Fate/Grand Orger in 仮面ライダーゴースト~英霊の力を纏いし、雪花の少女~ (風人Ⅱ)
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プロローグ


どうも、風人IIです!

こちらは以前ぜルガーさんのサイトにて私が投稿したFGO小説のリメイクになりますが、ゴーストの脳力は継承すれどゴーストのキャラはチョイ役となっております(苦笑

相変わらずの拙い文章ではありますが、それでもイイよ!という方は、生暖かい目で見守って頂けると幸いですm(_ _)m




 

 

―――2015年、冬木市。

 

 

周囲を山と海に囲まれた自然豊かなその地方都市では、曾て七人の魔術師が万能の器・"聖杯"を求めて集い、過去の英霊をサーヴァントとして七騎召喚し、最後の一人になるまで殺し合うと言う骨肉の争いが在った。

 

 

……しかし、第一次・第二次と次いで始まった第三次聖杯戦争にて、始まりの御三家の一つであるアインツベルンが必勝を期してルールを破り、「復讐者」のサーヴァントを召喚した事をきっかけに聖杯は汚染。

 

 

以降の第四次聖杯戦争では、終盤に聖杯の正体に触れた一人のマスターが聖杯が万能の願望器ではないということを悟り、最終決戦にて自身が契約するセイバーに令呪を用い、聖杯を破壊。

 

 

被害を最小限に抑えるが為の決断だったが、それも及ばず冬木大火災が引き起こされ、大勢の犠牲者を出してしまう結果となってしまった……。

 

 

そして、その十年後……"1997年"。

 

 

前回の聖杯戦争を生き残った衛宮切嗣の息子、衛宮士郎と御三家の1つ、遠坂家の末裔である遠坂凛とそのサーヴァント達によって、汚染された聖杯、そしてその聖杯を用いて人類抹殺を目論む前回の聖杯戦争にて受肉した英雄王・ギルガメッシュを討ち、第五次聖杯戦争に勝利。

 

 

更にその七年後の2004年。大聖杯復活を目論む魔術協会の手によって起きた、第六次聖杯戦争に参戦した衛宮士郎と遠坂凛、とある時計塔の講師と、衛宮士郎達が再び契約した騎士王の手によって、大聖杯は完全に解体。

 

 

こうして、冬木における永き聖杯戦争の歴史は幕を閉じた。

 

 

しかし、魔術とは一切関わりを持たない冬木の人々はそんな事実など露知らず、今日も今日とて何気にない日々を送り続ける。

 

 

……曾て、第五次・第六次聖杯戦争を勝ち抜いた、二人の"息子"も―――。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

―冬木市・新都―

 

 

 

多くの高層ビルや建物などが立ち並ぶ、冬木市の新都。

 

 

二十年前から既に都会らしい街並みだったこの街も、ここ数年で更に発展して高層ビルなどが特に目立ち、スクランブル交差点を行き交う人々の数も心なしか例年より更に多くなっているように感じる。

 

 

そんな人混みに紛れ、一人の黒髪の青年が信号待ちの歩道前にて、スマホを片手に誰かと通話する姿があった。

 

 

「―――だから、俺は大丈夫だってば母さんっ。そんなに心配しなくても……」

 

 

『その"大丈夫"が信用ならないから言ってるんじゃない!ただでさえ学生生活だけでも忙しいだろうにバイトを幾つも掛け持ちなんかして……!仕送りだって充分に送ってるんだし、藤村先生や桜も一緒なんだから、アンタは普通に学生らしく勉学に励みながら楽しくやってればいいの!今からそんな無理して働かなくたって……!』

 

 

「だから心配は入らないってっ。自分の身体の事は自分で分かってるし、流石に無理だと思ったらちゃんと考えるからっ。……あ、もう次のバイト先に付くから切るよ?母さんも体調には気を付けて。最近はロンドンも気温の変動が激しいらしいから。父さんにも宜しく、じゃっ!」

 

 

『あっ、ちょっ!まだ話は終わってな――!彩人ーっ?!』

 

 

ピッ!と、半ば強引に会話を切り上げながらスマホから大音量で響く抗議の声を他所に、通話ボタンを押して通話を切る。その後、少年は困ったように目尻を下げながら、ふぅ、と溜め息にも似た一息を漏らし、ポリポリと頬を掻きながら頭上の青空を仰いだ。

 

 

(全く……相変わらず過保護なんだよなぁ、母さんは……。前までは此処まで酷くはなかったんだけど、やっぱり、前に過労で倒れたのが余計に拍車を掛けてるのかなぁ……)

 

 

そう考えながら少年が脳裏に思い起こすのは、以前自身の体調を顧みずに度の過ぎた量のバイトを掛け持ち、仕事中に倒れて病院に緊急搬送された時の記憶。

 

 

あの時は母さんもそうだが、父さんや桜さんに藤村さん、自分を雇ってくれた仕事先の人達にも迷惑を掛けてしまい、猛省したのは未だ記憶新しい。

 

 

それからは二度と皆に迷惑を掛けまいときちんと自分の身の丈に合った量にまでバイトの数を減らしたが、母は未だにその事には反対気味で、先程のように海外から電話を掛けてくる事も少なくはない。

 

 

その都度、心配ない、大丈夫だからと何度も言い聞かせているのだが、一向に応じてくれる気配はない。

 

 

なんでも、「アンタは変なとこで父さん似だから、無茶はしないなんて言われても素直には聞けないのよ!」―――らしい。

 

 

(まぁ、それに関してはそうなのかな、って自分でも思う事はあるけどさ……でも、分かってくれ母さん。今の内に色々経験積んでおいときたいんだ。そうすれば早くに自立出来て、母さんや父さんを安心させられるだろうからさ……)

 

 

スマホを操り、ギャラリーから一枚の写真を選んで画面に映し出す。

 

 

其処に映るのは、以前幼い頃に住んでいたロンドンにて、父が昔から好きだと言う、ある王様のお墓の前で親子三人で撮影した家族写真。

 

 

写真の中央に立つのは、10歳の頃の笑顔の自分。そんな幼い自分の両肩に手を添え、カメラに向かって明るく笑うのは、自分と同じ目の色と長い黒髪が特徴的な一見活発そうな女性。そして、そんな女性の肩を抱きつつ自分の頭の上に手を置き、カメラに向かって微笑む赤銅色の髪が目立つ男性。

 

 

今は遠い異国の地で離れて暮らす両親の顔を見つめ、一瞬だけ寂しさを滲ませる笑みを浮かべるも、それもほんの数秒。

 

 

歩道の信号が青に切り替わったと共に、少年はまるで気合を入れるように両頬を叩き、力強い表情で前を見据えた。

 

 

「よっしっ―――さーて、今日も一日頑張りますかーっ!」

 

 

スマホをズボンの後ろポケットに仕舞い、指を組んだ両腕を頭上に伸ばして軽く伸びをした後、人混みの中を軽快に駆け抜けて一直線に走り出す。

 

 

……その迷いのない走り姿は、曾てこの街で起きた戦争を戦い抜いた、二人のマスターに重なるモノがあった。

 

 

 

 

彼の名は、遠坂 彩人(とおさか あやと)。

 

 

 

 

永きに渡る冬木の聖杯戦争を終わらせた衛宮士郎と遠坂凛の息子であり

 

 

 

 

人類史の未来を取り戻す為、果てしない戦いに身を投じる事となる少年の名である―――。

 

 

 

 

Fate/Grand Order in 仮面ライダーゴースト ~英霊の力を纏いし、雪花の少女~

 

 

 

 



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プロローグ①

 

―新都・コペンハーゲン―

 

 

「―――じゃあ、俺はこの辺で。今日もお疲れ様でした、ネコさん」

 

 

「はいよー、お疲れー!藤村にも宜しく伝えといてねー、アヤやん♪」

 

 

「ぅぐ……だ、だからその一昔前の女性アイドルみたいな呼び方は止めて下さいってば……!」

 

 

午後六時半。夕暮れも過ぎて辺りが暗くなり始める新都にある、とある酒屋店・コペンハーゲン。

 

 

曾て若かりし頃の父も働いていたと言うツテからその店で働かせてもらい、酒瓶をトラックの積み荷から運び終えた彩人は店内の時計を見て定時を確認し、バイト先の先輩であり、酒屋の娘である音子(通称ネコさん)に挨拶を交わした後、更衣室で私服に着替えてから店を出た。

 

 

その後、彩人と同じく仕事終わりの人々が行き交う交差点を駆け抜けて父の実家がある深山町に繋がる大橋を目指しつつ、スマホで時間を確認し、家に帰り着くまでの時間を計算して顔を引き攣らせる。

 

 

(まずいなぁっ……このままじゃ帰り着くのは七時台になりそうだ……。今の時間じゃ桜さんももう夕飯の準備始めてるだろうし、帰ったら遅れたこと謝らないとっ……)

 

 

申し訳なさそうに頭を掻きながら走るスピードを更に早めつつ、彩人が脳裏に思い起こすのは、父親の実家でお世話になっている女性の一人……父の学生時代の後輩であり、母の妹である間桐 桜の顔。

 

 

元々はロンドンで両親と共に暮らしていた彩人が高校進学の際に冬木の学校に通い、一人暮らしをすると決めた際に世話係を買って出てくれた人であり、母が渋々ながらも自分が離れて一人暮らしをする事に納得してくれたのも彼女の力が大きい。

 

 

それ故に自分も日頃から頭が上がらないのだが、その件を抜きにしても、彼女には怒らせるととてつもなく怖いという周知の事実があったりする。

 

 

特に彼女の実家である間桐家では、彼女がヒエラルキーの頂点に君臨して兄である間桐慎二も戦々恐々の日々を送っているとか、いないとか。

 

 

まぁ、あの人は普段の調子はアレなのだが、昔はよく太鼓持ちをすると気前よく小遣いをくれたりなど何かと良くしてくれた事もあったので、その辺に関してはちょっぴり同情を覚える。怒った桜さんの恐ろしさを知っているので、特に。

 

 

(俺もそうならないように気を付けたいけど……って、あーしまったっ、信号に捕まったっ……!)

 

 

昔の思い出を振り返るあまり無意識にスピードを落としてしまってたのか、いつもなら間に合った筈の信号に足止めを食らってしまった。

 

 

このペースでは七時台までに間に合わない。スマホの画面の時間と赤信号を交互に見て気が逸り、此処は遠回りしてでも急ぐべきかと、青信号に切り替わっている他の横断歩道を見付けて進路変更し、そのまま駅前を通り過ぎて大橋に向かおうとするが……

 

 

「―――其処の君。ちょっといいかな?」

 

 

「ッ!あっ、と……へ?」

 

 

急いでいた所を急に後ろから誰かに呼び止められ、思わず足を止めてつんのめりになりそうになる彩人。

 

 

それでもどうにか転びそうになるのを耐えて背後に振り返ると、其処には、何やら見慣れないスーツ姿の男性が足元に置いたジュラルミンケースを傍らに、彩人を見つめて佇む姿があった。

 

 

「失礼。突然で申し訳ないのだけど、君、もしかして遠坂彩人君かな?遠坂家の現当主、遠坂凛さんの息子さんの」

 

 

「え……あ、はい、そうですけど……スミマセン、どちら様でしょうか?」

 

 

「ああ、名乗りもせず申し訳ない。実は私、こういう者でして」

 

 

母の名前を出して来たということは、母の知り合いか何かだろうかと思い怪訝な表情で彩人がそう聞き返すと、男性はスーツの内ポケットから名刺のようなモノを取り出して彩人に差し出す。それを見て、彩人も軽く頭を下げながら恐る恐る男性の手から名刺を受け取り、男性の名前と共に其処に書かれてるあるワードを目にして訝しげに眉をひそめた。

 

 

「人理継続保障機関、カル、デア……の、スタッフさん……?」

 

 

其処に記されていたのは、何やら随分と仰々しい名前の聞き覚えのない機関名であり、思わず訝しげな反応を見せる彩人に対し、男性は淡々とした口調で話を続けていく。

 

 

「その名刺にも書かれていますが、私は人類の未来を語る資料館。時計塔の天体科を牛耳る魔術師の貴族である、アニムスフィア家が管理する機関・カルデアのスタッフです。今日は折り入って貴方にお話があり、こうして足を運んだ次第です」

 

 

「は……はぁ……え、時計塔……?魔術師、って……?」

 

 

どゆこと?と、間髪入れず立て続けにそう説明する男性の話の内容に理解が追い付かず、困惑を露わにする彩人を他所に男性は足元に置いてあるジュラルミンケースを開き、其処から一枚の白い封筒を取り出して彩人に差し出した。

 

 

「実はつい先月、カルデアにて行われた才能ある一般人からマスター候補を選抜する際に、貴方が候補の一人として名前が上がりましたので、その件を貴方にご報告にと」

 

 

「マス、ター……?候補って……あの、スミマセン、さっきから一体何の話を……?」

 

 

「本来であれば名門のマスターとして選ばれる所、貴方は魔術回路を持ち合わせていない事から難しいだろうという話にはなりましたが、念には念をというレフ教授からのご指示で、貴方には一般枠からの応募の許可が下りました。つきましては、こちら、その申込書とカルデアへの案内書が入っておりますので、どうぞ、前向きにご検討して頂けるのであれば、そちらの書類を後日お送り下さい。では、失礼」

 

 

「……え?え、ちょっ、待って下さいっ!いきなりで何がなんだかっ……!もう少し説明の方をっ!」

 

 

聞き慣れない単語ばかりを含んだ説明のせいで思考が停止し、呆気に取られていた所に封筒を手渡され漸く我に返り慌てて男性を呼び止める彩人。

 

 

しかし男性はそんな彩人の呼び掛けには応えず、そのまま早足気味に駅の人混みの奥へと姿を消していってしまい、残された彩人はただただ呆然と男性が消えた駅の人混みを見つめ、渡された白い封筒に目を落とした。

 

 

「……魔術師……?人理継続保障機関、カルデア……?何でそんな人が、母さんの事を……?」

 

 

思わず心の中から湧き出る疑問を吐露するも、それに答えてくれる人はいない。

 

 

何がどうなってるんだ、と、彩人はもう一度駅の方に目を向けた後、拭いきれぬ困惑を抱いたまま踵を返して帰路に着いたのであった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

―衛宮邸―

 

 

深山町、衛宮邸。曾て彩人の祖父が買い取ったと言うこの武家屋敷は、現在家主である父が母と共にロンドンで暮らしている事から、家の管理は間桐桜と、彼女と両親の元教師である藤村大河に任されている。

 

 

そして、穂群原学園に通う為にこの屋敷から通学している彩人は先程帰宅し、桜や大河と共に夕食を終えて自室として使っている和室へと戻った後、畳の上に寝っ転がりながら蛍光灯で照らされる天井をジッと見上げていた。

 

 

(……カルデア……魔術師……マスター……結局、あの人が何だったのか、言ってる事も何一つ分からなかったし……もしかして、新手の詐欺とか何かなのか……?)

 

 

普通ならそう考えるのが妥当だろう。実際に気になって先程ネットでも軽く調べてはみたが、人理継続保障機関などという組織に関する情報は何処にも載ってはいなかったのだから。しかし……

 

 

(……まぁ、仮にもし此処に書いてある事が本当の事なのだとしたら、ネットになんか載ってないのも無理はないのかもしれないけど……)

 

 

身体を起こして机に寄り、その上に投げ出した白い封筒から取り出した、案内書を手に取ってもう一度中身を開く。

 

 

それによると、カルデアは各種の研究や実験が国連の承認の下で実施されているらしく、ネットなどにその情報が流れていないのも、もしかしたら国連が情報統制している可能性があるからかもしれない。

 

 

無論、此処に書いてある事を全て事実、と断定した場合はの話だが……。

 

 

(けど、魔術師……か……。母さんの名前や家の事を出してきたって事は、やっぱり母さん……いや、もしかしたら父さんも……?だとしたら、あの二人がずっと俺に隠してた事って、この事なのか?)

 

 

カルデアの件もそうだが、魔術だの、魔術師だの、マスターだの、此処に書かれている内容はソレとは無関係の世界で生きてきた人間からすれば、どれも胡散臭いと一笑するモノにしか思えないだろう。

 

 

だが、彩人にはそうする事が出来ない根拠があった。

 

 

何故なら、幼い頃に母の書物に密かに出入りし、子供にはとても理解出来ないような文字で書かれた魔道書らしきボロボロの書物を目にした事があったし、母に抱き抱えられた時に薬草のような匂いがしたり、夜中にトイレから部屋に戻る時、父が暗がりのリビングで何もない空間から"剣"を生み出すという、まるで魔法のような瞬間を実際に目の当たりにした事もあったからだ。

 

 

アレは一体何だったのか……。問い詰めたい気持ちもなかった訳ではないが、息子の自分にも何も言わないという事は、二人にとってはそれだけ自分には隠したかった事なのかもしれない。

 

 

ならば、二人がいつか話してくれるようになれるまでは追及せずにおこうとこの年まで貫き通していたが、あの男の言を借りれば、自分の両親は恐らく魔術師……。

 

 

つまりあの日に見た父の魔法のような力は、魔術による物だと言う事になるのだろうか。

 

 

(魔術……か……もしそんなものが本当にあるのなら、あの二人の息子の俺にも魔術を使えたりとかするんだろうか……?)

 

 

そう考え、掌に目を落とし、試しに父のように剣を出せないかとイメージして力を込めてみるが、しばし様子を見ても何かが起きる気配はない。

 

 

やはり駄目か……、と落胆で肩を落としながら畳の上に力無く寝っ転がる彩人だが、両腕を広げて暫く天井を見上げ考え込んていると、何か思い至ったように急に身を起こし、机の上の申請書に手を伸ばした。

 

 

(……ちょっとだけ。ちょっとだけ試してみようかな……ダメだったらダメだったで諦めは付くし、応募するだけならタダ、だよな?怪しいようだったら途中で辞退すれば良い訳だし、ウン……)

 

 

内心でブツブツと呟きながらペンを手に申請書にサインしていく彩人だが、その様子は何処か自分に言い聞かせてるようにも見える。

 

 

動機はただの好奇心と興味本位。

 

 

しかし、実際には両親が長年自分に隠していた魔術の世界というモノを覗いてみたいという、僅かながらの憧憬の念を拭い去れなかったから。

 

 

そんな想いから、最後の欄まで書き上げた書類をもう一度一から確認し、誤字脱字がないのを確認してから白い封筒に戻した書類を、次の日の学校への登校途中にポストに出した。

 

 

―――そして、それから1週間後……

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

―???―

 

 

――――標高6,000メートルの雪山。

 

 

目の前に広がるのは地平線の果てまでも続く険しい岩山と、その上に降り積もる白い雪。

 

 

空は雪雲に覆われ、吹き抜ける冷たい突風が肌を突き刺し痛みすら覚える。

 

 

そんな極寒の地にて、何故か雪山に似つかわしくない研究所のような巨大な施設が存在し、その施設の前にて……

 

 

 

 

 

「…………ここが…………カル、デア…………?」

 

 

 

 

 

……目を凝らさなければ雪景色に溶け込んでしまいそうな白い礼装に身を包み、彩人は呆然と目の前に佇む巨大な施設のゲート前にポツンと立ち尽くしていたのだった。

 

 

―――数日前、半ば半信半疑に出したカルデアのマスター募集への申込書に関する通知書が届いた。

 

 

結果はなんとまさかの合格。一緒に封入されていたパンフレットからカルデアが在る場所が海外にあると知り、桜と大河に内緒で準備した、長く使ってなかったパスポートと生活品を詰めた荷物を手に、連休始めを使ってカルデアに行く事を決意。無論、両親や桜達には内密で、友人の家に泊まりにいくと嘘を吐いてだ。

 

 

案内書通りに向こうに連絡を取り、空港で待っていた局員の案内を受けて行先も告げられぬまま飛行機に乗せられ、空の旅を数時間、更に空港に着いた矢先に乗せられた車に揺られて更に数時間……。

 

 

流石に疲労を感じずにはおられず、いつの間にか居眠りをしていた所を起こされて最初に目に入ったのは、真っ白な雪原。

 

 

起きた矢先に飛び込んできたその光景に呆気に取られる暇もなく、車の中でカルデアに入る為に必要な指定の服であるとされる衣装一式を渡され、言われるがまま車内で着替えさせられた途端に車を降ろされ、此処に向かってくれと指示を受けて辿り着いたのが、この場所……。

 

 

何か特別な素材か、それともそれ以外の『何か』がこの服に施されているのか、思いのほか雪に足を捕らわれる事なく順調に此処まで進み、目の前に現れた妙な威圧感すら覚える施設を前にした彩人がただただ唖然とするばかりで言葉を失う中……

 

 

『―――塩基配列ーーヒトゲノムと確認。

霊器属性ーー善性・中立と確認。

99%の安全性を保証。

ゲート、開きます』

 

 

―プシュウゥッ……ギュイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイッ……!―

 

 

「ッ!あ、開いた……?」

 

 

ゲートから不意にガイダンスと思わしき音声が鳴り響き、何か認証らしきモノを行った後、固く閉じられていた目の前の鉄製のゲートが機械音と共にゆっくりと開かれた。

 

 

まるでTVで見たフィクションに出てくる秘密基地のようなそんな光景を前に彩人も若干圧倒されつつも、物珍しげに辺りを見渡しながらゲートを通って中へと足を踏み込むと、次に目の前に立ちはだかったのは、また別のゲート。

 

 

直後、再びガイダンス音声が響き渡る。

 

 

『ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。

ここは人理継続機関 カルデア

最終確認を行います。

名前を、入力して下さい』

 

 

「え……あ、あぁ……コレ、かな……?」

 

 

いきなり名前を入力しろと指示されて一瞬慌てふためくが、ゲートの脇に備え付けられる電子機器を発見して近づき、画面に表示される案内通りに指で操作していく。

 

 

「俺の、名前は……」

 

 

―ピッピッ、ピッ―

 

 

『遠坂 彩人』

 

 

文字を入力、変換してエンターキーを押す。

 

 

直後、画面に『connecting』の文字が暫く表示された後、画面が切り替わり『OK』の文字が現れ、ガイダンス音声が再び響く。

 

 

『認証、CLEAR。

貴方を霊長類の一員である事を認めます。

初めまして、新たなマスター候補生。

どうぞ、善き時間をお過ごしください―――』

 

 

―シュゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ……!!!―

 

 

「え?なん……あ――――」

 

 

認証の完了を告げるガイダンス音声を耳に、突如、彩人の目の前の視界が真っ白な光に包まれる。

 

 

何が起きてる?

 

 

そんな疑問を抱くよりも先に、彩人が視る世界が一瞬で白く塗り潰され、次第に意識が遠退き、

 

 

そして―――再び彩人の意識は暗転し、闇の淵へと静かに沈んでいくのであった。

 

 

 

 



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プロローグ②

 

―カルデア内部・通路―

 

 

―――人理継続保障機関・カルデア。

 

 

その内装は一面鉄製の板に支配された一見冷たそうな空間になっており、一方で施設内の設備は全てカルデアの技術を駆使して作り上げた近未来的なモノばかりと、国連承認の下とあって莫大な予算が注ぎ込まれているのが伺い知れる。

 

 

そんなカルデアの廊下にて……

 

 

 

 

 

「……zzZZ……ZZzz……」

 

 

 

 

両手を大っぴらに広げながら、呑気に寝息を立てて大の字に鉄の床の上の廊下に寝っ転がる人影……カルデアへの入館認証の為に外のゲート前に立っていた筈の彩人が、何故かいつの間にかカルデアの施設内に足を踏み入れ、しかもグースカと気持ち良さげに眠る姿があったのだった。其処へ……

 

 

『……キュウ?』

 

 

彩人が眠る廊下の向こうから、一匹の謎の獣がトテトテと小走り気味に走って現れた。

 

 

外見は白くモコモコの毛並みだが、その姿は狐と羊を足して二で割ったような見た目の為に、どの種の生き物なのか一目では判断が付かない。

 

 

しかし案外人懐っこいのか、謎の白い獣は床に倒れて眠る彩人の姿を視界に捉えて一瞬足を止めるも、すぐに彩人の下に歩み寄り、鼻を近付けて匂いを嗅いだ後、彩人の頬を舌で何度もペロペロと舐めていく。

 

 

『キュウー?フォウ、キューウ!フー、フォーウ!』

 

 

「―――フォウさん……!そちらは正面ゲートです!外出には許可証、が…………?」

 

 

まるで起きろと言わんばかりに不思議な鳴き声を上げて、彩人の頬を舐める白い獣が現れた方向の廊下から、白い獣の飼い主らしき一人の少女がやって来た。

 

 

薄い桜色の髪に黒のスタンダードな眼鏡、白衣という研究者然とした服装が特徴の姿。

 

 

台詞からして恐らく白い獣を追ってきたのだと思われる少女は、最初は白い獣を見付けそのまま連れ戻そうと近付くが、白い獣の傍に倒れる彩人の存在に気付いて一瞬驚いた様子で動きを止めるも、スヤスヤと床の上で眠る彩人の顔を暫しジッと見つめた後、何やら神妙な顔つきで床に両膝を着き、彩人の顔をソっと覗き込んだ。

 

 

「……驚きです……こんなに無防備で、危機感のない睡眠状態があるなんて……」

 

 

「…………んぅ…………ぅっ…………っ…………?」

 

 

まるで珍しいモノを見付けたかのように、まじまじと彩人の寝顔を好奇心溢れんばかりの眼差しで見つめていく少女。すると、白い獣に頬をしつこく甜められ続けたせいか、彩人の閉じられた瞼が漸く徐々に開かれていき、未だ眠気が残る目を擦りながら徐ろに上体を起こしていく。

 

 

「……っ……なんか今、頬を甜められたような……って、あれ……?キミ、は……?」

 

 

「あ……」

 

 

何故か妙にベトベトする頬を手で拭っていた所、いつの間にか自分の傍に座っていた少女の存在に気付いて驚き、思わず反射的に少女にそう問い掛ける彩人。

 

 

一方の少女も、其処で彩人の顔をジッと見過ぎていた事に気付いて我に返り、一瞬恥ずかしそうに頬を紅くするもすぐに平常を装い、彩人に向けて挨拶するかのように一礼した。

 

 

「お目覚めの所、急に驚かせてしまいすみません。……しかし、朝でも夜でもなければ、ベッドですらないこんな床の上で眠るのはあまりオススメ出来ないと言いますか……取りあえず、今はおはようございます、先輩」

 

 

「ぇ……先輩、って……あー……ごめん、誰だったっけ……?あ、いや、それよりここは……?」

 

 

「ああ、それは簡単な質問です。大変助かります」

 

 

と、何やら独特な受け答え方をして微笑むと共に、少女は床に着けた両膝の汚れをパンパンッと払いながらゆっくりと立ち上がり、説明を始める前に自己紹介からし始めた。

 

 

「先ずはじめに、私はマシュ・キリエライトと申します。そしてここは、カルデア正面ゲートから、中央管制室に向かう通路です」

 

 

「カルデア……ゲート……?……あっ……」

 

 

薄い桜色の髪を持つ、眼鏡を掛けた少女……"マシュ・キリエライト"と名乗る彼女にそう説明され、一瞬頭に理解が及ばず怪訝な反応を見せるも、直後に自分が此処に来た時の記憶……カルデアのゲート前で認証を行った時の事を思い出した。

 

 

(そう、か……俺、あの後ちゃんとカルデアに入れたのか……あれ?けど、なんかその後の記憶が……?)

 

 

「……あの、こちらからも質問宜しいでしょうか、先輩?」

 

 

「……!あ、あぁ、何?」

 

 

「いえ、その……先程は随分とお休みのようでしたが、通路で眠る理由が、ちょっと……」

 

 

「え……お、俺、ここで眠ってたの……?」

 

 

「はい、スヤスヤと。教科書(テキスト)に載せたいほどの熟睡でした」

 

 

「は、ははは、そう……それは、多分載せてもあんまり他の人の役には立たないんじゃない、かなっ……?」

 

 

何故か関心の眼差しを向けるマシュの言葉に対し、記憶にはないがこんな場所で寝ている所を人に見られた言う恥ずかしさから苦笑いを返すしかない彩人。とその時、マシュの隣で何やら忙しなくウロウロしていた白い獣がピョンピョンと跳ね、何か彼女に訴え掛けるように叫び始めた。

 

 

『フォウ!キュー、キューウ!』

 

 

「……失念していました。あなたの紹介がまだでしたね、フォウさん」

 

 

「フォウ……って、もしかして、その生き物の名前?」

 

 

「はい。こちらのリスっぽい方はフォウ。カルデアを自由に散歩する特権生物です。私はフォウさんにここまで誘導され、お休み中の先輩を発見したんです」

 

 

『フォウ。ンキュ、フォーウ!』

 

 

と、マシュに紹介された事で満足したのか、謎の白い獣……フォウは何処となく上機嫌な様子でクルクルとまるで犬のように回った後、そのまま踵を返して来た道を引き返し走り去っていってしまった。

 

 

「……またどこかに行ってしまいました……あのように、特に法則性もなく散歩しています」

 

 

「そ、そう、なんだ……変わった生き物だね……」

 

 

「はい。私以外にはあまり近寄らないのですが、先輩は気に入られたようですね……おめでとうございます。カルデアで二人目の、フォウのお世話係の誕生です」

 

 

「え、あー、その……あ、ありが、とうっ?」

 

 

何やらいきなり可笑しな係を押し付けられたが、フォウが自分に懐いているという事が何か喜ばしいのか、嬉しそうに笑うマシュの顔を見て不思議と水を差す気にはなれず、取りあえずお礼を言っておく彩人。と、その時……

 

 

「――ああ、そこにいたのかマシュ。だめだぞ、断りもなしで移動するのは良くないと……おっと、先客が居たんだな」

 

 

二人が会話していた最中、フォウが走り去っていった側の廊下の向こうから、また新たに一人の人物が現れた。

 

 

深緑色のハットを頭に深く被り、肩から長い髪を下ろし、帽子と同じ柄の深緑色のスーツでピシッと正装した、柔からな笑みを浮かべた男性。

 

 

一見人当たりの良さそうな雰囲気を纏った男性はどうやらマシュを探していたようで、彼女を発見して歩み寄るが、マシュだけかと思いきや一緒にいた彩人の存在に気付いて僅かに驚くも、すぐにまた柔からな笑みを浮かべてまじまじと彩人の全身を爪先から頭まで観察していく。

 

 

「君は……そうか、今日から配属された新人さんだね。私はレフ・ライノール。ここで働かせて貰っている技師の一人だ。ようこそカルデアへ。歓迎するよ。君の名前は?」

 

 

「あ、えっと……はい。遠坂、彩人です。よろしくお願いします」

 

 

「こちらこそ。遠坂彩人君、か……ん?遠坂?もしや、君がそうなのかい?遠坂家現当主、遠坂凛女史のご子息の?」

 

 

「え?は、母の事をご存知で?」

 

 

「勿論だとも!あのシュバインオーグの弟子にして、天才と名高い彼女の事は我々の世界で知らぬ者はいない程だからね。だからこそ、私はマスター候補の一人として彼女のご子息である君の名を上げたんだよ」

 

 

「?俺の、名前を……?」

 

 

ハット帽子を被った男性、"レフ・ライノール"にそう言われてイマイチ何の事か分からずピンッと来なかったが、その時ふと、ここに来るきっかけとなった1週間前の駅前でカルデアのスタッフと名乗る男性との話の中で、「"レフ教授からのご指示で"」と言う内容があった事を思い出した。

 

 

「……もしかして、あのスタッフさんが言ってたレフ教授って……?」

 

 

「そう、私の事だよ。……まぁ実際の所、君には英霊との契約に必要な魔術回路の生成が出来ないという理由から候補から落とされ掛けたのだけど、私にはどうも、君にはまだ未知の可能性があると感じられてね。だからせめて、数合わせの緊急で出来た一般枠に君を落とし込めないかと思い、君の下にスタッフを寄越したという事さ」

 

 

「あ……そう、だったんですか」

 

 

自分の母はレフが称賛する程の凄い人であると言うのに、その息子である自分は才能がないにも関わらず数合わせの枠で呼ばれ、しかも当の自分は好奇心と興味本位の軽い気持ちでその枠に着いたと言う後ろめたい心境から気まず気に頭を掻く彩人だが、レフはそんな彩人の肩の上に手を置き、柔らかく微笑んだ。

 

 

「けど、一般枠だからと言って悲観しないで欲しい。今回のミッションには、君達全員が必要なんだ。……魔術の名門から38人。才能ある一般人から10人。何とか48人のマスター候補を集められた。分からない事があったら、私や、マシュに遠慮なく声を掛けてくれ」

 

 

「……分かりました。すみません、気を遣わせてしまって」

 

 

「気にしなくていいさ。……ん?そう言えば、彼と何を話していたんだいマシュ?らしくないじゃないか。以前から面識があったとか?」

 

 

「いえ、先輩とは初対面です。この通路で熟睡していらしたので、つい……」

 

 

「熟睡?……ああ、さては入館時にシュミレートを受けたね?霊子ダイブは慣れていないと脳にくる。シュミレート後、表層意識が覚醒しないままゲートから開放され、ここまで歩いてきたんだろう」

 

 

「?それは、えと……つまり、寝ぼけていた、と……?」

 

 

「一種の夢遊状態だね。彩人君が倒れたところで、ちょうどマシュが声を掛けたのさ。見たところ異常はないが、万が一という事もある。出来れば医務室まで送ってあげたいところなんだが……」

 

 

うーんと、レフは何やら困った調子で懐から取り出した懐中時計を開き、時刻を確認していく。

 

 

「すまないね、もう少し我慢してくれ。じき所長の説明会が始まる。君も急いで出席しないと」

 

 

「所、長……?説明会、ですか?」

 

 

「ああ。ここカルデアの責任者にして、ミッションの司令官だよ。時計塔を統べる十二貴族の一つとして、それなりに有名な名前なんだが……まぁ、所長を知らなくてもマスターとしての仕事に影響はないし、問題ないな」

 

 

「や、それはそれで後から何か問題になりそうな気がしなくもないと言うか……」

 

 

と言うか、上司の責任者をそんな軽く扱っていいのかとツッコミたい気持ちが山々なのだが、当のレフは「だいじょーぶだいじょーぶ」と軽い感じで笑うばかりで特に気にしておらず、そんなレフの調子から彩人も「それならまぁ……」と納得した中、二人の会話を聞いていたマシュが突然挙手し、口を開いた。

 

 

「レフ教授、先輩を管制室にまでご案内してもよろしいですか?」

 

 

「うん?あぁ、いいよ。一緒に行こう。君も、それでいいかな?新人君?」

 

 

「あ、はい。助かります」

 

 

なにせまだカルデアに着いたばかり。管制室とやらが何処にあるのかも分からないので、案内してもらえるというのなら大変助かる。

 

 

なので、わざわざ案内役を買って出てくれたマシュにお礼を言おうと彼女に目を向けるが、其処でふと、彩人は先程から気になっていた疑問を思い出した。

 

 

「あの……ところで、君はなんで、俺を先輩と?」

 

 

「……………………」

 

 

彩人が疑問に思ったのは、先程初めて会った時からマシュが自分を呼ぶ時に使う「先輩」という呼び方。

 

 

見た目からして恐らくマシュは自分より一個下ぐらいだと思うので、その呼び方もまあ珍しくはないだろうが、何故わざわざ"先輩"呼びなのか。

 

 

それが気になるあまり、彼女本人にその理由を問い質してみるが、その事を指摘されたマシュは何やら照れた様子で黙って俯いてしまい、そんな彼女に代わり、レフが歩きながら説明し始めた。

 

 

「まぁ、あまり気にしないで。彼女にとって、君ぐらいの年頃の人間はみんな先輩なんだ。でも、はっきりと口にするのは珍しい……いや、もしかして初めてかな?私も気になってきたな……ねぇマシュ。なんだって彼が先輩なんだい?」

 

 

「理由……ですか?」

 

 

レフにまでそう問われ、マシュは淡い桃色の髪を僅かに揺らしながら顔を上げて、改めて彩人の目を見つめる。その拍子に、前髪が覆って隠されていた彼女の左目が露わになる。

 

 

まるで彩人の心の内まで探るように眼鏡の奥から見つめてくる円らな紫の瞳に、少し病的と思えるほどに色白い透き通った肌と、触れたら柔からそうな艶っぽい唇。

 

 

異性と視線を交えると自ずとそういった女性的な部分に目が向いていってしまい、自分の視線が自然とそれらを捉えていると気付いた彩人が「ぅっ……」とどぎまぎして思わず目を泳がせると、マシュは彩人を見つめたまま妙に自信に満ちた声音ではっきりと告げた。

 

 

「彩人さんは、今まで出会った人の中でいちばん人間らしいです」

 

 

「ふむ。それは、つまり?」

 

 

「まったく驚異を感じません。ですので、敵対する理由が皆無です」

 

 

「なるほど、それは重要だ!カルデアの人間は一癖も二癖もあるからね!私もマシュの意見には賛成だなぁ。彩人君とはいい関係を築けそうだ!」

 

 

「は、はははっ……それは、どうもっ……」

 

 

恐らく人生で初めて同年代の娘と見つめ合いをした末に、何だか良くわからない評価を頂き、それを聞いて何故か上機嫌なテンションで笑うレフという良くわからない状況から、若干お疲れ気味な表情で苦笑いを浮かべる事しか出来ない彩人。

 

 

魔術の世界の人達ってこんな変わり種ばっかなのだろうか……と、既に今の時点で前途多難な予感を覚え始める彩人の隣で、レフの台詞を聞いたマシュが途端に不安げな顔を浮かべ始めていた。

 

 

「レフ教授が気に入ると言う事は、所長がいちばん嫌うタイプの人間という事ですね。…………先輩。このままトイレにこもって説明会をボイコットする、という手も考えた方が良いかと」

 

 

「……え?マジで?」

 

 

「止めといた方がいい。それじゃますます所長に目を付けられる。ここは運を天に任せて、出たとこ勝負だ。ほら、管制室に着いたぞ……虎口に飛び込むとしようじゃないか、彩人君。なに、慣れてしまえば愛嬌のある人だよ」

 

 

「え"っ、い、いや、あの、運とか出たとこ勝負とか言われましてもっ……!俺、何か良くわからないけどラックに関しては父さん寄りらしくてっ、その辺の運要素は空っきしっ―ドォンッ!―でぇええええええッ!!?」

 

 

「まあそう言わず、何事も挑戦だよ。成せば成る!」

 

 

「……その言い回しは、成らなかった時の事を一切考えてないようにも聞こえますが……」

 

 

なにやら不穏な事を口にする二人のせいで身構える彩人の言い分を無視し、扉を開けた管制室に背中を押して彩人を投げ込む楽しげなレフ。

 

 

そんな二人のやり取りに溜め息をこぼしつつ、マシュも彩人とレフの後を追って説明会の開始時間がすぐそこに迫る管制室へと足を踏み入れるのあった。

 

 

 

 



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プロローグ③

 

―カルデア・中央管制室―

 

 

レフとマシュに案内され、新人マスター達へのデモストレーション(説明会)が開かれると言う中央管制室に足を踏み入れた彩人(実際は半ば強引に背中を押されて、だが)。

 

 

室内は想像していたより広く、中央には既にそれぞれに設けられた席に座って並ぶ彩人以外の47人のマスター達が揃っており、その壮観な光景に彩人も「おぉっ……」と思わず声を零して圧倒される中、彩人とレフの後に続くように管制室に入ったマシュが彩人の前に出て口を開く。

 

 

「ここが管制室です。先輩の番号は……一行台、最前列ですね。所長の真正面とは、素晴らしい悪運です」

 

 

「この場合、それは褒め言葉にはならないんじゃないかな……」

 

 

何せ自分はつい先程その所長さんに嫌われるタイプだと彼女の口から申告されたばかりだし、しかもそれがよりによって真正面から顔を突き合わせることになるとは気まずさしかない。

 

 

しかしそんな彩人の心境など他所にレフとマシュは自分達の定位置にそそくさと向かっていき、そんな二人の背中を僅かに恨めしそうに見送りながらも「仕方ないか……」と観念し、マシュに教えられた列の最前列に向かっていく。

 

 

(えぇっと、空いてる所、空いてる所……アレ、何か見つかんないな……?途中で見落としたか……?)

 

 

「―――君、もしかして最後のマスターさん?」

 

 

「……え?」

 

 

室内の照明が低いせいか、思いのほか空いた席が見つからず少しばかり焦りを覚え始めてた所を背後から誰かに声を掛けられ、振り返る。

 

 

すると其処には、見た目的に彩人と同年くらいだろうか。まだ幼さが残る顔立ちに茶色い髪、ピンク色の花柄が特に目立つ服装が特徴の少年が立つ姿があり、もしやあまりにグズグズしているものだから他のマスターが見兼ねて声を掛けてきたのだろうかと思い、彩人は申し訳なさそうに頭を掻きながら頭を下げた。

 

 

「えと、すみません、何か迷っちゃったみたいでっ。番号だと最前列らしいんですけど、どの辺かまでは暗くてちょっと分からなくて……」

 

 

「あ、いや、気にしないで。もし良かったら案内するからさ、番号教えてもらえる?」

 

 

「え、あ……はい」

 

 

少年の予想外の親切に少し驚きつつも、若干戸惑い気味に先程マシュから教えてもらった番号を告げると、「あぁ、そこか」と知ってる素振りで彩人を手招きして歩き出し、彼の後を付いていくと、証明の当たり具合によって僅かに見え辛くなっていた空いた席を少年が指差した。

 

 

「あった!多分あそこだと思うよ?」

 

 

「ああ、良かった……。ありがとうございます。すみません、わざわざっ」

 

 

「いいよお礼なんて。ほら、困った時はお互い様って言うし。俺も喚ばれて最初の頃はここの勝手が分からなくて散々迷ったことあったから、気持ちは分かるしさ」

 

 

そう言って人当たりの良さそうな笑みを浮かべる少年。そんな彼の笑みに釣られて彩人も思わず笑いをこぼすと、まだ彼に名乗ってなかった事に気付いて顔を上げる。

 

 

「そう言えばまだ名乗ってなかったですよね。俺、遠坂彩人って言います。あなたは……」

 

 

「ああ、俺はタケル。天空寺タケルって言うんだ。よろしく、彩人君」

 

 

「いえ、こちらこそ。……その、タケルさんもマスター候補として、カルデアに?」

 

 

「あ……いや、俺はマスターじゃなくて―――って、これ以上は長話は出来ないな……。もう説明会の時間だし……それに……」

 

 

「…………」

 

 

チラッと、茶髪の少年……"天空寺タケル"が恐る恐る横目で見る方には、管制室の隅で両腕を組み、苛立ちを露わに人差し指をトントントンと忙しなく動かしながら険しい顔で彩人達を睨む白に近い銀髪の女性の姿があり、そんな彼女の様子を目にしたタケルは額から冷や汗を流しつつ、申し訳なさそうに彩人に両手を合わせた。

 

 

「ごめんっ、俺もそろそろ引っ込まないと……!また後で話そう!じゃ!」

 

 

「え、あ、はい……あ、ホントにありがとうございます!助かりました!」

 

 

何処か怯えた様子で慌てて走り去っていくタケルにもう一度お礼を叫ぶと、タケルの方も走りながら振り返って手を振って応え、そのまま説明会に参列した他のカルデア局員達が並ぶ列に並んでいく。

 

 

(タケルさんもカルデアの人だったのか……俺と大して歳も変わらなそうなのに、凄いなあ……)

 

 

そんな尊敬の念を密かに内心抱きつつ、彩人もタケルに教えてもらった席に腰掛ける。

 

 

それを確認したのか、彩人達を睨んでいた女性は険しくしていた眼光を僅かに緩め、気合いを入れ直すかのように一度咳払いした後、カツカツッとヒールの音を鳴らしながら48人のマスター達の前に立ち、腰に手を当てて声を張り上げた。

 

 

「……時間通りとはいきませんでしたが、全員揃ったようですね。特務機関カルデアにようこそ。所長のオルガマリー・アムニスフィアです」

 

 

(あの人が所長か……想像していたよりずっと若いんだな……)

 

 

外見的に二十代前後ぐらいだろうか。

 

 

雰囲気的に一見高飛車でキツそうな印象だが、長く艶っぽい白っぽい銀のロングヘアーに、佇まいからして育ちの良さが伺える気品ある佇まい。

 

 

彩人の想像ではもっと高齢の規律に厳しい厳格な男性の顔を思い浮かべていたが、そんな稚拙な想像に反して現れた女性……カルデアの局長である"オルガマリー・アムニスフィア"は、目の前のマスター候補生達の顔を見渡しながら毅然とした口調で語り続ける。

 

 

「あなたたちは、各国から選抜、発見された『マスター適性』という特別な才能を持つ人間です。―――とは言え、あなたたち自身はまだ未熟な新人だと理解なさい。ここカルデアは、私の管轄です。外界での家柄、功績は重要視しません。まず覚える事は、私の指示は絶対だと言う事。私とあなたでは、立場も視座も違います。意見、反論は認めません。あなたたちは、類史を守るためだけの、道具に過ぎない事を自覚するように」

 

 

(……は?ど、道具……?)

 

 

―ザワザワザワザワッ……―

 

 

淡々とした声で説明を続けるオルガマリー。

 

 

しかしその内容は耳を疑うかのような暴力的なモノであり、話を聞いていた彩人も思わず呆気に取られて空いた口が塞がらぬ中、会場全体からもどよめぎが広がり、誰もがその顔に困惑の色を浮かべている。

 

 

だが、オルガマリーはそんな反応などお構いなしに叫ぶ。

 

 

「静粛にっ!私語を控えなさいっ!……いいですか?今日というこの日、我々カルデアは人類史において偉大な功績を残します。学問の成り立ち。主教という発明。航海技術の獲得。情報伝達技術の着目。宇宙開発の着手。そんな数多くある、『星の開拓』に退けを取らない―――いえ、すべての偉業を上回る偉業。霊長類である人の理――――即ち、"人理"を継続させ、保障すること。それが私達カルデアの、そしてあなたたちの唯一にして絶対の目的です」

 

 

(人理を継続、保障……だから"人理継続保障機関"、なのか……)

 

 

此処に来るまでその名称の意味が良く理解出来なかったが、オルガマリーの説明を聞いて漸くその意味に納得し頷く彩人。そんな彩人を他所に、オルガマリーの演説はまだまだ続いていく。

 

 

「カルデアはこれまでこの工房で、多くの成果を出してきました」

 

 

 過去を観測する"電子脳魔ラプラス"の開発。

 

 

 "地球環境モデル カルデアス"の投影。

 

 

 "近未来観測レンズ シバ"の完成。

 

 

 "英霊召喚システム フェイト"の構築。

 

 

 "電子演算機 トリスメギストス"の起動

 

 

「―――これらの技術を下に、カルデアは百年先までの人類史を観測してきました。頭上を見なさい……コレがカルデアが誇る最大の功績―――高度の魔術理論によって作られた地球環境モデル、わ・た・しの、カルデアスです」

 

 

そう言いながら頭上を指さし、何処か勝ち誇るようなドヤ顔を見せるオルガマリーの指先を追い、マスター達の視線が一斉に上に向けられていく。其処には……

 

 

 

 

 

―ブォオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ…………―

 

 

 

 

 

「……なんだ……アレ……」

 

 

 

 

 

呼吸を忘れ、呆然とした声が思わず口からこぼれ出る。

 

 

だが、その反応も無理もない。

 

 

彩人が目にしたのは、複数の巨大なリング状のパーツに囲まれ、その中央に収められる形で浮かぶ巨大な『天体』らしき物体……。

 

 

一見直径6メートルぐらいの大きな地球儀にも見えるが、それにしては見た目がリアル過ぎる。

 

 

よく出来た立体ビジョンにしては星の輝きが作り物臭くなく、まるで呼吸をしているかのように脈を打っている感覚がこちらにまで伝わってくる。

 

 

一言で表せば、生々しいのだ。

 

 

まるで本物の地球が小型化され、すぐ目前にあると錯覚してしまいそうなほどリアルなソレを見て一同が言葉を失う中、そんな彩人達の反応に気を良くしたオルガマリーが得意げに再び口を開く。

 

 

「コレは惑星に魂があると定義し、その魂を複写して作られた、"極小の地球"です。我々とは異なる位相にある為、人間の知覚・知識では細かな状況は読み取れません。ですが表層にあるもの……大陸に見られる都市の光だけは専用の観測レンズ、シバによって読み取れます。このカルデアスは、『未来の地球と同義』なのです」

 

 

(!それじゃ今俺が見ているアレは、未来の地球の姿……って事になるのか……?)

 

 

それが本当なら、確かに所長の言う通り、これは今までの人類史に在ったどの偉業をも超える世紀の発明と言っても過言じゃないだろう。

 

 

何せこれにより、人類が長年夢見た「未来を視る」という幻想を形にして実現したことになる。

 

 

そんなフィクションの中でしか見たことのない夢の装置を実際に目の当たりにし、感動の念すら覚えてカルデアスを見上げる彩人だが、今まで得意げにカルデアスについて話していたオルガマリーの表情に、不意に曇りが差した。

 

 

「カルデアスに文明の光が灯っている限り、人類史は百年先の未来まで約束されています。だって光がある限り、都市には人間が暮らし、文明が継続されている事を証明しているのですから。ですが―――レフ、レンズの偏光角度を正常に戻して」

 

 

管制室内にある機器の前に待機していたレフにオルガマリーがそう指示すると、レフはオルガマリーの指示通りに黙々と機器を操作する。

 

 

次の瞬間、今まで美しい青の輝きを放っていたカルデアスから徐々に光が消え失せていき、やがて光が一切失われた黒い星へと変色してしまった。

 

 

「―――現状は見ての通りです。半年前からカルデアスは変色し、未来の観測は困難になりました。今まで観測の寄る辺になっていた文明の明かり、その大部分が不可視状態になってしまったのです……観測の結果、地球に人類の明かりが確認出来るのは、今から一年後まで。つまり人類はあと一年を持って、絶滅する事が観測――――いえ……"証明"されてしまったのよ」

 

 

(な……)

 

 

重々しい口調と共にオルガマリーの口から告げられたのは、あまりに衝撃的で、突拍子もない話。

 

 

人類が、残りあと一年で絶滅する未来が訪れる……。

 

 

突然宣告されたそんなあまりにスケールの大き過ぎる話に、彩人はいよいよ思考の容量がパンク気味になる程の衝撃を受けて愕然とするも、そんな素人の彩人と違って専門の知識を有する周りの候補生達が再びざわめきながらも聞き慣れない単語で意見を交わす会話が耳に届くが、それらを黙らせるかのように、オルガマリーが声の声量を強めて話を続けていく。

 

 

「言うまでもなく、ある日突然人類史が途絶えるなんて有り得ません。私たちはこの半年間、この異常現象……未来消失の原因を究明しました。現在に理由がないのなら、その理由は過去にある。我々はラプラスとトリスメギストスを用い、過去2000年まで情報を洗い出し、今までの歴史になかったもの、今までの地球に存在しなかった異物を発見する試みです。その結果、遂に我々は新たな異変を観測しました……それがここ―――」

 

 

オルガマリーの説明と共に、黒く変色したカルデアスの偏光が修正されて先程の青い姿へと戻り、日本のある地方の座標が表示されていく。

 

 

だが、その場所は……

 

 

「空間特異点F。西暦2004年、日本のある地方都市です」

 

 

(……アレ……ちょっと待てよ……此処ってもしかしなくても、冬木市……じゃないか……?)

 

 

そう。カルデアスに表示されたの見間違う筈もない、彩人も見覚えのある地方地図……。

 

 

両親の故郷であり、桜や大河が住む自分にとっても慣れ親しんだ町……紛れもない、冬木市の座標だったのだ。

 

 

そんな町に、一年後に地球上の人類が滅亡するきっかけとなる存在がある。

 

 

一体どういうことか……と、最早困惑が極まる彩人が目を剥いてカルデアスに映し出される地図を見つめる中、オルガマリーは冬木市の地図を指して説明を続ける。

 

 

「ここに、2015年までの歴史に存在しなかった観測出来ない領域が発見されたのです。カルデアはこれを、人類絶滅の原因と仮定し、霊子転移……レイシフト実験を国連に提案、承認されました」

 

 

(……レイシフト?)

 

 

「レイシフトとは、人間を霊子化させて過去に送り込み、事象に介入する行為です。……端的に言えば過去への時間旅行ですが、これは誰にでも出来ることではありません。優れた魔術回路を持ち、マスター適性のある人間にしか出来ない旅路です」

 

 

(……魔術回路……)

 

 

その単語は確か、一週間前にスタッフや、先程レフからも聞かされた言葉だ。

 

 

それが何かは未だ分からないが、確かレフの話では、自分はその魔術回路とやらを持たないという話を聞かされてるのだが……

 

 

(……それが実験に必要なのだとしたら、何であの人は回路を持たないっていう俺をそんな重要そうな実験に……?可能性があるからって話だったけど、本当にそれだけで……?)

 

 

「これより一時間後、初のレイシフト実験を行います。第一段階として、成績上位者8名をAチームとし、特異点Fに送り込みます。Bチーム以下は、彼等の状況をモニターし、第二実験以降の出番に備えなさい」

 

 

―ザワザワザワザワッ……―

 

 

此処に来て、魔術回路を持たない自分を招いた本人であるレフへの疑問を抱き始める彩人を他所に、オルガマリーがミッションの内容を伝えつつ準備を促す。

 

 

……だが、他の候補生達は今までのオルガマリーの話に対して未だ動揺、或いは彼女の高慢的な態度から疑いを露わにざわめき、オルガマリーも何時までも動き出そうとしない彼らに痺れを切らして手を叩き、声を荒げた。

 

 

「ちょっとっ、何をしているのっ!?やるべき事は説明したでしょっ?!それとも、まだ質問でもあるのっ?ほら、其処のキミ――」

 

 

「…………えっ?あ、俺……ですか?」

 

 

「キミよ、遅刻したキミ!……特別に質問を許してあげます。首を傾げているけど、何が不満なのっ?」

 

 

「あ、いや、そのっ……」

 

 

マズい。まさか他に考え事をしていて話を聞いてなかったなどと知られれば、何を言われるか。

 

 

傍から見てもいつ癇癪を起こしても不思議ではないイライラオーラを露わにする目の前のオルガマリーに対し、彩人はだらだらと冷や汗を流しながらも取りあえず席から立つと、一先ず先程の話と自分が有するSF的な疑問を織り交ぜて疑問を投げ掛ける。

 

 

「ええっと……そもそも、タイムスリップなんて可能なんですか……?それに過去を改変したりして、問題は―――?」

 

 

急場しのぎの質問だが、わりと自分にとっても大事な疑問を含めた質問だ。

 

 

所詮は作り物の話ではあるも、過去を改変した際に起こるタイムパラドックス的な話は良く耳にするし、特に今回の場合は過去の冬木市に介入するとあって、自分にとっても他人事で済ませられる話じゃない。

 

 

あの年には自分の両親も冬木にいたと言う話を聞かされていたし、改変した結果、自分の身の周りが何か変わる可能性もあるのでは?という素朴な疑問なのだが、質問を受けたオルガマリーは一瞬ピクッと片眉を揺らし、直後に落胆した様子で溜め息を吐いた。

 

 

「あなたね……"特異点"、と聞いて分からないのっ?」

 

 

「?……すみません、全然分かりません。そもそも、特異点ってなんですか?」

 

 

「……頭が痛いわ……こんな初歩な時空論も知らない人間を寄越すなんて、協会は何を考えてるのかしらっ……キミは何処のチーム?ちょっと、ID見せてっ」

 

 

「……?はい……」

 

 

言われるがまま、ポケットからIDカードを取り出してオルガマリーに手渡す。

 

 

オルガマリーも受け取った彩人のIDカードを流し目で確認していくが、次第にその顔がみるみると険しくなっていく。

 

 

「なにこれ……配属が違うじゃない!一般協力者で、しかも実戦経験も仮想訓練も、魔術回路も無しっ?!レフ!レフ・ライノールっ!!」

 

 

「ここにいますよ所長。どうしました、何か問題でも?」

 

 

「問題だらけよいつもっ!いいからこの新人を1秒でも早く叩き出してっ!最低限の条件さえもクリア出来てないど素人を投入するなんてっ、私のカルデアを馬鹿にしてるにも程があるわっ!」

 

 

「あー……そういうコトですか……ですが所長、彼にもマスター適性は確かに検出されてるんです。魔術回路に関しても、どうやら彼は特異体質なようなだけで素養自体はある。カルデアの医療機器で詳しく調べれば、外部から回路を生成する事も―――」

 

 

「そんな悠長な時間なんてある訳ないでしょっ!何の経験も、しかも最低限の魔術回路さえ持たない素人なんか投入して私のカルデアスに何かあったらどうするのっ!?いいからロマニにでも預けてきて!アイツの治療でもダメなら必要ないっ、さっさとカルデアから放り出しなさいっ!此処は託児所じゃないんだからっ!」

 

 

そう言って一通り捲し立てるように怒鳴り散らしたオルガマリーは最後に彩人を険しい眼光で睨み付けた後、「ふんっ……!」と不機嫌を露わに踵を返し、他のマスター候補生達へのミッションの説明を再開していく。

 

 

「むう……これは完全に嫌われたものだね……仕方ない、取りあえず命令には従うか。マシュ、彩人君を個室に案内してくれ」

 

 

「了解です。お話は聞いていました。先輩を個室までご案内すればいいのですね?」

 

 

「助かるよ。私はレイシフトの準備があって同行出来ないんだ。……すまないね、彩人君」

 

 

「いえ、俺の方こそ、なんか怒らせちゃったみたいでスミマセン……。ありがとうございます」

 

 

「なに、礼には及ばないさ。

 

 

 

―――君は本当に運が良いからね」

 

 

「……え……?」

 

 

申し訳なさそうに頭を掻いて礼を告げる彩人の脇を通り過ぎる際、レフがボソッと口にした意味深な言葉……。

 

 

其処に何か言い知れぬモノを直感で感じ、思わず振り返りレフの姿を目で追うも、レフは何事もなかったかのように他のスタッフとレイシフトの準備の進めながら自分の仕事に戻っていた。

 

 

(……気のせい、か……?いやでも、何だろう……今、妙な寒気が背筋を走ったような―――)

 

 

「―――先輩……先輩?聞こえてますか?」

 

 

「……っ!あ、あぁ、マシュ?ごめん、何っ?」

 

 

「いえ、そろそろ先輩の先輩ルームにご案内しようかと思いまして……どうかしましたか?」

 

 

「あー……や、なんでもないよ。多分気のせいだ」

 

 

恐らく聞き慣れない魔術の話に加えて、立て続けに衝撃的な話を聞かされ続けたものだから変に感覚が麻痺してるのかもしれない。

 

 

我ながら免疫ないなぁ……などとそんな自分に対して苦笑しつつも、取りあえずこれ以上オルガマリーを怒らせないようにマシュの案内に従おうと、オルガマリー達を残し管制室を後にしていくのであった。

 

 

 

 

 



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プロローグ④

 

 

―カルデア・通路―

 

 

オルガマリーの顰蹙を買い、半ば叩き出される形でマシュと共に管制室を後にした彩人。一先ず説明会が終わるまでは自分に充てがわられた部屋で待機しておこうと言う事になり、部屋までマシュに案内される道中で先程の管制室での件を話していた。

 

 

「先輩、着任早々災難でしたね……。ですが、所長の癇癪にも同情の余地アリです。失礼ながら、先輩はカルデアについて無知過ぎます」

 

 

「あははっ……まぁ、確かに……正直、パンフレットで分かる部分だけ読んだ程度の知識しかなかったから、さっきの説明会も殆ど置いてけぼりになってたよ……。そんなにわか知識の奴が何食わぬ顔であの場に混ざってたら、所長さんが怒るのも無理ないよな」

 

 

「全くです。今の先輩は、言ってしまえばうっかり迷い込んだレベルです。ほぼネコと同義です。……まぁ、私も同じようなものですが……」

 

 

「?そうなのか……意外だな……。俺よりもマシュの方がずっと色々詳しそうだと思ったけど」

 

 

「いえ、それは買い被り過ぎです。務めて二年になりますが、私もよくは分かりません……のんびり忍び込んだレベルです。ほぼワニと同義です……」

 

 

「そ、そうなんだ。ワニなんだ……ワニ……?」

 

 

「はい……。私の知識も先輩と同じで、パンフレットにある程度ですが、先輩の為に復唱します」

 

 

マシュの独特な謎比喩に密かに首を傾げる彩人の反応に気付かず、彩人に改めてこのカルデアについて説明する為、一拍置くように眼鏡の位置を直して話し出すマシュ。

 

 

「ここ、人理保障機関カルデアは人類史を永く、何より強く存続させる為、魔術・科学の区別なく研究者が集まった観測所……。人類の決定的なバットエンドを防ぐ為に、各国共同で設立された特務機関なのです」

 

 

「特異機関、か……だからネットで幾ら調べても分からなかったんだな……」

 

 

「その通りです。カルデア設立の出資金も各国合同で行われてるぐらいですから、その情報統制も抜かりありません。因みに出資金の大部分などは、アムニスフィアが出資しています」

 

 

「……アムニスフィア……あ、さっきの所長さんと同じ?って事は……」

 

 

「はい、オルガマリー所長のご実家ですね。所長は悪党ではありませんが、悪人です。気に入らないスタッフは、平気でクビを切ります。―――あ、いえ……どうでしょう?性格が悪い人だから悪人……と言っていいのでしょうか?」

 

 

むう?、と顎に手を添えて何やら思案するマシュ。しかし納得のいく答えは得られなかったのか、若干申し訳なさそうな顔でペコリと頭を下げた。

 

 

「すみません……先輩を励ましたいのですが、お洒落な台詞回しとか、ちょっと慣れてなくて……」

 

 

「ああ、いや、気にしなくていいよ。その気持ちだけでも十分嬉しいし、マシュが言いたい事も何となく伝わったからさ」

 

 

マシュが伝えったかったのは恐らく、要点だけ掻い摘めばあの所長も根っからの悪い人ではない、という事だろう。

 

 

それは何となく分かるような気がする、と、先程あれだけ彼女に罵られたにも関わず、彩人が所長に抱いた印象はそれほど悪く感じてはいない。

 

 

そう思える訳は色々あるにはあるのだが、1番の理由はやはり、カルデアや未来消失という絶望的な事態に対してもしっかり向き合っているのが感じられるからか。

 

 

莫大な資金が出資されているカルデアをあの若さで責任者として背負い、しかも其処へ人類滅亡などという突拍子もない絶望の未来を防ぐ使命なんて想像も付かない重みが積み重なっているにも関わらず、それでも自分の役目を果たそうとしてる。

 

 

本当に根っからの悪人ならば人類を救おうなどと考える筈もないだろうし、それよりもレイシフトを悪用して好き勝手に過去を改変する事だって出来ただろうに、あの所長からはそんな野心の欠片も感じられない。

 

 

(もし俺が同じ立場だったら……いや、とてもじゃないけど考えられないよな……。きっと途方もない重みで、耐え切れずに全部放り投げて逃げ出してしまうのが関の山だろうし……)

 

 

そう考えれば、やはり彼女は凄い人なのだろう。正直尊敬の念すらも覚える。

 

 

寧ろ半端な気持ちでここに来て、その真剣な気持ちに水を指すような真似をしてしまった自分の方に非があるし、人類の存亡を掛けた絶対に失敗出来ないミッションだと考えれば先程の彼女の言い分も最もだ。

 

 

(やっぱり、俺には最初から向いてなかったのかもな……そもそも人類の危機なんて大事な瀬戸際の時に、父さんと母さんと同じ世界を見てみたいだなんて、子供染みたこと考えて……)

 

 

「……先輩?どうかしましたか?」

 

 

「……うん?ああ、なんでも……ちょっと自分の浅はかさを反省してたって言うか―――って、危ないっ!?」

 

 

「え……『フォウッ!』きゃっ?!」

 

 

これじゃ先程のマシュの言う通りだなと、無知な自分の至らなさに自己嫌悪していた最中、心配そうに顔を覗き込むマシュの背後から猛スピードで迫る影に気付いて彩人が声を荒げる。マシュもその気配に反応して咄嗟に振り返ると、白い影……先程何処かへと去っていった筈のフォウがマシュの顔に目掛けて勢いよくジャンプし、マシュも驚いた拍子にそのまま床に尻餅を着いて倒れ込んでしまった。

 

 

『フォウ、フォーウ!キュー!』

 

 

「フォウ?!ちょっ、いきなり何やってっ……!大丈夫かマシュっ?!」

 

 

「いつつっ……い、いえ、いつもの事ですっ。問題ありません……。フォウさんは私の顔に奇襲をかけ、そのまま背中に回り込み、最終的に肩へ落ち着きたいらしいのです……」

 

 

『フォウ!』

 

 

「な、成る程……日常茶飯事、って奴か……とにかくほら、立てるかっ?」

 

 

新たに判明したマシュ達の奇妙な習慣に対して少し反応に困りつつも、彩人はマシュが起き上がりやすいように手を貸そうと右手を差し伸べる。すると、それを目にしたマシュは「あ……」と何やら驚いた顔で僅かに目を見開き、自身の右手を見下ろした後、彩人の右手を徐ろに掴んで握り、ゆっくりと引き起こしてもらった。

 

 

「よっとっ……大丈夫?腰打ってたけど、どっか怪我とかは……」

 

 

「いえ、大丈夫です。すみません、お手を煩わせて……」

 

 

「いや、いいよ。マシュには此処に来てから何度も助けられてるし、これぐらいはさ」

 

 

「…………」

 

 

そう言って気にしなくていいと、何処か母親の面影のある笑みで笑い掛ける彩人。すると、マシュも何やらまじまじとそんな彩人の顔を見つめた後、先程彩人と手を握った自身の右手に目を落としていく。

 

 

「……?マシュ?どうかしたか?」

 

 

「……!あぁ、いえ、何でもありません。ただ少し、何と言うか……今まで誰かと直接手を繋いだ事なんて殆どありませんでしたので、少し、新鮮だったと言いますか」

 

 

「……新鮮?」

 

 

それはどういう意味だろうかと、何処か貴重な体験をしたと嬉しそうに微笑むマシュの意味深な言葉に対して訝しげな声を漏らす彩人だが、その疑問を彼女に直接問い質す前に、目的地である個室の前に辿り着いてしまった。

 

 

「ああ、着きました、此処ですね。先輩、こちらが先輩用の個室となります」

 

 

「あ……あぁ、そっか。ここまでありがとう。……ところで、マシュは何チームなんだい?」

 

 

「ファーストミッション、Aチームです。ですので、すぐに戻らないと」

 

 

「ああ……そう、なんだ……」

 

 

つまりマシュと会えるのも、もしかしたらこれで最後になるかもしれないという事か。

 

 

なにせ自分は最低限の条件であるとされる魔術回路をどうにか出来なければ、すぐにでも此処を追い出される事になる。

 

 

彼女がミッションから帰った時には、果たして自分はまだこのカルデアに残っていられてるのだろうかと、もう彼女に会えないやもしれないという可能性を考えて彩人が内心少し寂しさを募らせていると……

 

 

『キュー……キュッ!』

 

 

―ピョンッ!ガバァッ!―

 

 

「どぉおおおおッ?!ちょっ、何だっ?!フォウっ?!なに急に顔に張り付いてっ?!」

 

 

「ふふ、フォウさんが先輩を見てくれるのですね。これなら安心です」

 

 

「いやマシュも笑ってないで助けっ、イッタァッ?!ちょっ、爪ぇええっ!!爪が顔に食い込んでるいだだだだだだだだだだだだだだァッッッッ!!!!?」

 

 

ガリガリガリガリ!、と爪を立てて彩人の顔に必死に張り付こうとするフォウを絶叫と共に引き剥がそうと試みる彩人と、否が応でも離れまいとして彩人の顔に更に密着していくフォウ。

 

 

そんな二人の攻防戦にマシュも思わず微笑ましげに笑いつつ、管制室に戻るべく、踵を返しながら彩人に向けて別れを告げる。

 

 

「それでは、私はこれで。───運が良ければ、またお会いできると思います」

 

 

「ぐッ!あ、マシュ……!」

 

 

どうにかやっとの事でフォウを顔から引き剥がし、慌ててマシュを呼び止めようとする彩人だが、その頃には既に、マシュの背中は彩人の声が届かない程の距離まで遠ざかってしまっていた。

 

 

「ッ……言っちゃったか……出ていく事になる前に、最後にちゃんと挨拶ぐらいしておきたかったんだけどな……」

 

 

―――運が良ければ、またお会いできると思います。

 

 

去り際に彼女が口にした台詞が頭の中で繰り返し流れ、出来ればそうなれたらいいよなと複雑げに笑う中、彩人が顔から引き剥がしたフォウが手の中から逃れてそのまま腕をよじ登り、背中に回って肩に乗っかっていった。

 

 

「……もしかして、俺が一人にならないようにわざわざ残ってくれたのか?」

 

 

『フォウ、フォー。キュー!』

 

 

「ハハハッ、そっか……じゃあ、まぁ、その心遣いに有り難く感謝しつつ、一緒にマシュの帰りを待つか?」

 

 

まぁ、悲観的になるのはまだ早いだろう。もしかしたら、治療を受けた事で魔術回路を得られる可能性だって無くはないだろうし、希望を捨てずに前向きに考えようと「よしっ……!」と気合を入れ直し、取りあえずマシュかレフでも戻って来るまで待機してようと、彩人は案内された個室に足を踏み入れていくのだった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

―彩人のマイルーム―

 

 

──で……

 

 

「はーい、入ってま――――って、うぇええええええええっ?!誰だ君はっ?!ここは空き部屋だぞっ?!ボクのさぼり場だぞっ?!誰の断りがあって入ってくるんだいっ?!」

 

 

「」

 

 

……自分の部屋だと案内されて入った室内に何故か、台詞からして既にダメ男感が漂う男性が事務机の上にパソコンやら菓子袋やらを開いて散らかし、椅子の上で伸び伸びと寛ぐ姿があったのだった。

 

 

「……いや、あの……ここが部屋だと案内されたんですけど……」

 

 

「え?君の、部屋?ここが?……あー、そっかぁー……遂に最後の子が来ちゃったかぁー……」

 

 

と、あまりのグータラ気味に若干引き気味の彩人の台詞から何かを察したのか、男性は机に寄り掛かりながらしばし残念そうに唸ると、気を取り直して椅子から立ち上がり、笑みを浮かべて彩人に自己紹介していく。

 

 

「いやあ、はじめまして彩人君。予期せぬ出会いだったけど、改めて自己紹介をしよう。ボクは医療部門のトップ、ロマニ・アーキン。何故かみんなからDr.ロマンと略されていてね。理由は分からないけど言いやすいし、君も遠慮なくロマンと呼んでくれていいとも。実際、ロマンって響きはいいよね。格好いいし、何処となく甘くていい加減な感じがするし」

 

 

(……あぁ、ロマンってそういう……)

 

 

ようするに頭がゆるふわ係なんだこの人、と略称の由来をなんとなく察した彩人が微妙な顔で苦笑いを浮かべる中、男性……"ロマニー・アーキン"は彩人の前へと歩み寄る。

 

 

「とにかく、話は見えてきたよ。君は今日来たばかりの新人で、所長のカミナリを受けたってところだろ?」

 

 

「?そうですけど、何で其処まで……」

 

 

「分かるかって?そりゃそうさ、何だってボクも同類だからねー。何を隠そう、ボクも所長に叱られて待機中だったんだ。もうすぐレイシフトの実験が始まるだろ?スタッフは総出で現場に駆り出されているんだけど、ボクはみんなの健康管理が仕事だから。正直やることがなかったんだ。霊子筐体(コフィン)に入った魔術師達のバイタルは機械の方が確実だしね」

 

 

「あー……成る程。で、サボってたところを所長に見付かった、と?」

 

 

「そうそう。「ロマニが現場にいると空気が緩むのよ!」って追い出されて、仕方なくここで拗ねてたのさ。でもそんな時に君が来てくれた。地獄に仏、ボッチにメル友とはこの事さ!所在無い同士、ここでのんびり世間話でもして交友を深めようじゃあないか!」

 

 

「……そもそも、ここって俺の部屋じゃないですかね」

 

 

「うん、つまりボクは友人の部屋に遊びに来たって事だ。ヤッホゥ!新しい友達が出来たぞぅ!」

 

 

(……oh……どうしてこうなった……)

 

 

『…………フウ』

 

 

つい先程まで哀愁な雰囲気に浸っていたところをいきなりハイテンションなダメ男に絡まれ、内心思わずそんな声を溢しながら遠い目を浮かべてしまう彩人。

 

 

ロマンもロマンでそんな温度差に気付かず「君もお酒飲むかい?あ、君は年齢的にまだダメだったかー!ま、実はボクもアルコールは苦手なんだけどね、ハハハハッ!」とグイグイ絡んで来るわ、そんな光景を前にフォウも何処か哀れなものを見るような目で二人を一瞥した後、二人を無視して備え付けのベッドの上に乗り一人寛いでいくのだった。

 

 

 

 

 



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プロローグ⑤

 

―彩人のマイルーム―

 

 

「──成る程、そんな事があったのか……」

 

 

「えぇ、まぁ……。それで所長の怒りを買ってしまって、場合によっては此処を追い出されるかも……みたいなっ」

 

 

それから数十分後。成り行きでロマンのサボりに付き合う羽目になってしまった彩人は、一時はロマンの一方的な一人語りや仕事の愚痴など延々聞かされた後、話の流れから自身の身の上や此処に来る事になった経緯を話す事になり、彩人から一通り話を聞いたロマンは何処か困ったように頭を掻きながら複雑げな笑みを浮かべた。

 

 

「それは災難だったね……けど、出来れば彼女を恨まないでやってくれ。所長も中々複雑な立場でね。三年前に前所長……彼女のお父さんが亡くなって、まだ学生だったのにこのカルデアを引き継ぐ事になったんだ」

 

 

「学生って……そんな若い頃から、ですか?」

 

 

「うん。当時のマリーは、カルデアの維持だけで精一杯だった……そんな時、カルデアスに異常が発見されてね?今まで保障されていた百年先の未来が視えなくなって、協会やスポンサーから批難の声は山のように届いた……加えて、彼女にはマスター適性がない事も判明してね。十二のロードの一つ、魔術協会の天体学科を司るアムニスフィア家……その当主がマスターになれないなんて、スキャンダルも良い所だろ?そんな状況でも、彼女は所長として最善を尽くそうとしてる。この半年間、彼女は心身共に張り詰めて来たんだ。だから、君に辛く当たったのも、何も君が嫌いだからじゃないさ」

 

 

「……そうだったんですか……」

 

 

ロマンから聞かされたオルガマリーのバックボーンを知り、彩人は思わず視線を落として自分の膝の間に座って寛ぐフォウを見下ろす。

 

 

先程の説明会で最初に会った時は自分もキツそうな人だなと思ったし、彼女のあの高慢的な態度には多くの候補生達が反感を覚えていたが、それも全ては、そういった並ならぬ苦労を経験してきた背景があったが故の余裕の無さから来るものだった。

 

 

……そりゃ俺みたいな半端者は目の敵にされて当然かと、ますます彼女に対して申し訳ない気持ちを彩人が覚える中、ロマンは先程聞かされた彩人の話の中で、もう一つ気になる話を指摘してきた。

 

 

「しかし、ボクも報告でチラッと聞いただけだったけど、君って魔術回路を自分で作る事が出来ない体質なんだよね?」

 

 

「?あ……そう、みたいですね……正直、回路を作るって経験をした事がないから、その感覚も分からないし、あんまり実感が沸かなくて自分でも良く分からないんですけど……」

 

 

「ふむ、それは不思議だね……全く魔術の家系が関わっていない一般人ならともかく、君のお母さんは五つの属性全てを兼ね備えた「五大元素使い(アベレージ・ワン)」と呼ばれる超一級の魔術師だ。そんな魔術師の母を母体にしてる以上、例えどんなに魔術の才が無かったとしても、魔術回路が全くのゼロなんて事はあり得ないと思うけど……」

 

 

「は、はぁ……成る程……」

 

 

何かまた良く分からない用語が飛び出してきたが、取りあえず分かるのは母がとんでもなく凄い魔術師であると言う事ぐらいだろうか。

 

 

……というか今更ながら気付いたが、母がそれほどまでにこの世界で名高い有名人であるなら、その息子である自分が魔術師の知識も才能も無いペーペーなどと知られ渡っては母の立場的にとんでもないスキャンダルになるのではないだろうか?と、改めて自分がここにいる問題性に気付き内心冷や汗を流す彩人だが、そのとき突然ロマンの端末に通信が届き、管制室にいるレフの声が響き渡った。

 

 

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?Aチームの状態は万全だが、Bチーム以下、慣れていない者の若干の変調が見られる。これは不安から来るものだろうな。コフィンの中はコックピット同然だから』

 

 

「やあレフ、それは気の毒だ。ならちょっと麻酔を掛けに行こうか」

 

 

『ああ、急いでくれ。いま医務室だろ?其処からなら二分で到着出来る筈だ』

 

 

ピッと、ロマンへの要件を伝え終わったと共にレフからの通信が途絶える。だが、その会話内容を聞いていた彩人は首を傾げ、訝しげな目でロマンの顔を見た。

 

 

「医務室って……あの、ここ俺の部屋ですよね?さっきの管制室まで二分じゃとても……」

 

 

「あー……うんっ、やぁっ、参ったなぁっ、ハハハハハハッ……まぁ、少しぐらいの遅刻なら許されるだろうっ。Aチームに問題はないようだしっ」

 

 

「でも、レフさんは今すぐ来てほしいって言ってましたよ?」

 

 

「おや?レフともう面識があるのかい?」

 

 

「えぇ、ここに着いたばかりの時に色々話を聞かせてもらって……カルデアで技師をしてるって聞きましたけど」

 

 

「そっ。彼は擬似天体カルデアスを観る為の望遠鏡、近未来観測レンズ・シバを造った魔術師だ。因みに、レイシフトの中枢を担う召喚・喚起のシステムを構築したのは前所長。その理論を実現させる為の擬似量子演算機……ようはスパコンだね。これを提供してくれたのが、"アトラス院"。このように多くの才能が集結して、今回のミッションは行われる。だからボクみたいな平凡な医者が立ち会ってもしょうがないけど……ま、お呼びとあらば行かないとねっ」

 

 

そう言って椅子から徐ろに立ち上がりつつも、「やれやれ、いっそ"働いたら負け"って理論もアトラス院で実現してくれたなぁー」などとボヤくロマン。彩人もそんなロマンの愚痴に苦笑いしつつも、話を聞かせてくれたお礼にせめて見送りぐらいしようかとベッドから立ち上がろうとした、その時……

 

 

 

 

 

―…………ブツゥンッ!!!―

 

 

「……ッ!!?えっ?!」

 

 

「ッ?!な、何だっ?!明かりが消えたっ?!」

 

 

 

そう、二人が動き出そうとした矢先に突如室内の明かりが前触れもなく落ち、目の前が真っ黒に染まったのである。

 

 

急に何だ?、と突然の事態に二人も動揺を露わにし、見えないと分かりつつも思わず辺りを見回す中、直後……

 

 

 

 

 

 

―ドッガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーアアアアァァァンッッッ…………!!!!!!!―

 

 

 

 

 

 

 

「……?!今、遠くから何か……?!」

 

 

「まさか……爆発音かっ?!」

 

 

 

視界を暗闇で塞がれる最中、遠方から確かに聞こえた爆音のような音……。

 

 

その不審な物音を耳にして更に混乱を深める二人を他所に、カルデア内にけたたましいアラーム音が鳴り響き、それと同時に無機質なアナウンスが流れ出した。

 

 

『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は、六十秒後に閉鎖されます。職員は、速やかに第二ゲートから退避して下さい。繰り返します―――』

 

 

「そんな馬鹿なっ……!一体何が起きてるっ?!モニターっ!!管制室を映してくれっ!!みんなは無事なのかっ?!」

 

 

突如館内に流れる緊急アラームの内容に驚愕し、ロマンは慌てて端末に管制室の様子をモニターに映すよう指示する。直後、端末の画面に管制室の様子が映し出されるが……

 

 

 

 

 

―ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!―

 

 

「……な……んだ、これ……?」

 

 

 

 

 

モニターに映し出されたのは、正に地獄絵図と呼ぶしか出来ない光景……。

 

 

彩人が知る管制室の姿は其処になく、轟々と燃え盛る炎に包まれ、倒壊した瓦礫や鉄屑に押し潰され床に帯びたしい量の血を広げてゆく死屍累々の数々……。

 

 

その光景を前に彩人も言葉を失って絶句する中、ふと脳裏に先程別れたマシュとの会話が過ぎった。

 

 

「ちょっと待った……管制室ってっ、マシュはっ?!」

 

 

「っ……これは……もう、全員っ……」

 

 

「ロマ二さんっ!!」

 

 

「…………彩人君、君はすぐに避難してくれ。ボクは地下の発電所にいく。カルデアの火を止める訳にはいかない……。もうじき隔壁も閉鎖する、その前に君だけでも外に出るだっ!」

 

 

「けどっ!」

 

 

「ここで君まで死なせる訳にはいかないんだっ!いいねっ?とにかく早く避難するんだぞっ?!」

 

 

そう言って彩人に早急にカルデアから避難するように言い付けた後、ロマンはそのまま急ぎ地下の発電所に向かうべく部屋を飛び出した。

 

 

そして、アラームが鳴り響く部屋に一人残された彩人は唇を強く噛み締め、何か逡巡するようにモニターに映し出された火の海に包まれる管制室をジッと見据えていると、彩人の足下にフォウが歩み寄り顔を見上げて来た。

 

 

『フォーウ……?』

 

 

「──ああ。分かってる……」

 

 

そうだ。何を迷う必要があるか。例え魔術が使えずとも、自分にはこの体がある。

 

 

様々な経験を積んで鍛え上げてきた、何よりも信頼出来る武器があるではないか。

 

 

それさえある限り、出来ない事なんてない筈だ。

 

 

「行こう──マシュを助けにっ!」

 

 

『フォウっ!』

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

部屋の外へと飛び出した瞬間、眼や鼻、喉を突き刺すような黒い煙が通路中に蔓延していた。しかしそれらに見向きもせず、彩人は激しく咳き込みながらもフォウと共に管制室に向かって猛ダッシュで通路を駆け抜けていく。

 

 

(モニターに映っていた管制室は、火の海だった……あれじゃ誰も助かる筈がない……けどもしかしたら、誰か生き残ってる人がいるかもしれないっ……!)

 

 

望みを捨てるな。諦めるな。そう自分に言い聞かせるように心の中で何度も叫びながらアラームが何度も鳴り響く通路を突っ切り、漸く辿り着いた管制室内へと迷いなく踏み込んだ彩人。其処に広がっていたのは……

 

 

―ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ……!!!!!―

 

 

「……ッ……!これはっ……!」

 

 

───モニター越しに見た景色より、より鮮明なリアルな地獄……。

 

 

充満する黒煙に、肉が焼けるような吐き気を催す異臭。

 

 

辺りを見渡しても、生存者は一人も見当たらない。

 

 

唯一無事なのは―――あのカルデアスという地球儀だけだった……。

 

 

『システム レイシフト最終段階に移行します。

 

座標 西暦2004年、1月31日 日本 冬木。

 

ラプラスによる転移保護 成立。

 

特異点への因子追加枠 確保。

 

アンサモンプログラム セット。

 

マスターは最終調整に入って下さい 』

 

 

(アナウンス……?実験はまだ続いてるんだ……もう、誰も生きていないのに──)

 

 

思わず心の中でそう言い切ろうとした瞬間、パァンッ!と乾いた音が響き渡る。

 

 

それは、自分で自分の顔を思い切り叩いた音。

 

 

目の前の地獄に圧倒される、自分に活を入れ直す為のモノだった。

 

 

「しっかりしろっ、違うだろっ……!簡単に諦めるなっ……!まだ生存者がいるかもしれないっ!」

 

 

思い出せ、此処まで来たのは何の為だと、このカルデアに来た当初に出会った彼女の顔を脳裏に思い起こして己を奮い立たせ、燃え盛る業火に焼かれる肌も顧みずに炎の中をただひたすら走り抜け、生存者を探して必死に視線を走らせる。その先に……

 

 

 

 

 

「……………………、ぅ……………………」

 

 

「───ッ!!?マシュッ!!!!」

 

 

 

 

 

轟々と立ち上る炎の向こうに、頭から血を流して床に力なく倒れ伏すマシュの姿を視界の端に捉えた。

 

 

それに気付き、彩人は一目散に炎の中を突っ切り、マシュの下へと駆け寄っていく。

 

 

「マシュっ、良かったっ……!!しっかりっ!今助け───っ!!?」

 

 

あとはマシュを連れて此処を抜け出せばと、彼女の生存を確かめて思わず安堵の吐息を溢しながらマシュを支えて立ち上がろうとするが、彼女の身体を見て、その顔が凍り付いてしまう。何故なら……

 

 

 

 

マシュの下半身──その上に倒壊した機械が降り注ぎ、彼女の腰から下が潰されてしまっていたからだ……。

 

 

「…………」

 

 

「………………、あ……せん、ぱい…………?」

 

 

言葉を失い、絶句する。

 

 

───だが、それも一瞬。

 

 

あまりにも絶望的な状況を前に崩れ落ちそうになる気持ちを踏み止まらせ、頬を伝う汗を拭い去り、マシュを安心させるようになんでもないように笑い掛ける。

 

 

「大丈夫。すぐ退ける。こんな鉄屑、すぐ───」

 

 

「…………いい、です……助かりません、から……それより、はやく、逃げないと…………」

 

 

―ボォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォッッッ!!!!!―

 

 

「……っ?!今度はなんだっ?!」

 

 

マシュの弱々しい声を遮るように、周囲の炎とは別の何かが燃える音が響き渡る。

 

 

ソレに釣られて振り向いた先にあったのは、天体が真っ黒に染め上げられたカルデアス……。

 

 

その地球儀が、突如として次第に"真っ赤"に染まっていき、再び管制室内にアナウンスが鳴り響く。

 

 

『観測スタッフに警告。

 

カルデアスの状態が変化しました。

 

シバによる近未来観測データを書き換えます。

 

近未来百年までの地球において 人類の痕跡は 発見 できません。

 

人類の生存は 確認 できません。

 

人類の未来は 保証 できません 』

 

 

無機質に何度も響き渡る、アナウンスの声。

 

 

その内容は人類の未来、これから先の希望が総て途絶えたこと……。

 

 

つまり、人類滅亡──人理が焼却されたことを意味していたのだった……。

 

 

「…………カルデアスが……真っ赤に、なっちゃいました……いえ、そんな、コト、より───」

 

 

『中央隔壁 閉鎖します。

 

館内洗浄開始まで、あと、18

0秒です 』

 

 

入り口から響く別のアナウンス。

 

 

直後、彩人達が入ってきた扉が封鎖されていき、完全に閉じ込められてしまった。

 

 

「……隔壁、閉まっちゃい、ました……もう、外に、は……」

 

 

「うん……そうだな。一緒に閉じ込められちゃったな。……ま、なんとかなるさ」

 

 

───なんとかなる、か。

 

 

機械の下敷きになったマシュは助け出せない。

 

 

天井は今にも崩れそうで、周りはもう逃げ場がない。

 

 

……それでも、そんな気休めぐらいは、口にしても許されるだろう。

 

 

それでせめて──目の前の彼女の中の不安を、少しでも和らげられるのであれば……。

 

 

『コフィン内のマスターのバイタル 基準値に 達していません。

 

レイシフト 定員に 達していません。

 

該当マスターを検索中……発見しました。

 

適応番号48 遠坂彩人 を マスターとして 再設定 します。

 

アンサモンプログラム スタート。

 

霊子変換を開始 します 』

 

 

「…………あの…………せん、ぱい…………」

 

 

「うん。なんだい?」

 

 

「…………手を…………手を、もう一度…………握ってもらって…………いいですか…………?」

 

 

「……ああ。こんなコトで良ければ、何度でも―――」

 

 

灰や火傷で黒ずんだ右手を服で拭い、しっかりと、マシュの手を掴んで優しく握り締める。

 

 

遠い昔、幼き日の自分が夜が怖くて眠れなかった時、母にしてもらった時のように。

 

 

心なしか、自分の手を力なく握り返すマシュの顔も安堵で和らいでいるように見え、そして……

 

 

 

 

 

『レイシフト開始まで あと

 

 

 3

 

 

 2

 

 

 1

 

 

 全工程 完了。

 

 

ファーストオーダー 実証を 開始 します 』

 

 

―シュウゥゥゥッ…………バシュウゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーウウゥゥゥッッッッ!!!!!!―

 

 

 

 

 

───カルデアスから放たれた光りが、全てを飲み込んでいく。

 

 

火の海に飲まれ、地獄と化した管制室も。

 

 

手と手を繋ぎ合わせる自分とマシュの姿も。

 

 

何もかもが白く塗り潰され、次第に意識すらも遠退いていき、完全に目の前の視界がブラックアウトする寸前―――

 

 

 

 

 

 

『──チョーカイガン!』

 

『ムゲン!』

 

 

 

 

 

 

───何処か遠くから、反響して何かが聞こえ

 

 

視界が暗転する寸前、一枚の"純白の羽根"が、ユラリと目の前を遮ったような気がした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

特異点F    人理定礎値C

 

AD.2004 炎上汚染都市 冬木

 

 

 

 

 



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幕間の物語/英雄の魂を繋ぐ者

 

―???―

 

 

「───ぅ…………っ…………あ、れ…………?」

 

 

辺り一面、白い輝きに包まれた謎の空間。

 

 

何処を見渡しても何もなく、果ても見えぬそんな白い空間の中心にて、何故か力無く地面に倒れ気を失っていた一人の少女……彩人と共にカルデアスの光りに呑み込まれた筈のマシュが重い瞼を開き、目を覚ます姿があった。

 

 

「…………?ここ、は…………え?何処ですか、此処っ…………?」

 

 

意識が覚醒したばかりの為にボーッとしていたマシュだが、次第に頭が冴えてきた共に目の前に広がる見知らぬ謎の空間を目の当たりにして唖然となり、混乱が収まらないまま周囲を忙しなく見渡していく。

 

 

「ど、どうして私、こんな所に……?確か、さっきまでカルデアにいて、「特異点F」へのレイシフトの実験を開始しようと、して―――」

 

 

何故自分がこんな場所にいるのか。此処に至るまでのその経緯を思い出そうとし、今までの記憶を掘り起こしていく内に、マシュの顔色が変化していく。

 

 

 

──レイシフトを開始しようとした直後に起こった、謎の爆発。

 

 

炎に包まれ、燃え盛るカルデアと、一点の曇りもなく赤色に染まったカルデアス。

 

 

崩落した瓦礫に潰された自分の下半身と、そんな自分を見捨てようともせず駆け付けて一緒に閉じ込められ、炎の中、優しく手を握り、傍にいてくれた一人の少年の───。

 

 

「──そう、だ……わたし……私……!先輩……!何処ですか、先輩っ!」

 

 

自分の身に起きた出来事を全て思い出し、マシュは慌てて立ち上がりながら周囲に向けて、大声で自分の傍にいてくれた筈の少年を探していく。

 

 

しかし、その思い出した記憶が確かなら少女は立ち上がれず、そもそもからして生きていられる身体ではない筈なのだが、そんな疑問を抱くよりも先によほど彼の安否の方が大事なのか、マシュは少年の姿を探して今にもその場から走り出そうとした、その時……

 

 

「───マシュ、キリエライトさん……だよね?」

 

 

「……?!えっ……?」

 

 

不意に、背後から自分の名を呼ぶ謎の声に呼び止められた。

 

 

その声を耳にしたマシュは思わず足を止め、反射的に振り返ると、其処には一人の人物……まだ幼さが残る顔立ちに茶色い髪、ピンク色の花柄が特に目立つ服装が特徴の少年が佇む姿があり、マシュは突然現れたその少年を前に驚き思わず後退りしてしまう。

 

 

「あ、貴方はっ……?」

 

 

「あっ、怪しい者じゃないんだ、驚かせてごめんっ……俺は天空寺タケル。仮面ライダーゴーストとして、カルデアに召喚されたサーヴァントの一人なんだ」

 

 

「え……サーヴァント、なんですか……?貴方が……?」

 

 

茶髪の少年……タケルと名乗った彼の姿を見て意外そうに目を見開くマシュだが、その反応も当然だった。

 

 

何せ目の前の少年はとてもマシュが知る英雄像とは程遠い出で立ちをしており、何より、「天空寺タケル」とも、「仮面ライダーゴースト」などという英雄の名にも心当たりはない。

 

 

それ故にマシュは半信半疑に目の前のタケルの姿を頭から爪先まで眺め、タケルの方もそんなマシュの反応から彼女が疑っている事を悟ったのか、困ったように頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。

 

 

「ま、まぁ、信じられないのも無理はないよね……。俺も正直、最初はムサシさん達みたいに英雄として呼ばれるのは違和感があったけど、でも、人理焼却の事を知って、俺にも何か出来る事があるんじゃないかと思って、このカルデアで戦う事を決めたんだけど……まさか、呼ばれて早々、いきなりあんな事になるだなんて……」

 

 

「あんな…………ッ!あ、あの、タケルさんはカルデアがどうなったか、何かご存知ですか?!他の皆さんやスタッフ、先輩は……!」

 

 

「……ごめん。俺もあの爆発に巻き込まれて、瀕死の重傷を負ってしまったんだ……。君だけはカルデアスのレイシフトに呑み込まれた瞬間、最後の力を振り絞ってどうにか手を掴めたけど、それからの事は良く分からない……ただ、最後に見た光景から察するに、多分……あの状況じゃ他に生存者は……」

 

 

「そ、そんな……」

 

 

沈痛な表情で俯き、辛そうに語るタケルから他に生存者がいる可能性は限りなく少ないかもしれないと聞かされ、脳裏に過ぎった少年の顔を思い起こし膝から崩れ落ちるマシュ。

 

 

タケルの方もそんなマシュの姿を複雑げに見つめるも、やがてその表情が真剣なものに変わり、力強さを秘めた声音で口を開く。

 

 

「でも、もしかしたらまだ、希望はあるかもしれない。……この人が、最後に遺した言葉が本当なら」

 

 

「……へ?」

 

 

タケルのその言葉を耳に、マシュが顔を上げて思わず間の抜けたような声でそう聞き返すと、タケルは懐から、まるで眼球をモチーフにしたかのような謎のアイテム……薄紫色の眼球を取り出し、マシュに差し出した。

 

 

「これは……?」

 

 

「俺と同じように、カルデアに召喚されたサーヴァントの一人……そして俺に、自分の力と宝具を君へ与える手伝いをして欲しいと頼んで消えていった、英雄の力が込められた眼魂だよ」

 

 

「英雄の力が、込められた……眼魂(アイコン)……?」

 

 

眼魂という聞き慣れない名に頭上に疑問符を浮かべるマシュ。タケルはそんな彼女の手を取って立ち上がらせると、マシュの目を見つめて重苦しく語り出す。

 

 

「マシュ……君自身、もう察しが付いてるかもしれないけど……君はあの炎の中で、助からない重傷を負い、死んでしまった……それはもう、自分でも分かってるよね?」

 

 

「……それ、は……」

 

 

タケルの口から薄々気付いていた事実を聞かされ、マシュの表情が暗く沈む。

 

 

やはり自分も助からず、他の皆のように死んでいた。

 

 

だとすれば、あの人も……。

 

 

その重い事実を突き付けられ、酷く落ち込むマシュだが、タケルはそんな彼女の絶望を振り払うかのように首を横に振った。

 

 

「でも、希望はまだ消えてはいなかったみたいなんだ。この眼魂の英雄……彼の話じゃ、どうやらあの炎の中で発生したレイシフトは辛うじて成功して、君と、君と一緒にいた少年はソレに巻き込まれ、本来俺達が跳ぶハズだった「特異点F」に向かってる最中にあるらしいんだ」

 

 

「え……それって……じゃあ先輩は、今も無事って事ですかっ?!」

 

 

「うん。彼の話じゃそうらしいよ」

 

 

「あ……ああっ……良かったっ……本当にっ……!」

 

 

彼が無事でいる。それが聞けただけで心が救われ、胸に手を当てて心の底から安堵するマシュ。

 

 

そしてタケルもそんなマシュの姿を見つめながら微笑しつつ、掌の上の眼魂を見下ろす。

 

 

「そして君の事も、この英霊が消滅の間際に力を与えた事で、蘇生させる事が出来た……つまり今の君は、まだ不完全ではあるけれど、半分サーヴァントとして生き返った事になるらしい」

 

 

「え……サ、サーヴァント?私が……ですか?」

 

 

自分がサーヴァントとして蘇った。とてもにわかには信じられないような衝撃的な事実をいきなり口にされ、戸惑いを露わに自分の手を見下ろすマシュだが、その時、彼女の脳裏にあるワード……人間と英霊の融合体、「デミ・サーヴァント」に関する知識が過ぎった。

 

 

「デミ・サーヴァント……まさか、私が……?」

 

 

「うん……でも今言ったように、君はまだ完全にはサーヴァントにはなっていない。その原因は恐らく、君に力を託した彼が、君を助ける際には消滅間際で不完全な形でしか力を渡せなかったせいだと思う……だから俺は、その後押しをする為に、君にこうして力を託しに来たんだ」

 

 

「……え?それって……」

 

 

一体どういう意味かと、タケルにそう問い掛けようとしたマシュだが、タケルは何も言わぬままマシュから一歩後退り、突然両手を使って印のようなものを結び出したと思えば、宙に巨大な目のような紋章が浮かび、直後、マシュの腰にバックル右部にレバーが備え付けられたベルトのようなツールが出現した。

 

 

「ッ?!わ、わっ……?!な、何ですかコレっ?!」

 

 

「あまり時間はないから、手短に説明するよ?それはゴーストドライバーと言って、この眼魂に残された彼の力の半身……君に力を託した英霊の力を完全に同調させる為のベルトって思ってくれればいい。そしてそのベルトを使えば、彼と俺の力が合わさり、君はデミ・サーヴァントでもあり、仮面ライダーでもある存在……そうだな……あ、ライダー少女として戦う事が出来る筈だ!」

 

 

「……あの……今ライダー少女の部分、思い付きで命名してませんでしたか……?」

 

 

「あ、あはははっ……ま、まぁ細かい事はこの際無しで……!とにかく、これで君はサーヴァントの力を正しく使えるようになれる筈だけど、でも、この先に待ち受けるのは、あの悲惨な現場よりも恐ろしい敵達との戦いだ……マシュ……君は、それでも行く……?」

 

 

「……私は……」

 

 

マシュの覚悟を試す問い。

 

 

確かに、この先に待ち受けるのはきっと、あの炎に包まれた地獄よりも恐ろしい苦難の数々に違いない。

 

 

そんな苦難の中へ、自分はサーヴァントとして戦う事になるかもしれないのだ。

 

 

しかし……しかし……。

 

 

あの炎の中、最期の瞬間に優しく手を握り締めてくれた彼の顔を思い起こすと、何故か不思議と胸の内から力が湧き上がる。

 

 

この気持ちが、一体何なのかは理解出来ない。

 

 

だが、彼がまだ生きて、傍にいてくれるのなら、きっと──。

 

 

「……タケルさん。私は───」

 

 

 

 

 

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序章/AD.2004 炎上汚染都市 冬木

 

 

―???―

 

 

 

 

 

 

 

 

―どうして、そんなこと言うの? あなたに聖杯をあげると、決めたの。あなたの願いをかなえてあげる。あなたが、ブリテンを救えるように。そのためなら、何だってできるし、なんだってするわ―

 

 

 

 

 

 

 

───ユメ。ユメを見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

―早く会いたい、早く会いたい、早く会いたい!!私のセイバー!!私の、私だけの王子様!!―

 

 

 

 

 

 

 

見知らぬ誰かの顔。

 

 

見知らぬ誰かの声。

 

 

初めて目にする顔、聞く声の筈なのに、何故か遠い昔から知っているような気がする……。

 

 

 

 

 

 

 

 

―……けど初めてだ。オレ、ぜんぜん嬉しくない。獲物を前にしても心が弾まない。おまえとならぎりぎりの所で殺し合えるってわかってるのに、笑えない―

 

 

 

 

 

 

 

 

場面が移り変わる。

 

 

先程の彼女とは、また別の誰かの顔。

 

 

やはり初めて目にする顔の筈なのに、自分は彼女を知っているような既知感がある……。

 

 

 

 

 

 

 

 

―ああ、わかった。オレはおまえを殺したいんじゃない。ただ、おまえが『有る』のが我慢できないだけなんだ―

 

 

 

 

 

 

 

 

───光が広がり、闇へと墜ちてゆく。

 

 

何故かは知らないが、無意識にそれがユメから覚める時が来たのだと自然に分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―……あなたのほしいものは、なに? ―

 

 

 

 

 

 

 

 

……俺が……欲しかったモノは───

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

―特異点F―

 

 

───西暦2004年。1月31日、冬木市。

 

 

特異点Fと称され、人理焼却が成される特異点が存在するとされるその時代の町並みは、当時の様子とは遠くかけ離れた光景に変貌してしまっていた。

 

 

周囲一帯は炎の海。建物などの全ても崩れ落ち、街の人間の気配も一切感じ取れない……。

 

 

まるで数十年前に一度この街で発生したとされる大火災を彷彿とさせる光景だが、そんな中で特に目立つのは、街の全域に痛ましく残る、"何かと何がが争った形跡"。

 

 

明らかに人為的で、しかしどうあっても人間の手では決して不可能な破壊の痕跡が街の所々に見受けられるも、街の人間が残らず消え去ったこの街にその顛末を知る者は一人もいないだろう。

 

 

そんな街の某所にて──

 

 

 

 

 

 

『───キュウ、キュー。フー、フォーウ!』

 

 

「…………………………」

 

 

 

 

 

 

赤い炎が周囲に走るとある広場中央に、カルデアスの光りに呑み込まれた筈の彼等の姿はあった。

 

 

突然のレイシフトで気を失い、火災地の真っ只中に放り出された彩人は両腕を広げて死んだように眠っており、そんな彼の頬をレイシフトで共に付いてきたフォウが舌で何度も舐め起こそうと試みる。

 

 

その隣には……

 

 

 

 

 

 

「──先輩。起きてください、先輩」

 

 

 

 

 

 

フォウと同様、気絶する彩人の身体を揺さぶって起こそうと何度も呼び掛ける少女……あの火の海に包まれたカルデアにて、機械の下敷きになり重傷を負った筈のマシュの姿があった。

 

 

見たところ外見に負傷してる箇所は見受けられないが、そんな事よりも彩人を起こすのを優先と考えているのか何度も彼に呼び掛けるが、一向に彩人が目を覚ます気配はない。

 

 

「起きません……ここは正式な敬称で呼び掛けるべきでしょうか──マスター。起きてください、マスター」

 

 

「……………………、ぅ…………っ…………?」

 

 

ペチペチと、頬を軽く叩きながらそう呼び掛けるマシュ。それが効いたのか、彩人の目が漸く重い目蓋を開き、微かに開いた目で寝ぼけた様子で一点を見つめた後、自分の顔を覗き込むマシュに気付いて彼女に視線を向ける。

 

 

彩人「…………マシュ……?」

 

 

「良かった……目が覚めましたね、先輩。無事で何よりです」

 

 

「…………ここは…………って、マシュッ?!傷はッ?!無事だったのかッ?!」

 

 

ガバァアッ!!と、目覚めたばかりとは思えぬ俊敏な動きで起き上がり、血相を変えてマシュの身体を見回していくが、何処を見ても、彼女の身体に傷を負った部分は見受けられない。

 

 

頭から流れていた血も、機械の下敷きにされた身体の何処にも怪我の痕跡は、一切。

 

 

「あれ……怪我が、なくなって……?どうして……?」

 

 

「…………それについては、後ほど説明します。その前に今は、周りをご覧ください──」

 

 

「え……?」

 

 

そう言って、何やら険しい表情を浮かべて立ち上がり、彩人に背を向けて身構えていくマシュ。そんなマシュの言葉に彩人も一瞬怪訝な表情を浮かべ、マシュの視線を追って振り返ると、其処には……

 

 

 

 

 

―……ガコォンッ!―

 

 

『Gi―――GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!!!』

 

 

 

 

 

マシュが見据える崩れた廃墟の陰から、ゆっくりとその姿を現す異形の存在……全身の皮や肉、目玉などが爛れ落ちるグロテスクな外見をした熊のような姿の魔獣の姿があったのだ。

 

 

しかもその一匹だけでなく、周囲の廃墟の陰からも続々と似たような姿をした魔獣達が現れ、あっという間に彩人達の周りを包囲してしまった。

 

 

「うぉおおおおッ?!ちょ、ええぇッ?!なんで熊っぽいモノに取り囲まれてるんだ俺達ィッ?!」

 

 

「──言語による意思の疎通は不可能。敵性生物と判断します」

 

 

一体何事ッ?!と、意識を取り戻した矢先に明らかに殺る気満々な謎の魔獣達に囲まれ混乱する彩人とは対照的に、冷静に魔獣達を分析し終えたマシュは静かに腰に手を翳していく。

 

 

すると次の瞬間、マシュの腰にバックル右部にレバーが備え付けられたベルトのようなツールが出現された。

 

 

「っ?!マ、マシュっ?何を?!」

 

 

「見ていて下さい、先輩───いいえ、マスター!貴方は、私が守ってみせます!」

 

 

マシュの腰に現れた謎のドライバーを見て驚愕する彩人に対し、マシュはまるで自分を奮え立たせるかのように力強く叫びながら更に懐から薄紫色の眼球をモチーフにしたようなアイテム……眼魂を取り出し、左側面のボタンを左手の掌で押し込むように押し起動させると、開いたドライバーのバックルの中へ起動した眼魂を装填しながらバックルを閉じると共に、バックル右部のトリガーを外に引く。その時……

 

 

『アーイ!』

 

 

―バシュウゥゥゥゥゥッ!!―

 

 

「っ?!ベ、ベルトから何か出てきた……?!」

 

 

そう、マシュのベルトから音声が響くと共に、バックル中央の目の部分から勢いよく何か……まるでパーカーのような黒い外見に、紫のラインが入った幽霊のような異形が飛び出し、そのままマシュの頭上に浮遊したのである。

 

 

『バッチリミナー!バッチリミナー!』

 

 

更にドライバーから響き渡る、謎のラップ調の待機音声。その奇っ怪なベルトに周囲の異形達も戸惑いを露わにする中、マシュは静かに印を結ぶような動作で構えを取っていき、そして……

 

 

「──変身っ!」

 

 

―ガシャアンッ!―

 

 

『カイガン!シールダー!』

 

『Here we go!覚悟!ト・キ・メ・キ・ゴースト!』

 

 

高らかに叫ぶと共にマシュがトリガーを押し込んだ瞬間、韻を踏んだ電子音声と共にマシュの服装が研究服から変化して露出の多い漆黒の甲冑姿となる。更にその上から宙を舞っていたパーカーのような姿の異形がマシュに覆い被さるように羽織られ、全く別の姿へと変身していったのであった。

 

 

「マ、マシュっ?!その姿は……?!」

 

 

「──マスター、指示を。私と先輩の二人で、この事態を切り抜けますッ!」

 

 

「え、ぇええええッ?!」

 

 

目が覚めたらまた火の海の街の真っ只中で、気が付けば周りを化け物に囲まれ、重傷を負ったハズのマシュが何故か無事かと思ったら突然やかましいベルトで変身して戦うと言い出したりと、最早何が何だかと情報処理が追い付かない彩人だが、それを他所に、マシュは頭に被さるフードを徐ろに脱ぎ去りながらそんな彩人を守るように魔獣達の前に立ち塞がり、ドライバーの中心に現れた法陣からマシュの身の丈を軽く超す巨大な盾を出現させてその手に取った。

 

 

「この力、お借りします、タケルさん。マシュ・キリエライト───命燃やして、行きますッ!!」

 

 

ダァアンッ!!と、勢いよく蹴り上げた地面を爆発させて一気に目前の魔獣の前へと滑り込むと共に、変身したマシュはその手に握る大盾を一息で軽々と振りかざし、魔獣の一体に一閃を叩き込んで戦闘を開始していくのであった。

 

 

 

 

 



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序章/AD.2004 炎上汚染都市 冬木①

 

 

「やァああああああッ!!」

 

 

―ブザァアアアッ!!―

 

 

『ガァアアアアッ?!』

 

 

身の丈を軽く越す盾を軽々と振り回し、魔獣達を一体ずつ確実に撃退していくマシュ。

 

 

其処へ側面から襲い掛かろうとした魔獣の一体の爪を後方に飛び退いて回避すると共に、地を蹴って廃墟の壁を勢いよく疾走しながら魔獣の一体へ飛び掛かり大盾で斬り裂く。

 

 

その身のこなしはとても人間のソレとは思えぬ動きであり、そんなマシュの常人離れした戦い振りを目の当たりにした彩人も思わず我が目を疑い、目を白黒させていた。

 

 

(ど、どうなってるんだ……?いきなりマシュが変身して、しかもあんな怪物達と戦って、一体何がっ……?)

 

 

ぐるぐると未だ混乱が収まらない彩人だが、それを他所にマシュの戦いは続いていく。

 

 

既に残り二体となった魔獣の内の一体が飛び掛かって来ると共に、盾を用いて初撃を防ぎながら片腕を切り落とし、魔獣が痛みに身悶える所を盾の先端で額を貫き完全に絶命させていった。

 

 

『ガァアアアアッ……!!』

 

 

―ズドォオンッ!―

 

 

「敵エネミーの撃破を確認。……残るは、貴方だけです」

 

 

『シャアァアアアアアアッ……!』

 

 

こびり付いた血を払うように大盾を振るいながら、最後に残った今までの魔獣とは違い一際体格が大きい大型魔獣と対峙していくマシュ。

 

 

一方の大型魔獣も他の魔獣達を倒したマシュを警戒してか威嚇するように唸り声を上げていき、マシュもそんな大型魔獣を見据えて一気に決着を付けるべく一息で飛び出し、大型魔獣の首級に目掛けて盾を叩き込んだ、が……

 

 

―ガギィイイイイイイイイッ!!―

 

 

『―――シャアァアアアアアアッ……』

 

 

「?!は、弾かれたっ?!―ガギィイイイイッ!!―うぁああッ!!」

 

 

「なっ……!マシュッ?!」

 

 

なんと、大型魔獣の首に盾が打ち込まれた瞬間に何故か大きく弾かれてしまい、その隙を突くように大型魔獣が爪を素早く振るってマシュに襲い掛かったのだ。

 

 

それに対してマシュも驚愕を露わにしながら慌てて大盾を引き戻して爪を防ぎ、咄嗟に反撃で盾を叩き込むもやはり容易く弾かれてしまい、自身の攻撃が通らない事に焦りを覚えて大型魔獣が振りかざす爪を後退しながら盾で凌ぎ、防戦一方となってしまう。

 

 

(何だ?見た目は他の奴とそう変わらない筈なのに、どうして急にマシュの攻撃が……?他の怪物と何か違うのか……?)

 

 

その戦況を離れて見ていた彩人も、マシュの攻撃が通らない大型魔獣の防御力に疑問を抱いて他の魔獣との違いを探し、周囲に転がる魔獣達の残骸に思わず視線を向けてその相違点を探っていく。

 

 

すると、撃破された魔獣達は皮膚が殆ど爛れ、マシュの攻撃はどれも皮膚が爛れて露出した部分の肉を引き裂いている事に気づき、ハッとなった彩人がマシュに襲い掛かる大型魔獣に目を向けると、大型魔獣は他の魔獣と違って大部分の皮膚が残っているが、唯一、背中の一部分の皮膚が爛れて肉が露出しているのが僅かに見えた。

 

 

「そういうことか……!マシュっ!背中だっ!ソイツは恐らく皮膚が硬質化して鎧みたいになってるっ!後ろに回り込んで、背中の皮膚が爛れている部分を狙うんだっ!」

 

 

「っ……!分かりましたっ、マスターッ!」

 

 

―バゴォオオオオオオンッ!!―

 

 

大型魔獣の鉄壁を破る方法を見出した彩人の指示を受け、マシュは大型魔獣が振りかざした爪を跳躍で回避しながら大型魔獣の頭上に跳び上がると、大型魔獣が勢いあまって地面に突き刺さった腕を抜けずにいる隙に大盾を背中に仕舞い、上空で両手を組んで印を結んだ瞬間、巨大な目を模した紫色の紋章がマシュの背中に浮かび上がった。

 

 

「命燃やして……行きますッ!」

 

 

―ガシャアァンッ!―

 

 

『ダイカイガン!』

 

 

自身にこの力を託した一人であるタケルの決め台詞を力強く叫び、バックルのトリガーを引いて押し込んだと共に、電子音声が鳴り響く。

 

 

瞬間、マシュの背後に浮かぶ紋章から右足へ紫色のエネルギーが収束していき、未だ腕を引き抜くのに手こずる大型魔獣の背中の露出した部分に目掛けて右足を突き出し、そして……

 

 

『シールダー!オメガドライブ!』

 

 

「やぁあああああああああああッ!!」

 

 

―ズドォオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!―

 

 

『ッ?!ギッーーガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!?』

 

 

―ドッガァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアンッ!!!―

 

 

再度鳴り響く電子音声と共に大型魔獣の背中に打ち込まれたマシュの跳び蹴り……タケルが変身するゴーストの技であるオメガドライブが見事に炸裂し、大型魔獣は背中をくの字に折り曲げながら断末魔の悲鳴と共に爆散し消滅したのであった。

 

 

「ッ……どうにか、倒せましたっ……」

 

 

「マシュっ!大丈夫かっ?!」

 

 

『フォウ、フォー!』

 

 

地上に着地しながら初陣を終えて大きく一息吐くマシュの下へ、彩人が心配を露わにした表情でフォウと共に駆け寄る。それを目にしたマシュも彩人の姿を捉えたと共に表情が和らぎ、背中の盾を再び手にして彩人と向き合っていく。

 

 

「はい、大丈夫です。ありがとうございます。マスターの指示も的確でした」

 

 

「いや、俺もただ無我夢中だっただけさ……それよりマシュ、驚いたよ。君、あんなに強かったんだ……」

 

 

「あ、いえ……戦闘訓練はいつも居残りでした……。私が今、あのように戦えたのは──」

 

 

改めて変身したマシュの姿をまじまじと見つめる彩人に対して恥ずかしそうに顔を紅くしながらも、自分が彼処まで戦えた経緯を説明しようとするマシュだが、その時、二人の下に通信が届き、無線からロマンからの声が聞こえて来る。

 

 

『ああ、やっと繋がった!もしもし、こちらカルデア管制室だ!聞こえるかい?!』

 

 

「Dr.ロマン?!無事だったんですね!」

 

 

『カルデア内部は酷い有り様だけどね……。ともあれ、先ずは君達の状況を報告してくれ』

 

 

「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。現在、特異点Fにシフト完了しました。同伴者は一名、遠坂彩人。心身共に問題ありません。レイシフト適応、マスター適応、ともに良好……彼を正式な調査員として登録して下さい」

 

 

『……やっぱり彩人君もレイシフトに巻き込まれたのか……。コフィン無しでよく意味消失に耐えてくれた。それは素直に嬉しい。それで、マシュ……君が無事なのも嬉しい。嬉しいんだけど……その格好はどういうコトなんだいっ?!ハレンチすぎるっ!ボクはそんな子に育てた覚えはないぞっ?!』

 

 

「え、ツッコむとこ今其処?」

 

 

もっと鎧とか盾とか謎のベルトとか、彼女の格好に対して他にツッコむべき部分はあるのではないだろうかと思わず聞き返してしまう彩人。

 

 

……おへそとか足とか、目のやり場に困るのでその意見には同意だが。

 

 

「こ、これは変身したのですっ。カルデアの制服では先輩を守れなかったので……」

 

 

『変身……?変身って、なに言ってるんだマシュ?頭でも打ったのか?それともやっぱりさっきので……』

 

 

「Dr.ロマン、ちょっと黙って。……私の状態をチェックして下さい。それで状況は理解して頂けると思います」

 

 

『キミの状況を?……お……おお、おおおぉぉぉおおおっ?!身体能力、魔力回路、すべてが向上している!これじゃ人間というより―――』

 

 

「はい。サーヴァントそのものです」

 

 

(……?サーヴァント……?)

 

 

何やら通信の向こうでロマンが驚きと興奮を露わにしてるが、また新たに出た聞き慣れない用語を耳にした彩人が首を傾げる中、マシュは己の掌を見つめて自身がサーヴァントになった経緯を話し出した。

 

 

「経緯は覚えていませんが、私はサーヴァントと融合した事で一命を取り留めたようです。今回の特異点Fの調査・解決の為、事前にサーヴァントが用意されていました。……そのサーヴァントも先程の爆破でマスターを失い、消滅する運命にあったらしいのですが、私を助けてくれたもう一人のサーヴァント……天空寺タケルさんを介して、私に契約を持ち掛けたらしいのです。英霊としての能力と宝具を譲り渡す代わりに、この特異点の原因を排除して欲しいと」

 

 

「……?タケル……天空寺って……まさか、あのタケルさんの事か?!」

 

 

「?先輩、タケルさんの事をご存知で?」

 

 

「あ、あぁ、説明会の時にちょっと助けてもらって……それで、タケルさんはその後……?」

 

 

「……彼もどうやら、あの爆発に巻き込まれて消滅し掛かっていたみたいです……それでも私を助ける為に、残る力を使い果たし、私と、私に契約を持ち掛けた英霊を繋ぐ為にこの力を託して、その後は……」

 

 

「っ……そんな……」

 

 

説明会が開かれていたあの管制室での悲惨な光景を目の当たりにしてもしやとは思っていたが、改めてマシュの口からタケルの死を聞かされ影を落とす彩人。

 

 

そして、彼に命を救われたマシュも同様に落ち込んだ様子を浮かべる中、無線からマシュの身体状況の分析を終えたロマンが口を開いた。

 

 

『英霊と人間の融合……『デミ・サーヴァント』。カルデア六つ目の実験が漸く成功したという事か。ではマシュ、キミの中には、キミに契約を持ち掛けたという英霊の意識があるのか?』

 

 

「……いえ、そのサーヴァントは既にタケルさんと話したのを最後に、この眼魂と呼ばれるアイテムに自身の戦闘能力を残し、消滅したと聞きました」

 

 

『?眼魂……?なんだい、それは?』

 

 

魔術に詳しいロマンでも初耳のワードだったのか、怪訝な声でマシュにそう問い掛けると、マシュは腰に巻いたドライバー、ゴーストドライバーのバックルから薄紫色の眼魂……シールダー眼魂を取り出し見せる。

 

 

「タケルさん曰く、過去の英霊の力を秘めたアイテムとの事です。このベルトと共に使えば、その英霊の力を私自身の力として身に纏い、戦う事が出来ると教えられました」

 

 

『む……確かに、その目玉のようなモノからサーヴァントの魔力反応を感知出来るな……。けど、英霊の力を纏って戦う?そんな英霊がいたなんて聞いた事がないぞ……?』

 

 

「はい、それに関しては本人もいたく気にしておられる様子でした。自分が英雄のように扱われるのは違和感がある、と。ですが、実際に私は彼のおかげでこうして生き延びられている訳ですから、彼も英雄として呼ばれるだけの人であったと個人的には思います」

 

 

『むう……そうか……不明な点は多々あるけど、その彼のおかげでマシュがデミ・サーヴァントとして存命出来たのなら、確かに感謝してもし足りないな……』

 

 

「はい。……ですがタケルさんの話では、私に力を託した英霊は真名を告げる余力も残られていなかったらしく、最後まで己の名を語れず消滅してしまったらしいのです……。ですので、私は自分がどの英霊なのか、自分が手にしているこの武器がどのような宝具なのか、現時点ではまるで判りません……」

 

 

『そうなのか……だがまあ、不幸中の幸いだな。召喚したサーヴァントが協力的とは限らないからね。けどマシュがサーヴァントになったのなら話は早い。なにしろ全面的に信頼できる。……彩人君、そちらに無事できたのはキミだけのようだ。そしてすまない。何も事情を説明しないままこんな事になってしまった』

 

 

「あ、いえ、此処まで来たのは全部自分の意志でですから。ドクターが謝るような事じゃないですよ」

 

 

そうだ。このカルデアに来たのだって、全ては自分の意志で決めたこと。

 

 

ならばその後に何に巻き込まれようが全て自分の選択が招いた責任であり、それを誰かのせいになど出来る筈もないと言い切る彩人に対し、無線の向こうのロマンも僅かに笑みを含んで感謝の言葉を口にした。

 

 

『そう言ってもらえると助かる……。分からない事だらけだと思うが、どうか安心して欲しい。キミには既に強力な武器がある。マシュという、人類最強の兵器がね』

 

 

「……最強というのは、どうかと。たぶん言い過ぎです。後で責められるのは私です」

 

 

『まあまあ。サーヴァントはそういうものなんだって、彩人君に理解してもらえればいいんだ。……ただし彩人君、サーヴァントは頼もしい味方であると同時に弱点もある。それは魔力源となる人間……マスターがいなければ消えてしまう、という点』

 

 

「マスター……ですか……?」

 

 

『そう。それでね、現在データを解析中なんだが、これによるとマシュはキミのサーヴァント(使い魔)として成立している……つまり、キミがマシュのマスターなんだ。キミが初めて契約した英霊が彼女、という事だね』

 

 

「え……俺が、ですかっ?」

 

 

『うん、当惑するのも無理はない。キミにはマスターとサーヴァントの説明さえしていなかったし』

 

 

「い、いえ、それもなんですが、あの、さっき魔力源となる人間って言ってましたよね?でも、俺には確か魔術回路が無いって……」

 

 

そう、彩人的に先ず気になるのは其処だろう。

 

 

今回のミッションに魔術回路が必要不可欠である事は既に聞いているし、自分にはその回路が自力で作れない事も知っている。

 

 

故にそんな自分と契約しても魔力の配給が期待出来ない以上、さっきロマンが言ったようにマシュは消えてしまうのではないか……?

 

 

そんな心配を覚えてロマンに若干食い気味に彩人が問い詰めると、ロマンは『うーん……』と何処か困惑を露わにした声を漏らしつつ、

 

 

『その事なんだけどね、彩人君。落ち着いて聞いてほしい。ボクにも分からないんだけど……通ってるんだよ。今、キミの中に何故か、その回路が……』

 

 

「……え……え?えぇええええッ?!や、何でっ?俺には回路は作れないって……!」

 

 

『そうだね。ボクも今キミを調べて最初にそれが判った時は驚いたよ……。だけど、よくよく考えればキミの場合、自分で回路を作れないってだけで素養が全くない訳じゃない……其処から推察するに、もしかしたらマシュと契約してパスが通った事で、キミの中で魔術回路が自ずと組み上がったか、元々あった筈の回路が契約で繋がったショックから目覚めたか……真相は分からないが、自発的には無理だったものが、外的な何かしらの要因から刺激を受けて、キミの中に眠ってた素養が芽を出したのかもしれないな』

 

 

「外的な、要因……」

 

 

ロマンにそう言われ、思わず心当たりを思い出そうとここまでの記憶を掘り起こしていくが……駄目だ。ここに来てからどれも現実離れした出来事ばかりな体験だった為に、それっぽいのが有り過ぎて逆に絞れず、うーんっ……と彩人は眉間に寄る皺を抑えて唸ってしまう。

 

 

『ハハハッ……まあでも、今わかるのは、これでキミは晴れてカルデアの一員として認められる事になったってコトさ。いい機会だ、サーヴァントやマスターについても含めて詳しく説明しよう。今回のミッションには二つの新たな試みがあって―――』

 

 

―ザザザザァッ……ザザザザザザザァアアッ!!―

 

 

「ドクター、通信が乱れています。通信途絶まで、あと十秒」

 

 

『むっ、予備電源に替えたばかりでシバの出力が安定していないのか……。仕方ない、説明は後ほど。二人とも、そこから2キロほど移動した先に霊脈の強いポイントがある。何とか其処まで辿り着いてくれ。そうすればこちらの通信も安定する。いいね?くれぐれも無茶な行動は控えるように。こっちも出来る限り早く電力を―――』

 

 

ブツンッ!と、ロマンの言葉が最後まで終わる前に通信が途絶えてしまい、ロマンの声を一字一句聞き逃さぬように集中して聴いていた彩人とマシュの間に微妙な空気が流れる。

 

 

「あーっと……切れちゃったな、通信……」

 

 

「まあ、ドクターのする事ですから……。いつもここぞという所で、頼りになりません」

 

 

「そうなんだっ……。ま、とにかく今は移動しよう?」

 

 

「はい、頼もしいです、先輩。実はものすごく怖かったので、助かります……」

 

 

「……あ……」

 

 

そう言って何処か申し訳なさそうに苦笑いを浮かべて謝るマシュの顔を見て、彩人は今さらになって気付く。

 

 

今のマシュは確かに自分からすれば頼もしい後輩だが、その中身は歴戦の戦士などではなく、先程まで自分とそう変わらない年端もいかぬ少女だったのだ。

 

 

そんな彼女が、突然人智を超えた力を手にしてあんな怪物と戦う事に対し、何の恐怖も抱かぬハズがない。

 

 

その事を失念し掛かっていた彩人が気まずげに首を擦って自己嫌悪を覚える中、フォウがマシュの足元に駆け寄って鳴き声を上げていく。

 

 

『キュ。フー、フォーウ!』

 

 

「あ……そうでした。フォウさんもいてくれたんですね。応援ありがとうございます」

 

 

『キャーウ、キュ!フォウ!』

 

 

「ふふ……では、まずドクターの言っていた座標を目指しましょう。そこまで行けば、ベースキャンプも作れる筈です」

 

 

「……ああ。そうだな」

 

 

フォウの背中を擦って口元が綻ぶマシュの顔をまっすぐ見つめ、力強く頷くと共に心の中で決意する。

 

 

未だ分からない事は多々あるが、それでも、こんな自分を彼女が信頼してくれるなら、自分も彼女に全幅の信頼を寄せ、この先なにがあっても彼女の助けになる。

 

 

密かにそう決心した彩人は、一先ずマシュの言うドクターが指示した座標に向かうべく移動を開始し、周囲を警戒しながら炎の街中を歩き出していくのだった。

 

 

 

 



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序章/AD.2004 炎上汚染都市 冬木②

 

 

―炎上汚染都市冬木・市内地跡―

 

 

先程の通信でロマンに指示された座標に向かい、燃え盛る街中を警戒を忘れずに進んでいく彩人とマシュ。

 

 

その道中、周囲の何処までも広がる炎の街を見渡し、二人の表情に沈痛の念が浮かんでいた。

 

 

「しかし……見渡す限りの炎ですね。資料にあるフユキとは全く違います。資料では平和的な地方都市であり、2004年にこんな災害が起きた事はない筈ですが……」

 

 

「……そうだな……この年のもっと昔に、悲惨な大火災があったっていうのは聞いた事あるけど……」

 

 

「?先輩、フユキの事をご存知で?」

 

 

「ん……まぁ、少しね」

 

 

そう言ってマシュに苦笑いを向ける彩人だが、見知った街が炎の海に包まれる光景を見つめるその心境は穏やかではなかった。

 

 

元の時代で住んでいた父の家はどうなった?

 

 

桜や藤村は?

 

 

この年に冬木に来ていたと言う両親の安否は?

 

 

気にならない訳がない。寧ろ今すぐにでも父の家を確かめに走り出したい衝動もある。

 

 

しかしその一方で、確かめた所でどうにもならないという冷静な自分があるのも確かだ。

 

 

今の自分達は身を守るだけでも精一杯。さっきの化け物のような存在が徘徊するこんな危険な状況の街を寄り道している余裕などない。

 

 

此処で焦らずとも、カルデアがこの歪んだ時代を元に戻すという試みを実行しようとしていた事は、先程の説明会でにわか知識しかない自分でも何となく伝わった。

 

 

ならば此処はマシュ達と共に行動した方が、この事態の早期解決に到れる筈だと自分の中の衝動に言い聞かせながら、父の実家がある街の方角を見据える彩人。

 

 

「……先輩?どうかしましたか?」

 

 

「……いや、何でもないよ。先を急ごう。もう少しでドクターの言ってたポイントに辿り着く筈だ」

 

 

「そうですね……ですが気を付けて進みましょう。大気中の魔力濃度も異常です。これではまるで古代の地球のような―――」

 

 

 

 

 

「きゃあぁあああああああああああああああああああッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 

「「?!」」

 

 

警戒心を強めるマシュの声を遮るように、突如二人の耳に届いた女性の悲鳴。

 

 

二人の進行先の方から響いたその悲痛な声を耳にし、彩人とマシュは驚きを露わに振り返った。

 

 

「今の悲鳴は?!」

 

 

「どう聞いても女性の悲鳴です……!急ぎましょう、先輩!」

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

―爆心地付近―

 

 

彩人とマシュが女性の悲鳴を聞いて駆け付ける一方。その悲鳴が聞こえた爆心地付近では、先程彩人達を襲った群れとはまた別の魔獣達が一人の女性を追い掛ける姿があり、魔獣の群れに追われて必死に街中を逃げる女性……何故かこの地にレイシフトしたカルデアの所長であるオルガマリーは、背後から追い掛けて来る魔獣達を見て今にも泣き出しそうなほど余裕のない表情を浮かべていた。

 

 

「何なのっ、何なのよコイツ等っ?!なんだって私ばっかりこんな目に遭わなくちゃいけないのっ?!もうイヤっ、来てっ!助けてよレフっ!いつだって貴方だけが私を助けてくれたじゃないっ!!」

 

 

『ガァアアアアアアッ!!』

 

 

彼女も突然自分の身に起きた事態に混乱してるのか、まるで子供のように癇癪を起こしながらここにはいないレフに助けを求めるオルガマリーだが、そんな彼女の背後から魔獣の一体が飛び掛かり、オルガマリーに頭から食らい付こうと口を開いた。その時……

 

 

―バッ!!―

 

 

「ヤァアアアアッ!!」

 

 

―ズシャアァアアアアッ!!―

 

 

『グルァアアアアッ?!』

 

 

「ひぃっ!……へっ?な、何っ?」

 

 

オルガマリーの前方から一つの人影……悲鳴を聞いて駆け付けたマシュがオルガマリーの頭上を飛び越えながら、彼女に襲い掛かろうとした魔獣の頭を大盾で引き裂いて撃退したのである。

 

 

その突然の展開にオルガマリーも驚愕して思わず足を引っ掛けて転び、目尻に涙を浮かべながら自分を守ったマシュの背中を見て更に困惑を深める中、マシュは残りの魔獣と対峙しながらオルガマリーの方を見て目を見開き、一足遅く駆け付けた彩人も尻もちを付くオルガマリーを見て驚愕を露わにした。

 

 

「あ、貴方は?!」

 

 

「オルガマリー所長……?!」

 

 

「あ、貴方たちっ?!ああもうっ、一体何がどうなっているのよォおおおおおおおーーーーーっっっ!!!!」

 

 

「お、落ち着いて下さいっ!取りあえず下がってっ!マシュっ!そっちは頼むっ!」

 

 

「りょ、了解です……!戦闘を開始しますっ!」

 

 

彩人とマシュの登場でいよいよ混乱極まるオルガマリーを彩人に任せ、地を蹴って残りの魔獣達に目掛け突っ込んでいくマシュ。

 

 

対する魔獣達も突如現れたマシュを敵性と定めて一斉に獣の如く襲い掛かるが、マシュは最初に飛び掛かってきた魔獣の腹の下に潜り込んで胸に大盾を突き刺し、そのまま力任せに別の魔獣に向かって押し飛ばして建物の壁に打ち付けると、魔術達を一カ所に集めたのを確認すると共にすかさずゴーストドライバーのトリガーを引き、素早く押し込んだ。

 

 

『ダイカイガン!』

 

『シールダー!オメガドライブ!』

 

 

「はぁあああああァッ!!」

 

 

―ズドォオオオオオオオオオオオオオンッ!!!―

 

 

『『グゥッ?!!ガァアアアアアアアアアアアアッ!!?』』

 

 

―チュドォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!―

 

 

電子音と共に背後に出現した巨大な目の紋章から注がれるエネルギーを右足に収束させ、未だ壁にめり込む魔獣達に助走を付けてオメガドライブを打ち込み、一体が爆発すると共に巻き添えを食らってもう一体も爆発し、纏めて撃破されたのだった。

 

 

「……ふぅ……戦闘終了。お怪我はありませんか、所長?」

 

 

「………………」

 

 

魔獣達の撃破を確認し、襲われていたオルガマリーに安否がないか確かめるマシュ。

 

 

だが、オルガマリーはそんなマシュを信じられないものを見るような目で見つめて何も言葉を発さず、硬直してしまっていた。

 

 

「所長?」

 

 

「…………どういうこと?」

 

 

「え……ああ、私の状況ですね。信じ難い事だとは思いますが、実は―――」

 

 

「サーヴァントとの融合、デミ・サーヴァントでしょ……!そんなの見れば分かるわよ!私が訊きたいのは、どうして今になって成功したかって話よ!いえ、それ以上に貴方っ!私の一世一代の演説に遅刻した一般人っ!」

 

 

「え、えぇえええッ?!怒るの俺にですかッ?!」

 

 

「そうよっ!何でマスターになっているのっ?!魔術回路も持たないあんたなんかがマスターになれる筈ないじゃないっ!その娘にどんな乱暴を働いて言いなりにしたのっ?!」

 

 

「なんたる理不尽ッ?!言い掛かりにもほどがありますってッ!!」

 

 

「そうです、落ち着いて下さい所長っ。誤解です。強引に契約を結んだのは寧ろ私の方です」

 

 

「っ?なんですってっ?」

 

 

「経緯を説明させて下さい。その方が、お互いの状況把握にも繋がるでしょう」

 

 

と、自分達が此処に至るまでの経緯を懇切丁寧に説明していくマシュ。

 

 

すると彼女の話を聞いて幾分か納得を得ると共に冷静さを取り戻したのか、オルガマリーの表情にも段々と落ち着きが戻り始めていた。

 

 

「―――以上です。私達はレイシフトに巻き込まれ、ここ冬木に転移してしまいました。他に転移したマスター適正者はおらず、所長がこちらで合流できた唯一の人間です。……でも、希望が出来ました。所長がいらっしゃるのなら、他に転移が成功している適性者も……」

 

 

「……いないわよ。それは貴方の説明で確定したわ……認めたくないけど、どうして私とそいつが冬木にシフトしたのかも分かった」

 

 

「?所長達がご無事だった理由に説明が付くのですか?」

 

 

「消去法……いえ、共通項ね。私と貴方とそいつも、レイシフト装置の"コフィンに入っていなかった"。生身のままのレイシフトは成功率が激減するけど、ゼロにはならない。……一方、コフィンにはブレーカーがあるの。シフトの成功率が95%を下回ると電源が落ちるのよ」

 

 

「あ……だから他の適性者達は、レイシフトそのものを行っていない……ここにいるのは俺達だけ、って事ですか?」

 

 

「……一般人のわりに頭の回転は速いじゃない……つまりそういう事よ」

 

 

「成る程……流石です、所長」

 

 

案外落ち着けば頼りになる人なのか、素直に感心の声を漏らすマシュにオルガマリーも「ふんっ……」と鼻を鳴らして返すと、気を取り直すように腰に手を当てて高らかに声を張り上げる。

 

 

「まあいいわ、状況は理解しました……遠坂彩人。緊急事態という事で、貴方とキリエライトの契約は認めます。ここからは、私の指示に従ってもらいます。……まずはこの土地の観測拠点に向かいなさい。それまでは貴方に、私の護衛を任せます。全力で役目を果たすように!」

 

 

(……うーん……何だろうな……何か、無理に偉そうなキャラを作ってそうにしか見えないというか……ドクターから話を聞いた影響かな……?)

 

 

しかし、こんな余談の許さぬ状況だ。先程の彼女からして冷静にさえなれば頼りになるのは分かった事だし、ここはあまり緊張させてもいけないようにと、彩人は軍人さながら綺麗な気を付けのポーズを取りながら、無駄にキレある動きで敬礼し、

 

 

「イエッサーッ!了解デスッ!偉大なるマリー所長ッ!」

 

 

「な、何よソレっ……?気持ち悪いわねっ……お、おだてようたってそうはいかないんだからっ!」

 

 

「仲が良くて結構です。では、新手が来る前に移動しましょう。目的地の座標まで、もう間もなくですので」

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

―爆心地―

 

 

オルガマリーと思わぬ再会を果たし、共に座標に急ぐ彩人一行。道中、彩人は見覚えのある住宅街の変わり果てた町並みを痛ましく見回しながら、隣を歩くオルガマリーに口を開いた。

 

 

「マリー所長……今さらなんですけど、この街って一体……?」

 

 

「……そうね……きっと、歴史が僅かに狂ったのよ……そうとしか思えない」

 

 

「歴史が、狂った……」

 

 

「そう。この街で起きている、"何か"が原因で人類史が狂って、結果として100年先の未来が観えなくなった……それを解析、無いし排除すれば、ミッション終了。この時代は元の姿を取り戻し、私も貴方達も、晴れて現代に戻れるわ」

 

 

「成る程……」

 

 

ではやはり、事態を早期解決するには彼女達と行動を共にするのが一番という事かと、この街が元に戻る保証を得て彩人が内心ホッと胸を撫で下ろしていると、先行していたマシュが不意に立ち止まり、二人の方に振り返った。

 

 

「着きました。ここが例の座標位置になります」

 

 

「ご苦労様。……後はベースキャンプの生成ね。いい?こういう時は霊脈のターミナル、特に魔力が収束する場所を探すのよ。そこならカルデアと連絡が取れるから、きっとこの付近に……」

 

 

「所長、そのポイントならここです。レイポイントは所長の足下だと報告します」

 

 

「うぇ?!あ……そ、そうね、そうみたいっ。わかってる、わかってたわよ、そんなコトは!」

 

 

「ええー?ホントですかぁー?―ドグォオッ!―ゲフゥッ?!」

 

 

「マシュ。貴方の盾を地面に置きなさい。宝具を触媒にして召喚サークルを設置するから。は や く !」

 

 

「りょ、了解です……」

 

 

ぉおぉおおぉぉおおっ……!と、オルガマリーをちょっとからかおうとして手痛い裏拳を溝に返され、悶絶する彩人を他所に物凄い形相で指示するオルガマリーに気圧されるまま盾をポイントに設置するマシュ。

 

 

同時に、オルガマリーが盾の前で何か詠唱らしき物を暫し口ずさんだ瞬間、盾を中心にマナの粒子が立ち上り、三人の周りに青いサークルのような空間が出現した。

 

 

「これは……カルデアにあった召喚実験場と同じ……」

 

 

―PPPP!―

 

 

『シーキュー、シーキュー。もしもーし!よし、通信が戻ったぞ!ふたりともご苦労さま、空間固定に成功した。これで通信もできるようになったし、補給物資だって―――』

 

 

「はあッ?!なんで貴方が仕切ってるのロマニッ?!レフは?レフはどこ?レフを出しなさい!」

 

 

『うひゃあぁああッ?!しょ、所長、生きていらしたんですか?!あの爆発の中で?!しかも無傷?!どんだけ?!』

 

 

「どういう意味ですかっ!いいからレフはどこっ?!医療セレクションのトップが何故その席にいるのっ?!」

 

 

『い、いや……何故と言われるとボクも困るっ。自分でもこんな役目は向いていないと自覚してるしっ。……でも、他に人材がいないんですよ、オルガマリー。現在、生き残ったカルデアの正規スタッフはボクを入れても二十人と満たない。ボクが作戦指揮を任されているのは、ボクより上の階級の生存者がいない為です」

 

 

「いないって……じゃあ、まさかレフさんは……」

 

 

『……レフ教授は、管制室でレイシフトの指揮を取っていた。あの爆発の中心にいた以上、生存は絶望的だ……』

 

 

「そんな―――レフ、がっ……?」

 

 

「……所長……」

 

 

レフの存命が限りなく低いであろう事を知らされ、まるで親を亡くした子供のような虚ろな目を浮かべるオルガマリー。しかし、途端に何かを思い出したように我に返り、

 

 

「いえ、それより待って、待ちなさいっ、待ってよねっ……。生き残ったのが二十に満たないっ?じゃあマスター適性者はっ?コフィンはどうなったのっ?!」

 

 

『……47人、全員が危篤状態です。医療器具も足りません。何名かは助ける事が出来ても、全員は―――』

 

 

「ふざけないでっ!すぐに冷結保存に移行しなさいっ!蘇生方法は後回しっ!死なせないのが最優先よっ!」

 

 

『ああっ!そうか、コフィンにはその機能がありましたっ!至急手配しますっ!』

 

 

そう言って、コフィン内の適性者達を冷結保存する為に一時通信を断つロマン。

 

 

そうしてロマンが戻ってくるまでの間、二人のやり取りを聞いていたマシュは驚きを露わにした目でオルガマリーの横顔を見つめていく。

 

 

「驚きました……冷結保存を本人の承諾なく行う事は犯罪行為です。なのに即座に英断するとは、所長として責任を負う事より、人命を優先したのですね」

 

 

「バカ言わないで!死んでさえいなければ後でいくらでも弁明出来るからに決まってるでしょう?!だいたい47人分の命なんて、私に背負えるハズがないじゃない……!死なないでよ、たのむからっ……!ああもうっ、こんな時レフがいてくれたら……!」

 

 

(……流石に余裕がないな……いや、それも無理はないか……)

 

 

何せ人命が掛かってるのだ。適性者達の身に何かあれば、その責は全て責任者である彼女に降り掛かる事になるのだから、此処まで必死になるのも当然か。

 

 

両手を組んで祈るように呟くオルガマリーの弱々しい背中を見つめ、彼女が所長として立たされる苦悩の一端が垣間見えたような気がした彩人が同情を覚える中、適性者達の冷結保存を終えたロマンから再び通信が届き、適性者達の冷結保存の完了、更にカルデアの細かな損傷についてなどの一通りの報告が語られていく。

 

 

『……報告は以上です。現在、カルデアはその機能の八割を失っています。残されたスタッフでは出来る事に限りがあります。なので、こちらの判断で人材さレイシフトの修理、カルデアス、シバの現状維持に割いています。外部との通信が回復次第、補給を要請してカルデア全体の立て直し……というところですね』

 

 

「結構よ。私がそちらにいても同じ方針を取ったでしょう……はあ……ロマニ・アーキン。納得はいかないけど、私が戻るまでカルデアを任せます……。レイシフトの修理を最優先で行いなさい。私達はこちらでこの街……特異点Fの調査を続けます」

 

 

『うぇ?!所長、そんな爆心地みたいな現場怖くないんですか?!チキンのクセに?!』

 

 

「ほんっとう、一言多いわね貴方はっ……今すぐ戻りたいのは山々だけど、レイシフトの修理が終わるまで時間が掛かるんでしょ?この街にいるのは低級な怪物だけだと分かったし、デミ・サーヴァント化したマシュがいれば安全よ。事故というトラブルはどうあれ、与えられた状況で最善を尽くすのがアニムスフィアの誇りです」

 

 

そう言いながら気を取り直すように髪を払い、オルガマリーは背後の彩人とマシュに目を向けながら、指揮官として高らかに一同に通達する。

 

 

「これより遠坂彩人、マシュ・キリエライトの両名を探索員として、特異点Fの調査を開始します。……とは言え、現場のスタッフが未熟なのでミッションはこの異常事態の原因、その発見にとどめます。解析・排除はカルデア復興後、第二陣を送り込んでからの話になります」

 

 

『了解です。健闘を祈ります、所長。これからは短時間ですが通信も可能ですよ。緊急事態になったら遠慮なく連絡を』

 

 

「…………ふん。SOSを送ったところで、誰も助けてくれないクセに……」

 

 

『所長?』

 

 

「なんでもありません。通信を切ります。そちらはそちらの仕事をこなしなさい」

 

 

『?分かりました……あ、そうだ。その前に、こちらで作業中にあるモノを発見しましたので、今からそちらに転送しますね』

 

 

「……?あるモノ?」

 

 

何だ?、と揃って一同が首を傾げていると、サークル中心にバチバチとスパークが発生して光が生まれ、光の中から何やら黄金の札のような物が転送され、オルガマリーの手に握られた。

 

 

「これは……確か霊基召喚補助用にカルデアで開発してた……」

 

 

『"呼札"、ですね。彩人君達がそちらのポイントに辿り着くまでの間、せめて彼が自分一人でも身を守れる礼装がないかと探して見つけたものです。それがあれば、新たなサーヴァントを召喚して彩人君の力になるのではないかと。どうか役立てて下さい……ご武運を』

 

 

プツンッと、その言葉を最後に今度こそロマンとの通信が途絶える。

 

 

オルガマリーもそんなロマンの残したセリフに「ふん……」と鼻を軽く鳴らしながら転送されてきた呼札を手の中で弄んでいると、マシュがおずおずとした様子でオルガマリーに向けて口を開いた。

 

 

「……所長、よろしいのですか?ここで救助を待つ、という案もありますが」

 

 

「そういう訳にいかないのよ。……カルデアに戻った後、次のチーム選抜にどれほど時間が掛かるか。人材集めも資金操りも一ヶ月じゃきかないわ。その間、協会からどれほど抗議があると思っているのっ?……最悪、今回の不始末の責任として、カルデアは連中に取り上げられるでしょう。そんな事になったら破滅よ。手ぶらでは帰れない。私には、連中を黙らせる成果がどうしても必要なのっ……」

 

 

「……成る程。責任者には俺達に分からない苦労がある、って事ですか」

 

 

「……そういう事よ……悪いけど付き合ってもらうわよ、彩人、マシュ。とにかくこの街を探索しましょう。この狂った歴史の原因が何処かにあるハズなんだから……あ、その前に、ハイ」

 

 

特異点の探索に向かおうとした矢先に手の中の呼札を見て思い出したように言いながら、ポイッと乱雑に彩人に呼札を投げ付けるオルガマリー。

 

 

彩人はいきなり投げ付けられた呼札を見て「うぉおぅ?!」と慌てた様子で驚きながらも、何とか落とさぬようにキャッチし、ホッと一息吐きながら渡された呼札をまじまじと眺めていく。

 

 

「ええっと……確かこれ、サーヴァントを新しく呼び出せる道具なんですよね?ドクター曰く」

 

 

「そうよ。けど、効果はあまり期待しない方がいいわ。何度かカルデアの実験場でも使われたけど、どれも失敗ばかりでまともにサーヴァントを呼べた試しがないんだから。……ま、試しに貴方もやってみれば?ちょうど召喚サークルがあるのだし」

 

 

「ん……じゃあ、試しに一つ」

 

 

せっかくロマンが送ってくれたのだし、此処は試しにやってみようと、オルガマリーと入れ替わりに召喚サークルの中に足を踏み入れて、呼札を盾の上に設置しようとする彩人だが、後ろでその様子を見ていたオルガマリーは何やら意地の悪い笑みを浮かべつつ、

 

 

「でも気を付ける事ね。仮にサーヴァントを召喚したとしても、その英霊がマシュみたく協力的とは限らないわ。……最悪、神話に出て来る怪物のような存在の反英雄が出てきて、貴方を出会い頭に食い殺すかもしれないわよ?」

 

 

「エ……?マジでっ?」

 

 

「大丈夫です、先輩。いざと言う時には私が先輩達をお守りしますから、どうかご安心を」

 

 

「や、う、うーんっ……そう言ってくれるのは有り難いんだけどっ……」

 

 

今はマシュもサークル形成の為に唯一の武器である大盾を手放しているし、仮にここでそんな危険なサーヴァントが召喚されればマシュを空手で戦わせることになる。

 

 

……しかし、このままマシュを一人で戦わせて彼女に負担を強いるより、新たなサーヴァントを呼んで少しでもマシュの負担を減らせるのならばと、彩人は一瞬逡巡した後に決心した表情で呼札を盾の上に置き、彩人が離れたと共にサークルが起動し始める。

 

 

「動き出した……!来るか、新しいサーヴァント!」

 

 

「ふん。それぐらいならまだ実験で何度も目にしてるわ。問題は其処から……って、ウソっ?!」

 

 

召喚サークルの起動の様子を馬鹿馬鹿しげに傍観していたオルガマリーの表情が、驚愕のモノへと一変する。

 

 

何故なら、起動した召喚サークルから凄まじいまでの輝きが発せられ、三本の輪が立ち上り、今にも何かが現れそうな気配がヒシヒシと伝わって来るからだ。

 

 

―バシュウゥウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!―

 

 

「こ、この感じ……?!まさか、ほんとに来るのかッ?!」

 

 

「ま、まさかッ?!実験じゃ一度も成功した試しがないのにッ?!」

 

 

「ッ!先輩下がってっ!何かがっ……何かが来ますッ!!」

 

 

「マシュッ……!!」

 

 

召喚サークルから発せられる気配を感知し、彩人を守る様に前に出るマシュ。

 

 

マズい。もしサーヴァントが本当に召喚されるなら、最悪ここで戦闘になる可能性も捨て切れない。

 

 

そうなれば武器無しでマシュが戦わねばならなくなると、恐れる事態に現実味が増して背筋を冷たい物が駆け抜ける感覚を覚える中、召喚サークルが一際まばゆい輝きを放って収束し、光の柱を形作って次第に光が晴れていく。

 

 

その様子を一同が固唾を飲んで見守る中、

 

 

 

 

  

 

                (゚Д゚)

             _φ___⊂)__

           /旦/三/ /|

       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |

        

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

偉大な英雄───とはとても思えない、お洒落な帽子を被った一人の青年が机に向き合った姿勢のまま、筆を手にポカーンと彩人達を見つめる姿があったのだった……。

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

「…………えー、と…………」

 

 

光が止み、現れたサーヴァントを見て何とも言えぬ微妙な空気が一同の間を流れる。

 

 

そんな空気を感じ取ったのか、召喚されたサーヴァント……"神山 飛羽真"はポカーンとした表情のまま彩人達の顔と、机の上の原稿用紙を交互に見て、周囲の炎の街を見て、もう一度彩人達に目を向けて、一言。

 

 

「あの、ごめん……確かに「もうそろそろ寒い季節になってきたし。いっそ炎の海の中にでも飛び込めたらなー」みたいなこと言っちゃったけど、別に本気で叶えて欲しかったわけじゃ……」

 

 

「「「いや、アンタ(貴方)誰(ですか・よ)っ?!」」」

 

 

気まずげに申し訳なさそうな顔で謝罪する飛羽真に向かって、彩人達の息のあった大音量のツッコミが炎の街に木霊する。

 

 

……何だかここに来て初めて、三人の心が一つになったような気がした。

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです皆様。長らく更新をほったらかしにしていてすみません。
今回は少し以前投稿していたのとは違った形で、とあるキャラに登場して頂こうかと構想を練り直しております。
今後の展開も少しづつつ変わっていく予定ですので、長い目で観て頂けると幸いです。


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序章/AD.2004 炎上汚染都市 冬木③

 

―爆心地―

 

 

───あの何とも言えない間の抜けた初召喚から数十分後。

 

 

召喚サークルから現れた謎の英霊・神山 飛羽真を目の当たりにして困惑を露わにしていた彩人達は何とか落ち着きを取り戻した後、いきなり訳も分からず机ごと召喚されて同じように混乱していた飛羽真に自分たちカルデアの事や、人理焼却、それを食い止める為にはこの特異点Fに存在する原因を究明しなければならない事を説明していた。

 

 

「カルデアに、人理焼却……特異点?どれも聞いた事のない話ばかりだ……」

 

 

「そう、ですよね……俺もそうだったけど、いきなりこんな話を聞かされたら混乱するのも無理はないし……」

 

 

「あぁいや、ごめん、そういう意味じゃないんだ。俺が気になってるのは、どうして俺が此処に喚ばれたんだろうって……君達の話を聞く限り、その……サーヴァント?っていうのは、過去の英雄を喚び出すものなんだよね?」

 

 

「えぇ、そうよ。……というか、アナタ何者?どう見ても私達の時代に近しい人間にしか見えないのだけど、ホントに英霊なのっ?」

 

 

『アハハハッ……。まぁ、確かに英雄らしい風貌ではないよね、彼っ。ボクもまさか、机ごと召喚されるサーヴァントがいるなんて想像もしてなかったしっ』

 

 

そう言ってオルガマリーは腕を組み、どう見ても現代人っぽい服装の飛羽真の頭から足の爪先まで怪しむように見下ろし、ロマンも先程モニターで見ていた間抜けな召喚の率直な感想を苦笑いと共に口にする。

 

 

飛羽真もそんな二人の視線を浴びて居心地の悪そうに苦笑いを浮かべながらも、頭の帽子を被り直し改めて自己紹介する。

 

 

「俺は神山飛羽真。一応小説家をやってて、此処へ跳ばされる前は自分の店で次の小説のアイデアを考えてたんだ。そしたら急に目の前が光り出して、気が付いたらこんな火の海みたいな場所に……」

 

 

「自分の店って……えっ、じゃあ飛羽真さんは英霊って訳じゃなくて、普通に生きてる人間……って事なのか……?」

 

 

「やっぱり……見た目からしてそうなんじゃないかと思ってたけど、全然英霊なんかじゃないんじゃない……はあ……まさか天空寺タケルの二の轍を踏む事になるなんてっ……」

 

 

『いやまぁ、彼の場合は実際に死んでたみたいですから、まだ納得出来る部分があるような気も……』

 

 

「天空寺タケル……?もしかして、彼もそのカルデアってところに?!」

 

 

「え……飛羽真さんもタケルさんと知り合いなんですか?」

 

 

「ああ。彼とは前に元の世界で会った事があってね。それで、彼もカルデアに?」

 

 

「……はい。タケルさんもカルデアに呼ばれたサーヴァントの一人として、この特異点の原因解明と解決の為に召喚されていました。ただ、瀕死の私を救う為に自分の力を私に託して、そのまま……」

 

 

タケルの形見であるゴーストドライバーのバックルに触れ、沈んだ表情を浮かべて視線を落とすマシュと、彼女と同じように表情に影を落として俯く彩人。

 

 

すると、飛羽真もそんな二人の様子から何があったのか悟ったのか、「そんな……」と衝撃を受けた顔を浮かべ、オルガマリーはそんな飛羽真の反応にも構わず説明を続ける。

 

 

「悪いけど、今は落ち込んでいられる状況ではないの。話を聞く限り、アナタは英霊なんかじゃなく、天空寺タケルと同様に別世界から此処へ来たという事になるわ。恐らく、実験で何度検証しても使いものにならなかった呼札を触媒にしたせいでしょうね。カルデアの英霊召喚システムもまだ完璧とは言えない部分もあるから、何かの手違いでアナタみたいなのをサーヴァントとして呼んでしまった、といったところかしら……まぁ、其処の素人が未熟なせいで、システムに何かしらの不具合が起きた可能性も捨て切れないけど」

 

 

(うぐっ……ひ、否定し切れないのが何ともっ……)

 

 

本当に頭の痛い話だわっ……と、ジト目を向けてくるオルガマリーの推測を真っ向から違うと言える根拠がない為、いたたまれない顔で冷や汗を流す彩人。

 

 

すると、タケルの消滅を聞かされてから重い空気を纏っていた飛羽真は暫し考え込むような仕草を見せた後、何かを決心した顔付きで頷いた。

 

 

「分かった。そういう事情なら、俺もこの事態を解決する為に手を貸すよ」

 

「え……?い、いいんですかっ?俺のせいで事故で召喚されて、巻き込んでしまっただけなのに……」

 

 

「勿論。人助けには慣れているし、何より、タケル君が命を張って守った君達の事をこのまま見捨てて、自分だけ元の世界に帰るなんて俺には出来ない。それに……」

 

 

飛羽真は火の海に包まれる冬木の街を見渡し、その悲惨な惨状を目に焼き付けていく。その瞳の奥に、強い決意の念を宿しながら。

 

 

「例え此処が俺がいた世界でなくても、大勢の人達や街をこんな風にした元凶がいるのなら、見過ごす事なんて出来ない……君達がさっき説明してくれたように、その元凶をどうにかする事で皆を救う事が出来るのなら、俺にも協力させて欲しい」

 

 

「飛羽真さん……」

 

 

真剣な顔付きで、この冬木の街を……自分のもう一つの故郷である街を救う為に自ら協力を志願してくれる飛羽真の真摯な言葉に、最初は自分のせいで彼を巻き込んでしまった事に罪悪感を覚えていた彩人も内心嬉しさを抑え切れず、隣に並ぶマシュに目を向けると、彼女も自分と同じ気持ちを抱いてくれてるのか無言で頷き返してくれた。

 

 

「……判りました……力を貸してくれるなら、俺達も助かります。俺と、契約して下さい」

 

 

「ああ。じゃあ改めて、俺は神山飛羽真!サーヴァントとして、君達の事は必ず守ってみせるよ。約束だ!」

 

 

「はい。宜しくお願いします、飛羽真さん」

 

 

ぺこりと、マシュは自分達への協力を快諾してくれた飛羽真に対し礼儀正しく頭を下げ、それに釣られるように飛羽真も帽子に手を添えながら会釈し、彩人とマシュに朗らかな笑顔を向ける。

 

 

しかしその一方で、そんな三人の会話を遠巻きに眺めていたオルガマリーは眉間に皺を寄せ、明らか不機嫌そうにしていた。

 

 

「呑気なものね……英霊でもないただの人間なんか呼び出した所で、足手まといが一人増えただけじゃないのっ」

 

 

『まあまあ……実際こうして召喚されたという事は、彼にもそれ相応の何かしら特別な力があるかもしれませんよ?それこそ、天空寺タケルくんという前例がある訳ですから』

 

 

「アレにはまだゴーストハンターだなんていうふざけた能力があっただけまだマシな方だったじゃない。ただの小説家で、しかも魔術のまの字も知らない素人が呼び出したサーヴァントに何を期待しろってのっ」

 

 

これならまだシェイクスピアやアンデルセンといった歴史に名を刻んだ小説家の英霊達を呼び出せてた方がマシだったわと、イライラを募らせて愚痴が止まらないオルガマリーにロマンも『あははっ……』と苦笑いを返すしかない。

 

 

そうして一通り愚痴を吐き出し一先ずはスッキリしたのか、オルガマリーは彩人達の方へ振り返り、飛羽真に歩み寄って口を開いた。

 

 

「それで、小説家サン?貴方の肝心のクラスはなんなのかしら?」

 

 

「……?クラスって、えーっと……学校とかのあの?俺、小説家だから一応社会人なんだけど……」

 

 

「そうじゃなくて……!サーヴァントとしてのって意味よ!サーヴァントには、それぞれ特殊な役割に応じて分けられた七つのクラスで分類されているの。セイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー……他にも色々あるけど、とりあえず今はこれだけ覚えておきなさい」

 

 

「成る程。つまり、その七つのうちのどれかに俺が当てはまるって事か。う~ん……でも、俺そういうの全然詳しくないんだよなぁ……」

 

 

「詳しくないって……ちょっとアナタ、まさか聖杯戦争についても何も知らないの!?」

 

 

「ええと……うん。そもそも俺の世界じゃ魔法なんてお伽噺の話で、魔術師なんて職業自体聞いた事がないから……そもそも、さっきの説明を聞く限りだとこの世界には魔法使いがいるってこと?いやぁ、本当に異世界なんだなぁ……」

 

 

「魔法使いじゃなくて魔術師よ!ま、じゅ、つ、しっ!信じられないっ……まさか聖杯からの最低限の知識すら与えられていないなんて、ホントのホントにハズレサーヴァントじゃないのよぉ……!!」

 

 

まさか此処まで知識に乏しいとは思ってもいなかったのか、頭を抱えながら嘆くオルガマリー。そんな彼女の反応に飛羽真も困った顔で頬を掻くと、そこで今まで黙っていたマシュが一歩前に踏み出し、二人の間に割って入った。

 

 

「あの、所長。ヒステリーを起こしたいお気持ちは察しますが、今は一先ずこの場からの移動を優先すべきかと。飛羽真さんには、道すがら私の方で説明をしておきますので」

 

 

「……フンッ、好きにしなさい。微塵も期待出来ないけど、囮役ぐらいには役立ちだそうだもの。それで恨むなら、こんな場所に呼び出した其処の素人を先ずは恨んで頂戴」

 

 

そう吐き捨てると、オルガマリーは踵を何処かへと歩き出す。

 

 

それを見て彩人とマシュも飛羽真に「すみません……」と一礼と共に謝罪してその後を小走りで追い掛けていき、残された飛羽真はそんな少年少女達の後ろ姿を微笑ましげに見つめながら頭に被る帽子の位置を直しつつ、彼らの後を追おうとした歩き出した、その時……

 

 

 

 

 

何処からともなく、一本の黒い短刀が彼方から飛来し、完全に無防備の彩人の後頭部に目掛けて一直線に迫ってきた。

 

 

「!彩人くんっ!」

 

 

「……え?うわぁああっ!?」

 

 

咄嵯に飛羽真はその正体不明の攻撃に気付いて走り出し、そのまま彩人に飛び掛かるように抱き留め、地面に倒れ込む事でその攻撃を回避した。だが……

 

 

「ぐぅっ……!」

 

 

「飛羽真さんっ!?」

 

 

今の短刀が掠めたのか、飛羽真の服の破けた袖の隙間から微かに見える肌から赤い血が滲み出ていた。

 

 

「先輩っ!!」

 

 

「な、何?!どうしたのよ一体?!」

 

 

突然の出来事に、先行して先へ進んでいたマシュとオルガマリーも慌てて戻ってきて二人の元に駆け寄ってくるが、腕から血を流す飛羽真を見て彼女達の顔がギョッと引き攣る。

 

 

「ちょっ……!アナタ、大丈夫!?」

 

 

「っ……あぁ、大丈夫っ。これぐらいならっ───」

 

 

 

 

 

 

 

『───余計ナ真似ヲシテクレル』

 

 

 

 

 

 

「「「「……っ?!!」」」」

 

 

 

 

心配げに自分を覗き込んでくるオルガマリーにそう答えながら飛羽真が起き上がったその時、不気味な声が何処からともなく響いた。

 

 

彩人達は咄嗟に警戒を強めて声の主を探し慌てて周りを見回すと、不意に背筋がヒヤリとする程の冷たい殺気を感じ取り、慌てて一同が振り返る。

 

 

するとマシュも同様にその殺気を感知していたのか、既にある方向に向けて大盾を構えながら睨み据える彼女の視線を追うと、其処には……

 

 

 

 

 

 

『───シカシ、見ツケタゾ。新シイ獲物。聖杯ヲ、我ガ手二!』

 

 

 

 

 

───まるで影のような瘴気を纏い、ユラリと亡霊のように姿を現した異形の存在。

 

 

言語機能が正常ではないが、明らかに今までの魔獣達とは違って強大な存在である事は、素人である彩人の目から見てもひと目で分かった。

 

 

「ま、まさかっ……あれってっ?!」

 

 

『この反応は……間違いない!サーヴァント……!アサシンのサーヴァントだ!戦うなマシュ!今の君達にサーヴァント戦はまだ早い!』

 

 

「そんなこと言っても逃げられないわよっ!!相手がサーヴァント、しかもアサシンだなんて、どう足掻いたって私達の足じゃ逃げ切れる訳ないっ……!」

 

 

「そんな……ならどうしたら……!?」

 

 

「決まってるでしょっ……マシュ、貴方が戦いなさい!同じサーヴァントである以上、貴方でしかまともに相手にならないわ!」

 

 

「……っ……!」

 

 

「そんな……所長っ、でもマシュは──!」

 

 

幾らマシュがデミ・サーヴァントとは言え、彼女はまだその力に目覚めたばかり。

 

 

何より、どんなに戦闘力が高いとは言えど彼女はつい先程まで普通の少女で、戦いに恐怖を感じていない訳ではないのを自分は知っている。

 

 

現にオルガマリーから戦うように指示されたマシュは、アサシンの不気味かつ異様な雰囲気に気圧されている。

 

 

そんな彼女を無理にでも戦わせる事に抵抗感を覚える彩人だが、そんな彩人の前に、飛羽真が無言で歩み出てアサシンと対峙した。

 

 

「飛羽真、さん……?」

 

 

「大丈夫。此処は俺に任せて」

 

 

「任せてって、アナタなんかに何が出来るのよ?!ただの小説家がサーヴァントに勝てる筈がない!無駄死する前に下がりなさい!」

 

 

「心配してくれてありがとう。けど、本当に大丈夫。だって約束したろ?……君達の事は、俺が必ず守ってみせる……!」

 

 

そう言って飛羽真が懐から取り出したのは、炎を模したようなエンブレムの鍔が特徴的な赤い剣の柄が脇部分に収められ、中央に三つの空きスロットが存在し、その下部分に金色の文字のような意匠が刻まれた黒いバックル。

 

 

それを腹部に当てると、バックルの端から伸びたベルトが飛羽真の腰に巻き付いてドライバーとなり、更に飛羽真はいつの間にか右手に握り締めていた赤い本のようなアイテムを掲げ、本の表紙を開いた。

 

 

『かつて、全てを滅ぼすほどの偉大な力を手にした神獣がいた…』

 

 

表紙が開かれた赤い本から、まるで物語を読み上げるように紡がれる、重厚な男性の声。

 

 

そしてその本の表紙を閉じ、飛羽真がバックルの左端のスロットに装填した瞬間、彼の背後にバックルに装填された赤い本と同じ巨大な赤い本が何処からともなく空から降り立ち、地揺れと轟音を起こした。

 

 

『ヌゥ……!?』

 

 

「うぉおおっ?!な、何だこれ?!」

 

「巨大な……本……?!」

 

「な、何よコレ?!一体何が起きてるの?!」

 

 

いきなり出現した謎の巨大な本を前に彩人達だけでなく、対峙するアサシンまでもが驚愕のあまり後退りする。

 

 

そんな彼等の困惑など意に介さず、飛羽真の待機音が流れる黒いバックルの脇部分に収められた、炎を模した赤いエンブレムの鍔が特徴的な剣にゆっくりと手を伸ばし、徐に柄を握り締めたと同時に、一気にバックルから引き抜いた。

 

『烈火!抜刀!』

 

「……変身」

 

 

電子音声と共に響く力強い声。

 

 

同時に飛羽真の背後に佇む巨大な本のページが開かれ、其処から飛び出た赤き竜が彼の背後に降り立つと、飛羽真の身体を包み込むように展開され、装甲と化す。

 

 

燃え盛る炎を連想させる瞳。顔を覆う仮面の頭部には、姿を変えた飛羽真が手にする赤き剣の刃と同じ巨大な刀身がまるで一本の角のように伸びており、右半身は黒く、胴体から足先までは白い。

 

 

しかし何より目を引くのは、巨大な本から飛び出た赤き竜の頭部を模した右肩が目立つ赤い右半身と、風で靡く右腰の赤いローブ。

 

 

黒いバックルから引き抜いた赤き聖剣を手に、飛羽真はまるで騎士を思わせる姿に変貌したのであった。

 

 

『ブーレーイブドラゴーン!!』

 

『烈火一冊!』

 

『勇気の竜と火炎剣烈火が交わる時、真紅の剣(つるぎ)が、悪を貫く!』

 

 

『──よし、変身は出来る。これなら、行ける!』

 

 

「と、飛羽真さん……?そ、その姿って……!?」

 

 

『え……?あ、ごめん。そういえばまだ言ってなかったね。実は俺もタケル君と同じ、仮面ライダーなんだ』

 

 

「仮面ライダー……!」

 

 

「あ、アナタもそうだったっていうの?!なら初めから説明しておきなさいよそういう大事な事はァ!」

 

 

飛羽真の言葉にマシュは驚き、オルガマリーは怒りを露わにする。

 

 

そんな彼女達の反応に飛羽真も申し訳なさそうに頭を掻いて苦笑いを浮かべてると、変貌した飛羽真を見て唖然としていたアサシンが漸く我に返り、忌々しげに短刀を両手に取り出し構えた。

 

 

『姿ヲ変エタカラト言ッテ、ナンダトイウ……!!ソノヨウナ虚仮威シガ通ズル筈モナイ!!』

 

 

『……どうかな。それはやってみないと分からない』

 

 

『ッ、生意気ナ……!!貴様ハナンダ?!ソンナ姿ノ英霊ナド知ラヌ!!』

 

 

未知の姿の飛羽真を前に、アサシンは警戒を強め何時でも攻撃出来るように態勢を整える。

 

 

だが、対する飛羽真は悠然と佇んだまま臆する事なく、静かに右手に持った剣を眼前に突き出す。

 

 

『俺は、炎の剣士。マスターである彩人と契約したサーヴァント……仮面ライダー、セイバーだ』

 

 

「仮面ライダー、セイバー……?」

 

 

「セイバーって……サーヴァントの中でも最優とされるクラスじゃない!?あんな小説家が?!ウソでしょ?!」

 

 

「なるほど、つまり文豪にして剣豪。飛羽真さんは文武両道な方だったんですね……!」

 

 

『いやいや!感心するとこ今其処じゃないからねマシュ!?』

 

 

飛羽真が名乗った『仮面ライダーセイバー』の名に彩人達が各々驚愕や感心の反応を見せる中、セイバーの名を聞かされたアサシンは明らかに動揺を隠せず臆し、思わず足を引いてしまう。

 

 

『セイバーノサーヴァントガ、コノヨウナ場所二?!……イヤ、ダトシテモ、今ノ我二敵ウ筈モナイ!貴様等ノ結末二、変ワリハナイノダ!』

 

 

『生憎だけど、そういう訳にはいかない。──物語の結末は、俺が決める!』

 

 

『戯レ事ヲォオオオオオ!!』

 

 

叫びながら地を蹴り、アサシンが一気に距離を詰めてセイバーに斬りかかる。

 

 

対するセイバーは慌てる様子もなく、両脚を左右に広げて腰を落とすように身構えながら赤き聖剣・火炎剣烈火を握る右腕を迫り来るアサシンの動きに合わせて振るい、業火を纏った聖剣の刃と短刀が正面からぶつかり合い、甲高い金属音を鳴り散らしたのだった。

 

 

 

 



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