俺は楽しく神さまになる! (火群 鯨)
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武人アルケイデス編
プロローグのその前


 

俺は転生者。名前はない。

特典は豪華なものです。

そう、ドラゴンボールの神さまと同じ能力、性能。

俺の目標はこの世界でドラゴンボールを作り、噂を流しながらばら撒くことだ!!

必ず俺は成し遂げる!この他作品の世界にドラゴンボールをログインさせるのだ!!

 

と言ったが、その目標はほぼ完成している。

 

転生後、最初から用意されていた神殿にて説明書を読みながら黙々と神龍のフィギュア作りをして早200年。最初は顔の造形だけで心が折れかけ、改めてその職人技に尊敬した。

 

ナメック星人、お前がNo. 1だ!

 

ドラゴンボールも凝りに凝った。360度どの角度から覗いても正面に星が見える。2人以上の人が同時に別の角度から見ても星が見える。その領域に達するまで俺は頑張った。

 

しかしやり遂げたものの、この世界が何の世界かいまいちわからない。

神殿から見下ろせば地上の世論は良く分かるが、未だに人が数少なく他の神の姿すらチラホラとしか居ない。

 

「ん〜、どーしよ………ハッ!?カリン塔だぁあ!!」

 

その時突拍子もなく思い付いたのがカリン塔だった。

ドラゴンボールにて必須キャラ。仙豆を作れる唯一の猫。

カリン塔がなければ、例え如意棒を持っていても誰もこの神殿にこれない。

 

「良いんじゃないの!戦闘系モノなら絶対に噂流しときゃ誰か来るよな!!何せ仙猫様だ!武術の神様だ!俺はやるぞぉぉお!!」

 

こうして俺は朝から晩まで神さまスペックで塔を建て始めた。

途中から見たら作業になり、これぐらいで良いかなぁ…いや!カリン塔はもっと高いだろ!神殿もっと高いし!!と言い聞かせ、積み上げたのだ。

 

 

 

 

「フハハッ!カリン塔はここに完成した!!休憩や息抜きに作ったカリン様のフィギュアも丁度完成したのだ!!地球最古の塔にして、地球最高の塔……これで勝つるッ!!」

 

回想、完!

 

俺はやった、やったのだ!下積み時代はこれで終わりだろう!

しかし、なんかアレだ。もう何年経ったんだ?100くらい?

まぁ!先ずはカリン様の起動だっ!

 

「いでよカリン!受肉を持って現界しろ!!」

 

カリンのフィギュアに神さまの不思議パワーを送る。

辺り一面に光が灯った後、フィギュアから煙が溢れ猫が現れた。

真っ白な毛並み。線のような目。片手には身の丈の杖を持った、

 

ーーーー子猫がいた。

 

「え?あれ?んんん!?」

 

「にゃー、お初にお目に掛かります。カリンです」

 

「む?うむ……よく現界してくれたカリンよ」

 

アレ?カリン様って子猫だっけ?アレ、俺フィギュア作りに子猫作ったのか?無意識に願望入った?アレ、俺、子猫願望してたの?

 

「にゃー、神さま。僕の役目は設定したカリン塔の門番、そして武術の神様になることでOKにゃ?」

 

「うむ!そうだ、それが役目だ」

 

「はいですにゃぁー!!頑張って修行して、武術の神様になって威厳のある仙猫に成長しますにゃ!」

 

カリン様、成長するのか!するか、そうか!良かったよ!!

さぁ、立て!速く!ハリーハリー!!

 

キングクリムゾン!!!!!!

 



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ヘラクレスの最後の試練

 

キングクリムゾンと叫んだんだ。多少は時間を消したさ。

ざっと、143年程度。何故、143年なのか。それはね、人や神が活動を始めていたのだ。

神と英雄が動き、逸話と伝説を多く含む今が一番の狙い目!

 

「乗るっきゃない!!このビックウェーブにっ!!」

 

俺は急いで地上に降り立ち噂を広めた。

 

『遥か遠くの先、空を超越するその上にて武の神が居座る。神の教えを受けるには塔を手足で登れ。さすれば地上にて最強を手にできる。神の持つ宝物は数知れず。乗れる雲。地平線をも超える棒。飢餓を忘れ、傷を癒す豆。神をも殺し得る力をくれる水。勇気ある英雄を謳う者共はその力を神に示すべし。しかし同時に用心すべし。自力で登らぬ者に名誉はなく、天罰に晒されるであろう』

 

噂は一人歩きを続ける。世界中に噂は流れ、神と人はこぞってカリン塔に目を奪われた。そう、神話の違いも関係なくすべからず全員に。

明らかに自然外。人工的。しかも上を見上げてもまるで届かない。

神秘的かつ、強大な力を感じ唖然とする人間。

神の力さえも押さえつけ、一切のダメージを負わない塔に、見通すことも出来ない頂点。

 

何人もの人がカリン塔に足をかけ高みを目指したが、全員が諦めるか、落下死した。無論、武神を冠する神や、戦神なども同じくカリン塔に挑むが、全員が降りてきたその時には豪華な衣装は見事に破れ、登上前の自信は失われ、光灯らぬ眼をしながらぶつぶつと呟いていた。

 

そんな神々の横を通る屈強な男が1人。

 

「…………これが、カリン塔。武の神が居座る聖域。ヘラの試練の1つ」

 

噂を聞き、試練を課された現場には想像を超えた天を突き抜けそびえ立つ塔。塔の根元には落ちてきたのであろう、者達の血がこれ程かとこびり付いている。周囲には帰りを待つ従者や家族であろう者達。

 

「一筋縄ではいかん……だが、このヘラクレス。登る他ない」

 

大きな巨体。数多の怪物を剣で、斧で、弓で、或いは拳で打ち倒し、剛勇無双の体現。一切の無理を厭わず、一片の無謀もぶち壊す。彼は誰もが認める大英雄なのだ。彼の最後の試練。

 

「私は必ず手に入れる。武の神の宝物を全て」

 

彼に課せられた最後の試練。それは、カリン塔の武の神を欺き、その宝物を持ち帰ること。

そして、カリン塔の果てしない上を見上げるヘラクレスを神殿から男は冷や汗をかきながら打ち震えた。

 

「やっべぇぇえ!?筋斗雲と如意棒は作ったけど、仙豆はまだ改良中だってのに!!」

 

ヘラクレスなんて聞いてない!絶対登ってくんじゃん!アレじゃん、主人公みたいなもんじゃん!

なんでヘラクレスが来てんだよ!?ヘラの試練が何でここォ!?

畜生ッ………俺の試練はヘラクレスが登るまでに仙豆に全回復をつけならばぁ。許さんぞ、ヘラェ…

 

その後、時折手を休めたり持ち物のロープで仮眠を取るなど、順調に登るヘラクレスと、一切の手を休めることなく不思議パワーなどを最大限に発揮して仙豆を品種改良していく俺。

 

「……やってやる。やってやるさ!存分に!!」

 

 

 

 

 

 

「先に行く」

 

ヘラクレスはまた1人を追い抜いた。上から降ってくる者達は片手で受け止め、塔に戻した。

ヘラクレスは道具と、信頼足る己の肉体を使い着実に一歩を登る。

途中からは風が、鳥が、自身の汗水が妨害してくる。着実に一歩を登っているが、同時に苛立ちと滑りからの焦りが募る。

 

「高いッ!まだ頂が見えないッ!地はもう見えない。雲を突き抜け登っているが、まだ…まだ見えないッ!!」

 

ここまで到達したのは何人目だ。

そう思い暫しの休憩を取っていると、下の方からグリフォンの声が聞こえた。

 

「さあ!行け!行くのだ!私こそが地上にて最強を得るに相応しいのだ!!」

 

グリフィンの背に跨り、煌びやかな衣装を纏った男が私を超えて遥か上空に向かおうとする。グリフォンの翼をはためかす強風によって先程抜かした者が落ちていく。

 

「クッ…!掴まれっ!!」

 

「うわぁぁぁあ!!」

 

咄嗟に限界まで手を伸ばすがその手を取ることは出来なかった。

徐々に小さくなる男に顔を歪めることしかできない。

 

それを一瞥した男はニヤリと笑い、尚も上がろうとしているではないか。

 

「待て!!お前のそれは卑怯ではないのか!!」

 

言い伝えは手足で、自力にと言われていた。アレは紛うことなき卑怯な行為だ。私は今までの人生に置いて、残虐非道な事、馬鹿な事はしたが、決して卑怯な行為だけはしていないと自負している。

卑怯は人との距離を離し、己の強さを否定し、弱さだけを誇示する物だ。

 

「卑怯…ッハ!私の何処が卑怯だと言うのだ?このグリフォンは私の手足だ。私の道具だ」

 

「な、なにぃ…!同じ高みを志す者達を殺してかッ!!」

 

「フンッ…!目的は上に赴き、自称神の首を取る逸話は私にしか必要ないわ!!それに…なんだ?見窄らしい服は。ボロボロではないか?これでは飢えた者とそうは変わらんぞ?」

 

「良いから、黙って這い登れ!」

 

「何故この半神半人である私が塔を這って登る必要がある?そもそもこの塔を這って登るその意図を理解出来ているのか?上を見ろ。塔の頂きは未だに遥か彼方にある。そのように這って登るには体力的に無駄だ。疲労感が溜まり、登れたとして武の神とやらと戦にすらなるまい。這って登るなどと…そんな屈辱を味わせ、疲労困憊の相手を倒すだけ。何が武の神だ、笑わせる」

 

「……そうか」

 

「ハッ!理解したかね?君はまんまと自称武の神に騙されたのだ!あのヘラクレスがな!」

 

嗚呼、理解した。そうだ、この塔に登る理由がこの者に無い理由がよく分かった。

 

「そうだ。この挑戦は無駄で、無茶で無謀な行為を愚直に進んだのだ」

 

「君も哀れだな。どうする?帰りはキツイだろう。助けてやろうか?君は私のグリフォンの羽ばたきを耐えた者だ。それに、人を助けたとなれば英雄としての株も上がると言うもの」

 

「しかし、そんな事は百も承知なのだ」

 

「……なに?」

 

そう、百も承知だ。今の今までこの塔を自力で登ろうとした者は、名のある者、名の無き者に関わらず無謀な行動を取った。それは不可能と言って良い挑戦なのだ。しかしな、私は考えるのだ。

 

「貴様の言う所、この試練は無駄で、こんな試練は無茶で無謀。愚直に進めば死ぬのも必須だと言いたいのだろう。しかしな、そんな無駄で無茶で無謀な試練に愚直にも挑み、突破した者こそが英雄と呼ばれるのだっ!」

 

そう、自力で登ろうとした者達は皆英雄になる為の矜持を示した。英雄になる為に試練に向き合い挑んだのだ。

 

「…………」

 

不愉快な顔をしているな、貴様。しかし、私は貴様が不愉快だ。

 

「貴様は英雄としての矜持も知らなければ、誇りも志さえ持たない!断言してやろうかッ!!貴様は英雄には成り得ないッ!人はそれを英雄とは呼ばないッ!そして、何よりもこの私が許さんッ!!」

 

体からロープを外して思い切り塔を蹴り飛ばし、私はいけ好かない男に向かい跳躍した。

 

「なっ!?」

 

「男よ!武の神が天の罰を与えぬのならば、この私が貴様を地に叩き落とす!」

 

「グリフォンッ!!あの男に近付けさせるな!!」

 

グリフォンは雄叫び上げながら此方を向き、大きな翼を広げるがもう遅い。

このヘラクレス、速さとて何者にも退けはとらん。貴様の胴体は捕らえた。右手でグリフォンの首を掴み、左手で羽根を掴む。

片翼を封じられ、私と言う重りを身に付けたグリフォンは空中バランスを崩し空を暴れ回る。

 

「グ、グリフォン…!貴様ァ!私の所有物に勝手に触れおって!」

 

男はグリフォンの手綱を引きながら、危なしげにそこに居る。

この男。何処か可笑しい。グリフォンを自らの足に出来る程の者がこれ程の危機に危なしげに手綱を引くだと?

この場合、手練れなら私を叩く筈だ………。

 

「き、貴様は私を怒らせたぞ……みせてやる!これが最上の神から与えられた力だ!!『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』!!」

 

なんだ?あの黄金の歪みは………いや、アレは剣か!!

そうか、この男は魔術師か!!

ならば手っ取り早い。この手の輩は瞬殺に限るからなぁ!!

 

「うぉぉおおおおお!!!!」

 

私は最大の力を持って右手に収まる物を握り潰す。

その途端暴れるグリフォンの行動は止まり、地に向け落下を始めた。

 

「なぁっ!?お前正気か!!」

 

歪みから発射された剣は下に落ちる事により回避された。

そして、此処からは2人だけの戦だ。

 

「私の拳、当たれば逝くぞォォオ!」

 

「巫山戯るなぁぁあ!!」

 

私は拳を握り締め、振りかぶる。空中を落ちているが力の入れ具合は悪くない。どちらかと言えば本調子を超えている!!絶好調だ!!

 

ーーーー乖離剣!!

 

魔術師がそう呼び出した剣に私の肉体から脳、血の一滴まで危険信号を発する。アレはダメだ!死だ!死だ!理解出来ない!理解したくない!と叫ぶ。それでも、心だけはあの魔術師を殴れと倍以上の叫びで埋め尽くす。

 

「死ねっ!!雑種ぅぅう!!」

 

「いいや、私は死なんっ!貴様は魔術師、私は英雄!肉体の速さは私が上だッァア!!」

 

男の顔面に拳がめり込むが、感触が浅い。

知らず知らずに身体が強張り臆したか。

 

「うぎゃあっ!?キサマァァァア!!!!」

 

それでも、今ので乖離剣とやらを手放す。

魔術師は空中に舞う自分の血液を見ながら明らかに動揺を隠せない。

 

生まれながらの最強にして、ギルガメッシュの再来と呼ばれる宝物の品々。どんな人も神も関係なく下。

この能力のおかげで訓練などしなかった。この能力のおかげで懐を許したことはなかった。

故に痛感する。能力に頼った結果に。自分の身体の弱さに。

そして思い出す。私が…俺が、何者なのか。

 

「…そうだ、私は……俺は弱くても、この宝具だけは最強だぁあ!!」

 

無数の歪みが現れ、次々と武具が発射される。空中を落ちる中、命中率は極端に低い。かのギルガメッシュならば、話は違っただろうが、残念ながら使用者は俺だ。宝具を使いこそしたが、宝具を訓練したことはない。

 

「ヌゥゥゥウ!!」

 

相手はヘラクレス。この世界がFateではない世界だと知っている。

此処は、ハイスクールD×Dの世界だ。しかし、ヘラクレスが強いのには変わりない。見ろよ、今だって俺の放った宝具の剣を1つ掴み取って全部の宝具弾いてやがる。ランスロットかよ。

 

「ハハ…スゲェ原作前だけど、やっと思い出したんだ!早々リタイアしてたまるかヨォ!『天の鎖』!!」

 

再び発生した歪みから鎖が現れ、ヘラクレスの身体を拘束した。

ヘラクレスの身体は宙に止まり、俺は鎖で足場を作る。

 

「ッぉぉぉおおオゥ!!!!」

 

ガチャガチャガチャガチャと鎖が動くがどれだけ力を出しても破壊される兆しも見えない。

 

ーーー勝った。大英雄に勝った!

 

そう思った瞬間だった。

 

ーーーいいや、まだだっ!!!

 

バキンッと鎖が千切れる。あり得ない。幾らヘラクレスでもあり得ない。Fateのバーサーカーは確かに切ったが、このヘラクレスもそうだと言うのか?狂化もなしに?

 

「流石だぜ!ヘラクレス!!でも、俺は負けねぇ!!負けちまったらギルガメッシュに怒られちまうからなぁっ!!」

 

歪みを無数に展開する。覗かせる武具はどれも一撃必殺。

 

バキンッ!バキンッ!

 

俺は一斉にそれを発射した。

 

 

ヘラクレスは内心、男に賛辞を送る。これ程の武具。これ程の拘束。一般の魔術師とは思えない異能力。ただ惜しむのは慢心故の脆さ。半神半人の平均にも満たない身体の強さ。それだけは惜しむ。

この男は一度殴られたから何かが変わった。そう思える劇的な何かがあった。

 

「しかし…尚更負けんぞ、私は。貴様の全力を私の全てで打ち負かす!!」

 

大きな巨体が更に力む。膨れ上がる筋肉と、浮き上がる血管から私が如何に本気か伺える。どうやら、全力を見せるに値する男のようだ。

 

飛んでくる武具は凡そ私の身体は耐えられないだろう。鎖を壊すのに掛かる時間は当たる時間と同時。ならば、やるしかあるまい。

 

「オッラァァァアッ!!」

 

バキンッバキンッバキンッバキンッバキンッ!

 

右腕の鎖を全て破壊し、腕に纏わり付いた鎖を向かってくる武具に衝突させ方向を無理やり変える。次に左腕の鎖を、右脚の鎖を、左脚の鎖をそれぞれ武具に衝突させ方向を変える。

 

「ッグゥ…!?」

 

それでも飛んでくる武具もある。私の左肩を抉り取った。私の横腹を抉り取った。脚に刺さる槍。一般の剣如き、武具如きでは計り知れない激痛が襲うが、まだ、まだだ。

 

「■■■■■ーーー!! ■■■■■■■■■■■ーーー!!」

 

まさに叫び。怒号。咆哮。どれも生温い声。

大気を揺るがす声と言い表せる声。

 

「…マジ、かよ…!バーサーカーじゃねぇか!?」

 

鎖を全てぶち破ったヘラクレスは脚に突き刺さる槍を引き抜き、大きく振りかぶった。ぐぐぐっ!と力が入り、宝具足る槍にヒビが入る。

 

「■■■■■ーーーーー!!!!!」

 

放った槍は流星の如く。宝具足る槍がその威力に悲鳴を上げ、逃げるように徐々にカケラが溢れていく。

 

「は、ハハハ…フハハハッーーーーーーー」

 

男は流星をその身に受けて、一片も残すことなく消え去った。

男は最後、ヘラクレスとその後ろにあるカリン塔を見て思った。

 

(カリン塔かぁ……もう少し前に思い出せたら、自力で登って転生者様の顔でも拝むんだがなぁ……勿体ねぇーーーーーー)

 

ヘラクレスは勝利した。それだけ聞くなら何処にでもあるありふれた物。

ヘラクレスは生涯忘れないだろう。このヘラクレスを追い詰めたのは力も知識も、狂気でさえ発揮させた男なのだ。

そして、その戦いを誰か見ているだろう。この英雄の伝説は後の歴史にても綴られた伝説のなるのだから。

 

「…にゃぁ〜」

 

誰かが見ている。そう、誰かが。

 

 

 



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ヘラクレスと仙猫カリン

1つ登るたびに抉られた傷口から血を噴き出し、肉が溢れる。骨が晒され、風が激痛を運んでくる。右手と片脚を使い登るが、明らかに足取りは遅く、重い。クラクラと眩暈を起こし、如何にも死にかけ。

 

だとしても、一度も止まることなく上に上がり続けた。

 

「……フッ…グッ!」

 

言葉を喋る余裕も、何かを考える余裕もない。黙々と上に上がることだけを優先したヘラクレスは時間にして36時間。漸く頂きにたどり着き、建物内へと転がり込んだ。

 

コツン…コツン…コツン…。

 

「にゃぁ〜。まさか、ホントに神さまの言う通り、この男辿り着いちゃったにゃー。良くもまぁ、この傷で……ま、今はコイツに神さま製仙豆を飲ますのが先にゃ」

 

カリンは気絶したヘラクレスを観察しながら、神さまの凄さに改めて感服する。

神さまはこの男が登って来る前から、次来た者にこの仙豆を渡せと言っていた。この男が登って来る、到達することは勿論。途中誰かと戦うことまで分かっていたのだ。流石としか言いようがない。

 

この男も大した者だ。明らかにオーバーキルされているのに虫の息で済んでいる。明らかに傷の深さは常人がショック死する程の傷。良くもまあ柱を最後まで掴んで這って到達したものだ。

 

「にゃぁ〜!初仕事がんばるにゃ!」

 

カリンは仙豆をすり潰しながら耳をピクピクと動かした。

 

 

 

 

 

「……ハッ!」

 

「起きたかにゃ?」

 

「………………猫?」

 

「にゃんと失礼な奴だ!僕こそは、カリン塔の主にして武の神。仙猫カリンだにゃ」

 

不思議な現象に出会っている。私は試練の為に様々な場所、生物に会ってきた。不死の蛇や、大きな獅子。尊敬に値する牡牛など、本当に様々な生き物に出会ったが、果たして喋る杖を持った神を名乗る子猫を凌駕する存在はあったか?いや、ない。

 

「これは、武の神の試練か?そう言えば、私の傷がない。これも神が?」

 

イライラ。

 

「おい…僕を無視とはいい性格してるな。今から落ちるかにゃー!」

 

「ニャーニャーと煩いぞ、猫。私が用があるのは神だ。猫ではない」

 

ブチっ。

 

「…………ほーう。どうやら格の違いを見せなければいけないらしいにゃー」

 

「ハッハッハ…!武の神よ。茶番は充分に楽しませて貰った。その姿を現してくれないだろうか!」

 

猫は杖をクルクルと回して私に向ける。子猫が大英雄と呼ばれる私にだ。

思わず笑ってしまう。

 

「ーーーーッ!?」

 

それは、いきなりのことだった。全身が急に悲鳴を上げた。皮膚にナニカが突き刺さり、肌がチクチクする。

そして、その発生源は正しく目の前の猫。

細めの目を少し開いて此方を観る姿は、見上げているにも関わらず、見下されている様に感じる程に、大柄な自分がちっぽけに思える。

 

「にゃー…もう一度言ってやる。僕はこの聖地カリンの主にして武の神、仙猫カリン。塔での勝負は観させて貰ったけれど、期待はしてない。見所もない。礼儀もない。さっさと落ちろ、三下坊主」

 

何を笑っていた。私は何をしているのだ。私自身に笑ってしまう。

何故、神が全て人と同じ形だと思い違いをしている?私自身が半神半人だからか?今までの神が人の形を取っていたからか?

違う、人の元が神なのではない。神だからこそ、神なのだ。

 

力量も探れない身で大英雄とは、何とも恥ずかしい。

何より、この天空の武神に地上にいる『英雄』が取るに足らない三下だと思われた事実に後悔の念しか出てきやしない。

 

誰の所為だ?無論、愚かな私の所為だ…!

 

「…仙猫カリン。先程までの無礼、失礼した。私はヘラクレス。ヘラの試練、最後の1つとして貴殿の持つ4つの宝物を頂きに参上した」

 

違うな…私は今、ヘラの試練の為に動くのではない。

この方に地上の『英雄』とは何とした者なのかを知らしめる為に参上しているのだ。

 

「……にゃー。(まあ、神さまが直々にコイツの為の仙豆を用意する程だ。見所はあるんだろうにゃー…でも、僕はまだ観てない。見所もない奴に修行も宝物も与えたら、僕の存在意義はない。これだけは絶対に譲れない)…ならば、示せよ『英雄』」

 

「応ッ!!」

 

ゴッ!と地を蹴りカリンに腕を伸ばす。私は腕を伸ばし掴みかかるが、手は虚空を掴む様にすり抜けた。

 

「こっちにゃ」

 

声に振り返ると目の前には杖が迫る。私は即座に上半身を逸らし、回転しながら踵落としを浴びせるが、まるで其処に存在していないかの様にすり抜ける。

 

「ゴハッ!?」

 

気付けばまた、背後に現れ杖で横腹を殴られた。

威力も申し分なく、私は宙に身体を浮かし危うく塔から落されかけた。

体格差の上、落とされかけた。これは単なる力ではないと観た。

 

「にゃー……遊んでんじゃないのよ、コレ。速く示さな落ちちゃうよ」

 

すり抜けはどう言った能力だ。神の力?魔法?それともあの男の様な異能力?人間ではなく、相手は神。精霊や加護と言った他者からの力ではないだろう。

…取り敢えずは様子見と行くか。

 

「いくぞぉぉお!!」

 

再度殴り付けるが又もやすり抜け、背後に回られる。

両の眼にはすり抜けたその時まで姿はある。

幻影?呪い?邪眼?知らぬ宝物?

 

「残念にゃー」

 

「いや、まだだ!!」

 

殴り付けた右腕を裏拳で背後にぶん回し、杖を防ぐ。右腕が痺れるが、グッと握り締め押さえ付ける。力を入れて右腕を振り抜いた。

流石に筋骨隆々な私と子猫の武神では体重差があるため、そのまま吹き飛ばす算段…だった。

 

「また、ハズレにゃー」

 

「なん…だと!?」

 

何故、背後にいる。先程杖に触れた。そこに先程まで…先程までーー

 

ーーーーー殺せ。

 

「実体がそこに有っただろうがッ!!!」

 

ーーーーー殺せ。

 

「にゃー」

 

杖で腹を突かれる。込み上げて来る吐き気を耐え何とか受け身を取った。

しかし、同時に込み上げて来たのは苛立ちだった。

 

ーーーーー殺せ。

 

「うおぉおおぉおおお!!」

 

形振りは構わない。十も百も千も万も殴る。すり抜けられたら回転蹴りを、それでも駄目なら杖を掴んで殴り抜く。

 

「にゃー」

 

この野郎、巫山戯てるのか……

 

ーーーーー殺せッ。

 

「…にゃ〜。お前、動きに荒さと粗さが現れてんぞ」

 

「…………勝つぞ」

 

「にゃんだって?」

 

「畜生ッ!!私は勝つぞ!!」

 

考えるのは辞めろ。考える脳は止めろ。動かすのはこの肉体と本能のみ。

……私がこの試練だけで2度も全力を出すことになるとはなッ!!

 

ーーーーー殺せッ!!!

 

ーーーーー殺すッ!!!

 

「■■■■■ーーーッ!!」

 

 

 

 

 

私はヘラクレス(狂気)。私の奥には狂気が宿る。

昔からそうだ。

在る者を狂気で殺した。

在る物を狂気で壊した。

在るモノを狂気で滅ぼした。

事実、私は強い男だ。強い男なのだ。

 

ーーーー強い男の筈だ。

 

 

 

 

 

「■■■■■ーーーッ!!」

 

少なからず構えを取っていたカリンは、その構えを解いた。

しかし、ヘラクレスは何も考えない。そこに倒すべき相手が居るのなら誰であろうと殺すだけの本能……狂気でしかない。

 

「にゃー…これは、期待云々以前の問題にゃ。まるで、扱えきれてない。素のスペックが高いとは思ってたけど、スペックだけで押さえつけてたな、これは。なまじ力があったから克服してない上、厄介にゃ。本当に……つまんないにゃ〜」

 

「■■■■■■■■■■ッ!!!!!」

 

先程よりも速く、先程よりも力強く飛び出すヘラクレス(狂気)。理性ある時よりも遥かに強いであろうヘラクレス(狂気)

狂気にのみに染まったヘラクレス(狂気)は最強。

 

カリンを殴り、壊し、その存在を世界から抹消する。

大英雄は止まらない。

止まれない。

止まりたくても殺したい。

殺すべくして殺すのだ。

 

「◾️◾️◾️ーーーー!!▪️ッ!!」

 

しかし、当たらない。

 

狂気とは本能ではない。狂気とは実力ではない。

狂気はどうあがいても狂気だ。そこにあるのは殺意だけ。目の前の世界しか見ることが出来ず、或いはそれ以下の世界しか見えない。

単なる狂気を相手取るのは武を嗜む程度の者でも容易に勝てる。

狂気に駆られる者はヘラクレス。ヘラクレス故、狂気は強いのだ。

ヘラクレスにしか真の狂気は使えない。

だが、当たらない。全てをすり抜け、体に杖の衝撃だけが走る。

 

「力が強くなっても単調で、速さも増したが活かしきれず、技量は1つも持って無く、知性は最早使う気もない。これが本能だと言うのなら、お前は間違いなく最弱だ」

 

杖がヘラクレスの体の至る所に衝撃を与える。弱くはないダメージが蓄積を続ける。

 

「お前が如何にして大英雄と呼ばれるのかは定かではない。僕は然程も下界に興味がある訳でもない。でも…お前は最弱だ。人間も、魔物も、本能を本当の意味で使える者は居ない。本能はそんなに易々と表には出ない」

 

「■■■■■ーーーッ!■■■■■ーーーッッッ!!!」

 

関係ないとばかりに、自分は最強かの様に、或いは其れ等を知っているが故にかヘラクレス(狂気)は拳を振るった。

 

 

 

 

私はヘラクレス。

私はヘラクレス(アルケイデス)

私はヘラクレス(大英雄)

 

あらゆる敵を撃ち倒した、歴史に残る英雄。

 

だけれども、あの時もその時もどの時までもーーー

アレを殺した時もーーー

ソレも殺した時もーーー

大切な者を、守るべき者を殺めた時でさえーーー

 

結局は大英雄になってさえ、狂気には一度も勝てたことはなかった。

 

 

 

 

 

「………にゃぁ。お前、抗ってるのか?泥沼の様な狂気を相手に抗ってるのか?」

 

 

 

この心地は何だ?込み上げてる想いは何だ?

私が試練を受けた根っこは何だ?

 

『おかえり、父上』『今日は遊んでよー?』『父様は私と遊ぶんだ!』

 

『お帰りなさい、あなた』

 

ーーー嗚呼

 

私の大切な…大切な……私のっ、私の!!

 

『私が……殺したのか…?』

 

『ぁぁ……ぁぁぁぁァァァアッッ!!!!!』

 

傷付いても良い。死んでも良い。大いに上等。

この試練の根っこは何も英雄になり得る物じゃない。

この試練の根っこはヘラの試練を乗り越える漢の話ではない。

 

……私が罪を償う物でもない。

 

今は宙より遠き家族に、この私を!このヘラクレス(アルケイデス)ヘラクレス(狂気)に勝利を示す為だけの物語だッ!!

 

 

「■■■かッ…」

 

「……にゃー」

 

「ま■■かッ…!」

 

私はヘラクレス(あの童達の父)

私はヘラクレス(あの美しい女の漢)

私はヘラクレス(私自身)

 

そう、私はーーーーー

 

「負けるかァァァア…!!!」

 

「………前言撤回。期待してやる」

 

 

 

一匹の猫の面前には、光と闇が混じり輝かしくも神々しいまでの1人の父の姿があった。それはその漢の有り様、その漢の本懐の様で有った。

 

 

威くぞ……武神(■■■……■■)これが(■■■)(ヘラクレス)の有り様だ(■■■■■)

 



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す、超サイヤ人だとヘラクレス!?

 

身に余る光と闇が混在したオーラを纏い、他を圧倒する程の力を魅せる。

筋骨隆々な漢の肉体は、極限に引き締まった筋肉は無駄のない体格まで凝縮され収まり、未だ感じられる【狂気】は、有ろう事か真逆である【正気】と調和している。

そんなヘラクレスを神殿から眺める神さまはゴクリと息を呑んで震える。

 

なん…だと!?

いや、ホントなにぃ!?

原作まだ始まってないんですけど!?

なんなら1人も見てないんですけど!?

 

様々な言葉を喉元までに抑えるも、1つの言葉は溢れ出た。

 

「す、超サイヤ人…だと…!?」

 

髪色は変わらず金髪ではない。オーラも混在した光と闇。瞳も変わらず、肉体の筋肉量の見た目が変わる。聞けば超サイヤ人とは似ても似つかない。しかしながら、力の爆発力。その佇まい。そしてヘラクレスから読み取れる心と言ったもの。それらを全て観ると超サイヤ人に似ていた。在り方は違う。成り方も違う。

 

けれど、ヘラクレスには確かに有る。

 

孫 悟空のような他から賞賛される魅力が。

ベジータのような誰にも譲れないプライドが。

ブロリーのような扱えない狂気が。

 

「………仙豆の木に水あげとこ」

 

悪いなカリン。俺は現実から逃げさせて貰うよ。全力で疾走だ。寧ろ瞬間移動だ。だからカリン、ここに連れて来てくれるなよ。

ス、スペック的に、た、戦いは出来ても痛いの…嫌なんだからねっ!嫌なんだからねっ!!

 

 

 

 

 

 

 

ダラァッ(■■■ッ)!!」

 

「にゃっ!?」

 

動きに活きが生まれ、力が漲る。それが、この男から感じられる。

さっきとまでは別人、どーなってんにゃ。狂気と正気が5:5なんてどんな精神してんのにゃ…。

 

チィッーーーー(■■ッーーーー)

 

「驚いた、これがお前の全力かっ!」

 

それでもまだ足りない。僕の現像は捉えきれないし、捕らえきれない。あの男には足りない。幾ら力が高まっても、幾ら気力が回復しても、そもそもの到達点が未だ(・・)違い過ぎる。力が上がれば此方も上げれば良い。回復する程の昂まりさえ追いつけない程の攻防を繰り広げれば良い。どう足掻いても今の(・・)力では僕は倒せない。

 

「…ッ強くなっても変わらにゃいな!」

 

弱々しいぞッ(■■■■■ッ)!!」

 

バキンッ!!

 

「にゃ、ニャにぃ!?杖が折れた!?」

 

そっちだ!こっちだ!あっちだ!(■■■■!■■■■!■■■■!)

 

「無茶苦茶するなぁ、お前!!」

 

残像を残すスピードは速い証。目で追うこの男は残像が現れた瞬間に既に拳を振り抜くとか、360度見えてるってのかにゃ。冗談じゃないよ、全く。

 

「お前じゃ捉えきれんのよ!!」

 

いいや(■■■)ーーー」

 

まだだッッーーーー(■■■■■■■■■)!!」

 

僕の眼を持ってしても、気の感知を持ってしても。

それでもあの男の拳が既に放たれている。

あり得ない速さ。反射神経ではない。でも、気の察知でもない。

 

ーーー予測。そう、これは予測にゃ。何十何百と避けられた上の予測。

 

数撃ちゃ当たるではないにゃ。これは数見りゃ判るだ。僕と競るかこの男!!

 

「ッ!?」

 

違う……。何をさっきから考えている。さっきまでどうしても下だった奴を今は何故同等に考えている。違う……。最初からだ。「未だ」とか「今は」とか。まるで成長すれば僕よりも上に成れると考えているのか?馬鹿な。どうしてその考えに至る。しかしーーーー

 

最早(■■)貴殿の速さは遅すぎる(■■■■■■■■■■)

 

「ヌゥ"〜〜!」

 

掠れた。今になって掠れた。到達点が上がっている。この戦いの中で上がっている。

一撃、二撃、三撃……砲弾の様な威力。確かにこの男は僕を掌握した。僕の逃げ場を、次の回避を、更なる行動を。でも、しかしだ。

僕がこの程度の者なら、最初から武神だなんて呼ばれていない。この程度なら神さまは僕にカリン塔を任せていない。この程度なら僕は負けられない。

 

残像拳は、1の残像を残すスピードを魅せる。それは生きている様にハッキリと残り、それ故に現像を見失う。お前はそれを破った。気の感知でも、目が良い訳でもない。でも破った。

 

お前は僕の速さが遅いと言った。決して僕の速さに追い付いた訳じゃない。瞬間的に拳だけが1つの現像に当たっただけ。速いのは認めよう。瞬間とは言え、僕を捉える拳を賞賛しよう。僕は先の言葉を撤回しよう。見込みはある。期待もする。けれどーーーーー

 

「ーーーー僕の方が速かった」

 

なにぃ!?(■■■!?)

 

今、彼の目にはカリンが複数存在する。予測通りの場所に現れた現像は残像で、残像は更なる残像を生んだ。数は10を超える。予測は追い付かない。1つの現像に対して、1つの残像しか残さない技なら、一度破られたら敗北は必然。トリックの分かったマジック並みにつまらない。なら、1つの現像に10の残像なら?1つの現像に100の残像なら?残像だった物の中に再度現像が入ったら?それはトリックが分かっても面白い。魔法に昇格する。

 

拳が届かない(■■■■■■)!?」

 

多重残像拳。

 

「にゃー。お前の力は分かった。それが今の限界だとも分かった。でもにゃ、それは勝負ではない。僕の勝ちは君を落とすことで、君の勝ちは僕を捕まえること。これが勝敗の詳細だ」

 

そうだ。僕はこの男に驚きこそ感じ、危険とも思い、将来到達するだろうと考えた。でも、今は(・・)敗北は感じていないのだ。

だから、僕は飛び込んだ。最早ヘラクレスには誰がどこに何がそれかも理解しようがない…筈だった。

 

「にゃにゃ!?」

 

僕の攻撃は物の見事に決まらなかった。

先程自身は思った。1つの現像に対して、1つの残像しか残さない技なら、一度破られたら敗北は必然。トリックの分かったマジックと変わらないと。ならば、これは必然なのかも知れない。確かにマジシャンにとってトリックがバレるのは避けたい。けれど、トリックさえ分かれば誰にも使える。そこには才能や努力が必要だがヘラクレスにはそれは揃っている。類稀なる才能が、天性の肉体とセンスが、試練を超えんとする意思が努力が。

 

残像拳(■■■)

 

そして、マジックの初のお披露目は必ず成功するもの。

 

そして捕らえた(■■■■■■■)!」

 

僕の前に迫るその大きな掌。その掌が僕に触れるまで後、数センチ。

 

 

▽▽▽▽▽

 

 

雲を貫く天の上。塔の頂。満身創痍で倒れ伏す大男。

勝敗は決した。勝敗は決してしまった。

 

ヘラの試練(ヘラクレス)の道は途絶えた。終わったのだ。

最後にして最上の試練。最初にして最根の力を持ってしても負けた。

 

「負けた。破れた。敗北した」

 

夕陽が落ちる黄昏時、三度程の敗北を感じた。

一度は英雄(慢心)による敗北を。

二度は己の狂気(ヘラクレス)による敗北を。

三度はそれすら超えて(根本の己)の敗北を。

 

「……ッ。敗北した。キッパリとやられた。嗚呼、無理だ…勝てない!そう思ったねっ!!クソッ…ヘラよ、よくもここまでの無理難題を押し付けてくれた物だ。負けたよ、私は。けど、まだだッ!まだだぞ!武神!まだ…まだ、この俺は!このアルケイデス(未来の私)は負けていないぞッッ!!!いつか、必ず勝ってやる!!」

 

カリンは思った。耐えられないのは自身の敗北。この叫びは自身への宣言。外野がいるわけでもない。他の誰かが知る筈のない未来に届ける覚悟の咆哮。

 

「………なぁ、お前よ。アルケイデスよ。お前、僕の下で修行する気はないかにゃ〜」

 

気付いた時には言葉は出ていた。カリンにとっての最初の人間は、カリンにとってーーーー



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そして伝説は始まる【前編】

世界に広まったカリン塔。そして唯一の到達者はただ1人。ギリシャ最強の英雄と謳われたヘラクレス。

しかし、ヘラクレスはその後3年の期間戻らなかった。

ヘラクレスでも勝てない存在が現実の物になったと分かった人々は塔の上の武神カリンを信仰し、塔を中心に集落が誕生した。

いつしか5年が経つ頃には集落は立派な町に変貌し、その町は英雄が集まる聖地として世界中の者達の集い、商人の都となった。

 

 

「それでは師よ。このアルケイデス、現在を持って地上に降りらせて頂きます」

 

「にゃー、お前が最初の到達者で良かったよ」

 

一方、件の塔の上では1組の師弟が言葉を交わしていた。

アルケイデスは塔を登る時には所持していなかった荷を背負い最後の挨拶を終わらす。

 

「では…!」

 

彼は勢いのまま身を空に投げ出した。

遠ざかる師匠たるカリンをチラリと見た後、落下するスピード以上の速さで地上に向かった。

 

 

▽▽▽▽▽

 

アルケイデスが地上に降りると以前とは様変わりした町並みが。

カリン塔から降り立った男の存在に唖然とした顔の人々。

そして、人々は男の容姿に見覚えがあった。かつて大英雄と謳われ、ギリシャ最強と名高いその男。漢の象徴たる大柄な肉体美と、溢れ出る強者の威光。

 

その名はーーーー

 

「ヘ、ヘラクレスなのか…!?」

 

誰かが呟いた。5年と言う月日が流れても未だその英譚は海をも超え、山も超える。死亡したと言われていたその英雄はカリン塔を登る時よりもその力を上げた様に感じられた。

 

「確かに俺はヘラクレスと呼ばれた男に違いはないが?」

 

アルケイデスの言葉に人々は喝采を挙げた。

 

ヘラクレス死亡と称されたその時より、数々の英雄を目指し、大英雄を越えようとする者達が挑み続け、苦しくも敗れたその偉業をヘラクレスは既に達成していたのだ。

その証拠は、彼の背の荷物より確認出来たパンパンの袋にあった。

アレは武神カリンから貰い受けた神具に違いない。

全員が興味を持つなか、1人の子がヘラクレスに問うた。

 

「ぶ、武神カリン様から宝は貰えたのですか!」

 

アルケイデスは応えた。

 

「応。俺は確かに貰い受けたぞ。空飛ぶ雲、世界の果てまで伸びる棒。あらゆる傷を癒す豆。そして、どんな願いも叶う真の宝物…ドラゴンボールを!!!」

 

ヘラクレスの帰還は又しても全世界を震撼させ、各神々はすぐさまギリシャ神話の神々に連絡を入れた。武神カリンの宝物はどんなものだ。宝物は今どうしている。宝物を寄越せ。しかしながらギリシャの神々さえヘラクレスの宝物を譲り受けていなかった。

 

▽▽▽▽▽

 

「良い加減に寄越せ、ヘラクレス」

「それは人の手に在ってはならぬ物。貴様等人間には扱えぬ物だ!!」

 

「ならぬ。この宝物は我が絶対の誓いにより神には渡せんし渡さん」

 

「ヘラクレス。一体何を言っているの?その宝物を私に持ってくるこそが試練の筈でしょ?」

 

「嗚呼、その通りだとも。そして、見事に持ってきたとも。しかし、それを渡す様に言われた覚えはない。私は過去とは決別する。私は私は足りうるヘラクレス(ヘラの試練)の名を返還する」

 

ヘラクレスの揺らぎない瞳に神々は揺れた。ギリシャの大英雄と呼ばれた漢がその名を返還する。それはギリシャの戦力の低下、知名度の低下を意味していた。

 

「…よかろう。その名は我に返して貰う」

 

突如として王は現れた。全の権能を持ち、万物を砕く雷を手にヘラクレス……否、アルケイデスの前に現れた。名はゼウス。これから先、幾多の時間が流れてもその知名度に於いて最強。世界が忘れることはなく、世界と共にあるギリシャ神話の王その人である。

 

「…主神ゼウス」

 

「名を失くした人の子よ。最早貴様は英雄ではない。立ち去るが良い」

 

(オウ)ともよ」

 

アルケイデスは宝物の詰まった荷物を背負い、一切の迷いなく歩を進める。ギリシャの神々は口々にアルケイデスを罵倒するが尚、その足取りに一寸の違いなし。ゼウスは微笑む。

 

「………流石は覚悟を決めた漢だ。英雄でなくても、志は未だ尊きか」

 

「…………」

 

その呟きはアルケイデスの耳に残り、深き謝礼を心底に唱える。

感謝致す。私はこれかーーー

 

「〜〜ッ"ッ"ヴ!?」

 

恐ろしい勢いと貫通力で背負う荷ごと撃ち抜かれた。

 

「ま、まるで、雷ィ"!?」

 

まるでと放つその言葉、雷を扱うゼウスを庇護する言葉。

されども受けるその痛み、雷を扱うゼウスを意味する事実。

 

「驕りが過ぎるぞ、人。我等は神である。我等は摂理である。我等は法則である。我等は絶対である。我等はこそが星である。ならばその星の意に背く者は存在するべきではなかろうか?」

 

余りに余った雷の迸りが身体を伝い、その度に肉が骨が血管が爆破する。かつての大英雄はその身を焦がす。

 

「武神と言っても、本来は我に献上すべき格下。忌まわしきにも上から雷を落とすなど、我を愚弄するにも程と言うものがあろう。者共よ、今こそあの塔の根元をその格ごと圧し折ろうぞ」

 

ゼウスが見初めるのはもう人にはない。次の標的、カリン塔。

ギリシャ神話の神々は遊戯の始まりの様にウズウズと優雅に、静かに怒りを灯しながら、けれども楽しそうに準備に取り掛かろうと席を立つ。その思い、その表情、それを見る分には良く、それを伝えるには些か生きる歳が少なかった。

 

「…………」

 

だからだろうな。短し時の、神には瞬きに等しいその時の、狭間に廻る光の進化を。人が発するその進化を。人が送るその真価を。

 

「ーーーーおい。俺は帰るぞ」

 

アルケイデス、無傷。決して人から見れば無傷とは言えない。服はボロボロに焼け焦げ、皮膚も火傷を負っている。それは人の目線から。神には無傷に見える。なんせゼウスの雷。受け身など存在せず、かと言って痺れて終了の様な柔な威力ではない。

アルケイデスはさして気にせず荷を担ぎ直し、また歩を進め始める。

 

「何を生きている……!」

 

次に放つ雷は初撃の数倍の威力。そして比例する速さ。だが、驚くべきは当たり前の威力を持つ神ではなく、それを視界に入れる事なく避けた人の身。

 

「ふむ。やはり先の攻撃は其方か。俺が攻撃を受ける謂れはない筈だが?」

 

「なればこそ、我の血を引く我が子の一人よ。親の命にそむくその心理、一度壊す物もみるが?」

 

雷を放つがまたも命中せず、アルケイデスは避けた。

 

「俺は今反抗期を迎えてるんでね」

 

アルケイデスは燃え落ちる荷袋から一本の棒を手に「伸びろ」と語る。

アルケイデスの身の丈に合う長さに伸びた棒をアルケイデスは構え、体内で燃焼するエネルギーを呼び起こす。

ゼウスは眉を上げながら数歩右に進む。

 

「帰ると言う割には戦争(やる)つもりではないか」

 

「殴られて殴り返さない奴が今の世にいるのか?」

 

「クク、その通り。同時に殴り返す奴をそのまま野放しにするわけなかろう」

 

バチンッッ!!

 

避けた雷が主人の元に帰る様に逆流した。それはアルケイデスの背と一直線。不意の命中。しかし多少の火傷はあっても多少のダメージもない。

 

「ハァぁぁぁ!!」

 

纏うエネルギー『気』を持って威力を落とす。『気』の使い手なら行える所業であるものの、神の一撃を微々たるダメージに抑える肌の『気』の奔流は身に余る資質と言える。ギリシャ神話の神々は神を超える人に少しばかりの恐怖を感じる。ヘラクレスとしたヘラはその力とゼウスの血を引くアルケイデスの存在を一層疎ましく思い、親であるゼウスは獰猛な笑みを浮かべ自身が纏う雷がその心情を表す様に荒ぶる。

 

「いくぞ、神ィ!!」

 

「なら、さっさと来るがいい!!」

 

二人の衝突。アルケイデスの必殺の突きに対しゼウスは腕を組み構え雷の嵐で対抗する。通常の棒ならこの雷で消滅してもおかしくない。その身は神であろうと燃え尽きること間違いない。現にアルケイデスの皮膚でさえ真っ赤に染まる。だがアルケイデスの突きは雷の嵐を乗り越え、ゼウスに突き刺さる。

 

「貴方ッ!?」

 

「クハっ!」

 

心配するヘラを他所に、ゼウスの笑みをアルケイデスは苦く顔を歪めた。相手も強者、組んだ腕を解いて片手で棒を掴み命中を避けたのだから。それは笑みを浮かべるだろうとアルケイデスは睨み付ける。

 

「この棒、武神の宝物だな!?雷を突破し、我に掴まれても壊れるビジョンさえ浮かばないとはコレ何事か!?愉快であるな!!」

 

「なんッ!?」

 

ゼウスの振り上げられた膝が喋りかけのアルケイデスの顎を捉え、かち上げる。勿論舌は無事ではなく、半分切断したも同然。顎は砕けずともヒビ割れ、口内の出血は溢れるばかり。

 

「ッッッ!!」

 

アルケイデスは悲鳴すら上げず口を閉ざしたまま叫ぶ。棒が急激に縮み、空中を舞うアルケイデスに地から足を浮かしたゼウスの距離は目と鼻の先。となると、後は振りかぶる剛腕を持って顔面に拳を叩き付けた。

 

「ゴォッ!?」

 

「ッッッッ!!!」

 

棒を振り回し隙しか無い身に突きの乱撃。ゼウスは全てを必中させ吹っ飛んだ。

 

「ゼウスゥゥウ!!」

 

アルケイデスは尚も手を緩めず攻撃のみに全てを奮う。距離が縮めば殴り飛ばし、距離が開けば棒を伸ばし、確実にゼウスに傷を増やす。

 

「雷の速さ、その本質を見せてやろう!!」

 

「なに………がガガガがッぁァがガッーーーー!?」

 

その一言で形勢は逆転した。攻撃?乱撃?そんなものはゼウスにとって攻撃にも乱撃にもなり得なかった。

 

「万物を砕くこの雷と速さ。悔いてその身に受けるが良い…!!」

 

「ン"ン"ン"〜〜〜ッッ!!」

 

止まらない。何十何百何千何万と受ける雷を纏った神の一撃。その時間凡そ7秒。アルケイデスが痛みとして認識できた攻撃の数、20160。『気』を大量に纏うが消費量が激しい。しかしその巨体を縮こませ身を固める他ない。

 

「ン“ン“ン“ーーー!!」

 

「どうした!?先程までの乱撃とやらはどうしたっ!!」

 

アルケイデスは本物の乱撃を感じながらも余裕深く眼を動かす。隙を窺う。息を潜める。弱さを見せる。万物を砕く雷が多少の火傷程度。そこへ神の拳を合わせても一撃では大した物ではない。乱撃であろうと、防御無視で動けば勝てると見る。なら攻撃するか?否である。

 

『にゃぁ』

 

何故ならば、我が師の乱撃は本物だから。我が師の攻撃は今のゼウス同様大したダメージにはならない。しかし負けた。無理矢理突破するやり口では負けた。相手に勝る部分で勝つ方法は間違いではない。それは我が師にも告げられた。ならば他にどうするか。相手に勝らない部分を鍛える?勝る部分を更に昇華させる?それ等は間違いではない。確実に正解の部類。しかし違う。それ等は長い年月と時間が掛かる。ではどうするか。

 

「…フン!やはりこの程度か」

 

雷の出力が下がった。相手の拳が下がった。相手の威力が下がった。ゼウスの戦意が死んだ。どんなに全力を持っても格下相手には力にセーブが掛かる。そんな事はない?いや、これが可笑しな事に下がるのだ。

 

「そして下がれば俺は楽だっ!!」

 

これこそが答え、自身を下げて相手を下げるだ。

 

「ガぎゃッ!?」

 

首根っこを掴み握力の限りで握り締める。

速さを殺す様に、力を殺す様に、ただひたすらに握る。

 

「もう離さない」

 

「ぐ、き、きしゃーー!?」

 

構える拳はゼウスの雷の如く。その力は万物を破壊する神代の兵器。ヘラの試練(ヘラクレス)から始まった大英雄の本気。カリンから学んだ技術の何ぞや。

才能は元からあった。技術は身に付けた。志は人だった。

 

「我が師の時には己を見つめ直し、俺の狂気に打ち勝った。それが例えヘラによる呪いだとしても、これが俺だ」

 

アルケイデスに狂気の色が漂い始め、黒が浸食する。

 

「この狂気は俺だ、俺自身だ。だから打ち破る必要があった」

 

黒の逆である白の色が漂い始め、その浸食を食い止める。双方は浸食せんとばかりに交差したり螺旋したりとアルケイデスの身体を包み込んだ。

 

「何が起きているの!!」

 

ヘラには、ヘラだけにはその異様さが理解出来た。何せ自身が掛けた呪いに等しい狂気を誘発させた本人だから。

ゼウスにはその実態が理解できた。首根っこを掴まれ、一番近くで、何よりその力を直に当てられているから理解が出来た。正確には理解ではなく分かったに近い。

 

それは決定的な全知全能の規格外の力……ではない。

これこそがゼウスの致命的な弱点と言える。ゼウスは確かに全てを知り、全てを余す事なく使える能力がある。10の能力を使う時、ゼウスは10の能力の使い方を知る様に、1で10を知る。それは過去未来現在を見ることで未来予知に該当出来る能力を持つ知能を持つ。

 

だが、それが事実ならゼウスの今までの行動を確認すると随分と可笑しな行動を取る。ヘラの嫉妬を考えずに子を成し。ガイアとの戦争ではテュポーンに敗北し、未来に於いては神代すら存在しない。

 

一重に思う。彼は全知全能を持ってはいても、精神が追いつけないと。精神までが全知全能ではないと。ヘラの嫉妬は考えず、その恋『心』で動き、テュポーンとの戦いは勝てないと『思った』から姑息に走った。そして未来の世界からはあり得ないと『見て見ぬ振り』。

 

これがゼウスの弱点。ゼウスの弱さ。だが仕方ないであろう。この世界では不死鳥も精神が不死ではなく、英雄も精神によって堕ちる。人は神からの助言で心を支え、世界の主人公はその『心』と『意志』で強敵に打ち勝ち。世界すらバランスを取る考えを持つ心を常備する。

 

「わ、解らん!解らん解らん解らん解らん解らん解らん解らん!!なんだ貴様は、なんだ人とは!!人とは弱者だ!!人は神より下だ!!」

 

白と黒の混じり合いは弾けたんだ。

神がスーパーサイヤ人と見て、カリンが認めた強者の姿。

 

「人とは、弱さだ。そして弱いことはこの時代恥ずべきことだ。だが……だが…ッ」

 

関わってきた全ての者達が綴る物語。1人では完成できない人生。神や不死者と違い寿命があり、それでも生きようとする生物としての本能を持つ人と言う生命。

 

だがッ!(■ ■ ■!)弱いことが俺達の証ダァぁぁ!!!(■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■!!!)

 

そして、光と闇の螺旋が拳に凝縮され、その素人目にも十全な技がゼウスのボディに打ち込まれたのだ。

 

 

 




残念ながら修行編には入りませんでした。入れたら原作開始まであと何十話必要になるか…。と言うか、修行回を書いたら難しかったです。サーセン。と、思えばアルケイデスはずっと戦いしか書いてない。でも仕方ないよね英雄だもん。


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そして伝説は始まる【中編】

グぅッ(■ ■ ■)!?」

 

打ち込まれる筈だった拳は四方八方からの攻撃により暴発を起こし、辺り一面を破壊した。それは水風船が割れる様に、拳に凝縮された気の塊が飛んだ事に他ならない。

 

「ヘラクレスゥ!貴様は私が自ら殺してやる!!恨めしい化け物め!!」

 

ヘラを筆頭にギリシャの神々が敵意を持って権能を使う。

ギリシャ神話のプライドの為に、ゼウス個人の為に、下等な者のその力を認めない為に。神1人につき1つの理由が合っただろう。

 

「やめろッッッ!!!」

 

けれどその理由は彼の前には邪魔でしかない。

天界に響く声は瞬く間に全土に伝わり、神々の権能や敵意はなりを潜め途端に静けさが残る。声の主は言わずもがなゼウス。

神の肉体には辿々しい血が張り付き、気の暴発により抉り取られた小さな肉塊が地面に落ちている。

 

「……この、この我を愚弄する気がヘラ…」

 

「なっ!?そ、そんな事ないわ!ええ、ありません!ありませんとも」

 

「ならば我を救うべき者と捉えるか…」

 

「!?…いいえ。あなたは強者よ!紛う事なき絶対者!私の大事な御方よ」

 

ゼウスの目には力が残り、その身体には力が入るのだ。満身創痍と言うには些か、元気過ぎる。

 

「そうだ…その通り!奴が持つ力は紛うことなき人の力。我らにはない人とやらの煌めきらしい。なる程、神威ならぬ人威と言ったところか。あの正気と狂気の狭間に立つ奴は強いッ!間違いなく我が戦った中でも片手に入る強さだ。雷は裂かれ、身もプライドもズタズタだとも。確実にこの先

数千年は笑い話にされるな…クハハハッ!」

 

一頻り笑う終えると、ゼウスは顔を硬らせる。

 

「だがなぁ、我らとて神だ。人威如きで神威を砕こうなどと口が裂いても言わさん。そうだ…我は絶対者。貴様ら全ての頂点に君臨せし神の王」

 

「そしてヘラ、お前を抱くに値する男だ」

 

今までの戦闘が何もなかったと見違える程に易々と起き上がる。

付着していた血液が桶から溢れる水のように地に落ちるが、依然その身は他に落ちない。

 

それでもアルケイデスに余裕があったのは雷を全力で出したゼウスを一度は追い詰めた現実を持つからだ。だからこそ口に出せる。

 

全力の貴殿を俺は屠った(■■■■■■■■■■■)俺の勝ちは揺らがない(■■■■■■■■■■)

 

この状態ならゼウスの雷は見切れる。速さに加算するには足りない。雷その物を掴み壊すのは容易い。アルケイデスには確信があるのだ。勝てるビジョンが浮かび続ける。アレは最早自分の敵になり得ないと。

 

しかし先程からアルケイデスの言葉を受け入れる様な肯定と取る静けさはなく、どちらかと言えば失笑に近しい物を感じた。

 

「……全…力…?これを全力と呼ぶか。全力ねぇ…全ての力を出すと云う意味合いを持つ言葉だ。確かに貴様のその力は全力なのだろう。全力で俺を殴りにかかった。嗚呼、間違いない。だが、いつから我が全力を出していると夢を見ていた?我はまだ雷しか使ってないぞ」

 

ゼウスは天に手を翳す。地上を超越した天界と言えるこの場所よりも、更に天へと手を伸ばす。雷を出す訳でもない。無駄な笑みとは思えない。

他の神々が固唾を呑んで後退りする。そんな状況にアルケイデスはとてつもないモノを浮かべることすら出来ない。

 

「全権解放」

 

雷がゼウスを中心に暴れ狂い、雷の色すら多種多様。

今の今まで敵意を向けて権能を如何に発揮していた神々が己の身を守るかのように権能を発揮しているが、何か弱々しい。

 

弱い(■■)ッ違う(■■■)奴が強い!!!(■■■■!!!)

 

今、たった今。アルケイデスはその力を改めて認識した。周りを数段階弱く感じさせる程の強さ。それこそが真の強さだと認識した。

 

「ふふ、あははははっ…お前はもうお終いね、見なさい!彼の王に忠誠を違う家臣の如く権能の雷が彼に平伏すこの現実を!あの色取り取りの雷1つ1つに凡ゆる権能を乗せたその圧倒的…否、絶対的な力がお前1人に使われる事実に!」

 

謳いながら、ヘラは爛々と喋る。そんな言葉も今のアルケイデスに入っているかは定かではない。何故なら彼の五感、若くは六感までもが必死にゼウスの権能を知ろうと忙しなく感じるのだ。されどもヘラは喋り続ける。

 

「私達神の王の代名詞。ゼウスの代名詞。ゼウスの武器は?雷だけかしら?違うわよねぇ〜!お前達も知っているでしょう?」

 

雷の槍(■■■)()

 

「そう、その通りなの。彼が一番輝き、一番愛しい姿は槍を携えたその時。お前が如何にゼウスの才能を受け継いでも、所詮はあの糞女との忌子。彼の全力に勝てるわけない……見なさい。その神の領域の頂を。お前にアレが解るのかしら?」

 

「ーーーーーッ来るか!(■■■■!)

 

「そう【雷の槍】は今ここに完成する!!」

 

天から落ちてくるのはアルケイデスの持つ如意棒と同等又はそれ以上であろう恐ろしき兵器。皮膚に突き刺さる神威の暴力と、溢れて止まない魔力の多さ、大気を歪める気の異常性。エネルギーと呼べる物を全て詰め込んだそんな馬鹿げた兵器。その槍がゼウスの手へと落ちていく。

 

「…………へっ!」

 

ゼウスの手に槍が握られた。雷の全てが槍へと集まり束となると、槍を中心に光が視界を覆った。眩すぎる光に瞬き1つ。

 

「…()!?」

 

そこにいたゼウスはその姿を変化させていた。

数多くの傷はなく、何処かアルケイデス自身の容姿に似通っている。

 

「あんっ♡この痺れる程の神威…魅力…やっぱりその姿の貴方は最高だわぁ♡」

 

恍惚した表情で話すヘラの言葉から彼がゼウスとはわかった。

アルケイデスはその男をゼウスと分かっていながらも驚愕を隠せない。

 

傷が回復する程度なら驚きはしない。

先程までの強さを見たなら驚きはする。

しかし、今のゼウスは驚愕に値する力を持つ。

 

全ての力を出すと云う意味合いで全力。だがゼウスの持つ全力とは文字通り【全て】の力を持つ自身が、【全て】の力を槍一本に収めた今を云う。

 

「ハッ…!なにを驚いてやがる。テメェが言ったんだろーが!全力ってよぉ〜!これが俺様の全力全開!ゼウス様だぜぇッとなぁ!!」

 

「…なに?(■■?)ーーーーーッォ、ぉォォオ!?(■■、■■■■!?)グぉォォオ!?(■■■■■!?)

 

ゼウスの拳がアルケイデスに刺さった。勢いは時をかけて追い付く。肉体も細胞も脳の反応も、全て時をかけて追い付いた。今までにない激痛。今までに感じたことのない激痛が襲いかかる。

 

「ケッ。情けねぇ情けねぇ。槍の一撃でもねぇのに無様に飛ばされたんじゃあねぇよ!!」

 

吹き飛んだアルケイデスの背後に既にゼウスは立っていた。ゼウスはアルケイデスの髪を掴み取り地面へと叩き落とす。

 

オォォ!(■■■!)〜〜〜〜ッ!?(■!?)

 

「お?流石にやるなオイ。気の鎧で衝撃を殆ど消しやがった。やっぱ見えてねぇことはねぇんだな」

 

ッンンンン!!!(■■■■■!!!)

 

「ーーーイッテェなッッ!!」

 

殴り付けると殴り返され、蹴り上げると蹴り落とされる。

 

「「ッラァ(■■■)ーーーッ!!」」

 

互いが殴り合い拳をぶつけ合う。両者共に骨までに衝撃が響く。手応えは両者にあった。

 

「人間って高ぁ括ってたが、やっぱ俺の子種だわテメェ!俺の腕をやりやがった!!」

 

ハァ(■■)それは此方も(■■■■■■)ハァ(■■)同じだ(■■■)腕がまだ痺れてならん(■■■■■■■■■■)

 

両者の腕は内出血を起こし、震えている。

 

「だが、そこは俺様だ!回復の為の権能なんざ幾らでもあらぁ!」

 

槍から数本の雷が走り腕に纏う。するとどうだ。ゼウスの腕はすっかりと元に戻った。

 

ハァ(■■)■■(ハァ)フー(■■)

 

これで相手は傷を癒す力を持った。今の攻防では傷を付けても変わらない。そんな無理難題とも言える相手を倒すことにストレスを感じ、狂気が苛立ち始めた。空かさず心を落ち着ける。

 

伸びろ如意棒(■■■■■■)

 

「待ってたぜ。その武具と俺様の槍どちらが最強か試して見ようぜッ!」

 

応よッ!!(■■■!!)

 

如意棒と雷槍を相手に向け互いが共に駆け出す。

 

「残念だが俺様の勝ちだぜぇ!!」

 

槍は如意棒を弾きアルケイデスの肩に突き刺さる。多種多様な権能を集め、ありとあらゆるエネルギーを収集させた槍に内包された力がアルケイデスに刺さった体内から放出された。

 

ゥォォォォオオオオオオ!!!(■■■■■■■■■■■!!!)

 

余りのエネルギーにアルケイデスの肩が弾け飛び、四肢の内の右肩より先、右腕が地面にボトリと落ちる。更にその腕に残ったエネルギーが行き場を失い破裂し、一面を血の色で染め上げる。

 

ッコレは!!(■■■■!!)

 

アルケイデスの身体に異物の数々が暴れている。先程の現象を見れば後の結果は目に見るより明らか。だが、その思考すらさせぬ様に前方から槍を振り回してゼウスが迫る。

 

伸びろ如意棒ッッ!!(■■■■■■■■!!)

 

宙に浮いていた如意棒を残った左手で掴み叫ぶ。如意棒は勢い良く伸び、ゼウスとの距離を離して上に上に突き進む。

 

「その伸びる性能ウゼェな!!」

 

下からゼウスが何かを言っているが、アルケイデスは身体を駆け走るエネルギーに相当な痛みを負う。

 

ハァ(■■)筋肉がッ!?(■■■!?)切れたな(■■■■)……コッれは(■■■■)

 

舌は千切れかけ、皮膚は火傷で爛れ、右肩から肉や血液が零れ落ちる。

追い討ちをかける様に中から破裂を起こしていく。

軽く言って絶対絶命だ。

 

ハァ(■■)ハァ(■■)ハァ(■■)何かが足りない(■■■■■■■)奴を倒す為の何かが(■■■■■■■■■)

 

「追いつくぜェ!!」

 

雷を放ちながらゼウスが此方に向かってくる。アルケイデスは大きく息を吸い込んだ。

 

縮め如意棒ッ(■■■■■■)ウォォォオオオオ!(■■■■■■■■!)

 

「もう一度ってか!この空中で?勢いが足りねぇんじゃねぇかぁ?」

 

雷槍と如意棒が激突する。天が裂け、余波が広がる。武具としては如意棒は引けを取らない。だが、満身創痍を通り越したアルケイデスと傷はないと言っても良いゼウスでは力差は歴然。

 

2つの武具は又もや雷槍の勝利となった。

 

「ッダラァ!」

 

雷槍を突き付けるが、アルケイデスは必死の回避で身体を捻り空中で避ける。腰の骨が捻れ筋肉も裂けたがあの一撃を喰らうよりもマシな部類。

 

「チッ!オラ、終わりだっ!!」

 

ッグ!?(■■!?)

 

それでもタダでは終わらない。突き刺しを阻止しても槍の薙ぎ払いによりアルケイデスは天界を超える空中から地上に叩き落とされる。

 

薄れゆく中、1つのことだけを考える。

 

ーーーーー何が足りない。

 

 

▽▽▽▽▽

 

「またお前の負けにゃ」

 

「ぐぅ」

 

師匠とのやり取り。これは走馬灯とやらか?

 

「にゃー、勿体ない、勿体ない。お前の精神は英雄。才能は天才。肉体は天性。頭も悪くない。様々な種族の中で人としてのプライドもある。だから気の上達は早く巧い。けど、勝てない。なーぜだっ!」

 

「………わかりません。それは一体?」

 

「にゃ!またそうやってすぐ答えを聞こうとする!少しは考えろバカタレ」

 

「…………」

 

そうだ。あの時の答えを俺はまだ知らない。

 

 

「ハァハァハァ!」

 

「…にゃー。お前は何者だ?」

 

「?俺は貴方の弟子だ」

 

「違う」

 

「??俺は英雄だ」

 

「違う違う」

 

「???俺は狂気を持つ者だ」

 

「違う違う、そうじゃない。お前は自身の狂気を知った。お前は自身の経験を知った。お前は大切なものを知った。努力を知った。嘆きを知った。試練を知った。僕を知った。それじゃない。僕はお前にそんな【知った】ことを聞いているんじゃない」

 

「????」

 

あの時、俺は全く分からなかった。今だって分からない。

 

「もう一度言う。お前が【知った】ことじゃない。お前は何者だ?」

 

この走馬灯染みた世界で、第三者として視ているだけの俺に対して、師匠はあの時の俺ではなく、何故か俺を視てそう言った。

 

 

俺に今、足りないもの。俺が今知りたいこと。だけど師匠によれば【知った】ことにじゃないらしい。だとすれば俺の【知らない】こと?恐らく違う。【知らない】ことがわかれば【知った】ことになる。だが、なんだ?そんなものあるのか?俺が【知った】ことでも【知らない】ことでもない。そんな矛盾じみた足りないもの。

 

ーーー嗚呼、糞っ。足りない。時間が。この走馬灯の様な時間でさえ、身体の疼きが止まらない。この身体はもうダメになると俺自身が知っている(・・・・・)

 

 

今、なんと思った?知っている?【知った】でもなく、【知らない】でもなく、俺自身が【知っていた】こと?俺が知っていたことはこの肉体と才能だけだ。それだけだ。

 

「才能は天才。肉体は天性」

 

師匠が言った。そう、俺が【知っていた】2つの要素は師匠自ら言っていた。ならば答えはこれではない。やはり、違うのか。

 

ゼウスに勝つにはどうすれば良い。勝てるのか?俺の才は奴の才だぞ?奴の………奴の?

 

そうか。奴のだ。俺にはもう一つ知っていることがあった。あったではないか。この才能もこの肉体も。元は1つの要素だ。ただそれを2つにしてただけだ。そうだろう、師匠。俺はーーー

 

ーーーーーーーーー俺は神だ。

 

 

▽▽▽▽▽

 

「…終わったな。奴の肉体は朽ち果てる。天から地へと堕ちる。神と人との境界は天と地の差だ」

 

「「「「「おおお!!」」」」」

 

「やったのね、貴方!」

 

「おー、やった。呆気なく終わった………」

 

「貴方?」

 

「ン……よし、今日はお前を抱くぞ」

 

「ふふふ、それは楽しみ♡」

 

神の勝利で終わり。終わったのだ。槍で刺し穿ち、叩き落とす。人の身では出血多量、痛みでショック死。それでも生きていれば数秒後には体内からエネルギーが腫れ上がり爆死するだろう。そう、終わったと誰もが思った。

 

「では、次はカリン塔をたーーーー」

 

もう一度だ()

 

「………ッ!?テメェ!!」

 

背後に奴が居た。傷は消え腕まで生えて。如意棒を携え、雲に乗り、気を放ちながら、気高くその内より淡々と潜んでいた神威が狭い檻から放たれたのだった。

 

 



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そして伝説は始まる【後編】

アルケイデスの意識が覚醒したのは天より落ちている途中だった。

この身体の痛みが夢でなく現実だと証明してくれた。

 

「…とにかく(■■■■)回復だ(■■■)

 

拙い動きで懐に締まっていた仙豆を取り出すと躊躇なく口の中に入れた。

 

「……よしっ!(■■■!)

 

今までの傷が嘘の様に一瞬で傷は癒えた。失くなった腕が元に戻り、失った気も伴う疲労感も完全回復した。

更に付け加えるなら、意識が覚醒する以前よりも遥かに内なら力が湧き上がってくる。

 

ふむ(■■)これは(■■■)

 

身体を駆け巡っていた多種多様のエネルギーはまるでアルケイデスの神威に食い尽くされた様に自身の力となった。アルケイデスの肉体は格段に強度を増した。

 

自身が最強になった様な酔い心地だ。

 

しかし落ち着けと。慢心はするなと。人のプライド。英雄の精神。神としての自覚。天性の肉体。天才の才能。今はこれら全てが必要なのだと。

 

これまでの焦る傷はない。そう思うと気が楽になった。

 

筋斗雲!(■■■!)

 

アルケイデスが空に向かって大きな声で叫ぶ。ただ単純に叫ぶ。明確に何処かと言った決まりはない。ただ叫べば良い。

 

ーーーーそして来た。

 

風を切り、雲を貫くスピードの雲が世界の果てより飛んできた。

大きさはアルケイデスが1人乗れる程度の大きさ。

その雲は主人の真下まで移動して、身体を優しく包み込む。

 

感謝するぞ筋斗雲(■■■■■■■■)そしてさっきまではすまなかったな如意棒(■■■■■■■■■■■■■■■■■■■)次は勝つ(■■■■)

 

その言葉に賛同する様に如意棒はアルケイデスに適切な長さに伸び、筋斗雲は天界向けて発進する。落下スピードよりも速く昇り、途中の雲は速さによって穴を開ける。

そうして見えてきた奴等の住まい。奴等の集まり。

 

今掛かる言葉はなんだ。なんて些細事につい笑みが浮かんだ。

 

ーーーーー「もう一度だ(■■■■■)」と。

 

勿論、神々の動きは時が止まった様にピタリと止まった。

 

「ーーーテメェ!?」

 

ゼウスは血走った目の玉を向ける。

 

伸びろっ如意棒ォォオ!(■■■■■■■■■■!)

 

「うおっ!」

 

筋斗雲の出す勢いと如意棒が伸びるスピードが足され、速攻と言える突きの攻撃に反応できなかったゼウスの身体は、突かれた如意棒が力点となりくの字で飛ばされる。

 

「槍ィーー雷、吐き出せ!!」

 

槍は発光しながら雷を無数に発射する。どれもこれも色が違う。これらも権能付きのエネルギーの塊とみた。

 

本来ならば正確に見定め対処しなければならないのだろうが。今の自分には関係の無いことだと割り切るアルケイデス。

 

その攻撃(■■■■)全く持って問題ない!!(■■■■■■■■■!!)

 

一直線に進む雷を片手で握り砕く。エネルギーに爆発すら掌の中。

 

「なんっーーーだと!?テメェ、神威をモノにしてやがんのか!!」

 

元よりゼウスの子だ(■■■■■■■■■)お前自身の子だ(■■■■■■■)権能一つ扱えない(■■■■■■■■)なんてヤワな肉体(■■■■■■■■)の持ち合わせは断じてない!(■■■■■■■■■■■■!)

 

「ケッ数撃ちは無駄かよ。ならァ…テメェの神格測ってやんよぉ!槍ィ、権能2つだ!!!」

 

ッふん!(■■■!)

 

「おいおい、2つ割れるかよ。なら3つ!!」

 

ヌゥ!!ンッ!!!(■■!!■■!!!)

 

「おいおいおい!!4つ!!!」

 

グヌヌヌゥゥゥウーーーラッア!!(■■■■■■■■■■■■■■!!)

 

「おう!?4つもカチ割りやがった!ならば次はーーー」

 

5つを覚悟して手に力を入れる。連続は流石にキツい。神の自覚を持って神格を取得しても受け続けるには限度はある。ゼウス自身も槍を使うことで多種の権能を操れるように、神と言えど限界はある。

 

「5つ!!」

 

来るかッ(■■■■)

 

「じゃなくて俺様が逝くゼェェエ!!」

 

貴様かよぉぉお!!(■■■■■■■!!)

 

如意棒を掴み思い切り引くことで、自身の身体を前へと運び槍を回す。

槍先が向くのは勿論アルケイデスである。

だが、如意棒は伸び切ったまま。今戻してもギリギリ間に合わない距離間である。

槍を喰らう訳にはいかない。けれどもこの勝負に降りるにはプライドの格は高いと自負するアルケイデスは、握り拳を作り『気』と『神威』を込める。

 

「おっしゃァァァア!三度(みたび)経っても俺様の勝利ィ!」

 

勝手を上げるには速過ぎだ馬鹿野郎!!(■■■■■■■■■■■■■■■■!!)

 

アルケイデスの拳が開かれ光線が放たれた。この土壇場で遠距離の攻撃にゼウスは疑問に思いながら、弾くように槍を振った。

 

「!?」

 

しかし、アルケイデスから放たれた光線は途切れる様子なく更なる勢いで槍を押し返す。

 

コイツはエネルギー波だ!!(■■■■■■■■■■■!!)

 

「エ、エネルギー波だぁ?しゃ、しゃらくせぇ、しゃらくせぇよぉ!!」

 

ここに来て雷を纏いエネルギー波の力を更なる力で押し始めた。

否、それは否だ。ゼウスはエネルギー波を槍で叩き落とした。

 

「終わりだアルケイデス」

 

小技で終わる訳ないだろう!(■■■■■■■■■■■■!)

 

エネルギー波では倒せなかった。倒せるとも思ってなかった。ただ、予想外にゼウスを驚かすことが出来たのは良かった。如意棒は手元まで戻る時間は大いに稼げた。

 

「雷槍ッ!」

 

ゼウスは既に槍をアルケイデスに伸ばし、突き刺した(・・・・・)

 

(勝った!久しぶりの強い敵だった。骨もあったが俺様の首を掻っ切る可能性は大だったぜ。ああ、しかし楽しかった!勝った、勝った!俺様の槍がアルケイデスの心の臓を突き刺した!確実に殺った手応えもーーー)

 

「ーーー手応えが、ない…!」

 

なくて当然(■■■■■)ッ!それは残像だ(■!■■■■■■)

 

「ッーー!?」

 

背後からの声に槍を刺す。手応えは相変わらずない。

 

「「「「「「「「それも残像だ(■■■■■■)」」」」」」」」

 

多重残像拳。カリンも扱う一つの武の極地。

音を置き去りにできる雷とは違う。姿を置き去りにする術。

動揺を隠せないゼウスに残像全てが牙を剥く。一つ一つが如意棒を構え、突撃を開始する。さらにイヤらしい事にその突撃は人数を分け、少しずつ少しずつである。

 

「チィーーーッ!!」

 

雷を操り、電波を発生させる。知覚しながら権能を使う。周りに電気を垂れ流し、本体を見つけるために行動を開始する。

だが、アルケイデスも黙ってはいない。

 

避けんで構わんのか!(■■■■■■■■■!)

 

ゼウスは顔を歪め、如意棒でぶん殴られた肋骨を抑える。

 

次は此方(■■■■)ーーー」

 

「ア"ア"ア"ァ"〜〜〜!!!!」

 

ゼウスはムシャクシャする気持ちを表現する様に、雷を四方八方に残像そのものが見えなくなる程の量を撒き散らす。

 

グッ(■■)…」

 

「ラ"ストォ!!」

 

雷槍が一段と輝き、本体であるアルケイデス本人に槍を向けた。

 

応ゥ!!(■■!!)

 

如意棒と確かな煌めきと共に、ゼウスに牙を見せる。

 

「アルケイデスゥゥウ!!!」

 

ゼウスゥゥウ!!!(■■■■■■!!!)

 

そして雷槍と如意棒は重なり合い、互いの力が空間を歪ませる。

本気のぶつかり合いの決着は速くは着かない。

何方も力を最大限に発揮している為、これ以上の押し合いはない。

 

だがしかしッ。ゼウスは笑った。勝ちを確信したように。

 

「【勝利の権能】!!」

 

雷槍は現時点に於いても如意棒とぶつかり合っている。その事実は存在する。だが、今し方ゼウスが突きを放つ物は雷槍である。

対抗しようにも如意棒は今もぶつかり合っている。回避しようにも力が抜けた瞬間に負けは確定する。

 

「ハハハハッ…【勝利の権能】は使うだけで勝利に必要な凡ゆる事象をプラスする!まぁ、どれだけこの権能を使っても、テメェとの力差は変わんねぇ……勿論オレの敗北だ。だが、攻撃回数をプラスすればどうだ!複数回攻撃なら話が違う!テメェに如意棒が複数あるか?腕が多いか?同じ最大値の攻撃を全く同じ撃てるか?」

 

「いや、不可能だ!その可能か不可能かの差でテメェは負ける!!」

 

「……ッ!?(■!?)

 

▼▼▼▼▼

 

とある塔から武神は観ていた。

 

「にゃー。アルケイデス。何を恐れる必要がある?自身が神である事実を受け入れたのはついさっき。たったそれだけだにゃー。神は神として完全な状態で存在する。けど、お前は神であり人だ」

 

その通り。アルケイデスは『人である前に神』であると同じく『神である前に人』でもある。神の強みは朽ちず、老いらず絶対者としての強さ。人の強みとは成長することで未知となる強さ。

 

「吹っ切れるんだ。感情をそのままに出すんだ。これから成長するんじゃない」

 

そう、これからの成長では遅い。窮地ならば窮地で良いと吹っ切れる覚悟が必要なのだ。権能でもなく。如意棒でもなく。腕でもなく。覚悟が必要なのど。

 

「お前は今ッーーーー成長するんだ。にゃー」

 

 

 

神殿にて。オリ主と呼べない存在もまた下界を覗く。

 

「は?ーーチートじゃん【勝利の権能】なんでよ。意味わかんない。ヘラクレスもいつの間にかまた強くなってるし。ゼウスもスーパーゼウスじゃん」

 

彼は不貞腐れる。彼等の強さに。ゼウスの能力に。

 

「…でもさ、こんな時に限って勝つのが主人公なんだよなぁ」

 

彼の眼には光り輝く雷槍よりアルケイデスが眩しく見えた。

引き寄せられるナニカを持つのも主人公。

土壇場でこそ輝くのも主人公。

 

「ヘラクレス…じゃなかった。アルケイデス、お前がNo.1だ!よしっ!休憩終了!!そろそろこの身体にも慣れなきゃな!!」

 

▼▼▼▼▼

 

迫りくる雷槍に嗤うゼウス。時間はゆっくりと駆けて寸前まで迫る。

この勝負だけで自分は何度強くなっただろう。そんな事を考えながら大層な満足感を感じる。

 

『これだけやったのだ。凄いことだろう。主神の奥の手まで使わせたのだ。神々を恐怖させたのだ』

 

けど、満足感を食っても残る空腹感がある。まだ腹8分目だと。残り2入ると。まだ抗えと俺を呼びかける。

 

『けれ「いや(■■)もう迷わんよ(■■■■■■)回想?内心?知るかよ(■■?■■?■■■■)

 

俺はーーーーー今勝つ。

 

「なんだと?」

 

気付けばゼウスが笑いながらそう聞き返した。

アルケイデスは笑って返した。

 

勝つと言っているんだよ!(■■■■■■■■■■■!)

 

迫りくる雷槍など気にせず、集中していた最初の雷槍を押し返し始める。勿論、そうすれば元より距離のない2本目の雷槍はアルケイデスに突き刺さるが、アルケイデスの集中力はそこにはない。

 

伸びろ(■■■)……如意棒ぉぉお!!(■■■■■■!!)

 

「なっ…ゴハッ!!!」

 

今までの戦闘では、雷。『気』の殴り。エネルギーの塊。エネルギー波。権能。残像。様々な力や技術が巧みに使われ、華のある物だった。

 

その果ての結果は実にシンプルである。

 

うォォぉぉおおおおおおお!!(■■■■■■■■■■■■!!)

 

「カハッ………!?」

 

全てを賭けた力押しである。

雷槍は決して折れはしなかった。ゼウスが持たなかっただけだ。

ゼウスは血反吐を吐きながらも2本目で空かさず進撃を続けようとするが、アルケイデスは果敢に放ち続け、遂にゼウスは倒れるのだ。

 

俺の勝ちだ(■■■■■)

 

アルケイデスの勝利の声を上げた。

 

「嗚呼…畜生。我の負けだ」

 

雷槍は消え去り、放つ権能はなりを潜め最初の姿に戻ったゼウスは朦朧としながら返答を返した。

 

「……では、帰らせて貰う」

 

戦意をけしたアルケイデスはゼウスに背を向けて歩き去る。

ゼウスは残りの力を持って雷を出そうと手を伸ばすが、不意に笑ってそれを止めた。

 

ゼウスの眼に止まったのは此方に走ってくるヘラ1人。残りの神々は既に逃げている。それは当たり前だと思った。今までの行動から神の王として存在しつつも、ゼウス本人を認める者などヘラくらいだ。

 

「…ヘラ。お前は良い女だな」

 

ヘラには聞こえない程の距離にてゼウスは語る。

既にアルケイデスすらこの場には居なかった。

 

「大丈夫なの!?嗚呼、なんと言うことなの!?」

 

ゼウスは大いに笑う。全知全能による未来視での神の時代の終焉に。そして、人の時代の始まりに。

 

▼▼▼▼▼

 

 

広い荒野にて、周りには観客の様な野次馬がゾロゾロと円を描くよう集結している。その中心にはアルケイデス本人と、数の違いはあるが、星の描かれた球体7つを地面に置く。

 

「ヘラクレス様!それが武神からの贈り物かい?」

 

「今から何をするんだヘラクレス〜!」

 

彼等の問いにアルケイデスはフッと笑みを浮かべた。それは見ていろと言わんがばかりで観客一同に期待が高まる。

 

「いでよ神龍ッ!そして願いを叶えたまえ!!」

 

そう叫ぶと、明るい空が黒い雲に覆われていく。急な天候の変化や不穏な空気に一同は『ゼウス様がお怒りになっている』と慌てるが、次の瞬間7つの球体から現れた神と思わせるドラゴンの出現に言葉が出なくなった。

 

『さぁ、願いを言え。どんな願いも一つだけ叶えてやる』

 

「応。ならば聞いてくれ、俺の願いはーーーーーーーー」

 

この神龍をみた人達はこの日の事を忘れないだろう。そして、ヘラクレス…いや、アルケイデスは人達にこう言った。

 

「俺はヘラクレスではない。俺の名はアルケイデス…アルケイデスだ!」

 

▼▼▼▼▼

 

先の未来では。ギリシャ神話ヘラクレスはヘラの試練を乗り越えた大英雄として広まり、ヘラクレスは神に召し上げられたとした。

それ程にギリシャ神話の神々はヘラクレスの武力をそれをさせた自分達の強さを誇示したかったのだろう。

 

『ギリシャの大英雄ヘラクレスの英雄譚』として。

 

けれど人の思い、人から人に繋がる話もまた歴史に本に記された。

彼の者は武神カリン塔に人類で初到達を果たし、武神の弟子として神同等の力を持つ大英雄。ドラゴンボールを筆頭に数々の宝物を世に広めた者。

その者の名はアルケイデス。武人アルケイデス。

 

『ドラゴンボール伝説アルケイデス』として。

 

この2つの物語でのヘラクレスとアルケイデスの類似点から専門家は同一人物ではないかとの声もあるが、その真相は未だ解明されていない。

 

武人アルケイデス編【完】

 




これにてアルケイデス編終了。


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昇り堕ちた天使編
天使の自分と少女なあの子


シリアス?みたいな。可哀想なのはちょっと書けないので、もし受け付けない場合はこの章はぶっ飛ばして下さい。本気でなにこれ?ってなるの思いますん。

尚、この章を飛ばしても大した支障はないように調節致します。
何卒、宜しくお願いします。


「よぉ、お前ら。調子はどうだ」

 

「先生、また『昇り堕ちた天使』の話を聞かせて!」

 

「またかよ。お前らアイツのこと好きすぎだろ」

 

「「「「はやくはやく!」」」」

 

「しゃーねーな。じゃあ始めるか。これは世界に伝わる噺の一つ。正義とは誰に対しての正しさなのか。天を昇り、人を救い、そして神に背いて堕ちた。たった一翼の噺をするぜ。タイトルはーーー」

 

「「「「もう!前置きが長い!!」

 

「はいはい。わーったよ。『これは今よりずっと昔の物語』」

 

 

▽▽▽▽▽

 

時代は代わり時は過ぎた。神への信仰は変わらずとも神を見る機会は減り、英雄の蔓延る時代も終わりを迎え初めたそんなこの頃。

 

「今日もよい一日を」

 

少女は天へと願いを込めて祈りを捧げる。

少女はみすぼらしく小汚い。父は屑で蒸発し、母は病で寝ていることもあり、家は貧しく収入源でさえ少女が稼ぐマッチ売りの僅かな物などの要因もあり仕方のないことでもあった。

 

「きっと…きっと、大丈夫ですよね」

 

その願いは淡い。淡いのだ。願いであり願いではなかった。今まで願った。でも願っても願っても叶うことはなかった。親が信仰者ではなかった。家が貧しかったから。教会に支援されないから。あらゆる事情は浮かぶ。誰でも持っている十字架もなく、天使様の像もない少女は淡い願望を持ち足を進め始める。

 

マッチを売る場所は教会を通り越した少し向こう側。少女は立派な教会に目を向けてはこれまた立派な天使像をマジマジと目を向けて観察した。

すると丁度教会からそれなりの人達が帰る所だった。

 

「マッチはいかが、マッチはいかが」

 

神様に声が届いたのかもと声を上げるが出てくる大体の人達は「ごめんね」と帰っていく。

 

「マッチはいかが、マッチはいかが」

 

「でた、マッチ売りだ」

 

少女の声に返ってきた声はとても良い答えではなかった。汚らしい物を見る目で嫌々視界に入れる同じくらいの男の子。首に小さくても立派な十字架を下げている裕福そうな少年。

 

「え、えっと…マッチはいかがですか?」

 

「いるかよ!神聖な教会の近くでマッチなんて売るな!」

 

少女はその嫌な視線を分かりながらも少しでもと少年に問う。

少年は当然の様に断り、まくし立てるかの様に少女を非難して力いっぱい押して去って行く。少女は小さく悲鳴を上げながら地面に倒れ、マッチ自体もばら撒ける。少女は泣きたくなった。

 

「う…うぅ…ふぇッ」

 

いや、泣いたのだ。少女はマッチをかき集め人目の付かない場所に小走りで向かう。悔しさ、羞恥、絶望そんな気持ちが溢れた。

 

着いた場所は橋の下の影。ここは誰も来ない1人になれる場所。今よりも幼い頃に母と来た場所だった。小川は昔と変わらずキラキラと輝いている。

 

「小川は昔と変わらずキラキラしてるのに、私はこんなに変わっちゃったよ」

 

ポツリと自虐しながら小川に映る汚い自分を見つめる。

そんな時間も束の間に落ちる涙の滴は波紋を広げ、自分の姿を掻き消していった。

 

「……私、なんで生きてるんだろ」

 

『…………』

 

たった1人のこの場所に帰ってくる返答などない。少女は弱々しく無理にはにかむと何かを思い出す様にマッチを入れた箱の底から1つの木彫りを取り出す。

 

「……これが完成したら、神様じゃなくても天使様は少しは見てくれるのかな」

 

毎日教会の前を通る時に見る多くの中から1つの天使を象る像を真似た木彫りを少しずつ少しずつ思い出しては少女は彫り進める。

人は誰も居ないその場所で。

 

『……………』

 

少女に神は見向きもしない。教会が認める信者ではないから。ただそれだけの事だ。だが、1人の天使はそれを見ていた。少女には名前は分からないだろう。少女には未だ姿は見えないだろう。けれど、少女を見ている。

 

『……………』

 

しかし、天使は慈愛の目ではなかった。只々可哀想にと同情の視線を向けるだけ。天使には少女を救えない。天使が救うのはどうにも信者だけなのだ。

 

「いたっ…!また切っちゃった。ごめんなさい天使様。私がもっと器用ならもっと記憶力があったら、もっとちゃんと綺麗に作れたのに」

 

『……ッ』

 

天使には少女を救えない。こんなにも健気に頑張る少女を救えない。天使の心は主の教えから揺れないのだ。

 

「あ、お母さんに夕食を作らないと。今日はおしまい…帰らなきゃ」

 

『………ッ』

 

「今日は私のせいでマッチ売れなかったな。お母さんのご飯は昨日の山菜かな…私は我慢」

 

そう言った少女は木彫りの像を箱の中にしまいこの場を去り始める。

 

チャリン。

 

お金が落ちた音がした。少女が振り返ると一枚の銀貨が落ちていた。少女は橋の下から上を覗くが人の気配はない。周りを見渡しても人影ひとつない。恐る恐る少女はその銀貨を拾い上げるとスッとポケットにしまいその場を離れた。

 

『………今日くらい母親と…』

 

天使の心は揺れないーーー筈だ。

 

 

▽▽▽▽▽

 

『……………』

 

オンボロな家の中では少女と母親がいつもより笑顔で食べ物を食べている。外の寒さを感じさせない暖かな物だ。けれど、天使の表情は優れない。寧ろ楽しく笑い合えば笑い合うだけ同情を隠せない。

時は過ぎ、少女と母親は布団に入る。

 

「お母さん、明日もこんな日だったらいいね」

 

「…ええ、そうね。そうよね」

 

微笑み合う。明日への期待を背負い少女は笑いながら寝るのだった。

1人残った母親は、少女の髪を撫でながら「ごめんね」と語る。この言葉には多くの意味合いがあったのか、骨張った手で優しく懸命に撫でた。

 

『ご婦人。聞こえているな』

 

「…ッ!はい。聞こえてます見えてます………」

 

母親の目にはこの世の者とは思えない美しさを持った天使の姿を見た。

 

『……残念だがーーーー』

 

「…近いんですね」

 

『…まもなくだ。だが、貴方は信者ではない。施しは与えられない』

 

「……ええ。酷い話です。信じていても、信仰はしても、信者にはなれませんから」

 

母親は困った様にそう溢した。

 

『主に見守られるのは教会より認められし者のみ。これは主が定めた事だからな』

 

「ならば、何故姿をお見せに?」

 

『………何故かな。私にはどうにも信者にみえるのだ』

 

天使らしくない。天使を見たことがない母親ですらそう思った。

 

「それが主の意に背く行為でも?」

 

『……………難しい質問だ。まだ分からない。この行動を知られても天使の施しではなくとも、慈愛ともなる筈だ。主がそうあれとした天使のままでもある。それに私の意思がこの人間は救うに値すると訴えかける事実はある』

 

「……ふふっ。今日はありがとうございます天使様。願いを聞いてくれて」

 

天使の心は揺れていた。最初は少女と母親の願いからだ。少女は良い日を願い続け、母親は少女の幸福を願った。天使は1枚の銀貨を落とすことでこの日は少女にとって良い日となった。少女の幸福な日となった。願いは叶った。

 

「もうそろそろ、今日が終わりますね」

 

『ああ。もう、まもなくだ。貴女は簡単に天には登れない。だから今、最期に何かあるか?』

 

「ハァ…ハァ。ええ、1つ、だけど。あの子を、あの子をお願い、します。見てる、だけで。ハァハァ、いい、ですので」

 

時計の針が今日を終えていく。秒針を止める術はない。母親の死は刻一刻と進む。

 

「あの、子…ぉーーーー」

 

1人にしないであげて。

 

『確約はできない。私は聖書の天使だ。信者を救う天使だ。悪魔を葬る天使だ。だが、人が夢見る天使でもある。私があの少女を見るのは少女が救うに値する、それだけだ』

 

息を止めた母親の身体を布団に寝かす。撫でられ終わった少女は不安そうに寝顔を変えた。天使は少女に手を伸ばし、その頭を撫で始める。

 

「…お母さん…また、一緒に…あの小川、の」

 

『……………』

 

天使は深く目を閉じるだけだった。

 

 

 





読んじゃいました?ホント、あざっす。
3話当たりからバトル入るんで多少はマシになるかと。あざっす。

…………あざっす。


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天使の私とマッチの少女

 

 

その日、少女はかけがえの無い存在を失った。

 

「お、お母さん。うぅ…うぇぇ…なんでぇぇ……うわぁァァァア!!!」

 

少女はこの日ずっと泣いた。泣き続けた。もう誰も居ない。もう何も残ってない。少女を人足らしめる最後の一つが亡くなった。少女は神は居ないと嘆いた。天使は居ないと泣いた。希望はないと鳴いた。少女は空っぽになった。

 

『…………』

 

そして天使はそれを見ていた。神を否定し、天使を否定した少女に、それでも天使は見ていた。信者としての祈りも、その存在さえ無いと語る少女をそれでも見ていた。

 

「なんで、なんでなの!!私達は悪いことをしてないのに!私達は祈ってたのに!神なんて天使なんて!祈っても何もなかった!何も…なにもぉ」

 

マッチの入った箱を投げる。マッチは飛び散り、奥にしまっていた木彫り像が転がった。その木彫りに少女は腹が立った。それを拾い上げ振り上げる。

 

「こんな物!意味がなかった!!」

 

『…………』

 

「意味が、なかった…のに」

 

少女は振り下ろせなかった。ゆっくりとその木彫り像の天使を見る。未完成で素人が作ったかの様な雑な造り。

 

「なんで?なんで、なの…天使様ぁ…」

 

『…………』

 

少女は今日もマッチを売りに行かない。

 

 

▽▽▽▽▽

 

少女の腹が鳴る。けれど少女は母親の布団の中で蹲る。明日は母親の場所へと行ける様にと。少女は人としての生活をやめた。

 

「おやすみ、お母さん」

 

返事はない。何も居ない。何も。

 

▽▽▽▽▽

 

腹が鳴る。少女は日に日に痩せていく。だが布団を離れようとしない。今日もマッチを売りに行かない。すると、机に置いていた木彫りの像が落ちた。それはコロコロと転がり、少女の使っていた小さな棚に当たった。

その衝撃は考えるまでもなく弱い物だったにも関わらず棚が少し開いた。

 

「?」

 

少女は久しく布団から出た。あれほど出なかった布団から不思議と体が動いた。木彫りの像を拾い上げ、開けられた棚に手を掛ける。中には一枚の手紙が入っていた。

 

手紙なんてある筈のない棚からだ。内容は母親から私宛のメッセージ。だが、家には筆はない。ならば何故?そう思ったが、母親の名で自分に当てられた手紙であったのだ。少女は手紙を急いで読み始めた。

 

そこには母が自分に対しての謝罪。母の願った想い。そして、1人ではないと言った趣旨の内容だった。そんな手紙を少女は崩れ落ちながら読み続けた。このメッセージは間違いなく母親だと分かった。理由は説明出来ない。けど、幸福を願ってくれているのに、生きて欲しいと思っている。

 

「私の幸福はお母さんと一緒に暮らすことだったのに…生きろなんて、お母さんも酷いよ」

 

泣いていた。枯れ果てた涙は残っていたどころか増している。

笑っていた。母が想っていてくれた残してくれた思いを感じて。

 

「うん、うんっ。私、少しだけ頑張ってみる。少しだけ頑張ってみるよ」

 

涙を拭う。今は腹を満たそう。少女は家にあったあの日の残りの食材をゆっくりと食べ始めた。人としての生活を始めようと。

 

『………そうだ。人であれ。ご婦人の産んだ人であるのだ』

 

「…?」

 

いなくなった天使は少女を静かに見ていた。その目は慈愛の目であった。

 

少女には誰かの声が聞こえた様に感じた。

 

▽▽▽▽▽

 

少女はマッチを売り始めた。町の人達は何日か見ていなかった少女の懸命な姿に少しずつマッチを買った。

 

「私達にもマッチをおくれ」

 

老夫婦…だけではなく、買って行く人達が皆少女を哀れんだ。みすぼらしい少女は痩せ細り前々よりもか弱く見えた。誰しもが少女の母親が死んだことを暗に知った。

 

「………おい」

 

かつて、あの日の少年が少女に声を掛ける。少女は少年を見ると共にあの日を思い出し、怯えた目でみた。

 

「……マッチ、1本買う」

 

少年はポケットを弄り銅貨を1枚少女に投げ渡した。

最初は不思議そうにした少女はその事実を神妙に受け取り笑顔を見せる。

 

「はい、マッチです!」

 

少女の涙ぐんだ笑顔に少年は何を思ったのか、照れ臭そうにマッチを貰い受け、駆け足で去って行った。

教会の牧師は和かな微笑みでそれらを見ていた。

 

「これでよろしかったのですね?貴方様」

 

『………ああ。人を人足らしめるのは、その善性のみ。非信仰者は天には登れずとも人である』

 

「これはこれは。流石は熾天使様に最も近しいとされる御方です。何卒その御加護を我が教会に」

 

『ああ、分かっている。其方達に加護を送ろう』

 

牧師に光の力が宿る。対悪魔の決定的な有効打と言われる最上級の光の一端が牧師に宿った。

 

「有り難き幸せ」

 

溢れる力に歓喜を、天使の加護に感動を、主の御心に忠誠を。彼はこれからも主の為に正義を為すだろう。教会の繁栄は間違いないだろう。

 

『……………?』

 

天使は不思議に思う。使徒たる彼等に目を配るのが本来の自分の筈なのに、天使は少女を視界に入れてならない。

 

『この情は悪ではない』

 

確かにそう思う。それは確定している。だからこそ、彼は再び少女を見守る。

 

「……聖書に記される程の貴方様が何故あの様な少女に」

 

牧師は少なからずの疑問と、大いなる嫉妬を少女に向けた。

天使の加護はそれはそれは素晴らしい。大抵の悪魔は近寄りもしないだろう。だが、少女が受けるのは天使の加護ではなく、天使そのもの。熾天使に登ることを約束された天使自身。信者なら泣いて喜び信者の為に光を握るだろう。悪を討つだろう。

 

神父は少し考えた後、何を考えたのか足早に駆けていった。

 

 

少女は母親のメッセージが奇跡を起こしたと感じた。母親の言葉を願いを神様は見てくれた聴いてくれたのだと少し嬉しくなった。

 

「最近…祈ってなかったけど…今更だけど、また前みたいに祈って良いですか?」

 

橋の下で木彫りを進めながら、少女は乞いた。

 

『かまわない』

 

「!?」

 

少女に声が届いたのかはわからない。ただ、少女は周りを見渡し首を傾げた。本日少女が売った売上は、奇しくもあの日と同じ銀貨1枚ぶんの価値だったのは天使の知る処ではない。

 

 

▽▽▽▽▽

 

「はい。そうです。あの御方は信者でもない少女に。ええ、分かりました。そのように致します」

 

神父は上司に連絡を行っていた。内容はこの通り、天使と少女についてだ。この連絡に悪意はなかったのだけれど、この連絡により天使と少女の運命は大きく変わる事になる。神父は天使を思い、天使は少女を思い、少女は神を思った。ならば神は何を思うのか。何かを思ったのだ。何かを思ったから出来事が起きるのだ。

 

「皆の者。我らは天使様に見込まれた少女を教会へと招待する。新たな光の柱として我らの希望の光となって貰う。あの御方から見守られる少女を新たな聖女として向かい入れましょう!」

 

神父はただ満面の微笑みで全ての者の幸福を確信するのみ。

 

 

 

 




今回も、あざっす。

読んでくれて、ありがとう


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天使は人を愛すのか

はい。お久しぶりです。就職活動が終了しましたので開始します。
やっぱり怠惰が入るのでここで発表するね。

ボク、1週間に3話…2話…1話……うん。3話書くよ。多分、きっと、恐らく。

いや……やるよ。やってやるともさ!原作開始させるんだ!


数日の経過しても少女は懸命にマッチを売り続け、夜は家で木彫りの像を彫り進め、遂に完成を迎えた。

 

「やっとできた!」

 

『ふむ、見事なまでに私だな』

 

天使は興味深げに木彫りをみる。どこからどうみても教会の像より劣るであろう物が、どうにも素晴らしい物と思えるのは造る工程を見ているからだろうかと考えてしまう。

 

「?また、声が聞こえた」

 

『ん?いや、そんな筈はないだろう』

 

「え、えっと…そんな筈はあります、よ?」

 

『…………ふむ。まいったな』

 

少女と天使との間に少なからずの絆があったのは間違いではないが、言葉を交わせる程になるとは天使にとっても予想外だった。それは奇跡以外の何物でもないのだから。しかし同時に理由も知れてくる。

 

「あ、あなたは、天使様なんですか?」

 

『そうだな』

 

「なんで急に天使様が?」

 

『恐らくその木彫りだろう。私を象っているその木彫りだ。それが私と君を繋ぐ一種の魔道具となった可能性がある』

 

「でも、姿は見えません」

 

『それはそうだろう。その木彫りは確かに魔道具的な役割を果たしてはいるが、君自身は何も魔術師ではない。天使と会話のできる木彫りを作れただけ、奇跡に近い』

 

魔術師でないのに、魔力を扱え、更には何の変哲もないそこらの木で掘り進めた物に魔力を保有させる。それでも奇跡なのだ。天使と言葉を交わせると言う効果は信者なら金を惜しまず吐き出し、悪ければ強奪されかねん代物と言える。

 

「ぽかー」

 

『ふむ。どうやら良く分かっていないのだろうな』

 

少女は考えるのをやめたように呆けている。

しかしそれもまた仕方のないことだ。魔力の存在は未だ根強く残る世界ではあるが、それも神代のものと比べるとカリン塔の高さ程の違いがある。

現在の最高の魔術師だろうと、あの時代に放り投げればモブと変わりない。それ程までに違いは出ている。

 

「はっ天使様、私、お母さんのお墓にお祈りするの。あの、その…もし良かったら天使様も祈ってくれる?」

 

不安そうに顔を崩しながら聞いてくる。

 

『ああ、構わないとも』

 

その言葉に少女は顔を『パァ〜ッ』と輝かせながら外にあるお墓に行く為に扉を開いた。

扉の外には信者が5名ほど佇んでいた。全員が姿勢を正し、まるで少女の前にひれ伏すかのように腰を落とした。

 

「少女よ。貴女はこの時代、かの御方コカビエル(・・・・・)様に認められた使者!聖女様であらせられる!何卒、我等を光の先にお導き下され!!」

 

「え、え!ええぇぇぇぇえ!?」

 

『……ふむ?』

 

「おお!やはり、コカビエル様のお声が聞こえる」

 

『なに?いや、そうか。その木彫り、どうやら範囲内の他者にまで影響を及ぼすらしいな』

 

「もしや!その木彫りは主からの贈りもの(ギフト)神器(セイクリッド・ギア)なのですか!!」

 

「え、いえ、これは私が彫った天使様の像です」

 

「なんとッッ!?嗚呼、正しく聖女の名に相応しき凄まじい力。やはり今すぐにでも教会へとお越し下さいませ」

 

涙を流しながら血走った目を持って少女に縋り付く。

少女は、あたふたとしている。それに拍車を掛けるように、他の信者達も少女を言葉を持って縋る。

 

『……なんだ、この違和感は。善意や信仰の中にある僅かな縫い目は。これは……この手は、コレはーー?』

 

コカビエルが感じとるこの無知な者すらも計画に入れ、利用するこの手。無知故に検索しようもないそんな巧妙なトリック。そんな策略を取る者をコカビエルは知っている。

 

そう言っている間に信者達は少女を強引にも説得する。

 

「コカビエル様もお越し下さいませ。教会に新たな光をお導き下さい」

 

「コカビエル様、聖女と共に我らに世界を守護する手助けを」

 

何人かの信者がコカビエルに話しかける。そのどれもが悪魔から世界を守護する。絶対正義を成そうとしていた。

 

「えっと、天使様。わたしっ、彼等の力になりますっ!なので、天使様も着いて来てくれますか?」

 

コカビエルは眉を顰める。しかし、コカビエルには少女を止める責任もなく、少女を見守るだけである。

 

『構わない。私はただ見守るのみ』

 

だからそれを言葉にするだけ。しかし、引っかかる。信者の発狂しそうな笑みも、この嫌に感じる直感も。少女の僅かな焦燥感も。

口にはしない。今、少女に聞けば嫌でも信者に伝わる。

 

(それに、監視が付いている。きな臭い)

 

信者は少女を護衛する様に周りを取り囲み教会へと歩む。その紳士な行動はコカビエルにとっては少女を逃がさない檻と錯覚できた。

 

▽▽▽▽▽

 

少女はシスターに連れられ修道服に着替えさせられ、コカビエルは四方八方から視られ崇められている。コカビエルは教会に居るその存在達の気配を感じ警戒心を上げ、信者も同様に気付いたのか惚けた表情で祈るように手を組んでいる。

 

「聖女とコカビエルのみ入ってくれ」

 

その言葉を持って信者一同は跪き立ち去る。あんなに惚けていたのだが、偉く聞き分けが良い事に信仰の深さを感じ取れた。

おかげで少女は緊張を隠せない。顔の色が悪い。

 

コカビエルは仕方なく扉を開けた。

 

そして少女は言葉をなくした。

礼拝堂に佇むのは数翼の天使達。その神々しさに言葉をなくしたのだ。煌びやかな天使としての在り方。零れ落ちる羽の美しさ。どれを取っても最高の美だった。

 

「こんにちは、お嬢さん」

 

ブロンドの長髪に美男とも美女とも窺える中性的な顔立ち。そんな天使が語りかけ、少女は顔を真っ赤にしながら挨拶を返した。

 

「ふふっ、そしてコカビエルお久しぶりですね。お嬢さんの前に姿を現したらどうですか?」

 

「ふむ、久しいな。ミカエル。まさかこの数の天使が来るとは。一体何用だ?」

 

此方も負けず劣らずの顔立ちだが、ミカエルとは違い男性であると思わせる。少女は思わず木彫りと比べるが、俄然にコカビエル本人の方が美しい。

その様子にミカエルは微笑みながらも言葉を続ける。

 

「はい、コカビエル。貴方に天界への帰還を命じます」

 

「解せないな。信者達まで使い、少女まで呼んだ理由を問う」

 

訝しげに問いた事への返答には時間が掛かった。ミカエルにしては珍しく躊躇いが見える。

それは一重に不味い事態であるのだろう。苦い顔をする熾天使を横目に見ていた天使の一翼が一切の歪み隠さず答えた。

 

「そこな人間は信者ではない。天使自らを持って奇跡を与えられた。かつての(ルール)なら兎も角も、それは過去にあったジャンヌ・ダルクの件で終わりました。現在の(ルール)ではそれらは適用されない。法とは秩序。それがただ一人の人間により崩されてはならない。例外は出さない。だからその人間を神の名の下に来世に送る。宜しいですね、コカビエル様」

 

「えっ?ちょ、ちょっと!ちょっと待って下さい、天使様!!お母さんと会えるんじゃないんですか!?私、そう聞かされて!!」

 

名もなき天使は満面なく笑う。「ええ、向こうで会えます」と。

それが正しく間違いがありはしないと。

 

「そ、そんなっ!」と少女が口に出す前に事態は急激に進む。コカビエルは件の少女を片手に抱き両方の翼、計10の翼を広げ教会を飛び出した。

突如の行動に、コカビエル本人の速さが極まり天使達は反応するのに僅かなラグが生じた。

 

「…追いなさい、コカビエルを。捕らえなさい、少女を」

 

名もなき天使達はコカビエルを追うように翼を広げ飛び去る。

そして残ったミカエルは主に祈りを捧げ、コカビエル同様に10の翼を広げ飛ぶ。

 

▽▽▽▽▽

 

「待てコカビエル!!」

 

名もなき天使は光の槍をコカビエルに射出するがコカビエルは少女を抱いたまま身体を翻し槍を避ける。民家と民家の隙間を翼を畳み滑り込み、細い路地裏を駆けた。

 

「ちっ、お前達挟み撃ちだ。光の槍を常備しろ。主の命に背き、法を破った奴は確実に堕天する!遠慮するな。あの人間諸共で構わん撃ち落とせ」

 

天使達の声が微かに届いたがコカビエルは尚も速さを落とさず路地裏を抜けた。しかし声の通り天使数名が槍を構えて現れる。

 

「お前は終わりだコカビエル!」

 

「……」

 

コカビエルは翼を巧みに扱い速さを増減させ、方向転換は一瞬に行い天使数名を潜り抜ける。そのまま上昇をするが、背後から槍を投げてくる気配にコカビエルは透かさず建築物の屋根に態とぶつかり槍を避け、翼を屋根に叩きつけ瓦を天使に落とす。

 

「目眩しのつもり、カッ!?」

 

瓦の上から蹴りを放ち天使の顔面にヒットする。さらにそれを足場と利用して翼を大きく扇ぎ、天使数名が追いつかない速度を出した。残った天使も扇がれた翼の風により空中での態勢を崩されたのも原因の一つとである。

 

「天使、様」

 

少女は顔を歪めている。それはそうだ。少女は教会に裏切られた。その答えは間違いである。これはコカビエルが安易に流された故の事柄。コカビエルの所為なのだ。だからこそ、コカビエルは少女に言わなければならない。

 

「目を閉じていろ。私が必ず君を救う。感覚で分かる。私の堕天は近い。堕天すれば熾天使程の私を天界は無視出来ない。確実に私を討ち、君を天へ還すだろう。だが、私が必ず君を救おう」

 

少女からの返事はない。未だ信用できないのか、それとも聞こえないのかは判別できない。元よりする時間でもない。

けれど、返事がなくても救う。コカビエルにとって人は愛すべき存在なのだ。少女の母に託され、少女が信じるまで。それが、少女の母に託され、少女がそこにいるなら。

 

「それが私の罪だと言うのなら、私は人を愛そう。今より大きく、深くに。人を愛し過ぎる天使になろう。だから君を救う。君を守る」

 

前方には信者である教徒達。其々が歪んだ顔で唾を吐きながら少女を罵倒している。やれ、魔女だ。天使様を誑かした淫乱やら。サキュバスやらと喚く。其々が魔法を持って撃墜を狙うが、コカビエルは空中で回転し、翼に魔法を当てて無効化する。

 

街中に散らばる多くの教徒と、空中から集まってくる天使達。そして、全てを曇らせる存在感を持つ熾天使ミカエル。

流石のコカビエルでも切り抜けるには少なくない傷を貰うことには違いない。その上少女も居るのだ。コカビエルの顔には焦りが募る。

 

「コカビエル。大人しく主の元に帰還なさい」

 

「少女を解放するなら受け入れよう。だが、その気もないのだろう」

 

ミカエルは無言で瞳を閉じる。深いため息を溢し、ミカエルには珍しく眉間にシワを寄せてコカビエルの抱える少女を見た。

 

「いいえ、それは既に受け入れられません。そこの少女には既に手を出しています」

 

「なんだと!?」

 

抱える少女を見た。外観的なダメージはない。抱いてる今も、心拍数は問題ない。身体はその体温を保ってもいた。ただ、一つ少女の様子がおかしい。

 

「天使…様」

 

心と体が解離している。うわ言の様にその言葉のみを時折呟くのみ。追撃を避ける際には気付かなかった少女の異変。

 

救うだの、守るだの語るその時、既に少女は救えてない。守れてない。その事実のみが頭を掴み離さない。

 

いつだ?いつ、逃げる間は完璧に守りきった。それは間違いない。

 

「ッッそれ以前か…!貴様ッこの修道服に仕掛けたなァ!!」

 

すぐさま少女の着る修道服を引き裂く。術式を刻まれた修道服は効力共々割れたーーー筈だった。

 

「天使…様」

 

「これは私達天使一同が主より承った術式。一度発動すれば人であろうとも浄化は免れません。コカビエル…残念ですが人間は少なからず心に闇を持っていて、同時に光と共存しています。私達の様に光のみでは人間は生きていけないのです。人の語る正義の味方など破綻している。悪性を全て払うなど不可能。悪性を消して幸福な世界を作ることなど不可能。コカビエル、人間は難しいのです。ええ、本当に。天使や主の光は人を守る道標で、悪の権化である悪魔を撃退する術で、未来を明かす光です。けれど、強過ぎる光は人を害する。人が持つ悪性を破壊する」

 

少女は浄化され生き絶える。文字通り浄化される。人が語る正義の味方の如く、その在り方を変えられる。悪性を見出せない物に人の悪性を見抜く事は出来ない。悪性がない人に人を守る思いこそあれば、悪を悪だと討つことは不可能だと言うのに。

 

「ミカエル。ならば私が成るよ」

 

「コカビエル…一体何に?」

 

「正義の味方」

 

「ッそれは」

 

「だから私は…いや、もう俺にしよう。俺はこの子を助ける。お前たちが信者のみを救うのならば、俺はその他全てを引き受ける。俺が愛するのは全人類なのだから。先ずはここから抜けようかッ!!」

 

「くっ待ちなさい!!!」

 

コカビエルの翼が黒に染まっていく。主により黒に変えられた訳ではない。ただ自分の思いを貫く為に意地と意思で染まっていく。

 

「そんな時間はない!!」

 

コカビエルは少女を抱え、トップスピードで羽ばたいた。光の槍を展開し、障壁を貼り付け障害物を作りながら尚もスピードを速める。横から教徒達の攻撃が仕掛けられる。しかし、左右に大きく貼られた障壁に阻まれ攻撃が通らない。天使の追尾に対しては、通り過ぎた左右の障壁を持って天使を挟んだ。

 

「コカビエルっ!」

 

後方からのミカエルの言葉はコカビエルには聞こえない。尚もスピードを速めるのみである。その向かう先に希望をみて。コカビエルは進むのみ。

 

ーーーーーーー向かうはカリン塔なり。

 

 

 





はい、やっぱりシリアスとか哀しいとかそんなのわかんない。わっかんないよ!


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堕天使は人の為か欲故か

 

何度も襲撃に遭いその都度逃走を図った。幾らコカビエルと言えども傷が増え、疲労が窺えるも決して少女を手放す事はなく、遠い地であるカリン塔に到着出来たのは最速であった。

 

「天使………さ…ま」

 

だが、少女の浄化は止められない。コカビエルが少女の中にある余分な光をすくっても、一向に減る気配がなく精々進行を遅くさせるのみだった。

 

「で、その少女を預かれって?その死にそうな娘をか」

 

「すまない、頼む。俺は今からカリン塔を登る。この少女は連れてはいけない。数日で戻る。それまで、頼む」

 

「堕天使と言えど、頭を下げて懇願するか。ケッ、構わねぇよ。ついでにアンタ等の追手もオレ等でどうにかしといてやる。感謝しろ」

 

カリンの町の男がそう言うが、追手でくるのは聖書の天使達。十中八九熾天使も現れる。言っては悪いが人の身には限界がある。

 

「追手には気付かれない様にしろ。相手は聖書の天使だ」

 

コカビエルの言葉に周辺にいた人間は失笑を禁じ得ない。

 

「へへっ、オレ等に問題はねぇ。安心して登ってきなーーなに、物の数にも入らねぇよ」

 

「……すまない」

 

コカビエルは翼を広げカリン塔の上を確認する。頂点は全くみえないが先がある事に賭ける他ない。少女を助けるのに残された時間は後3日持つかどうか。

 

「必ず救う。救ってみせるっっ!!」

 

コカビエルはまた速度を上げた。地に足を着けた男女達町民はその姿が見えなくなるまで確認した。

 

「少女と堕天使のラブロマンスねぇ」「愛されてるねぇ」「私も愛された〜い」「ま、3日で戻るは無理だろ」「違えねぇ、ありゃ無理だ」

 

「…無理かどうかはオレ等が決める事じゃねぇ。それよかお客が大量に来たぜ」

 

天使や教徒、挙句に聖剣持ちなどが向かってきていた。しかし、この町民達は冷静に各自が剣を弓を槍を杖を騎馬を拳を構える。

 

「貴方達、ここに堕天使と少女が居る筈だ。まさか庇うつもりではないな?」

 

「おやおや、天使サマ方。残念ながらここから先は通行止めだぜ」

 

そこで男は一区切りを入れ、顔に睨みを聞かせて吠える。

 

「こっからは武神カリンの領域。オレ等英雄の子孫(・・・・・)が住う場所。一歩でも踏み出すなよ。ここから先は地獄と思え」

 

男は真紅に輝く槍を構えた。

しかし、天使側はそれを無視して禁じられた一歩を踏み出した。

 

「そうかい……そりゃ、結構。ならばその心臓、貰い受ける」

 

槍が一層に紅く輝いた。

 

▽▽▽▽▽

 

「チィ…!?」

 

コカビエルは雷鳴が奔る雲の中で雷を避けていた。無論、武神カリンの天罰はコカビエルを追尾して逃がさない。翼に擦り羽を撒き散らす。

 

そして遂には直撃を免れず、意識が飛ばされ降下を始めた。ドンドンと稼いできた距離がなくなり、下には町が見えてきた。

 

「あぐぁ」

 

何とか意識を取り戻したコカビエルはカリン塔に捕まり事無きを得た。

先程の直撃で左眼が焼かれ視界が塞がれ、右眼も薄れている。コカビエルは今一度空を飛ぼうと試みるが、横から感じた光に素早く回避する。

 

「貴様の所為でェェ!!」

 

追手の天使一翼である。コカビエルは満身創痍なのだが如何も様子がおかしく、冷静さを欠いていた。それに他の天使や教徒の様子が窺えない。疑問を疑問と思う前に、薄れた視界に紅い光が広がった。

 

ーーーーーゲイ・ボルグ

 

天使が紅き光に呑まれ消えた。まるで龍に喰いちぎられるが如く易々と聖書の天使をかき消した。

 

「よう、3日で帰るのにまだこんな場所にいやがるのか」

 

「お前は…一体」

 

「そんな事はどうでもイイだろうが。それより、カリン塔の事を知ってるのによく飛んで行こうと思ったな。馬鹿が」

 

「…時間がないからな」

 

「そうかい。ならさっさと行け。あの娘、気色悪い光を浴びてやがる。例え俺のルーンや他の奴等の魔術でも精々5日しか伸ばせねぇ。急げよ」

 

「助かる」

 

コカビエルは焦げ始めた翼に力を入れて空気を煽ぐ。再度塔の上を目指し飛んだ。見送った男は少しの間片眉を上げた後、下の後片付けに加わるため塔から飛び降りた。風を感じながら男は今一度天に顔を向ける。

 

「あの野郎。さっきより速くなってやがった」

 

▽▽▽▽▽

 

コカビエルは雷を避けて避けて避け続けた。距離は稼げたが直後に雷を喰らい塔にしがみ付いた。やはり塔を手足で登らなければならない伝説は本当のようだが、飛んで行くほうが厳しいが速いことは確かでもある。

 

後は本能とでも云うのだろう。翼があるなら翼を使ってしまう。生き物としての一つの決められた摂理である。

 

「しかし、まだ…霞むな」

 

眼は失明に近い。

羽根も堕天使特有の黒ではなく、焼け焦げた後の黒となっていた。

それでもコカビエルは塔の突起部分に手をかけ一気に上に飛び上がる。

 

一、ニ、三、四………

 

雷は幾度となくコカビエルの身を焼く。羽根は灰となる様に少しずつ朽ちていく。遂には飛ぶのを諦めた。翼や皮膚の炎症が凄まじく、時折麻痺の様に身体が動かない。塔を這い上がるにしても、今まで生きていた中で、手足で登る経験がなかったコカビエルは人の様にたどたどしかった。

 

「…フッ!フッ!」

 

上がるに連れて空気は薄い。上がるに連れて強風が身を煽ぐ。焦げた翼が風の影響をモロに受け、今にも飛ばされそうな体を手足で留めるために、指や爪に尋常ではない負荷が掛かった。

 

「う"ぐッ…」

 

コカビエルはふと思う。何故に自分は使い物にならなくなった物の為に登る唯一の手足を犠牲にしているのか…と。

天使や堕天使にとっての翼。その数だけ強者であり、その数だけ名声が格が付く。言ってしまえばプライドだ。

 

「あ"あ"あ"ぁ"ッ!!」

 

コカビエル。元熾天使に近い天使。堕天したのは人を愛する為。少女を救う為。正義の味方となる為。

 

だからコカビエルは自身のプライドを棄てることが出来る。だって、コカビエルは為などと云う使命感から動き出した訳じゃない。少女に金を落とした時、母親があの世に逝く時、そして見守ったのも。全てはコカビエルが自分の意思で起こした行動に他ならない。

 

コカビエルは人を愛した。少女を救いたい。正義の味方になりたい。

彼にはあるのだ。恐ろしく人間味があるのだ。

 

「〜〜〜あ"あ"あ"ッッ!!」

 

悪魔も天使も堕天使も、誰も彼もが人間の為に手放さない(プライド)をコカビエルは自ら手放した。後腐れがない様にキッパリと光の槍で刈り取った。

 

軽くなった。強風の影響だけではない。やるべきこと以外、やりたい事を自覚した今のコカビエルは真に軽くなった。

 

真に堕天とは主を裏切り、背く事ではない。勿論、堕天はするが真の堕天とは言い難い。

例を挙げるのはアザゼル。彼は自分が研究を『したい』から堕天した。

そしてアザゼルの様に堕天後も強く、主のいる天使。魔王のいる悪魔に対抗できるほどの力を持ったのだ。

それはアザゼル自身が使命から解放され『したい』ことが出来たからだ。

 

天使が堕天しなければ誕生しない堕天使は三大戦力の一角にまで上り詰めた。総数は何処よりも少なく、熾天使は堕天しない。だが欲望により堕天した者は天使の時より明らかに力を増す。

 

己の欲で堕天した者達は、天使とは異なる存在へと昇格したのだ。

そしてここに翼のない一翼。

 

「助けるんだ。救うんだ。オレがッ!」

 

手足に力を込め、一歩一歩登る。その一歩は着実に押し上げ、雲を超えた。

殆ど視力がない状態の為、頂上までの距離は目視では測れない。

 

「…………」

 

目視では測れない事が精神に安定をもたらしたのか、コカビエルはただ上がることに集中できた。大凡どれ程の時間が経ったのかすら知らない。もう何日も登り続けている様にも感じる。逆にまだ数時間なのかも知れない。

 

「…………」

 

手足の痛みは感じない。痛覚が麻痺している。それも大いに結構だと思った。一歩一歩を大きく踏み出す。

 

「ーーーッ!!」

 

手を伸ばすと塔の終わりを悟った。柱以外の建物に辿り着いたのだ。

コカビエルは建物内に入り込み、安堵からくる疲労感を誤魔化ように声を上げた。願いを告げるように。

 

「武神カリン、オレは登り切ったぞッ!何ものも治す豆ーー仙豆を貰いたい!!」

 

「飛んできた奴か。いやじゃ、やり直せ」

 

そして願いは拒絶された。

 

 

 



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堕天のオレとあの日の少女

昼間に投稿したと思ったらできてなかった…こりゃまいったね。


 

「やり、直し…だと!?」

 

「飛ぶのを禁止する為の雷じゃ。それをお主は避けまくりおって!」

 

「し、しかし登り切った…!」

 

「知らん。駄目な物はダメ」

 

武神は頑固として断った。取りつく島もない。

全身が軋むのも忘れる怒りを覚えた。

 

「ルールを破ったことへの謝罪はする…登り直す必要があるなら一度降りよう!!だが、オレには今…ッ!いま必要なんだ!!」

 

殆どない視界に佇む小さな白い存在に歩み寄るが脚がもつれ倒れ伏せる。それでも諦めきれず手を伸ばした。

 

「……ふむ。お主が必死なのはわかった」

 

「ならーーーーー」

 

「半分でどうじゃ?」

 

半分。あの長い塔の半分。無理だ。考える余地もない。そも登り直すことも不可能だとわかっていた。しかし虚言を吐いてでも少女を助ける必要があった。仙豆を貰い一度降り、少女さえ救えれば自分の身が朽ち果てようがべつに良かった。

 

「ーーー」

 

もう言葉にならない。目の前が真っ暗になった。絶望の二文字が体を支配する。もう気合や根性の感情で体を動かせない。

感情も体も動かせなくなったら脳を働かせる気もしない。

 

「黙るな」

 

武神言った。有無を言わせぬ静かながらも厳しい一声であった。

しかしそれすらも今のコカビエルに伝わっているのかは定かではない。

だが、武神カリンは続ける。

 

「即答できぬ奴が人を助ける?救う?塔に登り傷付いただけで何でもできると思ったのか、自惚れるなよ小僧…!お主が助けるのはお主の勝手、お主がここに来るまでに傷付いたのもお主の勝手ッ!なのに最後の最後で儂頼み?そこで甘んじるな」

 

カリンはコカビエルの拳が握り締められるのをみた。だが、まだ足りない。ここを乗り切れない者ならとてもじゃないが与えられない。

かつての大英雄の言葉を借りるなら『まだだ』。

 

「聖書の神を裏切り、同胞を裏切り、人を愛すとほざくなら…遠き地まで足を踏み込んで救うとほざくのなら…!最後まで何故粘らない!仙豆を何故奪わない!お主が手を伸ばすのは儂ではないーーーー仙豆じゃ!」

 

「ーーーッ!」

 

「欲で堕天した者が強請るな……堕天使であるなら堕天使らしく勝手を貫け」

 

今の状態のコカビエルが仙豆を奪える可能性などない。かと言ってまた半分登り切るのも無理だろう。

 

『カリン…カリンよ』

 

「こ、この声は神さま!?」

 

「神…だと?」

 

ここに来て第三者。しかも武神カリンが神と仰ぐ者。かつてみたドラゴンボール伝説には存在しなかった。全世界の神の頂点の強さが武神カリン。その武神より上。世界の神々はその信仰を集め、崇められる為にその存在を地上に現した。人はそれを記録して神々は恐れ崇められる。

 

故に神は強大な存在として降臨を続けることができる。それは聖書の神も同様だ。だからこそ奇跡を使いシステムを組み、天使を遣わせた。

逆に無名の神の力は強大とは言えない。だが、武神カリンが言う『神さま』とは存在すら知らない。どんな書物にも記録にもお伽話にすら武神カリンの上は出てこない。そも、神が神さまと称える存在だ。喉が一気に渇く。

 

もしかすると、人は…いや神ですらも自分が思っている以上にちっぽけな存在なのではないか。世界には我々では知覚出来ない恐ろしい何者かが全て支配しているのではないか。そう思えてしまったらゾッとしかしない。

 

「い、一体何用でしょうか…」

 

『そこの堕天使。コカビエルと言ったか?』

 

「ーーーー!」

 

「これっ!答えぬかっ」

 

「は、はい。オレの名はコカビエルです」

 

『……コカビエルか。なるほど、カリンよ。仙豆をくれてやれ』

 

「しかしーっ」

 

『よい、ワシから一粒くれてやる』

 

一粒。ここに世界の主である神の意地の悪さが見て取れた。

それはカリンにも分かったのだろう。少し考えたと思えばコカビエルに振り向き言い放った。

 

「神さまのご厚意じゃ。一粒だけやろう」

 

『では、健闘を祈るコカビエルよ』

 

それを最後に気配が消えたのか、カリンも落ち着きを取り戻し仙豆の入った壺に歩む。脳裏では神さまの言葉の意味を考えてた。

 

神さまが気にかけたのはこの長い年月の中でただ一度キリ。そう、大英雄にして一番弟子であったアルケイデス唯1人。つまり、神さまはこの小僧に自分には見えぬ何かを感じ取ったとでも言うのか。

 

そう思えば、自分は期待していた。

カリンにとってアルケイデスは稀にみる大英雄だった。それが初の到達者だったが為に自身の試練の基準が高くなったこともあったが、それでもその難度を落とす事がなかったのは、再びあの大英雄のような存在が現れるかも知れないと言う期待に他ならなかった。

 

しかし人はいつしか自身の能力を伸ばすことを辞めて、役割に特化した物を造るようになり、神秘など今や遺物であり聖書の神が贈った神器が主流となってしまった。今や、神秘の片鱗を持つ者達はそれこそカリン塔の町に存在するかつての英雄たちの子孫のみ。

そんな時代に久しく現れた男は堕天使。人外と言えども登り切ってしまったことに対してカリンは期待してしまったのだ。あの大英雄のように。

 

「今回は儂が期待し過ぎた。再度登れとはもう言わん。ホレ、仙豆一粒じゃ」

 

コカビエルの手の上に仙豆を落とした。

コカビエルがそれを握り締め震える。別に歓喜で震えている訳ではない。その理由などカリンにも分かる。

 

(神さまも意地が悪い。塔を降りる余力のない相手に仙豆一粒。自分に使えば少女は救えず、少女にと取っておけば帰還できるかも怪しい)

 

その通りにコカビエルは『神さま』と呼ばれる上位存在に対しての意地の悪さに憤慨していた。けれどもそれ以上にカリンの眼に映し出さずとも分かる失望に憤りを感じていた。

 

「……がう」

 

「なんじゃと?」

 

「違うだろう…!アンタの言葉を返してやる。オレに期待したのは、アンタの勝手…。ならーーならッ…オレが立ち上がることを勝手にオレじゃないアンタが決めるなよ。アンタが言った様に、オレはオレの欲を貫かさせて頂く!」

 

握り締めた仙豆を自分の口に含む。どの道一粒貰った所で此処からこの傷で帰るのは無理なことだった。最低二粒必要なことに気付いたのは冷静になったからだ。

 

「武神カリン。オレは仙豆もう一粒、アンタから奪い取る」

 

堕天使の象徴。黒く染まったその象徴が広がる。視界は開け、眼の前にいる武神カリンの姿を漸く見捕らえる。猫の姿の神に一欠片として油断はない。元より時間もない。

 

「ーーーニャ、にゃははは!!お主の開けた目はそんな眼だったか。OK。ならば、お主に期待して試練をくれてやる。ホレイッッ!!」

 

だが、同時に神代から最強を誇るカリンに対して油断するしない等は些細な変化にすらならなかった。コカビエルは吹き飛ばされるかのように投げ出され、塔から落とされた。

 

「もう一度登ってきなさい。その時はーーー」

 

辛うじて聞こえたのはここまで。

 

「儂のこの期待、裏切ってくれるなよ?」

 

どう足掻いても謎の力に押され続けて下へ下へと離される。既にカリン塔の頂上部は見えなくなり、雲の下へと追い出された。

そして、まもなくして地上へと落とされた。

 

「クソッ!クソッ!クソ…!クソ…ッ!!」

 

カリンが制御したのか、傷一つなくコカビエルは大の字になって地面に倒れていた。暫しして周囲の家々から人が集まってくる。勿論、あの時の男もだ。

 

「よう…ギリだが、少女は生きてるぜ。天使さまー天使さまーってよ。ホラ、寝てる暇なんてありゃしねぇ。さっさとしな」

 

「…………仙豆はない」

 

「は?」

 

「ないんだよ!貰った一粒はオレが…オレに使った!クソォ…」

 

情けない。一撃与える処の話ではない。それ以前の問題だ。武神カリンの期待など自分には荷が重かった。役者不足もいい所だ。これでは少女に合わす顔がない。あれだけの啖呵切って置いてこのザマ…武神カリンが言ったことは正しかった。

 

「オレは…自分勝手なクソ野郎だ……」

 

「おい、なに馬鹿言ってやがる。さっさと行くぞ」

 

この男は何を言っている。もうないと何度言えばいい。嗚呼、少女に謝罪をしなければならない…そう言うことか。

 

「チッ…!こっちも暇じゃねぇんだよ。その手に持ってる仙豆、さっさと食わせに行くぞ馬鹿が」

 

男の言う通り手の平に仙豆が一粒。これは現実かと二度見までして確認するがやはり仙豆がそこにあった。しかし、何故?そう考える前に体は動いていた。兎にも角にも少女の元へとと起き上がる。

血相を変えた自身を不思議そうに男は少女の居る家へと案内した。

どうにも少女は偉く厳重に隠されたようで幻影の扉、隠し部屋を通り遂には地下へと潜った。

 

「まあ、俺達は戦闘狂揃いだからな。こうでもしねぇとあんな娘は身が保たないと魔術士連中に言われたんだよ。おっと、着いたぜ…ここだ」

 

ーーーーこれで少女を救える。

 

ふとその時、武神カリンの最後の言葉が思い出される。

 

『もう一度登ってきなさい。その時はーーー』

 

この手にある仙豆の理由を聞く為に、少女を救えた礼を言う為に、そして武神カリンが神さまと崇める何者かの存在を知る為に、もう一度登ってみよう。

 

「その時は言葉の続きを聞いてみたいものだ」

 

堕ちた天使は扉を開く。そして、手にした仙豆を少女へと。

 

▽▽▽▽▽

 

かつてマッチ売りの少女がいた。その少女が何もない空間へと言葉を投げかける姿は度々見られ、それは聞いたある小説家はそれを元に一つ物語を描いた。

 

英雄の子孫が住うカリン塔の麓にある町では、かつて少女だった女性が暮らしていた。他の気性の荒い女性や偏屈な女魔術士と違い、お淑やかで大人しかった彼女は男共の胸を鷲掴みしたらしい。

 

「おやすみなさい」

 

「………」

 

返事はない。少しだけ、女性は寂しそうに微笑んだ。

その傍らには当時と変わらない木彫りの天使像があったのだった。

 

 

そしてまた、歴史は刻まれる。三大勢力は遂に衝突を迎える。そして、物語が始動する。天上から眺める神は果たして……

 

 

 

 

 

 

 




これにて【昇り堕ちた天使編】しゅーりょー。
やっぱり最後までシリアスできない。
そして遂に知れた謎の存在【神さま】。
一体何者なんだ!?ええ、そうです。彼が主人公してないオリ主ですっ!

次章【三つ巴の大戦】決闘スタンバイ!


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三つ巴の大戦
三つ巴


遅くなりました。申し訳なく思いますん。
日曜日にもう1話頑張る!許して!


現地に滞在する神々は自身の領地維持に明け暮れたそんな時代。

人々から神秘が薄れて神を信じる者は少なくなったことにより、天使・悪魔・堕天使の聖書に記される人外が表立ち行動し始めた。それは三つの陣営の対立する原因ともなり、その抗争は日々激化の一歩を進めた。

 

そして遂にーーーー

 

「主の為、悪しき悪魔も汚れし堕天使も須く浄化させてくれよう!!」

 

「ふんっ!鳩も烏も我等より下等生物なのだと証明してくれるッ!」

 

「あ〜面倒くせぇ。天使も悪魔もよ……」

 

三大勢力が衝突する。

 

 

▽▽▽▽▽

 

悪魔の勢力には若く才のある芽の世代だ。特に才のあると言われた者がここに2人。サーゼクス・グレモリーとセラフォルー・シトリー。

 

「サーゼクスちゃん!絶対負けられないんだから!」

 

「ああ、悪魔の繁栄の為にも頑張らないとね」

 

今までの諍いに揉まれてきた悪魔とは異なり、若き悪魔達は至上主義を崩さない。それは士気としては素晴らしくも、戦況を確かに観ることができないとも捉えることができたが、其処は現魔王達も承知の上。

 

「若き世代は戦を楽観視しているな…戒めておくべきか」

 

「いいえ、構いませんわ。始まれば嫌でも体感できること。威勢を挙げるのは今だけ、ならば盛大に威嚇させて置くべきですわ」

 

「才能だけなら何れ悪魔界を引っ張るだけの金の卵。今失うには惜しい。戦争開始後は後方へと送るべきかな」

 

「ウチらの子も未来の魔王として安全圏に置いて、戦争の体感でもして貰うってことで。あー、でも功績はいるよな」

 

あくまで若き世代は未来の人材。ここで失うつもりも無いようで、同時に次の魔王に己の子供を据え置く為の策さえ練っている。

悪魔の総数は三大勢力トップであり、次点に聖書の神が率いる天使と比べても歴然とした差はあった。

 

「サーゼクスちゃん。聞いた!?私達の配置おかしいわよ!なんでこんなに後方なの!!」

 

「まあまあ、少し落ち着こう…優勢になれば役割もあるだろうしね」

 

サーゼクスは自身の親から貰った首飾りを手で転がす。セラフォルーは不思議そうにその首飾りを覗き込んだ。

 

「へぇ〜、スッゴイ綺麗よね。ひー、ふー、みー、よー…4つの星のそれ」

 

「母さんが昔、人間との契約時に貰った物らしい。なんでも言い伝えがあったんだけどーーー母さんもよく覚えてないらしい」

 

「なによ〜それー。でも魔法少女的には全然OKのアイテムかも!」

 

2人して覗く首飾り。首飾りの先には四つの星が映し出される球体。

よもや伝説の一つとされた物であるとは露知らずにサーゼクスの首にかけられた。

 

▽▽▽▽▽▽

 

聖書の神率いる天使陣営では、全員が光の槍を携え主の合図を待つ。

 

「主よ、我等天使一同準備は整いました」

 

ミカエルが主に跪き頭を垂れる。聖書の神は悪を滅ぼせと呟き天使一同に興味を失せたように手元にある三つ星と五つ星の映し出される球体を手で転がす。

 

天使達はすぐさま飛び立つ中、ミカエルはここ最近の主の行動に疑問を隠し得ない。神器の開発、システムの再構築。特にシステムについては聖書の神が居なくなっても機能できるように構築されていた。余りにも不可思議。まるで、主が居なくても動かせるように。

 

「…いけません。何を私は変な考えを」

 

ミカエルは考えを放棄した。目線を他の二大勢力の陣営に向け、負けられないと飛び立った。残ったのは聖書の神のみ。静寂の中、聖書の神は2つのドラゴンボールを転がすのをやめた。

 

「武神カリンの宝物。そう信じられ幾たびと時代が移り替わった。だが、この願い玉にはそれ以上の存在が眠っている。そして、武神より上の存在を近頃使い達が耳にする」

 

神器の存在はこのドラゴンボールから見出した技術。物の中に生命を封印する。或いは奇跡を、或いは伝説を。その最初の段階、ドラゴンボールの研究時に分かった封印された生物。大凡神として君臨できる龍の存在に聖書の神は武神カリンの上をみた。

聖書の神が人間に神器をばら撒いた理由は、その上にいる存在への対抗策。人間界にない神秘を持って信徒がそれを扱い、戦力として加える為。

 

「悪魔、堕天使などと争っている暇はない。上にいる存在(観測者)がいつ下りる(参戦者)とも分からない今…はな」

 

聖書の神は『神さま』を脅威と取った。

聖書の神が体制を整え脅威に立ち上がる。観測者を引き摺り下ろす決意を決める。だが、それはこの戦争を終え、無事に生きていればの話。

 

▽▽▽▽▽

 

2つの勢力とは打って変わり堕天使の考え方には統一性はない。

この争いを愚かだと考える者。単純に力試しの為。面倒くさいと言ったように様々な考えが交差する。しかし、それは幹部や総督と言ったトップのみ。下級や中級の堕天使は其々の敬愛する堕天使の元に集うのみで烏合の衆のようだ。

 

「おーおー。天使も悪魔もやる気だな、おい」

 

「しかしアザゼル。数ではやはり相手が上手だな。白と黒で埋め尽くされてるぞ」

 

『神の子を見張る者』堕天使総督アザゼルと幹部バラキエルは会話する。

アザゼルは面倒くさげにしつつも、戦争への参加は必須だと答えた。

 

部下の欲を抑えきれない甘さはあれども、その知恵・力・欲望は誰よりも高い真の堕天使の一翼である。更に堕天使として世界を廻す為には無知な一般人の犠牲すら厭わない決断力を持ち合わせている。三大勢力内でも一番のキレ者と言ってもいい。

 

例え二大勢力がぶつかり、互いに大ダメージを喰らっても休戦にはならない。三大勢力がぶつかり始めて休戦するのだ。いや、休戦しざるを得ない。それにアザゼルは聖書の神に聞きたい事もあった。

 

「それによ、聖書の神にちょいと聞かなきゃならねぇことがあるからよ」

 

「最近の神器の多さだな」

 

アザゼルとバラキエルの会話に入ってきた男もまた、『神の子を見張る者』幹部、コカビエルである。

それを聞くとバラキエルは確かに最近人間に発現する神器の多さには目を見張るものがあったのだ。

 

「お前も人間のことになると大概だな。お陰で神器所有者を纏めて面倒をみることになってんだぜ」

 

アザゼルの言葉にコカビエルは一切申し訳なく思う事はない。

先程の通りアザゼルは必要な犠牲は仕方なしと思っている為、危険な神器所有者を殺害することがあった。その時に偶然コカビエルに鉢合わせそのまま交戦。アザゼルは右頬を思い切り殴られることとなった。

 

(ちっ、嫌なこと思い出しちまったぜ)

 

その後はコカビエルが必要以上に目を光らせ、今では全員を保護することになった。今ではコカビエルの思想に感化された堕天使がコカビエルを慕い、幹部まで登り詰めている。

 

「神器が増えた所為で暴走も迫害も起きてやがる。俺等堕天使だけじゃ手が足りねぇ……あの神が何を考えているのか吐かせてやる」

 

「同意してやる。オレも奴を問い詰める。だが、悪魔もだ。人間に害なす者から守り抜く」

 

バラキエルは戦意に燃えるアザゼルとコカビエルに負けじと拳を握った。その時、ふとバラキエルはアザゼルの服装に違和感を感じた。

 

「な、なあアザゼル。お前、なんだ…そのベルト」

 

「ん?ああ〜、これか!これは俺が作ってみたドラゴンボール専用のベルトでな?この通り嵌るようにできてんだ」

 

ベルトには4つの一つ星、二つ星、六つ星、七つ星のドラゴンボールが嵌められていた。アザゼルはこう言ったベルトには手を抜かない。何故なら厨二だから。

 

「だが、それは……」

 

ーーーーーただの言い伝え。そう、ドラゴンボール伝説は所詮は書物の中の絵空事。ドラゴンボールを集めた者も願いを叶えた者も現れてはない。

 

「あー、それな。そりゃ、アレだ。俺が堕天してから『神の子を見張る者』の設立までにドラゴンボールを4つ見つけたからな。7つなんて揃わないわな」

 

奇しくもこの大戦に7つのドラゴンボールが集まった。

そして、戦争が始まる。

 

▽▽▽▽▽

 

三大勢力が入り乱れる。共に死傷者が出る中、実力者が奮闘していた。

 

「くっ!これが…ハァ!」

 

滅びの魔力は敵を消滅させる。だが、天使も堕天使も最期に一撃と光の槍を放ちサーゼクスに傷を付けて逝った。窮鼠猫を噛むとは良く言ったものだとサーゼクスは魔力に力を込めた。

 

「サーゼクスちゃん!ヤバイわよ!」

 

「分かっている…!後方の私達がこうして戦っているからな!」

 

「もうっ、ふざけんじゃないわよ!!」

 

セラフォルーは天使や堕天使に氷の魔力を爆発させる。一瞬にして凍り、光の槍すらも凍らせる魔力は次代の中核を担う悪魔と天使と堕天使に知らしめるには充分だった。

 

だが、それよりも強い力が当たりを支配する。実力者であるサーゼクスもセラフォルーも思わず身震いを起こす程の力の奔流。

 

その男は一翼の堕天使だった。雄叫びを挙げて迫る敵を瞬く間に葬っていく。サーゼクス、セラフォルーすらも凌駕する討伐数は悪魔、天使に恐怖を抱かせた。

 

何より、コカビエルは速かった。目を閉じて開く、瞬きの間にはその場から消えていた。そう、ただ速い。落雷の様に一筋すら見えず、本当に消えるのだ。

 

「拙いッ、行くぞセラフォルー!!」

 

「ええ!全力出したげる!!」

 

2人は魔力を全開放する。滅びの魔力は更なる滅びを、氷の魔力は更なる冷気を辺りに響かせる。最早、近くの同胞を気にすることなどない。否、できない。これ以上、コカビエルを野放しにすれば戦争に負ける。若輩者ながらも直感が、魂がそう叫んだ。

 

「「ウォォォオオオオ!!!」」

 

狙いはコカビエル。セラフォルーは辺り一面を凍らせる。滅びの魔力はコカビエルの周りから消滅させる。

 

「ふんっ!」

 

ーーーパリンッ

 

コカビエルに届く筈の魔力の殆どが奴の振るう光の槍の一薙により消し飛んだ。セラフォルーとサーゼクスは勿論、その他全員ですら呆気に取られた。

 

「少しはできる者がいたか…!」

 

コカビエルは自身の頬を撫でる。僅かな、切り傷。流れる一滴の血液。この場に於いて一番の驚きを見せたのはコカビエル本人であった。

 

「……お前達を滅ぼさなければ悪魔の未来が見て取れる。悪魔に未来があるならば、人間界は救われない」

 

人間を深く深く愛した堕天使、コカビエル。迫害を受けた魔女を救い、神器に苦しむ人を救う。彼には大を救い小を切り捨てることはない。大を救い、小を守る。何と言う悪から誰かを助ける。それだけを行ってきた堕天使、故に『神の子を見張る者』最大戦力。

 

そして『カリン塔到達者』。

 

突如セラフォルーまでの一直線の魔力が吹き飛ばされた。それは魔力を周囲に張り巡らせていた本人であるサーゼクスにしか察知できなかった。

 

「ーーーッ避けろ!!」

 

「え…キャァァァア!?」

 

セラフォルーは気付けば吹き飛ばされていた。その後、痛覚が痛みを感じ取る。受け身すら取れないまま岩場に激突した。

 

「あ"あ"あ"ぁ"ぁ"!!!」

 

凡そ女の子の悲鳴とは思えない断末魔をあげる姿にどれ程の痛みなのかは見て取れた。天使や若手の悪魔達はセラフォルーの実質的な敗北に逃げ腰となっている。嘘でも「勝てる」なんて言えない強さ。

 

正真正銘の最強がここに居た。

 

滅殺の魔弾(ルイン・ザ・エクスティンクト)ッ!」

 

「フンッ…!」

 

自身の必殺技さえも効かない。

 

ーーーーそれでも。

 

「ハァァァァア!!」

 

それでも、この場にいる若手悪魔の中で最も強いのは自分である。それは自負している、分かっている。だから折れる訳にはいかない。悪魔の未来を掴むには生きる伝説コカビエルを打倒する他ないのだと、そう自分に言い聞かせ、尚も震える体を大声で奮い起こした。

 

「全力全開ッダァぁぁ!!」

 

残った魔力量の全てを一撃に込めて放つ…直前に当てられるのか?と不安が頭に過った。視界のコカビエルはもうスタートを切り、光の槍を構えていた。

 

「ごッの"!零と雫の霧雪(セルシウス・クロス・トリガー)!!!」

 

コカビエルの体が凍り付いた。この技を知っていたサーゼクスはセラフォルーに顔を向けた。

 

「な"にしでんの"!や"っちゃえ!!」

 

腹に穿たれた光の槍を引き抜きそう叫んだ。サーゼクスは笑った。そして溜めに溜め込んだ滅びの魔力を凍り付いたコカビエルの顔面へと。

 

滅殺の魔砲(ルイン・ザ・エクスプロード)ォォォォオ!!!」

 

凍り付いたコカビエルを中心に空間ごと飲み込んだ。

 

「や、やったぞ…やったぞ!セラーーーーガハッッ!!」

 

「サ…サーゼクスちゃん!」

 

ーーー筈だった。確かに、滅びの魔力は滅殺の攻撃は飲み込んだ。だが、その魔力の中から現れた腕がサーゼクスの首を掴んだのだ。

 

「滅びの魔力。なる程、強力な力だ。だが、それを扱うには若すぎる!」

 

コカビエルは手に力を入れた。サーゼクスも必死に足掻くが、魔力は殆ど空。全身が安心感から緩み切っていたこともあり、上手く動かない。

 

「ア"ーーガ……ッア"」

 

セラフォルーが駆け付けようにも、受けたダメージと援軍として参戦を始めた新手の天使や堕天使の追撃に阻まれ、同世代の悪魔達もその対処に追われる者や、恐怖から動けない者もいた。ならば、援軍に来た天使に一滴足らずの希望を見たが、誰もがコカビエルに届かない。何故ならコカビエルの翼が他の者達を寄せ付けない。

 

「な、何故だ!?何故、光の槍が通らない!!」

 

「ぐわぁぁッ!?」「ヤバイ、あの翼から距離を取れ、攻撃してくるぞ!」

 

「クソォォオ!!なんで、光の槍が追尾してくるんだよぉぉ!!」

 

遠距離からの攻撃は翼で防御され、近距離の相手には翼をぶつけ、周りの敵には追尾する光の槍を。最速だけが、コカビエルの強さではなかった。最速はあくまでもコカビエルの長所であり、その他ならば届くと言う考えが短絡的だったのだ。

 

サーゼクスの意識が薄れる。足掻く手足の力は次第に落ち、死を錯覚し始めたその時、コカビエルはその手を離した。

 

「カハッー!ッゴホッゴホッーー!!」

 

一気に入ってくる酸素を吸い込み、四つん這いで倒れ伏せた。

しかし何故と顔を上げると、コカビエルは空を見上げていた。

眉間にシワを寄せ、先程まであった余裕的な物が感じられない。

 

「な…ゴホ、何をみている…!」

 

「………お前達、問題発生だッ!何かとてつもなくデカい奴等が上から来るぞ!!気を付けろ!!!」

 

コカビエルは魔法陣での通信に向けて叫ぶ。そして空から怒れるデカい奴等の絶叫がした。争っていた全員がその咆哮に手を止め上を見た。

 

そこにはーーーー奴等がいた。

 

 

それはドラゴン。

 

赤き龍、白き龍……そして、黒き龍。三体のドラゴンが互いを傷付けながら落ちてきたのだ。

 

 

 




流石コカビエル、かっこいい!
サーゼクスとセラフォルーは昔からチートなの!
けど、残念ながらコカビエルには勝てないのよね!
コカビエルが一番強いんだからっ!!

そして現れた二天龍……二天……三……三天龍!!


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三つ巴と三天龍

日曜日、間に合わず。今、投稿します。



コカビエルの声が聞こえた者であっても突如として落ちてきた三体の龍の大きな巨体から逃れられたものは少ない。突然の出来事だった。

 

爆風と見間違える砂煙を撒き散らして暴れる。落ちてきた三体の龍は三大勢力を無視して争いを再開したのだ。だが、三体の龍が暴れるには遥かに小さい天使、堕天使、悪魔には耐え切れる物ではない。

 

そこに一速く反撃した者がいた。コカビエルである。

極大の光の槍は三体の龍に放射される。当たれば例え上位のドラゴンであれど無傷とはいかず、ましてやコカビエルの光の槍だ、ダメージは免れない。

 

『フンッ有象無象のハエ如きが我等の争いに茶々を入れるなァ!!【Divide】』

 

極大な光の槍の光が、大きさが、力強さが半減された。余りにも強大な異能。そして、削り取った半分の力が白き龍へと加算される。

 

それでも残り半分の力が籠った槍は止まらない。次に現れたのは赤き龍。白き龍よりも獰猛な力の根源と称えるには相応しい異能を発揮する

 

『【boost】!!』

 

赤き龍の力が倍増する。力はオーラとなり、逃げ惑う有象無象が業火の炎に包まれ消えた。そして、鋭利な爪を持って槍をへし折った。

自慢げにニ体の龍は互いを見るが、そのニ体揃って三体目の龍に吹き飛ばされた。

 

『『グッ!?』』

 

『GYAAAAAAッッ!!!』

 

咆哮。理性など感じさせない憤怒。ニ体よりも禍々しい龍は目の前に居る存在を滅ぼす。滅ぼさずには居られない。それはニ体の龍にだけ向けられた感情ではない。即ち、三大勢力にも目を向けるのだ。

しかし、目を向けたのは僅かばかりの時間、顎がカチ上がり痛みを伴う。

 

「能力を使わねば攻撃を防げない奴等が舐めたことを言ってくれる!!」

 

コカビエルが三体目の龍の顎を蹴り上げたのだ。その威力に脳が揺れたのか黒き龍は頭を振り、目を覚ます。

 

『GYAAAーーーーーッッ!!!!』

 

その怒りは更なる力となり、そのダメージは更なる力となる。咆哮には力が宿り、禍々しさも大きくなった。

さらにーーーー

 

『ハエがァァァア!!!俺達の戦いに出しゃばるか!!』

 

『有象無象、我等の怒りに触れたなッ!』

 

起き上がった赤き龍、白き龍も視界に三大勢力を入れる。

コカビエルは三体の龍の目前まで飛び、光の槍を出した。

 

「貴様達こそ場所を間違えるなッ!!」

 

赤き龍に魔力弾が無数にぶつけられた。

 

「怒りに触れたのは其方ですよ…!」

 

白き龍に巨大な光の槍がぶつけられた。

 

「仲間潰されて、出しゃばらねぇ頭は居ないだろ?」

 

コカビエルの背後から多くの堕天使が姿を見せた。

 

魔王が、熾天使が、総督が。小さな存在が大きな存在に姿を見せつけた。誰も彼もが龍にも負けない怒りを露わにした。それはそうだ。三大勢力の大戦に喧嘩していただけの蜥蜴が乱入してきて、剰え同胞を蟻の様に潰していくのだ。龍は見向きもせずに気付きもせずに暴れるのだ。

 

「これは屈辱なことだ。そんなに悪魔が下に見えるかッ」

 

「ドラゴンスレイの剣を持って、その息の根を止める」

 

「ってことはだ。一時休戦ってことだよな…聖書の神」

 

アザゼルが声をかけた。聖書の神は誰よりも高い場所に鎮座する。

聖書の神は三体の龍を観る。忌み嫌う龍が三体もいるなど今にも飛び出したいが、三体全てが嫌に強い。それに、黒き龍は些か歪である。普通の龍ではないのかと龍の根源まで観るつもりが、弾かれた。

 

相当面倒な存在。そこで、ふと思い返したのはドラゴンボールの中身。あの神の力を持つ龍もこれと同じく弾かれた事実。

 

傍観者が動き出した。そうは思えない。だが、一つだけの確証はある。

 

「あれは…器」

 

見た目は龍であるが、その存在は龍に非ず。

 

「聖書の神の奴、ダンマリかよッと!!」

 

黒き龍の尾を回避しながら光の槍で的確に傷を付けた。

 

「お前等ッ!龍一体の攻撃はデカい分威力はあるが、避けきれないことはない、回避しつつ攻撃に転じろ!!」

 

アザゼルの一声に堕天使は勿論、天使、悪魔も応える様に冷静に避け始めた。当然、それでも避けきれない者は死ぬ。

僅かなダメージを与えても三体の龍はそれ以上のダメージを三大勢力に負わせた。

 

悪魔は赤き龍と、天使は白き龍と、堕天使は黒き龍との争いが始まった。

 

▽▽▽▽▽

 

『【boost】【boost】【boost】【boost】くたばれ、ハエ共!!』

 

一気に強さを増した赤き龍は他の追撃を物ともせずに暴れ回った。

上から捻じ伏せることで悪魔は数を減らしていく。

 

「これ以上はさせませんわ!!『水が霧裂く刃(アクア・ミストラクション)』!!」

 

レヴィアタンの水の刃は赤き龍の肩の一部を抉り取る。抉られた肉片は赤い血色の霧となり消失した。赤き龍はギロリとレヴィアタンを睨み付ける。だが、悪魔の攻撃はまだ終わってない。

 

「ウチの必殺圧縮玩具(スプラッタ・ストラップ)!!」

 

『うぐっ!?』

 

赤き龍を対象に結界が圧縮を始める。押し潰されていく赤き龍にその他の悪魔達が一斉に魔力弾を撃ちまくる。赤き龍は吠えながら結界を押し返す。

 

『【boost!】【boost!】【boost!!】』

 

三回の倍加の後、結界はいとも容易く破壊された。結界から解放され龍のオーラが轟音を発する。近くだけで焼失しそうな程だ。

 

「も、もう一度よアスモデウス!『水が霧裂く刃(アクア・ミストラクション)ッ!!」

 

「あ、ああ!!ぶっ潰せ必殺圧縮玩具(スプラッタ・ストラップ)!」

 

『へっ!しゃらくせぇ!!!【boost】【boost】!!!』

 

魔王を冠する2人が放つ技を真っ向から迎え撃つ。レヴィアタンが放つ水の刃は相手を霧にする。だが、赤き龍は刃を噛み砕いた。アスモデウスの対象を圧縮して破壊する魔法ですら、赤き龍は叩き割った。

確実に効いていた攻撃が粉塵の様に消される様は後から続く者の脚を止まらせる。脚が止まれば後に残るのは死のみだ。

 

そして、龍が吐き出す業火のブレスが魔王2人に狙いを定めた。

 

『ドラゴン・ショット!!』

 

「に、逃げろぉぉ!!レヴィアタン、アスモデウス!!」

 

「「ぐわァァァアッ!?」」

 

逃げきれないと察した魔王2人は、仲間を逃すべく魔力でシールドを張るも、最早その力量の差は遥か遠い。2人の魔王の努力も虚しく数秒持つことなくその場にいた悪魔諸共、炎の海に呑み込まれた。

 

「クソがァァァア!!!」

 

ベルゼブブは赤き龍の背中目掛けて魔力を絞り出す。魔力で形作った槌を両手に握り締め、大きく振りかぶった。その槌にルシファーだけは取り乱しベルゼブブに手を伸ばす。

 

「よせっ、死ぬ気か!ベルゼブブーー!!」

 

「死ねェェ…!!『蠱毒槌ノ呪解放(クレイジーメイス・メイドインパクト)』ォォォォオ!!!」

 

叩き落とされた槌はその場で割れた。そして、中から異形の蟲が赤き龍に喰らいつく。流石の赤き龍も背中から龍の鱗の硬さを破られ悲鳴をあげた。

 

『ぬぉぉぉお!!【boost】【boost】【boost】!!』

 

赤き龍は力を無闇に倍加させながら背を地面にぶつけ、己の手で蟲を剥ぎ取ろうと躍起になるが、蟲を捕らえることができない。触れることができない。

 

「ハッ!ハッ!ハッ!!どうだ、アァ!!」

 

ベルゼブブは崩壊の一歩を進めていた。赤き龍が食われる背中から同じ様に異形の蟲に食われていた。

 

『貴様!呪いか…それは!?【boost】』

 

ベルゼブブの技は槌を対象に叩きつけ、ベルゼブブの紋章を刻み割ることにより契約が完了する。自身の魔力の武器に入れた使い魔の群れが、一つとなり現れ、紋章がつけられた場所から喰らい始める。同時に蠱毒を始めた自身へと呪いは帰還する。

 

『フフ…フハハ、ハッハッハっ……ぉぉおおおおお!!!!【boost】【boost】【boost】【boost】【boost】【boost】【boost】』

 

赤き龍の力が更に倍増する。そして、ベルゼブブは燃え尽きた。

呪いは赤き龍を経由して帰還する。そして、自身の力を他に者に献上するのは赤き龍の一端の力。

 

『【Transfer】』

 

そう、赤き龍は強大な自身の力をベルゼブブの身体に押し付けた。ただでさえ尋常ではない力を何倍にも膨らませた力が魔王と言えども悪魔に押し付けられた結果など言わずとも分かる。ベルゼブブは体内から大爆発を起こした。ルシファーや悪魔の前で。

 

『ハハハーー!!この力の根源とまで言われた俺様に勝てる者などいるか!!!【boost】【boost】【boost】ドラゴン・ショット!!!』

 

蠱毒から解放された赤き龍は倍増された力に酔いしれ、群がる蟻を潰し始めた。残る魔王はルシファーのみ。ルシファーは友の死を感じ、赤き龍を睨み付ける。

 

「力の絶対量が勝負の決定的な差ではないと言うことを教えてやる」

 

冷静にそして熱く。本当に熱い炎は静かな者。それを再現した様にルシファーは指示を出す。羽根をもげ。龍の足を止めろ。速い者は視線を苛立てろ。完結に、そして赤き龍の単調さを利用しろ。

 

「所詮奴等は蜥蜴。感情特化のパワー馬鹿。勝てない筈はない」

 

「で、ですが…!一撃でも貰えば」

 

「そうです逃げましょう!!」

 

「逃げられるか…。逃げられる訳がないだろう…!友の弔いにあの嗤っている蜥蜴を生かせておけるか!!」

 

ルシファーの悲痛な嘆きに賛同する者は指示通りに行動を開始している。だが、四大魔王によって統治していた派閥が崩れた。これでは悪魔界は決定的な敗北を迎える。

 

「それだけは認められない。悪魔の誇りを賭けろ!!私は賭ける!!」

 

ルシファーは破壊の魔力を纏う。誇りである蝙蝠の羽根を広げ、赤き龍に向かった。

 

▽▽▽▽▽

 

白い龍の前に天使は自身の力が半分もなくなっていた。全ては白い龍の能力である半減の力。しかし白い龍はそこまでのパワーアップを果たせてはいなかった。

 

『…チッ。やはり、堕天使側に行くべきだった。あの堕天使の槍は私の力を極端に上げると言うのに……』

 

その言葉に再び天使達は光の力を高める。堕ちた堕天使に劣るなど口が裂けても言わせんと槍を構える。

 

「あまり、舐めないで頂きましょうか!」

 

聖書の神に使える熾天使が一翼、ガブリエルの合図と共に聖なる極光が白き龍を上から呑み込んだ。上には熾天使が四翼。其々が十字に立ち光を集中させ放射したのだ。

 

「ハァッ…!!」

 

そしてミカエルが光の極光の中に潜り、ドラゴンスレイの剣…聖ジョージの剣、英雄ゲオルギウスの剣、アスカロンを携え白き龍に袈裟斬りを繰り出した。

 

『【Divide】【Divide】【Divide】ドラゴンスレイの剣、やはり半減してもその効力が絶大か…!!だが、【ハーフ・ディメイション】!!」

 

周りの全ての力、質量、何から何まで全てが半減される。そして、白き龍を呑み込んだ極光の機能は消え失せ、ミカエルは白き龍により身体をズタズタに引き裂かれていた。

 

「嘘、ミカエルが!?」

 

「聖ジョージの剣だぞ!!」

 

驚く熾天使に白き龍は先程の極光と同等なブレスを吐き出した。

四翼の熾天使はブレスに呑まれた。ブレスが止んだ時には熾天使の姿はなかった。熾天使でもない天使達は言葉がでない。

 

『ハハハ!竜種殺しの威力中々の物だ。だが届かない!!』

 

「届かないものを届かせるのが神の仕事」

 

空から聖書の神が降臨する。天使の身体が光に輝き、白い羽根には力が籠る。聖書の神の光の供給。それにより力を高めるのは天使達一同。

 

『ほう…聖書の神。相手に取って不足なし!!』

 

白き龍は高らかに翼を広げ聖書の神に喰らいつくが、巨大な身体が地面に押しつけられた。

 

「「「「「主にひれ伏せ!!!」」」」

 

大勢の天使が白き龍に光の槍を刺し込み地面に落としたのだ。

主は白き龍を見下すかの様に上空から微笑む。

 

「この世には無限と夢幻の2種類が存在する。その何方もが竜種。だがな、この世には後一つのムゲンがある事を教えてやろう」

 

聖書の神が持つのは天使達に供給する群れの源。その光は途絶えることはなく、元である神が死ぬまでの有限のムゲン。

 

ーーーーー聖書の神『群源(むげん)』。

 

神を死守する天使達に地面に縫い付けられた龍。正に神話の1ページ。

 

『ち……調子に乗るなァァァア【Divide】ォォーーーなに!?」

 

槍を刺していた天使の力を半減してまとめて消し飛ばそうとしたが、能力の不発。天使達の力は変わらない。寧ろ全盛に戻っている。だが、不発ではない。間違いなく白き龍の力は上がっている。ならば、何故。

 

「私は供給すると言った筈だが…?」

 

聖書の神はその輝きを増して天使に光を供給する事により、強制的に天使の限界地点を一段階上げる。

 

階位昇格(レベルアッパー)

 

全天使の翼が増えて天使としての格が上がる。白き龍に張り付く天使達の力が確実に上がる事が光の槍からくるダメージにより明確に理解できた。

 

天使達は自分達の勝利を確信した。熾天使達は主の力に感嘆した。聖書の神はまだ白き龍を見下した。

 

だが白き龍の能力は【半減】【吸収】だけではなかった。

 

『【Divide】【Divide】【Divide】』

 

『【reflect】!!』

 

赤き龍は力の根源。白き龍は技の根源。

多種多様な能力を有した白き龍の一端【反射】。刺された槍は反射され、押さえ込んだ天使の身体も反射する。

 

『流石は神、だからこそ神殺しに挑もう!』

 

起き上がる白き龍に天使達は4人組で極光を放つ。だが、避けるでもなく受けるでもなく、白き龍は笑い続ける。

 

『極光は反転する!自らの光を持って砕け散れ【reflect】!!』

 

天使が次々と消滅する。見下す神は白き龍を観測し切れなかった。測り間違えた。神は急ぎ供給を開始する。

 

「ッ階位昇格(レベルアッパー)!!」

 

『他力本願で勝つつもりか?』

 

拘束から解放された白き龍は一歩の踏み込みと同時に飛び立ち、【半減】を能力とした大きな爪で神に一撃を加えたのだ。

 

「ガッハーーー!?」

 

聖書の神は受け身を取るも腹を袈裟斬りされて弾き飛ばされた。最初とは真逆。白き龍が上に立ち、神や天使が地上に落とされる光景へと変貌していた。

 

『神殺しだ…フフ、第四の能力』

 

ーーーーー【Venom】

 

白き龍の猛毒の能力【減少】。聖書の神のタイムリミットが始まった。

 

(………ここが最後だな。予感はあった。神を殺せる力が3つこの場にはある。これならば、上にいるであろう『傍観者』を倒せる。最後の最後で神滅具が増えるとはな)

 

聖書の神は体内から毒に浸食されるのを感じた。だが、終われない。少なくともこの龍達を封印するまでは。体内の毒を無視して外傷のみを治した。

 

「神殺し?大いに結構」

 

神は服に纏わり付く砂を手で払いのけて呟く。無傷とも言わんがばかりのあり余る風情に再び天使達の士気が上がった。一翼一翼が供給された光で武器を形成し、戦線に復帰したミカエルは再度アスカロンを構える。

 

『神は違いなく毒を受けた身。ならば早々に終わらせてくれる』

 

白き龍は【半減】【吸収】【反射】そして【減少】の力を持って聖書の神率いる天使達に牙を見せた。

 

▽▽▽▽▽

 

そして、堕天使は黒き龍と争っていた。

 

[GYA AAAッッーーーー!!』

 

「フンッ!!!」

 

「マジかよ、黒いの。コカビエル相手に粘ってやがる。まあ、奴がコカビエルに御執心なのはチャンスだ。テメェ等、砲撃の準備はできたか?」

 

黒き龍はコカビエル相手に激戦を繰り広げていた。地面は割れ、底が見えない空間さえある。黒き龍の身体には幾つもの傷があれど、龍の二つの足はしっかりと身体を支えている。

 

『GYAーーーGYAAAAAAaaaaaaaッッッ!!!!』

 

「またかッ!?この龍、力が増している!!」

 

コカビエルの顔には最初よりも余裕がない。ダメージを負えば、それだけ奴が強くなっている。同時に成長もしている。

 

「生まれたばかりでもあるまいし!!」

 

『AAAAAAAAAAA』

 

黒き龍が特大のブレスを吐き出した。コカビエルはそれを最速で螺旋状に避けながら接近する。だが、そこで黒き龍に変化があった。

 

(目で追えている…だと!?拙いッ!!」

 

僅かばかりの考えは自然に口に出ていた。龍はコカビエルを噛み砕かんとブレスの残る口で迫る。コカビエルは更なる速さで退き、光の槍で畳み掛ける。この龍に戦闘経験を積ませてはいけない。そう感じた。

 

「コカビエル、そこを退けェェ!!!」

 

アザゼルの合図を皮切りに龍の身体以上の光の槍が砲撃された。アザゼルとシェムハザが組んだ光力集合砲により集められた光の槍。

黒き龍はそれを真っ向から受け止める。踏み締めた足に地面が耐え切れずジリジリと後退り、受け止めた手の表面は溶け始めた。槍の先端が少しずつ龍に刺さり始め、黒き龍の口から血が吐き出された。

 

『Gーーッてe!!!痛えなぁ!!』

 

光の槍は受け止められた場所からヒビが入る。黒き龍の様子が変わった。やはり生まれたばかりの個体。あの強さでだ。それが今、たった今、成体へと成長した。余りにも早い。成長速度も何もかも。

 

『どうしてコカビエルなんかに負けなきゃなんねぇんだよ!!』

 

光の槍をブチ壊し、黒き龍は二度目のブレスを吐き出した。先の威力より強い、狙いはコカビエルではなくアザゼル達堕天使。

 

「クソッやっぱ変な個体だとは思ってたがよぉ!!全員飛べ!!」

 

さっきまで居た場所がブレスにより破壊された。その威力は成体前とは比べものにもならない。聖書の神が『器』と称した存在に中身が定着した証拠に他ならなかった。

 

そして、そんな者達をこう呼ぶ。

 

 

『転生者』と。

 

 

「報告します、アザゼル様!!」

 

そして、そんな最悪の展開はどうも此方だけではない様だ。遣いとして出して居た堕天使が駆け付け、それぞれが報告を始める。

 

「魔王3名、熾天使複数名、そして…神が毒を貰いました!!何処も被害は尋常!」

 

「聖書の神から総督に報告する。三体の龍を三天龍と名称し、封印をする為に力添えとの旨を報告する!!」

 

「悪魔代表、魔王ルシファーの名の下に封印に協力するとの報告が!」

 

封印。それしか勝ち目はないと判断した天使と悪魔。アザゼルも賛成ではある。だが、今の黒き龍を、遠くから感じる残り二体の龍の気配は戦う前より凄まじい。

 

「……封印、無理だろうがよ。そんなの…」

 

アザゼルはそれしかない手すらも不可能であるとしか思えなかった。

 

アザゼルは気付かない。ベルトで光るドラゴンボールの煌めきを。

神も気付かない、己の懐にあるドラゴンボールの輝かしさを。

 

赤き龍との争いで地に落とされ、岩の下に埋もれるサーゼクスが握り締めるドラゴンボールがどれよりも眩く光っていることに。

 

 




黒き龍を他の何かと考察した方すみません。転生者でした。
けれどもご安心を。まだ原作も始まってませんのよ!

次回は遂に神龍が!?聖書の神の最期の力!?三天龍vsコカビエル!?

よろしくお願いします。


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最強vs三天龍 神龍降臨

どうも、ボクです。今回は詰めに詰め込んで、10000文字を超えましたが、三つ巴の大戦完結ですっ!


堕天使以外の中核を担う存在は崩れた。

最後に賭けたのは聖書の神の提案する神具への封印のみ。だが、その見込みは非常に少ない物としか言えなかった。

 

『『『ウォォォオオオオ!!!!!』』』

 

龍の猛攻は止まらず、そもそも合流のしようがない。

 

『訳が分からない!神の奴、俺を龍なんかにしやがって!!』

 

「神…だと…!?」

 

『ッァァァア!!また、ムカついてきた…なんだよコレ!!』

 

「おいッ!神とはなんだ!?龍にしたとはどう言うことだ!!」

 

『ーーーG Y A A A A !!』

 

会話が成り立たず、黒き龍は再び禍々しくオーラを発してコカビエルを睨みつける。

 

「ッ!?タフ過ぎるッ」

 

黒き龍の巨体がコカビエルに突進する。スピードも戦闘当初とは格段に上がり、コカビエルとて生身で受ければ擦り傷ではすまない。

 

「バリアッ!!」

 

だが、コカビエルは到達者である。生命に宿る『気』を全身から放出してバリアを貼る。だが、巨体全体重が乗った突進はバリアごとコカビエルを弾く。

 

「チィッーー!」

 

バリアを解除したコカビエルは宙で体勢を整えて龍に複数の光の槍を射出する。相も変わらず躱すことはなく、光の槍が突き刺さる。

そしてダメージを数倍の力にして龍が強くなる。

 

『ーーーッッ!!!』

 

或いは声ではなかったのかも知れない。

突き刺さった光の槍が爆発を起こして龍の身を削り取る。パラパラと龍の鱗が落ち、身からは粘土の様な血の塊が落ちた。

 

「気で作った槍だ。光の槍と同じに見ると後悔するぞ!!」

 

『ァァァア?!畜生どうなってやがる!!コカビエルがなんで気なんて言葉を使うんーーーGAAAッ!!』

 

龍の目が赤く光り、近くにある大岩を投げる。コカビエルは大岩を気を纏った光の槍で貫通させた。そこにはブレスを吐く寸前の龍。喉奥から炎が見える。そして放たれた火球は堕天使達を燃やし尽くした。

 

コカビエルを押し除けることによって。

 

一重に彼等若しくは彼女だったのかも知れない。

指示したのが誰なのか、考える余地もなかった。

 

▽▽▽▽▽

 

アザゼルは非情になる他なかった。数多くの時間を共にした友に、部下に命じる。「お前ら、俺の為に死んでくれ」と。同胞はコカビエルを助け死んだ。

 

「お前ら、俺の為に死んでくれ」とまた声をかける。

 

犠牲。捨て駒。文字だけなら簡単に使える言葉。アザゼルの拳は握り締められることはないし、震えはしない。今更そんな青臭い餓鬼じゃない。アザゼルは非情に人を殺し、非情に何かを壊した。何も今回が初めてではないから言葉も自然と口にでた。

 

「戦争する時点で死ぬことは覚悟してんだろ。やれるな」

 

頷いているかは分からない。俺は奴等の顔を見ることはできない。これだけは昔からできない青臭い餓鬼のままだ。どうにも最期の顔だけは何時もみなかった。

 

アザゼルは通信機を用いてコカビエルに伝える。

 

「聖書の神の元に行く。お前は俺の護衛をしろ、コカビエル」

 

「アザゼル…!貴様という奴は!、」

 

「馬鹿野郎が、時間がない。そっちに数を寄越した。後はそいつらに任せろ」

 

「必要でもない犠牲はだーーーーー」

 

「総督命令だ」

 

「オレしか奴を止められん!!」

 

「ッ聞けよ馬鹿が!!」

 

一度吐き出されたらもう止まらなかった。

 

「そうだよ、お前だけなんだよ、三大勢力でお前しか奴等に対抗出来ないんだよッ!分かれよ、分かってくれよ頼むからよ…!必要でもない犠牲なんか使う余裕があると思うか?!ねぇよ、そんなの!!もう、お前しかいないんだ、その為なら俺は犠牲を出すぜ。どんな命すらも捨て駒にしやるつってんだよ!!頼むから人間だけじゃなく、俺達の未来も考えやがれ!!!」

 

ハァ、ハァ。腹の内を吐き出した。戦闘を行なっているコカビエルからの返答はない。だが、確かに言葉は届けた。後は自分にはどうすることもできない。自然と顔が下がる。肩で息をする俺の肩をそれを宥める様に手が置かれた。バラキエルだ。

 

「なんて顔している、アザゼル。見ろ、お前が死に逝けと命じた者達は、お前の想いを託された者達は、私達の同胞は…コカビエルに負けんぞ!!」

 

顔を上げた俺はは奴等をみた。

 

龍に特攻を仕掛ける姿に臆病さはなく、愚直に果てて逝く者すら一度足りとも歩みを止めない。コカビエルもそれを見ていた。動けば奴なら救える距離でコカビエルは手を伸ばしかける。分かるさ。一度見ちまったら手を伸ばしかねない。だが、それはーーーー

 

「ここは任せて速く行けぇぇっ!」

 

それは駄目だよな。

 

俺は再び目を彼等から目を逸らした。俺の中で死んだ奴等を何時迄も見る時間などない。俺は漸く、青臭い餓鬼から卒業した。

 

「コカビエル。お前の所為だぜ、変な情が最近入っちまう」

 

「……うるさい。勝ちに行くぞ」

 

隣には堕天使の希望がいた。特攻を駆ける数多の堕天使を背に、俺達はその場を後にする。一挙手一投足がこれからの勝負を決める。

 

▽▽▽▽▽

 

「…来たか。アザゼル」

 

「アンタ…マジか」

 

聖書の神が振り返る。だが、それを聖書の神だと認めるには…。

猛毒による変色と、【減少】による体内器官の消滅。見るからに死に体である。あれが、有限の群源だとは考えられない結末。

 

「早速だが、神具への封印に取り掛かる。アザゼル、お前は私のサポートに徹しろ」

 

「待てよ、アンタの封印術は一体につき一回だろ?!まさか、三回もやるのか?無茶…いや、無理だね!アンタの体には時間がない!」

 

「ああ、その通りだ。だからまとめてやる。後は龍を中心に纏めて、結界を張り巡らせれば後は、私が奴等を封印する。時間はかかるが、これしかあるまい」

 

アザゼルは正気ではないのかと疑った。封印する為の条件が多すぎる。だが現状できる手がこれしかないなら、やるだろ。

 

「龍を一集めにするのは簡単だ。アイツ等はそもそも格下の俺達よりも同類で殺り合うだろうからな。今、足止めしてるアイツ等が殺られたら自ずとコッチに来る筈だ。そして、龍同士を衝突させれば喧嘩再開のドンパチをしてくれるだろうよ…癪に触るがな」

 

「ああ、その通りだ。そして、外から結界を張るのはーーー」

 

「我等悪魔に任せて貰おう」

 

聖書の神の台詞を遮って登場したのは、最後の魔王ルシファー率いる悪魔達。数は失ったが、それでも他よりもまだ多い。魔力ならば臨機応変に結界を操れる。だが、それでも。

 

「蜥蜴共も馬鹿ではない。封印されることを察するだろうが、どうする?」

 

ルシファーの言い分はもっともで、あくまでも結界は結界。あの三体に破られない強度を出す……言い難いが不可能である。

封印が開始されるまでの時間、三体を相手取る存在が必要なのだ。

 

「ああ、今度こそオレがやる」

 

だからこそのコカビエル。三大勢力最強が名乗りでる。

現状、でき得る最善の選択…なのかも時間のない今、決められない。

 

聖書の神は早速準備に入った。ルシファーもアザゼルも各員に連絡を取る。コカビエルは翼を広げ、気を高めてラストバトルに向けての戦意を高める。

 

そこへ声をかける1人の少女。

 

「ね、ねぇ」

 

「…なんだ、氷使いの悪魔」

 

セラフォルーだ。彼女にも歴戦の戦士と同等の傷を負っている所からみると、悪魔が戦っていた赤き龍も相当な力を持っていると認識する。

 

「えっと…サーゼクスちゃん、みてない!?」

 

「サーゼクス?誰だそれは」

 

「誰って…一回戦ったじゃない!紅色の髪で破滅の魔力を操る悪魔よ!!」

 

「嗚呼、あの小僧か。残念だが、知らんな。大体、赤き龍との諍いをしていた其方サイドのことなど知る訳ないだろう」

 

「うぅ〜!!サーゼクスちゃん、赤い龍の尻尾に吹き飛ばされちゃったの!!」

 

「それこそ、知らん」

 

「なによぉ!ケチっ!馬鹿!過保護!!」

 

「お、おい止めろってセラフォルー。お前は聖書の神の護衛だろ!?さっさと行くぞ!!」

 

セラフォルーは暴言を吐きながら他の悪魔に引き摺られていく。それを尻目に感嘆とする。多数の死傷者をだしているこの戦争を経験して尚、あの態度はそうできるものではない。

 

「やはり、悪魔は終わらないな」

 

今一度、気を高める。それは目に見えるオーラとして発せられ、周囲の小石が浮き上がる程だ。

 

『悪魔は全滅かよ!やはりハエはハエだぜ』

 

『大した戦力もない悪魔に時間をかけ過ぎだな赤いの』

 

『あぁ!?【boost】』

 

『ハッ!【Divide】』

 

赤と白の龍の喧嘩が再開される。遠方からは黒い龍が飛んできている。まもなく、三体の龍が衝突するだろう。

 

「ッスーー……」

 

「コカビエル」

 

「ハァーー」

 

精神統一の最中に聖書の神から声が掛かった。

コカビエルは精神統一をやめない。

 

「恐らく、私はここで死ぬ。そして…お前も死ぬだろう」

 

聖書の神はこれから起こる事実を伝える。猛毒を受けた自分は死ぬと、三天龍を相手に時間を稼ぐコカビエルも死ぬと。

 

「そうだな」

 

「…即答か。正直に言えばお前が死んでも構わん。だが私はな、負けるのが嫌いなんだよ。特に忌々しい蜥蜴ともなると…な」

 

「何が言いたい」

 

「お前は何のために戦う。やはりあの時と同じく人間か?だが、アレ等は人間に被害を与えてないぞ?貴様が死んで良いのか、神具は変わらず有り続けるぞ」

 

要領を得ない問いかけだ。コカビエルはそう思った。要は三大勢力の未来の為に戦うことができるのか。ここで死んでも構わないのか。暗にそれを告げる。

 

『G Y A A A ッ!!!』

 

『『来たな黒いの!』』

 

遂に三天龍が激突する。周りの被害は考えず、自身が絶対的強者だと晒しめる為に。

 

「なに、死ぬだろうが死ぬつもりは毛頭ないな。相手の背丈は視界に入る。残念だが、オレにはカリン塔の方が高く見える」

 

カリン塔を登るあの時には、なかった力がある。登った後で救えた命がある。その結果に同胞ができた。今ではかつて棄てた(プライド)に誇りを感じる。

 

「つまり、そう言うことだ」

 

「…そうか、ならば…主の権限を用いて使命を遣わす。堕天使コカビエルッ!私の敵を、私達の敵をその一切をその身で受けて時間を稼げ(勝利を掴め)!!」

 

漆黒に染まった翼のその半分を変える。否、戻る。主の遣いである天使の純白。主の恩恵、光の供給を受ける資格を手に入れる。

 

「私の最後に託す、この場限りの群源(むげん)だ」

 

コカビエルは自身の力を試すように拳を握ったり開いたりした。

力が溢れるとはこの事なのだと実感できる。

三天龍の暴れる方角へと一歩足を進めた時、背後から友の声がした。

 

「…頑張れよコカビエル!あの龍共をぶっ飛ばしてこい」

 

「ーーー」

 

コカビエルは振り向きざまに、ニヤリと笑いサムズアップをした。

そして、その場から一瞬で消えたのだ。

 

「ったく、似合わねえよ。サムズアップなんて、おめぇにはよ」

 

「アザゼル、早速始めるぞ」

 

「ああ、やるぞ」

 

▽▽▽▽▽

 

『ハッハッハ!!やはりお前達との勝負は最高だ!!【boost】』

 

『笑っていられるのもそこまでだッ!赤いの【Divide】』

 

『ホントこの身体はどうなってやがるゥゥゥウG Y Y A A』

 

『おいおい、黒いの!!漸く喋ったかと思えば、お前産まれたばかりか!道理で能力がないと思ったぜ!!』

 

『自身をコントロールできない内はまだまだ未熟だが、その強さ。認めてやる!ことポテンシャルに於いては我等以上だ』

 

『GRUU U U U U!!』

 

『『なんだぁ?』』

 

突如として張り巡らされた結界は三天龍を多い、ドーム状に固定した。

まだ死に損ないの雑魚が邪魔をする事実に苛立ちが募り、紙装甲の結界に失笑を含む。

 

結界は瞬く間に光に覆われ、強度を高める。前方には聖書の神とアザゼルが宝玉を手に詠唱を始めた。

 

赤い龍と白い龍はそれを知っていた。昔に見たことがあった。ドラゴンを相手に戦闘力などまるで意味のない技。絶対に出させてはならない聖書の神の秘術、封印。

 

状況を理解した二天龍の失笑は絶句に変わり、苛立ちは焦りとなる。人ならば大粒の汗が止まらない程の動揺。

 

『ウ、ヴ…ウワァァァア!!!』

 

白い龍が結界から出まいと飛び上がる。

 

『クソガァァァァア【boost】【boost】【boost】【boost】【boost】【boost】!!!』

 

赤い龍は封印が始まる前に聖書の神を殺そうと力を高める。

暴れていた黒き龍はある存在を本能的に警戒していた。

その何よりも速く、此方に向かう強き波動が三天龍を襲った。

 

『な、なんだこの力は?!』

『聖書の神の方角から来るぞ!!』

『GRU U U……!』

 

そして到着する。強さと体が釣り合ってない。強さはまるで龍で、対を成す白と黒の翼を束ねし者。三大勢力の未来を肩に乗せる戦士。

 

堂々と仁王立ちで構えることはない。地面に足をつけ、顔を見上げる。

 

二天龍はその者がコカビエルだと気付き、拍子抜けだと思った。聖書の神が繰り出す封印の力で戦闘力を見誤ったのだと。

 

『よく考えれば俺達ほどの封印には時間がかかる。しかも、同じ結界に白いのと黒いのを入れている所をみると、三体同時にするつもりか』

 

『…そうだな。死に体の神に恐ることなど一つもなかった訳だ。何故なら不可能なのだから』

 

『……guu』

 

二天龍は焦りを緩和して落ち着きを取り戻す。顔には笑みが戻り、自信も戻った。ただ、黒い龍だけは未だ本能が訴えかけていた野生の勘に従い目を光らせる。

 

「貴様等を倒しに来た」

 

『なに?いま、なんと言った?「貴様等を倒しに来た」?聞いたか白いの』

 

『フハハハッ!!黒いのすらも足止めしか出来ない奴がか?冗談も程々にしろ!お前にできるのか!?』

 

「できるさ」

 

そうコカビエルが呟いた瞬間、赤い龍は頭から地面へと叩き落とされた。

 

『『!?』』

 

白と黒はそれを眼で追うことしか出来ない。そして、白い龍は腹に大きな一撃を喰らう。悲鳴を上げるよりも速く重い攻撃に巨大な図体が数歩退がる。

 

『GROOOOO!!!!』

 

恐怖を掻き消す様にブレスを吐く黒い龍だったが、既にコカビエルを懐への侵入を許していた。吐かれる口を顎をカチ上げ封じる。残ったブレスは口内で爆発して一部の牙がポロポロと零れた。

 

「勝てんぞ、貴様等」

 

これ程の力の上昇は真の堕天使としての力。気を操ることでの力。神からの光の供給での力。そして、神が施したリミットの解除。階位昇格(レベルアッパー)による更なる高みに到達した力である。

 

『ふ、巫山戯るなぁッ【boost】【boost】【boost】ドラゴン・ショット!!』

 

起き上がった赤い龍が高めた力で撃つが、超スピードには届かず呆気なく避けられた。そして鼻先に強烈な蹴りを喰らう。

 

『ッギャア?!』

 

『ウォォォオオ!!【Divide】【Divide】』

 

「ハァァっ!」

 

『ゴハッ!?』

 

入れ替わりで白い龍が【半減】と【吸収】を行うも、コカビエルは更に気を、光を高めて白い龍の過分な力を吸わせた。白い龍はその力に耐え切れず全身から血が噴き出た。

 

『G Y A 、GROOOOOO!!!』

 

背後から飛び掛かる黒い龍の爪を裏拳で弾き返し、体勢が揺れた瞬間に光の槍を投げた。それは見事に黒い龍に突き刺さり身体を吹き飛ばす。

 

『ガバッ!な"、舐めるなよ!』

 

「ハァーッ!」

 

『【reflect】ッかは!?』

 

【反射】すらも壊して衝撃波が白い龍の喉を突いた。

 

『【boost】ッ!!畜生がッ?!』

 

赤い龍は巨大なエネルギーの塊を受け止める。

 

『こ、こんな…ものぉ!【boost】【boost】ーーッヴァァア』

 

倍加を物ともせずにエネルギーは赤き龍を巻き込んだ。

 

 

正に圧倒的。結界を張る悪魔と、それを支援する天使と堕天使。その誰もが勝てると信じた。今も激戦を繰り広げるのは龍の方であり、コカビエルの顔には余裕すらある。

 

「いくぞ、アザゼル」

 

「おう、全員気張れよ!!」

 

【神具封印】

 

用意された3つ宝玉に光が宿る。結界内に一面魔法陣が広がり、封印が開始されたと合図が入った。

 

そこに来て、二天龍が焦りを見せ始める。封印準備当初の二体ならば容易に壊せたであろう封印術は、コカビエルの登場により呆気なく崩れた。それ程に龍の体には傷が増えてしまったのだ。

 

『赤いの黒いの、俺が聖書の神を殺す。お前達は結界を壊せ。コカビエルはあくまでも1人。今だけは同胞のよしみだ。いくぞ!』

 

『仕方がない』『 Aaaa!』

 

この場にきて黒い龍にも変化があった。僅かながらも理性と知性が現れたのだ。良い誤算だと二天龍は笑い、能力を解放する。

 

『【boost!】【boost!】【boost!】【boost!】』

 

捨身の特攻の突進を開始する狙いはただ1人聖書の神。

白いのと黒いのが結界を壊すか、足止めをしてくれる。恐ることはないと迷わず突っ込んだ。

 

ーーーーだが、コカビエルは更に上を歩くのだ。

 

両手を組み、ハンマーのようにバコンッと赤き龍の頬が殴り付ける。顔の骨が割れる気配と共に赤き龍は飛ばされる。

 

「ウスノロ」

 

(馬鹿なッ、白いのと黒いのはどうした!?)

 

殴られた勢いで背後を見ると、二体揃って打ち落とされていた。

だが、赤き龍はそれでもと回転しながら吹き飛ぶ中、尻尾で地面を抉り飛ばす。対象は勿論、聖書の神。

 

「きやがった!全員、死んでも神を守れ!!」

 

護衛のメンバーが一斉に魔法を光をシールドを張り巡らせる。巨大な岩岩がとてつもないスピードで迫ってくるのだ。全員は必死に耐えるが、一つ一つの岩が重過ぎる。相殺しつつ、破られればその身で受けた。

それでも止められない物は幾つもあった。

 

零と雫の霧雪(セルシウス・クロス・トリガー)ーーキャァ?!」

 

それは1人の悪魔によって止められる。セラフォルーだ。彼女は自身の前にある岩よりも神に迫る岩を凍らせ破壊した。彼女は岩を受ける際に魔力で身体の強化を図ったが、それでも腕の骨は確実に折れた。

 

だが、赤き龍の抵抗は最後には1人の少女に止められたのだ。

 

それを見届けることもできない赤き龍は残り二体と同じように地面を這いずる。封印は開始され、龍に光が纏わり付き、徐々にその肉体が魔法陣へと引きずられた。勝利は確定した。誰もがそう思った。ルシファーもアザゼルも、コカビエルでさえも。

 

だが、現実とは非常な物。上手くいった時、成功が間近な時、詰めが甘くなったその瞬間を、非常は見過ごさない。

 

「ゴボッ…!」

 

聖書の神の体が傾いた。なんとか自身の手で支えるが、この時決定的な何かが欠落した。三天龍も縛り付ける光が弱まったのに気付いたのか、一気に宙へと飛び上がる。光は千切れ、拘束の意味を成さない。最悪の状況だ。

 

いや、最悪の状況はそこではなかった。コカビエルの翼が戻っていた。純白が漆黒へと戻っていたッ!

つまり、神からの供給は途絶え、階位昇格(レベルアッパー)の効果も消えてしまったのだ。

 

「ッハァァァァア!!!!」

 

最もそれに速く気付いたのはコカビエル本人。ならばと全開で気を高め、消え掛かった光を一気に放出して飛ぶ三天龍に特攻を掛けた。

 

▽▽▽▽▽

 

聖書の神が著しく力を失った事で封印に必要な最低限の措置も取れない。アザゼルは苦い表情でコカビエルをみた。現在のコカビエルでは、弱った龍相手にも戦える力はない。後、少しだっただけに周りの表情も幾らか暗いものだ。

 

「こ、こうなったら…私達も戦いましょ!」

 

悪魔の小娘が言っているが、動くものはいない。

ただでさえ、戦争や龍との戦闘で余力はない。

 

非常の現実に打ちのめされても、それでも誰かが諦めなかった時に現れるものもある。

 

コカビエルが未だ三天龍と戦っている。

アザゼルは聖書の神の封印術をサポートからメインになって行使する。

セラフォルーは戦えない者を鼓舞して立ち向かおうとしている。

 

その現れるものこそ奇跡。非常に打ち勝つには奇跡しか残っていない。

だが、その奇跡を掴むことは難しい。奇跡は目に見えないのだから。奇跡は簡単には起きてくれないのだから。

 

ーーーーだからこその『神頼み』ってやつなんだな、これが。

 

聖書の神からドラゴンボールが転がった。それは一層の光を放ちながら。アザゼルはそれをしかとみた。そして、自身に着いたベルトを確認する。

 

「ドラゴンボール…だと?!、」

 

この場に六つのドラゴンボールが揃った。アザゼルはベルトを外し、それらを嵌る。だが、足りない。後一つ。此処にきてまた、非情が襲うのか。

 

「……何を俺は最後に舞い上がってんだ。結局は一つ足りねぇよ」

 

ベルトを地面に投げ付けて舌打ちをした。

 

「ぁ…それ!それ、サーゼクスちゃんが持ってた…」

 

セラフォルーの声がふと耳に入った。アザゼルは震える声でセラフォルーに問いかける。

 

「そ、それは…どんな球体だった!!色は!星の数は!!どこから見ても星が正面にきたか!!」

 

「え、えっ!?えっと…ひーふーみーよー。う、うん!四つ星の球体で、オレンジ色!どこから見ても星がみえたわ!!」

 

「は、ハハ。マジかよ、そんな奇跡あるってのかよ!!おい、サーゼクスって奴は何処だ!!」

 

セラフォルーに詰め寄るアザゼルの眼には光が映えた。

だが、セラフォルーは言いにくそうに目を背けた。

 

「……わからないの。サーゼクスちゃん、赤い龍との戦闘で何処かに飛ばされちゃったから…けど、絶対生きてるの!!だって、サーゼクスちゃんは強いんだから!!」

 

「ッヘ!それだけ分かれば十二分だ!よし、サーゼクスって野郎の容姿を教えろ!!」

 

セラフォルーはサーゼクスの特徴を全て話した。アザゼルはそれを聞きながら三大勢力に一斉通信を開始した。

 

紅色の髪をした若い悪魔。名はサーゼクス・グレモリー。そいつを探せ。そいつが持つドラゴンボールが俺達の最後の希望だ!

 

コカビエル!頑張れ、未来はお前の肩に掛かっている!

 

護衛や結界の守護に回っていた悪魔、堕天使、天使が一斉に駆けた。

 

「わ、私も!私も行く!!」

 

「お、おい!」

 

セラフォルーも走り始めた。両腕が折れているにも関わらず、それでも足を止めずに走り始めた。自分の友人が最後の鍵だったなんて、と思いながらも何処か誇らしげに。

 

一方、コカビエルは三天龍を相手に未だ粘りを見せていた。

 

『ハァ、ハァーコカビエルッ!認めよう、お前は俺達に並ぶ存在だ!!よくぞ追い詰めたな!だが、最早力はないようだな!ならばこそ、ドラゴンの力をその身に受けて死ね!!』

 

「クソッタレェェ!!」

 

赤き龍の鉤爪を躱し傷口に光の槍を放つ。赤き龍が怯んだ所で横から白き龍の尻尾が飛んできた。

 

『死ねい!』

 

「ぐぉおっ!?」

 

光の槍を盾にして受け止めるも、最早全員が身体能力のみで争っている様なものだ。ドラゴンから見れば小さな身体では全ての威力を受け切ることは出来ず砕け散る槍と地面にぶつかる身体が跳ねた。

 

『AAAaaaッッ!!』

 

黒い龍はそこへとボディプレスを仕掛けるが、コカビエルは跳ねた身体で翼を操作して避けきる。

 

「ッゼイヤァァ!!」

 

そこから急転回を利かせ、黒い龍の顎を殴り付けた。本日顎にダメージを何度も与えられた黒い龍の顎は遂に砕けた。痛みでのたうち回る龍を無視して他の龍に振り返った。

 

『貰ったァァァア』

 

コカビエルは即座に右に避けるが、赤い龍の方が僅かに勝った。

飛び散る血液。左肩から先の感覚が消えた。

 

コカビエルの左腕が喰いちぎられた。

 

▽▽▽▽▽

 

「う、ぐっ…うごけ、ない」

 

サーゼクスは瓦礫にうつ伏せで挟まっていた。地上からの光が僅かばかりみえるのみ。声を出そうとすると血反吐が出て、器官がやられていると理解した。出来ることなど、深呼吸する位のもの。

けれど、何かないかと手探りに調べると母から貰った四つ星の球体があった。

 

「……ハァ、ハァ」

 

上ではどうなっているだろうか。セラフォルー達は無事だろうか。そんなことがよぎる。駄目だ。目が霞む。

 

ふと、気付くと目の前に誰かがいる。無茶をしながら顔を上げると三大勢力が着る服とは一風変わった服装の誰かがいた。目が霞む。

 

「……」

 

顔も見えない誰かが手を伸ばしてきて、意識が途切れた。

 

 

「サーゼクスちゃん、サーゼクスちゃん!!」

 

「ゥ…んーー?セラフォルー?」

 

目を醒すと両腕を怪我したセラフォルーが心配そうに私をみていた。

 

「こ、ここは…?私は確か、瓦礫に挟まれて」

 

「え?でも、サーゼクスちゃん此処に寝てたよ?ってそんな事より速く!サーゼクスちゃんがお母さんから貰ったドラゴンボールを持って行かなきゃ!!」

 

此処で寝てた?ドラゴンボール?コレのことかな?状況が分からないサーゼクスには疑問しか残らない。そして驚くべきは自身の体に傷一つないと言うことだ。

 

「セラフォルーが何を言っているのか私には分からない。けれども、急いでるんだろ?なら、速く行こう。状況は移動しながら聞かせてくれ」

 

サーゼクスはセラフォルーを抱き上げ、走り始めた。あの人影が本物だったのか夢だったのかは分からない。ただ、吊り下げるドラゴンボールは確かな光を放っていた。

 

そして遂にドラゴンボールが揃う。

 

▽▽▽▽▽

 

アザゼルは集まったドラゴンボールをベルトに嵌めて地面に置く。

コカビエルの腕が飛ばされたのだ。直ぐにでも終わらせなければならない。

 

「頼む…」「お願い」そう言った声が周りから伝わっていく。書物でしかその降臨はなかった。伝説を再現できた者はいない。書物に書かれたことが嘘であれば終わり。ドラゴンボール以外の条件があっても終わり。

アザゼルはメモ帳を取り出して叫ぶ。

 

「頼む………いでよ!神龍(シェンロン)そして願いを叶えたまえ!!」

 

一時の静寂。聞こえるのは未だ戦う龍の声。そして、空が暗く染まった。ドラゴンボールが夜に光る月の様に輝き、そこから天へ向けて飛び出した。

 

『なに!?この力は!』

 

『何処から湧いた、あの野郎!!』

 

『…神龍(シェンロン)……』

 

三天龍は其々、別の反応を示した。光から現れたのは自分達より遥かにデカイ一体の龍。兎も角、三天龍は神龍(シェンロン)に驚愕した。

 

それは三大勢力も同じだった。悪魔はその迫力に、天使はその神々しさに、堕天使は伝説の真偽に。

 

『さあ、願いを言え。どんな願いも一つだけ叶えてやろう』

 

「頼むッ!あの三体の龍をこの神具に封印してくれ!!」

 

『いいだろう、了解した』

 

アザゼルが言えば、神龍(シェンロン)はその大きな身体を持って三天龍へと飛んでいく。徐々に緑の体は光に包まれ、叫びを上げながら距離を詰めていく。

 

「これは…!?」

 

コカビエルの目の前を通り過ぎる。

誰かが「いけ」と呟いた。その声は反響していく様に全体へと伝わっていく。

 

「いけ」「いけ」「いけ」「いけ!」「いけ!」

 

その声は次第に大きくなる。

 

『アイツ、こっちに来るーーー』

 

『クソッ!ーーーー』

 

『そうか、俺以外にもーーー』

 

神龍(シェンロン)は蜷局を巻く様に三天龍を包み、吠える。

 

『いっけぇぇぇぇえ!!!』

 

三天龍が光と共に消えていく。神龍(シェンロン)と共に消えていく。願いと共に消えていく。

 

頬には一筋の涙が溢れ落ちた。余りにも綺麗なその光景を生涯覚えるように目を潤した。友が死んだ。部下が死んだ。恋人が死んだ。戦争により、争いにより、三大勢力は酷く傷付いた。戦力はなく、同胞も減った。

 

光となったドラゴン達は其々宝玉に埋め込まれた。

 

「……最後、だ」

 

聖書の神は虫の息で宝玉をシステムに組み込んだ。そして、宝玉は消え去ったのだ。

それを見届けた者から大歓声に包まれる。或いは大いに泣き叫ぶ者達もいた。熾天使達は神を支えて涙を流す。悪魔は魔王の姿が見えないことに敗北を感じ、アザゼル達堕天使は幹部をコカビエルの腕を失った。

 

『願いは叶えてやった。では、さらばだ』

 

声が聞こえた後、ドラゴンボールは再び世界に散る様に空高くへと消えていった。聖書の神はそれを見ながら最期の瞬間を迎える。

 

(傍観者…お前は一体なんの、ためにーー)

 

最期の最後まで聖書の神は『神さま』を知ることはなかった。

 

▽▽▽▽▽

 

各種族は冷戦状態となる。それだけ代償が高かった。

その後、サーゼクス達は魔王となり、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を持って悪魔を存続させる。天使は主が残したシステムを持って運営を図った。

 

そして、堕天使はーーーー

 

「よお、コカビエル。これからどうするよ」

 

「変わらんさ。人を守り、堕天使としての誇りを持つ。ただ、それだけなのだから」

 

人から迫害を受けた人。神具の所為で普通に暮らせない者。悪魔にさせられ、そこから逃げ出した者。そんな人の為と、そして堕天使の為に作った国を見ながら、コカビエルはそう告げる。

 

「さぁて、なら俺は変わらず研究するわ。このドラゴンボールでな」

 

アザゼルはニヤリと笑い、手にしたドラゴンボールにキスをした。

いつかきっと、ドラゴンボールを狙う輩が現れる。その時の為に、アザゼルは再びベルトに一つ差し込んだ。

 

そして、時代は進む。駒王に住む、一つの家族に新たな生命が宿った。

 

「名前は一誠。この世で一番誠実な子だ」

 

「そうね、その名前はとても良いわ」

 

赤き龍の神具を宿してーーーー。

 

 

『神さま』は言った。原作は開始される、と。

 

 




つ、遂に本文で一誠の名前を出せるまで行きましたよ!凄くないですか?え、凄くない。そうですか。

兎にも角にも、これからが本番。原作に絡むドラゴンボール。それにより変化するストーリー。けれども変わらないのは世界は回ること。

次章「旧校舎のディアボロス」。


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これが始まりのプロローグ

原作が開始しました。今回はプロローグとして、主に一誠目線からの話になります。つまり余り進展はありませんが、ストーリー上必要箇所となるので……


「くっそぉぉ!急げ、兵藤一誠!!今日こそ契約をするんだ!!」

 

オッス、俺兵藤一誠!!ハーレム王を目指して奮闘中の悪魔です!!

 

今は、その為に自転車漕いで頑張ってるぜ!

と言うか、なんでこんなことになってんだよぉ!!

 

▽▽▽▽▽

 

私立駒王学園には有名人が多くいる。二大お姉様。学園一のイケメン。学園のマスコット。美人揃いの生徒会。

 

「まてっ!!兵藤一誠!!」「今度こそぶっ殺す!!」「この変態共が!」

 

「うわ〜!?誤解だぁぁ!」「「にっげろ〜!!」」

 

そして、変態三人組。この日も女子剣道部の更衣室を覗き見して竹刀で追い回されている。彼等の学園の評価は最底辺。異性から冷たい眼差しを浴びる稀代の存在だ。その為、数少ない同性達からも疎遠を食らっている。

 

「ハァ…彼女ほしいぜ」

 

「イッセー、言うな…虚しくなる」

 

「ああ、木場のようなイケメンしかモテないのは今に始まったことじゃないだろ?」

 

唯一無二の親友は変態三人組の二人。『エロ坊主』松田に『エロメガネ』元浜。親友というより悪友である。

 

こんな日々が日常と呼べるものだった。

だが、一誠にとっての日常はその日崩れた。

 

▽▽▽▽▽

 

放課後になり、今日も一日が終わる。悪友とも今日は上映会の約束がない為、寄り道することなく帰宅するだけなのだが、その帰り道に超絶美少女に声をかけられた。

 

「ひ、兵藤一誠くん…ですよね?」

 

「え、えと…君は?」

 

「私は天野 夕麻っていいます!好きです、付き合って下さい!」

 

付き合って下さい?付き合って下さい…付き合って下さい!頭の中で繰り返される言葉に一誠は思わず舞い上がりながら『OK』を出した。

 

「よ、喜んで!!」

 

その日から一誠の生活は変わった。

 

「よお、松田、元浜!」

 

「「な、なにぃ…き、貴様ァ!?」」

 

「あ、夕麻ちゃん。こいつら俺のダチの松田と元浜」

 

「よろしくね!」

 

友人に自慢しまくり、上映会?なにそれ?と言わんがばかりの生活だ。

遂にはデートの約束まで取り付けたのだ。これを喜ばず、なにを喜ぶのか。一誠はデートプランを考え、夜を更すのだった。

 

デート当日は青々しい快晴で、絶好のデート日和。神さまも俺を祝福しているのだと錯覚する。待ち合わせ時間にも余裕を持って到着して、今か今かと彼女を待つ。そんな時間さえも心地よい。

 

「よければどうぞ!」と急にそう言われて、思わず受け取ってしまったチラシには『あなたの願いを叶えます』なんて怪しすぎる謳い文句が綴ってあった。

 

「ま、今の俺には必要ないな!」

 

「イッセーくん、おまたせ!」

 

「夕麻ちゃん!いや、俺も今きたとこ」

 

横断歩道の向こうから駆け足で来る彼女に言ってみたかった台詞で返答を返した。デートは凄く楽しい物で、夕麻ちゃんへのプレゼントも喜んでくれた。これぞデートって奴なんだと痛感する。

 

そして、夕暮れの公園に辿り着く。しかも急に人気がない。これは夢シチュエーションなのではと気分を上げた。

 

「イッセーくん!!」

 

夕麻ちゃんの叫び声が聞こえた時には視界がボヤけ、体は崩れ落ちていた。それでも僅かに残った意識で見ると、黒い翼を広げ涙ぐんだ夕麻ちゃんの姿でーーー。

 

「こ、これはグレモリー家の……ゴメンなさい。イッセーくん」

 

一瞬で視界が切り替わる。目の前には今、自分から流れる鮮血と同じ紅色をした長髪の人。恐ろしく美しいあの人。

 

「どうせ死ぬなら、私が拾ってあげるわ」

 

瀬戸際の意識がプチリと切れた。

 

▽▽▽▽▽

 

目が覚めると知っている天井で、知っている部屋だった。妙に体が怠い以外の変化はない。ここ数日、同じように公園で殺された夢を見ていた。

 

学校に行っても誰も夕麻ちゃんのことを覚えてはいない。松田も元浜もだ。携帯にすら元々存在しないように。最初から天野 夕麻という存在がなかったかのようにーーー。

 

結局、松田と元浜に諭され、ヤケクソでポテチとコーラを両手に上映会を開いて盛り上がる。今でも夕麻ちゃんの顔と紅の髪が脳裏に過ぎるが、其れ等を振り払うように盛り上がった。

 

「さて、そろそろ帰るか」

 

明日も学校があるので、少々早いが解散することになった。

どうにもここ数日に完全に夜型になったようで、夜になると力が溢れる。本当に最近はおかしなことだらけだ。

 

「ッ!」

 

一気に悪寒が走る。全身がピリピリと痺れた。その原因は目の前にいる一人の男から。男はギョロリと此方に目を向けて嗤う。

 

これ、ヤバイよな!ヤバイって!

 

「こんな場所に臭え悪魔がいるとはね!しかも見たところ…はぐれの悪魔ちゃんかな〜!正義執行、なんちゃて!ま、とりま死んじゃえグットバイ!ギャハハ」

 

いや、ホントにヤバイ人じゃん。気付けば走っていた。夜道だと言うのに目がはっきりと障害物を見分け、体育の授業より速く走れている。これが、火事場のクソ力か。

 

がむしゃらに走り続けて行き着いたのは夕麻ちゃんと最後に来た公園。やはりあの時と同じで人影一つ見つからなかった。

 

「おいおい、なーに逃げた気になっちゃってくれてんです?俺ちゃんから逃げるには一光年は速いでざますことよ!」

 

「な、なんなんだよ、お前!?」

 

「え。何、俺?俺さまフリード神父よ、聖職者ッ!あー、かーみーさーまー!どう?似合うっしょ、OK?じゃ、とっとと死ねやクソ悪魔!」

 

会話にすらならない。本物の狂人を一誠は初めてみた。映画の狂人など可愛いものだ。神父だの悪魔だの。そもそも俺は人間だっての!

 

「意味わかんねぇこと言ってんじゃねェェ!!」

 

相手が同じ年頃の人間ということもあり、一誠は殴りかかった。

だが、その時に相手の手にある物が見えた。銃だ。

男はそれを構えてーーーー

 

「ぐはっーーー!?」

 

一誠の腹から腸が溢れた。一面に血がばら撒かれる。グシャリと地面に倒れるサマはあの日の再来のようで。

 

「ギャハハ!マジで笑えるぜ!最後の抵抗が殴りかかるだなんて、全く悪魔くんさぁ〜!ギャハハ!!」

 

「ぐ、ぁ…い、痛え…」

 

腹を抱えて嗤うフリードと名乗る男の声が嫌に耳に残る。

 

「あ?この気配…やっべ、俺ちゃん不利じゃん。ま、いっか。あばよ〜とっつあ〜ん!」

 

「逃がさないわ。死になさいっ!」

 

「おっと!こりゃ、ヤバイ!食らえ煙爆弾、にんにん!」

 

神父の男が逃げると紅の髪を持つ美人が一誠を見つめる。

男がいなくなったことで緩んだ緊張により意識が途切れていく。

 

「子猫、追いなさい。あら、光の銃弾。確かに少しばかり危険な傷ね。仕方ないわーーー」

 

美人が一誠の頬を撫でると同時に意識が切れた。

 

次に起きたら隣では二大お姉様の一人、リアス・グレモリー先輩が全裸で、全裸で寝ていた。くっ、朝から素晴らしいモノを魅せてくれるぜ!

 

「ん?んん?な、なんで先輩と寝てるんだ?ーー覚えてねぇ!何にも覚えてないぞぉぉお!!」

 

つ、つまり?え、やっちゃった?俺の俺、俺に内緒でやっちゃったの?くぅ〜思い出せェ、思い出せェェ!?

 

そうしている間に母さんから要らぬ誤解を招いてしまう。起きた先輩はそれを面白そうにクスクスと笑っている。その度に豊かなおっぱいが……って、それどころじゃない!

 

「せ、先輩!お、おっぱいが見えてます!と、取り敢えず着替えて!」

 

「あら?別に見たいなら見てればいいわよ?」

 

ッなんだと!?『見たいなら見てればいい』。マリーアントワネットにも負けない名言か!?

 

「あぁ、それはそうとお腹、痛くない?」

 

「え?は、はい。まぁ、全然……」

 

「アレ、夢じゃないわよ。私が傷を治したの、抱き合ってね」

 

抱き合って…マジですか。

 

▽▽▽▽▽

 

まあ、結局俺はまだチェリーであったことが分かり、家族の誤解も解けた。にしても、何故だろう。先輩と登校しているだけで凄く周りが悲鳴を上げるんですけど。胸にブスブスと鋭利なナイフが刺さるんですけど。

 

「じゃあ放課後、迎えにいくから勝手に帰らないでね」

 

「は、はい!」

 

ヒラヒラと先輩は手を振り自身の教室へと移動していった。

先輩が居なくなると同時に俺はクラス全員から詰められたのは代償程度と思って置こう。

 

「お前等、生乳みたことあるか?」

 

勿論、その後制裁を加えられた。

 

 

待ちに待った放課後。悪魔のことや、自分を襲った奴がなんなのかを知りた過ぎて、リアス先輩の迎えを待った。と、言うのに。

 

「やぁ、リアス・グレモリー先輩の使いできたんだ」

 

「なんで、お前なんだよ木場」

 

「アハハ、兎に角僕についてきてくれるかな?」

 

すると、女子生徒達が一斉に悲鳴を上げる。なんなんだよ、そんなに俺が一緒にいるといけないのかと少しナイーブになる。

 

「木場くんが汚されるわ!」「そ、そんな!?木場くん×兵藤なんて」「で、でも兵藤×木場くんのカップリングの可能性すら」「ゆ、許せない!」

 

いや、これは寧ろ女子の方がヤバイのでは。どいつもこいつも狂ってやがる。あの神父にも負けてねぇんじゃねぇか?

 

「お、おう!速く行くぞ!こいつら腐ってやがる」

 

「え、あ、うん」

 

木場は相変わらず爽やかな笑顔で進み始めた。

 

ついて行くと、そこは使われなくなった旧校舎。人気がないし、校舎にはツタが巻き付いていたりする。どう見ても不気味な洋館である。

 

「兵藤一誠くん。ここに部長達が待っているんだ」

 

「え?部長」

 

木場が指したのは戸に貼られた『オカルト研究部』の文字。訳も分からないという表情が出ていたのか、木場は笑いながら戸を開いた。

 

そこは、楽園だった。

 

二大お姉様の一人、姫島 朱乃先輩。学園のマスコット、塔城 子猫ちゃん。そして、シャワーを浴びて艶かしいリアス・グレモリー先輩。なんだここは!?

 

「兵藤一誠くん…いえ、イッセー。ようこそ、オカルト部へ。歓迎するわ。悪魔としてね」

 

俺は世界の裏側を知ることになった。悪魔のこと、天使のこと、堕天使のこと。そして、夕麻ちゃんの正体も。

 

▽▽▽▽▽

 

こうして悪魔に転生した。人間じゃなくなったことは確かに辛い。部長曰く、俺の死因は光のため、恐らくは堕天使だと言った。夕麻ちゃんのことを誘き寄せる為の嘘だとも。

けど、俺には最後にみた夕麻ちゃんの顔が忘れられない。あの日の涙ぐんだ彼女の表情が。

 

兎に角、馬鹿な俺にできることなんて今を頑張るだけなんだ!

 

 

「ゼェ、ゼェ…で、でも自転車で召喚される家まで行くって…辛いぜ」

 

一誠には魔力が赤ちゃん程しかなかったから転移できない。分かるよ、だからチャリ漕いでんだもんな!笑えよ!!

 

「えっと、ここで合ってるよな?すみませーん!悪魔でーす!」

 

「ああ、よく来てくれたね!」

 

一戸建ての家から出てきたのは、一人の何処にでも居そうなおじさん。

 

「どもっす。兵藤一誠です!よろしくお願いしゃす!!」

 

まだ契約一つ取れない身。ここで取って置きたい。今までのアンケートのみではもうリアス部長は許してくれないかもしれない。

 

「おお、最近の悪魔は体育会系なんだね。まあまあ、取り敢えず家に入りなよ」

 

「うす!」

 

おじさんの家に入ると、そこはドラグソボールの漫画やグッズが一通り揃っているではないか。俺も一人の男の子だ。コレに胸が高鳴らない訳がない!

 

「おおおおおおおお!!凄え!凄いですよコレ!な、!?コレは原版!?何故、烏山先生の原版が!?」

 

「え、なんでって、私がその烏山 暗だからね」

 

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

それからは怒涛の語り合い。正直、契約のことなんて忘れてさえいた。勿論?サインは貰ったし、なんなら原版も見せてくれた。それからは質問タイムだ。今までの疑問点すら解説してくれるものだから感無量もいいとこだぜ。

 

「そう言えばこのドラグソボールやカレン塔って、ドラゴンボールやカリン塔の伝説が元ネタなんですよね」

 

「うん。そうだよ」

 

「じゃ、じゃあ…その上に神殿があって神さまが居るのは……って流石にそれはないかハハハハ!!」

 

「フフフ……どうかな。ま、イッセーくんがもしカリン塔に行くなら確認すると良いよ」

 

「へ?いやいやいや、流石にないですって!」

 

「いや、君は必ず来るよ。だって君は兵藤一誠なんだから」

 

烏山先生との会話には、その節々に違和感を覚える。何というか、全てが見られている感じだ。これが漫画家と言う者なのだろうか。

 

「ああ、結構話込んじゃったね。そういえば、君はなんか悪魔らしい?こととか、人にはない能力!みたいな物はないのかい?」

 

「え?あ、へへっ!良いことを聞いてくれました!見てて下さい!!俺のドラゴン波!!」

 

変な空気を察知したのか直ぐに話題を変えてくれた。それに便乗する様に俺は立ち上がりドラゴン波をする為に気合を溜める。

空孫 悟のドラゴン波を再現するように力強く、そしてイメージする最強の存在を。

 

「ドラゴン波!!」

 

左手に赤い籠手が浮かび上がった。これこそ、部長に教えて貰った俺の神器(セイクリッド・ギア)だ!これが結構カッコいいんだぜ!

 

「おお〜、これがイッセーくんの神器(セイクリッド・ギア)なのか」

 

「はいっ!どうっすか、カッコいいでしょ!」

 

「うん、カッコいい赤い龍の籠手じゃないか。空孫 悟にも負けないよ!」

 

「アハハハハ!そーすかねぇ!」

 

烏山先生が煽ててくれるお蔭で凄く気分がいいな。なんて言うか、全体に余裕がある感じだ。これが大人の男だと思うと女子が言う大人の男の色気ってのが分かる気がするぜ!

 

そんなこんなで時間は進み、別れの時間となった。ここに来て契約のことを思い出すが、時期はもう過ぎた。何時も通りアンケートでは大絶賛。

 

「それじゃ、今度も是非お願いします!」

 

「うん、また今度ね。そうだ、イッセーくん。これを渡しておこう。なに、今回のお礼だとでも思ってくれ」

 

そう言って烏山先生はナニカが入っている袋を手渡した。ズシリとそれなりの重さが手の平に乗る。触れてみると、恐らく球体なんだなと感じだ。

 

「あざす!それでは、また!!」

 

そうして、烏山先生宅を後にする。徹夜したのに清々しい気分だ。きっとサインのお蔭だな!

 

「がんばれよ、赤龍帝!!」

 

ふと、背後から声が聞こえた。振り返ると先生が手を振っている。俺は振り返しながら声をあげた。

 

「カッコいい二つ名ありがとうございまぁぁあす!!」

 

いや、ホント。サインに、原版に、お土産に、二つ名まで貰っちまったぜ!これ、家宝モノじゃね?ひゃっほー!!明日は松田と元浜に自慢してやるぜぇえ!!

 

あれ?そう言えば俺、先生に神器(セイクリッド・ギア)なんて言ったっけ?ーーーーま、いっか!

 

兵藤一誠はそんな小さな疑問を仕舞い込み、再び自転車を漕ぎ出すのだ。自分にできるのは後悔しないように進むだけなんだからと。

 

▽▽▽▽▽

 

「ふぅ〜、やっぱ主人公してるわ兵藤一誠。実に変態で

 

家に戻った烏山は笑いながら、ソファに座る。先程までの盛り上がりは潜み、静けさが残っていた。

 

「で、お前はどう彼をみた」

 

「………」

 

烏山の前に座る者は目を瞑り答えない。そんな様子に烏山はため息を吐いた。

 

「そっか、覚醒してないから話す事もないのか〜。ま、いずれお前にも分かるさ。兵藤一誠はきっと世界を面白くする!何せドラゴンボールが今、彼の手に託されたのだからな!そう、ここからが始まりッ!」

 

「………」

 

「さてと、そろそろ俺等も準備を始めないとな。ドラゴンボールは世界に渡った。善悪問わずに手にしている。ここから始まるなら、兵藤一誠が思っている通りの男なら」

 

「………」

 

「きっと、現れてしまうのさ…トラブルがね。それが俺の言う主人公と言う存在だから」

 

目を瞑る男はジロリと烏山をみる。それで、大丈夫なのかと。

 

「ハハハハ、ヒヤヒヤはするさ。どいつもこいつもドラゴンボールをドラゴンボールとして扱わない奴ばっかだからね」

 

そうして、誰かはその場を後にする。残ったのは烏山一人。

彼は考える。この先の運命を。彼は思う、この世界の行末を。

 

「ドラゴンボール。こりゃ、まいったなぁ」

 




如何でしたか?まあ、序盤はそこそこ飛ばして書きますが、徐々に詰めていきますのでよろしくお願いしますね!

次回の投稿は土日にするつもりです。もし土曜日に出せたら日曜日もと考えてます。速く投稿しなきゃ、今回は面白い所でもないしね。

それと一誠目線は恐らく今回だけにします。誰かの一人称で書くのは思いのほか難しかったのでね。


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赤龍帝覚醒
その存在はチュートリアルではなく


土曜日更新は不可能でしたね〜。
うん、無理ッ☆

なので、今投稿します。


部活も終わり、今日はチラシ配りもないと帰宅する一誠は、大きくため息を吐いた。それは一重に契約破談による情けなさである。

これではハーレム王の道は険しいなと思っていると、誰かの焦った声と共に路面に転ける音がした。

 

「はわぅ」

 

「大丈夫っすか?」

 

見ると服装は如何にもシスターって感じで、一瞬だけこの前のイカれた神父を思い出したが、一誠は近寄り手を差し伸べる。

 

「あうぅ、ありがとうございます」

 

顔を摩りながら一誠の差し伸べられた手に手を重ねる。それを確認した一誠は「よっと」とシスターを起き上がらせた。

 

「どうして転んでしまうのでしょうか…」

 

そのシスターは金髪美少女だった。美少女達との出逢いがなければ固まったままだっただろうが、なにぶん最近の出逢いは一誠に美少女耐性を付けていた。

 

「えっと、旅行?」

 

「いえ、違うんです。実はこの町のシスターとして一時的に教会に赴任することとなりまして。あ、あなたもこの町の方ですよね。これからよろしくお願いします!」

 

「あ、うん。よろしくな」

 

その後はたわいのない話で盛り上がり、教会へと道案内をすることになった。その途中の大きな公園に差し掛かるとき、遊んでいた男の子がこれまた盛大に転けた。

 

「うわぁぁあん」

 

子供が泣き、母親が宥めている。ごく普通の家族の光景だ。しかし、シスターは男の子に近寄り、子供が怪我をしている場所に手を向けた。

 

「はい、これで傷はなくなりましたよ。もう大丈夫です」

 

一誠はその奇跡を本能的に神器(セイクリッド・ギア)である悟った。しかしそれは常軌を逸した出来事で、母親は小さく礼をした後に子供を連れて去っていく。けれども、最後に男の子が振り返って声を上げた。

 

「ありがとう、だってさ」

 

「えへへ」

 

やっぱり感謝は嬉しいそうだ。治癒の力を持つんだと語るシスターであったが、どこか寂しそうで。やはり、特殊な力を持つとは大変なのかと再確認してしまう。そうなると、次に口を開くのは難しくなる訳で、道中次第とお互いが何かを話すことはなかった。

 

「あ、アレがこの町の教会だよ」

 

古びた教会。それが一番分かりやすい説明だ。けれどもシスターは嬉しそうに一誠に礼をすると、お茶でもと教会に誘うが本能的に近付きたくないのか拒否感が出てしまう。

 

「そう、ですか…残念です」

 

「そういえば、自己紹介をしてなかったな。俺は兵藤一誠。イッセーで良いぜ!君は?」

 

「私はアーシア・アルジェントと言います!アーシアで構いませんよ!」

 

「じゃあ、アーシア。また今度会ったら遊ぼうぜ!」

 

「はい!また会いましょうイッセーさん!」

 

そうして、その場を後にする。アーシアが教会に向かう時に、目の前には黒い一羽が落ちた。アーシアはそれを拾い上げて周りをみる。しかし、何もない。

 

だから二人は気付かない。アーシアが神器(セイクリッド・ギア)を使った場面が見られていたことに。一誠が悪魔として転生していることを知られたことに。

 

「………私は」

 

故に誰もその言葉を拾うことはなかった。

 

▽▽▽▽▽

 

「二度と教会に近づいては駄目よ」

 

今日の悪寒についてリアスに聞くと、そう告げられた。普通に考えれば悪魔である一誠が教会に近付けないことなど考えるまでもないが、一誠は未だ自身が悪魔であると言う自覚がない。

悪魔になったことは知っているが、悪魔であることを知らないのだ。

 

「教会は悪魔にとって敵地。踏み入るだけで光の槍が飛んできても文句は言えないの」

 

それを聞いた一誠の顔が青褪める。光の攻撃を貰った一誠だからこそ、その意味を深く理解した。しかも、話を聞けば悪魔側と天使側での問題にまで発展する可能性があったこともあり、割と冗談では済まないことになっていたらしい。

 

「そのシスターに会うのも避けた方がいいわ」

 

「そ、そんな…!?」

 

「もし仮にそれが教会に知れ渡ったらそのシスターだって、ただでは済まないのよ。教会は悪魔の関与を決して認めないのだから」

 

この言葉を最後に話を一切の文句は言わせないと打ち切られた。アーシアとはもう会えないのか…なんて残念ながらも、アーシアに迷惑をかけることになると考えると仕方ないとした。

 

その日の部活は朱乃の報告から夜に集まることになった。

 

「今日ははぐれ悪魔の討伐をイッセーに見せるわ」

 

「うふふ、この領地に侵入するはぐれ悪魔は久しぶりですね」

 

「は、はぐれ悪魔…?」

 

「うん、はぐれ悪魔は主を裏切り、または殺して好き勝手に暴れる連中のことさ」

 

「そのはぐれ悪魔が、廃屋で確認されました」

 

リアスと朱乃はまるでピクニックに行くかのように揚々と歩く。

『はぐれ悪魔』と言う聞き覚えのない言葉に疑問を寄せた一誠に、木場と子猫が答える。

 

「……血の臭い」

 

廃屋に近付いてくると子猫が顔を顰めた。一誠も試しに嗅いでみたがそんな臭いはしない。だが、リアス達はそれを境に警戒を始める。

 

「…!!」

 

一誠にも漸く分かった。殺意。そう、明確な殺意が充満する。あの時の夕麻ちゃんとのデートに起こった突如の死でも、神父の様な片手間に殺してやろうみたいな物とは一線を欠いた、れっきとした殺意が向けられた。

 

一誠の足が震え始める。それに気付いたリアスは一誠の前に立ち、殺意を軽減する。見ると、全員が一誠を庇うように前に出ていた。

 

「イッセー、いい機会だから悪魔としての戦いを経験しなさい」

 

「えぇ!?俺、ムリですよ!」

 

「そうね。でも、戦いを見ておきなさい。少しでも殺意や敵意に慣れなさい。体に染み付き、物ともしない程度…にはね」

 

微笑みながらリアスはあっさりと言う。慣れろと。

転生悪魔としての特性。悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の特性、そして悪魔の歴史について話始めた。

 

「大昔、悪魔・堕天使・神が率いる天使による三つ巴の戦争があったの。でも、その結果に待ってたのは疲弊と死者で築いた地獄。どの勢力も余力はなくなり、勝利者も居ないまま戦争は終結したの」

 

リアスに続いて木場が繋げる。

 

「天使も相当な被害を受けたらしいけど、悪魔は他よりも人数と言う点で大きな打撃を受けてしまった。今や転生悪魔より純粋な悪魔の方が少ない位だ。戦争では軍団が保てなくなる程にね」

 

今度は朱乃が少し不機嫌そうに引き継いだ。

 

「今では戦力の失った悪魔・天使・堕天使での睨み合い、冷戦状態なのですわ。けれど、一方で堕天使は他の二勢力より被害が少なかったと言われています。勿論、幹部や同胞を失ったことには変わらないのですが…」

 

子猫が言いづらそうにする朱乃の続きを受け取る。

 

「…大戦当時に生きていた悪魔達は口を揃えて、あの大戦に勝利するのは堕天使だったと言います。一翼の堕天使の力が強大だった為に。その名はコカビエル。人間を愛した最強の堕天使です」

 

「最強の堕天使?」

 

「だから覚えておきなさい。貴方に接触したのが本当に堕天使なら、それは酷く危険なモノなの」

 

曰く、堕天使は迫害された人間を保護する。曰く、神器を持つ人間を拐い、人間界から存在を抹消する。

 

「貴方以外が天野 夕麻を忘れたように」

 

「ぶ、部長…それでも、俺はーーーーー」

 

「リアス、来ますよ!」

 

廃屋の奥にいた存在が月の光に照らされ、その容姿を現す。それは上半身裸の女性だった。

 

「な、な、なんて、おっぱい!?」

 

「こんな時まで、いやらしい…」

 

だが、おっぱいに釘付けになった一誠の目線が下がっていく。それは純粋な謎。何も、下も裸なのかと思っている訳ではない。何故なら、その女性の上半身が異様に高い。そう、高いのだ。まるで宙に浮いているように。

 

真実が分かった。上半身が高い場所にあったのは、下半身が大きかったのだ。しかもただの下半身ではない、まるで蜘蛛だ。蜘蛛の様な異形の下半身に上半身をくっつけた、そんな存在。さらに極め付けは独立して動く尾は蛇であった。

 

一誠は身の危険から神器(セイクリッド・ギア)を発動していた。それを見ていた部員が軽く笑う。思った以上に一誠は敵に対する行動を分かっていると。

 

「不味そうな臭いがするぞ?でも、美味しそうな臭いもする。甘いのかな?苦いのかな?」

 

「はぐれ悪魔バイザー…貴女を消滅させに来たわ」

 

ケタケタケタと笑い始める様は正に化け物。これが悪魔だとしたら、いつか自分もと思わずには居られず、一誠は身震いを起こした。

 

「主の元から逃げ出し、欲求のままに暴れ回る…万死に値するわ。グレモリー公爵の名において、駆除してあげる」

 

「だ、だまれ…だまれ…だまれ、だまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれだまれ!!!!!!その紅の髪色みたいに鮮血に染めてやる!!」

 

激昂したバイザーは槍の様な脚はリアスに向けて突き放つ。だが、その脚がリアスに当たることはなかった。

 

「やれやれ、いきなり攻撃なんて穏やかじゃないね」

 

脚は木場が持つ剣により見事なまでに受け止められていた。驚いたのは一誠とバイザーだけ。まるで、当然とばかりに子猫がグローブを身に付けていた。

 

「イッセー、悪魔の駒についてレクチャーするわ」

 

リアスは余裕そうに一誠に微笑みながら説明を始める。

 

「祐斗の役割は『騎士(ナイト)』、特性はーーー」

 

木場はバイザーの脚を弾き返し、急速にバイザーの元へと走り始める。一誠とバイザーは再び驚く。速い。なんて速さだと。

 

「ーーースピード。『騎士』となったものはスピードを増すの」

 

目にも留まらぬ速さでバイザーに迫る。バイザーも咄嗟に攻撃を返すが、最早木場を目で追えてなかった。

 

「そして、祐斗が最大の力を使えるのは剣を持っている時」

 

バイザーの身体がいつの間にか斬られていた。

 

「ぎゃぁぁぁああああっ!!」

 

見れば両腕が切断されていた。噴き出す血がより現実だと伝えてくる。バイザーの絶叫と重なれば最早、認めざるを得ない。

 

「これが祐斗の力。『騎士』の速さと、天才的な『剣』の腕、この二つが合わさり、彼は最速のナイトになるの」

 

轟ッ!、木場やリアスに集中していた目線を強制的に持っていかれる。それは小柄な後輩の姿。

 

「このチビがぁぁあ!!」

 

子猫がバイザーの足に潰されたーーが、潰されない。潰し切れない。

 

「次は子猫ね。あの子は『戦車(ルーク)』。その特性はシンプル。圧倒的な力。そして屈強な防御力」

 

徐々に足が上がり、巨大な体も上がり、完全に持ち上げてしまった。三度目の驚きである。そして、叩き落とす。だが、それだけでは攻撃は終わらない。

 

「ぶっ飛ばします」

 

倒れたバイザーの身体を本気で殴る。武道とか、技術ではない。喧嘩殺法と言うにも弱い。本当に殴るだけ。だが、それだからこそ、攻撃力が計り知れる。

 

「ぐぎぁ…ァァァア"」

 

廃屋の壁まで殴りで飛ばされる。子猫の手には血が流れていたが、どう考えてもバイザーの返り血である。

 

「あらあら、今日はやる気ねぇ子猫ちゃん。イッセーくんが見てるからかしら〜」

 

「……違います。変な勘違いをしないで下さい」

 

手の血を払いながら淡々と言う子猫の姿に一誠は怒らせないようにしようと誓った。

 

「ゆ、許さない…絶対に許さない!!お前達は絶対に!!」

 

起き上がったバイザーはこれ以上ない程に怒っていた。だが次の瞬間、バイザーの姿はけたたましい雷により燃やされた。

 

「あ"あ"あ"あ"ァァァア"」

 

「うふふ、残念ながら次は私の番ですので」

 

「そして朱乃の駒は『女王(クイーン)』。私の次に強い最強の駒。全ての駒の力を兼ね備えた無敵の副部長よ」

 

「ぐぅ…ぅぅ」

 

「まだまだ元気みたいですね?」

 

カッ!!と再度バイザーに雷が襲う。また身を感電させ、断末魔のような声を上げた。それにも関わらず朱乃は再び雷を繰り出す。

 

バイザーは悲鳴を上げることも出来ないのか、口の端からは泡を吹き出していた。周囲には焦げた肉の臭いが充満して、一誠は朱乃に恐怖を感じた。

 

「朱乃は魔力攻撃を専門とするわ。そして、何よりも彼女は究極のSなの」

 

「いやいや、Sってもんじゃないでしょ、コレ!!」

 

「一旦戦闘になったら、興奮が収まるまで止まらないSよ」

 

「いや、Sとかじゃないですって…!」

 

「怯える必要はないわ。身内にはとても優しい人だから。今度甘えてみなさい。きっと抱きしめてくれるわ」

 

「…ゴクリ」

 

そう言うリアスに若干鼻の下を伸ばしたが、今も冷たい瞳で雷を連発しながら笑う朱乃さんの姿は悪魔そのものだ。

 

「……いや、辞めときます」

 

きっと、抱きしめられるのは首だ。なんて思ってしまった。

それから数分の間、朱乃の攻撃が止むことはなかった。

 

「さて、はぐれ悪魔バイザー。何か、言い残すことは」

 

「……こんな、こんな筈じゃ…私だって、綺麗な世界でッ、学校で…お父さん…お母さん……」

 

「ーーーーえ?」

 

バイザーの言葉に一誠は止まった。さっきまで化け物だと思っていた存在が急に自分と近く感じた。

 

「そう……。せめて安らかに眠りなさい」

 

リアスの表情に曇りが見えた。同様に他の部員にもだ。まさか…そう捉えた。捉えてしまっては一誠にはもう言葉にするしか吐き出し口が見つからない。

 

「そうか…この化け物も、人…だったんだ」

 

「イッセー……けど、やらなきゃならないの。自我を失った悪魔は人を殺すのだから」

 

リアスはそう一誠に語りかける。やらなきゃならない。そうしなければ犠牲が増えるのだと。理解はできる。だが、一度でも人だと思ったらもう化け物だなんて見えなかった。

 

「本当に、殺さなきゃならないんですか…?」

 

兵藤 一誠であるから、無視できない。元は人だと分かったから、なにより女の子だから。けど、今の一誠はまだ始まったばかり。本来バイザーなどチュートリアルの説明にしかならない。弱いだけの口だけの主人公。

 

「ええ、それが殺した者に対する償いよ」

 

「ッ部長!確かに、この子は人を殺してるかも知れません!けど、それでも……それはこの子じゃないと思うんだ…」

 

確証なんてない。ただ、そう思った。

 

余りにも…一誠の噛み締めた声は廃屋に響いて、けれどリアス含め答えられる者も居なくてーーーー

 

「ならば、とっとと寄越せ」

 

ならばと第三者が現れた。それは三翼の堕天使。突然現れた堕天使にリアス達は戦闘態勢を取るが、堕天使はそれを無視して一誠に話しかける。

 

「そこの悪魔…お前だ、兵藤 一誠。そのはぐれ悪魔を救いたいならお前が彼女を持ってこい」

 

青髪の女堕天使が一誠に言ったか。一誠はそれを聞いたが動けないでいる。当たり前だ。つい先程までは化け物の様な表情で、化け物の様に暴れていた存在に、まだひ弱な自分が運ぶなんて。

 

もし、仮にまた暴れ出したら。そう考えてしまった。

 

「待ちなさい堕天使さん。ここは私、リアス・グレモリーの領土よ。勝手に足を踏み入れ、勝手なことをしないでくれないかしら。これは問題よ」

 

「…構わんよグレモリー嬢。問題と捉えるならそう取ってくれたまえ。だが、今我等が話しかけているのは君ではない。兵藤 一誠にだ」

 

「なんですって?」

 

ハットの男堕天使の言葉にリアス・グレモリーが舐められていると感じ取ったリアスは滅びの魔力を手に集めて不機嫌さを露わにする。

 

「あーもう、マジだるいんですけど。イッセー?もう一度言うっすよ。そのはぐれ悪魔を救いたいなら、オメエが持ってくるっす。他の連中は黙ってみてろや」

 

ゴスロリ金髪の女堕天使に言われた一誠はそれでも尚、震えた手を伸ばしては引っ込めてを繰り返す。時間にして僅か数十秒の間のことだ。リアス達は今も一誠を伺いながら「聞く耳を持たなくても良い」なんて声をかける。

 

けど、一誠はバイザーを一人の女の子を助けたい。助けなければならない。確かに悪魔になったばかりで、血の臭いが充満する戦場は初めてだった。こんな恐怖なんて今までの人生で味わったこともない。けど、ハーレム王を目指す、そんな馬鹿みたいな夢を追いかけるなら女の子一人救えないでどうすると、自分を鼓舞する。そしてーー

 

ーーーーーーそして、一誠は……。

 

 

 

 

 

 

 

「…もういいっす。お前は口だけの男だった…それだけ」

 

「人を人としてみるのは情。だが、人を救うのはいつだって手を差し伸べられるか…だよ」

 

「二人はこう言うが、別に悪いことではないさ。ただ、君は救いたい人ではあるが、救う人ではなかっただけ」

 

三翼の堕天使は魔法陣からバイザーを回収して、その口に液体を飲ませていく。それをみたリアス達はこれ以上ない程の驚愕をしていた。

 

「そ、それはフェニックスの涙!」

 

それには何故、フェニックスの涙が一堕天使にと言う疑問と、死にかけのはぐれ悪魔へとと言う疑問からだった。

 

バイザーはみるみると傷が癒え、下半身は元の人へと戻っていた。

 

「邪魔をしたな、グレモリー嬢」

 

ハットの堕天使がリアス達に礼をして転移用の魔法陣を出現させる。

 

「…お姉さまの相手としては落第点でしょ」

 

「ミッテルト!…すまない。気にするな」

 

足元から段々と転移する堕天使にリアスは滅びの魔力を撃ち込む。だが、三翼はそれぞれの光の槍を持って打ち払った。

 

「兵藤 一誠。誰かを救いたいのなら、その誰かより強くなれ。でなければ、君には救うと言う言葉に押し潰される」

 

それを最後に堕天使は消えた。リアスは直ぐに使い魔で周囲を散策させる。だが、一誠は未だバイザーが居た場所に手を伸ばせなかった。

 

「…くそ」

 

伸ばしきれない右手をいつの間にか龍の手(トゥワイス・クリティカル)が握り締めていた。まるで、何故動かないんだとばかりに。

 

▽▽▽▽▽

 

「兵藤 一誠。君は確かにがむしゃらに走ってきた。原作ではただ走り続けた。君は最初、立ち止まって周りを見る余裕なんてなかったものな。知ってるよ。けどさ…もうそれはIFの話でしかないんだぜ?」

 

神殿から覗き見る神さまは、杖に持たれて呟く。

 

「なぁ、主人公。俺はずっと見てきたからさ知ってるんだ。脇役にだって脇役の物語があるんだぜ?これが結構色々あってさ。どいつもこいつも、負けず劣らずの主人公でさ…!」

 

かつてのアルケイデスから始まり今に至るまでの数々の人物を観てきた。

 

「ちと足りないんじゃないか、自覚が。足りないよ、覚悟が。ヒロインから始めようとするからだよ、主人公。この世界はもう原作並みに甘くないぜ?いや、違うかーーー」

 

神さまは知っている。今も動き出している存在を。原作よりもハードでルナティックな物語を。けど、神さまは動かない。

 

一誠の悔しさ。それを問いたのは堕天使。原作との相違点。

 

けれども、それ以上に原作とは違ったのはことがある。

 

バイザーはチュートリアルではない。

一誠が救わなければならなかった女の子だったと言うことだ。

 

「バイザーもヒロインなり得たんだよ」

 




と、言うことでね。一誠くんは手を伸ばせなかった。
原作では色んなことがあり過ぎて立ち止まらなかった一誠くん。周りのことを気にする余裕がなかった一誠くん。その一誠くんが立ち止まった話でした。

バイザーって悪魔なのに異形すぎない?


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伸ばすその手も自分の体

ここ、バトルないんで二話投稿しようと頑張ってみましたが、日が経つので無理でした。次の話は明日に出します。


「………」

 

家に帰ってた一誠は、ベッドに身を預ける。一向に眠れず自身の右手をみた。思い出されるのは廃屋での出来事。今でもあの場所の血の臭いが残っているようにも感じた。

 

「…ハァ」

 

そして、はぐれ悪魔バイザー。彼女は歴とした悪魔だ。人を何人も殺して食べているんだと帰り際のリアスに慰められたが、それでも最期の言葉は日常への憧れだった。

 

『口だけの男だった…それだけ』

『人を人としてみるのは情。だが、人を救うのはいつだって手を差し伸べられるか…だよ』

『君は救いたい人ではあるが、救う人ではなかっただけ』

 

堕天使の言葉に妙な苛立ちを感じる。一誠は新人悪魔で。戦場なんて知らなくて。力なんてなくて。そんな弱気なカッコ悪い言い訳しか出てこない。

 

「…なんだよ。別に、怖いことの何がいけないんだよ…バイザーは人を殺してるんだ」

 

言葉に出してもモヤモヤは消えない。寧ろ、何で俺が助けなきゃならないんだよ。そんな気持ちさえ入り込んでくる。

 

「そうだよ…バイザーのことなんて俺、全く知らないじゃねぇか!俺が助ける必要なんて……」

 

『…こんな、こんな筈じゃ…私だって、綺麗な世界でッ、学校で…お父さん…お母さん……』

 

「…………畜生」

 

ボフッと手をベッドに叩き付けた。一層虚しさだけの空間が広がる。

 

しかし、それは一時的なことで一誠の母親が「イッセー、夜ご飯よ!」と声を掛ける。一誠はモヤモヤに蓋をして、ヤケクソに返事をした。

 

 

「イッセー、どうした?元気ないな」

 

「父さん…」

 

家族で食卓を囲いながら世間話をする両親はいつもと違ったイッセーの様子を疑問に思ったらしい。母親もそう思っていたのか、目線を一誠に持ってくる。

 

「そうかな…特になんでもないけど」

 

「そうかぁ?何かあるなら相談に乗るぞ」

 

「人生には言ったら良いこともあるのよ」

 

「なんでもないって!」

 

やけにしつこい両親に一誠は少し語尾を強めて言い放った。けれども、親は折れない。寧ろ大人らしく冷静に、そして力強く答える。

 

「なんでもない…なんてことは無い。いつからお前を見ていると思うんだ。お前が真剣に悩んでいる、何かに押し潰されそうになっているなら、父さんと母さんが心配しない訳ないだろう」

 

「そうよ、なんでもないなんて、そんな悲しいこと言わないで。私達はイッセーの親なんだから」

 

(父さん…母さん)

 

つくづく愛されていると実感できる。いつも結局は親が子供の心を掴むのだ。普段頼りない父親も、普段は口煩い母親も…。けど……。

 

「だからこそ、相談できないんだよッ!!」

 

「イッセー!」

 

「……母さん。今はそっとしておこう」

 

一誠は二階に駆け上がった。これ以上あの場所に居たらきっと喋ってしまっただろう。だが、一誠はそれを拒んだ。話せる訳がない。悪魔のことも。手を伸ばせば救えたことも。

 

一誠は一度止まってしまった。止まったら、見えなかったものを見てしまった。見ないフリをしたものすら、見なければならなくなった。

 

部屋の扉を閉めて鍵をかける。もう、何をしなければならないのか分からない。悔しさと苛立ちと、少々の願望。

 

「…あ、俺…もう人間じゃないんだった」

 

▽▽▽▽▽

 

数日経っても一誠の気持ちは整理を付けられなかった。学校に行っても何故か松田や元浜だけでなく、先生や周りまでもが「何かあったのか」と聞いてきた。

 

一誠はどこに行くかも定まらず歩く。本来なら登校して授業を受けるべきなのだが、リアスに休めと諭されてからは町で徘徊していた。

 

「イッセーさん?」

 

「…アーシア?」

 

ボーッとうわの空だった一誠に話しかけたのはいつかのシスター、アーシアであった。なんでこんな所に…そう思ったが、アーシアは手に抱えた荷物を見せながら買い物の帰りなのだと言う。

 

「イッセーさんの方こそ、どうしたんですか?何か元気がありませんけど」

 

「ハハ…そんなに分かりやすいかな、俺」

 

「は、はい。イッセーさんは元気な人ですから…余計にそう見えちゃうんです」

 

やはり一誠は分かりやすいのか、アーシアにまで見破られた。

 

「……なあ、アーシア。話、聞いて貰っていいか」

 

「はい、なんでしょうか」

 

一誠は話を切り出した。アーシアは一誠と同じ神器(セイクリッド・ギア)を持っていて、シスターで、優しい女の子だ。様々な要因、悪魔等の裏の話もできるのではないかと。

 

「なあ、人を殺した悪魔を救っていいのかな……」

 

「…!?」

 

アーシアの顔が少し曇って、ローブを握り締めていた。しかし、一誠は言葉を探していてそれを見ることはなかった。

 

「違う、そうじゃないんだ。俺は、救いたかった!助けたかった!けどさ、俺怖かったんだ。どうやって手を伸ばせばいいのか、分かんなかったんだ」

 

「……はい」

 

曇っていたアーシアの顔は微笑みに変わっていた。アーシアは一誠の言葉を噛み締めて、シスターとして聞き続けた。

 

「結局、救いたいと叫んでも口だけで。他の奴からも言われたさ。口だけだ。救いたい人でも救う人じゃないってさ。けど、仕方ないだろ!俺はこの前までただの一般人だったんだぜ!人間だったんだ!怖いことの何がいけないんだよ!……でも、それでも救いたかった」

 

「…はい」

 

「もう、いっそのこと救いたいなんて思わなかったら良かった…なんてクソ野郎みたいな思いがこうさ、湧き上がってくるんだよ。そのたびに救いたかったって事実を再確認してさ。もう、『救う』って言葉が重いんだ」

 

あの時の堕天使が言っていたような。『救う』願望による重さが日に増してのしかかる。だから捨てたいが為に、一誠は人の良さそうなアーシアに相談した。アーシアなら同情してくれる。アーシアならもう良いんだと、頑張ったんだとそう言ってくれる。

 

「イッセーさん」

 

アーシアなら。

 

「イッセーさんがいて、傷付いた悪魔さんがいたのですよね。なら、手を伸ばす…伸ばさないを決めるのはイッセーさんなんです。そこには他の誰かが介入する余地はありません」

 

「アーシア…?」

 

「私は決めました。後悔しないように。だから、今私はイッセーさんとお話ししてるんです。他の誰かの言葉で救うなら、そこには心がありません。救いたい気持ちに他人の考えなんて必要ないんです」

 

その言葉はきっとアーシアの本心なのだろう。優しく、でも力強く一誠に言った。そして、一誠は更なる重みを感じた。

 

(なんで、逃してくれない。なんで、みんなが向き合わせようとするんだ)

 

一誠は逃げるように…逃げる為に走り出した。アーシアはそれを大きな声で止めなかった。ホント一言だけを一誠に投げたのだ。

 

「『救う』って言葉はきっと重たくないんです!だって、イッセーさんは『救いたい』気持ちがあるんですから!!きっと、重たくなんてないんです!!」

 

一誠は走り続けた。重さから逃げた。アーシアの言葉から逃げた。バイザーから逃げた。

 

そして、自分の不甲斐なさに泣いた。

 

「おーい、何泣いてるすか?おーい」

 

「あんたは…」

 

顔を上げるとあの日の堕天使の一翼がいた。片手にはアイスキャンディを持っており、如何にも遊んでいるようだ。

 

「あ、あの時の口だけ」

 

「…なんだよ」

 

今、お前らの所為で思い詰めていることも知らないで…そう睨み付けたが堕天使はペロリと一舐めするだけだった。

 

「うわっ、ドーナシークが言ってたみたいに今にも潰れそうって感じ?」

 

「ああ、お前らの所為でな」

 

「ハァ、マジめんどくさい男っすね。女々しすぎやしません?」

 

ガブリとアイスキャンディを齧った。「くぅー頭にくるわー!」と悶える堕天使に俺は飛びかかった。堕天使はそれを一目してから普通に避ける。一誠はバランスを崩して地面に転けた。

 

「急に殴りかかってくんなし!ウチ女の子っすよ!」

 

「重いんだよ…」

 

四つん這いで起き上がれずに呟く一誠に、堕天使は「むぅ」と迷ってそっと手を引く。

 

「取り敢えず、あのファミレスに行く。もう見てらんない」

 

ズカズカと引っ張る堕天使に一誠は少しの安心感を覚えた。重さを感じない、誰かに決めてもらう楽さを。それを尻目にみる堕天使は舌打ちをしていた。

 

「ホレ、なんか頼むし」

 

「いや、俺金持ってきてない」

 

「あーもぅ、別にいいって!さっさと頼めバカ!」

 

「ふぁ、ふぁい」

 

メニュー表を顔面にぶつけられて思わず受け取ってしまった。けど、なんか気分が落ち着く。前までは松田と元浜と良く駄弁りに来てたんだよな。ま、こんな可愛い子と来るのは夕麻ちゃんとだけだったけど。

 

「ウチこのパンケーキにしよっと!口だけは?」

 

「って、その口だけってのを止めろ!俺には兵藤 一誠って名前があるんだ」

 

「へー、じゃイッセー決まった?」

 

「ま、まだ悩んでいるとこ」

 

一誠はメニューを見ながらチラリと堕天使をみる。一誠に重しをかけた本人は呑気にアプリでゲームをしていた。けれど、何も聞いてこないことに一誠は少しだけ冷静さを取り戻した。

 

「…決めた、俺ハンバーグステーキ」

 

「うわっ、普通ちょっと遠慮しない?」

 

そう言いながらも注文を通す堕天使は案外良い奴なのだろう。

注文の品が届き、互いは駄弁りながら食を進める。勿論、駄弁る内容は俗物的で、最近ハマってるゲーム、漫画とか駒王学園ってどんな場所かなんてことだ。

 

「そういや名前聞いてなかったよな?」

 

「ウチはミッテルト。ってか今更すぎない?」

 

二人はクスリと笑った。その後も夕方まで遊びまくった。

その間だけは悩みを捨てて普通の人間として、かつての日常を体感できたからだ。しかしその時間も終わる。

 

「うし、顔色もマシになったっしょ」

 

「今日はありがとな!」

 

ありがとうの言葉には助けてくれてありがとうも含まれていたのだろう。何故なら短時間の間、一誠は確かに救われたのだ。当然、元はミッテルト達の言葉から始まったのかも知れない。けど、『救いたい』と思ったのは他ならぬ自身。

 

「マジで感謝して欲しいすわー。ウチの財布チョー軽くなりましたしぃ」

 

「アハハ…なあ、一つ聞いていいか」

 

「ん?なんすか」

 

「どうすれば俺はミッテルト達のような手を伸ばせる人になれるんだ?」

 

一誠は聞く。どうすれば何の恐怖もなく手を伸ばせるのかと。ただ強いだけでは有り得ない。種族とか関係ない。一誠は何の躊躇もなく手を伸ばせる何者かになりたい。なれるのかと。

 

「俺はミッテルト達みたいになれるかな?」

 

アーシアは決めるのは一誠自身だと言った。そして、一誠は逃げた。

 

だが、今は手を伸ばせる人になりたいと思う。けれど自信がない。

 

「よくわかんないけどさ。イッセーがイッセー以外になりたいなんて人生、ウチには耐えらんないけどなー」

 

帰ってきた返答はそれだけ。答えにもなってない。

 

「結局、最後に決めるのは本人しかいなんすよ」

 

「俺じゃ、ダメなんだ。手を差し伸べる時、躊躇しちまう!」

 

「差し伸べるのに躊躇?なんで?」

 

「なんでって…怖いからだよ」

 

「でもさ、はやく助けてやりたいじゃん!」

 

夕日を背にミッテルトは「にひひ」とはにかんだ。そして、黒い翼を広げて飛び立つ。

 

「それに、救いたいと思ってなきゃそんなに悩まないんすよ」

 

残ったのは一誠ひとり。夕日に向かって深呼吸をする。

 

「俺はそうだよな。俺は救いたいんだ」

 

静かな覚悟を決めた。

 

▽▽▽▽▽

 

「父さん。話を聞いてくれ」

 

「ああ、父さんはお前の話を聞こう」

 

例え話をした。殺人鬼が目の前で倒れていて、助けてもいいのかと。勿論、殺人鬼が本当に殺人鬼かも知れない、けどもしかしたら理由があったのかも知れない。けど、そんなことはわからない。それでも助けてもいいのかと。

 

「死にかけの殺人鬼を助ける。世間はそれを非難するかもしれないが、イッセーが助けるのなら私はそれを支持するぞ。人を助けるのに見るべきものは人の善し悪しではない。そこに倒れていて、その場にいるイッセーが助けるたいと思えたから助けるんだ」

 

やはり全員がそう言う。助けるのは一誠であると。一誠が助けるのに本人以外の考えは必要ないと。だから一誠はそれを飲み込んだ。

 

もう、一誠の中には助けない救わないと言うことはなくなった。

 

▽▽▽▽▽

 

久しぶりの登校に、松田や元浜は何も言わずに迎えてくれた。

 

「親友よ、俺は知っているぞ…金髪ツインテの美少女とゲームセンターで遊んでいたそうじゃないか」

 

「おいおい、そりゃおかしいな。俺は美少女シスターと話し込んでいると情報を得ているのだが?」

 

「「ってめぇ、ホントに悩んでたんだろうなぁぁ!!」」

 

何処から情報を得たのかは知らないが、ミッテルトとアーシアのことを問い詰められ、ボコボコに殴られた。

 

(今度アーシアに会ったら謝らないとな)

 

「おい、元浜!この変態野郎笑ってやがるぞ!」

 

「チッ、汚ねぇ笑顔だ…!やるぞ松田!!」

 

二人前後にまわり片手をあげる。そして一誠の首を挟むように走り出した。一誠もこれ以上やらせるかと立ち向かう。いつもの日常の風景であった。

 

放課後の部活の時間、久しぶりの部活。特に緊張する。リアスに朱乃に木場に子猫に全員に失望されてないかと内心怯えながら戸を開いた。

 

「あら、イッセーくん!うふふ、今紅茶を淹れますわ」

 

「やあ、イッセーくん。どうやら、休日にいいことでもあったのかな?」

 

「…イッセー先輩。こんにちは」

 

三人はいつも通りだった。誰一人として失望などしていない。

 

「やっと来たのね、イッセー」

 

そして、一誠は背後からリアスに抱擁される。圧倒的なおっぱいの感触に変態さまで戻ってきた。けど、先に一誠は言う。

 

「はい。勝手に抱え込んですいませんでした」

 

「あら、私の下僕が私の知らない所で強くなったみたいね」

 

「男なんで…!」

 

一誠は決めたのだ。弱いことを言い訳にするのはやめた。何も知らないことを言い訳にするのもやめた。

 

「俺、馬鹿なんで…取り敢えず手を伸ばしたいです!」

 

「ならばもっと強くなりなさい。そしてその想いを束ねなさい。神器(セイクリッド・ギア)は持ち主の想いに必ず応えてくれるわ」

 

一誠は自身の左腕を見る。龍の手(トゥワイス・クリティカル)を。だが、兵藤 一誠の力は未だ目覚めない。目醒めるには足りない物が多すぎる。

 

赤い龍は燃え盛る激情を待つ。

 

一誠の激情はまだ静かに灯り始めただけ。息一つで消えそうな程、説得力もない火元。『救いたい』重りはまだ肩に残る。バイザーは救えなかった。けれど、たしかに彼女から一誠は始めたのだ。

 

 




どうも、ボクかと思った?残念、ボクです。

一誠くんは取り敢えず手を伸ばすことを覚えましたね。
ミッテルトが何気に登場。ミッテルト…かわいいですよね。


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限界地点のフルパワー

前回は1時間でお気に入りが−3という事態に…
すまねぇなぁ…立ち直り方の描写なんてオラしらねぇんだ。


「あ、そう言えば部長。俺の駒…役割ってなんなんですか?」

 

正直聞く必要もないと思った。一誠は自身の弱さを自覚したのだから。

 

リアスは微笑みながらハッキリと言ってくれる。

 

「『兵士(ポーン)』よ。イッセーは『兵士』なの」

 

一番下の兵士。不満はあるが不快ではない。一誠は手を握って、リアスに負けずに笑う。

 

「俺、最強の『兵士(ポーン)』になります。『兵士』なら、前線でみんなを護ります!」

 

「フフ、ええ…私の下僕が最強じゃない訳ないもの。期待してるわ、イッセー」

 

一誠は元気よく返事をした。こうして、夜の部活動が始まる。

 

▽▽▽▽▽

 

自転車を走らせ、訪れたのは一軒の家だ。気合を入れて玄関口に向かうと、何処か普通ではない悪寒がした。アレだ、自称神父と会った時のような嫌な悪寒。見ると、玄関口の戸は開いていた。

 

「…ぶ、物騒だな」

 

不安が襲う。嫌な感じは徐々に押し寄せる。しかし、一誠は一歩踏み出した。玄関の中にそっと入るが、灯りなんてついていない。あるのは奥の淡い灯りだけ。人気が感じられない。

 

「……龍の手(トゥワイス・クリティカル)

 

もしもの為に神器(セイクリッド・ギア)を発動させた。忍び足で淡い灯りがさす場所へと進む。少しの音も見逃さないようにゆっくりと、そして慎重に。

 

僅かながらの隙間から中を見ると蝋燭の灯火が数本あるだけだった。しかし、悪寒は止む所か酷くなる。動悸が治らない。

 

た、頼む…助けてくれ…

 

はぁ〜?俺っち日本にきたばっかだからぁ、日本語わっかりませ〜ん!つーか、悪魔を召喚した時点で腐ってるのよねぇ…

 

内容までは不明であったが、苦しそうな悲鳴に似た声と、それに悠々と返答を返す声が聞こえてきた。一誠はより一層耳を研ぎ澄ませ、会話の内容を聞き取ろうと戸に耳を寄せる。

 

「いいですかぁ?人間はぁ、努力をして生活をしていまーす。けれどですね、おっさんみたいに悪魔と取り引きして暮らしを豊かにしようとする奴なんてニートですよ、ニートッ!だから殺っちゃった方がいいんでございますっ!これにはアンタの両親もニッコリ!」

 

その一風変わった発言。嫌に耳に残るテンション。一誠はすぐにその人物が誰なのかわかった。

 

「う、うぐ…ッ」

 

「代々、人並みの暮らしができるってだけで幸福ってのが分かんないのかなぁ?おっさん…今、アンタ相当強欲ですぞ?そんなヤツは俺が天にホームランッ!そしてあの世にGo to hell!」

 

「やめろッ!」

 

一誠は戸を開き叫ぶ。そこには逆十字に張り付けにされ、四肢を大きな釘で打ち付けられた依頼者らしき人と、神父服を着た見覚えのある男が光の剣を突き刺そうとしている光景が広がっていた。

 

「おやおや?これはいつかの悪魔くんじゃないですか!お久しぶり☆改めまして、貴方のフリード、フリード・セルゼン!ちょっと待っててちょーだい!」

 

「待つか馬鹿!」

 

「おっと、邪魔しないでくれよッ!」

 

殴りかかる一誠にフリードは剣で対応する。素手と剣ですら相性が悪いが、更に悪魔と光。もう最悪の相手と言って過言ではなかった。

 

「ッてぇ!?」

 

光に触れた瞬間、焼ける痛みで手を引いたが為に命拾いをしたのは奇跡でしかなかった。フリードは一誠の起こした奇跡に拍手をして一誠を祝福する。

 

「いやぁ、やるね……クッソうぜぇ。俺的にアレなんで…さっさとテメェをブチ殺して、おっさんを綺麗に昇天させてやるよ!」

 

「巫山戯ろ、イカれ神父!そんなこと、俺がさせる訳ねぇだろ!!」

 

「ギャハハ、ならやってみろよHERO!俺っちがその偽善を粉々まで崩してゴミ箱シュート決めてやんよ!」

 

「想いに答えろ、龍の手(トゥワイス・クリティカル)ッ!」

 

【boost】。

 

その単語により、一誠の力が溢れてくる。これならばとフリードを見るが、既にフリードは剣を振るっていた。咄嗟に回避して直撃を免れたが、追撃は終わらない。

 

「ホラホラどうしたんですか?龍の手(トゥワイス・クリティカル)なんて力を倍にするだけの神器(セイクリッド・ギア)で、この天才とタメ張ろうとしてたんですかぁ?」

 

「くそっ、こいつ…無茶苦茶強え」

 

必死に避け続ける一誠に対して、遊んでいるフリード。力量なんて素人でもわかる。だが、一誠は諦めない。それだけしか一誠にはできない。

 

「ほらぁ、避けないと死んじゃうぜ!?逃げろよ雑魚、逃げ惑え!」

 

「うおおおぉぉぉぉ!!!」

 

【boost】。

 

二回目の倍加が発動した。あり得ないことだが、確かに発動した。一誠の力が急に跳ね上がる。止めとしての一撃は、一誠の拳に敗北する。対悪魔の光を持っても一誠の手を焦がす程度のダメージを与え、砕け散った。

 

「なんですと…?」

 

「ぶっ飛べ、クソ神父!」

 

「いったぃーーー!?」

 

光の剣を壊した拳はそのまま一直線にフリードの頬に突き刺さった。勢いは大きく、フリードの筋肉質な身体ごと部屋の壁まで宙を舞いぶつかった。

 

「ハァ、ハァ」

 

力を使い切ったのか、昂った力が消える。限界の力を一気に使った一誠は荒い息を吐き、いかにも疲労困憊であると窺えた。

 

「お…おい…悪魔!ぼ、僕を…うぐ…はやく助けろ!!」

 

「ハァ、…ハァ。依頼者の人を助けないと」

 

一歩前に踏み出すと、逆さに吊られた依頼者の向きが変わった。否、一誠の身体がぐらりと揺れ倒れた。続いて片脚に痛みが加わる。脚は貫かれていた。一体誰が…など考えるまでもない。

 

「ったく、マジムカつくんだよクソがぁ!害虫の癖に、俺を殴りやがったな…汚ねぇよクソクソクソクソクソクソクソ悪魔!そんなテメェは斬り刻んでテメェの腸で首吊り死刑じゃ!」

 

フリードが光の銃で撃ったのだ。一誠は自身の詰めの甘さに後悔した。自身は一度奴の光の銃によって瀕死の状態にされていたことを知っていた筈なのに。

 

「…ま、この悪魔くんの正義?を先に壊して、絶望させてから殺しましょ!えぇ?俺っち優しくねっ?現実をクソ煮込みの悪魔に教えてあげるなんてさっすがフリード様!」

 

「や、やめろ…!」

 

一誠は身体を起き上がらせようと動かすが、片脚が内側から焦がされている今、少し動くだけでも激痛が身体を巡る。

 

「ヒッ…!?お願いします、助けて下さい!神さま、お願いします!お願いします!」

 

依頼者の男は泣きながら目を瞑り、神に祈った。助けて下さいと。

 

「………チッ、信仰者になっちまったら殺せないぜ」

 

依頼者はそれを耳に入れ、更に祈る。これで助かる。そうだ、相手は神父なのだと。一誠は「やめろ、やめろ!」と叫んでいるが、どうせ祈りが耳障りなんだろう。元は悪魔が悪いんだと祈り続けた。

 

「……もう、いいぜ」

 

神父の声と共に祈るのをやめた。そして、目を開ける。だが、そこにあったのは銃口であった。

 

「へ?」

 

「なあ、それは神に祈っている訳じゃないんですぅ!神に命乞いをするってんだお?」

 

巫山戯て依頼者の男をビンタしながら言う。その力は段々と強くなり、室内に響く音は大きくなった。その度に男も汚い悲鳴を上げる。顔は腫れ上がり、青く染まっていった。

 

何発叩いた後だろう、最初は笑っていたフリードの顔が徐々に真顔に変わっていく。そして、人を人とみてない目をしながら口を開いた。

 

「お前に死を突きつけてるのは俺だ。わかるか?神じゃねぇ、俺だよ」

 

ゾッとするような冷たい声だった。なのに激情で燃えているような、依頼者の男はビンタによって上げていた悲鳴すら出せない。

 

「おっさん。お前は神に命乞いをした。だから俺はお前を殺す」

 

「やめろぉぉぉお!!」

 

「まっーーー」

 

フリードは迷いなく引き金を引いた。男は死んだ。張り付けにされた壁一面に血が飛び散った。明確な人の死。一誠はそれを初めて目の当たりにした。

 

「おぇぇぇ!!」

 

一誠はその場で吐き出した。新鮮な血の臭いと、頭皮が着いた肉片が転がり、中途半端に眼球潰れている。そんな光景が引き金一つで一瞬に作り出されたのだ。

 

「ありゃ?汚ないぜ、流石悪魔汚い!」

 

「う…うっせえ!クソ神父。お前は絶対に許さない!」

 

「あれ?なんで俺が悪者みたいに?ちょっと確認。悪魔と取り引きするクズ街道の最低ゴミを殺して、今から害虫よりも有害な悪魔たんを斬殺………やっぱ俺っち正義じゃね?」

 

「くそっ、龍の手(トゥワイス・クリティカル)!もう一度力を貸せ!」

 

【boost】。

 

「ーーーッてんじゃねぇよ!死ねよ、死ね死ね悪魔死ね!塵になって宙を待って、悦楽に浸る為に死んじまえ!!」

 

フリードは片手に復活させた光の剣を握り、もう片手には光の銃を携えた。そして銃を向けて何回も引き金を引く。無音の銃声から放たれる光の銃弾を避けるが、基礎スペックが足りない一誠が完全に躱すことはできない。何より、片脚のダメージが大きすぎる。

 

「これじゃ、ジリ貧だ…!」

 

せめて飛び道具さえあれば。無い物ねだりをするが、無いものはないのだ。一誠は身を屈め、避けながら少しずつフリードに近付く。しかし、近付けば近付く程、銃弾を回避することは難しくなる。擦り程のダメージが直撃と呼べるまでに段々と酷くなった。

 

「ぉぉおおお!!」

 

一誠は神器(セイクリッド・ギア)に願う。もう一度殴らせろと。想いに応えろと。

 

【】。

 

だが、応えられない。一誠は一度限界に辿り着いた。身体が悲鳴を上げてその上ダメージを負った。その為、これ以上倍加することはできない。

 

これが所有者に依存する神器(セイクリッド・ギア)法則(ルール)

 

「残念でしたっ!結局テメェはクソ弱い!!」

 

倍加できず、フリードの元に着いた。一度は殴られ警戒していたフリードも、倍加できないことが分かると笑顔で一誠を迎え入れた。

 

「食らえ!!」

 

それでも一誠は拳を引かずに突っ込んだ。だがやはりフリードの方が上手でクロスカウンターの要領で剣を持った手で殴り返される。更に崩れた一誠に爪先で鋭い蹴りを入れた。失神する程の蹴りに龍の手(トゥワイス・クリティカル)は消滅する。

 

「ぐはっーー!」

 

一誠は血反吐を吐いて蹲った。それでもフリードは一誠の横顔を光の剣の腹で殴る。焼かれる痛みと金属バットに殴られた様な威力に変な悲鳴を上げ、床を転がり倒れ伏せる。

 

「はい、これで終わり。お分かり?」

 

「ッグハァ…ハァ…な、なんでお前は、そんなに簡単に…殺せるんだ」

 

「は?」

 

その問いに対してのフリードの反応は本当に意味が分からないと言った感じの表情だった。

 

「理由…?そんなの何処にあんだよ?意味わかんねぇ…ならよ、逆に聞くけどこの世界に必要だった戦いってある?」

 

それは何を指しているのか。きっと、フリードは世界の全ての戦いについて言っているのだろうか。けれど、フリードの問いには答えられない。何故ならどんな戦いにも必要な戦いはなかったから。

 

「ないだろ?勿論、俺っちにもありません!だって生きる為に戦ってきたんだもん!金の為に戦ってきたし、悦楽の為に…な?そりゃ殺さなきゃやってらんないぜ!」

 

「……狂ってやがる」

 

一誠はフリードを睨みながら血が混じった咳をした。フリードはニヘラと嗤い光の剣を一誠に向ける。互いに蝋燭の火が揺れて出る僅かな音だけが空間を支配した。そしてフリードが剣をーーーー

 

「やめてください!」

 

一誠からすると聞き覚えのある声が。フリードからすると面倒臭い存在が。両者共に手を止めて声の主に目を向けた。

 

(ーーっ)

 

一誠が知っている女の子。逃げたことを謝ろうとした女の子。誰よりも優しい女の子がそこにいた。

 

金髪シスターのアーシアがそこにいた。

 

「おや?これはこれはアーシアちゃん!結界はちゃんと張った?」

 

「ーーッ!!いやぁぁぁぁあ!!」

 

アーシアは殺されている男の姿を見て悲鳴を上げた。

 

「あっちゃ〜。アーシアちゃん、この手の死体は初めてですか。美少女の初めて頂きましたッ!よーく、ご覧なさいな…これが悪魔に魅入られたクズの末路ですよ?」

 

「……そ、そんな…イッセーさん」

 

「ア、アーシア…っツゥ!」

 

アーシアは遺体から目を背けた時に一誠の姿を捉えた。全身が傷だらけで片脚には向こう側が見える穴が開いている。顔半分が火傷で赤く、重症と言ってもいい。そして、そんな一誠に光の剣を向けるフリード。状況が見えてきた。

 

「おっやぁ?もしや、知り合い!これは何という喜劇!シスターと悪魔が共に名前を呼ぶなんて!ホント爆笑ものだぜ!アーシアちゃん、コイツは悪魔なんですぜ?」

 

「ごめんアーシア。俺、悪魔なんだ」

 

今の痛みよりも痛々しく顔を苦ませる一誠に、アーシアは無言で近付く。それをフリードは「あら〜、アーシアたん怒った?殺っちゃう?殺ってスッキリしちゃいます?」と嗤いながら眺めていた。

 

そして、アーシアは一誠の目の前で屈み込み、手を翳して神器(セイクリッド・ギア)を発動する。緑の淡い光は一誠の患部を包み、程なくして傷が消えた。

 

「私、知ってましたよ。イッセーさんが悪魔なんだって」

 

「おいおい、マジですか、馬鹿ですか?どうなってんだクソアマ!コイツは悪魔だっつてんだろ?人と悪魔は相見えないんだよ!」

 

ニコリと微笑みアーシアは一誠にそう言った。だが、それに不満をあげたのはフリード。アーシアは一誠を守るように手を広げてフリードに立ち向かう。

 

「は?ちょっとまてよ、アーシアたん。何してんですか?」

 

「フリード神父、お願いします。イッセーさんを見逃して下さい」

 

「ざけんなっ!とうとうネジ飛んじまったか、ぁあ!?自分がなんで教会から捨てられたか忘れちまったかって聞いてんだよ!!」

 

「私はもう嫌なんです!」

 

「………もういいや。計画(・・)に必要でしたけど、俺っち怒っちゃいました。怒りが有頂天です。宇宙へと天元突破ー。ぶっ殺す!……最後に一度のChanceターイム!」

 

フリードはアーシアに向けて剣を向ける。しかしアーシアが一誠の前から退くことはなかった。震える体で尚、立ち向かい続ける姿。

 

『私は決めました。後悔しないように』

 

「私は決めたんです。後悔はしないって。だから、私はイッセーさんを助けます!」

 

「アーシア…」

 

「そうかい、そりゃ良かったですね!なら大好きなクソ悪魔と光の剣で繋げてあの世に送ってやーーー」

 

龍の手(トゥワイス・クリティカル)!!」

 

【boost】。

 

「っぶねぇ!まだ立つのかよ、良い加減諦めてくだちゃいませんですです?」

 

「うっせえ…!お前がアーシアを殺すってなら、俺がアーシアを助けてやる!」

 

聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)の効果は癒しの効果。傷や痛みを完全に治癒する効果は神器内でも最高峰である奇跡の力。

 

「……けど、体力までは回復しないッポい!」

 

そう、フリードが言う通り聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)では体力までは回復しない。一誠は肩で息をするほど消耗している。フリードは舌を垂らして馬鹿にする様に銃を向けた。

 

「俺サマの一発で聖女と悪魔がフォーリンラブ!」

 

(ヤバイ、今の俺じゃ守り切れない!)

 

【boost】。

 

二回目の倍加が発動される。消えたダメージから余分ができ強制発動した。だが著しく減った体力でその力を扱えない。

 

「動けぇ、俺の体!!」

 

「イッセーさん!」

 

一歩踏み出せた。一誠はアーシアを抱きとめて、自身の左腕。龍の手(トゥワイス・クリティカル)を持って銃弾を受け止めた。

 

「根性だけで受けきるなんて、イッセーさん惚れるわッ!!」

 

フリードが連続で撃ってくる。アーシアを庇いながら籠手で弾く一誠だったが、次第と一誠には傷が増えていった。

 

「イ、イッセーさん…!私が治します!!」

 

聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)が傷付く一誠の怪我を回復させる。だが、一誠の残り少ない体力は光を弾く度にバンバンと減り、気張った所で焼かれる痛みが続く。

 

「ギャハハハハァ!ゾンビ戦法なんて今時流行もしねぇよっ!………ありゃ、銃の光が切れちまった」

 

「今ッ!」

 

「マジですか」

 

龍の手(トゥワイス・クリティカル)がフリードの腹に直撃する。二回の倍加による一誠のフルパワーはフリードの身体を浮き上がらせた。

 

「俺達の勝ちだ!!」

 

さらに一誠はフリードの顔面を殴り地面へと叩き付けた。フリードの剣と銃を逆側まで蹴り飛ばし、トドメと言わんばかりにもう一発倒れているフリードを殴った。

 

「ヒュー、ヒュー…ッカハッ。ッハァッハァ」

 

体力も限界だったのか、呼吸一つなんとか出来ている。心臓のバクバクが鼓膜を突き破りそうだ。脚の筋肉がもう動かない。ブルブルと震えた後、耐え切れないとばかりに体勢を崩して座り込んだ。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「ハァ、ハァ…あ、ああ!大丈夫!」

 

駆け寄ってきたアーシアの手を借りてなんとか立ち上がる。

 

「アーシア、この前は逃げちゃってごめん。俺、決めたよ。俺の手の届く範囲なら、俺は迷わず手を伸ばすって」

 

「イッセーさんならできるって知ってました。道に迷った私を助けてくれましたから」

 

「そうかな…アーシアみたいな可愛い女の子に言われたら悪い気はしないけど……」

 

「ふぇ!?か、かわいい…女の子…!」

 

アーシアは顔を真っ赤にして俯いた。しかし、一誠は首を傾げる。この鈍感さも一重に主人公足り得ていた。

 

「けど、救えなかった人もいる」

 

一誠は死んだ依頼者に顔を向ける。本当なら視界に入れたくない。けれど助けられたかも知れない人を助けられなかった。

 

「それでも、イッセーさんは手を伸ばしたんですよね…?」

 

「それに俺は油断した。手を伸ばしたら終わりと思ったんだ。けど、掴まなきゃいけないんだ。俺はまだ弱いけど、救える人なんて少ないけど、俺は手を伸ばすんだ。俺にはそれしかできないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、その腕ごと斬ってあげるぜ?」

 

フリードがいた。顔から血は出ている。打撲痕も見つかる。だが無傷のように立っていた。明らかな異様さが目につく。普通はもっと痛がる。思えばフリードは一回目に殴られた時も怒ってはいたが、痛がってはなかった。

 

(単純に俺の力不足?)

 

いや、そうじゃない。それならあんなに血は出ない。打撲痕はつかない。

フリードは笑っていた。嗤っていた。

 

「どうちましたぁ?もしかして勝ったつもり〜、えぇ〜自信過剰さんなんだからぁ〜………勝てる訳ないじゃん。俺、天才。お前、凡人。ギャハハ、最初から遊んでたのでごぜーます!」

 

フリードが木場よりも速いスピードで迫ってくる。走馬灯のような遅い世界だというのに。そしてフリードの拳が迫る。

 

「い、いやぁぁぁぁあ!!イッセーさぁぁん!!!」

 

 

 

 

 

フリードは寸前で気配を感じ取り、後方へと避けた。

 

瞬間、家の天井が粉々に消え一誠の前に光の槍が突き刺さる。

そして、上にはまたしても知っている顔が。

 

「やっと見つけた。外道」

 

「アンラッキー…堕天使ちゃんに見つかっちった!でも、前みたいに四羽じゃねぇんですね、こりゃラッキー」

 

「……テメェか。この人殺したのは」

 

「あぁ?え、誰これ。僕ちゃん知らない知らない!」

 

「ウチにはテメェが殺したようにしか見えねぇんだよ!!」

 

そこにいたのは堕天使ミッテルトだった。

そして、グレモリー印の魔法陣が浮かび上がる。

 

戦いは加速する。赤き龍は眠りから起きない。

 

 

 

 




はい、やっぱりバトルはいいなぁ。

で、フリードが原作から乖離し始めましたねっ!え、それほど変わってない?………変わってんだよっ!!(激おこ

次回は明日か明後日。恐らく明日…タブンネ。


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戦慄のフリード・セルゼン

昨日投稿するって言ったのに今日投稿。
アレ、つまり今日が昨日?

ーーーーー土下座。




「ミッテルト!」

 

「んあ?イッセーじゃん」

 

冷え切る剣幕からコロっと表情を変えるミッテルト。

そして、魔法陣からはリアスを始めとした部員全員が姿をみせた。

 

「イッセーくん、助けにきたよ」

 

「あらあら。これは大変ですね」

 

「……あの時の神父」

 

木場は剣を鞘から引き抜き、朱乃は手から電気を放つ。子猫は指を鳴らしていた。

 

「みんな…!」

 

そして誰よりも怒りを見せていたのは部長であるリアスだった。紅い魔力を全身から発していた。

 

「これはこれは…堕天使サマに大勢の悪魔さんじゃあありませんか!」

 

フリードは無用心に歩いて剣と銃を回収しようとする。だが、ミッテルトが刺さった槍を投げて剣と銃を破壊した。

 

「…あ?」

 

ピキッとフリードの顔に青筋が入り、ミッテルトを視線で射抜いた。直接見られてない一誠が肩を跳ねさせる。

そのやりとりで敵はフリードであると理解したのか、木場がフリードに斬り込んだ。

 

金属音が部屋中に響く。木場の一撃をフリードが剣で受け止めたのだ。

 

「持ち運び簡単なビームサーベルを一本しか持ってないとぉ?」

 

「持ってたとしても、どうということはないよ『はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)』」

 

「貴方のことについては調べたましたわ。元教会所属フリード・セルゼン。天才的な剣捌きから神童と呼ばれ、教会最強になった男。追い出された理由までは分かりませんでしたが、うふふ…その下品な口なら仕方ありませんわね」

 

「…………」

 

「余所見とはねっ!」

 

また雰囲気が変わった。依頼者を殺した時のように真顔になって朱乃を睨む。木場はそれを隙だと斬りかかったが、それより速い剣捌きによって剣を破壊された。

 

「な、なに!?」

 

「ムカつくな、機嫌がよくない。これは機嫌がよくないぞ」

 

フリードがガラ空きになった木場目掛けて光の剣をーーー

 

「ッさせません…!」

 

子猫がフリードの脇腹に『戦車』で強化された一撃を放つ。馬鹿げた力は一誠の攻撃より強い筈だったが、フリードは僅かに横に吹き飛んだだけで、外傷などない。

 

「受け身をとりました…!」

 

「私がお相手します!」

 

朱乃が子猫の前に出て雷による攻撃を仕掛けるが、フリードは左手でそれを受けた。本来なら自殺行為の行動だったのだが、雷はどんどんとフリードに吸い込まれるようにして、最後には消えた。

 

「なっ!?」

 

俺じゃない奴が俺の代わりをしやがって(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)……」

 

フリードは意味不明な発言をしながら手に持つ剣で床をグサグサと刺し続けた。ほぼ全員が動けないままフリードの奇行を窺う中、リアスは滅びの魔力を撃ち込んだ。

 

「っと…!あっぶねぇあぶねぇ!」

 

我に帰ったフリードはリアスの一撃を避けて回避するが剣の光部分と、部屋の一部が消滅した。リアスの猛攻は止まらず手当たり次第に魔弾を連発する。フリードは人間離れした回避を続けるが掠った神父服が一部消滅したりと危うい場面も多い。

 

「こ、これが部長の力…」

 

「噂に聞く滅びの魔力っすか」

 

「滅びの魔力?」

 

「…イッセー自分の主のことも知らねぇの?」

 

「え?部長ってそんなに有名なのか?」

 

ミッテルトが呆れた様子で一誠を見る。朱乃はそんな一誠に苦笑いしながら答える。

 

「リアスの魔力は特別なの。相手を消滅させる魔力。滅びの魔力を持つことから別名『紅髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)』と呼ばれてるお方ですもの」

 

その恐ろしい二つ名に負けない攻撃力を目の当たりにする。無論、コントロールもただの脳筋であるが、それでも中級天使等は滅殺できる威力だ。

 

「分かってきましたんですよ〜!なぁんで毎回小規模の魔弾しか撃たないと思ったら、こんな閉所じゃ『みんなを巻き込んじゃいますぅ』ってことダヨねー!!力の制御もできないお嬢ちゃんが持ってて良い力じゃないんだよなぁ(笑)」

 

フリードの回避率が向上していく。別にリアスの魔弾の質が落ちた訳ではない。再び光のブレードを展開したフリードは、舌を出して揺らしながらも眼が忙しなく動いている。

 

フリードは見極めていたのだ。癪に触る言動は相手を苛つかせ攻撃を大雑把にする。逆に冷静な相手には警戒心を持って対応する。先ずはこれで獲物か雑魚かを仕分ける。

リアスの様な随一の魔力攻撃を持つ相手には敢えて危なく躱し、魔力が作用する範囲を把握して、その後は相手の視線で変化するのか、相手の手の向きで変わるのかを検証すれば、もう容易に掴み取れる。

 

「くっ、どうして…!」

 

「ギャッハアァ!!どうして?どうもこうも雑魚だから弱いんですよぉぉ!!」

 

「…あら、ありがとう。近付いてきてくれて」

 

フリードが迫ったお蔭で逆に手に纏わせた滅びの魔力をぶつけることができる。そう確信したリアスは目の前の屑を消す為に手を仰いだ。

 

「待ってましたよ散々と!」

 

フリードは目の前に広がる滅びの魔力に左手を突っ込んだ。

 

「嘘…?!」

 

何人たりとも滅ぼす力がフリードの左手一本を前に消え去った。勝ちを確信していたリアスには防御する体勢ではない。フリードは右手に持った光の剣でリアスの首に狙いを定めた。

 

だが、その前からずっとフリードの首に狙いを定めた者がいた。

 

「ちょっとウチを無視し過ぎなんですけど」

 

リアスの影からミッテルトが槍を撃ち込んだ。急に現れた槍にフリードは過剰な回避行動を取った。

 

「ふーん、回避しちゃうんすね。今の攻撃は回避しちゃうんすね?」

 

「あ?」

 

「え〜、気付かないんすか?ウチ、わざと左手でカバーが間に合うように攻撃したのにぃ?」

 

馬鹿にしたように笑いながらフリードを見る。歳は兎も角、容姿的には自分よりも下の女に笑われたフリードは、それにイライラとした様子で顔を顰めた。

 

「左手、使わなかったすね…マジ光の槍はその左手の範囲外ってことっしょ!」

 

「っブッ殺す!!」

 

フリードはミッテルトへと踏み込みの突きを放つ。ミッテルトはそれを軽々と槍でいなして、その勢いでフリードへと踵での回し蹴りを決める。

 

「って!」

 

そのまま脚をフリードの首に引っ掛け、上体を起こして光の槍をフリードの背中に突き立てた。槍はフリードの肩に突き刺さる。

 

「こ…これは?」

 

「うぉぉお!!」

 

少しの動揺によって空いた時間はミッテルトを払い除けるには十分な時間だった。ミッテルトは飛び退き距離を取る。

 

「この…メスガキぃ!!」

 

フリードは左手を向ける。何かを消す訳ではない。では、一体何のために。それは直ぐに訪れた。

 

「「「「「なっ…!?」」」」」

 

滅びの魔力がミッテルトへと放たれた。ミッテルトを含めた全員が驚愕する。悪魔でもない人が魔力を使うだけではなく、滅びの魔力を扱うなど。

 

「堕天使舐めんな!」

 

光の槍を二本展開して、その一本を投げる。勿論滅びの魔力には到底及ばない。ぶつかれば掻き消えるだろうが、ミッテルトは空かさず一寸の狂いない場所は一本目より速く二本目を投げた。

 

滅びの魔力に届きそうな一本目に、二本目がぶつかり更なる速さと威力を増した。その勢いは明確な形を持たない魔力を潜り抜ける。滅びの魔力は効力を発揮するが、光の槍は半分を残して突破した。

 

これにはフリードも予想外だったのか、何も反応できず頬の横を槍が通った。顔を動かすと背後の壁に槍が突き刺さっている。頬を触れると一誠に殴られた痣の他に明らかに切られたばかりの傷が増えていた。

 

「…す、凄え」

 

一誠は先の一連の攻防をみてそう呟いた。ミッテルトは槍を向ける。当然フリードへ、でだ。そこには一切の容赦はなく、槍の光が増す。

 

「酷いなぁ、非道いよ。堕天使は人間を守るんだろうがッ!何を血迷ってクソ悪魔なんか助けてんだよ」

 

「…ウケることを聞かないで欲しいつーの。アンタと比べたらイッセーの方が超人間だってのッ!」

 

ミッテルトは室内で堕天使の翼を広げ、フリードに向けて扇いぎ突風を発生させる。思わず顔を背けると背けた先にミッテルトが立っていて、槍の鋭利な矛先が突き出された。

 

「うおああっ!」

 

左目から僅か一ミリの距離でなんとか、光の槍を光の剣で弾く。無茶な弾き方に光のブレードは欠けたが、フリードは地面を蹴り上げ飛び退く。

 

「まだソコ、範囲内っすよ」

 

ミッテルトは槍持ち手を変えてリーチを長くする。それを叩き付けるようにフリードの横腹に打ち付けた。フリードは欠けた剣でそれも防御するが、今度は完全に折れた。

 

「ほげっ!?」

 

幾ら剣で威力を削ぎ落としてもダメージになる攻撃。フリードは馬鹿な悲鳴をあげながら舌打ちした。

 

「…リアス部長。彼女、恐ろしく強い」

 

「ええ、滅びの魔力を貫通させるなんて…馬鹿げてるわ」

 

木場とリアスはミッテルトの強さを前に何もできない。領主としての憤りは感じるが、下手に手を出したら危ないのはコチラだと認識せざるを得なかった。

 

「ヒ、ヒャアハハハ!!忘れたのですかぁ?この前の俺ちゃんは、テッメェを含めた四羽から逃げ切ったってことをさぁ!!」

 

「その傷で良く喋るじゃん。やっぱ人間やめてるわ、アンタ。それにこの前は拘束しようとしたんす。けど、それは前回まで…。アンタはマジ危険だから、確実に殺す」

 

「………殺す発言、頂きました!で・す・が…なんと特別キャンペーン!本日は頂いたモノをそっくりそのままお返し致しま〜す!ーーーってことで連絡、ポチッと」

 

フリードはポケットから取り出した無線機のボタンを押した。

 

「!部長、付近からかなりの多さの悪魔祓い(エクソシスト)が向かってきていますわ!このままでは此方が不利になります」

 

「…そう、その為の無線ってわけね。朱乃、イッセーを回収しだい帰還するわ。ジャンプの準備を」

 

「はい」

 

「部長!アーシアとミッテルトも一緒に!」

 

帰還できると分かった一誠はこの場で悪魔以外の二人もとリアスにせがむ。しかし、そんなに甘くはなくリアスはそれを両断した。

 

「無理よ。魔法陣で移動できるのは悪魔だけ。しかもこの魔法陣は私の眷属しかジャンプできないわ」

 

「そ、そんな…!」

 

一誠は未だ続く剣戟を繰り広げるミッテルトとアーシアを見る。アーシアはそれに気付いたようで、笑った。

 

「イッセーさん。また、会いましょう」

 

それが最後の言葉だった。魔法陣は完成して、即時ジャンプが発動する。魔力がなく、魔法陣の転移に憧れてさえ持っていた一誠は感想さえ持つことなく、二人に手を伸ばした。

 

「手…伸ばせるじゃん!やっぱ結構好きだぜ、イッセー」

 

「俺とランデブー中になに他の男に告ってんの?」

 

「は?そんなので勘違いするなんて、餓鬼過ぎない?」

 

馬鹿にした言葉を馬鹿にした言葉で返す。フリードはそれを剣で答えた。ミッテルトは一誠達に背を向けて最後に言う。

 

「ま、あのシスターは任せろって。ウチ、人を守る堕天使ですし?」

 

「二人とも絶対に生きてろよ!!俺はまだあの時のお礼を返してないんだからな!!」

 

それを最後に一誠を含めた悪魔は転移した。残ったのは三人のみ。しかしその時間も少ない。今もこの場に向かって多くのはぐれ悪魔祓いが来ているのだ。

 

「えっと、アーシアだっけ?ウチの背後で伏せてるっすよ」

 

「は、はい!」

 

「ギャハハ、悪魔御一行様が帰宅されたので、俺もやっと伸び伸びとできますわァァァア!!」

 

剣戟はより一層加速する。何方も剣の使いと槍の使いが巧い。だが、やはりミッテルトが押していた。槍のリーチを巧みに変え、体の捻りと軸を使いフリードの行動を抑制する。

 

天才で神童と呼ばれたフリードでもいつかは負けない力を取ることは可能だろう。だが、今は不可能だ。この槍捌きを越えるにはフリードの人生は余りにも短い。逆にミッテルトの人生は余りにも長い。

 

「鍛錬の時間が違うってか?ロリBBAがよ!!」

 

「ちょっ、こんな可愛い女の子にババアとかぶち殺すぞお前!!」

 

「隙ありィ!!」

 

「ないし!!」

 

何度目か分からない程に光のブレードをへし折った。だが、フリードは再び光のブレードを展開する。ミッテルトはそれを睨み付けた。

 

「ねぇ、アンタ。その光…一体誰から供給されてる」

 

ミッテルトは怒っていた。それもただ怒るのではなく、光の槍を多数撃ち出しながらだ。フリードはそれに疑問符を付けるかのように首を傾げた。

 

「知らない筈ないよなぁ。教会から追い出された時、主からの恩恵は消え失せ、武器に光の供給がされない。だからはぐれが光の供給のために堕天使の庇護下に入るのは昔からっす」

 

悪魔祓い(エクソシスト)にとって光は消耗品だ。一度の戦いで使った光の剣と光の銃は教会に提出して、主の加護の元に光が充填される。けれど、はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)にはその充填がされない。闇市では確かに光の武器を買えなくもないが効率が悪い。しかし、今フリードが行っているのは同じ武器で何度も光のブレードを出す点である。

 

つまり何者かの支援、加護が今も発生していると言うことだ。だが、それは誰だ?教会を追い出された時、天使との縁は切れた。このイカれた悪魔祓いを堕天使が容認するかと言われればNOと答えられる。

 

(…反『神の子を見張る者』派?いや、絶対ありえない。アレらにはそんな余裕はない。大体、マジデメリットしかない。バレたら光の質やそれに籠もった『気』からコカビエル様に消されるのは目に見えてるっす)

 

「……まあ?最後だしぃ?教えてやってもイイけどぉ?」

 

「じゃ、教えて」

 

「頭下げて詫びろ!『フリード様ごめんなさい』ってよぉ!」

 

「なら、ウチが手取り足取り、無理矢理話させてやるよ」

 

互いが武器を構えて衝突しようと踏み出した瞬間、家の壁が破壊され外から何人かの悪魔祓いが到着する。フリードはニヤリと嗤ってミッテルトを見たが、彼女は澄ました顔でフリードに武器を構えたままだった。

 

「おい、遅かったな〜!いつもなら俺様マジ切れ案件だったけど許したげるよ!さっさと手伝え!このメスガキをコロコロしちゃおう!サッカーしようぜ!!」

 

「「「………」」」

 

「あん?おい、どうした…なにしてんのチミ達」

 

「も、申し訳…ありません。我等のチーム以外ーーー」

 

「否である。貴様等も総じて全滅だ」

 

轟音と共に到着した4名は糸が切れたように倒れた。そして、その背後か

現れたのはハットを被った男の堕天使。ドーナシークである。

 

「ほう、ミッテルト相手にまだ生きているのはしぶとい人間だな」

 

部屋の戸から普通に歩いて来た青髪の女堕天使。カラワーナ。

 

「ど?アンタの頼みの綱。全部私達が切ってあげたけどぉ〜?」

 

「言うなミッテルト。後がない者程、なにをするか分からん。それに奴は普通(・・)ではない」

 

「ドーナシークの言う通りだ。少なくとも私ならそこのシスターを人質に取るな」

 

カラワーナが光の槍を鞭の様に変えてアーシアに迫るフリードを叩き落とした。そして、首に巻き付いたと思うと鞭の形状を取っていた光が斬首台の拘束具へと形状を変える。

 

「ーーーんだこれぇ!?」

 

「貴様に言うことなどない。おい、これなら容易には破られまい。後は貴様等が後始末をつけろ」

 

カラワーナはアーシアの元に膝をつき格好良く微笑む。

 

「シスター。私が貴様を救おう」

 

カラワーナは手を伸ばしてアーシアの体を抱き上げた。所謂、お姫様抱っこと言う奴だ。そして、拘束されて騒ぐフリードを踏み付けながら来た戸に向かって歩いて行った。

 

「クックック…アイツらしいな」

 

「アハハ…コカビエル様に憧れて過ぎっしょ」

 

苦笑う二人を他所にフリードは右手に持っていた剣を手放し、光に手を付けた。だからと言ってどうにかなる物ではない。しかし、光の拘束が吸い込まれる様にして消えた。

 

「「!?」」

 

「ふぉおおおお!光の充填完ッ了!一気に今日の元を取れる濃度だぜい!ぶいぶい」

 

「おい、テメェ…どうなってるんすか。消すのは魔力で光は超範囲外だった筈じゃん」

 

「?それは左手の話でしょ?右手は光専用おててなんでごぜーます」

 

フリードは両手を二人の目の前に見せる。フリードの掌にはホールが取り付けられたようにあった。

 

「……ミッテルト。違うぞ…!奴は消しているのではない。吸収している」

 

「ッ!なる程、だから滅びの魔力を出す芸当ができたり、光の供給がスムーズに出来てたんすね」

 

「その通りッ!まだ足りません…なんとなんと!吸収した力を自分のエネルギーに変換することも可能ぅ!」

 

「どんなテンションだよ…」

 

「気を付けろ…ミッテルト!」

 

フリードは踏み込み一気にミッテルトの懐へと侵入する。ミッテルトは退きながら槍を回して侵入を阻むが、フリードは嘲笑いながら剣を手放し右手で槍に触れた。

 

「テメェ、またッ!?」

 

「光の槍をどんなに巧く使っても、肝心の槍が消えちまえば無問題ィ」

 

手放して落ちていく剣を左手で掴みガラ空きになったミッテルトへと剣を振る。

 

「一筋縄にはいかんだろう」

 

横から入り込んだドーナシークは素手で剣をいなし、片手でミッテルトの体を退ける。静かだが、大きな動き。そして、フリードの爪先を踏み抜いた。

 

「あついたぁ」

 

爪先にじんわりと熱さが広がる感覚があるのに、フリードはヘラヘラとしていた。ハットの下から覗く目がフリードを見据える。

 

「貴様、痛みを感じてないな」

 

「正解ッ!満点ッ!百満点ッ!!お詫びに必殺袈裟ーーー」

 

フリードの体が吹き飛ばされた。だが、爪先は踏み抜かれたままのため、足首の骨が無理矢理外され、フリード体は後頭部から床に落ちる。

 

「喋るな」

 

ドーナシークは発勁をしたのだ。あばら骨を粉砕する一瞬の全力。

 

「……やはりな。貴様からは『気』を感じない。あるのは、今吸収したミッテルトとカラワーナの光の残留のみ。貴様、人ではないな」

 

そう、ドーナシークは発勁により相手の内部を感じ取った。さらに、生物には少量であろうと存在する『気』を感じられなかった。

 

ドーナシーク。コカビエルからの教えを受けた『気』を扱う堕天使である。

 

フリードは急に上半身だけ起き上がり、左手を伸ばす。そこから朱乃の雷が放たれた。ドーナシークはそれを『気」で纏った拳で弾いた。その僅かな隙でフリードは踏み付けられた足を引き抜き、開放される。

 

「やっぱ、人じゃなかったんすね。ウチが刺した時、変な感触ありましたし」

 

「同じく発勁をかけた時、奴の骨は機能を別の用途としても使っていた。やけに機械臭い。アザゼル様なら何か知っているのだろうがな」

 

フリードは外れた足首を弄っている。そしてカチッと言う音と共にハマった。

 

「ふぅー、これでまたもやラウンドスタート!残機はまだまだ残ってますよぉ〜。天才が扱う剣の切れ味とくとご覧あれ!袈裟斬り袈裟斬りィ」

 

何事もないように剣を振り回しながら飛びかかってくる。身体能力は先程よりも高い。カラワーナとミッテルトの光の残留がなくなっていることにミッテルトがいち早く気付いた。

 

「エネルギーに転換ってそう言うことっすか!!ドーナシーク!!」

 

叫んだ時にはフリードの剣が受け止められていた。

 

「侮ったなッ、人外!」

 

剣先が膝と膝に挟まられ止められていたのだ。そして剣先をへし折り、拳を叩き込む。後ずさったフリードにドーナシークは手刀を構え、振り下ろした。

 

「ぐぉおっ!?」

 

袈裟斬りにされたのはフリード。そして、表面の血肉の奥には人工的な機械が散りばめられていた。

 

「剣の切れ味は剣のみに非ず。己を研いで研ぎ澄ました者のみが真の剣の味を知ることができる。才だけでは到達し得ぬ、味がな!」

 

ドーナシークは構えを取る。『気』が視覚できる程に体を包んだ。

 

「ウチも動きはもう見切った」

 

ミッテルトも光の槍を構えてる。光が一層に濃くなった。

 

ふらついたフリードの視線は前髪に隠れる。ほんの少し見えた眼は真っ黒の闇に見えた。フリードは無線機を取り出す。そして無線機の向こう側に存在する何者かに一方的に言い放った。

 

「おい、どうせ実験で試すなら今試すわ」

 

『ザー……ーーーザー…ー仕方ない。堕天使が強過ぎた。良かろう、試したまえ』

 

「ギャハハ、どうも〜」

 

そうして無線を終了した。持ち手しかない剣をフリードは捨てた。最早必要ないとばかりに。

 

「もう一度自己紹介をしましょうぜ?俺はフリード!」

 

和かに挨拶しながらも、袈裟斬りにされた胸の辺りからオレンジ色に発光する。

 

「フリード・セルゼン!」

 

オレンジ色に発光する中心には、ちらりと球体が見えた。一つ星の球体が。それに気付かない堕天使二人は後ずさる。何かおかしい。フリードからは『気』を感じない。特別変化はない。だが、鳥肌が立つようなビリビリが走った。

 

「改造された仮面ライダー!人類滅ぼすターミネーター!いんや!!」

 

部屋は殆ど崩壊している。結界もほとんどない中で、フリードの笑い声だけが広がる。

 

「人造人間フリード・セルゼン!よろしくね!!」

 

 

 

 




フリード…お前っ!

雑魚堕天使は強い。


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聖女から魔女へ。そして少女へ。

モンスターではないッ!ボクだッ!!
お久しぶりです。全回言い忘れてましたが、無事テストしゅーりょーです。これは100点取っちゃいましたねぇ。


 

 

一誠は動けない身体をソファに預け、疲労回復の治療を受けながらリアスの話を聞いていた。

 

「本来の悪魔祓いは二通りあるわ」

 

神の恩恵を受けた教会側と、堕天使の恩恵を受けたはぐれ。

 

「けれど…あのフリードって神父は只者じゃない。あんなナリだけど実力は本物。祐斗や朱乃、子猫の攻撃を物ともせずに私の滅びの魔力を無効化するどころか、自分のものにしていた」

 

悲痛に歪んだリアスの顔にはいつもの威厳が欠けているように見えた。一誠はそれにかける言葉がみつからない。一誠はまだ部員のことを何も知らない。その魔力も培ってきた力も。抱えている問題も。

 

「イッセーと仲良くしていた堕天使はそのフリードを圧倒していた。だから、二人とも大丈夫よ…きっとね」

 

(最後にフリードを見た時、自身の左腕が震えていた。それは、俺の神器が警戒したからなんじゃないのか?)

 

危険さを誰よりも知っている者がいる。まだ目覚めてもいないが、その力を誰よりも近くで受けたことがある、伝説の龍。だからこそ、一誠にも感じることができた危機感。

 

「そうっすよね…」

 

しかし一誠は小さく肯定した。

 

▽▽▽▽▽

 

「……っと!イテテテ」

 

一誠の疲労は翌日に治る簡単な物ではなく、足元がおぼつかない。限界地点をたった一時間に満たない間に二度も踏み入れたのだから当然と言えば当然の結果である。

 

「やっぱ、弱いよな俺」

 

前日の戦いは、悪魔vs人であった。一誠は転生により身体能力の底上げはされた。更に神器により、二回の倍加を使った。しかし、フリードを一回も倒し切れてはいない。

勿論、フリードの経歴は朱乃から聞いている。神童で最強と言われていたと。けれども一誠はフリードに拳を叩き込んだ時に確かな手応えを感じたのも確かだ。

まあ、結局の所フリードは人ですらなかったのだが、一誠にそれを知る術はない。

 

「やっぱ、筋トレかなぁ」

 

一誠は腹筋の片鱗すら見せない哀れな腹を見て苦笑う。

アーシアとミッテルトの安否も気になるが、転移後を知らない一誠に出来ることなどない。兎に角、目標は倍加二回の状態を維持できる体づくりと意気込みを持つ。

 

「………イッセーさん?」

 

「アーシア!?」

 

一誠とアーシアは三度目の再会を果たした。

 

▽▽▽▽▽

 

「はうぅ」

 

ハンバーガーショップと言う、余り馴染みがないであろう場所にシスターが居るというのは相当目立った。一誠はレジで右往左往しているアーシアの代わりに注文を通す。

 

「あぅ、情けないです…ハンバーガー1つ買えません」

 

「あはは…ま、まぁアーシアは日本語喋れないから仕方ないって」

 

「そうでしょうか…」

 

一誠は食べ始めるも、アーシアはどうすれば良いのか分かってないらしい。食べ方を説明しながらハンバーガーを食べる。

 

「大変美味しかったです!」

 

「そっか!」

 

大体食べ終わる時に、一誠は聞いた。

 

「えっと、アーシア。あのさ、昨日は大丈夫だったか?」

 

「…はい。あの後は堕天使様が二名現れて、私を助けてくれました」

 

「じゃ、じゃあミッテルトも無事なんだな。よかった」

 

「あ、いえ…私は先に助けて貰ったので、その後のことは…すみません」

 

「あ、いや!大丈夫だって!仲間の堕天使だって来てくれたんだぜ!きっとフリードの野郎もぶっ飛ばしてくれてるさ!」

 

ミッテルトだけでもフリードを圧倒していた事実と、救援として二翼の堕天使が駆け付けたのならと安心した。素人目の危機感とミッテルト達の強さを比べるなら、それは聞くまでもないと一誠は勝手に締め括った。

 

「アーシア」

 

「は、はい」

 

「今日は遊ぼう!」

 

「え?」

 

▽▽▽▽▽

 

「ハァ、ハァ…遊び過ぎた…」

 

「は、はい…私もちょっと疲れました」

 

ただでさえ疲労回復の為の時間を一誠は思い切り遊んだ為、アーシアよりも疲労が見えている。

 

「ッテテ」

 

そんな疲労困憊の中に走ったりした所為か、捻挫する始末。

 

「イッセーさん怪我を?もしかして、先日の傷がまだ!?」

 

「え、あ…その」

 

『かっこ悪い。』

 

一誠は思春期の男子だ。当然、モテたい上に性欲の権化でもある。それが美少女の前ではしゃいで捻挫をした等、口を裂けても言えないのだが、先日の話を出されて泣きそうな顔をされてまで言われたら、仕方あるまい。

 

「イエ、ネンザ…デス」

 

「ぇ……ぷ、ふふふっ」

 

アーシアも気付いたのか笑い始めた。一誠は恥ずかしさで顔を赤くする。

 

「わ、笑うことないだろ」

 

「す、すみません…ふふ。いえ、えっと…な、治しますね」

 

アーシアが手の平を当てる。温かい淡い光が患部を照らし、痛みがなくなる。先日はフリードとの戦いで気付けなかった優しい光は、争いからかけ離れた尊いものだと一誠は思った。

 

「すごいな、アーシアは。治癒の力、すごく力だよ……優しい力だ」

 

「……」

 

アーシアは嬉しそうに笑顔を向ける。そんな美少女の笑顔に一誠は見惚れた。転生する時からかなりの美少女と対面してきたが、それでも見惚れる程の美しさを感じた。

 

「そういえば、イッセーさんも神器(セイクリッド・ギア)を持っていましたね!」

 

「え?あ、まぁな!けど、やっぱりアーシアの神器(セイクリッド・ギア)の方が良いよな!ほら、俺のは戦う為の力だからさ」

 

アーシアは少し複雑そうな表情を浮かべた後、笑う。けれど、その笑みにはどこか悲しさを感じさせた。

 

彼女の口から語られたのは「聖女」として祭られた少女の末路。治癒の力によって教会の「聖女」として崇められた。しかし、少女は人の為になるならと治癒を続けた。何人、何十人、何百人。数え切れない人を治して、感謝を述べられる。それが堪らなく嬉しくて、少女は治癒の力を使った。

 

少女は同時に寂しさも覚えた。「聖女」として人とは乖離された存在に昇華された時から、少女にとって友人となり得る存在が居なくなった。誰もが優しく接してくれる。誰もが大事にしてくれる。それはアーシア個人ではなく「聖女」だからと思ってしまえるほどに。

 

理解はしていた。

 

異質は力は自分達とは別の存在であると思われることなんて。しかし、それでも治癒を続けた。「人を治療する機械」としてでも構わないからと。

 

少女に人生を反転させたのは、たった一つの治癒からだ。目の前で怪我をしていた悪魔を少女が見捨てられなかった。そんなたった一つの治癒から、少女は教会から「魔女」として扱われた。

 

教会の誰もが少女を指差し非難を浴びせた。今まで救ってきた者達ですら感謝を垂れ流した誰もが「魔女」だと唾を飛ばす。

 

誰も庇ってくれなかった。それが少女にとってどれ程のショックだったか。想像に難くない。けれど、たった一人だけ最後まで優しくしてくれた。

 

『……日本にいけ。どんなに厳しくても、辛くても、きっと君にとっての主人公(ヒーロー)が、その手を取ってくれる』

 

その人は教会の誰かだったのは間違いない。神父服にフードをかぶっていたから顔も分からなかったけど、少女はその人の助言で日本まで一人で歩んだ。

 

日本に着いた時、そこでフリード神父と会った。少女に話しかけるその声が、何処かあの時の誰かに似ていて教会へと足を踏み入れた。だが、フリード神父にすら。

 

「けど、後悔はしてません。持って生まれた力ですから」

 

後悔はしていない。そこに間違いはない。神器(セイクリッド・ギア)を持って生まれた以上仕方のないこと。けれど、後悔がないだけで寂しさは残っている。友人が居ない。少女が教会に勤める間にあった唯一の願い。

 

「……俺が友達になってやるよ」

 

「え?」

 

「だから、俺が友達になってやる……いや、もう友達だ」

 

「それは、悪魔のけーーー」

 

「悪魔の契約なんて言うなよ、自慢じゃないが俺は一回だって契約を取ったことはないんだぜ?」

 

だから一誠はその夢を叶えることにした。契約でもないただの宣言。アーシアの了承なんて必要ない。

 

「私は…世間知らずです」

 

聖女は教会に幽閉される様な生活だった。

 

「これから知っていけばいいさ、俺だって世間のことなんて分かんないだ」

 

「私は…日本語が話せません」

 

魔女はその身一つで日本まで来たのだから。

 

「これから知っていけばいいさ、俺は日本人だぜ?エモいからぴえんまで全て教えてやるぜ」

 

「…………友達と何をしゃべっていいのかわかりません」

 

少女には友達なんていなかったから。

 

「アーシアはもう、俺と喋っているじゃないか」

 

「……私と友達になってくれるんですか?」

 

「馬鹿言え、俺等はもう友達だ。アーシア」

 

アーシアは口手で覆い、涙を溢れさせる。そして頷くことで肯定とした。その涙にどれ程の想いがあるのか一誠には分からない。けれど、その涙がとても尊いものであることは理解できる。

 

「無理だな!!」

 

故にそれを拒絶するはぐれ悪魔祓い(エクソシスト)などに邪魔される訳にはいかない。教会にこれ以上、少女を友達の幸せを壊させる訳にはいかない。

 

「そんなにアーシアに幸せをあげたくないのかよ」

 

悪魔祓い(エクソシスト)は光の剣を掲げて迫る。一誠は龍の手(トゥワイス・クリティカル)を知らずに発動していた。

 

「アーシアは俺の友達だ。お前達はアーシアの敵だ。つまり俺の敵だ!」

 

【boost】

 

疲労のことなんて一誠には関係なかった。そんなものは捨て置けるくらいに許せなかった。一誠の中の火は大きくなる。

 

「アーシアの未来はアーシアのものだ!」

 

【boost】

 

二回目の倍加。再度限界地点に入った…。一誠は振り下ろされる光の剣を横から殴り付け粉砕する。

 

【boost!】

 

三回目の倍加。先の戦いは僅か1日前。時間にしては二十四時間も経過していない。一誠はそれでも限界を底上げした。体のスペックは変わらない。疲労だって残っている。しかし、一誠はそれを上回る精神がある。

 

ここだけだ。しかしその精神や根性といった感情面だけでいい。それだけで十二分。一誠はドラゴンと相性がいい所以。

 

「お前がアーシアの未来を否定するなら、手を伸ばす前に先ずはお前をぶっ飛ばす!」

 

「なんだと!?」

 

「うぉぉお!!!!」

 

「グッハッッ!!?」

 

一誠の拳は見事悪魔祓い(エクソシスト)の眉間に叩き込まれた。三回の倍加によって上げられた力は悪魔祓い(エクソシスト)の身体を言葉通りに吹き飛ばした。

 

「「「「「「おのれ、小癪な!!」」」」」」

 

しかし、悪魔祓い《エクソシスト》も一人ではなかった様で、ゾロゾロと現れる。だが、一誠に諦めはなかった。更に握り拳を強くする。

 

「イッセーさん」

 

「アーシア」

 

「助けて下さい!」

 

「ッ!ああ、任せろ!!」

 

向かってくる敵は一誠により確実に一人ずつ倒れ伏す。やはり全員がフリード以下の力しか持っていない。悪魔の身体能力と三回の倍加によって繰り出される拳を避け切れる者は現れなかった。

 

光の濃度が薄いのか、光の剣も弱々しく儚く砕ける。

 

「ーーお、のれ」

 

そして最後の一人が倒れた。一誠もダメージを負ったが、その殆どが擦り傷であり唯一貰った攻撃は鳩尾の蹴りのみ。戦いとして上々と言える結果となった。

 

「私の助けは要らなかったようね」

 

落ちてくる黒色の羽根に、一誠は空かさず上空を見上げた。

 

大人びた美人。しかし、その綺麗な黒髪には見覚えがあった。

 

「夕麻…ちゃん?」

 

「久しぶり、イッセーくん」

 

かつての彼女は堕天使で、今の俺は悪魔として。二人は再開する。

 

 




今回の大きな流れは原作と同じようになりましたね。細かい所に違い等を加えてますけどね…!そして、次回遂にレイナーレの登場。果たしてレイナーレが現れた理由とは?

次回、全て十字架の前に平伏す。


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全ては十字架の前で平伏す。それは激情の始まり。

 

一誠にとっての天野 夕麻は初めての彼女だ。だからこそ、大切にしようとした。それは自身が悪魔に転生しても同じだった。

 

 

自身を殺したのは天野 夕麻ではない。それは間違いない。それを理解した時、一誠にとってまだ夕麻は彼女であった。最近のエロさがなりを潜めていたのもこれが原因であるとも言える。

 

「夕麻…ちゃん」

 

「久しぶり、イッセーくん」

 

再び目の前に現れた彼女は堕天使として存在していた。一誠は急なことに何を言うべきなのか迷いが生じる。

 

「な、なんで居なくなったんだ」

 

何故、自分に近付いた。アレは演技だったのか。自分を殺したのは誰なのか。色々と聞きたいことが喉に差し掛かる。聞きたいことが多すぎて一誠は息が詰まりそうになった。

 

けれども、一番に言葉に出たのは「何故姿を消したのか」。

 

「……。イッセーくん。貴方はあの場所で襲撃された。貴方は穿たれ、人としての必要な器官の大半を欠陥した」

 

「え…!?」

 

アーシアが驚くのも無理はない。一誠は悪魔だ。だが、一誠が人間であった事実を知らない。その経緯すらも。

 

夕麻が言ったように、事実として一誠の腹は大きく損傷して鮮血をばら撒いた。誰が見ても致命傷。アーシアの持つ聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)とて治癒できない程の怪我。

 

それを思い出したのか、一誠は自身の腹をさする。

 

「私は貴方を守らなければならなかった。けど、守れなかった…」

 

「夕麻ちゃん…」

 

悲痛な表情は一誠の求めたものじゃない。しかし、その表情を一誠は知っている。救える筈の行動を取れなかった者を、手を伸ばせる筈なのに、手を伸ばせなかった愚か者のことを。

 

「貴方はあそこで死んでしまい、私は成すべきことを失敗した」

 

「成すべきこと?」

 

「イッセーくんに近付いたのは、貴方の神器(セイクリッド・ギア)が危うい物であると上層部から伝えられたから。私は貴方を調べた。貴方の親も、交友関係も、人柄も。だからそれを利用して告白をした」

 

つまり、夕麻の告白には好意の感情は最初からなかった。一誠が神器(セイクリッド・ギア)を持っていたから。それだけの理由。

 

「私は貴方を保護するために近付いたの。それと、私の本当の名前はレイナーレ。天野 夕麻は偽名よ」

 

態々言われなくても、天野 夕麻が偽名であることは知ってはいた。だが、それを本人から直接言われるだけでショックは大きい。

 

「あの日のデートで笑ってたのも、嘘だって言うのかよ」

 

「ごめんなさい」

 

冷たくそう言った。あの夕麻との温かな会話はなく、そのギャップが冷たさを倍増させていた。

 

「本来、私はもう貴方と関わることはない…筈だった。けれど、蓋を開ければ貴方は生きていた。悪魔に転生してね」

 

夕麻がそれを知ったのは偶然だった。そう、本当に偶然の出来事。

 

「イッセーくん。今、幸せ?」

 

悪魔へと転生して、出会いがあり、友達が増えたことには変わりない。死ぬ筈だった生命をリアスが繋いだ時から生きていられることの大切さを知った。勿論、人間でなくなったことは辛いものだったけれども。

 

「幸せさ」

 

彼女の問いに一誠は迷わず肯定した。

 

「そう……仕方ないわね…ええ、仕方ない」

 

レイナーレはため息を吐きながらそう呟く。そして、視線を一誠からアーシアに移した。堕天使から見られたアーシアはビクリと驚き身を縮こませる。

 

「シスター・アーシア。私と共に来なさい」

 

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 

一誠は慌ててアーシアの前に立ち上がる。だが、レイナーレは既にアーシアを抱えていた。駒の特性がなく、倍加も解除された一誠には見ることすらできない速度でアーシアは抱えられていた。

 

「アーシアを返せ!!」

 

「それは無理。事態はそんなに簡単じゃない。寧ろとても拙い」

 

「なにが!」

 

「…先日、フリード・セルゼンを討つ為に三翼の堕天使を送ったわ」

 

先日。フリード・セルゼン。堕天使。このキーワードだけで、あの時のことだと理解する。

 

「その内、堕天使カラワーナはシスター・アーシアを救出し、残りの二翼が討伐を受け持った」

 

「ミッテルトか」

 

「ええ、ミッテルトとドーナシーク。何方も強い堕天使よ」

 

「ドーナシークってのは知らないが、ミッテルトの強さは俺だって見ていた」

 

「…その二翼は現在消息不明。この意味分かる?」

 

ミッテルトとドーナシークが消息不明。

そう、二翼は帰らなかった。レイナーレは続けて言った。

 

交戦した場所は尽く破壊し尽くされていた。堕天使の貼った結界ごと。

人の遺体がなかったのは、恐らくミッテルトとドーナシークが人を逃したからだろう。ただ問題なのは二翼が消息不明に対して、フリード・セルゼンは生きていたこと。そして、部下である悪魔祓いを持ってしてシスター・アーシアを強奪しようとしていること。

 

「だから、私はシスター・アーシアを保護しなければならない。これは上層部からの指令でもあるの」

 

「夕ま……レイナーレ!!ミッテルト達がやられたかも知れないのに、なんでそんな簡単に指令を受けれるんだ!!」

 

仲間を見捨てて任務ばかりを優先するレイナーレを一誠は許せなかった。今も冷めた目で一誠を見るレイナーレに何も言わずにはいられない。

 

「言ったでしょ。状況は思った以上に拙いの……けど、遅かったようね」

 

そう、それすらも遅い。既に相手方は出揃った。木の影から悪魔祓い(エクソシスト)がゾロゾロと現れる。

 

 

「はぁい!クソ悪魔に堕天使サマ!そして、可愛いシスターちゃま!俺だよーーーー」

 

 

 

 

「ーーーーフリードだよ」

 

声音だけでも分かる。先日戦った時より桁違いの強さがひしひしと感じられる。アーシアはレイナーレの腕の中で小さな悲鳴を上げた。一誠はフリードから出される暴力的な力を前にブワッと冷や汗が浮かんだ。

 

「フリード・セルゼン…」

 

レイナーレだけは睨み付けて光の槍を構えるだけの姿勢を取れている。フリードはそれを見て口を歪めた。

 

「俺とヤろうってか?状況は思った以上に悪いんだろぉ?だから堕天使のお姉ちゃんに退路を確保して貰ってたんじゃねぇんですか!?」

 

「ええ、そうね。けど、状況が悪いからといって、別に貴方を倒すのには支障はないのだけれど。もしかして、貴方…自分が強いなんて勘違いしてるの?あらあら、可哀想に」

 

と、上品に妖艶に笑う。フリードはそんな仕草に面食らったように顔を固めた。自分自身で先の台詞を脳内再生する。

 

「へ、へぇ!俺様が強くないと?えぇッ!!言ってくれるじゃあねぇですか…!コイツ等はどう思うかなぁ!?おい!!」

 

フリードは部下の悪魔祓いに合図する。

合図を受けた悪魔祓い(エクソシスト)は魔法陣を発動させ、三つの大きな十字架を出現させた。レイナーレもアーシアも、一誠も固まる。十字架の効力ではない。十字架はただの台。額縁でしかない。

 

「そ、そんな!?カラワーナ様!!」

 

アーシアが悲痛の声で左側の十字架に括り付けられた血塗れの堕天使をみる。カラワーナは全身を鞭で打たれた形跡に、腕をへし折られて骨が肉を裂き出ていた。おまけに、喉を潰されたような痕跡も見受けられる。

 

「…ドーナシーク」

 

右の十字架には同じように血塗れのドーナシークが俯いて意識を飛ばしている。ボロボロのハットが先の交戦の激しさを物語っていた。無残に四肢を貫通する杭が打たれ、全身を「斬れ味」の高い刃で斬られていた。

 

そして、一誠は叫ぶ。

 

「ミッテルトッ!!」

 

中央の十字架にはボロボロのゴスロリと乱れた金髪。それだけが、ミッテルトと判別できる根拠であった。言い換えれば他は判別できない。血で染められているのは勿論、腕や足を雑巾を絞るように捻り折られ、腹を裂かれていた。前髪から覗く顔にも傷が多く、右半分は焼かれていた。

 

「ヒュー!!俺様、感極まっちまったぜッッ!!オッサンもメスガキも、お姉ちゃんも全員十字架張り付けGOォォオ!!ドイツもコイツも俺が受けた痛みをそのまま返してやったぜっ!見てるかい神さまぁぁ。俺様、堕天使を捧げちゃいますですよぉ〜………ギャハハハハァ!!」

 

そんな十字架の前で狂気の限りに嗤う。目の焦点は合っていないし、今も必要のない力を上げ続けている。全身からオレンジ色の稲妻が迸る。

 

狂っているのは知っていた。だが、奴は尚、狂ってしまっている。酔ってしまっている。

 

「い、イッセ」

 

十字架に張り付けられたミッテルトの小さな声。それはフリードの笑い声より響き、その場に静寂が作り出せる。笑っていた狂人ですらピタリと止まり、ミッテルトの言葉に耳を傾ける。

 

「……は、は…ごめ、ん…い、イッセー…う、ウチ。負け…ちまっーー」

 

言葉が最後まで続けられることはなかった。それは一つの銃弾。フリードが引いた引き金から射出された一筋の光。それがミッテルトへと放たれ、裂かれていた腹の傷を開かせた。

 

「うっせー、バーカ」

 

「こッ…のぉ…!」

 

一誠の身体は燃えるように熱くなった。一歩踏み出す。

 

【boost】

 

神器(セイクリッド・ギア)も共鳴する様に力強く倍加を発した。だが、もはやフリードにはそれすらなんの脅威にもならない。

 

「イッセーくぅん。動かないでくれよー。手が滑ってこのメスガキぶち殺しちゃうだろ?」

 

「…うぐ」

 

「ヒャハハ、ギャハハハハ!」

 

動きが止まった僅かな時間。フリードの銃弾が一誠の左腕に突き刺さる。これで何回目かも分からない奴の銃弾。内側から焼く光。しかし、最早一誠の中にあるのは燃え盛る火。単純な怒りだ。

 

「もう一発!」

 

右足を射抜かれた。痛みは感じない。それを塗り替える程、心に余裕などない。しかし、身体は正直なのか十字架の前で平伏す様に倒れた。

 

「やっぱ人外ってーのは無駄にタフネスだから有難いですねぇ!人質、見せしめ、もーまんたい!!だからさぁ!アーシアたん返してちょ。そしたらこの三羽烏は返したげる!だから、僕と契約してアーシアたん返してよ!」

 

「わ、私…ですか…」

 

追い込まれた犯人が作り出す状況ではなく、圧倒的な強者が作り出した状況。だから余計にその要求を受けざるを得ない。同時に手を伸ばせる範囲の者達を守りたい、救いたい一誠にとって、この選択肢は大きな壁となった。

 

片方を救えば片方が死ぬ。三人か一人の差はある。勿論、大多数を救う方が良いことだ。仕方ないことなのだと、世界は言う。大を救い小を切り捨てなければならない事象など山ほどある。けれど、一誠には選べない。

 

そんな黙り込み一誠を他所に、レイナーレは淡々とフリードに言い放つ。そこまでの条件を出してまでシスター・アーシアを狙う訳があるのかと。

 

「アン?」

 

「あら、そうでしょ?はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)は、光の供給よりもこの娘を求めた。つまり、貴方にはこの娘が必要な理由が存在する」

 

レイナーレはアーシアを抱き、彼女の涙を指で拭き取る。

 

「貴方の目的は神器(セイクリッド・ギア)聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)でしょう?」

 

「分かってんじゃん!じゃ、交換ターイム!!」

 

「私、降参はしないの」

 

「はえ?」

 

「断るわ」

 

レイナーレはフリードの提案を切った。何故なら、レイナーレは堕天使で、捕らえられている三翼も堕天使。そして、フリードが狙うのが人である故。ならば、交渉の余地なし。それ以前に交渉の席に立つこともなし。人を助け生き、人を助け死ぬ。盲目にそれを行い、妄信的に終わる。

 

「貴方は分かっていない。私達は堕天使だということを」

 

「分かっていない?」

 

呟いたのはアーシア。そして、抱かれたレイナーレを突き飛ばし、前に出たのもアーシアだ。

 

「分かりません、分かりません…!」

 

「シスター・アーシア?」

 

堕天使の想いは自己犠牲。元は堕天使コカビエルが抱えた、ただ一つの欲。それに感化され、国を作り、人を見てきた堕天使が望んだ欲。しかし、人間には人間の欲があり、魂がある。

 

「フリード神父、私は着いて行きます!だから、皆さんを解放して下さい」

 

「な、何故!?」

 

わかる訳がない。堕天使が今のアーシアの気持ちが分からないように、アーシアも堕天使の気持ちなど分からない。

 

「おぉ!物わかりが良いのアーシアたんでしたかー!けれど、頼み方がなっちゃおりませんぞ?」

 

「いえ、貴方に頼み方は変えません!」

 

「な、なんと!?……ま、いっか。それより、さっさと行こうかねぇ」

 

「レイナーレ様…ありがとうございます」

 

フリードがアーシアの腕を掴み、魔法陣で姿を消していく。同時に十字架に吊るされた三翼の堕天使が地面に堕ちた。地には相当な血が流れ、三翼ともに死に体である。

 

平伏す一誠とアーシアの目が合う。

 

「イッセーさんーーー」

 

(嗚呼、またなのか。また俺は何もーー友達すら)

 

アーシアの続きの言葉は聞こえない。だが、その口の動きだけは見えた。意味を知った時、一誠の燃え盛る火は激情へと変化する。

 

『生きて下さい』

 

「ッフリードォォオ!!!」

 

残ったのは、レイナーレ。そして平伏す堕天使三翼のみ。三翼それぞれに応急処置を施しながら、レイナーレはアーシアが何故前に出たのかを考え続ける。動揺から右手首に巻いた一誠からの貰い物が現れる。

 

「…イッセーくん」

 

レイナーレは再びそれを消した。

 

▽▽▽▽▽

 

「おい、アーシアたんをさっさと繋いどけ」

 

そう命令して、連れて行かせた。残ったフリードは一人になるのを確認して膝をつく。神父服の隙間から機械の屑が落ちた。尚も、フリードの力は高まっていく。止まらない止められない。

 

「ぐぅうぅ!?クソですわ、クソですわぁぁあ!」

 

『ふむ、実験は概ね成功だな』

 

「あぁん!?テメェ何言ってくれてんの!?」

 

『莫迦め。ドラゴンボールの力を引き出すことはできた。それ以外に成功と言える物などない』

 

「俺サマのカラダがぶっ潰レそうなんですがぁぁあ!!」

 

『貴様が聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を回収し損ねた結果だ。最初から回収してればこの様なザマにはならなかった』

 

切れたフリードは無線機を遠くへ投げる。そして、椅子に座り体内のエネルギーを両手から放出する。

 

『……しかし、私の技術とドラゴンボール。そして聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)。まだ足りない…!これでは最大限の力を出し切れない。ならば、これも奪う他あるまい』

 

無線機の向こう側の存在は笑う。フリードよりも常識的に、そして狂っていた。

 

 

 




どうでした?レイナーレ、薄い?話、薄い?仕方ないね!これからに期待してね!え?うんうん。イッセーくんやられ過ぎ?それは原作でも同じヤローがいっ!ペシ

そして、フリード…お前ぇ。

次回【覚悟は覚醒へ】

【ボクの小言】
挿絵ってどうすればええの?暇な休み時間にザッと書いてるのですけど。載せ方わかんないの……


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覚悟は覚醒へと

ここまできてまだライザーにすら会ってないなんて…!!
とりま、後1話かな?


パンっ!

 

部室内に響き渡る音と、頬を押さえた一誠。そして、手を振り切ったリアスを見れば、状況は概ね掴めた。

 

「何度言わせれば分かるの。駄目なものは駄目。貴方はグレモリー家の眷属なのよ」

 

「……じゃあ、俺をその眷属から外して下さい」

 

「できる筈ないでしょう!?」

 

「俺ってチェスの兵士(ポーン)なんですよね。兵士(ポーン)くらい一つ消えたってーー」

 

「お黙りなさいッ!!」

 

リアスの言葉には今までにない熱が入っていた。勿論、一誠とて熱は持っている。しかし、気圧された。

 

「イッセーは兵士(ポーン)が一番弱い駒だと思っているわけ?」

 

「…そうでしょ」

 

悪魔の駒(イーヴィル・ピース)は実際のチェスの駒と同様の特徴を持つと言った筈よ。兵士(ポーン)の駒の特性、それは昇格(プロモーション)……兵士(ポーン)は敵陣地の最奥まで駒を進めれば王以外の他の駒に昇格できるの」

 

それはつまり、一誠が他の部員全員の駒の特性を扱えると言う意味。木場の『スピード』子猫の『パワー』朱乃の『万能』などを。主人であるリアスが其処を敵陣地だと認めれば行える昇格。

 

それは一種のジョーカーとしても機能することができる。何せ、主人さえ敵陣地だと認めれば良いのだから。ある意味では最高の駒である。そして強者では兵士(ポーン)の駒では扱えない所以でもあるのだ。

 

「だからこそ、私は貴方を手放す気はないの」

 

「でも…俺はそれでも諦める訳にはいかないんです!」

 

「だからダメよ。余計に行かせられない。あの神父は危険だと再確認したわ。堕天使を三翼を倒し、魔力も無効化できる。余りにも危険だわ」

 

リアスは頑なに拒んだ。明らかに手に余るのだ。これが事実ならお兄様に報告することも視野に入れ、同時に表の顔であるソーナとも連携して事を進めなければならない。そう考えるまでにフリードは危険だった。

 

男には引けない時がある。一誠にとってそれが今だった。人生に一・ニ度あるかないか。否、一誠のそれはたった一度。今を逃してそれはない。

 

「…部長。お願いします…!どれだけの対価を支払ってでも…俺が助けなきゃならないんです!!ここで引いてしまったら、俺は後悔する!二度とハーレム王なんか目指せない!!」

 

一誠自身を失ってしまう。この激情を失えば、今宵の赤龍帝は目醒めないだろう。それだけの意思を持っている。

折れられない。折れてはいけない。一誠は部長…部員の前で清々しく土下座をして頼み込む。まるで地に塗れた泥団子のように、汚くも硬く堅い。

 

「お願いしますッ!」

 

土下座をするのは敗北の証。だが、それすらも享受してこその決意があるのならば、それはきっと誰にも負けない志を持つ者。

 

「お願いしますッ!!」

 

必ず死んでも成し遂げようと動くそのザマはーーー。

 

「ハァ…頭を上げなさい、イッセー」

 

「部長が許可してくれるまで、俺は頭を上げません!」

 

「分かった、分かったわ…もう、仕方ないわね」

 

ーーーーそのザマはきっと人を惹きつける起爆剤となる。

 

一誠が顔を上げると、本当に呆れて笑っていた。そして、全員がそれぞれ一誠に感化されたのか木場は剣を、子猫はグローブを嵌めていた。朱乃すら巫女服に替わっていた。

 

「朱乃、ソーナに連絡を。祐斗は教会周辺に使い魔を張らせて。余計な邪魔は一切させないわ」

 

指示の元、動き出す。それを見上げる一誠に再びリアスが視線を合わせた。一誠は感謝を込めてもう一度頭を下げようとしたが、リアスが一誠のデコを押さえて阻止した。

 

「私の最強の兵士(ポーン)が簡単に頭を下げては駄目。それは貴方自身の格を貶すことになるわ。そして一度下げてまで彼女を救うと決めたのなら、決してミスは許されない。この意味分かる?」

 

理屈だけではない。人の感化されるのは言葉では表せない。信頼、信用、感銘、凡ゆる要素を詰め込めたそれは、当然言葉ではないのだから。

 

「はい、部長…任せて下さい。俺は最強の兵士(ポーン)ですから」

 

「ふふ…そう、それなら良いの」

 

リアスの伸ばす手を一誠は掴み取る。

 

「ありがとうございます…!」

 

決戦の火蓋は切って落とされる。

 

▽▽▽▽▽

 

教会への通り。夜も深く、聞こえる音など生茂る木々が風で煽られる揺らぎ、そしめリアス一行の歩く足音。

 

「子猫ちゃん、周辺に誰かいるかな?」

 

「……あそこ」

 

木場の問いに子猫が指を差す。そこには、堕天使レイナーレの姿があった。一誠が前に出る。

 

「…てっきり主人に止められていると思ったのだけど…」

 

「あら、ここは私が管理する領地よ。はぐれ悪魔祓い(エクソシスト)に好き勝手させる訳にはいかないもの。それにしても、其方も痛手を受けたのに一翼で向かう気?」

 

咎めるような目線を向けられ、対抗してしまうリアス。けれど、刺々しいのは言葉のみ。両者の歩みは止まらない。向かうは一つ教会のみだ。

 

「ゆ、レイナーレ。他のみんなは無事か?」

 

「……問題はないわ」

 

「そっか」

 

教会の目前まで到着した。どうやら向こうにも気付かれたようだ。だが、ここまで音沙汰はない。レイナーレ曰く、神器(セイクリッド・ギア)狙いだとすればそれを抜き取る儀式を行なっていると聞く。

 

「…そして、神器(セイクリッド・ギア)を抜き取られた者は死に至ーーー」

 

【boost】

 

轟音が教会の扉を破壊する。勿論、一誠だ。

 

「あらあら…やる気ですわね」

 

「そこまで想って貰えるなんて、妬けるわ」

 

自身の後輩の意思に笑わずにはいられない。これは一誠が少女を救う物語。一誠自身の戦い。相手が例え圧倒的な強者だとしても。

 

教会の中は酷く老廃した景観は如何に廃れているのかが窺える。

礼拝堂では埃被った十字架がはぐれ共の根城なのだと教えてくれる。いや、ここは左右の会衆席に、座る悪魔祓い(エクソシスト)達こそが証拠だといったところだろうか。

 

「イッセー君。ここは僕達に任せて」

 

「…行ってください」

 

木場と子猫がそう言って悪魔祓いに向かっていく。光の装備で身を固めた敵方も一斉に光の剣を展開する。

 

「ああ!」

 

一誠は一切振り返らずに走り抜ける。当然リアス達も同様だ。それは信頼の証。一誠に斬りかかる悪魔祓い(エクソシスト)はすべからず木場と子猫に打倒される。これが自らの役目だと言わんばかりだ。

 

「イッセーくん。教会には地下がある。恐らくはそこにシスター・アーシアは居るわ」

 

「と言うことは当然、あの神父も居るということ」

 

悪魔祓い(エクソシスト)も大量ですわ」

 

「なら、全員ぶっ倒しますよ!」

 

地下への階段を駆け下りる。想像通り大勢の悪魔祓い(エクソシスト)が一誠達を出迎えた。が、其処は戦力最強格のリアス、朱乃、そしてレイナーレ。相手の尽くを倒していく。

 

「ここは私たちがッ!」

 

無尽蔵に沸き立つ敵を前に一誠だけを先に進ませた。全員から託された想いを無駄にしないように走る。

 

そしてーーーー。

 

「アーシアァァァア!!」

 

一誠は地下の奥の空間にある祭壇の上へと叫ぶ。アーシアは十字架に張り付けられて、側には仇とも言えるフリードが感激した表情で一誠を見ていた。

 

「コイツはイッセーくんじゃぁ、あーりませんか!?俺ちゃまとアーシアたんが一緒になる祝福に参ったん?これは気分上々、元気100倍!NTR全開フリード・セルゼン!イッセーくんの愛しのアーシアたんは俺のモノッ!これにはフリードもニッコリッッ!!イッセーくんはゲッソリってか?ギャハハハハ!!」

 

相変わらず無茶苦茶でイカれているフリードに構わず、一誠は前に進む。遊びがいのない一誠に不満顔になるフリードだったが、それならそれで良いと部下達に吠えた。

 

「さぁさぁ!間抜けな悪魔共に、烏まで付いてますよ~!皆さんやぁっておしまい!!」

 

『死ね悪魔!!』

 

「どけぇえ!!」

 

【boost】

 

悪魔祓い(エクソシスト)と一誠がぶつかる。時間は残されていない。アーシアは目の前に居るのに、障害が邪魔する。フリードはそんな一誠を見て儀式の最終段階に移行した。

 

「イッセェくぅん!早くしないと死んじゃうゾォ!アーシアたんが死んじゃうゾォぉ?!」

 

「フリードーー!!」

 

【boost】

 

斬りかかる悪魔祓い(エクソシスト)を剣ごと殴り、頭突きを喰らわす。二回の倍加のお陰で蹴りでさえ相当な威力となっていた。それでも次から次へと現れ行手を阻む。

 

「いやぁぁぁぁあ!!」

 

フリードが神器(セイクリッド・ギア)を抜き取る作業に入ったのだ。命を引き抜かれる痛みがアーシアを襲い、悲鳴が地下空間に響き渡る。

 

「なにしてんだ…ッ。テメェ!!」

 

【boost!】

 

力強く三回目の倍加を発動する。遂に周りの悪魔祓い(エクソシスト)を一斉に跳ね除け、一歩の踏み込みで祭壇へと登頂する。フリードを無視して一誠は儀式の為の十字架を殴り壊した。

 

「無事か、アーシア!」

 

「イッセー、さん」

 

「ぐすっ、ぐすっ…惜しいよ。惜しい!あとちょっとだったのにね!残念、聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)はフリードのになっちゃった。え、やだ!フリードは聖母だった?恥ずかしーぜ!」

 

「迎えに来たぜ…アーシア」

 

「はい…ー」

 

「あれ?無視……これは泣ける!けど、まあナイスファイト!商品でそれあげるわー、おめでとさん!」

 

聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を奪い取った本人がせせら笑う。殴りたい気持ちが抑えられない。しかし、それを一喝する様にリアスの滅びの魔力がフリードへと放たれた。

 

「イッセー、ここでは不利よ!!その娘を連れて逃げなさい!!」

 

「くそぉ!」

 

アーシアを抱えて祭壇から飛び降りる。フリードは無防備な背へと一寸違わずに銃弾を撃ち込むが、朱乃の雷に遮られた。

 

「イッセーくんの邪魔はさせませんわ」

 

「ホホウッ!コイツはパイオツ二人組のご奉仕ですかぁ!?」

 

「「黙りなさいッ!!」」

 

二人の怒声を背へ、群がる悪魔祓い(エクソシスト)を前にして一誠は前に進んだ。

 

「死ねッ!悪魔ーーがハァ?!」

 

「いったいどこをみているの!」

 

群がる有象無象に負けない数の光の槍が雨の様に降り注ぎ、一網打尽にする。一誠は空いた隙間を抜けて走る。

 

「レイナーレッ!!」

 

空を舞うレイナーレは彼の頬に伝う涙を見た。それが意味することを瞬時に理解して、ソッと呟く。

 

「…そう、抜き取られたのね…最期の時間、一緒に居てあげて」

 

「……サンキュー」

 

一誠は顔を伏せたまま去っていく。レイナーレは一頻りの区切りを入れて悪魔祓い(エクソシスト)を睨んだ。

 

「温情は与えない。光の温もりも感じることなく、あの世に送ってあげるわ」

 

目も開けて居られない程の輝きを放つ槍を空中に広げる。それには暖かさは感じない。ただ眩いと言う事実と、これからそれら全てが落とし込まれる現実のみ。何人かの悪魔祓い(エクソシスト)は剣を手放し膝をついた。

 

「懺悔なさいーー!」

 

光の中、唯一の目の優しさは光ではなく黒だった。

 

▽▽▽▽▽

 

「イッセーくん、無事だった……すまない」

 

「…イッセー先輩、わたし達は部長達の援護に行きます」

 

気を使ってくれた様に、二人は地下へと進んでいった。倒された悪魔祓い(エクソシスト)を除けば、この場に居るのは二人きり。それも僅かな時間。イッセーは腰を下ろしてアーシアに語りかける。

 

「…アーシア、しっかりしろ。ここを出ればーー自由なんだ」

 

振り絞る声は震え小さい。激情でさえナリを潜める程に悲しさが感じ取れた。言われた本人であるアーシアは余計に感じただろう。

 

「俺ともう一度、遊びに行こう!そうだ、アーシアの為に部長達も助けに来てくれたんだぜ。だからさ、アーシアはもう一人じゃないんだ!」

 

アーシアの手を握り、絶えず喋りかける。会話を終わらせないように、現在の時間を終わらせないように。

 

「わたし…少しの、間だけでも…お友達ができてーーー」

 

ーーーー幸せでした。

 

一誠の涙腺は完全に崩壊した。今、見なければならないアーシアの顔が見えない。幾ら拭っても変わらない。それが堪らなく悔しくて、一誠は声をだす。

 

「なに、いってんだ!まだ連れて行きたい場所が沢山あるんだ!これから日本語の勉強もしなきゃならないんだ!俺が教えるんだ!!」

 

今にも薄れる意識でもアーシアには一誠の顔がハッキリと見えた。アーシアはそれが堪らなく嬉しくて、微笑む。

 

「それと、アレだ!アレ…あるだろ!!そうだ…俺の友達にも紹介しなきゃ!!」

 

言葉を途切れさせない。一誠はアーシアに喋り続けた。

 

「みんなでワイワイ騒ぐんだ…!馬鹿みたいにさぁ!」

 

「……ふふ、イッセーさんと同じ…この国で生まれて、学校に通えたら…そんな綺麗な世界で……どれだけ良いか」

 

『…私だって、綺麗な世界でッ、学校で…お父さん…お母さん……』

 

フラッシュバック。それは一誠が伸ばせなかった存在と同じ。転生悪魔だけではない。神器使いだけじゃないのだ。彼女達はただ自由に生きたかった。ただ普通に過ごしたかった。

 

「行こうぜ」

 

だから一誠は声にするのだ。

 

「行くんだよ、俺とさ…」

 

アーシアが一誠の頬をなぞる。途切れかけの赤子よりも弱々しいその手つきで。涙がアーシアの暖かな手に触れる。だが、アーシアには涙の冷たさを感じることはない。

 

「わたしの為に泣いてくれる…そんな、イッセーさんだから……わたしはーーーー」

 

彼女は静かに力尽きた。何の汚れもない。何の苦しみもないように、安らかに安心しきった表情で。一誠の腕の中で生き絶えた。最期に零れたのはアーシアの涙。友達になった時、そして今この瞬間。

 

だが、彼女は神器(セイクリッド・ギア)を抜かれる痛みでは涙を流さなかった。だからこそ一誠はアーシアの涙に敬服せずには居られなかった。

 

「アレ?賞品死んじゃった?」

 

「…フリード」

 

「みてみて!この傷、道中にやられちまってさ!」

 

フリードが自身の傷口に手を当てる。淡い緑色の光が発せられ、傷口を綺麗に塞いでしまった。

 

「どうでござーましょ?イッセーくんの見てた聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)と同じ?同じだったらうれし〜なぁ!!」

 

「…返せよ」

 

その優しい光はアーシアのものだ。アーシアの心なのだ。それをフリードに使われることこそ心外。到底許されることではない。

 

アレだけ頼んで力を貸して貰ってこのザマ。全員やられているかも知れない。

 

「返せって…無理に決まってるだろぅが。ダボかボケ!!この力さえあれば俺様は最強になれるんだよ!誰も俺様を止められないぜ ☆」

 

「知るかよ…」

 

激しく睨み付ける。

 

「そんなこと、知るかよ…!お前がどう思おうが、この娘には関係なかったんだ!」

 

「ま〜た人生舐めたこといってんねぇ!」

 

「静かに普通に暮らせた筈だ……!」

 

「そりゃ無理ってやつだぜ!!そもそも、アーシアたんを追い出しだのは一般ピーポーよ?俺は俺がイカてれる自覚はあるけど……実質、人間って生き物がクソだろ?」

 

あの時の真顔。何かドス黒い目。一誠は気圧されなかった。そんな顔より余程アーシアの顔が浮かび上がる。

 

「……俺が、友達としてアーシアを守ろうとした!」

 

「壊れたのかよベイベー!この人形は死んじゃったじゃん!お前の目の前で!その人形、死んでるんだよ?もう、守るとか守らないじゃない。アンタは守れなかったんだよッ!ギャハハハハ!!」

 

「…知ってるよ。だから、許せないんだ。お前も。そして、俺もーーーー」

 

全てが許せない。あの時も、そして今も。手を伸ばせず救えない。手を伸ばしても掴めない。だからーーーーー

 

「返せよ」

 

想うのだ。自身の想いを昂らせる。

 

「アーシアを返せよォォォォッッ!!」

 

『boost!!』

 

プロモーション『戦車』

 

「生言ってんじゃねぇよ!無理なモンは無理ってわかれ!!」

 

フリードも全身にオレンジ色の発光が伴った。

 

双方が其々のパワーアップを施し、互いの戦意が増幅する。

しかし、その戦力差は歴然。俄然ドラゴンボールを滞納する人造人間であるフリードに分がある。だから遊びではないフリード相手に、一誠は手も足もでない。

 

「どうした、クソ悪魔!その程度で俺様と戦り合おうって?そりゃ愉快ッ!馬鹿も馬鹿だぜ莫迦野郎ッ!!今度の今度はフォーリンラブ!!俺はアンタのキューピット。命にハート型の矢をぶっ刺してやるから、さっさとあの世で愛しのアーシアたんと仲良くやりな!!」

 

「不甲斐ねぇよ」

 

「は?」

 

「力のなさが不甲斐ねぇ。悔しいさ…」

 

一誠はフリードの元へと進む。アーシアが痛みで泣かなかったように、レイナーレや一誠の代わりに前に進んだように、一誠も進む。

 

「でも、そんなのどうでも良い位、テメェがムカつくんだよッ!!」

 

【Dragon booster!!】

 

宝玉が一層輝き、紋章が浮かび上がる。今までと比にならない力が湧き上がる。舐めるな…一誠の激情はそれだけではない。原作とは違い、一誠はバイザーとの関わりがあった。ミッテルトとの関わりがあった。

 

そして、敵はフリードのみだった。フリードの所業はどれも原作以上の激情を一誠に宿らせた。膨張させたフリードへの敵対心は噴火するには十分過ぎて、赤き龍の鼓動を弾ませるに値した。

 

意思を尊重してくれた仲間達へ。道を魅せてくれた人の味方へ。そして一誠が手を伸ばす理由へ。

 

「…ムカつくか。大きく出たなぁ」

 

「…頼むぜ、相棒」

 

神器(セイクリッド・ギア)は想いの力で強くなる。その力が強ければ強いほど。

 

これは、一誠が繋ぐ始まりの龍の産声。故に大きく、偉大に。一誠が想うのは全ての者達へ。

 

部長…みんな。【boost】

 

レイナーレ。【boost】

 

ミッテルト達…。【boost!】

 

………バイザー。【boost!!】

 

そして、アーシア!!【boost!!!】

 

「みててくれ、俺のーーー」

 

「ーーーーー覚悟ッ!!」

 

【Explosion!!!】

 

その姿、期を窺う臥龍が如く、圧倒的な存在感は龍帝のそれ。紅き激情は龍の逆鱗すらも凌駕して憤怒の元に力を引き出す。収まるはずのない力が一誠に宿る。神器(セイクリッド・ギア)の籠手は彼を押し出す。

 

限界を超えたその先に。一歩先の極地へと。

 

「は、はは…なんの冗談でございますか…」

 

「…俺の(この手)もお前を倒せと言ってるぜ!!」

 

彼の覚悟は激情と言う火種を持って更なるステージへと進化する。

 

ーーーーー覚醒へと。

 




絶賛アンケート中!!初アンケートなので投票してくれるとボクは嬉しい。
祝!赤龍帝の籠手GET!!

次回【龍拳炸裂!!】



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龍拳炸裂!

アンケートをどうもありがとう!!
早速タグを外してきたよ!!

今回は2話投稿ですが、2話目は簡単に書いた物になります。


「うぉぉおッ!!」

 

これまでの攻撃とは打って変わって、攻撃力・敏捷共に桁違い。ドラゴンボールの恩恵を受けるフリードでさえ寸前で目が追い付きギリギリで避けれる程だ。しかも今の一誠にはタガがない。

 

「ぐべっ!?」

 

フリードのボディに強烈な一撃が入った。痛みを感じないとは言え、動きが止まる。瞬きの間に再度殴られる。如何にそれが見え透いたテレフォンパンチでも、フリードに回避できるだけの隙がなかった。

 

「ちょ、タンマ。なんだテメェ。卑怯だぜっ!?そりゃ、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)じゃあねぇか!!チーターがよぉぉ!!」

 

「うるせぇ!!クソ神父!!」

 

一誠は止まらない。龍のオーラを纏った拳を一発二発とフリードに叩き込む。ジャブの様な軽い一撃がストレートの様な一撃必殺。フリードは知らなかった。馬鹿にして冷静さを欠く奴は雑魚だとタカを括っていた。だがどうだ。実際はその雑魚にやられ放題ではないか。

 

(クソっ…!まじったぜェ!?こいつ、漫画の主人公タイプかよっ!?)

 

熱さで強くなる。そんな存在、本来は居ない。実際には神代などの英雄がそれに該当するのみ。だからこの手のタイプと戦ったことのないフリードにとってこの激情からの覚醒キャラは初だった。

 

「フリードォォオ!!」

 

「やってられるかよっ!クソ悪魔ァァァア!!」

 

左手を掲げ魔力弾を撃ちつける。だが、一誠はそれすらも殴り飛ばし進んできた。余りにも出鱈目。

 

「うそんーーーブハッ?!」

 

顔面に重い一撃が刺さった。後方に跳ねる顔面から血が舞う。痛みはないが、鼻が曲がったに違いない。痛みがないからこその思考回路を持ちながら光の剣を一誠に投撃する。

 

「いつッーー!?」

 

しかし、一誠が完全に勝ち越している訳でもない。戦闘力は上がっても戦闘能力は上がってないからだ。詰まるところ、力に振り回されていると言うのが正しい見解である。

故に、投撃などの急な攻撃を回避することが出来ない。

 

「やるやん!やるじゃん!流石は俺が殺すと決めた悪魔ちゃんだぜ!!しぶといじゃないの〜!!」

 

自身の身体に手を当て淡い緑色の光をかざす。傷が塞がり、曲がった鼻が元に戻った。逆に、一誠は脇腹に刺さった剣を引き抜きふらついた。

 

それが二人の違い。先日の戦いでフリードはゾンビ戦法は流行らないと言ったが、その実有効な戦法だ。出来れば厄介極まりない。

 

「…ハァ!ハァ!」

 

体感的には倍加した力が蓄積されたまま。だが、当然それには時間制限があるだろう。

 

(こりゃ、参ったな…!エネルギー炉は稼働してんぞ!?これ以上出力を上げるってか?聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)があるが、耐え切れるのでじょうかねぇ)

 

一度考えたフリードは満面の笑みで力を発動した。ドラゴンボールからエネルギーを過剰に引き出す。当然、体内の機械が過剰稼働を起こす。同時に無尽蔵の体力から聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を発動させ続ける。両手から魔力と光を吐き続ける。

 

エネルギーの受給と放出。そして肉体の回復を持って何とか維持している状態。これが常人ならば不可能の巧みの領域。

 

「やっぱ俺、天才だわ〜!!参ったね!!」

 

オレンジ色のオーラがより多く迸る。常時一〇〇の壁を取り払い、どんどんと力を高める。神龍の七分の一の力を解放する。

 

「ギャッッハァァア!!!」

 

「なっ!?グハァッ!!?」

 

フリードは一誠に猛スピードでぶつかり、髪を掴んで顔面に膝蹴りを入れる。防御も間に合わずに受けた一誠は反射的に目を閉じた。

 

「目を瞑るとは素人丸出しじゃんかよ!?」

 

殴りへと追撃に入った時、髪を掴んでいた手を籠手に掴まれた。

 

「テメェこそ、随分焦ってるじゃねぇか!!」

 

右拳がフリードに迫る。両者揃っての相打ち。二人共に距離を開いて吹き飛んだ。しかし、そこにも技術の差がでる。受け身を取れるか取れないかだ。

 

「ぐっ!?」

 

「っと…!」

 

フリードは礼拝堂に転がる悪魔祓い(エクソシスト)から銃を二挺奪い構え、撃つ。

 

一発目の光の銃弾を弾き、二発目に目を向けるが、なんと二発目の光はなかった。撃っていないのかと思った瞬間、身体に強烈な一撃が入る。

 

「決まったゼェ!二発目ッッ!!きっもちイィ〜〜」

 

「ガハッ…なんだ、これ」

 

一誠が受けたのは光の銃弾ではなく、実弾。だが、当然悪魔である一誠にとって光の銃弾よりはダメージが抑えられる代物の筈だった。そんな一誠にフリードが自慢げに話す。

 

「そいつは、ダムダム弾つって!!銃弾に十字を刻むことで、体内で銃弾が弾けるはぐれ悪魔祓い御用達の銃弾さー!!」

 

「ハァ…なんてもん撃ってんだ。クソ神父」

 

再び立ち上がった一誠は左手の籠手に力を入れる。

 

「まだ、足りない!全然足りねぇぞ!!力入れろ、相棒!!」

 

【boost】

 

力が上書きされる。本日何回目の倍加か。そんなこと忘れる程に力を高めた。それでもフリードの力が高いのは流石はドラゴンボールと人造人間の掛け合わせだ。

 

「チッ…くそ、ドンだけ強クなる気だよ……チートがぁ!!」

 

負けじとエネルギー炉をさらに稼働させる。既に暴走に近く吐き出す力が追いつかない。人の皮膚部分が剥がれ始め、中にあるメカメカしい銀色の機械部分が見えてきた。

 

「くソ悪マぁ"のぐセに、幸運だけで生きながらえヤガッテ!!その神器(セイクリッド・ギア)も、コウ運だろうが〜〜っ!!」

 

憎悪を感じさせる目で一誠を睨む。その目でさえ人工品のようで、メタリックに変貌していくのだ。

 

「ああ、幸運だ。俺は、リアス部長に助けられた。ミッテルトに助けられた!そしてアーシアに助けられたッ!!」

 

【boost!】

 

フリードが過剰にエネルギーを取り込みその身を朽ちさせるように、一誠も倍加によって身体に震えが来た。

 

「俺は運だけの凡人だ!!けどなっ…意地って奴を見せてやるぜぇぇぇ!!」

 

「ケっ!!俺サマのヨウな、天サイのエリートに勝テルわけないだろ〜がよぉ!!」

 

拳と拳がぶつかり合う。何方も引かず周りに衝撃波が走った。ガラスは砕け散り、椅子が吹き飛ぶ。

 

「クそ悪魔ぁぁぁあ!!!」

 

「必死になればエリートを超えることもあるんだよッ!!」

 

力の均等が崩れ、一誠の拳がフリードにめり込む。フリードの身体が椅子の瓦礫まで吹き飛ばされるが、倒れた瞬間にエネルギーを一気に放出して光の極光を放つ。

 

「朽ちて死ネ!吐イテ死ね!一寸残さズ砕け散れィイ!!?」

 

「ぉぉおお!!」

 

左手の籠手を持って極光すらも殴る。だが、極光は途切れない。その大きさを更に太くしたのだ。一誠は踏ん張るも、極光の勢いに押され退がっていく。

 

ピシッ…!そんな音が聞こえた。同時に身を焦す痛みと、威力の強さから指が裂け始める。言い換えれば神器が壊れて始めたのだ。右手で左手を押さえ、堪える。

 

「う"お"ぉ"ぉ"ぉ"ーーーー!!」

 

「ひ、はイャギャはぇッハハぁッハハ!!」

 

フリードはエネルギーを光に変換し続ける。変換回路が悲鳴を上げ、身体が徐々に崩れていくが、奴は狂ったように嗤うのだ。

 

「も、ってくれよぉ!!俺の体…倍加だぁあ!!」

 

【boost!!!】

 

一誠の力が更に倍になる。極光に押されていた身体が勢いの所有権を奪いとる。一歩一歩、前に足を踏み込む。光は依然放たれるも、一誠は前に進む。そしてーーーー

 

「倍加だぁぁあ!!!」

 

【boost!!!】

 

極光を超えた向こうへと、嫌らしく嗤うフリードへと打ち込んだ。

回転しながら吹き飛んだ。その先には礼拝堂の古びた十字架。フリードと共に崩壊する。生き埋めになったフリードを前に、一誠は膝を付いた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…!クソッ、体が言うことを聞かないぜ…!」

 

ガタガタになった体を何とか支えて座り込んだ。それでも目線をフリードの居る場所から離さないのは、今までの経験からだろう。最後の詰めまで油断はしない。

 

「…だよな…フリード。お前なら立つと思ってたぜ」

 

「ゼェ、ゼェ…ゼェ…!グッッーー!」

 

稼働部が大破したのか、収拾がつかない。ドラゴンボールのエネルギーが機械部分を破壊し始めたのだ。幾ら、痛みがないフリードとて、必要部が侵され、僅かに残る人間部の脳に損傷を起こし神経が裂かれ始めた。

 

「……やばいって…これ」

 

【booーーー。

 

倍加が発動しなくなった。

 

「クソ悪魔…おまエは強イ。オれがここまでヤられるナンテな」

 

「へ、へへ…そりゃどうも」

 

ガクガクと震える脚で体を持ち上げる。ひび割れた籠手が一誠の状態を指していた。

 

「シャーない……特別に見せてやるよ。ドラゴンボールから取り出した暴力って奴を!!」

 

稼働を止められない。しかし、上げられない訳ではない。フル稼働まで引き上げる。当然、そんなことをすればフリード自身が崩壊するだろうが、フリードはそれが容易に行えるイカれが存在する。

 

「死んでも殺すぞ」

 

踏ん張って立っているだけの一誠に、初めてフリードから殺気を向けられる。悪戯に殺すでも、ウザいから殺すでもない。明確な殺意を持って死んでも殺す意思をフリードが出した。

右手を翳し、一誠へと狙いを定め…光を撃ち込んだ。

 

 

滅んだ。

 

 

光が。

 

 

「イッセーは殺らせないわよ…!」

 

 

降り注いだ。

 

 

光が。

 

 

「聖母の微笑は返して貰うわ」

 

 

フリードは落ちてくる光に直撃して、爆発の様な激しいエネルギーにて一面を煙が舞った。

 

一誠は歩いてくる二人に向け、笑顔をみせる。

 

「部長…レイナーレ…ッ!」

 

二人とも生きていた。多少の傷が目に入るが、足取りも軽く重傷という程でもない。

 

「イッセー…!そう、そういうことね」

 

一誠の腕を見て表情を変えた。リアスは大変嬉しそうに、レイナーレはとても苦い顔へと。だが舞っていたら煙が一気に払い退けられた。中からフリードが歩いて来ている。

 

「イッセーくん。身体は動く?」

 

「ちと、厳しい」

 

「なら気合いで動かしなさい、イッセー。貴方は私の兵士(ポーン)なのだから」

 

「はい…!」

 

三人はそれぞれ戦闘態勢に入った。それを目の前に入れるフリードは疎ましく思った。さっきから自意識が途切れ、エネルギーが抜ける。さっきの爆風に乗じて聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)による回復を試したが、損傷の多さにマトモに機能がしなかった。

 

(殆ど回路がぶっ飛んでやがりますねぇ…骨がズタズタで吸収出来なくなってるがキツい。なんとか放出は出来るが、やはり厳しい)

 

そんな考えとは裏腹にその実、顔には笑みが溢れる。

 

「ーーー違うな。これは調子が良いゼ!ああ、無問題よ」

 

思いとは違い、やる気が満ちてならない。

 

「おいっ!!もう、時間もネエしよぉ…次で最終ラウンドにしようぜ〜〜!!」

 

フリードは相手側の返答を待たなかった。ボロボロの神父服を破り捨て、その上半身を晒す。胸の中心に見える一つ星のドラゴンボールが光を浴びて一層輝いた。

 

「逝くぜッ!?やるぜ!?殺ったるぜぇぇえ!!!」

 

両手相手に向け、ドラゴンボールからのエネルギーを一気に流す。腕はショートを起こした様に炎上するが、関係ない。小さな光と魔力の塊は大きく存在感を得て、とうとう強大な力となった。

 

右手の極光と、左手の超魔力をフリードは合わせる。混ざり合う光と魔は螺旋を描き融合する。それは力の合成。その力は更なるステージへと登る。

 

原作では木場が行った。聖と魔の融合と同じ神の不在の為になせる技。

 

「D.Hデットリィボンバー!!!」

 

放たれる技は明らかに強い。一直線のエネルギーは全てを飲み込んでいく。だから、レイナーレは寝かされているアーシアを見る。

 

「イッセーくん。私を信じられる?」

 

信じられるかどうか。勿論、告白もデートも何もかもが嘘であったレイナーレの言葉を信じられるかと聞かれると無理だろう。未だに信じるのは馬鹿のすることだ。

 

「信じるよ」

 

即決。エネルギー砲が迫るにも関わらずレイナーレの目を見てそれを言うのだ。大馬鹿者だ。一誠にとって嘘をつかれた過去は持ち合わせていても、今を信じない要因にはなり得ない。

 

「そう…ありがとう」

 

その顔は夕麻が見せた笑顔。一誠は確信した、あの日の全てが嘘ではないと。

 

「イッセーくん。ただ前に突っ込みなさい!!貴方がフリードを討ち取るの!!良いわね、何があろうとただ前にッ!!」

 

「おう!!」

 

一誠が走り出す。体を無理やり動かして最後の大一番を繰り広げようとする。その根性だけは負ける訳にはいかないのだ。

 

(限界なんて既に超えている。ならばあと一回位、限界を超えやがれッ)

 

【boーーost!】

 

血反吐を吐き出した。目や鼻、耳…いや、全身から血が噴き出す。

 

「リアス・グレモリー。私にーーーー」

 

「…良いのね?分かったわ」

 

(後ろの声は聞こえない。聞こえない。聞こえない。聞こえない!)

 

集中するのは拳をフリードにぶつける。それだけのこと。余計な感情は今は要らない。

 

後、僅かの距離。しかし、躊躇なく一歩を踏み出す。そしてーーー

 

「はあぁぁぁぁあ!!!」

 

一誠を超えてレイナーレがエネルギーの渦へと飲み込まれた。翼で体を覆い、突っ込んだ。

 

「それが何になるってんだよぉ!」

 

フリードが叫ぶが、エネルギーの中で変化が起こる。エネルギーに穴が開いた。一誠が踏み込んだのはその穴の中。フリードには何が起こっているのか理解に及ばない。

 

「レイナーーー夕麻ちゃん」

 

一誠にはそれが分かった。ハッキリと見えた。レイナーレの翼が燃えている。リアスの滅びの魔力に侵され、消滅している。だが、それは同時にエネルギーも滅んでいるのだ。

 

「イッセー、進みなさい!!今、どんな光景が広がっていても!!」

 

リアスの声がはっきりと聞こえる。

 

そこで意識を切り替える。レイナーレの捨て身を間近に感じて吹っ切れる。翼を犠牲にして作り出した一誠への道。そして、フリードが見える程に近付いた。

 

「ウッソだロっ!!どんだケ、だよ堕天使ィ!!」

 

「取ったッ!!」

 

潜り抜けたレイナーレは突き出す両手を断ち切った。エネルギーの放出口を。聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を付けたその両腕を断ち切った。切断されたフリードは大きくのけ反り、視線は上へ。

 

そこには自身にとっての因縁のライバルが居た。

 

「イッセぇぇえ!!」

 

思わず叫んだのは何故か。自分にすら分からない。ただ、フリードは叫んだ。

 

『力が足りんぞ、相棒!!』

 

内面から木霊する声。共鳴するように宝玉が煌めく。その通りだ。力が足りない。フリードの身体を叩くだけでは駄目なのだ。ドラゴンボールのエネルギーを貫通する断固たる力が必要なのだ。

 

『イッセーさん』

 

少女の声が聞こえた気がした。空耳、幻聴…だが、返事をするように一誠も叫んだ。

 

「龍拳ッッッッ!!!」

 

【bo【bo【Dragon booster!!!】

 

フリードは目を見開く。彼が見たのは、赤き龍の顎。喰らいつく為に迫るそんな幻覚。そして、フリードは龍に飲み込まれた。

 

 

一誠の拳がフリードの胸を貫通する。その手にはドラゴンボールが握られ、フリードのエネルギー炉が存在意義を見失う。僅かに残ったフリードはニヤリと笑って一誠を見る。

 

「よう、調子どう?」

 

「最悪だよ」

 

「ギャハハ!そいつは良かった!!……またなクソ悪魔」

 

「うっせえ、クソ神父」

 

それを最期にフリードは動かなくなった。一誠はドラゴンボールを握った腕を引き抜き、一瞬立ち止まった。

 

二人の戦いは終わったのだ。

 

▽▽▽▽▽

 

見ればレイナーレは朱乃に支えられているが、無事だった。堕天使の象徴と呼ばれるものを除いて。

 

リアスは両断された腕からアーシアの神器(セイクリッド・ギア)を回収する。

 

改めて自身が守りきれなかったことを理解して落ち込む。しかし、リアスは優しく一誠に語りかけた。

 

「これを彼女に返しましょう」

 

「…はい」

 

アーシアに聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を返す。元に戻しても生き返る訳ではない。

 

「…部長、すみません。あんなことまで言った俺を、部長やレイナーレ、みんなが助けてくれたのに…俺、アーシアを守ってやれませんでした…!」

 

「良いの…貴方は、アーシアの力を守ったの」

 

「でも…俺…!」

 

木場に支えられながら涙を落とす。レイナーレも終始無言で一誠の無様は姿を見ていた。

 

「前代未聞だけど、やってみる価値はあるわね」

 

リアスは一つの駒を取り出した。

 

「これ、なんだと思う?」

 

「…チェスの駒」

 

「正しくは僧侶(ビショップ)の駒ですわ」

 

僧侶(ビショップ)の役割は眷属のみんなをフォローすること。この娘の回復能力は僧侶(ビショップ)として使えるわ」

 

ここまで来たら馬鹿でも気付く。この駒は悪魔の駒(イーヴィル・ピース)だ。

 

「部長、まさか!?」

 

「このシスターを悪魔に転生させてみる」

 

そう、リアスはアーシアを悪魔へと転生させる決断をしたのだ。そして、リアスは顔をレイナーレに向ける。まるで同意を得ているような視線に、レイナーレは顔を背ける。

 

「ふふ、そう。ありがと」

 

リアスはアーシアへと僧侶(ビショップ)の駒を埋め込む。すると、どうだ。アーシアの顔色に生が出てきた。呼吸が始まり、息をしている。

 

成功した。アーシアが生き返った。

 

「アーシア!!」

 

木場を振り解き、寝ているアーシアに向かって足がもつれながら走った。そしてーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「退きなさい!!」

 

レイナーレが一誠を弾き飛ばした。

 

一筋の光線はレイナーレを貫いた。堕天使の鮮血が舞う。

リアスはいち早く表情を変えて、ソーナや使い魔に連絡を入れ始めた。

 

「ソーナッ!!どうなってるの!!」

 

月が見える割れた窓枠から閃光弾が投げ込まれ、全員に停止時間が作られた。

 

「ふむ…赤龍帝を仕損じたか…ほう、フリード。これは酷い有様だな」

 

そんな声が聞こえ視界が開けると、幾らか状況に変化があった。

血の池を作ったレイナーレは勿論、死んだフリードの姿が消えていたのだ。

 

ハッピーエンドまであと少しだった。物語としては一章としてはアーシアを救って終わりだった。原作なら間違いなくここで止まっていた。だが、それは違った。ハッピーエンドでは終わらなかった。

 

庇われた一誠はヨロヨロとレイナーレの元へ歩く。周りの音など聞こえない。

 

「お、おい…!レイナーレ!!」

 

「…なに」

 

「夕麻ちゃん…!」

 

「夕麻じゃないわ、レイナーレよ」

 

「なんで庇ったんだ…」

 

「…さぁね。別に、いいでしょ」

 

レイナーレは顔を背ける。けれど一誠にとって別に構わないことではなかった。

 

「…俺にとって初めての彼女だったんだ」

 

「見ていてとても、初々しかったわよ。女を知らない男は揶揄いがいがあったわ」

 

「大事にしようと、思ったんだ!」

 

「ふふ…ちょっと私が困った顔したら即座に気を遣ってくれたわね…でも、あれ全部私がわざとそういう風にしてたのよ?慌てふためく顔、可笑しかったわ」

 

「初デート、念入りにプラン考えたよ。絶対いいデートにしようって思ったから」

 

「ええ、とても王道なデートだったわ…おかげでとてもつまらなかったけど」

 

レイナーレが喋ると共に血が吐き出された。致命傷だ。

 

「嘘だな」

 

「…………ああ…デート、楽しかったわね」

 

そう言って目を閉じた。命の灯しは消えかけ。

 

「なぁ、神さま…神さま居るんだろ!!悪魔や堕天使が居るんだ、神さまだって居るよな!?見てるんだろ!?これを見ていたんだろ!?」

 

堕天使に助けられ、アーシアに助けられた。あんなに人を助けていたいい奴等が何故死ななきゃならなかったのか。それを天にいる誰かも分からない存在に叫ぶ。

 

「レイナーレを連れて行かないでくれ!!頼む、頼みます!!俺を助けてくれたんだ!アーシアを助けようとしてくれたんだ!!なぁ、頼むよ神さまっ!!」

 

天に訴えても応じてくれる者は居ない。当然だ、聖書の神は生き絶えているのだから。当然だ、凡ゆる神は神代が終わり動いていないのだから。

 

「俺が悪魔になったから、ダメなんスか!?レイナーレが堕天使だからナシなんスか!?」

 

リアス達でさえ、何を言っていいか分からない。そんな魂の叫び。だが、世界中の神は答えない。聖書の神は居ない。

 

けれど、一人。たった一人だけは最初から見ている神がいるではないか。誰だ?そんな者、転生者である『神さま』に他ならない。

 

「いや、ナシじゃないよ」

 

そこには烏山先生の姿があった。誰も気が付かなかった。気付けなかった。ただそこに居た。

 

「烏、山…先生?」

 

「やあ、兵藤 一誠くん」

 

リアス達が戦闘態勢を取るが、全員が一瞬にして気を失う。

 

「あ、あんたーーー」

 

「ハハ、神は見ていたってことさ」

 

「な、何言ってるんだ」

 

「まあ、アレさ…ビギナーズラック!ログインボーナスと考えてくれて構わない」

 

烏山は一誠に構わず言い続けた。

 

「つまりは覚醒イベおめでとう!」

 

「だから何を言ってーーーー」

 

一誠の意識が途絶えた。残ったのは遂に一人。烏山のみ。彼はレイナーレに近付き、手を翳した。

 

「結構良い覚醒イベじゃん。龍拳ッ!くぅ〜、良いぜいいよなぁ!!面白いわぁ!!超覚醒してんじゃん!!」

 

レイナーレの傷が塞がり、息も安定した。

 

「でも…イッセーを殺した奴はなぁ〜…」

 

黄昏たように月をみる。綺麗な満月に顔を照らされた烏山は笑みを深めた。

 

「……つまんない奴なら俺の世界にはいらないや。うん、貰っちゃおう(・・・・・・)。けど、今はまだ良いよ」

 

その呟きは夜風に乗って消えていった。

 

 

 

 

 

 

 




龍拳ッッ!!!
フリード爆散!

神さま見てましたね。当然ナメック星人の姿は見せません。
まさかアーシアでのハッピーエンドにはならなかった。これには神さまも予想ガイ。

次回【一章分のエピローグ】


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一章分のエピローグ

エピローグはエピローグ。短いものである。



目を覚ます。一誠は飛び起きて、机に用意していた物を纏めて鞄に詰め込み階段を降りる。

 

「あら、イッセー!まだ寝てたの!?」

 

「ごめん、母さん!!朝飯いらない!!」

 

そう言って学校へと急いだ。何とか学校に着いた一誠はそこで、驚きの光景を目にした。

 

「わ、私はアーシア・アルジェントと言います!よろしくお願いします!!」

 

転校生として、アーシアが登校してきたのだ。その後、アーシアと一誠が仲がいい事実が発覚して、揉みくちゃにされるまでの流れは変わらない。

 

何とか教室から抜けて、廊下を歩く。すると前から一人の美少女の姿が一誠の目にうつる。

 

「あの、兵藤 一誠くん…ですよね」

 

「え?」

 

黒髪ストレートにつられて顔を上げた。

 

「私、今日から3年に転校してきました。天野 夕麻っていいます」

 

あの日の再現かと見間違う。けれどこれは現実。

 

「私と、友達になって下さい」

 

彼女の言葉に今度こそ嘘はない。そう思えた。何故なら笑顔が本物だ。ならば一誠がすべきことは一つ。

 

「よ、喜んで!!」

 

差し出された手を一誠は掴み取った。

 

「あ、パイセン…デレてるっすね」

 

夕麻の後ろでぴょこぴょことしていた金髪が顔を覗かせる。その顔に一誠は見覚えがあった。

 

「ミ、ミッテルトぉ!?」

 

「ちーす!今日から1年のミッテルトっす!よろしくイッセー」

 

「うおおおお!無事だったんだなぁ!!」

 

「ぎゃー!引っ付くなぁ!!」

 

変態三人組の一誠が今日転校してきたばかりの美少女達に言い寄り、あまつさえ後輩に当たる1年のミッテルトに抱き付いたのだ。

 

さて、ここは何処だ。そう、廊下である。廊下に一人も生徒が居ないことなどあるか?いや、ない。

 

『エロ兵藤ぉぉぉぉお!!!』

 

つまり、そう言うことである。

 

▽▽▽▽▽

 

傍観者はそんな彼等をみて良いと思った。今回の覚醒イベですら多くの違いが現れた。ドラゴンボールの存在でここまでの変化が出るのは予想外ではあったが、面白いと思った。

 

フリードの存在は歪で好ましい。堕天使は全体的に変わっている。ならば当然、一誠達も変わらなければならない。

 

「どうよ、なぁ!流石主人公だろ?」

 

「…………」

 

「お?お前もそう思うかい。そうだね、彼は凡人ではない。確かに戦闘能力も低い。武術の心得もない。だからこそ異常だろう?」

 

「………」

 

「え、だがそれだけ。何それ、コワ。やっぱ足りない?お前どんだけだよ」

 

神さまは笑う。そして、一つの札を張られた電子レンジを取り出した。

 

側に居るだけの人物は腕を組んで黙り込む。

 

「よし、次はコイツだ。えっと…コイツは誰だったっけ。あ、あぁ〜そうそう、特典『球磨川』だ。おい、コイツ何しようとしたの?」

 

「………」

 

「え…?イッセーを殺してハーレムを築こうとした?『球磨川』なのに?無理じゃん」

 

「………」

 

「ハハハハ!最近で一番弱かった?そりゃ、コイツは最弱だからな!弱かろう弱かろう!」

 

そう言いながら札を外して電子レンジの蓋を開ける。すると、中から一人の男が現れた。肩で息をする男はふと神さまをみた。

 

『あれ?君、同郷の人?ナメック星人とか、趣味悪いよね!』

 

「ハハ、なんだその格好付け。なりきりかよ」

 

『酷い…酷いよ!』

 

急に泣き始める『球磨川』に神さまは近付いていく。

 

「うーん、やっぱり要らないなぁ。君の特典は基本全てに於いて邪魔だよ。イッセーの成長の糧にすらならない。うん!気持ち悪い!」

 

既に神さまに巨大な螺子が迫っていた。だが、それが刺さることはない。

 

「えっ!?」

 

「螺子込めないよ。なんで螺子込めると思ったん!?」

 

『あれ〜、おかしいなぁ!』

 

「やっぱ、要らないや。お前殺る?」

 

「……」

 

「要らない?そうか…しょうがねぇなぁ」

 

『僕を殺すって?無理無理、僕を知ってーーーー」

 

仮名『球磨川』。転生者である。その者がどうなったのかは誰もが知る結果となるだろう。

 

スキル【大嘘憑き】は現実を虚構にする。凡ゆるものをなかったことにする能力は確かに強い。何故なら自身の死すらもなかったことにできるのだから。

 

「うん、知ったうえで殺すよ」

 

けれど、この神さまの前では無力。それを彼は知らなかった。

 

▽▽▽▽▽

 

冥界の領地。燃える焔の中を男が歩く。周りの眷属は勿論、彼の女王が繰り出す爆裂は敵一面を削り取るように掻き消す。

 

王座に座る男は次の勝負に思いを馳せた。

 

「リアス・グレモリー…」

 

リアス達に次なる敵が迫る。

 

鳳凰の羽根が舞った。




神さまの行動を少し見せました。何がどうなっているのか分からないですか?分からない方が良いですよ。今後分かりますから。

そして、正式にレイナーレとミッテルトがハーレム予備軍入りですね。

次章【phoenix】

奴の焔は一味違うッッ!!


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phoenix編
使い魔ゲットだぜ!!


「今日の部活は新人悪魔の顔合わせよ」

 

「「顔合わせ?」」

 

それは突発的に聞かされた。曰く、この学園にはリアス達オカルト研究部以外にも悪魔が居ると言うことだ。

 

「へぇ、俺等以外にも悪魔いたんだな」

 

「うわ〜、マジで気付いてなかったんだー」

 

「イッセー先輩はダメダメです」

 

後輩の金銀コンビに言葉のナイフで刺され、落ち込む一誠を他所にリアスは夕麻もといレイナーレに付け加える。此方のミッテルトは同学年、上級生のどんな人に対しても軽い。礼儀がなってないと思う者も存在はするが、それこそ松田、元浜等にも気軽に接する程のコミニュケーション能力により、今ではカリスマギャル?と呼ばれている。

特に子猫と行動を共にするため、真逆の二人。金銀コンビと呼ばれているのだ。

 

「貴女達堕天使も顔合わせには参加して貰うわ。知っていて貰わないと困るもの」

 

「ええ、構わないわ。ドーナシークとカラワーナにも招集を掛けたからもうじき来ると思うわ」

 

「そう、それなら良いのよ」

 

上品に話し合うレイナーレは学校に転校してきてからと言うもの清楚な容姿と佇まいから早くも駒王三大お姉様と呼ばれるに至ってしまっている。まあ堕天使であるため人にとても優しいので、男女共からモテるが、一誠から貰ったプレゼントを常時着けているのを自慢して、一誠が総スカンを受けた苦々しい思い出もある。

 

茶を飲む程度の時間が経ち、残り二翼の堕天使も現れた。そして、表の管理者でもあり、生徒会長でもあるソーナ・シトリーが自身の眷属を引き連れ、オカルト研究部の旧校舎まで足を運んだ。

 

「…悪魔って生徒会!?」

 

「ようこそ、ソーナ」

 

「ええ、こんにちはリアス」

 

そして、ソーナは側にいる匙 元士郎を紹介する。役割は兵士(ポーン)。代わってリアスも一誠とアーシアを紹介する。つまりこれは新人の為の顔合わせなのだと理解した。

 

「へぇ!俺と同じ兵士(ポーン)か〜、しかも同学年なんてな」

 

「俺としては変態三人組であるお前と同じなんて酷くプライドが傷付くんだがな」

 

「んだとぉ!?」

 

「やるきか?俺はこう見えても駒四つ消費の兵士だぜ?」

 

「おやめなさい、匙。それに彼は駒を八つ消費してるのよね?リアス」

 

「「八つぅぅ!?」」

 

匙が驚くどころか、初耳情報の一誠すら驚く。レイナーレを始めとした全員は別段驚いてもいない。それは一重に神器(セイクリッド・ギア)の特異性によるものだ。

 

「駒八つって全部じゃないですか…変態に…信じられない!?この変態にそんな価値が」

 

「だから、変態変態って言うんじゃねぇ!!」

 

「ごめんなさいね。兵藤君、アルジェントさん。宜しければ新人悪魔同士仲良くしてあげて下さい」

 

二人の言い合いに困った顔をしながらも匙を気遣う姿はリアスを仏頭させた。思わず、一誠は「うす」と返事をした。

 

「あー、なんだ。よろしく」

 

差し出された手をアーシアが握る。

 

「よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ!君みたいな可愛い子なら大歓迎だよ!」

 

一誠相手とは打って変わってのこの態度。アーシアをどこか親目線から見る一誠は間に入り込み、匙の手を握った。そう、強く!

 

「ハハハっ!匙くん!俺のこともよろしくね!あと、アーシアに手を出したら殺す!!」

 

「はっはっは!!僕がそんなことをする筈ないだろう!?僕は兵藤くんみたいに変態じゃないんだからね!!」

 

そんな何処か似たもの同士の二人の姿に主人であるリアスとソーナは「お互い大変ね」と言い合う。しかし、その言葉には喜色が浮かんでいたのは聞いていた者全員に伝わっただろう。

 

「…それで、リアス。堕天使の方々を紹介してくれると助かりのですけど…」

 

「あら、そうだったわね。じゃあレイナーレ、よろしく」

 

一人、朱乃の淹れた茶を堪能していたレイナーレが立ち上がり、ソーナ眷属の前で止まる。

 

「シトリー嬢、お初にお目にかかるわね。私は所属『神の子を見張る者』堕天使レイナーレ。そして、現在は駒王学園3年の天野 夕麻でもあるわ」

 

「やはり…堕天使でしたか。リアス、こう言ったことは最初に報告してくれないと困ります」

 

非難の目をリアスに向けるも、舌を少しだして誤魔化される。

 

「それから、コッチが私の部下である堕天使ミッテルト。この娘も今は1年として在籍しているわね」

 

「ええ、知っていますよ。1年の金銀コンビは有名ですから。特に、学校でゲームをしていることは今日の議題にも入りました」

 

「ギクッ」

 

やけに静かだった理由が判明した。レイナーレも上司として凄い目でミッテルトを見ている。当のミッテルトはコンビの片割れに援護を頼むが、茶菓子の側から一向に動かない子猫。

 

「はぁ…次は此方、同じく部下である堕天使よ。名前はドーナシークとカラワーナ」

 

ドーナシークはハットを脱ぎ、頭を下げる。礼儀の正しさが見て取れた。所謂、紳士という奴だろう。

片方のカラワーナはここに来てから誰よりも不機嫌である。アーシアなどには微笑むなどの一定の優しさは兼ね備えているが、今の所一誠とは目が合ってない。

 

「分かりました。貴女方の学園滞在を了解します。けれど、一つだけ聞いておきたいことがありますが、よろしいですか?」

 

「そうね、私も気になっていたことがあるわ」

 

恐らく二人の聞きたい点は同じだったのだろう。ソーナはそれを察知して、リアスに質問を譲る。

 

「レイナーレ。何故、この町に滞在することになったのかしら。堕天使は日々人を守る役割のために、同じ場所には居座らない筈でしょ?」

 

「……グレモリー。貴女は過去の大戦時のことをどこまで知っている?」

 

ここで出てくるのは過去の大戦。今の状況と全く関係はない筈だ。リアスは少々の時間、頭で考え答える。

 

「三大勢力の交戦。三天龍の襲撃。英雄コカビエル。そして神龍…」

 

「やはり他勢力には伏せているわね」

 

堕天使陣営が隠していること。それがこの町に滞在する理由に結びつけられるとは到底思えない。疑問が深まるばかりだ。

 

「あの大戦は言い伝え通り、堕天使が勝つとまで言われたわ」

 

「ええ、悔しいことにね」

 

「そして大戦によって被った被害も一番少ないとされている」

 

「はい、お姉様もそう仰っていました」

 

「けれど、それは違う。私達堕天使も痛手を受けた。そう、コカビエル様の片腕という痛手をね」

 

『なっ!?』

 

それは一般には知らされていない。あの大戦での生き残りは、コカビエルの片腕欠損を議題には持ち出さない。

 

悪魔は老害に知られないためや、そもそもサーゼクスが勝てないと理解しているため。無駄に煽る必要はないと判断していた。

 

天使は聖書の神が最後に自身の力を授けた結果が残っている。その結果、コカビエルは人を守る者であると思い込んでしまったのだ。ミカエルはそれを逆手に取り事実を秘とした。

 

「よ、余計に分からないわ!それがこの町に滞在するのとなんの理由が!?」

 

「コカビエル様はあの大戦で最強であった。そんなコカビエル様の腕を取れる者なんて、この世にそう存在しないと思わない?」

 

レイナーレは一誠に目配せした。つまり、そう言うことである。

 

「成程、赤龍帝…ね」

 

「故に、『神の子を見張る者』は赤龍帝兵藤 一誠を監視対象とすることが決定致しました」

 

勝手なことにリアスから怒りが見え隠れする。他の堕天使はそれでも顔色変えずにただいるだけ。

 

「…と言うが表向きの指令。本当の指令は別にあるわ。それは赤龍帝の護衛」

 

「イッセーの護衛?堕天使四人係で?」

 

「『神の子を見張る者』も一枚岩ではない。反乱分子はどこの所属にもあるものよ」

 

反『神の子を見張る者』は赤龍帝を出汁にコカビエル派の堕天使を唆し、新たに大戦を始める予定なのだ。けれど幾らコカビエル派とは言え、腕を奪った赤龍帝が居るだけで唆すことが出来るのか…そう疑問視するリアスだったが、レイナーレは甘いと断じた。

 

「カラワーナ…命令よ。貴方、イッセーくんのことどう思う」

 

「へっ!?」

 

急に話にあげられた一誠はカラワーナを見る。当のカラワーナは一誠の顔をみた途端に、凄い形相へと変貌した。

 

「死ね、クソが」

 

「こう言うことよ。コカビエル派の中にはコカビエル様に感化され過ぎて、神格化する堕天使も少なくない。そして、カラワーナは盲信者の一人よ。だから腕を奪った赤龍帝は悪だと断定している」

 

「そ、そんな…ひでぇ」

 

変態行動を取って罵倒される分には受け入れるが、直球で罵倒されることには耐性がない一誠は酷く落ち込む。特に美人からの言葉で大ダメージだ。

 

「だから、上層部は私達を使って牽制と時間稼ぎをしているの」

 

「なるほどね、分かったわ。ソーナも良いわね?」

 

「ええ、正直もう少し詰めていきたいですが、やめておきましょう」

 

そうして正式に町の滞在が認められた堕天使一同。落ち込む一誠の肩に手をおいて慰める匙。なんとも言えない空気感で顔合わせは終了した。

 

▽▽▽▽▽

 

それから数日。遂に一誠たちは念願の使い魔との契約を結ぶべく、使い魔の森に転移していた。まあ、その間にも依頼するための権利を賭けてリアス眷属とソーナ眷属との勝負があったのだが、割愛しておく。

 

「うへぇ、何が出てきてもおかしくないな」

 

紅い空の下、不気味な森は確かに雰囲気が出てきていた。

 

「ゲットだぜ!」

 

急に聞こえた声に一誠とアーシアが驚く。しかし、リアスは漸く見つけたとばかりに木の上にいる人物に声をかけた。

 

「待ってたわよサトシ」

 

「久しぶりだな、リアス!」

 

「ピカチュウ!」

 

リアスの声に一人の少年と黄色の鼠が答える。どうやら彼が使い魔マスターと呼ばれる者らしい。サトシは木から飛び降りて、一誠達の前に立った。

 

「それで?どんなポケーーじゃなかった。使い魔が欲しいんだ?」

 

どう見ても一誠より年下に見えるサトシに不安感を覚えるが、そばにいた朱乃がにこやかに答える。

 

「大丈夫ですわ。彼、使い魔のプロフェッショナルですから」

 

「は、はぁ」

 

そう言われるが、どうにもわんぱく小僧にしか見えない。一抹の不安を持ちながらも、リアスと話し込むサトシに着いていくことにした。

 

「えっと、君たちが使い魔欲しいんだよな!俺はサトシ!コイツは相棒のピカチュウ!」

 

「俺は兵藤 一誠。イッセーでいいぜ!」

 

「わ、私はアーシア・アルジェントです!」

 

「へへ、よろしくなイッセー、アーシア!」

 

自己紹介も済み、使い魔探索を森の中を進む。その間にもどんな使い魔が欲しいかなど話し込み、咄嗟にエロいのと答えるなどの会話が続く。

 

「イッセー。使い魔は有能で強い方がいいわよ」

 

そう言われる一誠だったが、サトシはそれを否定した。

 

「そんなことないさ。自分の好きな使い魔を捕まえるのが一番いいんだぜ!」

 

そう言うサトシは誰よりも子供に見えた。リアスにとって子供で居られることは羨ましいことだった。

 

「部長?」

 

一誠には何か思い耽るリアスが気になるが、次の瞬間には元に戻っていた為、気のせいだと思ってしまう。

 

▽▽▽▽▽

 

森に入って早数時間。色々な魔物を見つけて、触れ合った。何回か生息する魔物が暴れて襲い掛かってきたが。

 

「ピカチュウ、君に決めた!!10万ボルト!!」

 

「ピーカーチューーーーっ!!」

 

サトシとピカチュウの息の合った攻防のすえ、難を逃れた。

そしてーーーー。

 

「スプライト・ドラゴン…ゲットだぜ!……あの、これでよろしかったでしょうか?」

 

「え、あー…そこまで真似しなくても。ま、いっか!ゲットだぜ!」

 

「ピッピカチュウ!」

 

アーシアは無事、使い魔としてスプライト・ドラゴンをゲットした。サトシ曰く、スプライト・ドラゴンは大人になると凶暴すぎてゲット出来ないと言う。

 

「リングマやバンギラスみたいたもんだな!」

 

知らない名前を出されてもと思った。

 

次に現れたのは一誠が待ち望んでいたエロい魔物。服を溶かすスライムだ。スライムは急に上から降ってきて、オカルト研究部の麗しき女性陣の服を溶かしていく。リアスはサトシに助けを求めるが、当のサトシは顔を真っ赤にして目を閉じている。ピカチュウも同様だ。

 

「うへへへ…!サトシ、俺コイツをゲットするぜ!!なあ、スラ太郎!!」

 

「ピカ…」

 

「イッセーは変態なんだな。タケシ枠じゃん」

 

名前まで付けてスライムをゲットしようとする根性はサトシとしても嬉しい限りなのだが、どうにも一誠のベクトルは酷く捻じ曲がっている。

 

「いい加減にしなさい!!」

 

当然スライムはリアスに滅ぼされ、他の全員もそれぞれスライムを殺す。唯一攻撃手段のないアーシアにへばりついたスライムを守る為に一誠が抱き付く。

 

「や、やめて下さい!コイツは俺のパートナーなんだ!相棒なんです!!」

 

これには流石に朱乃も呆れた。そして、一誠の中にいるドラゴンは静かに悲しんだ。ドライグはこれから先、乳龍帝と呼ばれるのをまだ知らない。

 

(イッセーさんが、私を抱きしめてくれてます…!)

 

アーシアはこんな状況にも限らず、とても嬉しそうだ。恋は盲目と言う意味が良くわかる。

 

「イッセーくん。流石にやめときなよ」

 

「うっせえ、木場!!俺はコイツと一緒に女の子のオッパイを拝むんだ!!」

 

「サトシ、あまり引かないであげて。根はいい子なの。だけど、あまりにも欲望に忠実すぎて」

 

レイナーレとは友達からスタートと言うこともあり、エロさに拍車がかかった一誠は堕天使側からも性の権化と言われるようになっていた。結果、原作同様のエロを彼は取り戻したのだ。

 

「えっと、取り敢えずアーシアを解放してやろうぜ」

 

「ピカチュゥ」

 

しかし、その前にアーシアがゲットしたスプライト・ドラゴンが一誠ごとスライムを雷撃した。元々、みず・どくタイプのスライムはドラゴン・でんきであるスプライト・ドラゴンの攻撃を受け切る体力はなく、綺麗に消滅してしまったのだ。

 

「スラ太郎ぉぉお?!」

 

結局、一誠は使い魔ゲットならず終わりを迎えた。

 

「じゃあな!また会おうぜ!!」

 

「おうよ!またなサトシ!!」

 

「ピカチュウさんもさようなら!」

 

「ピカチュウッ!!」

 

サトシはボールから使い魔を召喚する。尻尾に炎を宿した龍だ。サトシはその龍の背中に乗り空へと飛び立った。残ったオカ研のメンバーは帰りの支度を始めるが、一誠は思い出したかのように月へ叫ぶ。

 

「どうして死んだ!我が友スラ太郎ッ!あの力をもう一度みせくれ、スラ太郎ぉぉお!!?」

 

泣きながら叫ぶ一誠を前に子猫が白い目を向けて言う。

 

「スケベ死すべし」

 

子猫の攻撃が一誠にあたった。

 

こうかはばつぐんだ。

 




スーパーマサラ人。サトシ降臨。まあ、お分かりですよね。
そう言うことです。

次回【旧校舎のphoenix】


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