成功作のおねーちゃん (ミルティッロ)
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成功作のおねーちゃん

さっきまで降っていた気まぐれな夕立が止み、アスファルトがぐっしょりと濡れている帰り道。夏の太陽も度が過ぎて、雨が降ったあとだというのに、ジメジメとした熱をあたしの周りに蔓延らせた。

 

今日は家族4人で楽しい温泉旅行...のはずだったんだけど、あたしの傍らには、大切なおねーちゃんがいなかった。家族水入らずの遠出になるはずが、おねーちゃんだけが急に行かれなくなっちゃって、仕方なく3人で出かけることになっちゃった。

 

 

家に着いてから、あたしは親に着せられていた服を脱ぎ捨て、下着姿に近い状態で、真っ先におねーちゃんの部屋に向かった。

 

「ただいま、おねーちゃん」

 

日が沈まないうちに帰ってこれたあたし達に対して、おねーちゃんはまだ帰ってこれていないようで、キィッとドアの軋みながら開く音以外に、この部屋に響く音はひとつもなかった。

窓から吹く暑い風が、やたらとうるさいセミの声を部屋へと運び、カーテンを揺らしていた時だった。

うちのおねーちゃんは几帳面。どうやらあたし達よりも帰ってくるのが遅くなった時のために、わざわざ置き手紙をしたためてくれていたようだ。風に吹かれて手紙の最初のページが、少しだけめくれてる。

 

「もう、おねーちゃんてば...別にLINEしてくれればいいのに...」

 

変なところにこだわっているのか、それとも他に理由があるのか、あたしにはちょっと理解し難いおねーちゃんの行動だけど、あたしはそんな珍しい愛のカタチに、戸惑いつつ、そして呆れつつも、少し嬉しい感情を抱いていた。

 

「なになに? 拝啓、日菜へ......か、ほぇ〜、意外と本格的だぁ...」

 

おねーちゃんの変なところにお堅い所に、もはや尊敬すら感じながらも、少しずつ読み進める。

 

私は、しばらく家には帰れないかもしれません。少し、一人旅というのをしてみるつもりだからです。

 

「おねーちゃん、旅に行っちゃったの!?」

 

実は、あたしもおかーさんもおとーさんも、おねーちゃんからはRoseliaの練習合宿としか聞かされておらず、徒歩十分くらいの友達の家にお泊まり会...みたいな気分でいたから、思わず独り言で済むようなことを、つい声に出してしまった。

 

「ひなちゃーん? どうかしたのー?」

 

下の階から、おかーさんが反応してきた。どうやら、あたしの声は断片的にしか聞こえなかったみたい。

 

「ううん!なんでもなーい!」

 

このことは、2人には今話すのはやめようと思った。だって、そしたらあたしとおねーちゃんの秘密みたいで、ちょっと嬉しかったから。

 

さてさて、続きを...

 

 

移動手段は出来るだけ安く、でも出来るだけ遠くに行ってみたいと思っているわ。ヒッチハイクとか、今の時代に通用するか分からないけど、その辺もどうなのか知ってみたいの。

 

「ヒッチハイクか〜、おねーちゃん、ナイスばでーだから、すぐ捕まえられると思うけどなぁ〜あっでも、そしたら変な人にも出会っちゃって...」

 

キャー!みたいな、そんな我ながら変な妄想をしながら、さらに読み進めてみる。

 

行き先はどこか分からない...けれど、私にはこの旅で見つけたいものがある。そしてそれが、これをLINEとか口頭でなく、置き手紙で日菜に託そうと思ったことと繋がるの。

 

思った通り、おねーちゃんが手紙を選んだのには、どうやら理由があったようで...

 

まず、その理由を書く前に、少し昔の話をさせて。

私達は双子として産まれてから、いつも比べられてきた。そして私は何をやっても、直ぐにあなたに抜かされてたわね。そして、それで辛い思いをした時もあったし、あなたにきつく当ってしまった時もあった。あれは今思えば完全に私が未熟だったわ。面と向かって言おうとすると、恥ずかしくて言えないからここに書くわ。

ごめんなさい。

 

ジーンと胸を打つような手紙の内容。

確かに、こういう思いはLINEでは伝わらない。おねーちゃん直筆の、そしておねーちゃんの心がこもったものだからこそ伝わる気持ち。

こうやって、実際に読み進めてみると、おねーちゃんの手紙というチョイスは、間違いなく正解だと思う。

 

そして、私はそのごめんなさいが言えないまま、今を迎えてしまっていた。そんな自分が嫌になって、家を飛び出したかったというのもあったのだけれど...でも、この旅の目的は、それよりも大きなものがあって...

 

この辺になって、涙が零れてきた。

確かに、この手紙に心打たれているのは確かだけど、まだ泣くような内容でもないし...

なんと言えばいいのか分からない自分の気持ちに、あたしは既に折り合いがつかなくなっていた。

 

私、実は今も、比べられることに不満を持ってるのよ。確かにあなたは優秀な妹で、非の打ち所がない。なればこそ、姉であり双子である私は、あなた以上の天才なんじゃないかと、そう信じたい大人の気持ちは分かる。でも、私自身が1番、そんな器じゃないことを分かっているのに、他の人達は頑なにそれを信じてくれなくて...

 

「日菜ができるなら、おねーちゃんもできるわね?」

 

「妹が出来るんだから、姉にできないことは無いさ」

 

「日菜ちゃん上手ね〜!さ!紗夜ちゃんも!」

 

「なんだ...凄いのは妹だけか... これじゃあ姉はまるで...

 

 

 

 

 

 

 

失敗作じゃないか」

 

こんな言葉ばかりを、それこそ幼稚園の頃から聞かされ続けて、そして勝手に失望されて、失敗作扱いされて、私はもう、うんざりなの。

 

だけど、日菜のことを嫌いになることはもうないわ。だって、日菜は私の真似をしていただけであって、私が嫌いなのは、それを見て私を失敗作と責める大人だから。

 

「おねーちゃん...! おねーちゃんは全然、失敗作なんかじゃないからね...!」

 

あたしは、好きだと言われた感動と、おねーちゃんを失敗作と責めた大人への怒りと、そして先程から止まらない悲しみの涙のせいで、めちゃくちゃになっていた。

あたしが純粋に抱いた思いはひとつもなくて、今あるどれもが、ほかの感情に干渉されて、傷つき、汚される。

そんな狂っているようなバラバラな感情に苛まれている中、壊れていたはずのラジオが、急に息を吹き返したようで、どこの放送局かも分からないところの放送が、おねーちゃんの部屋中に響いた。

 

「ああもう!うるさいなぁ!」

 

あたしは少し乱暴に、まるで映らないテレビを殴る時のように、煩いラジオのことを止めた。

ラジオは直ぐに無音になり、今度は部屋が静寂に包まれたせいで、逆におかしくなりそうだ。

 

いや、あたしはもう、とっくにおかしくなってしまっているのかもしれない。

 

手紙の序盤で、自分の気持ちとは裏腹に涙が出ることも、それにとっくに壊れたラジオが、今になって急に息を吹き返すなんてこと、絶対にありえない。

 

なら、あれはなんだったの?

 

分からない、あたしにはもう、分からない

 

あたしは狂いそうなくらい踊り回ってる脳みそを必死に押さえつけ、掻きむしりながら、おねーちゃんの机にかじりつき、手紙の続きを読んだ。

 

だから、私は見つけることにしたの。そんな大人達に何も言わせないような、日菜にも出来ないような、まさに自分にしか出来ないことを、この旅で。

クッキー作りとか、部活の弓道とか、そんなものは日菜がその気になればいくらでもぬかせるような、私の趣味でしているレベルの事じゃなくて、こういう趣味の範疇を超えて、自分が誰よりもできることを、私は見つけたいの。

私はまだ、狭い世界しか知らない。もしこの旅に、ほんの少しでも可能性があるなら、もし、私が失敗作で無くなれるならば...そう思ったの。

だから待っていてね、日菜。そして、私が帰ってきた時には

 

 

 

 

 

 

そこで、手紙は途切れていた...

いや、途切った。って言うのが正しいのかな。

情緒不安定とかいうレベルじゃないあたしの涙は、とっくに手紙の1番最後の部分を濡らしてしまっていて、染み出したインクは、もうおねーちゃんの心を書き出してはくれなかった。

 

「あは、あははは」

 

千切れたテーブルはあたしを手紙の上に置き、部屋の外にでて、覚束無い足取りに階段を下ろさせた。

 

そうして、階段を降りた先にあるリビングから、こんなニュースが聞こえてきた。

 

「今回の、ヒッチハイクの少女が死亡した玉突き事故について、専門家の先生をお呼びして...」

 

 

あたしは誰にも聞こえないであろう声で、ボソリと呟いた。

 

 

「おねーちゃんは、失敗作なんかじゃないよ。

 

だって、

 

 

 

 

 

 

 

おねーちゃんが居なきゃ、生きていけないあたしこそが

 

 

 

 

 

 

シッパイサクなんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

あは、あははは

 

 

 

おねーちゃん

 

 

はやくかえってこないかな

 

 

 

 

 

 

 

 



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