結城リトのToLOVEるな日々 (竜宮 黍)
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プロローグ

一先ずプロローグは短めに。

これ以降は、1話10000文字前後で進めようと思います。多分


「知らない天井だ」

 

元ネタは知らないが、二次小説でよく聞く台詞を呟く。

しかし決してネタではなく、今私の目の前には本当に知らない天井が広がっていた。

 

て言うか、知らない部屋だった。

6畳ぐらいの広さだろうか。今寝てるベッドと、カバンや教科書の置かれた勉強机の様な物、漫画やアルバムが仕舞われた棚、ロッカー、ゲーム機、床に転がったサッカーボール。

見たかぎり、中学生か高校生の男の子の部屋だ。ランドセルが無いから、多分そうだと思う。あ、ブレザーの制服がかかってる。どうやら間違いなさそうだ。

 

とりあえず起きてみる。非常に冷静に見えるかも知れないが、単にまだ寝惚けてるだけだ。碌に起動していない頭では、真に状況を判断することは出来ない。つまりこの時頭は半分夢の中だった。

 

が、次の瞬間、強烈な勢いで目が覚める光景が広がっていた。

 

「…………あ?」

 

……ええと、所謂『男の象徴』が、元気にそそり立っていた。幸い、ズボンは穿いてないがパンツはしっかり着用していたので、直接見ることにはならずにすんだのは僥倖と言える。

これが俗に言う『朝勃ち』という奴か。

初めて見たが、これは一体どういうことだろう。

 

私は昨日まで女だったはずなんだが。

確かに女らしいとは言えない人物だったが、間違いなく女だった。胸だって少なからずあったはずだが、今では見る影もない。

 

とりあえず元気な逸物はそのままに、ベッドの横にかかっているカーテンを開ける。瞬間、朝日が目に飛び込んできて顔をしかめる。

何度か瞬きし、視界が戻ってきた所で窓を開けて外を眺める。

やはりと言うかなんと言うか、そこは知らない場所だった。

普通の住宅街の様だが、全く見覚えが無い。ランニングをしている人、井戸端会議をする主婦、犬の散歩をする少女、全てが何処にでもある光景だが、やはりその全てに見覚えはなかった。

 

頭がクラクラする。知らずに息を止めていたらしい。一度深呼吸をする。無理だ。上手くいかない。息ってどうやって吸うんだっけ。

 

「ヒューッ………ヒューッ………!」

 

息を吸おうとしてるのに吸えない。まるで気管がぴったり閉じてしまったみたいだ。酸素が欲しい。今はそれしか考えられない。これって過呼吸? 過呼吸は確か、紙袋を使って、でもそんな物はここには

 

「…………っぶはっ!……っはあっ!……はあ……っふぁ………」

 

なんか知らんが漸く息を吸えた。良かった。これほど酸素を恋しいと思ったのは初めてだ。今日は初めてのことばかりだな。初めて記念日か。嬉しくないな。

 

緩慢な動作でベッドから下りる。まだクラクラするが、とにかく情報が欲しかった。

ここは何処で、私は誰なんだ。

記憶喪失でも無いはずなのに、こんな疑問が生まれるのは変な話だ。笑えてくる。嘘だ全然笑えん。

 

一瞬、ドアの方をチラッと見るが、まずは勉強机に向かうことにする。

部屋の外がどうなっていて、誰がいるかも分からない以上、とりあえずこの部屋から出る気にはならなかった。

 

机の上には教科書と、ノートがある。普通のキャンパスノートで、真ん中よりちょっと上に『数学Ⅰ』と手書きで書かれていた。そして右下の方には

 

『1-A 29番 結城梨斗』

 

と、書かれていた。

 

これは、どういう、いや、まさかーーある仮説が思い浮かぶが、即座に「あり得ない」と否定する。

しかし、確認しない訳にはいかない。鏡さえあれば仮説は実証されるのだ。実証されて欲しくはないが、同時にこれ以上の混乱は脳の許容量オーバーなので勘弁願いたくも思う。

予想通りであって欲しくないが、同時に予想通りでなかったらもう本当に意味が分からなくなる。つまりどっちも嫌だった。我儘だが、確認したいけどしたくない。

 

改めて部屋を見回すが、鏡らしき物は無い。窓は夜ならともかく、朝方では鏡の代わりになりそうもない。姿見くらい置いておけ。

 

ああ、もう、やけっぱちだ。

素早く部屋を飛び出て、すぐそこの階段を降りる。足音は極力立てずに、慎重に、しかし速やかに。

有難いことに階段を下りたすぐそこに洗面所があった。間取りなんて知ったことではなかったから助かった。

もうすでに認めたくない現実が見えているが、敢えて鏡の前まで来て洗面台に手を着く。

 

やはりと言うべきかそこには、『ToLOVEる』の主人公、『結城リト』がそこにいた。

 

顔を触って見ると、鏡の中の結城リトも同じ様に(正確には鏡映しに)顔を触る。

 

「あー…えー」

 

うん、CV.渡辺明乃だな。

 

 

これはもしかして夢だろうか、などと現実逃避をしている内に、気付けば、そそり立っていた男の象徴は、通常の状態に戻っていた。

 



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初日

これもまだプロローグみたいなもんですね。

主人公のモノローグばかりでアレですが、まあどうぞ良しなに。


自分が『結城リト』であるという現実を受け止めた後、とりあえず部屋に戻ってベッドに寝転んだ。別にふて寝している訳ではない。

単に、家にいるだろう妹の『美柑』と鉢合わせするのが怖かっただけだ。

 

今はとにかく冷静になる時間が欲しかった。なに? 十分冷静に見える? 馬鹿を言え、冷静な人間は過呼吸になったりしない。あれが本当に過呼吸だったのかは知らないが。

 

それはそうと朝勃ちが勝手に収まったのは助かった。収まらない様なら自分で処理する必要があったからな。やり方は知っているが、当然やったことが無いから本当に助かった。

とは言え、この状況が続く様なら野放しに出来ない問題である。男の子ってめんどくさい。

 

逆の場合は生理の時に大変なことになるんだろうな。そんなことはどうでもいい。

 

「はあ……」

 

何度目とも知れない溜め息を吐く。ああ駄目だ……お家帰りたい……この世界に私の実家があるのかは甚だ疑問だが、まあどうせないだろう。あっても無くても怖い。この件も保留だ。

 

むくりと起き上がる。男性器の話ではない。体ごとだ。誰もそんな勘違いはしないか。

心の中でジョークを飛ばしてないとやってられない。

 

一先ず今日の日付を確認しようとカレンダーを見る。が、カレンダーを見た所で分かるのは今日が5月であることだけだ。予定は特に書き込まれていない。GWも真っ白だ。寂しい奴め。しかしその方が助かる。カレンダーがあるのに予定を書き込んでないということもないだろう。その場合は潔く諦めるしかない。

 

しかし、現在が『結城リトが彩南高校一年生の5月』であることが分かったのは大きい。ベッドにララがいないことも踏まえて、原作が始まるちょっと前ってことか。面倒だな。どのタイミングでも面倒だが。

 

思えば、普通に朝勃ちする程度には性欲をもて余してるのに、毎朝……とはいかないでも、頻繁に裸の女の子が朝隣に寝ているというのは、非常に苦しいものがあるな。原作のリトはよく耐えているものだ。

 

閑話休題。

話がすぐに脱線するのは悪い癖だ。

 

あ、そうだ。確か結城リトは携帯電話を所持していたはず。時代が時代だからガラケーだ。

えーっと、よし、あった。ベッドの端に置かれてることには気付かなかったな。

閉じられた隙間に指を通せば後はほぼ自動で開いてくれる。カチリと音がして完全に開いた。懐かしいなこの感じ。

 

『5月22日(日)』

 

日曜日か。助かったが、結城リトになってる時点で何も助かってないのでプラマイはマイナスのままだ。

ついでに時間はAM6:45。結城家の休日の朝食が何時なのかは知らないが、美柑の性格から考えて、平日とそう変わらないだろう。あまり時間は無い。覚悟を決めておこう。本当はそこの窓から飛び出してでも逃げ出したいが。

 

どうでもいいけど携帯の待ち受け西連寺なんだな。原作通り立派にストーカーしてるじゃないか。後で変えておこう。

 

そのまま携帯を一通り操作してみる。ガラケーなんて親のを触らせてもらったぐらいで、まともに操作したことなんてほとんど無い。

お、これがメニューボタンだったか。ふんふむ…おい、西連寺の盗撮画像がちょいちょいあるぞ。ローアングルとか際どいのが無いのは幸いだが、普通にバレたら引かれるだろこれ。西連寺なら喜ぶか? いや、少なくとも恥ずかしがるな。引いていいんだぞ。

 

その後、メールの履歴を見たり、電話の発信履歴を見たりして情報収集をした。

良い様に言っているが、ただのプライバシーの侵害である。決して誰にも言わないから許して欲しい。機会があれば謝ろう。

 

「リトー? 朝ごはん出来たよー」

 

うわ、もうそんな時間か。そしてCV.花澤香菜だ。ToLOVEるって有名な声優ばっかだよな。別に声優オタクって訳でもない私でも知ってる人が多い。

 

「はあ……行くか……」

 

通算10回目は越える溜め息を吐きながら、重い腰を上げる。

……あ、服着替えてなかった。

 

 

 

 

Tシャツにパンツ一枚という格好でリビングに出れば、どんな罵詈雑言が帰って来るか分からないので、とりあえずは適当なゆったりめのズボンを取り出して穿いてから部屋を出る。

シャツはめんどいからそのままだ。多分後で外に散策しに行くし、着替えるのはその時でいい。

 

階段を降りながら考える。美柑は兄がTシャツパン一で現れたら、怒るタイプだろうか。イメージとしては、怒るというより叱られそうだ。それも呆れながら。

私にも以前兄がいたが、私だったらスルーするだろうな。風呂上がりとかパン一多かったし。

 

閑話休題。

今考えるのはそんなことではない。

 

もうすでにリビングが目の前だ。凄いドキドキする。これが恋か。もちろん違う。知ってる。

まあ、無駄に身構えてもしょうがない。やってみなければどうなるのかは分からない。なるようになる。考えるより行動派なのだ、私は。嘘だ。実際はどうでもいいことを考えながら行動する派だ。見ての通りだ。

 

「おはよーリト。珍しく早いじゃん」

 

「ああ、おはよう。ふぁ……」

 

あ、素で欠伸出た。能天気かよ。

本当に丁度ご飯が出来た所みたいで、食卓にはご飯と味噌汁と焼き鮭がそれぞれ、真ん中の大きな器にはポテトサラダが盛ってある。隣に置いてある小皿にそれぞれ欲しい分を取り分けるのだろう。察するにこれは昨日の晩の残りかな?

 

美柑がエプロンをほどきながら食卓に着く。ほぼ同時に私も対面の席に座る。

 

「「いただきます」」

 

あー、旨い。ほかほかのご飯、しじみの出汁が利いた味噌汁、丁度よい塩加減の鮭、そしてこのポテトサラダ……旨い!! ポテトサラダを旨く作れる人は料理のセンスが良いと思う。芋の蒸かし具合、潰し加減、味付け、全てパーフェクトだ。結婚して下さい。

 

「ごちそうさま」

 

「あれ? いつもみたいにおかわりしないの?」

 

なん……だと……

そ、そうか……男子高校生だもんな……朝からご飯の1杯や2杯お替わりするよな……言われてみれば物足りない気がしてきた。ご飯をお替わりする習慣が無いから全く気付かなかったわ。

しかも鮭一切れ食べちゃったし……皮まで全部食べちゃった……美味しかったです。いや、そうじゃなくて。

 

「あー……そうだな。うーんと……あ! 卵残ってたっけ?」

 

「うん。冷蔵庫にあるよ」

 

「よっしゃ、卵かけご飯にしよ」

 

ついでに味噌汁もお替わりしよう。しじみの味噌汁好きなんだよな。シンプルに豆腐も好きだが。

 

冷蔵庫を開けてザッと全体を見渡す。ふんふむ、綺麗に整頓されている。イメージ通りだ。左下にある取っ手を引っ張ると案の定卵ポケットが出てきた。残り3個。近い内に買いに行く必要があるだろう。

結城家の冷蔵庫はよく見かける三段の冷蔵庫だ。今は一番広い一番上の段を開けている。下の二つは冷凍庫と野菜室だろう。興味が湧いたらまた見てみよう。

 

卵を1個取り出し、ご飯と味噌汁を装う。

席に着いてから片手で卵を割ってご飯に乗せ、殻は鮭が乗っていたお皿に乗せておく。

 

「美柑、醤油をーー」

 

「リト、いつの間にそんなこと覚えたの?」

 

「えっ」

 

え? なんだ? 結城家では卵かけご飯は邪道なのか? それとも、この世界にはそもそも卵かけご飯が存在しない? いや、それならそもそもさっき「卵かけご飯」という単語が出た時点でツッコミがーー待て、違う。思い出せ。私はさっき何をした?

 

ーー片手で卵を割ってーー

 

あ"やっべ

 

めっちゃいつもの癖で卵を片手で割っていた。そうだよな。リト料理なんかしないもんな。卵を片手で割れる訳が無いっつーかそんなこと出来る理由が無い。ボロ出すの早っ。

 

「あ、あー……こないだテレビでさ、やってたんだよ。卵を片手で割る方法。こう親指と人差し指と中指でさ、グイッて開く感じで。結構簡単そうだからやってみた」

 

「へ~…って、そんなことできる様になる前に普通に料理出来るようになるのが先じゃない? 普通」

 

「ははは……ごもっとも」

 

呆れられてしまった。いや、まあ、当然私自身は料理出来るんだよ。調理師免許持ってたし。これ美柑の前で料理すんのは絶対止めた方がいいな。我ながら迂闊過ぎる。

 

「はい、醤油」

 

「サンキュー」

 

まあ、一先ず誤魔化せたから良しとしよう。料理もそうだが、積極的に何か行動するの自体控えた方がーーいや、それもそれか。めんどくさいなあもう。

 

 

 

 

「ごちそうさま。洗い物は俺がやるよ」

 

「そう? ありがと」

 

手早く洗い物を済ませて、手を拭きながら美柑に話しかける。

 

「俺この後出掛けるから。多分昼には戻る」

 

「どこに?」

 

「ん? ただの散歩」

 

「ふーん? じゃあ、ついでに買い物頼んでもいい?」

 

「りょーかい」

 

やや訝しげだが、下手な嘘を吐くよりはいいだろう。特に目的地も無いし嘘でもない。

 

美柑から買い物袋とメモを渡され、部屋で適当な服に着替えて身支度を整える。

 

「いってきまーす」

 

「いってらっしゃーい」

 

靴を履きながら呼びかけると、間延びした返事が帰ってきた。家族だなあ。

 

玄関を出た所で、庭先の植物に目が行く。

あー……そう言えば、リトって植物の世話好きだったよな。どうしよう。やったことないからわかんねぇ……

 

とりあえず、水道の横に置かれたジョウロに水を注ぎ入れ、全体に水を撒いておく。

ごめんな。詳しい育て方とか管理方法はまた後で調べるから。今はこんな感じで我慢してくれ。

 

 

さて、町の散策とは言ったが、無闇に歩いても迷うだけだし、目的ははっきりさせておきたい所だ。

 

買い物メモを見る。この内容なら、普通にスーパーで事足りるだろう。

それと、明日は学校があるはずだから、学校の位置も確認しておきたい。

 

とりあえずは、学校とスーパーを目的地にしよう。多分どちらも歩いて行ける距離にあるはずだ。

 

歩き出す前に携帯を取り出し、家の周りの景色を撮る。パシャリ。

ちょいちょいこうやって景色や目印になる物を記録しておかないと、目的地に辿り着いても家の場所を忘れましたでは話にならない。

 

そんじゃまあ、散策しますか。

 

 

二階の部屋から見た時も思ったが、普通の町だ。

彩南町、という町は現実には存在しない。しかし、地球の日本のどこかにあるのだ。

現実ーー今はここが現実と仮定して言い方を変えようーー前の世界と地理はそう大きく変わってないはず。

前の世界のどこかの町と入れ替わってるのか、日本の面積が彩南町の分増えてるのか、そんなとりとめのないことを考えながら町を眺めていく。

 

特別田舎という訳でも特別都会という訳でもない町並みと言った所。

もうすぐ夏、ということもあり、空気は暖かかった。

 

今のところ目的のスーパーや高校は見つからない。家を出て左手にずっとまっすぐ歩いている。下手に曲がると自分がどこにいるのか分からなくなりそうだから。

 

でも、どことなーく原作で見たことがある様な風景が広がってるので、そう見当違いの方に向かってる訳でもないと思いたい。

 

「もし」

 

「はい?」

 

「◯◯って所に行きたいんだけど、どうやって行ったらいいかねえ?」

 

突然見知らぬお婆ちゃんに道を訊かれたが、当然分かるはずもなく、たじろいでしまう。

買い物袋片手に身軽な格好で歩いていたから、この辺に住んでると思われたのだろう。正しい。正しいが、この場においては見当違いだった。

 

「えぇ~…っと…」

 

反射的にキョロキョロと周りを見てみるが、そんなことをしても全く分からない。そも、見て分かる位置にあるなら人に訊ねたりはしないだろう。

申し訳ないが、他をあたってもらうしかーーん?

 

……あれ、西連寺じゃね?

前方の方に青みがかった黒髪のボブカットで、二つのヘアピンで前髪を留めている美少女がいる。変わった犬を連れてるから間違いない。

 

「おーい! 西連寺ー!! ーーちょっと待ってて下さい」

 

お婆ちゃんに一言声をかけてから西連寺の所まで小走りに向かう。

 

「結城君?」

 

「おはよう。偶然だな。犬の散歩?」

 

「おはよう。本当だね。うん、この子マロンって言うの。結城君はこんな所でどうしたの?」

 

「俺はちょっと散歩ついでに買い物に……と、その前に、西連寺は◯◯の行き方知ってるか? 」

 

「? うん、知ってるけど」

 

「助かった。あのお婆さんに道を訊かれたんだけど、俺もよく分かんなくて困ってたんだ。教えてあげてくれないか?」

 

「そういうことなら、喜んで」

 

ニコッと人当たりの良さそうな笑顔で応じる西連寺。結城リトならトキメいてる所だな。

 

 

「結城君のお買い物って、スーパー?」

 

お婆ちゃんに道案内をした後、「ありがとう。それじゃあまた」とさっさと別れようとしたら、そんな風に西連寺に声をかけられた。

 

「…そうだけど?」

 

「スーパー、そっちじゃないよ?」

 

oh…そういうツッコミを受けたくないから、さっさと別れたかったのに……じゃあ地元民の癖に道訊く時点でおかしいが、それはそれである。

 

「元々散歩のついでだし、遠回りしていこうかなって」

 

「そうなんだ。……その、良かったら、ちょっと一緒に歩かない? 私も散歩の途中だし……」

 

言ってから恥ずかしくなったのか、視線が右往左往する西連寺。徐々に眉が下がってきて不安そうにされると、結城リトとしては断りづらくなってくる。

 

いや、結城リトなら間違いなくドモりながら応じるだろう。そしてそれを見た西連寺は緊張が解れて、結果的にリトの一人相撲に映るのがいつものパターンだ。

実は両想いなのに、西連寺の方の想いを知ってる人間が少ないのは、基本的にそのせいだろう。

 

「ーーうん、いいよ」

 

到底結城リトらしいとは言えないが、今の私にはこう応じる以外の選択肢がなかった。

 

 

 

 

無事散歩と買い物を済ませ、西連寺と別れた後に彩南高校も見つけ、帰った頃にはもう昼前だった。

8時過ぎに家を出たから、3時間近くウロウロしていたことになる。道草食い過ぎたかな。高校を見つけるのに思いの外時間がかかったのだ。先に美柑が通ってるだろう小学校の方を見つけてしまったし。

 

彩南高校から記憶を頼りにまっすぐ家に向かった所、25~30分はかかったので、明日はそれを目安に余裕を持って家を出ればいい。慣れれば20分程で辿り着ける様になるだろう。

 

で、今家の前まで帰ってきてる訳だが。

 

……家の前に、不審者がいるな。

と言っても、見た所小学生だから、美柑の同級生だろうか。原作に出てたかな。こんな奴ら。

 

小学生の三人組が、鉄格子の隙間から家の中を覗こうとしている。

……ストーカーかな?

結城リトの身としては、他人のことを言えた義理ではないが、流石のリトも、休日に西連寺の家まで様子を見に行ったりはしないだろう。しないと思いたい。

道中に見かけた『不審者注意』のポスターが不意に頭を過る。

 

うん、リトが部活に入らずに、極力家を空けない様にしている理由はよーく分かった。

よくよく考えたら、この町はあの校長(変態)を野放しにしておく町だったな。

ごめんリト。今後は美柑がいる時は出来るだけ家にいる様にするから。

まあ、端から見たら、兄のフリをしている私も大概不審者なのだが、その辺は多目に見てほしい。

私は怪しい者ではありません。不審者はみんなそう言うが。

 

「うちに何か用?」

 

「え?」「うわっ!?」「す、すみません……」

 

話しかけると、小学生三人組(ストーカー)は、そそくさと家の前から去って行った。小心者で助かるが、美柑の同級生ってこの時点で美柑の(リト)のこと知ってたっけ? まあ原作に出てたとも限らないし、気にする程のことでも無いかもしれないが。

 

 

そんなこともありつつ、今はもう美柑お手製の昼ご飯も食べて、部屋でゆっくりしてる所だ。

 

机の上にノートを開き、シャーペンを持って宿題か勉強をしているフリをする。

これなら突然美柑が来ても、どうとでも誤魔化せる。

因みに宿題が出てるかどうかは、西連寺から聞いて把握済みだ。さっき確認したらちゃんとやってあった。真面目で何より。

 

とにかく今の考えを纏めるために、ペンを動かしてみる。

 

『結城梨斗』

 

漫画では『リト』と表記されることが多いため、あまりしっくりこないが、今の私は『結城梨斗』だ。面倒だから今後は『結城リト』と表記するが。

 

『結城夢子』

 

これが私の名前だ。苗字は偶々同じな訳だが、果たして偶然なのか。

とにかく、今は結城夢子の精神が結城リトの身体に乗り移っている状態だ。

 

『結城夢子』から『結城梨斗』に矢印を書き込む。

 

さて、ここで重要になってくるのは、夢子の身体とリトの精神の所在だ。

この世界に現存していればいいんだが……私がリトになった経緯も原因も分かってない以上、雲を掴む様な話になってくるな。

 

トントン、とシャーペンで『結城夢子』の辺りを叩く。

目下の目標は、『結城リトに結城リトの身体を返す』ことだな。

 

とりあえず、目に見える物から手を付けていくしかない。

この世界に結城夢子が存在するかどうかを確認する。

望み薄だが、もしいるならその中に結城リトの精神が宿ってる可能性も出てくる。

いないなら世界を跨いで入れ替わってる可能性と、入れ替わってるのではなく私が勝手に憑依していて、リトの精神がまだこの身体に残存している可能性も出てくる。

 

最終的にはあの人の力を借りることも視野に入れておくしかないだろう。

 

出来れば原作が始まってバタバタする前に色々調べておきたいが、同時進行で結城リトのフリも続けなければいけない。

特に美柑なあ……バレる可能性が一番高い上に、一番バレると厄介な相手だ。

身内が知らない間に赤の他人に成り代わってるなんて、恐怖でしかないだろう。サイコホラーだ。絶対にバレてはいけないが、バレてしまった場合は誠心誠意、悪意も害意も無いことを説明するしかない。

 

とは言え、完全に結城リトを演じるつもりは毛頭無い。

そもそも『ToLOVEる』という作品は、主人公結城リトが、ララや西連寺を始めとしたヒロイン達に振り回されるラブコメディだ。

『無印』の頃はララと西連寺との三角関係が主流だが、『ダークネス』からはグッとヒロインが増えて、元々フラグが立ちかけてた子も正規ヒロインになったりして、総勢10名を越えた気がする。

 

そしてこの作品を語る上で外せないのが、結城リトの超常現象的体質『ラッキースケベ』だ。

結城リトは作中で何度も転び、吹っ飛ばされ、女の子にぶつかる。その度に神がかり的なテクニックで(わざとではないが)、女の子とくんずほぐれつな事になるのだ。

そしてそれ相応の制裁を加えられる。

 

冗談じゃない。あまりにも身に余る。

私は基本的に男女関係無く恋愛はする気が無いし、痛いのだって嫌いだ。

とは言え、中に私が入ってる状態でそうなることもないだろう。

ヒロイン達はみんな、純情で、優しくて、いざと言うときには頼りになる『結城リト』を好きになったのだ。私からは程遠い。

ラッキースケベは体質の可能性が高いので、半分くらい諦めておこう。

 

さて、そんな『ToLOVEる』な日々が始まる発端は、『ララとの出会い』だ。

ぶっちゃけこれが無かったら、遅かれ早かれ結城リトは西連寺春菜と結ばれて、大きなToLOVEるも無く、幸せになっていた可能性も高い。

いや、ララとの出会いがあったから、奥手な二人があそこまで急接近出来たのかもしれないが。リトはララとの日々も楽しんでいたし、あの出会いが別に悪かった訳ではないと思うけども。

 

この『ララとの出会い』をどうするかだよなあ……

風呂場に出現するのは、恐らく避けられないとして、態々『婚約者候補』なんて面倒な肩書きを背負う必要があるのか。

率直に言って嫌だ。下手すれば原作通り地球そのものを背負うことになりかねないし。

 

とは言え、『婚約者候補達とのお見合いに嫌気が差した』ララを見捨てるのも忍びない、という気持ちもある。

覚えてる限りでは、ララの婚約者候補達はリトとレンを除けば、ほとんどが碌でもない奴ばかりだった。

ちゃんと書類選考で落とせよ、とデビルーク王に抗議したくなってくるが、そこは銀河を束ねる王、そこまで手が回らないのかもしれない。

書類上では分からないことも多いだろうし、なんだったらララが気に入っても、碌でもない奴だと思ったら、デビルーク王もそれ相応の処置をしたかもしれない。

 

まあ、私の正直な意見を言わせてもらえば、ララの婚約者をこなせる奴なんて原作の『結城リト』以外いないと思う。

レンには悪いが、彼には少々荷が重いと言うか、残念ながらララから異性として全く意識してもらえてなかったというのが事実だろう。

 

だから原作が始まる前に結城リトに身体を返したいんだよ……!

 

大丈夫。お前なら出来る。お前ならララの婚約者だって、デビルークの後継者だってハーレムだってなんだってこなせるはずだ。

 

が、基本的に最悪の事態を想定して動いた方がいいだろう。

 

結城リトに身体を返せる様に努める。努めるが、もし原作に間に合わなかった場合、ララの婚約者候補になるのも吝かではない。

正直嫌だが、そもそもララは多分、リトと出会った時点で『嘘の婚約者候補(好きな人)をでっち上げる』という考えが浮かんでいたと思う。リトの告白(勘違い)を受けて、都合が良いみたいな反応してたし。断固拒否すればララも諦めるかもしれないが、そこまで強く出れるかと聞かれれば、難しいかもしれない。

地球の命運に関しては、ララがそんなことをさせないと信じるしかない。デビルーク王は子煩悩のきらいがあったし、多分大丈夫だろう。

 

で、それに際して、ララの発明品に振り回されたり、他の婚約者候補から狙われたり、果ては暗殺者が現れたりする訳だが。

 

……鍛えるか。

ぶっちゃけ、私に原作のリト程の回避スキルがある自信が無いし、万が一にも死ぬ訳にはいかない。

人様の身体だから大切にしないといけない。

 

『結城夢子の身体を捜す』

『結城リトのフリをする』

『回避出来そうになければ、ララの婚約者候補にはなる』

『死なない。そのために鍛える』

 

ま、こんなものだろう。

 

シャーペンを机に置き、書き込んだノートのページを破き、クシャクシャに丸めて捨てた。

 




主人公は自覚はありませんが、割とお人好しです。


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原作開始

「おーっす、リト!」

 

「猿山か。おはよう」

 

結城リトになった翌日の月曜日、早めに家を出て記憶を頼りに歩き、漸く学校が見えてきて安心した所で、如何にも猿っぽい顔の男子に声をかけられた。

 

猿山ケンイチ。原作に登場する結城リトの友人代表だ。逆に他にどんな友達がいるのかさっぱり分からんってくらい、リトの男友達と言えばコイツだ。

 

名前の通り顔が猿顔だ。分かりやすくて助かる。西連寺は事前に写真で見てたからすぐに分かったが、紙面の上とは印象が変わってくるので、他のキャラクターは分からないかもしれない。

 

因みに携帯の待受は既に散歩の途中で撮った猫に変えてある。

アルバムの盗撮写真はそのままだ。流石に消すのもどうかと思うし。

 

「見ろよリト、春菜ちゃんがいるぜ」

 

猿山が肘をぶつけて来て、視線を前方やや右の方に向ける。

吊られて見てみると、確かに西連寺が歩いていた。校舎を探すために上ばかり見ていたから、気付かなかった。

そも、後ろからでは髪色以外に特徴らしい特徴が無いので、すぐには分からなそうだが、猿山はよく気付いたな。

 

「……うん」

 

なんと反応したものか。『結城リト』は西連寺のことが中学の時から好きだが、もちろん私にそんな気持ちは無いし、嘘を吐くのも憚られる。

嘘を吐くのは苦手だ。ボロを出しかねない。

 

「なんだ? その反応。愛しの春菜ちゃんだぜ~? 話しかけないのか?」

 

「いや、今はちょっと……」

 

「そんなんじゃいつまで経っても進展しないぜ? しょうがねえなあ、俺が切っ掛け作ってやるよ。よぅ! 西連寺!」

 

「ちょ、まっ……」

 

何を「やれやれだぜ」みたいな雰囲気で余計なことしとんじゃ……!

 

「猿山君……と、結城君? おはよう」

 

一瞬キョロキョロとした後、キョトンとした顔で振り返る西連寺。

 

「お、おはよう、西連寺」

 

「おはよう。折角だから、教室まで一緒に行かないか?」

 

お前そのコミュ力でなんで彼女いないの???

一瞬顔をしかめそうになるが、何とか堪える。

猿山のフットワークが軽すぎる。

 

「ええと、私で良かったら」

 

野郎二人にいきなり声をかけられて嫌な顔一つせずに応える西連寺。笑顔が眩しいぜ。

 

適当に世間話をしつつ、教室に向かう。教室の位置は普通に知らなかったので、一緒に行く人がいるのは助かるのだが、ぶっちゃけ猿山だけでも十分ではあった。

 

懸念事項だった靴箱と教室の席の位置は、靴箱にはクラスと出席番号、教室には教卓に席順が貼られていたので問題無かった。新学期だから、あるだろうとは思っていたが。

 

 

 

「リト、どうしたんだお前?」

 

「ん?」

 

時は過ぎて昼休み。

ただ机に座って授業を受けているだけでも、腹は減る。

美柑お手製の弁当をつついていると、不意に正面に座った猿山が話しかけてきた。

 

「今日は全然春菜ちゃんの方見てないじゃないか」

 

そんなことを把握してるお前が怖いよ。

 

「そうか?」

 

「いつもは授業中もチラチラ見てるのに、今日は全然だったぜ」

 

授業中にどこ見てんだよ。お前もリトも。

 

「いや……んー、そういうのやめようかな、みたいな」

 

どれから食べよう。卵焼き、唐揚げ、ポテサラ、ひじきの煮物、茹でブロッコリー……まあなんでもいいか。

 

「なんで?」

 

「気持ち悪いだろ。多分」

 

「なーんだ。てっきり、春菜ちゃんへの恋が冷めちまったのかと思ったぜ。今朝も反応が鈍かったし。てか、今更気付いたのな」

 

「ほっとけ」

 

とりあえず卵焼きを食べてみる。おお、柔らかい。優しい味付けだ。

 

「いいのか~? そんなこと言ってボケーっとしてる内に、他の奴に取られるかもよ?」

 

「んー……」

 

卵焼きを咀嚼しながら、気の無い返事をする。

別に、西連寺が他の男とよろしくするのは私としてはどうでもいい。リトが可哀想ではあるが。

ただ、この世界が原作通りなのだとしたら、この時点で既に西連寺はリトのことが気になってたはずなので、そうそう他の男が入る余地があるとは思えない。

 

「なんなら、俺が狙ってもいいんだぜ?」

 

「んあ? お前が?」

 

変な声出た。何言ってんだコイツ。

 

「告白でもしよっかな~♪」

 

「ええ……」

 

やめておけ、と言っておきたいが、こういうことに口出しするのもなあ……ん? いや待て。

 

「あー……いや、駄目だ。やめてくれ」

 

「……へへっ、冗談だよ! やっぱリトは変わんねえなァ」

 

……結城リトのフリをしている身としては、「変わらない」と言われるぐらいの方が丁度いいのだろうか。

まあ、猿山の行動を放っておく訳にもいかない。

何せ私は原作知識とは言え、『西連寺春菜が結城リトを想っている』ことを知っているのだ。迂闊に応援でもして、それが西連寺に知られたら、まあなんだ、傷付くかもしれない。そういうのはちょっとな。

 

私の与り知らない所では、好きにしてくれて構わないが、どうせ猿山も本気ではないだろう。

 

唐揚げを半分だけ齧って、ご飯を掻き込む。他のレパートリーがあんまりご飯と合わないんだよな。梅干しもあるけど、ご飯はおかずと一緒に食べる派だ。

 

「そんな風に言うぐらいなら、さっさと告白しろよなァ」

 

無茶言うな。好きでもないのに。

 

とは言え、他人の恋路を邪魔する理由なんて、『自分も好きだから』以外にそんなに無い訳で、結局『結城リトは西連寺春菜が好き』ってことになっちゃうんだよな。

 

「ま、リトにゃ無理か」

 

口の中噛んだ。いって。

 

 

 

ー結城家ー

 

「ただいま」

 

「おかえりィーリト。お父さん今日も帰り遅くなるってさー」

 

「ん、分かった」

 

美柑の言葉に返事をしながら、リトの部屋に向かう。

 

リトと美柑のお父さんって言ったら、漫画家だったよな。

結城栽培。連載何本も抱えた売れっ子漫画家だ。

母親は確かスタイリスト? とにかく、ファッション関係の仕事に就いていたはずだ。多分海外にいるんだっけ。

どちらも忙しくて家を空けがちだから、この家ではほとんどリトと美柑の二人暮らしなのだ。

 

机の上にカバンを置き、制服を脱ぐ。

そう言えば、今朝ネクタイを結ぶ時に四苦八苦したものだ。高校生の時に男装したことがあったからやり方は知っていたが、うろ覚えだしどうにも形が歪な気がして、何度もやり直してしまった。

 

Tシャツにジャージのズボンといった、動きやすい服装に着替え、ストレッチをする。

とりあえずは体を解す。捻ったり、伸ばしたり、回したり。

パキパキと骨の関節が擦れる音が響く。あー、気持ちいい。

 

まずは腹筋からしていく。

「1、2……」となんとなく数を数えながら、今後の予定を考えていく。

 

昨日はとりあえず、家のノートパソコンでこの世界のことを軽く調べてみた。

と言っても、彩南町がどの辺にあるのかとか、そんなんぐらいだが。

 

そいで私が住んでた町のことを調べてみたんだが、これに関しては無かった。

 

うん、無かった。

 

て言うか、私が住んでた町の位置に彩南町があった。

 

思わず「マジかよ……」って声が出たよね。

 

もしかしたら、私の家と結城家の位置が同じなのでは? と思ったが、これに関してはよく分からなかった。

 

町は同じ位置にあるが、地形は少し違う様だった。建物も軒並み違うし、やはり違う町だった。

 

他は基本的に同じだった。都道府県も、周りの国も、大きな変わりは無い。小さな変わりならあるかもしれないが。そも、私の地元が無いのも、偶々そこに住んでたから分かっただけで、そうでなければ小さな変わりに違いなかったろう。

 

「……20」

 

何となく、腹筋に捻りを加えていく。

 

こうなってくると、私の身体を見つけるのは難しくなってくる。試しに『結城夢子』で検索してみたが、前の世界では出るだろう、学生の時の大会の記録が出てこなかった。

 

私の身体に関しては一旦見切りを付けるとして、リトの精神はどこに行ったのだろう。

別の所に行ったか、まだこの身体の奥の方に潜んでる可能性もある。

 

前者は対処のしようが無いので置いといて、仮に残留してるのだとしたら、呼び起こす何かが必要なはずだ。

 

そも、こうなった原因は何なのか。私は前日まで普通に働いて、普通に寝ていたので、私には心当たりが無い。強いて言えば、私が寝てる間に見てる夢の可能性もある。実感としてその可能性は低いが。

 

結城リトのことをもう少し詳しく調べてもいいかもしれない。最近変わったことが起こったか、何か心境の変化があったか、原作との違いは無いか。

 

「50」

 

腹筋がプルプルしてきた。腕立て伏せに切り替える。

 

「1、2……」

 

本当に原因なんてあるんだろうか。元に戻れるのだろうか。漫画のキャラクターになるなんて話、二次小説以外では聞いたことも無い。

 

私は、元に戻りたい。結城リトに身体を返してあげたい。私には私の、結城リトには結城リトの人生があったはずだ。

 

……………………。

 

「リトー? ご飯出来たよー?」

 

「50……っ今行くー!」

 

腕立て伏せの後スクワットもこなし、返事をする。

はー…しんど…

 

そこそこの疲労感を抱えて、私は階下に降りていった。

 

 

カーペットには、少しだけ汗が染み込んでいた。

 

 

 

 

夕飯を食べた後は、汗をかいたこともあり、さっさと風呂に入ることにした。

 

「ふぅ……」

 

湯船に浸かると、肺の中の空気が温度上昇で膨張し、自然と溜め息の様な物が漏れる。

 

弱気になってきている、と思う。

今まではまだそんなに現実を受け止められてなかったのかもしれない。

 

一晩すれば流石に実感する。これは夢じゃない。

 

ずっとこのままだったらどうしよう、と思うのも仕方ない。

むしろ、ずっとでなくても、長期的にこのままになる覚悟は決めておいてもいい。

 

私はもうこの際それでいいが、どうするんだ、リト。

早く戻って来ないと、西連寺に想いを伝えることなく終わってしまうぞ。

 

どこにいるとも知れぬ結城リトの精神に語りかけてると、不意に、ポコッと水中の空気が漏れる様な音がする。

 

「……ん?」

 

ボコッボコッと激しい音に変わり、音の方を見ると、湯船が沸騰したみたいにボコボコと沸き上がっていた。

 

……えっ、ちょ、嘘だろ!?

 

瞬間、湯船が爆発した。

 

「うわっ! ぶぇっ!?」

 

爆発した結果、お湯を顔面から被ることになり、気管には入らなかったが目に入ってしまった。

何度か瞬きし、何とか視界が戻ってきた所で、聞き覚えのある少女(CV.戸松遥)の声が聞こえてくる。

 

「んーー、脱出成功!」

 

早いよバカ。

 

目の前には全裸の抜群のプロポーションを持った美少女、ララ・サタリン・デビルークがいた。

 

実際に見ると、ピンクの髪ってのはインパクトが強い。全体的に現実離れした造形もあって、どこか幻想的ですらあった。

 

「ん?」

 

今頃リトの存在に気が付いたのか、軽く手で胸を隠しつつ、不思議そうにこちらを見つめてくる。

作中ではそういう恥じらいの少ないキャラだったが、一応隠す所は隠すらしい。

 

「ちょっと待ってろ」

 

頭に乗せていたフェイスタオルを腰に巻き、一旦風呂から出る。

脱衣徐に置かれた自分用のバスタオルで体を拭きながら、棚から真新しいタオルを取り出し、ララに渡す。

 

「はい、タオル」

 

「あ、ありがとー」

 

笑顔でタオルを受け取るララ。

一先ず背を向け、ササッと身体を拭いてTシャツと短パンを穿く。

原作のリトの寝巻きはTシャツにパンツ一丁だったが、私はそれだと落ち着かないので、暖かい内はこのスタイルで寝るつもりだ。今日はすぐに寝れそうに無いが。

 

着替えて、一旦振り向く。

原作の様に隙を突いて勝手にリトの部屋に行っているかと思ったが、意外にもララはまだそこにいた。

依然、全裸のままだが、一通り体を拭いて、今ではタオルを体に巻いている。

風呂の熱気に当てられ肌は上気し、髪も湿ったままだ。

 

叫び声を上げなかったからだろうか。原作との違いに戸惑いつつも、ジロジロと見るものでもないので、視線を逸らす。

 

「ごめん。……えーと、君は?」

 

「? 私? 私、ララ。デビルーク星から来たの」

 

何を謝られてるのか分かってなさそうだが、とりあえず名前だけは聞けてよかった。無意識に「ララ」って呼んだら面倒だからな。

 

「あー……俺はリトだ。色々気になるが、一旦ここを出よう」

 

「えーと、うん、いいよー。よろしくね、リト!」

 

何がよろしくなのかは分からないが、多分すでに婚約者候補でっち上げのアイデアが浮かんでるのだろう。

頭の回転が早い女だ。

 

 

美柑に風呂から上がった旨だけ伝えて、部屋に向かう。

 

「……で、えー……デビルーク星だっけ? 初めて聞いたけど」

 

「うん! 見て、この尻尾。この尻尾がデビルーク星人の証なの」

 

生身の尻を突き出すな。

やっぱり、羞恥心が薄い人間(デビルーク人)なんだな。

とは言え、ちょっと気になったので、ちゃんと見てみる。

尾てい骨の位置から生えていて、クネクネと動いている。これだけが別の生物みたいだ。

全体的に黒く、先の方がハート型になっている。

光沢は無く、毛が生えてる訳でもない。産毛ぐらいなら近くで見たら分かるかもしれないが、どうだろう。

感触も気になるが、敏感な箇所だということは原作知識で知っているので、下手に触るのはよそう。

そこまで考えて、すぐに視線を上げる。

 

「……本物みたいだな。ジロジロ見てごめん。もう仕舞っていいよ」

 

「いいよー。別に謝ることないのに」

 

「ララはもうちょっと裸を見られることを気にした方がいいぞ。それはそうと、お前服はどうした?」

 

うっかりしてた。普通全裸の人間がいたら、先にそっち訊くよな。ペケがどうせ来るからと安心していた。

 

「あー、それねー……もし上手く脱出できてたら、そろそろ来ると思うんだけど……」

 

こいつ説明する気ねぇな。

 

「……そのままじゃ風邪引くし、なんなら一旦俺の服貸すけどーー」

 

「ララ様ー」

 

突然窓がガラッと開き、グルグル目のヌイグルミみたいな奴が入ってきた。

 

「ご無事でしたかララ様ーーっ!」

 

「ペケ!」

 

うわ、完全に新井里美だ。「ジャッ◯メントですの!」という台詞が脳内再生される。

 

「よかったーー! ペケも無事に脱出できたのね!」

 

「ハイ! 船がまだ地球の大気圏を出てなくて幸いでした!」

 

そのままララの胸に飛び込み、再会のハグをする1人と1体。

ふと、リトの存在に気が付いたペケがこちらを向く。(グルグル目だから、どこを見てるのかはよく分からないが)

 

「ララ様、あの冴えない顔の地球人は?」

 

リトの容姿に関する評価は、作中でも割と意見の別れる所で、ペケの様に辛辣な評価もあれば、「カッコいい」と言われることもある。

私は鏡で見た時、割と冴えないなあと思った。瞳は綺麗だが。

ペケの評価に関しては、デビルーク王家の顔面偏差値が高過ぎて目が肥えてるだけかもしれん。ザスティンとかもイケメンのはずだし。

 

「この家の住人。リトって言うの!」

 

ペケを胸に抱えてララがこちらに向き直る。

 

「リト、この子はねー、ペケ。私が作った"万能型コスチュームロボット"なの」

 

「ハジメマシテ」

 

「へえ……」

 

不意に、ララが体に巻いてたタオルをこちらに投げて来たので、空中で受け取る。

 

「おっと」

 

「じゃ、ペケ、ヨロシクー」

 

「了解!!」

 

ペケが強く光り、反射的に目を瞑る。

光が弱まり、うっすらと目を開けると、そこにはドレスフォームのララがいた。

 

ペケはその名称の通り、登録したどんな服装でも再現出来るロボットだ。

このドレスフォームはララのお気に入りで、ペケの見た目が一番反映されている服装である。

 

「じゃーん!!」

 

おお……原作のリトも引いていたが、すげぇ格好だ。これが似合うのだから凄いと思う。

 

「キツくありませんか。ララ様」

 

「ん、バッチリ。よかったぁ。早めにペケが来てくれて。ペケがいなかったら、私着る服無いもんねーー♪」

 

「どう? 素敵でしょ、リト」

 

「あ、ああ」

 

適当に返事しつつ、意識は窓の外に向いてしまう。

 

まずいな……そろそろ来る……

 

「時にララ様、これからどうなさるおつもりで?」

 

「それなんだけどぉ。私、ちょっと考えがあるんだ♪」

 

ララがそう言った瞬間、黒服の男二人が突然窓から飛び込んできた。

二人ともララとは先の方がちょっと違った形をした尻尾が生えている。

 

「うぉっ!?」

 

原作知識で知っててもビビる。無駄に格好いい登場シーンだ。

ああ……土足でカーペット……

 

さて、どうしよう。

 

何て言うか、すっかり失念していた。この後どうするんだっけ。

 

流れは覚えてる。捕まりそうなララを連れて、窓から外に逃げて民家の屋根を伝って逃避行を繰り広げるのだ。

 

でもって、なんかララの発明品で最後は解決するはずなんだが、詳細が思い出せない。

 

特に何もしなくても原作の流れになると思っていたが、ぶっちゃけ今の時点で若干原作と違うし、ここからは自分で動かないとどうにもならない。

 

なんやかんや考えてる内にララが取り押さえられそうになってるし、とにかくなんでもいいから、外に連れ出そう。

うろ覚えだけど、多分ここでララの発明品使われたら悲惨なことになると思うし。なんか爆発した気がするし。

 

えーと、えーと、あ、あれでいいか。

丁度いい大きさのプリントがあったので、それを織る。織る。よし。

 

右手でエモノを持ち、左手は耳を塞ぐ。

 

三人はこちらの様子には気付いてない様だ。気付かれても意味が分からんだろうが、都合が良い。

 

巻き込まれない程度に近付く。少しでも注意を逸らせればそれでいい。勝負は一瞬だ。行くぞ。

 

「くらえっ!!」

 

日本の叡智! 紙鉄砲!!

 

パァンっ!!!

 

「な、なんだ!?」

 

「何をした!?」

 

「?」

 

狼狽える黒服二人と、キョトンとした表情のララ。思った以上に驚いてくれた。

 

これ見た目に反してすげー音するもんな。紙鉄砲を知らなかったら、一瞬何が起こったのか分からないし、狼狽えるのも無理はない。とは言えすぐに復活するだろう。

 

黒服が狼狽えてる隙に、ララの腕を掴んで、窓から外へ飛び出る。

 

「こっちだ!」

 

「リト!?」

 

「「待て!!」」

 

そのまま屋根伝いに走る。

ひぇ……よくこんなとこ走れるな。リトはパルクールの経験でもあるのか? 裸足で出ちゃったし、この後のことも考えると、シャワー浴び直さないと駄目だなこりゃ。

 

「リト…どうして?」

 

「ーーさあな! 事情は知らないけど、困ってんだろ? 少しだけ付き合ってやるよ!」

 

まあ実は事情は知ってるんだが、あのまま部屋で騒がれても困るのだ。

 

適当な所で地面に降り、人気の無い公園を走る。

それにしても、元サッカー部だけあってこの体は足腰が強い。今後の展開的に逃げ足は重要だし、日頃からランニングもしたいが、今のところは難しそうだ。

 

走っていると、街灯の光が何かに遮られ、視界が暗くなった。上を見ると、大型トラックが降って来ていたので、急ブレーキをかける。

間一髪ぶつからずに済んだ。

 

あっぶね……!

 

目の前にトラックが横たわり、道路を塞がれてしまった。

中に人はいませんよね? いないと信じよう。

 

「ジャマしないでもらおうか。地球人……!」

 

「はっ。大の大人が寄って集って女の子を追い回してんじゃねーよ」

 

事情は知ってるが、絵面が正直アレだと思った。

 

「ララ様……いい加減におやめ下さい。家出など!」

 

「やーよ!」

 

ああ、そうか。ここで初めてリトはララの事情を知るのか。

覚えてないなあ。ToLOVEる読んだの学生時代だもん。

 

「私もうコリゴリなの! 後継者がどうとか知らないけど、毎日毎日お見合いばっかり!」

 

「しかしララ様、これはお父上の意志なのです」

 

「パパなんて関係ないもん!」

 

べーっと舌を出して、懐から携帯電話の様な物を取り出すララ。

あれはデダイヤル。ララが発明した色んな発明品をどこからか取り寄せる為の物だ。

要は四次◯ポケットだ。

 

ララがデダイヤルを操作すると、突然タコ型のデカいロボットみたいなのが出てきた。

 

「うぉっ!?」

 

「ゴーゴーバキュームくん!」

 

「まずい! ララ様の発明品だ!」

 

名前を聞いて思い出した。と言うか、ララの発明品は安直なネーミングが多いから、名前さえ聞けばどういう物なのか大体想像は付くんだけど。

 

ララがゴーゴーバキュームくんを起動させる前に、そそくさとララの近くに寄っておく。

出来れば逃げたかったが、今から逃げた所でどうせ間に合わず、巻き込まれるだろう。

 

「それ! 吸いこんじゃえ!」

 

「「う、うわあああああああ」」

 

ララが指示した途端、凄まじい勢いでバキュームくんの口の部分が吸引を始め、黒服二人は吸い込まれてしまった。

 

黒服が吸い込まれた後も、吸引力はドンドン増していく。

それを見たララが、飛んで避難しようとするのを見て、すかさずしがみついた。

 

「きゃっ!?」

 

「あ、貴方! ララ様に何するんですカ! コノ不埒者!」

 

「ごめ、違うって! このままじゃ俺も吸い込まれちゃうよ!」

 

だから連れてって! 頼む! 爆発に巻き込まれるなんてごめんだ!

 

「あ、そうだよね。ごめん。掴まってていいよ」

 

「ありがとう!」

 

ララの腰に掴まったまま10m程浮き上がり、様子を見る。

うわあ……ドンドン吸い込んでいく。犬とか猫とかいるけど、大丈夫かな、アレ。多分大丈夫だけど。

 

「お、おい……止め方は?」

 

「…………」

 

「ララ様……?」

 

「これ……どうやって止めるんだっけ?」

 

「お前……」

 

分かってはいたが、なんて奴だ……。

 

 

「あーあ……」

 

ゴーゴーバキュームくんの許容量の限界を超えたのか、爆発し、吸い込んだ物も全部辺り一面に広がっていた。

 

ベンチ、バケツ、ゴミ箱、犬、猫etc.…

 

黒服の二人も折り重なる様に倒れていた。あれ大丈夫か……? と心配していると、上に重なってた方が起き上がり、もう1人の肩を担いでヨロヨロと退散していった。

 

「やーゴメンゴメン! あれ造ったの随分昔だから、使い方忘れてさ」

 

地面に降りながら、ララが軽い調子で謝ってくる。

 

「でも、ありがとねリト。助けてくれて嬉しかった!」

 

「さいですか……」

 

疲れた……もうさっさと帰って寝てしまいたい。

げんなりしてると、ララが腕に抱き着いてきた。

 

「ねえリト! 私と結婚しよっ」

 

「あん?」

 

疲れてるからガラの悪い返事になってしまった。素が出てる。

でも何言ってんだコイツ???

 

「さっき付き合ってくれるって言ったでしょ? 」

 

「…………言ったけど」

 

「じゃあ私と結婚してくれない?」

 

「待て待て待て待て。なんで結婚? 本気なのか?」

 

「私は本気だよ?」

 

「……そう言えば、お見合いが嫌だとかで家出してたんだっけ」

 

「う……いやぁ、それはね……」

 

「それで、俺を紹介して誤魔化そうって魂胆か?」

 

「だってパパってば酷いんだよっ!」

 

ぷんすか、とララのデビルーク王に対する不満や愚痴を聞き流しながら、どうしたもんか、と考える。

 

「……その感じだと、本気で俺と結婚するつもりって訳じゃなくて、単に家に帰らずに済む言い訳が欲しいだけなんだな?」

 

「んー、そうだよ?」

 

「親父さん怒らないか?」

 

「しーらない!」

 

プイッとそっぽを向いて、プクーっと頬を膨らませるララ。子供か。まあ、まだ子供か。

初期のララは我が儘でお子様な部分が随分目立つな。本来ならとっくにキレてる所だ。

 

「……お前の言い分は分かった。でも、俺も結婚する気は無いから、フリだけだぞ?」

 

どうせ拒否してもそうそうこのお姫様は諦めないだろう。なら、最初から要求を呑んだ方が楽だ。

それに、同情の余地もある。ララはずっと王宮で蝶よ花よと育てられ、閉鎖的な環境に身を置いていたのだ。

自由が無いのはツラいことだ。

 

「ほんとっ? やったー!」

 

「抱き着くな」

 

今度は正面から体ごと抱き締めてくるララ。柔らかいし良い匂いだしで落ち着かない。

 

「じゃあ、私リトの家に住んでもいい?」

 

「え?」

 

「あれ? ダメ? 地球でも、結婚したら一緒に暮らすものでしょ?」

 

「そうだけど……うち妹いるし……」

 

「そうなんだ! 私も妹いるよ、二人」

 

「そうじゃなくて、妹……美柑って言うんだけど、嘘吐きたくないから事情話してもいいよな? 多分大丈夫だと思うけど……」

 

「うん、いいよー。妹は大事だよねっ」

 

妹、と聞いて朗らかに笑うララ。きっと、ナナとモモのことを思い出しているのだろう。家出はしたけど、ララは家族が嫌いな訳ではなかった。

 

「帰るか……」

 

「うん!」

 

出会った時と比べて、随分明るい表情になった。遂に念願の自由を手に入れられる算段が付いて、嬉しいのだろう。

 

「ねえ、さっきの凄い音出してたの、なんなの?」

 

「あれは紙鉄砲って言ってーー」

 

 

 

そして、ToLOVEるな日々が始まるのだ。

 




今日はここまで

ぶっちゃけ先の展開とかあんまり考えてないし、のらりくらりと続けていこうと思います。


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ToLOVEるな日々ー1話ー

ここから漸く物語が動き出します。

伏線回収とかやったことないから、なんかソレっぽいもの散りばめたりしてますが、放置するかもしれないので気にしないで下さい。


あれから、美柑と結城才培に事情を説明し、一悶着あったものの、ララは結城家に住むことになった。

海外にいる母親の結城林檎には、定期連絡の時に報告するつもりだ。

 

最初はなかなか大変だった。

そりゃあ、兄(息子)がいきなり夜中(PM.10:00)に超絶美少女を連れてきて、「この娘は宇宙人で、お姫様で、これから俺の婚約者になります」と言ってきたら、間違いなく精神の異常を疑うだろう。若しくは新手の詐欺か。

 

ララの尻尾や発明品を見せて納得してもらったが、才培の方はともかく、美柑の方は話してる間もずっと懐疑的だった。

ララと話してる内に、ある程度打ち解けてくれなかったら、許可が下りなかったかもしれない。こういう所ララは凄い。

 

なんか才培に「男になったなリト。ちゃんとララちゃんのこと守ってやれよ?」等と鼓舞されたが、残念ながら自分の身を守るので精一杯になると思う。

美柑には「随分ララさんに肩入れしてる様に見えるけど、何? 一目惚れ?」とか言われるし、何やら誤解をされてる気がする。

 

その後、疲れた体に鞭打ってシャワーだけ浴び、泥の様に眠った。

 

 

 

ー朝ー

 

ゆっくりと意識が覚醒してくる。

体が動かしづらい。まだ昨日の疲れが残っているのか、まだまだ布団の中にいたい衝動に駆られる。

……とりあえず、時間だけ確認しよう。

そう思いベッドの傍らに置かれてるはずの携帯を取ろうとするが、腕が動かない。

痛みで動けないとかそういうことではなく、何かに押さえつけられてるかの様な圧迫感を感じる。

腕に感じるのはスルリとした肌触りと、確かな弾力と、仄かな温かさだった。

もう大体予想が付いているが横を見てみると、案の定ララが全裸で寝ていた。

 

……余ってる部屋を与えたんだが、まさか原作通り潜り込んでくるとは思ってなかった。

別に私は好感度上がることしてないでしょ?? デフォルトでこれなの??

 

例え中身が女でも、体は男なのでこんなことされたら堪ったもんじゃない。心は違っても体は持て余しているのだ。

 

そっとララの腕と胸の間から腕を引き抜き、ベッドから抜け出す。

時間を確認すると、7時前だった。もうすぐ朝ごはんが出来るだろうし、別に起こしてもよかったな。

 

「起きろララ」

 

肩を掴んで、軽く揺する。軽く顔をしかめた後、間もなくララは目を覚ました。

 

「んぅ……?」

 

身を起こし、眠たそうに目を擦るララ。被っていたシーツがはだけ、その美しい裸体を惜しげもなく晒していく。

 

「おはよーリト!」

 

次の瞬間にはいつもの笑顔を浮かべ、元気に挨拶してきた。朝には強い方なのかもしれない。

 

「おはよう。なんで俺のベッドにいるんだ?」

 

「だってリトと一緒に寝たかったんだもん」

 

「……やめてくれ。若しくはせめて服を着てくれ」

 

「ずっとペケを身に着けるのは無理だよ?」

 

「ワタシも充電しなければいけないノデ」

 

シーツの中からペケが出てきた。お前もいたのか。

 

「今度服買ってやるから。地球で衣服をペケだけに頼るのは無理があるぞ」

 

「…仕方ありませんネ」

 

「リトが選んでくれるの? やったー! 楽しみ♪」

 

誰も選んでやるとは言ってないんだが、まあなんでもいいか。

 

 

ーリビングー

 

「ご馳走さま」

 

「ご馳走さま! ね、リト、早く買いに行こっ?」

 

「は?」

 

「ほら早く早く」

 

言いながら背中をぐいぐい押してくるララ。

 

「待て待て待て待て! 今日は学校あるから駄目だ!」

 

「学校?」

 

「勉強する所だ。俺も美柑も昼間はそこに通ってる。休みは週…7日に2回。今日含めて後4日経たないと休みは来ないぞ」

 

「えー! 折角リトと買い物に行けると思ったのに……」

 

「買い物?」

 

朝の会話を知らない美柑が、何の話かと訊いてきた。

 

「服だよ。ララはペケしか持ってないからな。今度買いに行こうって」

 

「へぇー? デートのお誘い? やるじゃんリト」

 

ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべてからかってくる美柑。こういう所は小学生らしい。

 

「別に美柑も一緒に行けばいいだろ。今週末何か予定あるのか?」

 

「ないよ? ま、リトには荷が重いか。しょうがないから付き合ってあげるわよ」

 

「そんな訳でララ、土曜日まで我慢だ」

 

「ごめんね? ララさん。学校は休めないから」

 

「えぇ~……じゃあ、私も学校行きたい!」

 

マジか。早くね? ララが結城家に住むタイミングもそうだし、全体的に展開が早い気がする。

 

「それは流石に無理じゃあ……」

 

普通はそう思うだろう。しかし原作ではあっさりそれが叶うのだ。しかも信じられない方法で。

 

「あー……俺に良い考えがある」

 

「ほんとっ?」

 

「え!? 本気? リト」

 

「まあ、ララを1人にしとくのも不安だしな」

 

「ワタシもいますヨ」

 

「心配してくれてるの? ありがとーリト♪」

 

心配ではなく不安だと言ったんだが……そう言えば、ララはまだ追われてる身だったな。まだザスティンが来てないし、ララとしても1人になりたくないのか。

 

恐らく、黒服を追い返したことで、親衛隊隊長のザスティンが出ばってくる。そしてザスティンからなら、直接デビルーク王に話を通しやすい。だからこそ、いつザスティンが来ても良いように、言い訳の材料たるリトから離れたくない、と。

意外と抜け目の無い女だ。原作を読んでた時は何とも思わなかったが、案外ララの行動には意味のある物が多いのかもしれない。

 

「じゃあ、ちょっと早めに出とくか。ごめん美柑。洗い物頼んでいいか?」

 

「いいよ。別にいつものことじゃん。いってらっしゃい、リト」

 

「いつもありがとう。いってきます」

 

「いってきまーす♪」

 

予め用意しておいたカバンを持って、そのまま家を出た。今日は良い天気だ。

 

 

 

学校に向かう道すがら、ララには最低限のルールを課すことにした。

 

1、宇宙人であることは黙っておくこと(これはララも最初からそのつもりだったが)。

2、身体能力を地球人に合わせること。飛ぶのはもっての外。

3、リトと婚約者であることは言わないこと。目立ってしまうし、無駄な敵も作りかねない。

4、一緒に住んでることは言ってもいいが、リトの母の知人の娘ということにして、留学の際にホームステイ先として住んでることにすること。

 

4つ目は今考えたが、後で結城家の人間と口裏を合わせとかないといけないな。

 

「どーして、婚約者のこと隠さないといけないの?」

 

「さっきも言ったけど、目立つからな。単に実家に言い訳するための関係なら、部外者に話さなくてもいいだろ」

 

下手に話して宇宙人だってことがバレないとも限らない。

後々バレることになるが、この時点でララが宇宙人であることを、クラスメートに話すのは得策ではない。

あれはララの超人的な身体能力や突飛な行動を小出しにして、尚且つララの性格を知った上で受け入れられたに過ぎないからだ。

 

「ねえリト、それなんだけどーー」

 

「ララ」

 

ララが何か言おうとしたが、一旦それを遮り、物陰に身を隠す。

 

「あれだ。ペケ、あの娘と同じ服に変えられるか?」

 

丁度彩南高校の女子生徒が通りかかったので、指を指してペケに指示を出す。

 

「エエ、勿論デス」

 

すると、一瞬ララが光に包まれ、次の瞬間には彩南高校の制服に身を包んだララが立っていた。

 

「よし、その格好なら目立たないな。学校に行く時はいつもその格好で行けよ? 衣替えにはその都度対応すればいい」

 

「この格好してたら学校に行ってもいいの?」

 

「いや、学校の一番偉い人に許可を貰わないといけない。今からその人の所に行くつもりだ」

 

「ふーん。ねえ、さっきの話の続きなんだけど」

 

「ん?」

 

「リトは、私と結婚するの嫌?」

 

「……? なんでそんなこと訊くんだ?」

 

「私は、リトとなら結婚してもいいかなーって思ってるケド」

 

……ああ、そういうことか。

 

少し考えて、合点が行く。

今の時点でララが(リト)に惚れてるということは無いだろう。今の私達は一夜を共にしたに過ぎない関係だ。語弊があったごめん。とにかく、ララが本気でリトに惚れるには、まだ相応のイベントをこなしてない。

 

今までの婚約者候補達に碌なのがいなかったから、相対的に(リト)が好印象に映っているのだ。まあ、実際原作の結城リトはいい奴なのだが。

 

しかし、最早原作通りに動くつもりはそんなに無いし、イベントをこなすつもりも無い。

 

「んー……そうだな。ララが『俺となら結婚してもいい』って思ってる間は、するつもりは無いな」

 

「えー、何ソレ、意地悪?」

 

「いいや、今の言葉の意味が分かった時が、結婚相手を見つけた時だよ」

 

「ふーん?」

 

どうにも腑に落ちて無さそうだが、あまり長話をする訳にも行かないので、さっさと学校に向かうことにした。

 

 

 

ー校長室ー

 

「可愛いからOK!」

 

「やったー!」

 

案の定余裕のOKだった。学校の管理ガバガバではないだろうか。

 

「これでリトとずっと一緒にいられるね♪」

 

「ははは……」

 

ララの台詞に思わず苦笑いが浮かぶ。そう言えば、校長は女好きの変態だが、リア充に対する憎しみとかとは無縁なタイプだったよな。

もしリア充に寛容でないタイプの変態だったら多分駄目だったな。良かった。まあ、代わりに彼氏持ちだろうが見境なしに襲うんだろうが。

 

それから、ララは留学生枠として迎えることや、学校の資料や教材は後日発注すること、クラスは1-Aにすること等を伝えられ、校長室から出た。

 

仕事が早い。普段あれだけ変態行為に勤しんでおいて、学校自体は一応機能してるのは、なんやかんや仕事はちゃんとやってるからだろうか。若しくは変態行為に勤しむために仕事が早いだけなのか。

 

因みに、まだ教材が無いが、体験入学という形で今日から学校にいても良いらしい。

校長が優しいのか美少女に甘いのか、間違いなく後者だな。

 

 

「ふふー♪」

 

「ララ、腕を組むのは止めよう」

 

「なんで?」

 

「目立つ。いや、お前の存在そのものが目立ってるけど、こういう行為を良く思わない奴もいるんだよ」

 

「ふーん、変なのー」

 

「ほら、普通に歩く」

 

「しょうがないなー」

 

腕を離す様に促すと、ララは渋々ながらも素直に従った。それでも距離が近いが、これが彼女のパーソナルスペースなのだろう。

 

 

そうこうしている内に、1-Aの教室に着いた。

 

「リト!? なんだその可愛い女子は!?」

 

教室に入った途端、猿山が食い付いてきた。

その声に吊られてクラス中の視線がこちらに向き、何とも言えない居心地の悪さを感じる。

 

「留学生だよ。母さんの知り合いの娘さんで、今は家でホームステイしてるんだ。今日からこのクラスの一員」

 

「ホームステイ!? ど、同棲してるって言うのか!? こんな美少女と!?」

 

「まあ、部屋余ってたし」

 

『同棲』と聞いて、クラス中の男子から恨みがましい目で睨まれる。女子は女子で面白そうな物でも見る様な目になってるのが半数だ。碌な奴いねーな。

 

「ほら、折角だしもう自己紹介しとけ」

 

「はーい。私、ララ! ララ・サタリン・デビルーク。よろしくー」

 

「おお、本当に外国人だ。日本語上手いね」

 

「よろしくーララちぃ」

 

やや遠巻きに見ていた連中の中から、籾岡と沢田らしき少女が出て来てララに話しかける。

 

「ララちぃ?」

 

「可愛いかなーって思って。駄目? ララちぃ」

 

「ううん、いいよーありがと!」

 

そのまま自然と女子の輪に加わるララ。籾岡と沢田のファインプレーだな。単に面白そうだと思っただけだろうが。

 

「リト~……」

 

「うぉっ!?」

 

ララ達を見ていると、後ろからぬぅっと猿山が顔を出して、肩を組まれる。

 

「テメー、春菜ちゃんというものがありながら、どういうつもりだ?」

 

「いや、余ってる部屋貸してるだけだぞ?」

 

本人は使う気無いみたいだが。

 

「だったら俺ん家でもいーじゃねーかァ!!」

 

「お前ん家部屋余ってたっけ?」

 

「俺の部屋がある!!」

 

「頭大丈夫?」

 

猿山が本能に忠実過ぎてつい辛辣になってしまう。まあ男友達なんてこんなもんでいいだろう。

 

ここまではまだ平和だった。男子連中も羨ましそうではあるものの、折角だからと妄想に耽り、ふざけあいながらも仲睦まじく談笑していた。

 

「えー!? ララちゃん、昨日結城と一緒に寝たの!?」

 

一瞬、教室内が凍った気がした。

 

ジーザス。なんでそうピンポイントに誤解されそうなこと言うの。

 

「……どういうことだリトォ?」

 

案の定男子共が血涙を流しながら、こちらを睨みつけてくる。

 

「いや、待て。何もない。何もないから」

 

「んなもん信じられると思ってんのかァ?」

 

「バカお前っ、ララに手を出したら、母さんの知り合いの旦那さんに殺されるっての!」

 

外国的に言うなら、ショットガン・マリッジって所か。この場合手を出したら父親に拳銃で脅されて結婚を迫られるが。

 

実際ララに手を出したら、似た様なことになるのは明白だ。ついでに地球も滅ぶかもしれない。

 

「む……」

 

「ちっ……」

 

「でも羨ましい……」

 

俺の言葉にある程度納得したのか、一応矛を収める男子達。それでもまだ恨みがましい顔をしているあたり、男とはどうしようもねぇ生き物だなと思った。

 

「ララちぃ、結城になんかされたら、遠慮せず私らにいいなね?」

 

「なんかって?」

 

「結城君はそんなことしないと思うけど……」

 

しません。

西連寺の優しさが目に滲みる。惚れた色眼鏡だろうが。

 

そんなこんなしている内に、担任の骨川先生がやってきて、ララの自己紹介が既に済んでたこともあって、すぐにHRと相成った。

 

 

 

授業が始まって、漸く一息着けたので、これからのことを考える。

 

当面の問題はザスティンだ。

昨夜黒服を追い返してから、ララを連れ戻しに地球に来ているはずだから、今頃その辺で警察に捕まったり、犬に追いかけられたり、迷子になったりしているだろう。

 

そして、ララがリトをザスティンに紹介した後に、決闘を申し込まれたはずだ。問答無用で。

あれも中々にヤバい。一発でもザスティンの攻撃を食らったら、ただでは済まないだろう。ララが止めてくれるが、それまでは自分で持ちこたえないといけない。

 

どうにか丸く収められないかなあ……

 

私の危惧の1つとして、『この世界がどれだけラブコメ時空の影響を受けているか』という物がある。

 

ぶっちゃけ昨夜の爆発とか、現実的に考えて食らったらひとたまりも無い。

黒服二人はデビルーク人だからという説明が付くが、一般の地球人の結城リトがあの爆発に耐えられるとは思えない。

しかし原作では、バッテン形の湿布を貼るだけで済んでいる。

 

実際にこの世界に生きている身としては信じられない。

当然だが、私は痛みも感覚も正常に感じとれる様になっている。

だからこそ、あの場でララにしがみついたのだ。無様だとしても。

 

『この世界ではそうそう死ぬ様なことは無いだろう』という楽観と、『今はここが現実なのだから、死ぬ時は死ぬだろう』という危機意識が同時に存在する。

 

だから、ララの婚約者候補なんて厄介なことを安請け合いするクセに、いざ危険が迫ると焦ってしまうのだ。

 

閑話休題

 

ぶっちゃけ対策とか立てようが無いな、と思ったので、原作通り逃げの一手に走ろうかなと思う。

こういう時のために足腰を鍛えたかったのだが、間に合わなかったものは仕方ない。今のポテンシャルでやれることをやるしかない。筋トレはある程度続けるが。

 

 

ー昼休みー

 

「リト、一緒に食べよ!」

 

「ん」

 

ララが美柑に作ってもらった弁当を持って、リトの席にやってくる。

同時に、男子共が羨ましそうな目で見てくる。面倒臭い奴らだ。

 

「ララ、折角クラスの女子と仲良くなれたんだから、そいつらと一緒に食べたらどうだ?」

 

「あ、それもそうだね。おーい! リサミオも一緒に食べよー!」

 

「……も?」

 

あれ、おかしいな。私じゃなくて女子と一緒に食べれば? って言ったつもりだったんだけど。

 

ほら見ろ、籾岡と沢田も若干困惑ぎみじゃないか。あ、嫌らしい笑みに変わった。

 

「いいの~? ララちぃ、おアツいところお邪魔しちゃって…」

 

「いいよー。リトも一緒に食べたいって言ってるし」

 

言ってへん言ってへん。

 

思わずララを見ながら首をフルフルと振ったが、どうせララには見えてないだろう。

籾岡が更に面白そうな物を見る目になった。この(アマ)

 

「じゃ、お言葉に甘えて、お邪魔しちゃおーかしら♪」

 

「春菜も行こ」

 

沢田が西連寺も誘う。このメンバーなら自然と付いてくると思っていたので、特に文句は無い。むしろこのメンバーだといい緩衝材になってくれそうだと期待しておく。

 

「え? 私も?」

 

「いいよね? ララさん、結城も」

 

「もちろん!」

 

「ああ」

 

ガタガタと机をくっつけて、お弁当を広げる。

 

男子からの視線がより強くなった気がするが、最早どうでもいいなと思った。

 

 

「で? 二人の関係って、何なワケ?」

 

弁当をつつきながら、籾岡が身を乗り出して訊いてきた。

 

「カンケー?」

 

「ただの同居人」

 

ララが首を傾げていたので、下手なことを言う前に無難に答えておく。

 

「ララさんは結城のこと、どう思ってるの?」

 

今度は沢田が直接ララに訊いてきた。

 

「好きだよ?」

 

「それって恋愛的な意味で? …あ、流石に本人の前じゃ言いづらいか」

 

籾岡が続くが、流石に踏み込み過ぎたかと躊躇する。

 

「んー、よく分かんないけど、私、リトとなら結婚してもいいと思う」

 

すんげぇ爆弾落としてきた。

 

「ええ!?」

 

「け、結婚!?」

 

想定外の単語に沢田と籾岡が声を上げると、周囲の人間がギョッとしてこっちを見てきた。何人かは最初から聞き耳を立てていたかもしれない。

 

「結婚……」

 

弁当を食べながらずっと話を見守っていた西連寺も、箸を止めて呆然としている。若干目に生彩が無い気がするのは気のせいか。

 

「でも、リトは私と結婚したくないんだって……」

 

呆然としている周りを尻目に、ララは悲しそうにーーいや、違うなーー残念そうに、目を伏せる。

しかしその仕草は、見ようによっては涙を堪えてる様にも見えてくる。

天然でやってるのだから恐ろしい。悪魔の方がマシだと思った。

 

「リトてめェーーーー!!!」

 

案の定、猿山を筆頭にクラスの男子に掴みかかられる。

 

「こんっな可愛い女子を泣かせるたァどういう了見だァ!!」

 

「う、うるせー!! 俺の勝手だろうが!!」

 

気迫で負けたらやられると思ったので、猿山に負けじと声を張り上げ、胸ぐらを掴まれていた腕を掴み返す。

 

喧嘩をする気は無い。今は食事中だし、そんなことよりもララに言いたいことがあった。

 

「ララ! 俺は別に結婚したくないとは言ってない! でもお前はまだ分かってないんだ。いいか、『結婚してもいい』と『結婚したい』の間には、天と地程の差がある。お前は『結婚したい』と思えるまでは結婚なんてしなくていいんだ。お前は、自由なんだから」

 

「自由……?」

 

「そうだ。自由になりたかったんだろ? 手伝ってやるつってんだろ」

 

いや、「付き合ってやる」って言ったんだっけ。まあどっちでもいいや。

 

教室がやたらに静かだった。みんな呆然と私とララのやり取りを見ている。事情を知らなけりゃそりゃ意味分からんだろう。面倒臭いから意味分からんままでいてくれ。

 

「リト……」

 

……ん?

 

なんか、やたらララの目がキラキラしてる様な気がするが、なんだこれ、美少女補正? 今までそんなの無かったしどっちにしろ美少女だけど。

 

「うれしい……そこまで、私のキモチ理解してくれてたんだ……」

 

「あ? ああ……」

 

なんだろう……この既視感。知らずに、冷や汗が流れてくる。

 

「リトの言う通り私は……自分の好きなように自由に生きたい。まだまだやりたいことたくさんあるし、結婚相手だって自分で決めたい……そう思ってた」

 

待って。これ確か原作ではザスティンと一緒の時に言ってた台詞じゃないか? え、待って待って。それじゃあ、この流れはもしかしなくても

 

「私……今ならリトが言ってた言葉の意味が分かる。これが『好き』ってキモチ……私、リトと結婚したい!」

 

「うっそだろお前!?」

 

そんな即堕ち2コマある? いや、原作も大概そんな感じだったけど、現実で直面すると思うわ。この女、チョロすぎる。

 

「リトー♪」

 

「ちょ、やめろ! 抱きつくな!」

 

周りの男子共を押し退けて抱きついて来るララ。

 

漸く周囲の時間が動き出し、ザワザワと騒ぎ始めるクラスメート。

猿山達が「どういうことだリト!?」「ちゃんと説明しろ!!」と騒ぎ立て、籾岡と沢田は面白そうに西連寺と何やら話していたが、当の西連寺はやはり困惑した様子で、ジッとララのことを見ていた。

 

なんとか嘘も織り混ぜつつ、ララの事情を説明した頃には、もう昼休みは終わっていた。

弁当は半分程食べ損なった。

 

 

 

「はあ……」

 

あれから、授業中も休み時間も、クラス中の視線が痛くてしょうがなかった。

私は基本的に他人の視線を気にしないタイプだが、あそこまでいくと気にしない訳にもいかない。

 

放課後、また囲まれて質問攻めにあったら堪ったもんじゃないと、ララをつれてさっさと教室から出ていった。

そして今、原作で度々出てきた、あの河川敷に来ている。

ここで残った弁当を食べるつもりだ。

 

「こーいう所で食べるのもいいねー♪」

 

ララも隣に腰を下ろし、一緒に残った弁当を食べるつもりらしい。

 

「ララ様、本気でコノ地球人と結婚するつもりデスカ?」

 

「もちろん♪」

 

周りに人がいなくなったからか、今までずっと黙り込んでたペケが困惑ぎみにララに問いかけた。

それに対して、ララは当然の様に頷いた。

 

だろうな、と思う。

ララはこの手の嘘を吐かないだろう。

 

ララを本気にさせてしまった、という事実に、気が滅入る。

ララが今の結城リトに惚れたということは、私自身がそれに向き合わなければいけないのだ。

仮にリトに身体を返す目処が付いたとして、それまでにララの気持ちに対して決着を付けなくてはいけない。

 

今のララの気持ちを本来の結城リトに押し付ける訳にはいかないのだ。

 

「ごちそうさま」

 

「ごちそうさまー♪」

 

弁当を片付け、カバンにしまい込む。

 

ふと、ララを見てみる。

ララもこちらを見てきたので、そのままお互い見つめ合うことになった。

 

夕焼けでほんのり赤くなった頬、桜色の唇に、小さく整った鼻、長い睫毛が大きな瞳に影を落として、ストロベリーブロンドの髪は夕日で紅く輝いていた。

 

綺麗だな、と思った。

 

見た目もそうだが、ララは心が綺麗なのだ。純粋で、素直で、飾らない心が原作を読んでた時から好きだった。

 

きっと、それはここにいても同じだろう。

いずれ私はララを好きになる。ララがリトに向けてる感情と同じかはさておき、それは確信を持って言える。

 

……もし、結城リトに身体を返す希望が潰えたら。若しくは、私が結城リトとしての人生を受け入れたら。

考えたくもないが、その時には、腹を括ることにしよう。元に戻れない理由は無いが、戻れる保証も無いのだから。

 

「……帰るか」

 

ポツリとそう呟き、カバンを持って立ち上がる。

ララも立ち上がったのを確認して、家の方向に足を向けたところで、怪しげな格好をした男が現れた。

 

「ララ様!」

 

「ザスティン!」

 

そこには、髪を乱し、脚を犬に噛まれ(現在進行形)、満身創痍と言った様相のザスティンが立っていた。

 

……初登場から締まらない男だ。本当は強いのに。

 

多分戦闘力なら、作中でも5本の指に入ると思うんだけど、どうなんだろうね。

ザスティンより強そうなのはせいぜい、ギド、ララ、クロ、ダークネス状態のヤミくらいじゃないかな。知らんけど。

 

「フフ……苦労しましたよ。警官に捕まるわ、犬に追いかけられるわ、道に迷うわ……これだから発展途上惑星は……しかし!」

 

その辺は発展途上惑星関係無いと思うが、喋ってる最中もずっと犬が足の脛の所ガジガジしてんのシュールだな。

 

「それもここまで! さァ、私と共に、デビルーク星へ帰りましょう。ララ様!」

 

「…………」

 

そこで、何故か考え込むララ。

 

え? ここ考え込む所? 原作と心境がやや違うとは言え、ここは強引にザスティンを説得する所じゃないの?

 

「……いいよ。帰っても」

 

「は!?」

 

「エ!?」

 

「……そうですか。漸くララ様もデビルーク王の後継者としての自覚を持たれた様ですね。では、私の宇宙船に乗って帰りましょう」

 

ザスティンが指を鳴らすと、どこからともなく宇宙船が現れ、河川敷に降り立った。

 

「お、おい……いいのか? ララ……」

 

おかしい……ララがデビルークに帰りたがるなんて……いや、家族のことが嫌いな訳では無いから、別におかしくはないんだが、一体何故ーー

 

「その代わり、リトも連れて行っていい?」

 

ーー把握した。こいつ、デビルーク王に私を紹介するつもりだ。若しくは家族全員に。

外堀から埋めるつもりか。違うな。ララは頭は回るがそういうことを考えるタイプじゃない。単に自分が初めて好きになった人を家族に紹介したいだけなのだろう。

天然でテクニカル引き当てるの本当に止めてほしい。

 

「失礼、リトというのは……?」

 

「この人だよ。私、リトのこと好きになったの。だから、パパに紹介させて?」

 

言いながら、腕を組んでくるララ。

 

ザスティンは一瞬顔をしかめ、しかし呆れた様に顔を振った。

 

「ララ様……またお戯れを……」

 

「違うよ。私、本気でリトのこと好きになったの」

 

「本気ですか……?」

 

次は訝しむ様な目になり、そして私の方を品定めする様に見てきた。

 

「……いいだろう。地球人、誇りに思いたまえ。本来、貴様の様な人間が相見える様なお方ではないのだからな」

 

なんもうれしくねぇ。

 

ザスティンが決闘を仕掛けてこないのは、多分どっちみち私がこれからデビルーク王に謁見することで、品定めされると踏んでるからだろう。

この男がララ様に相応しくなければ、デビルーク王が消し去るだろう、と。

 

しゃれんなんねぇ。

 

「行こっ! リト♪」

 

そのまま宇宙船に連れ込まれ、せめてこれだけはと、美柑に「今日は遅くなるか、もしかしたら帰れない。ララの件で色々。帰ったら説明する」とだけメールを打って、宇宙船が地球の大気圏を出るのを、黙って見ていた。

 

 

せめて、遺書を書く時間が欲しかった。

 




原作とはかけ離れた展開となってきました。
彼女はこれからドンドン泥沼にハマっていきます。見守ってあげてください。

ちょいちょいペケの存在を忘れそうになるんですよね。


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ToLOVEるな日々ー2話ー

不定期更新と言いながら定期的に更新していくスタイル。

でもこれで本当にストックが尽きたので、明日更新出来る保証はありません。


デビルーク星まで、光速で飛ばしても片道3時間はかかるらしい。

遠いと捉えていいのか、近いと捉えていいのか分からん。

 

とりあえず、今の内に色々確認しておこう。

ザスティンに聞こえない様にララに話しかける。

 

「なあララ、1つ確認なんだが」

 

「なに?」

 

「お前は俺と結婚したいみたいだけど、俺がそれに了承してないのは分かってるよな?」

 

「ナァ!?」

 

「え? 結婚してくれないの?」

 

ペケが驚愕の声を上げ、ララはキョトンと首を傾げた。

分かってへんのかい。

 

「『結婚してもいいけど、したい訳じゃない』この意味、分かるだろ?」

 

「ーーそっか! じゃあ私、リトに好きになってもらえる様、がんばるねっ!」

 

「う、うん……」

 

おおよそララらしい返事だったが、「がんばれ」と言うのも何か違う気がして、何とも歯切れの悪い返事になってしまった。

 

「ラ、ララ様……本当によろしいノデスカ? こんな男と……」

 

こ ん な 男

……まあいいけど。

 

「うん! だって私、リトのこと好きになっちゃったから……」

 

胸に手を当て、頬を染めて目を附せるその仕草は完全に恋する乙女のそれだった。並の男ならこの時点で惚れてる。

 

「そうデスカ……ナラバ!! 私は全力でララ様を支援するまでデス!!」

 

まだ疑念は残るものの、そこはララに対する忠誠心全振りのロボット。ともすれば、ララの願いを叶えんとするのは当然の流れだった。

 

その後は、デビルーク星に着くまで、ララの家族のことやデビルーク星のことをララと話していた。

 

 

ーデビルーク星ー

 

宮殿の様な建物の前に、宇宙船は着陸した。

多分庭なのだろう。綺麗に整備された花や木々が至る所に自生している。

 

……デカい。

どこの世界でも、位の高い人物が広い土地と豪華な建物を持つのは、共通なんだろうか。

 

「デビルーク星へようこそー♪行こ! リト」

 

宇宙船から降り立った所でララがそう言って振り返り、そのまま私の腕を掴んでグイグイ引っ張ってきた。

実家に帰るということもあって、既にドレスフォームに着替えている。

 

「そんなに急がなくても、誰も逃げやしないだろ」

 

デビルーク人の力に敵う訳もなく、引きずられながら一応抗議する。

 

「だって、早くみんなにリトを紹介したいし」

 

「むぅ……そう言えば、デビルークの重力は地球とそんなに変わらないんだな」

 

まあいいか、と納得しかけて、ふと、気になったことを呟く。

 

体が極端に重い訳でも、軽い訳でも無い。動きやすくていいが、あまり他の惑星に来たという実感は湧かなかった。

そう言えば、空気中の分子の配合はどうなってるんだろう。問題なく呼吸出来てるから、酸素濃度はそう変わらないはずだが。

 

「あ、この辺はね。デビルークは磁力の差があるから、向こうの山の方はここよりずっと重力が強いよ。逆にあっち側は弱い。それぞれ修行や空を飛ぶ練習に使われたりするんだよ」

 

「へぇ」

 

面白い。こういう原作に無いことを知れるのは、この世界に来てからの一つの楽しみだったりする。

 

「ただいまーー♪」

 

そうこうしている内に、入り口らしき所まで辿り着き、ララが豪快に扉を開け放った。

 

宮殿の中は、大方予想通りで、真っ赤なカーペットにシャンデリア、無駄な装飾品は少なく、シンプルで質の良さを感じる見た目だった。

 

確かな気品から、内装を拘ったのはきっとララの母親の方だろう。

 

「お帰りなさいませ、ララ様」

 

そしてこのメイドさんである。

完璧だ。完璧なメイドだ。シワ1つ無い白のブラウスに、フワリと広がった黒のロングスカート、汚れの一切無いドレスエプロン、そしてピコピコと動く猫耳カチューシャ。

……なんで猫耳カチューシャ?? 首から下は完璧なメイドなのに、首から上が唐突に俗っぽい。誰だよデザイン考えたの。

 

一瞬本物の猫耳説も考えたが、普通にララと同じ耳が左右に付いてるので、その説は即座に否定された。て言うか、髪と同色で分かりづらいけど、やっぱりカチューシャだコレ。誤魔化せないわ。

 

「デビルーク王が玉座にてお待ちです」

 

「はいはーい♪」

 

恭しく傅くメイドさんに対して、手を振りながら返事をして素通りしていくララ。

案外雑な対応だが、ララらしいとも思った。主人からしてみれば、侍女とはこういうものなのかもしれない。

 

素通りするのも悪い気がして、ペコリとお辞儀だけして、ララの後についていく。

 

すると、宮殿の奥の方からドタドタと騒がしい音が聞こえてくる。

 

「姉上! 帰って来たのか!?」

 

バーン! と扉を開けて、伊藤かな恵ボイスのツインテール少女が飛び出してきた。

そして後ろから、あの甘ったるい、あいなまボイスのツーサイドテール少女も出てきた。

 

「もう、ナナ、そんなに騒いで、はしたないですわよ?」

 

「なんだとモモ! お前は姉上が帰って来て嬉しくないのか!?」

 

「誰もそんなこと言ってないじゃない……まったくお子様なんだから」

 

「なんだとー!」

 

「久しぶりー。相変わらずだね。二人とも」

 

「お久しぶりデス。ナナ様、モモ様」

 

おお……新井里美に、伊藤かな恵に、豊崎愛生。

 

「揃ったな……」

 

佐藤利奈がいないのが悔やまれる。

 

「ん?」

 

「ああいや、その娘達が妹?」

 

ララに聞き返されてしまったので、適当に誤魔化しておく。声優ネタも程々にしよう。

 

「そーだよ! こっちがナナで、こっちがモモ。双子なの」

 

「……なあ姉上、そいつ一体誰なんだ?」

 

「お姉様の知り合いの方に、そいつなんて失礼よ?」

 

「うるさいなーもう」

 

私のことを訝しげに見るナナをモモが諫め、それにまたナナが突っかかる。

これでもこの二人は別に仲が悪い訳じゃない。これがこの二人の関係なのだ。姉妹故の遠慮の無さだろう。

 

「この人はねー、リト! 私の好きな人だよ!」

 

「「……へ?」」

 

おお、完璧にシンクロしている。さすが双子。

 

「はあ!? 本気か姉上!? こ、こんな冴えない地球人……なんで!?」

 

「これは流石に驚きですわ……」

 

ナナは信じられない物を見る目で、モモは興味深そうにこちらを見てくる。

 

「……はじめまして、正確には、結城リトって言います。好きに呼んでくれ」

 

居心地が悪い。とりあえず自己紹介で間を持たせる。

 

「ああ、これは失礼しましたわ。私の名前はモモ・ベリア・デビルーク。どうぞ、モモと呼んで下さい。ほら、ナナもちゃんと名乗ったら?」

 

「……私はナナ・アスタ・デビルークだ。どこのどいつだか知らないけど、姉上を騙すつもりなら、容赦しないからな!」

 

「もう、ナナったら……」

 

「リトはそんなことしないよー?」

 

「…………」

 

まあ、ナナの反応は当然だろう。

お見合いが嫌で家出してた姉が突然帰って来たと思ったら、「好きな人が出来た」とか言い出したら、騙されてるか、何かの気の間違いと思ってもしょうがない。

 

「ごめんなさいリトさん。ナナが失礼な態度を……」

 

「いいや、気にしてない。俺が怪しいと感じるのは当たり前だ」

 

「まあ……聡明で優しい方で良かったわね。ナナ」

 

「…………」

 

余計にナナの目付きが鋭くなった。返答にミスったな。まあ今の段階では何を言っても大差ないか。

 

「…で、ソイツ家に入れてどうすんだよ、姉上」

 

「パパに紹介するよ?」

 

「マジで?」

「マジですか?」

 

またハモった。そこまで?

 

ナナの目が若干哀れみに変わった。そこまでか。

 

「……もしもの時は骨だけは拾ってやるよ。骨が残れば」

 

物騒にも程がある。

 

「それじゃあ、レッツゴー♪」

 

ララに腕を掴まれ、引きずられる。

 

「帰りたくなってきた……」

 

軽いノリで宇宙の帝王に会いに来るんじゃなかった。

 

「ねえナナ、折角だし、私達も玉座の間に行かない? リトさんがどんな人が気になるし」

 

「そうだな。面白そーだし、行くか」

 

聞こえてるぞ。おい。

 

 

ー玉座の間ー

 

「てめえが報告にあった『リト』か」

 

「あ、はい、結城リトと言います」

 

目の前には宇宙の覇者、ギド・ルシオン・デビルークがいた。

先の大戦で力を使い過ぎて、今では子供の姿だが。

 

オーラが凄い。肌で感じる。威圧感がヤバい。多分わざとなのだろう。原作では子供のフリをする時もあったし、常にオーラが駄々漏れということもあるまい。

 

じぃっと品定めする様に全身を眺められる。なんだなんだ?

 

「……ふん」

 

すっとオーラが収まる。助かった。

冷や汗が凄い。リトは額と背中に冷や汗をかくタイプらしく、背中の方がじっとりとしている。

 

「つまり、テメーがララの婚約者第一候補ってことでいいんだな?」

 

「……そうなるのか?」

 

思わず、ララに訊き返す。

情けないが、ぶっちゃけこの場で私に発言権があると思えないのだ。

 

「もちろん! だから、私はもうお見合いする気無いよ? リトに振り向いてもらわないといけないんだから!」

 

「……ん? 待て。テメー、ララのこと好きじゃねーのか」

 

「嫌いじゃないですけど、そこまでは。会って2日ですし」

 

「えっ……」

「2日……?」

 

玉座の端で事を見守っていたナナとモモが、愕然とこちらを見つめる。

分かるぜその気持ち。

 

「……おいララ、こいつのどこが良いんだ? 冴えねえし、弱っちそうだし、お前のこと好きじゃねぇつってるぞ」

 

「だってリトは……初めて私のことを理解してくれた人だから……」

 

「……どういうことだ?」

 

「姉上……」

「お姉様……」

 

ギドは今までに見たことのない娘の姿に、戸惑っている。

ナナとモモは、思う所があるのか、ただ見守っていた。

 

初めて……か。

ララの環境を思えば、仕方ないのかもしれない。

王族であるのだから、背負うべき責任が多く、自由が少ない。

周りは父親の言いなりになる様に強要してくる。

全く味方がいなかった訳では無いだろうが、窮屈で仕方なかったろう。

 

「リト……どういうことか説明しろ」

 

ララより私に訊いた方が効率が良いと思ったのか、こちらに矛を向けてくる。

 

「特別なことは何もしてません。…ただ、ララは自由に選んでいいと思いました」

 

目線で「続けろ」と言われたので、一度唇を湿らせる。

 

「結婚相手も、住む場所も、デビルークの後継者になるのも、自分で決めて良い。そこに必要なのはララの意志だけ。それは自分の意志で決めないと意味が無いんです。強要したってどうせガタが来る。だから言ったんです『自由に選べ』って。俺はララの自由意志を尊重したいんです」

 

「そんな我が儘が通じると思ってるのか……?」

 

また、ギドの威圧感が増す。さっきよりも強く、濃い。

 

「我が儘なんかじゃない! 誰もが持ってて当たり前のものを、ララだけが持ってはいけない理由なんて無い! そんなことは許されないっ……」

 

更にギドの威圧感が増す。

 

「許されない? 誰が許さないんだ。この俺様を」

 

ヒュッと喉が詰まり、息が吸い込めなくなる。足が震え、今にも倒れそうだった。倒れたかった。

 

「あっ……はっ……」

 

でも、これだけは譲りたくない。譲らないんだ。絶対に。

 

思いっきり口の中を噛んで、辛うじて動いた右手で太股をぶっ叩く。

震えは止まらなかったが、とにかく息は吸い込めた。ついでに血で口の中が湿って都合が良い。

 

「っ……俺が! 俺が、許さない!! 絶対に!! ララの自由はララのものだ!! 俺は俺の意志でそれを守る!! 文句あるか!!?」

 

私は、他人の自由意志を無視する人間が、世界で一番嫌いなんだ。

 

 

はァ、はァ、と息切れする。

随分と無様に喚き散らしたもんだ。血でカーペット汚しちゃったし、殺されるかもしれん。

少しでもララの意志が尊重される様になればいいんだが。

 

「……合格だ」

 

「あ……?」

 

ふと見上げると、ギドは不敵に笑っていた。今の子供の姿には似合わない顔だ。

 

「うわっ!?」

 

いきなりギドが私の肩に乗って来た。何今の瞬間移動?

 

気付けば威圧感も消えていた。

 

「中々根性ある奴じゃねーか。ララ」

 

「あ……」

 

そう言えば、ララの話でこんなに熱くなってたんだった。必死過ぎて存在を忘れていた。

 

「……………」

 

……か、完全に雌の顔になってる……

いや、昼休みの時も大概だったが、その比じゃない。信じられないくらい顔が真っ赤だし、涙が溢れそうなくらい目が潤んでる。非常に破壊力の高い表情だ。

 

思わず、ララから半歩後ずさってしまう。

 

「コイツは俺の力を一番引き継いでるが、セフィともよく似ている。きっと執念深いぜェ。ケケケ、諦めてさっさとララに惚れろよ、リト」

 

……なんか、手の平の上で踊らされた気分だ。実際そうなのかもしれないが、でもまあ、そう選択肢を間違えた訳でもない……のか? どうだろう。やっちまった感も相当にでかい。

 

「むしろ惚れてねェのか? あれだけ啖呵切っといて、ララに惚れてねェってことは……他の奴に対してもそうなのか?」

 

「え……まあ、同じ状況なら多分同じ様にやっちゃいますね」

 

出来れば二度と御免だが。

 

「……罪な男だな」

 

実は女なんだよなあ。

 

 

あの後、ナナとモモに連れられ、口の中を医者に診てもらった。

今はもう止血が済んで、頬に湿布を貼っている。

 

「その……悪かったな。さっきは」

 

「ん?」

 

「嫌な態度、取っちまって……」

 

「ああ、それは本当に気にしてない。あの反応は普通だよ」

 

「お前が姉上のこと、本気で想ってるのは分かったからな。もう疑わない」

 

「それは……どうも」

 

疑いが晴れたのは喜ばしいかもしれないが、さっきのことを思い出すとどうも居たたまれない。感情的になりすぎた。

 

「私も……貴方なら、お姉様に相応しい相手だと思えますわ」

 

モモも、どこかほっとした様に言い、そっと私の湿布が貼られた頬を撫でた。

 

「でも……ちょっとお姉様が羨ましいかも。こんなに真剣に想ってくれる殿方に会うなんて、一生に一度あるかないか……」

 

「……そんな御大層なもんじゃないよ」

 

そっとモモの手を取り、軽く握る。

 

「いつかモモのことを真剣に考えてくれる人が現れる。その時に、一生に一度の覚悟でぶつかればいいんだ」

 

「……そうですね」

 

するりと、手を離す。現れるといいね、という想いを残して。

 

「そう言えば、リトは夕飯食べてくだろ? 姉上もそのつもりだろうし」

 

「そうですね。と言うか、もうこんな時間ですし、今日は泊まっていかれてはどうですか?」

 

「え? ……てか、今何時だろ?」

 

ふと気になって、ポケットから携帯を取り出す。時差と関係なく時計が進んでるはずだから、そのまま向こうの時間が出てるはずだ。

 

携帯が表示する時間はPM.7:56。今から帰っても11時を回る。しかも飯抜きだ。

 

「うーん……」

 

明日も学校あるし、美柑が心配だし、どうしたもんか……

 

「ソイツ、かわいーな。地球の生物か?」

 

「ん? ああ……」

 

ナナが待ち受け画面の猫に興味を持ったらしい。

 

「こいつは『猫』だ。地球には白とか黒とか、色んな色や柄の猫がいるぞ」

 

待ち受け画面を変えてて良かった。西連寺だったら目も当てられないことになっていたかもしれない。

 

「リトは動物が好きなのか?」

 

「そうだな。凶暴なやつは苦手だけど……」

 

「私と同じだな! 今度、電脳サファリに連れてってやるよ。私の友達いっぱいいるから」

 

「友達……」

 

「あ、私、動物と心を通わせられるんだ。だから宇宙中に友達いっぱいいるぞ」

 

「へぇ。そりゃすごい」

 

「因みに、私は植物と心を通わせることが出来ます」

 

「マジか。すごいな」

 

原作で読んでた時も思っていたが、植物と心を通わせるとはこれ如何に。

宇宙には意思を持ってそうな植物がわんさかいたが、地球にいる様な一見意思の無さそうな植物とも心を通わせられるのか。

 

まあ、私らが勝手に植物に意思が無いと思ってるだけかもしれないんだが。

 

「む、なんか私のより反応が良くないか?」

 

「や、動物の考えてることはまだ何となく分かりそうだけど、植物は分からないなーと思って」

 

「ふふふ、今度、私の電脳ガーデンにも招待してあげますね?」

 

「おい! 私が先に誘ったんだからな!」

 

「モモ、ナナ、また喧嘩をしているの?」

 

ナナとモモと談笑していると、ふと背後から、聞いたことの無い程の存在感を放つ声が届いた。

 

「母上!?」

「お母様!」

 

振り向くと、セフィ・ミカエラ・デビルークがそこにいた。

例のごとく顔はヴェールで覆われている。

 

「帰って来てたのか! おかえり」

 

「おかえりなさいませ。もう公務は終了したのですか?」

 

「ただいま。今日の分はね。……そちらの方は?」

 

セフィの視線がこちらに向き、ギクリと体が強ばる。オーラが凄い。

ギドとはまた方向性が違うが、この人も逆らえないと思わせる威圧感があった。

 

「こいつは、リト。姉上の婚約者だ」

 

「正確には、まだ婚約者第一候補よ?」

 

「そうだっけ?」

 

「あら……じゃあ、ララも帰って来たの?」

 

「そうだよ。割とついさっき」

 

「久しぶりに、家族全員で食事が出来そうで嬉しいですわ」

 

「そうね。私もよ」

 

セフィが喋る度に脳が蕩けそうだった。これは凄まじい。CV誰だっけ。声優ネタは程々にしろとあれ程。

 

「は、はじめまして、結城リトです」

 

とにかく、自己紹介をしないことには始まらない。この短期間で私は何度自分を『結城リト』だと名乗っただろう。名乗る度に後戻り出来なくなってたりしないだろうか。

 

「はじめまして、私はセフィ・ミカエラ・デビルークです。……その怪我はどうなさったのですか?」

 

「い、いやぁ……」

 

「コイツ、自分で口の中切ったんだぞ?」

 

「お父様の殺気に耐えるために、ですよ? ものすごい気迫でしたわ」

 

適当に誤魔化したかったが、ナナとモモがそれを許してはくれなかった。

 

「ギドの殺気に耐えたのですか? それは……」

 

何やら思案している様だが、ヴェールで顔を隠してるせいで何を考えてるのかはよく分からない。

 

「なあ……なんで顔を隠してるんだ?」

 

こそっとナナに訊いておく。

知っているが、やはり訊かないのは変だろう。

 

「ああ、あれは、母上の能力を抑えるためだ。絶対に素顔は見るなよ? 見たら最後、大変なことになるからな……」

 

日本ではそういうの、フリって言うんだが、まあ見ない方が良いだろう。万が一があると怖い。

 

「……そうですか。分かりました。詳しい話は後でギドから聞きましょう」

 

 

結局その後、セフィにも食事に誘われ、腹も減っていたしご相伴に預かることとなった。

 

 

 

「はい、リト。あーん♪」

 

「いや、自分で食べるから」

 

食事の席で、当然の様にララは私の隣に座り、ナナとモモはその正面に座った。

ギドとセフィは奥の席に並んで座っている。この星にも上座の概念があるんだろうか。

 

「私、この調味料好きなんだー。ダークマターって言うんだけど、リトのにもかけてあげるね♪」

 

「いや、今刺激物はちょっと……」

 

そしてさっきからララがめっちゃ構ってくる。鬱陶しい。

 

「ーーそう、リトさんがそんなことを……」

 

ふと、ギドとセフィの席の方に視線を向ける。どうやら、おおよそ話は聞き終わったらしい。

 

「元々私は、今すぐララを結婚させて、後継者にすることには反対だったの。でも、リトさんならララの意志を尊重してくれる」

 

セフィとヴェール越しに目が合う。

 

「リトさん、ララをお願いね」

 

「……別に俺は特別なことはしませんよ」

 

「でも、今じゃ貴方がララの一番の理解者よ」

 

せやろか。

随分御大層なもんになったと思う。

 

「ララも、自由にしてみればいいわ。でも、たまには帰って来なさいね?」

 

「うん! ありがとーママ♪」

 

セフィの視線が私からララに移り、ララは心底嬉しそうに返事をした。

 

「けっ……漸く後継者が見つかったと思ったのによォ……」

 

ギドは、私がララと結婚する気が特に無いのが、気に食わないらしい。

 

「どうせ貴方は、ララに全部押し付けて遊びたいだけでしょ? 今だって政務を全部私に押し付けてるクセに……」

 

「そうだよー! 私はいい迷惑なんだから!」

 

「ちぇっ……俺も自由が欲しいぜ……おいリト、お前も俺を可哀想だと思わねェか? 俺だって不自由だ」

 

「俺から見れば、あんたは十分に自由だ。自分でどうにかして下さい」

 

『後継者に地位を譲る』『ララを結婚させる』という選択肢を取れてる時点で、ギドは十分に自由だと言える。

選択肢の多さは自由の大きさだ。

ララには『家出』以外の選択肢が残されてなかった。

 

「ふん……そうだ、リト。お前のことは既に銀河中に触れ回った。他の婚約者候補共が黙ってねェだろうから、油断するんじゃねーぞ」

 

「マジすか」

 

ここに来てまさかの原作展開。でもこれはしょうがないのか。

 

「ちょっとパパ!」

 

「しょーがねェだろ。俺が言った所で、どうせ搦め手で攻めてくるだけだ。だったらもう好きにさせて、こっちで迎え撃つしかねェだろ」

 

「でも、リトは普通の地球人だよ?」

 

「……はァ。じゃあ、ザスティンを護衛に就けてやるよ。元々、ララのボディーガードとして送るつもりだったからな。ついでだ」

 

「え、ありがとうございます」

 

マジか。ギドさん優しい。

でもザスティンを頼りにしていいか割と微妙な所ではある。強いのに間抜けだからな、あの男。

 

「もしザスティンがダメだったら、私が守ってあげるね♪ リト」

 

「お、おう……」

 

そりゃあそうなるだろうけど、男としてはどうなんだろう。私に男としてのプライドなんて物は微塵も存在しないが。

 

「男のプライドは無いのかお前……」

 

やっぱそう思う?

 

 

 

「別にララは家でゆっくりしてもいいんだぞ?」

 

食事の後、泊まっていく様に薦められたが、明日のことを考えると、やはり今日の内に帰っておいた方が良い。日を跨ぐかもしれないが、明日の朝に帰ったら流石にバタバタし過ぎる。

 

「ううん、私もリトと一緒に帰る」

 

「そうか……」

 

もう『帰る』って言葉が出るくらい、結城家に馴染んでるんだな、こいつ。

 

「もう帰っちゃうのか? 姉上……」

 

「また来て下さいね。二人とも」

 

ナナとモモも、寂しそうだが、見送りに来てくれた。

その横にギドとセフィも立っている。ギドはセフィに抱っこされているんだが、男のプライドとは一体。

 

「またねー♪」

 

「あー……また来ます」

 

正直もうあんまり来ようとは思えなかったが、どうせ強引に呼ばれるか連れて来られるだろうと今の内に諦めておく。

 

「では、お二人とも、どうぞこちらに」

 

ザスティンに促され、宇宙船に乗り込もうとした時に、それは起こった。

 

「きゃっ!?」

 

一陣の風が吹き、セフィのヴェールを剥ぎ取ったのだ。

 

「「「あ」」」

 

気付いた時には手遅れ。みんな一斉に私を見てきたが、私はと言うと

 

「……うん、似ている」

 

ララとセフィを見比べていた。

 

セフィはチャーム人の末裔。どんな男でも虜にするフェロモンの様な物を発しているのだが、どうやら中身が女の私には効かないらしい。

ギドや原作リトの様な意志の強い男は例外だが。

 

「お、お前……母上を見ても平気なのか!?」

 

「……うん」

 

「まあ!」

 

「さすがリト♪」

 

ナナとモモが驚きを顕にし、ララは喜んで抱き着いて来た。別に流石でも何でもない。

 

ふと、何か不穏な空気を背後から感じ、振り返ると、ザスティンがわなわなと震えていた。

 

「「「あ」」」

 

みんなも一斉にそれに気付き、再びハモる。

 

「WRYYYYYYYYYYY!!!!」

 

うわ……

 

目が血走り、鼻の穴をかっ広げ、涎を垂らして迫ってくる様は、非常に生理的嫌悪感を刺激するものがあった。

 

即座にララを離し、セフィを背に隠す。いや、意味は無いだろうがつい反射で。

 

ザスティンはもうすぐそこまで迫っている。流石、デビルーク親衛隊隊長だけあって素早いが、動きが単調だ。

邪魔だと言わんばかりに腕を突き出される。デビルーク人の力で押されたらひとたまりも無い。避けて、突き出された腕を絡めとる。そのまま肩を捻りながら倒れ、体重をかけて関節をキメる。

 

ゴキゴキゴキゴキッ!!

 

えげつない音がしたが、そのままザスティンの上に乗り、肩を固定する。

通常の状態なら力任せに振り払うだろうが、今は冷静じゃない。ザスティンは声にならない悲鳴を上げながら、ジダバタともがいていた。

 

「……で、これ、どうします?」

 

一息吐いて顔を上げると、その場にいる全員、ポカンとしていた。

 

「すごーい! リト、強いんだね!」

 

「……テメー、弱くねェじゃねーか」

 

「まさか。非力ですよ。マジで」

 

「ち、地球人ってこんなに強かったのか……?」

 

「動きが単調だったから、簡単に絡め取れただけだ。今のはちゃんと見てれば誰でも出来る」

 

「誰でも出来るのですか……とにかく、助かりました。ありがとうございます」

 

見ると、セフィがヴェールを着け直していた。

 

「リ、リト殿……退いてはもらえませんか……」

 

「あ、ごめん」

 

パッとザスティンの上から退く。

正気に戻って良かった。

 

「も、申し訳ありません、王妃。この様な失態……どんな処罰でも受ける所存です」

 

体を起こし、まだ痛むだろう肩をそのままに、セフィに地面に着きそうなほど頭を下げるザスティン。

代わりに擦ってあげよう。よしよし。

 

ごめんな、ザスティン。私はちゃんとした格闘技の心得がある訳ではないから、手加減は出来ないのだ。恐らく投げていれば頭から落としていただろう。殺意が高すぎる。

 

「いいえ、ザスティン、今のは私の失態よ。頭を上げなさい」

 

「しかし……!」

 

「まァ今回は何事もなかったから、大目に見てやるよ。ケケケ、リトに感謝しろよ。ザスティン」

 

「ハ、ハッ……!」

 

もう一度深く頭を下げ、立ち上がると、ザスティンは私にも頭を下げてきた。

 

「手間を取らせて申し訳ない……! リト殿」

 

「いや、大した手間じゃない。俺こそ悪かったな。ちゃんと肩冷やせよ?」

 

「この借りはいずれ」

 

「あー……護衛がんばってくれればそれでいいから」

 

「てか、護衛いるのか? テメー」

 

いるいるめっちゃいる。

 

「ちゃんとした戦闘経験のある奴には敵いません。その点、ザスティンのことは頼りにしてますよ」

 

「リト殿……」

 

「じゃあ、戦闘経験を積みゃいい話だ。俺様が鍛えてやろうか?」

 

やめてください死んでしまいます。

 

「え、遠慮します……」

 

 

その後も、称賛や質問が続いて、帰りが日を跨ぐのは確実になってしまった。

 




回を増す毎に文字数が増えてる……

弾丸デビルークツアーはこれにて終わりです。ぶっちゃけナナとモモを早く出したくてこの展開にしたのですが、私が思ってたより主人公ちゃんが男前でびっくりしてます。

ずっと主人公ちゃんの一人称視点なので、いずれ別の人の視点も書いてみたいですね。


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ToLOVEるな日々ー3話ー

お待たせしました。多分今後も週に1回更新出来たらいいなーくらいのペースになると思います。良しなに。


結城家に着いた頃にはやはり12時を回っており、美柑も先に寝ていたので、物音を立てずに自室に入り、着替えてそのまま寝た(風呂は宇宙船の中で済ませてきた)。

 

 

翌朝、ぐっすり寝ていると、強い衝撃で叩き起こされた。

 

「ふぁっ!?」

 

何が起こったか分からず、間抜けな叫び声を上げる。

 

「おはよう、リト」

 

体を起こすと、明らかに不機嫌な美柑が、ベッドの傍らに腕を組んで立っていた。

 

「お、おはよう……美柑」

 

「説明してくれるわよね? 昨日のことと、ソレも」

 

ソレ、と言いながら視線が私から若干ずれてることに気付き、視線の先を追うと、ララが全裸で横になっていた。

 

ひくっ…と、顔がひきつる。

 

つまりこれはあれか。私は、『碌な説明もせずに深夜まで家を空け、そして家族の心配もよそに勝手に帰って来て、女をベッドに連れ込んで気持ち良さそうに寝ていた』ことになるのか。

 

これは酷い。

 

弁明させてもらうなら、私は昨日、ララをちゃんと余ってる部屋まで送って、「ベッドに入ってくるな」と厳命しておいた。

その結果がこれだ。改めて直面すると、この状況は酷すぎる。

 

「……先に、今の時間だけ訊いてもいいか?」

 

「今は朝の6時。朝ごはんの仕込みは済んでるから、ゆっくり話を聞かせてね?」

 

うわーこの世界に来てから美柑の一番の笑顔だ。寒気がするね。

 

「えー……では」

一先ず美柑の方に改めて向き直り、正座をする。

起き抜けで非常に喉が渇いていたので、一度咳払いをし、ゆっくりと話し始めた。

 

ーーかくかくしかじかーー

 

「……え~と、何? つまり、ララさんの婚約者のフリをするはずだったのが、本当に婚約者候補になっちゃったってこと?」

 

とりあえずは、ララがリトのことを好きだと言い出したことから、ララの実家に行き、家族と会って、婚約者候補になったことだけ説明しておいた。こうやって見るとめっちゃ流されてんな私。

 

「そうです」

「……だからコレなの? もう少し気を遣ってほしいんだけど」

 

再び、美柑の視線が私の背後に移る。ララはまだ全裸で熟睡中だ。今は寝ていてもらう方が話を進めやすい。

 

「違うんだ。違うんです。聞いて下さい」

 

やはりそっちを先に弁明しておくべきだっただろうか。でも正直そっちは精神的にも物理的にも目を逸らしたかったのだ。

 

「俺はちゃんと自分の部屋で寝る様に言ったんだ。昨日は部屋まで送った。マジで疚しいことは無い。断じて」

 

「……その言い方だと、これが初犯じゃないみたいね」

 

「うぐっ」

 

墓穴掘った。

 

「だから昨日、服を買いに行こうって言ったのね……はァ、おかしいと思ったのよ。リトにそんな気が利くなんてって」

 

「美柑からもララに言ってくれよ……こいつ、何が駄目なのか分かってないんだ。きっと」

 

美柑の溜め息を聞き、力無く項垂れる。

本当に勘弁してほしい。別にララの裸を見てどうなるという訳でも無いんだけど、物理的接触は本当に困る。

アホみたいに柔らかいのだ。この女。男になってから、特にそういうのに敏感になってる気がする。

 

「リトも参ってるって訳ね……ララさん、ちょっと変わってるもんね。お風呂も1人じゃ落ち着かないって言ってたし」

 

ララの家にはSPも多数いるが、同時に侍女も沢山いる。あのメイドがそうだろう。いつもお風呂に入る時は複数の侍女と一緒に入っていたらしい。それを聞いた美柑は「何ソレ鬱陶しそう」と言っていた。同意見だ。

 

「……まさかお風呂は一緒に入ってないわよね?」

 

「…………」

 

フイ、と目を逸らす。

君の様な勘の良いガキは嫌いだよ、というフレーズが頭を過るが、本当になんでこんなに勘が良いんだろう。

 

「リト……あんたねぇ」

 

「すみません」

 

素直に非を認めるしかない。結果的には私から誘ったのだから。

 

だってあれはしょうがなかったのだ。

 

宇宙船でのことだ。お風呂があると聞き、じゃあ入っておこうとなって、当然の様にララは一緒に入ろうと言ってきた。

当然私はそれを断った。するとあろうことかララは、「じゃあザスティン一緒に入る?」とザスティンに言い出した。バカか???

 

本当に男相手でも気にしないのかこの女、と戦慄した。信頼してる身内だけだと思いたい。せめてそのぐらいは。

動揺してるザスティンがあまりにも憐れで、「分かった。俺と一緒に入ろう。ララ」と誘ってしまった。

 

宇宙船にはザスティン含めて、男のSPしかいなかった。立場上ララに誘われて断れる人物は1人もいない。私が犠牲になるしかなかった。

 

ザスティンにとってララは護衛対象であると同時に、『絶対に逆らえない上司の娘』なのだ。そして直前に不可抗力とは言え、その上司の妻に手を出そうとしていた。一緒にお風呂とか、メンタルブレイクにも程がある。

 

ザスティンはほっとした顔をした後、「リト殿も男なのだな……」と言ってきた。てめーのために代わってやったんだろうが。

 

回想終了。

このお姫様には一刻も早く1人でお風呂に入れる様になってもらいたい。でなければ身がもたない。

 

「……まあ、この件に関しては根気強くララを諭していくしかない」

 

「言っとくけど、私から見たらリトも同罪だからね?」

 

「はい」

 

組んでいた腕をほどき、美柑は腰に手を当ててはァ…と溜め息を吐いた。

 

「まあ今回はもういいけど……今度からはもうちょっとちゃんと事前に連絡すること。いい?」

 

「はい」

 

「じゃ、ご飯にしよっか。ララさんのこと、起こしといてね」

 

そう言って、パッと振り向いて美柑は部屋から出ようとしていた。

 

「え、俺がぁ?」

 

折角いるんだから起こしたげてよ。なんで兄に全裸の美少女託そうとしてるの。

 

「ララさんのそういうとこ、仮にも婚約者候補なら、リトがどうにかしなさいよ。私はノータッチで行くから。じゃ、頑張ってね♪」

 

ドアで半分顔を隠しながら、美柑は意地の悪い笑みを浮かべてそう言い捨てた。

無情にもそのままドアを閉めて階段を下りていく。

 

どうせリトにララに手を出す度胸は無いと踏んでいるのだろう。心配をかけた意趣返しの意味もありそうだ。

 

「……起きろララ」

 

何にせよ朝から疲れた。

私は出来るだけララの体を見ない様にしながら、昨日よりも若干乱暴に、ララの肩を揺さぶった。

 

 

ー学校ー

 

「よぅリト……昨日ぶりだな……」

 

「……おはよう猿山」

 

教室に着くやいなや猿山に絡まれ、辟易する。

そういや昨日は、学校でも色々あったことをすっかり忘れていた。

 

「……誰?」

 

「こいつは猿山。俺の友達だ」

 

ララが猿山に対してキョトンとしていたので、サクッと紹介しておく。

 

「そうなんだ。おはよーサルヤマ!」

 

「お、おはようララちゃん……!」

 

ララが笑顔で挨拶すると、猿山は緊張からか顔を赤くし、そして隠しきれない程ニヤけていた。

 

「なんだよリト、オメー分かってんじゃねェか~」

 

猿山が肘で小突きながらそう耳打ちしてくる。別にお前のために紹介した訳ではない。

原作でも多少絡みはあったし、リトと関わる以上ララが猿山のことを知らないままなのも変なので、まあここで知り合っておいてもいいだろう、と思っただけだ。

猿山は多分悪い奴じゃないしな。多分。

 

猿山がその場に留まったので、なんとなく3人で話してると、ワラワラと他の男子も寄ってきた。

猿山が案外普通にララと話せているから、自分達もワンチャンララにお近づきになれると思ったのだろう。揃いも揃って気色の悪い笑みを浮かべている。

 

そういう人間に対してもララは笑顔で平等に接する。『そうした方が良い』と判断してそうするのではなく、素でこれなのだ。人当たりが良いのではなく、単に偏見と決め付けが少ないだけだから、誰にも真似出来るものじゃない。

まあ、同時に相手が『嫌な人』だと判断したら、ハッキリ拒絶するタイプだが。

 

不愉快に感じながらも、ララが拒絶しないからあまり話に交ざらずに事を見守っていたら、予鈴が鳴った。

骨川先生が教室に入って来たので、それぞれ席に着く。

自然と溜め息が漏れた。

 

「結城君、今日日直でしょ? 号令お願い……」

 

「え?」

 

骨川先生に言われて初めて気付く。黒板の隅の日直の欄に『結城』の名が書かれていた。よくよく見たら隣に『西連寺』の名前も書かれている。

 

……なんで『ゆうき』と『さいれんじ』が同じタイミングで日直なんだ? 出席番号順じゃないのか。いや、そんなことより号令か。久しぶりだな。

 

「えー……きりーっ、れーーっ」

 

『おはようごさいます』

 

ガタガタと椅子を鳴らしながらクラス全員が号令に合わせて起立し、挨拶する様に懐かしさを感じる。

全体的に挨拶にやる気が無いのと、たまに遅れてる奴がいるのはご愛嬌だ。

 

「はい、おはようございます。出席を取りますね……」

 

HRを聞き流しながら、欠伸を噛み殺す。今日は寝不足気味だ。だいたいララのせいだが。

 

 

 

「悪いな西連寺。日誌書くの任せちゃって」

 

「ううん、いいの。私が勝手にやっただけだから」

 

時は過ぎて放課後。学級日誌は西連寺が書いてくれたので、後は教室のゴミ箱のゴミを捨てに行くだけだ。

 

「リトー! 一緒に帰ろ♪」

 

クラスの連中が各々下校したり部活に向かう中、ララが一目散に飛び付いてきた。いちいち抱き付くな。

 

「ララ、まだゴミ捨てが残ってるからちょっと待ってろ。なんなら先に帰ってもいいぞ」

 

「そうなの? じゃあ待ってるね♪」

 

「あ……ええと、いいよ。ゴミ捨ても私がやっとくから」

 

そう言いながら、ゴミ箱を持って教室を出ようとする西連寺。

 

「いや、流石にそれはーー」

 

悪いよ、と続けようとした所で、西連寺が足を縺れさせて転びそうになる。

 

咄嗟にララの腕を振りほどき、大股で西連寺に近付いて肩を掴み、抱き寄せる。

慣性が働いてバランスを崩しそうだったので、肩を掴んだのと逆の腕で西連寺の腰を支え、何度かたたらを踏んで踏み止まる。

 

なんとかお互い転けずに済み、ほっと溜め息が漏れる。

 

「さいーー」

 

近い。

 

西連寺に話しかけようとしたら、思ったより近くに顔があった。

目が合った瞬間バッと音がしそうな勢いで離れる。何故かバンザイしてる格好になった。間抜けだ。

 

「……ご、ごめん。大丈夫か?」

 

「……うん、ありがと。結城君」

 

あ、笑った。

そう言えば、今日は日直で接する機会が多かったはずなのに、今初めて目が合った気がする。

 

避けられていた……のか。多分、(リト)とララのことで気になることが多いのだろう。思い返せば今日は挙動不審だった。

 

「ええと、ゴミは一緒に捨てに行こう。日誌も職員室に届けないといけないし、全部任せるのは悪いよ」

 

「……そうだね。一緒に行こっか」

 

日誌を西連寺に預けて、床に散らばったゴミをさっさと集める。

 

「じゃあな、ララ。後で」

 

「うん、じゃあねー♪ リト。春菜も」

 

「あ……うん。またね、ララさん」

 

ララが手をぶんぶんと振ってきたので、ゴミ箱を片手に持ち替えて手を振り返す。

 

ララは終始笑顔だったが、手を振り返した時、尻尾が元気に動き回っていた。

 

 

さて、先程の出来事だが、見覚えがあるな。原作のイベントだ。

所々抜けてたりララがいたりで変化が大きいが、さっきのToLOVEるに関してはほぼ同じことが起こった。世界の修正力を感じる。

完全に忘れてた。今さら思い出してどうする。

 

「結城君は……ララさんのこと、どう思ってるの?」

 

「ん?」

 

自分の間抜けっぷりを嘆いていたら、西連寺がおずおずと話しかけてきた。

 

「ララか……昨日話したけど、ララは箱入り娘でさ、ずっと不自由な生活を送ってたんだよな。この留学が人生最大の我儘って感じで」

 

「うん……」

 

「だから、今まで知らなかったこと、いっぱい知れたらいいなって思う」

 

「その……好き、とかは……?」

 

「うん?」

 

「あ、ほら、ララさんは『結婚したい』とか『好き』って言ってたけど、結城君はどう思ってるのかなって……」

 

「ああ……」

 

そっちか。いやそりゃあそっちだよな。

的外れな返しをしてしまい、頬に熱が集まるのを感じる。

 

「それは特には。今はララのことは家族として受け入れてるって感じかな」

 

「そうなの?」

 

「うん。ララには悪いけど、今の所は応えられない」

 

「そうなんだ……」

 

そう言って、西連寺は俯いてしまう。

声には安堵の色を感じるが、表情はあまり優れなかった。

 

結局、その後は会話らしい会話も無く日直の仕事を終え、校門でララと合流してから西連寺とは別れることとなった。

 

 

 

西連寺とのToLOVEるの翌日、本来なら今日がララが転校してくる日……だったはず。

 

であれば、少なくとも今日か明日にはギ・ブリーがやってくるはずだ。

こいつのことは割と覚えてる。ララを含め他人のことを道具の様に扱う見かけ倒し野郎だ。

序盤の方に出てくることと、見た目のインパクトが強くてまだ覚えている。逆に他の婚約者候補とかレン以外碌に思い出せん。覚えるに足らないということだろう。

 

こいつは体育教師かつ女子テニス部の顧問である佐清先生に擬態して、あろうことか西連寺を人質にしてリトに接近してくるのだ。

原作では運良く西連寺に怪我は無かったが、分かってて危険な目に晒す必要も無い。

 

よって今日は西連寺のことを監視することにする。元はストーカーしていた身だ。この程度は朝飯前である。朝飯はしっかり食べたが。

 

 

「西連寺君……君、学級委員でしょ? ララ君に学校の案内お願い……」

 

「あ、はい……」

 

特に何事も無く放課後。原作通り西連寺がララに学校案内をするらしい。

もう既にララが学校に来始めて3日目なんだが、何故今日なのか。まあ、一昨日はさっさと帰って、昨日は西連寺が日直だったから仕方無いのかもしれない。

 

因みに、今日ララに教材や諸々の支給品が届いたので、晴れて体験入学から正規入学に転向だ。

そこかしこが中途半端に原作通りだな。

 

「よろしくー♪ 春菜」

 

「うん。行こっか、ララさん」

 

さて、尾行を続けるか。

 

 

校内を一通り案内し終わって、次は部活動の案内という所で、西連寺とララが何か話してる様だった。

確か好きな人がどうたらみたいな話をしてた気がする。この二人はその手の話題が多い。

 

二人を観察しつつ、頭上に注意する。うわっ、来た。

 

野球部が打ったボールが飛んで来たので、それを避ける。来ると分かっていれば造作も無い。

 

地面を打ったボールはそのままララ達の方に転がり、それを拾ったララが野球部に興味を示したらしい。

 

そして原作通りララは弄光のボールをあっさり打ち返し、迫ってきた弄光を即行でフッて、勝負を持ちかけられていた。

 

確かこの後はララが何故かリトに勝負を託し、ララによって改造されたバットでリトが振り回される(物理)のだ。

 

……うん、隠れよう。

少し出していた顔をそっと茂みの中に隠し、見つからない様に息を潜める。

ララが私がどこにいるのか知らない以上、そう簡単に見つかりはしないだろう。

 

何事かララが弄光達に言った後、一目散にこちらにやって来る。え、嘘、バレてる?

と思ったら、少し手前で立ち止まり、デダイヤルを取り出す。バレてる訳では無いようだ。

 

「くんくんトレースくん!」

 

ララがデダイヤルから犬の形をしたメカを取り出す。

あれは……覚えてないが、どう見ても匂いで対象を探し出すメカだろう。

まずいな。流石にこの距離では一発で見つかってしまーー

 

「これと同じ匂いの人を探してね♪」

 

「ちょっと待てやーーー!!!」

 

そう言ってララが取り出したのは、(リト)のパンツだった。

思わず立ち上がってツッコんでしまった。隠れた意味とは。

 

いやもう隠れた意味とか知らん。どっちにしろ見つかるわこんなん。

私はずんずんとララの下まで歩き、ララの手からパンツを引ったくる。

 

「あ、リトー♪ いたんだ!」

 

「勝手に、人の、下着を、持ち出すな」

 

一言一句、噛んで含める様に言い渡す。

この女に誰かモラルと言う概念を与えてくれ。

 

「あれ? 怒ってる? ごめんね」

 

「いや……もうしないならそれで良い」

 

溜め息を吐きながら、パンツをカバンの中にしまい込む。これが洗濯済みの物か使用済みの物かで議論の余地がありそうだが、匂いを辿ろうとしたことから……いや、考えるのは止めよう。

 

「ララ様、そんな汚らわしい物を触るべきデハありません」

 

「そう? でも、リトが嫌ならもう止めるね」

 

「……そうしてくれ」

 

何故か私がdisられる形になってるのは不服だったが、まあペケの気持ちも分からんでもないので呑み込んだ。

これ性別逆だったら殴って良いやつなのにな。

 

「あ、そうそう! リトにお願いがあったの!」

 

ララにぐいぐいと腕を引っ張られる。あーはいはい。

 

バットを渡され、バッターボックスの前に立つ。バットの改造はされなかったのは幸いだ。原作と流れが違うからだろうか。

 

「一本勝負だ!」

 

「あ、はい」

 

これ、負けたら本当にララと弄光が付き合うことになるのだろうか。全く想像出来ないし、ララも付き合う気は毛頭無いだろう。それだけ(リト)を信頼しているのだ。

 

……やりにくいな。

 

数回バットを素振りしておく。渡されたのは木製のバット。しっかりと芯に当てなければそう飛ばないだろう。

少し迷って、長く持つことにする。こちらの方が慣れている。

 

バッターボックスに入り、バットを下で軽く振り、ホームベースを二度程叩く。特に意味の無いルーチンで息を整え、バットを構える。

 

「……どうぞ」

 

「ふんっ、覚悟は出来たようだな……」

 

弄光が大きく振りかぶる。言うだけあって、フォームは綺麗だが、無駄に動作がデカいのはただカッコつけてるだけだろう。

 

「食らえっーー弄光ボール!」

 

ダセぇ。

 

名前のダサさはともかく、ひたすらに速い。しかしただのストレート。ナメられてるのかストレートが持ち玉なのか。どちらにせよ好都合。

 

ボールの軌道を追いながらバットを振り下ろす。芯にさえ当てればボールはまっすぐ飛んで行くのだ。無駄なことを考える必要は無い。

 

カーーッン

 

「ぐべっ!?」

 

「あっ……」

 

結果はピッチャー返しだった。そう、ボールとは基本的に飛んで来た方向に返っていく物なのだ。真っ直ぐ打ちすぎたのと、単に力負けしたのが要因だな。

 

しかし綺麗に顔面に決まってしまった。エースならピッチャー返しくらい処理してみせてほしい。いや、悪いとは思っている。

 

「やったー! リトの勝ちー♪」

 

ララが小躍りしながら抱き着いてきた。

 

「これ勝ちか……?」

 

これ勝ちなのかな。打ったし試合なら一塁打って感じだから、勝ちかもしれない。

 

「え? リトの勝ちでしょ? ほら、倒してるし」

 

倒す(物理)。

 

「まあ……じゃあ、そういうことで。失礼しました」

 

キャッチャーや他の部員に断ってグラウンドを出る。本来なら弄光の介抱をしてやりたい所だが、経緯が経緯だし、その辺は野球部員に任せよう。

 

「えと……お疲れ様。結城君」

 

「おう」

 

グラウンドを出た所で西連寺が待っていた。

 

「結城君って、野球もやってたの?」

 

「あー……まあ、子供の頃に友達とそれなりに」

 

結城リトは元サッカー部なのに、野球が出来るのも変な話だが、それは適当に納得してもらうしかない。

 

私自身はサッカーより野球派だ。子供の頃は野球少年になるのが夢だった。

 

 

「次は私が所属してるテニス部を紹介するね」

 

「はーい! リトも行こー♪」

 

「なんで……」

 

野球部を後にし、次はテニスコートの方に向かう。何故か私も引き連られながら。

 

女子テニス部は今日も活動してるみたいだが、西連寺は参加しなくても良いのだろうか。

 

「今日は自主練なの」

 

さいで。

 

「ようこそテニス部へ」

 

コートの中心に、少しチャラいが爽やかな好青年と言った風情の男、佐清先生が立っていた。

遠巻きにキャーキャー言ってるテニス部員がいる。

 

「佐清先生はインターハイで常に上位にいた実力者なのよ」

 

「ふーん」

 

西連寺の紹介にどうでも良さそうに相槌を打つララ。こういう所妙に温度の無い奴だ。

 

「大したことじゃないよ……フフ」

 

一見爽やかに笑う佐清先生の顔を見て、ゾッとする。

今、一瞬こっちを睨んできた。

 

間違いない。こいつはギ・ブリーだ。本物の佐清先生の身の安全が気になるが、原作では後々普通に出てたから、そんなに心配することは無いだろう。

 

よくよく考えたら、こいつは明確にこちらの人間に危害を加えようとしたことはなかったな。単に力が無いだけかもしれないが、そういう意味では平和主義と言えるかもしれない。

 

その後、一通り運動部の案内も終わり、西連寺と別れて帰路に就いた。

 

ギ・ブリーが仕掛けてくるのは明日だ。気を引き締めていこう。

 

prrrrr

 

「ん?」

 

下校途中、リトの携帯に着信が入った。誰だろう。美柑かな。

 

「もしもし」

 

「ーー結城リトか。ララ・サタリン・デビルークのことで話がある」

 

声を聞いた瞬間、私は来た道を走り出した。

声の主は佐清先生、即ちギ・ブリーだった。

クラスメートがどうのと脅し文句を述べているが、いちいち聞くまでも無い。電話は切った。

 

後ろからララが呼ぶ声が聞こえるが、それも今は良い。どうせ追いかけてくるだろう。来ないなら来ないでそれでいい。

 

携帯に着信が入る。今度はメールだ。

内容は捕まった西連寺の写真と「部室で待つ」という文言。

 

必死に足を動かす。出来るだけ急ぎたい。急がないと、ていうかーー

 

「明日じゃねぇのかよ!!」

 

叫ばずにはいられなかった。

 

 

体育倉庫のドアに手をかけ、勢いよく開け放つ。

 

「西連寺!」

 

西連寺は気色悪い触手に捕まり、その触手は服の中まで行き渡っていた。

思わず舌打ちが漏れる。

 

「ほー、なかなか早かったな、結城リト。もう少しのんびり来てくれても良かったのに……」

 

「死ねええええええ!!」

 

佐清先生、もとい、ギ・ブリーが振り向く前に飛び蹴りを食らわす。

 

「ぶげらっ!?」

 

ギ・ブリーはそのまま壁に激突し、棚の上の物が落ちてきて下敷きになった。

 

見てみると、ギ・ブリーの擬態が解かれ、元の小さくてひ弱そうなぬいぐるみの様な生物になって失神していた。

 

うむ、変態に慈悲は無い。この世界の共通認識だ。

もし私が着くのがもう少し遅ければ、西連寺がどうなっていたか分かったものではない。全くもって腹立たしい。

 

「リトー? いきなり走り出して、どうしたの?」

 

さて、西連寺にまとわりつく触手を取り除こう、と思い立った所で、ひょこっとララが部室のドアから顔を出した。

 

「わっ、何これ! 春菜!? リト、どういうこと?」

 

ララが西連寺の様子を見て、目を見開く。

 

「多分こいつのせい」

 

ひょいとギ・ブリーを拾い上げ、ララに見せる。

 

「何これ?」

 

「さあ? 佐清先生の姿をしていたんだけど、変態だと思って蹴り飛ばしたらこの様だった」

 

「オヤ! これはバルケ星人じゃないですか。優れた擬態能力を持つ代わりに、肉体的には極めてひ弱な種族ですよ」

 

「へーー……あ! これ、ギ・ブリーか! なんか見覚えあるなぁって思った」

 

「知り合い?」

 

「イチオー婚約者候補。でも私この人キライ!」

 

「まあ、一般人を人質に取ろうとしたみたいだし、碌な奴じゃないのは一目で分かる」

 

「春菜を巻き込むなんて、ホンット最低!」

 

ぷんすか、と怒りながらララはデダイヤルを取り出した。

 

「じゃーじゃーワープくん!」

 

便器型のワープメカが現れた。これに流された物は地球外まで飛ばされることになる。一体何を思ってこんなメカを作ったんだろう。

 

「それじゃあリト! 早く春菜を下ろしてあげよっ」

 

「そうだな」

 

ギ・ブリーを流し終え、早速西連寺の救出に取りかかる。

 

幸い、速攻でギ・ブリーを倒したおかげで、西連寺の制服は無事だ。

西連寺の体を支え、服の中に入り込んだ触手をララに取り除いてもらう。

 

「んしょ、んしょ……あっ♪ 春菜って意外とーー」

 

「余計なことは言わなくていい」

 

 

西連寺を救出し、触手もじゃーじゃーワープくんで流した後、一旦西連寺を保健室に運んだ。

 

御門先生が不在だったので、勝手にベッドを使わせてもらう。

程なくして、西連寺が目を覚ました。

 

「う……んん……」

 

「目が覚めた? 春菜」

 

「ララさん……? 私、どうして……」

 

「西連寺、どこまで覚えてる?」

 

「ゆ、結城君!?」

 

「あ、ああ……」

 

ちょっと離れた位置から様子を窺っていたんだが、めちゃくちゃ驚かれてしまった。なんかごめん。

 

「わ、私……結城君達と別れた後……あれ……?」

 

そこから覚えてないのか。なら都合が良い。

 

「西連寺、俺達と別れた後にすぐに倒れてさ。それで、俺達はそれに気付いて、保健室まで運んだんだ」

 

「私が、倒れた……?」

 

不思議そうに自分の体を見下ろす西連寺。そこにララが抱き着いた。

 

「それにしてもっ」

 

「わっ」

 

「よかったー! 春菜が無事で!」

 

「ラ…ララさん!?」

 

「体は何とも無いか?」

 

「う、うん……最近、体調を崩したつもりもなかったんだけど……」

 

「あー……まあ、自分じゃ気付けないこともあるしな。動けるか? 今日は送ってくよ」

 

「う、うん……え?」

 

「ララはどうする?」

 

「私も一緒に行くー♪」

 

体調不良でなくても、気を失っていたことに変わりは無い。念のため送って行った方がいいだろう。

戸惑う西連寺を他所に、カバンを持って帰り支度をする。

 

ギ・ブリーは人を道具の様に扱うクソ野郎だったが、別にその価値観を否定する必要は無いと思う。

ギ・ブリーにとって世界とはそういう風に回ってる物なのだろう。

だがその世界にララは相応しく無い。

 

「……帰ろうぜ。二人とも」

 

「行こっ! 春菜!」

 

「あ、うん……あの、ありがとう、ララさん、結城君」

 

「いいよー。大したことしてないし」

 

「右に同じ。気にするな」

 

 

ララに相応しいのは、こういう世界だ。

 




『好きな男のパンツを持ち歩く女子高生』という字面のヤバさ。

早く他のヒロインも出したいですねぇ。


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ToLOVEるな日々ー4話ー

今回は更新早め。
早く出したいなーと思っていたキャラが出せて嬉しいです。

その代わり文字数はやや控え目。
前回までちょっとシリアス入ってましたが、今後はストーリー展開とかあまり気にせずに1話完結でやっていきたいです。

買い物回は良いネタが浮かばなかったのでカットです。原作知っててあんなわちゃわちゃすること無いでしょうし。


「む~~、何で朝からこんなに暑いの~? リト」

 

「そりゃ夏だからな。これからどんどん暑くなる」

 

「デビルークにはナツなんて無いもん……」

 

6月下旬、月日が経つのは早いもので、ララが彩南町に来てから1ヶ月が経っていた。

 

「もう今日はずっとハダカのままですごそーかな~」

 

「絶対にやめろ」

 

そんなことをしたら、どこぞのハレンチ先輩が飛んで来かねない。

 

 

ー教室ー

 

「あちぃ……」

 

教室に入っても暑さは変わらない。

日差しからは逃れられるが、人が密集する分、教室の方が息苦しさを感じる。

窓を開けてても風が吹かなければ意味が無い。吹いても教科書が捲れて鬱陶しいと言うジレンマ。

 

昼休みになり、教室の花瓶を持って廊下の水道に向かう。

水を張り替え、ついでに手も洗う。

冷たい水で多少は気分が和らぐ。いっそ頭から被りたい衝動に駆られるが、流石にそういう訳にもいかない。

 

「リト~暑いよ~」

 

ハンカチで手を拭いてると、力無く項垂れたララが寄って来た。

心なしか尻尾にも元気が無い。こいつ夏バテしそうだな。

 

「…………えい」

 

暫し思案し、ハンカチをポケットに戻して、ララの頬を両手で包み込む。てち。

 

「あ~冷たくてキモチいい~」

 

水で冷やした手に、じっとりとララの熱が伝わってくる。

気持ち良さそうに頬をすりすりしてくるララを見て、暑さ対策なら首を冷やすべきだったなと思い直すが、今さら手を離しづらい。

 

「ハ、ハレンチだわっ!」

 

「えっ」

 

物凄く聞き覚えのある台詞が聞こえて来て振り向くと、黒髪ストレートのきつめの美少女、古手川唯とおぼしき少女がこちらを指差して立っていた。

 

「ろ、廊下で何やっているの! あなた達!」

 

「…………」

 

別に何をやっている、という訳でもないのだが、この行為は古手川のハレンチレーダーに触れるらしい。思っていたよりジャッジが厳しい。

 

まあ、そろそろ手を離そうと思っていたし、とりあえずララの頬から手を離すことにした。

 

「え~、もう止めちゃうの?」

 

「ぬるくなってきた」

 

「もう一回やって?」

 

「自分で手を冷やしてやると良い」

 

「えーリトにやって欲しいな~……あ、じゃあ、私がリトのこと冷やしてあげるから、リトは私を冷やしてよ♪」

 

「ちょっと! 無視しないでくれる!?」

 

名案、と言わんばかりに提案してくるララの肩を掴んで、強引に振り向かせる古手川。

こてん、とララは首を傾げる。

 

「誰?」

 

「わ、私は1年B組のクラス委員の、古手川唯よ」

 

「ふーん。私、ララ! こっちがリトね」

 

「結城リトです」

 

古手川が所属まで言ったのに対し、こちらは随分簡素な自己紹介だった。

 

「それで、何か用? 唯」

 

「気安く呼ばないで! ララさん、結城君、そういう行為は学校の風紀を乱します。謹んで下さい」

 

「了解」

 

「どういう意味?」

 

「スキンシップは程々にってこと。だと思う」

 

「スキンシップ……」

 

「触れ合い、肉体的接触、肌と肌を触れ合わせるコミュニケーション」

 

「それって駄目なの?」

 

「駄目です! だ、男女でそんな、は、肌と肌を触れ合わせるなんて……ハレンチだわ!」

 

「分かった分かった。お見苦しい物を見せて申し訳無い。以後気を付けます。それじゃ」

 

顔を真っ赤にして怒る古手川に、ペコペコと頭を下げて退散する。

ヒートアップしてる人間にまともに対処したってしょうがない。

 

「あの人なんであんなに怒ってるの?」

 

「うーん……暑さで気が立ってるんだよ。きっと」

 

古手川が怒ってる理由はララには説明しにくい。いや、私自身、何故彼女があそこまで怒るのかよく分かってない部分がある。

 

「やっぱりみんな暑いんだね。さっきのもいいけど、もっと涼しくなる方法無いの?」

 

「この学校にはクーラーなんて上等なもん無いしなぁ」

 

「クーラー?」

 

「冷たい風を送って、室内を涼しくする機械だ。家にはあるから、今日は帰ったら付けてもいいぞ」

 

今日は今年に入って一番の真夏日。クーラーを解禁してもいい頃合いだ。

 

「そんなのあるんだ! 学校にも置いたらいいのに」

 

「それはまあ……諸事情あるんだろ」

 

クーラーは設置にも維持にもそれなりに金がかかる。今でもパソコンのある部屋にはクーラーが設置されているが、これ以上は一介の公立高校には難しいだろう。

 

「よーし、それなら!」

 

ふんすっ、とララが万能ツールを取り出し、何やら作業をし始める。

 

これは碌な事にならない流れ。

 

そーっとララの手元を覗き込むが、いつ見ても何をやっているのかよく分からない。

以前、どうやってメカを作ってるのか気になって、作ってる所を観察させてもらったけど、気付いたら外観が完成して、気付いたらよく分からない機能が内蔵されて、気付いたらメカが完成しているのだ。

「これを、こうして、こうじゃ」くらいのノリと早さでメカが完成する。意味が分からない。

 

「できたー! びゅーびゅークーラーくん!」

 

そして今回も物の数分でメカが完成した。ペンギン型の、置物タイプのメカみたいだ。

 

「ペンギン……」

 

「えへへー♪ 可愛いでしょ! この間水族館に行った時可愛かったから、メカの外観に使いたかったの!」

 

この間とは、ララがやって来て最初の週末、買い物に行った時の話だ。

あの時は、ペケの充電が切れた時用のララの服、下着、部屋着や寝巻きを一通り揃えてから、町を見て回り、最終的には買い物の時に貰ったチケットで水族館に向かった。

 

その時に見たペンギンが印象に残っていたらしい。因みに、ララが「動きが鈍いから」とあげようとした変な薬は取り上げておいた。ペンギンは地上では動きが鈍くて良いのだ。

 

「ここに置いて~」

 

教室に戻り、早速ララが後ろの棚の上にびゅーびゅークーラーくんを設置する。

 

念のため花瓶を持ったまま教室の外に待機する。

すると、びゅーびゅークーラーくんの口が開き、手がパタパタと動き出す。

恐らく、口から冷気を出して、手の動きで室内に循環させているのだろう。

 

「あれ?」

 

「なんか涼しくない?」

 

「気持ちいい~」

 

すぐに冷たい風が教室中に行き渡り、クラスの連中が暑さにしかめていた顔を弛緩させる。

しかしそれも束の間。

 

「……ん?」

 

「なんか、寒……」

 

「ぶえっくしょい!」

 

びゅーびゅークーラーくんの威力はドンドン増し、最終的には教室を凍り漬けにした。

 

息が白い。教室の外にいたから私と花瓶の花の被害は最小限で済んだが、半袖のカッターシャツから出た腕にぶつぶつと鳥肌が立っていた。

 

「ララ……」

 

「えへへ~……ちょっと威力が強すぎたみたい……クチュッ!」

 

まあ、予想通りのオチだった。

 

 

 

放課後、今日は夕方から特撮番組『マジカルキョーコ』があるため、ララは先に飛んで帰っていった。

 

学校で一人になれるのは、こんな風にララに別の用事がある時に限る。

ララには悪いが、そういう時は少し気分が良い。ララのことは嫌いじゃないが、元々私は一人が好きな性分だ。

ララに関しては、学校だけでなく家でも常にベッタリのため、中々心休まるタイミングが無い。

 

はー……良い。今日はゆっくり帰ろう。寄り道でもしようかな。

 

「でも暑いしなぁ……ん?」

 

校舎の影で涼みながら、この後どうしようかと思案していると、校門に向かう見覚えのある姿を発見する。

 

古手川だ。今日は妙に縁があるな。

まあ、もしかしたら、今までもそれと気付かずにすれ違っていた可能性はあるのだが。

 

やはり代名詞たる「ハレンチだわ!」という台詞を聞かない限りは、中々古手川とは断定出来ないものだ。

 

あ。

 

「おい!」

 

なんかフラフラしてるな? と思っていたら、古手川が倒れた。おいおい。嘘だろ?

 

ダッシュで近付いて、膝を突いた所で何とか体を支える。良かった、完全に倒れる前に間に合って。頭でも打ったら大変だ。

 

ドサリと古手川のカバンが落ちる。ぐったりして目が虚ろだ。これはちょっとヤバいかもしれない。

 

「古手川? ーーちょっと失礼」

 

額に手を当て、手首で脈を取る。

……ちょっと熱いな。脈も速い気がする。汗が凄いし、熱中症かもしれない。

一先ず涼しい所で横になって、水分を補給した方が良いだろう。

 

古手川のカバンを腕に引っかけ、古手川の肩と膝の下に腕を通す。

所謂『お姫様抱っこ』だ。多分この体勢で運ぶのが一番負担が少ないだろう。

 

お姫様抱っこにはコツがある。重心を体の上の方に持ってきて、上半身で支える様に抱えると良い。

とは言っても、ある程度の筋力が無ければそもそも持ち上げるのが困難であるため、筋トレしていて良かったという物だ。

 

 

ー保健室ー

 

とりあえず保健室まで運んでベッドに寝かせたが、どうしたものか。

 

出来るだけ楽な格好で横になる方が良いので、ブラウスのボタンを2つくらい開けたり、スカートでも脱がした方が良いのだが、当然リトの姿でそんなことをしたら変態の称号は免れないので、そうする訳にもいかない。

いや、女でもスカートを脱がせるのはギリギリのラインだな。

 

仕方がないので、窓を開け放して風通しを良くし、水道でハンカチを濡らして古手川の額に乗せておく。

 

御門先生いないし、勝手に保健室を漁るのも気が引ける。今この場で出来るのはこの程度だろう。

 

てか、前もそうだったけど、御門先生全然保健室にいねーな。異星人対象の闇医者も兼任しているから忙しいのかもしれないが、担当教諭がそれでいいのだろうか。

 

一旦保健室を出る。ぶっちゃけ出来ることそんなに無いし、男子に寝顔を見られるのも気分が良いものじゃないだろう。

後はアレだけ買って置いておけばいい。

帰り際に御門先生を探して報告しておけば、どうとでもしてくれるだろう。私がやることはそれで十分だ。

 

 

自販機でスポーツドリンクを買い、保健室に戻る。熱中症や汗をかいた時にはやはりこれだ。水分と塩分と糖分を同時に摂取できて効率が良い。

 

保健室のドアに手をかけて、ふと思い留まる。

『ToLOVEる』+『保健室』+『女の子』

ここから導き出される答えは分かりきっている。

試しにノックしてみる。

 

「だ、誰!?」

 

古手川の声だ。慌ててる様子から、予感はだいたい当たってそうだ。

 

「結城リトだ。入ってもいいか?」

 

「ち、ちょっと待って!」

 

少し待つと、「いいわよ」とお声がかかったので、ガラリとドアを開けて入る。

 

「ーー御門先生、いらしてたんですか」

 

古手川だけかと思いきや、御門先生も保健室にいた。入れ違いになったのだろう。

 

「ええ、貴方がこの娘を運んでくれたの?」

 

「ええ、まあ」

 

この娘、と指差された古手川は、氷嚢(ひょうのう)を首に当てていた。御門先生が出してくれたのだろう。

 

「じゃあ、これもあなたが?」

 

そう言って古手川はハンカチを差し出した。氷嚢があるならもう必要無いだろう。受け取ると、ハンカチはぐったりとして、ぬるくなっていた。

 

「ああ……そうだ。これ」

 

ハンカチを受け取った代わりにスポーツドリンクを渡す。折角買って来たのに忘れる所だった。

 

「これ?」

 

「スポーツドリンク。熱中症だろ? 飲むといい」

 

「……ありがとう。いくら?」

 

「別にそれくらい良いよ。大した出費じゃない」

 

「嫌よ。こういうのはしっかりしなきゃ。確か150円でしょ?」

 

古手川らしい言い分だ。男子に借りを作りたくないのだろう。

 

「あっ……」

 

カバンから財布を取り出そうと立ち上がると、フラついたので肩を支える。

 

「無茶するな。お金は後でいいから」

 

「……ありがとう」

 

眉を顰め、顔を赤くしながらもお礼を言ってくるが、怒ってるのか、照れてるのか、単に熱中症のせいで顔が赤いのか分からないのが古手川だな。

 

「ふふ……罪な男ね」

 

そしてこの先生は生徒をからかいたいだけだな。

 

「そ、そんなんじゃありませんから!」

 

古手川もスルーすれば良い所を、過剰に反応するからこの先生も面白がるのだ。

 

「今日暑いですよね……古手川が熱中症になるのも分かるよ」

 

言いながら、カバンから下敷きを取り出して、顔を扇ぐ。あまりやり過ぎると逆に疲れるから、加減が大事だ。

 

「そうね……これからの季節、どんどん増えるのかしら。貴方も気を付けるのよ?」

 

「そうですね」

 

「わ、私だって……気を付けます……」

 

古手川の台詞がどんどん尻すぼみになっていく。

当て付けに聞こえたのかもしれない。しかし倒れた手前強くは出れないと。

 

キャップを開けて、グビグビと古手川がスポーツドリンクを飲む。

良い飲みっぷりだなと見ていると、ブラウスの第二ボタンまで開いてることに気付き、そっと目を逸らす。

 

逸らした所で御門先生と目が合い、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべられた。

 

……帰りたい。

 

今日は一人でのんびり過ごせると思ったのに、これではいつもとそう大差無い。

 

だが、最早保健室から退室するタイミングは逃してるし、お金を返すまで古手川は帰してはくれないだろう。

 

私はそっと溜め息を吐いた。

 

 

 

御門先生の「送ってあげたら?」の一言により、古手川を家まで送ることとなった夕暮れ時。

 

「……私は別に1人でも大丈夫よ」

 

そうは言うけれど、顔色はいまいち優れない。

 

「あー……まあ、今日だけってことで」

 

お金も返してもらったし、別にもう古手川とは別れても良かったのだが、どうせ乗り掛かった船だ。

 

「……あなた、私が気絶してる間に、変なとこ触ってないでしょうね?」

 

「してねーよ……」

 

特に喋ることも無く歩いていると、不意に古手川が不審な目で見てきた。

 

「信用するかどうかは古手川次第だけどな」

 

「……男の子って、下品なんだもの」

 

ついと目を逸らし、古手川がそう溢す。

すると、その目がチベットスナギツネの様に険しくなり、汚物を見る目に変わった。

 

「おほほ~♪ お宝発見~♪ これは私の部屋で検分せねばなりませんな!」

 

視線を追うと、校長がエロ本を掲げながら校舎に戻って行くのを見つける。

 

……いつも通りの校長だな。

あの人はストレートに変態過ぎて逆に好感持てる気がする。

 

「本当……どうしてあんな人が校長をやっているのかしら……」

 

どんよりと肩を落とし、古手川はそう独りごつ。

 

これは……ただの熱中症ではなく、日頃のストレスが原因の体調不良でもあったのかもしれないな。

 

「ははは……まあ、古手川にはああいう人間はキツイかもな」

 

「当たり前よ! だいたい、この学校ちょっと風紀がおかしいわ!」

 

そう言って、日頃の不満や鬱憤を散々に愚痴る古手川。

7割校長のことだが、この学校に一定数いる不良のことや、校則のユルさも古手川には許しがたいことらしい。

 

「あなたもよ! 女子とあんな風にベタベタするなんて、ハレンチだわ!」

 

「ぅえ?」

 

突然、矛先をこちらに向けられて戸惑う。

 

「いや、あれは別に疚しい意味は……」

 

「そうだとしても! 人前であんなに顔を近付けるなんて、非常識だわ!……キ、キスするのかと思ったじゃない

 

「そんなに近かったか? まあ、気を付けるよ」

 

後半部分が何やらボソボソと言ってて聞き取れなかったが、とりあえず反論は止めることにした。

あのスキンシップでここまで反応されるなら、原作のラッキースケベが起こった時どうなるのか……殴られるのは嫌だなぁ。

 

「なんて言うか、来る学校間違えてるよな。完全に」

 

「私だってそう思うわよ……あんな校長だって知っていれば、もうちょっと他の高校も考えたのに……」

 

「完全に選択肢から消える訳では無いんだな」

 

「だって家から近いし、偏差値も丁度良いんだもの」

 

「あー、なるほど」

 

まあ高校選ぶ基準なんてそんなもんだよな。

 

会話が途切れた所で、このまま古手川を送っていくだけでいいのだろうかと考える。

ぶっちゃけ古手川のストレスの原因は、彩南高校に通ってる限りは取り除きようの無い物だ。校長が捕まって解任されれば或いは……って所だが、不思議と捕まらないから期待は出来ない。

 

とすれば、ストレスをどこかで発散するしかない。

また倒れたりしたら面倒だし、何か良い方法ないかなぁ。

 

「……なあ古手川、ちょっとコンビニ寄ってもいいか?」

 

あることを思い出して、古手川にそう提案する。

 

「それぐらい別にいいけど……」

 

 

「ありゃっしたー」

 

「それ、好きなの?」

 

「いや、そういうんじゃないけど」

 

コンビニから出て、目的の場所へ向かう。以前探索した時に見つけた場所だ。そう遠くなかったはず。

 

「ちょっと、あんまり寄り道する気はないわよ?」

 

「いいからいいから、ちょっとだけ」

 

不満そうにする古手川を宥めつつ、目的の場所に着く。

 

私がコンビニの袋から煮干しのお菓子を取り出すと、建物の影や茂みに隠れていた野良猫がワラワラと出てきた。

 

「!……ねこ」

 

古手川の目が微かに輝く。よし。

古手川は可愛い動物、中でも猫が好きなのだ。

今後はここでアニマルセラピーを感じて、ストレスを発散するといいだろう。

 

「おいでー」

 

煮干しを掌に乗せ、屈んで猫が食べやすい様に掌を差し出す。

大半は警戒したまま近付いて来ないが、その中から白猫とブチ猫の2匹が寄って来て、カリカリと煮干しを食べていく。

 

すると、徐々に他の猫も警戒を解いて寄って来る。すぐに掌の煮干しが無くなったが、まだ残骸を探しているのかずっと掌をペロペロしてくる。くすぐったいな。

 

一度立ち上がると、「もっと寄越せ」と言わんばかりに猫達がにゃ~にゃ~と鳴きすり寄ってくる。まあちょっと待てよ。

 

「古手川もやるか?」

 

端で見ていた古手川に煮干しの袋を差し出す。

 

「えっ、私?」

 

「そ、嫌か?」

 

「う、ううん……やってみる」

 

古手川が袋を受け取り、位置を交代する。後はそのねーちゃんから貰いな。

 

古手川が煮干しを差し出すと、今度は一斉に猫達が群がっていった。

 

「きゃっ……あははっ、くすぐったいってば!」

 

古手川は緊張してる面持ちだったが、それもすぐに解れ、普段からは想像出来ない様なふにゃりとした笑顔を浮かべていた。

 

初めて見る古手川の笑顔だ。今日は私の見てる限りでは、ほとんど眉間に皺を寄せていた。

学校にいる間ずっとそんな表情をしていれば、そりゃあストレスが溜まる。

ストレス発散には笑うのが一番だ。

 

「きゃっ! ちょ、ちょっと!」

 

古手川から少し目を離して時間を確認してると、古手川の掌に群がっていた猫達が先程よりも増えていた。いつの間に。

 

増えた猫は古手川自身にも乗りかかり、対処出来なくなってくる。

 

「あっ!?」

 

猫達から一旦離れようと立ち上がるが、乗っかってる猫の重みでバランスを崩したのか、尻餅を突いてしまう古手川。

その際に、手に持った煮干しのお菓子をぶちまけてしまい、古手川の全身に降りかかる。

 

こ、これは……

 

即座に嫌な予感がし、古手川の下に駆け寄るが、もう遅い。

 

「きゃっ! やだ、ちょっと、変なとこ舐めないで!!」

 

猫達はぶちまけた煮干しを食べようと、古手川に群がってペロペロ、カリカリと咀嚼していく。

 

アカン。

 

とりあえず、古手川のスカートの中に顔を埋めてる猫を真っ先にどうにかした方がいいのだろうが、それをすれば間違いなくスカートの中が見えてしまう。今でもかなりギリギリだ。

 

とりあえずスカートの中が見えない様に逆側に回り、ひょいひょいと猫を古手川から引き剥がす。

 

猫を持ち上げるコツは首の後ろ側を掴むことだ。猫は幼少期に親猫に首の後ろを噛み掴まれて運ばれるので、首の後ろを掴まれると脱力する習性があるのだ。

 

ある程度引き剥がしたら、古手川の肩を掴んで上体を起こす。

まだ猫は群がって来るし、スカートの中に顔を埋めてる猫は健在だが、そこは一旦スルーだ。いちいち全部退かすより、古手川に立ってもらった方が早い。

 

「古手川、立てるか?」

 

「んっ……ちょ、ちょっと待って……あっ……」

 

変な声を出すな。

最早一人で立ち上がるのは困難だろうと判断し、肩を担いで古手川を立ち上がらせる。

 

「えっ、ちょっと……あっ!」

 

抗議を無視して立ち上がると、また古手川が悲鳴を上げた。今度はなんだ。

 

「や、やだっ……!」

 

スカートの中にいた猫が引っかけたのか、古手川のパンツが膝下までずり落ちていた。

 

薄桃色の可愛らしいショーツだった。湿ってる様に見えるのは汗か猫の唾液だろう。そうに違いない。

 

「ハ……ハ……」

 

ワナワナと震え、耳まで真っ赤に染めて、涙目になってこちらを睨み付けてくる古手川。

ああ、これは……

 

衝撃に備え、そっと目を閉じる。

 

「ハレンチだわっ!!!」

 

強烈な破裂音が、住宅街に響き渡った。

 

 




古手川が好きなのでリト達が2年生になるまで待てませんでした。

と言っても、さっさと2年生になってくれないと出しにくいキャラも多いので、割とすぐに1年経つと思います。

主人公ちゃんはいつになったら元に戻れるんでしょうねぇ(決めてない)。


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ToLOVEるな日々ー5話ー前編

更新遅くなりました。

15000字を越えたので、臨海学校は前後編でお送りします。


「臨海学校だーーーーっ!」

 

「おーーーーーっ!」

 

夏休みも目前。彩南高校の一年生は二泊三日の臨海学校に向かっていた。

 

「わぁー。地球ってキレイな所がたくさんあるねー春菜!」

 

「地球?」

 

「リト、菓子食うか?」

 

「ああ、サンキュー」

 

バスに揺られて海を眺めながら、友達と談笑したりお菓子を摘まむ。

懐かしい風景だ。こんな体験をもう一度することになるとは思っていなかった。

と言っても、私はこういう時友達と喋らずに寝てることが多かったから、大した思い出は無いんだが。

 

でも、こういうワイワイと楽し気な感じを眺めるのは昔から嫌いじゃなかった。

 

 

「ーーというワケで今夜はさっそく、恒例の肝試し大会があります! お楽しみに~~~!」

 

旅館に着いて、大広間にて校長による臨海学校の説明を聞き流す。

時刻は夕方。今日は飯食って風呂入って肝試しするだけだ。

 

ああ、肝試しか……

 

つい遠い目をする。このエピソードも大分印象深い。西連寺のお化け嫌いが発覚し、意外な狂暴性を発揮する回だ。

 

「んじゃ、さっそく風呂行くか」

 

「んー…そうだな」

 

宛がわれた部屋でボーっとしていると、猿山に誘われたので風呂に行く準備をするが、微妙に憂鬱だ。

男と一緒に風呂に入るのは、何とも気が滅入る。

結城リトになってから男の体は見飽きたが、元々男性経験の無い身だ。

そもそも男ばかりの場所にいること自体が窮屈に感じる。

 

「女子も今頃入ってんだろな~」

 

「ここはやはり男としてやっとくべきかね?」

 

「おい……」

 

「リトもやるだろ? ノ・ゾ・キ」

 

「しねーよ」

 

「よし、行くぞ!」

 

「おい! ノゾキなんてしないからな!」

 

グイグイと猿山に引っ張られ、風呂場に連行されていく。

 

 

「あ、リトー♪」

 

「ララ」

 

「どこ行くの?」

 

「お前と同じ所だよ」

 

風呂場の前でララ、西連寺、籾岡、沢田と鉢合わせし、ララ達の持ち物からこれから風呂に入るつもりだろうと当たりを付ける。

 

「あ、じゃあリトと一緒に入れるの? やったー!」

 

「誰も湯船まで同じとは言っていない!」

 

バンザーイと喜びを顕にするララに、頭を抱える。

ああ、周りの視線が突き刺さる……

 

「見ろ。男湯と女湯は分かれている」

 

『男』『女』と書かれた暖簾を指差す。

 

「えー? 一緒に入っちゃ駄目なの?」

 

「馬鹿なこと言ってないで西連寺達と入ってこい。どうまかり間違っても男湯には入って来るなよ? 西連寺、籾岡、沢田、こいつのこと頼んだぞ。絶対に男湯に近付けるな」

 

「それはいいけど……」

 

「普通立場逆じゃない?」

 

西連寺は真っ赤になりながら頷いたが、籾岡と沢田には何とも呆れた様な、妙な物を見る目で首を傾げられてしまった。

 

 

「へへへ……この岩場の向こうには、裸のララちゃんが……」

 

ジト……っと厭らしい笑みを浮かべる猿山ともう一人の男を睨め付ける。

誰だろこいつ。多分原作にも出てたモブだけど。名前は確か荻田。

 

「悪いが止めさせてもらうぞ。ララに男湯に来るなと言った手前、お前らを女湯に送り出す訳にはいかない」

 

どっちみち諦めるか痛い目に遭うことは分かりきってるため、見逃してやっても良かったのだが、流石に先程のやり取りの後だとそういう訳にもいかない。

 

「あァ? リトてめー……自分だけイイ思いしようと思ってんじゃねェだろうなァ……」

 

「どうせお前、家でララちゃんとあーんなことやこーんなことやってんだろ……羨ましい」

 

「さっきもお前が余計なこと言わなけりゃ、ララちゃんを男湯に招待できたかもしれねーのによォ……」

 

顔が近い。凄むな。暑苦しい。

 

「できてたまるか。お前らが想像してる様なことはねーよ……とにかく、どうせバレたら痛い目見るんだ。止めておけ」

 

流石のこいつらもララが毎日全裸で(リト)のベッドに入り込んでるとは想像出来ないだろう。

ちなみに、わざわざララ用の寝間着を買ったが、今のところララがそれを着用したのは最初の数回きりだ。

夏になって、「暑ーい!」と言って脱ぎさってしまった。買った意味が。

 

「バカ。 そんなことにびびってて、ノゾキができるか!」

 

「リトだってホントは見たいだろ? 西連寺のハダカ!」

 

こいつら、女湯に声が届かない様にトーンを抑えてやがる。

 

「……とにかく、ノゾキなんて駄目だ」

 

今ここで、「西連寺の裸になんて興味が無い」と言った所で、説得力は無いだろう。強がりかムッツリだと思われるだけだ。

もう、私がここにいる間だけでも『リトが西連寺のことを好き』って事実を誤解ってことに出来ないかな。正直やりにくい。

 

「キャーーー!」

 

西連寺の悲鳴だ。ということは、そろそろ校長が見つかる所だな。

 

「なんだ?」

 

「まだ見つかる様な位置じゃないよな?」

 

猿山と荻田が顔を見合わせる。

 

「キャーーー! のぞきよォーー! こんな所に校長がいる~!!」

 

別の女子生徒の声が聞こえ、続いて複数の打撃音と校長の悲鳴が響く。

 

「「「…………」」」

 

「……行ってくるか?」

 

「……いや」

 

「今日はやめておこう……」

 

猿山と荻田はすごすごと浴槽に帰っていった。できれば永久にやめて欲しい。

 

「俺、先に上がるよ」

 

「お~」

 

あまり男湯に長居する気にならず、さっさと出ることにする。

わざわざ猿山達を待つことも無いし、肝試しまでどこかで一人でゆったりしよう。

 

 

「リト~♪髪乾かしてっ」

 

風呂から上がって暖簾を潜ると、ララも丁度出て来て、ドライヤーとタオルを掲げて近付いて来た。

 

「臨海学校の間くらい、自分で乾かしたらどうだ?」

 

言いつつも、ドライヤーとタオルを受け取ってしまう。

ララが結城家に来てから、風呂上がりのララの髪が若干生乾きなのが気になって、一度私が乾かして以降、この習慣が根付いてしまった。

 

多分、ずっと侍女にやってもらっていたから、自分で髪を乾かすのに慣れてないのだろう。ただでさえ長くて乾かすの大変だし。

 

「だって~、リトにやってもらった方がキモチいいし♪」

 

「はいはい…」

 

ララは近くにあった長椅子に腰を下ろし、私はその後ろに立つ。

家だと私がソファーに座って、ララがその前に座るのだが、ここじゃララが地べたに座ることになるので、このポジショニングだ。

 

一先ずドライヤーは脇に置き、タオルでララの髪を挟み込んでいく。

根元から毛先まで一通り水分を吸い取った所で、ドライヤーを使って内側から髪を乾かしていく。

 

「♪~~」

 

ララが鼻歌混じりに体を揺らす。

気持ちいいのだろう。分かる。

ついでに頭や首のツボを押さえて、マッサージの真似事を試みる。以前やってみたら反応が良かったので、それ以降これも同時にやる様になった。

 

私としても、この行為は割と楽しんでる所がある。

結城リトになる以前は、私も髪を伸ばしていて、それを結構大事にしていたのだが、今となってはその必要が無い。

正直物足りなかった。私は長くてサラサラの髪を触るのが好きだったのだ。

 

ドライヤーの電源を切って、渇き残しが無いか髪に指を通して調べていく。うん、いい感じだ。

私の場合はこの後トリートメントもしておくのだが、ララの場合はその必要も無くサラサラだ。素晴らしい。

 

「はい、終わり」

 

「ありがとーリト♪」

 

終わった所で、西連寺達も風呂から上がってきた。

 

「お、ララちぃ~。急いで結城を追いかけて、ナニやってたのかな~?」

 

「は?」

 

「リトに髪乾かしてもらってたの!」

 

「髪ィ? なに、結城アンタ召し使いかなんか?」

 

「なんでだよ……てか、俺を追いかけて来たって何?」

 

「ララさん、いきなり男湯の方に結城君がいるか訊いて、先に上がったって聞いて急いで出ていったの」

 

籾岡と沢田がよく分からんことを言っていたので訊ねたら、西連寺が代わりに答えてくれた。

妙にタイミングが良いと思ったら、そういうことだったのか。

 

「この後キモダメシだよね? 楽しみ~♪」

 

ウキウキとしてるララを見て、違和感を感じる。

なんだろう、と思ったが、すぐに違和感の正体に気付いた。

 

「……ララ、そのまま肝試しに行くのか?」

 

「え? 何かダメ?」

 

「ああ、いや、そういう訳じゃなくて、うーんと……誰かヘアゴム持ってない?」

 

「あ、私予備持ってるよ。いる?」

 

「サンキュ」

 

沢田が予備のヘアゴムを出してくれたので、ありがたく頂戴する。

 

えーと、確か……

 

ちょいちょいっとララの髪を纏め上げ、原作でやってた感じの髪型にする。

うん、しっくり。やっぱ和服は項が見えてこそだよな。何言ってんだ?

 

「わっ、ララちぃ可愛い~!」

 

「やるじゃん結城!」

 

籾岡と沢田がララを囲んで私を小突いてくる。

ま、原作でやってたのだから、私がやらなくても誰かがやっていただろうが、この際だしもういいや。

 

「えへへ~。ありがと、リト!」

 

「どういたしまして」

 

「結城~。そこは『可愛いよ』とか『よく似合ってるよ』って言う所だよ~?」

 

「分かってないな~」

 

「うるせ。じゃ、俺はこれで」

 

籾岡と沢田に弄られるのがいい加減鬱陶しくなってきたので、そそくさと退散する。

女子と話すのは男子と話すのよりも気が楽だが、男子として女子と話すと言うのは、何とも言えない居心地の悪さがあった。

 

 

 

「やっと私たちの番だね! リト」

 

「ああ」

 

肝試しのペアは、原作通りリトとララ、西連寺と猿山がペアになっていた。

 

「うわ~真っ暗だぁ」

 

「この一本道を500m進んだ所にある神社の境内がゴールだってよ」

 

灯で足下を照らしつつ、山道を歩いていると、前方から先にスタートしたペアが悲鳴を上げながら戻ってきていた。

 

「ひぃぃぃ」

 

走り抜ける人にぶつからない様避けていると、聞き覚えのある声が聞こえ、見ると猿山が一人で逃げ戻っていた。

 

あの野郎、折角スタートの前に「オバケにびびって西連寺を置いて逃げたりするなよ?」って釘を刺しておいたのに、何の意味も無かったな。

 

何が「心配しなくてもオバケなんざ俺にかかればイチコロだぜ。むしろそれで西連寺が俺に惚れても文句言うなよ?」だ。ほざけ。

 

「ララ……は、やっぱいないよなぁ」

 

一通り前のペアが走り抜けた後、周りを見渡してもララの姿はそこにはなかった。

 

はあ……私ももう戻ってしまいたいが、流石に西連寺を放ったらかしは可哀想だ。

西連寺だけ回収してさっさと戻ろう。別にゴールする必要無いし。

景品でもあれば少しは考えたんだが、まあ学校の行事(イベント)だしな。

 

「おーい、ララ~! どこだー?」

 

とは言え、ペアのララを放っといて西連寺を探すのも変な話なので、表向きはララを探すのだが。

 

「ララ~!」

 

ララを探しながら歩いていると、ガサッと近くの茂みが揺れた。

野生動物の可能性もあるが、果たして。

 

「西連寺…」

 

原作通り、涙目で座り込んでる西連寺がそこにいた。ここまで完全に原作通りだな。

まあ、このまま原作通りに進むと私が一方的に痛い目に遭うので、ここからはガンガン無視していくつもりだが。

 

「うわっ」

 

近付くと、西連寺が抱き着いてきた。分かっててもびっくりするもんだ。

 

「怖い……ダメなの私……オバケとか……!」

 

だからって年頃の男子に抱き着くのはどうかと思う。まあ、好きな人(リト)だからこそなんだろうが。

 

一先ず落ち着いてもらおうと、ギュッと抱き締めて背中を擦る。

華奢だ。風呂上がりだからだろう、石鹸の香りがする。ララに比べて弾力感が乏しいがそれでも柔らかい。何を比べて分析しとるんだ私は。

 

「……落ち着いたか?」

 

「…………」

 

「西連寺?」

 

「あっ、うんっ……ありがと、結城君!」

 

話しかけても反応が無かったが、もう一度呼び掛けるとバッと音がする勢いで離れた。

多分リトに抱き締められてドキドキしてしまったのだろう。顔が赤い。

……なんか罪悪感が湧いてくるが、恋のドキドキで恐怖のドキドキが紛れたのならそれはそれで良しとしよう。

 

「……前に進んだペアは粗方戻っちまったぜ。俺達も戻ろう」

 

「え……でも、いいの? ララさんを探してたみたいだけど……」

 

「ああ、聞こえてたのか。まあでも、西連寺は戻りたいんじゃないか? ここからだと、多分スタート地点の方が近いし、進めば進む程オバケ役も増えてくると思うぞ」

 

「そ、それは……でも、ララさんのこと、心配だわ。はぐれちゃったんでしょ……?」

 

「……無理しなくて良いよ。怖いんだろ? 西連寺をスタート地点まで送った後、俺だけでララのこと迎えに行くから」

 

正直、それが一番安全だ。私は別にこういうの大丈夫だし。

 

「……ありがとう、結城君。優しいんだね」

 

「西連寺ほどじゃないよ」

 

怖いクセに、ララのことを心配して先に進もうと考えていたのだから、相当にお人好しだ。私はララのことを放っとく気満々だったというのに。

 

「ほら、行こう」

 

「!……う、うん」

 

灯を持ってない方の手で西連寺の手を握る。暗くて足下が危険だし、怖がってるならこのくらいはしてもいいだろう。

 

「「…………」」

 

無言だと、余計に周囲の音が耳に入って恐怖を煽りそうだ。こんな時はちょっとした木々のざわめきでも何か別の音に聞こえたりする。

何かで西連寺の気を逸らしたい、と思って視線を上げると、ある物が目に入る。

 

「西連寺、上を見ろ」

 

「え?……わぁ」

 

上を見上げると、満天の星空が広がっていた。うーん、我ながらありきたり。

 

「綺麗だね……」

 

「ああ」

 

西連寺の気を逸らせて安心したが、二人揃って上を見上げたのが良くなかった。

足を滑らせて、脇道に滑り落ちてしまった。馬鹿か。

 

「うおっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

まずい! と思い、咄嗟に西連寺を抱き寄せて、庇う様に転がり落ちる。

 

「いってて……西連寺、大丈夫か?」

 

「う、うん……! ご、ごめーー」

 

「待て! 西連寺!」

 

「きゃっ、ゆ、結城君!?」

 

西連寺が身を起こそうとしたのを、すんでの所で引き留めて抱き寄せる。

西連寺の頭を胸に抱え込む様にし、視界を塞ぐ。

 

いる。

 

いるのだ。オバケ役が。落武者の様なソレが。

 

あれを西連寺に見せたらまずい。我を忘れて暴れかねない。これ以上痛い目を見るのはごめんだ。

 

「……ん?」

 

やべっ。見付かった。

 

こっち来んな! という気持ちを込めて睨み付ける。いや違う、こっちに来ないで下さい。

 

「……ちぇっ、最近の若いモンは……」

 

思いが通じたのか、何やらブツブツと言いながら落武者は退散していった。ありがとうございます。

 

「ふぅ……」

 

脅威が去り、自然と溜め息が漏れる。

はー……ドキドキした。

 

「いきなりごめんな。西連……寺……」

 

抱え込んでいた西連寺の頭を解放し、顔を向けると、西連寺が惚けた顔でポーッとこちらを見ていた。

 

え、な、何……?

 

「結城君……」

 

え!? 待って、本当に何!? 待て待て待て待て! 顔が近い! 元から近いけど!

 

ハッとする。

今まで必死で気付かなかったが、改めて見ると、めちゃくちゃ体が密着している。脚なんて、何をどうしたらそうなるのか、複雑に絡み合っていた。

浴衣だから、当然お互い素足だ。

じっとりと汗ばんで、むちっとした女の子独特の柔らかさを肌で感じる。

体の前面がピッタリ引っ付いて、ドクドクと鼓動が伝わってくる。

て言うか、待って。こいつ、もしかして、ブラ……してない……?

 

「嘘だろ……?」

 

仮にも男と一緒にいるんだぞ……? さっきまでは猿山と一緒にいた。正気か?

 

頭が混乱してきた。なんだ? 私は今どうしたらいいんだ? どうするつもりだったんだっけ?

 

「さ、西連寺……」

 

西連寺の肩を掴み、腹筋に力を入れて、勢いよく起き上がる。

 

「きゃっ!?」

 

西連寺は小さく悲鳴を上げて、ぱちくりとしていた。まだ顔が赤い。

西連寺を上にしたまま起き上がったせいで、対面座位の様な形になった。やめろ。対面座位とか言うな。

 

「……戻るぞ」

 

そうだ。戻る途中だったんだ。何を油売ってるんだまったく。

 

「……あ、うん」

 

 

その後、西連寺の下駄が紛失したのでおぶっていき、勝手にオバケ役を楽しんでたララを迎えに行って、肝試しはほどなく終了した。

 

今年の達成者は誰一人として現れなかった。

 




前編終了。

それにしてもこの主人公、軽率かつ迂闊。


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ToLOVEるな日々ー5話ー後編

正直、前編だけだったら一週間前に書き終わってましたが、元々臨海学校は1話で終わらせるつもりでいたから仕方ないのです。


臨海学校二日目。

今日は海水浴だ。しかも一日中。

臨海学校のスケジュールが雑過ぎる。雨降ったらどうすんだこんなもん。

 

まあいい。今日やることは決まっている。態々事が起こるまで待つことも無いだろう。

 

くっくっと準備運動をする。それなりに泳ぐ必要があるだろうから、入念にやっておかないとな。

 

「リトー、何やってるの?」

 

「準備運動。これをやっておかないと、海の中で足がつったり、体が上手く動かせなくて溺れたりしたら大変だからな」

 

「へぇー。あ、そう言えばプールの時もやったかも」

 

「だろーな」

 

さて、準備運動も終わったし、アレを探そう。まずはそれらしき岩場がありそうな所をーー

 

「ねぇねぇ」

 

「ん?」

 

「溺れるって、あんな感じ?」

 

「は? 何をーー」

 

ララが指差す方を見ると、バシャバシャと、水しぶきを上げてもがいている女子生徒がいた。

 

嘘だろマジか。

 

すぐさま駆け出し、海に飛び込む。

女子生徒まで後少しという所で、水しぶきが鳴りを潜め、その体が沈み始めた。

 

ヤバい。

 

沈みかけの腕を掴み、強引に引き上げる。

ここで気付く。この女、水着の上部分が無い。

 

まさか、最初の犠牲者ーー?

 

そう頭を過るが、今はその事よりも、この娘を早く陸に上げることが先決だ。

 

女子生徒を抱え、出来るだけ体が見えない様に隠しながら、陸に上がる。

女子生徒を仰向けに寝かせ、上半身に私が着ていた薄手のパーカーを被せる。上半身裸なのが落ち着かなくて着ていた物だ。

 

次に、呼吸の確認ーーん? 待て。

 

「古手川?」

 

一般生徒(モブ)だと思っていたら、古手川だった。

 

マジかよ。さっきからずっと思ってたけど、原作にこんな展開無かったでしょ? あれぇ?

 

いや、だから今はそんなことはいいんだ。呼吸、心肺の確認だ。

 

古手川の口に手をかざし、胸に耳を当てる。舌打ちが漏れた。

 

「誰か! 保険医の先生を呼んでくれ! 溺れた生徒がいる! 心肺、呼吸停止! 早く!!」

 

叫びながら、心臓マッサージの体勢に入る。クソ、実践じゃ初めてだぞ。

 

「リト!」

 

ララが走り寄って来た。

こいつ、工学に関しては知識が深いが、医療はどうなんだろうか。一度習っていれば期待は持てるが。

 

「ララ、人工呼吸のやり方は分かるか?」

 

頭の中でアン◯ンマンのマーチを流しながら、ララに訊ねる。

クソ、頭の中が緊張感ねーな。しかしリズムを取るのに丁度良いから仕方ない。

 

「ジンコーコキュー?」

 

「いや、分からないならいい。誰か! 人工呼吸できる奴はいないのか!? てか御門先生まだ!?」

 

こういう時のためについて来てる訳だし、近くにいると思うんだけど。

ワラワラと人が寄って来たが、一定以上近付いてくる奴は一人もいない。

 

「ふむ……仕方ありませんな……ここは私が一肌脱ぎましょーー」

 

「人工呼吸つってんだろ! 気持ち悪い顔してんじゃねぇ!」

 

古手川の顔に吸い付こうとした校長を蹴り飛ばす。空気読め。

 

クソ、他に出来る奴がいないなら、私がやるしかないのか? 心臓マッサージも大事だが、酸素を送らないと脳に障害が出かねない。ここいらで切り替えるか。

 

「ふーーっ、ふーーっ」

 

顎を持ち上げ気道を確保し、鼻を塞いで古手川の口を覆う様に唇を合わせる。

息を吹き込む度に古手川の胸が上下する。何度かやった所で、古手川の喉の奥から水がせり上がってきた。

 

!ーーこれは

 

一度古手川の顔を横に倒し、口の中に溢れた水を逃がす。

今ので肺の中に入った水が全て吐き出せていればいいんだが。

 

「ーーっげっほ、ごほっ!」

 

古手川が苦しそうに咳き込んで、目を覚ました。

 

ーー勝った。おめでとう。それが生きる喜びだ。例え胸の傷が痛んでも。

 

緊張感抜けた途端にふざけるの止めるべきだな。

 

「結城……君……?」

 

「古手川、無理に動かなくていい。もうすぐ御門先生が来るから」

 

「…………」

 

ハア、ハア、と息を切らせて視線をさ迷わせる古手川。状況が理解できてないのだろう。

 

「古手川ーー」

 

「その子が溺れた生徒?」

 

古手川にある程度状況を説明しようとしたら、背後から声がかかった。

 

「御門先生。漸く来てくれましたか」

 

「あら? これでも急いだのよ? この子が物凄い剣幕で息を切らせてやって来るから」

 

この子、と言って御門先生が振り返った所に、西連寺がいた。

 

「西連寺が知らせてくれたのか。ありがとう」

 

「う、うん……その人、大丈夫なの?」

 

「ああ、とりあえずは危険な状態からは脱した。と言っても、海水を大量に飲んだだろうし、まだ処置は必要だけどな。御門先生」

 

「ええ、結城君、運ぶの手伝ってくれる? 簡易医務室が向こうにあるから」

 

「了解です」

 

古手川を抱え、立ち上がる。またお姫様抱っこだ。

 

「あら。その子、水着は?」

 

「ああ、なんか流されちゃったみたいで、多分それで動揺して溺れたんだと思います」

 

「そう……足の届かない所までは行かない様に言われてるはずなんだけど……」

 

「恐らく、流された水着を追いかけて、気付かない内に足の届かない所まで行ってしまったんでしょう」

 

実際には、水着を剥ぎ取ったイルカを追いかけようとして、沖まで出てしまったのだろうが。

 

 

ー海の家ー

 

「ーーそこで、心臓マッサージから人工呼吸に切り替え、何度か繰り返した後に古手川は息を吹き返しました」

 

「驚いた。ほとんど完璧じゃない。将来は医療か看護の道に進むつもりだったりする?」

 

簡易医務室にて、救助後の心肺蘇生法について訊かれたので、私がやったことを順を追って説明していた。

 

「いえ、以前にマンガでそういう場面を読んだことがあって、それを実践してみただけですよ」

 

嘘です講習受けました。

 

「へぇ……地球にはそんなマンガがあるのね。なんてタイトル?」

 

「覚えてません。コンビニで立ち読みしたキリなんで。……てか、地球?」

 

「ああ、私宇宙人なの。貴方の近くにもいるでしょう?」

 

言いながら、チラリと髪で隠れていた尖った耳を見せてくる。

 

「……随分あっさり言うんですね」

 

「宇宙人自体はそんなに珍しくないわ。ただ、地球人が異星人に対して免疫が無いから、みんな黙ってるだけよ」

 

「へぇ。ーーじゃ、俺はこの辺でお暇しますね」

 

「あら、もう行っちゃうの?」

 

「俺がここにいたって、やること無いですよ」

 

古手川は、今はぐっすり眠ってしまっている。

着替える気力がまだ戻ってないから、私のパーカーを被せたままだ。

 

「まあ、そうかもね。それじゃ、お疲れ様」

 

「ええ、それじゃ」

 

 

「キャーーー! 水着ドロボーよーーー!!」

 

「ああ……」

 

海の家から出て、ララ達の所に向かった所で、原作の騒動が起こってしまった。

 

ええいめんどくさい!

 

走り出す。向かうはララと西連寺がいる場所。

まだ西連寺の水着は盗まれてない。原作通りなら、どこかのタイミングで来るはずだ。

 

来た!

 

ララに近付く黒い影。よくよく見ると魚の様なシルエットに見えなくもない。

 

「危ないララさん!」

 

西連寺が黒い影に気付き、ララを庇って水着が盗まれる。

 

間に合わなかったかーーだが捕らえた!

 

「そいっ!」

 

西連寺の水着を盗んだ直後を狙って、捕まえる。

 

バシャバシャと暴れるのを抑え込んで、抱き上げる。

 

「あ、それ知ってる! イルカだよね。図鑑で見たよ!」

 

「こいつが犯人か……ララ、水着を西連寺に返してやってくれ」

 

イルカが咥えたままの西連寺の水着をララに差し出す。他にもいくらか引っかけてるな。持ち主を探すのはララと西連寺に任せよう。

 

「うん。春菜~、はい、水着!」

 

「あ、ありがとう……」

 

腕で胸を隠し、首まで水面に浸けて体を隠していた西連寺が、ララから水着を受け取るのを見届けて、イルカにコソッと耳打ちした。

いや、イルカのどこが耳に当たるのか知らんけど。そもそも超音波で意志疎通する生物だしな。

 

「お前の親の所まで俺を連れて行け」

 

マンガやアニメでは不思議と動物との意志疎通が取れがちだ。伝われ私の思い。

まあ、これで通じたらナナの能力の価値が下がりそうだが。

 

「うおっ!?」

 

突然、さっきまで割と大人しくしていたイルカが暴れ出して、力任せに泳ぎ始めた。

ここで離れる訳にはいかない。私は必死にしがみついた。

 

「リト!?」

 

遠くからララの呼ぶ声が聞こえたが、当然それに返事を返す余裕は存在しなかった。

 

 

海水が目と口に入らない様に必死に閉じて、イルカの体にしがみついていたら、徐々に感じてた抵抗感が弱まってきたので、水面から顔を出した。

 

「……どうやら上手くいったみたいだな」

 

イルカの体から離れ、砂浜に上がる。

人間の倍程の大きさの親イルカがそこに横たわっていた。

 

一旦砂浜に腰を下ろす。疲れた。

ふぅ……と溜め息を漏らし、首を回す。

そうしていると、キュ~……と弱々しい鳴き声が耳に届いた。

 

……早く海に戻してやった方が良いな。

 

立ち上がり、背伸びをする。

さて、かなりの重量がありそうだが、これ、一人で大丈夫か? 思いっきり押せば、少しずつなら動かせるかもしれないが、ララもやっぱり連れてくるべきだったな。

 

と、そこで、見覚えのあるストロベリーブロンドが目に映る。

よっしゃ、ナイスタイミングだララ。愛してる。これ実際には軽率に言ったら絶対ダメなやつだな。

 

「おーい! ララーー! こっちだー!」

 

「リト!」

 

ララもこちらに気付いて、砂浜に上がってきた。

 

「これ……」

 

「親イルカだな。砂浜に乗り上げたみたいだ」

 

「そうなんだ……よし! 海に戻してあげよっ!」

 

「ああ、せーのでいくぞ」

 

「うん!」

 

 

イルカの親子を海に帰し、ララと二人で手を振って見送る。

イルカの親子はこちらを見て、キューキューと鳴いていた。

 

「あの親子、何だかお礼を言ってるみたいデスね」

 

せやろか。まあ、どうでもいいことだ。

 

「親子……か」

 

「どうかした? リト」

 

「いや、なんでもない」

 

懐かしい顔を思い出しただけだ。

 

 

 

自販機の置かれたロビーにて、私はボーッとしていた。

 

ドタバタとした海水浴も終わり、臨海学校も後は寝て起きたら帰るだけだ。

 

原作ではこの後、猿山達に誘われて女子部屋に突撃し、何故かリトだけ取り残されて西連寺と二人きりになって、なんやかんやToLOVEるがあったりするのだ。

 

そんなことをする気は毛頭無いので、風呂から上がった後は予め部屋を退室し、こうやって無駄に時間を潰しているのである。

 

私はこういう何の意味も無い時間が好きだったりする。

紙パックに差したストローを加えて、欠伸を噛み殺す。

んー……無為な時間だ。学生とはかくあるべき。

 

「あ……」

 

「ん?」

 

静寂の中、不意に声が聞こえ、振り向くと古手川がいた。

この旅館の浴衣を着て、髪をアップにしている。

 

「「…………」」

 

無言は止めよう。

 

「……なんで古手川が男子のフロアにいるんだ?」

 

「ちがっ、女子のフロアに自販機が無いだけよ!」

 

「へぇ、そうなのか」

 

知らんかった。知る機会も無いしな。

こういう行事の場合、男子が女子フロアに行くのはご法度だけど、逆は割と許される感じあるよな。不思議だ。

 

「あ、あなたこそ、こんな所で何やってるのよ」

 

「いやー、別に。もう臨海学校も終わりだなーと思って」

 

「何よそれ?」

 

買わないのか? と自販機を顎でしゃくると、古手川は思い出した様に自販機に向かった。

ガコンガコンと重たい音が数回。パシリか。単に古手川が自分の買うついでに申し出ただけだろうが。

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

「今日の、ことなんだけど……」

 

「ああ」

 

人工呼吸のことか。古手川なら医療行為としてゴリ押しすれば、流せるかな。

 

「み、見た?」

 

「あ? 何が?」

 

「だ、だから……私の……その……む、む、胸……」

 

そっちか。

少し予想外の質問に、目が点になる。

 

「……まあ、見えたな。ごめん」

 

状況的に誤魔化しようが無いので、素直に謝るしかない。

 

「うっ……そ、即刻忘れなさい! いいわね!」

 

「ああ」

 

なんなら今の今まで忘れてたんだが、知らぬが仏とはこのこと。

 

「それと……アレは……その……ノーカンだから!」

 

「分かってるよ。お互い気にしないことにしよう」

 

「そ、そうよ……それでお願い……私覚えてないし……」

 

「ん」

 

了解の意味で手を振りながら、時間を確認する。

9時半。そろそろ猿山達が女子部屋に向かってる頃か。

 

「で、でもその、御門先生から、結城君が適切な処置をしたから助かったって聞いたから……その、ありがとう」

 

「出来ることをやっただけだよ」

 

「こ、この借りはいずれ返すから! じゃあね!」

 

そう言って古手川は小走りで女子フロアに戻っていった。

私ももう10分もしたら戻ることにしよう。その頃には猿山達も出てるか、いっそ戻って来てる頃合いだろうし。

 

 

「あ、リトー♪」

 

「あ」

 

ララと籾岡と沢田だ。そうだった。この三人自販機にジュース買いに行ってたんだっけ。それでリトと西連寺が二人きりになるんだ。

 

それ自体は覚えてたけど、女子フロアに別に自販機があると思ってたから、油断していた。さっきの古手川との会話で気付くべきだった。

 

「リトもジュース買いに来たの?」

 

「ああ、今飲み終わって帰るとこ」

 

グシャリ、と空の紙パックを手の中で潰す。とっくに飲み終わっていたが、時間を稼ぐためにずっと飲むフリをしていた。

 

「えー? もう戻っちゃうの?」

 

「もう消灯時間だ。お前達もさっさと戻らないと、生活指導の先生にどやされるぜ」

 

「カタいこと言うねー結城ィ」

 

「そんなんじゃララちぃに愛想尽かされるよォ?」

 

望む所だ。

 

「そんなことしないよ?」

 

「……じゃ、おやすみ」

 

紙パックをポイッとゴミ箱に捨て、そそくさとその場を後にしようとした所で、籾岡と沢田に両サイドから腕を掴まれる。何故。

 

「逃がさないよ~結城ィ」

 

「アンタには前からイロイロ聞きたいと思っていたのよ。ララちぃとのことでね」

 

「おい」

 

「あ、じゃあリトを私達の部屋に招待しちゃおっか!」

 

「待て」

 

「いいねいいね~」

 

「今夜は寝かさないぞ~?」

 

「ふざけんな」

 

籾岡と沢田の腕を振りほどく。冗談じゃない。原作より酷い流れになってどうする。

 

「……聞いたよ結城~。アンタ、ララちぃと一緒にお風呂入ったらしいじゃん」

 

三人から距離を取ろうとしたが、籾岡がボソッと呟いた一言で体が固まってしまった。

 

「! ど、どこでそれを!?…… ララ!」

 

「え? 話しちゃダメだった?」

 

駄目に決まってんだろ。だが、ララに釘を刺しておかなかった私の落ち度だ。ちくしょう。

 

「お風呂の時にちょい~っとね」

 

「……その話を聞いたのは?」

 

「あたしと未央と春菜だけ。他は多分聞いてないよん♪ ……で、どうする?」

 

「……お供させて頂きます」

 

「そうこなくっちゃ♪」

 

「一名様ごあんな~い♪」

 

ああ、もう。

 

 

 

「ただいま春菜ー!」

 

「あ、おかえりなさい」

 

「じゃじゃーん! リトのこと連れて来ちゃったー!」

 

「え!? ゆ、結城君!?」

 

「ごめん西連寺。長居するつもりは無いから」

 

「う、ううん……ご、ごゆっくり……」

 

長居するつもりは無いつってんだろ。まあいいや。

 

「で、聞きたい話ってのは?」

 

「まあまあ、そんな焦らなくてもいいじゃん? とりま座りましょ」

 

部屋の真ん中に敷かれた4組の布団の上に、入り口から見て左奥に籾岡、その手前に沢田、右奥に西連寺、その手前にララが座ったので、西連寺とララの間の少し後ろらへんに座る。

 

なんとなく籾岡と沢田から心理的に距離を取りたかっただけで、ポジショニングに他意は無い。

 

「聞きたい話?」

 

「俺に聞きたいことがあるんだと。ロビーでジュース飲んでたら捕まってこのザマだ」

 

西連寺がどういうこと? と首を傾げていたので、事の経緯を軽く説明する。

なるほど、と頷くと、西連寺は躊躇いがちに顔を寄せて来た。なに? 内緒話?

 

「……ねぇ、昼間のことなんだけど……結城君、見た?」

 

「んん?」

 

なんのこっちゃ、と思わず顔をしかめる。古手川といい、何故主語を抜かすのか。

 

「わ、分からないなら、いいの。うん……やっぱり、見てないよね

 

そう言いながら西連寺は慌てて離れ、顔を赤くして俯いてしまった。うーん。

 

……多分、胸のことだろうな。水着を盗られた時の。

そんなに気になるかね。まあ、気になるか。

正直に言うなら、視界には入っていたと思うが、意識してなかったから覚えてない。イルカの動きを追うので手一杯だったし。

 

 

その後は、ララとどこまで進んでるだの、何故一緒にお風呂に入ったのかだの、普段どんな風に二人で過ごしているかだのと訊かれたので、だいたいは正直に話しておいた。

 

お風呂の件に関しては説明しにくかったので、弁明は諦めて三人には何も聞かずに黙っておいてもらうことにした。

駅前のスイーツでとりあえずは手を打ってくれるらしい。

 

「つーかさァ、ララちぃも結城なんかのどこがいいワケ?」

 

「言っちゃ悪いけど、ララちぃならもっと上の男狙えると思うんだよねー」

 

「それを本人の前で言うか?」

 

容赦なさすぎだろ。原作ならリトがいないと思っていたから分かるけど、目の前にいて言うか。

 

「いやー、だってねぇ……別に悪いワケじゃないけど、結城ってちょっと枯れてない?」

 

「ララちぃみたいな美少女前にして、反応薄すぎるよねぇ」

 

「むぅ……」

 

それを言われると弱い。私自身、反応しすぎない様にしているが、リトの様な反応を求められても困る。元々女体は見慣れた身だ。

 

「んー……でもね、私、リトは宇宙で一番頼りになる人だと思うなぁ」

 

ハッとしてララを見る。自然と目が合い、エメラルドの瞳に呆けた面をした私が映っていた。

 

「私はそう信じてる」

 

瞳の中の私が焦った様に目を泳がせる。分かっていたことだが、こうやってハッキリ言われると、酷く居心地の悪さを感じる。この感情を、私が向けられていいのか。

 

「私にはリト以上の人なんて、考えられない……」

 

そう言って、ララはそっと目を閉じる。自然と、私の視線もララから外れる。

今私は、どんな表情(かお)をしているんだろう。

 

「うひょー! ララちぃカッコいーー!」

 

「宇宙で一番だってぇーー!」

 

うるせぇ。

 

「ちょっと結城ィ! アンタはどうなのよ!?」

 

「ララちぃがここまで言ったんだから、アンタも何か言いなさいよ!」

 

ほらほら、と籾岡と沢田がせっついて来る。

 

「俺は……」

 

駄目だ。今言えることなんて何も無い。

私は、ララの気持ちに応えられない。

本当ならこの場には結城リトがいて、リトは西連寺が好きで、ララと西連寺はリトが好きで、それが本来の形。

ララの気持ちが私の行動で成り立った物でも、私にどうこうする権利なんて無い。

 

私は、結城リトになる気は無い。

 

「リト?」

 

ララが、黙りこくった私の顔を覗き込んで来る。その瞳に映る私はーー

 

ジリリリリリリッ

 

「非常ベル!?」

 

「なになにどうしたの火事!?」

 

非常ベルが鳴り、ドタドタと籾岡と沢田が廊下に出る。忙しない奴らだ。

 

後に続こうとしたララの腕を掴む。

流石に何も言わずに去るのは憚られた。だから、一つだけ。今言えることだけ言わせてほしい。

 

「ごめん、ララ。俺はララの気持ちに応えられない。少なくとも今は」

 

「……うん、分かってる。私、がんばるから」

 

「……これからも、応えられる保証は無い。それでも?」

 

「うん! だって、決めたから!」

 

ララは笑って、拳を握りしめた。

 

そうかい。いいね、そういうの。カッコいいよ。

 

「そっか。俺も、がんばるよ」

 

「? リトは何をがんばるの?」

 

「ごめん、内緒」

 

「もしかして、大事なこと?」

 

「ああ……じゃあ、俺はもう部屋に戻るから。おやすみ」

 

「うん、おやすみ。リト♪」

 

退室しようとして、西連寺の存在に気付く。

 

い、いたのか……そらいるわな……

 

「お、おやすみ。西連寺」

 

「うん……おやすみなさい」

 

どういう表情なんだ。それは。

分からないが、西連寺のためにも、私は急がないといけない。

 

部屋を出て、喧騒と逆方向に走り出す。

 

ずっと考えていた可能性がある。この臨海学校で、偶然にもその下準備をすることが出来た。

 

後は……やっぱり、あの娘を探しておこうかな。ヒントになるかもしれないし、仮説に信憑性を持たせやすくなる。

 

のんびりしてられない。残された時間は、刻一刻と減ってるかもしれないのだ。

 

私は、結城リトにこの身体を返す。

 

そう決意を新たに、私は走り続けた。

 




主人公、決意を新たに。

主人公ちゃん、気が短い方だからすぐに問題解決したがる癖がありますね。ネタも挟みたいんで程々にしてほしいです。

次回は新キャラ出したいですね。あ、レンではないんですけど。


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ToLOVEるな日々ー6話ー

前回の話を投稿してから、お気に入り数が5倍になってて普通にビビりました。まあ、私が次の投稿めっちゃ遅れちゃったからってのもあるんですけど……

日刊ランキングに一瞬載ったらしいですね。確認しました。ありがとうございます。

色んな人に読まれてると思うと緊張します。こんな駄文をわざわざ読んでくれるとは……

感想、評価、閲覧、誤字報告いつもありがとうございます。


夏休みに入って間もなく、私は鬱蒼と植物の生い茂る洋風の館の前に来ていた。

館の周りにはカラスが飛び回り、より一層不気味さを演出している。

 

敷地内には地球の物では無さそうな植物が根を張っていた。近隣に人が住んでないからやりたい放題だな。

 

今日はララは新しい発明に夢中で、美柑も用事があり、珍しくフリーになれたので、以前から考えていたことを実行することにした。

 

とりあえず、呼び鈴ーーは無いから、ドアを二、三度ノックする。

 

「あら……結城君、どうしたの」

 

少し待ってドアの向こうから現れたのは、下着の上に白衣を羽織っただけという、嫌に扇情的な格好をした御門先生だった。

眠たそうに目元を擦っている。寝起きなのだろう。もしかしたら起こしてしまったのかもしれない。申し訳ないことをした。もう昼過ぎだが。

 

「……すみません。お休みの所だった様で。急な用事では無いので、出直した方が良いでしょうか?」

 

格好にはめんどくさいからツッコまず、アポ無しで訪問したこちらに非があるので、そう提案する。

 

「ああ……大丈夫。昨日急患があったから、ちょっと寝不足なだけよ。上がりなさい」

 

「ありがとうございます。失礼します」

 

促され、玄関に足を踏み入れる。

館の中は昼間なのに、どこか薄暗く感じた。

 

 

「それで、どう言った用事? ……病気なら、貴方は地球人用の病院に行くはずだものね」

 

御門先生がいつもの服装に着替え、お互い椅子に座って向き合う。

 

少しうつむき、深呼吸をする。

部屋には薬品とコーヒーの香りが漂っていた。見た目が古い割に埃臭くはない。衛生管理がしっかりしてるんだろう。

 

床のリノリウムが剥がれ、人の様な形になっている所を一瞥し、御門先生に目を向ける。よし。

 

「ご相談があります」

 

 

「……つまり、貴方は二ヶ月程前に結城君に成り代わってしまった。そしてそれを元に戻したい、と」

 

「はい。……荒唐無稽なことを言ってることは自覚してます。でも、これが俺から見た事実なんです」

 

御門先生に事情を話して、協力を取り付けるのが今回の目的だ。

いつかは力を借りることになるかもと思っていたが、想定より早く御門先生の正体を知る機会が来たので、予定を早めることにした。

無論、全部は話さない。

『ToLOVEる』という物語のことは流石にトップシークレットだ。これだけは話せないし話す理由も無い。

 

「二ヶ月ってことは……ララちゃんと会う前? 後?」

 

「……前です」

 

「なるほどねぇ……まあ、人が他人の身体に乗り移るなんて、珍しい現象には研究者として興味が湧くけれど……貴方は良いの? それで」

 

ララのことを持ち出されると弱い。彼女がこの件において、最も取り扱いにくい存在だ。

自惚れでなく、私が結城リトになってから、最も影響を与えてしまったのはララだ。

 

デビルーク星に初めて行ったあの日に見た、煌々と輝くエメラルドの瞳は、一生忘れられそうにない。

 

ああいうのは苦手だ。本当に。

 

出そうになる溜め息をグッと堪えた。

 

「……ララのことは、自分で決着付けないといけないとは思ってます。結城リトに押し付ける様な無責任なことは出来ません」

 

そう言うと、御門先生は目を細め、薄く微笑んだ。

 

「そう。ま、そこは二人の問題よね。じゃあ、まずは触診から初めてみましょうか。服を脱いでくれる?」

 

「あ、はい」

 

どうやら、協力してくれるらしい。

ほっと息を吐き、Tシャツを脱ぐ。

今日は暑かったから、少し汗を吸っていた。

 

 

「うーん……特別肉体的な異常は見当たらないわね……もう服着てもいいわよ」

 

「はい」

 

モゾモゾとTシャツに首を通しながら、御門先生の持つ機械に目を向ける。

肉体(ソト)に異常が無いのは想定内。問題は精神(ナカ)だ。

 

「でも……波長パターンが少し変わってるわね。何か理由があるのかしら?」

 

「波長パターン……」

 

「ほら、これよ。こっちが通常の人間の波長パターン」

 

立ち上がり、機械を見せてもらうが、ぶっちゃけ違いはよく分からなかった。

しかし、『特殊な波長パターン』という言葉から、ある人物を連想する。

 

これは、意外と予想が当たってるかもしれない。

 

「ふむ……脳波に異常とかは無いんですか?」

 

「脳波? そうね……特に異常は無いわね」

 

「……え?」

 

「ん?」

 

ピタッ…と動きが止まる。

 

異常が……無い? 馬鹿な。私の仮説が正しいなら、結城リトの精神が弱まって来ているはず。それは脳波を調べれば分かる。

 

最悪の可能性が出てきたことに、頭が真っ白になる。

待て。御門先生が訝しげにしている。何とか取り繕わないと。

 

「そ、うですか……えぇーと、まあ、調べてすぐにヒントが出てくるはずありませんよね。ええと、他に分かったことは?」

 

「……いいえ、他は特に異常が見当たらないわ。さっきの話が、貴方の妄想だったと説明された方が納得できるわね」

 

「…………そ」

 

そんなことない。

 

「そうです。ごめんなさい。さっき話したことは俺の妄想です」

 

気付けば、御門先生に頭を下げていた。

 

診療室がシン……と静まり返る。静寂が耳に痛かった。

 

「馬鹿な話に付き合わせてごめんなさい。ちょっと夏休みの思い出にふざけてみたかったんです」

 

唇が震えるのが分かる。息が震えない様に唇を噛み締めた。

頭は上げない。顔を見られたくなかった。

リノリウムの床が視界に広がる。横たわる人形(ヒトガタ)をジッと見つめた。

 

「貴方ーー」

 

「このお詫びは、後日します。本当にごめんなさい。失礼します」

 

御門先生が何か言う前に、踵を返す。

 

我ながらあんまりな言い分だが、私の状況を「妄想だ」と言われてしまったら、それを否定出来る要素はどこにも無い。

最初から簡単に信じてもらえるとは思ってなかった。

逆に言えば、信じてもらわなくても良かった。頭がおかしい奴だと思われたなら結構。そう思われても問題無いからこの人に相談した。

 

足早に館から飛び出す。

 

来た時は晴れ間が広がっていた空は、どんよりと曇っていた。

今日の予報は晴れだったはずだが、天気予報とは時に外れるものだ。

 

湿った生温い風が体にまとわりつく。気持ち悪い。

 

足を止めずに、フラフラと当てもなく歩く。

 

雨はまだ、降りそうになかった。

 

 

 

気付けば、公園に足を運んでいた。

ベンチを見つけ、そこに腰を下ろす。

 

視界の範囲に、人はいない。

 

ふぅ……と溜め息が出る。我ながらよく溜め息が出る人間だ。まあ、意味合いはそれぞれ違うだろうが。

 

適当にさ迷わせていた視界を下げ、膝に両肘を着き俯く。右手は無意識に左手首を握っていた。

 

あーー……結城リトの精神が、既に消えているかもしれない。

 

かもしれない、という言い方をしているのは、ただの私の希望的観測だ。消えていて欲しくないと思っている。

 

当たり前だ。もし消えていたら、悪気は無くてもそれは私のせいになる。そんなのは嫌だ。

 

嫌だ。他人の意志を奪うなんて、私が最も嫌うことなのに。

 

ギュッ、と左手首を握り締める。

 

これまで私がこの世界でやってこれたのは、結城リトに身体を返せる可能性を信じていたからだ。信じないとやってられなかった。

 

リト本人や、美柑や西連寺と言った、リトと以前から関係のある人物には、当然負い目がある。

彼女たちが実際に接してきた結城リトは、ここにはいないのだ。

 

ああ……最悪だ……なんでこんなことになったんだろう……

 

項垂れていると、視界の端に人の気配を感じた。

 

まだ夕方だ。公園を人が通ることもあるだろう。

このまま顔を見せずにやり過ごそうと思っていたら、見覚えのあるボストンテリアが視界に入ってきた。

 

……マジか。このタイミングで来るのかよ。

 

確かな主人公力ーーいや、この場合ヒロイン力か?ーーを感じ、無理矢理口角を上げ、笑顔を作る。

 

「結城君……?」

 

「……やあ、1学期ぶりだな。西連寺」

 

顔を上げるとそこには、リードを持った、私服姿の西連寺が立っていた。

 

 

「マロンの散歩か?」

 

「あ、うん」

 

自分から声をかけてきた割には、黙り込んでしまった西連寺に話しかけるが、2秒で会話が終わってしまった。

 

「結城君……大丈夫?」

 

「何が?」

 

「手」

 

手?

 

視線を落とすと、右手は左手首を握ったままだった。それも結構な強さで。

手を離すと、手首は赤くなっていた。左手の血色が悪い。これは後で痺れてくるかもしれない。

 

「ああ……大丈夫。なんでもない」

 

手を下ろし、立ち上がる。

今は西連寺の相手をする気になれない。そもそも人と話す気分じゃない。

 

「じゃあ、俺、用事あるから」

 

「待って!」

 

何かな?

 

「結城君……どうしたの? 何か……様子が変だよ」

 

曇り空の隙間から夕日が射し込み、西連寺の顔を照らす。

夕日が目に入って眩しいのか、何度も瞬きを繰り返していた。

 

様子が変……か。変だと言うのなら、私が結城リトになった時から、ずっと変なのだが。

 

「そう? ……普通じゃないかな」

 

「ううん……ララさんと何かあった?」

 

「ララは関係無いよ。ありがとう、西連寺」

 

「え、うん……」

 

西連寺の横をすり抜け、公園を出ようとする。

 

帰ろう。いや、心境的には結城家には帰りたくない。どうしよう。でも帰らない訳にもいかない。

 

「ワンワンッ!」

 

「きゃっ!?」

 

「えっ」

 

丁度西連寺の横を通り過ぎようとした所で、マロンが突如走り出した。

 

突然のことにバランスを崩した西連寺が倒れて来たので、仕方なく受け止める。

すると、右手にふにょん、と柔らかい感触がした。

 

「ん?」

 

「ひゃっ!?」

 

おもっくそおっぱい揉んでしまった。

 

「ご、ごめん!」

 

しまった。今まで散々注意してきたのに、こんな所でラッキースケベに遭うとは。

 

しかも今割としっかり揉んでしまった。何やってんの。

 

「う、ううん……こちらこそ」

 

一旦離れると、何とも言えない沈黙が場を支配した。なんだこれ。

 

「ねー、見てあのカップル」

 

「顔真っ赤にしちゃってかわいー」

 

いつの間にか公園にいた二人組にクスクスと笑われてしまった。

バーロー。夕日のせいだよ。

 

ふと、そこである異変に気付く。

 

「あれ? マロンは?」

 

「え? あっ、あの子、どこかに行っちゃったみたい!」

 

マジかよ。碌なことしねーなアイツ。

 

「まだそんなに遠くに行ってないだろ。探そう」

 

「う、うん」

 

公園を出て、キョロキョロと周りを見ながら走る。

多分、原作でもたまにあった様に、蝶々か何か動き回る物に気を取られてどこかに行ってしまったんだろう。

願わくば、道路に出ていなければいいんだが。

 

「あっ、いた!」

 

西連寺の声に振り向き、指差す方を見ると、マロンが道路の向こう側にいた。

マロンも主人の声に気が付き、走り寄って来る。いや待て。

 

「あの馬鹿!」

 

「待って! マロン、そこ赤信号!」

 

案の定、乗用車が迫って来た。交通量の多い場所でもないのに、間の悪い。

 

全速力で走り、そのままじゃ間に合いそうに無いので、1メートル程手前で思いっきり地面を蹴って跳ぶ。ヘッドスライディングの要領だ。

 

空中でマロンをキャッチし、受け身も取れずに地面を転がる。

電柱に背中をぶつけて止まった。

 

「ぐっ……ゴホッゴホッ!」

 

し……死ぬかと思った……いやマジで、今マロンをキャッチした瞬間に足引っ込めなかったら、両足持ってかれてたぞ……やべぇ。

 

「結城君! マロン!」

 

西連寺が悲痛な声を上げて走り寄って来た。まだ赤信号だぞ。

 

「大丈夫!?」

 

「ああ……マロンは?」

 

「くぅ~ん……」

 

寝転がったまま腕の中に抱え込んだマロンを解放すると、マロンは悲しそうに鳴いて、ペロペロと私の顔を舐めてきた。

 

お前、男の顔も舐めるんだな。

 

「大丈夫……っぽいけど、念のため病院に行った方がいいかもな。俺もマロンも」

 

とりあえず、命に別状は無さそうと知り、ホッと息を吐く西連寺。

 

「そうだね……今からだと、病院開いてるかな?」

 

診察の時間にはもう間に合わないだろう。病院はだいたい夕方5時~7時頃までしかやってない。

 

「……ねぇ、結城君、もしかして、起き上がれないの?」

 

ずっと寝転がったままの私を見て不審に思ったのか、西連寺が心配そうに屈んで訊ねてきた。パンツ見えるぞ。

 

「ああいや、大丈夫大丈夫」

 

慌てて起き上がり、大丈夫ですよーと体を動かす。

うん、致命的に痛い所も動かない所も無いし、本当に大丈夫そうだ。運が良い。

 

「大丈夫な訳ないでしょ」

 

不意に、横からペチン、と頭を叩かれる。

振り向くと、御門先生が呆れた様に立っていた。

 

「見てたわよ。随分無茶をするのね貴方……ほら、ちゃんと診てあげるから付いて来なさい。今はアドレナリンが出てるから、自分じゃ気付けないだけよ」

 

「……はい」

 

まあ、同意見ですけども。

正直、あと数日は御門先生と顔を合わせたくはなかったな。

 

てか、いつから見てたんだろうこの人。

……まさか最初からとか言わないよな?

 

 

 

「はい、これでお仕舞い。もうあまり無茶しちゃ駄目よ」

 

「はい」

 

手当てが終わり、脱いでいた服を着る。

幸いにも大した怪我は無かった。右足首の軽い捻挫と、背中の打撲、腕や足の擦り傷ぐらいだ。

 

「この子も、特に怪我は無かったけど、ストレスで食が細くなるかもしれないから、気を付けてあげてね」

 

「はい。ありがとうございます。御門先生」

 

西連寺もマロンを受け取り、安堵の表情を浮かべていた。

 

湿布と包帯を巻いた右足に靴下と靴を履かせ、帰り支度をする。

 

「ありがとうございました。今日はさっさと帰って安静にしてます」

 

「ああ、待って。それには賛成だけど、貴方にはちょっと話があるの。少しだけ時間いい?」

 

「……いいですけど」

 

「西連寺さん、少し席を外してもらえる?」

 

「えっ」

 

退室を促された西連寺は、不安そうに瞳を震わせていた。

 

「結城君、どこか悪いんですか?」

 

「そうじゃないわ。ちょっと彼に言っておきたいことがあるだけ。でも、貴女がいるとちょっとだけ話しにくいのよねぇ」

 

「……分かりました」

 

人差し指で口を隠し、少し申し訳無さそうに言う御門先生に、渋々ながら西連寺は頷いた。

 

 

「ーーさて、そう言えば、貴方の本当の名前を聞いてなかったわね?」

 

「へ?」

 

西連寺が退室すると、藪から棒に御門先生がそんなことを言い出した。

 

「貴方の本当の名前、教えてくれる?」

 

「……どういうことですか?」

 

確かに先刻の話では、私自身のことはほとんど話してなかったけど、それはもう終わった話ではなかっただろうか。

 

「これを見てもらえる?」

 

そう言って御門先生は、手の平サイズの心電図やら何やらを測る機械を取り出した。

 

「はあ」

 

覗き込むと、先程と特に変わりなく周期的な波を表示していた。

 

「これが何か?」

 

「さっき貴方が公園で西連寺さんと密着した時、一瞬だけ貴方とは別の脳波が検出されたの」

 

「は?」

 

御門先生が機械を弄ると、周期的な波が一瞬乱れ、二重の波になった後、また再び元に戻っていった。

 

「だからと言う訳では無いのだけど、貴方の話を信じてみようと思ったのよ」

 

心電図から目を離し、御門先生を見上げる。

 

「突き放す様なことを言ったのは悪かったと思ってるわ。でも、貴方だって私に全てを話した訳でも無いでしょう?」

 

その通り。最初から全てを話す気なんて無かった。

『ToLOVEる』のこと以外にも、私自身のことや、彩南町という町が私にとって存在しない町であること。どこまで話すのが適切か判断できなかった。

 

いや、全てを話さなかったのは、私が御門先生を信用してなかったから?

 

協力してもらおうってのに、私がそんなんじゃ、御門先生だって信じてくれる訳ないよな。

 

不思議と、笑みが溢れた。

 

「……すみません。私、御門先生のこと、多分全然信用してませんでした」

 

「漸く、本当の貴方の言葉で話す気になってくれた?」

 

「はい。私の、本当の名前はーー」

 

 

 

「今日はお世話になりました。色々と」

 

「いいのよ。私は教師で、貴女は生徒なんだから」

 

「……ありがとうございます」

 

結城リトはともかく、私自身は御門先生の生徒ではないのだけれど、御門先生がそう言うなら、そう思ってもいいのだろう。

 

結局、『ToLOVEる』のこと以外は全て話すことにした。

そのことが不思議と心を軽くしている。

まあ、今日はもういい時間だから、何もかも話せる程時間はなかったが。

 

「また、気になることや相談したいことがあったら来ます」

 

「ああ、だったら、これ、私のアドレス」

 

御門先生からメールアドレスの書かれた紙を受け取る。

 

「どうも……」

 

「いつでも来てくれていいわよ? 私、夢子ちゃんのこと気になってるから」

 

それは研究対象としてという意味ですね?

 

「ははは……」

 

思わず苦笑いが溢れたが、一つだけ主張しておきたいことがあった。

 

「ちゃん付けは止めて下さい」

 

 

 

帰り道、時刻は7時前。

今の季節だと、この時間でもまだ空は明るさを残していた。

 

「帰り遅くなっちゃったなぁ……西連寺は家に連絡とかしたのか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「そっか」

 

私もさっき美柑に『今から帰る』と連絡したばかりだ。

 

あー……怪我もしたし、色々説明を求められそうな気がする……めんどい。

 

「結城君」

 

「うん?」

 

ふと、西連寺が立ち止まったので、私も立ち止まる。

自然と、西連寺との間に数歩分の距離が生まれた。

 

「ごめんなさい」

 

沈み行く夕日を背に、西連寺は深く頭を下げた。

胸に抱えられていたマロンが息苦しそうに呻いたので、すぐに姿勢を戻す。

 

「今日は、凄く迷惑かけちゃって……怪我もさせて……」

 

「いや、別に大したことないよ」

 

「あるよ」

 

謝罪に対して、つい反射で出た言葉に、思いの外強い否定が返ってきた。

 

「あるよ。大したこと。もう少しで、結城君、車に轢かれちゃうところだったんだよ?」

 

「……うん」

 

ごもっともだ。

それに関しては御門先生からもお小言を貰っている。「体を大事にしなさい」ってね。

勿論、人様の体を蔑ろにする気なんてない。今回のは、うん、例外だ。

 

「私、凄く怖かった。結城君が、どこか遠くに行っちゃう気がして……」

 

随分抽象的な物言いをする。

 

弱々しく残る夕日の光が、西連寺の顔に影を落とす。

 

私じゃ、頼りにならないのかな……

 

「え?」

 

何かボソボソと言っているが、聞き取れない。

普段なら多少聞き取れなくても、表情や口の動きでだいたい分かるが、今は逆光で顔が見えにくかった。

 

「結城君、一人で無理しないでね……私じゃなくても、御門先生でも誰でもいいから頼って」

 

「……うん」

 

何か、余計な心配をかけてしまってる気がする。

 

「約束だよ?」

 

「分かった」

 

「うん。じゃあ、またね」

 

「ああ、また」

 

守れる保証の無い約束を交わし、西連寺と別れる。

 

西連寺……か。

 

今日、公園で西連寺と密着した時に、結城リトの意識が確認出来た。

 

んー……『西連寺との接近』が重要なのか?

『女の子との肉体的接触』が鍵の可能性も否めないんだよなぁ。

 

その辺は追々調べていくしかない。

とにかく今回は、結城リトの意識を確認出来たことと、それを取り戻せる可能性が出てきただけで収穫だ。

 

空を見上げると、一番星が光っていた。

一面に広がっていた雲は西の方に流れていったらしい。

今日の予報は概ね当たっていたと言っていいだろう。

今日は傘を持っていなかったから助かった。

 

 

ああ、雨が降らなくて良かった。

 




なんでこの主人公無駄にシリアスぶるんだろう(遺憾の意)

西連寺との雲行きが怪しいですが、次からシリアスは殺します。

シリアスが復活してきたら私がシリアスに殺されたと思って下さい。

あ……そう言えば新キャラ出してない……存在仄めかしてるだけだ……


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