私の妹が監察官なわけがない (たぷたぷ脂肪太郎)
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オズワルド・A・リスカー、再始動

「私としても生きている君を連れて帰りたい。貴重なサンプルとして…ね」

 

 有機的な戦闘鎧(バトルアーマー)を纏う男が、右頬の呼吸器官を僅かにピストンさせながら勝ち誇りそう言った。言われた男は跪き傷だらけで、男達は互いに良く似た生物的装甲服で全身をくまなく覆っていた。

 

「貴様の思い通りには…ならない!」

 

 傷だらけの有機戦闘鎧の男…ガイバーⅠ、すなわち深町晶はつい数日前まで一介の高校生だったとは思えぬ頑固さで眼前の屈強なエージェントに立ち向かい続ける。深町晶と対しているのは戦闘訓練を積んだ結社の監察官、オズワルド・A・リスカーという男で、深町晶と同じくガイバー(規格外品)とまで呼ばれる戦闘能力を持つ強殖装甲で身を包んだ者同士である以上、一流のエージェントであり専門の戦闘技術を会得しているリスカーに敵うわけもないのだが、それでも深町晶は頑固だった。良くも悪くも世間知らずで青臭い青年だった。

 

(…なんという頑固者だ)

「まだ分からんのか?これ以上抵抗するなら死体にしてでも…」

 

 圧倒的な戦力差を示し、敵わぬと証明してみせれば言うことを聞くだろう。人間など所詮だれしも強者に怯え竦み頭を垂れるものだ…どんなに意地を張っていようと。しかもそれが平和な日本で育った一般中流家庭のティーンズならば尚更だろう。そうリスカーは思っていて、すぐに任務は達成できると思っていた。クロノス日本支部は一体何を手こずっているのか。全く無能揃いだ。そうも思っていたが、しかし目の前の青年の並外れた頑固さに多少面食らい始めていた。

 

(…やれやれ、こいつはとんだ強情っぱりだな。このガキども…ガイバーというチカラを手に入れて図に乗っているか…まぁそういう年頃でもあろうしな。それとも天性の精神的タフガイなのか)

 

 日本支部の苦戦理由をなんとなく察し、いよいよ〝生きて捕獲〟から〝害してでも確保〟に切り替えようとしたその時だった。「う!?」という呻き声をあげてリスカーは異常な目眩と頭痛に襲われた。額部の金属球・コントロールメタルが異様な音と光を発して明らかな異常を見せだす。

 

「こッ、これは…ど、どうしたことだ!?」

(し、しまった…!実験体による爆弾による損傷がこれほど深刻なものだったとは!)

 

 甲高い金属音と激しい発光がコントロールメタルから漏れ出しリスカーは苦悶に満ちた声で狼狽することしかできない。

 

「晶、見ろ!!ヤツの額の金属部分(メタルパーツ)が…!」

 

 ガイバー同士の戦いの場に居合わせた深町晶(ガイバーⅠ)の親友・瀬川哲郎が指摘すると即座に晶は駆け出した。リスカー(ガイバーⅡ)の歪んだコントロールメタル目掛けて筋力強化された重拳を力いっぱい叩き込む。

 ドギン!という重々しい金属音がして、ガイバーⅡは一瞬、全ての動きを止めた。

 

「う…あぁ…!」

 

 リスカーの額から、完全な機能不全に陥ったコントロールメタルが爆発するかのように飛び出し、空中分解して地に転がる。

 全てを喰らう強殖細胞を制御するコントロールメタルを失うと殖装者(ガイバー)はどうなるのか。敵ながら深町晶と瀬川哲郎は固唾を呑んでリスカーの様子を見守り、そして…

 

「ああ…あああああああ!?」

 

ドロドロに崩れ、命が失われていく者特有の断末魔をあげて崩壊していくリスカーの姿に恐怖した。命懸けだったとはいえ、敵だったとはいえ、目の前で人が溶けて崩れて死んで行く悍まし過ぎる光景に、ただの高校生だった二人は心底怯えた。

 

「ばッ…ばか…な…!こん…ナ、バカナ……ッ、グ…ググ…オ」

 

 丹精なマスクだったガイバーⅡの顔面はすっかり崩れ、腐肉で出来た異形のスライムとでも言うべき醜悪なものに成り果て、その無残な姿に己の末路を重ねた深町晶は恐怖のあまり、咄嗟に胸部粒子砲(メガスマッシャー)でリスカーの全てを消し去ってしまったのだった。

 かつてリスカーという名の人間だった〝それ〟が断末魔にどんな叫び声をあげたのか、それは誰にも…深町晶にも瀬川哲郎にも聞き取れなかった。

 

(死…ぬ…!ワタシ、は……こんな子供に…敗れて…おぞましく、惨めに、食われて…ッ、リスカー家の…栄、光……!ヴァ、ヴァルキュリア……)

 

 ビッグバンのミニチュアとも称されるメガスマッシャーの光に包まれながら、オズワルド・A・リスカーの脳裏に最後に浮かんだものは義理の妹ヴァルキュリアの姿だった。自信に満ちたオズワルドの人生において明確な後悔は二つ…一つは正に今この瞬間の敗北と死であり、そしてもう一つは17歳時…9歳年下の義妹に、父との口論の弾みとは言え暴言を聞かれてしまったことだった。

 

「出自の卑しい北欧女と結婚してまで、組織内での地盤固めがしたかったんですか?」

 

 根っこではそう思っていなかった。だが、折り合いの悪い実父との口論が激化する中で、父を貶め辱めるためとは言え咄嗟に出た言葉は父の再婚相手…美しく優しい義母と義妹の家柄と血を侮蔑する言葉だった。当時8歳だった妹は、自分がプレゼントした大きなクマのぬいぐるみを、いつも小さな体で一生懸命抱きしめていた。父との口論を終えて書斎を出た時、部屋の前にはそのぬいぐるみだけが寂しそうに投げ捨てられていたのは、オズワルドの一生忘れられない苦い思い出だ。その後、成長したオズワルドは寄宿舎に入り実家を出、そして義妹への申し訳無さと自分への嫌悪から全く実家へ寄り付かなくなってしまった。

 その後、義母と会うことは遂に無く、義妹と会う機会は僅か二回だった。一回目…美しくも病弱だった義母の死の折、葬式で。二回目…飛び級を重ねた期待の新人が、僅か22歳で監察官として配属されるという面会式の時。長い金髪を靡かせて、他人の誰も信用していないとでも言いたげな鋭い目をした美貌の女になったヴァルキュリアを見たのが最後だった。もうクマのぬいぐるみを一生懸命抱える、優しい目をした少女の面影はどこにもなかった。

 

(私が変えてしまった)

 

 出世に邁進するオズワルド・A・リスカーは、クロノス内で出世競争と権力闘争に興じるのに生き甲斐を感じ充実したエリート人生を満喫していたが、ふと気を抜いた拍子に思い出されるのはそのことだった。いずれ世界の全てを握ることになるだろうクロノスだ。そこで栄達を掴むのは今後の為にも悪いことではない…が、監察官は楽な仕事ではない。気苦労は絶えぬし、時には荒事もこなし内外に敵を作りやすい。そんな監察官に義妹が最年少でなってしまったのは、きっとリスカー家への反発心からだろうとオズワルドは思っていた。自分も家への反発から辿った道だから良く分かる。だが、それでもオズワルドは、妹にはクロノスの負の面にそこまで深く関わらず、クロノスの適当な上位者の妻にでもなって平穏無事に生きてもらいたかった。

 

(…私は…、なるほど、随分と迂闊で、愚かな…男だったらしい…)

 

 今、死にゆくこの原因も迂闊さ故。そして青年だった時分、自分を慕ってくれていた義妹を裏切ったとも言えるあの言葉も。迂闊で愚かだった。

 

(せ、せめて…あいつに謝りたい、謝ラせて、クれ…ガイバー…!降臨者()の、遺物ヨ…!私に…!チャンスを、くレ!頼、む!グ、アア、アアアア…!)

 

 強殖細胞に食われ、メガスマッシャーに消滅させられながらオズワルド・A・リスカーの命はそこで完全に終わった…はずだった。しかし、その時、神か…或いは悪魔は彼に笑いかけたのだ。完全に破壊され、脳から剥離したコントロールメタルは、未だリスカーとの精神的リンクを維持していたのだ…そしてリスカーの強烈な未練が奇跡を呼び寄せた。壊れたコントロールメタル(鬼神の躯)に魂が滾り、そして分解されていた金属球の破片達は強烈に発光しだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして彼は目覚める。

 

「うわあああああああああ!!!」

 

自分でも無様くらいの情けない叫び声をあげて、金髪の青年は目覚めた。少々節くれ立つのが目立つようになってきてはいたが、美青年と言って差し支えないリスカー青年の顔は汗でぐっしょりと濡れていた。

 

「っ…!わ、私は…?い、生きている、のか…!?」

 

 自分の両手を見る。その手は強食装甲に包まれたものでもなく、厳しい訓練と加齢を経てごつごつとしたむさ苦しい男の手でもない。線の細い年若いものだった。

 

「…ど、どういうことだ。クロノスのラボでもない…ここは…」

 

 起きた場所を見渡せば、そこは記憶に根付く懐かしき実家のものと符号する。必要以上に華美な貴族趣味丸出しのしつらえの家屋は、どう見ても懐かしき実家のものだ。鏡を見てもそこに映る顔は実家に住んでいた頃の若き日のオズワルド青年のものでしかない。

 

(…夢?今まで見たのは…全部夢だとでも…言うのか?監察官として伸し上がったのも、ガイバーと戦ったのも…あの十数年の人生は、年少の俺が視たうたかたの夢だったとでもいうのか)

 

 自分の頬を抓るという古典的方法で夢か現実かを見極めながら、今まで見、そして体験したものが〝夢だった〟の一言で済ませられるほど軽いものではないことを自覚していく。とても鮮明だった。今、睡眠の中で見て体験したものはとてつもなく鮮明で、細部にいたるまで思い出せる。それを夢の一言で片付けるのは簡単だが、真に夢だったとしてもそれは正夢とか予知夢とか、そういった超常の領域に至る程の夢だろう。

 

(…荒唐無稽な、ただの悪夢と片付けるのは…やはり無理だ。あの〝死〟の痛みと恐怖は…夢にしてはあまりにも…!)

 

 例えば自分が唯の一般社会に生きる者だったならば、或いはオズワルドは今視たものを〝やけにリアルな夢だった〟と片付けて段々と忘れていくことが出来たかもしれないが、そこは秘密結社クロノスに根深く繋がる名門リスカー家の嫡男である。様々な超常現象(オカルト)地味た超技術が実在すると知っているオズワルド青年は(俺は…ひょっとしたら未来を経験したのかもしれない)と自らの散々な結末を心に留めておくことにしたのだった。

 

「情報は絶大なるアドバンテージだが…まずは…少し確かめねばなるまい」

 

 オズワルドは暗く静まり返った屋敷内を散策する。使用人達も寝入っていて、今は屋敷を彷徨くのは少数の夜勤の使用人や警備のものだ。誰も彼も見知った、懐かしい顔ぶれだった。

 

「あ、お坊ちゃま…こんな夜更けにどうなさったのです」

「オズワルド様?眠れないのですか?」

 

 すれ違う者達に「あぁ、少し寝付けなくてね」とか無難に返して屋敷を歩いていく。やはり間違いなくここは〝記憶にある通りの〟昔の実家だ。

 

(…今は、今はいつだ?妹に、ヴァルキュリアに〝あれ〟を聞かれてしまった後か?前か?)

 

 オズワルドは顔に出さないようにしながらも心臓がバクバクと緊張で高鳴るのを感じながら目指す部屋…妹の部屋へと歩みを進める。目的地へ近づく程に心臓がうるさくなっていくのを感じていた。

 

(馬鹿なことを。会ってどうしようというのだ…第一今は深夜だぞ?私の肉体通りの年代なら、ヴァルキュリアだってまだ少女なんだ。寝ているに決っている)

 

 義妹の部屋の前まで来てオズワルドは足を止め、そして一瞬、言い訳地味たことを考えてくるりと踵を返した。だがその足音で、

 

「誰…?お兄様?」

 

感づかれた。妹の部屋から透き通るような可憐な声が聞こてきて、オズワルドはどきりとした。夢だったのかもしれないが、詳細な予知夢レベルのものの中で経験した人付き合いや駆け引きで分かるようになったものがある。妹の声は不安感に満ちている。怒りと不信が、存分に声に詰まっている。まだ少女なだけに、声への感情の乗せ方は非常にストレートだった。

 

(くっ…あの言葉を言ってしまった後なのか)

「や、やぁヴァルキュリア…よく私…俺だとわかったね」

 

 オズワルドの感覚は一気に17歳当時に引き戻されたようだった。長年都会で暮らしていても、実家に帰ると途端に地元の方言だとかが出てしまう現象に似ているかもしれない。

 

「…わかるわ。だって……………兄妹、だったから」

 

 少女の声色は硬い。その声を聞くだけでオズワルド青年の心はずきりと痛む。

 

(兄妹()()()、か)

 

ヴァルキュリアがあえて過去形を使ったのは、つまりそういう意味だろう。心の距離がすっかり離れてしまった。長い時間をかけて記憶の引き出しの奥にしまいこんだものが途端に溢れ出てくる。

 

(自分でも驚きだな…人生の最後に…降臨者の遺物に願ったことが、こんな〝妹に謝りたい〟だなんて。だが、チャンスはチャンスだ…活かさずしてどうする)

「…ヴァルキュリア、聞いて欲しいことがある」

 

「…」

 

 妹は無言だが、それでもオズワルドは続けた。

 

「俺は…父とは、ロバートとは折り合いが悪いのは、おまえも知っているだろう?父は、俺にクロノス北米支部…いや、仕事をそのまま継ぐことを望んでいるが、俺はもっと…大きな仕事がしたかった。父が敷いたレールの上を行くだけでなく、もっと先へ…上へ行ってみたかった。だから…父とは口喧嘩ばかりなんだ…最近はね」

 

「…」

 

 相変わらずむっつり黙ったままだが、オズワルドの独白をヴァルキュリアはしっかり聞いているようだった。

 

「…おまえとは、あまりケンカをしてこなかったけど…その、ケンカというのはお互い、頭に血が昇ってカッカしてきて…自分でも思ってなかったことを言ったり、してしまったりするものなんだ。本当はそんなこと思ってなくても、それをしたら取り返しがつかないと思っても、してしまうものなんだよ」

 

 8歳の少女に言い聞かせているのだからオズワルドの言葉選びは慎重である。それに自分も名家の出だから分かるが、家柄に優れた者は自分の家門と血に自信と誇りを持っている。そういう常識と価値観の中で生まれ育つのだから、一般家庭に生きる者からは想像もつかないレベルで家柄を重視する。だから家と血の侮辱は、それこそ人生全ての否定と同義なのだ。だからこそオズワルドはここまで罪悪感を抱いてきたし、ヴァルキュリアは歪んでしまったのだ。

 

「〝出自の卑しい北欧女〟」

 

「…っ!」

 

 扉の向こうでガタリと音がした。

 

「俺が、ものの弾みで言ってしまったことだが、言ってしまったのは事実だ。取り消したいが、もう消すことはできない。おまえの心を深く傷つけた。義母さんの名誉も汚してしまった…。本当にすまない。フォーシュバリ家は、北欧の名門だ。俺は、卑しい家だなんて思っちゃいなかった…だけど、そう言えば、あの時…父さんが悔しがると思って…ついそう口走ってしまった」

 

「…本当に?」

 

 そこで初めてヴァルキュリアが口を利いた。

 

「っ!あ、ああ、もちろんだ!俺は…その、か、義母さんは好きだ。もちろん…おまえのことも。でも、ちょっと、な。今は…俺も難しい年頃というか…思春期と言って、素直になれない精神状態が続くんだよ」

 

 懐かしい実家で懐かしい義妹と喋っているから、多少心は若返って年少特有の〝軽さ〟を発揮しだしているが、それでも今のオズワルドの精神は30代の多少熟成されたものを持っている。だからある程度自分を俯瞰して見ることができた。

 

「…お母さまのことも、わたしのことも…オズワルド兄さまは…ケイベツしてない、の?」

 

「していないよ。当たり前じゃないか。本当にごめん…ヴァルキュリア。兄さんが悪かった。お前以上に大切な人なんて、俺にはいない。父とは家族という情は感じられないし、正直言えば、義母さんとも家族と言うほど打ち解けていない。もちろん、今後、家族になれるよう努力は続けるが…その中で、俺は家族と呼べる人は…おまえしかいない。ヴァルキュリアしか」

 

 オズワルドは自分でも驚いていた。こんなにも自分は素直に心の内を吐露できる男だったか、と。こうして言葉にしてみると、自分で思っていたよりも…どうもヴァルキュリアのことが好きだったらしい。もちろん、家族として。

 

「13歳の時、突然天使みたいに可愛い女の子がうちにやってきて、俺はその時から君に夢中だった。こんな可愛い妹が出来て、美しい母が出来て、ちょっと俺には恥ずかし過ぎたんだ。でも、ずっとずっと大切に想っていた」

 

「…うっ、うぅ…お、お兄さま…」

 

 妹の泣きじゃくる声が段々と大きくなってきた。とたとた走りよってくる音も近寄ってくる。

 

「お兄さまぁぁーーーー!オズワルドお兄さまぁぁっ!」

 

「あいたっ!?」

 

 バァンと扉を勢いよく開け放って、もちろんその扉は間近にいたオズワルドの顔面を強打したが、そんなことお構いなしに妹は兄に抱きついてきた。

 

「わだじ…わ゛たじ…お母さまとわたしの味方だと思ってた、お兄さまに…!裏切られたって…そう思っで…!ずっとお兄ざまはわたしたちのこと、ケイベツしてたんだって思って…!うわぁぁぁぁぁん!」

 

 少女が可愛い顔をくしゃくしゃにして涙と鼻水でオズワルドの首筋を汚すが、構わず兄は妹を抱きしめてやる。

 

「…妹に、こんな思いをさせるなんて兄失格だな。ごめんよ、ヴァルキュリア…兄さんはずっとおまえの味方だ」

 

 今まで兄オズワルドは、妹へ対して不器用な愛情の示し方しかしてこなかった。プレゼントをしたり、一緒に遊んでやったり、勉強を教えてやったりはもちろんしてきたが、ここまではっきりと言葉にして愛を示したことはなかった。ヴァルキュリアは、さっきまでの〝裏切られた〟〝踏みにじられた〟という感情と事実が霧散して、しかも霧散した直後に今まで言葉にされなかった愛情をはっきりと示されて、その落差で感極まって泣きまくった。貴族の流れをくむフォーシュバリ家の一人娘として育ってきたヴァルキュリアはここまで大きな感情の発露をさせることは今までなかった。感情を制御できないのは男女関係無しに〝はしたない〟ことだからだ。でも、今はそんなことお構いなしに少女は泣いた。そしてオズワルドはそれをしっかりと抱きとめてやるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時は流れて、3年後…美人薄命の通り、義母は命を落とした。オズワルドの記憶通りに病死した。だが、その死に顔は、以前オズワルドが知るものよりも安らかで満ち足りた顔だった。

 

「オズワルド…あなたはとても良い息子だった。ロバートは薄情な人だったけど、私は…幸せだったわ…。あなたとヴァルキュリアが二人揃って母さん母さんと、呼んで慕ってくれた日々はかけがえのないものだった。…ヴァルキュリアを、お願いねオズワルド」

 

 そう言って笑顔で死んでいったのを見て

 

(…いくらかは孝行できただろうか。とうとう最後まで、心の底から母とは思えなかったが…貴方は優しい人でした、義母さん)

 

オズワルドも心のつかえがほんの少し軽くなったのを実感する。

 義母の死が起きた年代は変わらずだったが、それ以後は少しオズワルドのあの〝前世〟だか〝予知夢〟の記憶からズレた。何故ならオズワルドが体験した〝経験〟を活かしてより自己鍛錬に励んだからだ。死ぬまで最前線で監察官として活躍し続けたオズワルドにとって、学生生活など退屈極まるものだったが、それだけにたっぷりと己を高めることができた。飛び級を重ねて、かつて最年少記録を作った義妹の〝22歳で監察官デビュー〟を越えて20歳時には監察官としてクロノスに就職を決め、異才天才奇才揃いのクロノスにおいても期待の新人として持て囃されることとなった。

 これは誰も知る由も無いことだが、裏ではクロノスの重鎮〝怪物頭脳〟〝ドクター〟ハミルカル・バルカスが、最後の獣神将とするのをリヒャルト・ギュオーとオズワルド・A・リスカーのどちらにするかで大いに悩んだ…それ程の注目株だったのだ。後にバルカスは

 

「…リスカーを十二番目の獣神将にすべきじゃった…この老骨、一生の不覚じゃ」

 

と何度目の一生の不覚だと言われる後悔を滲ませたという。

 

 閑話休題、父ロバートも監察官就任を喜んだが、一番喜んでくれたのは11歳になった義妹ヴァルキュリアだ。学校の為に実家を出る時は随分渋られたが、毎週欠かさず手紙を送り、毎日電話をすると約束してようやくヴァルキュリアは納得してくれたものだ。以来、ハイスクールでも大学でも約束通り毎週の手紙と毎夜の電話は忘れない。電話越しにキスまで毎日させらたのは、さすがのオズワルドでも頬を赤らめる苦い記憶だ。あの事件以来兄妹ケンカもなく兄妹仲は良好そのものだが、そんな最愛の妹と一度電話越しにケンカをしたことがある。(と言ってもオズワルドは困惑するのみでヴァルキュリアが一方的に怒っただけだが)

 それは雑談の流れで

 

「そろそろボーイフレンドの一人もできたか?」

 

とオズワルドが妹に聞いた時に起きた。兄として、妹が周りの人と仲良くやってるか気になって冗談めかして言ったその言葉が、何やらヴァルキュリアはお気に召さなかったらしい。

 

「…ボーイフレンド…?お兄様は私にボーイフレンドが出来るのをお望みなの?」

 

「え?そ、それはまぁ…お前ももう11歳だし、気になる男の子の一人二人いてもおかしくないからな」

 

「………お兄様は、私が色々な男に想いを寄せる…そんな女だとお思いなの?ふざけないで」

 

「い、いや、そういうわけではなかったのだ。すまんヴァルキュリア」

 

「もしや」

 

「え?」

 

「お兄様は色々な女に懸想しておられるのかしら?」

 

「なぜそうなる」

 

「だって、自分がしてることは他人もしてると…人間って思いがちですから」

 

「むぅ」

 

「で?どうなのです?お兄様は、まさか恋人を大量に作って淫蕩な遊びを繰り返しているのかしら」

 

「お、おいおい…11歳で淫蕩なんて言葉を…は、ははは…全くヴァルキュリアは賢いな」

 

「お兄様、恋人がいらっしゃるの?複数人も?」

 

「…あ、あのなぁ…おらんよ。考えてもみろヴァルキュリア、20歳で監察官に採用されるのに女遊びなどしておれんさ。私の人生は仕事にある。監察官という仕事は女遊びよりもやり甲斐がある」

 

「あら素敵!恋人を作らずにいたのはとても良いことよお兄様。でも、ヴァルキュリアは恋をしてはいけないなんて言ってるのではないわお兄様。上流家庭の選ばれし一族たる私達ですけど、たまには色恋もしなくては不健康というもの…淫蕩にふけるのも確かな相手となら許される。そう、確かな家柄と血脈同士なら」

 

「…あー、ヴァルキュリア?」

 

「ねぇお兄様、私達は愛し合っている家族よね」

 

「うん?うむ、そ、そうだな」

 

「でも血は繋がっていないし、お互い家柄も確かだし…気心だって知れているし…どんな甘美な夜を過ごしても秘密が外に漏れるなんて心配しなくてもいい…。ねぇお兄様、私この前初潮がきたの。もうお兄様の子を――」

 

「おおっと!すまないヴァルキュリア、ちょっと出さなゃならんレポートの期日が迫っているのだ。また電話するよ!いい子にしているんだよ愛しい妹よ!」

 

 その電話を切った時、オズワルドの顔は妙な汗でいっぱいだった。電話向こうの義妹の声はおかしな迫力と、そして色気で溢れていた。兄妹ケンカというか少し不穏な空気が流れた程度で口論にすら到達していないソレがたった一つの兄妹ケンカで、後は概ね二人は仲良し兄妹だった。……少し、妹からの愛情が過多なような気がするオズワルドだったが、まぁ実父も実母も早くに亡くし、今の父はあんなだし兄の自分に少々愛が傾くのも仕方ないかと無理矢理納得する。

 

「まぁ、何にせよヴァルキュリアが監察官になることはないだろう。今のあいつはフォーシュバリ家の家名と血の優秀さを証明する必要もない…。そうだ、ヴァルキュリアよ…お前はクロノスの暗部に必要以上に関わるな」

 

 妹からの重すぎる愛から目を逸らしながら、オズワルドは修練に励んだ。それに運命の転機である〝あの事件〟での自分の動きも分析し続けた。

 

(そうだ…あの時、日本支部の動きは杜撰に過ぎた。そして私の動きもだ。あまりにも迂闊だった…。クロノスは財力と暴力、そして超科学を有していた…それらに優れ過ぎていた為に驕ってしまったのだ。何でも豪腕で解決できるという驕りが、あの大失態に繋がった……これは組織の体質でもある。いざとなればゾアノイドや、そして十二神将が解決してくれるという安心感がそれに拍車をかけるのだ。…事実そうであるしな…私一人では如何ともし難い)

 

 北米のニューヨーク支部は裏表含めてあらゆる活動が順風満帆。クロノスの力と影響力はメキメキと伸びている。リスカーが活動を開始してからは更に成長が顕著だ。それに他の支部も今の所は何の問題もない。あの魅奈神山・遺跡基地を抱える日本支部も業績は上り調子だ。クロノスに属する全ての者が驕り高ぶるのも分かる順調さで、

 

(ガイバーがいなければ、こうも順調なのだな…全く平和なものだ)

 

有事の際のクロノスのごたごたとグズグズ対応を知るリスカーも思わずそう思ってしまう。

 

(いや、いかんいかん。クロノスとて常勝無敗ではいられないのは、私は良く知っている筈だ。ユニット・ガイバーⅠを手にしたあの少年…そう、深町ショウくん…彼への対応の初動さえ誤らなければ…ことはもっと穏便に、スムーズに解決できたのではないか?)

 

 そもそも頑固な彼の手にユニットが渡らないように…いや、そもそもユニットが盗まれないようにできないか。ニューヨーク支部所属ではあるが監察官である自分はある程度自由が効く。それを活かしてクロノスに暗雲が立ち込めだすあの忌まわしき事件を防げないか…今日もリスカーは考えを巡らせていた。だが、

 

「リスカー監察官、アムニカルス閣下がお呼びです」

 

「そうか、わかった…すぐに行く」

 

〝前世〟でもそうだったが、今生ではより一層敏腕監察官となったリスカーは、今では十二神将から直接指令が下るほどのエージェントになっていた。特に北米支部最高責任者のシン・ルベオ・アムニカルスからは気に入られていて、直接の面会まで許された凄腕監察官として周囲からも一目置かれる男がリスカーであった。今も〝調整〟されず調整先が吟味されているのも彼が準幹部として大切にされている証拠だろう。

 

(やれやれ…今日は一体どんな無理難題を言われるのか…。やり甲斐は凄まじいが、なかなか考えがまとまらん)

 

 リスカーがため息をつく。漏れ出たその声はとてつもなくダンディでいぶし銀な低音ボイスで、長い廊下をすれ違う女性職員からは今日も黄色い歓声が静かに上がるのだった。

 



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監察官の日常

かつてここまで地味だったガイバーSSがあっただろうか…。
しかも書いている内にリスカーに銀英伝のロイエンタール要素が混じってきている気が…。まぁ声同じだしいっか(白目)


 自分の経歴や組織内での動きが〝以前〟と変わっている今、また例のあの事件が起きる保証はない。だが起きると思って行動することにリスカーは決めていた。北米支部長アムニカルス直下の監察官として動いているリスカーは特に日本支部へは何もアクションを起こせないでいる。監察官の権力はかなり大きいが、何の理由も無しに日本支部の運営に口出しできる程の権限は無いし、また時間的余裕も無い。それほど忙しい。つまり日本支部の気の緩みは進み、あの呑気な巻島支部長のもとでならいつかあの事故は起こる可能性が高いのだ。

 

(少なくとも、最悪の事態はいつだって起こりうると思っておかなければな)

 

 ユニット盗難事件が起きたとしても十二神将直属になってしまったリスカーが派遣されることはないかもしれないが、それでも激務の合間をぬって(しかも僅かなプライベートタイムも妹に電話したり手紙を書いたりで忙殺される)空いた時間を無理矢理作っては厳しい訓練に臨んでいた。かつてガイバーⅡをまとった際の感触を毎日思い出し脳裏に刻み込んでは何度も何度もイメージトレーニングも行っていた。

 

(ガイバーは…殖装者の肉体の頑健さと戦闘テクニックだけでなく精神状態によってもその性能が大きく上下する。そしてどれだけユニットの特性を理解しているかも重要だ。……〝出来て当然〟と強く思い込めば変幻自在の強殖細胞をある程度自由に可変することも出来るのではないか……)

 

 短い期間だが、殖装者(ガイバー)となったことがあり、そして監察官としての知識で強殖細胞の事をある程度理解していたリスカーだからこそ…戦闘者の本能で直感できた。それが真実かどうかは分からないが、少なくともリスカーは理論上可能だと信じている。だからイメージ力強化の一環として精神修養にもってこいと言われる和の文化・ザゼンも最近ではトレーニングに取り入れていた。今も彼はジャパンかぶれでフジヤマスシゲイシャとでも言い出しそうな人が住んでそうななんちゃって和室でザゼンに励んでいる。彼が座る背後の壁には忍者と歪な漢字で書かれた不思議な掛け軸が掛かっている。趣味が悪い。

 

「日本文化を学べば、いつかショウ君と出会った時にも役立つかもしれんからな」

 

 リスカーはそう言ってトレーニングルームの一室を己の和文化イメージに染めたが、果たして役立つかどうかは降臨者()でも分からない。

 

 鍛錬と激務に日々勤しんでいるとあっという間に時が経つ。時が経つのは早い。本当に早い。オズワルド・A・リスカーは最近特にそう感じていた。気付けばもう自分も30代が近くなっていて、時折同僚などから「もっと遊んだらどうだ」とか「仕事一筋にも程があるぞ」と言われてしまう。それぐらい仕事一筋クロノス一筋の数年間だった。だがプライベートの全てをクロノスに捧げても、リスカーは少しもその数年間に対して後悔も疲れも虚しさもない。彼には強い目的と信念があるからだ。

 

(いつかまたガイバーとなった時…私は後悔したくないのだ。そして…今の人生で得た力で私はアムニカルス閣下のお役に立ちたい)

 

 そう思うほどにシン・ルベオ・アムニカルスは良い上司だ。以前の人生ではそれ程強い関わりを持てなかった殿上人だった十二神将だが、現人生ではリスカーはシンと顔を突き合わせる機会にしょっちゅう恵まれている。今もだ。

 

「…」

 

「ふむ。見事だな…良い仕事だ。我らのことは完全に隠しおおせたようだな…やはり合衆国の手の者だったか」

 

 幾分緊張した面持ちのリスカーの眼の前には黒光りする半円形のデスク…そしてそこに肘を置いて書類を読み耽る豪華な椅子に腰掛ける男が一人。彼は少々現代に似つかわしくない大きな肩鎧とマントを身に着けていて、緩いウェーブのかかったセミロングの黒髪を持つ逞しい壮年の男だった。彼こそが秘密結社クロノスの頂点に立つ12人の超人達…その内の一人、神将シン・ルベオ・アムニカルスその人だった。至高の頂点アルカンフェルを除き、最古参のバルカスに次ぐ古株とも言われていて、実質クロノスのNo.3と言える大幹部だ。

 

「えぇ、さすがは表社会の最強国家です。何やら勘付き始めたようで…ネズミが増える一方ですよ」

 

「餌はばら撒いたのだろう?」

 

「はい。合衆国内の製薬会社が共産国と繋がっていた、ということに」

 

「そんなところだな。奴らもそれで我らクロノスのダミー会社の動きに納得するだろう…ダミーの一つや二つ潰しても構わん。今の所はまだ悪目立ちは避けたい。今後も餌を撒いておくのだ」

 

「はっ。かしこまりました…では――」

 

 リスカーは踵を返し退出しようとしたが、それをシンが止める。

 

「あぁ少し待て。リスカー…お前の次の仕事は餌撒きではない。一度お前が手筈を整えたのだからもう他の者でも務まるだろう。お前には別の極秘任務がある」

 

「極秘…」

 

「……久々に監察官らしい仕事だ。アリゾナ本部基地に行ってもらいたい」

 

(っ!そうか…ガイバーの一件ばかり考えていてすっかり忘れていた!アリゾナといえばプロフェッサー・ヤマムラの乱ではないか。あれはガイバー出現以前、クロノス最大の危機だった…それが近いはず。ということは、閣下はヤマムラについて既に不穏なものを掴んでいるのかもしれん)

「了解しました。してアリゾナで何をせよ、と?」

 

 察したものをおくびにも出さないでリスカーは問う。

 

「…クロノスが誇るブレインの一人、プロフェッサー・ヤマムラは今…ある極秘プロジェクトに専念している。それは十二神将のバルカス翁も、そしてアルフレッド・ヘッカリングも関わる一大事業だ」

 

 やはり、と思いつつリスカーは上司の言を黙って聞き続けた。

 

「それは…メンバーを聞くだけで身震いするようなプロジェクトですね。クロノスの3大頭脳が集結しているとは。プロジェクト内容を聞けば私の首が飛びそうですな」

 

「………」

 

 ニューヨーカーらしくウィットに富んだ返し。いつもならシンも軽く笑って返してくれるのだが、今回はやや渋い顔で言葉に詰まり、そしていつも以上に真面目な顔でリスカーへ告げた。

 

「…お前には言っておこう」

 

「よろしいので?」

 

「隠しても意味がないからな。プロフェッサー・ヤマムラの監察をしてもらうのだからすぐに分かることだ」

 

 これからシンが言わんとすることは現在、人生二度目のリスカーは大まかには知っている。だが、こうして十二神将直々に説明して貰えるのだと思うと、また違う緊張感と重大性があって息を呑む。

 

「我ら十二神将は現在11名…つまりあと一人足りない。その最後の一人の調整が近々行われる」

 

「…!」

 

 これは以前と現在、両方の人生を合わせてもリスカーですら知らないことだった。十二神将はずっと昔から12人いて当然の存在だと思いこんでいたからだ。数百歳とかの年齢の超人がごろごろいる中で、近日誕生予定の獣神将がいるとは驚きだ。

 

(12人揃っていなかったのに十二神将を名乗っていたのか…。12人という数に余程重要な意味があるらしい)

 

 リスカーのこの予想は当たっている。クロノス創生の始めからゾアロードは12人だと定められていて、それは総帥アルカンフェルのある思惑によるものだった。アルカンフェルを始め地球の全生命の生みの親・降臨者の元へ辿り着くための方舟を完全起動させるのには12個のゾアクリスタルを操作する者が必要だからなのだが、それは今は置いておく。

 

「その最後のゾアロードには4体の試作品(プロトタイプ)が存在する。データ取りもあらかた終わった()()共をヤマムラは今も保管しているらしいのだ。我ら上層部(十二神将)に黙って、な。クロノスの15年来の3大ブレインの一人であるプロフェッサー・ヤマムラが、まさかとは思うが彼はクロノスへの加入理由があまり友好的なものではない…彼の為人(ひととなり)も剛直な所があるし、万が一ということもある」

 

「なるほど…プロフェッサーの心底に不穏なものがないか探れ、と?」

 

「………ヤマムラ本人がそう望まずとも周りが不穏な空気をまとう事もある。私としてはヤマムラに叛意がないか探れ、というよりもヤマムラを疑う連中を黙らせる…彼の潔白を証明してやってほしい。そう考えている」

 

 リスカーは眼前の黒髪の獣神将のことを(甘い方だ)と思ったが、それは侮蔑とかの感情ではなく好ましい感情からの感想だった。だが、こんなお人好しが良く非人道的な秘密結社の大幹部におさまっているものだとも思う。明らかにクロノスの気質とシンという男の性格は反りが合わない気がするのだが、それでもシン・ルベオ・アムニカルスがクロノスに尽くすのは、やはりそれだけ総帥アルカンフェルという謎のベールに包まれた獣神将が彼の忠誠と畏怖を一身に受けるだけの神の如き存在なのだろう。今のリスカーでは、獣神将シンですら未だに冒険譚に出てきそうな英雄の具現化なのに、そのシンが尊崇する者など雲の上の更に上で、会いたいとか話したいとかすら思わない程実感がわかない。

 

(…この方は身内に甘い…その事でいつか足元を掬われはしまいか。…まぁ、そうならぬよう私が気構えていればいい。監察官という地位と仕事は、身内を監視するのが本分なのだからな)

「しかし、閣下…十二神将に黙ってプロト・ゾアロードを隠し持つなどは、もはや潔白も何もあるまいかと思いますが」

 

「…データ取りをしたりないとか、まだ何か実験がしたいとかかもしれん。彼は根っからの研究者だからな。だが、私もヤマムラが完全に白とは思っておらん。実験を継続して行いたいだけにせよ、我らに黙って試験体を…それも4体も隠し持つのは重大な規定違反だ。まぁ、彼の本心がどこにあるにせよプロト・ゾアロードを私的に使われているのは明白…だから未調整のお前に任せるのだ」

 

「なるほど。支配思念波を試験体は使えるのですね」

 

「うむ…並の獣化兵では逆にヤマムラの傀儡になってしまう。それに監察官とはいえ生身の人間が監査に来たと思えばヤマムラも必要以上に刺激されんだろう。頼んだぞリスカー」

 

「はっ、お任せください閣下」

 

 自信を滲ませた笑みを浮かべながら颯爽と了承すると、リスカーは堂々と退出していった。

 リスカーにはこの仕事に自信がある。それはもちろん、彼がヤマムラの叛意を知っているからだ。以前の人生ではプロフェッサー・ヤマムラの反乱といえばクロノスの誰もが知る大事件で、事の顛末も有名だ。今のリスカーにもきちんとそれらの資料の記憶は残っている。

 

(〝以前〟の私では未だ実績と実力が伴い…そう判断されてヤマムラの乱では出番が無かったのだろうな。しかし今回は違う…閣下の目に留まる程私は力を伸ばした。それにまだ未調整だからこそ私が選ばれたわけか。プロフェッサーには感謝せねばな。楽な仕事でまた出世できる。出世できれば、それだけガイバーへの対応で自由がきくというものだ)

 

 だが…とリスカーは考えた。重大な問題がある。

 

「…ヴァルキュリアへの電話が…滞る。…マズイ」

 

 アリゾナ本部基地でヤマムラの身辺調査となれば極秘行動も増えるのは必然。当然外部との連絡は制限されることもあるだろう。そうなれば最近ますます悋気を覗かせる義妹がどういう反応に出るのか…それがリスカーの悩みのタネだった。

 

「やれやれ…あいつも男を作れば落ち着くか?今度紹介してみるか…」

 

 それは愚策だと気づかないリスカー。彼はまだ義妹の愛を軽く見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―クロノス・アリゾナ本部基地―

 

「お疲れ様です、リスカー監察官。滞在中に使用される部屋へ案内します」

 

「うむ」

 

 見慣れたヘッドバイザーを装着した結社構成員に案内されて、リスカーはヘリポートから本部基地内の居住区画へと向かっていた。すっかり見慣れたものの、よくよく考えれば結社の戦闘員は全員このヘッドバイザーと専用のバトルスーツを制服としているが、そういえば顔面半分以上を覆い隠してしまうヘッドバイザーは防犯上問題があるなぁ、とリスカーは考えていた。

 

(…重要区画は指紋、声紋、網膜、脳波認証などのロックがあるとはいえ、このヘルメットは少々アレだな…敵対者の侵入を容易にしてしまう。顔面を露出していればそれだけで侵入者の判別はしやすくなる。所員が同僚全ての顔を覚えているわけはないが、それでも見たことのない者への警戒と違和感は抱きやすくなるはず。…だが私も使ったことがあるが、あのヘッドバイザーはなかなか便利なのも確かだ。通信が脳波で起動でするし、音声も骨伝導で非常にクリア…赤外線カメラ、熱感知、暗視、望遠完備…それに何よりつけ心地が素晴らしいのだ。どんな頭でっかちにもフィットし、防寒も風通しもバッチリで蒸れない)

 

 こんな所にもクロノスの超技術は遺憾なく発揮されていた。ちなみにスーツもスゴく良いものらしい。ヘッドバイザーに防犯上問題があると思ってはいるが実のところリスカーもそこまで本気で心配していないのだった。事実、今までクロノスに侵入を試みようとした愚か者(でありつつも先見の明がある切れ者)の中でも最も奥へ侵入できたツワモノでさえゲートを突破して数mで侵入が発覚。即座に捕らえられて然るべき処置がされた。普通は構成員の制服など問題にならないレベルでクロノスの警備は厳しい。

 部屋につき、人心地ついたものの、そんなものはすぐに終わった。リスカーは直後には激務に襲われていた。まずはアリゾナ本部のトップ…すなわち獣神将ハミルカル・バルカスへの挨拶。そして関係部署へも顔を出さねばならない。最後には目的である研究部門…プロフェッサー・ヤマムラだ。バルカスはなにやら忙しいらしく(十中八九、最後の獣神将の調整関連だろう)面通しは叶わず、彼の秘書であるキャネット・チップ女史に出迎えられた。

 

「申し訳ありませんリスカー監察官。バルカス様は現在ご多忙でして。ですが貴方が監査に来ることは承っております。バルカス様は〝権限と仕事の範囲内で自由に本部内を歩いて良い〟と仰っておいででした。リスカー様が必要とするならその度、資料を渡すようにも仰せつかっていますわ」

 

「それは感謝する。えー…」

 

「キャネット・チップです。バルカス様の専属秘書ですが、もうじき誕生する最後の獣神将の補佐をせよと仰せつかりまして…最後の獣神将(最新型)が目覚め次第、異動する予定です。貴方のサポートもいつまで出来るか分かりませんが、短い期間よろしくお願い致します」

 

 キャネットは襟足が長めのショートボブの美しい金髪をかき揚げ、色素の薄い碧眼に蠱惑的な光を湛えてやや悲しげに微笑んだ。クロノスの構成員というものは見た目から年齢を推し量るのが難しい者が多く、この女も見た目通りの若さではないかもしれない。だが女の身でありながらクロノスの重要人物の秘書まで務めるこの女性は並大抵の才女ではないし、最後の獣神将を〝最新型〟と言い生体兵器として冷徹に見る神経の図太さと胆力は只者ではない。まさかあのバルカスが美貌だけで秘書として使うわけもなく、リスカーは素直にキャネットという人物の才覚に称賛を覚えるのだった。

 

「バルカス様の専属秘書から最新の獣神将付きへ、ですか。なるほど…クロノスの古老から新参への配置替えは確かに格下げのようにも見えますが、実際はそうではないでしょう。貴方の手腕をバルカス様がそれだけ評価している証だと思いますがね。無能に新参幹部の補佐はさせられんでしょうからな」

 

「…あら?フフ、気を使わせてしまったようですね。でも、ありがとうございます…アムニカルス閣下の懐刀とまで言われるリスカー様にそう言われるのは恐縮ですわ」

 

「懐刀…それこそ、こちらが恐縮ですよ」

 

 これがないと本部基地に慣れていない者は迷う、という言葉と共に渡された携帯電子端末を受け取り、最後に握手をしリスカーはキャネットと別れた。美人と話しているのも楽しいが、それ以上に今はヤマムラの乱の方が楽しい。リスカーはそう思っている。ヤマムラが反乱するかどうかの監視と調査はもう解決したも同然なのだから、リスカーの思考は既に別の所に割かれていた。

 

(一体何故ヤマムラは反乱したのか)

 

 ずっと、その理由がどうしようもなく気になっていたのだった。

 キャネットから貰った携帯電子端末で本部地図を呼び出し研究部門へ歩みを続ける。クロノスの施設はどの国の支部も広く先進的な設備が揃っているが、やはりアリゾナ本部基地は別格で普段から勤務している者でも時折迷うらしい。普段はニューヨーク支部を根城にしているリスカーも(…広いな。ニューヨーク支部も広いと思っていたが…チップ女史から電子端末(地図)を貰っていてよかった)と思う程だった。

 そうこうしている内に研究部門に辿り着き、リスカーは資料でしか知らない〝伝説の謀反人〟山村晋一郎本人を前に若干の緊張を秘めて面会に臨んだのだが…。

 

「初めましてプロフェッサー・ヤマムラ。監察官のオズワルド・A・リスカーです。クロノスのブレインと謳われる貴方にお会いできて光栄だ」

 

「…うむ、リスカー監察官か。話は聞いているよ。何故私の研究セクションに監査が入るのかは理解している。プロト・ゾアロードはデータ取りが終わったとはいえまだまだ実験用途は残っているのだ。私の主張が正当で、クロノスの利益に繋がるものだと…今回の監査で証明されるのは確信している。歓迎はせんが迎え入れよう、リスカーくん」

 

 髪を切るのも煩わしいと言わんばかりに伸ばされた白髪を無造作にオールバックにまとめた初老の男が無表情でリスカーを出迎えた。

 

「自由に見て回るが良い。私の研究にはやましい所など何もない」

 

 リスカーが差し出した握手の右手を一瞥すらせずにプロフェッサー・ヤマムラはくるりと背を向けてさっさと自分の仕事へ戻っていってしまう。

 

(…なるほど。あの深町ショウくんと同じ匂いを感じるな。実に頑固そうな、意志堅固な目つきをしている。ジャパニーズというのは皆、反骨精神でも宿しているのか?ヤマト魂とかいうやつか)

 

 その日から早速リスカーは彼のセクションに入り浸って彼の人柄や性質、そして所内の雰囲気…部下の研究員達の素振りや目配せに至るまで観察を始めた。だが別段、彼らにこれといって怪しい素振りは見えず、リスカーが提供を呼びかけた資料も渋ること無くすぐに彼らは供してくれた。ヤマムラの周囲を調査しだして数日が経つ頃にはリスカーも今までの認識を改めだしていた。

 リスカーはプロフェッサー・ヤマムラの乱についてのレポートは以前の人生で穴が空くほど読み込んだ。事件の総括レポートによれば、謀反の理由は〝待遇への不満、ゾアロード製作に関わるうちに己を神懸かった生体兵器すら生み出せる真の神と増長した、バスカルやヘッカリングへの競争心と嫉妬の末に狂気に陥った〟等が上げられていたが、ヤマムラはとてもそういうタイプの人間に見えない。鬱屈し追い詰められた人間に見られる疑心暗鬼的な言動も見られないし、狂い理性を失っているようにも見えない。それどころかヤマムラからは瞳に強い力を宿し、まるで死地に赴く戦士のような強い意思を感じる。自暴自棄になって愚かな行動をする人ではないと思えた。

 

(プロフェッサー・ヤマムラは、何か強い使命感に駆られてクロノスに反旗を翻したのだ。何故だ?一体何が、彼を無謀な反乱劇に駆り立てたのだ。彼が保持していた戦力はゾアロードとはいえ試作品…それも僅か4体だ。本部で反乱を起こせば直ぐに12人の正規獣神将が駆け付けるのは明白じゃないか。余程の理由があるに違いないのだ…そしてその理由はクロノスにとって、抜き差しならない事に繋がる…間違いない)

 

リスカーはヤマムラの過去の動きに着目しその身辺を洗い出すことにした。その日は自室に籠もり山村晋一郎のパーソナルデータを、クロノス所属以前から調べ始める。

 

「日本、K県国立大学…地理歴史科教授…19xx年から19xxまで教鞭をとり、N県魅奈神山が人造山との学説を支持しその調査に没頭……xx年度受講生…A山S郎、I村T良、U田H一……」

 

 リスカーには徹底的に調査する気力が漲っている。レポートと現存する山村晋一郎本人とを見比べても差異は明らかで、どうしてもリスカーの中で腑に落ちない違和感があって彼はそれを解決したかった。プロフェッサー・ヤマムラがただの山村教授だった頃からその同僚、教え子、友人、家族、その知人縁者…その者達の経歴、その後の動向…全てを洗った。だがさすがの超エリートであるリスカーでも単独でそれらを成し遂げるのは辛いものがあり…、

 

「いや、すみませんチップ女史。貴方にこんなことを手伝わせてしまって」

 

「いいのですよリスカー監察官。今は私も比較的、暇でしたから。それにバルカス様からは貴方に協力せよとの命令も頂いております。これもバルカス様の命令の内ですわ」

 

リスカーの隣ではコンピューターを恐るべきタイピング速度で操るキャネット・チップが仕事を次々にこなしていた。リスカーの求める情報を的確に、過不足なく見易い資料にまとめてくれていた。

 リスカーの部屋の中でカタカタというタイプ音と資料を捲り擦れる紙の音が静かに響く。6時間続き、休憩を挟み、5時間作業し、そして食事をとり…別れて、明くる日にまたキャネットがリスカーの部屋を訪ね、また作業が始まり。そんな日々が8日程続いて、

 

「…リスカー様、一息入れませんか?コーヒーを煎れました」

 

「これはありがたい。…ほぉ、この香り…ただのインスタントではなさそうだ」

 

「お解りになりますのね。私、少しコーヒーには煩くて…私がブレンドして挽いたものです。お口に合うと宜しいのですが」

 

「口の方を合わせましょう」

 

「…フフッ」

 

 キャネットがここに来て初めて業務的な営業スマイルではない、自然な微笑みを見せた。連日の共同缶詰作業で、リスカーへの心的距離が狭まったようだった。リスカーも初日に比べると随分軽口が増えていた。ここ2、3日は、冗談の域を出ないが口説くような軽口も飛び出している。義妹に「女遊びなどしていない」とは言っていて、事実していないがリスカーとて男だ。今の時代、アメリカではリスカーの年代の男達はとっくに結婚し子の2、3人もいるのが普通で、独り身のリスカーは若干そういう男女の欲を持て余していた。普段は命懸けの仕事でその情熱まで燃やして人生を充実させていたが、こういう事務仕事が続く中で美女と二人きりだと、当然ムラムラとくるものがあった。そんな時に、

 

「あちっ」

 

「あっ!すみません…これはとんだ失礼を」

 

キャネットが運んできたコーヒーがリスカーのスーツの腿を汚した。冷静沈着な女史が慌ててハンカチでリスカーの太腿を拭っていき、そこでキャネットとリスカーは現状に気付いた。いい大人の二人…リスカーは一瞬、笑って何事も無く済ませようとしたが跪き股間近くの太腿に両手を置き上目遣いの美女…という形になったキャネットと目が合ってしまった。しかもここ数日でお互いの警戒心がやや薄れていたのが悪かった。リスカーがスーツの上着を脱ぎタイを緩めていたように、彼女も普段はキチッと閉じていた胸元のボタンが緩められていて僅かに女性の魅惑の谷間が覗いていた。この状況に気付いて彼女の沈着な頬は羞恥からか薄紅に染まる。そこでリスカーの理性は彼女の色香に喜んで負けた。(ちょうどいい…私も溜まっていた所だ)と内心ほくそ笑んだリスカーは、彼女の細く白い腕を掴んで己の胸元まで引き寄せるのだった。

 

「あっ」

 

と、か弱く困惑した声をあげながらも、キャネットもまた大きな抵抗をせずされるがままだった。

 

「困った人だ。女が男の部屋でそこまで無防備を晒しちゃいけませんなぁ。いくら私でもそこまで()()()()は奮い立たぬわけにはいかない」

 

「そ、そんな…つもりでは」

 

 リスカーは一気に獣の如くのギラついた瞳になってキャネットを真っ直ぐに見つめた。義妹とろくに連絡も取れぬ今の状況もリスカーの欲望を刺激するのに一役買ったのかもしれない。それは開放感か、それとも義妹成分不足か…。とにかく、つい先程までそんな気配は微塵もなく共同作業をしていた颯爽たる男から、突然に情熱的な瞳で射抜かれ、そして夜遅くまで仕事詰めでまだシャワーも浴びていないリスカーの一日の男臭さが詰まった間近の胸元に充てられて、キャネット・チップもますます頬を赤くして体中に一気に熱い血が巡るのを感じていた。だがかつて異性に求められたことがなく…〝今生〟のリスカーと同じように勉学一筋仕事一筋でキャリアを積んできたキャネットはただただ戸惑うばかりだった。

 

「ではどんなつもりで私に跪いたのだね、キャネット女史。聡明な貴方が、仕事疲れの男にそんな仕草をすればどうなるか分からなかったはずがないでしょう。その責任はとってもらわんとな」

 

「あっ…ま、まって…まって、下さい監察官…あ…リ、リスカーさ、あ…私…こんな、婚前交渉は、その…んっ」

 

 逞しい右腕に左手首を掴み上げられ、リスカーの左腕がキャネットのタイトなオフィススカートをたくし上げてむき出しになった女の太腿を這い上がっていく。書類を巻き上げて二人はそのまま倒れ込んだ。

 



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反乱

「ふ、ふっふふふ…そうか、そういうことか」

 

「ん………リスカー様…?」

 

 リスカーのベッドの上で半裸の美女…キャネットが、既に仕事に取り掛かっていたリスカーの独り言のせいで虚ろに目覚めた。それに気付いたリスカーは、少し彼女に申し訳なさそうな顔をする。

 

「…起こしてしまったか。すまないキャネット」

 

「いえ…あっ、もうこんな時間…いけない、早くセントラルルームに顔を出さなくては!」

 

 キャネット・チップは慌てて脱ぎ散らかった自分の衣類を掻き集めだすが、リスカーは大丈夫だと言って微笑みながら彼女を落ち着かせた。

 

「君の部署には私から連絡しておいた。チップ女史の力を借りているのでそちらへ返すのが大分遅れるとね。君の部下は二つ返事で了承してくれたから、焦って帰らなくても大丈夫だ。まだ寝ておくといい。昨夜は疲れたろう…私も、君の色香にあてられて随分激しくしてしまったからな」

 

「そ、そんな…恥ずかしいことを仰らないで」

 

 昨晩の情事を思い出し、自分の服のはだけを直しつつキャネットは赤面した。誰が見ても情事後と分かる独特の乱れ具合もそのままに、少々覚束ない足取りでリスカーのすぐ横までやってきた。

 

「まだ痛むかね?昨日は、後半あたりでは自分から積極的に動いて――」

 

「も、もうっ!恥ずかしいことは仰らないでと言ったのにっ」

 

 キャネットは女にさせられた昨晩の自分の乱れようを脳裏から霧散させようとしたのに、リスカーがからかうものだから生々しく思い出せてしまう。そして思い出すと初めて知った男の肌の熱がまた欲しくなってしまうのを胎内深くで感じるのだった。

 

「ごほんっ、な、何を見つけたのですか?嬉しそうに書類を見ていたましたが…」

 

 話題逸らしにキャネットがリスカーの手元の紙を指摘する。リスカーは笑った。だがその笑みは先程までとは違って仕事人のそれだ。

 

「キャネット、君は私がここに来た理由を知っているな?」

 

「バルカス様からおおよそは聞いていますわ」

 

「…ヤマムラは、今回のプロト・ゾアロードの素体に自分の教え子を召還していることが分かった。教え子はT雑誌社特派員、マサキ・ムラカミ。その他の生き残った素体も…辿っていくとヤマムラと繋がるもともとの知人縁者なのだ」

 

「え?…つまり、それは」

 

「多数の実験体の中に、ヤマムラと面識のある者が何名かいたのさ。それは特に不思議ではない…実験に使えそうな、適正があり後腐れない人物を組織に推挙することはよくあることだ。だが調製に成功し、生き残っている4体のプロトタイプが、奇しくも皆ヤマムラと縁故の者となると…少々面白いことになる」

 

「……………プロフェッサーは、ゾアロード調製実験が始まる頃には、既に反乱する気でいた?」

 

「そうだ。計画的に〝無謀な計画〟を実行しようとしていることになる。そして彼がプロト・ゾアロードの素体推薦リストを上層部に提出したのは1年以上前……つまりこの時期だ」

 

 リスカーが興奮気味に別の資料をキャネットへ手渡す。それを見たキャネットの眼光も鋭い知恵者のものに変わる。

 

「これは…19xx年、魅奈神山・深部遺跡第6次調査チーム……全員死亡…。…確かに、この出来事とほぼ同じ時期ですね」

 

「君が整理してくれた資料のお陰で繋がりを発見できた。あとは芋づる式で、どんどん繋がっていったよ。第6次調査チームは、ゾアノイド先遣隊と共に最新型ハザードスーツで遺跡内の調査を敢行…その果てに全員が溶解し死亡したとある。それを見届けたのは極東方面総司令リヒャルト・ギュオー。実際、当時の調査資料のどれを見ても調査研究班の全滅を裏付けている。疑いようがない。しかし、だ…その資料の8ページを見てみろ」

 

 促されるがままキャネットは紙をめくっていき、そして驚いた。そこには、

 

「プロフェッサー・ヤマムラが、全滅が確認された第6次調査チームに?」

 

しっかりとシンイチロウ・ヤマムラの名が刻まれていたからだ。

 

「そうだ…面白いとは思わないか?その調査チームリストは正規のモノではなく、死亡した現場の末端研究員の一人が製作した私的なものだ。他のどの正規レポートを見ても第6次調査チームにはヤマムラの名はないのに、そこにだけヤマムラがいるのさ。キャネット…君がコンピューターの奥までヤマムラ関係のフォルダを漁ってくれたお陰で、今こうして私の目に留まった」

 

 レポートを次々に読み進めていくキャネット。そして聡明な彼女も事の重大性を徐々に認識しだした。そしてそれを認識してしまったらもう無関係ではいられない。事と次第によっては自分も()()()に始末されるかもしれないと予想できた。

 

「キャネット…私と共に作業にあたったのが運の尽きだと思って諦めてくれ。君も既に無関係ではない」

 

「…いえ、貴方は私の貞操を捧げた男…既に他人ではないですから、運命共同体となったのは寧ろ望むところです」

 

 そう言い切ったキャネットの凛とした顔を見て、リスカーは(…意外と古風というか、貞淑者じゃないか。まぁこの美貌と年で初めてだったわけで…何というか、重い女なのか?まぁ尻軽よりはずっと良いがね…)と肌を一度重ねただけの自分にそこまで言い切る女を見て驚いていた。

 

「…極東方面総司令リヒャルト・ギュオーは、今回…獣神将に抜擢され、このアリゾナ本部基地で調製中です。第6次調査研究班の生き残りであるプロフェッサーは、何らかの目的で秘密裏に抹殺されたチームの敵討ちを狙っているのですね」

 

 彼女の分析結果はほぼ当たりだろうとリスカーも思う。だが、リスカーはそれ以外の事実にも気付いていた。

 

(それだけではあるまい…。これは、現時点では私しか気付け無いことだが、プロフェッサー・ヤマムラは第6次調査の前々回…第4次調査にも参加し、そしてその時〝ある生体ユニット〟を遺跡内から発掘するのに成功…とレポートの続きにはある。間違いない…ユニット・ガイバーだ…!なんとも面白い男じゃないか…プロフェッサー・ヤマムラ!貴方は運命に愛されていると言っても過言ではないよ。ユニットを見つけ、そしてギュオーに目をつけられ…プロト・ゾアロードを率いてわざわざクロノスの中枢で反乱を企てる……ギュオーの命も間違いなく目的の一つだろうな。実に数奇な運命に翻弄される男だ)

 

 実のところリスカーは山村晋一郎を謀反人として処断できるだけの確固たる証拠を集め終わっている。〝結果〟を知っているリスカーすらすれば証拠をでっち上げるのすら容易で、後はバルカスなりシンなりに報告すれば事は迅速に解決されるだろう。試験体達は未だに調製槽の中に漂っていて、今すぐに起動しても俗に言う〝寝起き〟状態で戦闘可能になるまでは時間を要するから抵抗もろくに出来ず終わるに違いない。だがリスカーは山村という男とどうしても、じっくりと話しをしてみたくなっていた。

 

(ギュオー総司令…以前(一度目の人生)は貴方の命令で私は日本に『ガイバー』を求め海を渡ったのでしたな…何を考えているか分からない所が前々からあるとは思っていたが…調査研究班を秘密裏に抹殺するとは、何を考えている)

 

 そして当然ギュオーに対しても山村とは違う興味を抱くことになる。警戒すべきギュオーの狙いを探るにしても山村との接触は欠かせないだろう。だがそれにはいくらか保険をかけておかねばならない。その一つはキャネット・チップだ。

 

「キャネット…私はこれからヤマムラに会ってくる」

 

「え!?」

 

 さすがの才女も予想できない発言だったようだ。

 

「これから反乱を起こそうという者とお会いになるんですか?」

 

「心配はいらない。ヤマムラは肝の座った男だ。いきなり私を殺そうとはしないだろうし、殺したらただでさえ勝算の低い反乱は完全に失敗することになる。…だが、もしもの時は…そうだな、私が明日の6時までにここに帰らなければ君がバルカス様に報告するんだ」

 

「そんな…嫌です、リスカー様。一度抱かれて、それで貴方との事が終わってしまうだなんて」

 

「フッ、あの怪物頭脳バルカス様の専属秘書をも務めた女が…随分と女らしい可愛いことを言うじゃないか」

 

 だがこのエージェントは女の心配をよそに自信有り気にまた笑う。

 

「心配せずとも私とてむざむざ死ぬ気はないし…ヤマムラもそこまで愚かじゃない。私は彼と少し話したいだけだ。さて…プロフェッサーと会うのにこのままでは失礼かな。まだ君の匂いも濃厚に残っているしな」

 

「っ!もう、リスカー様っ…嫌です、そのような…恥ずかしい」

 

 リスカーはまた笑いながらシャワールームへと消えていき、キャネットはそれを可愛らしいふくれっ面で見送ったが、最後にリスカーが思い出したように振り返り、

 

「……あぁ、そうだ…報告以外にも、もう一つやってもらいたいことがある。なに、バルカス様の秘書官の君なら簡単なことだ。私がヤマムラと話している間に彼のセクションで―――」

 

もう一つの保険を彼女へと依頼しておくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして某時刻、ヤマムラの研究セクションにて―

 

「…さて、何か様かなリスカーくん。私は忙しいのだが」

 

リスカーと相対しているのはシンイチロウ・ヤマムラ。相変わらずの仏頂面で、コーヒーをすすりながら監察官を出迎えていた。リスカーも出されたコーヒーで唇を湿らせてから口を開いた。

 

「ほう、忙しい?ではいよいよ反乱は近いのですかな?」

 

「…!何をっ」

 

 実にストレートな物言いに、図太い神経と不動の精神を持つ山村も一瞬言葉に詰まった。だがすぐに山村の態度は常通りに戻り、さすがにクロノスの3大ブレインの一人と呼ばれるだけはあり、やはり凄まじい胆力を持っているようだ。

 

「…何を言っているか分からんな。前々から言っている通り、私が試験体を保存しているのはクロノスのさらなる躍進の――」

 

「マサキ・ムラカミ」

 

「っ!」

 

「フフ…今度は顔色を変えましたな、プロフェッサー」

 

 マサキ・ムラカミ…村上征己は試験体の一人の素体名で、別段それを言われたからといって慌てる必要はない。本来なら。だが、クロノスの多くの者が表社会での素体名など気にせず覚える気もなく、ただのモルモットとして番号名でしか記憶しないのが秘密結社クロノスの気質だ。そのクロノスの監察官が、試験体の素体名をズバリ言い当てたのは、つまり素性を洗ったということだろう。そこから山村晋一郎との繋がりも探り当てたのだろうことは想像に難くない。

 

「……なるほど。さすがは獣神将シンの懐刀と言われるだけはあるな。どこまで知っているのだ?」

 

「貴方が第6次調査研究班の生き残りであり、生体ユニット発見時の立会人であり、そして極東方面総司令官リヒャルト・ギュオーと貴方の間には浅はかならぬ因縁がある…ということぐらいです」

 

「はっはっはっはっ!これは驚いたな。そこまで知っているか…ほぼ全てお見通しとはな。いやはやこれは参った…もう笑うしか無い。正直言って、ここまでとは思わなかったな、リスカーくん。では、もう私と4人のプロト・ゾアロードは袋のネズミか」

 

「そうです。チェックメイトというやつです。もう私の口を封じた所で意味もない。私が所定の時刻までに所定の場所にいかねば、直ぐに私が集めた謀反の証拠の数々が複数の獣神将の元へ送られる手筈になっています」

 

「…」

 

 ヤマムラの顔は、もう何時も通りの仏頂面に戻っている。やはりさすがの精神力だ。

 

「ふーむ…恐ろしい男だなリスカーくん。君がアリゾナ本部に派遣されてまだ一月も経っていないというのに、私が数年がかりで準備した計画をこうも見事に見抜き、手を打つとは。…まったく、クロノスという組織は無駄に層が厚い。これ程優秀な才能を集め超技術を独占し…なのにそれを人々と平和の為には使わない。これを無駄遣いと言わずして何と言う」

 

「プロフェッサー…そう思うのは貴方の勝手だが、クロノスがやっている事はいつの日か必ず全人類の為になります」

 

「面白い冗談だな。獣化兵(ゾアノイド)に調製されれば遺伝子レベルでゾアロードへの服従が強制発動し、獣化調製されていない我々研究畑の者もウィルス投与によって、恐怖政治さながらに忠誠を強制されている。これが全人類の為を思ってすることかね?」

 

「何かが新たに発見されたり、技術が躍進したり、物事が次のステップに進む時は試行錯誤と意見の対立が起きるものです。そして、対立をまとめ上げるのはいつだって力だ。話し合いじゃない。確かに、今はクロノスは非道を行う時もある。だがそれはいつの時代もどこの組織もどんな国も同じです。ただそれを行う比率の問題はあるでしょう…しかし、それもクロノスが表に立つその日がくれば、歴史上の国々と同じ率にまで減りますよ。完全になくなりはしないでしょうがね…人の歴史通りですな、その点は」

 

「今まで人がやってきたからクロノスもやって良いという理屈にはならん。クロノスの超技術があれば、それこそ理想を唱え…それを実行するのも不可能ではない。だというのに何故クロノスはそれをせんのだ。私はそれが許せん。明日の理想の為と言いながら裏で非道な犯罪行為と実験を繰り返すクロノスに正義はない。クロノスは人の尊厳を踏みにじり続けているのだよ、リスカーくん」

 

「それを許せぬというのなら、何故組織を変えようとしないのです。反乱などするより、貴方程の地位の人ならその影響力で徐々に内部から組織を変えていく方が余程建設的で確実だ」

 

「ははは…それも冗談かな、リスカーくん!クロノスが、獣神将を…その頂点アルカンフェルを絶対の存在として標榜している以上、組織の性質が変わるなどありえんのだ。アルカンフェルの意思こそがクロノスの意思。アルカンフェルの理想こそがクロノスの理想……そこに、我々下っ端の意思は介在しない!アルカンフェル以外の獣神将とて、我らと同じで意思持たぬ駒に過ぎん!アルカンフェルが望めば我ら研究者が獣神将を()()……人を歯車としか見ぬこんな組織が人の尊厳を守れると思うか!」

 

 ヤマムラの言葉はどんどんと熱を帯びて、最後には拳を振り上げるように力説していた。それをリスカーは努めて冷静に見ていたが、彼の言いたいことも少しは分かる。そして自分以上に獣神将の頂点・アルカンフェルについて知っていそうなヤマムラの知識量に驚嘆した。

 

「…大なり小なり、何らかの組織に仕えるというのは己を代替えのきく歯車と化すことだ。私は歯車でいることにさして不満はありませんよ。…しかし、さすがですなプロフェッサー。私のようなヒヨッコより余程組織(クロノス)について知っている。獣神将以外、誰も知らぬ総帥アルカンフェルについてすら幾らかはご存知のようだ…大分クロノスについて嗅ぎ回ったと見えますね」

 

 リスカーの口調は相変わらず皮肉気で癇に障るものがあったが、しかしその目は真摯にヤマムラを見つめていた。

 

「クロノスに反感を持つが故に誰よりもクロノスを、降臨者の遺跡を調べた。そして貴方はクロノス打倒の可能性を遺跡から見出した…違いますか?」

 

「…」

 

 監査官の自信たっぷりな口調。ヤマムラは(何もかも見通されている)ような気がしてくるが、それこそがリスカーの狙いであり手腕だった。自分は全てを知っている呈を装いヤマムラが自ら吐露してくれるのを期待しているのだ。ヤマムラの虚をつくために〝前世〟からの知識と経験も活用する。

 

「貴方が遺跡基地(レリックス・ポイント)から発掘した生体ユニット…それは降臨者(神々)の言葉で『ガイバー』と言われている…!」

 

「な、何故それを!」

(馬鹿な…!まだあの生体ユニットがガイバーであると結び付けられたのは私一人…!ど、どこまでコイツは知っている!?何という奴だ…ま、まさか〝超存在〟まで知っているのか!?)

 

「ガイバーこそが貴方の真の切り札!ガイバーを巡ってリヒャルト・ギュオーと貴方は抜き差しならない対立に陥ったのだ…!」

 

 ヤマムラの顔面から血の気が失せていく。歴戦の監査官であるリスカーでなくても読み取れる程の表情の変化が初老の男に起こっていた。

 

「や、やらせんぞ!やらせるわけにはいかんのだ!獣神将にガイバーを渡すわけには断じていかん!〝超存在〟がクロノスの手に渡れば…それこそ世はクロノスの思うがまま!そんな地獄に、地球を変えさせるものか!プロト・ゾアロード、起動!」

 

 リスカーが予期していた以上の反応を見せたヤマムラは、腕時計に内蔵していた自作の通信機器を操作した。恐らく、今の彼の発言からして遠隔からでも調製槽内の獣神将試験体を強制起動できるのだろう。今プロト・ゾアロードに目覚められたら〝殖装者〟ではないリスカーでは勝ち目はない。しかしリスカーは余裕ある姿を崩さなかった。

 

(…〝超存在〟?ほぉ…随分興味深いワードが飛び出てきたな…こいつは面白いことが報告できそうだ)

「無駄ですよプロフェッサー」

 

「なに?」

 

「私が何の対抗手段も無しに貴方を追い詰めるような面談をするわけがないでしょう。事前調査によって、今回の貴方の反乱()()は貴方自信と4人の試験体が共謀したものと分かっています。つまり研究セクションの他の職員は無関係であり非協力者…調製槽の操作も割と簡単に許してくれましたよ」

 

「…ま、まさか…い、いや、騙されんぞ。プロト・ゾアロードの調製槽は私以外では操作できないようプロテクトをかけているし、何より私以外では理解も出来ん調製難易度を誇っているのだ!ゾアロード因子や脳細胞の操作は無理だ。試験体とはいえ獣神将…細工は不可能だよリスカーくん。ヘッカリングや、バルカス当人でも来ない限りはな」

 

「いやぁ、それが出来るのです」

 

「くだらん。ブラフだ」

 

 だがそう言うヤマムラの顔色は冴えない。常にアドバンテージを取り続けるリスカーにヤマムラの強固な精神は徐々に削り取られているようだった。

 

「ならばいつまでもお待ちなさい。4体のプロト・ゾアロードをね。何分待てば気が済むかな。そうだな…私も忙しいし、試験体が仮に起きたとして…寝ぼけ状態から回復して駆け付けるまで…10分もあれば充分でしょう」

 

 そう言ってリスカーは呑気に冷めたコーヒーを飲み、椅子の横に置いてあった鞄からアメリカの今朝のニュースペーパーをゆったりと読み出す。

 ヤマムラは小さく歯軋りしながらその様を睨み、そして憤慨した様子を隠しもせずに自分も椅子に座り直した。ヤマムラにとって長い10分だったが、それはあっという間に過ぎ去って、結果は何も起きていない。研究セクションは常通り平穏で、館内放送も通常運転を繰り返している。施設のどこを見ても緊急性は感じられない。ヤマムラは己が本当に完封されていたことを察した。

 

「…っ!な、ぜだ…!バルカスもヘッカリングもギュオーの調製に掛り切りなのだ…!あの二人が現状、君に協力するなどありえん!どうやって私の調製槽のプロテクトを解いた!一体何をした、リスカー!」

 

 村上らプロト・ゾアロードの調製槽は、今回の反乱の肝だ。だからもしもに備えて特に念入りに改造し堅牢にしていた。プログラム的にも、物理的にもだ。だからこそヤマムラは信じられなかった。たとえリスカーが監査官としてどんなに優秀でも、技術畑で自分に敵うわけがないのだから。

 

「簡単なことですよプロフェッサー。私の協力者に獣神将の調製技術に携わる者がいただけの話だ」

 

「そんなわけがない!私以外の獣神将調製技術を保持する者は皆ギュオー調製に参加しているのは間違いないのだ!く、くそ…!わ、私は…私はこんな所で歩みを止めるわけにはいかん!」

 

「見苦しいな、ヤマムラ」

 

 椅子を蹴って駆け出したヤマムラだが、指をパチンと鳴らしたリスカーに呼応して周囲に潜んでいたゾアノイド兵が数人飛び出してヤマムラを取り押さえた。

 

「ぐっ…は、離せ!」

 

「現時刻を持ってプロフェッサー・ヤマムラ…いや、シンイチロウ・ヤマムラを獣化兵私物化及び反乱未遂の容疑で拘束する」

 

 プロト・ゾアロードがいればゾアノイドの思念操作など容易だが、ヤマムラ単体ではどうしようもない。しかも獣化兵は変身前でも常人以上の身体能力を誇る。未調製のヤマムラでは既に打つ手がない。

 

「…ぬ、うぅ…!」

 

「おっと、指を口に突っ込んでおけ。舌を噛み切る気だぞ」

 

「むごっ…!む、ぐぉ!」

 

 リスカーに命じられるままに戦闘構成員が指を突っ込めば、どれだけヤマムラが指を噛みちぎって己の舌を噛み切ろうとしても無駄だった。初老の男性の顎力程度では調製済みの人間の指は砕けない。

 

「おやすみ、プロフェッサー。次に目覚める時は培養槽に浮かぶ脳髄かもしれませんね」

 

 リスカーは懐から取り出した注射器を素早く羽交い締めにされたヤマムラの首筋に刺し薬液を注入すると、途端にヤマムラは白目を剥いて全身を脱力させて意識を手放した。

 

「…連れて行け」

 

「はっ」

 

「それと、バルカス様とシン様に連絡を…『謀反人を証拠と共に引き渡したい。事の重大性を鑑みるに獣神将直々の出馬を要請する』とね」

 

 こうしてプロフェッサー・ヤマムラの乱は未然に防がれた。だが――

 

(う、ぐ……山、む、ら…教授…)

 

リスカーの予想を超えた事態が起きようとしていた。類稀な精神力を持って、凍結された筈の調製槽で山村からの起動信号を受け自力で凍結から目覚めようとする者がいたのだ。

 

「…凍結は順調のようですね」

 

 山村の研究セクションで、白衣を着た金髪の美女がプロト・ゾアロードの調製槽を眺めていた。

 

「えぇ、完全に意識を遮断しています。しかし、さすがはバルカス様の秘書官、キャネット・チップ殿ですな!お美しいだけでなく、ゾアロードの調製まで手掛けるなんて!プロフェッサーの助手をしていた私でも、試験体とはいえこうもゾアロードを自在に扱えませんよ」

 

 山村の部下らの羨望と、少しの欲望の視線を一身に受けた美女・キャネットはリスカーの要請を完璧にこなせた事で密かに胸中を喜びで一杯にしていた。表情には出さないが、冷たいキャリアウーマンにしか見えない彼女の心は恋する乙女と同じだった。

 

「…本当のゾアロードに比べればこの程度簡単なものですよ。では引き続き凍結作業を……あら?」

 

「どうしました?」

 

「いえ…今、一瞬この試験体の指が動いたように見えたのだけれど」

 

「はは…ありえませんよ。バイタルは常にモニターしていますが、数値は安定しています。完璧に凍結されています。お疲れなのでは?もう我々だけでも大丈夫ですから、お休みになって下さい」

 

「…そうね。じゃあ、悪いけど後はお願いします。このままバルカス様か、私…それかリスカー監察官の指示があるまで凍結を維持しておいて下さい」

 

 キャネットが退出していき、それを職員が見送る。その中で、調製槽の一つ…プロト・ゾアロードの瞼が僅かに動いたことに誰も気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件後、ニューヨークから速やかにやってきたシンとアリゾナ現地司令官バルカス、両獣神将らによって直々に事後処理とヤマムラの尋問が行われることとなった。リスカーからの報告にあった〝ガイバー〟と〝超存在〟というキーワードについて非常にバルカスの興味を引き、また極東方面総司令リヒャルト・ギュオーの不透明な動きはシンの(不愉快な)興味を引いた。バルカスはヤマムラの尋問に直接あたり、シンはギュオーの真意を自ら探り出した。

 バルカスはヤマムラの強情さを知っている。意識を失い拘束されているヤマムラだが、意識を取り戻してからの尋問・拷問ではいつ隙をついて自殺するか分かったものではない。なのでバルカスは実に安全で、そして簡単な手法をとることにした。それはバルカスがヤマムラを獣化兵へと調製しその後ヤマムラへ質問する…それだけだ。ゾアノイドに調製された人間は獣神将への絶対服従の因子が遺伝子の奥底から呼び起こされる。気絶した状態のヤマムラを早速調製槽に放り込んで調製を開始する。調製槽から出てくる頃には彼は反骨漢でも何でもない、ただの従順な研究所員に成り下がるだろう。短期間での調製故に、クロノス3大頭脳とまで謳われた知能は多少欠損するかもしれないが、バルカスにとってそれ以上の得難いモノが彼から得られる――筈だった。

 獣化兵ヤマムラの調製完了まで後1日…、後1日でバルカスが彼に〝超存在〟や〝ユニット・G〟について尋ねられるという寸前…第二の反乱が起きた。その犯人は、

 

「貴様、ギュオー!!胸に一物隠しているとは思ったが、こうも早急に牙を剥くとは…狂ったか!」

 

獣神将最新型・最後にして最強のバランスタイプである獣神将、リヒャルト・ギュオーだった。リスカーからの報告によって、調製完了寸前に彼の調製槽は凍結された筈だったが、眠っていた筈のギュオーはゾアロードの戦闘形態(バトルスタイル)姿でバルカスの前に姿を現したのだった。

 

「クッククク…おはよう諸君!獣神将シン!そしてドクター・ハミルカル・バルカス!俺に力を与えてくれて感謝するぞ!本当ならばもっと猫を被るつもりだったのだがな…少々状況が変わってしまった」

 

「一体何者が貴様を起動したというのだ。ギュオー!この痴れ者が!ゾアクリスタルの力を己がものと勘違いしおって…!」

 

「バルカス翁、お下がりを…こののぼせ上がった愚か者は、このシン・ルベオ・アムニカルスが粛清しましょう。後悔するがいい、ギュオー!獣神変!」

 

 シンがバルカスを庇うようにして前に出て、瞬間的にどこか今のギュオーと似た雰囲気を持つ異形の魔人とも言うべき人型の化物へと変じた。だがその瞬間ギュオーもまた全身から凄まじい重力波が放ち彼らの周囲全てを破壊しようとする。

 

「ぬっ!?」

 

 さすがは最新型の獣神将だった。特にギュオーは重力操作に関しては他の獣神将の追随を許さない。しかし獣神将としての経験はシンの方が圧倒的であり、しかもシンはエネルギー操作に優れた防御と砲撃に特化した獣神将。バルカスや、基地の重要施設すら覆う広域バリアーを展開しギュオーの重力攻撃を上手く散らしてしまうのだった。

 

「甘いな…まだまだ戦闘形態(バトルスタイル)に慣れておらん。最新型とてこの私一人で充分討ち取れる」

 

 シンは勝利を確信する。ここにはバルカスもいるのだ。彼は戦闘形態へは、とある事情から今は変じないが通常形態でもバルカスの協力があればギュオー(反乱者)を滅ぼすのは容易だろう。

 

「…どこからでも来るがいい、ギュオー」

 

 周囲を無差別に攻撃したギュオーの一撃が辺りを粉塵で覆い視界を阻害する。

 

「油断するなよ、シン。彼奴は儂が丹精込めてしもうた最新型じゃ。経験は浅いが性能は申し分ない」

 

シンの戦闘形態は全身に砲台ともいえる大きな〝棘〟を備えている。その棘をエネルギー受信装置として応用し、アンテナのように周囲のエネルギー体、及び動体を感知するシン。その直後、シンの顔が驚愕に歪んだ。

 

「っ!これは…!貴様、馬鹿な真似を!!」

 

「疑似ブラックホール!!!?」

 

 シンだけでなく、調製した本人であるバルカスも血相を変える。まさかギュオーが惑星上でこの技を使用するとは思っていなかったからだ。ギュオーの体中にある重力操作のエネルギーアンプが体外に射出され、それらが重力力場を生成…瞬間質量7000エクサトンの人工ブラックホールがアリゾナ本部のど真ん中に出現してしまった。

 

「ハハハハッ!!ここまで育った疑似ブラックホールは、もう俺がエネルギーを注がずとも勝手に肥大化する!俺はここで失礼させてもらうが、諸君らは精々()()()を本物にしないよう中和してくれたまえ!!さらばだ!」

 

「待てっ!ギュオー!!」

 

「追うでない、シン!今は疑似ブラックホールを()()にせぬよう中和せねばならん!儂一人では中和しきれぬ!」

 

「くっ…」

 

 シンが歯軋りするが、バルカスの言うことが全面的に正しい。今この場で疑似ブラックホールを中和できるのはバルカスとシンだけであり、重力使いとしてギュオー程の性能を有していない両名は協力し合わなければギュオーの疑似ブラックホールを消滅させられないだろう。そして消滅させられなければ〝本物〟になったブラックホールが地球をも飲み込んでしまう。地球の全生命が突然滅亡の危機に晒されてしまった。

 

「ぬ…うぅ…ぐ…!ちゅ、中和、を…!」

 

「はぁぁ…!!」

 

 二人の獣神将が両手に全エネルギーを収束させ、疑似ブラックホールを縮小させていく。アリゾナ本部基地内の様々な場で無重力状態になり浮いてしまったり、重力過多で地べたに這いつくばる者がでたり、本部基地の重力が乱れに乱れるが5分も経った頃には両獣神将の尽力によりどうにか疑似ブラックホールは完全に中和されたのだった。

 

「はぁ、はぁ…く、これではとてもギュオー追撃は…無理か」

 

「地下の聖域の状態も心配じゃな。早急に被害状況を確認せねばならん。だがギュオーも捨て置けぬ。至急、プルクシュタールに連絡を。彼に追撃に出て貰おう」

 

 全くとんでもない事になってしまったものだと、バルカスは深い溜息をついた。つい先日、アルカンフェルが再び休眠期に入ってしまったばかりだというのにこれでは先が思いやられる。バルカスの苦労はまだ始まったばかりだ。

 



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日本再び

 ギュオーとヤマムラの反乱事件後の処理にあたっていたバルカスは提出された被害状況報告に唖然とした。本部基地内で疑似ブラックホールが展開されたのだから純粋な物的被害はある程度覚悟していたが、何より衝撃だったのは調製槽のヤマムラと、ヤマムラが保持していたプロト・ゾアロードが一体行方不明になっていることだ。

 

「…レポートによれば、獣神将試作体の調製槽は凍結作業が行われていた。フム…リスカー監察官の仕事か。なるほど、お主が気に入るだけあって有能じゃな」

 

 マイナス面を考えればキリがないが、取り敢えずはマイナスの中でも良い面に着目して己の精神を鼓舞する。実際、リスカーの手回しの良い調査はクロノスが負うことになった被害の中でもキラリと光るものがあり、短時間の内に多くの事実が明らかになっていた。バルカスは眼前の同僚の部下を褒め称えると、目の前の男、シンは無表情を維持しながらもどこか誇らしげとなる。

 まず各試作体の凍結作業は、どのレポートの手順や経過観察の数値を見ても完璧だ。実際の作業はバルカスも良く知った教え子とも言えるチップ秘書官が指揮したらしいので当然といえば当然だろう。そしてその完全な凍結の中で自力起動した試験体がいた可能性が高いこと、その試験体が同じく凍結中だった完成間近のギュオーを起動したらしいことも分かった。

 

「獣神将試験体マサキ・ムラカミ…獣神将リヒャルト・ギュオー…そしてヤマムラか。ぬぅ…ギュオーめ…疑似 BH(ブラックホール)の騒ぎでヤマムラを拉致するとは。ヤマムラが持っていた情報はそれ程に重要だったということか…。それに、彼奴のゾアクリスタルも何としても回収せねばならぬ。…全く、この老骨はなんと愚かなのか。アルカンフェルに合わす顔がないわ」

 

 次々に報告書を読み進めながら肩を落とす老人の姿は何とも痛々しい。バルカスは高層施設最上部の幹部執務室の椅子に深く腰掛け溜息をつくと、ゆっくりと椅子を回転させて背後のガラス外壁から地上を見回した。そんな哀れな老人に、背後から声をかけるシン。

 

「翁。私のところのリスカーをお使いになりませんか?奴ならばギュオーとムラカミの追跡に一役買うことができるでしょう」

 

「なに?未調製のただの人間をプルクシュタールの増援に使うのか?」

 

 シンの提案にバルカスはやや渋る様子を見せるも、シンは続ける。

 

()の反逆者二名は片方が試験体とはいえ共にゾアロード…当然、並の人間では獣神変前の形態ですら傷一つつけられません。それはわかっておりますが、ギュオー追跡には何よりゾアロードの支配思念に影響されないリスカーが適任です。奴はキレ者…必ずやプルクシュタールの役に立つでしょう。それに、プルクシュタールは何事も素直過ぎるところがありますから…ギュオーのような曲者を相手にする場合、リスカーが補佐にいれば足元を救われることも無くなるでしょう」

 

「…他の獣神将にも増援要請は出している。今はプルクシュタール一人で問題はないのではないか?ただの人間が一人程度増えた所で何も状況は変わらぬと思うが…」

 

「リスカーはただの人間ではありませんよ、翁。彼は運命が違えば我ら獣神将の仲間入りを果たしていたかもしれない幹部候補です。私の元で幾度も困難な仕事も熟している…調製も無しにです。今は使える駒は全て出し切るべきではありませんか?アルカンフェルに、これ以上の我らの醜態を見せるわけにもいかないでしょう。我らの手持ちのカードは全て出しきらねば」

 

 シンは現状を正しく理解している。クロノスにとって、今はまさに危機的状況と言って過言ではない。突然、獣神将が離反し本部が半壊してしまったのだから。しかもその反乱者の側にはプロト・ゾアロードとゾアノイドへの調製技術に長けたプロフェッサー・ヤマムラまでいるのだ。とても看過できない。バルカスは深い溜息をまたついた。

 

「…そうじゃな。お主の言うとおりじゃ。出来ることは全てするべきであるな。…だが、よいのか?ギュオー討伐の任務は今までのどのような任務よりも困難となるだろう。お前のお気に入り(リスカー)も命を落とす可能性が極めて高いぞ」

 

「構いませぬ。クロノスの全てはアルカンフェルの御為にある…。アルカンフェルの為ならば私自身を含め手駒全てを失おうが否はありませぬ。それに、リスカーとてそう簡単にやられはしないでしょう。調製されていない分、奴の立ち回りは慎重ですから」

 

 シンの言い切りようにバルカスは心強さを覚える。黒い、力強い瞳を見てバルカスは彼の言をようやく受け入れた。

 

「わかった。ならばお前の部下を借り受けよう。プルクシュタールからの報告も丁度挙がってきたきた所だ…早速リスカーにはそちらに向かってもらうとしよう」

 

 バルカスはまた執務椅子に腰掛けると、立派な卓上の上に備え付けられているコンピューター郡のコンソールを操作する。と、執務室の壁掛けの大型モニターにプルクシュタールからの報告が映し出された。それによると彼は今、ギュオーを追って極東の島国へと到着したという。

 

「日本…?そうか、ギュオーめ…狙いは遺跡基地(レリックス・ポイント)ですな」

 

 直様シンはギュオーの狙いを看破した。流石は十二神将の中でも副将格の男だった。バルカスも頷いて同意の意を示す。

 

「恐らくそれで間違いあるまい。ギュオー一党は既に潜伏してしまったそうだ。今、あの島国は経済の発展著しく国外人も多い。発見は簡単ではないじゃろう。長丁場になるやもしれぬが…あの若造の狙いは十中八九は遺跡基地(レリックス・ポイント)。そこの守りを固めてさえいればいずれ焦れて飛び出す」

 

「プルクシュタールは遺跡基地(レリックス・ポイント)に陣取るとして…他には誰を派遣するのです?」

 

「ギュオーが造反した今、東アジア全ては李剡魋(リ・エンツィ)の縄張り。奴の拠点は日本にも近いでな…彼に応援を頼んでおる。…今はクロノスも表舞台へ躍り出る最終調整段階じゃからな…残念ながら応援の余裕がある獣神将は彼だけなのだ」

 

 シンは黙って頷き同意する。確かに彼ならばギュオーの純粋な戦闘力の高さをどうにでも料理できる技量と異能がある。人格も高潔で信頼が出来、プルクシュタールとの相性も悪くない…李剡魋は適任と思えた。

 

「そうですな…このアメリカにも最低でも二人、翁と私は残らねば本部と支部までは手が回らない。歯痒いですが致し方ありません。プルクシュタールと李剡魋…そしてリスカーに任せましょう」

 

「うむ…儂はアリゾナ本部の復旧を急ぐ。お主はニューヨーク支部を頼むぞ。シン、油断せぬようにな……ギュオーの狙い…日本がブラフの可能性もないではない」

 

 口を堅く結んだ真面目顔でシンが頷き退出していくのを見送りながらバルカスは思う。アルカンフェルが目覚める前に、なんとしてこの件に一定の成果を出さねばならぬ、と。その決意は決して下らぬ保身からくるものではなかった。ただひたすらにバルカスは、アルカンフェルを満足させたいという純粋な忠誠心と尊敬からそう思っていた。

 

(ギュオーは単純な単体戦闘力では最強の獣神将…それに、知恵もよう回る奴じゃ。奴の造反…下手をすればクロノスの屋台骨を軋ませる。なんとかせねば…)

 

 老人は目頭を指で強く押さえて脳と目の疲労を己で労う。彼の悩みは尽きない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒塗りの装甲と防弾強化ガラスで覆われた大型ヘリコプターが夜の東京の上空を飛んでいた。けたたましいローター音が東京上空数百mの空に響くが、雑多な人混みに溢れる眠らぬ都市・東京の誰もがそれに関心を示さない。東京の空を預かる管制センターの者や自衛隊の者らもその飛行物体には興味を示さない。その機は正統な手続きを経た至極真っ当なヘリコプターなのだから当然だ。しかし、それの正体は全くマトモではなかった。その機はクロノスのものなのだから当然だろう。

 

「…東京か。また日本に来ることになるとはな…これも運命というやつか」

 

 防弾の窓から眼下の大都会を見ながらリスカーが一人呟く。彼の目に夜空に眩しい赤や青、様々なネオンで彩られたトキオシティが輝いて映っていた。

 リスカーにとって日本は思い出深い、忘れえぬ地だった。ユニットガイバーと出会った地であり、ガイバーⅠ深町晶と出会った地であり、そして自身終焉の地であった。

 ヘリは直ぐにクロノス縁のビルへと着陸し、そして東京を堪能する間もなく迎えの黒塗りの高級車へと乗り込む。食事をとる時間もない。

 

「…どうぞ、リスカー様。最近、日本で発売したカロリーメイトです。手軽に栄養補給できるうえ、なかなかの味ですわ。お食べ下さい」

 

 そう言ってリスカーに黄色く小さい箱を差し出してくるのはチップ女史。彼はあの事件でリスカーに協力し、そして夜を共にして以来、事実上の彼の秘書官のようになっていた。本来補佐すべきギュオーが早々に離脱した今ではチップ本人の嘆願もあって、正式にリスカー付きになって共に日本へ赴任してきていたのだ。

 

「あぁ…」

 

 考え事をしているのか、リスカーは窓の外へ視線をやって気のない返事で差し出された携帯食料を受け取るとそのまま口へ運んだ。ポキリと一口噛み砕き、食べながら言う。

 

「キャネット。君は良かったのか?…危険の多い監察官という役職だが…それにしても今回は特に危険だ。こんなケースは例外中の例外だ。君の安全は前回同様に保証できん。君が望めばバルカス様の秘書官に戻ることもできたというのに」

 

 キャネット・チップは薄い色素の蒼眼の中に燃え上がる恋慕を滲ませて彼に答える。

 

「いいのです。貴方の側にいる方が幸せですから。仕事と研究一筋に生きてきて…それで今までの人生は充実していましたけど、今は貴方に女としての幸せを教えてもらいました。危ない橋を渡り続ける監察官たる貴方のお手伝いをし、少しでもリスカー様の危険を減らせたらそれが一番嬉しいのです。それにバルカス様も貴方と一緒にプルクシュタール様のお手伝いをせよと…そう仰せでしたから」

 

「そうか。君がそう言うなら構わんがね…」

 

 今まで色恋沙汰に無縁な人生を生きていた者が一度愛を知るとそれにのめり込み、そして引き返せないことがある。リスカーは知識としてそれを知っていたが現実としてそれを目の前で見、そして愛を向けられるのを体験すると女の空恐ろしさを感じるのだった。

 

(なんともはや…重い女に手を出してしまったか?だが…彼女は有能だし、それに美人なのは間違いない)

 

 いずれ実家に紹介せねばならないのだろうか…と思うと気が滅入る。バルカスの秘書官を務めた程の女なのだから誰も文句は言わないだろう…ただ一人を除いては。義妹のヴァルキュリアが、果たしてどんな反応を見せるのかが恐ろしいリスカーなのであった。内心で首を振って、その恐ろしい空想を振り払ってリスカーは眼前の才媛へ尋ねた。

 

「ならば、早速だが仕事といこうか。キャネット…君は、ずばりギュオーの狙いは何だと思う?」

 

「今の段階では遺跡基地(レリックス・ポイント)にある何か…としか言えませんわね。しかし、私見と言いますか…私個人として、レリックス・ポイントには非常に興味深く可能性に満ちた物があります。それは研究者ならば誰もが惹かれるものですわ。恐らく…プロフェッサー・ヤマムラを拉致したギュオーも、彼から聞かされて興味を持っているのかもしれません」

 

「それは?」

 

「貴方も目を付けていた…〝ユニットG〟」

 

 ユニットG…ガイバーの名を口に出した時、キャネットは実に楽しいな顔をした。彼女もなんだかんだで根っから研究者だ。日本に付いてきたのにはユニットGに近づく為…というのも、きっと理由にあるだろう。

 

「そう、だな…やはりか。私もそう思う。…出発前の口ぶりだと、恐らくアムニカルス閣下もそう思っているようだった。それ程皆の注目を集めるユニットGだ…到着次第プルクシュタール閣下に許可を得て、そいつらに挨拶しておくかな?ハハ」

 

 軽口を叩くリスカーに、キャネットはくすりと笑った。それからは車内は静かだった。リスカーもキャネットも口を閉ざし互いの仕事を消化していく。キャネットは市場で出回るのは20年後程だろうノート型の個人用PCでデータをまとめ、そしてリスカーは重々しいジュラルミンケースから幾らかの書類を出して目を通していた…その時。

 

キィィィィン―――

 

 脳の奥に直接響くような微かな高音がリスカーを襲う。

 

「う…」

 

「?リスカー様、大丈夫ですか?」

 

 思わずこめかみを押さえたリスカーを見て、キャネットが作業の手を止めて彼の顔を覗き込む。だがリスカーはそれを直ぐに制した。

 

「あ、あぁ大丈夫…ちょっと目眩がしただけだ。働きすぎかな?」

 

 笑ってそう言うリスカーを見てキャネットも微笑む。大丈夫そうな恋人を見て、彼女は一安心しまたその手を忙しそうに動かし始めた。それを横目に見ながらリスカーは考える。

 

(今の感覚…あれは…そう、実に…約20年ぶりだが間違いなく強殖細胞を感じさせる〝共振〟!背中の感覚器官で強殖装甲を呼び出すあの感覚に似ていた…だが…まだ俺が、ガイバーⅡと繋がっているとでもいうのか?いや、ありえない)

 

 そう思うが、しかし完全に可能性は0なのか…と問われれば誰も断言はできない。ハミルカル・バルカスでさえできないだろう。どんな荒唐無稽なことだろうと有り得るのだ…対象が降臨者の鎧・ユニットGである限り可能性は無限大だ。

 

(ユニット…規格外品、か。やはりあれは…謎だらけだ)

 

 遺跡基地(レリックス・ポイント)へとひた走る車の中で、リスカーは誰にも気付かれぬぐらいのジトリとした汗をかくと、僅かでも涼を求めてタイを緩めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 到着は深夜になったが、基地司令に納まっていたフリドリッヒ・フォン・プルクシュタールは到着した二名の増援の着任挨拶を歓迎した。人ならざる獣神将とは思えない穏やかな笑顔で人間二人を出迎える。

 

「よく来たな。監察官オズワルド・A・リスカー…それとドクター・バルカス補佐研究官筆頭キャネット・チップ。諸君らを歓迎する。バルカス翁とシンから君らの話は聞いている。お前達の赴任、心強く思うぞ」

 

 プルクシュタールは二人の手を取って握手をし、彼らの目をじっと見て信頼の眼差しを向けた。その素直さはリスカーにシンと初めて面会した時のことを思い出させる。

 

(なんとも…化け物共の親玉とも思えぬ素直な人格じゃないか。アムニカルス閣下の話を聞いているのだろうが…初対面の私達へこのような眼差しを向けるとは。アムニカルス閣下共々…根はかなりの善人とみえる)

 

 そんな感想を抱かれているとは露知らず、善人のプルクシュタールは彼らへ言葉を紡ぐ。

 

「アリゾナから直行してきて疲れているだろう。お前達はまだ未調製と聞いている…無理がきく体ではないのだから早めに休むことだ。そして、早速で申し訳ないが明日の朝…もう明日ではないか。7時間後にまたこの司令室へ来てくれ。二人共優秀だとバルカス翁やシンから太鼓判を貰っている…直ぐに動いて貰うからそのつもりでいて欲しい。特にリスカー…お前は日本通だそうだな?私はこの国は勝手知らぬから頼らせて貰うぞ」

 

 そう言われ退出を促されて兵に連れていかれた個人部屋は充実した施設を備えた快適なものだ。片や監察官、片や獣神将の補佐官という二人の待遇は獣神将に次ぐものでかなり優遇されていた。リスカーとキャネットは明日に備えテキパキとシャワーに食事を済ませたが、明日も早くから重要な仕事が始まるというのにキャネットが熱い目でリスカーを見つめしなだれかかる。(明日以降の為に体力をとっておきたいが…女の悦びを教えた義務というのも果たさねば男と言えんか…)とも思うリスカーはしっかりとキャネットに応えてやり、その夜は実に4回戦まで及んだという。

 それはさておき翌朝…。

 

「…というわけだ。つまりギュオーらの足取りについては皆目検討もつかんのが現状だ。この遺跡基地(レリックス・ポイント)が奴らの最終目的と思われることから、恐らく魅奈神山にほど近いエリアに潜んでいるとは思うのだが…」

 

 司令室でプルクシュタール、リスカー、キャネットの三名はギュオーの行方についての会議を行っていた。

 

「リスカー、お前は日本に通じているのだろう?どうだ、どこに潜むのが好都合か」

 

「さて…私もそこまで日本の地理に詳しいわけではありませんが…。しかし、隠れるならやはり東京の都心部ではないでしょうか。この遺跡基地(レリックス・ポイント)があるN県N市竹代町は閑静な田舎部…外国人は目立ってしまいます」

 

 3人は関東部の地図が表示された卓上モニターを睨めっこしながら話し合う。

 

「共犯者のムラカミ、ヤマムラは日本人です。ギュオーの容貌は日本では悪目立ちしますから表立って動くのは日本人2名でしょう。ならば潜伏先は融通がきくのでは?」

 

 キャネットの意見に男2人も頷き、特にプルクシュタールは困り顔となった。

 

「そうだな。その可能性も大いにある。だから困っているのだ」

 

「…閣下、日本支部を使わないのですか?現地スタッフが多くいて地理感は頼りになると思いますが」

 

 リスカーの提案にプルクシュタールはやや眉根を歪めた。

 

「あまり使いたくないというのが正直な所だな。私は日本支部長のマキシマをあまり好きではないのだ。奴は小物…本部の弱みを見せると大手柄のチャンスと踏んで功を焦って場をかき乱す。そういうタイプだ」

 

(…まぁ当たっているな)

 

 以前の人生で巻島玄蔵とした最後の仕事を思い出すリスカー。確かに、彼は大物と言えない。平時には無能ではなかったが予定外の出来事にはとことん弱く出世欲や名誉欲が自身の能力以上にあって、お世辞にも頼れる男ではなかった。

 

「ではギュオー探索はあくまで遺跡基地(レリックス・ポイント)の人員だけでおやりになるのですか?」

 

「そういうわけにもいかんのだ。遺跡基地(レリックス・ポイント)の人員の最重要任務はここの守備。ギュオー探索は獣神将の支配思念に影響されない少数精鋭で行われることになるだろう」

 

 プルクシュタールは浅い溜息を吐いてからそう言い、それに合わせてリスカーも深く息を漏れさせた。三者は互いに目線だけで「随分と骨が折れそうだ」と会話し苦笑する。

 

「支配思念に影響されない…となるとまさか未調製の私とチップ女史だけに調査をさせませんよね?まぁ日本はウサギ小屋みたいに狭いですから二人だけでもいつかは調査が終わるでしょうが。20年ばかし猶予を頂けますかな?」

 

 アメリカ人らしいジョークが飛び出たが、プルクシュタールは真面目顔でそれを真に受けた。

 

「いや、まさかお前達二人だけに押し付けるわけもいくまい。もう一人来る手筈になっている」

 

「…これはありがたいですが…結局3人ですか。これは前途多難ですな」

 

 ジョークが流され珍しくリスカーがやや消沈し、その様を横目で見てキャネットが優しげに薄く笑う。

 

「心配するな。3人目は只者ではない。昨夜の連絡ではもうじき来れると言っていたが…ん?この次元振動…噂をすれば来たぞ」

 

 ニヤリと笑ったプルクシュタールが何を言っているのかただの人間のリスカーとキャネットには分からない。彼らは優秀ではあるが特別な装備も機器も無しに次元の揺れなど感知できはしない。

 

「――プルクシュタール」

 

 二人の背後から声が聞こえた。若々しくも落ち着いた青年の声がクロノス最高幹部たるプルクシュタールを呼び捨てにした。…それ以上に不可解なのは背後の司令室ゲートが全く動作していないことだった。リスカーらがギョッとなって振り返るとそこにいたのは長い前髪で右目を隠した黒髪の青年だった。だが明らかにただの青年ではない。身に纏う雰囲気も只者ではないし、何より彼の服装は基地司令のプルクシュタールと似通ったプロテクターだ。

 

「待っていたぞ李剡魋(リ・エンツィ)。貴公が来てくれたのは誠に心強い」

 

 プルクシュタールが浮かべた笑みは心許した者へのそれで、先程リスカーらに見せた笑顔とも少し異なる。それが物語るのは唯一つ。この黒髪のアジア系の男がプルクシュタールと同格であることを雄弁に語っている。

 

(…!リ・エンツィだと?十二神将の一人ではないか!お、驚いたな…まさかこう短期間に立て続けに獣神将と鉢合わせるとは)

 

 緊張からか、リスカーの頬を一筋汗が伝う。見ればキャネットも緊張…するでもなくいつもの自然体で悠然と構えていた。さすがはバルカスの秘書官を長年勤め上げただけはある。

 

「貴公に紹介しておこう。リスカー監察官とチップ秘書官だ。今日から貴公の指揮下に入ってギュオー探索に従事してもらうことになる。シンからのお墨付きの人材だ」

 

 プルクシュタールに促され李剡魋が二人の白人へ目を向けた。

 

「…貴公らがそうか。バルカス翁からも話は聞いている。評判通りであることを祈っておこう」

 

「微力を尽くします」

 

 プルクシュタールへ向ける視線とは違い、リスカーらを見るエンツィのそれには少し冷たさを感じるが ―エンツィという男の目の鋭さ故にそう見えるだけで彼はそう邪険に扱ってはいないだろう― リスカーからすればこの視線と応対が普通だと思える。クロノスの人間ならば初対面、未調製の人間には普通は心許せないだろう。

 プルクシュタールはエンツィを見、

 

「積もる話もあるが、のんびりしているわけにもいかん。早速動いてくれるか?」

 

申し訳無さそうに旧知の同僚へと要請するのだった。

 

「勿論だ。貴公への協力は惜しまん…だが、時間はかかると思っておいて欲しい。時期が時期故…あまり表立って動くことも出来ぬしな」

 

 請け負ったエンツィもまた表情は芳しくない。今はクロノスは細心の注意を払って雌伏している最中でどやどやと大軍を派遣することもできないし、表社会に潜伏している獣化兵も支配思念を行使するギュオーらには使えない。ギュオー探索と討伐が簡単にはいかぬと悟っているらしかった。

 

「それはわかっている。焦らずに打てる手を打ち…そして確実に反乱者共を追い詰めていこうではないか」

 

 プルクシュタールの言に場の一同は首を縦に振り、そして李剡魋が口を開く。

 

「では、まずはどうする?私としては、いないとは思うがN市の調査を行い足元の安全を確保しておくべきだと思うが」

 

「うむ、それで頼む。何か情報が掴めたらどんなに些細なことでも私に挙げてくれ」

 

「そうしよう。…リスカー監察官、キャネット秘書官、ついてきたまえ」

 

 マントを翻し颯爽と歩き出したエンツィだが、

 

「…その、李閣下。その格好で市井に出るのですか?」

 

恐縮しながらリスカーが問うとピタリと足を止めた。エンツィの姿はプロテクターにマントである。これで現代表社会へ繰り出したら少々面白いことになってしまうだろう。携帯もスマホもない時代であるから一瞬で拡散されることはないが…。

 

「……無論、着替える。君らは少しここで待っていたまえ」

 

 そう言って李剡魋は一人司令室を出ていった。プルクシュタールとリスカーとキャネットは、何とも言えぬ顔で互いを見合っていた。

 



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リスカーと深町晶の日常

 李剡魋指揮によるギュオー探索部隊が始動してから早くも1年近くが経過した。1年もの間ギュオー発見にこじつけられない探索部隊だったが決して無為に1年の月日を浪費したわけではない。一定の成果は挙げていた。

 幾らかの目撃情報を得ることに成功していて、それによると彼らはやはり日本の、それも関東に潜伏していることがほぼ確定した。半年前には新宿歌舞伎町で白髪、黒々とした褐色肌の2m近い大男が目撃されていて、おまけにその目撃情報を裏付けんと活動していたリスカーの息がかかった私立探偵が2名殺害されているので間違いないだろう。日々ギュオー包囲網を狭め締め上げている李剡魋達であったが、決定打をうつにはまだしばらくの時間がかかりそうであった。

 そしてその間に、リスカーはギュオー探索と並行してしていた事があった。それは…、

 

「やぁミスタ・フカマチ。元気そうで何よりだ」

 

「あぁリスカーさん!これはこれは遠い所、ご足労頂いて!いつも我社もお世話になって…」

 

渦中の人物に成り得る少年に対して布石を打っておくことだった。かつて自分を葬った少年と友誼を結んでおけば、いざ矛を交える事になった時にきっと深町晶は思い悩み腕が鈍るだろう。それに対して、自分はプロフェッショナルである…故に顔見知りと命のやり取りをすることになっても職務に忠実でいられる自信はあった。そういう魂胆のもと、平凡な民家の前で中年日本人男性とにこやかに会話するリスカー。だが、実はその布石はリスカーが意図してやったことではない。偶然が引き起こしたことだった。

 リスカーは現在、日本に進出してきた外資系大手の重役として来日している。勿論表向きだ。表社会で活動しやすくするためだけのものだったが、クロノスにとってダミー会社の一つとはいえ名の通った大企業であることは間違いない。故に多くの社員を雇っていて、それらの人々にはきちんと給料も支払われて税や保険など様々な要件を満たし真っ当な経営を行っていた。面倒なことを…と思うかも知れないが結局、それが一番ボロが出ず世間に疑われぬ隠れ蓑となる。なのでリスカーも空いた時間にダミー会社で適当に仕事を熟すことがある。適当とはいえどもそこはクロノスの監察官・リスカーだ。適当ながらもその仕事ぶりは並の人間よりも優れている。週一、下手をすれば月一程度にしか出社してこない相談役であってもリスカーに文句を言う者はいなかった。

 次々に書類の山を処理していくリスカーだったが、その中の一枚を見て常に動いていた手が止まった。何故ならそこには何とも気になる名が記載されていたからだった。

 〝深町史雄〟。

 その名は知っていた。アメリカ人のリスカーでもその名字が珍しいものと記憶していたし、フミオとはかつての人生で、ユニットGを奇しくも装着してしまった少年・深町晶の実父のものだ。リスカーは思わず二度見し、そして他の社員を呼び出して深町史雄の情報を求めると、それは直ぐに手に入った。年齢…現在44歳、既婚だが現在は妻と死別・独り身。家族は一人息子の深町晶。

 

「フカマチ・ショウ…!」

 

 思わず小声で呟いてしまう程に衝撃的だった。

 

(私の人生に…また関わるのか?私はユニットが外部に漏れないよう動くつもりだった。そうすれば、そもそもショウ君はユニットに関わらない。全て丸く収まると思っていたが……!これは…まさか()()だとでも言いたいのか!?深町晶は…やはりクロノスと出会うことになるのか…?)

 

 リスカーは先日体験した脳内の共振反応のようなモノを思い出す。切っても切れぬ縁という奴か。日本人のいう〝エニシ〟がこれなのか。リスカーはまた、独り背筋に薄ら寒いものを感じていた。

 

「バカな…運命などと。…だが、万が一ということもある、か。備えておくのも悪くはない」

 

 そしてリスカーは動き出した。仕事の付き合いで()()出会ったミスタ・フカマチ…深町史雄と意気投合し何度も飲み会を催し…気に入った彼の為、商事会社から優先的に商品を買ってくれるお得意様、ということになったのだ。

 今現在、深町史雄が勤める商社はバブル景気とリスカーの後押しもあって空前の利益を叩き出していた。大口の商談相手であるリスカーの贔屓を得ている深町史雄の社内評価も鰻登り…今年のボーナスはかつて史雄が見たことのない額だったのは言うまでもないだろう。深町史雄にとってリスカーは大恩人であり、最近ではプライベートでも遊ぶことがある日本好きの気さくなアメリカ人であった。

 そして今その二人は東京23区外の、都内とはいえ閑静でどこか田舎臭いM市の深町宅の前にいるのだった。

 

「よしてくれ。今日は日曜じゃないか。仕事の話は置いておこう」

 

「それもそうですね。どうぞどうぞ、よくいらっしゃいました。我が家へお入り下さい」

 

 営業トークの中で深町史雄が「いつか我が家へお越しください」と言ったことを日本人の社交辞令を解さぬアメリカ人重役が真に受けた結果だった…というのが表向きの理由。家主に促されるがまま日本の一般住宅へ上がり込むリスカーの目に、程なくして目当ての人物が写る。あどけなさが残る少年だ。彼の隣には可愛らしい少女も一人。

 

「初めまして。オズワルド・A・リスカーです。君がミスタ・フカマチの自慢の一人息子かい?酒が入るとミスタはいつも君の自慢ばかりなんだよ」

 

 少年は初めて間近で見るガタイの良い典型的白人男性に少ししどろもどろだ。

 

「あっ、は、初めまして。随分、その…に、日本語が…うまいんですね」

 

「ハハハ、まぁね。仕事の関係で日本語は必須スキルだし、私は日本が好きだからね。…日本ヲタクという奴さ。日本語は難しいが沢山勉強すれば何とかなるものだよ。君はミドルスクール…中学生なんだって?もうじきコウコウジュケンもあるんだろ?大変だな」

 

「え、えぇ、まぁ…そんな感じです」

 

 歯切れの悪い返事ばかり返す少年に、隣の少女は我慢ならなくなったようだ。少年を叱責するように口を開いた。

 

「ちょっと晶…そんな態度じゃ史雄おじさんの顔にも泥塗っちゃうわよ!リスカーさんはおじさんの大切なお客様なんだから。わざわざ日曜に私まで手伝いに来てあげてんだからしっかりしてよ」

 

「わ、わかってるって…ちぇっ!お客さんの前で怒鳴る瑞紀こそ失礼なんじゃないの?」

 

「なんですってぇ~!」

 

 大切な商談相手が休日に尋ねてきたというのに、その真ん前でいきなりいつものケンカをおっ始めてしまった息子とその幼馴染みを見て史雄が慌てだす。

 

「お、おいやめないか!お客様の前だぞ!」

 

 言われて、晶と瑞紀は「あっ」とバツの悪そうな顔になって二人共に少し伏し目だ。慌てながら謝る史雄を見てリスカーは、

 

「ハハハハ!いやいや子供はこれぐらいでいいでしょう。ショウ君、といったね。隣の子はガールフレンドか。男は女の言うことを良く聞いておいた方がいい。あまり邪険に扱うもんじゃないよ」

 

「こ、こいつはそんなんじゃありませんよ!」

 

「こいつってなによ!」

 

「二人共!頼むからやめてくれぇ…お父さんの大切な商談相手なんだぞ…」

 

 ギャーギャーと騒がしい家族を見つめるリスカー。ここへ来た理由は、あくまで将来への保険のためでしかない。だが、この賑やかなファミリー像はリスカーにとって新鮮で、そして心の何処かで求めていたものなのかもしれなかった。深町一家を見つめるリスカーの瞳には、遙か遠くの絶景を眺めるような…手に入らぬ玩具を見つめるような、そんな色が浮かんでいた。

 

(家族か…貴族趣味丸出しの俺の父親ではこうはいかないかった。こんな近い家族関係はな。…俺の家族は…ヴァルキュリアだけ――いやアイツの距離もおかしい…あれは近すぎる。俺には普通の家族はいないのか?)

 

 日に日に電話先の口調が妖艶に誘う女のものになっているヴァルキュリアを思うと溜息しかでない。リスカーは普通の家族を持っている深町晶へ羨望の眼差しを向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表では外資系大企業の重役として深町一家との交流を重ね、裏ではクロノスの監察官としてギュオー探索に日々勤しんでいたリスカー。現地司令官となったプルクシュタールも、現場指揮をとる李剡魋もどちらの獣神将もとても良い上司で実に働き甲斐がある。恋人であるキャネット・チップとも上手くいっている。隠れ蓑の身分での人付き合い…主に深町一家との交流も順調に回を重ねていて、今では深町晶少年から「リスカーさん」と呼ばれて恋の相談などを受ける程だった。

 時折、リスカーは都心までスポーツカーで彼を連れ出して少々大人な場で茶とケーキを頂きながら彼の相談に乗ってやったりもして、その高級喫茶で10代の少年とこのような会話を繰り広げる。

 

「リスカーさん…あの、えぇと…リスカーさんって恋人いますか?」

 

「んん?おいおい、私はノーマルだぞ?君は顔立ちも整っているけれどね…悪いがそちらの趣味はないんだ」

 

「ええ!?いやそういう意味で聞いてるんじゃないですよ!?」

 

「アッハッハッ!分かってるよ…ちょっとしたジョークだ。君のガールフレンドについてのお悩みだろ?」

 

「うっ…い、いや、その」

 

「私にまで隠すことはないだろう。恥ずかしがることはない。男なら誰もが一度は通る道だよ、ショウくん。私だってティーンズの頃はそれはもう女性のことが気になって気になって仕方なかった。君が健康に育っている証拠だ」

 

「は、はぁ」

 

 晶は、地元にいてはとても出会えないだろう高級感溢れるカフェラテを白銀に輝くマドラーで混ぜながら俯く。

 

「恋の道というのは奥手じゃダメだよ。奥手なままでは勝率は0だ。無謀に思えても、客観的に見て無様に思えてもガツガツいくんだ。女性はね…意外とガツガツこられると押し切られて、〝じゃあ付き合ってみようかな〟と思うパターンが多い。実際はそこまで好きじゃなくても、そのまま付き合っている内に雰囲気に流されなし崩し的に初体験――」

 

「ぶっ!」

 

 リスカーの発言に、思わず深町少年は高級カフェラテを吹き出す。

 

「おいおい大丈夫か?」

 

「だ、だってリスカーさんが変なこと言うから!」

 

「変なことじゃないさ。恋に恋焦がれて、ティーンズ特有の性欲にも負けてそのまましてしまうことって多いんだよ。ショウくんの意中の人…ミズキちゃんも可愛らしいし…きっとモテてるよ?」

 

「うぅ」

 

「うかうかしてたら粉掛けてきた年上の先輩とかに掻っ攫われてしまうんじゃぁないかな」

 

「み、瑞紀が…他の人と…」

 

 深町晶は中学での生活を思い出す。確かに彼の麗しの幼馴染みはモテている。夏休みの部活動中等はわざわざ高校からOBの男の先輩が彼女目当てで来るぐらいだ。思春期の少年に危機感が募る。

 

「幼馴染みということに胡座をかいていたら彼女は他の男の物になるぞ?」

 

 そんなことを言いながらエリートアメリカ人はからかうような笑みを浮かべて少年を見ると、少年は頭を抱えるのだった。

 

「じゃ、じゃあどうすればいいんですか!?」

 

「押し倒すんだな」

 

「ぶっ!?」

 

 深町晶、本日二度目の噴出。

 

「おい、ショウくん。私のスーツにかかったぞ」

 

「だってリスカーさんが!」

 

「まぁ押し倒すのは冗談としてだ」

 

 リスカーはまたいたずらな笑顔を浮かべる。

 

「そうだな…今度ダブルデートでもしてみるか」

 

「だぶる…デート…?」

 

 深町少年はテーブルに備え付けのペーパーナプキンで口元を拭いつつキョトンとリスカーの顔を見た。

 

「私と私の恋人…キャネットがデートをする。その場に君とミズキちゃんも来て一緒にデートをする」

 

「俺と瑞紀が…デートぉ!?」

 

「…いい加減それくらいで恥ずかしがるなよショウくん。初々しいのは素晴らしいが、度が過ぎると進展できずに時が過ぎ去り…気付けば彼女は他の男のモノ…危機感を持ちたまえ」

 

 リスカーがずいっと顔を少年へ近づけ、そしてがっしりした大きな手で彼の華奢な肩を掴む。深町晶の顔色は悪い。彼女が他の男に身を任せる様でも想像したのかもしれない。

 

「なぁに、気を楽に持て。ミズキちゃんにはこう言うんだ…〝今度の日曜、リスカーさんが日本の遊園地や動物園に恋人と行きたがっている。僕らに案内を頼んでるだけど〟ってね」

 

「…それで…う、うまくいきますかね…」

 

 少年は既に頬を赤く染めている。

 

「大丈夫さ!ミズキちゃんは親切な子だから、君のお父上…ミスタ・フカマチの客人である私の為ならきっと動いてくれる。断ったらカドガタツって日本人は思うんだろう?人数も多いからミズキちゃんは安心して君の申し出を受けてくれると思うね。で、現地についたら私達とショウくん達は別行動する…簡単だろう?」

 

「いきなり二人きりはちょっと…難易度高いというか…」

 

 リスカーは苦笑した。これがあの意志堅固なガイバーⅠとなるなんて信じられないくらい、深町晶は純朴な少年だった。

 

「そうかね…ならば、最初は大人しく私達と一緒に遊んで回ろう。全く…この弟子は世話が焼けるな。ハハハハ」

 

「あ、ありがとうございます…リスカーさん!いえ、あー…し、師匠?」

 

 こうして恋路の師匠と弟子は恋の算段に忙しい休日を過ごしたのだが、いざ本番の日には何故か瀬川瑞紀の兄・哲郎と晶の父・史雄までが付いてきたのでファミリーとして楽しむ余暇となったのだった。それはそれで楽しみつつも、どこかガックリした様子の深町晶の顔はリスカーにとっては面白すぎてこの先もずっと忘れられないだろう。

 

(…フッ、ショウ君のあの姿…まったくああしてると年相応だ。ユニットなどに関わらなければ…彼もこうやって普通の人生を歩み続けることができたのにな)

 

 運命というものが本当にあるのかリスカーには分からない。だが、彼はこうも思う。

 

(もし…彼がユニットやクロノスに関われば、あの頑固なガイバーⅠとなる。そうだ…それはとても厄介だ。だから…ショウくん、君がもう我々に関わらなくて済むようにする…)

 

 いつぞやか、己の脳内を駆け巡った共振反応をまた思い出し、リスカーは逃れ得ぬ運命というものについてしばし思考する。未だ関わっていない筈の自分とユニットが何らかの繋がりを持っているかも知れない今生…それを思うとかつてのガイバーⅠ・深町晶を監視対象から完全に除外することは出来ないが、それでも深町晶を少しでもユニットから遠ざける…その決意を改にするのだった。

 



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運命の日

 やはり運命というのは存在するらしい。その日、リスカーは埒もなくそんなことを思っていた。

 その日、魅奈神山の遺跡基地(レリックス・ポイント)の最深部保管庫に厳重に保管されていた3基のユニットGが何者かに持ち出された。プルクシュタールや李剡魋、リスカー、キャネットら有能なクロノス幹部陣の監視すら潜り抜けてユニットは持ち出された。厳重な監視を潜り抜けられた原因は下層研究施設にいた白井博士、小田桐主任らの研究員一同にあった。彼らは皆、造反組と繋がりがあったのだ。白井はギュオーと…そして小田切は村上征樹、山村晋一郎と強く繋がっていた。ギュオーや村上、当人らに注意を傾けすぎて内部監視が幾分緩んだ隙を突かれた形となってしまったのだった。

 遺跡基地(レリックス・ポイント)の最下層は、魅奈神山はずれの廃寺の涸れ井戸と10年以上使われていない廃線状態のリニアラインを介して繋げられていて、そこをユニットの搬出に使われたのだ。リニアライン・トンネルに横穴を開けて涸れ井戸と繋げた方法は大方ゾアノイドだろう。研究員である彼らなら小細工をし自分だけに従う獣化兵を制作することも不可能ではなく、獣化兵のパワーがあればその程度の掘削作業は容易だし重機もいらぬので隠密に事が運ぶ。

 

「なんたることだ…!まさかユニットが盗まれるとは!このプルクシュタールがいながら…なんという醜態だ!」

 

「落ち着くことだ、プルクシュタール。ユニットの所在が分かれば瞬時に私の能力で追いつける。報告を待とうではないか」

 

 司令室で大失態を犯した自分を責めるプルクシュタールをエンツィは宥めるが、プルクシュタールの怒りと慚愧の念は収まらない。

 

「まさか、最下層スタッフが全員我らを裏切り、あの賊徒共に付いていたとはな…バルカス翁にも…何よりもアルカンフェルに合わす顔が無い」

 

「貴公だけの咎ではあるまいよ。最下層全スタッフが造反防止用のウィルスも恐れず裏切るとは誰も予想できんさ。この李剡魋も同罪だ。同じ念を抱くリスカー達も全力で動いている…今は焦らず待つしか無い。ユニット強奪を悔み焦るあまり…慌てて動いて更なる失態を招かくよりはまだマシだ」

 

 李剡魋はこの緊急事態にも冷静そのものだ。少なくともそう見える。その冷静な有様はプルクシュタールにも安心感を与えてくれるのだった。

 

「…そうだな。今はリスカー達の報告を待とう。いざとなれば私と貴公ですぐに現場に駆けつけられる」

 

「そうだ…私の絶空斬(ジェカンヅァン)のことはまだ新参のギュオーは知らぬ。私の空間移動は奴らの計算にはあるまいよ。姿を現した時が奴らの最期となる」

 

 李剡魋の絶空斬(ジェカンヅァン)とは、読んで字の如く空間を断ち切る能力だ。空間ごと事象を断つのであらゆる物質、現象は切断面を境にして必ず泣き別れることになる防御不能の切断技である。それだけでも脅威だが、李剡魋の空間切断はそれだけで終わらない。空間を自在に断ち切るだけでなく自在に繋げることもできるのだ。遠距離になればなる程精密性は落ちるがそれでも遠方へ空間接続をしての瞬間移動も不可能ではなく、神出鬼没の驚異の獣神将なのだった。

 とはいえ相手は最強の重力使いギュオーだ。彼が最下層スタッフを手引きしているのは明らかで、彼が出陣してくればどうなるか油断はできず、また彼に協力していると思われるプロフェッサー・ヤマムラ等が他の獣神将のデータを持っている可能性もある。プルクシュタールや李剡魋の異能への対策が立てられていても不思議ではないのだ。まったく油断はできない。司令室に、重い沈黙が満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…捉えたぞ!やはりこの道だ…!」

 

 疾走する装甲トラックの助手席でリスカーが大声をあげた。深夜の県道を100km近い速度で数台のトラックが爆走している。助手席で、リスカーはトランシーバー片手に追跡の音頭をとっていおり、運転は調製によって反射神経等が増加し夜目が利く戦闘員に任せて彼は通信機器をフル活用し追跡部隊の綿密な連携を実現させていた。そのお陰で逃走犯達のルートを早々に割り出すことに成功したのだ。

 

「よし…このまま追跡を続けろ。この道の先には既に一小隊が先回りしている…袋のネズミだ」

 

 前方数m先を走るトラックを見つめながら小型の無線機を起動する。

 

「私です、閣下。……えぇ、反乱者を捕捉しました。我々の位置はそちらで…?はい……はい、そうです。わかりました。このまま封鎖部隊の元まで追い込みます」

 

 通信を終え、運転手に改めて追跡の続行を指示。このまま順調に行けば逃走犯は確実に詰む。だが、リスカーの胸中から一抹の不安が消えることは無かった。

 追跡すること30分…N県の県境にさしかかり、この先のエリアに逃げられてしまえばクロノスに無関係の一般人も増え、事が露見した場合口封じもかなり面倒になってしまう…そういう境に来て、いよいよ事が動いた。前方を疾走していたトラックが轟音と共に一瞬、後輪が宙に浮いてそのまま前転し大事故になる…と思われた所で何らかの力が無理矢理前転を押し留めた。酷くひしゃげた座席部…トラックを止めたナニかは獣化兵のラモチス。

 類人猿の化け物のようなラモチスは現在も量産化の為に鋭意研究中のグレゴールやヴァモアよりも一足先に量産化の目処がたったゾアノイドで、ゾアノイド量産化研究の最先端をひた走る日本支部以外の支部でも既に量産が始まっている個体だった。日本支部とは管轄の違う遺跡基地(レリックス・ポイント)でもラモチスは主力の獣化兵だ。

 数体のラモチスが素早く停止したトラックを囲み、荷を漁る。そしてトラックの前方に立ち塞がり走行不能に追い込んだ個体はひしゃげた座席を引き裂いて、血だらけで倒れるドライバーを運転席より引きずり出した。それを満足そうに見つめるのは、獣神将プルクシュタール。彼はテキパキと現場の指揮を行っていたが、破損したトラック後方から走り寄ってくる者らを見ると引き締まった頬をやや緩める。

 

「おお、リスカーか。お前の追い込みは見事だった。また逃亡犯の早期発見も素晴らしいものがある。お手柄だったな…これはさすがにシンの懐刀と呼ばれるだけはあるな。評判を裏切らぬ手腕…見せてもらったぞ」

 

「ありがとうございます、閣下。ですが…まだ油断はできません。ユニットの盗難、輸送という重大事にギュオーやムラカミが姿を見せないのは不気味です。ここはユニットを回収したら早々に引き上げるのが上策ではないでしょうか」

 

「うむ…お前の意見も一理ある。そうしよう……獣化兵各員、ユニットと最下層スタッフ(裏切り者)を確保し次第撤収する。…裏切り者はまだ殺さぬように」

 

 プルクシュタールの命に、ラモチスらが頷いて行動に移す。瀕死の最下層スタッフも何名かいて、ラモチスはその者らを素早くトラックへと積み込んでいく。そしてユニットGも…後生大事にラモチスが抱え、いざトラックへと…という瞬間だった。

 

(っ!?光!)

 

 プルクシュタールの優れた視覚が数km先、夜の闇に包まれた森の中の発光を捉えた。

 

「いかん!私の周りに集まれ!!」

 

 プルクシュタールの額から普段は格納されている水晶体…ゾア・クリスタルが露出し急激に光りだすと、プルクシュタールは己の周囲に大きなバリアを展開した。その直後、とてつもない衝撃が場を襲う。

 

「こ、この衝撃…!プルクシュタール閣下!これは!!」

 

「ぬぅぅぅ!このパワー…間違いなくゾアロード!」

 

 至近距離にいたリスカーや数体のラモチスはプルクシュタールのバリアに守られた。だが、不幸にもバリア外にいた者らは皆、道路、トラック、等と共に圧倒的なパワーによって瞬間的に潰されひしゃげてmmの単位まで粉砕されていった。

 

「く…この重力場では身動きが取れん…!」

 

 プルクシュタールがバリア内を素早く見渡す。無事なのはリスカー、ラモチス4体、負傷者を搬入したトラック1台。トラック内に運転手の獣化兵が1、コンテナに意識不明の反乱者が3名、応急処置をしていた獣化兵がさらに1。以上だ。それ以外に20名近い獣化兵が現場の周囲にはいたはずだが皆圧死したのは間違いなく、そして…襲撃者の小隊も自然と分かる。これ程の重力使いはアルカンフェルを除けば一人だけ…リヒャルト・ギュオーしかない。

 

「ギュオーめ…持ち出させたユニットごと広域攻撃を行うとは…何を考えている!まさか、私がバリアで守ることも予測済みか?」

 

 だとすれば厄介だ。やはりギュオーは知恵が回る。プルクシュタールが臍を噛んだ。

 

「私も動けぬが、ギュオーとてこの攻撃をし続けていたら動けぬ筈…」

 

 そう思った瞬間、周囲を無差別破壊していた広域重力が一瞬消える。

 

「む…消えた?」

 

「閣下!上です!」

 

 重力振動を続ける中でも周囲を警戒し観察し続けていたリスカーが、プルクシュタールの上方から迫りくる影を目ざとく発見する。

 

「っ!試作体か!」

 

 崖上から奇襲を仕掛けて来たのは、戦闘形態(バトルスタイル)へと獣神変したムラカミその人。片腕を振り上げ、

 

「はぁぁぁぁっ!!!」

 

腕に充填したエネルギーをプルクシュタール目掛けて放つ。一点集中型の切断波がバリアへ猛然と迫り、「うっ!?」というプルクシュタールの声と共に彼のバリアに亀裂が入った。

 

「ぐあっ!?」

 

「閣下!」

 

 プルクシュタールの肩から血が吹き出る。

 

「くっ…!」

 

 リスカーは半ば無駄と悟りながらも、スーツの内から拳銃を取り出すと精確な射撃で試作体ムラカミを攻撃するが、腕の一振りで弾丸は弾かれる。

 

「ラモチス!閣下をお守りしろ!」

 

 それでも銃弾を見舞い続け、怯えすくんでいたラモチス達をけしかけると、

 

「GAAAAAAAA!!」

 

我に返ったラモチス達は一斉にムラカミへと飛び掛かる。だが、試作体とはいえゾアロードのムラカミはやはり唯の獣化兵とは一線を画する。

 

「無駄だ!」

 

 両拳を胸の前で突き合わせると、ムラカミのバリアフィールドがそこに収束する。そして臨界を迎えたエネルギーは無数の切断波となってラモチスを薙ぎ払うのだった。一瞬で、雄叫びを上げる間もなく4体のラモチスは細切れの肉片となって地に転がった。

 

(こ、これがゾアロードか…!プロトタイプとはいえ、次元が違う!距離を開けていなかったら今頃私も肉片だな)

 

 数々の修羅場を潜ったリスカーもさすがに怯む。

 

「残り二人!ようやく来たか!時間を稼げ!」

 

 運転手と応急処置員、残りの戦闘員も獣化を完了させ遅まきながらも戦いに加わる。だが、その遅さが今回は良かった。

 

「く…まだ2体いたのか!」

 

 ムラカミの声にはやや焦燥があった。

 

(なんだ…?あいつのパワーは圧倒的じゃないか。何をそんなに焦る?ムラカミの力なら、ラモチス2体程度瞬殺し、プルクシュタール閣下に変身の間も与えず倒すこともできるではないか)

 

 あの斬撃のエネルギー波ならばラモチスごと人間形態のプルクシュタールを攻撃すれば致命傷を与えられてしまう。マズイ状況だ。そうリスカーは予想したが、しかしリスカーの予想は上手い具合に外れてくれた。

 

「はぁ!」

 

「GOAAAAAA!」

 

 ムラカミはラモチスを素手で殴り殺し、最後の一体は首を締め上げて捻じり殺したのだった。そして…、

 

「…し、しまった…!」

 

ムラカミが驚愕する。彼の目線の先には、既に獣神変を完了させ、肩の傷も変身による急激な細胞の増殖と変化によってあらかた修復された〝雷神〟プルクシュタールがいた。

 

「よくやった、リスカー。そしてラモチス達よ…お前達の時間稼ぎによって私の変身は完了した」

 

 ダークブルー色の皮膚をした超人。その額には赤い色に輝く菱形のゾア・クリスタル。獣神将プルクシュタールの戦闘形態(バトルスタイル)である。彼に呼応して空に黒雲が渦巻きだし、雲の隙間には雷が轟きだしていた。

 

「くそ…ギュオーは何をしているんだ…!」

 

 重力弾による援護射撃を期待しているのだろう。しかしギュオーは初撃以降、音沙汰なし。ムラカミの焦りは募る。とても単体では完成された獣神将の相手は出来ないとムラカミは知っていた。

 

「…ギュオーの応援は期待せぬ方がよい。今頃は、あやつも忙しいだろうからな」

 

「なに?」

 

 プルクシュタールは薄く笑う。

 

「そ、そうか…リ・エンツィの姿がないのは…!?」

 

 ムラカミは気付いたようだった。

 

「そういうことだ…だが、相棒の心配をしている場合ではないぞ。試作体よ!今お前は最大の危機を迎えているのだ!」

 

 プルクシュタールが気炎をあげ拳を振り上げた。今度はムラカミがプルクシュタールの力を食らう番であった。

 

「っ!?そ、空が!!」

 

「死ぬが良い!」

 

「ぐああああああああっ!!!」

 

 黒雲から真っ直ぐに堕ちてきた極大の雷撃がムラカミを貫いた。その一撃で勝負は決まった。強化皮膚の所々は焼け破れ、爛れて煙を吐きながらムラカミは倒れる。

 

「…ほぉ?まだ息があるようだな。ふむ…手加減が過ぎたか。ユニットを傷つけるわけにもいかぬし、仕方あるまい」

 

 白目を向き、重度の火傷を負いながらもまだ生きているムラカミに感心しつつもプルクシュタールは直ぐに次の行動に移る。

 

「リスカー、生きているか?」

 

「は、ははっ」

 

 プルクシュタールがユニットを気遣ったお陰でリスカーもまた命を繋いでいた。そうでなければ今頃彼は雷の余波で丸焦げだ。

 

「よし。ならば直ぐにユニットを持って遺跡基地(レリックス・ポイント)へ帰還し――」

 

「させる、か…ユニットだけ、は……貴様らの、手から…っ!!!」

 

 黒焦げになって気を失い倒れていた筈のムラカミが額のゾア・クリスタルからパワーを放った。放たれたビームが真っ直ぐにユニットを乗せたトラックへと突き刺さった。

 

「何だと!?き、貴様!!」

 

 油断もあったが、それ以上にムラカミの執念であった。調整槽の凍結から自力で目覚めた時もそうであったが、ムラカミという男はただ只管に執念の人だった。師である山村晋一郎から受け継いでいた執念はもはや精神的に化け物の領域だ。

 爆炎に包まれたトラックを見、プルクシュタールは愕然となる。

 

「未完成の紛いモノ風情が!おのれ!!」

 

 怒りに駆られ、プルクシュタールが拳に再度エネルギーをチャージした時だった。

 

『プルクシュタール!気をつけろ!そちらにゾアノイドの大軍が向かっている!』

 

「むっ…!李剡魋か!ゾアノイドだと?どういうことだ!」

 

 ギュオーと戦っている筈の李剡魋からの思念波だ。あまり遠方でなければゾアノイドに思念で指令をだせるようにこうして会話もできる。

 

『分からぬ!だがギュオーの思念に支配された一個軍団がユニットに向かっている!』

 

「バカな…ギュオーが、一体どうやってそれ程のゾアノイドを従えることができる!?プロフェッサー・ヤマムラがいようとも、造反者共に大規模な調製設備はないのだぞ!」

 

『分からぬ…だが、とにかく油断するなプルクシュタール。ギュオーについた愚か者は、どうやらまだまだいそうだ』

 

「…分かった。忠告感謝する。…そちらはどうだ?」

 

『ギュオーはやはり私の能力を把握していた。森を上手く隠れ蓑し、まるでもぐら叩きだ。手を焼かされている』

 

「…ギュオー…心底厄介な奴……。っ!来たか…!」

 

 プルクシュタールが呟いたその時、土中から微細な振動を感知。破砕された地面から次々にゾアノイドが飛び出してきたのだった。腕力で地中を掘りながら侵攻してきたらしい。

 

「こやつら…まさしくゾアノイド!だが、本部のデータでも見たことがない奴らではないか…一体何処から調達した…!」

 

 困惑するプルクシュタールに、記憶を辿っていたリスカーがある一体を見、そして閃き、答える。

 

「あれは!閣下…あの一体…見覚えがあります!奴は実験体D59…日本支部で実験に使われていた個体のはずです!」

 

「日本支部…!?ギュオーが日本支部から強奪した損種実験体だということか!」

 

「強奪…どうでしょうな…或いは…日本支部もギュオーに与し、提供したか、ですな…」

 

 リスカーの言葉にプルクシュタールは歯軋りをする。これ以上裏切り者がいるなど考えたくもないが、これ程の数を揃えたとなるとその説が中々濃厚で、プルクシュタール自信薄っすらとそれを予想していた。

 

「確かにな…ギュオーは極東方面総司令官として活動していた。日本支部に根を張っていた可能性は高い。…くっ…忌々しい奴!クロノスに…アルカンフェルに造反し、今また遺跡から発掘されたユニットGまで破壊され…!必ずやギュオーめを我が手で八つ裂きにしてくれる!」

 

 群となって迫りくるゾアノイド軍団を睨みながら、先のムラカミのように両拳を胸部クリスタルの前で突き合わせる。急激にクリスタルへとエネルギーが収束すると、両拳を発射台としてクリスタルから雷撃が一気に放たれた。

 

「栄光あるゾアノイドとして生まれ変わりながら、あのような裏切り者に与する愚か者どもめ!このプルクシュタールの裁きの雷を受けよ!」

 

「GYAAAAAAA!?」

 

 有象無象のゾアノイド達が次々に黒焦げの肉人形と化していく。ムラカミとラモチスでもそうであったが、ゾアロードとゾアノイドの実力差は天と地の差。完成形であるプルクシュタールなら実力の開きは尚更顕著であった。

 

(さすがはプルクシュタール閣下だ…まるで相手にならん。ギュオー一党の切り札は、ギュオー自身とムラカミのはずだ。ゾアノイド軍団には面食らったが、もう打つ手はあるまい)

 

 ムラカミが倒れ、ギュオーもどうやら李剡魋の襲撃を受けている今、どうにか山場は越えただろう、と一安心の顔をしたリスカーだったが視界の端に映っていた倒れ伏すムラカミがピクリと動いたのを見つけると顔色を変えた。

 

「っ!閣下!プロトタイプが動きます!」

 

「なに!?う…!!なんだ?ゾアノイド達が!!」

 

 ムラカミも気になったが、雷撃で薙ぎ払っていたゾアノイド達に急速な生体エネルギーの高まりを感じてプルクシュタールは一瞬、どちらを処理するかで悩んでしまった。その隙をつく形で事は起こった。

 次々に、ゾアノイド達の肉体が膨れ上がったかと思うとそいつらが大爆発を起こしたのだった。

 

「何だと!ば、爆発とは!?」

 

「ゾアノイドに爆薬でも仕込んでいたのか…!?う、うわあああ!?」

 

 連鎖して巻き起こる爆発。響く振動、衝撃、炎、それらが当たりを破壊し吹き飛ばし火炎地獄へと大地を変える。獣神将たるプルクシュタールはその程度の爆発では目眩まし程度だが、人間・リスカーはそうはいかない。化け物が闊歩する戦場と化したこのエリアで無事に切り抜けてきたリスカーはとうとうその爆発に巻き込まれて吹っ飛ばされてしまった。さすがのプルクシュタールもリスカーを庇う間が無かったのだ。

 

「リスカー監察官!」

 

 プルクシュタールが炎に包まれ吹き飛ぶリスカーに僅かに気を取られた隙に、不屈のプロトタイプは立ち上がっていた。

 

「ハァ…ハァ…隙、だらけ…だ!…喰らえ…プルクシュタールっ!!」

 

「っ!試作体!?ぐ、うおおおお!!?」

 

 プルクシュタールの左腕が宙を舞う。ムラカミが放った切断波が獣神将の片腕を完全に切り落とした。

 

「ぐ、ぬぅぅ!我が、片腕、が…!!出来損ない風情が…アルカンフェルより賜ったこの肉体を傷つける等…!!」

 

 どくどくと血が流れ出る左腕を庇うプルクシュタール。隻腕となろうとも、プルクシュタールの戦意は衰えていない。寧ろ、ムラカミへの闘争心は更に増していた。だが、ゾアロードとはいえ片腕は些かマズイ。ゾアノイドからすれば神にも等しい存在感と力を持つ彼らだが、それら偉大なるパワーは五体満足でこそ初めて十全に発揮できる。僅かなら影響はないが、腕や脚など大きな部位を欠損するとエネルギーバランスが崩れて、性能がガタリと低下する場合があった。また、普通に考えて片腕喪失は生死に関わる重傷でもある。相手が満身創痍の試作体とはいえ、もはや楽勝とはいかないだろう。

 

「ハァ…ハァ…!ふ、ふふ、ふ…お互い、いいザマだな…!」

 

「く…」

 

 プルクシュタールは雷撃をまとった掌で左腕の切断面を焼き簡易的に血止めとする。常人ならば痛みにのたうち回る止血方法だが、呻くだけで済むのはさすがは獣神将であった。

 睨み合うプルクシュタールとムラカミは、どちらも動けないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ぐ………わ、わた、し、は……こんな所で…死ぬ、のか」

 

 県道沿いの森の中、小綺麗に仕立て上げられていたスーツは所々無残に破け、焼け、擦り切れ、泥で汚れ、血で汚れていた。爆風に吹き飛ばされ地面に全身を強打したリスカーがうつ伏せでそこに転がっていた。彼の、美麗な…というのとは少し違うが、凛々しい男前な顔の半分は焼け爛れて、片足はあらぬ方向に曲がり、もう片足は皮一枚で辛うじて繋がっている。森の木々がクッションとなって一命は取り留めたが、もはや死ぬのは時間の問題と自身で理解していた。

 

「死ぬわけには、いかん……こんな、こんなとこで…死にたくはない!ここで死ねば、俺の一生は何だったのだ…!前に…ガイバーⅠに殺された時より、も…無様では、ないか…っ!い、いやだ…俺は…死なんぞ…!!」

 

 最近は、リスカーは愛する人と静かに暮らす余生も悪くないと思い始めていた。キャネットやヴァルキュリアと、いつかあの深町一家のような普通の家族として暮らす…そうして老いてベッドの上で往生する…そんな未来も、中々良いかも知れないと思う事が出来るようになっていたのだ。だから、今彼はこんな所で一人で無様に死にたくはなかった。

 辛うじて動く右手で必死に這いずる。生き残る。今、リスカーの思考はそれで一杯だ。生存本能が最大限にまで高まっていた。

 

「ぐ…ゴボッ…ご、ぐぉ……!ゴボッ、あ、あぞごまで…あぞごまでぇぇ、行けば…!!」

 

 血反吐を吐きながら、懸命に片腕で体を引きずる。リスカーを突き動かす本能に従って必死に這う。破れた腹から徐々に腸を漏れさせ、おびただしい血液を地に撒きながらそれでもリスカーは這う。

 

「ハァ…!ハァ…!ぐぅ…ゴボッ、ゴボッ!ぐ、が…っ!!」

 

 リスカーの脳内に響く高らかな金属音。それが何であるか、リスカーはもう理性で判断することは出来ないでいたが、本能で理解していた。誘殖組織やコントロール・メタルによる〝共振反応〟に似た強い信号が、()()からリスカーへと向けられ、そして呼ばれていた。彼は必死にそれに応えた。生きるために。

 

「おれは……おれは……いき、のびて、やる、ぞ…!」

 

 草むらの中、キラリと光ったソイツに向かってリスカーは最後の力を振り絞り腕を伸ばす。そこには、かつて彼の運命を狂わせたモノがあった。金属プロテクターの中に蠢く生体組織…その中央には輝く金属球が鎮座していた。

 



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ガイバーⅡ、再来

 獣神将試作体ムラカミが、傷ついた体に鞭打って駆け出す。それでも人間より余程速く力強い動きで、鋭い拳打を目の前の獣神将へ繰り出そうとした。だが対峙しているのは正規獣神将のプルクシュタール。そう簡単に間合いは詰められない。例え彼が片腕だとしても、だ。

 

「むん!」

 

 プルクシュタールが残った右腕を額のゾア・クリスタルにかざし、そのまま気合と共に腕を薙げばクリスタルからは多量の電撃を含むエネルギーが照射される。

 

「くそ…!やはり体力(エネルギー)の基本値が桁違いだ…!まだまだ撃てるようだな…」

 

 ムラカミはステップを踏みながら必死に避けるが、お世辞にも華麗にとは言えない。試作体であるムラカミの体力はとうに限界を迎えていたし、最初にプルクシュタールの雷撃を一発貰った時点で瀕死と言える重傷状態なのだ。本来は立っているのが不思議なくらいだ。

 接近戦を仕掛けたいムラカミと、本人の特性と現状…片腕という理由でも遠距離戦をしたいプルクシュタール。両者の戦いは平行線を辿り長期戦の模様を呈し始めていたが…もしムラカミに持久力があればそうなっていただろうが、いかんせんムラカミはダミー・クリスタルを埋め込まれているプロト・ゾアロード。獣神将の力が彼自身の肉体を蝕んでしまう体質で戦いが長引けば自滅するしかない。

 

(…プルクシュタールに致命傷を与え得る俺の技は切断波だけだ…しかし、後一発撃てるかどうか…もし撃つことができても、その後俺はとても戦えないだろうな…一撃で、確実に息の根を止めなくては…)

 

 確実を期する為にも接近し、切断波を浴びせるしかない。でなければ、プルクシュタールは回避してしまうだろうし、バリヤーに防がれる可能性すらある。最初の奇襲では人間形態のプルクシュタールだからバリヤーを破れたのだ。獣神変した今のプルクシュタールのバリヤーは出力が違うだろう。

 

「…ふっ、焦っているな…マサキ・ムラカミ。戦ってみて分かったぞ。お前は長期戦に耐えられる肉体ではないようだな。状況は私に有利だ。このまま長引けば増援がくるのは私の方だろう…アヤツの卑劣な性格を鑑みれば危険を犯してお前を助けに来るとも思えぬ」

 

「ギュオーについてはその通りかもしれないな…だが!俺を舐めていると痛い目を見るぞ…!」

 

「そうだな…所詮試作体と舐めて私は片腕を失った。侮るなどとても出来ん。…だから、私は徹底的に貴様を近寄らせん!私の距離で(いくさ)をさせてもらうぞ!」

 

 額からレーザーが、そして胸部クリスタルから収束した雷撃が交互に撃たれてはとてもムラカミは接近できない。それどころか徐々にムラカミの足は後退してしまっている。ビームと電撃の猛烈な弾幕に思わず距離を空けてしまっていた。

 

(ダメだ…!やはりプルクシュタールは強い!このままでは…)

 

 攻めあぐねていたその時、風を切ってこちら方面へ高速で迫る物体を二人のゾアロードは感知する。その物体は激しいエナジーの奔流を纏い、放電するかのように攻撃的なエネルギーを周囲へ放出していた。

 

「む!?」

 

「あ、あれは!」

 

 両者がそちらへ視線をやる。その影は猛烈な速度のまま二人の間を横切って背の低い丘陵の崖へと轟音を立ててめり込んだのだった。その影の正体…それは組み合う2体のゾアロードだ。ギュオーと李剡魋が満身の力を込めながら互いの掌を合わせてパワーで押し合っていた。

 

「ぐふふふっ!どうだリ・エンツィ!!肉弾戦に持ち込めば…貴様の厄介な空間切断は使えぬだろう!こうして組み合ってしまえばその腕の大剣も無用の長物!寧ろこの近距離では取り回し難かろう!!」

 

「く…!やはり、プロフェッサー・ヤマオカから獣神将の情報を聞いていたな!我ら獣神将の特性を…さすがにプロフェッサーは良く理解している!忌々しいが…優秀だな」

 

獣神将同士のパワーのせめぎ合いが力場を生み、溢れ出たエネルギーが二人の周囲に球形状のフィールドを形成していた。ゴリゴリと超高速で地形を削りながらギュオーと李剡魋は辺りの大地を虫食い状に荒らしていく。

 

「ぐ、く…っ!この、パワーは…!!」

 

「ふはははははっ!!最新型の俺に、旧式の貴様が力比べで勝てるものか!!貴様が恐ろしいのは防御不可能の空間切断のみ!それさえ封じれば…!!このギュオーが勝つ!!」

 

 ギュオーの言う通りだった。李剡魋の顔が僅かに歪む。組み合った掌は僅かでも気を抜けば握り潰されそうな程で、実際、李剡魋の手は既に表皮が裂け…肉にギュオーの爪がめり込んで骨まで軋んでいる。筋増加率も骨格強度もエネルギー総量も…変換効率に至るまでギュオーが上を行っていた。そしてとうとう、李剡魋の肉体に限界が来てしまう。

 

「うぐ…っ!?」

 

「このまま…!!砕け散るがいい!!!!」

 

 李剡魋の掌が砕け散り、その瞬間にギュオーの超重力が乗った拳が李剡魋の腹に叩き込まれる。ミシミシと李剡魋の肉体が悲鳴をあげて、

 

「っっ!!!」

 

マッハを超える速度で李剡魋は地面に叩きつけられた。

 

「李剡魋っ!!?」

 

 ムラカミと対峙していたプルクシュタールの意識がそちらへ逸れる。攻めあぐね、隙を伺っていたムラカミがそれを見逃すはずはなかった。

 

「余所見をしている場合か!がら空きだぜ…プルクシュタール!」

 

「っ!?しまった…!」

 

 手刀の出力を最大にしムラカミは駆け出した。超常の化け物同士の戦いは、一瞬の隙が致命傷を産む。このタイミングならばムラカミの手刀はプルクシュタールの首に叩き込まれる。それが二人には分かった。ムラカミは勝ちを確信し、プルクシュタールは己の死を予感した。

 プルクシュタールの首筋に手刀が決まる…まさにその時だった。プルクシュタールを庇うように、咄嗟に躍り出てきた影がムラカミの手刀を白刃取りし、獣神将へ迫る凶刃を止めた。

 

「なっ!?」

 

「…!」

 

 ムラカミもプルクシュタールも、その顔を驚愕に染めた。試作体とはいえゾアロードの一撃を止める。こんな真似はゾアノイドにすら出来ない。同じゾアロードだけだ。そして両者の知識に、ゾアロードに当てはまる眼前の超人は存在しない。だが、生体兵器のノウハウを持つのは地上にクロノスただ一つ。この者がクロノスに関係することだけは間違いないというのは共通の認識だった。

 その超人は、見るからにプロテクターと思える有機的な外骨格に身を包み、額に鈍く光る金属球。額部から後頭部方向へ伸び反ったブレード角、瞳孔の無いモニターのような鋭い目、左頬に小さな金属球体が縦並びに2つ。右頬には呼吸器と思われるダクト状器官。肘部外骨格は刀剣のように鋭く変化していた。

 

「な、なんだお前は!!?新手の獣神将か!?しかし、お前のような奴の情報はどこにも…!」

(お、俺の腕が…動かない!何て力だ!!)

 

ムラカミを、そいつが表情の無い顔で見つめていた。闖入者の額の光輪がキィィンというつんざく金属音を響かせて輝き、右頬の呼吸ダクトがピストンし体内の余剰熱を排気する。機械的な瞳孔無き鋭い目がギラリと光った。

 

「ふふふ…買いかぶってくれるなよ。私は、唯の監察官さ…ミスタームラカミ!」

 

 独特のエコー掛かった声がそう答え、白刃取りの形で受け止めていたムラカミの手刀へゼロ距離のプレッシャーカノンを炸裂させる。

 

「ぐわぁっ!?」

 

 ムラカミの手刀が破裂し手首から先が消失する。そして間髪入れずに強烈な蹴りがムラカミの顎へと突き刺さり彼の脳を揺らしながら軽く数mふっ飛ばしてしまった。プルクシュタールは呆気にとられた顔で自分を庇った超人を見ていた。

 

「まさか…お前は、その声は…リスカー監察官!?」

 

 吹き飛び、てっきり死んだものと思っていた部下の生存に喜び、そして喫驚する。聞き慣れた声の持ち主であり、背後の己に無防備を晒すその姿にプルクシュタールは味方であることを確信したのだった。

 李剡魋との戦いに決着をつけようとしていたギュオー。彼は宙に浮かび地に叩きつけた李剡魋に特大の重力弾で止めを刺そうとチャージを行い今まさに撃ち出そうとしていた手を思わず止めて、突然現れた怪人に目を奪われていた。

 

「ま、まさか…!!」

 

 ギュオーとそいつの目が合う。無機質で鋭い目が光り、額の金属球が怪しく輝いた。

 

「その額のメタル…!ガイバー!!!?ふ、はははははっ!!!失われてはいなかったか…!!」

 

「いいや、失われたさ。少なくとも貴様の手の中からは、な!ギュオー!!」

 

 有機外殻をまとう怪人…ガイバーが超高速で駆け出す。地が砕け舞い、僅かながら衝撃波が発生する程の脚力と速度。

 

「は、疾い!」

 

 ギュオーは即座に重力弾のターゲットを李剡魋からガイバーへと切り替え、そして地上へ発射した。地表を抉る大きな重力場が着弾地点周辺を破砕して飲み込むが、既にガイバーは重力場の射程内にはいない。ガイバーの腰部重力制御球(グラビティ・コントローラー)が鈍く光る。

 

「プルクシュタール閣下も、李閣下も…お前のような下賤な裏切り者にはやらせはせん!」

 

 制動を無視した急停止から、即座にロケットのように天へ加速し跳ねる。自身を弾丸に見立て超高速でギュオーへ迫るガイバー。ギュオーへ迫りながら上半身をひねると、不安定さが全く無いブレのない姿勢でガイバーは肘部のブレード状装飾を伸長し展開。超振動の剣と化した肘部ブレードを、肘鉄を食らわすようにギュオーへ見舞った。一連の動きは流れるように鮮やかで淀みない。全ての速度がギュオーの予想を超えていた。

 

「なっ!なにぃ!?うおおおっ!!」

 

 ギュオーが僅かに頭を反らす。

 

「ちっ…仕損じた…!」

 

 ギュオーの首には薄っすらと切り裂かれた斬撃跡が刻まれ、たらりと血が数筋垂れる。ギュオーの双眸に怒りと、そして僅かな恐怖が揺らめいた。

 

「貴様…!調子に乗るなぁーーーッ!!」

 

 左右の指にエネルギーを収束させ、マシンガンのように極小の重力指弾(グラビティ・バレット)を連射するギュオーだったが、

 

「この程度ならば!」

 

リスカーは重力制御球の出力を上昇させると同時にギュオーの重力弾の重力値、引力方向をセンサーメタルで即座に解析、自分を取り巻く重力を操作反転させて逆方向の引力壁を展開したのだった。ギュオーの指弾がガイバーの重力壁に当たった瞬間、指弾は煙のように散って消えた。

 

「ば、バカな…俺の重力指弾を…!!」

 

 ギュオーが愕然としながら歯軋りをする。重力制御の限界値は〝最強の重力使い〟と謳われるギュオーが圧倒的に上だが、小手先の技程度ならば強殖装甲の重力操作で充分いなせる。が、それには殖装者の研鑽とセンスが必要だ。そしてリスカーにはそのセンスと、二度目の人生(記憶・精神の逆流)という利点によって殖装時を意識した日常的な精神修養があった。

 

「これが…ユニットの力ッ!!」

 

 ギュオーは戦慄する。そして、同時にその心は歓喜に満ち溢れてもいた。

 

(素晴らしい力だ!!こやつ程度がユニットを纏ってこれ程の力を得る……ユニットの可能性は充分見せてもらった…!この俺がユニットを纏えば…まさに敵無し!!!神将メンバーも…そしてアルカンフェルでさえ俺の敵では無くなる…!!やはり俺の目に狂いはなかった!こいつが纏った無事に起動したユニットGが存在したのだ…他にもきっと無事なユニットがある。それは必ずこのギュオーが手に入れてみせる!)

 

「…だが、その前に!目障りな貴様を片付けてやろう!」

 

 ユニットはきっとまだ無事でこの辺りに転がっている。ギュオーが安全に、そして丹念にユニット探索を行うには目の前のガイバーを迅速に排除し、そして手負いの獣神将2人を抹殺する必要があった。それは最新型であり最強の戦闘力を誇る自分でも困難だ……ギュオー自身そう思っていたが、それでもこのチャンスを逃すわけにはいかない。拳に重力波動を纏わせ、一気呵成に超高速でガイバーへと襲いかかる。

 

(この状況でまだ向かってくるだと…?なるほど…私をすぐに始末できれば、確かに残る敵はダメージを負い疲弊したゾアロード2人だ。可能性はある…あながち愚かと断じることは出来んが…私のユニットへの理解度を知らぬのが貴様の不幸だ、ギュオー)

 

 リスカーには今のギュオーの動きがハッキリと見えていた。ギュオーとて李剡魋との戦いで既に消耗しているのだ。獣神将同士が戦って無事で済むわけがなかった。それに対してリスカーは強殖装甲システムによって先程の爆発で負った瀕死の傷は再生されて万全の状態であり、()()()の人生よりも困難な様々な任務を遂行していたリスカーは未調製の肉体でありながら、心身共にかつて以上の屈強な戦士となっていた。通常人類だけで見ればリスカーは現在地上最強の人かもしれない。それ程のレベルに到達した男が再度、殖装者となったのだからその戦闘力は凄まじい。

 向かってくるギュオーを見て、リスカーは即座に重力操作を切り替える。こちらへ突撃してくるギュオー目掛けて、瞬時にギュオー以上の速度でこちらからも突撃仕返すと、またも計算違いだったのだろう…ギュオーの目が驚愕に見開かれた。

 

「っっ!!!?がっ!!」

 

 ギュオーの拳を潜り抜け、彼の分厚い筋肉で覆われた腹に深々とガイバーの拳がめり込み獣神将の体がくの字に曲がった。

 

「ギュオー()総司令閣下…僭越ながら、この私が格闘戦のレクチャーをしましょう」

 

 カッ、とガイバーの鋭い瞳が光ると、ギュオーの顎をガイバーの爪先が猛烈なスピードで蹴り上げた。

 

「おごっ!?」

 

 ギュオーの視界が揺れる。ガイバーの蹴り抜いた脚が、最高到達点でピタリと止まるとそのまま彗星のような速さでギュオーの頭目掛けて蹴り降ろされた。

 

「っっっ!!!!」

 

 踵がギュオーの頭にめり込む。言葉にならぬ悲鳴をあげて獣神将は音速を超える速度で地に叩きつけられたのだった。

 

(地上には負傷した閣下達がいる…。片肺のスマッシャーでいくしかないか…!)

 

 リスカーが己の胸の肉を引きちぎるようにして胸部外殻を剥がすと、剥き出された胸部臓器はゼラチン質のエネルギー収束体。地上最強級の粒子加速砲であり、ビッグバンの縮小版とも例えられる規格外のパワーを秘めたガイバー最強の兵器だった。巻き添えを懸念したリスカーは、両胸に搭載されているメガ・スマッシャーの片方だけのチャージを完了させ、

 

「死ぬべき時ですよ…ギュオー閣下!」

 

そして放った。

 

「ぐ…っ!きさ、ま…!!獣神将を、舐めるな、よ…!!!」

 

 だがギュオーもさすがにゾアロードだ。一瞬、リスカーの踵落としに意識を持っていかれたようだが地に叩きつけられながらも直様態勢を立て直すと、未だ揺れる視界でありながらバリヤーを全力で張り巡らす。

 

「ぐ、ぐぐ…ぐぐぐっ…!おの、れぇぇぇっ!!」

 

「…っ、さすがはゾアロード…片肺では仕留めきれんか!」

 

 ギュオーのバリヤーフィールドがスマッシャーを辛うじて防ぐ。だが、その攻防の僅かな時間を稼げた時点で勝負は決していた。リスカーが両門のスマッシャーを使えなかった理由…プルクシュタールと李剡魋は、リスカーの意図を汲み取りすぐにその場を退避していたのだった。空中へ逃れた2人の獣神将が叫んだ。

 

「リスカー!全力で放て!我らも合わせて放つッ!!!」

 

 プルクシュタールが残った腕を、暗雲目掛けて振り上げる。李剡魋も、額のゾア・クリスタルへとパワーを収束させ…

 

「裏切り者め!!灰になれ!!!」

 

 プルクシュタールが腕を振り下ろすと、山を割れる程のエネルギーが込められた特大の雷が天より降り注いだ。

 

「プ、プルクシュタールっ!!お、おのれええええ!!!!」

 

 叫ぶギュオーのバリヤーが激しく軋み、そして障壁が崩壊した。

 

「ぐわああああああっ!!!!」

 

全身が焼けゆくギュオー目掛けて、リスカーもメガ・スマッシャーを両門解放。そして李剡魋もフルパワーでクリスタルビームを撃つ。三者のエネルギーが絡み合い、全てを焼き尽くす光の渦となってギュオーを飲み込んでいった。

 

大爆発。

 

そして閃光が広がる。

 

衝撃波が周囲の木々を薙ぎ倒し、熱波が焼いていく。

 

 それらが数秒にも渡って続いた後、無音の世界になったのかと思うほどの静寂が場を包んだ。とてつもないクレーターが形成されていて、そこにはギュオーもムラカミの姿も存在していなかった。

 

「………跡形もなく消し飛んだか」

 

 荒野と化した戦場痕を見渡してプルクシュタールが呟く。リスカー、プルクシュタール、李剡魋の3人の超人らの目で見ても、自分達以外の生命は愚か動くものさえ一つしてない。

 

「だが、電離現象が著しい。我らの超感覚にも影響を及ぼしているのを感じる」

 

 李剡魋が油断を見せずに周囲の気配を今も感じ取ろうと気を張ってそう言った。帯電し、そこら中でバチバチと放電しているのを見てリスカーも同意し頷く。

 

「ガイバーのセンサーメタルでも周囲数Kmには動体反応は見当たりません。ですが、念には念を入れ探索させた方が良いでしょう。ギュオーはゴキブリ以上にしつこい。生きていても私は驚きませんよ……それに、私の()()ユニット以外にも未解放のユニットがある可能性もあります」

 

 2人の進言に、遺跡基地(レリックス・ポイント)総司令たるプルクシュタールは首を縦に振る。

 

「そうだな…そうしよう。………遺跡基地(レリックス・ポイント)の防衛戦力を少しコチラ側に呼んでも大丈夫だろうからな」

 

 プルクシュタールが目を閉じる。思念波で基地へと指令を飛ばしているのだろう。ややあって目を開けたプルクシュタールは、李剡魋とリスカーへ向き直り、僅かに疲労を見せながら微笑んだ。

 

「二人共…感謝に堪えぬよ。本当にありがとう。貴公らのどちらが欠けても私はギュオーとムラカミに敗れていただろう。まずは、我らの疲れと傷をゆっくり癒そうではないか。特に、リスカー…お前が、取り敢えずはユニットを一基でも確保してくれて安堵している。すまぬが、帰投し次第解析を行わせてくれ」

 

「無論です、閣下。私の疲労と傷は強殖細胞が癒やしてくれているので、お気になさらず。分析が終了すれば直ぐにでも現場に出られるコンディションですよ」

 

 自らそう軽口を叩いてくれた部下(リスカー)にプルクシュタールは感謝と同時に深い感心の念を抱く。

 

「お前ばかりに苦労をかける…いつか、お前に報いねばならんな。だが、今は頼まれてくれるか?万が一ギュオーが生きていれば、ゾアノイドだけでは支配思念で相手にならん」

 

 ガイバー姿でリスカーは「お任せを」などと言って砕けた様子で敬礼をしてみせる。それを見るプルクシュタールと李剡魋の顔には〝頼れる奴だ〟という全幅の信頼の念が浮かんでいたのだった。

 



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殖装体の日常

メインヒロインとか言っておいて放置しっぱなしだった義妹にようやくフォーカスがっ


 遺跡基地(レリックス・ポイント)最下層スタッフの裏切りによるユニット強奪と、それに伴うギュオー、ムラカミとの遭遇戦。戦闘時における緊急措置としてユニットの起動・装着によるリスカー監察官のガイバー化。一連の騒動を何とか乗り越えた遺跡基地(レリックス・ポイント)だが、事態は良好に変じたと…そこまではまだ言えない。

 遺跡基地(レリックス・ポイント)最高司令官プルクシュタールは片腕を失う程の負傷をし、相談役として出頭していた東アジア方面総司令官・李剡魋も掌部が砕け内臓破裂の重傷だ。現場検証はリスカー監察官率いる調査隊で行われたが、最下層スタッフは、白井博士を始め主任の小田切、鳥居、藤原、伊集院、速水ら全員死亡と思われるが、ギュオーやムラカミと同様…大爆発によって遺体の確認も困難であった。また、ユニットについても残骸すら見つけることが出来ず、結局クロノスにとって安心できる満足行く結果とはなっていないのだ。まだ遺跡基地(レリックス・ポイント)は要警戒態勢が解除されていない。

 本部は遭遇戦の報告を受け取って直様、負傷した両獣神将の治療とメンテナンス…そして解放され〝ガイバー〟となったユニットの為に〝怪物頭脳〟ドクター・ハミルカルがアリゾナをシン・ルベオ・アムリカルスに任せて緊急来日した。遺跡基地(レリックス・ポイント)の調製施設は規模こそ本部に劣るが、質は負けてはいない。バルカスはプルクシュタールと李剡魋、そしてリスカーらへの労いの言葉もそこそこに直ちに獣神将達のメンテに入り、そして並行してユニットの性能検査の立ち会いも自ら務める等、実に精力的に動くのだった。

 バルカスとリスカーの全面協力によりユニットの性能と性質の把握がかなりの深度まで完了した。殖装者オズワルド・A・リスカーの献身的な協力もありそれらは実にスムーズに、そして細かく隅々まで調査と実験は執り行われた。

 

「う、むぅ…!なんという性能じゃ…ことごとく儂の予想を上回りおる!これがユニットGの真価か……それにリスカー監察官も実に良くユニットの力を引き出しておるようじゃな。これは相性とでもいうのか…?まだまだ分析が必要じゃ…!」

 

 苦労人の最古参幹部としてではなく〝怪物頭脳〟と呼ばれる研究者としての顔を見せているバルカスは鼻息荒く、そんなことを言いつつユニットとリスカー双方を称賛している。バルカスの隣では、久しぶりに老獣神将の秘書官としての役割を務めているキャネット女史が、やはり研究者の(さが)を全面に出して興奮していた。

 

「筋力増加率、神経伝達速度、異常な細胞増殖速度による超再生、センサーメタルによる超感覚、内蔵生体兵器の有り得ないエネルギー変換効率…!バルカス様、これは…我々の常識が一変致しますわね……ゾアロードと並ぶ性能です!凄い!本当に凄い!あぁ、オズワルド様…あなたは、こんな所でまで私を魅了するなんて!」

 

 紅い顔でキャネットはうっとりとモニター向こうのガイバー(リスカー)に見惚れている。

 

「うむ、キャネット…次のシチュエーションパターンの用意を。ずっとデータ取りをしていたいが、リスカーはこの後プルクシュタールらに代わって現場での指揮をするそうじゃ。そちらも大切である故、仕方ないが…まったく歯痒いのう。クロノスは人材豊富に見えて獣神将が敵となると大半の人材が使えなくなってしまうとは…ゾアロードから裏切り者が出る、ということについて余り対策していなかったツケじゃな」

 

 バルカス、キャネットの師弟コンビはガイバーが叩き出すあらゆる数値に興奮しきりで、バルカスなどリスカーを囲って延々と実験を行っていたそうである。だが、リスカー監察官は使い勝手が良すぎて、獣神将級のように気軽に動かせない…ということもないのでかなり〝優秀な駒〟だ。未調製であるにも関わらず忠誠心もあり、支配思念に影響されない対獣神将としても有要だ。ユニットを纏ったことによりリスカーの重要性が跳ね上がってしまって気軽に前線で使うのは躊躇われるようになってしまったが、それでも彼を使わざるを得ない。

 

「えぇ、私としてももっとバルカス様にガイバーの調子を見て貰いたいのですがね…次の仕事の時間が差し迫っているので致し方ありませんな」

 

 ガイバーが右頬の呼吸ダクトから体内熱を放熱しつつ、声帯の代わりとなっているバイブレーショングロウヴが僅かに振動し独特のエコー声を実験室に響かせる。その声には自信が満ちていた。

 

「リスカー、この実験で今日は終いにしよう。その後にドックで精密検査を行う。殖装状態と解除状態の2パターンの検査を行うからそのつもりでおるのじゃぞ」

 

「了解です、閣下。…特に額の制御球(コントロール・メタル)の検査を重点的にお願いできますか?」

 

「お主が言っていた〝メタルから流れ込んできた情報〟か。額の金属球はガイバーの生命線ということじゃが…自己診断プログラム等は存在せぬのか?」

 

「…なるほど、そういう機能は確かにありそうだ。やってみましょう」

 

「うむ、その機能が存在するならやってみるがいい。出来るならば、それが一番制御装置(コントロール・メタル)の状態を正しく知ることができよう。ユニットは、我々クロノスの技術力を上回っておる正に神々の遺物…特にそのメタルは謎が多すぎるのだ。出来れば現段階で余り触れたくはない。何か予期せぬ出来事が起きユニットとお主を失うようなことは避けねばならんでな」

 

 リスカーの制御球(コントロール・メタル)が光を漏れさせ甲高い起動音を響かせ始めた。モニター越しにバルカスとキャネットが固唾を呑んで見守り、十秒にも満たない後…。

 

「…出来ました。ガイバーは制御球(コントロール・メタル)を含め、己の全身の自己診断が可能です。私のコンディションも、メタルからお墨付きを貰いました」

 

「やはり出来たか。殖装体を守る事に特化するユニットの性質上、出来るとは思っておった。…ふむ、でメタル本体の調子はどうであった?」

 

「………残念ながら、僅かではありますが損傷があります。メタル中心部から11°方向に約1cmいった箇所に6マイクロメートルの凹み、2フェムトメートルの亀裂を発見。ですが、強殖装甲システムとしての機能には不全は見られません」

(これは…以前と似た箇所ではないか?…まぁ前の損傷よりはかなり軽微だが…運命の皮肉が利いているよ…全く、おかしな話だ)

 

 バイブレーショングロウヴが発するリスカーの声には、何とも感慨深いものがあり非常に残念がっているのが分かった。悲嘆とも諦観とも似た悲哀を滲ませた声であった。リスカーのその複雑な感情に合わせたかのようにガイバーの額の光輪が鈍く輝く。己の不完全な状態を、まるで恥じるかのようにメタルは低い音で唸りながら光を発していた。

 

「なんと…。ううむ…制御中枢に軽微とはいえ破損とはのう。…まぁ自己診断プログラムを信じれば機能に影響は無いとのことだが…そのブラックボックスの塊を少しずつ解明を進め可及的速やかに修復を目指さねばなるまい…それまで辛抱するのじゃぞ、リスカー」

 

「ありがとうございます…バルカス閣下。クロノスの頭脳たる閣下にそう言って頂けると不安も吹き飛びますよ」

(…ま、ものは考えようだ。以前よりも破損は明らかに軽い。これならばいきなり強烈な頭痛や目眩で戦闘中に醜態を晒すこともそうはあるまい。だが、常にメタルの状態には気を配って置かねばな…)

 

 リスカーは切り替えの上手い男だ。感情のコントロールなどは正にプロで、さすがは一流のエージェントであった。その後、リスカー自身のユニットへの急速な()()()もあって、その日最後の実験におけるガイバーが叩き出した数値はなんと最初の実験よりもあらゆる数値が上昇した。唯でさえゾアロード級と評されたガイバーが、まだまだ成長の余地を残しているという事実にバルカスは狂喜すると同時に空恐ろしさを感じるのだった。そして殖装体たるリスカーにも。

 

(…リスカーはこの短期間でユニットの性能を完全に引き出し、そして成長させておる…!恐ろしい男じゃ…出来るならばゾアノイドへと調製し、絶対の忠誠心を刻み込み安心しておきたい所じゃが……果たして殖装体となったリスカーに調製を施してどうなるか…これもまた未知数じゃ。調製を素体の状態異常として強殖装甲システムが調製以前の状態にまで巻き戻してしまうのか…それとも!肉体の成長と受け取って爆発的に能力を向上させるのか…)

 

 モニターを凝視しながら、バルカスの怪物的頭脳は凄まじい速さで回転する。常人の何百倍もの速さで、しかもクロノスの実務面までを多重思考しながら眼前のガイバーについても深く考察していく。

 

(初殖装時にゾアノイドであったなら、恐らくは強殖装甲システムはその特性上ゾアノイドのままの身体を素体として認識したであろうが…制御球(コントロール・メタル)の破損もある…下手は出来ぬ。……リスカーは忠義者じゃ…それは分かっておる。だが、力を得れば人は変わる…しばらくは様子見か。……お主の心底がギュオーのように変わらぬことを祈るぞ、リスカーよ)

 

 リスカーの忠義やガイバーの制御球(コントロール・メタル)の破損が齎す未知の可能性…クロノス一の苦労人、バルカスの気苦労の種がまた一つ増えたのだけは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殖装体の実験は慎重にも慎重を期して行われた。なので実験期間は長期に渡り、リスカーは通常の仕事と並列して実験も行わなければいけなかった。本来ならガイバーの実験などはそれに専念すべき重大事(大プロジェクト)なのだが、リスカーが二足の草鞋を履かなければならなくった理由は、総指揮官としてどっしり構えて幅広い領土の管轄をしなければならない獣神将以外に、裏切り者の獣神将の相手が出来るのがリスカーしかいなかったせいであった。プルクシュタールや李剡魋が対ギュオーに動いたのはあくまで緊急措置に過ぎない。獣神将は、本来は気軽に動いてはいけない存在なのだ。

 リスカーはバルカスの実験も数々熟しながら、遭遇戦時の現場の調査やギュオー残党の行方をも追い求めていた。そして当然のようにリスカーは結果を出す。これが彼が一流のエージェントと讃えられる所以であった。

 遭遇戦時におけるギュオーの獣化兵増援部隊の出どころがリスカー監察官の調査により判明した。丁度今、プルクシュタールはその調査結果を担当官(リスカー)から受け取っているところであった。

 

「これは…間違いないのだな?」

 

 プルクシュタールは渋い顔だ。心を痛めているのが一目で分かる。

 

「残念ながら間違いありません。クロノス日本支部は、丸ごとギュオーに与して裏切ったと思われます」

 

 リスカーから手渡されたレポートを、額に深い皺を刻みながら読みすすめるプルクシュタール。コンピューターに送信された資料にも目を通すと、深い溜息が彼の口から漏れ出た。リスカーが説明を付け足していく。

 

「日本支部長・巻島玄蔵の養子、巻島顎人が特に不穏な動きを見せております。彼の行動を本部から試作型偵察獣化兵(プロト・ロッシュ)まで借り受けて監視しましたが、それでも時折姿を見失い何をしているか特定できない時間帯がある…という報告があがっています。また、通信回線の傍受にも彼は気を使っている…過剰な程の警戒心ですよ。異常です。これでは自分に疚しいことがあると言っているようなものだ」

 

「巻島顎人か…ふむ。次期幹部候補生……次世代型ゾアノイド(ハイパーゾアノイド)の素体としても期待されている…………ほぉ?大学を卒業し次第、監察官として活動する予定、か。…君の後輩だな、リスカー監察官」

 

 プルクシュタールが端末を操作しながら不穏人物の個人情報を閲覧している。そいつが優秀であるのはリスカーも認めるところだ。

 

「ええ…実に優秀な青年です。しかし残念ながら野心が少々大きすぎるようですな。…それに、彼の経歴を洗えば…クロノスに恨みを持っている節がある。巻島玄蔵が、彼を自分の養子に迎えるために顎人青年の両親を謀殺していますからなぁ。巻島玄蔵の出世道具にされたと知って、クロノスにまで恨みを抱いた…という可能性はあります」

 

「うむ…有り得る話だ。このようなことになって残念だ。証拠は充分…直ぐに技術局のバルカス翁と話し合い、直ぐにも討伐隊を編成するとしよう。日本支部はゾアノイド研究では一日の長があるからな…隠し玉もあるかもしれん。本部のシンにゾアノイド一個大隊の増援も要請する。準備を終えるまで数日はかかるだろうから、それまでは待機していてくれ………バルカス翁にも、少し研究実験に手心を加えるよう言っておくから休暇と思って今のうちに英気を養っておくがいい。貴公の恋人殿(キャネット女史)とどこか出かけてきてはどうだ?未来の細君の機嫌はちょくちょく伺っておきたまえ」

 

 プルクシュタールがニヤッと笑った。

 

「ははは、これは…さすが年長者のご助言は重みが違いますな」

 

「だろう?私とてかつては女に苦労したこともある。一番大切なのは怒らせないことだ。女が怒ると手が付けられん…ご機嫌取りは大事だ」

 

 遭遇戦での一件から、プルクシュタールのリスカーへの信頼は厚い。こうして、偶に軽口まで飛び出るぐらいにはプルクシュタールも心を開いていた。朗らかに笑いながら、眼前の獣神将は「ああ、そういえば」と何かを思い出す。

 

「リスカー…妹君の件、おめでとう。シンも君に〝祝電でも送る〟と言っていたぞ」

 

「……?なんです?」

 

 リスカーの凛々しい眉の片方が歪み怪訝な表情を作り出した。

 

「ヴァルキュリアについて、ですか?何かめでたいことでも?」

 

 今度はプルクシュタールが片眉をしかめる番だった。ほんの僅かに「しまった」という色も滲んでいた。

 

「そうか…黙っていたのか…貴公をびっくりさせるつもりだったのかもしれん。だとしたら妹君に悪いことをしたな」

 

「今更やはり無し…は止めて下さいよ、閣下。気になって夜も眠れなくなります」

 

「…うむ、貴公の妹…ヴァルキュリアと言ったか。…………監察官に就任したぞ」

 

 いつも豊かな表情をしていても本心を表に出すことはないプロの顔が驚愕に染まり、声も荒げて驚きを露わにした。

 

「なんですって!ヴァ、ヴァルキュリアが監察官に!?なぜ!?」

 

 思わずプルクシュタールのデスクに強く手を置いてズイッとプルクシュタールへ詰め寄ってしまった。

 

「いや…そこまでは知らんが…リスカー一族の者がクロノスでの栄達を夢見るのは普通のことではないか?君という素晴らしい兄までいるのだし…影響を受けたのだろう。〝20歳で監察官〟という最年少記録を持つ貴公には及ばなかったが、21歳で監察官は偉業だ。女性としては勿論最年少監察官だよ。リスカー家は皆優秀で素晴らしいな」

 

 リスカーの勢いにやや気圧されるながらもプルクシュタールは彼と妹を褒め称える。この獣神将は素直にリスカー一族を激賞していた。だが、驚く余り声を失っていたリスカーを見て、何事かを察してフォローするのも忘れない。司令官とは部下の心の機微にも敏感でなければいけないのだった。

 

「まぁ、貴公の心配もわかる。確かに監察官は危険な仕事だ。若く麗しい妹の身が心配になるのは当然だろう。しかし、訓練時の成績を見れば間違いなく優秀だよ。多少の危難など物ともしないだろう。…それに、貴公程傑出した結果を出さずとも監察官は将来が約束されているんだ…無事勤め上げるだけでいい」

 

「はい…まぁ、そうですが」

 

 プルクシュタールはそう言ってくれるが、リスカーはいまいち浮かない顔だ。釈然としないものが心の隅っこにこびりつく。

 

(何故だ、ヴァルキュリア。フォーシュバリ家の名誉は守られている今、お前がそのような無理をする必要はないのに…。何故危険な監察官などに…何を考えている)

 

 その後、2、3、他愛もない会話をし司令室を退出したリスカーだったが、ヴァルキュリアのことが頭から離れない。キャネットと久しぶり逢瀬を重ねても、義妹のことが気がかりだった。

 

「…久しぶりだというのに…オズワルド様?ひょっとして、他の女のことを考えていらっしゃる?」

 

 ベッドで、まだ事後の火照りを残した紅い顔でキャネットにそう言われた時は流石のリスカーもギクリとした。むくれ顔になって拗ねる彼女に「妹のことだ」と事情を説明すれば聡明な彼女は直ぐに納得してくれたので事なきを得たが…。

 とにかく、リスカーは久しぶりに義妹について深く考える日々が再開された。日課の、ヴァルキュリアへの夜毎のおやすみコールでも ―最近、繁忙のあまり欠かし気味であったが― 妹が一言も監察官就任を匂わすようなことすら言っていなかったのが、単純に家族としても不満がある。

 

(…直接会う必要がある)

 

 すやすやと寝息を立てる裸のキャネットの肩へ肌触りの良い掛けタオルケットを掛け直してやりながら、そんなことを思った。

 



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ヴァルキュリア到来

 ヴァルキュリア・ F(フォーシュバリ)・リスカーは孤独だった。フォーシュバリ家の一人娘として生まれ、実父はすぐに亡くなり母は幼い彼女と家名を守る為にリスカー家の後妻に入った。彼女にとって愛する人はこの世で2人だけ。実母と、そしてリスカー家の長男であり義兄となったオズワルドだけだった。義父は家族と呼べる存在ではなく、オズワルドとも途中絶縁しかけた程の兄妹ケンカがあったものの直ぐに和解し、兄と妹の絆は寧ろケンカ前よりも強くなり深まった。ヴァルキュリアの境遇は、どんなに大袈裟に事を誇張する放言壁のある者でも不幸とは言わないだろう。金には恵まれていて食うには困らなかったし、住む家だって常に名門に相応しい豪邸だった。彼女を着飾る服飾はいつだって清潔で華美だった。彼女にすりより彼女の家の名誉と金と、そして彼女自身の美しい体を目当てにすり寄ってくる男達からは欲望の目でもってチヤホヤされ続けた。だが、そんな者らは彼女の眼中には無い。眼中に無いどころか忌々しく生理的嫌悪感を催す虫と同じだった。彼女の愛する人はあくまで母と兄だけだった。だが、愛する母は早くに病で亡くなって、もう一人の愛する人…兄は早くに家を出て仕事漬けの日々。母を失いヴァルキュリアの兄への依存はより強くなった。兄のいない日々は彼女には辛かったが、それでも兄の声を電話越しに聞けるだけで彼女の日々は彩りを失わなった。あの日までは。

 

 

 

 仕事で忙しいのだろう…毎日の電話が途絶えがちになっても兄とは心が繋がっていると思っていた。

 

(お兄様…お兄様に会いたい)

 

 兄に会えぬうち、ヴァルキュリアの兄への思慕は募りに募って、そして変わっていった。兄妹だ。この世でたった一人の家族だ。それはヴァルキュリアにとって確かな絆だったし家族愛だったが、同時に心の何処かでは血が繋がっていないという厳然たる事実に不満と不安があった。そして期待もあった。

 

(お兄様が〝北欧の名門で素晴らしい家〟と認めてくれた…お母様が遺してくれたフォーシュバリの家門。お兄様と結ばれれば、リスカー家とフォーシュバリ家は本当の意味で合体できる……そうよ…これが一番いい道だわ。義父を名乗るあの男の見繕うつまらない貴族男の妻に収まるだなんて堪えられない。お兄様とは血は繋がっていないけれど…だからこそ、いつかお兄様に一人の女として見てもらえるかもしれない。見てもらいたい!)

 

 その一心で彼女は自分を磨き続けて、更に言い寄る男達も増えてしまったが、それでも彼女は見合い話の全てを蹴ってオズワルドだけの為に女として魅力的に花開いていった。

 だが、ある日電話向こうで兄以外の声がした。女の声だった。女の声は生暖かく甘ったるいモノで、そしてその声で兄のファーストネームを馴れ馴れしく呼んでいたのが聞こえた。

 

(オズワルド…?今、女の声は…お兄様をオズワルドと呼んだの?)

 

―許せない。

 

 その一瞬、ヴァルキュリアの心に凄まじい怒りが湧いた。兄はずっと恋人などいない、作る暇もないと言い続けていた。30近くになっても、ハンサムで仕事ができるあの兄が恋人もいない…つまり童貞であるいうのは信じられないことだったが、電話口で兄がそう言っていたのだから間違いなく童貞なのだとヴァルキュリアは信じていた。そのせいでいつしかヴァルキュリアは兄の貞操は自分が貰えるという妄執に取り憑かれていた。自分も清らかな体だ。毎日のように言い寄ってくる男を体よくあしらって、毎夜、兄を想って疼く肉体を抑え込みながらも自慰すらしないで兄が迎えに来てくれるのを待ち続けた。兄に処女を捧げて、兄からも童貞を貰って、2人は最高の初夜を経て兄妹という枠を超えて真の夫婦になる。それが当然であり運命なのだとヴァルキュリアは思っていたが、それはどうやら裏切られた。兄の側であのように甘ったるい声で兄の名を呼ぶのだから、きっともう体の関係を結んでいる。

 

―許せない。

 

―裏切りだ。

 

―酷すぎる。

 

―お兄様は…オズワルドは私のものだったのに。

 

―オズワルドの名を呼んで良いのは私だけだったのに。

 

 兄のことは愛しい。何よりも愛しい。兄を憎むなど論外だ。今も兄以外の男など、兄以外のモノなど何も目に入らない。兄だってきっと私を愛している。絶対だ。絶対に愛している。では、なぜ兄は自分以外を抱いたの?セックスは愛する人とだけするものだ。兄が愛する者はこの世で私唯一人。だから兄とセックスする者はこの世で私唯一人。

 ヴァルキュリアの頭の中をぐるぐると高速度で疑念と情念が渦巻く。考えに考え続け、想いに想い続けた。そして彼女の脳と心はある決定を下した。

 

(兄は誑かされた)

 

 妹への愛を一途に持っていた兄を、誑かして兄の貞操を奪った女。それがあの電話口の声の主だ。ヴァルキュリアは確信した。そして彼女の憤怒と屈辱を晴らすべしという怨念は、〝兄の側に行ってやり、そして兄に言い寄ってくるモノ全てを排除し、たとえ兄の体が汚されていようと兄の心だけは守る〟という結論に辿り着く。

 

「お兄様の…オズワルドの側で、兄を狙う全てから兄を守るには私も強くならなくては…待っていて、オズワルド。私が、今あなたを守りに行ってあげるから」

 

 クロノス幹部養成所への入所に反対されては面倒だと、自身のあらゆる伝手・スキルを駆使して家族に内緒で秘かに養成所へ入ったヴァルキュリアは米国内の支部長であった義父や、多忙で妹どころではなかった監察官である義兄の目を盗んで養成所入り出来た時点で才覚はあったと言える。彼女は直ぐにメキメキと頭角を現す。ヴァルキュリアの持って生まれた天賦と兄への執念は、彼女を爆発的に成長させたのだった。そして…就任年齢では最若年記録は作れなかったが、養成期間的には〝天才〟と持て囃された兄オズワルドを超え、飛び級に飛び級を重ねた僅かな期間でヴァルキュリアは泣く子も黙る監察官に就任したのだった。

 

(これでお兄様… ―オズワルドに肩を並べられる時がまた一歩近づいた。あの人に相応しい女に…私はなってやる)

 

 だがヴァルキュリアには尚も焦りがあった。養成所に在籍中、自分の耳に届く程オズワルドの活躍は目覚ましいものがあった。多くの内部不穏分子を暴き、米国のスパイを抹殺し、大きな事件ではプロフェッサー・ヤマムラの乱を未然に防いだり、そして近年ではクロノスの反逆者ギュオーの追跡任務を獣神将の直下で行った。また最高機密事項ユニットに深く関わる等、秘密結社クロノスでもオズワルド・A・リスカーは超が付くほどの有名人であり、養成所の全訓練生の憧れの的でもあった。

 

(こんなことでは、優秀なオズワルドの子を生むに相応しい女にはなれない)

 

 だからヴァルキュリアは功が欲しい。今や獣神将に次ぐ存在と目されるオズワルドに相応しい者と認められるだけの功績と力が欲しいのだ。全ては兄オズワルドに一人の女として、伴侶として見てもらう為であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァルキュリアの最愛の人、兄オズワルドがアメリカに帰ってくる。日本でのとある重要任務が一段落し、次なる重要任務の為に英気を養い準備をする為にアリゾナ本部に戻ってくるのだ。バルカスと共に幹部専用高速ヘリに搭乗しての帰還で、その事実だけでもオズワルドが如何に獣神将の信頼を得ているかが分かる。

 監察官ともなればかなり高レベルの情報アクセス権限を有するのでヴァルキュリアはそのことを事前に知ることが出来た。監察官の権限をフルに活用して常に兄の動向は調べている。ヴァルキュリアも、兄同様に今は任務と任務の狭間の休暇期間であり、余程の緊急任務が発生しない限り新人監察官である彼女にお鉢が回ってくる可能性はない。兄にあてがわれるアリゾナ本部基地内の幹部用高級ルームを事前に調査し、そして()()()()()()小細工でその部屋の電子キーを解除…部屋に無断で入ったヴァルキュリアは驚いた。

 

「……オズワルド。もう着いていたのね。ふふふ…スーツケースがベッドの横に転がって…ベッドの上にワイシャツが脱ぎ散らかされてる。あぁオズワルドのワイシャツ…!」

 

 予定よりも早い到着だったのか。既にその部屋の主によって僅かに使用された形跡がある。ベッドにも腰掛けたのか、それとも寝っ転がったのか…清潔なシーツには皺が入っていた。ヴァルキュリアはベッドに倒れ込み、ワイシャツを掻き抱いた。洗いたての清潔なシーツの匂いの中に僅かに兄の香りを感じ、そしてワイシャツからは当然濃厚な兄の匂いがした。

 

「オズワルド…オズワルド。オズワルド。会いたい…」

 

 兄と電話では話せていた。手紙のやり取りもした。だが、直接会うのはオズワルドが実家を出て幹部養成所に入って以来、実に10年以上ぶりとなる。オズワルドが自分以外の女を恋人として置いていることは既に彼女自身の調査によって確実となっていて、その点ではオズワルドは許し難い。悲しくなり、次いで怒りが湧き、そして憎悪の感情すら抱く。だが、それ以上にどうしようもなく義兄のことが愛おしい。狂おしいほどに愛が募っている。10年ぶりの再会を思うと胸が高鳴って心臓が張り裂けそうだ。今まで堪えてきた最愛の男を求める欲求が急速に女の奥からもたげてくる。

 

「っ……ん……ぅ…………ん……」

 

 左手でワイシャツを掴み顔面に押し付け深呼吸をし、右手は知らぬ間にヴァルキュリアの下腹部を優しく擦る。右手が下へ、下へ、伸びていく。

 

「……ん……ん……うっ」

 

女として最も魅力あふれる年頃真っ只中にいるヴァルキュリアが、恋焦がれる男の匂いを嗅いで体が疼くのは当然の摂理とも言える。抑え込み続けた肉欲が女の最奥で爆ぜるのを押し止めることは彼女には出来なかった。兄の匂いに負けて、とうとうヴァルキュリアは己を慰めてしまうのだった。

 

 

―――

 

――

 

 

 

 乱れた服を整える。いつ兄がこの部屋に戻ってくるかは分からないが、()()()()に戻って来なかったのは幸いだったろう。昂りざわついた心と体は取り敢えずは落ち着き、汚れたシーツ等諸々の証拠隠滅をし、ワイシャツはヴァルキュリアの私的バックに詰め込んだ。勿論持って帰り保存する所存だった。

 

「ふふ…こうして部屋でお兄様を待つなんてどれくらいぶりかしら。…これからは妹としてではない。一人の女として…男の帰りを待つ」

 

 長く美しい金髪を掻き上げる。ベッドの縁に腰掛けて、今か今かと兄を待ち続ける。1時間程経ったろうか。ハイテクの詰まった扉が横開きに滑るように開く。扉が開いた向こうにいたのは、10年以上待ち続けた想い人そのものだった。想い人は、ギョッと目を見開いて驚愕しているように見えた。

 

「ヴァルキュリア…!」

 

 彼が自分の名を呼んだ。電話越しではない、生の声にヴァルキュリアはうっとり耳を傾ける。

 

「お兄様……」

 

 10年以上ぶりに聞く兄の生声は低く渋い。男の色気に溢れる魅力的な声だ。兄を生の目で見る。兄の声を生で耳にする。兄の生の匂いを己の鼻で嗅ぐ。恋人の存在を知った時の怒りも悲しみも憎しみもヴァルキュリアから消え失せて、本能的にオズワルドの胸に一目散に駆けて飛び込んでいた。

 

「お兄様…お兄様!オズワルドお兄様!会いたかった!!」

 

「ヴァ、ヴァルキュリア…なぜこの部屋に?」

 

「ふふ」

 

 兄の質問も耳に入らず、ヴァルキュリアは必死にオズワルドの胸板に頬を擦り付ける。この男は自分の所有物だと主張するかのように。兄についた他のメスの匂いを削ぎ落とすように。それは女の本能からくるマーキングだ。

 

「ヴァルキュリア…」

 

 ずっと離れ離れだった兄妹だ。これぐらいの熱烈なハグは受け入れてやるべきかもしれぬ、とオズワルドは思ったようで優しくヴァルキュリアの華奢な肩を抱きしめる。義妹が完全にメスとして自分を求めていると、目を逸らし続けたオズワルドもさすがに認識せざるを得ない熱烈さだった。

 

「お兄様…私、ずっと寂しかった」

 

「あぁ、すまなかったヴァルキュリア」

 

「お兄様、私…監察官になったのよ」

 

「…閣下から聞いたよ。凄いじゃないかヴァルキュリア。私よりも養成所での訓練期間は短い。私も鼻が高い」

 

 オズワルドの逞しい手がヴァルキュリアの頭を撫でた。その優しい手付きが幼い日々を思い出ださせ、ヴァルキュリアは目を細めた。

 

「アストリッド母さんも、きっと天国で喜んでいるだろうな」

 

「…うん」

 

 兄に撫でられ、兄の胸に抱きつくという絶大な安心感。ヴァルキュリアにとって唯一家庭を感じられる場所は、母アストリッド亡き今ここだけだった。

 

「ねぇお兄様」

 

 うっとりとしながら、だが一瞬ヴァルキュリアの声色が酷く冷たいものに変わった。

 

「…なんだい?」

 

 オズワルドとて遣り手の監察官だ。それに気付いて心が身構えた。そして、自分の部屋にまで無断侵入する義妹が何を言い出すか、何に感づいているかを大体察していた。

 

「キャネット・チップ秘書官は、いい女なの?」

 

 今もうっとりとした顔で滑らかな頬を擦りつけつつ、同時に剣呑な鋭い視線を上目遣いで兄にやりながらヴァルキュリアは尋ねた。

 

「あぁ、良い(ひと)だ。ハミルカル閣下の筆頭秘書官を若年で勤め上げる才覚…このクロノスでも屈指の才女と言えるだろうな」

 

「私よりも良いの?才能も?顔も?家柄も?」

 

 温度のない切れ長の瞳がジッとオズワルドを見上げてくる。少し気圧されながらもオズワルドはこの程度ではへこたれない。人ならざるゾアロードといつも接しているし、潜り抜けた修羅場も並ではない。

 

「…どちらが上とかではない。よく聞けヴァルキュリア。お前が何をそんなに焦っているのか…鈍感な私でも薄々と分かってきてはいる。だが、私とお前は兄妹だ」

 

 ヴァルキュリアは薄っすら笑う。

 

「ふふ…血は繋がっていないじゃない」

 

 一時はその事が嫌で嫌で仕方なかった。幼いヴァルキュリアは兄オズワルドと血が繋がった本当の兄妹に、家族になりたいと思ったこともあった。だが、それは全部幼い過去の話。今は血が繋がってなくて良かったと思える。ヴァルキュリアの笑顔が妖艶で蠱惑的なものへと変質していく。ごくり、とオズワルドの喉がなった。

 

「お兄様……いえ、オズワルド。私、貴方の妻になる。遺伝子的には何も問題はない。オズワルドの子を生むのは私の役目。キャネットなんかに渡さない」

 

 力強く断言して兄を見つめるヴァルキュリアの目。その視線に籠められた情念のただならぬ強さにさすがのオズワルドも飲まれかけた。

 

「ヴァルキュリア…お前…」

 

「でも、安心してオズワルド。()()()がまだ私を妹として見てしまうのは分かっているの。当然よね…私とお兄様には10年以上の兄妹の絆があるのだから。…そう、あのキャネットには無い絆……覆しようのない時の重みが、私達の間にはある」

 

 すっかり女の体になった妹の体。たわわな乳房が形を変えて強くオズワルドに押し付けられた。

 

「…()()()が、一人のオズワルドになって私を犯してくれるのを待っているわ。今の所は。……フフフ、それにね…私は名家の女よ。一夫多妻にだって理解がある。オズワルドが私を一番に愛してくれるなら、キャネットだって妾として認めてあげたっていい」

 

 雌になった妹の熱い吐息がオズワルドの首に吹きかけられる。しなだれるように抱きついていた妹は、いつの間にか長くむっちりした太腿をオズワルドの脚に絡ませて兄を壁に押し付けて腰までぎゅうぎゅうと押し付ける。危険な気配を孕みながらも潤んだ瞳、紅い頬で迫ってくる義妹に、オズワルドも一瞬理性が飛びそうになる。獣になって押し倒したい衝動が湧き上がる。だがオズワルドは一瞬目を強く瞑ると、決然として顔になって彼女の肩を掴み、そして引き離した。

 

「…お前の強情さは昔からだな。……わかった。その決意は認めよう。ならば、応援はしないがやってみろ。()()()()見守っていてやるさ…妹の頑張りを、な」

 

 兄妹は互いに不敵な笑みを浮かべてお互いを見つめる。次の瞬間、ヴァルキュリアが兄の顔を両手で引っ掴み、そして有無を言わさず唇を合わせた。爪先立ちになり、背の高い兄の口に己のベロをねじ込む。10秒以上も、ヴァルキュリアのベロが兄の舌に絡みつき離さなかった。まさか噛みちぎるわけにもいかないオズワルドは、仕方なく妹のなすがままにされてやるのだった。

 

「……ぷぁ……フフフ。これは先払いよ、オズワルド」

 

 ヴァルキュリアとオズワルドの口の間に銀の糸筋が伸びて消えた。ヴァルキュリアは艷やかに笑って、オズワルドの部屋を飛び出していった。

 

「…とんでもない女に成長したものだ」

 

 ネクタイを締め直しながら、オズワルドは妹が去っていった扉を見つめるしか出来なかった。

 



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ヴァルキュリア襲来

 アリゾナ本部では半ば休暇扱いで、リスカーはのんびりと本部基地内で骨を休めていた。妹ヴァルキュリア共々実家に帰るでもなくこのアリゾナ本部でくつろいでいるのは、兄妹揃って父ロバート・P・リスカーと折り合いが悪いからだ。北米ニューヨーク支局長を長年勤めたロバートは、今では老齢から支局長の座を退き、表向きの顔である合衆国上院議員としても半ば半引退状態で実家の屋敷で暮らしている。代わりに複数の大規模レジャーの経営や投資活動を行っていて大事業家としては現在も精力的に活動しているのだった。監察官として2人の子が名を馳せ名誉を得ていることから、今ではオズワルドにニューヨーク支局長を継がせようとか、ヴァルキュリアに適当な男と政略結婚をさせようとかの思いは薄くなったようで、〝勝手に生きろ〟とばかりに互いに連絡をとろうともしなくなった。

 それはともかく、オズワルドにとって当面の問題はギュオーの生死確認、ヤマムラの探索、日本支部反乱の対応…ではない。今、外も暗い早朝のうちからベッドの中に潜り込んで彼の股間部でもぞもぞしている義妹だ。

 

(っ!?な、なにをしている!いや、一つしか無い!こいつ…ここまでやるとは!)

「ヴァルキュリア…!いい加減にしろ!」

 

 下腹部に違和感を覚えたオズワルドが、直ぐに状況を確認したらこれだった。ヴァルキュリアが、下着一枚でベッドに包まっていた己の下半身ににじり寄っていたのだ。

 

「ん…れろ…じゅぶ…じゅぼっ、じゅぼっ、ん…ちゅ…」

 

 ヴァルキュリアは素早く兄の下着をずらして、一喝してくる彼を無視して兄の分身を咥え込む。オズワルドが呻いた。生々しいヌメる感触が、丹念に自分の男の象徴を愛撫する感覚に身を任せたい…そう思いもした。だが、これで身を許してしまったら兄の沽券に関わるし、キャネットにも申し訳がない。そう思ったオズワルドの行動は早く、そして強烈だ。

 

「く…っ!お仕置きだなヴァルキュリア!」

 

「んぷっ!?きゃあっ!?」

 

 ジュードーの巴投げの要領で、片足で妹を持ち上げてそのまま勢いよく自分の頭側へ投げ飛ばしたのだ。さすがは鬼の監察官であり、そしてヴァルキュリアの兄だった。やはり彼もやる時はやる。ベッドの頭側は壁だ。このままいけば壁に打ち付けられてヴァルキュリアも冗談ですまない怪我を負う所だが、そこは義妹も監察官だ。空中で身を捻って壁に足を着地させ、跳ねて避ける。彼女の見事な肢体もあって、その様は雌猫か女豹であった。

 

「もぅ…オズワルド…意固地ね」

 

 さっきまでずっぽりと咥えていたせいで涎が美女の口周りについていた。ヴァルキュリアはそれを拭いながら、艶々しぷっくりとした唇を名残惜しそうに白い人差し指でなぞりあげた。

 

「…ヴァルキュリア。冗談ではないぞ。お前の倫理観はどうなっている」

 

 睨むオズワルドだが、ヴァルキュリアは金髪を両手で掻き上げながら惜しげもなく女の色気を剥き出した体を兄に見せつける。ピッチリした黒の特務スーツが艶めかしい。

 

「愛する未来の夫に愛を注ぐ行為の何が間違っているというの?」

 

「私は兄だ。お前とは結婚できない。お前の戸籍はリスカー家の長女なんだぞ」

 

「戸籍操作ぐらいクロノスなら簡単なものよ。オズワルドもやったことあるでしょう?」

 

 オズワルドは溜息をつく。妹は意志堅固で、そして頭のネジがどこか緩んでいるのだと確信した。

 

「ヴァルキュリア…お前は哀れな女だ。世間を見渡してみろ…男は私以外にもいる。父がお前を多感な時期に屋敷に閉じ込めたせいで視野が恐ろしく狭くなってしまっている。これは…リスカー家の罪というべきか。自分のことだけに精一杯でお前を実家に放っておいた私の罪でもあるのだな…」

 

 ヴァルキュリアはせせら笑う。

 

「違うわ、オズワルド。全く見当違いね……私は、色んな男を見てきた。お兄様が訓練生だった時期…私は毎夜のように下らないパーティに連れ回されて、一回りも二回りも年上の男達と社交界で延々つまらない話をさせられた。…酷い時には、ロバート(冷血な義父)に仕組まれて無理矢理そいつらの夜の相手までさせられそうになった」

 

「なに?それは…初耳だな」

 

 実父ロバートの情け容赦無いヴァルキュリアへの扱いには、さすがのオズワルドも心が痛む。知っていたことだが、父はヴァルキュリアを自分の栄達の政治道具の一つとしてしか見ていない。情けない話だった。俯いたオズワルドを見てヴァルキュリアは笑う。

 

「あぁ、オズワルド。私を心配してくれたのね?でも大丈夫。私、そんな男達をずっとあしらい続けたから……この体はまだ綺麗よ…私は何処までもオズワルドだけのもの。私の唇も、胸も、お尻も、…アソコも、髪の毛一本まで…細胞の一欠片までオズワルドだけのもの」

 

 ヴァルキュリアが、黒一色の特務スーツ姿で四つん這いになって再びベッドにゆっくり這い上がろうとする。女の体の線が出るライダースーツのような服で豊満な体を強調し、胸元まで大胆にファスナーが引き下げられて谷間が露出している。彼女の整い過ぎた顔も、胸元の谷間も紅潮し汗ばんでいて、ムワッと漂う女のフェロモンはこれ以上無いぐらいに男を誘惑する。だが、

 

「やめないか!」

 

 オズワルドは自分の煩悩を振り払うように一喝とともに腕を薙いで彼女を追い払う。ひらりとヴァルキュリアは飛んで逃げた。やはり猫のような身の軽さであった。

 

「うふふ…失敗だったようね。また来るわ、愛しのオズワルド」

 

 悪戯な笑みを浮かべて身を翻すと嵐のように義妹は去っていった。オズワルドは頭を振り、眉間を抑える。

 

「どうしたものかな…」

 

 どうやら気が休まる休暇は過ごせそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が休まならぬのならばある程度働いた方が気が紛れる。なのでオズワルド・A・リスカーは自らハミルカル・バルカスにガイバーの実験(ユニットの解析)を再開するよう懇願した。

 

「よいのか?日本支部粛清(例の作戦)の準備完了まであと僅か…休んでおいた方がよいのではないかな」

 

 バルカスだけでなく、司令室で老獣神将と話し込んでいたシン・ルベオ・アムニカルスも翁の言葉に頷く。

 

「そうだぞ、リスカー。働き詰めでは効率も落ちるというものだ。ゆっくりしていたまえ」

 

 だがシン勧めでもオズワルドは笑ってそれを辞退した。

 

「仕事人間は休暇を持て余すものですよ、アムニカルス閣下。ガイバーの実験をしていた方が気が紛れますし、クロノスの為にもなるでしょう?お願いします…ドクター」

 

 バルカス老人は「ふーむ」と白い顎髭を弄り、何事かを考える素振り。だが、それもすぐに止めてリスカーへ振り向く。

 

「よかろう。実験を再開しよう。早い所お主のメタルの破損も修復したいからのう。メタルの解析が進めば同じ機能を持った物を生産できる可能性もある」

 

 実験は了承された。こうしてガイバー形態を取り続けたリスカー監察官は、作戦開始までの期間を常にラボで過ごすことになった。殖装状態ならば睡眠も食事も風呂も排泄も必要ない。また、ラボのセキュリティは厳しく、実験へ関与しない無関係者は例え監察官でも実験区画には入れない。つまり妹に襲われる心配はないのだ。

 

(やれやれ…この方が気楽とはな)

 

 ガイバーの右排気口から、まるで溜息のように体内熱が排出された。

 

「リスカー監察官。次の実験を行います。どうかこちらに」

 

「うむ」

 

 仰々しい電子端末と配線だらけの大型チェアーから立ち上がり、研究員に促されるがままに次の実験室へと入っていく。ダークイエローのガイバーの背中はどこか物悲しい。家庭から逃げ仕事に打ち込む一家の父のような哀愁が、ガイバーの背から漂うようだった。だが、仕事に逃げたリスカーのお陰でガイバーの解析は飛躍的に進捗したのも確かではある。ハミルカル的には万々歳で、つまりリスカーとバルカスはWin-Winの関係という奴だった。今日もガイバーの実験は続く…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾らかの日が過ぎ去って、粛清の日がいよいよ迫りつつあったその日。日本の魅奈神山遺跡基地(レリックス・ポイント)からアリゾナ本部へ緊急連絡が入る。それを受けたのは当然、本部司令のハミルカル・バルカス。プルクシュタールからの報告に、思わずバルカスは、その時手に持っていたガイバーのデータ表を落としそうになる程の衝撃を受けた。

 

「な、なんじゃと!ガイバーが…発見された!?本当なのかプルクシュタール!!」

 

『えぇ、日本の首都外れで生体兵器同士の小競り合いが起きた形跡があります。日本支部ともそこまで離れてはいない…ユニットは日本支部の裏切り者共が拾っていた可能性が出てきました』

 

「……ぬぅ、本当にユニットなのか?我ら本部の粛清を察した日本支部の陽動の可能性は?」

 

『まずありますまい。日本支部は自分達が疑われている…ぐらいならば察しているかもしれませんが、リスカー監察官の内諜を察知するだけの能力は日本支部にはありませんからね』

 

 プルクシュタールは確信めいて断言した。確かに、リスカー以外の監察官による監視でも日本支部は普段と全く変わらない日々を過ごしているし、密かにゾアノイドの量産ぐらいはやっているだろうが大々的な大増産等は行われた形跡はない。日本支部で最も警戒すべきアギト・マキシマも昼は学生生活、夜に日本支部長の跡取り息子としての活動という常のルーチンワークをこなしていた。大きな変化は見当たらない。

 

「だがアギト・マキシマは相変わらず足取りの掴めぬ時間帯がある。警戒はしておくに越したことはなかろう」

 

『ガイバーらしき生体兵器が小競り合いを起こしたと思われる時刻は…アギトが行方不明となる時刻と一部重なります。ひょっとすると、ユニットに関わり合いがあるかもしれませんな』

 

「ふぅむ…疑えばきりがないのう。だが…そのガイバー目撃情報にアギトが関わっている可能性があるなら尚更陽動や罠の可能性が高くなるな」

 

 バルカスは後ろ手に組んで司令室の大モニター前を忙しなく行き来する。それをモニター向こうのプルクシュタールは目だけで追っていた。

 

『…バルカス翁、私が行きましょうか?』

 

「ならん。お前の任務はギュオー残党勢力から遺跡基地(レリックス・ポイント)を死守すること。如何にユニットが重要とはいえ生きた遺跡は同レベルの重要性を持つ。…それに、ガイバーらしき生体兵器が目撃されたのならばユニットは解放されているということ。お主もリスカーの強さを知っておろう。あの強さを秘めた者が敵となれば獣神将とて危うい。単独行動は容認できん」

 

『ならば、アジアの李剡魋に要請を出しては』

 

 バルカスはゆっくり首を横に振る。

 

「それもいかぬ。彼もギュオーの一件で本来の縄張りを空け過ぎてしまったからな。今はその尻ぬぐいに忙しいのじゃ。それにエンツィの能力は彼への負担が大きい。あまり多用させたくはない」

 

『…ならば、如何致しましょうか』

 

 目を瞑り、たっぷり十秒は考えただろうか。その後バルカスは立派な司令席に腰掛けながら言った。

 

「ガイバーの相手ができるのはゾアロードか……同じガイバーだけじゃ。リスカー監察官に頼むとしよう」

 

『……やはりそうなりますか。最近は彼ばかりを酷使している気がして…少し気が引けますな』

 

 プルクシュタールの表情は言葉通り申し訳無さそうな色があった。やはり根は善人なのだった。

 

「儂とてあまり危険な任務にリスカーは使いたくはないがな…。リスカーに万が一あればクロノスが保有する唯一のガイバーが失われるのだ。しかし、仕方あるまい。〝Xデー〟も近い…その前に日本支部やギュオーを始め、少しでも不確定要素は減らさねばならぬ。全てはアルカンフェルの御為じゃ」

 

『…はい』

 

 プルクシュタールの顔にはほんの僅かに苦渋が見られる。それでも、今では友とも思える男を酷使するのも、バルカスが言う通り〝全てはアルカンフェルの為〟。アルカンフェルの前には全てが些事なのだ。かつてプロフェッサー・ヤマムラが言った通り、それがクロノスという組織の本質だった。

 

「…なに、そう心配することもあるまい。強殖装甲システムは纏う人間の能力によって性能を大きく変える。地上でも最強級の素体能力を持つリスカーに叶う殖装体などおりはせん。彼奴が本気で暴れおったらゾアロードとて危ういわ…フッフッフッ」

 

『左様ですな。バルカス翁の仰る通りです。…それに、うまくゆけばコントロール・メタルの状態が完全であるユニットが回収できるかもしれません』

 

「そう…それが肝心じゃな。完全なメタルのサンプルが手に入れば、リスカーのメタル修復にも役立つ」

(…それに、メタルが破損しておっては…あの御方の鎧に相応しくはない。完全なユニットが何として必要なのじゃ…クロノスの為にも…いや!この地球の為にも!)

 

 ギュオーが秘匿していなければ、ユニット発掘時にアルカンフェルが休眠の病になければ…少しでもボタンが掛け違えていれば今頃アルカンフェルはウラヌスの鎧(ガイバー)を纏ってあらゆる病から解放されていた筈だった。それだけにバルカスはギュオーが憎い。

 だが、彼が残した置き土産にはバルカスは満足していた。横目で、常に監視している小型モニターを見ると、そこには透明な強化ガラスに保管されている金属製の筒状物体が安置されていた。それは、ユニットGの制御球(コントロール・メタル)と似た金属で構成されている。それは、何らかの方法で起動されれば花開くように外殻が展開する。それは、ユニット・リムーバーと呼称されている。それは、この地球で唯一、ユニットGを殖装体から引き剥がすことができる。

 

「…アルカンフェル。お早くお目覚めを…」

 

 バルカスの持つ遺産の知識は不完全で、聖櫃の制御球から全ての知を引き出せないバルカスではユニット・リムーバーの全容は知り得ない。だが、この筒状のユニットがガイバーのリセット装置だということは、必死の調査で知ることが出来た。

 

(アルカンフェルはきっとこのユニット・リムーバーのことを知っておられる。お目覚め下さいアルカンフェル…そうすれば、神の鎧を貴方様に献上すること叶いまする…!)

 

 バルカスは決意を秘めた目でモニター向こうのプルクシュタールを見つめた。両獣神将は互いに頷く。その日、オズワルド・A・リスカーにガイバー探索と捕獲の命が下った。

 



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