Fate / Bonjin survivor (墓守幽也)
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プロローグ
1:入局一週間で僻地行き(期間未定)とかどうなってんだ


ハーメルンに投稿するのは初めてですがよろしくお願いします。



「――つまり、魔術と言うのは実在するのだよ」

 

 

 

 

 目の前の痩せこけていっそミイラみたいなオッサン――フランス人の局長はそれがさも簡明なことであるかのようにそう宣言した。

 

 

 何を寝ぼけたことを抜かしてくれるのか。

 今日日国際的な組織の重役が中二病なんて笑い話にもならんぞ。

 

 

 そう言いたかった。言い切ってしまいたかった。

 

 

 

 目の前のテーブルにデンと鎮座している、時代錯誤な"宝箱"の存在がなかったのなら。

 

 

 

 目の前で所謂"超常現象"の類を大真面目に披露されてはどうしようもない。

 真に遺憾ながら、手前の頭がイカレてるとは全く思えなかったのだから。

 

 

 こうして俺の普通の日常はあっさりと終わりを告げた。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 話は一時間前に遡る。

 

 国連事務局に顔を出した俺は他所の部署の上役に呼び出しを食らっていた。

 なんで?って案内してくれてる奴に理由訊いても俺は案内頼まれただけだから判らんって言われて困惑すること頻り。

 そして案内された先は見たことも聴いたこともない謎の部署。

 応接室に通された俺の前には、メガネのうさん臭いオッサンとテーブルに乗ったコピー用紙一枚。

 ……もう嫌な予感しかしない。

 

「掛けてくれたまえ」

 

 対面にあるソファーを示してオッサンが言う。

 

 この場からとっとと逃げ出したい気持ちを押し込めて腰かける。

 腹が痛い。

 

 俺知ってんだ。

 こういうシチュエーションで俺の腹が傷むときって大体、他人の無茶振りのせいで俺に被害が来る時なんだよね。

 もっと言うとそれが絶対回避不可能な時なんだよね!

 

 そんな風に身構えていた俺でも、次に飛んできた言葉は予想外だった。

 

「うむ、単刀直入に言おうか――君に転属辞令が出ている」

 

 ……What's?

 は? え? 転属?

 

「…は? 今何と?」

 

 普通に耳を疑った。だが悲しいことに聞き間違えているという訳じゃなさそうなのは判る。

 呆然とする俺を尻目に、局長殿はいかにも重々し気に頷くともう一回俺を地獄に蹴っ飛ばしてくれた。

 

「…入局して早々で申し訳ないとは思うのだが、君にはとある組織へ出向してもらいたい」

 

 ……あの、私入局して一週間しか経ってねえんですけど。

 職を散々選り好みして一年近く就活してたんですけど!

 まあここならいいんじゃないかなーって思った職場にようやく勤め始めたばっかなんですけど!!

 

 荒れる心中を押し隠し、キリキリ痛む腹を抑えつつ声を荒げないように気を付けて口を開く。

 

「……あの、ですからそれはどういうこt」

 

「国連承認機関『人理継続保証機関 フィニス・カルデア』……その組織が、行っている研究の次期プロジェクトに必要な人材として君の参加を求めている」

 

 申し訳ないとは露程も思ってねえだろうって面で局長――もうオッサンでいいか。オッサンがのたまう。

 こっちが反論する前に遮って話す辺り俺が受けてくれないと困るとは思っているようだ。

 

 あーもう拒否って逃げらんねーかなコレ。

 

 半ば諦めの境地に至った俺はため息を押し殺しつつ、何時でも物理的に逃走できるようにする体制を止めて深く腰を据えた。

 とりあえず話だけ聞いて否定できる論拠を探さにゃならん。

 

 まずは、人理……継続保障機関? なんじゃそりゃ。意味が解らんぞ。

 

「人理?とは何でしょうか? 聴きなれない言葉ですが。 というかそのような機関の存在も寡聞にして知らないのですが……本当に国連関連で?」

 

「ああ。間違いなく国連と二、三の法人が主体となって作られた組織だ。人理は、そうだな……要は人間がこれまで築いてきた、あるいはこれから築いていく人類の歴史と思ってくれていい。」

 

 つまり人理継続保障ってのは、人類の歴史が継続するか確かめてるって意味か?

 ……オイオイ国連主導で未来の観測でもやってるってか?

 SF映画の品評ならそこらのレビューサイトでやってくれよ。

 あんまつまらん冗談ばっかだとその昆布みたいな頭髪毟り取んぞ。

 股から生えてるマッチ棒に着火するぞ?

 

 なんてことでも考えてないとやってられん。

 おう、局長さん正気か? 頭湧いてやしないですかね?

 

「はぁ……で、その、なんです? かるであ? でしたか? そこがどうしてまた自分などを?」

 

「国連事務局への入局に当たってこちらの指示で健康診断を受けてもらったことを覚えているかね?」

 

 そう言いつつ局長は立ち上がり、部屋の隅に置いてあった何かを抱え上げるとふうふう息を切らしながら戻ってきた。

 

 何で健康診断? 特に怪しい所は……いやあったわ。

 血液検査が異様に長かった。

 担当医がいきなり席を立つわどこかに電話し始めるわですげえ怪しかった。

 何か深刻な病状でもあるのかと思ったら不足気味の血液型だったからついでに献血お願いできないか、ときた。

 

 ……国連ってネームバリューでそこまで警戒してなかったが今にして思うとすげえ怪しかったわ。

 

「そこ、で、君に、先方が求めている先天的な資質があったことが発覚して、な。次回の、実験に当たって、必要な人材になる、から、寄越してくれと、要請があったわけ、だっ」

 

 本人に同意なしでやった診断結果がベースの話かよ……どこでもそれなりに黒いんだなぁおい。

 

 つーかなんじゃこれ。下ろすとき「ズドッ」とか音したぞ。結構デカい……宝箱?

 局長の顔がまだ若干赤いことやさっきの音、パッと見て予想される材質なんかを見るに見た目通りそこそこ重いようだ。

 ……いやおかしいな。じっくり見ると人が抱えて運べるような重量じゃなさそうに思えるんだが?

 

「まあ、詳しいことはこの資料に書いてあるから向こうに行くまでに読んでくれ」

 

 そう言って開かれた宝箱の中から―――は? なんぞこれ。

 

 紙の山が……は?

 いやいやいやいや箱の体積に明らかに釣り合わない量の紙が出てきたんだが。ナニコレ目の錯覚?

 

「それは錯覚ではないぞ? 君が先刻疑問に思っただろう「人理の保障なんぞ原理的に不可能では?」という問いに関する回答だ」

 

 止めろぉ……なんかこれ聴いたらもう完全に引き返せなくなる気がする。

 だからその口を閉じろ……やめろ……やめてくれないかなぁ……あっ、無理みたいですね。

 やっぱりこれ拒否権ないみたい。そうだよなーここまでの短い話聞くだけでも判り切ってたわな。

 

「――これが、所謂"魔術"……正確には"魔法"の産物だよライト君。あ、これ秘匿案件だからもう君は逃げられないので、そこんとこヨロシクっ♡」

 

 最後の一言を言い放った時のアンニャロウは実にいい笑顔だったと明記しておく。くたばれ。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 速攻で退職して労基に駆け込むとかSNSに愚痴るという選択肢を無茶苦茶選びたいが、そうなると間違いなく再就職は厳しかろう。丸一年近く就職浪人の上、いざ職に就いたら一週間で退職、なのだから。

 おまけとばかりに「秘匿情報いっぱいだからうっかり漏らさないようにね」なんて言われたら迂闊なこと何にも言えん。

 

 というわけで結局諦めて行くことにした。というかなった。

 

 まあどうせ独り暮らしだから迷惑かける奴もおらんし。

 人類の歴史の保障とかナニイッテンダオマエって感じだが

 組織人なんてどうせそんなもんなのだ。

 今まで一度も組織人になったことないけどきっとそーなのだ。

 

 目的地行く前に実家に寄って事情説明する許可を貰って退出する。

 出発は三日後だとよ。急すぎんだろJK。

 

 

 かくして、機密事項を先んじて暴露という卑怯すぐる手段によって、俺の国連事務局勤めは一週間足らずで終了した。

 

 つかこれぶっちゃけ左遷だろ。何じゃいな出向先の所在地「南極」って。出向期間「不定」って。俺まだなんも問題行動とか起こしてねえぞ……どうしてこうなった。

 

 まあ、出向中の給料はアホみたいに跳ね上がる――具体的に言うとこのまま事務局に居た場合の予測年収が半年未満で稼げるようだ。

 

 

 だ が 南 極 だ。

 

 

 どんだけ銀行の残高が増えようが下ろす場所も使う場所もない。

 ついでに言うと外部と通信する機会もロクにないらしい……ようは友人知人に「しばらく音信不通になります」って連絡せにゃならん。諸々の事情を全部伏せたままで。どうしろと。

 

 そして渡されたアホみたいな分量の資料……漏らさず覚えろ? 一枚でも外部に流出したら最悪命が危ない?

 

 

 ふ ざ け ん な。

 

 

 対価と言って良いのは慰謝料と言うか餞別と言うか、そんな感じで受け取った(受け取らされたとも言う)あのおかしな宝箱一つのみ。

 いや書類ごと寄越して持ってけ言われましても……中は質量保存の法則を無視して物体を詰められる?

 時間が押してるから身の回りの物とりあえず詰めてとっとと行ってこい?

 

 

 ぶ じゃ け りゅ らぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

 

 心の中で喚いてももうどうしようもない。

 人生諦めが肝心とは誰の言葉だったか。

 

 つか基本コミュ障を自認する俺が、下手すりゃ年単位で缶詰される職場に面識なしで凸させられるとか……クッソチクショウメガくたばれええええ!!

 

 はぁ……腹が痛い。

 

 :

 :

 :

 

 ……帰宅したので早速宝箱に色々放り込んでみる。

 

 据え置きゲーム機やらモニターやら服やら何やら本当に片っ端からぶち込んでやったが確かに満杯にはならなかった。

 しかも重量据え置き。

 まあ箱自体が十分デカいし重いので持ち運びに不便なのは変わらん感じはするが。

 もう実家に寄ったついでに蔵にある使えそうな物放り込んで限界来るか試してやろうか……。

 

 ちなみに流石に箱の口より大きい物は入らなかった。

 家具類は置いていかねばならないようだ。

 

 




シリーズやってる人なら知ってそうな"宝箱"。


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2:左遷先はSFかよと空笑いしたら実家の先祖はオカルトとかどうなってんだ

 オッスオラ○空! 今日本にいるの!

 

 はぁ……こうでもしないとやってらんねえ。

 

 とりあえず予定通り日本に到着して、実家行ってきました。

 今から南極に向けて出発です。

 南極旅行の例にもれず、南アメリカ飛んで現地からヘリでダイレクトにカルデア入りだってさ。

 

 黒服の怖い人たち(国連関係の人間………ではなく、カルデア方面の職員らしい)に囲まれて飛行機待ちなう。

 

 ここ数日、十分すぎる位に非現実的なことばかり起きていると思っていたが、今回の帰省はそれらすべてを合わせてなお届かん程度には衝撃的だった。

 

 ホントどうしてこうなった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 例の辞令渡されてから一週間経った。

 

 とりあえず渡された資料を読み込むことに日時を費やしてたんだが、まあ出るわ出るわ意味不明の単語が。

 カルデアについての資料だけでも「英霊召喚」だの「レイシフト実験」だの、厨二病かサブカルの設定資料かって位にわけわからんことだらけでいっぱいいっぱいだったっつ-のに。

 魔術協会? 時計塔? アトラス院? 聖堂協会? 魔術士の名家? 過去の事例?……こんなもん一遍に渡されても覚えきれるわきゃねーだろうがぁぁぁぁぁぁあ!

 

 これ帰っても絶対事務局にゃ戻れねえんだろうな……そういうこと(・・・・・・)の対応部署へ強制配属とかになるんだろうなぁ!

 そんな感じで腹を痛めつつやっとこさカルデア関連の資料についてだけでも大体覚えた(意味がワカラン単語や読み切れなかった魔術世界の政治・技術関連のデータについては後日向こうで詳しい奴に説明してもらうことにした)辺りでアメリカを出発する時間がやってきた。

 

 今回の帰省に関してだが国連……というか例の局長の部下の兄ちゃんが同行している。

 顔合わせした時は名前と所属、目的を簡便に話すだけで済ませ、行きの機内――機密保持のためとか言う話で生まれて初めてのスイートクラスだったが――でも話を振られない限りは終始無言を貫いていた。

 ビジュアルが黒服にサングラスだったせいでマ○リックスとかMIBを連想してしまい、こいつら今度は宇宙人とか言い出すんじゃねえだろうな!?などと内心無駄に警戒していた(今でもしている)が、こっちは例の資料と格闘しててそれどころじゃなかったから静かにするよう努めてくれたのは大いに助かったな。

 

 そのまま何事も無く羽田に到着し、そのまま何事も無く兄ちゃんの運転する公用車で一路実家へ。

 ちなみにここまでの旅路で一番大変だったのはあの宝箱をどうやって人目につかないように運搬するかだったが、非日常の塊であるカルデアへの到着前からよもやこれ以上に面倒なことなどもう起きまい…と、この時はまだ思っていた。

 

 国連に就職が決まってから一度会いに来ているので一ヶ月と経たない状態での帰省――しかも怪しい黒服がオマケとしてくっついている状態だったが、我が家族は特に何か言うでもなく暖かく迎えてくれた。

 これは素直に嬉しかった。

 

 我が家は首都圏都市部という立地にはミスマッチな今時非常に珍しい日本家屋であり、瓦葺きの屋根に縁側、畳敷き、そして蔵までくっ付いている。

 物珍しさと広さからか、小さい頃は友人たちがこぞって遊びに来ていた――二階から屋根に出て落ちそうになる奴やら、家の敷地中でかくれんぼしたら蔵に隠れた奴が収蔵品に潰されて出てこれなくなるやら、床下に潜ったら子育てしていた野良猫に顔を引っ掻かれて涙目になる奴やらアクシデントでいっぱいだった――のを、小さい頃のことながらよく覚えている。かつての我が家の敷地内は危険と不思議が溢れる場所であった。

 過去を振り返り、非常識や非日常と言うのは子供の身の回りには多くあるが、大人に育ってから一つ一つを手にとってみれば「ああ、特に何でもないことだったな」と感じるなぁ、などと解ったようなつもりで感傷に浸っていた俺だったが、絶賛非常識非日常に見舞われている身のくせして認識が甘すぎたということを思い知らされるのはそう遠い話ではなかった。

 

 

 

 ――人が空想できる全ての出来事は、起こりうる現実である。

 かつてそんな言葉を残したのは一体どこの誰だったか。

 

 

 

 時間は経過して深夜。時差から目が冴えて寝付けなかった俺は例の考えを実行に移すことにした。

 

 ――自宅の蔵にある物品を宝箱に詰めまくるというアレである。

 

 実は我が家において蔵はあまり稼働していない設備である。

 この蔵を盛大に活用していたのは三代前の曾爺さんの時代までであり、現在蔵の物品は祖父ちゃんが管理してはいるがロクに動かされていないという。

 何でも祖父ちゃんが覚えている限りでは、曾爺さんがどっからか捻出した資金力にモノを言わせて蒐集した色んな物品がジャンルの節操なく大量に収蔵されており、一体何に使うんだこんなものとか、一体いつの代物だと言いたくなるものも大量にあったそうな。

 というか物量が多すぎて全貌の把握すらできていないとぶっちゃけられた時は、こんな身近に魔境があったのかと内心呆れ果てた。

 

 移動させるのが面倒くさい宝箱は到着したときに蔵に安置し(黒服の兄ちゃんは元より家族――特に祖母ちゃん母ちゃんの女性陣――を誘導するのが骨だったが)、管理人である祖父ちゃんと親父ぃにコッソリ相談して蔵にある物品の持ち出し許可も得て準備は万端である。

 カルデアに行ってしまえば追加の物資を手に入れることは難しいと予測されるため、向こうで少しでも使う可能性のある物品はそのまま持って行こうという算段だ(使ってるから持ってっちゃダメな物もリストで貰っているので問題ない)。

 

 かくして実験を開始したわけだが……たこ焼き用のプレート、消火用のホース、スキー板、天体望遠鏡、確かフランスら辺で昔活動してた有名な絵師の絵画(本物かは判らん)、若干錆の浮いた日本刀(かなり放置されてたはずなのに普通に切れた)、干からびたトカゲの尻尾が数本入ったケース、紐閉じの古びた書籍(殆ど判読できない)、桐箱に入った鉄製の鎧兜、大量の瓶の王冠の入った袋、時代も国も問わない古銭を集めたショーケース、何故か中にドイツ語の恋文が仕込まれていた藁人形等々……「なんでこんなもん集めた」と言いたくなるような代物が山のように出てきた。

 

 節操ないラインナップというのは聞いてはいたが、具体的な例などは訊かなかったし何よりそこまで真剣に捉えてはなかったので現実を目の当たりにしてツッコミが止まらなかった。

 

 しかし――

 

(うええ……なんじゃこりゃぁ……)

 

 そんな諸々が可愛く見える位には奇妙な代物を前にして作業の手は完全に止まっていた。

 

 蔵の奥、地下に安置されていた金属製のデカい錠前の付いた和櫃――何故か鍵を探すまでもなく触れるだけで勝手に鍵が開いた――の中から出てきたのは、そこそこ大きい人間の片腕のミイラ、迂闊に触るとポロポロ崩れてしまいそうなおそらく和紙製の大量のお札、その他衣類や装飾品類に数点の革表紙の書物などであった。

 

(わけわかんねえモンばっか出てくると思えばとうとう人間の死体かよ……。ウチの曾爺さん…というかウチの家系って一体ナニしてたんだ?)

 

 最も目を引く腕のミイラを見つつ、由来でも書いてないもんかとあまり期待せずに書物を一冊無造作に手に取る。

 

 

 そして―――

 

 

 

 

 ――所変わって我が家の居間。

 

 既に日付が変わっている。

 座布団に座った俺は、長めの座卓を挟んで対面に座る男――祖父ちゃんの話を聞いていた。

 

 先刻何気なく手に取った一冊の革表紙の本。

 そこに書かれていた事柄が指し示すある疑惑の解消のために、居間で俺を待ち構えていたらしい祖父ちゃんに質問をぶつけたのだ。

 

「――つまり、その、なんだ。ウチの先祖は魔術師………じゃなくて、呪術師だったと?」

 

「ウム。そういうことになるな」

 

 

 ―――マジかよ……。

 

 「左遷先はSF映画みてーなことする施設らしいぜ! ウッソだ―w」と空笑いしてたら実家の先祖はバリバリのオカルト系が生業だったらしいというこの現実。

 

 どういうことだってばよ……。

 

「話を纏めると、ウチの曾爺さんは魔術師としての日常に嫌気がさして親が両方死んだ辺りで研究を止めて、祖父ちゃんが自活できるまで面倒見た後に出奔したと」

 

「ウム」

 

「で、曾爺さんの親が死ぬまでは祖父ちゃんも呪術の教練は受けてて、蔵の中にあったそれ関係の品を仕分けて地下室にしまい込んで封印したと」

 

「ウム」

 

「……で、俺の…………ま、魔力……に、反応して封印がサックリ解けちまったと、そういう感じであってる?」

 

「そうだ」

 

 ……まだ魔力とかいう単語を口に出すことに恥ずかしさを覚えてしまう。

 現代に生きる一般人である俺にとっては「中二病乙www」とか、そんな文字列が頭を過ぎるような世界の言語でしかないからな。今は、まだ。

 あーあー、これからこれに慣れてかなきゃいかんのか……うおお鳥肌立ってきた……。

 

 んで祖父ちゃんの話によれば、曾爺さんは魔術師――もとい呪術師としては歴代随一の天才と評される程の腕前だったらしいが――

 

『は? "根源"? 何言ってんのアホか。そんなもん目指すぐれーなら日々を楽しんで生きることに全力傾けるわ』

 

 ――とこんな感じで、"根源"とやらへ到達するために自分の物から他人の命までありとあらゆるものを利用することに躊躇わないのが普通らしい"魔術師の一門の長"としてはすさまじく向かない人格をしていたそうな。

 

 呪術の習得、研鑽、研究を監視する親がいるうちは養育された義理からおとなしく魔術に関わっていたが、祖父ちゃんのことは極力関わらせようとしなかったという。そして親二人が死に祖父ちゃんも自活できる程度まで育て上げると「後は好きに生きさせてもらうぜヒャッハー!」と家を出てそれ以降全く帰ってこなかったという話だ。

 

「……祖父ちゃんは受け継がなかったんだな」

 

「応。……私の祖父母は典型的な魔術師でなぁ。血族以外は人とも思わず、呪術の研鑽のためなら有象無象など実験材料にしても一向に構わん、むしろ死んで役に立て――とそんなことを頭の内で考えるどころか平気で言い放つ人間だったのよ」

 

「………」

 

「母親は私を産むのと引き換えに無くなってしまってなぁ……私は父に育てられた。おかげさまで、育っていく中でも私の感性は魔術師とはかけ離れた一般人のソレのままだった……変わることなく、普通の人間でい続けられた」

 

「祖父ちゃんはそれがいい、と思ったわけだな。それから曾爺ちゃんも」

 

「ああそうだ。父の遺骸を持ち帰ってくれた友人――魔術師ではないぞ?――の話によれば、習得した呪術を活かしてあちこちで気まぐれに人助けながら旅をしていたらしいなぁ。最期も戦地での救助活動の最中に力尽きて眠るように無くなったらしい。「アナタの父に命を救われたから」とわざわざ届けに日本まで来てくれてなぁ。それまで私は、自分のせいで父が苦しんでいたのではないかと、生き方を縛ってしまっていたのではないかと負い目に思っていたんだが。あの時、対面した父の遺体は微笑んでいてな。「俺の生き様は間違ってなどいなかった」と。「それは素晴らしい物だったのだ」と。「俺は好きなように生きて好きなように死んだ。だから気にするな」と言われた気がしてなぁ。………救われたよ」

 

 俺の曾爺ちゃんは随分とまあ、"面白い"人物だったらしい……できりゃあ生きてる内に会ってみたかったな。

 ……って、アレ?

 今の話一か所気になるところが――

 

「……ん? んじゃ箱に仕舞ってあったあの腕は? てっきり曾爺ちゃんのだと思ってたが、話の流れからするに葬儀はちゃんとやったんだろ?」

 

「……"魔術刻印"というのは知っとるか?」

 

 例の資料ではまだ見た覚えのない単語が出てきた。

 うーん……技術関連資料の方かなぁ?

 

「いや知らん。ただ刻印ってーからには……ああ、なるほどそういうことか。こう、体に刻む研究成果とかそういう感じか? だから片腕だけ燃やさず残したって?」

 

 脳内イメージはハガ○ンの某バッテンさんとそのお兄ちゃんである。

 あんな感じのものが目に見えないように残っているのなら腕だけ残しているのも納得がいく。

 ……呪術から決別を選んだ祖父ちゃんがその選択をしたらしい不自然さを除けば、だが。

 

「そうだ」

 

「どうして? 魔術とは縁を切りたかったんじゃなかったのか?」

 

「………遺言だよ」

 

「……曾爺ちゃんの?」

 

「ああ。『呪術という代物自体が悪しきものとは思わん。実際俺もこの技術に随分と助けられたし、人も助けた。どんな技術も使い方、使い手次第だ。旅をして強くそう実感した。せっかく長年積み重ねた資料も研究成果もあることだし、遺せるだけ残していつか血族に「真剣に学びたい」って輩がいたら学べるようにしとくべきだと思う。だから、俺の遺骸が手元にあったら、魔術刻印の残ってる左腕だけは残して保管しておいてくれ』と。父の部屋を整理していて見つかった遺書に書いてあった」

 

 テッテレーン! 今明かされる衝撃の真実ゥ!

 ……今晩だけで頭の許容量パンクしそうなぐらいの情報量なんだよなぁ。

 

「それと、お前の父は呪術については知らん。父は技術に罪はないと言ったが、私は自分の息子はこんな世界知らん方が良いと思った。だから存在すら教えていない」

 

 で、結果として過去から受け継いじゃった才能と受け継がれなかった情報のせいで、何も知らなかった俺は今現在とっても困っている、と。

 

 はぁ……お腹痛い。

 

 

 その後もいくつか曾爺さんと祖父ちゃんについての話と質問をして、カルデア行き前夜の密会は終わった。

 

 

 

 

 

 

「ところで業務用っぽいたこ焼きプレートとか古銭とか瓶の王冠の山とかのよく解らん品々も呪術関連?」

 

「いや。あれは本当に父の趣味だ。昔はあの蔵は呪術関連の品物ばかりだったんだが、祖父母が死んで以降は本来の使い方をしてやると言わんばかりに色々な代物を集めてきては放り込んでいってなぁ……父が旅に出てからも出先から蔵のどこそこに入れといてくれと荷物が届くのがしょっちゅうだった。お前が見つけてきた藁人形などどうすればいいのかという感じだったなぁ」

 

「……………………」

 

 本当に、面白い男だったようだ。

 

 というかあの人形やっぱり呪術用品ではなかったらしい。

 そりゃそうだよな。呪うにしてもラブレターなんか入れないわな普通。

 

 

 

 

 

 で、現在。

 

 もう搭乗手続きも済んで南アメリカ行きの飛行機を待っている。

 

 そうそう、国連から来たマトリッ○スな兄ちゃんとは空港に着いて別れた。

 散々警戒した割にはあっさりした別れで少々拍子抜けしてしまい、ちゃんと世話になった挨拶ができなかったのは心残りだ。今回の出向が終わったらまた会えないだろうか。

 

 で、兄ちゃんの代わりにカルデアから派遣されたとやら言う男女が三人ぐらい俺にくっ付いている。

 三人ともあの兄ちゃんよりはフランクだが、どこかピリピリしていて一歩踏み込ませない雰囲気があるのは魔術師という人種の性なのだろうか。

 ……今からでも兄ちゃんと変えてくんねえかなぁ。

 気になって資料読むのに集中できねえよ……。

 

 待合ベンチに座り、なるべくリラックスしてコーヒーを啜りつつ手元の資料を読み進める。

 政治関連の資料は予定通り後回しにするが、技術関連についてはそうもいかなくなった。

 

 

 

 昨夜のアレの後、俺は自衛手段として先祖の遺した技術を学ぶことに決めた。

 

 とはいっても、俺は魔術関係の知識はここ一週間で詰め込んだものしか持っていない。

 しかもその詰め込んだ知識にしたってまだまだ触り程度だ。

 できれば残してある資料と同じように誰かに教えてもらうのが一番なんだが、そう都合よくいるかなぁ……師匠になってくれる人。

 魔術師の技術知識って基本門外不出らしいし、関係者なら誰でも解るような単語の意味や内容訊くのとは訳が違うぞ……。

 

 

 

 師匠探しは苦労するだろうが、まあ、全ては到着してから。

 まだカルデアに着いてもいないうちから流石にもうこれ以上は何も起きようはずもないと。

 そんなことをチラとでも考えてしまったのがマズかったのか。

 

 

 

 ―――俺の元に「カルデアでの実験の参加メンバーから外された」という連絡が来たのは飛行機が飛び立つ直前だった。

 

 

 




主人公のご先祖様は従来作で言う間桐家に近いです。

型月世界だと「呪術の系譜を扱う」キャラはそこそこいるんですが、呪術そのものに対して明確にこういうものって説明がないんですね。
なんで、後で出てくる本作の呪術関連の説明は大半こっちで用意したモノになりますので予めご了承下しあ。


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3:現地到着一日前にお払い箱とかどうなってんだ

今回は終始主人公視点じゃないです。


 

 

『人理継続保障機関 フィニス・カルデア』。

 

 

 南極のとある山脈の山腹に位置し、未来における人類社会の存続を保障する事を任務とする機関。

 

 

 そんな使命を掲げながらも一般の人類社会からは秘匿されたこの組織。

 

 それを統括する所長室の主は、執務机の上に置かれた書類を流し見つつ顔をしかめていた。

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

ライト・キリム(斬牟 瀨徒)

 

年齢:23歳 性別:男性

 

出身:日本国東京都

 

血液型……

 

 :

 

 :

 

 :

 

経歴:

 

1992年8月6日

 

港区西麻布「斬牟家」にて生を受ける。

 

同家は日本国における呪術の名家の一つとして時計塔でも多少は名が知れていたが、先々代当主が魔術使いとして出奔し魔術師の家系としては途絶えている。

 

 :

 

 :

 

2010年4月10日

 

日本国神奈川県川内大学附属高等学校を卒業。

 

同校においては気配を殺して教師や同級生の背後を付け回す奇行で知られていた。

 

課外活動に特筆するものは無し。

 

 :

 

 :

 

2014年4月20日

 

米国ユタ州シエーラ大学を卒業。

 

職の選り好みが激しく、以降就職活動に苦しむ。

 

 :

 

 :

 

2015年7月21日

 

国際連合事務局へ入局。

 

 :

 

 :

 

 :

 

レイシフト適正:93%

 

マスター適正:92%

 

魔術属性……

 

 :

 

 :

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

 

「ハァ……」

 

 

 

(こんな経歴の奴ですらあるのに、どうして――)

 

 

 

「"48人目"の資料かい? オルガ」

 

 

 目の下の隈が悪目立ちする白髪の少女――カルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアは、もう今日何度目になるか判らないため息を吐きだしていた。

 

 自動ドアの駆動音と共に入室してきた深緑のスーツを来た男を認めると、壊れそうな笑みを浮かべて更にもう一度深いため息を吐く。

 

 ……横には彼と共に入室してきた男性職員や白衣を来た青年などもいるのだがそちらにはあまり意識を向けていない。というか気づいていないようだ。

 

 

「ええそうよレフ。とりあえずこれで定員には届いたわね。これでやっと――」

 

 

「――やっとレイシフト実験、ファーストオーダーが開始できますね。しかし良かったんですか?」

 

 

 話を聞いてもらえないでは困るので自分に注意を向けさせようと話をインターセプトした男性職員だったが、オルガマリーは白い目を向けることで応えた。

 

 レフ以外の人間――特に彼女の赴任以前からカルデアにいた職員との会話は今の彼女にとってストレスでしかないらしい。

 

 

「何がよ?」

 

 

「後々付いて回る利権の問題を考えると、いくら後方支援要員の一般枠とはいえ国連の人員を入れるというのはいささかまずかったんじゃないかなーと」

 

 

「しかたないじゃない。レフが「他の候補と比べて適正値が一番マシ。レイシフトそのものに不安があるやつを採用するより、いざ実行したとき魔術的に頼りなくても現地で確実に動かせるだろうマンパワーを優先しよう」って、そう言ってコイツを推したんだもの」

 

 

 ヘドロのように積もった内心の澱みを吐き出すように刺々しい声で返答を返す彼女に、男性職員は渋い顔になる。

 

 彼としては本題を切り出すには空気が悪いのでちょっとした雑談と言うか軽い話でもして間を置こうか、とその程度の気持ちで話題を振ったに過ぎないのだが、反応の硬い彼女はその意を汲むどころではないようだ。

 

 否、彼女はカルデアに来て以降レフ以外の前では大体こんな感じであり、何か問題があればすぐにレフを頼り、傍に彼がいなければヒステリックに喚くのが常のその応対が元からいた職員に悪印象を与える負のスパイラルが形成されていた。

 

 そこら辺は理解した上でまだコミュニケーションをとろうという気になれるこの職員はカルデアにおいて希少種であると言えよう。

 

 

「でも全く何の予備知識もない正真正銘一般人ですよね? しかも就職したばっかりとか……うわぁ気の毒すぎる。魔術的な事情なんか何も知らない身からしたら「存在すら怪しい胡散臭い組織にたった一週間で左遷」みたいに受け取られてるに違いないぞぅ……」

 

 

「何よロマニ! 文句あるなら――!」

 

 

「所長。通信が入ってます」

 

 

 そしてそんな負のスパイラルに元より当てはまらない数少ない例外である白衣を着た青年――カルデア医療スタッフのトップ、ロマニ・アーキマンは見るに見かねて男性職員のフォローに入るとアイコンタクトを飛ばす。

 

 オルガマリーの注意がロマニに向いたことを察した男性職員は、援護射撃に感謝の意を示しつつ本題を切り出した。

 

 

「ハァ!? 誰からよ!!」 

 

「一般枠探しに派遣された所員の一人ですね。日本担当のアンダーソンです」

 

「日本? あんな島国でレイシフト適正者なんか見つかりっこないって話だったでしょう!? 解ったらさったと―――!」

 

「まあまあオルガ。実際今君が見てる48人目だって日本出身者だろう? 話くらい聞いてあげようじゃないか」

 

「……解ったわ。繋ぎなさい!」

 

 

 ……この間僅か20秒強。

 

 

 職員が案件を持ち込み、所長が理不尽に怒り、レフがなだめて、結局その案件に普通に取り掛かる。

 

 

 カルデアの日常と言って良い光景がそこにはあった。

 

 

 凄まじく不毛なやり取りであるが、オルガマリー本人は至ってマジなのがまた悲しい所である。

 

 

 誰か矯正してやれよと思わないでもないが、職員たちの大半はこの流れはもう必要な手続きと割り切る程度には諦めており、所長の有様を未だに危惧し続ける者は指で数えられる程度には少なかった。

 

 そしてオルガマリーを気遣う連中は悉く当の彼女に白眼視されており、そんな状態で提言なんぞしても全く意味は無かったのである。

 

 

 

 そんな中、一段と落ち込んだ空気を蹴散らすように切羽詰まった通信音声が響き渡った。

 

 

『――所長? 所長! ハリー・茜沢・アンダーソンです! まだ一般枠に空きありますよね!?』

 

「落ち着いて報告してくれ。何がどうしたんだい?」

 

 

 

『レイシフト適正値が100%を示す人材を発見しました!』

 

 

 

「「「「……は?」」」」

 

 

 

 まだ頭が煮立っていたオルガマリーも、それを見つつ報告を促したレフも、終わったらオルガマリーをどうやって宥めようと考えていたロマニも男性職員も、予想だにしなかったワードに一瞬目が点になった。

 

 

 適正値100%?

 

 そんな存在が本当にいるのか?

 

 普通の適正者が見つかるかすら怪しまれていた日本で?

 

 

 動揺が走る中、以外にも最も早く立て直したのは――オルガマリーだった。

 

 

「……ええ。空いてるわよ。丁度最後の一人が。それより100%ってのは本当なんでしょうね?」

 

 

「ちょっ、所長!?」

 

 

『何度も確認しました! 計測機器の故障でもありません! 間違いなく100%です!』

 

 

 迷いなく「空きがある」と言い切ったオルガマリーを見て、傍で見ていたロマニは慌てて止めに入るがもう遅い。

 

 当然ながら、先に彼女が自分で言っていたように48人目は既に埋まっており空きなど在ろうはずもないのだが「どうせ素人なら、既に参加しているメンバーの平均よりやや上程度の適正しかない上に国連が重しとしてひっ付いてくる奴よりも、100%とかいう例の無い程の高水準な適性を持つらしい奴を採用する方がマシよ」と内心即決していたオルガマリーに方針を変えるつもりはさらさらなかった。

 

 ……なお言うまでも無いとは思うがこれは先のレフの言葉を受けての即決であり、彼女自身が思考し判断し決断したわけではない。

 

 

 もはや条件反射であった。

 

 

「良いでしょう。事情を説明し説得して連れて来なさい。出来たら臨時ボーナスは弾むわよ」

 

 

『了解です! おっしゃぁぁぁ待ってろ新車ぁぁぁぁぁっ!』

 

 

 物欲にまみれたアンダーソンの咆哮を残して通信が切れる。

 

 

 唯一彼女を止められただろうレフは静観の構えを崩そうともしていなかった。

 

 

 ロマニは後で彼と話し合わねばと考えつつも、止める間もなくあっという間に決まってしまった人事にもやもやしたものを抱きこれも部下の務めと考えて苦言を呈する。

 

 

「良いんですか? 国連の反感を買う可能性が高いと思いますけど……?」

 

 

「うるさいわね! というかそういえば何で貴方まだいるのよ! 報告は受け取ったんだからとっとと仕事に戻りなさい!」

 

 

「あぁぁぁ、はいはい。速やかに仕事に戻らせていただきますぅぅぅぅ!」

 

 

「……ドクター、ドンマイ。」

 

 

 提言をとの意思はあっけなく所長の怒鳴り声に吹き散らされ、逃げるように退出するロマニ。

 

 彼が根はチキンな男であることは、所長がヒス女であることと同じ位にはカルデア内において有名であった。

 

 

 内心が解るだけにその後ろ姿に労るように小さく独り言を投げつつ、所長の暴走で発生した新しい仕事を片付けるべく退出する男性職員。

 

 

 それらが退出した後、椅子にどっと座り込み再び深くため息をつくオルガマリー。

 

 

 それを無言で控えながら眺めているレフ。

 

 

 

 

 

 すべては、この組織の非日常な日常の風景であった。

 

 

 

 

 



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4:命がけの実験(事前説明無し)から外されて安心してたら爆破テロとかどうなってんだ

とりあえず書き溜め分終了


 ―――結論から言おう。結局カルデアへの出向辞令はそのままだった。

 

 

 

 ここまで来た挙句帰れとか言われなかったのでもう逆にホッとしている。

 ……「下手に知ったら冗談抜きで闇討ち案件」の情報を既に知ってしまった身で普通の日常に戻されるとか嫌に決まってんだろ。

 身を護る手段も知識も不十分なのに常時命かけなきゃならんとかどんな日常だ。

 忘年会の罰ゲームより性質が悪い。

 ……無理矢理参加させられた賭けに負けた挙句強制的に女装させられて表を歩かされた彼は元気にしてるだろうか。

 最近の若い子って怖いよねー。

 うん? お前も若いだろうって?

 こまけえこたぁいいんだよ。

 

 

 さて、詳細だな。

 

 カルデアで行われる予定の実験――俺が参加予定だったそれは、大雑把に言えばタイムスリップのようなモノ…らしい。

 カルデアは設立以来人類が100年先の未来でも変わらず地球上で繁栄していることを証明し続けてきた――「どういう理屈でそんなもん証明してんだよ。んなもん不可能だろJK」という思いが頭の中から溢れそうだが今は置いておく。受け入れないと話進まないからな――が、ごく最近原因もなんもかんも不明なまま、突然未来の観測結果が「人類なんか存在してませんよー」と判断せざるを得なくなるような状態に切り替わってしまったそうな。

 

 で、関係各所が血眼になってこの事態を引き起こした原因となる異常を探し求めた結果、未来も過去も観測できるカルデアにあって唯一詳細な観測が不可能になってしまった地点が西暦2004年の日本・九州地方に存在することが判明。

 異変発生の前後で明確に切り替わったと判断できるこの地点が未来が観測不能になった原因だと判断したカルデアは、当時まだ実験段階だった新技術「レイシフト」を用いてこの地点――コードネーム「特異点F」を調査、あわよくば原因を排除し、歴史を正常なものに戻そうという計画『ファーストオーダー』を立ち上げた。

 

 んで、このレイシフトというのが先に挙げたタイムスリップのようなモノ、ということだ。

 ただ、専用の乗り物を超高速で動かして時を超える某SF作品などで見るようなタイムスリップの類とは正確には違うらしい(この辺はまだ未読の技術資料辺りにある程度詳しく書いてあると思われる。……読んだところで結局理解できないような気がしてならないが)。

 そしてこのレイシフトとかいう胡散臭い技術で時空を超えるためには、超える人間自体がある程度の適性を持ち合わせていなければダメであり、その頭数が計画実行に当たって想定していた定員に届かなかったため、急遽魔術世界の政治と関わりがない野良の魔術師や、そもそも魔術の存在すら知らない一般人にまで捜索の手を延ばしてなんとか人員を集めた、と聞かされた。

 ちなみに適正はあったが家の事情や個人の主義主張で参加を断ったような奴もそれなりにいたらしい。……俺はカルデアの(表向きの)上役である国連に所属していたから強制徴兵されたような形になった訳だが。

 

 そんでもって、ここからが本題な訳だが……

 

 

 要約すると『君より使えそうな人が見つかったから参加しないでいいよ!』というのがカルデアからの連絡の全てであった。

 

 

 俺のレイシフトへの適性は大体92%とかそこらであり、レイシフト実験に参加するのに十分と判断されたため今回の出向が決まったわけだが。

 既に定員が揃ったという情報が行き届いていなかった末端の構成員――レイシフトが可能な人員をスカウトする任務に当たっていた人員が「レイシフト適正100%の逸材」を見つけてきたという話だ。

 

 

 なぁんで もっと 早く 見つけてくれなかったのか な゙ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

 もっと早く見つけてくれてれば俺今ここにいなくてよかったよねぇ!?

 

 挙句そいつに変更するから外れてくれだぁぁぁぁぁ!?

 

 くっぉー、あ゙ぁぁぁぁぁざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 

 ほぼ名目上のものとは言え上役の組織から出向してくる人間を撥ね退けて民間人をその枠に捻じ込むなんて無茶苦茶な話だが、現カルデア所長が国連の人員である俺が実験に参加することによる利権や分け前の要求を忌避した結果こうなったということらしい。

 あちらの言い分としては「レイシフトは最悪実行段階で命を落とす可能性もある未完成の技術だから、体質的な問題での失敗がまずありえない100%の人員を取りたかった」「他の一般枠にはカルデアで過ごした日時という動かし難いアドバンテージがあるので、計画の成功を第一に考える場合そちらとチェンジという訳にはいかない」「国連という上役からの人員を死なせると後々面倒臭いし、そちらも命を危険に晒さずに済んでこれでよかったと思ってくれ」といった感じである。

 

 

 

 俺のここ一週間の葛藤と書類に消えた時間を返せ。

 

 つぅか命の危険があるような代物だったのかよ!

 聞いてねえぞ! そこだけは感謝してやるわ畜生め!

 

 

 

 結局のところ、辞令の撤回などはもうできない段階まで物事が進んでしまってから発生した問題だったため、俺のカルデア派遣はそのまま決行されることとなった。

 役職は当初の「レイシフト実験『ファーストオーダー』の実動隊員である48人のマスター候補の末席、兼レイシフト実験に対する国連からの査察官」という立場から「レイシフト実験に対する国連からの査察官」のみとなった。

 変更後はレイシフトに関しては予備人員としてすらカウントしていない辺り、先の利権関係の話は概ねマジなのだろう。

 そんなんがトップで大丈夫なのか、組織として。

 

 

 なお、以上の各種情報はカルデアから派遣されて来た三人の魔術師の提供である。

 

 例の通信が終わった後に気の毒なものを見る目で細かく教えてくれた。

 

 同情するなら変わってくれ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 あれから3日程経った。

 

 

 本日はお外が吹雪でお日柄はよろしくないが、『ファーストオーダー』決行当日である。

 今まさにマスター候補やスタッフたちへ向けてのヒス女――もとい、オルガマリー・アニムスフィア所長からのブリーフィングが始まろうとしているが、例の48人目君はまだ到着していない。

 元より数合わせである俺の到着に合わせて決行される予定の計画であったため当然の話ではあるのだが、天候の関係で到着が更に遅れて決行当日の今日になる予定らしい。ふざけろ。

 聞けばまだ高校卒業したばかりだとか。

 新しい職場の上司は糞野郎――いや、女性だから野郎じゃないな――クソ(アマ)確定だがまあ頑張ってくれ。

 

 

 到着してから二日間。

 

 カルデアの職員や47人のマスター候補に話を聞いて回ったり。

 超有名な絵画「モナ・リザ」そっくりの面したよく解らん輩(資料で見た"サーヴァント"というやつらしいが、ジョコンダ夫人なのかと思ったら作者の方の名前で自己紹介してきた。お前男じゃなかったのかよ!)に案内されて館内の各種設備を見て回ったり。

 それを元にカルデアについてのレポート作ったり。

 

 ああ、資料の解説役と師匠探しも並行してやっている。

 まあ断られる理由まで予想通りの流れで師匠探しの方は難航しているが。

 解説役に関しては数人頼めそうなのが見つかった。

 

 トップが面倒臭いこととその傍付きの緑男が妙に胡散臭いのを除けば、ここの職員はおおむねフランクで人当たりの良い者ばかりだった。

 資料には魔術師とは概ね身内以外には排他的なモノであるという記載があったのでこれはいい意味で意外だった。

 まあ、カルデアの存在そのものが「科学技術を忌避する」とかいうもう一つの「一般的な魔術師観」とやらにおもっくそ反逆してるので、そこら辺を一々気にするような対人術に難のありすぎる輩は採用されなかったのだろうということは判る。

 前所長のコネで就職した連中の中には引くような内面を隠してるように見えるのもいた(脅迫観念に囚われてるっぽい精神の少年、目線はこっち向いてるのにこっちを"見てない"男、周囲に究極的な無関心を貫こうとする女、飄々とした態度だが目の色がずっと真っ黒なメガネ、等々)が、そいつらですら基本的にはまともに人付き合いというモノをしている。

 おかげで正直悲観してた職場環境は及第点といってよかった。

 南極キャンプ的なのを想像してた住環境も、驚く程近代的で予想を裏切る快適さのものが用意されてたしな。

 食事は若干不満だが持ち込み品もあるからそこまで心配してない。

 もう少し長期間過ごせば事務局より居心地よくなるかもしれん。

 

 

 さて、そんなことを回想しているうちに48人目が遅れて入室してきたようだ。

 新しい職場に戸惑っているようできょろきょろしている。

 うーん、ちょっと前の自分を見てるような感じで面白い。性別違うが。

 

 しかし意外なのが傍に付き添っている少女の存在である。

 

 

 マシュ・キリエライト。

 

 

 この施設で産まれ育ったという外の世界を知らない少女。

 純粋であり、所謂常識の類の多くを知識としてしか知らず、自分自身の心の機微にも疎い。

 

 経歴がかなりアレというかここで誕生ってどういうことだよってなったが、そこら辺は詮索していない。

 ……というか俺の方がむっちゃ質問されたのをよく覚えている。

 様々な事柄を知識としてしか知らないというのはマジな話のようで、度々受け答えに窮し言葉を選ばなければならないような質問もあった。

 しかしそれでも俺、というか付き合って日が浅い他人との間にはある程度壁を作るタイプのように感じていたのだが……俺の見立て違いでないなら48人目の彼女は出会って一時間も経っていないだろう間に警戒を解いたということになる。

 というか、見立て違いなら俺があんな純粋無垢な美少女に無条件で警戒されるような要素を持ち合わせた人間だったってことになるから流石の俺でもそれはちょっと外れててほしいなぁ……。

 

 

 などとぼんやり考えながらヒス女の話を聞き流していると、彼女の目の前、整列した参加者たちの最前列に並んでいた48人目が眠りだした。

 

 偉い人の真ん前で演説中に眠るとか大物だなアイツ。

 でも気持ちはすっごい解るよー入学式の校長先生の演説とかちょうどいい催眠導入剤だよねー。

 高校の入学式で爆睡してた俺が名前を呼ばれた時にわざわざ起こしてくれたY君は元気かなぁ。

 

 そのまま48人目がキレたヒス女にビンタを喰らわされるのを横目に見つつ、俺は面白そうなのが来たなぁと口元を綻ばせた。

 

 

 

 さて、そんなこんなで『ファーストオーダー』も開始直前である。

 

 結局48人目の彼女はあの後もヒス女の理不尽極まりない癇癪のせいで『ファーストオーダー』の参加を見送られ自室待機らしく、マシュ譲に送られて退室していった。

 俺を退けるためにあそこまでやっといて、挙句代わりの人員の扱いがこれでは少々いただけない――つーかあの口ぶりからして忘れてたな? 彼女のこと。

 後でキッチリ報告書に書かせてもらおう(ゲス顔)。

 まぁ、48人目の枠にやっぱり俺を使うとか言い出さなかっただけマシか。

 

 

 ……いかん、何かありえそう。

 あ"ぁぁぁぁぁ腹が痛い。

 

 

 左遷された挙句結局命かけなきゃならない不幸な未来を幻視した俺はその想像だけで激しい腹痛に襲われ、国連職員としての仕事と人間の尊厳の二者を天秤にかけて散々悩み――傍で指示を飛ばしていたヒス女に見咎められないようにこっそりと管制室を抜け出し、近場のトイレへ腹の痛みの許す限りでダッシュした。

 レイシフト実験開始までもう三分を切っていた。

 

 

 

 よもやこの選択によって自分の命運が決定づけられたことなど、この時の俺は知る由もない。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 レイシフト実験はもう間もなく始まるはずだが。

 出せるだけ出しきったにも関わらずなおもチクチクと痛む腹を抱えて俺はトイレで手を洗っていた。

 ここで席を外していたことによって生じる、報告書に書く内容とかヒス女の小言とか国連帰ってからのあれこれ等の問題をどう処理するかという悩みで腹痛が酷くなりそうだったがなるべく考えないようにする。

 

 なるようになっちまったんだしもうしょうがねえな! と。

 またの名を開き直りとも言う。

 痛みが治まってないので開き直れてない訳だが。

 

 そしてトイレを出ようとしたところで―――

 

 

 

 ―――いきなり照明が消えた。

 

(は!? 停電? ――いや馬鹿言えここのシステム上ブレーカーだの雷だのは無縁だぞ!)

 

 いきなり真っ暗闇に襲われ俺が軽くパニックしていると、続けて脳をシェイクするような凄まじい轟音が響き渡った。

 

(爆発か!?)

 

 

 実験の失敗だろうか?

 

 だとすれば、監査員である俺がすべき"だった"ことは?

 

 今現場にいない俺が、後で何が問題だったか訊かれて正しく報告できる訳がない。

 

 最悪関係者が大量に死んでたら、下っ端に過ぎない俺が「何故止めなかった」とか無茶振りされることも……。

 

 

 俺の頭の中を「責任問題」の四文字が躍る。

 まだ二十代前半の身でそんなもん早々に体験したくもない俺は『中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖――』というアナウンス音声を聞き流して管制室への道を取って返す。

 

 本来ならば指示に従って速やかに粛々と避難すべきではあったのだろう。

 

 だが、完全にテンパっていた俺の体はそんなこと考えすらせずに動いてしまっていた。

 義務感や正義感の類ではない。

 もっと俗物的な汚い物に動かされて俺は走っていた。

 

 まだ、まだ失敗したと決めつけるには早い。

 ――最悪説明できる奴が誰か一人でも生き残ってれば

 ――救助活動で必死だったと言い訳すれば

 そんな風に必死に自分の心を保っていると、横手の通路を走ってくる二人の人影があった。

 

「ら、ライト君!?」

 

「――ん? ドクター? ドクターマロン? アンタが無傷で生きてるってことは大事じゃないんだな? 頼むからそうだと言って……!!」

 

「わからない……ボクも今から確認しに行くところだ。ってマロンじゃないよロマニだよ!」

 

 人影の片割れ――カルデアの医療部門のトップであるDr.ロマニ・アーキマンと軽く冗談交じりの会話をして気を紛らわせた俺は、並走するもう一人の人影に目を向ける。

 先刻『ファーストオーダー』を外された48人目の彼女だった。

 なんでこの二人が一緒に……と思っていると、正面に赤い光が見えてきた。

 

 

 

 

 

「………生存者はいない。無事なのはカルデアスだけだ」

 

 ロマニの言葉が遠く聞こえる。

 赤々と燃える中央管制室。

 機械的なモノが何もなかったはずの場所にできている黒焦げのクレーター、つまりは人為的な爆破の跡も見て取れる。

 これで責任問題に発展したらもう笑うしかねえなぁ。

 

 人命が多数消し飛んだだろう惨状を見ても、考えるのはあくまで自分のこと。

 

 自分がぎりぎり偶然即死を免れたことを喜びはしても、他人の死を嘆くこともない。

 非常に仲のいい人間でも犠牲になったのなら流石に話は別だったかもしれないが……俺の中でそれに該当する人間は少なくともこの管制室にはいなかった。

 

 我ながら薄情な男だと内心自嘲する俺に発電区画の異常を伝えるアナウンスが虚しく響く。

 

「――カルデアの火を止める訳にはいかない。二人は急いで来た道を戻るんだ。隔壁閉鎖までまだぎりぎり間に合うはずだ。ライト君、彼女のこと頼むよ!」

 

 ロマニは発電機を見に行くらしい――行ってしまった。

 現状確認もできたし、あとはロマニが上手くやってくれるのを期待するしかないかな……と思っていたらが目を離した隙に48人目が消えていた。

 我に返って辺りを見回すと、燃え盛る室内を強行している彼女の姿が目に入る。

 ……どうやら何か見つけてしまったようだ。

 

 ……本当に、本当に癪だが、置いていくわけにはいかない。

 ロマニに彼女の保護を頼まれた以上、仮に上手くいって助かっても彼女が死んでは片手落ちだ。

 

 俺は彼女の後を追って管制室を燃やす火の中に踏み入った。

 

 この時、中央管制室のアナウンスがとある告知を飛ばしていたのだが、火の燃える音でかき消され俺や彼女の耳に入ることはなかった。

 まあ、仮に耳に入っていたところで彼女は結局止まらなかっただろうし、彼女が止まらないだろう以上俺も後を追う選択をするのは必定だったろうが。

 

 

 ――――生きてる奴いたんかい。

 

 

 彼女に追いついた時、彼女はおそらく唯一だろう生存者――マシュちゃんと一緒だった。

 

 否、こう言うべきか。

 

 辛うじて死んでない(・・・・・・・・・)マシュちゃんと、一緒だった。

 

 よくこんな環境で瓦礫で下半身がぺしゃんこになっている(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)マシュちゃんを見つけ出せたものだと場違いな感想を抱く。

 

 彼女が必死こいてマシュちゃんを助け出そうとしているが、人力でそれを退かすのは無理筋だ。

 

「………あ、ライト、さん……お願、い、します。せん、ぱい、を、連れて……逃げ、て……」

 

 こちらに気づいたマシュちゃんが必死に声を届けようとしているが、炎がうるさくて良く聞こえない。

 聞こえないったら聞こえなーいのだ。

 

 48人目が泣きそうで泣かない微妙な表情でこちらを見てくるのでとりあえず頷いておく。

 

 死なれちゃ後々困るというのもそうだが、それ以上に俺の直感に激しく響いていた。

 48人目。名前もまだ聞いてないし知らないが、こいつは"面白い"奴だ。

 絶対友人になりたい、故に、死なせたくない。

 同時に、コイツのやりたい事を尊重すべきだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)、と。

 

 ……炎の中に躊躇なく飛び込んだ時から薄々思ってたが見た目どころか(・・・・・・・)こんなとこまで(・・・・・・・)似てるとは思わなかった(・・・・・・・・・・・)

 

 二人を見捨てていくという選択肢は最早ない。

 先刻まで自分のことしか考えていなかった癖に何をぬかすかって?

 今も自分のことしか考えてないんだなーこれが。

 極めて一方的だが、俺はこの48人目の為に動く理由ができた。

 

 見捨てていくと後味が悪くなるという理由が。

 

 炎に声をかき消されないように、退かすために使えそうな道具を探してくると一言怒鳴ってその場を離れる。

 トイレで抜け出す前に居た辺りに金属製の手すりがあったはずだ。

 爆発でいい具合に吹っ飛んでりゃ梃子にでも使えるだろう。

 

 駆けだした俺の背後でカルデアスが真っ赤に変色していたが、そんなことには構わず走る。

 

 隔壁も閉まって管制室に閉じ込められたが何、問題はない。

 消化用の設備は全壊してないようだし2,3分も耐えれば火は消されるはずだ。

 

 

 

 そうして退出前に自分がいた辺りにたどり着いたが、ここまでで一番酷い惨状が俺を待っていた。

 

 バラバラに吹っ飛ばされた黒焦げの人体のパーツらしきものがそこら中にある。

 爆破痕があることを見るにどうやらここにいたスタッフは至近距離からダイレクトに爆風を喰らう羽目になったらしい。

 目当てだった手すりのパーツなど、あらぬ方にネジ曲がった物ばかりで梃子に使えそうな物はない。

 

 

 

 もう諦めて取って返すべきかと焦るが、そこで俺の意識は突然ブラックアウトすることになる。

 

 

 気を失う直前の俺の脳裏に過ぎったのは、何故かその場で香っていたこの惨劇には場違いな果物の焼ける匂いと、ヒステリーを起こしてばかりでついぞ好意的にはなれなかった白髪の女の姿だった。 

 

 




はい、そんなわけで便意に救われた主人公でした(笑)

きっと原作にも国連から来た立ち位置の人いたと思うんですよね。
間が悪く爆殺されちゃっただけで。

原作では「2015年に存在する適正者すべてを集めた」という旨の台詞がありますが、一般人の適正者を草の根分けて探すことまでしてる上にアニムスフィア家と同格なのが11もいて政治力とか加味すると「いやそんなもん不可能だろ」となったのでこんな感じの塩梅に。
ゴルドルフも適正持ちなのに二部まで誰も気づいてませんでしたしね。

あと口汚く書いてますが別に私はマリー所長が嫌いなわけではないです。
ただ何も知らん人から見たらこうだろうなってだけで。
他意はないです。はい。

主人公の描写薄いとか、面白いってなんやねんって辺りは追々。
理由、というかなんというかそういうのはちゃんとありますので。


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序章 -燃え盛る街を駆け抜けて-
1:目を覚ましたら地獄絵図とかどうすりゃいいの


特異点Fパート前半戦投稿開始。


 ――気絶から覚めると、そこはあちこちが燃え盛る見知らぬ場所でした。

 

 

 

 

 

 ………いやいやいやいや、なんぞこれ。

 俺がちょっと原因不明の失神してたっぽい間に一体何があったし!?

 

 慌てて自分の体に異常がないか確認する。

 服装は気絶する前と変化ない。

 支給されたカルデアの制服(マスター用の機能が付いているモノではなく緑と黒の二色に白いラインの男性一般職員用である)の上から、外部スタッフと一目で解るように背中に国連のロゴが白抜きで描かれた空色のジャケットを羽織っている。

 この間蔵から発掘したおまもり(・・・・)もちゃんと懐にあるようだ。

 

 自分の名前や年齢、現在地、憶えている限りの直前の状況なども自問自答し、記憶が怪しくなっている等の症状が出ていないか確認する。

 以前読んだ書籍によると、唐突な非常事態に見舞われてパニックになった時など、すぐにでも冷静にならねばならない場面でこう言った対処が有効なのだとか。

 ……ここ最近精神が不安定になるようなことばかりだったので万が一の事態に備えた対策として情報を仕入れておいたのが早速役に立つとは全くもって嬉しくない。

 

 自分自身に特に問題がなさそうなことを確認したところで、改めて周囲を見回す。

 

 

 人影らしきもの――無し。

 

 では動くものは――無し。

 

 周囲の地形――近辺は多少小綺麗だが、10mも進めば瓦礫の山。一面燃える物だらけにも関わらず息苦しさも熱気も非常に薄く、煙も上がっていない。なのに何故か黒煙に覆われた空らしきものが見える。

 

 ここはカルデアか――否。

 

 それは何故か――視界の端に立っている標識(・・)が物証である。

 

 

 ――三角形の、炎の照り返しで判別しづらいがおそらく赤と白の……漢字と平仮名で「止まれ」と記載された交通標識なんぞ南極にはない。

 

 気絶直前の状況と現状を照らし合わせるに……俺はあのまま死んでしまってここは日本の地獄とか、そんな感じじゃなかろうか。秘書官の○灯様いるかなー?

 48人目の彼女生き延びてるかなー友達になりたかったなーいやー残念残念。

 

 

 

 ……解りましたよ現実逃避はここまでにしますよ。

 

 正直レイシフトとか胡散臭えって思っててすいませんでした。

 

 だって「止まれ」からそう遠くないとこに「→冬木(・・)大橋」って文字がある看板立ってんだもん!

 

 つまりここは「特異点F」――日本国九州地方の冬木市で間違いない、んだろうなぁコレ。

 実はものすごく高精度なVRシュミレータを使ったドッキリ企画というセンは……うん、無ぇな。

 もしそうだとしたら爆発とか火災とか非常警報とか人が爆死したり圧死しかけてたりのあの惨状は何だったんだって話だよ。

 

 うーむ、つまりアレか?

 俺は2004年にマジでタイムスリップしてしまったと?

 レイシフトするための専用機器とかに入った覚えないぞ?

 アレ使わないとタイムスリップ中に消滅するとか、タイムスリップした先で存在できないとかなんとか言ってなかったか?

 

 ……………。

 

 と、とりあえず他に誰か人がいないか探そうか。

 

 もう0を振り切ったライフでなんとか頑張るとして現在地についてだが、先の「→冬木大橋」の看板によると街を二分する「未遠川」を挟んで西側の河口に位置する「海浜公園」が今俺がいる場所のようだ。

 冬木市は今俺のいる西側の住宅街と、東側の都市部でキレーに分かれている都市らしい。

 まあ見る限りどっちも廃墟と瓦礫の山と化している訳だが。

 

 とりあえず行動方針としては……まずは広い道路に出られればいいかな。

 「冬木大橋」でも目指すかね。

 

 うー腹痛い。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 突然だが運動ができるって素晴らしいと思う。

 俺も人並み以上に動けるという自負はあったが、やはりがっつり鍛えてるような連中には及ばない。

 

 突然こんなこと言いだして何が言いたいかって?

 うん、つまりだね――

 

 ――もう追っかけるのを止めて逃がしてください。

 

「ぬ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!」

 

 我ながら人間の出すような声じゃねえと思える奇声をあげつつ燃え盛る町をひたすら走る。

 

 後を追っかけてくるのは、剣だの槍だの弓だのを持った動くガイコツ……が、超沢山。

 ウチの先祖の遺した資料の中にこんな感じのいたなぁ。

 そん時は「骨なんか動かして役に立つのか?」とか思いもしたが。

 

 うん、ぶっちゃけ舐めてたわ。

 

 肉が無いおかげか動作が普通に目で捉えられる程度には鈍いからまだギリギリなんとかなってるが数が多すぎる。

 最初に遭遇したのは10体程度だったが、逃げるうちに徐々に増えて今じゃ100はいるように見える……「戦いは数だよ兄貴!」をこんなとこで実感する羽目になろうとは。

 つまるとこ、足を止めたらまず間違いなく袋にされてジ・エンドである。

 そして骨だけのくせに膂力はそれなりのようで、振り下ろされた剣や飛んでくる矢でアスファルトが抉れている。理不尽。

 

 的を絞らせないようにジグザグ走行してるが、足元が瓦礫だらけな上に土地柄も相まって体力がガンガン削られている。

 冬木市って立地が不便すぎやしないか……なんでこんなアップダウンの激しい土地に集落作ろうと思ったんだ昔の人ォォ!

 さっき通過したハーフパイプみたいな場所とか何に使うんだよ!

 傾斜が急どころか最後の方ほとんど壁になってて越えられないかと思ったわ!

 アレのせいで体力殆ど持ってかれて追いつかれそうなんだよ!

 俺は南極くんだりまでSAS○KEしにきたんじゃねええええぇぇぇぇぇぇぇ!

 

 ぁん? ハーフパイプじゃなくて破壊の跡?

 んなこたぁ判っとるわぁ! 必死に考えないようにしてんだよ言わせんな!

 ただの人間が余計な思考に頭飛ばして逃げ切れるような状況じゃないんだよ!

 

 ただ、件の骨共は実家の資料に記載のあった類似のソレに違わず頭の中身は単純にできているらしく、偏差射撃のような先を読んだ行動などはしてこないのが救いである。

 意味不な単語とかあってもとりあえず読んどいて良かった。

 咄嗟に今の逃げ方をする判断ができてなったら物量に潰されて死んでただろう。

 

 

 こんな時だからというか今更と言うか、ふとカルデアに連絡しようかとも考えたがそもそもレイシフトする予定ですらなかったので連絡手段がないことに気づいて逃げながら内心軽く落ち込んだ。

 マスター枠から外した上で予備人員にすらカウントしなかったことに少し感謝したりした覚えもあるが、あれは気のせいであった。そういうことになった。

 結果論でしかないが、あのヒス女の判断のせいで孤立無援である。どうしてくれるんだこの様。

 

 最も通信手段があったところで、あの惨状で連絡がまだ取れるのか、そもそも受け取り手がいるのか、居たとして現状を打開する手段があるのか……etc.

 

 そんな懸念もあるので別に気にしてないさ。ああ、気にしてないとも。

 

 退室前に俺が立ってた場所があの惨状だったのを見るに、すぐそばに陣取ってたヒス女は間違いなく木っ端微塵で今頃あの世だろうしな。

 魔術師って人種がどんだけすごいのかはまだイマイチよく解ってないが、少なくともあの場で生き残るのはまず不可能に近いだろうというのは俺でも判る。マシュちゃんだって息こそあったが死ぬ一歩手前だったしな。

 もういない存在にグチグチ恨み言吐いてもしょうがないのでこの辺で勘弁してやる。

 

 ん? ヒス女って呼称は変えないのかって?

 そうだな、本人が化けて出てきて撤回を要求でもしたら考えてやらんでもない。

 

 

 下らねえことでも考えて気を紛らわせていなければすぐにでも倒れてしまいそうだ。

 ノンストップ全力疾走障害物走は俺にはきつすぎるよ………。

 

 

 と、突然ガイコツ兵たちが動きを止めた。

 

 

 ……何か知らんが願いが届いたぜヒャッハー!

 

 ありがとう神様ぁ!

 

 俺無神論者だけど無事に帰れたらあんたに感謝の祈りを捧げるよ!

 

 多分三分も経てばそんなこと忘れてるだろうけどな!

 

 

 もう世界大戦末期の日本軍の油並みになった残体力、ここで使わずいつ使う――!

 今の身体状況で出せる全速で走り、ガイコツ兵を引き離す。

 

 この時心身共にガタガタだった俺は、ガイコツ兵たちの方から何か人の声のようなものがしていたことに全く気付いていなかった。

 

 ――何故ガイコツ兵たちがいきなり追跡を止めたのか。

 

 命の危機に晒され続けて疲労も溜まった頭では正常にモノを考えることもできていなかった。

 

 そうして俺は、当座の目的地である冬木大橋へとたどり着いた。

 

 

 

 息も絶え絶えの俺は生まれたての子鹿状態の脚を何とか動かしてすぐそこにあった赤いアーチの根元に背中をあずけて座り込み、思わず眼を瞑った。

 

 

 とりあえず命が助かった――そう、気を抜いたのが拙かったのだろうか。

 

 

 

 一息吐いて目を開く。

 

 

 

 次の瞬間俺の視界に映っていたのは、自分の胸めがけて鈍く輝く太い金属棒が飛来する光景だった。

 

 

 やけにゆっくり時間が流れているように感じる。

 

 

 身をよじる時間さえないまま。

 

 

 自分の胸に金属棒が突き立つ様を、俺はただ眺めるしかなかった。

 

 

 




スケルトン関連は完全に捏造設定です。
ちなみにやかましく喚きながらドタバタ走ってる影響で余計に周りの骨を誘引してますが気づいてません。
資料に記載のあった部分で解読できなかった箇所にその辺の記載(周辺環境の感知について)がありました。

「骨以外、というか黒いアレに襲われないのか」という突っ込みに関しても理由はあります。
まあこれは原作も多分同じようなもんだと思いますが。

「ハーフパイプみたいな地形」はマップ画面だと燃えてるように見えますが、
主人公たちが後々横切っているということで普通に通過できるということにしました。


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2:結局命かけなきゃならなくなったんだがどうすりゃいいの

 「やああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 「……ッ!」

 

 裂帛の声が響いたかと思うと、全力疾走する自動車が衝突事故を起こしたかのような爆音を響かせて黒い人影が吹き飛ぶ。

 しかし、この衝突事故を引き起こしたのは機械の類ではなかった。

 

 華奢な女性的な丸みのある体を包むピッタリとしたスーツと部分鎧。

 片目が隠れるように伸びた藤の髪の下から覗くのは、若干の怯えを窺わせる紫の瞳。

 しかし最も目を引くのはその全身黒一色の装いでもなく、体の弱さをうかがわせる白い肌でもなく、身の丈よりも巨大な十字架状の大盾を構えていることであった。

 

 その大盾による渾身のシールドバッシュによって撥ねられ地に伏した黒い人影は、起き上がろうと試みるのもつかの間、手足が炭のようにボロボロと折れ崩れたかと思うと、全身を粒子と化して完全に消滅した。

 超常的なナニカの絡む犯行現場……では、もちろんない。

 

 「マシュ! 無事!?」

 

 「ハァ……ハァ……」

 

 汗だくになってその場に頽れる紫の少女に、すぐ傍で様子を窺っていた二人の女性が駆け寄る。

 真っ先に心配する声を上げた明るい赤銅色の頭髪をした少女と、白髪に刺々しい眼差しの下の濃い隈が印象的な女性。

 紫の少女――マシュ・キリエライトは血の気が引いた顔で疲れ切った笑みを浮かべると立ち上がり、赤銅の髪の少女の抱擁を受け入れた。

 

 「よく頑張ったね……マシュは今期世界でナンバーワンの後輩だよっ」

 

 「あっ………その、先輩……うぅ」

 

 『本当によく頑張ったね……ひとまず周辺一帯に動体反応もない。警戒は解いても大丈夫そうだ。ってそれよりも――!』

 

 「それにしても……どういう事よ! なんでサーヴァントがいるの!?」

 

 『所長、疑問は後回しにしてください! 要救助者の容体は!』

 

 笑いながら頭を撫で、撫でられて赤面する二人の少女の傍で苛立ち吼える白髪の女性――オルガマリー・アニムスフィアに、どこからか聞こえてくる男性の声が焦った様子で呼びかける。

 彼女たちが戦っていたのは数分前、先刻消滅した黒い人影――サーヴァントが何者かを殺害しようとしていたからであった。

 見捨てることはできぬと救出を決めた赤銅の髪の少女――藤丸立花と、それに同意したマシュ。

 わざわざ危険に飛び込むことに難色を示していたオルガマリーも、情報源となるかもしれないという姿なき声――Dr.ロマンの提言に渋々同意し、黒い人影を排除すべく戦いが行われていたのである。

 

 しかし常人では目で追うことすらままならない黒と紫の戦闘に、他二人はなんとか援護を挟むのがやっとの状況であり、オペレーターのロマニもサーヴァント出現のショックで思考が飛んでいたため、件の救出対象は今の今まで放置されていたのであった。

 

 「胸に穴が空いてる……あの杭に刺されたみたいだね。意外と傷口小さいし何でか貫通はしてないけど」

 

 『……バイタルもそこまで致命的じゃないな。胸の傷以外にも骨がいくらか折れてるみたいだけど、そこは所長にお願いすればどうにかなる』

 

 ロマニの声を聞いて殺されかけていた人影を屈み込んで観察する立花。

 その要救助者が大変見覚えのある人物だったことに驚きを隠せないが、とりあえずその辺は後回しにし外見からも判る致命的な負傷がないかどうかだけ報告を済ませる。

 負傷者はまず何を置いても命に別状ないかの確認が大事であり、素性やら胸に収まっていた金属板(・・・・・・・・・・・)が何なのかなどの疑問は二の次である。

 

 「っていうかドクター、この人って……」

 

 『うん。こっちのデータとの照合も終わった。間違いなく本人だ。後は治療だけなんだけど……』

 

 「ハァ!? 例の監察官!? こっちの失態を挽回するための成果が欲しいのに、何でその失態を克明に報告するのが仕事の奴が来ちゃうわけ!? ああもう最悪だわ……」

 

 「所長、ライトさんはレイシフト実験のメンバーですらない外部の方です。結果的とはいえ巻き込んでしまった以上は無事に生還させる必要があるかと。すぐに治療をお願いします」

 

 『もう少しかかりそうだね。幸い今すぐ命に別状はなさそうだけど……出来るだけ早くしてほしいしボクも行ってこようかな』

 

 「………ハァ」

 

 本人確認も終わったところで後ろを振り向くと、溜まっていたものが噴き出した所長とそれを宥めようとするマシュの二人が戦っている。

 それを認めた立花はとりあえずの危機が去ったことを実感し、安堵のため息をつくと炎に照り返されて光る巨大な橋のアーチを見上げつつ、どこからか現れた白い獣を抱えると腰を下ろした。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 こんな短期間に二度も気絶する羽目になろうとは。

 我が身に起こった事ながら軽く恐怖である。後遺症とか残らないだろうか。

 

 ちなみにいきなり胸に金属棒を植樹されたあの光景は錯覚とかじゃなかったらしい。

 実家の蔵から持ち出してきた金属板をお守り代わりに懐に入れてなきゃ普通に死んでたかもしれん。

 アレがコ○ンの手錠の鎖入りのお守りよろしく杭が深く突き刺さるのを防いでくれたらしい。

 代わりに飛来した杭の衝撃を面で受けることになって胸が強く圧迫され気絶したわけだが。

 どこの誰の物かもわからないしなんとなく気に入って選んだだけの代物だったのだが、こうして命を救ってくれた以上感謝しかない。

 

 折れてた骨を直してくれたのがあのヒス女ってことだけが気に喰わんが。

 まあまともに動くのが厳しい状態から治療してもらったのは間違いないので礼は言っておく。

 

 「治療していただいてありがとうございました。ヒs…オルガマリー所長」

 

 「別に。アナタが死んでは困るからそうしただけです。感謝されることなどありません……こんなもの、出来て当たり前なんだから」 

 

 「いえ、当たり前なんてことは――」

 

 「こんな程度で一々誇っていられる程魔術の世界は甘くないの! 判りきったことを一々言わせないで!!」

 

 『ちょっ、所長!?』

 

 ……なんでそこで卑屈になるかなぁ? しかもヒスるし。

 もうわけわからん。ちょっと呼称を改めようかとも思ったがやっぱりこいつはヒス女だな。

 

 

 さて、図らずも特異点Fに48番目の彼女――改めて自己紹介したが藤丸立花ちゃんという名前らしい――とマシュちゃんに……何故かあのヒス女の三人が飛ばされていたという事実の判明と彼女たちとの合流に成功した。

 

 正直、実は俺一人しかここに来てなくて頑張って一人で生存せにゃならない可能性まで考えていた。

 いや、だって適正値?とやらは立花ちゃんの方が高かったし。レイシフトしたらしい意識がブラックアウトした時も位置大分離れてたし。FE○醒の○ランの如く一人だけ違う時間軸に~とか普通に在り得そうだと……。

 

 現在は認識のすり合わせも兼ねて話し合いの真っ最中……なのだが、立花ちゃんが「サーヴァントってナニ?」と会話に出てくる単語やらがいくつか理解できないとぶっちゃけたため中断して講義中である。

 

 資料の内容の復習も兼ねて俺も一応耳は傾けているが、内心はマシュちゃんの現状にびっくりしててそれどころじゃない。

 下半身潰されて死亡一歩手前だったはずなのにピンピンしててびっくり、なんか端的に言ってかなりエロい格好になってて更にびっくり、彼女どころか俺の体よりデカい盾を持ち歩いてて更に更にびっくり、「まじゅつの ちからって スゲー!」とか思ってたら魔術関係ない? 恩人? デミ・サーヴァント? 英霊との一体化? とか言われて更に更に更にびっくり。

 

 んでまぁ、講義の内容だが。

 

 サーヴァントとは人類の歴史に大きく名を残す偉業を成しこの世を去った人物「英霊」の一部分を使い魔――魔術師が遠距離との連絡や資材の運搬などの雑務を代行させるために契約し使役する生物や自作の人形などのことらしい――として現世に召喚した者である。

 

 人間の技術で英霊を完全再現するのは不可能に等しいため、英霊の辿った生涯の経歴の一側面を強調しクラスと呼ばれる型――剣を扱うないし高名な剣を所有した「セイバー(剣士の英霊)」、弓矢や投石などの物理的な遠距離攻撃を行った「アーチャー(弓兵の英霊)」、槍を振るった「ランサー(槍兵の英霊)」、動物や戦車などの乗り物に騎乗して戦った「ライダー(騎乗兵の英霊)」、魔術を扱った「キャスター(魔術師の英霊)」、戦い以外の場面で人を殺した「アサシン(暗殺者の英霊)」、そして我を忘れて暴れた「バーサーカー(狂戦士の英霊)」――に当てはめることで、人の身による召喚を可能としている。

 

 ……マシュちゃんの外見的特徴――デカい盾"のみ"を所持している――に当てはまりそうなクラスがないが、それはとりあえず置いといて。

 

 対象となる「英霊」は創作された神話や物語の英雄、史実に生きた軍人や為政者、科学者、芸術家、挙句は特定の概念など枚挙に暇がない。

 

 そしてそんなサーヴァントと契約、使役(マシュちゃんを見る限り使役ってのも怪しいが)して、景品である「聖杯」とかいうド○ゴンボール的なナニカ(ちょっと違うかもしれないが)の所有権を争う『聖杯戦争』とやらいう魔術の儀式が存在し、この冬木市で実際に開催されていた。

 

 と、こんなところか。『聖杯戦争』については資料に記載がなかったので俺も初めて知った。

 

 で、俺を気づく間もなく一瞬で気絶させたのは冬木市でやってた聖杯戦争に参加してたサーヴァント、と推測されるそうだ。

 ……ほんの一秒か二秒目を瞑ってた間に殺される一歩手前だった辺り、サーヴァントってのは人間よりも大分ハイスペックらしいな。

 お守りとマシュちゃんたちがいなかったら間違いなくそのまま死んでたっぽい事実に改めて震える。

 後で両方拝んどこう。

 

 

 ……まだ解説が終わらないようなのでここまでの話の復習を続けよう。

 次は俺たちが飛ばされた後のカルデアについてだな。

 

 カルデア側も被害が深刻なようで、数百人はいたスタッフは爆破と二次被害で20人ちょい程度まで減少、館内の消火は終わったが機材などはボロボロで8割が機能していないとのことで、今すぐカルデアへ帰還、というのは難しいらしい。

 ヒス女が失態を挽回するための成果を欲していることもあって、カルデア側で急ピッチで機材の復旧を進める傍らこちらも『特異点F』の探索を続行するという運びになっているらしい。

 

 ……俺は外部の人間なんだがなぁ。

 まあまだカルデアに帰れない以上こんな人外魔境に一人置き去りは困るからどうするにしろ着いて行くしかないんだけども。

 

 しかし……「聖杯戦争」は参加するサーヴァントが7体いるって話だが。

 残り6体は何処にいんのかね。

 仮に徒党を組んで襲ってこられたらマシュちゃん一人じゃ俺たちの防衛どころか戦いそのものすら危ういんじゃないだろうか。

 いや、ヒス女ですら自衛の手段は持ってるらしいことを考えると俺一人だけがいても邪魔なただの足手まといだよなぁ。

 

 ハァ……自分の身ぐらいは守れるような力が欲しいとは言ったし思ってたが、まさかこんな早々に必要になるとは思わなかったわ……。

 ……本当はあんまりやりたかないが四の五の言ってられるような状況でもないようだし。

 今の話終わったら俺にもサーヴァントの召喚が可能かどうか訊いてみるか?

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 認識のすり合わせと解説が終わったので出発することになった。

 目指すのは冬木大橋を渡った対岸、「新都」と呼ばれていたらしいオフィス街や工業地帯、港等を有する都市エリアだ。

 ちなみに今いる側の住宅街エリアは「深山町」と言うらしい。

 by.俺の目覚めた海浜公園の地図看板。

 

 俺が骨共から逃げ回っている間に立花ちゃんたちは深山町エリアを北から南まで縦断するように探索していたらしく、ヒス女と合流した地点が何かの爆心地のような地形になっていた以外は取り立てて大きな異変などは何も見られなかったとのことだ。

 ……無論、この「異変」に散発的に遭遇するガイコツ兵やそこかしこで衰え無しに燃え続けている炎はカウントしていない。

 なので真新しい異常がないか捜索範囲を広げようということらしい。

 

 なお新しくサーヴァントを呼ぶ件についてだが、現段階では保留とするらしい。

 カルデアがボロボロだから割けるリソースがないのかと思っていたが、召喚自体はカルデアのリソースとかシステムは特に関係なく可能らしい。

 ただ、実行が可能であるというだけで召喚には相応のリソースが必要なのは変わらない上、マスター候補でも補欠でもないあくまで外部の人間である俺が非常事態とはいえサーヴァントを召喚して契約すること自体が後々問題になる可能性が高いらしい。ここでもあのヒス女の独断が足を引っ張る……なまじマシュちゃんだけで現状どうにかなってんのも向かい風だ。

 あの女「必要に迫られない以上は余計なことに手を出さないで」だと。

 追い詰められてから出来る程召喚とやらはお手軽なのか? 違うだろ? あらかじめ非常事態に備えておくのは当たり前と違うんかと。

 そんで、だったらお前が呼べばええやんって言ったら逆ギレするし。

 ……どうも断片的に話を聞く限りサーヴァントの召喚や契約に先天的に適性が全く無いらしいことが解った辺りでちょっとだけ申し訳ない気分になったがそれはそれ、これはこれだ。

 

 ……話が逸れたが、更に言えば呼び出すサーヴァントを絞り込む手段がないためきちんと意思疎通出来て協力してくれる英霊が来てくれるかどうかも不明瞭、現状カルデアにある英霊維持のための補助システムが完全に死んでいるのでサーヴァントの維持に必要な魔力は俺持ちになり、魔力が枯渇すると気絶するため消費が重すぎるサーヴァントが呼ばれてしまうと却って足手まとい……と、実行するに当たって大きな問題二つと「かもしれない」系のリスクが多いため今は置いておくらしい。

 

 ただ客観的に見てその内戦力が足らなくなる可能性が見えるのは事実であるため、必要なリソースが現地で賄えるようなら考慮はする、ってマロンが言ってた。

 あんまり期待はしないでおくとしよう。

 

 

 それはさておき……怪しいよなぁ。

 

 何がってあのヒス女だよ。

 ガイコツ兵の群れから逃げてるときにも考えてた話だ。

 

 あの意識がブラックアウトした瞬間がレイシフトが行われたまさにその時だったというのは既に説明があった。

 だが、アレが起こったときに俺がいたのは管制室から退室する前に立ってた場所―――あのヒス女がスタッフに指示飛ばしてたまさにその場所だった訳だ。

 

 俺が退室してからもあの女はあそこから動いてないだろう。

 退室前もあの女の指示でスタッフが動き回ってたが本人は口出すだけで動いてなかったし。

 つまりあそこが木っ端微塵に吹き飛んでた以上、このヒス女も一緒に木っ端微塵になってなきゃおかしい。

 爆破痕がはっきりわかる程度には床が見えてたし、仮に原型留めて生き延びてたのなら何かしら目に見える痕跡の一つでも残っていたはずだ。

 

 総括するとここにいるヒス女は本物ではない、ないし本物でも生きていない可能性が高い訳だ。

 誰かが化けてるとか、俺たちが見てる集団幻覚とか。あるいはサーヴァントみたく触れる霊の類とかその辺りが妥当じゃなかろうか。

 アルセーヌ・ルパンの英霊とかなら余裕でできそう。サーヴァントは架空の存在も呼べるらしいし、在り得ん話じゃないはずだ。

 

 ……最悪、大穴でコイツがカルデア爆破事件の犯人だったりするかもだ。

 動機が無いと言われればそれまでだが……確実にあの爆破に巻き込まれた上に防御したらしい痕跡もなかったのに、衣服にすら焦げ跡の一つもない五体満足でピンピンしているってのが怪しすぎる。

 

 無論、その辺の推測は一度も口に出していない。

 あの女も俺を切り捨てたい感じだし、立花ちゃんとマシュちゃんがこちらの生命線でもある以上は二人(あとマロン)が完全に信用しきっているヒス女に否定的な発言はこれからの関係や生存率にも響くだろう。

 つか単純にヒス女以外に嫌われたくない。帰ってから針の筵は御免だ。

 そんなわけで、今後もこいつはヒス女……カルデア所長として暫定的に扱うとしよう。その方がボロも出ない。

 

 ま、とりあえずは俺一人でも警戒してればよかろう。

 ガイコツ兵をまともに相手して普通に生き残っていたらしいが、一人だし、ポンコツそうだし、咄嗟に使える攻撃手段は射撃系のみの様だし……実際に手で触れられる以上はいざとなれば隙を突いて取り押さえる位は何とかなるだろう。多分。

 

 




はい、というわけでライダー戦丸々カット!
原作より早いですがライダーさん消滅です。

ちなみに前回ガイコツ兵たちが追跡を止めたのはたまたますぐそばに三人がいたからです。
つまり、前回主人公が聞き逃した声の持ち主は彼女たちでした。
ついでに言うと主人公がトレインしてきた大量のガイコツ兵と戦う羽目になってそこそこ消耗し、更にガイコツ兵に追われてた謎の動体反応を急いで追ってきたところで今回のライダー戦(過程省略)でした。

要するにマシュちゃん原作より頑張ってます。
そして主人公は知らないうちにかなり迷惑かけてます。
まあどっちも気づいてない&忘れてるのでこのまま埋葬される裏話なんですが。


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3:完全に足手まといなんだがどうすりゃいいの

 さて、そんなこんなで4人――っと、そういえば4人だけじゃなかったんだっけか。

 

 何か見た事も聞いた事も無いような、白い体毛の羊とリスと猫と犬をミックスして4で割ってもまだ説明できないような珍妙な生命体がいつの間にか同伴していた。見た目だけでも大概なのに鳴き声がな……フォウだのキュウだの、何なんだマジで。

 そして名前が「フォウ」らしい。……安直すぎねえ? ……何? 名前付けたのマシュちゃん? あ、そう……。

 何か元々カルデアに棲んでたらしく、冬木に来た時から一緒に行動しているらしい。

 ……それはつまりレイシフトしたってことだよな?

 あの爆弾で吹っ飛んだ空間に元からいた……訳はないからわざわざ後から入ってきただと? ただの動物が? 在り得ん。

 ってなわけで警戒対象が更に一つ増えた上にそいつを運搬する役は今俺っていうね。

 俺の貧弱な消化器官を心労で殺したいのかねコイツら。

 

 まあとにかく、四人と一匹で冬木大橋を渡って現在新都エリアを探索中なのだが。

 

 現在都市部を逃走しつつ襲ってきたサーヴァントとの戦闘真っ最中です。

 

 「マシュ後ろっ!」

 

 「シャッ!」

 

 「くうっ!」

 

 向こうが投擲してくる獲物――黒塗りの短剣を盾がガンガン弾く度に、鳴り響く金属音に背筋がゾワッとする。

 相手はたった一人だが……ぶっちゃけ骨の群れに追っかけられた時よりも激しく身の危険を感じている。

 さっき襲われた時奇襲で気絶してたのはある意味では幸運だったかもしれん。

 もしもこの脅威を対抗手段のない(単独行動だった)時に味わっていたら、下手すると今逃げる気すら起きなかったかもわからん。

 それぐらいには一般人()とサーヴァントの間に横たわる格の差(・・・)と言う名の谷は深く、広かった。「コスプレイヤーか!?」などと茶化す余裕すらない。

 

 「所長!」

 

 「喰らいなさいっ!」

 

 「ヌウッ!?」

 

 「マシュ!」

 

 敵サーヴァント――アサシンが姿を晒した瞬間、立花ちゃんの合図でヒス女の指先から幾何学模様を描く光線が多数射出される。

 撒き散らされたそれは多くが躱され、あるいは外れたが、数発が着地際に命中しアサシンがほんの少しだけ体制を崩す。 

 

 「これでっ……どうだっ!」

 

 「フッ!」

 

 「くっ、速い……」

 

 その隙を突こうとマシュちゃんが取って返し振り向きざまに盾を振り抜くも、アサシンはそれをスウェーバックで紙一重で回避し、再び姿を晦ませる。

 チャンスを掴めなかったマシュちゃんは悔し気に唸ると、再びアサシンが仕掛けてくる前にと急いで俺たちの傍に戻ってきた。

 

 マロンに曰く、サーヴァントはクラス毎にデフォルトで付いている特殊能力(スキル)があるそうで、アサシンクラスが保有しているものは「気配遮断」――読んで字のごとく自分の気配を消し周囲に自分の存在を悟られないようにするものということだ。

 流石に肉眼でハッキリ視認できる距離の場合なら大きく効果を減じるし、攻撃態勢に移行すると隠蔽の度合いが下がるという解りやすい傷もある。が、対象をはっきり視認できない距離や環境では存分に力を発揮されてしまう。

 

 つまり、倒壊した高層ビルなどの建造物の残骸が立ち並び、周囲は瓦礫だらけ、トドメにそこかしこで炎が揺らめいている環境などはあちらさんが奇襲するのにうってつけと言うわけだ。

 

 アサシンクラスは「隠密活動」や「戦闘以外の場面での他者の殺害」、「凶器の隠匿」等を行なった逸話の残る英霊が当てはめられるクラスらしい。

 そしてその経歴に違わず、サーヴァント同士の直接戦闘ではなく、そのサーヴァントと契約し共に戦うマスターを狙い抹殺することに特化したクラスという話だ。

 

 そんな相手に対し、足手まといが三人、隠密奇襲が大得意の相手にとって有利な戦場。そして、直接戦闘を得手としない相手にも押される程に圧倒的な戦闘経験の不足。

 マシュちゃんは重すぎるハンデを背負ってなお、俺たちのために戦ってくれている。

 

 

 ああ……腹が痛い……。

 

 

 俺は生きる上で掲げている座右の銘がある。

 「成功したら自分のせい、失敗しても自分のせい」だ。

 

 自分の行いのせいで他人に被害が発生するのが嫌いだ。

 他人の行いのせいで自分が被害を受けるのが嫌いだ。

 

 自分の行いの責任は自分が背負い、他人の行いの責任は他人に帰結するべきだ。

 責任を負えぬ勝手はするな、連帯責任なぞ糞くらえ、道理の通らぬ理不尽はこの世から消えろ。

 

 故に、自分の失敗による被害はなるたけ自分の責任で済む範囲に留めよう。

 故に、他人の失敗による被害は被らないように立ち回ろう。

 

 自分なりの倫理に従い、行動は衝動の赴くままに。

 

 それが、俺が生きる上で守りたいと思っていることだ。

 

 ……まあ、社会という枠組みに属する以上どうしても遵守が無理な時はあるが、そういう時はお腹を痛めつつやり過ごす。

 

 

 そしてこの現状は明らかに俺のせい(・・・・・・・・)、だ。

 

 おそらくマシュちゃんも足手まといが二人――サーヴァントとして活動する上で必要不可欠であるマスターと、先も見た通り多少なり通用する自衛手段のある人間の二人ならどうにか守って立ち回れなくはなかっただろう。

 

 だがそこで俺だ。

 

 ただ一人完全な一般人でしかない俺が足を引っ張っている。

 

 俺一人が被害を被るのはまあ構わない。

 命がかかっているのに構わないってのもおかしな話だが、少なくとも道連れ増やすよりはずっといいと思っている。

 

 だが俺一人のために余計な被害が増えるのは我慢ならない。

 

 ……なまじ戦うための手段を習得できる素養が自分にあると知っているせいで無力感が酷い。

 才能があったところで実際に必要な時に使えないのなら何の意味もない。

 

 「フォウ。キューウ」

 

 「……………」

 

 何か腕の中の小動物に心配されてる気がするが気のせいだろう………。

 

 そうして俺が胸の内にモヤモヤとしたものを溜め込んでいくうちにも、幾度かの奇襲と防衛、反撃と逃走が繰り返された。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 「クカカカカッ。ホレ、ドコヲ見テオル。コチラダゾッ!」

 

 「くっ、うっ!」

 

 「ムンッ! ハアッ!」

 

 「ぐっ、ううぅぅぅぅぅっ」

 

 「凌グカ 面白イ! 面白イッ!」

 

 「くっ、『応急手当』!」

 

 「ムダムダァッ! 焼ケ石ニ水ヨッ!」

 

 現在地は未遠川の河口部に位置する港です。

 

 

 必死こいて都市部を抜けたと思ったらそこはコンテナが大量に積まれた貨物用の港。

 どうも襲撃が散発的だと思ったらアサシンの狙いは追い込み漁だった様子で、港には先んじて待機していたらしいもう一体のサーヴァント、更に無数のガイコツ兵の姿が。

 

 徒党を組まれたらマシュちゃん一人では危ういのではという予想は現実のものとなり、正面から制圧を試みる偉丈夫――ランサーのサーヴァントと、交戦の隙を突いて遠距離から立花ちゃんに向けて攻撃を差し込んでくるアサシンにマシュちゃんは防戦一方のようだ。

 2対1でも何とか対応できているのはオツムの方が残念な周囲のガイコツ兵の攻撃が時たま連中にも飛んでいるからだが、ちょっとした足止めレベルの域を出ていない。

 

 「先輩っ!」

 

 「大丈夫、当たってないよ! 前に集中して!」

 

 「フォウ、フォウ!」

 

 「カカカ! サテ、我ラヲ相手ニシテ、イツマデソノ足手マトイヲ守リ切レルカナ?」

 

 「っ、守ります。守り通してみせます!」

 

 更に周囲のガイコツ兵が群がってきたせいで俺とヒス女、マシュちゃんと立花ちゃんで分断され、ヒス女は俺を庇うためにガイコツ兵と一人奮闘してくれていた。

 ……コイツがランサーを目の当たりにして固まったせいでやすやすと分断されたというのはこの際置いとこう。

 サーヴァント二体が狙いを向こうのペアに絞っているのか攻撃が全く飛んでこないのでガイコツ兵の対応に注力できてるから却ってよかったかもしれん。

 

 「くうっ、ちょっと!? おとなしくしてなさい! アナタ戦う手段なんて何も持ってないでしょうが!」

 

 「近づいてくる奴を牽制しますから飛び道具の対応お願いします……いい加減守られっぱなしはどうにも気分が悪い」

 

 「………っ」

 

 ……命の危険はビンビンに感じているが、ヒス女一人に戦わすのは癪だったのでガイコツ兵が取り落とした槍を拾って使わせてもらう。

 弓兵型が大量にいるし単純な力でも負けている以上攻めには出られないが、剣や槍の近接型を寄せない程度ならなんとかこなせる。

 中二病時代に運動も兼ねてY○uTubeで参考動画見つつホームセンターで買ってきた金属製物干し竿振り回してたのが役に立ってます。

 人に当てかけたり物にひっかけたり散々失敗しても続けたかいはあったな……本格的な戦闘は流石に無理があるが、動きが鈍くて軽い骨を牽制する位なら十分だ。……まさかあの黒歴史が有効活用できようとは。

 

 ん? 何で拳法とか剣術じゃなかったのかって?

 そりゃあ、あんた。やってたゲームの影響だよ言わせんな。

 

 そうしてこっちはジリ貧ながらもなんとか凌げていた。が――

 

 「カアッ!」

 

 「『緊急回避』!」

 

 「くっ!」

 

 「カカッタナ――決メルゾ ランサー」

 

 遠距離攻撃に徹していたはずのアサシンの右腕が突如異様に長大になると、ランサーの攻撃を凌いだマシュちゃんに掴みかかった。

 離れていても感じ取れる、これまでのどの攻撃よりも圧倒的な『死』の気配。

 直接相対していた立花ちゃんはそれをより強く感じ取ったのか、迷わずマシュちゃんへ支援を飛ばしその一撃を回避させた。

 ――しかし、アサシンの方が一枚上手だったらしい。

 回避した直後で体制が不安定なマシュちゃんに、先を読んでいたランサーの一撃が襲い掛かった。

 

 「しまっ――」

 

 「ヌウゥゥゥウン! ハアッ!」

 

 「ガッ、あっ!」

 

 「シャッ!」

 

 「ぁ、っ」

 

 踏ん張ることもできずにまともに受けてしまったマシュちゃんは、続く攻撃で盾をあらぬ方向に跳ね上げられ、間隙を縫うようにアサシンの短剣が脚に突き刺さった。

 立花ちゃんの使える支援手段はサーヴァント同士の戦闘でも十分な効果を発揮する代わりに単発だ。一度使うと同じ支援を再度行うまでには時間がかかる。

 回避支援も回復支援も先刻使ってしまった。マシュちゃんは咄嗟に動けない。

 次の一撃を凌ぐ手段は、ない。

 

 「死ネェアアアアアアアアアアッ!」

 

 「コレデシマイダ。柘榴ト散レ」

 

 「マシューーっ!」

 

 

 

 

 

 

 そしてマシュちゃんの頭を狙ってランサーの刃が振り下ろされんとしていた、まさにその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『アンサズ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガイコツ兵に、アサシンに、そしてランサーに、火炎弾と思しき攻撃が山と降り注いだ。

 ご丁寧に、と言ったらいいのかわからないが、それだけ広範囲にばら撒かれたにも関わらず俺たち四人には一発も命中していない。

 ……随分と高精度だ。

 

 「ヌウッ……何奴ッ!」

 

 『何って、見れば判んだろご同輩。なんだ、泥に呑まれちまって目ん玉まで腐ったか?』

 

 そう言って積み上げられたコンテナの上から現れたそれは、肉食の獣を思わせるような野生的な雰囲気の男だった。

 

 しかし、服装は視界に入ってすぐ感じた印象とは真逆に野蛮さの欠片もない。

 木製と思しき杖を翳し、長く伸ばした青い頭髪に紅い双眸。服装も皮革や布系ばかりで、鎧のような重そうなパーツは全く見受けられない。

 コーディネート的に何というか、すごく「魔術師」っぽい感じの男だった。

 そしてすぐさまそれを裏付ける言葉がランサーから放たれる。

 

 「貴様、キャスター! ナゼ漂流者ノ肩を持ツ……!?」

 

 「あん? てめえらよりマシだからに決まってんだろ。それになんだ、見所のあるガキは嫌いじゃない」

 

 アサシンも、ランサーも、そして俺たちも警戒する中、男が――キャスターが、下りてくる。

 先刻この男が放った火炎弾でガイコツ兵、特に弓を使う個体はあらかた一掃されており、その歩みを邪魔立てする者はない。

 ……俺とヒス女は爆撃の被害を免れた近接型に囲まれているが、さっきに比べれば数が減った分まだ対処は楽になった。

 

 そのままキャスターはマシュちゃんの傍に近づくと、指先で中空に何か記号のようなモノを切った。

 見れば、マシュちゃんが脚に負った傷があっという間に癒えていっている。

 先の火炎弾に今の治癒。これがキャスターの――『魔術師』の英霊、か。

 

 「うし、こんなもんでいいだろ。そら構えなお嬢ちゃん。お前さんの腕前は奴に決して劣ってねえ。気張りゃあ番狂わせもあるかもだ」

 

 「は、はい。……頑張ります!」

 

 「あ、あの。マシュを治してくれてありがとう、ございます?」

 

 「おう、大したことじゃねえ。気にすんな。ところで彼女のマスター、お嬢ちゃんかい?」

 

 「う、うん! あたし、藤丸立花!」

 

 「おし。なら、指示はあんたに任せようか。俺はキャスターのサーヴァント。故あってヤツラとは敵対中でね。敵の敵は味方ってわけじゃないが、今は信用してくれていい。未熟な身の上で2対1でも一歩も引かなかったあの譲ちゃんのガッツに免じて、仮契約だがあんたのサーヴァントになってやるよ!」

 

 歯を剥き出しにして笑い、アサシンに杖を向けるキャスター。

 どうも利害が一致しているから手を貸してくれるらしい。

 これで数の上では2対2だが、立ち振る舞いからして戦闘に非常に馴れた様子のキャスターが追加されたのは単純に味方が増えたという以上に大きい変化だ。

 ……キャスターを頭から信じ込んで大丈夫かと少し思わないでもないが、どの道このままじゃ全滅は堅い。何も言わずに賭けるとしよう。

 

 向こうはこれでいいとして、とりあえずこちらは残ったガイコツ兵を片付けよう。

 数は減ったし、遠距離攻撃も追い込まれた当初に比べれば激減している。

 

 あとはヒス女と連携して近距離型を始末するだけだ。

 さっきからやってる通り牽制に徹して火力をヒス女に任せるなり、リーチで勝てる剣型を中心に相手するなり、やりようはある。

 ……いくら抑えてもらってると言ってもサーヴァント二体を全く警戒しないでよくなったかと言うと全然そんなことないだろうし。頑張って手早く終わらせるとしよう。

 

 




主人公は所長の家庭周りの事情なんかはほとんど知りません。
立花ちゃんたちがそれ話してた時単独行動中だったので。
前回の会話からある程度推測はしてますがそれはそれ、これはこれってな具合です。
従って、初っ端から「出向先の組織の長」としての認識しかなくその責任をキチンと果たすことを求めるため、今回出てきた座右の銘も相まってあの内心なわけです。

アサシンの右腕は宝具ではないです。六章でやったアレに近いですね。
自爆ってわけではないですが。


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4:暫定味方がまともに見えないんだがどうすりゃいいの

前半戦終了。


 キャスターつおい。

 

 遠巻きに見ていたが、一人で弾幕張るわ、地雷みたく地面に仕込んだ魔術でランサー吹っ飛ばすわ、挙句後衛キャラのはずなのにアサシンを杖で殴り飛ばすわやりたい放題だった。

 

 まあ、攻撃一辺倒でいられたのはマシュちゃんに前衛完全に任せきってたからなんだがな。

 キャスターが出現したことで向こうの警戒というかヘイトが立花ちゃんからそちらに向いたのも追い風だった。

 

 最後は殴り飛ばされたアサシンをキャスターが空中で丸焼きに、ランサーはアサシン撃破に気を取られた隙に空中からダイブしたマシュちゃんに地面と盾でサンドイッチされて叩き潰され終了となった。

 

 「うっし、一丁上がりっと」

 

 「あ、あの……改めて、ありがとうございます。危ない所を助けていただいて……」

 

 「おう、おつかれさん。さっきも言ったと思うが、この程度じゃ貸しにもなんねえから気にすんなって。それよか体の心配だな。一応あん時ざっくり治したが、尻の辺りとか――」

 

 「ひゃん…!」

 

 「おう、なよっとしてるようで良い体してるじゃねえか。役得役得っと。……しかし、盾"だけ"を装備したサーヴァントってなぁ初めて見るな。随分頑丈だったが何のクラスだ? 全く判らん」

 

 戦闘が終了したのを見計らってキャスターに礼を述べに行くマシュちゃん。

 キャスターの方も戦いの時のピリピリした雰囲気はとうにどこかに霧散し、人懐っこそうな笑みを浮かべて会話している。

 

 あ、そうそう。こっちの残敵処理はそれなりに順調だった。早めに終わったのでサーヴァント同士の戦闘を見学する余裕すらあった。

 ……二回も助けられたし(そもそも何で俺がこんなとこに居るのかについてはもう一旦横に置いといて)内心の呼び名をヒス女から所長にランクアップさせてやろう。

 頻繁に起こすヒステリーもそういう性質(もん)だと割り切れば人として付き合えなくはない。……でもやっぱり組織の長としてはどうかと思うが。

 

 ま、それはさておき――

 

 「……ちょっと、立花。あと……ライトも。あれ、どう思う?」

 

 「まごう事なきセクハラオヤジでしょ」

 

 「訴えたら勝てると思うぞ」

 

 『と、とりあえず話を聞かないかい? 彼はまともな英霊のようだし』

 

 まさか戦闘が終了していきなりセクハラに走るとは思わなかった。

 所長がどう思うか聞いてきたので正直な所感を言うことにする。煽っている訳ではない。

 ……隣の立花ちゃんがちょっと怖いって言うのも少しあるが。この娘真顔でキャスター凝視してんだよ……。

 つーかマロン曰くこいつはまともな――これでもまともな方なのか?――英霊って話だが。

 

 そりゃそうだよな。 さっきのほぼ黒一色だったアサシンとかランサーと違って色ついてるもんな。

 呂律も怪しくないし流暢に喋って……そういやコイツどこの国の英霊だ?

 青の髪とか染める以外にないと思うんだがどうも地毛っぽいし、そもそもなんで言葉が通じてる? まさか日本人じゃねえよな?

 頭に疑問符が浮かんでは消える俺をよそに話は進んでいく。

 

 「おっ、話の早えヤツがいるじゃねえか。声しか聞こえねえが……オタクのそりゃ、魔術による通信手段か?」

 

 『ええ、そうです。はじめまして、キャスターのサーヴァント。御身がどこの英霊かは存じませんが、我々は尊敬と畏怖をもっt』

 

 「あーそういうの要らねえよ。聞き飽きてんだ。手っ取り早く用件だけ言えよ。そういうの得意だろ軟弱男?」

 

 『うっ……そ、そうですか、では早速。……軟弱……また初対面の相手に軟弱男とか言われちゃったぞう……』

 

 挑戦者マロン選手、キャスター選手の容赦ない()撃に開始わずか五秒でK.O。

 キャスターが堅苦しいのを好まない人柄ってのは見てりゃ何となく判ることなんだがなぁ……まあ、実際接するのとモニター越しで見てるだけでしかないことの差と思うべきか。

 つーかアレだ、あの医者自分に自信が持てないタイプのチキンだかんなー……うん、しょうがないね。

 

 

 :

 

 :

 

 :

 

 

 そんなこんなで情報交換が終了した。

 

 例によってキャスターの証言一つだけしか情報源がない状況で鵜呑みは危険だと思うが、周りの連中はすっかり信用してやがる。

 キャスターが実は敵側とか、キャスターも把握してない事実が出てくるとかそういうの微塵も考慮してなさそう。

 

 ……はぁ、胃が痛い。

 

 警戒対象が二人と一匹に増えちまった。

 

 

 キャスターから新しく仕入れた情報によると、この都市ではマロンの知る正史通り聖杯戦争が行われていたらしい。

 その頃はマスターもいたし、街も燃えてなくて人もちゃんと生活していた。

 

 が、一夜にして街は炎の海、人間は跡形残さず消滅し街並みも崩壊、マスターも消えて残ったのは7体のサーヴァント達とどこからともなく湧き続ける骨共だけ、トドメに一切原因不明ときた。

 で、どう考えても異常事態なんで周りが様子見してるところにセイバーのサーヴァントが問答無用で聖杯戦争を再開。

 キャスター以外の5体のサーヴァントは倒された上に真っ黒にされてセイバーの部下状態だそうだ。

 

 そしてセイバーは部下にした5体とその辺の骨を動員して何かを探しているとのこと。

 その探し物には、セイバー以外で唯一脱落判定を喰らわずに生き残っているキャスターも含まれていると、そういうことらしい。

 

 ただそうなると何で俺たちが狙われたのかが疑問なんだよなぁ……聖杯戦争云々だけが問題なら迷い込んだ異邦人なんぞ放っておいて、物量に任せてキャスターをローラー作戦で捕獲でもなんでもすりゃいいのに。

 それ以外に俺たちを排除したい理由があった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ってことだよなぁ………キャスターの言う「聖杯戦争が全く違うモノにすり替わった」ってのも気になる。が、ダメだ。情報が足りん。

 

 

 で、キャスターはこんな状況下であってもセイバーの撃破を諦めていないらしい。

 キャスターがセイバーを打倒するか、セイバーがキャスターを打倒するか。

 そのどちらかを成せばこの特異点における聖杯戦争は終わりを告げる。

 

 ただ、それでこの特異点の異常が解消されるかどうかは不明瞭。

 

 こっちは無限湧きする骨共に休む間もなく対処せねばならない可能性のある状態を脱し、調査を有利に進めたい。そしてゆくゆくは特異点の修復を。

 あちらはセイバーを打倒し、聖杯戦争の幕引きを図りたいが戦力が足らず協力を要請したい。

 

 ……キャスターは利害は一致してると言い切ったが、ちっともそんなこたぁない。

 仮に『セイバーを打倒してはこの特異点の解消に失敗する』とでもなったらどうするつもりなのか。

 まあしばらくの同道は可能だろうし、その間こちらに得が無いでもないから所長の言う通り合理的ではあるが。

 

 で、とりあえず協同態勢をとるということで話はまとまった。

 協力してる間キャスターの指揮を執るマスター役は――もちろん立花ちゃんである。

 

 ん? 俺?

 外部の人間だからマスター以下略。

 いや、確かになんもできずに見てるだけを脱却するチャンスではあったんだが。

 

 ぶっちゃけた話俺に指揮権渡されてもどうにもならん。

 戦うサーヴァントが二人しかいない上マスター間の信頼や意志疎通の精度も十分じゃない、そんな状態で指揮系統を分けて同じ場所で戦っても連携もクソも無い。むしろ誤爆の危険が高まるだけだ。

 それならわざわざ俺に指揮を執らせずにキャスターが自己判断で戦った方が間違いなく強い。

 戦闘経験が少ないから俯瞰的な視点があると助かるだろうマシュちゃんとは事情が違うのだ。

 

 そもそもキャスターが先の戦いで肩を並べた立花ちゃんではなく、ガイコツ兵を牽制していただけの俺を認めて指示に従ってくれるかすら怪しい。

 加えてこのキャスターは存在維持にマスターの魔力が必要ない。となるとますます組む意味が無い。

 

 そんなこんなで、所長の言い分に乗っからせてもらってキャスターの仮マスターは辞退させていただいた。

 以前サーヴァント云々の話をしたロマn――マロンが何か言いたそうだったが黙ってもらった。

 別段後悔はしてない。キャスターには頼みたいことがあるがそれと必要性の薄い契約するのは別問題だ。

 

 

 さて、本題に戻る。

 

 キャスターは協力するなら目的の確認をと言って『大聖杯』なるものについて情報を寄越した。

 曰く「この冬木という土地そのものの"心臓"部」であり「特異点とやらがあるとしたらそこ以外ない」と断言。

 そして大聖杯にはセイバーと、まだ倒されていない他の黒サーヴァントの片割れが陣取っているらしい。

 

 残るはアーチャーとバーサーカーだが、アーチャーはふたりでかかればどうとでもなるとのこと。

 対してバーサーカーはセイバーも苦戦を強いられた怪物という触れ込みであり、何より近づかなきゃ無視できるから放置でも構わないそうだ。

 

 最後に、道案内はするが踏み込むタイミングはこちらに一任するということで話は纏まった。

 

 

 よし、こっちの提案……と言うかお願いを切り出すならこのタイミングしかない。

 

 

 「キャスター。ちょっとお願いがあるんだがいいか?」

 

 

 「あん? 何だよ」

 

 

 「魔力の使い方、基礎の基礎で構わんから教えてもらえないか?」

 

 

 いい加減自衛できるようになっときたいんでな。

 

 今すぐ行くんじゃないなら特訓じゃぁーーーー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 選択肢間違えたかもしれん。

 

 

 

 

 「そらそらそらっ!」

 

 「ぬわぁぁぁぁぁぁスパルタすぎんだろぉっ!」

 

 現在、探索中に見つけたそこそこ広くて火の手も薄い場所――街外れの教会前で探索を一時中断して特訓中。

 探索の手を止めることに所長がちょっと渋っていたが、セイバーと戦うならまた雑魚に集られて戦力を割かないとならなくなるのは悪手だから最低限の自衛手段が欲しい、と説得したら「何で魔術回路開いてんだお前ド素人のはずだろ経歴詐称か国連の手先め」みたいな感じでまたヒスってたが、これまでの荒れ様から予想してたよりあっさり引いてくれた。

 つーか、そんなもん聞かれても俺だって知らん。そもそも魔術回路ってなんじゃ。

 まーたあの資料か。

 今すぐ訊いとかにゃまずそうだし後で機会見つけて訊くかねぇ、っと。

 

 

 うん。ここまではまだ問題なかった。

 

 

 問題は「魔術師のサーヴァントやしちょうどええやろ!」と思って教師役に選んだキャスターがとんでもねえスパルタだったことだ。

 

 

 一番最初、魔力の作り方とか物体への魔力の流し方等の超基礎的らしい部分を教えてもらった……までは良かったんだが。

 

 「そっからは実戦で覚えろ!」っつって港で俺がガイコツ兵からパクってそのまま持ってきていた槍をよこすと、何をトチ狂ったか火炎弾飛ばして攻撃してきた。

 「当たったら死ぬわ!」って抗議しても「だったら死ぬ気で頑張んな!」で取り付く島も無し。

 

 槍で攻撃を凌がせて近接戦闘と魔術の両方を鍛えてくれようとしているらしいのはなんとなく理解できる。

 理解できるんだが……サーヴァント相手にやってたような弾幕を使わない辺り一応加減はしてくれてるっぽいにしても、かするだけでもそこそこ痛いし熱い。

 防御し損ねてまともに全弾喰らったら間違いなく丸焼きだろう。

 教えてもらったばっかのまだまだ粗の多い身体強化を併用して、ひたすら飛んでくる火炎弾を避けて、突いて、払って、受けて消していく。

 事前にキャスターが例の記号を描く魔術で強化してくれたらしくガイコツ兵産の槍でもまだどうにかなってるが、このセットが終わったら次は槍にかける強化も自前でやらにゃならんらしい。

 

 

 

 ………コイツ俺を殺す気なんかねぇ?

 

 

 




魔術に付いて触り程度の知識(しかもそれすら内容が虫食いの中途半端)しかない主人公ですので、
「とりあえず戦う方法」として覚える時間が短くて済みそうな基本的なものを選び、
ついでに実戦的な訓練をさせることで「理論が半端でもとりあえず使える状態に急いで仕立て上げる」ための特訓です。
なので師匠が誰かってのも踏まえると、実は全然スパルタじゃないというかむしろ気を使ってくれてる方だったりします。
魔術の造詣が浅い主人公はそんなことちっとも知りませんが。


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5:First Order / First Contact

序章も中盤戦です。

本当は四周年記念開始に合わせて後半アップするつもりだったんですが……
予想以上に文章量が伸びて間に合わず。
諦めて中盤だけ上げます。


あと今回のタイトルは仕様です。


 き、キッツ………。

 

 魔力が枯渇しかけているので、現在鍛錬は中断して教会の中で休憩中である。

 

 あの後もキャスターのスパルタ特訓は熾烈を極めた。

 

 

 宣言通り槍の強化を自前で賄わねばならなくなり。

 

 火炎弾を乱射しつつキャスター本体も殴りかかってくるようになったり。

 

 最後は実戦としてその辺にいたガイコツ兵の集団に正面から喧嘩売らされたり。

 

 

 おかげさまでせいぜい一時間未満程度の短時間の訓練だったにも関わらずその辺の近接型の骨程度なら魔力と体力の続く限り正面から叩き潰せるようになって一安心だが、どう考えてもこっちが求めてた結果以上のモノが身に付いてしまった。

 

 最終目標に設定してたはずのガイコツ兵なんぞ前座のはずのキャスターとの組手と比べりゃゴミ同然だった。

 あまりにもあっけなさ過ぎて自分の頭がおかしくなったのかと思ったわ。

 

 どうも俺の扱える魔力の容量は一般人どころかその辺の魔術師と比較しても結構多いらしく、当初は消費が重すぎないかと危惧していた武器の強化と身体強化を併用しての戦いでも十分耐えうるという結論が出た。今は肉体強化を使いすぎた反動(らしい)で走るのが辛い程度には体がヘロヘロだが。

 キャスターはその辺解っててやらせたようだが……少しぐらい口で説明してくれても良かったと思うの。

 「魔力任せでまだまだ粗削りだが元がド素人にしちゃそこそこ見れるようになった」が最終評って、お前の想定目標は何処にあるんだ……俺の理想はとうに通過しちゃってんだが?

 

 

 で、そこそこ戦える目途が立ったのはいいが魔力を使いすぎたせい(って言われた)で頭がキンキン痛みだしたのでそこで訓練は中断。

 変わって今度はマシュちゃんの特訓が始まるらしいが、俺はとりあえず教会の中に退避させられた。

 

 骨共も黒サーヴァントたちもどうやらわざわざ街外れの教会を壊しに来る理由はなかったと見えて、内装は驚くぐらいには綺麗なままだった。

 外観も特訓中のキャスターの流れ弾がちょっと命中した以外特に壊れてなかったなそういや。

 

 なんでもこの教会は冬木市でも指折りの霊地であり、上にいるだけでも魔力の回復が早まるとか。実際気だるさと頭痛が結構早く引いている気がする。

 あ、霊地というのは霊脈――地面の中を流れている天然の魔力の河、みたいな認識でとりあえずいいらしい――の流れが滞留しやすい場所のことを指している。

 霊脈にしろ霊地にしろ、大規模な魔術を行う時に消費魔力を肩代わりさせる等の魔力的な資源としての運用が可能であり、魔術に関わる稼業であれば最優先で確保し拠点にするべき場所、らしい。要は魔術世界で言う油田みたいなもんだと思う。

 

 ……なんで教会がその真上に立ってんのかと思ったが、まあ多分そういうこと(・・・・・・)なんだろう。

 『聖堂教会』――世界でも指折りの宗教だが魔術関連のネタにも絡んでるらしい。そういや後回しにしてた魔術世界の政治関連の資料の中に「聖堂教会」って文字列があったな。

 魔女狩りとかそういう歴史的背景を見るにどっちかってーと魔術を排斥する側のはずだが、この教会の立地を見るにむしろそっちの技術を利用する部署だか一派だか、ともかくそういう連中もいるってこったろうな。

 無事にカルデアに帰れたら政治関連の資料じっくり読まんとなぁ。

 

 って、そうではなくてだな。

 

 実は今持っている武装、ガイコツ兵産の槍。コレ、三代目なのだ。先代と先々代はキャスターとの特訓の最中砕け散ってしまった。

 まあ、人外との戦闘法(魔術)習い始めたばっかのへっぽこが人外(サーヴァント)と実戦に近い特訓なんぞしてんだから壊れて当然なんだが……この先また戦ってる最中に急に武器が壊れても困る。

 相手がこっちの武器の損傷度合いを把握して攻撃を一旦でも止めてくれる、なんてのは訓練じゃなきゃまずありえんしな。

 

 そんなわけで、そういう場所なら戦闘に使えそうな魔術関連の道具かなんかが一つや二つ、あわよくば丈夫で俺の武器になりそうな物があるんじゃねえかなーと思って中を探索している。

 キャスターに稽古付けてもらうと決めた時は港でランサーの使っていた薙刀っぽいもの(真っ黒だったからよく解らない)でも失敬すれば……と思っていたのだが、サーヴァントが使う武器なんかもサーヴァントの一部であり、基本サーヴァントが消滅する場合は一緒に消滅するということを知っただけの皮算用に終わった。

 

 神様の家を家探しの挙句盗難とか罰当たりもいいとこだろうが、生憎俺は無神論者。命のかかっている場面で手段は選ばない。今回はあくまで訓練だったから助かったのだ。

 ……その直後キャスターに素手のまま一人でガイコツ兵から槍を強奪しに行かされたのは忘れない。相手は基本人外しかいないのに、戦闘初心者の俺が徒手格闘とか自殺行為もいいとこだ。やはり遠距離攻撃手段の確立も必要だな。

 

 

 ということで、特訓が中断になった時に所長にダメ元でアサシンとの戦闘時に使っていた魔術について訊いてみたが流石に教えてくれなかった。

 魔術師の家系は基本的に一子相伝で、継承している魔術の詳細は秘伝が当たり前とのことであんまり期待はしていなかったのだが、俺が求めているのが牽制用の遠距離攻撃手段ということを伝えると代替案として黒い光弾を放つ魔術を見せてくれた。

 

 それは教えてもらって良いものなのか、と思ったがどうやら魔術世界では比較的よく知られているポピュラーな術らしい。

 

 説明がちょっと長めだったので要点だけ掻い摘むが、北欧由来の「ガンド」という簡易的な呪いで、指を指した相手に体調不良等を引き起こさせる原始的な呪術の類、らしい。……本人の説明とは全然違う用途で使ってる、というか使えていたことにはツッコまないでおいた。何故体調不良の呪いが物理的な破壊を起こせる遠距離攻撃になるのか。魔術って頭おかしい。

 

 一応俺も訓練次第で物理的な破壊ができなくもないと言われたので、理屈だけ教えてもらって後で練習することにする。

 ……そういや、カルデアで魔術の教師役探してた時所長は端から除外してたな。ヒス女だったし。

 コイツこんなよくわかんねぇ組織の長に置いとくより「時計塔」とかいうとこにあるっつー魔術の学校で先生でもやらせた方が安定したんじゃねえかなぁ?

 ガンドの理屈の説明とか長い代わりに結構解りやすかったんだが。

 

 もし万が一あの所長が本物だったら後でカルデアに帰れた時教師役になってもらえないか打診しとこーっと。

 きっと今回の失態の隠蔽云々とか変に勘ぐるだろうからそのまま勘違いさせてしまえ。

 

 

 

 なんてことを回想しているうちに教会内をあらかた調べてしまった。

 外から聞こえてくる破壊音が収まってないところを見るにマシュちゃんの特訓はどうやらまだ続いてるようだ。

 詳しくは聞いてないが何やら戦闘に足りないものがあったらしい。多分俺の時より更にスパルタな特訓になっていると思うが頑張ってほしいところだ。

 

 探索の成果は芳しくない。

 割れてない年代物のワインボトルとかなんか剣の柄っぽいものとかはあったが、それ以外に取り立てて目を引くモノはなにもなかった。つーか柄だけって何よ。刃も付けとけよ。なんに使うんだあんなもん。

 

 

 んであと残ってんのは……地下室、だけか。

 

 

 :

 

 :

 

 :

 

 

 これは……どうすればいいんだろうな?

 

 

 

 階段を下りた先にあったモノ。

 

 

 ある種この炎上都市に来てから俺が最も求め、同時に最も忌避したモノ。

 

 

 ただの予測で確証はないが、おそらく外れてはいまい。

 

 

 

 サーヴァントの召喚魔法陣が、俺の前にあった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 ――英霊召喚とは、この星に蓄えられた情報を人類の利益となるカタチに変換すること。

 

 ――過去の遺産を現代の人間が使うのは当然の権利であり、遺産を使って未来を残すのが生き物の義務でもある。

 

 ――アナタが契約したのはそういう、人間以上の存在であるけど人間に仕える道具なの。だからその呼称をサーヴァントというのよ。

 

 

 冬木大橋で黒サーヴァントから命を救われた直後の、所長による立花ちゃんのための勉強会。

 「サーヴァントとはナニ?」と問う立花ちゃんに対して所長が述べた自論がこれだった。

 

 

 ……マシュちゃんの時点で怪しかったが、キャスターや黒サーヴァントを見た今だからハッキリと言える。

 サーヴァントを道具と同列に考え、マスターより下と見るのは致命的だ。

 

 彼らは過去の記憶がある、感情がある、意志がある、言葉も通じるし考える頭も信念もある。……黒サーヴァントはちょっとおかしくなってたがそこはそれ。

 ハッキリ言ってしまうと、その規格外の身体スペック以外普通の人間とほぼ変わらない。

 

 サーヴァントは人類の歴史に功績を遺した英霊本人と言うわけではないらしい。

 しかしそれでも、偉大な「人間の先輩」の現身を下に見て道具扱い、なんて礼儀知らずな真似はとてもじゃないが俺にゃあできっこない。

 向こうだってそんな扱いされりゃ気分が悪かろう。

 

 そしてだからこそ、自分の都合で先達に迷惑をかけることになる(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だろう英霊召喚は俺の趣味ではない。

 聖杯戦争ではサーヴァント側も聖杯で叶えたい願いがあるから召喚に応じるらしいが、ただ命惜しさに生き残るために一方的に力を借りることになる現状とは事情が違いすぎる。

 

 ――サーヴァントの鉄則でな。自分の時代以外の事情には深く関わらない。あくまで兵器として協力するだけだ。

 

 情報交換の際キャスターもそんなことを言っていたが、要するにサーヴァントというのは基本的に現代を生きる人間が頼るべきではない存在、なのだろう。

 だから俺も召喚可能になってもサーヴァントは極力呼ばないつもりだった。少なくとも大橋で召喚が可能か訊いた時は。

 

 

 だが今は――万全を期すには戦力が足りない。

 

 

 戦う場面を実際に見て、更に訓練とはいえ実際に相対した以上キャスターの実力の程は良く理解しているつもりだ。

 だが理解したからこそ「アレと同格かもしくはそれ以上が3人も残っている」という事実は決して無視できない。

 今回ターゲットになっているのは大聖杯に陣取っているというセイバーただ一人だが、そのセイバーにしたってキャスターの口ぶりからするに「カルデアと組めば必勝」ではなく「今まで勝ち目が皆無だったところにようやく勝ちの目が生まれた」程度のモノと推測される。

 討伐目標一人相手ですらそれなのに、キャスターとほぼ同格と目されるアーチャー、セイバーが散々苦戦させられた上に制御もできていないという爆弾であるバーサーカーとの遭遇の可能性もまだ残っている。

 どちらか片方でもセイバーと同時に戦闘する羽目になれば敗色は濃厚だろう。港で戦った二人とはおそらく質の面で比べ物にならない。

 

 

 そして(俺にとってはこっちの方が問題なのだが)現状キャスターに敵対された場合止められる手段が何も無い。

 

 

 港での情報交換の時と同じことを繰り返すが、キャスターの目的とこっちの目的は近いようで実はまるで重なっていない。今は向いている方向が同じだから付き合えているだけだ。

 そして万が一キャスターを敵に回した場合、マシュちゃんだけで対抗するのはハッキリ言って厳しいと思う。

 マシュちゃんは守勢に特化した能力の様だから全く戦えないということは流石にないだろうが、それでも最終的な勝ち目はまずないと見ていい。

 せいぜい十年ちょっとしか生きていないマシュちゃんと既に一生を終える程の人生経験を持つキャスターでは人間としても戦う者としても年季が違いすぎる。

 

 

 保険となるサーヴァントを呼び出すのなら、本丸突撃前の猶予期間である今しかない。

 「召喚する必要が無い」「召喚できる目途が立たない」ならまだ気にしないでいられたが、必要性があると感じ目途も立っている以上シカトは最早選べない。

 立花ちゃんにまたマスターを任せるという手もあるが、彼女は俺みたいな実は魔術師の家系で―とかいう特殊な背景もない正真正銘マジでただの一般人だ。カルデアからの補助が無い状態で、二人のサーヴァントへの魔力供給というデカい荷物を抱えて果たしてまともに動けるのか大いに疑問が残る。

 つまり、戦力増強を狙うなら今度こそ俺が呼ぶしかない。

 

 召喚したことで、先人の分け御霊に迷惑を被らせるか。

 召喚せず、万が一の事態が来た場合対処できずにあの二人の命が潰える危険を黙認するか。

 

 ……「成功したら自分のせい、失敗しても自分のせい」を掲げてからこういうことは往々にしてあった。

 選択肢が絞られた状況下で、どれを選んでも他人に迷惑をかけてしまうような状況が。

 こういう場合俺が選択するのは、最終的に最も被害の度合いが少ないだろう選択肢になる。

 

 

 つまり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 適当に拝借したナイフで指先を切って血を数的落とすと、魔法陣が輝き始める。

 

 

 「――畏み畏み願い奉る」

 

 

 外の特訓は一段落着いたようだがまだ続くらしい。

 

 

 「貴殿の身を我が下に」

 

 

 なんで、マロンに表向きの理由を伝えてこっそりサーヴァントの呼び方を教えてもらった。

 

 

 「我が運命を貴殿の剣に」

 

 

 輝きが強まるにつれて、段々と魔法陣から感じられる圧が強くなっていく。このまま倒れ込んでも支えてもらえそうだ、などと思考がよぎる。

 

 

 「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に沿うならば応えたまえ」

 

 

 召喚のための詠唱は意味が通ってて大まかに外れてなければそれで大丈夫らしいのでちょっと変えてみる。

 

 

 「誓いを此処に」

 

 

 元のままでも大丈夫とは思ったが、こっちの都合で来てほしいと頼んでいるのだということをはっきりと表明しておきたかった。

 

 

 「我は常世総ての善と成る者」

 

 

 どうせ来るなら納得ずくで来てほしい、そうすれば俺の負い目も少しは軽くなる。

 

 

 「我は常世総ての悪を敷く者」

 

 

 そんな姑息なことを考えながら詠唱を続ける。

 

 

 「貴殿 三大の言霊を纏う七天」

 

 

 あるいは誰も来ない気がしてちょっと不安だが――― 

 

 

 「抑止の輪より来られたし、天秤の守り手よ!」

 

 

 ―――誰かが応えてくれたのなら、感謝しかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんだか随分と低姿勢ですねぇ……こんな呼ばれ方したの初めてですよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詠唱と共に徐々に強くなっていた()と光の奔流が収まった時、そこには一人の人影が立っていた。

 

 

 

 注目に値する点は数あったが、真っ先に俺の目が吸い寄せられたのはとある一点。

 

 

 

 薄く色づいた白い髪……薄暗い地下室を照らす僅かな光の加減か判らないが、俺の目にはそれが綺麗な桜色に見えた。

 

 

 

 「さて、では改めまして……サーヴァント・セイバー。召喚に応じ推参しました。あなたが私のマスターですか?」

 

 

 

 心の臓まで射貫かれるようなまっすぐな視線でこちらを見つめる和装の少女。

 

 

 

 

 

 これが、俺と彼女の出会いだった。

 

 

 

 




はい、というわけで主人公のパートナー鯖はあの人です。
今回どうするか散々悩んだんですが喚ぶことにしました。
他にも二つくらい案があったんですが、もうとっとと参加させちまえとなったので……。
動機が軽くないかとかそういうのは突っ込んでもらっても構いません。
「喚ぶタイミング」と「パートナー誰にするか」はすんごい迷いました……。

ちなみに教会内部にいる間に表でやってたマシュの特訓シーンでウィッカーマンは立花ちゃん狙うついでに教会をぶち壊そうとしました。
主人公知らないうちにマシュちゃんの特訓に利用されてます。

アニメなどで描写のあるオルガマリーの使った魔術にガンドはない(それっぽいのは使ってるけど多分厳密に言うと違う)ですが、ガンドも使えるということにしてしまいます。


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6:知らないことを知らんと言ったら周りが白い目で見るんだがどうすりゃいいの

 改めて、呼び出した人影を見る。

 

 少し朱が差し桜のような色合いにも見える髪と、それを結っている黒いリボン。

 

 髪に合わせて誂えたのではないかと思わせる桜色の和服。

 その端々からは、マシュちゃんにも似た病的なまでに白い肌が覗く。

 召喚の余波ではためいていた袴は、和服とは真逆に濃い赤紫色だ。

 その袴の裾からは……編み上げブーツかソレ?

 

 そしてセイバーのクラスの由来であろう獲物――日本刀を携えている。

 どこか既視感があると思ったら、日本刀の鍔の形状が俺の命を救ってくれたらしきあのお守りと全く一緒だった。

 どういうこと?

 

 総括すると―――日本人、だよなぁコレ。多分服装的には大正時代とかそこらの。

 そんで刀持ってるってことは世界大戦で戦ってた軍人……なわきゃねえよなぁどう見ても女の子だもの。

 

 

 うーーーーん………

 

 

 「あのー、すみません。無言でじっと見つめられても、その、ちょっと困ると申しますか。そろそろ自己紹介の方をですね………あなたが私のマスター、ですよね?」

 

 ジロジロと見ていたせいか、やや躊躇いがちに声をかけてくるセイバー。

 視線もどことなく胡乱気……というか視線が合わないんだがどこ見て……?

 と、視線を辿った先には自分の左手。

 なんかおかしいモノでも付いているのかとよくよく見ると――

 

 ――左の手の甲に、全く持って見覚えのない、さっきまでなかったはずの赤い紋様が現れていた。なぁにこれぇ。

 こういうの、何て言うんだったか……トライバルパターンだっけ?

 薄暗いせいで判然としないが、なんというか全体的に、星? 花? みたいな形状をしているように見える。

 

 というか、今更ながら気づいたんだがコレのとこちょっと痛い。ジンジンする。

 これ見てんのかなぁと思って左手を左右にゆっくり揺らしてみると、彼女の視線も一緒にゆーらゆら――

 

 「あの?」

 

 ――いかん。召喚成功と第三種……もとい、彼女(サーヴァント)と遭遇したショックで色々思考が吹っ飛んでいる。

 

 問いを放置して無言でジロジロ見たり徐に手を揺らしてみたりと若干おかしな挙動を取ってしまったせいか、なんかこっちを見る視線がちょっと鋭くなったような気がする。

 不快にさせても互いに良いことは何もない。

 急いで答えねば――

 

 「……んあぁ! すみませんねどうも。私は斬牟瀨徒と申します。此度は此方の勝手な都合で呼びつけてしまい申し訳あr」

 

 「ストップ! ストップです! ……あの、差支えないようならもっと砕けた感じでお願いします、はい。一緒に戦う間柄でその対応は、私的に正直座りが悪いと言いますか、なんといいますか……」

 

 「あー、んー。えっ、と」

 

 「(じーっ)」

 

 ――答えねばーと思い、こっちの都合で呼び出した負い目もあるのでとりあえず超下手に出てみたが、速攻でツッコまれた。

 どうやらお気に召さなかったらしい。……儚気な印象に反して意外とぐいぐいくるタイプと見える。

 上目遣いでじっと見つめるの止めてほしい。……俺だって人並みにはドキドキするんだい。

 まあ、向こうが嫌ってーなら合わせるか……。

 

 「……解った、んじゃ改めて。斬牟瀨徒だ。マスターとしても魔術師としてもド素人。ついでに今回はサーヴァントに殺されそうだから助けてほしくて貴方を呼んだ。……ここまでで質問ある?」

 

 「いえ。特にはありませんね」

 

 「そか。じゃあこっちからまず二ついいかね?」

 

 「ええ。どうぞどうぞ」

 

 「日本人、でいいんだよな? あと、自分で言うのもあれだが俺の呼びかけに応えてくれたのは何でだ? かなり自分勝手というか、そっちに利益が無いってのはニュアンスとして伝わってたと思うんだが……?」

 

 どうしても確認しておきたかったことを改めて問いかける。日本人かどうかの確認はついでだ。

 例として聖杯戦争においては聖杯を景品とすることで「叶えたい望み」があるサーヴァントが召喚に応じているという話だが、要はサーヴァントが召喚に応えて現世に来るのはそれなりの目的あっての話だということだ。

 正直あんな利益0としか思えない呼びかけに応えるようなモノ好きがいるとは思ってなかったのでどういう事なのかははっきり聞いておきたい。

 他人と契約を結ぶ上で「何ができるのか」「何を求めているのか」をはっきりさせるのは重要だ。こういうのをキッチリしなかったせいで後々険悪になるのは避けたい。……サーヴァントと戦闘中の土壇場とかに契約破棄でもされたら俺余裕で死ねるだろうし。

 

 「えぇー、呼んだ後にそういうこと言っちゃいますかー……。まぁとりあえず、私は日本人で合ってますよ。あとは応えた理由、ですか……まあ、お気になさらず! 新しく得るモノが無いというのはきちんと納得ずくでの現界ですので!」

 

 「むぅ、そうか……んじゃあまあ、今は置いとこうか」

 

 言い淀むってことはやっぱりなんかあるんだろうが……まあ、その辺は問題ないって言いきられちゃえばそれまでだしな。

 追及はしないで次行きますかね。

 

 「んじゃ次に、名前は?」

 

 「それも今は秘密にさせてください。とりあえずは、セイバー、でお願いします」

 

 ふむん、これも秘密、と。

 和風の容姿からして一応聞けば多少なり判るタイプ(・・・・・・・・・・・・・・)かと思ったが……まあ、武人とかはあんまり詳しくないから聞いたところで知らない可能性の方が高いだろうしなぁ。どうあれまずは信頼関係の構築からだ。

 聞かれたくないことはひとまずそのままに。詮索はご法度、っと。

 

 「よし、了解だ。じゃあ質問は切り上げてもう少し細かく現状の説明を――――」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 「はぁっ!? サーヴァントを召喚したですって!? ……許可は出せないって言わなかったかしら!!」

 

 「現実問題戦力はあった方が良いはずですが? キャスターの話では残った敵はいずれも強者揃い。万が一、一斉に襲われても対処できるように備えただけです。というか、カルデアの監理下で召喚システムを使うならともかく今回は私が、管轄外で、勝手に召喚したんですよ? ……これにあなたの許可が必要で?」

 

 「…………ッ!!」

 

 プルプルしてらっしゃる。沸点低っくいなぁもっと気楽に生きようぜ?

 

 互いの簡単な事情説明といくつかの相談が終わったところで外から物音が聞こえなくなっていることに気づいたので、後の細かい話は移動しながらと言うことで纏まった。

 んで、外に出たのだが……なんでかこっちに杖向けてるキャスターとか盾構えてるマシュちゃんとかいるわけ。

 すわ裏切りか……と思ったが、間近でサーヴァントが召喚されたのに気づいて何が出てくるか判らないから警戒してただけらしい。

 まあバーサーカーとか出てくると言うこと聞かないとか全然在り得るらしいし、さもありなん。

 あ、特訓はもう終わって後は俺待ちだったそうです。

 

 「くっ……私よりも大きい……!」

 

 「いやコレ結構邪魔なんですよ。成長期に稽古してた時とかもう大変で……」

 

 「畜生理不尽だー!」

 

 「せ、先輩! よろしければ私のを分けます!」

 

 「いや無理でしょ。何言ってるんですかマシュさん」

 

 「ううん……マシュはいいの……ふかふかマシュマロサーヴァントじゃなきゃダメなの……」

 

 ……にしても女子組が姦しい。所長もあっちに混ざってくりゃ良いのに。

 というか立花ちゃんのこみゅちからスゲェ。

 最初は互いに武器突きつけ合ってたのに二言三言会話したらあっという間にアレだよ。

 俺にゃあ真似できんな。

 俺他人と会話するときは何かしら事前に話題ないと会話続かないタイプのコミュ障なモンで……。

 

 「ふーん、腕は立ちそうだが、体つきはもう一つかねぇ。(アン)ちゃんはあの三人じゃ誰が好みよ?」

 

 「……ノーコメントで頼む」

 

 「あんだよツレねえなぁ」

 

 そんな女子会を横目に見つつキャスターが絡んでくる。

 返答に困る問いは止めてほしい。ニヤニヤすんな。

 本人たちが目の前にいるのに会話の肴なんぞ提供したくない。恥ずかしすぎる。

 

 そして周囲で交わされる会話の平和すぎる内容のせいか、さっきまでほぼキレていた所長が頭を激しくシェイクして発狂し始めた。

 

 軽すぎなんだけどマジ!

 誰だよこいつを偉業を成した英雄とかって言った奴は!出てこいよ!

 ブン殴ってやるよ私が!威厳の欠片もありゃしねぇ!女の尻追っかけてるだけじゃねえか!

 そういう状況じゃねえから今!

 

 きっとあのヘッドバンギングしてる頭の中ではこんな感じでこ○じん似の何かが喚いているはずだ。

 ……キャスターの提示した選択肢に自分が入ってなかったからではないと思う。多分。メイビー。

 

 あ、マロンに八つ当たり始めた。合掌。

 

 さて、とりあえず移動開始しますかね。

 

 「キャスター。どっち行けばいいんだ?」

 

 「おまえさんたち大橋渡ってきたんだったよな? んじゃ、ひとまずそこまで戻ろうか」

 

 

 :

 

 :

 

 :

 

 

 現在大橋を越えて深山町に戻ってきました。

 なんでも真正面に聳えている山――今麓にいる「円蔵山」の内部が目的地なんだそうで。これから山歩きだってよ。

 散発的に襲ってくるガイコツ兵はサーヴァント三人と人間三人のペアでローテーション組んでサックリ処理できてるからここまではかなり安全だった。警戒自体は切らせないが、合間に軽く会話する余裕すらある。

 

 ……そういや薄々わかっちゃいたがセイバー結構強いんだよな。

 

 マシュちゃんが二発か三発は殴らないと斃れない骨共を一撃でサックリ斬り倒してんだもん。

 今も瞬間移動でもしているかの如く動くセイバーに斬られて、ガイコツ兵2ダース強が10秒程度で塵になった。

 こんな真似はキャスターにも、マシュちゃんにも、ましてやあの黒サーヴァント共にもできていなかった。

 どうやらこの「瞬間移動でもしたかのように速い動き」がセイバーの強みの様だ。

 

 さて、あっちは任せっぱなしでも問題なさそうなので今になって思い出したがまだ訊いてなかった肝心なこと――どーせ俺にゃワカランから(・・・・・・・・・・・・)って訊く発想がなかった質問をキャスターに投げることにする。

 

 「ハァ……もう! とにかく! 喚んでしまったものはしかたありません。状況が状況ですのでこの場は黙認しますが、今後! 一切! 絶対に! 許可なくこういった行動は慎むように!」

 

 「なぁキャスター。聞きそびれてたことが一つあるんだがいいかね?」

 

 「ぉん? なんだよ?」

 

 「聴きなさい! 聴けっ!」

 

 アンタ自身がさんざ言ってたと思うが、俺アンタの部下じゃねーかんなー。

 

 今回の出向、当初の予定通り行っていれば俺は48人目のマスター候補として最低限の訓練だけ受けてから、今となってはこの世の地獄としか思えないこの都市に派遣となる予定だった。

 レイシフト実験の監査役という役目こそあれど、カルデアの指揮下に入って動くことになる手筈だったのだ。

 

 だがこの所長が直前になって俺の枠に立花ちゃんを捻じ込んだせいで俺の立場は宙ぶらりんになり、最終的に所属も指揮命令権も国連のままの状態でカルデア行き、という「出向」というワード自体が若干怪しい感じになってしまったのである。

 ちなみに以前の、俺が召喚したら後々揉めるかもしれない、という話はこの辺の事情が関係している。

 まあ今は生き延びるためにやったと開き直ることにしたので知ったこっちゃねーのだが。

 

 要約すると、無視しても全く問題ない。ので、キャスターへの質問を続行する。

 

 「いや、あんた敵方のサーヴァントの、何つーんだ、正体? って知ってんのか?」

 

 「正体? ……あぁ、真名のことか? そうさな、アーチャーの野郎とバーサーカーに関しちゃ、知らん。だがセイバーには心当たりあるぜ。あの宝具を見りゃあ誰だってその正体に気づく」

 

 『そういえば、何度か戦った経験があるような口ぶりだったね』

 

 マロンが話に乗ってきた。

 どうやら案の定と言うべきか。キャスターはターゲットの情報をきちんと知っていたらしい。

 同盟相手に情報共有徹底してない辺りはちょっと度し難い、というか疑心が深まるが……まあ内容次第だな。

 と、今度は女子トリオが寄ってきた。セイバーのガイコツ狩りもいつの間にか終わっていたようだ。

 

 「有名な人なの?」

 

 「そりゃあな。俺以外の5騎がセイバーになぎ倒されたのも、ヤツの宝具があまりにも強力だったからだ」

 

 「強力な宝具、ですか? それは、どのような……?」

 

 「王を選定する岩の剣の二振り目。お前さんたちの時代において最も有名な聖剣」

 

 「なっ、それって――」

 

 「そうだ。聖剣『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』。騎士の王と誉れの高い、アーサー王の持つ剣だ」

 

 立花ちゃんとマシュちゃんの問いかけに、キャスターはもったいぶらずに正解を明かした。

 一足先に正体を察したらしい所長を始め、ターゲットの正体を知らされた面々が驚きを露わにする。

 元より知っていたキャスターを除けば、動じてないのは俺とセイバーだけだ。

 

 「ちょっ、あなたなんでそんなに平気そうな顔してるの!? アーサー王よ!?」

 

 テンパって肩を掴んでくる所長と、それを見つめてくるマシュちゃんと立花ちゃん。

 

 

 

 こんな、なんというか、ものすごい強敵の存在が明らかになった! 的な空気の中で言うのは非常に、非常に申し訳ないのだがとりあえず後々のために問うておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アーサー王……って、誰だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「「「「は?」」」」』

    「フォウ?」

 

 

 「いや、だから。アーサー王って誰ぞ? 聞いた事ないんだが。どこの人なん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『「「「「えええぇぇぇぇぇぇ!?」」」」』

    「フォォォォォォォォォウ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなに驚くようなことなんかねぇ?

 

 

 

 

 

 




アーサー王すら知らないFate二次の主人公w

主人公はファンタジックな知識などにはあまり明るくありません。
ド定番のドラゴンやエルフなどは(日本住まいの頃のCMや書店の広告などもあって)流石に知ってますが、
「○○の神話や伝説に出てくる人物とかキーアイテム」みたいな固有名詞になると全く知りません。仮に知っててもその伝承と結びつきません。
なのでアーサー王とかジークフリートとか「誰それ?」ってなります。
知ってるのは精々ヘラクレス(それも名前とギリシャ神話出身ってことだけ)位です。ディズニーは偉大だった。
以前文中で「聖杯とかいう~」と発言しているのも"聖杯という言葉自体を知らなかったから"です。
ちなみにこの昔の物語に無知な部分はFateシリーズに触れる以前の私自身がモデルの実話です(笑)


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7:標的が地球外生命体っぽいんだけどどうすりゃいいの

 「フォwフォwフォウwフォウw」

 

 『い、いやいやいや。アーサー王だよ!? アーサー王!』

 

 「いやだから誰」

 

 「オイこいつマジかよ……」

 

 「とっくに成人してる現代人のくせしてアーサー王を知らないって……何、コイツどういう育ち方してきたの?」

 

 

 何か笑ってるっぽいフォウ君。

 そんな存在がいることすら信じられない! とばかりに壊れたレコーダーの如く名前を連呼するマロン。

 呆れた様子のキャスターに、呆れるを通り越してドン引きした様子の所長。

 あちゃーっと額に手をやるジェスチャーをしている立花ちゃんに、すごく焦ったような顔色で俺に詰めよってくるマシュちゃん。

 

 

 どうも俺の常識は皆にとっての非常識だったらしい。

 

 

 「で、ではライトさん。『裏切りの騎士ランスロット』はご存じではないでしょうか?」

 

 「(ランス)・スロット……? 槍で有名なのか? それとも賭博に失敗して国の運営資金でもちょろまかしたとか?」

 

 「『反逆の騎士 モードレッド』は?」

 

 「モー、ド、レッド……? ……赤い牛? ドレッドヘアーの牛?……食用の牛飼ってた、とか?」

 

 「なっ、『嘆きの騎士トリスタン』は!?」

 

 「(トリ)スタン……? 動けない……飛べない鳥? ……鶏?」 

 

 「じゃ、じゃあ『魔術師マーリン』は!?」

 

 「マーリン……マーガリン? を、作ったとか? ……料理人か?」

 

 「駄目です先輩! 全滅です! どうやら本当にご存じないようです!」

 

 『ま、マーリンが、マーガリン………ブッ、くくくくっ』

 

 「フォーwウwフォウwフォウwフォウw」

 

 「ええー……でも流石にエクスカリバーは知ってるんじゃない? アーサー王関係なくてもあの剣の名前だけ使ってる作品とか結構多いよ?」

 

 「エクスカリバー、エクスカリバー………ああ、相手に消耗品として投げつける以外じゃたった1のカスダメージしか与えられない武器k」

 

 「それエクスカリ"パ"ーだよライトさん! 本物じゃなくてパチモノの方だよ!」

 

 「んぁ、そうだったか? "パ"ーの方が超凄い剣で"バ"ーの方がパチモンじゃなかったっけ?」

 

 「逆だよ!」

 

 『うわぁ……これはちょっとすごいなぁ』

 

 

 「アーサー王って誰ぞ?」から始まったマシュちゃんによる怒涛の質問ラッシュ。

 

 スロットマシンだとか鳥がスタンだとかマーガリンだとかいうキャラを知っているか訊かれたが、知らんもんは知らんわけで。

 何でかマシュちゃんがすっごいショック受けてて足元がおぼつかない感じになってる。ちょっと罪悪感。

 代わって立花ちゃんがフォローしてくれたおかげで武器の方には聴き覚えがあることに思い至るがそれすら記憶があやふやである。

 

 

 

 結論。なんか超凄い王様らしいがよくわからん。

 

 

 

 

 「いえ、これから戦う相手ですよ!?」

 

 「「判らん!」で片づけるのは、流石にどうかと思いますよ? 「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」です!」

 

 「それ軍団対軍団の心得の一つじゃじゃなかったっけか? 今の俺たちってどっちかっつーと暗殺者じゃね?」

 

 「いいじゃないですか暗殺者(アサシン)。どこの馬の骨とも知れない王様如き、私の刀でイチコロですとも!」

 

 「……え、あれ? ひょっとしてセイバーも知らないの? アーサー王とかいうの」

 

 「知りませんよ? 外つ国なんか生まれてこのかた見たことも無い日本人に何を期待してるんですかマスター」

 

 「『彼を知る』どころかちっとも知らないんじゃねえか……そんなんで勝ち目あるのか?」

 

 「己は嫌って程知ってるから勝ち目ありまくりなんですー」

 

 「この主従は……ッ!」

 

 『聖杯に召喚されるサーヴァントは現代では既知の事柄に関する知識を与えられてるはずなんだけど……うーん?』

 

 俺のワカラン宣言に即座にマシュちゃんとセイバーからツッコミが入る。

 が、どうやらセイバーの方もアーサー王については知らなかったらしい。

 俺以外で一人だけ動揺してなかったのはそういう事だったのか……。

 

 「というか、アーサー王は知らないのに孫子はご存じなんですね……」

 

 「昔っから雑学書はよく読んでたからなぁ。まぁ、逸話とかそういう詳しい説明は帰ってからにしてもらうとして、とりあえず実際戦う時どこに気を付ければいいかだけ教えてもらえるか?」

 

 「お、おう。わかったぜ」

 

 戦力に余裕ができたとは言ってもいつ敵が湧くか解らない状況なのは変わりなく。

 そんな状況で多分長々かかるだろうアーサー王の伝説とやらを聞いても対して覚えられもしないし役に立たないだろうからパス。

 教会前の特訓の時のように実戦的な情報だけを貰えるようキャスターに打診する。

 ってなんでコイツこんなに引いてんだろう。

 

 心配しなくてもお前(キャスター)の名前も間違いなく知らないと思うよ?

 

 

 「何か大分不名誉なこと考えてるような気がするが……まあいいか。で、情報だったか? そうさな、あの騎士王は身形(ナリ)は大分小せえが一撃一撃が重い。筋肉じゃなくて有り余る魔力に任せた怪力で、おまけにそいつを放出してカッ飛んでくる化け物だ。気を抜けば防御しても勢いで上半身ぶっ飛ばされかねねえ」

 

 「なにそれこわい」

 

 昔の王様って自力で飛行できたのかー……ってアホか。

 そんなロケット擬きみたいな生命体地球上にいてたまるか。エイリアンかなんかじゃねえのかそいつ。

 

 「ロケットの擬人化のようなモノでしょうか」

 

 「アーサー王でそれなら円卓の騎士って……」

 

 マシュちゃんと立花ちゃんもちょっと引き攣った顔をしている。

 だがまあ、まだ肝心なことを聞いてない。

 

 「で、肝心のエクスカリバーとかいうのはどういう兵器なんだ?」

 

 「ありゃあ、そうだな……解りやすく言うなら、さっきまでいた街の中心部ぐれーなら余裕で吹っ飛ばせる極太の光線だ。しかも聖杯を奴が抑えてるせいか魔力消費の心配なんざちっともせずにガンガンぶっ放して来やがる」

 

 「なにそれこわい」〔セイバー。クラス同じなんだし対抗するようなビームとか撃てちゃったり――〕

 

 〔――するわけないじゃないですか。ビーム出す剣術とか嫌ですよ。そんなもんあってたまりますか〕

 

 〔まぁそうだよなぁ……悪い。変なこと訊いたな〕

 

 〔……まあ今聞いた話が全て本当だとしても、回避ぐらいなら頑張れば何とかならなくもないと思いますが。その場合でも生き残れるのは私一人、令呪で強化すればマスターも一緒にってとこですかね。どっち道マシュさんや立花さんは助かりません〕

 

 〔んじゃあ駄目だな……〕

 

 念話――口に出さず思考だけで会話する手法。正常に契約できているマスターとサーヴァントの間にはデフォルトで回線が通っている――で確認してみたが、ウチのセイバーでは件の超凄い聖剣とか言うのを止めるのは難しいようだ。

 まあ、さもありなん。市街地を一区画根こそぎぶっ飛ばすとかいう大量破壊兵器に人間サイズで対抗しようってのがそもそもどうかしてんだ。光の巨人呼んで来い。

 

 「え、それ勝ち目なくない? 先制とられてビームされたらこっちは何もできずに蒸発するしかないんじゃないの!?」

 

 「……まあ、何も対策が無きゃそうなるな。現に俺以外の5騎は概ねそうなったし、俺もそうなるから戦闘を回避してた。だが今なら勝算がある――っと、そろそろだな。オイ、油断すんなよ」

 

 立花ちゃんが最もな問いを投げるが、キャスターにはどうやら秘策があるらしい。

 その勝算とやらについてもっとちゃんと聞きたかったのだが、キャスターはいきなり話を切り上げると周囲に油断なく視線を配り始めた。

 

 「セイバー、周辺警戒頼む」

 

 「承知です。お任せを」

 

 「マシュ、お願い」

 

 「了解です、先輩」

 

 キャスターが周囲を気にしだしたので、セイバーにも警戒態勢を取るように伝える――意味はあんまなかったっぽいな。俺が言う前から既に警戒態勢だ。

 続いてマシュちゃんも後背に警戒を向ける。

 

 騎士王はこの、目の前にある洞窟の最奥に居るという話だったはずだ。

 バーサーカーもここから離れた場所に留まったまま動かないと聞いた。

 

 つまり、キャスターが警戒しているのは――

 

 「マスター!」

 

 セイバーが声をかけてきたかと思うと、同時に風切り音が鳴り、ほんの少し遅れてガギッ、と金属音が響いた。

 見れば刀を振り切ったらしいセイバーの足元に、破壊されて消滅していく最中の剣のような、槍のような、それでいて矢のような奇妙な物体が複数転がっていた。

 狙われていたのは……どうも俺の様だ。守ってくれて感謝だな。

 

 「フム、迅速(はや)いな。一網打尽にするつもりだったのだが……」

 

 「来やがったな、信奉者。相変わらず騎士王サマを護ってんのかテメエ」

 

 「……かの王の信奉者になった覚えなどないがね。まあ、つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ」

 

 「アーチャーのサーヴァント……!」

 

 〔――マスター〕

 

 〔もう少し待ってくれ。情報は重要だ。合図したら頼む〕

 

 少々遠い物陰から思わず、といった感じに言葉を漏らしながら現れたのはやはり全身真っ黒の、しかして非常に流暢に喋る人影だった。

 所長はこの期に及んでビビってないでいい加減に慣れてほしい。今日一日で何人のサーヴァントに遭ったと思っているのか。

 ……ってあれ? 黒サーヴァントって皆言語能力が怪しいんじゃなかったのか?

 これは、情報を得るチャンスか。姿を晒した時点でセイバーが飛び出そうとしたのですぐに止める。不意打ちで倒してしまいたいようだが、待機してもらって少し様子を見ようか。

 

 「要は門番だろうが。何から騎士王を守ってんのか(・・・・・・・・・・・・・)は知らねぇが……ここらで決着つけようや。永遠に終わらんゲームなんざ退屈でしょうがねえだろ? 結果がどう転ぼうと駒は先に進めねえとな!」

 

 「その口ぶりでは事のあらましは理解済みのようだな。大局を理解しつつも、それはさておき自らの欲望に熱中する……魔術師(キャスター)となってもその性根は変わりないと見える。この剣で文字通り叩き直してやろう」

 

 「ハッ、弓兵が剣だとか何をほざいてやがる。寝言は寝て言いな!」

 

 ……やはりキャスターはまだ情報を秘匿していたらしいな。

 そしてそれは相手のアーチャーも知っていると。

 キャスターの不審度合いは更に深まったな。

 

 ――ただまぁ、だからといってアーチャーの側に付くという選択肢がある訳じゃなさそうだが。

 

 何故ならアーチャーから「貴様らを全員殺す」という無言の圧が俺たち全員にかけられているからだ。どうも話し合いの余地すらないらしい。

 奴が姿を現してから背筋が冷えっぱなしだ。アサシンやランサーたちの放っていたどこか漠然としたもの――「まあ、とりあえず殺しとくかー」程度のものとは比べ物にならない程に明確で冷たい本気の殺意――"殺気"とでも表現するしかないものをひしひしと感じる。

 

 会話の内容はなんというか、むしろ気が抜けるような口喧嘩のようになってきているが。多少は情報も拾えたが、これ以上欲張ると仕掛け時を逸しそうだ。本格的に始まる前に行くならおそらく今が一番いい。

 

 こちらの陣容を「一網打尽にする」ことの出来る手札もあるようだし、長期戦は不利――速攻でカタをつけるべし!

 

 〔――今だ! 頼む!〕

 

 〔承知っ!〕

 

 「何っ!?」

 

 例の短距離転移でいきなり目の前に現れたセイバーに驚愕の声を上げるアーチャー。

 セイバーはそのままアーチャーに斬りかかるが、アーチャーは手に持っていた矢をブチ砕かれ胴をざっくり斬られながらもぎりぎり致命傷は避けたようだ。そのままセイバーが畳みかけるように連続で斬りかかるがすべて皮一枚で躱されている。クッソ。惜しい。

 ……ってアレ、よく見たらマジで剣で戦ってる!? オイお前アーチャーじゃないんかい。遠距離攻撃手段はどうした。もしかしてその剣は投げるためのモンなのか?

 

 ……まあ今は置いとくか。

 

 展開としては悪くない。

 長距離狙撃で狙い撃ちされているとかならともかく、あの瞬間移動染みた超高速移動手段のあるセイバーにとって目で見えて声が届く範囲なぞ全て射程圏内だ。

 近接戦を得手とするはずのセイバーが攻めきれない辺り近接戦にもそれなり以上に心得があると見えるが、こっちとしちゃあそんなもんより狙撃に徹される方が万倍脅威だわ!

 こんな距離にわざわざ姿を晒したのがうぬの敗因よーーッ!

 

 それに――こっちの札はセイバー一人じゃないしな。

 

 「キャスター、援護お願い!」

 

 「おうよ! そぉら、未練なんぞ残さず綺麗に燃えろォ!」

 

 「くっ、ぬっ」

 

 「そこっ!」

 

 「ぬぉあっ!」

 

 初撃の不意打ちから続く連撃を躱したアーチャーだったが、追い打ちをかけるようにキャスターの火炎弾が連射される。

 流石キャスターが暗に同格と評するだけあってか、両手の剣で打ち払われたり回避されたりで火炎弾は一発も当たっていない。

 が、そちらの処理に注力すれば今度は死角からセイバーが襲い掛かる。

 今のところはまだ凌げているが……さて、こんな無理がいつまで持つかな?

 

 「おのれっ、いけっ!」

 

 「なぁっ!?」

 

 「チィッ、相変わらず趣味の悪ィ……!」

 

 アーチャーは苦し紛れなのか、両手の剣をセイバーとキャスターに投げつけて――って剣が爆発したぁ!?

 

 「喰らいつけ、緋の猟犬!」

 

 「マシュ! 防御!」

 

 「はい!」

 

 幸い二人にはヒットしていないようだが、そうして作った隙で俺たちに向けて放たれた紅い光を纏った矢を、マシュちゃんが盾で防いで弾き飛ばす。

 しかし矢が弾かれたのを見たアーチャーの雰囲気からは先刻までの焦った気配が何故か消え、劣勢は全く変わっていないにも関わらず逆に余裕を取り戻しているように見える。

 

 その余裕の正体はすぐにでも判明した。

 

 「なっ、これは!?」

 

 「マシュ、後ろッ!」

 

 「くぅっ!」

 

 「オイオイ、何時から弓矢ってのはホーミングするようになったんだ?」

 

 マシュちゃんが弾いたはずの矢が再びこちらを狙ってきているのを見て俺は思わず震える声で呟いた。

 しかも弾いているにも関わらず破壊力は減衰無しの据え置きの様で、再度防いだマシュちゃんの顔が歪む。

 

 セイバーとキャスターはアーチャーをとっとと仕留めようと頑張っているのだが……恐るべきはアーチャーの技量か。

 2対1で袋にされて既にかなりボロボロのはずなのに、活動不能に至らない程度の手傷に留めているばかりかこちらへ向けて二の矢、三の矢まで放っている――都度二人に妨害されて明後日の方向に飛んでいってるが。

 

 〔マスター、そちらは――〕

 

 〔解ってると思うが来るなよ。とっととそいつ倒してくれ〕

 

 〔…………承知しました〕

 

 後ろが心配なのかセイバーから念話が飛んでくるがバッサリ切り捨てる。

 元々死にたくないから身を守ってほしくて喚んだのに傍から離して攻撃に行ってもらうとか本末転倒だなと自分でもちょっと思うが、一日にも満たない期間で気を抜けば即死にそうな場面に何度も直面して感覚がマヒしたのか、考えるのは死なないためにどうすべきかというただそれだけで、保身的な思考はちっとも働かない。

 

 先刻奴の投げた双剣が盛大に爆裂したのを見るに、奴の使う武器は任意のタイミングで爆破出来るのだろう。最初の矢の「一網打尽」の正体もおそらくはそれだ。

 あのホーミングミサイルじみた紅い矢はまだ一本しか飛んでないが、これ以上増やされるとマシュちゃん一人では対処しきれない可能性が高い。

 最初にセイバーのやったように一撃で粉砕できれば爆破はできない様子だが、万が一取りこぼしたら人間組はオシャカ確定だ。

 もうこれ以上あの矢を撃たせずにこのまま押し切らにゃならん。

 

 立花ちゃんも考えは同じなのか、矢への対処にキャスターを呼び戻そうとはしない。

 そして対案を思いついたのかすぐさまマシュちゃんに指示を飛ばす。

 

 「マシュ! その矢と距離をとって!」

 

 「はい! やぁあっ!」

 

 マシュちゃんは立花ちゃんの声を聞き届けると、盾を力いっぱいスイングしてしつこくホーミングする矢をホームランした。

 ……さて、指示通り距離はとれたがこっからどうする?

 

 「令呪を以て命じる! マシュ、宝具発動!」

 

 「っ、はい! 真名、偽装登録───行けます!」

 

 

 令呪というのはサーヴァントと契約したマスターが持つことになる特殊な紋章だ。

 冬木のシステムでもカルデアのシステムでも、細かい部分は違うようだが根本の部分では同じ。

 

 ――それはサーヴァントに対する強制力を伴った三回限りの命令権。

 

 令呪システムはサーヴァントが召喚に応じる際に契約の一部として盛り込まれており、マスターを持つサーヴァントは原則この令呪を消費しての指令には逆らえないという。

 ……逆に言うとサーヴァントには令呪以外の命令に従う必要が無いため、きちんとした信頼関係を構築しないとマスターを容赦なくぶち殺しにかかるサーヴァントが出る可能性は十二分にあるという話だ。

 ……セイバーとはそういう関係にならないよう願いたい。反逆されたら俺コンマ何秒かで死んじゃうよ。

 

 だが令呪は「命令の強制」以外にも「サーヴァントの能力強化」や「活動のための魔力の充填」にも使えるという特性がある。

 令呪、マスター、サーヴァントの三つの魔力の合計で届く範囲ならば、サーヴァントの長距離転移をはじめとする通常は行使不可能な奇跡を実現可能なのだとか。

 要はサーヴァントにとってもデメリットだけではなくメリットもあるものであるということだ。

 

 今の立花ちゃんのように、本来は発動までにある程度溜めの必要な「宝具の発動」をノータイムで実行させ、更にスペックを底上げするような荒業も十分可能だ。

 単純に宝具のスペック強化に使うよりは持続時間も障壁の強度も伸びないだろうが、その分速効性は高い。

 

 

 しかし三回分しかない令呪を前座のここで切るか。火災現場に躊躇なく踏み込んだ時も思ったが、思い切りが良いな――って立花ちゃん倒れてるー!?

 

 「ちょっ、どうなってるんですか!?」

 

 「……当然よね。開いたばかりで未熟に過ぎる上貧弱な魔術回路に令呪級の魔力なんか流したらこうもなるわよ」

 

 ……令呪は莫大な魔力の塊である。

 どうやら魔術師として未熟以下のレベルであり運用魔力量の少ない立花ちゃんでは、急激に大量の魔力を運用することに耐えられなかったようだ。

 息の荒い立花ちゃんを所長と一緒に脇から支える。

 

 ――この自分を顧みない感じ、ますます似てる気がするなぁ。

 

 

 「宝具展開―――『疑似展開(ロード)/―――人理の礎(カルデアス)』!」

 

 マシュちゃんが頭上に振りかぶった十字架状の盾を地面に突き刺すように叩きつけると、盾の前面に巨大な青白く光る魔法陣が出現する。

 

 これがマシュちゃんの宝具――サーヴァントが持つ、戦局を一気に変えられる切り札だ。

 

 宝具はそのサーヴァント――英霊の持つ装備や成した偉業、その精神性等がカタチを成した唯一無二の、その英霊を象徴する必殺技のようなものを指す。

 なので「こんな武器を持っていた」「こんなことをやった」という記録があったとしても、あまり木端なものは宝具にはなれないそうな。

 

 アーサー王のエクスカリバ―のように武器や装飾品などの装備品が元となったものは当然有形だが、成した偉業や精神性等が元となった宝具の場合は特殊能力(スキル)のようにサーヴァントの体に宿ったり、発動すると非実体の存在として現れる――すなわち無形となる場合もあるとか。

 宝具の種類は様々で、単純に攻撃するものから味方や自身を回復するもの、戦闘に有利な空間を作るものなど色々あるらしい。

 

 そしてマシュちゃんのこの宝具は――「護る」ことを第一とする防御型宝具、というわけだ。

 

 なんか「人からサーヴァントになる」という特殊過ぎる経緯のせいで上手く使えなかったらしいが、俺が教会を家探ししてるうちに特訓で物にしたらしい。キャスター様様だな。まあ怪しいのは変わらんわけだが。

 

 さて、マシュちゃんの展開した宝具で紅い矢は弾かれては戻り弾かれては戻りしている。

 先程までと違って防御が安定しているためかあの紅い矢が四方八方飛び回らずにほぼ一方向から飛んでくるようになり危険は大きく減じている。

 これでセイバーとキャスターが後背を気にする必要は―――!?

 

 

 

 ……おいちょっと待て。

 

 

 

 セイバーが背後で突きを放とうと腕を引き絞っているのに。

 

 キャスターが火炎弾を今にも放とうとしているのに。

 

 

 

 何でお前はそれを防ごうともせずにこっちに狙い定めてるわけ?

 

 

 

 

 「―――I am the bone of my sword.(我が骨子は捻れ狂う)

 

 

 

 

 ……あの野郎弱点(俺たち)があっても流石に数の不利は覆せないと見て自分の身も構わずこっちを消しに来たか。

 気づけば戦場がかなり離れている。

 マシュちゃんの宝具展開以前から徐々に距離を取られていたようだが、あの魔法陣に視界を塞がれ、更に倒れた立花ちゃんに気を取られているうちにはっきり違和感を覚える程に距離を離されていた。

 

 あれはおそらくはアーチャーの宝具……しかしヤベェぞ。

 番えられていた矢の形状はドリルのような螺旋形……要は安直だが貫通力が高いと予想できる。

 

 既にマシュちゃんの宝具は発動して十数発の攻撃を凌いでいる。

 令呪ブーストによる速効展開を行った分限界が来るのもおそらく時間の問題であり、最も防御力を発揮できたろう発動直後と比較すると防御効果は大分減衰しているはずだ。 

 宝具を早めに切ったのが裏目に出たか……?

 

 

 「アーチャー、テメエ……ッ!」

 

 「……ッ!」

 

 「私が勝つか、君たちが勝つか、博打と行こう――偽・螺旋剣(カラドボルグ)!!」

 

 

 アーチャーの放った矢がマシュちゃんの宝具と接触するとほぼ同時に、セイバーとキャスターの攻撃がアーチャーに命中した。どう見ても致命傷だ。

 

 が、あの紅い矢も、ドリルの矢も止まらない。

 

 「くっ、このっ!」

 

 「刀を抑えたとて天然理心流が相手なら本来時間稼ぎにもならんが……」

 

 「こんな時にっ……こ、フッ」

 

 「……生憎、今の君では私は倒せん」

 

 見ればアーチャーはセイバーがブッ刺した刀を、どこからか出してきた鎖で雁字搦めにして自身に縛り付け抜けないようにしている。

 セイバーも剣がダメになったからと言って諦めず、すかさず鞘や徒手で殴りかかってトドメを刺そうとしているが、アーチャーが巻き付けている鎖に阻まれてまともにダメージが通っているようには見えない。と言うかさっきからなんか動きに精彩を欠いているような……?

 

 キャスターの方は時たま杖で殴りかかったりと中途半端な距離にいたせいで、マシュちゃんの補助には少し遠く間に合わない。

 

 

 「うっ、あああああっ!」

 

 「マシュ!」

 

 「せん、ぱいっ……!」

 

 「チィッ、嬢ちゃん! 諦めんな! アンタが盾から手を放したら後ろの連中は肉片だ! 勝つことなんぞ考えんな! ただ護ることだけ考えろ!」

 

 

 ダメ押しとばかりに紅い矢が爆ぜたのを皮切りにマシュちゃんの展開した魔法陣に罅が入っていく中、急ぎアーチャーへトドメを刺すべく駆け寄るキャスターが檄を飛ばす。

 アーチャー本体は既に消滅まで秒読み段階だが、この攻撃を止めきれなければこちらの負けだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (守らないと――私が、守らないと、皆――所長――ライトさん――フォウさん――先、輩っ――!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、ああああぁぁぁぁぁぁああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「賭けは……私の、敗北か。――しかし、考えたな花の魔術師……! まさかその宝具にそんな使い(みち)があったとは……!」

 

 

 

 

 感嘆したような、呆れたような、あるいは他の何かしらか。

 

 

 

 

 キャスターの火炎を纏った杖の一撃を喰らい倒れ伏したアーチャーは、何とも感情を読み取り辛い声を絞り出すようにして呟いた後、その身を黒い粒子と変えて消滅した。

 

 

 

 

 

 

 




はい、と言うわけで中盤戦でした。
ちなみに主人公がサーヴァントの戦闘を目で追えてるのは自力で視力強化してるから……ではなくカルデアから支給された制服の効果ということになっています。
これは立花ちゃんも同様ですね。

あと紅茶が急所ぶち抜かれてもすぐ死なないのはISHIのおかげです。

どうでもいいですが、主人公も立花ちゃんもD○FFでカリ"パ"ーを知りました。


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8:命惜しさに呼び出した助っ人が今にも死にそうなんだがどうすりゃいいの

序章終わらすのに半年以上かかってるってマジ?(白目)
言い訳させてもらえるならリアルの都合がですね……不定期更新と予防線を張ってあった甲斐があった(自虐)。

序章のプロット自体は半年前からできてたんです……本当なんです信じてください!

あ、実は今回の更新でもまだ序章終わりません。中編その2です。


 アーチャーが最後に放った一撃――「偽・螺旋剣(カラドボルグ)」とか言ったか?――の齎した破壊はすさまじいものだった。

 余波だけにもかかわらず、地面が派手に抉れ、樹木が吹っ飛び、戦場となった洞穴前は燦々たる有様だ。

 

 大きく息を吐き、ふと眼前の様を自然保護団体に訴えたらどうなるかな? などというアホ臭い疑問が浮かんだ。

 ……あの皮肉屋口調の黒い影がブーイングを受けてたじたじになっている様を想像して変な笑いが漏れる。

 そしてようやく実感する。

 

 どうやら、無事に生き残れたようだ。

 

 「マシュ……マシュっ! よく頑張ったね……ありがとう!」

 

 「フォウ! フォウ!」

 

 「先、輩。……フォウさん」

 

 精根尽き果てたといった様子で地べたに座り込むマシュちゃんに、感極まったのか涙目の立花ちゃんがよろけながら抱き着いて頭を撫で回している。横ですり寄ってる白いケモノはまあ置いとこう。二人と一匹の警戒対象の中でおそらく実害が一番少ないのはコイツだからな……。

 

 さて、二度も命を救ってくれた功労者にはひとまず休んでもらって……今後の方針はこっちで決めとこうかね。

 

 「しっかしボロボロだなぁ。どうする? 一旦引き返すか?」

 

 『うーん……どうしようか?』

 

 「進むにしろ戻るにしろ、その前に休憩が必要でしょう。ロマニ、きちんとバイタルチェックはしているの? さっき倒れた時も何も言わなかったけど……立花の顔色、最初に会ったときより大分悪いわよ」

 

 『え!? あ、うん。これはちょっとまずいかな……。唐突なサーヴァント契約に、過酷な実戦の繰り返し、トドメにさっきの令呪……これまで使われてこなかった魔術回路(しんけい)がフル稼働したせいで脳に大きな負担がかかってる、ね』

 

 「オイしっかりしろ医者」

 

 「フォウフォウ!」

 

 そっちはそっちで超が三つ付く位忙しいのはなんとなく理解してるが、お前本業医者だろ……。

 バイタルチェックぐらいはきっちりしてくれぇ。

 なんとなくフォウも咎めているような気がする。 

 

 『う、ごめん立花ちゃん。マシュ、キャンプの用意を。温かくて蜂蜜のたっぷり入ったお茶でも飲んで一休みにしよう』

 

 「……了解しましたドクター。ティータイムには私も賛成です。先輩はどうぞお先に休んでください」

 

 「あはは。大丈夫大丈夫……ちょっとふらふらするけどお茶淹れる位なら――」

 

 「むしろ邪魔だから黙って座ってるべきそうすべき。そういやさっきセイバーも何か動きが鈍って……っておいどうした!? 顔真っ青zy――口から血が出てる!? 毒でも使われたか!?」

 

 冷や汗かきながら引き攣った笑みを浮かべる立花ちゃんを静止して、もう一人体調が悪そうなのがいたなぁと、何となしに振り返ってみれば――立花ちゃんより更に酷い惨状があった。

 

 目は虚ろで青息吐息、口の端から血を一筋垂らし、鞘に仕舞い直した刀を杖代わりに辛うじて震えながら立っているだけのセイバーの姿がそこにあった。

 

 ええええええええナニコレどうなってんだ!?

 

 「ち、違います、よ。なんでもない、ですよマスター。大丈夫です、大丈夫。まだまだ行けますって――」

 

 「どアホ! ちょうどいいから休め! 別にこちとら急いでる訳じゃねえんだから!」

 

 「こ、ふあっ、ちょっと――」

 

 どう見たって大丈夫じゃないのにやせ我慢しているセイバーを引っ掴んで無理矢理横にする。

 地面に直じゃ流石に問題ありそうなので、大きめの石を蹴ってのけた後に制服の上を脱いでセイバーの下に敷き、そしてひざ掛け代わりにジャケットで包んだ。最後に、硬いかもしれんが片足を枕代わりに提供する。

 

 キャスターがニヤニヤしながら見てるが無視だ無視。確かに美人だし気にしてない訳じゃないがそれとこれとは話が別だ。

 

 「お、結局休憩にすんのか? んじゃ俺は決戦前の景気づけにイノシシでも狩ってくるか。精の付くモン食えば回復も早えだろ」

 

 「この特異点にまともな生き物いないんじゃなかったの? というかそもそも肉はやめて肉は。どうせなら果物にしてよね」

 

 キャスターが要らん気を回したのか狩りに行くとか言い出すが所長にすかさずツッコまれる。

 

 そして何を贅沢抜かしとんじゃ、と思いながら所長を見やると懐から何かの包みを出すところだった。

 ……自前で用意してたのか。

 

 

 はて、フルーツ……?

 

 

 なんか一個大事なことを忘れてるような……。

 

 

 「ゲホッ、ゲホッ」

 

 

 ってイカン。こいつの方が先か。

 

 

 :

 

 :

 

 :

 

 「まさか所長がドライフルーツを隠し持っていようとは……改めてその用意周到さに舌を巻きました」

 

 「たまたまです。……頭痛には柑橘系がよく効くのよ。それよりも……」

 

 「?」

 

 「………」

 

 この、言いたいことがあるけど素直に口に出せない感じすごく解るわぁ……所長と俺じゃベクトルが違うが。

 

 そんなこんなでおそらくこの特異点最後となる休息の時間だ。

 全員でマシュちゃんが淹れてくれた蜂蜜入りの紅茶を啜りつつ車座になって一息ついている。

 サーヴァントの二人も、まあないよりはマシとして一緒に茶を飲んでいる。

 

 緑茶だったら俺が淹れたんだが補給物資にはなかった。ちっと残念。

 まあ糖分補給も目的だろうからお茶請けもなしに緑茶淹れてもどうしようもなかろ?ってのはその通りなんだが。

 

 ちなみに、立花ちゃんたち女子勢には所長からなけなしのドライフルーツがおすそ分けされているが俺にはない。

 正確には、俺に渡された分をセイバーにやったからもうない。

 サーヴァントも飲食したモノを魔力に変換してエネルギーにできるため、人間同様活動のために食事の類を摂ることも無駄にならないらしい。

 なので気休めだが、少しでも早く回復してもらおうと食べさせようとしたのだが。

 

 「サーヴァントに食事は必須ではありません。ちゃんと正規の補給手段があるんですから、私はそっちでいいんです。マスターに支給されたんですからマスターが戴いてください」

 

 と、口を頑なに閉ざし頑として食おうとしなかったので、脇をくすぐって無理矢理口をこじ開けて捻じ込んでやった。悶絶してたが知ったことか。

 こっちは全部納得ずくでお前の回復の方が重要と判断したんだから素直に受け取ってほしいもんだ。

 

 キャンプの準備中に俺のバイタルもチェックしてもらったが「疲弊はしているが常識の範囲内」と言われた。

 どうも「魔術回路が既に開いていたかどうか」「サーヴァントとの契約手順」「元々の魔力のキャパ」等が相まって立花ちゃんよりかは疲労しないで済んでいるらしい。

 ちなみに俺も自分の魔力回路がいつ開いていたのかは把握していない……なんかカルデアに来た時からもう開いてた。

 あとはセイバーの維持に必要な魔力消費が地味に少ないのもポイントだな。宝具もまだ発動してないみたいだし。

 

 ……まあ、まだまだ戦えるってのは良いことだよな。「戦わなければ、生き残れない!」ってな。……冗談じゃねえ。

 

 「えっと、お代わりですか? 所長」

 

 「一杯で十分よ! というか、私は紅茶よりコーヒー派だと覚えておきなさい!」

 

 「じゃあ何で補給物資に入ってたのが紅茶だけだったんですかーっと」

 

 「な、それは……って、いえそうじゃなくて。そういう話じゃなくて!………あ゙あ゙ーーっもう!」

 

 所長に睨まれていた(という訳じゃないのは判っているのだが傍目から見てるとどう見ても睨んでんだよなぁ……)立花ちゃんがたまりかねて会話のキャッチボールを仕掛けるが、テンパった所長は避ければいいのに律儀に回答を投げ返してしまったので茶々を入れておく。

 

 「あの、大丈夫ですか?」

 

 「ん゙っん! こ、ここまでの働き振りは及第点です。カルデア所長として、あなたの功績を認めましょう」

 

 「……へ?」

 

 「……何よ、その間抜けな顔は。いくらまぐれだろうと、今カルデアのマスターはあなた一人しかいないのだし。三流だろうが一人前の仕事はできると分かったし、その調子でうまくやっていれば褒めてあげてもいいってこと」

 

 「おお、なんと。立花ちゃんを一人前と認めてくれるとは……こっそり隠してた砂糖菓子でも食べました?」

 

 「ロマニ、無駄口叩いてないで――――」

 

 

 ……さて、あっちはあっちでちゃんと言葉のボールの投げ合いが始まったし、こっちもこっちで言葉のドッジボールせんとな。

 召喚したときはまあいいかとスルーしたが、問題が起きた以上は訊かにゃあなるまい。

 

 

 「で、これどういうことよ。戦闘でなんかあったようには見えなかったんだが?」

 

 「えーっと、ですね……ははは」

 

 茶を飲んで果物を口にしたおかげかは判らないが、大分顔色も戻ってきたセイバーに問いただす。

 

 サーヴァントは基本的に「超凄い幽霊」みたいなもんであるはずだ。

 幽霊が病気にかかろうはずもない。ましてや召喚したばかり。

 魔力の供給が上手くいってないから弱ったとか、攻撃や毒、呪いを喰らったといった外的要因でも無い。

 であれば答えは自ずと絞られる。

 

 

 元より(・・・)そういう存在である(・・・・・・・・・)可能性。

 

 

 つまり召喚した際にセイバーが話すのを拒んだ、彼女の正体に通じる話だろう。

 

 正直な所、他人に話したくないことを無理に話させるのは趣味ではない。

 が、セイバーがそれを明かしてくれないが為にこの先全滅、などという結果になる可能性が僅かでもあるならここでハッキリ聞いておかねばならない。

 

 

 互いにじっと見つめ合うこと数秒。

 

 

 「そ、そんなにじっと見つめないでくださいよ……あ、私があんまり可愛いもんだから見とれちゃいましたかー? アハハハ、ハ……」

 

 

 更にじっと見つめる。

 

 

 「………」

 

 

 セイバーが視線を逸らした。

 

 それでも構わずじっと見つめる。

 

 

 「…………………」

 

 

 じっと、見つめる。

 

 

 「……オーケー。自分の素性については無理に話さなくてもいい。だがせめてこうなった原因周りについてだけでもいいから教えてくれ」

 

 「………わかりました。ご迷惑かけてるのは事実ですし、キリキリ白状しますとも……」

 

 「特に迷惑だとは思ってない。喚んだ時ちゃんと言ったろ……迷惑かけてんのはこっちだろうに」

 

 「で、ですが。私がちゃんとしたサーヴァントならあのアーチャーだって……!」

 

 「ロクに戦えない俺の代わりに戦ってほしいと呼び出して、応えてくれただけでありがたいのにこれ以上何を気にしろってんだ。そんなんで一々文句言う程恩知らずじゃないつもりだぞ?」

 

 むしろ気にしているのはこっちだ。

 セイバーを召喚したときのあの言葉――納得ずくで召喚に応じた、という言葉。

 アレがずっと気にかかっている。

 

 助けを求める声に応えてくれた――()()()()()()()()()()()()()味方になってくれた恩人に、何も返さずに別れることになりはしないか、と。

 

 

 「………そう、ですか。……マスター、こうなった原因についてですが」

 

 妥協点を申し出たこちらに折れたのか、セイバーはぽつぽつと話し出した。

 

 「私、生前不治とされていた病で命を落としまして……これはその結果として付いたスキルのようなモノです。たまにこうして行動不能になったり、敵前で無防備になったりする程度の能力でして……」

 

 「何その要らないスキル!」

 

 「なんだそりゃ。致命的じゃねえか」

 

 「二人とも、あまりからかっちゃダメだよ……」

 

 「生前の死因が弱点になるのはサーヴァントの常だが……スキルとして発現するなんざ相当だな……」

 

 向こうの会話はとっくに終わったのかさっきから聞き耳立てていたが、思わず、と言った感じで叫んだ所長に便乗して、セイバーの反応を見るためにちょっとだけからかってみる。

 病弱だろうが何だろうがセイバーを切り捨てるとか在り得ん話だが、そうなるとこのデメリットとはうまいこと付き合っていかないといけない。

 セイバーがそれを気にしてるのはあからさまだがその程度をキチンと測っておくべきだ。

 そうすれば今後の付き合いでも要らぬ藪を突かなくて済むだろう。

 

 ……と思ったら、セイバーに憐憫の視線を向けていた立花ちゃんから非難声明が届けられた。

 ついでにマシュちゃんもジト目でこっちを見ている。

 挙句ここまでの諸々の会話も聴きに徹していたキャスターですら同情的な声を上げる始末だ。

 

 「うう、私だって好きで付けてるんじゃないですやい……どうせ私はいらない隊士ですよ!」

 

 「いやいてくれないと俺が困るんだが」

 

 「!? ううっ……ま゙ずだぁ」

 

 召喚した直後くらいに内心でこいつをぐいぐい来るタイプと評した覚えがあるが……実は相当にメンタルが脆かったらしい。

 多分いい歳なんだろうに泣きつくんじゃないよ、もう……周りの生暖かい視線が痛いんだよ!

 若干一名「何で徹底的に正体を暴かないんだ!」的なトゲトゲしたのを送って寄越してくるのもいるが。

 

 って、そういえば所長(トゲトゲしたの)に教師役の打診まだしてねぇ……。

 後で頃合い見て切り出そう……。

 

 

 泣くのを止めて眠り始めたセイバーを抱え、起こしてしまわないように横の会話にはあまり口は出さなかった俺はそんなことを考えていたのだが、結局所長と話をする機会は訪れることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『■■■■■■■■■■■―――!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分はもう死ぬしかないと、命を諦めろと耳元で怒鳴られているかのような狂気を叩きつけてくる咆哮。

 

 

 遠方から響いたその轟音の正体が何かを察する間もなく、視界の端に空へと舞い上がる数本の樹木が見えた。

 

 



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9:置き土産が洒落にならないんだがどうすりゃいいの

 

 「なっ!? 馬鹿な、この声は……っ!」

 

 

 『これは……木か? 南の方から凄い速度で何本も木が飛んできてる! 何かがこっちに向かってきてるのか!?』

 

 「い、今のは空耳、空耳よね? そうよね!?」

 

 「所長、落ち着いてください!」

 

 「フォウフォーウ!」

 

 「今のってひょっとして……」

 

 「ううっ……何ですか今の。目覚ましとしては最悪ですよマスター」

 

 「……お、おお。起きたのか。すぐ動かにゃならんだろうから準備するぞ。しかしどうしてだ……?」

 

 視界の端に映った非現実的な光景と、響き渡る声に滲む殺気。

 それに()てられて動きを止めていた俺たちを正気に戻したのは、キャスターの声だった。

 

 ここまで飄々とした態度を崩さなかったキャスターが初めて焦りの色を見せている。

 そしてさっきの轟音はやはり"声"だったらしい。

 

 

 繰り返しになるが、この特異点に生物の類はもはやいない。

 

 声と呼べるものを発することができるのは、生き残っていた七人のサーヴァントのみ。

 

 そして、現状生き残っているサーヴァントで今の声の主である可能性があるのはただ一人である。

 

 

 狂気に染まり、我を忘れて暴れた逸話を持つ英霊が該当するクラス。

 

 

 キャスターが単騎では勝ち目がないと評したアーサー王ですら、直接対決において苦戦は免れなかったという強者。

 

 

 

 ―――バーサーカーのサーヴァント。

 

 

 

 「どうしてバーサーカーが……というか何でこっち来てるの!? ちょっかい出さなきゃ動かないはずじゃなかったの!?」

 

 「じゃ、じゃあ、何かちょっかいがあったってことじゃないんですか?」

 

 「んなモンどこに―――」

 

 例によって取り乱す所長や眉間にしわを寄せて考え込んでいるキャスターを尻目に、命の危機で逆に冷えた頭で少し考える。

 

 何故今だ(・・・・)

 

 ちょっかいを出さねば動かないというのが正しいなら、立花ちゃんの言う通り何かしらの干渉があったということだろう。

 そして、今になって動き出したということは今しがたそのちょっかいが起こったということで。

 

 更に何故かこちらに向かっているらしいことを考えると、こっちの方角から―――!!

 

 思考が纏まり顔をあげると、おそらく同じ結論に至ったのかキャスターが渋い顔でこちらを見ている。

 

 「………アーチャー、か?」

 

 「ああ。多分間違いねえ。クッソあの野郎とんでもねぇ置き土産残していきやがったーーッ!!」

 

 「で、何でかバーサーカー来てるんですよね? 原因判ったんです?」

 

 元々仲が悪かったようだが人目もはばからず絶叫する程に腹立たしいらしい。

 と、完全に目が覚めたらしいセイバーが声をかけてきた。

 結局10分程度しか休めなかったがそれでもそこそこ回復はしたようで自力で立って歩けている。

 ……まだ多少ふらついているが。

 

 「簡単な消去法だ。今、この場にバーサーカーが向かってきているということは、今、この場から何かちょっかいかけられたってことだ。そしてここから遠方にいるバーサーカー相手に攻撃を仕掛けられるようなヤツは一人しかいなかった」

 

 「…………ああっ、あの的外れの矢!」

 

 「そういうこったな。野郎、攻撃が失敗したフリして自分が死んでも確実に俺たちを仕留められるように保険かけてたってわけだ。相変わらず性格悪ぃぜ」

 

 「ドクター、バーサーカーがここに来るまでどのくらい!?」

 

 『今それらしい動体反応が感知範囲に入った! 到達予測時間は……あと3分も無い……!? なんだこれは。いくらなんでも速すぎるだろう!』

 

 「賭け」と今で二度も煮え湯を飲まされて悪態をつくキャスターを横目に、立花ちゃんの声を受けたマロンが現状の不味さを端的に教えてくれた。

 

 3分切ってるだと……どうする!?

 

 「ど、どうしましょう。一旦この洞窟前を離れますか?」

 

 「いえ、時間に余裕がなさ過ぎるわ。3分弱しかないんじゃまず間違いなく追いつかれる。でも正直言ってこれ以上の戦闘は避けた方が賢明よ。騎士王に挑む前に少しでも消耗を回復しようと休憩したのに連戦したんじゃ本末転倒じゃない! ……ああもう、レフ、どうしてこんな時にいてくれないのよ……どんな時だってあなたは助けてくれたじゃない……!」

 

 「レフタスケテ症候群(ヘルプミーシンドローム)は後にしてくれ! キャスター! 何かよさげな逃走ルートとかないか!?」

 

 「ちょっ、その病名みたいな呼び方止めてくれない!?」

 

 迅速な撤退を提案したマシュちゃんに対し、恐怖が極まりすぎたのか超冷静な意見を述べ出す……かと思ったらやっぱり発狂しだした所長に物申しつつ、この場を打開可能な情報を握っている可能性のある唯一の人物、キャスターに活路を求める。

 こいつは現状かなり怪しいが当座の目的がアーサー王打倒であることはまず間違いない様だ。

 現状俺たちが脱落するのは旨くないはず……策があるなら素直に提示するだろう。

 

 「……あるっちゃあ、あるな。当初の予定通りそこの洞窟に突入する」

 

 「それじゃ袋小路になるじゃない!」

 

 「洞窟の中はかなり入り組んでる。汚染される前ならともかく、完全に理性がすっ飛んでるバーサーカーが案内無しで正しい道順を進めるか大いに疑問だね。最悪時間は稼げるだろ」

 

 「……他に手はないんだね?」

 

 「バーサーカーとガチンコって手もあるが、さっきそこの姉ちゃんが言った通り消耗は避けられん。アレとやるとなると俺も正直余裕がないんでな。最悪脱落者が出る」

 

 「……よし。行こう!」

 

 「はい、行きましょう!」

 

 『バーサーカー到達予測時間まで2分を切った! 急いでくれ!』

 

 所長が何か喚いているが、現状危機回避にはそれが最適解だろうことは心中で理解はしていたのだろう。

 立花ちゃんに号令をかけられ、そしてマシュちゃんとマロンに促されると、渋っていたのは何だったのかと言いたくなる程の速さで脱兎のごとく走り出した。

 

 「マスター、私たちも……って!?」

 

 「このまま行くぞ」

 

 「ちょっ、降ろしてください! 私ならもう大丈夫で――」

 

 「多分このままなし崩し的にアーサー王とかち合うだろう。安定感無くてスマンが少しでも休んでくれ。必要経費ってやつだ」

 

 「でもっ……。……いえ、解りました。お願いしますね」

 

 「おう」

 

 そもそも消耗がそこまで多くなかったというのもあって10分程度の休憩でも魔力はほぼ全快だ。

 体に魔力を回して身体強化し、セイバーを背負って立花ちゃんたちの後を追う。

 

 マシュちゃんは防御全振り、キャスターは前衛の心得があるとはいっても基本は後衛だ。

 このまま騎士王と戦るにしろ、追いつかれてバーサーカーと戦るにしろ、いつ倒れるか判らない爆弾持ちとはいっても前衛で攻撃できる奴の有無は大きいだろう。

 

 活動時間を安定させるためにもまだおとなしく休んでてもらおうかね。

 

 

 

 :

 

 

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 :

 

 

 

 「ハァ、ハァッ……!」

 

 「ハッ、ハッ、キャスター、まだ!?」

 

 「もうそこまで遠くねえ! ここまで来てはぐれんなよ!」

 

 「も、駄目、何で、私ばっかり、こんな目に……!」

 

 「周りも死にそうになってんだからその台詞はどうかと思いますよ! ヘタレてないで頑張ってください!」

 

 「な、なによっ! どうせ『■■■■■■■■■■■―――!!!!』ヒィィィッッ!?」

 

 「もー、こんな時になーにしてんですかマスター……」

 

 「えぇ……今の俺が悪いの?」

 

 「……さっきよりは距離が離れたみてえだな。まあ、それでも安心ってわけにゃいかねえが」

 

 

 道筋を完全に把握してるらしいキャスターに導かれて現在洞窟内を疾走中。

 

 この洞窟内にはちょっと強くなったガイコツ兵……っぽい敵性体――所長ら曰く竜の牙を素材に造られた「竜牙兵(スパルトイ)」というらしい――が闊歩していたが、バーサーカーへの足止めも兼ねて進路を塞いでいる個体以外はほぼ倒さずに押しのけるに留めてひたすら走っている。

 

 足を止めたらほぼ確実に息の音が止まるというこの状況、この特異点に来たばかりの頃のガイコツ兵ランニングを思い出す。

 身体強化による膂力の増強と疲労の軽減、後はセイバーを背負っているのも考えると、あのランニングと比べて差し引き若干プラスと言ったところか。

 ……実際のところ、後ろに迫っている"死"はガイコツ兵なんぞ比較に出すことすらおこがましいレベルの脅威なので若干のプラスすら意味を成してるか怪しいのだが。

 まだガイコツ兵ランニングから半日も経過していないのに、アレを遥かに上回る危地に放り込まれているという事実に戦慄を禁じ得ない。

 

 背後の鬼さんのかけてくるプレッシャーの凄まじさにマシュちゃんも含む人間メンバーは息も絶え絶え。

 精神を圧し潰すような殺気は直近に戦ったアーチャーのそれとは比べ物にならない恐ろしさだ。

 だというのに所長はこんな状況下でも相変わらずの様子で逆に尊敬の念すら覚える。

 

 「さっきから後ろの破砕音が凄いがこの洞窟崩落しねえだろうな」

 

 「天然の洞窟っぽいし多分大丈夫だと思うんだけど……」

 

 「……ここは半分天然、半分人工よ。魔術師が長い年月をかけて拡張した地下工房です」

 

 「なるほど。おかげさまでそこそこ動きやすいのは結構なんだが……」

 

 自然にできた洞窟を全力疾走してりゃ転ぶ奴の一人や二人出て当然だろうが、キャスターの案内してくれてる正解ルートは殆ど躓く要素も無く、速度をあまり落とさずにダッシュしてこれた。

 周囲も特殊な装備がなくとも見える程度には薄ぼんやりと明るい。

 余計な所に意識を割かなくていいのは切羽詰まってる現状を考えると正直ありがたいがのは確かだが、手放しで歓迎もできない。

 

 俺たちが移動しやすいということは、後ろを追っかけてくるバーサーカー君の移動速度も落ちていないということだからだ。

 キャスターの言った通り、何時追いつかれてもおかしくない。

 

 「このまま行っても戦ってる最中に乱入されるんじゃない?」

 

 「じゃあどうするって言うのよ! 足止め役でも残す気!? だったらそこで負ぶさってるセイバーにしなさい、現状ただの足手まといなんだから!」

 

 「こふっ」

 

 「あぁっ、セイバーさんが吐血しました!」

 

 〔……セイバー。今の状態で足止めに残ったとして、俺が令呪でサポートすればバーサーカーに勝てると思うか?〕

 

 〔ううっ……多分、厳しいかと。病弱スキルが発動している状態の私って令呪を使っても正常に機能してくれない可能性があるんですよね……その癖しっかり令呪は消費されちゃいますし〕

 

 〔……Oh〕

 

 今のセイバーを一人残したところでバーサーカー相手には時間稼ぎすら厳しいだろう。

 一応俺も残って令呪でサポートするという手が考えられないでもなかったが、それもたった今ボツになった。

 休憩してた時の冗談じゃないが戦闘要員としては本当に致命的だな病弱スキル……。

 

 「……他にできる面子もいねえ。俺が足止めに残る」

 

 「オイ言い出しっぺ。アーサー王とやらはあんたが倒さなきゃならないんじゃないのか? というか勝ち目あるのか?」

 

 「実のところバーサーカーを倒すだけなら何とかならんでもない。アーチャーの野郎もな。問題はそこで俺もかなり削られるし、肝心のセイバーには手が届かないってことだったんだが……」

 

 そういってキャスターはマシュちゃんをチラッと見やった。

 

 「聖剣攻略の要は嬢ちゃんだ。あとは後詰がいりゃなんとかなる。そこのセイバーでも十分だろう。俺も片づけたらすぐ合流する」

 

 「……信頼していただけるのは嬉しいのですが、その、私に防げるのでしょうか。伝説に名高い、アーサー王の聖剣を。私には過ぎた役割ではないかと……今も不安で手が震えます」

 

 ……後ろがヤバい時に先の心配できる辺り実は結構余裕だったりしないだろうか?

 などと少し考えはするが、口には出さない。

 ここまでの戦いでマシュちゃんは自信よりも不安を覚えているようだ。

 おそらくだがアーチャーの宝具を防いだ時結構ギリギリだったのが原因だろう。

 

 ――あれより強力なのは間違いない聖剣を、自分は防げるのか、と。

 

 そんな心中が透けて見えるような暗い顔の彼女に、キャスターは特に気にした風もなく答えを返した。

 

 「心配すんな。その盾は壊れねえ。俺の見立てじゃ奴と嬢ちゃんの相性は抜群に良いからな。あとは嬢ちゃん自身の根性(ガッツ)の問題だ。……どうしても不安なようなら、アーチャーと戦ってた時に俺が言った言葉を思い出せ。聖剣に勝つ、なんて余分は考えなくていい。やるべきこと、やりたいことだけに集中しろ」

 

 「……! はい。その、アドバイスありがとうございます」

 

 「さぁて、言うべきことは言い切ったし、準備もある。そろそろ分かれるぜ」

 

 長々としたアドバイスを一息で言い切ったキャスターは、自分の言葉が齎す結果を見届ける前に後ろへと向き直った。

 周囲はここまでの通路と違い、俺たち全員が横一杯に広がってぶつからないように槍を振り回してもまだまだ余裕がありそうな程度の幅と高さのある広間になっていた。

 

 ……事ここに至って、俺もキャスターを信頼はしないが信用はしよう。

 

 アーチャーが騎士王に仕えて(?)いたのは間違いない。

 アーチャーが守っていたこの洞窟の奥に騎士王がいるというのは多分本当だ。

 キャスターとアーチャー(ひいては騎士王)が敵対していたのも正しいだろう。

 

 であればキャスターがバーサーカーと組んで俺たちを背後から挟み撃ちに、とかいう可能性は低かろう。

 今は騎士王だけ警戒していればいい。

 

 「ちょっと、道案内はどうするのよ!」

 

 「こっから先は一本道だ。もう迷う心配はねえ。解ったらとっとと行きな!」

 

 「所長! 足を止めないでください!」

 

 「キャスター! 負けないでね!」

 

 所長がつられて歩みを緩めるがマシュちゃんに引っ掴まれて引きずられていく。

 最後にキャスターの横を通った立花ちゃんは、奴に激励の言葉をかけつつ広間を走り抜けた。

 

 

 「応。マスターからの命令(オーダー)、確かに承った」

 

 

 全員が通過し終えた後の広間。

 キャスターがニヤリと笑って呟いた返答を背に、俺たちは先へと進んだ。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 迎撃のための()()()を終えて広間のど真ん中で堂々と佇むキャスターは、目前に迫った脅威ではなく、背後に消えた一時の協力者達のことを考えていた。

 

 殺意と敵意に怯えながらも、それでもと。背後のマスター(大切な者)を護るのだと前へ出られる見所ある盾の少女。

 

 魔術師としては最弱以下だが「運命を掴む天運」と「それを前にした時の決断力」を持っているマスターの少女。

 

 あの二人ならば間違いなく聖剣も跳ね返せるだろうとキャスターには確信があった。

 彼女たちの雄姿を間近で拝めないのは残念ではあるが。

 

 そして、病死したという事実ばかりが強調して後世に伝わった結果か、サーヴァントの身で「病弱」さをスキルとして保持しているというセイバー。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点が不審だったので警戒は向けていたが、まあおそらく大丈夫だろうとキャスターは踏んでいた。

 

 道中の立ち回りを見ていておのずと判断できたことだが、あのセイバーは良くも悪くもマスターを第一として動く手合い。

 そしてそのマスターだが……直属のサーヴァントであるセイバー以外の三人は全く気付いていなかったようだが、港での接触以降ずっとこちらを警戒していたことにキャスターは気づいていた。

 というより、あの男は盾の少女とそのマスター以外の全員に――キャスター以外では魔術師の女と白いケモノの二者を特に――警戒を向けていたのだが。

 

 逆に言えばあの男は盾の主従は味方として信用しているのだろうことが解る。

 それならば土壇場で裏切ることも無いだろう。

 

 そして、現代の魔術師としては一級品だろうに何故かサーヴァントのマスターとなることができないという呪われたような体質の魔術師の女。

 

 あの女は――と、思考を続けようとしたところでこれまでよりも一際大きな咆哮が響いた。

 

 

 

 『■■■■■■■■■■■―――!!!!』

 

 

 

 ――バーサーカー到達まで、あと20秒ってとこか。

 

 

 響いてくる音から敵が近いことを悟ったキャスターは杖を構え、静かな声で言葉を紡ぎ始める。

 

 

 カルデアから来たマスター達は知る由もないが……冬木の『聖杯戦争』には一つのセオリーが存在する。

 

 「魔術師の英霊」はサーヴァント戦においては不利を強いられるケースが多い。が――

 

 

 「■■■■■■■■■■■―――!!!!!!」

 

 

 自身の構築した陣地においてはその限りではない、と。

 

 それを知ってか知らずか。

 

 そこかしこに骨の欠片と殺意の波動を撒き散らしながら大広間に踏み込んできた黒い巨躯の男へ。

 

 

 キャスターは不敵な笑みと共に杖を向け、最後の言葉を紡いだ。

 

 




あとはオルタ戦消化したら序章はようやくおしまいです。
二話ぐらいですかねぇ……。


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