ラブライブ!~アウトローと9人の女神~ (弐式水戦)
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プロローグ~アウトローは2度目の高校生活を始める~

リメイク版です。

前作では原作入りが遅くなり、そのくせNFS要素ばかり出していたために批判の的になってしまいましたが、本作ではその部分を出来る限り纏めました。


 4月───

 それは、新たな生活の始まりの月と言われており、多くの学生や新社会人が、これから始まるであろう新しい生活に、期待や不安を抱いている事だろう。

 他にも花見の時期であり、桜が咲き乱れる公園等では、花見に来た者達の笑顔で溢れている。

 また、出会いの季節でもあり、この春に新たな出会いを経験し、そこから人間関係が生まれていくのだ。

 

 そんな明るいイメージを持たれている4月だが、この年は1人だけ、明るさなどまるで感じられない、憂鬱そうな表情を浮かべる者が居た。

 

「はぁ………遂にこの時が来ちまった」

 

 ある日の昼下がり、路肩に停めた車から降りたその青年は、視線の先に建つ建物を眺めて深い溜め息をついた。

 門から建物へ向けて真っ直ぐ伸びる煉瓦の道は桜のトンネルの下を通っており、まるで青年を出迎えているようにも見える。

 そして門へと目を向ければ、この建物の名前を示す札が張ってある。

 

 『国立音ノ木坂学院』、それがこの建物の名前であり、この青年、長門 紅夜(ながと こうや)の新たな生活の舞台だ。

 普通の人間なら、新たな生活の舞台を目の前にすれば期待に胸を弾ませるものだろう。しかし、紅夜は違った。

 彼の表情はどんよりと曇っており、今すぐにでも帰りたいと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

「全く、何が悲しくてこの歳で2度目の高校生活をしなきゃならねぇんだよ………はぁ、今からでもアメリカに帰りたいぜ」

 

 此所まで自分を乗せてきてくれた愛車、Nissan Skyline GT-R BNR34のルーフに突っ伏し、弱々しく呟く紅夜。

 

 年齢は19歳で、今年8月で20歳を迎える彼は、どう考えても学生として高校に来るには場違いな存在だ。

 ならば何故、彼がこの学校に足を踏み入れようとしているのか、それを語るには、今から3カ月前に遡らなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 元々、紅夜はとある事情で7年前から家族の元を離れ、父、長門 豪希(ごうき)の友人が住むアメリカで暮らしていたのだが、その時は家族との間で決めた『年に2回は日本に帰ってきて、家族や日本の幼馴染み達と過ごす』という約束もあり、日本に戻ってきていた。

 中学2年の夏からこの約束を実行するようになり、早いもので12回目。その時も、里帰りは普段通りに終わるだろうと誰もが思っていた。

 そう、その時までは………

 

 

「お帰り紅夜。帰宅早々悪いんだが、ちょっと良いか?」

 

 里帰り期間も残り僅かとなったある日の夜。幼馴染み達と遊び終えて帰宅すると、何やら神妙な顔を浮かべて待っていた父にリビングへと連れていかれる紅夜。

 彼等がリビングに入ると、今度は彼の母親と思しきショートヘアーの緑髪を持つ女性ともう1人、ロングヘアーに伸ばされたグレーの髪を持つ女性に迎えられる。

 

「お帰りなさい、こうちゃん。取り敢えずその椅子に座ってくれる?」

「あ、ああ………」

 

 何が何だか分からないままに、言われた通り椅子へと腰を下ろす。

 すると間も無く、その女性が口を開いた。

 

「先ずは紹介するわね。彼女は南 雛(みなみ ひな)、お母さんの後輩で、今は私達が通っていた学校で理事長をしているの」

「よろしくね、紅夜君」

 

 そう言って右手を差し出してした雛に、紅夜は警戒するような眼差しを向けながらも同じように右手を差し出し、握手を交わす。

 

「それでお袋、その南さんって人と俺に、どういう関係があるんだ?」

「ええ、それはね……」

「待って先輩、私が説明します」

 

 紅夜に説明しようとする母を制止した雛は、真面目な表情で口を開いた。

 

「実は……」

 

 それから語られた内容は次の通りだ。

 

 先ず、彼女が理事長を務める学校、国立音ノ木坂学院だが、年々減少している生徒数に頭を悩ませているのだそうだ。

 今年度の新3年生が3クラスなのは未だ良いとして、新2年生は2クラスと1つ減り、そして新1年生に至っては、1クラス分作るのがやっとと言える程に少なく、過去最悪の入学希望者数なのだと言う。

 これについては、数年前から理事会に指摘されており、雛自身もこの状況を打破しようと策を巡らせたが何れも上手くいかず、その結果が今年度の新入生の少なさに出ている。

 そして先日の理事会において、このまま生徒数の増加が見込めなければ、廃校もやむを得ないと言われてしまったのだ。

 勿論、それで大人しく廃校を受け入れる訳にはいかない。

 そのため、雛は最終手段として残していた共学化を本格的に考えるものの、元々女子高だったのをいきなり共学にするのは、あまりにもリスクが高すぎる。

 そのため、紅夜に音ノ木坂学院の共学化にあたっての試験生をしてほしいと言うのだ。

 

「……と言う訳なのだけれど、どうかしら?」

「いや、どうって言われましても……」

 

 紅夜は反応に困った。

 母親の母校とは言え、はっきり言えば自分とは全く関係の無い話だ。

 当然、早く廃校になってしまえと思う訳ではないが、その逆も然り。廃校になろうがなるまいが、紅夜にとってはどうでも良いのだ。

 

「(それに、よりにもよって俺を試験生に選ぶなんてな……お袋の、長門 深雪(みゆき)の息子とは言え、この俺を………)」

 

 内心そう呟いた紅夜は、試しに親の意見を聞く事にした。

 

「一応聞くけど、親父とお袋はどう思ってるんだ?この件について」

 

 そう訊ねるものの、内心では否定的な意見が出るだろうと予想していた。

 自分が昔やった事や、今アメリカでやっている事を考えれば、どう考えても賛成するような意見は出ないと思っていたのだ。

 だが結果は、紅夜の予想とは正反対なものだった。

 

「俺は、別に受けても良いと思ってる」

「私もよ」

「……は?」

 

 両親の予想外の反応に脳内処理が追い付かず、呆気に取られる紅夜。そして暫くの沈黙の後、紅夜は椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。

 

「ちょ、ちょっと待て!2人共正気かよ!?俺が昔何やったのか、そして今何やってんのかは知ってるだろ!?」

 

 豪希と深雪を交互に見ながら、紅夜は怒鳴る。

 もう夜も遅く、上の部屋で妹の(あや)が寝ているが、お構いなしだ。

 

「あの時はずっといじめられたせいで暴走したとは言え、俺は主犯や取り巻き共を病院送りにした上に教室も半壊させたんだぞ!?そんな俺を試験生にするなんて、正気の沙汰じゃねぇ!」

 

 マシンガンの如く言葉をぶつける紅夜だが、豪希達の態度は変わらなかった。

 

「ああ、そうだな。確かにお前がやった事は、被害者だったとは言えやり過ぎだ。あんな事をしたお前を試験生にするのは正気の沙汰じゃないってのも頷ける」

 

 それどころか豪希は、紅夜の言う事を全面的に肯定する。

 

「だがな紅夜、それはもう過去の話だ。今は違う。それにお前には、未だ人としての心が残ってる。俺も深雪も、それに賭けてるんだ」

「いや、人としての心なんか言われても知らな──」

 

 尚も言い募ろうとする紅夜だが、豪希はそれを遮るように言葉を続けた。

 

「それに今回の話は、お前にもメリットがあるんだ………だよな、南さん?」

「ええ」

 

 ここで豪希は、先程まで黙っていた雛にバトンタッチする。

 

「紅夜君、貴方の事は先ぱ………いいえ、お母さんから、既に聞いているわ…………辛かったわね」

 

 そう言って紅夜に近づき、優しく頭を撫でる雛。

 

 これまで触れてこなかったが、紅夜は普通の人間とは少し異なった姿をしていた。

 黒髪黒目を持つ豪希と、緑髪に赤い目を持つ深雪の間に生まれたのだから、どちらかの性質を引き継いで生まれるのが普通だ。

 だが、彼は先天性白皮症、所謂アルビノという病気を持っており、その肌や髪は色素が失われて雪のように白く、おまけに目は、右目が赤で左目が青のオッドアイである。

 これ等の特異な体質が原因で小学校ではいじめを受けていた紅夜だが、ある日、遂に我慢の限界を迎えて暴力事件を起こしてしまったのだ。

 それが原因で、彼は多くの人間から化け物扱いされ、これまでいじめられていた事もあって人間不信になり、一時は身内や、味方をしてくれていた幼馴染み達すら拒絶するようになっていた。

 今はアメリカでのステイ先の家族の協力もあって和解を果たしたが、彼等以外の存在、つまり赤の他人へ向ける行き過ぎた警戒心は未だに健在なのだ。

 

「あんな事があったんだから、もう家族や他の親しい人以外と関わりたくないって思うのは分かるわ。でもね、世の中そうはいかないの。嫌であろうがなかろうが、赤の他人と関わらなければならない時が、何時かきっと来るわ」

「………………」

「だからね、コレを1つのチャンスだと思ってほしいの。過去のトラウマを乗り越え、他人とも上手く付き合えるようになるための、ね」

 

 真剣な眼差しで語る雛。勿論、このままではいけないという事は紅夜自身も理解している。だが、それでも彼の反応は変わらなかった。

 

 実は、彼が試験生を拒む理由はこれだけではなかった。

 

 彼は、現在居候として住んでいる町、ベンチュラ・ベイにて、そこで出来た仲間と共にストリートレーサーとして活動しているのだ。

 ストリートレーサーとは、その名の通り町中でレースを行う者達の事を指すのだが、勿論それは違法行為だ。

 スピード違反や対向車線をはみ出しての逆走、ドリフト走行といった危険走行は当たり前で、警察に見つかれば、彼等を撒くか捕まるまで続くカーチェイスが幕を開ける。

 しかも彼は、先日ベンチュラ・ベイから北東に進んだ先にある町、フォーチュンバレーにて、その町の富を独占しようと企んでいた裏組織に喧嘩を売り、壊滅させたばかりだ。

 そこらのチンピラ達が可愛く見えるような事をしている自分が、果たして試験生なんて学校の運命を左右するようなものを引き受けて良いのだろうか、いや、良い訳が無い。

 

 紅夜はその事も付け加えるが、雛達の意見は変わらなかった。

 

 結局、紅夜がどれだけ否定しても大人3人に丸め込まれてしまい、更にはそんなに信用出来ないならと雛が交換条件として出した、『車通学の許可』に心が揺らいだ隙に、紅夜の試験生としての入学が決定してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「おまけに、レナ達にも勧められちまったしな………」

 

 アメリカに帰り、ステイ先の家族にその事を伝えた時の事を思い出し、またしても溜め息をつく紅夜。

 試験生の話を持ち出すと、ステイ先の家族は豪希達と同じように『是非やるべきだ』と勧め、他の走り屋仲間に話しても同じ反応だった。

 

 こうなってしまえば、紅夜としても腹をくくるしかない。

 あれよあれよという間に準備を進め、今、こうして音ノ木坂学院の前に居るという訳だ。

 

「まあ、此所で何時までもウジウジしてたって始まらねぇし、どうせたった1年の短い試験生だ。無難に過ごせば良いか」

 

 そう呟いた紅夜は、ポケットから小さく折り畳まれたメモ用紙を取り出す。

 

「えっと、今日は理事長室で説明を受けて制服や教材を受け取るだけ、と………」

 

 予定を確認した紅夜は再び愛車へと乗り込み、エンジンを掛ける。

 そしてゆっくりとアクセルを踏み、学校の敷地内へと入るのだった。




次回、μ'sの1人が登場します。


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第1話~アウトローと生徒会長と理事長~

「よし、これでOKっと」

 

 校門から敷地内へ入った紅夜は、出掛ける前に深雪に書いてもらった校内の見取り図を頼りに教員用の駐車スペースを見つけ、その端の1つに愛車を止めた。

 今日は休日だが、駐車場には彼のR34を除いて数台の車が止まっている。恐らく休日中に活動している部活の顧問のものだろう。

 

「それにしても、こうしてみるとつくづく俺のRが場違いだってのを思い知らされるよな」

 

 他の車と自分の愛車を見比べながら、紅夜は苦笑混じりに呟いた。

 

 教員の車が何処にでもあるコンパクトカーなのに対し、彼が乗ってきたR34はスポーツカーだ。それも、エアロパーツや一部に添える程度に貼られたデカールによるカスタマイズが施されている上に、スペックも1000馬力以上という、明らかに町乗りや登下校に使用するにはオーバースペックな代物だ。

 

 エアロパーツやデカールはそんなに派手なものではなく、目立つものと言えば精々GTウイングくらいだろうが、理事長である雛直々に車通学が許可されたとは言え、少なくとも学校に乗ってくるようなものではないだろう。

 だが、こればかりは紅夜としてもどうしようもなかった。

 何せ、彼はこのR34を含めて車を2台持っているのだが、両方カスタマイズされたスポーツカーである上に、スペックも1000馬力前後のモンスターマシンだ。

 豪希がFord Focus RSを持っているが、これは彼が仕事で使っている車であり、尚且つ長門家には、それ1台しか無い。

 それに、彼はストリートレースで大量に金を稼いでいるが、たかだか1年間の通学のために別の車を購入するというのも、金が勿体無い。

 いずれにせよ、車通学をするには紅夜が今持っている車を使うしかないのだ。

 

「まあ、Silviaを持ってくるよりは幾分かマシか。あれにはデカール貼りまくったからな」

 

 そう呟きながら、紅夜はスマホを取り出してフォルダを開き、ある写真を表示する。

 その写真には、彼のもう1台の愛車であるNISSAN Silvia S15 Spec Rが写っていた。

 

 R34と同じようにカスタマイズが施されているが、それと比べて明らかに貼られているデカールの量や大きさ、そして派手さが違う。

 R34はボディのあちこちにデカールが貼られているが、大きさはそれ程大きくはなく、色も殆んどがボディの色に近い事からそんなに人目を引くようなものではない。だがSilviaの場合、色は勿論だが1枚1枚が派手な上に大きいものが多く、R34とは逆にかなり立つ。

 決して不格好という訳ではないが、これで通学するのは流石に無理があるだろう。

 

 実際、アメリカに帰った後で雛に自分の車の画像を送り、どちらなら通学に使っても良いか訊ねた際に、彼女は既読をつけるや否やR34の方を選んでいた。

 しかも、その後続けて送られてきたメッセージには、『Silviaを持ってくるのだけは絶対に止めてほしい』とすら書かれていた。

 彼女としては、改造されたスポーツカーに乗ってくるだけなら何とか許容出来るが、流石に派手なデカールがあちこちに貼られたものに乗ってこられたら堪ったものではないのだろう。

 

「まあ、コレについては予想してたから良いんだけどな。そもそも車通学させてもらえる事自体、普通なら有り得ない事なんだし」

 

 そう言って、紅夜はスマホをポケットに押し込んだ。

 

「さて、それじゃあ理事長室に向かいますかね」

 

 R34のドアにロックを掛け、先ずは来客用の入り口へ向かおうとする紅夜。

 

「そこの貴方、ちょっと良いかしら?」

 

 だが、歩き出そうとしたところで声が掛けられる。

 出鼻を挫かれたような気分になりながら振り向くと、そこには制服に身を包んだ少女が立っていた。

 

 紅夜の左目と同じ、サファイアのように青い瞳に混じりけの無いポニーテールの金髪を持ち、スタイルも良くて顔つきも整っており、可愛いと言うよりは美人と言った方が適切だろう。

 

「………俺に何か?」

「ええ。1つ聞きたいのだけど、理事長が言っていた試験生というのは、貴方で合ってるかしら?」

 

 どうやら、彼女は紅夜に用があるらしい。

 

「ああ、此所に通う試験生は俺で合ってる」

「そう、なら良かったわ」

 

 安心したように、その少女は言う。先程までの警戒心も、紅夜が試験生である事を知った瞬間に消えていた。

 

「私は絢瀬 絵里(あやせ えり)。この音ノ木坂学院の生徒会長で、理事長から貴方の案内役を任されているわ」

 

 『よろしくね』と付け加え、右手を差し出す絵里。

 紅夜は差し出された右手と絵里の顔を交互に見た後、おずおずと右手を差し出した。

 

「………長門紅夜だ。此方こそよろしく」

 

 そう言って握手を交わすものの、その表情は何処と無く固い。

 

「……?まあ取り敢えず、理事長室に案内するわね」

 

 その事を不思議に思いながらも、絵里は先に立って歩き出す。

 紅夜も彼女の後に続く形で歩き出し、校舎に足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 がらんとした廊下に、2人の足音だけが響く。

 耳を澄ませば部活に励む生徒達の声が聞こえてくるのだが、それでも静かだ。

 

 生徒数の減少によって廃校の危機に瀕していると言われているだけあって、空き教室が多い。

 横目で教室の中を覗けば、教室の後方に集められた机や椅子が積み上げられているのが見える。

 

「(うわぁ、アメリカの学校でもこんな空き教室は無かったぞ………ん?)」

 

 そう思いながら歩いている紅夜は、何時の間にか真横についていた絵里がチラチラと此方を見ているのに気づいた。

 

「……何だ?」

「ッ!?あ、えっと……」

 

 まさかバレるとは思っていなかったのか、先程の落ち着いた雰囲気から一転して慌てる絵里。

 そして紅夜の目を指差しながら、言いにくそうに口を開いた。

 

「その、左目の眼帯が……気になって……」

「……ああ、コレの事か」

 

 そう言う絵里に、紅夜は納得したように頷いた。

 

「別に大したものじゃない。日本(こっち)に来る前に怪我してな。その傷痕を見られたくないだけだ」

 

 紅夜はそう言うが、これは嘘だ。傷痕など無いし、そもそも怪我なんてしていない。

 

「(大して親しくもない他人に見られたくはないからな………この目は)」

 

 実は、紅夜は外出する際にオッドアイである事を知られないようにするため、左目を黒の眼帯で隠しているのだ。

 昔、自分をいじめていた生徒や周囲の心無い大人から、左右で異なった色の目を『気持ち悪い』、『忌み子の目』だと言われた事がトラウマになり、外出する時は常につけているのだ。

 勿論、車を運転したり、親しい人間と一緒に居る時は外しているが。 

 

「そ、そうだったのね………ごめんなさい、嫌な事思い出させて」

 

 その嘘を信じたのか、申し訳なさそうに謝る絵里。そんな彼女に、紅夜は気にするなと手をヒラヒラ振った。

 

 そうして歩いている内に、2人は理事長室の前に着いた。

 絵里がノックすると、中から返事が返される。

 

「失礼します」

 

 そう言って先に入った絵里に続き、紅夜も理事長室に足を踏み入れる。

 そこでは、グレーのスーツに身を包んだ雛が待っていた。

 

「絢瀬です。長門紅夜君を連れてきました」

「ええ、ありがとう絢瀬さん。それとごめんなさいね、休日なのに態々来てもらって」

 

 苦笑混じりに言う雛に、絵里は『気にしないでください』と返す。

 

「じゃあ、私は外で待っているわね」

 

 そう言って絵里が退出すると、後には紅夜と雛が残された。

 

「さて紅夜君、先ずは音ノ木坂学院へようこそ」

 

 優しげな笑みを浮かべ、歓迎の言葉を投げ掛ける雛。

 

「明後日から、貴方はこの音ノ木坂学院の生徒です。試験生という特殊な立場だけど、あまり深く考えず、あくまでも一学生として過ごしてね」

「了解しました………因みに、何か気を付ける事はありますか?一応女子校に男が来る訳ですし、反対意見が出たりしたんじゃ?」

 

 淡々と答えた紅夜は、ふと浮かんだ疑問を投げ掛ける。

 その瞬間、雛の表情が曇った。

 

「出たんですね?」

「ええ……残念ながら」

 

 それから彼女は、主に一部の女性教員やOG、保護者からの反対の声が上がっていた事を伝えた。

 『今行うのはあまりにも急すぎる』、『もっと慎重に考えるべきだ』という真っ当な考え方をする者も居たが、それよりも感情論や私的な理由で反対する者が、教職員に多かったという事も。

 

「勿論、それらの意見は私の方で捩じ伏せておいたわ。それから教員にも、不満の矛先を貴方に向けるようなら然るべき処分を下すと釘を刺しておいたから、安心して良いわよ」

「そ、そうですか………ありがとうございます」

 

 学校の未来が懸かっているとは言え、たかが1人の試験生のためにそこまでやるかと若干引きつつ、紅夜は礼を言った。

 

 それから男子トイレや更衣室といった設備に関する注意や、明後日の予定、そして、試験生として学期ごとに提出するレポートについて説明を受けた後、制服や教材が入った袋を受け取った。

 因みに、制服のサイズは既に報告済みである。

 

「それにしても、俺1人のために特注で制服を作るとは、よくやりますね」

「当然よ。今後それを着る男子生徒が現れるかもしれないんだし、何より他の生徒が制服の中で貴方だけ私服なんて、流石に無理があるわ」

 

 袋を開けて制服を見ながら言う紅夜に、雛は苦笑混じりに返した。

 

「さて、取り敢えず今日やる事は終わったから、後は綾瀬さんに校内を案内してもらうだけね………あっ、でもその荷物を持ったままじゃ──」

「大丈夫ですよ、これくらい慣れてるので」

 

 雛が言い終えるより先に、紅夜はそう言った。

 アメリカで暮らしている時は、ストリートレースをする傍ら、ステイ先の仕事を手伝っていた紅夜。

 その内容が殆んど力仕事だったため、今更教材を持って歩き回る程度で音を上げる程やわではない。

 

「そ、そう………それじゃあ、もう行って良いわよ」

 

 そう言われた紅夜は、『失礼します』とだけ言って理事長室を後にした。

 その後、廊下で待っていた絵里と合流し、彼女に校内を案内してもらうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はぁ……」

 

 紅夜が去った後、1人残った雛は椅子に腰掛け、小さく溜め息をついた。

 

「あの様子だと、未だ完全には信用されていないみたいね………あの警戒のしようは、そこらの野良猫と同じ、いや、それ以上かしら」

 

 そう呟いた彼女が思い浮かべるのは、紅夜の目だ。

 

 自分を見つめる赤い瞳からは、かなりの警戒心が感じられた上に、自分が紅夜の味方である事を伝えても、あまり信じているようには見えなかった。

 

「成る程、先輩が言ってたのはこういう事だったのね」

 

 そう呟いた雛は、紅夜が一旦アメリカに帰ってから再び深雪と会い、紅夜が昔受けていたいじめについて話した時の事を思い出した。

 

 白髪にオッドアイという、普通に生まれ育った者からすれば明らかに異様な姿をしている紅夜。

 クラスという1つの集団の中で、紅夜だけが違う姿をしている、ただそれだけのくだらない理由で、彼はいじめを受けていた。

 しかもタイミングの悪い事に、彼がいじめを受けている間に、『人の個性を尊重しよう』という授業が行われており、たとえ言語や文化が違う外国人だろうと障害を持っていようと、同じ人間として尊重するべきだという事を習っていた。

 だが、人間とは時として汚い生き物で、その場では良い顔をしても裏で迫害する他、『十人十色』や『皆違って皆良い』といった聞こえの良い言葉を作り、その癖いざ自分達とは違った存在が現れると、それを異物として排除しようとするのだ。

 

 それに彼の敵は、クラスでのいじめっ子だけに留まらなかった。

 当時、長門家の隣には若い夫婦が住んでいたのだが、その夫が、引き籠ってしまった紅夜について、その容姿や暴力事件の事もあって『薄気味悪い化け物』と暴言を吐いたのだ。

 勿論、この男はその後、息子を傷つけられた事に怒り狂った豪希による鉄拳制裁を受けたのだが、これが決定打となり、紅夜は大人も信用しなくなり、豪希や深雪、はたまた味方になってくれた知り合いすら拒絶するようになったのだ。

 

「…………」

 

 雛は徐にスマホを取り出すと、アルバムのアプリを開いて1枚の写真を表示する。それは、アメリカに移り住んだ紅夜が初めて里帰りした時、家族や幼馴染み達との和解を果たした記念に撮った写真で、深雪から送られてきたものだった。

 家族や仲間達に囲まれた紅夜は、心の底から幸せそうな表情を浮かべていた。

 

「(紅夜君。幼い頃から他人の害意に晒されてきた貴方に、他人の私が言っても説得力は無いのかもしれない。でも、貴方がこの学校生活を楽しみ、悔いの無い生活を送れるように、全力でサポートするわ。教師として……そして、1人の大人として)」

 

 この場に居ない紅夜に向けて、雛はそう誓いを立てるのだった。



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第2話~アウトローのトラウマと支え~

「さて、これで校舎の案内は一通り終わったわね」

 

 理事長との打ち合わせを終え、絵里に学院内を案内してもらっていた紅夜は、彼女と共に先程の駐車場に来ていた。

 くまなく校内を探索していたためか、案内が終わる頃には既に日が傾き始めていた。

 

「悪いな、俺なんかのために時間取らせて………何か予定とかあったんじゃないのか?」

 

 自分1人のために休日を潰してまで付き合ってくれた絵里に、紅夜は申し訳なさそうに言う。

 だが、彼女は気にしていないようだった。

 

「気にしないで。私としては、寧ろ試験生の案内が出来て良かったと思っているわ。こんな貴重な体験、もう2度と出来ないでしょうし」

「そ、そうか………まあ、ありがとな」

 

 女子校であるこの学校からすれば明らかに異物である自分に、ここまで好意的に接してくれる事を疑問に思いつつ、紅夜は礼を言った。

 身内や幼馴染み、そしてアメリカで出来た仲間といった親しい人間以外には基本的に自ら話し掛けたりはしない紅夜だが、最低限の礼儀として、謝罪や礼だけはきちんと言うようにしているのだ。

 

「それにしても、渡された教材見て思うんだが、入る学年が2年生ってどういう事だよ………まあ高校なんてとっくに卒業してるから、今更どの学年に入ろうが一緒だろうけどさ」

 

 R34の助手席側のドアを開けて荷物を積みながら呟く紅夜に、絵里は苦笑を浮かべた。

 

 因みに、紅夜が高校を卒業している事は、校舎を案内してもらいながら世間話をしている時に伝えており、そこで、初めて自分より2つも年上の相手にタメ口で話していた事に気づいた絵里が平謝りを始め、紅夜が慌てながら落ち着かせたのは余談である。

 

「それにしても、理事長から聞いてはいたけど本当に車通学なのね。それもスポーツカーだなんて………最初にこの事を聞いた時は驚いたわ」

 

 紅夜が乗ってきたR34を横目に見ながら、絵里は言った。

 ただでさえ車通学が許可される事自体が異例だというのに、通学で使われる車がスポーツカーだというのだから、雛からその話を聞かされた瞬間、彼女が驚きのあまり引っくり返りそうになったのは言うまでもないだろう。

 

「まあな、俺もこの事を条件に出された時には驚いたよ」

 

 だが、驚いたのは彼女だけではない。紅夜も、雛がこの条件を出した時には驚いていたのだ。

 

 というのも、アメリカではその国土の広さや車社会という事から、州によって多少の違いはあるが基本的に日本や他の国と比べて自動車免許を取得出来るようになるのが早く、紅夜が住んでいるカリフォルニア州では16歳から免許が取得可能である上に、他の州もそうだが車を使って登下校する学生が多い。

 紅夜もその例に漏れず、通学には車を使っていたのだが、日本ではその常識は通用しない。

 そのため、日本でもアメリカと同じように車通学が出来るようになるとは夢にも思っておらず、雛がこの条件を出した時には、試験生の話を拒否する意志がぐらついていた。

 そして、その隙を突かれる形で話を進められた結果、試験生になる事が決まってしまったという訳である。

 

「(あれだけ拒否したのに、最後は呆気なく決められちまったな………ったく、どんだけチョロいんだよ俺は)」

 

 右手で顔を覆い、過去の自分に呆れる紅夜。

 

「ど、どうしたの?」

「……何でもない。ちょっと過去の自分に呆れてただけだ」

 

 そう言って、紅夜は運転席のドアを開けて乗り込む。エンジンを掛けると、ギアを入れてアクセルを踏み、R34をゆっくりと発進させる。

 そして絵里の前を通過する際、運転席の窓を開けた。

 

「それじゃあ、俺はもう行くよ。今日はありがとな」

「ええ。明後日からよろしくね」

 

 そう言われた紅夜は軽く右手を上げて返事を返し、そのまま走り去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「行っちゃったわね………それじゃあ、私も帰ろうかしら」

 

 去っていくR34の後ろ姿が見えなくなるまでその場に留まり、見送っていた絵里。

 そして完全に姿が見えなくなると、彼女はそう呟いて家路につく。

 

「(それにしても彼、随分と物静かな人なのね。案内してる間、殆んど私だけ話してるようなものだったし………)」

 

 自宅へ帰る道すがら、彼女は紅夜の事を考えていた。

 

 案内している間に彼女が彼に対して抱いた印象は、『あまり喋らない人』だった。

 決して無口という訳ではなく、校内の設備の説明をしている際に相槌を打ったり、質問してくる事はあったのだが、それ以外で彼が自ら話し掛けてくる事は殆んど無く、基本的に絵里が話題を振って紅夜がそれに答えるといったやり取りを繰り返すだけだった。

 勿論、口数が少ないのは、本来なら来る筈が無い女子校に通う事になって緊張しているからだと考える事も出来る。だが紅夜の態度からはそのような気配は感じられず、寧ろ絵里や雛に対して警戒しているように感じられた。

 

「(それに、体の事を言うとかなり反応するのよね………)」

 

 彼女が思い浮かべたのは、左目の眼帯について訊ねた時の紅夜の反応だ。

 その時は何も気にしていない風を装っていたが、訊ねた瞬間、僅かに体を強張らせたのを彼女は見逃さなかった。 

 

「(やはり、何かあるわね)」

 

 ただ怪我の痕を見られたくないために眼帯で隠しているだけなら、体を強張らせるなんて反応の仕方はしない筈。

 それに、彼と一緒に居る間ずっと感じていた警戒心から、紅夜には何かがあると、絵里は確信した。

 

 とは言え、誰でも他人に知られたくない秘密を1つや2つ持っているのは当たり前であり、そこに初対面である自分がズケズケと首を突っ込むのは野暮というものだ。

 そのため、なるべく紅夜の体については触れないでおこうと決める絵里だったが、家に着いてからも、彼の事が頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……何とか乗り切れたな」

 

 その頃、高速に乗って自宅へ向かっている紅夜は、無事に今日の予定を完了した事に安堵の溜め息をついていた。

 

「それにしても、やっぱ眼帯つけてたら、目の事について聞かれるよな………分かってはいたが、聞かれたらつい警戒しちまう」

 

 自分のように眼帯をつけている人間など殆んど見ないため、目の事について訊ねられるのは覚悟していたし、それに対する答えも予め考えていた。

 だが、やはり自分のコンプレックスである目について触れられると、どうしても反応してしまうのだ。

 

「クソッ、また昔の事が……」

 

 色素を失った白髪に、左右色違いの目。これ等が原因で、紅夜は小学校時代のいじめっ子や相談をしても大して何もせず、寧ろ『虐められる側に問題がある』等と訳の分からない事を言い出す教師。そして心無い大人からの害意に晒されてきた。

 最近では、アメリカに居る仲間や日本の幼馴染み、そして家族といった親しい人間と関わっていたために当時の事がフラッシュバックする事は無かったのだが、今日は絢瀬絵里という他人と関わり、彼女が自分の事を知ったらどのような反応をするのかとずっと警戒していた事や、明後日からは彼女のような他人だらけの環境で1年間過ごさなければならないという不安から、再び昔の事が頭に浮かんでしまう紅夜。

 幸運にも出口に近づいていたため、さっさと高速を下りた紅夜は近くのコンビニの駐車場に入ると、シートを倒して寝そべるようにし、心を落ち着かせる。

 

「はぁ………やっぱ簡単には消えねぇんだな、トラウマってのは」

 

 そう呟きながらシートを後ろに倒した紅夜が思い浮かべたのは、あの忌々しい事件だ。

 

 

 いじめや周囲の心無い大人からの害意に晒されてきた紅夜だが、当時は幼馴染みや身内、そして彼の事情を知っている知り合いといった味方が居たため、未だ耐える事が出来ていた。

 だが、いじめっ子という連中は、自分達がいじめている者が守られる事を嫌う。

 そのため、彼等は紅夜の精神を完全に壊してやろうと思ったのか、ある日とんでもない事を仕出かす。そして、それが紅夜を『化け物』にした事件の引き金となった。

 

 その日は給食センターでトラブルが起こった事で給食を届けられなくなってしまったため、生徒達は弁当を持参していたのだが、いじめっ子グループは、あろうことか紅夜の弁当を床にぶちまけて囃し立てたのだ。

 これまで身内や幼馴染みの支えもあって、苦しみながらも何とか堪えてきた紅夜だが、慕っていた母の弁当を台無しにされた事で遂に怒りが爆発し、これまでの復讐だと言わんばかりに大暴れしたのだ。

 その結果、いじめっ子グループは暴走した紅夜に殴り倒された上に椅子で滅多打ちにされて病院送りとなり、更に追い討ちを掛けようと暴れたため、教室の中は台風が過ぎた後のような惨状となっていた。

 

 その後、応援を呼びに行った担任教師や他の教師、そして警備員によって取り押さえられた紅夜だが、非常にも彼の悲劇は、これだけでは終わらなかった。

 

 教室内で暴れ回り、更にいじめっ子とはいえクラスメイトを椅子で滅多打ちにする姿に恐怖を覚えた生徒や教師、彼等から話を聞いた親が、彼を『化け物』として腫れ物扱いするようになったのだ。

 しかも、そういった連中は揃いも揃って、彼がいじめられていた際に傍観していたり、周りでクスクス笑いながら見ていただけの連中である。

 そして、この噂を聞いた隣人からとどめとばかりに放たれた、『お前のような気持ち悪い忌み子は表に出てくるな』等、心無い暴言というオプションまでついてきた。

 

 勿論、いじめられていたとは言え、それを暴力で返した紅夜の行動は、お世辞にも良いものとは言えない。

 だが、容姿が原因で理不尽ないじめを受け、更に腫れ物扱いされるという仕打ちは、当時小学生だった彼にトラウマを植え付け、人間不信へと陥れるには十分な威力を持っていた。

 こうして、小学生にして心に深い傷を負い、これまで味方になってくれた身内や幼馴染みすら信用出来なくなった紅夜は、学校にも行かず自室へ引き籠り、ただ時が流れるのを待つだけという廃人のような生活を送るようになったのだ。

 

「(あの頃は、皆に迷惑掛けまくったよな……今思うと、よく捨てられなかったモンだよ)」

 

 不登校になってからは部屋に閉じ籠り、外界との繋がりを完全に絶ってしまった紅夜。

 その心は酷く荒み、自分とは違って普通の姿で生まれ育った幼馴染みや知り合い、そして挙げ句の果てには身内すら拒絶してしまう有り様だった。

 その後、旅行のついでに長門家を訪れた、父・豪希の友人であり、現在の紅夜のホストファーザーでもあるブライアン・デッカードの計らいで、彼は心の傷の療養という名目で彼が住むアメリカへと連れていかれ、そこの家族と生活するようになったのだ。

 勿論、場所が変わったところで効果は無く、荒れていた紅夜は相変わらず閉じ籠っていたが、どれだけ拒絶しても真っ正面からぶつかってきた彼等のお陰で少しずつ心を開き始め、アメリカでの仲間も出来、拒絶していた日本の家族や幼馴染みとも和解を果たしたのだ。

 

「(本当に彼奴等には、感謝してもしきれねぇな………)」

 

 そう呟いた紅夜はスマホを取り出すと、電話帳からとある人物の名前を出し、電話を掛ける。

 それから2、3回コール音が鳴った後、その人物が出た。

 

「ああ、父さん?紅夜だよ」

『おお、紅夜か!急にどうした、もうホームシックか?』

 

 そう陽気に訊ねてくる男性。彼こそが、紅夜のホストファーザー、ブライアン・デッカードだ。

 因みに、『父さん』というのはブライアンからそう呼ぶように言われたもので、日本に帰って家族と和解した際、ブライアンが父さんと呼ばれている事に嫉妬した豪希がブライアンと取っ組み合いの喧嘩を始め、各々の妻に止められて正座させられ、説教を受けていたのは余談である。

 

「そうじゃないんだけど、ちょっと皆の声が聞きたくてさ………皆どうだ?元気にしてるのか?」

 

 そう言う紅夜だが、その頬は赤く染まっていた。

 

『勿論だ。レナなんて、昨日も他の奴等とストリートレースやって警察に追われたって言ってたからな!』

 

 『まあ、全員ぶっちぎったようだが』と付け加え、ブライアンは笑った。

 

 すると、電話の向こうから少女の声が聞こえた。流暢な英語だが、7年間アメリカに住んでいた紅夜にとっては、最早英語も母国語のようなもので、電話の向こうに居る少女が、ブライアンに誰と話しているのか聞いている事は直ぐに分かった。何せブライアンと話している時も、紅夜は英語を使っているのだから。

 

 その後、ブライアンが紅夜と話していると答えると、急にドタドタと足音が鳴り、彼が持っていたであろう携帯が引ったくられる音が聞こえた。

 

『紅夜、聞こえる!?アタシよ、レナよ!』

 

 そして次の瞬間には、その少女の声が大音量で車内に響く。

 あまりの声の大きさに思わず表情を顰め、スマホを耳から離す紅夜。

 

「ああ、聞こえてるよ。だからその大声止めろ。耳が潰れちまう」

 

 再びスマホを耳に当て、紅夜はそう言った。

 

『ゴメンゴメン。パパが紅夜と話してるって言うから、つい』

 

 何が『つい』だと言いたくなる紅夜だが、それを何とか抑え込む。

 こうしてケラケラ笑いながら謝っている彼女は、名をアレクサンドラ・デッカードと言い、レナはその通称だ。

 名字から分かるように、彼女はデッカード家の一人娘であり、紅夜が人間不信になってから初めて友達と認めた人物である。

 

「まあ良い、ちょうどお前の声も聞きたかったからな………それで、調子はどうだ?」

『ええ、相変わらず絶好調よ!昨日もレースで儲けてきたし!』

「それは父さんから聞いたよ。ついでに、サツに追われた事もな」

 

 そう呆れたように言う紅夜だが、彼もベンチュラ・ベイでは有名なストリートレーサーの1人だ。

 アレクサンドラや他の仲間と共にチームを組んでおり、レース中に何度も警察に追われては、その全てを撒いている。

 そして、つい先日には仲間達と共にフォーチュンバレーへと出掛け、そこで出会した、警察すら買収する程の権力を持った裏組織に喧嘩を売って壊滅させたばかりなのだが、それはまた別の話だ。

 

『………それで、例の女子校はどうなの?嫌な思いとかしてない?』

 

 それから暫く話していた2人だが、話題が紅夜の試験生生活の事に変わる。

 紅夜から相談を受けた際には両親と共にやるべきだと主張した彼女だが、やはり上手くやれているか心配しているようだ。

 

「どうも何も、本格的に通うのは明後日からだから、未だ何とも言えねぇな。今日その学校に行ったけど、そこの理事長と生徒会長から、説明と学校の案内を受けただけだし」

 

 そう答えた紅夜は、今日あった事を伝える。

 絵里には目の事について聞かれたものの何とか誤魔化し、無事に乗り切った事を伝えた際には、アレクサンドラは安堵の溜め息をついていた。

 やはり紅夜の事情を知る1人として、彼が無事に過ごせているか気にしていたのだろう。

 

『成る程ね………まあ、何も起こってないから良かったわ。でも……』

 

 そこで一旦言葉を区切ったアレクサンドラは、優しげな声で言った。

 

『何かあったら、何時でも言ってね。アタシも他の皆も、きっと力になるから』

「ああ、そうするよ………ありがとう。何時も感謝してるよ、お前等には」

『フフッ………どういたしまして』

 

 そうして、互いに別れの挨拶を交わして電話を切る。

 

「さて………帰りますか!」

 

 デッカード家と話して調子を取り戻した紅夜は、シートを戻してR34のエンジンを掛ける。

 軽くアクセルを煽ると、1026馬力を誇るツインターボエンジン、RB26DETTが唸りを上げる。

 

 そしてギアを入れて車を発進させた紅夜は、学院を出た時とは違った晴れやかな気分で我が家へと向かうのだった。



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第3話~アウトローは和菓子屋と神社へ向かう~

「ん~、ざっとこんなモンかな」

 

 翌日、朝から自室に籠った紅夜は勉強机に向かい、雛から受け取った教材やノートを広げて予習に励み、たった今その勉強を終わらせたところだった。

 というのも、試験生として今年度の2年生に編入する事になった紅夜だが、アメリカで高校を卒業してからはストリートレースやデッカード家の仕事の手伝いに勤しんでいたためにその分のブランクがあり、勉強の進度は、此方の学生より遅れていると言える。

 そのため、1月に試験生になる事が決まった後、彼は日本の幼馴染みの1人に頼んで高校時代の教科書やノートを譲ってもらい、再び日本に来るまではストリートレースに使っていた時間を勉強に回し、刻々と迫る日本での2度目の高校生活に向けて準備を進めていたのだ。

 因みに、その時は何年に編入されるのか聞かされていなかったため、紅夜は3年分の教材を貰って勉強していた。

 

「それにしても、彼奴のノートは本当に見やすいな。メモも分かりやすくて勉強も捗るからマジ助かったぜ」

 

 脇に置いていた水色のノートのページをパラパラと捲りながら、紅夜はそう呟いた。

 

 普通なら、僅か3ヶ月弱の間で3年分の勉強をするのは困難だが、このノートを譲ってくれた幼馴染みが優秀でノートを纏めるのが上手かった事は勿論だが、紅夜も何だかんだで優秀だった事や、普段ストリートレースに使っていた時間や他の空いた時間を勉強に回した事から、どの学年に編入されても乗り切れるようになっていたのだ。

 

「さて、今日の勉強はこの辺で終わりっと」

 

 そう言いながら教材を閉じ、机の棚にしまう紅夜。ふと壁に掛けられた時計に目を向けると、針はちょうど昼の12時を指していた。

 彼が勉強を始めたのは、午前8時。すなわち4時間ぶっ続けで勉強していた事になる。

 

「(こんなに長時間勉強したのは、飛行機の中でやって以来だな………)」

 

 アメリカでも勉強に励み、日本へ向かう便に乗っている間も持ち込んだノートを読んで勉強していた紅夜。

 それに集中するあまり、機内食を運んでいた乗務員に話し掛けられても中々気づかず、隣の客に声を掛けられて漸く気づき、その際微笑ましそうな表情で見られながら『勉強熱心だね』と言われて恥ずかしい思いをしたのは余談である。

 

「こうちゃ~ん、ご飯出来たわよ~!」

 

 当時の事を思い出していた紅夜だが、1階のリビングから聞こえてきた深雪の声で現実に引き戻される。

 

「ああ、今行くよお袋!」

 

 そう返した紅夜はリビングへ向かい、深雪の用意した昼食を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼下がり。紅夜は愛車のR34を駆り、ドライブに出掛けていた。

 

 昼食を食べ終えた後、雛に渡された制服を試着したりして時間を潰していた紅夜だが、それを終えるとやる事が無くなり、何をしようか悩んだ結果、こうして出掛ける事に決めたのである。

 

「それによく考えたら、俺1人で出掛けた事って1度も無かったしな」

 

 それに、アメリカに居候していた紅夜は、家族や幼馴染み達と和解して以来、毎年夏と冬の2回里帰りをしているのだが、その間に出掛ける事があっても毎回家族や幼馴染みが一緒で場所も同じ所だったため、たまには彼1人で、行った事が無い場所へ行ってみたいと思っていたのだ。

 

 そうして、彼はスマホのナビや標識を頼りに様々な場所を見て回った。

 

 先ずは千代田区へ向かい、明日から通う音ノ木坂学院の周辺を走り回り、次に向かった秋葉原では、アニメショップの数々や人の多さに圧倒されたり、アニメのキャラクターのステッカーが貼られた、所謂痛車に出会したり、一際目立つ巨大モニター付きのビルのような建物を見上げた。

 その後も紅夜は、幼馴染みの1人が所有し、今ではその人物と彼含む関係者専用のサーキットのようなものになっている峠に向かったり、未だ見ぬ場所へ愛車と向かったりと、実に楽しい時間を過ごした。

 だが、楽しい時間とはあっという間に過ぎ去ってしまうもので、気づけば日が傾いていた。

 車の時計を見ると、午後5時45分と表示されていた。

 

「もうこんな時間か………帰る時間を考えると、後行ける場所は精々2ヶ所ってところかな」

 

 走り回っている内に再び音ノ木坂学院の前に戻ってきた紅夜は、時計にチラリと目を向けながら呟く。

 その後、せっかくなので家族に土産でも買っていってやろうと考えた紅夜は、住宅街の中に建つ1件の建物と、その建物の名前らしき字が書かれた看板を見つけた。

 

「『和菓子屋 穂むら』………?そんな店があったのか」

 

 紅夜は車を止めると、窓を開けて軽く身を乗り出し、その建物をまじまじと見る。

 

 それは古さを感じさせる2階建ての建物で、和菓子屋兼その店の人間の家である事が窺える。

 玄関の引き戸には、看板と同じように『和菓子屋 穂むら』と書かれた暖簾が掛けられていた。

 

「他に良い店は見当たらねぇし………此所にするか」

 

 土産屋をこの穂むらに決めた紅夜は、店の傍に愛車を寄せて止め、エンジンを切る。

 その後、何時もの眼帯をつけて降り、引き戸を開けて中に入ると、店内を軽く見回した。

 

 店内にはあちこちにショーケースや棚が置かれており、和菓子やその詰め合わせの箱が並べられていた。

 

「さて、何を買っていこうかな?」

 

 ノロノロ歩き回りながら、家族に買っていくのにうってつけの土産を物色する紅夜。

 すると、店の奥からパタパタと、スリッパが床を蹴る音が聞こえてくる。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 その音の主はレジに姿を現すと、澄んだ声を店内に響かせた。

 

「ッ!?」

 

 それまで大して気にせず店内を歩き回っていた紅夜は、突然聞こえた声に驚いて振り向く。

 そこに立っていたのは、白の割烹着に身を包んだサイドテールの茶髪と青い瞳を持つ少女だった。

 見たところ、15~16歳といったところだろう。

 

「(何だ、店の人か………)」

 

 内心そう呟く紅夜だが、そもそも店の奥から出てくる人物と言えば、そこの関係者以外に考えられない。

 

「えっと……どうしました?」

「いや、何でもない。ちょっと驚いただけだ」

 

 ぱちくりと瞬きしながら訊ねてくる少女にそう言って、紅夜は再び店の中を見回すのだが、1度も来た事の無い店で何がオススメなのか分かる訳が無い。

 

「仕方無い……店員さん」

 

 紅夜はレジに向かい、その少女に声を掛けた。

 

「家族に土産を買っていきたいんだが、何かオススメはあるか?」

「勿論、ありますよ!」

 

 そう言って、少女は白い生地に『ほ』と書かれた饅頭を差し出した。

 

「へぇ、饅頭か」

「はい!和菓子屋穂むらの名物、穂むらまんじゅうこと、ほむまんです!」

 

 自慢気にその饅頭、ほむまんの紹介をする少女に『ふーん』と生返事を返しながらも、まじまじと見る紅夜。

 

「(………まあ和菓子の事なんてほぼ知らねぇし、この店の名物ってんならコレにするか)」

 

 和菓子に関する知識など全く持っていない紅夜は、それを買う事に決めた。

 

「決めた、それ3つ貰うよ」

「毎度ありー!」

 

 素っ気ない態度を取られても気にしないのか、彼女は元気良く答えた。

 その後、茶色の紙袋にほむまんを入れ始めた少女は、紅夜に話し掛けた。

 

「ところで、お客さんって何処から来たんですか?」

「……?」

 

 財布を取り出そうとする手を止めた紅夜は、少女に視線を向ける。

 

「いやぁ、この辺の人なら穂むらの事は知ってるんですけど、お客さん、全く来た事無いみたいですし………」

 

 赤の他人が相手だというのに、彼女は興味津々な様子で訊ねてきた。

 

「……出身地は世田谷だが、今はカリフォルニアに住んでる」

 

 昔の彼なら、答えないか『そんな事聞いてどうする?』と突っぱねるだけだったが、日本に戻ってきた際に、親からぶっきらぼうな返事は控えるように言われているため、そう答えた。

 

「へぇ~、カリフォルニアですか~!」

 

 口ではそう言う少女だが、その表情からカリフォルニアというのが何処の事なのか理解していないようだ。

 

「………一応言っておくが、カリフォルニアってのはアメリカにある州の1つだ」

「お、おぉ……つまりお客さんは、アメリカから来た、と?」

「そういう事になるな」

 

 そんなやり取りを交わしている内に、ほむまんが袋に収まった。

 紅夜は財布を取り出して代金を払い、袋を受け取る。

 そして一言掛けてから店を出ようとするのだが、再び少女が口を開いた。

 

「それじゃあ、コレはアメリカのご家族に渡すんですね?」

 

 そう訊ねてくる少女に、紅夜は首を横に振った。

 

「いや、家族は日本に住んでる。アメリカに住んでるのは俺だけだ」

「じゃあ、どうして日本に?」

「………まあ、ちょっと訳ありでな」

 

 紅夜は言葉を濁した。

 

 流石に、『共学化が計画されている女子校に試験生として入る事になったから』と馬鹿正直に答える訳にはいかない。

 彼女がその学校の生徒なら話は違うのだが、態々それを聞いて話してやる必要も無い。

 どうせ、もう関わる事の無い赤の他人なのだから。

 

「じゃあ、俺はこれで」

 

 そう言ってそそくさと店を後にした紅夜は、外で待たせていたR34に乗り込み、紙袋を助手席に置く。

 そしてエンジンを掛けると直ぐにギアを入れ、逃げるように車を発進させた。

 

 それから暫く走らせると、紅夜の運転も落ち着きを取り戻し、先程までのゆったりした運転に戻った。

 

「何と言うか、変な奴だったな……」

 

 運転しながら、紅夜はあの少女について考えていた。

 

 普通の人間ならいの一番に眼帯の事を訊ねてくるのだが、彼女はそうしなかった。

 彼女は、赤の他人である自分と積極的に関わろうとしていたのだ。まるで、店員と客という関係の1歩先へ踏み込もうとしているかのように。

 

 紅夜としては、店のオススメを聞いてそれを買うと決めたら、後はさっさと会計を済ませ、店を出て終わりだと思っていたのだが、あの少女は無言で終わらせるのではなく、会話を持ち掛けてきたのだ。

 更に、これは彼女の元からの性格だったのかもしれないが、他人である紅夜への警戒心や、自分を隠している気配がまるで感じられなかった。

 太陽のような明るい笑顔を振り撒き、自分を一切偽る事無く近寄ってくる。それは、今の紅夜には決して出来ない事だった。

 何せ彼は、家族や幼馴染み、そしてアメリカのホストファミリーや友人といった限られた相手にしか、眼帯の下に隠された左目はおろか、自分の本来の性格すら見せず、他人に心の底からの笑顔を向ける事は、殆んど無いのだから。

 

「……っと、コンビニだ。ちょっとトイレ休憩していくか」

 

 暫く走らせたところで見えてきたコンビニの駐車場に入った紅夜は、お手洗いを借りて用を済ませると、再びR34に乗り込もうとするのだが、ロックを解除しようとキーを取り出したところで、何かを思い出したかのように手を止めた。

 

「そう言えば、何か向こうに長い階段があったな」

 

 駐車場に車を入れる前、数十メートル程先に見えた石造りの階段を思い出す紅夜。

 スマホを取り出して時間を確認すると、軽く見に行ける程度の時間があった。

 

「どうせだし、行ってみよう」

 

 取り出したキーを再びポケットに入れた紅夜は階段へと走っていき、そのままの勢いで上り始める。

 

 階段はやたら長く、少なくとも年寄りに優しいものではないが、デッカード家の仕事の手伝いで鍛えられていた紅夜は何の苦も無く登っていく。

 どうやら、この階段の先には神社があるらしく、ふと顔を上げると、頂上に赤い鳥居が見えた。

 

 階段を上りきると、鳥居の奥にある立派な建物が紅夜を出迎える。

 彼以外に人の姿は見当たらず、境内は静まり返っていた。

 

「誰も居ないなら、コレは外しても良さそうだな」

 

 つけていた眼帯を外してポケットに入れると、紅夜は賽銭箱の前に立つ。

 

「(そういや、ガキの頃は神様も恨んでたっけな。『なんで俺ばっかりこんな目に遭わせるんだ!』って)」

 

 人間不信になった頃の彼は、全てを恨んでいた。

 自分をいじめた上に化け物扱いした同級生を恨み、会うたびに『気味が悪い』と暴言を吐いた隣人を恨み、こんな姿に産んだ親や、自分とは違って普通の姿で産まれた他の連中を恨み、そして、自分ばかり理不尽な目に遭わせる神を恨んだ。

 

「ったく。昔の俺って、今考えるとホントどうしようもねぇクソガキだったな………まあ、ストリートレースやってる今の俺も大概だが」

 

 そう呟きながら、財布から取り出した5円玉を賽銭箱目掛けて指で弾き飛ばす紅夜。

 ピンッと音を立てて飛び出した5円玉は、高速で回転しながら綺麗な放物線を描き、賽銭箱の中へと吸い込まれていった。

 

「(この1年くらいは、無難に過ごせますように)」

 

 願い事を済ませた紅夜は踵を返し、R34を止めてある駐車場に向かおうとする。だが振り向いた瞬間、視界に人影が映った。

 巫女服に身を包み、竹箒を持った少女だった。

 

 緑色の瞳を持ち、腰まで伸びる青紫の髪を白い布で後ろに1本で纏めたその少女は、優しげな笑みを浮かべて紅夜に話し掛けてきた。

 

「こんばんはお兄さん、お賽銭おおきにな」

「ッ!?」

 

 そんな彼女とは打って変わって、紅夜は軽いパニック状態に陥っていた。

 

「(クソッ、まさか人が居たとは!)」

 

 来た時には誰も居なかった事や、そもそも祭りや初詣といったイベントが無ければ、神社には殆んど人は来ないと思い込んで油断していた事から、眼帯を外した姿を他人に見せるという失態を犯してしまう紅夜。

 これまで他人の前に出る際は眼帯で左目を隠して過ごしていたため、眼帯を外した姿を赤の他人に見せるのは、実に数年ぶりだ。

 そのため、もし彼女がオッドアイに気づいた時、どのような反応をされるのかという恐怖心が、紅夜に襲い掛かる。

 

「(と、取り敢えずさっさと隠さねぇと!)」

 

 慌ててポケットから眼帯を引っ張り出し、左目を隠す。

 そして、まるで風で捲れそうになったスカートを押さえた後の少女が近くの男性にするように、『見たのか?』と言わんばかりにその少女を睨む。

 

「………?そんな怖い顔して、どないしたん?」

 

 だが、その少女は不思議そうに首を傾げるだけだった。この様子だと、どうやらオッドアイに気づいていないらしい。

 そのまま暫く少女を見つめる紅夜だったが、『ウチ、何か気に障る事しちゃった?』と訊ねてくる事から彼女が嘘をついていないと知り、睨むのを止めた。

 

「……いや、何でもない。睨んで悪かった」

 

 そう言って軽く頭を下げ、紅夜は彼女の脇を通り過ぎる。

 だが鳥居の下を潜り、階段を下りようとしたところで紅夜は足を止めた。

 

 長い階段の上にあるためか、そこからの眺めは中々良く、沈んでいく夕日が絵になっていた。

 

「……悪くねぇな」

「そうやろ?ウチも気に入ってるんよ、此所からの眺め」

 

 思わず心の声を溢すと、横から先程の少女が話し掛けてきた。

 

「この神社に来る人は皆、1度は此所からの景色に圧倒されるんやで?ちょうどお兄さんみたいに」

「……そうか」

 

 何時から隣に居たのかと内心驚きながら、紅夜は答えた。

 

「ところでお兄さん、その眼帯はどないしたん?さっき慌てて出してたから気になって」

「………」

 

 先日の絵里と言いこの少女と言い、何故眼帯をつけているとその事について訊ねられるのかと、内心辟易する紅夜。

 自分でやっている事であるためにあまり文句は言えないが、前々から初対面の相手には大抵眼帯の事を聞かれるため、いい加減うんざりしていたのだ。

 

日本(こっち)に来る前に怪我して、その痕を見られたくないだけだ。眼帯出したのは、誰も居ないと思っていたらお前が出てきたから隠そうと思っただけだ」

「別にウチ、そんなん見ても気にせぇへんけどなぁ……」

「……ッ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、紅夜の表情は嫌悪一色に染まった。

 実際、眼帯の事について誤魔化そうとしても彼女のような返答を返し、眼帯を取ってみろと言ってくる者は何人か居たのだが、いざ目を見せると、その色が左右で異なっている事に戸惑い、言葉を失っていたのだ。

 その事から紅夜は、彼女のような返答をする者に対して嫌悪感を抱くようになっていたのだ。

 

「俺が気にするんだよッ」

 

 当時の事を思い出したためにキツい口調で言い放った紅夜に驚いたような反応を見せた少女は、恐る恐るといった様子で『そう……』と返した後、続けて謝罪の言葉を口にした。

 

「いや、良い………俺こそ悪かった」

 

 事情を知らない相手に向かってキツく言い放ってしまった事に、紅夜も謝罪の言葉を口にする。

 

「………俺はもう行く。邪魔したな」

 

 それから何と無く気まずい空気になってしまったためにさっさと立ち去る事に決めた紅夜は、階段を下りていく。

 

「あっ……」

 

 少女は小さく声を漏らしながら手を伸ばすが、紅夜が足を止める事は無い。

 そして一番下まで下りると、紅夜はコンビニの駐車場で待たせていたR34に乗り込むとエンジンを掛け、逃げるように家路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「………行っちゃった」

 

 独特のエキゾーストノートを響かせながら遠ざかっていく紅夜のR34の後ろ姿を見送りながら、その少女、東絛 希(とうじょう のぞみ)は呟いた。

 

 占いやパワースポット、はたまた霊的なものに昏倒するスピリチュアルガールな彼女は、昔からそういった類いのものには敏感で、境内に入ってくる紅夜を見た際にも、これまで見てきた者とは違った何かを感じ取っていた。

 

 勿論、それには身体的特徴も含まれていた。

 色素を失ったかのように真っ白な、男性としては長い髪や、先程慌てて左目につけていた、黒い眼帯。これまでの記憶を遡っても、彼のような特徴を持った人間には会った事が無い。

 それに纏っている雰囲気も、これまで会ってきた他の参拝客とは違っていた。

 そして何より、彼女が得意としているタロットカードの占いに出た、『流れを変える者』というものが彼なのではないかと感じたのだ。

 

 スピリチュアルガールとして見逃せなかった彼女は早速接触を試みたのだが、その結果がこれだ。

 

「ウチは、どうしたら良かったんかな………?」

 

 その小さな呟きは、風に乗って何処へと飛んでいった。



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第4話~アウトローの編入・前編~

今回は分けます。出来れば前編、後編で纏められたら良いんですが………


 翌日、遂に試験生として音ノ木坂学院に通う日がやって来た。

 寝間着として使っているジャージから制服へと着替え、長い白髪を整えて何時ものポニーテールに纏めた紅夜は、既に必要なものを入れた鞄を持って1階に下り、朝食を摂っていた。

 豪希と綾は既に家を出ており、今は紅夜と深雪の2人だけだ。

 

「フフッ、まさか自宅でこうちゃんの制服姿を見れる日が来るなんてね………」

 

 その最中、向かいの席に座った母、深雪はテーブルに両肘をつき、嬉しそうに笑みを浮かべて紅夜を見ていた。

 知っての通り、紅夜は中学・高校時代をアメリカで過ごしており、深雪を始めとした長門家の人間は彼の制服姿を1度も見た事が無く、精々写真で見る程度だ。

 そのため、こうして生で彼の制服姿を見られる事が嬉しかったのだ。

 

「嬉しいのは分かったから、取り敢えずジロジロ見るの止めてくれよお袋」

 

 だが、見られる紅夜としては気恥ずかしかったらしく、終始落ち着かない様子で朝食を口に運んでいた。

 

 そして、彼女の視線から逃げるようにテレビへと目を向けると、ちょうどニュースから別の話題へと切り替わったところだった。

 

「(スクールアイドルか………そういや最近の日本じゃ、そんなのが流行ってるって、彼奴も言ってたな)」

 

 どうでも良さそうな様子で内心そう呟いた紅夜は、ベンチュラ・ベイの走り屋と軽食屋のダイナーで集まっていた際、仲間の1人である日本人の少年、如月 零(きさらぎ ぜろ)が言っていた事を思い出した。

 

 スクールアイドルとは、名前の通り一般の学生によって結成されたアイドルの事で、芸能人というより、ご当地アイドルの学生版といったところである。

 プロのアイドルとは違って何処かの事務所に所属している訳ではないため、活動は基本的に自由。言わば部活動の一環のようなものだ。

 だがグループによっては、実績が何処かのアイドル事務所に認められ、そのまま契約してプロのアイドルとして本格的に活動しているものもある。

 

 そして今や全国各地に存在しているスクールアイドルは、若者を中心に人気を集めており、スクールアイドル専門店が出たり、ラブライブというスクールアイドルの大会が開かれるなど、絶賛大ブレイク中なのだという。

 

「あら、こうちゃんスクールアイドルに興味あるの?」

 

 テレビに映るスクールアイドルの少女達を眺めていると、それに気づいた深雪が話し掛けてきた。

 

「いや別に。最近の日本じゃこんなのが流行ってるんだったなって思ってただけさ」

 

 淡々とした口調でそう返すと、紅夜は朝食の残りを口にかき込んだ。

 

「ご馳走さま。それじゃあ行ってくるよ、お袋」

 

 そう言って立ち上がった紅夜は、鞄を持って玄関へ向かう。

 

「ええ、行ってらっしゃい………楽しんできてね」

 

 何時もの穏やかな笑みを浮かべて言う深雪に見送られて家を出た紅夜は、家の前の駐車スペースに置かれているR34に乗り込む。

 

「『楽しんできてね』、か………まあ、そうだな。楽しめたら良いな」

 

 シニカルな笑みを浮かべながらそう言ってエンジンを掛けた紅夜は、ギアを入れて車を発進させる。

 高速に乗り、朝の景色を眺めながら走らせること約30分。紅夜は音ノ木坂学院の敷地内に入っていた。

 

「この前来た時にも思ったが、随分と立派な校舎だよな。廃校の危機に晒されているとか言われてる割りには」

 

 そう呟きながら桜の木のトンネルを潜り、校舎の前に車を止めると、2人の女性が出迎えた。1人は言うまでもなく、音ノ木坂学院理事長、南雛。そして残りの1人は、生徒会長の絢瀬絵里だ。

 

「おはよう、紅夜君。時間ピッタリね」

 

 車から降りるや否や声を掛けてきた雛に、紅夜も軽く頭を下げて会釈する。そして隣に居た絵里とも挨拶を交わした。

 

 因みに、今の時刻は8時50分。普通の学校ならば間違いなく遅刻として扱われるこの時間だが、雛は時間ピッタリだと言った。

 と言うのも、試験生の話は未だ公にはされておらず、これから行う臨時の全校集会で発表するため、紅夜には生徒が登校し終えた後に来てほしいと、先日の打ち合わせで言われていたのだ。

 

「……それにしても、相変わらずつけているのね、その眼帯」

「ええ、まあ……」

 

 紅夜は曖昧な返事を返した。

 小学校時代とは違うため、オッドアイである事が知られても、必ずしも以前のようにいじめを受けるとは限らない。

 だが、頭では理解していても、やはり心は拒絶するのだ。『親しい人間以外には見られたくない』と。

 

「……何時かは、その眼帯を取った本来の貴方を見れる日が来る事を祈っているわ」

 

 そう言った雛は絵里に後を引き継ぎ、先にその場を立ち去った。

 

「それじゃあ、取り敢えず車置いてくる。此所にずっと放置しておく訳にもいかないからな」

「ええ」

 

 そうして車に戻った紅夜は、教員用の駐車場に止め、鞄を持って戻ってきた。

 

「それじゃあ行きましょうか。この後の予定も説明しないといけないし」

 

 そうして先に歩き出した絵里に、紅夜も続いた。

 それから校舎の中へ入ると、絵里がこの後の予定を説明し始めた。

 

 彼等が向かっているのは体育館で、全校集会はそこで行われており、理事長からの話が終わった後で、彼のお披露目が行われるそうだ。

 

「ところで昨日はどう?よく眠れた?」

 

 説明が終わると、絵里が世間話を持ち掛けてくる。

 恐らく、女子校に入るために緊張し、眠れなかったと思っているのだろう。

 だが紅夜から返されたのは、彼女の予想とは正反対のものだった。

 

「ああ、しっかり寝て万全な状態にしているよ。でないと車の運転もロクに出来ないからな」

 

 長い間車を乗り回している紅夜は、体調管理が如何に大切かを知っている。

 寝不足だと居眠り運転の原因にもなるし、具合が悪かったり、精神が不安定な状態で運転すると、それが事故にも繋がる。

 特にストリートレースに参加する時なら、尚更体調や精神の状態には気を付けなければならない。何せ町乗りする時とは違い、時速200キロ以上という速さで町や高速を駆け抜けるのだから。

 そして紅夜は、今では大部回復したとは言え、過去の事もあって精神は普通の人間と比べて不安定になりやすい。

 先日、昔の事を思い出して車を止めたのがその例だ。

 そのため、彼は車を運転する際、何時も心身共に万全な状態で乗るよう心掛けているのだ。

 昨日のドライブでは、神田明神で出会った巫女とのやり取りで心に乱れが起きていたが直ぐに持ち直し、夜も趣味の1つである音楽を聞いてリラックスした上で寝ているため、現在のステータスは心身共に良好だ。

 

「そ、そう………まあ、よく眠れたなら良かったわ」

 

 このような答えを返されるとは思っていなかったのか、絵里は苦笑混じりに言った。

 

 そうしている内に、2人は体育館に到着した。

 

「では、此所で待ってて。後で理事長が呼ぶだろうから、そうしたら中に入って壇上に上がってね」

「分かった」

 

 そうして絵里が中に入っていくのを見送り、紅夜は中の生徒が振り向いても見えない位置に移動して、壁に背を預けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、体育館の中では音ノ木坂学院の全校生徒が集まっていた。

 午前中の授業の予定を急遽変更しての全校集会という事で、生徒達は一体何事かとざわついていた。

 

「それにしても、態々今日の授業を変更してまで集会が開かれるなんて………一体、何があったのでしょう?」

 

 2年生の列では、青髪をロングストレートに下ろした少女、園田 海未(そのだ うみ)が不思議そうに呟いていた。

 

「どうだろ………ねえ、ことりちゃんは聞いてないの?」

「ううん、お母さんからは何も」

 

 『ことりちゃん』と呼ばれた、グレーの髪を独特のサイドテールにした少女は首を横に振った。

 この口ぶりから察しの通り、彼女は雛の娘だ。だが、そんな彼女でも、今回の集会については何も聞かされていないらしい。

 

 そうしている内に、雛が壇上に上がる。そして先程までのざわめきが消えると、漸く口を開いた。

 

《おはようございます、皆さん。今日は重要なお知らせがあり、急遽こうして全校集会を開かせていただきました》

 

 雛の声が、体育館に響き渡る。

 

《近年、我が国立音ノ木坂学院の生徒数が減少の一途を辿っているという事は、皆さんもご存知だと思います。特に今年度に至っては今までで最も新入生が少なく、1クラス分しか居ないという結果となってしまいました》

 

 その言葉に、体育館に居る全員が表情を曇らせた。

 3年生はクラスが3つあるから未だ良いとしても、2年生は2クラス、そして1年生が、雛が先程言ったように1クラスだけと、学年が1つ下がるたびにクラスが1つずつ減っていくような状態になっている。

 この調子では、来年の生徒数は………という最悪な未来を想像し、体育館の空気が重くなる。

 

《この事は理事会でも度々指摘されており、我々教師一同や生徒会も改善に励んできましたが、結局実を結ぶ事はありませんでした。その結果、理事会は1つの結論を出しました》

 

 そこで一旦言葉を区切った雛は、体育館内を一通り見渡す。そして深呼吸した後に、その結論の内容を告げた。

 

《今後、生徒数の増加が見込めないと判断された場合…………この音ノ木坂学院を廃校とします》

 

 その言葉を受け、体育館内に再びどよめきが広がった。

 自分達が通っていた学校が廃校となるのだから、こうなるのは無理もないだろう。

 

「えっ……」

「そんな、廃校だなんて………」

 

 海未とことりも、この宣言に動揺を隠せない。

 そして最後の1人に目を向けると、その少女は身体中の力が抜けたかのように倒れた。

 

「ほ、穂乃果(ほのか)!?しっかりしてください!」

「穂乃果ちゃん!」

 

 慌てて支え、呼び掛ける海未とことり。周囲の生徒も、何事かと目を向ける。

 だが穂乃果と呼ばれた少女は、あうあうと意味をなさない声を発するだけだ。

 このままでは埒が明かないと判断した2人は保健室へ連れていく事に決め、穂乃果を担いで出口へと向かう。

 

「そ、そんな……私の……私の輝かしい高校生活がああぁぁぁぁ………」

 

 その悲鳴に近い声と共に穂乃果が運び出されていくのを見届けると、生徒達は再び壇上に居る雛へと視線を向けた。

 

《んんっ!では、話を続けます》

 

 どうやら、こうなるとは雛も予想していなかったらしく唖然とした表情を浮かべていたが、生徒からの視線が集中し始めた事で現実に戻り、咳払いの後に話を続けた。

 

《先程はあのように言いましたが、だからと言って、このまま放置しておく訳ではありません。我々は最終手段として、本校の共学化を本格的に考える事にしました》

 

 その言葉に、本日何度目かのどよめきが広がった。

 先程の廃校宣言の次に共学化という、正にビッグニュースのオンパレードだ。生徒達も今日1日でこんなに驚かされるのは初めてだろう。

 

《皆さん、お静かに。未だ話は終わっていません!》

 

 だが雛も、このまま騒がせておく訳にはいかない。

 強めの一声を発して、生徒達を黙らせる。

 

《さて、共学化とは言いましたが、何も明日からいきなり行うという訳ではありません。そのトライアル段階として、先ずは試験生を1人招く事にしました。既に、体育館の外で待機してもらっています》

 

 そう言って出口へ視線を向けると、雛は本日の主役を呼ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《長門紅夜君、入ってきてください》




因みに「」、『』、《》の使い分けですが、

「」:普通の会話
「()」:心の内での台詞
『』: 電話先の相手の台詞orLINEでのやり取り
《》:アナウンス

といった感じになっています。


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第5話~アウトローの編入・後編~

「…………」

 

 雛に呼ばれた紅夜は、今、この扉を開けて体育館へと足を踏み入れようとしていた。

 この扉の先では、この学校に通う生徒や教職員、そして理事会の雛が待っている。

 

「落ち着いて行け……大丈夫だ、普段通りにすれば良いんだ……何も怖い事なんて無い」

 

 自身にそう言い聞かせて深呼吸をした紅夜は、意を決して扉を開ける。

 その瞬間、生徒や教職員達の視線が一気に此方へ向けられ、その多さに気圧されそうになる紅夜だが、なるべく気にしないようにしながら壇上へと向かう。

 

「ねえ、あの人が試験生……?」

「そうみたい。理事会が呼んでから入ってきたし」

「それにしても、左目につけてるあの眼帯って何なんだろうね……」

「さあ、怪我でもしたんじゃない?」

「ちょっと、怖いかも……無表情だし」

「でも、顔は結構カッコイイよね。体もスマートだし」

「そうそう。中性的イケメンってヤツ?」

「しかも見てよ、あの肌。雪みたいに真っ白だよ」

 

 生徒達の間でそんな会話がヒソヒソと交わされる中、紅夜は壇上へと歩みを進める。

 その道中、歴史オタクなのであろう1人の女子生徒が、やたら興奮した様子で『独眼竜政宗の再来!?』と騒いでいたが、取り敢えず無視した。

 そして壇上に着いた紅夜は、生徒達の方へ向き直る。

 

「(ああ成る程、確かにコレは少ないな。空き教室が多かったのも納得だ)」

 

 全体を見渡した紅夜は、内心そう呟いた。

 向かって右側に並んでいる3年生が3クラスあるのは良いとして、2年生は2クラス、そして1年生が1クラスだけだ。

 こうして実際に見ると、生徒数の少なさで廃校の危機に瀕しているというのも納得である。

 

 それから教員の方へ目を向けると、物珍しそうな目線の中に交じって一部の女性教員が不快そうに此方を見ている事に気づいた。

 恐らくその教員達が、雛が言っていた私的な理由で共学に反対した者達なのだろう。

 

「(やれやれ、呼んだのはテメェ等の学校の理事長だろうが。強引に決められたからって俺に八つ当たりしてんじゃねぇよ)」

 

 そんな気持ちを乗せた冷ややかな眼差しを向けてやると、教員達はそれを察したのか気まずそうに目を逸らす。

 

《さて、彼が共学化にあたっての試験生として来てもらった、長門紅夜君です。彼は元々アメリカに住んでいましたが、里帰りのために日本へ来ている時に、無理を言って我が校へ来てもらいました》

 

 紅夜と女性教員による視線だけの戦いが起こった事など知らず、雛は紅夜の紹介をする。そして1歩下がると、挨拶するよう促す。

 

 紅夜はマイクの前に立つと、もう一度軽く館内を見渡してから口を開いた。

 

《皆さん初めまして、長門紅夜です。試験生という特殊な立場での編入ですが、一学生として、この学校生活を有意義に過ごしたいと思っています。色々至らない点もありますが、よろしくお願いします》

 

 そんな当たり障りの無い挨拶をして、軽く頭を下げる紅夜。

 少しの沈黙の後、生徒達から拍手が送られる。どうやら自己紹介は成功したようだ。

 

「(さて、出だしは良好だ。後はこのまま、無難に1年を過ごすだけだな)」

 

 失敗しなかった事に安心しつつ、紅夜はこの試験生生活を如何にして無難に乗り切るかを考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 集会後、紅夜は職員室に来ていた。これから1年間世話になる担任との顔合わせをするためだ。

 

 そうして彼の前に立ったのは、1人の若い男性教師だった。

 彼は紅夜を見ると、優しそうな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「クラス担任の野上 龍治(のがみ りゅうじ)だ。これからよろしくな、長門」

 

 そう言って差し出してきた右手を、紅夜はおずおずと握り返して握手を交わす。

 

「それにしても驚いたよ。何処かの高校に無理言って生徒を寄越してもらうのかと思ったら、まさかアメリカからの里帰り中だった19歳の青年に頼むなんてな」

「まあ、その………実は、母が理事長の先輩で、久々に会った際に相談したらしく、そのまま流れで俺に……」

「白羽の矢が立ったって訳か」

 

 その言葉に、紅夜は頷いた。

 

 1月、当時里帰り中だった紅夜に試験生の話を持ち掛けてきた雛だが、何も最初から彼を試験生にしようと決めていた訳ではない。

 

 その日、帰宅中に偶然にも豪希のFocusで音ノ木坂学院を訪れていた深雪と十数年ぶりの再会を果たした雛は、せっかく再会出来たのだからと長門家に招かれ、そこで学院の現状や、廃校を防ぐための最終手段として共学化を本格的に考え、そのトライアル段階として試験生を招こうと考えているものの、その試験生をどうするかで悩んでいる事を相談したのだ。

 

 はっきり言うと、この話は試験生を引き受ける側には大したメリットが無い。

 女子校に男子1人という、アニメでなければ先ず体験出来ない、世間一般ではハーレムと呼ばれている環境を味わう事が出来るのだが、それが交渉材料として通じるかと聞かれれば、答えは当然NOだ。

 特別な受験でも受けない限り何処の学校に進むかが大抵決まっている小・中学校とは違い、高校は都内だけでもかなりの数があり、学生達はその中から自分が本気で通いたいと思う1校を選び、合格を目指して受験勉強に励む。そして合格を勝ち取り、晴れて高校生になれるのだ。

 そんな彼等が、ある日いきなり『ハーレム気分を味わえるから、今通っている、または合格した学校は諦めて廃校になるかもしれない学校に試験生として移ってくれ』と言われて、『はい、そうですか』と頷く訳が無い。

 誰だって、自分達がこれまで積み上げてきた努力を無駄にしたり、築き上げてきた人間関係をリセットするような事はしたくないのだ。

 そうすると、試験生を頼める者はかなり限られてくる。

 流石に大人に頼む訳にはいかないため、20歳までの浪人生に頼む事になるだろうが、彼等はいずれ、勉強して大学へ進むためにどの道頼んだところで引き受けてはもらえないだろう。

 だが、だからと言ってテストも行わず共学化する訳にはいかないというのも、また事実だ。 

 

 共学化のために試験生が欲しい。だが、自分のこれまでの努力や人間関係をリセットしてでもそれを引き受けてくれる物好きな学生が居るとも思えない。かといって浪人生に頼もうにも無理であるため、最早どうしようもない。

 そういった事を相談すると、深雪が紅夜ならどうかと提案してきたのだ。

 

 紅夜は既に高校を卒業しており、今はデッカード家の仕事の手伝いをしているが、それが思わぬところで役立った。

 先ず、彼はもう学生ではなく、浪人して大学に進もうとして居る訳でもないため、今通っている学校での生活を捨てるように説得したり、大学受験を諦めさせる必要が無い。

 次に、彼は正社員として働いている訳ではなく、あくまでも手伝いであるため、日本で試験生としての役目を終えれば、再びアメリカに戻って仕事の手伝いを再開する事が出来る。

 唯一心配な事と言えば彼の人間不信が治っていない事だが、7年前と比べればかなり回復しており、今は何かあった時に相談出来る相手も増えている事から、試験生として暮らす分には問題無いと深雪は判断していた。

 それに彼女は、ちょうど紅夜が過去のトラウマを乗り越えるために良いきっかけは無いかと考えていたところで、試験生になってくれる人材を欲していた雛とは正に利害が一致していた。

 念のために豪希にも相談してみたところ、彼も乗り気だった。

 こうして本人の預かり知らぬところで、紅夜を試験生にする計画が進められ、今に至るという訳だ。

 

「まあ、こうしてこの学校に来たのも何かの縁だし、せっかくの2度目の高校生活なんだ。さっき自己紹介で言ってたように、有意義に過ごしてくれ。俺達教師も、しっかりサポートするからな!」

「……よろしくお願いします」

「おう!」

 

 満足そうに頷いた龍治は、机に置かれていたファイルを手に取った。

 

「それじゃあ、何時までも此所に居たって始まらないから、クラスの方に行こうか」

 

 そう言って歩き出した龍治に追随するように、紅夜も歩き出す。

 そうして彼は、これから1年間通うクラスへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、2年のとある教室では先程の試験生の話で持ちきりになっていた。

 そこには先程倒れて運び出されていった女子生徒、高坂(こうさか) 穂乃果の姿もあった。

 

「へぇ、そんな事があったんだね」

 

 クラスメイトの1人から試験生の事を聞いた穂乃果は、興味津々といった様子で言った。

 海未とことりも試験生に興味があるのか、クラスメイトの話に耳を傾けている。

 

「それで、どのような方だったのですか?」

 

 海未の質問にクラスメイトが答えようとした瞬間、教室のドアが開いた。

 

「席につけ、ホームルームを始めるぞー。お菓子食ってる奴もスマホ弄ってる奴も、没収されたくなきゃ机にしまえー」

 

 そう言いながら入ってきた龍治は教壇に立つと、再び口を開いた。

 

「えー、この学校に共学化へ向けての試験生が来たという事は、高坂達以外は知ってると思うが、その試験生は2年生に編入する事になった。そして気になるクラスだが……」

 

 そこで一旦言葉を区切った龍治は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「喜べ、このクラスだ」

 

 その言葉は、教室内の生徒達を一瞬にして湧き上がらせた。

 

「どんな人なのかな……!」

 

 運び出された後は保健室で寝ていたため、穂乃果は試験生の顔を見ていない。

 海未がどのような人物なのかを聞こうとしたが、その答えを聞く前に龍治が来たために結局聞けず、その事が彼女の好奇心に拍車を掛けていた。

 

「それじゃあ、改めて試験生のお披露目タイムといこうか………長門、入ってきてくれ」

 

 龍治が声を掛けると教室のドアが開き、紅夜が入ってくる。

 先程体育館で見たばかりだが、生徒達は思わず目を奪われていた。

 

 男性でありながらポニーテールに纏められた長い髪は、まるで雪のように白く、右目の赤い瞳がルビーのように赤く光っている。

 

 穂乃果も紅夜を見るのだが、その瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。

 長い白髪や右目の赤い瞳、そして左目を隠す黒い眼帯………このような特徴を持つ人間など、彼女の記憶の中には1人しか居ない。

 

「昨日のお客さん!?」

 

 思わず机を叩き、立ち上がって声を張り上げる穂乃果。そんな彼女にクラスメイト達の視線が集中し、教壇に向かっていた紅夜も、足を止めて彼女の方を向く。

 

「お前は………あの時の店員か」

 

 まさか、昨日和菓子屋で会った少女がこの学校の生徒だとは思わなかったのか、紅夜も驚いたように目を丸くする。

 

「何だ、お前等知り合いだったのか?」

「いや、知り合いって程でもないんですが……昨日、偶然寄った和菓子屋で会ったもので」

「……ああ、成る程。和菓子屋穂むらだな」

 

 彼女の店を知っているのか、納得したように龍治は言った。

 

「まあ何はともあれ、先ずは自己紹介してくれ」

 

 そう言われた紅夜は教壇に立ち、黒板に自分の名前を書いて生徒達に向き直った。

 

「先程も自己紹介しましたが、長門紅夜です。この学校を共学化するにあたっての試験生として、1年間通う事になりました。色々至らない点もありますが、よろしくお願いします」

 

 集会の時にしたものと似たような自己紹介をする紅夜。

 だが、それでは面白くないと思ったのか、龍治が口を開いた。

 

「長門は19歳で車の免許を持っているが、だからって寝坊した時の遅刻回避のための無料タクシー扱いしちゃ駄目だぞ?特に高坂!」

「なっ、穂乃果1年の時は5回しか寝坊しなかったよ!」

「いや、そういう問題じゃねぇだろ……」

 

 反論する穂乃果に、紅夜は呆れ顔でツッコミを入れた。

 高校生になってからも、ストリートレーサーとして夜な夜な出掛けてはベンチュラ・ベイで暴れ回っていた紅夜でも、寝坊して遅刻した事は1度も無い。

 自分が出来たのだからと言って相手に押し付けるつもりは無いが、体調不良や用事など、やむを得ない事情が無いなら、やはり遅刻はしない方が良いだろう。

 

 その後も漫才のようなやり取りを続けていた2人だが、紅夜が置いてきぼりになっている事に気づいた龍治が穂乃果を座らせ、咳払いをした。

 

「すまんな、長門。ほったらかしにして」

「い、いえ……」

 

 本音を言えばさっさと席に座らせてほしかった紅夜だが、先程まで2人のやり取りを見ていた生徒が笑っている中でそれを言うのは野暮だと思ったため、心の内に留めた。

 

「それじゃあ長門、お前の席はあそこだ」

 

 龍治が指差したのは、窓側の列の最後尾。穂乃果の後ろの席だった。

 穂乃果はそれに気づいたのか、笑って手を振っている。

 無視する訳にもいかないため、軽く頭を下げて会釈した紅夜は席に向かおうとするが、龍治に呼び止められた。

 

「因みに彼奴、授業中もしょっちゅう居眠りするから起こすの頼んだ」

「いや『頼んだ』じゃないですよ」

 

 何が悲しくて居眠り常習犯の起こし役なんかやらされなければならないのかと、紅夜は内心で毒を吐きながら席へ向かった。

 

「それじゃあ新しい仲間も増えたところで、新学期最初の授業を始めるぞ」

 

 龍治がそう言うと、生徒達は机に教材を置き始める。

 

「よろしくね、長門君」

「……ああ、よろしく」

 

 席に座るや否や話し掛けてきた穂乃果にそう返し、紅夜も教材を取り出す。

 そして、2度目の高校生活初の授業に臨むのだった。



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第6話~アウトローと3人組~

「マジ疲れるってコレ………」

 

 あれから時間は流れ、今は昼休み。

 教室には、疲れきった表情で机に突っ伏す紅夜の姿があった。

 机の上には弁当箱があるが、中身には一切手をつけておらず、それどころか蓋を開けてもいなかった。

 

 1月に試験生になる事が決定してからずっと勉強していた甲斐もあり、授業には何の問題も無くついていけた紅夜。

 席も最後尾という、黒板から最も遠い場所であるものの、元々視力が良かったために、これも問題は無かった。

 だが休み時間になると、クラスメイト達が彼の元に殺到して話し掛けてくるため、その受け答えに疲れていたのだ。

 高身長で左目を黒い眼帯で隠しているのに加え、ほぼ無表情であまり喋らないために何と無く威圧感を感じさせる紅夜だが、授業で正解して褒められると面映ゆそうにしたり、英語の授業でネイティブの教師と英語で話したりする姿から、本当はそんなに怖い人間ではないのではないかと思った1人が話し掛けた際に答えたのが決定打となり、ならば私もと、他の生徒達も来るようになったのだ。

 しかもこの学校で唯一の男子生徒という事もあって、他のクラスの生徒も見に来るというおまけ付きだ。

 

 長い間、アメリカのホストファミリーや走り屋仲間、そして日本の家族や幼馴染みといった親しい者としか関わってこなかった彼にとって、赤の他人が大勢押し寄せてくる上に離れた場所からも見られるこの状況は、やはり精神的にも疲れるのだろう。

 

「(それに、今も現在進行形で見られてる訳だし………)」

 

 顔を上げて周りに目を向けると、生徒達が昼食を摂りながらチラチラと此方の様子を窺っているのが分かる。

 

「はぁ、昼休みくらいリラックスさせてくれねぇかなぁ………?」

 

 小さく溜め息をついてそう呟く紅夜だが、何時までもこの場に留まったところで状況は変わらない。

 そのため、一先ず人気の無い場所へ移動しようと席を立った、その時だった。

 

「ねぇねぇ!」

 

 突然、前の席に座っていた穂乃果が振り向いて声を掛けてきた。

 

「あ、ああ………何だ?」

「長門君、今1人だよね?一緒にお昼食べよ!」

 

 その言葉を受けた紅夜は、思わず目を丸くした。

 

「(おいおい、コイツ正気かよ?物怖じしないなんて言葉で片付けられるレベルじゃねぇぞ)」

 

 昨日店で会って少しだけ会話を交わしたとは言え、彼等は未だ会ったばかりだ。当然、互いの事など全く知らない。

 そんな相手をいきなり昼食に誘うなど、彼にとっては正気の沙汰を疑う行為だった。

 それに、今は1人になりたいと思っているのもあり、彼女の誘いに乗ろうという気も起こらなかった。

 

「……誘いはありがたいが、今日は遠慮しとこうかな」

 

 そのため、一先ずそう言って場をやり過ごそうとする紅夜。

 こうする事により、不快な思いをさせずに彼女を追い払って1人になろうという寸法だった。

 

「遠慮なんかしなくて良いよ!私、お話したい事いっぱいあるんだ!」

 

 だが、紅夜のそんな思惑も、穂乃果の一言によって呆気なく潰されてしまった。

 

「(……コレ、どう対応すりゃ良いんだ?)」

 

 あまりにも予想外の事態に、どうして良いか分からなくなる紅夜。

 人間不信になったばかりの頃なら、最初から無視するなり突っぱねるなりしていただろうが、今の自分はその時とは違う上に、親からはそういうぶっきらぼうな対応はなるべくしないように言われているのだ。

 それに加え、穂乃果からは悪意が全く感じられない。つまり彼女は、ただ純粋に紅夜を誘おうとしているだけなのだ。

 それが余計に、紅夜を困惑させていた。

 

「ホラホラ、そんな所でボーッとしてないで早く行こうよ!昼休み終わっちゃうよ?」

「(いや、誰のせいでこうなってると思ってんだよ!?)」

 

 何時の間にか掴んでいた制服の袖を引っ張り、早く行こうと急き立てる穂乃果に、紅夜は内心そう言い返す。

 そのまま彼女の勢いに負けて引き摺られそうになっていると、海未がことりを連れてやって来た。

 

「穂乃果、長門さんを困らせてはいけません!」

「そうだよ穂乃果ちゃん。止めてあげようよ~」

 

 そう言って間に割って入り、彼女等は2人を引き離す。

 解放された紅夜は安堵の溜め息をつき、2人の救世主へと目を向けた。

 

「悪いな、助かったよ」

「いえ、お気になさらないでください。それよりすみません、穂乃果がご迷惑お掛けして……」

 

 礼を言う紅夜に、海未は申し訳なさそうに返す。

 その口振りは、まるで母親だ。

 

「え~?でも、せっかく試験生の人と同じクラスになれたんだよ?親睦深めないと」

 

 その一方で、穂乃果は全く反省した素振りを見せず、そんな彼女に、ことりはただ苦笑を浮かべている。

 

「だとしてもです!試験生の方と仲良くなりたい気持ちは分かりますが、だからと言って無理矢理付き合わせようとするのは良くありません!」

 

 そう言う海未だが、彼女が大声を出しているためか、他の生徒達の視線が集まり始める。

 その内の数人が『またやってる……』と苦笑混じりに呟いている事から、どうやら海未が穂乃果に説教するのは、そんなに珍しい事ではないらしい。

 だが、このまま2人を騒がせていても時間が無駄になるだけだ。一刻も早く1人になりたい紅夜は、事態の収拾を図った。

 

「そこの青髪の人、もうその辺にしておいてやってくれ。本人も悪気があってやった訳じゃなさそうだしな」

 

 そう言うと、海未の説教が止む。そして再び頭を下げようとする彼女を制止して、紅夜は弁当箱を手に取った。

 

「じゃあ俺は行くから、後は3人でごゆっくり」

「え~~!?」

 

 立ち去ろうとする紅夜だが、穂乃果の不満そうな声に引き止められた。

 どうやら、未だ諦めていないらしい。

 

「(コイツ中々諦めないな………まるでガキの頃のレナみたいだ)」

 

 内心そう呟く紅夜が思い浮かべたのは、未だ彼がアメリカに渡って間も無い頃。

 

 元々アレクサンドラは、独りっ子であるが故に兄弟という存在に強い憧れを抱いており、また明るくて人懐っこい性格だった事もあって、ずっと紅夜の後をついてきたり、勝手に部屋にやって来る事もあった。

 勿論、当時人間不信真っ只中だった紅夜が彼女を受け入れる筈が無く、そうなるたびに何度も追い払っていたのだが、それでも彼女が諦める事は無かった。

 

「(まあ、結局そのしつこさに救われた訳だがな………)」

「ねぇねぇ、長門君」

 

 アレクサンドラとの馴れ初めを思い出していると、ことりが話し掛けてきた。

 

「やっぱり、お昼ご飯一緒に食べない?穂乃果ちゃん、1度やるって言い出したら聞かないし、ことりも、色々お話したいなぁ~って……」

 

 穂乃果とは違い、控えめに誘いを掛けてくることり。

 彼女のように強引に連れていこうとするなら『しつこい』と突っぱねる事も出来ただろうが、今のことりにその手段を使うのは得策とは言えない。ただ彼女を傷つけ、自分の立場を悪くするだけだ。

 

「(それに、こうも不安そうな顔されたらな……)」

 

 ずっと黙っているために不快にさせたと思っているのか、ことりは不安そうな表情で此方の様子を窺っており、何時の間にか穂乃果や海未も、同じような表情で此方を見ている。

 このような表情をされたら、流石の紅夜も敵わない。

 

 このまま突っぱねて彼女等を傷つけるか、誘いを受けるか。どちらが得策なのかは、最早考えるまでもなかった。

 

「……分かった」

 

 降参とばかりに両手を上げ、紅夜はそう言った。

 

「……!」

 

 その瞬間、穂乃果の表情は明るくなり、ことりもホッと胸を撫で下ろす。

 

「あの、本当に良いのですか……?」

「……ああ。空き教室でも屋上でも、好きな所に連れていってくれ」

 

 恐る恐る訊ねてきた海未に答えると、彼女は深々と頭を下げた。

 

 こうして、紅夜の1人ランチ計画は失敗に終わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから一行は、互いに自己紹介を済ませて場所を変え、今は中庭に来ていた。

 

「学校が無くなるにしても、今居る生徒が全員卒業してからになるから、早くても3年後だね」

「何だ、なら良かった~」

 

 どうやら廃校の話を聞いた時、彼女の頭の中では『廃校になる=自分達は別の学校へ転校しなければならない』という等式が出来上がっていたらしく、そのための勉強を全くしていないとパニックになっていたのだが、少なくとも自分達が卒業するまでは無くならない事を聞かされ、安心したのだという。

 

「いやぁ~、今日もパンが美味いっ!」

 

 上機嫌でパンを頬張る穂乃果だが、残りの2人は浮かない顔だ。

 

「ですが、もし本当に廃校が決まれば……」

「今の1年生は、ずっと後輩が出来ないまま残りの生活を送る事になっちゃうね……」

 

 神妙な面持ちで、2人はそう呟いた。

 彼女等の言う通り、廃校が決定してしまえば、もう新入生の募集は行われなくなる。

 つまり、来年には新入生が入ってこなくなり、2年生と3年生だけになってしまうのだ。

 

「……そうだよね」

 

 それを聞いた穂乃果も、先程までの笑顔が引っ込んだ。

 

 今年の1月に雛から試験生の話を持ち掛けられた事で初めて音ノ木坂学院の存在を知った紅夜とは違い、彼女等はこの学校に、少なくとも1年間は通っているのだ。

 当然愛着も湧くだろうし、好きな学校が廃校になってしまうかもしれないと聞かされて、平気でいられる訳が無い。

 

「……………」

 

 そんな中、1人さっさと弁当を食べ終えた紅夜は、木に凭れて彼女等の話を聞いていた。

 

 正直に言うと、この学校が廃校になろうがなるまいが、紅夜にとってはどうでも良かった。

 今はこの学校の生徒として通っているが、所詮は1年間だけの短い試験生だ。

 そのため学校の処遇決まれば、後は残りの学校生活を無難に過ごせば良い。そして来年の4月にはアメリカへ戻り、またアレクサンドラの家の仕事を手伝いながらベンチュラ・ベイの仲間達と馬鹿騒ぎする生活に戻るだけだ。

 勿論、夏や冬になれば里帰りのために再び日本に来るのだが、少なくともこの学校を訪れる事は2度と無いだろう。

 一応、この学校は母親である深雪の母校なのだが、紅夜には関係無かった。

 

「……じゃあ、俺はそろそろ──」

 

 『教室に戻る』、そう続けようとしたところで、彼の言葉は遮られた。

 

「貴女達、ちょっと良いかしら?」

 

 近寄ってきた1人の女子生徒が、穂乃果達に話し掛ける。

 ポニーテールに纏められた金髪に、紅夜の左目と同じ青い瞳を持った少女だった。

 その後ろには、後頭部で2つに分けられた青紫の髪と緑色の瞳を持った少女も居る。

 それは、紅夜が昨日神社で会った巫女だった。

 

「ねぇ海未ちゃん、この人達は?」

「生徒会長の絢瀬絵里先輩と、副会長の東條希先輩ですよ」

 

 穂乃果と海未がそんなやり取りを交わしていると、紅夜が2人の姿を視界に捉えた。

 

「……絢瀬か」

 

 小さく呟く紅夜だが、彼女にはそれが聞こえていたらしく、顔を此方へ向けた。

 

「こんにちは長門君、今朝ぶりね」

「あっ………」

 

 紅夜に挨拶をする絵里の隣では、希が小さく声を漏らした。

 昨日の事を思い出したのか、その表情は気まずそうだった。

 

「ああ、今朝ぶりだな。それと……」

 

 そう言って希へと視線を向ける紅夜は、気まずそうにしている希へ声を掛けた。

 

「昨日の事ならもう気にしていないから、お前もそんなビクビクする必要は無い」

「えっ………あ、うん。おおきに」

 

 そのやり取りを見た絵里は、2人が知り合いだった事に軽く驚くが、それは一先ず後回しにしてことりへと目を向けた。

 

「ところで、南ことりさんって貴女よね?1つ聞きたい事があるのだけれど」

「は、はい!?」

 

 まさか生徒会長から指名されるとは思わなかったのか、ことりが勢い良く立ち上がる。

 

「確か貴女って、理事長の娘よね?それなら今回の事について、何か聞いていないかしら?」

 

 絵里が言う今回の事とは、廃校の件についてだ。恐らく理事長の娘である彼女なら、何か知っているのではないかと思ったのだろう。

 

「……………」

 

 だが、ことりは少しの沈黙の後、静かに首を横に振った。

 

「お母さんからは何も聞いていません。廃校の事は、私も今日初めて知りました」

 

 ことりはそう答えた。どうやら彼女も、廃校の事は何も知らなかったらしい。

 

「(理事長も、娘だからって何でもかんでも話す訳じゃないって事か……)」

 

 2人の話を聞いていた紅夜は、内心そう呟いた。

 勿論、それは当たり前の事だ。実の娘だからという理由で誰も知らない情報を教えるなど、身内贔屓も良いところである。

 

「そう……分かったわ。邪魔してごめんなさいね」

 

 頷いた絵里は、いきなり割り込んだ事を詫びると、希を連れて歩き出す。

 

「あの!本当に学校、無くなっちゃうんですか!?」

 

 すると、いきなり立ち上がった穂乃果が質問をぶつける。

 絵里は立ち止まると、顔だけを向けて口を開いた。

 

「……貴女達が気にする事ではないわ」

 

 そう答える絵里の声には、冷ややかさがあった。

 まるで、これ以上首を突っ込むなと言っているかのような態度に、穂乃果達は思うところがあるような表情を浮かべた。

 

 そんな3人を無視して今度こそ立ち去っていく絵里だが、その際、希だけが穂乃果達の方を向き、口元に人差し指を当ててウインクした。

 その仕草は、無言で『何も言うな』と語っていた。

 

「ほな~」

 

 そう言って軽く手を振り、少し先で待っている絵里の元へ走っていく希を見送ると、紅夜は先に戻る事を伝え、教室へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「希、長門君と知り合いだったの?」

 

 希が追い付いてくると、絵里が開口一番に訊ねる。

 

「うん、まあ………昨日神社でな」

 

 そう言って、希は紅夜と会った時の出来事を語る。

 

「それでウチ、あの黒い眼帯が気になって聞いてみたんやけど………聞き方が悪かったんかな、ちょっと怒らせてしもうたんよ」

「成る程ね」

 

 短く返事を返す絵里だが、彼女自身も、紅夜の左目を覆い隠すあの眼帯が気になっていた。

 案内している時にそれについて訊ねた際、彼は『怪我の痕を見られたくない』と答えていたが、彼女が訊ねた時の反応から、それだけの理由ではないと何と無く考えていた。

 

 自分達も高校生なのだから、他人の怪我の痕を見て馬鹿にする程幼稚ではないし、それは紅夜も知っている筈だ。

 それでも聞かれるのを拒むというのなら、やはり怪我の痕を見られたくないだけではなく、何か別の理由があるのだろうと、絵里は思った。

 

「………まあ、誰にでも聞かれたくない事の1つや2つはあるものよ。彼も一応許してくれているみたいだから、これからは気をつければ良いんじゃない?」

「せやね」

 

 そうして2人も教室へと向かい、午後からの授業に備えるのだった。



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第7話~アウトローは廃校の話に興味が無い~

「それじゃあ、今日はこれまで!お前等気を付けて帰れよ~」

 

 担任である龍治の一言で、教室内には放課後ムードが広がる。

 部活動やアルバイトに向かう者、友人と家路につく者、はたまたじゃれ合う者等、放課後の過ごし方は、人によって様々だ。

 因みに穂乃果達は、挨拶を終えて直ぐに教室を飛び出してからは全く戻ってきていない。

 何処に行ったのかは不明だが、机に彼女等の鞄が置き去りにされている事から、少なくとも帰っていないという事だけは確かだ。

 

「ん~………1日目、終了~」

 

 そんな彼女等を他所に大きく体を伸ばした紅夜は、試験生生活1日目を無事に乗りきった事の余韻に浸っていた。

 

 この場に居る者全員が赤の他人という、ある意味四面楚歌とも言える環境に放り込まれた紅夜。

 だが、クラスメイトに取り囲まれて質問攻めを喰らったり、昼休みに穂乃果に連れ出されたりした事を除けば特にこれといった問題は起こらなかったため、内心では拍子抜けしていた。

 

「(この調子だと、1年間過ごすのは案外簡単かもしれねぇな………)」

 

 暢気にそう考えながら、教材を鞄に詰めていく紅夜。

 

 試験生という特殊な立場での編入で、尚且つこの学校で唯一の男子生徒であるために暫くは注目を浴びるだろうが、それも何時かは収まる。

 そうすれば、後は彼が望んだように無難な学校生活を送れば良いのだ。

 

 勿論、この1年間の試験生生活の中には、体育祭や文化祭といった学校行事も含まれているが、それらについては、裏方に回るなりして目立たないようにすれば済む話だ。

 2年生には、この2つに加えて修学旅行も行われるのだが、これについては教員達の方で何とかしてくれるだろう。

 

 修学旅行の積立金に関する話は特に聞かされていないが、別に彼だけ留守番という事になっても、一向に構わなかった。

 何せ修学旅行では、旅行先の宿に泊まるのだ。自分の娘が何処の馬の骨とも知れない男と泊まり掛けの旅行をするとなれば、保護者は当然異議を唱えてくるだろうし、それで自分に矛先を向けられても迷惑なだけだ。

 要らぬ被害を受けるくらいなら、いっそ最初から行かない方が良いというのが紅夜の考えだった。

 

「(まあ何れも数ヵ月後の話だからな、未だ慌てるような時間じゃない)」

 

 そう考えている内に教材を詰め終えた紅夜は、席を立ってドアへと向かう。

 クラスメイトへの挨拶もそこそこに教室を出ると、さっさと靴箱へ歩みを進める。

 他の生徒からの好奇の視線に晒されながら靴箱へ辿り着くと、上履きからローファーに履き替えて愛車が待つ駐車場へ向かう。

 

「ん~、やっぱ履き心地良くねぇな、この靴。アメリカは登下校も運動靴で良かったから楽だし、何かの行事以外じゃ基本的に私服で良かったのに………コレが、日本の学校とアメリカの学校との違いってヤツか。良くも悪くも厳しいんだよな、この国は」

 

 そう愚痴を溢しながら歩いていると、駐車場に着く。

 そして、その端には彼の愛車であるR34の姿があった。

 

「ようR、待たせて悪いな」

 

 ドアのロックを解除して乗り込むと、紅夜はクラスメイトと話す時とは違ってフランクな口調で愛車に語り掛ける。

 校内に居る時は物静かな人間として通っている彼だが、本来の性格はかなり陽気だ。

 それこそ、アレクサンドラや他のベンチュラ・ベイの走り屋仲間、そして日本の幼馴染み達と馬鹿騒ぎをするくらいには。

 

「さてさて。約6時間ぶりのお前の音、聞かせてもらおうかなっ!」

 

 先程までの物静かな姿勢からは想像出来ないようなハイテンションで、紅夜はキーを差し込んでエンジンに火を入れる。

 1026馬力を誇るRB26DETTエンジンが唸りを上げ、マフラーから独特のエキゾーストノートを響かせる。

 

「~~ッ!やっぱコレですよ!この官能的なエキゾーストノート、何度聞いても飽きねぇな!」

 

 そう言いながら、軽くアクセルを煽る紅夜。

 あの四面楚歌とも言える環境に置かれてずっと気が張っていたためか、そこから解き放たれた時の反動がかなり強く出ているようだ。

 もし此所がベンチュラ・ベイなら、そのままテンションに任せてドーナツターンやドリフト走行をしていただろうが、残念ながら此所は学校であるために何とか踏み留まる。

 

「ふぅ………いかんいかん、つい向こうに居た時と同じようにするところだった」

 

 軽く深呼吸して心を落ち着かせると、ギアを入れて車を発進させる。

 

 放課後になってから少し時間が経っているためか、下校する生徒の姿は見られない。

 紅夜にとっては、正にグッドタイミングだった。

 

 彼は、この音ノ木坂学院で唯一の男子生徒であり、唯一車で通学する生徒だ。それも親に送ってもらうのではなく、自分で運転してくるのだ。

 理事長である雛が直々に許可が出したとは言え、歩いて登下校する生徒の集団の中にこの車で入っていくのは流石に避けたい。

 そのため、なるべく目立たないように登下校するには、生徒が少ないタイミングを見計らう必要があるのだ。

 

「この学校に通う間は、早めに登校して遅めに帰る生活になりそうだな」

 

 そう呟いていると、彼を乗せたR34は校門までの一本道に差し掛かる。

 この道を進んで門を出れば、後は我が家へ向けて突っ走るだけだ。

 

「………ん?」

 

 周囲を見回して安全確認をしていると、ドアのポケットに入れたスマホが着信を知らせてくる。

 

「タイミング悪いな………」

 

 ストリートレースをする時は周りなど気にせず暴れ回る紅夜だが、それ以外では基本的に安全運転をしている。勿論、運転しながらスマホを弄るなんて馬鹿な真似はしない。そのため、一旦脇に車を止め、漸く通話のアイコンをタップした。

 

「もしもし?」

『よぉ、紅夜!俺だよ俺!』

 

 彼の耳に、テンションが高い青年の声が飛び込んでくる。

 

「………オレオレ詐欺なら間に合ってるんで」

『いや何言ってんだよ!詐欺じゃねぇよ!?お前の幼馴染みの、辻堂 達哉(つじどう たつや)だよ!』

 

 詐欺師呼ばわりされるや否や、達哉と名乗った青年は盛大にツッコミを入れる。

 紅夜は彼の反応を予知していたのか、スマホを耳から離して大声対策を済ませていた。

 

「ククッ………ああ、知ってるよ。ちょっとからかっただけさ」

『だからって幼馴染みを詐欺師呼ばわりするなよな………』 

「知らん。あんな挨拶するお前が悪い」

 

 幼馴染みの文句を一蹴した紅夜は、これ以上何か言われる前に話題を変えた。

 

「それより、そろそろ本題に入ってもらえるか?此方は未だ学校の敷地内に居るんだ」

『おっと、そうだったな』

 

 そう言って、達哉は咳払いの後に本題に入った。

 

『ホラ、今日ってお前の試験生生活1日目だろ?唯一の男だし、何より体の事もあるから、上手くやれてるかって思ったんだ』

 

 どうやら達哉は、女子校に放り込まれた紅夜が何かトラブルを抱えたりしていないか心配して電話を掛けてきたようだ。

 普段はお調子者な彼だが、人間不信になった紅夜にどれだけ拒絶されても最後まで見捨てなかっただけあって、非常に仲間思いな人間なのだ。

 

「………ああ、1日目は特に問題無く終わったよ。女子校だからどんな反応されるかと警戒してたが、思いの外受け入れられてるみたいだ」

『そっか、それなら良かったよ』

 

 電話の向こうから、達哉の安心したような声が聞こえてくる。

 それから彼が続けて言うには、他の幼馴染み達も、紅夜が上手くやれているか心配しているらしい。

 

「成る程………ありがとな、心配してくれて」

『礼には及ばねぇよ。幼馴染みとして当然の事をしてるだけだからな』

 

 礼を言う紅夜に、達哉は軽く笑いながらそう返す。

 

『あっ、そうだ。お前この後暇か?今日は皆オフみたいだからさ、集まって走ろうって話になってるんだよ』

「おお、そりゃ良いな!」

 

 その誘いに、紅夜は乗り気な反応を見せた。

 

 3度の飯より車を走らせる事が好きな紅夜にとって、この話は正に願ったり叶ったり。しかも今回は、ベンチュラ・ベイの走り屋仲間ではなく日本の幼馴染み達と走れるのだから、断る理由が無かった。

 

『他の連中は、もう峠に向かってる。俺も向かってるから、お前と合流するわ』

あいよ(Righto)。今は音ノ木坂学院に居るから、校門前に車止めて待ってるよ」

『了解。んじゃ、後で会おう』

 

 そうして通話を終えた紅夜は、スマホをしまい、校門前に移動させようとハンドルを握り直す。

 そしてギアを入れようとした時、前方から3人の女子生徒が歩いてくるのが見えた。

 放課後になるや否や教室から飛び出していった、穂乃果達だった。

 

「彼奴等、鞄も持たず出ていくから何処へ行ったのかと思ったら……校内探検でもしてたのか?」

 

 そう暢気に呟いていると、穂乃果も紅夜に気づいたらしい。海未とことりに何か話し掛けると、2人を引き連れてパタパタと此方へ駆け寄ってくる。 

 

「(………って、ヤバい。のんびり構えてる場合じゃなかった)」

 

 だが、気づいたところで時既に遅し。こうなってしまえば、紅夜は逃げる事が出来ない。ここで無理に車を発進させようものなら、彼女を撥ね飛ばしてしまう可能性があるからだ。

 未だに人間不信が完全には治っていない紅夜だが、だからと言って人を撥ねるような趣味など持ち合わせていない。

 

「(もうすぐ達哉も来るし………仕方無い、上手くやり過ごすか)」

 

 そう考えている内に、穂乃果達がやって来る。

 紅夜は溜め息をつき、窓を開けた。

 

「凄いね長門君、車で学校に来てるんだ!」

 

 近づいてくると開口一番、穂乃果が声を掛けてきた。

 

「ああ。理事長から、試験生の話を受ける条件として車通学が許可されたんだ」

「成る程、野上先生が『無料タクシー扱いするな』と言っていましたが、こういう事だったのですね………」

 

 その隣では、海未が謎は解けたと言わんばかりにウンウン頷いている。

 ことりは物珍しそうに、紅夜のR34を見渡していた。

 

「それで、お前等は何をしているんだ?見たところ、部活って訳でもなさそうだが」

「うん。今私達で、この学校の良いところを探してるんだ!」

 

 何時もの明るい笑顔で、穂乃果は答えた。

 

「朝の集会では、生徒数の増加が見込めないと判断されたら廃校になるって言ってたんだよね?」

「ああ。だが今年はどうにもならないから、見るとすれば来年の入学希望者数だろうな。それを少なくとも定員以上に増やせば、廃校は撤回されると思うが」

「そうそう。だからこの学校の良いところをアピールして希望者を増やせば、廃校の件も無くなるって訳だよ!」

 

 紅夜の言葉に、我が意を得たりとばかりに目を輝かせる穂乃果。

 海未とことりも、彼女の言葉に相槌を打っている。どうやら2人も、廃校を防ぐために動いているようだ。

 そんな彼女等に、紅夜もこの時ばかりは素直に感心していた。

 

 自分達が通っている学校が無くなってしまうかもしれないとなれば、誰もがそうなってほしくないと思うだろうが、大抵の人間は、ただそう思うだけで後は成り行きに任せるだけだ。

 しかしこの3人は、廃校を防ぐために行動を起こそうとしている。

 それが良い結果に結び付くかはさておき、このような事を実行出来る彼女等の行動力には、紅夜も驚かされていた。

 

「そ、そうか………まあ何だ、頑張れ」

 

 彼にとっては、この学校の行く末などどうでも良いのだが、廃校を防ぐために頑張ろうとしている彼女等の前でそれを言うのは流石に憚られたため、一先ず応援の言葉だけは掛けておく。

 

「ありがと、長門君………あっ、そうだ!」

 

 それに礼を言う穂乃果だったが、不意に名案が浮かんだとばかりに両手を合わせた。

 

「ねぇ、長門君も手伝ってよ!男の人の意見も聞いてみたいし!」

「無理だ」

「即答!?て言うかどうして!?」

 

 まさか断られるとは思っていなかったのか、穂乃果は詰め寄る。

 

「今日は予定があるんだよ。ついさっき日本(こっち)に住んでる幼馴染みから連絡があってな、これから集まる事になってる」

「そんなぁ………」

 

 あからさまに落ち込む穂乃果だが、紅夜としても先に入った予定を放り出す事は出来ない。それが幼馴染みとの約束なら、尚更だ。

 

「悪いがそういう事だ、諦めてくれ」

 

 そう言われた穂乃果は、海未やことりに宥められて渋々引き下がった。

 昼休みでは、半ば強引に紅夜を誘った彼女だが、流石に先に入った予定に割り込むような真似はしないようだ。

 

「じゃあな、健闘を祈ってるよ」

 

 そう言うと、紅夜は今度こそギアを入れて車を発進させる。

 そして校門の手前で停車し、達哉の到着を待つのだった。



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第8話~アウトローと日本の幼馴染み達~

「……っと、来たようだな」

 

 穂乃果の誘いを振りきって校門前に車を移動し、待つこと数分。両側の窓を開けて春の風に当たっていた紅夜の耳に、そこらの一般車とは明らかに違ったエンジン音が飛び込んできた。

 

 その音の主へ目を向けると、1台の赤黒いスポーツカー、Mitsubishi Lancer Evolution IX MRこと、EVO IXが止まっているのが見える。

 その運転席からは、黒髪に赤い目を持った青年が此方を見ており、紅夜と目が合うと、軽く手を振った。

 その青年こそが紅夜の幼馴染みの1人、辻堂達哉である。

 

 達哉はクラクションを短く2、3回程鳴らしてついてくるように合図すると、ゆっくりと車を発進させる。

 

「(それにしても彼奴、本当に来るの早いな。結構近くから掛けてきたんだろうな)」

 

 電話が終わってから僅か数分という短時間で此所にやって来たのだから、恐らく掛けてきた時から近くに居たのだろうとぼんやり考えながら、紅夜は同じように車を発進させて達哉の後ろにつく。

 

 そうして車を走らせること約1時間、一行は無駄に頑丈そうな黒い門と高いフェンスで一般道から隔絶された、人気の無い場所へと来ていた。

 彼等は門の前で車を止め、達哉が取り出した鍵で閂を外して門を開けると、その先にある駐車場へ車を移動させる。そして、一般車が入ってこられないように門を閉めた。

 

「今思えば、自分の車でこの峠を走るのって初めてだな」

 

 頂上へ続く道と自分のR34を交互に見ながら、紅夜はそう言った。

 

 最後に此所へ来たのは、今年の1月。ちょうど里帰りのために日本へ帰ってきていた時だ。

 当時は国際免許を持っておらず、日本では無免許扱いされるために一般道では車を運転出来なかった紅夜だが、この峠サーキットのように一般道とは完全に隔絶された場所であれば車を運転出来るため、達哉の勧めもあって頂上まで彼のEVO IXで突っ走ったのだ。

 

「ああ、その時は俺のEVOで走らせてやったけど………お前途中から急にブッ飛ばすモンだからめっちゃ怖かったぜ」

「はは……それについては、前に何度も謝ったじゃねぇか」

 

 ジト目を向けてくる達哉に、紅夜は苦笑混じりにそう言い返した。

 

 ストリートレーサーとしてベンチュラ・ベイで暴れ回っている内に、プロ並みの運転技術を身に付けていた紅夜。

 彼が愛車としているR34やSilviaも、共に1000馬力前後、最高速度は時速350㎞以上を叩き出すモンスターマシンで、到底素人が扱えるようなものではない。

 そんな2台を意のままに操る事が出来る彼にとって乗れない車など無いに等しく、以前達哉の車で峠を攻めた際は、最初は慣れるために抑えた走りをしていたが、慣れてからは何時もの全開走行へと切り替え、それまでの大人しさが嘘のような激しい走りを見せつけたのだ。

 

 車から分かるように達哉も走り屋の1人であるため、そういう走りへの耐性が全く無い訳ではなかった。だが紅夜の場合は、達哉が耐えられる範疇を大きく越えていたのだ。

 その結果、振り回されたり叫んだりしていた達哉は、頂上に着いて車から降りるや否やその場に力無く座り込んでしまい、紅夜が苦笑混じりに謝り、それを見た他の面子が事の経緯を聞いて爆笑していたのはここだけの話である。

 

「……まあ良いさ。取り敢えず、上に行こう。もう皆待ってるからな」

「おう。何気にコイツを生で見せるのは初めてだからな、どんな反応するのか楽しみだぜ」

 

 そうして車に乗り込んだ2人は、達哉を先頭に飛び出し、エンジンのエキゾーストノートやドリフトの甲高いスキール音を響かせながら、頂上を目指して峠を攻めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 峠の頂上にある駐車場では、4人の男女がガードレールに凭れ、紅夜達の到着を待っていた。

 

「いやぁ、楽しみだね。紅夜君の車を生で見られるなんて!」

 

 桃色の髪をツインテールにした女性が、頭頂で存在を主張しているアホ毛をピョコピョコと動かしながら言った。

 彼女の名は草薙 雅(くさなぎ みやび)と言い、アメリカで開発された車の1つ、Chevrolet Corvette Z06を駆る女性ドライバーだ。

 メンバーで一番明るい性格を持つ彼女だが、同時に天然でもあり、時折とんでもないボケを言っては他の面子にツッコミを入れられてからかわれる、所謂弄られキャラである。

 

「そうね。画像や動画では何度も見たけど、実際に動いているのを見た事は無いんだし」

 

 紅夜のR34を間近で見られる事が嬉しいのか、はしゃいだ様子で言う雅に、紅夜と同じようにポニーテールに纏められた銀髪とライトブラウンの目を持った女性、北条 瑠璃(ほうじょう るり)が同意する。

 

 彼女こそが、この峠コースの所有者であり、雅のCorvetteと同じくアメリカで開発されたDodge Charger SRT Hellcatや、スウェーデンのKoenigsegg Agera RSといった高級外車を乗り回す、正に"超"が付く程の金持ちである。

 そして、紅夜を除いた5人で構成された走り屋チームBLITZ BULLET(ブリッツ・バレット)のリーダーだ。

 

 因みに紅夜も、ベンチュラ・ベイで走り屋チームを率いている。

 そのチームの名前はMAD RUN(マッド・ラン)と言い、彼等が我が物顔で町を爆走する姿が狂っているように見える事が、この名前の由来だ。

 

「それにしても、本当に楽しみだわ………次に会えるのは夏だと思ってたけど、まさかこんなに早く会えるなんて」

「しかも1年間此方に居るんだもんね?良かったね瑠璃ちゃん、好きな時に会いに行けるから、デートに誘い放題じゃん!」

「ええ……って、ちょっと雅!」

 

 顔を赤く染めた瑠璃が声を張り上げると、雅はからかうかのようにケタケタと笑う。

 

「……おっと、どうやら2人が上ってきてるみたいだな。エンジン音とスキール音が聞こえる」

 

 そこへ、首筋が隠れる程度の長さの黒髪と龍のように鋭い紫色の目を持つ青年、篝火 大河(かがりび たいが)が話に入ってくる。

 その隣に立っていたロングストレートの黒髪を持ち、瑠璃と同様大人びた容姿をしている不知火 蓮華(しらぬい れんか)も、下から聞こえてくる音に耳を傾けていた。

 

「コレが、紅夜のRの音ね………中々良い音させてるじゃない」

 

 存在を主張するかのように大きく鳴り響くRB26DETTエンジンのエキゾーストノートに、蓮華がそんな感想を溢す。

 

「お前のBenzと比べて、どっちが良い音してるんだろうな、蓮華?」

「からかわないでよ、大河」

 

 ニヤニヤしながら訊ねてくる大河にそう言って、蓮華は自身の愛車である黒のMercedes Benz C63 AMG Black Seriesに目を向けた。

 父親のお下がりであるこの車だが、重厚感溢れるボディや4本のマフラーから鳴り響く力強いエキゾーストノートが、彼女は非常に気に入っていた。

 

「あら、普段はBenzの音が一番良いと言い張ってた蓮華がたった1回聞いただけで認めるなんて、珍しい事もあるものね」

「ちょっと、瑠璃まで!」

 

 彼等の会話を聞いていた瑠璃が話に入り、大河と一緒になって蓮華をからかう。

 子供っぽい雅と比べれば遥かに大人びている蓮華だが、彼女もまた、このグループの弄られキャラの1人なのだ。

 というより彼等6人組の女性陣は、大抵何らかのネタで弄られているのである。

 

「……あっ、皆!紅夜君達来たよ!」

 

 蓮華がニヤニヤしながら寄ってくる大河と瑠璃を引き剥がそうとしていると、それを面白そうに眺めていた雅が声を上げる。

 彼女の視線の先では、ちょうどR34とEVO IXが駐車場に入ってきていた。

 

 競争でもしていたのか、2台は勢い良く駐車場に飛び込み、先に入った紅夜のR34が、勝利の舞いとばかりに甲高いスキール音を響かせながらドーナツターンを決める。

 そして一通り回ると、達哉のEVO IXと共に大河達に近づき、目の前で止まった。

 

「ほうほう、コイツが紅夜のRか……青いボディにカーボンボンネットとトランクが、中々イカしてるじゃねぇか」

「画像でもそうだったけど、やっぱり実際に見るとカッコ良さが違うよね!」

 

 前から後ろまで見回しながら大河と雅が言い、瑠璃と蓮華も相槌を打った。

 

 エアロパーツやデカールによるカスタマイズが施された、紅夜のR34。

 フロントフェンダーの上部には、サングラスを掛けて煙草を燻らせた骸骨のデカールから貼られており、サイドスカートには各パーツのメーカー、リアフェンダーには彼が率いるチーム、MAD RUNの文字が赤く書かれたデカールが貼られている。

 そしてトランクの中央には、まるで翼を広げた蝙蝠のような形をしたデカールが貼られていた。

 これは、紅夜がアレクサンドラや他の仲間達と共にMAD RUNを結成して間も無い頃、ベンチュラ・ベイとは別の町からやって来たとある走り屋が駆るR34のトランクに貼られていたデカールと同じもので、その人物と勝負した後、互いに認め合った証として新たに貼り付けたのだ。

 他にも、フロントバンパーの側面には手形のような模様をした水色のデカールが、そしてリアバンパーの側面には、今R34に装着されているリムのメーカー、RTRのデカールが貼られていた。

 

「よう、皆。3カ月ぶりだな」

 

 大河達が見回していると、R34の運転席側の窓が開き、そこからひょっこり顔を出した紅夜が声を掛ける。

 彼はエンジンを切ると、ドアを開けて降りてきた。

 

「おっす紅夜、また会えて嬉しいぜ」

 

 そう言って、紅夜と固い握手を交わす大河。

 

「そうそう。私達も楽しみだったよ!」

「ええ。それに普段は夏と冬しか会えないけど、今回は1年中日本に居るんでしょ?なら皆の都合が合えば、何時でも集まれるわね」

 

 雅と蓮華も、続けて声を掛ける。

 

「そうだな蓮華。これから1年、世話になるぜ。それと………」

 

 そこで一旦言葉を区切り、紅夜は瑠璃へと歩み寄った。

 

「瑠璃も。これから暫く世話になるぜ」

「ええ、紅夜……!」

 

 声を掛けられた瑠璃は嬉しそうに返事を返し、彼に擦り寄る。

 

「おっと始まったぜ。恒例の紅夜と瑠璃のイチャイチャが」

「紅夜ってば、アメリカにレナ達という現地妻が居るのにね~。よっ、色男!瑠璃ものんびりしてると、紅夜を取られちゃうわよ?」

「ちょっと2人共!恥ずかしい事言わないで!」

 

 先程からかわれた仕返しなのか、達哉に便乗する形で冷やかす蓮華。

 そんな3人のやり取りに紅夜は首を傾げ、大河と雅は笑いながら眺めていた。

 

 小学校時代は、このようなやり取りを交わすのが日常だった紅夜達。そしてこの日常は、彼等が中学、高校へと進み、何時か大学生や社会人になって各々の道へ進もうと続いていく筈だった。

 しかし、それは紅夜へのいじめと、彼を人間不信に陥れたあの忌々しい事件によって大きく狂わされ、一時期は全員が集まる事は2度と無いと思われていた。

 

 その後、紅夜のステイ先であるデッカード家の協力もあって何とか和解を果たした達哉達だが、既にアメリカで自分の居場所を見つけていた紅夜は、和解後もアメリカへの残留を強く希望し、そのままデッカード家で居候として暮らす事になったため、今となっては年に2回、彼が里帰りのために日本に帰って来る時しか集まる事は出来ない。

 だから彼等は、こうしてグループ全員が集まっているこの時間を思い切り楽しむのだ。

 空いてしまった空白を埋めるかのように、1秒1秒を全力で。

 

「そういや、今日は綾来てねぇのな。普段は参加してんのに」

 

 不意に、大河が何時も一緒に来ている筈の綾が不参加である事に気づく。

 

「ああ。学校の用事で来れねぇんだと」

「そっか。彼奴心底残念がってるだろうな」

「そりゃもう。『用事押し付けた奴絶対殺す』とか言ってたよ。俺も紅夜もドン引きさ」

「綾ちゃんは紅夜君が大好きだからね~」

 

 話に入ってきた達哉と雅が、ケラケラ笑いながらそう言った。

 

「………さて、茶番はこれくらいにして」

 

 一頻り笑い合ったところで、達哉は瑠璃に向き直った。

 

「なあ瑠璃、例のヤツは持ってきてるよな?」

「勿論、今日もキンキンに冷えてるわよ」

 

 そう言って駐車スペースに歩いていった瑠璃は、今回乗ってきたChargerのトランクからクーラーボックスを取り出して戻ってくる。

 そして蓋を開けると、中に入っていた缶ジュースを取り出して1人ずつ配り始めた。

 

「……何か悪いな、俺が帰ってくるたびにここまでしてもらって」

「何言ってんだよ紅夜?こうして俺等全員が揃えるんだ、コレくらいやったって罰は当たらねぇよ」

「そうそう。だって私も、また紅夜君に会うの楽しみだったんだもん!」

 

 缶ジュースを受け取りながら申し訳なさそうに言う紅夜に、達哉と雅がそう返した。

 

「2人の言う通りよ。私も大河も、こうして貴方が帰ってくるのをずっと待っていたわ。勿論、瑠璃もね」

 

 蓮華が言葉を続けると、大河と瑠璃が力強く頷いた。

 

「そうか………ありがとな」

 

 そんな彼等に微笑を浮かべ、礼を言う紅夜。

 その短い言葉には、こうして何度も温かく出迎えてくれる友人を持てた事への嬉しさや、伝えきれない程の感謝の気持ちが込められていた。

 

「…………」

 

 そんな紅夜を見た瑠璃は、小さく笑みを浮かべた後に缶を掲げた。

 

「さて、それじゃあ乾杯しましょうか。またこうして、幼馴染み全員が揃った事を祝って!」

「「「「「おう!」」」」」

 

 彼女の音頭で、残りの5人も各々が持っていた缶を掲げる。

 

「「「「「「乾杯!!」」」」」」

 

 そして、誰かが言い出すまでもなく手に持った缶を打ち付け、彼等は乾杯を交わす。

 それから互いの近況を語り合った後、彼等は峠を攻めたり町へ繰り出して遊び回る。

 まるで子供のように遊び回る6人を、沈み行く太陽だけが微笑ましそうに見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅夜が幼馴染み達と共に遊び回っている頃、帰宅して部屋着に着替えた穂乃果はことりと連絡を取っていた。

 

「……じゃあ、ことりちゃんのお家も?」

『うん。お母さんも落ち込んでるのかなって思ってたけど、そんなに気にしてるようには見えないの。さっきだって、今度は何処に旅行しようか、なんて言ってたし………』

 

 それを聞いた穂乃果は、小さく溜め息をついた。

 

 穂乃果には雪穂(ゆきほ)という中学3年生の妹が居るのだが、彼女は音ノ木坂学院が無くなるかもしれない事を噂で聞いており、数年前に秋葉原に新しく出来た高校、UTX学園へ進学しようとしていたのだ。

 妹が音ノ木坂学院へ来ない事を知った穂乃果は、雪穂が続けて放った『来年があるかも分からない学校に進んだってしょうがない』という言葉にショックを受けていた。

 しかも、穂乃果と同じく音ノ木坂出身の母も、雪穂が別の学校へ進もうとしている事について何も言わない。

 

 勿論、雪穂の進路は彼女自身で決めるものであるため、自分達にとやかく言う権利が無い事は穂乃果も理解している。

 だが音ノ木坂学院は、祖母の代から通ってきた学校であり、穂乃果もこの学園には愛着を抱いている。そんな学校が無くなってしまうかもしれないのを誰も気にしていないように思えた穂乃果は、ただ悲しかった。

 

 それから暫く話して通話を終えた穂乃果は、1階へ下りる。

 そして居間に入ろうとすると、テーブルに頬杖をついて何かを眺めている母の後ろ姿が目に留まった。

 

「お母さん、何読んでるんだろ……?」

 

 気になった穂乃果はゆっくり近づき、母が見ているものを覗き込む。

 

「ッ!コレって………」

 

 その瞬間、彼女の目は大きく見開かれた。

 母が見ていたのは、音ノ木坂学院の卒業アルバムだったのだ。

 

「はぁ……」

 

 後ろに居る穂乃果に気づかずアルバムを見ている母は、ページを捲りながら溜め息をついている。

 雪穂の進路には何も言わないが、自分の母校が無くなってしまうかもしれない事については、やはり思うところがあるようだ。

 

「(絶対、廃校なんてさせない。私達で、何とかしなきゃ!)」

 

 そう心に決める穂乃果だが、今日構内を回ったものの、学校のアピールに使えそうなものは見つからなかった。

 ことりが過去の部活動の記録を見つけてきたが何れも微妙なものばかりで、彼女等が見つけたものといえば、精々この学校が明治期から存在し、創立115年にもなる伝統校という事だけだ。

 つまり今の音ノ木坂学院の取り柄は、それしか無いという事である。

 それなら、ただ過去の栄光を探すよりも自分達で新たなアピールポイントを作る方が手っ取り早いだろう。

 そう思った穂乃果は、居間の隅に放置されたUTX学園のパンフレットを手に取る。

 

「(良し、明日はこのUTX学園に行ってみよう。何か、ヒントがあるかもしれない!)」

 

 明日の予定を決めた穂乃果は、そのパンフレットを手に再び自分の部屋へと駆け上がるのだった。




念のため補足しておきますと、実際のNFS2015及びPaybackにおいて、R34のカーボンボンネット及びトランクはありません。


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第9話~アウトローとスクールアイドルとピアノ少女~

今回、タイトルから分かるようにあの人が登場します。


「良し、到着っと」

 

 翌朝、時刻は午前7時30分。未だ登校している生徒が殆んど居ないこの時間、音ノ木坂学院にある教員用の駐車場には紅夜とR34の姿があった。

 

 この学校で唯一の男子生徒であると共に車通学が許可されている彼だが、登下校時に女子生徒の集団の中にこの車で入っていくのは憚られるため、こうして殆んど生徒が居ない時間を見計らって登校したのである。

 

「誰にも会わずに来れたか………なら、普段はこの時間帯に着けるようにするか」

 

 そう呟き、紅夜は家を出た時間と到着した時間をメモに書き留める。

 

「後は下道を通った場合を検証しないとな。金はいっぱいあるが、だからと言って何時も高速使う訳にはいかねぇし」

 

 日々ストリートレースで大金を稼いでいる紅夜は、里帰りをするたびに稼いだ金の一部を日本へ持ってきており、それらは母、深雪に作ってもらった彼の口座に入れている。

 彼は10回以上も里帰りしているため、口座には日本円にして数百万円にも達する程の大金があり、その金額と比べれば、1回の高速の通行料など微々たるものだ。

 だが、たまに使うだけなら未だしも、彼のように1年間使うとなれば話は別だ。しかもガソリン代や他にも車の維持費も掛かるため、かなりの出費になるのは必須。

 少なくとも貯金が尽きるような事にはならないだろうが、可能であれば高速の通行料くらいは節約したい。

 そのため紅夜は、余程急いでいる時以外はなるべく下道を使おうと考えており、今は登校する生徒が少ない時間帯や下道を使った場合に掛かる時間を検証中なのだ。

 因みに今回検証したのは、登校する生徒が少ない時間帯だ。

 

「んじゃ、下道使った時の時間は明日にでも計るとしよう」

 

 そう言ってメモを鞄にしまった紅夜は、車にロックを掛けて靴箱へ向かう。

 そこで上履きに履き替えると職員室で教室の鍵を受け取り、さっさと駆け上がって中に入る。

 

「一番乗り。教室は俺だけの貸し切りだな」

 

 席に着いた紅夜は、大きく体を伸ばしてそう言った。

 

 普通の人間なら、誰も居ないというこの状況は寂しく思うだろうが、紅夜にとっては寧ろ過ごしやすかった。

 

 その後、紅夜は机の下にあるスペースに教材を入れて準備を済ませると、スマホのアプリを起動して曲を聴こうとする。

 イヤホンを取り出してスマホに繋ぎ、再生ボタンをタップする。

 

「そういや向こうでは、よく彼奴等とバンドやダンスやってたな」

 

 指をコツコツと机に打ち付けてリズムを取りながら、紅夜はそう呟いた。

 

 アメリカではストリートレーサーとして活動してきた紅夜だが、決してそれ1つしか趣味が無いという訳ではない。

 1度、アレクサンドラの父、ブライアンから『ストリートレース以外にも1つや2つは趣味を作っておけ』と言われ、MAD RUNのメンバー全員で集まって話し合った結果、偶然にも全員音楽が好きだった事もあり、メンバーの1人である零の提案でバンド兼ダンスチームを結成。仲間内で何かしらのパーティーが開かれた際には、彼等でダンスやバンド演奏を披露していたのだ。

 

 余談だが、瑠璃達Blitz Bulletのメンバーも紅夜達の影響を受け、同じようにバンドやダンスを始めており、時折動画サイトに投稿してかなり高い評価を得ている。

 そして紅夜が日本に帰ってきた際には、幼馴染み6人組で演奏をしていた。

 その場合は動画投稿はしないが、紅夜のダンスや楽器の腕は非常に高く、顔も整っているため、投稿すればかなりの高評価や視聴回数が期待出来るというのが、瑠璃の意見である。

 

 それから曲を聴いている内に時間は流れ、教室に生徒が続々と入ってくる。

 

「おはよう、長門君!」

「おはようございます」

 

 その中には、ことりと海未の姿もあった。

 

「……ああ、おはよう」

 

 紅夜が挨拶を返すと、2人は席につく。

 何故か一緒に行動している穂乃果だけが居ないが、その理由は海未の愚痴によって判明した。

 

 彼女曰く、3人が何時も待ち合わせをしている場所で待っている時に、穂乃果から先に行ってほしいと連絡が入ったらしい。

 それだけ聞けば、何か用事が出来たか、もしくは体調が優れなくて出発が遅れたと考えられるのだが、穂乃果の場合は違うようで、彼女からこのような連絡が入った際、その理由の殆んどが寝坊だというのだ。

 そのため、今回の理由もそれだと思っている海未はほとほと呆れていた。

 

「はぁ……本当に、穂乃果の寝坊には困ったものです。何度言えば治るのでしょうか……」

「まあまあ海未ちゃん、そんなに言わないであげようよ~」

 

 溜め息混じりに呟く海未を、ことりが苦笑を浮かべながら宥める。

 

「(成る程。高坂は学校では居眠り常習犯で、この3人で居る時は遅刻常習犯って訳か………結構苦労してるんだな、この2人)」

 内心で2人に同情しつつ、音楽鑑賞を再開する紅夜。

 数曲聴いたところでそろそろ予鈴が鳴る時間になったため、アプリを止めてスマホからイヤホンのコードを外す。

 

「ふぅ、間に合ったぁーっ!」

 

 紅夜がイヤホンを鞄にしまうのと同じタイミングで、穂乃果が教室に飛び込んできた。

 

「長門君、おっはよー!」

 

 パタパタと席にやって来た穂乃果がそう言うと、紅夜は先程海未達にしたのと同じように、軽く手を上げる。

 

「穂乃果ちゃん、間に合ったんだね」

「全く、新学期が始まって早々遅刻なんて事になったら笑えませんよ?もっと時間に余裕を持っての行動を………」

 

 穂乃果が遅刻せず教室へやって来た事に、ことりは安堵の表情を浮かべ、海未は説教を始める。

 

「う、海未ちゃん。朝からお説教は勘弁してよぉ……」

 

 涙目になってそう言う穂乃果だが、結局龍治が来るまで海未の説教は止まらず、説教が終わって席に戻った時にはグロッキーになっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ皆、コレ見て!」

 

 昼休み、紅夜が外の景色を眺めながら1人飯を楽しんでいると、海未とことりを自分の席に呼び寄せた穂乃果が、鞄から出した数冊の雑誌を勢い良く机に置いた。

 

「スクールアイドル、ですか………」

「そうそう、今スクールアイドルが凄く流行ってて、それが人気の学校は入学希望者が多いんだって!今朝UTX学園って所に行ってきたんだけど、凄かったよ!そこにもスクールアイドルがあってね………」

 

 そう言って、今度はパンフレットを取り出して2人の前に広げる。

 

「へぇ~」

「そ、そうなんですか………」

 

 興味津々な様子でパンフレットや雑誌を眺めていることりの隣では、海未が顔を青ざめさせていた。

 熱弁する穂乃果の様子から、彼女がやろうとしている事を悟った海未は、気づかれないように下がり始める。

 

「(あ、コイツ逃げようとしてるな)」

 

 それを見た紅夜の予想は見事に当たり、こっそり会話から抜け出した海未は教室から出ようとしていた。

 

「それで思い付いたの!私達もスクールアイドルを………って、あれ?海未ちゃんは?」

 

 そこで漸く海未が居ない事に気づいた穂乃果は辺りを見回す。

 

「ねぇ長門君、海未ちゃん知らない?」

 

 そう聞かれた紅夜は、何も言わずに廊下の方を指差す。

 

「ちょっと待ってよ海未ちゃん、未だ話は終わってないよ!」

 

 海未を追って廊下に出ると、穂乃果は彼女の背中に呼び掛けた。

 脱走がバレてしまった海未は、『用事がある』という何ともありきたりな言い訳で逃れようとするが、穂乃果には通じない。

 

「せっかく良いアイデア思い付いたんだから聞いてよー!」

「………まるで駄々こねるガキだな」

「な、長門君って結構口が悪いんだね」

 

 必死に海未を引き留める穂乃果にそんな辛口コメントをつける紅夜に、ことりが苦笑混じりに言う。

 それからあれよあれよという間に、海未は教室内に連れ戻された。

 

「……貴女の言いたい事は分かっています。どうせ『私達もスクールアイドルをやろう』とでも言うつもりでしょう?」

「なんで分かったの?もしかして海未ちゃんってエスパー?」

 

 そう言う穂乃果だが、こんなものはエスパーであろうがなかろうが分かる事だ。

 雑誌やパンフレットを見せて力説してくる上に、態々スクールアイドルがある学校に行ってきたというのだから、これで気づかない方が逆におかしいというものである。

 

「そんなの、あれだけ熱弁されれば誰でも分かりますよ!」

「だったら話は早い!早速皆でアイドル部の設立を──」

「お断りします!」

 

 穂乃果の言葉を遮り、バッサリと切り捨てる海未。

 

「なんで!?今はスクールアイドルが流行ってるんだよ!?皆こんなに可愛くてキラキラしてるんだよ!?しかも衣装だって!」

 

 広げた雑誌のページを見せつけて熱弁する穂乃果。

 

「ねぇ、長門君も見てよ!凄いんだよ、スクールアイドルって!」

 

 味方をつけようと思ったのか、穂乃果は紅夜にも声を掛ける。

 ちょうど昼食を終えて弁当箱をしまったところだった紅夜は、彼女が差し出してきた雑誌を手に取り、どうでも良さそうに読み進める。

 

「穂乃果、長門さんを巻き込むんじゃありません!大体こんなもの、やったところで必ずしも生徒が集まるとは言えないんですよ!」

 

 確かに、今の日本ではスクールアイドルが流行っている。これを取り入れれば、学校のアピールポイントにもなるだろう。

 だが、それはあくまでも、スクールアイドルをやって、()()()()()の話だ。

 雑誌に載っている彼女等も、それこそ血の滲むような努力の末に有名になり、こうして雑誌に取り上げられるようになったのだ。

 今の穂乃果のように、単なる思い付きで始めたところで上手くいく筈が無いというのが海未の意見だった。

 

「はっきり言います…………アイドルは無しです!」

 

 何も言い返せなくなった穂乃果に、とどめとばかりにそう言い放つ海未。

 そして昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響き、彼女等3人の話し合いは何とも言えない形で幕を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、暫く時間がある訳だが、何しようかな……」

 

 放課後、紅夜は教室に残っていた。

 

 下校する生徒の数が減るまで未だ暫く時間があるため、暇潰しが必要だった。

 穂乃果は放課後になるや否や教室を飛び出していき、海は部活に、そしてことりも用事があるため、この教室には居ない。

 

「……探検でもしてみるか」

 

 鞄を持って席を立ち、紅夜は教室の外へ出る。

 数日前に絵里に案内してもらったばかりなのだが、それ以来1度も行っていないが故に場所を忘れかけている教室が幾つかある。

 そのため、この校内探検は何処にどの教室があるかのおさらいも兼ねていた。

 

「えっと、此所が科学講義室で、あっちにあるのがLL教室。それで奥にあるのが………」

 

 校内を適当に歩き回り、各教室の場所を確認していく紅夜。

 中央階段を上がって次のエリアに来ると、再び歩き回って教室の場所を確認していく。

 

「よし、このフロアで見ていないのは、向こうの教室だけだな。さてさて、何があるのやら」

 

 そう呟いて歩き出そうとする紅夜だが、突如行こうとしていた方向から聞こえてきた何かに足を止める。

 

「ピアノの音に声か………だとすれば、向こうにあるのは音楽室だな。あそこって吹奏楽部の部室じゃなかったのか?」

 

 大抵の学校では、吹奏楽部は音楽室で活動しているものだと相場が決まっている。

 それに、たとえ吹奏楽部ではなかったとしても、合唱部の可能性もある。

 だが、聞こえてくる声は1人分であるため、合唱部とも考えられない。

 つまり今、音楽室を利用しているのは吹奏楽部員でも合唱部員でもない生徒だという事になる。

 

「(この学校では、一般生徒も自由に音楽室を使えるのか?)」

 

 そんな事を考えながら、音楽室へ向かっていく紅夜。

 ドアの窓から中を覗くと、赤毛の女子生徒がピアノを弾きながら歌っているのが見えた。

 

「(水色のネクタイ………という事は、彼奴は1年生か)」

 

 この学校では学年ごとにネクタイの色が異なっており、1年生は水色で2年生は赤色。そして3年生が緑色となっている。

 2年生として通っている紅夜も、赤色のネクタイをつけていた。

 

「(……それにしても上手いな。ピアノは勿論だが、やはり声だ。高音域や強調の部分に力みが無いし、何より声が透き通ってる)」

 

 これまで、基本的にMAD RUNの仲間と共にストリートレーサーとして活動してきた紅夜だが、同時にバンドやダンスもしていたために音楽の心得も持ち合わせている。

 そのため、彼女を一言で『上手い』と評しても、具体的に何処がどのように上手いのかが分かるようになっていたのだ。

 

「あっ、長門君。そんな所で何してるの?」

「ん?」

 

 思わず聞き入っているところへ、穂乃果がやって来た。

 彼女は音楽室と紅夜を交互に見ると、再び口を開いた。

 

「もしかして、長門君もこの声が気になったの?」

「ああ」

 

 紅夜は頷くと、壁に凭れて再び音楽室からの歌声に集中する。

 途中、スマホを取り出して歌詞を打ち込み、何という曲なのかを調べてみるものの、結果は何も出なかった。

 

「(曲名はおろか、それらしい歌も出てこねぇぞ………という事は何か、コレは彼奴のオリジナル曲だってのか?だとしたら凄いぞ)」

「凄い……綺麗な声………」

 

 聞き入っている穂乃果を他所に、紅夜は歌っている女子生徒に深く感心していた。

 

 仲間とバンド演奏やダンスをしていた紅夜だが、その曲は全て既存のものであるため、演奏するにあたって彼等がやっていた事は、精々曲の音を各々が使う楽器に当て嵌めて楽譜を作ったり、日本語の曲を英訳して歌詞を当て嵌める事ぐらいだ。

 それに比べて、あの女子生徒は曲の音色やリズム、そして歌詞まで1人で作り上げたのだから、彼女の音楽に関するスキルはかなりのものだろう。

 

「……あっ、曲が終わったみたい」

 

 穂乃果のその言葉で、紅夜は現実に引き戻される。

 再び中を覗くと、弾き終えた女子生徒が息をついていた。

 

「そのようだな………それじゃあ、邪魔しちゃ悪いし、俺はもうかえ……って、おい!?」

 

 彼女の邪魔にならないよう、静かにその場を去ろうとする紅夜だったが、穂乃果はバレようが知った事ではないとばかりに拍手を送っていた。

 

「ヴェェェ!?」

 

 これには流石に女子生徒も気づいたらしく、此方に拍手を送っている穂乃果を見て驚いていた。

 

「凄い凄い!私、感動しちゃったよ!」

「べ、別に………」

 

 そのまま勢いに任せ、音楽室へ乗り込んで絶賛する穂乃果。

 褒められる事に慣れていないのか、その女子生徒は頬を若干赤く染めて顔を背ける。

 

「歌もピアノも上手だし、何よりアイドルみたいに可愛い!」

「ッ!?」

 

 だが、その言葉がとどめになったのか、女子生徒の顔は耳まで真っ赤に染まり上がった。

 何とか平静を装う彼女に、穂乃果は続けた。

 

「ねぇ貴女。いきなりだけど、アイドルやってみようと思わない?」

「……はあ?」

 

 いきなり勧誘された事に、思わず呆然とする女子生徒。教室の外では、紅夜が溜め息をつきながら右手で顔を覆っていた。

 

「おい高坂、演奏が上手くて感動するのは分かるが、流石に急すぎるだろ。その1年困ってるぞ」

「だってこの娘、歌もピアノも上手いんだし、きっと輝けるよ!」

 

 呆れ顔で言う紅夜に、穂乃果はそう言い返す。

 

「……………」

 

 そんな2人のやり取りを呆然と見ていた女子生徒は、椅子から立ち上がった。

 

「何それ?意味わかんない!」

 

 それだけ言うと、彼女は教室を後にする。

 

「……だ、だよねぇ~」

 

 彼女が去った後には、そう言って乾いた笑みを浮かべる穂乃果と呆れ顔の紅夜が残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイドルって………何よ、それ」

 

 音楽室を後にした女子生徒、西木野 真姫(にしきの まき)は、教室で帰り支度をしながら先程の出来事を思い出していた。

 

 自分のオリジナル曲で弾き語りしているところを見られるのは予想外だったが、それは大して気にしてはいない。

 問題は、その後に茶髪の2年生が言ってきた、『アイドルをやらないか』という勧誘だった。

 

 幼い頃から英才教育を受けてきた真姫は、特に音楽にずば抜けた才能を発揮している。

 自分で作詞、作曲が出来るのも、その才能故の事だ。

 だが、それをどうすればアイドルをやらないかという勧誘につながるのかが分からなかった。

 

「本当………意味わかんない」

 

 誰にも聞こえないように呟いた彼女は、教室を後にする。

 靴箱でローファーに履き替えると、校門前で待っている黒塗りの高級車に乗り込み、我が家へと向かうのだった。




オリキャラの名前が紅夜の母と被っていたため、変更しました。


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第10話~アウトローは中途半端である~

 真姫が去った後、紅夜と穂乃果は音楽室の戸締まりを済ませて鍵を職員室に返し、校舎裏へと移動していた。

 

「はぁ………」

 

 その場にしゃがんで壁に凭れ掛かった穂乃果が、空を見上げながら溜め息をつく。

 せっかく良いアイデアを考えついたのに幼馴染みには断固として拒否され、更に勧誘も断られてしまったため、気持ちが少々滅入っているようだ。

 

「(まあ、普通に考えたら、あの2人の反応が正しいんだけどな)」

 

 そんな彼女を横目に見ながら、紅夜は内心そう呟いた。

 

 昼休み、雑誌やパンフレットを広げて熱弁する穂乃果を見た紅夜は、海未と同じように彼女の考えを見抜いていた。

 

 今の日本ではスクールアイドルが流行っていて、有名なグループが居る学校は入学希望者が増えているから、自分達も同じようにやれば廃校を撤回させる事が出来ると穂乃果は考えたのだろうが、残念ながら世の中というものは、そう甘くはない。

 プロのアイドルとは違って部活感覚で始められるスクールアイドルだが、雑誌に乗っていたグループのように有名になるには、それこそプロと同様に死に物狂いで努力しなければならない。

 勿論、自分達で楽しむ事も大切だ。しかし、ただメンバーと共に歌やダンスを楽しむだけでは単なるお遊びでしかなく、他のスクールアイドルのように雑誌に載って学校の知名度を上げるなど夢のまた夢。

 よくパーティーの出し物で行われるような一発芸とは、訳が違うのだ。

 

 それに勧誘の件においては、穂乃果が断られるのは至極当然の事だった。

 あの女子生徒にとっては、見ず知らずの上級生がいきなり音楽室に乗り込んできてアイドルに勧誘するという、常識的に考えて有り得ない行動を取ったのだから、そこで『はい、やります』なんて答えが出る訳が無いのだ。

 

「良いアイデアだと思ったんだけどな……」

 

 そう呟いた穂乃果は、先程から一言も発しない紅夜へと視線を向けた。

 

「ねぇ、長門君はどう思う?やっぱりスクールアイドルやるのって、私達には無理なのかな?」

「…………」

 

 そう言われた紅夜は、返答に困った。

 

 彼女の質問に対して、『知らん』とか『俺には関係無い』と、何も考えずに答えてしまうのは簡単だ。人間不信真っ只中の頃の紅夜なら間違いなくそう言っていただろうし、更に酷い暴言を吐いている事も有り得る。

 いや、そもそもこうして彼女と一緒に行動する事も無かった筈だ。

 しかし、その人間不信が中途半端に治っている事や親からの言いつけもあり、弱っている彼女に対して非情になれず、かといって人間不信になる前のように優しくもなれないという何とも微妙な位置に立たされていた。

 

 そんな状態で沈黙して少し経つと、突如として紅夜のスマホが、メッセージの着信を知らせる。

 差出人はアレクサンドラで、何やら1本の動画を送ってきていた。

 

「(ああ、この動画はあれだな)」

 

 メッセージ欄に表示されている動画のファイルを見た紅夜は、その正体を悟った。

 

 実は、彼等MAD RUNでも時折動画を撮影しては仲間内で共有しており、紅夜が日本に里帰りした際に他のメンバーが何かしらの動画を撮影した時は、こうして送ってくるのだ。

 

「どうしたの長門君?誰からなの?」

「アメリカに居る仲間からだ。動画を送ってきたんだよ」

 

 訊ねてくる穂乃果に淡々とした口調で答え、動画を再生する紅夜。すると曲が流れ、画面に映っている3人の女性が踊り出した。

 

「おっ、彼奴等遂に完成させたんだな。動きもテンポに合ってて完璧だし、俺が教えたところもしっかりマスターしてやがる………やっぱり、振り付け担当やってて良かったぜ」

 

 そう言って頬を緩める紅夜。

 普段教室では見せない穏やかな笑みを見た穂乃果は、思わず見惚れてしまう。

 

「……はっ!?」

 

 数秒程紅夜を見た後、彼女は我に返って立ち上がる。

 そして紅夜の邪魔にならないようにしつつ、画面を覗き込んだ。

 その3人は笑顔を浮かべて踊っており、本気で自分達のパフォーマンスを楽しんでいる事が画面越しにも伝わってくる。

 そしてダンスも、素人である穂乃果でも分かる程に上手かった。

 

「うわぁ、凄いな……!」

 

 目を輝かせてそう言った穂乃果の心に、今朝、UTX学園の前でスクールアイドルの映像を見た時に受けた衝撃や感動が甦る。

 

 あの映像を見た後、彼女は衝動的に近くのコンビニへ駆け込んでスクールアイドルの雑誌を買い、妹の雪穂から借りてきたUTX学園のパンフレットに書かれていたスクールアイドルの記事を何度も読み直し、スマホでも調べた。

 そして昼休み、幼馴染み2人を呼び寄せて自分達もスクールアイドルをやろうと提案したのだ。

 それを思い出すと、彼女の心の中で消えかけていたやる気の炎が、再び燃え上がる。

 

「……高坂?」

 

 微動だにせず動画を見ている穂乃果におずおずと声を掛ける紅夜だが、返事は返されない。

 彼女が動いたのは、動画が終わり、紅夜がポケットにスマホをしまってから数十秒後だった。

 

「………決めた。私、やっぱりスクールアイドルやる!」

 

 青い瞳を光らせ、穂乃果は声高に言った。

 

「い、いきなりだな………さっきまで諦めかけてたのに」

「うっ、確かにそうだけど………でも、やっぱりやりたいの!」

 

 紅夜に言われて一瞬言葉を詰まらせる穂乃果だったが、負けるものかとばかりに言い返した。

 

「だって私、この学校を無くしたくないんだもん!私のおばあちゃんもお母さんも、昔は此所に通ってて、ことりちゃんや海未ちゃんのお母さんもそうだったの」

 

 胸に両手を当て、過去を懐かしむように言う穂乃果。そんな彼女の言葉を、紅夜は静かに聞いていた。

 

「そして今は、私と海未ちゃんとことりちゃんが居る。他の友達も居る。この学校には、皆の思い出がいっぱい詰まってるの!そして今の1年も、来年や再来年に入ってくる新入生も、此所でいっぱい思い出を作るの!だから、廃校なんて絶対させない!アイドルやって有名になって、入学希望者を増やすの!」

 

 マシンガンの如く捲し立てる穂乃果は、ずいっと紅夜に顔を近づけ、最後に一際強い声で言った。

 

「私はやる、やるったらやる!!」

「……………」

 

 そんな彼女の剣幕に、紅夜はすっかり気圧されていた。

 その口調や表情には強い意志が込められており、彼女が本気である事が分かる。

 

「……と、取り敢えず、お前の気持ちは分かった。だが先ずは落ち着け。それと近すぎだ」

「………あっ、ゴメン」

 

 そう言われた事で、今にも互いの鼻の先がくっつきそうな程に顔を近づけている事に気づいた穂乃果は、頬を赤く染めながら離れた。

 先程までの剣幕が嘘のようにしおらしい反応を見せる彼女に気まずさを感じた紅夜は、頬を指で掻きながら口を開いた。

 

「……まあ、何だ。それだけの意志があるなら、やってみれば良いんじゃないか?少なくとも、それにケチつけるようは奴は居ないだろうし」

 

 そう言って、紅夜はスマホを取り出して時間を確認する。

 時刻は午後3時45分。授業が終わったのが3時5分であるため、これから下校するという生徒は殆んど居ないだろう。車を他の生徒に見られないようにして帰るなら、今が絶好のチャンスだ。

 

「スクールアイドル、上手くいくと良いな」

 

 そう言うと、紅夜は壁に立て掛けていた鞄を拾い上げ、ポケットから車の鍵を取り出す。

 

「じゃあ、俺は帰る。頑張れよ」

「え?」

 

 『何言ってるの?』とばかりに呆然とする穂乃果をその場に残し、駐車場へと向かう紅夜。

 

 元々彼女がスクールアイドルを始める事自体には何の文句も無かったが、だからと言って、自分もそれに関わろうという気は微塵も無いのだ。

 その理由の1つとして、この学校の行く末に興味が無いというのが挙げられるが、理由はもう1つあった。

 

「(……コレは、ある意味チーム戦みたいなモンだ。そういうのは仲間だけとやるって、決めてるからな)」

 

 昔受けたいじめやその後の一件で、重度の人間不信になった紅夜。

 アレクサンドラ達の尽力もあって家族や幼馴染み達との和解は果たしたが、当時のショックから、『身内や仲間といった、古い付き合いの人間以外とは必要以上に関わらない方が良い』という考えが生まれたのだ。

 

 勿論、雛や両親に言われた事もあるため、赤の他人とも最低限関われるようにはなるつもりだ。だからこそ何か話し掛けられたらちゃんと答えているし、昔のように拒絶するようかのような反応はしないようにしている。

 だが、その更に先の関係へ進もうとは思わない。

 正体が知られた時、相手は自分を忌避するだろう。それで昔のように裏切られたような気分になるのは、もう御免だ。

 ならば最初から、関係をただのクラスメイトに留め、それ以上先の関係に進まないようにしようと考えていたのだ。

 

「(俺の仲間は、家族や幼馴染み、それからベンチュラ・ベイやフォーチュンバレーの彼奴等だけ………それ以外との関係は、最低限会話する程度で十分だ。そんなに仲良くなる必要なんて無い)」

 

 内心そう呟きながら駐車場へ歩みを進めていると、前方から2人の女子生徒が歩いてきた。

 

「あっ、長門君だ。お~い!」

 

 その内の1人、ことりが紅夜に気づいて手を振る。その隣には、胴着に身を包んだ海未が居た。

 

「……南に園田か」

 

 紅夜は、2人の前で歩みを止めた。

 

「長門さん、未だ残っていたのですね」

「ああ、ちょっと校舎内を探検していたんだが、そこで高坂に会ってな」

「穂乃果ちゃんに?」

 

 聞き返してきたことりに頷き、紅夜は自分が来た方向を指差した。

 

「彼奴なら校舎裏に居る。そこでちょっと話を聞いたが………本気でスクールアイドルを始めるつもりらしい」

「そう、ですか………」

 

 そう言って、小さく溜め息をつく海未。

 穂乃果への呆れと、何と無くこうなると思ったという彼女の気持ちが、その態度に表れていた。

 

「穂乃果ちゃんって、昔からこうなの。何かやろうって言い出すのは何時も穂乃果ちゃんだったんだ」

 

 そんな海未に苦笑を浮かべながら、ことりが紅夜に言った。どうやら穂乃果の思い付きからの行動は、今に始まった事ではないらしい。

 

「まあ、そのせいで何度も酷い目に遭いましたけどね………大体、穂乃果は何時も強引すぎなんです。やろうとする事も毎回無茶苦茶なものばかりで──」

「でも海未ちゃん………それで後悔した事って、ある?」

 

 愚痴を溢す海未だったが、ことりに遮られる。

 

「ことりも、最初は海未ちゃんの言う通りだと思ったよ?木に登った時なんて、怖くて泣いてたもん。それに、悪戯して怒られる時もあった。でも何だかんだで、最後は皆笑って終わってた………違うかな?」

「それは……」

 

 そう言われた海未は、言葉を詰まらせた。

 

 穂乃果の無茶な思い付きに何度も振り回され、その都度散々な目に遭ってきた彼女等だが、ことりの言う通り、最後は笑って終わっていたし、怒られても、それで穂乃果を恨んだ事は1度も無かった。

 

「…………」

 

 そんな海未を暫時見ていたことりは、不意に歩き出す。そして曲がり角に着くと、向こうの様子を窺った後に此方へ振り返って手招きした。

 海未が彼女に続き、曲がり角から覗く。その先には………

 

「ほっ、ふっ……!」

 

 1人でダンスの練習に励む穂乃果の姿があった。

 何度も足を縺れさせて転んでは、再び立ち上がって練習を始める。そんな彼女に、海未は思わず目を奪われていた。

 

「ねぇ、海未ちゃん………私もやってみようかな、スクールアイドル」

「えっ……?」

 

 目を丸くして聞き返す海未に、ことりは普段のほんわかした笑顔を浮かべた。

 

「だって穂乃果ちゃん、あんなに頑張ってるんだもん。それに長門君も、本気でやるつもりだって言ってたし」

 

 そう言って、再度穂乃果へ視線を向けることり。

 

「うわっ!?」

 

 その先では、穂乃果が尻餅をついていた。

 何度も転んだためか、青いスカートは砂で汚れていた。

 

「…………」

「海末ちゃん………一緒にスクールアイドル、やろ?」

 

 最後の一押しとばかりに、誘いの言葉を掛けることり。海未も昼休みに誘われた時は断固として拒否していたが、ここまで真剣に取り組もうとしている穂乃果の様子を見せられたら、断る事も出来ない。

 

「そうですね」

 

 小さく笑みを浮かべた海未は、未だその場に座り込んでいる穂乃果の前に立つと、手を差し伸べる。

 

「海未ちゃん……?」

「穂乃果………私とことりも、仲間に入れてくれませんか?」

「……ッ!海未ちゃん!」

 

 激情に任せ、海末の胸に飛び込む穂乃果。

 

「フフッ、やっぱりこうでなくちゃね!ねぇ、長門君も私達と一緒に………あれぇ?」

 

 3人が揃った事を喜んだことりは、紅夜も誘おうと振り向く。だが、既に紅夜の姿は無かった。

 

「ことり、どうしました?」

「……あっ、ううん!直ぐ行くよ~!」

 

 何時の間に居なくなったのかと首を傾げることりだったが、海末に呼ばれたために彼女等の元へ駆け寄る。

 

「よぉ~し、じゃあ早速生徒会室に行って、アイドル部設立の申請をしよう!」

「「おー!」」

 

 そうして穂乃果達は、意気揚々と生徒会室へ向かうのだった。



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第11話~アウトローの居ない所で~

漸くアニメ1話目が終了します。


 穂乃果達がスクールアイドル部設立を決めた頃、コッソリと校舎裏を後にした紅夜は、愛車を止めてある駐車場に来ていた。

 

「ようR、お待たせ」

 

 そう言って、ドアのロックを解除して乗り込む紅夜。

 ポケットから取り出した鍵を差し込み、いざエンジンを掛けようとしたところで、再びスマホが鳴る。

 これと同じ流れがつい先日にもあったなと思いつつ、紅夜はスマホを取り出して通話のアイコンをタップする。

 

「もしもし」

『ヤッホー、紅夜!アタシよ!』

 

 電話に出るや否や、ハイテンションな女性の声が彼の耳に飛び込んでくる。

 紅夜のステイ先の娘にして、相棒である女性ドライバー、アレクサンドラ・デッカードだ。

 アメリカでは未だ深夜だというのに、相変わらずのテンションの高さである。

 

『ねぇねぇ、あの動画見てくれた?どうよ、良い出来だったでしょう?』

 

 動画を見たか否かの返答も聞かず、先程のダンス動画の感想を求めるアレクサンドラ。

 彼女としても、あのダンスは会心の出来だったらしく、その声からは、称賛の言葉を期待しているのがありありと伝わってきていた。

 

 勿論、紅夜もあのダンス動画は良く出来ていると思っていたため、素直に称賛の言葉を送った。

 

「ああ、カッコよかったよ。動きも曲のテンポや雰囲気に合ってて、バッチリだった」

『当然でしょ?全部アンタが考えた振り付けだし、何よりアタシ等が踊るんだから、カッコ悪くなる筈が無いわ!』

 

 自信満々な様子で答える彼女だが、やはり称賛されたのは嬉しかったらしく、声のトーンがやや高くなっていた。

 紅夜も、自分で考えた振り付けを褒められて気分を良くしたのか、微笑を浮かべた。

 

「そう言えば、サビの部分のエメルの動きも良くなってたな。彼奴、練習してる時は凄く動きにくそうだったから心配してたんだが、上手く出来たようで安心したよ」

『あ~、そういやそんな事もあったわね……あの乳牛女め、アタシよりおっぱいデカいからってこれ見よがしに揺らしやがって……』

 

 そう返すアレクサンドラの声が、途中からドスの利いた声へと変わっていた。

 

 彼女がこうなったのは、先程話題に上がったエメルという人物にある。

 

 エメルことエメラリア・アークライトは、紅夜率いるMAD RUNのメンバーで、2014年式の黒いChevrolet Camaro Z28を駈る女性ドライバーだ。

 ロングストレートの金髪に碧眼、そして抜群のプロポーションという、正に世の男性が思い描くアメリカ人女性を体現したような美女なのだが、スレンダー体型を気にしているアレクサンドラからすれば、グラマラスな体を持つエメラリアは妬みの対象なのだ。

 勿論、アレクサンドラの体が貧相という訳ではない。だがエメラリアと比べれば、どうしても豊満さで負けてしまう。

 しかもエメラリアは、紅夜を一目見て気に入ったらしく、事あるごとに彼にアプローチを掛けているためにアレクサンドラをヤキモキさせているのだ。

 

『しかもフォーチュンバレーにはイレーネも居るし、今紅夜は日本で女子校に通ってる。しかもそっちには幼馴染みの瑠璃も居る訳で…………ああ、もう。油断も隙もあったモンじゃないわね。やっぱり送り出さない方が良かったかしら』

「……お~いレナ、帰ってこ~い」

 

 1人でぶつぶつ呟き始めたアレクサンドラに、紅夜はそう呼び掛けた。

 これで本人が目の前に居れば、軽く手を振るなり揺さぶるなり出来たのだが、残念ながら相手は電話の向こう、更に言えば海の向こうに居るため、ただこうして呼び掛ける事しか出来なかった。

 

 そんなこんなで何とかアレクサンドラを現実に引き戻した紅夜は、先程のダンス動画の良かった部分や改善点などを掘り下げて説明した。

 

『成る程ね………ありがと、今後の参考にさせてもらうわ』

 

 彼のコメントを受け取ったアレクサンドラは、そう言い終えると小さく溜め息をついた。

 

『今回踊って思ったけど、やっぱり踊るならメンバー全員で踊りたかったわね。紅夜が居ないとつまらないわ』

「それに関しては、そっちに帰るまで待ってくれとしか言えねぇな。一応夏休みと冬休みには行けると思うが………」

『フフッ、これじゃ普段と真逆ね』

 

 そう言うアレクサンドラに、紅夜も『全くだ』と返して笑う。

 普段はアメリカで過ごし、夏休みと冬休みに日本へ里帰りをするという生活をしているのだが、1年間だけとは言え日本で暮らしている今では、彼女の言う通り真逆だ。

 

『夏が楽しみだわ…………じゃあね、また連絡する。アンタも、たまには他の連中にも連絡してあげなさいよ?自分達で送り出したとは言え、皆アンタが居なくて寂しがってるんだから』

あいよ(Righto)

 

 そう言って通話を終えると、紅夜はスマホをしまう。そして今度こそR34のエンジンに火を入れ、我が家へ向けて走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わり、校舎内には穂乃果、海未、ことりの3人の姿があった。

 スクールアイドル部の設立を申請するため、生徒会室へ向かっているのだ。

 

「成る程。長門さんのお友達が、ダンスの動画を………」

「うん、すっごく上手だったの!何て言うか、動きが、こう………プロみたいにカッコよくて、皆楽しそうだったの!ダンスも曲の雰囲気に合ってたし!」

「へぇ~。その動画、ことりも見てみたかったなぁ~」

 

 生徒会室への道中、彼女等は穂乃果が見た紅夜の友人によるダンス動画の話をしていた。

 

 踊っていた3人が何者なのかは不明だが、穂乃果がプロ並みに上手いと騒いでいるのもあり、海未やことりも、それに興味を持っていた。

 

「そう言えば長門君、その動画見ながら気になる事を言ってたんだ。何か、『遂に完成させたんだな』とか、『動きも良く出来てる』とか」

 

 今思い出したようにそう言うと、穂乃果はスマホを取り出して紅夜が呟いていた曲のタイトルらしき単語を打ち込み、検索結果に出てきた曲を再生した。

 それはとある外国人バンドによる曲で、驚くべき事に、その曲を使ったダンス動画は何1つとして見つからず、『ダンス』と付け加えて検索しても結果は同じだった。

 つまり、あの3人が踊っていた際の振り付けは完全にオリジナルのものだったという事になる。そして、動画を見ながら紅夜が呟いていた言葉を照らし合わせた結果、彼女等は1つの結論に辿り着いた。

 

 

──あのダンス動画の製作には、紅夜も関わっていたのではないか………具体的には、彼が振り付けを考えたのではないか、と。

 

 

「もし長門君が振り付けを考えたとしたら、それって凄い事じゃない!?あんなカッコいい振り付けを、1から全部考えられるなんて!」

 

 興奮した様子で、穂乃果はそう言った。

 

 勿論、当時その場に居なかった海未やことりには、その振り付けがどのようなものだったのか分かる訳が無い。

 だが、彼女がこれ程までに興奮して言うのだから、余程凄いものだったのだろうと感じていた。

 

「部として成立したら、長門君を勧誘してみようかな?やっぱりダンスもするんだから、振り付けを考えたり、練習を見てくれる人も必要だし」

「……つまり、長門さんにマネージャーになってもらう、と?」

「そうそう!あんな凄いダンスを考えられるなら、やっぱり居てくれたら心強いじゃん!」

 

 元気に頷く穂乃果に内心では同意する海未とことりだったが、その表情は不安そうだった。

 

 確かに、スクールアイドルとして活動するにあたり、ダンスの振り付けを考えたりする人材は必要だ。それに、もし振り付けを考えたのが紅夜だとしたら、加わってくれれば心強い存在になるのは間違いない。

 しかし、現時点で彼女が言っていたダンス動画の振り付けを考えたのが紅夜だという証拠は何処にも無い。

 ただ、踊っていた3人の女性が彼の友人である事と、紅夜が彼女等のダンスにそれらしいコメントをつけていたという事しか分かっていないのだ。

 

「穂乃果の意見はもっともですが、未だ振り付けを考えたのが長門さんだと決まった訳ではありません。それに、振り付けを考えたのが長門さんだとしても、彼が引き受けてくれるかは分かりませんよ?」

「えぇっ、でもあんなコメント付けるのは、振り付けを考えるのに関わってないと出来ないよ?しかもあんな楽しそうに見てたんだから、引き受けてくれると思うんだけどなぁ~」

 

 そんなやり取りを交わしながら歩いていると、一行は生徒会室へ着く。

 

「まあ、長門君の事は取り敢えず置いといて、先ずは申請しないとね!」

 

 穂乃果がノックすると、中から返事が返される。

 

「失礼します!」

 

 威勢良くそう言ってドアを開け、生徒会室へと足を踏み入れる穂乃果。それに続き、海未とことりも入った。

 

「貴女達は……」

 

 彼女等が来るとは思わなかったのか、椅子に座って書類の確認作業をしていた絵里は目を丸くしていた。

 

「おや君達、生徒会室に何か用かな?」

 

 そんな彼女に代わって、希が声を掛ける。

 

「はい!アイドル部を設立したいので、申請書を持ってきました!」

 

 穂乃果が1枚のプリントを差し出す。それは新規部活動設立の申請書で、彼女等3人の名前が記入されていた。

 

 それを受け取った希は、絵里に申請書を渡す。

 一通り目を通すと、絵里は穂乃果達に目を向けて問い掛けた。

 

「何故、この時期に………それも2年生の貴女達がそんな事を?」

「それは、やってみたいと思ったからです。それに、私達がスクールアイドルとして人気になれば、生徒も集まると思って!」

 

 その言葉に、海未とことりも相槌を打つ。

 

「………そう、貴女達の言い分は分かったわ」

「……!じゃあ、認めてもらえますか!?」

 

 目を輝かせる穂乃果だが、絵里は首を横に振った。

 

「残念だけど、部活の設立には最低でも6人居なければならないの。コレでは先ず認められないわ」

 

 そう言って、申請書を突き返す絵里。

 

 意気揚々とやって来た矢先にぶち当たった部員数という名の壁にショックを受けながら、穂乃果は申請書を受け取った。

 

「ですが、6人未満の部活が幾つかある筈です」

「確かにそうだけど、設立時にはちゃんと6人以上居た筈よ。それにこの学校って、1度部活として成立したら後は何人になっても良いって決まりになってるから」

 

 海未が反論するものの、あっさりと返される。

 流石に学校の決まりだと言われてしまえば、何も言い返せなかった。

 だが、それだけでは終わらない。絵里は追い討ちとばかりに、こんな事を言い出したのだ。

 

「それに、たとえ6人集めたとしても、アイドル部の設立は認めないわ」

「えっ……?」

 

 そう言われた穂乃果は一瞬言葉を失うが、直ぐ様彼女に詰め寄った。

 

「どうして駄目なんですか!?しかも、部員が6人集まっても駄目だなんて!」

 

 穂乃果の疑問はもっともだった。

 何せ絵里は、『認める事が出来ない』と言ったのではなく、『認めない』と言ったのだ。

 それに、あろうことか部員を6人集めるというノルマを達成しても部活としての成立は認めないと言われたのだから、穂乃果が納得出来ないのは当然の事だった。

 

「そうです!部員を6人集めても認めてもらえないなんて、そんなの納得出来ません!」

 

 これには海未も声を上げた。

 ことりも2人と同じように、絵里を険しい表情で見ている。

 

「………スクールアイドルで廃校を阻止しようなんて、そんなの認められる訳が無いでしょう?」

 

 だが、そんな彼女等も、絵里に睨まれて怯む。

 3人が再び口を開く前に、絵里は言葉を続けた。

 

「部活動というのはね、生徒を集めるためだけにやるものではないの。そんな思い付きで始めたところで、上手くいくとは思えないわ」

「………ッ、そんなの──」

「それに廃校を阻止するという事は、この学校の、音ノ木坂学院という看板を背負う事と同じなのよ?スクールアイドルなんてお遊びに、そんな重大なものを任せる訳にはいかないの」

 

 自分達の考えを真っ向から否定する言葉に反論しようとする穂乃果だが、続けざまにそう言われた事で言い返せなくなる。

 

 そして絵里は、とどめの一言を放った。

 

「そんな無駄な事を考えてる暇があるなら、この残された時間を如何に有意義に過ごすかを考えなさい。それが、貴女達のやるべき事よ」

 

 そう言うと、絵里は話は終わりだとばかりに自分の仕事を再開する。

 穂乃果達は、そんな彼女が纏う雰囲気に追いやられるかのように生徒会室を後にすると、各々の鞄を回収して校舎を出た。

 

「そんなガッカリしないで。別に穂乃果ちゃんが悪い訳じゃないんだから」

 

 あれだけ言われたために落ち込んでいると思ったのか、ことりが慰めの言葉を掛ける。

 だが、その慰めの言葉も、何処と無く弱々しい。

 

「先程はあのように言っていましたが………生徒会長も、気持ちは分かってくれていると思います」

 

 海未はそう言うが、このまま部活として認められなければ、部室は貰えない。そして部室が貰えなければ、ダンスの練習は勿論、歌の練習をする事も出来ないのだ。

 

「ああ。これから一体、どうすれば……?」

 

 深刻な表情を浮かべ、今後どうすれば良いのかと悩むことり。

 その雰囲気に当てられて、海未も顔を俯ける。

 この3人でスクールアイドルを始めると決めたものの、出だしから盛大に躓いてしまっていた。

 

「……………」

 

 そんな中、穂乃果だけは違った。

 暫く桜を眺めていた彼女の青い瞳は、輝きを失ってはいなかったのだ。

 

「……やろうよ、スクールアイドル」

「「えっ……?」」

 

 彼女が放ったその言葉に、2人が思わず聞き返す。

 

「さっきはあんな事言われたけど………私、やっぱりスクールアイドルやりたいの!」

 

 海未達に向き直って、穂乃果は言う。

 どんなに否定されようと、無茶な事であろうと、やると決めたらやる。それが高坂穂乃果という人間なのだ。

 

「私はやる。やるったらやる!」

「「…………」」

 

 そう言われ、暫く呆気に取られていた海未とことりだったが、やがてフッと笑みを浮かべた。

 

「フフッ……穂乃果らしいですね」

「そうだよね………何時までもウジウジしてるだけじゃ、何も始まらないもんね!」

 

 元気を取り戻した2人は、穂乃果の手を握った。

 

「よーし、絶対にスクールアイドルやるぞー!」

「「おー!」」

 

 こうして、改めて決意を固める3人。そんな彼女等を、立ち並ぶ桜の木々だけが見守っていた。



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第12話~アウトローへの勧誘~

何とか投稿までこぎ着けた………


「失礼します!」

 

 翌日、普段より早く登校した穂乃果達は、再び生徒会室を訪れていた。

 

 かなりの勢いでドアを開け放ったためか、中で作業をしていた絵里と希は驚いた表情で彼女等を見ていた。

 

「……貴女達だったのね」

 

 そして、乗り込んできたのが昨日の3人だと分かると、絵里はあからさまに深い溜め息をついた。

 

「朝から何の用?スクールアイドル部の設立は認めないって、昨日言ったばかりだと思うんだけど」

 

 懲りずにスクールアイドル部設立の申請をしに来たと思っているのか、机に頬杖をついて面倒臭そうに言う絵里。

 

「いえ、今日は講堂の使用許可を貰いに来たんです。部活動に関係無く、生徒は自由に講堂を使用出来ると生徒手帳に書いてあったので」

 

 そう言って、申請書を差し出す海未。

 

「えっと、この日時は………新入生歓迎会の日の放課後やね」

 

 申請書に書かれている講堂の使用日時を見た希が、手帳に記した予定と照らし合わせてそう言った。

 

「一応聞くけど、何をするつもり?」

「それは……」

 

 答えようとした海未だが、そこで言葉を詰まらせた。

 生徒会室に入る前の打ち合わせでは、ライブをする事は伏せ、一先ず場所だけでも確保しておこうと決めていたのだが、昨日スクールアイドル部設立の申請に来て断られたばかりという事もあり、かなり怪しまれている。

 そのため、どう答えれば良いのか分からなかったのだ。

 

「ライブをします!私達3人でスクールアイドルを結成したので、その初ライブをやる事にしたんです!」

 

 そんな彼女に痺れを切らしたのか、穂乃果が声高に宣言した。 

 

「ほ、穂乃果!それは秘密にするってさっき言ったばかりでしょう!?」

「そ、そうだよ!未だ出来るかどうかも分からないんだし!」

「え~、やるよ!」

 

 そう詰め寄る海未とことりだが、穂乃果は絶対にやると言って譲らない。

 

「そもそも、ステージに立つとも言ってないんですよ!?」

「立つよ!だってそのために申請しに来たんだもん!」

 

 絵里と希そっちのけで言い合う穂乃果と海未に、ことりは戸惑っていた。

 

「………そんな状態で、本当にライブなんて出来るの?新入生歓迎会は、遊びじゃないのよ?」

 

 そんなやり取りを見ていた絵里が、不安そうに訊ねる。

 

「だ、大丈夫です!」

 

 穂乃果はそう言うが、絵里は相変わらず疑っている。

 

「もしかして貴女達、何の計画も立ててないのにやろうとしているんじゃないわよね……?」

「「「ッ!」」」

 

 そう言われ、体を強張らせる3人。どうやら図星のようだ。

 

「はぁ……そんな事だろうと思ったわ」

 

 溜め息混じりにそう言った絵里が更に追い討ちを掛けようとするが、そこで思わぬ人物が助け船を出してきた。

 

「まあまあ、えりち。もうその辺にしとき?」

 

 助け船を出したのは、先程まで何も言わずに成り行きを見守っていた、希だった。

 

「希……?」

「この娘達は、ただ講堂の使用許可を取りに来ただけなんやろ?部活でもないのに、ウチ等生徒会があれやこれやと首を突っ込む権利は無い筈やで?」

「そ、それは……そうだけど………」

 

 まさか希が3人の肩を持つとは思わなかったのか、絵里が歯切れ悪く言う。

 

「今ウチ等がやるべきなのは、講堂で何をするかを聞くんじゃなくて、講堂を使えるか否かという質問に答える事………違う?」

「……………」

 

 正論を突きつけられて何も言い返せなくなった絵里は、渋々といった様子で彼女等の行動の使用を認めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったぁ!これでライブが出来るね!」

 

 希からの助け船によって講堂の使用許可を勝ち取った穂乃果達は、生徒会室を出て教室へと向かっていた。

 

「全く、一時はどうなる事かと………と言うか穂乃果、何故あんな事を言ったのですか!さっきも言いましたが、ライブをやる事は秘密にすると打ち合わせをした時に決めた筈です!」

 

 講堂の使用許可を獲得した事にはしゃぐ穂乃果だが、海未に約束を破った事を指摘されてその勢いが一気に消し飛ぶ。

 

「ま、まあまあ海未ちゃん。せっかく許可貰えたんだから………」

「ことりは穂乃果を甘やかしすぎです。こういう時は、ガツンと言わなければなりません!」

 

 やんわり宥めようとすることりを一蹴し、説教を始める海未。こうなってしまえば、彼女の気が済むまで説教は終わらない。

 

 段々涙目になっていく幼馴染みに苦笑を浮かべることり。

 ふと窓の向こうへ目を向けると、校門から入ってきた1台のスポーツカーが、此方に向かってくるのが見えた。

 紅夜のR34である。

 

「あっ、長門君だ。結構早くから来てるんだなぁ……」

 

 今の時刻は7時40分。未だ生徒は殆んど登校しておらず、居るとすれば、自分達のように何か用事があったり、部活の朝練習に参加する生徒くらいだ。

 だが紅夜の場合、彼が早くから登校する理由が想像出来ない。

 何かの委員に所属している訳ではないし、部活の朝練習に至っては論外だ。

 それに、昨日も大した宿題は出されていないため、のんびり登校しても良いのではないかと、ことりは思っていた。

 

「ことり、どうしました?」

「えっ?」

 

 不意に海未から声を掛けられ、我に返ることり。

 どうやら紅夜のRを見ている内に足を止めていたらしく、2人は数メートル程先へ進んでいた。

 

「ずっと窓の外を見ていましたが、何かありましたか?」

「う、ううん!何でもないよ?」

 

 首を傾げて訊ねてくる海未にそう答え、ことりは2人に合流し、教室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、生徒会室には絵里と希が居た。

 作業に一段落つけて体を伸ばす絵里を微笑ましそうに見ながら、希は窓を開けて部屋の空気を入れ換える。

 

「……どうして、あの3人の肩を持ったの?スクールアイドルなんてやったところで無意味なのは、貴女も分かるでしょう?」

 

 そんな彼女に、絵里は訊ねた。

 

 今、スクールアイドルが日本全国で流行っているというのは彼女も知っている。何せテレビや新聞で度々報道されているのだから、嫌でも覚える。

 だが、そんなものを始めたところで生徒を集める事など、出来る訳が無い。

 だから彼女は、そんなお遊びに頼らず、自分達生徒会だけで音ノ木坂学院が抱える、生徒の減少という問題を解決しようとしていた。

 にもかかわらず、この副会長は彼女等の考えを否定せず、あろうことか肩を持つような発言までしたのだ。

 無意味だと分かっている筈なのに、何故彼女等を止めようとしないのか、絵里には理解出来なかった。

 

「………何度やっても、カードがそうしろって言うんや」

 

 そう言われ、ふと机の端に置かれてあるカードの束に目を向ける絵里。

 その次の瞬間、まるでタイミングを見計らっていたかのように強烈な風が部屋の中へと吹き込み、重ねておいた書類共々、カードが部屋中を飛び交う。

 

「カードがウチに、そう告げるんや!」

 

 目をカッと見開き、声を張り上げる希。

 書類やカードがあちこちに散らばる中、1枚のカードが壁に張り付く。

 それには、正位置の太陽が描かれていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……昨日より早く出たとは言え、やっぱ下道使ったら遅くなっちまったな」

 

 駐車場に愛車を止めて校舎に入った紅夜は、階段を上りながらメモを見ていた。

 それには昨日と同じように、家を出た時刻と学校に着いた時刻が書かれているのだが、昨日と比べればやはり時間が掛かっている上に、到着時刻も遅い。

 と言っても、昨日より早く家を出たのもあって到着時刻の差は15分程度なのだが、紅夜はこの結果に納得していなかった。

 実は、今日は運悪く何度も信号に引っ掛かっていたため、思いの外時間をロスしてしまったのだ。

 

「まあ、未だ生徒は殆んど来てないから良しとするが………せめて30分までには着いておきたいな。今度はもう少し早く出てみるか」

 

 そう呟きながら歩いている内に、紅夜は教室に到着する。

 ドアを開けて中に入ると、彼にとっては意外な人物に出迎えられた。

 

「あ、長門君だ!おはよう!」

 

 朝っぱらからテンションの高い声が、紅夜の耳に飛び込んでくる。

 サイドテールの茶髪に青い瞳を持つ女子生徒、高坂穂乃果だった。

 後ろには、彼女の幼馴染みである園田海未と南ことりも居る。

 

「おはようございます、長門さん」

「おはよう!」

 

 穂乃果に続き、海未とことりも挨拶する。

 

「あ、ああ。おはよう………今日は随分早いんだな」

 

 そう言いながら紅夜は自分の席にやって来る。

 

「うん。ちょっと生徒会室に用があって」

「生徒会室に?」

 

 紅夜は首を傾げた。

 昨日より到着が遅くなったとは言え、未だ殆んど生徒が居ないこの時間に、何の用があって生徒会室に行ったのか理解出来なかったからだ。

 

「実は、講堂の使用許可を貰いに行っていたんです」

「そうそう。私達、歓迎会の日の放課後にそこでライブをやるんだ!」

 

 海未に続き、高らかに宣言する穂乃果。

 

「ライブか……」

 

 そう言うと、紅夜は昨日配られた1学期の予定表を取り出した。

 

「(えっと、今日から歓迎会までは………大体1ヶ月ってところか)」

 

 紅夜は予定表に書かれた歓迎会の日付を確認すると、さっさとしまった。

 

「(てか、間に合うのか?未だ何も決めてねぇだろ、コイツ等)」

 

 穂乃果がスクールアイドルをやろうと言い出したのは、つい昨日の事だ。当然ダンス振り付けはおろか、そもそも曲すら決まっていないだろう。

 つまり彼女等は、この1ヶ月の間に歌う曲やダンスの振り付けを考え、練習して人前で踊れるように仕上げなければならないのだ。

 

 既存の曲や振り付けを使い、尚且つ衣装も制服や私服を使うなら未だ簡単だったかもしれないが、それだと面白味に欠けてしまう。だが、だからと言って全て1から作るとなれば、到底1ヶ月では間に合わないだろう。

 

「(……まあ、俺には関係無い事だな。俺はただの試験生で、来年の4月にはこの学校ともおさらばする訳だし)」

「………あの、長門さん。お聞きしたい事があるのですが」

 

 他人事のように内心呟いていると、海未がおずおず声を掛けた。

 

「何だ?」

「昨日、穂乃果に聞いたのですが………貴方のお友達から、ダンスの動画が送られてきたとか」

「……ああ、それがどうした?」

 

 勝手にアレクサンドラ達のダンス動画の事を喋られた紅夜だが、ここで穂乃果にどうこう言っても仕方無いため、一先ず話の続きを促した。

 

「その時は私もことりも居ませんでしたが、穂乃果が、その3人はプロみたいに上手かったと言っていまして」

「いや、プロは大袈裟だと思うが………でもまあ、そうだな。少なくとも下手とは思っていない」

 

 控えめに言う紅夜だが、実際、アレクサンドラ達のダンスの技術は非常に高く、それは振り付けを担当している彼自身は勿論、MAD RUNのもう1人の男性メンバーである零も例外ではない。つまり、MAD RUNのメンバー全員が高い実力を持っているのだ。

 何せ、今やバンド演奏やダンス動画の投稿で多くの高評価を得ている瑠璃達BLITZ BULLETのメンバーも、紅夜達の影響を受けてそれらを始めたのだから。

 

 流石に、プロのアイドルやダンスの大会へ進むようなチームと比べれば見劣りするだろうが、少なくとも遊びでやっている連中の中では、自分達が一番上手いという自負があった。

 

「(それにしても『プロみたいに上手かった』とは、中々嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか。レナ達が聞いたら、きっと喜ぶだろうな)」

 

 内心そう呟いた紅夜は、後でアレクサンドラ達にこの事を教えてやろうと決める。

 彼女等からすれば穂乃果は赤の他人だが、少なくとも自分達のパフォーマンスを褒められて嫌な気分にはならないだろう。

 そして紅夜も、自分が踊った訳ではないとは言え、自分が考えた振り付けで彼女等のパフォーマンスが褒められた事が嬉しかったのか、微笑を浮かべた。

 

「それで、もし良ければ………私達にも、その動画を見せていただけませんか?」

「ああ、別に良いぞ」

 

 そう言ってスマホを取り出した紅夜は、動画のファイルを開いて再生し、彼女等へ見せた。

 

 動画は3分弱と短いが、その間3人は、食い入るように画面に集中していた。

 

「(コレは……)」

「(うわぁ、凄いな~……)」

 

 海未とことりも、穂乃果がこの動画を絶賛する理由が分かったような気がしていた。

 

 躍りはアイドルがやるようなものとは違い、体を激しく、そしてアクロバティックに動かしており、どちらかと言えばブレイクダンスに近い。

 だが、それでもクオリティは非常に高く、踊っている3人の女性は終始笑顔で、自分達のパフォーマンスを楽しんでいる。

 誰も居ない所で撮影したのか客の気配は感じられないが、もしその場に客が居れば、盛り上がっていたのは間違いないだろう。

 現に彼女等も、この3人と一緒になって盛り上がりそうになっており、動画が終わっても、言葉では表現出来ないような昂りは収まっていなかった。

 

「ホラ、言った通りでしょう?プロみたいに上手だって!」

 

 海未達より一足早くこの動画を見ていた穂乃果が、えっへんと胸を張る。

 

「確かにそうですね。僅か3分足らずとは言え、ずっと踊りっぱなしなのに笑顔を保っているのは凄い事です」

「それに、この人達の動きもキチンと揃ってたよね~」

 

 そう言うと、ことりは紅夜の方を向いた。

 

「ねぇ、もしかして長門君も踊れたりするの?」

 

 その言葉に、穂乃果と海未も彼に目を向けた。

 

「ああ。アメリカに居た時は、仲間とよくダンスやバンド演奏をやってたからな。今でもそれなりに踊れる方だと思ってる」

 

 そう答える紅夜だが、この2つはどちらかと言えばついでであり、メインは勿論ストリートレースだ。

 だが、流石にそれを知られる訳にはいかないため、一先ず音楽関連が趣味だという事を伝えた。

 

「じゃあさ、やっぱりこのダンス動画の振り付けを考えたのって………」

「俺だが?」

 

 穂乃果からの質問にあっさり答えた紅夜に、海未とことりは目を大きく見開いた。

 

「(まさかとは思っていましたが、本当だったとは……)」

 

 内心そう呟き、再びスマホの画面へと視線を落とす海未。

 動画は既に終わっているため、今は待機画面になっているのだが、軽くその画面を見ただけで、もう1度見たいという気分に駆られる。

 それは、ことりも同じだった。

 

 海未と同じようにスマホの待機画面を見ていることりの脳裏に、先程の映像が蘇ると同時に、もし踊っているのが紅夜だったら……と想像する。

 普段の物静かな態度からは考えられないが、仲間とのバンド演奏やダンスが趣味だと言っていたのだから、その時は普段見せない笑顔を浮かべて、自分のパフォーマンスを披露するだろう。

 

 そう思うと、ことりの心に、紅夜を誘ってみようという気持ちが芽生える。

 海未も同じ事を考えていたのか、ことりとアイコンタクトを交わして頷き合い、穂乃果へと視線を向けた。

 

「………ッ!」

 

 それを見た穂乃果も頷き、スマホをしまって授業の準備を始めている紅夜に向き直った。

 

「ねぇ、長門君!」

「……?何だよ、未だ何か………え?」

 

 ゆっくり顔を向ける紅夜の手を取り、穂乃果は自分の願いを口にした。

 

「私達の、マネージャーになってほしいの!」

「……………」

 

 その瞬間、紅夜の表情が固まった。

 

「俺が……お前等のマネージャーに?」

「うん!だって長門君、あんな凄い振り付け考えられるんでしょ?それに長門君自身も踊れて、しかもバンドやってたなら演奏も歌も得意って事になるから、もう無敵じゃん!」

 

 興奮した様子で言う穂乃果。

 

 確かに彼女の言う通り、紅夜はMAD RUNのメンバーとバンド演奏やダンスをしていたため、振り付けのみならず、彼自身も踊れる上に演奏や歌も得意だ。それに加え、日本に帰った際には幼馴染み達とやる事もあった。

 だが、それらはあくまでも、自分と親しく、尚且つ信頼している人間とやる事が前提だ。

 穂乃果達を嫌っている訳ではないが、だからと言って彼女等と組もうという気にはならなかったのだ。

 

「……悪いな」

「えっ?」

 

 小さく謝罪の言葉を口にする紅夜に、穂乃果が聞き返す。

 

「俺、そういうのを一緒にやる相手は決めているんだよ」

 

 そう言うと、彼は席を立つ。

 

「お前等もスクールアイドルをやるなら、俺みたいなのじゃなくて、もっと仲が良くて信頼出来る奴を誘った方が良いぞ」

 

 そんな台詞を残して、紅夜は教室から出ていった。

 

「あっ、待って……!」

 

 穂乃果が引き留めようと手を伸ばすものの、足早に去っていったためにそれは叶わなかった。

 

「……何だったのでしょう?」

「さあ……?」

 

 その背中を呆然と見送っていた海未とことりは、そんな彼の様子に疑問を隠せずにいた。

 確かに信頼関係は大切だが、何故そんな事を態々口にするのかが分からなかった。

 

「……………」

 

 だが穂乃果は、去り際に紅夜が苦しそうな表情を浮かべているのに気づいていた。

 

「(何か、あったのかな……?)」

 

 心の内で、そんな疑問を呟く穂乃果。

 結局紅夜は、最初の予鈴が鳴る8時25分まで教室に帰ってくる事は無かった。



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第13話~太陽少女達の名前決め~

今回の話では、紅夜は名前だけしか出ません。


 昼前の中休み、穂乃果達は中庭に来ていた。

 

「やっぱり長門君、受けてくれなかったね」

「ええ。少なくとも、生徒会長のようにスクールアイドルそのものを否定している訳ではなさそうですが………」

 

 ベンチに腰掛け、そんなやり取りを交わすことりと海未。

 

 今朝は勧誘に失敗した彼女等だったが、その後も休み時間になると、然り気無く紅夜にスクールアイドルの話題を振ってみたのだ。

 その結果、紅夜は話には応じるものの、いざ穂乃果達がマネージャーに誘うと、最後まで言い終えるのも聞かずに拒否の言葉を口にしていた。

 

「断る際には、決まって『親しい仲間としかやらない』とか信用がどうとか言っていましたが、あれは一体、どういう意味だったのでしょう………?」

 

 顎に手を当てるという何とも古典的な思考ポーズを取り、紅夜が放った言葉の意味を考える海未。

 自分達と紅夜は、未だ出会って1週間も経っていない。そのため、親しさだの信頼だの言われたところで、どうしようもないのだ。

 

「……ねぇ、穂乃果ちゃんはどう思うの?」

 

 ことりは、先程から俯いたまま一言も喋らない穂乃果へと話題を振る。

 

「ん~?ふぁ~に?」

 

 そう言って顔を上げた穂乃果は、キョトンとした表情を浮かべてパンを頬張っていた。普段騒がしい彼女がいつになく静かだったのは、これが原因だったらしい。

 

「はぁ……またパンですか?」

「だって私の家、和菓子屋だからね。パンが珍しいの知ってるでしょ?」

 

 呆れ顔で言う海未に、穂乃果がしれっと言い返す。

 

「それは知っていますが、昼休みでもないのに間食ばかりしていたら、太りますよ?」

「そうだよねぇ~」

 

 全く反省した素振りも無いまま、再びパンを頬張る穂乃果。

 これは何度も言い聞かせているのだが、一向に改善される気配は無い。

 

「やれやれ、貴女という人は……」

「あはは……まあ、コレが穂乃果ちゃんだからね~」

 

 最早何を言っても無駄だと思ったのか、注意するのを止めてしまった海未に、ことりが苦笑混じりにそう言った。

 

「あっ、皆そんな所に居たんだ!」

 

 そんな3人の元に、これまた3人の女子生徒が駆け寄ってきた。

 彼女等は穂乃果達のクラスメイトで、各々の名はヒデコ、ミカ、そしてフミコだ。

 

「いやぁ~。掲示板見たよ、お三方」

「「……掲示板?」」

 

 ヒデコが放った掲示板という単語に、海未とことりが聞き返す。

 

「スクールアイドル、始めたんでしょ?」

「まさか、海未ちゃんまでやるとは思わなかったなぁ~。幾ら3人が幼馴染みとは言え」

「まあ取り敢えず、何か手伝える事があったら言ってね!」

「「……………」」

 

 そう口々に言うヒデコ達だが、海未とことりは訳が分からず、ただ困惑した様子で顔を見合わせるばかりだ。

 自分達がスクールアイドルを始めた事を知っている生徒は、未だほんの一握りしか居らず、クラスメイトの中でその事を知っているのは、記憶が正しければ紅夜だけの筈だ。

 

「あ、あれっ?掲示板にあのチラシ貼ったのって、穂乃果達だよね?」

 

 そんな海未達の反応を不思議に思ったのか、ヒデコが首を傾げる。

 

「い、いや。それはですね……」

 

 そう言いかけた海未は、ちょうどパンを食べ終えた穂乃果の顔を無理矢理自分の方へ向けた。

 

「穂乃果………貴女まさか、掲示板に何か貼ったのですか?」

「うん、ライブの告知!」

 

 ずいっと顔を近づけて問い詰める海未に、満面の笑みで答える穂乃果。

 すると、海未は徐に立ち上がって穂乃果を立たせ、ことりも伴って掲示板を確認しに走った。そして掲示板の前に着くと、そこに貼られてある1枚のチラシを見て凍りついた。

 穂乃果が言ったように、新入生歓迎会の日の放課後にライブを行う事が書かれていたのだ。

 

「な、何をやっているんですか!貴女という人はァーーッ!!」

 

 周りなど知った事かと言わんばかりに、声を張り上げる海未。その声は、校舎全体を揺るがす程大きかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く………前々から思っていましたが、穂乃果は見通しが甘過ぎます!未だライブの事なんて何1つ決まっていないのに、広告を貼るなんて!」

 

 教室への道中、海未が再び小言を述べる。

 

「え~?でも、ことりちゃんは良いって言ってたよ?」

「そういう問題じゃありません!」

 

 言い訳無用とばかりに、穂乃果の言い分を一蹴する海未。これについては言うまでもなく、彼女の方が正しかった。

 

 現時点で彼女等がやった事と言えば、精々講堂の使用許可を貰った事だけ。つまり、ライブで使う曲や振り付け、衣装は勿論出来ておらず、そもそも練習すらしていない。

 そんな状態でライブの告知を出して全校生徒に知らせては、失敗した時に取り返しがつかなくなるのだ。

 ライブの告知を出しておきながら、『何も決めていなかったので間に合いませんでした』と言われて納得する者など、誰も居ないだろう。

 

「兎に角、穂乃果はもう少し先の事を考えた上で行動してください。ことりも、せめて私にも声を掛けるくらいは………ん?」

 

 この現状の原因の1人であることりにも注意をしようとする海未だったが、当の本人は真剣な表情を浮かべ、スケッチブックに何かを書き込んでいた。

 

「ことり?何を書いているのですか?」

 

 おずおずと声を掛ける海未だが、ことりからは何の反応も無い。

 

「……よし、こんな感じかな」

 

 そうして暫く沈黙していたことりだが、作業を終えたのか満足そうに頷くと、穂乃果達に見せた。

 

「ねぇ、見て!ライブの衣装考えてみたの!」

 

 そう言ってバッと裏返されたスケッチブックのページには、彼女が考えた衣装に身を包んだ穂乃果達3人が描かれていた。

 

「おぉ、可愛い!凄く可愛いよことりちゃん!」

「えへへぇ~」

 

 それを見た穂乃果は目を輝かせて絶賛し、ことりは照れ臭そうに頬を掻いた。

 

「このカーブしてる部分がちょっと難しそうだけど、頑張って作ってみるね!」

 

 胸の前で拳を握り、可愛らしく気合いを入れることり。

 

「…………」

 

 穂乃果とことりが盛り上がっている傍らでは、海未が神妙な面持ちでその絵を見ていた。

 

「ねぇ、海未ちゃんはどう思う?」

「えっ?あ、その………」

「可愛いよねッ!ねぇ海未ちゃん!」

 

 笑顔で訊ねてくる2人に気圧されながら、海未は絵のとある部分を指差した。

 

「こ、この辺の、スーッと伸びているものは何ですか?」

 

 彼女が指差したのは、3人が穿いているスカートの下から靴に向かって伸びている部分だ。

 

「何って、足よ?」

「……それはつまり、素足にこの短いスカート、という事でしょうか?」

「そうだよ?だってアイドルだもん!」

 

 笑顔を崩さないまま、ことりは答えた。

 彼女の言う通り、スクールアイドルでもプロのアイドルでも、スカートを着用する時は大抵丈の短いものを使用しており、それがアイドルのイメージだと言われている。

 勿論、ズボンや丈の長いスカートを着用する事もあるだろうが、やはりこのように短いスカートを見る事の方が多いのだ。

 

「…………」

 

 ことりの絵を凝視していた海未は、この衣装を着てステージに立っている自分の姿を思い浮かべたのか、ほんのりと頬を染める。そして自分の足へと視線を落とし、恥ずかしそうに擦り合わせた。

 

「大丈夫だよ!海未ちゃん、そんなに足太くないし!」

「人の事言えるのですか?普段から間食ばかりしている貴女が!」

 

 何とも微妙なフォローを入れる穂乃果だが、海未に指摘されると確認するかのように自分の体を触っていく。

 

「……よし、ダイエットだ!」

「2人共、大丈夫だと思うんだけどなぁ~」

 

 ことりが苦笑混じりにそう言った。

 実際、彼女等3人はダイエットが必要な程太っている訳ではなく、寧ろスタイルは良い。

 そのため、ダイエットと言うよりはアイドル活動が出来るだけの体作りと言った方が適切だろう。

 何せアイドルは、数分間歌いながら笑顔で踊るのだから、当然それについていけるだけの体力が必要となってくるのだ。

 

 現に、紅夜達MAD RUNや瑠璃達BLITZ BULLETの面々も、先ずは体作りから始めるなど、遊びでやっているにしては本格的なやり方で練習を重ね、今に至る。

 彼等のダンスや演奏は基本的に動きが激しく、アクロバティックな動きも多いため、遊びでも十分に体作りをしておく事が必要だったのだ。

 

「はぁ~あ、他にも決めなきゃいけない事がいっぱいあるよね」

 

 体を軽く伸ばしながら、穂乃果がそう言った。

 

「そうですね………因みに聞きますが、穂乃果は何から決めていくべきだと思いますか?」

 

 そう訊ねる海未の目は、何処と無く穂乃果を疑っているようだった。

 穂乃果なりに考えているのかと思う一方で、もしかしたらどうでも良い事を考えているのではないかという予想もあったのだ。

 

「何って、そりゃあサインでしょ?町を歩く時の変装や振る舞いでしょ?それから……」

「はぁ………まあ、どうせそんなものだろうと思ってましたよ」

 

 そして予想通りの答えが返された事で、海未は盛大に溜め息をつきながら右手で顔を覆う。

 

「……ところで、皆」

 

 そこで、ことりが口を開いた。

 

「穂乃果ちゃんが言ってた事は取り敢えず置いといて、先ずは名前だけでも決めちゃわない?」

「名前って……何の?」

「何って、グループの名前だよ?」

「「………あっ」」

 

 小さく声を漏らし、互いに顔を見合わせる2人。

 穂乃果は勿論だが、海未も盲点だったと言わんばかりの表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~ん……」

「中々、良い名前浮かばないね」

 

 あれから時間は流れ、今は放課後。図書室へ移動した穂乃果達はグループの名前の案を出し合っていた。

 

「何か、私達に特徴があれば良いんだけど……」

「3人共、性格も全員バラバラですからね……」

 

 そう言って深く溜め息をつく穂乃果と海未。

 

「じゃあさ、単純に私達3人の名前を使って"ほのかうみことり"なんてどう?」

「そのまんまじゃないですか。少なくとも、スクールアイドルの名前として使えるようなものではありませんよ?」

「何か、芸人さんみたいだね……」

「だったら、海未ちゃんが海でことりちゃんが空、私が陸で"陸・海・空"なんてどうかな!?」

「自衛隊じゃないんですから……」

 

 案を考えるものの立て続けに否定されてしまい、穂乃果は机に突っ伏す。

 

「やっぱり難しいね。グループ名考えるのって」

「ええ。私達のネーミングセンスもあるかもしれませんが、まさかこうも時間が掛かるとは………」

 

 そんな穂乃果に苦笑を浮かべながらことりが言うと、海未は相槌を打った。それと同時に、自分達がスクールアイドルを始めるにあたって、本当に何の準備もしていなかったという事を実感させられ、表情を曇らせる。

 

「(長門君なら、何か良いアイデア浮かんだりしないかな?)」

 

 机に突っ伏す穂乃果を見ながら、ことりが内心呟いた。

 

 アメリカの仲間達と共に、バンド演奏やダンスをしていた紅夜。

 もしかしたら、そのグループに名前を付けている可能性もあるため、それを参考に出来るのではないかとことりは考えていた。

 

 実際、彼が率いるチームにはMAD RUNという名前があるのだが、それにはちゃんと意味が込められており、『ストリートレースで狂ったように爆走する走り屋』というのがこのチーム名の意味である。  

 

「……あっ、そうだ!」

 

 そこで、不意に穂乃果が顔を上げた。

 徐に立ち上がり、ペンを持って図書室を飛び出していく。

 

「ほ、穂乃果?何処へ行くのですか?」

 

 そんな彼女の行動に戸惑いながら、海未とことりも後を追って図書室を出る。

 2人が穂乃果に追い付いたのは、ライブの告知が貼られた掲示板の前だった。

 

「えっと、この辺をこうして………良し、コレでOK!」

 

 チラシ何かを書き付け、その下に穴が開いた箱を置く。

 海未達がチラシに目を向けると、そこには『グループ名募集!』と書かれていた。

 下に置かれた箱は、投票箱なのだろう。

 

「丸投げですか……」

「だってアイデア浮かびそうにないし、それにこうすれば、もっと興味持ってもらえるかなって思って!」

 

 呆れたように言う海未に、穂乃果はそう返した。

 彼女の言う通り、あのまま図書室で唸り続けたところで大したアイデアは出てこなかっただろうし、グループ名を募集すれば、生徒達の興味を引けるかもしれない。

 そして何より、こうする事によって歌やダンスを練習する時間が確保出来る。そう考えれば、グループ名を募集するという穂乃果の案は無意味ではなかった。

 

「さて、これでグループ名は一先ず良しとして、次は歌と躍りの練習だー!」

 

 腕を振り上げて気合いの入った声を上げる穂乃果に、海未とことりは頷く。

 こうして彼女等の行動は、次の段階へと移るのだった。



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第14話~アウトローの1人演奏会~

「まさか、こうもあっさり貸してくれるとは思わなかったな………ただ軽く弾いて遊ぶだけだってのに」

 

 穂乃果達がライブの準備のために動いている頃、紅夜は音楽室に居た。

 

 先日の一件で、一般生徒でも授業以外で音楽室を使えるのかという疑問を抱いた彼は、試しに職員室に赴いて訊ねたのだ。

 流石にそんな都合の良い事は起こらないだろうと思いながら訊ねた結果、申請すれば借りる事が出来ると返され、そのままあれよあれよという間に鍵を借り、気がつけばこうして、音楽室に足を踏み入れていたのだ。

 

「そういや講堂も、生徒会に申請すれば一般生徒でも自由に使えるって、生徒手帳に書いてたっけ………」

 

 そう呟きながら、鞄から取り出した生徒手帳のページを捲っていく紅夜。

 そして目当てのページに辿り着くと、やはり一般生徒でも、生徒会に申請すれば講堂を使えるという事が書かれていた。

 

 音楽室や講堂といった一部の特別な教室や施設は、基本的に授業や部活、その他のイベントを除けば一般生徒は使えないというイメージを持っていたのだが、この学校はそうではないらしい。

 

 予想よりも施設の使用に関する規則が緩い事に拍子抜けしながら、紅夜は昨日と同じように音楽室の中を探検する。

 室内をゆっくりと歩き回りながら、ピアノや並べられた机に触れてみたり、後ろの壁やホワイトボードの近くに貼られている、時代ごとの作曲家と有名な曲を纏めた表やコンサートのチラシ等を眺めたりして、思い思いに過ごす紅夜。

 一時的とは言え、このだだっ広い音楽室を独り占めにしているというのは、何と無く気分が良かった。

 

「……ん?」

 

 一通り探検を終えて机に腰掛けた紅夜は、窓側に何かが置かれている事に気づいた。

 白いシーツを被せられたそれは、机にしては横幅が広く、そして不自然に盛り上がっている。

 

「何だあれ?昨日来た時は、あんなの置いてなかったと思うが……」

 

 紅夜はその物体に近づき、シーツを剥ぎ取る。すると、2段の鍵盤や幾つものスイッチ、そしてピアノより遥かに多いペダルを持つ黒い楽器が姿を現した。

 

「おっ、エレクトーンか」

 

 現れた楽器の名を呟き、まじまじと眺める紅夜。

 

 エレクトーンは、彼がベンチュラ・ベイに居る時、仲間達とのバンド演奏で使っていた楽器の1つだ。

 これ1つに他の様々な楽器の音色が詰まっており、それによる表現力の幅広さは、他の追随を許さないと言っても過言ではない。

 ピアノ程ではないが、それでも楽器としては大型で重く、それ故に運搬はかなり大変なのだが、最近では軽量・小型化に加え、分解する事によって持ち運びが容易になったものも登場している。

 

「…………」

 

 暫くエレクトーンを眺めていると、弾いてみたいという気持ちが紅夜の心の中で湧き上がる。

 ストリートレーサーである一方、バンドやダンスといった音楽にも触れてきたのだから、こうなるのは無理もない。

 それに、せっかく音楽室を借りられた上に慣れ親しんだ楽器もあるのだから、何か1曲くらい弾いておかないと勿体無いだろう。

 

「よし、そうと決まれば」

 

 紅夜は近くにあった机の上にシーツを置くと、音楽室の外や近くの空き教室に誰も居ない事を確認する。

 そしてドアや窓を閉め、スイッチを入れて準備を整えると、椅子に腰を下ろし、指を鍵盤に添えた。

 

「曲は……まあ、あれで良いか。そんなに長くないし、ガッツリ弾く訳でもねぇからな」

 

 自分の記憶の中から手頃な曲を1つ選んだ紅夜は、軽く深呼吸して気持ちを落ち着かせると、鍵盤を押し込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、中央階段には音楽室に向かう1人の女子生徒が居た。

 

「予想外だわ。ちょっと遅くなったとは言え、既に誰かが鍵を借りていったなんて」

 

 そう呟きながら、彼女──西木野真姫は階段を上っていく。

 

 彼女は今日も音楽室を使おうと、職員室へ鍵を借りに向かったのだが、その道中で忘れ物に気づいたため、一旦教室へ戻って忘れ物を回収し、改めて職員室へやって来たのだ。しかし、いざ鍵を借りようとすると、既に他の生徒が鍵を借りて上がっていった事を知らされたのである。

 1人で過ごしたかった彼女は今日は諦めようとしたのだが、鍵を貸したという教師から興味深い話を聞かされたため、今はこうして音楽室を目指していた。

 興味深い話というのは、その生徒が鍵を借りに来た理由だ。どうやら、昨日自分がピアノを弾いているのを聞き、一般の生徒でも音楽室を使えるのかと訊ねてきたらしいのだ。

 つまり、今音楽室に居るのは、自分が音楽室で弾き語りしていたのを知っている人物、つまり、あの2人という事になる。

 

「…………」

 

 そこで真姫は、昨日の放課後に会った2人をもう1度思い浮かべた。

 先ずは、いきなり乗り込んできた上に自分をアイドルに勧誘してきた、サイドテールの茶髪を持つ2年の女子生徒。そして彼女と一緒に居た、ポニーテールの白髪に黒い眼帯という印象的な姿をした青年だ。

 特に興味が無かったので名前は覚えていないが、取り敢えず試験生としてやって来た人物という事だけは覚えている。

 

 果たして音楽室に居るのは、あの女子生徒なのか、それとも青年の方なのか……そう考えている内に、真姫は音楽室があるフロアに辿り着いた。

 そして角を曲がり、音楽室の表札が見えてきたところで、彼女は足を止める。

 音楽室の方から、楽器の音色が聞こえてきたのだ。それも1つではなく、複数の。

 

「……?」

 

 一体誰がバンド演奏なんかやっているのかと疑問に思いながら、足音を立てないように音楽室へと近づいていく真姫。ドアの窓から中を覗くと、その正体が判明した。

 

 ポニーテールの白髪を持つ人物が、窓側に置かれたエレクトーンを弾きながら歌っている。

 その声から昨日会った青年だと直ぐに悟った真姫は、荷物を下ろして壁に背を預け、彼の演奏に耳を傾けた。

 

「へぇ、中々上手いわね………曲も歌も」

 

 彼の演奏に、真姫は素直なコメントをつけた。

 

 幼い頃から英才教育を受けてきた彼女は、特に音楽に秀でており、それ故に一般家庭出身の者との間に大きな差があった。

 勿論、自分のように特別な教育を受けているかどうかは人によって異なるし、特技も人各々であるため、自分が英才教育を受けており、音楽に長けているからと言ってそうでない連中を見下すような事はしなかった。

 だが1つだけ、どうしても我慢出来ない事があった。それは、彼女を取り巻く異性との関係だ。

 

 少なくとも彼女が知る男子は、芸術性の欠片も無い連中ばかりだった。

 中学生の頃、彼女の数少ない楽しみである音楽の授業中、音楽が好きではないからというくだらない理由で、真面目に聞かずにふざけては教師に注意されている子供のような男子をどれだけ目障りに感じていたかは、今でも忘れていない。

 そんなに音楽の授業が嫌いなら、自分達のように真面目に授業を受けようとしている連中の邪魔だから教室から出ていけと心の中で呟いたのも、1回や2回どころではなかった。それだけではなく、思春期という異性への興味が出る時期に入っているためか、彼等の会話に卑猥な話題が上がったり、中には軽く見ただけで妙な勘違いをする輩も少なからず居た。

 そのため真姫には、身内を除いた男性にはあまり良い感情が無かったのだ。

 

 しかし、今音楽室で1人演奏会を開いている白髪の青年からは、当時の男子に抱いた嫌悪感は湧かず、寧ろ親近感のようなものを感じていた。

 人間とは意外なところで敏感になるもので、こうして暫く視線を浴びていると、何と無くそれを感じ取って視線の主を探してしまうものなのだが、この青年は演奏中、1度も周りを気にするような素振りを見せなかった。つまり、それだけ自分の演奏に、そして音楽に夢中になっていたという事なのだから、同じ音楽好きとして、これは見逃せない。 

 以前の集会で試験生の件を知らされた際には大して興味も湧かず、昨日会った際にも深く関わる事は無いだろうと思っていたために無視していたあの青年が、自分の興味対象に登録された瞬間だった。

 それと同時に、もっと彼の演奏を聞きたいという気持ちが心の中に生まれる。

 

「……あっ」

 

 そうしている内に、どうやら彼の1人演奏会は終わったらしい。鍵盤から手を離して立ち上がり、大きく体を伸ばしている。

 

「ふぅ………この曲は久し振りに弾いたし楽譜も無いが、体ってのは案外覚えてるモンだな」

 

 軽く肩を回しながら呟く青年を、真姫はドアの窓から見つめる。

 彼の体は此方を向いているが、どうやら自分が外から覗いている事には気づいていないようだ。

 

「………」

 

 ここで真姫は、初めてその青年の全体を視界に収めた。

 

 顔立ちは整っているが、男性らしく力強さを感じさせるようなものではない。背が高く、すらりとした体型と相まって、寧ろ女性のようにも見える。言ってみれば、中性的な顔立ちだ。

 男性でありながら髪を伸ばしている事が気になるが、それ以上に目を引くものがある。それが何なのかは言うまでもなく、彼の左目を覆い隠す黒い眼帯だ。

 医者の家系に生まれた身の性と言うべきか、あの眼帯に隠された左目には興味が出てしまうのだ。

 何か秘密があるのか、それとも単なるファッションなのか、と。

 

「(……って、何変な事考えてるのよ私は!?今は相手の体の事なんて関係無いじゃない!)」

 

 思考がそこまで至ったところで、真姫は頭を振った。

 

 あの青年に興味を持った理由は、あくまでも彼が演奏する姿に親近感を抱いたからであって、あの印象的な姿ではないのだと、心の中で自分に言い聞かせる。

 

 そうして心を落ち着かせると、真姫は再び青年へと目を向ける。

 先程は余計な事を考えて混乱してしまったが、彼への興味と共に心の中に湧いた、もっと演奏を聞きたいという気持ちは消えていなかったのだ。

 

「(さて、次はどんな曲を弾いてくれのかしら……?)」

 

 普段の彼女らしくもなくワクワクしながら、行動を見守る真姫。

 だが、あれから暫く経っても、青年が演奏を再開する気配は感じられなかった。

 彼は満足そうな表情を浮かべており、近くの机に腰掛けている。 

 

「(えっ、もう終わりなの?)」

 

 これには、流石の真姫も驚きを隠せなかった。まさか、たった1回弾いただけで終わるとは思っていなかったのだ。

 

「(何よ、面白くないわね。もっとやれば良いのに)」

 

 彼女の表情が、驚きから不満へと変わった。

 

 せっかく自分より先に音楽室の使用権を手に入れ、このだだっ広い部屋を独り占めしているのだから、もっと演奏を聞かせろと内心で催促する真姫。

 だが、そんな彼女の訴えも空しく、結局この青年は、それっきりエレクトーンに向かう事は無く、ピアノにも向かわなかった。

 ただ音楽室を歩き回っては、作曲家や有名な曲を纏めた表やコンサートのチラシを眺めたり、窓を開けて外を見たりしている。

 

「……どうやら今日の演奏は、コレで終わりみたいね」

 

 もう彼が弾く事は無いだろうと悟った真姫は落胆したように溜め息をつくと、荷物を持って静かにその場を去り、家路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの演奏、凄かったね2人共!」

「うん!」

「ええ。私達も、踊りながらあれくらい歌えるようにならなければなりませんね」

 

 その頃、屋上では穂乃果達が、先程聞こえてきた演奏についての感想を言い合っていた。

 

 彼女等が屋上に居る理由は、スクールアイドル活動をするにあたっての練習場所を探していた際、運動場や体育館はおろか空き教室も使えず、職員室で練習場所に使える所が無いか訊ねた結果、屋上しかないと言われたからである。

 因みに、その事を伝えた教員は何をするつもりなのかと聞いたのだが、穂乃果がスクールアイドルを始めた事を伝えると、何が可笑しいのか鼻で笑い、3人が赤面したのはここだけの話だ。

 

「それにしても、あんなに音楽が得意なら一緒にやってくれたら良いのにね、長門君」

 

 後頭部で両手を組んで空を仰ぎながら、穂乃果がそう言った。

 あの時、音色に混じって聞こえてきた歌声から、音楽室で演奏しているのは紅夜だと悟った穂乃果は、あれだけの腕を持つ彼が自分達のグループに居ない事を残念に思っていた。

 

 スクールアイドルは女子生徒がやるものだと世間では言われているため、男性である紅夜はマネージャーのポジションになり、表舞台に出る事は無いだろう。しかし、だからと言って蔑ろにするつもりは毛頭無い。何故ならば、一口にメンバーと言っても、ただ舞台で踊るだけではなく、傍で支えてくれる人材も立派なメンバーだからだ。

 たとえ、裏方であるが故に世間から見向きされなくても、自分達はきちんとメンバーの1人として向き合い、接していくつもりなのだ。

 

「「……………」」

 

 海未とことりも、口にはしないが穂乃果の言う事に同感だった。

 彼女等も、手伝ってくれる人材を蔑ろにするつもりは無い。たとえマネージャーでも、立派なメンバーとして付き合っていくつもりだ。

 だからこそ、断る時に紅夜が決まって口にしていた、親しさや信頼といった単語が頭から離れなかった。

 まるで、『お前等を信用していない』と言われているように感じたからだ。

 

「(それに長門さんは、私達以外のクラスメイトとも、一定の距離を置こうとしているようにも見えますし……)」

 

 教室での紅夜は殆んど他人と話さず、自分の席で静かに過ごしている。一応話し掛けられたら答えるのだが、逆に彼自らクラスメイトに話し掛けている姿は滅多に見ない。 

 稀に何か話し掛けていると思えば、ただ移動教室の場所といった学内に関する事を確認していただけで、世間話を持ち掛けているところは見た事が無かった。

 

 これだけなら、単に大人しい性格なだけだと納得出来たのだが、紅夜がアメリカで仲間達とバンド演奏やダンスをしていたという事実や、見せてもらった彼の友人達のダンス映像、そして先程の演奏から考えると、少なくとも彼が大人しい性格の持ち主だとは思えない。

 そうなると、紅夜が普段取っている態度は自分達だけに向けられる表の顔で、本来は陽気な性格なのではないか。そして、自分達の勧誘を断る際に決まって口にしていた親しさや信頼といった単語には、何か特別や意味があるのではないかと海未は考えた。

 

 すると、先程までずっと黙っていたことりが不安そうな表情を浮かべて口を開いた。

 

「ことり達、もしかして嫌われてるのかな……?」

 

 彼女がこう思うのは無理もないが、話し掛けられた際にはっきり受け答えしているのを見る限り、そうとは思わなかった。

 

「それは──」

「違うよ、きっと、私達の事を嫌ってる訳じゃない」

 

 ことりの意見を否定しようとする海未だったが、意外にも穂乃果が割り込んできた。

 

「穂乃果ね、今朝断られた時に、長門君の顔を見たの」

「顔、ですか……?」

 

 目を丸くして聞き返す海未に、穂乃果は頷いた。

 

「今朝、教室から出ていく時、辛そうな顔してたの。それに信頼がどうとか言ってる時も、暗くなってて………」

 

 穂乃果の話を聞きながら、2人はあの時の紅夜の顔を思い出していた。

 自分達が勧誘するたびに、親しさだの信頼だの、出会って1週間も経っていない状態で言っても意味が無い単語を持ち出して断っていた紅夜。

 そんな彼からは絶えず哀愁が漂っており、休み時間が終わって席に戻ると深く溜め息をつき、穂乃果が言っていたように辛そうにしていたのを彼女等は見逃さなかった。

 あの態度からは、少なくとも自分達への嫌悪は感じられず、もっと別のところに理由があるように思われていた。

 

「だから、私達を嫌ってるんじゃなくて、他に何か理由があるんじゃないかな?皆でバンドとかダンスをやるのが好きな筈なのに、それを決まった人としかやらないって言う、理由が」

 

 そう言う穂乃果の表情は、普段の彼女からは想像もつかないような真剣なものになっていた。

 

「兎に角明日も、長門君に突撃だよ!だって、可能性感じたんだもん!長門君が入ってくれれば、きっと楽しくなる!凄いところを目指せるって、そう思ったの!2人もそうでしょ?」

「「……………」」

 

 海未とことりは、互いに顔を見合わせた。

 

 彼女等も、今朝見たアレクサンドラ達のダンス動画や、先程の紅夜の1人演奏から何も感じなかった訳ではない。

 素人とは言え、自分達を感動させるようなパフォーマンスが出来るのだから、彼が仲間に加われば、きっと高みに上り詰める事が出来ると、そう思っていた。

 

「……穂乃果の言う通りですね」

「うん!」

 

 そして2人も同意した事もあり、穂乃果達による紅夜マネージャー化計画が発足したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、歓迎会の日にやる曲とか決めないと……」

「「ハッ!?」」




今回は、ちょっと盛り込みすぎたかな……?


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第15話~アウトローのアキバ観光と人助け~

どうも、ご無沙汰しております。弐式水戦です。

さて、今回は1年生の2人が登場します。
これで残すは、後1人です。


 音楽室での一時を楽しんだ紅夜は、戸締まりを済ませて職員室に鍵を返し、靴を履き変えて駐車場へと向かっていた。

 

「ん~……それにしても、放課後の音楽室で1人演奏会ってのも中々良いモンだな。また行ってみるか。気晴らしにもなるし」

 

 体を大きく伸ばし、満足そうな表情を浮かべてそう呟く彼は、自分の演奏が穂乃果達3人組や真姫に聞かれていたとは夢にも思っておらず、次は何時行こうかと呑気に考えながら歩みを進める。

 

 一般生徒でも申請すれば音楽室を使えるという事を知れたのは、放課後の暇潰しに困っていた紅夜にとっては大きな収穫だった。

 

「とは言え、昨日の1年みたいに先客が居るかもしれねぇから、後1つか2つくらいは、何か暇潰しになるものを見つけておかないとな」

 

 そう呟く紅夜が思い浮かべたのは、昨日の放課後、音楽室で弾き語りをしていた1年の女子生徒だ。

 今後、彼女や他の生徒が使っているところに出会す可能性も全く無いとは言えないため、音楽室が使えなかった時に備え、他にも暇潰しに使えそうなスポットを見つけておく必要があったのだ。

 更に、そこには『1人で過ごせる事』というオプションも付けられているのだから、この条件を満たすものは限られてくるだろう。

 

「(まあ最悪の場合、車の中で待つってのも1つの案だが)」

 

 そう考えている間に、紅夜は愛車であるR34の元へ到着する。

 ロックを解除して乗り込み、エンジンに火を入れると、ギアを入れてゆっくりと車を発進させる。

 

「……良し、誰も居ねぇな」

 

 正面玄関の前に出たところで、紅夜は自分以外に下校中の生徒が居ない事を確認する。そして、学校に来てから今まで左目を封印していた黒い眼帯を外してドアのポケットに入れると、左目をゆっくりと開く。

 それによって、サファイアのように青い瞳が顔を出し、紅夜の視界が一気に広がった。

 

「ふぅ………やっと両目で見れるようになったぜ」

 

 邪魔者が居ない事で心置き無く左目を開けられる解放感を味わいながら、紅夜はそう呟いた。

 周囲に誰も居ない今、この左右色違いの目を他人に見られないように気を配る必要は無い。後は学校の敷地内を出て、我が家へ向けて車を走らせるだけで良いのだ。途中で信号に引っ掛かって止まったりもするだろうが、流石に窓から覗き込んで目の色を見ようとするような物好きは居ないだろう。

 そして家に駆け込んでしまえば、もう此方のものである。

 

「よぉ~し、もうすぐだ。この校門を出れば………!」

 

 校門が近づいてくるにつれて、段々とテンションが上がっていく紅夜。

 

 校門から車の前半分が出て、いざ車道へ乗り出そうとした時、左方向からやって来る1台のスポーツカーに気づいた。

 全体をダークシルバー1色に染められた流線型のボディを持つその車は、車道へ出ようとしている紅夜のR34に気づいたのか、停止線の手前で止まった。

 

「Toyota Supra SZ-Rか……」

 

 その車の名を呟いた紅夜は、ふとリアフェンダーに視線を向ける。そこには、水色でBLITZ BULLETと書かれたデカールが貼られてフロントバンパーやウィング等、あちこちにカスタマイズが施されていた。

 このような改造が施されたSupraは、紅夜の知る限りでは1台しかない。

 

「成る程、ありゃ大河の車で間違いねぇな」

 

 そう呟いた紅夜は、今度は運転席に視線を移す。

 Supraの運転席側の窓は何時の間にか開いており、やや長めの黒髪に龍のような鋭い目を持った青年が、此方を見て手を振っていた。紅夜の幼馴染みの1人にして、瑠璃率いる走り屋チームBLITZ BULLETのメンバー、篝火 大河だ。

 

「(やっぱり)」

 

 内心そう呟きながら、手を振り返す紅夜。すると大河はSupraの心臓である2JZエンジンを軽く吹かし、前方を指差す。

 その仕草は、彼に『遊びに付き合え』と語っていた。

 

「……………」

 

 大河の意図を察した紅夜はスマホを取り出し、時計を確認する。

 

 時刻は午後5時前と、遊びに出掛けるにしては遅すぎる時間帯だ。だが、ベンチュラ・ベイに居た頃は深夜にストリートレースに繰り出し、明け方に帰ってくる事が多かった紅夜にとっては大して気にするような時間ではない。

 日本に居る今は流石にその頃のような時間帯に帰る訳にはいかないが、夕飯の時刻に帰れば問題無いだろうし、それより遅くなるなら、近くの飲食店で済ませて直ぐに帰れば良いだけの話だ。

 

「……まあ、良いか」

 

 1人頷いた紅夜は深雪に電話を掛け、帰りが遅くなる事を伝える。そして窓を開けると右手を出し、親指を立ててみせた。

 

「よっしゃ!それじゃ早速行くぞ!」

 

 大河の喜ぶ声が、紅夜の耳に飛び込んでくる。

 不良のような見た目とは裏腹に陽気な性格をしている幼馴染みに微笑を浮かべながら、紅夜は先に走り出したSupraの後にR34をつけ、大河の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホラ、紅夜。此方だ此方!」

「はいはい、そんな急かすなよ」

 

 校門前を出発した紅夜達がやって来たのは、秋葉原だった。

 近くのコインパーキングに愛車を止めた2人は、平日の夕方であるにもかかわらず賑やかな道を練り歩く。

 日本の観光スポットの1つなだけあって外国人観光客の姿も多く見られ、英語等の様々な言語が飛び交っていた。

 

「しっかしまあ、こうなると予想はしてたが……見られてるなぁ。俺等」

 

 ふと、大河がそう呟いた。紅夜が周りを見ると、他の通行人が此方をチラチラ見ているのが分かる。そして、その原因は間違いなく、2人の容姿だ。

 

 大河の容姿は整っているのだが、耳や首を覆う程に長い黒髪に加えて龍のように鋭い目を持ち、服装も黒一色に白い字で"OUTLAW"と書かれたTシャツに、銀色のアクセサリーを幾つも付けたジーンズというものであるため、見る者によっては不良だと思われるだろう。現に中学・高校時代は不良に絡まれる事が多く、それが彼の悩みだった。

 別に本人は不良になったつもりなど微塵も無く、性格は本来の紅夜や達哉と同じく陽気で、この服装も単なる好みだったのだが、他人にはどうしても、そのように映ってしまうようだ。

 そして次に、紅夜の容姿だ。彼の場合は言うまでもなく、ポニーテールに纏められた真っ白な髪に白い肌、真っ赤な瞳。そして極めつけには、左目を覆い隠す黒い眼帯だ。

 背はすらりと高く、アレクサンドラの店の手伝いで力仕事をしていた事や、仲間達とのバンド演奏やダンスのための体作りをしていた事で体も引き締まっており、顔つきは中性的で整っている。しかし、色素を失った白髪や肌、そして真っ赤な瞳が何処と無く不気味さを感じさせる上に、黒い眼帯や無表情である事が威圧感を与えるため、全てを台無しにしていた。

 

「まあ仕方ねぇだろ。俺等の容姿が容姿だからな」

 

 過去に受けたいじめの主な原因だったオッドアイさえ見られなければどうでも良い紅夜はそう返し、周囲を見回した。

 

「それにしても、秋葉原か………此所に来るのは数日ぶりだな」

 

 そう呟く紅夜が頭に思い浮かべたのは、音乃木坂学園に編入する前日。自主勉を終え、暇潰しにドライブに出掛けた際に此所を訪れた時の事だ。

 

 建ち並ぶ幾つものアニメショップや電器店に加え、アメリカでは先ず見る事が無かった、メイド喫茶やコスプレ喫茶という特殊な喫茶店。他にも、それらの呼び込みと思しき様々な衣装に身を包んだ少女達や、通行人の多さ。そして、時折見かける痛車に圧倒されたのは記憶に新しい。

 アメリカでも、ベンチュラ・ベイやフォーチュンバレーの走り屋達が各々の車をデカールで飾っており、それは紅夜や彼が率いるMAD RUNの面子も例外ではない。何なら瑠璃達の車にも多かれ少なかれデカールが貼られているくらいだ。しかし、アニメのキャラクターという、自分達のものとは全く違ったジャンルのデカールがあちこちに貼られた車を見るというのは、紅夜にとっては正に未知との遭遇だった。

 

「(あんなのでベンチュラ・ベイやフォーチュンバレーを走れば、間違いなく目立つだろうな……別の意味で)」

 

 紅夜は苦笑を浮かべながら、内心そう呟いた。

 決して痛車を馬鹿にしている訳ではないし、ベンチュラ・ベイやフォーチュンバレーにも派手なデカールを貼っている走り屋は大勢居るが、彼等のそれとは違ったジャンルであるため、少なくとも奇異の目で見られるのは確実だろう。

 

「(………まあそういう点だけ見れば、俺も人の事は言えないんだが)」

 

 他の走り屋達と同様、エアロパーツやデカールによるカスタマイズが施されている上に、アップグレードによって1000馬力前後というモンスターマシンとなった改造車を乗り回していた紅夜は、今回日本で過ごす際に、その内の1台、R34を持ってきていた。

 先日のドライブでも、幼馴染み達と共に町に繰り出した時も、人々からの視線を集めていたのはよく覚えている。そして彼は、そんな車に乗って登下校しているのだ。

 タイミングを調整しているために現時点では大して目立ってはおらず、彼の車の事を知っているのも、生徒の中では穂乃果達3人組と絵里の4人だけなのだが、もし生徒が多い時間帯に学校に出入りしようものなら、多くの生徒達から視線を集める事になる上に、学校中の噂になるのは言うまでもないだろう。

 

「おい紅夜。さっきからずっと黙ってるが、どうしたんだ?」

 

 大河が話し掛けてきた事で、紅夜は考え事を止めた。

 不思議そうな表情で此方を見る幼馴染みに、紅夜は『大した事じゃない』と返す。

 そのまま特に宛も無く歩き回っていた彼等は、気づけばとある歩道橋の階段を上っていた。

 

「あっ、そう言えば此所って、UTX学園の前だったな」

「……UTX学園?」

「そうだ。あれ見てみろ」

 

 そう言って、目の前に聳え立つ建物の入り口付近に付けられた看板を指差す大河。

 その看板には、確かにUTXと書かれていた。

 

「数年前に出来たばかりの高校で、芸能関係と繋がりが深いとか留学プログラムが充実してるとかで人気なんだとさ。それに……」

 

 そこで一旦言葉を区切った大河は、次にスクリーンを指差した。

 それには、スクールアイドルと思しき3人の少女達が踊っている映像が流れている。

 

「A-RISEとかいうスクールアイドルが登場してからは、更に人気に拍車が掛かってるんだよ。何でも、スクールアイドルを全国的に有名にした立役者で、今や日本中のスクールアイドルの頂点に立つ連中なんだとか」

「へぇ、そりゃまた凄い事で」

 

 そんなやり取りを交わしながら暫く映像を眺めていた2人だが、此所を訪れた時間が時間であるために何時までもそうしている訳にはいかず、キリの良いところで引き上げる事にした。

 

「あ~あ、今日は何か不完全燃焼だな。ただ歩き回るだけで終わっちまったし。俺オススメの店を紹介したかったのにさ」

「仕方ねぇよ。そもそもアキバに来た時点で5時過ぎてたんだからな。ゆっくり店を見る時間もそんなに無かったろ」

 

 各々の愛車を止めたコインパーキングまでの道中、未だ遊び足りないのか残念そうに言う大河に、紅夜はそう返した。

 今回はただ秋葉原を歩き回るだけだった2人だが、大河としては、自分が気に入っている店を紅夜に紹介したかったようだ。

 

「なあ、今度の休みにまた来ようぜ。今日のリベンジするからさ」

「はいはい、空いてたらな」

 

 そんなやり取りを交わしている内にコインパーキングに辿り着いた2人は、料金を払って車を出し、大河のSupraを先頭に賑やかな道をゆっくり進んでいく。

 そして大通りから人気の無い道にやって来たところで、突然前を行くSupraのハザードランプが光り、路肩に寄って動きを止める。

 

「……何だ?」

 

 紅夜も続けて止めると、スマホを取り出して大河に繋げた。

 

「おい大河、いきなり止めてどうしたんだ?」

『前見てみろ、そうすりゃ分かる』

 

 そう言われた紅夜は窓を開けて顔を出し、前方へ目を向ける。

 彼の視線の先には、電柱を背に追い詰められているかのように立っている女子高生らしき2人の少女と、そんな彼女等をニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら取り囲む、不良のような風貌をした5人組の男グループが居た。

 ラブコメアニメでよくあるナンパ現場である。

 

「あ~、成る程。理解した」

『どうする?見る限り、あの2人に助けを呼ぶような余裕は無さそうだし、そもそも此所、人気全く無いし』

「…………」

 

 その問いを受けた紅夜はドアのポケットにスマホを置き、手を顎に当てた。

 

 未だ人間不信は完治していないが、だからと言って誰彼構わず見捨てようと考える程酷くはない。

 実際、ベンチュラ・ベイに居た頃は、脱輪や燃料切れ、エンジントラブル等で困っていた他のストリートレーサーを助ける事が何度かあった。

 それに加えて仲間達と共にフォーチュンバレーへ遠征に繰り出した際には、とある理由から裏組織の組員に追い詰められ、強姦されそうになっていた女性を救ったりもしている。

 

「(それに、このまま見捨てて行くってのも、何と無く後味悪いしな………仕方ねぇ)」

 

 答えを出した紅夜は、再びスマホを手に取った。

 

「大河、悪いがちょっと待っててくれ。あのチンピラ共を追っ払ってくる」

『ククッ………あいよ、それでこそ我等がリーダーだ。派手にぶちかましてやれ!』

 

 そんなエールと共に通話が切れると、紅夜は愛車を男達に近づけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからさぁ、ちょっと俺等とお茶するだけだって言ってんじゃ~ん」

「そうそう、行こうよ。どうせこんな時間だし、親御さんには適当に『晩飯食ってくる』とか言って誤魔化しとけば解決だろ?」

「だから、(りん)達は行かないって言ってるにゃ!さっさとどっか行ってよ!!」

 

 人気の無い閑静な道に、オレンジ色の髪をショートヘアにした少女、星空 凛(ほしぞら りん)の怒りに満ちた声が響く。

 後ろに隠れている親友、小泉 花陽(こいずみ はなよ)と共に、スクールアイドルA-RISEのライブを見に行った帰りに、しつこいナンパ男達に絡まれてしまったのだから、気分は最悪だ。

 

「まあまあ、そんな怒らなくても良いじゃん。ね?」

「……ッ!気安く触らないでよ!」

 

 そう言って、男が伸ばしてきた手を乱暴に振り払う凛。

 だが、今回はそれが仇となった。

 

「痛ッ!?」

 

 振り払った拍子に、男の手を引っ掻いてしまったのだ。

 

「おいおい、何すんだよ?コレはマジで付き合ってもらわねぇとな」

「さっさと連れていこうぜ。数的に俺等が圧倒的に有利なんだからさ」

「慰謝料として、たっぷり俺等にご奉仕してもらおうぜぇ」

「り、凛ちゃん……」

 

 下卑た笑みを浮かべてくる男達に怯え、凛の腕を強く掴む花陽。

 

「(どうしよう………何か、良い方法を考えないと……!)」

 

 凛は必死にこの状況を打破する方法を考えるが、こんな人気の無い道で叫んだところで人は来ないし、携帯で警察を呼ぼうにも、押さえられてしまえばそこで終わりだ。かといって花陽の手を引いて逃げようにも、相手は自分達より体格で勝っており、しかも人数は倍以上だ。どう見ても勝ち目は無い。

 正に万事休す。そう思い、心の中で親友に謝った、その時だった。

 

「……ん?」

 

 男の1人が足元に違和感を覚え、後ろを振り向く。

 

「何だ……車?こんなのさっきまで停まってたっけ?」

 

 彼の目の前にあるのは、トランク部分が黒く染まった青い車。

 大きなリアウイングを付けており、どう考えてもそこらを走っている一般車とは違う。

 

「つーか何だよコイツ?ピッタリ寄せてきやがって………当たったらどうしてくれんだっつーの」

 

 そう言って、軽くR34のボディを小突く男。だが次の瞬間、男はそのツケを払わされる事になる。

 

「まあ良いや。ホラ、さっさとソイツ等連れていこ……って、あっちぃぃぃいいっ!?」

 

 その車のエンジンが唸りを上げ、男の足に排気ガスを吹き付けていたマフラーが、爆音と共に火を吹いたのだ。

 ゴオゴオと火を吹くその姿は、さながら小型の火炎放射器。そして、その炎に運悪く素肌の部分を焼き炙られ、男は悲鳴を上げながらそこら中を跳ね回る。

 

「……えっ?」

 

 いきなりの事に困惑した凛は、取り敢えず花陽の方へと視線を向ける。

 彼女も凛と同じ心境だったらしく、間の抜けた表情で凛を見ていた。

 

「ちょっ、ヒデちゃん!?て、テメェ、このクソドライバー!いきなり何しやがる!?」

 

 それを見たもう1人の男が、口汚く言いながらドライバーに詰め寄ろうとするのだが、そうはさせないと言わんばかりに、その車が次の動きを見せた。

 主に直線コースでの速さを競うドラッグレースでよく行われる、タイヤを空転させる行為、すなわちバーンアウトを始めたのだ。

 後輪が勢い良く空転する事で甲高いスキール音が辺りに響き、後輪から立ち上る凄まじい白煙が男達に襲い掛かる。

 

「ちょっ、何だよコレェ!?」

「ゲホッ!何つー臭いだ!」

「うぇぇ!煙が口に………ゴホッゴホッ!」

「目が!目がぁぁ!?」

 

 巻き上げられる白煙に苦しむ男達。しかもマフラーは絶えず火を吹いているため、のたうち回ってマフラーの真後ろに来れば最後、足を炎で焼かれる。

 

「えっと、どうしよう凛ちゃん……」

「と、取り敢えず離れるにゃ!凛達まで煙でやられちゃう!」

 

 凛は戸惑う花陽の手を引き、道の反対側へ走って避難する。

 

「ゲッホゲホッ!も、もうこんな所に居られるか!帰るぞ!」

 

 いきなり現れた車に足を焼き炙られた挙げ句に煙で目や鼻や口をいじめ抜かれて冷静さを失ったのか、先程ヒデちゃんと呼ばれていた男が一目散に逃げ出す。

 

「ああっ!?ヒデちゃん1人だけズルいぞ、待てよ!」

 

 それにつられて、男グループは1人、また1人と逃げ出していく。

 だが、彼等の不運はこれだけでは終わらない。

 

「ちょっ、おい嘘だろ!?あの車追ってきやがったぞ!」

 

 何と、車が180度ターンして向きを変え、彼等を追い始めたのだ。

 暗闇で光るヘッドライトやエンジンのエキゾーストノートが、彼等の恐怖心を煽る。

 

「クソッ、何なんだよ一体!?」

「ちょっとナンパしただけで、なんであんなのに追い回されなきゃならねぇんだよ!?」

「ごちゃごちゃ言うな!取り敢えず今は逃げるんだよッ!!」

「「…………」」

 

 先程まで自分達を相手に強気だった男達がたった1台の車にしてやられ、最後には悲鳴を上げながら逃げていくという何とも間抜けなオチに、凛と花陽は言葉が出なかった。

 一応、男達の拘束から解放されたいという彼女等の願いは叶ったのだが、それが予想外の形で叶ったため、これは助かったと言って良いのだろうかと疑問に思っていたのだ。

 

「いやぁ~、アッハハハッ!流石はアメリカのアウトローだ。こんなやり方でチンピラ共を追っ払うとはな!」

 

 2人がこの状況に困惑していると、電柱から数メートル後ろに止まっていたスポーツカーのドアが開き、先程の男達とは違った雰囲気を纏った青年が姿を現す。

 その反応から、この男は一部始終を見ていたと、凛は即座に悟った。

 そして再び花陽の前に立ち、新たに現れた青年を警戒する。

 だが彼は凛達には目もくれず、先程まで男達が立っていた場所へとやって来る。

 

「あ~らら、紅夜の奴思いっきりタイヤ痕刻み付けちまってまぁ……つーかバーンアウトした後の匂い酷すぎだろ。ウェッ」

「…………」

 

 道路につけられたタイヤ痕を見ながら、何やらブツブツと呟いている青年。

 鼻を摘まんで手をヒラヒラさせる姿を見ていると、凛は警戒しているのが馬鹿らしく思えてしまう。

 そして一通り呟くと、彼は漸く彼女等の方へと視線を向けた。

 

「あっ、そういやそこのお二方、怪我は無いか?」

「えっ?……あっ、はい。大丈夫です」

 

 今思い出したとでも言うような口調で安否を訊ねてくる青年に、凛は戸惑いながらも返事を返した。

 

「そっか………んじゃ、そっちの眼鏡ちゃんは?怪我とかしてないか?」

「ひゃいっ!だ、大丈夫です!」

「あ、噛んだ」

 

 青年にツッコミを入れられ、顔が赤くなる花陽。それを微笑ましそうに眺める彼に、凛はおずおずと訊ねた。

 

「あ、あの………さっきの青い車は、何だったんですか……?」

「ああ、それ俺の仲間。お前さん等が絡まれてるのを伝えたら、『あのチンピラ共を追っ払ってくる』って出てきたんだよ。で、俺はその様子をのんびり眺めてたって訳さ。仮にあれが通じなくても、あの程度の連中なら彼奴1人で十分ぶちのめせるだろうし」

 

 そう言ってケラケラ笑う青年に、凛も花陽も呆気に取られていた。

 自分達が女で、彼等に体格で負けていたからそう思うのかもしれないが、たった1人で5人を相手取るなど正気の沙汰ではない。だが目の前の青年は、当たり前のようにそう言っている。

 一体、あの車に乗っていたのはどんな人間なのかと思っていると、1台の車が曲がり角から姿を現した。男達を追い払った、あの青い車だ。

 此方に近づいてくるその青い車は、青年が乗っていた黒い車の後ろで停車し、エンジンの鼓動を止めた。

 

「おっと、漸く戻ってきたか………紹介しよう、コイツがお前さん等を助けた、アメリカ最強のアウトローだ!」

 

 得意気に言う青年の後ろで車のドアが開き、ドライバーが降りてくる。

 

「おい大河。俺の方指差して何か言ってたみたいだが、ソイツ等に変な紹介してねぇだろうな?」

 

 ドアの向こうから、呆れたような声が聞こえてくる。そしてドライバーの全貌が明らかになった時、凛と花陽は驚愕に目を見開いた。

 

 車から降りてきたのは、すらりと高い身長にポニーテールの白髪を持ち、中性的な顔立ちに、赤い瞳と黒い眼帯という変わった姿をした青年だ。

 だが、それよりも注目すべきところがある。それは言うまでもなく、彼の服装だ。

 彼が着ているのは、どう見ても制服。それも、今2人が着ているものと同じだった。

 

「こ、この人………凛達と同じ制服着てるにゃ!」

 

 白髪の青年が着ている服を指差して、凛が声を上げる。

 花陽も驚きながら、自分達と青年の服を見比べている。

 

「いや、『にゃ』って………猫じゃあるまいし」

「紅夜、それについては触れないでおいてやろうぜ。それがこの娘のキャラなんだろうよ」

 

 驚く2人の前で、青年達はそんなやり取りを交わすのだった。




如何でしょうか?

ナンパされているところに主人公が助けに入るのはよくある事ですが、大抵はヒロイン達の知り合いのふりをするか喧嘩のどちらかになるし、せっかく車に乗ってる上にアウトローって言うくらいだから少しはそれっぽい事させてみようと思い、今回のような展開になりました。

まあ、実際にあんな事すれば騒音や器物損壊等で問題になるのは確実でしょうけどね。(Wikipediaによると、過去に路面にタイヤ痕つけて器物損壊罪で摘発された例があるようです)
しかも車で人追い回してますからね……調べたところ、中学生を車で追い回す動画を投稿した男が居たとか何とか………


あらすじにもありますが、本作は現実世界での違法行為を推奨するものではありません。絶対に真似しないでください。


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第16話~アウトローとりんぱな~

「えっと………助けてくれて、本当にありがとうございました!」

「あ、ありがとうございました!」

 

 あれから数分後、一先ず凛と花陽を落ち着かせて近くのコンビニに場所を移した紅夜と大河は、2人から感謝の言葉を受け取っていた。

 とは言え、実際に介入したのは紅夜で大河は特に何もしていないため、礼を言われているのは実質紅夜1人だけなのだが。

 

「……………」

 

 深々と頭を下げる2人に、紅夜はどうしたものかとばかりに頬を掻いた。

 

 アメリカに渡る前はいじめを受けて過ごしており、他人に悪意を向けられる事はあっても感謝された事は殆んど無かった紅夜。渡米してからも暫くは引き籠っており、他人と触れ合う事は無かった。

 つまり彼は、数年間他人に感謝される事を知らずに過ごしてきたのだ。

 

 人に感謝されて悪い気はしないし、少なくとも彼女等が真剣に感謝を伝えようとしている事は分かる。だが、相手は何度も関わってきたストリートレーサーではなく、一般の女学生だ。自分達とは住む世界が明らかに違う。

 ベンチュラ・ベイにて初めてストリートレーサーを助けた時や、フォーチュンバレーで裏組織の組員に強姦されそうになっていた女性を救った時もそうだが、他の人間と比べて感謝される経験が圧倒的に少ない中で慣れない相手から感謝されるのは、何と無く面映ゆかったのだ。

 

「おい、紅夜」

 

 そんな紅夜の脇腹を、大河が肘で小突く。

 

「こうして礼を言ってるんだから、何か答えてやれよ」

「あ、ああ……分かってる」

 

 そうは言うものの、何処ぞのラブコメアニメの主人公のように気の利いた台詞を言って慰めてやれる程、紅夜は器用ではない。ましてや微笑みかけたり頭を撫でて安心させてやるなど論外だ。

 人間不信が完治していない紅夜にとって、これは色々な意味で難易度ハードのミッションだった。

 

「あ、あの……」

 

 紅夜がどのように言ってやれば良いのか悩んでいると、凛が恐る恐る話し掛けてきた。

 

「そ、それで凛達は……何をすれば、良いでしょうか………?」

「「………?」」

 

 そんな問いを投げ掛けられた紅夜と大河は、揃って首を傾げた。

 礼を言われた次の言葉が『何をすれば良いのか』という質問なのだから、2人が戸惑うのは当然の事だった。

 

「……質問に質問を返すようで悪いが、『何をすれば良い』とは?」

「だ、だから、その……助けてもらった訳だから……何か、お礼しないといけないんじゃないんですか……?」

 

 凛は途切れ途切れにそう言った。

 自分達を助けてくれた事には感謝しているが、そもそも赤の他人である自分達を助ける理由は、彼には無い。

 そのため、見返り目的で自分達を助けたのではないかと、彼女は思ったのだ。

 

「…………」

 

 花陽も凛と同じ気持ちなのか、若干の怯えを見せながらも、覚悟を決めたような表情で紅夜を見る。

 

「いや、別に要らん」

 

 だが紅夜は、凛からの質問をその一言で一蹴した。

 

「「……え?」」

 

 そう言われた凛と花陽は、間の抜けた表情で聞き返した。まさか何の見返りも要らないと言われるとは思わなかったようだ。

 

「……最初に言っておくが、俺は別に見返り目当てでお前等を助けた訳じゃない。だから礼をしなきゃいけないとかは考えなくて良い」

「じゃ、じゃあ……どうして、助けてくれたんですか……?」

 

 そこで、花陽がおずおずと疑問を口にする。

 本当に見返り目的で助けた訳ではないと言うのなら、何故見ず知らずの自分達を助けたのかと疑問に思うのは当然の事だった。

 

「……別に、ただ目障りなチンピラ共を退かしたかっただけだ。それ以外に理由は無い」

 

 視線を逸らしながら言う紅夜だが、そこで大河が割り込んだ。

 

「とか何とか言って、実際は見捨てられなかったんだろ?お前って何だかんだで優しいからな。その辺、ガキの頃と変わってねぇよな!」

「五月蝿ぇぞ大河、余計な事言うな」

 

 からかうように言う大河の足に軽く蹴りを入れた紅夜は、小さく溜め息をついて2人に向き直った。

 

「まあ兎に角だ。俺は礼など要らんし、変に気を遣う必要も無い。チンピラ共は消えて、お前等も無事だった。それで、この話は終わりだ」

 

 あまり長引かせると面倒な上に、また大河にからかう隙を与えてしまうと思った紅夜は、そう言って話を締め括った。

 

「「……………」」

 

 凛と花陽は暫くポカンとした表情で紅夜を見た後、互いに顔を見合わせる。そして、どちらからともなくクスッと笑みを溢した。

 

「……?な、何だよ。何が可笑しい?」

「ご、ごめんなさい……でも、何か……くふふっ、可笑しくて……!」

 

 両手で口許を覆った花陽が、必死に笑いを堪えながら言う。

 それは凛も同じだった。

 

 車から降りてきたのを見た時は、その見た目や表情から威圧感を感じて尻込みしたが、花陽が自分達を助けた理由を聞いた時や大河にからかわれた時の反応から、彼は自分が思っているような人間ではないと気づき、警戒していたのが馬鹿らしく思えたのだ。

 

「はぁ………まあ良い。変に長引いたら後が面倒だ」

 

 溜め息をつき、半ば投げやりにそう言った紅夜は、車の鍵を取り出して愛車に向け、ロック解除のボタンを押す。

 

「もう話は終わったんだ、さっさと帰るぞ大河」

「おう………って、ちょっと待て。この2人はどうするんだ?」

 

 歩き出した紅夜に続こうとした大河だが、凛達をどうするのかと訊ねる。

 

「どうするって?」

「いや、このまま2人を置き去りにするのか?一応あのチンピラ共は追っ払ったけど、もうこんな時間だし、何より親御さんとか絶対心配してるだろ」

 

 大河は左の袖を捲ると、現れた腕時計を紅夜に見せつけた。

 時計の針は7時前を指しており、空も暗くなっている。流石にこの時間になれば、部活をしている生徒でも大体は家に帰っているだろう。帰宅部の生徒なら尚更だ。

 それに、先程2人に絡んでいた男達は紅夜が追い払ったものの、それで万事解決という訳ではない。この暗くて人気の無い道を、か弱い少女2人だけで歩かせるのが危険である事は変わらないのだ。

 そして、『親御さん』という単語で我に返った2人は、携帯を取り出して画面に映し出されたものに唖然としていた。

 その様子を見る限り、親からの着信が何件も入っていたのだろう。

 

「………つまりお前は、この2人を家に送ってやれって言いてぇんだな?」

 

 その問いに、コクりと頷く大河。

 確かに、彼の主張は間違いではない。彼女等の立場になって考えれば、あのような事があった直後なのだから、夜道を2人だけで歩く事に不安を感じるのは当然だ。

 それに2人の家族の事も考えると、早めに家に帰してやった方が良いだろう。

 そして、それを可能にする手段が、彼女等を自分達の車で送り届けてやるというものだ。

 

「(それに、大河のSupraにはスペースが無いらしいからな……仕方ねぇか)」

 

 大河は紅夜と合流する前に買い物をしており、それらは全て後部座席に積まれているため、花陽達を座らせるスペースが無い。トランクに移そうにも、そこには車にトラブルがあった時のための道具が積まれており、荷物を移すのは不可能だ。

 それは紅夜のR34にも積まれているが、それらは全てトランクに収まっており、後部座席には空きがある。

 つまり、現時点で彼女等を乗せられる車は、紅夜のR34だけという事だ。

 

 それに彼の人間不信は、完治とまでは言えないが、ある程度は改善されているため、1度送り届けてやるくらいなら問題は無いだろう。

 

「そ、そんな!流石にそこまでやってもらう訳には………!」

 

 しかし、紅夜が送迎役を引き受けようと考えたところで、花陽が割り込んできた。

 

 確かに、紅夜と大河のやり取りで多少は気が楽になったとは言え、完全に不安が消え去った訳ではない。だが、だからといって何の礼もしていないのに家に送り届けてもらうのは、やはり申し訳無いのだろう。

 隣に立つ凛も、彼女の言う通りだと言わんばかりにコクコクと頷いている。

 

「そ、それに皆さんも、早く帰らないとお家の人が心配するんじゃ………?」

「別に構わん、お前等を送り届けて直ぐに帰れば済む話だ」

「困った時は、お互い様ってヤツだ。俺等は見ての通り車で来てるし、家もそんなに離れてる訳じゃないから心配要らねぇよ。それに、このまま放置して帰って、また何処かで絡まれたら後味悪いからな」

 

 気を遣う花陽に、2人はそう返した。

 

 先程は早々に秋葉観光から引き上げた2人だが、彼女等を助けて此所に連れてきた時点で帰りが予定より遅くなるのは決定したようなものである上に、そもそも遊びに行くために帰りが遅くなるのは各々連絡済みであるため、特に気にしていないのだ。

 

「ホラ、さっさと行くぞ。親御さんも心配してるだろうからな」

 

 紅夜はそう言って、大河を連れて歩き出す。暫く呆然としていた花陽と凛も慌てて後に続き、いそいそとR34の後部座席に乗り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「………えっと、そこの角を右に曲がって、暫く真っ直ぐです」

「ああ、分かった」

 

 公園を出発した紅夜は、花陽のナビを受けながら彼女等の家へと車を走らせていた。

 前方に目を向けてナビを続ける花陽の隣では、凛が車内を見回している。どうやらスポーツカーに乗るのは初めてらしい。

 そんな彼女が前に身を乗り出すと、あるものに目をつけた。

 

「あれ?この車、酸素ボンベなんて積んでるにゃ」

 

 そう言う彼女が指差したのは、助手席の下にある青いボンベだ。

 

「ん?………ああ、それは酸素ボンベじゃなくてNOSだ」

「「え、NOS?」」

 

 聞いた事の無い単語に、思わず花陽も聞き返した。

 

 NOS──ナイトラス・オキサイド・システム(Nitrous Oxide Systems)という正式名称を持つそれは、ボンベに入ったナイトラス・オキサイド、つまり亜酸化窒素をエンジン内部に噴射するシステムである。

 このシステムを使用すると、エンジン内部に吹き付けられた亜酸化窒素から熱で酸素が遊離し、それがガソリンの燃焼率を大幅に上げる事により、車は一時的に爆発的なパワーを得られるのだ。

 有名な車の映画やレースゲームでよく使われているのがこのシステムだが、実際に自分の車に取り付けて使う者も存在する。

 

 現に紅夜を始め、ベンチュラ・ベイやフォーチュンバレー等で活動しているストリートレーサー達の中でもこのシステムを採用している者は多く、中にはこのシステムを使った時に時速400㎞近いスピードを叩き出した者も居る。

 かくいう紅夜も、とあるレースでこのシステムを使った際には時速370㎞以上というとんでもない速度を叩き出していた。

 

 だが、こんなものをストリートレースの世界とは無縁な彼女等に教えたところで分かる筈が無い。

 そのため、紅夜はあまり長ったらしく話さず簡単に伝える事にした。

 

「まあ簡単に言うと、NOSってのは車を一時的にパワーアップさせるためのシステムで、そのボンベには、パワーアップさせるのに必要な気体が入ってるんだ」

 

 そう言い終えると、再び運転に集中する紅夜。だが、それは突然流れ始めた曲によって遮られた。

 

「あっ、すみません!」

 

 どうやら花陽のスマホから流れていたらしく、彼女はいそいそと取り出す。

 電話に出た彼女の口振りから、掛けてきたのは親のようだ。

 

「それにしても、随分テンション高い曲だな………アイドルか何かの曲か?」

「そうです。かよちんはアイドルが大好きなんだにゃー」

 

 凛が笑いながら言った。

 相変わらずの猫口調に違和感を覚える紅夜だったが、何とか気にしないようにする。

 

「うん、大丈夫だよお母さん。今家に向かってるから………うん、うん。じゃあまた」

 

 そうして通話を終えた花陽は、スマホをしまう。

 

「お母さんから、『ちゃんと帰れそうなのか』って……」

「結構遅くなっちまったからな、なるべく急ぐよ………それで、何処で曲がれば良い?もうすぐか?」

 

 そう言った紅夜は、再び指示を仰ぐ。

 そして花陽から指示が入るとそのように車を走らせ、彼女等の家へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「この度は娘達が、本当にお世話になりました!」

 

 紅夜が花陽の家に着くと、彼女の母親が出迎えた。

 母親は車から降りてきた娘の姿を見るなり飛び出して力一杯抱き締め、続いて降りてきた凛の事も、娘と同じように抱き締めた。

 そして一頻り再会の喜びを噛み締めた後、こうして紅夜に深々と頭を下げて感謝を伝えていた。

 

「いえ、別に……」

 

 そして、相変わらず友人や身内といった親しい者以外の人間からの感謝を素直に受け止められない紅夜は、指で頬を掻き、目線を逸らしながら言う。

 その際、彼のR34の後ろに止まっているSupraからニヤニヤと此方を見ている大河が目に留まるが、一先ず無視した。

 

 それから花陽の母親が言うには、凛の母親も此方に向かってきており、到着次第彼女を引き渡すようだ。

 つまり紅夜の役目は、これにて終了という訳だ。

 

「そうですか………では、俺はこの辺で失礼します」

 

 そう言って踵を返した紅夜は、さっさと車に乗り込んでエンジンに火を入れる。

 役目を終えたなら、もう此所に留まる必要は無い。後は家に帰って明日に備えるだけだ。

 

「ほ、本当にありがとうございました、長門先輩!」

「先輩、本当にありがとうにゃ!」

 

 もう帰ってしまう事を悟った2人は、再び深々と頭を下げて感謝を伝える。

 紅夜は軽くクラクションを2、3回鳴らして返事を返し、大河を連れて家路につく。

 

 その後、世田谷にある自宅前で大河と別れ、家族への説明もそこそこに夕食を摂り、自室に戻って明日に備えるのだった。



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第17話~アウトローと太陽少女達の様子~

 翌日の早朝、空が明るくなり始める頃。神田明神の前には体操着に身を包んだ海未とことりの姿があった。

 

「それで、穂乃果は未だ来ないのですか?約束の時間まで、後少しだというのに……」

 

 スマホで今の時刻を確認した海未が、苛立ち混じりに言った。

 その隣では、ことりが『まあまあ』と苦笑を浮かべながら宥めようとしているのだが、海未は『1秒たりとも無駄には出来ません』と言って聞かない。

 

「ライブまで1ヶ月も無いのに、私達はダンスの練習はおろか、基礎となる体力作りすら出来ていないんですよ?穂乃果もその辺りをもう少し自覚するべきです」

 

 そう言葉を続ける海未に、ことりはただ苦笑を浮かべた。

 

 このやり取りから分かるように、彼女等が早朝からこの神社に集まっているのは、新入生歓迎会の日に行うライブに向けての体力作りを行うためだ。

 

 昨日、彼女等は穂乃果の家に集まってライブに向けての話し合いを行い、衣装や作詞といった役割を決めたのだが、そこで彼女等3人は、ある事を再確認した。それは、アイドルとしてパフォーマンスを披露する際、非常に体力を消耗するという事だ。

 1曲の長さはものによって異なるが、大体3~5分といったところだ。そしてアイドルは、その間ずっと歌いながら躍り続けなければならない。それも、()()()()()というおまけ付きだ。

 それだけ聞くと、それ程難しい事ではないと思えるかもしれない。だが実際にやってみると、たった1曲踊るだけでもかなり大変だ。

 ただでさえぶっ通しで躍り続けるだけでも体力を消耗するのに、客に疲れを見せないよう常に笑顔を崩さず、更に歌声も響かせなければならないのだから、それがどんなに過酷で大変なのかは言うまでもないだろう。

 そして今、自分達はそんな過酷な事に挑戦しようとしている。それも本番まで1ヶ月もない上に、ただ各々の役割を決めただけで肝心の曲決めや練習は手付かずという、プロのアイドルが聞けば間違いなく論外だと言われるような状態で。

 そのため、少しでも振り付けや歌の練習に充てる時間を増やすには、こうして基礎となる体力作りを早朝等の空いた時間に行う必要があるのだ。

 

「2人共おはよー!いやぁ、何とか間に合った~!」

 

 すると、穂乃果が大きく手を振りながらパタパタと駆け寄ってきた。此所まで走ってきたのか、若干息が上がっている。

 そんな彼女に、海未は容赦無く斬り込んだ。

 

「遅いですよ穂乃果!ライブまで時間が無いんですから、もう少し時間に余裕を持って行動してください」

「うぅ、そんなに怒らなくても良いじゃん。一応約束の時間には間に合ったんだから……」

 

 そう言って落ち込む穂乃果に微笑を浮かべ、ことりがよしよしと頭を撫でる。だが、何時までもこんなやり取りを続ける訳にはいかない。

 3人は階段付近に荷物を置くと、軽く準備運動を済ませて練習に入った。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

「こ、コレ……キツいよぉ………」

 

 今、穂乃果とことりは、神田明神の長く急な階段を駆け上がっている。

 これは海未が考えた練習メニューの1つで、この階段をひたすら何往復もするという、シンプルだが非常に疲れるものだ。

 

「はぁ、はぁ……な、何とか上りきったぁ………こんなの、地獄以外の何物でもないよ……」

「こ、ことり……もう足が動かないよぉ~……」

 

 この階段ダッシュも既に10往復目に突入しており、急勾配の階段を喘ぎながら上り終えた2人は、仰向けに倒れる。

 

「2人共、弱音を吐いている暇はありませんよ?この練習は毎日、朝と放課後にやるんですから」

「い、1日2回も!?」

 

 そんな自分達に更なる追い討ちを掛けてくる海未に、思わず声を上げる穂乃果。

 その表情は、こんな過酷な練習を毎日、それも1日2回もやらなければならない事への絶望の色で染まっており、ことりも彼女と似たような表情で海未を見ている。

 

「当然です。やると決めたからにはちゃんとしたライブをしなければなりませんし、そのためにはしっかり準備を整えておかなければなりません。そうしなければライブは成功しませんし、生徒を集めるなんて夢のまた夢ですよ」

 

 そんな2人を見下ろしながら、キッパリと言う海未。穂乃果やことりもそれは分かっているのか、文句を言ったりはしなかった。

 そもそもスクールアイドルを始める事もライブをする事も、元はと言えば穂乃果が言い出した事である上に、先日の話し合いで、海未が作詞を担当する条件としてライブまでの練習メニューを彼女に任せる事に同意しているのだから、それで彼女が決めた練習内容にケチを付けるのは筋違いというものである。

 

「さあ、後もう1セットですよ!」

「「お、おぉ~!」」

 

 疲れた体に鞭を打って立ち上がる穂乃果とことり。練習に戻ろうとする彼女等に来客が訪れたのは、そんな時だった。 

 

「君達」

 

 優しげな声で話し掛けてくる、巫女服に身を包んだ少女。その見覚えのある顔に、3人は目を丸くした。

 

「副会長、さん……?」

「せやで。音ノ木坂学院生徒会副会長、東條希さんや」

 

 おずおずと声を発することりに、希は態々役職付きで答える。

 すると、今度は穂乃果が口を開いた。

 

「えっと、その格好は……?」

「ああ、コレ?実はウチ、此所でお手伝いしてるんよ。神社って、色な気が集まるスピリチュアルな場所やからね。ウチにピッタリな場所なんよ」

 

 境内を軽く見回しながら答えた希は、再び穂乃果達に向き直った。

 

「こんな事態々言わんでも分かってるとは思うけど、神社には神様が祀られててな、何時も皆の事を見守ってくれてるんや。勿論、今こうして練習してる君達の事もな」

 

 そう語った希は、更に言葉を続けた。

 

「せやから君達も、こうして階段使わせてもらってるんやから、御詣りくらいしていき?」

 

 そう促された穂乃果達は、互いに顔を見合わせて頷くと、拝殿の前に並んでライブの成功を祈る。

 

「フフッ。あの3人、どうやら本気みたいやね………」

 

 その様子を見ながら、希は意味深な笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は流れ、午前7時20分。音ノ木坂学院の敷地内に1台の青いスポーツカーが入ってきた。言うまでもなく、紅夜のR34である。

 

「よぉ~し、今回は中々良い時間に着いたぞ」

 

 ディスプレイに表示されている時間を確認し、軽くガッツポーズを決める紅夜。

 今回、彼は下道を使って7時30分までに到着する事を目標としており、それがあっさり達成出来た事が嬉しいようだ。

 紅夜はエアコンに貼り付けているメモ用紙にチラリと目を向け、自分が家を出た時間を確認する。

 

「それじゃ、今後下道使う日は大体この時間に家を出るようにして……ん?」

 

 そうして前方に視線を戻すと、1台の車の後ろ姿が目に留まる。その白黒の車は、彼がベンチュラ・ベイで何度も目にしてきたものだった。

 

「ほぉ、AE86か………まさか、こんな所でお目にかかれるとはな」

 

 ベンチュラ・ベイでは度々見掛けるこの車は、日本車の中でも言わずと知れた名車の1つだ。

 多くの人間から86(ハチロク)と呼ばれているこの車は某走り屋アニメでも登場し、今でも高い人気を集めている。そんな車を日本で、それも学校で見られた事に、紅夜は軽くテンションが上がる。

 そのまま後に続くようにして駐車場にやって来ると、紅夜は何時も使っているスペースに愛車を止める。そして眼帯をつけた上で車から降りると、先に駐車を終えていたAE86のドライバーが声を掛けてきた。

 

「よぉ、長門。おはようさん」

 

 声を掛けてきたのは、紅夜のクラス担任である野上龍治だった。

 

「おはようございます」

 

 気さくに声を掛けてくる龍治に、淡々とした口調で挨拶を返す紅夜。そして直ぐに、彼が乗ってきたAE86へと目を向けた。

 

「(見たところ、ヘッドライトは固定式じゃないか………だとしたら、コイツはTruenoだな)」

 

 そもそも、AE86という車には大きく分けて2種類あり、各々Trueno、Levinという呼び名がある。全体的に似たような姿をしている2台を見分けるのに注目すべき点は、やはりヘッドライトだ。

 Levinのヘッドライトが固定式なのに対し、Truenoは折り畳み式(リトラクタブル)のヘッドライトを持つ。

 そして龍治の車は、その後者。つまり、先程紅夜が言ったようにTruenoである。

 

「……ん?」

 

 すると、龍治は紅夜の目線が自分の車へ向けられている事に気づいた。

 

「何だ長門、俺の86が気になるのか?」

「ええ、まさか学校にコレを持ってくるような人が居るとは思わなかったので………先生個人の車ですか?」

「ああ、小さい頃からコイツを乗り回すのが夢でな。思いきって買ったのさ」

 

 そう言った龍治は、『もうコイツとは長い付き合いだよ』と言葉を付け加える。

 憧れていただけあって、かなりの愛着を抱いているようだ。

 

「そうでしたか………それにしても、スポーツカーで学校に来る人間が居るとは」

「おいおい長門、お前も人の事言えないだろ。自分が何に乗ってるのか、よく見てみな」

 

 紅夜の反応に、苦笑を浮かべながらツッコミを入れる龍治。

 彼の言う通り、紅夜のR34は外装もエンジンも改造されており、1026馬力というとんでもないモンスターマシンである事に加えてNOS付きだというのだから、この学校には明らかに場違いな代物だ。その一方で龍治のAE86には特に改造はされていないため、他の教員の車の中に混ざっても特に違和感は感じられなかった。

 

「登下校に使える車が、このRしか無かったんでね…………許可は出てるし俺自身も納得してるから、コレで良いと思ってます」

 

 愛車のボンネットを軽く撫でながら、紅夜はそう返した。

 

 もう1台の愛車であるSilviaは雛から持ってくるなと言われている上に、豪希のFocusを使わせてもらう事も出来ない。そしてレンタカーやカーリースを利用する気にもならない。

 そうなると、必然的に残された選択肢はR34だけとなるのだが、彼自身はそれに納得しているため、特に問題は無かった。

 

「成る程な………まあ、お前が納得してるなら、それで良いと思うぞ」

 

 そう言った龍治は、ふと何かを思い出したような表情を浮かべた。

 

「そう言えば長門。つくづく思うんだが、お前その年でよくRなんか買えたよな」

 

 龍治の言葉に、一瞬何を言っているんだと首を傾げる紅夜だったが、直ぐにその言葉の意味を悟った。

 

「理事長から初めて聞いた時は凄く驚いたよ。前にネットで調べてみたら、中古でも普通に800万くらいはするし、ものによっちゃ2000万や3000万するのもあったからな。しかも、それアメリカから持ってきたんだろ?よくそんな余裕あったな」

「あ、あぁ。それは………」

 

 紅夜は返答に困った。『アメリカで生活している時にストリートレースで稼いだ』とか、『マフィアを潰して金を巻き上げた』と馬鹿正直に答える訳にはいかないからだ。しかし、かと言って仕事で稼いだというのも無理がある。

 そのため、何かそれらしい事を言って誤魔化す必要があった。

 

「えっと………たまたま、安くしてもらえたんですよ。知り合いのつてで」

「へぇ、ソイツは羨ましいこった」

 

 苦し紛れに少々無理のある嘘をつく紅夜だが、その言葉を真に受けたのか、龍治はそう返して歩き出した。

 紅夜も教室へ行くため、後に続く。

 

「(それにしても先生、俺がR持ってるってだけでこんなに反応するとはな………コレ、もし俺がSilviaも持ってるなんて言ったらどうなるのやら)」

 

 お忘れの方も居るかもしれないが、紅夜はR34だけでなくSilvia S15も所有している。

 車そのものの値段はR34より安いが、外装やエンジンのアップグレードに掛けた資金を合わせると、その額はとんでもない事になる。

 その事を龍治が知れば、きっと驚きのあまり引っくり返るだろう。

 だがこの程度、紅夜にとっては大した事ではなかった。

 

 実際、ベンチュラ・ベイやフォーチュンバレー等で活動しているレーサー達の中には、余程の金持ちでなければ買えないような外国のスーパーカーを乗り回す者が多数居り、それは紅夜達MAD RUNや瑠璃が率いるBLITZ BULLETのメンバーも例外ではない。

 現にアレクサンドラは、祖父からの貰い物とは言え、Porsche 911 Carrera RSR 2.8や初代Ford Mustangと言ったクラシックカーを所有している他、エメラリアもChevrolet Camaro Z28を乗り回している。それも全て改造が施されたモンスターマシンだ。

 それに加え、BLITZ BULLETの女性陣も全員高級外車を乗り回しており、中には1台だけで億単位の金が動くものもある。

 おまけにアレクサンドラのPorscheやMustangは、世界的に有名なチューナーやレーサーが乗るものと同じ仕様になっており、到底金を積んだだけで手に入るようなものではない。

 そんなマシンと常日頃からつるんで走っている紅夜は、最早若者が高級外車を乗り回す事など何とも思わなくなっていた。

 

「(それに零や達哉達も、俺と同じようにスポーツカーを乗り回してるからな。それも結構高くて維持費も掛かるヤツだし)」

 

 ここまで高級外車ばかりにスポットを当ててきたが、だからと言って他の車が安物なのかと聞かれれば、そうでもない。

 車そのものの値段は勿論だが、改造や維持費もかなりの額になるのだ。

 そう考えると、つくづくスポーツカーや高級外車を当然のように乗り回し、それを当たり前だと思っている自分達が非常識な存在である事を思い知らされる紅夜だが、そうしている内に正面玄関に着いていた。

 

「それじゃあ長門、また後でな」

 

 そうして、紅夜は一旦龍治と別れ、靴箱で靴を履き替えて職員室へ行き、鍵を受け取る。そして、さっさと階段を駆け上って教室へと向かう。

 鍵を開けて中に入ると、当然ながら誰も居ない。つまりこの教室は、今は紅夜だけの貸し切り状態である。

 

「……………」

 

 荷物を置いて自分の席に腰を下ろした紅夜は、スマホを取り出して電源を入れ、待受画面をまじまじと見る。

 画面に表示されているのは、家族や幼馴染み達と和解を果たした際、全員で撮った集合写真だ。アレクサンドラや幼馴染み達に囲まれる形で写っている彼は、幸せそうに笑ってピースサインを見せつけている。

 勿論、眼帯はつけていない。

 

「懐かしいなぁ………あの後は、皆と朝までどんちゃん騒ぎしたっけ……」

 

 そう呟きながら画面を横にスクロールすると、今度は日本へ発つ前にアメリカの仲間達と撮った集合写真が表示された。

 その写真には、MAD RUNの面子や他のベンチュラ・ベイの走り屋仲間は勿論、フォーチュンバレーに遠征した際に出会ったストリートレーサーの女性、イレーネの姿もある。

 彼女が住むフォーチュンバレーは、ベンチュラ・ベイからは勿論、紅夜が利用した空港からも離れた場所にあるのだが、彼が音ノ木坂学院の試験生をするために1年間日本へ帰る事を知らせると、車を飛ばして遥々見送りに来てくれたのである。

 

 

 それから紅夜は、待受画面やファイルに保存されている写真をひたすら眺め、過去の思い出に浸る。

 ベンチュラ・ベイやフォーチュンバレー等、アメリカで撮った写真は勿論、日本で撮った写真も多く保存されている。そしてそれらを眺めていると、当時の記憶が蘇り、仲間達の顔も思い浮かぶと共に、久々に彼等の声を聞きたいという気持ちになる。

 だが、そんな楽しい時間も長くは続かないもので、他の生徒がチラホラ教室に来るようになると、紅夜はスマホをしまった。

 

「(………今日帰ったら、彼奴等に連絡してみようかな)」

 

 窓の外へと目を向け、広がる青空に仲間達の顔を浮かべながら、紅夜はそう決めるのだった。



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第18話~アウトローは休息を楽しみ、太陽少女達は女神となる~

 あれから時間は飛んで、今は昼休み。昨日と同じように穂乃果達の勧誘から逃げた紅夜は、この試験生生活で初の購買を訪れていた。

 というのも、普段は深雪が弁当を作るのだが、今日は紅夜の家を出るタイミングが早かったために間に合わなかったのだ。

 また、紅夜自身もコンビニ等に寄らず真っ直ぐ登校したため、こうして校内で昼食を購入する必要があったのだ。

 

 因みに紅夜が家を出る際、深雪が息子の弁当を作れない事を悔やんでいたのは余談である。

 

「(それにしても、購買の飯ってのは1個1個が小せぇな………まあ、分かってた事だが)」

 

 ショーケースに並ぶ食べ物を眺めながら、紅夜は内心呟いた。

 

 ケースに並んでいる食品は、種類別に並べられた菓子パンやおにぎり、透明なパックに入った焼きそばや唐揚げといった軽食だ。

 女子生徒が食べるならこれで十分かもしれないが、男である紅夜からすれば少々物足りない。

 ならば学食に行けば良いだけの話だが、流石にあの女子だらけの空間に単身乗り込むのは勇気が要る。

 ただでさえ教室でも未だ気まずさを感じているのに、講堂程ではないにせよ広い空間に男は自分だけ、そして他が全員女子生徒となれば、気まずさで満足に食事も摂れないだろう。

 

「(やれやれ、我ながら面倒な性格になっちまったな)」

 

 そんな自分自身に呆れながらショーケースの中身をまじまじと見つめ、今日の昼食を物色する紅夜。そして、約1分間ショーケースの中身とにらめっこした末、おにぎり数個と焼きそばパックを購入した。

 そして人気の無い校舎裏へと移動すると、1つだけポツンと置かれていたベンチに腰を下ろした。

 

「ふぅ。この静かな空間、落ち着くなぁ………我ながら良い場所を見つけたモンだ。人気も無いし、放課後の暇潰しにはうってつけだ」

 

 居間で茶を飲んで和む老人のような表情でそう呟き、購入した昼食を食べ始める紅夜。

 他人が見れば独りぼっちの寂しい食事だと思うだろうが、紅夜からすれば逆に心地好かった。

 

 この女子校に通う唯一の男子生徒なのだから、他の生徒から視線を集めるのは当然の事だと理解はしている。だが、やはり赤の他人からの好奇の視線に晒されて気まずい思いをしながら食べるよりは、誰も居ない所へ移動して1人で食べる方が何倍も気が楽だった。

 そのためかどんどん手が進み、紅夜はあっという間に平らげてしまった。

 

「ごちそうさま………さて、これからどうするか」

 

 ゴミを袋に入れた紅夜は、そう言って空を仰いだ。

 今日も今日とて、天気は快晴。ポカポカと暖かく、日向ぼっこにはうってつけだ。

 

「……ん?」

 

 暫く空を見上げていた紅夜だが、突然スマホから聞こえてきた着信音で現実に引き戻される。

 ベンチュラ・ベイかフォーチュンバレーの仲間かと思ってスマホを取り出すが、掛けてきたのは彼の予想とは違った人物だった。

 

「はい」

『ヤッホー、紅夜君!私だよー!』

 

 電話越しに聞こえてくるのは、可愛らしさを感じさせる女性の声。

 紅夜の幼馴染みの1人にして、瑠璃が率いる走り屋チーム、BLITZ BULLETのメンバー、草薙雅である。

 

「おお、雅か。お前から電話してくるなんて珍しいな」

『いやぁ~、何と無く紅夜君とお話したくなってね。今何してるの?時間的に昼休みだと思うんだけど』

「ああ、1人でリラックス中だ。中々良い寛ぎスポットを見つけてな、今は俺だけの貸し切りだ」

 

 そう言って、水筒の茶を口に含む紅夜。その余裕そうな態度からは、彼が心の底からリラックスしているのが分かる。

 

『1人でリラックスねぇ………寂しくないの?』

「いや別に、寧ろ気が楽だよ。誰の目も気にしなくて済むから、此所でなら眼帯外しても良いんじゃないかと思えるくらいにな」

 

 清々したとでも言うような口調で答えると、スマホから雅の苦笑が聞こえてくる。『やっぱりね』と笑いながら呟いている事から、どうやら紅夜がそう答えるのは予想していたようだ。

 

「ところで、お前は何してるんだ?確か今日も仕事だったと思うんだが」

『うん。午前の仕事が一段落したから、今はお昼ご飯食べてるよ~』

 

 雅のそんな答えに続き、電話越しに何かの袋を開ける音が聞こえ、更にかぶりつく声が聞こえてきた。

 すると、紅夜の表情が呆れ顔になる。

 

「もしかして、お前また菓子パン食ってんのか?ホント好きだよな」

『しょうがないじゃん。だって私、甘いもの大好きなんだもん』

 

 ベンチに寝転がりながら言う紅夜に、まるで子供が言うような返事が返された。

 

「(そう言えばコイツ、学校でも菓子パンばっか食ってたって瑠璃も言ってたっけ。それで今でも変わらず食ってるとはな………何時か体重計の上で悲鳴上げてるのが目に浮かぶぜ)」

『むむっ。紅夜君、今凄く失礼な事考えなかった?』

「滅相もございません」

 

 女の勘は当たるとはよく言ったもので、怪しむような声色で訊ねてくる雅にそう言いながら、紅夜は首を横に振った。

 

 普段は明るく、子供っぽく振る舞う雅だが、体重や年齢といった女性が気にするような話題には人一倍敏感だ。ましてや、そんな彼女に向かって、冗談でも『太るぞ』等と口にしようものなら、途轍もないしっぺ返しを受ける事になるのは言うまでもない。

 実際、過去に達哉が冗談半分で雅をからかった際、彼女や瑠璃達によって袋叩きにされているのだから。

 その事が、『女子に体重の話をするべからず』という教訓として、紅夜達男性陣の頭の中に今でも残っている。

 

『ふ~ん…………まあ、別に良いけどさ』

 

 若干の疑いを残しつつも深くは聞いてこなかった雅に、紅夜は内心で安堵の溜め息をついた。

 アメリカでの生活で鍛えられており、喧嘩には慣れている紅夜でも、達哉の二の舞になるのはごめんだ。

 

 それから暫く話した紅夜は、最後にまた6人で集まる約束をした後、通話を終えて教室へと戻っていく。

 

「………………」

 

 だが、紅夜は気づかなかった。1人の女子生徒が、ある教室の窓から自分の背中をじっと見つめていた事には…………

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「逆効果、か……」

 

 時間は少し遡り、紅夜が雅と話している頃、中庭には穂乃果達3人組の姿があった。

 普段なら弁当を食べながら談笑している3人だが、今日は何やら元気が無い。

 

「そうかもなぁ………私、ちょっと簡単に考えてたのかも」

「やっと気づきましたか……」

 

 溜め息混じりに小さく呟いた穂乃果に、海未が呆れたように言葉を返す。

 

「でも私だって、別にふざけてやろうって言った訳じゃないんだよ?今日だって、海未ちゃんが考えた練習メニュー、ちゃんとこなしたんだから」

「………確かに今朝の練習では、2人共頑張っていたと思います。ですが、生徒会長が言っていた事も、また事実です。そこのところはしっかり受け止めないといけません」

「そうだよね………本番まで、もう1ヶ月もないんだし」

 

 神妙な表情を浮かべ、そんなやり取りを交わす3人。彼女等がこうなっているのは、ある休み時間に起きた出来事が原因だった。

 

 その休み時間、穂乃果達はスクールアイドルの宣伝をすると共に、真姫に作曲を依頼するために1年生の教室を訪れて宣伝を行い、その後教室に入ってきた真姫を屋上に連れ出して作曲を頼んだのだが、ロクに話も聞いてもらえず断られてしまったのだ。

 とは言え、ただ断られただけならこうして神妙な表情で話し合う必要は無かっただろう。だが、問題はこの後。

 真姫と入れ替わるようにして屋上にやって来た絵里の言葉が、彼女等がこうして話し合う事になった原因だ。

 

 

 

──今までスクールアイドルが無かったこの学校で、『やってみたけどやっぱり駄目でした』なんて事になったら、皆どう思うのかしら? 

 

──私も、この学校を無くしたくない。生徒会長として、この学校を存続させようと本気で思っているわ。だからこそ、この問題を簡単に捉えてほしくないの。スクールアイドルなんてお遊びで解決出来る程、この問題は簡単じゃないんだから。

 

 

 

 冷たい眼差しと共に放たれたその言葉は、穂乃果達3人の心に重くのし掛かっており、特に穂乃果に至っては余程ショックだったのか、その後の授業も殆んど集中出来ていなかった。

 

「ライブをやるにしても、曲くらいは早く決めておかないと。躍りの振り付けとかもあるし」

 

 ことりの言う通り、曲が決まらなければ振り付けも考えられず、体力作りだけで終わってしまう。

 今の穂乃果達は、作曲や時間という数々の問題に追い詰められていた。

 

「とは言っても、あの1年の彼女以外の作曲者を探している時間はありません。歌は他のスクールアイドルのものを歌うしかないでしょうね。最悪の場合は、振り付けも」

「……………」

 

 海未のそんな呟きに、穂乃果は何も言えなかった。

 

 一応、歌詞は海未が作ったものがある。中学時代は何度も詞を作り、今となってはそれが黒歴史となっていたために頑なに拒否する彼女を説得し、朝練習のメニュー作りを全て一任する事を条件に作成されたものだ。

 

 "START:DASH"というタイトルが付けられたそれは、スクールアイドルを始め、走り出そうとしている穂乃果達にピッタリの内容だ。

 当然、穂乃果とことりもこの歌詞を気に入り、これを自分達のファーストソングにしようと決めたのだ。

 しかし、もし海未が言ったように他のスクールアイドルの歌を使う事になれば、彼女が考えたこの歌詞は没案となってしまう。

 時間が無いのだから我が儘を言っていられないと分かってはいるのだが、心の何処かに、それを受け入れられない自分が居た。

 

 結局、穂乃果達の会話は海未の呟きを最後に途切れ、互いに無言のまま教室へと戻る。

 3人が教室に入ると、反対側のドアから紅夜が入ってくるのが見えた。

 彼は他のクラスメイト達の間をすり抜けるようにして席に戻ると、教材を広げて次の授業の予習を始める。

 

「(そう言えば、今日も長門君には断られちゃったなぁ………しかも、昼休みになったら直ぐ出ていっちゃったし)」

 

 今朝、朝練習を終えて登校し、教室で紅夜を見つけるや否や勧誘して速攻で断られ、昼休みに再び声を掛けようとして逃げられたのを思い出し、苦笑を浮かべる穂乃果。

 

「穂乃果、どうしました?そんな所で呆然として」

「………ううん、何でもないよ海未ちゃん」

 

 怪訝そうに訊ねてくる海未にそう返すと、穂乃果も自分の席について教材を広げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、トイレから戻ろうとしていた穂乃果は、掲示板の前でふと立ち止まる。そこには自分が貼ったポスターと、グループ名の募集箱が置かれていた。

 

「練習は進んでるの、穂乃果?」

 

 軽く眺めていると、背後から声が掛けられる。

 声を掛けてきたのは、ヒデコ、フミコ、ミカの3人組だった。

 

「ライブ、手伝える事があったら言ってね」

「照明とかアナウンスとか、後お客さんの整理とかで、色々と人手が必要でしょ?」

「えっ………?」

 

 次々投げ掛けられる言葉に、穂乃果は一瞬言葉が出なくなった。

 

「それって、つまり…………手伝ってくれるって事?」

「うん。て言うか、それ以外無いでしょ?」

 

 何を言っているんだとばかりに苦笑しながら、フミコが言った。

 

「穂乃果達、学校のために頑張ってるんでしょ?だから私達も、何か手伝えないかな~って」

「クラスの皆も、応援しようって言ってるよ!」

 

 ヒデコとミカも、言葉を続ける。その表情に、嘘偽りは無かった。

 

「それじゃ、頑張ってね!」

「うん、ありがとう!」

 

 去っていく頼もしい友を見送った穂乃果は、投票箱の蓋を開けて中を覗き、目を見開いた。箱の中に、小さく折り畳まれたメモ用紙が入っていたのだ。

 つまり、誰かがグループ名を考え、箱に入れたという事である。

 

「やった………!」

 

 絵里に自分達の活動を否定され、更にライブまで時間が無い事で追い詰められていた彼女だが、友の励ましと募集箱に入っていたメモ用紙により、僅かに希望が見えたように感じた。

 そして教室へ駆け戻ると、彼女の帰りを待っていた海未達にこの事を伝え、早速メモ用紙を広げる。

 

「えっと………コレ、何て読むんだろ?ユーズかな?」

 

 首を傾げ、海未達にメモ用紙を渡す穂乃果。

 

「どれどれ………ああ、それはμ's(ミューズ)ですね。確かギリシャ神話に登場する、芸術を司る女神の名前だったのではないかと」

 

 メモ用紙を受け取った海未は、そう言って穂乃果に返した。

 

「神話の女神様かぁ………うん、凄く良いと思うよ!」

 

 ことりの表情が輝く。穂乃果と海未も気に入ったのか、互いに顔を見合わせて頷いた。

 

「よぉ~し!今日から私達は、μ'sだ!」

 

 メモ用紙を掲げ、高らかに宣言する穂乃果。

 絵里には痛い正論を言われ、時間も殆んど残されていないという絶望的な状況だが、もう迷いは無かった。

 

「海未ちゃん、ことりちゃん。絶対にライブ、成功させようね!」

 

 幼馴染み達の方を向き、穂乃果は言った。

 

「私、やっぱりやるよ。そりゃ、生徒会長にはあんな事言われたし、時間も殆んど無いよ。でも、それで全部終わっちゃった訳じゃない!簡単に諦めちゃ駄目!どんなに辛くても、絶対やり遂げるの!それが私なの!!」

「「…………………」」

 

 未だ生徒が数人残っているのも構わずマシンガンの如く捲し立てる穂乃果に、思わず圧倒される海未とことり。

 だが彼女が自分で言ったように、これが高坂穂乃果という人間だ。

 どんなに苦しい状況に置かれても、決して諦めない。何度打ちのめされても、絶望的状況に突き落とされようと、しつこく這い上がってくる。

 唐突に何かを思い付いては、周りを巻き込んで騒動を引き起こし、そして最終的にはハッピーエンドにしてしまう。それが彼女なのだ。

 

「………全く、穂乃果らしいですね。昔から何も変わっていません」

「うん………でも、そんな穂乃果ちゃんだからこそ、私達はついてこられたんだよ。今までも……そして、これからも!」

 

 我に返った海未とことりも、笑みを浮かべて言った。

 彼女等の表情も何時の間にか笑顔に戻っており、昼休みに見せた暗さはすっかり消えていた。

 

「それじゃ私、もう1回作曲頼んでくるね!」

「フフッ………はいはい」

「行ってらっしゃい、穂乃果ちゃん!」

 

 2人の幼馴染みに見送られて教室を飛び出し、穂乃果は再び1年の教室へと向かうのだった。



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第19話~アウトローとピアノ少女、そして再び勧誘~

 穂乃果達がμ'sとして新たに決意を固めた頃、1年の教室では1人の女子生徒が帰り支度を整えていた。

 ショートボブの若葉色の髪に眼鏡を掛け、何処と無く庇護欲を掻き立てられる容姿を持つ彼女の名前は、小泉花陽。以前、秋葉原で不良風の男達に絡まれていたところを紅夜に助けられた1人である。

 

「ねぇ知ってる?この学校にスクールアイドルが出来たんだって!」

「知ってる知ってる。昨日屋上へ練習しに行こうとしてるの見たし!」

「まさか、うちの学校でスクールアイドル始める人が出てくるなんてね~」

 

 廊下に出ると、上級生なのであろう女子生徒達がそんなやり取りを交わしているのが聞こえてくる。皆、この学校でスクールアイドルが発足した事に驚いているようだ。

 勿論、それは花陽も例外ではない。

 まさか、この学校でスクールアイドルが発足するとは夢にも思っておらず、掲示板でライブの告知を見た時は、見間違いではないのかと何度も見直した程である。

 だが、これは夢でもなく、見間違いでもない。現実だ。

 この音ノ木坂学院でスクールアイドルが発足したという話は、本当だったのだ。

 

「……………」

 

 花陽はロッカーから荷物を取り出しながら、あの休み時間の出来事を思い浮かべた。

 

 次の授業の用意をしているところへ何の前触れも無く教室に入ってきた3人の女子生徒は、自分達はスクールアイドルだと名乗り、グループ名を募集している事やライブを予定している事を堂々と発表した。

 いきなりの出来事に他のクラスメイトが困惑する中、花陽は違った眼差しを彼女等に向けていた。

 それは、憧れや羨望を含んだ眼差しだった。 

 

 元々引っ込み思案で自分に自信が持てない彼女は、何をやるにしても『自分で大丈夫なのか』等と深く考えすぎてしまい、その結果、何も出来ずに終わらせてしまっていた。

 スクールアイドルの事もそうだ。幼い頃から彼女はアイドルに強い憧れを抱いており、今では大のスクールアイドル好きになっていた。

 自分もやってみたいという気持ちはある。アイドルが好きだという気持ちや情熱は、誰にも負けないつもりだ。しかし、始めるための第1歩がどうしても踏み出せない。

 自分の引っ込み思案な性格が、それを邪魔するのだ。

 

 そんな自分とは違い、あの3人は堂々とスクールアイドルとして活動している。

 引っ込み思案な自分では出来ない事が、彼女等には出来ている。それが羨ましくて仕方が無かった。

 

「(このままじゃ駄目なのは、分かってるんだけどな………)」

「か~よちん。そんな所に突っ立ってないで、早く帰るにゃ」 

 

 溜め息をついていたところに、親友の星空凜が声を掛けてくる。

 

「う、うん。帰ろ」

 

 親友にこんな情けない姿を見せる訳にはいかないため、花陽は無理矢理思考を切り替える。

 そして靴箱へ向かおうとすると、茶髪をサイドテールにした1人の女子生徒がやって来た。あの休み時間に教室に乗り込んできたスクールアイドルの1人、高坂穂乃果だった。

 

「あ~あ、やっぱり居ないかぁ……」

「にゃ?」 

 

 教室を覗き込んで軽く見回した彼女は、目的の人物が見つけられなかったのか小さく溜め息をつく。

 そんな彼女に、凜が相変わらずの猫口調で話し掛けた。

 

「ねぇ、あの子知らない?」

 

 凜に気づくと、唐突にそんな質問を投げ掛ける穂乃果。

 当然、そんな聞き方をしたところで普通は答えられない。せめて、名前やどんな人物なのかを言ってくれなければ、答える側は候補すら挙げられないのだ。

 

「あの子……?」

 

 現に、凜はこてんと首を傾げており、困ったような表情で花陽の方を向いている。

 『かよちん、分かる?』と、その目は語っていた。

 

「えっと………先輩が、探してるのって……西木野真姫さん、ですよね?歌とピアノが上手い」

「あっ、そうそう。その子だよ!西木野さんっていうんだね!」

 

 花陽が恐る恐る言うと、穂乃果は表情を輝かせた。

 先程訪ねてきた時に真姫を連れ出した事から何と無く予想していたが、それは見事に的中していた。

 

「いやぁ、もう1回西木野さんとお話したくて来たんだけど………流石に帰っちゃってるよね」

 

 そう言って、おどけたように手を額に当てる穂乃果だったが、そこへ凜が話に入ってきた。

 

「西木野さんだったら、音楽室に行ったんじゃないですか?」

「音楽室?」

「あの子、あまり皆と話さないんです。休み時間になったら直ぐ図書館に行っちゃうし、放課後も直ぐ出ていくんですけど、帰ってる訳でもなさそうで……………凜達が帰る時に音楽室でピアノ弾いて歌ってるのが聞こえてたから、多分今日もそこに居るんじゃないかと思うんです」

 

 聞き返してきた穂乃果に頷いた凜は、その後もスラスラと答えた。

 実際彼女の言う通りで、真姫はクラスでも基本的に1人だった。

 誰かとつるむ訳でもなく、授業以外では殆んど口を利かない。休み時間になると、誰かに話し掛けられる前に教室を出ていき、授業が始まるギリギリに戻ってくる。

 そして、放課後になると真っ先に教室を出ていくのだが、そのまま下校はせず、1人で音楽室へ向かっていたというのだ。

 

「(成る程、確かにそうかも……)」

 

 思い出してみれば、穂乃果が初めて真姫に会ったのは放課後で、場所は音楽室だ。可能性は十分あるだろう。

 

「分かった、ありがとね2人共!」

 

 目的地が決まり、早速向かおうとする穂乃果。

 だが花陽は、このまま無言で見送ってはいけないと、何と無く感じていた。

 

「あ、あの……!」

 

 だからこそ、こうして呼び止める。小さく弱々しい声だが、穂乃果には十分聞こえていた。

 

「ん?何かな?」

 

 穂乃果は足を止め、花陽の方へと顔を向ける。

 

「え、えっと………頑張って、くださいね……スクールアイドル、応援してますので……」

 

 辿々しくも、何とか自分の気持ちを伝える花陽。

 穂乃果は暫く彼女を見つめた後、満面の笑みを浮かべた。

 

「うん、頑張るよ!ありがとう!」

 

 そう言って、今度こそ穂乃果は走り去っていった。

 その後ろ姿からも、彼女がやる気に満ち溢れているのが感じられる。

 

 今の花陽には知る由も無いが、彼女が投げ掛けたこの一言は、穂乃果にとって十分な激励になっていた。

 

 花陽にとっては、自分の言葉など取るに足らないものだろう。だが、その取るに足らない言葉が穂乃果を支え、アイドル活動を続けるエネルギーになるのだ。

 自分の何て事ない一言で、その言葉を受けた人は強くもなるし、弱くもなる。そして今の一言は、間違いなく人を強くする一言だった。

 

「何か、凄い人だったね。かよちん」

 

 穂乃果の姿が見えなくなると、凜がそう言った。

 急に現れたかと思うと、これまた急に消えていく。凜にとって、穂乃果は嵐のような人間だった。

 

「うん、そうだね」

 

 そう返す花陽だが、その表情は先程と比べて明るい。

 穂乃果と交わしたやり取りは、5分にも満たない。だが、その短いやり取りも、花陽に小さな変化を与えていたのかもしれない。

 

「さっ、かよちん。早く帰るにゃ」

「うん」

 

 そうして2人は、家路につくべく廊下を歩いていくのだが、穂乃果とのやり取りが、自分達の新しい生活への入り口だという事には、未だ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、音楽室ではちょっとした演奏会が開かれていた。

 先日のようにエレクトーンの前に座った紅夜が曲を奏で、それを赤髪の少女、西木野真姫が聞いている。

 ピアノの椅子に腰を下ろし、優雅に足を組んでいる彼女は目を瞑っており、その様子から彼の演奏に聴き入っているのが分かる。

 

「(ホント、どうしてこうなった?)」

 

 そんな真姫をチラリと盗み見た紅夜は、天井を仰いで内心そう呟いた。

 

 今から約10分前、音楽室や校舎裏を除いた暇潰しスポットを求めて校内を歩き回っていた紅夜は、トイレから出てきた真姫とぶつかりそうになったのだ。

 幸い衝突は避けた紅夜だが、軽く謝罪して去ろうとしたところを引き留められて音楽室へと連れていかれ、何が何だか分からぬままに、こうして曲を演奏させられているという訳だ。

 

「(……まあ、今あれこれ考えたところでしょうがねぇ。取り敢えず演奏に集中するか)」

 

 内心そう呟き、再び演奏へと意識を集中させる紅夜。そして後奏を弾いて曲を締め括り、鍵盤から手を離した。

 

「ふぅ、こんなモンかな」

 

 演奏を終えると、紅夜は立ち上がって腕を振り上げ、大きく体を伸ばす。そして、先程から一言も喋らないたった1人の観客へと振り返った。

 

「それで1年、俺は後何曲弾けば解放してもらえるんだ?そろそろ帰りたいんだが」

 

 そう問い掛けると、真姫は目を開けて紅夜の方を向く。その表情は、何やら睨んでいるように見えた。

 

「その、1年なんて呼び方は止めてもらえるかしら?私には西木野真姫という名前があるの」

「………ああ、そうか。それは失礼したな。西木野」

 

 小さく溜め息をつき、言われた通り呼び方を訂正する紅夜。

 歳上相手でもお構い無しな物言いだが、既に穂乃果を始めとしたクラスメイト達や絵里からタメ口を使われているため、最早今更だった。

 

「それから質問への答えだけど………そうね、後1曲だけ弾いてもらおうかしら」

「未だやらせる気なのか……此方は既に3曲も弾いてるんだが」

「良いから弾いてちょうだい。これくらいやってもらわないと、この前の分と釣り合わないわ」

 

 真姫が言うこの前の分とは、紅夜が初めて音楽室で演奏していた日の事だ。

 その日も音楽室を使おうとしていたのだが、先客が居る事を知らされたために断念せざるを得なくなった。しかし、その先客に鍵を貸したという教師から聞かされた話に興味を持ち、様子だけでも見てみようと音楽室を訪れたのだ。

 だが、その先客は1曲だけ弾いて、後は音楽室の中を歩き回るだけだったため、真姫は不満に思っていたのだ。

 

「さあ、早く」

「……分かった」

 

 半ば投げやりに答えた紅夜は、以前此所で弾いた曲と同じものを弾き始める。

 

「(何よ、それ前と同じ曲じゃない……)」

 

 最後の曲がこれかと残念に思う真姫だが、紅夜が歌い始めるとその表情が変わった。

 以前は日本語で歌っていたのに対し、今回は英語で歌っているのだ。それも、日本人ではなく現地の人間が歌っているかの如く、流暢に。

 

「…………」

 

 ただ同じ曲を英訳しただけであるにもかかわらず、再び聞き入ってしまう真姫。

 だが、そこで自分の後ろから誰かの気配を感じ、ドアの方を向いてみる。

 

「…………」

 

 そこには、ドアの窓に両手と顔を押しつけて紅夜を見つめる茶髪の女子生徒、高坂穂乃果の姿があった。

 

「ヴェェェ!?」

「うおッ!?」

 

 それに驚いた真姫が声を上げると、紅夜も演奏を止めてそちらへ顔を向ける。そして再び驚いた。

 

「こ、高坂!?お前なんで此所に………」

「いやぁ~、ちょっと西木野さんに用があって………邪魔してゴメンね、長門君」

 

 音楽室に入ってきた穂乃果は演奏の邪魔をしてしまった事を謝り、次に真姫へと視線を向けた。

 

「……また曲を作れって言いに来たんですか?」

「うん。あの時は断られちゃったけど、やっぱり西木野さんにお願いしたいな~って」

「(コイツ未だ諦めてなかったんだな)」

 

 そう思いながら、2人のやり取りを見守る紅夜。

 

「随分しつこいんですね、前の件と合わせたら2回も断ってるのに」

「そうなんだよねぇ~。よく海未ちゃんにも怒られちゃうんだ」

 

 困ったような笑みを浮かべ、穂乃果はそう言った。

 真姫の件と言い紅夜の件と言い、彼女のしつこさは筋金入りのようだ。

 

「私、あんな感じの曲は一切聴かないんです。聴くのは専らクラシックとかジャズとかで……」

「へぇ、どうして?」

「軽いからよ!テレビで何度か映像見たけど、何か薄っぺらいし、遊んでるみたいで」

 

 目線を逸らしながら、真姫はそう言った。

 アイドルに対して否定的な意見だが、だからと言って100%間違っているとは言えないものだった。

 

 映像に映るアイドル達は常時笑顔を浮かべ、楽しそうに歌や躍りを披露している。それだけ見ると、彼女のように『遊んでいる』という印象を抱くのは無理もない事だった。

 勿論、その楽しそうな姿の裏には血の滲むような努力があるのだが。

 

「そうだよね」

「え?」

 

 唐突に穂乃果が呟いた事に、真姫が聞き返す。

 

「私も、最初はそう思ってたんだ。何かこう、お祭りみたいにパァーッと盛り上がって、皆で楽しく歌って、踊っていれば良いんだって、そう思ってた………でもね」

 

 そこで一旦言葉を区切った穂乃果は、不思議そうに見上げている真姫に顔を向けた。

 

「アイドルって、結構大変なんだ。穂乃果が思ってる以上に」

 

 その言葉に、紅夜は内心で相槌を打った。

 アイドルではないが、自分もMAD RUNの仲間とダンスをする事はあるし、幼馴染み達がダンス動画を投稿しているのを知っているため、穂乃果が言っている事は理解出来る。常に笑顔で歌とダンスを披露する事が、どんなに大変なのかという事を。

 しかも、自分達のように遊びでやっているだけなら未だしも、本物のアイドル達は、それを仕事としている。そして、それを多くの人々に見てもらうのだ。裏で積み重ねてきた努力は見せず、歌とダンスという結果だけで満足させる。

 それは、簡単に出来るような事ではないのだ。

 

「あっ、そうだ!西木野さんって腕立て伏せ出来る?」

「は?腕立て?なんでそんな事──」

 

 あまりにも唐突な質問に困惑する真姫。だが、彼女の返答を待たずして、穂乃果は馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

 

「出来ないんだぁ~」

「ッ!そ、それくらい出来ますよ!見てなさい!」

 

 意外と挑発に乗りやすい性格なのか、真姫はそう言うとブレザーを脱いでワイシャツの袖を捲り、床で腕立て伏せをしてみせる。

 

「へぇ、意外と出来るんだな」

「当然よ。こう見えて結構鍛えてるんだから」

 

 感心した様子で言う紅夜に、何処か得意気に返す真姫。

 

「じゃあさ、そのまま笑ってみて?」

 

 そこで、穂乃果からの追加注文が入る。

 

「な、なんで……?」

「良いから!」

 

 質問しようにも遮られてしまった真姫は、取り敢えず言われた通りにやってみる。だが、その笑顔は硬く、おまけに5回もしない内に崩れ落ちてしまった。

 

「ほらね?」

「『ほらね?』じゃないわよ!どういう事よ!」

 

 勢い良く顔を上げて言い返した真姫は、悪態をつきながら立ち上がる。そんな彼女に、穂乃果は小さく折り畳まれたメモ用紙を差し出した。

 

「はい、歌詞。1回読んでみてよ。それだけなら良いでしょ?」

 

 そう言って、真姫の手にそのメモ用紙を握らせる穂乃果。

 

「今度、改めて答えを聞きに来るから、それでも駄目だって言われたら、すっぱり諦める」

「ッ!?」

 

 その発言に驚いたのは、紅夜だった。まさかこのような賭けに出るとは思わなかったのだ。

 

「……読んだところで、答えは変わらないと思いますけどね」

「だったらそれでも良い。でさ、また歌を聴かせてよ。私、西木野さんの歌が大好きなんだ!あれを聴いたから、作曲をお願いしたいなって思ったの!」

「…………ッ」

 

 そう言われるとは思っていなかったのか、真姫は顔を赤く染めて俯く。

 

「じゃ、話は終わり。また今度ね!」

 

 そう言って、穂乃果は音楽室を出ていった。

 

「ホント、意味わかんない」

 

 ブレザーを羽織った真姫は、穂乃果が出ていったドアを見て呟く。

 そしてピアノの鍵盤蓋や屋根を閉め、鞄を手に取る。

 

「おっ、今日はもう良いのか?」

「ええ。この雰囲気では、続きをさせる気になれないから」

 

 そう言ってドアの方へと歩いていった真姫は、部屋を出る直前に呟いた。

 

「……今度、埋め合わせしてもらうからね」

「は?おいちょっと待て………行きやがった」

 

 反論する間も無く出ていった真姫に、紅夜の口から溜め息が漏れ出す。

 そしてヘナヘナとエレクトーンの椅子に座り、またもや溜め息をついた。

 

「『意味わかんない』、ねぇ………そりゃ此方の台詞だぜ」

 

 そんな彼の呟きは、風に乗って、赤く染まり行く空へと飛んでいくのであった。



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第20話~アウトローとスピリチュアルガールと3人の女神~

 今回、ちょっとシリアス(?)入ります


 翌日の早朝。紅夜は今日も今日とて学校へ向かおうとしていた。

 

「こうちゃん、本当にこんな時間で良いの?もっとゆっくりしても十分間に合うのに」

 

 制服に着替えて鞄を持ち、家を出ようとする息子に向かって、母親の深雪がそんな言葉を投げ掛ける。

 

「ああ、良いんだよお袋」

 

 何処と無く寂しそうに見える母に、紅夜は笑みを浮かべてそう返した。

 

 今の時刻は5時半、家を出るにはあまりにも早すぎる時刻だ。深雪の言う通り、もう少しのんびりしていても十分間に合うし、仮に着いたところで学校に入れるのかも怪しい。門が閉まっていれば、開くまで待ち惚けを食う羽目になるのは火を見るより明らかだ。

 だがこの日の紅夜は、それでも早めに出発したい気分だったのだ。別に学校に行くのが待ちきれないとかそんな理由ではなく、ただ何と無く、早めに出発したかったのだ。

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

 そう言って家を出た紅夜は、愛車のR34のエンジンに火を入れるとスマホを繋ぎ、曲を流してから車を発進させる。

 

 早朝という事もあって、町は死んでいるかのように静まり返っており、下道もがら空きだ。

 

「しっかし、こんなスッカスカなら、アメリカに居た時みたいに思いっきりブッ飛ばしても良さそうだな………親父達との約束があるからやらねぇけど」

 

 そう呟き、1人でクスクスと笑う紅夜。

 アメリカでストリートレースをしている時は、どんな場所でも飛ばしていた。

 それが大通りや路地裏であろうと、はたまた峠や高速道路であろうと、走れる場所であれば構わず突っ走る。それが、彼等ストリートレーサーなのである。

 

「……まあ良い。またアメリカに帰ったら好きなだけレース出来るし、日本(こっち)でも瑠璃の峠に行けば思いっきり走れるんだ。今はのんびりドライブを楽しませてもらおうじゃないの」 

 

 そのままスマホから流れる曲を楽しみながら走らせること30分弱、紅夜は千代田に入っていた。

 近くのガソリンスタンドで給油を済ませ、次にコンビニに寄って軽食を買ったりしていたのだが、そこで1つの問題に直面した。

 

「そう言えば、この時間帯って学校開いてるのかな………?」

 

 紅夜は普段、学校に朝7時30分頃に着くようにしているのだが、今日はあまりにも早く家を出てきたため、予定している到着時刻まで時間が余りすぎているのだ。

 勿論、学校が開いているならそのまま向かっても良いのだが、閉まっていれば開くまで待ち惚けを食らう羽目になる。

 

「……取り敢えず、車で暇潰しでもしておこうかな」

 

 そう呟いた紅夜はコンビニを後にし、駐車場に止めてある愛車の元へ向かう。だが、鍵を取り出してロックを解除しようとしたところで何やら違和感を覚え、その手は止まった。

 

「そう言えば、此所って通い始める前にも来た事あるような………」

 

 辺りを見回す紅夜だが、そこで大通りから外れて住宅地へと伸びる路地が目に留まる。そちらへ行って道の向こうへ目を向けると、その先に長い階段が見えた。

 

「ああ、そうだ。確かこの先には、神社があるんだったな」

 

 音ノ木坂学院に通う前、あちこちドライブした時に偶然訪れた神社、神田明神の事を思い出した紅夜はそう呟く。

 

「せっかく来たんだし、ちょっと行ってみるか」

 

 紅夜は購入した軽食を車に置くと、以前と同じように階段へ向けて駆け出し、そのままの勢いで上っていく。そして最後の1段を上り終えると、軽く側方宙返りや前方宙返りを披露した。

 これ等の技はMAD RUNの仲間達とダンスをする際のパフォーマンスとしてよくやっていたものだが、たまにこうして、何も無い所で披露したりする。

 勿論その時、周囲に誰も居ない事は確認済みである。

 

「よっと………ふぅ。暫くやってなかったが、体は案外覚えてるモンだな」

 

 そう呟くと、紅夜は後ろを振り返って町を見渡す。階段は長い上に急だったが、その分高さがあるために頂上からの景色は良い。

 それに早朝という事もあって涼しく、ただその場に立っているだけでも中々心地好い。

 そのまま紅夜は、暫く頂上からの景色と朝の涼しさを味わうのだが、それは後ろから聞こえてきた少女の声によって中断される。

 

「あれ?そこに居るのって………もしかして長門君?」

 

 その話し方や自分の名前を知っている人物は、紅夜の記憶には1人しか居ない。

 

「……東條か」

 

 声の主の方へと振り返り、その人物の名を口にする紅夜。

 

「ああ、やっぱり長門君や。おはようさん」

 

 巫女装束に身を包んで竹箒を持った少女、東條希は、そう言って柔らかな笑みを浮かべた。

 

「こんな朝早くにどないしたん?この時間帯やったら、未だ学校開いてないで?あっ、もしかして長門君も──」

「何時もより早く家を出たら、思いの外暇になってな。暇潰しがてら寄ってみただけだ」

 

 淡々とした口調で答えると、希は暫く呆然と見つめた後、『なぁ~んや』と若干残念そうに言った。

 

「ウチ、てっきりあの3人のお手伝いしに来たんかと思ったわ」

「あの3人?」

「うん………あっ、ホラ。噂をすれば」

 

 そう言って、希は紅夜の背後を指差す。紅夜がそちらへ目を向けると、見知った3人の少女達がジャージ姿で階段を上ってくるのが見えた。

 穂乃果と海未、そしてことりだった。

 

「(成る程、彼奴等の事か……)」

「実はあの子達、最近スクールアイドルを始めてな。今はこの神社で朝練してるんよ」

 

 ご丁寧に説明してくれる希だが、紅夜はとっくに知っていた。

 スクールアイドルを始めるというのは、当事者である穂乃果の口から直接聞いているし、この神社で朝練しているというのも、昨日彼女等から勧誘された際に聞かされている。

 

「さあ2人共、今日もビシバシいきますよ!」

「「お、おぉ~……」」

 

 静まり返った空間に声を響かせる海未を、紅夜は何とも言えない表情で見ていた。

 彼がそんな反応を見せるのは無理もない。何故なら海未は、当初スクールアイドルに対して否定的だったからだ。

 以前は、『好奇心で初めても上手くいく筈が無い』、『アイドルは無しだ』とキッパリ言い放っていた彼女が、今では一番やりたがっていた穂乃果以上の熱意を見せており、おまけに学校へ行けば、穂乃果と一緒になって自分を勧誘してくるようになっている。

 一体どういう風の吹き回しだと紅夜が疑問に思うのは、当然の事だった。

 

「いやぁ~、今日も今日とて精が出るなぁ。あの子達」

 

 そんな紅夜の隣で希が言うと、その声に気づいた3人が振り向く。

 

「ああ、東條先輩。おはようございま……え?」

 

 真っ先に挨拶しようとした海未が、希の横に居る紅夜を見て固まった。

 

「な、長門さん……?どうして此所に?」

「えっ、長門君が来てるの?」

 

 驚く海未の背後から、穂乃果とことりがひょっこり顔を覗かせる。

 

「あっ、ホントだ!おっはよー!」

「おはよう、長門君!」

 

 パッと花が咲いたような笑みを浮かべ、2人が声を掛けた。

 

「こんな朝早くに何してるの?何かの朝練………は違うよね。だったらお参りかな?」

「いや、俺は──」

 

 ことりからの質問に答えようとする紅夜だが、それを遮るように穂乃果が口を挟んできた。

 

「あっ、もしかしてマネージャーやってくれる気になったとか!?」

 

 期待したような眼差しを向けて詰め寄ってくる穂乃果だが、生憎紅夜にそのつもりは全く無い。この神社を訪れたのも穂乃果達に会ったのも、ただの偶然なのだ。

 彼は首を横に振り、この神社には暇潰しで来ただけである事を伝える。

 

「なぁ~んだ、マネージャーやってくれるんじゃなかったんだ」

 

 すると穂乃果は、先程までの明るさから一転して残念そうに言う。

 前々から言っているのに未だ諦めないのかと呆れていると、希が近づいてきた。

 

「何や長門君、この子達がスクールアイドル始めた事知ってたん?」

「ああ。更に言えば、マネージャーやらないかって言われてる」

「ッ!」

 

 紅夜が投げやり気味に答えると、希の眉が僅かに動いた。

 

「(マネージャーか………ええな、それ。あの結果に確信が持てそうや)」

 

 この神社で初めて会ってからというもの、希は何度も紅夜の事を考えていた。

 

 初めて会った時に感じた、これまで会ってきた者とは明らかに違った雰囲気に加え、試験生という特殊な立場での編入。

 自他共に認めるスピリチュアルガールである彼女は、これ等に運命的な何かを感じており、同時に以前の占いに出た『流れを変える者』というのは、きっとこの男だと思っていた。

 だが、彼が編入してから今日に至るまで、彼の周りにこれと言った変化が起きているようには思えなかった。

 部活設立の申請や講堂の使用許可を得るために穂乃果達が乗り込んできた時も紅夜の姿は見られず、彼女等が此所でトレーニングをする際も、彼は居なかった。

 教室では彼の噂を多少聞くのだが、『○○で見た』等の話ばかりで、『スクールアイドルと一緒に練習している』なんて話は1つも無かった。当然、廃校阻止のために独自に行動しているという話も無い。

 そのため、神社で感じた運命的な何かというのは気のせいで、『流れを変える者』というのも紅夜ではなかったのではないかと、希は自分の占いへの自信を失いかけていたのだ。

 

「(でも、そうじゃなかった…………あの時の感覚は、やっぱり気のせいじゃなかったんやな)」

 

 自分がよく見ていなかった、はたまた紅夜が自分の予想とは違った行動を取っていたために気づかなかっただけで、変化は訪れていたのだ。

 そう思うと、希の頬が自然と緩む。

 

「………?おい東條、そんなニヤニヤしてどうした?」

「う、ううん!何でもないんよ?」

 

 不思議そうに首を傾げる紅夜に、希はそう言って誤魔化す。

 

「そ、そんな事より長門君、『誘われてる』って事は、未だマネージャーにはなってないって事やんな?」

「ああ、と言うかやるつもりは無いからな。何度も他を当たれって言ってるんだが………」

 

 頬が緩んでいたのを誤魔化すためか話題をすり替えた希にそう答え、穂乃果へと視線を向ける紅夜。

 

「だって長門君が良いんだもん!」

「……こんな感じで、全然諦めてくれないんだ」

 

 そして、駄々っ子のように言う穂乃果に深く溜め息をつき、やれやれと言わんばかりに首を左右に振る。

 

「でも、マネージャーに誘われてるって事は、誘われるだけの実力があるって事やんな?」

「実力って言うか………まあ、アメリカで仲間とバンドやダンスやってて、遊びでやってる連中の中では上手い方だって思ってるだけなんだがな」

「しかも長門君って歌や演奏も上手だし、ダンスの振り付けも長門君が考えてるんですよ!」

 

 穂乃果が言葉を付け加える。

 希は紅夜の意外な面に驚きながらも、更に話を続けようとした。

 

「それなら──」

「だが、それとこれとは話が別だ」

 

 だが、そこで紅夜が割り込んでくる。

 このやり取りに疲れているのか、その表情からは『いい加減にしろ』という気持ちが伝わってくるようだった。

 その表情や、無意識に放たれている威圧感で怯んだ4人に向けて、紅夜は言った。

 

「俺はただの試験生だ。一応その責務は全うするつもりだが、それ以上の事は期待するな」

 

 それだけ言うと、紅夜は踵を返して歩き出し、階段を下りていく。

 

「あっ……!」

 

 手を伸ばす穂乃果だが、紅夜は止まらない。彼の後ろ姿は、下から徐々に消えていく。

 

「(このままじゃいけない………何か、言わないと!)」

 

 しかし、肝心の言葉が思いつかない。彼を呼び止めたところで、何も言葉が出なければそこで終わりだ。彼は再び歩き出し、今度こそ止まる事無く階段を下りていくだろう。

 

「…ッ!待ってください、長門さん!」

 

 そこで、先程からずっと黙っていた海未が声を張り上げる。

 そんな彼女を他の3人は驚いたように見つめ、紅夜も足を止めて振り向いた。

 

「何だ?」

「……1つ、教えてほしい事があります」

 

 そう言って近づいていった海未は紅夜と同じ所まで階段を下り、真っ直ぐ見つめた。

 

「これまで私達は、何度も貴方を勧誘し、断られてきました。そして貴方は、断るたびにこう言っていましたね?『本当に信頼している人間としかやらない』と」

「ああ」

「それは、どういう意味なのでしょうか?貴方にとって、私達は何なのでしょうか?」

「前者は言葉通りの意味だ。そして後者は………ただの知り合いだ。それ以上も以下も無い」

 

 紅夜はそう言った。

 

 彼にとって、穂乃果達3人や他のクラスメイトは勿論だが、希や絵里でさえ、ただの知り合いでしかないのだ。

 自分は来年の春、はたまた試験生の必要が無くなった時点で、音乃木坂学院を去る。その後は2度と日本に戻ってこないという訳ではないが、少なくともこの学校を訪れる事は無いだろう。つまり自分の試験生としての生活が終わると同時に、彼女等との関係も終わるのだ。

 それに紅夜は、そもそも自分のような人間が試験生に選ばれる事自体が間違っていると考えてもいた。

 

 色素が少ないために髪は真っ白、更に目は左右で色が違う。つまり、アルビノ&オッドアイという異様な姿で生まれたのだ。

 それが原因で起きたいじめのせいで、小学校時代は暴力事件を起こして周囲から化け物扱いされ、それが今では、アメリカの公道を毎晩暴れ回り、時には警察と鬼ごっこをするストリートレーサーだ。

 

 更に、とある町ではレーサーでも警察でも構わず喧嘩を売っては吹き飛ばしてクラッシュさせ、また別の町では、仲間達と共に裏組織を壊滅させて金を巻き上げ、悪人とは言え幹部や部下の人生を潰している。

 そんなアンダーグラウンドな世界に生きている自分が、そういった世界とは無縁な学校に、それも女子校に通うなど場違いとしか言えない。自分と彼女等は、本来相容れない存在なのだ。

 それだけに、全てを知られた時の反応が怖い。下手にスクールアイドルなんて活動を通じて仲良くなって、また裏切られたような気分を味わうくらいなら、いっそ関係を『ただの知り合い』程度にして関わりも最低限に留め、試験生生活終了と共にさっさと去り、忘れてしまう方が互いのためにも良いに決まっている。

 どうせアメリカに行けば一緒に馬鹿騒ぎをする仲間が居るし、日本にも幼馴染み達が居るのだから、何も困る事は無いのだ。

 

「………もう良いか?だったら行かせてもらう」

 

 そう言って、紅夜は今度こそ階段を下りていき、コンビニの駐車場へ向かう。そして愛車のR34に乗り込むと、ノロノロと学校へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「……成る程、そんな事があったんやな」

 

 紅夜が去った後、穂乃果達はこれまでの事を希に話していた。

 

「それにしても、『本当に信頼している人間としかやらない』、かぁ………そんな事、今言っても仕方無いと思うんやけどなぁ」

 

 希の言う通り、紅夜が断る際に口癖のように言っていた『本当に信頼している人間としかやらない』という言葉は、穂乃果達に言ったところで仕方がないものだった。

 何せ彼は、未だ音乃木坂学院に通い始めてから約1週間しか経っていない。そこで信頼だ何だと言ったところでどうしようもないのだ。

 

「はい………それに、本当に穂乃果達が信じられないって言うなら、少しずつでも良いから私達の事を知って、信じられるようになってほしいんです!」

 

 穂乃果は、その青い瞳に強い意志を宿してそう言った。

 そもそも彼女が紅夜に話し掛けたのは、純粋に彼と仲良くなりたいという気持ちからだった。

 勿論、試験生という特別な立場や学校で唯一の男という事への興味、はたまた転入前に自分の店に来たからというのもある。だが一番に大きかったのが、仲良くなりたいという気持ちだ。

 だからこそ昼食に誘ったり、休み時間に声を掛けたり、移動教室の時に案内を申し出る事もあった。

 そして今、自分達はスクールアイドルのマネージャーに紅夜を迎え入れたいと思っている。

 彼のダンスや歌の技術が欲しいというのも確かにあるが、それ以上に、『彼が加わればきっと楽しくなる』、『自分達は、もっと上を目指せる』と、そんな予感がしたから。

 

「成る程、気持ちはよく分かった」

 

 穂乃果から彼女の心情を聞き終えた希は、そう言って相槌を打った。

 

「つまり3人は、長門君にマネージャーをやってほしくて、それと同時に、自分達の事を少しでも信じられるようになってほしい………そういう事やね?」

「はい!」

 

 元気よく返事を返す穂乃果に続くようにして、海未とことりも頷く。

 

「……分かった。じゃあ放課後、長門君を校舎裏に連れてきてくれる?ちょっと良い考えが浮かんだから」

 

 そう言って、希は小さく笑みを浮かべるのだった。



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第21話~こうしてアウトローは、女神達の期間限定マネージャーになる~

 本作では初の連続投稿です。 
 と言うか、何かタイトルが俺ガイルっぽくなってるような………


「ん~!………ああ、やっと終わった。1週間お疲れ様だな、俺」

 

 あれから時間は流れ、今は放課後。自分の席で大きく体を伸ばしてリラックスした紅夜は、教材を鞄に詰め込みながら自分自身を労っていた。

 というのも、今日は金曜日。つまり前回言ったように、紅夜が音乃木坂学院に通い始めてから最初の1週間が経ったという事になるのだ。

 とは言え、たかが1週間だ。当然これで終わりという訳ではない、寧ろここからが始まりだと言っても良いだろう。

 だが、周りに気を許せる知り合いが居ない上に一部の教員や生徒から疎まれている紅夜にとっては、これと言って大きなトラブルも起きずに最初の1週間を過ごせただけでも儲けものだった。

 スクールアイドルのマネージャーへのしつこい勧誘もあったが、そんなものは些細な事である。

 

「(さてさて、この土日は何して過ごそうかな?この前集まったばかりだが、また瑠璃達と集まって騒ぐのも良さそうだし、何なら軽く遠出してみるのも面白そうだ。まあ、他の奴等と都合が合えばの話だけどな)」

 

 鞄に詰め終えた紅夜は机に頬杖をつき、空を見上げながら休日の予定を考える。

 幼馴染みと集まる以外にも、家族や知り合いと過ごしたり、1人で出掛けたりと、やりたい事が次々と頭の中に浮かび上がってくる。

 

 朝にあんな事があった事で暫くは心が悶々としといた紅夜だが、今日は穂乃果達からの勧誘攻撃が無かったためか、今となっては何とか持ち直していた。

 

「(ああ、そうだ。ベンチュラ・ベイやフォーチュンバレーの連中にも連絡しなきゃな。未だ連絡入れてない奴がいっぱい居るし………ったく、正にやる事リストの交通渋滞だぜ)」

 

 内心ではそう言いつつも、紅夜の顔には笑顔が浮かんでいた。

 何もやる事が無いより、どんな些細な事でもやる事があった方が良いに決まっている。それが身内や仲間に関する事であれば、尚更だ。

 

「ねぇ、何か長門君笑ってない?」

「ホントだ、珍しい」

「朝は暗いって言うか、複雑そうな顔してたのにね」

「何か良い事あったのかな?」

 

 それを見た他のクラスメイト達は、普段見られない紅夜の穏やかな表情に驚きを隠せず、ヒソヒソと囁き合っていた。

 

 しかし、残念ながら楽しい時間とは長くは続かないもので、明日に迫った休日に思いを馳せる紅夜の元に、1人の女子生徒が近づいてきた。

 

「ねぇ、長門君。ちょっと良いかな?」

「ん?………ああ、高坂か」

 

 一時中断して振り向くと、そこにはいつになく真剣な表情を浮かべた穂乃果が立っていた。後ろには海未とことりの姿もある。

 

「何の用だ?」

「ちょっと話したい事があるの。来てもらって良い?」

「………またマネージャー関連か?お前等も飽きないな」

 

 皮肉気味にそう言う紅夜だが、穂乃果の表情は変わらず、引く様子は無い。

 紅夜はそこで、『ん?』と表情を変える。あの楽観的で子供っぽい穂乃果が、ずっと真剣に、そして真っ直ぐ此方を見つめているのだ。まるで、今朝の海未と同じように。

 

「………分かった、何処で話す?」

 

 遂に紅夜は折れ、鞄を持って立ち上がる。

 

「校舎裏にしよう。希先輩も待ってるし」

「……?まあ、良いが」

 

 『何故そこで東條が出てくる?』と聞き返したくなる紅夜だったが、それは一先ず飲み込んだ。どうせ、ついていけば答えは分かるのだから。

 

 そうして、一行は靴を履き替えて校舎裏へとやって来る。そこでは既に、希が待機していた。

 

「おっ、どうやら連れてこれたみたいやな」

 

 一行に気づいた希は体ごと振り返り、声を掛けた。

 

「高坂に言われて来てみたが………何故東條まで居る?俺に何を言うつもりだ?」

 

 会話をしながら、全方位を警戒する紅夜。流石に無いとは思うが、何かをネタにして脅迫でもするつもりなのではないかという考えが頭に浮かんだからだ。

 

「そんなに警戒せんでも、此所にはウチ等5人しか居らへんし、隠しカメラとかも無いから大丈夫やで?」

 

 その様子から紅夜の考えを悟った希は、苦笑混じりにそう言った。

 

「だと良いがな………それで、結局俺はなんで呼び出されたんだ?」

「うん。実はあの後、ウチもちょっと考えたんやけどな………」

 

 そう言いかけたところで、希は他の3人とアイコンタクトを交わす。そした互いに頷き合い、紅夜に頼みを伝えた。

 

「やっぱり長門君には、この子達のマネージャーをやってもらいたいんや」

「………は?」

 

 『何言ってんだコイツ?』と、紅夜は思った。

 今朝のやり取りで、自分がマネージャーの勧誘を断り続けている事は知っている筈なのに、何故それを知っても尚この3人に味方してマネージャーになるよう頼んでくるのか、その神経が分からなかった。

 

「東條、お前もう今朝の事を忘れたのか?俺はやらないって言った筈だ。何回も勧誘されて全部断ってるって言ったのを、忘れたとは言わせないからな」

「ま、まあまあ長門君、そんな怖い顔せんといてぇな。そんなんじゃ理由話そうにも怖すぎて喋られへんよ」

 

 目付きが鋭くなり、声もドスが効いたものになる紅夜に怯みながら、希はそう言った。

 確かに彼女の言う通り、意見を求める側の者の態度があまりにも威圧的だと、相手は怯えて逆に喋れなくなる。

 

「……そうだな、悪かった」

 

 それを言われて尚威圧的な態度を取り続ける程、紅夜は愚かではない。何度も深呼吸して、心を落ち着かせる。その間、4人は何も言わず、黙って紅夜が落ち着くのを待っていた。

 

「……すまない、待たせたな」

「気にせんでええよ。今朝やり取りを交わした後にこんな話をしたんや、怒るのは分かるし、落ち着くまでに時間掛かるのは無理もないって」

「そう言ってもらえると助かる………それで、何故俺が断ったのを知ってるのにこんな話をするのか、理由を聞かせてもらえるか?」

 

 4人を待たせて何度も深呼吸した甲斐もあってか、紅夜は何時も以上に落ち着いて質問する事が出来た。

 

「うん、その事やけどな………」

 

 そこで言葉を区切り、穂乃果達へと目を向ける希。すると3人は頷き、希の代わりに紅夜の前に出る。どうやら、ここからは彼女等が話すらしい。

 そして最初に口を開いたのは、海未だった。

 

「長門さん、貴方は私達の勧誘を断る時、決まって『本当に信頼している人間としかやらない』と言っていますよね?それはつまり、貴方は私達の事を信用していないという事になる………そうですよね?」

「ああ、そうだ」

 

 紅夜は一瞬の間も空ける事無く、彼女の質問に頷いた。

 自分達で質問した結果だとは言え、この反応にショックを隠せない3人。しかし、今は話を進めなければならない。

 

「それでは、質問を変えましょう…………私達の事は、嫌いですか?」

「………………」

 

 次の質問には、紅夜も直ぐには答えられなかった。

 

「私達はね、そうじゃないと思うの」

「ほう………何故、そう思う?」

 

 口を開いた穂乃果に、紅夜は理由を求めた。

 

「だって長門君、何だかんだ言って優しいでしょ?だって今日、私が転んでプリントばら撒いちゃった時に手伝ってくれたよね?」

「よく覚えてるな」

 

 苦笑を浮かべながら言う紅夜が思い浮かべたのは、ある中休みに起きた出来事だ。

 

 その時間、穂乃果は教員に頼まれて回収したプリントを別の教室に運んでいたのだが、その途中で派手にすっ転び、廊下へ盛大にぶちまけてしまったのだ。

 生徒数が減少しているとは言っても、クラスメイトは紅夜も含めて30人以上居る。しかもノートのような重さもないために広範囲に散らばってしまい、1人で集めるのは大変だった。

 そんな時、偶然にもトイレから戻る途中だった紅夜が音に気づいて駆け寄り、彼女を助け起こして回収を手伝い、仕事を代わったのである。

 

「本当に私達の事が嫌いなら、無視してそのまま教室に行く事も出来た。でも、長門君は手伝ってくれた。それってさ、信用はしていなくても、少なくとも嫌ってる訳じゃないって事だよね?」

「まあ、一応そういう事になるな。だが、それとマネージャーが、一体どう関係してるって言うんだ?」

 

 ここまで穂乃果と海未からの質問に答えてきた紅夜だが、未だ自分の疑問に対する答えは出ていない。そのため、そろそろ答えが聞きたくなってきた彼は、もう一度疑問を投げ掛ける。

 それに答えたのは、ことりだった。

 

「つまり今の長門君は、ことり達3人の事を信用していない。でも、だからと言って嫌ってる訳でもない。それなら、今後のやり方次第で信じてもらえるようになる可能性はあるって事だよね?だから、マネージャーなの!」

「……要するに、一先ずお前等のマネージャーになって、お前等との活動を通じて信用出来るかどうかを確かめろって訳か?」

「そうそう、そういう事!」

 

 漸く答えに辿り着いた紅夜に、穂乃果がそう言った。

 

「他人が信じられへんっていうのは、何か理由があるんやと思う。でもな、だからと言って最初から関わるのを止めてしまうのは、ちょっと違うやん?それが分からん程、長門君も子供やない筈や」

「それは、そうだが………」

「それにウチは、別に試験生終わるまでずっとマネージャーやれって言ってる訳じゃないんよ?コレはお試し期間なんやから」

「……お試し期間?」

「そう、お試し期間や!」

 

 それから希は、紅夜をマネージャーにするにあたって朝に穂乃果達と決めた条件を口にした。

 その内容は以下の通りである。

 

 

条件1:長門紅夜が3人のマネージャーでいるのは、新入生歓迎ライブ終了までの約1ヶ月間とする。その間、長門紅夜は練習面でサポートをする事。

条件2:信用出来るか出来ないかを問わず、マネージャーを続けるかを決める事が出来る。

条件3:新入生歓迎ライブ終了後、3人は過度な勧誘を控える事。

 

 

「……とまあ、こんな感じでどうやろ?結構早くに来なきゃいけなくなるし帰りも遅くなるけど、それを除いたら悪い話じゃない筈やで?」

「ああ、俺もそう思う。だが1は兎も角、2と3は俺に都合が良すぎないか?」

「確かにそうかもしれへん。でもな、じゃあ信用出来るって判断したから強制的にマネージャーになってもらうって事にしたところで、逆に反感持ってしまうやん?今回の目的はマネージャーになってもらう事じゃなくて、3人が信用出来る人やって事を理解してもらう事なんよ。チームに必要なのは、何と言っても信頼関係やからな」

「……………」

 

 正にその通りだった。紅夜とて、他人に無理矢理させられたくはない。

 それに、チームを組むには信頼関係が必要だという事にも頷ける。現に、バンド演奏やダンス、そしてMAD RUNのメンバー全員での集団ドリフトやレースを通じて、信頼関係の大切さは理解しているつもりだ。

 

 そんな紅夜に、希は改めて誘いを掛ける。

 

「それで、どうやろ?お試しマネージャー、やってみない?」

 

 そう言われた紅夜は、先ずは希、次に穂乃果と続け、最後に海未とことりへ目を向ける。

 彼女等は皆、揃って真剣な眼差しで彼を見つめていた。 

 

「(ここまでされちゃあ、断ろうにも断れねぇな)」

 

 そう心の内で呟いて小さく溜め息をつくと、両手を上げる。

 

「降参だ、お前等の勝ちだ」

「長門君………それじゃあ!」

 

 目を輝かせる穂乃果に、紅夜は苦笑を浮かべた。

 

「その提案、乗らせてもらうよ。マネージャーをやるかどうかは別として、信用出来るかどうか、見せてもらうさ」

 

 その瞬間、場が湧いた。

 

「やった!やったよ海未ちゃん、ことりちゃん!」

「ええ!」

「やったね、穂乃果ちゃん!」

 

 そう言ってはしゃぐ3人を横目に、紅夜は希に近づいた。

 

「よくあそこまで考えたな…………お前の入れ知恵か、東條?」

「せやで。今朝長門君が居なくなった後で話を聞いたんやけど、ちょっとあの子達がしつこすぎるように感じたから、やり方を変えたらどうやろって提案したんや」

 

 穂乃果達から話を聞いた際、希は彼女等が紅夜をマネージャーにするという事を考えすぎるあまり、彼の気持ちを考えていないように見えたため、先ずは彼の信頼を得る事から始めるべきだと主張したのである。

 

「成る程な、それで見事に俺を乗せたって訳か…………お前、悪役の参謀になったら大活躍しそうだな」

「嫌やで、悪役の参謀なんて。そこは善良な占い師とか教誨師とかにしてほしかったなぁ………」

 

 そんなやり取りを交わしながら、2人も笑い出す。

 空が紅に染まろうとする中、この静かな校舎裏に、5人の楽しそうな笑い声が響いていた。 

 

 その後の話し合いの結果、紅夜が練習に参加するのは翌日からという事になり、この日は解散となった。

 

「……やれやれ、まさかこんな事になるとは思わなかったぜ」

 

 駐車場にやって来ると、紅夜は愛車に乗り込みながらそう呟く。

 集合時刻は朝6時、場所は今朝と同じ神田明神だ。

 

「コレ、親父とお袋に言ったら大騒ぎするだろうなぁ………」

 

 苦笑混じりにそう言うと、紅夜は車を発進させる。

 一時的とは言え、自分がスクールアイドルのマネージャーをやる事になったと知って騒ぐ家族の姿を想像しながら、紅夜は自宅へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅夜達が去った後、希は校門までの一本道に出ていた。

 

「どういうつもりなの、希?」

 

 その声に振り向くと、そこには絵里が立っていた。

 

「何やえりち、盗み聞きなんて人が悪いなぁ」

「誤魔化さないで」

 

 おどけたように言う希だが、絵里にそのやり方は効かない。ストレートに問い質してくる。

 

「ウチは、ただカードに従っただけやで」

 

 希はそう言って、懐から1枚のカードを取り出すと、その表面を絵里に見せる。

 

「『流れを変える者』………それは、間違いなく長門君なんよ、えりち。彼は今後、重要なキーになってくる……そう、カードが告げてくるんや」

「…………そう」

 

 その言葉を返事として歩き出した絵里は、そのまま希の横を素通りする。

 そして通り過ぎる瞬間、歩く速度を一気に緩めてこう言った。

 

「たとえ彼を引き込んだとしても………私は、彼女等を認めないわ」

 

 そんな冷たい言葉を置き土産に、絵里は門の方へと歩いていく。後には、微風に吹かれて2つ結びにした髪とスカートをはためなせながら、カードを大事そうに抱き締める希だけが残されているのだった。




 感想お待ちしております。


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SS1~アウトローの居ないベンチュラ・ベイ~

 さて、このまま本編を書き続けたいところですが、一旦サイドストーリーを入れさせていただきます。
 タグに『NEED FOR SPEED要素』入れてるから、たまには出さないと……(←23話目にして漸くである)


 日本から飛行機で約10時間。太平洋の向こうにある国、アメリカ合衆国のカリフォルニア州に、その都市、ベンチュラ・ベイは存在する。

 

 住宅街や山岳地帯、コンビナート等、大きく分けて6つの区域で構成されたこの都市は、長門紅夜の第2の故郷であるのと同時に、彼のようなストリートレーサーの溜まり場として有名な都市の1つである。

 日中は何処にでもある普通の都市だが、夜になるとストリートレーサー専用のサーキットへと姿を変える。いや、それこそが、ベンチュラ・ベイの本当の姿なのかもしれない。

 都市の至る所で白煙が舞い上がり、駆け抜ける車のエキゾーストノートや甲高いスキール音。そして、レーサー達を追い回すパトカーのサイレンや警察官の怒鳴り声が、闇夜に響き渡るのだ。

 

 

 さて、そんなベンチュラ・ベイでは今日も今日とてレースが行われ、ストリートレーサー達が富や名声を求めて競い合っている。

 紅夜が率いるMAD RUNのメンバーも、レースに繰り出して………

 

「あ~あ、やっぱり紅夜が居ないと退屈ね」

「…………」

「あっ、兄さんズルい!そのアイテム私が取ろうとしてたのに!」

「ふははは!こういうのは早い者勝ちだよ!」

 

………いなかった。

 

 此所はベンチュラ・ベイの地区の1つ、バーンウッドにあるガレージ。トラビスという中年男性がオーナーをしており、ちょっとしたパーティーの会場にも使われているのだが、それが無い時は、専ら彼がリーダーを務める走り屋チームや、紅夜達MAD RUNの活動拠点兼溜まり場である。

 

 そして今、ガレージではMAD RUNのメンバーが集まり、各々好きなように過ごしていた。

 エメラリアは愛車のCamaroのボンネットに凭れて『紅夜が居ないと暇だ』とぼやき、アレクサンドラは愛車の1台であるPorscheの中で爆睡。そして零と、その妹である和美(かずみ)はテレビゲームで対戦している。

 因みにオーナーであるトラビスは、別の町のストリートレーサーと約束があると言って外出中だ。

 

「ねぇレナ、紅夜から連絡無いの?………って、寝てるし」

 

 Porscheの窓を叩いて中に居るアレクサンドラに呼び掛けるエメラリアだが、気持ち良さそうに寝ているのを見て小さく溜め息をつく。

 そんな彼女に、対戦が一段落した零が思い出したかのように声を掛けた。

 

「そう言えばレナ、エメルが来る前に紅夜から連絡来たって言ってたよ?」

「ホント!?何て言ってたの零!」

 

 それに食いついたエメルは、ターゲットを彼に変更して詰め寄る。その際ちょうど和美と画面の間に割り込む形になり、和美から『画面が見えない』と苦情が入るがガン無視だ。

 

「えっと……確か、試験生で入った学校のスクールアイドルのマネージャーになったとか言ってたな」

「……は?」

 

 笑顔から一転してポカンとした表情を浮かべるエメラリアは、暫くその表情のまま固まっていたが、やがて復活した。

 

「スクールアイドルのマネージャー?紅夜が?」

「ああ。言っておくけど、コレは嘘じゃないよ。僕や和美も2人の電話聞いてたから、間違いない」

「……………」

 

 信じられないと言わんばかりの表情を浮かべるエメラリア。

 人間不信も未だ完治しておらず、自分達走り屋仲間や日本の家族、幼馴染みにしか心を開いていない紅夜が、出会って間もない連中と共にグループとして活動しているという事にかなり驚いていた。

 

「どうやら数日前から勧誘されてたみたいでね。ずっと断ってたんだけど、何か別の女の子に説得されて、引き受けたんだって」

「へぇ~、あの紅夜がねぇ……」 

 

 零の隣に腰を下ろしたエメラリアは、染々とした様子で呟く。

 自分が信用している人間以外とは必要以上に関わろうとしない紅夜を動かした人物に対して、少なからず興味が沸いていた。

 

「とはいっても、1ヶ月くらいの期間限定らしいんだけどね…………まあ取り敢えず、今回の話を機に、紅夜の人間不信が少しでも改善される事を祈るよ」

 

 そう呟く零に、和美とエメラリアは揃って相槌を打った。

 瑠璃や達哉といった日本の幼馴染みや家族もそうだが、零達もまた、紅夜が抱えている問題を知る者として、彼の人間不信が一刻も早く完治する事を望んでいるのだ。

 

「おーっす!」

 

 そこへ、赤いシャツにパーカーを羽織り、白い帽子をかぶった男が入ってきた。

 彼の名はスパイクといい、トラビスの走り屋チームのメンバーだ。

 BMW M2を愛車とし、トラビスから『スピード小僧』と呼ばれるだけあって、誰よりも速く走り抜ける事に重きを置いている青年だ。

 

「あっ、スパイクじゃん。どうしたの?レースのお誘い?」

「ああ。元々そのつもりだったんだが、ちょっとお客さんが来ちまってな。連れてきたのさ」

 

 それに気づいて声を掛けてきた和美にそう言うと、スパイクは出口の方へ顔を向けて呼び掛けた。

 

「おーい、入って良いぜ!」

 

 すると、紫色のロングヘアを後頭部で1つ結びにした女性が入ってくる。

 その瞬間、3人の表情が驚愕に染まった。

 

「「「イレーネ!」」」

 

 同時に名を呼ぶと、イレーネと呼ばれた女性は笑みを浮かべ、小さく手を振った。

 

 

 彼女、イレーネ・カーミラとMAD RUNの出会いは、昨年9月のある日。トラビスに勧められ、MAD RUN全員でベンチュラ・ベイから北東へ約700㎞進んだ先にある都市、フォーチュンバレーへ遠征に出掛けた日に遡る。

 

 この日は各自でフォーチュンバレーを自由に散策する事になっており、紅夜は持ってきていたSilviaでシルバーロックのビリオネア通りを観光していたところ、フォーチュンバレーに蔓延る裏組織、ハウスが主催するストリートレースで勝利したレーサーが男数人に乱暴されかかっているところに遭遇。そのまま車ごと乱入して救出したのだが、それが、訳あって正体を隠していたイレーネだったという訳だ。

 その後、ある人物との出会いやその他の紆余曲折を経て、紅夜は彼女や仲間と共にハウスを壊滅させたのである。

 

 

「紅夜を見送って以来だねイレーネ。あれから調子はどうなの?」

「ああ、零。皆元気にやってるよ。このベンチュラ・ベイが霞んで見えるくらいに盛り上がってるさ」

「おっ、言ってくれるじゃない」

 

 そんなやり取りを交わして盛り上がる3人を暫く眺めていた和美は、同じように蚊帳の外になっているスパイクに声を掛けた。

 

「イレーネとは何処で会ったの?」 

「ガレージの前だよ。ダウンタウンで良いレースがあるからお前等も誘おうと思って来たら、先に彼奴が居てな。そのまま連れてきたって訳さ」

 

 そう言うと、スパイクは時計を確認し、次に話し込んでいる零達を見て苦笑を浮かべた。

 

「レースまで未だ時間はあるが………こりゃ、参加するって雰囲気にはならなさそうだな。入った時からそうだったが」

「……何かごめん、せっかく誘いに来てくれたのに」

「気にすんなよ。マヌやロビンだって、今頃各々の場所でのんびりやってるだろうし」

 

 手をヒラヒラ振りながらそう答えたスパイクはガレージを見渡し、1人足りない事に気づいた。

 

「そういや、レナはどうしたんだ?今日は休みか?」

「ううん、車で寝てるよ」

 

 和美は、アレクサンドラが寝ているPorscheを指差した。スパイクはそちらへ近づいていって中を覗くと、笑いを堪えながら戻ってきた。

 

「ホントだ……てか俺、あんな口開けてグーグー寝てるレナなんて、初めて見たぜ………!」

 

 そう言う彼は、余程面白かったのか両手で口元を覆っている。

 

「それ、レナには言っちゃ駄目だよ?ぶん殴られるから」

「ククッ……ああ、分かってる…!」

 

 スパイクは、そう答えた後も暫くは必死に笑いを堪えていたが、やがて落ち着きを取り戻す。それと同時に、零達3人のお喋りも終わった。

 

「いやぁ~、紅夜を見送った後も色々話した筈なのに、また話し込んじゃったね」

「まあ良いじゃない、楽しかったし」

 

 イレーネの肩をポンポン叩きながら言うエメラリアだが、そこで漸くスパイクに顔を向けた。

 

「そういやスパイク、アンタ今日はレースに誘いに来たとか何とか言ってなかったっけ?」

「……あっ!」

 

 スパイクは大慌てでスマホを取り出して時刻を確認し、盛大に落ち込んだ。

 

「やっちまった…………結構良いレースだったのに逃しちまった」

 

 ガックリと肩を落とすスパイク。これがアニメや漫画なら、彼は間違いなく暗いオーラを纏っているだろう。

 

「あ~、ごめんねスパイク。僕等が話し込んでたばっかりに」

「……別に良いさ。俺も和美と話してて、レースの事忘れてたから」

 

 すまなそうに謝る零にそう言って、スパイクは体を起こす。

 

「仕方無い、今日はもう引き上げるかな」

「……あっ、待ってスパイク」

 

 興が削がれたのか、踵を返してガレージを出ようとするスパイクだが、それをイレーネが呼び止める。

 

「せっかくこうして集まってるんだし、皆で走りに行かない?ボク、この町の事殆んど知らないからさ。良かったら案内してほしいんだ」

 

 自分がいきなり来たためにスパイクの予定を狂わせてしまった事へのせめてもの詫びのつもりなのか、代わりのプランを提案するイレーネ。

 それを受けた零達の反応は良く、3人は賛成していた。 

 

「ねぇ、スパイク。せっかくだし行こうよ!コレも良い機会だと思ってさ!」

 

 零にそう言われたスパイクは暫く考えた後、フッと笑みを浮かべた。

 

「……断る理由も無いか」 

「よしっ、じゃあ私はレナの奴叩き起こしてくるから、皆は先行ってて!」

 

 エメラリアはPorscheの方へと駆けていくと、ドアを開けて揺さぶるという中々強引なやり方で起こしにかかる。

 そんな光景を背に、4人は外に出て自分の車に乗り込み、残りの2人が出てくるのを待つ。

 

 当然の事だが、こうして車に乗り込むと互いの声は殆んど聞こえなくなる。そんな時に活躍するのが、レーサー達の間で使われている通信道具、bl@h(ブラー)である。

 

『それにしてもイレーネ。前見た時も思ったが、お前凄いの乗ってるよな』

『フフッ、そうだろ?イタリアが誇るスーパーカーの1つ、Lamborghini Murciélago!お金を貯めたら、絶対買おうって思ってたんだ!』

 

 自慢気にそう言って、窓から手を出してボディを軽く叩くイレーネ。

 だが、そこで和美のKY発言が炸裂する。

 

『まあそれ、アウトローラッシュの賞金の他にもハウスから慰謝料って名目で巻き上げまくった連中の資金とか、コレクターの野郎からパクった車売って得たお金で買ったのは内緒だけどね……』

『コラ、和美!今それを言うんじゃない!』

 

 和美はボソボソと言ったつもりなのだろうが、bl@hが通話状態になっている以上はその呟きも丸聞こえで、零から小言が飛ぶ。

 

 アレクサンドラとエメラリアが出るのを待っている間も、4人はやり取りは止まらない。

 

『まあ、コレクター………と言うかハウスには、父さんの車を盗まれたり乱暴されかけたりと散々な目に遭わされたからね。それに、彼奴等のせいで町を追われたストリートレーサーも大勢居るんだから、あれくらいやったところで何とも思わないさ』

 

 そう言いながらフォーチュンバレーでの出来事を思い出したのか、イレーネの表情が悪人のそれに変わる。

 bl@hからも、それを感じ取った零やスパイク達の声が聞こえてきた。

 

『おやおや、怖いねぇ』

『悪人の匂いがプンプンするぜ』

『いや兄さん、それで怖いなら紅夜はどうなるの?彼奴、Silvia盗もうとしてたハウスの連中にキレて一方的にぶちのめしてたけど』

『紅夜は別格だ。ついでに言うとレナも』

『それは言えてるね』

 

 然り気無くMAD RUNのトップ2人を怪物扱いする零達にイレーネが笑っていると、漸く残りの2人が各々の愛車と共にガレージから出てきた。

 エメラリアがCamaroで出てきたのに対し、アレクサンドラはPorscheだ。大方、零達を待たせているから車を乗り換えるかどうかを決める時間を与えなかったのだろう。

 

『ごめんごめん、レナが中々起きなくて』

『だって、凄く良い夢見てたんだもん………あ~あ、今頃夢の中のアタシは紅夜とホテルに……』

『おい、それどういう意味だ。詳しく話せ』

 

 零達に謝っていたエメラリアは、アレクサンドラのその言葉に瞬時に食いつくが、これは2人が居る状態で紅夜関連の話をした時にはよくある事である。

 

『あはは、この2人は相変わらずだね』

『ごめんねイレーネ、お見苦しいところを』

 

 溜め息混じりに謝る零だが、イレーネは変わらず笑っていた。

 

『いや、気にしなくて良いよ。2人の気持ちは分からなくもないし』

『分かるのかよ……』 

 

 スパイクが呆れたように言った。

 紅夜に好意を持っているのは、彼が知っているだけで3人。そう、アレクサンドラとエメラリア、そしてイレーネである。

 だが、普通の女性と比べると何処か感覚が狂っているため、もっとまともなのは居ないのかと内心呟くのがお約束となっていた。

 

『それもそうだけど、そろそろ行かない?時間無くなっちゃうよ?』 

 

 このままお喋りで時間が潰れると思われた時、和美からそんな一言が飛ぶ。見ると、和美のNSXと零のRX-7がノロノロと走り出していた。

 

『ああ、ごめん和美………』

『悪い悪い。それじゃお前等、行こうぜ!』

 

 そうして、6台のスポーツカーが列になって走り出す。

 その後、彼等のベンチュラ・ベイ巡りは夕方まで続き、ガレージに帰ってくるや否や、そのまま各々の車内で寝てしまうのであった。




 漸くMAD RUNのメンバー全員出せた……

 登場人物設定を書くのは未だ先になりそうですが、取り敢えずメンバーが持ってる車と色だけ挙げます。

 紅夜:Nissan Skyline GT-R BNR34(青)
Nissan Silvia S15 Spec R(銀)
 アレクサンドラ:Porsche 911 Carrera RSR 2.8(黒)
Ford Mustang 1965(黒)
 エメラリア:Chevrolet Camaro Z28(黒)
 零:Mazda RX-7 FD3S Spirit R(群青)
 和美:Honda NSX Type R(黄)


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第22話~アウトローの初マネージャーとクォーター姉妹~

 土曜日の夕暮れ、神田明神では練習に励む穂乃果達μ'sの姿があった。

 そこには勿論、新入生歓迎会までの期間限定マネージャーとなった紅夜の姿もある。

 

「1、2、3、4、5、6、7、8……!」

 

 彼の手拍子と掛け声に合わせ、辿々しさを見せながらもステップを踏む3人。この様子から分かるように、彼女等が今やっているのはダンスの練習だ。

 曲が昨日の時点で出来ていた事に加え、ことりがある程度の振り付けを考えていたのもあり、今回からはダンスの練習も取り入れられたのだ。 

 

 ライブ本番までの残り時間は、もう1ヶ月も残されていない。にもかかわらず、彼女等は未だに歌やダンスといったパフォーマンス面の練習に踏み出せていない。

 つまり3人は、この残り少ない時間で1年生に見せられるだけのパフォーマンスを仕上げなければならないという事だ。

 だからこそ、こうして早速ダンスの練習を取り入れている。少しでも多くパフォーマンスの練習時間を確保するには、それしかない。

 そのため練習前に話し合った結果、今後の練習では午前に体力作りを少し短縮して行い、空いた時間にダンスや歌の練習を。そして午後は、ダンスや歌の練習をメインにする事に決まったのである。

 

「……よし、ストップ!」

 

 紅夜が号令を掛けると、3人の動きが止まる。

 ダンスの練習をするのは今日が初めてというのもあり、いきなりは通さず一定の区間で区切り、元々の曲よりテンポを落として行ったのだが、それでも彼女等の表情には疲れの色が出ている。

 

「今日はここまでだ。お疲れ様」

 

 そう言って、スポーツドリンクのボトルを渡す紅夜。

 余程喉が乾いていたのか、3人はそれを受け取るや否や蓋を開けて口をつける。

 海やことりが少しずつ飲んでいる中、穂乃果は一気に半分以上飲んでいた。

 顔を上に向けて片手を腰に当て、上体をやや反らしてごくごくと喉に流し込んでいく。

 

「んくっ、んくっ………ぷはぁーっ!この1杯のために生きてるなぁ!」

「会社帰りのサラリーマンですか………」

 

 海未が呆れ顔でツッコミを入れ、ことりが苦笑を浮かべる。何時もの3人のやり取りだった。

 

「……………」

 

 そんな彼女等を尻目に、紅夜はルーズリーフタイプのメモ帳を開いて今日の練習内容やその反省点を書き留めていた。

 

「こんなモンかな」

 

 そう呟くと、紅夜はそのページを外して3人に差し出した。

 

「今日の反省点を纏めといたから、後で写真撮るなりして家でも確認しておいてくれ。素人の意見だが、無いよりはマシな筈だ」

「うん、ありがとっ!」

 

 メモ用紙を受け取り、笑みを浮かべて感謝を伝える穂乃果。海未とことりもそれを覗き込むと、揃って笑みを浮かべた。

 

「本当に、長門さんがマネージャーになってくれて良かったですね。練習中も分かりやすく教えてくれましたし」

「そうだね。振り付けの修正とかも考えてくれたから、ことりも助かっちゃった!」

「…………」

 

 紅夜は、そんな3人に言葉を失っていた。

 

「(変な奴等だ、文句1つ言ってこねぇ………今まで勧誘拒否してきた人間が、偉そうにマネージャー面してあれこれ指示出してんだぞ?何故不満を言わない?)」

 

 今まで何度も勧誘を断ってきた自分が指示を出しているのに、彼女等は嫌な顔1つせずに従っている。

 休憩中にトイレに行くと嘘をついてその場を離れ、物陰に隠れて彼女等の会話を聞いてみたのだが、愚痴を溢している様子も無かった。

 

「本当にありがとね、長門君!」

 

 終いには、こうして感謝を伝えてくる。

 そんな彼女等の反応は、果たして演技なのか、それとも本心なのか…………それは、紅夜には分からなかった。

 

「あ、ああ……」

 

 そのため、返事もいまいちパッとしない。気まずそうに目線を逸らし、頬を掻いている。

 その後は次に集まる日時を決め、今日は解散となった。穂乃果達は神社の裏で着替えるとの事なので、紅夜とは此所でお別れだ。

 

「じゃあ、また明日な」

「うん!」

 

 穂乃果が答えると、残りの2人が彼女を挟むようにして1列に並ぶ。

 

「……どうした?」

 

 怪訝そうに首を傾げる紅夜。だが、3人はそれに答えず互いに顔を見合わせると、改めて紅夜に顔を向け、深々と頭を下げた。 

 

「「「ありがとうございました!」」」

「…………」

 

 またしても、紅夜は言葉を失う。この言葉は、MAD RUNに居た時でも言われた事が無い。

 

「(コイツ等、今日1日で何回俺を困惑させれば気が済むんだ?)」

 

 そう心の内で呟きながらも、『ああ』と短く返す紅夜。そして踵を返すと、今度こそ愛車の元へ向かう。

 長い石段を下りて路地を進み、コンビニの駐車場に入る。すると彼の愛車、R34が待っているのが見えた。

 共にアメリカのストリートを駆け抜けてきた愛車の姿に、紅夜は頬を緩ませる。

 

「ようR、待たせて悪いな」

 

 そう言いつつ乗り込んだ紅夜は、キーを回してエンジンに火を入れる。

 すると、1026馬力を誇るRB26DETTエンジンが目覚め、キュルキュルと短く音を立てた後に唸りを上げた。

 

「ふぅ、何時聞いても良い音してるぜ……」

 

 シートに深く凭れ、目を瞑って愛車の力強い鼓動を感じ取る紅夜。

 やや強めにアクセルを煽ってやると、独特のエキゾーストノートが耳に飛び込んでくる。

 ストリートレーサーの楽しみとは、ただ車を走らせるだけではない。外装は勿論、心臓でもあるエンジンにも手を加えて世界にたった1台しかない自分だけの車を作り上げ、その鼓動を感じ取るのも、ストリートレーサーの楽しみの1つだ。

 

「……っと、こうしてる場合じゃなかった」

 

 このまま余韻に浸っていたいところだが、此所はトラビスのガレージではないため、何時までも留まっている訳にはいかない。

 紅夜はギアを入れて車を発進させ、自宅へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、とある歩道では私服姿の少女が2人、立ち往生していた。

 絢瀬絵里と、その妹である亜里沙(ありさ)だ。

 

「全く、こんな事になるなんて………今日はついてないわね」

 

 頬を掻きながら、絵里はそう呟いた。

 彼女の手には大きな穴が開いたレジ袋が握られており、足元には、先程までその袋に入っていたのであろう食材や飲み物のペットボトル、パック等が散乱している。

 

「それにしても、まさかレジ袋がこんなに破れやすくなってるなんて思わなかったわ。やはり家からエコバッグ持ってくるべきだったわね」

 

 そう言って深く溜め息をつく姉に、亜里沙はコクコクと相槌を打った。

 

 今の世の中、殆んどの客がエコバッグを持参している中、彼女等はレジ袋を使っていた。その理由は単純明快、エコバッグを自宅に置き忘れてきたからだ。

 しかもそれに気づいたのが会計を終えた後である事に加え、そういう時に限って買い物の量が多いときたものだから、何とも不運な事である。

 家に取りに帰る時間も惜しいため、一番重いものには袋を二重にして対策を施したものの、重みに耐えきれなかったのか穴が開いてしまい、この有り様だ。

 

「お姉ちゃん、どうする?」

 

 亜里沙が不安そうに訊ねた。

 自分達は今、自宅からスーパーまでのちょうど中間地点に居る。スーパーへ袋を貰いに戻るとしても、何とか家まで持っていくとしても、この散乱した荷物を抱えて歩くのは避けられない。

 

「(なら、このまま家まで抱えていくのが良いわね。スーパーに戻るより早く終わるし)」

 

 そう決心した絵里は散乱したものを集め、自分と亜里沙が持つ分を分ける。

 その結果、亜里沙は比較的軽い食材を、絵里は重い飲み物のペットボトルやパックを持つ事になった。

 

「じゃあ亜里沙、悪いけどこれだけ持ってくれる?私は此方を持つから」

「う、うん」

 

 亜里沙は頷き、絵里から食材を受け取る。そして絵里が飲み物のペットボトルやパックを抱え、歩き出そうとした、その時だった。

 

「ん?あれって……」

「え?」

 

 交差点を曲がり、此方へ向かってくる1台の青いスポーツカーが、彼女等の目に留まる。

 ボンネットやルーフが黒く染まったそれは、絵里にとって見覚えのあるものだった。

 

「長門君……?」

 

 ポツリと、頭に浮かんだ人物の名を口にする絵里。向こうもそれに気づいたのか、ハザードランプを光らせて車を寄せ、2人の前で止まった。

 

「絢瀬か、奇遇だな」

 

 助手席の窓が開き、ドライバーが声を掛ける。

 ポニーテールの白髪に、左目を覆い隠す黒い眼帯。彼女の予想通り、紅夜だった。

 

「見覚えのある車がやって来たからまさかと思ったけど……やっぱり、長門君だったのね」

 

 そう言う絵里は、安堵の表情を浮かべていた。

 

「まあ、こんな改造したRを乗り回す人間なんて俺くらいしか……ん?おい、ソイツは誰だ?」

 

 紅夜は、物珍しそうに自分の車を眺めている亜里沙を指差した。

 

「妹の亜里沙よ。買い物に付き合ってもらってたの……ホラ、亜里沙」

「初めまして、絢瀬亜里沙です!お姉ちゃんがお世話になってます!」

 

 絵里に促され、自己紹介をする亜里沙。

 初対面の人間にここまではっきりと言うその姿は、何処と無く穂乃果を連想させる。

 

「……長門紅夜だ。此方こそ、お姉さんには世話になってる」 

 

 そんな彼女に当たり障りの無い自己紹介を返した紅夜は、2人が必死になって抱えている食材やペットボトルに気づいた。

 

「ところで、なんで食材やペットボトルを袋に入れてないんだ?」

「ッ!じ、実は……」

 

 気まずそうにしながらも、こうなるまでの経緯を説明する絵里。

 エコバッグを忘れた2人の自業自得とは言え、こんな所で袋が破れて立ち往生する羽目になった事に、紅夜は同情した。

 

「それは、何と言うか………災難だったな」

「ええ。まあエコバッグ忘れた私達が悪いんだけどね……」

 

 そう言う絵里の頭に、ある案が浮かんだ。

 

「ねぇ長門君、お願いがあるんだけど……」

「……『家まで乗せていってくれ』ってか?」

 

 絵里はコクりと頷いた。

 袋が破れるだけあって、2人が抱えている荷物は多く、持ちにくい上に重い。

 現に、亜里沙は今にも落としそうなのを何とか踏ん張っている状態で、絵里もまた、ペットボトルやパックを抱えている腕が震えている。

 この状態で歩けば家に着くまでに何度落とすか分からないし、それが思わぬ事故に繋がる可能性もある。

 

「図々しいのは分かってるけど………お願い出来ないかしら?」

「……………」

 

 紅夜は直ぐには返事を返さず、シートに背を預けた。

 『歩いて行ける距離なら親でも呼べ』と言ってしまうのは簡単だが、それが出来るならとっくに呼んでいるだろうし、既に呼んだというのなら、自分に助けを求める必要は無い。

 つまり、自分に助けを求めるしか手段が無いから、絵里はこうして頼んできているのだ。

 

 チラリと目を向けると、絵里と亜里沙が不安そうに此方を見つめている。その表情には、『やはり駄目か……』という諦めの色も見られる。

 

「はぁ……俺は無料タクシーじゃないんだがな」

 

 紅夜は溜め息混じりに呟いた後、助手席のドアを開けた。

 

「まあ良いだろ、さっさと乗れ」

「……!ありがとう!」

「やった!ありがとうございます!」

 

 2人は顔を輝かせてそう言うと、荷物を纏め直して車に乗り込む。

 先に亜里沙が乗り込んで後部座席に座り、隣に荷物を置く。そして絵里が、ナビのために助手席に座った。

 

 それから紅夜は車を発進させ、絵里のナビに従いながら彼女等の自宅を目指す。

 

「長門君、その交差点で左に曲がって、後は真っ直ぐよ」

「ああ」

 

 コクりと頷き、絵里が言った通りに車を動かす紅夜。

 そして暫く走らせると、絵里から止めるように指示が出たため、ハザードランプを光らせ、路肩に寄せて止めた。

 

「着いたわ、この家よ」

 

 そう言って絵里が指差したのは、白を基調とした2階建ての一軒家だ。

 家の敷地内には駐車場と思しきスペースが見られるが、車は1台も無かった。

 

「(成る程な。親御さんが家に居ないから、助けを呼ぼうにも呼べる人が居なかったって訳か)」

 

 そう結論を出し、1人で頷く紅夜。その後は2人と協力して、彼女等の荷物を家に運び込んだ。

 

「……よし、これで全部ね」

 

 亜里沙が最後の荷物を入れるのを見届けると、絵里はそう言って紅夜に向き直った。

 

「ありがとう長門君、お陰で助かったわ」

 

 エコバッグを自宅に忘れるというミスをした事により、袋が破れて妹共々立ち往生する憂き目に遭った絵里だが、偶然通り掛かった紅夜のお陰で無事に我が家へ辿り着く事が出来たのだから、彼には感謝していた。

 

「別に大した事はしていない、練習帰りに偶然通り掛かっただけだからな」

 

 紅夜がそう言うと、絵里の顔から笑顔が消えた。

 

「練習、ねぇ………それって、スクールアイドルの練習かしら?」

 

 そんな絵里の言葉に、紅夜の目が見開かれた。彼が穂乃果達μ'sのマネージャーを引き受けた事は、自分達4人と希しか知らない。にもかかわらず彼女も知っている事に、彼は驚いていた。

 

「あ、ああ。そうだが…………何故分かった?少なくともお前に話した覚えは無いが……東條にでも聞いたのか?」

「いいえ、希からは聞いてないわ」

「なら、誰から?」

「……まあ、ちょっとね」

 

 訊ねてくる紅夜にそんな曖昧な返事を返した絵里は、玄関から此方の様子を窺っている亜里沙に家の中で待っているように伝え、再び紅夜に顔を向けた。

 

「ねえ長門君。月曜日の放課後、少し時間を貰えないかしら?車の中では言えなかったけど、貴方に話したい事があるの」

「あぁ、悪いが明日は──」

「お願い。なるべく時間は取らせないようにするから」

 

 紅夜の言葉を遮り、絵里は真剣な眼差しで言う。何を言おうとしているのかは分からないが、この様子から単なる世間話ではないだろう、紅夜は予想した。

 

「(………まあ、練習場所は知ってるし、コイツの話が終わって直ぐ向かえば、練習には間に合うか)」

 

 そう考えた紅夜は、コクりと頷いた。

 

「ありがとう。じゃあ月曜日の放課後、生徒会室に来てちょうだい。そこで話しましょう」

「ああ……じゃあ月曜日にな」

 

 そう言って車に戻った紅夜はエンジンを掛けて車をゆっくり発進させ、挨拶代わりにクラクションを短く鳴らして家路につく。

 

「貴方なら、分かってくれるかしら……?」

 

 去っていくR34の後ろ姿を見送りながら、絵里は小さく呟く。そして家に入ると、何を話していたのかと訊ねてくる妹への返事もそこそこに、夕飯の準備に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 そして日曜日も飛ぶように過ぎていき、あっという間に月曜日がやって来る。



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第23話~アウトローとμ'sとエリーチカ~

 後れ馳せながら、明けましておめでとうございます。
 今年もまた1年、よろしくお願いしますm(_ _)m


 月曜日の放課後、授業という拘束から解き放たれた生徒達が各々の場所へ向かう中、絵里との約束を果たすべく生徒会室へ向かおうとしていた紅夜は、彼女と会う事に不安を感じている穂乃果達への対応に追われていた。

 

「……だから昨日も言っただろ?ちょっと話をしに行くだけだ。そこまで気にする事じゃない」

「で、でも……」

 

 紅夜が呆れたようにそう言っても、一向に表情が晴れない3人。

 

「長門君、本当に大丈夫だよね?生徒会長に言われて、マネージャー辞めたりしないよね?」

「いや、何故ちょっと呼ばれたってだけでそんな話が出てくるんだ………まあ、少なくとも新歓ライブが終わるまでは辞めないから、安心しろ」

 

 念を押すように訊ねてくる穂乃果に、紅夜は面倒臭そうに答える。先程からずっと、絵里と会う事に不安を感じている彼女等に質問されてはそれに答えるというやり取りを繰り返していたため、いい加減答えるのも疲れてきたのか『早く解放しろ』という彼の心情が態度に出てきていた。

 

「(やれやれ、さっさと用事済ませに行きてぇんだけどなぁ………)」

 

 明後日の方向へと顔を向けた紅夜は、小さく溜め息をつく。

 彼がこのような状況に置かれている経緯を説明するには、昨日の夕方にまで遡らなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、そうそう。言い忘れていたが、明日の放課後の練習は少し遅れる」

「えっ、そうなの?何か用事?」

 

 日曜日の夕方。練習を終えた3人に声を掛けると、穂乃果が聞き返してくる。海未やことりも、その理由が気になったのか紅夜の方へと目を向けている。

 

「ああ、実は絢瀬と会う事になっていてな。放課後、生徒会室に行かなきゃいけないんだ」

「「「え……?」」」

 

 紅夜がそう答えると、3人の表情が固まった。

 

「い、今……何と?」

「だから、絢瀬と会う事になっているんだよ。土曜日の夕方に偶然会って、その時に『話したい事がある』って言われてな」

 

 恐る恐る聞き返してくる海未にそう答えた紅夜は、水筒の茶に口をつける。

 

「「「……………」」」

 

 そんな彼を暫くポカンと見つめていた穂乃果達だが、言われた事に頭の処理が追いつき、生徒会室という単語から彼の言う人物が絢瀬絵里の事だと理解すると、不安そうな表情を浮かべた。

 

 彼女等3人と絵里の関係は、お世辞にも良いものとは言えない。寧ろ敵対していると言っても過言ではないだろう。何せ、絵里はスクールアイドルに対して否定的で、初めてアイドル部設立の申請をしに行った時や真姫に作曲を頼んだ日も、自分達の活動を否定していた程だ。更に言えば、講堂の使用許可も希が取りなしてくれたから貰えたようなものであり、もしあの場に彼女が居なければ、突っぱねられていた可能性もある。

 つまり、今の穂乃果達から見た絵里は、理由は不明だが自分達の活動を妨害しようとしているようなものであり、このマネージャーはそんな彼女の元へ行くと言っているのだから、3人の反応はある意味当然のものだった。

 

「あ、絢瀬とは、生徒会長の事ですよね………?一体、何故呼ばれたのですか?」

「さあな………まあ一応、此所には試験生として来た訳だから、その近況が聞きたいんじゃないのか?と言っても未だ1週間しか経ってないから、話すようなネタなんて殆んど無いが」

 

 海未からの質問に淡々とした口調で答えた紅夜は、ポケットから取り出した車の鍵を指でクルクル回し始める。

 

「な、何か随分余裕そうだね…………不安にならないの?」

「不安……?何故、ちょっと呼び出されただけでそんな気持ちになるんだ?別に後ろめたい事なんて1つも無いのに」

 

 海未に続けて質問してくることりに、紅夜は逆に聞き返した。

 

 日本に来てからというもの、紅夜はこれといって事件や事故を起こしたりはしていないし、ましてや犯罪に関わってもいない。彼がやった事と言えば、精々花陽や凛に絡んでいた不良達を車で追い払い、その際に騒音や煙を起こした程度だ。

 この件を知っているのは当事者である花陽や凛、そして紅夜と不良達である上に、紅夜はずっと車内に居たので不良達に素顔は知られていないし、仮に顔を見られたとしても、まさか車のドライバーが学生で、しかも音ノ木坂学院の試験生だとは思わないだろう。そして花陽や凛も、他の生徒に言いふらしたりはしていない筈だ。

 そのため、少なくともこの件で呼び出されたとは考えられず、これ以外に何かしらの事件に関わった訳でもないため、紅夜はこのような返事を返したのだ。

 

「だ、だって……生徒会長に、呼び出されたんだし………」

 

 気まずそうに言うことりに、『何じゃそりゃ』と内心でツッコミを入れる紅夜。

 少なくとも彼女に対して悪い印象は抱いていない彼からすれば、彼女等が何故、ここまで自分が絵里と会う事を不安がるのか理解出来なかった。

 

「何だお前等、絢瀬が嫌いなのか?」

「い、いえ。別に、嫌いという訳ではないのですが……」

「ちょっと、苦手と言うか………」

「う、うん……」

 

 3人はそう答えるが、いまいち釈然としないものだった。

 そのまま暫く彼女等を見つめた後、彼は興味を失ったのか視線を逸らし、荷物を持った。

 

「……まあ良い。兎に角そういう訳だから、明日はお前等で先に行っててくれ」

 

 そう言うと、紅夜は踵を返してさっさと歩き出し、車の元へ行ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在、こうして穂乃果達にしつこく詰め寄られているという訳である。

 

「(やれやれ………絢瀬と何があったのかは知らんが、ちょっと話をしに行くだけでここまで心配してくるとはな)」

 

 内心そう呟いた紅夜は、チラリと時計へ目を向けた。授業が終わってから、既に10分経過している。

 それ程時間が経ったという訳ではなく、『少し遅かったね』程度で片付く話なのだが、やはり早く着いておくに越した事は無い。

 

「(別に時間を指定した訳じゃないが、だからって長々待たせるのも彼奴に悪いし、コイツ等の練習時間も減っちまうからな……)」

 

 絵里との約束もそうだが、今の穂乃果達には、こんな不毛なやり取りをしている暇など無い。ライブに向けて、1秒でも多く練習時間を確保しなければならない。

 何時までも終わりの見えないやり取りなど早く切り上げ、各々の今やるべき事を遂行するべきなのだ。

 

「……お前等、もうそのくらいにしておけ」

 

 普段より更に低い声でそう言うと、3人は漸く黙る。しつこく質問した事で怒らせたと思っているのか少し怯えたような表情で見上げてくるが、そんな彼女等に構わず、紅夜は言葉を続けた。

 

「絢瀬と何があったのかは知らんが、俺はさっきも言ったように、ちょっと彼奴と話をしてくるだけだ。それにマネージャーの件も、少なくとも新歓ライブが終わるまでは、誰に何を言われようが辞めるつもりは無い。だからお前等は、安心して練習に専念していれば良い」

「「「……………」」」

 

 怒られると思っていたところに出てきたこの言葉に、ポカンとする3人。

 紅夜はこれ以上付き合っても時間の無駄だと判断し、机に置かれた荷物を手に取って歩き出す。

 

「あっ、長門君……!」

「俺はもう行くから、先に神田明神で練習しててくれ」

 

 呼び止めようとすることりを遮るようにそう言うと、紅夜は生徒会室へ向けて歩みを進める。

 

「(やれやれ、やっと出てこれたぜ………あのまま付き合い続けたら、出てこれるのは何時になっていたのやら……)」

 

 心の内でそう呟きながら歩くこと数分、彼はお目当ての生徒会室に着いていた。

 念のために身なりを整え、ドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

 中から絵里が返事を返してくる。紅夜はドアを開け、部屋に足を踏み入れた。

 

「よぉ絢瀬、待たせて悪いな」

「気にしないで。私もさっき来たばかりだから」

 

 そう返した絵里は、近くの椅子を勧める。紅夜は言われるがままに椅子に腰を下ろすと、室内をキョロキョロ見回した。

 

「そんなにあちこち見ても、面白いものなんて何も無いわよ?」

 

 苦笑混じりに言う絵里。彼女の言う通り、この生徒会室にあるのは片仮名の『コ』を描くように配置された机と椅子、そして机に置かれたパソコンと書類の山だけ。彼の興味を引きそうなものなど、何も無かった。

 

「ああ、すまない。生徒会室って所に入るのが初めてでな」

 

 子供のように室内を見回していたのが恥ずかしいのか、紅夜は頬を指で掻いた。

 

 アメリカの学校にも日本と同じように生徒会はあるのだが、暇な時間は全てアレクサンドラの家の手伝いやストリートレースに充てていた紅夜がそんなものに入る訳が無く、生徒会役員になった経験は勿論、生徒会室に足を踏み入れた経験も皆無だったのだ。

 

 そんな彼を微笑ましく思いながら、絵里は話を切り出した。

 

「それで長門君。貴方がこの学校に来てから1週間経った訳だけど、今のところはどうかしら?」

 

 紅夜が予想していた通り、絵里は開口一番に近況を訊ねてきた。

 

「……どうと言われても、未だこの学校に来て1週間しか経ってないのに話すようなネタなんて無いんだがな」

「別に、レポートに書くような難しい事を話せなんて言わないわ。友達が出来たとか、お気に入りの場所を見つけたとか、授業についていけてるかとか、そんなざっくりしたものでも大丈夫よ」

 

 苦笑混じりに言う絵里に『そうか』と返した紅夜は、この1週間を軽く振り返る。と言っても、基本的に自分の席で大人しく過ごすか穂乃果達からの勧誘の対処に追われるかの生活だったが、放課後や昼休みに校内を探険していたのもあり、音楽室や校舎裏という放課後の暇潰しスポットを見つけていた。

 特に音楽室は、一般生徒でも申請すれば自由に使えるというのもあり、紅夜としては重宝すべきスポットだった。

 

「成る程。この前男の人が歌ってるのが聞こえたからまさかと思っていたけど、やはり貴方だったのね」

 

 紅夜がその事を伝えると、絵里は漸く合点がいったとばかりに相槌を打った。

 生徒会の仕事をしている時に聞こえてきた男の歌声に、彼女も興味を持っていたのだ。

 

「ああ、音楽が趣味だからな。アメリカに居た時も、よく仲間とダンスやバンド演奏で馬鹿騒ぎしたものだ」

 

 その返答に目を丸くする絵里。物静かな紅夜がそんな事をしている姿が全く想像出来なかった。

 

「他の学校がどうなのかは知らんが、申請すれば一般生徒でも自由に使えるというのは大きいな。あそこは今後も、俺の暇潰しスポットとして使えそうだ」

 

 そんな彼女に構わずそう言葉を続け、鞄から水筒を取り出して中の茶を口に含む紅夜。

 

「そ、そう……」

 

 校舎裏なら兎も角、一応は授業で使う音楽室を暇潰しスポットと称する紅夜に、絵里は何とも言えない気分になりながらも頷いた。

 

「(前から不思議な人だとは思ってたけど………何か、聞けば聞く程謎が深まっていくような気がするわ………)」

 

 普段の振る舞いから物静かな性格なのかと思えば、ダンスやバンド演奏でアメリカの仲間と騒いでいたと言ったり、本来なら授業で使う音楽室を自分の暇潰しスポットと称する紅夜。

 物静かな彼と、ダンスやバンド演奏で騒ぐマイペースな彼。一体どちらが本物なのかと疑問が一気に深まるのと同時に、ペースが狂わされ、彼を呼び出した本来の目的を果たすタイミングが掴めなくなっていた。

 

「ふぅ……それで?」

「え?」

 

 そうしていると急に声を掛けられ、絵里はキョトンした顔で聞き返す。

 

「お前が言ってた話ってのは、これで終わりか?高坂達の練習を見に行かなきゃならないから、終わりならそろそろ行かせてもらいたいんだが」

 

 そう言って水筒を片付け、立ち上がろうとする紅夜。それをポカンと見ていた絵里だったが、直ぐ我に返り、彼を呼び出した本来の目的を果たす事にした。

 自分で『なるべく時間は取らせない』と言った手前、あまり長引かせるのは彼に悪いが、これだけは聞かなければならなかった。

 

「……後1つだけ、聞いても良いかしら?貴方がマネージャーをしている、スクールアイドルの事なんだけど」

 

 そう言うと、紅夜は動きを止めて絵里を見る。

 

「(そう言えばコイツ、前に話した時もスクールアイドルの話題に反応してたな……もしかして、興味あるのかな?)」

 

 先日、別れ際に彼女と交わしたやり取りを思い出しながら、紅夜は聞き返した。

 

「ああ、彼奴等がどうした?」

「あの子達の活動について、貴方が思っている事を聞かせてほしいの」

 

 またもや絵里は、返答に困るような質問を投げ掛けてきた。

 

「(思っている事、ねぇ………)」

 

 そんな彼女からの質問にどう答えたものかと、紅夜は首を捻る。

 と言うのも、彼は穂乃果達の活動については然程興味は無く、精々『やりたいならやれば良い』程度にしか考えていなかったのだ。

 そして、その考えはマネージャーを引き受けた今でも変わっていない。自分はただ、彼女等のマネージャーとして練習面のサポートをしていれば良い。そして彼女等の人柄についてどのような結果が出ようと、ライブが終わればマネージャーではなくなるのだから。

 活動を続けるかどうかも彼女等が決める事であり、自分がどうこうするような事ではないのだ。

 

「………まあ、やりたいならやらせておけば良いんじゃないか?」

 

 だから紅夜は、そんな返事を返す。自分はあくまでもマネージャーとしての仕事をするだけで、穂乃果達の活動について口を出すつもりはないのである。

 

「…………」

 

 その返答を受けた絵里は一瞬目を見開いたものの、直ぐに表情を戻す。

 

「それはつまり、あの子達の活動についてどうこう言うつもりは無い、という事かしら?」

「ああ、俺は所詮期間限定のマネージャーで、正規のメンバーじゃないからな。今後どうしていくかは彼奴等が決める事であって、俺がどうこうするようなものじゃないんだ」

「……そう」

 

 紅夜のその返答を受け、絵里は小さく頷く。だが紅夜には、彼女の表情が何と無く不満げに見えた。まるで、自分が望んでいた答えとは違うとでも言うような、そんな表情に見えたのだ。

 

「(コイツ一体どうしたんだ?スクールアイドルに興味あるのかと思ったらよく分からん質問してくるし………)」

 

 絵里が穂乃果達の活動に否定的である事を知らない紅夜は、彼女の反応に戸惑いを隠せない。

 

「……ありがとう、もう良いわ」

 

 そうして暫く沈黙した後、絵里はそう言った。

 

「時間を取らせてごめんなさいね。私はこのまま書類整理をするから、貴方はもう行っても大丈夫よ」

「あ、ああ………」

 

 戸惑いながらも頷いた紅夜は、生徒会室を後にする。そして駐車場へ向かい、愛車のR34に乗り込む。

 

「(それにしても、ただ絢瀬からの質問に答えるだけで終わっちまったが………結局彼奴は、俺を呼び出して何がしたかったんだ?)」

 

 自分を呼び出した本当の理由が分からないまま話し合いが終わった事に疑問を抱きつつ、紅夜は穂乃果達が待つ神田明神へと向かう。

 

「…………」

 

 そして絵里は、そんな彼を部屋から見送り、小さく溜め息をつくのだった。



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第24話~アウトローの送迎~

 皆様、超超超お久し振りです。
 最新話投稿から約2年。まさかこれだけ間が空くとは……


 絵里との話し合いを終えた紅夜が車を走らせている頃、神田明神では穂乃果達がダンスの練習に励んでいた。

 

「1、2、3、4、5、6、7、8………!」

 

 海未の掛け声をリズムとし、それに合わせてステップを踏む。

 

「ことり、穂乃果!」

「うん!」

「オッケー!」

 

 未だ始めて3日目だが、練習は順調に進んでいた。以前から海未の主導で体力作りのトレーニングをしていたのもあってか、動きのタイミングもある程度揃っている。

 そして好調のまま練習は終わり、5分間の休憩に入った。

 

「いやぁ~、結構上達したよね!未だ練習始めて3日しか経ってないのに」

 

 休憩に入ると、穂乃果が水筒を片手に言う。その表情は非常に晴れやかで、自分達が上達しているのを実感しているようだった。

 とは言え、全てが完璧に出来ているという訳ではない。未だダンスの練習を始めたばかりなのだから、当然細かいズレやミスは出るし、そもそも未だ練習出来ていない部分もある。更に付け加えると、これは講堂のステージの上で新入生に披露するものなのだから、笑顔を浮かべて踊れるだけの体力的余裕が無くてはならない。

 

 そう考えると彼女等の躍りの出来はまだまだだが、3人だけで練習していた時と比べて練習のクオリティが上昇しているというのも、また事実である。

 

「そうだよね。タイミングも揃ってたし」

「ええ。この調子でいけば、本番でも上手く出来るかもしれません」

 

 ことりと海未も同じように感じており、穂乃果の意見に頷く。

 

「(やはり期間限定とは言え、長門さんをマネージャーに引き入れたのは正解でしたね。正直言って私達だけでは不安でしたし、何より、たった3日でここまでのクオリティに持ってこれる自信もありませんし……)」 

 

 心の内でそう呟いた海未は、昨日の練習後に紅夜から渡されていたメモを取り出す。そこには、彼が練習中に見つけた3人の欠点や、その改善案が纏められていた。

 

 本人は『遊びでやっていた』と言っており、内容についても素人が書くようなものだと前置きしていたが、その台詞に反してメモに書かれている内容は的確で分かりやすく、彼が言ったように()()()()()()()()()()()()()が書いたものとは到底思えない。

 そんな彼からの意見は、幼稚園のお遊戯会や運動会の団体演技でしかダンスの経験が無い、それこそド素人である穂乃果達3人にとっては非常に役立つもので、現にそれは、彼女等のダンス技術の向上という形で証明されていた。

 

「(このまま、ライブが終わってもマネージャーを続けてくれると良いのですが………)」

 

 スクールアイドルを始めるまでは帰宅部だった穂乃果やことりとは違って弓道部に所属している彼女は、体作りのためのトレーニングメニューならある程度考えられるものの、それ以外、つまりダンスや歌に関しては他の2人と同様素人だ。そのため、遊びとは言えバンド演奏やダンスによって音楽にそれなりの知識がある紅夜は、正に喉から手が出る程欲しい人材なのだ。

 それに、あれだけマネージャーになるのを拒否していた割に練習態度は真面目で、未だ加入して間もないとは言え、これまで1度もサボる事無く練習に参加しており、海未の考えた練習メニューやことりの振り付けを訂正したり、練習が終わると、その日の要点をメモに纏めてくれている。

 

 穂乃果の思い付きに半ば強引に巻き込んだにも拘わらず真面目に参加する姿勢は海未としても高く評価しており、穂乃果達も彼の真面目な姿勢に感化されたのか、練習中に弱音を吐く事がめっきり減っており、今では寧ろやる気になっている。

 そして最近では、心なしか紅夜に懐いているようにも見え、海未自身も彼は信頼出来る人物だと思うようになっていた。

 だからこそ、彼女は紅夜が今後もマネージャーを続けてくれる事を望んでいた。

 

 彼の歌やダンスと言った技術を欲しているというのもあるが、それ以上に、μ'sの仲間として自分達と共に高みを目指してほしいと、そう思うようになっていた。

 

「海未ちゃん、そろそろ練習始めようよ!」

 

 物思いに耽っていると、穂乃果に声を掛けられる。その傍では、ことりも立ち上がって軽く準備運動をしていた。

 

「……そうですね。では、さっきの続きから始めましょう!」

 

 そんな2人の姿に海未は微笑むと、練習を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、紅夜は何時ものようにコンビニの駐車場に車を停めたところだった。

 エンジンを切って外に出ると、そのまま神田明神へと向かう。

 やたら長くて急な石段を上っていくと、海未の掛け声と手拍子が聞こえてくる。

 

「……やってるみたいだな」

 

 そのまま階段を上り終えると、ちょうど彼女等もステップの練習を終えたところらしく、紅夜を見つけた穂乃果が大きく手を振った。

 

「すまない、遅くなった」

 

 彼女等の元に近づき、練習に遅れた事を謝罪する紅夜だが、穂乃果は首を横に振った。

 

「ううん、大丈夫だよ」

「呼び出しを受けたんだから、仕方無いよね」

 

 ことりが言葉を付け加え、海未も相槌を打つ。

 

 その後は掛け声とリズム取りの担当を紅夜に変更して練習が再開され、夕暮れまで続いた。

 

「……よし、じゃあ今日はここまでにしよう」

「「「ありがとうございました!」」」

 

 スマホの時計で時刻を確認した紅夜がそう言うと、3人は横1列に並んで礼を言った。

 そして今日の練習での改善点を書き留めている紅夜に、穂乃果が声を掛けた。

 

「そう言えば長門君、生徒会長からの話って、結局何だったの?」

 

 その言葉に海未とことりも反応し、紅夜に視線を向ける。

 やはり自分達とは敵対的な彼女に呼び出されたためか、何を話したのか気になるようだ。

 

「大した事じゃない。この学校に来てから上手くやれているかと聞かれただけだ」

 

 穂乃果からの質問に淡々と答える紅夜だが、彼女は疑わしげな視線を向けている。

 

「本当に、それだけだったの?他に何か言われなかった?」

「ああ……まあ強いて言えば、お前等の活動についてどう思うかと聞かれたな」

「「「ッ!」」」

 

 メモを書きながら、まるでついでのように言葉を付け加える紅夜。本人からすれば大した事ではないのだが、これは3人にとっては一番聞き出さなければならない情報だった。

 

「そ、それで………長門さんは、何と答えたのですか?その質問に」

 

 おずおずと訊ねてくる海未。穂乃果とことりも、不安げな表情で紅夜の返答を待っている。

 

「……別に、やりたいならやらせれば良いとだけ答えておいた。お前等の活動について、俺にどうこう言う権利は無いからな」

 

 適当に言っただけのようにも受け取れるこの返答だが、少なくとも自分達の活動に否定的ではない事が分かったためか、3人は安堵した。

 これでもし彼も絵里の肩を持つような事を言っていたらどうしようかと、内心不安になっていたのだ。

 

「(それにしてもコイツ等、やけに彼奴の事を気にするんだな?放課後の時と言い今の反応と言い、マジで何があったんだか)」

 

 そんな彼女等の反応を疑問に思いつつも、紅夜は特に聞き出そうとはしない。

 自分はただ、与えられた役割を全うするだけで良いのだ。仮に3人と絵里との間に何かしらの確執があったとしても、それは彼女等が解決すべき問題であって、自分が首を突っ込む必要は無い。

 

「……よし、こんなモンかな」

 

 そうこうしている間に本日の要点を書き終えた紅夜は、メモ用紙を3人に渡す。

 

「これが今日の練習での改善点だ、各自で読んでおいてくれ」

 

 それだけ言ってメモ帳を鞄にしまい、神社を後にしようとする紅夜。だが、そんな彼に声を掛ける者が現れた。

 

「おや長門君、もう帰っちゃうん?」

 

 その声に振り向くと、そこには巫女服に身を包んだ希が立っていた。

 

「と、東條先輩!?何時の間に……」

 

 驚いて立ち上がる穂乃果達に、希はクスクス笑いながら言った。

 

「大分前から此所には居ったよ。ただ君達の練習の邪魔にならんように、奥の方に引っ込んでただけなんや」

 

 どうやら彼女等に気を遣っていたらしい。

 紅夜からすればそんな気遣いは無用だったのだが、何も言わない事にした。

 

「とまぁ、そんな事は置いといて………長門君」

「何だ?」

「アカンよ~。もうこんな暗いのに女の子放ったらかして自分だけ先に帰ろうなんて」

 

 そう言って空を指差す希。紅夜も見上げると、既に太陽は殆んど沈み、暗くなっていた。

 

「えりちに聞いたんやけど、長門君って車で登下校してるんよな?」

「ああ、そうだが?」

「いや、『そうだが?』じゃなくてやな……」

 

 呆れたように溜め息をつき、希は更に言葉を続けた。

 

「長門君は車で帰れるみたいから良いかもしれんけど、3人は歩いて帰らないと駄目なんや。その途中で怖~い男の人にでも襲われたら、大変やとは思わん?」

「……まぁ、そうだな」

 

 実際、大河と秋葉巡りをした帰りにチンピラ達に絡まれている花陽と凛を助けた事もあるため、紅夜は頷く。

 そして、希が何を言いたいのかも悟った。

 

「……つまり、コイツ等を家まで送り届けろって言いたいのか?」

「そういう事や」

 

 我が意を得たりとばかりに頷く希。そのやり取りに逸早く食い付いたのは穂乃果だった。

 

「え?家まで送ってくれるの!?」

 

 興奮した様子で、穂乃果は顔を近づける。その青い瞳はキラキラと輝いており、その姿はまるで、飼い主の帰還を喜ぶ子犬のようだ。

 

「ほ、穂乃果!近すぎですよ!それに家に送っていただくなど、長門さんに申し訳無いと言いますか……」

 

 穂乃果を宥めようとする海未だが、時折チラ見してくるのを見る限り、心の何処かでは期待しているのかもしれない。

 

「う~ん、確かにもう暗くなってるし、送ってくれるならことり達も安心出来るかなぁ~」

 

 ことりはことりで、真っ暗になった空を見上げながらそう言った。

 

「ほらな?」

「…………」 

 

 暫く沈黙していた紅夜だが、ここまで遅くなったのは自分にも少なからず原因があるために強く拒否する事も出来ず、やがて大きく溜め息をついた。

 

「仕方無い、さっさと帰り支度を済ませてこい」

 

 そう言うと、3人は練習直後とは思えない程に元気な返事を返し、荷物を取りに走った。

 

「……やってくれたな、東條」

「まあまあ、さっきも言うたけど、こんな暗い道を女の子だけで歩かせちゃ危ないってのは事実やん?それに……」

 

 そこで一旦言葉を区切った希は、荷物を纏める穂乃果達をチラリと見た後、再び紅夜へと視線を戻す

 

「こうやって、友達と一緒に帰るっていうのも悪くないとは思わん?学校卒業してから、こういう機会って全く無かったと思うし」

 

 確かに、彼女の言う通りだ。

 人間不信になってからは周囲の人間を拒絶していたために誰かと一緒に帰るなど論外だったし、アメリカに渡ってからは、中学時代はブライアンが送迎を行い、高校生になって車を手に入れてからは車通学となり、アレクサンドラや零、和美と共にさっさと帰宅していたために誰かと一緒に帰るという経験が少なかったのだ。

 

「ウチも一応は生徒会役員やし、あれからえりちに、長門君の事をある程度聞いてるからな………1年だけとは言え、こうして人生で2回目の高校生活を送る事になったんやから、こういう青春も味わってもらいたいんよ」

「…………」

「おっと、もう皆準備してきたみたいやね」

 

 希が言うと、紅夜は彼女の視線の先に目を向ける。そこには荷物を持った穂乃果達3人が立っていた。

 

「ホラ、長門君」

「分かってる…………行くぞ」

 

 そう言って紅夜が歩き出すと、穂乃果達も後に続く。

 階段を降りていく4人の姿が見えなくなるまで、希は笑顔で手を振り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 希と別れてコンビニの駐車場にやって来た4人は、車に乗り込み、出発しようとしていた。

 

 席順は海未とことりが後部座席に、穂乃果は助手席に座るという形になっていたが、これは穂乃果が駐車場に着くや否や『隣に乗りたい!』と言い出したためだ。

 各々の家の位置関係からことりや海未を先に送り届ける事になっているために2人を降ろす際には少々手間になるが、それさえ除けばどのような席順にしようと同じであるために特に反対する者は出ず、このような席順となった。

 

「ことり、スポーツカーに乗るのなんて初めてだよ!」

「まあ、身内がそういう趣味を持ってない限りそうでしょうね。スポーツカーは普通の車と比べて値段や維持費も高いと聞きますから」

 

 後部座席でそんなやり取りが交わされる中、穂乃果は珍しそうに車内を見回していた。

 

「……さて、そろそろ出るか」

 

 そう言って、愛車のエンジンを始動させる紅夜。

 すると、モニターにGT-Rのエンブレムが浮かび上がる。

 

「GT-R……?それって、この車の名前?」

「ああ、正しくはNissan Skyline GT-R V-specだがな。まあ長いからGT-RとかRとかSkylineとか、人によって呼び方は様々だ」

 

 紅夜はそう言いながらギアを入れ、車を発進させる。

 その後、最初に送る事になっている海未のナビを受けながら、彼女の家を目指す。

 

「……園田、次はどうする?」

「2番目の交差点を左に曲がってください。その先は真っ直ぐです」

「了解した」

 

 海未の指示通りに車を走らせる紅夜。その後は無事に彼女の家に到着し、次のことりも無事に送り届けた。そして……

 

「漸くお前の番だな、高坂」

「えへへ……じゃ、よろしくお願いしま~す!」

 

 遂に穂乃果の番になった。

 

「(確かコイツの家って和菓子屋だよな。こないだ1回行ってそれっきりだから全く道覚えてねぇけど……)」

 

 住宅街であるために車をゆっくりと発進させながら、穂乃果をチラリと見る紅夜。

 彼女は暢気に鼻歌を歌いながら窓の外を眺めていた。

 

「(まあ、園田や南もナビしてくれたんだ。コイツもちゃんとやるだろ)」

 

 そう思いながら車を進めていく紅夜だが、そこからが大変だった。

 と言うのも、走り出してから暫くしても穂乃果が中々指示を出してこないためにずっと道なりに沿って走り続けており、流石に不安になった紅夜が、何時になったら着くのか、そもそも自分の進んでいる道で本当に合っているのかと訊ねたところ、返ってきた答えが………

 

 

 

 

 

──え?この前穂乃果のお店来てくれたよね?

 

 

 

 

 

………コレである。

 

 つまり穂乃果は、紅夜は自分の家までの道を覚えているものだと思い込んでいたのだ。

 当然、編入前日の1度しか行っていない上に彼女の店に立ち寄ったのも単なる偶然だった彼が道など覚えている筈が無く、直ぐに店を検索して道を調べ、大急ぎで彼女の家まで車を走らせたという訳だ。

 

 その後、中々帰ってこない穂乃果を心配した彼女の母親が探しに出てきたところにかち合い、紅夜が事情を説明。彼女の母親から平謝りされた上に、ずっと走らせた詫びとしてガソリン代とほむまんを1箱貰い、自宅へと帰った。

 

「(取り敢えず、これからは練習時間にマジで気をつけよう。もう彼奴の送り迎えするのは真っ平だからな)」

 

 帰宅してから両親への説明もそこそこに、夕飯と風呂をさっさと終えてベッドに倒れ込んだ紅夜は、意識を手放す直前にそう誓ったという。



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第25話~アウトローと新たな問題~

 今回と次回辺りで、出来ればアニメ3話を終わらせたいところだが……さて、上手くいくかな……?
 長くなっても3話くらいで終わらせたいところ。


 あれから飛ぶように時間は流れ、4月も下旬に差し掛かり、ライブ本番まで数日を残すのみとなった。

 今日も今日とて穂乃果達との練習を終えた紅夜は、愛車のR34と共に家路を急ぐ。

 

「ふぅ、取り敢えず形にはなったな。後は細かい部分を調整して本番に臨むのみ、か」

 

 夕暮れの高速を駆け抜ける愛車の中で、彼はそう呟く。

 

 日々の練習の甲斐あって、彼女等のダンスのクオリティは飛躍的に向上していた。

 それは練習を間近で見ていた紅夜は勿論だが、彼の仲間達も認める程だ。

 と言うのも1度、3人に頼まれてダンスの通し練習の様子を撮影したのだが、帰宅後にその動画をMAD RUNの仲間達や瑠璃達幼馴染み組にも見せて感想を求めたところ、かなりの好評を得ていたのだ。

 

 プロのアイドルと比べれば間違いなく彼女等が負けるだろうが、少なくとも素人からすれば十分に『上手い』と言えるレベルにまでは持ってこれている。

 後は微調整を済ませ、ライブ当日にベストのパフォーマンスを披露するだけだ。

 

「それと同時に、俺のマネージャーとしての役目も終わる訳だ。何か、今日まであっという間だったな……」

 

 穂乃果達からのしつこい勧誘や、どういう訳か無関係の筈である希からも説得されたというのもあり、最初は仕方無くやっていたマネージャーの仕事も、日が経つにつれ、少しずつではあるが楽しさを感じるようになっていた。

 元々アメリカでMAD RUNの仲間達とバンド演奏やダンスをしていた事もあり、こうしてパフォーマンスのクオリティが上がっていく喜びや完成させた時の達成感も、彼はよく知っている。

 それが後少しで終わるとなると、寂しさというか、物足りなさを感じる。

 

「(いっそ、このままマネージャーを続けるってのも良いかもしれねぇな……)」

 

 そんな事を考えた紅夜だが、直ぐ我に返って激しく頭を振った。

 

「(いやいや、何馬鹿な事考えてんだ俺は?こういうのはレナや瑠璃達みたいな信頼出来る連中としかやらないって決めただろうが。ちょっと一緒に居たからって簡単に絆されてんじゃねぇよ)」

 

 そう自分に言い聞かせながら愛車を走らせていると、黒のボディに金色のバイナルグラフィックスが施された車が後ろについている事に気づいた。

 

「(コイツは……Corvetteか。となると、ドライバーは彼奴か)」

 

 後ろを走るCorvetteのドライバーに目星をつけた紅夜は、一先ず高速から降りる。そして近くのコンビニに車を停めると、ついてきたCorvetteもその隣に停まった。

 

「ヤッホー、紅夜君!今帰り?」

 

 R34から降りると、同じくCorvetteから降りてきた女性、草薙雅が声を掛けてくる。

 

「ああ、そうだよ雅。お前も仕事帰りか?」

「そうそう。今日も今日とて疲れたよ~ってね」

 

 おちゃらけたように言って、袋から取り出したパンケーキサンドを頬張る雅。美味そうにモグモグと口を動かすその姿は、何処と無くパンを頬張る穂乃果を連想させる。

 

「お前、何処に居ても菓子とか食ってるよな。この前だって菓子パン食いながら電話してきたし

「だって好きなんだも~ん」

 

 呆れたように言う紅夜にそう返した雅は、あっという間に食べきる。そして口の中に残ったものをジュースで流し込むと、思い出したかのように話を振った。

 

「あっ、そう言えば紅夜君が手伝ってるって言うスクールアイドルの子達のライブ、もうすぐなんだよね?」

「ああ。大分形にはなってきてるから、後は微調整を済ませて本番に挑むだけだ」

 

 紅夜はそう言った。

 期間限定とは言え、彼が穂乃果達の手伝いをするという事は既に瑠璃達にも伝えており、今日までにも何度か近況を報告していたのだ。

 

「それにしても、駆け出しとは言えスクールアイドルの生ライブを、それも学校で見れるなんて凄い役得だよね。招待券無いの?皆、月末は予定空いてるって言ってるよ?勿論、私も」

 

 ワクワクした様子で雅は言うが、紅夜は苦笑しながら首を横に振った。

 

「せっかくの話だが、それはねぇな。今回はあくまでも学内での向けたライブだから、外の人間を呼ぶ事は考えてないだろうし」

「そっか……ちぇ~。そのスクールアイドルの子達がどんなダンスをするのか、ちょっと興味あったのになぁ」

 

 残念そうに言いながら、足元にあった小石を蹴飛ばす雅。彼女のそんな子供のような反応に、紅夜は微笑を浮かべた。

 

 それから2人は暫く世間話をした後、各々の車に乗り込んで解散するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、何なんだこの状況は?」

 

 翌日、屋上で蹲る海未を見下ろしながら、紅夜は残りの2人に言った。

 

「い、いやぁ~……何と言うか、その…」

「じ、実はね?ついさっきの事なんだけど……」

 

 ことりが言うには、3人で登校してきた時に彼女等に興味を持った3年生から『少し踊ってみて欲しい』と頼まれ、ライブを見に来る事を条件に引き受けようとしたところ、突然海未が逃げ出してしまったのだ。

 そして追い掛けて訳を聞いてみたところ、3年生から頼まれた事で自分達が人前で踊るという事を改めて認識し、恥ずかしくなって逃げたのだと言う。

 

「海未ちゃんって、凄い恥ずかしがり屋さんだから……昔から人前で何かをするのとか苦手なの」

「……そんな状態でスクールアイドルやるとかよく言えたなお前」

「グフッ……!」

 

 容赦無く放たれたその一言は、海未の心に大きなダメージを与えた。

 

「う、海未ちゃ~ん!?」

 

 まるで銃で撃ち抜かれたかのように倒れる海未に駆け寄る穂乃果を見下ろしながら、紅夜は面倒臭そうに頭を掻いた。

 

「(全く、まさかここに来て新しい問題にぶち当たるとはな……)」

 

 しかもその内容が、人前で踊るのが恥ずかしいというパフォーマンスのクオリティ云々以前の大問題だ。

 そもそも、自分達の歌やダンスを人に見せるのがアイドルだというのに、人前で踊るのが恥ずかしいなど話にならない。

 

「……どうするつもりだ?もう本番まで数日しかないが」

「う、う~ん……」

 

 ことりは、そんな紅夜からの問いにどう答えたものかと首を捻るが、一向に答えは出ない。

 だが、そこで答えを出したのは、意外にも穂乃果だった。

 

「あ、そうだ!私に良い考えがあるよ!」

 

 何処かの総司令官を彷彿とさせる台詞と共に立ち上がる穂乃果に、紅夜達の視線が集まる。

 

「こういう時はね、お客さんを野菜だと思えは良いってお母さん言ってたよ!」

「「「…………」」」

 

 しかし、そんな彼女の口から出てきたその言葉に、ことりは勿論だが海未も沈黙していた。

 紅夜に至っては右手で顔を覆い、『何言ってんだコイツは……』と呟いている。

 

「(何を言うかと思えば、そんなの幼稚園とかのガキにしか通用しねぇだろ。ましてや園田がこんな事するとは到底思えんが……)」

「お客さんは野菜、お客さんは野菜……!」

「(……マジか)」

 

 本来の海未なら、こんな子供騙しとしか言い様の無いレベルの提案など一蹴するのが目に見えているが、今は必死になって実行している。

 

「……溺れる者は藁をも掴むって、こういう事を言うんだな」

 

 そんな彼の呟きに、思わず苦笑を浮かべることり。

 だが、何時までもこんな所で立ち止まっている訳にはいかない。既にライブを行う事を告知して講堂の使用許可を取り、今日まで練習を重ねてきた以上、何としてでも海未がステージに立てるようにしなければならないのだ。

 

「(だが、どうする?こんなの数日でどうにかなるような問題じゃねぇし……)」

 

 如何にして海未がステージに立てるようにするかを考える紅夜だが、一向に良い案が浮かばない。

 そのまま数分が経った後、再び穂乃果が声を上げた。

 

「閃いた!」

「却下」

「早っ!?てかなんで却下なの!?穂乃果未だ何も言ってないのに!」

「数十秒前のお前の発言を思い出してみろ」

 

 内容すら聞かず即答で却下された事に文句を言う穂乃果だったが、紅夜に言い返されて何も言えなくなる。

 

「ま、まあまあ長門君、取り敢えず聞いてみよう?もしかしたら、今度こそ何か良いアイデアを思い付いたのかもしれないし」

「……確かに、俺も南も何か考えがある訳でもないしな」

 

 そう言って、2人は穂乃果へと顔を寄せ、彼女の意見に耳を傾ける。

 

「実は、放課後にね……」

 

 そうして穂乃果は、海未に聞かれないように自らの考えを伝えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして放課後、穂乃果達はとある場所を訪れていた。その場所というのは……

 

「ひ、人だらけです……」

「そりゃそうだよ、そういう場所を選んだんだから!」

 

 そこにあるのは、見渡す限りの人、人、人。そして幾つもの建物。それ等の殆んどにはアニメのポスターが貼られており、アニメ専門店である事が一目で分かる。

 また、アニメのキャラクターの衣装やメイド服等に身を包んだ女性が、プラカードやチラシを手に呼び込みをしている。

 

 これだけ言えば、分かる人には4人の居場所が分かるだろう。そう、4人が居るのは秋葉原だ。

 

「成る程。確かに此処なら、チラシ配りを通じて宣伝も出来るし、園田の照れ屋克服にも繋がるから一石二鳥だな」

 

 大通りを見回した紅夜が、ウンウンと頷きながら言う。

 

「そうでしょ?穂乃果だってやる時はやるんだから!」

 

 褒められていると思ったのか、穂乃果は得意気に胸を張った。

 

「よぉし、それじゃあ早速チラシ配りを──」

「……あっ、ねぇ穂乃果ちゃん」

 

 そして早速チラシ配りを始めようとする穂乃果だったが、そこへことりが割り込む。

 

「今更だけど、長門君はどうするの?」

「え?そりゃあ一緒にチラシ配りを……あっ」

 

 ことりの質問に愚問だとばかりに答えようとするも、そこである事を思い出して勢いが止まった。

 

 彼女が思い出したのは、彼をマネージャーにするにあたって交わした約束の1つである、『長門紅夜が面倒を見るのは、あくまでも練習面だけ』という内容だ。つまり、チラシ配りについては管轄外となる。

 そもそも、女子校である音ノ木坂学院で発足したスクールアイドルのチラシ配りに男が、それも男用の制服に身を包んだ者が居るというのも、人によっては怪しいと感じるだろう。

 

 そのため、紅夜は彼女等がちゃんとチラシ配りを進められているかを見守る係という、何とも変な役に落ち着いた。

 だが……

 

「俺の事なんかより、先ず園田をどうにかするべきだと思うが?」

 

 紅夜はそう言って、ある場所を指差す。そちらへ2人が目を向けると、ガチャマシンの前でしゃがんでいる海未の姿があった。

 どうやら彼等があれこれ話している間にガチャマシンの方へと移動し、回していたようだ。

 

「……あっ、レアなの出たみたいですよ」

「駄目だこりゃ、コイツ現実逃避してやがる」

 

 そんな彼女を見た紅夜は、右手で顔を覆ってやれやれと首を振る。

 

 穂乃果とことりは何とか海未を説得しようとするが、彼女は床に根を生やしたかのように動こうとしない。

 

「どうしよう?このままだと海未ちゃん、ずぅ~っとコレやり続けちゃうよ」

「う~ん……」

 

 どうしたものかと首を捻る2人だったが、そこで再び穂乃果が閃いた。

 

「よし、それならあそこにしよう!そこなら海未ちゃんでも大丈夫な筈!」

 

 そうして海未を引き摺って行く穂乃果に続き、紅夜とことりも移動する。

 再び車に乗り込んで向かった先は、音ノ木坂学院だった。

 放課後になってから暫く時間は経っているが、それでも家路につこうとする生徒はチラホラと見かける。

 

「学校?此処で配るのか?」

「うん!ずっと通ってた此処なら、海未ちゃんでも安心してチラシ配り出来るでしょ?」

 

 そう言って、有無を言わさず海未にチラシの束を持たせる穂乃果。

 

「ま、まぁ……秋葉原でやるよりはマシですが」

 

 チラシを受け取った海未は、歯切れ悪く答える。

 

「よし、それじゃあ始めるよー!」

 

 そうして、穂乃果とことりはチラシを配り始める。

 

「あっ、え、えっと……」

 

 出遅れた海未も2人に続いて配ろうとするが、ただ場所が変わっただけで人見知りが解消される訳でもなく、生徒達は次々と素通りしていく。

 

「そんなんじゃ駄目だよ、海未ちゃん!もっと声出さなきゃ!」

 

 そんな彼女を見かねたのか、穂乃果がやって来た。

 

「ほ、穂乃果はお店の手伝いで人と接するのに慣れてるからそんな事が言えるんです。でも私は……」

「でも、ことりちゃんも同じようにやってるよ?別にお店の手伝いしてる訳でもないのに」

 

 反論するもそう言い返され、何も言えなくなる海未。

 

「ホラ、海未ちゃんも!それ全部配り終わるまで止めちゃ駄目だからね!」

「ええっ!?そんな無理ですよ!」

 

 少し離れた場所から見守っている紅夜ですら思わず『マジか……』と呟くような穂乃果の発言にそう言い返す海未。

 だが、穂乃果はそんな彼女に対して挑発するような眼差しを向けて言った。

 

「あれれ~?でも海未ちゃん、私が階段ダッシュで5往復出来ないって言った時に何て言ってきたっけ?」

「むっ……分かりました、やりましょう!」

 

 すると海未もやる気に火がついたのか、声に覇気が出て積極的にチラシ配りを始める。彼女も何時かの真姫と同じように、案外挑発に乗りやすいタイプなのかもしれない。

 

「……と言うか、コレって別に俺が居る意味無くね?」

 

 そう呟いた紅夜が、いっそ3人にバレないように愛車の元へ行こうかと考え始めた時、後ろから声を掛けられた。

 

「あ、あの……」

「ん?……お前は」

 

 そこに居たのは、ライトブラウンの髪に眼鏡を掛けた小柄な女子生徒だ。そして彼女は、紅夜にとって見覚えのある人物だった。

 

「確か、小泉……だったか」

「は、はい!お久し振りです、長門先輩!」

 

 自分の事を覚えていたからか、パッと表情を輝かせる花陽。

 すると、彼女の声が聞こえた穂乃果達が近づいてきた。

 

「あっ、貴女はこの前の!」

「え、えっと……こんにちは、先輩方」

 

 穂乃果の勢いに圧されたためか、先程とは違ってオドオドした様子で返事を返す花陽。

 すると彼女は、3人が抱えているチラシに目を向けた。

 

「ら、ライブ……やるんですよね?1枚貰っても良いですか?」

「もっちろんだよ!はい、チラシ!」

「どうせなら1枚と言わず、全部持っていってくれても……」

「良い訳無いだろ、何言ってるんだお前は?」

 

 意気揚々とチラシを渡す穂乃果に便乗して余ったチラシを全て渡そうとする海未に、すかさず紅夜がツッコミを入れる。

 そんな3人のやり取りに苦笑したことりは、再び花陽に向き直った。

 

「もしかして、ライブ見に来てくれるのかな?」

「は、はい……アイドル、好きなので」

 

 その返答を受け、穂乃果達は3人は顔を輝かせた。

 それから軽く世間話をした後に花陽は帰っていき、3人のチラシ配りも終了した。

 

「いや~、終わった終わった!」

「それにしても良かったね、小泉さんがライブ見に来てくれるって!」

「ええ。1人だけとは言え、見に行くと言ってくれる人が居るだけでもありがたい事です」

 

 そう言って、満足げに笑い合う3人。

 紅夜も何とか今日まで漕ぎ着けた事に安心するのだが、そこで1つの違和感を覚えた。

 

「(あれ?でも何か違うような……)」

「長門君!」

 

 そうしていると、穂乃果に声を掛けられる。

 

「あ、ああ……何だ?」

「実はね、ことりちゃんが私達のライブ衣装を作ってくれて、もう出来てるんだって!今から私の家で一緒に見ようよ!」

 

 そう言って紅夜の手を取った穂乃果は、先に駐車場へ向けて歩き出している2人の方へと引っ張っていく。

 

「ホラホラ、早く行こうよ!時間無くなっちゃうよ!」

「ちょ、おい待て!分かったから引っ張るな!」

 

 なし崩し的にまた穂乃果達の送迎をする事になってしまった訳だが、今の紅夜にそんな事を気にしている暇など無く、グイグイ進んでいく穂乃果に引っ張られていくのだった。




 改めまして、新年明けましておめでとうございます。
 今年もまた1年、宜しくお願い致します。


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第26話~こうして、アウトローは違和感の正体に気づく~

 あれから更に日は流れ、遂にライブまで1日を残すのみとなった。

 

 それまではことりの作ったライブ衣装のスカート丈が短すぎると海未がごねる等の小さなハプニングもあったが何とか解決し、練習とライブの宣伝のためのチラシ配りを繰り返す日々を送っていたのだが………

 

「何か、違うんだよなぁ……」

 

 紅夜は、あの日から感じていた違和感を未だに拭えずにいた。

 

 彼女等のパフォーマンスのクオリティもあれから更に向上し、海未の照れ屋も改善され、チラシ配りも順調だ。また、穂乃果達の友人であり、クラスメイトでもあるヒデコ、フミコ、ミカの3人が当日の舞台の設営や照明、音響等の手伝いを申し出てくれている。

 こうして、最早これ以上の改善点は見つからないと言っても過言ではない程順調にライブへの準備を進めてきた筈なのだが、それでも未だ何かが抜けている気がしてならないのだ。

 

「(それにしても、この違和感は一体何なんだ?何が足りないってんだ……?)」

 

 何時ものように朝練を終え、学校へと向かう愛車の中で頭を捻る紅夜だが、結局答えに辿り着く事は出来なかった。

 

 そんなこんなで、モヤモヤしたまま学校に到着した紅夜は何時ものスペースに愛車を止め、靴箱で上履きへと履き替える。

 

「あら、おはよう長門君。随分早いのね」

 

 そして職員室で教室の鍵を受け取り、階段を上がろうとしたところで、彼は絵里と出会した。

 

「そう言うお前も早いんだな、絢瀬」

「これでも生徒会長だからね。やらなきゃいけない事が多いのよ」

 

 そんなやり取りを交わしながら階段を上っていく2人。

 すると、不意に絵里がこう言った。

 

「ところで、明日はスクールアイドルのライブがあるらしいわね。準備は進んでいるの?」

「ああ、クラスメイトの何人かが手伝ってくれるらしい」

 

 その問いに淡々とした様子で答える紅夜。絵里は『そう……』と小さく言うと、次の質問を投げ掛けた。

 

「貴方はどう思ってるの?」

「……どう、と言うと?」

「ライブの事よ。成功すると思う?」

「ふむ……」

 

 どう答えようかと考え始める紅夜だが、彼が答えを出すより前に、絵里は自らの意見を述べた。

 

「私は、失敗すると思っているわ」

「ほう……何故そう思う?」

「簡単な事よ。今までスクールアイドルが無かったこの学校でいきなり始めたところで、興味なんて持たれる筈が無いでしょう?昔からアイドル関連に興味がある生徒が居たなら話は違ってくるかもしれないけど、そんな生徒も一握りしか居ないでしょう」

 

 『それに、ライブの日はよりにもよって新入生歓迎会の日の放課後だし』と絵里は付け加える。

 

「そもそもスクールアイドルなんて、言ってみればプロのアイドルの真似事みたいなものよ。そんなお遊びで生徒が集まるんだったら最初から苦労しないし、こう言っちゃ悪いけど態々アメリカから貴方を呼び寄せる必要だって無かった筈よ」

「お、おう……」

 

 言っている事は間違いではないが中々に苛烈な言い方をする絵里に、紅夜は少し引き気味だ。

 他にも彼女等の活動が失敗に終わった時のリスクについても言おうとした絵里だったが、引き気味になっている紅夜の姿に漸く我に返った。

 

「……ごめんなさい、ちょっと白熱し過ぎたわ」

「ああ……いや、気にしなくて良い」

 

 『ちょっとどころか結構白熱してただろ』と言いたくなるのを何とか抑え、紅夜はそう言った。

 

「それで、貴方はどうなの?このライブが成功するかどうか」

 

 再び質問を投げ掛けてくる絵里。今は眼帯で隠された左目の色と同じスカイブルーの瞳が、真っ直ぐ紅夜を見つめている。

 

「…………」

 

 暫く見つめ合っていた紅夜だが、ふと窓の方へと目を向けて言った。

 

「成功するかどうかは断言出来ないが……強いて言えば、何をもって成功とするのかによるな」

「何をもって成功とするか……?それはどういう意味かしら?」

 

 首を傾げる絵里。紅夜はそんな彼女にチラリと視線を向けると、再び窓の外へと目を向けて口を開いた。

 

「講堂が満員になったら成功だというのならほぼ間違いなく失敗に終わるだろうが、客が1人でも来たら成功と見なすのなら、その可能性は高い。別に新入生歓迎会の日の放課後に行われるからと言って、1年生以外は来てはいけないという訳でもないからな」

 

 そう。穂乃果達はライブをするとは言ったが、それが新入生限定だとは一言も言っていない。

 たまたまライブを行う日が新入生歓迎会の日の放課後だったというだけで、実際は誰が来ても良いのだ。

 現に、3人はチラシを配る際、1年生のみならず2、3年生にもチラシを渡しているのだから。

 

 それに、少なくとも1人、ライブを見に行くと宣言した人物が居る。花陽だ。

 スマホの着メロもスクールアイドルの曲に設定する程のアイドル好きで、チラシを受け取った際に態々見に行くと穂乃果達に告げたのだから、ほぼ確実に来るだろう。

 つまり、紅夜が今言った条件に当てはめると、この時点で穂乃果達のライブの成功はほぼ確定したようなものである。

 

「……というのが、俺の考えだ」

「そう」

 

 そう短く答えてからというもの、絵里は何も喋らなくなった。

 その後は生徒会室に向かう彼女と別れ、紅夜は教室にやって来た。当然、彼が1番乗りである。

 

「それにしても絢瀬の奴、俺に何か聞いてくる時は大抵変な質問してくるよな。一体何考えてんだか」

 

 鞄から出した教材を机にしまった紅夜は、頬杖をついて窓の外を眺めながら呟いた。

 

「(まぁ、そんな事よりこの違和感だ。準備は順調に進んでいる筈なのに、一体何が足りな………ん?)」

 

 そこで紅夜の頭に、ある事が浮かぶ。

 それは、先程絵里からの質問に答える際に言った言葉と、これまで穂乃果達が行ってきたチラシ配りの光景だ。

 

「(そう言えば彼奴等、スクールアイドルの活動を通じて学校を有名にしていく、とか言ってたよな?だとしたら……)」

 

 

 

 

 

──何故、客が生徒限定なんだ?

 

 

 

 

 

「(そうか、そういう事だったのか……!)」

 

 ここで漸く、紅夜はこれまで自分を悩ませていた違和感の正体を突き止めた。

 

「(全く、俺も耄碌したモンだぜ。こんな簡単な事に気づかねぇなんてな……)」 

 

 紅夜が気づいた違和感の正体。それは、穂乃果達が掲げている目標と彼女等が今やっている事のギャップだった。

 

 そもそも穂乃果達の活動目的は、スクールアイドルの活動を通じて学校の知名度を上げ、入学希望者を増やす事で廃校を阻止するというもので、そのためには先ず、外部の人間にこの学校の事をアピールしなければならない。しかし、明日行われるライブはあくまでも生徒限定だ。それだと精々客として来た生徒の身内くらいにしか話は広がらないだろうから、学校の知名度の向上には殆んど繋がらないと言っても過言ではないだろう。

 廃校が決定するまで時間が残されていないのだから、本来ならこの段階で外部の人間も客として招く方が良いに決まっている。

 

「(まぁ、今気づいたところで最早手遅れだし、そもそもオープンキャンパスでもねぇのに外部の人間呼んでくる許可なんて、そうそうくれねぇだろうな……)」

 

 紅夜は心の中でそう呟き、深く溜め息をついた。

 その後、遅れてやってきた穂乃果達にどうかしたのかと聞かれるも『何でもない』と短く答え、授業の準備を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから時間を飛ばして、今は放課後。紅夜は穂乃果達との練習には行かず、理事長室を訪れていた。

 というのも、昼休みにことりから、『母が話があると言っているので放課後に理事長室に行ってほしい』と言われ、彼女等を先に練習に行かせ、自分は理事長室に向かっているという訳である。

 

「やれやれ。この前は絢瀬に呼び出されて、今度は理事長か………次は誰に呼び出されるんだか」

 

 ドアの前に立った紅夜は、小さくそう呟いた。

 恐らく彼女が自分を呼び出した理由は、先日の絵里と同じようにこの学校に来てから上手くやれているかを確認するためだろう。

 こんな事で二度手間になるくらいなら彼女から聞いておけば良いものをと思いながらも、紅夜はドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

 約1ヶ月ぶりの雛の声が、ドア越しに聞こえてくる。

 『失礼します』と断りを入れて、紅夜は理事長室へと足を踏み入れた。

 

「いらっしゃい、紅夜君。1ヶ月ぶりかしらね」

「……まあ、大体それくらいですね」

 

 笑顔で出迎える雛に、紅夜は淡々とした声で答える。

 未だ変わらない無愛想な態度に苦笑を浮かべながらも、雛は話を切り出した。

 

 内容は彼の予想通り、この学校に来てからの感想を訊ねるものだった。

 大して話すようなネタも無いため、紅夜は絵里に呼び出された時と同じような答えを返す。

 

「……そう。特にトラブルも無いようで、此方も安心したわ。貴方の場合はかなり特殊な立場にいるから、上手くやれているか心配していたのよ」

 

 彼女の言う『特殊な立場』とは、言うまでもなく試験生の事だ。

 

 共学化を視野に入れての試験生の導入は、一部の保護者や女性教員達からの反対意見を押し切った少々強引なものであるため、釘を刺したとは言え、彼女等が不満の矛先を紅夜に向けていないかと心配していたのだ。しかし、紅夜がこれと言って問題を起こさず生活態度も真面目である上、雛を除いて彼の過去を知る者がこの学校に居らず、粗探しのしようが無いのもあってか意外にも彼女等は大人しく、精々軽く睨んでくる程度で済んでいるため、彼の試験生生活はこれまでずっと平穏なものだった。

 

「(……まあ、直接危害を加えてくるようなら誰であろうが容赦しねぇ。俺等のマシン盗ろうとする馬鹿共と同じように、1匹残らず血の海に沈めてやるだけだ)」

 

 自身が所有する車が車であるため、これまでに何度か盗難に遭いかけた紅夜だが、実際に盗まれた事は仲間も含めて1度も無い。

 理由は勿論、しっかりとした盗難対策をしているからというのもあるが、他にももう1つある。

 それは、窃盗犯やそのグループは見つけ次第()()()()()()からだ。

 始末とは言っても、別に殺す訳ではない。しかし、相手にトラウマを植え付けて2度と自分や仲間に近づけないようになるまで暴力の嵐を叩きつけるのだ。

 更に、窃盗グループが車で逃げた場合は此方も車で追い回し、レッドビューカウンティーで使われている、ガジェットと呼ばれる武装を使用したり、急に前に出て相手をクラッシュに追い込む等どんな手段を使ってでも捕まえに来るのだから、相手が感じる恐怖は半端なものではないだろう。

 こうして捕まえた窃盗犯やその一味には、2度と自分達に歯向かえなくなるまで徹底的に痛めつけ、その恐怖をこれでもかと彼等の体に刻み付けるのだ。

 そして、その対象は自分達の車を盗もうとする連中だけに留まらない。窃盗犯のみならず、自分達に危害を加えようとする輩には、彼等と同じように地獄を見せてやるつもりだ。

 

「……紅夜君、顔が怖くなってるわよ」

 

 物騒極まりない事を考えていた紅夜だが、雛の一言で現実に引き戻される。

 

「…っと、失礼」

「何を考えていたのかは知らないけど、流血沙汰は止めてちょうだいね?それと、何かされたなら遠慮無く私に知らせてちょうだい。必ず、貴方の力になるから」

「……善処します」

 

 紅夜は短く頷いた。

 雛も一先ずそれで納得したのか、その話は終わりにして別の話題を切り出してきた。

 

「ところで紅夜君、最近娘達が始めたスクールアイドルの手伝いをしてくれているみたいね?」

「……ええ、まあ」

「あの子ったら、練習から帰ってくるたびに貴方の事を話してるのよ。『長門君がマネージャーになってくれて本当に良かった!』ってね」

「……あくまでも今回のライブが終わるまでですが」

 

 そう言葉を付け加える紅夜。雛もそこまでは聞いていなかったらしく、その返答に驚いたように目を丸くした。

 

「あら、そうだったの?残念ね……娘も貴方に懐いてるみたいだから、そのまま続けてくれても良いのに」

 

 少し肩を落としたように言う雛だが、紅夜は首を横に振った。

 穂乃果達のマネージャーは、あくまでも今回のライブが終わるまで。これを撤回するつもりは無かった。

 

「それで、呼び出しておいてこんな事を言うのも変な話かもしれないけど、準備の方は進んでるのかしら?」

「ええ。パフォーマンスもほぼ出来上がってるし、クラスメイトの何人かが舞台の準備を手伝ってくれるらしいので、後はその調子を保ったまま本番に臨むだけです」

「そう……」

 

 短く頷いた雛だが、紅夜の顔に表れている僅かな曇りを見逃さなかった。

 

「そう言う割には不安そうな顔をしてるけど、何かあるのかしら?」

「ッ!?」

 

 まさか彼女に見透かされるとは思っていなかったのか、紅夜の目が大きく見開かれる。

 

「な、何故それを……?」

「あら、大人を甘く見ちゃいけないわよ?これでも貴方の倍近く生きてるんだから、それくらい分かるわ……で、何があったの?」

「………実は──」

 

 これは黙秘出来ないと悟った紅夜は、観念して全てを打ち明けた。

 

「……成る程。確かに貴方の言う通り、人を集めるのなら外部の人達にもアピールして、この学校の事を知ってもらう必要があるわね。それに廃校の噂はもう広がってるみたいだから、余程此処に思い入れがあるような家庭じゃないと見てくれないだろうし」

 

 相槌を打ちながらそう言った雛は、紅夜に目を向けた。

 

「ねぇ紅夜君、もし私が外部の人を呼んでも良いと言ったら、何人集められる?」

「……は?」

 

 『何言ってんだこの女?』と、紅夜は思った。

 これではまるで、返答次第では外部の人間を呼んできても良いと言っているようではないか。

 

「えっと……それはどういう意味で?」

「言葉通りの意味よ。それとも、聞こえなかったのならもう1度言いましょうか?」

 

 その問いに『結構です』と返し、紅夜は考えた。

 

「(ライブ本番は明日だ。今から秋葉行ってビラ配りしたところでどうにもならんだろうし、そもそもいきなり誘っても来れる奴なんて……)」

 

 そこまで考えた時、紅夜はある事を思い出す。 

 

「(いや、待てよ。確かあの時)」

 

 彼の脳裏に浮かんだのは、以前雅と話した時に彼女が言っていた事だ。

 

「(そういや彼奴、月末は全員フリーだって言ってたな。だったら……)」

 

 紅夜は頷くと、雛に顔を向けた。

 

「俺が呼べるだけだと5人ですが、その中の1人には中学生の妹が居ますから、ソイツ次第ではそれ以上になるかと」

「そう……それは良い事を聞いたわ」

 

 雛の顔に笑みが浮かんだ。

 

「それなら紅夜君、許可を出すからその5人を招待してくれないかしら?」

「……正気ですか?オープンキャンパスでも文化祭でもないのに外部の人間を呼ぶなんて」

「勿論よ。観客を生徒だけに限定していたら、その分アピールもしにくいし、この学校の事を知ってくれる人も限られてしまうわ。それなら外の人にも来てもらって、少しでもこの学校の知名度を上げる方が良いに決まっているもの」

 

 そう言う雛の表情からは、嘘を言っているようには感じられなかった。本気で、紅夜が言っていた事を遂行しようとしている。

 

「もうこの学校には、後が残されてない。今まで色々試してきたけど結局実を結ぶ事は無かったからね……お陰様で、このまま生徒が集まらなかったら廃校だなんて言われる始末よ」

 

 それは、紅夜が初めて生徒達の前に出た日に彼女が言った事だ。

 そしてこの事が、穂乃果達がこうしてスクールアイドルとしての活動を始めるきっかけの1つだと言っても過言ではない。

 

 そして雛は、紅夜ですら一瞬怯むような力をその目に込め、宣言した。

 

「でも、だからって『はい、そうですか』と諦める訳にはいかないわ。何せ、私はこの学校の理事長であり、OGでもあるからね。だったら出来る事は何だってやるわ。貴方を試験生として引き入れたようにね……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、理事長室を出て駐車場へとやって来た紅夜は、愛車のR34に乗り込んでエンジンを始動させる。

 

「理事長、随分と熱入ってたな……まあOGでもあるって言ってたし、無理もないか」

 

 そう呟きながら校門までノロノロと車を進めていた紅夜だが、途中で路肩に寄せて止めた。

 

「…………」

 

 目を瞑ると、先程の雛の顔や練習に励む穂乃果達の姿が浮かんでくる。

 皆、自分達の学校を守ろうと本気になっていた。

 

 雛は一部の女性教師や保護者達からの反対意見を押しきってまで共学化を視野に入れた取り組みを進め、その一環として紅夜を試験生に引き入れた。彼の過去を知った上でだ。

 そして穂乃果達も、穂乃果の興味本位から始めた事とは言え、今ではこうしてライブを行うようになっている。

 ここまで本気になった人の顔を見るのは、かなり久し振りだった。

 

 塞ぎ込んでいた自分と打ち解けようとするアレクサンドラや、初めて日本に戻ってきた時に再会した幼馴染み達。彼等もまた、本気の顔を見せていた。

 

「……なら、それに答えてやるか。そもそも今になるまで気づけなかった俺にも、責任はあるからな」

 

 『良いじゃないか、どうせ明日のライブが終われば自分のマネージャー生活も終わるのだから』と言い訳し、紅夜はスマホを取り出すと、ある人物に電話を掛ける。

 

「もしもし……ああ、俺だ。実は明日の午後なんだけどさ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして翌日、遂に本番を迎えるのだった。




 次の話でアニメ3話が終わる筈です。

 てか、アニメでは未だ3話なのに此方で幾つ書いてんだよ俺は……


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第27話~アウトローはマネージャーの任期を終え……たのか?~

 これで、漸くアニメ第3話が終わりました。

 これ1話に纏めようとしたら、文字がまさかの10000字超え(゚Д゚)!!

 こんなに長くなったのはいつぶりだろうか……?


《……以上をもちまして、新入生歓迎会を終わります。各部活動とも体験入部を行っているので、興味のある方は是非覗いてみてください》

 

 翌日、遂に穂乃果達μ'sのライブ本番の日がやって来た。

 絵里が歓迎会の終了を告げると、2、3年生達は体験入部の準備のために一足先に講堂から出ていく。

 紅夜も同じように講堂を出た後、教室で穂乃果達と軽い打ち合わせをしてから行動を開始した。

 

 各々の役割としては、先ず紅夜は、ヒデコやミカ、フミコの3人と共に舞台の設営を行い、その間に穂乃果達はチラシ配りを。そして設営が完了次第、チラシ配りはミカにバトンタッチされる事になっていた。

 

「長門君、それ此方に持ってきて!」

「おーい長門君、それ持ってったら此方にコード引っ張ってきてくれる!?」

「あ、ああ。分かった!」

 

 そして今、ステージ上では紅夜がヒデコやミカの指示を受け、機材を持ってあちこち走り回っている。そして最後の1人であるフミコは、音響や照明の調整中だ。

 

「いやぁ~、それにしても穂乃果達も人が悪いよね。長門君がこんなに良い人だったなら最初から教えてくれたら良かったのに」

「確かに。編入してきた日は他の子から色々質問攻めにされてたけど、それでもちょっと怖いってイメージあったもんね」

 

 紅夜が持ってきた機材のセッティングをしながら、ヒデコとミカがそんなやり取りを交わす。

 

 2人がそんな感情を抱いたのには、当然理由がある。

 先ずは教室での打ち合わせを終えて講堂へ向かう際の事、彼女等が手伝いを申し出た事について彼が改めて感謝を伝えてきたのだ。

 紅夜からすれば当たり前の事を言っただけのつもりだが、普段の態度から無愛想で無口な印象を抱いていた3人にとっては、こうして感謝されるのには驚いていた。

 そして2つ目が、今行っている機材のセッティングだ。

 今回のライブで使用する機材の中には、当然重いものも存在する。それをミカが運ぼうとしていた際に彼が作業を代わり、力仕事は全て自分が請け負うと言ったのだ。

 これは作業を効率的に進めるために紅夜が勝手にやった事だが、3人にとっては好印象だった。

 

 

 そんなこんなで無事に舞台の設営が終了し、ミカは穂乃果達のチラシ配りを代わるために講堂を出ていった。

 

「よし、後は連中を待つだけか……」

 

 そう呟いた紅夜は、軽く肩を回しながら講堂を見渡す。

 

「ねぇ長門君、ここはもう良いから穂乃果達の所に行ってきなよ!」

 

 そんな彼に、ヒデコが声を掛ける。

 

「……良いのか?」

「勿論だよ!マネージャーなんでしょ?穂乃果達緊張してるだろうしさ。控え室に行って、声掛けてあげてよ!後は私とフミコで何とかやっておくからさ!」

 

 そう言って親指を立ててみせるヒデコ。

 紅夜は『すまないな』と一言掛けると、控え室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって、控え室ではチラシ配りをミカに代わってもらった穂乃果達が、ライブ衣装への着替えを終えたところだった。

 

「遂にここまで来たね、ことりちゃん」

「うん……」

 

 穂乃果の思い付きで、見切り発車同然に始めたスクールアイドル活動。そんな彼女等は今日、活動を開始してから初のライブを行う。

 普段から笑顔を絶やさない穂乃果も、この時ばかりは緊張した面持ちだった。

 

「…………」

 

 そんな彼女以上に緊張しているのか、スカートの裾をキュッと握り締めて俯くことりの手に、穂乃果はそっと自らの手を添えた。

 

「大丈夫。だって、あんなに練習したんだもん。きっと上手くいくよ」

「穂乃果ちゃん………うん、そうだね!」

 

 ことりは力強く頷いた。

 

「……そう言えば、海未ちゃんは?」 

「えっとぉ~、未だあっちに」 

 

 そう言って、カーテンで仕切られた着替えスペースを気まずそうに見やることり。

 先日ことりが作った衣装の確認をした際は、『スカート丈が短いから自分だけ制服で踊る』とごねていただけあって、未だ恥ずかしがって着替えスペースに閉じ籠っているようだ。

 

「もうっ、往生際悪いんだから……」

 

 穂乃果が海未を引っ張り出そうと椅子から立ち上がった時、控え室のドアがノックされた。

 

「は~い?」

 

 ヒデコかフミコ辺りが呼びに来たのかと思い、返事を返す穂乃果だが、声の主は彼女の予想とは別の人物だった。

 

「ああ、高坂か?長門だ」

 

 声の主は紅夜だった。すると、穂乃果はパアッと表情を輝かせる。

 

「長門君!どうぞ入って入って!」

「な、長門さんが!?ちょ、待ってください穂乃果!」

 

 カーテンの向こうから顔だけを出した海未が焦ったように言うが、時既に遅し。ドアが開かれ、紅夜が中に入ってきていた。

 

「来てくれたんだね!」

 

 嬉しそうに出迎える穂乃果。椅子に座っていたことりも、彼に向かって手を振っていた。

 

「ああ、3人がお前等の様子を見に行ってやれと言ってくれてな」

 

 そう言った紅夜が室内を軽く見回していると、顔だけを出している海未と目が合った。

 

「……ッ!」

 

 すると、彼女は顔を真っ赤に染めて奥に引っ込んでしまう。

 

「……どうやら、未だ恥ずかしさは抜けていないみたいだな」

「まぁ、この前あれだけ言ってたからね……」

 

 苦笑混じりに言う紅夜とことりだが、穂乃果はそんなの知った事かとばかりに着替えスペースに歩いていく。

 

「ホラ、海未ちゃん!せっかく長門君が来てくれたんだから出てきなよっ!」

 

 そして、カーテンの向こうから海未を引っ張り出した。

 恥ずかしさから抵抗する海未だったが、結局は彼女に力負けして引っ張り出されてしまった。

 

「ホラ、見てよ長門君!海未ちゃんもすっごく可愛い……で、しょ……?」

 

 徐々に言葉の勢いを失っていく穂乃果。それもその筈、何せ海未は、スカートの下にジャージを重ね着していたのだから。

 

「えぇ~……?」

「園田、流石にコレは無いぞ……」

 

 そんな彼女の姿に微妙な反応を見せることりと紅夜。

 

「ど、どうでしょうか……?」

 

 誤魔化そうとしているのか、作り笑いを浮かべながらポーズを決めてみせる海未。だが、穂乃果はそんなものでは誤魔化されない。

 

「『どうでしょうか?』じゃないよ!何この往生際の悪さは!?」

 

 ズカズカと海未に詰め寄り、スカートを掴み上げる。

 

「あ~、高坂?気持ちは分かるが、一応目の前に男が居るのを忘れないでほしいんだが……」

 

 重ね着している海未が悪いとは言え、男が居るという事を全く考えていない穂乃果にやんわりと注意を促す紅夜だが、当の本人には聞こえていない。

 

「だ、だって……こんな格好、恥ずかし過ぎて……」

「問答無用!そりゃあ!!」

 

 ボソボソと言い訳をする海未だが、穂乃果は聞く耳を持たない。そして目の前に男が居るのも構わず、ジャージを強引に脱がせた。

 

「きゃあっ!?」

 

 いきなりの行動に、海未は顔を真っ赤に染めてスカートを押さえた。

 

「ちょ、何て事するんです!?」

「いやいや、スカート穿いてるんだから隠さなくても良いじゃん?」

「そういう問題じゃありません!そこに殿方が居るんですよ!?」

「……あっ」

 

 必死な様子の海未に最初は首を傾げる穂乃果だったが、彼女の指摘で漸く自分がした事に気づく。

 そして恐る恐る紅夜の方を向くと、彼は右手で顔を覆っていた。

 

「え、えっとぉ~……もしかして見ちゃった?」

 

 その問いに答えたのは、ことりだった。

 

「ううん。穂乃果ちゃんがジャージを下ろす瞬間に目を瞑ってたから、そこは大丈夫だよ」

 

 彼女はそう言うと、もう手を退けても良いと紅夜に促す。

 紅夜はゆっくりと手を退けて目を開けると、上目遣いで此方を見る穂乃果と対峙した。

 

「……取り敢えず高坂」

「な、何かな……?」

 

 紅夜は穂乃果の目の前まで歩み寄ると、彼女の頭上に拳を構える。そして、1度閉じた目をカッと見開いて言った。

 

目の前に男が居るのに、いきなりスカートの下に重ね着してるジャージを脱がせる馬鹿があるかァ!!!

「ご、ごめんなさぁぁ~~い!!」

 

 その言葉と共に振り下ろされた拳は、何処ぞの国民的アニメのような拳骨と同じような音を立てた。 

 

 その後は穂乃果も反省した事や、頭にたん瘤を拵えて涙目になっている彼女を見て流石に可哀想だと思った海未が許したため、穂乃果による海未のジャージずり下ろし事件(ことり命名)は幕を下ろした。

 

「全く、彼奴等に言われて様子を見に来てみたらとんだ災難だったな 」

 

 少しでも状況が違っていたら自分が痴漢扱いされていたかもしれなかったため、壁に凭れ掛かった紅夜が愚痴を溢す。

 

「ま、まあまあ長門君。穂乃果ちゃんにもそんな気は無かったんだから、許してあげて?」

 

 そんな紅夜に苦笑を浮かべながら、ことりはそう言って彼を宥めた。

 確かにいきなりジャージを脱がせた穂乃果が悪いが、彼女も別に悪気があった訳ではない。ましてや紅夜に痴漢の冤罪を吹っ掛けようなど思ってもいないのだから。

 

「……まぁ良い。取り敢えず問題は無さそうだから、俺は講堂に戻っておく」

「あっ……」

 

 そう言って控え室を出ようとする紅夜に、穂乃果は小さく声を漏らす。

 そのままドアを開けて外へ出るのを見て残念そうに顔を伏せるが、『そうそう』と何かを思い出したような彼の声に、再び顔を上げる。

 

「……今更だが、似合ってるぞ。お前等の衣装」

 

 それだけ言うと、紅夜は今度こそ部屋を出ていった。

 穂乃果達は暫く呆然と互いに顔を見合わせていたが、やがて小さく笑った。

 そして部屋にある机や椅子を端へ移動させ、本番に備えて最後の通し練習を始める。そして確認を終えると、3人手を繋いで舞台へと移動を始めるのだった。

 最高のライブにしようと誓って。

 

 そして、その先に厳しい現実が待ち受けているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よし、送信完了っと」

 

 一方、控え室を出てきた紅夜は、講堂へ向かいながらとある人物にメッセージを送っていた。

 今日のために呼んだ"客人"に、学校に到着してからの指示を改めて出しておいたのだ。

 

「にしても、今回は部外者だけでそこそこの人数になるな」

 

 今回やって来る"客人"は10人。講堂の広さからすれば雀の涙程度でしかないが、それでもたった1日で人数が2桁に到達しただけ上々だろう。

 それも、穂乃果達がやっていたチラシ配りのように来る()()()()()()のではなく、来るのが()()()()()()のだから。

 

「さてさて、取り敢えず観客10人は確定として、音ノ木坂(こっち)側は何人来てるのやら」

 

 講堂に辿り着いた紅夜は、そう言いながらドアを開けて中に入る。

 

「………え、マジで?」

 

 そして中を一通り見回すと、ポカンとした表情でそう呟いた。

 満席とはいかずとも数人は来るだろうと思っていた講堂の観客席は、見渡す限り空席だ。生徒の姿はおろか、荷物を置いて席だけ取っているという様子もない。

 

「小泉は……居ないか」

 

 あの日、態々ライブを見に行くと宣言していた花陽の姿も見えなかった。

 だが、仕方無い事でもある。

 もしかしたら、用事や体調不良等で来られなくなってしまった可能性もあるからだ。 

 

《スクールアイドルμ'sのファーストライブは、間もなく開演となります!ご覧になられる方はお急ぎくださーい!》

 

 放送席から呼び掛けるフミコの声が、空しく響き渡る。

 

「…………」

 

 1度講堂を出て、廊下の様子を窺う紅夜。しかし、やはり生徒が来る気配は無い。

 

 ここで彼は、何故このような結果になったのか、何がいけなかったのかと改めて考えてみる。すると、あの時には気づけなかったもう1つの点が浮き上がった。

 それは、ファーストライブの日程だった。

 

 先ず、彼女等のファーストライブは今日、新入生歓迎会後の午後4時となっているが、よく考えれば、その時点で間違っていたのだろう。

 

 新入生歓迎会当日は、どの部活も1人でも多くの新入部員を獲得しようと躍起になっているし、部活動に入るつもりが無い生徒は、そもそも歓迎会が終わって解散となった時点で帰宅しているだろう。

 ライブの開演時刻が4時でクラスの解散時刻が3時過ぎである事を考えると、待ち時間があまりにも長すぎる。これなら他の部活動の見学に行く方が遥かに有意義と言えるだろう。

 

 それに加えて穂乃果達は、別にプロのアイドルだとか有名人である訳でもない、ただの一般生徒だ。

 ついこの間結成したばかりである無名のスクールアイドルのライブを1時間近く待たされてでも見ようとする物好きは居ないと言っても過言ではない。

 町や広場で見掛けるストリートミュージシャンを思い浮かべてほしい。往来のど真ん中で歌っていても、それに足を止めて耳を傾ける者はほんの少ししか居ない。何なら、全員素通りする事だって珍しくない。

 それらの事を考えれば、こうなるのも当たり前と言えば当たり前である。

 

「見切り発車同然で始めたが故にその辺まで考えが至らなかったって訳か……まぁ、それに今まで気づかなかった俺も悪いんだが」

 

 そう呟いていると、ポケットに突っ込んでいたスマホが震える。取り出して電源を入れると、『着いた』と短くメッセージが表示されていた。

 

「……『了解』っと」

 

 紅夜はメッセージを返すと、講堂へ戻る。

 

 最前列の席へやって来ると、ステージを隠す幕の向こうから、既に控え室から移動してきたのであろう穂乃果達の笑い声が聞こえてくる。『最高のライブにしよう』という穂乃果と、それに答える海未やことりの声が。

 

 そして開演を告げるブザーが鳴り、幕が左右に捌けていく。

 

「……え?」

 

 穂乃果の口から、間の抜けた声が漏れ出した。

 両隣に立つ海未やことりは、目の前に広がる光景に言葉を失っている。

 

 見渡す限りの空席、その中にポツンと立っている紅夜………これが、全てを語っていた。

 

「ゴメン、皆……頑張ったんだけど」

 

 ただ呆然と突っ立っている3人の元へ、そんな弱々しい言葉と共にフミコがやって来た。

 ミカやヒデコも、申し訳なさそうな表情で近づいてくる。

 

「…ほの、か……ちゃん……」

「……穂乃果」

 

 海未もことりも何とか声を絞り出すが、その声は何とも弱々しい。彼女等も、この現状にショックを受けていたのだ。

 

「ッ……そ、そりゃ、そうだよね……世の中そんなに、甘く……ないッ!」

 

 努めて明るく振るまい、そう声を張り上げる穂乃果。だが彼女の姿は、誰がどう見ても強がりにしか見えなかった。

 その青い目には涙が溢れ、唇も震えている。

 

「………………」

 

 そんな3人の元に、紅夜はゆっくりと歩みを進める。

 

「長門、君……ごめんね」

 

 震える声で、穂乃果は謝罪の言葉を口にした。

 強引な勧誘の末に、期間限定という条件でマネージャーを引き受けさせたにもかかわらず、こんな結果になった事を申し訳なく思っているのだろう。

 ことりや海未も、同じような視線を向けている。

 

 紅夜はそんな3人を少しの間見つめた後、静かに首を横に振った。

 

「……謝らなくても良い。こうなったのは俺にも責任があるからな」

「そ、そんな事……!」

 

 そんな事は無いと否定しようとする穂乃果を遮り、紅夜は言葉を続ける。

 

「実は、お前等がチラシ配りを始めた辺りから違和感があってな。それが何なのかずっと分からなかったが、昨日漸く分かったんだ」

 

 そうして紅夜は、自分の中で導き出した答えを語る。

 スクールアイドルの活動で学校を有名にするのが目的なのに観客が生徒だけに限定されていた事や、ライブの日程、その開演時刻のタイミングがあまりにも悪かった事。

 

「だからこの結果を招いたのは、俺の責任でもあるんだ……すまなかった」

 

 そう言って頭を下げる紅夜に、穂乃果達は掛ける言葉が見つからない。

 その後、頭を上げた紅夜は取り出したスマホを操作しながらこう言った。

 

「だからコレは、俺なりの償い。そして……」

 

 最後の操作のところで手を止めた紅夜は、穂乃果達に目を向けた。

 

「俺がお前等にしてやれる、最初で最後のお節介だ」

 

 その言葉と共に、彼の指がスマホの画面に叩きつけられる。

 がらんとした講堂にコール音が数回響き、応答した人物に指示を出した。

 

「俺だ。もう入って良いぞ」

 

 その言葉を合図に、講堂の扉が勢い良く開け放たれた。

 

「イェェ~~イ!!BLITZ BULLET様のお通りじゃ~い!!」

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

 威勢良く入ってきた大河に、紅夜を除いた全員が振り向く。

 そこには、彼を始めとした紅夜の幼馴染み5人と、中学生と思しき女子生徒が4人。そして……

 

「兄様!」

 

 その集団から抜け、紅夜の元へ駆け寄る黄緑のロングヘアの少女。彼の妹、長門綾だ。

 

「よぉ、綾。お前も来たんだな」

 

 飛び込んできた妹を受け止める紅夜。

 

「此所来る途中で綾が帰ってんの見かけてさ、ついでに拾ってきたのさ」

 

 ゾロゾロ近づいてくる集団を代表するように、達哉が言う。

 穂乃果達は、何が何だか分からないといった様子でポカンとしていた。

 

「な、長門君……この人達は?」

「ん?そんなの見れば分かるだろ」

 

 そう言った紅夜は綾を優しく引き剥がすと、得意気な笑みと共に振り向いた。

 

「……お客さんだ。理事長に許可を貰ったから、勝手ではあるが呼ばせてもらった」

「「「……!」」」

「俺等だけじゃねぇぜ?実は後2人居るんだよ」

 

 顔を輝かせる穂乃果達だが、大河が更に言葉を付け加える。そして出入り口の方を向くと、口笛を響かせた。

 

「おーい、入ってこいよ嬢ちゃん達!」

 

 すると、先程とは打って変わって静かにドアが開き、眼鏡を掛けた大人しそうな少女、小泉花陽がひょっこりと顔を覗かせた。

 

「お、遅れてごめんなさい……」

「こ、こんにちは」

 

 彼女に続く形で、凛も講堂を覗いている。

 

「ホラ、2人共!そんな所に突っ立ってないで早く此方おいでよ!ライブ始まっちゃうよ!」

 

 そう2人を呼び寄せた雅は、紅夜の方を振り向いてウインクした。

 

「……あいよ」

 

 紅夜は穂乃果達の方へ向き直り、ライブの開始を促した。

 

「お前等の望んだ形とは違うかもしれんが、こうして客は揃った…………これで、ライブ出来るよな?」

「長門君……!」

 

 感極まって再び涙を浮かべる穂乃果。ことりや海未も、同じ反応だった。

 フミコ達は漸く状況が飲み込めたのか、互いに顔を見合わせて頷き、曲や照明の準備をするべく走り出した。

 それを見届けた紅夜は、不適な笑みを浮かべて言った。

 

「さあ、泣いてる暇があったらさっさとライブを始めるぞ。俺もコイツ等も、お前等のリタイアを見に来たんじゃない。スタートを見に来たんだからな」

「「「……うん(はい)!!」」」

 

 頷いた3人は各々の定位置へと戻る。そして……

 

「「「μ'sic、スタート!!」」」

 

 女神達のライブが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ありがとうございました!!」」」

 

 曲が終わり、手を繋いだ3人が一斉に頭を下げると、花陽や凛、達哉達の拍手が講堂に響く。

 20人にも満たない少人数だが、彼等の拍手の音は、それを感じさせない程に大きかった。

 

「………」

 

 歓声を上げる幼馴染み達の傍では、紅夜も拍手を送っている。

 その表情は何時もの無表情ではなく、優しいものだった。

 

 すると、そんな拍手の中からカツカツと足音が鳴り、一行がその音の主へと視線を向ける。

 そこに居たのは、絵里だった。

 

「……これからどうするつもり?」

 

 見に来た観客を一通り見てから、穂乃果達に訊ねる絵里。

 開始前の穂乃果達なら打ち切りにしていたかもしれないが、ライブが終わった今、あの時感じた絶望など吹き飛んでいた。

 

「続けます!」

 

 その青い瞳に強い意志を宿し、穂乃果はそう返した。

 

「どうして?今日のこれを見るに、続けたところで意味は無いと思うけど?観客だって、そこの2人を除けば全員学外の方々じゃない。そんな状態で、何故これからも続けようと思えるの?」

「やりたいからです!」

 

 またもや穂乃果は即答する。

 

「確かに今回のライブは、長門君が……()()()が呼んでくれたから、ここまでお客さんが集まりました。でもそれ以前に、もっと歌いたい、踊っていたいって思っているんです、こんな気持ち、今まで感じた事は無かった………やってきて良かったって、これからも続けていきたいって!初めてそう思えたんです!!」

 

 穂乃果の思い付きで、見切り発車同然に始めたアイドル活動。当然、問題は山積みだったし、練習も、これまで体育や運動会を除けば殆んど運動をしてこなかった彼女にとっては厳しいものだった。

 しかし、それを嫌だと感じた事は1度も無い。大変ではあったが、同時に楽しさや達成感を感じてもいたのだ。

 

「このまま、誰にも見てもらえないかもしれない。応援してもらえないかもしれない……でも、私達で精一杯やって、伝えたいんです!この思いを!」

「…………」

「私達はまだまだですけど、何時か……何時か必ず!」

 

 そこで言葉を区切った穂乃果は、最後の一言を講堂に響かせた。

 

講堂(ここ)を満員にしてみせますっ!!

 

 それから暫く静まり返っていた講堂だったが、不意に大河が拍手を始め、それにつられて達哉や瑠璃達も拍手を始めた。

 

「おぉ、良いぞお前等!頑張れよ~!」

「派手にぶちかましてやんな!」

「応援してるよ~~!!」

 

 特に達哉や大河、雅はそんな声援を送っており、女子生徒達もキャッキャとはしゃいでいる。

 

「…………」

 

 絵里はそんな彼等を一瞥すると、静かにその場を去っていった。

 

「ホラ、紅夜」

 

 去っていく絵里を見送る紅夜に、瑠璃と蓮華が近寄る。

 

「ん?どうした?」

「『どうした?』じゃないわよ。一応あの子達のマネージャーやってたんでしょ?声くらい掛けてきてあげなさいな」

 

 そう言って、紅夜を押し出す瑠璃。

 彼は頷くと、ステージから降りてきた3人と向き合った。

 

「3人共、一先ずおつk──」

「「「紅夜君(紅夜さん)!」」」

 

 労いの言葉を掛けようとする紅夜だったが、それは3人が一斉に飛び込んできた事で遮られる。

 

「ちょ、おい待てお前等!一斉に来る馬鹿が……うぉわぁ!?」

 

 アメリカで鍛えられていた紅夜でも、流石に3人同時の不意打ちタックルを喰らえば敵わない。そのまま勢いに負けて押し倒されてしまう。

 背中の痛みを感じながらも抗議しようとする紅夜だったが、3人が自分の胸に顔を埋めて泣いているのを見るとその気も失せてしまい、暫くは彼女等の好きにさせる事にした。

 

「ヒューヒュー!幸せモンだな紅夜!」

「(大河(アイツ)後で絶対シメる)」

 

 その際、綾や瑠璃からの嫉妬に溢れた視線を受けながら、紅夜は冷やかしてくる大河をどう処刑してやろうかと考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、泣き止んだ穂乃果達が様子を見に来たヒデコ達に冷やかされて顔を真っ赤に染めるというハプニングがありながらも、ライブの片付けもつつがなく終わった。

 

「それじゃあ、私達はここらでお暇させてもらうわ」

「またね、紅夜」

「そんじゃな~!」

 

 先に帰った花陽や凛に続き、各々の愛車に乗り込んで帰っていく幼馴染み達を見送ると、それと入れ替わるようにして希が近づいてきた。

 

「お疲れ様、ええライブやったな」

 

 先程の絵里とは逆に、柔らかな笑みを浮かべている希。

 

「それにしても、まさか外部の人呼んでくるなんて思わんかったわ。中々考えたな、長門君」

「この学校の事を広めるなら、コレが一番だと思ってな。まぁ思い付いた時期が遅かったから、たまたま予定が空いていた幼馴染みやその関係者しか呼べなかったが」

「それでも、この学校の認知度アップに繋がった事は変わらんよ。チラッと見たら中学生や他の高校の子も居ったみたいやから、その子達が広めてくれる筈や」

 

 その言葉にウンウンと頷く穂乃果達。

 彼女等も、自分達が今まで気づけなかった事に気づき、解決のために行動に移してくれた紅夜には感謝していた。

 

「さて、前置きもこのくらいにして……長門君、取り敢えずお試し期間は終了した訳やけど……どうかな?」

「……やはり、そうきたか」

 

 そう言って、紅夜は深い溜め息をついた。

 

 期間限定のマネージャーを引き受けてから約3週間、彼は穂乃果達と行動を共にしてきた。

 基本的にはパフォーマンスや体力作りのトレーニングのみ担当していたが、それでも彼女等の人となりは、ある程度分かったつもりだ。

 

「(少なくとも、コイツ等が悪人じゃねぇってのは分かったんだがな………)」

 

 昔とは違い、自分が相手にしているのは高校生だ。小学生の頃とは違って物事の善悪はきちんと見分けられるし、そもそも彼女等がそんな事をするような人間ではない事は、これまで活動を共にしてきて分かっている。

 だが、頭では分かっていても、未だ心がついてきていなかった。

 だからこそ、彼は眼帯を外すこともしなければ、穂乃果達が名前で呼んでいるにもかかわらず、自分は相変わらず名字で呼んでいるのだ。

 

「……残念ながら、このまま続投って訳にはいかないみたいやね」

「……ああ、すまないが」

 

 そう言う紅夜に、希は『ええんや』と首を横に振った。

 そして次に、穂乃果が口を開く。

 

「紅夜君の過去に何があったのかは分からないけど、それだけの事情があるんでしょ?なら、無理矢理マネージャーなってもらう訳にもいかないから。紅夜君がマネージャーをやらないって言うなら、()()止めておくよ」

 

 以前までしつこく勧誘してきた時とは違い、潔く身を引く穂乃果。海未やことりも何も言わないのを見る限り、2人も同じ意見なのだろう。

 

「そうか………ん?おいちょっと待て、『今は』とはどういう事だ?」

 

 安心したように言う紅夜だったが、穂乃果が言った『今は』という言葉が引っ掛かり、その意味を問い質す。

 

「だって、今は未だマネージャーをやろうとは思えないってだけで、今後考えが変わるかもしれないでしょ?私、今は止めておくとは言ったけど、諦めるなんて一言も言ってないからね!」

「はぁ!?」

 

 目を丸くして素っ頓狂な声を上げる紅夜。そんな彼に、希がニヤニヤしながら言葉を付け加えた。

 

「確かに。あの時交わした約束も、あくまでも『しつこく勧誘したらダメ』ってだけで、『勧誘自体やったらダメです、諦めなさい』とは言ってないしな~」

「ことりも、紅夜君の事は諦めたくないかな~。一緒に居て、凄く楽しかったし!」

「私も、貴方にマネージャーをやってほしいという気持ちはありますから……こればかりは譲れませんね」

 

 他の2人も、苦笑を浮かべながらも穂乃果や希を止めるつもりは無いようだ。

 最早多勢に無勢である。

 

「お、お前等………!」

 

 完全にしてやられたと、紅夜は思った。

 マネージャーを続けない事は決定だとしても、結局は彼女等から狙われる生活が終わる事は無いのだ。

 

「………もう手に負えん。お前等の勝手にしてくれ」

 

 これまで作ってきた無愛想キャラが崩壊しているのも構わず、ガックリと肩を落とす紅夜。

 そんな彼に、3人の女神達は笑顔を向けて言うのだった。

 

 

 

 

「「これからもよろしくね、紅夜君!」」

「よろしくお願いします、紅夜さん!!」




 さて、次回からは1年加入編を予定しております。

 ここから暫くはサクサク進めていける筈……多分、きっと、maybe


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SS2~アウトローの居ないベンチュラ・ベイ2~

 さて、漸くファーストライブも終わって1年生加入編に突入……といきたいところですが、ここでサイドストーリーです。


「……成る程。じゃあ、もうマネージャーは終わりにするのね」

『ああ。取り敢えずあの3人が悪い奴等じゃないのは分かったけど、どうもな……』

 

 場所は大きく変わって、ベンチュラ・ベイ、バーンウッドにあるトラビスのガレージでは、レースを終えて帰ってきたMAD RUNメンバーが休んでいた。

 久々に本気で走り回って疲れたのか、零と和美がソファーで身を寄せ合って寝ている中、アレクサンドラとエメラリアは、帰宅した紅夜とテレビ電話で互いの近況を報告し合っている。

 

「そう……でも、まぁ良いんじゃないかしら?短期間とは言え、私達みたいなストリートレーサーでもない赤の他人と一緒に行動して、しかも、μ'sとか言ったかしら?その子達のパフォーマンスを一緒に作り上げたんだから、それだけでも大きな進歩よ。本当によく頑張ったわ」

 

 そう言って、画面越しに紅夜の頭を撫でるエメラリア。1つしか歳が違わないとは言え、実はこのチームで最年長でもある彼女は、紅夜にとっては良きチームメイトであり、姉のような存在でもあった。

 

「……ありがとよ、エメル」

 

 普段の学校で見せている無表情とは違い、仲間と話しているためか紅夜の表情は柔らかい。

 元々は明るい性格で、幼馴染みグループのリーダー格だった彼だが、過去の一件があってからというもの、基本的に親しい者の前でなければ本来の性格は見せない。勿論、眼帯を外す事も。

 

「にしてもアンタと一緒に居たっていう子……確か高坂だっけ?ソイツも中々しつこいわね。約束で禁止された訳じゃないとは言え、未だアンタをマネージャーにするつもりだなんて」

『ああ。まるでガキの頃のお前みたいだったぜ、レナ』

 

 呆れたように言うアレクサンドラに、紅夜がクスクス笑いながらそう返す。

 当時は心境が心境だったために追い払っていたのだが、結局は彼女のしつこさに救われたのだから、今では感謝していた。

 そのため、アレクサンドラはこんなツッコミを返されても怒る事はしない。

 

「それで紅夜、今後はどうするの?もうμ'sのマネージャーじゃなくなったんだから、暫くは何も無いんじゃないの?」

 

 不意に、エメラリアがそんな事を訊ねる。

 穂乃果達μ'sのファーストライブも終わり、頻度は減るとは言え今後も彼女等からの勧誘攻撃は続く訳だが、それさえ除けば、今のところは特に大きなイベントは無い。

 その間はどのように過ごすのか、エメラリアは気になっていた。アレクサンドラも同じ意見のようで、画面をじっと見つめて紅夜の返事を待っている。

 

「そうだな、少なくとも学校の行く末が決まらなきゃどうとも言えねぇし………まぁ、試験生の責務を果たしつつのんびり過ごす事にするさ」

 

 その質問に、紅夜は当たり障りの無い答えを返した。

 それから暫くやり取りを交わした後、紅夜が夕飯に呼ばれたために通話を終え、2人は大きく体を伸ばした。

 

「ふぅ……取り敢えず、今のところは順調に過ごせてるみたいで良かったわね」

「ええ。このまま何事も無く過ごしてくれれば良いんだけどね」

 

 お忘れの方も居るかもしれないが、音ノ木坂学院は創立から100年あまり、ずっと女子校として通ってきた。当然、女子校ならではの風習や伝統もある。

 そんな中で共学化の話が持ち上がり、しかも試験生として紅夜が入ってきているのだから、一部の教員や保護者、卒業生からは反対や心配の声が上がっている。

 その殆んどは『急すぎる』、『もう少し考えた方が良い』という真っ当な理由から反対しているが、中には個人的な感情で反対している者も存在する。しかし理事長である雛は、この学校の状況からそれらの意見を押しきって今回のプロジェクトを遂行したのだから、反対派の連中としては当然面白くない。

 そのため、その悪意を紅夜に向けようとする輩も居るのではないかと、エメラリアは心配していた。

 アレクサンドラはそれを見抜いたのか、彼女の肩を軽く叩いてこう言った。

 

「大丈夫よ。紅夜が言うには理事長とやらが釘を刺したって話だし、仮に連中が本当に手を出そうものなら今度は瑠璃達が黙ってないわよ。あの恐ろしい社会的抹殺集団がね」

 

 アレクサンドラはそう言って、パソコンの傍に置かれている集合写真に目を向けた。

 そこには紅夜とアレクサンドラ、そして彼の身内や幼馴染み達が写っている。

 

「確か、紅夜をいじめてた連中は全員転居か家庭崩壊で、校長も吊し上げを喰らって辞任、担任は追い詰められた挙げ句自殺……だったかしら?」

「ええ、中々に恐ろしい奴等だわ」

「確かそれ以降も、瑠璃が雅のストーカーとか達哉のEVOを盗もうとして怪我させた奴から慰謝料ふんだくって、ソイツ等の人生を身内諸共ぶち壊したって聞いたよ?」

 

 何時の間に起きたのか、アレクサンドラとエメラリアがそんなやり取りを交わしているところへ入ってきた和美が、言葉を付け加えた。その傍らには零も居る。

 

「一族郎党皆殺し……いや、大粛清ってヤツかしら?まるで現代に甦った女スターリンね」

「まあ、実際達哉もそう言ってるし、『北条瑠璃に敵認定された者に未来は無い』なんて言われてるからね。怒らせた連中は御愁傷様だよ」

 

 他人事のように言う零。

 何も知らない人間が聞けば間違いなくやり過ぎだと思うだろうが、それでも瑠璃達にそのやり方を変えるつもりは無かった。

 

 

 紅夜がいじめを受けていた時、瑠璃達にとってはクラスメイトや担任、そしてそれを隠蔽しようとしていた校長や彼を忌み子扱いした隣人等、敵だらけの環境だった。

 それに、当時子供だった彼女等に出来る事と言えば、紅夜に寄り添う事だけ。しかし、周囲から紅夜に向けられる悪意は、自分達の力でカバーするにはあまりにも強すぎた。その結果が、あの惨状だ。

 そして紅夜は人間不信になり、寄り添い続けてきた自分達や家族、知り合いすら拒絶するようになってしまい、かつて交わした『自分達はずっと一緒』という約束は、夢見てきた未来は1度、壊されてしまった。

 連中のくだらない価値観や悪意によって。

 

 その後はアレクサンドラや彼女の家族の協力もあって和解を果たしたが、またあの時のような愚か者達によって、紅夜か、あるいは自分達の中の誰かが傷つけられるかもしれない。しかも紅夜は人間不信が完治した訳ではなく、下手をすれば、またあの時の惨劇が繰り返されるかもしれない。

 そこで彼女等は考えた。どうすれば紅夜を守れたのかと。どうすれば、今後自分達にこのような事が起こっても跳ね除けられるのかと……

 

 その結果行き着いた答えは1つ。『今後自分達に悪意を向けた者は、逆恨みする余裕すら無くなるまで徹底的に、惨たらしく叩き潰す』という事である。

 

 此方が大人しくしていても、突っ掛かってくる者は突っ掛かってくる。ならば自分達に手を出した連中には、その愚行の対価を支払わせるのだ。

 彼等がこれまで積み上げてきたものやその後の人生という、大きな対価を。

 

「此方が暴力で排除するとしたら、向こうは社会的に抹殺するって感じかしら?ある意味アタシ等以上の恐ろしさね」

 

 そんなアレクサンドラの言葉に、他の面子も一斉に頷く。

 それから暫く世間話をしていた彼女等の元に、2台の車がやって来る。

 1台はNissan Fairlady 240ZG。そしてもう1台は、イギリスのスポーツカー、Aston Martin DB11だ。

 

 2台が空いているスペースに止まると、各々のドアが開き、筋肉質な40~50代くらいの男性と、30代くらいの男が降りてきた。

 

 前者は、このガレージのオーナーであるトラビスだ。

 彼はMAD RUNが結成される前に紅夜やアレクサンドラが所属していた走り屋チームのリーダーであるのと同時に、MAD RUNの名付け親とも言える存在でもある。

 更に言えば、紅夜やアレクサンドラに次ぐ車の複数持ちであり、このFairlady Zの他に、多くのファンから『ハコスカ』の愛称で親しまれており、紅夜のR34の大先輩とも言える初代Skyline GT-Rこと、Nissan Skyline GT-R KPGC10を所有している。

 

「よう。今日も全員揃ってるな」

「やぁやぁ、久し振りだなMAD RUNの諸君」

 

 そして、トラビスに続いてやけに芝居がかった挨拶をする男の名は、マーカス・ウィアー。

 紅夜達が遠征で訪れたフォーチュンバレーに位置するカジノ、エリュシオン・カジノのオーナーであり、本人もまた、『ギャンブラー』という通称がつけられる程の勝負師である。

 かつてはフォーチュンバレーの裏組織、ハウスと対立しており、紅夜達MAD RUNや彼等と行動を共にしていたイレーネに協力を求め、共にハウスを崩壊させた人間である。

 

「あらトラビス、こりゃまた随分珍しい客連れてきたのね」

 

 あれ以来殆んど顔を合わせなかった人物の登場に、アレクサンドラは少し驚いたように言う。

 零や和美、そしてエメラリアも同様の表情を浮かべていた。

 

「ああ、お前達に用があるらしくてな。何でも、ホットなニュースを持ってきたらしいぜ?」

「ホットなニュース?」

 

 思わず鸚鵡返しに聞き返すアレクサンドラ。そんな彼女に、マーカスは答えた。

 

「実は最近、休暇を取っていた俺の部下がパームシティって町を見つけてな。聞いて驚け?そこでは合法のストリートレースが行われてるんだ。勿論、勝てば賞金も出るし、レースの内容によってはかなりの額が貰えるぞ?」

 

 言うまでもない事だが、本来ストリートレースというのは違法行為だ。もし警察に見つかれば、連中を撒くか捕まるまで続くカーチェイスが幕を開ける。それは、このベンチュラ・ベイやフォーチュンバレー、そして紅夜が一時期走り込んでいたレッドビューカウンティーも例外ではない。勿論、他の町でも同じだろう。

 というより、そもそもストリートレースが合法となっている町など聞いた事が無く、存在するとも考えていなかった。

 そんな彼女等からすれば、パームシティは自分達のようなストリートレーサーにとっては夢のような町だった。

 

 しかし、マーカスの話は止まらない。彼の口からは、次々にパームシティに関するニュースが飛び出てくる。

 

「しかもだ、あの町ではベンチュラやバレーでも見られないような車がゴロゴロ走ってるし、エンジン換装まで出来る。おまけに足回りのセッティングも此所より幅広くてな。極端な話、向こうだとセッティング次第でFerrariやLamborghini、はたまた俺のKoenigseggでオフロードレースが出来るって訳だ。当然、お前等のマシンでもな」

「「「「マジかよ……」」」」

 

 この町では考えられないような新情報のオンパレードに、思わず言葉を失う4人。

 

 オフロードレース自体は、フォーチュンバレーへ遠征した際に零やアレクサンドラが経験している。というのも、あの町では零のRX-7やアレクサンドラのPorscheがオフロードレースに対応可能で、遠征中のMAD RUNのメカニックを担当していたラヴィンドラ・チョードリーという男に足回りのセッティングを頼み、レースに出場していたからだ。

 しかし、逆に言えばオフロードレースに出場出来たのはこの2人しか居らず、他の面々は自分達のマシンでは参加出来ない事を残念に思っていたのだ。

 

 元々、零やアレクサンドラを含めたメンバー全員のマシンは、お世辞にもオフロードに向いているとは言えない車であるために仕方無い事ではあるのだが、どうせなら自分達も参加したかったと思うのも、また仕方無い事だ。

 それがパームシティという町では出来るというのだから、彼女等が驚くのは当然の事だった。

 

「(コレ、紅夜が聞いたら驚くでしょうね……いや、それより喜ぶかしら?)」

 

 この情報を聞いてはしゃぎ回るリーダーの姿を想像したアレクサンドラは、思わず笑みを浮かべた。

 

「まぁ何はともあれ、この町は行ってみて損は無い筈だぞ?新たな町に新たなレース。チームのレベルアップには打ってつけだ。バレーより遠いのが唯一のネックだが、そんな小さい事を気にするようなお前等じゃあない筈だ」

 

 その言葉に対して、全員が愚問だと言わんばかりに頷いた。

 ストリートレーサーにとって、新天地への長旅など何の苦にもならない。寧ろそれすら楽しみでもあるのだ。

 

「上等よ、新天地に行けるんだったら大陸横断でもやってやろうじゃないの!」

 

 不適な笑みを浮かべたアレクサンドラが、ボキボキと手の骨を鳴らしながら言う。

 MAD RUNでは紅夜と同じくらいに血の気盛んな彼女からすれば、これ程血が騒ぐ話題は無い。

 

「コレは、紅夜が帰ってくるのがますます待ち遠しくなってきたわね」

「うんうん、私も早く暴れたいなぁ……ねぇ、今から摘まみ食いがてら見に行っちゃう?」

「そんな事したら紅夜が怒るからめーでしょ」

「アハハッ!冗談だって!」

 

 零に諌められた和美が、ケラケラ笑いながらそう言った。

 

「……どうやら、俺からのプレゼントはお気に召したようだな」

「ああ、彼奴等はこういう話には直ぐ飛び付くんだ。俺がフォーチュンバレーの事を話した時も、似たような反応してたよ」

 

 過去を懐かしむように言うトラビスだったが、そこへ彼の携帯にメッセージが届く。

 

「……おっと、呼び出し喰らっちまったか。それじゃ、俺はそろそろお暇させてもらおうかね」

「ああ、また会おう。トラビス」

 

 そうしてトラビスは、今度はSkylineに乗ってガレージを出ていった。

 その後、トラビスに続くようにしてフォーチュンバレーへ帰ろうとするマーカスだったが、そこである事を思い出し、DB11のトランクから箱らしきものを取り出した。

 

「そうそう、実はもう1つあってな。Mr如月にプレゼントだ」

「プレゼント?僕に?」

 

 不思議そうに箱を受け取った零は、早速開けて中身を確認する。他のメンバー達も興味津々な様子で見守る中、取り出された中身に彼の表情が輝いた。

 

「……!こ、コレって、まさか……!?」

「そう、そのまさかだ。お前がずっと欲しがってたヤツだよ」

 

 箱から出てきたのは、2つ1組のヘッドライトと思しきパーツ。RX-7専用の固定式ライトだ。

 

「コイツも、どうやらパームシティで売られてるみたいでな。部下が偶然見つけたんで、お前へのプレゼントって事で仕入れさせたのさ」

「うわぁ、ありがとうマーカス!コレずっと欲しかったんだよ!」

 

 まるで念願の玩具を買ってもらった子供のようにはしゃぐ零。そんな彼を羨ましく思ったのか自分にも無いのかと催促する和美だったが、固定式ライトはRX-7用のものしか無かったらしく、落胆する。

 

「うぅ~、せっかくの私と兄さんの共通点が1個消えちゃったよぉ……」

 

 そう言ってガックリと項垂れる和美の肩に、零は手を置く。

 

「まぁまぁ、元気出してよ和美。別に一生コレ付ける訳じゃないんだから、共通点はずっと消えないよ 」

「え?」

 

 その言葉に反応したのは、エメラリアだった。彼が言おうとしている事を何と無く予想したエメラリアはまさかと思いながらもその意図を確認する。

 

「て事は零、まさか……」

「うん、そのまさかだよエメル」

「またそんな面倒な事を……」

 

 自分の予想が的中したエメラリアは、呆れたように溜め息をついた。つまり彼は、今回貰った固定式と元々の折り畳み式(リトラクタブル)を使い分けると言っているのだ。

 そんな事をすれば、当然付け替えるのに時間が掛かる。妹のためにそこまでやるのかと、呆れるのと同時にある意味尊敬せざるを得ない妹愛だった。

 

「やった!兄さん大好き!」

 

 先程までの落胆は何処へやら、満面の笑みを浮かべて飛び付いてくる和美を受け止める零。

 相変わらずの仲良し兄妹だ。いや、最早兄妹と言うよりただのバカップルなのかもしれない。それこそ、他のメンバーが『何故兄妹として生まれてきたのか?』と首を傾げる程に。

 

「やれやれ、全くこの2人は……」

「まぁ良いじゃないのエメル。それで本人達が幸せそうなんだからさ」

「そういう問題じゃないと思うんだがなぁ……」

 

 マーカスもエメラリアに同意した。

 

 こうしてトラビスが居なくなったガレージには、はしゃぎ回る如月兄妹と、それをアレクサンドラとエメラリア、マーカスの3人に呆れたように見守るという光景が広がっているのだった。




 良いタイトル思い付かなくてこうしましたが……もしかしたら後々変えるかも……?


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第28話~アウトローとアルパカ達~

 書き溜めしてたので初の連投です。

 今回から1年生加入編になります(と言っても直ぐ終わるかも……)。


 小泉花陽にとって、アイドルは幼少期からの夢であり、憧れであった。

 可愛らしい衣装を身に纏い、光り輝くステージで、観客からの歓声を浴びながら歌や躍りを披露する彼女等を何度もテレビで見ており、その都度こう思っていた。

 『自分もこの人達みたいに出来れば』と。

 

 今まで、何度そう思ったことだろうか。何度、ステージ上で踊っている自分の姿を想像しただろうか……?

 

「はぁ……」

 

 μ'sのファーストライブから数日が経過した、ある日の授業中。花陽は誰にも聞こえないように小さく溜め息をついた。

 広げられた教科書の下には、1枚のチラシが置かれている。穂乃果達から受け取った、μ'sのメンバー募集のチラシだ。

 

 あのファーストライブは、花陽にとっては忘れられないものだった。

 確かに、他のスクールアイドルと比べれば見劣りする部分はあった。つい最近結成したばかりの駆け出しグループなのだから当然だ。

 しかし、それすらどうでも良く思える程に、ステージ上で踊る3人は輝いて見え、同時に羨ましいと思った。

 

 アイドルに興味を持ってから今日に至るまで、何度も妄想しては自分なんかには無理だと諦めていた事を、あの3人は成し遂げた。

 観客こそ少なく、と言うより音ノ木坂学院の生徒は自分と凛以外見当たらず、残りは紅夜が呼んだ部外者数人だけという散々な結果だったが、それでもやり遂げただけ十分凄い事だと、花陽は感じていた。

 

「(それに……)」

 

 彼女が思い浮かべたのは、紅夜が呼んできた数人の男女。その中で紅夜と同い年と思われる5人組を見た際には、驚きのあまり目を見開いていたものだ。

 

「(まさか長門先輩が、あのBLITZ BULLETの人達と知り合いだったなんて……)」

 

 ライブ当日はその場の雰囲気もあって聞く暇も無かったが、実は花陽は、瑠璃達BLITZ BULLETの事を知っていた。

 というのも、彼女等は瑠璃の峠コースにて自分達の車でドリフト走行をする動画に加え、紅夜達MAD RUNと同じようにバンド演奏やダンスを動画に撮っており、それを動画サイトWeTubeに投稿していたのだ。

 

 此方も既存曲を使っているとは言え、振り付けは全てオリジナルで、ドリフト走行の動画と共に演出のクオリティも高く、更にはメンバー全員が整った容姿をしているのもあり、マイナーなジャンルで活動しているにもかかわらずファンもかなり多く、中には『WeTube界のA-RISE』なんて別名をつけたり、『彼女等が学生なら、間違いなく史上初の男女混合スクールアイドルとして名を馳せていた』等と言う者も居る程だ。

 そして花陽も、そのファンの1人である。

 最初はその別名からどんなグループなのかというちょっとした興味本位で調べただけだったが、その動画を見ると、瞬く間に彼女等のパフォーマンスに夢中になっていた。

 そうして気づけば、スクールアイドルと並行して彼女等の動画をチェックする日々だ。

 

「(μ'sの先輩達も長門先輩も……良いなぁ)」

 

 有名なグループとの繋がりも無ければ自分でスクールアイドルを始める勇気も無い。そんな無い無い尽くしな彼女からすれば、紅夜や穂乃果達は非常に羨ましい存在だった。

 

「……よし、じゃあ小泉さん……小泉さん?」

「ひ、ひゃい!?」

 

 そうして色々と考え事をしていたところを指名され、声を裏返させながらも立ち上がる花陽。

 そんな彼女に、クラスからはクスクスと笑いが溢れる。

 

「次の文章、読んでくれる?」

「は、はい!えーと……」

「27ページの11行目だよ」

 

 隣に座る生徒から読む位置を教えてもらい、音読を始める花陽。だがその声は小さく、教師からはもっと大きな声で読むようにと注文が飛んでくる。

 

「はい、そこまで。じゃあ今のところを……」

 

 それでも結局声は出せず、痺れを切らした教師は別の生徒を指名する。

 

「(はぁ……私って、なんでこんなにも駄目なんだろ……?)」

 

 静かに座った花陽は、こんな自分を呪いながら1人頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん~!ひっさびさの単独行動じゃ~い」

 

 昼休み。早めに昼食を終えた紅夜は、食後の運動がてら校内を歩き回っていた。

 

 ここ最近はライブの練習もあって四六時中穂乃果達μ'sの面々と行動していた彼にとっては久々の単独行動であり、自由な時間だ。

 あのファーストライブを終えてからは穂乃果達からのしつこい勧誘も減り、漸く平穏な生活を取り戻したものの、少々退屈だ。

 

「音楽室は放課後に行くとして、何か暇潰しになりそうなものは……ん?」

 

 そんなこんなで中庭を歩いていると、向こうに飼育小屋と思しき木造の建物が見える。

 そこでは何やら2つの影が動いていた。

 

「……何か飼ってるのかな?」

 

 編入前に絵里に校舎を案内してもらった時もそうだが、編入後も校舎の中しか探検していなかった紅夜にとっては、中庭は未知の場所。当然、何があるのか興味が湧いてくる。

 その建物へ歩みを進めると、影の正体が判明した。それは、全身がモコモコの柔らかそうな毛に覆われた、2頭のアルパカだった。

 

「……あ、アルパカァ?」

 

 あまりにも予想外な動物の登場に、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう紅夜。

 これが馬だったら、未だ話は分かる。今はもう無いだけで、過去に乗馬クラブがあったと考える事も出来るからだ。しかし、アルパカを飼っているなど誰が予想出来ただろうか?

 

「一体何処のペットショップに行きゃアルパカなんて見つけられんだよ………ある意味スゲーな、この学校」

 

 そう独り言を溢しながら、紅夜は2頭のアルパカを見つめた。

 1頭は真っ白の体毛につぶらな瞳をした可愛らしいアルパカで、もう1頭は両目が隠れた、気の強そうな茶色のアルパカだった。

 

「「…………」」

 

 2頭のアルパカコンビも、突然の来訪者を珍しそうに見ている。

 

「(……見たところ、白いのがメスで茶色いのがオスって感じかな?その辺全く詳しくねぇから分からんけど)」

 

 そんな事を考えつつ暫く2頭を眺めていた紅夜だが、やがてゆっくりと手を伸ばす。

 此所には今、自分以外の人間は居ない。つまり目の前の動物に触っても何か言われる事は無い。

 そんな状況下に置かれれば、誰だって目の前の動物に触れてみたくなるのは当然の事だ。それはアメリカのストリートで暴れ回ったり、裏組織の構成員や車泥棒に暴力の嵐を叩きつけていた彼も例外ではない。

 

「……!」

 

 すると、何か危害を加えられると思ったのか、茶色のアルパカが威嚇し始めるが、それくらいで動じる紅夜ではない。

 

「……大丈夫、何もしねぇよ」

 

 優しげな声でそう言い、手を差し出す紅夜。すると、茶色のアルパカは彼の手に顔を近づけ、スンスンと匂いを嗅ぐ。

 それから暫時自分の手を嗅がせた後にゆっくりとその首元を撫でるが、そのアルパカは威嚇も抵抗もしなくなった。どうやら危険な人間ではないと理解してくれたようだ。

 一通り撫でると、紅夜はそのまま白いアルパカにも手を伸ばす。此方は茶色のアルパカが認めたのもあってか素直に触らせてくれ、彼の撫で方が気に入ったのか気持ち良さそうに鳴いた。

 

「……へぇ、中々可愛いじゃねぇか」

 

 目を細めるアルパカに、紅夜も口許が緩む。

 そのまま暫く2頭を撫で回していると、また新たな来訪者が現れた。

 

「2人共~、早く早く~!」

 

 そんな甘い声と共にパタパタと駆け寄ってくるグレーの髪の少女。そんな彼女を、また2人の少女が追い掛けてきていた。

 

「何だ、お前等もコイツ等を見に来たのか」

 

 小屋に駆け寄ってきた3人に声を掛ける紅夜。そう、やって来たのは穂乃果達μ'sだった。

 チラシ配りでもするつもりだったのか、彼女等の手には何枚ものチラシが抱えられている。

 

「あっ、紅夜君!紅夜君もアルパカ見に来てたんだね!」

 

 紅夜の存在に気づいた穂乃果が、真っ先に声を掛ける。海未もペコリと頭を下げると、紅夜も軽く手を上げて会釈した。

 

「見に来たと言うよりは、たまたま散歩してたら見つけたんだがな……それにしても、まさかこの学校でアルパカなんて飼ってたとは」

「……?その口ぶりからすると、紅夜さんは知らなかったのですか?」

「ああ。前から校内を探検してはいたが、あくまでも屋内だったからな。コイツ等を見つけたのは今日が初めてだよ」

 

 そんなやり取りを交わす彼等を他所に、唯一紅夜に声を掛けなかったことりはアルパカに釘付けになっていた。

 

「ふわぁ~……ふえぇぇ……」

「……随分お気に入りみたいだな」

「ええ、どうやら最近ハマったみたいでして……昼休みになると何時も来てるんです」

「成る程、最近昼休みに直ぐ出ていくのはこのためか」

「一応、チラシ配りのためなんですが……」

 

 苦笑を浮かべながらことりの方を見やる海未。

 

「ねぇことりちゃん。早くチラシ配りに行こうよ」

「え~?もうちょっとぉ~」

 

 穂乃果に引っ張られても全く動こうとしないことり。余程アルパカ達を気に入っているのか、最早ずっと此所に居座るつもりなのではないかとすら感じさせる。

 

「ことり、早く部員を6人揃えて部として認めてもらわないと、ちゃんとした活動は出来ないのですよ?」

「そうだよねぇ~……」

 

 今度は海未が説得するものの、正に暖簾に腕押し。今やことりの頭の中は、このアルパカの事で埋め尽くされているようだ。

 

「ん~?」

 

 すると、穂乃果がアルパカに目を向ける。そのままじっと2頭を観察すると、やがて首を傾げた。

 

「それにしても、そんなに夢中になる程可愛いかな……?犬とか猫なら話は分かるけど……」

「……!」

「「ひぅっ!?」」

 

 馬鹿にされていると思ったのか、『何か言ったか!?』と言わんばかりに穂乃果達を睨み付ける茶色のアルパカ。

 

「え~、可愛いよぉ?特に首の周りとかフサフサで~……あぁ、幸せ~」

 

 そんな彼女等を他所に、すっかりアルパカに惚れ込んでいることり。すると気を良くしたのか、先程から撫で回されていた白いアルパカがことりの顔を舐めた。

 いきなりの事に驚いたことりは、小さく悲鳴を上げて後退る。

 

「こ、ことりちゃん!?」

「ああ。ど、どうすれば……ハッ!ここは私が弓で射るのは……!」

「止めろ、単にじゃれついてるだけだろ」

 

 紅夜はいきなり物騒な事を言い出す海未を諌めるが、茶色のアルパカが唸り始めた。

 

「ホラ見ろ、怒らせたぞ」

 

 そう言ってゆっくりとアルパカに近づいた紅夜は、宥めるように優しく撫でる。

 

「うちの同期がすまないな。コイツがいきなり舐められたから驚いただけなんだ、許してやってくれ」

 

 そう声を掛けてやっていると、茶色のアルパカも少し機嫌を直したらしく、海未をチラッと睨んだ後、紅夜にすり寄った。

 

「こ、紅夜君凄い……もう手懐けちゃったの?此所に来るのは初めてって言ってたのに……」

 

 初対面にもかかわらず、すんなりと言う事を聞いた事に驚きを隠せない穂乃果がそう言うと、海未も同感だとばかりにウンウンと相槌を打つ。

 

「別に大した事じゃないだろ。犬が人間の指示を理解するのと同じように、コイツ等も人間の言葉を聞いてる。それだけの話だ」

 

 その言葉に、茶色のアルパカも頷いた。どうやらすっかり打ち解けたようである。

 

 そんな彼等の元に、眼鏡にジャージ姿の小柄な女子生徒が近寄ってきた。

 

「あ、あの……良いですか?」

「ん?」

 

 紅夜が振り向くと、その女子生徒は一瞬怯むような反応を見せた後、恐る恐る口を開いた。

 

「え、えっと……お水、交換しないといけないので」

「水……?」

 

 よく見ると、彼女の胸には水の入ったペットボトルが抱えられており、小屋の方へ視線を移すと、空になったペットボトルが目に留まった。

 

「ああ、そういう事だったか……すまない、邪魔したな」

 

 これ等の情報から女子生徒が飼育委員なのだろうと悟った紅夜は、そう言って下がる。彼女はペコリと頭を下げ、慣れた手つきで水の交換を始めた。

 アルパカ達も、彼女には慣れているのか警戒する様子は無く、寧ろすり寄ってきていた。

 

「(てかコイツ……よく見たら小泉か。飼育委員なんてやってたんだな)」

 

 彼女が先日からちょくちょく関わっている小泉花陽だと悟る紅夜を他所に、穂乃果達は未だに顔を拭いていることりを心配していた。

 

「ことりちゃん、さっき舐められたところ大丈夫なの?」

「うん、別に噛まれた訳じゃないから大丈夫……でも、この子には嫌われちゃったのかな?」

「いや、だからじゃれついただけだろ。嫌ってるなら噛まれるか唾吐かれてた筈だ」

「は、はい。先輩の言う通り、ただ楽しくて遊んでただけだから、別に嫌いになった訳じゃないと思います……」

 

 花陽も紅夜の意見を支持する。未だ1ヶ月程度しか経っていないとは言え、動物を世話する仕事は毎日欠かさず行われるだろうから、アルパカの気持ちもそれなりに分かるようだ。

 

「へぇ~。紅夜君もそうだけど、貴女も分かるんだ?」

「え、えっと……一応、飼育委員ですから、ある程度なら……」

「そっか……って、あれ?貴女、もしかして花陽ちゃん?」

 

 そこで漸く彼女の正体に気づいたらしく、穂乃果が言う。

 

「は、はい……小泉花陽、です」

「そうそう、花陽ちゃんだ!」

「ああ、ライブに来てくれた1年の子!」

「あの時は本当に助かりましたね。紅夜さんもお友達を呼んできてくれましたが、やはり学内の生徒にも見てもらいたかったので」

 

 次々に近づいてくる上級生に怯みながらも、何とか返事を返す花陽。すると、穂乃果が徐に彼女の肩を掴んだ。

 

「ねぇ花陽ちゃん、いきなりだけどアイドルやってみない?」

「ふぇっ!?」

「本当にいきなりだな……」

 

 あまりにも唐突な勧誘に驚く花陽の傍では、柵に凭れた紅夜が呆れたようにそう言った。

 

「君は輝いてる!大丈夫、悪いようにはしないから!」

「穂乃果、顔が悪人のそれになってますよ」

「でも、これくらい強引にやらなきゃ逃げられちゃうよ!」

「猫じゃないんですから……」

 

 そんな問答が行われていると、花陽が小さく口を開いた。

 

「え、えっと……西木野、さんが……」

「え?」

「ごめんなさい小泉さん、もう1度言ってもらえますか?」

 

 ボソボソとした声だったために聞き返す穂乃果と海未。

 花陽は、先程よりも少し大きな声で話し始めた。

 

「あの、西木野さんが良いと思うんです……あの子、歌とかピアノとか、凄く上手で……」

「西木野……ああ、あのピアノ女か」

「紅夜君、その覚え方は凄く失礼だよ……」

 

 以前音楽室へ連行した挙げ句曲を演奏させた小生意気な女子生徒を思い出した紅夜がそう言うと、ことりが苦笑混じりに言う。

 

「うんうん。私もあの子の歌、大好きなんだ!」

「ならスカウトに行けば良いじゃないですか」

「行ったよ?でも『絶対嫌だ』って」

「(……あぁ、あの時か。あれは断られて当然だがな)」

 

 いきなり乗り込んできた得体の知れない上級生に『アイドルになりませんか?』と聞かれたところで、『はい、なります』なんて答えは普通なら返ってこない。真姫の反応はすこぶる正しいものだった。

 とは言え、彼女が音楽に関して技術を持っているのも事実だ。メンバーに加える事が出来れば、作曲担当の確保と共にクオリティの向上にも繋がるだろう。

 

「それに、紅夜君も加わってくれたら完璧なんだけどなぁ~……」

 

 そう言って、穂乃果が目を向けると、紅夜はその視線から逃げるようにアルパカに構い始める。

 

「あれ?長門先輩って、皆さんのお手伝いをしてたんじゃ……?」

「うん、してくれてたんだけど……」

「ライブが終わるまでの期間限定だったの」

「は、はあ……」

 

 そうしていると、また別のジャージ姿の女子生徒が手を振りながら駆け寄ってくる。

 

「かよちん、何してるの?早くしないと授業に遅れちゃうよ?」

 

 そう言ってやって来たのは、星空凛だった。彼女は紅夜に気づくと、彼にも手を振る。

 

「あっ、長門先輩も居るにゃ!」

「……よぉ」

 

 花陽にしたのと同じように、軽く手を上げて会釈する紅夜。

 

「ホラ、かよちん。飼育委員の仕事終わったなら早く行こ?」

「う、うん……じゃ、じゃあ失礼します」

 

 そうして、2人は走り去っていった。

 

 その後は時間も無くなってきたため、彼等も教室へ戻る事にした。

 

「そう言えば紅夜君って、花陽ちゃん達と知り合いだったの?」

「確かに。特に小泉さんとは、ライブ前から知り合いだったようですが……」

「……まぁ、ちょっと訳ありでな」

 

 まさか『不良グループに絡まれているところを車で乗り込んで助けた』なんて馬鹿正直に言う訳にもいかず、紅夜はそう言って茶を濁した。

 

「(にしても、あのアルパカと触れあえるってのは中々魅力的だな……あそこも暇潰しスポットに追加しとこっと)」

 

 教室へと戻る道すがら、紅夜は新たな暇潰しスポットが出来た事にうっすらと笑みを浮かべるのだった。



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第29話~アウトローとまきりんぱな・前編~

 書き終わるまでに誕生日迎えちまった……


「か~よちん!部活決めた?」

 

 放課後。生徒達が次々に帰り支度を進めていく中、ぼんやりと座っていた花陽の元へ凛がやって来る。

 

「あっ、凛ちゃん。実は未だ決めてないの……」

「そうなの?早くしないと……確か、申請今週までだよね?」

 

 その言葉に、花陽は小さく頷いた。

 

 部活動の入部申請は今週までとなっているが、だからと言って途中からの入部が不可能という訳ではない。だが、部活動によっては大会に出場するものもあるため、入部するのならば早いに越した事は無いだろう。

 

「凛ちゃんは、もう決めたの?」

「うん、陸上部!」

「だよね。凛ちゃんって足速いし、きっと活躍出来るよ。さっきの体育でも皆驚いてたから」

 

 そう言われて照れ臭そうに頭を掻く凛だったが、ふと何かを思いついたように口を開いた。

 

「そうだ、かよちん!もしかよちんもやりたい事無いなら、一緒に陸上部入らない?運動苦手ならマネージャーも出来ると思うし!」

「う、うん……」

 

 あまり乗り気でない返事を返す花陽。運動が苦手な事やそもそも運動部に興味が無いというのもあるが、その主たる理由は別のところにあった。

 

「…………」

 

 凛は俯く花陽に合わせるようにしゃがむと、覗き込むようにして言った。

 

「もしかしてかよちん、スクールアイドルやりたいの?」

「ッ!?」

 

 その問いを受けて一気に顔を上げる花陽。正に図星と言える反応だった。

 

「やっぱり!この前のライブも凄く熱心に見てたもんね!」

「い、いや。そうじゃなくて……!」

 

 必死に誤魔化そうとする花陽だったが、長年連れ添ってきた親友には通用しない。相手はニヤニヤした表情で、彼女の嘘を看破する。

 

「駄目だよ~。かよちんって嘘ついてる時はそうやって指合わせるんだから、バレバレだよ」

「うぅ……」

 

 本心を見破られ再び俯いてしまう花陽に、凛は畳み掛ける。

 

「かよちんなら絶対なれるよ!だってかよちん可愛いし、昔からアイドル大好きなの、凛知ってるもん!」

 

 そう言うと、彼女は花陽の手を掴んで立ち上がらせ、教室の外へと引っ張っていく。

 

「ホラ、やりたいなら今すぐ先輩達の所行こう!『μ'sに入れてください』って言わなきゃ!」

 

 『思い立ったら即行動!』とばかりに、花陽を穂乃果達の元へ連れていこうとする凛。

 

「ま、待って、凛ちゃん!!」

 

 だが、花陽が突然叫ぶように言い、それに驚いた凛が即座に足を止める。

 

「かよちん……?」

「あっ……ゴメン、大声出して」

 

 いきなり引っ張られて驚いたとは言え、急に大声を出した事を謝る花陽。

 そして深呼吸して心を落ち着かせると、凛を真っ直ぐ見つめて口を開いた。

 

「もし……もしもの話だよ?もし、私がスクールアイドル始めたら……凛ちゃんも、一緒にやってくれる?」

「一緒にって……つまり、凛もスクールアイドルになるって事?」

 

 その問いにコクりと頷く花陽。すると、凛は首を左右に振った。

 

「無理無理、そんなの無理だよ!だって凛、かよちんみたいに女の子っぽくないし、スカートも似合わないし……」

 

 そう言いながら、凛は徐々に表情を曇らせていく。

 

「そ、そんな事……」

 

 否定しようとする花陽だったが、凛の過去を思い出して何も言えなくなった。

 

 

 それは、彼女等が未だ小学生の頃。普段はズボンを履いていた凛が、その日初めてスカートを履いてきたのだ。

 勿論、花陽は絶賛したし、凛も褒められて嬉しそうにしていたのだが、その後やって来た男子生徒達の言葉は、そんな凛の心を深く傷つけた。

 

「あーっ、スカートだ!何時もスボンなのに!」

「スカート持ってたんだな~」

 

 恐らく、彼等に悪意は無かったのだろう。ただ純粋に、普段はズボンしか履いてこなかった凛がスカートを履いていたのを珍しがっただけなのかもしれない。

 だが、当時の凛にはからかわれているとしか思えず、結局家に引き返して普段のズボンで登校する事になった。

 それ以来、凛がスカートを履く事は無くなり、屋内外を問わず、プライベートでは何時もズボンを履くようになったのだ。

 

 

「アイドルなんて、凛には絶対に無理だよ」

 

 最後に凛は、そう言って力無く笑った。

 

 

 その後、彼女は用事があるために先に帰ってしまい、暫く教室でボーッと過ごしていた花陽だったが、やがて重い腰を上げ、教室を出る。

 

「ん?あれって……西木野さん?」

 

 1階の下駄箱まで来たところで、花陽は真姫の姿を視界に捉える。掲示板の前に立つ彼女は、そこに貼られている広告を熱心に見ているようだった。

 そして置かれていたチラシを1枚手に取り、そのまま立ち去る。

 

「(あそこに貼られてるのって、確か……)」

 

 彼女の姿が完全に見えなくなると、花陽は掲示板の前へ移動する。そして貼られていたものの正体を確認すると、小さく『やっぱり……』と呟いた。

 そこに貼られていたのは、穂乃果達μ'sのメンバー募集のチラシだった。

 

「(西木野さん、やらないって言ってたみたいだけど……やっぱり、興味あるのかな?)」

 

 そんな事を思いながら家路につこうとする花陽だったが、そこで何かを蹴飛ばしたらしい。深緑の手帳と思われるものが、廊下をスーッと滑っていった。

 慌てて拾い上げて中身を確認すると、それが真姫の生徒手帳である事が分かった。

 玄関まで走っていくも、既に真姫の姿は無い。

 

「(定期は入ってないけど……やっぱり、早く届けた方が良いよね)」

 

 生徒手帳は、その持ち主の個人情報の塊のようなものだ。外で落とすのと比べればリスクは少ないものの、やはり早く届けるに越した事は無いだろう。

 手帳を開いて真姫の自宅の住所を確認していると、後ろから声を掛けられた。

 

「お前、何してるんだ?」

「ひゃいっ!?」

 

 突然の低い声に勢い良く振り向くと、そこには紅夜が立っていた。

 

「な、長門先輩だったんですね……」

 

 声を掛けてきたのが見知った人物である事に、花陽は安堵の溜め息をつく。

 

「驚かせたようで悪いな。廊下のど真ん中で何か熱心に見てたから、ちょっと気になったんだ」

 

 そう言って、紅夜は花陽が持っていた手帳に目を落とす。

 

「それは、生徒手帳か……お前のか?」

「い、いえ。コレは西木野さんので……さっき此所で拾ったんです。何か、このポスターを見てたみたいで……」

 

 そう言ってμ'sの勧誘ポスターを指差す花陽。紅夜は『ふ~ん』とどうでも良さそうな返事を返し、同じようにポスターへと目をやる。

 

「(彼奴も興味あるのかな……まぁ音楽好きみたいだし、何かしら思うところがあるんだろ)」

「あ、あの……」

 

 そう考えていると、花陽が恐る恐る話し掛けてくる。

 

「どうした?」

「え、えっと………コレ、無いと困ると思うんです。住所とかも、書いてるから……」

「まぁ、そうだろうな……それで?」

 

 続きを促された花陽は、暫く視線を手帳と紅夜の間で行ったり来たりさせた後、再び口を開いた。

 

「わ、私と一緒に……西木野さんの家まで、届けに行ってほしいんです……」

「…………」

 

 その瞬間、紅夜は時間を止められたかのように動かなくなった。

 

 『コイツは一体何を言っている?』『何故そんなものを自分に頼む?』と、紅夜の頭の中は、そんな彼女の言葉に対する疑問のオンパレードだ。

 そうして暫くの沈黙の後、漸く絞り出せた言葉が……

 

「……はあ?」

 

……これである。

 

 無理もない話だ。花陽や真姫は初対面ではないとは言え、大して親交がある訳でもなければクラスメイトでもない。にもかかわらず、何故自分が届け物の付添人を頼まれるのか、紅夜には理解出来なかった。

 

「だ、だから、その……私と一緒に──」

「いや、言葉はちゃんと聞こえてる。態々繰り返さなくて良い」

 

 聞こえていないと思ったのか、繰り返そうとする花陽を手で遮る。

 

「……その西木野の家は遠いのか?」

「い、いえ。この住所からすると……」

 

 そうして、花陽は再び手帳を開いて真姫の自宅の住所をスマホで検索し、その画面を見せてきた。

 

「此所から徒歩20分ってところか……なら、ますます俺が出る幕じゃないだろ。そこまで遠い訳でもなさそうだしな」

 

 紅夜はそう言った。

 これが電車やバスに数十分乗らなければならないような距離なら未だ話は分かるが、徒歩20分などちょっとした寄り道程度のレベルだ。

 未だ日が照っている今なら、少し急げば暗くなる前には帰れるだろうと彼は考えていた。   

 

「……それに、そもそもお前等1年は1クラスしかないんだ。別に今日持っていかなくても、明日直接渡してやるなり、担任に落とし物として届けて渡してもらうなりしておけば良いだろ。態々俺を付添人にしてまで持っていってやる必要はあるまい」

「うぅ……」

 

 正論攻めにされた花陽は、返す言葉が見つからなかった。彼の言う通り、態々彼女の自宅まで持っていってやる義理など無い。明日渡したところで、そもそも落とした方が悪いのだから、相手に咎める権利は無いのである。

 

「と言うか、お前は嫌じゃないのか?特に親しい訳でもない男と一緒になるなんて」

「……?」

 

 その問いに、花陽は『何を言っているんだ』とばかりに首を傾げる。

 

「別に、嫌じゃないですよ?先輩って、見た目はちょっと怖いけど良い人だって事は、私も知ってるつもりですから」

「…………」

 

 ストレートにそう言われ、面映ゆそうに頬を掻く紅夜。

 

「……やっぱり、駄目……ですか?」

 

 そんな彼に、花陽はトドメとばかりに上目遣いで言う。

 

「………………」

 

 暫く彼女を見つめていた紅夜だったが、やがてガシガシと頭を掻きながら深い溜め息をつく。そして踵を返すと、ポケットから車の鍵を取り出して言った。

 

「……しょうがない。車持ってくるから、玄関前で待ってろ」

「……はいっ!」

 

 その言葉に表情を輝かせながら頷いた花陽は、自分も自分の靴箱へ向かい、靴を履き替える。そして玄関前に立つと、彼女からすれば約1ヶ月ぶりである青いスポーツカー、R34がノロノロと近づいてくる。

 

「(あの車、この前の……やっぱり先輩、本当に車で通学してるんだ)」

 

 以前、凛と共に不良に絡まれていたところを助けられた際、家まで送ってもらう道中で、彼女等は紅夜が車通学していると聞いていたが、車で通学する高校生など見た事も聞いた事も無いためにいまいちピンと来なかった花陽だったが、こうして学校の敷地内を走っていると、あの時の話は本当だったんだとつくづく思い知らされる。

 

 そうして玄関前で車が止まると、花陽は助手席に乗り込んだ。

 

「悪いがナビは頼むぞ。俺も行った事が無い場所だからな」

「は、はい!」

 

 若干声を裏返らせながら花陽が返事を返すと、紅夜は愛車を走らせる。

 

 それから花陽の指示を受け、大通りに出て暫くすると、掛けてあるラジオからスクールアイドルに関する話が流れてきた。

 そこで、紅夜は花陽が大のスクールアイドル好きである事を思い出す。もしやと思いつつチラリと目を向けると……

 

「…………」

 

 案の定、彼女は身を乗り出して熱心にラジオに耳を傾けていた。

 

「(熱心に聞いてんなぁ………スクールアイドル好きだってのは聞いてたけど、まさかこれ程とはな)」

 

 他人の車に乗っている事を忘れる程ラジオに熱中している花陽に、ある種の関心を抱く紅夜。だが、彼女がナビをしてくれないと真姫の家に辿り着けない。

 

「おい小泉、そろそろナビの続きをしてもらいたいんだが?」

「ひゃいっ!?」

 

 肩をやや強く叩きながらそう言うと、彼女は飛び上がらんばかりに驚いて此方を振り向く。

 

「随分熱中してたな」

「す、すみません……スクールアイドルの話が出ると、どうもそっちに聞き入っちゃって……」

 

 そう言いながら縮こまる花陽に、紅夜は『別に構わん』と返した。

 真姫の家までナビをするという役目さえ果たしてくれるなら、ラジオを聴いていようがスマホを弄っていようが構わなかった。

 

「それで、この後はどう進めば良い?」

「は、はい。えっと……」

 

 それから紅夜は、再び出される指示に従って車を走らせ、遂に真姫の家へと辿り着いた。

 

「コレが、西木野の家か……」

「す、凄く……大きいですね」

 

 車から降りた2人は、門の向こうに建つ洋館のような建物を見据えてそう呟いた。

 

「西木野さんの家って、凄いお金持ちだったんですね……」

「……どうやら、そのようだな」

 

 閑静な住宅街に似つかわしくない豪邸に唖然とする2人だが、何時までもこうしている訳にはいかない。自分達は落とし物を届けに来たのであって、他人の家の評価をしに来たのではないのだから。

 

「じゃ、じゃあ押しますね」

 

 花陽はそう言って、インターホンを押す。すると少し間を空けて、女性の声が聞こえてきた。

 

『はい、どちら様でしょうか?』

「あ、えっと……西木野さんと同じクラスの小泉です……生徒手帳を拾ったので……」

『あら、態々ありがとうございます。今開けますので、少しお待ちくださいね』

 

 そうして通話が切れると、ドアが開いて赤髪の女性が現れた。その見た目は、さながら真姫の大人バージョンと言ったところだろう。

 その証拠に髪の色や目付きは何処と無く真姫と似ており、控えめに言っても美人の部類に入る。

 

「真姫の母の美姫です。態々届けに来てくれてありがとうね」

「い、いえ……」

 

 若干頬を赤らめながら真姫の手帳を渡す花陽の隣では、紅夜が女性の正体に驚いていた。

 

「(この見た目で母親か。ちょっと歳が離れた姉かと思ってたが……ん?)」

 

 内心そう呟いていると、美姫が此方を見つめている事に気づく。

 

「……俺に何か?」

「ッ!い、いえ。何でもないのよ?ただ、ちょっと知り合いに似てるな~って思っただけで」

 

 自分に似た人間なんてそうそう居ないだろうと内心ツッコミを入れつつも、紅夜は特に追求はしなかった。

 

「ところで貴方の着てる制服、それ音ノ木坂の制服よね?あの学校って確か女子高の筈……」

 

 そう言いかけたところで、美姫はハッと何かに気づく。

 

「もしかして、真姫が言ってた試験生ってヤツかしら?」

「ええ」

「やっぱり!『試験生として男が来た』って言ってたから、ちょっと気になってたのよ。貴方がそうだったのね……」

 

 そう言って紅夜を見つめる美姫。

 

「あ、あの。西木野さ……じゃなくて、真姫さんはどちらに……?」

 

 2人がそんなやり取りを交わしていると、蚊帳の外になっていた花陽がおずおずと真姫の所在を訊ねた。

 

「あの子なら、今は病院に顔を出してるわよ」

「病院?」

 

 鸚鵡返しに聞き返す花陽。

 

「ええ。実は旦那と病院を経営してて、一応あの子が継ぐ事になってるのよ。西木野総合病院って言うんだけど」

「(……ああ、あの病院か。そういや看板に西木野総合病院って書かれてたな)」

 

 R34に凭れながら話を聞いていた紅夜は、大通りで見た大きな病院を思い出した。

 横目にチラリと見た程度だが、屋上付近にあった看板には、確かにデカデカとした文字で『西木野総合病院』と書かれていた。

 

「(名前が同じだったからまさかと思ってたが、そこの経営者だったとは………全く、世の中何があるか分からねぇモンだな)」

「あらやだ、私ったらこんな所で長話を……」

 

 そう呟いた美姫は、如何にも高そうな腕時計に視線を落とした。

 

「もうすぐ娘も帰ってくる筈だし、良かったら上がっていってくださいな。態々届けに来てくれたのに、このまま手帳だけ受け取って帰すのは失礼ですし」

 

 そう言って、彼女は門を開けて中へ入るよう促す。

 

「い、いえ。私は……」

 

 そう言いかけたところで、花陽は紅夜に目を向ける。これが自分1人だけなら未だしも、車で連れてきてもらっている身であるために勝手に決める訳にはいかないとでも思っているのだろう。

 だが、そんな彼女の気持ちに反して、紅夜は平然とした様子で言った。

 

「何を躊躇ってる?相手が上がれと言ってるなら、遠慮せずお邪魔させてもらえば良いだろ」

「……良いんですか?」

 

 そう聞き返してくる花陽にコクリと頷く紅夜。彼女が気を使っているのに対して、紅夜は『上がりたいなら勝手にしろ』としか思っていなった。

 と言うのも、彼は美姫の誘いを受けるつもりなどこれっぽっちも無く、花陽が断るなら、そのまま家まで送り届けて帰るつもりだったし、上がっていくと言うのなら、この場で解散にして自分はさっさと帰るつもりだったのだ。

 

 何れにせよ、紅夜の頭に『自分が真姫の家にお邪魔する』という選択肢は存在しないのである。

 

「ホラ、相手の気が変わらない内にさっさと行ってこい。俺はもう行くから」

「え?」

 

 花陽の口から間の抜けた声が漏れるが、紅夜は一切気にせずR34に乗り込んでエンジンに火を入れる。

 

「あ、あの……先輩?行くって何処に?」

「何処も何も、俺の家に決まってるだろ。上がっていくならそこで彼奴に渡してやれば良いだけの話だし、俺としては、もう此所に留まる必要も無いからな」

 

 窓を軽く叩きながら訊ねてくる花陽に、紅夜は窓を開けると淡々とした口調でそう答える。そしてギアを入れて発進させようとするが、そこで美姫が待ったを掛ける。

 

「あらあら。そんなつれない事言わずに、貴方も上がっていってくださいな」

「…………」

 

 声を掛けられた紅夜は、美姫の方へと目を向ける。

 

「あの子、今まで家に友達連れてきた事なんて1度も無かったのよ。なのに今日は2人も来てくれて、しかもその内の1人が試験生の人なら、尚更興味があるわ。色々とお話も聞いてみたいし……ね?」

 

 そう言ってウインクしてみせる美姫。そんな彼女にどう返したものかと考えていると、花陽も加勢してきた。

 

「先輩、取り敢えず一緒に行きませんか?せっかく来たんですし……」

「……別に来たくて来た訳ではないがな」

 

 そう返す紅夜だが、2人が退く気は無いと悟ると深く溜め息をつき、ギアを1速からR(リバース)へと変える。

 

「……コイツは何処に停めれば?」

「……!ええ、案内するわ」

 

 彼も上がっていく事に嬉しそうな表情を浮かべた美姫は、門を開けて誘導する。

 そして紅夜が駐車場のスペースに車を停めるのを確認すると、共に家へと入っていくのだった。



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第30話~アウトローとまきりんぱな・中編~

 な、何とか書けた……

 後編は書き溜めしてないから、1から書かねば……


 真姫の生徒手帳を届けた先で、彼女の母・美姫の誘いを受け、西木野宅にお邪魔する事になった紅夜と花陽。

 中に案内された彼等を待っていたのは、あの外観に違わぬ豪華なリビングだった。

 

「す、凄い……」

 

 キョロキョロと室内を見回す花陽。

 

 壁に掛けられた高そうな絵画を始め、中央に置かれた高級な絨毯やフカフカのソファー。そして天井からぶら下がっているシャンデリア。

 一般家庭出身の彼女からすれば、何れも一生お目に掛かれないとすら思っていたものだった。

 

「す、凄いですね。先輩」

「……ああ、そうだな」

 

 そう答える紅夜だが、実際はあまり驚いてはいなかった。

 と言うのも、幼馴染みの1人である蓮華の家が真姫の家とほぼ同じくらいの豪邸で内装も似ていたため、昔はよく互いの家に遊びに行っていた彼からすれば、それ程驚くようなものでもなかったのだ。

 

 そこへ、茶菓子を乗せたトレーを持った美姫がリビングに入ってくる。彼女は2人にソファーを勧め、自分も向かい側に腰を下ろした。

 それから2人(と言っても主に紅夜)が美姫からの質問に答えると言ったやり取りが続いていたが、玄関が開く音と真姫の声で中断される。

 

「あら、やっと帰ってきたみたいね」

 

 そう言って立ち上がった美姫はリビングを出て、帰ってきた娘を出迎える。

 

「ママ、玄関に知らない靴があったけど誰か来てるの?」

「ええ、貴女にお客さんよ。落とし物を届けに来てくれたから、お礼を言っておきなさいな」

 

 そんなやり取りを交わしながらリビングに入ってきた真姫は、その客人の正体に目を見開いていた。

 

「お、お客さんって貴方達だったの!?」

「こ、こんにちは~」

 

 そんな彼女におずおずと挨拶する花陽。

 

「……邪魔してる」

 

 紅夜も淡々とした口調で続いた。

 

 少しして真姫も落ち着きを取り戻し、紅夜達の向かい側。先程まで美姫が座っていた場所に腰を下ろした。

 

「手帳、ママから受け取ったわ。態々ありがとうね」

 

 少々無愛想ながらも礼を言う辺り、根は真面目なのだろう。

 

「それにしても、まさか貴方も来るなんて思わなかったわね……知り合いだったの?」

 

 そう言う真姫の視線の先に居るのは、言うまでもなく紅夜だった。

 1年生のクラスが1つしかない事を含めたこれまでの経験から、彼が違う学年である事は言うまでもない。本来なら出会う事もなく1年を終えていただろう。

 そんな彼が花陽と一緒に自分の家に来ているのだから、真姫は少し驚いていた。

 

「……まあな」

「えっと、この前ちょっと助けてもらって……それからたまに会う事もあったの」

 

 あまり多くを語ろうとしない紅夜の代わりに、花陽が説明する。

 

「助けてもらった……?」

「う、うん。この辺は話すと長くなるけどね」

「そう……」

 

 それから両者の間で暫く沈黙が流れるが、意外にも紅夜が口を開いた。

 

「そう言えば西木野、お前スクールアイドルに興味あるのか?」

「え?な、何よ藪から棒に?」

 

 あまりにも唐突な質問に驚く真姫。だがその表情は、僅かに『何故分かった?』という気持ちも混ざっているように見える。

 

「いや、コイツが言うには、お前の手帳が落ちてたのはμ'sの勧誘ポスターの傍だったらしいからな。スクールアイドルに、ひいてはμ'sに興味があるんじゃないかと思っただけだ」

 

 『それに』と付け加えた紅夜は、彼女の鞄を指差した。

 

「その外側のポケットのチラシ……それもμ'sの勧誘のチラシだろ」

「ッ!ち、違っ。コレはその、ちょっと拾っただけで……!?」

 

 勢い良く立ち上がって言い訳をする真姫だったが、膝をテーブルに強打してバランスを崩したのか、座っていたソファー諸共盛大に引っくり返ってしまう。

 

「だ、大丈夫!?」

「何やってんだお前は……」

 

 心配そうに声を掛ける花陽の隣で、紅夜は呆れ返っていた。

 

「あ、貴方が変な事言うからじゃない!」

「いや人のせいにするなよ……」

「どう考えても(あなた)のせいでしょうが!」

 

 出来の悪いコントのようなやり取りを繰り広げる2人。それを見て可笑しくなったのか、花陽はクスクスと笑っていた。

 

「そこ、笑わない!」

 

 そんな花陽を指差しながら、真姫は声を張り上げた。

 

 

 

 それから紅夜と花陽は引っくり返っている真姫やソファーを起こし、再び腰を下ろした。

 

「そう言えば、西木野さんってスクールアイドルにはならないの?」

 

 不意に、花陽がそんな問いを投げ掛ける。

 

「私が?どうして?」

「だって西木野さん、音楽得意でしょ?それにピアノも歌も上手だったし、あんなに上手なら、スクールアイドルになってもやっていけるんじゃないかなって思って……」

「…………」

 

 真姫はそんな花陽を暫く見つめた後、小さく溜め息をついて言った。

 

「生憎、それは無理な話ね。私の音楽はもう終わってるんだから」

「……?終わってる、と言うと?」

 

 今度は紅夜が聞き返す。

 

「私、大学は医学部に進むって決まってるの。親の病院を継ぐためにね。だから私の音楽は、もう終わってるって事よ」

 

 達観したように言う真姫だが、紅夜は何と無く、本心で言っているのではないのではないかと感じていた。

 

 本当に自分の音楽は終わりだと思っているのなら、放課後に音楽室でピアノを弾いて遊んだり、自分を音楽室に連行して曲を弾かせたりしないだろう。

 それに医学部に進むのなら、恐らく普通の大学に進学するより多く勉強しなければならない。何ならこうして自分達と話をしている暇すら無い筈だ。

 

「それより小泉さん、貴女はどうなの?」

 

 不意に、真姫がそんな事を訊ねる。

 

「貴女、スクールアイドル好きなんでしょ?この前のライブも凄く熱心に見てたし」

「う、うん……もしかして、西木野さんも来てたの?講堂では見なかったけど……」

「ち、違うのよ?ちょっと通り掛かった時に音が聞こえたから覗いてみただけで……って、私の事は良いのよ私の事は」

 

 自分の事は後回しとばかりに、真姫は言った。

 

「それで、どうなの?スクールアイドル」

「そ、それは好きだし、やりたいって気持ちはあるけど……」

「じゃあやれば良いじゃない。あんなに熱心に見てくれてるなら、先輩達だって無下にはしない筈よ」

「(……まぁ、コイツの言う通りだな)」

 

 紅夜は心の内で相槌を打った。

 今、穂乃果達μ'sは練習と並行して更なるメンバーを募集している。花陽のように熱心なスクールアイドルファンが入ってくれるのなら、向こうも喜ぶだろう。

 

「少しでもやりたいって気持ちがあるなら、やるべきよ。もし本気でスクールアイドルをやるのなら……私も、少しくらいは応援してあげるから」

 

 そう言って優しく微笑んだ真姫に、花陽は花が咲いたような笑顔で頷いた。

 

 

 

 それから日が傾き始めたのもあり、2人は帰る事にした。駐車場から紅夜がR34を持ってきて、花陽が助手席に乗り込む。

 

「じゃあ、俺達はこれで」

「お菓子、御馳走様でした」

 

 開いた窓から紅夜と花陽が声を掛けると、真姫と共に見送りに出てきた美姫が微笑む。

 

「また何時でも来てね……ホラ、真姫」

「あの……今日はありがとう」

 

 美姫に促された真姫が、再度礼を言う。

 

「もうこんなもの落とすなよ?校内なら未だマシかもしれんが、外だとどんな人間に拾われるか分からんからな」

「ええ、気を付けるわ」

 

 真姫が頷くと、紅夜は車を発進させようとする。

 

「……ああ、そうだ。おい西木野」

 

 だが、そこで何かを思い出したかのように真姫へ声を掛けた。

 

「何?」

「お前はさっき、小泉に『やりたいならやれば良い』と言っていたが………それは、お前にも言える事だぞ」

「え…?ちょっと、それはどういう──」

「じゃあな」

 

 真姫が聞き返そうとするのを遮ってそう言った紅夜は、今度こそ車を発進させた。

 

 

 

「あの、今日はありがとうございました」

 

 真姫の家を出発して暫くすると、花陽が口を開いた。

 

「……別に構わん。案外良い暇潰しになったからな」

 

 ぶっきらぼうに聞こえつつも、何処か照れ隠しにも聞こえるような彼の言葉に苦笑を浮かべる花陽だったが、先程の彼の言葉を思い出し、その真意を訊ねた。

 

「ところで長門先輩。さっき西木野さんに言ったのって、どういう意味なんですか?」

「……お前も聞いてくるのか」

 

 溜め息混じりにそう言うと、紅夜は説明を始めた。 

 

「さっき西木野は、自分の音楽は終わりだと言っていたが、何処か諦めきれないような、そんな顔をしていたように見えてな……そこでだ、小泉。彼奴の母親が言ってた事を思い出してみろ」

「……?西木野さんのお母さんが言ってた事、ですか?」

「ああ、そうだ。あの人は西木野が自分達の病院を継ぐ事になっていると言っていたが……その手前に、『一応』って言ってたろ?」

「……あっ、確かに!」

 

 そう。美姫は真姫が将来自分達の病院を継ぐ事に関して明言はしておらず、『一応』と曖昧な表現を付け加えている。

 すなわち、真姫が病院を継ぐかどうかは未だ確定していないという事になるのだ。

 

「この事から西木野の親は、病院の経営者として言えば継いでほしいが、親としては娘のやりたいようにさせてやりたい。だからもし、病院を継ぐ以外にやりたい事を見つけたなら、そっちに進んでほしいと思っている……という考え方も出来る訳だ」

 

 その言葉に、花陽はコクコクと相槌を打つ。

 

「だが、娘の方はそれに気づいてない。恐らく自分は親の跡を継がなければならないって事しか頭に無いんだろうな」

「……じゃあ先輩は、その事に気づかせてあげるためにあんな事を?」

「……さあな」

 

 それから暫くは無言を貫き、花陽のナビ通りに車を走らせていた彼だが、ある建物が目に留まると再び口を開いた。

 

「悪いが、ちょっとあの店に寄っても良いか?」

 

 そう言って彼が指差したのは、編入前に訪れた穂むらだった。

 

 実はあのドライブの後、帰って家族に食べさせたところ意外と好評で、また機会があったら買ってくるように頼まれていたのだ。

 

「良いですよ。私も家族にお土産買おうと思ってたので」

 

 花陽の承諾を得た紅夜は車を停め、店の扉を開ける。

 その先には、割烹着姿の穂乃果が立っていた。

 

「あっ、紅夜君!それに花陽ちゃんも!」

「こ、こんばんは……」

「……よう」

 

 店に入ってきた2人に気づいた彼女は、明るい声と共に出迎える。

 

「その服装……店番か?」

「そうなんだよ~。今日は海未ちゃんやことりちゃんと約束してるのにさ」

 

 そう言ってブー垂れる穂乃果。どうやら母親が用事で少し出掛ける事になったらしく、その間だけ店番を任されているという。

 

「その2人は、もう来てるのか?」

「ううん、今来てるのは海未ちゃんだけだよ。ことりちゃんはパソコン取りに行ってるんだ」

 

 そこまで言った穂乃果は、2人を交互に見て再び口を開いた。

 

「それより、紅夜君と花陽ちゃんが一緒に帰ってるなんて珍しいね。何時の間にそんな仲良くなったの?」

「別にそういう訳じゃない。コイツのクラスメイトの落とし物届けに行くのに付き合わされてただけだ」

 

 即座に否定する紅夜だが、その隣では花陽が少し残念そうにしていた。

 確かに付き合わせたのは事実だし、あまり彼と親交がある訳でもないが、だからと言って赤の他人扱いされるのは、少し寂しかった。

 

「クラスメイト……?もしかして、この前アルパカ小屋に居た時に来たオレンジ色の髪の子?」

 

 そんな花陽だったが、穂乃果がそう訊ねると紅夜の代わりに答える。

 

「い、いえ。西木野さんです……生徒手帳落としてたから」

「西木野さん!?」

 

 そこで穂乃果は食いついた。前から彼女のピアノや歌の上手さに目をつけていたのもあって、そんな彼女の家に2人が行ったというのは、彼女にとっては無視出来ない情報だった。

 

「そ、それで?どうだったの?」

 

 この質問は、恐らく彼女を勧誘したのか、はたまたどんな反応を見せたのかを訊ねているのだろう。

 

「小泉がスクールアイドルやらないのかと聞いていたが、本人はやらないと答えてたな」

「そっか……」

 

 残念そうな表情を浮かべる穂乃果。

 それから両者の間に沈黙が流れるが、本来の目的を思い出した紅夜が話を切り出そうとするも、それより先に復活した穂乃果が口を開いた。

 

「まぁ、それはそれとして。良かったら2人共上がっていってよ!ことりちゃんがパソコン持ってきたら、この前のライブの映像を皆で見ようって話してたんだ!」

 

 穂乃果はそう言って、部屋へ上がるよう促した。

 どうやら、先日のライブの映像が何者かによってネットに投稿されていたらしく、その映像を見て反省会をしようというのだ。

 

「いや、俺は……」

 

 家族へ土産を買いに寄っただけであるために断ろうとする紅夜だが、花陽がそっと袖を掴んで言葉を遮る。

 そのままじっと見つめてくる彼女に断れそうにないと悟ったのか、紅夜は溜め息をついた。

 

「まぁ、そうだな。一応このライブには俺も関わったんだ、見ても損は無いか」

「やった!じゃあ穂乃果の部屋で待ってて!ことりちゃんが来たら直ぐ行くから!」

 

 穂乃果にそう言われて2階へと上がってきた2人だが、ここでちょっとした問題が発生した。

 それは……

 

「……そう言えば、彼奴の部屋って何れだ?」

 

……そう。彼女に促されるまま上がってきた彼等だが、肝心の彼女の部屋の場所を聞きそびれていたのだ。

 面倒だが聞き直しに1階へ降りようかと考える紅夜だったが、それより先に花陽が近くのドアを開けていた。

 

「お、おい。先にノックした方が……」

 

 時既に遅しとは正にこの事。ドアが開かれ、裸にバスタオル1枚巻き付けただけというあられもない姿の少女、雪穂が鏡の前で必死に胸を寄せている光景が広がった。

 

「…………」

 

 紅夜は光の速さでドアを閉めると、何事も無かったかのようにもう1つのドアへ向き直り、ノックをする。

 

「♪~……!」

 

 だが返事は返されず、代わりに海未と思しき少女の歌声が聞こえてくるだけだ。

 

「園田、居るのか?入るぞ」

 

 そこに立っていても意味は無いため、一先ず断りを入れてドアを開ける紅夜。

 すると、ちょうど海未も歌い終えたらしく、上機嫌でポーズを決めていた。

 

「ありがとー!」

 

 ステージで踊っている姿を想像していたのか、そう言って手を振る海未。

 

「せ、先輩……コレはどう反応すれば?」

「……俺に聞くな」

「ッ!?」

 

 2人が困惑していると、その声が聞こえたのか海未が勢い良く振り向く。そして此方を見ている2人へ向けて一言。

 

「………見ました?」

 

 短くそう訊ねた。

 

「あ~……まぁ、見たと言うか、何と言うか……」

 

 するともう1つのドアも開き、雪穂がバスタオル姿のまま出てきた。

 

「……見ました?」

 

 海未と全く同じ台詞を吐く雪穂。

 こうなれば、最早逃げ道は無いに等しい。

 

「(クソッ、恨むぞ小泉……)」

 

 心の内で花陽に悪態をつきながら、紅夜はコクりと頷いた。

 

 

 

 

 その後はラブコメアニメの如く2人からの平手打ちを喰らう……なんて事にはならず、2階の騒ぎを聞いた穂乃果がやって来た事で何とか事なきを得た。

 雪穂は顔を真っ赤に染め、『もうお嫁に行けない……』等とぶつぶつ言いながら部屋に引っ込んでおり、それを見た紅夜が彼女にバレないように合掌していたのは余談である。

 

「それにしても、海未ちゃんがキメポーズしてたなんてねぇ~?」

 

 部屋に入ると開口一番、穂乃果がからかうように言う。

 

「そ、それは……穂乃果が途中から店番で居なくなるからですよ!」

 

 何とも理不尽な理由をつける海未に、花陽は苦笑を浮かべる。

 

「と、ところで!紅夜さんと花陽さんが一緒だなんて、また随分と珍しい組み合わせですね」

 

 話題を逸らそうとしたのか、紅夜と花陽を標的にする。

 

「何か、西木野さんの落とし物届けに行ってたみたいだよ?良いなぁ~。私も紅夜君の車に乗りたかったのに」

「……穂乃果の場合、単に歩いて帰るのが面倒なだけでしょう?」

 

 呆れたように言う海未。どうやら図星だったらしく、穂乃果は『バレた?』とでも言うようにあざとくペロッと舌を出した。

 

 それから少しすると、再び足音が近づいてくる。そして部屋のドアが開かれ、鞄を持ったことりが姿を現した。

 

「遅れてごめんね~って、紅夜君に花陽ちゃん?2人も来てたんだね!」

 

 そう言って入ってきたことりは、紅夜達が来ている事に驚いていた。

 

「ああ。土産を買いに寄ったら、そのまま成り行きでな」

 

 紅夜が答えると、花陽も相槌を打った。

 

 そうしてことりはパソコンを起動し、件のサイトを開く。

 

「コレなんだけどね……」

 

 そう言ってパソコンを見せてくることり。どうやらスクールアイドル専門の映像投稿サイトのようだ。

 

「それにしても、誰が投稿したんだろうね?」

 

 穂乃果が首を傾げた。

 この事を知った彼女は、一先ず今回のライブで手伝ってくれたミカ達にも訊ねてみたものの、彼女等はやっていないという。

 そもそもこの3人は音響や照明として動いていたため、動画を撮るのは物理的に不可能だった。

 

「…………」

 

 そんな中、首を傾げている者がもう1人居た。紅夜だ。

 しかし彼が首を傾げているのは、彼女等とはまた別の理由だった。

 

「(蓮華の奴、このサイトに投稿したのか?彼奴の事だから、てっきり自分のブログに投稿すると思ってたが……)」

 

 そう。紅夜は幼馴染み達をライブへ誘った際、ウェブデザイナー兼ブロガーとして活動している蓮華に、宣伝を兼ねて穂乃果達μ'sのライブ映像をブログに投稿するよう依頼していたのだ。

 

「……?紅夜君、どうしたの?」

 

 すると、じっと画面を見ている紅夜を不思議に思ったのか、穂乃果が訊ねてくる。

 

「……高坂、お前等の動画が投稿されてるのはこのサイトだけか?」

「え?」

 

 『何故そんな事を?』とでも言いたげな表情で聞き返す穂乃果だったが、そんな彼女の代わりに海未が答えた。

 

「いえ、もう1つ別のサイトにも投稿されていたみたいです。どうやら以前のライブに来てくれた外部の方がブログに投稿したようでして……」

 

 そこまで言いかけたところで、海未はハッとなって紅夜を見つめる。

 

「もしかして、その映像って……」

 

 すると、穂乃果やことりも紅夜の方を向いた。

 

「……ああ、そうだ。このサイトは知らんが、もう一方に投稿したのは俺の幼馴染みだ。彼奴はこの界隈だとかなり有名だから、宣伝にもなると思ってな」

 

 そう言うと、3人の目が輝く。

 

「まさか、お客さんを呼んでくれただけでなくそこまでしてくれていたとは……」

「本当に凄いよ紅夜君。ことり達が考えられなかった事、いっぱい思い付いて実行しちゃうんだもん」

「ありがとう、紅夜君!」

 

 次々と感謝を伝える3人。それを見ていた花陽も、尊敬の眼差しを向けていた。

 

「別に。あの時は未だマネージャーだったから、その仕事をしただけだ……それより、動画見るんだろ?さっさと見よう」

 

 そう言って、早く再生しろと促す紅夜。ことり達はそれが照れ隠しだと見破ったのか、ニコニコと笑みを浮かべながら動画を再生した。

 

 

 それからは、ここの振り付けが上手く出来たとか、声が裏返らなかったとか、そんなやり取りが交わされていた。

 彼女等が当時の事を楽しそうに話している傍らでは、花陽が熱心に動画を見ていた。

 

「…………」

 

 部屋の隅で壁に凭れている紅夜は、そんな花陽を見て思った。

 

「(こんだけ熱心に見てるって事は、やっぱりやりたいんだろうな。スクールアイドル)」

 

 穂乃果達のライブに来た事は勿論だが、スクールアイドルの曲を着メロに設定している事や他人の車に乗っているのも忘れてスクールアイドルのラジオに熱中するのを見る限り、彼女が大のスクールアイドル好きだというのは明らかだ。そして、今もこうして穂乃果達のライブ映像を熱心に見ている。

 これだけの要素が揃えば、彼女も内心では、自分もスクールアイドルをやってみたいと思っているというのは容易に考え付く。

 

「ねぇ、花陽ちゃん」

 

 すると、不意に穂乃果が声を掛ける。

 

「は、はい?」

「スクールアイドルなんだけどさ、本当にやってみない?私達と一緒に!」

「えぇっ!?」

 

 勧誘されるとは思っていなかったのか、花陽は目を大きく見開いて驚く。

 

「で、でも、私なんて……声も小さいし、臆病だし。とてもスクールアイドルなんて……」

「私も人前に出るのは苦手ですよ」

「そうそう。海未ちゃんってば、この前チラシ配りした時なんていきなりガチャガチャなんてやり始めてたし!」

「ちょ、ちょっと穂乃果!それは誰にも言わない約束……!」

 

 秘密をあっさり言われて思わず声を荒げる海未だったが、花陽も近くに居るのを思い出し、咳払いで誤魔化した。

 

「確かにプロのアイドルだったら、私達なんて到底足元にも及ばないよ。でもスクールアイドルなら、やってみたいって気持ちさえあれば誰でも始められるし、自分の目標を持って進んでいける。スクールアイドルって、そういうものじゃないかな?」

「だからさ。もし少しでもやりたいって気持ちがあるなら、やってみようよ!」

 

 ことりに続けて言った穂乃果は紅夜の方へと向き直り、『紅夜君もそう思うよね?』と同意を求める。

 

「……まぁ、そうだな。さっき西木野も言ってたが、やりたいならやってみれば良い」

「最も、練習は厳しいですがね」

「……園田、お前少しは空気というものをだな」

「あっ……コレは失礼」

 

 紅夜にツッコミを入れられる海未を見て、穂乃果達はクスクスと笑う。

 

 彼女の言う通り、確かに練習は厳しいだろう。だが、ただ苦しいだけではない。

 その練習の中にも楽しさはあるし、それらを乗り越え、ライブを成功させた時の達成感も、また格別だ。

 

「…………」

 

 気づけば花陽も、先程までの卑屈な姿勢は引っ込んでいた。

 今日の真姫の家や穂むらでの出来事は少なからず彼女に勇気を与えた筈である。

 

「ゆっくりで良いから、答えを聞かせて?」

「私達は何時でも、待ってますよ!」

 

 そんな彼女等に、花陽は明るい笑みで頷いた。

 

 

 

 その後は遅くなってきたのもあり、2人は手早く家族への土産を買って帰路につく。

 

「……あの、先輩」

「ん?」

「私に……いや、やっぱり何でもないです」

 

 そう言って顔を伏せる花陽だったが、紅夜は彼女が何を言おうとしていたのか分かっていた。

 大方、本当にスクールアイドルを始めたとして、自分がやっていけると思うかと聞こうとしていたのだろう。

 

「……未だ、決心はつかないか?」

「……はい」

 

 頷いた花陽は、ポツリポツリと話す。

 

「そりゃ、スクールアイドルは好きですし、やれるならやってみたいです。でも、入れてもらった後の事を考えたら、やっぱり怖くて……」

「…………」

「ご、ごめんなさい。何時までもウジウジしちゃって」

「別に謝る事じゃない。そうなるのは仕方無い事だ」

 

 『だが』と付け加えたところで路肩に車を止め、紅夜は続けた。

 

「お前は今、スクールアイドルが好きだと言った。なら、それで良いんじゃないかと俺は思う」

「……でも、私に向いてるかどうか」

「そもそもその考え自体が間違ってるんだ。俺達が重視しているのは()()()()()()()()であって、向いてるかどうかは聞いてない」

 

 バッサリと切り捨てる紅夜だが、言っている事は間違いではなかった。

 

 現に穂乃果達は、以前までスクールアイドルのスの字も知らなかったのだ。

 それに、運動部である程度体力がある海未は未だ良いとして、帰宅部である上に体育の授業以外では運動なんてしていなかった穂乃果やことりは、とてもスクールアイドルとしてやっていけるとは言えなかった。

 だが、そんな彼女等も、日々の練習でそれなりに踊れるレベルにまで漕ぎ着けた。

 

 要するに、先程から花陽が気にしている向いているか否かという問題は、その後の練習次第でどうとでもなるのだ。

 

「難しく考えなくて良い。結局はソイツの気持ちの問題だ」

「気持ちの、問題……」

 

 花陽は自分の胸に手を添える。そんな彼女を横目に、紅夜は小さく溜め息をついた。

 

「(やれやれ、ちょっと喋り過ぎたか……)」

 

 そうしている内に花陽の家に着き、彼女を降ろす。

 

「ここからは、お前が考えて答えを出すんだ。向いてるかどうかじゃなく、やりたいかどうかをな」

 

 それだけ言い残し、紅夜は車を発進させる。

 

「(……俺らしくねぇ。日本(こっち)ではあまり他人とは関わらないって決めてたのに、こうして何だかんだで関わっちまうなんてな)」

 

 非情になりきれず、かといって昔のように誰とでも話せた頃にも戻れない。そんな自分に若干の嫌悪を覚えつつ、紅夜は高速道路へ乗り入れ、世田谷へ向けて飛ばすのだった。




 どうでも良い事ですが、昨日からスクスタを始めました。
 元々は以前買ったにじよん1巻の特典が勿体無くて、取り敢えず貰っとこうと思って始めたのですが上手く出来ず、そのまま諦めてゲームを楽しんでいます。


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第31話~アウトローとまきりんぱな・後編~

 よ、漸く書けた~!

 にしても文字数10000オーバーするとは、下手したら一番多いかも……


 翌朝の7時過ぎ。日が昇り、車が増え始めた首都高を、紅夜がR34と共に駆け抜けていた。

 

「……おっ、あれはEvo Ⅵか。中々良い音させてんねぇ~。しかも此方にはIntegraが走ってやがる。何れもベンチュラやバレーでも見なかったものばかりだな」

 

 愛車を走らせながら周囲を軽く見回し、駆け抜けていくスポーツカーを眺める紅夜。

 

「おおっ、こりゃ珍しいや。Mclaren SenaにBenzのAMG GT Rまで走ってるなんてな……流石は首都高、スポーツカー天国だ」

 

 勿論、此所を走っているのはスポーツカーだけでなく、一般車やトラックやバス等、様々な車が見られる。

 しかし、それでも流石は首都高と言うべきか、スポーツカーを見かける頻度が非常に多く、その車種もToyotaやMitsubishi、Honda等の日本車から、アメリカのFordやChevrolet、イギリスのMclaren、ドイツのPorscheやMercedes Benz等の外車まで幅広い。

 

 アメリカが『人種のサラダボウル』と呼ばれているなら、首都高は『スポーツカーのサラダボウル』と言えるだろう。

 

「(まぁ首都高だけでなく、秋葉とかでも普通にスポーツカーは見かけるんだけどな………痛車だけど)」

 

 編入前のドライブや大河との秋葉巡りを思い出し、思わず苦笑を浮かべる紅夜。

 そうしている内に出口が近づいてきたため、紅夜はスポーツカーウォッチングを止めて高速を降りる。

 そして下道を通って暫くすると、もう通い慣れた学校が見えてきた。

 

「さて、今日も今日とてのんびり過ごすとしますかね」

 

 これまで何のトラブルも無く過ごしてきたためか、少しずつ警戒心が解けてきている紅夜。

 勿論人間関係には注意しているが、それさえ除けば特に心配するような事は無かった。

 

「よぉ~し、後は駐車場にコイツを置いてくるだけ……ん?」

 

 敷地内に入った紅夜は、一本道の脇に1人の女子生徒が所在無げに突っ立っている事に気づく。そしてその生徒は、彼がよく知る人物だった。

 

「あれは……星空か。こりゃまた随分早くから来てるんだな」

 

 今は7時30分、未だ登校するには早い時間だ。

 この時間に学校に居る生徒と言えば、運動部の朝練や委員会等、何かしら用事がある者くらいだろう。

 だが、彼女からはそれ等が感じられない。

 

「それにしても彼奴、あんな所に突っ立って何してんだか」

 

 ノロノロと車を進めながら呟いていると、凛が此方に気づく。彼女は先程までの退屈そうな顔から一転してパァッと表情を輝かせると、此方へ駆け寄ってきた。

 

「長門先輩、おはようにゃー!」

「……よぉ」

 

 彼女が駆け出すのと同時に車を止めた紅夜は、窓を開けて答えた。

 

「随分早くに来てるんだな。何時もこんな時間に来てるのか?」

「い、いやぁ~。そういう訳じゃなくて……」

 

 恥ずかしそうに頬を掻きながら、凛は話を始めた。

 彼女が言うには、どうやら目覚まし時計を見間違えたらしく、普段より1時間以上早く登校してしまったのだという。しかも、それに気づいたのが学校の真ん前であるために戻ろうにも戻れず、仕方無くそのまま教室に入ったのだが、誰も居なかったために散歩していたらしい。

 

「な、何と言うか……災難だったな」

「ホントだよ~。あの時間があれば、もうちょっと家でのんびりしていられたのに……急いで飛び出したからかよちん置いてきちゃったし、他の子も未だ来てないから教室戻っても退屈だし………あっ、そうだ!」

 

 そこまで言いかけたところで、凛は閃いたとばかりに目を輝かせて言った。

 

「ねぇ、せっかくだから凛とお話しようよ!先輩も早く来ちゃって暇でしょ?」

「…………」

 

 親友である花陽はおろか、他のクラスメイトも居なくて退屈だというのは分かるが、そこから何をどうすれば自分を話し相手にしようという案が出てくるのかと、紅夜は疑問に感じずにはいられなかった。

 だが、だからと言って強く断る理由も無い。こうして早く来ているのも、別に用事がある訳でもなく、単に車通学で目立つからであり、車を置いて教室に行くと基本的に暇なのだ。

 それに、今回は穂乃果達から受けた勧誘とは違う。これまでの絵里や希、花陽達とのやり取りもあり、短時間お喋りに付き合う程度なら、それ程抵抗も感じなくなっていた。

 

「(……まぁ、良い暇潰し相手が出来たと思えば良いか)」

 

 そう考えた紅夜は、彼女の提案を受け入れる事にした。

 

「……良いだろ。車置いてくるから、玄関前で待ってろ」

「え~、乗せてくれないの?」

「馬鹿言え、此所から玄関までなんて100mもないだろうが。我慢して歩け」

「先輩のケチ~」

 

 そう言ってブー垂れる凛を他所に車を発進させた紅夜は、何時もの場所に駐車を済ませて戻り、凛と合流した。

 

「それで、何処で話すんだ?」

「此方だよ。良い場所見つけてるんだ!」

 

 そうして凛に連れてこられたのは、紅夜も時折来ていた校舎裏だった。

 

 ベンチに腰を下ろした2人は、そのまま世間話を始める。と言っても基本的には凛が一方的に話し、たまに紅夜が相槌を打つ程度だが。

 

「でね。かよちんって小さい頃からスクールアイドルが大好きで、家で遊んでた時も一緒に~」

 

 楽しそうに昔話をする凛。そこで紅夜は、穂むらから花陽の家へ向かう途中、彼女が呟いていた事を思い出す。

 

 

──凛ちゃんも、一緒に出来たらな……

 

 

 この台詞から、1度、花陽が凛を誘ったというのは容易に想像出来る。そして、それを凛が断っているという事も。

 

「(……試しに話、聞いてみるか)」

 

 もし2人をμ'sに放り込む事が出来れば、穂乃果達も新人の世話で自分を勧誘する暇が無くなるのではないかという何とも打算的な考えを胸に、紅夜は話を振った。

 

「そう言えば……」

「……?そう言えば、何?」

 

 凛がコテンと首を傾げる。

 

「小泉、近い内にμ'sに加わるかもしれんぞ」

「ホント!?」

 

 すると、凛は目を輝かせて食いつく。

 

「あ、ああ。実は昨日、小泉と一緒に居た時にμ'sの奴等と会ってな。少し話したんだよ」

 

 そして紅夜は、穂乃果の家で起きた出来事を話した。

 

「連中は新メンバーを募集してるし、小泉の方はスクールアイドルに憧れてる。共に利害は一致してるし、彼奴自身やってみたいって気持ちはあるみたいだから、俺からも軽く勧めておいたよ」

「おおっ、先輩ナイスアシストにゃ!」

 

 凛は上機嫌だ。花陽の気持ちを後押しする同士が居る事が嬉しいのだろう。

 

「それで1つ聞きたいんだが……お前はやらないのか?」

 

 そうして話に乗ってきたところで、紅夜は本題に入った。

 

「え?やるって……スクールアイドルを?」

「そうだ。小泉も1人で入るよりは、付き合いの長いお前と一緒の方がやりやすいだろうし、本人もお前とやりたがってるみたいだったからな」

「……………」

 

 すると一瞬だけ表情を曇らせた凛だったが、直ぐに困ったような笑みを浮かべて言った。

 

「無理無理、凛には絶対向いてないよ。だってホラ、こんなに髪短いし、スカートだって、似合わないし……」

 

 だが、彼女の言葉は段々勢いを失っていき、遂には途切れてしまった。

 

「……何かあったのか?」

「うん……小学生の頃に、ちょっとね」

 

 そうして凛は、自分にトラウマを植え付けた例の出来事を語った。そしてあの一件があってからというもの、長い間プライベートでスカートを穿いおらず、ずっとズボンで過ごしてきた事も。

 

「やっぱり、凛なんかに女の子らしい格好は似合わなかったんだよ。先輩もそう思うでしょ?」

 

 同意を求めるように言う凛だが、その言葉とは裏腹に『否定してほしい』という本音が、彼女の表情からは読み取れた。

 

「…………」

 

 紅夜は暫く沈黙した後、口を開く。

 

「……正直に言って良いか?」

「う、うん」

 

 凛は頷いた。

 

「確かに第一印象から言えば、お前にはスカートよりズボンの方が似合うかもしれないな。アイドルよりも、スポーツとかアウトドアが似合いそうだ」

「……そう、だよね」

「でもな。だからと言って、そういう女らしいものが似合わない訳ではない。現に、今こうしてお前がスカートを穿いてても何の違和感も無いからな」

 

 俯く凛だったが、続けて出てきた紅夜の言葉に顔が上がる。

 

「で、でも。それは制服だから……」

「コレが制服だろうがプライベートだろうが、スカートはスカートだ。それ以上も以下も無い。それに……」

 

 そこで一旦言葉を区切った紅夜は、一瞬だけ凛のスカートに視線を落とし、直ぐに戻した。

 

「以前μ'sのライブに来てた俺の友人が、この学校のスカートが可愛いって随分はしゃいでてな。まぁ俺はそういう類いに興味は無いし知識も無いんだが、ソイツは職業柄お洒落にはかなり詳しいから、可愛いって言うならそうなんだろう」

「…………」

「それでだ。さっきも言ったように、俺はお前がそういうスカートを穿いていたところで、何の違和感も感じなかった。お前の容姿を知った上で、だ………それがどういう事なのか、分かるか?」

「……どういう意味なの?」

「つまり、お前が可愛いスカートを穿いたりお洒落をしたりする事に関して、何らおかしな事は無いという事だ」

「……!」

 

 暗くなっていた凛の表情に僅かに光が差す。それを見逃さなかった紅夜は、更に畳み掛ける。

 

「アイドルの事だってそうだ。昨日小泉にも言った事なんだが、向いてるか向いてないかは正直どうでも良い。肝心なのは、お前自身がやりたいと思っているかどうかだ」

「凛が、やりたいかどうか……」

 

 紅夜に言われた事を繰り返す凛は、彼を見上げてこう言った。

 

「じゃあ、もし凜とかよちんがスクールアイドル始めたら……応援してくれる?」

「…………」

 

 このまま上手く話を切り上げようとしていたところで思わぬ質問を喰らう紅夜。

 

 正直、スクールアイドルに興味が無いというのは変わっていない。身内やベンチュラ・ベイの走り屋仲間や瑠璃達幼馴染みのように気心の知れている者としかつるむつもりが無いのも、同じく変わっていない。

 しかし、だからと言ってここで『知るか』等と言ってしまえば水の泡だ。

 それに、マネージャーになる訳でなく単に応援するだけなら、特に大した問題は無い。

 

「……ああ、その時は応援させてもらうよ。そうすれば、お前が女らしい格好をしてもしっかり似合うってのを少しは証明出来るだろうからな」

「ッ!」

 

 その瞬間、凛の顔が真っ赤に染まり上がるが、紅夜は気にせず立ち上がる。

 

「さて。良い感じに時間も潰せたし、そろそろ教室戻るぞ」

「…………」

「星空?おーい」

「……ハッ!?な、何でもないにゃ!暇潰しに付き合ってくれてありがとにゃ!」

 

 やたら早口にそう言うと、凛は一目散に走り去ってしまった。

 

「わぁ~お……今のはドラッグマシン顔負けのスタートダッシュだ」

 

 砂煙と共に小さくなっていく凛の背中を見送りながらそう呟いた紅夜は、のんびりと教室へ向かう。

 

「(それにしても、昨日は小泉に相談されて、今日は星空か……何か、後もう1回くらい何か起こりそうな気がするな)」

 

 そんな彼の予想は、早くも昼休みに的中する事となった。

 

 

 

「さて、せっかく来たんだ。色々弾かせてもらおうかね」

 

 昼食を終え、暇潰しを求めて歩き回っていたところ辿り着いた音楽室。相変わらず置かれていたエレクトーンの前に座った紅夜は、思い浮かんだ曲を弾き始める。

 

「…………」

 

 だが紅夜は、曲の途中であるにもかかわらず演奏を止め、鍵盤から手を離す。そしてドアへ目を向けると、声を掛けた。

 

「隠れなくても良いだろ、入ったらどうだ?」

 

 すると、カラカラと音を立ててドアが開かれ、真姫が姿を現した。

 

「やはりお前か……勉強はしなくて良いのか?医学系の大学に進むなら、普通の大学よりも多く勉強しなきゃならないんじゃないのか?」

「……別に、気晴らしよ気晴らし」

「……そうか」

 

 『じゃあほぼ毎日気晴らしに来てるんだな』とは言わずにそう返した紅夜は、先程まで弾いていた曲を最初から弾き始める。

 それを静かに聞いていた真姫だったが、彼が最後まで弾き終えると、おずおずと切り出した。

 

「ねぇ、あの時の言葉ってどういう意味なの?」

「……何の事だ?」

「昨日、帰り際に貴方が言った事よ。私にも言える事だって」

「……ああ、その事か」

 

 それまで背中を向けていた紅夜は、ここで漸く真姫と向かい合う。

 

「結論から言えば、言葉通りの意味だ。あの時お前が言った『やりたいならやれば良い』というのは、お前にも言える事だ」

「だから、その意味が分からないからこうして聞きに来てるんじゃない……!」

 

 惚けていると思って気が立っているのか、語気が強くなる真姫。

 紅夜はそんな彼女に溜め息をつくと、話を始めた。

 

「お前、小泉にスクールアイドルにならないか聞かれた時にこう言ったよな?『親の病院を継ぐために大学の医学部に進むから、自分の音楽は終わりだ』と」

「……ええ」

「だが、『自分の音楽は終わりだ』なんて言ってる割にはしょっちゅう音楽室に来てる。お前は気晴らしに来てるだけと言っていたが、少なくともそれで片付く頻度じゃないだろ」

 

 真姫は何も言い返せなかった。

 彼の言う通り、花陽にあんな事を言っておきながら、ほぼ毎日音楽室に通ってはピアノを弾いている。しかも紅夜を連行して曲を弾かせる事もあった。

 これでは、言葉と行動が全く噛み合わない。

 

「それに、その時のお前の表情には、僅かながら『音楽を捨てたくない』って気持ちが感じられたからな……あれ、本当に本心で言ってたのか?本当は音楽を捨てたくなかったんじゃないのか?」

「…………だったら」

 

 暫く沈黙していた真姫だったが、やがて立ち上がり、声を荒げた。

 

「だったらどうすれば良いって言うのよ!?私は西木野総合病院経営者の一人娘なのよ!?普通に考えたら、将来あの病院を継ぐ事になるなんて馬鹿でも分かる事じゃない!だったら音楽をやってる時間なんて──」

 

 そう言いかけたところで、紅夜は遮るように口を開いた。 

 

「確かにそうだが、お前の場合は()()()()()()()()だろ」

「……え?」

 

 その言葉に、先程までの勢いが引っ込む真姫。

 

「昨日、お前が帰ってくる前に母親と少し話してな。その時こう言っていたよ。『一応娘が継ぐ事になってる』ってな」

「ホラ見なさい、やっぱり私は──」

「ちゃんと聞いてたのか?彼女は『一応』と付け加えているんだ。コレはつまり、お前が病院を継ぐかどうかは未だ確定してないという事だろ」

「……ッ!」

 

 真姫はハッとした。

 確かに、親の間で真姫が病院を継ぐ事が確定しているのであれば、そのような曖昧な表現は要らない。だが、美姫は『一応』という単語を付け加えた。

 それは紅夜の言う通り、何が何でも病院を継がせようとしている訳ではないという事を意味している。

 そもそも今のご時世、家柄で子供の未来が決定するなんて考えは古い。そんなものが許されるのは、精々創作物での設定くらいだろう。

 

 更に言えば、真姫は別に、親から直接『自分達の跡取りになれ』と言われている訳ではない。

 言い方は悪いが、彼女が勝手に親の跡を継がなければならないと思い込んでいただけなのだ。

 

「まぁ、お前がそれでも病院を継ぐと言うのなら止めはしない。お前の人生だ、赤の他人である俺がどうこう決めて良いものではない」

 

 『だが』と付け加え、紅夜は言葉を続ける。

 

「仮に病院を継いだとしても、別に音楽を捨ててしまう必要は無いだろう」

「……どうしてそう言いきれるのよ?」

 

 怪訝そうに訊ねる真姫に、紅夜は愚問だと言わんばかりの表情で答える。

 

「経営者というのがどんな日々を送るのかは知らんが、なったら死ぬまで病院に閉じ込められる訳じゃないんだろう?現に昨日、お前の母親は家に居たし、俺や小泉に茶菓子を振る舞って世間話をするくらいには余裕があったみたいだからな」

「それは、まぁ……そうかもしれないけど」

 

 すると、紅夜はスマホを取り出してとある写真を表示する。それは、瑠璃達BLITZ BULLETの面々だった。

 

「その人達って、あのライブにも来てた……」

「ああ、俺の幼馴染み達だ」

「ふ~ん……ん?」

 

 興味無さそうに写真を見つめる真姫だが、そこである人物が目に留まる。そして、その人物を暫く見つめると、

 

「……ッ!?」

 

 まるで、『何故こんな所に!?』と言わんばかりに目を見開く。

 

「そんな顔してどうした、写真に幽霊でも写ってたか?」

「……!な、何でもないわよ」

 

 声を震わせながらそう言うと、真姫はスマホを突き返しながら質問をする。

 

「そ、それで?貴方の幼馴染みさん達が一体どうしたって言うのよ?」

「彼奴等が今、どんな仕事をしてると思う?」

「…………」

 

 沈黙する真姫にスマホの画面を見せた紅夜は、1人ずつ指差しながら言った。

 

「瑠璃は投資家で、達哉は配送ドライバー、雅はモデル。そして大河と蓮華は、ウェブデザイナー兼ブロガーだ。でも、連中の趣味は車と音楽で、その動画投稿もしている」

「それは分かったけど、だから何──」

「つまり、自分の好きなものと違う仕事に就いたからと言って、好きなものを捨てる必要は無いという事だ」

「………!」

 

 ハッとしたように目を見開く真姫。先程までの曇ったような表情に僅かながら光が差したのを、紅夜は見逃さない。

 

「勿論、最初は慣れるのに精一杯だろうが、いずれは余裕も出来る。その時にお前の好きな音楽に打ち込めば良いんだ」

「……」

「まあ、それはあくまでも、お前が病院を継いだ場合の話だがな」

 

 そして紅夜は、『つまり』と前置きして話を締め括りに掛かる。

 

 

「結局のところ、お前の未来は未だ決まってないんだよ。病院を継ぐのか、音楽家になるのか、はたまた全く別の職に就くのかなんてな」

 

 何も言い返さない真姫に、紅夜は更に続ける。

 

「来年、またはこの学校が廃校になるかが決まって時点で消える俺とは違って、お前には未だ時間があるんだ。自分の将来について考えるのは良い事だしそれが早いに越した事は無いが、それで自分の好きなものややりたい事を捨てるには未だ早すぎる。それに学生ってのは、人生で最も自分の好きなように過ごし、楽しめる時期でもあるんだ。お前が青春を楽しんだって、罰は当たらん」

 

 そう言うと、紅夜は来る途中で取った勧誘のチラシを差し出した。

 

 

「まっ、考えてみろ。少しでもやってみたいって気持ちがあるならやってみれば良い。あの時小泉に言ったみたいにな」

 

 それだけ言い残して、紅夜は音楽室を後にした。

 

「………」

 

 暫く呆然としていた真姫だったが、昼休みが終わりに近づいているのもあって教室へと戻る。

 その足取りは、心なしか先程よりも遥かに軽やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、紅夜は屋上でμ'sの練習を見ていた。と言うのも、また暇潰しを求めて歩き回っていたところをトイレから戻る途中だった穂乃果に捕まり、練習を見るようせがまれたからだ。

 

「いやぁ~!やっぱり紅夜君に見てもらうと違うね!」

「ええ、私達でも気づかないところに気づいてくれますから、練習の質も段違いです」

「そうだよね。ことりも助かっちゃったよ!」

「……それは良かったな」

 

 満足そうに言う3人に、紅夜は半ば投げやりな言い方でそう言った。

 

「ねぇ紅夜君、やっぱりマネージャーやってくれないかな?紅夜君が居てくれたら、それだけでも十分やる気出るんだ」

「……だから、何度も言ってるが俺は──」

 

 紅夜がそう言いかけたところで、屋上のドアが勢い良く開かれる。そこには、両脇を凛と真姫に抱えられ、さながら囚われた宇宙人みたいになった花陽が居た。

 

「あれ?皆してどうしたの?」

 

 いきなり乗り込んできた1年生達に驚きながらも、穂乃果が声を掛ける。

 

「いきなりすみません。かよちんを先輩達のグループに入れてほしいんです!」

 

 花陽を引っ張ってきた凛が声を張り上げる。

 

「え?それってつまり……」

「花陽さんがメンバーに加わってくれる、という事ですか?」

 

 その言葉の意味を確認するかのように訊ねることりと海未。

 

「はい。かよちんは昔からスクールアイドルが大好きで、ずっと先輩達みたいにアイドルやってみたいって思ってて──」

 

 そう力説する凛だが、真姫が負けじと割り込んできた。

 

「そんなのどうでも良くて、この娘凄く歌唱力があるんです。今は未だ声が小さいかもしれませんけど、いずれは実力を発揮してくれる筈です!」

「ちょっと西木野さん、どうでも良いってどういう事なの!?」

「言葉通りの意味よ!」

 

 そう言って、花陽そっちのけで言い争いを始める2人。恐らく彼女等なりに花陽を思っているのだろうが、如何せんこれでは肝心の花陽本人が置いてきぼりだ。

 そして穂乃果達も、いきなり乗り込んできた挙げ句言い争いを始める2人に戸惑っている。

 

「やれやれ、コレじゃ埒が明かねぇな」

 

 小さくそう呟いた紅夜は、手を打ち鳴らして強制的に黙らせる。

 

「悪いが、お前等は少し黙ってろ。今重要なのはお前等のプレゼンじゃない、小泉本人の気持ちだ」

 

 紅夜は静かに花陽の元へ歩み寄ると、彼女に目線を合わせて話し掛けた。

 

「小泉、お前はどうしたい?」

 

 2人を黙らせる時の威圧的なものではなく、落ち着いた声音で問い掛ける紅夜。

 

「わ、私は……」

 

 花陽は先ず、目の前に立つ穂乃果達2年生に目を向け、次に自分を屋上まで連行してきた凛と真姫に目を向ける。

 彼女等は皆、花陽の言葉を待っていた。

 

「(皆、ありがとう)」

 

 花陽は最後に紅夜に視線を向けコクりと頷く。それだけで彼女の意図を察した彼も頷き、穂乃果達を呼び寄せた。

 

「……頑張れ」

 

 そう言って紅夜は脇へ移動し、花陽は遂に、穂乃果達と対峙する。

 そして決意を固めた表情で、花陽は自らの思いをぶつけた。

 

「私、小泉花陽といいます!1年生で、背も声も小っちゃくて、誰かに誇れるものなんて何も無いですけど、アイドルへの情熱なら、誰にも負けません!だから、私を……私をμ'sに入れてください!先輩達と一緒に、スクールアイドルをやらせてくださいッ!!」

 

 最後の一言が、夕焼けの空に響き渡る。

 暫く花陽を見つめていた穂乃果は、やがてゆっくりと歩き出し、手を差し出した。

 

「此方こそ!これからよろしくね、花陽ちゃん!」

 

 それに答えるかのように、差し出された手を握る花陽。

 『スクールアイドルになる』という彼女の長年の夢が、遂に実現した瞬間だった。

 

 その様子に感極まったのか、凛は目に涙を浮かべている。

 

「かよちん、偉いよぉ……」

「なんで貴女が泣いてるのよ…?」

「そう言う西木野さんだって泣いてるにゃ」

「ッ!?ち、違っ。コレは…」

「(どっちもどっちだろうが……)」

 

 内心そう呟きながら苦笑する紅夜。だが、話は未だ終わっていない。

 

「それで、2人はどうするの?」

 

 不意に、ことりがそう問い掛ける。

 

「え?2人って…」

「当然、貴女達の事ですよ」

 

 そう言って海未が視線を向けたのは、言うまでもなく凛と真姫だ。

 

「メンバーは未だ募集してます!お二人も、一緒にやってみませんか?」

 

 そうして差し出された手を困惑した様子で見ていた凛と真姫だが、そこで紅夜とのやり取りを思い出す。

 チラリと目を向けると、紅夜は何も言わずに頷いた。

 

 

 こうして新たに3人のメンバーが加わり、μ'sは6人となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の早朝、紅夜は何時ものように神田明神前のコンビニに立ち寄っていた。

 

 トイレ休憩を終え、R34に乗り込もうとドアを開けた彼の耳に、凛の活発な声が飛び込んでくる。

 見ると、1年生3人が此方に駆け寄ってきていた。

 

「長門先輩、おはようにゃー!」

「お、おはようございます。先輩!」

「……おはよう」

 

 三者三様に挨拶する花陽達に、紅夜も挨拶を返す。

 

「ああ、おはよう……今日から参加するのか?」

「は、はい!」

「今日から頑張るにゃー!」

「貴女さっきまで眠い眠い言ってたじゃないの」

「長門先輩見たらそんなの吹っ飛んだよ!」

 

 そんなやり取りを交わす3人に、苦笑を浮かべる紅夜だったが、そこでとある変化に気づいた。

 

「ん?おい小泉、お前眼鏡はどうしたんだ?壊れたのか?」

 

 そう。花陽が昨日まで掛けていた眼鏡を外していたのだ。

 

「い、いえ。実はコンタクトにしてみたんです。こうしてスクールアイドルとしてスタートしたから、私自身も新たにスタートを、と思いまして……」

 

 恥ずかしそうに頬を染めながら、花陽はそう言った。

 

「かよちん、先輩褒めてくれるかなってずっと気にしてたよね~」

「り、凛ちゃん!それは言わないって約束だったでしょ!?」

 

 慌てて凛の口を塞ごうとする花陽だったが時既に遅し。紅夜にはしっかり聞かれていた。

 もっとも、本人は『自分に感想なんか聞かれても困る』と言わんばかりの顔だったが。

 

「それで先輩、新しいかよちんはどう?可愛いでしょ?」

「(その言い方だと、何か新製品みたいに聞こえるんだがな)」

 

 そんなツッコミも入れつつ、花陽に目を向ける紅夜。

 

「うん、まあ良いんじゃないか?雰囲気も前より明るくなったように見えるしな」

「あ、ありがとうございます」

 

 恥ずかしそうに手をモジモジさせながら、花陽はそう言った。

 

「あ、あのさ」

 

 すると、真姫が口を開く。

 

「私達って、これから一緒に活動していくのよね?」

「…?うん、そうだね」

 

 何故そんな当たり前の事を今更聞いてくるのかと思いつつ、凛と花陽は頷く。

 

「じゃ、じゃあさ。新しいスタートって事で、名前で呼んでよ。私も貴女達の事、名前で呼ぶから……花陽、凛」

 

 あまり慣れていないのか、恥ずかしそうに2人の名を呼ぶ真姫。

 すると、名前で呼ばれた2人は思わず真姫に抱きついていた。

 

「真姫ちゃん、真姫ちゃーん!」

 

 特に凛のテンションが高く、普段の口調もあってまるで猫のように彼女に頬擦りしていた。

 

 

 それから少しして3人が落ち着きを取り戻すと、紅夜は改めて愛車に乗り込み、エンジンに火を入れた。

 

「じゃあ俺は行くから、朝練頑張れよ」

「え?先輩は参加しないの?」

「何か用事でもあるの?」

 

 紅夜も参加するものだと思っていたのか、凛と真姫は首を傾げる。

 

「いや、用事も何も、そもそもマネージャーじゃないからな。今の俺って。言ってみれば部外者、参加云々以前の問題なんだよ」

「そんな……」

 

 寂しそうな表情を浮かべる凛。花陽も、彼とμ'sの契約の事を知っていても、やはり自分達にμ'sに入る決心をさせてくれた紅夜が居ないのは寂しいのか同じような表情を浮かべ、真姫も不満そうにしている。

 

「ま、まあ。そういう訳だから、じゃあな!」

 

 これ以上居ると面倒な事に巻き込まれると悟ったのか、紅夜は逃げるようにR34を発進させ、駐車場を飛び出していった。

 

「あっ、待ってくださ……!」

 

 慌てて引き留めようとする花陽だったが追いつく事など出来る訳も無く、遠ざかっていくR34の後ろ姿を見送る事しか出来なかった。

 

 その後、穂乃果達2年生と合流し、改めて加入後初の朝練を始めるのだった。




 これで、アニメ1期の第4話終了です。

 次はにこにー襲来……の前に別のお話を入れようかと考え中です。


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第32話~アウトローの休日~

 大変長らくお待たせ致しました!


 花陽達1年生の加入から数日が経った、ある土曜日の朝。紅夜はある場所を目指してR34を走らせていた。

 

「♪~」

 

 朝のラジオを聴きながら運転するその隣では、黄緑色のロングヘアの少女が鼻歌を歌っている。

 そう。今日は彼の妹・綾も一緒なのだ。

 

「ご機嫌だな、綾」

「そりゃそうよ。だって、兄様とお出掛け出来るんだもの。機嫌が悪くなる筈が無いわ!」

 

 これが運転中でなければ腕に抱きついてきそうな程の上機嫌で、綾は答えた。

 

 綾は現在高校2年生、本来なら部活やアルバイトをしたり友達と遊んだりする年頃なのだが、幼い頃からのお兄ちゃん子で、今となっては最早ブラコンの領域に達している彼女は、紅夜の帰省中は基本的に彼の傍に居たがった。

 以前の瑠璃達との集まりでは残念ながら用事があって不参加だったが、今日は予定も無く、彼の外出に同行出来ていた。

 

「それにしても、おっちゃん達に会うのもかなり久し振りだな……」

「ええ。確か最後に会ったのって、兄様が帰ってきた日だった筈よ」

「俺が帰ってきた日………となると、大体1ヶ月半ってところか。一応電話でやり取りしてたとは言え、こりゃまた随分空いちまったモンだな」

「仕方無いわよ。だって兄様、今までずっとμ'sの人達の練習に付き合ってたんだから。それが平日だけなら未だしも、土日も行ってたらそれだけ間も空くわ」

 

 まるで昔を思い出す老人のように言う紅夜に、綾がそう返す。

 因みに彼の言う『おっちゃん達』とは、彼等が小さかった頃によく一緒に遊んでいた者達であり、当然ながら紅夜の事情も知っている、身内や幼馴染み以外の理解者だ。

 紅夜も彼等には信頼を寄せており、身内や幼馴染み、走り屋仲間以外で眼帯を外して接する事の出来る存在である。

 

「(おっちゃん達に会ったら、色々話したいな。Rの事とかベンチュラの事とか、あの時話せなかった事が一杯なんだよな)」

 

 そんな事を考えていると、不意に綾が神妙な面持ちで訊ねてきた。

 

「ところで兄様、最近の音ノ木坂での生活はどうなの?虐められたりしてない?」

「ああ、今のところ何も問題無く過ごせてるよ。クラスや他の連中からの視線も、少しずつとは言え少なくなってきてるからな」

 

 あまりにも唐突な質問だが、紅夜は淡々とした様子でそう返した

 これまで大人しく過ごしていたのが功を為したのか、彼の学校生活は平穏そのものだ。編入当初は雨のように降り注いでいた多数の視線も今ではめっきり減り、音ノ木坂学院の一員として溶け込みつつあった。

 強いて言うなら未だに穂乃果達からの勧誘攻撃が続いている事くらいだが、これも上手く躱せているために大して問題には思っていなかった。

 

「それもそうだけど、私が言ってるのは教師とか保護者の方よ。試験生の話、凄く反対してたんでしょ?」

「……ああ、そっちか」

 

 納得したように頷く紅夜。

 綾は、過去に紅夜が受けたいじめと今の状況を照らし合わせているのだ。

 

 あの時、紅夜を虐めていたのはクラスメイトだけではなかった。

 いじめを見て見ぬふりするばかりか、紅夜を悪者のように扱った教師は勿論、それを隠蔽しようとした学校上層部。そして、他のいじめっ子に同調して紅夜を腫れ物扱いした彼等の保護者。

 本来であれば、いじめを止め、しっかりといじめっ子達に言って聞かせるべきである大人までもが敵になったのだから、またあの時のような事が起こるのではないかと、綾は心配していたのだ。

 

「そっちも心配ねぇよ。ソイツ等は理事長が抑えてくれてるみたいだから、今のところは大人しくしてるさ」

 

 そう言うと、紅夜は綾の頭を優しく撫でる。

 

「んっ……それなら良いんだけど」

 

 気持ち良さそうに目を細めながら、綾はそう言った。

 

 それから他愛の無い話をしながら車を走らせること数分、彼等は目的の場所に到着した。

 2人がやって来たのは、自動車のチューニングショップと整備工場が一体化したような、大きな建物だった。シャッターは開いており、中には客のものと思われるスポーツカーが2台、カーリフトに乗せられている。

 

「おーい、おっちゃん!約束通り来たぜ!」

 

 愛車から降り、中に呼び掛ける紅夜。すると、奥から筋骨隆々とした40代くらいの男が現れた。

 彼の名は氷室(ひむろ) 龍一(りゅういち)と言い、このチューニングショップ兼整備工場のオーナーであり、紅夜達の理解者の1人だ。

 

「よぉ~、待ってたぜ長坊!」

 

 そう言って、彼は熊のように大きな手で紅夜の頭を撫で回す。出掛ける前に深雪が整えた髪が一瞬にしてぐちゃぐちゃになるが、紅夜は慣れているのか、それとも諦めているのか抵抗せず、されるがままだ。

 因みに、撫でられて髪がぐちゃぐちゃになるのを嫌って、綾を含めた女性陣が彼に撫でられるのを避けているのは余談である。

 

「おう、久し振りだな。おっちゃん」

 

 ぐしゃぐしゃに撫で回されながら挨拶を返す紅夜。

 

「ああ、本当に久し振りだな。1カ月半も会いに来ねぇなんてよぉ、おっちゃんは寂しかったぜ?」

「ははっ、悪かったって。此方も此方で色々忙しかったんだよ」

 

 そうして龍一は、次に綾に向き直る。

 

「綾も久し振りだな。元気してたか?」

「ええ、龍おじちゃん。お陰様でね」

 

 綾も笑顔でそう答える。

 撫で回されるのは苦手だが、それでも彼を慕っている事に変わりは無いのだ。

 

「ところで、今はおっちゃん1人か?」

「まあな。でも、もうすぐ皆揃う筈だぜ。ホラ、噂をすれば何とやらってな」

 

 龍一がそう言って敷地の外へ目を向けると、2台のスポーツカーが入ってくるのが見えた。

 

 1台はダークシルバーのボディにGTウィングを装着したSkyline GT-Rで、もう1台は幅約2mもあるパールホワイトのボディに鋭い目のようなヘッドライト、特徴的なテールライトを持ち、見た目だけでも高級外車である事が分かる車だった。

 

 Bugatti Centodieci。Bugatti Cironをベースに開発されたフランスのハイパーカーで、この地球上にたったの10台しか存在しない限定車だ。

 1600馬力という紅夜のR34や瑠璃のAgeraを遥かに上回るハイスペックに加え、その台数から希少価値も高く、値段も1台で10億円。今この場にある中で最も値段が高く、瑠璃のAgeraの2倍以上もする程の高級車だった。

 

「おや、どうやら私達が最後のようですね」

 

 2人がそう言い合っていると、Centodieciから降りてきた50代後半くらいの男性、紅露 英雄(こうろ ひろ)が声を掛けてきた。

 

「おじさん、久し振り!」

「ええ、お久し振りですね綾ちゃん。大体1ヶ月半ぶりですか?いやはや、この歳になると時間の流れが早く感じられますね」

 

 そう言って穏やかに笑った英雄は、次に紅夜へ視線を向ける。

 

「紅夜君も、お久し振りですね」

「そうだな、ヒロおじちゃん。今日は解体所は休みなのか?」

「ええ。と言うより、そもそも基本的に暇してますし、出てきたところで盗られるようなものも大してありませんからねぇ」

「ハハッ、成る程な……それと」

 

 そこまで言いかけたところで、紅夜はもう1人の男、風宮(かざみや) (しょう)に向き直った。

 

「翔兄も久しぶり」

「おう、久しぶりだな坊ちゃん」

 

 そうしてハイタッチを交わした紅夜は、翔が乗ってきた車に目を向ける。

 

「今日は34で来たんだな、相変わらずダークシルバー1色でバシッと決まってんじゃねぇか」

 

 すると、彼は『またか』と言わんばかりの表情を浮かべ、深く溜息をついた。

 

「だからな坊ちゃん、コイツは34じゃなくて324だって何時も言ってんだろぉ~?」

「分かってる。冗談だって翔兄」

 

 紅夜は笑いながらそう言った。

 

 因みに、翔の言う324とは彼の乗ってきたSkyline GT-Rの事だ。

 紅夜のR34の2つ前の型式であるR32にR34のフロントバンパーを装着しており、その姿から『34の顔をした32』という事で、いつしかこういう改造がされたR32の事を324Rと呼ぶようになったのである。

 

「まっ、34だろうが324だろうが2人共『R』って呼んでっからあんま意味ねぇけどな!」

「龍一君、それを言ってはおしまいですよ」

 

 英雄は苦笑交じりにそうツッコミを入れ、5人は楽しそうに笑った。

 

 それから紅夜は、彼等にアメリカでの生活について話した。

 主に内容はベンチュラ・ベイでのストリートレースの話だったが、彼等も車好きだった事もあって話はかなり盛り上がっていた。

 

「いやぁ~、相変わらずベンチュラ・ベイは盛り上がってるみてぇだな」

「そりゃストリートレースの聖地の1つだからな。あの町から走り屋が消えない限り、レースブームは終わらねぇよ」

 

 そこまで言って、紅夜は英雄に視線を向けた。

 

「ヒロおじちゃんはどうだ?元D1ドライバー兼関東地方最速の走り屋"ゴースト"として」

「……紅夜君、そんな事は態々聞かなくても分かるでしょう?」

 

 そう言う英雄は、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 今でこそ、レースの世界から身を引いて解体所を経営している彼だが、若い頃は関東地方では知らない者は居ない程の有名な走り屋だったのだ。

 因みに"ゴースト"という二つ名は、幽霊のように突然背後に現れ、気づいた頃には追い抜いて遥か先へと消えている事から付けられたもので、それからD1ドライバーへと進んだ際には、毎回この二つ名を出されていたという。

 

 そんな彼の笑みを見た紅夜は、『そうなると思ったよ』と返して笑った。

 

 その後も紅夜のアメリカでの思出話に花を咲かせる一行だったが、不意に龍一が話題を変えた。

 

「それもそうだが長坊、試験生としての生活は順調なのか?」

「あ~、そういや坊っちゃんって今女子校に通ってるんだったな……何つー学校だっけ?」

「音ノ木坂学院ですね。千代田区にある学校で、創立100年を超える伝統校ですよ」

 

 英雄は取り出したスマホを操作し、音ノ木坂学院のホームページを見せる。

 

「へぇ~、それにしちゃあ随分綺麗な校舎だな。とても創立100年超えの学校には見えねぇや」

「ああ、しかもコレで廃校の危機に陥ってるってんだからまた驚きだぜ」

「私も調べてみたけど、この学校って言ってみれば歴史の長さだけが取り柄みたいなモンだし、特にこれと言って新しい事を取り入れてるようにも見えないからか、年々入学希望者が減ってきているらしいわ。そんなところにUTXなんて学校が出来たから……」

「正に、弱り目に祟り目ってヤツですね」

 

 英雄が龍一達のやり取りを締め括る。

 

「……まぁ、そんな訳で理事長が学校の共学化プロジェクトなんてモンを始めて、俺がその試験生として選ばれたのさ」

「しかも兄様、編入して直ぐにスクールアイドルのマネージャーに勧誘されてたのよ!それで3人のライブも成功させたんだから!」

 

 『流石は兄様!』と紅夜に飛び付く綾だが、当の本人はライブを見に来た数が数なだけに微妙な表情だ。

 そんな彼の心境など全く意に介さず、相変わらずのブラコンぶりを発揮する彼女を龍一や翔が微笑ましそうに眺める中、英雄が口を開く。

 

「そうそう、最初に聞いた時は驚きましたよ。期間限定とは言え、まさか紅夜君が他の子とチームを組むとはね」

「……ああ、彼奴等が中々手強い隠し球を出してきやがってな。ソイツにまんまと乗せられただけだよ」

「ですが、それでも他人と一緒に何かをするという事が日本(こっち)でも出来るようになったんです。確実に1歩ずつ前進出来てますよ」

 

 そう言って、英雄も紅夜の頭を撫でる。

 

「まっ、確かにその通りだな」

「昔と比べりゃ、坊っちゃんも大分丸くなったもんな。あの時なんて……」

「しょ、翔兄ぃ、あの頃の話は止めてくれよ~……」

 

 普段と違って弱々しく頼む紅夜に、他の面々から笑いが溢れ出す。

 それから暫くの間、工場内では楽しそうな笑い声が響いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ皆、久々に会えて楽しかったよ」

「またね!」

 

 一頻り笑った後、再びお喋りに盛り上がる一行だったが、楽しい時間とはあっという間に終わってしまうもので、日は沈んで暗くなっていた。

 

「んじゃな坊ちゃん、俺等も楽しかったぜ!」

「今度は、私の解体所にも遊びに来てくださいね」

 

 家路につくべくR34に乗り込んだ兄妹が声を掛けると、翔と英雄が笑みを浮かべてそう返す。

 

「長坊、何かあったら何時でもおっちゃん達に相談しろよ?どんな事だろうと絶対力になるからな!」

「ああ、ありがとうな。おっちゃん」

 

 そうして龍一とも挨拶を交わし、紅夜は愛車を発進させる。

 久々に昔からの知り合いと会えて上機嫌な彼は、未だいじめを受ける前によく見せていた無邪気な笑みを浮かべて先程までの事を振り返り、そんな兄の姿に綾も頬が緩む。

 

「今度は、瑠璃達も誘いたいな。何ならレナ達も巻き込んで、皆各々の車に乗ってさ」

「兄様、その時は私も」

「はいはい、分かってるって。綾も車でな」

 

 年齢もあって、唯一車どころか免許すら持っていない綾だが、彼女に贈る車自体はあった。

 と言うのも、紅夜達MAD RUNがフォーチュンバレーに遠征に行った際、彼等にガレージ兼寝床を提供すると共に専属メカニックを引き受けてくれた、ラヴィンドラ・チョードリーという男が払いの悪い客からぶんどったHonda S2000をくれると言い出したのだ。しかし、既に車を持っていた紅夜達には必要無かったため、この車を欲しがっていた綾にプレゼントする事になったのである。

 今は来るべき時に備えてラヴィンドラのガレージに保管中であり、時が来たら此方に空輸される予定だ。

 

「お前も車手に入れたら、ますます賑やかになるな。その時が待ち遠しいぜ」

 

 そう言って、紅夜は楽し気に笑った。

 

 その後、2人は無事に自宅へ到着し、豪希や深雪に龍一達と交わしたやり取りを聞かせるのだった。




 どうしようか悩んだ結果、1話だけ日常回を入れる事にしました。
 本当はもう1つ書くつもりでしたが、それはまた別の機会に。

 そして後半で出てきたラヴやS2000については、NFS Paybackを参考にしています。
 S2000はストーリー序盤で車を失った主人公(プレイヤー)のタイラーが選ぶ3台の内の1台で、ラヴ曰く『(3台共)払いの悪い客のだ』と言っていた事やその後もその客が取り返しに来る事が無く、引き続き使用出来る事から『客は車(S2000)を手放した』と認識しているのでこうなりました。

 実際にこんな事しようものならどうなるかは分かりませんがね←おい

 因みに、本作ではタイラー及び彼のクルー(ジェスやマック)は出ておりません。

 そして次回からは、にこにー襲来編を書いていきます。


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第33話~アウトローと不審者・前編~

 大変長らくお待たせ致しました。
 今回からにこ襲来編に入ります。


 時は流れ、6月初日の早朝。紅夜はとある目的のため、暫くぶりに神田明神を訪れていた。

 

「おはよう、紅夜君!」

 

 相変わらずの長い石階段を上り終えると、既に来ていたことりがストレッチをしながら声を掛けてくる。

 

「ああ、おはよう……って、何だ。来てるのはお前だけか?」

「うん。でも他の皆も直ぐ来るって、さっき連絡あったよ」

 

 彼女はそう言って、ポケットから取り出したスマホのメッセージ履歴を見せてくる。

 どうやら海未を除いて全員来るようだ。

 

「(そう言えば、園田って弓道部と掛け持ちしてるんだっけな……しかも作詞に練習メニュー作りに、挙げ句の果てには練習の指揮……彼奴自身の練習もあるだろうに、よく1人でそこまで出来るモンだ)」

 

 学生でもなければ正社員でもないために自由に使える時間があり余ってる自分とは違い、限られた時間でこれだけの激務をこなしている彼女に、紅夜は内心称賛を送っていた。

 彼もチームでは、バンド演奏の際の譜面作りや翻訳、はたまたダンスの振り付けを担当しているものの、彼女と比べれば大した負担ではない。

 

「(……っと、いかんいかん。今はそんなの考えてる場合じゃないんだった)」

 

 頭を振った紅夜は境内を軽く見回し、小声で話し掛けた。

 

「ところで例の不審者についてだが、今のところはどうなんだ?」

「……ううん、特には何も。見られてる感じもしないかな」

 

 その答えに『そうか』と短く返す紅夜。

 これで何事も無ければ安心なのだが、同時に態々早出してきた意味も無くなってしまう。

 

「(お袋にも無茶させちまったしな……)」

 

 早出する自分に合わせ、普段より遥かに早くから起きて朝食や弁当を作ってくれた母親を思い浮かべ、紅夜は溜め息をつく。

 

「えっと……ごめんね?巻き込んじゃって」

「……いや、今回の場合は事情が事情だからな。お前が謝る必要は無いよ」

 

 それを怒っていると解釈したのか申し訳なさそうに言うことりだが、彼は手をヒラヒラと振りながらそう返した。

 

 今回、紅夜が再びことり達の練習に合流したのは、決して正式にマネージャーになったからではない。その目的は、彼女等のボディーガードだ。

 と言うのも先日、突然ことりに呼び出された紅夜は、『最近、朝の練習中に何者かの視線を感じる』と相談を受けていたのだ。しかもかれこれ数日続いており、他のメンバーも薄々気づいてるらしい。

 

 そんな中で彼女等は、何度かその正体を確かめようとしたものの毎度逃げられて終わっており、このままでは練習に支障が出たり、メンバーが危険に晒されるのではないかと考えた彼女は、唯一の男性である紅夜に助けを求めたのだ。

 世間の目に触れるスクールアイドルとして活動する以上、こうなるのは必然と言えなくはないのだが、だからと言って『自分達で何とかしろ』と見捨てる訳にもいかず、『朝だけ』という条件付きでことりからの依頼を引き受けたという訳だ。

 

「(まぁ、俺もコイツ等とは全くの無関係って訳でもないからな………これで活動取り止めにでもなったら流石に目覚めが悪い)」

 

 そうしている内に他のメンバーも到着し、練習を始めていく。

 相手に勘づかれないよう、紅夜はあくまでも練習に来れなくなった海未の代理を演じている。

 

「1、2、3、4……!」

 

 練習の指揮を執りながらも、紅夜は周囲への警戒を緩めない。

 

「(……おっ、来やがったか)」

 

 すると、遂にことりの言っていた不審者と思しき者からの視線を感じ取る。

 気づかれないように軽く目だけ向けると、そそくさと建物の影に隠れる小さな影が視界に映る。

 

「…………」

 

 一先ず気づいていないフリをして通しを終えた紅夜は、彼女等に休憩するように言って移動を開始する。

 行き先は勿論、不審者の元だ。

 建物の裏から回り込むようにして移動すると、その人物の元に辿り着いた。

 

「(……って、何だよ。ガキじゃねぇか。こりゃ拍子抜けだな)」

 

 そこに居たのは、6月にも拘わらずコートを着た小柄なツインテールの少女だ。

 体格だけ見れば中学生辺りだろう。

 

「(全く、こんなガキのために駆り出されるとはな………まぁ彼奴等も正体は分からなかったみたいだから、責める訳にもいかないんだが)」

 

 ヤレヤレと首を振った紅夜は、ゆっくりと少女に近づく。そして……

 

「おい、お前」

 

 少し威圧するように声を掛けた。

 

「うわぁぁぁぁ!!?」

 

 悲鳴を上げながら盛大に飛び上がる少女。

 

「あ、アンタ、何時の間に……足音1つ聞こえなかったわ」

「そりゃ聞こえないように気を付けてたからな。必要な時は砂利道を飛び越えたりしてたし」

「足音全く立てなかった事と言い、徹底しすぎでしょ!忍者かアンタは!?」

「……まさか俺が忍者呼ばわりされる日が来るとはな」

 

 盛大にツッコミをかまされながら紅夜が思い浮かべたのは、今もベンチュラ・ベイの何処かで騒いでいるであろう黄色いNSX乗りのチームメイトである和美の姿だ。

 兄の零と共にパルクールに興じていたのもあって身軽な動きをする上、首にバンダナを巻いたその姿は、さながら現代版くノ一だ。

 

「こ、紅夜君。もしかしてその人が……?」

 

 そうしていると、ことりが駆けつけて声を掛けてくる。 

 その後ろからは、穂乃果達も何事かと集まってきていた。

 

「ああ、お前の言ってた不審者だ……まさかこんなガキだとは思わなかったがな」

「ぬぁんですってぇ!?」

 

 『ガキ』という単語が癪に障ったのか、怒りの形相で振り向く。

……と言っても、サングラスにマスクという姿のために表情は分かりにくいが。

 

「言っておくけどね、私はアンタ等と同じ学校で3年生よ!よぉ~く覚えておく事ね!」

「……正体明かしちゃったよこの人」

 

 そんな穂乃果の呟きに思わず『ヤベッ』と口を塞ぐ少女だが、最早手遅れだった。

 

「こうなったら仕方無いわね……アンタ達!」

 

 正体を明かしてしまった事で寧ろ開き直ったのか、少女は立ち上がってマスクを取り、穂乃果達を指差して言った。

 

「とっとと解散しなさい!」

 

 そんな捨て台詞を残して、彼女は走り去る。

 

「……何だあれ?」

 

 呆然とする穂乃果達を代表するかのように呟いた紅夜の言葉が、境内に空しく漂った。

 

 その後、不審者の正体が分かった事や帰ってくる気配が無い事から、今日はもう問題は起こらないと判断した紅夜は今日の任務を切り上げ、何時も車を停めているコンビニの駐車場へ戻り、()()()に乗り込んで学校へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、これより新たなメンバーを加えた新生スクールアイドル、μ'sの練習を始めたいと思いますっ!」

 

 放課後、6人は何時ものように練習を始めようとしていた。

 

 グループを代表するかのように前に出て意気揚々と号令を掛ける穂乃果だが、他のメンバーは微妙な表情を浮かべていた。

 とは言え、決して練習を嫌がっている訳ではない。問題は、それとは別の所にあった。

 

「穂乃果、それ未だ言うつもりなのですか?花陽達が加入してから毎日言ってますよね?」

 

 そんな面々の気持ちを代弁するかのように、海未が呆れ顔で言った。

 

 そう。花陽達1年生が加入してからというもの、穂乃果は練習を始める度に同じ事を言っているのだ。

 花陽達が加入してから、もう既に2週間も経っている。これでは流石に、『新生』とは呼べないだろう。

 

「だって嬉しいんだもん!3人だったのが6人になったんだよ!」

「……まぁ、そうですね」

 

 だが、こうも目を輝かせて言われては敵わない上、元々新メンバーを欲していたのもあり、海未はその言葉を否定したりはしない。

 彼女もまた、新たな仲間が増えて嬉しいのだ。

 

「という訳で、何時も恒例の……1!」

「2!」

「3!」

「4!」

「5!」

「6!」

 

 穂乃果に続き、各々が番号を言う。

 

 元々はファーストライブで緊張を解すためにやっただけなのだが、今となってはμ'sの活動開始時の掛け声となっていた。

 

「くぅぅ~……コレだよコレ!6人だよ6人!これぞグループって感じがするよねぇ!」

 

 感極まったように自身の体を抱き締めながら言う穂乃果。

 

「何時かこの6人で、"神6(シックス)"とか"仏6(シックス)"って言われる日が来るのかな!」

「ほ、仏だと死んじゃってるように聞こえるけどね……」

「でも、こうして毎日同じ事でこんなに感動出来るなんて、羨ましいにゃ~」

「凛、それ人によっては馬鹿にしてると思われるわよ」

 

 そんな1年生達のやり取りに苦笑を浮かべる海未とことりだが、穂乃果は構わず続ける。

 

「だって私、賑やかなの大好きでしょ?それに、人数が多かったらちょっと歌やダンスでミスしても誤魔化せるし……」

「……それが本音なのでは?」

「そ、ソンナコトナイヨー?」

「片言になってますよ」

「うぐぅ……」

 

 一瞬で言い返せなくなる穂乃果に、今度はことりが言う。

 

「穂乃果ちゃん、人数が多くて嬉しいのは分かるけど、ちゃんと練習しなかったら今朝みたいに怒られちゃうよ?」

 

 ことりの言うのは、言わずもがな例の不審者の事だ。

 

「確か、『解散しろ』と言われたんですよね?」

「うん……まぁ幸い、紅夜君が居てくれたお陰か手を出したりはしてこなかったけどね」

「そうですか………事が済んだら、彼には改めてお礼を言わないといけませんね」

 

 そんな海未の言葉に頷いたことりは、窓の外を見ながら呟いた。

 

「いっそ、紅夜君もメンバーになってくれたら良いんだけどな……」

 

 しんみりとした様子でそう呟くと、穂乃果も先程までのテンションが引っ込む。

 

「そうですね。新歓ライブと言い花陽達が加入する時と言い、彼には色々とお世話になった訳ですから……」

「ことり達にとっては、もう紅夜君もメンバー同然なんだけどね……」

 

 すると、凛がこんな疑問を投げ掛けた。

 

「今更だけど、長門先輩ってなんでメンバーじゃないの?未だ3人だけだった頃は一緒に居たんだよね?」

「……ああ、1年生は知りませんでしたか」

「実はね……」

 

 そうして穂乃果達は、紅夜を勧誘した時の事を話した。当然、その時に彼が返してきた言葉も。

 

「『本当に信用出来る人としかやらない』か……どういう事なんだろ?」

「ず、随分難しい事言うね。先輩も……」

「そんな言い方をするって事は、基本的に他人を信用していないって事になるわね……人間不信とか?」

「どうでしょう?その辺りは何も……本人も話してくれないので」

 

 そうしていると、ふと穂乃果が呟く。

 

「……こうしてみると、私達って紅夜君の事、何も知らないんだね」

 

 その言葉に沈黙する海未達だが、何時までもこうしてはいられない。

 

「まぁ先輩の事もそうだけど、先ずは練習しに行きましょうよ。時間無くなっちゃうわよ?」

 

 真姫が髪を弄りながら言う。

 頑なにメンバーに加わろうとしない紅夜の事も気になるが、それよりも先ずは少しでも練習するべきだと判断したのだ。

 

「おっ、真姫ちゃんやる気満々にゃ~!」

「ッ!?ち、違うわよ!私はさっさと練習終わらせて帰りたいだけ!」

 

 顔を赤くしながら言い返す真姫だが、凛には通用しない。

 

「またまたぁ、そんな事言っちゃって~。凛知ってるんだよ?お昼休みに態々人気の無い所行って練習してるの……」

「あ、あれは、この前のステップがカッコ悪かったから変えようとしてたのよ!あまりにもダサすぎるから!」

 

 そう言い放つ真姫だったが、そこへどんよりしたオーラが漂ってくる。

 

 何事かとオーラの主へ視線を向けると、そこには髪を弄りながら引きつった笑みを浮かべる海未の姿があった。

 

「そうですか……あのステップ、考えたの私なんですけどね……」

「ヴェェ!?ち、違うんです海未先輩!私そんなつもりじゃ……!」

「良いんです、どうせ私なんて……あは……あははは……」

 

 それからいじける海未を元気付けるのに数分程費やした後、一行は練習するべく屋上へ向かう。

 だが、そんな彼女等を待っていたのは、ドア越しに聞こえてくる雨の音だった。

 

「そう言えば、梅雨入りしたって今朝のニュースでも言ってたもんね。しかも、ここ数日はずっと雨が続くって……」

「もぉ~。せっかく気持ち切り替えて練習しに来たのに、これじゃ台無しだよ~!」

 

 腕を振り回し、駄々を捏ねる子供のように叫ぶ穂乃果。その傍らでは、海未が深刻な表情を浮かべていた。

 

「困りましたね……これじゃ何時まで経っても練習が出来ません」

「他の場所は使えないんですか?講堂とか体育館とか」

「それか、何処か使われていない教室とかは?」

 

 真姫や花陽が提案するものの、海未から返されたのは否定の言葉だった。

 講堂や体育館は他の部に使われている上、空き教室を使わせてくれるよう教師に頼んでみた際には、『正規の部活動でないと使わせられない』と門前払いを喰らったのだ。

 

「何処か施設を借りるとしても、何度も借りるとお金も掛かりますからね。どうしたものか……」

 

 すると、穂乃果が再び不満を口にした。

 

「て言うか、前から思ってたけど梅雨だからって雨降り過ぎだよ!今日の降水確率なんて、60%しかなかったのに!」

「半分以上じゃない。それなら十分降ってもおかしくないでしょう……」

 

 真姫が的確なツッコミを入れるが、それで納得する穂乃果ではなく、相変わらずブー垂れる。

 だが、不意に雨の勢いが弱まる。

 

「あっ、少し弱まったみたい」

「えっ、本当!?」

 

 ことりの呟きにいち早く反応した穂乃果がドアを開け放つ。

 

「ホントだ、さっきよりかなり弱くなってる!」

「これなら練習出来そうにゃー!」 

 

 嬉しそうな2人だが、海未は浮かない顔だ。

 

「でも、完全に止んだ訳ではありませんし、床も濡れていますから練習には……って、ちょっと2人共!?」

 

 穂乃果達は、そんな海未を無視して屋上に飛び出す。

 

「大丈夫、これくらいなら練習出来るよ!」

「テンション上がるにゃー!」

 

 すると、突然凛が側転や前方宙返りを披露し、そのまま滑るように屋上を動き回る。そしてポーズを決めた途端……

 

「……また強くなっちゃった」

 

 まるで、『そこで頭を冷やしていけ』と言わんばかりに再び強い雨が降り、凛と穂乃果は瞬く間にずぶ濡れになった。

 

「馬鹿らしい。私帰る」

「わ、私も止めた方が良いかと……この天気じゃ練習なんて出来ないだろうし」

 

 真姫がスタスタと去っていき、花陽も今日は中止にしようと提案する。

 

「……まぁ、そうですね。残念ですが」

 

 すると、話が聞こえていたのか穂乃果達が戻ってくる。

 

「ええ~っ、皆帰っちゃうの!?」

「これじゃ凛達が馬鹿みたいじゃん!」

「馬鹿なんです」

 

 文句を言う2人に、海未が冷静にツッコミを入れた。

 

 

 その後、このまま帰るのは寂しいと穂乃果や凛がごね始めたのもあり、今後の練習に関するミーティングという名目で近くのファストフード店に向かう事を決め、先に行ってしまった真姫を追い掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 あれから、何故か立ち止まっていた真姫と合流し、ワイワイ騒ぎながら歩いていく穂乃果達を、東條希は影から見ていた。

 彼女等の声が聞こえなくなると、もう1人の生徒に向けて声を掛ける。

 

「どうやら、解散する気はこれっぽっちも無いみたいやで、にこっち」

「…………」

 

 『にこっち』と呼ばれた小柄なツインテールの少女は、小さく鼻を鳴らして去っていく。

 

「あの子達が行くのは……あの店か」

 

 そう呟くと、彼女はとある部屋へと駆け込み、ソフトクリームのような帽子や白い上着、そしてサングラスを取り出して袋に突っ込み、穂乃果達を追うように部屋を飛び出す。

 その部屋の表札には、こう書かれてあった。

 

 

 

 

 『アイドル研究部』と…………



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第34話~アウトローと不審者・後編~

 やっと書けた~。


「いやぁ~、落ち着くなぁ……」

 

 場所は変わり、此処は音ノ木坂学院の駐車場。その一角に置かれた車の中では、座席を限界まで後ろに倒して寛ぐ紅夜の姿があった。

 彼が何をしているのかというと、車のルーフやフロントガラスを叩く雨の音を聞いているのだ。

 

「(音楽室や図書室に行く気分でもなかったから聞いてみたが………案外良いモンだな、こうして雨音を聞くってのは。ベンチュラに帰ったら、レナ達誘って雨音鑑賞会でもやってみるかな)」

 

 余談ではあるが、彼の住んでいるベンチュラ・ベイでは雨の日が非常に多く、今日のような雨音はほぼ毎日聞き放題と言っても過言ではない。

 更にこの都市には、使われていない排水路や北部にあるクレセント山脈頂上の広場等、大勢で集まれる場所がかなりある。

 レースの無い日にでも、何処かに集まって雨音を聞きながらゆったり過ごすというのも悪くないだろう。

 

「まあ、彼奴等が興味を持てばの話だがな」

 

 そう考えながらのんびり過ごしていた紅夜だったが、それはドアポケットに入れていたスマホがメッセージの着信を知らせてきた事で妨害される。

 

「誰だよ、人がリラックスしてる時に……って、綾か」

 

 画面には、綾から送られてきたメッセージが表示されている。内容は、2人で外食しようというお誘いだった。既に豪希や深雪にも話は通しているらしい。

 

「外食か……そういや、学校帰りに外食ってした事無かったな」

 

 日本に居た頃もそうだが、アメリカに移ってからも学校が終われば一目散に帰宅して家の仕事を手伝い、車を手に入れてからはひたすら走り回ったりレースに興じていた彼にとって、学校帰りの外食というのは何気に初めての経験だった。

 

「親父達に話付けてるってんなら、良いか」

 

 紅夜が返事を送ると、相手も待っていたのか直ぐにメッセージが返される。

 

「『学校まで拾いに来て』ってか、了解っと……あっ、そうだ。おっちゃんにも連絡しとかなきゃな」

 

 そうして返事と連絡を終えた紅夜は、座席を起こして車のエンジンを始動させ、駐車場を後にする。そして玄関前を通り過ぎようとしたところで、見慣れた集団が目に留まった。穂乃果達μ'sだ。

 何時もよりも早い帰りだが、紅夜にはその理由が分かっていた。

 

「(まぁ、校内での練習場所が屋上、つまりは外だからな。この天気じゃ練習なんて出来る訳ねぇか)」

 

 すると、相手も気づいたようで此方に近づいてくる。

 

「よう、お前等も今帰りか」

「ええ。こんな天気では練習のしようがありませんからね……」

 

 そう苦笑混じりに答える海未の傍らでは、穂乃果や凛が紅夜の乗る車をまじまじと見ていた。

 ことりや花陽も違和感を覚えているようで、首を傾げている。

 すると、そんな彼女等の疑問を代弁するかのように真姫が口を開いた。

 

「先輩、この前花陽と乗ってきてた青いスポーツカーはどうしたの?」

「ん?Rの事か?彼奴なら今入院中でな、コレは知人に貸してもらってるんだ」

 

 紅夜はそう答えた。

 

 そう。今回彼は、R34には乗っていない。今の彼が乗っているのは、それより遥かに大きな、素人が見れば小型のバスと見間違えるような車だった。

 Chevrolet Express。エメラリアのCamaroと同じChevrolet社で開発されたフルサイズバンで、日本で使われる商用バンのようなものだ。

 とは言え、この車はアメリカの車というのもあってか、日本の商用バンより一回り大きいのだが。

 

「入院中って……まさか紅夜君の車、壊れちゃったの?」

 

 心配そうに訊ねることりだが、紅夜は手をヒラヒラと振った。

 

「いや、入院中とは言ったがただの整備だ。別に故障した訳じゃないよ」

 

 その言葉に2年生組は安堵の溜め息をつく。

 

「それにしても、まさか整備に出しているとは気づきませんでしたよ」

「そりゃそうだろ。ここ最近、お前等と学校の外で会う事は無かったし、帰りも会わなかったからな」

 

 海未にそう答えた紅夜は、空を見上げて苦笑を浮かべた。

 

「(まぁ、本来は昨日には終わってる筈だったんだがな……)」

 

 実は、以前龍一のショップを訪れた後、『そろそろRの整備をしたらどうか』と彼から連絡が入り、紅夜もそれを承諾。1週間前に預けており、予定では昨日取りに行く事になっていたのだが、預けている間に予想外の来客があったらしく、彼のR34の整備が遅れてしまったのだ。

 とは言え、彼も商売をやっているために文句を言うつもりは無い。寧ろ、遅れをたった1日に抑えてくれただけでも御の字というものだ。

 

「という事は、直ぐ戻ってくるんだよね?紅夜君の車!」

「ああ、今日終わった用事が終わったら取りに行く予定だ」

「用事?何かあるの?」

 

 すると、ことりが首を傾げる。

 

「実は、さっき妹から連絡が来て、そのまま外食する事になってな。これから拾いに行くところなんだ」

「妹さんって……もしかして、この前のライブに来てくれた?」

「ああ、その中に黄緑色の髪の女が居たろ?彼奴がそうだ」

 

 そう答えると、紅夜はExpressのギアを入れる。

 

「んじゃ、あまり待たせる訳にもいかないし、そろそろ行くよ。雨降ってるから、帰り気を付けろよ」

 

 そうして車を動かそうとした時、穂乃果が待ったを掛ける。

 

「ねぇ紅夜君。因みになんだけど、その外食って何処に行くとか決めてるの?」

「……?いや、特には決めてないな。ただ外食しようって言われただけだが……」

 

 そこまで言ったところで、穂乃果が何かを期待するような眼差しを向けている事に気づく紅夜。

 何と無く嫌な予感がしながらも、その質問の意図を訊ねた。

 

「……何故、そんな事を聞くんだ?」

「い、いやぁ~………別に、変な意味は無いんだよ?ただ、特に決まってないなら、私達とも一緒にどうかな~って……ほ、ホラ!私達もこれからご飯食べに行くところだったからさ!」

 

 両手の人差し指をツンツンと合わせ、目線を泳がせながら答える穂乃果。

 何かを隠しているような言い方をする彼女に、紅夜は本音を問い質す。

 

「……んで、本音は?」

「車も大きいしちょうど良いから、ついでに私達も乗せてってくれないかな~って……あ!」

「結局それか……」

 

 紅夜はそう言って、盛大に溜め息をつく。

 

「本当に、うちの穂乃果がすみません……」

 

 そんな彼に深々と頭を下げる海未。その姿は、さながら穂乃果の第2の母親だ。

 

「で、でもでも!一緒に食べに行きたいなってのは本当だよ!?ホラ、私達って放課後とか休日に一緒に遊んだり、ご飯食べに行ったりした事って全く無いでしょ?」

「確かに、ことり達が学校以外で一緒に居たのって、ライブの練習くらいだったよね」

「……ああ、確かにそうだな」

 

 取って付けたような理由だが、意外にも紅夜は納得したように頷いた。

 と言うのも、穂乃果の言う通り、新歓ライブが終わってマネージャーの任を外れてからというもの、紅夜と穂乃果達が放課後や休日につるむ事は1度も無かった。 

 一応、これまで何度か誘われる事はあったものの、全て理由をつけて断っていたのだ。

 

「でしょ?せっかくの機会だし、皆でご飯食べて親睦深めようよぉ~」

 

 そう言いながら、まるで玩具をねだる子供のように纏わり付いてくる穂乃果。

 海未はそんな彼女を宥めようとしているが、心の何処かでは紅夜が受けてくれる事を望んでいるのか、時折チラリと視線を向けてくる。

 

「ねぇ、長門先輩。凛達と行こうよ~」

 

 すると、中々反応しない紅夜に業を煮やしたのか凛まで参戦してきた。

 花陽も口にこそしないが、此方をじっと見つめている事から心情は穂乃果や凛と同じであると見てほぼ間違いない。

 

「…………」

 

 真姫は興味無さそうに背を向けているものの、視線だけは此方を向いている。

 元々プライドが高く意地っ張りなのもあり、『来てほしい』とは言いにくいのだろう。

 

「(どうしたモンかなぁ……綾も待ってるだろうし、さっさと行きたいんだが)」

 

 紅夜としてはさっさと断って綾の元に向かいたいところだが、今回は相手の数が多過ぎる。

 おまけに、以前までは穂乃果が纏わりついても引き剥がしてくれた海未も、今回はいまいち弱く、穂乃果を止められていない。

 

「ねぇ、紅夜君」

 

 どう断ったものかと考えていると、ことりが声を掛けてくる。そちらへ視線を向けると、不安そうに眉を下げた彼女と目が合う。

 

「駄目、かな……?ことりも、もっと紅夜君と仲良くなりたいなって……」

「…………」

 

 流石にこう言われると、断るに断れなかった。

 明らかに無料のタクシー扱いしようとしてくるのなら、断って追い払ったところで何の罪悪感も無いが、あくまでも善意から誘いを掛けてきているとあれば、そうはいかない。

 

「はぁ~……」

 

 紅夜は溜息をつき、スマホを操作して綾に電話を掛ける。すると、呼出し音が鳴り始めた瞬間、彼女の声が聞こえてきた。

 

『もしもし、どうしたの兄様?』

「(いや出るの早っ!?前々から思ってたけど俺が電話した時の反応早すぎだろ!)」

 

 あまりの反応の速さに驚きながら、紅夜は用件を伝える。

 

「あ、ああ。いきなりで悪いんだけどさ……外食のメンバー増えても良いかな?」

『何よ、そんな事?別に良いわよ。どうせ瑠璃とか達哉達辺りでも来るんでしょ?』

 

 どうやら追加メンバーが幼馴染み達だと思ってるのか、拍子抜けしたように答える綾。

 だが、紅夜は首を横に振る。

 

「いや、今回はそっちじゃなくてな……μ'sの連中なんだ」

『え?μ'sって……あの時ライブやってた?』

「ああ、ソイツ等だよ。学校出ようとしたら偶然会ってな、お前と飯食う事話したら自分達も一緒にって」

『……成る程ね』

 

 綾はそう言うと、暫くの沈黙の後に答えを出した。

 

『まぁ、私は構わないわ……ホントは2人きりが良かったけど、兄様にだって付き合いもあるし』

「はは……じゃあ、今度は2人で食べに行こう」

『ええ、約束よ』

 

 その約束に機嫌を良くしたのか、最後は嬉しそうに答える。

 その後、行き先を決めた紅夜は通話を切り、成り行きを見守っていたμ'sの面々へ向き直った。

 

「行き先は近くのマ○クだ。それで文句無いなら乗れ」

「……!うんっ!」

「やったぁ!」

 

 すると、メンバーの表情がパッと明るくなる。

 その後、6人が乗り込んだのを確認した紅夜は車を発進させ、綾の元へと向かう。

 

 それから走らせること数分、彼等は綾と合流した。

 

「よう、待たせて悪いな」

「別に良いわよ。友達と話してたから大して待った気もしてないし」

 

 助手席に乗り込んだ綾はそう答え、後ろに座る飛び入り参加のゲスト達に振り向いた。

 

「初めまして、長門綾です。よろしく」

 

 人当たりの良さそうな笑みと共に名乗る綾に、他の面々も挨拶と自己紹介を返す。

 

 その後、ガールズトークに時折交ざりながらも更に車を走らせ、一行は遂に目的地へ到着した。

 

 店内に入ると各々注文を済ませて席につき、食べ始める。

 

「それにしても、この季節ってホント鬱陶しいわよね。空気はジメジメして過ごしにくいし、雨も増えるから外出たら靴に染み込んで靴下グショグショになるし」

「そうだな……まぁ、俺は大して気にしないが」

「兄様は車があるから平気でいられるのよ。学生時代も登下校は車使ってたんでしょ?」

「まぁな」

 

 長門兄妹がそんな話を交わす中、穂乃果は顰めっ面でポテトを貪り食っていた。

 

「……ん?どうした高坂、随分機嫌が悪いみたいだな」

 

 すると、それに気づいた紅夜が声を掛ける。

 

「すみません、紅夜さん。今日も雨で練習出来なかったもので……穂乃果、気持ちは分かりますがストレスを食欲にぶつけるのは体に悪いですよ」

 

 その様子を見かねた海未が宥めるものの、穂乃果の機嫌は直りそうにない。

 

「雨、なんで止まないの!このままじゃ何時まで経っても練習出来ないじゃん!」

「わ、私にそんな事言われても……」

「全くもう、天気の神様も少しは空気読んでほしいよ。散々お祈りしてるのに全然晴れにしてくれないしさぁ」

 

 そう愚痴を溢しながらポテトへ手を伸ばす穂乃果。だが、入れ物には1本も入っていなかった。

 

「無くなってる……海未ちゃん、私のポテト食べたでしょ!」

「自分で食べた分も忘れたのですか!?」

 

 そう返した海未は、呆れながら自らのポテトへ手を伸ばす。

 だが……

 

「あれ?無い……」

 

 彼女のポテトも空になっていた。

 

「穂乃果こそ、私のポテト勝手に食べてるじゃないですか!」

「私じゃないよ!」

「止めんか、公共の場でみっともない」

 

 喧嘩を始める2人に呆れた紅夜は、立ち上がってカウンターへと歩いていく。そして5分もしない内に戻ってくると、各々のトレイにポテトを置いた。 

 

「ホラ。同じサイズの買ってきてやったから、これで手打ちにしろ」

 

 流石にそこまでされて喧嘩を続ける訳にもいかず、2人は礼を言ってポテトを摘まむ。

 

「に、兄様。そんな事して良いの?日本(こっち)来てから収入とか全然無いのに」

「なぁに、高々ポテト2個買ったくらいで破綻する程貧乏じゃないし、いざとなったらおっちゃんの所で小遣い稼ぎすりゃ済むから、その辺は心配無いよ」

 

 そう言って綾の頭を優しく撫でてやる紅夜。

 

「何か先輩、凛達と話してる時と比べたら全然違うね」

「ま、まぁ2人は家族で兄妹なんだし、接し方に差が出るのは仕方無いんじゃないかな……?」

 

 不満げに言う凛を宥める花陽ではあるが、チラリと兄妹に向けられる視線は、何処と無く羨ましそうだった。

 

「それはそれとして、これからどうするの?この雨暫く続きそうだし……このままじゃ、梅雨の間は殆んど練習出来なくなっちゃうわよ」

 

 真姫が改めて問題を投げ掛ける。

 

「そうですね……やはり、どうにかして練習場所を確保しないと何も出来ませんし……」

「せめて、部室があれば良いんだけどね……」

 

 どうしたものかと頭を悩ませる海未とことり。そんな彼女等に紅夜が口を開いた。

 

「お前等、部活申請はしないのか?」

「4月に1回申請しに行ったんだけど、その時は人数が足りないからって断られちゃって……」

「じゃあ今はどうなの?そっちの学校じゃ何人必要なのかは知らないけど、6人も居るなら流石に申請出来るんじゃないの?別に野球やサッカーやる訳じゃないんだし」

 

 すると、2年生が『あっ』と声を漏らす。

 

「そう言えば、設立に必要な部員数って……」

「確か、6人だったような……?」

 

 そうして徐々に、穂乃果の元に視線が集まる。

 

「……おい高坂、まさかとは思うが……」

 

 すると暫くの沈黙の後、穂乃果が声を上げた。

 

「そっか、もう申請出来るんだ!」

「「「今まで気づかなかったのかよ!?」」」

 

 堪らずツッコミを入れる紅夜と綾。だが、何故か彼等が座っている席の反対側からもツッコミが入り、不思議そうにそちらを向くも、ツッコミを入れたと思しき人物は見つけられず、やたら目立つピンクのソフトクリームを模した帽子が見えるだけだった。

 

 そうこうしている内に食べ終わり、帰る前にと化粧室へ向かった紅夜と綾だか、先に出てきた紅夜がふと視線を向けると、そこでは奇妙な光景が広がっていた。

 先程のソフトクリームを模した帽子にサングラスという派手な格好をした少女が、穂乃果に腕を掴まれていたのだ。

 何事かと聞き耳を立てると、どうやらこの少女が先程から穂乃果や海未のポテトを盗んでいた犯人らしく、弁償しろと捲し立てる穂乃果を挑発していた。

 

「良い!?アンタ達のやってる事はアイドルに対する冒涜、恥よ!さっさと辞める事ね!」

 

 そして最後にはそう吐き捨てると、逃げるように店を飛び出していった。

 

「…………」

 

 それを呆然と見ていた紅夜だったが、ある事に気づいた。

 

「(あれ?よく見たら彼奴、今朝絡んできたガキじゃねぇか。態々こんな所にまで追ってきて人のポテト盗って嫌がらせするとは……ご苦労なこった)」

 

 そう内心呟きながら、紅夜は穂乃果達のポテトを買い直した際に受け取ったレシートを取り出す。

 

「(……まっ、学校同じって言ってたし、今度奴に会ったらコイツの代金請求してやるか。大した額じゃないし被害者は俺じゃないとは言え、泥棒は泥棒だ。彼奴等みてぇに血の海に沈められるよかマシだろ)」

「兄様、どうしたの?」

 

 不意に掛けられた声に振り向くと、そこには遅れて出てきた綾が立っていた。

 

「いや、何でもないよ」

 

 そう言って席に戻った紅夜は、未だご立腹の穂乃果を宥めながら店を後にする。

 そして、彼女等と別れて世田谷へ戻ると、龍一のショップで愛車のR34を迎え、自宅へと戻るのだった。




 昔サンシャインの映画公開記念みたいに、YouTubeでアニメの再放送とかやってくれないかな……?
 今やってる無印のはアーカイブ残らないし……


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第35話~アウトローの生徒会体験~

 皆さん、お久し振りです。


「それじゃあ、今日はここまで!皆気を付けて帰れよ~」

 

 翌日。龍治のそんな一言と共に帰りのHRが終わると、生徒達は各々の席を立ち、帰宅する者や部活へ向かう者、教室に残って友人とお喋りを始める者に分かれる。

 

「ん~、終わった終わった……さて、今日は何をしようかな~っと」

 

 紅夜も席を立ち、今日の暇潰しプランを考えながら教室を後にする。

 

「(校内探検はそろそろ飽きてきたし、音楽室か図書館にでも行こうかな……でも、アルパカ達(彼奴等)に会うのも捨てがたいし……迷うなぁ~)」

「長門く~ん!」

 

 すると、後ろから声を掛けられる。声の主の方へと視線を向けると、絵里が手を振りながら此方へ駆けてくるのが見えた。

 

「良かった……未だ、帰ってなかったのね」

 

 駆け寄ってくると、絵里は若干息を切らせながら言う。

 

「ああ、今行くと目立つからな」

 

 そんな彼の返答に『何を今更?』と首を傾げる絵里だったが、彼が車のキーを見せると納得したように頷いた。

 

 紅夜の愛車であるR34はスポーツカー、それも外装や中身にもかなりの手を加えた、所謂チューンドカーだ。

 駐車場に停めた時も一際異彩を放っているような車が下校中の生徒の集団の中に現れたらどうなるかなど、火を見るより明らかだ。

 

「それより、俺に何の用だ?態々2年のフロアまで来たって事は、何かあるんだろ?」

 

 余談だが、この学校では学年を追うごとにフロアが1つずつ下がるようになっている。1年生は4階、2年生になると3階、そして3年生で2階になるという形だ。

 

「ええ、貴方に話があってね……今、時間あるかしら?」

「……?ああ、ちょうど何して時間を潰すか考えてたところだからな。別に構わん」

「それは良かった。じゃあ、ついてきて」

 

 そうして歩き出した絵里に続く紅夜。彼が連れてこられたのは、生徒会室だった。

 

「あっ、えりちお帰り~。長門君連れてこれたんやね」

 

 2人が部屋に入ると、書類整理をしていた希が出迎える。絵里に声を掛けた彼女は次に紅夜へと視線を向け、軽く手を降った。

 

「ええ、ただいま希」

 

 そう返した絵里は空いた席を紅夜に勧め、自分も座る。

 

「それで話なのだけど……長門君、生徒会の仕事を体験してみる気は無い?」

「……体験?お前等の仕事をか?」

「ええ。貴方って、一応は試験生として音ノ木坂(此所)に居る訳でしょう?なら、この学校の生徒会の活動についても知ってもらおうと思ってね」

「ふむ……」

 

 すると、希も口を開いた。

 

「別に悪い話やないと思うで?長門君としてはレポートに書くネタが出来るし、ウチ等としては、第三者から見た今の生徒会について知れるから、ウチ等じゃ気づかないような課題を見つけて今後に活かせるかもしれん。お互いWin-Winやろ?」

「……確かに、そうだな」

 

 これがただの勧誘なら断るところだが、『試験生』という単語を出されてしまうと断る訳にはいかない。

 紅夜はその申し出を受ける事に決めた。

 

「それじゃ決まりやな!じゃあ何時からにしようか?長門君にも色々予定あるやろうから、明日からでも──」

「別に今からでも構わんよ、ちょうど放課後の暇潰しが決まらなくて困ってたところだからな……それで、先ずは何をすれば良い?」

 

 希の言葉を遮るようにして、早速仕事を求める紅夜。

 絵里と希は顔を見合わせると微笑を浮かべ、仕事を割り振った。

 

 

 

 

 

「……っと、そろそろ休憩にしましょうか」

 

 あれから1時間半程経った頃、絵里の一言で一行は作業を中断する。

 

「ん~!今日は長門君のお陰で、かなり作業進んだなぁ。えりち、中々ええ掘り出し物見つけてきたんとちゃう?」

 

 ペンを置いた希が、大きく体を伸ばしながらそう言った。

 

「ええ、こんなの入ったばかり頃の私に見せたら腰を抜かすでしょうね。悔しいけど、当時の私でもここまでは出来なかっただろうし」

 

 その意見に異論は無いのか、絵里もあっさり頷く。

 

 そんな彼女等の会話から分かるように、紅夜は2人の想像を遥かに上回る働きを見せていた。

 始めたばかりの頃は質問も多かったが、飲み込みが早いのか教えた事は瞬時に吸収し、30分もしない内に黙々と書類整理やデータの打ち込みを片付けていくようになっていた。その姿は、まるで最初から生徒会に所属していたのではないかと錯覚してしまう程のものだった。

 

「それか、自信失くして活動初日で辞めちゃうとか?」

「流石にそこまではしないわよ……」

 

 悪戯っぽく笑いながら言う希にそう返した絵里は、紅夜に話を振った。

 

「それにしても長門君、本当に覚えるの早かったわね。こういう事務系の仕事って、よくやってたりするの?それとも、学生時代に生徒会やってたとか?」

「……いや、こういうのは1度も無い。向こう(アメリカ)で働いてる時も専ら肉体労働だからな」

 

 そんな彼の返答に意外だとばかりに目を丸くする絵里。

 

「それじゃ本当にまっさらな初心者なの?どんな仕事してたのかは知らないけど、事務作業の1つや2つくらいはあったんじゃ?」

 

 そうして質問を重ねる絵里だが、紅夜は首を横に振った。

 基本的に、紅夜やアレクサンドラは車の修理やチューニングに徹しており、書類整理についてはブライアンが行っていたのだ。

 とは言え全くやらないという訳ではなく、あまりにも書類が多い場合は彼等も手伝ってはいたものの、誰でもできるような簡単な作業である上に回数も片手で数える程度であるため、実質未経験と変わりなかったのだ。

 

「ところで、長門君ってどんなお仕事してたん?あんなスポーツカー乗り回してるんやから、やっぱり車関係?」

 

 そこへ、希も話に加わってきた。

 

「ああ、修理工場兼チューニングショップだ。ベンチュラの連中は改造ジャンキーが多いからな。かくいう俺もその1人だし、他の町にもそういうのはわんさか居るぞ」

 

 更に言えば、毎晩爆音や煙を上げながら町中を200㎞を優に超える速度で走り回り、そこで警察との鬼ごっこに興じているストリートレーサーなのだが、その部分については伏せておいた。

 

「か、改造ジャンキーって……」

 

 流石に大袈裟なのではないかと内心呟く絵里だが、紅夜は言葉を続ける。

 

「言っておくが嘘じゃないし、話を盛ってる訳でもないぞ?向こうじゃスポーツカーでもノーマルだったらレースゲームに出てくる一般車(アザーカー)と変わらないからな。皆何かしらの改造を施してるよ」

「「………………」」

 

 自分達の中でのスポーツカーへのイメージが音を立てて崩壊し、思わず言葉を失う絵里と希。

 

「ち、因みに聞くけど……長門君が乗ってる車は何れくらい改造してるの?取り敢えず見た目もそれなりにやってそうだけど、中身は……?」

「ん?俺のRか?確かノーマルで280馬力だったのを1026馬力まで上げて、最高速度も370㎞辺りまで出せるようになってた筈だ」

「…………」

「改造ジャンキー、ここに極まれりやな」

 

 またもや言葉を失う絵里の隣で、苦笑混じりに希が言う。

 

 しかし当の紅夜からすれば、馬力だけなら自分のマシンでもまだまだと言ったところだった。何故なら、『上には上がある』という言葉があるように、それを上回るハイパワーマシンを幾つも見てきているからだ。

 

 ノーマルの時点で自分のR34を超える馬力や速度を出せる瑠璃のAgeraや英雄のCentodieciもそうだが、アレクサンドラの愛車の1台である65年式のFord MustangやエメラリアのCamaroは、元々それなりに馬力があったところを更なる改造を施された事により、1200馬力オーバー、つまり彼のR34より200馬力も上回るモンスターマシンへと変貌を遂げているのだ。

 当然、他のベンチュラ・ベイやフォーチュンバレーの走り屋達もそれなりの改造をしており、今の彼等としては、1000馬力だの時速300㎞だの、そんなものは出せて当たり前という認識だった。

 

「……取り敢えず、うちの学校にはとんでもない車が出入りしていたって事ね」

「ついでにその持ち主も相当イカれてる、と」

「いや、俺からすればこれくらい当たり前だと思うんだが……」

「「んな訳あるか!!」」

 

 そうボソボソと呟いた紅夜に、2人からの盛大なツッコミが炸裂した。

 

 

 

 

 その後、再び作業を開始しようとする3人だったが、それは突然聞こえてきたノックの音に遮られる。

 

「やれやれ、せっかく再開しようとしてたところなのに……」

「まぁまぁ、コレもよくある事よ……どうぞ」

 

 出鼻を挫かれた紅夜を宥めた絵里が、ドアの向こうに居る人物に入室を促す。

 

「何だ、お前等だったのか」

「こ、紅夜君!?」

 

 部屋に入ってきたのは、穂乃果、海未、ことりの3人だった。

 紅夜が居るとは思っていなかったようで、彼女等は紅夜の姿を視界に捉えると、驚愕に目を見開いていた。

 

「ど、どうして紅夜さんが此所に……!?」

「まさか、生徒会に入ったの?」

 

 恐る恐る訊ねてくる2人に答えようとする紅夜だが、それを遮るように希が答えた。

 

「いやいや、長門君には体験で来てもらってるだけやで」

「体験、ですか……?」

「そう。ホラ、長門君って一応試験生として此所に居る訳やろ?せやから、試験生の仕事の一環として、この学校の生徒会の活動についても知ってもらおうって話になったんよ」

 

 その返答を受けた穂乃果達は、安堵の溜め息をつく。

 

「随分気に入られているみたいね、長門君?」

「からかうなよ、絢瀬」

 

 そう言い返した紅夜は小さく溜め息をつき、穂乃果達に此所へ来た理由を訊ねる。

 と言っても、昨日の一件もあるためにある程度の想像はついているのだが。

 

「そんな事より、お前等は何しに来たんだ?」

「あ、そうだった!」

 

 穂乃果は鞄から1枚の書類を取り出すと、絵里に差し出した。

 

「コレは……部活動設立の申請書ね」

「はい!」

「以前仰っていたように、部員を6人確保出来ましたので、改めて申請をさせていただきたいのです」

「…………」

 

 暫く書類を見ていた絵里は、何時の間にか近くに移動して書類を覗き見ていた紅夜に視線を向ける。

 口にこそしないが、この申請書に書かれているのが事実かどうか確認したがっているのだろう。

 

「ああ、そこに書いてあるのは全部事実だ。一応俺も関わってるから、内容については保証する」

「そう……」

 

 そう言って、再び書類へ視線を戻す絵里。

 

「じゃあ、認めてもらえますよね!?」

 

 紅夜からの証言を得られた事もあり、穂乃果は声高に言う。

 ことりや海未も、期待の眼差しを向けていた。

 

「(まぁ、見たところ書類に不備は無かったし、幾ら絢瀬がスクールアイドルを良く思っていなくても、正規の手順踏んで申請に来てるんだから、断るような真似はしないだろ)」

 

 そうして席に戻り、再び書類の整理を始める紅夜。

 

「…………」

 

 暫く申請書を読んでいた絵里だったが、やがてそれを机に置き、口を開く。そして彼女が発した言葉は……

 

 

 

「残念だけど、認められないわ」

「「「ええっ!?」」」

「……何?」

 

 希以外の面々の予想を、大きく裏切るものであった。




 今回は今までより少し短くなりました。
 1話に纏めるのも良かったんですがね……


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第36話~アウトローとアイドル研究部・前編~

 漸く自分が書きたかった話の1つに辿り着いた……

 今回はオリジナル設定登場&エリーチカ(の心が)フルボッコ回です。

 そして次回はあのNo.1アイドルにも……


 絵里が穂乃果達の申請を却下した事により、沈黙に包まれる生徒会室。穂乃果達は間の抜けたような表情で立ち尽くし、紅夜もまた、彼女の返答に困惑していた。

 

「はぁ、えりち……」

 

 そんな中で希は、呆れたような、『こうなると思った』とでも言うような、そんな声音で小さく呟く。

 

「……どういう事ですか?」

 

 そこで、この状況に耐えかねた海未が言葉を発した。

 

「聞こえなかったの?この申請を受ける事は出来ないと言ったのよ」

「それは分かっています。その理由が分からないと言っているのです。以前とは違い、今回はきちんと6人以上の部員を確保してしますし、他の不備も無い筈です。一体、何が駄目なのですか?」

 

 すると、漸く我に返った穂乃果やことりも声を上げる。

 

「そ、そうですよ!この前は3人しか居なかったから駄目だったけど、今回はちゃんと6人分書いてるじゃないですか!」

「ちゃんと理由を説明してください!でないと私達も納得出来ません!」

「……良いわ」

 

 2人が声を張り上げる中でも淡々と頷いた絵里は、説明を始めた。

 

「先ずこの学校には、既にアイドル研究部というアイドル関連の部活が存在しているの」

「「「ッ!?」」」

「……何?」

 

 これには紅夜も驚いた。

 これまでの校内探検で、彼は幾つもの部活動の部室や勧誘ポスターを見てきた。しかしアイドル研究部に関しては部室も勧誘ポスターも見た事が無く、それらしい活動をしている生徒も見かけなかった。寝耳に水とは正にこの事だ。

 

「まぁ、今のところ部員は1人だけやけどな」

 

 すると、希が補足する。

 

「は?1人だけ?そんな状態で活動出来るのか?と言うか、そもそもよくそんな状態で申請が通ったな?」

「一応、申請する際には6人以上の部員が必要なんやけど、承認後の人数については問わない事になってるんよ。だから設立したばかりの頃は、ちゃんと6人居ったよ」

「……つまり、申請後に部員が何らかの理由で辞めたとしても、1人でも残っていれば続けていられる、という事か?」

「そういう事。まぁ流石に0人とかになったら廃部やけどね」

「成る程な……」

 

 そうして紅夜が静かになると、再び絵里が口を開いた。

 

「生徒の数が減少している今、徒に部活動を増やす訳にはいかないの。それが同じジャンルの部活であれば尚更ね。だからアイドル研究部が存在する以上、貴女達の申請は受けられないわ」

「そ、そんな……!」

「せっかく6人集められたのに……」

 

 ショックを受け、狼狽える穂乃果とことり。海未も何か言い返そうとするものの、言葉が見当たらないのか悔しそうに唇を噛んでいた。

 

「…………」

 

 絵里はそんな3人を睥睨すると、最後に紅夜へ視線を向ける。

 

「……」

 

 彼は何かを考えているのか、目を瞑って腕を組んでいる。だが、暫く見つめても何も反応しないために彼も特に言いたい事は無いのだろうと判断した絵里は、話を締め括る。

 

「言いたい事はもう無いかしら?じゃあこの話はこれで終わり──」

「──にしたくなかったら、アイドル研究部と話をつけてくるんやね」

 

 だが、そこで希が言葉を被せてくる。

 

「の、希!?貴女何を言って……!」

「別に2つの部活が1つになるだけなんやから、何も問題無いやろ?」

「そ、それは……そうかもしれないけど……」

 

 言い返せなくなる絵里を横目に、希は紅夜へ視線を向ける。彼は相変わらず、目を閉じて何かを考えているように見えた。

 

「(長門君、あの時質問してきてから何も言わなくなったな……興味無くなったんかな?)」

 

 それは有り得ない話ではない。

 確かに、絵里の答えは普通の人間からすれば驚いても何ら不思議ではないものだ。しかし、理由を聞いて納得してしまえばそこまでだ。それが、最早マネージャーの職を辞して部外者になっているのなら尚更。

 だが希は、彼を部外者のままでいさせるつもりは無かった。

 彼女の占いで思い浮かんだ、全てをハッピーエンドにするためのシナリオ。そこには彼の、長門紅夜の存在が必要不可欠だった。

 

「(長門君は部外者のままでいるつもりなのかもしれないけど、ウチとしてはそのままいられちゃ困るからね。悪いけど、ちょっと巻き込まれてもらうで)」

 

 そうして、彼女は紅夜へ声を掛けた。

 

………いや、この後のやりとりを考えると、掛けてしまったと言った方が適切かもしれない。

 

「なぁ長門君。さっきから何か考え事してるみたいやけど、どうかしたん?」

 

 すると、絵里や穂乃果達の視線も集まる。紅夜も彼女等からの視線を感じ、ゆっくり開いた赤い目を向けた。

 

「あぁ、いや。別に……」

 

 言葉を濁す紅夜。どうやら言うか否かで迷っているようだ。

 だが希は、そんな彼を逃がす程甘くはない。

 

「何か思ってる事があるんやったら、この際遠慮せず言ってみて?」

「………良いのか?」

「勿論。えりちも、別に構わへんよな?」

「え、ええ。私も異論は無いわ」

 

 絵里の承諾を得た希は彼に向き直り、『さあ』と話を促す。

 穂乃果達も、紅夜の言葉を待っている。

 

「まぁ、それならお言葉に甘えて言わせてもらうが…………先ず絢瀬」

「……何かしら?」

「お前………頭でも打ったか?」

「は?」

 

 ポカンとした表情で聞き返す絵里。

 

「えっと……それは、どういう意味かしら?」

「はっきり言って、さっきのお前の答えはあまりにも無理があり過ぎる。そもそも生徒の数と部活の数は言う程関係無いだろう。『部活の数が多過ぎて、部室として使える部屋が無い』って言われた方が、未だ納得出来る」

「そ、それはそうだけど……でも!既にアイドル関連の部活があるのよ?流石に同じジャンルの部活を幾つも作るのは……」

「なら、コレに関してはどう説明するんだ?」

 

 そう言って、紅夜は鞄からあるプリントを取り出して絵里の前に広げる。それは新入生歓迎会の日に配られたプリントで、そこには音ノ木坂学院に存在する部活動がリストアップされていた。

 

「文化部の欄を見てみろ、吹奏楽部の他に軽音楽部がある。使う楽器や演奏する曲のジャンルこそ違うが、少なくとも音楽に関する部活である事に変わりは無い。つまり、この時点で同じジャンルの部活が2つ存在しているという事になる。それに、コレは最早極論も極論だが、運動部だと全てスポーツに関する部活だから、此方でも同じジャンルの部活が幾つも乱立している事になるんじゃないのか?」

「うっ……」

 

 痛いところを突かれ、思わず呻く絵里。だが、紅夜は構わず続けた。

 

「次に、このアイドル研究部についてだが……東條、幾つか聞きたい事がある」

「聞きたい事?何かな?」

 

 そうして紅夜は、質問を始める。両者の間で交わされた質疑応答の内容は次の通りだ。

 

 

 

Q1:アイドル研究部が発足したのは何時か?

A:2年前の春頃

 

Q2:部員が1人になったのは何時か?

A:発足してから3~4ヶ月後くらい。長く見積もっても半年未満

 

Q3:発足してから今日に至るまで、何か実績を収めているか?

A:特に無い

 

Q4:今は活動しているのか?そもそもどのような活動をしているのか?

A:不明

 

 

 

「………………」

「「「「「……………」」」」」

 

 やがて質問のネタが尽きたのか、黙り込んでしまう紅夜。他の面々も、質問が続くにつれて段々と重くなっていった空気や彼から放たれるプレッシャーに怯み、まるで怖い父親に説教される子供のように縮こまっていた。

 そして1分程沈黙した後、漸く紅夜の口が開かれ、底ひえするような声が彼女等の耳に入った。 

 

「……何だコレは?」

「「「「「ッ!!」」」」」

 

 その瞬間、彼から放たれるプレッシャーが一層強くなる。穂乃果やことりは手を固く繋いでいたものの、やがてその場にヘナヘナと座り込み、海未や絵里、希は崩れ落ちる事こそ無かったものの、滝のような冷や汗を流していた。

 

「おい絢瀬、お前はこんな部活のためにコイツ等の申請を却下しようとしていたのか?幾らこのアイドル研究部とやらが先に出来た部活で、校則で部活の管理の仕方が決まっているからって限度というものがあるだろう」

「そ、それは……」

「そもそも、発足してから半年もしない内に部員が1人を残して全員辞めるなんて明らかに異常だろ。ただでさえそれだけでも十分おかしいのに、その後約2年間全く活動していないなんて……言ってみれば、何も仕事をしない社内ニートと変わらん」

「…………」

「だが高坂達はどうだ?未だ正規の部活動として承認されてはいないが、既にそれ等と変わらず活動しているし、結果こそあまり良いものとは言えないが、新入生歓迎会の日にライブをしたという確かな実績がある。そして今日、こうして申請しに来たんじゃないか。欄もキチンと埋めた申請書を持ってな………アイドル研究部と比べれば、どちらが部活動として相応しいかなんて一目瞭然だとは思わないか?」

「まぁ、確かにそうやな」

 

 何も言えなくなった絵里の代わりに、希が答える。

 

「更に言えば、2年前から存在しているというのなら、何故先日の新入生歓迎会の部活紹介でアイドル研究部の発表が無かったんだ?その日に部員が休んでいたり時間が無かったりしても、『アイドル研究部がある』と口頭で伝える事も出来た筈なのに、何故それを言わない?これではまるで、お前等生徒会が意図的にアイドル研究部の存在を隠しているようじゃないか」

「…………」

「これはまた、痛いところ突いてくるなぁ……」

「こんな言い方をするとアイドル研究部の人間には悪いが、はっきり言って2年間もロクに活動していない上に誰にも認識されていないのなら、最早あったところで何の意味も無い。そんな部活の存在は許されて、高坂達みたいに真面目に活動している連中の申請が却下されるというのは…………ちょっと筋が通らないとは思わないか?明らかに不公平だろ」

 

 紅夜の冷たい視線が突き刺さる。

 絵里は、最早言い返そうにも言葉が見つからず涙目状態だ。穂乃果達も、本来なら絵里に対して『ざまあみろ』と言えるところだが、こうして淡々と言葉でフルボッコにされる状況に同情の念すら覚えていた。

 

「それから東條、お前にも言いたい事がある」

「ウチに?」

 

 まさか自分にも飛び火してくるとは思っていなかったのか、少し驚いた様子で聞き返す希。そんな彼女に『ああ』と短く頷いた紅夜は、早速話を始めた。

 

「お前は先程、高坂達に『話を終わりにしたくなければアイドル研究部と話をつけろ』と言ったな?」

「?うん、言ったけど……それがどうかしたん?」

 

 『別に間違いではないやろ?』と首を傾げる希に、彼は続ける。

 

「まぁ、確かに手段としては間違いではない。寧ろそのやり方も正しいと言えば正しいんだが……はっきり言ってまどろっこしい。何故そんな遠回りなやり方を選ぶ?やるならやるで、もっと手っ取り早い方法があるだろう」

「手っ取り早い方法?それって………!?な、長門君。まさか!?」

 

 紅夜が言おうとしている事を察したのか、目を見開く希。

 

「え、何なに?何なの紅夜君?その手っ取り早い方法って」

 

 穂乃果がそう訊ねる。海未やことりも彼が何を言おうとしているのか分からず、穂乃果と同じように答えを求めていた。

 

「何、簡単な事だ。アイドル研究部を潰してしまえば良い。そして連中が使っていた部室を、そっくりそのままお前等にくれてやるんだ。それで全部片付くだろ」

 

 そして紅夜は、答えを述べた。一番手っ取り早く、そして無慈悲な答えを。

 

「「「えっ……?」」」

 

 最初、穂乃果達は紅夜が何を言ったのか理解出来なかった。

 対して希は、『何て事を言うんだ』という気持ちや『やっぱりか』と言った様々な感情が入り交じった、複雑な表情を浮かべている。

 

「ん?聞き取れなかったか?だから、アイドル研究部を廃部にすれば良いって言ったんだ。そして、連中が使っていた部室をそのままお前等に明け渡す。まぁ、例えるならとある土地に新しく家を建てるために、元からあった古い家を取り壊すようなものさ。そうすれば、お前等は部室が手に入って天候を問わず練習出来る環境が整うし、『徒に部活動が増えるのを避けたい』という絢瀬の望みも叶えられる……どうだ、悪くない考えだと思うんだが?」

「う、うん……」

「確かに、そうだけど……」

 

 穂乃果やことりは一応賛成の意を示しているものの、どこか歯切れが悪い。

 

「確かに、そのアイデアだと私達や生徒会長の望みは叶えられます。ですが、その……アイドル研究部の方については……」

 

 海未がそう言った。

 そう。紅夜の意見では、確かに穂乃果達や絵里の抱えている問題は纏めて解決出来る。少なくとも、今回出された意見の中では最も手っ取り早く、合理的だと言っても過言ではないだろう。だが、そのためにはアイドル研究部を犠牲にしなければならないのだ。

 物事に犠牲が付き物というのは理解しているつもりだが、だからと言って『はい、そうですか』と受け入れられるかと聞かれれば、また話は別なのだ。

 

「アイドル研究部については、この際仕方が無いだろう」

 

 だが、それでも紅夜はブレなかった。

 

「そもそも、部員が1人になってから今日まで、約2年間も猶予があったんだぞ?その間にまた新しく部員を獲得して体制を立て直すなり、1人でも出来るような活動にシフトするなり、方法は幾らでもあった筈だ。それ等をせずに今までやってきたんだから、もう遠慮する必要はあるまい。まぁ、絢瀬の意見が変わってこの申請書が受理されるのなら、話は違ってくるがな」

 

 そう言って絵里の方へと視線を向けると、彼女は未だに俯いたままだった。

 

「(う~ん、ちょっと言い過ぎたかな……?)」

「長門君」

 

 すると、いつになく真面目な表情をした希が声を掛けてくる。

 

「どうした?」

「ウチの方から意見求めといて悪いんやけど………そういうのはナシって事に出来ひんかな?」

「……?つまり何か?アイドル研究部を潰すなと言いたいのか?何なら、さっきお前が言ったように話し合いで解決する方向にしたいと?」

 

 『そうや』と、希は頷いた。

 

「確かに、長門君の意見は的を得てる。今回の話に関しては、にこ……アイドル研究部に問題があるのは事実やし、今言ってたやり方が一番手っ取り早く事を済ませられるってのにも頷ける。でもな、何でもかんでもそういうので判断するのもどうかと思うんよ」

「その考えを否定するつもりは無いが、そもそもこうなったのはお前等生徒会の部活動の管理体制やそれに関する校則の内容が杜撰だったからでもあるんだぞ?ただ存在するだけで何の活動もしないような部活に対して、何の指導もせず放置しているからこんな事になったんじゃないのか?」

「それに関しては、今後の課題って事できちんと受け止めさせてもらうし、対応していくよ。せやけどここは、一先ずは話し合いって方向を取らせてくれへんかな?」

 

 『お願いや』と、希は頭を下げる。

 

「………………」

 

 紅夜はそんな彼女を暫く見つめると、穂乃果達に顔を向けた。

 

「……東條はこう言ってるが、お前等はどうしたい?」

 

 意見を求められた穂乃果達は、互いに顔を見合わせる。全員の意見は同じらしく、同時に頷いた。

 

「私も、今回は希先輩のやり方にしたいかな」

 

 口を開いたのは、穂乃果だった。

 

「確かに、紅夜君が言ったやり方は正しいと思うよ。でも、そのためにアイドル研究部の人を無視して勝手に決めちゃうのは、ちょっと違うんじゃないかなって思うんだ」

「それに私達は、未だアイドル研究部の方と会った事はありません。仮に紅夜さんのアイデアを遂行するとしても、先にアイドル研究部の方と話し合ってからでも遅すぎる事は無いと思います」

「ことりもそう思うな。多分、紅夜君のやり方で進めたら揉めちゃうと思うから……やっぱり、解決するなら皆が納得出来るような形にしたいんだ」

「……そうか」

 

 希の時とは違い、紅夜は彼女等の意見に対して反論する事無く、素直に頷いた。

 

「ゴメンね?せっかく色々考えて言ってくれたのに、無駄にしちゃって」

「別に謝る必要は無いよ、高坂。俺はあくまでも意見を求められたから答えただけだからな」

 

 それに、以前は彼女等と行動を共にしていたとは言え、今の彼は外部の人間、すなわち傍観者(オブザーバー)に過ぎない。

 最終決定権は、当事者である彼女等にあるのだ。彼女等が希の考えを採用すると言うのなら、それに従うまでだ。

 

「それじゃ、今から花陽ちゃん達と一緒に行ってくるよ。この時間だと、未だ活動中だと思うし」

「それは良いんだが……部室が何処なのか知ってるのか?」

 

 すると、出口へ向かおうとしていた足が止まる。どうやら知らないようだ。

 

「(まぁ、そりゃそうだよな。今日初めて聞いた部の部室が何処にあるかなんて、知ってる方がおかしいってモンだ。現に俺も知らねぇし)」

「はい、コレ」

 

 そこへ、希が地図を差し出す。

 何時の間に書き込んだのか、そこには生徒会室からアイドル研究部部室までの行き方が矢印で記されていた。

 

 そして穂乃果達が部屋を出ていくと、後には紅夜と絵里、そして希の3人が残される。

 

「長門君」

 

 暫くの沈黙の後、声を発したのは希だった。

 

「何だ?」

「あの子達の様子、見に行かんでええの?」

「別に良いんじゃないのか?俺がついていったところで何か変わる訳でもないしな」

「ウチやえりちにあれだけ言っといて出てくる言葉がそれって、中々凄いな」

「一応言っておくが、俺は──」

「分かってる。そもそもウチが、何か意見あるなら言ってくれって声掛けたのが始まりやし、長門君の言ってた事は全部正論やったからな。別に恨みとかは感じてへんよ」

 

 『もう少し優しく言ってくれたらもっと良かったけどな』と付け加え、希は笑った。

 

「でもまぁ、ウチとしては行っといた方が良いと思うで?こんな雰囲気じゃどの道体験の続きなんて出来ひんし、仮にもμ'sの子達と関わりがあるんやから、今後のためにも知っておいて損は無い筈や」

「……俺、マネージャーやるつもりは無いんだがな」

 

 そう言う紅夜だが、一先ず希の意見を受け入れる事にした。

 彼女の言う通り、この重苦しい雰囲気では生徒会体験の続きなど出来そうにない。

 それなら、一旦離れた方が良いだろう。

 

「まぁ、そうだな。軽く様子を見てくるとしようか」

 

 そう言って鞄を回収した紅夜は、再び希が用意した地図を受け取って生徒会室を出る。

 

「ああ、そうそう」

 

 ドアを閉めようとしたところで何かを思い出した紅夜は、閉じかけていたドアを再び開けて言った。

 

「その、さっきは言い過ぎたよ…………すまなかった」

 

 そう言うと今度こそドアを閉め、アイドル研究部の部室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと……ホラ、えりち。何時までそこでいじけてるつもりなん?」

 

 紅夜を見送った希は、椅子の上で三角座りをしている親友に声を掛ける。

 

「だって……あんな風に言わなくても良いじゃないのよ……」

 

 足に埋めていた顔を少し上げた絵里は、未だに涙目だ。

 

「まぁ、確かに言い方はキツかったと思うけど、言ってる事は間違いじゃなかったやろ?それに、出ていく時も謝ってくれたやんか」

「それは、そうだけど……」

 

 絵里も、頭では分かっていた。

 紅夜の意見は正しい。そして、あのような言い方をしたのも決して意地悪ではない事を。

 だが、頭では分かっていても心が納得しない。

 

 何故彼女等の肩を持つのか?

 何故自分の味方をしてくれないのか?

 何故自分の正当性を理解してくれないのか?

 

……そんな嫉妬のような感情が、彼女の心の中で渦を巻いていた。

 

「(やれやれ、長門君も中々罪な男の子やで)」

 

 心の内でそう呟いた希も、ドアへと歩みを進める。

 

「……何処か行くの?」

「うん、ちょっと体固まっちゃったから、慣らしがてら散歩にな。えりちも来る?」

 

 口ではそう言うが、実際は嘘だった。

 

 とある目的のため、彼女もアイドル研究部の部室へ向かおうとしていたのだ。

 絵里を誘ったのは、あくまでもそれを誤魔化すためのカモフラージュに過ぎない。

 彼女が断る事を見越して、敢えて誘いを掛けたのだ。

 

「……私は良いわ。行ってらっしゃい」

 

 予想通り、絵里は断ってきた。

 

「そっか。じゃあちょっと行ってくるね」

 

 そう言って生徒会室を出た希は、彼等の後を追うように部室へと歩みを進めるのだった。




 一応言いますが、本作に原作キャラに対するアンチはありません。


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第37話~アウトローとアイドル研究部・中編~

 試行錯誤の結果、またもや前・中・後に分ける事となりました。

 それにしても、まさか10000文字超えるとは……


「あ~あ、失敗したな……あそこまで言うつもり無かったのに、ついあれこれ言っちまった」

 

 アイドル研究部の部室へ向かう道すがら、紅夜は先程の一件を振り返っていた。

 

 そもそも紅夜としては、承認に必要な条件をクリアしているのであれば、余程の事が無い限り却下されるのは有り得ないと考えていた。その矢先に絵里が穂乃果達の申請を却下したのだから、外面では冷静に見せていたものの内心ではかなり驚いていた。

 そしてどういう理由で申請を却下したのか、彼女の語る理由を聞いてみれば、その内容は何とも微妙で、少なくとも申請を却下する理由としては十分とは言えなかった。

 しかもアイドル研究部について情報を聞いてみれば、最早それを部活動と呼んでいいのか分からなくなるような粗末さ。

 2年前に発足し、それから半年も経たない内に部員がほぼ全員辞め、挙句の果てには今日に至るまで何の活動実績も無いばかりかそもそもまともに活動していないときたものだ。

 それらを聞かされた紅夜は、柄にもなく怒りを感じた。

 『μ's(彼奴等)の活動は、そんな訳の分からない部活動より劣るのか』と。

 

 半ば巻き込まれる形だったとは言え、彼女等の活動に関わり、その努力を他の誰よりも近くで見てきただけあって、それが無視されているような状況がどうしても気に入らなかったのだ。

 

「で、あの有様だもんなぁ。もっと冷静でいられると思ってたのに……未だガキだな、俺も」

 

 そう呟きながらも、紅夜は歩みを進めていく。ここで希から貰った地図を取り出し、自分の現在地とアイドル研究部の部室の位置を確認する。

 

「どうやら、此処を右に曲がれば直ぐみたいだな」

 

 そうして角を曲がろうとした、その時だった。

 

「うおっ!?」

 

 急に飛び出してきた影に驚き、反射的に飛び退く紅夜。

 

「あっ、先輩ゴメンにゃ!でもちょっと急いでるからまた後でにゃ!」

 

 飛び出してきたのは凛だった。彼女は謝罪もそこそこに、また走り去ってしまう。

 

「い、一体何なんだ……?」 

 

 走り去っていく彼女を見送った紅夜は、状況を確認するべく再び歩き出す。そして角を曲がると、その先に穂乃果達の姿を捉えた。

 閉め出されているのか、先程の凛を除いた全員がドアの前で集まっている。

 

「あっ、紅夜君!来てくれたんだね!」

 

 すると、彼に気づいた穂乃果が手を振る。

 

「ああ、東條に様子を見に行ってこいって言われてな……それで?状況からすると、閉め出されてる感じか」

「うん。それで凛ちゃんが外から行くって、さっき走っていったの」

「成る程な」

 

 そんなやり取りを交わしていると、穂乃果達のスマホがメッセージの着信を知らせる。どうやら凛からのようで、窓から逃げ出してきたアイドル研究部の部長がアルパカ小屋に突っ込んで気絶しているので回収を手伝ってほしいとの事だ。

 そのメッセージを受けた一行がやって来ると、確かにそこではアイドル研究部の部員と思われる小柄な少女が干し草の上で気絶していた。

 

「てか、コイツ前に絡んできた奴じゃないか。まさかアイドル研究部の人間だったとはな」

「うん、私も初めて見た時はビックリしたよ」

 

 紅夜と穂乃果がそんなやり取りを交わしていると、真姫が口を挟んでくる。

 

「そんな事より、さっさとその人回収して部室まで連れて行かないと、話し合いが出来ないわよ」

「ああ、そうだったな」

 

 そうしてアイドル研究部部長をアルパカ小屋から連れ出して部室へと戻った紅夜達は、彼女がポケットに忍ばせていたカギでドアを開け、バリケードのつもりだったのか山のように積み上げられていた段ボール箱を退かした。

 そして今は、意識を取り戻して膨れっ面を浮かべて椅子に座っているアイドル研究部部長を他所に、各々室内を見回していた。

 

「A-RISEのポスター!」

「あっちのは福岡のスクールアイドルね」

「大阪とか秋田のスクールアイドルもあるよ」

 

 アイドル研究部を名乗っているだけあって、室内には全国のスクールアイドルのポスターやグッズ、雑誌等が所狭しと並べられていた。

 

「それにしても、校内にこんな所があったとは思ってもみませんでした」

「まあ、それはそうだろ。現にスクールアイドル大好き人間な小泉ですら知らなかったんだからな」

「た、確かに」

 

 そんなやり取りを交わしていると、本棚を見渡していた花陽が突然ワナワナ震え出す。

 

「こっ、ここっ、コレは……!」

「ん?どうした小泉?」

 

 紅夜が訊ねると、花陽は手を震わせながらあるものを指差す。それは、とあるDVD BOXだった。

 

「コレって、『伝説のアイドル伝説DVD全巻BOX』ですよね!?私、コレ持ってる人初めて見ました!」

「そ、そうなのね」

 

 目を輝かせて迫ってくる花陽の勢いに、アイドル研究部部長は若干引いていた。

 

「で、伝説の何だって?」

「『伝説のアイドル伝説DVD全巻BOX』です!まさか紅夜先輩、知らないんですか!?」

「あ、ああ。全く知らん」

 

 すると、花陽は信じられないとい言わんばかりの表情を浮かべた。そして、キッとアイドル研究部部長へと視線を向ける。

 

「すみません部長さん、ちょっとパソコンお借りします!」

「あ、うん。どうぞ……」

 

 その勢いに押された彼女が許可を出すと、花陽は普段の彼女の様子からは考えられないような速さでパソコンを操作してページを開くと、呆然と突っ立っている紅夜を画面の前へと引っ張り出した。

 

「良いですか先輩?『伝説のアイドル伝説』というのは、各プロダクションや事務所、学校等が限定生産を条件に歩み寄り、古今東西の素晴らしいと思われる様々なアイドル達の姿を集めたDVDボックスで、その希少性から伝説の伝説の伝説、略して伝伝伝と呼ばれているアイドル好きなら誰もが知っている、正に究極の一品なんです!!」

「な、成る程……」

「ていうか花陽ちゃん、キャラ変わりすぎじゃない?」

 

 彼女のアイドル好きは知っていたがこれ程とは思っていなかった彼等は、豹変した彼女の様子に戸惑いを隠せなかった。

 

「公式の先行抽選の倍率もとんでもなく高くて、その後の通販や店頭販売でも1時間もしない内に完売したこの一品を2セットも持ってるなんて、尊敬です」

 

 余程見逃せない品だったのか、花陽の目は輝いていた。

 

「ああ、因みに言っておくけど、家にもう1セットあるわよ」

「そ、それ本当ですか!?最早神じゃないですか!!」

「「そこまでなんだ」」

 

 花陽の大袈裟とも言える反応に、紅夜と穂乃果は同時に呟く。

 

「じゃあ、皆で見てみようよ!」

「駄目よ、それ保存用だから」

 

 そして穂乃果が名案とばかりにDVDの視聴を提案するが、当の持ち主にあっさり却下される。

 すると花陽は、まるで余命3日を宣告された患者のような、絶望に満ちた表情で崩れ落ちる。

 

「あうぅ、伝伝伝……」

「かよちんがいつになく落ち込んでる!?」

「そ、そんなに見たかったんだね花陽ちゃん」

 

 滝のように涙を流す花陽にドン引きしながら、穂乃果は優しく彼女の頭を撫でて宥めた。

 

「…………」

 

 そんな4人を他所に、ことりはある一点をずっと見ていた。

 

「ことり、さっきから何を見ているのです?」

「えっ!?いや、その……」

 

 やけに歯切れの悪いことり。それに気づいた紅夜や穂乃果も、何事かと近寄ってことりが見ていたものへ視線を向ける。

 それは2枚のサイン色紙で、内1枚は、紅夜が知っているものだった。

 

「あれ?このサインって……」

「ん?ああ、アンタ達も気づいたみたいね」

 

 すると、立ち上がったアイドル研究部部長が近寄ってきて説明を始めた。

 

「左にあるのが、ミナリンスキーさんのサインよ」

「ミナリンスキー?何だそれは、ソイツもスクールアイドルなのか?」

「いや、秋葉のメイド喫茶で働いてる人の名前よ。つい最近入ったばかりなのに、その対応の良さや声や仕草の可愛さで、一気にその店でトップの人気者になったらしいわ」

「ほう。じゃあコレは本人から貰ったと?」

「違うわよ、それはネットのオークションで手に入れたヤツ。だから本人には会った事無いわ」

 

 すると、何故かホッと溜め息をつくことり。

 

「どうした南、何か知ってるのか?」

「う、ううん!何でもないよ?」

「そうか……まあ、良いんだが」

 

 どう見ても何かを隠しているとしか見えないものの、紅夜は一先ず置いておく事にした。

 

「では、その右隣のサインは?」

「そっちはWeTuberグループ、BLITZ BULLETのサインよ」

「ッ!?ぶ、BLITZ BULLETのサインですか!?」

 

 すると、穂乃果と交代する形で凛に慰められていた花陽が復活して話に入ってきた。

 

「ほ、ホントだ。凄いです!伝伝伝3つ持ちに加えて、あのBLITZ BULLETのサインまで持ってるなんて!」

「まあね」

 

 アイドル研究部部長が得意気に胸を張る。

 

「因みに、そのグループはどういうところが凄いのですか?話を聞く限り、スクールアイドルではないみたいですが」

「それはですね!」

 

 再びハイテンションになった花陽がパソコンを操作し、WeTubeのアプリを起動してチャンネルのページを開いた。

 

「このBLITZ BULLET、使用曲こそ既存のものではあるものの、その振り付けは全て完全オリジナル!更にメンバー全員の容姿の良さもそうですが、何よりもダンス、背景のクオリティの高さが他の音楽系WeTuberとは段違いで、『WeTube界のA-RISE』という別名がつけられたり、『時代が少しでもずれていたら彼等がA-RISEのポジションに立ち、同時に史上初の男女混合スクールアイドルとして業界に名を残していた』とまで言われている、正に音楽系WeTuberの革命児と言っても過言ではない存在なんです!!」

「そ、そうなんだ……」

 

 そうして画面に顔を近づけた穂乃果は、ある事に気づく。

 

「あれ?この人達って確か………ねぇことりちゃん、海未ちゃん。この人達って、あれだよね?前に私達のライブを見に来てくれた……」

「え?……あっ、ホントだ!」

「確かに、紅夜さんが呼んできてくれた方々ですね」

 

 そうすると、全員の視線が自然と紅夜に集中する。そして、その面々を代表するかのように花陽達アイドルオタクコンビが出てきた。

 

「さぁ紅夜先輩、前から中々タイミングが掴めなくて聞けませんでしたが、今日と言う今日ははっきりさせていただきます!ズバリ、BLITZ BULLETの人達とはどういう関係なのですか!?」

「いや、どうも何も……」

「そう言えばアンタ、この前外のベンチで電話してたわよね?『雅』って呼んでたの、私ちゃんと聞いてたんだから。しらばっくれても無駄よ!」

「この前?……あっ」

 

 紅夜が思い出したのは、未だ編入したばかりの頃、昼休みに昼食を食べながら雅と電話で話していた事だ。

 

「(誰も居ないと思ってたが、まさか部屋で聞かれてたとはな…………てか、それすら聞こえるとか地獄耳にも程があるだろ)」

 

 そう考えていると、彼は突然2人によって椅子に座らされる。

 

「さあ、キリキリ吐きなさい!アンタ、BLITZ BULLETの人達とはどういう関係なの!?」

「紅夜先輩、答えてください!」

 

 最早息がかかる程に顔を近づけてくる2人。

 紅夜は、そんな2人の鬼気迫る表情に何をそこまで必死になるのかと呆れながら、その答えを述べた。

 

「どうも何も、ただの幼馴染みだよ」

 

 すると、2人の動きが止まる。

 

「お、幼馴染み?」

「ああ、そうだよ。幼稚園の頃からな。ついでに言うと、コイツ等が活動するきっかけになったのは俺のチームの活動だ」

「じ、じゃあ、この人達の活動については……」

「当然知ってる。何ならコイツ等の撮影に同行したり、投稿こそ止めてもらってるが一緒にバンドやったり踊ったりもしていたぞ。そのサインだって、俺が言えば幾らでも書いてもらえると思う」

「「何て羨ましい事を~~~~!?」」

「最早息ピッタリね、この2人」

 

 真姫が呆れたように言う。

 

「……と言うか、お前等こんなやり取りするために来たんじゃないだろ?さっさと話し合いを始めたらどうなんだ?」

「「「「「「「あっ」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、漸く話し合いが開かれた。

 

「えっと、アイドル研きゅ──」

「にこよ」

 

 穂乃果の言葉を遮り、彼女は言った。

 

「え?」

矢澤(やざわ)にこ。それが私の名前よ」

「じゃ、じゃあにこ先輩。実は私達、スクールアイドルをやってて……」

「んなモン態々言わなくても知ってるわよ」

 

 アイドル研究部部長こと、矢澤にこが再び穂乃果の言葉を遮った。

 

「それに、此処に来た理由も大体想像つくわ。大方、希に『部にしたかったら話つけてこい』とか言われて来たんでしょ?」

「……何とも話の早い事で」

「まっ、アンタ等が活動を始めたって情報が入ってきた時点で、何時かそうなるんじゃないかって思ってたからね」

 

 そう溜め息混じりに言うにこを見ながら、紅夜はある事を考えていた。

 

「(この口ぶりからすると、矢澤と東條は知り合いと見て間違いなさそうだな。さっきもコイツの名前言いかけてたし)」

 

 だがそうすると、1つの疑問が浮き上がる。

 それは、『何故彼女は生徒会を動かさず、穂乃果達や紅夜を向かわせたのか』というものだ。

 

 幾ら校則で決められているとは言え、創部してから僅か半年も経たずに部員が殆んど辞めた挙げ句、その後2年間も活動していない部活動なんて訳ありもいいところだ。本来なら、何かしらの対処を行うべきだろう。

 仮にも生徒会という、部活動の管理も担っている組織に身を置いている上にその副会長なのだから、自らは動かずこの問題の解決を当事者同士に丸投げするのは如何なものか……

 

「(もしかしたら東條の奴、今回の件について何か知ってるのか?知ってて俺等をけしかけたっていうのか?)」

 

 だが、その理由が分からない。そもそも自分達をけしかけたところで解決出来るとも言い切れないのだ。

 

「(……まぁ、取り敢えずこの成り行きを見るとするか)」

 

 ここで一旦考えを中断し、紅夜は穂乃果達へと意識を向ける。

 

「そ、それじゃあ──」

「お断りよ」

 

 何かを言いかけた穂乃果だったが、にこは最後まで聞く事無く切り捨てる。

 

「あ、あの。にこ先輩。私達はμ'sとして活動する環境を整えたいだけで、決してこの部を廃部にさせようとしている訳では──」

「だから、お断りだって言ってんの!」

 

 どうにか糸口を見つけようとする海未だが、取りつく島も無い。

 

「言ったでしょ?アンタ達はアイドルを汚しているのよ!プロ意識ってモンがなってない、単なるアイドルへの冒涜よ!そんなの私が認める訳無いでしょう!」

「(また随分と上から目線な言い方だな……)」

 

 たかが1人のアイドル好き風情が一体何の権限があってこんな大口を叩いているのかと、紅夜は呆れ返っていた。

 

「で、でも。私達だって一生懸命練習してます!結果はあまり良くなかったけど、この前のライブだって最後までやりきって──」

「そういう事を言ってるんじゃないわ」

 

 すかさず穂乃果が反論するものの、またまたにこに否定される。

 

「じゃあ、一体何が駄目だって言うの?さっきから黙って聞いていれば『認めない』だの『アイドルへの冒涜』だの……そこまで言うなら具体的に何がどう駄目なのか言ってみなさいよ」

「ま、真姫ちゃん……」

 

 流石に彼女の態度に業を煮やしたのか、真姫が苛立ちを隠す事無く言い放つ。

 花陽が何とか宥めようとするが、鋭い視線を向けたままだった。

 

「そう、分からないなら教えてあげるわ…………アンタ達、ちゃんとキャラ作りしてるの?」

「「「「「「「……は?」」」」」」」

 

 紅夜達7人の、間の抜けた声が重なった。

 

「きゃ、キャラ作り……?」

「そうよ!お客さんがアイドルに対して求めているのは、楽しい夢のような時間でしょ?なら、それに相応しいキャラってものがあるじゃない」

 

 そう熱弁するにこだが、歌やダンス等、クオリティ面で批判されていると思っていた穂乃果達はただ戸惑うだけだった。

 

「……ま、まぁ。お客さんが求めているものに関しては私も同意ですが……」

「でも、いきなりキャラがどうとか言われても困るにゃ~……」

「そういうの、ことり考えた事も無かったよ…」

 

 そんな彼女等の様子に溜め息をつくにこ。

 

「仕っ方無いわね~。じゃあ手本見せてあげるから、よく見ておきなさい」

 

 にこはそう言うと、ステージに居るのをイメージするためか徐に背を向ける。

 そして満面の笑みを浮かべて振り返ると、彼女の『キャラ』を披露した。

 

「にっこにっこにー!あなたのハートににこにこにー!笑顔を届ける矢澤にこにこ!にこにー、って覚えてらぶにこっ!」

 

 そして、部屋の空気が凍りついた。

 まさかパフォーマンスを見せてくるとは予想外だったのだ。

 

「う"……」

 

 穂乃果は言葉を詰まらせ、

 

「こ、コレは……」

「キャラと言うよりは……」

 

 海未やことりは何とも言えない表情を浮かべ、

 

「私こういうの無理」

「メモメモ……」

 

 拒否する真姫の隣では花陽がやたら熱心にメモに書き込んでいる。

 

「ちょっと寒くないかにゃ~?」

 

 そして、凛がトドメを刺した。

 

「そこのアンタ、今『寒い』って言った?」

「ひぃっ!?」

 

 凛としてはかなりの小声で言ったつもりなのだろうが、この部室という狭い空間では十分に聞こえる声量だ。

 

「で、でも!こういうのも悪くないかも!」

「そうだよね!元々アイドルってそういう役目だったと思うし!」

「た、確かに、お客様を楽しませる努力は大切ですからね!」

 

 フォローしているつもりなのか、無理矢理言葉を捻り出す穂乃果達。

 だが……

 

「……出てって」

「え?」

「出ていけって言ってんのよ!」

 

 どうやらにこにとっては火に油だったらしく、穂乃果達を追い出そうとする。

 

「………」

 

 そんな彼女等を他所に暫く考えていた紅夜は、その後コクりと頷いて言った。

 

「……良いんじゃないのか?」

「「「「「「ええっ!?」」」」」」

 

 その言葉に驚くμ'sの面々。にこも彼のあっけらかんとした態度から本心でそう言っているのだと確信し、驚いた表情で彼を見ている。

 

「紅夜先輩、それ本気で言ってるの……?」

「?ああ、そもそも矢澤の言う事は強ち間違いでもないからな」

 

 まるで信じられないものを見るような目で訊ねてくる真姫に、紅夜はそう返す。

 

「コイツの言う通り、アイドルの役目は客に楽しい夢のような時間を与える事。それを理解した上でさっきのようなキャラ作りをしていたなら、それも1つのアイドルとしてのあり方だ。それをどう思おうがお前等の勝手だし、恥ずかしがったり戸惑ったりするのはこの際仕方無いが、だからと言って、決して笑ったり馬鹿にしたりして良いものではない。それは矢澤に対して失礼ってモンだ」

 

 そう言うと、先程まで酷評していた凛や真姫もバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「~~~ッ!ええい、兎に角この話は終わり!ホラとっとと出ていきなさい!」

 

 本心から認めてもらえたのは嬉しいものの、1度『出ていけ』と言ってしまった手前退くに退けなくなったのか、にこは瞬く間に穂乃果達6人を追い出してしまった。

 

「………」

 

 後には紅夜が1人残される。

 

 紅夜だけ追い出されなかったのは、恐らく体格の勝る彼に小柄な彼女では勝てないと思ったからだろう。

 

「(成る程、『自分から出ていってくれ』って事か………まぁ別に構わんが)」

 

 そうして荷物を持って立ち上がろうとした紅夜だったが、にこはそれを引き留めるように、彼の肩に手を乗せる。

 

「アンタは未だ話あるからちょっと残りなさい」

「え?」

 

……どうやら、未だ終われないようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~ん、にこ先輩~~!」

 

 その頃、追い出された穂乃果達は部室の前に居た。

 

「穂乃果。気持ちは分かりますが、そうやってドアにへばりついても何も始まりませんよ」

 

 閉ざされたドアに縋りついて開けてくれとせがむ穂乃果を、海未が引き剥がして宥める。

 

「でも、どうしよっか?これじゃあ話し合いの続きも出来そうにないし……」

「う~ん……」

 

 追い出されて話し合いどころではなくなり、これからどうすれば良いのかと頭を悩ませるμ's。

 

「……やっぱり追い出されたみたいやね」

 

 

 そこへ、彼女等を此処へ向かわせた張本人がやって来る。

 

「の、希先輩!?どうして此処に……」

「別に大した意味は無いで?ちょっと気晴らしに歩き回ってただけなんよ」

 

 驚く穂乃果にそう返した希は、1人抜けている事に気づく。

 

「ところで、長門君が居らんけどどうしたん?もう帰っちゃった?」

 

 その問いに、彼女等はアイドル研究部の部室へ視線を向ける事で答えを返す。それだけで理解したのか、希は『成る程な……』と小さく呟いた。

 

「あの、希先輩」

「ん?」

 

 そこへ、海未が声を掛ける。

 

「先程『やっぱり』と仰有っていましたが、先輩は知っているのですか?」

「にこっちの事?」

 

 それに海未が頷くと、希は暫くの間を空けた後……

 

「うん、知ってるよ」

 

 そう答えた。

 

「で、では──」

「分かってる。でも此処やったら邪魔になっちゃうし、ちょっと場所変えよっか」

 

 そう言って歩き出した希に、穂乃果達も追随する。

 

「……頼むで、長門君」

 

 希はチラリとアイドル研究部の部室へ視線を向け、中でにこと話をしているであろう紅夜に向けて呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

 視点は戻って、アイドル研究部の部室では未だに沈黙が流れていた。

 

「(コイツ、何が目的なんだ?俺だけ残らせたのにさっきからずっと黙り込んでやがる。用が無いならもう帰りてぇんだがなぁ……)」

「……ねぇ」

 

 すると、漸くにこが沈黙を破る。

 

「ん?」

「一応確認なんだけど、さっきアンタが言ってたのって本当の事?」

「……さっき、とは?」

「私のパフォーマンスよ。他の奴等が白けたような反応してるのに、アンタこう言ったでしょ?『良いんじゃないのか?』って」

「……ああ、その事か。それなら答えはYESだ。生憎、こういう状況で相手に気を使ったりおべっかを言うのは苦手でね」

「そう……」

 

 頷いたにこは、何処と無く安心しているように見えた。

 

「では、此方からも良いか?」

「?何よ。言っておくけど、部室を明け渡せとかμ'sに入れって言うならお断りよ」

「……前者は兎も角、何故後者も嫌なんだ?」

「さっきも言ったでしょ?あの子達はアイドルの何たるかをまるで理解してない、プロ意識ってモンがなってないのよ」

「お前が言ってたキャラ作りの事か……まぁ、それに関しては確かにその通りだな。パフォーマンス面では悪くないと思うが、そっち方面の事は全く考えが及んでなかった。俺自身もな」

「あら、アンタ中々分かってるじゃない」

 

 機嫌が良くなるにこ。

 

「まぁ、そういう訳だから。アンタには気の毒だけど、あの子達のために私を説得しようって考えてたなら、さっさと諦めた方が良いわよ」

「…………」

 

 その言葉を受けて暫く黙っている紅夜。だが、次に放った言葉で、にこの余裕そうな顔は崩れる事になる。

 

「本当にそれで良いのか?下手をすれば、お前の居場所とも言えるこの部を失う事になるぞ」

「……何ですって?」

 

 『部を失う事になる』。それは、にこの表情を強張らせるには十分な威力を持っていた。

 

「部を失うって、どういう意味よ?ハッタリにしたってもう少しマシな──」

「俺がハッタリでこんな事を言うと思うか?」

「ッ…………」

 

 少し威圧感を込めて言うと、にこは押し黙る。そんな彼女に、紅夜は言葉を続けた。

 

「矢澤、今までこう考えた事は無かったか?『何故この部が今日まで残り続けてこられたのか』、と」

「何故って、そんなのこの学校の決まりで──」

「『部として認められたらその後の人数は問わない』、というヤツか?まぁ、それもそうだが……答えとしては満点とは言えないな」

「……じゃあ、アンタの言う満点の答えってのは一体何なのよ?」

「簡単な事だ、この学校の校則や生徒会の部活動の管理が杜撰だからだ」

「は?」

 

 『コイツは何を言ってるんだ』と、にこは思った。

 

「ず、杜撰って……」

「だってそうだろ?このアイドル研究部は、2年前に発足したものの、半年もしない内にお前以外の全員が辞めた。ただそれだけでも十分おかしいのに、それから今日に至るまで何の活動実績も無いどころか、そもそも何かをしている様子も無い。幾ら校則で人数は問わないと決められているとは言え、何の活動もしない部活を放置しているんだ。それを杜撰と評価して何が間違っていると言うんだ?」

「そ、それは……」

 

 にこは言い返せなかった。

 これで現状を変えようと何かしらのアクションを起こしていたのなら未だしも、彼女は何もしていない。何なら新入生歓迎会の際にも、アイドル研究部の存在を明かさないように言ったりもしていたのだ。

 よくよく考えれば、今までそこにツッコミを入れられなかった事の方がおかしいのだ。

 

「で、でも!アンタ別に生徒会役員でもないんでしょ?たかが一生徒に何が──」

「お前、俺が試験生だって事を忘れたのか?」

「……あっ」

 

 そう、紅夜は試験生としてこの学校に来ているのだ。にこや穂乃果達のような一般の生徒ではない。

 

「一応はこの学校が共学化するかもしれないから、それを想定してのテストとしてこの学校に通っている訳だが、同時にこの学校のどういうところが良くて、逆にどういうところが駄目なのかを生徒会や理事長に報告する役目も任されている」

「…………」

「そして此方に来る前、絢瀬や東條に部活動の管理の仕方が杜撰である事を指摘したばかり……ここまで言えば、流石に分かるよな?」

 

 にこは息を呑んだ。

 つまり、彼が今回の出来事を生徒会に報告すれば、このアイドル研究部の立場が危うくなる可能性があるという事だ。

 流石に彼の意見1つで即座に学校や生徒会を動かす事は出来ないだろう。だが試験生という立場に置いている以上、意見を無視する事は出来ないというのも、また事実なのである。

 

 ロクに活動していないような名ばかりの部活と、未だ正式に部として認められた訳ではないものの、日々精力的に活動し、既に実績を作っている集団。どちらか選べと言われた時、果たして前者を選ぶ者は何人居るだろうか…………

 

「まぁ、そういう事だ」

 

 そう言うと、紅夜は鞄を持って立ち上がる。

 

「それに、プロ意識が足りない事が気に入らないなら教えてやれば良い。こんなにアイドルについて熱心に調べたり自分のパフォーマンスを考えたりしているんだ、それくらい出来るだろう?」

「…………」

「お前も少し頭を冷やして、落としどころを探ってみろ。それで彼奴等がまた来た時に改めて話せば良い」

「……来るの?」

「恐らくな。何せ、以前のライブで結果はあまり良くなかったのに今でも活動を続けてるし、俺が何度断っても勧誘を止めないくらいだから。連中の熱意に関しては保証するよ。お前がちょっと厳しくしたくらいで折れる程、彼奴等は弱くないさ」

 

 そう言って、紅夜は苦笑を浮かべた。

 

「さて。良い具合に時間も潰せたし、そろそろお暇させてもらうよ。邪魔したな」

「ッ!ちょ、ちょっと待ちなさい!」

 

 ドアノブに手を伸ばす紅夜の腕を掴み、再び引き留めるにこ。

 『未だ何かあるのか』と内心呟きながら振り向くと、先程までの勢いは何処へやら、不安そうに此方を見るにこの姿があった。

 

「えっと、その……」

 

 やけに歯切れの悪いにこだが、紅夜には彼女が何を言おうとしているのか分かっていた。

 

「(さっきの脅し、かなり効いたみたいだな)」

 

 そう、彼女は今回の事を生徒会や学校に報告される事を恐れているのだ。

 流石にいきなり廃部にされるような事にはならないだろうし、そもそも本当に廃部になるのかも定かではない。だが、それでも自分の居場所が無くなってしまうかもしれないのだから、不安になるのは当然である。

 

「……あぁ~、そうだな」

 

 紅夜は態とらしく独り言を呟いた。

 

「まぁ、彼奴等がまた話し合いに来るかもしれない訳だし、その時まで取り敢えず様子見としようかな。うん、その時まで手を出さなくても、別に遅すぎるなんて事はあるまい」

 

 そう言うと、彼は掴まれた手を優しく解き、今度こそ部屋を出る。

 

「誰も居ない、もう皆帰ったか……東條辺りが聞き耳立ててると思ってたが、考えすぎだったか」

 

 紅夜は靴箱へ向かい、下履きに履き替えると駐車場へ向かう。

 愛車のR34が見えるのと同時に、その傍で佇む希の姿も視界に入った。

 生徒会の仕事を終わらせて帰ろうとしているところなのか、鞄を持っている。

 

「いや、東條居ったわ。普通に待ち伏せしてるやん……」

 

 思わず関西弁で呟く紅夜。それが聞こえたのか、希が顔を向けた。

 

「おや、長門君。結構話し込んでたみたいやね」

「……何だ、知ってたのか」

「うん。さっき穂乃果ちゃん達に会って、長門君だけ追い出されなくて部室に残ってるって聞いたから、ちょっと待ってたんよ」

「成る程な……」

 

 本音を言えばそのまま帰ってくれた方が楽で良かったのだが、

 

「てか、そんな風に言うって事は、矢澤の事情とかも?」

「知ってるよ。知っててあの子達や長門君に行ってもらったんや」

「(やっぱり知った上で行かせてやがったのか、この女……まぁだからって怒っても仕方無いし、そもそも聞くつもりもねぇけど)」

 

 そう心の中で呟いて溜め息をつく彼を他所に、希は助手席のドアの前に立った。

 

「……何の真似だ?」

「ちょっと話さへん?部室でにこっちと何話してたのか聞きたいし、ウチからも話したい事あるから」

「………俺がお前の言う話したい事とやらを聞くメリットは?」

「無いよ。だからコレは、そうやな……一言で言い表すとすれば……」

 

 

──ウチの我が儘や。

 

 

「…………」

 

 そうはっきり言い切った希に、紅夜は思わず言葉を失う。

 

「長門君からすれば心底どうでも良い話やと思うし、これからウチが語る事も、信じられんと思う。せやけど……!」

 

 段々と語気が強くなっていく希。普段からは想像出来ない真面目な姿に驚きつつも、紅夜は静かに話を聞いていた。

 すると、彼女は懐から取り出した1枚のタロットカードを見せる。

 

「カードが言ってるんや。君が……紅夜君が必要やって。せやからお願い、話を聞いて」

 

 そう言って、希は深々と頭を下げる。

 

「……そんな占い、到底信じられんのだがな」

 

 面倒臭そうに頭を掻きながらそう言いかけた紅夜は、小さく溜め息をついた。

 

「まぁ良いだろ、乗れ。ドライブついでに今回の話くらいは聞いてやる」

 

 取り出した鍵のボタンを押してR34のロックを解除した紅夜は、助手席に乗るよう促す。

 

「……ありがとう、紅夜君」

 

 希は柔らかな笑みを浮かべ、車に乗り込んだ。

 

「ああ、分かってるとは思うがシートベルトはちゃんと閉めろよ?サツに見つかったら面倒だからな」

「フフッ……はいはい」 

 

 そうして彼女の準備が整うと、紅夜は車を発進させ、ゆっくりと校門を出る。

 

 そのまま下道を走り回りながら、にこと交わしたやり取りを伝えた。

 

「……彼奴とのやり取りは大体こんな感じだ。一応絢瀬の時よりは言葉を選んだつもりだが」

「うん、そうやね。ちゃんと前の反省を活かせてるやん。偉い偉~い」

 

 そう言って紅夜の頭を撫で回す希。

 

「(あっ、結構撫で心地良いなぁ)」

「おい、ガキ扱いするな」

 

 だが、その手も紅夜にあっさり払い除けられてしまう。

 

「あぁ~ん、振り払わんといてよ~。撫で心地良かったのに……」

 

 頬を膨らませながら抗議するも、紅夜は『知るか』の一言で封殺する。

 

「そんな事より、お前の話だ。大方矢澤に関する事なんだろ?」

「……うん」

 

 紅夜が話題を振ると、希は先程までのおちゃらけた雰囲気は引っ込み、真面目な顔で頷く。

 

「実はね……」

 

 そして、今回の本題に入るのだった。



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第38話~アウトローとアイドル研究部・後編~

 漸くにこ襲来編が片付いた~。

 それにしても、未だアニメ1期の5話なのに本作の話数が40って……
 劇場版まで終わらせて完結する頃には何話になっているのやら?


「ただいま~。今日も今日とて疲れましたよ~っと」

 

 午後8時過ぎ。希を送り届けてから帰宅し、夕食を終えた紅夜は、自室のベッドに身を投げ出した。

 

「にしても彼奴、運転してる間殆んど喋ってたな……まぁ喋るように言ったのは俺なんだが」

 

 ドライブの間、希から聞かされたのはにこの過去に関する話だった。

 

 どうやら1年生の頃、当時の同級生数人と共にスクールアイドルグループを結成し、活動していたのだが、彼女のスクールアイドルに対する理想が高過ぎるあまり、それに伴って厳しくなっていく練習についていけなくなった部員が次々と辞めていってしまったというのだ。

 それ以来、彼女はスクールアイドルとしての活動を止め、部室に引きこもって1人過ごす日々を送っていたらしい。

 一切の勧誘を行わなかった事や部活紹介でアイドル研究部の名を出させなかったのも、スクールアイドルに対して半端な覚悟しか持っていないような連中を入れたくなかったからだという。

 

 そして穂乃果達に絡んでいたのは、恐らくは嫉妬だろうと希は語っていた。

 初ライブすら出来ずにグループが崩壊した自分を差し置いて、日々楽しそうに活動している穂乃果達が、羨ましかったのだろうと。

 

「…………」

 

 ぶっちゃけ、何れも紅夜には関係の無い話だ。

 

 これまで絵里や希、そしてにこに対してあれこれと口を出したとは言え、結局は部外者である事に変わりは無い。

 そもそも自分が口を開く必要すら無かったのだ。

 

 だが、彼は口を開いた。

 絵里や希を言葉責めにして、更には希に言われるがままアイドル研究部へ赴き、にこと対峙した。

 穂乃果達のμ's結成時から始まり、花陽達1年生の加入時と言い今回の一件と言い、元々試験生としての仕事と関係の無い事には関わらないつもりだったのが、悉く巻き込まれ、当事者達と関わりを持っている。

 本来の予定とは真逆の事をしてしまっている。

 

 おまけに、絵里が穂乃果達の申請を突っぱねた際には怒りすら感じていた。

 赤の他人の申請が却下された、ただそれだけの話だというのに、まるで自分の事のように怒りの感情が湧いていたのだ。

 

「俺、一体どうしちまったんだ……?」

 

 そう自問自答していると、紅夜のスマホがメッセージの着信を知らせる。

 画面を見ると、希の名前が表示されていた。

 

 実は、彼女を送り届けた際、『今後のため』という名目で連絡先を交換させられたのだ。

 何気に、この音ノ木坂学院で彼と連絡先を交換した生徒の第1号である。

 

「『今日は話聞いてくれてありがとう』か……」

 

 送られてきたメッセージを読み上げた紅夜は、短く『ああ』とだけ返事を返した。

 

「…………」

 

 枕元にスマホを放り出し、再び考えに耽る。

 

 

 何故こんな事をしているのか?

 何故こうも他人の事情に首を突っ込んでいるのか?

 何故他人に感情移入しているのか?

 

 

 そんな答えの出ない悩みが、頭の中をグルグル巡っている。

 そうして暫く悩んだ末、彼は頭を振った。

 

「……もう止めよう。何時までもこんな事考えたところで時間の無駄ってモンだ」

 

 紅夜は起き上がり、風呂と就寝の支度を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「紅夜君、おっはよー!」

 

 翌朝、何時ものように朝早くから登校した紅夜が教室で過ごしていると、朝練を終えてやって来た穂乃果達が駆け寄ってくる。

 やけに機嫌が良く、まるで昨日の一件が嘘のような明るい顔だ。

……何故か海未だけ浮かない顔をしているが。

 

「ああ、おはよう………随分ご機嫌なようだが、何か良い事でもあったのか?」

「うん!実は昨日、凄く良いアイデアが浮かんだの!ねっ、ことりちゃん!」

「ね~、穂乃果ちゃん!」

 

 語尾に『♪』が付きそうな笑顔で顔を見合わせる2人に、紅夜は首を傾げる。

 

「アイデア?何のアイデアだ?」

「そんなの決まってるでしょ?にこ先輩に、μ'sに入ってもらうためのアイデアだよ!」

 

 そう言って、穂乃果はアイデアの内容を説明し始める。

 

 曰く、希との話を終えて帰っている途中、遠くから羨ましそうに彼女等の様子を窺うにこの姿があり、それが、幼少期に遊んでいる穂乃果やことり達を木の影から羨ましそうに眺める海未の姿と似ているのだという。

 

「あの時は、穂乃果ちゃんが強引に連れ出してきたんだよね?」

「うんうん!その時からよく遊ぶようになったんだ!」

「私はあまり記憶が無いのですが……」

「それは、海未ちゃんが忘れてるだけなの!」

 

 そのやり取りから、海未が浮かない顔をしていたのはそれが原因だと紅夜は悟る。

 

 本当に忘れているのか、忘れているフリをしているのかは海未本人でないと分からないが、敢えて触れなかった。

 理由を問わず、誰しもが触れられたくない事の1つや2つは持っているものである。自分と同じように。

 

「まぁ、お前等の馴れ初めについては取り敢えず分かったよ……で?それをどうやって矢澤の勧誘に繋げるつもりなんだ?」

「うん!それはね……」

 

 それから穂乃果が語ったのは、最早ゴリ押しとしか言えないものの、にこのような人間には効果覿面な計画だった。

 

 彼女は遠くから羨ましそうに見たりちょっかいを出したりするものの、此方が気づいたり近づこうとすると逃げてしまう。それに先日の件もあるため、今の自分達のパフォーマンスでは到底納得してくれないし、説得に耳を傾けてくれる様子も無い。

 なら、此方が先に待ち伏せて強引に仲間に入れるという強硬手段に出るというのだ。

 

「にこ先輩はスクールアイドルに憧れてて、昔はやろうとしてたんでしょ?もし、未だ心の何処かにスクールアイドルをやりたいって気持ちがあるなら……」

「……チャンスはあるな」

 

 紅夜は頷いた。

 

「でしょ?だから早速、今日の放課後にやろうと思ってるの!紅夜君も来てくれる?」

「…………」

 

 そんな誘いを受けた彼は、暫くの間を置いて首を横に振った。

 

「悪いが、今回はパスだ。お前等が追い出された後に色々言ったからな」

「……もしかして、生徒会長達に言った事を?」

 

 その問いに紅夜が出した答えは、YESだった。

 

「あ~、あの事言っちゃったんだね……」

「……念のため言い訳しておくが、本当にやるとは言ってない。ただ、『このままだとそうなる可能性があるぞ』と忠告しただけだ」

「それ、最早忠告ではなくて脅迫では……?」

「……まぁ、そういう事だ」

「あっ、誤魔化した!」

 

 穂乃果がツッコミを入れる。

 

「と、兎に角だ。俺は参加しないから、後はお前等で何とかしろ」

 

 紅夜は、そう言って強引に話を締め括った。

 

「……一応、お膳立てはしておいたからな」

 

 席に戻っていく穂乃果達に聞こえないようにそう言って、彼は窓の外へ視線を向ける。

 今日も相変わらず、天気は雨模様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、教材を詰め込んだ鞄を引っ提げて教室を出たにこは、1人で部室へ向かっていた。

 廊下を歩いていると、他の生徒達の楽しそうな話し声が聞こえてくる。

 

 帰りに何処か寄っていこうと話す者、今日の部活では何をしようかと予定を決める者……そんな賑やかな廊下を無言で抜けていくと、何時ものように部室へ辿り着く。

 そしてドアノブへ手を伸ばした時……

 

「ん?」

 

 ふと気づいた。ドアの小窓から、中で明かりがついているのが見える。

 今、このアイドル研究部に在籍しているのはにこ1人だけ。本来なら明かりがついている事など有り得ないのだ。

 

「もしかして……」

 

 辞めていった部員が戻ってきたのか?はたまたμ'sの連中がまたやって来たのか?

 

「……いや、まさかね」

 

 きっと、今朝此所で過ごした時に明かりを消し忘れたんだろうと、強引に自分を納得させ、ドアを開ける。

 

「「「「「「お疲れ様でーす!」」」」」」

 

 すると、6つの声が彼女を出迎えた。そこにはμ'sの面々が座っていたのだ。

 

「あ、アンタ達。なんで此所に──」

「はい、お茶です。部長!」

「ぶ、部長!?」

 

 動揺するにこに湯飲みを差し出す穂乃果。

 

「部長、此方が今年の予算表になります!」

 

 次にやって来たのはことりだった。

 

 その後、次々に声が上がる。

 

 やれ『テーブルの上のグッズが邪魔だから棚に移動させた』、やれ『今後の参考にするからお勧めの曲を貸せ』、やれ『伝伝伝のDVDを見よう』等々……

 

「……こんな事したところで、押し切れるとでも思ってるの?」

 

 1周回って冷静さを取り戻したにこがそう言うと、穂乃果が答えた。

 

「そんなつもりはありません、ただ相談しているだけです」

「相談?何の相談よ?」

「勿論、曲の相談ですよ。この7人で歌う、最初の曲の!」

「7人……?」

 

 にこは室内を見回す。

 この部屋には、自分とμ'sの6人しか居ない。昨日遅れてやって来た紅夜の姿も、今日は見ていない。

 

 そこで漸く実感した。自分が、7人目である事を。

 

「ッ……!」

 

 2年前、最初のグループが崩壊してから、こんな日はもう来ないと思っていた。このまま何もない日々を過ごし、卒業するのだと諦めていた。

 だが心の何処かでは、自分の熱意に答え、ついてきてくれる仲間の存在を欲していたのだ。

 そして今、ずっと無意識の内に求めていたものが目の前にある。

 

「……厳しいわよ」

「はい、勿論分かってます!アイドルの道が厳しい事くらい」

「分かってない!皆甘々なのよ!アンタも、そこのアンタ達も!」

 

 1人1人指差しながら、にこははっきりそう言った。

 

「良い?耳の穴かっぽじってよ~く聞きなさい!アイドルというのは、ただ笑顔を振り撒いていれば良いってモンじゃないわ!見に来てくれるお客さんを笑顔にするのが仕事なの!それをキッチリ自覚しなさい!」

 

 そう熱弁するにこに、穂乃果達は微笑んだ。

 

「やっぱりこの作戦、正解だったみたいだね」

「そうだね、穂乃果ちゃん」

「ホラ、そこ!何ヒソヒソ喋ってんのよ!」

「「何でもありません、部長!」」

 

 ビシッと指を差すにこに、穂乃果達はそう返した。

 

 

 その後、彼女等はアイドル研究部の入部届けに記入を済ませ、生徒会に提出する。

 絵里は苦い顔をしながらも、昨日の件もあってか特に何も言わずに受け取った。

 

「さて。ちょうど雨も上がってるみたいだし、早速練習するわよ!」

 

 そうして屋上へと上がった7人は、練習を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おっ、雨止んだみたいだな」

 

 その頃、紅夜は愛車の中で昼寝から目覚めたところだった。

 雨が上がったのを確認した彼は車から出て、大きく体を伸ばす。

 

 すると……

 

「「「「「「にっこにっこにー!」」」」」」

「……ん?」

 

 何処からともなく、昨日聞いたにこの掛け声が聞こえてくる。それも彼女ではなく、穂乃果達の声で。

 耳を澄ませると、それが屋上から聞こえてきているのが分かる。

 

「……どうやら、上手くいったみたいだな」

 

 一瞬頬を緩めた紅夜は、『あっ』と何かを思い出したように歩き出す。彼が向かったのは、彼女等の居る屋上だった。

 少し大きめにノックをすると、直ぐにドアが開けられ、穂乃果が出迎える。

 

「紅夜君!来てくれたんだね!」

「ああ、ちょっと思い出した事があってな」

 

 そう答えた紅夜は、屋上を見渡した。

 

「あの作戦、上手くいったんだな」

「うん!今はにこ先輩に、練習見てもらってるんだ!」

「そうか、それは良かったな。じゃあ……」

「あっ。言っておくけど、だからって紅夜君への勧誘を諦めた訳じゃないからね!」

「……ああ、そうですか」

 

 溜め息混じりにそう言うと、今度はにこが近寄ってくる。

 

「……よお、矢澤。μ'sに入ったのか」

「ええ。どうしてもって言われてね!」

 

 すっかり自信を取り戻したのか、得意気に胸を張るにこ。後ろで凛達がクスクスと笑っているが、当然それに気づいている様子は無い。

 だが、声が聞こえなくなった事には流石に気づいたようで、穂乃果を追い返して練習を続けさせる。

 

「どうなんだ?彼奴等は」

「まだまだね。だから、今後は私がキッチリ指導してあげるつもりよ」

「成る程な」

 

 クスッと笑みを溢し、紅夜は練習を続ける穂乃果達へ視線を向ける。

 

「それと……ありがとね」

 

 すると、不意ににこがそう言った。

 

「……?」

「昨日の事よ。アンタの言った通り、また来たわよ。まさか部屋の中で待ち伏せされるとはね」

「…………」

「それに、あの子達が本気だってのも伝わった。アンタがあれこれ言ってこなかったら、多分また追い出してたと思うわ」

「そうなったら、今度こそ生徒会や学校に報告かな」

「あら。アンタの事だから、また何かと理由つけて猶予をくれるんじゃないの?昨日の事を生徒会に言わなかったように」

「……さあ、どうだろうな」

 

 実際、希には話したが絵里には話さなかった。何せ、彼の予定を伝える前に彼女の方から頼まれたのだ。

 『穂乃果達がまた話をしに行くだろうから、その結果が出るまで待ってほしい』と。

 

「と、兎に角!またやり直そうって思えたのはアンタのお陰でもあるって事よ!それだけ!」

「……ああ、そうか。まぁ、取り敢えずその言葉は受け取っておくとしよう」

 

 頷いた紅夜は、ふと空を見上げる。

 そこには、まるで新たなスタートを切った彼女等を祝福するかのように晴れ間が見え、虹が掛かっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、そうそう。矢澤に用があるのを忘れてたよ」

「私に?」

 

 それから暫く様子を見ていた紅夜は帰ろうとしたのだが、そこでこの屋上を訪れた目的を思い出し、にこを呼び寄せる。

 

「お前に渡すものがあってな」

「あら、入部届けかしら?」

「いや、そうじゃなくて……あったあった。コレだよ」

 

 そう言って紅夜が取り出したのは……

 

「……レシート?」

「そうだ。お前この間高坂と園田のポテト盗み食いしただろ?」

「「「……あっ」」」

 

 今思い出したように声を発するにこ。練習しながら彼等のやり取りを聞いていた穂乃果や海未も、動きが止まる。

 

「あの時はお前が逃げたから、取り敢えず俺が買い直しておいた。だが本来なら、お前が弁償しなきゃいけないものだからな………という訳で、ホレ」

「えっとぉ~……その手は?」

 

 にこは冷や汗を滲ませながら、差し出された手を指差して訊ねる。

 

「代金に決まってるだろ。お前等のゴタゴタは解決した訳だし、良い機会だ。さっさと耳揃えて払え」

「いや、それ今のタイミングで言う!?仮にも和解した直後よね!?アニメとかだったらちょっと感動するシーンの直後よコレ!?」

「そんなモン関係無い。このタイミングを逃したら何時回収出来るか分からんし、忘れられでもしたら元も子もないからな。さあ、無駄口叩いてないでちゃっちゃと全額払ってもらおうか?」

 

 そう言って迫る紅夜。様子を見ている穂乃果達6人は、自業自得ではあるものの迫られるにこに同情の視線を向け、凛に至っては『先輩容赦無いにゃ……』とドン引きしている。

 

「さぁ、矢澤。過去の悪戯を清算する時が来たぞ」

「こ、この鬼!悪魔!守銭奴野郎!さっきの感謝の言葉返せぇぇぇえええええ!!!」

 

 晴れた空に、にこの断末魔のような叫びが響き渡り、回収を終えた紅夜がホクホクと屋上を出た後には、ガックリと項垂れるにこと、そんな彼女に憐れみの視線を向ける穂乃果達の姿があったという。




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第39話~アウトローとメイド喫茶~

 悩んだ末、アニメ6話の前にこの話を入れる事にしました。

 元々はもう少し前に入れようと思ってた話ですが、話の流れ的に没となり、今回でそろそろ入れようかなと思いました。


 てか、前から書き進めてたとは言え何気に2話連続投稿してるな俺……


「よぉ~し、綺麗になったぞ。R」

 

 にこがμ'sに加わってから数日が経過した、ある土曜日の朝。紅夜は自宅のガレージで愛車の洗車を終えたところだった。

 

 元々、最後に洗ってからそれなりに日が経っていたのもあって車は思いの外汚れており、終わるまでには少々時間が掛かったものの、そんなものは苦にもならなかった。寧ろ車を愛する者の1人としては、洗車やオーバーホール等、他人なら面倒だと思うような作業であっても楽しいと思えるのである。

 

「うんうん、やっぱお前はこうでなくちゃな」

 

 日の光を浴びて輝く愛車を満足そうに眺める紅夜。その隣には父・豪希のFocusがあるのだが、今日は彼が仕事で使っているため出払っている。

 因みに彼の車も、ここ暫くは洗車出来ていないらしい。

 

「(今度は親父のFocusも洗ってやらないとな。それにSilviaも、一応レナや父さんが軽く乗ってくれてるとは思うが、流石に洗車までは頼んでないからな……絶対埃とかで汚れてる筈だ)」

 

 アメリカに置いてきたもう1台の愛車の姿を思い浮かべながら後片付けを始めようとする紅夜。だが、そこへ2台の黒いスポーツカーがやって来て家の前に止まった。

 

「チーッス!」

「こんにちは、紅夜」

 

 そのスポーツカー、Toyota Supra SZ-Rから出てきた青年、篝火大河は、相変わらずのハイテンションで声を掛けてきた。

 それに続き、Koenigsegg Agera RSからは瑠璃が降りてきた。

 

「よぉ、大河に瑠璃じゃねぇか。随分珍しい組み合わせだが、どうしたんだ?」

「どうしたって、誘いに来たんだよ。お前を」

 

 どうやら大河は、以前中途半端に終わったアキバ巡りのリベンジをしようと紅夜にメッセージを送っていたのだが、普段なら直ぐ返されていた返信が全く来ないばかりか既読も全く付かなかったため、出掛けるついでに様子を見に来たらしい。

 因みに瑠璃の方は、大河が車を走らせている時に偶然会い、彼が紅夜と遊ぶ計画を立てているのを聞いて便乗してきたようだ。

 

「そっか……悪いな、洗車してたしスマホも部屋に置いてたから気づかなかったぜ」

「ああ、どうやらそうらしいな」

 

 そう言う大河の隣では、瑠璃が洗車を終えたばかりのR34を見回していた。

 

「すっかり綺麗になったわね」

「そりゃあ、細かいところまでキッチリ洗ったからな」

 

 得意気にそう言って、紅夜は胸を張る。自分の愛車が綺麗になると、誰だって自慢したくなるものだ。

 

「おっと、それはそれとして……」

 

 ここで、話が大きく逸れている事に気づいた大河は話を戻す。

 

「そんでどうなんだよ、今日のご予定は?確か、あのスクールアイドルの子達のマネージャーは、もう終わりにしてるんだよな?」

「ああ、だから今日はフリーさ。洗車も終わったし宿題も特にねぇから、やる事無くて暇してたところさ」

「綾は?」

「彼奴は友達と出掛けてるよ」

 

 その返答に、大河の紫の瞳が輝いた。

 

「だったらちょうど良いや、アキバ行こうぜアキバ!未だ紹介してねぇ場所が山程あるんだよ!」

「そうだな……」

 

 そんなやり取りを交わしていると家のドアが開き、深雪が出てきた。彼女は大河を視界に捉えると、柔和な笑みを浮かべた。

 

「あら、大河君に瑠璃ちゃんじゃない。こんにちは」

「どうもッスお袋さん!」

「こんにちは、紅夜のお母様」

 

 紅夜の母親相手にも、大河は何時もの軽い調子で挨拶を返す。対する瑠璃は、柔らかな物腰で挨拶をする。

 そんな2人に微笑んだ深雪は、紅夜に視線を移した。

 

「こうちゃん、せっかく2人が来てくれたんだから遊んできなさいな」

「……聞いてたんだな、お袋」

「そりゃ、大河君ったら相変わらず声大きいんだもの。家の中に居たって聞こえるわ」

 

 『本当に昔と変わらないわね』と付け加え、クスクスと笑う深雪。

 

「へへっ、コレこそが俺なんでね!」

「何ふんぞり返ってんだよお前は……ちったァ落ち着きってヤツを持ちやがれっての」

「諦めなさい、大河は死んでもこのままよ」

 

 得意気な表情で言う大河の隣でヤレヤレと首を振る紅夜に、瑠璃が言った。

 

「……まぁ特にやる事も無かった訳だし、断る理由もねぇか」

「よっしゃ、そんじゃ決まりだな!車で待ってるぜ!」

「お先に、紅夜」

 

 そう言って、2人は各々の愛車へと乗り込む。紅夜もそそくさと後片付けや身支度を済ませ、車へ乗り込んだ。

 

「こうちゃん、お小遣い要る?」

「い、いや。流石に要らねぇよ。もう小遣い貰うようなガキじゃねぇんだから……」

「じゃあ、高速代とご飯代だけでも持っていきなさいな」

「……分かったよ、ありがとなお袋」

 

 そんなやり取りもありつつ、紅夜は2人と共に2度目のアキバ巡りへと赴いた。

 

 

 世田谷から高速に乗り、約30分。彼等は再び秋葉原へとやって来ていた。

 

「よぉ~し、時間は有限だ。早速行くぞ!」

「はいはい」

「さて、何処へ連れていってくれるのか見物ね」

 

 以前利用したコインパーキングに車を止めるや否や、紅夜と瑠璃はあちこち連れ回された。

 最早アニメショップだけでも数件廻っており、大河が購入した書籍やグッズを置くために2回程コインパーキングに戻っている。当然、何も買っていない紅夜や瑠璃は手ぶらだ。

 

「ホント、お前よくそんだけ買えるよな。流石は売れっ子のWEBデザイナー兼ブロガーだ」

 

 楽しそうに周囲を見回し、次はどの店に行こうかと候補を探す大河に、紅夜は言う。

 

「よく言うぜ、お前やレナ達だって宝くじ数回連続で1等当てなきゃ稼げんレベルで金持ってるくせによ。しかもそれがアメリカのマフィア潰して巻き上げた金ときたモンだから末恐ろしいぜ」

「ストリートレースで稼いだ金もあるからな。更に言えば、コレ給料じゃねぇから所得税とかも掛からん。全額纏めて俺等のモンって訳さ」

「あら、それは羨ましい話ね…………私も走り屋に転職しようかしら?」

「おっ、それ良いな。お前のAgeraも馬力はあるから良いところまで行けると思うぜ?俺等と一緒に、200MPHの世界を駆け抜けようじゃねぇか」

「瑠璃のAgeraは300㎞どころか400㎞出せるんですがそれは……」

 

 そんな軽口を叩き合いながら秋葉原を練り歩く3人だったが、腹が減ってきたものあり、大河の勧めるメイド喫茶で遅めの昼食を摂る事にした。

 

「メイド喫茶か。編入前にこの辺通った時チラッと見たが、こういう所で飯食うのは初めてだな」

「逆に初めてじゃなかったらビックリだよ……ホラ、入るぞ」

 

 そうして、やたら可愛らしい装飾が施された店へと足を踏み入れる3人。

 カランコロンとドアのベルを鳴らしながら入ると、近くにいたメイド姿の従業員が出迎えた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人さ……えっ!?」

「ん?」

「おろっ?」

「あら」

 

 その瞬間、紅夜と従業員は時間が止まったかのように動きを止め、互いを見つめた。

 

 紅夜達を出迎えたのは、頭頂部付近でトサカのように纏められたグレーの髪をした少女。紛れもなく南ことりだった。

 

「こっ、紅夜……君……?」

「み、南……なのか……?」  

 

 両者共、まさかこんな所に居るとは思わなかったと言わんばかりに目を見開いている。

 

「何だ、誰かと思ったらあん時の子じゃねぇか。よっす!」

 

 そして、相変わらず陽気に挨拶をする大河。こんな状況でもペースを乱さないのは、ある意味尊敬出来る。

 

「な、何だ彼奴等?あんな所で固まって……」

「てか、ミナリンちゃんも居るぞ……もしかして知り合いなのか?」

「ま、まさか……彼氏?」

「いや待て。あの白髪の奴、隣にスゲー美人侍らせてるぞ」

「両手に花ってか?羨ましい……!」

「て言うか、あの3人の内の2人、どっかで見た事あると思ったらBLITZ BULLETじゃねぇか……?」

「うわ、マジだ」

「私、生で本物見たのは初めてだよ」

「でも、じゃあ白髪の人って誰?新メンバーが入ったなんて情報は出てないけど……」

 

 出入口で呆然としている一行を不審に思った客が、そんな事を囁き合う。

 

「ッ!?こ、コホンッ!」

 

 この状況はマズいと思ったことりは、一先ず従業員の顔に戻り、彼等を案内しようとした。

 

「そ、それではご主人様方、お席にご案内しますね?」

「え?……あ、ああ」

「あいよ。よろしく頼むぜ」

 

 そうして席へと案内された紅夜達は、ぎこちない動きで離れていくことりを見送り、メニューを開いた。

 

「いやぁ~、ビックリしたな」

「ああ、まさか彼奴が此所でバイトしていたとはな……」

 

 ページを捲りながら、紅夜と大河はそう言い合う。

 

「あら、紅夜も大河も知らなかったの?紅夜は同じクラスだし、大河はこの店の常連だって言ってたわよね?」

 

 そう訊ねる瑠璃だが、2人は首を横に振る。

 

「いや、俺はそういう話は全く聞かなかったな……お前はどうなんだ、大河?」

「俺も同じようなモンさ。確かに何回も来てるけど、あの子は1回も見た事無かったな………最近入ったばかりなんじゃねぇのか?」

 

 どうやら、常連である大河もことりがこのメイド喫茶で働いている事は知らなかったようだ。

 

 それから3人は、ことりから渡されたメニューに目を通していく。

 

「にしてもこのメニュー、何て言うかしつこいくらいに可愛さを押し出してきてるな。兎に角甘いものをごちゃ混ぜにしたデザートみてぇだ」

「メイド喫茶のメニューなんて何処もそんなモンだよ」

 

 メニューの内容だけで胸焼けしかけている紅夜に、大河は笑いながらそう言った。

 その後は無難な料理を注文し、メイド喫茶ならではの魔法の呪文に紅夜が首を傾げたりしながらも、3人は出された料理を食べ進めていく。

 

「(ど、どうしよう……まさかお店に紅夜君達が来るなんて……)」

 

 メニューを渡した後、彼等の様子を窺っていたことりは、ある種の焦りを感じていた。

 

 μ's結成直後にスカウトを受けて始めたこの仕事だが、紅夜は勿論、穂乃果や海未にすら自分がアルバイトを始めた事は伝えていない。

 と言うのも、彼女は穂乃果のようにどんどん前へ突き進んでいくタイプでもなければ、海未のようなブレーキ役でもない。言ってみれば、ただ誰かについていっているだけだ。

 その事に少なからず劣等感を抱いており、そんな自分を変えたいという気持ちから始めたのだから、穂乃果達に知られる訳にはいかなかったのである。

 しかし今日、紅夜にはバレてしまった。

 これまでの経験から、少なくとも彼が人の秘密を言いふらすような人間ではない事は分かっているつもりだが、それでも念のため、誰にも言わないように口封じをしておく必要がある。

 それに今回は、紅夜だけではなく彼の友人も一緒に来ているのだから、尚更だ。

 

「(……もうすぐ休憩だし、その間にことりの事を誰にも言わないようにお願いしなきゃ!)」

 

 そう決心し、残りの業務に取り組むことり。

 

「…………」

 

 そんな彼女を、とある男性客が見つめる。四角い黒縁の眼鏡を掛けたその小太りの男の顔は、醜悪な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、食った食った!大満足だ!」

「ああ、結構美味かったな」

 

 昼食を終えると、大河は椅子に凭れ掛かって満足そうに腹を叩く。

 紅夜や瑠璃も料理に満足したのか、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

「メイド喫茶だからって甘く見てたが、中々美味かったぜ」

「お店の雰囲気もかなり良いみたいだし、また来てみるのも良いかもしれないわね」

「おっ、瑠璃も気に入ったか!」

「ええ、今度は全員で来ましょうよ。達哉達も、きっと気に入るわ」

 

 その言葉に喜ぶ大河。紅夜も、此所がメイド喫茶である事は一先ず脇に置き、幼馴染み達と来れる場所がまた1つ増えた事に満更でもない表情を浮かべていた。

 そして会計を済ませようと立ち上がった、その時だった。

 

「や、止めてくださいッ……!」

 

 出口付近の席から聞こえてくる、弱々しく、されど拒絶の意思が感じられる女の声。何事かと目を向けると、そこには小太りの男に絡まれていることりの姿があった。

 

「ねえ、良いじゃ~ん。僕にご奉仕してよミナリンちゃん」

「そ、そんな。困ります。他のお仕事もありますから……!」

 

 余程困っているのが、その声からも感じられる。

 

「うわっ、彼奴また来たのかよ……」

「ああいうのが居るから、メイド喫茶やその客が世間から白い目で見られるってのが分からないのかな……」

「私なんて、この前友達に『もうメイド喫茶行くの止めたら?』とか言われたよ……」

 

 すると、他の客がヒソヒソと囁き合うのが聞こえる。

 どうやら、例の男はこのメイド喫茶の中でも迷惑客として有名らしい。

 

「(おいおい、この前のチンピラの次はあれか?全く、なんでμ'sの奴等はこうも変な男に絡まれるんだか)」

 

 その様子を見ながら、紅夜は深く溜め息をつく。

 その傍らでは、事情を知らないらしい大河が近くの席に座る他の客から情報を貰っていた。

 

 話によると、例の男は最近この店に来るようになった者で、店のオーナーの息子だと言う。

 それを鼻にかけており、過去に何度も従業員に絡んだり、それを諌めようとした他の客とトラブルを起こす事が多いそうだ。

 普通なら待った無しで出禁処分を喰らうだろうが、オーナーの息子というのもあって店長達も強く出られないという。

 

「何ともまぁ、胸糞悪ぃ話だぜ……」

 

 大河の機嫌が悪くなる。

 瑠璃と同感とばかりに頷いた。

 

「全くね。せっかく料理も美味しくて雰囲気も良かったのに、あんなのが居るんじゃ台無しだわ」

「…………」

 

 そう言い合う2人を他所に、紅夜はことりと例の客の様子を窺う。

 どうやら例の男がことりの腕を掴んだようで、彼女は小さく悲鳴を上げる。

 流石に見かねた他の従業員が知らせたのか、奥から店長が出てきた彼女等の間に話って入るが、お約束というべきか、男は自らの肩書きを振りかざして脅迫めいた事を言ったようで、その店長も怯んでいる。

 

「…………」

 

 ことりも怯えているようで、店長の傍で小さくなっている。

 それを見た紅夜は、無性に腹が立った。

 

「チッ、見てられねぇ……おい、そこの店員さん」

 

 紅夜は苛つき混じりにそう呟くと、徐に立ち上がって近くに居た従業員を捕まえる。

 

「突然で悪いが、今から俺の言う通りに動いてくれ。悪いようにはしない」

 

 突然何を言い出すのかと困惑する従業員だったが、紅夜がことりの方を指差した事で理解したのか、彼の話に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですから、当店ではそのようなサービスはしておりません……!」

「だぁ~かぁ~らぁ~、僕はこの店のオーナーの息子なんだよ?君達がこうして営業してられるのも僕のパパのお陰なの。その辺をもう少し理解してほしいね」

「……ッ!幾らオーナーの息子さんだとしても、やって良い事と悪い事が!」

「おっと、そんな強気な態度取っちゃって良いのかな?僕がちょちょいと話せば、君も他の人達も……」

「くっ!」

「て、店長……」

 

 言い争う2人を、ことりは泣きそうな目で見ていた。

 

 『何も無い自分を変えたい』、そんな思いから始めたメイド喫茶のアルバイト。

 最初は色々と戸惑う事はあったし、ミスもあった。

 だが、そんな自分を励ましてくれたのが同僚や客達だった。

 そうしている内に、何時しか此所に来ると勇気が貰えるような気がするようになっていた。

 

 それが今ではどうだ。つい最近来るようになったオーナーの息子とやらに、滅茶苦茶にされている。

 他の客や同僚が諌めても、『自分はオーナーの息子だから』と王様気取り。

 

 何処ぞのスカッとする話を纏めた動画やテレビ番組でも中々見ないようなこの男のせいで、この店に出勤するのも億劫になってしまっていた。

 中には『あの男が今後も来るなら辞めて別の店に行きたい』と言い出した者も居る。

 

「(私、どうしたら良いの……)」

 

 涙が浮かぶ目をキュッと瞑ることり。だが、その目は再び開ける事になる。

 

「おい店員さん、何時までもソイツに構ってないでさっさと注文を取りに来てもらいたいんだが?」

「……ふぇ?」

 

 やや強めに肩をつつかれたことりが目を開けると、そこには不機嫌そうな紅夜が居た。

 

「こ、紅夜く──」

「シッ!」

 

 声を出そうとしたことりをすかさず制する紅夜。

 

 『俺に合わせろ』と、その真っ直ぐ向けられた赤い目は語っていた。

 そして、彼は男が怪しまないようにすかさず役を演じる。

 

「何か知らんが、他の客共が急に追加注文を始めたり、チェキ……とか言ったか?そういうのをやり始めたみたいでな。中々注文を取りに来てくれないんだよ」

 

 そう言って後ろを指差す紅夜。そちらへ目を向けると、フロアに出ている従業員達が忙しなく動き回っていた。

 すると、ことりの代わりに店長が頭を下げる。

 

「も、申し訳ありません、お客様。後程、直ぐお伺いしますので……」

「おい、何だよお前?今は僕がミナリンちゃんからのご奉仕を受けてるんだ。引っ込んでろよ」

 

 邪魔をされたと思ったのか、男が絡む。

 

「…………」

 

 紅夜はギロリと目を向けて男を黙らせると、テーブルの上を睥睨する。

 そこには、ケチャップで可愛らしい猫の絵が描かれたオムライスがあった。

 

「……店員さん、コイツが注文したのはそのオムライスだけか?」

「えっ……?えっと、そうですが……」

 

 何故そんな事を聞くのかと首を傾げることりに、紅夜は訳を話す。

 

「あまりこういう店には詳しくないんだが……此所では料理を出された時に『魔法の呪文』とやらを唱えたり、注文の内容によっては店員さんと写真が撮れるサービスがあると聞いてな。コイツがそういうのを一緒に頼んだのか聞きたいだけさ……それで、どうなんだ?」

「は、はい。此方の方が注文したのは『ふわふわオムライスセット』のみで、特にチェキ等の追加注文をされた訳では……」

「ないんだな?」

 

 その問いに、ことりも店長とコクりと頷く。

 

「なら、『魔法の呪文』というのは?」

「それは全メニュー共通で、既に終わっている筈です……そうよね、ミナリンちゃん?」

「は、はい」

「なら、言ってみればもうソイツに用は無いだろう。後ろが慌ただしくなっていのに、何をやっている?」

 

 すると、答えようとした店長の代わりに男が口を開いた。

 

「あのねぇ、君。知らないようだから教えてあげるけど、僕はこの店のオーナーの息子なの。追加注文してようがしてなかろうが、そういうサービスを受けるのは当たり前なの」

 

 『分かったかい?』と、その男は嫌みったらしく訊ねる。

 

「ホラ、分かったらさっさと席に戻って、注文取りに来てもらえるのを待ってなよ。僕はサービスの続きをしてもらわなきゃいけないからね」

 

 そう言って、再びことりに手を伸ばす男。だが店長が制止しようとした時、紅夜がことりの肩を掴んで引き寄せた。

 

「こ、紅夜君!?」

 

 いきなり抱き寄せられたことりが、思わず顔を真っ赤に染めて声を上げる。

 店長や男も、そして遠巻きに見ていた他の従業員や客も、突然の事に驚いていた。

 

「おやおや、瑠璃。あの嬢ちゃん中々羨ましい事されてるぜ?」

「五月蝿いわよ、大河」

 

 平常運転なのは、大河と瑠璃の2人だけである。

 

「彼女が怖がってるだろうが。オーナーの息子だか知らんが、此所では等しく客だ。それ以上も以下も無い。それに、もう注文の品は届いたし『魔法の呪文』とやらも唱えてもらったんだろ?ならさっさと解放してやれ。業務の邪魔だ」

「ッ……な、何だよ。さっきから偉そうに」

 

 それでも諦めないようで、男は言葉を続ける。

 

「お前こそ、さっきからごちゃごちゃ言ってるけどミナリンちゃんの何なんだよ?どうせ最近来たばかりの客その1程度の存在でしかないんだろ?だったら──」

「俺はコイツの友人で、友人が困ってるから助けただけだ。何か文句あるか?」

 

 『ヒーロー気取りで入ってくるな』と続けようとした男だが、紅夜が声を被せた。

 

「なっ、ななっ……」

 

 まさか友人だとは思っていなかったのか、男は言葉が続かない。

 紅夜はそんな彼を捨て置き、ことりに目を向ける。

 

「紅夜君……」

「……悪かったな、南。取り敢えず奥行って涙拭いてこい」

 

 そう言うと、ことりは頷いて店の裏へ引っ込んでいく。

 

「さて……おい、お前」

 

 彼女を見送った紅夜は、改めて彼に視線を向ける。

 

「ヒッ!?」

 

 彼の真っ赤な瞳に睨まれ、男は小さく悲鳴を上げる。

 殴られると思っているのか、かなり怯えた様子だ。

 

「そのオムライス食ったらさっさと失せろ。そして、2度とこの店に近寄るな……良いな?」

 

 そう言うと、男は首振り人形のように何度も首を縦に振る。

 

「……それで良い」

 

 紅夜は頷き、大河達の方を向いて手招きする。

 

「あ、あの。ご注文は……?」

「……ああ、すまない。注文と言うのは嘘でな、実際は会計だ」

 

 注文しなくて良いのかと訊ねてくる店長に、紅夜は苦笑を浮かべながら言うのだった。

 

 

 その後、漸く我に返り、男が静かになったのを実感した他の客や従業員に取り囲まれて礼を言われたり、何時の間に用意したのか店長から感謝状を渡される等の騒ぎもあったが、彼等は無事に会計を済ませて店を出た。

 

 その際、今回の一番の被害者であることりもついてきた。

 此度の件でかなり精神的に参っているのもあり、早めに帰って気持ちを落ち着かせた方が良いと店長が考えたためだ。

 

「じゃあ、俺と瑠璃は先に帰るとするかね……それで良いよな、瑠璃?」

 

 コインパーキングまで着くと、大河がそう言った。

 

「……そうね。今回は事情が事情だし、私は構わないわ」

 

 瑠璃も大河の意見に頷き、2人は先に出庫して帰っていった。

 

「「…………」」

 

 後には、紅夜とことりが残される。

 

「……取り敢えず、帰るか。送ってやるよ」

「う、うん」

 

 そうして紅夜も出庫し、ことりと共に家路につく。

 

 その後は暫く無言だったが、遂にことりが沈黙を破る。

 

「そ、その……助けてくれて、ありがとう……後、ゴメンね?巻き込んじゃって」

「気にするな。それに俺こそ悪かったよ。演技とは言え、何も悪くないお前にキツい言い方をしてしまった」

 

 すまなそうに紅夜は言うが、ことりは首を横に振った。

 

「そんな、謝らないで。別に気にしてないし、ああやって紅夜君が来てくれたお陰で、私も店長さんも助かったんだから」

「そうか……そう言ってもらえると、俺も気が楽だよ」

 

 紅夜はそう言った。

 

「それにしても、まさかお前がメイド喫茶で働いてるとは思わなかったな。しかも、あのミナリンスキーだとは」

「う、うん……ねぇ紅夜君。この事、穂乃果ちゃん達には……」

「ああ、分かってる。人のプライベートを言いふらす趣味は無いから、安心しろ」

 

 その言葉を受けたことりの口からは、安堵の溜め息が漏れ出す。

 

「……それにしても、何故メイド喫茶でバイトを?」

「うん、実はね……」

 

 それからことりは、メイド喫茶で働き始めたきっかけを語った。

 

「実は、μ'sを結成したばかりの頃にスカウトされてね。あの時は衣装とかも自分達で用意しないといけなかったから、そのお金も欲しかったし」

「成る程……ん?ちょっと待て。という事は、彼奴等の衣装って……」

「うん。バイトのお給料を前借りしたり、少しだけ、お小遣いから出したりしてたの」

「そうだったのか……」

 

 意外な事実が判明し、紅夜は言葉を失う。

 

「(衣装を作ってるのは南だって事は聞いてたけど、まさか自分で金出してたとはな……)」

「それにね、もう1つ理由があるんだ」

 

 すると、ことりが再び口を開く。

 

「その理由って?」

「……自分を、変えたかったの。私には穂乃果ちゃんや海未ちゃんとは違って、何も無いから」

「…………」

 

 そう言われた紅夜は、近くのコンビニの駐車場に車を停める。

 

「『何も無い』というのは、具体的にはどういうところが?」

「ホラ、穂乃果ちゃんって、何時も周りをグイグイ引っ張ってくれるでしょ?」

「ああ、それでよく園田がブレーキ役になってるな。毎度ご苦労な事で」

 

 そう言うと、ことりも思わず苦笑を浮かべる。

 きっと今頃、噂されている2人は盛大にくしゃみをしていることだろう。

 

「でもね、私にはそれが無いの。穂乃果ちゃんみたいに周りを引っ張る訳でもないし、海未ちゃんみたいにブレーキ役が出来る訳でもない。それに、紅夜君みたいに誰かの支えになったり、ここぞって時に動けるような勇気も無い。ただ周りについていってるだけ……そんな自分が嫌で、変わりたかったの」

「…………」

 

 中々重い話を聞かされ、思わず押し黙る紅夜。

 

「ご、ゴメンね。こんなの紅夜君には関係無いのに……取り敢えず帰ろう?もう近くだから」

「……ああ」

 

 紅夜は、再び車を走らせる。そして暫くすると、彼女の家に着いた。

 

「それじゃ、今日は本当にありがとう。また月曜日に学校でね」

 

 そう言って車から降りようとすることりを、紅夜は引き留める。

 

「さっきお前は、『自分には何も無い』と言っていたが……それは、違うと思うんだ」

「え?」

「だって、そうだろ?本当に何も無い人間は、そもそも自分を変えようと行動を起こしたりしない。それに、お前は十分凄い奴だ」

「そ、そんな事……」

「あるんだよ」

 

 紅夜はことりの手を握って言った。

 

「確かに、お前は高坂や園田と比べれば目立たないかもしれない。だが、お前だって十分やる事はやってるし、俺も助けられてるんだ」

「……私が、紅夜君を?」

「ああ。特にライブで踊った"START:DASH"、あれがそうだ」

「…………」

「あの振り付け………俺も色々口を出していたが、お前がベースを考えてくれていたお陰で、俺もあの短時間で振り付けの修正を考えられたし、衣装もお前が頑張って作ったお陰で、全員がそれを着て踊れたんだ。それらは誰のお陰だ?お前だろ?他人を褒めたり自分を下に見る前に、先ずお前自身に胸を張ってくれ」

 

 そう言うと、紅夜はことりの頭に手を乗せた。

 

「南、お前は凄いよ。何も無いなんて事は無いんだ」

「紅夜君……!」

 

 ことりの目に涙が浮かぶ。

 だが、それはメイド喫茶の時のような恐怖や悔しさから来るものではない。

 自分を認めてもらえた、その嬉しさから来る涙だった。

 

「ありがとう……私のやってきた事、ちゃんと見てくれてたんだね…!」

「そりゃ、見てなかったらこんな事……言わ、ない……だろ……」

 

 すると、突然紅夜の言葉が勢いを失う。

 それに疑問を持ったことりが振り替えると、そこには1人の女性が立っていた。

 

 ことりの母・雛である。

 買い物から帰ったところのようで、両手には買い物袋を持っている。

 

「「理事長(お母さん)!?」」

 

 驚きのあまり同時に声を上げる2人に、雛はクスクスと笑った。

 

「こんばんは。どうやらお取り込み中だったみたいね?」

「い、いや。違っ……」

「ち、違うのお母さん!こ、コレはその、ちょっと悩みを聞いてもらってただけで……!」

「はいはい、分かったから」

 

 口ではそう言うが、雛はからかうような視線を向けるだけだ。

 

「と、兎に角そういう事だ。じゃあ月曜日に学校でな!」

「う、うん!」

 

 そうしてことりが降りると、紅夜は逃げるように車を発進させる。

 

「あらあら、コレはもう少し帰ってくるのを遅らせれば良かったかもね……」

 

 そう言いながら先に家に入る雛。

 それに対して、ことりは暫くの間、紅夜が去っていった方向を向いたまま立っていた。

 

「…………」

 

 その顔は、日に照らされた影響か赤く染まり、目には熱がこもっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、やっちまった……何だよあれ?あれじゃまるで口説いてるみたいじゃねぇか……」

 

 その頃、帰宅した紅夜は車の中で天を仰いでいた。

 

 脳裏に浮かぶのは、ことりに意見をぶつける自分の姿。

 彼女からすれば嬉しい言葉だったのかもしれないが、言った本人からすればかなり恥ずかしい言葉だった。

 

「おまけに、抱き寄せたり手ぇ握ったりなんかして……昔の俺でもあんな事しねぇよ……」

 

 開けられた窓に肘をつき、完全に事故嫌悪する紅夜。

 

「(取り敢えず、月曜に学校行ったら南に謝っておくか。てか、週明けに登校して最初にやるのが謝罪って何だよ)」

 

 一先ず月曜日の予定を決めた紅夜は、車を降りて自宅に入った。

 

 

 そして迎えた月曜日、教室では謝罪し合う紅夜とことりの姿が見られ、後に事情を聴いたμ'sの面々は爆笑しつつ、少し羨ましそうな視線を向けていたという。




 思ったより長くなった……


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第40話~アウトローと女神達への取材~

 今回からアニメ6話に入ります。

 多分2~3話くらいになるかな?


 メイド喫茶での一件から、更に数日が経過した。

 この頃になると、紅夜とことりの間に流れていた気まずい雰囲気はすっかり無くなり、何時もの調子を取り戻している。

 

 そんなある日の昼休み、中庭には穂乃果達2年生と、何故かビデオカメラを携えた凛。そしてマイクを持った希の姿があり、穂乃果にはビデオカメラが向けられていた。

 

「はい、笑って~?」

「次は決めポーズね?」

「う、うん……!」

 

 2人に言われるがまま、穂乃果は笑顔を向けたりポーズを決める。

 その動きに合わせて、凛の傍に控えた希がナレーションを加えていく。

 

「コレが、音ノ木坂学院に新たに誕生したスクールアイドルグループ"μ's"のリーダー。高坂穂乃果、その人だ」

「はいオッケー!バッチリ撮れたにゃー!」

 

 希のナレーションが終わると共に録画を止めた凛が、意気揚々と言った。

 

「あのぉ~、希先輩?ことり達は一体何をやってるんでしょうか……」

「何って、さっきも言ったやろ?各部活の取材動画やって」

「そ、それは覚えてるんですけど……」

 

 正直な話、取材らしい事をしている実感がしない。

 ことりは希から改めて説明を受けても、あまりピンと来ていない様子だ。

 

「じゃあ次は、海未先輩だねっ!」

 

 そんな彼女を無視して、凛は次のターゲットへカメラを向ける。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!いきなり失礼ですよっ!?」

 

 撮影される事に慣れていないのか、海未の頬は僅かに赤く染まっている。

 

「おおっ、その恥ずかしそうな顔良いねぇ~」

 

 何処かの変態親父のようにニヤニヤと笑みを浮かべながらカメラを回し続ける凛。

 そんな彼女の隣で、希は苦笑混じりに言った。

 

「ゴメンゴメン。せやけど、コレも生徒会の仕事の1つでな。どうしても必要なんよ。この取材動画を学校のHPに載せたり、オープンキャンパスとか文化祭で来てくれた中学生の子や親御さん達に見せないといけないから」

「で、ですが……」

「それに、最近はスクールアイドルが流行ってるし、そもそもこういうのって見られてなんぼの世界やろ?君達にとっても悪い話じゃない筈やで?」

「そ、それはそうかもしれませんが、やはり私は嫌です!カメラに映るなんて!」

 

 海未は断固拒否のようだ。元々人前に出るのが得意でないのもあり、こういうものにはかなり強い抵抗があるのだろう。

 

「取材……何てアイドルな響き……!」

 

 その一方、穂乃果は『取材』という単語に酔いしれていた。

 

「ねぇねぇ海未ちゃん、やろうよ!紹介動画見てくれた人が、私達の事覚えてくれるかもしれないし!」

「そうね、断る理由は無いかも」

 

 ことりも乗り気だった。

 

「こ、ことりまで……もう……」

 

 海未も一応、これが必要な事で、今後活動していく際にプラスになるというのは頭では分かっているため、拒否の姿勢は取りつつも無理矢理止めさせようとはしなかった。

 

「取材に協力したらカメラ貸してくれるみたいだし、これでPVも撮れるよね!」

「PV?」

「ホラ、μ'sの動画って未だ3人だけだった頃のものだけでしょ?」

 

 凛の言葉に、穂乃果達3人は頷いた。

 

「それに、あのライブの動画を撮ってくれた人が誰なのかも、未だ分かってないもんね……」

「ええ。一方は紅夜さんのご友人が撮ってブログに載せてくれたものですが、肝心のもう一方が未だ……」

「…………」

 

 穂乃果達は未だ、あのライブを撮影した人物に辿り着けていない。

 あの場で撮影が出来そうなのは、紅夜や瑠璃達を除けば花陽や凛、そして設営や音響を担当していたミカ達くらいだが、全員に聞いても撮影はしていないという。

 念のため希にも聞いてみたが、彼女も首を横に振るだけだった。

 

「まぁ取り敢えず。映像撮ってくれた人に関しては、また何時か見つけたらお礼言うって事にすればええんやない?」

「そうそう。それより先ずは取材だよ!」

「おっと、そうだった!じゃあ早速花陽ちゃん達にも声掛けてくるよ!」

 

 そう言って駆け出した穂乃果に、ことりや海未もついていく。

 

「……そうや。あの子にも声掛けとかな」

 

 それを見送った希はスマホを取り出し、ある人物へと電話を掛けるのだった。

 

「ああ、もしもし?今ちょっと良いかな?……うん、ちょっとお願いがあって……予定空いてるかな?……そっか、じゃあお願い。時間とか決まったら連絡するわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、アイドル研究部の部室には穂乃果達5人が集まっていた。

 結局、あの後花陽達に声を掛けたのは良いものの、急すぎた上に希もやらなければならない事があるようで、次の日の放課後にする事で話が纏まったのである。

 そして今、5人は他の面子に先駆けて部室に集まっているという訳だ。

 

 そして今、テーブルの上にはビデオカメラが置かれており、そこに保存されていた映像が流れていた。

 

「スクールアイドルとは言え、学生である。プロのように時間外で授業を受けたり、早退や欠席が許されている訳ではない」

 

 そんな希のナレーションと共に流れたのは、隠し撮りしたのであろう授業風景。

 そこには穂乃果の姿が映っていた。

 

「昼食を摂ってから、再び熟睡。そしてクラスメイトから注意を受けるという1日であった」

 

 希がそう言うと、映像の中の穂乃果は居眠りしているところを後ろに座る紅夜に小突かれ、驚きのあまり盛大に引っくり返っていた。

 

「……」

「これがスクールアイドルとは言え、未だ若干16歳。高坂穂乃果のありのままの姿で──」

「ありのまま過ぎるよ!て言うかコレ何時の間に撮ったの!?そもそも誰が撮ったのさ!?」

「えへへ……はいっ!」

 

 悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべて手を挙げたのは、ことりだった。

 

「そ、そんな……ことりちゃんが!?」

「コッソリ撮るの、すっごいドキドキしちゃったよ~」

「ひ、酷いよぉ~」

「何が『酷い』ですか。そもそも普段だらけているからこういう事になるんですよ」

「穂乃果先輩らしいにゃ~」

 

 次に流れたのは、海未の部活の風景だった。

 当初は弓道の練習に取り組んでいた海未だったが、突然周囲に人が居ないのを確認すると、傍にあった鏡で笑顔の練習を始めていた。

 

「ぷ、プライバシーの侵害です!」

 

 顔を真っ赤に染め、海未は叫んだ。

 

「じゃあ今度は、ことりちゃんのプライバシーを……ん?」

 

 巻き添えにしてやるとばかりにことりの鞄を開けた穂乃果は、写真らしきものを見つける。

 

「ッ!」

 

 すると、ことりが普段の彼女からは想像出来ない俊敏な動きで鞄を取り返し、後ろに隠して後退る。

 

「こ、ことりちゃんどうしたの?」

「ナンデモナイノヨ?」

「いや、何か片言になって……」

「ナンデモナイノヨ、ナンデモ!」

 

 そんなやり取りを交わしていると、部屋のドアがノックされる。

 

「はーい……って紅夜君!」

「よお。ちょっと失礼させてもらうぞ」

 

 穂乃果がドアを開けると、そこは紅夜が居た。

 

「おや、紅夜さんが来るとは珍しいですね。何かあったのですか?」

「もしかして、遂に私達のマネージャーになる決心が──」

「だからそのつもりは無いって前々から言ってるだろうが……」

 

 期待の眼差しで見つめる穂乃果に溜め息混じりにそう言って、紅夜は目的を語った。

 

「実は昨日、東條に呼ばれてな。手伝ってほしい事があるとか何とか……」

「呼ばれたって……昨日の昼休み、紅夜君居なかったよね?」

「ああ、電話で呼んだんよ。ウチ等ちょっと前に連絡先交換したから」

「「「「え?」」」」

 

 すると4人の声が重なり、希と紅夜を交互に見始める。

 

「ん?皆どうしたん?」

「い、いや。連絡先を交換したって……」

「そ、それに希先輩、紅夜君の事名前で……」

「別にええやん?君達だって名前で呼んでるんやし。ウチだってそれなりに関わってきたんや、仲間外れは寂しいで」

 

 希はそう言った。

 だが、穂乃果達からすれば、希が紅夜を名前で呼んでいる事は良いとしても、連絡先を交換しているのいうのは見逃せなかった。

 

「あ、あの。連絡先を交換したって……?」

「ん?そうやけど……」

 

 不穏な空気を感じ取った希は、もしやと紅夜の方を向く。

 

「まさか紅夜君、穂乃果ちゃん達と連絡先交換してなかったん?」

「ああ。1年生はそもそもそんなに会う機会は無いと思ってたし、高坂達とは学校来たら毎日顔を合わせるからな。別に必要無いだろ」

「せやかて……はぁ~」

 

 希は完全に呆れ返っていた。

 確かに、紅夜の意見は全て間違っているとは言えない。

 だが、こういうのは必要か不要かで片付く問題ではないだろう。

 

「むぅ~!」

 

 現に、穂乃果は食料を詰め込んだハムスターのように頬を膨らませ、海未やことり、そして凛も何処と無く不満げだ。

 そして……

 

「希先輩だけズルい!て言うか順番逆だよ!普通は私達と連絡先交換するのが先でしょ!?」

 

 不満が爆発した。

 実は、以前から連絡先を交換しようと何度か誘っていたのだが、紅夜は悉く断っていたのだ。それが今回、実は希と交換していたのが判明したのだから、彼女よりも一緒に居る時間が長い穂乃果からすれば面白くなかったのだろう。

 

「いや、連絡先の交換に順番もへったくれも無いと思うんだが……それに、だからって態々交換しなくても……」

「言い訳しない!ホラ、早くスマホ出して!連絡先交換するの!」

「凛もするにゃー!」

「では、私も」

「私も~!」

 

 結局誰にも止めてもらえなかった紅夜のスマホには、新たに5人分の連絡先が追加された。

 因みに、その後穂乃果からは花陽や真姫、にこの分も追加すると言われた紅夜が『勘弁してくれ』と肩を落としていたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、そろそろ俺が何故呼ばれたのかを聞かせてもらいたいんだが?」

 

 その後、気を取り直した紅夜が今回の呼び出しの目的を訊ねる。

 

「ああ、それなんやけどね……コレを見てほしいんよ」

 

 希はビデオカメラのSDカードを入れ換え、とある映像を流す。

 そこには、授業を受ける紅夜の姿があった。

 どうやら彼の映像と別口で取っていたらしく、既にナレーションも加えられていた。

 

『彼の名は、長門紅夜。音ノ木坂学院共学化プロジェクトの試験生であり、μ'sの協力者だ』

 

 場面は切り替わり、休み時間に1人で過ごしている風景が映し出される。

 

『普段は1人静かに過ごす事が多く、口数の少なさから未だ謎めいた人物として見られているが、一部のクラスメイトを始め、彼の人となりを知る者からは真面目で優しい人物だと高い評価を得ており、それはμ'sのメンバーも例外ではない。彼女等が今日まで活動を続けている影には、必ず彼の存在があるからだ』

 

 そのナレーションと共に映し出されたのは、ノートの束を運ぼうとしている生徒を手伝っている様子だった。

 そして次の場面では、紅夜が穂乃果と話をしているところだった。

 

『とある事情により、現在はマネージャーの任を離れている彼だが、これまで幾度となく起こったトラブルの解決に貢献していた事からグループ内での信頼は厚く、彼の復帰を望む声も上がっている』

 

 そうして、映像は終了した。

 

「……色々と言いたい事はあるが、先ず何なんだコレは?」

「何って、紅夜君の紹介動画やで?」

「……コレ、要るのか?」

「そりゃ要るよ。こういうのはキチンも知らせないといけないし。えりちもそう言ってたからな」

「何?彼奴もそう言ってたのか?だとしたら、必要……なのか?」

 

 半信半疑な紅夜だったが、絵里の名前を出されると態度が変わる。

 

「……何か、ウチよりえりちの方が信頼されてるみたいやな」

「まぁな。アイドル研究部とのいざこざがあった時は大分無理のある言い訳をしていたが、それ以外ではあまり言う事はないからな。お前みたいな狸女と比べれば未だ信じられる」

「誰が狸や!」

 

 盛大にツッコミを入れる希だが、コホンと咳払いをして気を持ち直す。

 

「と、取り敢えず、紅夜君の紹介動画はこれでええかな?」

「……まぁ、そうだな。取り直すのも面倒だし、もうそのままやってくれ」

「そ、そっか……それじゃあ、後は本人取材をさせてもらって、その後の動画撮るのを手伝ってほしいんやけど──」

 

 希がそう言いかけたところで、部室のドアが勢い良く開く。そこには、全速力で走ってきたのか息が上がり、髪も乱れているにこの姿があった。

 

「しゅ、取材が来るって本当なの!?」

「もう来てますよ、ホラ!」

 

 ことりがテーブルに置かれたカメラを指差すと、にこは何時ものパフォーマンスを始めた。

 

「にっこにっこにー!皆のハートににこにこにーの、矢澤にこです!え~っとですねぇ、好きな食べ物は──」

「あぁ~、ゴメンにこっち。そういうのは今回求めてないから」

「……え、そうなの?」

 

 出鼻を挫かれたにこが訊ねる。

 

「何か、部活動の生徒の素顔に迫るって感じでやりたいんだって!」

「素顔?………あぁ~、成る程成る程!そういうパターンだったのね!ちょっと待っててね~……」

 

 すると、今度はリボンを外して髪を下ろす。

 

「普段、ですか?普段はこんな感じで髪は下ろしてるんです」

 

 そして、また話を始めた。

 

「アイドルの時のにこは、もう1人の私。髪を結んだ時にスイッチが入る感じで……」

 

 そうして自分語りに夢中になっている間に、希達は見ていられなくなったのかゾロゾロと出ていく。

 そして最後には、何時かのように紅夜だけが残された。

 

「普段は自分の事を、『にこ』なんて呼ばないんです」

 

 そして自分語りを終えたにこは、ここで漸く希達が居ない事に気づく。

 

「ちょっと!彼奴等何処行ったの!?」

「連中なら、お前が自分語りしてる間に中庭に出ていったよ」

 

 そう言って、紅夜は外を指差す。

 

「……んで、アンタはなんで残った訳?」

「ん?こういうのは最後まで見なきゃ失礼だからな」

「アンタって変なところで真面目なのね」

 

 にこは呆れたように言いながらも、最後まで見てもらえたのが嬉しかったのか、その口元は綻んでいた。

 

 

 その後は紅夜達も移動し、先に出ていった希達に合流した。

 

「真姫ちゃんも、早く此方来てインタビュー受けるにゃ!」

「嫌よ。そういうの興味無いもの」

 

 どうやら1年生にインタビューをしようとしているところで真姫が拒否しているらしく、撮影組とは少し離れた場所で髪を弄っていた。

 

「もう……」

「まぁまぁ、別にええよ。どうしても受けたくないから、無理強いはせぇへんから」

 

 そう言って凛にウインクする希。それで彼女の意図を察したのか、凛は再びカメラを向けた。

 

「真姫だけは、インタビューに応じてくれなかった」

 

 そのタイミングと合わせ、希がナレーションを始める。

 

「スクールアイドルから離れればただの多感な15歳の少女。これもまた自然な事で──」

「何勝手にナレーション被せてんのよ!」

 

 すると、あっさり釣れる。

 

「(チョロ過ぎだろコイツ……)」

「紅夜先輩、何か言った?」

「何でもナッシ……失礼。何でもない」

「アンタ今噛んだわね」

「喧しい」

 

 それからは本格的にインタビューを始めるものの、緊張した花陽を笑わせようとしたのか、穂乃果が変顔を披露したりことりがひょっとこのお面を持ち出してきたりして、最早インタビューどころではなくなっていた。

 

「おい、お前等。こんなんじゃμ'sが怠け者集団に見られるぞ」

「そうよ。もっと真剣に取り組むべきだわ!」

 

 呆れたように言う紅夜に便乗する真姫。

 

「おおっ、真姫ちゃんが心配してくれてる!」

「ッ!?べ、別にそういう訳じゃ……って、トラナイデ!」

 

 思わず赤面しているところを撮られた真姫は、そう声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りのインタビューを終えた一行は、部室に戻って映像を見直していた。

 

「う~ん、何と言うか……」

「一応、インタビューではある筈ですが……」

「園田、コレが真面目なインタビューに見えるなら1回眼医者行ってきた方が良いぞ」

「……ですよね」

 

 その評価は、受けた本人である彼女等から見ても散々なものだった。

 インタビューらしい事も大して行っておらず、傍から見たら単なるおふざけ動画だ。

 

「流石に、コレをえりちに見せる訳にはいかへんなぁ……」

 

 希も苦い顔をしている。

 

「でも、どうすれば……」

「……まぁ、その辺りは穂乃果ちゃん達で頑張ってもらうとして」

「えぇ~!?希先輩、何とかしてくれないんですか!?」

「お前他力本願かよ……」

 

 紅夜が深く溜め息をつく。そんな彼に苦笑を浮かべつつ、希は言った。

 

「出来れば何とかしてあげたいんやけど、今のウチに出来るのは、誰かを支えてあげる事くらいやからなぁ……」

「まぁでも、インタビューは良くなくても、実際見られるのは練習でしょ?だったらそっちで挽回すれば良いんじゃない?」

 

 すると、にこが口を挟む。

 

「おぉ~、珍しくにこ先輩がまともな事言ってるにゃ!」

「ちょっとそれどういう意味よ!?」

「まぁまぁ、にこっち」

 

 希がにこを諌める。

 その後は彼女の言う通りだと意見が纏まり、屋上で練習する事になった。

 

「じゃあ、ウチはカメラ回してナレーションするんやけど……紅夜君?」

「ん?どうした?」

「いや、『どうした?』じゃなくてやな……」

 

 希は何度目かの溜め息をついた。

 

「せっかくなんやし、紅夜君が練習見てあげたらどうなん?」

「せっかくも何も、俺は単に巻き込まれただけなんだが?結局本人取材とやらもやってないし」

「そっちはこの子達の撮影が終わったら個別にやるつもりやから、大丈夫やで」

「いや、そういう問題じゃ……」

 

 紅夜がそう言いかけたところで、穂乃果からの声が掛かる。

 

「紅夜く~ん!皆準備出来たよ~!」

 

 そちらへ目を向けると、位置についた穂乃果が手を振っているのが見える。

 その傍らでは、海未が頭を下げていた。

 

「ホラ、呼ばれてるで?もうここまで来たんやから、『やっぱなし』ってのは無しや」

「……分かったよ。今回だけだからな」

 

 そう言うと、紅夜は彼女等の元へ歩いていく。

 

「紅夜君、これが振り付けだよ」

「ああ、分かった」

 

 ことりから振り付けが書かれたノートを受け取った紅夜は、一通り眺める。

 

「……よし、大体分かった。早速始めよう」

「今ので!?」

「アンタ一体何者なのよ……」

 

 直ぐ覚えてしまった紅夜に驚きつつも、一行は練習を始めるのだった。




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第41話~取材とリーダー決め会議~

「1、2、3、4、5、6、7、8……!」

 

 晴天の下、屋上には紅夜の声と手拍子が響き渡る。

 

「小泉、少し遅れてるぞ。今よりちょっとだけ早めに動くのをイメージするんだ」

「は、はい!」

「逆に星空は少し先走ってるぞ!あまり焦らないように!」

「はい!」

 

 紅夜はリズムを取りながら、穂乃果達のステップを見ていた。

 

「ちゃんとやりなさいよ~」

「矢澤、鼓舞してるところ悪いが、そこのステップ違うぞ。それはもう少し先のヤツだ」

「うぐっ!わ、分かったわ……」

「西木野、もっと大きく動く!」

「はい!」

「高坂、もうガス欠か?」

「まだまだ!」

「……よし。南、園田!今の動きとタイミング揃ってたぞ。それを今後も続けられるように!」

「「はいっ!」」

 

 間違い等を見つけたら、彼はメモを取りながら指示やアドバイスを出していく。

 

「(紅夜君、中々やるなぁ。心なしか、初ライブの練習見てた時よりも精度が上がってるように見える……流石、あの時からマネージャー頼まれるだけの事はあるな)」

 

 そんな様子を見ながら、希は内心そう呟いた。

 

「じゃあ、ラストだ!ポーズのタイミング、キッチリ合わせるように!」

 

 そうして彼の合図で、各々が最後のポーズを決める。

 あれから何度かやっていただけあって、かなり形になってきていた。

 

「よし、少し休憩にしよう。次はパートごとに見ていくから、イメトレやっておくように」

「「「「「「はーい!」」」」」」

「それから園田、コレをお前等の間で共有しておいてくれ。各々がどのフレーズでミスしているか書いておいたから」

「分かりました、紅夜さん」

 

 休憩に入ってからも、紅夜は水分補給をしながらメモ帳とにらめっこ。

 そしてメモ帳を置いたかと思えば、今度はことりから借りた振り付けのノートを取り出して確認を行い、ことりと話している。

 

「……あれからかれこれ1時間、ぶっ通しでダンスの練習を行って漸く休憩。全員息は上がっているが、不満を言う者は居ない」

 

 希は一先ずそこでナレーションを終え、撮影を止めた。

 そこへ、真姫が汗を拭きながらやって来る。

 

「どうかしら?」

「うん。流石はスクールアイドルって言うか、練習ってなると迫力が違うね」

「……まぁ、今回は練習見るのが紅夜先輩だからね」

 

 そう言って、歌詞や振り付け担当の2人と話し込んでいる紅夜に目を向ける真姫。

 

「フフッ。あれだけやらないって言ってたのに、いざ練習が始まったら凄い真面目にやるんやな、紅夜君は」

「そうね。穂乃果先輩達が言うには、初めて練習を見てもらった時もこんな感じだったらしいわ。最初はずっと断られたのに、マネージャーになって練習に参加すると凄く真面目に取り組んでたって」

「そうみたいやね」

 

 頷いた希は、ここでとある疑問を投げ掛けた。

 

「ところで、こういうのって普通はリーダーが指揮するものじゃない?今回は紅夜君が指揮執ってるけど」

「それは……確かにそうね」

「今のμ'sって、誰がリーダーなん?」

「さあ?その辺キチンと話した事は無いけど……普段の感じからすると、穂乃果先輩ね」

「穂乃果ちゃん、か……ふむ」

 

 希は、ことりから渡された水をガブ飲みして海未に諌められている穂乃果に視線を移した。

 

「……後で、ちょっと聞いてみよっかな。確認したい事もあるし」

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 練習が終わって解散すると、穂乃果、凛、希は穂乃果の家へ来ていた。

 そして、そこにはもう1人……

 

「な、何故俺まで……」

 

 ガックリと肩を落とした紅夜がそう呟いた。

 あれから練習が終わり、本人取材も済ませて帰ろうとしたところを引き留められ、半ば無理矢理付き添いと送迎係に任命されたのだ。

 それから一行は店に入ると、出迎えた穂乃果の母、秋穂(あきほ)に事情を話した。

 

「そういう事は先に言ってよ!あぁ~色々準備しないとぉ~」

 

 すると、彼女は慌ただしく奥に引っ込み、ドタバタと音を立てる。

 

「あぁ~、高坂さん。取材と言ってもそれ程大したものではありませんので、別にそこまでしなくても……」

「そういう訳にはいかないのよ、紅夜君!女の子には人前に出るための準備ってものが必要なんだから!」

「は、はぁ……」

「て言うか、そもそもお母さんってもう女の子って年齢(とし)でもないし、化粧してもしなくても大して変わらな──」

「フンッ!」

「あべしっ!」

「高坂、幾ら身内でもそれは失礼だろ……」

 

 そして2階に上がり、雪穂にも声を掛ける事になったのだが……

 

「雪穂、居る~?」

 

 そう言って、返事も聞かずにドアを開けようとする穂乃果。

 

「ちょっ、高坂!前にも言ったが、今は俺という男が居るんだから返事を貰ってから──」

「え?」

 

 だが、時既に遅し。穂乃果はドアを開けてしまっており、必死にベルトを閉めようとしている雪穂が現れた。

 どうやら、少しでも腰回りを細く見せようとしているようだ。 

 

「あ、後1つ……後1つだけ~!」

「……ッ!」

 

 紅夜は光の速さでドアを閉めた。そして、ゆらりと穂乃果に振り返る。

 

「…………」

 

 それも、顔のあちこちに青筋を浮かばせながら握り拳を震わせ、禍々しいオーラを纏いながら。

 

「ヒィッ!?」

「……きゅぅ」

「アカン、ウチ殺されるかも……」

 

 凛は気を失い、希はその場にへたり込む。だが、彼はそんな2人には見向きもせず、穂乃果に鉄拳を喰らわせた。

 

「………だから、今は男が居るんだから気を付けろっつってんだろうがこのアホンダラぁ!!!

「ご、ごめんなさぁぁ~~い!!」

 

 高坂穂乃果、初ライブの際の海未のジャージずり下げ事件以来の、紅夜からの拳骨である。

 

 その後、動けなくなった穂乃果達を彼女の部屋へ放り込んだ紅夜は、改めて雪穂に謝罪した。

 

「い、1度ならず2度までも……!」

「いや、その……本当に申し訳ない……」

「お姉ちゃんのせいとは言え、これじゃもうお嫁に行けなくなります!責任取ってもらいますからね!」

「だからそれ俺に言われたところでどうにも出来ないんだってば……」

 

 あまりにも理不尽な状況に、思わず涙声になる紅夜だった。

 

 

 その後、騒ぎを聞いてやって来た秋穂の取り成しでどうにか解放された紅夜は、穂乃果の部屋へと入った。

 勿論、ちゃんとドアをノックして許可を貰った上でだ。

 

「うぅ~、未だ痛いよぉ……」

 

 腰を下ろすと、穂乃果がアニメの如く大きなたん瘤を擦りながら言った。

 

「紅夜君力強すぎだよ。そもそも女の子殴っちゃいけないって、お父さんやお母さんから言われなかったの?」

「何を言う?アメリカだと普通に取っ組み合いしてたぞ」

「いやそれアメリカの話だよね!?此所は日本なの!アメリカじゃないの!」

「……日本でも普通にぶん殴ってくる女が居るんだがな」

 

 そう呟いた紅夜は、ちょっとした悪ふざけで女性陣に体重の話を持ちかけて袋叩きにされた、トラックドライバーをしている幼馴染みの姿を思い浮かべた。

 

「な、何と言うか殺伐としてるんやな。紅夜君のお友達は……」

「別にそういう訳じゃないんだがな……」

「でも、あの時の紅夜先輩凄く怖かったにゃ~」

「……悪かったよ」

 

 すると、穂乃果が机を叩いて立ち上がる。

 

「ちょっと待ってよ紅夜君!一番謝るべき相手が此所に居るよね!?私思いっきり拳骨されたんだけど!?」

「あれはお前が悪い」

「そうにゃ。妹さんが何も言ってないのに開けた穂乃果先輩が悪いにゃ」

「ゴメンな穂乃果ちゃん、ウチも今回ばかりは擁護出来んわ……」

「そ、そんなぁ……」

 

 穂乃果はヘナヘナと、その場に座り込んだ。

 

 

 それから暫く話していた4人だが、ふと、希があるものに気づいた。

 

「ん?コレは……」

 

 彼女が手に取ったのは、1冊のノート。そこにはご丁寧に『作詞ノート』とマジックで書かれていた。

 

「コレで作詞してるんやね」

「うん、海未ちゃんがね!」

「……え?」

 

 穂乃果がやっていると思っていたのか、希はポカンとした表情で振り返る。

 

「歌詞は大体海未先輩が作ってるよ!」

「じゃあ振り付け………は、ことりちゃんやろうな。あの時の様子からして」

 

 そこで、紅夜が口を開いた。

 

「そう言えば高坂、お前は普段何してるんだ?」

「普段?えっと、先ずはご飯食べて~」

「ほうほう」

「テレビ見て~」

「ふむふむ」

「他のアイドルの動画見て、凄いなって思ったりして~」

「……うん?」

「あっ、それから海未ちゃんとことりちゃんが上手く出来るように応援もしてるよ!」

「……………」

 

 つまり、何もやっていないという事である。

 

「……ウチ、今日の練習見て思ったんやけど、穂乃果ちゃんって、なんでμ'sのリーダーなん?」

「……う~ん、急に言われても」

 

 穂乃果自身も分からないようだ。

 だが、それは無理もない事だ。何せμ's結成時から今日に至るまで、誰がリーダーをやるのか、なんて話は一切出ておらず、何となくでリーダーの座に収まっていただけなのだから。

 

 

 その後は時間も遅くなったために解散となり、紅夜も一先ずは、この一連の騒動から解放される事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、アイドル研究部の部室には穂乃果達7人が集まっていた。

 

「リーダーには誰が相応しいか……」

 

 暫く続いた沈黙を破ったのは、にこだった。

 

「大体、私が部長になった時点で改めて話し合うべきだったのよ」

「私は別に穂乃果ちゃんのままで良いと思うんだけど……」

「駄目よ」

 

 ことりはそう言って穂乃果を推薦するが、にこはバッサリと切り捨てる。

 

「今回の取材ではっきりしたでしょう?その子はリーダーにはまるで向いてないのよ」

「……それもそうね」

 

 にこの意見に、真姫が同意する。

 中々あんまりな言い方ではあるが、それを咎める者は居ない。当の本人でさえも、自覚しているのか何も言わなかった。

……いや、実際は大して気にしていないのかもしれないが。

 

「今後活動していくのなら、必然的に新しいPVを撮影する必要だって出てくる。なら早いとこ片付けてしまうに越した事は無いわ」

「PV、ですか……?」

「そうよ。リーダーが変われば、センターだって変わるでしょう?次のPVでは、新リーダーがセンターよ!」

「それはそうですけど、どうやって決めるんですか?」

「……ッ!よくぞ聞いてくれたわ!」

 

 率直な疑問を投げ掛けた花陽にそう言って、にこは立ち上がる。そして傍に寘かれたホワイトボードを引っくり返した。

 そのボードには、デカデカとした文字で『リーダーとは!!』と書かれており、その下にリーダーに必要な要素が書かれていた。

 

「良い!?リーダーとは、先ず第1に誰よりも熱い情熱を持って、皆を引っ張っていける事!第2に、メンバーの精神的支柱になれるだけの大きな懐を持っている事!そして第3!」

 

 そう言いかけたところで、にこはボードを強く叩いて強調する。

 

「何よりも、メンバー全員から尊敬される存在である事よ!この条件を全てクリア出来るメンバーとなると……」

「海未先輩か紅夜先輩にゃ!」

「なん……でとは言えないわね。前者は兎も角、後者は」

 

 ツッコミを入れようとしたにこだが、自分が此所に居られるのが紅夜のお陰でもある事は忘れていないのか、一気にツッコミの勢いは失われた。

 

「わ、私ですか!?」

 

 自分が推薦されるとは思っていなかったのか、自身を指差して驚く海未。

 

「そうだね、普段の練習も全部海未ちゃんが指揮執ってるから、絶対向いてるよ。リーダー!」

 

 それに穂乃果も便乗する。

 

「あのですね、穂乃果。貴女何を言ってるか理解しているのですか?」

「え?何って、この中でリーダーに相応しいのは海未ちゃんって話でしょ?」

 

 『それくらい分かるよ』と付け加える穂乃果だが、海未が聞きたいのはそれではなかった。

 

「……確かにそういう事にはなりますが、つまり私がリーダーになるという事は、貴女はリーダーの地位から下ろされるという事なのですよ?何も思わないのですか?」

 

 噛み砕いて説明する海未。だが、穂乃果は相変わらずあっけらかんとしていた。

 

「だって、別にリーダーじゃなくなったからってμ'sから出ていく訳でもないんでしょ?これまで通り皆でやっていく事は変わらないんだし、それで良いじゃん」

「で、でもでも!センターで踊れなくなっちゃうんですよ!?」

 

 花陽からも言われた事で漸く穂乃果も考える姿勢を見せる。だが、それもほんの数秒しか続かなかった。

 

「まぁ、別に良いかな!」

 

 しかも、考えた結果彼女が出した答えがこれである。

 

「という訳で、μ'sの新リーダーは海未ちゃんという事で──」

「ま、待ってください!私にリーダーなんて、無理ですよ……」

「面倒な人」

「うぅ……」

 

 真姫の辛辣な一言が、海未の心を抉った。

 

「それじゃあ、ことり先輩とかどうかな?」

「え?私?」

 

 目をぱちくりさせることり。

 

「う~ん……ことり先輩だと、どちらかと言えば副リーダーだと思うにゃ」

 

 凛がそう言った。

 確かにことりは、先頭に立って引っ張るよりは影から支える方が得意なタイプだ。

 本人にその自覚は無いかもしれないが、紅夜が此所に居れば、間違いなく凛の意見を支持するだろう。

 

「なら紅夜先輩はどうなの?あの人、昨日の練習で私達の動き見ながら何処が良いとか悪いとかメモ取ってたし、アドバイスも……まぁ、中々分かりやすかったし」

「ん~、私もそう思うんだけど……」

「何度勧誘しても断られてますからね」

 

 真姫の提案に、穂乃果も海未も微妙な表情だ。

 

「て言うか、そもそもなんで彼奴はマネージャーじゃないのよ?入部届けに名前無かった時、結構驚いたんだから」

「あ~、えっと……」

「実はですね……」

 

 穂乃果達2年生は、初めて勧誘した時の事を話した。

 

「……何それ?それじゃあまるで、彼奴は他人を信用してないみたいじゃない!」

()()()じゃなくて、実際してないんでしょ。だからそういう理由で断ってるんじゃない」

 

 口では達観したように言う真姫だが、内心では不満を募らせていた。

 あの時、自分もμ'sに入ろうと決意する後押しをしてくれたのは紅夜の言葉だ。

 加入後も相変わらずつっけんどんに接してしまうが、それでも彼には高い信頼を寄せている。

 だが、当の本人は音ノ木坂の人間を誰も信用していないというのだから、それに不満を持つのは当然だった。

 

「でも、それじゃあ1年生がリーダー?」

「流石にそれは、ちょっと気が引けるかな……」

 

 すると、にこがやれやれといった雰囲気を隠さず立ち上がる。

 

「全く、仕方無いわね~」

 

 だが……

 

「やっぱり、穂乃果ちゃんのままが良いと思うんだけど……」

 

 あっさりスルーされる。

 

「仕方無いわね~」

 

 2度目の声を上げるも、

 

「私としては、海未先輩を説得する方が良いと思うけど?」

「で、ですから私は……!」

「じゃあ今から紅夜先輩引っ張ってくる?」

 

 またもやスルー。

 

「仕方無いわね~!」

 

 3度目も……

 

「と、投票が良いんじゃないかな……」

「じゃんけんとかは……?」

 

 最早聞こえないフリをしているのではないかと思う程にスルーされ、

 

『しーかーたーなーいーわーねー!!』

 

 4度目。この時は最後の手段とばかりに拡声器を持ち出すも……

 

「……で、どうしよっか?」

「う~ん……」

 

 終始スルーされっぱなしで終わった。

 

「……えぇい、分かったわよ!じゃあ、誰もが文句を言えないやり方で決めようじゃない!」

「「「「「「え?」」」」」」

 

 やけくそになったように拡声器を段ボールの山へ放り投げ、にこは次の提案をする。

 

「このままウダウダ話し合いを続けたって埒が明かないわ。だから投票でもじゃんけんでもなく、誰もが納得出来る形で決めようって言ってんの!ホラ、早速行くからついてきなさい!」

 

 そうしてにこは、先に部室を飛び出してしまった。

 

「……どうしましょうか?」

「取り敢えず追い掛けようよ。何するつもりなのか気になるし!」

 

 こうして穂乃果達も部室を出て、にこを追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、秋葉原のゲームセンターの一角にて……

 

「ま、マジかよ……こんなのって……」

 

 とあるダンスゲームの前で、1人の男が項垂れていた。

 彼は、この辺りではそれなりに名の知れた音楽ゲーマーで、大抵の音楽ゲームは遊び尽くしていた。

 店内ランキングでは上位常連で、全国ランキングに載る事もあった。

 

 そんな彼が今回挑戦したのは、そのダンスゲームの最高難易度、『Apocalypse Mode Extra(アポカリプスモード・エキストラ)』。

 

 並大抵の運動神経ではクリア出来ない、正にそのダンスゲームの究極で、初めて挑んだ際には何度も失敗に終わったものだ。

 

 それから暇さえあればこのゲームセンターに足繁く通い、そして今日、何とかクリアする事に成功したのだ。

 しかし、『上には上がいる』とはよく言ったもので、彼の店内ランキングはランキング外。

 だが、それは別に構わなかった。腕を磨いてランキングに載れるようになれば良いだけの話だからだ。

 しかし、画面に表示されたランキングには、中々お目にかかれない文字が表示されていた。

 

 ランクFから始まり、E、D、C、B、A、AA、AAA、そしてS、SS、SSSと、最早多すぎだとツッコミを入れられてもおかしくない具合に分けられたランキングで、上位6つが全てランクS以上だったのだ。

 AAAすら難しい、このモードで。

 

「……それにしても、一体何者なんだよ、コイツ等は?しかも、しれっと全国ランキングの上位も独占してやがるし……」

 

 悔しさを隠さず画面を睨み付ける男。

 そこには次のように表示されていた。

 

 

1位、ランクSSS ZOE9548

2位、ランクSS み75-64

2位、ランクSS ら15-64

4位、ランクS さ15-84

4位、ランクS な96-43

4位、ランクS ゆ63-71

 

 

 そして、こんな鬼のようなランキングを作った張本人達は……

 

 

 

 

「いや~、あのダンスゲーム中々楽しかったな!」

「ええ。まさか店内ランキングどころか全国ランキングでも上位を独占するとはね」

「まさか、私ですらランクS取れるとは思わなかったわ」

「綾も、中々良いところまで行けてたよな」

「ランキング外だったけどね……次こそはランキングに載せてみせるわ!」

「でも良かったの?皆車のナンバーで登録しちゃって」

「構う事ぁねぇよ、雅。どうせ変なネーミングセンスの連中としか思われねぇだろうし、マジのナンバーと気づかれてもピンポイントで見つけられるなんて殆んど無いだろうしさ!な、紅夜!」

「ああ、その通りだよ大河」

 

 駐車場にて各々の愛車の前に立ち、ジュース片手に談笑していた。

 

 彼等の車のナンバープレートには、確かにあのゲームのランキングに登録されていた通りの文字や数字が記されていたのだった。



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第42話~女神達のリーダー決定戦~

 紅夜達がダンスゲームで越えられない壁を作っていた頃、μ's一行は秋葉原のとあるカラオケに来ていた。

 

「あの、にこ先輩?どうして私達はカラオケに来ているのでしょうか……?」

「そんなの決まってるでしょ?歌とダンスで決着をつけるためよ!」

 

 戸惑った様子で疑問を投げ掛ける海未に、にこが答える。

 

「皆で得点を競うって事かにゃ?」

「そういう事!一番歌とダンスが上手い者がセンターになる……どう?これなら文句無いでしょ?」

 

 何とも分かりやすい決着のつけ方である。

 

「ですが、私カラオケは……」

「私も、あまり歌う気はしないわね」

 

 経験があまり無いのか気乗りしない様子の海未の隣では、真姫がどうでも良さそうにしていた。

 

「あら、そう?じゃあ歌わなくて結構。リーダーの権利が消失するだけだから」

 

 そう言うと、にこは隅に座ってポケットからメモ帳を取り出した。

 

「(こんな事もあろうかと、高得点を取りやすい曲は既にピックアップ済み。これなら勝負の結果なんて火を見るより明らかね……)」

 

 そして、いざ始めようと振り向いた時には、既にテーブルにポテトやドリンクが並べられており、穂乃果達は和気藹々とお喋りに興じていた。

 

「アンタ等緊張感無さすぎ!てか何時の間に注文してたのよそれ!?」

 

 その後、何だかんだで全員が1曲ずつ歌い、その得点をことりがメモしていた。

 

 結果は以下の通りだ。

 

 

穂乃果 93点

ことり 92点

海未 94点

花陽 96点

凛 90点

真姫 97点

にこ 93点

 

 

 にこもそうだが、穂乃果達は日頃の練習の成果もあってか全員が90点以上を叩き出していた。僅かに差はあるものの、ほぼ誤差の範囲である。

 

「こ、コイツ等、化け物か……?」

 

 予想外の結果に、にこはドン引きした様子で呟いた。

 

 

 次に一行がやって来たのは、ゲームセンター。

 

「さあ、次は何れだけダンスが上手いかを競うわよ!今回使うのはこのゲームの最高難易度、『Apocalypse Mode Extra』!さっきのカラオケみたいに簡単に出来るとは思わないことね!」

 

 筐体の隣に立って宣言するにこだが、少し離れた場所では穂乃果やことり、そして凛がクレーンゲームに興じていた。

 

「だからちょっとは緊張感持てっつってんでしょうが!しかも然り気無く景品獲ってるし!」

「え~?でも凛、運動は得意だけどこういうダンスゲームはやった事無いにゃ~」

「ええい、言い訳無用!ホラ、ウダウダ言ってないでさっさとやる!」

 

 3人を筐体の方へ引き摺りながら、にこはまたしても暗い笑みを浮かべていた。

 

「(フフン、今までダンスの練習を重ねてきたとしても、ド素人が簡単にクリアなんて出来る訳無いわ。何せ、この『Apocalypse Mode Extra』は他のどんなダンスゲームよりも難しくて、今までSに辿り着けた者は殆んど居ないなんて言われてるんだから)」

 

 だが、そんな彼女の企みはあえなく崩れ去る事になった。何故なら、自信無さげだった凛がAAを叩き出したからだ。

 

「何か出来ちゃった!」

「……マジか」

 

 その後は穂乃果達も順番にプレイしていき、最終的には次のような結果となった。

 

 

穂乃果 A

ことり B

海未 A

花陽 C

真姫 B

凛 AA

にこ A

 

 

 今回の難易度から考えれば、十分な高ランクである。

 

「あ~あ、それでも凛はランク外か……何か悔しいにゃ」

 

 その後、ゲーム画面に表示される店内ランキングを見た凛は、自分がランキングに載っていない事を残念がっていた。

 

「仕方無いよ。こういうゲームじゃよくある事だし」

「確かにそうだよね。ホラ、あれ見てよ」

 

 そう言って穂乃果が指差したのは、有名な太鼓ゲーム。

 そこでは2人の若い男性がプレイしているのだが、そのバチの動きから明らかに難易度の高い曲を選んだ事が分かる。

 しかも、見る限りノーミスだった。

 

「あのゲームは大抵のゲームセンターに置いてありますからね。きっと、ゲームセンターに行った際には何度もやっていたのでしょう」

 

 海未がそう言った。

 一方で、ことりは画面に映るランキングをじっと見ていた。

 

「それにしても、この人達凄いね。全員がランクS以上だよ」

「しかもトップはSSS……相当やり込んだか、元からダンスが得意な人がやったのね」

 

 すると、他の面々も改めてゲーム画面を見つめる。

 

「確かに、凄いね」

「実はプロのダンサーとかがやってたりして!」

 

 穂乃果や凛がそう言う中、花陽は画面を見つめながら口をあんぐりと開けていた。

 

「こ、こここ……コレは……!」

「花陽、アンタも気づいたようね」

「え?どうしたの2人共?」

 

 2人の尋常ではない様子に首を傾げる穂乃果。そんな彼女に、にこは答えた。

 

「この人達の名前、よく見てみなさい」

「名前って言ったって……コレ、名前って言えるのかな?」

「車のナンバーのようですが……」

「それです!」

 

 そこで、花陽が声を上げた。

 

「このナンバーを見て確信しました………間違いなく、BLITZ BULLETの人達です!」

「……?それって、前に言ってた人達だよね?音楽系のWeTuberグループで、しかも紅夜君の幼馴染みだったって……」

「そうです、そうです!まさか、あの人達もやってたなんて……」

「しかもこの日付、今日よ」

 

 真姫が各欄の右端に表示されている日付を指差して言った。

 

「あぁ、何て事でしょう……もう少し来るのが早ければ、BLITZ BULLETの人達に会えたかもしれないのに!」

「……あんな話し合いなんてせず、もっと早くに此所来ておけば良かったわ」

 

 そう言って、花陽とにこは暫く項垂れていた。

 

 

 

 それから数分後、漸く2人も落ち着きを取り戻したが、未だに決着はつかないままだ。

 そこでにこが次に提案したのが……

 

「……オーラ、ですか?」

「そう!アイドルとして、最も重要なものと言っても過言じゃないわ!」

 

 そう、オーラだった。

 

「歌は下手くそ、ダンスも大して上手い訳じゃない。なのに何故か人が集まってくる……それはすなわちオーラ!人を惹き付ける魅力があるって事よ!」

「そ、それ凄く分かります!何故か放っておけなくなっちゃうんですよね!」

 

 同じアイドル好きの花陽が食いついた。

 

「でも、そんなものどうやって競うのですか?先程のカラオケやダンスゲームみたいに、数値やランクに出るものでもありませんし、競いようが無いのでは……?」

「それなら問題無いわ、ちゃんと準備も済ませてるから」

 

 そう言ってにこが取り出したのは、μ'sの宣伝チラシだった。

 彼女は各々に同じ枚数ずつ配って言った。

 

「オーラがあれば、黙ってても勝手に人が寄ってくるもの。今から1時間、その間に最も多く配った人が、オーラがあるって事よ!」

 

 少々強引な理由ではあるものの、他に手段がある訳でもない。

 それに勝負とは言え、チラシ配りならμ'sの宣伝にもなるために断る理由も無く、メンバーは道行く人々にチラシを配り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、紅夜は瑠璃達幼馴染み5人と共に秋葉原を歩き回っているところだった。

 

「いやぁ~。やっぱ観光と言ったらアキバに限るぜ!」

 

 オタクでもある大河は、体を伸ばしながら嬉しそうに言った。

 以前は紅夜や瑠璃といったように個人と歩き回っていたが、こうして幼馴染みグループ全員と歩けるのが嬉しかったのだ。

 

「♪~」

「綾ちゃんは相変わらず、紅夜君にベッタリだね」

 

 上機嫌で紅夜の腕に抱きついている綾を微笑ましそうに見ながら雅がそう言うと、蓮華は瑠璃に声を掛ける。

 

「ホラ、瑠璃。紅夜君の左腕空いてるわよ?」

「い、言われなくても分かってるわよッ」

 

 そう言って、負けじと紅夜の左腕に抱きつく瑠璃。

 急に抱きつかれた紅夜からは『歩きにくい』と苦情が入るが、瑠璃はお構いなしだ。

 

「……負けないわよ」

 

 そして、綾も抱きつく力を強める。

 

「おーおー、お熱いねぇ」

「おいおい達哉、まさかこれだけで終わりだと思っちゃあいねぇよな?」

 

 前に回り込んで冷やかす達哉に、大河が言う。

 

 そう、紅夜に好意を寄せているのは、この2人だけではない。今はアメリカであちこち走り回っているであろうアレクサンドラやエメラリア。そしてイレーネが控えているのだ。

 更に言えば、今の紅夜は音ノ木坂学院という女子校に通い、そこで誕生したスクールアイドルと関わりを持っているのだ。

 

「まるでハーレムアニメの主人公だな」

「違いない」

 

 そんな彼等を見ながら、他の4人は楽しそうに笑った。

 

 そうしている内に、彼等はとある通りに差し掛かった。偶然にも、μ'sの面々がチラシ配りをしている通りである。

 

「ああ、そうそう!此所にオススメのショップがあるんだよ。ホラ、此方だ!」

 

 そう言って駆け出す大河。その姿は、さながらおもちゃ売り場ではしゃぐ子供だ。

 

 そして角を曲がり、目当てのショップに近づいた時だった。

 

「にっこにっこにー!コレ、お願いするにこ!」

 

 謎の掛け声と共に、制服姿の小柄なツインテールの少女、にこが躍り出てチラシを差し出してきたのだ。

 

「…………」

 

 オタクであるため、コスプレやキャラへのなりきり等にそれなりの耐性がある大河でも、許容範囲を超えていたのか思わず固まってしまう。

 

「……あ~、すんません。俺ちょっと急いでるんで」

 

 一先ず刺激しないように言葉を選びつつチラシを断り、隣をスッと通り抜けようとする。

 

「ッ!」

「ぬおっ!?」

 

 だが、にこは逃がすものかと彼の腕を掴み、必死の形相で引き留めていた。

 実は、他の6人がそれなりの数を配っているのに対して彼女の成果は芳しくなく、自らがリーダーになろうと思っていた事もあって焦りが出ていたのだ。

 

「ちょぉぉおおい!?何か腕掴んできたんですけどこの人!?てか顔怖ぇ!?」

 

 だが、そんなにこの事情など知る由もない大河は、まるで痴漢を疑われたサラリーマンのようにパニックになるばかり。

 すると、にこの肩が軽くつつかれる。

 

「ちょっとそこの貴女、私の幼馴染みに何かご用かしら?」

 

 そして口調こそ優しいものの、威圧感を感じさせる女の声が後ろから掛けられる。

 

「え?」

 

 にこが振り向くと、そこには口元だけが笑っている蓮華の姿があった。

 

「私の幼馴染みに、何かご用かしら?」

 

 そう言いながらにこを見つめる蓮華。その目は全く笑っておらず、『返答次第では殺す』と語っていた。

 

「ひぃっ!?」 

 

 そのあまりの気迫に、思わず大河の手を離して後退るにこ。

 その内瑠璃や達哉達も合流し、自分より遥かに体格の勝る男女に囲まれ、にこはすっかり萎縮する。

 

「ん?にこ先輩どうしたんだろ?」

 

 そんな時、穂乃果が異常に気づく。他の面々もにこが複数の男女に囲まれているのに気づき、何事かと寄ってきた。

 

「あの、何かありましたか?」

「う、海未ぃ……」

 

 救世主が現れた安心感から、涙目で海未の名を呼ぶにこ。

 

「ん?……あら、貴女はμ'sの……」

「え?……あぁ!」

「前のライブに来てくれた人達!」

「という事は……」

 

 ことりが身を乗り出すと、『自分は関係ありません』と言わんばかりに背を向けている紅夜の姿を捉えた。

 

「紅夜君!」

「……ああ」

 

 流石に名前を呼ばれては無関係を装いきれないと判断した紅夜は、振り向いて答えるのだった。

 

 

 

 

  

 

 

 それから一行は近くの喫茶店へと場所を移し、にこと大河から事情聴取を行っていた。

 

「成る程、そんな事があったのか……まぁ矢澤の性格的にやりそうとは思ったが、まさか本当にやるとはな……」

 

 一通り話を聞き終えると、紅夜は呆れたようにそう言った。

 

「全く、何をやってるんですかにこ先輩……」

「だ、だって仕方ないじゃない!チラシ貰ってくれなかったんだもの!」

「だからって無理矢理引き留めて受け取らせる理由にはならないでしょう!」

「大河も大河だ、お前こういうチラシは大抵受け取ってたのに何スルーしてんだよ?」

「いや、その……いきなりあんなテンションで来られたから、思わず思考停止しちまったっつーかさ……」

 

 通行人を無理矢理引き留めて受け取らせるという暴挙に出たにこが海未から咎められている一方で、大河も達哉からの小言を貰っていた。

 

「あの、辻堂さん?あまり篝火さんを責めないでください。悪いのは此方ですので……」

「おぉ、園田ちゃんの優しさが五臓六腑に染み渡るぜ……」

 

 フォローを入れる海未に感動する大河。その傍らでは、花陽が歓喜に震えていた。

 

「ま、まさかあのBLITZ BULLETとご一緒出来る日が来るなんて……!」

 

 未だ日が浅いとは言え、彼女もBLITZ BULLETのファン。それが今、こうして一緒のテーブルを囲んでいるのだから、中々貴重な体験だった。

 

「へぇ、アンタ瑠璃達のファンだったの」

 

 その様子を見た綾が言う。

 

「はいっ!未だファンになったばかりですけど、動画は一通り見せてもらいました!」

「あら、それは光栄ね」

 

 紅夜達を真似て、あくまでも趣味の一環として始めただけに過ぎないものの、やはりこうして面と向かって言ってくれるのは嬉しいのか、瑠璃の表情は柔らかい。

 蓮華や雅達も、そんな花陽を微笑ましそうに見ている。

 

「そ、それでですね。実は此方のにこ先輩も皆さんのファンなんです。サインも持ってて……」

「サイン?」

「達哉君忘れたの?登録者10万人記念におふざけでやったでしょ?」

 

 何の事かと首を傾げる達哉だが、雅に指摘された事で漸く思い出す。

 

「……ああ、あのサインか!お前さんあれ当てたのか!」

「まさか当選者さんだったとはな……」

「それにしても、あれを当てたなんて中々の強運ね」

「い、いやぁ~……」

 

 にこは照れ笑いを浮かべていた。

 

 実は、瑠璃達BLITZ BULLETが企画した登録者10万人記念のサインは完全に彼女等のおふざけから始まったもので、それ故に応募も大して来ないだろうと、抽選5名とかなり少なめに設定されていた。

 瑠璃達としては『応募が2、3人来たら万々歳』程度にしか思っていなかったのだが、その予想に反してかなりの数の応募が殺到。設定した当選者数が少なかったのもあり、倍率20倍以上というとんでもない事態になったのである。

 

「あれにはビビったよな~」

「ああ、雅なんて焦りながら紅夜に電話してたくらいだし」

「ホントホント、なんで紅夜君に電話なんてしたんだろうね?」

 

 当時の事は彼女等としても中々の思い出になっているのか、そう言って笑い合っている。

 最近では少しずつ感情を見せるようになったとは言え、基本的には表情を動かさない紅夜もクスクスと笑っていた。

 

「(紅夜君って、こんな風に笑ったりもするんだな……)」

 

 穂乃果は、幼馴染み達と楽しそうに笑い合う紅夜の姿を微笑ましく思う反面、その笑顔が自分達にも向けてもらえない事を残念に思った。

 別に、笑ったからどうこう思う訳ではなく、寧ろそういう感情はどんどん前に出してほしかったのだ。

 

「(今まで見た紅夜君の顔って、殆んど真顔だもんね……笑った顔なんて、あまり見た事無いかも)」

 

 

──もっと笑ってほしい。その笑顔を自分達にも向けてほしい。

 

 

「(でも、私だって……私達だって、紅夜君の友達なんだもん……!)」

 

 穂乃果は、目の前で紅夜と楽しそうにしている瑠璃達や、アメリカでも同じように接していたのであろう彼の走り屋仲間達に嫉妬した。

 確かに、彼女等と比べれば付き合いは短いし、共通の趣味も殆んど無い。ましてやプライベートでの交流なんて皆無だ。

 それでも、彼と仲良くなりたい、互いに信頼し合える仲になりたいという気持ちは、瑠璃達にも負けないつもりだった。

 

「(何時か絶対に………笑ってもらえるような仲になるんだから!)」

 

 心の中で改めて決意する穂乃果。

 そんな彼女の心の片隅には、それ以上の特別な何かが芽生えようとしているのだが、それに彼女が気づくのはもう少し先の話である。

 

 

 

 

 

 

 あれから暫く話した後、話題は再びリーダー決定戦に戻る。

 

 

「成る程。新リーダーがセンターねぇ……」

 

 事情を聞いた達哉がそう言った。

 

「なぁ園田ちゃん。ちょっとその勝負の結果とやらを見せてもらっても良いかな?」

「?ええ、構いませんが……」

 

 そうして大河には、カラオケ、ダンス、そしてチラシ配りの結果が書かれたメモが渡される。

 彼は一通り目を通すと、紅夜に渡して意見を求めた。

 

「……見たところ、総合的には全員ほぼ同じようなものか」

「そうみたいね。花陽は歌の成績が良い代わりにダンスの成績が低くて、凛はその逆。ことりは歌やダンスは平均的でもチラシ配りは抜きん出ていた、と……」

 

 綾もメモを覗き込む。

 

「……」

 

 紅夜は暫くメモを眺めた後、こんな質問を投げ掛けた。

 

「今更なのを承知で聞くが……そこまでしてでもリーダーって必要なのか?」

「「「「「「えぇっ!?」」」」」」

 

 すると、穂乃果を除いたμ'sの面々が驚く。

 

「確かに紅夜君の言う通り、別に無くても良さそうだよね」

 

 穂乃果も紅夜の意見を支持した。

 

「ちょ、ちょっと!アンタ等それ本気で言ってるの!?」

「「うん!(ああ)」」

 

 信じられないものを見るような目で訊ねてくるにこに、2人は同時に頷いた。

 

「別にリーダー無しでも全然やっていけると思うよ?今までずっとそれでやってきたんだし」

「そうだな、俺も一応はリーダーの地位に収まってるが、正直言って誰がリーダーでも変わらんからな」

 

 そんな2人の返答に、瑠璃は相槌を打った。彼女もまた、BLITZ BULLETというチームのリーダーではあるものの大してリーダーらしい事はしておらず、WeTuberグループとして活動していく便宜上名乗っているだけに過ぎないのだ。

 

「で、ですが……」

「リーダー不在のグループなんて、今まで聞いた事無いわよ!?」

 

 それでも難色を示す海未に、にこが同調する。

 これまで様々なアイドルを調べてきた彼女にとっては、リーダーが居ないグループなど前代未聞であり、中々すんなりとは受け入れられなかった。

 

「と言うか、そもそもセンターに関してはどうするつもりなの?一応は新リーダーがセンターになるって話だったでしょ?」

「そんなの皆でやれば良いじゃない」

 

 すると、綾がそう言った。

 

「皆?」

「そう、皆よ」

 

 鸚鵡返しに聞き返す真姫に頷き、綾は言葉を続ける。

 

「大体リーダーもセンターも、別にこの人じゃないと出来ないってなるような大層なものでもないんだし。そもそも、センター1人だけを態々決める必要ってあるの?グループなのに」

「そうだな。俺や瑠璃達もチームでダンスする時は、誰がセンターなんて決めてないしな」

「てか、そもそも皆1回は目立つようにポジション調節してるしな!」

 

 紅夜と達哉が綾の意見を支持すると、それに穂乃果も頷いた。

 

「綾ちゃん達が言ったように、誰か1人だけが主役になるんじゃなくて、皆が主役になるんだよ!皆が歌って、皆がセンターになれる。そんな歌って出来ないかな?」

 

 そう言ってメンバーを見回す穂乃果。

 

「……まぁ、そうですね。出来ないという事は無いかと」

「私もよ。あまり聞いた事は無いけど、だからって作れない訳じゃないわ」

 

 海未と真姫が頷いた。

 

「ダンスはどう?そういう振り付けって、作れそうかな?」

「うん、出来ると思うよ。この7人なら!」

 

 振り付け担当のことりも、穂乃果の意見に頷いた。

 

「わ、私も。そんな曲が出来たら素敵だと思います!」

「凛もそう思うにゃ!」

「……まぁ、言われてみればその通りね」

 

 満場一致で、意見は固まった。

 

 

 

 

 

 その後、紅夜達は先に帰っていき、穂乃果達は置いてきた荷物を回収するために学校へ戻ってきた。

 

「でも、本当にリーダーを決めなくて良かったのかな?」

「いいえ、花陽。リーダーはとっくに決まってますよ」

「不本意だけどね」

 

 不安そうに呟く花陽に、海未と真姫が答える。そんな彼女等が向けた視線の先には、全ての発起人の姿があった。

 

「何事にも囚われず、一番やりたい事や面白い事に真っ直ぐ向かっていく……それは、穂乃果にしか出来ない事です」

「それに、今此所には居ないけど、無愛想な態度で私達とは距離を取ろうとしてる癖に、何だかんだで道を示してくれる人が居るでしょう?」

 

 その言葉に、全員が1人の青年の姿を思い浮かべる。

 

「そうね、私も彼奴には助けられたわ。お金取られた恨みはあるけど」

「それはにこ先輩が穂乃果先輩や海未先輩のポテト盗ったのが悪いにゃ」

「う、うっさい!」

「………」

 

 花陽は、そんな彼女等のやり取りを見た後、

 

「……フフッ、そうですね!」

 

 満面の笑みで頷いた。

 

「…………ありがとう、紅夜君」

 

 前を歩きながらもそのやり取りを聞いていた穂乃果は、何処かで車を走らせているであろう紅夜に向けて、小さく礼を言った。

 

 

 

 それから数日後、スクールアイドル専用サイトにμ'sの新曲が投稿される。

 その曲には、このようなタイトルが付けられていた。

 

 

 

 『これからのSomeday』と。



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第43話~アウトローとラブライブ~

 明日から派遣先の入構日だ~。

 1週間以上待機させられたり貸出品のチャリ(フロントタイヤが歪んだ粗悪品)パクられたり(奇跡的にも奪還成功)したけど、漸くです。   


 まあ、それはさておき、最新話をどうぞ!


「んぅ~~っ!……よし、取り敢えずはこんなモンで良いかな」

 

 μ'sの新曲が発表されてから数日後の放課後、紅夜は1枚の書類を書き終えたところだった。

 その書類に書かれているのは、音ノ木坂学院の校風や設備、生徒の雰囲気、周辺の施設と言った学校関連の情報だった。

 そう、彼が書いていたのはレポートだ。

 試験生としてこの学校で生活する際、学期ごとに理事長である雛に提出する事になっているのである。

 

「(まぁ、提出期限は学期末な訳だが……1度見せておいた方が良いかな?いや、その前に絢瀬かな)」

 

 そうして立ち上がった紅夜は、教室を出て生徒会室へ向かう。だが……

 

「……居なかったか」

 

 絵里達は居らず、そもそも生徒会室が開いていなかったのだ。

 

「まぁ、毎日やってるとは限らんしな……仕方ない。彼奴のクラスも知らんし、今日のところは出直し──」

 

 肩を落としながら歩いている時だった。

 

「きゃっ!?」

「うおっ!?」

 

 猛スピードで階段を駆け降りてきた花陽とぶつかりそうになる。

 

「な、何だ小泉か……一体どうしたんだ?そんなに慌てて」

「こ、紅夜先輩!大変なんです、急いで部室まで来てください!」

 

 そう言うや否や、走り去ってしまう花陽。そんな彼女を呆然と見ていると、再び階段からドタドタと足音が聞こえてくる。

 

「紅夜先輩、さっき花陽が通らなかった!?」

 

 その声へ視線を向けると、そこには真姫の姿があった。

 

「あ、ああ……何か知らんが、随分慌てた様子で走っていったぞ」

 

 そう言って、紅夜は花陽が走っていった方を指差す。

 

「そう……」

 

 真姫はそう答えた。

 どうやら、真姫も彼と会う前に花陽に会ったらしく、いつになく慌てている彼女を不思議に思って追い掛けていたらしい。

 

「それにしても、あんなに慌ててる小泉は見た事無いな……一体何があったのやら?」

「……私にもよく分からないけど、少なくとも何かあったってのは確実よね……先輩、私達も行くわよ!」

「は?」

 

 紅夜が聞き返した次の瞬間には、真姫は紅夜の手を掴んで走り出していた。

 

 他の生徒達から好奇の視線に晒されながら廊下を駆け抜けた2人は、アイドル研究部の部室へ辿り着く。

 ドアを開けると、そこにはにこを除いた全員が揃っていた。

 

「あっ、真姫ちゃん!それに紅夜君も!」

 

 2人に気づいた穂乃果が声を掛ける。

 

「紅夜君も来てくれたんだね!」

 

 ことりも彼等に気づいて声を掛ける。海未も彼に気づくと、ペコリと頭を下げた。

 

「よ、よう……さっき西木野に会ってな」

「それで2人仲良く来たのかにゃ?」

 

 そう言って、握られた2人の手を指差す凛。

 

「え?アンタ何言って…………ッ!?」

 

 何を言っているのかと首を傾げる真姫だったが、自分が紅夜の手を掴んでいるのを思い出すと、顔を真っ赤に染めて即座に手を離した。

 

「こ、これは!その……」

 

 すると、良い言い訳が見つからなかったのか、真姫が紅夜に目を向けた。

 『何とかしろ』と、その目は語っている。

 

「(やれやれ、お前が勝手に引っ張ってきたんだろうが……)」

 

 紅夜はその理不尽さに呆れながらも、話を逸らした。

 

「そんな事より、小泉がやたら慌てて走っていっんだが、何かあったのか?」

「あぁ、実はね──」

「ラブライブですっ!」

 

 答えようとした穂乃果を遮って、花陽が声を上げた。

 

「ラブライブが、遂に開催される事になったんです!コレはスクールアイドルファンにとっては一大事ですよっ!」

「……いや、そもそもラブライブって何だよ?」

 

 首を傾げる紅夜に、花陽は説明を始めた。

 

 

 簡単に言えば、ラブライブというのはスクールアイドルの全国大会だ。

 全国からエントリーしたグループの中からランキングの上位20組が出場し、優勝を決めるというものである。

 

「噂には聞いていましたけど、まさか本当に開催されるとは……!」

 

 スクールアイドル好きなだけあって、パソコンを操作しながら語る花陽の目は生き生きとしていた。

 

「へぇ~、そんなに人気なんだ」

「まぁ、スクールアイドルは全国的にも流行ってるみたいですからね」

「盛り上がること間違いなしにゃ!」

 

 共に画面を見ていた穂乃果、海未、凛も口々に言う。因みに、真姫や紅夜は少し離れた所から様子を窺っていた。

 

「今のアイドルランキングから上位20組が出るとなると……1位のA-RISEは先ず確実に出場するとして、2位と3位は……もう、正に夢のイベントです。チケット発売日は何時で、初日特典は何なのでしょうか……!」

 

 恍惚とした表情でスマホを取り出し、ラブライブの専用サイトを開く花陽。

 

「……て言うか花陽ちゃん、もしかして見に行くつもりなの?」

 

 すると、花陽が鋭い目で穂乃果を睨んだ。

 

「そんなの当たり前じゃないですか!コレは、スクールアイドルの歴史に残る一大イベントなんですよ!?見逃すなど有り得ません!」

「お、おぉう……」

 

 その剣幕に圧される穂乃果。その様子を、真姫は呆れたように見ていた。

 

「アイドルが絡むとホント人が変わるわよね、花陽って」

「ああ。彼奴のアイドル好きは知ってるつもりだが、まさかここまでとはな……」

「凛は此方のかよちんも好きだよ?」

 

 遠巻きに見ている真姫や紅夜が呟くと、凛がそう言った。

 

「でも、見に行くだけか……」

 

 すると、穂乃果が拍子抜けしたように言う。

 

「……?高坂、それってどういう意味だ?」

「いや、てっきり私達も出場目指そうって言うのかなって思って……」

 

 そう言いかけると、花陽がとんでもないと言わんばかりに手をブンブン振りながら後退る。

 

「そ、そんな!私達なんかがラブライブに出場だなんて恐れ多いです!」

 

 コロコロ態度が変わる花陽。

 

「本当にキャラ変わりすぎでしょ……」

「というかお前、『私達()()()』って自分で言うのかよ……仮にも自分が所属してるグループなのに」

「凛は此方のかよちんも好きにゃ~!」

「お前はどんな小泉でも好きだろうが」

 

 花陽を全肯定する凛に、紅夜は溜め息混じりにツッコミを入れた。

 

「でも、私達だってスクールアイドルやってるんだし、目指してみても良いかもね」

「て言うか目指さないと駄目でしょ!」

 

 ことりがのほほんとした表情で言うが、穂乃果は寧ろやるべきだと主張する。

 

 彼女等μ'sもスクールアイドルであり、その活動を通じて学校をアピールしようとしている。さればこそ、このラブライブはまたとないチャンスであり、目指すべき目標である。

 

「そうは言っても、現実は厳しいわよ?ただでさえ、私達は他のスクールアイドルと比べても後発で、知名度も0ではないにせよ、そこまで高い訳でもないんだから」

 

 そこで、真姫が厳しい意見を述べた。

 

「確かにそうですね。ランキングも始めた頃と比べれば 上がってきてはいますが、それでも出場を目指せるようなものでは………ッ!?」

 

 そう言いながらランキングに目を通す海未だったが、そこで彼女の目が変わった。

 

「穂乃果、ことり!コレを見てください!」

「え、何?」

「どうしたの海未ちゃん?」

 

 不思議そうにしながらも、言われるがままパソコンの画面を見る2人。すると、海未が何に驚いていたのかを理解した。

 

「うわっ、凄い!」

「順位が上がってる!」

 

 そう、μ'sの順位が以前より大幅に上がっていたのだ。

 

「嘘っ!?」

「……何だって?」

「ホント?見せて見せて!」

 

 これには真姫や紅夜も驚き、凛と共にパソコンの前に群がる。

 

 どうやら、以前投稿した7人のPVの反応がかなり良かったらしく、コメント欄も称賛の声で溢れていた。

 

「あっ、紅夜君!コレ見て!」

「……?何だ高坂、変なコメントでも書かれてたか?」

「そんなんじゃないよ!紅夜君の事もコメントに書かれてるの!」

「……俺の?」

 

 首を傾げながらも、穂乃果が指差すコメントへ目を通す紅夜。

 

 

『学校のHPで、そちらのグループにマネージャーが居たと知りました。私達には居ないのでとても羨ましいです』

『今はマネージャーじゃないらしいけど、今後その人はどうするつもりでしょう?』

『これだけのパフォーマンスを作れるのもマネージャーさんの存在あってこそなんだから、早く復帰すべきですよ!』

『いや、寧ろうちに欲しい!』

 

 

 等々、称賛のコメントやマネージャーへの復帰を望む声が上がっていた。

 

「………………」

 

 紅夜は反応に困った。

 4月のμ's初ライブ以降、彼は花陽を始めとした新メンバーの加入には関わっていたものの、練習にはそこまで関わっていない。

 彼が見た練習と言えば、精々にこが加入する前に彼女を誘き出すためのカモフラージュとして練習を見た時と、部活動の練習動画の撮影に巻き込まれた時だけだ。

 

「(コイツ等、一体どこを見て俺の功績だと思ってるんだ……)」

 

 紅夜がそのコメントに呆れていると、穂乃果が袖を引っ張る。

 

「皆、紅夜君はマネージャーやるべきだって言ってるみたいだよ?私達がここまでこれたのも紅夜君のお陰だし!」

 

 その言葉に他の面子も相槌を打つが、紅夜はとんでもないとばかりに手を左右に振った。

 

「馬鹿を言うな高坂。そもそも今回のPVに関しては、俺はほぼノータッチだった。なのにコイツ等は、まるで俺も関わってきたかのように言ってるんだぞ?流石にコレは……」

 

 『訂正させるべきだ』、そう言おうとした紅夜の口は、穂乃果の指に止められる。

 

「確かに、前のライブと比べたら紅夜君が練習を見てくれる時間は凄く少なかったと思うよ。でもね、大事なのはそれだけじゃないと思うんだ」

「穂乃果の言う通りですよ、紅夜さん。たとえ短時間でも、貴方の指導が私達のスキルアップに繋がっていたのは事実です」

「それに練習以外でも、紅夜君のお陰で解決出来た問題もあるんだから、『自分は何もしてない』なんて思わないでほしいな?」

 

 穂乃果、海未の後に続けてことりも口を開く。彼女が最後に言った言葉は、図らずも以前紅夜が言った事と同じだった。

 

「(まさか、あの時言った事をそのまま言われるとは……コレが所謂ブーメランってヤツか)」

 

 紅夜は内心そう呟きながらも、未だ優しさに満ちた視線を向けてくる穂乃果達に気まずさを感じ、思わず目を逸らす。

 そんな彼に微笑ましさを感じたのか、彼女等はクスッと笑みを溢した。

 

「それにしても、こんなに色々なコメントを貰えるなんて凛達も人気者になったモンだにゃ~」

「……人気者かは分からないけど、少なくとも有名になってきてるのは確かね。最近だと学校に来る中学生もチラホラ見かけるし」

 

 すると、他の面々が一斉に真姫の方へ振り向いた。

 

「ちょっと真姫ちゃん、それ本当!?」

「え、ええ……実際何度も見てるし話もしてるから、間違いないわよ」

 

 顔を思いっきり近づけてくる穂乃果に戸惑いながらも、真姫はそう言った。

 

 それから彼女が言うには、以前校門前で中学生の少女2人に出待ちされ、写真を撮ってほしいと頼まれたと言う。

 

「嘘!?私そんなの1回も無い……」

「そういう事もあります。何せアイドルの世界は残酷な格差社会でもありますから」

 

 項垂れる穂乃果に花陽がそう言う。

 すると、その中で唯一驚かなかった紅夜が口を開いた。

 

「何だ西木野、お前もか」

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 彼の言葉に、真姫を除いた5人が驚く。

 

「……そんな言い方をするって事は、紅夜先輩もなの?」

「……まぁな」

 

 そう返した紅夜は、2日前の事を思い出した。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「さて。今日は用事もある訳だし、さっさと帰りましょうかね」

 

 その日、紅夜は深雪から買い物の手伝いを頼まれており、残る事無く帰ろうとしていた。

 下校中の生徒からの好奇の視線に晒されながら校門へ車を進めていると、門の前に中学生らしき2人の少女が居るのに気づく。

 当初、彼はこの学校の生徒の妹か後輩が待ち合わせをしているか、あるいは他の受験生が下見に来たのだろうと考えており、あまり気にしていなかった。しかしどういう訳か、2人は何度も此方を見ては、ヒソヒソと何かを確認するかのように話している。

 

「(……何だコイツ等?)」

 

 首を傾げていると、やがて彼女等は出口前で停まった彼の車に近づいてきて声を掛けてくる。

 

「……何だ?」

 

 話し掛けられた以上は無視する訳にもいかず、窓を開けて応対する紅夜。

 

「あ、あの。長門紅夜さんですよね?μ'sのマネージャーやってたっていう……」

「ああ、そうだが」

 

 一瞬、何故自分の事を知っているのかと疑問に思う紅夜だったが、直ぐに先日撮影した紹介動画を思い出し、そこから知ったのだろうと納得する。

 彼が答えると、その少女達は安堵した様子で要件を話し始めた。

 

 態々学校までやって来た上に『μ's』と口にした時点で何と無く察しはついていたが、やはり彼女等に会いに来たらしい。

 

「そ、それでですね。えっと……」

 

 何やら歯切れが悪くなる少女。心なしか、頬が赤らんでいる。

 紅夜としては、深雪を待たせているためにさっさと出発したいところだが、仮にもマネージャーとして認識されている以上は下手な対応は出来ず、一先ずこれだと思った事を口にした。

 

「あぁ~、もし彼奴等に用があるなら呼ぼうか?未だ校内に残ってる筈だし」

 

 そう提案するが、何故か首を横に振る。

 

「(彼奴等に用があるんじゃないのか……じゃあ何の用で……)」

 

 そこで、紅夜はハッとした。

 

「まさかとは思うが……俺に用があるのか?」

「……ッ!」

 

 どうやら当たりだったらしく、彼女は一層頬を赤らめて頷いた。

 そしてスマホを取り出し、自分と写真を撮ってほしいと頼むのだった。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

「……という事があってな。まさか、お前等の誰でもなくて俺に頼んでくるとは思わなかったよ」

 

 話を終えた紅夜は、ヤレヤレと肩を竦めた。

 

「それで、その方達と写真を撮ったのですか?」

「まあな」

 

 海未からの質問に頷く紅夜。

 繰り返すようだが、世間では彼も関係者として見られている。であれば、態々学校までやって来た者に対して不愛想な態度は取ってイメージを下げさせる訳にはいかない。

 加えて、当時は深雪を待たせていたため、下手に断って話を長引かせるよりは、彼女等の望みを叶えてさっさと解放してもらう方が得策だと判断したのだ。

 

「……確かに、その時の紅夜さんの都合を考えたらそれが一番だったとは思いますが」

 

 紅夜の意見を聞いた海未は一応納得した素振りを見せるが、だからと言ってすんなりと受け入れる事は出来なかった。

 それは他の面子も同じようで、彼の考えに納得は出来ても内心では複雑だった。

 

「私達ですら紅夜君と写真撮った事無いのに……」 

 

 穂乃果が思わず心情を溢す。

 

「いや、彼奴等と違ってお前等と写真撮る理由は無いだろ。学校来たら普通に顔合わせるんだし」

「そうだけど、それとこれとは別なの!」

「どれとどれだよ……」

「にゃー!」

「うわ危なっ!?急に飛び掛かってくるな星空!」

 

 そうしていると、部室のドアが開いてにこが入って来た。

 

「あら、やけに賑やかだと思ってたらアンタも来てたのね。紅夜」

「ああ、そこのお嬢様に引っ張られてな………っと」

 

 そう答えながら穂乃果と凛を引き剝がす紅夜。

 

「ふ~ん、まあ良いわ。そんな事より聞きなさい、重大ニュースよ!」

「重大ニュース?」

 

 ラブライブに続いて今度は何を言うつもりなのかと耳を傾ける一行。

 

「フッフッフ………聞いて腰抜かすんじゃないわよ?今年の夏、遂に開かれるのよ。スクールアイドルの祭典が!」

 

 だが、にこの持ってきた話題は既に知っているものだった。

 

「ラブライブの事ですよね?さっき話してたんですよ」

「………ああ、もう知ってたのね」

 

 期待した反応ではなかったようで、にこは白けた表情で言う。

 

 

「(矢澤、ドンマイ)」

 

 紅夜は、そんな彼女に心の中で合掌するのだった。



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第44話~出場条件と勉強会の開始~

 あれから一行は、絵里と話すために生徒会室を訪れていた。紅夜からすれば本日2度目の来訪である。

 

「………」

 

 ドアをノックしようとする穂乃果だが、その表情は緊張一色に染まっていた。

 さもありなん、何せ彼女等からすれば、絵里は何かと自分達に突っ掛かり、活動を阻む敵のような存在。そんな彼女が居るであろう生徒会室は、正に敵地である。

 しかし、それでも避けては通れぬ道だ。

 何故ならば、ラブライブに出場するには学校からの許可が必要。つまり理事長である雛へ申請し、出場の許可を得なければならないのだが、そのためには原則として生徒会を通すという決まりがあるからだ。

 だが………

 

「どう考えても、答えは見えてるわよ」

「学校の許可ぁ?認められないわぁ」

 

 ノックしようとした穂乃果を制止するかのように真姫が言うと、凛が絵里の物真似をしてみせる。

 

「そうだよね………」

 

 穂乃果も何と無く答えは予想していたらしく、肩を落とした。

 結成当初から自分達の活動に否定的だった絵里の事だ、彼女と話す段階で否決されるのは目に見えている。

 

「でも、今度こそは沢山の人達にこの学校を知ってもらえるチャンスだと思うんだけどな………」

「そんなの、あの生徒会長には関係無いわよ。私等の事目の敵にしてるんだから」

 

 にこがそう言った。

 

「確かに。未だにこ先輩と揉めていた時も、紅夜さんや希先輩が居なければ追い返されていたでしょうし」

「でも、どうして生徒会長は私達だけ活動を認めてくれないのでしょうか………?」

 

 花陽がそんな疑問を抱くのは当然の事だった。

 

 穂乃果達がファーストライブで講堂の使用許可を貰いに来た時もそうだが、絵里は何かと理由をつけては彼女等が活動出来ないようにしている。

 だが、当の本人達からすれば、活動を禁止されるような問題を起こしたり、成績が著しく下がったりしていた訳ではない以上、それは理不尽な妨害でしかない。

 特に悪い事をした訳でもない自分達が、何故このような扱いを受けなければならないのか、不思議に思うのは無理もない。

 

「それは………ハッ!?もしや校内での人気を私に奪われるのを恐れてるんじゃ」

「「それは無い」」

「ツッコミ早っ!?」

 

 冗談なのか本気なのか、何れにせよ的外れな事を言い出したにこに、紅夜と真姫は同時にツッコミを入れる。

 

「もう、いっそ許可なんて取らず勝手にエントリーしちゃったら良いんじゃないの?どうせ生徒会長は此方の話聞く気なんて全く無いでしょうし、聞くだけ無駄でしょ?」

「そ、それは駄目だよ!ちゃんと学校から許可を貰う事が出場条件なんだから、ルールは守らないと!」

「小泉の言う通りだ、西木野。それに勝手にエントリーなんてしようものなら、間違いなくそこを突いてくるぞ」

 

 真姫の提案を即座に否定する花陽に、紅夜も追随した。

 

 確かに、絵里は此方の話をまともに聞いてはくれないだろう。『そんなものは認めない』だの何だの言って追い返されるのは目に見えている。

 だが、だからと言って、それが勝手にエントリーして良い理由にはならない。それは結局、絵里に自分達を攻撃する理由を与えているだけでしかないのだ。

 

 仮に、本当に許可を取らず出場しようものなら、絵里は『学校の許可無く勝手に大会に出た』という大義名分を掲げて自分達を潰そうとするだろう。良くて活動停止、下手をすれば解散させられる可能性だってあるのだ。

 加えて、絵里が手を出さなかったとしてもラブライブ出場に関しての規則に違反している事は変わらないため、エントリーを取り消されるような事態になりかねない。

 

 絵里がどんな対応をしてこようが、あくまでも自分達は正規のやり方で挑む必要があるのだ。

 

「だったら、理事長に直談判するのはどう?」

 

 すると、真姫は即座に第2の案を出してきた。

 

「直談判か………そんなの出来るのかな?一応生徒会を通す決まりなんだよね?」

「確かにそうですが、それはあくまでも原則。理事長に直接言いに行く事が禁止されている訳ではありません」

「でしょ?何とかなるわよ。此方には親族が居る上に試験生が居るんだし」

 

 そう言って紅夜に視線を向ける真姫。

 理事長の娘であることりもそうだが、試験生として通っている紅夜の存在も、理事長に対しては勿論、絵里に対しても有効なカードだ。

 更に言えば、絵里は紅夜に対していまいち強気に出れない。上手くいけばエントリー出来る可能性は十分ある上に、後から文句を言われても紅夜なら黙らせられるだろう。

 

「………まあ、俺は構わんよ。ちょうど理事長に用があったからな」

 

 当人からも許可が出た事もあり、彼女等は早速理事長室へと場所を移した。

 

「な、何か更に入りにくい気が………」

 

 だが、着いたら着いたで穂乃果が入室を躊躇う。

 

「そんな事言ってる場合じゃないだろうに、ったく………代わりに行くから退け」

 

 そうして穂乃果に代わり、ドアをノックしようとする紅夜。だが、それより先にドアが開き、希が顔を出した。

 

「あれ?紅夜君やん。それに皆も、お揃いでどうしたん?」

「東條じゃないか。お前が居るって事は………」

 

 すると、希の後ろから絵里が現れる。

 

「タイミング悪っ……」

 

 にこが思わず呟いたが、絵里は無視して言った。

 

「長門君?どうして此所に?」

「ああ、ちょっと理事長に用があってな。コイツを見てもらおうと思って」

 

 そう言って、元々見せる予定だったレポート用紙を取り出す紅夜。

 

「コレ、試験生のレポートよね?提出日は未だ先よ?」

「そうなんだが、こんな感じで良いのか直接聞いておきたくてな。一応、その前にお前にも見てもらおうと思って生徒会室まで行ったんだが、居なかったから取り敢えず理事長に見せておこうと思ったんだよ」

「そうだったのね………ごめんなさい。実は私も理事長に用があって、さっきまで話してたのよ」

 

 すまなそうに言う絵里に紅夜は手をひらひらと振った。

 

「いや、気にしないでくれ。俺が勝手にやった事だし、お前にもお前の用事があるだろうからな。それで文句言ったりはしないよ」

「そう言ってもらえると助かるわ………それで」

 

 絵里は、先程とは打って変わって冷たい目で穂乃果達を見つめた。

 

「貴女達は何の用?見たところ、長門君を案内してきたって訳ではなさそうだけど」

 

 その高圧的な口調にたじろぐ穂乃果を押し退け、真姫が前に出た。

 

「理事長にお話があって来ました」

「………各部活動が理事長に申請する時は、生徒会を通す決まりよ」

「申請じゃないわ、ただ話があるだけよ!」

「真姫ちゃん、上級生だよ」

 

 語気を荒らげる真姫を諫める穂乃果だが、絵里よりも更に年上である紅夜にため口で話しているため、今更と言えば今更だった。

 

 そのまま両者睨み合っていると、開いていたドアが軽く叩かれる。そこには理事長である雛の姿があった。

 

「どうしたの?何か揉めてるみたいだけど」

「り、理事長!コレはですね……」

 

 弁明しようとしている絵里を下がらせ、紅夜が前に出た。

 

「ご無沙汰しております、理事長。ちょっと用がありまして」

 

 そう言って、絵里に見せたレポート用紙を見せる紅夜。

 

「あら、もう書けたの?」

「いえ、取り敢えずこんな感じで良いのか見てもらいたくて」

 

 そんな彼の返事に『そう』と短く返した雛は、中へ入るよう促す。

 

「それなら、ついでと言っては何ですが、彼女等も入れて良いですか?俺と同じく理事長に用があるみたいで」

「ちょっ、長門君!?幾ら貴方でもそれは」

 

 絵里が声を上げるが、紅夜はすかさず返した。

 

「別に良いだろ?お前等生徒会を通そうが通すまいが、今のコイツ等の大本命は理事長だ。俺も用があるんだし、一纏めに片付けた方が理事長としても楽な筈だ」

「そ、それはそうかもしれないけど………」

「それでも納得出来ないなら、お前も立ち会えば良い。構いませんよね、理事長?」

 

 紅夜が訊ねると、雛は頷いた。

 

「……分かったわ、貴方がそこまで言うなら」

 

 漸く絵里が折れたのもあり、1年生を外で待たせ、残りの面子は部屋へ入った。

 

 

 先ず行われたのは、紅夜のレポートの確認だ。

 見るだけなら大して時間は掛からないだろうと雛が判断したためである。

 

「……うん、結構色々書いてくれたのね」

 

 レポート用紙に一通り目を通した絵里が、そう言って雛に手渡す。彼女も同じように目を通して頷いた。

 

「そうね、書き方はこれで良いわ。何なら、もうこのまま提出してくれても良いわよ?」

 

 雛はそう言うが、紅夜は首を横に振る。授業の課題ではないのだから、もう少しレポートに書くネタを探したかったのだ。

 

「フフッ。先輩から聞いた通り、貴方って真面目なのね………分かった。じゃあ次に見せてもらうのを楽しみにしているわ」

 

 そう言って笑い、雛はレポート用紙を返した。

 

 そしてやって来た穂乃果達の番。

 彼女等は緊張しながらも、事情を説明する。

 

「成る程、ラブライブねぇ……」

 

 神妙な面持ちの彼女に、穂乃果達は言葉を重ねる。

 

「はい。調べたところ、ネットで全国的に中継される事になっています」

「もし出場出来れば、それを見た人達にこの学校の事を知ってもらえると思うの」

「スクールアイドルは全国的にも流行っていますから、またとないチャンスだと思うんです!」

 

 あれこれと利点を挙げていく穂乃果達。だが、そこで絵里が口を挟む。

 

「私は反対です」

 

 その言葉に穂乃果達の話が止まる。

 

「理事長。貴女は先程、『学校のために学校生活を犠牲にするような事はすべきではない』と仰いました。であれば──」

「そうね、確かにそう言ったわ」

 

 絵里の言い分に頷く雛。

 

「っ!じゃあ──」

「でも、別にエントリーするくらいなら良いんじゃないかしら」

「本当ですか!?」

 

 その言葉に顔色が明るくなる穂乃果達。絵里より立場が上である理事長がそう言ったのなら、最早許可を貰えたも同然だ。

 

「ま、待ってください理事長!何故彼女達の肩を持つのですか!?」

 

 だが、やはり絵里は納得出来ないと雛に食って掛かる。

 

「別に肩を持ったつもりは無いのだけど………ねえ、高坂さん。1つ聞いて良いかしら」

「は、はい!?」

 

 まさか自分に質問してくるとは思わなかったようで、思わず声が上ずる穂乃果。そんな彼女に苦笑を浮かべながら、雛はとある質問を投げ掛けた。

 

「貴女はどうして、ラブライブ出場を……ううん、スクールアイドルをやろうと思ったの?」

「それは……」

 

 穂乃果は少し考えた後、答えを出す。

 

「今はスクールアイドルが流行ってるから、それを取り入れれば学校を盛り上げられると思ったのと、自分が『やりたい』って思ったからです。ラブライブのエントリーを決めたのも、学校の事はそうですが、せっかくスクールアイドルをやってるんだから目指したいなって。それに、何か楽しそうだし!」

 

 穂乃果はそう答えた。

 

「そう………他の皆も、大体そんな感じの理由かしら?」

 

 その問いに海未やことり、そしてにこが頷く。

 

「成る程。そういう事なら、私は反対しないわ」

「それなら、我々生徒会も学校のために活動させてください!」

「それは駄目」

「(うわ、即答で却下しやがったよこの人……まあ、理由はコイツ等の話聞いてたら何と無く分かったけどさ、もう少し考える素振りとか見せてやれよ理事長さんよぉ)」

 

 何の躊躇いも無く絵里の申し出を斬り捨てる容赦の無さに、紅夜はドン引きしていた。

 

「……意味が分かりません」

「そうかしら?簡単な事だと思うけど………ねえ、紅夜君?」

「………俺に振らないでくださいよ」

 

 巻き込まれて堪るかとばかりにそう言って、紅夜は顔を背ける。

 

「フフッ、ごめんなさい。でも『分からない』とは言わないのね」  

 

 巻き込んだ事を詫びつつも、否定しなかった事を指摘する雛。

 

「………ッ!失礼します」

 

 すると、絵里はそう言って部屋を出て行ってしまった。

 

「フンッ、ざまあみろってのよ」

「お前は黙ってろ。さもないとそのウィッグ引っこ抜くぞ」

「ぬゎんでよ!?てかコレ地毛だから!ウィッグじゃないわよ!」

 

 2人がコントのようなやり取りを繰り広げていると、雛が言葉を付け加える。

 

「ああ、そうそう。言い忘れていたけど、1つ条件があるの」

「条件?それって………?」

「学生の本分は、あくまでも勉学。ラブライブに出るからと言って、勉強が疎かになってはいけません………それは分かりますね?」

 

 その問いに全員が頷く。

 

「ですので、もし今度の期末試験で1人でも赤点を取るような事があったら、ラブライブへのエントリーは認めません」

「(まあ、そりゃそうだわな)」

 

 紅夜も彼女の意見には同意した。

 

「さ、流石に赤点とかは無いだろうから大丈夫かと………」

 

 そう言って他のメンバーに目を向けることりだが、そこには余命3日を宣告された重病患者のように絶望の表情を浮かべて項垂れる穂乃果と凛、そしてにこの姿があった。

 

「あ、あれぇ~?」

「……こりゃ前途多難だな」

 

 気まずそうな表情のことりの傍らで、紅夜はそう言って顔を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変申し訳ございません!」

「ません!」

 

 部室に戻ると開口一番、穂乃果と凛が机に手をついて深々と頭を下げる。

 

「小学生の頃から知ってはいましたが………」

 

 そんな様子を、海未は呆れたように見ていた。

 

「す、数学だけだよ!ホラ、私算数苦手だったし!」

「……そうなのか、園田?」

「ええ、まぁ……」

 

 海未が気まずそうに答えると不意に花陽が口を開く。

 

「7×4?」

 

 彼女が口にしたのは、簡単な九九の問題。普通なら間違える筈は無いのだが………

 

「……26?」

 

 穂乃果は間違えていた。しかも単なる言い間違いではなく、割と本気で考えての間違いだった。

 

「何やってるんだお前は……28だ」

「あっ、そうだった!」

 

 そう言ってあざとく舌を出す穂乃果。だが、紅夜は容赦しない。

 

「と言うか、お前そんな計算も出来ないのによく今まで金使う仕事やってこれたな」

「グハッ!」

 

 冷たい目線からの容赦無いツッコミが炸裂し、穂乃果は一撃でダウンした。

 

「……で、星空は何が苦手なんだ?」

「英語!凛は英語だけはどうしても肌に合わなくて……」

「た、確かに難しいよね。文法とか私もよく間違えそうになるし…」

 

 花陽がそう言うと、凛は我が意を得たりと言わんばかりに捲し立てる。

 

「そうだよ!そもそも凛達日本人なのに、なんで外国の言葉なんか勉強しないといけないの!?」

「お前仮にも7年間アメリカで暮らしてた俺の前でよくそんな事言えたな、ある意味尊敬するよ……」

 

 

 そう言って紅夜が呆れていると、真姫がいい加減にしろと言わんばかりに机を叩いて立ち上がり、凛に迫った。

 

「屁理屈言ってんじゃないわよ!今の状況分かってるの!?このテストの結果にラブライブ出場が懸かってるのよ!」

「ま、真姫ちゃん怖いにゃ~……」

 

 鬼気迫る様子で捲し立てる真姫に、凛もたじろぐ。

 

「せっかく生徒会長を突破出来たっていうのに、『テストで赤点取ったからエントリー出来ませんでした』なんて良いお笑い種よ!」

「そ、そうだよね……」

 

 そう言って肩を落とす凛。

 

「全く、一難去ってまた一難とはこの事ね……」

「ほ、ホントそうよねぇ~!」

 

 すると、にこの明らかに動揺した声が聞こえてくる。

 

「あ、アンタ達!赤点なんて絶対取っちゃ駄目よ?せっかく生徒会長を突破したんだし、ちゃ、チャンスは無駄にしないようにしなきゃね~!」

「おい矢澤、教科書逆さまだぞ」

「……にこ先輩、念のため聞きますが、先輩の成績は……?」

 

 かなり怪しみながら訊ねる海未。

 

「に、にに、にこの成績ぃ?そそそ、そんなのもうバッチリに決まってるじゃない!この、にっこにっこにーが赤点なんて、そんなの無い無いナイアガラよ!」

「ネタ古いし動揺してるのバレバレだぞ」

「うぐっ……」

 

 紅夜に指摘され、にこも撃沈した。

 

「ていうか、紅夜君こそどうなのさ!?赤点回避出来るの!?」

「そ、そうだよ!紅夜先輩も、何だかんだ言って勉強苦手なんじゃないの!?」

 

 すると、逆ギレしたのか穂乃果と凛がそんな事を言い出す。

 他の面子も、『言われてみれば……』と紅夜の方を向いた。

 

 現役の高校生である彼女等とは違い、紅夜は既に高校を卒業している。その後大学へ進んだり浪人していた訳ではないため、当然ながらその間は一切勉強していない。

 更に言えば、アメリカと日本では科目は同じでも内容はかなり違うと言われている。

 今でこそ穂乃果達と共に授業を受けているが、それでついてこれているのか、試験で赤点を回避出来そうかは正直不安でもあった。

 

「まぁ、そうだな。教員共が答案を弄らない限りは、少なくとも赤点は取らないだろ」

 

 だが、紅夜はあっけらかんとした様子でそう答えた。

 

「そうなのですか?」

「ああ、毎日家で予習復習はやってるし、そもそも音ノ木坂学院(この学校)に来るのが決まった時点でずっと勉強してたからな」

 

 そう。お忘れの方も居るかもしれないが、紅夜は試験生として編入するよう言われた日から編入日まで、毎日欠かさず勉強していたのだ。

 ちょうど里帰りしている最中だった上に当時はどの学年に編入されるのか知らされていなかったのもあり、幼馴染み連中を片っ端から当たって高校時代の教材やノートを譲ってもらい、アメリカに帰ってからは仕事や仲間達と過ごしていた時間の大半を勉強に充てていたのだ。

 当時は車にも殆んど乗らなくなり、稀に気晴らし兼オイル等の劣化防止のために乗る程度にまで落ち込んでいた。

 更には日本への飛行機でも勉強に集中するあまり、機内食を持ってきた乗務員の呼び掛けにも気づかず、隣の客に肩を叩かれて漸く気づく有様だった。

 そのお陰か、数学等幾つかの教科では高校課程を終わらせてしまったものもあり、復習を疎かにしたり教員が嫌がらせで難関大学レベルの問題を出したりしない限りは、赤点を取る心配は無かった。

 

「……とまぁ、そんな訳だから、俺に関しては心配要らないよ。そもそもこの学校の行く末が決まるか、遅くても来年の春にはアメリカに帰る訳だから、正直言って成績は悪くても問題無いんだがな」

 

 彼の話が終わった頃には、穂乃果達は信じられないものを見るような目で紅夜を見ていた。

 彼女等も受験の際にはかなり勉強していたと自負しているが、それでも彼程の勉強は出来そうにない。

 

「アンタ、相当イカれてるわよ……」

 

 そんなドン引きしたにこの発言に、穂乃果や凛、更には真姫までもが相槌を打った。

 

「で、でも。量はさておき、それだけ勉強されていたとは凄いですね」

「そうだね。何か分からない事があったら教えてあげられるかなって思ってたけど、こんな話聞かされたら寧ろことり達が教えてもらう立場かもって思っちゃうね」

 

 海未やことりも、最早やり過ぎとも言える彼の勉強量に驚きつつ、自分達の心配が杞憂に終わりそうな事に安堵する。

 

「でも、そんなに勉強してたなんて偉いにゃ~」

「だよね~。これならもっと頭良い高校でも余裕で入れそう」

 

 凛と穂乃果がそう言うと、すかさず海未がツッコミを入れる。

 

「関心してる場合ですか!2人もにこ先輩も、紅夜さんと同じとまではいかなくても勉強しないといけない立場だって事を自覚してください!そもそも勉強しなくても困らない紅夜さんがこんなに勉強してるのに、現役の高校生である3人が全く勉強しないとは何事ですか!」

「「「うっ……!」」」

 

 海未の核心を突いた一言が、穂乃果達の心に突き刺さる。

 

「……まあ、何時までもああだこうだ言ったところで何も始まりません。一先ず、真姫と花陽は凛。私とことりで穂乃果の勉強を見て、彼女等の苦手科目の底上げをしていきます」

 

 早速計画を立てる海未だが、そこで問題が起きた。

 

「ところで、にこ先輩は……?」

「そうですね……」

 

 そう。にこは唯一の3年生、流石の海未も3年の勉強まではやっていない。

 

「仕方ありませんね……」

 

 そう呟く海未の視線の先には紅夜が居た。

 巻き込む形にはなるが、高校課程を終えている彼の力を借りようと思ったのだ。

 だが………

 

「ああ、にこっちの事ならウチに任せて?」

 

 何時の間にか開いていたドアに凭れていた希が話に入ってきた。どうやら、あれからずっと盗み聞きしていたようだ。

 普通なら追い出すなりしているところだが、今回ばかりは彼女の登場は救いと言っても過言ではなかった。

 

「東條……良いのか?」

「かまへんよ。ウチも3年やし、同級生の方が色々と都合もええしな」

 

 希がそう言って胸を叩くが、にこは余程勉強したくないのか尚も抵抗する

 

「だから言ってるでしょ!このにこが赤点なんて絶対に」

「おい東條、やれ」

「は~いっと!」

 

 正に阿吽の呼吸と言うべきか、『やれ』の一言で理解した希は目にも留まらぬ速さでにこの後ろに回り込んだ。

 

「あんま嘘つくならワシワシするで~?」

「わ、分かりました。教えてください……」

「うん、よろしい」

 

 漸くにこが折れ、希は彼女を解放する。

 

「よぉ~し、これで準備出来たね!じゃあ、明日から勉強頑張ろう!」

「おぉー!」

「今日からです!」

「もういい加減諦めろよお前等……」

 

 ぐったりする穂乃果と凛に、紅夜はただただ呆れていた。

 

 

 その後、穂乃果達が勉強の準備を始めるのを見届けた紅夜は、ずっと机に置きっぱなしだったレポート用紙を鞄にしまう。

 

「さて、じゃあ俺はそろそろ行くよ。勉強頑張ってな」

「「「「「「「「え?」」」」」」」」

 

 『何言ってるの?』と言わんばかりの表情で聞き返す穂乃果達を無視してドアを開ける紅夜。

 

 元々雛や絵里にレポート用紙を見せようとしていたところで巻き込まれただけであるため、用事が済んだ以上、もう此所に留まる理由は無かったのだ。

 

 そして廊下へ1歩踏み出した途端……

 

「は~い、ちょっと待とうか紅夜君?」

 

 肩をガシッと掴んだ希に止められる。

 

「何の用だ東條?」

「いや、『何の用だ』じゃないやろ紅夜君……」

 

 この状況にもかかわらず、まるで何故引き留められたか分からないとばかりの表情で此方を見る紅夜に、希は呆れていた。

 

「一応聞くんやけど、何処に行くつもりなん?」

「何処も何も、家に帰るに決まってるだろ」

 

 紅夜はそう返した。

 

「そもそも、今日残ってたのはあのレポートを理事長と絢瀬に見てもらうためだったし、コイツ等と居たのも単に巻き込まれただけだからな。互いの目的が果たされた今、もうこれ以上残る必要はあるまい」

「……まあ、それはそうかもしれんけどやな」

 

 確かに、互いの当時の目的は果たされたかもしれない。だが紅夜は良いとしても、μ'sは赤点を回避しなければならないという新たな問題にぶち当たっているのだ。

 

「せやけど、さっきの話でこの子達には新しい問題が出来ちゃったんやで?今度の試験で誰か1人でも赤点取ったら、ラブライブ出場の話も全部パァや」

「それはそうだが、それはあくまでもコイツ等の問題だろ」

 

 食い下がる希だが、紅夜は『自分には関係無い』と言いたげな表情で言い返す。

 実際、彼に関係あるのかと聞かれれば、答えはNOだ。

 世間ではマネージャーだ何だと言われているが、そもそも彼にその気は無い。中学生と写真を撮ったのも、ぶっちゃけ仕方無くだ。

 百歩譲ってマネージャーである事を受け入れるとしても、学校の成績に関しては管轄外だ。『成績くらいは自分で何とかしろ』というのが、彼の考えだった。

 

「(う~ん、紅夜君も中々手強いなぁ……流石に前の時みたいに、すんなり受け入れてはくれへんか)」

 

 全く折れる様子を見せない紅夜に、希の中に僅かな焦りが見え始めた。

 

 彼女としては、自身の、そして穂乃果達の望みを叶えるためにも、この問題は何としても乗り越えなければならない。そして、そのためには1人でも多くの力が必要だ。

 とは言え、ただ勉強が出来るなら誰でも良い訳ではない。家庭教師を雇ったり学校で開かれる勉強会に参加する訳ではなく、あくまでも友人同士での勉強会なのだから、自分や穂乃果達がそれなりの信頼を寄せる人物でなければならないのだ。

 だが、その目的の人物は中々手強く、首を縦に振ってくれない。

 彼としてはそこまで断固として断る理由は無い筈だが、同時に穂乃果達の勉強を見てやらなければならない理由も無いのだ。

 

「(……今回は、もう駄目かな)」

 

 もう彼にぶつける言葉も無くなり、諦めるしかないのかと考え始める希だが、そこで海未が口を開いた。

 

「紅夜さん、お願い出来ませんか?」

「……園田?」

 

 意外な伏兵の登場に少し驚いた様子を見せる紅夜に、彼女は続ける。

 

「確かに、紅夜さんには関係の無い話かもしれません。でも、この試験を乗り越えられなければもうチャンスが無いんです。篝火さんや不知火さんのお陰で少しずつ有名になってきてはいますが、正直、未だ足りないんです。もっと注目を集めないと、いずれ埋もれてしまうでしょう」

「…………」

 

 必死に窮状を訴える海未の言葉を、紅夜は静かに聞いている。

 

「ですから、お願いします。ラブライブ出場のため、力をお貸しください」

 

 そう言って深々と頭を下げる海未。

 

「…………」

 

 ここで、『そんなの知らん』と見捨てるのは簡単だ。過去の彼なら、何の躊躇も無く見捨てて帰っていただろう。

 いや、そもそも希が引き留めようとした時点で振り払って帰っていた筈だ。

 しかし、今の彼には出来なかった。こう必死に頼まれると、どうも無視出来ない。

 

「(チッ………つくづく中途半端な野郎だ)」

 

 非情にもなれず、かと言って幼い頃のように素直に優しくしてやる事も出来ない。そんな自分に嫌気が差しながら、紅夜はガシガシと頭を掻く。

 そして暫くの沈黙の末、中に戻って来た。

 

「……仕方無い、試験が終わるまでだからな」

 

 彼がそう言うと、海未は再び頭を下げる。

 

 こうして、穂乃果、凛、にこのための勉強会が始まった。



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第45話~海未と絵里~

 勉強会を始めて1時間、穂乃果や凛の集中力は早くも切れようとしていた。

 

「うぅ、コレが毎日続くのかにゃ……?」

「勉強会なんだから当たり前でしょ」

 

 愚痴を溢すかのようにボヤく凛に、何を今更と真姫が言う。

 ラブライブに出たいという意思はあっても、それとこれとは話が別。必要な事とは言え、やはり勉強はしたくないようだ。

 

「……あっ、白いご飯にゃ!」

「そんなのに引っ掛かる訳無いでしょう」

「……約1名引っ掛かってるんだが?」

 

 そんな見え見えの嘘にツッコミを入れる真姫にそう言って、紅夜はある人物を指差す。そこには窓の外へ目を向け、必死になってご飯を探している花陽の姿があった。

 

「花陽、貴女が白米好きなのは分かったけど今時小学生でもこんな嘘には引っ掛からないわよ……」

 

 真姫は、こんな子供騙しにすらならない嘘にあっさり引っ掛かる友人にほとほと呆れるのだった。

 

 その後、紅夜は2年生の方へと移るのだが……

 

「……ことりちゃん」

「なぁに?後1問だよ、頑張ろっ!」

「おやすみ」

 

 余程数学が嫌いなのか、穂乃果はそう言うと机に突っ伏してしまった。

 

「ええっ!?ほ、穂乃果ちゃん?しっかりしてよ穂乃果ちゃ~ん!」

「此方も此方で駄目そうだな……園田、もう帰って良いか?ここまで来たら手遅れだろコレ」

「お願いですから見捨てないでください……!」

 

 鞄へと伸びる紅夜の手を必死に押さえ、涙目で懇願する海未。

 流石に悪いと思ったのか、彼は『冗談だ』と返して優しく手を除ける。

 何気に彼の方から触れてくるのが初めてだったためか、海未は小さく声を漏らして頬を赤らめるが、紅夜は気にしていないようだ。

 そもそも、アメリカではアレクサンドラやエメラリアに抱きつかれるのが日常茶飯事だった上、日本に帰れば毎回出迎えに来た綾や深雪に抱き締められたり、瑠璃を始めとした幼馴染み達とよくつるんでいるため、特に抵抗は感じなくなっているのだ。

 

「…………」

 

 紅夜はチラリと、にこの方へ視線を向ける。彼女も彼女で苦手教科に苦戦しているらしく、何やらふざけた事を言って希のワシワシMAXを喰らいそうになっていた。

 

「彼奴も彼奴で何やってるんだか……はぁ、先が思いやられるぜ」

 

 三者三様に勉強どころではなくなりつつある状況に、紅夜は深い溜め息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから時間は流れ、夕方。校門には海未の姿があった。

 と言うのも、掛け持ちしている弓道部へ顔を出さなければならず、途中で抜け出してきたのだ。

 

「じゃあね~!」

「ええ、ごきげんよう」

 

 部活仲間と別れ、自分も家路につこうとする海未。

 

「♪~」

 

 すると、少女の鼻歌が聞こえてくる。

 そちらへ視線を向けると、そこには金髪碧眼の小柄な少女、絢瀬亜里沙が立っていた。

 

「(この歌って……)」

 

 普通ならそのまま素通りするところだが、今回は出来なかった。何故なら、彼女が歌っているのが『START:DASH』だったからだ。

 

「…………」

 

 どうやら動画だったようで、海未は気づかれないように彼女のスマホを覗き込む。

 画面には、自分達のファーストライブの映像が映し出されていた。

 

「……サイトに上がってない部分まで」

 

 そう小さく呟くも、聞こえていたのか亜里沙の視線が海未を捉える。

 彼女は暫し海未を見つめると、『あっ!』と声を上げた。

 

「あの、園田海未さんですよね!」

 

 映像を持っているだけあって、一発で言い当てる亜里沙。

 

「い、いえ!人違いです」

 

 何故か否定する海未。すると、亜里沙はあからさまにシュンとした様子で俯いてしまう。

 流石にこのような表情をされて何の罪悪感も持たない程、海未も冷徹ではない。

 

「……すみません、本人です」

「ですよね!」

 

 本人である事を認めると、亜里沙は嬉しそうに言った。

 

「ところで、その映像は一体何処で……?」

 

 一先ず亜里沙の機嫌が直ったところで、海未は早速疑問を投げ掛ける。

 

「あっ、コレはお姉ちゃんに撮ってもらったんです!何か一般の人でも見に行けたらしいんですけど、亜里沙は行けなかったので」

「……あぁ~」

 

 事情を知っているだけに、海未は申し訳無く思った。

 何分、彼女自身も紅夜が一般人を連れてくるとは思っていなかったし、そもそもそういう発想が無かったのだ。

 つくづく当時の自分達の視野の狭さに呆れていると、校舎の方から足音が聞こえてくる。

 

「あっ、お姉ちゃん!」

 

 そう言って手を振る亜里沙の視線を追うと、海未にとって予想外の人物がそこに居た。

 

「貴女………!」

「せ、生徒会長……」

 

 海未は勿論だが、絵里も彼女が居るとは思っていなかったようで、目を見開いていた。

 

 

 

 

 その後、何時までも校門前で屯している訳にもいかず、3人は少し離れた所にある公園へ入った。

 絵里とベンチに座っていると、自販機で飲み物を買っていた亜里沙が戻ってくる。

 

「はい、海未さん!」

「どうも…………ん?」

 

 礼を言って受け取る海未だが、渡されたものに首を傾げた。

 亜里沙が渡してきたのは、何故かおでんだったのだ。

 普通ならお茶やジュースを渡してくるものだが、おでんを買ってくるという奇行に戸惑っていると、絵里が口を開いた。

 

「ごめんなさい。向こうでの暮らしが長かったから、未だ日本に慣れていなくて」

「向こう………とは?」

「祖母がロシア人でね、暫くそっちに居たのよ」

 

 そう言うと、絵里が別のものを買い直してくるように伝え、亜里沙を遠ざける。

 彼女が離れていくと、絵里は溜め息混じりに言った。

 

「それにしても誤算だったわ。まさか、貴女に見つかってしまうとはね……まぁ、今回は相手が長門君じゃなかったし、未だマシってところかしら」

「………1つ聞きたいのですが、何故そんなにも紅夜さんを気にかけるのです?あの時も、彼の言葉は割と直ぐ受け入れていたようですが」

 

 日頃から、自分達を相手にしている時とは明らかに違う態度で接する事が疑問だった海未は、この際だからと訊ねる。絵里はその問いに対して、直ぐに答えを出した。

 

「簡単な事よ。彼は誰よりも冷静に物事を見てる。私や希は勿論、貴女達の誰よりもね。だから、彼ならいずれ分かってもらえると思ったのよ。スクールアイドルが如何に無意味なものなのかを」

「……」

「まぁ、残念ながら今は貴女達の側についてしまっているみたいだけどね」

 

 そう言って、絵里はシニカルに笑った。

 海未はそんな絵里の言い分に思うところはあるものの、今は封じた。

 

「でも、まさかサイトに上げたのが生徒会長だったとは思いませんでした」

 

 その言葉に、絵里が視線を向ける。

 

「実は、あの映像を上げたのは誰なのかって、前から穂乃果達と話していたんです。一方は紅夜さんのご友人の方が上げてくれたのですが、あくまでもその方のブログのみで、スクールアイドルのサイトには上げていないと言っていましたから」

「…………」

 

 絵里は何も言わないが、海未は構わず続ける。

 

「私達の知名度が上がったのは、やはり紅夜さんのご友人の力も大きいですが、スクールアイドルのサイトに上がっていたからというのも事実。だから、もし投稿した人に会えたら、ちゃんとお礼を言おうと思ってて…………」

「止めて」

 

 すると、徐に絵里が制した。

 

「誤解が無いように言っておくけど、あの映像を上げたのも、別に貴女達に協力しようと思ったからじゃないわ。寧ろその逆よ」

「逆……?」

「貴女達のパフォーマンスは、人を惹きつけられるようなものじゃない、このまま活動を続けたところで何の意味も無いって事を知ってもらおうとしたのよ」

 

 絵里はそう言った。つまりは晒し者にしようとしていたという事だ。

 しかし、世間が彼女等に対して下した評価は、絵里の予想とは真逆だった。

 酷評されるどころか称賛の声が多く見られ、来るラブライブのダークホースになるのではないかと考える者も多数見られている。

 

「だから正直言って、この結果は想定外。人気は寧ろ上がる一方で、最近じゃ態々貴女達に会いに来る人が居るなんて話も聞くわ」

 

 『でもね』と付け加え、絵里は冷たい眼差しを向けて言い放った。

 

「私は認めない。貴女達のパフォーマンスは、到底人に見せられるようなものじゃない。ましてや感動なんてさせられる訳が無い。そんな素人集団に、学校の名前を背負って活動なんてしてもらいたくないのよ。それが大会に出るというなら尚更ね」

「…………」

「話はそれだけよ。失礼するわね」

 

 一方的に言い終えた絵里は立ち上がり、公園を出ようとする。

 

「待ってください!」

 

 すると海未も立ち上がり、その背中に呼び掛けた。

 

「それじゃあ、もし上手くいったら……人を感動させられるようなパフォーマンスが出来るようになったら、私達の事を認めてくれますか!?」

 

 強い口調で聞く海未。だが絵里は、そんな彼女に尚も冷たい言葉を投げ掛けた。

 

「無理よ、そんなの出来っこないわ」

「………それは、何故です?何を根拠にそんな事を?」

 

 そう言った海未に、絵里は漸く振り向く。

 

「私にとって、スクールアイドルなんてものは全部が素人にしか見えないのよ。1番実力があるって言われてるA-RISEもね」

 

 花陽やにこが聞けば怒るどころか平手打ちすらしそうな事を、絵里は平然と言ってのける。

 

「そ、そんな事──」

「あるのよ」

 

 言い返そうとする海未だが、絵里は遮って更に続けた。

 

「はっきり言って、貴女達も他のスクールアイドルも、A-RISEも素人よ。そして同じ素人でも、長門君を超えられるとは思えない。どうせラブライブに出すなら、貴女達より彼に出場してもらった方が未だ納得出来るわ」

 

 唐突に紅夜の名前を出してくる絵里に、海未は戸惑いを隠せない。

 

「……どうして、紅夜さんの名前を出すのです?」

「…………それはね」

 

 そうして、絵里は理由を語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、未だ最新曲である『これからのSomeday』がサイトに上がったばかりの頃だった。

 

「あら、長門君じゃない。今帰り?」

「?………ああ、絢瀬に東條か」

 

 その日の放課後、珍しく生徒会の仕事が無かったのもあり、絵里と希は共に家路につこうとしていたのだが、そこで紅夜と遭遇したのだ。

 

「帰り……と言うよりは、それまでの暇潰し中だな。目立つ車だから、なるべく人が少ない時に帰りたい」

「それもうかなり今更やと思うんやけどな……」

 

 そう苦笑混じりに言った希は、せっかくだからと彼の暇潰しに同行する事を提案。絵里は邪魔になるのではないかと懸念していたが紅夜が受け入れたのもあり、一行は暫く校内を歩き回っていた。

 それから暫くして、講堂の前を通り掛かったところで希の足が止まる。

 

「どうしたの?」

「いや、別に大した事じゃないんやけどね」

 

 そう前置きして、講堂のドアと紅夜を交互に見る希。

 

「「………?」」

 

 その様子に2人が何事かと首を傾げていると、彼女はこんな事を言い出した。

 

「紅夜君、せっかくやから何か踊ってみてよ」

「……は?」

 

 突然のリクエストに、紅夜は思わず間の抜けた声を漏らす。

 

「ちょっと、希!?そんないきなり──」

「別にええやん。今日は特に申請出てないし、ウチ等が許可出したって事にすれば解決やろ?」

 

 声を上げる絵里にそう言い返した希は、『それに』と付け加えて話を続ける。

 

「えりちも気にならん?アメリカでお友達とバンドとかダンスとかやってて、それでμ'sの子達にずっと勧誘され続けてる紅夜君が、何れ程踊れるのかって」

「そ、それは……」

 

 絵里は否定出来なかった。正直なところ、かなり興味がある。

 

 どんな曲を踊るのか?どんなダンスなのか?

 

 そう考えれば考える程、見たいという気持ちが強くなってくる。

 

「どう?気になるやろ?」

「……まあ、そうね。気にならないと言ったら噓になるわ」

「せやろ?」

 

 そう言った希は、再び紅夜に顔を向ける。

 

「と言う訳で、どう?ちょっとウチ等に見せてよ。紅夜君のダンス」

「……分かった」

 

 そうして講堂に入った3人は準備を済ませ、絵里と希は観客席の最前列に立った。

 

「……じゃあ、始めるぞ」

 

 紅夜はそう言って、スマホに繋いだアンプから流れてくる曲に合わせて踊り出す。

 

「ッ!?」

 

 その瞬間、絵里はハッと息を呑んだ。まるで雷にでも打たれたかのような衝撃が彼女の体を駆け抜けたのだ。

 

「(な、何なのコレ!?)」

 

 絵里は、紅夜のパフォーマンスに言葉を失っていた。

 決して下手だった訳ではない、寧ろその逆だ。μ'sの面々にダンスを指導していた事から、それなりに踊れるだろうとは思っていた。だが、そのクオリティーが彼女の予想を大きく超えていたのだ。

 しかも、未だ紅夜は歌っていない。これは未だ、この曲のイントロなのだ。

 

「……………」

 

 チラリと今回のライブの発案者へ目を向けると、彼女も言葉を失っているようだ。

 目を大きく見開き、口をあんぐりと開けている。普段の彼女からは全く想像出来ない姿だ。

 

 だが紅夜のライブは、そんな希を珍しがる暇すら与えなかった。

 彼が歌い始めた次の瞬間、絵里の見ていた世界は一変する。

 

 突然地面が激しく揺れ、講堂がガラガラと音を立てながら崩れ始めたのだ。

 

「ッ!?」

 

 突然の出来事に驚く絵里。ふと希の方へ目を向ければ、同じくパニックに陥っている彼女の姿が目に留まる。

 どうやら、見えているものは同じらしい。

 

「希!!」

 

 反射的に親友の名を叫び、手を伸ばす絵里。そこで希も我に返り、差し出された彼女の手を取って互いに身を寄せ合った。

 その間にも講堂は崩壊していき、完全に崩れ去ると、何処までも広がる真夜中の砂漠になる。

 しかしそれも束の間、まるで地中から生えてくるかのように次々と巨大なビルが現れ、砂地もアスファルトの道路になり、彼女等の目に映る世界は、真夜中の大通りへと姿を変える。

 そして………

 

「コレは……」

 

 目の前で歌いながら踊る紅夜の後ろに、彼のR34を始めとしたスポーツカーが何台も現れ、まるで舞台の照明のようにヘッドライトを点灯させ、彼を照らしている。

 よく見ると、紅夜の服も変わっていた。

 

「凄い……」

 

 そして再び風景が変わり、今度は人気の無い真っ暗な廃工場。

 そこには先程までのような明るさは無く、明かりと言えば屋根に開いた穴から注ぐ月明かりだけ。

 それでも紅夜は、相変わらず踊り続けている。

 

「……………」

 

 月明かりに照らされ、真っ白な髪や赤い瞳が反射する。何処か美しさすら感じさせる光景に、絵里は自分が暗所が苦手である事も忘れて見惚れていた。

 だがその時、突然前から猛スピードで走ってきた1台のスポーツカーが、2人の直ぐ傍を通り抜けていく。

 

「きゃっ!?」

 

 あまりにも突然の出来事に、希が可愛らしい悲鳴と共に絵里に抱き着いた。

 だが、そうしている間にもスポーツカーはどんどん走ってくる。前から後ろから、はたまた右から左から…………

 

「♪~~」

 

 そんな彼女等の事など構わず、紅夜は歌い続ける。

 そして、この曲も遂に終わりを迎える。

 

「――――ッ!!!」

 

 曲のサビにしてラスト。紅夜が叫ぶように歌うと、その声が、彼が纏っていた狂気のオーラが、衝撃波となって2人を襲う。

 2人は飛ばされそうになりながらも、彼から目を離さなかった。

 そして曲が終わり、紅夜が近づいてきた事でふと我に返ると、先程までのがらんとした講堂に戻っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とまぁ、こんな感じでね。始まってから終始圧倒されっぱなし。感想を聞かれたけど、最早何を言ったのか覚えても居ないわ」

「ほ、本当にそんな事が……?」

 

 そう海未が言いかけると、絵里は苦笑を浮かべて言った。

 

「信じられないでしょう?でもコレは本当の事よ」

「……………」

「あの後、彼には先に帰ってもらって、私と希は講堂のあちこちを見て回ったわ。何か仕掛けがあるんじゃないかと思ってね」

「……それで、結果は?」

 

 その問いに、絵里は首を横に振った。

 

「何の仕掛けも見つからなかったわ。プロジェクターだって動いてなかったし、ホログラム映像なんて大層なものも、この学校には無い。まぁ、そもそもあんな短時間でそんなの用意する事なんて出来っこないんだけどね」

「と言う事は、つまり紅夜さんは………?」

「ええ、彼は自らのパフォーマンスだけであの世界を見せたって事よ。あれが本物のライブ会場だったら、さぞかし盛り上がっていたでしょうね」

 

 そう語る絵里は、表情こそ笑っていたが、何処か羨ましがっているようにも見える。

 

「あんなの反則よ…………一体どんなプロに稽古つけてもらったら、あんなパフォーマンスが出来るようになるのかしらね」

「……………」

 

 海未は何も言えなかった。

 

 紅夜がこうした芸事を得意としている事は知っていた。だからこそ、これまで勧誘を続けている。

 だが、まさかここまでの実力を持っているとは思っていなかった。

 

「……まあ、兎に角そういう事よ」

 

 すると、再び絵里が口を開いた。

 

「彼もまた、貴女達と同じ素人。でも、同じ素人同士でもここまで差があるのよ。しかも彼、あれはただの遊びの一環だと言っていたわ。つまり、貴女達も他のスクールアイドルも、彼の遊びにすら劣っているという事なの。だから、ラブライブとやらに出すなら貴女達より彼の方が何倍も良いと思った。それだけの事」

「………ッ!」

「話はそれだけよ。じゃあ、今度こそ失礼するわ」

 

 そう言って公園を出ようとする絵里。そんな彼女の後ろ姿を見つめながら、海未は怒りに震えていた。

 

 確かに自分達は素人だし、他のスクールアイドルも、プロか素人で分けるとすれば素人の部類に入るだろう。

 だが、それが何だと言うのか?

 たとえ素人でも、スクールアイドルでも何でもない一般人に劣っているとしても、皆懸命に自分達のパフォーマンスに取り組んでいるのだ。

 時に怪我をしたり、意見をぶつけ合いながら。

 

 それに海未自身、始めたばかりの頃はスクールアイドルで学校を人気にするなど馬鹿げていると思っていたが、こうして活動していく内に夢中になっていた。

 今では、自分達が始めるきっかけとなったA-RISEや、刺激を与えてくれる他のスクールアイドルに感謝している。

 絵里がやっている事は、そんな彼女等への冒涜に他ならなかった。

 

「(何も知らない癖に…………!)」

 

 そう思うと、海未は口を開かずにはいられなかった。

 

「待ってください!」

「……………?」

 

 すると、絵里は足を止める。振り向く様子は無いが、海未は構わず言った。

 

「確かに貴女の仰る通り、私達は素人です。他のスクールアイドルもそうなのかもしれません。でも!」

 

 語り続ける海未の目からは、自然と涙が出ていた。

 

「それでも、私達は一生懸命やってるんです!何も知らない、知ろうともしない貴女なんかに、そんな風に言われたくありません!!」

 

 最後は声が震えていたが、最早そんな事はどうでも良い。海未は普段の落ち着いた振る舞いなどかなぐり捨てて怒りをぶつける。

 

「……………」

 

 絵里は何も言わず、そのまま立ち去った。

 

「うっ……ぐす………」

 

 悔しさや怒りで溢れてくる涙を拭っていると、何時の間にか戻っていた亜里沙が控えめな声で話し掛けてくる。

 

「コレ、使ってください」

 

 そう言って差し出してきたのは、可愛らしい絵柄のハンカチだった。

 

「……ありがとう、ございます…………」

 

 相変わらず震える声で海未はそう言い、ハンカチで最後の涙を拭い、返す。

 

「それとコレ、買い直してきたんです。よかったら飲んでください」

 

 そう言って亜里沙が手渡してきたのは、おしるこの缶。やはり日本には慣れていないようだ。

 

「それと亜里沙、μ's大好きですよ!この映像も、ずっと残しておきます!」

「…………ありがとう」

 

 海未の言葉に満足そうに頷いた亜里沙は、絵里を追うように走り去っていった。

 

 

 

 

「……………」

 

 その後、何時までも公園に残っている訳にもいかず海未も家路につくのだが、頭の中は絵里から言われた事で一杯だった。

 あの時は怒りに任せて言い返したが、彼女の言葉が単なる嫌がらせにはとても思えなかったのだ。

 

「………あの人なら、何か知っている筈」

 

 そうして海未は予定を変更し、ある所へ向かう。

 

 その先に居るであろう、何時も絵里の傍に居ながら幾度となく自分達に助け舟を出してくれた女子生徒の姿を思い浮かべながら。



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第46話~海未とアウトロー~

 ううっ、スクスタ……終わらないでくれ……何もシリーズ10周年に合わせて終わる必要無いだろ……


「にっこにっこに~!」

「だからそういうふざけた真似したらワシワシMAXするって何回も言ってるやんな、にこっち?」

 

 海未がとあるファストフード店に入ると、直ぐに目的の人物を発見する。

 ついでに、彼女に勉強を教わっているにこも。

 

「ちょ、ちょっと待って希!何度も言ってるけどコレは別にふざけてた訳じゃなくて、こうする事でスイッチが入るって言うか、脳が活性化して、問題が解きやすく───」

「その言い訳、コレで何回目かな?」

「……3回目くらい?」

「正解は……12回目や!」

「ごめんなさ~い!!」

 

 何処へ行っても、あの漫才のようなやり取りは起こるようだ。

 

「全く、あの人はまた………」

 

 こんな状況でも何時もの調子を崩さないにこに呆れ、思わず溜め息をつく海未だが、何時までも突っ立っている訳にはいかない。

 勉強会の邪魔をしてしまう事にはなるが、それでもはっきりさせたい事があるのだ。

 

「おや、海未ちゃん。ウチ等に何か用かな?」

 

 すると、希が海未に気づく。

 

「邪魔してすみません。希先輩にお話があって………」

「ふ~ん……」

 

 希は暫く海未を見つめると、やがて『分かった』と短く答えた。

 

「じゃあにこっち、一先ず今日の勉強会はこれでお終いね」

 

 すると、にこは安堵の表情を浮かべるのだが、希はその一瞬を見逃さなかった、

 

「ああ、ちょっと待っててな海未ちゃん。忘れ物……」

 

 そう言うと、希はスマホを取り出してやりかけの問題集を撮影する。

 

「え~っと……希さん?今の写真は一体……?」

「おや、さっきので脳が活性化したのに分からんの?」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら訊ねる希。

 一見からかっているだけのようだが、にこにはちゃんと見えていた。

 彼女の眉間に青筋が浮かんでいるのを。

 

「……はい。家で仕上げてきます」

「よろしい……じゃあ海未ちゃん、行こっか」 

 

 そして、希は海未を連れて店を出ると神社まで連れてきた。

 

「それで海未ちゃん、ウチに話って?」

「……実は」

 

 そうして、海未は公園での出来事について語った。

 

「……成る程、えりちにそんな事言われたんやね」

「はい。確かに私達は素人ですが、あの言い方には我慢出来なくて………」

 

 そう答える海未の手に、再び力が入る。

 

「まぁ、海未ちゃんの気持ちは分かるよ。えりちも言い方キツいからなぁ、そう思うのは無理ないで」

 

 そこまで言った希は、『せやけど』と言葉を付け加える。

 

「えりちがそう言うのも頷ける」

「ッ!……何ですか、それは?」

 

 海未はショックを受けたように、言葉を絞り出す。

 

「それって……つまり希先輩も、私達が下手だと?私達みたいな素人には、見てくれる人を感動させるようなパフォーマンスは出来ないと仰有るのですか!!?答えてください!!!」

 

 そう声を荒らげながら、希に掴み掛かる海未。先程の件もあって、怒りの沸点はかなり低くなっていた。

 

「う、海未ちゃん落ち着いて。何もそんな風には思ってないよ」

「……………」

 

 暫く希の胸倉を掴んだまま荒い呼吸を繰り返していた海未だが、やがて落ち着きを取り戻し、手を離す。

 

「すみません、希先輩。つい、カッとなってしまって……」

「ええんよ。あんな風に言われて落ち込んでるところに、追い討ち掛けるような事言ったのはウチなんや。怒るのは無理もないで」

 

 希はそう言った。

 どうやら彼女自身、自分の発言で海未を怒らせる可能性がある事を知った上であのような言い方をしたようだ。

 

「……それで、先輩。生徒会長の言った事にも頷けるというのは……一体、どういう?」

「つまり、えりちはそうやって批判出来るだけのものを持ってるって事やで」

 

 希はスマホを取り出すと、WeTubeのアプリを起動させる。そして履歴からとある動画を探し出し、海未に見せる。

 

「ッ!こ、コレは……」

「分かった?それが、えりちが海未ちゃん達や他のスクールアイドルに対して、素人だ何だと言う理由なんや」

「…………………」

 

 その動画と希の言葉に、海未は何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから日は流れ、試験まで1週間を切った。

 外では蝉が鳴いており、夏を感じさせる。

 

「いやぁ~、夏ですねぇ……」

 

 昼休み。アイドル研究部の部室へ向かいながら、紅夜は呟く。

 

「この試験を乗り越えれば、待ってるのは夏休み…………向こうに帰ったら、Silviaと遊んでやらなきゃな。ずっと置き去りにしちまったから、寂しがってるに違いない」

 

 試験生として通うにあたって、アメリカに置いてきたもう1台の愛車の姿を思い浮かべながら歩いていると、同じく部室へ向かう希の姿があった。

 

「東條か………お前もこれから?」

「あっ、紅夜君。いやぁ、ちょっと脱走兵達を捕まえてたんよ」

「脱走兵………?」

 

 何の事かと首を傾げる紅夜だったが、彼女に続いて現れた練習着姿の穂乃果、凛、にこの3人を見て悟った。

 大方、練習や運動を言い訳に昼休みの勉強会をサボろうとしてお仕置きされたのだろう。

 

「全くコイツ等ときたら……………ん?」

 

 そこで彼は、そんな3人の更に後ろから現れた海未に気づく。

 彼女もサボろうとしていたという訳ではなさそうだが、希と一緒にお仕置きしていたようにも見えない。

 普段より明らかに覇気が無いのだ。

 

「(そう言えばコイツ、最近元気無いよな………)」

 

 実は、紅夜は海未の変化には気づいていた。

 最初は少しボーっとする程度だったが、最近では完全に上の空になる事が多く、授業中や勉強会でもそんな様子だ。

 

「(一応、聞いておこうかな)」

 

 紅夜は、希に向き直った。

 

「おい東條、ソイツ等連れて行ったら先に勉強会始めておいてくれ。それから園田、お前はちょっと此方に来い」

 

 そうして紅夜は、海未を連れて中庭にやって来る。

 

「さて………園田」

 

 すると、彼女は体をびくつかせながら答えた。

 

「ッ……な、何でしょうか?」

「いや、そんなに怖がらなくても……別に説教しようって訳じゃないんだから」

 

 少し怯えた様子の海未にそう言って、紅夜は本題に入った。

 

「最近、元気が無いみたいだから心配になってな。おまけに授業や勉強会でも、あまり集中出来てないみたいだったし…………」

「す、すみません……」

「いや、だから説教じゃないんだって………それより、大丈夫なのか?具合が悪いなら、保健室で休んだ方が良いぞ。1日くらい休んだって、高坂に教える程度なら俺と南で十分カバー出来るし」

「いえ、そういう訳ではないんです。ただ………」

「ただ?」

「以前、生徒会長から言われた事なのですが………」

 

 それから海未は、希の時と同じように公園での出来事を語る。

 紅夜は、その時の絵里の言動にかなり驚いていた

 

「……本当に、彼奴がそんな事を言ったのか?お前等のダンスは人を感動させられるものではないと?」

「はい。A-RISEや他のスクールアイドルも、生徒会長からすればただの素人だと。今回動画を上げたのも、それを分からせるためだと言っていました」

「そうか、絢瀬がそんな事を……」

 

 未だアイドル研究部と揉めていた頃の対応から穂乃果達に対して当たりが強いとは思っていたが、そこまでするとは思っていなかった紅夜は、かなり驚いていた。

 

「………まぁ、取り敢えず話は分かった。つまり、彼奴に言われた事で落ち込んでたって事か?」

「……いえ、少し違うんです」

「違うのか?じゃあ、何故?」

「それは……」

 

 海未が語ったのは、その後希から聞いた話だった。

 

 実は、絵里は幼少の頃からバレエをやっており、当時から観客を魅了してきた実力者なのだという。

 

「偶然、希先輩が当時の映像を持っていたので見せていただいたのですが………確かに、パフォーマンスのクオリティーも私達とは比べ物にならない程で………」

「今まで自分達がやってきた事に対して自信が無くなっていた………と言ったところか?」

「………はい」

 

 海未は頷いた。

 

「それに、貴方の事もあるんです」

「俺の?」

 

 まさか自分が指名されるとは思わなかったのか、紅夜は自身を指さして聞き返した。

 

「………すまない。前に何か、気に障るような事でも言ってしまったか?」

「い、いえ!そういう訳でもないんです。あの時の生徒会長の話に貴方の話題も出ていて……」

「俺の……?具体的に、何て言ってたんだ?」

「あの時、生徒会長はこうも言っていたんです。私達やA-RISEを始めとした他のスクールアイドルも、紅夜さんには敵わないと。同じ素人同士でも、ラブライブに出るなら貴方の方が良いと、そう言っていました。貴方が生徒会長や希先輩に見せたパフォーマンスの事も合わせて」

「そ、そうか………」

 

 紅夜は顔を覆った。

 まさか、そこで自分を引き合いに出されるとは思っていなかったのだ。

 

「その事を考えると、これまでの私達は何だったのか、このまま続けても良いのかと………そう思うようになってしまって……」

 

 そう言って、海未も黙ってしまう。

 それから暫く沈黙していたが、やがて紅夜が口を開く。

 

「……分かった。取り敢えず、今までの話を纏めるが……」

「はい」

「要は、今のお前等の実力が、未だ小さかった頃の絢瀬やスクールアイドルでも何でもない俺より劣っているように思えたから、これまでの活動に自信を無くし、この先が不安になっていた………という事か?」

「………はい」

 

 海未は頷いた。

 

「成る程な……まあ一先ず、お前の悩みについては分かった。聞かせてくれてありがとうな」

 

 自分がその場に居た訳ではないが、あの海未がこうなる程だ。きっと、それだけ大きな悩みだったのだろう。

 

「い、いえ!私こそ、こんな個人的な悩みに時間を取らせてしまって…………」

 

 頭を下げようとする海未だったが、紅夜は優しく肩を掴んで止めさせる。

 

「別に謝る必要は無い。どんな悩みでも、1人で抱え続けるよりは誰かにぶちまけた方が気が楽だろうからな」

 

 そう言って、紅夜は海未の頭を優しく撫でた。

 

「それに、絢瀬はあんな風に言ったそうだが、俺はお前等のパフォーマンス、それなりに評価してるんだ」

「……紅夜さんが?」

「ああ。それに俺だけじゃない、瑠璃達や、レナ達もな」

「……レナ?」

 

 聞き慣れない人名に首を傾げる海未。

 

「何だ、言ってなかったか?レナってのは俺のアメリカでの仲間で、居候先の娘なんだ。前に動画で見せたろ?ホラ、お前等が初めて勧誘してきた時に見せたダンス動画。その時の女3人組の中で褐色肌の女がレナだ。覚えてるか?」

「……ああ、言われてみれば、そんな方も居たような」

 

 かなり前の事だがぼんやりとは覚えていたらしく、海未は頷いた。

 すると、紅夜は取り出したスマホを操作し、彼女等とのやり取りを見せた。

 

「大河から映像を貰って彼奴等にも見せたんだ。その結果がコレだよ」

 

 そう言って画面を指差す紅夜。そこにはアレクサンドラ達からのメッセージがある。

 彼女やエメラリアからのメッセージは英語だが、その単語から絶賛してるのが直ぐに分かる。日本人である零や和美は日本語で打っているため、最早言うまでもない。

 

「コイツ等だけじゃない。あの初ライブの後、瑠璃達も褒めていたよ。『粗削りな部分はあるけど、初めてにしては中々のものだったし、ライブも楽しかった』ってな。あの日の連中の反応を思い出してみろ。退屈そうにしていたか?」

「……いえ。とても、楽しんでくれていました」

「そうだろ?確かに絢瀬に言われた事はショックだったかもしれんが、こうしてお前等を評価している奴も居るんだ。スクールアイドルのファンサイトでも、かなり人気が出てたじゃないか」

 

 『だから』と付け加え、紅夜は海未と視線を合わせた。

 

「自分達じゃ誰かを感動させられないなんて、そんな事考えなくて良い。そのパフォーマンスは、もうとっくの昔から出来ていたんだよ」

「……ッ!」

 

 海未は顔を上げ、紅夜の顔を見つめた。

 彼の真っ赤な瞳は、優しく彼女を見つめている。嘘偽りなど全く無い、彼の本心だった。

 そしてそれは、海未が一番言われたかった言葉だった。

 

「紅夜、さん……!」

「ちょ、おいおい。何も泣かなくたって……まぁ、良いか」

 

 紅夜は周囲を見回して誰も居ない事を確認すると、優しく言った。

 

「今だけは、思う存分泣けば良い。一応世話になってるんだ、胸くらい貸してやるよ」

 

 それから暫くの間、海未は紅夜の胸に顔を埋めて泣いていた。

 

「私……私ッ!あの時、凄く……悔しくて……ずっと、ずっど!頑張っできたのに……!」

「……ああ、そうだよ園田。お前も彼奴等もよくやってる。『START:DASH』も『これからのSomeday』も、本当に良かった。俺も、教えたのがお前等で良かったって、割と本気で思ってるんだ」

「ッ!うっ、うぁ、ああぁぁぁ……!!」

 

 海未は彼の胸の中で幼い子供のように泣きじゃくった。最早言葉になっていない、紅夜ですら聞き取れない言葉を叫びながら、あの時の悔しさをぶつけるかのように、何度も彼の胸に拳を叩きつけた。

 紅夜はそんな彼女を優しく抱きしめ、その怒りや悔しさを、ただひたすら受け止めていた。

 

 

 そして彼女が泣き止んだ頃には、既に昼休みの半分が終わっていた。

 

「すみません、紅夜さん……何度も殴ってしまって」

「気にするな、あれくらい何て事無い」

 

 すまなそうに言う海未に、紅夜はそう返す。これまでのトレーニングや、彼女がそもそも弓道部員である事もあり、本音を言えば地味に痛かったが、これ以上彼女の心に余計な負荷を掛けないためにも、ここは格好をつけておく必要があった。

 

「それにしても、まさかあんなに泣きじゃくるとは思わなかったな」

「い、言わないでください!恥ずかしい……」

 

 顔を真っ赤に染める海未。彼女自身、あそこまで泣いたのは初ライブの日以来だった。

 

「まぁ、そうやって悔しいって思うのは、それだけ真剣にやってきたって証拠だ。恥じる事は無い」

 

 紅夜がそう言うと、彼のスマホがメッセージの着信を知らせる。

 送り主は希からで、彼等が中々来ないのを心配しているようだ。

 

「さて、じゃあお前も落ち着いた訳だし、そろそろ行こうか。またあのサボり魔共が何か企むかもしれんし、これ以上遅くなったら東條に何言われるか分かったモンじゃないからな」

 

 紅夜はそう言うと、『ホラ』と手を差し出す。

 

「行くぞ」

「…………」

 

 暫く紅夜の手を見ていた海未だが、やがて笑顔を浮かべる。

 

「はい、そうですね!」

 

 そうして差し出された手を取り、共に部室へと向かう。

 そんな海未の顔は、先程からかわれた時よりも赤く染まっているのだった。



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第47話~エサにされるアウトロー~

 ああ、スクスタ終わってしまった…………今までありがとう、スクスタよ(泣)


「すまない、待たせた……………って、これはこれは」

 

 2人が部室にやって来ると、制服に着替え、ハチマキを巻き付けた穂乃果達3人が勉強に勤しんでいた。

 各々の目の前には、分厚い問題集が何冊も積み上げられている。

 

「ん?ああ、お帰り2人共。やっと来たんやね」

 

 すると、彼等に気づいた希が声を掛けてきた。

 

「ああ、東條。ただいま…………とでも言えば良いのか?遅くなってすまないな」

「ホンマやで。ウチ等が勉強見てる間にデートとは、まぁ~良い御身分やね?」

「「デート!?」」

 

 穂乃果とことりが勢い良く顔を上げる。

 

「で、デートだなんて!私達はただ……」

「落ち着け園田、慌てたらこのメス狸に弄られるだけだぞ」

「誰が狸や、誰が!」

「お前だよ似非関西人。説明するから黙ってろ」

 

 冷静にツッコミを入れた紅夜は、2人に向き直った。

 

「「……………」」

「(え?何か睨まれてんだけど)」

 

 紅夜は()()()穂乃果やことりに睨まれている事を不思議に思いながらも、取り敢えず説明を始める。

 

「あぁ~、一応誤解が無いように言っておくが、遅くなったのは園田の相談に乗ってたからなんだ。最近悩んでるみたいだったから心配になってな。話を聞かせてもらってただけなんだよ」

「そ、そうなんです!」

 

 海未もうんうんと頷く。

 

「……確かに、海未ちゃん最近ボーっとする事多かったよね」

「そう言えば、今日の授業でも先生の話聞き逃してたような………あれはそういう事だったんだね」

 

 どうやら分かってくれたようで、2人は安堵の溜め息をつく。だが、ことりは束の間の休息すら与えない。

 

「でもね2人共。解決したなら、もう手を繋ぐ必要は無いんじゃないかな?」

「「手?」」

 

 同時に聞き返す紅夜と海未だったが、そこで手を繋ぎっぱなしだった事に気づく。

 

「おっと、悪いな園田。すっかり忘れてたよ」

 

 そう言ってあっさり手を放す紅夜。

 

「あっ………」

 

 海未は残念そうに声を漏らすが、やがて穂乃果の勉強を見始めた。

 

「それにしても……」

 

 紅夜は、山積みにされた問題集に視線を落とす。

 

「本当に、よくこれだけの量持ってきたな…………まぁ試験の日も迫ってきてるし、毎回用意し直すのも面倒だしな」

「……?」

 

 その呟きに何の事かと首を傾げる希だったが、彼の視線の先にある問題集の山を見ると、クスっと笑みを浮かべた。

 

「違うで紅夜君。そこの問題集の山は今日のノルマや」

「何だ、今日のノルマだったのか…………ゑ?」

 

 一瞬スルーしかける紅夜だったが、直ぐに我に返って問題集の山に視線を戻す。

 

「今日のノルマ?今日1日でコレ全部?」

「せやで。この昼休みと放課後。残りは宿題やね。さっきサボろうとした罰や」

「ゑゑゑ!?」

 

 何処かの野菜をもじったようなネーミングのアニメキャラのような声で驚く紅夜。

 3人に視線を向けると、絶望に満ちた表情で頷いた。どうやら本当のようだ。

 

「こ、こんなの昼休みと放課後だけで片付くのか?コイツ等のペースじゃ、学校休んで朝から晩まで机に向かうくらいじゃないと、到底片付くとは思えないんだが………残りの期間で仕上げる方が未だ納得出来るぞ」

 

 ドン引きした様子で紅夜が呟くと、3人の目が輝く。まるで、救世主が来たと言わんばかりだ。

 

「だよねだよね!紅夜君もそう思うよね!」

「さっすが紅夜先輩にゃ~!」

「紅夜!アンタ中々分かってるじゃないの!」

 

 もろ手を挙げて賛同する穂乃果達。

 自分達では、勉強をサボろうとした手前このようなノルマを課した希に対して強くは言えないが、紅夜が言うなら考えを変えるのではないかと言う希望を見出したのだろう。

 

「アカンで、紅夜君」

 

 しかし、今回ばかりは希も容赦しない。

 

「こういうのは余裕を持たせるからだらけるんや。特にこの3人はな、こうして普通なら無理って思える量で追い詰めた方が効果はあるんよ」

「……そ、そういうものか?」

「そうや。それにこの量はな、さっきも言ったように約束破ってサボろうとした罰でもあるんや。そりゃ運動が必要って意見は否定出来んけど、今の3人はそんな事言ってられる余裕は無いんや。ホンマに、ちょっと体を動かすだけで済ませるつもりだったのかも怪しいからな」

「………まあ、言われてみれば確かに」

 

 勉強会を始めた時のグダグダ感で考えれば、確かに希の弁は正論だ。

 

「分かった、ならその辺に関してはお前に任せ、俺は教える任務に徹するとしよう」

「うんうん、物分かり良い子はお姉さん大好きやで」

「いや、俺この中じゃ最年長なんだが………まあ良いか」

 

 紅夜は半ば諦めたようにそう言った。

 

 見捨てられた3人からすれば全然良くないのだが、これに関しては彼女等の自業自得という事で片付けるしかないだろう。

 その後、何だかんだで昼休みが終わったのもあり、一行は放課後も集まって勉強に勤しむ。しかし、如何せん量が量であるために、穂乃果達のモチベーションもいまいち上がらないようだ。

 

「うわ~ん、やってもやっても終わらないよぉ~!」

 

 遂に穂乃果は、シャーペンを放り出してダラリと椅子に凭れ掛かってしまった。

 

「凛もこれ以上は限界にゃ~……」

「私も……もう無理。こんなのわんこ蕎麦よりタチ悪いわ」

 

 それにつられるかのように、凜やにこもその場に崩れ落ちる。

 

「何を言っているのですか、この試験を乗りきらないとラブライブ出場はおろかエントリーすら出来ないのですよ?ホラ、だらけてないでさっさと再開しますよ……!」

 

 海未は穂乃果の姿勢を直そうとするが、まるで背中から根を生やしたかのように動かない。

 他の2人も同じようなものだ。

 

「う~ん、困ったなぁ……」

 

 希もこれには渋い顔を浮かべた。

 

 今の彼女等には、『赤点を取ったらラブライブにエントリー出来ない』とか、『勉強しないとお仕置きする』等と言って脅したところで殆んど効果は期待出来ないだろう。であれば、彼女等のやる気を掻き立てる別の手段を考えなければならない。

 

「(だとしたら、やっぱご褒美やんな。でも……)」

 

 何を褒美とすれば良いのか、希は悩んだ。

 

 彼女等の好きなもので釣るのは簡単だ。穂乃果はパン、凜はラーメンが好きだと聞いている。そしてにこは、言うまでもなくアイドル関連のグッズだ。

 しかし、だからと言って、『赤点を回避したら何でも好きなものを買ってやる』等と簡単に言う事は出来ない。

 希とて未だ子供だ。神社の手伝いで多少のバイト代は貰っているものの、資金にも限界がある。

 

「(どないしようか……)」

 

 だが、こうして何時までもグズグズしている訳にはいかないというのも、また事実。こうしている間に、時間は刻一刻と過ぎていく。

 兎に角彼女等には、再びこの問題集に立ち向かってもらわなければならないのだ。

 そして赤点を回避し、ラブライブへのエントリー権を獲得してもらわなければならない。

 

「(何か、この3人をやる気にさせられるものは……ん?)」

 

 そこで希は、紅夜に目をつける。

 

「(ッ!そうや、この手があった!)」

 

 閃いた希は、早速行動を開始した。

 

「紅夜君、ちょっと一緒に来て!」

「え?ちょ、東條!?」

 

 彼を廊下に連れ出し、会話が聞こえなくなるように少し離れた場所に連れていく。そして、いつになく真剣な眼差して見つめた。

 

「紅夜君。今さっきの見て分かったと思うけど、あの3人は完全にやる気を無くしてる。このままやったら勉強どころじゃなくなって、試験で酷い結果を残す事になってまう」

「……まぁ、確かにな」

「そこでや、紅夜君の力を貸してもらいたいんよ」

 

 希はそう言った。

 

「いきなりだな……てか力を貸せって、俺も普通に勉強教えてるだろうが」

「勿論、それについては感謝してるよ。でも、今の3人はそもそも勉強する気を無くしてる状態なんや。なら、あの3人をやる気にさせるような何かを与えなアカン」

「じゃあお前がまた脅せば良いんじゃないのか?この前言ってたワシワシ何とかってヤツで。矢澤の奴、それに随分怯えてたみたいだしな。それなりに効果ありそうだが」

 

 紅夜はそう言うが、希は首を横に振る。

 

「いや、それはアカン。今の3人には、そうやって脅したところで何の効果も無い。そもそも『罰ゲーム受けたくないから勉強する』なんて、勉強に対するイメージが悪くなってしまうとは思わん?」

「それは、確かにな………じゃあ何か?ご褒美で釣るのか?」

「そういう事。流石は紅夜君、話が早くて助かるわ~。ご褒美にギュッとしてあげよっか?」

「要らん」

 

 紅夜は即答した。

 

「つれへんなぁ~。これでもウチ、結構抱き心地良いと思うんよ?ホラ、男の子って大きいおっぱい好きやろ?ウチの、結構大きいんよ?」

「……そうかもしれんが断る。そもそも、あまり他人に体触られたくないんだよ」

「えぇ~?紅夜君、ウチの事他人や思ってるん?うわァ、傷つくわ~。これまで一緒にあの娘達を支えてきたやん、パフォーマンスも見せてもらった仲やないか~」

「ええい、纏わり付くな鬱陶しい!てか、ふざけるなら帰るぞ!」

「もう、冗談やって。そんな怒らんといてぇな」

 

 希は笑いながら離れると、改めて話をした。

 

「まぁ話は戻るけど、あの娘達へのご褒美って事で、紅夜君の力を貸してほしいんよ」

「……?どういう意味だ?彼奴等の欲しいものでも買えってか?」

「それはそれで良いと思うけど、紅夜君もアメリカから此方に来たんやし、何かと物要りやろ?おまけに車持ってるから、ガソリン代とか、整備するならそのお金も要るやろうし。金銭面で負担掛けさせる訳にはいかんよ」 

「じゃあどうするって言うんだ?褒美で釣るなら、コレしか思い浮かばないんだが……」

「フッフッフ……ウチに任せとき!紅夜君はただ、ウチの言う通りにしてくれたらエエんや。大丈夫、悪いようにはせぇへんから!」

「その言葉が一番信用出来ないんだが……まぁ、一先ずお前の考えとやらを見せてもらうよ」

 

 一先ず紅夜が了承したところで、希は再び部室に戻る。

 相変わらず、穂乃果達はだらけていた。最早だらけすぎて溶けているようにも見える。

 

「ホラ、3人共!早く勉強に戻るで!」

「「「えぇ~?」」」

 

 完全にやる気を失っている穂乃果達。だが、そんな彼女等に、希はある事を言った。

 

「実はな。さっき紅夜君と話したんやけど、赤点回避出来たら紅夜君がご褒美くれるって!」

「「「ええっ!?」」」

「うわ、スッゲー反応した」

 

 一気に立ち上がる3人。彼女等に勉強を教えていた3人も、視線を向けてくる。

 

「ほ、本当なの紅夜君!?」

「え?え~っと……」

 

 希の方に視線を向けると、彼女は大きく頷く。

 

「あ、ああ。一応そういう事になってるんだが……」

 

 そこまで言うと、紅夜は希の肩をつつく。

 

「それで東條、お前の言うご褒美ってのは結局何なんだ?しかも金を使わないやり方なんて到底考え付かないんだが……?」

「まぁまぁ、何も心配要らんって。紅夜君は、ただ頷いてくれれば良いんよ」

 

 そう言うと、希は1つ咳払いして言った。

 

「もし、3人とも赤点取らなくて、見事ラブライブのエントリー権をゲット出来たら……」

「「「「「「「出来たら……?」」」」」」」

 

 興味津々な3人。海未やことりや花陽、真姫も同じく興味があるようだ。

 

「紅夜君が1人1つずつ、お願いを何でも聞いてくれるんやって!」

「は?」

「「「「「「「えぇ~~!!?」」」」」」」

 

 その瞬間、彼女等の声で部室が震えた。

 

「ちょ、ちょっと2人共!それ本当なのよね!?」

「こんな事言っておいて、『やっぱり冗談で~す』は無しだからね!」

「い、いや。俺は……むごっ!?」

「勿論本当やで~。マネージャーやるのは無理やとしても、せめてラブライブにエントリー出来るようにはしてあげたいって言ってたんよ。ねぇ~、紅夜君?」

 

 後ろから抱きついて紅夜の口を塞いだ希は、そう言って同意を求める。

 

 背中に彼女の柔らかい胸が押し当てられ、むにゅりと押し潰されているが、今の紅夜にはそんな事を考えている暇など無かった。

 

「(クソっ、何勝手に俺を景品にしてやがんだこの女!?少しでもコイツに任せようと思った俺が馬鹿だったよ畜生!)」

「そ、う、や、ん、な?紅夜君?」

 

 だが、最早こんな状況を作られて『違います』など言える訳が無い。紅夜は観念したように頷き、漸く解放された。

 

「うぉっしゃぁぁあ!何かやる気漲ってきたわ!こんな問題集さっさと始末して、残りの勉強会も全部乗りきってやるわよ!」

「テンションもやる気もMAXにゃー!」

「穂乃果も今のでやる気満タンだよ!ことりちゃん、海未ちゃん!勉強教えてね!」

 

 完全にやる気を取り戻した穂乃果達は、ハチマキを締め直して勉強に戻った。

 

「うんうん。さながらエンジン全開ってところやね、紅夜君?」

「東條、貴様ちょっと面貸せ!」

 

 そして、今度は紅夜が、希を廊下に連れ出す。 

 

「何だあのふざけた提案は!?勝手に人を景品にしやがって!」

「まぁまぁ、お陰であの娘達もやる気出してくれたんやし。一応『何でも』とは言ったけど、余程無理ならお願いの内容変えさせればええんやから」

「そういう事を言ってるんじゃない!そもそも、そういう考えだったらお前が言う事聞いてやれば良いだろうが!何も俺にやらせる必要無かったろ!」

「いや、この案に適任なのはウチやない、紅夜君や。君にしか任せられないからこうしたんよ」

「……何だと?」

 

 どういう事だと首を傾げる紅夜に、希は説明した。

 

「先ず紅夜君、君は普段あの娘達と何れくらい接してる?」

「はあ?何だ急に……」

「良いから、何れくらい接してるの?」

「…………そうだな、基本的には学校に居る間だな。特に2年の連中は同じクラスだから、よく喋り掛けてくるし」

「じゃあ他は?」

「殆んど話さないな。強いて言えば、校内で偶然会うか、彼奴等の騒動に巻き込まれた時くらいか」

「放課後とか、朝練の時は?後は休日とか」

「全然話さんな。高坂達2年も含めて」

「やろ?つまりはそういう事や」

「……………?」

 

 希はそう言うが、紅夜はいまいち理解出来ていない様子だ。

 

「つまり、あの娘達にもっと紅夜君と関わる時間をあげるのが、今回のご褒美の本質って事や」

 

 希の考えはこうだ。

 

 そもそも今の紅夜は、他人と関わりを持つのに消極的だ。

 穂乃果達とも、基本的には用事が無い限り彼自ら話し掛ける事は無い。そして放課後になれば、紅夜は直ぐ様暇潰しを求めて教室を出ていくために話す時間がかなり限られている。

 おまけに、凜達1年生やにこのようにそもそも学年が違う場合、更に接触する機会が減ってしまい、彼女等もそれに対して不満に思っている。

 

 現に、紅夜と海未が戻ってくるまでの間に然り気無く聞いてみたところ、やはり『接する時間が少ない』、『プライベートでの関わりを持ってくれない』等の不満が上がっていたのだ。

 そのため、彼女等のモチベーションを上げるために便宜上『お願いを聞いてやる』という形を取ったが、実際はこうする事によって、もっと紅夜と接する時間を増やすというのが褒美なのだ。

 

「それにあの娘達だって、別に『何でも言う事聞いてくれるんだから無茶なお願いしちゃお!』なんて思ってはない筈やで」

「当たり前だ、そうでないと困る」

 

 紅夜は溜め息混じりにそう言った。

 

「(『眼帯外せ』なんて言われちゃ堪ったモンじゃねぇからな)」

 

 お忘れの方も居るかもしれないが、紅夜はオッドアイを隠すために左目を黒の眼帯で隠している。

 一応、眼帯について聞かれた際には『来日前に巻き込まれた事故の怪我の痕を隠すため』と説明してあるが、何時バレるか分からない。いや、誰も言わないだけで本当は既にバレているのかもしれない。

 以前、希に聞かれた際は少し怒る程度で済んだが、紅夜にとってこの目はコンプレックスの1つ。本来なら指摘される事すら嫌なのだ。だからこそ、彼は身内や幼馴染み、そしてアレクサンドラ達のように自分の事情を知っている者達の前でないと眼帯は外さないのだ。

 それを外せ等と言われたり、実際に何らかの原因で見られて気持ち悪がられた日には、最早自分が何を仕出かすか想像がつかない。

 

「(取り敢えず、俺の事に触れられるのは阻止しなきゃな)」

「紅夜君?」

 

 すると、希から声が掛かる。

 

「どうしたん?ボーっとして……」

「…………」

 

 暫く黙っていた紅夜だったが、やがて『何でもない』と返して部室へと戻り、再び穂乃果達の勉強会に付き合うのだった。



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第48話~お泊まり勉強会への招待~

 皆様、ご無沙汰しております。最後の投稿から約9か月、中々思うようにストーリーを組めず書いては直しを繰り返してきましたが、漸く自分なりに納得出来るような形に仕上げる事が出来ました。

 待ってくださった方、本当にありがとうございます。
 
 もし良ければ感想もいただけると作者のやる気の炎が更に強く燃え上がるので何卒宜しくお願い致します(ニジガク版アウトローの方も、絶賛感想募集中です!)。

 では、大変長らくお待たせいたしました。最新話、どうぞお楽しみください。


「……さて、今日の勉強会はこれで終わりやね」

 

 夕方。下校時刻になったのもあり、希が勉強会の終わりを告げる。

 『試験で赤点を回避したら紅夜に願いを聞いてもらえる』という褒美をちらつかされたのもあってか、3人の勉強ペースは格段に上がっており、山積みにされていた問題集も、全てとはいかないがかなり片付いていた。

 

「ねぇ、ことりちゃん。海未ちゃん!これから私の家でお泊まりしない?テスト本番まで家で勉強会しようよ!」

「うん、良いよ!」

「全く、ご褒美をちらつかされた瞬間そこまでやる気になるとは、現金な人ですね……良いでしょう。ラブライブのエントリーが懸かってるんですから、しっかり勉強してもらいますよ」

 

 帰る用意をしながら穂乃果が出した提案に賛同することり。海未も呆れたように言うものの、その案に乗っていた。

 

「なら凜もやるにゃ!良いよねかよちん、真姫ちゃん!」

「う、うん!」

「いきなりね……まぁ私も構わないけど」

「だったら私も負けてられないわ!希、良いわよね?」

「はいはい、ちゃんと付き合うで」

 

 すると、そんな穂乃果に触発されたのか、他の2人も泊まりの勉強会を開く。

 

「(コイツ等、今回の趣旨忘れてねぇよな?)」

 

 そんな穂乃果達を見ながら、紅夜は心の内で呟いた。

 今回の勉強会の目的は、成績が良くない穂乃果達3人に赤点を回避させ、ラブライブへのエントリー権を獲得する事であって、紅夜が願いを聞くというのは、あくまでもその勉強会へのやる気を出させるための着火材に過ぎないのだ。

 

「(コイツ等の中での最終目的が変わってなきゃ良いが……まぁ、別にどうでも良いか。どの道赤点さえ取らなきゃラブライブにエントリー出来るんだしな)」

 

 最早彼女等の目的が『ラブライブへのエントリー権の獲得』から『紅夜からのご褒美』に変わっている気がしなくもないが、いずれにせよ赤点を回避すればエントリーさせてもらえる事に変わりは無いため、彼女等のモチベーションのためにも口出しはしなかった。

 

「さて、これで全部かな………じゃあ、俺は先に帰るよ。また明日な」

 

 そう言って部室を出ようとする紅夜だが、そこで穂乃果から待ったが掛かる。

 そして彼女は、ある提案をしてきた。

 

「ねえねえ、紅夜君も一緒にやろうよ!4人でお泊り勉強会しよ?」

「駄目に決まってるだろ」

 

 紅夜は即答した。

 

「えー!?良いじゃん、やろうよ!私の部屋そんなに狭くないし、ちゃんとお布団もあるからさ!」

「いや、そういう問題じゃないだろ」

 

 穂乃果達3人だけなら良い。幼馴染みな上に同性だから、何の問題も無いだろう。だが、そこに男が加わるとなれば話は別だ。

 昔から親交があったり、この中の誰かと恋人関係にあるのなら未だ話は違ってくるが、彼等は知り合って1年はおろか、半年すら経っていないのだ。そんな状態で『一緒に泊まろう』等、普通なら口が裂けても言える事ではない。

 

「そもそもお前、自分が何言ってるのか分かってるのか?」

「うん、勿論分かってるよ?紅夜君も私達と一緒にお泊りして、勉強会するって事でしょ?」

「……駄目だこりゃ」

 

 紅夜は深い溜め息をついた。

 穂乃果の言った事は決して間違いではないのだが、出会って間もない異性と同じ屋根の下で過ごそうとしているという自覚が無さすぎる。

 これまでのように少し立ち寄るのとは訳が違うのだ。

 

「……というか、お前等もお前等だ。何故何も言わない?」

 

 次に紅夜の標的になったのは海未とことりだ。特に、性格上こういう案には真っ先に噛みつくであろう海未が何も言わないというのはどういう事だと紅夜は感じていたのだ。

 

「私達も、紅夜君なら別に構わないよ。寧ろ一緒にやりたいな。ね、海未ちゃん?」

「そうですね。他の殿方なら流石にどうかと思いますが、その、紅夜さんなら……」

「…………」

 

 2人からも賛同され、遂に四面楚歌に追い込まれた紅夜。

 

「(おいおい冗談だろ。ほぼ毎日顔合わせていたとは言え、何をどうやったら泊まりに誘ってくるようになるんだよ?)」

「紅夜君」

 

 不意に穂乃果に声を掛けられて振り向くと、彼女は不安そうな表情で此方を見ていた。

 

「やっぱり、駄目かな?私、紅夜君も居てくれたらもっと頑張れそうな気がするんだ」

「…………」

 

 何を根拠にそんな事を言っているのか甚だ疑問だが、ことりや海未も頷いている。

 

「ホラホラ紅夜君。ここまで言ってくれてるんやし、もう覚悟決めや」

 

 様子を見ていた希からも援護射撃を喰らう。最早逃げ道は残されていなかった。

 

「はぁ……仕方無い」

 

 暫く見つめていた紅夜は、やがて小さく溜め息をつく。

 

「……お前等の親が許可を出すなら、構わない」

「ッ!うん!」

 

 そう言うが早いか、直ぐ様3人はスマホを取り出して親に連絡を入れ始める。

 

「(まっ、結果なんて分かりきったモンだがな)」

 

 幾らテスト勉強のためとはいえ、恋人でもない異性と同じ屋根の下で寝泊まりするなど、普通の親なら許可する筈が無い。頼んだところで、『何を馬鹿な事言ってるんだ』と説教されるのが関の山だ。

 精々その辺りの常識や、他人ではないものの異性と同じ屋根の下で過ごす事への危機感というものをみっちり教え込まれるが良いと内心ほくそ笑む紅夜。

 

「(さて、そろそろ親御さんから何かしら言われる頃合いかな……)」

「やったぁ!ありがとうお母さん!」

「……ん?」

 

 何やら予想とは違った反応を見せる穂乃果に、紅夜の目が向く。すると穂乃果も此方を向き、紅夜と目が合うとこう言った。

 

「お母さん、良いってさ!」

「……ゑ?」

 

 その一言に思わず固まる紅夜。

 

「だから。お母さん、良いってさ!」

「良いって……つまりは俺も泊まって良いって事なのか?南と園田だけではなく?」

「そうだよ?ていうか紅夜君が言ったんじゃない、『親が許可したら構わない』って。それなら紅夜君も泊まって良いか聞くのは当たり前でしょ?」

「そ、それはそうだが……」

 

 すると、更にことりや海未も口を開く。

 

「ことりもOK貰えたよ!『紅夜君なら大丈夫』だって!」

「わ、私も……お父様は、お母様が黙ら……説得したとのことです」

「は?」

 

 何を言われたのか分からないと言わんばかりに呆然とする紅夜。だが、ずっとニコニコしながら此方を見つめる3人に、漸く確認する。

 

「……え~っと、まさかとは思うが…………要するに?」

 

 穂乃果は他の2人と互いに顔を見合わせ、満面の笑みで言った。

 

「紅夜君も、一緒にお泊まり決定です!」

「嘘ぉぉぉおおおお!!?」

 

 目を大きく見開いて驚く紅夜。

 

「いやいや冗談だろ!?正気なのかお前等の親は!?自分達の娘が、昔から親交があった訳でもない、今年知り合ったばかりの男と1つ屋根の下で過ごすんだぞ!?普通なら止めるところだろうが!」

「そう言われても………ねぇ、ことりちゃん?」

「うん!だって紅夜君の事はお母さんもよく知ってるから大丈夫だって言ってたし!」

「確かに、今年知り合ったばかりなのは事実ですが、だからって赤の他人という訳ではありません。それに、貴方が邪な考えを持つような人ではないという事は、よく知っているつもりです」

「い、いや。しかしだな………」

 

 どうせ断られるだろうと高を括っていたところへやって来た予想外の返答に、未だ受け入れられない様子の紅夜。

 

「じゃあ紅夜君は、穂乃果達に、その……エッチな事、するつもりなの?」

「そ、そんなつもりは無い!断じて無い!」

 

 そう強く否定すると、『じゃあ大丈夫だよね!』と表情を輝かせる穂乃果。

 

「うぅ………」

 

 左目の事がバレてしまう可能性もそうだが、やはり出会って1年どころか半年すら経っていない異性の家に泊まるなど、たとえ1泊であっても気まずすぎて仕方が無い。

 どうにか撤回させる理由を探していると、希が割り込んできた。

 

「そろそろ観念しようや、紅夜君」

「と、東條……」

 

 『厄介な相手が来た』と、紅夜は思った。

 以前から、彼女の策に勝てた事は殆んど無い。精々未だアイドル研究部と揉めていた頃に生徒会室で絵里共々言い負かした事くらいだ。

 あの時のように、圧倒的に此方が優位に立てるような材料が無い今、紅夜に勝ち目は無いも同然だった。

 

「穂乃果ちゃん達のご両親からもキチンと許可が出てるんや。紅夜君にやましい気持ちが無いなら、何も心配する必要は無い筈やで」

「そ、それはそうかもしれんが……」

 

 それでも尚抵抗し続ける紅夜だが、ここで希は止めの一言を放った。

 

「ていうか、そもそも『親が許可を出したら構わない』なんて言ってたのは何処の誰やったかな?」

「ぐっ……」

 

 その言葉に、紅夜は言葉を失った。

 

 そう、今このような状況に陥っているのは、はっきり言って彼の自業自得なのだ。

 『どうせ頼んだところで断られるのがオチだ』と高を括って親に電話させた結果、3人共許可を貰ってきてしまった。

 海未は何やら父親が反対していたような口ぶりではあったが、母親が説得してしまったようなので許可は貰ったものとして扱わざるを得ない。

 

「ホラホラ紅夜君。もう退路は無いんやから、覚悟決めぇや」

「……分かった」

 

 自分で言い出した事である手前引くに引けなくなった紅夜は、大きく溜め息をついた。

 

「許可が出たなら仕方無い……高坂、すまないが世話になる」

「……!うん!」

「やったね、穂乃果ちゃん!」

 

 漸く紅夜が折れた事に大喜びの穂乃果にことり。そして海未も、やはり異性と泊まるためか恥ずかしそうではあったが、その顔は、同時に嬉しそうでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~……まさかこんな事になるなんて」

 

 その後、一旦穂乃果達より先に部室を出た紅夜は、宿泊の準備のために帰路につこうとしていた。

 今回は事が事であるため、部室を出て駐車場へ向かう道すがら深雪に電話して事情を話そうとしたのだが、どうやら先に雛の方から連絡が入っていたらしく、電話に出た彼女はかなり興奮した様子だった。

 

「おまけにお袋、途中から涙声になってたしな…………別に親睦会とかの意味じゃなくて、ただの勉強会だってのに」

 

 普段は限られた相手としか関わろうとせず、穂乃果達ともプライベートでの関わりを一切持とうとしなかった息子が、勉強会とは言え家に泊まる事になったのが余程嬉しかったのか、電話を切る頃には泣いていた深雪の様子を思い出して思わず苦笑を浮かべる紅夜。

 

「さて。お袋が色々準備してくれてるって言うし、さっさと宿泊セット積みに行かなきゃな……それに、明日の分の教材も用意しておかなきゃ………いや、もう面倒だし全教科用意しておくか。使わない分は後部座席にでも置いときゃ済むしな」

 

 そう呟きながら愛車のエンジンを始動させた紅夜は、やや急ぎ足に家路につく。

 

「…………」

 

 その様子を物陰から眺める、1人の女子生徒が居た。絵里だ。

 

 生徒会の仕事を終えて帰る途中に紅夜を見つけ、声を掛けようとしたのだが彼が電話中である事に気づき、気づかれないように後ろを歩きながら様子を窺っていたのだが、そこで紅夜が、勉強会のために穂乃果の家に泊まりに行く事を知ってしまったのだ。

 

 だが、正直その事はどうでも良い。紅夜と彼女等の関係は分からないが、問題さえ起こさなければそういった交流は自由だと考えているからだ。

 彼女が考えているのは、随分とテスト勉強に力を入れている事だ。

 

「(もしかしたら、試験で赤点取ったらエントリー出来ない、とでも言われたのかしら?希もにこの勉強見るって言ってたし……だとすると、そう考えた方が良さそうね)」

 

 そう思うと、絵里の心に靄が掛かる。

 

 たとえエントリー出来たところで、その大会に出られなければ意味は無いし、そもそもスクールアイドルというお遊び同然のパフォーマンス如きで学校を救うなど、絵里からすれば問題を簡単に捉えているとしか思えない。

 確かに彼女等の活動で少しずつ知名度が上がってきているのは事実だ。最近では、彼女等に会いに来る中学生も見かける。しかし、それが廃校阻止に繋がるという確証は何処にも無い。

 この廃校問題は遊びではない。何かのゲームのように、ミスしたら最後のセーブポイントに戻ってやり直せる訳ではないのだ。

 

 だからこそ、自分達生徒会でこの問題を解決するために行動しようとしているにもかかわらず、雛は即答で却下し、逆に穂乃果達の活動は否定しなかった。

 希も彼女等を気に入っているのか、随分と肩を持つ上に、紅夜も応援しているという訳ではなさそうだが、彼女等の活動を否定する様子が全く無い。それが、絵里は何よりも悔しかった。

 まるで『お前のやり方は間違っている』と言われているように感じるからだ。

 

「……どうして、誰も分かってくれないのよ」

 

 そう小さく呟き、再び歩き出す絵里。そしてそんな彼女の後ろ姿を、希が陰から見つめているのだった。




 それにしても、スクフェス2が今月一杯でサ終とはね……

 何と言うか、せっかく欲しかったキャラもゲットして、確か記憶が正しければ新機能(?)も追加されるって話を聞いて、『俺達のスクフェスライフはこれからだ!』ってなってきた矢先にこれだから、勿体無いしやるせない気持ちで一杯です。

 せめて『1周年おめでとう』くらいは言わせてほしかったですね。
 何なら、自分がこのスクフェス2を見直すきっかけにもなった誕生日おめでとうメッセージ。結構URキャラ揃った(ウィーンや冬鞠以外は最低1つはゲット)から、彼女等にもう一度祝ってほしかったですよ…………


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第49話~アウトローのお泊り勉強会・前編~

 バイトしてるネカフェがリニューアル工事のため、今週の平日一杯は店休に。
 まあ仕事には入れたから良し!


「ただいま~」

「おお、紅夜!聞いたぞ、音ノ木坂の友達の家に泊まるって!?こりゃ楽しみだな!」

 

 自宅に帰ってくると、一番に豪希が出迎える。深雪から今回の件を聞いていたようで、彼もまたかなり興奮しているようだ。

 

「友達って………そんなんじゃなくてただのクラスメイトだよ。それに泊まるって言っても別に遊ぶ訳じゃねぇんだぞ?勉強会だし、楽しむ要素なんて無いだろ」

「ったく、素直じゃねぇなあ。勉強会だろうが何だろうが、せっかくのお泊まりなんだぜ?もっとワクワクしても良いだろうがよ」

「冗談キツいぜ親父。相手が瑠璃やレナ達なら未だしも出会って間もない相手の家で泊まるなんて、本来なら1泊であってもお断りしたいところだっつーの」

 

 そんなやり取りを交わしつつ2階に上がり、普段着に着替える紅夜。そしてリビングに降りると、そこには豪希に深雪、綾の3人が居た。

 綾は兄の姿を捉えると、ズカズカと近づいてくる。

 

「兄様!穂乃果の家に泊まるって本当なの!?」

「お前もか……ああ、そうだよ」

「なんでそんな。瑠璃達の家なら未だしも、穂乃果の家って……そんなに仲良くなったの?」

「別にそういう訳じゃないんだが……何か連中が泊まりで勉強会やるって盛り上がってて、そしたら俺まで声掛けられてな……」

「だからって、兄様が付き合う必要は無いでしょ?仮に勉強に付き合うとしても日帰りにすれば良いじゃない」

「……まぁ、それはそうなんだがな」

 

 『親が許可を出したら構わないと条件を出したらあっさりクリアされたから断れませんでした』なんて言える筈も無く、紅夜は誤魔化すしかなかった。

 

「で、でもまぁ、あれだ。所詮はただの勉強会なんだし、そこまで心配しなくて良いよ」

「でも……」

 

 未だに納得していない様子の綾。そんな彼女に、深雪がクスクス笑いながら言った。

 

「綾ちゃんたら、お兄ちゃんと離れるのが寂しいのね。しょっちゅうこうちゃんのお布団に潜り込んでるんだし………お兄ちゃんを取られたくないのね」

「お、お母さん!」

 

 図星を突かれた綾は、顔を真っ赤に染める。

 

「それよりこうちゃん。コレ、準備しておいたわよ」

「ああ。ありがとなお袋」

 

 紅夜は、寝間着のジャージや替えの制服、そして着替えの入ったボストンバッグを受け取り、持って降りてきた上着やズボンを中に押し込んだ。

 

「(……ん?何か随分中身が多いな。下着もそうだが、普段着もざっと3、4日分ある。予備の服か?いや、そうだとしてもちょっと多い気がするな……)」

「どうしたの?何か足りないものでもあった?」

「……いや、大丈夫だよ」

 

 その答えに安心したように笑みを浮かべた深雪は、もう1つのバッグを差し出した。

 

「それからコレ。テスト勉強するって話だから、取り敢えず全教科の教材とノートも用意しておいたわ」

「おおっ、助かるよ。家帰ったら用意しなきゃって思ってたからな。手間が省けた」

「それは良かったわ。後、コレは穂乃果ちゃんのご家族に渡してね」

「あいよ」

 

 紅夜はそう言って、2つ目のボストンバッグや菓子折りの入った袋も受け取った。

 

「さて、少し休みたいところだが、そうも言ってはいられないしな……早速行くよ」

 

 移動に時間が掛かる以上、時間は無駄に出来ない。紅夜は受け取った荷物を手に家を出ると、愛車に積み込んでいく。

 

「なぁ紅夜、車で行って大丈夫なのか?何なら連れて行ってやるぞ?お店が実家だってんなら、その名前さえ分かれば行き方も調べやすいしな」

「いや、ありがたいけど大丈夫だよ親父。向こうで車1台停めれるだけのスペース空けといてくれるらしいんだ」

 

 そう言うと、紅夜は再び車に乗り込んだ。

 

「……んじゃ、ちょっくら行ってくる」

「ええ、行ってらっしゃい」

「楽しんできな」

「兄様!エッチな事しちゃ駄目よ!後されるのはもっと駄目だからね!?」

「いや後者どういう意味だよ……?」

 

 そんなやり取りを交わしつつ、紅夜は自宅を後にする。

 そして再び高速に乗り、駆け抜けること約30分。彼は千代田区にある穂乃果の実家、和菓子屋穗むらにやって来た。

 

「やれやれ、とうとう着いちまったか……妹さんに会うの気まずいんだよなぁ」

 

 彼と雪穂の関係は、少なくとも良いものとは言えない。何せ、これまで会うたびに彼女のあられもない姿を見ているのだ。

 とは言え、これ等は全て穂乃果や花陽の不注意によるものであるため、紅夜には何の責任も無い。寧ろ彼も巻き込まれた被害者だと言えるだろう。しかし、見られる側の雪穂からすればそんなものは関係無い。

 幾ら不可抗力でも、恋人でも何でもない男にあられもない姿を見られるのだから堪ったものではない筈だ。

 

「絶対警戒されるよなぁ~……」

 

 穂乃果の試験勉強に付き合うためとは言え、そんな男が自宅に泊まりに来るのだから間違いなく警戒されるだろうし、紅夜としても、そんな状態で一晩同じ屋根の下で過ごすのは気まずい。

 しかし、だからと言って『やっぱや~めた』とUターンする訳にはいかない。約束は守るのが彼のポリシーなのだ。

 

「……まぁ、泊まるとしても今夜だけだろうし、それさえ乗りきってしまえば此方のモンだ。そもそも妹さんの部屋に極力近づかないようにして、風呂場とかトイレに入るのならちゃんとノックすりゃ良いだけの話だしな。ここは一先ずシンプルに考えよう」

 

 そうして気分を持ち直し、車を近づけていく紅夜。そして店の前で停めるのと同時に戸がガラガラと音を立てて開き、穂乃果と割烹着姿の彼女の母、秋穂が出てきた。

 穂乃果は紅夜の車の姿を捉えると、パッと表情を輝かせて駆け寄ってくる。

 

「いらっしゃい、紅夜君!ちゃんと来てくれたんだね!」

「……ああ、約束だからな」

 

 そう言って車から降りた紅夜は秋穂へ頭を下げ、深雪から預かった菓子折りを差し出した。

 

「お邪魔します、今日は急な申し出にもかかわらず泊めていただき、ありがとうございます。コレ、良ければ皆さんで……」

「あらあら、そんなに堅苦しくしなくても良いのよ」

 

 箱を受け取った秋穂は、笑みを浮かべて言った。

 

「娘から話は聞いてるわ。ありがとうね、態々泊まり掛けで付き合ってくれるなんて」

「別に、大した事では……」

 

 紅夜は面映ゆそうに頬を掻いた。

 

「というか、本当に良いんですか?俺まで泊めていただくなんて……一応言っておきますが、これでも男ですよ?こんな見た目でも」

「ええ、勿論!その辺も織り込み済みで許可出したんだから」

 

 自分の性別を誤解していないか確認してみるも、秋穂は紅夜が男だと確実に知っている上で許可を出したようだ。

 

「…………」

「あらあら、そんな顔しなくても。別に今日初めて会った訳でもないんだし、それに……」

 

 そう言いかけ、チラリと穂乃果へ目を向ける。

 

「穂乃果ったら、もうしょっちゅう紅夜君の話するのよ?何か、スクールアイドル始めた頃からお世話になりっぱなしだとか、今度一緒に遊びに行きたい~とか。余程娘に懐かれてるのね」

「お、お母さん!」

 

 あまり知られたくなかったのか、頬を赤らめて叫ぶ穂乃果。

 

「そ、それよりホラ!早く車置いてきてもらおうよ!エンジン掛けっぱなしだからガソリン無駄になっちゃうよ!」

「はいはい……それじゃあ紅夜君、倉庫まで案内するわ。ちょっと埃っぽいから車汚れちゃうと思うけど…………我慢してね?」

「い、いえ、お構いなく」

 

 そうして、秋穂に案内されて倉庫に愛車を停め、穂むらに足を踏み入れた紅夜は、彼女の祖母や父、そして雪穂への挨拶もそこそこに、自室へと連れられる。

 

「紅夜君、此方だよ!」

 

 そうして部屋に入ると、既に海未やことりが居て。テーブルに教材を広げていた。どうやら、紅夜が最後だったようだ。

 

「いらっしゃい、紅夜君!」

「お疲れ様です」

「ああ……すまない、遅くなったな」

 

 詫びる紅夜だったが、2人は気にしていない様子だ。

 

「全然大丈夫だよ!」

「そもそも、紅夜さんはお住まいが全く違いますからね。確か、世田谷………でしたか?」

「ああ、車なら高速使って30~40分ってところだな。下道使ったり、渋滞してたらもっと掛かるだろうが」

「であれば、遅れるのも無理はありません。寧ろ、この程度の遅れで済ませてくれたのがありがたいくらいです」

「そう言ってもらえると助かる……じゃあ、早速始めようか。今は何の教科をやってるんだ?」

「今はですね……」

 

 こうしてメンバーが全員揃った事で、一行は本格的に勉強会を始める。

 基本的には指定した科目を勉強し、分からない部分は教え合うというスタンスだ。

 

「ふぅ、こんなモンかなっと」

 

 開始から約1時間、紅夜はそう呟いて体を伸ばす。

 

「ん?どうしたの紅夜君?」

「いや、別に大した事じゃない。ただ数学の課題が終わっただけだ」

 

 すると、穂乃果や海未の視線も集まる。

 

「嘘っ、もう終わったの!?」

「ああ。というか、これで試験課題は全科目終わらせた事になるな。後は復習を重点的にって感じだ」

「す、凄い……」

「確かに課題は全科目分貰ったけど、未だテストまで日はあるのに……」

「ええ、私でも未だ半分近く残ってるのですが……」

 

 あっという間に課題を終わらせてしまった紅夜に驚く3人だが、本人はあっけらかんとしていた。

 

「別に、普通に進めてたらこれくらいは出来るだろ?」

「それが出来ないから驚いてるんですがね…………」

 

 呆れたように言い返す海未に、穂乃果とことりもウンウンと頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、満腹満腹!」

「ちょっ、穂乃果!はしたないですよ!?」

 

 その後、秋穂に呼ばれた事で一時中断し、夕食を摂って再び部屋に戻ってきた4人。満足した様子でベッドに大の字で寝転がる穂乃果を、海未が窘める。

 

「やれやれ、せめて女しか居ない時にしてもらいたいんだがな……」

「あはは……穂乃果ちゃんって、何時もこうだから……」

 

 男が居るにも拘わらず無防備な姿を晒す穂乃果に呆れている紅夜の隣では、ことりが苦笑を浮かべていた。

 

「と言うか、だらけてる暇なんて無いですよ?早く起きて勉強の続きです!」

「えぇ~~!?もう満腹で動けないよ~」

「『動けないよ~』ではありません!このテストの結果にラブライブ出場が懸かってるんですから!ホラ、何時までも寝転がってないで早く続きを始めますよ!」

 

 そう言って無理矢理起こそうとする海未だが、穂乃果は穂乃果でヤダヤダと枕にしがみついて抵抗している。

 

「コレじゃ埒が明かないな………」

「でも、穂乃果ちゃんの言う事も少しは分かるかな。ことりも、お腹いっぱいだと動きたくなくなっちゃうから」

「それなら、30分だけ休憩して、それから再開しようと思うんだが……2人共、どうだ?」

 

 そう訊ねると、先程まで攻防戦を繰り広げていた2人は頷いた。

 

 それから暫く世間話をして過ごしていた4人だったが、不意に海未が言った。

 

「それにしても紅夜さん、お願いしておいてこんな事を言うのもおかしな話ですが……」

「ん?どうした園田?」

「本当に、良かったのですか?何かお仕事されているのでは……?」

「仕事?何の話だ?」

 

 何を言っているのか分からないといった様子で首を傾げる紅夜だが、これには海未も『おや?』と目を丸くする。

 

「違うのですか?そのような格好をしているものですから、てっきり……」

「……ああ、そういう事か」

 

 海未が服に視線を落とした事で、紅夜は漸く彼女が言わんとしている事を察した。

 

 今の彼の服装は、紺色の作業服。ズボンもダボダボとした、ニッカポッカと呼ばれるものだ。

 土木作業員や鳶職を思わせるようなこの服装を見れば、そう思うのは無理もない事だった。

 

「別に仕事をしてる訳じゃない、こういう服しか持ってないだけだ」

「「「え?」」」

 

 3人の間の抜けた声が重なる。

 

「も、持ってないって……」

「という事は、お洒落な服とかは……?」

「1着も無いが?」

「「「えぇ……」」」

 

 あっけらかんと言い放つ紅夜に、3人は何とも微妙な表情を浮かべた。

 自分達もそうだが、紅夜も未だ10代の若者。普通ならお洒落の1つや2つしているのが普通だ。

 だと言うのに目の前の男は、お洒落を意識した服を持っていないどころかこのような作業服しか持っていないというのだから、彼女等からしたら有り得ない事だった。

 

「ち、因みに、買おうとは思わないの?」

「思わん。というか別に要らんだろ、俺みたいなのにそんな服は似合わんからな」

「いや、『俺みたいなの』って……」

 

 この返答には穂乃果ですら呆れていた。

 

 かつて見た目が原因でいじめを受けていたとは言え、紅夜は決して不細工という訳ではない。寧ろ目つきが鋭い上に無愛想な態度故に怖がられているだけであって、容姿自体はかなりのものだ。

 世間一般で言うイケメンとは違うが、仲間達からは『美人』と評されている。更に言えば、アルビノにオッドアイというレア体質の複数持ちと来たものだ。

 少しお洒落をして町を歩いていれば、たちまちスカウトが寄ってくるだろう。勿論、全員追い払われるのがオチだが。

 

 そして穂乃果達も、紅夜の見た目はかなり良いと思っている。それだけに、こんなお洒落のおの字も無いような服しか持っていないというのは非常に勿体無いと感じていた。

 

「そ、それより、もう休憩は十分だろ?続きにしよう」

 

 すると、微妙な雰囲気を感じ取ったのかそそくさと話題を変えようとする紅夜。

 穂乃果達は未だ話したそうだったが、約束の30分になっているのもあり、再び勉強に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、電気消すね。皆お休み~」

「ええ」

「お休みなさい、穂乃果ちゃん」

「……お休み」

 

 夜10時半。今日の分の勉強と風呂を終えた4人は、床につこうとしていた。

 穂乃果の合図に残りの3人が返事を返し、部屋は暗闇に包まれる。

 

「(やれやれ、まさかこんな事になるとはな………)」

 

 両隣を2人の少女に挟まれた状態で布団に入った紅夜は、彼女等に聞かれないよう小さく溜め息をついた。

 そう。彼は今、穂乃果の部屋で、彼女等3人と眠りにつこうとしているのだ。

 というのも、入浴を終えた紅夜が自分の寝床を確認するために部屋に戻ったところ、床に3人分の布団が用意されているのを発見。そこで、穂乃果から4人で一緒に寝る事を告げられたのだ。

 勿論紅夜は拒否するも穂乃果は譲らず、結局騒ぎを聞いてやって来た秋穂からも説得された事により、彼女等と寝床を共にする事になったのである。

 

「(まぁ下手に揉めるよりは此方の方がマシだろうとは思うが、こうもホイホイ肯定されると逆に気味が悪いぜ……コイツ等、何か企んでんじゃねぇだろうな?)」

 

 そう考えたところで、紅夜は頭を振った。

 

「(……まあ良い。どの道明日は今日の分の服とか回収して帰るだけだし、考えるだけ無駄だ)」

 

 考えるのを止めた瞬間強烈な眠気に襲われ、意識を手放す紅夜。そして、瞬く間にスヤスヤと寝息を立て始めた。

 

 

 

 それから2、3時間程が経過した頃、珍しくお手洗いに起きた海未が部屋に戻ってくる。

 

「はぁ、相変わらずの寝相ですね……昔から何も変わってない」

 

 溜め息をつく彼女の視線の先に居るのは、幸せそうな表情でグーグーと眠る穂乃果。ベッドに入った時とは逆向きで眠る彼女は、掛け布団を蹴飛ばし、寝間着も捲れて腹が露出している。

 

 実は、穂乃果は昔からかなり寝相が悪く、幼い頃に海未の家でお泊り会をしたところ、その寝相の悪さに何度も苦しめられたものだった。しかも本人にはあまり自覚が無いものだからタチが悪い。

 幸いにも今の彼女はベッドで寝ているため、その上で縦横無尽に動き回るだけに留められているようだが、それでもこの状態は良くない。男と一緒に寝ているのなら尚更だ。

 紅夜がそのような邪な考えを持つような人間ではないから未だ良いものの、彼以外の男が居たらどうするというのか………?

 

「全く、この寝相の悪さは何時になったら直るのやら……」

 

 そう呟きながら穂乃果の姿勢を正し、乱れた服や布団を直してやる海未。

 そして自らも布団に潜ると、ふと紅夜に視線が向く。

 

「(それにしても紅夜さん、相変わらず眼帯は着けたままですね。寝る時くらい外せば良いと思いますが……)」

 

 学校に居る時から今に至るまで全く眼帯を外さなかった紅夜。流石に入浴時には外しただろうが、着けたまま寝るというのは相当な徹底ぶりだ。

 そんな様子に半ば呆れていると、寝返りを打った彼の顔が此方を向く。

 

 普段学校で見ているような無愛想な顔とは打って変わって、何処かあどけなさすら感じさせる無防備な寝顔。

 だが視線を落とせば、嫌でも彼が『男』だと認識させられる。

 細く引き締まった体、高い背丈……それでも海未が目を向けていたのは、彼の胸元だった。

 

「…………」

 

 思い起こされるのは、あの昼休み。絵里に言われた事で自分達の活動に自信が持てなくなっていた海未は、その胸の中で泣いた。穂乃果達の前ですら滅多に泣かなかった彼女が、ギュッと顔を埋め、大声で泣き叫んだ。

 その声を、やり場のない怒りや悔しさをぶつけたがっていた拳を、何も言わずに受け止めてくれた紅夜。

 気づけば海未は、そんな彼の方へ体を寄せていた。

 何と無く、あの時に感じた、『自分を受け入れてくれる優しさや温もり』を感じたくなったのだ。

 彼の掛け布団に余裕があるのを良いことに足を入れ、腰の位置にまで下げられていた布団を肩の位置にまで掛け直す。そして紅夜に見えないように潜ると、そっと彼の胸に顔を埋める。

 

「(心が……落ち着く……)」

 

 海未は甘えるように顔を擦り付け、意識を手放した。

 その寝顔は当然海未本人には分からないが、過去一番に安らかなものだったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………いや、何してんのコイツ?」

 

 そして翌朝、一番に目を覚ました紅夜の第一声がこれだったのはここだけの話である。



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