちは天音月咲だよ! 覚えてないの!?」

「…………あ、あぁ…そ、そうだな、あ、天音…し、姉妹だよな?」

「……何だか、ショックでございます…」

「お、覚えられてすら無かったなんて…」

 

ま、全く覚えてなかった…

 

「あなたって、結構忘れっぽいのね」

「あ、あはは…す、すみません。じゃ、じゃあこの2つは?」

「わ、私のソウルジェムでございます!」

「うちのも!」

「そうか、じゃあ渡そう」

 

私は全員にソウルジェムを渡した。

 

「何だか、私達が来なくても何とかなったかも知れないわね」

「いいえ、この後が一番苦労する場面でしょうしね。

 私達にはまだ、マギウスという厄介な存在が居る」

「そうですね、マギウスを止めましょう」

「でも、何処に行けば良いんですか?」

「地下にある聖堂です。聖堂はマギウスに取って 

 最も重要な場所ですからね」

 

みふゆさんの話を聞いて、分かったことは

この場所はねむが作ったうわさであり

自由に増築することが出来るらしい。

 

だが、ルートは変わらず、ただ道を塞ぐことしか出来ない。

だから、壊すしか無い…そして、その場所は…この変なぬいぐるみ。

 

「でも、破壊しないと通れないなら、罠が」

「はい、ですので私達で破壊します…一気に行きましょう」

「はい!」

 

罠の危険性があるのにあの3人は自分から率先して進んだ。。

当たり前の様に罠に挑むとは…驚いた。

 

「はぁ!」

 

3人が同時に攻撃し、蓋を破壊する。

同時に熊のぬいぐるみみたいなのから強風が!

 

「ちぃ!」

 

私は急いで2本の短刀を伸ばし、地面に深く差し込んだ。

 

「な、何この風!」

「いろはさん! わ、私の盾の影に!」

「狂犬! ハンマーで壁を作れ!」

「おぉおおおお!? おう!」

「あ、駄目! 槍が抜ける!」

「レナちゃんの力が弱いから!」

「く、くっそ! こ、このままじゃ! ふ、吹き飛ばされる!」

「梨里奈さん! わ、私達3人大丈夫!?」

「わ、私はだ、大丈夫だが…七美が!」

「り、梨里奈お姉ちゃん、わ、私が七美お姉ちゃんを!」

「うぅ…わ、私もお姉ちゃんを! うわぁ!」

「七美! 弥栄! 久実! くぅ!」

「も、もう力が…あ、あぁあ!」

「も、もう限界でございますー!」

「だ、駄目!」

「も、もう駄目! キャー!」

「わぁ! レナちゃん抜けちゃったじゃんかー!」

「あ、あたしももう、うわ!」

 

クソ…な、長すぎるだろ…この風…だ、大丈夫か? 全員。

し、仕方ない…さ、さっさと動くべきだったが…このままだと不味い。

 

「いい加減に…その臭い息を止めろ!」

「!!roar」

 

一気に脚力を増強させ、あの熊を思いっきり蹴り飛ばす。

熊はそのまま吹き飛ばされ、風が大きく逸れた。

 

「さ、流石! ナイスだよ!」

「はぁ…危なかった…鶴乃、良く飛ばされなかったな…

 その扇で良く地面に突き刺せたな…」

「一応、刃があるからね、この扇」

 

あぁ、よく見てみたら確かに扇の先端に刃が付いてるな。

 

「あと少しで皆でマギウスに挑めたのに…」

「えぇ…でも、こうなってしまった以上は仕方ない。

 私達だけだ挑まないと行けないわね」

「はい、急ぎましょう」

「あのうわさ…一撃で倒れましたね」

「最初からすればよかったと後悔してるよ」

 

もう少し判断が早ければな…はぁ、失敗した。

だが、悔んでる暇は無いか…先に進まないとな。



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マギウスを探して

さて、階層を降りようとしたら魔女が出て来たな。

だが、今回は結界での召喚だな。

七美は無事に戻ったんだ。当然と言えば当然か。

 

「魔女の相手は私がします。消耗は避けたいですしね」

「あなたが消耗するわよ?」

「私の魔法は、かなり燃費が良いんで大丈夫です!」

 

まぁ、今更そこらの魔女にやられるほどに甘くは無い。

ちょっとうわさも絡んできたが、今の私は上り調子だからな。

折角七美を取り戻せたんだ…今、この場には居ないが

マギウスを止めれば、一緒に歩むことが出来る。

 

「随分と今日は調子が良さそうね」

「やっと気掛かりだった七美を救えたんですから。

 出来れば、外に行って、七美をカバーしたい」

「でも、こっちに来てくれた…どうして?」

「七美には弥栄と久実も居ますからね。

 それに、ももこ達も居ます…きっと大丈夫。

 後、こっちの方が危険ですからね」

「そうね、確かにこっちにはマギウスも居る」

「そして、マギウスが守る魔女…イウ゛だって」

「えぇ、どんな魔女か分からないけど…油断ならないわね」

 

本当にこっちは非常に危険な状況だと言えるな。

外はどうか分からないが、恐らくこちらよりは…

しかし、イウ゛とワルプルギスの夜。

 

ワルプルギスの夜の実力はよく分からないが

色々な魔法少女が知ってるくらいに知名度が高い魔女。

それだけ知られているのに、未だ動いて居ると言う事は

それだけ強力な魔女だと言う事…イヴの実力は分からないが

 

マギウス、イヴ、そしてワルプルギスの夜。

この3連戦はあまりにも危険すぎるだろう。

何とか撃破した後、マギウスを説得すれば…出来るかは怪しいが。

 

だが、出来れば勝算は上がると思う。

マギウスとマギウスの翼、そして神浜の魔法少女と

私達、全員で徒党を組めば勝てるか…?

 

「……」

 

消耗してる状態で? 少なくとも私達とマギウスの消耗は絶望的だ。

楽観視できる状態では無い。そもそもイヴを止めれるかも疑問だ。

マギウスの3人は倒せるだろうが、その後の2連戦が鬼畜過ぎる。

 

イヴは今までの雰囲気からしてみて、マギウスが育ててる魔女。

相当強力な魔女である事に違いないはずだ。

そして、語り継がれる強大すぎる魔女…ワルプルギスの夜。

あぁもう…鬼畜だ…本当に鬼畜だ…どうしようも無い位に容赦ない。

 

そんな危険な魔女、語り継がれているほどの魔女。

恐らくだが、相当数の魔法少女が揃っても勝てるか怪しい。

語り継がれる魔女を倒そうとする魔法少女だって多いはずだ。

だが、倒せてない…それだけ強大な魔女。

 

……だが、悲観しすぎない方が良い…神浜の魔法少女は多い。

とても多いんだ…マギウスを止めることが出来れば

僅かではあるが、可能性は生じるはず…脅威だがな。

 

「しかし、どうなんでしょうね…イヴって何なんでしょうか?

 マギウスが必死に育てようとしている魔女…

 その魔女を育てた後、何があるのか…」

「そこは不明ね…」

「だが、そのイヴという魔女がマギウスの計画には大きだろう。

 この魔女を育てきる。それこそ、マギウスの目的では無かろうか?」

「育てきった後に、何をするかは分かりませんが、そうでしょうね。

 ……まさか、制御でもしようとしてるんでしょうかね?」

「可能性はあるわね」

「魔女を操る…た、確かにマギウスは魔女を操ってたもんな!」

「あれは七美のドッペルによる効果だ…今、七美はこの場に居ない。

 そもそも、七美を利用するつもりなら、あそこには配置しないはずだ。

 最悪の場合を考慮して、自分達の側に置くはず…そうしてないと言うことは

 七美のドッペルを利用して制御しようとはしてないんだと思う」

 

別の手段だろうな…どんな手段かは本人達に聞かないと分からないが。

しかし、方々を探して回ってるが…何処にもマギウスに繋がりそうな場所が無い。

 

「…ここも違う。このままだと時間が…」

「こうなると、強行策を取るしか無いかも知れんな」

「うわさが出るかも知れませんけど…床を壊すしか…」

「よーし、じゃあ俺のハンマーが火を吹くぜ!」

 

いろはの言葉を聞いて、フェリシアがハンマーを振りかぶる。

うわさが出て来ても良い様に、いつでも構えておかないとな。

…ん? 変な物音が。フェリシアに何か来てるな。

 

「っと、誰だ!」

 

私はフェリシアに近付いてきてるリボンを切断した。

 

「ごめんなさい、私よ! その子を止めて!」

「巴マミ…倒されたと思ったが…何が狙いか知らないが

 フェリシア、一旦待ってくれ。うわさが出たら厄介だ」

「お、おぅ」

「巴マミ…今回は雰囲気は違うが…また邪魔を?

 いつでも潰すぞ?」

「ま、待って! 勘違いしないで!

 私はあなた達を助けに来ただけよ!?」

「…もしかして、うわさが剥がれたのか?」

「ふむ…綺麗に洗脳が解かれてる。以前と違って心が立体的だ」

「良かったわ、敵じゃないって証明されたみたいで」

「無事なのは良かった。まどか達か?」

「えぇ、後輩達に助けて貰ってね…本当、情け無い先輩よ」

 

そうか、まどか達…無事に自分達の手で大事な先輩を救えたか。

 

「そう言えば、あの後の話をしてなかったわね。

 あなたと合流した後、私達は彼女と戦ってね。

 鹿目さん達と一緒に共闘したのよ」

「うん、その時にまどかちゃん達とマミさんが戦ったの。

 自分達が助けたいって」

「危険だから止めようとは思ったが、あの4人は本気だったようで

 自分達は何もせず、彼女達に任せることにしたんだ」

「勿論、うわさを剥がす方法も教えたわ。

 そして無事に、彼女達は巴さんを救う事が出来た」

「詳しい顛末は私も良くは覚えてなかったけど。

 あの子達に助けられたって事は、しっかりと分かった。

 嬉しかったわ。私がもう独りぼっちじゃ無いって改めて分かって」

 

そう言う事があったんだな。じゃあ、今のマミは敵では無いと。

ふぅ…一安心だ、あのまま敵だったとすれば厄介極まりない。

 

「ちゃんとあなた達にはお詫びしないと行け無いんだけど…

 特に仙波さん、あなたには何度も酷い怪我を…」

「大丈夫だ、私の怪我は即座に治るからな、気にしないで良い。

 それにだ、結果として私はまだ何も失ってないんだ。

 苦労しただけけ。たったそれだけの事だ」

「本当に…申し訳無いわ」

 

謝罪は必要無いと言ったが、気にしてるんだろうな。

気にしない方が辛いか。気になってしまうのが当然なんだ。

 

「環さんも、今までごめんなさい…」

「そ、そんな! もう気にしないでください!」

「気にしない方が難しいんだろうな…当然とも言えるが」

 

全く気にしない方が逆に恐いとも思う。

 

「それで? 私達の邪魔をしに来たわけじゃ無いなら

 何故ここに? 一緒に戦ってくれるのか?」

「えぇ、今、私達はあなた達の仲間と共闘してるわ。

 見滝浜の全員も合流して、今、外で戦ってる」

「外に居たのか…七美達は大丈夫か? 私の親友と妹達だ」

「えぇ、一緒に戦ってくれてるわ」

 

そうか…あの後、目を覚ましたんだな…一安心だ。

それにまどか達も来てるようだし、より安心と言える。

 

「だから、私はまだ外で皆と戦いたい。

 だけど、ここに来たのはマギウスの霊廟とこのうわさを

 私が隔離してしまっているからよ」

「それって…つまり、巴さんだけが解除できるって事ですか?」

「そう言う事よ。だから、私がここに来たの」

 

そう言う事か…本当に協力してくれるようだな。

 

「ここね…魔法が解けたら、すぐにうわさが出て来ます。準備を!」

「はい!」

 

彼女が立ち止まり、少しの間だ意識を集中した後

私達の目の前にあの時の容姿に酷似したうわさが出て来た。

 

「これは…あの時の」

「本体ほどの力も無い残滓よ! そんなに手強くないわ!」

 

力が無いにせよ、動きはどことなくマミに似てるな。

マチェット銃を放ってくる。だが、確かにそうだな。

同時に召喚するマチェット銃の数は少なくなってる。

 

「確かに、大分弱いな」

 

ちょっとした数の弾丸なら、容易に弾ける。

 

「防御は私が請け負います。攻撃はそっちで」

「えぇ、お願いするわね!」

 

今回ばかりは全くと言って良い程に苦戦はしなかった。

この状態のマミと比べれば、雲泥の差としか言えない。

マミの攻撃もあり、確実にうわさの残滓を追い込めた。

 

「今の私はかつての誇りを取り戻した私。

 魔法少女の宿命とも向き合えるようになった私。

 負い目も苦しみもある。

 だけどもう、翻弄されるだけの弱い自分じゃ無くなったと思う。

 だから…さようなら。あなたはもう私には必要無いわ!」

 

大きく怯んだうわさを無数の弾丸が貫く。

何発も攻撃を受けたうわさは、笑いながらゆっくりと倒れ、消滅する。

同時に、眼前の壁が消え去り、何処へ繋がるか分からない道が出来た。

 

「これで先に進めるわ。

 梓さん達がフェントホープのうわさを処理してくれたら

 皆で集まれるはずです」

「分かったわ、ありがとう」

「はい、無事を祈ります」

「巴さんは行かないんですか?」

「えぇ、フェントホープのうわさを倒す方に力を貸すわ

 かなり手強いはずだから」

「分かりました、それじゃあ、よろしくお願いします」

「えぇ、また後で」

 

手強い…のか…かなり強力なうわさ…か。

 

「梨里奈…そっちに行きたいなら」

「……七美の事が気掛かりではあります。

 だけど、あちらには見滝浜の魔法少女達だって居る。

 戦力としては十分でしょう…心配ではありますが

 私はこのまま奥に進むことにします」

「無理しなくて良いのよ? あなたは親友を取り戻す為に

 今まで必死に頑張ってきたんでしょう?」

「えぇ、でも七美は私の親友であり、ライバルですよ。

 七美は強い…それに、仲間が沢山居るんです。

 だから、大丈夫です。そう信じてる。

 

 それに、こっちの方が危険ですからね。

 マギウスとイヴの2連戦は避けれないでしょう。

 戦力は多いに越したことはありませんよ」

「…えぇ、あなたが居れば心強いわ」

「千花さんと妹さん達は私達が必ず守るわ。

 誰も犠牲なんて出させない。

 だから、そっちも犠牲者なんて出さないでね?」

「あぁ、任せてくれ」

 

先に進む…七美の事が気掛かりだが…だが、人の心配をしてる場合じゃ無い。

こっちの方が危険だからな…マギウスとイヴ…さて、この手勢で勝てるか。

……やるしかないだろう。出来る限り早急に始末する。

ワルプルギスの夜も待ってるんだ…消耗してる場合じゃ無いだろうしな。



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深淵へ

階段…果てが見えない程の真っ暗な階段だ。

全くおどろおどろしい…

 

「果てが見えない…何だか、気分が悪くなってきました」

「暗澹としてるだけが理由じゃ無いみたいよ。

 階段を降りれば降りるほど、強い穢れのような物を感じるわ」

「うむ、マギウスが育ててるイヴが原因かもしれんな」

 

酷い穢れだな…全員、結構状態が悪いらしい。

これは本当に、私がこっちに来て正解だったと言える。

私ならこの穢れの中でも動けるんだからな。

 

私は自分に関する事なら、限界突破を用いてどうにでもなる。

私の魔法はそんな魔法だ。自分の限界を越え続けること。

自分の無茶を通すことが出来る魔法。そんな魔法だ。

 

「きた、来ましたよ…」

「何が来たの? さな」

「え? 私、何も言ってませんよ…」

「こんな穢れで気分が悪いとか、クソヨエーヤツじゃん」

「あ、誰だよ! 俺の事を馬鹿にした奴は!」

「いや、今のは狂犬自身の声だ」

「俺が俺の事馬鹿にするわけねーだろ!」

「そう言われると困るな」

 

…違和感、ここまでお膳立てしてくれてるんだ。

何か仕掛けているとしか思えないがな。

罠だろう…しかし、奇妙な罠だな。

 

「なはは! 皆混乱してるよー、こんな事で情け無いね、ししょー」

「本当、自分の仲間だと思うと、見てて情けなく思うわ、ね、いろは」

「はい、こんなの私達らしくないと思います

 皆、自分を忘れてしまってます」

「本当、情け無いとしか言えないな…私よりも遙かに愚かだ」

「間違いないですよやちよさん!」

「本当、最低な趣味だわ」

「リーダーとして皆に、お願いしても良いですか?」

「うむ、ここは自分も環くんの指示に従おか」

「この人達に自分が何者か教えてあげましょう」

「リーダー、こっちはどうする?」

「モキュー」

「うん、話を聞いてみるのも良いかも知れません

 私達の気持ちが揺らぐことはもうないと思いますけど」

「……?」

 

小さいな、こいつ…あぁ、そう言えばこんなのが居たな。

…忘れてた、いろはと一緒に居るんだったか。

 

「そうね、こんな小手先を効かせてももう無駄だと思うわ

 辿り着く前に、私も自分の覚悟を決めてきたから」

「はい、私もです。だから消しましょう、自分の穢れたコピーを」

 

いろはの言葉の後、私達の前に自分そっくりな奴らが出て来た。

はぁ…瓜二つだな、鏡を見てるようだ。

 

「やぁ、私…随分と幸せそうに日々を過ごしているな。

 お前は忘れたのか? 自分の親友を殺してしまった罪を。

 私は幸せになっては駄目だ。私は道化になり続けないと駄目だ。

 殺してしまった罪を償うために…私は道化になり続ける。

 

 そう決めて、自分に呪いを掛けたんじゃないのか?

 私はピエロだ。自分らしく過ごすことなどあってはならない。

 人の願いに応え続けて、思いに答え続けないと駄目だ」

「ほほぅ、そっちのお前も仲間と登場してたが。

 そっちは意外と殺伐としてたのか? まぁ性格悪そうだもんな。

 そっちのいろは達は。ご愁傷様と言える。

 

 そうだ、私は親友を殺してしまった。それは事実だ。

 だが、その罪を償うなら…私は幸せに生きなければならない。

 七美がそう願ったんだ。それにこっちは七美が蘇ってね。

 より一層、幸せに日々を過ごさなければならなくなった。

 あいつは容赦ないからな、幸せにならなければ怒られてしまう」

 

七美は意外と容赦がない。無理難題を平気で押付けてくる。

だが、今の私からしてみればその難題は難しい事でも無い。

七美を1度でも殺してしまった…そんな罪を背負って

それでも幸せに日々を過ごす。

 

七美に後ろめたい気持ちはある。

だが、あいつの思いには応えないと行けない。

今度こそ、私はあいつの期待に答える。道化師としてではなく

あいつの親友、仙波梨里奈として…な。

 

「なら、どうしてこっちに来た…親友を放置して良いのか?」

「あっちには沢山の仲間が居る。だから大丈夫だ。そう信じてる」

「ふん、どうせ全員雑魚だ!」

 

っと、流石は私に瓜二つってだけはあるな。動きがまぁまぁ速い。

それでも何だか弱いと感じてしまうな。

所詮は模倣品、私と同じ実力では無いと言うことだろう。

 

「はぁ!」

「ん、意外とそっちでは私は弱いんだな」

「……どうしてそんなにも自分が強くなったか…覚えているか?

 数多の期待に答え続けてきたからだ。その力は空っぽだ。

 所詮は周りに期待され、答え続けた結果でしかない」

「そうだな、魔法少女としての実力や自身の願いもそうだ。

 他者の期待に答え続ける為に、私は無限に強くなることを選んだ。

 だがそれも今では、正しい選択だったかも知れないって思うよ。

 

 過去の過ちも、未来で結果となれば正しい選択だ。

 少なくとも今、私はこの願いを選んで良かったと思う。

 お陰で、こんなにも強くなって仲間を助けられるんだから」

「それは所詮、仲間の期待に答えようとしているだけだ。

 今までと変わらない、自分で選んだんじゃない。

 仲間に期待され、そして答えようとしてる! 変わってない!」

「そうだな、変わってないよ。期待に答えてるだけだ。

 だが違うのは、今までは期待に答えないと駄目だと言う使命感。

 だが今は、期待に答えたいという、自身の思いから強くなってる!」

「ぐぁ!」

「期待に答えたいと、期待に答えないと。

 文面にすれば僅か1文字程度の差だが、心で全く違う物だ。

 心の底から…成長出来て良かったと…思えるよ」

 

これは自分で選んだ成長だった。強くなりたいと思うのも

昔は強くなり、期待に答えなければならなかったからだ。

今は大事な奴らの期待に答えたいから…強くなる事にした。

 

「ありのままで居られる場所がなければ、こうはならないだろうな。

 ふ、今の私は少しだけだが…七美の期待に答える事が出来てると思う。

 やっとだよ、やっと七美の期待に少しだけ答えたる事が出来た。

 後は最高に幸せにならないとな。私も幸せになりたい」

「魔女になるという、そんな呪いがある限り、幸せにはなれない」

「なら、全てが終わった後に考えるまでだ。

 少なくとも、今のままでは私は幸せにはなれないからな。

 犠牲を黙認した上で得た、自分達の仮初めの平和など必要無い」

「世の中は数多の犠牲の上で成り立ってる。理解してるだろう?

 その犠牲が少しだけ増えるだけだ…僅かな犠牲を増やしただけで

 私達が幸せになれるなら、それで良いじゃないか」

「少なくとも、神浜の人達が犠牲になるというのは

 私に取って、僅かな犠牲ではないんだよ、偽物の私。

 それ位、お前も私なら分かってる筈だろう?

 

 七美の死だって、はたから見ればありふれた死の1つだ。

 だが、私に取って、その死はどんな死よりも重かった。

 そんな物だ。だから、神浜の人は犠牲にはさせない」

「……」

 

分かってる。世の中は色々な犠牲の上で成り立ってると。

既に魔女になり、その命を落とした魔法少女だって多いだろう。

魔女の犠牲となった人達だって多いだろう。

……だが、それで犠牲を選んでも良いとは思えない。

 

「お前は少しくらい…子供になれば良い」

「安心しろ、今は子供だ。これはわがままに等しいのだから。

 だから、そこをどけろ。偽物の私……いや、過去の私。

 私はもう…お前じゃない。道化師はもう止めた」

「……そうか、分かった…なら。私を消せ」

 

もう1人の私が戦うことを止めた。

彼女は私の前で、武器を置いた。

 

「……殺せと?」

「あぁ…少しだけ嬉しかったからな。

 私も何かを楽しめ時が来る…それが分かったからな」

「……そうか、なら…さよならだ」

「うぐ!」

 

私の一撃がもう1人の私を貫き、彼女はゆっくりと倒れる。

流石に気分が悪くなるな、自分そっくりの何かを屠るのは。

こいつは偽物…ではあるが、同時に過去の私でもあった。

その過去を乗り越え、今、終止符を打っただけだ。

 

「……死に際に1つ…聞かせて…欲しい…

 どうして、そんなに弱くなれた…? どうしてだ…」

「弱い自分を自覚し、強くなろうと思ったからだ。

 だから、私は1人で何でも出来る

 そんな道化師から少女に戻れた…まだ魔法少女だがな」

「……そうか、もう…お前はただの…仙波梨里奈…か」

「そうだ、何処にでも居る…ちょっと強いだけの少女だよ」

「ふ、ちょっと…? 馬鹿だな、私…ちょっとって次元じゃ…ないだろ?」

「ふ、かもな…さぁ、もうお別れの時間だ…幸せになれたら良いな」

「死んだ後に、幸せと…? 面白い冗談だ…

 だが、今一瞬だけは…何だか…幸せな…気分だよ…

 七美…私達にあの世があるか…分からないが…

 死んだ後…謝らせて…くれ」

 

そう言い残し、もう1人の私は消え去った。

あの世があるんだろうか? この偽物達に。

だがまぁ良いだろう。幸せに逝けたなら、それで良い。

 

「そっちは大丈夫か?」

「はい、何とか」

 

全員、自分達のコピーを乗り越えたようだな。

全員、チームみかづき荘で良かったと、そう思った様だ。

 

「梨里奈と十七夜は大丈夫だった?」

「む、何も変わらぬ自分が居た」

「十七夜らしいわね、梨里奈は?」

「私は過去の私が居ただけでしたよ。ある意味、良かったと思えた」

「そう、マギウスの小細工は完全に失敗したと言う事ね」

「それじゃ、行きましょう、マギウスの所に。

 もうすぐみふゆさん達がうわさを倒すはずですし」

「えぇ、降りましょう…この深淵に」

 

マギウス…何故来ない? イヴを守りたいなら

この場で打って出ても良いと思うが…罠があるのか

はたまた、私達を圧倒できる自信があるのか…

警戒はした方が良いか。



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数多の疑問

しばらくの間、ひたすらに階段を降りていく。

そしてようやく辿り着いたマギウスの聖堂。

何とも気持ちの悪い、穢れが溢れかえってる。

 

「何だか植物園みたいです…」

「棺と花みたいで、いやな感じだわ」

「皆、あれ見てよ!」

 

鶴乃が言う場所を見た…そこに居たのは

とてつもないほどに巨大な蛾の様な存在だった。

 

「あの奥にいるのが…イヴ?」

「魔女だよ…あれは魔女だよ」

「アハッ、ようやく来たみたいなんですケド」

「アリナさん」

「思ったよりも、遅れての登場だったみたいだね」

「でも、梨里奈が来てしまったのは予想外だね-」

「そうだね、彼女は外に向うと思ったんだけど」

 

マギウス…こんな気持ちの悪い空間で、よくくつろげるな。

 

「まぁ、アリナ的にはありなんだケドね?

 この手で直接、あんたを始末出来るだなんて」

「やっぱり私の事は嫌ってるんだな。まぁ分かるが」

「皆で一緒にイヴを眺めながら、お茶でもいかがかにゃー?」

「信じられない…こんな魔女を前にしてのんびりお茶を飲めるなんて」

「それにこの穢れ…こいつらなんともないのかよ」

 

予想通り、全員相当弱っていると言えるな。

この穢れだ、当然と言えば当然だろう。気持ちが悪い。

やはり私が来て正解だったと言えるな、動けないぞ。

 

「アハッ! アリナ達が作ったベストアートワークはどう?

 エンブリオ・イブを見るだけで、ゾックゾクしちゃうヨネ?」

「私にはそんな風には思えない…

 この魔女を作品を見るような目で眺めること何て出来ないよ…」

「僕達だって、これが魔女だとすればこうして平然と眺めてないよ」

「どう見てもこれは魔女だ…

 表に放てば、空気に触れるだけで普通の人ならどうなるか」

「はい、それだけの禍々しさを感じます…

 そんな魔女を、育て続けてきたなんて…」

「魔女だって言うのは否定したよ? 聞えなかったのかな?」

「じゃあ、何なんだ?」

「これは半端物。魔法少女でも魔女でもない

 狭間の中で揺らぐ半魔女だよ」

「ザッツイット、だからアリナ達は協力して

 イブを育ててきたんだヨネ

 早くリミットオーバーして、魔女という完成品にしたいカラ」

「それが孵化…と言う事?」

「そーだよ! 半魔女から魔女=孵化!

 魔法少女が魔女となるときに発生させる相転移エネルギーをね

 私達はずっと欲しかったんだよ!

 それが手に入れば、神浜の奇跡が世界に広がるから!」

「そして、世界の魔法少女たちは自分の宿命から救われる…」

「うんうん! はなまるだねー!」

 

うーん、よく分からないが…どう言うシステムだ?

魔法少女が魔女になる瞬間に発生されるエネルギー?

 

「……半分魔女が完全に魔女になって

 魔法少女が魔女になるときと同じエネルギーが出来るのか?

 半分くらいじゃないのか? もしくは違うエネルギーじゃないのか?

 それに、魔女になった後、どうするんだ?

 

 制御出来るのか? 疑問符が多いし、今のシステムもよく分からない。

 ドッペルのシステムとは何だ? 何がコアになってる?

 穢れを集めているのであれば、ドッペルはイヴが原因じゃないのか?

 イヴが完全に魔女になった場合、ドッペルのシステムはどうなる?

 

 ドッペルで放出するのではなく、ただ消えるのか?

 それともイヴが穢れを吸収してくれるのか?

 そうなった場合、イヴはドンドン強くなり、制御が困難になるだろう?

 時間が経てば経つほどに手が付けられなくなり、制御が壊されるのでは?

 

 制御が出来なくなれば、莫大な力を蓄えたイヴはどうなるんだ?

 世界を滅ぼすんじゃないのか? そうなれば、未来も全て消え去る。

 多少は分かってたが、意外と穴だらけだな。もっと未来を考慮しろ。

 小さいのにここまで辿り着いたなら、探せばいくらでもあるだろう。

 

 もしや半魔女とやらを作れるのか? それとも偶然の産物か?

 作れるなら暴走する前に別の半魔女を作って穢れをいくらか継承し

 更に別のイヴを作り、過去のイヴを消せば暴走のリスクは下がるが

 だが、解放とやらはお前達3人が居ないと駄目なのだとすれば

 このシステムはお前達が死んだ後、どうやって維持する?」

 

うん、疑問が多すぎるな…ちょっと短絡的過ぎる。

一時的のその場しのぎにしかなりそうに無いな。

と言うか、不確定要素が多い…欠陥だらけだ。

 

「質問が多いね」

「それだけ穴だらけだと言う事だよ。

 焦りすぎてる。新たな可能性を作り出すなら

 色々な可能性を考慮し、それに対する対策を用意せねばならない。

 さてでは1つ、これだけは聞きたいんだが…このイヴはどうやって?

 お前達が作り出したのか、はたまた偶然得たのか…答えろ」

「…後者だよ」

「そうか…しかしなんだ、結構出来すぎというか…

 どうして、お前達3人が揃い、イヴも揃った?」

「何が言いたいワケ?」

「まるで…決まってた…そんな風に感じたんだ。

 この半魔女、エンブリオ・イブとやらがあったから

 お前達はマギウスを作った…どうして、お前達が揃った?

 ちょっと都合が良すぎてる気がしてな」

 

事実怪しい…何だろうか、引っ掛かる。

彼女達3人とイヴが揃ってないと…出来ないシステム…?

何故、半魔女が排除される前に…マギウスに確保された?

 

これだけおどろおどろしい存在が居るなら…別の魔法少女が排除する。

だが、この場に保護される。何故かこの3人に…

そして、その3人とイヴが居たから…

魔法少女の解放が…目指せた…出来すぎだ。

 

「全員が偶然…エンブリオ・イブとやらに出くわしたのか?

 しかし、いろはの記憶では、お前達2人は病院だろう?

 病院で偶然、このエンブリオ・イブが生まれたのか?

 

 全員が入院している場面で? 本当に違和感ばかりだ。

 誰かが捕獲して、この話を持ち込んだのか?

 病院に居た、灯火とねむの2人にアリナが目を付けた?

 それとも、お前達3人の共通の知人でも居たのか?」

「……うーん」

 

本人達もハッキリとは覚えてないのか? 怪しいな。

 

「実際色々な欠陥もあるし、偶然すぎる展開が多いわね」

「そうですね。だから、この計画は止めた方が良いんじゃないか?

 違和感が多い、もう少し位様子を見れば良いだろう?

 欠陥も多いんだ…まずはそこら辺を考慮して」

「あなたが言ってることも、一理はある。

 だけどね、ここまで来て止める訳無いじゃないか」

「そうだよー、あと1歩まで来て止める訳にはいかないってー

 少しでも早く解放まで辿り着ければ、

 少しでも多くの魔法少女が救われるんだよー?

 私達の目的も、少し速く成し遂げることだって出来るしねー」

「急ぐ理由は分かるが、結果が伴わなければ意味は無いぞ?

 取り返しが付かなくなる前に、止めるべきだ」

「そんなの関係ないんですケド?」

「……はぁ、ひとつ気掛かりな部分もあるが…イヴを倒すしかないか」

「そうですね、そうすればマギウスは計画を諦めるしかない!」

 

今は動けないように拘束されてる…やるなら今だ。

マギウスをどうにかして避け、あのイヴを倒す。

 

「やっぱりそうなるんだねー」

「えぇ、余裕ぶってられるのも今のうちよ」

「そうだな! こっちは7人も居るんだからな!」

「それに、最強の魔法少女である私も居るんだもん!

 だけど…何にかあるような」

「くふふ、何があるのかにゃー? でも! 流石最強さん!

 いくらそっちが頑張っても、勝ち目なんて全然ないよ?

 魔力的にも体力的にもそして環境的にもねー」

「そうだね、ただ見てるだけなのも癪に障るから相手はしてあげよう

 灯火1人でも十分守り切れると思うけど、ここは僕も出るよ」

 

向こうは考えを改めてくれるという雰囲気はないな。

…しかし、あの余裕…あからさますぎて違和感ばかりだ。

何故、この場面でここまで余裕そうに振る舞えるのか。

穢れか? 確かにこの場所は穢れの塊…毒ガスに近いだろう。

 

「よし、一気にイブを倒しましょう!」

「穢れだか何だか知んねーけど! 俺のハンマーで散らしてやるよ!」

 

全員が一斉に走り出すが…随分と体調が悪そうだな。

かく言う、私もちょっと走るだけで息が切れそうになる。

やはり、この穢れは魔法少女にも毒か。

 

「あれ…ちょ、ちょっと動いただけで、息が…」

 

全員、満足に動けないままマギウスの3人に押されてる。

勝負になってないという奴か…だが。

 

「お、おかしいよ十七夜…ち、力が全く入らないよ…」

「……」

 

全員、一方的に押されている。私以外は。

 

「チィ! 何で動けるの-!?」

「それはだな、マギウスの諸君。私に限界がないからだ。

 私の魔法は限界突破。既に全員相当な疲労があるし

 ましてや、こんな環境だ。動けなくなるのも頷ける。

 

 毒のような物だろう? 猛毒のガス。

 しかしだ、私の場合は例外。私に限界はない。

 自身に関わることしか出来ないが、それだけなら出来るんだよ。

 この穢れに対する免疫、こいつの限界突破も出来ると思わないか?

 

 第六感、身体能力、治癒能力。私は自分関わるあらゆる事を強化した。

 環境適応能力さえ、限界を越えられる。そうは、思わないか?」

「クソ! やっぱりあんたは厄介だヨネ!」

「ふん!」

 

飛んで来る攻撃を全て弾いた。

今の状態、本来であれば1人でイヴを叩きに行くべきだが。

ここを明ければ、いろは達が危ういし、まだ引っ掛かる。

 

「くぅ!」

「く…ど、何処まで規格外なの!?」

「全く驚いた…ここまで動けるとは想定外だよ」

「私が本気を出せば、例え猛毒の霧の中を突き進もうと

 一切息切れをする事無く動ける。私は私に関する事なら

 殆ど何でも出来る。それが、私の限界突破の魔法だ」

「やっぱりあんただけは始末した方が良かったヨネ!

 拘束したとき、ソウルジェムをブレイクすれば良かった!」

「見誤ったな、私を。実際お前達の選択とすれば

 それが最も正しかったんだ、私を始末する。

 それが最も正しい選択。だが、しなかった。

 悪意しかないと思ったが、意外と甘い部分もあるな」

 

この環境で満足に動けるのは私だけ。

初速の速さには自信がある。即座にイヴを倒せるはずだ。

だが、出来ない…違和感がずっと纏わり付く。

 

あのエンブリオ・イブは……理由は分からないが…

ハッキリとは言えないし、違和感だけだから何とも言えないが…

あの化け物の正体は……何故か存在しない存在。

 

「……本来、存在しなくてはならない存在…」

「何を口走ってるの!?」

「梨里奈…さん…す、みません…イブ…を…」

「……こんな事を言うのは違和感があるし、言うべきではないかも知れない」

「え? 何を…」

「不謹慎かも知れないし、衝撃的すぎるかも知れない。

 だが、状況的に一番自然なのは…都合良くマギウスが揃った理由として

 最も自然で、最も有力…邪魔なのは1つ、記憶だけだが…

 エンブリオ・イブ…その正体は…言うべきか分からないが

 攻撃しない言い訳のために…言わせて貰うと…」

 

あり得るのか? 可能性があると言うだけで言うべきか?

言わない方が良いんじゃないか? あまりに都合が良すぎる展開。

その展開をもし、起すことが出来たとすれば、これ位だと思うし

これが一番有力だと私は思う。だが、どうだろうか…?

 

言わない方が良いんじゃないか? いろはの為には言わない方が。

だ、だが…このままだと…この可能性に到達する前に…

言うしかないか? 言った方が良いだろう…言うぞ…

あの3人の話を聞いて、私が思った可能性を。

 

「……あの化け物の…正体は…」

「梨里奈…さん? もしかして、梨里奈、さんも体調が…」

「環うい……何じゃないか?」

「え!?」

「はぁ!? 何言い出すの?」

「最初の質問の時、言った違和感だが…可能な手段が1つあるんだ。

 それは、お前達3人と…そして、あの化け物が知り合いだった場合。

 お前達が魔法少女の真実を知って…救いたいと思った…

 そして、救う為に…魔法少女を救うためのシステムを作ろうとした。

 

 既に、親友の妹達が同じ様な事をしたんだ。

 こっちは蘇生だがな…姉を蘇らせるために

 姉の死体を戻して欲しいと願った後、姉を蘇らせて欲しいと。

 なまじ頭の良いお前達は…魔法少女を救う方法を思い付いた。

 そして、3人でその方法を模索した…いろはの記憶が正しいなら

 

 環ういとお前達は仲が良かったんだろう?

 そして、姉であるいろはとも。

 そして、いろはは魔法少女。

 ……もし、妹思いのいろはが…奇跡が叶うと知ったなら。

 病気である妹を…助けて欲しいと…願いそうだしな」

「……い、イブが…うい? そ、そんな事って…」

「勿論、可能性だ…可能性でしかない…ほ、他にも

 ただ偶然、あの3人がイヴを見付けたという可能性もある…

 だけど、一番合理的なのはこれじゃないかと思ってな…

 何故、イヴの元にこれだけの穢れが…あるんだ?

 

 私の予想だとイヴが吸い取ってるからだ…

 なら、その力は…どうやって? 半魔女の特性か?

 それとも、別の部分か? 半魔女は魔女と魔法少女の中間。

 なら、魔法少女としての力…で、ある可能性も…ある」

 

戯れ言かも知れないし、所詮は可能性の話でしかない。

いろはの記憶は聞いたが、その記憶が正しいのだとすれば

この可能性があると、私は思う…問題はいくつかある。

 

何故、その事をいろはだけが知って居て

あの2人は忘れてしまってるのかという部分と

アリナという存在…何故、アリナは3人に出会えた?

 

「まぁ、戯れ言だね。そんな下らない事で攻撃を渋ってたの-?」

「色々な可能性を考慮すれば、こうなるんだ…失敗したくないからな。

 私は何度も失敗した…だから、色々な可能性を考えてしまう。

 と言っても、これも親友の影響だよ。七美の言葉を聞いたからだ。

 …聞いてなかったなら…躊躇わず攻撃してたかもしれない…」

 

考えなかったかも知れない…こんな事を。

躊躇うことなく、あの化け物を攻撃してたのかも知れない。

だが…出来なかった…出来る筈なのに出来なかった。

 

「何だ? 周囲が…」

「ん? も、もううわさが? 予想よりかなり早いね」

「もうみふゆが消したのかな-?」

 

うわさが…消える? 周囲が…

 

「これ、結界が壊れる!」

「皆! 離れないように捕まって!」

「はい!」



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地上での懸念

周囲が光りに包まれた後、周りを見渡す。

元の森の中…なのかも知れない。

 

「凄い雨と風だな…」

「はぁ…はぁ…皆、大丈夫?」

 

ももこ達が私達の元に駆けてくる。

 

「梨里奈ちゃん…大丈夫そうだね」

「七美…良かった、無事だったか」

「うん、何とか」

「やっちゃんは大丈夫ですか?」

「みふゆも無事みたいで何よりよ」

 

周囲を軽く見渡した後。1箇所、妙に違和感があるな。

大量の巨大な槍が突き刺さってる場所があった。

1箇所に纏まってるようには見えないが…あぁ、七美の魔法か。

 

「結構苦戦しちゃったけど、あはは、何とかなったよ」

「糸を操るって、微妙だと思ったが、案外強力なんだな」

「糸を操るんじゃなくて、繋ぐ魔法だって。

 どんな障害物があろうとも、関係なく繋げるよ。

 まぁ、あのうわさみたいにデカすぎるのは止めれなかったけど。

 やっぱり沢山居ると色々と出来て楽だね」

「えぇ、七美さんのお陰で決定打を与える事が出来ました」

 

何とかこっちは無事だったと言う事か。一安心だ。

 

「まぁ、想定よりも大分早かったけど結果イブが地上に出られたよ。

 あなた達がうわさを倒してくれたお陰だよー、ありがとうねー」

「ど、どう言う事? わ、私達のお陰って…」

「マギウスは最初からイブとやらを地上に出したがってたんだ。

 まぁ、精神的動揺を与えたいならそう言うのが楽だろうな。

 わざわざ七海達が消さなくても、いつでも消せたはずだろう。

 くだららない精神攻撃だよ……」

「そう言う…イブがマギウスの切り札って言うのは聞いたけど…」

「で…イブを地上に出して…どうしたいんだ?」

「イブを解放して、ワルプルギスの夜を捕食させる。

 そして、イブは完全な魔女に孵化することが出来る」

「……で、そのイブとやらが

 ワルプルギスの夜を捕食できるという保証は?

 戦って…その力を知ってるのか?

 ワルプルギスの夜とも交戦してイブとも交戦して…

 

 その上でイブならワルプルギスの夜を食えると確信したのか?

 まぁ、だとすれば称賛するよ。何かあってもお前達が居れば

 力を得たイブを倒せるんだろう? やはや、凄く強いんだな…

 私1人に追い込まれていたのに、手加減をしてくれたのかな?」

「……本当、つくづく癪に障るね、君は」

 

さぁ、どうなんだろうな? ワルプルギスの夜とイヴ。

彼女達が何故、イヴであればワルプルギスの夜を捕食できると?

本当に…何と言うか、行動が短絡的だな。

 

「まぁ、焦るのは分かるぞ? 作戦を悉く私達に妨害された。

 だが、ワルプルギスの夜を呼んだのは正直愚手だと思う。

 成果を焦りすぎた…と、そんな印象さえ覚えるぞ?

 急いては事を仕損じる…イヴの孵化を焦りすぎだ…」

 

あぁもう…本当に子供だな…全く癇癪を起すのがな。

冷静さが無い…最悪の場合を想定できてない。

出来ない可能性を考慮してない。

 

正しいと感じた事を全く疑ってない。

優秀な参謀が居ればまだ可能性はあるが

そんな参謀が居ないからな…はぁ、盲目な夢物語は厄介だな。

 

「もう遅いよ? 既にこちらの作戦は達成できてるんだからね。

 あなたが要らない可能性に気を取られちゃったせいだよー?

 イブが環いろはの妹-? そんなあり得ない可能性で

 最大のチャンスを逃すなんて、人の事言えないよねー」

「はぁ!? あ、あれがいろはちゃんの妹!? 何を言ってるのさ!」

「可能性だ…可能性……話を聞いて、そんな気がした。

 所詮は可能性だし…そう、ハッキリとした証拠があるわけじゃ無い。

 そんな下らない可能性に気を取られたと……」

 

確かに返す言葉も無かった…本気を出していれば、それで終わってた。

最大の一撃をイヴに叩き込んでいれば…それで終りだった。

だが、出来なかった…そんな可能性を考慮したから…出来なかった。

 

選択を先延ばしにしてしまった…確かに責められるべき行動だ。

浅はかだった…非情になれば良かった…失敗した。

 

「責められるべき選択だ…非情になれば…それで終わってた。

 一手…差し損ねた…」

「……」

「すまない、私が馬鹿だった…」

「いえ、梨里奈さんが気にする必要はありません。

 私の事を気に掛けてくれただけですよね? 大丈夫です…」

「だから、今度こそ…! 私の速度なら…まだ間に合う」

 

倒しきれるだろう…私の全力であれば

身体能力の限界突破を最大限に用いれば

この距離だろうとあの3人が反応するよりも早く叩ける。

 

「梨里奈さん…わ、私が…私が叩きます」

「いろは…? だ、だが…いや、所詮は可能性だ…

 あれがいろはの妹だと言う証拠はない…

 そう、違う…筈だから…」

「…私がやりたいんです…梨里奈さん」

「……わ、分かった」

 

いろはの目付きからは決意のような物が見えた。

私の言葉を疑ってるわけじゃない…可能性も分かってる。

それでも…彼女は自分がイヴを倒すことを望むのか。

 

……なら、止めるべきではない。

私がやるべきではないのかも知れない…

なら、私はいろはの道を作り出せば良い。

 

「…いろはに任せよう。マギウスの3人に伝える。

 私達はお前達の足止めをさせて貰う…」

「ボベーミャン! ニャッニョミャエミャネ!」

「使い魔…か、イヴ…の」

 

……あぁ、何だろう…いやな…声に聞えた。

いやな言葉に聞えた、いやな言葉に…聞える。

…き、気のせいか…気のせいだと良いんだが…

クソ、変な事を考えてるからだ…だから、聞き間違えてる。

きっとそうだ…そうであって欲しい…

 

「……使い魔も何とかしよう…いろは」

「はい、イヴは私に任せてください」

「……分かった」

 

やるしかないだろう…これが杞憂であって欲しい。

私の勘違いであって欲しい…

無駄に想像力が豊かなのも考え物だな…



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選択を

大量の使い魔とマギウスの3人。

まだ懸念は拭えないし、いやな可能性は…

絶対にあり得ないと、否定も出来ない。

 

だが、動かないわけには行かない。

いろはにもこの可能性は伝えた。

それでも彼女は倒そうとしてるんだ…

私より辛い筈の彼女が動いてるんだ。

私も何もしないわけには行かない。

 

「数は多いが…道さえ作ればそれで良い」

「おぉ、あの人、1人で大暴れだね。異常に強くない?」

「あなた、仙波さんと出会って無いの?」

「あはは、マミさん助ける為に合流したときだけですからね。

 あの時はあの人、すぐに離脱しちゃったから」

 

そう言えば、あの青髪の少女、名前を聞いてなかったな。

後はあの赤髪の子も名前を聞いてなかった。

 

「実を言うと、あたしもあいつの事は知らねーんだよな」

「梨里奈さんだよ、凄く強いの」

「うん、頼りになるよ」

「彼女が強いのは見てれば分かると思うわ。

 自己紹介も重要だけど、今は目の前の問題を片付けましょう。

 まずはあのイブを止めないと」

「あいつ1人で、全部片付けちまいそうだが

 指を咥えて待つってのも性に合わないし、援護するか」

 

しかしだ…数が多いな、妙に多い。心なしかいろはを狙ってる気がする。

使い魔達の目的はいろは…そんな気さえする。

何故いろはを狙う? ……狙う必要は…無い筈だ。

 

「本当、数が多いな…レナ達は大丈夫か?」

「何とかね、連戦は勘弁して欲しいけど」

「ふゆぅ、が、頑張るよ…」

「…この後が控えてると思うと…気が重いわね」

「なら、全員休んでてくれ。一気に終わらせる」

「でも梨里奈! あなた1人に負担を掛けるわけには!」

「こんな事態になったのも、私が原因です。

 いろは! 伏せててくれ」

「は、はい」

「そこ!」

 

いろはが伏せたタイミングで武器を伸ばし、一気になぎ払った。

伸縮自在の刃というのは、こう言った場面では強烈だな。

私が一振りするだけで、周囲の使い魔達は真っ二つだ。

 

「うぉ! あの武器、あんなに伸びるのかよ!」

「殲滅特化ね」

「いろは!」

「はい! 今のうちに!」

「アリナ達がそれを許すとでも?」

「残念だけど、あなた達に邪魔はさせないよ!」

「く! 引寄せられる!」

 

アリナ達がいろはを攻撃しようとした瞬間

彼女達は私達の方に引寄せられた。

 

「うぅ! 千花七美、邪魔しないでよ!」

「邪魔するよ、今の私はあなたの仲間じゃないんだから」

「不味いね…僕達とあの子は相性悪いよ…」

「そうだろうね、糸を斬る武器が無いと、私の糸は斬れない。

 力尽くで引き千切っても良いけど、そんな怪力がある?」

「もう! 全員邪魔ばかりして!」

 

七美の糸を切る手段がないマギウスの3人は

私達の元に引寄せられ、動けない状態になった。

 

「動けないなら、あっさり倒せちゃいそうだね」

「抵抗はしないでください…」

「でも…環いろは1人で大丈夫なのかにゃー?」

「あぁ、あたしもなんでいろはちゃん1人に任せてるのか…」

「……所詮は可能性だけど、梨里奈がいやな可能性に気付いたの」

「どう言う事だ?」

「あの魔女が…」

 

私が気付いた可能性をやちよさんが伝えようとしたとき

いろはの悲鳴が聞えた。

 

「いろは!」

 

いろはがイヴに拘束されてる…だが、捕まってるだけ。

イヴは何もしてない…ただ、いろはを見ているだけだった。

何故…すぐに攻撃しないんだろうか…? あぁ、分かってる。

分かってる筈だ…だって、その可能性に気付いたのは私だ。

 

使い魔が発していた、謎の鳴き声も…きっと正しいんだろう。

私が聞えてしまった発言で…

 

「うわ、何!?」

 

いろはが拘束され、助けようと動いたとき。

いろはから激しい光りが放たれ、いろはが逃げ出した。

何が起ったんだ? 分からないが。

 

「……やっぱり、そんな事って…」

 

イヴから解放されたいろはがゆっくりと下がる。

手元には桜の木の枝が握られていた。

既に咲いていたのか分からないが…その桜の枝は

不自然な程に綺麗に全ての花が咲いていた。

 

「いろは…?」

「……」

 

いろはが涙を流してる…そうだ…当然だった。

あのイヴの正体が…まさか、そんな…

私にはまだ確信があるわけじゃ無い…だが、いろはには

いろはには、確信してしまった…そう言う事だろう。

 

「……」

 

どうする…どうする? どうするべきだ…このまま見るだけか?

…いろはに押付けるだけか? 自分で決めず、誰かに。

……わ、私なら…私ならイヴを…きっと、倒せるはずだ。

少なくとも、今、拘束されてる状態なら…倒せるはずだ。

 

「い、いろは…ま、任せてくれ…私が…」

「梨里奈さん…」

 

いろはの目からは迷いが見えた、とても激しい迷いだ。

…葛藤してるんだろう。相手は自分の妹。

 

「梨里奈さんの…懸念通りでした…」

「梨里奈の? どう言う事? いろは」

「この桜の木…万年桜の枝なんです…

 私の記憶では私、灯火ちゃん、ねむちゃん、そしてうい。

 この4人が揃ったときに咲く…そんなうわさなんです」

「……あり得ない、環いろはを守るだけじゃなくて満開になるなんて」

「万年桜は運命の時を待って満開にはなれずにいる。

 それが万年桜のうわさに関する僕が創造した内容だよ

 4人にまつわる話は微塵も記載した覚えは無い」

「……なら、きっと私の懸念通り…なんじゃないか?

 いろはの記憶が正しくて…イヴはお前らの知り合い。

 その条件が揃わないと、こんな都合の良い話は出来ない。

 

 物語で言えば、あまりにもご都合展開過ぎるだろう?

 魔法少女を助ける可能性がある存在と

 その存在を制御出来る可能性がある3人の魔法少女が

 偶然に出会い、制御し、魔法少女を救おうと動くだなんてな」

 

それよりも現実的なのは…この4人が知り合いだと言う事だ。

 

「クソ、勘が鋭いのも考え物だ……」

 

私が気付かなかったら…いろはが葛藤することも無かったかも知れない。

妹とは出会えなくなるが、それでも辛い思いはしなかったかも知れない。

妹の思い出が全部勘違いで、その記憶が誤りで…無駄足を踏んだけど

ここで過ごした毎日は、本当に楽しかった…そんな終りだったかも知れない。

 

だが、私が気付いてしまった…そのせいで、この終りは消え去った。

自分の記憶は正しくて…目の前の怪物がその妹で

最終的にその妹を倒さないと駄目だなんて…

あぁ、私が気付かずにあの場で…イヴを倒せていれば…それで…

 

「私が悪いんだ…」

「……」

「何故、環いろはの事をそこまで信用するんだい?」

「仲間だからだ…では私も問う。

 何故、お前達は自分の記憶を信用するんだ?

 違和感や不自然な点が多々ある矛盾した記憶を…信用する?」

「自分の記憶を疑えと言う方が無理があるよ」

「あぁ、だろうな。だが、今、目の前で出来た状況は?

 本来記載してないはずのあり得ない状況。

 それが起ってる…記憶に自信が無いなら…

 今、現実で起った事象を信じるしか無いだろう…

 記憶が正しいとすれば…この矛盾は消える…そうだろ」

 

いろはの記憶が正しければ、この状況は当然なんだから。

いろは、ねむ、灯火…そして、うい…その4人が揃ってる。

本来記載されてすら無い満開の条件。

 

だが、いろはの記憶には満開になる条件が存在して

…そして今、目の前で起った事象はこの条件が整ってる。

あのイヴが…いろはの妹であるとすれば…だが。

 

「だがまぁ、もしこの記憶が正しいのだとすれば…

 お前達は酷な現実を目の当たりにすると言うことだ。

 いろはも…お前達マギウスも…」

 

何故なら、あのイヴという化け物がいろはの妹であるなら

イヴはいろはの為に…あんな姿になったと言う事になるんだ。

所詮、これも可能性だが…1番近い可能性と言える。

 

いろはの記憶が正しいのであれば、マギウスの2人といろはの仲は良い。

彼女達は勘も良いし、色々な情報を知ってる様だ。

そこから、魔法少女の秘密に行き着き、仲の良いいろはが

そんな悲惨な運命に縛られていると気付き…何とかしようとした。

 

その結果、いろはの為に3人は魔法少女となり

何かの拍子で妹である、ういが豹変してしまう。

深い絶望を味わったのか…? いや、どうだろうな。

 

あるとすれば、そんな方法をしたけど救えなかったという結果だった。

だが、失敗したからと言ってあっさり折れるだろうか?

 

あのいろはの妹だ…いろは並に根性が据わってる可能性もある。

1度失敗しただけで諦めるとは思えない…

なら、魔法少女を救うための条件? もしイヴの穢れを吸う行動が

半魔女としての特性では無く、魔法少女の特性だったとすれば?

 

いや、可能性でしか無いか。半魔女の特性かも知れないし

魔法少女の魔法による特性かも知れない…断定は出来ない。

だが、可能性があるが…後者の可能性が正しいのであれば…

うーむ、いや違うか? 穢れを吸うだけで良いなら

何も3人が同時に魔法少女になる必要は無いだろう…

 

「……質問したいことも多いし、聞きたいことも多い。

 だが…あまり長い話をする余裕が無い。

 マギウス、イヴを止めろ。イヴを制御するつもりなら

 何かしらの仕掛けくらい用意してるんだろう?

 

 今までの話しや可能性を聞けば、

 この行為が危険な事くらい分かるだろう?

 お前達は最悪の場合、善意から生じた行動が転じ

 悪意のみに染まりかけている。

 

 そもそも、お前らが最初から今の様な黒であれば

 いろはやその妹が親しいはずが無いんだよ…実際は違うんだろう?

 重要な事を忘れている。お前らを救ってくれた親友だ。

 天才は愚かな存在だ。1人で何でも出来ると自惚れてる奴らばかりだ。

 

 だが、そんな天才を救うのはきっと、親しい凡才だろう。

 お前らはそんな親友を失った結果、破壊の道を歩んだ。

 これ以上進めば引き返せなくなる。イヴを止めろ。

 私達がイヴを倒そうと、今のお前達が親友を取り戻せない限り

 この戦いは終わらない…今、分かった」

「そんなくだらない言葉に耳を貸すと思うのかな?」

 

ここまで伝えても、やはり考え直さないんだな。

自分が正しいと思い込めば、こうなるだろう。

最も、私も似たような状況なんだろうがな。

 

私もこの可能性を信じてなければ…既に全ては終わってる。

こんな下らない押し問答を繰り返すことも無い筈だ。

だが、私は自分の意見を譲ろうとしない。似たような物だろう。

 

「……なら」

 

あのイヴを…どうにかして元に戻す方法を探すしか無い。

いろはの妹を元に戻す方法を探すしか無い。

いくら何でも、目の前に証拠となる少女が現われれば…

 

あの分からず屋な2人だって理解できるはずだ。

問題は、どうやってあの化け物を元に戻すか…

だが、それよりも今、私が尊重すべき事は…

 

「……いろは」

「は、はい…」

「お前は、可能性に賭ける覚悟は…あるか?」

「え?」

「あの3人が実は優しいという可能性に

 自分の記憶が正しいという可能性に。

 あの化け物のなり損ないがお前の妹であると言う可能性に。

 そして、化け物になりかけてる妹を…救えるという可能性に」

「……助ける事が…出来るんですか?」

「いや、保証は無い。どうすれば良いかも分からない。

 手段も分からないし、何処を叩けば良いのかも分からない。

 弱らせれば良いのか、何処かを壊せば良いのか

 何か別の要素を注ぎ込めば良いのか。

 

 完全な魔女にすれば良いのかさえ、分からない。

 そうだな、確率で言えば限り無く0に近い…

 1時間後と余命宣告を受けた人が助かるくらいかもな」

「……」

「そんな途方も無い可能性に…賭けるか?」

「……私は」

 

いろはがどうするか…彼女が賭けると言うのなら私も賭けよう。

その途方も無い可能性に…諦めないのなら一緒に挑もう。

そんな荒唐無稽な挑戦に…最も、魔法少女なんて存在自体

何処までも荒唐無稽な存在と言えるんだがな。

 

「回りくどい! もう変な事言わないでよあなた!」

「動揺してるな…何を焦ってる? むしろ好都合だろう?

 私達がイヴへ攻撃してない、今この状況は」

「この!」

 

マギウス達の攻撃をやちよさん達が防いでくれた。

 

「いろは! 私達はあなたの選択に従う事にするわ!」

「私も一緒に…どんな選択でも付いていきます」

「だね、私も色々と引っ掛かるけど、いろはちゃんに任せるよ!」

「なんか難しい事話してたけど、俺は何処にでも付いてくぞ!」

「はい、いろはさんと一緒なら、私達はどんな無茶にだって挑みます!」

「どうする? 環君」

 

みかづき荘の全員は私の話を聞いて、

いろはに委ねると決めたみたいだった。

 

「本当無茶苦茶な話であたしはいまいちついて行けてないけど

 ここまで来たんだ、どんな選択でも一緒に行くよ! いろはちゃん!」

「全く、本当にどうしてこんな面倒な事をするのか疑問だけど

 まぁ、ももこがやるって言うなら、レナもやってやるわ」

「レナちゃん、素直にいろはちゃんの為って言えば良いのに」

「うっさい!」

「私達も手伝うよ、いろはちゃん! 大丈夫だよ! 絶対に助けられる!

 うわさに操られてたって言うマミさんだって助ける事が出来たんだもん

 皆で一緒に戦えば、きっと助ける事だって出来るよ!」

「まどかの言う通りだよ! 一緒に挑めば大丈夫!

 可能性だとか、そう言うのはちょっとよく分からないけど

 頑張れば必ず道は開けるとあたしは思ってるしね!」

「正直、なんだって面倒な事をするのか分かんないけどさー

 まぁ、ここまで来たんだ、折角だし付き合ってやるよ」

「はい、必ずいろはさんの妹さんを助け出して

 ワルプルギスの夜を倒しましょうね!」

「大丈夫よ、あなたは独りぼっちじゃ無いわ!」

 

いろはがまだ何も行ってない状況でも、既に選択が決まってそうだな。

いろはがどっちを選んでも、結果は変わりそうに無い。

 

「わ、私は…私は例え途方も無い可能性だったとしても

 私は…私はういを、ういを助けたいです!」

「よし!」

 

当然、いろはが選んだのは、妹を助け出すという僅かな可能性。

本当に荒唐無稽で、確実な道筋がある訳では無い危険な選択。

だが、彼女はそっちを選んだ。ふぅ、失敗したらどうするか…

私が原因だからな…必ず、方法を見つけ出す。

 

「これは、私も一緒に頑張らないと駄目そうだね。

 私、病弱なんだけどなぁ-、休みたいんだけどなぁ-」

「…七美、すまないな、付き合わせて。一緒に戦ってくれ」

「にひ! そうそう! その言葉が聞きたかった!

 私、頑張るよ…ようやく、一緒に戦える。

 ……今までごめんね、梨里奈ちゃん…

 そして、ありがとう…こんな私を助けてくれて」

「そう言う話は後で聞こう。今は目の前だからな。

 何とかしていろはの妹を助け出す。

 弥栄、久実…お前達はどうする?」

「お姉ちゃんがやるなら、私もやるよ」

「うん、頑張る」

 

戦力は十分だな…これだけ居れば大丈夫だ!



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大きな賭

イヴに変化しかけてるいろはの妹を助けて

ついでにマギウスの連中を助けて

ついでにワルプルギスの夜も退ける…

 

あぁ、何と言うか、ついでの難易度が高すぎるな。

戦力をあまり消耗するわけにはいかない。

そして、あのイヴをこの場から逃すわけにはいかない。

 

「ヤバい! イヴが動き出しそうだ!」

「拘束具が! 急いで!」

「いかせないよ、ここで決着を着けよう!」

 

イヴが飛び出そうとした瞬間、七美の糸がイヴを繋ぐ。

七美は全ての糸を利用し、イヴを地面と繋いだ。

だが、あまり長い時間は拘束出来ないだろう。

 

七美の糸は強力だが、私限界突破で引きちぎれる程度。

そこまで強力な拘束は叶わないと思う。

あまり時間も無い、なんとか地面に固定しなくてはならない!

 

「私も援護するわ!」

 

七美の糸と、マミのリボンの2つでイヴを拘束する。

マミのリボンが追加されたとしても、あまり持たないだろう。

この場で動けないように、なんとか固定するには

あの羽根を切断するしか無いだろう。

その切断が可能なのは恐らく私くらいだが使い魔の数が多い。

最初よりも増えてるし、上空も殆ど制圧されている。

 

「チィ! あの羽根を!」

「させるわけ無い!」

「くぅ!」

 

灯火! あいつの魔法をもろに受けるのは不味い!

 

「あなたの言葉は確かに興味深いヨネ

 でも、そんなクレイジーな言葉を受入れる理由は無いヨネ?」

「私の言葉が正しいかどうかを証明してやるために努力してるんだ。

 邪魔をするな!」

「なら、超えれば良い。でも、越えようとしないね?

 君の実力なら、この使い魔を全部退ける事は出来るし

 僕達を突破することも可能だろうね。だけど、してない」

「理由は簡単に想像出来るよー? ワルプルギスの夜でしょ?

 あなたの魔法は強力だけど、反動がデカいんだってね-?

 この場面で無理矢理突破なんてしちゃったら…ね?」

「……」

 

そうだ、私なら強制的に退ける事は出来る。

だが、この数の使い魔とマギウスの3人…強行突破をしてしまえば

この後に控えてるワルプルギスの夜で息切れしてしまう。

 

温存した状態で私が1人で突破をしようとすれば

使い魔に手間取ってる間にマギウスに攻撃される。

その攻撃に対処してる間に使い魔に攻撃される可能性もある。

 

「私達に任せて! 援護するよ!」

「まどか」

「えぇ、私達が使い魔とマギウスの相手を請け負うわ!

 あなたはいろはを護りながらイヴの所へ連れて行って!」

「でも、まだ弱点さえ分かってません!」

「その点は安心して、胸にある宝石、あそこが弱点です!」

「え!? どう言う!」

「みふゆ!」

 

そうか、そこが弱点なら…そこを叩くことで何かしらの影響がある。

あの魔女が半魔女だとすれば、その宝石は言わば魔法少女のソウルジェム

そう言うのに当たる可能性もあるのかも知れない。

そこがソウルジェムなのだとすれば、魂はそこにあるのでは?

 

「なら、そこを!」

「不味い…梨里奈ちゃん! 拘束がもう限界だよ!」

「は、羽根を広げようと…うぅ、だ、駄目…」

「いろは! 急ぐぞ!」

「は、はい!」

 

急いでいろはの腕を掴んで、使い魔を突っ切る。

この場から逃がしたら不味い! 街が崩壊する!

あれほど巨大な化け物…ここで止めるしか無い!

 

「ボベーミャン!」

「邪魔はさえない!」

 

私を…いや、正確にはいろはなのかも知れない。

彼女を狙い近付いてくる使い魔達を仲間達が迎撃してくれた。

このままの勢いで近付けば、勝算はある!

 

「させないって、言ったよね!」

「邪魔はさせないって言ったわよね?」

「うん! ここは任せて!」

「くぅ! あなた達!」

「絶対に邪魔はさせねぇぞ!」

「はい、行かせません!」

「邪魔なんですケド!?」

 

マギウスの3人をやちよさん達が足止めしてくれた。

この間に一気に距離を縮め、イヴに接近する。

 

「だ、だめ…もう! あぁ!」

「不味い!」

 

あと少しの所で七美とマミに拘束が解けてしまった。

このままだと飛び立たれてしまう! それだけは避けないと!

 

「うぅ! 何この風!」

「くぅ!」

 

イヴが羽根を広げた勢いだけで、とんでもない突風!

飛ばすわけには行かない…ここで止め無いと…!

 

「うぅ!」

「な、黒羽根!?」

 

イヴが飛び立つ前に黒羽根達がイヴの動きを僅かに止めてくれた。

更には植物が地上から伸び、イヴを拘束する。

 

「あ、あまり持たないかも!」

「一瞬だが、チャンスは出来た! 十分だ!

 いろは! 捕まってろ!」

「は、はい!」

 

いろはを背負い、一気にイヴの頭上まで飛び上がる。

そして、巨大な武器を召喚して、イヴを串刺しにする。

 

「な、何をしてるんですか梨里奈さん!」

「ここで逃がす訳にはいかないんだ…悪いとは思うが

 恐らく、宝石を避ければういに怪我は無い筈だ。

 これで拘束すれば、少しの間は時間は稼げる!」

「で、でも…ういに怪我があったら…」

「その時は謝罪する…だが、こいつを飛び立たせるわけには行かないんだ」

「…そう、ですね」

 

いろはには悪いが、こいつを街に移動させるわけには行かない。

イヴの視線の先から見ても、イヴは街に飛び立つからな。

ちょっとでもこいつを飛び立たせてしまったら、それで終わる!

 

「よし、いろは」

「は、はい」

 

地上に無理矢理押付けた事でイヴの宝石が射程内に入る。

いろはがその宝石に駆寄った。

 

「うい!」

 

宝石には1人の少女の姿があった。魔法少女の様に見える。

彼女がいろはの妹か。宝石に融合してたとはな。

 

「うい! うい!」

 

いろはが宝石を何度も何度も叩き、必死にういに呼びかける。

だが、反応が無い。宝石を壊さないと不味いのか?

 

「止めてよ!」

「灯火…あの宝石と一体化してる少女に見覚えは無いか?」

「ある訳無いよ!」

「そうか」

 

まだ、駄目だと言う事か。何とかして助け出さないと不味いか。

 

「攻撃するしか無い…ごめんね、うい!」

「止めなさい!」

「させるか!」

 

灯火の行動を私は止める、その間にいろはが宝石を撃った。

同時にイヴの宝石を中心に広がっていくのが見えた。

効果がある、それはこれで分かった。

 

「少しヒビが入りました!」

「手が届くか!?」

「だ、だめ、です!」

「この、もう止めなさいよ! どうしてそこまでするの!?」

 

激しい衝撃の後、イヴに大量の穢れが集まり始める。

不味い! このままだと不味い! いろはと灯火が!

 

「いろは! 灯火!」

「梨里奈さん!? どうし、きゃぁ!」

「下がるぞ! うくぅ!」

 

周囲が…森が一斉に燃え始めた、不味い…衝撃が。

 

「梨里奈さん、梨里奈さん!」

「……だ、大丈夫だ」

 

し、死にそうだ…意識が吹き飛んでしまいそうだ。

とんでもない破壊力だった…

 

「ちょ、ちょっとあなた…なんで私も庇ってるの!」

「し、死なれたら…困るからな…」

 

動けるか? まだ、意識がある…なら、私は動ける。

距離があったとは言え、問題はやちよさん達だ。

あの爆発に巻き込まれたんだ…ダメージは免れない。

このまま長期戦になったら、私達はワルプルギスの夜を叩けない。

倒す方法はいくつかあるが、確実なのは…私が宝石を壊すこと。

 

私の攻撃力なら、あの宝石は容易に砕ける。

大打撃を受けたから、私が拘束に用いた武器も消えている。

このままだとイヴが飛び立つ…迷えば仕損じる。

 

「……だが」

 

私も見えた、イヴの宝石に映る少女。

彼女がういである事はいろはの反応から間違いない。

今まで可能性でしか無かった部分が1つ確信へと変わった。

…問題は、イヴを助ける方法だ…その方法が分からない。

 

どうする? イヴを倒せるのは恐らく、今、この瞬間くらいだろう。

飛び立つと追いつくまで時間が掛る…いや、覚悟を決めろ。

 

「いろは…あの宝石に居るのが、ういだよな?」

「は、はい…」

「…助けられると思うか? 今なら、救える自信があるか…?」

「……はい、助けられるって思ってます!」

「……なら、私はその思いに賭ける。やってこい、いろは。

 失敗したら…私が何とか被害を抑える。

 1度しか無いチャンスだ…失敗したら、妹は諦めてくれ」

「……梨里奈さん…」

「…だから、必ず成功させろ…いろは」

「……はい、必ず成功させます!」

「行くぞ、ちゃんと着地しろよ!」

「は、はい!」

 

私はいろはを掴み、既に起き上がったイヴの元に投げた。

 

「邪魔しないでくれる!? 梨里奈!」

「そう焦るな…最後のチャンスだ。

 お前達が正しいか私達が正しいか、その証明だ」

 

いろはがイヴの宝石に飛びついてすぐ、状況が変わった。

私にはよく分からなかったが、唐突に灯火の表情が変わる。

 

「梨里奈…私を離して!」

「まだ…邪魔をするのか?」

「違うよ! お姉様を助けるの!」

「お姉様…いろはのことか?」

「うん! だから、離して!」

 

全部思い出したのか? なら、拘束は不要だろう。

元々、私はもうあまり動けないしな。

 

「ありがとう、梨里奈」

「…思い出したなら、良かった…策があるなら頼むぞ。

 私は、少し動けそうに無い」

「大丈夫だよ、任せて! ねむ! 大丈夫!?」

「あぁ、僕とアリナは平気だよ…」

「なら、力を貸して!」

「うん、分かった」

「……結局、梨里奈が全部正しかったみたいで驚いた。

 まぁ、アリナも力を貸すよ」

 

マギウスの3人が全てを思い出してくれて助かった。

彼女達はいろはと協力して、イヴへの攻撃を始める。

イヴが抜け出さないように、アリナが結界を張ったせいで

外に居た私は何も見えなかったが…結界の中から出て来た人影が

1人、増えていた、私が知るべきはそれだけで良い。



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抵抗

結果として、いろはとマギウスは大事な友人と妹を救えた。

だが、ひとまず救えただけでしか無い。

いろは達が妹との再会を楽しんでる間に私は動く。

 

「梨里奈、成功したのよね?」

「はい、イヴの正体はういでした。

 そして、救う事が出来た。でも、これからです」

「えぇ、ワルプルギスの夜を止めないとね。

 それと梨里奈…怪我、大丈夫?」

「大丈夫ですよ、この通り動けます」

「そう、なら良かったわ」

「やちよさん、いろは達は任せます。

 私達はワルプルギスの夜を迎撃しに行きます」

「無理しないで」

「無理はしてませんよ、これ位なら私の魔法で」

「…ん」

 

私が自分の傷を治そうとしたとき、弥栄が私に触れた。

すると結構な速度で私の傷が癒える。

 

「弥栄…お前、回復の魔法だったのか?」

「正確には蘇生だけど、傷も治せる」

「それはまた便利だな。蘇生というのは凄まじい」

「ふん、一応協力はするから…」

「私も頑張る! 梨里奈姉ちゃん!」

「スルーしてたけど、梨里奈ちゃんの事

 お姉ちゃんって言うようになったんだね、久実。

 ふふ、良かったね-」

 

久実がちょっと恥ずかしそうにしながら笑う。

 

「よし、じゃあ急ごう! これ以上近付く前に!」

「あぁ、急いで迎撃に行こう。まどか達は大丈夫か?」

「はい、全然平気です!」

「えぇ、まだ動けるわ」

「よし、急ごう!」

「梨里奈、話を聞いても良い?」

 

私達がワルプルギスの夜を追いかけようとすると、アリナが来た。

 

「なんだ? 時間が無いんだ…」

「あなた1人だけで良い」

「…そうか、じゃあ皆はワルプルギスの夜へ。

 何を聞きたいか知らないけど、一応聞いておきたい」

「うん、分かったよ」

「すぐ行くからな」

 

他の皆に先に言って欲しいと伝え、アリナの話を聞くことにした。

 

「梨里奈、アリナはこの世界をバーニングさせて暖めたいと思う。

 アリナはそれこそ、人類が望むパーフェクトなアートだと思うワケ」

「…人は滅びを望むと言いたいのか? アリナ」

「オフコース、あなたはどう思う? 梨里奈」

「……そうだな、人は結局は滅びを望んでるとは思うぞ?

 戦争は終わらないし、滅びを望んでいるとは思う」

「なら、あなたもアリナと一緒に世界をバーニングさせてみない?」

「恐い事を言うな、アリナ。だが、残念だがそれは嫌だな。

 今までの人類の歴史から考えても分かるだろう?

 

 人は結局、無い物を欲してるだけだ。お前が言うバーニングか?

 それが当たり前になれば、人はそれを望まない。

 完璧が当たり前になれば、人は不完全を求めるだろう。

 

 幸福が当たり前になれば、人は何処かで不幸を望む。

 人類が理想とする完璧なんて、歴史や時代で変わる。

 いつまでも完璧なんてアートなんて存在しないんだよ」

 

歴史を紐解いても分かる事だ。人は無い物を欲する。

人は何処までも強欲な存在なのだろう。

いつまでも満足することが無い、貪欲すぎる生き物。

いや、生物はみなそうなのかも知れない。

 

私には分からないがな、私達以外の存在が強欲なのかどうか。

どう足掻いても、それは押しつけでしか無い。

獣と意思疎通することが出来るのであれば、話は別だがな。

 

「だから、簡単なのは感動を与えることだと思う。

 感動なんて物は、簡単には得る事が出来ない感情だ。

 幸せな感情だ。少しでも多くの心を動かし、

 喜びを得たいのならな、感動を与え続ければ良い。

 

 破壊された世界では、誰も感動何て覚えないのだから。

 アートを楽しめるのは、余裕がある人間だけだ」

「…全てをデストロイした後の世界は誰も興味を無いと?」

「誰でも興味はあるだろう。だが、辿り着くべきでは無い」

「私が与えるべきなのはなんだと思う?」

「感動だ、アーティストが届けるべきは感動だと私は思う。

 余裕ある人間に届け、その心を大きく動かすような

 そんな感動を与える事が出来る作品だ。

 

 とてもとても難しい事だろう。平和しか知らない人に

 不幸を知らせるなんて途方も無い難易度だろう。

 どんな言葉を選ぼうと、それは戯れ言と言う人も多いだろう。

 

 自分の意図を知らない人間が、下らないなどと言うだろう。

 だが、それでもそんな人の心を大きく動かす。

 そんな最高の作品を届けるべきだと私は思う。

 とは言え、所詮私の意見でしか無い」

「……アリナの質問に堂々と答えたのは

 あなたが初めてだよ、梨里奈」

「お前に近寄る奴はきっとお前に憧れてるからな。

 質問に対して、1歩引いて答えるのは当然だろうな。

 お前の意見を面と向ってハッキリと否定するのも難しいかもな」

 

当然、有名人に対して何かを言うのであれば1歩引くよな。

憧れた人に対してであれば、当然だろう。

本気で喧嘩をする仲間は居ないのかも知れない。

 

彼女の意見に完全に相反する人は否定するだけだろうしな。

私もそうだった…少なくとも、あの時までは。

 

「少なくとも私は、この世界を滅ぼそうとは思わないぞ。

 それは無意味だと知ってる」

「あなたは恵まれた環境じゃ無いと思うケド?」

「私は恵まれてるよ、友人も居て家族も居る。

 生きていくことは出来るし、まだ自分を捨てたわけでも無い。

 金は全くと言って良い位無いが、生きてるんだ、それだけで良い」

「あなたの事を知らないと思う? 知ってるよ?

 あなたは親に全部押付けられてるんだヨネ?

 そう言うのをデリートしたいとは思わないワケ?」

「私は何でも出来てしまうから、色々な憧れを背負わされた。

 両親の夢だって背負わされ、同級生の憧れを背負った。

 

 そして、一時は道化となり、親友に救われたが

 その親友さえ、私は同級生に奪われた。

 だが、今は無事に生きている。恵まれてるよ」

 

私は恵まれている。平和に過せている。

魔女と戦い、死ぬかも知れないと言う危険性を背負っては居るが

それだけだ、私には抗う手段がある。それだけで十分だ。

 

「…世界をデストロイするつもりは無いと」

「そうだ、それを芸術とも思わないし、そんな芸術は無意味だと思う

 勿論、そんな破壊を求める人も居るだろう。

 だが、必ずその先に再生を求める。そんな物だ」

「ふーん、あっそ」

 

アリナが少しだけガッカリしたような表情を見せた。

 

「アリナ、皮膜を消して欲しいの、このままだとイヴが」

「……」

「アリナ?」

「……」

 

アリナが何かを考えてる。何かを決めようとしている。

後ろ髪を引かれてるような、そんな雰囲気を感じる。

 

「……分かった、さようなら、アリナのベストアート」

 

アリナが手を掲げると、イヴの姿が少しずつ崩れ始めた。

そのままイヴは形を崩壊していく…が、まだ

 

「あ、アリナ…皮膜、消したんだよね?」

「け、消した筈だケド」

「まだ動きそうだな……クソ、ワルプルギスの夜も控えてるんだぞ?

 いい加減に消えてくれ!」

「う、ういを見てる…取り返そうとしてるの?

 駄目だよ、絶対に…折角4人に戻れたんだから!」

「来るぞ…このままだと神浜が不味い」

「崩壊する前待っても、神浜が」

「…方法は1つある」

「え?」

「私があれをバラバラに引き裂く」

「そんな事出来るんですか!?」

「あぁ、やって見せる」

「でも…」

「梨里奈、止めた方が良いわ。

 あなたの魔法は体の負担が酷すぎる。

 そんな事をすれば、あなたは五体満足では居られないわ!」

「……大丈夫だ、死ぬわけでは無いさ」

 

動けなくなっても…私は私なんだから。

 

「駄目だって梨里奈! 死ぬよ!? 分かってるの!?

 今までだって、散々無茶してきたじゃん! その度に酷かった!

 イヴを倒すくらいに強化しちゃったら、最悪死ぬよ!

 体の負荷が大きすぎて、最悪心臓が破裂するかも知れないよ!?」

「恐いな、それは…心臓が吹き飛ばない様に強化しないと不味そうだ。

 だが、心臓の限界も突破すればそれで大丈夫そうだがな」

「止めろよ姉ちゃん!」

「ほ、他に方法があるかも知れません!」

 

他に方法か…そんなのがあるのか?

 

「もきゅ!」

「え? 任せってて…もう出来る事なんて」

「モキュモキュウ!」

「あなたがういの代わりにイブになって助ける? どう言うこと?」

「そうか! イブはキュウべぇの機能を奪ったういから生まれた存在

 小さなキュウべぇはういを入れて活動してた存在。

 この2つの存在は同じ性質を合わせ持ってるんだよ!

 ういとキュウべぇのね」

「そんな事が出来るのか?」

「うん! それにキュウべぇは感情を持たない個体だから

 魔法少女にもならないし魔女にもならない」

「…それって灯火ちゃん、出来るって事だよね!?

 私達が最初に考えてたことが!」

「うん、出来るかも知れない」

 

そんな事が出来るのか? 私達の為に身を捨てようとしている

この子に感情がないと言うのは…本当なのか?

 

「でも、もきゅはどうなっちゃうの?」

「モキュ!」

「私達を…見守り続ける…そんな」

「モキュ!」

「もう空気とは呼ばせないって…」

「モキュモキュ! モッキュ!」

「なんだ? 私に近付いて」

「…投げてって、言ってます」

「……お前、後悔はしないか? もきゅだったか」

「モッキュ!」

「大丈夫…って、言ってます」

「……そうか、なら…頼むぞ!」

「モキュ!」

 

最後、もきゅが何を言ったのか、私には分からなかった。

だが、悪い言葉を言った訳では無いだろう。

全力で私はもきゅをイブに向けて投げる。

もきゅがイブに当ると同時に、イブの穢れが散らばった。

 

……今まで、全く姿を見て無かったが…

本当にキュウべぇとは思えない。

お前ともう少し位、思い出を作りたかったよ。



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ワルプルギスの夜

イヴは飛び散った…だが、まだワルプルギスの夜が居る。

結果として別れて、結構なタイムロスになった。

このまま私達だけ待機というわけには行かないだろう。

 

もきゅのお陰で私の肉体には大きなダメージは無い。

普通に動ける…ワルプルギスの夜を叩けるだけの体力はある。

とにかく私達は急いで、ワルプルギスの夜を止めないと行けない。

これ以上、神浜に近付く前に!

 

「私は急いでワルプルギスの夜の方へ向う。

 皆は後から来てくれ!」

「わ、分かりました!」

 

私の動きは速い。周囲の市街地を駆け抜ける。

ここで無理矢理魔力を使うわけにも行かないし

このタイミングでは魔力を消耗しては居ない。

 

身体強化魔法を使って移動してるわけじゃ無いから

全力で移動してるときよりも大分足は遅い。

だが、他の魔法少女よりは十分足は速いだろう。

これでも私はアスリートも目指してたからな、足は速い。

 

「アッハッハッハ!」

「聞えてきたな…」

 

ワルプルギスの夜に何発の攻撃が飛んでいるのが見えた。

善戦してるように見えるが…決定打を与えてるようには見えない。

 

「不味いかも…追い込まれちゃってる」

 

周囲の瓦礫が浮いてる。どうなってるか分からないが好都合だった。

周囲に飛び回ってる黒い魔法少女の様な影…十分だ。

 

「折角温存できたんだ…やらせて貰う!」

「え!? 梨里奈ちゃん!」

 

周囲の瓦礫や使い魔達を足場にして、私はワルプルギスの夜に向う。

ワルプルギスの夜は私に気が付き、攻撃を仕掛けてくる。

と言うか、ビルを投げ飛ばすだなんて冗談じゃ無いぞ!

 

「ちぃ!」

 

急いでビルに短刀を突き刺し、突き刺した短刀を利用して

何とか体勢を立て直し、飛んで来るビルの上へ乗ったは良いが

 

「石片!?」

 

クソ! あまりにも攻撃が苛烈!

あのデカいビルだけじゃ無く、他にも細かい石が飛んでくる!

 

「く!」

 

いくつもの攻撃を前に、流石にこれ以上は近付けない。

このままでは不味い! 浮遊してる相手というのは実に厄介だ!

 

「流石に正面からでは近付けないか…」

 

流石にこのままだと不味いと判断した以上

このまま真っ直ぐ走ることは不可能だろう。

一時的に地上に降りて、対策を考えないと不味い!

 

「いや、だが…」

 

僅かにだが、このビルの動きが落ちてきてるのに気付いた。

本当に最初と比べればでしか無く、気付けないほどだ。

だが、僅かに……僅かに動いてるのに気が付いた。

 

「まさか……」

 

誰がやってるのか分からないながらも可能性に気が付く。

これだけの事が出来る魔法少女……いや、魔法少女の魔法は多種多様。

だが、最も可能性が高いと感じたのは……七美と久実の魔法だった。

 

「あ、足場を……足場を維持させるんだ……そうすれば!」

「うぅうう! も、戻ってぇ!」

 

私の予想通りだった、久実と七美の表情が明らかに変化してる。

あの2人だ、あの2人の魔法でこのビルの動きを僅かに遅れさせてる。

あの2人が同時に魔法を最大限に扱う事で僅かに動きを緩められる。

恐らく、七美はいくつもの糸をビルに繋げ

更に久実の魔法でより一層、戻す力を強化してるんだ。

 

だから、七美の糸でも辛うじて動きを緩められてる。

なら、この千載一遇のチャンス、私が無下には出来ない。

限界突破だ、私が確実に大きな一撃を叩きだしてみせる!

 

「うおぉおお!」

 

身体能力と動体視力を同時に限界突破の魔法で強化する。

第六感も同時に強化し、周囲の動きを手に取るように把握するんだ!

 

「ここで退けない!」

 

いくつも飛んで来る石片を、召喚した2本の短刀で弾く。

七美達の時間稼ぎで、このビルの落下速度はかなり低下してる。

 

「時間を稼ぐなら手伝う!」

 

色々な魔法少女達がビルの動きを緩めてくれている。

何故彼女達は私達に手を貸してくれようとしてるのだろうか。

 

「ありがとう、でも、どうして?」

「もう、あの人に賭けるしか無いから。

 うわさには聞いてる……滅茶苦茶強い魔法少女。

 ここを守る為にも、協力するしか無いから!」

 

飛びかかってくる数多の使い魔達。

1度だけで無く、同時に何体も何体も厄介な。

だが、今の私なら避ける事が出来る、避けきることも出来る!

 

私が出来る、最大最高の能力!

無茶苦茶な限界突破だが、やるしかない!

出し惜しみは出来ないからな……チャンスを作らないと駄目だ。

私1人では、恐らく火力が足りないが……

私の全力を一撃でも叩き込めれば……きっと戦況は動く!

 

「退け!」

 

飛び込んでくる使い魔達を斬り裂き、同時に蹴り飛ばす。

複数同時に仕掛けてくるなら、こっちも複数同時に攻撃すれば良い。

私にはそれが出来る! 石片と使い魔達を同時に捌き、対処出来る!

 

「なん! うわ!」

 

ワルプルギスの夜が手をこちらに向けると同時に

ドス黒いエネルギーの様な物がこちらに飛んで来た。

不意に飛んで来た攻撃。念力によってビルを飛ばしたり

石片を飛ばすだけだと思ったが、やはり直接攻撃もあるか。

だが、あの攻撃は……まるで呪いの塊のように感じた。

 

それは、呪いによって生じた魔女の攻撃であれば当然だろう。

だが、この呪いは今まで戦ったどんな魔女よりも強く濃く感じた。

あのイヴが身に纏ってた数多の穢れ。

その穢れを1点集束させた攻撃のように感じた。

 

あの魔女、名が知れ渡ってると言うだけありまさしく圧倒的!

自分自身の身に宿る穢れさえ……自在に操れる魔女か!

 

「だが、怯む暇は無い!」

 

集束された呪いを避ける。強力な攻撃ではあるが

1点集束させたのが理由なのか、回避は容易だった。

1番助かったのは、操ってるビルが巨大だったと言う事だな。

このビルが小さければ、避けきれなかっただろう。

擦らせるように避ける今年か出来ないだろうが

 

距離を取って避けたこの瞬間でさえ感じた禍々しい気配。

あれを微かに避けるだけで避けていれば、

今の私では一気に動きが鈍くなっただろう。

 

「ち、良い連携だが遅い!」

 

避けて体勢が若干崩れた瞬間に使い魔達が3体同時に飛んで来る。

だが、使い魔達は私が即座に展開した短刀により串刺しになる。

あまりにも直進的だからな、対処は出来る。

 

「はぁ!」

 

再び体勢を立て直し、ビルの上を走りだした。

ワルプルギスの夜は未だに笑っている。

だが、あと少しだ! あと少しで私の距離!

ビルが確実に動いてきてる! ワルプルギスの夜へ向って!

 

「いっけー! 梨里奈ちゃーん!」

「ここで!」

 

一気に飛びかかり、斬りかかろうと足に力を入れた瞬間だった。

虫の知らせという奴か、私は一気に震えるような恐怖を感じる。

嫌な予感というのは、ほぼ確実に当ると言う事を私は知って居る。

この感覚は、間違いなく!

 

「チィ!」

 

自分自身の感覚を私は信じる事にした。

ワルプルギスの夜へ飛びかかるのは駄目だ。

私が飛んだのは側面、ビルから飛び降りるように飛んだ。

同時に私がさっきまで立っていた場所が火の海になっていた。

あの巨大なビルが溶ける……コンクリートや鉄筋で出来てる

普通の魔女であれば破壊なんてする事は不可能なほどの建造物が

一瞬で……溶けた……

 

「そんな……そんな!」

 

この光景は地上で私の動きを見ていた魔法少女達に

激しい恐怖を与えるには十分だったのだろう。

私だって恐怖してしまう、こんな光景を目の当たりにすれば。

 

「不味い!」

 

だが、私は驚いている暇なんて一切ないと言える。

既に、私の状況はかなり不味いのだから。

ワルプルギスの夜の攻撃を避けたは良いが

既に使い魔達に完全に包囲されている。

 

これが地上であれば何ら問題は無いだろう。

だが、今は上空、地に足は着いていない今の状況で

自由に浮遊できる相手に完全包囲されているのだから。

 

立体的に完全に包囲されて居るだなんて冗談じゃ無い。

正攻法で避ける事が……いや、諦めるな!

これは千載一遇のチャンス! もはや次はないだろう!

この場であの化け物に一撃を喰らわさなければ状況が動かない!

 

今、私はその一撃を与えられる距離に居る!

この状況で私が諦めるわけにはいかない!

私は諦めない! 私は諦めが悪いからな!

 

何、まだ攻撃されるかも知れないと言う場面でしか無い。

攻撃が当ったわけでも無く、攻撃が来ると確定してる程度だ。

ならば、避ければ良い! 対処すれば良い!

諦めずに食らい付け! それが、私に出来る最大の抵抗!

 

「こい!」

 

ワルプルギスの使い魔達が同時に動きを変え

一斉に私に向って突撃を仕掛けてくる。

先ほどまでと同じ様に、姿を変えての単純な突撃。

単純故に本来であれば避けられない攻撃だ。

 

全方位からの一斉攻撃、避けきることは出来ないだろう。

だが、避ける事以外ならどうにでも出来る!

 

「はぁ!」

 

飛んで来る使い魔達の射線上に短刀を展開して迎撃する。

だが、頭上と正面から突撃してくる使い魔には何もしない。

頭上からの攻撃は受けるのでは無く、避ける事を選択した。

 

この方法を取るために、私は正面の使い魔を放置した。

正面の使い魔は避けにくくするためか、

周りよりも速く突撃してきていた。

それを利用させて貰う。

策士策に溺れる、使い魔達に知能があるかは知らないが

仮にあるのであれば、その知能、利用させて貰う!

 

「そこ!」

 

僅かに速く突撃してきた使い魔を蹴り上げる様に攻撃した。

この時、使い魔を蹴った勢いを利用して体を回転させる。

蹴り上げたのは、この時の勢いを調整するためだ。

 

そして、この蹴り上げ体勢を変えたことで

頭上から飛んで来た使い魔の攻撃が逸れ

体当たりを再び仕掛ける為か使い魔が姿を戻す。

 

「これで私の刃が届く!」

 

姿を元に戻した使い魔を足場にして

私は即座にワルプルギスの夜へ向かい飛び込む。

一瞬だけ、自身の身体能力を更に突破!

 

「一撃は確実に食らわせる! その為にここまで駆けた!」

 

私の巨大化させた刃が、ワルプルギスの夜を斬り裂いた。

だが、手応えが軽い! 本体と思われた物体への攻撃だが

空洞……まさか、本体じゃ無いのか!? なら、本体は何処だ!?

あの人型が本体じゃ無いなら……残るのはあの歯車のみ。

 

やれるか? いや、やるしかない!

幸いというか何と言うか、ワルプルギスの夜の周りには

あの使い魔達が飛び回っているのだから。

まるで主役を飾り付けるかのように使い魔達は

ワルプルギスの夜と共にある。

 

あたかも演劇だ……だが、今宵の主役は魔女では無く

私が務めさせていただこう。私もピエロ

演技は大の得意だからな。さぁ、やるぞ!

 

「見せてやる、ここで……終わらない限界突破を!」

 

周囲に浮かぶ、何千体もの使い魔達。

彼女達は踊るかのようにワルプルギスの夜の周囲を飛び交う。

主演たる彼女を邪魔しようとする不純物を排除する為か

彼女達は私への攻撃を狙っているが、それが命取り。

 

「二撃目!」

 

最初の一撃よりも加速した一閃がワルプルギスの夜を再び裂く。

 

「三撃目!」

 

更に加速した一撃が再度ワルプルギスの夜を引き裂いた。

その傷跡は二撃目よりも深く広い。

 

「四撃目!」

 

私が足場にした使い魔が粉微塵に消し飛んだ。

同時に更に深い傷跡がワルプルギスの夜に付く。

 

「五撃目!」

 

素早い連続攻撃、止めどない加速。

一撃を受ければ受けるほど、彼女が受ける傷は深くなる。

最初は首辺りから、少しずつ少しずつその深い傷は上体へ。

いや、彼女の場合は下半身になるのか? 逆さまだからな。

だが、もしあの歯車が本体であるというのであれば

上がってきている、と言うのが正しいのだろうが。

 

「六! 七! 八! 九撃目!」

 

私の攻撃は加速する、もはや魔法少女だろうとも

肉眼では追えまい。動体視力を限界突破してようやく見える速度。

そして、既に会場は熱気に満ちあふれているだろう。

だがまぁ、あまりにも速すぎて何も見えてないかもしれないがな。

 

「そして、最後!」

 

ワルプルギスの夜よりも上空へ私は辿り着くことが出来た。

そしてフィナーレ、最後を締めくくる一撃だ。

舞台の最後にしては、大分派手だが、それも一興だろう。

 

「これで堕ちろ! 極限突破だ!」

 

最後、私は私に出来るあらゆる手段を用いての一撃。

巨大な刃を歯車に叩き込み、その柄を全力で蹴り落とす。

金属が強くぶつかる、あまりにも激しく巨大な高音が響き

彼女を力強く大地へ叩き付けた。

 

彼女だけが立っていたはずの上空という舞台。

彼女はその舞台より叩き落とされた。



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終わらない限界突破

彼女の歯車からピシッと言う僅かな音が響く。

同時に歯車の中央が僅かにひび割れた。

だが、完全に木っ端微塵になると言うことは無い。

火力不足……私だけの力では、やはり火力が足りない!

 

「だが!」

 

ワルプルギスの夜を叩き付けた巨大な短刀を踏み台にし

私は後方へ1度回転しながら後方に跳び下がる事にした。

だが、この下がる瞬間に私は上空へ比較的巨大な短刀を放り投げた。

 

無論、短刀であると言う必要は無いのだがな。

私の魔力で作った、巨大な得物だ。

本数は3本。流石にこれ以上は同時には出せなかった。

 

勿論だが、ただ投げただけで火力不足が解消することは無い。

落下のエネルギーだけではあまりにも貧弱。

だが、もはやこの舞台は私1人の舞台では無い。

 

あまりにも異常な光景を前にしてるはずだが

既に行動している魔法少女が居た。

私が投げた短刀の軌道が不自然に動き出し

一斉にワルプルギスの夜へ向って進んでいく。

 

刃を先端とし、3本同時に1点へ飛んでいく。

彼女を叩き落とした最初の一撃。

私が叩き込んだあの場所へ一斉へ進んでいた。

 

「これで砕けば!」

 

既に七美は私が投げた短刀に糸を繋いでいた。

それも1本では無い、自分が扱える糸を同時に繋いでる。

投げた短刀の先端に3本の糸を繋ぎ、一斉に大地へと繋ぐ。

 

糸は繋げようと思った対象に繋げるのか

はたまた、七美の位置からであれば

ワルプルギスの夜で隠れているはずの大地に

あの糸を繋げられたのか。

 

「そうだ! 唖然としてる場合じゃ無い! 叩き込むのよ!」

「もうなんか、規格外過ぎるわね。でも、チャンスは今よ!」

「うん、一斉に仕掛けよう!」

 

大地へ叩き付けられ、全ての魔法少女達の射程内になった。

いろは達が一斉にワルプルギスの夜へ攻撃を仕掛ける。

 

「ふふ、まだ終わらないぞ……全力で叩かせて貰う!」

 

今度はワルプルギスの夜が投げ飛ばしていたビルを足場にする。

使い魔を足場にしてたときよりもしっかりとしてるからな。

さっきよりも容赦ない踏み込みで斬り裂く!

 

「ふん!」

 

他の魔法少女達の攻撃もあるが、隙間を狙えば叩ける。

何度も何度も何度も何度も! 終わらない限界突破!

もはや足は悲鳴を上げてるが、ここで手は抜けない!

 

「うおぉおお!」

 

何度も何度も加速して、私の刃はワルプルギスを斬り裂き続ける。

浮上しようとしても無駄だ、ひっくり返ろうとしても無駄だ

動こうとしても無駄だ、動く前に叩き潰す!

 

「これで! うっぐぅらぁぁああ!」

 

足の骨が砕けたのが分かった……やはり無茶だが……

ここで、退くわけには行かない! これが千載一遇のチャンス!

ここで倒しきらなくては、ここで仕留めきらなくては!

奴のテリトリーに逃げられたら、もはや勝算はないだろう。

ここで仕留めきる事が最善であり、最大の手立て!

 

「梨里奈ちゃん今だよ!」

 

七美の言葉と同時にワルプルギスの歯車が更に大きく割れた。

だが、同時に私が展開していた短刀が砕ける。

しかし、そのタイミングはまさしく完璧と言える。

あの中心を狙える! 確実に砕き引き裂ける!

 

「梨里奈さん!」

「届け……届け! 私の……私達の牙!」

 

最後の一撃になる、私の本能がそう告げた。

既に私の左足は砕けてるが、まだ右足は残ってる。

この一撃で……終止符を! 自分でも不思議に思ってる。

 

今までの中で最も力が溢れ出しているのだから。

色々な思いや祈りを感じる。応えなくてはならない!

最後の一撃、私が蹴った大地には巨大なクレーターが出来ていた。

同時に自分自身の足が砕けたのを理解できた。

 

だが、私の体は動いてる。この一撃を届けてみせる!

私が手に握っている刃は、もはや私だけの武器では無い。

自分でも信じられない位に暖かく、力強い刃。

 

「届けてみせる! この一撃を!」

 

私の刃が光り輝き、自らの背に強い温もりを感じた。

まるで翼でも生えてるかのように暖かく

私の体は限界突破の魔法よりも圧倒的に自分の限界を越える。

本来であれば、私はこの速度には付いていけなだろう。

 

意識を保つどころか、体が持つはずも無かった。

だが、この瞬間、私は砕けたはずの手足さえ治ってると感じた。

 

だからこそ、最後の一閃は、自分でも認知できないほどに速く

一瞬の間にワルプルギスの夜をズタズタに引き裂いていた。

同時に既に倒壊していた高層ビルさえもズタズタになる。

無意識だったのだろう、その一瞬、私は認知さえしてない瞬間に

私の体は何度も何度もワルプルギスの夜を引き裂いていたんだ。

 

「……あぁ、届いた……か」

 

ズタズタに引き裂かれた高層ビルを貫き

私は何度も何度も地面に体を叩き付けながら

着地とは言えない、何とも無様な格好で天を仰いだ。

 

周囲を覆っていた暗く厚い暗雲が引き裂かれた様に散らばり

四散……暖かい日の光を覆っていた暗雲は完全に消え去り

私達を包むように、暖かい日の光が伸びてきた。

 

歓喜のあまり……天に手を伸ばそうとしてみるが

残念だ、腕が動かない……と言うか、私の腕は付いてるのか?

……あぁ、付いて……無い。

 

あまりにも無理をしすぎたのだろう……

本来、腕があるべき場所には何も無くなってた。

私の右腕が何処かに吹き飛ぶとは……絶望的な光景だ。

自らの両足だって、もう動かせないほどの損傷だ。

 

ふふ、本来なら……私はきっと生きてないだろうな。

だが、生きている……誰かの希望に守られたのだろう。

あの瞬間、私を包み込んだ数多の希望に。

 

「……は、はは」

 

足も動かず、腕も動かない。四肢が動かせないとは不便だな。

無理矢理に体を動かしすぎた……

 

「梨里奈お姉ちゃん!」

「……久実」

 

最初に私を見付けてくれたのは久実だった。

 

「ひ、酷い怪我! 大丈夫!?」

「……だ、大丈夫じゃ無いかな…」

「む、無茶するから……い、急いで手当てするよ!」

「あはは、で、出来るか?」

「う、うん、任せて! わ、私の魔法は再構成だから!」

 

そう言って、彼女は私の体に触れる。

既に何処かに行ったはずの腕が何故か再構成されていく。

 

「う、うぅ……うぅ!」

 

だが、久実もかなり無茶をしてるようだった。

彼女の表情がドンドン変わってる、やはり消耗が激しいのか。

 

「う、うぅ、な、何とか形は……で、でも」

 

確かに形は戻ったが、動かすことが出来ない。

再構成だけでは流石に完全に直せないのかもな。

 

「……私もやる」

「や、弥栄お姉ちゃん!」

「弥栄……」

「大丈夫、もう殺そうとはしないよ。

 今回、殆ど何も出来なかったし……

 少しくらいは訳に立ちたいから」

 

そう言って、弥栄が私の体に触れる。

 

「うっぐぅ、す、凄い消費する……き、怪我が酷すぎる!」

「す、済まないな、怪我というか反動というか…」

「ど、どうして意識保てるの…? わ、分かる。

 こ、この消耗は……し、死人を蘇生させるような…消耗……

 こ、こんなの、ふ、普通は意識なんて保てない……」

「あ、あはは、無理しすぎてな……痛みは無いんだ」

「本当……どうしようも無く馬鹿だね…」

 

彼女は疲労に顔を歪めながら、私の回復を続けてくれた。

結果、私は奇跡的に手足を失わずに済んだ。

正確には1度失ったが、取り戻せたというのが正しいだろう。

 

「ありがとう……お陰で助かったよ」

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

2人とも疲労に顔を歪めていた。

 

「梨里奈ちゃんよ、良かった……」

「七美……ふふ、やったな」

「……うん!」

 

数多の希望が数多の絶望に勝利した瞬間だ……

あぁ、七美……私はようやくお前の期待に応えられた。

だが……その言葉はまだ伝えられない……

もう、私は意識を保てない……

目を覚ました後、伝えさせてくれ……



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幸せな時間

神浜の被害はあまりにも甚大だった。

だが、私達だけに絞るのであれば

被害よりも得た物の方が大きいだろう。

 

マギウス達の強行により発生した事態だが

本来であれば、あの化け物は

見滝浜へ出る予定だったそうだ。

まぁ、あんな化け物を召喚は出来ないだろうしな。

それが、この神浜へ襲来したのだ。

 

どちらに出現した方が被害が甚大だったのかは不明だが

少なくとも、今、この状況であるのなら

ワルプルギスの夜に対抗出来るだけの

魔法少女が集結していた神浜に現われた方が

被害は抑えられたのではないかと想定できる。

 

「偶然の産物……もしくは必然だったのか」

 

学校は一時的な休校。過去最大のスーパーセルの飛来により

神浜は甚大すぎる被害を被ったわけだからな。

そう言う訳で、私はみかづき荘で過ごすことになる。

理由としては……そうだな、飛び火というか……

私が過ごしていたあの寮が戦闘の影響で崩壊したからだ。

 

この辺りはそこまで甚大な被害だったというわけでは無いが

ワルプルギスの夜はちょっと攻撃の規模がな。

ビルを飛ばしてくるし、ビルを一瞬で溶かすからな。

まぁ、その大規模すぎる攻撃の影響を受けたというわけだ。

 

だが、もしワルプルギスの夜が神浜では無く

見滝浜に現われていたとすれば……十中八九

見滝浜の魔法少女は全滅していただろう。

そして、その甚大すぎる被害。仮にまどか達が

あの化け物を撃退出来たとしても

彼女達の家族は悲惨な事になっていただろうな。

 

あの攻撃を受け止めるだけの魔法少女が少ないからだ。

ほむらであれば、時間を止めて避ける事は出来るだろうが

それは避けただけであり、ビルによる被害は甚大だろう。

やはり神浜に現われたのは最も理想的な展開だったと言える。

 

何故なら、数多の魔法少女達の活躍で

ワルプルギスの夜を完全に撃破出来たからな。

 

「しかし」

 

部屋から少しだけ顔を出し、周囲を見渡す。

 

「やっちゃん、こちらを」

 

みかづき荘は本当に住民の数が増えた。

相当デカい場所だったというのが改めて分かるよ。

私達4人と、更にいろは、フェリシア、さな、いろはとうい

そしてみふゆさんと、相当な人数と言える。

 

 

本当に部屋数が異常なくらいに多いと感じた。

私は1人部屋だが、七美、弥栄、久実は同室。

いろはとういも同室だがな。

 

「梨里奈ちゃん」

「ん? 七美、おはよう」

「うん、おはよう……おはよう……梨里奈……ちゃん…」

 

いつも、何の気なくしている、ただの挨拶だった。

だが、その挨拶と同時に七美は涙を瞳に溜め

その場に崩れ落ちる……私も同じ様に瞳に涙が溜まる。

そして、一筋だけ私の頬をなぞった。

 

これは……本当に、私は……あぁ、嬉しい。

涙をここまで心地よい流したのは……きっと初めてだ。

 

「ありがとう……私を、止めてくれて……」

「ありがとう……私の前に再び姿を見せてくれて……」

「え、えへへ……お、お礼なら……2人に言って?

 わ、私はほら……何もしてないから……」

「ふふ、ならお前もあの2人にお礼をしっかりとな。

 私だって、あいつらがいなければ

 お前を止めることが出来なかった」

「……そうだね、弥栄、久実」

「え!? あ、え!?」

「ありがとうな、2人とも」

「ありがとうね、私を、私達を助けてくれて」

「い、いや、そ、そんな、わ、私達は……」

「お陰でこうやって……もう一度、幸せに過せるよ」

「あぁ、だがこれからもやることは多いんだがな。

 私達に掛けられた、この呪いを必ず解く方法を探し出そう。

 真の幸せはその瞬間だからな」

「うん、やらないとね」

「だが、今は祝おう。ようやくこの瞬間が来たんだ」

 

私達の会話を聞いていたいろは達の姿を確認する。

その姿を見た後、私の頬は自然と緩んでいた。

 

「さぁ、約束を果たそう」

「よっしゃー! 来たぜー!」

「おぉー! ついに来たね! 待ってました!」

「え? 何の騒ぎですか? 私、何も知らないんですけど…」

「えぇ、教えてないからね、みふゆには」

「正直な話、私達だけで良いのか……」

「皆集めたいけどね」

「まぁ、祝いの席に私の料理が相応しいかの審査という形さ。

 全員集めて、実はそれ程でしたってなると恥ずかしいしな」

「あなたって、変な所で自信なさげよね」

「私が本当の意味で本気を出すのはこれが初めてですしね。

 だからこそ、自信は無い。でも、必ず応えてみせる。

 ようやく1度、大事な親友の期待に応えることが出来たんです。

 なら、私にも大事な人達の期待に応えることが出来る。

 自信が無いと言いながら、今の私は自信満々ですよ」

「おぉー! 何か凄そーだぞ!」

「だから、私の全力の手料理を振る舞いましょう」

「梨里奈ちゃんの本気料理とか楽しみすぎる~!」

「梨里奈さんって、料理も出来るんですね」

「勿論ですよ。女の子であれば料理が出来なくては」

「ぐは!」

 

……何人か激しい動揺を見せたな。

出来ないのだろうか……特に七美の動揺がなぁ。

 

「り、梨里奈ちゃん……け、結構容赦ないよね……」

「あら、あなたは出来ないの? 料理」

「……で、で」

「な、七美お姉ちゃんはえっと、

 びょ、病院で過ごすのが多くて!

 馬鹿って言われるけど違うの!」

「久実ー! いーわーなーいーでー!」

「あぁ! ご、ごめんなさーい!」

「何も泣く事無いじゃないか、七美。大丈夫だ。

 毎日勉強を教えてあげてるし、そのついでに料理も教えよう」

「おぉ、毎日姉ちゃんに勉強教えて貰ってんのか! 

 姉ちゃん教えるの上手ーからな!」

「そ、そうなんだよね……でも、だからこそ……何か情け無い。

 じ、実際梨里奈ちゃんは教えるの凄く上手なんだけど

 そんな最高の家庭教師がいるのに成績が上がらなーい!」

「だ、大丈夫だよ七美お姉ちゃん!」

「そ、そうそう、わ、私も成績悪いし! 久実は良いけど!」

「なんで弥栄お姉ちゃんまで私を揺するのー!?」

「ぐぬぬぅ、ど、どうして私よりも成績がぁ……

 いや、分かるけど……でも、認めたくないし!」

「ま、まぁ、久実はいつの梨里奈ちゃんに

 勉強教えて貰ってたしね……あ、あはは」

「あー! お、お姉ちゃーん! そんなにがっくりしないでー!」

 

七美がなにやら少しだけ涙を溜め、その場に座り込む。

 

「だ、大丈夫だ七美、お前はほら、形無い事を考えるのが得意だしな!

 こう、想定とか想像とか、そう言うのが得意だからな!」

「ありがとう梨里奈ちゃん、でもね……

 それが得意でも成績……上がらないよ」

「だ、大丈夫だ! 将来のことを考えるのなら

 そう言うのが得意である方が良いからな!」

「なんて言うか、この子……思ってたより元気ね」

「そ、そうですね」

「みふゆ、どうしたのかしら?」

「いや、梨里奈さんがもし同い年なら

 私も勉強教えて欲しかったなーと」

「いや、私の方こそ教えて欲しいです!」

「いろは……勉強苦手なのか?」

「あ、えっと……は、はい……」

 

……今度、勉強を教えてやった方が良いのかも知れない。

ひとまず、大学の勉強もしてみるか……簡単だったし。

 

「じゃあ、料理の後教えよう。七美もそれで良いか?」

「教えてくださーい!」

「で、いろはの勉強も教えよう。

 その傍らで良いなら、みふゆさんも教えます」

「え!? 教えられるんですか!?」

「えぇまぁ、簡単ですしね、大学の勉強程度」

「……」

 

やはり私は当たり前の様に変な発言をしたのだろう。

何だか全員がキョトンとしている……

 

「驚かないでくれ」

「驚くよ! 何でしれっと大学の勉強してるの!?」

「愚問だな、私は全教科100点満点だ。取らないと駄目だからな。

 それにだ、私は授業料を免除して貰ってるくらいだからな。

 頭が良くなくては、お金が掛ってしまう。それは困る」

「……い、いつも思うのだけど、あなたは異常なくらい頭が良いわね。

 魔法少女として戦いながら、良くそこまで出来るわね」

「勉強は流れさえ分かれば問題はありませんからね」

 

まぁ、勉強を教える話はまた後にしてだ。

今は料理だな、料理をしないと。

 

「では、この話はここまでにして」

「ここまでにして良いのかな?

 でも、このままだと最強の座が危うい!」

「大学の勉強を程度と言う事は……

 最高学年のレベルも出来るでしょうね」

「出来ますよ。なので年上に教えることも出来ます」

「……勉強しないと!」

「その前に料理だ、料理を食べて言ってくれ」

「おぉ! そうだった!」

「本当、多芸だよね、梨里奈ちゃん……大変でしょ?」

「あぁ、大変だ。だけど、今はそれ以上に……楽しい」

「……えへへ、良かった!」

 

七美が私の返事に対し、少し驚いた後、満面の笑みで返してくれた。

このやり取りの後、すぐ全員同じ様に私に笑顔を向けてくれる。

頑張らなくては、と言う思いと、頑張ろうという思い。

僅かな文字の近いだろうと、その意味は大きく違う。

 

私の心は踊りだし、全力の料理を私は作る事にした。

私に出来る最大の事を、私に出来る最高の料理を。

最高の美味しいと思って貰える、最高の料理を振る舞う。

それが、私がやりたいことで、やるべき事!

 

「お待たせ、私が出来る最高の料理だ」

「お、おぉおおぉお!」

 

みかづき荘にある材料をふんだんに使わせて貰った。

無論、やちよさんからの許可は貰ってるからな。

 

「お邪魔しまーすって、何か凄く良い匂いが!」

「あら、ももこ。今回はグッとタイミングね」

「え!? まさか、これって!」

「ちょ、ちょっと! 何!? 美味しそうなんだけど!?」

「凄いよ!」

「約束を果たそうとな。今回は私の料理が

 祝いの席に相応しいかを測る為の試作だ。

 だが、全力は出させて貰ってる。ふふ」

「あ、あの話か! じゃあ、もう一度作るって事!?」

「そう言う事だ、今度は全員に振る舞う予定だ。

 だが、今回はみかづき荘の皆の分だけだな」

「だ、だけって事は……」

「もしかしてお預け!?」

「えー!? そ、そんなー!」

「うぅ、最高にバッドタイミングだ!」

「早合点するな、私もちょっと気合いを入れすぎてな」

「じゃ、じゃあ、まさか!」

「あぁ、3人分位は十分余ってる」

「おぉおおぉお! さいっこう!」

「よ、良かった、お預けとか酷すぎるし!」

「美味しく食べてくれよ、その為に頑張ったからな」

「あぁ! 任せてよ!」

 

そそくさと3人分を用意し、私達は全員で手を合せた。

 

「いただきます!」

「いただきまーす!」

 

やちよさんの挨拶と同時に全員が挨拶をする。

そして、笑顔のまま皆が私が作った料理に手を伸ばす。

 

「お、おいしぃい!」

「七美、お前は大袈裟だな」

「お、大袈裟じゃ無いって、最高に美味しいよこれ!」

「ぷ、プロレベル! いや、それ以上かも!?」

「うぅ、ほっぺたが落ちそう……蕩けるように美味しい……」

「こ、高級食材じゃ無くても調理次第で

 ここまで化けるのね……美味しすぎるわ」

「料理で扱えるテクニックは無論、全て把握してるからな。

 白米も美味しいだろう?」

「えぇ、本当にお店で食べてるのかって思うくらいに丁度良いわ」

「梨里奈ちゃん!」

「ん? どうした七美」

「私のお嫁さんになってくださーい!」

「お、お嫁さん? まぁ、同性婚もあるしな。

 だが、残念ながら私にそっちの気はないんだ」

「フラれた-!」

「ふふ、これからもずっと仲の良い親友のままで居ような」

「あはは、完全にフラれちゃった時の台詞だよ~

 でも、嬉しいな! ずっと親友で居ようね!」

「あぁ、約束だ」

「仲が良いわね」

「そうですね」

「うおぉおお! うめー! うめーぜー!」

「フェリシア、も、もうちょっとゆっくり食べようよ-」

「でも、フェリシアさんらしいですよね」

「そうだけどさー、でも、こうなってくると本当にチャンス!

 梨里奈ちゃんが万々歳でバイトをしてる間に!」

「正直、勿体ないと思うんだけど?」

「えー!? 酷いよレナちゃん! いや、分かるけどね……」

「それでも私は良いぞ?」

「本当!? で、でも、やっぱり勿体ないー!」

「まぁ、梨里奈は引く手は数多だろうしな、才能の塊だし。

 最大限に生かせば、普通に歴史に名前を残しそうだし」

「勿論、そのつもりで私は頑張ってるからな。

 そういう風に育ってきた。だが、誰か1人の1番になれるなら

 今の私はそれでも良いと思ってるよ」

 

平和な時間……この時間が尊い事を、私はよく知った。

七美を失い、仲間を失った経験が私にはある。

だが、その経験がきっと、私をこれからも強くするだろう。

……ありがとうな、私に出会ってくれて。

再び私の前に姿を現してくれて……私は幸せ者だ。



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情報共有

さて、幸せな時間を謳歌するのはひとまずはこれまで。

七美達はやちよさんの力試しのためにいろはの妹と共に

課題を達成している最中だが、私はそれには参加しない。

理由は単純で、やるべき事が私にはあるからだな。

ひとまず、いろはに教えて貰った場所へ移動する。

 

「ここだな、マギウスの」

「ん? 梨里奈さん、どったの?」

「魔法少女の細かい秘密を聞こうと思ってな、

 魔法少女の呪縛を解くためにも情報は必須だ」

「なる程、協力してくれるんだね」

「勿論だ、やると決めた以上はやり遂げるさ」

 

3人が作り出した自動浄化システムの話は軽く聞いた。

回収の力、具現化の力、そして変換の力。

現状、分かっている流れとしては

 

ういが回収の力で魔法少女達の穢れを集め、

灯火が魔法少女が扱える魔力に変換し

最後にそのエネルギーをねむが具現の力で

実体化させ宇宙に送り出すというもらしいな。

 

事実、彼女達のこの行動で神浜は魔女化が無い。

だが、規模が少々狭すぎるというのも事実だろう。

全ての魔法少女を救うには神浜だけで無く

地球規模でこのシステムを構築しないと駄目だ。

 

だが、既にこの試みが失敗してるのも分かってる。

この行動の直後、ういが穢れを過剰に溜め込みすぎて

2人の変換速度が追いつかなかったと聞いた。

 

その際にアリナに協力を仰ぎ、アリナが被膜を作りだし

ねむはストーリーの具現化という形でういの魂を世界から切り離し

機能を奪われたキュゥべえの中にその魂を封印したそうだ。

 

正直、便利な能力ではあるな、汎用性の塊と言える。

元より、彼女達3人の魔法は魔法少女を解放するために

キュゥベえに願い、得た力なのだから当然なのかも知れない。

 

問題は回収の手段だな……ドッペルを放つ必要がある。

この点が魔法少女を解放するために対策しないと駄目な部分だ。

七美の言葉にあった通り、行きすぎた力は戦争に利用されるだろう。

うーむ、そう考えると何ともハードルの高い問題だろう。

 

「一応、私達の目指したシステムの話はしたよね?」

「あぁ、聞いてる。そのシステムはかなり出来上がってると思う。

 しかしだ、聞けば聴くほどに感情というのは凄いと分かるな」

「そうだね、キュゥべぇが狙うくらいだし」

 

エントロピー、宇宙の崩壊。

2人からはかなり重要な話を聞かされた。

キュゥべぇの狙い。宇宙の存続だとかあまりにも規模がな。

 

だが、分かる事とすれば感情という物は

宇宙の延命が出来る程に巨大なエネルギーだと言う事

奇跡さえ起せるほどに、強大なエネルギー。

そして、因果律、重要そうな話が多すぎるな。

 

まずエントロピー、解説としてはこうか。

外部からエネルギーが流入しない状態では、

エントロピーは高くなる一方で、どれだけ待っても勝手に低くなることは無い。

これを熱的死と言いう。

 

例えば氷だな、氷。

室温に置いた氷水は、時間経過とともに熱が水から氷に移動して氷が融ける。

これはエントロピーが高くなった状態であると言えると考えられる。

 

この融けきった状態から、水の一部の熱が勝手に逃げて氷ができることはない。

これを熱的死と言う。

 

再び氷を作るには冷凍庫に入れる必要がある。

つまりは外部からエネルギーを得る事が必要になる。

そして、その冷凍庫は電気という外部エネルギーを利用してる。

つまり、エントロピーを低くするには

必ず外部からのエネルギー流入がなければならないと言う訳だ。

外部からのエネルギーが無ければ確実に熱的死へと辿り着く。

 

この事から、ある1つの可能性が浮かぶ。

それが外的エネルギーを得る事が出来ない

要は、それ以上の果ての無いと考えられてる空間、宇宙。

 

宇宙には果ても無く、外的エネルギーも無い。

だから、外的エネルギーを得られずに熱的死へ辿る。

だが、とある理論も存在してる。それはブレーンワールド理論だ。

 

ブレーンワールド理論では、宇宙はこう考えられてる。

宇宙は高次元時空に浮かぶ膜であり、我々の宇宙の他にも、

いくつも同じような膜宇宙が存在していると考える。

 

ほとんどの素粒子は膜宇宙の膜に固定されているため、

この宇宙から飛び出すことはできないのだが、

このうち重力子のみは高次元時空や他の膜宇宙と行き来できるとされる。

 

これがブレーンワールド理論。突拍子も無い話だが

この理論が正しいのだとすれば、私達が過ごす宇宙は

1つの膜であり、他の宇宙達も存在してる為重力が生じる。

その為、外的エネルギーを得る事が出来るため

エントロピーを低くすることが出来る為、熱的死はしない。

 

だが、そうなるとその膜達が存在している空間の果ては?

同じ様に構成されてるのであれば、その果ては? と

考えれば考えるほどに沼にはまっていく理論ではある。

 

それは、人の叡智が遠く及ばない宇宙という

あまりに別次元で広範囲の世界である為だ。

まぁ、そう考えていけば行く程に最終的に辿り着くのは

やはり神という存在なのだろうが、これも辿れば

神というのはどうやって生まれてるのか? と言う疑問に至る。

要は、答えの無い問題と言う事だろうな。

 

「全く、規模がデカい話が多いなぁ」

「因みに、解説とか必要かな? ピエロちゃん」

「必要無い、大体理解してる。エントロピーの理論も

 ブレーンワールド理論も把握はしてる」

「頭良いね、やっぱり」

「お前が言うか?」

「あはは、まーねー」

 

だが、キュゥべぇが私達の感情を集めようとしてると言う事は

奴らはこのブレーンワールド理論を否定してると言えるのか。

外的エネルギーが得られないから自分達でエネルギーを作り出し

外的エネルギーとして宇宙の熱的死を避けようとしてると分かるしな。

 

「少なくとも、現状私達が知ってる情報で大いに重要なのは

 感情という部分だな、気持ちと言った方がメルヘンチックか」

「そうだね、私達が得ている情報で最も重要なのはそこだね」

「それともうひとつ、あの時キュゥべぇが言ってた因果。

 恐らく、それも魔法少女の才能に大いに関係してる」

「ほかの人物に与える影響とかか?」

「そうだね、そう言う解釈だと思うよ」

 

そう考えてみると、マギウスのメンバーにアリナが居たのは

ある意味、必然だったと言えるのかも知れないな。

多数の人達の気持ち、心に多大な影響を与える事が出来る芸術家。

 

そして、同じく数多の人々の心を動かせる

小説家の金の卵。

天才的な知識を持つ天文学者か。

全員歴史を動かせる程の天才揃い…

む? 成る程、そうか…だから強かったのか。

因果が魔法少女の力に多大な影響を与えるなら

歴史を動かせる程の天才達は強い。

 

だが、ういにそれほどまでの才能がないため

マギウスの計画が失敗した…その可能性がある。

ならば、私が異様に強いのもそれが理由か?

だとすれば、努力をしなくてはな。

 

「魔法少女の実力も、これに影響してると思うよ。

 勿論、君もその可能性に辿り着いてると思うけどね」

「あぁ、お前達マギウスが強い理由も分かった」

「で、あんたが強い理由もそれに当るってワケ。

 相当の才能だしネ」

「私達よりも強いって事は、案外将来凄い事になるのかもね~」

「今現在でも、相当な影響力があると思うけどね」

 

実際、私は色々な人物から憧れの感情を抱かれていた。

それが因果とやらに介入するのであれば

私が異様に強かったのも納得出来るだろう。

 

「で、これらの情報からピエロちゃんはどうやって解決する?」

「まだ決断は早いとしか言えないな」

「でも、神浜は良いとしても、他の地域は早急な決断を求めるよ?」

「だよな」

 

今、神浜は消えたイブが自動浄化装置として機能しているため

未だに魔女化が起こらない状態ではある。

だが、他の地域ではそうとは言えないだろう。

 

それだけで無く、既に魔女化してしまった魔法少女も居る。

彼女達の対処もしないと行けないと考えられる。

後はエントロピーとやらを取得する手段だな。

 

2人の話から、キュウべぇの狙いがエントロピーの確保。

宇宙が熱的死に至るのを防ぐ為に感情のエネルギーを利用し

外部からエネルギーを与え、最悪を防ぐ為に動いて居る。

 

あまりに非人道的ではあるが、恐らくそれが最も効果的だったのだろう。

もしかしたら、奴らには感情が無いのかも知れないな。

感情は邪魔になるケースも多い。効率を求め続ければ

感情など不要だと感じる可能性もあるだろう。

 

「だが、情報を収集するしか無いのも事実だろう。

 キュゥべぇを見付けて、色々と問い詰めないとな」

「あいつが僕達の疑問に答えてくれるとは思えないけどね」

「でも、聞くしか無いだろう。何、奴らが効率のみを求めるのであれば

 奴らが魅力的だと思う提案さえ出来れば良いんだ。

 あいつがどれだけ私達の能力に期待してるかによるがな」

「要するに、協力関係を築こうって事?」

「そう言う事だ、私達の知識に利用価値があると奴らが感じれば

 あいつらも私達に協力してくれるだろう。

 効率の亡者だとすれば、私達の知識を利用できるのは魅力的だろう」

 

ひとまず、今できることは、あいつを探す事だろうな。

とは言え、きっと居るだろう。恐らく1匹だけでは無いしな。

複数個体が居るはず。なら、あいつらと言った方が正しいか。

効率を求める生物だというのであれば、人員を割くのは当然だろう。

 

奴らにとって、私達という存在がどれだけ利用価値があるのか

そこまでは分からないが、相当重要視してるのはきっと事実だ。

そうじゃ無ければ、わざわざ足を使って走り回ったりはしないだろう。

探していると言う事は、価値があるからだからな。



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キュウべぇの元へ

現状、私達が抱えている問題は多い。

1番の解決策というのは、やはり魔力。

魔女化を避ける為に、魔力というのは必須。

グリーフシードがその道具にはなっているが

それは、つまり1度死んでしまった魔法少女の残骸。

可能な限り使いたくは無いが、

魔女にならないためには使うしか無い。

 

だが、魔女も倒せば倒すほどに数が減る。

確かに、あまり時間があるとは言えないな。

短期間でキュゥべぇが作り出した歴史を変える方法。

全く、本当に先が思いやられる。

だからこそ、あいつの力が必要となる。

 

「やぁ、仙波梨里奈、久しぶりだね」

「あぁ、ここには久々に返ったからな」

 

大きな休みを利用して、私は自分の故郷へ戻る。

同時に七美達も私と一緒に来てくれた。

 

「キュゥべぇ……どうして何も教えてくれなかったの?」

「何の話だい?」

「魔女化の事だよ」

「あぁ、その話か。君達も理解したんだね。

 あの神浜で何かあったのかな?

 僕達はあの場所には干渉できないから

 そこで何があったかはよく知らないんだ」

 

あの場所にいたキュゥべぇはういが宿っていた

あの小さな機能を失ったキュゥべぇ、確かモキュと

いろは達は言っていたな。

機能を失っているから、情報が行き渡ってないのか。

 

「それよりも! どうして教えなかったかを知りたいの!」

「それは簡単な話だ、聞かれなかったからだよ」

「こいつ……!」

「待て、弥栄」

「うぅ!」

 

実際、キュゥべぇにそんな質問をしたところで

返ってくる答えがこれだというのは分かってたがな。

 

「私としても、その話は興味があるが

 今回、私達がお前を探してた理由はそれじゃない」

「へぇ、僕を探してたのか。何かあるのかな?」

「あぁ、今回探してた理由は、お前達に興味を持って欲しくてだ」

「興味を? 何を言ってるんだい? 僕らは君達に対して

 とても強い興味を抱いているよ?」

「それは家畜としてだろう? 一方的に利用できる存在。

 そう言う、道具としての興味だ、そうだろ?」

「否定はしないよ、君達に利用価値があるのは事実だからね」

「で、最も興味がある瞬間は魔女化の瞬間。そうかな?」

「へぇ、そこまで知ってるのか。じゃあ、特に隠す必要も無い。

 そうだよ、僕らが興味があるのはその瞬間だ。

 正確にはその瞬間に放出される過剰なエネルギーだけどね」

 

やはりそう言う事なんだろうな、2人が言うとおりだ。

こいつらが興味を抱いてるのは私達のエネルギー。

 

「細かい話は既に把握してるよ。そのエネルギーが無ければ

 宇宙が熱的死にいたり、滅んでしまうんだろう?」

「そこまで知ってるのか、なら協力して欲しいな。

 僕らは君達が放出するエネルギーに興味があるんだ」

「誰がそんなふざけた事に協力するもんか!

 それって、私達に死ねって言ってるような事じゃ無い!」

「そうだ、君達の死で宇宙が存続し、僕らの寿命も延びるんだ。

 君達だけの犠牲で済むなら、それは素晴らしい事じゃないか。

 君達が犠牲にならなければ、数え切れない生命が犠牲になる。

 この小さな星だけの犠牲で済むなら、それは素晴らし事だよ」

「この化け物!」

「弥栄、落ち着け!」

「なんで!」

 

やはり彼らにとって私達の利用価値はその程度だろう。

いや、宇宙の存続のために利用できる存在だと考えているなら

確かに私達に異常な程の興味を抱いていると言えるな。

あくまで道具として、だが、その道具で自分達を救える。

こいつらにとって、私達はほぼ生命線と言えるだろう。

そこまでに興味を抱いてる。

まぁ、私達が家畜に抱く興味程度なのかもしれないがな。

 

「お前達が私達の感情のエネルギーを集めてるのは分かってる。

 だが、それだと私達に死ねと言ってるような物だ。

 無論、私達も同じ様な事を他の生命にしてる自覚はある。

 とは言え、流石に自分へ白羽の矢が立てばそうとは言えない。

 犠牲になれと言われて犠牲になることは簡単には出来ないさ。

 

 それが、お前達が利用しようとしてる感情のエネルギーを持つ

 私達人間という生命の性と言えるだろう。

 お前達は持ってないのかも知れないがな」

「じゃあ、どうするというのかな? これが1番効果的な手段さ。

 僕らが見付けだした、宇宙を存続させるための機能だ」

「かも知れないが、一方的に利用しすぎて私達が反発し

 お互い完全に望まない結末に至る可能性だってある。

 

 少なくとも、お前達が利用しようとしている生命体には

 お前達の常識さえ打ち砕きかねない程の可能性がある。

 言い過ぎだと思うかも知れないが、その事実を実感する時は

 お前達の作り出した機能が壊れる瞬間だろう」

「大きく出たね」

 

表情などが無いからどういう風に感じたのかは分からないが

そこまで驚いている様では無いな、ちょっと小馬鹿にしてる感じだ。

私の言葉がただの冗談に聞えてるのだろう。だが、それは当然かな。

 

「油断するべきじゃ無いぞ? 少なくともお前達が干渉できない

 そんな場所さえ生じているわけだ。多少の説得力はあるだろ?」

「……確かに僕らでも干渉できない空間が生じてしまったのは事実だ」

「ある意味では、常識が壊れていると言えるんじゃ無いか?

 同時に、私達の可能性だって見いだせたんじゃ無いか?

 家畜としての可能性以外の何かを」

「……」

 

キュウべぇが無言のままで何かを考えてる様子だった。

 

「そこでどうだ? 私達と協力するというのは」

「と言うと?」

「私達としても宇宙が滅んでしまうのは避けたいんだ。

 どれ程先の未来かは知らないが、私達のわがままだけで

 その滅亡の瞬間を避けられ無い物にはしたくない。

 

 だが、私達が魔女というなれの果てとなり滅ぶのも避けたい。

 そこでだ、私達が魔女という最後に辿り着く必要も無く

 宇宙を存続させるエネルギーを得る為に協力しよう。

 

 そうすれば、宇宙が熱的死に至り滅んでしまうのを避け

 お前達が私達を利用しすぎて、常識を滅ぼす可能性も消せる。

 私達も魔女化という終りに辿り着くことも無く

 死という、誰もが辿り着く当然の結末により終止符を打てる」

「そんな夢物語を実現できると思っているのかな?

 それは正確な手段もプランも無いと言うのに

 辿り着ける物なのかい?」

「私達だけでは無理だし、お前達だけでも無理だろう。

 だから、協力しようと話を持ちかけたんだ。

 お前達もこれ以上のイレギュラーを発生させ

 面倒が起こるよりは、イレギュラーの可能性を減らしたいだろう?

 

 それにだ、お前達が作り出したシステムと

 私達が持つ感情のエネルギーを合わせたことで

 死者さえ蘇らせるという、常識を全て破壊する奇跡を起せた。

 なら、私達が協力すれば常識を覆す

 そんな奇跡でも起せるんじゃ無いか?」

「……」

 

キュウべぇはしばらく考え込む様子を見せた。

何も言葉を発することも無く、何かを考えてる。

 

「……良いだろう、確かに感情のエネルギーは厄介だ。

 何度か痛感した瞬間があるのも事実だからね。

 その厄介なエネルギーの代替えが出来るなら

 僕達としても悪くない話かも知れない。

 

 だけど、僕達は君達の正確なプランが出ない限り

 今まで通り、魔法少女を生み出し魔女化させる事で

 エネルギーを得て、エントロピーを低くしていくよ。

 協力はするが、この行動を止めるのは道筋が出来てからだ」

「……そうか」

「この! これ以上犠牲者を出すっての!?」

「そうだよ!」

「悪いが、僕らも宇宙を滅ぼすわけにはいかないからね。

 僕らが滅んでしまうのは確実に避けたいのさ。

 それに、一応協力はするんだ、少しは目を瞑って欲しい。

 それじゃあね、何か聞きたいことがあったら聞いてよ」

 

そう言って、キュウべぇは私達の前から姿を消した。

 

「くぅ! もう最悪!」

「……だが、一応話は付けられたか。

 行き詰まったら協力して貰うとしよう」

「でも、これからも犠牲者が出るんだよね……」

「あぁ、止めたいが……その為に1分1秒でも速く

 魔法少女達の宿命を取っ払う方法を探そう」

「クソ、最悪……あいつ」

「でも、仕方ないよ」

「あぁ……だが、必ず成し遂げる」

「うん……じゃあ、梨里奈ちゃん」

「どうした?」

「今日は久々に、私の家に泊まってよ」

「……良いのか?」

「うん!」

 

……久々だな、七美の家に泊まるのは。

ふふ、何だか楽しみだ。

あまり時間は無いが、根を詰めすぎると発想が制限される。

不謹慎だが、今日は少し休むとしよう。



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可能性

千花七美を蘇らせてくれ。

私が突如現われたキュウべぇに頼んだ奇跡。

奴は私の願いを聞き、千花七美を蘇生した。

 

「梨里奈ちゃん……私」

「七美……」

 

だが、七美を蘇生したことで生じた問題。

それは、彼女から私以外の居場所が消失したことだった。

彼女が死んだと言うことを知ってる姉妹達と両親は

彼女を幽霊として見て、決して彼女を受入れなかった。

 

だが、姉妹達だけは七美の事を受入れる。

しかし、それだけではあまりにも居場所が少なすぎた。

結果、彼女まで願いを叶え、魔法少女となった。

 

彼女の願いは自分が死んだという記憶を

私以外から奪って欲しいという願いだった。

その結果、彼女が死んで蘇ったという事実を知ってるのは

私だけであり、彼女はいつも通りの生活を送る。

 

「七美、大丈夫か?」

「うん、ごめんね……いつも助けて貰って」

「気にするな、私は強いからな」

 

私達は2人で魔女を狩り、お互いにグリーフシードを別ける。

私の魔法は治癒の魔法ではあるが、魔力の扱いに秀でてるため

ただの魔女程度では相手にはならない。

 

だが。七美の魔法は記憶操作であり

そこまで魔力の扱いに秀でているわけでは無い為

あまり上手くは戦えていないが、協力して戦ってる。

 

「でも、魔法少女になって良かったかもね」

「そうかな……?」

「だって、お陰で私、梨里奈ちゃんの役に立てるし!」

「……かもね」

 

七美の魔法で私が完璧な人間であると言う記憶を消して貰った。

お陰で、私は何処でも完璧を演じないと行けない道化師では無く

誰とでも十分に会話が出来る、普通の少女になった。

 

「ねぇねぇ、梨里奈ちゃん、今度ラーメン食べに行こうよ!」

「そうだね、一緒に行こう」

「じゃあ、七美もだね!」

「うん!」

 

堅い口調で話をする必要も無く、満点を取り続ける必要も無い。

私は完璧じゃ無いんだから、失敗したって大丈夫。

そう思えるようになって、何だか重荷が何処かへ行った気がする。

でも、ちょっと勉強ばかりしてた影響でやっぱり点数は高いけどね。

 

「96点かぁ、惜しいなぁ」

「あ、あはは、さ、流石は梨里奈ちゃん……

 わ、私は40点……あ、赤点ギリギリ回避!」

「今度教えてあげようか?」

「お! じゃあお願い!」

「ならなら、私達にも教えてよ-!」

「うん、分かったよ、皆に教えてあげる」

 

普通に接することが出来るって言うのは、とても嬉しかった。

高い点数を取れば、父さん母さんも褒めてくれる。

私が完璧じゃ無いと駄目だったときにはこんな事は無かった。

 

だけど、私達が魔法少女である以上……平和は続かない。

 

「弥栄! 久実!」

「く……魔女の結界に!」

「い、急いで探そう!」

「うん!」

 

急げ! 2人が魔女の結界に飲み込まれた! 急いで見つけ出さないと!

このままだと、あの2人が死んじゃう! それは駄目だ!

絶対に助け出す! 私達は二手に分かれて血眼になって探す。

 

この迷宮のように入り組んでる結界の中で

魔女の本体を見つけ出すだなんて、とても困難だ。

だけど、探さないと不味い! 2人を見つけ出さないと!

 

「何処に!?」

「い、いやぁあぁあ!」

「この声、七美!? 何処に!?」

 

七美の悲鳴を聞いて、私は周囲の使い魔を倒しながら

その叫び声が聞えた場所へ走った。

そこに居たのは、血まみれで倒れている2人の姿。

 

「そ、そんな……そんな、そんな……」

「弥栄、久実……」

 

助けられなかった、一か八かで治癒の魔法を使っても

2人が蘇ることは無く、息1つしてない。

そんな事って……こんな事って……助けられなかった。

わ、私が弱かったから……も、もっと強ければ……

 

「う、うぅ、う、うぅうう!」

「七美!? どうしたの!?」

「こ、心が……はぁ、はぁ……い、いぐぅうぅ!」

「し、しっかりして!? ねぇ!」

「だ、駄目……あ、あぁああぁあ!」

「七美……え……七美……?」

 

唖然とした、七美のソウルジェムが穢れきったとき

ソウルジェムが砕けて、そこから魔女が……ど、どう言う…

 

「ぐがぁぁあああ!」

「うぅう!」

 

唐突に現われた魔女が大きな悲鳴を上げると同時に

強力な衝撃波と共に魔女の結界が砕け散りった。

 

「ど、どうして……」

「深い絶望でソウルジェムが濁りきったようだね」

「キュウべぇ……どう言う」

「驚くことは無いよ、これは仕方ない事なんだ。

 君達はいつしか魔女に変化するんだ。

 だから、君達の事を魔法少女と呼んでる。

 いつか魔女になる君達の事は魔法少女と呼ぶべきだしね」

「それを……それを知ってて……何で何も!」

「聞かれなかったからね」

「この外道が!」

「さて、梨里奈。僕と話をしている余裕なんてあるのかな?

 今、君の目の前には君の親友だった物がいるんだよ?

 君の手で終わらせてあげた方が良いんじゃ無いかな?」

「ゲスめ……後悔させてやる。でも、でも今は……今は!

 七美……そ、そんな醜い姿で生きたくは無いよね……

 私だったら、絶対に……嫌だ、だから、にげ……ない。

 逃げない……逃げてたまるか……逃げない!」

 

私は強かった、とてもとても強かった。

例え魔女になってしまった七美と戦ったとしても

私はボロボロになりながらでも彼女を追い込めた。

 

「うぅ!」

 

あと1歩で届く、確実に魔女になった七美を……

こ、殺す……この一撃で、殺してしまう。

だ、駄目だ、躊躇うな……躊躇うな!」

 

「いぐぁ!」

 

駄目だ、届かない……七美の魔女から無数に生える触手。

数が多すぎる。周囲の物全てを拘束しようと動く。

 

「近付きすぎると弾き飛ばして距離を取ると掴もうとする。

 ……躊躇ったら駄目だ……躊躇えない!」

 

躊躇ってしまえばあの触手で弾き飛ばされてしまう。

何度も何度も経験した……だけど、どうしても躊躇う。

あと少しなのに……治癒の魔法で傷を癒やしてもう一度。

今度こそ……今度こそ、その醜い姿から解放してあげる…

 

「う、うぅ……ごめん、七美」

 

激しい攻撃を変え潜り、ようやく七美の魔女へ辿り着く。

私の一撃は今度こそ七美の魔女を貫く。

同時に七美の魔女は叫び声を上げ、消滅した。

 

「……ごめん、ごめんね……七美」

 

七美を倒したことで、私は力無くその場に座り込んだ。

同時に七美の魔女が居た場所に動かなくなった七美の姿が。

 

「あ、あぅ、う、うぅうう!」

 

い、いけ、ない……ち、力が抜けて……

い、急いでグリーフシードを……七美の……

だ、駄目だ……体が、動かせない…

 

「君も限界みたいだね、仙波梨里奈」

「キュウ……べぇ…」

「君が放出するエネルギーはしっかりと利用させて貰うよ。

 これも宇宙が存続するためには仕方ない犠牲なのさ」

「キュウ……べぇこ、の、外道……」

「さぁ、時間だね。きっと君は素晴らしい魔女になるよ。

 もはや誰でも倒すことが叶わない、最強の魔女に。

 ワルプルギスの夜さえ凌駕する、強力な魔女へ」

「う、うぐぅうぅうううぁああ!」

 

解き放たれた私の魔女、何だか元気そうなピエロだった。

周りが私に期待する、強い魔女だと期待する。

だから私は強くなる。誰かが私に期待する。

誰も倒せない魔女だと、だから私は応えましょう。

誰にも勝てない最強の魔女となって。

 

誰かが私に期待する、世界を滅ぼす魔女なのだと。

だから私は滅ぼそう、この小さな世界を。

 

誰かが私に期待した、宇宙を滅ぼす魔女なのだと。

だから私は応えましょう、この宇宙を滅ぼして。

 

 

 

「……う、うぅうう! はぁ、はぁ!」

 

ゆ、夢か!? お、驚いた……随分と恐ろしい夢だ。

妙にリアリティーがある……そんな夢。

あれはもしかしたら、私の願いが違ったら…?

いや、そんな訳無いか、考えすぎだ。

 

「うー、梨里奈ちゃん? どったの?」

「な、七美……い、いや、ちょっと恐い夢を見てな」

「そうなんだ、奇遇だね、私も何だよね」

「どんな夢だった?」

「私が魔女になっちゃう夢……

 その後、梨里奈ちゃんに倒されちゃった。

 あはは……ねぇ、梨里奈ちゃん」

「何だ?」

「もし、私が魔女になったら殺してね?」

「……」

「そして、梨里奈ちゃんは魔女にはならないでね?

 だって、梨里奈ちゃんが魔女になったら

 きっと誰も止められないし」

「言い過ぎだろう……だが、かも知れないな。

 ……でも、そうならないために頑張ろう」

「……そうだね、頑張ろう」

「あぁ、七美。一緒に頑張ろう」

 

恐ろしい夢だったが、決意も出来たと言える。

やはりやり遂げないといけないことだ。

この魔女化を食い止めないとな。

 

魔法少女達が皆持ってる宿命。

必ずこの宿命を終わらせないとな。



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神浜での相談

キュウべぇに話を付けることは出来た。

私達はその足で、神浜に再度戻る。

久々に見た両親の顔も懐かしいとは思ったが

今、私達がいるべき場所はここじゃ無いからな。

 

「戻ってきたね、神浜に」

「あぁ」

 

私達はその足でみかづき荘へ進む。

 

「あ、帰ってきたんだね」

「灯花とねむか、どうしたんだ?」

 

私達が帰って、すぐに迎えに来たのは

意外な事にマギウスの3人だった。

 

「実は相談したいことがあってね」

 

私は3人から裁判をすると言う話を聞く。

自分達の罪を贖いたいという物だ。

確かにだ、マギウスが行なった行動により

あまりにも多くの犠牲が出たというのは事実。

 

街の被害もかなりの物だ。死傷者は出てないがな。

やはりワルプルギスの夜というのは危険な存在。

そんな存在を神浜に呼び込んだのだから被害はデカい。

 

他にもだ、エネルギーの為に一般の人達を犠牲にした。

確かに許されるような行為ではないだろう。

うわさである、万年桜を利用しての裁判。

 

彼女達はその裁判の事を、いろは達では無く

まず、私達へ相談したと言う事だ。

 

「なる程……確かに、お前達は大罪を犯してるからな。

 一般人を巻き込んでの騒動だ。

 だが、お前達を裁けるのは同じ魔法少女だけ。

 だから、それを自分達で行ないたいという訳か」

「そうだよ、そうしないと僕達は許されないと思う」

 

やはり、根は善人だったんだろう。

そうじゃ無いと、この様な判断は出来ない。

 

「……でも、何故それを私に?」

「あんたなら冷静な判断できるかなってネ。

 当事者でも無く、アリナ達と深い仲でも無いしネ」

 

確かにいろは達に相談すれば止めようとするだろうな。

とは言え、独断でも動きたくなかったという形かな。

なら、私が公平な立場として判断しての方が良いと。

 

この3人の決定を私が判断するのだと言うなら

既に答えは決ってると言えるだろう。

 

「無論、やるべきでは無いと思う」

「どうして? 僕達は大罪を犯したんだよ?

 だから、君だって僕らを止めようと動いた」

「そうだ、お前達が犯した罪は途方も無く重い。

 なんの罪のない一般人を犠牲にし、大きな罪を犯した。

 無論、その罪は贖わないと行けないだろう。

 

 当然、理解してると思うだろうが

 公平な裁判を行なうとすればお前達は極刑だろう。

 

 だが、まだ贖罪のチャンスはある。

 裁判では極刑だろうが、その程度で償える物でも無い。

 私の考えでは、死は何の罪滅ぼしにもならないからな。

 

 だから、少しでも先へ、未来へ貢献できる術を探すべきだ。

 お前達にはその力も技術もあるんだ。

 死ぬ事でその可能性を捨てる事は罪から逃げるのに等しい。

 

 出来る事を最後までやり遂げて

 それでもまだ罪を償えてないと思うのなら

 その時、もう一度裁判をやるべきだと私は思う」

 

これが私の考えだった。大きすぎる罪を償う意思があるなら

死を選ぶよりも、未来の為に結果を残すべきだと。

本人に反省の色が無かったり、覚悟が無いのなら

死によって償うというのもありなのかも知れないが

私はそんな形での罪滅ぼしには賛同してない。

 

世間一般で言えば、異常な思想なのかも知れない。

だが、この考えは私の思い。

もはや道化では無い私はこの思いを貫きたい。

 

「……出来る事を最後まで?」

「そうだ、お前達2人は元々は魔法少女を救う。

 その為に魔法少女になったんだ。

 その力を無駄にするわけには行かないだろう?

 

 魔法少女の魔女化という、最悪のシナリオを避ける為に

 お前達はういと共に考え、その可能性を見出し

 魔法少女を救うために魔法少女になった。

 お前達の魔法は、まさしく魔法少女を救うための魔法。

 

 そんな魔法が扱えるのに、死を選ぶのは良くない。

 魔法少女の魔女化を避ける事が出来れば

 これから先、犠牲になる可能性のある何億の命が救われる。

 暴走してたお前達も、似たような事を言ってたがな。

 

 まぁ、その時、私は全力で否定してしまったが。

 一般の人達に危害が加わらない方法であるなら

 私だって、魔法少女の魔女化は阻止したいからな」

 

出来る事なら、魔法少女である事を止める事。

そうしないと、差別やドッペルによる被害が出る。

最終的な終着点はその場所だが

 

最初の第1目標は魔女化を阻止することだ。

そうしないと、被害者が増えていく一方だからな。

 

「つまり、あなたの意見では私達の裁判は

 行なうべきじゃ無いと言う事……だよね?」

「そう言う事だ、無論、これは私の意見だ。

 当然、私以外と相談して裁判をすると決める。

 その場合、私は強くは止めない。

 

 周りが裁判をするべきだと判断したとしても

 私は強くは止めないが、仮に多数決をするなら

 私の意見を参照して欲しいとは思うけどな」

「まぁ、近くで梨里奈ちゃんの話を聞いてた

 私としては、裁判はしない方が良いなぁって」

「わ、私も……」

「私も梨里奈お姉ちゃんが駄目だって言うなら、駄目だと思う」

「私の判断が絶対正しいって言ってるように聞えるな。

 久実、信じてくれるのは嬉しいけど

 私の考えが絶対に正しいというわけじゃ無いんだぞ?」

「それは、わ、分かってるけど。

 で、でも、私は正しいって思うから」

「そうか、久実が正しいって思ってるなら大丈夫かな。

 私が正しいと言ったことが正しいわけじゃ無いからな?

 私の意見に全部合わせる、と言うのは駄目だぞ?」

「う、うん」

 

久実は私の事を大分信頼してくれてるようだからな。

嬉しい事だが、私の考えが絶対では無い。

これは私の考えと言うだけであり、正解では無い。

きっと色々な正解だってあるだろう。

 

裁判をすることが正しいと思う人も居るだろうし

私と同じ様に、思わない人だって居るかも知れない。

自分が絶対に正しいとは考えない方が良いのは事実だが

自分の意見を持たない事も駄目だと思うしな。

 

ふふ、七美に出会う前の私にも言いたい言葉だ。

周りに振り回されるだけだった、あの時の私にも。

だが、あの時間も悪いことばかりでは無いと思う。

あの日々のお陰で、私は強くなれたわけだからな。

 

「なる程、分かったよ。ありがとう相談に乗ってくれて」

「気にするな、これからは仲間だからな。

 同じ問題に挑もうとする者同士だ。

 今回はやり方が違えてるわけでも無いしな」

「じゃ、また違えないように気を付けないとネ

 正直、あんたと相対したら厄介すぎるしネ」

「ふふ、私は結構強いからな」

「相変わらず、結構とか言うんだね。

 強い自覚があるのかないのか、どっちなんだい?」

「強い自覚はあるが、最強ではない事を知ってる。

 そう言う事だ」

「面白いね、相変わらず」

「じゃあ、ありがとうね、梨里奈。

 また今度、何かあったら相談するよ」

「あぁ、そうしてくれ。年上らしく応えるからな。

 まぁ、アリナとは同い年だが」

「そんな風には見えないけどね」

「あんた、何が言いたいワケ?」

「アリナはもう少し落ち着いて欲しいと言う事だよ」

「アリナは十分落ち着いてますケド?」

「すぐにやけになるのに落ち着いてる訳無いじゃーん」

 

そんな、何だか仲の良さそうな会話を繰り広げながら

彼女達は私達の前から姿を消した。



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とある相談

マギウスからの相談を受けてしばらく経つが

裁判を行ないたいという申し出はなかった。

この事からも、彼女達は裁判をせず

自分達に出来る事をやり遂げると決めたのだろう。

 

「神浜マギアユニオン?」

「はい、そうです」

 

確かにやちよさん達が組織を作ろうとか

そんな話をしていたのは覚えているが

実は、私はあまりその話に参加してなかった。

 

と言うのも、ワルプルギスの夜を撃退した後

私は主にマギウス達と協力して

魔法少女を救う方法を考えていたからな。

 

お互いに色々と相談したりして

可能性を考えてたりもして居た。

私はまとめ役兼、意見を出す役だ。

 

あの3人は個性が強いからな。

まとめ役が居ないと喧嘩するのだろう。

 

「そう言えば、そんな話をしてたな」

「え? あんたってみかづき荘に住んでるだよネ?

 何も聞いてなかったワケ?」

「……き、聞いてなかった」

「り、梨里奈さん……ずっと上の空でしたけど

 まさか、聞いてなかったとは思いませんでした」

「す、すまない、魔法少女をどう救うかと言う事を

 ずっと考えてたから、ちょっと寝不足で……」

「さ、最近、毎朝ボーッとしてると思ったら、そう言う…」

「そこまで考えてたんだね」

「あぁ、それは勿論だ。まだ妙案は出てないが…」

 

最近は妙に夜更かしをする様になってしまったからな。

学校の勉強も今まで通りやってるが

やはり複数のことを深く考えると眠れない。

特に夜は色々な事を考えてしまうせいで余計に…

 

「うぅ、最近は理想的な生活習慣が出来てない。

 あまり勉強にも集中出来てないしな……」

「あまり無理しない方が良いと思うですけど?」

「あまり集中出来ないと言ってますけど

 け、結構私達に勉強を教えてくれてますよね?

 後、料理とか……」

「あぁ、そうだな。どれ位のレベルが良いかも考えてる。

 それと、料理は……教えるの大変だと実感するよ。

 やはり私のお母さんは教えるのが上手だったんだな」

「……無茶しすぎだよ。倒れるよ?」

「この位で倒れたりはしないさ」

「そう言うのって、知らない間に蓄積するんだよ?

 しっかり休まないと」

「うー、しかしなぁ、3人に任せっきりなのはな。

 私も色々と知ってるんだし、協力しなくては」

「はいはい、無茶はここまで、休んで」

 

結局、周りに言われて私は少しだけ考えるのを休んだ。

と言うかだ……今更だが眠気が…

 

「何かうとうとしてるけど

 やっぱり寝不足なんじゃない?」

「うぅ、も、申し訳無い」

「私達が知らない間に、そんなに無茶を……

 ご、ごめんなさい、気付けなくて」

「だ、大丈夫だ、それが普通だからな。

 私は演技が上手だからな、見抜くのは難しいぞ。

 多分、七美位じゃないと分からないと思うし」

「そう言えば、七美さんはずっと梨里奈さんに

 休んで休んでって言ってましたね……

 わ、私には元気そうに見えてたのに」

「七美は良く私の事を見てくれてるからな。

 お陰で、私は今もこうやって元気なんだが」

 

あ、危ない、あ、あくびが出るところだった。

ひ、ひとまずあくびをかみ殺して……

うぐぐ、ま、まだ明るいというのに情け無い…

 

「梨里奈さん、そんなに無茶をしないでください。

 い、今のうちに、少しでも休んだ方が良いです」

「そうさせて貰うよ」

 

少し考えたが、周りのアドバイスに従う事にした。

少しだけ硬い椅子から、ソファーへ移動する。

ここなら考えを纏める紙も視界に入らないからな。

 

「それで、神浜マギアユニオンだっけ。

 どんな感じの組織なの? お姉様」

「えっとね、3人が率いてるマギウスの翼と

 十七夜さんが率いてる東の魔法少女達。

 ひなのさんが率いてる南側の魔法少女達

 そして、やちよさんが率いてる

 私達、西側の魔法少女達を統合して

 一緒に解放を目指すための組織を作ろうと思ったの。

 

 目的は勿論だけど、魔法少女の魔女化からの解放と

 キュゥべえとの共存が上げられるね。

 勿論、一般の人達に被害が出ない方法で、だけど」

 

もしその目的が成就した場合、

相当な規模の組織になるな。

恐らくだけど、殆どは同盟という形にはなるんだろうが。

 

「なる程な、相当な規模になるが……

 軋轢とか大丈夫なのか?」

「大丈夫だと思いますよ、目的は皆、同じですし!」

「そうだが……」

 

しかし、不安要素はあるんだよな。

そう言う大規模な組織というのには必ず存在する不安。

それは内輪揉めとか、そう言った内部の問題。

そして、外部組織にも危険視される

そんな危険性があるという点。

 

恐らくだが、この組織を作ると

広い範囲に声を掛けるだろう。

そこから、ドッペルという魔女化を避ける方法が認知され

ドッペルというシステムを奪おうとする組織に見付かる。

大規模な組織というのは、強大な抑止力にはなるが

同時に新たな争いの火種にもなりかねない。

 

広範囲にドッペルが認知されればされるほど

ドッペルを独占してる神浜が妬まれ、

攻撃されるかも知れない。

とは言え、大規模な組織を作るというのも

大きなメリットがある。

 

それが、今、私達が考えてるとある方法。

感情の力、そう、私達に眠る願いを叶える力。

その力を利用した魔法少女の解放。

 

規模がデカくなればなる程、協力者が増える。

1人2人の感情の力では

システムを変える奇跡は無理だろうが

何十人、何百人の力を束ねたら可能かも知れない。

とは言え、課題は多いがな。それ程の人数を纏める力だ。

 

「僕は良いと思うけど、梨里奈は不安なのかい?」

「そうだな、規模がデカくなればなる程に

 安定した統率は困難になる。

 勿論、そう言う組織が必要とも思うが……

 統率方法をしっかりと考えないと派閥がなぁ…」

「相変わらず、あんたは心配性だよネ。

 アリナ的には問題無いって思うんですケド?」

「私も問題は無いとは思うが、

 組織には1人くらい、不安を抱く人物は必須なのさ。

 まずは不安要素として、

 周囲に目の敵にされる可能性がある。

 

 そして、絶対的な統治者が居ない組織というのは

 派閥が生じて、内側で軋轢が生じる危険性が存在する。

 

 対策としては、しっかりとした関係を築き上げる事だが

 この場合の問題点としては

 外部干渉に過剰反応する危険性がある。

 仲間意識が強くなればなる程、

 外部干渉に過剰に反応する。

 それは当然ではあるが、中々に厄介な物だ」

「そ、そう聞くと、何だか恐いですね」

 

大きな組織というのはそう言う物だからな。

大きな組織を統治するのに必要なのは

絶対的な統治能力、絶対的な目的意識

確かな組織構成等が上げられるだろう。

 

厄介な事に、組織構成というのは手間が掛る。

何処にどんな仕事を分布し、不平不満を無くすか。

あくまで魔法少女を解放するという目的の為に動くなら

不平不満はあまり関係無いのかも知れないが

 

何処にどれ程の発言権を与えるか。

そう言うのでも不平不満も生じる。

多くの組織を纏めた同盟となってくると

場合によっては、それぞれの利権に関する話に発展。

そう言う可能性だって存在するわけだからな。

 

巨大な組織を組み立て、運営する。

それはとても難易度が高い事だろう。

マギウスやマギウスの翼のように

マギウスが絶対であり、マギウスの3人の権限は

殆ど同じである、と言う場合なら大丈夫かもだが

神浜マギアユニオンという組織の場合は難しいだろうな。

 

複数の組織を同盟するというのは難易度が高いからなぁ。

だが、肯定したい気持ちはかなり大きい。

意思を1つに纏めるために、組織というのは便利だからな。

 

「そこまで言うって事は、

 あんたは駄目って思ってるワケ?」

「必要だとは思うが、

 対策を講じたほうが良いと言う事だ」

 

とは言え、難易度の高い問題である事は間違いない。

誰にどれだけの権限を与えるのか。

勿論だが、それぞれの組織を束ねてるリーダーは

同等の権限を持っていて、その上での最高意思決定等は

それぞれのリーダーのみで行なうと言うのもありだ。

 

言うなれば、民主主義と言った形になるのだろうか?

それぞれの地域に居る魔法少女達が認めたリーダー達が

全員で集結し、その場所での話し合いにより

最終的な意思決定を行なう。

 

他の魔法少女達はそこまで意思決定には干渉できず

リーダー達のみで、殆どの決定を行なう。

そうすれば、まだ内輪揉めは抑えられるだろう。

 

そして、外部の魔法少女達との関係。

ドッペルシステムを隠蔽して……と言うのも手だが

もしドッペルシステムが露呈した際に問題になるだろう。

それは、話を広げても同じ事と言えるだろうがな。

 

他の魔法少女達からしてみれば、私達という存在は

自分達だけが魔女化の危険性から免れてる魔法少女。

目的は全魔法少女の救済とは言え、

それを全ての魔法少女達が信じるとも思えない。

 

「例えば組織の意思決定の殆どが

 それぞれの代表のみで行なう。

 こうすれば、内部の軋轢が生じにくいと私は思う。

 民主主義のやり方に近いかな」

「全員で話し合いだと、問題が起こりますしね」

「そうだ、話の統合も難しいし、

 場合によっては話し合いさえ無意味になりかねない」

「組織作りって、中々大変なんだね-」

「マギウスの翼を率いてたんだろ? お前らは」

 

いやまぁ、確かにマギウスの翼というのは組織というか

どちらかというと、宗教に近い形ではあったが。

 

「あまり考えてなかったしね」

「命令して羽根達を動かしてただけだったしネ

 羽根達は私達の意見に疑問さえ抱かなかったしネ」

「唯唯諾諾という形だね、すぐに従ってくれてたよ」

「い、いいだくだく……?」

「事のよしあしにかかわらず、何事でも従う事だ

 人の言いなりになり、自主的な行動をしない事だ。

 まぁ、1番楽な生き方だな。間違いない」

「傀儡に等しい生き方だけどね」

「傀儡で居る方が楽なのさ。

 大した責任が生じないからな」

 

自分で大きな決定をしないで良いのは楽だからな。

 

「な、何だか話が難しすぎて……

 ちょ、ちょっと付いていけません」

 

確かに今の会話は難しい内容が多いからな。

 

「なら、そう深く考える必要は無いだろう。

 きっといろはには無縁な話だからな」

 

いろは達は自分達の意見を貫き通したからな。

周りに言われるだけで意見を変える人間なら

あそこまでに意思を貫き通すことは出来ないだろう。

 

「だね、お姉さんは自分が思ったことをやるだろうしね」

「さて、話が大分脱線してしまったな。

 私が原因なのは間違いないが」

「色々と話が変わりすぎだと思うんですケド?」

「そ、そうだな。ま、まぁとにかくだ。

 神浜マギアユニオンという組織自体は賛同する」

「じゃ、じゃあ、梨里奈さんも参加してくれますか!?」

「あぁ、参加はするよ」

「勿論、僕達もね」

「異論はありませーん」

「まぁ、仕方ないヨネ」

「じゃ、じゃあやちよさんにもそう伝えます!」

「でも、梨里奈は幹部とかにしない方が良いと

 アリナは思うんだヨネ」

「え? ど、どうしてですか?

 り、梨里奈さんの活躍なら」

「勿論、功績が駄目だとか、

 そう言う理由じゃ無いんだよ?

 でもね、梨里奈って何でも出来ちゃうからね-」

「何だ? 心配してくれるのか?」

「心配もするよ、君は優秀すぎるからね。

 君なら確かに組織をまとめ上げることが出来るだろう。

 でも、今の状態でも無理をしてるんだ。

 ここに更に組織の統率なんて加わったら、

 倒れちゃうだろ?」

「た、確かに、そ、そうかも……」

「はは、心配してくれてありがとうな。

 確かに言えてるかも知れないな」

 

だけど、きっと3人がそう言ってくれなくても

私は幹部にはならないだろうとは思うがな。

恐らくだが、幹部の話が来た場合

ほぼ確実に七美は私を止めるだろうしな。

あいつは私の事を良く分かってる。

 

私が無理をするのを予見し、止めてただろうな。

だが、3人が私の心配をしてくれてる。

その事に、私は素直に感謝するとしよう。

 

「そう言う訳だから、私も参加自体はするけど

 組織の組み立てにはそこまで言わないようにするよ。

 実際、3人が言うとおり、

 私は無茶をするだろうからな。

 倒れてしまったら中々に大変だ」

「正直、勿体ないとは思うんだけどネ

 だって、アリナ達3人をしっかり纏めるくらいだしネ」

「自分で言うのも何だけど、

 わたくし達をしっかり纏めるって

 中々に難易度が高いと思うんだよねー」

「それをしっかり纏めて、意見も固めてくれてる。

 幹部としては相当優秀な部類なのは間違いないよ。

 とは言え、彼女は仙才鬼才だ、あらゆる事柄が出来る。

 それ故に多事多端だ。これ以上は本当に休めなくなる」

「私は限界突破が使えるから、その気になれば出来るが

 有事の時に動けなくなるのは不安だからな」

 

何かがあったときに動けるように

私は適度に休める状態で動かないとな。

 

「そ、そうですよね、梨里奈さんいつも大忙しですし……

 分かりました、組織とかは私達で出来るか

 やちよさんとも相談して動いてみます」

「あぁ、お願いするよ」

「それじゃあ、また報告に来ます!」

 

そう言い残し、いろはが私達の前から去って行く。

その後、一息吐いた後、再び魔法少女解放の話しに戻るが

私は3人に言われて、今日は大人しく帰ることにした。

 

そして、七美に無茶しすぎだよと怒られることになった。

ま、まぁ、慣れてるとは言え……

やはりここまで怒られると恥ずかしいな、はは。



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唐突な襲撃

魔法少女の解放。

あの騒動の後はそればかりを考えてる。

 

そのせいか、時間がすぐに過ぎてしまい

今はテスト期間に入り、そして終わった。

他にも神浜マギアユニオンが正式に結成されたしな。

時間が経つのがなんと速いことか。

 

「はい、梨里奈さん満点です」

「ありがとうございます」

 

いつも通り、少し緊張しながらテストを受け取とる。

正直、満点を取れて安心してるよ。

私は結構色々と背負い込みすぎてて

テストで良い点を取れなかったらどうしようとか

そんな事を思ってたわけだからな。

 

「いやぁ、やっぱり安定して満点を取るね」

「勉強もしっかりやらないと駄目だからな」

「でも、なんでそんなに色々出来るか素直に疑問だよ。

 今、あの3人と一緒に頭を悩ませてるんだろ?

 それなのに、どうしてそこまで出来るんだ?」

「何度か言った気がするが、勉強は流れさえ理解すれば

 それだけで大体は解決出来るんだ」

「あ、あはは、梨里奈ちゃんは本質を理解してるからね…

 べ、勉強の本質……」

「……七美、そっちはどうだったんだ?」

「……う、うぃ」

 

七美が見せてくれたテストの点数は40点。

……まぁ、赤点は避けたと言ったところだな。

 

「赤点回避か、十分だな」

「十分じゃ無ーい! 梨里奈ちゃんに教えて貰ってるのに

 どうしてここまで点数伸びないのかな……」

「今回のテストは難易度高かったしね……

 あたしも45点だよ、普段より低い気がする。

 平均でも50点だしね……」

「私より上じゃん……むー……

 だって、私の平均点44点……」

「何か、知らない問題が出てた気もするしなぁ」

「梨里奈ちゃんはさも当たり前の様に

 全教科満点だったけどね……」

 

そう言えば、特に気にしないで問題を答えてたが

確かに大学でならうような問題が多かったな。

 

「それって、ん?」

 

そんな会話をしていると、周囲の雰囲気が変わる。

この……禍々しい雰囲気。

何度も経験した、そんな不自然な空間。

 

「……こ、これって!」

「……馬鹿な」

「う、うわさ!?」

 

そんな馬鹿な事が……ねむ達はうわさを扱ってないはず!

この場面でうわさを扱って何かをするメリットは無い!

あり得ない、ほぼ確実にあり得る事じゃ無い!

今の3人は思い出も全て取り戻して

平和的な解決を望んでるはず……それなのにうわさを!?

 

いや、違う。違う筈だ、あの3人じゃ無い筈だ。

この状況で強行策を取ればどうなるか。

あの3人はそれ位理解してるはずだ。

 

今のマギウス3人だけではあまりにも戦力不足。

それにだ、今は感情のエネルギーを集める必要は無い。

少なくとも今はまだそのエネルギーの活用方法は不明。

どうすれば利用できるかも確定してないはず。

 

それに、私は殆ど3人と一緒に行動してた。

変な気を起そうとすれば、私が気付くはずだ。

 

「もしかして、あの3人が!?」

「いや、違う。私がずっと一緒に居たんだ。

 もし、あの3人が下手な行動をしようとすれば

 当然、私が止めるてる。

 

 それに、今はうわさを用いて感情エネルギーを集める。

 その必要は無いんだ……少なくとも、今の段階では

 そのエネルギーの活用方法は確立してないからな」

 

だから、あの3人は違うと言える。

私に黙っておく理由だって無い筈だ。

3人はきっと、私の事を信頼してくれてる。

信頼してない相手に相談なんて持ちかけないだろう。

 

「とにかく急いで対処するよ!」

「あぁ!」

 

私達は急いでうわさに対処することにした。

このうわさは何だ? 

 

「うぅ! もう最悪! 何で学校でこんな!」

「七美!」

「うわぁ! あ、ありがとう梨里奈ちゃん!」

 

数が多いな、結構なうわさの使い魔の量だ。

今まで相対してきたうわさの中でも相当な数。

こんな馬鹿な事が……

 

「うぇ!? 魔女!?」

「クソ! 何だって言うんだ!」

 

うわさに紛れて魔女まで姿を見せた。

魔女の数も多く、使い魔の数も相当だ。

うわさに魔女……結界を展開してない魔女。

七美がドッペルで友人にした魔女は結界の外で動くが

こいつらも結界の外で活動してる魔女!?

 

いや、正確にはうわさの結界の……いや、だが何だ?

うわさの結界なのか? 果たして、この結界が。

 

「急いで一般性との避難をさせないと!」

「や、止め!」

「させるか!」

 

使い魔に襲われそうになっていた生徒を救う。

こんな事になるとは……不味いぞ、これは不味い!

今まで相対してきた相手とは別格!

 

「護衛対象が多すぎる!」

「これ、大元を叩かないと不味いね!」

「だけど、この結界は相当……きっと学校全体だよ!?」

「この高等部だけじゃ無く、中等部も初等部もか……」

「中等部の方はきっとレナ達が対処してると思う!」

「あ、あなた達……そ、その姿は……」

「……出来れば、黙ってて欲しい」

 

この襲撃はあまりにも大規模すぎる。

私達の正体がハッキリとバレてしまったと言える。

だが、対処しないわけにも行かない。

 

私達がやらなければ、一体何百人の人が死ぬ?

この規模だ……それに、どちらにせよ時間の問題だった。

それが速まってしまったと言うだけだ。

 

「何なの!? 何なのこれ!?」

「止めて! 来ないで!」

「いや、いや!」

 

阿鼻叫喚、至る所から悲鳴が聞えてくる!

時間を掛けてる暇は無い!

 

「不味い、不味いよ! 対処が追いつかない!」

「この!」

 

自信の限界突破を利用し、全ての部屋を回る。

無理矢理に強引に方々を駆けずり回り

至る所に現われてる使い魔や魔女を排除する。

そのまま自身の突破をフル活用する。

 

「そこ!」

「え!? あ、あなた……」

「急いで逃げてください!」

「あ、う、うん! あ、う、後ろ!」

「させないよ!」

 

私の背後に現われた使い魔を屠る炎の軌跡。

一瞬見えたその炎が消え失せ、

その先に鶴乃の姿があった。

 

「鶴乃!」

「梨里奈ちゃん! これ、どう言う状況なの!?」

「わ、分からないが、状況が最悪なのは間違いない!」

「それは見れば分かるけど……

 でも、これってうわさでしょ!?」

「ほぼ間違いないとは思うが……」

「こっちは何とか!」

「このみちゃん! 良かった!

 じゃあ、次は3年生だ!」

「1年生は?」

「そっちは大丈夫! ももこちゃんも七美ちゃんも居るし

 それに梨里奈ちゃんがここに居るって事は

 1年生の方は殆ど終わってるって事でしょ?」

「あぁ、1年生の方は殆ど終わってる」

「なら、3年生だよ! 急ごう!」

「う、うん!」

「私は職員室の方へ行ってくる!」

「分かった! そっちはお願い!」

 

そのまま宣言通り、私は職員室の方へ駆ける。

とは言え、殆どが結界内だ。

多少の地形はそのままだが、殆どが変化してる。

だが、多少一致しているのであれば十分だった。

 

「先生!」

「うぅ……」

「あれがうわさの大元か!?」

 

一体だけ、他とは違う雰囲気の物体が居た。

魔女とは違う、タイプライターの様な姿。

恐らく、あれがこのうわさの大元。

 

あれを倒せば、この結界が消失するか?

分からないが、やらなければならない。

魔女も居るし、不安要素は大きいが

あれを倒せば敵の数も大きく減るだろう。

 

「時間があまりない、最高速で終わらせる!」

 

うわさが何かを発する前に、

私は即座にそのうわさを破壊した。

自分でも驚いている……私は今までよりも強かった。

 

「……」

 

方々を駆け回ってるときにも感じた事だが

私はワルプルギスの夜と相対してからと言う物

妙に実力が底上げされてるようにも感じた。

 

……それは、何度も経験したことではあった。

神浜に来た最初と今では私は強さが違いすぎる。

元よりそれなりに強くはあったが

今はその頃よりも遙かに強いと感じた。

 

戦えば戦うほどに、少しずつだが感じてた変化。

……その変化を今日は今まで以上にハッキリと感じた。

ワルプルギスの夜と戦った後の魔女撃破もあったが

さほど強力な相手は居なかった。

 

だから、感じ無かったが……今回はハッキリと理解出来た。

私は強くなってる……あの時よりも遙かに強くなってる。

これが……もしかしたら、私の祈りの効果なのかも知れない。

 

「自分自身の限界を越え続けたい。

 その願いが……この力を与えたのか」

 

私が限界突破で自分自身を強化する度に

私の肉体は、その限界突破に影響され強くなる。

現に今回の襲撃、今までであれば肉体がボロボロになるほどに

自分自身の限界を越えて動いたが、今は何処も痛くない。

 

恐らく、ワルプルギスの夜を倒す際に用いた

限界を遙かに凌ぐ圧倒的な限界突破。

その影響で、私の肉体は更に強くなったのだろう。

 

「これでうわさの方は落ち着くか……次は魔女……なん」

 

そんな事を思ってると、職員室の外に大きな物体が映る。

両手も両足も頭さえもない巨大なマネキンの様な物体。

蛇のようなうねうねとした触手が背から生え

ヘソには何故かルビーが埋め込まれていた。

 

「へー、うん」

「……何に相づちをしたんだ?

 まぁ、お前もウワサの類いだろう。

 随分と巨大だが……始末するまで!」

 

このままじゃ被害が甚大になるだろう。

その前にこの化け物を何とか対処する!

 

「行くぞ! デカいの!」

 

私は急いで窓から飛び出し、そのマネキンへ飛びかかった。

 

「ん!?」

 

マネキンに飛びかかると同時に周囲の雰囲気が変わる。

魔女の結界……私だけ隔離されたのか?

好都合だ……被害が出ないのならそれに越したことはない。

 

「はい~!」

「ッ!」

 

巨大な尾を私へ向けて振り下ろしてきた。

反射的にその攻撃を避け、私は即座に武器を構える。

 

「デカい相手とはちょっと前に戦ったさ!」

 

今度はヘソのルビーが光り輝き

レーザーの様な物が私へ向って飛んで来る。

 

「ッ!」

 

広範囲をなぎ払うレーザーか……厄介な。

だが、私だけを隔離してくれたのはありがたかったな。

この攻撃を学校へ向けて放たれていれば

甚大すぎる被害となっていただろう。

 

私だけならその攻撃を避けることは造作ない事だ。

不意に飛んで来るレーザーだろうとも避ける。

 

私の堪も何だかかなり優れているように感じた。

まだ、今回は第六感の限界突破は使用してないが

やはり戦えば戦うほどに私は強くなるのだろう。

それが、私の願いの影響……便利な願いだな。

 

「元より、私の限界突破は汎用性に富んでは居たが

 まさか、自らの祈りによる影響さえここまで出るとは」

 

後方へ飛び退くと同時に飛んで来る触手の追撃。

随分と太い触手だが、私の刃は伸縮自在。

即座に刃を変化させ、伸びてきた触手を両断すると同時に

あのマネキンへ向って振り下ろす事にした。

 

「はいー」

 

マネキンは私の攻撃を無数の触手で防いだ。

あの触手、数が増えるとは意外だな。

だが、私の魔法は限界突破だ!

 

「そのまま両断されろ! 返事のような鳴き声を出し

 肯定しておけ、私もあまり時間は掛けたくないんだ。

 状況が状況だからな!」

 

かなり強く踏ん張り、私は圧倒的な怪力を用いて

あのマネキンが扱う無数の触手を一本、また一本と

少しずつ、少しずつ切断していった。

 

マネキンは対応する為にすぐに触手を生やし

私の攻撃を防ごうと必死に努力をするも

少しずつ、少しずつ私が両断していく触手は

あのマネキンが再生さる触手の量を上回る。

 

あちらが2本の触手を生やせば、3本の触手を断つ。

あちらが3本の触手を生やせば、6本の触手を断つ。

このままの勢いで維持すれば、私の刃は奴を裂く!

 

「だが、これではあまり面白く無いだろ?」

 

力を入れる間に、更に私は短刀をいくつか召喚。

サイズは小さいが、数は中々に多いぞ。

そのまま呼び出した短刀を操り

私はあのマネキンを串刺しにする。

 

「ん?」

 

だが、あのマネキンの腹部が変形した。

嫌に勘が鋭くなってきている私だ。

流石にそんな動作を見て何も感じ無いわけが無い。

嫌な予感がする。あれは恐らく最後の抵抗だ。

 

「大人しくやられてやるつもりは無いと言う事か」

「あー、うん」

「ふ、面白い返事だ、もう少し気合いを入れた返事をしろ。

 肯定するなら、もう少し強く肯定してほしいものだな」

 

このままだと不味いと判断した私は攻撃を止めた。

同時にあのマネキンから今までの中で

最も巨大なレーザーが放たれる。

 

「あ、危ないな……」

 

咄嗟に飛び上がり、私はそのレーザーを避ける。

あんなのを食らえば、流石にひとたまりも無いぞ。

死にはしないだろうが、かなり痛い思いをする。

 

だがまぁ、あのレーザーが通った後の光景を見る限り

あれに直撃していれば、即死していたかも知れないな。

だが、溜めるのに時間が掛るのが難点だ。

僅かにでも時間があれば、その攻撃を避けるのは造作ない。

 

上空で体勢を立て直し、私は短刀を伸ばし大地に突き刺す。

同時にその短刀を足場とし、一気にマネキンに近付いた。

 

「今度こそお終いだ! 被害が出る前に消えろ!」

 

自分の肉体を軽視した、極限の限界突破。

短刀を足場にしたわけだが、その短刀は砕た。

あまりにも一瞬過ぎる一太刀だった。

 

十分過ぎる一撃だったのだろう。

私の一撃はあのマネキンを苦もなく両断出来た。

同時に周囲の光景が元に戻り、

私は学校のグラウンドに立っていた。

 

「周囲の雰囲気も元に戻ったな…・・はぁ、良かった」

 

と、とは言え、さ、流石に両足と両腕が痛むな。

や、やっぱり多少頑丈になったとは言え

あの限界突破は、あ、あまりにも体に負荷が大きい。

 

ワルプルギスの夜さえ叩き落とす程の限界突破だしな。

今回の突破は下手すればあの時以上かも知れないし

私の体中が痛むのも、ある意味当然だったかも知れない。

 

「…後は、被害が出てないことを祈るしか無いか」

 

 

その祈りが通じたのかも知れない。

奇跡的にこの襲撃での死傷者はゼロだった。

更に運の良いことに、殆どの学生は

今回の事件のことを忘れていた。

 

七美の話だと、あのうわさは記憶ミュージアムのうわさであり

記憶を奪ううわさだったというのが分かった。

結果、そのうわさが殆どの学生から今回の記憶を奪い

魔法少女の存在は奇跡的に明るみにならないで済んだ。

 

死傷者がゼロだったという話を聞いたときも一安心だったが

魔法少女の存在が露見しなかったというのも奇跡の様な報告だった。

 

「だがまぁ……」

 

何故か私の腕に付いていたルビーのブレスレット。

何だ? これは……禍々し雰囲気を感じるが

莫大なエネルギーのような物も感じた。

……私はこんな高貴な宝石を身につけることが出来る程

金があるような人間じゃ無いんだが……

しかし、このブレスレット……外せないんだよな。

 

「……壊すか」

「梨里奈ちゃん、しれっと恐い事言わないでよ……

 こ、壊すって、明らかに重要そうじゃ無い?

 そのブレスレット、調べた方が良いよ」

「確かに重要そうではあるが……邪魔なんだよな。

 風呂に入るときに不便でしょうが無い。

 眠るときも煩わしいし、壊したいんだが……」

「てか、壊せるの?」

「鉄の様だし、壊せるだろう」

「で、でもこのブレスレット……」

「うん」

 

まぁ、ただのアクセサリーで無いのは確定なんだがな。

明らかにアクセサリーとしては見栄えが悪い。

このブレスレットは明らかにこのルビーの他にも

宝石が入りそうな場所がある。

ルビーと合わせると8箇所……か。

今度、3人と合流して話を聞いてみるとしよう。



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謎のブレスレット

少しの時間を空け、私はマギウスの元へ来た。

色々とやることが多く、来るのが遅くなったな。

中々に多忙という感じだ。

 

「あ、来たね」

「何だ? 来ることが分かってたのか?」

「あぁ、お姉さんからも話は聞いたよ。

 勿論、君も来るとは思ってた」

「まず想定できる最初の質問に答えるケド

 今回のうわさの襲撃はアリナ達は一切関与してない。

 そんな事したら、あなたにデリートされちゃうしネ」

「私がそんな野蛮な訳無いだろう?

 何度も言ったが、私は臆病だからな。

 それに、その質問は私がしたい質問じゃ無いさ」

「およ? そうなの?」

「あぁ、お前らが関与してないことは理解してるさ。

 私もそれなりに一緒に居るわけだからな。

 お前達が黒なら私が気付かないはずもない。

 今回私が来た理由は、うわさの襲撃関連ではあるが

 このブレスレットの事だよ」

 

私はゆっくりと腕を上げ

腕に付いてる不可解なブレスレットを見せた。

 

「何だい? このブレスレットは」

「梨里奈が宝石のアクセサリーを付けるなんて意外だにゃー」

「趣味の良いアクセサリーとは言えないと思うんですケド?」

「言うまでも無いとは思うが

 私はこんな高価なアクセサリーを買えるほど

 金に余裕が無い、貧乏だからな。

 鶴乃のお陰でお金は貯まってきてるが、

 貧乏性の私が高い買い物を出来る筈も無いさ」

 

そもそも、こんなアクセサリーを買うくらいなら

新しい服を買うと思う。

まぁ、その服も安い奴だろうがな。

流石に5着では厳しいと感じて来た。

 

最初は3着で回してたのが嘘のようだ。

ふふん、私も贅沢になった物だ。

 

「なんかさ、梨里奈って能力高いのに

 何だか妙に不憫って言うか……

 理不尽とか感じ無いの-?」

「あんたは他の金持ち層よりも

 遙かに能力高いしネ」

「私は結構満足してるよ」

「もっとアングリーになった方が良いと思うんですケド?」

「自分の境遇に腹を立てるというのは贅沢だからな。

 普通ではないが、生きてるだけでも幸せ者さ」

「君は本当に献身的というか愚直というか。

 いつか激しい後悔に見舞われても知らないよ?」

「ふ、心配してくれてありがとうな」

 

少し言われ慣れた言葉だ。

同じ様な言葉を私は何度も七美から贈られてた。

 

「だが、今は私の境遇よりもこのブレスレットだ。

 さっきも言ったが、これは私が買った物じゃ無い。

 うわさの襲撃時に出現した、異様なマネキン。

 そのマネキンが変化して、私の腕に引っ付いた。

 正確にはブレスレットになって引っ付いた訳だが」

「そんな事って、それにマネキンってなーに?」

「デカいマネキンでな、ちょっと待っててくれ、書く」

 

私は自分が遭遇したあのマネキンを細かく書いた。

書きながら思ったことだが、何とも奇怪な姿だ。

顔も無く両手両足も無い、謎の巨大なマネキン。

 

マネキンは確かに肉体さえ存在していれば

顔なんて物は不要なのかも知れない。

ある意味、マネキンに必要とされてる要素は

服を魅せる事が出来る、理想的な体。

 

まぁ、誰もマネキンには期待なんてしないだろうし

必要なのはマネキン本体では無く

その本体を包み隠し、飾り付けてる服だからな。

 

「っと、こんな形だ」

「魔女……とは、違うような……でも、魔女っぽい」

「梨里奈、あんた随分と絵が上手いネ。

 本気で書いたらどんな風になるワケ?」

「流石芸術家、私が描いた化け物の造形より

 私が書いた絵の方に興味が出るとは。

 だが、残念な事に私が本気で書いても

 お前みたいに特別な作品は出来ないだろう。

 私が描くのはありふれた幸せだろうからな」

「それは」

「そう、それが私が今求める、1番の理想だ」

 

ありふれた幸せ。今の私はそれが欲しいと感じるだろう。

無論、私では無い……私は十分過ぎる程、幸せだからだ。

例え魔女になると言う呪いに苛まれていようとも……な。

 

「ありふれた幸せほど、難しい物は無いよ」

「あぁ、千差万別、ありとあらゆる形があるからな。

 考え方次第では、あらゆる理想へと変化する

 最高の芸術作品なのかも知れない。

 だが、今はその話よりもこの化け物だ。

 心当りは無いか? 中々に強かったが……」

「正直、梨里奈が強いと言うことは相当なんだろうね」

「普通の魔法少女だと苦戦は必至なんだろうなー」

「あぁ、正直私も今、自分がどれ程か測れてない。

 ワルプルギスの夜の後から、私は妙に強くなったし」

「……これ以上強くなってどうすんのさ」

「魔法の効果と言うか、恐らく願いの効果だな……

 私の願いは自分の限界を越え続けることだから

 肉体の限界突破を多用したことで

 その限界突破による限界にさえ対抗するために

 私の願いで肉体が強化されてるんだと思う」

「……そ、そう」

 

さ、3人が少しだけ引きつった笑みを見せた。

ま、まぁ、自分でも若干驚くからな。

 

「えっと、怯えないでくれ、今は敵じゃないからな」

「本当、あんただけは敵に回したくないネ」

「きっとこの化け物、多少実力がある魔法少女じゃ

 束になっても勝てないんだろうなー……」

「だけど、流石の梨里奈も1人じゃ」

「……」

「なんで目を逸らしたのかな~?」

「ソ、ソウダナー、やっぱり多いと」

「はい、理解したよ。1人でやっちゃったんだね」

「……引かないで欲しい」

「本当、ワルプルギスの夜って

 とんでもなく強かったんだね…」

 

そうだよな、やはり語り継がれる魔女と言うだけはある。

今の戦果で理解したが、私が苦戦するのは相当なのでは?

 

「だ、だがまぁ、1番危険だったのは

 口寄せ神社のうわさだな、危うかったし。

 次は七美と戦った時だな、死にかけた。

 弥栄にも殺されそうになったり、私も散々だ」

「本当、不憫だよね……でも、流石は七美だよね。

 正直、梨里奈と戦えるって相当だよねー」

「後はマミとかネ。何度も戦ってたし」

「そうだな、マミは相当強かったな。

 あれで中学3年生とは恐れ入ったよ」

「君と1つしか年は変わらないよね?

 それに、魔法少女歴は君の方が浅いだろ?」

「……そう言えばそうだったな」

「たまーに馬鹿になるよね」

「い、言わないで欲しい……」

 

うぐぐ、何でこんな話題に。

い、今はそれよりもこのよく分からない化け物だ!

 

「と、とにかくだ! この化け物の話しに戻ろう!

 ま、まぁなんだ、この化け物を倒したら

 このブレスレットになったんだ」

「はいはい、脱線しすぎちゃったしネ」

「でー、これがブレスレット?」

「あぁ、そうだ」

「……本来であれば、道具を説明しようとするときは

 そのアクセサリーを取って見やすいようにすると思うのだけど」

「それが普通だな、礼儀という奴だろう。

 誰でも当たり前の様にする、礼儀作法。

 とは言え、それを私がしてない地点で察してるとは思うが

 このブレスレットは私の腕から離すことが出来ないんだ」

「まぁ、当然察しては居たんだけどねー」

「勿論、邪魔だから壊そうとはしたんだが

 七美が重要そうだから壊さない方が良いと言ってな」

「あからさまに不自然だもんね」

「そうだろ? 色々な場所が欠けてるアクセサリーだ。

 当然、装飾品としてはどうしようも無い程の欠陥品」

 

何も完成してないと言っても過言では無いほどに

殆どの要素が欠落している欠陥品だ。

 

「全く、問題ばかりで頭が痛い……

 これではゆっくり眠れない」

「まぁ、明らかに完成させちゃうと何かありそうだよね-」

「あぁ、窪みの場所から考えて……残り7つ。

 あの化け物が倒された際にこのブレスレットになる

 あるいは、この宝石になるのだとすれば」

「最低でも残り7回、その手強い化け物が現れる」

「そう言う事だ。ただでさえ妙な気配が増えてる状況。

 そして、この謎の宝石に謎の魔女の様な化け物。

 だが、その化け物は当然、とある組織に密接に関係する何か」

「……理解はしてるよ」

「あぁ、お前達マギウス。

 うわさを率いてる化け物が出て来た。

 この状況で考えられるのはいくつかある。

 ねむの魔法の暴走したのか

 灯花が集めていたというエネルギーが暴走したのか

 アリナの結界に隔離された何かしらの魔女が暴走したか

 あるいは、うわさで力を蓄えてたとある残滓の影響か」

「もしかして」

「あぁ、お前らが大事に大事に育て上げて作りだし

 今も私達を目の見えない場所で守ってる存在」

「僕らが育て、自動浄化システムを管理してくれてる魔女。

 エンブリオ・イブ」

 

恐らくこの宝石は今、姿が分からなくなってるイブ。

あれが関わってきていると予想する。

アリナの結界が暴走してるという可能性も0に近く

灯花が溜めてたエネルギーの殆どはイブの為。

ねむの具現化の魔法はそもそもが意図しなければならないはず。

自分の寿命を削ると言ってたし、相当な負荷が掛る。

そんな負荷が掛るというのに多様は出来ないだろう。

 

他にある可能性として、七美のドッペルが暴走した。

そう言う可能性もあるし、あるいは誰かのドッペルの影響。

だが、うわさに対処したのは殆どが私達だからな。

そのうわさ達が関わってくるなら、ドッペル説は薄いだろう。

 

だから、うわさを率いてる化け物の出現には

うわさによって力を蓄えてきてたイブ。

それが大きく関わってると考えるのが自然だ。

 

「もしイブが関わってるならチャンスかもね。

 イブを改良して、

 自動浄化システムの拡張も出来るかも」

「他にもこの宝石の多大な魔力を利用して

 感情を統一する事が出来る可能性もある」

「そんな事が出来るのかい?」

「そんな事が出来る魔法少女が居るかも知れない。

 少なくとも私は1人だけ、

 その魔法少女を知ってる。

 私の親友……千花 七美だ」

「彼女の魔法は糸で繋ぐ魔法だよ?」

「七美の魔法は繋ぐ魔法だ。

 とは言え、七美1人では辛いかもしれないがな。

 他にもそんな魔法が扱える魔法少女が居ればな」

「うーん、そこら辺も神浜マギアユニオンを通して

 色々と調べてみるよー、所で凄く今更なんだけど」

「なんだ?」

「七美は?」

「……追試だ」

「まぁ、大体察してたけどね-」

「うーむ、魔法少女の解放のことばかりで

 あまり七美に勉強を教える余裕が無かったからな。

 力及ばずだ……申し訳無いと感じるよ」

「いや、あんたが感じる事じゃ無いよネ?」

「は、はは……」

 

とは言え、しばらくは勉強を教えられないかな……

すまない七美、もうしばらくの間だ、辛抱してくれ。



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奇跡の危険性

3人にブレスレットを見て貰った訳だが

やはり、かなり膨大なエネルギーがあるらしい。

強大なエネルギー、どうとでも利用できるエネルギー。

平和的な利用方法から、攻撃的な方法まで

莫大なエネルギーというのはあらゆる事柄に使える。

 

例えば石油だとか、そう言うエネルギー資源だ。

さほど膨大では無いにしても

集めれば集めるほどに大きなエネルギーとなる。

 

こう言ったエネルギーというのは誰もが求める物で

あらゆる事柄に需要があると言えるだろう。

その需要が平和的な物ばかりでないのは事実だ。

 

まぁ、多大な力を得れば利用したくなる。

それが人の性なのかもしれないがな。

 

「やっぱり、凄いエネルギーが秘められてるね」

「そうだな……だが、危険と」

「どうしてそう思うワケ?」

「多大なエネルギーなんて争いの種にしかならないからな」

 

まぁ、私も利用しようとしている立場ではあるがな。

平和的な解決をするために、このエネルギーを利用する。

私の思い出はそうだが、さてはて、何処かの誰かはどう思うか。

 

感情というエネルギーはかなり強力な力だ。

だが同時に、危険な物であるという自覚を持たないとな。

……色々と考えて見れば見るほどに、キュウべぇ

奴らの存在がかなり理想的な存在だと思う様になる。

 

感情が無い、高い知能がある生き物。

奴らの目的は自らの延命であり、それ以上は無いだろう。

奇跡を起せるだけの力を得ながら

奴らはそれを宇宙存続という目的の為に利用してる。

 

この感情のエネルギーだってとても便利なエネルギーだ。

私達がキュウべぇの行動に敵対してる理由は

自らがその犠牲になるからであり

自らに刃が突き付けられてるから抵抗してる。

だが、この呪いが解けた後……

 

「……はぁ」

「嬉しい状態だと思うケド、ため息?」

「……そうだな、先の事を考えると頭が痛くなる。

 捕らぬ狸の皮算用といえるのかも知れないが

 その内、辿り着く目的のその先だ。

 便利な力が争いに至ると考えると不安でしょうが無い」

「どう言う事?」

「そのままの意味だよ、大きなエネルギーを持つ宝石。

 もしかしたら、誰かが利用しようと動くかも知れない。

 そう考えると、流れでな……」

「あんたって、相当先を考えて辛そうな顔するヨネ。

 それ、面倒じゃ無いワケ?

 アリナだったら絶対に面倒って感じるケド?」

「……組織には、誰か最悪を考える人物が必要なのさ。

 色々な人間を導こうとするなら、そう言う不安は必須だ。

 悲観的な考えを続ければ、確かに足は進まないが

 

 悲観的な考えをして居れば、最悪の場合に対処する為の

 一手、その一手を即座に行動に移せるんだ。

 最悪の事態には迅速な対応が必要となる。

 

 時間が掛れば掛るほど、最悪の事態は手が付けられなくなる。

 例えば……そうだな、イブの力が暴走でもした場合

 どうやって制御するか、とか、そう言う考えがあれば

 暴走した場合の対処が出来る。

 

 例えば……うーん、そうだなぁ、この宝石が集まったとき

 もしこの宝石の力が強大すぎて制御出来なくなった場合だ。

 イブは確か穢れを集めるんだろう? その穢れを集める速度

 

 この宝石がイブの残骸であるなら、全て集まった際に

 その穢れを溜める速度が爆発的に上昇してしまい

 変換と具現の力が追いつかず、穢れが吹き出るかも知れない」

 

所詮は可能性だけどな、軽く適当に言っただけの事だ。

宝石の強大すぎる力。この宝石が残り7コはあると考えて

その7コが一点に集中した際に暴走する可能性はある。

 

「他にも魔法少女の解放が完了した後の差別問題。

 魔法少女の存在が露見した際の危険性。

 

 このどちらでも危険だから、対策としては

 魔法少女を魔法少女じゃ無い普通の人間に戻す。

 これを迅速に行なわなくてはならないとかな」

「その2つが何処まで危険だと思ってるの-?」

「そうだな、世界的な危機だと思ってる。

 言いすぎかも知れないが、私はそれ位考えてる。

 感情のエネルギーという奇跡を起せるエネルギ-。

 

 魔法少女の存在が世間に認知されてしまうと言うのは

 同時にこのエネルギーまで認知されてしまうと言える。

 便利すぎるエネルギーは争いの種となるだろう。

 

 特に何でも願いを叶える事が出来るだなんて

 誰でも喉から手が出るほどに欲しいだろう?

 そのエネルギーを自分達で制御しようと研究される。

 

 キュウべぇが私達を魔法少女にしてる理由は

 私達位の年齢の女性が

 最も感情のエネルギーが大きいからだったか?

 

 つまり、そのエネルギーが露見した場合

 私達が解剖されるか、研究される。

 あるいは私達と同い年くらいの少女達が

 奇跡を起せるエネルギーを欲する有権者に捕まり

 徹底的に調べられるという危険性だ。

 

 恐らく、後者の方が危険性が高い。

 私達を捕らえるのは大変だろうからな。

 抵抗する力があるのだから……

 

 だが……効率を望むキュウべぇなら……

 あぁ、そうか……だから、キュウべぇは隠してるのか。

 私達魔法少女の存在を、今現在は可能な限り……」

「はぁ? 何で1人で納得しるワケ?」

「あぁ、いや、悪いな、自分で喋ってて

 そうかも知れないと思ったから」

 

弾にこういうことがあるな、色々と考える事で

その考えから、新しい考えへ至る。

 

「まぁ、分かりやすく言うとだな。

 最悪の事態を想定していると、色々と可能性が出てくる。

 そして、色々な可能性を考察した結果、私の結論は

 魔法少女の解放を可能な限り迅速に行ないたい。

 難易度が高いが……

 

 勿論、自動浄化システムの拡大もしたいが

 出来れば、その方法よりも魔法少女を人に戻したい」

「本当に思うけど、君は最悪の事態を想定するのが好きなのかい?」

「好きでは無いさ、嫌な予想が付きまとってくるからな。

 だが、必要だからしてる……あぁ、本当に全く

 七美には頭が上がらない……七美が最悪の事態を考えてた

 

 あの時の言葉が無ければ、私は可能性を想定できてなかった。

 七美のお陰で、色々と可能性を見ることが出来る様になった」

 

この宝石を集めるのは必要な行程だろうが

全て集めきるのは、あまりしない方が良いかも知れない。

この力を使って、魔法少女を人に戻す方法を考えたい。

 

「……でも、梨里奈の言葉のお陰でただ解放するだけじゃ

 問題が残るって事が分かった気がするよ」

「そうか、それは良かった。

 ただ魔法少女を魔女化から救う。

 それだけでは新たな戦争の火種にしかならないからな。

 

 魔法少女を人に戻す方法を考えないと駄目だろう。

 人同士の争いで、人類が滅びかねないしな」

「いや、凄く怖い話ししてない? どう言う事?」

「願いを叶える力が世間に露見するんだぞ?

 有権者達は絶対にその力を欲するだろうし

 恐らく、今の科学力ならいつしか人間達は

 感情エネルギーを解析し、力に出来るかも知れない。

 

 必要な資源は私達と年が近い少女。

 簡単だが、有限な資源である事は変わらない。

 私達と同い年の少女を得る為に争うかも知れない。

 

 そして、利用された少女達は魔女化……

 自動浄化システムが世界に拡大すれば

 ドッペルだが、勿論散々な扱いを受けたわけだし

 最悪の場合、魔法少女と人類の戦争となりかねない。 

 そうなれば……世界は終わるんじゃ無いか?

 

 所詮は想定だが、その可能性がある以上

 出来れば、私達の存在が露見するのは避けたい。

 だから、私はあの襲撃がどうしようも無く恐ろしかった。

 

 まぁ、あのマネキンが従えてたうわさが

 記憶を奪うウワサだったから……何とかなったが。

 実は私達だけじゃ無く、世界的に危険だった。

 

 恐らくキュウべぇが魔法少女の存在を

 可能な限り隠してるのはこの終焉を危惧してだろう。

 私達が滅ぶのは、

 あいつらもあまり好ましくないだろうしな」

「血生臭い想定が好きなんだね。

 でも、妙な説得力がある」

 

この最悪の事態も感情があるからこそと言える。

感情を捨てたキュウべぇ達は実に正しい判断だった。

そう考えてしまうほどに、感情と言うのは危険だ。

 

やはりイブに頼らない方法を考える方が良いかもな。

だが、イブのエネルギーは利用したいところだ。

キュウべぇが築いてきた歴史を覆すためには

やはり生半可なエネルギーではとても足りないからな。

 

……考えるとしよう、これまで通りに必死に。

今の私には、自分以外の誰かの事を考える。

そんな幸せな人間にのみ存在する余裕があるんだ。

だから、私達がやらないとな。

 

魔女化の恐れが無く、余裕のある私達が。

魔女達を滅ぼし、魔女化を全て無くし

全ての魔法少女達を元の人間に戻す方法。

そんな奇跡を起すための可能性を作る。

それは、私達にしか出来ない事だからな。



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万々歳の特徴

さて、今日は万々歳でバイトだ。

しかしながら、やはり寂しい。

いつもバイトで来る度に思うのだが

やはり人があまり来ない。

当然の様に、今日もあまり人が来なかった。

常連はそこそこ来るのだが、新規が少ない。

 

「よーし! 今日も終わったね!」

「そうだな……」

「ん? どうしたんだ姉ちゃん!」

「いやな、勿体ないと思って」

「勿体ない? 何が?」

「鶴乃、万々歳の特徴、分かるか?」

「特徴? いきなり何を言い出すの?

 それは勿論、最強の魔法少女である

 この私が……いや、魔法少女が多い事?」

「いや、そう言うのじゃ無くてだな。

 うん、確かにそう言う特徴はあるが」

 

常連に多いのは魔法少女だったりする。

レナを筆頭に意外と魔法少女が多い。

もしくは女性客が多いとも言える。

 

理由は分かりやすい物で、

鶴乃とフェリシアの2人だろう。

2人とも性格が明るいからな。

鶴乃は言わずもがなムードメーカーであり

フェリシアは母性本能の様な物をくすぐる。

この2人の人格が万々歳に常連が多い理由でもある。

 

「今、私が問いたかったのはお客様の特徴だよ」

「常連が多いって事?」

「その通り、万々歳は常連客が非常に多い。

 これは何故か分かるか? 理由はいくつもある。

 1つは鶴乃とフェリシアの性格が良いからだ。

 ムードメーカーで明るい鶴乃とフェリシア。

 明るいというのはそれだけ、相手に好印象を与える」

「相変わらず、自分は入れないんだね」

「私は裏方だからな」

 

私が行なうのは基本的に調理であり

接客では無い。だが、私が接客をすれば……

多分、自分でも異常と感じる程明るく振る舞うし

 

自分でも異常と思えるほどの笑顔で接客するだろう。

私はそうやって生きてきたからな。

仮面を被るなど、造作ない事だ。

 

「さて、話を戻そう。常連が多い理由だ。

 2つ目の理由だが……味だ」

「確かにお父ちゃんの料理は美味しいもんね!

 誰に聞いても50点って言われるけど……」

「ふふ、そこだよ」

「そこ?」

「そう、誰に聞いても50点。そこだ」

「どう言う事だよ姉ちゃん」

「最も重要な要素があの一言にはある。分かるか?」

「えーっと、50点って所?」

「勿論、そこも重要だ。だがそれよりも重要な言葉。

 それは、誰に聞いてもと言う部分だ」

「え?」

「誰に聞いても、同じ点数を言われる。

 ハッキリと物を言うレナもそうだし

 他の常連達も同じ様に50点と告げる。

 だが、毎日の様に来ている。

 理由は単純で、毎日食べても飽きないからだ

 これが万々歳最大級の武器!」

 

そう、万々歳にはしっかりと武器がある。

なのに妙に人が少ない、これが現実だ。

このままだと、大きな成功は達成できない。

このままジリジリとでは、いつか限界が来るだろう。

常連が多少多いと言えど、

いつまでも同じ人数だけでは不味い。

何処かで増やす必要がある。

 

「万々歳にはしっかりとした武器がある。

 なのに何故、万々歳にはあまり人が来ない?」

「そ、それは」

「理由はシンプルだ、

 万々歳、最大の武器を生かし切れて無いからだ」

「うぅ……でも、どうすれば」

「だから、話し合いをしよう」

「え?」

「どうすれば万々歳最大の武器を生かせるか。

 それを明日、万々歳で親父さんも含めて

 一緒に、どうすればお客を呼び込めるか」

「い、良いの? 明日は休みなんじゃ」

「問題無い、お世話になってる万々歳の為だ。

 1日の休み程度、全く惜しくは無いさ」

「あ、ありがとう」

「おぉ! 俺も考えるぜ!」

「あぁ、一緒に考えよう。だから鶴乃。

 親父さんにこの事を話しておいて欲しい」

「わ、分かったよ! 相談してみる!」

 

私がその事を告げてすぐに鶴乃から電話が来る。

親父さんもその事を了承してくれた。

明日は定休日だからな、1日かけて考えられる。

その事を七美達に伝え、

私は次の日、フェリシアと共に万々歳に向った。

 

 

 

「よし、今日はしっかり考えよう」

「おう!」

 

万々歳に向う道中に必要な物を買って

歩きながら、ある程度の事をメモに書く。

そして、万々歳に到着する。

 

「来たね! ささ、こっちこっち!」

 

万々歳に着き、鶴乃達が用意してくれたであろう

ちょっと大きな机の前に座る。

 

「ありがとね、ここのために色々考えてくれて」

「お世話になってる万々歳の為です。

 これ位は当然ですよ」

「俺も色々考えるぜ! 万々歳を大盛況させるんだ!」

「ありがとね、フェリシア、梨里奈ちゃん」

「気にしないでくれ、さて、早速だが」

 

軽く挨拶をした後に、私はメモ帳を机に置いた。

 

「では、早速ですが、どうして万々歳に

 あまりお客様が来ないのか。

 それは単純に宣伝が足りないからだと思います。

 

 ですが、ただの宣伝では効果がありません。

 宣伝というのは一撃で決める必要があります。

 何度も何度もインパクトの無い宣伝を繰り返しては

 ドンドン目新しさが消え、興味すら持たれません。

 

 なので、最初の宣伝でいかにインパクトを与えるか。

 これに尽きます」

「ふむふむ」

「インパクトを持たせる方法は色々とありますが

 メジャーなのが特徴を見せ付けることです」

「確かに、それは重要だね」

 

広告を見た人に特徴をしっかりと伝える。

それは非常に難易度が高いが重要な事だろう。

これが出来た店は成功するチャンスが訪れるが

正直言うと、成功しても店が伴わなければ

お客様はただただ離れていくだけだ。

 

「僅かな文面でいかに特徴を見せ付ける。

 それが重要ではありますが、

 他には無い、尖った特徴である必要もあります。

 当然ながら、他の店の宣伝も同じですからね。

 自身の特徴を伝える。それが広告で必要な事。

 なので、他には無い尖った特徴を用意しないと

 十分な宣伝効果を得る事が出来ません。

 

 ですが、万々歳の料理は正直言って、

 尖った特徴も無い。

 それは常連達の言葉からも聞き取れます。

 そう、50点という、可も無く不可も無い評価」

「うぅ、や、やっぱりそれだよね」

「頑張ってるんだけど、中々ねぇ…」

「ですが、この評価に何か一言入れば意味が変わる。

 鶴乃、昨日私が言ったこと、覚えてるよな?」

「うん、誰に聞いても同じ評価」

「その通り、そこが万々歳最大の特徴」

 

50点、極めて普通という評価だ。

料理店からしてみれば、この普通という評価は

コンプレックスと言える部分になるだろう。

 

だが、テレビの芸能人等で分かるとおり

コンプレックスを武器にするのは重要であり

この部分を逆手に取れば、

いくらでもやりようはある。

 

「誰からも同じ点数を言われる。

 つまり、誰から見ても、同じ位の料理。

 この部分を武器にすれば万々歳は成功します」

「なる程ね、最大のコンプレックスを利用する。

 そんな発想は無かったなぁ、どうするんだい?

 誰が食べても同じ評価を、どう武器にすれば」

「キャッチコピーです。キャッチコピーを考えましょう」

 

キャッチコピーの事を伝えて、メモを1枚めくる。

そこには私が少しだけ考えたキャッチコピーがあった。

 

「えっと、呆れるほど飽きない味

 何処にでもありそうなここだけの味」

「私が少しだけ考えたキャッチコピーです。

 どちらも自虐してかつ宣伝する

 自虐マーケティングに近い宣伝方法です」

「ほうほう、面白いね」

「他には商品名を変更する方法もありますね。

 商品全般に50点と名付けて出す方法。

 しかしながら、これは今までの常連が

 ちょっと困惑する可能性もあるので

 そこまでおすすめはしませんが」

 

新規顧客を得たいのは間違いないのだが

その為に、今までの常連を無下にするのはよくない。

常連客達は私達を支えてくれてる人達だ。

 

その人達への感謝を忘れるのは経営者として失格。

今までも顧客を大事に出来ない経営者では

新く得た顧客も離れて行く可能性だってある。

 

「前もって常連に伝えていき、変える方法なら

 それはそれでありかも知れませんが

 いきなり変えるのはよくないでしょうし

 そもそも、狙いすぎても

 新規顧客が離れる可能性もあります。

 ですが、成功すれば伸びる可能性もある。

 

 何かの拍子にSNS等で伸びた場合は

 商品名を変えて見るのも手としてはありでしょうね」

 

今の世の中はSNSが重要な世の中になってる。

大きく成長したり、成功するには

このSNSをいかに利用できるかが重要になってくる。

 

実は反則と言える方法だが、手としては存在する。

それは、やちよさんにSNSを使って伸ばして貰う方法。

やちよさんはモデルだ、十分宣伝効果もあるだろう。

だが、流石に巻き込むのはよくないだろう。

 

「私が伝えたいのはこれで以上です。

 鶴乃やフェリシアは何かあるか?」

「いや、何も……そもそも梨里奈ちゃんの話しの

 レベルが高いから、何も口を挟めないというか」

「おう! 俺はさっぱり分からなかったぜ!」

「かなり詳しいんだね、梨里奈ちゃん。

 何処かで勉強をしたとかあるのかい?」

「可能性はあるかもね、どうなの? 大変なのに」

「これはユニオンの運用を考えるときに

 ちょっとだけ営業系の話しに興味が移って

 少し調べた結果だから、大変って事は無いさ」

「え? 梨里奈ちゃんはユニオンの運用や

 組み立てには参加しないって聞いたけど」

「いやほら、性格上どうしても……」

「本当、無茶しないでよ……」

「大丈夫だ、この程度大した事じゃ無い。

 それに、この行動の結果色々と調べれて

 もし、この知識が役に立って万々歳を

 繁盛させることが出来れば 

 無駄じゃ無かったと言えるからな」

「……そうなんだ、その、梨里奈ちゃん」

「どうした?」

「万々歳の事、色々考えてくれてありがとうね」

「私の方こそ、誘ってくれて感謝する。

 ありがとうな、鶴乃」

 

その後、大した案などは出ずに

私の伝えた案で行動する事になった。

この案が成功してくれることを願うよ。



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宣伝の結果

ある意味では中々大きな勝負だった。

資金をいくらか投下しての勝負だ。

一撃で決める事さえ出来れば

大した損失ではないが

失敗すれば中々に応える勝負。

 

私の案がどこまで成功するか

それは分からなかったが

親父さんは私を信じてくれた。

その結果……

 

「はぁ、はぁ、お、お父ちゃん!

 八宝菜!」

「用意は出来てる」

「ありがとう!」

 

万々歳は今までの2倍近くの客足になった。

私が提案した自虐マーケティングが

中々刺さってくれたというのが大きい。

 

当然、色々な要因が絡んだからでもある。

主な要因として、魔法少女たちが関係しててた。

自虐マーケティングで神浜の魔法少女たちが

万々歳に興味を持ってやってきたのがきっかけだ。

 

「うわ、マジでこの味、

 超普通なんですけどー!」

「どこでも食べられるような味っぽいけど

 確かにこんな感じのザ・普通って味は

 なかなか珍しいかも……」

 

神浜の魔法少女の一部がSNSでこれを拡散

魔法少女仲間や、他の県の一般の人まで

結構な数が万々歳の存在を把握した。

エゴサーチをした結果、

ほぼ全ての投稿が50点と書いてある。

 

「つ、次は……」

「鶴乃、7番席に麻婆豆腐定食だ!」

「か、会計は…」

「フェリシア、そちらのお客様は

 スタミナ定食だ、900円でお釣りは100円」

「えーっと」

「親父さん、新しい注文は半チャン定食です!

 もうある程度は用意できてます!」

「おぉ、し、仕事が速いね……」

 

しかし、予想以上の大盛況で大忙しだ。

お客様の注文を聞き逃さないようにして

誰がどんな物を頼んだかも把握して

即座に用意しないとお客様を待たせてしまう。

 

「えっと…」

「それは2番席だ!」

「わ、分かったー!」

「はい、こちらご注文の八宝菜です。

 レシートはこちらになります」

「……梨里奈、あんた大変じゃ無い?」

「気にしないでくれ、大した事は無い。

 美味しく食べてくれよ」

「す、凄く良い笑顔ね……」

「えっと、よしお釣りは30円だな!」

「20円だ」

「お、おぉ! 20円だ!」

「無理しないでね、お嬢さん」

 

フェリシアに会計は厳しいのでは? 

とは言え、フェリシアが今のお客様の量を

捌けるとは思えないし

裏方の仕事も難しいだろうからな。

しっかりと補助してあげないと。

 

「うぅ、食材が…」

「そこは抜かりありません、

 予備は既に仕入れてますのでこちらを」

 

繁盛すると予想して在庫もそこそこ用意してる。

 

「いらっしゃいませ! ご注文は!」

 

鶴乃が対応出来そうにないから私が対応した。

注文内容も聞き取ってと。

 

「えっと、650円と960円で……」

「390円だ」

「おぉ! 390円だ!」

 

裏に戻る合間にフェリシアに計算の答えを言う。

レジに入力するのに苦労してるようだしな。

 

「親父さん、火は消しておきました」

「あ、ありがとう」

「注文は八宝菜です」

「わ、分かったよ」

 

本当、一気に大忙しだな。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、お、終わったぜ…」

「そ、そうだねぇ……」

「今回の売り上げは中々に良い売り上げだな。

 今までの売り上げよりも139%の稼ぎだ」

「え? もうでたの? 速いねお父ちゃん」

「そ、そんなの出してないけど…」

「え? じゃあ、売り上げって?」

「私の記憶だが、あってると思う」

「だ、出してみよう!」

 

照合すると、やはり私の予想通りだったな。

 

「うわ、ドンピシャだ」

「それは良かった」

「ぜ、全部把握してたり…?」

「あぁ、勿論だ、そして今回1番売れたのは八宝菜。

 次に売れたのはスタミナ定食だな。

 意外と炒飯とラーメンが売れてないが

 それでめた売上は3番目と4番目かな。

 

 八宝菜を頼んだお客様の平均滞在時間の方が短いから

 回転率が良かったのも、八宝菜が人気だからかも知れない。

 八宝菜の材料を明日は多めに仕入れておきましょう。 

 今日よりも1.5倍程度が無難だと思います」

「わ、分かったよ」

「で、八宝菜におすすめと表記して

 品書きを移動させて、八宝菜とスタミナ定食…

 いや、八宝菜の隣はラーメンにしておこう。

 で、更に隣に炒飯だな、人気の組み合わせだし

 で、スタミナ定食を八宝菜の下段に移動させて

 ライス大盛りとプラス料金を見やすくして」

 

さて、この中で意外と出なかったのはカレーうどんだな。

……正直、何故中華料理屋にカレーうどんと思うが

カレーうどんは意外と注文が多い万々歳だ。

とは言え、今回は宣伝で来たお客様が多いから

カレーうどんは敬遠されたという事だろう。

 

常連客の何人かはカレーうどんを頼んでたしな。

だから、明日は今日よりカレーうどんが出るかも知れない。

昨日来たお客様がカレーうどんを頼んだお客様を見て

自分も頼んでみようと頼む可能性もある。

 

無論、今日来てくれた新規のお客様が

明日も来てくれるという確証は無いが

可能性には対処しなくては。

 

出来ればロストは出したくないが

現状だと、あまりロストまでは想定できない。

今までであれば、ロストは3%以下に収められたが。

今回のロスは7%か……やはり想定が難しいな。

 

「ね、ねぇ、お父ちゃん」

「なんだい、鶴乃」

「バイト、増やそう! このままだと大変だよ!」

「そ、そうだねぇ」

「うん、このままだと梨里奈ちゃんが不味いよ!」

「ん? どうして私の名が?」

「今日1日だけでもハッキリと分かった。

 今のままだと梨里奈ちゃんに負荷が掛る!

 と言うか! 梨里奈ちゃんが休みの日とか

 確実に私達だけじゃ回らない!

 今日も梨里奈ちゃんが殆ど回してたしね」

「そんな事は無いと思うが」

「いや! ある! 頼りすぎてるって分かる!

 だから、このままだと梨里奈ちゃんが大変だよ。

 ただでさえ大変なのにさ」

「そ、そうだよな、姉ちゃんも1人だけだし

 いつも俺、弥栄と久実と一緒に姉ちゃんに

 勉強教えて貰ってるからな。

 

 今日も俺、姉ちゃんに助けて貰ってばかりで

 全く役に立てなかったし……

 うぅ、お、俺がレジってのを上手く出来れば」

「そう焦ることは無いさ、頑張ろうとすれば

 いつか絶対に出来るようになるからな。

 それは勉強も仕事も同じ事だ」

「だから、このままだと梨里奈ちゃんが倒れそう!」

「そ、そうだね、急いでバイトを探そう」

「いえ、そんなお気遣い無く、私は大丈夫です。

 この通り、私は全く疲れてません」

「た、確かに私達はぜぇはぁ言ってるのに

 梨里奈ちゃんはずっと表情変わってない。

 だけど、不安だし、梨里奈ちゃん無茶するから」

 

私は全然平気だ……そう、平気だ。

全く問題は無い、私に限界は無いからな。

 

「……よし! 七美ちゃんに声を…

 いや、出も病気が……いや、どうなんだろう

 確か病弱って聞いたけど、全然そんな気しないし」

「今は比較的頑丈になったらしい」

「そうなんだ、じゃあお願いしてみよう!」

 

思い立ったら即実行の鶴乃は即座に行動を起す。

私達はひとまず準備をしてみかづき荘に戻る。

私の帰りに気付いた七美がやって来た。

 

「梨里奈ちゃん、また無茶したでしょ」

「な、何の事だ?」

「私の目は誤魔化せないよ、疲れてるでしょ。

 それもかなり……

 普段のバイトよりもしんどそうだし」

「え? 雰囲気違うんですか?」

「うん、違うよ! 梨里奈ちゃんは結構無茶してる。

 無茶してるレベルで言えば5くらいだね!」

「レベルって何だ」

「1は通常、普段通りだね。

 2はちょっと体が疲れてる。

 3は体が結構疲れてる。魔女と戦ったら大体ここ。

 4は精神的に疲れてる。

 5は精神的にも肉体的にもそこそこ疲れてる。

 6は全体的にかなり疲れてる。

 7は滅茶苦茶疲れてる状態だよ」

「じゃあ、結構上の方…」

「そ、そんな訳」

「梨里奈ちゃんは自分の癖を自覚してないよ。

 何度か言ったと思うけど、梨里奈ちゃんは

 レベル4以上の疲労時は分かりやすく

 右目のまぶたが少しだけ落ちてるんだよ?」

 

何度か解説をされたりしてるから理解してるが

正直、七美に言われても私は分からなかった。

鏡を見て確認もするが、サッパリ理解できない。

 

「全く、普段はレベル2程度なのにどうしたの?」

「はぁ、本当に簡単に見抜かれるな。実はな」

 

私は今回の件を全て七美に告げた。

 

「万々歳に客足が戻ったって事なんだ」

「そうなの、でも私達3人だと捌ききれなくて

 後2人、さ、最低でもあと1人は欲しいんだよね」

「なる程、で、その候補の1人が私と」

「そう!」

「ふっふっふ、驚くなかれ

 何と私はバイト経験が無い!」

「いや、それは知ってるよ」

「滅茶苦茶冷静に返された!?」

 

当然分かるだろうな、だって七美は元々病弱だ。

その事は既に全員に私が知らせてるからな。

 

「ま、まぁうん、手伝うには手伝うよ。

 私に何が出来るか分からないけど

 梨里奈ちゃんや鶴乃ちゃんの為になるなら

 私は喜んで手伝うよ、最近は体も丈夫になったし」

「じゃあ、お願い出来る!?」

「うん、任せてよ」

 

七美が得意気な表情で答える。

まぁ、七美らしい反応ではあるな。

 

「あ、ありがとう!」

「まぁ、足を引っ張らないように頑張るからね」

 

七美がバイトに参加してくれるのは嬉しいな。

さて、あと1人、誰か欲しいが

今日はもうスカウトが出来ないだろう。

ひとまずは明日、どうなるかな。



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努力の結果

結局、バイトは七美以外は見付からない。

弥栄と久実も手伝ってくれようとはしたが

七美の判断であまり良くないとなった。

 

弥栄も久実も意外と人見知りな所があり

親しい間柄なら良いが、それ以外は不味い。

七美は周りをよく見ているからな。

その七美が不味いと判断したと言う事は

当然、不味いことなのだろうと分かる。

 

「はぁ、はぁ、しんどいかも」

「親父さん、材料を切りました」

「あぁ、ありがとう。

 何だか昨日より速くなったね」

「えぇ、必要ですからね」

 

このままだと不味いと判断した私は

昨日、色々と調べて料理を速くなるコツを

徹底的に集めて実戦する。

 

必要であるなら努力をする。

その努力に意義があると思うのであれば

その努力に手を抜いたりはしない。

 

「七美」

「はいはい、お任せ!」

 

七美には中々に苦労を掛ける事になるが

裏方の手伝いをして貰う事にした。

七美の仕事は私の支援とレジだ。

 

最優先はレジではあるが

必要であれば、私の手伝いをして貰う。

 

「いやぁ、中々大変だね、お仕事って」

「そうだな、楽な仕事なんて無いし当然だが」

「だねー、なら、楽しい仕事をしようかなー」

「それで良いんじゃ無いか?

 七美がそれで良いと思うなら」

「だね」

 

とは言え、七美の就職先は大体決ってる。

それは、両親の仕事を手伝うことだ。

七美はお嬢様だからな。

病弱であまり自分の親を自慢しない

結構謙遜気味の彼女ではあるが家は一流。

父親は会社を経営してるし

母親はブランドの衣服を作ってる。

 

要は、母親が作ったブランドの服を

父親が売ってるというのが七美の家族だ。

家は大成功して、かなりのお金持ち。

とは言え、生まれ育った場所で仕事をしたい。

そう言う意向もあり、私達の故郷に居る。

 

「ま、私は就職先決ってるけど。

 体も頑丈になって来たしね」

「なら、経営術を習うのか?」

「うん、あまり頭良くないけど

 梨里奈ちゃんが言うようにそう言うのは得意だし

 そう言った経営術的なのを習おうかなぁって」

 

当然、七美はそう言った能力に優れている。

不確定な事柄を想像するのは重要な事だからな。

私も想定できなかった未来の不安や

今のその先、未来の想像や可能性の把握。

その能力は経営をする上では必須の技術だ。

 

七美はそう言った発想能力に秀でてて

私なんかじゃ、その足下にも及ばないだろう。

あげく、周りの性格や機微から内面を見抜く

そう言った目もかなり秀でてる。

 

どれだけ秀でているかと言えば

どれだけ私が隠しても見抜かれるほどだ。

七美相手に、親しい人間は嘘を吐けないだろう。

 

「お前なら出来るさ」

「梨里奈ちゃんに言われたら自信出るよ」

 

私達は会話をしながら色々な料理を作る。

とは言え、七美は料理には手を出しては無い。

七美は料理が出来ないからな。

色々と教えては居るが、まだまだという感じだ。

 

とは言え、この万々歳の料理を再現するのは

かなり難易度が高く、私も完璧では無い。

まだ失敗しかねない、それだけ絶妙な料理だ。

ふふ、やはり親父さんの料理の腕は凄い。

あの味を安定して出せるのは凄い技量だ。

 

「姉ちゃん、えっと」

「用意できてる、届けてくれ」

「おぅ! やっぱはえーな!

 てか、教えたっけ?」

「聞えてるからな」

「おぉ! 流石姉ちゃんだぜ!」

「……本当、あんたどうなってんのよ」

 

今日も万々歳に来ていたレナが

軽く引いたような目で私を見ていた。

 

「まぁ、私は色々出来るからな」

「いや、それは分かるんだけど……

 てか、あんたが動いて万々歳

 かなり繁盛してるって言うか……

 最初から動けば良かったんじゃ無いの?」

「最初は自信が無かったからな

 自分の行動に、自分の行ないに

 自分の考えに、自分の思いに。

 だが、七美も取り戻せたんだ

 そこから自信がハッキリ出来ただけだ」

「本当、万々歳には勿体ないんじゃ無い?」

「馬鹿を言うな、万々歳だから出来たんだ。

 私が私の行動に結果が付いてくると理解できたのは

 万々歳だからだ、当然だろう?

 

 私を肯定してくれる優しい親父さん。

 どんな時も元気で支え様としてくれる鶴乃。

 私の事を慕い、必死に頑張ってくれるフェリシア。

 

 どんな時も人が努力しようと覚悟するには、

 自分を認めてくれるような人が必要なんだよ」

「……そうなんだ」

「そうだ、支えてくれる誰かが居るのは良いことだ。

 どんなわがままを言っても、肯定してくれる。

 そんな誰かが居るのは、とても素晴らしい事だ」

「ま、まぁ、そうよね」

 

レナが少しだけ顔を赤くしながら小さく呟く。

恐らく、ももこ達の事を思い浮かべたのだろう。

レナにもその素晴らしい人達は居る。

自信を持って良い事だろう。

 

「梨里奈ちゃん! か、カレーうどん!」

「あぁ! 分かった!」

 

素早く包丁を取り替え、カレーうどんを用意する。

アレルギーが発生しないようにラーメンと

うどんは別々にして料理しないとな。

アレルギーは危険だ、必ずリスクは排除しないとな。

 

「次はこの材料だね」

「七美、糸は使わないのか?」

「使うわけ無いじゃん、リスクは避けないとね」

「そ、そうだな」

 

い、忙しいせいで若干忘れてたが

そうだよな、魔法少女の存在が露呈するのは

可能な限り避けないと駄目だからな…

うぅ、やはりまだまだ甘いところがあるなぁ、私も。

 

 

 

「はぁ、きょ、今日も終わったぜぇ~」

「本当、お、大忙しだね、でも最高!」

「梨里奈ちゃんのお陰で売り上げも伸びたよ、

 ありがとうね」

「いえ、気にしないで下さい。

 元々万々歳にはこれだけのポテンシャルがあった。

 ただ、それだけの話ですよ」

「梨里奈ちゃん!」

 

そんな会話をしてると、鶴乃が私の前に来た。

 

「ん? どうした?」

「ありがとう!」

 

私が彼女の方を向くと同時に

鶴乃は笑顔になり、私の両手を取り、礼を言う。

深々と頭を下げながらも、ハッキリと大きな声で。

 

「……本当に、ありがとう」

 

鶴乃が握ってる手が、さっきよりも少しだけ

力強くなったように感じる。

同時に、僅かに声が震えてる様に思えた。

……鶴乃にとって大盛況は本当に嬉しい事だ。

あの儚い泡沫の夢に見えた、あの過去。

 

その過去を見た私とフェリシアには

この鶴乃の小さな言葉の意図くらいは分かる。

廃れてきてる自分の大事な場所を

昔のように繁盛させ、永遠に日々を過ごす。

それも、奇跡の力に全て頼るわけでは無く

可能な限り自分達の力で繁盛させたかった。

 

その夢が今、一部とは言え叶ったんだ。

必死に頑張ってきた努力が

まだ一時的とは言え無駄では無かったと

そう証明された瞬間でもある。

 

客足も昨日よりも増え、このまま増えて行けば

鶴乃の夢は叶う可能性が高い。

だが、まだ完全に叶ったわけでは無い。

 

「鶴乃、まだまだゴールまで遠いぞ?

 ふふ、お礼を言うのはまだ先だ。

 今はこのチャンスを掴むことを考えよう。

 この勝負は一世一代の勝負と言える。

 ここを物に出来るか否かだ。

 さぁ、まだまだ油断しないで行こう」

「う、うん! でも、今は感謝させて……

 梨里奈ちゃん、本当にありがとう」

「鶴乃……本当にありがとう」

 

親父さんが鶴乃にお礼を言いながら彼女に近寄る。

 

「な、なんで? わ、私よりも梨里奈ちゃんにお礼を」

「うん、勿論梨里奈ちゃんには本当に感謝してるよ。

 万々歳が繁盛する切っ掛けを作ってくれたんだからね。

 でも、鶴乃が諦めなかったからこうなったんだ。

 だから、まずは鶴乃にしっかりと感謝するよ。

 ありがとう、万々歳を好きなままで居てくれて」

 

そう、それはとても大事な事だった。

鶴乃が万々歳の事が大好きだったからこそ

こんな可能性を作り出すことが出来たのだから。

 

宣伝をしてチャンスを掴める状況を作ったのは

確かに私の影響だったかも知れない。

私が宣伝をすると言いだし、その宣伝が当り

そこからお客様が来るようになったのも事実だ。

 

だが、そんな状況に至る事が出来たのも

鶴乃が諦めずに努力をしてくれたからだ

鶴乃が私達を助けてくれようとしてくれたからだ。

この結果は、鶴乃が自分の信念で行動した結果だ。

だから、誇るべきは鶴乃だ。

 

「鶴乃、この結果はお前の努力無くては無かった。

 勿論、親父さんが諦めないで努力したのだって

 この結果を手繰り寄せる事が出来た理由だ。

 だから、私に感謝する必要は無い。

 感謝するべきは私の方だからな。

 ありがとう、鶴乃。私を助けようとしてくれて。

 お陰で私は確かな自信を得ることが出来たよ」

 

当然、七美のお陰でもある、いろはのお陰でもある

神浜に来て出会った、全ての人達のお陰でもある。

結局はそう言う事なんだろう。

 

「さぁ、泣くのは後だ、まだまだ終わってない。

 絶対にチャンスを掴み取るために努力しよう」

「う、うん!」

 

少しだけ涙を溜めながらだったが

鶴乃がいつも通りの笑顔を見せてくれた。

さぁ、頑張って結果を掴み取るとしよう!



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数多の天才

こちらが今、突然のブームを巻き起こした

中華料理店の万々歳です。

今日も数多くのお客様が並んでいます。

まずは料理の味を聞いてみましょう。

 

「本当、何がどうなるか分からない物ね」

 

みかづき荘でテレビを見ながら

やちよさんが呟く。

 

「元々、これだけのポテンシャルがあったんですよ」

 

一気にブームを呼び起こした万々歳は

テレビに出ることになった。

テレビというのは人気にあやかるのが役目だ。

 

勿論、人気が無い店にテレビはあまり来ない。

正直、テレビに出れるって既に人気だし

更に宣伝と行っても忙しくなるだけだろう。

 

出来れば小さな店にも来て欲しいが

人が見ないだろうからな。

視聴率の観点からもちょっと良くないだろう。

 

「で、今日はどうしてここに居るの?

 今日は休みだったのかしら

 丁度テレビが来てるのに残念ね」

「いえ、休ませて貰ったんですよ、テレビが来るから」

「どうして?」

「いやその、私って家の決まりで本来は

 バイトしたら駄目なんですよね」

 

バイトの数も結構集まってきたからな。

だから、今日は私が抜けても良い様に調整して貰った。

私が抜けた穴を埋めるために、

私以外のバイトが全員動員されたらしい。

鶴乃が教えてくれた。

 

「あ、そうなの?」

「そうなんですよ、だからもし私がテレビに出たら

 最悪、両親の目に映ってしまう可能性がありますしね。

 そうなると、両親に何て言われる事か」

 

しかし、今日は結構人が並んでるな。

流石にここまで人が溜まるとは。

まぁ、日曜日だしな……でも、多い気がする。

 

「しかし、本当にズラリと並んでるわね」

「そうですね、普段より回転率が悪い気が…」

「そりゃそうでしょ、考えなくても分かるわ。

 だって、あなたが居ない訳だし」

「え? 私ですか?」

「そうよ、話は聞いてるわ、色々な子からね。

 実質、万々歳を取り仕切ってるのあなたでしょ」

「まさか、親父さんですよ」

「親父さんも頑張ってるのはそうよ。

 でも、料理をしながら周りを指揮とか難しいわ。

 あなたはそつなくやってるみたいだけど

 普通じゃそんな簡単に出来る事じゃ無いわ」

 

……やはり、私がやってた事は異様だったらしい。

 

「でも、何とか回わせてるみたいね」

「そうですね」

 

フェリシア達が頑張ってるというのに

みかづき荘に居るのは少し罪悪感がある。

……やっぱり今日もやった方が良かったかも。

だ、だって日曜日だからな……うぅ、しかし…

 

「悩んでるわね」

「は、はい、この状況を見ると…」

 

店内が放送され、必死に頑張ってる皆が見れた。

フェリシアと鶴乃は目を回してるようだ。

奥の方では七美が頑張って

親父さんのサポートをしてる。

 

新しくバイトとして頑張ってくれてる

ももことかえでとレナもかなり大変そうだ。

他にもみふゆさんが応援できてくれてる。

 

「確か今の万々歳のフルメンバーよね」

「えぇ、私以外の」

「みふゆは特別応援枠だけど…」

「レジ担当……だったと思うんですけど」

「本当、あなたの仕事量がとんでもない事が分かるわね。

 あなたが居ないだけで全員動員しても回りきらない」

「もっとバイトが必要かもですね、特に日曜日は」

「今日が初なんでしょ? 日曜日のお休み」

「はい、その通りです」

「……本当、もっと人が居るわねこれ

 と言うか、これ食材とか大丈夫なの?」

「はい大丈夫です、昨日の間に食材は全部仕入れました。

 お客さんの数も見た感じ、おおよそ予想通りですし」

「本当、あなたの能力は高いわね」

 

数週間のお客様のメモもちゃんと取ってる。

想定通り、いや、想定以上に常連も増えた。

現状、殆どの飲食店とかの情報をネットで調べ

常連客とかそう言うのを統括したのも確認した。

結果、万々歳の常連客の人数は

他のお店よりもかなり多い推移に位置してるのが分かる。

やはり美味しすぎる訳でも無く不味いわけでも無い

50点という味は常連を増やすには丁度良い。

 

「こんにちはー」

「ん?」

 

やちよさんと話をしてるとみかづき荘のドアが開く。

私はすぐに誰が来たかを確認した。

マギウスの3人だな。

 

「あら、あなた達、どうしたの?」

「梨里奈が今日休みだって聞いたんだヨネ」

「そうだな、私に用か?」

「アリナが梨里奈の作品を見たいとか言うからね」

「え? 私の?」

「そう、あんたの絵を見せて貰いたいんだヨネ」

「私は絵はそんなに書かないんだが」

「気になるんだヨネ、あんたが本気で描いた絵」

「まぁ、ユニオンのことでも

 軽く相談したいこともあるし私達も来たんだよね~」

「うん、あまり無理はして欲しくないとは言え

 いくらかの情報は君に共有しておきたいからね。

 無理なら無理と言ってくれても構わないけど」

「確かにユニオンの事は共有したいわね。

 あまり無理はして欲しくは無いけど」

「大丈夫です、無理ではありませんから」

「じゃあ、絵を描いてくれるんだヨネ!?」

「え? そっちか?」

「まぁ、アリナはこんな感じだから」

「じゃあ、これを」

 

私の返事をあまり待つこと無くアリナが結界から

なにやら色々な道具を取り出した。

 

「アリナは色々な作品を書くけど、まずは絵画だヨネ

 あんたが書いたあの絵は凄いクオリティーだったし」

「言っておくが、私は生と死に強い興味は無いぞ?

 今の私が興味を持ってるのは今と未来だ」

「エクセレント! 興味があるテーマがあるなら

 問題は無いんだヨネ」

「そ、そうか」

 

そのままアリナは教材を取り出した。

 

「しかし、アリナが芸術作品とかを

 誰かと描こうとするなんて意外だよね~」

「あぁ、彼女は自分こそ至高という考えだ。

 他者の作品に興味なんて抱かなかったのにね」

「そうなのか? なら、何故私の作品に興味を抱く」

「アリナは自分の目が

 パーフェクトだと思ってるんだヨネ。

 だから、あんたはアリナに影響を与えるくらい

 最高にエキサイティングで

 パーフェクトな作品を作れると思ってるワケ」

「そこまで評価してくれなくてもな。

 私はどちらかというと、まだ空っぽな部類だ。

 当然、神浜に来る前よりは色はあるだろうし

 自分の中身が出来てるとは思ってる。

 だが、私は色が着き始めたばかりだ」

「エクセレント! 普通の連中は

 とっくに色が付いてるのにあんたは着き始め。

 なら、色々な絵になれるワケだよネ?

 生と死とは違うけど、白が色づく様なんて

 早々拝める物でも無いと思うワケ!」

「そんな嬉々として喋らなくても…」

「まぁ、そんな感じでアリナはどうも

 梨里奈に興味津々みたいでね。

 みふゆとは違う方向でさ」

「本当、良くあんな性格の子に

 ここまで興味を持たれるわね」

「分かるには分かるんだけどね、僕も興味がある。

 彼女は仙才鬼才だ、叩けば響くような子だ。

 小説を描くことに興味を持ってくれたら

 僕が影響を受ける様な作品が出来るかも知れない」

「天文学に興味を持ってくれれば、討論も捗るし!

 今だって私の会話に唯一付いて来てくれてるしね!」

「うん、僕達の会話に平然と付いて来てくれてるから

 僕達としても、彼女と一緒に居るとやりやすいんだ」

 

確かにこの3人の会話は専門的な用語が多い。

とは言え、私はその会話の全てに付いていける。

 

「あなたは飛び抜けた天才に好かれるようね。

 正確には飛び抜けた天才にも好かれる、でしょうけど」

「誰かに好かれるのは良い事ですね」

 

とは言え、引っ張りだこで大変だが。

それも良いだろう、私はそう言う生き方をしたいからな。

……何でも完璧にこなせる道化師。

全ての期待に応え続けられるような、そんな道化師。

……ふ、その生き方が今に繋がってる。

その日々のお陰で、

色々な思いに応える努力が出来る様になった。

悪い事ばかりでも無いだろう。

さ、まずはアリナの期待に応えてやろう。

全力で何かを描くのはこれが初めてかも知れないな。



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梨里奈の絵

ひとまずアリナに言われたとおりに絵を描く。

絵を描いてる間だ、アリナは静かだった。

黙々と自らの絵を描こうとしている。

だが、あまり筆が進んでない。

少しだけ作品の性質がぶれてるのかもな。

私の絵を見たいと思ったのも

少しスランプ気味の自分に

ちょっとでも影響があるかもと思ったから。

そんな可能性だって存在するだろう。

 

逆に私は流れるように絵を描くことが出来た。

私は書きたいことが既に頭にあったからだろう。

私が描いた絵は進化の様な絵。

芸術作品と言うよりは漫画のような作品だ。

左から右へ進むほどに成長する絵だ。

 

今回、私が書いたのは人では無く動物。

犬を中心として描かせて貰った。

犬の成長を描くような作品だ。

 

「あまり芸術という雰囲気は無いな」

 

自分の絵を見て、軽く笑みがこぼれた。

やはり私には芸術作品を描く。

そう言うのは、まだ難しいのだろう。

だが、中々上手く出来た様な気がした。

 

「もう出来たワケ?」

「あぁ、あまり芸術とは言えないけどな」

 

アリナに私の絵を見せる。

漫画のような絵ではあるがアリナはマジマジと見てる。

 

「そんなに細かく見るんだな、お前の書いてる作品と

 私が書いたこの作品は大分雰囲気が違うだろうに」

「それ位は分かってるんだヨネ。

 あんたとアリナは全然違うワケだからネ。

 でも、アリナが興味を持ったあんたの絵だし

 しっかり見れば、メッセージに気付けるだろうしネ」

 

アリナがかなりマジマジと見てる、少し恥ずかしい。

ある意味では、この作品も生と死だ。

アリナが言う生と死とは違うだろうが

私の描いた絵は、簡単に言えば生まれ、死ぬまでの絵。

 

だが、私の絵で重要な部分は最初と最後では無い。

むしろ、その中間である未来へ歩みの部分だろう。

そして、死の後も意識して書いたつもりだった。

今回の作品は足跡を軽く描きながら生から死の

軽い道筋の様な物を描かせて貰ってる。

 

だが、その足跡は死んでしまった後にも続いてる。

正確には足跡が小さいが少しずつ大きくなり

終盤付近に足跡を増やして、最後は足跡の1つが消え

周囲に残ってる足跡が大きくなりながら分岐してる。

 

小さなキャンバスに描くにはあまり良くない手法だ。

そう言う絵を描いてないことが仇になったと言えるな。

とは言え、私が描きたいことは描けてる。

 

「かなり上手ね、本物みたい」

「ま、まぁ、あまり芸術とは言えないでしょうけどね。

 もうちょっとキャンバスを生かすように書けば良かった」

「実際、1つの作品とは言えないかもね」

「あ、あはは、そ、そうですね」

「確かにあまり1つの作品というワケでは無いヨネ。

 でも、あんたが書きたいことは何となく分かるかもネ」

「そうか? それは良かった」

 

かなり容赦なく貶されると思ってたが

思った以上にアリナは私の絵を評価してくれた。

 

「あんたは前、アリナに言ったヨネ?

 アリナの作品は空っぽって」

「ん? そうだな、そんな事も言ったな」

「アリナはその言葉を既に受けてたんだヨネ」

「そうなのか?」

「金賞を取ったときに審査員とかそんな奴にネ」

 

既に言われてた言葉だったのか。

だから、そこまで過剰に反応しなかったのか。

 

「実際、最初に受けたときは心底腹がたったんだよネ。

 でも、色々あって魔女に美しさを見出して

 生命の生と死にとんでもない興味を抱いた」

「そして、イブを芸術作品とか言ってたのか」

「でも、あんたに正面から否定されたんだヨネ。

 そして、色々な考えが出て来た。

 かりんが書いてる漫画も思い出したんだヨネ」

「漫画?」

「しつこいくらいに持ってくるんだヨネ、漫画。

 まぁ、最近は100円くらいの価値はあるんだけどネ。

 絵は下手だけど、何だかその漫画が思い浮かんだ。

 あまり見られた物でも無いんだけどネ」

 

貶しながらも褒めてるところから考えても

あまり嫌ってる様子では無い。

 

「あの子か」

「知ってるワケ?」

「あぁ、お前の情報を探ってるときにあった」

「ふーん」

 

イチゴミルクに手を伸ばして少しだけ飲んだ。

視線は変わらず、私の絵の方を見ていた。

 

「だから、少しだけ色々考えたくなったんだヨネ。

 外へのテーマを持たない君の作品は、

 人を狂わせるかもしれない劇薬

 15歳を過ぎて尚自覚がないなら

 キミの輝きはそこで尽きるだろう

 世界を変える気がなければ作るのを止めろ」

「ん?」

「アリナが言われた内容、正確には書かれただけどネ」

 

イチゴミルクを元の場所に戻したな。

 

「この話を聞いて、アリナは不機嫌になったんだヨネ。

 何で不機嫌になったのか、あまり分からないんだけどネ。

 前はアリナが否定されたのが嫌だったって思ったんだヨネ」

「違うのか?」

「……あんたにあんな風に言われて

 もしかしたら違うかもって思ったんだヨネ」

「どう違うんだ?」

「アリナが不機嫌になったのは

 輝きは尽きると言われた事だと思うんだヨネ。

 そして、図星を突かれたから」

「図星?」

「その時のアリナには外へのメッセージが無かった。

 今思えば、完全に図星だったんだヨネ。

 そのままだと輝きが失われる。

 これも嫌だと感じたのは、結局アリナは

 芸術を描くことを喜びと感じてたのに

 その芸術が嫌いになるかも知れないって思ったから」

「手応えが無い物を描き続ければ

 確かに嫌いになるかも知れないな。

 結果が残せない、誰にも評価されない。

 気力が削がれても仕方ないかも知れないな」

「だから、アリナはあんたの絵を見ることが出来れば

 もしかしたら、テーマの重要性が分かるかもって 

 そう重ったんだヨネ」

 

そこまで言うと、アリナは視線を動かし

私の方を向いた。

 

「本当、絵のクオリティーはかなり高いし

 メッセージ性もしっかりと用意してるネ。

 これが、あんたが伝えたいメッセージ?」

「そうだな、今回のテーマは成長だ」

「それは見れば分かるんだけどネ」

「何かアドバイスとか無いか?

 自信はあるが、もっと上手くかけるかもと

 私自身、そう思ってる」

「じゃあ、いくつかの絵を描けば良いヨ

 1枚の絵に全てを込めるんじゃ無くてネ。

 いくつかに分けて、1つの段階を丁寧に描く。

 その絵の全ての成長の指標になる何かを描く。

 今回で言えば、この足跡だヨネ」

「なる程な、全ての絵を連続で見たときに

 確かなストーリーになってると把握して貰うのか」

「オフコース、そうすればメッセージも届くと思うワケ」

「なる程、それを試してみよう」

 

1つの絵にそれぞれのメッセージ性を残しながら

何枚かの作品を描き、ストーリーを用意する。

ムンクの絶望、不安、叫びとかと似た感じか。

 

「まぁ、私的には可愛いと思うけどね~

 でも、なんでワンちゃんにしたの?」

「人物絵はちょっと難しいと思ってな。

 後、少しだけ恥ずかしいから犬の絵にしたんだ」

「人物絵が恥ずかしいって、どうして?」

「少しだけ、人物絵だと自己投影してしまうだろう。

 だから、ちょっとだけ恥ずかしいと思ったから

 あまり自己投影しないで恥ずかしがらずに描けそうな

 犬をメインにして書いて見たんだ」

「恥ずかしいとかあるんだね」

「小説でもあるんじゃ無いか?

 自分に近しいような雰囲気の人物を描いたりすると

 ちょっとだけ恥ずかしがるような感情」

「そうでもないよ、僕はそこまで自己投影しないからね」

「そ、そうか」

 

私は自己投影してしまうんだよな。

もし、私が小説を描くとなると

主人公の性別は男性になるだろう。

それなら、まだ感情移入しすぎないだろうし

そこまで自己投影もしないだろうからな。

 

「まぁ、人それぞれだしね、それで?

 そろそろ情報共有しないの?」

「そうだね、アリナはまだ絵を描いてるし

 僕達だけで軽く伝えておこうかな」

「分かった、色々聞くよ」

 

今のユニオンがどう言う状態なのか興味もある。

皆、私が下手に介入しないようにするためか

あまりユニオンの詳しいところは話してないからな。

だから、ようやく聞けるかという感じだ。



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状況確認

「現在の神浜マギアユニオンの勢力は

 結構拡大してきてる感じだね。

 ちょっと厄介な敵対組織も出て来てるけど

 そこは、まだ私達の方が上だからさ」

「敵対勢力?」

 

そんな話は殆ど聞いてなかったな。

やはり心配させないために黙ってたのか。

 

「そうそう、ネオマギウスって言うのがね」

「ね、ネオマギウス……お前らの部下だった奴らか」

「そうだね、魔法少女至上主義の子達。

 梨里奈の影響か、大分数は少ないけどね」

 

マギウスの元々にあったしそう

魔法少女至上主義と言う奴だな。

とは言え、今の3人にその思想は全く無い。

 

理由は単純明快であり

魔法少女至上主義の危険性を知ったからだ。

私達の目的は魔法少女の魔女化防止ではあるが

最終的な目標は魔法少女から人に戻ること。

魔法少女至上主義なら、そんな思想にはならない。

 

「そして、プロミストブラッドだね。

 神浜とは違う町の魔法少女集団」

「そんな奴らまで来てたのか。

 もしや、妙な気配はそいつらか」

「恐らくね、あまり行動はしてない様だけど

 何を考えてるのか僕らにも分かりかねるよ」

「プロミストブラッドは

 キュウべぇから話を聞いたそうよ」

「……そうか」

 

何となくだが、想定は出来た事だな。

キュウべぇは効率のみを求めている獣だ。

現状、私達に派手に敵対されないように

効率的にエントロピーを獲る方法は

この神浜で起こってるドッペルシステムだ。

 

もし、このドッペルのシステムが比較的安全なら

そのシステムを奴らは解読し、完璧に近付けた後

このシステムを元にエネルギーを得ようとしてる。

だから、まずは実験をする必要がある。

 

実験会場はこの神浜であり

周囲の魔法少女を焚きつけて戦わせ

ドッペルをより多く発動させようとしてるのだろう。

 

「あまり驚かないんだね、予想通りだったかにゃ~?」

「そうだな、あいつらはそう言う獣だ。

 しかし気になることがある」

「気になること?」

「外の組織なんだろう? どうやって来てるんだ?

 組織だというなら、それなりの人数だろう?」

「ミラーズの館って知ってる?」

「話は聞くな、自分の偽物を生み出す場所」

 

とは言え、私はその場所に行った記憶が無い。

何故危険だと分かってる場所にわざわざ行く必要があるのか。

あまり危険な魔女でも無い様だしな。

とは言え、放置したのが仇となったと言える。

 

「しかし、魔女が生み出した空間……なんだろう? 確か」

「そうだね、鏡の魔女が生み出した空間みたいだけど」

「その空間を利用して移動できると」

「その様だね」

「……」

 

長距離移動が可能な魔女の結界。

話だけを聞けばかなり便利そうではあるが。

しかし、逆に恐い話にも聞えてくる。

最悪の場合、いくらでも偽物が生まれるんだろう?

 

それに魔女の結界だし、危険なのに変わりは無い。

しかしだ、不思議なことも数多くある。

何故、これだけ長い間この場所に?

 

「魔女の結界が同じ場所に止まる理由は?

 そもそも、他の町から神浜に来ることが出来る理由。

 ミラーズとやらに繋がってる空間でもあるのか?

 それぞれの町に? ……う、うーん」

「みたまの推測では、株分けの魔女だったかしら。

 そう言う魔女が居るかも知れないと言う話でね」

「そ、そもそも魔女の結界なのに、

 どうして性質とかが? 普通の魔女の結界は

 侵入者を逃がさないようにしてるはずじゃ」

「このミラーズは出入り口が

 すぐに分かるようになってるんだ」

「……そ、そんな魔女が」

 

……自分達の偽物が発生する空間。

そして、無限に広がってるという結界。

出入り口が常に開いている特殊な結界。

 

「……一般人の被害とかは?」

「みたまから聞いたことは無いわね」

「……異質だな、魔法少女の被害は?」

「それも聞いたことが無いわ」

 

……魔法少女の被害も一般人の被害もゼロ。

 

「では、魔法少女は何故その場所へ?」

「いろはの話だと、招待状が届くらしいわ」

「……魔女からの招待状。狙いは魔法少女。

 でも、魔法少女の被害は全く無いし

 一般人の被害も無い。魔女が人を狙う理由を

 私はよく知らないが……イブが成長するのに

 

 人の穢れ、つまり負の感情の力が必要だとして

 魔女が体を維持するには、その負の感情が必要。

 だから、人を襲ってると想定することも出来る。

 

 なら、その力を魔力として行使出来る魔法少女は

 確かに魔女にとっては良い餌だろう。

 だが、魔法少女の被害が無いというのであれば…

 それに、偽物も出来る訳だし……魔力が……」

「何をブツブツ言ってるのさ。

 君にとって、そんなにミラーズは興味深いのかい?」

「それは勿論興味深いさ」

 

だが、偽物に襲われても被害が無い。

襲われると言う事は魔力を扱えてる?

それとも、魔女の力で別の力とかか?

 

「そう言えば、ミラーズの主は?」

「まだ発見できてないそうだよ」

「……そうか」

 

色々な空間から繋がる特殊な空間。

無限に続く程の非常に広い空間の結界。

退路は何処にでもあり、被害は無い。

どうやら、かなり臆病な魔女らしいな。

 

姿を維持するのに魔力が必要なのだと仮定して

どうやって魔力を得ているのかを予想すれば

立ち寄った魔法少女から魔力を吸収してる。

それも、本当に気付かれないほどの魔力を。

 

偽物を生み出せるくらいだし

相当力がある魔女なんじゃ無いか?

もしくは、意外と魔法少女に近い魔女なのかも知れない。

 

結界がデカいのも臆病故かも知れない。

つまり、深追いすればするほどに広くなる空間。

何処でも繋がる可能性があるのだとすれば

案外、他の魔女達の結界を目指してる可能性もある。

 

臆病だからこそ、強い魔女の結界に繋げる。

その繋げた空間で追いかけてくる魔法少女を排除する。

その特性があり、もしかしたら

遠くの魔女が居る場所にまで結界が繋がってるのかもな。

 

「はぁ、考えるとキリが無いな」

「君はいきなり考え込むことが多いよね」

「あぁ、私の悪い癖だ。予想しか出来ないのに全く」

「でも、君の予想は結構当ることが多いよね」

「私の予想は大体いやな予想だからな。

 可能なら当らない方が良いんだが」

 

もし今回の予想が当ってたとすれば

鏡の魔女を追いかければ別の魔女が出てくる。

そう言うサイクルが発生する可能性が高い。

ましてやここは神浜、魔女の数は多いからな。

 

更にだ、色々な魔女の空間と繋がってるとすれば

何か大きな事があったら伝染するだろう。

もし、あり得ない事だが魔女を強化するような

そんな霧が存在したとすれば

鏡の魔女の結界を通して、世界中の魔女が強くなる。

 

可能ならさっさと排除したい存在だが

臆病だと想定すれば追えば追うほど逃げられる。

何とも厄介な魔女と言えるだろう。

 

「本当に、意外と厄介な魔女かもな」

「そうかな? 敵対してるわけでも無いし

 私達魔法少女にはなんの被害も無いよ?

 むしろ、鍛えられそうな気がするし」

「移動にも便利であるなら、より活用方法も増える。

 ミラーズを解析も僕はやりたいと思うけどね」

「……確かにな」

 

いやな予想が多くなってしまったが良い要因もある。

今の状況で居れば、良いか悪いかは微妙だが

そのミラーズを利用して神浜で起こってる

このドッペルのシステムを

世界に広げる事が出来る可能性もあるからな。

 

他にも色々な場所の魔法少女を一同に集めやすい。

今の状況ではメリットでありデメリットだがな。

 

「とは言え、今の状況だと危険だけどね。

 簡単に外部組織が来るって訳だし。

 まぁ、塞ぐのは簡単だけどねー」

「ウワサとかは使わないでくれよ?」

「当然だよ、使えれば簡単なんだけどにゃ~

 でもでも、ねむに負担を掛ける訳にもいかないしね」

「今の僕なら、ウワサを増やすことは出来るよ?」

「止めなさい、体の負担が大きいんでしょ?

 いろはが怒るわよ」

「お姉様は怒るよね~」

「うん、お姉さんは僕らのことを大事にしてるしね」

「私でも怒るからな、全く無理をするな」

「……」

 

私の一言で、何故か全員が沈黙する。

 

「あなたが言うの?」

「うん、梨里奈が言えることじゃないよね」

「君はすぐに無理をするからね」

「即座に反応される程とは思わなかった。

 と、とにかくだ、危ない事はさせないぞ」

 

だが、面倒な事になってきてるのは間違いない。

敵対組織か……その2つだけで済むなら

まだマシなんだがな……はぁ。

 

「彼女達を抑える案は後に考えるとして

 ひとまず、僕達が今後取るべき行動だけど

 梨里奈、ブレスレットあるよね」

「あぁ、これだな。変わらず取れないぞ」

「そのブレスレット、

 キモチって言う事にしたんだけど。

 そのキモチの宝石を集める事にしたんだ。

 そうすれば、イブに近付けるからね」

「で、他の敵対組織もその宝石を狙ってる。

 揃えばドッペルシステムを奪えるって言う

 キュウべぇの予想が原因でね。

 その結果、恐らく宝石の奪い合いが始まる。

 だから、梨里奈も警戒しておいてね。

 未だに外す方法が分からないんだし」

「そうか」

 

この宝石が原因で面倒事に巻き込まれると。

まぁ、ユニオンに所属してる以上は仕方ないだろう。

 

「で、今宝石は全て私達が持ってる。

 梨里奈の宝石といろはが手に入れた宝石。

 だから、私達がリードしてるって事ね」

「そうか」

 

ユニオンの勢力は相当だからな。

やはり、私達が圧倒的なリードか。

だが、この宝石を巡る争奪戦……

かなり荒れそうだな。

油断しないで行こう、失敗したら

最悪の場合腕を失うだろう。

 

「じゃあ、今後も警戒して行こうと思う」

「うん、危ないからね、何かあったら言って」

「はい、分かりました」

 

襲われたりしたら情報を共有していこう。

危ない目には遭いたくないしな。



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今後の万々歳

ユニオンの状況は軽く分かった。

だが、今は万々歳で大忙しだ。

テレビ放送からしばらく経ったから

いくらかは落ち着いてきたがな。

 

お陰で、いくらか準備することが出来た。

今回は売り上げを把握するために

そう言ったプログラムを用意した。

 

簡単に作った表だから機能は多彩ではないが

最低限の機能は用意できたと思う。

 

「では、こちらを」

「ありがとうね、何から何まで」

「いえ、お気になさらず」

 

私1人が書いたメモ帳で全てを把握というのは

まず間違いなく困難だからな。

今回のプログラムは私が居なくても

どの商品が人気かが分かりやすい様にした。

 

慣れないことだから少し苦労したが

売り上げを確認した際に

売れてる商品が上の方に来るようになってる。

ランキング形式に常時変動するようにした。

 

売れた数と大盛りやそう言った細かい部分。

人気のトッピング等も分かるようにして

入力した曜日や時間等を統括して

何処の時間帯に多いかも分かるように

なんとかプログラムを組み立てることに成功した。

正直、時間が掛ったが必要な事だからな。

 

「このプログラムの入力方法ですが

 まずはこちらに売れた商品を入力して下さい。

 商品はそれぞれ番号で管理するようにしてます。

 

 ラーメンは1、炒飯は2とかですね。

 トッピングなどがあった場合はアルファベット。

 ラーメンのネギトッピング等は1nと記入して下さい。

 nは大文字でも小文字でも大丈夫です。

 

 で、このリストにどの商品がどの番号か書いてますので

 それぞれの番号を売れた商品と書かれてる場所に記入です。

 

 このリストの場所をクリックしても入力されるように

 プログラムしてますので、困ったときはリストから

 トッピングもある場合はトッピングのリストと

 商品のリストをそれぞれクリックして下さい」

「う、うん、分かったよ……覚えられるかなぁ」

「おう! さっぱり分からねぇぜ!」

「入力担当は基本的にレジの人がして欲しい。

 私が居る場合は全て私がやるから

 入力とかはあまり気にしないで大丈夫だ」

「おう!」

 

もし万々歳がチェーン店とかだったら

ここから更にインターネットに繋げて

全ての情報を管理する場所を用意する必要もあるのか。

全くプログラムというのは大変だ。

 

とは言え、便利になるからな。

必要な事だと言えるだろう。

 

「で、新規のお客様が来た場合は

 この入力の隣にある四角を選んで欲しい。

 ここをクリックするとチェックマークが出るから

 出たのを確認したら、商品の番号を入力して

 最後に1番下のボタン、確認と書いてる所をクリックだ」

「ここだね!」

「ここを押すと最終確認の項目が出てくるから

 OKを押してくれれば、それで登録される」

「わ、分かりました…」」

「なんか、やる分には楽そうね」

「それは当然だよ、楽をするためにあるんだから

 こう言うプログラムって。作るのは大変だけど」

「あんた、詳しいわけ?」

「まぁ、少しだけね。流石にこのプログラムは組めないけど…」

 

七美もプログラムにいくらか興味があったらしい。

その話は聞かなかったから驚いた。

 

「情報のバックアップは2週間に1度する。

 バックアップのデータは3つ用意する。

 1つは万々歳保管、1つは私が保管、1つはみかづき荘に

 それぞれバックアップデータを配置。

 

 バックアップの作業とかは

 基本的には私がするから、データ破損等があれば

 私に言ってくれ」

「分かったよ!」

「これ、本格的に思うんだけど……

 梨里奈居なくなったらヤバくない?」

「あぁ、絶対に大変だね」

「大丈夫だ、引き継ぎはしやすいようにしてる。

 データも残ってるし、操作方法のメモも

 バックアップの方法もプログラムの内容も

 全てメモに取って、誰でも見られる様にしてる。

 売り上げのパターン次第で仕入れをでどうするかも

 現段階で仮ではあるが組んでるからな。

 私に何かあろうと、いくらでもカバー出来る」

「用意周到すぎるわ!」

「私としては、梨里奈ちゃんに何かあろうとって所。

 そこがすごーく嫌な響きなんだけど?」

「例え話だよ」

 

魔法少女として活動してる以上何があるか分からない。

だから、最悪の事態を想定して色々と準備をしてる。

重要な部分だからな、ここは。

 

「ただ売り上げの保管場所などは流石に用意できません。

 なので、そこは全て万々歳でお願いします」

「あぁ、それは勿論だよ」

「口座等は複数に分けて保管する方がおすすめです。

 1つは基本的に万々歳で使う運用口座。

 1つは最悪の場合に立て直せる様にバックアップの口座。

 1つは老後の備えなどの為に用意する定期口座。

 1つは資金運営を行なう為の口座です。

 別けてるとは思いますが、念の為にお伝えします。

 

 本当はもっと必要な気もしますけど

 流石に資金運営などはお店を経営されている

 親父さんの方が詳しいと思いますので

 これ以上、口を挟まないようにします」

「心配してくれてありがとうね、大丈夫だよ」

 

ちょっと、いや、かなり失礼な気もしたが

やっぱり嫌な事を想定してしまう私の悪い部分だ。

もしかしたら、親父さんを怒らせたかもしれないが

どうしても、お節介になってしまう。

 

「では、今後の経営方針などを話し合いましょう」

「そう言えば、それが集まった理由だったわね」

「梨里奈ちゃんが用意して来たお話しがすごかったしね」

「て言うかさ、あたしら、何か言えることある?」

「まぁ、大体梨里奈が全部話すからね。

 て言うか、経営とか学生で分かるわけ無いって」

「結構重要な話だから、皆の耳に入れて欲しくてな。

 皆は私と親父さんの話を聞いてくれるだけで良い。

 もし気になる事とかがあれば質問とかをしてくれ」

「ま、まぁ、それで良いなら」

 

実際、普通はここまで詳しいわけが無いからな。

私は色々と調べてるから特殊なだけだ。

 

「では、親父さん」

「あぁ、そうだね。

 皆、まずは万々歳の為に頑張ってくれて

 本当にありがとう。忙しい時期も終わってきたし

 そろそろ、皆も本業の勉強に

 励むことが出来る様になったね。

 

 勉強はとても大事だから、

 しっかりとするんだよ?

 あまりバイトで無理をして、

 勉強を疎かにしたら

 将来、後悔するかも知れないからね?

 今のうちに、しっかりとやるんだよ?」

「あ、はい……」

 

流石は親父さん、私達の心配をしてくれてる。

……何となく予想通りだった。

本当にこの人は優しいからな。

 

「じゃあ、おじさんから伝えたい事はこれ位かな。

 梨里奈ちゃんは何かあるんだよね?」

「えぇ、しっかりと伝えたい事があります。

 まず1つ、今現在、私達は第2波が落ち着いて来た。

 皆のお陰で、3番目に重要な場所を越えることが出来た」

「え!? 3番目!?」

「勿論、全てが重要なのは間違いないが

 その中でも最重要で重要な場面の2番目だからな。

 まだまだ、万々歳にとって1番大事な場面は来てない」

「ま、まだ何かあるってのか!?」

「勿論だ、だが第2波と比べれば忙しくは無いだろ。

 だからといって、油断してはいけない。

 それは、第3波が来るからだ」

「えぇ!?」

 

全員が驚いた……まぁ、忙しくは無いが重要だ。

 

「今、宣伝のお陰で3つの波が来たと言える。

 1つは最初にお客様が増えた宣伝の部分。

 ここは2番目に重要な部分だったと言える。

 

 ここを成功させることが出来たから

 第2波という、結構重要な局面が出来たし

 第3波と言う、最重要な局面が生じる条件が揃った。

 

 第2波はテレビの宣伝効果でお客様が来たこと。

 ここは3番目に重要な局面ではあった。

 

 だが、万々歳の目指す目標の中では

 3番目に重要な場面。

 1番忙しかったのは間違いないが

 1番重要な場面では無かったと言える。

 

 何故なら、第2波で来たお客様の殆どが

 テレビに出た物珍しさで来たお客様だからだ。

 勿論、そのお客様達を無下にして良いわけでは無い。

 だが、最終的な成長にそこまで大きな影響はない。

 

 重要なのは第3波、これから来るであろう

 さざ波のように微かな波が重要になる」

 

ここが最も重要な部分なのは間違いないだろう。

ここでいかに万々歳の魅力を生かせるかが重要だ。

 

「第3波のお客様は非常に常連客になってくれやすい。

 理由はシンプルだ、万々歳のお客様が減ったから。

 

 この第3波で来てくれるであろう新規のお客様は

 テレビで万々歳が取り上げられ、興味は出たが

 人が多いから、人が減ったら行ってみようと 

 そう考えているお客様が多いからだ。

 そう言うお客様が何処で多いか分かるか? レナ」

「え!? レナ!?

 そ、そんなの分かるわけ無いでしょ!」

「わ、私も…」

「あたしもいまいちイメージ出来ないね」

「同じく……てか、難しい話ばかりだこれ」

「俺もさっぱりだぜ…」

「そう言う事か!」

 

メンバーの中で鶴乃だけが大きく反応した。

恐らく、鶴乃だけが分かったのだろう。

鶴乃はかなり頭が良いからな。

 

「え!? 分かったの!? どう言う事なの?」

「ふっふっふ、テレビのブームが去った後に来る人。

 遠くの人達はブームが去ったのにわざわざ来ない。

 来る人も居るかも知れないけど、来ない人の方が多い」

「そうだ、特に万々歳が受けた理由は50点という部分。

 何処にでもありそうで、ここでしか食べられない味。

 過剰に美味しいからお客様が来たと言うわけでは無い」

「そう、だから、より遠くの人は来ないと思う。

 でも、わざわざ来てくれる新規のお客様。

 それは、万々歳のご近所に住んでる人!」

「その通りだ!」

「あ! た、確かに!」

 

そう、ここが非常に重要な部分だ。

近所に居る人は当然、常連さんになってくれやすい。

 

「つまり、この大きな波が去った後に来てくれる

 お客様は数は少ないとしても将来的な収益。

 つまり、常連客になってくれる可能性が

 非常に高いお客様達が多く来られるタイミングだ。

 

 万々歳が目指す所は毎日食べても飽きない料理店。

 その料理店が長く繁盛するには常連客が必要なんだ。

 もしも出勤の合間に食べていこうと思う人が出来れば

 もし仕事終わりに寄ろうと思ってくれる人が出来れば

 

 万々歳の毎日の収益は確実に増えていくんだ。

 更にその常連客達の間に妙な親近感が湧いてくれれば

 常連のお客様達は仲良くなり、

 万々歳から離れにくくなる。

 

 その状態に至るまでに必要なのは

 店員が親しみやすいかどうか。

 店員が親しみやすければ来やすいからな。

 

 毎日来ても、笑顔で対応してくれる店員達。

 料理の味も飽きにくいし、また明日も来ようと。

 毎日そう思って貰えれば、常連客達の間にも

 親近感や親しみ等が生まれ、店員が変わったとしても

 毎日の様に来てくれるようになる。

 店員では無く、同じ常連仲間に会うためにな。

 

 だからこそ、この第3波は万々歳においては

 最も重要な部分となる。客足が減って来たからと

 油断してはチャンスを逃がすことになる。

 だから、ここから3ヶ月、油断しないで行こう!

 笑顔を忘れず、元気に返事、会話もしていこうな!」

 

ここが重要な場面だからな。

将来的に繁盛していくためにも重要な場所だ。

最低限でも3ヶ月、ヘマをしない様にしないとな。

 

「いやぁ、すごく考えてるね…流石梨里奈ちゃん」

「れ、レナ、会話とか苦手なんだけど…」

「わ、私もそんなに得意じゃないかも…」

「なら、この機会に得意になるのも良い。

 交流は大事だからな」

「でも、重要な場面でわざわざ無理させる必要も無いよ。

 常連のお客様達が馴染んでから会話の練習でも

 十分上手く行くと思うからさ。

 裏方はしばらくの間だ、レナちゃんとかえでちゃん。

 そして、接客は梨里奈ちゃんやももこちゃん

 鶴乃ちゃんやフェリシアちゃんに任せるとか」

「そうだな、少しの間はそうすると良いかもな。

 親父さん、どうですか?」

「あぁ、構わないよ。忙しい時は梨里奈ちゃんが

 一緒に居てくれた方が心強いが

 今は大きな波も終わったわけだしね。

 梨里奈ちゃんの話が本当なら、

 しばらくは大丈夫だよ」

「ありがとうございます」

「よーし! 頑張ろー!」

「オー!」

「はぁ、なんでレナ、バイトなんて……

 まぁいいや、少しは楽しいし……」

「レナ、頑張ろうね」

「私も頑張るよ、レナちゃん!」

「ふん! 当然よ!」

 

ふふ、レナにも良い刺激になるかも知れないな。

全員で何かを成し遂げる経験。

それはきっと、人を大きく成長させる。



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襲撃者

一番重要な波が来てる場面とは言え

忙しい時期と比べればまだマシな客足。

レナ達がバイトとして合流してくれて

私達全体の負荷はかなり落ち着いてきた。

 

だから、今日は結構久々に魔女退治。

体力にも余裕があるからな。

 

「っと、これで終りか?」

「そうだね、魔女の気配は無いよ」

 

今日は七美達と一緒だからな。

あの3人は火力不足で魔女に負けてた。

だが、私が合流したことで

火力面も大分カバー出来るようになる。

 

私と七美の連係攻撃は

かなりの攻撃力があるわけだし

意外と相性は良い部類だしな。

 

「あ、相変わらず凄い……」

「やっぱり梨里奈お姉ちゃんは強いよね!」

「あぁ、それが私の取り柄だからな」

 

もうただの魔女程度であれば

限界突破を用いる必要も無い。

本当に強くなったと自覚してるよ。

 

「さて、グリーフシードゲット。

 元々同じ魔法少女だって分かってても

 こうやって、倒すしか無いんだからね…」

「体が勝手に動いて殺戮を繰り返す。

 その方が辛いと私は思うがな」

「うん、私もそう思う。もし私が魔女になっても

 私は殺して欲しいってなると思うよ」

 

死んだ後も化け物として徘徊し続ける。

それよりは、殺された方がマシだろう。

 

「じゃあ、帰ろうか」

「だな……とは言え」

「うん、気配は感じるからね」

 

ずっと不自然な気配は感じていた。

だが、どうやら本格的に動いたらしい。

 

「必ず排除させて貰うわぁ、仙波梨里奈…」

「あなた達は4人でひかり達は30人っすよ」

「まぁ、見れば分かるが」

 

さて、あの2人と周囲を囲うように出て来た

赤いフードの魔法少女集団……か?

何とも攻撃的な雰囲気がある。

 

殺意のような物も感じるな。

目付きからも何人か殺してる雰囲気だ。

特にあの角の子だな、あの目はかなり鋭い。

かなりの人数を殺してる可能性があるぞ。

 

……そして、私達への襲撃。

嫌な話は聞いてたが、どうやらこいつらが

マギウスの3人ややちよさんが言ってた連中。

ネオマギウスかプロミストブラッドのどちらか。

 

だが、ネオマギウスは魔法少女至上主義

つまりはマギウスの思想に近い連中。

だが、こいつらはそんな雰囲気がない。

恐らく相手を殺してきた魔法少女だろう。

 

要は修羅場をあまり潜ってないであろう

ネオマギウスでは無く

プロミストブラッドの方だと予想出来る。

 

「お前達がプロミスブラッドであってるか?」

「よく知ってるわねぇ、当然とも言えるかしらぁ。

 あんたもあのユニオンの魔法少女でしょぅ?

 同じ、ドッペルシステムを占領してる連中」

「……占領とは違う、等と言っても

 どうせ、信じないだろうな。

 私達の目的はドッペルシステムの拡散。

 最終目標は全魔法少女をただの人間に戻す。

 その為に色々と考えてる……と言おうが

 お前のような目をした奴がそう簡単には信じまい」

「当然よ、神浜の言葉を信じられる筈が無いわぁ」

 

その言葉と同時に周囲の魔法少女達が攻撃してきた。

 

「攻撃するのが速いよ!」

 

周囲の攻撃に反応して七美が糸を展開して

攻撃をしてきた魔法少女を拘束する。

 

「あっさりと制圧されるなんて!」

「まだ、私の宣言が終わってないからな。

 信じて欲しい言葉がある。

 この程度の手勢で私達は倒せない」

「くだらない事を言わない事ねぇ」

「……宣言してやる。10秒で殲滅する」

「くだらないッスよ!」

「宣言通りになれば私達の事を

 少しくらいは信じて欲しいな。行くぞ!」

 

久々の限界突破を用いて一気に行動を開始する。

 

「な!」

「ふん!」

 

一瞬で1人の構成員を投げ飛ばした後に

周囲に向けて大量の短刀を展開した。

全員がその攻撃に反応してる間に

 

「2人とも、伏せて」

「う、うん!」

 

七美が合図をして、弥栄と久実が伏せる。

それを確認した後に短刀を一気に伸ばした。

刃を削り、周囲の魔法少女達をなぎ払う。

 

「うぐ!」

「危ないっす!」

 

私達と会話をしていた2人は私の攻撃を伏せて避けるが

周囲に展開していた構成員達は避けられずに吹き飛ぶ。

振り回した直後に短刀を消して、

即座に伏せた2人へ近寄る。

 

「この!」

 

黄色い子が小さな使い魔のような物を展開するが

その全てを私の短刀が串刺しにした。

 

「嘘!」

「痛いぞ! 堪えろよ!」

 

そのまま体勢が低い黄色の子を蹴り飛ばした。

 

「きゃう!」

「この!」

 

角が生えた子が攻撃を仕掛けてくるが

その攻撃を寸前で回避。

そのまま彼女の地面から短刀を何本も飛び出させる。

 

「ぐぅ!」

 

私が呼び出した短刀は全て彼女の腹部に当る。

とは言え、刃は削ってあるからな。

血は吹き出さないし、大した怪我も無い。

ちょっとだけお腹が痛い程度じゃ無いか?

意識が吹き飛びかねない痛みだろうが。

 

「ば、馬鹿な……」

「悪いな、宣言通りにならなかった。

 8秒だったな、ちょっとだけ謙遜した」

「ひ、ひかり達が居たのに、一瞬でやられる…

 て、手も足も出ないなんて…

 実質動いたのは、梨里奈1人だけで…

 う、動きが……速過ぎるっす…」

「私が最も得意とするのは高速戦闘だ。

 今の私は前よりも強くなってるからな。

 前よりも素早い戦闘が出来るようになってる」

「本当、今の梨里奈ちゃんと戦うのは絶対に嫌だね。

 私、前は少しは善戦できてたけど

 今の梨里奈ちゃん相手じゃ手も足も出ないと思うし」

「あの糸は凄いから苦戦すると思うが?」

「勘も鋭くなってるくせによく言うよ」

 

実際、今の状態なら七美のあの糸も

第六感の限界突破無しで打破できそうだしな。

 

「もし、あの時……梨里奈が居たら…

 このままだと不味いわねぇ…」

「ほう、まだ立つか。結構な痛みだとは思うが」

「こ、ここは撤退させて貰うわぁ…」

「そうだな、今回は見逃してやろう。

 お前達には私の強さを伝えて貰いたいからな。

 お前達の組織が下手な行動をしない様に。

 

 そうだ、改めて言わせて貰おう。

 私達の目的はドッペルシステムの独占では無く

 ドッペルシステムを世界に拡大させる事。

 最終的には全ての魔法少女を

 ただの少女に戻すことだ。

 

 だから、私達が争う必要性は本来は無い。

 そちらが良ければ、私達に協力して欲しい。

 だが、攻撃される以上は反撃をさせて貰う。

 戦力差的にお互い戦うべきでは無いぞ」

「私を逃がしたことを、後悔させてやるわぁ…」

 

そこまで言うと、彼女達は私達の前から消えた。

この交渉で上手く行くとは正直思えないが

何もしないよりは可能性を作れるだろう。

 

見逃すのも正しいと思いたい。

あいつらを拘束した場合

もっと争いが激化してもおかしくないしな。

 

だが、あいつらが大人しく話を聞いてくれるか?

いや、あそこまで実力差を見せ付けたんだ。

敵対したら不味いと感じてくれるはずだ。

 

「逃がしたんだね、良いの?

 私のドッペルを使えば洗脳余裕だよ?

 見た感じ、あの角の子がリーダーっぽいし

 あの子を洗脳できれば、

 推定、プロミスブラッドを無力化できるのに」

「やるつもりが無いことを言うなよ。

 洗脳なんて、私の趣味でもお前の趣味でも無いだろ?」

「まぁね、マギウスの翼に所属して時は

 命令に従ってたけど。

 本来はあまり好きじゃ無かったし……

 梨里奈ちゃんを洗脳しようとしてたけど」

「実際、あの時の執念は恐かったからな。

 洗脳なんて無駄だと言ってもやろうとしてたし」

「うぐぐ、本気で後悔……ま、まぁいいや。

 とりあえず今回の事をユニオンに報告しよう」

「だな、厄介ごとは共有した方が良いだろう。

 黙っていても、良い事なんて無いしな」

 

私達はそのままみかづき荘に戻り

今回の事をやちよさん達に伝えた。

 

「襲われたんですね、だ、大丈夫でしたか!?

 け、怪我とかは」

「見ての通り無傷だ。

 まぁ、8秒しか戦ってないし怪我はしない」

「え? 包囲されて襲われたのよね?」

「えぇ、まぁ…」

「梨里奈ちゃんは8秒で殲滅だったけどね」

「あ、あいつら、結構強かったと思うけど」

「そうなの? 全然そんな雰囲気無かったけど…」

「梨里奈お姉ちゃんは凄いから!

 ちょっと強いだけじゃ相手にならないんだよ!」

「おぉ! 流石は姉ちゃんだぜ!」

「本当、相変わらず強いわね……

 とは言え、梨里奈の存在は向こうには

 とんでもない衝撃だったでしょう。

 これで、なりを潜めてくれれば良いんだけどね」

「そうですね、その間にこの宝石を集める。

 そうすれば中々大きな進展でしょう」

「そうですね、私も手に入れてますし

 このまま集めていきましょう」

 

いろはも宝石を手に入れたと聞いたしな。

このままこの宝石を集めるが

全てを集めるというのは避けた方が良いだろう。

この禍々しい魔力が揃うとどうなるか分からない。

危険性は可能な限り避けて行くべきだしな。



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対策を考えて

他の地域に居る魔法少女達の襲撃。

私はなんの問題も無く撃退出来たが

流石に全ての魔法少女に可能では無い。

 

あの連中に対抗出来る魔法少女は

結構少ないんじゃ無いかと予想する。

あの推定、プロミスブラッドは

相手を躊躇いなく殺せそうな雰囲気があった。

 

殺気もしっかりあったし、修羅場も潜ってる。

となると、対魔法少女に強い可能性がある。

 

ユニオンで対魔法少女に強い魔法少女は

マギウスと正面から戦ってた私達と

私達と戦ってたマギウス所属の幹部クラスだ。

 

他の魔法少女達は対魔法少女戦よりも

対魔女に強いはずだしな。

そもそも、魔法少女同士で争うのは

よっぽどの状態だろうからな。

 

「……」

「梨里奈ちゃん、どうしたの?」

「いや、魔法少女に強い敵対組織が出て来た今

 ユニオンをどうするべきか考えてな。

 あんな連中と私達以外が交戦した場合

 最悪、死人が出るぞ?」

「そうだよね……殺意凄かったし」

 

お互いに戦うための条件を作るべきか?

しかし、あそこまで殺意に溢れた連中だ。

私達が条件を持ちかけたとして

その条件を呑むとも思えない。

 

私達は魔法少女同士の殺し合いは望まないが

さて、奴らはどうかという感じだ。

あそこまで殺意に溢れた瞳をしてた連中。

既に何人か殺し手そうな雰囲気さえある。

 

そんな連中が私達のぬるい争いを受入れるか?

いや、恐らく受入れないだろう。

強力な力が介入しない限りは……

 

「……一瞬で潰す…いや、駄目だな。

 将来的に考えても、あまり良くは無い。

 力での制圧は容易だが……次に繋がらない」

「当たり前の様に潰せるって言ってるね」

「まぁ、戦った感じであれば」

「幹部っぽい子2人と30人相手に8秒だしね」

「だが、武力制圧だとチャンスを生かせない」

 

しかし、放置すれば人死にが出てしまう可能性がある。

もしかしたら、既に殺されてる

魔法少女が居るかも知れない。

 

その状況を放置して次に繋げたとしても

犠牲を出すことを良しとしてるだけだ。

悩ましい状況としか言えない。

 

「……仕方ない、出来ればやりたくないが」

「何かするの?」

「……マギウスに協力して貰う」

「え?」

 

今、この状況で犠牲を避けるにはそれしか無い。

思い立ったが吉日、私は即座に行動した。

 

「やぁ、今日はどうしたの?」

「梨里奈が来るのはもう慣れてるけどね~」

「今日も一緒にエキサイティングとか?」

「いや、今日は将来的な話や

 絵を書きに来たわけじゃ無い。

 現在進行してる問題の話だ」

「プロミスブラッドやネオマギウスの事?」

「そうだ、今回は少しだけ

 心苦しいお願いをしに来た」

「何かな? 今更協力は惜しまないよ」

 

ねむには本当に悪いとは思う。

だが、現状で被害を抑えるにはこの手しかない。

とにかく出来るかどうかを聞くしか出来ない。

 

「……プロミスブラッドが厄介なのは

 当然、ユニオンの管理をしてる

 3人は知ってるだろう?

 

 私達なら大した相手では無いだろうが

 あそこまで神浜の魔法少女に殺意を持つ連中。

 問題はもはや、ユニオンだけでは無いだろう。

 この神浜に住む魔法少女、全員の問題だ」

「まぁね、実際僕達もそう思ってるよ」

「だが同時に……これは、チャンスでもある」

「そうだよね」

 

他の町に住んでる魔法少女達が神浜に来てる。

この状況は今の私達からしてみれば

中々に良い展開とも言える。

 

私達が目指す、感情の力を繋げて

大きなエネルギーを作り出す計画。

その計画を実行するためにも魔法少女は多い方が良い。

 

「多くの魔法少女が神浜に集えば集うほど

 私達が目指す、第2の目標が近付くからね」

「あぁ、私達が動けば壊滅させるのは容易だが

 武力による短期決戦はあまり良くは無い。

 なんとか協力して貰える様に説得したい」

「あんなクレイジーな奴ら、

 説得とか無意味だと思うんですケド?」

「奴らを突き動かしてるのは恐らくは怒りだ。

 怒りか復讐か、どっちかまでは分からない。

 もしかしたら両方かも知れない。

 だが、いろは達なら説得できるかも知れない」

「確かにお姉様なら……」

 

いろはの奴は本当に芯がしっかりしてるからな。

もしかしたら、プロミスブラッドの連中とぶつかり

お互いに心を通わすことが出来るかも知れない。

 

あの馬鹿正直な精神こそ、いろは最大の強み。

目標の為にひたすらに真っ直ぐ進めるのがいろはだ。

あの信念の強さなら、怒りか復讐に塗りつぶされてる

プロミスブラッドの連中を照らせるかも知れない。

 

「だが、説得が成功するまで時間が掛るだろう。

 その時間が掛ってる間に被害が出るかも知れない」

「うん、何が言いたいかは分かってきたよ。

 君が凄く申し訳なさそうなのも分かる」

「……すまない、ねむ。出来る範囲で良い。

 相手を殺めることが出来なくなる。

 そんなウワサを用意してくれないか?

 

 勿論、絶交階段や口寄せ神社の様に

 相手を不幸にしたり、条件が揃ったら

 即座に相手を無力化出来るウワサじゃ無くて良い。

 

 強い殺意を感知したら周囲に知らせるような

 そんなウワサでも構わない。

 とにかく誰かが殺されるリスクを抑える事が出来る

 そんなウワサを神浜に広げる事が出来れば

 プロミスブラッドも下手に殺そうとはしないはずだ」

 

ウワサを作るのはねむの寿命を削りかねない。

だから、出来ればウワサに頼らないようにしたかった。

しかし、このままだと、私達が取れる選択は殲滅のみだ。

次にプロミスブラッドが出てきた時に全てを制圧し

武力による追放しか出来なくなってしまう。

 

それでは駄目だ、奴らが感じてる理不尽が解消されない。

だが、ルールの上で私達と戦ってる間に

ユニオンの魔法少女達の目標がドッペル独占では無く

ドッペルを世界に広めることだと理解して貰えれば。

協力して貰える可能性だって出来る。

 

しかし、このままだと犠牲が出てしまうリスクがある。

だが、お互いが納得出来るルールの上で

お互い戦うことが出来れば

戦いの間に説得できる可能性が出来る。

 

「そして、ルールを制定して、その上で戦う。

 魔法少女同士を殺すのはルール違反であり

 ルールを破った場合、ペナルティを用意する」

「そのペナルティって何?」

「それは全組織で話し合おう。

 ユニオン、プロミス、ネオマギウス。

 この3組織全員で協議し、どんなペナルティを出すか」

 

そうしないと、お互いに不平不満が生まれる。

その状態では説得も難しくなるからな。

どんな形で争うかも話し合う必要もあるが

現状であれば、宝石の争奪戦になるだろうな。

 

「なる程ね、あくまでルールの上で戦おうと。

 で、そのルール違反を感知するために

 そう言うウワサを用意しようって事だね」

「そうだ、ただ規模が規模だ。

 ねむに負担をかけてしまう。

 だから、厳しいと思ったら言ってくれ。

 その場合、代案を私が考える」

「大丈夫だよ、まだまだそれ位の余力はある。

 ただ、あまり攻撃的なウワサは出せない。

 僕が用意できるウワサでかなり負担が少ない規模で

 ウワサを用意しようと思うけど、良い?」

「あぁ、自分の体を第1に考えて欲しい。

 その上で大丈夫だと判断したウワサで大丈夫だ。

 補助が必要なウワサでも私が補助に回るから

 本当に体を第1に考えてくれ」

 

ねむは体が悪いし、マギウスとして活動してる間に

かなり無理をしてただろうしな。

下手に大規模なウワサを用意となると

ねむの負荷が不安だ。

 

「心配性だなぁ、梨里奈は」

「私も心配なんだよね、負荷とか」

「大丈夫だよ」

「アリナの協力が必要なら協力するケド?

 アリナの結界はパーフェクトな魔法だしネ。

 隔離とか出来れば、大分ペナルティだよネ」

「大丈夫、2人にも協力して貰うよ」

「勿論、私も全力で協力する。

 何かあったら、すぐに言って欲しい。

 そうだ、忘れてた。これが連絡先だ」

 

ずっと色々と考えてて忘れてたな。

私達はまだ連絡先を交換してないし。

 

「ふふ、大分今更だね」

「なんで交換してなかったか不思議だよねー」

「忘れてたとしか言えないな。

 どう行動すれば魔法少女達を救えるかとか

 七美達にどんな勉強を教えてやろうかとか

 七美達にどんな料理を教えてやろうかとか

 どうすれば万々歳を繁盛させられるかとか

 ユニオンを上手く動かすにはどうするとか」

「たまには自分の事も考えれば良いのに~」

「そんな余裕は無いからな。

 前以上に遊びに割く余裕が無い。

 犠牲を減らすにはやるしかない」

「……たまにはガス抜きするべきだと思うよ?

 ひたすらに考えて良い案が浮かばなくても

 少しだけ遊べば閃いたりもするんだ。

 

 天啓というのは

 どんな状況で舞い降りるか分からないんだ。

 時に遊ぶ事も新しい見識広げる為には必要だ」

「そうは言われてもな」

「まぁ、連絡先は登録しておくよ。

 あ、僕達の連絡先も教えよう」

 

ようやく私達は連絡先を交換した。

これで、何かあったら連絡できる。

 

「ありがとう、何かあれば言ってくれ。

 ウワサの件も何かあれば教えて欲しい。

 ……本当に申し訳無い」

「僕らは僕らに出来る事をするまでだよ。

 それが、僕らがすべき罪滅ぼしだ」

「うんうん、梨里奈が気にすることじゃないよ?

 そもそも、本来、梨里奈はユニオンの問題に

 あまり干渉しない予定だったのに

 巻き込んじゃった私達の方が悪いし」

「結局頼って情け無いって感じなんだよネ」

「私は自分から勝手に首を突っ込んだだけだ。

 ……やっぱり私は傍観者には向かないかもな」

「そんなの、今までの行動を見てたら分かるよ」

「はは、そうだな」

 

結局、私の本質はそう言う事なんだろうな。



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ふとした閃き

ルールの設定というのは重要だ。

魔法少女同士の殺し合い。

今のままだと、このパターンが発生する。

主にプロミスブラッドが危険だ。

 

魔法少女同士を殺す事に躊躇いが無い。

既に何人も殺めて居るであろう存在だ。

無論、私達は彼女達を否定する。

 

だが、彼女達と同じ境遇に

私達がいた場合、どうなるかは分からない。

とは言え、私はあまり変わらないと思うがな。

 

私はそう言う存在だからな。

両親は私が誰かを殺す事を求めないだろう。

私の両親は確かに私に自分達の夢を押付けた。

だが、私は決して愛されてなかった訳では無い。

それ位は知って居る。

 

それに七美も居たんだ。

私は両親と七美のどちらかが居る限り

今の私と大きく変わることは無いだろう。

 

そもそも、両親が別の場合であれば

私はここまで強くはなってないだろうし

私は周囲の期待に応え続けようとはしてない。

 

「ルール……うーむ」

 

もしもの場合を考えながら

私はルールの想定をしてみる。

ルールの中心となるのは恐らくキモチだ。

 

この宝石を奪い合うという形のルールになる。

あれらを撃破し、このブレスレットを完成させる。

とは言え、このブレスレットの謎も不明だ。

 

いろは達があいつらを撃破した際に

何故、いろはにこのブレスレットが着いたのか。

私の場合は単騎で撃破したからな。

撃破した場合、宝石になるのは分かる。

 

恐らくは近くに居た魔法少女に取り付く。

……もしくは、トドメを刺した奴か。

後者の方が可能性は高いだろうな。

 

いろはの攻撃は相手にトドメを刺すことが多い。

リーダーという扱いだし

いろはは結構戦いのセンスもある。

やちよさんとの連携もかなり良いしな。

 

……そう言えば、ふと思った。

私と七美はあまり連携をしてないような……

と言うか、連携して戦ったことあったか?

 

「梨里奈ちゃん? どうしたの?」

「いや、なんでも無い」

「うーん、ルールの事を考えてると思ったけど

 私の方を見たって事は、私が協力する方法で

 何かのルールを思い付いたとか?」

「いや、そう言うわけじゃ無いんだ。

 ただ、考え事をしてる間にふとな

 私と七美って連携してないかもと思って」

「……そう言えばしてないね。

 大体、梨里奈ちゃんが圧倒してるし。

 そりゃあ、私も相手の足止めとかはしてるけど

 魔法で協力とかはあまりしてなかったかも?」

「そりゃそうでしょ、連携しなくても

 お姉ちゃん達、相手を圧倒してるし」

「り、梨里奈さんだけで、ぜ、全部倒せるし…」

「連携攻撃とか考えよう、その内」

「そうだね、連携技って格好いいしね!」

 

七美がかなりの笑顔で連携技を了承してくれた。

そう、七美は意外とこう言うのが好きだったりする。

七美は結構なゲーム好きだったりするからな。

体が弱く、あまり外で遊べなかった七美が

ゲームを好きになるのは当然だろう。

 

七美とゲームで戦って

私は1度だって勝てたことが無かったりする。

まぁ、私は周囲の期待に応えようとするタイプだ。

当然、周囲は私がゲームをやり込んでる事を

期待なんかはしないだろうからな。

 

「まぁ、連係攻撃よりも今はルールだけど。

 と言うか、連係攻撃は大体想定したし」

「速くないか!?」

「そりゃそうだよ~、こう言うのは私の得意分野!」

「ど、どんな感じなの?」

「これだけだよ」

 

そう言って、七美はちょっとだけ魔法少女に変身。

そして、周囲に糸を繋いだ……だけだった。

 

「はい、これ」

「え? どう言う事? 七美お姉ちゃん」

「なる程、確かにこれは強力な連携だ」

「え!? どう言う事なのさ!」

 

単純だが、非常に強力な連携になるだろう。

七美の糸の魔法は刃で切断できる。

要は実体は存在しているというわけだ。

今まではやってこなかったが

七美の糸の強度は並の魔法少女であれば

引きちぎれないほどの強度だったりする。

 

何本も同時に繋げば魔女の動きさえ押さえられる。

それだけ、強度がある糸だ。

ならば、足場にすることだって出来る。

 

次に私だが、私は地上戦では確かに圧倒的に強い。

圧倒的な移動速度に圧倒的な格闘術や接近術。

異常な程の回避能力等

それらを利用した高速戦闘が私の戦い方だ。

 

とは言え、私は自分に関連する事を

強化することしか出来ず

空を飛べるわけでは無い。

だが、足場さえあれば空中でも戦える。

 

「簡単に言えば、

 梨里奈ちゃんがより強くなる方法だね」

「え……?」

「覚えてるか? 私と七美が戦ってたときだ。

 そう、マギウスが仕掛けた罠の時だな」

「あぁ、確かお姉ちゃんとマミが

 梨里奈さんと同時に戦ってた時の?

「あの時の梨里奈ちゃん、凄かったでしょ?」

「いや、梨里奈さんはどんな時でも凄いけど?

 と言うか、どんな時でも

 私はあまり目で追えてない」

「……それもそうだね、見えるわけ無いか」

「お姉ちゃんは戦ってなかったっけ……」

「それはお前もだろ?」

「ぜ、全部ドッペル頼りだったし…

 あ、そうだ、梨里奈のドッペルってなんなの?」

「いきなり話を変えるのはどうなの?」

「だ、だって、気になって…」

「私はドッペルを使ったことは無いぞ」

「ドッペルいらないだろうしね、梨里奈ちゃん」

 

とは言え、ドッペルは強力な能力だしな。

イブの影響で使えてるとは言え効果は絶大。

恐らく、魔女となった場合の力に近いだろう。

 

ドッペルの姿は

その魔法少女が魔女となった場合に近い容姿。

弥栄はいくつもの手が出て来て

久美は鎖の様な魔女になる。

で、七美は……ドッペルが魔女の力の一部なら

七美が魔女になった場合、誰も倒せないんじゃ?

 

「え? な、なんで私をまた見たわけ?」

「いや、ドッペルが

 もしも魔女になった場合の能力を

 一部行使出来るのだと仮定した場合

 七美が魔女になったら

 誰も勝てそうに無いと思って」

「え? なんで? 絶対に梨里奈ちゃんの方が…

 いや、止めよう、この話。

 あの時の夢がちょっとフラッシュバックした」

「……わ、私もだな」

 

あの夢は本当になんだったんだろうな。

ただの悪夢にしては、同時に同じ様な夢だし。

……はぁ、変な事を考えてる場合じゃ無い。

 

「ま、まぁとにかくだよ、話を1つ戻すと。

 この状態であれば、梨里奈ちゃんが

 どんな状況でも立体的に動いて戦えるんだ。

 つまりは平地だろうと、梨里奈ちゃんが

 全方位から攻撃してくるから

 普通の魔法少女じゃ、対応出来ないよね」

「あ、そう言えば連携の話だったね。

 でも、そうか、梨里奈お姉ちゃん

 凄く強くなるって事なんだね」

「元々強いけどね。

 より対応出来なくなると思うよ」

「実戦で使うかは分からないけどな」

「まぁね、梨里奈ちゃんがわざわざ

 私と連携して戦わないと駄目なほどに

 強力な相手って、それ、かなりレアだろうし」

 

 

実際、生半可な魔女じゃ相手にはならないからな。

ワルプルギスの夜レベルじゃないと。

……いや、どうだ? ワルプルギスの夜で

限界突破を行使しすぎた結果の私は

何処まで強いか、さっぱり分からない。

 

「……あ」

「え?」

 

 

ふと思い浮かんだ……魔力の限界突破。

何度か行使しようとしたが

反動が分からないからやらなかった。

 

とは言え、今のうちに試しておいた方が…

今後の事を考えてみると必要な事だし。

 

「……七美、グリーフシードってあるか?」

「あるよ」

「じゃあ、ちょっと試したいんだが

 私がこれから魔力の限界突破を試す」

「え!? なんでいきなり!?」

「今後の事を考えて試しておきたくてな。

 ルールを制定した後じゃ試せないからな。

 今のうちに試して、実験しようと思って。

 

 魔力の限界突破をして

 私のソウルジェムが濁ったら

 すぐにグリーフシードを使って欲しい」

「……駄目」

「お願いだ、試させてくれ」

「危ないって分かってるんでしょ?

 だったら、駄目に決ってる!」

「魔法少女達を救う為にも

 何処かで試しておきたいんだ」

「……」

 

七美がかなり考え込んでる。

いつも通りの会話から

こんな空気になってしまったのは申し訳無いが

何処かで試さなければならないことでもある。

 

「……わ、分かった、分かったよ。

 確かにここで駄目だって言って

 梨里奈ちゃんが私が知らない場所で

 勝手に試しちゃったら恐いから」

「し、信頼が無いな…」

「梨里奈ちゃんはすぐに無理をするから。

 じゃあ、ちょっとだけ戻ろう。

 マギウス達の前でね。

 マギウス達が居れば

 厄介があっても対処出来るかもだし」

「わ、分かった」

 

この条件を飲まなかったら多分受入れてくれない。

だから、ここは大人しく引こう。



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魔力の限界突破

七美の考えに従い、

私達はすぐにマギウスの元に戻った。

 

「ん? もう来たの?

 流石にこの短期間じゃ

 ウワサは出来ないよ?

 それとも、何か妙案でも浮かんだのかにゃ?」

「いや、ちょっと試したいことがあって」

「試したいこと?」

「あぁ、私の魔力の限界突破だ。

 七美にお願いしたら、

 3人も一緒に居る状況じゃないと

 許さないって言われてな」

「何かあっても、あなた達が居れば

 梨里奈ちゃんが死んじゃうことも無いだろうし」

「た、確かに梨里奈の限界突破が

 自身の概念的な部分にも影響があるのか。

 それは知りたい事ではあるけど」

「結構リスキーだと思うケド?」

「最悪の場合は私が蘇生するし」

「し、死なないからな?」

「そう言えば、弥栄も蘇生の魔法なんだよね

 お姉様と一緒で、蘇生って異常だよね」

「僕としては再構成の方も異常だと思うよ?

 再構成は対象の時間を戻してるような物だ。

 特に久美の魔法は時間を戻してると感じる。

 七美の糸で繋ぎ、破壊した物体も

 久美の再構成で元に戻すようにして対抗してる」

 

確かに弥栄の魔法と久美の魔法も異常だな。

弥栄の蘇生は使者を蘇させる効果がある。

死後の世界が存在すると仮定すれば

その世界に干渉するのが蘇生……で。

し、死後の世界……そ、存在するのだろうか。

分からないが、可能性はあるかも知れないな。

 

で、久美の魔法は再構成だが

これも実際、時間を戻してるに等しい。

壊れた物体を無理矢理元に戻そうとする魔法だ。

スマートフォンを破壊して戻したときも

久美が持ってたスマートフォンのデータは消えてた。

壊した時にメモリーまで破損したのかもだが

そう簡単にはメモリーまで壊れないだろう。

 

それに、周囲の部品も戻ってきてたし

やはり時間を巻き戻してると言えるかもな。

 

「まぁ、確かに2人の魔法は強力だよね。

 色々と試してみたいけど、まずは梨里奈だね」

「あぁ、そうだな。現状の仮想定では

 私の存在は必須だ。

 私が魔力の限界突破が出来るかどうかは

 やはり重要な要素だ」

「だね……じゃあ、リスクはあるけど」

「あぁ、やってみるぞ」

「……」

 

私は魔法少女に変身してソウルジェムを手元に。

……試すぞ、私の限界突破の魔法が

私のソウルジェムにさえも影響を与えられるか。

 

私に与えられた力が、キュウべぇが干渉した

私の魂にさえ、影響を与えることが出来るのか。

私の魔法がキュウべぇの力に影響を与えるのかどうか。

 

……私の限界突破の魔法が

概念に近い部分にも影響を与えられるのかどうか!

 

「魔力の限界突破……行け!」

 

魔法を行使して、自らのソウルジェムに影響を与える。

ソウルジェムが一瞬の間に黒く染まる。

 

「う、ぐ……」

「梨里奈ちゃん!」

 

七美が即座にグリーフシードを使い

私のソウルジェムから穢れを吸わせた。

同時にグリーフシードが砕けた。

 

「な!」

 

グリーフシードが砕け、そこから魔女が姿を見せる。

だが、私のソウルジェムは綺麗にはなってない。

とは言え、最初と比べれば穢れは減ってる。

僅かだが……動けるくらいには回復した。

 

「い、1回の使用だけで魔女が孵化するなんて!

 それに、梨里奈ちゃんのソウルジェムは

 まだ全然穢れが残ってる! こんな事!」

「魔女が孵化……そして、梨里奈のソウルジェムは

 完全に穢れが取り切れた訳じゃ無い」

「成功だね!」

「中々エキサイティングな展開だよネ!

 魔女を任意にってかなり便利!

 七美の魔法で洗脳して、戦力にも出来るしネ」

「急いで倒そう!」

「う、うん!」

 

不意に孵化した魔女だが正直言って敵では無かった。

マギウスの3人に私、七美、弥栄、久美。

これだけの戦力が相手だ。

流石に単体の魔女だけでは脅威では無かった。

 

「す、すまない、まさか魔女が孵化するとは…」

「全然問題無いよ、これで梨里奈の限界突破が

 梨里奈の魔力にさえ影響を与えると証明された」

「そ、それで……ど、どうする? も、もう一回?」

「うん」

「よし……今度は覚悟して、もう一回」

 

もう一度、グリーフシードで私の穢れを取った。

再び魔女が孵化したが、

私のソウルジェムは僅かに穢れが残る。

 

「2回分か、相当な消耗らしいね」

「あまり試したくないことだな……

 死んでしまった魔法少女の魂を

 冒涜してるようで……多用できる事じゃ無い」

「とは言え、仕方ない事だよ。

 しかし、グリーフシードが砕けて

 魔女が発生してしまう場合では

 ドッペルシステムの影響下でも

 なんの変化も無いんだね……」

「だな、もしもこれで蘇生が出来るのであれば

 魔女達でさえ救えたのに……残念だ」

 

これで分かったことも多く出来た。

イブの影響下だったとしても

グリーフシードからは魔女が発生する。

 

私は魔力の限界突破が可能ではあるが

一度使用すれば、魔力消費により

大量の穢れが発生し、グリーフシードを用いて

全快しようとすれば、2回は魔女が生まれてしまう。

 

強力だが、使用した後の事を考えると

かなりリスクのある奥の手だと言えるだろう。

その代わり、魔力の限界突破を用いれば

まさに無限に近い魔力を得られると言える。

 

「……倫理観を無視すれば色々と解決するね」

「……そうだな」

 

私達が戦えば魔女は大した相手では無い。

魔力の限界突破を用いればいくらでも

グリーフシードから魔女を発生させられる。

 

その魔女を排除し、グリーフシードを確保。

私は魔力の扱いが得意であり消耗は少ない。

だから、魔女を撃破した後にグリーフシードを得て

周囲の魔法少女達に配れば良い。

 

穢れをある程度吸ったグリーフシードを

私が再び使い魔女を孵化させて魔女を撃破。

実質再浄化出来たグリーフシードを周囲に流布。

そうすれば、魔女の枯渇問題に対策できるかもな。

 

とは言え、その行動は死んでしまった魔法少女を

何度も何度も再利用してるだけだ。

そんなの、あまりにも残酷すぎる。

 

「それに、需要に対して供給が追いつかない。

 やはり別の方法を考えるしか無いね」

「だね、でも一歩は進んだよ」

「あぁ、ルール制定の前に進めて良かった」

 

3回目の浄化で、ようやく私のグリーフシードが

完全に回復することになった。

 

「今回は2回は別のグリーフシードだったけど

 最後は最初に撃破した魔女のグリーフシード。

 再利用が可能だというのが分かったね」

 

だが、この方法はあまりにも残酷だ。

しかし、何度かやるしか無いと言うのも事実だ。

未来の為にも……覚悟を決めよう。



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願いの疑問

私達の計画に必要なのは魔力だ。

莫大な魔力と莫大な数の仲間。

その仲間達を集めて同じ未来を見る。

私達が持つ感情の可能性を信じた計画。

 

「今回はここまでにした方が良いね」

「あぁ、心も痛む」

 

あの後、3回ほど魔力の限界突破を行ない

グリーフシードを活用してのサイクルをした。

やりたくない事だ、とても残酷な行為だ。

魔法少女だった彼女達の亡骸を利用する行為だ。

 

だが……やらなくてはならない事だ。

罪のない人達を巻き込まないためにも

誰かが悪にならなくてはならない。

 

「……」

「魔女を利用するって言うのも忍びないね」

「僕達は躊躇わなかったが

 流石にこの方法は堪えるかも知れないね」

「アリナ的には何度も何度もあのエキサイティングな

 瞬間を見ることが出来て、満足だけどネ」

 

アリナはまだ魔女が生まれる瞬間に

喜びのような物を感じてるのかも知れない。

だが、雰囲気からあくまで刺激程度なのだろう。

 

「梨里奈ちゃん、こう考えてみようよ。

 私達は死んでしまった仲間達と協力して

 全ての魔法少女を救うための準備をしてる。

 きっと、彼女達だってそれが大願だよ。

 1番は自分達も一緒に救われる事だけど

 2番目はきっと悲劇を繰り返さないことだから」

「死人に口なしだ、気持ちの持ちようは

 僕らの解釈に担われてる。

 だから、辛い事は考えない方が良いよ」

 

……私には彼女達の気持ちは分からない。

だが、彼女達も私達へ気持ちは伝えられない。

ならばせめて、自分達だけでも……か。

押しつけなのは変わらないだろうが

それは、どんな時でも同じ事。

 

ならせめて、彼女達の事を好意的に捉える。

その為には、七美の考えの方が正しいのだろう。

 

「……しかし、グリーフシードが穢れきれば

 魔女が生まれてしまう……私は知らなかったな」

「僕達は知ってたけどね」

「マギウスが利用してた魔女は殆どがこの方法か?」

「まぁね、みたまから魔法少女が使ったグリーフシードを

 私達が入手して、穢れを蓄積させて魔女を生む」

「そして、私がドッペルを発動させて魔女を洗脳する」

「その後、アリナが結界を作って魔女を幽閉して

 いつでも魔女を召喚出来る」

「で、一部の魔女は神浜に放って

 魔法少女達が倒し、グリーフシードを得る」

「そのグリーフシードを使って魔法少女が穢れを移し

 それをみたまに持っていく」

「このサイクルがアリナ達が生み出した

 パーフェクトなシステムの一部ってワケ

 

 使い魔を放置しても魔女が生まれるから

 いくらでも戦力補強も出来るしネ。

 アリナの結界の中で魔女を育てれば

 いくらでも強く出来るし

 魔女の量産だって出来ちゃうってワケ」

「な、なる程な……物量が凄かったのも頷ける…」

 

他にも魔女を神浜に集めてたみたいだしな。

魔女を集め、魔女を狩った魔法少女から

グリーフシードを得て、アリナの結界内で

グリーフシードから魔女を生んだ後に

七美のドッペルで魔女の洗脳をして戦力とする。

 

ドッペルの多発は魔法少女に悪影響だろうから

多分、七美が無理をしすぎない程度にしたのだろう。

魔女の数が揃ってきたら発動させて纏めて洗脳。

そんな感じだったのかも知れないな。

 

更には使い魔から魔女が生まれるから

使い魔を育てて魔女を量産してたと……ん?

 

「つ、使い魔は魔女になるのか?」

「そうだよ、知らなかったの?」

「うーむ……使い魔が危険なのは分かってたから

 魔女を排除するときには全て仕留めてたが…

 魔女になるのは知らなかったな」

「魔女になるよ、

 使い魔が人を4~5人くらい食べた場合ね」

「な!?」

「ただ、勘違いしないで欲しい。

 僕達は人を食わせたことはないよ。

 今まで集めてきた情報でそう言う記載があっただけだ。

 育てる方法も目星が付いてたからね。予想通りだった」

「ど、どう言う形で育てたんだ…?」

「イブの育て方と同じだよ~

 穢れを集めておけば勝手に進化するんだよね~」

「様は穢れで生まれると言う事だね。

 人を食べてと言うのも人を捕食した際の穢れだろう」

 

……そ、その方法が確立されていたと言う事か。

そ、その気になればマギウスはいくらでも

魔女を量産できていたと言う事なんだな…

 

「なる程……その気になれば魔女をいくらでも作れてたのか」

「そう言う事、因みに今でも出来るよ?

 ういの協力があればね」

「ういに負担が掛るから、絶対にしないけどね」

「そもそも、今は魔女作り出しても意味ないしね~

 なんなら、魔女発生も今の状態なら

 梨里奈が居ればいくらでも出来る訳だし」

「私の負担が凄いが…?」

「知ってるよ~、だからやろうとはしないけどね。

 本当、梨里奈がマギウスに所属してたら

 戦力が凄い事になってたって事だね。

 色々な意味で」

 

ま、まぁ、一度の限界突破で私自身も強化され

グリーフシードの数だけ量産できる。

同時に大量に量産できるのであれば

七美のドッペルを発動した際に

一気に魔女を洗脳することが出来たと。

 

魔女の量産はグリーフシードが尽きない限り

止めどなく行なう事も出来て

使えば使うほど、私自身も強化されていく。

……この使い方は世界が滅びかねないぞ。

 

「ふっふっふ、無敵の軍隊になってたね!」

「世界が滅びかねないだろ、それ……」

 

下手したら戦争が出来てしまうな。

魔法少女と全人類の全面戦争さえも。

しかも、勝てる可能性が高いというのが恐ろしい。

 

「本当、君の魔法は汎用性の塊だと言えるね」

「時間が経つにつれ、そう思うよ」

 

しかし、魔女は使い魔からも生まれるのか。

使い魔は魔女の一部と言う事なのかもな。

魔女になってしまった魔法少女の感情の一部。

だから、穢れを溜め込むと魔女になると。

 

「……本当、よく分からないな。

 魔法少女は……

 そうだ、灯花とねむに聞きたいことがある」

「何かな?」

「確かういと一緒に魔法少女になった際の願いは

 確かあなたの機能が欲しい…だったよな」

「うん、そして私が変換の機能」

「そして、僕が具現化の機能を

 で、ういが回収の機能を得たんだ」

「じゃあ、魂をソウルジェムにする機能は?」

「それは知らないね」

「同時に、願いを叶える機能も知らない」

 

……魔法少女を救うために契約したから

そう言った機能の部分しか得られなかったと。

しかし、違和感があるというのはある。

 

実際、灯花とねむが願いを叶える機能を

得ようとは思わないのは何となく分かる。

だが、ういはどうなんだろう?

ういはいろはの妹、確かに芯は強いが

2人のような天才的な子供では無い。

 

なら、願いを叶える力を欲しいと

何処かで思いそうな物だ。

もし思ったなら、願いを叶える部分も…

 

「……いや、そもそも考える対象が違うのか」

「考える対象って何さ」

「願いを叶えるのはキュウべぇの機能では無く

 私達に備わってた何かなのかも知れないと思ってね」

「え?」

「もしキュウべぇのシステムに

 願いを叶える部分があるなら

 自分達が不利益を被りそうな

 願いは叶えられない可能性が高い。

 だから、3人の願いが叶わない可能性がある。

 

 自分達の機能を奪われるような願いを

 キュウべぇ達が叶えさせてくれるとは思わない」

「た、確かに言えてるかも…?」

「だから、キュウべぇが持つ機能は

 4つ、私達の魂をソウルジェムに変換させる機能。

 

 グリーフシードを回収して穢れを浄化する機能。

 恐らく、この機能は変換の一部だろう。

 

 私達が魔女化した瞬間のエネルギーを回収する機能。

 これは回収とエネルギー変換だろう。

 

 宇宙に感情のエネルギーを放出する機能。

 これが変換と具現化の同時だと予想出来る。

 

 願いを叶えると言う機能の一部が

 ねむの具現化に近しい部分かも知れないが

 最後の部分こそが具現化の正しい使い方かだな」

 

そして、魔法少女の願いが叶う瞬間は

魔法少女が契約をした瞬間だとするならば。

恐らく……魂がソウルジェムになった瞬間に

願いが叶ってる可能性がある。

 

ならば、一瞬取り出された人間の魂が

自らの力でその願いを叶えた……とか?

だから、本人の感情などが影響されるとか?

 

「うぐぐ……た、魂がソウルジェムに変換されて

 そ、その瞬間に願いが叶ってるとすれば

 魂が自力で願いを叶えてる可能性があって…

 

 この魂はなんだ? 感情の塊か?

 それとも感情というのは魂が作ってるのか?

 なら、感情を分離させても……いや、違う違う。

 

 感情は分離させられる筈だ。

 そうじゃ無いと、やちよさんの魔法の説明が…」

「り、梨里奈ちゃん? いきなり頭を抱えなくても」

「ふむふむ、魂がソウルジェムに変換された瞬間に

 願いが叶ってると考えてるわけだね」

「そうだ、願いを叶えてるのはキュウべぇでは無く

 私達自身なのでは無いかという仮定。

 だが、心の願いとは違う願いが叶うこともある。

 

 いや、そもそも心の願いと叶った願いは逆…か?

 あくまで口に出した願いを叶えてるという形だ。

 となれば、キュウべぇが叶えてる方が自然か?」

 

例えば私の場合だが

心の中で何処か願ってた七美の蘇生は叶わず

口に出した自分の限界を越え続ける願いになった。

魂が直接叶えてるのだとすれば、こうはならない。

 

七美の場合も口での願いは居場所。

だが七美、弥栄、久美の考えでは

一番欲しかった居場所である私は

願いが叶った直後にはその場には居なかったと。

 

マギウスの2人とういも場合もそうだ。

心の願いは魔法少女の救済だが

実際はキュウべぇのシステムを奪った物の

機能せず、ういを失いかけてしまった。

 

……キュウべぇが干渉したとか?

本来の心の願いが叶わないように

魂を変換した際に妨害して

心の底からの願いを叶えない。

 

そうすることで魔法少女に喪失感を与えたり

一時的な幸せを与えながらも絶望に突き落とし

魔女化させるために……うーむ。

 

「……とは言え、分かる事が1つだけある」

「と言うと?」

「キュウべぇは私達を了承無しで

 魔法少女に変化させる事は出来ない。

 それが出来るなら、わざわざ契約等不要だ。 

 

 恐らく私達が了承さえしていれば

 願いを叶える必要も無く

 私達を魔法少女に出来るだろう。

 だが、了承が無ければ不可能。

 

 だから、キュウべぇは私達に了承して貰う為に

 なんでも1つだけ叶えて上げると良い

 了承して貰い、魔法少女に変化させてる。

 

 つまり、キュウべぇは私達の魂よりは

 力を持ってないと言う事だろう。

 感情のエネルギーやそれを発する。

 恐らく魂という部分が受入れなければ

 そのエネルギーを利用できないんだ。

 

 それだけ、莫大なエネルギーだ。

 恐らくはそのエネルギーを一部利用して

 キュウべぇが願いを叶えてる可能性がある。

 あくまで相手の力を利用して願いを叶えてる」

 

とは言え、それだと不都合な願いをかき消せそうだな。

奴らが感情を持たない故に意外と律儀な性格だから

自分達に不都合な願いでも叶えてるのか

 

はたまた、明確な目的や目標がある場合は

エネルギーの補助が無くても叶える事が出来るのか。

こればかりは明確に分からない。

 

だが、奴らのシステムよりも

私達の魂と言える部分の方が上なのは間違いない。

 

奴らは効率を求めている獣だ。

どう考えても願いを叶えて魔法少女にするよりも

強制的に魔法少女にした方が効率が良いからな。

それをしてないと言うことは

私達の魂に強制的に干渉は出来ないと言うことだろう。

 

「分かりきってた事だが、やはり奴らのシステムよりも

 私達の持つ感情のエネルギーは上であり

 そのエネルギーは世界のルールにさえ影響を与える。

 

 ……そして、私の限界突破はそのエネルギーに対して

 影響を与えられる可能性だってある。

 恐らく魂のエネルギーである筈の

 魔力にさえ影響を与えた訳だからな」

 

自分のソウルジェムにチラリと視線を向け

少し考えた後に腕に着いてる宝石にも視線を向けた。

……魔女の莫大な魔力を利用出来るか疑問だが

私の魔力が増えれば、

制御出来る可能性も0では無いか。

 

「やっぱり魔力を集める必要がある訳だね。

 奇跡を再び起すためにも」

「あぁ、とは言えまだ検証する必要がある。

 だから、その間に犠牲が出ない為にも

 ルールが必要だというわけだな」

「あぁ、どんなウワサにするかもある程度は決めたよ。

 だから、少しの間だ待ってて欲しい。

 明日、君にどんなウワサを用意するか話すから」

「うん、資料はこの後作るから、明日まで待ってね?

 梨里奈もしっかり休んでおいてね」

「あぁ、分かった。すまないな付き合わせて」

「大丈夫、必要な事だって理解してるからね」

 

よし、今日はここまでにして休もう。

明日、マギウス達の資料を見て

ウワサをどう運用するかも考えないとな。



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用意したウワサ

次の日、私は早速マギウスの元へ向う。

最近はマギウス達とずっと一緒に居るような

そんな感覚さえ覚えるほどだな。

 

あまりいろは達とも一緒に居ない。

とは言え、今回は一緒に来て貰った。

今回の計画にはいろは達の協力が必須だ。

私達の目標をそろそろ共有しないとな。

 

私が魔力の限界突破が出来た事で

私達の目標も少しだけだが現実味が出て来た。

 

「おっと、今日はお姉さんとういまで来たんだ」

「うん、梨里奈さんに呼ばれて」

「確かにそろそろ駒を進めても良い頃だしね」

「まだ確定はしてないが、一歩は進めたからな」

 

早速、私は皆を席に着かせた。

 

「じゃあ、今回僕達が用意したウワサを話そう」

「ウワサ? また何か悪巧み?」

「悪巧みをわざわざ共有しないよ~

 今回のウワサは梨里奈も了承済み。

 むしろ梨里奈からの申し出でもあるからね」

「どう言う事? 梨里奈」

「今回のプロミストブラッドと

 ネオマギウスの襲来で

 被害を最小限に抑えるために

 マギウスの3人に協力して貰ったんです。

 この組織との戦いで被害が出てしまわない様に」

「確かにそうだね、特にプロミストブラッドは

 魔法少女を躊躇いなく殺しそうだし」

 

明確な殺意を持って私達と敵対してたからな。

戦闘経験も豊富で相手を殺す事に躊躇いが無い。

恐らく、私達以外の魔法少女では殺される。

 

私達はマギウスと交戦してたこともあり

対魔法少女の経験が豊富だ。

だが、マギウスと戦ったことが無い

一般の魔法少女は対人経験が薄く

対人戦を良くこなしてるであろう

プロミストブラッドに殺されてしまうだろう。

 

「だから、魔法少女同士で殺し合いにならない様に

 それを制御するウワサを用意したってワケ」

「でも、ウワサを作るのは負担が凄いって……」

「確かに僕の負担がいくらか掛るが

 今回のウワサは梨里奈にも協力して貰うんだ。

 誰かを中心に展開したウワサであれば

 僕の負担はかなり軽減されるからね」

「あぁ、構わない。私が言い出したことだしな」

「……」

 

だが、この言葉でいろは達が暗い表情をした。

 

「どうしたんだ?」

「だって、それって結局梨里奈さんに負担を掛ける

 それに、ねむちゃんにも負担を掛けて……」

「えぇ、私達が目標としてる魔法少女の解放。

 一般の人達に迷惑を掛けずに魔法少女を救う。

 そんな目標を掲げて、組織まで作ったけど

 その計画を達成するために動いてるのは

 梨里奈やマギウスであるあなた達だけ。

 私達はあまり役に立ててない気がして」

 

実際、その為の計画は私達4人が中心だ。

他の魔法少女は殆ど関与してない。

だが、それも今日までだというのは明確だ。

 

「確かに計画を進めてるのは僕達だね。

 僕達が計画を立案して梨里奈が纏めてる。

 そして、僕達が計画に必要な物を用意して

 それを活用するために梨里奈が行動してる」

「でも、それは当然ってワケ。

 アリナ達にはその計画に必要な力が揃ってるしネ」

「でも、それも今回までだ。

 今回からはユニオンにも全面協力して貰う」

「私達に出来る事があるんですか!?」

「あぁ、勿論だ」

 

今回から私達は本格的に活動を開始しよう。

計画をいろは達に伝えて

やちよさんを通してユニオン全体に伝えて貰う。

 

「でも、それを伝える前に僕らが用意したウワサだよ」

 

そう言って、ねむが資料を取り出した。

 

「今回用意したウワサは平和アナウンサーのウワサだ。

 このウワサは神浜全域で

 魔法少女の明確な殺意を感知した場合

 テレパシーで魔法少女に殺意発生を伝えるウワサ。

 

 このウワサは梨里奈に紐付かせ

 最優先で殺意を梨里奈に伝えるようになってる。

 要は、梨里奈に近いウワサと言えるかな」

「つまり、維持には私の魔力を利用するのか?」

「そう言う事だよ、梨里奈の魔力を利用して

 神浜全域にまで効果範囲を広げると言う事だ」

「でも、それって梨里奈ちゃんの魔力消費が」

「大した消耗では無いよ。

 一般の魔法少女でも1ヶ月は維持できる。

 あくまでテレパシー程度の消耗だしね」

 

テレパシーは私の魔力を利用してと言う訳か。

 

「そして、周囲に魔法少女が居ない場合

 平和アナウンサーの機能で

 殺意を抱いた魔法少女を結界に隔離する。

 

 魔法少女のソウルジェムを砕く直前でも

 この機能が発動して強制的に隔離する。

 

 この機能が発動した場合の消費は激しいが

 梨里奈の魔力であれば大した事は無いよ」

 

この機能は恐らくアリナの魔法の応用だろう。

やはり結界を発生させるのは便利だな。

 

つまりこのウワサは私とアリナの魔力を

ある程度移植して発生させるウワサだろう。

 

「それに、私が集めてるエネルギーの一部だって

 このウワサに混ぜてるからね~

 効果範囲内なら確実に保護できるよ~」

「つまり、マギウスの3人と

 梨里奈の能力を最大限活用したウワサなのね」

「そうだ、僕1人でもウワサを作る事は可能だけど

 灯花、アリナ、梨里奈の協力を貰う事で

 消耗をかなり抑えて発生させるウワサだよ。

 更に効果もかなり上がってると言える」

 

ねむが生み出す噂は本当に色々と出来るな。

消耗が激しいから、1人では活用できないだろうが

エネルギーを溜め込み活用できる

灯花との相性が本当に凄いとも思える。

 

更にういの回収を上手く扱えば

魔力やそう言う部分を回収で集められる。

マギウスが完全に機能するには

やはり、ういが必要だったんだろう。

だから、マギウスの戦力は凄まじかったと言える。

 

もし、ういがイブになってない状態で

灯花、ねむと同じ思考だった場合

戦力はあの時よりも上だった可能性もあるな。

 

あくまで、ういの回収速度に

灯花の変換速度が追いついた場合だが

だが、今の状態なら十分可能かも知れないな。

 

「ウワサはこの形で用意してるから

 僕の消耗はあまり無いんだ。

 だから、あまり僕の事は気にしなくて良いよ。

 何か気にいらない部分や改良して欲しい部分。

 そう言うのがあれば、伝えて欲しいんだ」

「私は特に問題は無いと思う。

 ソウルジェムが砕かれそうになった瞬間でも

 効果が発動して隔離してくれるなら

 かなり効果的なウワサになるだろうからな」

「梨里奈が構わないというなら、何も言わないわ」

「うん、私もかな」

「じゃあ、私から質問

 隔離する時間はどれ位になるの?

 後は隔離から解放された後に出てくる場所は?」

 

七美の疑問を聞いたねむが資料をめくる。

 

「隔離する時間は最大で8時間だ。

 8時間経った場合、隔離された場所に出てくる。

 8時間経過前に殺意を抱いて隔離された人物が

 殺意を無くした場合は解放される。

 出現場所は同じく隔離された場所だね」

「隔離された場所にトラックとか車とか

 そう言う障害物が出来た場合は?」

「勿論、その障害物を避けた場所に出てくる。

 あくまで隔離された結界から出されるだけだしね」

「じゃあ、その結界に隔離されてる場合に

 魔法を使えたりは出来るのかな?

 中には遠距離でも影響を与えるような

 そんな魔法まであるわけだし」

 

確かにそう言う魔法はあるよな。

あまり考えては無かったが……

 

「なる程、確かにそう言うのもあるか。

 魔法を行使出来ないように調整しよう」

「それともうひとつ、もし梨里奈ちゃんが

 隔離された場合とかどうなるの?」

「私が?」

「うん、殺意ならあり得るかもって思ってさ。

 明確に殺そうとしなくても殺意だけを抱く。

 それは十分あり得る事だしね。

 

 後もう一つは魔女と戦ってる場合だけど

 これも、効果を及ぼしたりするのかな?

 魔女に対しての殺意なら十分あり得るだろうし」

「梨里奈がって言うのは想定してないよ。

 でも、平和アナウンサーの基本効果は

 周囲に殺意を伝えることだからね。

 よっぽど限定されてないと影響はないよ。

 

 魔女と戦闘してる場合については

 殺意を向けてる相手が魔女である場合

 平和アナウンサーの効果は発動しない。

 魔法少女から魔法少女に殺意を向けてる場合のみ

 この平和アナウンサーの効果は発動する」

「じゃあ、魔法少女が一般人に殺意を向けても」

「このウワサじゃ対処出来ないと思う」

「……改良は出来るの?」

「ソウルジェムを持たない一般人を

 認識する手段は想定できないんだ」

 

ソウルジェムに関連させ監視してるのか。

テレパシーを利用してるわけだから

ある意味では当然かも知れない。

 

「なる程……やっぱり難しいんだ……

 じゃあ、もうひとつ、梨里奈ちゃんが

 神浜の外に出かけた場合は機能するの?

 

 梨里奈ちゃんを中心に機能させてるなら

 梨里奈ちゃんが神浜から出た場合

 機能しないような気がするんだけど」

「その場合は私のエネルギーを利用するよ?」

「じゃあ、最初からそのエネルギーで良くない?

 梨里奈ちゃんの魔力を利用する訳じゃなくて」

「勿論、その方法でも可能だろう。

 でも、このウワサはもう1つ狙いがあるんだ。

 梨里奈の魔力と他の魔法少女達の魔力を

 少しでも繋げる様にね」

「え? どう言う事ですか?」

「そう言う……」

 

そこまで考えてたのは分からなかったな。

確かにテレパシーを利用してると言う事は

私の魔力を他の魔法少女に少しとは言え

送ってるに近い。

そこから繋がりが出来る可能性があると。

 

「この説明はウワサの説明とは少し違うから

 この後に話すよ。

 それで、七美、これである程度納得出来た?」

「そうだね……最後のが少し気になるけど

 ひとまずは私が懸念した部分は以上だよ」

「じゃあ、他に質問は?」

「おう! さっぱり分からないからねぇぜ!」

「わ、私も……いまいち、付いていけません…」

「じゃあ気になるんだけどさ

 その魔力、梨里奈ちゃん限定じゃ無くても

 私達とかの魔力を活用したりはしないの?

 勿論、私達だって協力するよ!」

「協力してくれるのは勿論嬉しいんだけど

 梨里奈の魔力を他の魔法少女と

 少しでも繋げるためにも

 

 梨里奈の魔力とそれを補助する

 灯花のエネルギーの方が良いんだ」

「うー、分かったよ」

 

ここまで考えてくれるとは思わなかった。

やはりこの3人は頭が良いな。

そして、七美も本当に色々と考えてる。

 

「じゃあ、そろそろ次の話題に移ろうか。

 次は僕らの計画の一部を共有しよう」

「ちょ~っと難しいから良く聞いてね?

 質問があったら堪えるから

 遠慮無く言ってよね?」

 

さて、次は私達の計画の話しになるか。

かなり重要な部分だししっかり聞いて貰おう。



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計画の共有

早速説明を始めるとしよう。

今回の計画は私達4人が考えた計画。

3人の計画を集め、今までの情報から

私が色々な可能性を統括して

可能性が高いと考え組み立てた計画だ。

 

「それじゃ、梨里奈」

「あぁ、計画は私がしっかり話そう。

 今回、私達が組み立てた計画は

 魔法少女達の感情の力を集め

 その感情の力を奇跡の力に変える計画だ」

「感情の力を奇跡の力に変えるって…どう言う?」

「そうだな、少し待ってくれ」

 

私は大きなホワイトボードを持ってきて

そこにマジックでいくらかの絵を描く。

 

「まず、私達がどうやって魔法少女になったか。

 それは、覚えてるよな?」

「えぇ、忘れるはずも無いわ。

 キュウべぇに騙されて契約されて」

「騙されては無いんですよね。

 あいつらは嘘を言ってませんからね。

 あいつらは私達の魂を対価として

 私達の願いを叶え魔法少女にした。

 

 あくまで必要最低限の要素のみを説明し

 了承させて魔法少女にさせたまで。

 言うなれば、私達が契約書を見なかっただけです」

 

あいつらはそこら辺中々ずる賢いからな。

そもそも契約書すら出しては無い。

口約束のみで事足りる契約だからな。

まるで悪魔のような方法で契約を結ばせた。

 

「それはそうだけど……でも、必要最低限すぎます。

 魔女と戦う必要があるって言っただけで……」

「そこはきっと必要な部分では無いと思うんだ」

「どう言う事?」

「あいつらが示してきた必要最低限の要素は

 魂を対価としてと言う部分と願いの部分。

 つまり願いを叶える代償が魂であるという部分」

「それが、どうして最低限の要素と言えるの?」

「色々な可能性を考慮して私達が辿り着いた答えは

 キュウべぇは私達の魂に了承無しで影響は与えられない

 そう言う考えに至ったからです」

 

私達の魂が了承しなければソウルジェムに出来ない。

恐らく、感情のエネルギーは魂が発生させており

その魂が発生させる感情のエネルギーは

現実の法則さえ無視して世界を書き換える程の影響がある。

 

「キュウべぇ達の狙いが私達の感情のエネルギーというのは

 既に話したと思うんだけど~

 そのエネルギーを発生させてるのが推定で魂という部分。

 ちょーっと非科学的ではあるけどね~」

「とは言え、疑いようのない要素だとは思う。

 僕達よりも高度な技術を持つインキュベーターが

 魂という部分を疑う素振りが無い訳だからね。

 あいつらは荒唐無稽な話は信じないだろう」

「で、そんな連中が魂を否定してないって事は

 アリナ達が持つ感情の力は魂にあるって想定できるってワケ」

「奴らが効率のみを望む獣である以上

 非効率な事はしないだろうからな。

 魂がただの幻想であるならば

 わざわざ奴らは追い求めないだろう。

 

 だが、奴らはその部分を追い求め

 感情のエネルギーに辿り着き

 私達に白羽の矢を立てたというわけだ。

 

 それ故に魂が実在すると想定は出来る。

 そもそも、死者さえ蘇るくらいだからな。

 魂が存在しないのであれば蘇生は無いだろう。

 

 その場合で蘇生が叶うとすれば

 人は脳みそが全てと言う事になるしな。

 脳を完全に複製すれば完全に同じ人間が増え続ける。

 もしくは脳を完全に復元できれば

 人間は不死にもなる訳だ」

「スワンプマンみたいだね」

「そもそも、脳みそが全てであるなら

 インキュベーターがわざわざ契約はしないしね。

 私達の誰かをアブダクションして

 脳を解剖してエネルギーを抽出し続ければ

 それで良いわけだし~

 

 更にクローンを量産して大量の脳みそを用意して

 ひたすらに脳に刺激を与え続け

 感情のエネルギーを抽出すれば事足りるし

 そっちの方が遙かに効率的だからね~」

「そ、想像するだけでおぞましい……」

「俺はよく分かんねーぜ」

 

脳が感情エネルギーの発生源であるなら

実際その方法で量産する方が効率的だ。

クローン技術は私達程度の技術だろうとも

再現が出来る程度の技術だからな。

私達よりも遙かに高度な技術を持つ

キュウべぇ達がクローン技術を持たないはずも無い。 

 

「だから、恐らく魂が元の体に戻り、初めて蘇生になる。

 もしくは死んだ場合は体の中にある魂が壊れる事で

 死亡するから、蘇生でその魂を元の姿に戻せば

 人として蘇生できるのか。

 

 ソウルジェムを砕き、蘇生の魔法で

 ソウルジェムが再生して蘇る場合なら

 後者の可能性が高くなると思う。

 

 とは言え、魔法少女の場合は

 魂が固形物になってるから

 元に戻せば回復するだけかも知れないが」

 

その場合だと、ソウルジェムが砕けた場合

魔法少女は輪廻転生が出来ないのかも知れない。

 

流石に検証する方法も無いから想像でしか無いが

もしそうなら、より一層魔法少女を

ただの少女に戻さなければならなくなるな。

 

「後者の場合であれば、よく言われる輪廻転生。

 その輪からも魔法少女は外れて

 転生することさえ出来ない可能性もあるが

 それも、立証する手段は無いから何も言えない。

 あくまでそう言う危険性があるというだけだ」

「……」

 

ある程度の知識があればそれが恐ろしい事だというのは

簡単に想像出来るだろう。

だが、死後の世界なんて私は知らないからな。

きっと七美も知らないだろう。

 

「……でも、梨里奈ちゃん。

 その可能性通りなら私はどうなるの?

 私は魔法少女になる前に死んでる。

 そして、時間が経った後に蘇生して貰ってる訳で

 もし死後の世界があるなら、記憶がありそうだけど」

「流石にそこまで分からないな。

 ただ、死後の世界が無いだけかも知れない。

 もしくは魂その物に何かを記憶する機能はなく。

 記憶する機能は人体の脳が担っており

 魂は感情のエネルギー等を発生させる

 何かのコアみたいな物でしかないのかも知れない」

 

流石に分からないからな、予想しか出来ないだろう。

だが、ほぼ確定してる要素として魂はある。

 

魂が無いのであれば、感情エネルギーは

全て人体の脳が発生させてるわけだ。

それなら、脳を量産すれば

いくらでも感情エネルギーを回収できる。

 

「だが、確実に魂はあると断言できる。

 脳が感情のエネルギーを発生させるなら

 灯花が言ってた方法が最も効率的だ。

 奴らが自在に管理できるわけだからな。

 

 だが、それをあいつらがしてないと言うことは

 感情エネルギーは脳が発生させてるわけでは無い。

 ならば、何処が発生させてるか。

 

 少なくとも奴らの手を持ってしても

 完全に管理できない部分だ。

 

 物理的に増やせる物でも無いし。

 物理的に管理できる部分でも無い。

 そう考えれば、魂としか考えられない」

 

奴らの事を考えれば分かる事だ。

奴らは効率のみを追い求める獣だが

私達よりも遙かに合理的で高い技術を持ってる。

そんな奴らがこんな非効率的な真似はしない。

 

恐らくは感情エネルギーが何処から出てるのか。

それを徹底的に調べていき辿り着いた答えが

魂という部分なのだろう。

 

そして、奴らの手を持ってしても、魂という

神聖な部分には安易に手は出せなかったんだろう。

だが分からない事も当然出てくる。

 

感情エネルギーが魂によって生じてるなら

同じ様に魂が入ってるであろう

キュウべぇ達は何故感情エネルギーを

自分達で発生させようとしてないのか。

 

効率のみを求め続けたことで

奴らの中にある魂は枯れてしまったのか?

 

そもそも、人である必要性はあったのか?

 

魂の性質は人間と動物で違うのか?

 

感情エネルギーを発生させる魂以外は

人間以外には宿る事は無いのか?

 

それとも、人間以外の魂は

大きな感情エネルギーを発生させられないのか?

 

本当に考えると分からなくなってくるな。

だが、魂は実在するだろう。

 

「さて、話がかなり脱線したから本題に戻そう。

 恐らくキュウべぇ達は魂の了承無しでは

 魂に干渉することが出来ないんだと思う。

 だから、願いを叶えてあげるから

 自分達と契約して欲しいと言ってるんだろう。

 

 そして、私達が了承すれば

 契約は成立し、奴らは魂に干渉できる。

 

 その時、恐らく魂のエネルギーを奴らは応用し

 私達の願いを叶えて契約成立と言う形だ。

 

 恐らくこの時に私達の魂に干渉し

 自分達がエネルギーを奪えるように

 魂を都合良く加工して、ソウルジェムにしてる。

 

 そして、魂が発生させる感情エネルギーの一部を

 魔力という形に変換させ、魔法少女が扱える様にする」

「なる程……」

「そして、ここに1つ面白い要素が加わってるんだよね」

「え?」

「魔法少女の強さは因果によって変動するんだよ」

「えぇ、聞いたわ。それが?」

「そもそも因果ってなんだよ」

「簡単に言えば周囲に与える影響だ。

 詳しく説明するとかなり時間が掛るから省くが

 今回の場合は人が人に与える影響を因果と考えてくれ」

 

流石に色々と説明すると時間が足りないからな。

結構哲学的な問題でもあるし

答えが無い問題でもあるからな。

 

「例えば、私はかなり強いだろう?」

「そうだね」

「それは私の魔法の影響もあるが

 私にかなりの因果があるからでもある。

 私は小中で大会を何度も優勝してるし

 私を目標にして努力してる人物も多い。

 私に憧れて私に近付こうとしてる人も多いし

 私に完全を求めて居る人も数え切れないだろう。

 私の両親を筆頭に、小中のクラスメイト達

 学校の先生や他にも色々な会社の重役とかな」

 

私は結構色々な人達に注目されてるからな。

そもそもだ、直接学校の人間が来て

うちの学校に来て下さいって言うくらいだしな。

 

「つまり、私に影響を受けた人達が多いんだ。

 私に影響を受けた人が多いと言うことは

 それだけ、私へ集まる因果が増えると言うことだ。

 だから、私は並の魔法少女よりも遙かに強い。

 

 で、マギウスの3人も色々な人に多大な影響を与えてる。

 高い天文学の知識を持って注目されてる灯花。

 小説家の金の卵として期待されてるねむ。

 天才的な芸術家であり、未来を期待されてるアリナ。

 この3人が強いのも周りに大きな影響を与えてるからだ」

 

これが、今回の因果の部分だ。

そして、ここで重要になってくる部分は。

 

「そして、重要になってくる部分は

 期待されてるという部分だ」

「え?」

「恐らく、因果は私達に向けられてる希望だろう。

 きっと希望、期待、感情はそう言った物を

 他者に力を与える事を魂は出来るんだと思う。

 思いを引き継ぐ事だって私達は出来るからな」

「……」

 

私の言葉にやちよさんが大きく反応した。

やちよさんの魔法は確かそう言う魔法だったはず。

仲間になった魔法少女の希望を受け継ぐ魔法。

私が居ない間に戦ったキモチとの戦いで

ようやくそう言う魔法だと理解したそうだ。

 

「私も経験してるからな。

 ワルプルギスの夜と戦ってる時に

 私は色々な希望に背中を押された。

 その結果あの奇跡を起せたと言える」

「た、確かに……」

 

あの時も私は色々な希望に守られてるような気がした。

背中に翼でも生えてるのかと勘違いするほどに

あの時の私はあまりにも強くなり過ぎてた。

何故、あんな風になれたのか……恐らくだが

色々な魔法少女達が私に希望を抱いてくれたからだ。

私ならなんとかしてくれると、信じてくれたからだと思う。

 

「そして、私の魔法は魔力にも

 影響を与える事も立証できた。

 魔力は推測だが感情エネルギーの一部だ。

 そのエネルギーに直接干渉が出来た」

「つまり……」

「私の限界突破を用いれば

 希望の力さえ限界を越えられる可能性が高い」

「じゃ、じゃあ、あのウワサで

 わざわざ梨里奈の魔力を他の魔法少女に繋ぐのは」

「うん、梨里奈に

 感情エネルギーが集中しやすいようにだよ

 少しでも梨里奈の魔力により

 魔法少女達に影響を与える為だね」

 

「影響を与える、つまりは因果を少しでも集中させる。

 より因果を梨里奈に集中させる事が出来れば

 梨里奈の限界突破で一気に殻を破れるかも知れない」

「キュウべぇによって押さえ込まれてる

 私達にあるであろう、奇跡を起す力。

 

 その力を無理矢理押し返して、

 最大の奇跡を起すんだ」

「当然、莫大なエネルギーになるはず。

 奇跡を起せる力だからね。

 そう簡単に尽きるようなエネルギーでも無いし。

 

 更に私達の希望の力を

 その莫大なエネルギーに再充填させ続ければ

 宇宙の熱的死も避ける事が出来ると思うんだよねー」

「周囲の希望を繋ぐ状態にイブの様に姿を与え

 エネルギーを集め続ける状態を作り出す。

 僕の具現化の力を用いればきっと可能だ」

 

イブの様に絶望の力を集め続ける存在が生まれるなら

希望の力を集め続ける事だってきっと可能だろう。

だが、強制では無く、任意で与え続ける。

その状態が出来れば、きっと熱的死も避けられる。

 

「もしくは莫大なエネルギーを用いて

 熱的死を避ける奇跡を生み出すとかネ。

 こっちの方が可能性は高いと思うケド」

「だが、どちらを選ぶにしてもやる事がある。

 皆、これからが一番重要な部分だ」

「……」

 

私の言葉で全員が息を呑んだ。

 

「協力して欲しいんだ、奇跡を起すために。

 まずは私達を信じて欲しいんだ。

 必ず奇跡を起すことが出来ると」

「信じます! 勿論!」

「えぇ、希望の力が繋がることを私は知ってるわ」

「勿論だよ! 今更疑う事は無いからね!」

「はい! 信じます、必ず願いは叶うって!」

「俺だって姉ちゃんを信じてるからな!」

「梨里奈お姉ちゃんを信じるのは当然だよ!

 だって、私は何度も助けて貰ってるもん。

 疑うなんて事、絶対しない!」

「梨里奈ちゃんが信じて欲しいというなら

 私は梨里奈ちゃんを信じるよ。

 まぁ、無理しないって言葉は信じないけど」

「お姉ちゃん、全部信じるって言えば良いのに。

 ま、まぁ、私も信じるよ……

 でも、お姉ちゃんが疑ったときは疑うけど」

「ありがとう」

 

信じて貰う事は大事だからな。

まぁ、七美には若干疑われてるような気もするが

七美は私の事をよく知ってるからな。

私は七美を信じてる。

 

「なら、全員にやって欲しいことを言う。

 この神浜に来ている魔法少女達を説得して欲しい。

 恐らくこれから、イブを巡って争奪戦が始まる。

 

 その争奪戦の間にプロミストブラッドや

 ネオマギウス達を説得して、信じて貰って欲しいんだ。

 

 私達も説得するように努力はする。

 だが、私達よりもきっといろは達の方が

 説得できる可能性は高いと思うんだ」

「分かりました、必ず説得して見せます!」

「えぇ、一緒に歩む道は必ずある筈だからね」

「ありがとうございます。

 では、立ち回りも少し話そう。

 

 まずはユニオンの魔法少女達に

 私達を信じて貰うように説得して欲しい。

 まずは仲間達から確実な協力を得る事が大事だからな。

 

 その後はそれぞれの組織を説得できる様

 立ち回って行きたい」

「分かりました!」

「次にユニオンで協力を申し出てくれる

 そんな魔法少女が居た場合だが

 その魔法少女達には中立の魔法少女達の

 説得をお願いして欲しいと思ってる。

 

 私達は主にキモチ争奪戦に参加して

 プロミストブラッドやネオマギウス等の

 敵対してる組織を説得するように立ち回りたい。

 

 普通の魔法少女には対人戦が多発するであろう

 キモチ争奪戦はあまりにも危険だからな。

 キモチ自体も強力だし、

 実戦経験が豊富過ぎる私達でなければ危険だ。

 

 その裏で私やマギウスは殺し合いが発生しないように

 立ち回ったりする可能性が高い。

 だから、キモチとの戦闘に

 参加出来ない可能性もある。

 

 だから、マギウスと私は

 常時一緒では無いと思って欲しい。

 常に戦力には数えない方が良いかも知れない。

 

 特にマギウスの3人には組織の管理もあるからな

 私以上に戦力には数えないよう立ち回って欲しい」

「梨里奈さんや灯花ちゃん達が居ないのは

 確かに不安かも知れませんけど大丈夫です!」

「えぇ、必ず説得してみせるわ。

 キモチ戦も必ず私が守り通してみせる」

「はい、わ、私も居ます! から!」

「おう! キモチは俺に任せろ!」

「ちゃんと連携しないと駄目だよ?」

 

キモチとの戦いはきっと大丈夫だろう。

いろは達も居るし七美達も居るからな。

私も可能な限り参加はするつもりだしな。

 

「説得が終わった後は最後の仕上げもある。

 うい、やちよさん、七美の3人は

 最後の仕上げでかなり重要な役目を担って貰う事になる」

「わ、私が……?」

「私に出来ることならなんでもやるわ」

「任せて、梨里奈ちゃん」

「細かい話はその時が近付いてきたら説明するね。

 最後の仕上げはまだ調整してる最中だから」

「でも、必ず成功させてみせるよ」

「アリナ達なら全然余裕だしネ

 あんたらはアリナ達を信じて

 自分が出来る事をやってヨネ」

 

アリナ達の言葉の後、皆が力強く頷いてくれた。

 

「以上が今回、私達が共有したい計画の一部だ。

 皆、私達を信じて欲しい。

 そして、自分達を信じて欲しい。

 大丈夫、必ず成功する!」

「えぇ!」

「まずは一歩、踏み出しましょう! 未来の為に!」

 

私達だけでは出来ない大きな大きな計画だ。

だが、必ず成功させてみせる!

信じる事で奇跡だって起せるはずだ!

私達は奇跡さえ起せるんだからな!



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ルール制定の為に

私達が始める計画。

魔法少女達の感情エネルギーを集め

奇跡を再び私達で起す為の計画。

 

だが、その計画を達成するためには

私達神浜マギアユニオンのみでは無く

他の魔法少女達の組織の協力も

必須となる大規模な計画だ。

 

この計画を達成するために

他の組織達の協力を取り付け

同じ道を歩めるように説得する。

 

その為に必要なのは時間と信頼だ。

だから、この両方を確実に得る為に

私達はルールを決める必要がある。

 

「……」

「……」

「そこまで睨み合わないでくれ」

 

私達が全力で動き回り

今回はそれぞれのリーダーを呼んだ。

その結果、この場所には各代表があつまる。

 

プロミストブラッドのリーダー格である

紅晴結菜、大庭樹里、笠音アオ。

 

ネオマギウスのリーダー、

宮尾時雨、安積はぐむ

 

神浜マギアユニオン各代表

西神浜の代表、環いろは、七海やちよ

東神浜の代表、和泉十七夜

南神浜の代表、都ひなの

 

そして、神浜マギアユニオンの

魔法少女解放計画の責任者である

アリナ・グレイ、里見灯火、柊ねむ。

オマケで私と七美が一緒に居る状態だ。

 

私が立ってる場所はアリナ達の近く。

代表や幹部では無く

解放計画の為に動いてるだけの

一般魔法少女という立場だったりする。

そして、進行役を任されている。

 

「睨むのは当然だろ、何故集めた」

「ルールを決めるためだよ。

 キモチを奪い合う戦いのルールを」

「殺し合いにルールは無い」

「殺し合いにしないためにルールを決めるんだ」

 

プロミストブラッドはやはり攻撃的だ。

だが、恐らく強いリーダー達と言える。

恐らく、リーダーを説得できれば

部下達も説得してくれると予想出来る。

そのリーダーを説得するのが難易度が高いが

成功すれば、一気にこちら側に傾くだろう。

 

「灯花様……ぼくは」

「うぅ…」

 

そして、ネオマギウス代表の2人。

雰囲気で分かるが、かなり内向的な性格だ。

恐らく、この2人はあまり強いリーダーじゃ無い。

 

周囲をあまり纏めるのが得意では無い様だ…

ある意味では、1番危険な組織かも知れない。

リーダーが部下を説得できない可能性が高く

リーダーを説得できても

ネオマギウスの全員をこちら側に引き込めない。

 

最悪の場合、周囲を引っ張り上げる事が出来る

そんな部下に組織を乗っ取られてしまうだろう。

そうなると、代表同士の話し合いの意味が薄れる。

 

ならどうするか、

リーダー達の性格を変える必要がある。

自分に確かな自信を持てるように。

 

「……」

 

十七夜さんが私に視線を一瞬だけ向け

ネオマギウス代表の2人に視線を向けた。

十七夜さんには他の代表達の心を読んで貰い

納得してるかどうかを教えて貰う。

今回視線を向けたのは、確認と

私の心を読んだのだろう。

 

だから、私が抱いた懸念を十七夜さんも知った。

私の懸念を知ったから、

ネオマギウス代表の2人を見たのだろう。

同時に、心を読んで彼女達の状況を見た。

 

「今回、それぞれの代表を集めた理由は

 最初に言ったとおり、ルールを決めるためだ。

 これは当然、私達の為と言うよりは

 プロミストブラッドとネオマギウスの為だ」

「何が言いたいわけ?」

「理解してるんじゃ無いのかにゃ~?

 ハッキリ言うけど、戦力差が違うんだよね~」

「規模も質もアリナ達とあんたらでは

 全然違うってワケ」

「んだと!?」

「……」

 

アリナと灯花の挑発に樹里が反応した。

だが、結菜は私と七美に視線を向けただけだ。

同時に鋭い目で私達を睨んできてる。

 

「睨まないでくれ、今は戦う訳にはいかない」

「あんたらが動けば、私達は殲滅できるわ

 それぞれの代表を集めてただの話し合い?

 あなたらが動けば代表は全て殲滅できるのに」

「何言ってんだよ! こんな奴らに樹里サマが!」

「まぁまぁ、落ち着きなって」

「でも!」

「今回は本当にただルールを決めるためだ。

 同時に、何かの拍子で誰かを殺さないために。

 魔法少女同士の戦いとなれば

 お互い、意識しなければ弱点を誤って攻撃し

 殺してしまう危険性が存在する」

「相手を殺すなんざ当然だろう?

 殺し合いだぞ? お前らみたいな甘ちゃんには」

「あぁ、その通りだ。私達は甘ちゃんだ。

 相手を殺す事をどうしても躊躇う。

 出来るが、出来ないんだ。

 その為、このままだと私達は不利になるな。

 だが、多少不利でも関係無く私達なら排除できる」

「実際、梨里奈が動けばプロミストブラッドも

 ネオマギウスも容易に退ける事が出来る。

 梨里奈の強さは戦った経験がある

 ネオマギウスなら理解してるわよね?」

「そ、それは…」

 

ネオマギウス代表の2人は明らかに私を見て怯えてる。

それはある意味では、当然の反応だと言える。

ネオマギウスは元々はマギウスの翼だからな。

マギウスの翼であれば、

私の強さはよく知ってるだろう。

 

マギウス達と私達が全力でぶつかった戦い。

あの時、私は1人でほぼ全てのマギウスの翼を牽制し

動きを抑止して、マギウスの代表4人と同時交戦。

マギウスで最強クラスの幹部である七美とマミ

そして、マギウスであるアリナと灯花。

この4人と同時に戦い、実質撃破している。

それも、最後以外はほぼ無傷で。

 

その場面を見ているマギウスの翼達の中に

彼女達が居たのだとすれば

私の強さが異常だと言うことも理解してるだろう。

 

更にはワルプルギスの夜を上空から突き落とし

地上で素早く動きズタズタに引き裂き

撃破した瞬間も見ている可能性だってある。

 

「当然、梨里奈の強さは疑う余地も無い。

 それだけじゃ無く、僕達には七美も居る。

 彼女達は圧倒的な実力者だと言えるよ。

 特に七美は対魔法少女であれば無類の強さを誇る。

 梨里奈以外には対処出来ないほどにはね」

「……戦った経験があるわけ?」

「あぁ、七美とは何度か戦ったさ」

「で? 勝ったと?」

「あぁ、辛うじてな」

「よく言うよ、勝負になったのは最初だけで

 後は全部圧倒してたくせにさー」

「私はかなり攻撃を喰らったぞ?

 何度も怪我をした記憶があるしな」

「全部不意打ちだし、今の梨里奈ちゃん相手じゃ

 絶対にダメージ与えられないって」

「だろうな、今はあの時よりも強くなってるし」

「な……」

 

私の一言に時雨とはぐむが反応した。

この会話で重要なのは挑発だからな。

私達の強さを顕示して、2つの組織に

ルールが無ければ勝負にならないと

そう理解して貰う必要がある。

 

圧倒的な戦力差を理解して貰い

ルールが無ければ絶対に勝てないと

そう思わせる必要がある。

説得はその後だ、今はルールの制定が必須。

ルールに納得して貰う必要がある。

 

「本当、何処まで強くなるつもりだ?」

「必要ならば、何処までも。

 それが私の生き方であり

 私の願いであり、私の魔法です」

「……」

 

私の言葉に結菜が反応した。

今回、私は強さを顕示する必要がある。

私が動けば、まとめて排除できると。

戦いにすらならないぞと、そう伝えるために。

 

「梨里奈は自分自身の限界をいくらでも越えられる。

 限界突破の魔法であり、その気になれば

 自身に関わる事象の全てを強化できる。

 治癒能力も環境適応能力も身体能力も

 勘という概念も、そこまで強化できるんだ

 その気になれば、魔法耐性も上げられるかもね」

「今度試してみようか? 魔力の限界も越えられたし

 恐らく魔法耐性も限界突破出来るだろう」

「最悪、ドッペル出るかも知れないけど…

 てか、未だ梨里奈ちゃんのドッペル知らないし」

「どんなドッペルになるのか興味はあるヨネ」

「ま、恐いから意図的には発動しないがな」

 

恐らく、私のドッペルは……あの夢で見たような能力。

周囲の期待に答えて、いくらでも強くなるドッペルか。

あの夢がただの夢か、ある意味での現実か。

それは分からないが、ああなる可能性は高い。

 

とは言え、ドッペルの法則はよく分からない。

七美のドッペルは居場所が欲しいという願いで

ドッペルの能力は糸で繋いだ相手を

友人にするという能力だった。

 

だが、弥栄と久実のドッペルは願いは関係無い。

弥栄のドッペルは言わば執念のドッペル。

私を殺すと言う執念の具現化だろう。

 

久美のドッペルは鎖で相手を拘束するドッペル。

これは、正直よく分からない。

いろはのドッペルもよく分からないしな。

 

法則性を知りたいとも思うが

ドッペルは危険な力だ。

そう簡単に使わない方が良いだろう。

如何せん、魔女の力だからな。

 

「ドッペルは神浜の魔法少女が使う

 最大の武器なんだけどね~」

「最大の武器を使うまでも無いという事だろう」

「ただの魔女では相手にならないからな」

「調整もしてないんでしょ?」

「する必要が無いからな」

「はぁ!? 適当言ってんじゃねぇよ!

 調整をしてないだと!?」

「あぁ、して貰った事は無いぞ」

「冗談じゃ無い……」

 

私の言葉で反応したのは私の強さを知ってる魔法少女。

ネオマギウス代表の2人と結菜だった。

そう、私は調整などしては居ない。

それなのに調整を行なってる魔法少女達と互角以上。

 

それが私の異常性であり、私の強さ。

だが、種明かしをすれば簡単な話だ。

 

私は私自身の魔法や願いで自分を強化できるから

他者の干渉が必要無いと言うだけでしか無い。

 

周囲の期待に応え続けて、他者に助けを求めなかった

私らしい強さの理由だと言える。

私は1人であったが為に強いんだ。

 

「みたまから話は聞いてたけどね~

 やっぱり飛び抜けてるって思うよ~」

「でも、これで分かったんじゃ無い?

 ルールが無ければ勝負にならないって」

 

十七夜さんが私の方を向いて頷いた。

どうやら、十分それぞれの代表の心を動かした様だ。

 

「それで? どうだ? 理解してくれたか?

 これは、私達の為だけでは無い。

 むしろ、プロミストブラッドとネオマギウスの為だ」

「……わ、分かったわぁ」

「う、うん」

「おい! 樹里サマは納得してない!」

「いや、ここは引くべきだよ姉ちゃん。

 間違いない、ルール無用じゃ勝負にならない。

 まだ私達が有利になるように交渉する方が良い」

 

よし、上手く丸め込めたぞ。

ここからが重要になるな。



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ルールを決める話し合い

ネオマギウスとプロミストブラッドは

私達との戦力差を理解して

大人しくルールを決めることを了承してくれた。

 

「では、ルールを話し合いで決めよう。

 とは言え、まずは最重要なルール。

 魔法少女の殺害は禁忌だ」

「話の内容から、それ位は理解できるわぁ

 で? その殺害を察知する方法はあるわけぇ?」

「あぁ、灯花、ねむ」

「はいはーい、私達が説明するね~?」

 

私の声に反応して、

灯花が嬉々として説明を始めた。

私達に見せてくれた資料を取りだし

それぞれの代表に手渡す。

 

「これが、今回私達が用意したウワサ」

「ウワサ?」

「まぁ、便利な能力だよ?」

「ウワサは僕が魔法を用いて展開する

 事象に干渉する存在だよ。

 ウワサはうわさを守る為に出現する

 魔女とは違う、魔女に近い存在。

 世界にルールを強要する魔法だよ」

「何を馬鹿な……」

 

とは言え、あっさりとは納得してはくれない。

ネオマギウスは当然理解してるだろうが

プロミストブラッドはいまいち把握し切れてない。

だが、神浜に来て既に何度かは遭遇してるだろう。

それが、ウワサだと理解できてないのかもな。

 

「平和アナウンサーのウワサ…」

「そ、誰かが殺意を抱いたら発動するウワサ」

 

だが、プロミストブラッドを少し放置して

灯花とねむが平和アナウンサーのウワサの概要を話す。

ネオマギウスはその説明で理解できたようだ。

 

「あー、つまり……この、ウワサって奴?

 これは殺意を抱いたら周囲に教えるって?

 えっと、神浜の内部限定で? うーん」

「分かりやすく言うと、殺意を抱けば

 周囲の魔法少女にその情報が知れ渡り

 即座に対処しに行動する事が出来る。

 

 周囲に魔法少女が居ない場合は

 強制的に殺意を抱いた魔法少女を隔離する。

 ソウルジェムを破壊しようとした場合も

 即座にこの効果が発動し、

 殺意を抱いた魔法少女を隔離するシステムだ」

「良くわかんないけど…」

「まぁ、このウワサがあれば殺意を隠すことは出来ない。

 正し魔女に殺意を向けた場合はこの限りでは無い」

 

多少納得し切れてないようではあるが

プロミストブラッドは少しだけ頷いた。

十七夜さんも一応は彼女達が

この内容を理解したと伝えるために

小さく頷いてくれた。

 

「まずはアリナ達がこのウワサを神浜に用意すからネ

 これはアリナ達が強制的に行動するから

 ルールの最も重要な部分は確実に施行されるってワケ」

「あなた達は最低限、殺意を抱いたらペナルティーがあると

 そう理解すれば良いよ~」

「憎い神浜の魔法少女に対して殺意を抱くなって?」

「そうだ」

「それは、私達にとって不利になると思うんだよね。

 あんたらは殺意なんて抱かないかも知れないけど

 私達は確実に殺意を抱く。そうやって生きてきたんだ」

「あぁ、だがこのルールが無ければ

 お前達は躊躇いなく、相手を殺そうとするだろう。

 だが、私達は相手を殺す事を躊躇うから不利になる。

 どう転んでもどちらかが不利になるしか無い。

 なら、犠牲が出ない方が良いだろう?」

「冗談じゃねぇ! 樹里さま達が一方的に不利になるって!?」

「んぁ……」

 

樹里が叫ぶと同時に、周囲の魔法少女達が

何かに反応する。

私も反応した、殺意を察知しましたという言葉。

それは、平和アナウンサーのウワサによる物だ。

細かい場所まで教えてくれてるし

誰が殺意を発したのかさえも分かる。

 

「まさか、これが……」

「そ、平和アナウンサーのウワサによる効果」

「く……さ、殺意を抑えろって…なんだよこれ!」

「え? 姉ちゃんにはそう聞えたの?

 私は姉ちゃんの名前と場所が…」

「はぁ!? じゅ、樹里サマは

 殺意を抑えてくださいって聞えたぞ……

 殺意を抑えない場合、隔離しますって…」

「これが、平和アナウンサーのウワサだよ」

「ひ、卑怯だぞ! 勝手にするなんて!

 ルールを決めるんじゃねぇのかよ!」

「言っただろう? 最重要のルールを決めると。

 僕達が用意した最重要のルールは

 魔法少女の殺害は禁忌だというルールだ。

 このルールは強制的に施行させて貰う」

「その気になれば、殺意を抱いた瞬間に

 強制的に隔離することだって出来るんだよ?

 でも、それをしないで警告だけですませてる。

 大分、温情あると思うんだけどにゃ~?」

 

もうすでに施行されてるというのは

プロミストブラッドには怒りになるかもしれない。

だが、平和アナウンサーのウワサがどう言う物か。

それを明確に知って貰う為にも必要な事でもある。

こう言う形で周囲に知らせますよと教える必要性。

そして、ここで一歩だけ、相手に譲歩する。

 

「だが、殺意を抱くというのがお前達に取って

 不利な要素であるのはある意味では当然だ。

 感情の赴くままに動けないのは辛いだろう。

 だから、ここでそちらが考えるルール

 それを聞かせて貰おうと思う」

「それは、私達にルールの一部を決めさせると?」

「そっちが考えてるルールを聞いて

 全組織が納得出来るように話し合うんだ」

「なら、これはどう? 参加する魔法少女を縛る」

「と言うと?」

「七美と梨里奈が争奪戦に参加出来ないようにする」

「ふむ、それは私達が恐いからか?」

「まぁ、そりゃ恐いよね、分かる分かる。

 梨里奈ちゃんと戦いたいわけ無いし

 私も戦いたくない。で、私も?

 まぁ、それも分かると言えば分かるけど。

 私の魔法はかなり魔法少女に強いしね」

「んだと!? お前らなんか恐くねぇ!」

「姉ちゃん、そんなに感情的にならないで」

「……ぼく達もそれが…」

 

当然、ネオマギウスもそれが良いと言うだろう。

当然だ、私達と戦うというのはリスクが凄い。

だが、残念ながらそれは出来ない。

七美が参加しないことは可能かも知れないがな。

 

「残念だが、それは出来ないだろう」

「どうして?」

「私の腕にはもうすでに、キモチの宝石があるからだ。

 お前達の目的は神浜の自動浄化システムを奪う事。

 その自動浄化システムを奪うためには

 キモチの宝石を集める必要がある。

 だが、キモチの宝石は既に私の腕にあり

 この宝石を誰かに渡す方法は確立されてない」

「腕を落とせば良いだけの話でしょ?」

「あのだな、腕というのはそう簡単に落とす物じゃ無いぞ?

 漫画の読み過ぎだろう、それ。

 実際に腕を落とすだなんて冗談じゃ無い」

 

躊躇いなく相手に腕を落とせというとは思わなかった。

だが、彼女達は多分やるだろうな、必要なら。

 

「それに、その場合はルールと言うよりは

 相手の戦力を削ってるだけだ。ルールじゃ無く、

 手加減して欲しいと言ってるような物だ」

「てめぇ! 好き勝手言ってんじゃ!」

「でも、結構近いと思うんだよね、それ。

 だけど、数を縛るのは必要な事だと私も思う。

 そこで、どうかな?

 キモチ争奪戦で戦う魔法少女を縛るとして

 それぞれの魔法少女にコストを用意する」

「コスト?」

「ゲームとかでよくあるでしょ?

 ソーシャルゲームとかでね。

 ガチャで手に入れたキャラクターの

 強さによってコストがあって

 レベル次第でそのコストが増減し

 パーティーに編成できるキャラを決める」

 

七美の案も、確かに面白いかも知れないな。

コストか、私はゲームを殆どしないからな。

ソーシャルゲームも結局殆どやってない。

久美がおすすめしてるアプリを入れたりはしたが

正直、ゲームをする余裕は無かったからな。

 

「まぁ、何が言いたいかは分かるけど」

「魔法少女の実力次第でコストを決めて

 争奪戦に参加出来る魔法少女を決める。

 例えばそれぞれが使えるコストは100で

 私や梨里奈ちゃんのコストを多く決める。

 梨里奈ちゃんは70、私は50とか30とかだね」

「梨里奈は100で良いんじゃ無いかしらぁ?」

「それだとあなた達が不利だから」

「はぁ? 何言ってんだよ!」

「私が本領を発揮できるのは1人の時だからな」

 

私が最大の力を扱えるのは1人の時だ。

誰も庇う必要も無く、ただ自力だけで戦う。

これが、私が最も輝く状態だと言える。

 

勿論、それは昔の私だが、七美はあえてそう言ってる。

私が孤立して無理をするのを避ける為だろう。

そして同時に、嘘は付いて無いとも言える。

 

事実、私が最も強くなる瞬間は1人の時だ。

私1人であれば、キモチは容易に倒せるからな。

恐らく前のキモチ戦、私1人で無ければ

周囲を庇う必要もあるだろう。

 

あの極太レーザーも仲間を救うために立ち回り

私はダメージを喰らってた可能性は十分ある。

だから、私は1人だった方が強いのは事実だ。

 

「実際、梨里奈が負傷したのは仲間を庇ってが多い…」

 

七美の言葉に時雨が反応し、小さな声で呟いた。

彼女は何度か私が戦ってる所を見てたのだろう。

その度に負傷は誰かを庇ってが多いと知ってる。

実際、私の負傷は大体が誰かを庇っての負傷だ。

完全に1人で戦った場合は大体無傷で相手を圧倒してる。

それが、私の強さだ。私は孤立した時が最も強い。

 

「つまり、梨里奈は1人にするべきじゃ無いと」

「そうだ、自分で言うのもなんだが

 私は1人である時の方が強いからな」

「何故、わざわざ自分の弱点を知らせるわけ?

 七美もそう、何故梨里奈が

 最大のパフォーマンスが出来る状況を潰したわけ?」

「だって、私達の狙いはあなた達の殲滅じゃ無いもん」

「そう言う事だ、私達の狙いはお前達に勝つ事じゃ無い」

「何を考えてやがる…」

「切り札というのは最初から切る物じゃ無い。

 相手が強すぎる場合を除き、

 切り札は確実に決ると確信したときに切る物だ。

 確実に勝負が決る瞬間以外じゃ手の内は見せない」

「……どう足掻いても、あんた達の掌の上という事?」

「それは分からないな、

 お前達がどう動くかも想像しか出来ない。

 だが、手を少しだけあかすのだとすれば

 私達の目標は全魔法少女達の解放。

 その全魔法少女の中には当然

 プロミストブラッドもネオマギウスも居る。

 私達は本来、敵対する必要は無いんだ」

「そう言う事、最初から言ってるけどね」

「……」

 

私達が何を考えてるのか分からないからだろう。

結菜達は私達を睨むことしか出来てない。

何も言えない状態だという訳だ。

当然、時雨とはぐむも何も分かってない状態だ。

 

「で、どうかな? 私が考えた案。

 キモチ争奪戦はそれぞれコストを決める」

「でも、それは解釈次第でどうにでもなるわ。

 組織の感覚でいくらでもコストを選べる」

「じゃあこうしよう、

 僕達が固有魔法の効果を把握して

 コストを測定するウワサを用意するよ」

「ウワサってのはそっちの技術だろう?

 なら、お前らに有利になるように

 いくらでも調整出来るだろうが」

「僕らはただ勝つために戦ってるわけじゃ無い。

 君達が納得出来るように調整してるんだ。

 ひとまずは僕達が用意したウワサを試してみて

 気に入らない場合は声を上げてくれれば良い」

「実際、私達が本当に有利に立ち回りたいなら

 今回の平和アナウンサーのウワサを用意する。

 それだけで事足りるんだよね~」

「あぁ、私達としては魔法少女を殺されなければ

 それで事足りるからな。

 しかしねむ……ウワサを作るのは体に負担が」

「大丈夫だよ、

 大した効果があるウワサじゃ無いしね」

「……なら、話し合いは一旦ここまでね。

 また、ウワサとやらが出来てから」

「だね」

「おい、なんでそんなにあっさり引くんだよ!」

「私達に取って有利なルールを考える為よ」

「だな、そう言う時間も必要だろう。

 では、また後日……再び集まってくれるか?」

「ふん」

 

ここで完全に決定とまでは行かなかったが

ひとまずはルールは了承してくれたようだ。

向こうが有利になるルールを決めるまで

私達は私達で話をどう進めるかを考えよう。



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コストの把握

あの話し合いから少ししてねむがウワサを用意。

そして、再び話し合いの準備が出来た。

私達は早速、そのウワサを使う事にする。

 

「このウワサは魔法測定機のウワサ。

 固有魔法の効果を把握して強さを知り

 それぞれのコストに換算するウワサ。

 同時にどんな効果があるかも分かる」

「どう言う効果があるの?」

「こう言う効果だね」

 

そう言って、ねむが私の魔法を測定した。

少しの間だ、ウワサが光り測定結果が出る。

 

「この紙に魔法から割り出したコストが」

「……このウワサ、壊れてるよ?

 なんで梨里奈ちゃんの魔法コスト1なの?」

「……あれ? おかしいな…」

 

私の限界突破の魔法がコスト1とは。

 

「えっと、限界突破の魔法。

 使い物にならない固有魔法

 評価に値する魔法ではない」

「……ひ、酷い罵倒だな」

「使い物にならないって……

 うーん、どう言う事?

 七美の魔法は?」

 

今度は七美をその測定器で撮影した。

 

「コスト50、繋ぐ魔法。

 対象を容赦なく拘束する魔法

 最大10本も繋げられる

 攻撃力はあまりないが

 魔法は多用が出来、応用も可能である

 魔法少女の心も繋げられる」

「私のは出るんだ」

「じゃあ、私は?」

「えっと」

 

今度は灯花の固有魔法を確認した。

 

「コスト100、エネルギー変換魔法

 エネルギーを変換し、貯蔵できる魔法。

 圧倒的な火力と圧倒的な汎用性を誇る

 しかし、エネルギーの供給が無ければ

 あまり汎用性が高い魔法とは言えない

 しかし、高い攻撃力もあり強力」

「流石私!」

「じゃあ、次はアリナ」

 

今度はアリナを撮影した。

 

「コスト50、結界生成魔法。

 独自の結界を生成し独立した空間を作り出せる。

 逃走、保護、確保等、多岐にわたるしよう用途がある。

 ただし、攻撃力は非常に弱い

 その為、あまり高い評価では無い」

「弱いって言われたくないんですケド!?」

「攻撃力だから、で、僕は…」

「じゃ、私が撮影するよ~」

 

今度は灯花がねむを撮影した。

 

「コスト300、具現化魔法。

 魔力を用いて不可解を具現化できる。

 世界にも干渉できる強力な固有魔法。

 攻撃力も汎用性も秀でているが

 1人で扱いきれる魔法ではないが

 世界に干渉できる程の魔法である為

 非常に高い評価となる」

「うわ、コストヤバ!」

「ウワサを作り出せるぐらいだしね」

「……で、改めて」

 

灯花が私を再び撮影した。

 

「はい、コスト1、限界突破魔法。

 使い物にならない固有魔法である。

 評価に値する魔法ではない」

「……私の魔法、実は弱いのか?」

「いや、そんなはずは……

 そもそも、使い物にならないってどう言う」

「と、とにかく色々と試してみよう」

 

今度はみかづき荘に移動した。

 

「お? どうしたんだ?」

「ちょっとウワサを試したいんだ」

「そのカメラかしら、例の」

「うん、撮影しても良いかな?」

「えぇ」

「じゃあ、遠慮無く」

 

許可が貰えたので、やちよさんを撮影した。

 

「コスト70、希望を受け継ぐ魔法

 自身を信じてくれた魔法少女の希望を受け継ぎ

 希望の力を増強させ強さに変換する魔法

 汎用性が非常に高く燃費も良い

 応用はあまり効かないが、効果は絶大」

「これは?」

「ベテランさんの固有魔法だよ。

 このウワサは撮影した魔法少女の

 固有魔法を把握して、

 そのコストを数値に変換するんだ」

「だから、これを使えば固有魔法が分かるんだ」

「べ、便利ね」

「おぉ! じゃあ俺は!?」

「じゃあ、撮るね」

 

今度はフェリシアを撮影した。

 

「コスト10、忘却魔法

 攻撃をした相手から記憶を奪う魔法

 あまり攻撃に応用出来る魔法では無く

 戦況に大きく影響を与えられる魔法では無い」

「おぉ、こんなのが出るんだな!」

「忘却……か」

 

フェリシアの固有魔法は忘却か。

あまり全員の固有魔法を把握はしてなかったな。

しかし、フェリシアの固有魔法は忘却か。

固有魔法は魔法少女が願った結果が魔法になるが。

……フェリシアの願いは魔女を殺す事だったか。

両親を殺した魔女を自分の手で殺したいと。

……何故、忘却なんだ?

 

あの夢を参考にして良いのか分からないが

もし参考になるのだとすれば

願いによって固有魔法は変わるだろう。

夢の私は七美の蘇生を願い、

固有魔法は蘇生になってた。

 

そして、あの夢では七美は記憶改変。

所詮は夢の話だから参考にならないかもだがな。

 

フェリシアは火事になった家……

魔女によって……魔女? 魔女……なのか?

結界から出ることが無い……魔女が……

 

「おーい、姉ちゃん、どうしたんだ?」

「あ、いや、すまないちょっと考え事を」

「考え事? なんか考える事あんのか?」

 

……考えすぎか? 私のいつもの悪い癖…

いや、だが……フェリシアは魔女が両親を殺した。

そう認識してる、だが、冷静に考えれば不自然だ。

魔女が両親を殺したのだとすれば

何故フェリシアは生きている? 誰かに救われた?

 

それとも、契約して魔女を撃破したのか?

だが、その場合だとフェリシアが

両親の敵である魔女を追ってた理由が……

 

それに、何故両親の敵である魔女の姿を忘れて…

魔女の姿は簡単に忘れられる造形では無い。

それを、忘れ……忘却の……魔法……

 

何を忘れ……ま、魔女を殺したいと願ったなら

魔女に対して特攻となる魔法になるんじゃ……

魔女の姿を忘れたいと……いや、それは

 

「梨里奈ちゃん、また何か考えてるの?

 顔色が悪いけど……何か不安なことを考える様な

 そんな事があったかな」

「……私の悪い癖だ、今は気にしないで良い」

「……今は……ね」

「あ、あの、わ、私はどうなるんですか?」

「あぁ、お姉様は回復だしコストは軽そうだよね」

 

今度はいろはの撮影か……ふむ、

フェリシアの事で嫌な予感がしたが

……今は、まだ何も言わないでおこう。

恐らく七美は後で聞いてくるだろうがな。

 

「コスト30、蘇生魔法

 死んだ直後であれば死者を蘇生できる魔法。

 蘇生は非常に消耗が激しく、多用は出来ない

 応用次第で回復も出来る

 しかし、攻撃に転用できる魔法ではない」

「やっぱり蘇生なんだ…」

「へぇ、私と同じなんだ」

「でも、不思議だよね

 私の願いはういの病気を治して欲しいなのに…」

「本来、不治の病であるういの病を治すには

 蘇生に近い奇跡が必要だったのかもね。

 じゃあ、流れで今度は弥栄」

 

今度は弥栄を撮影したな。

 

「コスト30、蘇生魔法

 死んだ直後であれば死者を蘇生できる魔法

 蘇生は非常に消耗が激しく、多用は出来ない。

 応用次第で回復も出来る

 しかし、攻撃に転用できる魔法ではない」

「同じだね、全く。

 しかし、蘇生で30って…」

「多用出来ないからかしら」

「疑問は多いけど、次は久美」

 

今度は久美を撮影したな。

 

「コスト70、再構成魔法。

 杖などで指示した物体の時間を簡易的に巻き戻し

 元の状態に戻せる。

 非常に強力だが、あまり強い力は無く

 動く物体を戻すのは非常に困難である。

 だが、効果の割に消耗は少なく使い勝手が良い

 応用次第で回復も出来る

 使い方次第では攻撃にも転用可能であり

 高い攻撃力も誇る」

「うぐぐ、く、久美の方がコスト凄い…」

「私よりもコストってのが重いんだね」

「強力な部類の魔法と言う事だろうね」

「ぅ、そ、そんなに凄くないのに…」

「よく言うよ、で、次は最強さんだね」

「どんとこーい!」

 

今度は鶴乃を撮影した。

 

「コスト30、幸運魔法

 物事の起こりうる可能性、

 確率をある程度の規模の範囲内で操作出来る。

 正し不可能を引き寄せる事は不可能であり

 0%を強引に引き寄せる事は不可能である

 魔力消費も多く、あまり多用は出来ない

 あまり攻撃には利用出来ない」

「おぉ! スゲー!」

「これでコスト30なんだ…」

「蘇生でもコスト30だしね」

「やっぱり多用できるかどうかが重要なのかしら

 後は攻撃に転用できるかどうかも」

「ふふん、流石私だね!」

 

鶴乃は大分得意気だな。

 

「で、次はさなかな」

「は、はい」

 

今度はさなを撮影する。

 

「コスト10、透明化。

 透明になることができる

 攻撃力などは無い」

「うぅ、す、凄く寂しい…です…」

「う、うーん、やっぱりよく分からないかも。

 調整がまだ駄目なのかも。

 と、とにかく次はみふゆだね」

「あ、はい」

 

今度はみふゆさんを撮影した。

 

「コスト20、幻覚魔法。

 対象に幻覚を見せることが可能である

 相手を翻弄できるが、攻撃力はあまり無い」

「まぁ、梨里奈さんには対処されますけどね」

「あれは異常な手段ですからね」

「……つ、次はういだね」

「あ、う、うん」

 

今度はういを撮影したな。

 

「コスト30、回収魔法。

 エネルギーや穢れなどを回収できる魔法。

 回収したエネルギーを他者に受け渡すことも可能。

 しかし、自滅してしまうリスクが高い固有魔法。

 あまり多用して良い魔法ではない」

「す、少ないね…」

「あくまで魔法少女の範疇なのかもね。

 ドッペルを考えない場合の数値」

「しかし、こうやってみると

 梨里奈のコストどうなるか……」

「う、うん、あ、改めて見せよう」

 

少し焦りながら、ねむが再び私を撮影した。

 

「姉ちゃんのコストってどうなるんだろうな」

「強さ的に100とか行ったりしてね!」

「いや、300とか!」

「姉ちゃんはもっと凄いぞ! 多分1000だ!」

「実際、今までの分を見て見ると

 多用できるかどうかが重要みたいだしね。

 梨里奈の限界突破は汎用性も高いし

 かなり多用できるし、評価は凄そうね」

「……その、えっとだな」

「は、はい、これ」

「どれどれ……って、は? こ、コスト1…

 つ、使い物にならない固有魔法……」

「はぁ!? どう言う事だよ!」

 

明らかにおかしいんだよな、私のだけ。

 

「姉ちゃんがコストってのが1ってなんだよ!

 あ、あり得ないだろこれ!」

「コスト100なら、梨里奈ちゃんが100人入るね」

「私は分身の術は覚えてないぞ?」

「ひ、1人でも圧倒的なのに……

 嘘でしょ? 調整が出来てないんじゃないの!?」

「うーん……他は結構納得出来るんだけどね。

 でも、梨里奈だけはどうしても納得出来ない」

「アリナの固有魔法が50とか納得出来ないんですケド?」

「多分、戦闘に応用出来るかどうかがコストになってる。

 そして、多用できるかどうかも重要な要素。

 攻撃力があまり無い魔法はコストが低く

 サポート系の固有魔法はコストが少ない。

 

 多様性があり、攻撃に転用できる場合は

 評価が高くなる傾向にあるんだろう。

 その場合、何故私の魔法が

 コスト1なのか分からないが」

「……改良してみるしか無いかな」

 

それから、しばらく改良をしたようだが

やはり、私の固有魔法は1のままだった。

 

「……サポートの評価も上げたけど」

「実際、最初よりは納得出来るようにはなった」

 

七美の魔法は70、ねむの魔法は500、灯花の魔法は200

アリナの魔法は100、ういの魔法は100、いろはと弥栄は50

やちよさんは100、フェリシアは30、さなは30、鶴乃は50

みふゆさんは40と、全体的にコストは上がった。

しかし、私のコストは変わらず1のままだった。

説明文も変わらず、使い物にならない固有魔法。

うーん、私の固有魔法の評価が低すぎる。

 

「分からない……とにかく色々と撮影しよう」

 

今度はマギウスの代表達を撮影した。

十七夜さんは100、ひなのさんは50

ももこは50、レナは30、かえでは30。

天音姉妹はそれぞれ20だった。

 

「……やっぱり、納得は出来るね」

 

それぞれの解説を見ても、いくらか納得は出来る。

十七夜さんは相手の作戦を見抜けるし

コストが非常に高くなるのも当然。

ひなのさんは毒などを扱えるが攻撃より。

 

ももこは激励であり、周囲を強化出来るが

それだけでどうにか出来る訳では無いから

50位なのは仕方ないと言える。

 

レナの変身も強力ではあるが

演技力が必須であり、変身のみで

強力な魔法かと言われれば微妙だ。

 

かえでの一時消去という魔法も

強力なのは間違いないがあまり多用が出来ないのか

それが理由で評価が低く、30と言う形。

 

天音姉妹の共鳴はそもそも

1人では機能しないだろうしな。

1人で機能しにくい魔法だから、

評価が低いのかも知れない。

 

「だけど、梨里奈の固有魔法だけは納得出来ない」

「それは私もだな……」

「仕方ない、もうちょっと調整しよう」

「大丈夫なのか?」

「あぁ、出来た物を改良するだけだしね」

 

大丈夫か不安だが、信じるしか無いか。

まだ時間はあるだろう。



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とある日の日常

魔法測定機のウワサが完成するまでの間だ

私達は普段通りの生活をするしか無い。

今日はいつも通り、学校の授業だ。

大分簡単だから、私は問題は無いが。

 

「うー……」

「はぁ……」

 

ももこと七美は頭を抱えてた。

2人は私が勉強を教えれば

大体理解してくれるのだが

新しい内容を先生から聞く場合は

大体授業中に頭を抱えてたりする。

 

「わ、わかんなーい!」

「あ、あたしもいまいち理解できない」

「それはそうだろう、まだ今回の授業は

 内容の紹介程度で簡単な解き方は

 まだ教えて貰ってるわけじゃ無いしな」

「え!? 簡単に解ける方法が!?」

「あぁ、学びには以外と抜け道が多い。

 正攻法の解き方もあれば

 正攻法以外の解き方もある。

 まぁ、私は両方覚えて解いていくが」

「え? か、簡単な方法を知ってるのに

 わざわざ難しい方法でも解くの?」

「あぁ、両方覚えてたほうが良いからな。

 まぁ、テストで高得点を取るだけなら

 簡単な覚え方だけで大丈夫だ」

「あー、やっぱ痛感するって言うか

 私達はテストの為に勉強してるけど

 梨里奈ちゃんは

 テストの先の為に勉強してるんだね」

「あぁ、私はそうだな」

 

だが、大体の勉強というのはテストだけで十分。

生きる上で必要な知識というのは

生きていれば勝手に覚えていく物だからな。

その道のプロは話題に上がることも多いが

実際、得意分野以外は手付かずだったりする。

歴史的な偉人もそう言うケースが多く

結局は1つのことを極める方が成功するのだろう。

 

一部、例外と言える偉人は存在するが

大体の場合は1つの分野に特化してる。

異常な天才は色々出来たりするがな。

 

「はぁ、やっぱり心意気から違うって分かるね。

 これが本当に頭が良い人の考え方か」

「どうかな、本当に頭が良い人間は

 得意な部分をひたすらに伸ばすからな。

 私の様にあらゆる分野を勉強するのは

 あまり賢い生き方とは言えないだろう」

「梨里奈ちゃんの場合はあらゆる分野を勉強しても

 あらゆる分野の頂点に即座に到達するじゃん。

 全教科常に100点満点……本当に無理しないでよ?」

「はは、無理はしてないぞ?

 それにこれは必要な事だからな。

 全教科100点満点なら学費が無料になるんだ、

 最高じゃないか」

「……そ、そうだね」

 

私の言葉を聞いた七美が、少しだけ落ち込んだ。

 

「な、なんで落ち込んでるんだ?」

「はは、それはね……

 私が梨里奈ちゃんを知ってるから」

「は?」

「私は家が凄い成功しててね

 こう見えても結構なお金持ちなんだよ。

 別荘もあるし、意外とお嬢様なんだよね」

「な!? そうなのか!?

 そんな雰囲気無いけど!?

 や、弥栄も久実もお嬢様って感じじゃ…

 だ、だって、全然上からって雰囲気ないし」

「七美がお嬢様だと知ってるのは

 神浜だと私と本人くらいだろうな。

 七美は自慢をするような性格じゃ無い」

「どうしてだ?」

「私は病弱だったからね。 

 今は魔法少女になった影響なのか

 大分体が丈夫になったんだけど

 魔法少女になる前の私って

 いつもいつも調子を悪くしててね。

 いつもお父さんお母さんに迷惑を掛けて」

 

七美は元々はかなり病弱だったからな。

病弱で何も出来ないことをよく嘆いてた。

弥栄や久実の話では、私に会うまで

七美は殆ど笑ったことが無かったらしい。

今の七美からは想像出来ないが。

 

「ずっと迷惑を掛けてるって思ってたんだ。

 勿論、私の両親はそんな事は言わなかったよ。

 ずっと大事にしてくれてた。

 

 私が病気で倒れたって時は仕事も止めて

 即座に来てくれるくらいには大事にしてくれてた。

 一度だって、私を貶すことも無かったし

 ずっと私を褒めてくれたり、応援してくれたり。

 

 だから私は、私の事が嫌いだったんだ。

 自分は上等な人間じゃ無いし

 誰かに上からの態度で接する事が出来る

 そんな人間なんかじゃ無いって思ってたから。

 

 だから、私は家のことは殆ど話さないんだ。

 地元でも私の家のことを知ってるのは

 梨里奈ちゃんだけだし」

 

私だけが唯一知ってる七美の話し。

本当に対等の友達だと思ってくれてると

そう思えて、とても嬉しかったな。

 

「そして、弥栄と久実が自慢げにしてないのは

 尊敬する姉である七美が

 そう言う風な態度を一度も取ってないからだ」

「はは、今でも不思議なんだよね。

 なんであの2人は私なんかを尊敬してるのか」

「それはお前が大事な妹達から尊敬されるような

 そんな立派な生き方をしてたからだろう。

 病弱で何も出来ないとしても

 それを言い訳にしないで

 必死に頑張って挑戦してきたからだ

 何かに挑めるのは強い人間だけだ」

 

七美は病弱だった、だが、どれだけ体が弱かろうと

必死に色々な事に挑戦しようとしてた。

だから、そんな姿に2人は憧れたんだろう。

 

「それに、お前は本当に優しいからな。

 自信が無くても優しさで手を差し伸ばす。

 そんな事が出来るんだ、しっかり誇れ」

「優しい……かな?」

「あぁ、お前は優しさで私に手を伸ばしてくれた。

 その結果、私は道化師じゃ無くなったんだ」

「え、えへへ、そ、そうかな……

 私、役に立ててたかな?」

「あぁ、お前は私の自慢の親友だ」

「あ、あはは、は、恥ずかしい…」

 

顔を赤くしながら、七美は照れていた。

私も堂々と伝えたから少しだけ恥ずかしい。

 

「本当に仲が良いんだね、2人とも」

「あぁ、親友だからな」

「う、うん、親友だし」

「でも、だとしたらどうして最初

 少しだけ暗い表情になったんだ?」

「うん、それはね、私はお金があって

 両親にも恵まれて、妹にも恵まれてる。

 そう、私は少し……恵まれすぎてるんだ」

「……」

「私はこんなにも恵まれてるのに

 私よりも誰よりも努力してる

 梨里奈ちゃんは……辛い思いをしてる」

「私も恵まれてるさ、両親にも恵まれてる

 そして、才能にも恵まれてるし

 何より、私は友人達に恵まれてる。

 私は世界一幸運な女の子だと

 堂々と宣言できる位には幸せ者だ」

「そこまで言えるって、本当に凄いね」

 

ここに来るまではそこまで恵まれては無かった。

いや、恵まれてる環境に居たのは確かだ。

夢を押付けられてたとは言え両輪は

私を愛していなかったわけでは無い。

 

両親は私をしっかり愛してくれたし

私を大事にしてくれていた。

だが、考えというのは環境で大きく変わる。

きっと七美が私と友達になってくれてなければ

私は両親の愛を歪んで解釈してたかもしれない。

 

どれだけ愛されていようとも、両親が愛してるのは

私では無く私の才能でしか無いと曲解しただろう。

両親が私を大事にして居る理由は

家を復興する都合の良い道具だからだと

そう考えて居たかも知れない。

 

私は十七夜さんの様に心を読めないからな。

心を読めない以上、自分で補完するしか無い。

だから、その時の精神状態が大きく出るだろう。

 

なのにこんな風に考える事が出来てる。

それは、私が幸運である証拠だ。

 

「ここまで堂々と言えるのは全て七美のお陰だ」

「え? わ、私?」

「あぁ、七美が私に出会ってくれたから

 私は私で居られる。本当に私は幸せ者だ」

「うー、な、なんか恥ずかしい…」

「はは! 堂々と宣言できるって本当に凄いね!

 あたしはバットタイミングだから

 そこまで堂々と何かを言える気もしないけど

 でも、そんな風になりたいって思えるくらいには

 今の2人は輝いて見えるよ!」

「ふふ、そうか? ありがとうな。

 あ、そうだももこ、今日は弁当あるか?」

「え? 今日は無いかな」

「そうか、それは良かった」

 

鞄からももこ用の弁当を取り出した。

 

「え!? お弁当箱!?」

「あぁ、今日はももこ用の弁当を作ったんだ。

 今日は私が料理当番だったからな。

 昨日の残り物が多かったから、多めに用意したんだ。

 ももこにも食べてもらおうと思ってな」

「えー!? マジで!? 最高にグットタイミング!」

「梨里奈ちゃんのお弁当は美味しいよー

 だって、今日の弁当は本気で作ってくれてるし!」

「ふふ、普段は全力では無いがな

 点数で言えば70点程度を目安に作ってる」

「また微妙な……どうして70点なんだ?」

「当番制だからな、私が作る時だけ

 飛び抜けて美味しい料理では

 他の料理を素直に味わえなくなってしまう。

 それでは食事が楽しくならないかも知れないからな。

 だから、極上の料理というのは記念日だけで良い。

 でも、今日は美味しい料理だ」

「ど、どうしてだ?」

「今日は七美の誕生日だからだ」

「そうなのか!? 今日は3日だし

 七美は7月3日が誕生日なのか」

「あぁ、因みに久美は9月3日

 弥栄は8月8日だぞ」

「……もしかして千花姉妹の名前って」

「はーい! 誕生日が由来でーす!」

「因みに法則の最初は七美らしい。

 七美が7月3日に生まれたから七美

 弥栄と久実はこの法則に合わせるために

 両親がそれぞれ、8月8日と9月3日に生まれるよう

 色々と頑張ったらしい」

 

ふふ、あまり派手に祝える状態とは言えないが

少なくとも去年よりは祝えそうだな。

去年は久美と弥栄の誕生日は祝えなかった。

七美にも髪飾りを渡しただけだしな。

だが、今年はしっかりと祝おう。

 

「と言う訳で、パーティーするからよろしくー」

「あぁ、是非出席させて貰うよ!」

「ふっふっふ、さぁ弥栄と久実がどんな風に

 私の誕生日を祝ってくれるのか

 何だか楽しみー!」

「準備もしっかりしたからな。期待してくれ」

「おー! 楽しみー!」

「あ、そうだ、梨里奈の誕生日はいつなんだ?」

「ん? 私の誕生日か? 正直言うと覚えてない」

「どうしてだよ!」

「興味が無いからな」

「もう、梨里奈ちゃんは相変わらずだね。

 周りの誕生日は祝うくせに自分の誕生日は

 全く興味無いって、やっぱり寂しいって。

 なので、代わりに私が答えましょう。

 梨里奈ちゃんの誕生日は9月9日だよ」

「覚えやすいね、それは」

「久美が梨里奈ちゃんに興味津々なのも

 誕生日が近いからって理由もあるらしいよ」

「確かに近いな」

 

とは言え、私は殆ど覚えてなかったが。

全く自分に興味が無いというのもな。

 

「しかし、意外と覚えやすいかもな。

 千花姉妹は名前で梨里奈はゾロ目だし」

「あ、私の誕生日は覚えなくても」

「覚えるって!

 しっかり祝うから楽しみにしててくれよ!」

「私の誕生日を祝う必要は無いと思うんだがな」

「梨里奈ちゃんの意思に関係無く

 私達は祝うからね!」

「……そ、そうか、だが今日は七美の誕生日だ」

「ふふ、そうだね、ちゃんと七美も祝おう」

 

今日は少しだけ楽しみな日になりそうだ。



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七美の誕生会

七美の誕生日と言う事もあり

今日は色々と用意をすることにした。

 

「今日は七美ちゃんの誕生会ね」

「はい、今日はバイトも休みを貰いました」

「じゃあ、梨里奈お姉ちゃん!」

「りょ、料理、教えて……」

「あぁ、そのつもりだ」

 

今日は弥栄と久実に料理を教える。

正確にはケーキの作り方だ。

久美は私に対して堂々と教えてと請うが

弥栄はちょっと申し訳なさそうにしてる。

 

やはり、マギウスの翼として敵対したり

私を瀕死にしたり、罵詈雑言を言ったりと

その時のことを気にしてるらしい。

これは七美から聞いた話だ。

 

本人は言えないだろうしな。

だが、七美には言えるという感じか。

 

「では、ケーキを作る方法を教えよう」

 

私は2人を台所へ連れて行き

ケーキを作るための材料を取り出した。

今回は私は極力手は貸さないで置こう。

2人のためにも大事な事だ。

 

「では、軽い手順を教えよう」

「はい!」

 

2人が同時に返事をして、私は小さく頷く。

その後、細かい手順などを2人に伝えた。

私の話を聞いた2人は難しそうな表情をするが

それでも私が伝えたとおりに料理を始める。

 

「えっと……こ、これ位ですか?」

「目測だが恐らく少ないな、細かい重さとかは

 この道具を使って測ってくれ。

 目測だと確実では無いだろうからな」

「は、はい」

「必要な重さは教えたよな?

 その通りにしてみるんだ」

「分かりました!」

「えっと、た、卵はこれ位?」

「もう少し混ぜた方が良い、牛乳はもうちょっと」

「うぅ、わ、分かった」

 

2人に同時に教えながらケーキが出来ていき。

2人は伝えたとおりの手順を達成していく。

少しだけしんどそうな表情ではあるが笑顔だ。

 

「え、えっと……次は……」

「つ、次は確かこっちだよ」

「そ、そうだったっけ……」

 

たまに間違った手順をしそうになるが

私は極力口は挟まないようにしてる。

どうしてもその失敗に気付けない場合であれば対処するが

考えてる間に即座に伝えるのは良くないだろう。

 

「……」

「ど、どう? あ、合ってる?」

「そうだな、手順が違うかな」

「え!? ど、何処が!?」

「ふふ、少し考えて分からなかったら

 私にもう一度声を掛けてくれ」

「わ、分かったよ、少しは自力で考えないと…」

 

2人で少し迷って、ようやく気付いたようだ。

 

「こ、こっちか!」

「そうだな」

「い、急いで続きをしなきゃ!」

 

そのまま2人はちょっとだけぐだぐだしながらも

私のアドバイスを聞きながらケーキを完成させた。

形は少しだけ歪になってしまっては居るが

これもまた、手作りの醍醐味という物だろう。

七美もこのケーキを見て文句は言わないだろう。

 

妹達が必死になって頑張って作ったケーキだ。

そんな素晴らしいケーキに対して

文句を言う筈も無い。

 

「ちょ、ちょっと形が……

 七美お姉ちゃん、お、怒るかな…」

「だ、大丈夫……多分」

「そう自信を無くすな、怒るわけが無い。

 お前達の知っての通り、七美は優しいからな。

 ちょっと形が歪になった程度で怒るはずが無い」

「そ、そうよね……でも、少し申し訳無い気持ちが」

「大丈夫だ、私が保証しよう。

 さ、プレゼントの準備は大丈夫か?」

「勿論だよ!」

「お姉ちゃん、喜んでくれるかな…」

「大丈夫だ、自信を持て」

 

さて、私の方もプレゼントを用意してる。

今回は七美が大好きなゲームを買ったからな。

しかし、ゲームは本当に高かったな…

私はあまりゲームには詳しくないから

七美が持ってた様なタイプのゲームを買った。

複数人で出来るようなゲームだから

多分、七美も喜んでくれるはずだ。

 

弥栄達のプレゼントは2人で用意してたな。

2人は服を縫って渡すことにしたようで

かなり前から私が教えながら作ってた。

2人に色々と教えてた影響で

今年は手作りの何かは用意できなかったが

きっと七美も怒ったりはしないだろう。

 

「それじゃあ、七美が帰ってくるまでに。

 パーティーが出来るように準備しよう」

「うん!」

「2人はやちよさん達と合流して準備を手伝ってくれ。

 私は料理を用意するからな」

「お願いね、美味しい料理」

「あぁ、任せて欲しい」

 

2人は私の言う事を聞いてくれて厨房から出た。

私はそれを確認した後、料理を始める。

私の作れる料理の中でも最高の料理。

それを振る舞うために今日も気合いを入れよう。

 

「よし、やるか」

 

気合いを入れるためにエプロンを改めて締めて

本気の料理を開始した。

ふふ、何かに全力を出せる……それは本当に楽しい。

 

 

 

 

 

「よし、出来た」

 

しばらく時間が経ち、料理が完成した。

今日のために七美が大好きな食材を集めたからな。

いつもの料理では無く、最高の料理。

味見もしたが、完璧だと言えるだろう。

 

急いで出来た料理を皿に盛った。

七美が帰ってくるまでは勘だが多分残り10分程度。

弥栄と久美が作ったケーキも完成してるな。

 

七美が帰ってきたときに1番美味しいタイミングで

料理を出しておく必要があるだろう。

よし、準備が出来たな。

 

「やっふー! 良い匂いがするー!」

「お帰り、七美。どうだった? バイトは」

「皆からお祝いされちゃったよー! 大変だったけど」

「やっぱり梨里奈ちゃんが居ないと大変だしね。

 でも、七美ちゃんも大活躍だったよ!」

「あはは! ありがとー、鶴乃ちゃん!」

「あはは! どういたしまして!」

「大変だったけど、ご褒美があるって思うと

 やっぱり頑張れるね」

 

ももこ達も一緒に来たな。

 

「じゃあ、準備もある程度は出来てる。

 まずは服を着替えて来た方が良いんじゃ無いか?」

「そうだね、着替えてきまーす!」

「あたしらはどうする?」

「レナは着替え持ってきてないし……」

「誕生日の話があったんだし、予想出来ると思うけど」

「な! じゃ、じゃあ、かえでは準備してるわけ!?」

「当然だよ」

「あはは、実はあたしも…」

「な! だったらレナにも着替え持ってきた方が良いとか!」

「言ったのに聞かなかったのレナちゃんだし」

「は、はぁ!? レナ何も聞いてないんだけど!?」

「まぁまぁ、そう喧嘩するな。

 その服も十分可愛いんだからな。

 お気に入りの服で汚れるのが嫌だと言うなら

 私の上着を貸すから、その上着を着れば良い」

「い、いや良いし、そんな……

 て、てか、可愛いって言わないで欲しいんだけど!?」

「そう怒るな、もう少し自分に自信を持て。

 お前は十分可愛いんだ、少しは誇った方が良い」

「う、うぐ、な、何よ!」

 

レナは自分にあまり自信が無いようだからな。

しっかりと支えて、自分に自信を取り戻す様に

私達がフォローしてやらないと駄目だろう。

 

「梨里奈ちゃーん、本当正直思うんだよね

 この七美さんは」

「どうした? 下着姿で、早く着替えた方が良いぞ」

「そう、着替えるよ? 着替えるんだけどその前に1つ。

 梨里奈ちゃん、朴念仁って言葉知ってるよね」

「当然だ、無口で無愛想な人や、

 頑固で物わかりの悪い人のことだな。

 本来は違うが、今の国語ではこの意味が主流だ」

「違うよ! 今の主流は

 恋愛事に関して疎過ぎる人の事!」

「そうだな、確かに私は恋愛はしてないし」

「あのだね、そう言うわけじゃ無くてだね。

 いや、そうなんだけど、そうじゃ無くて

 女の子に対してしれっと恥ずかしい事言うし!」

「何処がだ?」

「……まぁ、梨里奈ちゃんだしね。

 あ、レナちゃん、梨里奈ちゃんに惚れちゃ駄目だよ」

「誰が惚れるか!」

 

そもそも同性だろうに、たまに七美はそう言うことを言う。

まぁ、七美が好きな漫画とかの影響かも知れない。

 

「あの子、アニメとか好きなのかしら」

「七美お姉ちゃん、アニメ大好きだし。

 漫画もゲームも大好きだからね。

 小説も好きでよく読んでるんだって。

 確かライトノベルって言うのが好きらしくて」

「ぐぬぬ、何よもう!」

「そう顔を赤くしなくても良いじゃ無いか。

 ただの冗談だって」

「それ位分かってるけど!」

 

本当に七美は良く冗談を言うからなぁ。

 

「よーし、お待たせー」

「じゃあ、料理食べようか」

「うぐぐ……」

「それじゃ、いただきまーす!」

 

全員で私が作った料理を食べ始めてくれた。

全員、とても美味しい美味しいと言ってくれて

全力で作るとやはり楽しいと感じる。

 

「ふぅ、ごちそうさま! やっぱり最高だね!

 よーし、梨里奈ちゃん!」

「どうした?」

「私のお嫁さんになってくださーい!

 もしくは旦那様になってくださーい!

 ふふ、しっかりと養ってみせるよ!」

「ふふ、いつか聞いた言葉だな。

 だが、私の答えは決ってる。

 私はそっちの気が無いからな。

 これからも仲の良い親友で居ような」

「またフラれたー!」

 

いつも通りの楽しそうな笑顔で

七美は私に抱き付いてきた。

本当に七美は反応がオーバーだな。

 

「本当に仲が良いわね、あなた達」

「えぇ、親友ですから」

 

抱き付いてきた七美を軽く撫でる。

七美は犬の様な反応をワザとしてるな。

 

「よーし、じゃあ次だね、私が楽しみな事」

「あぁ、弥栄、久美」

「う、うん!」

 

2人が台所へ行き、2人で作ったケーキを持ってきた。

作ったときと変わらず、ケーキは僅かに歪んでるが

七美はそのケーキを見ると同時に笑顔になった。

 

「待ってました! 美味しそうなケーキ!」

「少し歪んでるわね、梨里奈が作ったんじゃ?」

「これは弥栄と久実が協力して作ったんだ。

 私も2人に指導はしたが手は殆ど貸してない」

「り、梨里奈お姉ちゃんが作ったケーキと比べると

 ど、どうしても劣るけど……で、でも愛情は!」

「うん、分かってるよ2人とも、ありがとう!

 ふふふ、なんと美味しそうなケーキでしょう!」

「ちょっと歪んで、少し焦げてるけど…」

「ノンノン、美味しい物はどんな物でも美味しい。

 2人が頑張って作ってくれたケーキが

 美味しくないわけが無いんだよね!

 梨里奈ちゃんのケーキと同等の美味しさに違いない!」

 

七美がこう言う反応をするのは容易に想像出来た。

七美はこう言う子だからな、だから妹にも慕われてる。

 

「さぁ! その美味しそうなケーキを分けて欲しいのです!」

「う、うん!」

「でもその前に、まだロウソクを消す必要があるぞ」

「あ、そうだね! じゃあ、やりまーす!」

 

いつも通りの歌の後、七美がロウソクを吹き消す。

 

「よーし! じゃあ、ケーキを分けて欲しいの!」

「う、うん!」

 

七美の言葉を聞いて笑顔になった弥栄と久実が

あまり慣れない手つきでケーキを分けた。

私も少しだけ手伝うには手伝ったが

殆どは弥栄と久実の2人で分けた。

 

そして、それぞれにケーキの切れ端が行き渡る。

サイズはバラバラではあるが、1番大きいのは

言わずもがな、七美のケーキだった。

 

「そ、それで良いの?」

「あぁ、大丈夫だ」

 

私が選んだケーキは焦げてしまってる部分だ。

どうしても失敗というのはあるからな。

 

「むむ、梨里奈ちゃんのケーキ美味しそうだね!」

「ふふ、そうだろう? だが、七美のケーキも

 美味しそうだな」

「勿論だよ! じゃあ、交換する?」

「いいや、私のケーキの方が美味しそうだからな」

「じゃあ、一部交換で!」

「……よし、じゃあそうしよう」

 

七美の意見をしっかりと聞きながら

お互いに交換してそれぞれのケーキを食べた。

やはり愛情は大事だな、とても美味しい。

 

「本当に仲が良いですね」

「俺も姉ちゃんとあんな風に仲良くしてぇ!

 うぅ! 滅茶苦茶羨ましいぜ……」

「うぅ、羨ましくなんか無いし…」

 

ふふ、今日は何とも楽しい日になったな。



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必要な事

七美の誕生会を終えて

少し時間が経って夏休みだ。

話し合いはあの後から時間が経つが

まだ開始できてないというのが実状。

理由は全員がまだ悩んでたからだった。

 

「あちらもかなり慎重に準備してるわね」

 

神浜マギアユニオンの定例会議。

私はこの場には来ない事になってる筈だが

結局、私もこの場所に来ることになった。

 

「梨里奈、ウワサの調整はどうなった?」

「えぇ、今は平均を出す形で

 コストを割り出すように調整出来たそうです」

「だが、マギウスの3人が来てないって事は

 まだ完成してないって事でいいんだな?」

「えぇ、ある程度の形は出来てるとは言え

 実用性にはまだ……正確には私の数値ですね」

「ふむ、今の仙波君だとコストが50になるか。

 そして、君のコストを大きく上げる様に調整すると

 今度は君以外のコストが低くなりすぎると」

「そう言う事です」

 

やはり心を読めるというのは便利だな。

会話をする事も無く把握して貰えるとは。

 

「やはりあなたがあのウワサの障害なのね」

「えぇ、そうなりますね。

 私が問題でウワサを完成させる事が出来ない。

 とは言え、私を放置というのはお互いに納得出来ない」

「そうだな、お前の存在はアタシ達からしても

 重要な切り札だからな」

 

どうしても私はルールの枠に入れないと駄目だからな。

そうしないと、バランスが崩壊してしまうだろう。

 

「本当、何故あなたの魔法がコストが1なのか。

 それだけがさっぱり分からないわ」

「私もサッパリですね」

 

私が感じた限界突破の魔法は

汎用性の塊のような固有魔法だ。

その汎用性が高い固有魔法が

 

まさかコスト1で、使い物にならない。

そう評価されるほどに弱い魔法だった。

私には何故かさっぱり分からない。

 

「良かった、会議終わってなかったね」

「あなた達」

 

私達が会話をしてると、マギウスの3人が来る。

この場に来たと言うことは、調整が終わったか?

 

「ここに来たと言うことは、調整が終わったの?」

「そうだね、だけど同時に

 梨里奈の魔法の事も調べたんだ。

 その結果が出たからやって来たという形だね」

「ほぅ、私の魔法が?」

「うん、ウワサを改良して情報を増やしてみたんだ。

 その結果……まぁ、梨里奈の固有魔法が

 何故評価が1だったのかが分かった」

「そんな事まで出来るのか…」

「魔法を識別してコストを割り出してるわけだから

 ちょっと改良すればそれ位出来るのさ」

「その結果、コスト1は当然だったってワケ」

「と言うと?」

「はい」

 

そう言って、3人が私達に紙を渡してくれた。

恐らく、魔法測定器のウワサから出てくる奴だ。

 

「限界突破の魔法、

 使い物にならない固有魔法。

 一度使えば、突破した能力が限界を越え過ぎて

 強化した対象がボロボロに崩壊してしまう。

 身体能力を強化すれば、それだけで危険であり

 腕力を強化すれば、激痛が走り動けなくなるし

 無理矢理行使し続ければ腕が粉々になるだろう

 更に魔力消費も激しく多用できず

 もはや呪いに近い固有魔法である」

「……」

「こ、この魔法を扱う事が出来るなら

 固有魔法はそもそも必要無いだろう」

 

い、1回だけで肉体がボロボロになる?

そんな馬鹿な……私、滅茶苦茶使ってるんだが。

更に魔力消費も激しいだと?

馬鹿な、私はこの魔法

消費が少ないと感じてたんだが?

 

「……間違いだろ、私は何度も使ってるぞ

 それに消費も軽いと感じてたし……」

「そ、だからあんたが異常だったってワケ

 本来使えもしない魔法を使えてる。

 あんた以外なら、とっくにブレイクしてるってワケ」

「つまり、もし梨里奈以外が限界突破の魔法を

 用いてしまった場合、その相手は」

「このウワサが正確なのを見抜いてるとすれば

 多分、体がボロボロになっちゃうんじゃ無いかな?

 更にすぐに魔力がカラカラになる」

「だが、第六感も限界突破出来るし

 治癒能力も限界を越えてきたぞ? 私は。

 身体能力なんて何十回も越えてきたし

 環境適応能力も限界を越えてきたし

 最近は魔力も限界突破を用いて強化した。

 

 ここまで強化しても、私は何も問題が無い。

 魔力も大して消耗してなかったし……

 

 確かに痛い事は多いし、魔力が枯渇したりしたが

 流石に魔力が無くなったり、腕が粉々には……

 いや、腕が吹っ飛んだ経験はあるし

 両足の骨は粉々になった経験はあるけど」

「ふ、普通は死んでるんじゃ無いかな、それ…」

「確かに弥栄も死者を蘇らせてるみたいとか言ってたが…

 まぁ、あの2人のお陰だが、腕も両足も両方あるのは」

「おい! 腕が吹っ飛ぶとか経験出来ないだろ!

 てか、当たり前の様に言いすぎじゃ無いか!?

 と言うか、なんで生きてるんだよ!」

「その、実際の経験ですし…

 生きてるのは、親友の妹達のお陰としか」

 

ワルプルギスの夜と戦った時は本当に危うかった。

腕が吹っ飛ぶとは正直思わなかったしなぁ。

 

「本当、聞けば聴くほど、ワルプルギスの夜は

 とんでもない魔女だったって分かるよねー」

「原因はあなた達じゃ無いの」

「今は本当に失敗したと思ってるよ。

 実際、梨里奈が言ってた通り 

 最悪、イブでも食べられなかったかも知れないね」

「アリナ的には計画通りでも良かったケド

 あれで梨里奈と会えたし、むしろ良かったかもネ」

 

しかしそうか……3人が用意した魔法測定器のウワサ

そのウワサが私の魔法をそう評してたから

私のコストが最低値だったという訳か。

 

「因みに戦闘能力の評価もでてるよ

 あなたの評価は化け物だけど」

「酷いな、それ」

「大体の人が思ってると思うよ?

 梨里奈の能力は化け物染みてるって」

「うーん、確かに色々と滅茶苦茶だしな」

「で、その両方を合わせて

 梨里奈のコストは500だね

 ほぼ自力でこの数値だ、魔法はほぼ考慮されてない

 むしろ、魔法が足を引っ張ってもこのコストだね。

 因みにアリナは500、灯花は700、僕は1000だ」

「やはりお前達のコストも凄いな」

「私達は魔法と戦闘力の両方の評価が高水準だからね。

 魔法が異常に評価が低いのにアリナと同じコストである

 梨里奈の方が明らかに異常なんだよねー」

「実際、アリナもあんたに負けるのは

 もう仕方ないって思うワケ」

「しかし、コスト500か……重いな、自分達はどうだ?」

「試すね-」

 

今度は全員の写真を撮ってコストを見せてくれた。

やちよさんは300、十七夜さんは200、ひなのさんは150だ。

 

「全体的にコストが高くなってるわね」

「そ、でも全体的に高いと言うなら

 コストの上限も決めやすいでしょ?」

「だが、仙波のコストが平均よりちょっと上程度なのは

 向こうからしてみればいやなことでは無いか?」

「そこはこっちが譲歩するしか無いよね。

 梨里奈のコストは500にプラスいくつか乗せる。

 状況として、300か400だね」

「そうなれば、私のコストは800か900

 かなり圧迫することになるな」

「それが目的だからね、向こうからしても

 梨里奈が参戦したら勝ち目が薄い戦いになるから

 少しでも制約をつける為のルールだし」

 

実際、私達が提案したルールだからな、これは。

だから私達が不利になるのは多少仕方ないだろ。

それに所詮は私を押さえるためのルールでしか無い。

私以外のユニオンが参加する場合であれば

大した縛りにはならないだろう。

 

「本当にお前達はこいつの事、かなり評価してるな。

 アタシはこいつの動きを見たことが無いから

 なんであんたらが評価してるのか

 さっぱり分からないんだが」

「仙波と戦闘した敵の代表者達が

 全員、梨里奈とは戦ってはならないと

 そう判断するくらいには仙波は強いからな」

「実際、今回ルールを取り付けるまで持って来たのも

 梨里奈の強さありきだったしね。

 でも、梨里奈も1人だけだし無茶をしてる。

 可能なら、梨里奈を含めないで勝ちたいよね。

 あくまでこちら側の切り札として動かしたいし」

「必要とあれば、私はいくらでも無茶をしますよ」

「止めなさい、本当に体が壊れかねないわ」

 

やはり心配してくれてる様子だな。

やちよさんは私の戦いを見てるし

戦う度に無茶をしてるのも知ってるだろう。

 

更に、私の固有魔法が私以外が扱えば

体が壊れる様な魔法だというのも発覚し

より一層、私の事を心配してくれてるんだろう。

 

「だね、出来れば梨里奈はどうしても勝つ必要がある。

 そんな勝負以外では参加しない方が良いだろうね」

「そうか……でも、1つだけわがままを言わせて欲しい」

「と言うと?」

「ネオマギウス代表の2人のどちらかが出て来た場合は

 私が参加しても良いか?」

「何故?」

「その2人に自信を付けてもらう為ですよ」

「……そう、必要な事なのね」

「はい、重要な事です」

「確かに自分もあの2人には自信を与えるべきだと思う。

 心を読んだが、あの2人は今のままだと

 組織をまとめ上げることが出来るようには思えない」

「えぇ、だから自信を付けさせる必要があります。

 そして、私にも勝てる見込みがあると思って貰う

 その必要だってありますからね」

「あなたに勝てる見込みがあると思って貰う? 

 それは何故かしら、あなたには勝てないと

 そう感じさせる方が良いんじゃ無いの?」

「私が強すぎれば奴らは搦手を使うからです。

 平和アナウンサーのウワサが魔法少女同士にしか

 反応しないと勘付かれるのは時間の問題。

 だから最悪の場合、一般人を狙う可能性もあります。

 人質を取ったりして、ユニオンの連携を崩す。

 そう言う手を使ってくる可能性も否定できない。

 例えば……内部軋轢、1番危険なのは東」

「む、自分達か…」

 

確か大東区は差別されてた経験があったらしい。

そして、西への劣等感や魔法少女同士の争い。

そう言う問題もあり、最悪の場合内部分裂をする。

 

しかし……なんだ、こうやって事象を思い起こすと

神浜は妙に魔法少女同士の争いが多いな。

混沌としてるというか殺伐としてるというか。

 

いや、プロミストブラッドも居る訳だし

魔法少女が多いと争いが起こるのは仕方ないのか。

実際そうだな、魔女を倒さないと駄目だしな。

 

魔女を倒さないとグリーフシードが手に入らない。

グリーフシードが手に入らないと死んでしまう。

魔法少女が多いとグリーフシードの争奪戦になる。

魔法少女同士が争ってしまうのは必然か。

 

神浜が結局協力関係を築けてるのも

グリーフシードを大して必要としてないからでもある

ドッペルがあるから、それを用いれば良いだけだしな。

考えれば考えるほど、私達が解放をしなくては駄目だと

そう感じてしまう。余裕がある人間だけだからな

状況を大きく変えることが出来るのは。

 

「ふむ、なる程……」

「例えば洗脳の魔法があるかも知れません。

 それを一般人に掛けたりして

 東と西に軋轢を生み連携を崩す。

 あちらにどれだけの手駒があるか分かりませんが

 そんな手駒があれば、その様な手だって打てる。

 戦いで勝てないなら、足下を崩すのが戦いの必定。

 

 私達は防衛側ですから、足下を崩されるのは困る。

 だから、あちらに私にも勝てると認識して貰い

 まずは私を殺す事を考えて貰う」

「な!? 殺すって!?」

「私をいかに殺すか、その手を考えて貰い

 ユニオンに勝つための手は後で考えて貰う。

 まずは私を殺す。その事に集中して貰う為にも

 私にも勝てると、私も殺せると、そう考えて貰う為に

 私は必要な場面で、わざと負けます。

 絶対に勝たないといけ無い場面であれば勝ちますけど」

「当たり前の様にリスクが高い手を使おうとするな!

 なんだ! 最悪の場合、お前は殺されかねないぞ!」

「大丈夫です、魔法少女達の解放には私も必要です。

 だから、私は死ぬつもりは決してありません。

 あくまで他の組織に私にも勝てる見込みがあると

 そう認識して貰い、同時にネオマギウス代表2人に

 自分達は凄いと自信を持って組織を率いさせます」

「あんたに凄いリスクがあると思うケド?

 ま、どうせ何を言ってもやるんだろうケド」

 

私の言葉で他の代表達は固まってる。

当たり前の様に私を餌にしてる訳だからな。

だが、必要な事だと私は思う。

 

私に勝てると、私を殺せるかも知れないと

そう認識して貰えば、奴らが考えるのは

私を戦場でいかに事故に見せかけて殺すか。

あるいは私をいかに神浜から引き離し

神浜の外で殺すかを考える様になる。

 

そうなれば、ユニオンの足場を崩す

そんな搦手を考えない可能性はあるだろう。

だが、私が圧倒的な強さを見せ続ければ

奴らはユニオンを瓦解させるために搦手を使う。

 

一般人を利用した扇動を使う可能性もあるし

洗脳魔法を使って大きく状況を崩壊させるかも知れない。

あまりにも軋轢を残しすぎれば、

魔法少女が解放されても

後に神浜は大きな問題を起してしまうだろう。

 

だから、私に集中して貰う必要がある。

色々と手はあるだろうしな。

一般人の殺意は探知できないと気付けば

洗脳魔法などがあるとすれば

私を殺す為に一般人を洗脳して暗殺も狙うだろう。

他にも手はあるだろうが、私は勘が鋭いから

暗殺にも気付けるだろうし、あちら側に

無駄な作戦を考える時間を消費して貰える。

 

時間を掛ければ掛けるほどに

いろは達の説得も進む可能性もある。

私達に必要なのはキモチを集めることじゃない。

いろは達が奴らを説得する時間が必要なのだから。

私に集中して貰い、時間を稼ぐべきだろう。

 

「なる程、あくまで自分達の目的は時間稼ぎ

 君に集中させて、時間を稼ぐ作戦か」

「はい、そう言う事です」

「いくら何でも無茶よ! 危険な事はしないで!」

「当然、僕達だって梨里奈に危険な事はして欲しくない。

 だけど、梨里奈の言う事も一理ある。

 お姉さん達があいつらを説得するには時間が必要だ」

「一般人に手を伸ばされると困るもんね……

 だからさ、ベテランさん……

 梨里奈がする無茶な時間を少しでも減らすために

 あなた達が少しでも早く

 あの組織を説得するしか無いんだよ」

「当然、アタシも説得をすれば良いんだろ?」

「そう言う事、アリナ達に必要なのはそれだからネ

 あいつらにアリナ達と同じビジョンを見て貰う。

 その為にも説得するしか無いんだよネ」

「……そうね」

 

やちよさんも渋々ながら了承してくれたようだ。

よし、ならこのまま会議まで休むとしよう。

これから始まるであろう戦いに備えてな。



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大事な息抜き

会議を次、いつするのか時間が決った。

次、代表達を集めて会議を行なうのは

8月1日になった。

夏休みに入っていくらか過ぎた頃になるな。

それまでの間だ、私達は自由時間だが

 

「じゃぁ、海水浴だね!」

「……七美、状況分かってるのか?」

「一通りの準備は終わってるわけだし

 少しは息抜きした方が良いじゃん!」

「良いんじゃ無い? 息抜きって大事だよ-」

 

マギウスの3人も結構ノリノリというか

七美の意見に特に変な事は言ってない。

 

「神浜は僕達が見張っておくから」

「そ、だから、あんたらは息抜き。

 特に梨里奈は会議の後から忙しくなるしネ

 今のうちに息抜きした方が良いって思うワケ」

「だ、だが、私達が遊ぶのは…」

「君はすぐに自分を追い込む。

 余裕がある時に休んだり発散するのは必要だよ」

「灯花達は来ないの?」

「行きたいのは山々なんだけどー

 やっぱり私達は重要なポジションだからねー」

「でも、会議後に君達ほど忙しくはならない。

 だから、君達は休む余裕がある時に

 しっかりと休んだ方が良いと思うんだ」

「だってさ」

 

……七美も私を休ませるために言ったんだろう。

七美は無駄な事を衝動的にする様なタイプじゃ無い。

何か理由があるはずだしな。

 

「良いな! 海水浴行こうぜ!」

「でも、海水浴に行くと万々歳のバイトも…」

「万々歳はこの時期、結構お店を休む事多いからさ」

「そういえば」

「屋台とかを出すから、休みになるんだよね。

 例えば、前に海水浴行ったでしょ?

 その時は万々歳も休みで屋台だったんだよねー」

「確かに去年は少し長い休みがあったな」

「1週間は屋台で休む事が今年も決ってるし

 その間になら」

「で、その日はいつなのかな?」

「明後日からだね」

 

おじさんも言ってたな、その話。

しかし、私達が参加しなくて良いのだろうか。

 

「参加しなくて良いのか? それ」

「うん、今年も大丈夫だってさ」

 

ふーむ、大丈夫だろうか親父さん……

今や万々歳は大人気のお店だと思うが…

 

「じゃあ、明後日から1週間海水浴だね!」

「何言ってるのよ、そんなお金」

「お金は必要無いよ」

「え?」

「だって、私の別荘だし」

「な!?」

「べ、別荘!?

 あなた、べ、別荘なんてあるの!?」

「うん、梨里奈ちゃんとももこちゃんかな

 私の別荘の話を知ってるのは」

「そ、そんなお金持ちだったんですか…七美さん」

「まぁね、実はお金持ちなんだよね私。

 本当はあまり誰かに言ったりはしないんだけど、

 今回は意を決して言いました、仲間だしね」

「うん、お父さんもお母さんも凄いし…」

「自慢はあまり好きじゃ無いけど、

 家族の事は、私も自慢したいって思うかな」

「そ、そうなんだ……い、意外だった」

「じゃあ、明後日行こう!」

「……良いのかしら」

 

結局、七美の勢いに乗せられて

私達は海水浴に行くことになった。

今回はみかづき荘の皆とももこ達も来る。

そして、まどか達も来ることになった。

 

「結構来たね19人か、あと1人欲しかったなー」

 

いろは、うい、やちよさん、さな、フェリシア、鶴乃

みふゆさん、弥栄、久美、七美、私

ももこ、レナ、かえで

まどか、ほむら、マミ、杏子、さやか

結構な人数と言えるだろう。

 

「十分多いと思うがな」

「だな、てか、あたしらも参加して良かったのか?」

「勿論だよー、一緒に戦った仲だしね」

「あ、ありがとうございます」

「でも凄いですね、別荘なんて」

「あはは、凄いのは私じゃなくて私の両親なんだけどね」

 

七美の両親は七美の電話であっさりと了承してくれて

結構大きめのバスで私達をここに連れてきてくれた。

だが、忙しかったからなのか私達をここまで連れてきたのは

七美の両親が雇った運転手だった。

 

当たり前の様に専属運転手が出てくるくらいには

千花家は成功してると言う事だな。

 

「うおー! 海だぜー!」

「今日も楽しむぞー!」

「因みに別荘は部屋が多いよ。

 20部屋はあるから十分足りると思う」

「多くない? 別荘なのに」

「だってこの別荘、私達の友達を

 一緒に連れて行く事前提の別荘だしね。

 私と弥栄と久実が友達を沢山作れるって

 そう信じてたんだろうね」

 

七美の両親は娘達の事を信じてたからな。

友達を沢山作るのも疑ってないだろう。

 

「本当にあなた達は両親に愛されてるのね」

「うん……そうだね」

「……おい、あんた」

「ん?」

「何で暗い表情してるんだ?」

「え? 暗い表情してたかな……

 自覚は無いんだけど」

「そうね、私も暗い表情をしてたように見えたわ」

「そうだね、理由があるとすれば

 申し訳無いって気持ちかな」

「はぁ? どう言う事だよ。

 両親に愛されて申し訳無いだって?

 随分と贅沢な悩みじゃねぇか」

「うん、そうだね、確かに贅沢な悩みだよ。

 でも、それを理解してもさ

 やっぱり私は自分にあまり自信が無いんだ。

 昔は病弱だったからね、そのせいで家族に迷惑を」

「あんたが病弱だからって大した迷惑じゃねぇだろ」 

「……そうだね、ありがとう」

「な、なんだよ…」

 

杏子の言葉で何かを気が付いたような表情を見せ

七美は杏子に対してお礼を言う。

あのやり取りで、七美が何を感じたのか。

 

杏子の何か隠してる部分に反応したのか?

恐らく、そうなんだというのが何となくだが分かった。

恐らく彼女は……家族に何か後ろ暗い気持ちがある。

七美はそれを察知して、話を多少強引に途切れさせた。

 

「昔の事だし、悩んでも駄目だよね。

 ちゃんとこれから親孝行しないとね。

 ……うん、これからもお互い

 頑張って元気に生きていこう。

 それが多分、1番の親孝行だもんね」

「チ! なんだよ!」

 

杏子とマミが同時に反応したように見えた。

……七美の言葉はあの2人の何かに触れたのだろう。

そして七美は、その何かが何か、理解してる。

 

「じゃあ、今日から1週間は本気で楽しもうね!

 ふふん、私も全力でサポートしてあげよう!

 年上として、ちゃんと楽しませてあげるよ」

「うっせぇ!」

「杏子、随分と食い付いてるわね、どうして?

 あんたらしくないというか、やけになりすぎよ」

「らしくないと言えば、ここあなたが来るのも

 大分意外という感じだけどね」

「あたしがなんで来たかだって?」

「えぇ、泳げないのに」

「それを言うなよ! まぁとにかくだ

 あたしがここに来た理由はあんただ」

「私か?」

 

まさか私に指を向けてくるとは驚いたな。

 

「ひ、人に指を向けたら、だ、駄目なんだからね!」

 

そんな態度を久美が咎めた。

い、意外というな、驚いた。

 

「な、なんだよ、そんな怒って…」

「れ、礼儀って言うか、失礼だし!」

「わ、分かったって、分かったよ!」

 

久美の言葉で杏子は一旦引いたな。

あの子は小さい子にあまり強くでられないのか。

意外と面倒見が良い部類かも知れない。

 

「ま、まぁとりあえず

 あたしが来たのはあんたに興味があったからだ」

「私の何処に興味が?」

「決ってるじゃねぇか、強さだ!」

 

その言葉と同時に

口にくわえてたおかしを噛み砕いた。

かなりの笑顔だな、戦闘狂なのか?

 

「あんたが強い事は良く聞いてる。

 その強さがどれ程のもんか興味があるんだ」

「……ふむ」

「折角の休みに何言ってるのよ!」

「そ、そうだよ、そんな戦うなんて…」

「てか、レナは絶対に

 やるべきじゃ無いと思うんだけど

 勝負になる訳無いし」

「まぁ、戦闘狂なら試したいってのは

 確かにあるかも知れないけどね」

「私には、わ、分からないけど…」

 

さて、どうするか……

いや、この場で受けるのは無しだな。

 

「よし、そうだな、1週間の何処かで相手してやる」

「今すぐじゃ駄目なのか?」

「今回は息抜きだからな、戦いというのは

 折角の休みにそぐわないだろう?」

「はん、負けるのが恐いんだな」

「はは、負けるのは全く恐くないぞ。

 負けるのを怖がってた私はもう居ないからな」

「な、なんだこいつ……」

 

負けるのが恐かったら、負ける計画は立てないからな。

今の私は必要なら負ける事を躊躇わない。

だが、杏子と戦う時に負けるのは良くないだろうな。

 

「とにかーく! 今は別荘でひと休み!」

「おー!」

 

少し喧嘩があったが、七美の先導で

私達は別荘に向うことになった。

さて、1週間、楽しませて貰おう!



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楽しい時間

さて、別荘の冷蔵庫を確認してみよう。

料理もする必要があるだろうしな。

 

「どれどれ……な!」

 

だ、台所が凄い広い! 滅茶苦茶広いぞ!

さ、更に冷蔵庫の中身……滅茶苦茶豪華だ!

 

「うわ、父さん母さん、き、気合い入れすぎ。

 ふ、2日でここまで用意させたの…」

 

こ、高級な肉に高級魚、高級食材多すぎ……

こ、こんな冷蔵庫はあまりにも豪華すぎる。

しかも、冷蔵庫も1個だけじゃ無い。

10個はあるぞ! 冷蔵庫!

 

「こ、ここ、これが……台所…

 だ、台所だけで私の部屋より広い…」

「うぐ、梨里奈ちゃんが軽く固まるとは…

 うー、もっと小さめの別荘ならば…

 父さん母さんも気合い入れすぎでしょ…」

「千花さん、そもそも別荘がある地点で異常よ」

「で、ですよねー、あはは」

 

な、七美がお嬢様なのは知ってたが

まさかここまでとは思わなかったな……

本当、七美の普段の態度からはとても想像出来ない。

 

家で遊んでるときもそこまで高い物無かったのに。

と言うか、家もここまで広くないだろうに。

 

「実はこの別荘、私の家よりもデカいんだよね」

「なんで別荘の方がデカいんですか!?」

「いや、田舎に大きすぎる家は似合わないしね。

 こう言う別荘地ならデカくても良いはずってなって

 更にこの別荘、私達の友達も連れてくる事前提で

 本当にデカく作ってるわけだから。

 後、税金対策もあって滅茶苦茶デカい家」

 

本当に痛感するな、台所だけで。

デカい、滅茶苦茶デカいし

冷蔵庫の材料レベルも高い。

 

「し、しかし、ここまでの家なのに

 何故家の家事は基本、七美のお母さんが?」

「私の母さん、炊事洗濯も大好きだからさ。

 裁縫も大好きだし、料理も滅茶苦茶好きなんだよ。

 まぁ、好きを極めて大成功したわけだけど」

「裁縫の部分か?」

「そ、まぁ父さんの宣伝能力も凄かったし。

 正確には父さんの愛妻っぷりが凄かったんだ」

「え?」

「大好きな母さんが縫った服が

 世界一凄いって信じてて

 宣伝宣伝、そこから大成功でブランドに進化。

 

 母さんも認められて滅茶苦茶喜んで

 好きなように服やズボンやら色々縫ってね。

 それが悉く成功。まぁ、才能お化けだね」

「……」

「そ、そんなノリでここまで成功するのね…」

「ブランドで会社も出して、会社も悉く成功。

 これは父さんの手腕が凄いんだけど」

 

本当に七美の両親は凄いな、才能が。

私もこの話を聞く度に凄いとしか思えない。

 

「まぁそんなこんなで、こんな家も建てたんだよね」

 

でも、一瞬だけ経営が傾きかけた時期もあった。

それは七美が死んでしまった日だ。

その日から数ヶ月の間だ、経営が危うかったらしい。

 

「あ、それと確か風呂場はここだね」

 

七美が地図を見ながら私達を案内してくれた。

そこにはいくつもの湯船がある風呂場がある。

 

「……銭湯だな」

「スーパー銭湯ね、サウナまであるわ」

「すげー! 風呂場が沢山あるぜ!」

「お、温泉みたいです…」

「父さん母さん……気合い入れすぎだよね、本当」

「う、うん……や、やり過ぎ」

「たまにしか来ないのに、こんなに用意するって」

「あなた達も来たこと無いの?」

「うん、今年リフォームしたんだって」

 

別荘があるのは知ってたが、連れてきて貰ったのは

今年が初めてだからな。

しかし、そうか、リフォームとかもしてるのか。

 

「まぁ、今はこんな感じでまずは海だね。

 どうせこれから1週間はここで生活するんだし」

「だな、よし海だ! 海に行くぜ!」

「おー! 海だよ!」

「じゃあ、何かやる?」

「スイカ割り!」

 

鶴乃とフェリシアが同時に答えたな。

最初にスイカ割りか、去年出来なかったしな。

 

「おー、スイカ割りセットはあるよ!」

「よっしゃー!」

「食べ物を粗末にすんなよな!」

「大丈夫だよ、残らず食べるし」

「本当だろうな!? 残したら許さねぇぞ!」

「勿論、スイカ割りセットって言ったでしょ?

 当然、スイカを無駄にしない様に色々あるよ」

 

そう言って、七美が変わったボールを取り出した。

 

「なんだそれ」

「ふっふっふ、スイカ割り用の入れ物だよ。

 ここにスイカを入れて殴ると綺麗に割れるのだ!

 父さんが作ったんだよね、この道具。

 非売品だけどね、試作品だし」

「そんな道具があるのね…」

「う、うん、お父さんこう言うの考えるの好きで…」

「役に立つ道具が出来た記憶無いけどね」

「まぁ、父さんは子供っぽい所あるからね。

 でも、今回はこの道具のお陰で

 食べ物を粗末にしないで済むしね」

「……まぁ、そう言う道具があるならまだ良いか。

 だが、ちゃんと食えよ? 残すんじゃねぇぞ?」

「残さない残さない、じゃ、やろうか!」

「おー!」

 

スイカ割りをする為に道具を準備した。

最初の挑戦はフェリシアだった。

 

「よし、やるぜー! 何も見えないけど!」

「フェリシアー、そこ真っ直ぐー!」

「おー!」

「斜め斜め! ズレてる!」

「お、おぅ!」

「あと3歩前!」

「さ、3歩だな、よし、3歩だ!」

「もうちょっと右だよ!」

「右右、ここくらいだな!」

「そこだー! 行けーフェリシアー!」

「おぅ! そこだぜー!」

 

フェリシアが力一杯木刀を振り下ろした。

だが、フェリシアの木刀は僅かにズレて

スイカにあたることは無かった。

 

「あぁー!」

「うわー! あ、あと少しだったのにー!」

「く、もっと私が上手く誘導していれば。

 よーし、今度はこの最強の魔法少女!

 由比鶴乃の出番だー! 絶対成功させるもんね!」

「うー、お、俺が割りたかったけど駄目だった。

 鶴乃! 俺の仇を取ってくれ!」

「ふんふん! 任せなさーい!」

 

今度は鶴乃が目隠しをしてゆっくりと構えた。

 

「鶴乃、真っ直ぐよ真っ直ぐ」

「真っ直ぐだね! でりゃー!」

「走ったら危ないわよ! 歩きなさい!」

「そ、そうだよ鶴乃ちゃん! 慎重に!」

「う、うん、し、慎重に…」

「つ、鶴乃さん、す、少しみ、右です…」

「少し……右? 右かなぁ、この辺り?」

「おぉ! そこだー!」

「おぉ、えいやー!」

 

フェリシアの言葉で勘違いしたのか

鶴乃は全然場違いの方向で木刀を振った。

 

「なんで振ったんだ!?」

「え、えぇー!? ここって事じゃ無いの!?」

「うぅ、お、俺が変な事言っちまったせいで…」

「大丈夫! 失敗したけど楽しめたから問題無いよ!

 じゃあ、次は……ももこちゃん!」

「え!? あたし!? ま、まぁやるけどさ」

 

今度はももこが目隠しをした。

今度の誘導役はレナ達だな。

 

「じゃあ、レナ、かえで、お願いね」

「で、出来るかしら…」

「だ、大丈夫だよ」

「よし、さぁ、行くよ」

 

目隠しをして木刀を構えた。

 

「ま、真っ直ぐ…」

「真っ直ぐだね、この方向であってる?」

「う、うん、そのまま」

「よっとっととと」

「ちょ、ちょっと右にずれたわ! 修正して!」

「おっと、右にずれちゃったか、じゃあ修正して」

「今度は左に行きすぎだよ! す、少しだけ右」

「少しだけ右……」

「それで真っ直ぐ」

「真っ直ぐ真っ直ぐ」

「ストップ! 少し左」

「少し左で」

「そこだよ」

「よし、それ!」

 

大きく振りかぶり、振り下ろした。

 

「お! 手応えあり! どうだ!」

 

まぁ、結果を見えてる私達にはどうなったか

それは分かるんだよな……

ももこが感じた手応えは当ったからじゃない。

 

「え!? なんだこれ! ヤドカリ!?」

 

丁度歩いてきたヤドカリに当ったからだ。

ヤドカリは驚いてその場から逃げていった。

 

「な、なんで外れてヤドカリが…

 うぅ、こんな事ってありかよー!」

「あげて落とすとはこの事かしら…」

「うぅ、ちょっとがっくり

 じゃあ次は……」

「ふっふっふ、なら今度はあたしが!」

「さやかちゃん、頑張ってね!」

「ふふん、任せなさーい! 誘導お願いねー!

 剣士としての強さを見せてあげるわ!」

「お前、大して強くねえだろ」

「うっさい! 剣士なのは変わんないっての!

 杏子、あんたもちゃんと誘導しなさいよね!」

「なんであたしがそんな事しねぇと駄目なんだよ」

「良いから誘導しなさい! まどか達と一緒に!

 よーし、やるぞー!」

 

さやかが目隠しをしてゆっくりと歩き出す。

 

「さやかちゃん! ちょっと左だよ!」

「左だね」

「今度は行きすぎです、少し右!」

「右……」

「その調子、そのまま真っ直ぐよ」

「真っ直ぐ真っ直ぐ」

「うし、そこだ!」

「む、杏子の声……これは多分嘘ね!

 もうちょっと前に違いないわ」

「んだよ! 大人しく振れ!」

「あだ!」

 

杏子の静止を聞かずにまっすぐ行って

スイカの入れ物を踏んでバランスを崩したな。

 

「さ、さやかちゃん! 大丈夫!?」

「全然平気だけど、

 ま、まさか杏子が正しい事を言うとは

 超意外で逆に引っ掛かったわ!」

「はっはっは! まぁ、分かってやったんだけどな!

 どうせあんたの事だ、あたしの言葉なんて

 信じないってのは想定通りだ」

「なー! ぎゃ、逆に罠を仕掛けたって事ね!」

「そうだ! はは! まんまと引っ掛かったな!」

「むきー!」

 

あの2人も仲良さそうだな。

 

「結局、誰も割れなかったね、ならばならば!

 次は大本命である私が行きましょう!」

「大本命は梨里奈だと思うけど…」

「正直言うけど、梨里奈ちゃんがやったら

 誘導いらないだろうからゲームにならないしね。

 だから、ここは私が大本命なのです!

 さぁ、誘導おねがーい!」

「あぁ、分かった」

「誘導するね!」

「うん」

 

七美が目隠しをしたな……しかし不安が。

転けたりしないだろうか? 七美……

だ、大丈夫だろうか、ちょっと所か

私はかなり不安なんだが……

 

「っととと」

「ふ、フラフラしすぎてるぞ

 も、もうちょっとあ、足下を」

「梨里奈ちゃんは心配性だなー

 転けないって、それにここなら

 もし転けても大丈夫だよ。

 頭を打ったりもしないし

 魔法少女だからちょっとやそっとじゃね」

「しかしなぁ……」

「大丈夫! さぁ、誘導してね!」

「わ、分かった、真っ直ぐだ」

「真っ直ぐだねー!」

 

七美が少しフラフラしながら進んでる。

不安だが、遊びだから止めるのもな。

 

「ひ、左だよ、七美お姉ちゃん」

「左左っと」

「そ、そう、あと少し真っ直ぐ!」

「真っ直ぐ」

「今度は左に13㎝ほどずらせ」

「え? 13㎝? こ、これ位…?」

「そうだ、真っ直ぐ振り上げて真っ直ぐ振り下ろすんだ」

「よし、えりゃー!」

 

少しだけ角度が付いたな…真っ直ぐと言ったのに

真っ直ぐにはならず、少し斜めになって外れた。

あの道具が完全に円形になってるからな。

完全に真っ直ぐ入れないと開かないようになってる。

 

「何かに当ったような気はしたけど、手応えは微妙…

 うー、やっぱり駄目だー!

 こうなったら仕方ない、梨里奈ちゃーん!」

「……わ、私がやるのか?」

「そうだよ、お願い!」

「……わ、分かった」

 

七美から目隠しを貰ってと。

 

「真っ直ぐー!」

「ん」

「うわ、一切軸がずれてないぞ……マジで真っ直ぐ」

「目隠ししてるようには思えないわね、流石」

「あそこまで真っ直ぐならやはり誘導は不要では!」

「ん」

「何も言ってないのにほぼ無言で振って

 ドンピシャでぶった切った! 流石としか言えない!」

「これで良いか?」

「やっぱり梨里奈ちゃんがすればすぐだね!」

「誘導いらないね、あれ」

「まぁ、私は勘も鋭いからな」

「私もいつか、あんな風になりたーい!

 でも、今はスイカだね! スイカー!」

「ふふ、じゃあ、私が捌こう」

 

普段召喚してる短刀を取りだして切った。

 

「ほら、一緒に食べよう」

「おー! 食べるぜー!」

「本当に綺麗に切ったな。

 じゃ、食うか」

「おー」

「甘! 何このスイカ、甘!」

「こりゃスゲー甘いな、これがスイカか…」

「絶対高いスイカだろうね、

 父さん母さんが用意したわけだし。

 まぁ、美味しいから良いけど、もぐもぐ」

「口で言うな、口で」

「むーい」

 

ふふ、中々楽しめたな、スイカ割り。



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ビーチバレー

スイカ割りと言うのも楽しかったな。

やはり、協力して何かをするというのは

些細な事でも楽しいと言えるのだろう。

割った私は自分1人で終わらせた気もするが。

 

「よーし、じゃあ次は! ビーチバレーだー!」

 

スイカ割りからあまり経たない間に

既に次の遊びが用意されていた。

うん、ビーチバレーか。

実質、ほぼバレーの様な物だ。

 

「はい、と言う訳でチーム分けね。

 とは言え、大体決ってるけど」

 

そして、決ったチームは

私、七美、弥栄、久美の4人

いろは、うい、やちよさん、鶴乃、みふゆさんの5人

フェリシア、さな、ももこ、レナ、かえでの5人

まどか、ほむら、マミ、杏子、さやかの5人だ。

 

「あなた達は4人なのね」

「そりゃもう、梨里奈ちゃん凄いしね」

「千花3姉妹がチームに入った理由は何でしょう?」

「そりゃね、私達は運動がド下手なのです。

 私は元々病弱で運動は下手くそ。

 弥栄と久実もそこまで運動は得意じゃないの。

 だから、私達3人が梨里奈ちゃんの

 足を引っ張りまくって、ようやく勝負になると思うし」

 

まぁ、あの3人は運動は得意じゃないからな。

しかしだ、弥栄はかなり動きが速かったし

現状、千花3姉妹の中では1番運動が出来るだろう。

 

「問題は見滝浜の5人だとも思うけどね。

 だって、皆中学生でしょ? 良いの?」

「大丈夫ですよ! 運動には自信あるし!」

「えぇ、これでも魔法少女として長いからね」

「まぁ、そこまで本気でやるつもりは無いけどな」

「私は少し不安だけど……でも、皆と一緒の方が

 やっぱり、楽しいかなって」

「私も……皆と一緒の方が良いです」

「まぁ、そうだよね、連携が大事だし」

 

連携が大事だと考えると

フェリシア、さな、ももこ、レナ、カエデの5人は

少しだけ連携が難しいかも知れないな。

特にフェリシアの手綱を握れるであろう

やちよさんか鶴乃は同じチームには居ない。

さなではフェリシアの手綱は握れないだろうしな。

 

「うーん、連携を考えるとももこ達が不安ね」

「まぁ、あまり慣れた編成じゃ無いしな」

「全然余裕だぜ!」

「1番不安なのはあんたなんだけど?」

「まぁまぁ、慣れない連携も大事だと思うしね!

 大丈夫! どうせ遊びなんだし!」

「そうですね、うい、頑張ろうね」

「う、うん! お姉ちゃん!」

「身長的にういちゃんと久美は苦労しそうだよね」

「スマッシュをしなければ大丈夫だろう。

 ……そうだ、七美。スマッシュは私がするか?」

「最初は梨里奈ちゃんにお願いしよう」

「分かった」

 

スマッシュか、上手く決められるようにしよう。

 

「……大丈夫かしら」

「ま、まぁ、遊びですし……」

「絶対に勝つぜ!」

「自信ないなぁ……」

「ね、ねぇ、どうして2チーム消沈してる訳?

 え? 何かショックな事でもあった!?」

「仙波さんがスマッシュすると言った瞬間ね。

 少し不安かも知れないわ」

「強いって言っても魔法少女としてだろ?

 別に変身しねぇんだし問題無いと思うんだけどな」

「警戒した方が良さそうだよね」

「う、うん」

 

見滝浜の5人を除いて、大体が怯えてるな。

そして、くじ引きの結果最初は見滝浜の5人とか。

 

「最初にあたし達か、不安だけどやるしかない!」

「うん、頑張ろうね」

「それじゃあ、最初に聞いておくが

 スマッシュの時は本気でやった方が良いか?

 それとも、まだ捕れる球を送った方が良いか?」

「ハッ! ハンデとか自信過剰すぎるだろ!」

「でも、最初にハンデが要るかどうか聞いてくるとか

 何か強キャラムーブ凄いわね。

 これは素直にハンデ貰った方が良いんじゃ?」

「馬鹿言え! それじゃ面白くねぇだろ!」

「そうねぇ、最初は本気でお願いしようかしら。

 何で皆が怯えてたかも知りたいし」

「だ、大丈夫かなぁ……」

「大丈夫だよ、た、多分」

「分かった、なら最初の5回は本気でやろう」

 

そして、試合が始まった。まずはあちらのサーブ。

 

「あだー!」

 

サーブを受けようと動いた七美が顔面に玉を受けた。

一応、受ける事は出来ても顔とは。

 

「だ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫!」

「えっと、あげれば良いんだよね、えい、あ!」

 

弥栄がボールを上げようとするも、少し外れた。

とは言え、高さは十分だな。

 

「来るわよ! ブロック!」

「っと」

「な!」

 

私はすぐに動いてその玉をスマッシュ。

ブロックの隙間を縫って

コートギリギリに玉を撃ち込んだ。

勢いは優しい、本気で打てる玉でも無かったしな。

 

「コート内! あんなギリギリをあの角度から!?」

「よし、上手く行ったな」

「え? 経験者だったりする!?」

「いや、テレビで見たくらいだな

 ビーチじゃない方だが」

「マジかよ」

 

そして、次は私達のサーブだな。

バレーのルールだと相手にサーブ権が移るまで

同じ選手がサーブをする筈だ。

 

「じゃ、行くよー、えいやー!」

 

サーブをしたのは七美だった。

七美が放ったサーブはフラフラと相手コートへ。

 

「これ位なら余裕だ!」

 

特に難しい要素の無いサーブだったため

杏子が上手にサーブを受けた。

 

「よし、マミさん」

 

そして、まどかが結構良い位置にトスをした。

 

「良いわね、そこよ!」

「させない、うりゃ!」

 

弥栄がブロックしようと高く飛ぶが

1人では流石に避けられてしまう。

 

「うぅ、届かない!」

「っと」

 

だが、何処に打つかを予想した私は

すぐにマミのアタックを拾った。

 

「上手く決ったと思ったのに読まれてた!」

「流石梨里奈ちゃん! これなら、えい!」

 

お、七美がかなり綺麗にトスを上げたな。

これなら、全力でアタックを決められる。

 

「く、来るぞ!」

「そこ!」

「な!」

 

相手5人が動く前に私が放ったアタックは

相手のコートに落ちた。

5人は唖然として居るだけで動けてない。

 

「おぉ、流石はバレーボール、頑丈だね!」

「……せ、仙波さん」

「どうした?」

「手加減……お願いするわ」

「あたしも否定しない、反応すら出来なかった……」

「皆が消沈してた理由、一瞬で理解したわ。

 しかも、これで素人って何なの?」

「まぁ、私は色々と出来るからな。

 それじゃあ、今度からは捕りやすい球を打とう。

 それと、積極的にアタックしないようにしようか」

「じゃ、主には私がアタックね、任せろー!」

「こ、転けないでくれよ? 七美」

「任せなさーい!」

 

その後、私は基本的にアタックせずに動いた。

アタックは主に七美だが、まぁ結果は。

 

「ありゃ!」

「外だな」

「くぅー! 悔しー!」

 

七美のアタックはまともに相手コートに入らず

私達は10対21で負けてしまった。

アタックのミスはうち10回

トスのミスが6回

サーブミスが5回だった。

 

「……あたし達、自力で1点も入れられなかった」

「全部取られたからね、仙波さんに」

「本当、どうなってるんだよあいつ」

「で、でもほら、勝てたし」

「う、うん、そうだね」

「気分的には完全敗北よ、これ」

 

まぁ、私は結構楽しめたんだけどな。

七美もかなり楽しそうだったし。

 

「はぁ、はぁ、いやぁ疲れたー!」

「負けちゃったね、弥栄お姉ちゃん」

「うん、足しか引っ張れなかった……」

「まぁ、慣れない運動だからな。

 怪我をしなかっただけ、良かったよ」

「まぁ、私は何度も怪我しそうになったけど

 全部梨里奈ちゃんが助けてくれたし!」

「本当、あまり無茶をしないでくれよ?」

「あはは、はーい!」

 

だが、七美も楽しそうだったし良かった。

かなり有意義だったと言えるな。



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高級食材

ビーチバレーの後は流石に日が暮れた。

海に入ることは出来なかったな。

その後、別荘に戻って料理をした。

今回は結構な人数がいると言う事で

何人かで料理をする事になった。

 

「梨里奈さん、料理も出来るんですね」

「あぁ、私は大体の事は出来るからな。

 まどかも料理はするのか?」

「はい、良くお父さんのお手伝いをしてます」

「む? お父さんが家事をしてるのか?」

「はい、お母さんが仕事をして

 お父さんが家事をしてます」

 

ほぉ、主婦ならぬ、主夫と言う奴か。

そう言う話を聞くには聴くが

本当に男の人が厨房に立つことがあるんだな。

私の考えは古いからなのか

料理は女性がする物としか考えてなかった。

そもそも、母からは常にそう教わってきたしな。

 

「凄いな、私には想像も出来ない」

「そうなんですか?

 私は普通だと思ってましたけど」

 

やはり家がそうだと、それが普通だと感じるよな。

生まれたときからそうなら、それを疑わない。

私も同じ様なところもある。

 

「それが普通だと思えば普通って感じるよね。

 因みに私の家はお母さんが家事をしてるよ」

「へぇ、さやかちゃんに聞いたときも

 お母さんがしてるって言ってたけど。

 私の家が珍しい方なんですね」

「そうかもな、少なくとも今は」

 

これからは、その常識が逆転するかも知れない。

結局、常識というのは集団の行動で決る。

とは言え、私は逆転しないで良いと感じるが。

少なくとも私は女性が家事を熟すと教えられて

今まで生きてきた立場だし

私も厨房に立つことに抵抗はないからな。

むしろ、料理を作るのは楽しいと感じてる。

誰かに私が作った料理を食べて貰って

美味しいと言って貰えるのは嬉しい。

 

「だがまぁ、今回は良い経験になるだろう。

 普段交流があっても、ここまで親密に

 誰かと交流することは珍しいからな。

 ましてや、複数人と寝泊まりと言う経験は貴重だ。

 積極的に話し掛けて、色々と学んで欲しい。

 中学2年生だったな、確か」

「はい、見滝浜中学校の2年生です」

「なら、今回の経験を将来の糧にするんだ」

「はい!」

「……」

 

ほむらの方は少しくらい表情を見せてるな。

まどかは元気が良いのに。

 

「ほむら、どうしたんだ?」

「いえ、その……」

「ん?」

「私達魔法少女に……将来があるのか

 少しだけ、不安になっちゃって」

「……将来はある、断言するよ。

 私達はその為に戦ってるんだ。

 魔法少女達の未来を作る為に。

 今は、その目標を果たす前の休憩期間。

 こう言う青春の思い出というのは

 いざと言う時に、必ず役に立つ」

「……」

「因みにほむら、君は誰かが魔女になる瞬間を

 見たことはあるのか?」

「え? あ、いや……その、いえ、ありません」

 

まどかの方を一瞬向いた?

まどかはほむらの視線に気付いては無いが

何故、あの場面でまどかの方を向いたんだ?

誰かが魔女になる瞬間を見たことあるか

と言う問いに対し、何故、無事なまどかを?

 

少し私から目を逸らせばまどかが居るから?

返答に困り、まどかに救いを求めたなら分かる。

だが、あの場面で返答に困る要素はないだろう。

見たことが無いなら、見たこと無いと言えば良い。

それなのに、まどかに助けを求めるか?

今まで、普通に会話をしてたのに。

 

「……」

「あ、え、えっと……どうしました?」

 

見たことが無いだろうから

そこを起点に励まそうとはした訳だが。

……意外過ぎる反応を見せられたことで

私は色々な思考を働かせてしまう。

 

彼女の魔法は時間停止の魔法だった。

さて、果たして本当に時間停止だけなのか?

そう言えば、彼女の盾には砂時計があったな。

時間を止めるときは、盾が動いて

砂時計が水平になっていた。

恐らく、水平になった瞬間に時間が止まる。

水平になる前に盾を止められたら

時間を停止できなくなる可能性はある。

 

そして、その砂時計が180度回る可能性もある。

その場合は……時間を遡るとか?

少しだけ違和感があったんだ、彼女に。

妙に達観してるというか……

 

「……ほむら、君の魔法は時間停止で良いんだよな?」

「え!? あ、は、はい、時間停止ですよ!?」

「武器は何処から? 銃火器は魔法少女っぽく無いが」

「え? あ、た、盾に用意してて!」

 

時間停止で時間に干渉するであろう盾に武器を潜めると?

さて、時間停止でそんな芸当が出来るのだろうか。

時間を止めるだけで?

 

四次元空間というのが存在してるのは知って居る。

色々な説が存在してるわけだが

良く話題に上がってるのは、四次元空間は

時間であると言う理論も存在してる。

それの初出は小説だったような気もするな。

 

四次元空間には無限に近い空間があり

それを制御すればいくらでも道具を入れる事が出来る。

これも、有名な作品で語られ、もはや常識レベルに

世間一般に浸透してる話だ。

 

あの盾の裏が四次元空間だったとすれば

異常な程の収納も可能と言えるだろうが。

……時間を停止させるだけで

四次元空間を制御出来るとは思えない。

だが、隠してるというのは間違いない。

 

ここで深く言及しないで

後で個別に聞いた方が良いか。

 

「そうか、悪かったな。少し気になったんだ。

 時間停止なんてかなり凄い能力だしな」

「そうですよね、ほむらちゃんの魔法は

 本当に凄い魔法だなーって思います。

 私なんて、治癒の魔法ですし」

「誰かを治癒する魔法は大事な魔法だ。

 私も治癒の魔法が無かったら死んでたからな。

 本当、弥栄と久実には感謝してるよ」

「治癒じゃ無くて蘇生なんだけどね…」

「私は再構成、でも梨里奈お姉ちゃんを

 私の魔法で助けられて、本当に良かった」

「ありがとうな、2人とも」

 

さて、少しだけ気になる要素が出てきたわけだが

ひとまずは料理を用意しないとな。

 

「さ、難しい話は後にしよう。

 料理をしようか。まどかは私を手伝って欲しい。

 多分、勉強になると思うからな」

「はい! 勉強させて貰います!」

「なら、私も勉強させて貰おうかしら」

「マミ、君も料理をするのか?」

「えぇ、私は1人暮らしだから」

「中学生なのに大変だな。

 3年生だろ?」

「えぇ、色々あってね」

「そうか、なら節約料理を教えてやりたいが

 今回は高級料理だからな」

「節約料理って、あなたそう言うの得意なの?」

「あぁ、何を隠そうみかづき荘でお世話になる前は

 1人暮らしで、1万円生活してたからな」

「よ、よくそれで過せてたわね」

「節約術が得意だったんだ。

 まぁ、今は万々歳でバイトをしてて

 みかづき荘でお世話になってるから

 かなり楽に生活できてる、ありがたい限りだ」

「私もあなたが来てくれて、かなり楽になったわ」

「炊事洗濯は何でも私に任せてください。

 裁縫だろうと勉強だろうと、何でもね」

「本当に頼りになるわ」

 

そんな会話の後、私達は料理を始めた。

いつもと違って高級な食材を使っての料理。

今までとは違う手応えに驚きながらも

やはり高級食材、かなり上手に出来た。

 

「出来たぞ」

「こりゃ、スゲー豪華だな!」

「いただきまーす!」

「あー! ズルい! フェリシア!

 いただきまーす! あむ、うまぁ!」

「高級食材だからな」

「美味すぎる! これが高級食材!」

 

そのまま皆、美味い美味いと料理を食べてくれた。

流石は高級食材、肉が溶けるようだ。

あぁ、こんな贅沢が出来るとは、幸せだなぁ。



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少女の秘密

さて、食事の後お風呂に入った。

個室にそれぞれ風呂場があって

もうホテルかと感じてしまった。

 

更に大風呂まであるのだから驚きだ。

だが、今回は個室風呂でゆっくりした。

個室で聞きたいことを纏めたかったからな。

 

そして、風呂から出て、ほむらの部屋に行く。

 

「はい、あ、梨里奈さん」

「ほむら、聞きたいことがあるんだ。

 今、大丈夫か?」

「あ、はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

そして、私はほむらの部屋に入った。

やはりこの部屋もベットは2つ。

流石は七美の別荘だな。

 

今回は1人1人個室になったが

その気になれば、同室で4人までは過せそうだ。

ベットの広さ的に2人は眠れるからな。

 

「さて、ほむら。私が来た理由は分かるか?」

「は、はい……私の魔法の事ですよね?」

「あぁ、あの場で隠してたって事は

 周りに知られたくないんだろう?

 だから、こうやって個室に来た訳だ。

 さぁ、教えてはくれないか? 君の魔法を。

 私の予想では、君の魔法は時間操作だが、どうだ?」

「……はい、その通りです」

 

私の言葉を認めた後、ほむらは魔法少女に変身。

そして、私に腕の盾を見せてくれた。

 

「私の魔法はこの盾で使う事が出来るんです。

 この盾の砂時計を水平にすれば時間停止。

 そして、この盾を180度回すと時間遡行。

 これが、私の固有魔法です」

 

やはり時間操作か、だから盾に武器を収納できる。

 

「何故、それを隠してたんだ?」

「……私の言うことなんて信じてもらえないかもって。

 それが、恐くて。変な事を言って

 嫌われて、また独りぼっちになるのが恐くて……」

「そうか」

 

また、と言う事は過去、彼女は独りぼっちだったのか。

そして恐らく、まどかに救われた経験があるのだろう。

だから、妙にまどかに依存してるように思えたのか。

 

「まどかに救われた経験があるんだな」

「は、はい。私、心臓の病気を持ってて。

 学校にも通って無かったんです。

 だから、友達もいなくて……

 私、とても気弱で後ろ向きな性格だったんです。

 

 でも、何とか病気も治って、退院して

 すぐに見滝原中学校に転校したんですけど。

 すっと寝たきりだったから、勉強にも運動も駄目駄目で

 よく、陰口を叩かれ、ずっと疎外感を感じてて……

 体も弱くて、良く保健室に行ってたりもしてたんです。

 

 だけど、保健委員だったまどかだけは

 どんな時も、優しく接してくれて。

 

 とても、とても嬉しかったんです!

 その後、私は魔女に襲われそうになったんですけど

 魔法少女に変身したまどかに助けられたんです。

 

 この事がきっかけで、まどかと友達になったんです。

 私に取って、初めての友達で……嬉しくて」

 

まどかの話をしてる彼女の表情は明るい。

だが、何処か暗い物が見えるのも事実だった。

 

「その後、まどかは……ワルプルギスの夜と戦って

 命を、落としてしまったんです」

「……」

「その時は私はまだ魔法少女じゃ無くて」

「そして、まどかを救う為に魔法少女になった」

「……はい」

「で? 今は2回目なのか?」

「いえ、その……実は3回目なんです」

「2回目は?」

「……まどかがワルプルギスの夜を倒すために

 魔法を過剰に使って……魔女になって」

「すまない、辛い事を聞いてしまったな」

「い、いえ」

 

だから、彼女はあの時まどかを見たのか。

彼女は既に仲間が魔女になってしまった瞬間を見た。

よりにもよって、大事な親友の……か。

私だったら……私だったら。

 

「……」

 

私だったら、その魔女を殺したんだろうな。

恐らくあの夢で見たとおり、私は苦戦しながらも

親友の魔女を殺す事だろう。

 

「でも、今回はワルプルギスの夜を倒せました。

 梨里奈さんのお陰だけど、まどかが

 ワルプルギスの夜を倒すために死ぬ必要も無く。

 でも、まだまだ課題があった。

 

 考えられなかったんです。私、そこまで。

 ワルプルギスの夜を倒せば良いって思ってて。

 でも実際は違った……まどかを魔法少女にしない。

 それが、まどかを救う唯一の方法だった。

 だから、もしかしたらこの時間軸でも

 私はまどかを救えないんじゃ無いかって」

 

だから、あんな風に不安な表情を見せた。

既に2回も親友の死を目の当たりにしてしまったから

更に希望に溢れた未来を見ることが出来なかった。

 

何度も希望を見せて、絶望に突き落とされてた。

だからこそ、彼女は未来へ不安な思いがあった。

それが、あの反応だったという訳か。

 

……希望を見せたと思ったら、絶望へ叩き落とすか。

魔法少女と魔女の関係も近いのかもしれないな。

もしそうなら、希望に対して絶望が生じるのか?

分からないな……

キュウべぇに聞いた方が良いかもしれ無い。

 

「なる程、だから将来に不安があったと言うわけだな」

「はい、将来なんてあるんだろうかって、思って……

 だって、私達は魔法少女、いつか魔女になる。

 神浜の自動浄化システムが世界規模になっても

 本当にそれで私達は救われるのかも分からない」

「……ほむら、良い事を教えよう」

「え?」

「私達はきっと魔法少女じゃ無くなる」

「どう言う」

「私がそうする、私達がそうする。

 魔法少女を本当の意味で救うには

 私達が魔法少女じゃ無くならなければならない。

 そうじゃ無ければ、自らの祈りにより

 幸せを断たれた魔法少女達が救われない。

 身近で言えば、さなだ。彼女が救われない」

「さなさん……どうしてですか?」

「さなは透明人間なんだ。

 同じ魔法少女なら、彼女の姿が見える。

 だが、魔法少女以外は彼女が見えないんだ」

「え?」

「だから、彼女は家族にも見えない。

 同じ魔法少女以外に彼女は認識されない。

 彼女以外にも自らの祈りが枷となり

 幸せを手繰り寄せる事が出来ない

 そんな魔法少女は多いだろう。

 だから、私達は魔法少女である事を

 辞めなければならないんだ」

「そんな事が、出来るんですか?」

「あぁ、きっと出来る」

 

私達が考えた全ての魔法少女を少女に戻す計画。

まだ、宇宙のエントロピー問題にまでは

着手できてないとは言え、道筋は出来ている。

必ず成功させてみせる。

 

「だから、改めて君に協力を願おうと思う。

 私達は神浜での戦いでこれから動きにくくなる」

「は、はい、聞いてます。その為のお休みで

 今回、この海水浴に来たんですよね?」

「あぁ、だから君達には

 別の方向で協力して欲しいんだ。

 時間に余裕があったあらで良い。

 神浜と見滝浜以外の魔法少女を説得して欲しいんだ」

「え?」

「まどか達にも何処かのタイミングで伝えるつもりだったが

 君には今、伝えておこうと思ってね。

 神浜の戦いは対人が得意じゃないとかなり不味い。

 君達は当然、かなりの実力があるのは分かってるが

 奴らに目を付けられたら面倒だろうからな。

 だから、君達は神浜以外の魔法少女の説得をお願いしたいんだ」

「で、でも、私なんかの話を、信じて貰えるなんて」

「大丈夫だ、信じて貰える。自分に自信を持つんだ。

 君と君の仲間達なら出来る」

「……」

「詳しい話は海水浴の何処かで

 君達5人に一緒に伝えようと思うから

 今は自分の気持ちを整理しておいてくれ。

 今まで誰かと交流する機会が少なかった君には

 かなり酷なお願いになるかも知れないからね」

「……はい」

 

これ以上は止めておいた方が良いだろうな。

折角の海水浴なんだ。

1人で心の整理をしておいた方が良いだろう。



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