この素晴らしい冒険者たちに祝福を! (ナマクラ)
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1話

このすばTRPGのルルブが発売と知って買ったはいいものの、一緒にやる人がいないのでできない……思わずPCを四人も作ってしまった……この欲求をどう発散すればいいのか……

そうだ、このPC四人をメインにした小説を書いてみよう。



 ふと気付けばシンプルな椅子に座っていた。目の前には美しい女性が微笑みを浮かべていた。

 

「――――さん。残念ながら貴方の人生は終わりを迎えてしまいました」

 

 彼女は何を言っているのだろうか? 俺が死んだ? よく理解できなかった。

 

 俺は両親を事故で失い、頼れる親戚もいない中で両親の遺産を頼りに何とか生活をしていた。

 高校までは何とか遺産で賄えたが、大学へ行けるほどの金や奨学金を貰えるほどの学力もなかったため、就職を目指していたはずだ。

 そんな俺が何故死んだ? ……やはり思い出せない。自覚もないまま死んだのだろうか?

 

 死因に関してはよくわからないが、目の前の女性が言うにはここは死後の世界で、彼女は日本の死後を担当している女神様らしい。

 女神様――――アクア様が言うにはこれから俺は二つの選択肢があるそうだ。

 一つは記憶を失くしての生まれ変わり。もう一つが何もない天国で暇を持て余す。

 個人的にはどちらもごめん被りたい。

 それを察したアクア様はもう一つの選択肢を俺に与えた。

 それが、異世界転生。

 所謂剣と魔法のファンタジー世界でモンスター率いる魔王を討伐する勇者候補となるというものだった。

 

 転生の説明を受けた後、その前からずっと気になっていた俺の死因について再度聞いてみた。

 俺のしつこさに根負けしたアクア様はめんどくさそうに手元の資料を読み上げていく。

「貴方の死因は、えーっと……『病院のベッドの上にて老衰で天寿を全うする』……あれ?」

「は?」

 病院のベッドの上? 老衰? 明らかにおかしい。

 少なくとも俺は老衰で死ぬような年齢ではない。就職活動を早めに見据え始めた高校生だったはずだ。

 別にテロメアの短いクローン人間や短命設定のホムンクルスみたいなSF的設定を負っているわけでもない。ごく普通の十代男子である。

 実は俺はボケ老人で記憶が退行している可能性もあるのかもしれないが、今の俺の身体は記憶の通りの十代の姿である。ならこの姿は一体何なんだという話になる。

 そんな俺の死因が老衰? 天寿を全う? いやいやおかしいだろう。

「どういう事ですか?」

「…………」

 アクア様……女神の様子が明らかにおかしい。目に見えて大量の冷や汗をかき始めている。まるで何かの間違いに気付いたかのように。まさか……

「もしかして、手違い?」

「…………そうかも……」

「じゃあ俺まだ死んでないじゃないって事ですか。なら戻してくださいよ、元の世界に」

「……できません……」

「はっ? 何だって?」

「私の権限だと元の世界に戻そうとしたら生まれ変わりしかできません……」

「はぁっ!? 何言ってんだよ!? いくら何でもおかしいだろ!!」

「だって出来ないものはできないし……」

「おかしいだろ!! 俺何も悪くないよな!? 死んでもないのに死んだ事にされて異世界に行けとか拉致じゃねぇか!! それで間違えました。戻せません? おかしいだろ!! どう考えてもお前らの責任だろうが!!」

 思わずブチ切れてしまった。当然だろう。俺が何かしたわけでもないのに向こうの間違いで勝手に拉致されて死んだことにされて、間違いでしたけど戻せません。こっちは悪くないですし。なんて言われたらそりゃキレるだろ。

 という事で盛大にブチギレたのだが、こちらの罵声に対して相手も身体をプルプル震わせて爆発するかのように叫んだ。

「――――私悪くないもん!!」

「逆ギレ!?」

「私はここに来た人を案内するだけだし!! アンタがここに来たのに私関係ないし!!」

「関係ないわけあるか!! というか死んでもないのに死んだことにされてるってどう考えてもおかしいだろ!!」

「知らないわよそんなの私に言われても!」

「――――!!」

「――――!!」

 

 

 ◇ こ ◆ の ◇ す ◆ ば ◇

 

 

「ハァハァ……!!」

「ハァハァ……!!」

「い、一旦落ち着こう……これ以上罵り合っても何の意味もない……」

「そ、そうね……」

 互いに罵声を吐き出しまくり、少しだけ冷静になれたので一度落ち着く事になった。

 本当にヒドイ罵り合いで、最終的に小学生の悪口の応酬レベルまで低レベルな口喧嘩になるくらいに互いに文句を言い合った。それこそ怒りと興奮が一周回って逆に冷静になってしまうくらいには言い合った。

「で……本当に戻せないのか? どうやっても?」

「それは、無理ね。本当に悪いとは思うけど、でもアンタがここに来た以上もう元通りに戻すことはできないの」

 わかるように例えるなら、ここは一方通行しかできない道路で、元の世界に戻ろうとするなら生まれ変わりの道を通るしかなく、その場合は俺の身体や記憶はなくなって新しい人生を歩むしかないらしい。

 実際にはできないが、もし逆走しようものなら追突事故なり合体事故なり対消滅なりの予想もつかない事故が起きてもおかしくないのだそうだ。なおこれでまだ予想できる範囲での軽い事故である。下手すると世界自体が終わる可能性もあるのだとか。

「そうか…………わかった。納得できたとは言えないけど、無理言うのはやめるわ」

 紆余曲折の末、俺は自身の死と異世界への転生を一先ず受け入れることにした。

 出来ない事を無理にやらそうとしてもできない事は出来ないわけだし、相手も困るだけだし、俺も疲れるだけだし、何の意味もない。それならば前向きに考えるしかない。

「ごめんね。その代わりってわけじゃないけど、転生特典以外にもう一つ……この女神アクアの加護を上げましょう」

「アンタの加護?」

「泣いて喜びなさい。これからアンタが行く世界において圧倒的な信仰を得ているこの私直々の加護を与えてあげるのよ」

「はぁ、ありがとうございます?」

 いくらごねた所でもう戻せないのならば諦めざるを得ないし、別世界とはいえ生き返られるのならまだマシだと思うし、まあ代わりに女神の加護ならハズレという事はないだろう。

 

 

 ――――そんな風に考えていた俺をぶん殴りたい。

 

 

 ◇ こ ◆ の ◇ す ◆ ば ◇

 

 

 駆け出し冒険者が集う街アクセル。その冒険者ギルドにて喧噪の中、とあるパーティが話し合っていた。

「プリーストをパーティに入れよう」

 そう切り出したのは、紅魔族の小柄な魔法使いであった。その特徴的な黒い髪を一本のおさげに三つ編みにしていているものの、性別は中性的な見た目のためよくわからない。

「そうですね。今の面子だと守りが心配ですものね」

「前衛の戦士が盾役兼ねられたら問題ないのにねー」

「ごめんなさい。でも私今のスタイルを崩すつもりはないですし……」

 それに賛同したのは変わった形をした剣――刀を手にするメガネをかけた糸目の女剣士であった。朗らかな雰囲の女性的な体形をした女性で、一見すると切った張ったをするような冒険者には見えない。

 その女戦士を見ながら揶揄するように軽口を叩いたのは軽装に身を包んだ白髪金目の女盗賊である。

「搦め手を使わない斥候職が何を言っているのか……」

「べ、別に悪いなんて言ってないじゃないし。というかアンタも壁役できないでしょうが!」

「色物じゃない純粋な魔法職に何を求めているんだキミは?」

「ぐ、ぐぬぬ……!!」

「文句があるなら代案を出してほしいものだけどね」

 この三人は一緒のパーティを組んでいるのだが、バランスの関係でこのままでは将来的にまずいことになる、という事でギルドの酒場スペースの一画にて話し合いをしていた。

「別に文句はないわよ! でもアクシズ教徒は嫌よ。孤児院にいた頃のトラウマが蘇るから」

「ああ、キミのいた孤児院は確かエリス教が経営していたんだったか」

「私はアクシズ教の方でも性格に問題がなければいいと思いますが」

「ハァ? アクシズ教で性格に問題ない奴なんているわけないじゃない」

「決め付けはよくないさ。まあ否定はしないけどね」

「とりあえず募集を掛けるとして、誰がその募集用紙を書くかですけど……」

「アタシは嫌よ。面倒だし」

「ボクもキミに書いてもらうのは避けたい」

「ハァ!? 何でよ!?」

「何でといっても、ねぇ」

「私はノーコメントです」

「ならアンタが書きなさいよ!」

「まあ仕方ないね。ちょっとささっと書いてくるね」

 そうして紅魔族の魔法使いは募集を掛けるためにギルドの受付へと向かった。

 

 

 ◇ こ ◆ の ◇ す ◆ ば ◇

 

 

 あの謎の空間から女神アクアに異世界へ転生された後、何とか冒険者ギルドまで辿り着いていざ冒険者に、という所で俺は見事に躓いていた。

「くっそ。冒険者になるのに金がいるとか聞いてねぇ……」

 というか魔王を倒せと言う割りに無一文で放り出すとか本当にふざけてると思うが、よく考えたら国民的ゲームでもろくな支援もなかったのを考えると文句も言いにくい。

 しかしどうしたものかとポケットに入っていたスマホを取り出して電源を付けて……スマホが何の役にも立たない事に気が付く。

「うーん、癖って怖い。無意識に出してたわ」

 ふと画面を見てみるが、当然圏外で使い物にならない。これでこのスマートフォンにチートが詰まっていれば万々歳だがそんな事はない。バッテリーの問題もあるので光る金属板からただの金属板になるのも時間も問題だ。

 それならば使えなくなる前に誰かに売ってしまうというのも一つの手かもしれない。ファンタジーな世界であればこのスマホも利用価値はともかく希少価値はあるだろう。どこかの好事家や物好きにはいい値で売れるかもしれない。その時のために充電が切れないよう電源を落としておくか。

「――――ほう、ガラス面に光を投影しているのか。面白い道具だね、ソレ」

「……うん?」

 そう考えていると、俺の手にするスマホをのぞき込む人影がいる事に気がついた。

 ソイツは一つに編み込まれた黒のおさげに紅い眼をした魔法使いみたいな黒い衣服をまとったヤツだった。年齢は中学生くらいかもしれないが小柄で顔も将来美人になるだろうと思うのだが、男なのか女なのかがわからない。声も少年のようにも少女のようにも見えるし……どっちだ?

「というかこれ何を動力に動いているんだい? 自前の魔力? マナタイトでもなさそうだし」

「いや魔力とかじゃなくて、バッテリー……というか電気だけど」

「……電気? 電気って、雷とかのアレ?」

「うん、まあ……」

 その辺りの事は詳しくはないが、まあスマホが電気で動くのは確かだし、電気と雷が規模だけ違うだけで基本同じモノなのも確か、なはずだ。間違ったことは言っていないはずだ。……というか今コイツの目光らなかったか?

「……これ作ったのはキミかい? これの仕組みについて詳しい?」

「い、いや、仕組みとか全然わかんねーけど」

「わからないのか……まあそれは仕方ないか。一つ相談なのだけど、これをボクに譲ってはくれないか?」

 どうやらこのこどもはスマホに興味津々らしい。現状ほとんど役に立たず売ろうと思っていたスマホを欲しがるヤツにさっそく出会えたのはラッキーだが、日本で何万もしたスマホを異世界とはいえ二束三文で譲るのも勿体ない気がする。せっかくだから少しでも高値で売り付けてやろう。

「うーん、そうだな。どうしてもって言うんなら構わないけど、タダってわけにはいかないわな」

「まあそうだろうね。いくらならいいんだい?」

 いくら、と言われて通貨の相場に関して失念していたことに気付いた。そもそも千エリスってどれくらいの価値なんだ? 受付さんのあの感じだとそこまでの金額ではなさそうだけど、

「……逆にお前どれだけ金持ってるんだよ。お前のお小遣いで足りるのか?」

「む、もしかしてキミ、ボクの事こども扱いしていないかい?」

「いやどう見てもこどもだろ」

「……ふむ、まあボクは別にそれに腹を立てたりはしないが人を見かけだけで判断すべきではないさ。少なくともキミよりかは自立してると思うけど」

「はあ?」

 何を前提に自立していると言っているのかと訝しげな視線をこどもに向けるが、こどもはフッと笑いながらその根拠を口にした。

「ボクはこう見えて冒険者として自立している。それに対してキミはどうやら冒険者になるための登録金すら持っていないようじゃないか」

「うぐっ」

 まずい。さっきの受付でのやり取りを見られていたのか。つまりコイツは俺が冒険者登録も出来ないくらいに金がないって事を知っているわけで……。

「そこで取引だ。ボクがそのギルドの登録料、千エリスを支払おう」

「……それでこれを譲れってか? 流石に足元見すぎだろ」

「いやいや、ボクもそこまで鬼じゃあない。もしその電気で動くという板を譲ってくれるのならボクのパーティでキミが冒険者稼業に慣れるまでは面倒を見てあげよう」

「はぁ?」

「見たところキミ、仲間はいないだろ? もちろん募集をかけて仲間を募ることもできるだろうが、その仲間が一から十まで指導してくれる親切なパーティとは限らない。悪い話じゃないと思うけど」

「…………」

「それに、ボクはキミ自身にも少し興味があるからね。邪険には扱わないさ」

 その時浮かべたその魔法使いの笑みが、何故か綺麗だと感じてしまい、少しばかりドキリとしてしまった。コイツの性別もわからないのに……男かもしれないのに……不覚である。

「……わかった。よろしく頼む」

「こちらこそよろしくね」

 

 結局、この少女だか少年だかわからない小さな魔法使いにいいようにされてしまったのだった。

 

 

 

 ◇ こ ◆ の ◇ す ◆ ば ◇

 

 

 こうして俺は性別不詳の魔法使いの口車に乗せられて冒険者登録を済ませてパーティにも入る事になったのだが……

「……という事で彼にパーティに加入するプリーストになってもらったよ」

「どういう事よぉっ!?」

 その性別不詳の魔法使いにホイホイついていったらパーティに話が通ってなかった。

「というかコイツよりにもよってアクシズ教徒じゃない!!」

「大丈夫、彼はまともだ」

「信じられるかぁ!!」

「せめてその板状の玩具を弄るのやめてから言ってくださいね」

「何でこんな狂信者と一緒にいないといけないのよ……!」

 ヒドイ謂れようである。ただこの魔法使いはスマホから目を離すべきである。ここに来るまでずっとスマホ弄ってやがる。歩きスマホ、ダメ絶対。

 しかし何故狂信者扱いされているのだろうか? 俺は別に宗教に入信した記憶がないんだけど。

「いや狂信者って……そもそも俺無宗教なんだけど」

「はぁ?」

「はい?」

「いや、キミはアクシズ教徒だろう?」

「アクシ……? なにそれ?」

 何だその宇宙から落とされてきそうな衛星みたいな名前は。

「本当に知らないの?」

「知らん」

「嘘は……多分吐いてないみたいですね」

「本当に知らないの?」

 白髪の女の子に疑いの目を向けられる中、スマホから目を放さない魔法使いがアクシズ教について簡単に説明をしてくれた。

「アクシズ教は女神アクアを信仰する集団さ」

「最大宗派のエリス教を目の仇にしてる、ろくでもない集団よ」

「エリス神はアクア神の後輩であるはずなんですけどね」

「信者数ではエリス教と比べるまでもないが、その分信者からの信仰は深いものばかりだ。全員が狂信者クラスに女神アクアを崇めているよ」

「『デストロイヤーの通った後はアクシズ教徒以外草も残らない』……なんて言われてるくらいにはしぶといわ」

「信者全員が基本的に刹那的思考の持ち主で、今が楽しければそれでいいを体現していますね。犯罪じゃなければ何をしてもいいと軽犯罪を繰り返す信者の方も少なくありません」

 何だその狂った集団は。というかあれか、そのアクシズ教の御神体のアクアって俺をこの世界に転生させたあの女神の事か。何だアイツ自分を祀ってる宗教を圧倒的とか言ってたけどマイナーなんじゃねぇか。……つか何だデストロイヤーって。

「そもそも何で俺がそのアクシズ教徒だと?」

「いやだってそのペンダントどうみてもアクシズ教でしょ?」

「その衣服もアクシズ教の意匠のものですし」

「その目の青い輝きは間違いなくアクシズ教徒」

 どれもあの女神にお詫びとしてもらったものばかりだった。というか俺の目今青くなってるの?

 まあ常識レベルで狂信者集団として知られているらしいアクシズ教徒と勘違いされるのも嫌だし、変えられない目の色とか今一着しかない服はともかく、とりあえずペンダントだけでも外しておこう。

「……ん? あれ? 外れない……!?」

「ちょっと何フザケてんのよ。ちょっと貸しなさい」

 さっきまで嫌疑の目を向けていた白髪短髪のちょっと語気の強めな女の子が手伝ってくれるが、ペンダントが取れる事はなかった。

「外れないですね……」

「呪いのアイテムかよ……!?」

「アクシズの呪い……」

「やっぱアクシズ教ってクソだわ」

 

 

 ◇ こ ◆ の ◇ す ◆ ば ◇

 

 

「おっと、そういえば自己紹介がまだだったね。ではボクから……」

 スマホから目を離さなかった性別不詳の魔法使いがそう言ってからスマホを机に置くと、こちらを向きながらバッとポーズをとった。

 

「我が名はらいらい! 紅魔族随一の性別不詳にして、雷電の申し子となる者!」

 

「…………ふざけてるのか?」

「失礼なヤツだなキミは。これはボクらなりの自己紹介だぞ」

「え……ここからこんな自己紹介が続くの? こんなふざけた名前と挨拶が常識なのか?」

「違うわよ!!」

「紅魔族特有の名前と挨拶ですね。らいらいは紅魔族ですし」

「ボクに言わせてみれば他の連中の方が変なんだが」

「……紅魔族?」

 また知らない単語が出てきた。何だよコウマゾクって。

「……コイツ、ホントに何も知らないわね……」

「今は後にしよう。いつまでたっても終わらないし」

「ちなみにらいらいは雷魔法の使い手ですよ」

「だろうね」

 逆にあの自己紹介での雷電の申し子やらこの格好で雷関係ない上に魔法使いじゃないとか言われると戸惑う。

 

 

 ◇ こ ◆ の ◇ す ◆ ば ◇

 

 

「では続いて私が……私の名前はサラです。一応剣士を生業としています」

 朗らかでおっとりとしてそうなメガネで糸目の女性は何と剣士という前線で戦う冒険者だった。意外である。

 よく見ると手には日本刀のような得物を手にしていた。……ってあれ、この世界にも刀あるのか?

「それって刀?」

「そうですよ」

「なに? アンタその変な剣の事知ってんの?」

「ああ、俺の国で使われてたっていう武器だからな」

「そうなんですね。私は父の集めていた遺品を受け継いだだけなので刀についての詳しい来歴などは知らないんですが、この子は神器の一つらしいです」

 神器……多分、というか女神による転生特典の事だろう。異世界に異文化が流出してるけどいいんだろうか。

「ちなみにこの子の銘は『血桜一文字』です」

 ……これ命名したのは日本人だな。間違いない。

「刀の事を知っているのならわかるかもしれませんが、私は何かを守る事が不得手でして」

「ああ、確か刀って折れやすいんだっけ?」

「はい。まあこの子は相手の血を吸わせたら折れたり曲がってもまた直ったりするんですが」

「妖刀じゃねぇか」

 血を吸う刀とか、敵が持ってる武器とかだろ。「今宵の刀は血に飢えている」とかそういう辻斬りキャラの持ってそうなヤツじゃねぇか。それがこんなところでファンタジー出されても怖いわ。

 

 

 ◇ こ ◆ の ◇ す ◆ ば ◇

 

 

「じゃあ最後にノアの番だね」

 最後の一人は、短めの白髪に金色の目をした、どこか斜に構えていた女の子であった。動きやすさ重視の服装から推測するに、おそらく盗賊とかの斥候役なのだろう。

「……ノアよ。まあよろしくしなくていいわ。どうせすぐお別れすることになるでしょうし」

「いくら何でもちょっと辛辣すぎない?」

「ノアさんはエリス教の孤児院で育ったらしくて、アクシズ教に対してトラウマを持っているんです」

「それは果たしてイコールで繋がるのか……?」

「アクシズ教徒のエリス教徒への嫌がらせは日常茶飯事でよく問題になりますしね」

「アクシズ教曰く、エリス教徒への軽犯罪はセーフらしいよ。もちろん世間一般では普通に犯罪だ」

 本当にクソだなアクシズ教。

「じゃあ自己紹介も終わった所で、ノアは彼にスキルの構成について一緒に考えてあげなよ」

「はぁ!? 何でアタシが!? 言いだしっぺのアンタがしなさいよ!!」

「ボクはほら、この板を調べるので忙しいから」

「このクソ紅魔族がぁっ!!」

「女の子がそんな言葉使うのはどうかと思いますけど……さすがに同意します」

「流石にヒドイわこれは……当事者の俺の気持ちも考えてくれ」

「ええー、まあ仕方ない。ならみんなでスキルの構成について考えようか」

「だからまずその玩具から手を離しなさいよ」

 

 

 ◇ こ ◆ の ◇ す ◆ ば ◇

 

 

 さて、ギルドにてみんなの意見を聞きながらスキルの構成を考えたり、武器屋などでみんなに金を借りて一先ずの装備を整えた後、初めてのクエストを受けることになった。

 そのクエストの内容は、平原にいるジャイアントトードという巨大なカエルの討伐だ。

 ジャイアントというくらいだからデカいカエルだとは思っていたのだが、思っていた以上にデカかった。人一人軽く丸呑みに出来るくらいにデカい。圧し掛かられただけで多分死ぬ。

 これで初心者向けのクエストだというのだから異世界おかしい。

 そんなカエルが三匹、目の前にいる。はっきり言って怖い。

「何、アンタビビってんの?」

「いや、これはビビるだろ……これで初心者向けって嘘だろ……」

「さっさと慣れないとやっていけないわよ。ま、アンタは間抜け面晒してみてればいいわ!」

 そう言うとノアが凄まじい速さでジャイアントトードに向かって走り出す。棚引くマントから覗く両手にはそれぞれ短剣が逆手に握られていた。

 その鋭い剣閃が二度走る――――が、カエルは何とその巨体に見合わぬ機敏さで跳躍、見事に躱しきったのだ。

「ハァッ!? 何でカエルがそんな動き……!?」

「追撃しま――――っ!?」

 ノアに追随していたサラが刀を抜き、着地したばかりのカエルに切りかかろうとするが、何かに足を取られたのか、何とこけた。まさかのドジっ娘である。

「いや、これヤバくねぇか!?」

「――――雷光よ、我が意に従い、敵を撃て! ライトニング!!」

 焦る俺の横にいるらいらいの詠唱によって杖先から放たれた二筋の雷が二匹のカエルを穿った。

「……何で二匹だけ?」

「……最初から何でもできる存在などありはしない……という事の証明かな」

「は? ……ああ、まだまだ未熟って事ね」

 しかし今のでも仕留めきれなかったのか、カエルはこけたサラを捕食しようとする。

「くっ、あぶな――――」

 カエルの捕食を転がって躱したサラだったが、避けた先にいたのは大口を開けたもう一匹のカエルであった。

 回避直後ではどうしようもなく、そのままサラの身体がカエルの大口に呑み込まれた。

「サラ!?」

「く、食われたーーーーーっ!?」

「チッ……! 邪魔ぁ!!」

 ノアがサラを助けようと対峙するカエルを切り刻もうとするが、それすらもカエルは華麗に躱した。何であの巨体であんなに優雅に躱せるんだ……!?

「我が意の前に沈むがいい! ライトニング!!」

 再びらいらいの杖先から放たれた二筋の雷撃が二匹のカエルに命中するが、それでもまだ倒れない。もはや死に体のように見えるのにまだ倒れない。

 故にカエルは止まらない。

「ちょ、まっ――――」

 先のサラに続いてノアがカエルの餌食となった。

「また食われたーーーー!?」

 前衛が二人とも食われた。そしてフリーの無傷なカエルがもう一匹残っている。

 そのカエルが後方のこちらに向かってくるのは自明であった。

「や、やめっ――――」

 二分の一の確率だったが、結果を言えばらいらいが犠牲になった。

 運よく俺は生き残ったが、俺以外の全員が食われてしまった。つまり俺だけでこのカエルたちを何とかしないといけないという事である。

 捕食に夢中になっているのかカエルたちが動く様子はない。今なら攻撃を中てる事も容易いだろう。

 けれど今まで命を賭けた戦いどころかケンカすらほとんどしたことのない俺にこのカエルどもを何とかできるのか?

 ああ、もうダメだ、おしまいだぁ……思わずそんな弱音が口から漏れそうになる。このまま逃げてしまいたい衝動に襲われる。今なら逃げることも容易だろう。

 だけど、俺がやらないと三人は死んでしまう。なら、やらないといけない。

 先程より重く感じるメイスを握り直し、カエルへ対峙しようとした――――

 

 

「――――ザッケンナコラー!」

「うがーーーっ!!」

 

 

 ――――瞬間、そんな叫びと共に、二匹のカエルの口から二人の仲間が抜け出してきた。

 

「ノア! らいらい!」

 

「さっさと、死ねェ!!」

 カエルの口から抜け出すと同時にノアは二本の短剣を巧みに操り、自身を食っていたカエル――――ではなく、いまだに捕食中のカエルを切り刻んだ。

 切り刻まれて力なく地面に倒れていくカエルの口から零れ落ちたサラは、その足が地面に着くと同時に踏み込み加速――――そのまま先程までノアを捕食していたカエルの身体を一閃した。

「――――斬捨て御免」

 その呟きとともに、ずずん……というカエルの巨体が地面に倒れ込む音が鳴り響いた。

「ハァッ!! ハァッ!! ハァッ !! ハァ!! これだからッ! 肉体労働は嫌なんだッ!! 穿て! ライトニング!!」

 カエルから距離を取りながら放たれたらいらいの雷撃は狙いが甘かったのか、あるいはカエルの勘が鋭かったのか見事に躱されてしまった。

 しかし復帰したサラ、ノア、らいらい三人に対してカエルは残り一匹。これで形勢逆転、勝てる……! そう思っていると急に頭上から影が差して暗くなった。

「へ……?」

 何事かと思い頭上を見れば、視界に広がっていたのはピンク色のカエルの口内。そこでようやく思い出した。

 

 ――――そうだ。俺もカエルにとって敵だったわ。

 

 咄嗟に身体が動こうとするが、その前にバクりと食われた。

 ぐちゃりと身体に纏わり付く嫌悪感と身体を押し潰されるような圧迫感が俺を襲う。

 視界は闇に閉ざされて、声を上げようにも上げられない。生臭さを全身が包み、全身は徐々に狭くなる空間に締め付けられていく。

 

 死んだ……今度こそ本当に死んだ……。

 

 そんな諦念を抱き始めた時、突如として身体を締め上げる圧迫感から解放され、暗闇の世界に光が差した。

 

「大丈夫ですか?」

「アンタ何ボーっとしてんのよ。そんなに食われたかったの?」

「まあ無事なようで何よりだ」

 どうやら俺を捕食していたカエルをこの三人が倒してくれたらしい。

 三人の姿を見て心底助かったという自覚が湧き出てくる。なお全員粘液まみれである。

 しかし初心者向けの討伐クエストでこのザマとは、予想もしていなかった。ゲームで例えればチュートリアル戦で全滅しかけるという難易度なわけで。やはりゲームと現実は違うというのを体感させられた。

「冒険者って、大変なんだな……」

「当たり前でしょ」

 こうして、全員粘液まみれになりながらも、初クエストを達成したのだった。

「あ、あと二匹狩らないとダメですね」

「……嘘だろ」

 

 その絶望感に思わずその場で倒れ込んだのは仕方のない事だと思う。

 

 

 

 ――――こうして、俺の新しい人生が始まったのだった




続きません。




簡単なキャラ紹介

・PC1:らいらい:紅魔族のウィザード。魔法は雷しか使わないボクっ娘。劣化版めぐみん。

・PC2:ノア:現地人の盗賊。スティール以外は戦闘技能系が多い脳筋娘。罠解除とか追跡技能は持ってない。

・PC3:サラ:現地人の戦士。戦士と言いながらカバー系のスキルは取ってない殺意マシマシ娘。神器持ち設定があるもののチートデータの許可がなければ刀というなの長剣を振るう事になる。

・名無し:転生者のプリースト。実は死んでなかった系転生者。アクシズ教じゃないけどアクシズ教徒。



ちなみに最後のジャイアントトードとの死闘は実際に一人でダイスを振って戦闘をしてみた結果です。処理ミスはありましたが、まさに死闘となりました。



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2話

 あの後、何とか残りのジャイアントトードを狩ったものの、クエストの報奨金はなんとその晩の飯代の他にみんなへの借金の返済に充てられることになったため宿に泊まる金がなくなった。……いや何でだ。

「愛の鞭だと思ってくれ。金のない時の身の振り方も一度経験しておいた方がいい」

 街に戻ってきてひとっ風呂浴びた時に普通に女湯に入っていった事で性別が判明したらいらいの言葉に思わず反論しようとするが、またもやらいらいの弁舌に言いくるめられてしまった。

 というか金のない俺はどこに泊まればいいんだと立ち尽くしていると、俺のその様子に見かねたのかノアが俺に声を掛けてきた。

「……どこで寝たらいいのかわからない、みたいな顔してるわねアンタ」

「まさにその通りなんだけど……」

「ハァ……野宿を避けたいんならついてきなさい」

「え? あ、待ってくれよ」

 そう言ってノアが案内してくれたのは馬小屋だった。

「何故馬小屋……?」

「ここなら宿と比べて格安で泊まれるのよ。ほんとに何も知らないわね……」

 ノアの話では金のない駆け出し冒険者は馬小屋で寝泊まりしているのだそうだ。

 野宿よりはマシかと割り切る事にした俺だが、何とノアも馬小屋に泊まるのだと聞いて驚きを隠せなかった。しかも一緒の場所で。

「お前、俺からふんだくった金あるのに馬小屋泊まるの?」

「ふんだくったとは失礼ね。貸した金を返してもらっただけじゃない。というかどこに泊まろうとアタシの勝手よね」

「……もしかして俺の付き添いで?」

「ハァ? 自惚れないでよね。別にアンタに付き添ったわけじゃないから。アタシは節約しないといけない理由があるってだけ」

 そう言いながらもシーツ代わりに藁の上に敷く大きな布切れを貸してくれたノアは口は悪いが根は良い奴なのかもしれない。いや良い奴なんだろう。

「一応、念のため言っとくけど。もし変な気でも起こしたらアンタのその股にぶら下がった粗末なモノちょん切るから。気を付けなさい」

 ……まあ、口は悪いな、うん。

 

 疲れたのは確かなので藁の上に敷かれた布の上に横たわるが、中々寝付けない。寒いし臭いし寝心地は悪い。最悪だ。元の世界の布団が恋しくなる。隣にカワイイ女の子が寝ているけどそれを加味してもなお酷い。

 ちなみにらいらいとサラは大部屋を借りて他の宿泊客と共に雑魚寝をするとのこと。大抵の駆け出し冒険者の生活スタイルなのだそうだ。早く俺もそのスタイルになりたい。馬小屋生活を早く脱却しよう。

 身体は疲れているから眠れそうに思うんだが、これじゃ中々寝付けやしない。

 こんな状況ですぐに寝れるヤツなんているのかよ……そうノアに問い掛けようとするが、耳に入ってきたのは規則正しい呼吸音……寝息だった。

「マジか……もう寝てやがる」

 まさかと思いそちらを見てみると、寝返りを打ってこちらを向く姿勢になったノアの姿が視界に入る。

 閉じられた瞼から伸びる意外と長いまつ毛。寝間着らしき薄目の衣服に、規則正しい呼吸で上下する胸元。

 ……よく考えたら、場所はどうあれ今俺女の子と同じ場所で寝てるんだよな。しかも今までに会った事のないくらいの美少女と一緒に。

 どくん……と、意識すると心臓の鼓動が早くなる。

 もっと……もっと近くで見たい……

 これは寝付けないからもぞもぞしているだけで、近付いているのは不可抗力なわけで……と誰に言うでもない言い訳を頭の中で思い浮かべながら、少しずつ、少しずつ近付いていく。

 別に触ろうとか何かしようとか考えていないのだが、特に意味もなく衝動のままに近付いていき……

「ん…………?」

「あっ……」

「…………」

 ノアとバッチリと目が合っていた。これは言い逃れ出来ないヤツでは……!?

 あ、でも金色の目が綺麗だ。まるで吸い込まれるかのように、もっと見ていたいという感情が芽生えてくる……ってそんな場合じゃない!

 でもこのままだと間違いなく私刑にされる……! と、とりあえず何とか誤魔化さないと……!

「か、髪に芋けんぴが……!」

「────フン!」

「ギャン!?」

 言い訳を言い切る前に額に衝撃が走る。目の前に星が舞う。頭突きをされたのか、痛みを感じると共に意識が遠のいていく。

「────次はないわよアクシズ教徒……!」

 視界が暗くなる中で、そんなドスの効いた声が最後に俺の鼓膜を震わせたのだった。

 

 

 ◇ こ ◆ の ◇ す ◆ ば ◇

 

 

 額の痛みとともに目覚めた異世界初の朝は爽快なモノ……とは決して言えなかった。

 一応疲れてたからか頭突きを食らった後はそのまま泥のように眠っていたけど、疲れはほとんど取れてない。まだ身体がだるい。あと頭痛い。

 しかし馬小屋生活から脱却するために今日も今日とて仕事だとノアと共にギルドへ向かおうと思ったのだが、ノアは少し用事があるので先に行けと冷たい視線をこちらに向けながら告げてきたので、先に一人ギルドに向かう事になった。

 今日は楽なクエストがあればいいんだけどなぁとか考えながらもギルドに着くと、酒場のスペースでらいらいとサラの二人が既に待っていた。

「あ、おはようございます。よく眠れましたか?」

「おはよう。一応寝れはしたけど、もう馬小屋生活は避けたい……」

 ノアの寝姿に魅了されたことは秘密にする。男なら仕方のない事だと思う。むしろ俺はまだ理性が働いていた方だろう。

「その意気や良し、といった所だね。ボクとしてもよく眠れたようで何よりだ」

 無理に金を巻き上げやがった癖にこの口振りとは。この野郎……いや野郎じゃなかった。このアマ……いやアマというほど女っぽくないんだが。ややこしい。

「そういえばノアはどうしました? いっしょだと思っていたのですが」

「ああ、アイツならちょっと用事があるとかで後からギルドに来るってさ。先に依頼選んどいてって言ってた」

「そうかい。ところで昨日貰った『スマホ』とやらが光らなくなったんだけど、何故かわかるかい?」

「え? ちょいと見せてみな……あー、多分バッテリーが切れたんだな」

 らいらいから受け取ったスマホを弄るが、電源ボタンを押してもうんともすんとも言わない。おそらくバッテリー切れだろう。一応昨日渡した時点でバッテリーの容量は80%くらいはあったはずなのにこの短期間で0にするとは……まあずっと弄ってたもんなぁ。

「バッテリー……魔力を内包するマナタイト鉱石みたいに、電気を内に秘めた物質かい?」

「え? うん、たぶん大体合ってるけど……」

 何この子理解力が高すぎて怖いんだけど。何でバッテリーが切れたって言葉だけでそこまでわかるの? むしろマナタイトコーセキって何?

「つまりスマホを再び動かすためには新しいバッテリーとやらに入れ替える必要があるというわけだ」

「まあ、そうだな。それか充電するか」

「充電! 新たに電気を補充、つまり蓄える事が出来るのかバッテリーというものは!」

「う、うん。あ、でもその辺りの仕組みとかは詳しくわからないけど」

「流れる電気を蓄える物質が既にあったなんて……! で、どうやって充電するんだい? 仕組みはわからずとも方法は知っているだろう?」

「ライトニングを撃てばいいのでは?」

「さすがにそれはこのスマホ自体が壊れるだろう。きっと他に方法があるのさ」

 そう口にしてこちらを見つめてくるらいらいの赤い目がギラギラと輝きを増していっている。いや比喩表現でなく、ガチで光ってるんだけどどういう事なの……!?

 というかそんな期待を込めた目で見られても、その……困る。

 早く方法を言うんだと目で訴えてくるらいらいから思わず顔を逸らしたくなる。だが黙っていてもさらに圧が強くなるだけなので勇気を振り絞って口にする事にした。

「……充電は、できない」

「…………は?」

 ギラギラに光っていた赤い目が一気に暗くなった。

「電気って、電圧とか電流とか……そういう強さとかに繊細な部分が多くて、決まった規格の電流とか電圧じゃないと充電ができない」

 そうだと思う。詳しくないから真偽はわからないが、少なくとも前の世界でも国が違えば変電器とかがないと使えないなんて普通にあったくらいだ。まして規格化された電気がないこの世界じゃ、どうやっても充電なんてできるはずがない。

「……な、ならバッテリー自体を交換すればいいんだね。さあ、早く新しいバッテリーを出したまえよ」

 自身の言葉に希望を取り戻したのか少し目の輝きも戻ってきた。だが無常……現実は無常……!!

「……持って、ない」

「…………は?」

 取り戻したらいらいの目の輝きが、再び陰った。

「な、ならどこでバッテリーとやらはどこで手に入れられるんだ? 何なら取りに……」

「……バッテリーは、自然物じゃない、人工装置だ。緻密な計算と専門知識のもとに設計されてるから、何かで代用とかも多分できない……そして俺は、そんな専門知識なんて、持ってない」

「な、ならこのスマホは、どうなるんだ……? どうやったらまた動くようになると……?」

「……バッテリーがあれば、専門知識があれば、そもそも充電さえできれば、そのスマホは再び動き出しただろう。でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ、らいらい。だから────そのスマホは、ここでお終いなんだ」

 

 その言葉を聞いたらいらいは、ショックを受けたような、というか、絶望という言葉を体現したかのような表情を浮かべていた。

 

 

 ◇ こ ◆ の ◇ す ◆ ば ◇

 

 

「動かない……動かない……動かない……動かない……」

 画面の暗くなったスマホをタップし続ける装置と化したらいらい。

 いくら声を掛けても元に戻る気配がないので、俺たちはこのらいらいの状態異常を時間が解決して再起動するのを待つ事にした。

「もう、確認してなかったらいらいもそうですけど、ちゃんとその辺りも伝えた上でそういう取引をしてくださいよ」

「えあっす……」

 さすがに悪い事をしたかなぁ……いや俺自身はしてないんだけど、説明くらいは事前にしておくべきだったか。

 しかしバグったらいらいを看護するサラを見て思う。何でサラは冒険者になったんだろうか。

 見た目からしてこんな冒険者みたいな切った張ったの鉄火場に好んで来るような人種には見えないんだけど……ノアとからいらいは血の気が多そうだからまあわかるけど、サラの場合は何か理由でもあるんだろうか?

「……? どうかしましたか?」

「あ、いや、サラは何で冒険者なんてやってんのかなって思って」

「復讐のためです」

「そっか…………うん?」

 ……何だろう、なんとなく気軽に聞いてみたら、間髪入れずに何か予想外の言葉が出てきたんだけど。

 キャッチボールしようとしたら向こうから野球ボールを投げるようにボウリングの玉を投げられたような……例えるならそんな感覚だ。

「……復讐?」

「私には父がいました。母は私が小さい頃に流行り病で亡くなったらしく私は男手一つで育てられました。考古学者をした父は、その仕事の関係で貴重な資料なり神器を持っていたんです。ですがある日、父は何者かに殺されました。父の持っていた神器や資料はほとんど持ち去られていました。残ったのは私の持つこの血桜一文字のみ。なので私は父の仇を討とうと決めたんです」

 ……何だろう。気軽に聞いたつもりの話がクッソ重たいんだけど。というかこの話気軽に話していい内容じゃないと思うんだけど。俺はただ世間話をしたかっただけなのに何で結構深めな身の上話になってるの?

「……そ、それで、何でそこで冒険者?」

「何の力もない小娘だと手がかりを探すのも一苦労なので、せめてまずは力を付けようと……」

 ああ、成程。言われてみれば千エリス……大体千円くらいで冒険者カードというスキルを瞬時に覚えられる道具と冒険者っていう社会的立場を得られると考えたら、おかしくない選択肢ではあるのか。

「父の持っていた神器や資料は数も限られていますので、その売買のルートを調べられたら……まあその手がかりすら現状見つけられないので今は力をつけるのに専念しているわけですけど」

「その売買のルートの関係者を見つけてその持ち主を辿っていくってわけか」

「はい。情報を聞き出してその後殺します」

 途方もない道のりだなぁ。調査のための時間に仇を討ち果たすための鍛錬。復讐がいい事かはともかくとして………………うん? 今なんか文脈おかしくなかったか? なんか殺すって聞こえた気が……?

「……え? その殺すって、誰を?」

「誰をって、その関係者をですけど」

「え? いや関係者別に仇と関係ないんじゃ?」

「本当に関係なければ殺しませんが、父の神器や資料を持っている、あるいは持っていた人物となるとつまり、父を殺した可能性があるという事ですよね?」

「まあ、可能性はあるけど……」

 

 

「────なら殺します」

 

 

 ……その時のサラの僅かに見えた眼光は、途轍もなく冷たいもので、思わず俺の背筋が凍った。

 

「疑わしきは殺します。身の潔白が証明できなければ殺します。可能性があるのなら、それは仇です。違いますか?」

 あ、やべー。この人まとも枠だと思ってたけどそんな事なかったわ。むしろ一番やべー可能性すらある。てかこのパーティのまとも枠って俺しかいなくない?

 ……ま、まあ動機とか復讐に関しては俺関係ないし、無理に止めて矛先がこっちにくるのも怖いし、そこに触れなければきっとサラはほんわか女子だろうし、あまり深く関わらなければ問題ない…………いやまて。

 これもし実際にサラが行動を起こした場合、同じパーティメンバーの俺たちも何かしらの責任を負わされるんじゃないか? 本命の仇が相手ならさすがに俺たちも強くは言えないけど、そこまで関係のない相手まで仇認定されてコロコロしてこっちに飛び火して、それを何度も何度も繰り返して……これ他人事じゃねぇな。

「えーっと、その、何というか。関係者はあんまり殺さない方がいいと思うけど」

「何でそんなことを言うんです? もしかして、仇……?」

「ちがいます」

 ただでさえ冷たい眼光なのに目のハイライトが消えたら怖い以外の何物でもなくなってしまう。とりあえず刀抜こうとしないで。刀から手を放して。

「か、関係者ってだけで殺してたら、情報持ってる人も怖がって提供してくれる人がいなくなるだろ。それこそ仇を討つ事から遠ざかるぞ」

「情報提供を嫌がるという事は、仇認定してもいいのでは?」

「やめてくださいしんでしまいます」

 ……ちょっとこの人短絡的すぎない? いや復讐関係だけ直情的になるのか? どっちにしてもこのままだとアカン事になるのは目に見えるようだ。というか鞘から少しずつ引き抜かれていく刃が既に目に見えてヤバい。

「もっと言うと、その関係者が白でも黒でも殺すのはサラの目的を考えるとデメリットの方が大きいと思うぞ」

「デメリット?」

「白黒関係なく関係者を殺してたら情報提供なくなるのは当たり前だ。誰だって殺されたくないもの」

 もちろん俺も殺されたくない。現在進行形で。

「で、相手が白の場合は言わずもがな、黒の場合、無暗に殺すと仇にサラの情報が行く可能性もある」

 殺さなくても情報が行く可能性はあるが……まあそれに関しては黙っておこう。

「仇に不用意にサラの事を知られたらどんな手を取ってくるかわからない。直接サラを排除しようとしてくるか、あるいはサラの手の届かない場所に行く可能性だってある」

「む……」

「そのせいで仇を討てなくなったら本末転倒、だろ……?」

 だからその刀を抜く手を戻してください。少しずつ抜いていくのやめてください。怖すぎるんで。

「……そう、ですね。私少し焦っていたのかもしれないですね」

 そう言ってサラは刀を完全に納めて息を吐いた。とりあえず俺の命の危機は去った……! 

 

「あ……すみません。あまり面白い話ではなかったですよね」

「いえ、こちらこそすみません……。というか俺にこんな話聞かせてよかったのか?」

「構わないですよ。別に減るような話ではないですし、少なくとも貴方は仲間ですから」

 そう言って微笑むサラの眼差しに先程の冷たさは存在しなかった。

 その事にほっとしながらも、つい気になった事を聞いてみることにした。

「ちなみに他の二人はこの話、知ってるの?」

「はい。知っていますよ」

「ちなみに、もしも、もしもの話だけど……ノアやらいらいが仇だってなったらどうするんだ……?」

 

 俺の質問に、サラはにっこりと笑みを浮かべてこういった。

 

「────殺します」

 

 

 ◇ こ ◆ の ◇ す ◆ ば ◇

 

 

「遅れて悪いわね。何かいいクエストあった……って何これどうしたのこのボクっ子?」

 用事とやらが終わったのかギルドに出てきたノアを出迎えたのは未だに動かないスマホをタップし続けるらいらいとそれを見守る俺たちの姿だった。

「実は……」

 俺たちはらいらいが何故こうなったかを説明すると、ノアは隠す様子もなく大きなため息を吐いた。

「……アホらし。アンタたちそんな事で時間を無駄にしてたの?」

「すみません……」

「いやそんな事って、声かけても反応がないんだから待つしかないだろ」

「アクシズ教徒は黙ってろ」

 やめてくれ、その言葉は俺に効く。というか俺に対して辛辣すぎない?

「というか、こんなモン叩けば治るでしょ」

「さすがにそれは……」

 どうかと思う……なんて言っている間にノアはスマホタップロボと化したらいらいの頭を何のためらいもなく叩いた。止める間なんてなかった。

「ちょっ、おまっ……!? 絶望してるヤツの頭思いっきり叩くとかマジか!? ひと昔前の家電じゃないんだぞ!」

「うっさいわねー……というか何意味の分かんない事言ってんのよアンタ」

「カデン……?」

 昨日の事で口悪いけど良い奴認定してたノアのこうも雑な対応に思わず驚いてしまったが、当のノアは特におかしなことはしていないとでもいうかのような態度であった。というかコイツ結構雑だな。

 そして肝心のらいらいはというと……

「────はっ……!? ボクは一体……!?」

 ……何と正気に戻っていた。

「ええー……」

「ほら、治ったじゃない」

「治りましたね……」

「……あれ、ノア? いつの間に来たんだい?」

「アンタが呆けている間に、よ」

「……らいらいは家電だった?」

 さっきの目の明滅もあり、俺の中で『らいらい家電説』が浮上したのだった。

「さて、ようやくノアも来た事だし今日のクエストについて決めようか」

「むしろアンタ待ちみたいだったんだけど」

「誤差みたいなものだろう? 細かい事は気にしないでくれ。それより雷電撃ちたい」

「コイツ、自分の欲望に忠実すぎだろ……」

 異世界生活二日目だけど、大まかにならこのメンバーの事がわかってきた気がする。

「このボクがひたすら雷電を解き放つだけで全てが終わるクエストを探そう。肉体労働断固反対」

 らいらいは頭脳面が飛びぬけて高い。人を口車に乗せるのが上手いという点もあるが、全くの未知の物体であるはずのスマホを俺のふんわりとした説明や状況から推測して俺が知っている以上にその構造や仕組みを理解していくその知能の高さは空恐ろしいものがある。

 ただし、自分のやりたい事や興味のある事以外にその能力の高さを活かそうとしない。スマホを渡した時の『冒険者として独り立ちできるよう俺の面倒を見る』という約束をいきなり仲間に丸投げしようとしたくらいだ。

 

 総括としては、欲望に忠実な知能の高いヤバい奴。

 

「肉体労働しないって冒険者が何言ってんのよ。ま、パパッと終わるのにしましょ」

 ノアはわかりにくいが、根は優しい女の子だ。金がなくなってどうすればいい俺をわざわざ馬小屋まで案内してシーツを分けてくれる辺り世話焼きな性分なのかもしれない。自然と仲間や他人を気遣える辺り根っこは間違いなく善人なのだろう。

 ただ、その口の悪さとガサツさが目立つ上に、考えるよりも早く身体が動く性質なのか盗賊なのに慎重さが全く見当たらない。盗賊としては致命的なのではと疑わざるをえない。

 

 総括としては、根は良くても考えるより先に手が出るヤバい奴。

 

「じゃあ今日も討伐系のクエストを探しましょうか」

 サラはこの我の強いメンバーを纏めてくれるおっとりしたお姉さんだ。纏めると言っても前に引っ張っていくリーダーとしてではなく、緩衝材のような役割と言った方が適しているだろう。

 ただし、その本質は狂った復讐者だ。会ったばかりの俺を仲間扱いしてくれているが、俺より長い付き合いである仲間の二人も仇なら殺すと即答するくらいには復讐に傾倒している上に、仇の関係者は仇と判断するくらいに仇判定の範囲が広すぎて逆に恨みを買いそうなくらいには箍が外れている。さっきの会話で多少マシになってくれているといいのだが、あまり期待はしない方がいいだろう。

 

 総括としては、目的が絡むと箍が外れるヤバい奴。

 

 ……三人とも美人ではあるし長所もあるのは確かだけど、短所も結構ヒドイ。

 

「……おかしいな、俺以外やべー奴しかいないじゃないかこのパーティ」

「一番ヤバいアクシズ教徒が何言ってんのよ」

 

 え? 俺コイツらと同列なヤバさなの?

 

 ……こうして、一日は過ぎていくのだった。



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外伝
外伝 このエリス教徒に神託を!(byサンキューカッス)


こちらの話は自分が一話目を投稿した後に「話読んで思いついたから書いたけどこっちで投稿するのは何か違う気がするからそっちで更新して」と、サンキューカッス先生からいただいたお話です。……貰ってから既に数か月経っているけど気にしない。

サンキューカッス先生、本当にありがとうございます。


「……あ」

 

 その時、盗賊の少女は間抜けな声を出した。

 

「あー、しまった」

「どうしたんだ、ノア」

 

 ポリポリと無表情に、自らの頬を掻くノア。彼女の短い白髪が、ほのかに揺れた。

 

 だが彼女のそんな表情と裏腹に、その声色からは多少の申し訳なさが感じられる。

 

「ふふ、忘れ物でもしたのかい?」

「俺達が受けた依頼はダンジョンの調査だ、少しの油断が命取りになる。待っててやるから、忘れ物が有るならしっかり用意してきてくれ」

「いやその、ごめん。実は、忘れ物じゃなくてさ」

 

 ノアそんな仲間たちの応対に対し、バツが悪そうに両手の人差し指を合わせながら。

 

「忘れてた。ごめん今日は、その、外せない用事が……」

「……」

 

 まさかの、依頼ドタキャンをかましたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。てか、本当にごめん」

「ノア、君の用事ってのはボクたちの依頼より重要なのかい?」

「うん、こっちが無理言ってお願いしてた約束なんだ。……あー、本当にごめん」

 

 ノアは、そう言って真っすぐ頭を下げた。

 

 冒険者にとって、信用は大事だ。こんな風にドタキャンを繰り返すような人間は、すぐ信用されなくなる。

 

 パーティ同士で命を預け合う冒険者にとって、それは致命的なデメリットだ。

 

「成程。でもそれは困りましたね。流石に盗賊なしでダンジョンは潜れませんし」

「うっ……、だよね」

「依頼期間を考えると、今日出発しないと厳しいよね?」

「……俺、社会人として約束にルーズなのはどうかと思う」

「うっさい、駆け出しは黙ってろ!」

 

 そんな常識を曲げてまで、ノアには優先したい約束が有るらしい。それが、彼女にいかなる害をもたらそうとも。

 

「……分かった。じゃ、今回は依頼をキャンセルしよう」

「……ごめん」

「盗賊なしは無理ですしね。ノアにも事情が有りますし」

「ええ、いつか埋め合わせするわ」

「やれやれ、これだからノアは」

「黙れ不埒なアクシズ教徒」

 

 それを分かっているから、パーティメンバーはノアを許した。そしてノアも、心から仲間に謝意を示した。

 

 それでうまく行ってしまうのもまた、自由の象徴たる冒険者の特権だろう。

 

「ノアからの埋め合わせ、期待しとくよ」

「でしね。それで、今日はどうしましょうか」

「悪いわねみんな……、ん?」

 

 そう、上手く話がまとまりかけたその時。ノアは、目線を外して何かを注視した。

 

 それは丁度、たまたま路傍でエリス銅貨を見つけた時の様な表情だった。

 

「ねぇ。何でさっき俺だけ罵倒されたの? おかしくね?」

「あ、ちょっとだけ待ってて。ダメ元で、今日空いてないか知人の盗賊を当ってみる」

 

 ノアはそういうと、視線を変えずに冒険者ギルドの人込みに向かって歩き出した。

 

 その先には……少し小柄で、優し気な青色の少女が掲示板を見つめて立っている。

 

「もしかしたら私の代わりに引き受けてくれるかも」

「……ほー」

 

 そして。

 

 ノアは、その少女へと笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、初めまして。私は、エイリースって言います」

 

 ノアに連れられて俺の目の前に現れたのは、ノアより一回り小さいへそ出しルックの女の子だった。

 

 布面積の少ないセクシーな衣装だが、彼女はセクシーと言うより幼いという表現がすっきり来る容姿だ。どちらかと言えば、犯罪臭のする出で立ちだった。

 

「私の代わり、引き受けてくれたよ。ごめんねエイリース、いきなり無茶言って」

「いえいえ。困ってる人を助けよ、というのはエリス様の大事な教えですから」

「おお、エリス教の人か。なら、信頼に足るな」

 

 ……。エリス教徒ってだけで信頼されるのね、すごいねエリス教。

 

「……でも。あの、あそこのプリーストさんはアクシズ教の方では? 私が加入してよろしいのでしょうか」

「何言ってんのエイリース。ダメだったらお願いしてないっての」

「それにあの男はアクアを信仰しておらず、ただ詐欺でアクシズ教に入信させられた哀れな子羊さ」

「……まぁ、お可哀想に」

 

 それに比べ、アクシズ教って本当にロクでもないな。

 

「心からアクシズ教を信仰していないのであれば、私も余計な気を回さずに済みます。良かった……」

「と言うか、出来るならこのアクセサリーとってください。俺をエリス様の教えの元で冒険者させてください」

「まぁ! まぁ、まぁ。貴方もエリス様を信仰していたんですね。でしたら、私達も仲良くなれると思います。よ、よろしければエリス様のお話をお聞かせしましょうか?」

「ああ、頼む」

 

 そんな危ない衣装の幼女盗賊は目を輝かせ、満面の笑みで俺に向かって笑いかけて来た。

 

 ただ、ちょっと興奮気味なのが怖いけど。

 

「じゃ、私は行くわ。エイリース、後は頼んだよ」

「お任せください、ノア。貴方にエリス様の御加護が有らんことを」

「あ。そういえばエイリース、君の年はどれくらいなんだい? 随分若いみたいだけど」

 

 そしてとうとう、さっきから気になっていたことをらいらいが聞いた。

 

 うん、盗賊職とは言えエイリースはちょっと幼すぎる気がする。能力的に、ダンジョン攻略は厳しいかもしれない。

 

 ノアが代わりとして連れて来たとは言え、実際にどうなのかは─────

 

 

「私ですか? 今年で27歳になります」

「まさかの年上!?」

「まさかの最年長!?」

 

 え、え!? 待って、それはジョークだろ?

 

「コレでも一応、ノアの姉弟子なんですよー? むふー」

 

 そう言って得意げに鼻息を吐くエイリースの隣で。

 

 ノアは、静かにうなずいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでですね、エリス様はこうおっしゃった訳です。悪しき者に右の頬をぶたれようと、左の頬を差し出しなさい。アンデットに右の頬をぶたれたら、即座に殴り返して聖属性呪文で苦しみを与えなさいと」

「アンデットに厳しい」

「その教えを聞いたプリーストは、ターンアンデットを使って自分の母の魂を救済したのです」

「ああ、呪われちゃった自分の母親を攻撃しちゃうんだ」

「そして、自らの母をも犠牲に多くの民を救ったそのプリーストは英雄として末代まで語られることになりました」

「なんだかなぁ。今の話、なんだかなぁ」

 

 エイリースはダンジョンに向かう道中、俺にエリス教に伝わる神話の様なものをひたすら語り続けた。

 

 他の世界の神話というのは、面白いというより意味が分からない。だが、それもきっと文化の違いなんだろう。

 

 きっと彼女に、日本神話を語っても俺みたいな反応になるはずだ。

 

「私もね、救われたんですよ。幼い頃、商人をしていた一家丸ごと盗賊に襲われてしまった時に」

「……ほう」

「父も母も息絶えて、私は奴隷として縛り上げられかけたその時です。白い雷が、盗賊の首魁を黒焦げにしたのは」

「……」

「エリス教の冒険者の方でした。盗賊に囲まれ全滅の憂き目にあった私達を、たった一人で助けようと割って入ってくださったのです。そして盗賊を全滅させた後、名前も名乗らず『エリス教の者だ』とだけ言い残して去っていきました」

「良い人も居るもんだな」

「それ以来。私はエリス教の信徒となって、教会に保護して貰いました。そして独り立ちできる年齢になると、盗賊の冒険者として教会を出たのです」

 

 なるほどな。そりゃ、エリス教に入信したくもなるわ。

 

 随分目を輝かせてエリス教の話をしてたけど、きっと彼女は熱心な信徒なのだろう。

 

「いつか、その呪いのアクセサリーが外れたら。貴方も、一緒にエリス様を信仰しませんか?」

「ああ、考えておくよ」

「約束ですからね?」

 

 ニコニコと、エイリースは俺の返事を聞いて笑った。そんなに嬉しかったのだろうか、信徒が増えるのは。

 

 ま、彼女の様に宗教にどっぷりつかるつもりはないけど……。でも、普通に信仰する分にはエリス教のが全然いいというのは分かる。

 

 とっとと、あの糞女神の呪いを解除しないとな。出来れば金輪際、アクシズ教には関わりたくないもんだ─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい! ここから先のダンジョンは危険なので交通整備中でーす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクシズ教には、関わりたくなかったのに。

 

 

「おや? ふむふむ、プリースト君。君はおそらく熟練中の熟練冒険者。君ならこの先のダンジョンでも上手くやるだろう。通っていいよ」

「駆け出しです。俺はこのパーティで一番の駆け出しです」

「だがしかし! 君たちパーティは全体的に貧弱、ここを通すわけにはいかない。特に─────、そこの汚らわしい匂いのぷんぷんする糞雑魚盗賊は通せないかなぁ!? これは、好意で言ってあげてるんだけど……、君じゃ弱すぎて犬死にするだけさ!」

「……」

 

 

 ああ。俺と同じ紋様のアクセサリーを身に着けた集団が、いきなり俺達を乗せた馬車を囲んだ。

 

 そうか、これか。これが噂の、アクシズ教徒か。

 

「でも安心すると良い。僕達は単に弱そうな君たちがダンジョンに行くのが心配なだけさ……、そこで! いろいろとアイテムを差し上げようじゃないか」

「ほうら、ここに書類が有る。この書類にサインして、私達からのプレゼントを受け取ってくれ」

「それだけじゃない。この書類に名前を書いた瞬間、君たちには多大なる女神の加護が与えられるだろう。まさに一石二鳥。ああ、なんて素敵……」

 

 なんだこれは。まさかこいつら、これを勧誘活動と言い張るつもりなのか。

 

 遠くてちゃんと見えないが、その書類絶対アクシズ教に入信する書類だろ。

 

「悪いがアクシズ教に関わるなと、親からしつけられていてね。我が雷電の餌食となりたくなければ、ソコをどくといい」

「良いのかい? このマナタイトは良質だよ? それに、君たち駆け出しでは手の届かない高価な防具なんかも─────」

 

 うぜぇ。尋常じゃなくうぜぇ。

 

 たしかに良さげな装備を持ってはいる。このアクシズ教徒、そこそこのレベルの冒険者らしい。

 

 そこそこレベルの冒険者が、駆け出しを入信させるためにこんなとこで援助物資持って張り込みしてるのね。成程、駆け出しがアイテムにつられたら信徒が増えるのか。

 

「確かに素晴らしい装備ですね。では、いただきましょう」

「お、何だ? にっくきエリス教徒かと思いきや、話が分かるな嬢ちゃん。じゃ、ここにサインを────」

 

 その、うざったいアクシズ教徒に肩を掴まれた瞬間。

 

 エイリースの、身体が大きくぶれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクシズ教徒は、全滅しました。

 

「待って、待てくださいエイリース、これは窃盗では……」

「何言ってるんですかサラ。これは、落としものを拾っただけです」

「てか、瞬殺? この人たち、割と高レベルなんじゃ」

「私は毒使いですから。一発掠れば勝ちなんですよ」

 

 エイリースは、半ば不意打ち気味にアクシズ教徒を切り刻んだ。

 

 いきなり攻撃を受けて戦闘態勢になったアクシズ教の冒険者は─────、ほどなく失神して動かなくなった。ぴくぴくと白目をむいて痙攣している。

 

 毒使い。エイリースは、可愛らしい見た目の割にえぐい戦い方をする様だ。

 

「いや。その、流石にこれは不味くないかい? 気絶させるまでは正当防衛だと思うけど、流石に身ぐるみを剥ぐのは────」

「アクシズ教徒には何やっても犯罪にならないんですよ」

「あれ!? この人、実は結構過激だぞ!?」

 

 エイリースは、文字通り虫を見る様な目でアクシズ教と二人を見下している。

 

 彼らの用意した装備やマナタイトなどの貴重品を、せっせと馬車に詰め込みながら。

 

「……ですがこのような行い、エリス神が許すとは思えないのですが」

「何を言ってるんですか。相手はアクシズ教徒ですよ、アクシズ教徒。隙あらばエリス様の陰口を叩き、迷惑行為を連発し、果てに精神崩壊に追い込む悪辣外道。こんな害虫は駆除されてしかるべきなんです」

「いえ、でも。エリス教の人って、こういう事をあんまりしないイメージが……」

「じゃ、聞いてみますよ。これでも私、祈ってればたまにエリス様に通じるので。ああ、エリス様エリス様。私は間違ってませんよね、ご神託をください……」

 

 え。神様の声が聞こえるって……この子、相当やばい子じゃない?

 

「……本当にエリス様の声が届いているなら、彼女はエリス様の認めた熱心な信徒と言う事になりますが」

「本当かなぁ?」

 

 あ、この世界では有り得る事なのね。神様からの神託。そう信じられてるだけかもしれないけど。

 

 そういや、少なくともアクアは実在するんだもんな。エリス様ってのも、本当にいるのか。

 

『ザザッ─────、えー、誰か私を呼んだ?』

 

 その時。

 

 俺の持っていたアクシズ教のお守りが、かすかに揺れ動いた。

 

「おお、繋がりました。我が愛しの女神様、薄汚い他宗派から迷惑行為を受けたのですが……、そんな彼らをぶっ殺した後、身ぐるみを剥ぐのは果たして罪なのでしょうか?」

『ふーむ。よし、汝の罪は私が許します。相手が話の通じぬ異教徒であれば、きっとあなたは尋常ではない苦痛を受けたのでしょう。その慰謝料として、身ぐるみを剥ぐのは当然の権利です! その代わり、今度私の教会に美味しいお酒を持ってきて奉納しなさい。それでチャラにしてあげるわ!!』

「おお! なんと慈悲深い……、貴方様こそまさに女神です」

『気にしなくていいわよ! じゃ、今後も信仰に励んでね! それじゃ!!』

 

 

 うわっ聞こえた。今、本当に空から声が聞こえた。

 

 ……というか、あれ? 今のが、エリス様の声?

 

「ほら見た事でしょうか。エリス様もお認めになりましたし、ありがたく身ぐるみを剥いでしまいましょう」

「……? 私には何も聞こえませんでしたが。貴方の妄想ではないのですかエイリース、本当にエリス様がお認めに?」

「……やれやれ。エリス様を信仰していれば、今の声が聞こえた筈なんです。あ、そうだ……貴方は聞こえませんでしたか?」

 

 エイリースは期待した顔で、俺を覗き込んだ。……嘘は、つかないでおこう。

 

「うん。聞こえた、お酒を持ってきたら許すとか言ってた」

「まぁ!! 貴女には聞こえたんですね、成程! 貴女はアクシズの装飾品を身に纏っていようと、心は間違いなくエリス教徒!」

「……え、本当に聞こえたの? じゃ、じゃあ女神エリスは本当に?」

 

 いや、でも待て。

 

 今の声、めっちゃ聴いたことあるんだが。あの面倒くさそうな喋り方は、どっちかって言うと……

 

「あの、エイリースさん。今の声、女神アクアの声っぽいような……」

「は?」

「いや、何でもありません言い淀みました」

「……まあよろしいでしょう。貴方にもエリス様の声は聞こえたみたいですし……、きっとあなたはエリス様を心から信仰しているのでしょう」 

 

 ……違うよ。絶対、今の声は俺をこの世界に送り込んだあの糞女神の声だったよ。

 

 え、何? どういうこと? このエリス狂信者、本当はアクシズ教徒なの?

 

「大義は我にあり。エリス様の教えの元、このクソ共から何もかもを巻き上げてダンジョンに臨みましょう」

「……エリス教って結構過激なんだね。少し、見る目が変わったな」

「アクア神とエリス神は先輩後輩の関係と聞きますし、似ている部分もあるのかもしれませんね」

 

 眼の光を消して、エリスを崇拝する盗賊を見て。

 

 俺は、口が悪くてもいいからまともな盗賊の味方に戻ってきてくれと心から叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ!? ぐ、無事かみんな」

「ああ……、くそ! あのエリス教徒め!!」

 

 やがて、毒が消え去ったころ。全裸のアクシズ教徒たちは、路傍でゆっくりと目覚め始めた。

 

「げ! 俺達の荷物、なくなってるぞ」

「そこまでするか!? くそ、エリス教ってのは最悪の連中だ!」

「人の心がねぇのか、許せねぇ!!」

 

 激高し、即座に後を追おうとするアクシズ教徒たち。だが、最後に起き上った中年の男だけは様子が異なっていた。

 

「いや、エリス教徒相手に油断した俺達が悪いんだ。あの悪辣な敵相手に油断して、命があっただけでもましだろ」

「でもよぉ!」

「次から、油断しなきゃ良い。そうだろ?」

 

 彼は幼女風の女性に昏倒させられて、非常に良い気持ちになっていた。だからこそ、彼だけは冷静だったのだ。

 

「俺は以前、盗賊に襲われた商人を見たことがある。その商人は────、俺の見ている前でなぶり殺しにされた。それが、普通なんだよ」

「何っ!? お前程の魔導師が、間に合わなかったのか!?」

「紅魔族らしく格好いい名乗りを考えていたら、介入が遅れてな……。娘さんを助けるので手一杯だった。で、流石に罰が悪かったので『エリス教の者だ』と名乗って逃げ事なきを得たんだ」

「あんた最低だよ」

「────流石に反省してる」

 

 そのアクシズ教徒同士の会話は。残念ながらエリス狂信者の幼女には、届かなかった。

 

 



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外伝 このエリス教徒に神託を! 2話(byサンキューカッス)

今回のお話はサンキューカッス先生からいただいた前回のエイリースのお話の続きのようなものです。
前回の話をいただいた後すぐに書き上げてこちらに送ってくれました。本当にありがとうございます。…………頂いてから半年以上経ってる事は、その……ごめんなさい。


「あー、全くこれだから。クリスは実にポンコツですね、同じエリス教徒として恥ずかしいですよ」

「……そ、そうかなぁ」

 

 某日。俺は以前一緒にダンジョンに潜った事のある知り合いの盗賊が、実に面倒くさい絡み方をしているところに遭遇した。

 

 人の良さそうな銀髪の盗賊相手に因縁をつけ迫る彼女は、傍目に見ると模範的アクシズ教徒だった。

 

「ダメです。クリスはダメダメです、エリス様の教えを欠片も理解していない」

「え、えぇ……?」

「良いですか、エリス様は慈悲深くもあり厳しくもあるお方です。ですので─────」

 

 そんなエリス狂信者たるエイリースが、何を騒いでいるかと言えば……。

 

 

「アクシズ教徒なんていくら昏倒させても、何の罪にも問われないんですってば」

「いや、普通に犯罪だから……」

 

 彼女は軽快な歌を謡い、気を失ったアクシズ教徒の上でコサックダンスらしき踊りを踊っている真っ最中だった。

 

 つまりは、冒険者ギルドの華。単なる喧嘩騒ぎだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もとはと言えばこのアクシズ教徒が悪いんですよ。私の崇拝するエリス様を侮辱したあげく、文句を言えば『お詫びに芸をしよう』と言って下らない宴会芸を始めたのです」

「いや、あはは。宴会芸くらいは別に良くないかい?」

「ダメです。奴らは芸と称してエリス様の肖像画の胸を萎ませて飾り、『貧乳音頭』なる謎の舞踊を始めました。判決は当然処刑です」

「うぐっ……。む、む。でもさ、エリス様は心が広いからそんな誹謗中傷は気にしないと思うな。信徒である私達が違うよって否定してあげればそれで─────」

「念のためエリス様に神託を頂いたところ、『磨り潰して川へ投げ捨てなさい』との仰せでしたよ。やはりクリスは、エリス様の事を何も理解していませんね」

「ん!? そんな事言った覚えないよ!?」

 

 頭に血を上らせた実質アクシズ教徒のエイリースは、同じくエリス教の盗賊に諫められている真っ最中だった。是が非でもあの場に関わり合いになりたくない、ここは傍観の一手だな。

 

「それより見てくださいクリス。このアクシズ教徒、かなり金持ってますよ。この金は全額、エリス教会に寄付する事にしましょう」

「だからダメだって! この人たちにも生活が有るんだからさ」

「これから死ぬ人間に、生活費など必要は無いでしょう?」

「殺す気だったの!? そんなことしたら冒険者ギルドに居られなくなるよ!」

「我が敬愛するエリス様を侮蔑した罪は死以外で償うことは出来ません。喜びなさいアクシズ教徒、死後はエリス様が優しく導いてくださいましょう」

「武器に毒塗るのやめてよ! 本気、本気なの!? ねぇ、なんでみんな見て見ぬふりしてるの、何で誰も私と一緒にエイリースを止めようとしてくれないの!? 誰か、ねぇちょっと!」

 

 殺意満々のエイリースを、クリスと呼ばれた盗賊が半泣きで抱きすくめている。

 

 だってどうみても、エイリースは本気だ。本気であのアクシズ教徒を屠る気だ。

 

 あの半泣きの盗賊が可哀想ではあるが、下手に介入したら逆にエイリースに殺されるかもしれない。誰があんな危険地帯に割って入るものか。

 

「おいノア。お前が何とかしろよ、お前の姉貴分だろ」

「あーなったエイリースは手が付けられないから無理。アンタこそエイリースに気に入られてたじゃない、仲裁してひき肉になってきなさいよ」

「ひき肉ですかー、いいですね。でも、毒殺されたら食べられなくないですか?」

「サラは俺は殺されて食用になる前提で話すのやめてくれる!?」

 

 ナチュラルに怖いよこの女! 物凄く自然に、俺を食用の肉として見たんだけど!?

 

「……はぁ。こうなれば、全員で仲裁に行かないか?」

「らいらいに賛成。あの娘を押さえるには人手がいる」

 

 一方で冷静ならいらいは、その場でローブをはためかせて立ち上がると。

 

「気乗りしないけど」

「本音出さないで」

 

 げんなりした声で、ポツリとそう声を漏らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと! 可愛い私の信者たちに何してくれてるわけ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達がエイリースを仲裁すべく立ち上がろうとした刹那。

 

 青髪のプリーストが、エイリース相手に突然食って掛かったのだ。

 

「え?」

「あ」

「あっ……」

 

 そのプリーストは、どうやら見るからに─────。

 

「この私の目が黒いうちは、水の女神アクアを崇拝する可愛い信者に指一本触れさせないんだから!」

「くせぇぇ!! 鼻が曲がりそうな匂いがするかと思ったら、ド腐れアクシズ教の気色悪いプリーストじゃないですか! よくそんな腐ったヘドロみたいな気持ち悪い体臭でこの場に姿を見せられましたね、汚物と区別がつかないアクシズ教徒め!!」

 

 アクシズ教の女神、アクアその人なのでした。

 

 ……えっ?

 

「なんですって! 私に体臭とか有る訳ないんですけど!! 私、水の女神だから汗とか分泌の分泌液は真水のはずなんですけど」

「め が み ! ! あーっはっはっは気持ち悪いですね、自分の事を女神と思い込んでるなんてかわいそう!! これは、救済するには死しかありませんかね!?」

「やってみなさいよ! このアクセル最強のアークプリースト、本物の水の女神たるアクア様に勝てると思ってんの!? ぶっ殺すわよ!」

 

 (頭のおかしい)エイリースと(頭のおかしい)アクシズ教徒の親分が絡み合って、頭のおかしい状況になって来た。ああ、介入する意欲が失せてい置く。

 

「あ、ああ。お願いだから二人とも落ち着いてよ! ちょっと冷静に……」

「「外野は黙ってて!!」」

「……えぇー?」

 

 凄いな、あのエリス教の盗賊。たった一人で、良くあの二人の相手をしていられるよ。 

 

 俺にはとても真似できない。

 

「ねぇ、ボク達行かないのかい?」

「頭おかしそうなのが出てきたし、今介入するのはちょっと……」

「ですよねー」

 

 よし。シュワシュワを飲んで心を落ち着かせよう。おいしいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴッドブロォォォッ!!」

「痛ああああっ!!?」

 

 あ、エイリースが負けた。

 

「プークスクス、全く口程にも無いわね! 所詮は口ばかりの無能盗賊!! エリス教徒らしいわ!!」

「な、何で私の毒がっ!? 確かに当たったはずなのに!」

「私の身体ってね、触れると液状のものはみんな真水になっちゃうの。これが、女神の力ってもんよ!」

「く、解毒スキル持ち……、相性最悪ですねっ、糞ったれ!」

「貴女は気絶させた後ひん剥いてその辺に放置してあげるわ! 私の可愛い信者を酷い目に合わせた罰よ!!」

 

 あー、女神には毒とか効かないのか。で、どーしようかな。

 

 あの場に介入するのは嫌だけど、流石にエイリースが可哀想か。それになんか糞女神本人があそこにいるみたいだし、今この呪いのアイテムを回収して貰おう。

 

 このままだとエイリ-ス、ひん剥かれてポイされるしな。

 

 そう覚悟を決めた俺は、その場でひっそりと立ち上がった。

 

「……おい、行くのかあの場に」

「ああ」

「へぇ、意外に君は度胸がある男だったんだね。骨は拾ってあげるさ」

 

 ……やる気をそぐようなことは言わないでくれるかなぁ。

 

「もう、少し待ってくださいアクシズ教徒! 私にも奥の手が有るんですよ!」

「面白い、やってみなさいよ! 何かする暇があるならね!」

「祈るだけですよ! 我らが偉大なる死と破壊の神エリス神に祈れば、きっとお前みたいな邪悪なプリーストは滅殺されるでしょう!」

「……そんな神様を名乗ったこと無いんだけどなぁ。幸運の女神なのに……」

 

 隣で棒立ちしている盗賊クリスは、諦めたような目でその場を見守っていた。流石に疲れたらしい。

 

「女神様女神様、私に救いをっ!」

「こんな状況で祈られても……」

「あーっはっはっは、何も起こらないわね! 女神アクアを信じる者は救われるけど、エリスみたいな偽乳を信じる者のは不幸に─────」

 

 高笑いしたアクアが拳を振り上げ、エイリースに殴り掛かろうとしたその時。

 

「ん、神託? 全く誰よ、こんな忙しい時に……。女神の慈悲よエリス教徒、ちょっとだけ貴方の女神に祈る時間を上げるわ」

 

 ……水の女神は何かの電波を受信して、そっぽを向いてしまった。

 

 

 

「お助けください我が敬愛する女神様。私は今まさに、邪悪なる異教徒に蹂躙され、酷い辱めを受けようとしているのです。貴女の叡智をお授けください」

「なんですって! 全く、あの娘は信徒のしつけがなってないんだから! 今どういう状況なの!?」

「抵抗するも力及ばず、私は地に伏しています。何故か今敵はそっぽを向いていますが、じきに私は女性として辱めを……」

「許せないわ! なんたる悪辣非道! ……貴女、その異教徒は何人?」

「一人ですが、私の得意とするスキルを無効にする手段を持っています。きっと、ズルをしてるんです」

「へぇ。あの娘の信徒らしいわ、全く小狡いったら」

 

 

 

 ……。

 

 神託? と言うか、普通に聞こえる距離で話し合ってねぇかお前ら。

 

 それ以前に、やっぱりアクアじゃねーか。やっぱりアクアと交信してんじゃねーかエイリースっ!!

 

「……え? あれぇ、これどういう事? エ、エイリースさんー?」

 

 その様子を見たクリスは、物凄く混乱した顔をしていた。まぁ、普通に考えて意味分からん状況だよな。

 

「よし、私の可愛い信徒、よく聞きなさい。私の完璧な作戦を伝えるわ」

「ありがとうございます、麗しの女神様。貴方の教えを信じていて、本当に良かった……」

「今そっぽを向いているだろうその異教徒は、きっとあなたをどう辱めるかで頭の中がいっぱいのはずよ。つまり、これは絶好のチャンス!!」

「おお、成程」

「とはいえ、貴女が起き上がったら感づかれるわね。やられた格好のまま、不意を突いて貴女の武器を後頭部目掛けて投擲しなさい。ありとあらゆる生物は、それこそ女神だって後頭部を強打されると失神するのよ」

「な、成程。死んだふりをして不意打ち、見事な作戦です。我が女神様は頭も良いのですね」

「あーっはっは! でしょう、でしょう!? これからも困ったことがあれば、いつでも相談して良いからね。それじゃあ─────っ!! あ痛ぁっ!?」

 

 あ。アクアが自分の立てた作戦で自爆してる。

 

「あ、当たった!! 流石は女神様の作戦だ……」

「脳が、女神の高貴な脳が揺れる……。この腐れエリス教徒め、よくもこんな卑怯な手を……」

「勝てばよかろうなんですよ、これがエリス教!!」

「貴方には道徳心ってものがないのかしら! ぐ、ぐ、覚えてなさいよ……」

 

 ……。

 

 成程なぁ。アクシズ教徒に関わりたくないって人の考え、非常によく理解できる。

 

 こいつは、関わりたくないや。

 

「勝った! 勝ちましたよエリス様!! 貴女の教えの通りです!!」

「ち、違うと思うよエイリース。エリス様はこんな卑怯なことを指示しないと思うなぁ?」

「かーっぺっぺ!! これだからクリスは、エリス様の事を欠片も理解していない!! もっと精進して、エリス様を理解する事ね!」

「え、えええぇ?」

 

 その後、アクアの衣装を剥ぎ取ろうとしたエイリースはクリスに不意打ちで昏倒させられ、速やかに馬小屋に収容された。

 

 一方で後頭部を強打され気を失っている水の女神は、緑のジャージっぽい服を着た冒険者が回収していった。

 

 つまり。アクセルの町は、いつも通りだった。



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