昔飼ってたワンコ(♂)がJKになってやってきた話。 (バンバ)
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本編
昔飼ってたワンコ(♂)がJKになってやってきた話。


 いつか来る、生きてるなら絶対に逃げられない決まりごと。

 だとしても俺はすぐに受け入れられなくて、それはもうわんわんと吠えるように泣いた。

 あるオオカミと同じ名前を付けた、利口だった犬。俺の家族。

 

 老いで死んでしまったかけがえのない存在。

 彼……犬に対してこういう表現は使うべきかは曖昧だが、まあそれは置いておこう。彼がこの世を去って、早15年が経つ。

 

 

 

 

 両親の生み出す(悪い意味合いでは決してない)空気に耐えられなかった俺は、一人で暮らしていた。

 このままではリア充死すべしという使命感と苛立ちに呑まれて家族に手を出しかねなかった俺は、そんな桃色の香が焚かれた我が家(個人のフィルター込み)から脱する為に地元を離れたのだ。

 

 ああ、弟の見捨てられたと言わんばかりの涙ぐんだ目が忘れられない。おかげで飯が美味い。そんな顔を提供してくれて感謝するぞ、弟よ。

 

 六時に起床して、手際よく出勤前の準備を整え、七時に徒歩で出発。仕事の三十分前に職場に到着するように通勤する。何時ものルーチンだ。

 

 勤め先がIT系ブラックだったが、最近は徐々にホワイトに染まりつつあるのでとても助かっている。少し前までは隈とボサボサ髪がデフォだったのに、今では隈は多少薄くなり散髪店に行く程暇な時間が増えた。ホワイト化万歳。だがしかし、リア充になるかは本人の頑張り次第である、是非もないね!

 

 まだ無茶しなきゃいけない場面も多々あるが、それはそれ。

 新しい上司がマジで良い人なので良しとしている。上司が本当に良い人なのだ。二回言うほど重要なのか? 重要さ。

 

 思うに日本のブラック企業が消えないのは、単純に日本人の社畜魂が根強いからか、老害が多いからかは分からない。だがもっと国が率先してブラック企業の撲滅と他国のように労働時間の短縮などを目指すべきだ。そんなんだから海外の人からロボットのような人たちとか愛の薄い人々とか割と散々なことを言われるのでは?

 そんな、脱線したことを考えていた時だ。

 

 黒のブレザーを身につけた女の子とすれ違った。ガングロとか金髪になっているのではなく、雰囲気がヤンキー的な、目つきが鋭い。怖い雰囲気と言えばいいのか。でも肩まで伸びたセミロングの髪とか含めて可愛いというかクール系というか、目付きさえどうにかしてしまえば何かしらのランキングのような物で一位を取れそうとか思ってしまう。何のランキングか? 美少女ランキングだよ!

 

 さて、どうしてだろうか。初めてすれ違ったであろう相手を此処まで目ざとく見たのはほぼ初の経験だし、そうさせた何かが異様に引っかかる。強烈に既知感を抱いていた。

 

 まるで、もう会えないと思っていた相手に会えたような、砂漠に混じった一粒の宝石を見つけてしまった時のような驚愕と焦りと安堵が俺を支配していた。

 馬鹿馬鹿しいと思い、きっと夢見が悪かったせいに違いないと決めつけ、一度だけ背後に視線を配り、そのまま職場に足を進めたのだった。

 視界に映った、こちらを驚愕に染めた顔で見やる女の子を見なかったことにして。

 

 

 

 

 

 無事に仕事も終わったが、時間は既に22時を過ぎている。例のホワイト上司と他二人も一緒に帰っている。

 言ってしまえばホワイト上司よりも上の立場からの押し付けられた無理を強行突破していたところだ。俺はお前らくらいの頃〜とかなんとか言って押し付けていったらしい。その本人は定時上がりで、ある。

 

 これ訴えたら勝てる案件じゃなかろうか。

 そんな具合で流石に一人では手厳しいとなったホワイト上司に頼まれ、20時まで残業した。まあ、特に予定があるわけでもなかったので、全く問題はない。

 

「本当に申し訳なかった。これから俺の奢りでよければ、飯でもどうだい。ああ、断って貰っても全然構わない、こんな時間だしね」

 

 柔和な笑みで野郎であるはずの俺までときめかされ、ホイホイお高い回らない寿司屋に連れ込まれた俺たち。時価という基本的に縁がない表示価格を見て顔を青くしてしまったが最後の方はお酒まで入って結構ハッチャケてた。

 

 寿司を出してくれた板前さんもいぶし銀な見た目に反してコミカルな感じで面白い人だったこともあって、話が弾んだのも大きかったのだろう。まあ、皆明日休みだしね。仕方ない。

 

 そんなこんなで2時間くらいはしゃぎまくった俺たちは上司に料金は割り勘にさせてくれと懇願し、どうにかホワイト上司一人に六桁目前の料金を払わせるのを阻止した。いや、ホワイト様、お金の使い道ないからってそれはいけませんよ!?

 

 他の人は代行を呼びそれぞれ帰ってしまったが、俺はそこまで飲んだ訳でもなかったので歩いて帰宅する事にした。正常だと思ってるうちはそう考えてる時点でアウトだと俺は思うけど、信号を無視して歩道を歩いたり意識と身体がゴチャゴチャになったり奇声を上げたり路上で寝そべったりしそうに無いのでセーフラインの中だろう。

 

 しかしだ。一つ問題がある。

 

 気付いたのはさっき。人通りの無い、ぶっちゃけ幽霊とか出そうとか無益な事考えていたら、勘違いでなければ俺の後ろを誰かがずっと付いてきてる。というか割と確信はある。普段通らない道を通り、必要の無いジグザグに入り組んだ裏道を通っても、ずっと付いてくる気配があるのだ。

 

 たぶん、隠れようとして無いなとはさっき思った。何せ、ローファーっぽい硬い足音だ。スニーカーのような足音をまだ消しやすい靴なら兎も角、隠す気あるのってくらい割と足音が聞こえてる。

 まあ、それもこれもまだ一回も怖くて後ろを向いていない俺が悪いといえばその通りなんだがね、然もありなん。

 しかし、ローファー。一緒に残業した誰かって線は既に切り捨ててある。皆代行で帰ってるし。となるとそういうものを履く服装の立場の人間ということになる。

 

 パッと思いつくのは、スーツで仕事に赴く俺のような職業の社会人。

 次点で、今朝見かけたような女子高生のような学生。でも、時間帯的に学生は一度家に帰ってると思うから、まず無いか?

 あーでも不良とかヤンキーとかって線はあるな。

 

 どの道、うん。見てみない事には分からないという結論に達するにはそう時間は掛からなかった。走って逃げても良かったんだが、その時はお酒の影響もあってか頭が回りきってなかったんだと思う。

 

 交差点で一度立ち止まり、一度息を吐き、顔だけ後ろに向ける。なんでかって?雰囲気作りというか、そっちの方がかっこいいとか思っちまったんだ。ならやるしか無いだろう?

 視界に写るのは、さて。

 

 あ?え、ちょ、え?

 

 いや、まて、待ってくれ。どういう事。

 不味い、不味い不味い不味い!?いや待って何で、どういう、ちょ、ええ?

 

 落ち着こう、冷静に。

 

 視界に映ったのは、見間違いでなければ今朝遭遇したあの女子高生だ。しかし、なんか雰囲気が違う。

 

 鋭いと表現した目つきは、半泣きになって目の周りが赤くなっている。そう、泣いているのだ。これなんか俺がやらかしちゃったパターンだよねえどうしたら良いの!?

 

「だ、大丈夫かい?」

 

 極力驚かせないように声を掛け近づくが、俺自身相当デカい。目見だが頭三つ程女子高生と違う。

 高身長故に他人に威圧感を与える事になってしまう。おまけに道路照明があるとは言えこんな時間で暗い。相手を怖がらせる要素は沢山あった。

 

 でも、女子高生は違う。寧ろ制服の裾で目をぐしぐし拭いたと思ったら、スタスタとこっちに歩み寄って来た。

 

「コーヤで、合ってる? 昔、私を飼ってた」

 

 今度こそ俺はフリーズした。え、かっていた?=買う?いやいや人身売買なんて日本ではあり得るわけない。飼う?いや意味合い大して変わんないからそれ!

 

 心臓がやけにうるさい。完全にペースを握られたというのもあるけどそういうのが気にならないぐらい混乱していた。酒のせいでもあるんだろうけど、そんなレベルじゃないよこれ!

 

「いや、待ってお嬢ちゃん。日本では人身売買もなにも無いからね!?それに勘違いしてなければ君とは今朝顔をすれ違わせた以外は初対面もいいところだからね?」

「そう、だよね。姿も変わっちゃってるし、分かるわけもないか。でも、鼻も弱くなっちゃったけど、コーヤの匂いはすぐにわかったよ!すごい安心する、私の家族の匂い!」

 

 ダメだこの子話聞いてくれてない!?というかニオイ!?家族のニオイってなんだ!?どうしたらいいのよこの状態!グーグル先生ヘルプミー!

 

「えーと、お嬢ちゃん、名前は?取り敢えずこんな時間だし、送っていくよ?まあ、こんなオジサンが送っていくなんて言っても説得力ないだろうけど」

「私?えーと、教えない!でも、教えてあげる。コーヤは絶対に知ってる筈だから!」

 

 女の子はキリッとした印象を反転させた、柔らかい花咲くような笑顔で言い放った。

 俺にとっては、いまだに信じ難いし、でも彼女が『彼』の事を知ってる以上無碍に扱う事も出来なかった。

 

「ロボ!コーヤはそう呼んでくれてたよね?」

「ーーーー」

 

 言葉が出なくなった。




まだ続きます。


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JKと夜遅くにファミレスに行って喋る話。

投稿したと思ったら出来てなかったので。投稿だけして寝ます。
書き貯めはここまでのため、次回以降は投稿不定期になります。


「……えーと」

「♪」

 

 近くのファミレスにJKを連れ込んだスーツの男。コレはどうあがいても事案なのではないだろうか。い、いやだ俺は豚箱なんざに入れられたくねえ!と内心一人でボケながら現実逃避をしていると『ロボを自称した女の子』がドリンクバーから帰って来た。途端に俺の横に腰を下ろした。やはり事案だよねコレ。

 お願いだからせめて向かいの椅子に座ってと言っても、泣きそうな顔をしてこちらを見てくるので折れたともいうんだけど。

 彼女がすんすんとスーツに鼻を近づけると、綻ぶような笑顔で言う。

 

「〜〜やっぱりコーヤの匂い、好きだなー。ちょっと消毒液みたいな匂い混ざってるけど、悪くないかも」

「やっぱりこれダメだって仕事上がりでお酒も多少入ったアラサーの匂い嗅いで昂揚してる絵面にしか見えないって!」

 

 お巡りさん俺です!もしくは彼女です!としか言えない絵面に俺が慄いていると彼女はクスクスと笑う。幸いなのは人が俺たち以外にいない事と、ドリンクバーしか注文してないから店員さんがくる可能性が低いことだろう。それでも制服を着た女の子がこんな時間までファミレスにいることを考えると常識的に通報案件なのだが。

 

 そんなことを考えているとまた彼女はクスクスと笑う。一体何が可笑しいのか。こちとら今後の生活が掛かっているので割とシャレにならない。

「ま、まあとりあえず。そろそろ本題に入ろう。君に、聞きたいことがあるんだ。どうして、俺が飼っていたペットの名前……それも15年も前のペットの名前を知っていたんだい?」

 

 これ以上は待っていられなくなった俺は、ここにくるまでに何度か聞いたことを改めて尋ねることにした。タチの悪い冗談であれば、少し叱ってそれで終わりだし、何よりこれ以上面倒でなくて良い。

 しかし、彼女の返答は変わらない。

 

「だからー、私がロボなの!ここにくる途中たくさん説明したでしょ!コーヤなんでわかってくれないの!?」

「そうは、言われてもなあ……」

 

 クールな顔を歪ませ心底怒ってると言わんばかりの様子で俺を睨みつけてくる彼女に、俺は美人を怒らせると怖いなあと見当違いなことを考えていた。

 

Q.あなたはだれですか?

A.前世であなたのペットをしてた犬です。

 

 そう言われてハイそうですかと納得できるわけがない。とう言うか何だそれ新手の電波少女じゃないか。

 

「んー、じゃあこうしよう。俺が君にいくつか質問をする。きっとロボにしか答えられない質問だ。それを答えられたら、まあ、一応、納得しよう」

「ホント!?言ったからね!嘘だったらお母さん、あ、ハルミに言いつけてやるんだから!……こういう風に言えば、信じてくれる?」

「……おぉう?」

 

 突っ込む気力がドンドン失せていく。なぜうちの母さんの名前を知っているというツッコミは、言わなかった。

 

「……俺の家族の名前は?」

「ハルミにコーイチ、チビのコーキにシワシワのコーゾウ!あ、コーゾウまだ元気にしてる?よく私に茹でたお肉くれたの!」

 

 もう既に心が折れそうだ。ナンデ!?ナンデシッテルノ!?おまけに茹でた肉って俺初耳なんだけど爺さん!

 

 ちなみに幸造爺さんは今年で90になる。顔はシワシワながら趣味は筋トレ、両手に重り(各5kg)を持ちながら2〜3kmのジョギングを日課としているパワフルな爺さんだ。

 

「……ロボが水を飲む時に使っていた器は?」

「端っこのかけたお皿!」

「……よく使ってた玩具は?」

「テニスボール!」

「俺の趣味は?」

「たぶんゲームと読書!あ、最近コーヤがやってたゲームの最新作が出るってニュースでやってたよね?ワールドハンターだっけ」

「その話少し詳しく、じゃなかった。えーと……」

 

 どうしよう。思った以上に詳細を知ってる。アレか。犬だった頃の記憶を人間の知識で当てはめていって覚えているのか?

 

 それにしても、と。彼女の容姿を見る。

 夜の暗さに溶け込みそうなくらい綺麗な黒いセミロングの髪。目尻が鋭く斜め上を向き、その中には日本人らしい茶色より、やや薄い色合いの瞳。自信ありげな表情に良く似合う形を描く薄い唇に、日本人として見ればやや薄い、白っぽい肌の色。それらのパーツは彼女を性格のキツそうな子ではなく、クール、ないし大人びた性格に見せるのに一役買っていた。

 

 さっきから泣きそうな顔になったり、眉間にしわを寄せたりと忙しなく表情を変えていたが、こうして見ると本当に綺麗な子にしか見えないのだ。

 

「あ゛あ゛ーーー……ちくしょう」

 

 思わず呻くように声を出す。本当に否定できる要素がない。いや違う、否定したい訳ではないのだ。ただ、現実逃避というか、受け入れ難いだけで嬉しいかと問われるとそりゃ嬉しい。

 

「本当に、ロボなんだな?」

 

 念を押すように、尋ねる。

 

「うん、そうだよ!あ、でも……」

「うん?」

 

 考え込むような顔で俺のスーツの裾を掴み、意を決したような顔でこちらを見る少女の顔を見て、そう言えばロボもこんなツリ目で瞳も色もこんな風だったなと思い返した。

 

「性別変わっちゃったし、コーヤと同じヒトになったから、子供もできるよ?何人欲しい?」

 

 

 

 

 ……うん。

 真面目腐って聞いていた俺がバカを見た気分だった。いや、彼女の顔を見る限り極めて本気で言ってるんだろう。しかし、顔赤い割に、なんかこう、目がギラついてるし。物理的にサイズの差がなかったら正面突破で襲われそうなイメージしか出来なかった。

 

「やっぱり事案じゃねーかバーカ!何でそんなことを気にしてるの仮にも初対面君と俺!そんな援交みたいな展開全力で拒否したいんだけども!?」

「な!?援交じゃないよ!?お金なんて要らない!ただ私がコーヤが好きだからずっと一緒にいたくて、性別も変わったから、結婚してつがいになれるなって考えてただけだもん!!」

「せめてそこ夫婦って言おう!つがいだとなんか妙に生々しく聞こえるから!?」

 

 さっきから本当、頭の悪くなりそうな応酬を繰り返している気がする。いや彼女みたいな可愛い綺麗な子に襲われるなら男として本望かもしれないけど。

 

 でも、こうして言葉を交える度に、嬉しさや妙な懐かしさ、温かさに包まれるのは、どうしてだ。

 

 唇を噛んでいないと、涙がこぼれそうになってしまうのは、何故だろう。

 

 俺自身の内面と言動のチグハグさに混乱していると、彼女は何を思ったのか俺に抱きついてきた。

 

「ちょ!?」

「私は15年間生きてきて、コーヤを忘れた日なんてない。家族の匂いも、コーヤがくれた思い出も、温かさも、幸せだって、コーヤにだって否定させないよ」

 

 だってそれは、全部コーヤたちに会えなかったら得られなかったものだもん。

 

 そういう彼女の声は、震えてる。胸元が湿ってくる。抱きつく力が、強まっていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、時間を置いて冷静になった彼女は「今日はありがとね、コーヤ!これ私の電話番号とアドレスだから、明日また会おう!」なんて言ってルーズリーフをメモ書き代わりにして俺に渡してきた。……明日は寝腐るつもりだったんだけどなあ……。

 

「あー、せめてタクシーで送っていくよ。もうすぐ日付も変わるから、両親も心配するだろうし」

「ううん、大丈夫。ここから歩いて5分位だし」

「近いな……あ、そう言えば、名前……」

「私の?ロボだよ?」

「いやそっちじゃなくて。今の名前さ」

 

 もう半分以上諦めた。認めざるを得なかったとも言える。

 ならせめてロボー、ロボーと呼ぶよりもちゃんとした名前で呼んだ方が良いだろうし。超大柄なスーツ着た成人男性が今を輝くJKのことをロボなんて名前で呼ぶなんて、違和感が凄すぎる。

 僅かに間を置いて、彼女は笑顔で言った。その、俺にとっては軽く爆弾になる発言を。

 

「うん、良いよ。私の名前はね、乾葵!あとね!人違いじゃなかったら、コーヤの話はお父さんからよく聞いてるかも。よく働いてくれてるって!コーヤの名字って、タチバナだったっけ?」

「……葵ちゃん、ね……う、うん?いや確かに立花だけど……え、ちょっと待って、え?」

 

 あっれ、おかしいな。乾で俺のこと知ってる人ってなると、今日俺が残業する原因を作った、我らがホワイト上司の上から仕事を押し付けてきた『乾課長』しか思いつかねえんだけど……え、マジで?

 



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JKと出かけたら出先でやらかされた話。

僅か2話で評価バーがオレンジに染まって戦々恐々としています。

あと、この小説は、基本的に作者の性癖で出来ています。

・主人公の名前をミスってたので変えました
公也→幸也
内容に変化はありません。


 ある曲の冒頭の歌詞から続く歌詞を借りると、この現実逃避にも説明がつくと思うんだ。

 

 例えば、仕事に寝坊してあと5分で会社に向かわなければいけない時。

 例えば、コンビニ等が無い中途半端に長い距離を歩く中で腹痛に襲われた時。

 

『夢ならばどれほど良かった』かと、思わずにはいられないことは多々ある。

 それは、今日のような場合でも同じなんだなあと、いや違う、今日のような場合は尚更そうなんだなあと、遠い目をせずにはいられなかったと言うべきか。

 

「コーヤ、選んで選んで!」

(どうしてこうなった)

 

 両手に色違いの首輪を手にした葵ちゃんを目の前にして、冷や汗がダラダラ流れてくるのを感じた。事案が発生しそうだ、誰か助けてくれ。

 どうしてこうなったのか、少しだけ遡っていこう、現実逃避とも言うね。

 

 あれは今日の9時過ぎ、もうすぐ15分に差し掛かるかといったぐらいの時間だったと思う。流石に昨日の今日で混乱やら嬉しさやらが抜けきらなかったが、だからといって約束を無かったことにするわけにもいかず、一先ずロボの、葵ちゃんのケータイに電話をかけるとにした。

 

 今思うと、ファミレスでのやり取りが相当尾を引いていたのだろう。会わなければいけない、という後ろめたさにも似た感情に襲われていた気がする。

 

『はぁーい、乾ですけど、どちら様でしょうか?』

 電話からはエラく間延びした、寝起きを思わせる声色の葵ちゃんの声が聞こえてきた。

 今時の学生の朝は早いモノだとばかり思っていたけど、葵ちゃんはそうでもないらしい。こういう所が、一々ロボを想起させた。彼も、朝は滅茶苦茶弱かったのを覚えている。

 

「えーと、おはよう葵ちゃん、立花幸也です。昨日ぶり、かな?」

『……え、コーヤ? ……ああぁコーヤ! コーヤだ! やっぱり夢じゃなかった! おはようコーヤ!』

「ごめん葵ちゃんテンションの落差にオジサンついて行けてないや」

『大丈夫! コーヤの声聞いて目が覚めたから! 今日どこに行こっか!』

「出かけるのが前提なのか……」

 

 俺の声は目覚まし時計か何かかなというツッコミは置いておこう。

 窓を開けて天気を伺えば、清々しい青空が広がっていて、日射しは春らしく暑過ぎない程度に地上を照らしていた。強すぎず、冷た過ぎない程度に風も吹き、実にお出かけ日和と言えそうだった。

 

 別に出かけるのは構わなかった。問題は葵ちゃんが何処に行こうとしてしているのか、だ。ヘタな場所に行くと俺や葵ちゃんの今後に関わる展開が待っていてもおかしくはない。いや彼女の場合はたぶん気にしなさそうではあるのだけど、学校にありがちな噂からのイジメとか、そういう展開になったらと考えたら居心地が悪い。

 

 というか根本的に高校生、下手すると中学生(15歳と言っていたのでどちらかわからなかった)と2mオーバーの巨人アラサー不審者の組み合わせは第三者の目で見たら相当アレではなかろうか。親子とか年の離れた兄弟とか、あるいは親戚には、……見えないか。

 ……職質されないことを願うばかりだ。

 

『それじゃあねえ、昨日のファミレスで12時前に集合しよ! そこでご飯食べて、そのあとの予定は集まってから!』

「昨日のファミレスね、わかったよ。事故には気をつけてね」

『む、大丈夫だよ。赤信号とか気をつけてるし! それこそコーヤだって散歩の時、バーって走って私のこと引っ張って行って歩道の信号無視ばっかりしてたじゃん』

「……そういうこともロボとして、覚えてるのね。まあ、今はいいや。それじゃあ、後でね」

『コーヤも足元には気をつけてね、昨日の顔見たら隈酷くてビックリしたんだから! じゃあ!』

 

 そう言って葵ちゃんは電話を切った。

 信号無視しながら走り回った件には心当たりしかない。そんなことまで覚えていられると、苦笑いするしかないな。

 

 それにしても、隈か。これでもこの半年で結構薄くなったんだけどなあ。自分のことながら気にしなさ過ぎたらしい。

 ……日付が変わってから帰宅するとかザラだった、というかほぼ毎日だったし。

 そう考えると、早くて定時の5時、遅くてもだいたい夜の9時には帰宅できるようになったなんて、変わったもんだ。

 

 しかし、これ大丈夫なのだろうか。大丈夫では、ないよなあ。

 乾課長にバレたら、何言われるかわかったもんじゃない。……今は忘れよう。胃が痛くなる。

 

 とまあ、そんなこんなで時間が過ぎて12時。住んでるアパートから徒歩10分くらいのファミレスで合流した俺と葵ちゃんは飯を食べつつ話し込んでいた。

 

 ……この時、及びその前後で起こったことは割愛させてもらおう。思い出すだけでも眩暈がする。

 

「コーヤ!」と俺を見た途端入口から一目散に駆けつけ飛びかかってきたりだとか。

 

 急にしゃがんでと言い出したと思ったら「昔のお返し」とかなんとか言って抱き着きながら頭をワシワシ撫でてきたりだとか。

 

 例によって昨日と同じく俺の隣に腰を下ろして、今度は料理が来るまでの間膝枕をしてとせがんできて、こちらが折れて10分程度膝枕をしていたり。

 

「あ、ほっぺにご飯粒付いてる」とか言い出して顔を見て近づけてきたと思ったらキスされそうになって慌てて顔を抑えることになったりだとか。その時にたまたま頭を撫でる形になり、その結果「やっぱり、コーヤの手って気持ち良いね」と葵ちゃんが顔をほころばせたり、と。

 

 色々あった気がするけど、何もなかった。何もなかったんだ!! 

 

 その後、葵ちゃんがペットショップに行きたいと言い出して俺がそれを了承して、最寄りのペットショップに顔を出した時、事件は起こった。

 

「コーヤはどっちがいいと思う?」

「それは、首輪かい?」

 

 葵ちゃんが、ロボが、ペットを飼っているのだろうか。かつて自分のペット、家族だった彼、彼女がペットを飼う、か。何だか感慨深いなと、革製の首輪を見て思案顔をする彼女を尻目に、そんなことを考えていたら、次の一言で全てを察した。

 

「どっちが似合うと思う? コーヤ、選んで選んで!」

 

 頭痛が痛いとかそういう領域じゃなかった。数秒だけ、完全に思考が止まった気さえする。あれ、おかしいなちょうどいい気温の筈なのに汗が止まらない。

 右手に赤の、左手に黒の首輪を持った葵ちゃんが、俺に、尋ねてきた。

 周囲には休日ということもあってか疎らに人が居る中で、である。

 突き刺さる視線、聞こえてくるヒソヒソとした声。そんな中で何もわかっていないのか自信ありげな表情でこちらを見上げる葵ちゃん。

 

「……あ、あおいちゃん、ちょっとようじおもいだしたからそとでよっかー」

「え、じゃあせめてどっちか決め」

「アーアー聞こえなーいさあ行こーう!」

 

 その後、どうにかペットショップを離れ、次会う時に首につけるタイプのアクセサリーでも買いに行こうと約束を取り付けて今日はお開きになった。

 一先ず、これで1週間の猶予期間を確保できた。どうしたらいいか。いや、もう、ええ? どうしてああなった……。天然とかそういう領域じゃないぞ……まさか俺と接する時だけロボとしての面が色濃く出るとかそんな感じの設定要らないよ? いやそれ以上に変な噂とか立たないでくれよ……? 

 

 もう、今は考えていたって仕方ない。今日は帰って寝てしまおうと、いろんなことが起こりすぎて疲れ切った状態で、帰路に着いた時だ。

 

 電話が一本かかってきた。こんな時に誰からだと思って画面を見る。

 

【乾課長】

 

「おぉーぅ……」

 

 俗に言う死体蹴りというヤツだろうか。もうやめて! 俺のライフは0よ! 

 しかし、出ないわけにもいかないのが社会人の辛いところで、結局出ざるを得なかった。

 

 Pi.

 はい立花です。え、あ、はい。ハイ……ああいえそんな! え? あ、はぁ。はい、はい。わかりました。では……

 Pi.

 

 ……仕事が終わったら乾課長とサシで飲むことになったんだが、どうすればいいんだろう。

 夕焼けを背に飛ぶカラスが「そんなの知るか」と言わんばかりにカアカア鳴いていた。

 



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上司とオジサンが飲み食いしながら話す話。

15日(水)夜 自宅にて
知り合い「オリジナル日間1位おめでとう!」
俺「はいぃ? ……はいぃ!?」
次の日の夜
知り合い「日間ランキング上位入りおめでとう!」
俺「アイエエェ……」
今日 書いてる息抜きに他の作品を読みにランキングの様子を見にきた(今までは感想通知が凄くて他まで意識が回らなかった)
俺「ランキング1位、お気に入り4桁、だと。ヒェ……」

いやほんとありがとうございます。
でもオレンジで戦々恐々してたのに赤って。お気に入りも4桁台って。
やっぱ皆さんあれか、イチャイチャほのぼのハッピーエンドが好きなんだな。俺もだ。
しかし今日はオジサンしか出ないんです。次回期待して。


 朝から果てしなく気が重たい。これ程までに風邪をひいて休みたい日は大学を卒業してからの社会人生活で一度もなかった気がする。トボトボと歩きながら思案する。今日だけは薄くなってきていた隈も逆戻りになっている気がする。頭痛が痛いなんてレベルじゃないぞ。致命傷だ。

 ホワイト上司様の前任と口論になった時も此処までではなかった。いや本当に、どうしてこうなった。

 

 そもそも一体全体、苦手意識を抱いている相手と一対一で飲まなきゃいけないのだ。禿げそう。

 その根本的な原因は思い当たる。というかほぼ一つに絞れている。

 

 葵ちゃん、もとい、ロボがやらかしたということ。多分ポロッと言ったんだろうなあって。だって昨日だけであんなことやこんなことがあったのに、トドメにあの事案(ペットショップの件)があった後だ。言っちゃあいけないような話とかポロッと喋りそう。というかそんな絵面が易々と想像できる。オジサンの胃は既にボロボロだ。

 

 悪気は、無いんだろうなあ。というか悪気があったら昨日の別れ際に「一緒にいれて嬉しかったよ、今日はありがとねコーヤ!」なんて言葉を投げかけてきたりはしないか。

 俺自身、13歳も離れてる女の子と一緒に過ごす経験なんてこれまで過ごしてきて一度もなかったからなんとも言えない部分があるけれど。きっと、楽しかったし、嬉しかったんだろう。

 

 俺ファミレスでは顔赤くしてた覚えしかないけど。ペットショップでは社会的に死にそうになってたけど。

 

 ただ、俺の中でのロボ、葵ちゃんに対する感情は、間違っても恋愛ではない。

 複雑な形になっているけど、それらは懐かしさであったり、かつて別れた彼との再会から来る嬉しさであって、年下の女の子とイチャイチャできたぜワーイ、みたいな下心を含む感情は一切ない。

 

 あくまで親愛、言い過ぎな表現で例えても家族愛だ。今は他人だけど。

 彼女は彼であって、俺の中では異性とかペットで、と。

 

 そういう部分の話がごちゃごちゃに混ざり合って、整理し切れていない、というのが正直なところなのだけど。ああ面倒臭い。部屋の布団に潜り直して不貞寝でもしてしまいたい。

 しかし悲しいかな、体は社畜として仕事をしに会社へと確実に歩みを進め、どうしようどうしようと考えてるうちに無事に会社に到着してしまった。

 

「はあ゛あ゛……おはようございます」

「おっ、おはよう立花……どうした? 凄く顔色が悪いぞ?」

 

 声を掛けてくれたのは我らがホワイト上司様こと雨宮さん。今日も柔和な笑顔が素敵っすね。しかしこんな若づくりでアラフィフだから、人は見かけによらない。

 なお、結婚願望は捨てきってないらしいけど、お付き合いした人たちそのことごとくに「愛が重過ぎて無理」と言われるらしい。一体なにをしでかしているんだろうか。

 

 そんな雨宮さんが驚いたような顔でこちらを見やる。まあ、普段こんな顔をしない自覚もあるので、当然といえば当然か。

 

「いえ、大丈夫です。むしろ仕事して嫌なこと少しでも忘れておきたいんで」

「そ、そうか。でも、今日はそこまで仕事を振られてるわけじゃないから、無理はするなよ?」

「ありがとうございます」

 

 さて、今日も一日頑張って稼ぎますか。

 乾課長から声が掛かるまでは、いつも通りに。仕事は仕事ってね。

 

 

 

 

 時間は飛んで。昼食も食べ終わり、今日の分の仕事も粗方片付いて、同僚や周囲の人たちの書類製作も手伝い終わって帰宅の準備を進めていた時だ。

 

「立花君、少し話があるんだが」

 

 若干威圧的な声が聞こえてきた。顔を声の方に向ければ、スーツ越しにも分かる鍛えられた身体の主張が激しい巌のような男が、今俺が一番会いたくない相手が居た。あかん、胃が痛い。

 

「お疲れ様です乾課長、この後の話ですか?」

「ああ、その事でな。ここではなんだ、行く予定の店まで行こうか」

「あ、はい」

 

 席を立ちカバンを持って乾課長について行く。周りの声を聞きあげれば「立花今度はなにやからした?」「あいつ意外なところでやらかしてたりするからなー」「この会社きっての武闘派が二人……閃いた!」とか色んなことを好き勝手に言ってるようだ。というか武闘派ってなんだ。俺はただ体がデカイだけの一般人だっての。あと今度はなにやらかしたって言った奴、後日社食奢ってもらうからなこの野郎。

 

 

 

「いらっしゃい! こちらのテーブルにどうぞ!」

 

 会社から徒歩2分と言ったところに、お目当ての店はあった。居酒屋だった。焼き鳥のタレが焦げるいい香りがこちらまで伝わってくる。テーブルまで通された俺たちは、その流れのまま注文することにした。

 

「生を……立花君生行けるか?」

「あ、大丈夫です。あとねぎま大皿いいですか?」

「ああ、構わない」

「よっし、すみませーん、生二つとねぎま大皿でお願いします」

「はーい、生二ねぎ皿ー!」

 

 厨房の方から聞こえてくるはいよー! という声、炭火で焼き鳥を焼く音、ガヤガヤとした雰囲気が混ざり合って、やっぱり居酒屋はこうだよなと思いながらお冷やを一口飲んだ。

 

 社会人になってからやはりお酒はどうしても関わってくる要素だと思う。

 飲み会や、同僚や後輩の愚痴を聞いたり、嫌なことを忘れたい時なんかも酒に頼ることはあるかもしれない。まあ、酒は飲んでも飲まれるな、なんて言葉があるくらいだから飲みすぎには十分気をつけないといけない。でも美味しいから仕方ない、仕方ないんだ! 

 

「はい生とねぎま大皿お待ちー! あとこれお通しの枝豆です!」と店員さんがジョッキに並々と注がれたビールを、二人で軽くジョッキをぶつけてから飲む。ごっ、ごっ、と喉を通る苦味に炭酸が気持ちいい。空きっ腹にお酒は飲みたくないんだが、一杯だけなら良いだろう。

 

 半分ほど飲んだところで、ジョッキをテーブルに降ろしてねぎまを食べる。鼻を抜ける香ばしさと甘辛いタレで濃く味付けされたそれらを飲み込んで、また一口ビールで流し込んだ。……あー、美味え。

 

「随分酒が進むな、立花君」

「あ、いえ、なんかすみません」

 

 現実逃避の為に割とがっつり食を楽しんでたとは言えず、流石に失礼だったと反省する。

 しかしそれを見た乾課長は緩やかに首を横に振った。

 

「気にしなくてもいい。いや、それは別にいいんだ。……単刀直入に聞こう。うちの娘とは、どういう関係だ?」

「あー……」

 

 やっぱり聞かれるよなあと思いながら、なんと返答したものかと悩む。直球で葵ちゃんの前世がー、みたいな話をしても確実に頭おかしいものを見る目で見られる未来しか見えない。

 何かしらの趣味でたまたま知り合いー、と話をしたとしてもその場限りの嘘というのは露見しやすいのでこれも却下。

 

 ウンウンと悩んでいると、「ああ、別に付き合っているとか、そういう部分は気にしてはいない」と驚くような言葉が出てきた。

 

「え?」

「私としても、普段の君の勤務態度も知っているつもりだし、最低限どのような人間か把握しているつもりだ」

 

 そう言ってグビリとビールを飲み、枝豆をプチリプチリと口に含んでまたビールを一口飲むと、ジョッキを置いた。

 

「その上で、うちの葵と交際している、というなら別に構わない。娘の人生は、あくまで娘の物だ。親がしていいのは精々、少しでも前に行けるように助言することくらいだと、私は思っている」

「あ、ありがとう、ございます」

 

「多少年の差は気になるところだが、君のことは信用も信頼もしているつもりだ」と僅かに赤くなった顔で無骨に笑う乾課長。

 

 いいお父さんだなあ。やっぱり本来はいい人なのだ。

 これで仕事で無茶振りする部分が抑えめだったらなあと、思わずにはいられない。

 

 この人のことが苦手な理由は、基本的に仕事の物量が多いことその一点だけなので、他は基本的にいい人なのだ。その一点があまりに酷い(おそらく本人も自覚していない)ので俺たちからは半分くらい冗談でブラック上司とか言われてたりするわけだが。

 

 しかし、だ。それ以上に、それ以上に不味いことに気がついた。いや勘違いならそれでいいんだよ? ただ、何というか。そう。

 外堀から埋められていってる気がする。

 

「しかし、まあ、なんだ。……あまり変なことはするなよ? 今回の件は、うちの葵が発端だったとはいえ、まさか人前でそのような事をするとは」

「アッハイ、ホントウニスミマセンデシタ」

 

 その後は酔いが回った乾課長の小さい頃の葵ちゃんの可愛さ談義や「たまに前世が、とか言い出す時もあるがそういう年頃なのだろうから大目に見てやってくれ」などといろんな話をして、つつがなく一対一の飲み会は終了した。葵ちゃん……ロボ……結構ガバガバ話してるのね。

 



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JKと買い物に行く話。

お気に入りが伸び続けて何処まで伸びるんやとビビりながら投稿します。凄いな。


 月曜の乾課長との二者面談(としか説明できない飲み会)から日数が経ち、今日は早くも土曜。つまり、葵ちゃんと買い物に行く約束を取り付けた日が来てしまったのだ。早い、早すぎる。一応、心の準備だけは済ませているのがまだ救いだろう。前回みたいなことが起きても、きっと冷静に対応できる、筈。だといいなあ。既に胃が痛い。

 

 窓から外を見る。まるで先週の焼き直しのような快晴が広がっていて、願わくばと窓のそばにぶら下げていた逆さてるてる坊主は全く効力を発揮してくれなかったらしい。悲しい。いや葵ちゃんと出かけるのが嫌だったとかじゃあないんだけども。何というか、こう、前回のようなやらかしで俺の社会的死が確定することを恐れていたりするのだけれども。

 

 まあ、乾課長の半ば公認(付き合っている云々は否定したかったが言い出すタイミングを掴めず言えずに終わってしまった)になってしまったので何というか。葵ちゃんもこちらに好意を向けてきてくれているから、断りづらいというのもある。

 

 しかし、アラサーの滅茶苦茶デカイオジサンが学生の女の子と一緒にアクセサリーショップを巡るって、やっぱりそれだけで犯罪臭というか、事案だよなと思えてならない。

 

 こっちはそういう目で葵ちゃんを見てないけれど、葵ちゃんが結構、かなり、怪しいんだよなあ。初対面兼再会を果たしたあの時の雰囲気を考えると特に。つがいとか言ってたし。初対面で子供何人欲しいって聞かれたし。

 

 幸いなのは押し倒されるような展開にはまずならないことか。こういう時この体の大きさに感謝したくなる。普段は人目を集めるし車に乗り降りする時とかよく頭をぶつけるのでもう20センチ小さければ、と普段は思わずにはいられない高身長なのだけども。

 まあ、日本人にありがちな胴長体型がこの高身長で現れなかったのは救いだと思う。

 

 欠伸を一つして、時計を見る。午前9時丁度を指していた。確か、10時にファミレスに集合と言っていたから、待たせても何だし、30分くらい前に到着するように行けばいいかと納得してひとまず顔を洗うことにした。

 洗面台の前に取り付けられた鏡を見て、マシになったとはいえ確かに酷い隈だと笑う。こりゃまた葵ちゃんに心配されるなと落ちる汚れでもないのに目の周りを重点的に洗い流す。ぼんやりとした頭が冷水で叩き起こされる感覚は嫌いじゃないけど、少しだけ目が痛くなるのが欠点だな。

 お湯で顔洗うと目が覚めないんだよなあ。なんて思っているとズボンのポッケに入れておいたケータイから振動が。画面を見れば【葵ちゃん/ロボ】の文字が表示されていた。

 

「もしもし、立花です」

『おはようコーヤ! 今まだ家にいるの?』

「うん? ああ、まだ居るよ。どうしたんだい?」

 

 前回とは打って変わって朝から元気ハツラツ! な声のトーンで電話をかけてきた葵ちゃん。予定のある日は早めに起きられるとか、そんな感じなのだろうか? 

 その声を聞いて自分のことではないのに安心してしまうのは、やはり彼女が元愛犬だという事実に後押しをされているからなのかは、今のところわからない。ただ、ここ数日は、何となく彼女の声が聞こえなくて寂しかったという思いがあるのもまた事実で。

 自分で思っておいてあれだ、気持ち悪いな俺。

 

『んーん、何でもない。コーヤってさ、黒と白ならどっちが好き?』

「え? 唐突だなあ。んー、黒かな?」

 

 その色がどちらもロボを思い起こさせる色だから、というのが理由なんだけども。まあ、黒は基本的に選びやすい色だからというのもあった。ロボを連想するからとい説明するのも気が引けたので曖昧に濁して返答する。それを聞いた葵ちゃんは『黒ね! わかった!』と返事をした。何の色かは、尋ねたら後が怖いので聞かないでおく。

 俺はそこで少し気になっていたことを聞いてみることにした。興味があるというのも本当だし、心配だからというのもある。

 

「葵ちゃんは、その、俺みたいなオジサンとじゃなくて、もっと年の近い友達とか居ないのかい?」

『いっぱい居るよ? 友達。でも、皆私とコーヤの今後が気になるからコーヤ優先でいいよって言ってくれるの!』

 

 

 

 トンデモナイ返事を、返された気がする。

 えーと。咀嚼しよう。

 友達はいっぱい居る。で、俺と葵ちゃんの恋バナ? (俺はまだ認めていない)に興味津々で、更なる続きを求めて俺と葵ちゃんの約束を優先させている、と。

 

 

 

 既に多方面に広まってる、だと? え、ええ? どうしてこうなった? い、いやまだだまだ何とかなる。冷静に、クールになれ俺。

 あー無理、絶対無理だってコレ冷静になるとか無理! ナンデ!? ナンデコウナッタ!? 

 外堀、というワードが僅かに脳裏をよぎった。まさか。

 

「あ、葵ちゃん。まさか、それ狙ってやってる?」

『え? 狙うって何を?』

「ごめんなさいなんでもないから忘れて。そ、それじゃあまた後でね」

『うん! じゃあね!』

 

 そっかー、天然でコレかあ。胃に走る痛みが、一瞬だけ激痛に変わった気がした。

 これ以上は、いけない。今は聞きたくない。その一心で電話を切って頭痛のする頭を押さえる。洗面台の鏡には、遠い目をした俺が映っていた。

 どうしてこうなった。

 

 

 

 あの後、10時ごろに滞りなく合流できた俺と葵ちゃんは、そのままアクセサリーショップを目指して足を進めた。10分程度の道中で、葵ちゃんが似合わないサングラスを着けた女の子の集まりを見つけて手を振ったり話しかけに行ったりとトラブルがあったが、まあ些細なことだろう。葵ちゃん曰く学校の友達とのことだったし。

 

 うん、些細なことじゃないね絶対。おっかけじみたことをされる側に回るとは、人生わかったもんじゃないね。吐きそう。

 まあ、無事にアクセサリーショップに到着した俺たちは、葵ちゃんの欲しそうなアクセサリーを探すことにした。

 

 その時に店員さんに葵ちゃんが開口一番『首輪ありますか?』なんて尋ねたもんだから既に周囲の視線がガンガン集まっている訳なのだけど。まだ大丈夫、大丈夫だ。これはまだ予測していた事案の範疇だ。

 そんな視線を物ともせずに葵ちゃんが店員さんに連れられて行くのを見て、慌てて追いかける。

 

 出入り口からそれなりに歩いたところでネックレス等々の置かれているコーナーにたどり着いた。そこで店員さんから、「チョーカーは一応ネックレスにあたる」という簡単な説明を受けた。知らなかった。てっきりチョーカーっていう一括りになっているのかとばかり勘違いしていた。

 

「コーヤ、コレどう、似合ってる?」

「に、似合ってるんじゃないかな……」

 

 白のブラウスに黒のデニム、そこにベルトタイプの黒色のレザーチョーカーが存在感を発揮して、とても似合っていた。でも、俺にはどうしても首輪をしてもらってキラキラ目を輝かせているJKという危ない絵に見えて仕方がない、事案だ。やっぱり事案だこれ。と言うか色ってチョーカーの色のことだったのね。

 

「やっぱり、私とコーヤの間には首輪がなきゃ落ち着かないや。コーヤもそう思わない?」

「どうしてそうなるのかオジサン聞きたいところなんだけども。いまの葵ちゃんは、ロボじゃないよ」

「ううん、ロボだよ。だって、こんな風にプレゼントを買ってもらって、今すぐにでも駆け回りたいくらい喜んでいるの! コーヤ、抱きつかせて!」

「おわっ!?」

 

 突然ぐいっと引っ張られてたたらを踏んだところで、葵ちゃんが強く抱きついてきた。顔を腹のあたりに擦り寄せてきて、人懐っこい犬を想起させる。昔の、遊んでと甘えてくるロボの素振りそのままで、俺はなんだか懐かしくなって思わず笑みが出た。懐かしさに従って頭を撫ではじめた所で、ここが何処なのかを思い出して慌ててしがみ付く葵ちゃんを引き離した俺はレジに向かう。

 

「もっと頭撫でてよー!」

「はいはいそれはまた今度ね!」

「ホント!? 絶対だよ!」

 

 人の視線の嵐を突き抜けながら、レジへ向かった俺たちは、逃げるように会計を済ませて外に出た。いや本当に、参っちゃうな。俺も完全にやらかしたし。なんか、完璧にダメだった。

 

 コレも葵ちゃんが、ロボが可愛らしすぎるのが原因か? ……いやいやいやいや待て俺冷静になれ。相手は女子高生だ、女子高生だぞ! 完全に言い逃れできない犯罪者になっちまう! 豚箱には行きたくないんだろ俺! 

 

 そうやって悶々としていた所で、一度ため息をついて、腕時計を見る。12時目前を指した時計を見て、一度ご飯でも食べに行こうと考えた。そういえば葵ちゃんはどう言う料理が好きなのだろうか。前回はハンバーグセットを頼んでいたような気がする。肉系が好きであればあの店なんか良さそうだな。

 思考をまとめ、ご飯食べに行こうかと声をかけようとしたところで、葵ちゃんが口を開いた。爆弾を落とした、とも言う。

 

「あ、そういえば今日コーヤの家に泊めてって、私言ってたっけ?」

「……え、ゴメン、今なんて?」

 

 え? なんて? 

 




尚、主人公はチョーカーを送る意味を把握してません。


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JKにお説教してアパートに連れ込む話。

タイトルから滲み出る犯罪臭。
今回はそこまでなイベントは起きてません。


『すまないな、立花君。葵には後でキツく言っておくから、今日だけは泊めてやってはくれないか』

「は、はい。わかりました。では……」

 

 あまりに突然な事態だったので乾課長に連絡を入れてみたところ、夫婦水入らずで小旅行に行っているとのことだった。

 

 その時に葵ちゃんは友達の家に泊めてもらうと課長に説明したそうなのだが、友達の家に泊まるというのは嘘で、俺の家、もといアパートに泊まりに来るつもりだったらしい。だけども、それをよりにもよって俺本人に伝え忘れていたというのが、今回の顛末で。

 乾課長ら夫婦は既に家を発ってしまっているし、明日の昼には帰ってくるからと葵ちゃんも葵ちゃんで鍵を持ち歩いていなかった、と。

 

 というか冷静に考えてみたら葵ちゃんがリュックサック背負ってる時点で何か言うべきだったんだよなって今更ながらに後悔が募る。いやまあ、集合した時間と同時刻には既に家を出てしまっていたようなので、完全に後の祭りといえばそうなのだけども。

 

「葵ちゃん、流石にオジサンも少し怒るよ?」

「ご、ゴメンねコーヤ。私伝えたとばっかり思ってて」

 

 ここは俺の借りてるアパートにほど近い、いつものファミレス。

 珍しく葵ちゃんが向かいの席に座って、慌てた顔をして両手を合わせて頭を下げている。俺はそれを見て、微妙にいたたまれなさを感じていた。まあ、実際そこまで本気で怒ってるわけでもないしね。

 

 いやまあ、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)も大事なのだけど。それが抜けてただけで怒るほど心が狭くなった覚えもない。

 兎にも角にも、葵ちゃんの今後にも関わってくることなので、しっかり言っておかないと。

 

「俺が怒ってるのは、まあそのこともあるのだけど。でも、理由はそっちじゃないんだ」

「え、違うの?」

「葵ちゃんが、お父さんやお母さんに嘘をついたことを、怒ってるんだよ」

 

 嘘はよくない。ちょっとしたことから始まって、やがて嘘を嘘で塗り固めるようになると、もうダメだ。

 

 少しのことで四方八方から非難が飛んでくるし、仕事だって任せてもらえない。その先に待ってるのは孤立っていう、最悪の事態が待っている。いやまあ日本が手厳しすぎるっていう部分も確実にあるんだろうけどね。他国じゃ就活、面接の時に嘘ついて資格持ってます! とかザラらしいし。

 それ言い出すと日本も求人表に嘘書いてたりとかもザラなので会社側、今の社会の形にも問題があるような気がしてくるけども。

 

「嘘は、ついちゃダメだよ? もし葵ちゃんが嘘吐きになったら、俺葵ちゃんのこと嫌いになるからね?」

 

 まあ、ここまで言えば多少は聞いてくれるだろうと思って、彼女の思いを利用するようなことを言ったけど。

 

 これで反省してくれたら嬉しいなと思っていた。我ながら相手の好意を利用するクソ最低な男の鑑なのではと自画自賛しそうになった。いや自画自賛しちゃいけないな、これは。

 

 そうしたら、なんだ。今にもガチ泣きしそうな顔した葵ちゃんが目の前にいるではありませんか。ヒェッ。えっ、ちょ。

 

「ご、ごめ、ごめんなさい。も、う、しないから、嘘なんてつかないから、嫌いにならないでよ……私の側から、居なくならないで……」

 

 ぐすっ、くすんっ、と泣き声を発して、今にも溢れそうな涙を湛えた瞳を俺に向けた葵ちゃんの顔を見て、俺は動揺を隠しきれなかった。あ、え、ここまで効果てきめんとはオジサンも想定外と申しますか、これって女の子を泣かせたアラサーなる事案なのでは? 

 

「ご、ごめんね。言葉の綾だよ。でも、それだけ嘘はついちゃダメってことさ。嘘が必要な場面もあるけどね。わかったかい?」

「うん……」

 

 くしくしと裾で涙を拭う葵ちゃんの姿を見て、こりゃ後で乾課長に土下座しなきゃなあと腹をくくる。空手有段者の正拳突き真正面から受け止める流れになりそうだけど、さて。

 

 ちょうど葵ちゃんが目元を拭い終えたところで、「ハンバーグセットAになります。セットBもすぐにお持ちしますね」と店員さんがテーブルに葵ちゃんの注文したハンバーグとライス、スープのセットを置いていった。

 そこから僅かに間を置いて俺の注文したハンバーグとパン、スープのセットも届いた。

 

「さ、ささ、食べよっか。冷めたら美味しいものも不味くなっちゃうしね」

「うん……」

 

 

 

 あの後。ファミレスを出た俺たちはどこか行きたい場所があったわけでもないので、そのままアパートに向かうことにした。の、だけれども。大問題が一つ。

 

 なんというか、葵ちゃんが滅茶苦茶暗い顔をしていることだ。伏し目にしてどことなくどんよりとした、彼女の真上にだけ暗雲が立ち込めてるんじゃないかと言わんばかりに真っ暗になってしまっている。何となく、既視感があった。

 

 どうにも、あの嫌いになるよ発言が相当に効いたらしい。効きすぎである。オジサンとしても女の子にこんなダメージを与えるつもりは一切なかったので割とブーメラン的にダメージを受けてる。ただの自業自得だなこれは。

 

 ど、どうにかして元気づけねば。

 でも、葵ちゃんの元気になりそうなことって、どんなことだろうか。そう言えば明確にそういうことを考えてみたことがなかった。

 

 どうしようか。名前を呼ぶ? いやでも普段から名前で呼んでるし、ああ、でも待てよ。最初、初めて会った時は、自分の名前を呼ばせることに固執していた気がする。物は試しか。おぼろげながら、既視感の理由も掴めてきたような気がするし。

 

「あー、あ、その、ロボ?」

「!?」

 

 ばっと、驚いた顔をした葵ちゃんの顔が俺を見た。これで良かったらしい。ぽんぽんと、頭に手のひらを軽く乗せ、優しく撫でる。比例して、キラキラと輝きを取り戻していく彼女の顔に、安堵した。

 

「ごめんね。言いすぎた。帰ったら、いっぱい遊ぼうな?」

「うん! 絶対だからねコーヤ!」

 

 既視感の正体。割と単純なことだった。昔、家の家具に傷を付けて母さんにロボが叱られたとき、こんな風な雰囲気をまとっていたんだ。その時の雰囲気、仕草がそのままだった、それだけの話だったんだ。

 やっぱり、ロボなんだなとしみじみ実感する。

 

 その後、無事アパートにたどり着いた。1階に住んでいるので、階段を昇り降りしなくていいのが楽だ。

 

「さっ、着いたよ。ここが俺の家、というか、住んでるアパートだ」

「ここが、コーヤのおうち……ふ、不束者ですが、よろしくお願いします?」

「うーん、気が早いかな。お邪魔します、で良いんだよ」

 

 玄関を入ると、殺風景なリビングに目が行った。やっぱり、物置いた方がいいかな。

 ソファ一つにテレビとその置台、ちょうどその間にカーペットとテーブル一つがある以外、小物すら無いリビングというのは、一人でいる分には特に何も感じなかったのだけど、こうして人を招くとやはり寂しく感じるものがある。

 

「わぁー、コーヤの匂いがいっぱいだー! あ、コーヤ! ソファー座って!」

「はは、やっぱり葵ちゃんは元気な方が似合うね」

 

 靴を脱ぐや否や我が物顔でリビングに突撃していく葵ちゃんを見て本当に警戒されてないなーと軽く実感する。というか怖いもの知らずなのだろうか。

「はやくすわってー!」と急かす葵ちゃんの言葉を「はいはい」と笑って、ソファーに腰を下ろす。

 先に言っておこう。後悔というか、地獄を見た。天国でもいいだろう。

 

「えへへ、私も座る!」

「えちょ、葵ちゃん!?」

 

 ソファーに座った俺の上に、リュックを下ろした葵ちゃんが座ってきた。おまけに自分を抱え込ませるように、俺の腕を引っ張ってくるではないか。

 形だけ見れば、俺が葵ちゃんを後ろから抱きしめている形に見えなくもないだろう。

 

 さて、何が地獄なのか、何が天国なのか。簡単に言えば、色々といい匂いがするし柔らかいしで理性がガリガリ削れるような感覚に襲われていたわけだ。ヤメロォ! ここで襲ったら事案だぞ事案! 豚箱はヤダァ! と現実逃避をかましていたわけだけども。

 

「コーヤは、遊んでくれるって言ったもんね! でもね、こうやって抱きしめてもらえたり、撫でてもらえれば、私嬉しいよ!」

「参ったなあ……」

 

 いや本当に、参ったなあ。俺、犯罪者にならずに済むだろうか。そんなことを思った午後2時の出来事だった。



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JKがマジギレしたりする話。

最近バンバ名義でTwitter始めました、よければよろしくお願いします。

副題、オジサンがいろいろ追い詰められる話。


 あの後はもう、本当に色々と大変だった。何が大変かと言うか、何でも大変だったと言うべきか。

 葵ちゃんの「コーヤ撫でて!」から始まり、体の匂いを嗅いで恍惚とした表情を浮かべたり。

 俺の上から降りたと思ったら横に座って膝枕をしてきたり(俺の体が大きすぎてソファーが非常に手狭だった)、果てには膝枕しながらキスしようとして俺が勢いよく頭を上げたせいで二人してデコをぶつけるなどのトラブルが盛り沢山だった。

 もうお腹いっぱいだよオジサン。灰色の青春を過ごしてた反動か何かかな? 

 

 そんなこんなしていれば時間が過ぎるのも結構早く、時間は午後5時半。俺は今葵ちゃんの前で正座していた。何故と思うだろう? 自業自得というか、人に心配かけるような生活がバレたから、というか。

 

「コーヤ、もう一回聞くね?」

「はい」

 

 笑顔は笑顔なんだけど、いかにも私怒ってますと言わんばかりの笑顔で俺に凄んでくる葵ちゃんに、不覚にもどきりとさせられる。うん、怒る美少女も、良いものだ。

 笑顔は元々威嚇の表情であり、云々というフレーズが頭をよぎった。思わず正座したまま後ろに後ずさりしたくなった。

 

「コーヤの家には冷蔵庫はあるのに、入ってるのは水とスポーツドリンクの作り置きと危ない薬みたいな緑のジュースの缶だけで。食器棚には本当に申し訳程度の食器と箸一組! 未使用同然の調理器具に埃被った炊飯器!! 探しても探しても出てこないお米!!! コーヤの! 普段の! 食生活! どうなってるの!!!」

「あー、ここ最近は確か……」

 

 ここで、ここ数年の俺の食事事情を少し思い返していこう。

 平日朝はカロリーメイトとエナジードリンク。昼はほぼ社食でいつも申し訳程度の野菜の入ったハンバーグ定食。夜はカロリーメイトと作り置きのスポーツドリンク。

 ここでたまに外食とかが挟まったりする。

 

 休日も基本的に三食カロリーメイトに、朝昼はエナジードリンク、夜はスポーツドリンク。

 別に食べられれば何でも良いんだけども、流石に肉ばかりや炭水化物ばかりだと体に悪いと思ってカロリーメイトにしてるのだけど、葵ちゃんとしては「そこで栄養気にするなら普通に食べて!」ということらしい。

 

 流石に夜にエナジードリンクを飲んでしまうと寝つきが悪くなるので程々に抑えるようにしている。カフェインは大事よね。仕事の時はこれが友達だ。残業の時もこれに何度助けられたか。

 

「うぅ、コーヤが放っておくと偏食するのは昔からだったけど、こんなに酷くなるなんてー!」

「あ、葵ちゃん落ち着いて。ね?」

「これが落ち着いていられるかー! そんな酷い食生活送ってるなんて私思いもしてなかった! 特に緑のアレは本当に危ないんだから!」

「あー、確か人間以外にはカフェインは毒なんだっけ?」

「本当はコーヤたちにも毒だからね! なんでコーヤたちってちゃんと安全だってわかってないのにチョコとかコンニャクとか食べられるの!」

「それ俺関係なくない……?」

 

 ギャーギャー憤る葵ちゃんに対して、どうやら俺は今火に油を注ぐことしかできないようだ。あ、葵ちゃんもハンバーグ食べるやん。玉ねぎ入ってるじゃん。と言いたかったけど今は大丈夫なの! と一蹴される未来しか見えない。それを言ってしまうとチョコもなんだけど、というか何でコンニャク? という言葉は飲み込んだ。どうにも、葵ちゃんのこの辺りの感性はロボ寄りのようだ。

 

 でも割と偏食というか、荒んだ食生活には理由があって、社会人になってからプライベートの時間を少しでも長く確保する為にっていうのがある。

 30代間近ながらゲームが好きな俺としては、仕事が終わればプライベートな時間をなるべく確保しておきたい。たまに入る残業で思うように時間を確保できないというのもある。そういう時に手早く栄養補給できるというのは本当にありがたい。いや本当に。

 ああでも長風呂も好きだ。膝を折らなきゃ全身浸かれないのが残念だけども、そうやってゆったりと時間が流れるのを楽しむのも嫌いではない、むしろ好きだわ。大事なことなので二回言わせてもらおう。

 

 内心言い訳を続けていたところ据わった目をした葵ちゃんからの視線が突き刺さる。勘弁してくださいオジサンもう胃が痛いよ。

 

「コーヤ。今度私の今の家でご飯食べよう。そうしよう」

「え゛、いや、待って葵ちゃん」

「好きな人の心を掴むにはまず胃袋から、ってみんな言ってたけどコーヤの家だとそれ以前の問題なんだもん! 絶対来てよね! わかった!?」

 

 この後、俺が折れて葵ちゃんの笑顔を頂いた後、結局材料を買って料理を作るにしても遅くなってしまうという理由で外食になった。ごめんね、葵ちゃん。この時に俺が葵ちゃんの分までお金を払うか払わないかで一悶着あったのだけど、省略しよう。だって、ねえ。一応互いに気心知れてるかも知れない相手でも、年自体は一回りも離れてる訳で。そんな二人組で、片方は学生なのに割り勘? 流石にこの一線は譲るわけにはいかないんだよなあ。

 

 

 そんなこんなで夜の8時。お風呂も沸かして葵ちゃんに先に入ってもらおうと思ったところ、「ちょっと宿題とかやりたいから先に入って!」と言われて湯船に浸かっていた時だ。

 ふと、膝枕をされた時の感覚を思い出してしまったというか、あれだけ整った容姿の子が俺なんかに親愛を向けてくれるというのは滅多なことでは起きないわけで。

 

 これが全部都合のいい夢であったら、どれだけ滑稽だろうとふと思ってしまった。別れの夢を見てしまったが為に都合のいい夢を見てるだけなのではないかと、なんとなく、本当にただなんとなく恐ろしくなっていた。

 

 ああ、バカだなぁと思う。そんなこと考えたってこれは現実で、そんなことを考えてしまうこと自体が葵ちゃんに対して、俺の家族だったロボに対して失礼だ。でも、一度でも芽生えてしまった漠然とした不安感というのはモヤモヤと留まるように胸の奥にしこりを作る。

 

 少し考えるのが嫌になった俺は、頭をかいた。少しだけ漏れる溜め息に、疲れてんのかなと独り言が混じる。

 

 今日早めに寝るかと考えたあたりで、風呂場の扉の開く音が、確かに聞こえた。

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 一糸まとわぬ姿の葵ちゃんが、風呂場に乱入してきたらしい。そのまま何事も無かったように頭を洗って、体を洗って、僅かな隙間に入り込むように湯船に入る。そうなると、無論というか、俺の体と葵ちゃんの、女の子らしい柔らかい体が密着するわけでして。

 ………………。

 …………。

 ……。はい? え、はい? 

 

「ん? どうしたのコーヤ?」

「ナンデ!? ナンデ!? というかタオルどうした!?」

「えー、だってコーヤ私の裸なんて見慣れてるし良いかなって」

 

 裸なんて見慣れてるし良いかな。

 裸なんて、見慣れてるし、良いかな。

 はだかなんてみなれてるしいいかな? 

 どうにも今日は厄日らしい。水面に餌を求める金魚みたいに口をパクパクさせることしかできない。そして訳がわからない。俺が、葵ちゃんの、裸を、見慣れてる? 

 よっし、待とう。俺はそんな児童ポルノ染みたことに加担した覚えは一切ないし、これからもするつもりは無い。絶対だ絶対!! 

 

「待って葵ちゃんの裸見たことないよ俺!?」

「今じゃなくて昔の。ロボの頃だよ?」

「感性そっちに引っ張られすぎじゃねーかチクショウめ!? あ、ちょ葵ちゃん動かないで! 当たってる、当たってるから!!」

 

 今日は、本当に、厄日かも知れない。悶々とさせられながら天国のような地獄、というか妙なところで感性がロボな葵ちゃんに散々手を焼かされたのだった。乾課長になんて説明したらいいんだこれ。



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JKが色々と語る話。

お風呂場会の続きです。


「えっへへ……」

「えへへじゃないよ……襲われても文句言えないよ?」

「襲ってくれるの?」

「ごめんなさいオジサンが悪かったからそんな期待したような顔しないで」

 

 あのあと、湯船の中で体を縮めてどうにかもう1人入れそうなスペースを作ってそこに葵ちゃんが入ってきた。流石に外に出すのもしのびなかったし、俺が出ようとすると泣きそうな顔をするので俺の方から折れざるをえなかったというのが正直なところなのだけど。

 女の子の泣き顔は流石に見たくないです。しょうがない、のかなあ? 

 

 というか何でこんなちょっとエッチな要素アリアリの、ラッキースケベ的展開が多いマンガの主人公みたいな展開が起きてるのだろうか。

 ほんの数週間前まで年齢イコール彼女いない歴を更新し続けていたのになぁ。解せぬ。

 いや不満があるわけじゃない。そんなこと思ったら葵ちゃんに失礼だ。さっきチラッと見えただけでも、綺麗な体をしていた……いやなにを考えているんだ俺はお巡りさん俺です!? 落ち着け、coolになれ。

 

 いやまあそれ以前に、付き合ってるわけでもないのだけど。それに葵ちゃんの、というかロボの場合経歴が特殊すぎるから、どうなんだろう。

 

 あと、俺が葵ちゃんの裸を見慣れてるなんて事実は一切ない! ないったらないんだ! 慣れてるんだったら今頃葵ちゃんの裸ガン見してるだろうしね!? いや違うそうじゃない。

 

「……ねえコーヤ。手、つないでいい?」

「え? あ、ああ、構わないよ」

 

 嬉しそうに、どこか艶っぽく笑う葵ちゃんの表情に思わず顔を背けたくなる。風呂が熱いからとか、そんな理由で誤魔化しきれないくらい俺の顔が赤くなっているのが簡単にイメージできた。

 俺の手に、葵ちゃんの手が繋がった。指と指とを絡ませて、離さないと言わんばかりにしっかりと掴まれる。

 

 ……いかん、本当に不味い。余計なところまで熱持ちそうになってるんだけど。

 

「私ね。たぶん、お父さんにも、お母さんにもすごい愛されてるんだ」

「うん? まあ、乾課長は普段いい人だし、課長の奥さんには会ったことないけど、いい人なんだろうなって予想はつくよ」

 

 実際、葵ちゃんのことを思ってるのはこのあいだの飲みの時に聞いたことだ。課長の奥さんとは面識は無いけど、きっといい人なのだろうとは思う。散々惚気てたし、たぶん間違いない。

 しかし、葵ちゃんは「んー」と言って笑う。

 

「でもね、違うの。私は乾葵っていう人になる前は、ロボっていう犬だったから。コーヤたちの家族だったから、さ。なんて言えばいいのかな。愛されてるのはわかっていたけど、寂しかった、のかな?」

 

 初めて見る顔だった。儚くて、崩れ落ちそうで、悲しげにも見える、笑み。それに合わせて葵ちゃんは体を傾けて俺を支えに寄り添ってきた。

 

「15年、もう少し経ったら16年かな? 人として生きてきて、色んなことを学んで、知るたびに、寂しさはどんどん強くなってったの。コーヤに会いたい。一緒に居たいって。でもさ、人として色んなことを知れば知るほど、コーヤたちのことを知らないことに気づかされて。一億人も住んでる国の、どの辺りに家があってなんて、昔は考えたこともなかったもん」

 

 不満気に、なのに何処か楽し気に話す彼女の言葉に耳を傾ける。余ったもう片方の腕を、俺の腕に絡ませてきた。俺は今、どんな顔をしているだろうか。

 

「色んなことを知ったせいでもあったんだよね。過去とか、未来とか。そもそも生まれた時代が違うかもしれない、なんて考えは、ロボの頃は絶対出来なかった」

「葵ちゃん……」

 

 静かな涙が、湯船の中に混じる。でも、葵ちゃんは笑っていた。最初の今にも消えてしまいそうな笑みではない。明るい、優し気な顔で。腕にかかる力が、僅かに増した。

 

「最初は嬉しかったんだ。コーヤたちと同じ生き物になれた、もっとコーヤたちと仲良くなれるって、さ。でも、なんて言えばいいんだろうね? 絶望感、かな。住んでた場所の目星も無い。鼻も利かない。知れば知るほどわからなくなる。だから、思い出に浸るように過ごしてたんだ。お父さんたちに昔のことを話して、思い出して、少しでも寂しさを紛らせたくて」

 

「余計に寂しくなってたのは今思うと完全に自爆だよね」とあっけらかんと笑う彼女に、俺は言葉がかけられなかった。ただ、葵ちゃんに対する、ロボに対する認識が少しずつ、しかし確かに変化していくのを感じる。

 ただ、昔に、昔の思い出だけに振り回される女の子なのだろうと思っていた。その認識から、ズレ始めた。

 

「だから、5、6年前かな。お父さんからうっすらコーヤの匂いを感じて、タチバナって名前を聞いて、まさかって。それから、嬉しくてさー。それからだね。私が朝早く、住んでる周りを歩き回るようになったの。それで、この前、やっと見つけた。私の家族で、会いたくて会いたくて仕方なかった、大好きな人」

「ロボ……いや、違うね。葵ちゃん」

 

 ここまでひとりの女の子に多大な影響を与えてしまったなんて、知らなかった。

 ここまで寂しい思いをさせてしまっていたなんて、知らなかった。

 ここまで本気で思われていたなんて、知らなかった。知ろうともしてなかった。

 ただただ、ロボだったから、とか、そういう問題じゃなかったんだ。違うんだ。違ったんだ。誰が悪かったわけでもない。過去のこともあったかもしれないけど、それ以前に。

 

 どんな運命のいたずらか、過去の記憶を抱えたまま人になってしまっただけの女の子が、見つけた幸せをもう手放さまいと必死になっていただけだったんだ。

 

 ただ、そう。明確にそう思うことができた。そのおかげだろうか。腹が決まった。決心が付いた。

 初めてだった。葵ちゃんだからとか、ロボだったからとか関係ない。言い方が悪いかもしれないけど、他人を、幸せにしてあげたいとここまで思ったのは。

 

「……葵ちゃん、えっと、その」

 

 顔を葵ちゃんに向ける。僅かにキョトンとした顔が、本当に愛らしい。クスリと笑って空いた手で頭を撫でて、目を嬉しげに細める彼女の顔を見て、改めて覚悟を決めて少し体を動かした。

 

 俺は、どうも言葉にするのが苦手らしい。なら、恥ずかしくても、行動に移すしかないのだろう。腹は括ったのだろう立花幸也。ならあとは動くだけだ。

 

 唇が、僅かに、葵ちゃんの唇に、触れた。

 

「……ごめん、今はここまでで、ね?」

「コ、コーヤ……」

「ごめんね、その。好きだよ、葵ちゃんのこと」

 

 きっと今の俺の顔は、茹で蛸のようになっているに違いない。顔どころか全身が異常に熱を持ってる気がする。思考がまとまらず、ただ漠然かつ曖昧に、精一杯できる限りの笑顔を向けることしか、彼女に示せるなにかがない。

 

「お、俺は先に上がってるから! のぼせないようにね、葵ちゃん!」

「う、うん、わかった!」

 

 

 

 

 逃げるように風呂場から立ち去った頃には、思わず自分の行動に頭を抱えたくなった。相手は学生だろうとか、いろんな後悔が襲ってくる。豚箱に行きたくないと現実逃避を連発していたアホウはどこだと首を傾げたくなる。俺だよバーカ! どうしてこうなった!? 13歳差で、上司の娘で、等々様々な問題が頭をよぎっては積み重なっていく。どれもこれも俺の社会生命を絶たんとするばかりのものばかりで草も生えない、

 

 けれど、それらの損得勘定云々を差し引いても、俺が葵ちゃんに抱いた思いは本心なわけで。

 

 色々と考えを整理しても落ち着かない煮え立った頭が落ち着くのは、葵ちゃんがお風呂から上がってきた10時くらいになってからのことだった。




【速報】主人公、とうとう手を出す(少しだけ)


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JKとイチャイチャする話。

お気に入り5000件突破ありがとうございます。
やはり、元ペットと元飼い主っていう関係性が好きなのですか?


 ワールドハンターとは。超雑に説明してしまえば、考察し甲斐のある世界観と、やり込み要素が鬼のように詰まったハンティングアクションゲームである。いや本当に面白いよ。シリーズももうすぐ出る新作を含めると20周年になる息の長いコンテンツでもある。昔は弟と携帯機版で遊びつくしてた。

 

 当時小学校中学年だった奴は『レア素材が出ない! 何で兄さんだけそんなにでんのさ!?』と嘆いていたものだが、それを聞きながら、『悔しいでしょうねぇ? ねぇどんな気持ち?』とクソのような煽りをかましたものである。実に楽しかった。そこから発展してリアルファイトまでがワンセットだった。我ながらに仲良しだけど仲の悪い兄弟だったと思う。

 

 それを遊びと勘違いしたロボが混ぜてと言わんばかりに突撃かましてくることもあった。ジャレて手を噛まれて噛まれて傷まみれになったのは良い思い出だ。しかしその後煽ってきた弟は蹴り飛ばした。

 

 さて。現実に意識を向けよう。俗に言う、逃げるな! と言うやつである。

 いつも通りであればとっくにゲームをする時間帯(普段平日なら夜の7時から11時、休日ならやると決めたら一日中眠くなるまで)なので、ワールドハンターの新作に引き継ぎ要素があるとの情報が入ってる以上武器防具収集やらタイムアタックやらやり込めるだけやり込もうとしてたのだけども。

 

 葵ちゃんが泊まりに来てる以上ゲームをやるわけにもいかない。

 それ以上にあんなやりとりがあった後なのでお互いに気まずいかな? という思いがあった。

 俺自身多少落ち着いたけど、やはり気まずいものは気まずい。だけど、あの言葉は、行動は本心だった訳でして。

 

 だからこそ、今日は一旦ゲームは休みにして葵ちゃんと何か話したりでもしようかと考えたのだ。多少でも話して気まずさを解消したかったというのは間違いなく本心だしね。

 あんなことがあった後、なあなあで余計に居た堪れない空気になっても俺が嫌だし。きっと、葵ちゃんもそんな展開は望んではいないだろうし、さ。

 

 取り敢えず人の肩に寄りかかって頭を擦り寄せてくる葵ちゃんに問いかけることにした。俺の心配は全くもって杞憂に思える雰囲気だけど、心配しておいて損はない。

 

 しかし、なんだこの可愛い生き物。モノクロのパジャマと首についてるチョーカーが相まってロボを思い起こさせるじゃねえか。チクショウ可愛い。

 

「んー、葵ちゃん。何かしたい事とかあるかい?」

「いつもなら、もう少ししたら寝る時間だしなあ。私アニメとか見ないし。あ、でもワールドハンターならたまにやるよ?」

「あ、そうなの? よければやるかい?」

 

 なんというか、少し意外だった。ロボの印象ばかりに気を取られていて、葵ちゃんにとって遊ぶ=外で、のようなイメージが勝手に出来上がっていたのだけど。でも冷静に考えたらファミレスで話した時もワールドハンターの話をしていたこともあったし、当然といえば当然か。これは少し反省だ。

 なんだか気になって、葵ちゃんがプレイしている様子を見てみたくなったので、尋ねてみた。

 

「んーん、今日はいいや。コーヤと一緒だから。一緒にゴロゴロしよ?」

「ゴロゴロするって言ってもねえ。俺は大丈夫だけど、葵ちゃんは暇にならない?」

「どうして? 私はコーヤと居られればそれでいいよ?」

 

 さては狙って言ってるのだろうか。そういうことを言われるとこっちも顔から火を噴きそうな状態になってしまうので無自覚なのはちょっと自粛してほしい……いや無自覚だから自粛も自重もないのか。ちくしょう。

 

「顔赤いよ、大丈夫?」

「大丈夫。大丈夫だからそんなキラキラした目で俺に覆い被さろうとしないで!」

 

 どうにも彼女の中では相手がこういう反応の時は嫌がってないとか、ある程度無意識的にわかっていてこういう行動(主に俺の社会生命が終わる部類)を取ってくるらしい。

 

 ただし俺の社会的な立場がどうなるか、という部分は考慮せず。さっき気がついた。タチが悪い。非常にタチが悪い。

 

 脳裏を『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』と甘言を囁く悪魔がよぎったけど無視だ無視。

 

 俺の両肩に手を掛けてキラキラした目を向けてくる彼女をなだめながら現状最大の問題が目前に迫っていることに気がついた。布団の件である。布団の、件である。大事なことなので2回繰り返した。そうだよな。まだそのことが残ってたよなあ。

 

 なまじどうなるかなんて予想が付いている分、まだマシなのか余計に判断がつきにくいところなのだけども。

 取り敢えず無理矢理にでもこちらを下敷きにしようとする可愛らしい子の攻撃をいなしつつ、極めて、極めて気が進まないながらに聞いて見ることにした。

 

「その、葵ちゃん。お願いがあるのだけど。今日さ、布団が一つしかないから葵ちゃん布団使ってくれないかな?」

「え、コーヤは?」

「本当なら人が泊まりに来ることなんて想定してないからね。だから」

 

 流石に上司の娘を掛け布団もタオルもつかないソファーの上には寝かせられないと思っての言葉だったので続く言葉には「俺の使っているもので申し訳ないのだけど」と言葉を続けるつもりだった。

 それを聞いた彼女はこてんと音を立てそうに首を傾げて、「なんで?」と尋ねてくる。

 

「コーヤ。私は乾葵っていう人だけど、コーヤの家族のロボでもあるの。だからね、一緒に寝ても大丈夫だよ?」

 

「それに、お互いに好きなんだから大丈夫だよ!」なんて笑う彼女に毒気が抜かれてしまった。なんて無防備なんだ。歳上の男にこうまで接近を許すっていうのも、まあ色々な事情を込みにしてもなんだかなと思ってしまう。そのうち知らない人について行ったりしないだろうか。

 

 ……やめよう、当たらずも遠からずというか、その知らない人っていう配役だと俺自身にぶっ刺さるものがある。

『深夜のファミレスにJK(初対面)を連れ込むほろ酔いアラサー』という、圧倒的な犯罪臭が漂う字面になってしまう。どうあがいても事案である。

 

「葵ちゃんが良いって言うならいいんだけども。あ、でも流石に変なことはダメだからね。特に、その、あー」

「えー! 子作りは良いよね?」

「ハハッ、それがダメ筆頭に決まってるんだよなあ……。その、あれだよ、エッチなことはオジサンが許すまでは厳禁です。キスとかなら、まだ、良いけどね?」

 

 微妙にむくれてワンワン吠えるように(一応周囲への配慮か声は抑えめに)抗議する葵ちゃんの頭を撫でながら、今夜は寝れるだろうかと他人事のように心配していた。現実逃避とも言う。仕方ないね。何せそうしなきゃ俺の胃がもたないからね! 

 

 まあ、この後布団を敷いて二人で布団に潜ったら足の間に自分の脚を絡ませてきたり「せめてコーヤが誰かに取られないようにおまじないを……」と言いながら胸や腹、首にキスマークをつけてきたりと割と事件が多発していたのだけど。そこは割愛しよう。オジサンの理性耐久勝負(独り相撲)なんてつまらないだろう。

 

 強いて言えば、布団という存在がここまで凶悪に思えたのは、生まれて初めての経験だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コーヤ、まだ起きてる?」

 

「寝てる、ね」

 

「今日ね、とっても楽しかったし、心配もしたし、嬉しかった。ううん、今もこうやってコーヤと一緒にいれることが、嬉しくて泣いてしまいそうなの」

 

「私はコーヤが、貴方が大好きで大好きで仕方ないから、なんて言えばいいのかちょっと分からないけど。その、お風呂の時の返事が、まだだったからね」

 

「い、何時も言ってるけど、そういう好きと今から言う好きはちょっと違うから、なんだか恥ずかしいなあ……」

 

「ん、んん。……私も、貴方のこと、愛してます」

 

「……恥ずかしいなあ、でも、気持ちいいや」

 

「ふふふっ、なんだか変な気分になってしまいそう。おやすみなさい、コーヤ」

 

 



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オジサンが風邪をひく話。

仕事が忙しくなってきました。皆さんも熱中症や重量物取り扱いの作業には気をつけて。

あと今回は特にイチャイチャとか無いです。許して。


 うつらうつらとした視界の中、まず目にしたのは、葵ちゃんの寝顔だった。

 

「えっ」

 

 ぼんやりとした驚きの声を僅かにあげて、ああそうかと思い出す。泊まりに来てたんだった。

 どうも最近の子って行動的すぎるというか、何というか。もうこれどうしたらいいんだろうか。下手に動いて葵ちゃんを起こしても可哀想だよな。ああでもどうだろう、葵ちゃんのことだし、むしろ飛び起きて抱きついてくる、とかまでは予想できる。どのみち今起こしちゃうとマズイか。

 

 ひとまず、動くに動けないので何かすることもなく、葵ちゃんの寝顔を観察することにした。

 

 うっすらと赤みを帯びた肌に、普段の快活な形相は何処へやら、静かな表情のまま眠りについていた。すぅ、すぅ、と微かに呼吸のリズムが漠然とした安心感を与えてくれる。

 

 こうして見る分にはお嬢様然としているというか、自然体に育ちの良さが滲み出でる感じがするというか。俺の知ってる普段の様子からは考えられないくらい、ちょっと酷い言い方すると『らしくない』感じなんだよなあ。いや単に俺が葵ちゃん『らしい』感じを見慣れちゃってるだけなのかもしれないけど。

 

 そういえば今は何時だろうか。枕元に置いてあるケータイに手を伸ばして画面を見れば、キッチリ6時を示していた。ここまでくると社畜魂が根付いてしまったようで、なんだか妙に心が荒むというか、乾いた笑みが出てくる。涙が出そうだ。

 

 せっかくの休みだし二度寝くらいしてもバチは当たらないだろうから、もう一度寝るとしよう。

 

「おやすみ、葵ちゃん」

 

 

 

 

 

 次に目を覚ましたのは7時半、葵ちゃんはまだ目を覚ましてなかったのだけど、この時大きな問題が起こっていた。

 いや別に葵ちゃんが懐に潜り込んでるとかそういうことではないのだけど。確かにさっきより距離が近い気がするけど、問題はそこじゃない。

 

 ……体が妙に気だるい。痛みを発して、イガイガとして堪えてなければすぐに咳き込みそうな喉。頭が寝ぼけとは違う感覚でボーっとする感覚。

 

 どうにも、風邪をひいたらしい。こりゃあマズイと思って一度体温計を取りに布団から出てリビングに向かおうとして、これ本格的にマズイやつだなと思う頃には足をもつれさせてすっ転んでしまった。

 大きな物音が響く。幸い1階に住んでいるから下の階への騒音被害とかを気にしなくていい。

 何とか立ち上がって這々の体でどうにかリビングに到着する頃には、明確に体温の高さも体調の悪さも自覚できるくらいにはなっていた。温度計を脇にさしてソファーに横たわる。

 しかし、風邪なんていつ以来だろうか。高校卒業して以来な気がする。大学時代は多少遊びまわったりはしたけど、完徹なんて片手に数えるくらいしかしなかったから何だかんだ体調を崩した覚えはないのだけど。

 もしかして慣れない事態が続いて、体が疲れてた、とかだろうか。

 

「………………ハア……」

 多すぎる心当たりに少しだけため息を吐く。いや葵ちゃんが悪いわけではない。間が悪かっただけだ。

 

「ゲホッ、ゲホ……あ゛ー、寒いな」

 

 GWが過ぎたばかり(連休何それ美味しいの状態ではあった)の時期とはいえ、そんな時期に寒いというのは流石におかしい。ちょっと本格的にマズイのではなかろうか。

 

 そう考えていた中、ピピピッと自己主張する体温計にノロノロと手を伸ばして温度を見れば、【39.5】とやたら高い温度を指していた。完全なる風邪である。熱を目で見て実感したせいで余計に怠くなった気がする。

 

 困った。ここ数年風邪なんてひいてなかったから風邪薬なんて置いてないし、冷蔵庫にあるのもカロリーメイトとスポーツドリンクと緑のエナジードリンクだけ。ちゃんと歩くのもキツイのに近隣のドラッグストアの類は徒歩10分くらいかかる。これ詰んだのではなかろうか。

 

「コーヤ? 凄い音したけど……コーヤ滅茶苦茶顔色悪いよ! 真っ青! 大丈夫!?」

「ぁあ、ごめん、大丈夫じゃないかな……」

「掛け布団持ってくるから待ってて!」

 

 慌てて立ち去り、すぐに布団を持ってきてくれた葵ちゃん。さては彼女が救世主だったのかと、変なことを思いながら咳き込むと、葵ちゃんは心配そうな、困ったような顔をした。

 嫌だな。そんな顔をさせたいわけじゃないんだけども。

 

「体温は計ったの?」

「9度ちょっと。ごめんね、朝から騒がしくって」

「うわっ高熱だ。お薬置いてあるの?」

「無いねえ」

 

 ジトッと何か言いたげな視線を俺に向ける葵ちゃんからの圧力を素知らぬふりして受け流しておけば葵ちゃんが俺の顔に手を伸ばして、そのまま両頬を引っ張ってきた。

 

「痛い痛い」

「不養生しすぎなんだよコーヤは! ちょっと待ってて薬買ってくるから! ご飯は大丈夫?」

「あー、ごめんね。 ご飯はこっちで何とかするから、薬をお願いしてもいいかな。お金は払うから」

 

 なんとか葵ちゃんの両手から逃れ、しかし絶対零度のジト目で俺のことを睨む(原因はおそらく俺の言ったご飯のこと。既にカロリーメイトで乗り切るつもりなのがバレていたらしい)視線の暴力から逃れるようにノロノロと動いてバッグの中に入れておいた財布から1万円を抜いて葵ちゃんに差し出した。めちゃくちゃ体が重たい。シャレにならないなこれは。

 

「お釣りはいらないから、残りは葵ちゃんの好きに使っていいよ」なんて言えば「その言い方だと、なんだかコーヤが嫌がってた援交みたいに見えない?」と特大の自爆芸をかましていた。

 

 なん、だと。

 

 ……援交に見えてしまうのだろうか。それは嫌だなあ。

 

「それじゃあ、行ってくるから! 無理はしないでね!」

「動けそうにないからね。……ありがとう、葵ちゃん」

 

 葵ちゃんに鍵を預けて、慌てて走り去るような足音をBGMにソファーから葵ちゃんを見送る。年長者が体調崩して歳下の子に、それも何だかんだ好意を抱いてる相手に面倒を見られるのってなんか恥ずかしいなー。風邪とは関係なく頭が痛くなりそう。

 

 恥ずかしい気分を紛らわすために(そういうことを考えていて少しだけ余裕ができたというのもある)ノロノロとソファーから立ち上がってカロリーメイトとスポーツドリンクを取り出して詰め込むように食べる。適当に取り出したそれはメープル味だったようで、メープルのほのかな甘い風味が口の中に広がる。それを洗い流すようにスポーツドリンクを呷る。2本、3本、4本と飲み込むように食べて、口の中の水分を奪われる度にスポーツドリンクをまた呷る。

 

「ごちそうさま」と呟いて、やっぱりこういう時楽でいいなと思う。葵ちゃんにしこたま怒られそうだが箱から出してそのまま食べるだけというのは、凄い楽なのだ。特にこういう時。言い訳がましいかもしれないけどもね。

 おまけに口の中の水分を奪われること以外は悪いこと無しときた。

 

 同僚にも毎三食カロメはアリだと思うということを伝えるとドン引きしたような顔をされるのは毎度解せないけども。

 ついでに同じタイミングで同期の山下に言われた『さてはオメー廃ゲーマーなボトラーだな?』という発言のせいで一時期社内でヤベーやつを見る目で見られたのは本当に嫌な思い出である。ボトラーではない。断じて、ボトラーではない。

 そんなことを考えていたら、玄関の鍵が開く音が聞こえた。早いな。もう帰ってきたのか。

 

「ただいまコーヤ! これ冷えピタに風邪薬!」

「ありがとう、葵ちゃん」

 

 今はまあ、大人しくしていよう。ワチャワチャと忙しく部屋中を動く葵ちゃんを見て、今日も可愛いなあと思いつつそんなことを考えていた。たまには風邪をひくのも、悪くないかもしれない。



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JKに看病されたりする話。

お待たせしました。

そして今回は実験的に行きます。


「だいたいコーヤは昔からハルミたちに注意されなきゃ食べるものに頓着しないし、よくよく考えてみたら夜中までずっとゲームやってたり体を壊すようなことばかりだったよね。ゲームとか遅くまでやるときは決まって緑のジュース何本も飲んでたし。別に、別にね、悪いことじゃない。好きなもの食べたり、ゲームすることが悪いわけじゃないけど。でも流石にあの緑のはダメだと思うなー。お酒と一緒で飲み過ぎなければとも思うけど、コーヤがそれを守るようには思えないしなあー」

「ハイ……いや本当に申し訳ありません」

「謝ってほしいわけじゃないの。やめてほしいだけで。でもなー、コーヤはこう言ってもやめてくれるかわからないしなあー。明確にダメって禁止しても、お父さんみたいに隠れて吸うみたいなことしそうだしなあー」

「……おぉう。葵ちゃんが怖いぜ」

 

 返す言葉もない状態でメタメタに飛んでくる叱りの言葉の数々(+乾課長への怒り)に、思わず実家にいる母さんのことを思い出した。言い返す言葉もないし、何より果てしなく葵ちゃんの目から滲み出ている雰囲気が怖くて下手なことを言えないのもあるのだけども。

 俺の手のひらを両手で包んでねちっこく言葉を浴びせてくる葵ちゃんに、反省の意を示すことしかできない。

 

「……というか、葵ちゃん。もう12時くらいだけど、帰らなくていいの? 課長たちも、もうすぐ帰ってくるんじゃ」

「コーヤが熱出したって言ったら、お父さんもお母さんも側にいてあげなさいって。私もそうするって言っておいたから、その辺りは心配しないで」

「ぬかりないねえ……」

 

 着実に埋められている外堀に恐怖感を覚える。いや課長本当は止める側なのでは? お願いだからそこはストップかけてほしかった……。

 まだふざけたことを脳内でのたまえるくらいにはセーフラインな体調だったらしいことに一安心だ。草も生えない。ちくしょう。

 

「……ごめんね、コーヤ。たぶん私のせいだよね」

「唐突にどうしたの葵ちゃん」

「だって、犬から人になった私の感性で考えても、ね。えーっと、そう。私がコーヤの立場に置かれたら疲れるだろうし、そのせいかなって、思って、それで、その……」

 

 モジモジと、言葉を詰まらせる葵ちゃんに対してなにこの可愛い生き物、というのが俺が抱いた率直な感想だった。なにこの可愛い生き物(2回目)

 この子は俺のことを殺す気だろうか。つい先日胸の中に芽生えた思いがまた騒ぎ出す。

 

 自重するな、好きなのだろう、なら思いを伝えるためにハッチャケようぜと騒ぎ出す。

 

 それを時と場合を弁えろクソがと脳内の天使が一蹴して、ため息1つとともに吐き出して、軽く葵ちゃんの頭に手を乗せた。

 

「や、大丈夫だよ葵ちゃん。まあ、否定しきれないところはあるけどね。そのうち、その、まあ、なんだろう……」

 

 慰めとともに言おうとした言葉が紡ぎだせず、もごもごと口と中で噛み潰してしまう。オジサンのもごもごと言葉を詰まらせる様子なんて誰得だろうとやや現実逃避気味に考えて、やはりJKという補正は凄まじいと馬鹿馬鹿しいことを考える。だって、若い女の子がとる仕草って、どんなものであっても絵にならない? 

 そして、まさかこんなにも勇気の要る言葉なんて、やはり時たま見かけるリア充(この場合は彼女が居る男という意味)というのは只者ではない覚悟を決めてその第一歩を踏み出した奴らなのだなあと感心する。

 でもまあ、俺も葵ちゃんに好意を伝えている以上、この先の言葉を言わないわけにもいかないわけでして。

 はてなマークを頭に浮かべてそうな葵ちゃんの顔から視線を外さぬようにしながら、改めて口を開く。

 

「で、デート、でも、しないかい?」

「っ、うん、しよっ!」

 

 即答で答えられてしまった。嬉しくて、恥ずかしくて、風邪の熱とはまた違った熱で頭がクラクラするような、心地の良い灼熱感に襲われていた。のぼせ上がった頭じゃないと、たぶん、こんな言葉は吐けなかった気がしてならない。そう考えると、葵ちゃんに多大な迷惑をかけるという部分を除けば、この風邪というのは案外悪くないかもしれないと思い直した。

 好きになった子が、自分の世話を焼いてくれる、というのも、悪くないと思いながら笑っていた。

 

 その日の晩には、熱も下がっていて、一日中付き添ってくれた葵ちゃんには本当に頭が上がらない思いだ。昼過ぎには寝落ちしちゃってたし、本当に今日はお世話になりっぱなしである。……今度のデート、頑張って考えないとなあ。

 

 

 

 

 

 私が大好きな人は、13歳も歳が離れた人。

 私が大好きな人は、私よりもよほど背の高い人。

 私が大好きな人は、曖昧な笑顔がよく似合って、場を和ませてくれる人。

 私が大好きな人は、かつて『(ロボ)』と過ごしていた家族。

 大好きな、大好きな、大好きで、大好きすぎて、もう2度と離れたくない人は、今、熱を出して苦しんでいた。

 

「やだよ、コーヤ……死んじゃやだよ……?」

 

 私のせい、なのかな。私がコーヤを見つけてしまったから、こうしてコーヤは今苦しんでいる? 

 そのことに大きな罪悪感を抱えても、コーヤの頭を撫でることは止まない。

 眠っているだけなのは、わかっている。熱に浮かされて、寝苦しそうにしているだけなのはわかっている。

 冷えピタをおでこに貼って。汗をタオルで拭いてあげて。お昼ご飯に買ってきた温めるだけで食べられるおかゆを食べさせて。

 もっと、大好きな人にできることがないかを探して、求めて。

 でも、現状彼が眠ってしまった以上、今のところ何もできなくなってしまった私は、万が一の可能性を思いついてしまい、震えていた。

 

「コーヤ、あのね。私ね、コーヤを置いていくのが嫌だった。でもね、死んじゃうのって、すごく寂しいんだ。真っ暗になって、苦しくて、でも自分がどんどん薄れていくような感覚に襲われて」

 

 陳腐な表現かもしれないけど、『眠るように』なんて嘘だ。少なくとも『(ロボ)』だった頃に体感した『死』は、得体の知れない大きすぎる絶望だった。真っ暗で、何もなく、寂しくて、落ちていくよう。

 いつか誰彼もがたどり着く終わり。火の通った卵と同じで、2度とは戻れない、覆せない決まりごと。

 

 心配で、怖くて、震えて、抱きしめて、呼吸と心臓の音に安堵して、決意する。

 

「私ね、コーヤが死んじゃったりしたら、すぐにコーヤのそばに行くから」

 

 お父さんと、お母さんには、迷惑をかけてしまうかもしれない。でも、許してほしい。

 私はコーヤの家族で、愛する人で、ペットで……ああでも、うん。

 コーヤが今の私が「私はコーヤのペット」なんて言ったら大慌てして、そのあと叱りに来てくれそうだ。その様を思い浮かべて、少しクスクスと笑ってしまう。それになんだか、ひどく安心した。コーヤの顔を拭きながら、独り言を続ける。

 

「私ね、ちょっと調べたんだ。首輪を贈る意味。友達に言われて、たまたま調べただけなんだけど、ね?」

 

 コーヤは知ってて贈ってくれたのかな? それとも知らないままなのかな? 

 知っていて贈ってくれたなら、私はとても嬉しいし、知らなくても、コーヤが私に贈ってくれたという事実だけで胸が張り裂けそうに痛みを伴うくらい嬉しい。その痛みと熱と焦ったさに自分の体なのに訳がわからなくなってしまいそう。

 こんな思い『(ロボ)』は知らなかった。あの頃から知っていたら、どれだけ幸せだっただろう。どれだけ彼に寄り添い続けただろう。

 

「だから、寂しくないからね、コーヤ。大好きだからね」

 



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JKに頼みごとをされる話。

待たせたな!!!みなさんも熱中症には気をつけて!!!俺はそれでぶっ倒れた!

あと、流石に短編から連載に切り替えようと思います。流石に話数も増えてきたので。
今回はワンコ要素薄めでお送りします。ワンコ要素とは……作者にもよくわからなくなってきた……!


「コーヤ! 会いたかった!」

「うん、葵ちゃん、人目もあるから、ね?」

 

 いつも待ち合わせで使わせてもらっているファミレスの前で葵ちゃんと合流した。

 プレゼントした首元のチョーカー、モノクロのワンピースに濃紺のデニムを着こなしすり付いてくる葵ちゃんを見て、僅かに安心感を覚える。体調を崩してから1週間。あれからほぼ毎日のように取り合っていた連絡が取れなかった。主にここ2日の仕事が忙しくて(乾課長の自覚なき仕事量によって)。

 

 割り切っていたつもりだったけど、やはり無自覚に寂しさを感じていたらしい自分に女々しいなあと自嘲する。流石にこれは、ねえ。

 今だって、開幕早々抱き着いてくる葵ちゃんを窘めて人目がーとか、自分で言っておきながら『そんなこと』くらいにしか思えず、寧ろ嬉しさの方が優っているときた。しかし脳裏によぎるのは『事案』のふた文字な訳で。本当に色々と諦めてきてしまっているというか、犬耳と尻尾の生えた姿の葵ちゃんを幻視しつつ年の差恋愛ってどこまで許されるんだろうかとかそんなことまで考えてしまう始末だ。

 

 

 

 事の発端は昨日の夜。

 

 花の金曜の夜に9時まで残業って結構こたえるなあ、そもそも花とはなんだそんなもん一部の上級国民だけの特権か何かかとか、そんな働き方改革? なにそれ美味しいの? なことを思いながら風呂に入り、いつものようにカロリーメイト(今回はチョコレート味)を齧って今日は1日ゲームするぞーと自分に言い聞かせて、ヘッドホンを着けて新発売のエナジードリンクを3本ほどグビグビとガンギメしていた。

 体調を崩した時の件からまるで反省していないというツッコミは無視するものとする。仕方ないよね、楽なんだもの。

 

 そんなタイミングを見計らったかのようなタイミングでケータイの着信音が響く。画面を見ればここ数日声を聞けなかった葵ちゃんからの電話だった。

 

「もしもし?」

『コーヤ、お仕事お疲れさま! 今、電話大丈夫?』

 

 この声を聞くだけで、なんとなく幸せな気分になれた。さては葵ちゃんの声は新手のASMRの類いだったりするのだろうか。もしくは、俺が依存してしまっているか、イヤイヤ依存系アラサー陰キャって誰得だよ。……葵ちゃん得とかいう謎ワードが頭をよぎったのはさておき。

 

 実際問題2日声を聞かなかっただけなのにここまでの安心感が得られるというのも、なんだかなあと思ってしまう。やはりお風呂場での一件があってから、彼女への印象や見方が変わったからだろうか。

 いやまあ、うん。

 変わったんだろうなあ。キスまでして、風呂から上がった後も色々とあったし。変化がなかったら、俺と葵ちゃんの関係性云々を考えても体にキスマークを付けさせるとかは流石に許さなかったと思うし。というかあの時の俺、よく耐えた。本当によく耐えた。

 

「全然大丈夫だよ。どうかしたかい?」

『えっと、明日って暇かな。前にコーヤが言ってた、デートのことで』

「あー、どう、しようか」

 

 今週暇な時間を見つけてはデートスポットとかいい雰囲気のお店とか探したりしていたのだけども、なかなか見つからない。

 13の年齢差もそうだし、実のところ葵ちゃんの趣味の話とかを知っているかというとそうでもない事に気がついたのだ。俺に甘えてきたり、じゃれついてきたりすることはあっても、明確に趣味の話を聞いた覚えがあるのはゲームの話くらいで、わからないことばかりだった。好きだと告げておいてコレとは色々酷すぎやしないだろうかと心底思う。

 パッと思いつく選択肢は映画館やゲームセンター、食べ歩き等々多少は出てくるのだけども、最近話題の映画と言われてもピンとこないし、ゲーセンのゲームと言われてもやはりピンとこない。

 食べ歩きとかもゲームの時間確保が最優先で今まできてたから、なんとも微妙なラインナップ(居酒屋やバーなどなど)しかないのだ。そんな微妙なラインナップにJK連れ込んだらもう事案だよね。

 

「えっとさ、葵ちゃん。デートのことなんだけど。どこか行きたい場所ってあるかな?」

『コーヤの家がいい!』

「……うーん、この……うーん……」

 

 ロボだった時のこともあるのだろうけどね、花のJKがそれで良いのかなと思ってしまう。いや嬉しいんだけども、なんかこう、本当に良いのそれ? と尋ねたくなってしまう。海はまだ1ヶ月くらい早いにしても、せめてカラオケとかこの前行ったようなアクセサリーショップとかはどうなのだろうと思ったんだけど。

 

『どうしたのコーヤ?』

「ああいや、こっちの話さ。わかったよ。そうしたら、一度いつものファミレスに集合するかい?」

『うん、あっ、それと、コーヤに手伝って欲しいことがあるの』

「手伝って欲しいこと?」

 

 はて、何だろうか。情報が無さすぎる。ゲーム、もといワールドハンターなら家で出来るし、風邪の件に関しては俺のやらかしのこと(主に食生活)も含めて『ご飯食べに来い(意訳)』と乾家に行くという話があったけど、手伝って、と。

 ちょっとおっかなくて戦々恐々としていたところ、次に飛び出した言葉にフリーズした。

 

『動画の撮影手伝ってほしいの!』

 

……はい……? 

 

 ちなみにこの後ガンギマリしたカフェインの影響か結局寝れず、朝の4時までTAに時間を費やした(一応記録は更新してスクショしてSNSに投稿した)のは言うまでもない。あの眠れないのはプラシーボ効果って聞くけど、俺はどうも眠れないタチなのだ。

 

 

 

 葵ちゃんは世界的に有名な某動画サイトに動画を投稿しているらしい。その動画のジャンルもゲームや顔出しながらのトーク配信、その他諸々も含めて動画の投稿や生放送もしている、とのこと。

 チャンネル登録者も最近5桁に達して、着々と人気を集めているらしい。凄いな。

 

 んで、俺に手伝ってほしいというのは、次に投稿する動画の内容に色々と協力してほしい、ということらしい。の、だけれど。

 デートって何だっけと思わず顔を覆いたくなる。もっとこう、葵ちゃんならロボ補正とかも相まって、側から見たらSMプレイにしか思えないことをやってとか言ってくるものだと思ってたのだけど。いやこれは失礼すぎるか。

 

「しかし、なんで俺のことを出すのさ? こういうのって多分、俺みたいなのが出てきちゃうと炎上するんじゃないの?」

 

 ファミレスのハンバーグを食べながら葵ちゃんに尋ねる。やはり温かい食べ物が喉を通る感じというのは少し違和感がある。そんなことを言えばまた叱られてしまいそうだけども。

 

 この手の視聴者は大抵、可愛く、面白い女の子の企画を見にきて癒されに来ているのが大半だと思うのだけど。

 そこに俺みたいなアラサー陰キャが出てきてもなーと思う。それで荒れたりしたら尚更後味も悪い。それに、そんな動画に出てたら特定班とか出そうで怖いし。

 

「んーん、多分大丈夫だと思うよ。最初の頃からコーヤのこと探すために作ったものだったし。みんなも、この間コーヤを見つけたってことを報告したら登場まだーって気になってたみたいだし」

「……アイエエエエ……」

 

【悲報】逃げ場がすでに無かった件について。思わずニンジャと接触した一般人のような声を出してしまった。ナンデ、ナンデ……? 

 俺の預かり知らぬところで俺が話題になってるの本当になんでなの。いやその原因を辿ると、たぶん葵ちゃんも必死だったのだろうと想像はつくんだけども。それにしてももうちょっと穏便に済ませる方法はなかったものか。胃が思わずキュッとした。

 

「えーと、つまり俺のアパートで撮影がしたいって言ったのは、俺のことを紹介するにあたってその方が手っ取り早く紹介できそうだからってことで良いのかな?」

「それもあるけど、コーヤって意外とワールドハンターのプレイヤーの中では有名だからね?」

「えっ」

 

 葵ちゃんの言葉に思わず声が出た。俺が有名? またまた御冗談を。

 と言おうとしたら、なんでもワールドハンターTA勢の中でも大抵最速記録出すヤベー奴、みたいな認識が結構前から広まっているらしい。俺のアカウントを教えていない筈の葵ちゃんも一応知っていたあたり、結構知られていたりするのだろうか。

 

「だって、【TBKY】って名前で、ワールドハンターやってて、プロフィールに偏食家って書いてあれば流石に私気付くよ? ちょっと前に気がついたんだけどね」

 

 ヒェッ。え、マジで知られてるの俺……? 

 TBKYは、確かに俺のSNSのアカウント名だ。立花幸也をローマ字に直して頭文字を4つ抜き取ったのがアカウント名の由来なのだけど。それだけで気がつかれるとちょっとしたホラーっぽいというか。

 もしかして葵ちゃんがリアルで俺のことを見つけられなくても、ネット上でどうにか俺のことを発見していた可能性もあるのかもしれない。そう考えるとこの時代に葵ちゃんが生まれてこれたのは、本当に運がいいことだったのかもしれないとやや脱線気味に考える。

 

「その情報だけで俺だと特定する葵ちゃんが怖い件について。まあ、うん。動画投稿の手伝いくらいなら全然良いよ」

「本当? ありがとうコーヤ!」

 

 葵ちゃんが特定班だった……? と馬鹿なことを考えつつ、まあ、手伝うくらいなら良いかなとひとまず了承する。まあ、こんな家デートも悪くはないかなと思う。

 とりあえずこの、テーブル越しに抱きついて来ようとするJK(口元をソースで汚している。あざと可愛い)を諌めなければ。




ちょっとだけテスト的にフォント変更してみました。

名前のミスがあったので編集しました。
×立花公也
○立花幸也


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JKのお宅にお邪魔する話。

待たせたな!!

すごい今更なんですけど、タグに『感想募集』とか、そういうのは入れてもいいんでしょうか。


 事の発端は、葵ちゃんの頼まれごとをこなした後だ。

 

 撮影そのものは1時間半くらいで終わり、内容はあとで帰ってから編集するとのことだった。しかしまあ俺がしたことと言えば雑談とプレイ動画の撮影くらいのもので、意外なほどにあっという間に終わってしまって、こんなので本当に手伝いと呼べるのだろうかと甚だ疑問に思う。

 

 ワールドハンターの動画も撮って、ガチガチの最高火力装備にロマン全振り武器のパイルバンカー(全武器中リーチ最短、隙だらけのモーション、火力全武器中1位)で自己最短記録出したけど、たぶん面白味のない感じになっちゃったし。

 隣で見てた葵ちゃんが「うわー……」とか「えぇ……?」とかそんな言葉を漏らしていたのは気になるけど。え、なに、俺そんなに変な挙動してたの? 

 

 気がつけば3時を指す時計を見て、なんとも中途半端な時間になってしまったなあと思う。何時もなら引きこもってゲーム三昧なのだけど、流石にそうもいかない。好きな子と一緒に居られるだけで、それだけでいい。

 

 ……というのは暴論が過ぎるかもしれないけど、その間何をするでもなく、というのは、流石に苦痛だろうし。俺だったら苦痛だね。

 

 どうするかなーと声には出さず悩んでいると、葵ちゃんから声が掛かった。

 

「あ、そういえばコーヤ。今夜ってウチにこれる? このあいだの、ご飯のことなんだけど」

「…………え?」

 

 俺の背後から顔を出して、肩に頭を乗せている葵ちゃんから爆弾というか、個人的に気まずい話を振られてしまった。

 

 うん、どうしようか。

 

 考えてもみて欲しい。自分の好きな子の両親と一緒にご飯を食べる、それだけならまだいい。いや完全に結婚前の挨拶とかそういう感じにしか思えないけどまだいい。

 そこに『働いている会社の上司』なんて属性が付与されてみろ、途端に大惨事だ。

 

 しかも雨宮さん経由で考えても事実上直属の上司である。気まず過ぎる。俺の胃に(葵ちゃんから与えられる事案案件を加算して)ダメージが酷い。

 

 いやしかし、だ。これを断るのも勇気がいる。葵ちゃんは約束というか、俺の不摂生な食生活を見かねての言葉だったのだから、なんとも言えない。俺自身怒られてから流石に酷い食生活だよなと反省はしているのだ。改善に移ってないけども。

 

 地獄への道は善意で舗装されている、とは誰の言葉だっただろうか。いや別に行き先は地獄でもなんでもないのだけども。気分的には地獄だ。

 

「……きょ、今日なら大丈夫だよ?」

「やった! それじゃあもうちょっとしたら、私の家に行こ!」

 

 結局断れなくて諦めた。いやぁ、うん。惚れた弱みだ。

 

 

 

「ただいまー。コーヤ連れてきたよ!」

「ああ、お帰り葵。立花君も上がってくれ」

「あ、はい。お邪魔します」

 

 夕方5時になるかならないかくらいの頃、葵ちゃんと俺は乾家にたどり着いた。葵ちゃんの場合は帰ってきた、の方が正しいか。

 

 一般的な(こういう言い方をしてしまうとそもそも一般的とはというツッコミが来そうだけど)茶色い外壁の二階建ての家である。

 玄関前にはプランターがいくつか置かれ、赤、白、青、紫と色取り取りの花が植えられていた。乾課長の奥さんの趣味だろうか。

 

 ラフな格好の乾課長に出迎えられ、中に入りリビングに通される。4〜5人で囲えそうなテーブルに同色の椅子、周りに置かれた小物と自分の住んでるアパートの現状を思い出すと思わず泣けてくるくらいいい意味で生活感の溢れた印象を受けた。俺の場合だと悪い意味で生活感に溢れてるケースがままあるからね。最近は葵ちゃんが遊びにきたりする都合片付けとか気をつけているけど。

 

 なんだか落ち着かなく、胃がキリキリとした痛みに襲われる。落ち着かなくてちらりと葵ちゃんを見ると、俺が椅子に座ったのを確認して綺麗な笑顔を見せてそのまま何処かへ向かってしまった。

 

 乾課長とテーブルを挟んで向き合う形になってしまった。漂う微妙な空気に、落ち着かなさと胃の痛みに根をあげたくなる。いや本当に勘弁してほしいください。

 しかしそんな空気も長くは続かなかった。救世主が現れたのだ。

 

「あら、初めまして。君が立花君?」

「む、ああ紹介しよう。妻の桃華だ」

 

 大和撫子と。簡素にまとめられるような美女だった。黒いサラサラとした髪に葵ちゃんの瞳の色とそっくりな薄い茶色。人混みの中に居ても存在感を放ちそうな、それでいて派手すぎないどこか奥ゆかしさを感じさせる人だ。

 

「は、初めまして。立花と言います。えーと、葵ちゃんと、その」

「えぇ、広樹さんと葵から聞いてるわ。彼氏だって」

 

 クスクスと笑いながら席に着いた桃華さん。その一つ一つの動作にどことなく気品を感じて、着てる衣服だけ同じで、違う時代の生まれの人のような、そんな印象を受けてしまった。

 

「もう少しで葵がご飯を持ってくると思うから、もうちょっと待っててね? 手伝うって言ったら『大丈夫』って聞かないのよ、あの子」

「立花君を取られる、とでも思ったのではないか?」

「ははは……」

 

「愛されてるわねえ」なんて言葉が耳を通り過ぎる。いやまさか、葵ちゃんがそんなことを気にするわけもないだろうし、冗談だろう。

 それ以上に答えにくいキラーパスの部類が飛んできた気がするけど気にしてはいけない。愛想笑いで誤魔化していく。

 

「んー、立花君。初対面でこんなことお願いするのは変かもしれないんだけど」

「あ、はい」

 

 何から話したものか、とでも言いたそうな顔をしながら言葉を続ける。

 

「葵は、昔から人に懐きやすい子だったのよ。でも、ある程度の一線からは絶対に踏み込ませないような子でもあったの。それこそ、私たちでも」

 

 子を憂うひとりの親がいた。隣に座る乾課長も、難しく顔をしかめて俯き腕も組んでしまっている。

 

「でも、立花君。貴方を見つけてあの子は変わったわ。何か隠し事はしているみたいだけど、自然な笑顔を見せてくれるようになった。だから、ありがとう」

「それは私からも言わせてもらおう。うちの娘が迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」

 

 俺に対して頭を下げる2人に対して、なんで対応をすれば良いのかわからなくなってしまった。「頭をあげて下さい!」とは慌てて言ったものの、極端な話2人に頭を下げられる理由は俺にない。

 ただ、俺と葵ちゃん/ロボとの関係に巻き込まれてしまっただけであって、もしかすれば俺が頭を下げなければいけないのかもしれない。

 

「俺は、その、おふたりに頭を下げられるほど大層な人間じゃないです。年下の女の子1人幸せにできるか、わかりません。でも、そう出来るように力は尽くしていきたいと、思っています」

 

 手に汗がにじむ。声が震えて、口の中が乾いて貼り付いてしまう。でも、それでも、葵ちゃんを好きになった以上は、彼女が俺のことを好きで居てくれるなら、俺にはあの子を幸せにしなきゃいけない責任がある。誰に言われたわけでもない、身勝手に背負った責任だけども。

 

 そこまで言って、2人は笑顔をこちらに向けてくれた。そこから始まる娘自慢やエピソードは置いておこう。更にそこから発展して桃華さんに「もうすることしたんじゃないのー?」なんて言葉を向けられ乾課長から鋭い眼光を頂いたことも置いておこう。

 当初のイメージが一変してしまった。清楚大和撫子なイメージはどこ……? 

 

 そうしたやり取りは、葵ちゃんが作った特製ハンバーグ(玉ねぎ抜き)が並ぶまで続いた。俺の顔色が悪いことを心配そうにしていたけど、大丈夫と笑って誤魔化した。流石に話せないんだよなあ……。

 

「コーヤっ、これ美味しいよ!」

「こら葵、口の中に食べたものを入れたまま話すな」

「ふふ、大丈夫よ葵。立花君は逃げたりしないわ。ねぇ?」

「は、はい」

 

 上司とその奥さん、ならびに、俺の好きな子であるその娘さんに囲われて夕飯を共にしている状況は、気まずくも、ここの所忘れてしまっていた家庭的な味、というのを思い出させてくれる暖かな味がした。




葵ちゃんの嫌いな食べものは、チョコレート、ネギ関係です。


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JKを食べてJKに食べられる話。

お待たせしました。納得する文章が上手いこと書けず、こんなに時間が経ってしまいました。オニイサンタチユルシテ。


 誰か助けて。

 

 いや落ち着け立花幸也。まだ冷静さは保てている、クールになれ。

 此処を乗り切ればまだ何とか……なる未来が全く見えないんだよなあ。ああ胃が痛い。

 

 ……特段、本当に嫌な出来事があったわけじゃない。むしろまあ、平和に進んだというか、うん。幸せというか、まとめきれないまま、それでも言葉としてまとめてしまえば、嬉しかった、に近いのだと思う。

 

 葵ちゃんの手料理は美味しかったし、その後もリビングの方で乾課長ら夫妻と葵ちゃんを交えて談笑したり。途中葵ちゃんがロボ時代の話題を持ち出したお陰で酷い目に遭いそうになったり。

 

 俺が課長に殴られそうになったり、葵ちゃんに2人の目の前でキスをせがまれたりと。……あれ、これ平和じゃなくね? 一周回って平和に思えてるだけじゃない? 気のせい、と思いたい。

 

 それは置いておくとして、だ。

 現在、乾家に居るのは葵ちゃんと、俺だけ。繰り返す。

 

 葵ちゃんと、俺だけなのである!!

 

 なんでこうなった。いや分かってる。桃華さんがたぶん計画したんだろう。途中から急に「そういえば今夜知り合いの家に呼ばれてるのよ。夫婦で行っちゃうから、留守をお願いしたいの。大丈夫?」と言い出したのだ。

 

 乾課長の『えっ、初耳』と言いたげな顔が目に焼き付いてこそいたが、まあきっと言い忘れていただけなのだろうと思って、わかりましたと答えてしまった。

 

 今更ながらな話ではあるのだけども。冷静に考えれば一応初対面の相手を家に上げておいて家主たちが家から居なくなってしまう、というのは流石にちょっと、と思う。俺だってそんな、人の家の物を盗んだりするつもりも一切ないけども。

 

 何というか、その時の俺は葵ちゃんと話していたので、少し驚いてそこまで頭が回ってなかったというべきか。

 

 ここまで露骨に外堀を埋めにかかるとは微塵も思ってなかったというか、ハイ。

 

 今ではたら、ればに過ぎないわけだが。

 

 だからまあ、出かける準備をして外に出てしまった乾夫妻を見送りつつどうしようかと少し考えた時には、もう若干どころでない、目を逸らしたくなるような手遅れ具合になってしまっていたのである。

 

「コーヤ!」

「ん、どうしたの葵ちゃん?」

 

 現在夜の8時過ぎ。これかどうしようかとか、これたぶん帰ってくるまでは帰れないよなとか、何時に帰ってくるんだろうとか、JKと2人きりとか色々ごちゃごちゃ考えつつ葵ちゃんに顔を向ける。

 

 そこには妙に顔をキラキラさせた葵ちゃんがいた。淡いグレーの薄手のパジャマらしい服。顔はシャワー上がりだからこその淡い赤みを帯びている。さっきシャワー浴びてくるって言ってたしね。

 

 濡れそぼった、濡烏の髪というのはこういう物だろうかと思わず見惚れてしまう。……元ワンコの女の子(比喩抜き)にカラス、という表現はどうなのかと一瞬思ってしまったのだけども。

 

「私の部屋に行こ。ドライヤーかけて!」

「あ、ああ、うん」

 

 冷静に考えてみると、わりと混乱していたのだろう。流石に付き合っている、とは言っても、女子高生の部屋に連れて行かれる、というのは流石に抵抗感がある。いつもなら『これ事案なのでは』と思い悩むところだった筈だ。

 なので、仕方なかった。そう言えば卑怯だろうけども、仕方なかったんだ。

 俺だってあんな事になるなんて思いもしてなかったからね!

 

 

 部屋に入った時、目についたのは机の上を占領しているモニターとPC、マイク、カメラだった。そこ以外は、モノクロを基調としてファンシーな小物や人形なんかも置いてあって女の子らしい感じの部屋になっているのだけど。やはりというか、その一点の違和感が凄い。

 

 やっぱり配信とか動画投稿って機材の面とか含めてお金も掛かりそうだよなあと思う。興味が無いわけじゃないけど、こうして現物を見ると大変そうという考えに比重が傾く。というかこれだけの機材をどうやって集めたんだろうか?

 

「大丈夫? 痛くない? 熱くない?」

「大丈夫。気持ちいいよ」

 

 他人の髪に、ましてや歳下の女の子にドライヤーをかけてあげる日が来るとは夢にも思ってなかった。タオルを片手に頭頂から乾かして、次いで徐々に下がって毛先を乾かしていく。

 本当なら、タオルを被せたりするとか色々とやり方があるらしいのだけど、いきなり挑戦してみても付け焼き刃感が否めないし、葵ちゃんが普段やってるやり方と違っても嫌だったら申し訳ないし(と言ってもこのやり方がいつも通りかもわからないのだけども)取り敢えずロボの頃によくやっていたやり方を選んだのは正解だったみたいだ。

 

 10分ほどで、乾かし終わった髪はサラサラと指を流れて、どうにもその感触が楽しくて少し触ってしまった。葵ちゃんは凄い笑顔で喜んでくれていたんだけども。なんというか、相手の許可なく勝手に触っていたことに微妙に罪悪感があるわけで。

 まあ、そうしたらそもそも髪を乾かすのを俺に任せてくれた時点でオッケーだったのかもしれないけど。

 

「……えっとね、コーヤ」

「どうしたの、葵ちゃん?」

「お母さんから渡されたんだけど、使い方が分からなくて。あっ、でもね! コーヤ以外には絶対見せちゃダメって言ってたの! あとこれ、お母さんから」

 

 そう言ってポケットに手を入れて中から物を取り出そうとする葵ちゃん。出てきたものは、『0.01と書かれた正方形の薄い形のパッケージのような物』が10枚程と、綺麗に畳まれたメモ書きだった。

 

 …………………………。

 目眩がしたが、どうにか立ち直って、嫌な予感から目を背けたいと思いつつ、ノロノロと渡されたメモ書きに目を通す。

 

 

『広樹さんを酔い潰すまで飲んでくるので安心してね。たぶん朝方まで帰ってこないから!J( 'ー`)し

 あとで詳しく聞かせてね!⭐︎

 お義母さんより』

 

 

 え、ちょ、はい? えぇ……。

 公開処刑か何かかなあ? しかもこの顔文字タイミングちょっと違くないカーチャン……?

 いやね、俺自身そういうつもりは一切、本当に一切無かったんだ。初めてお邪魔する家、ましてや付き合っている子の家で早々って……。ええ……?

 

「コーヤ」

「ひゃい!あっいや、はい……」

 

 テンパりまくって沸騰しかけていた所に声を掛けられて、思わず変な声が出た。いやだってこれは流石に誰だって変な声も出るでしょうよ。

 此処まで御膳立てされた挙句にあんなブツまで渡されるなんて誰が予想できるのかと問いただしたい。深く問いただしたい。というかちょっと許容限界超えてて少し泣きそうになってる。しかしそこはグッと堪えて……。

 

「えっと、ね。優しくしてね?」

「ごめん、せめてシャワー借りても良いかな」

 

 もう色々と限界だった。事案だとか、歳の差だとか、外堀だとか、色んな事柄をかなぐり捨てて、ただ、好きな子と一緒になりたい、そういう欲が優ってしまった。是非もないよね。

 

 あの一言が出たのは、歯止めも何もなくなった頭で辛うじて絞り出したせめてもの理性だったに違いない。

 

 

 その日の晩、俺と葵ちゃんは一線を超えた。いやねその、ハイ。女の子って、強いね。

 10枚あった筈だったのに、気がついたら半分になってしまっていた。命の危機を抱いたのは、生まれてこの方今日が初めてかもしれない。というかそれ以上に葵ちゃんの体力どうなってるの……? 俺もう最後なんて、葵ちゃんに完全に襲われてる絵面になってたし。

 

 取り敢えず、寝てしまった葵ちゃんをベッドに降ろして、最低限の片付けをして後は明日で良いかと霞んだ頭で結論付けて、葵ちゃんを抱きすくめて寝てしまうことにした。

 

 まあ、色々あったけど。

 

 大好きだよ、葵ちゃん。




【次回、(一応)最終回!】


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JKと朝御飯を食べる話。

 お待たせしました。

 話の展開的に、それらしくないかもですが、最終回です。お納めください。


「おはようコーヤ。今日はピザトーストとコーヒーだよ!」

「う゛ぅ……おはよう、葵ちゃん。ありがとね」

 

 眠たい目を擦って、葵ちゃんに手を引かれながら歩く。これではどちらが歳上なのか分かったものではないけども、ロボに手を咥えられた状態で引っ張られることもあったので、そう考えるとその延長なのだろうか。口か手かで考えたら相当の差がある気がするけども、それはさておき。

 

 もともと俺自身、朝は弱かったのだけども、ここ最近さらに酷くなっている気がする。歳を重ねるとむしろ早起きになるとは聞くのだけども。

 まあ、休みの土曜日、かつ、この時間に起きているから、というのもありそうだけども。

 

 というか葵ちゃんはうちに泊まりに来る時、何時に起きてるのだろう。今現在が6時丁度くらいなので、それより前なのは間違いない。料理の時間を考えれば更に早く起きている必要がある。

 

 前に電話した時は寝起き感全開の葵ちゃんの様子から考えるに、相当無理をさせてしまっているのは少し考えれば分かることだ。

 

 しかし悲しいかな。俺には葵ちゃんの行いを止めることはできない。一度言ったが葵ちゃんから拒否された、というのもあるのだけれども。これに関しては手伝うことも同じく拒否されてしまっている。少しショックだった。

 

「コーヤ、どうしたの?」

「え? あー、いや、何でもないよ。ただ、色々あったなあって」

 

 いや本当に。色々あったなあと思う。しみじみと、深い溜息と共に思い出す。

 

 あの日から早いもので一ヶ月経ち、外もジメジメと湿気が漂う時期になってきた。今も打ちつける雨音が耳に響く。扇風機かエアコンを使わないと服を乾かすのも難しい時期だ。

 

 その、あの日の夜から、俺と葵ちゃんの間と、その周囲での変化というのは特に顕著だった。

 

 まず、葵ちゃんがアパートに、というか俺の住んでる部屋に泊まるようになった。週3回くらい。多いと思うだろう? 最初、葵ちゃんは週7計画してたんだぜ……?

 

 休みの日に泊まりに来るくらいならともかく、流石に高校生のうちはやめておいた方がいいと俺の方からも言ったのだけども。逃げるつもりもさらさらないし。

 

 というか好きでもない相手を抱けるかと言われるとたぶんできないというか、現状葵ちゃん以外の相手がいないというか。

 

 話がこれ以上脱線する前に本筋に戻ろう。

 

 葵ちゃん発案『週7宿泊計画(同棲の意)』に関して桃華さんは「立花君と、お父さんを説得できたらいいわよ?」と言ったそうなのだけど、乾課長は(案の定というか)反対して、そのことに関する話し合いで俺も呼び出されることになってしまったのだ。

 

「立花君のことは信用も信頼もできる。過去に葵との交際について口出しするつもりはないと立花君には少し前に言ったのは、確かに事実だ。言ったが、……目に届かない場所に行ってしまうのはやはり不安が尽きない。

 葵、せめて同棲は高校卒業まで待ってほしい」

 

 眉間にシワを寄せて、声には慈愛や悲しみを乗せて重々しく言葉を口にする乾課長。実際俺も子供がいて、今の葵ちゃんのようなことを言い出したら高校卒業までは待ってと言ってしまうだろう。なんとなくだけど、そんな自信がある。

 

 葵ちゃんの行動に対して、俺の中で当て嵌めるべき言葉を選ぶとするなら、線引き、というべきか。高校を卒業した後は、大学に行くにしても、そのまま就職するにしても、わりかし社会人として見られるようになる。

 

 それは年齢や、年齢によって得られる成人としての権利(この場合は、仮にお酒、タバコなど)による部分が主張してくる気がする。一概には言い表せないけれど、良くも悪くも、責任という言葉が付きまとってくるようになるのだ。

 

 もし。本当に、もしもの話として。

 葵ちゃんが俺と同棲するようになり、毎日のようにそのような事をして、避妊をしていても、万が一、妊娠してしまった、なんて事になれば。

 

 それこそ葵ちゃんの今後に影がさしてしまう。そんな形で葵ちゃんの未来を壊していい権利なんて俺にも無いし、仮に葵ちゃんが望んだとしても立場や社会的なアレコレがそれを許さない。

 許さないというか、許されこそするものの周囲が嫌らしく騒ぎ立てるだろう。ついでに俺の社会的生命が終わるけど今は些細な問題だ。全く些細じゃないけども。むしろ避けるべき一大案件なのだけども!

 

 そんな展開、乾課長も俺も断じて望んじゃいない。だからこそ、手の届く範囲に愛娘を置いておきたいのだろう。

 

「葵ちゃん。申し訳ないのだけど、これに関しては俺も乾課長と同意見かな。別に葵ちゃんのことを邪険に扱いたいわけじゃないんだ。ただ、ええ、と。葵ちゃんが学校から帰ってくる時間帯に俺が家にいられるわけじゃないし、もしかすればトラブルに巻き込まれるかもしれないし、ね」

 

 だからこそだろうか。

 そんな言葉が俺の口から出て来たのは。

 ああそうだとも。俺は葵ちゃんのことが好きだ。大好きだとも。

 それでも。葵ちゃんの人生を好き勝手に決めてもいいわけじゃないし、葵ちゃんが自分の人生を決めるにしても、まだ早いと思う。

 

 それに、失礼すぎる話かもしれないけれども、もしかすれば俺よりも好きになれる相手を見つけられるかもしれない。

 

 だからこそ、俺も課長の言に便乗して葵ちゃんを止めに入った。

 

 男2人で、涙をこぼしそうな女の子を説得するのにとてつもなく精神的なダメージを負ったもののその時は宥めることに成功した。

 

 

 そう、成功したと思っていたのだ。その時は。

 

 

 恋は盲目というべき(葵ちゃんが俺に対して向けている感情が、そもそもの話『恋』と一括りにしていいのかはわからないけども。『ロボ』としての感情はどのような形で当てはまるのかは葵ちゃんにしかわからないので、ここでは一先ず恋だと思っておく)なのだろう。

 

 葵ちゃんは出来るだけ俺と離れたくない趣旨と、乾課長と俺の言葉を無碍にして申し訳ないといった内容をまとめた置き手紙を自宅に残し、ボストンバックに荷物を詰め込み家出同然の状態で俺の住むアパートまで突撃してきたのである。

 

 どうしてこうなった。

 

「えへへ、家出して来ちゃった、不束者ですが、よろしくお願いします!」

「えぇ……いや、待って、あの、ええと、どういうことなの……」

 

 何度でも言いたい。本当にどうしてこうなった。

 ぶっちゃけ、葵ちゃんが悪いわけじゃないのだけども。現役女子高生の行動力を舐めきってたというか。

 

 なお、このことを知った乾課長は頭を抱え(そりゃそうだ)桃華さんは大爆笑し「流石私達の子! やることが違うわね」なんてのたまってたらしい。桃華さん強すぎない?

 

 ここでもう一度話し合いとなり、結局男2人が折れ金、土、日は俺の住むアパートに泊まり、その日以外は自宅で過ごす事が決定したのだけども。

 

 振り返ってみても本当に濃い1ヶ月が過ぎてる。気がするなんてレベルじゃない、絶対過ぎてる。

 

「コーヤ、どうしたの? パン冷めちゃうよ?」

「うん? ああ、ごめんね葵ちゃん。いただきます」

 

 葵ちゃんが俺の食生活改善をどうにかしようと泊まる時だけは葵ちゃんが料理を作る事になってるのだけども、やはり慣れない。

 

 ほぼほぼカロリーメイトとエナジードリンクが主食になっていたので、野菜やソーセージを噛む感触に違和感を感じてしまう。

 

 ……いやこの時点で色々と、うん。拙いでしょ俺。歯がしっかりあるのに硬いものが食えない、みたいな話とはまた方向性が違うけどやばいぞ流石に。手っ取り早く楽だからといえど流石に拙いことへの自覚はあったのに変えるつもりが無かったあたり大概だよなあとは自分のことながら他人事のように思う。

 

 しかしまあ違和感は別として、実際とても美味しい。なによりも、好意を向けてくれる相手がわざわざ俺のために作ってくれている、という事実がまた料理を美味しくしてくれる。それがたまらなく嬉しくて、なんだか妙に居心地良くて、むず痒い。

 自分の分のトーストをハフハフと息を吐きながら食べる葵ちゃんを見て、可愛いなとか、抱きしめたいだとか色々と感情が込み上げてくる。

 それらを一度飲み込むようにコーヒーを一口飲んで、万感の想いの元、言葉を吐き出した。

 

「……いつもありがとうね、葵ちゃん。大好きだよ」

「えへへ、こちらこそありがと、大好きだよコーヤ」

 

 何だか妙におかしくて2人してクスクスと笑ってしまう。

 今のこと、今後のこと、心配事は多々あって、それらは今後とも尽きることはないけども。

 何やかんや、俺と彼女は2人して幸せなのだろう。今は、それだけで十分だった。




 ありがとうございました。この後はあとがきです。興味がない方はブラウザバック推奨です。


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あとがき。

 

 この話、実はモデルがありまして。というか、作者、俺自身話でもあります。

 

 作者が当時中学生だった頃、自宅で飼っていた犬、『ロボ』を亡くしました。

(名前は本当にこの名前だった。作者の父が賢い犬になってほしいと願ってつけたらしい。作者は何故か幼少の頃から『ナンちゃん』呼びしていましたが)

 

 作者が生まれるより前に我が家にいて、自分にとても懐いてくれてて、本当に、大切な家族の一員でした。そんな彼が、居なくなってしまうなんて思いもしてませんでした。

 

 それから塞ぎ込むようになってしまった作者は、現実逃避をするように小説を書き始めました。

 この作品の前身、プロットとでも呼ぶべきものです。

 

 居なくなってしまったロボが、せめて逝った先で幸せでありますようにと、そんなことばかり考えて、言葉を並べて、しかしある時ふと。思ってしまいました。

 

 書いても、結局ロボは、ナンちゃんは帰ってこない。こんなことは、自己満足に過ぎない。

 

 それ以来、前身となる小説を書く手が止まってしまいました。泣いて、泣いて、大切な何かを失うことの絶望を知ったのが、丁度この時だったと思います。

 

 それから10年と少しが経過した今年。時間の経過と共に傷心は癒えて、彼のことに関する思い出や看取った日のことを思い出して、ある事を思ってしまいました。

 

「彼が居たことを忘れたくない」

「彼が居た事実を何かしら形にして残したい。自慢の家族が居たことを知ってもらいたい」

 

 そこで、出て来たのは当時のプロットでした。

 それを元手に文字を書いて、彼の命日に第一話を投稿したわけなのです。一応の最終話は、家族から聞いた彼が我が家にやってきた日とのことで。我が家における彼の誕生日でもあります。

 

 今思うと、『なんでいつか見れなくなってしまうかもしれないインターネット上の作品として出したんだ』とか、『それならそれならTSさせたりJKにさせたりする必要なかったのでは』なんてツッコミが飛んできそうですが。

 

 これに関しては、作者が思い立ったが吉日とばかりに無計画に突き進んだ結果です。許して。

 

 あとTSさせたり歳の差だったりは当時から色々業が深かったということで許してください(震え声)。今はもっと拗らせてるけどな!

 

 

 

・今後について

 

 今日投稿した話で一応完結というふうになっていますが、今後とも蛇足的に話を入れていきます。本編だと書ききれなくなってしまった主人公の家族の話とか色々あるので。

 

 あとがきまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

Happy birthday to you.

Happy birthday to you.

Happy birthday, dear Lobo.

Happy birthday to you.



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蛇足編
オジサンとJKのそれぞれの夜。


 まずは謝罪を。遅くなりました。
 ポケモン、あいぼー、書き手同士の繋がりその他諸々が楽しすぎて時間が取れなかったのでこんな時間になってしまったのです。(現在夜勤の暇な時間)

 そしてもう一つ謝罪を。割とシリアス、というかこれ蛇足1話目に持ってこなくて良くない? という感想が来ると思います。
 これな関しては、書いておきたかったから、とだけ。

 そんなこんなで蛇足編はーじまーるよー。


 寝付けない夜、というのはなかなか辛いものがある。次の日大事な予定がある時なんかは特にそう思う。逆説的に、そのような予定が頭の中でしこりとして残り続け、違和感と不安感を煽り結果的に眠れなくなる。それの方が実態に近いのかもしれない。

 

 気にするだけ無駄とバッサリ言ってしまうのは楽だ。

 しかして、悲しいことにそういった漠然とした不安感をこのように理由付けして解消しようとしたところで、俺の頭の中に寝れない理由として燻り続けるのだから果てしなくタチが悪い。実際問題今眠れてないわけだし。

 

 そうは言っても、今は金曜から土曜に日を跨いだばかりの1時。まだ寝不足になることを前提に考えるには早すぎる時間なのでそんなことを気にする必要もないのだけども。というか、それ以前に明日予定が入っているわけでも、仕事があるわけでもないし。

 

 それはそれとして、眠気はあるのになかなか寝付けずに段々と目が冴えていく……この繰り返しだ。

 一連の最悪のコンボというのはまさしくこのことか。

 というか萎びてショボついていた筈の瞼と瞳は既に潤いと湿り気を帯びつつある。

 

「参ったな……」

 

 ガシガシと頭を掻く。掠れ気味に声が漏れる。側に人がいる環境に慣れ親しみ過ぎたのかもしれない。

 隣り合って眠る人が居ないこの寝室が、こんなに静か過ぎて気味が悪いなんて思いもしなかった。

 まだ夏場真っ盛りのこの時期に似つかわしくない、寒々としたという例えを用いるべき寂しさ、虚しさというのはこのようなことを言うのだろうか。

 

 どうにも、依存気味になっていたらしい。

 参ったな。本当に参った。事案だ事案だ騒いでる本人が、その実メンヘラ男でしたなんて面白くもなんともない。というか一回り以上歳が離れてる歳下の女の子相手にメンヘラ発揮する男ってどうなんだと自問自答し、速攻で『ないわー』と結論に達した。さもありなん。

 

 でも、言い訳がましいかもしれないけれど、苦しくなるほど思う。

 

 一度失われた筈の存在が帰ってくるなんて、誰が予想できるだろうか。

 

 それが例えば、替えの利く物の類であれば『愛着』という点を除けばまあわかる。

 しかし、もう手にすることができない(この例えをロボに対して、ひいては葵ちゃんに対して用いていいのかはわからないが、取り敢えずこの表現を用いる)筈のそれが戻ってくる。

 

 それが齎す幸福の味を知ってしまったのだ。

 それがまた離れてしまう恐ろしさなんて、俺は知らなかった。知りたくもなかったし、ましてや葵ちゃんという実例がない限り知ることさえなかった。

 知るはずもなかったんだ。

 

 俺の恋人で元愛犬のロボで。ロボは、俺の家族だった。

 家族なら、そもそも甘えることが依存と呼べるのか。いやそもそも乾葵という少女とロボとの境目とは何だ。

 

 13歳もの歳の差もロボの時の年齢を加味すればむしろ葵ちゃんとの歳の差も縮ま──

 

 いや違う違う違う違う。落ち着け変な部分で深みにハマろうとするな俺。

 

 なんか、自分でロクでもない地雷を踏ん付けて、その爆発した勢いでやべー方向に突っ走ろうとしてた。急速に自分の目が濁って死んだ魚のような具合になっている気がする。

 

 控えめに言っても、これはヤンデレのそれではなかろうか。事案以前に男の、アラサーのそれって需要あるのか。無いな。ないわー。

 

 葵ちゃんは現在、俺の住むアパートにも、乾家にも居ない。友達の家に泊まりに、というか遊びに行っている。

 事の発端は、まあ当たり前といえばそうだ。むしろ女子高生らしいとさえ言える。

 

 葵ちゃんが同級生に誘われたのだ。それを聞いた時俺はめちゃくちゃ安心していた。葵ちゃんの人間関係の中に、しっかりと家族、俺以外の存在がいたこともそうだけど、基本的に俺ばかりに割かれている(この言い方は自惚れが過ぎるかもしれないけども)時間の中に葵ちゃん自身のプライベートな時間があったことそのものが嬉しかったんだ。

 

 いやまあ冷静に考えるとクラスメイトの子たちの中に馴染んでるような様子ではあったのだけど。思い返せばいっぱい友達いる、とかなんとか言ってたし。いつかの、チョーカーを買った日も尾行紛いのことをされたような記憶があるし。ノリがいい子たちなんだろうなあ、きっと。

 

 しかし、結果として。

 1人で過ごす時間の虚しさと悲しさに苦しむ羽目になるとは誰が思おうか。いつもなら眠気の限界までプレイしているはずのワールドハンターも手がつかない。妙に1人でいる事そのものに気が散ってしまって、悶々としたまま布団に入り込めば眠れないときた。

 

 まったくもっておかしな話だよなあ。

 大学時代から一人暮らし(友人たちが泊まりにきたことは数度あったとはいえ)に慣れてる筈なのに、たった1人。彼女が、彼女だけが欠けた、少し前の慣れていた日常に戻っただけなのに、その筈なのにこのザマだ。

 

 葵ちゃんがいないだけで、こんなにも味気ないモノになってしまうなんて。

 

「……寂しいなあ」

 

 全く。需要がないにも程がある。大の大人が情けない。

 ぽつりと溢れた言葉一つも、暗々とした寝室に飲まれて消えた。

 

 

 

 

「はあ……」

「いぬいんは心配性だなあ。噂のコーヤさん、だっけ? その人がそんなに心配?」

「うん。あの人は、放っておくと毎食カロリーメイトとエナジードリンクだけとか、絶対やる」

「えぇ……?」

 

 私のため息に反応する井上さんにそう返す。誘ってもらったのは嬉しかった。でも、失敗したかもしれないなとも思ってしまう。

 

 それもこれも、コーヤの私生活を思い出してしまうから。

 

 コーヤはズボラと言うか、極力自分の時間を大事にしようとするあまり、『プライベートの時間の中で一番したいこと』に多く時間を割こうとしてる節があることに気がついた。

 思い返せば、『(ロボ)』が生きていた頃からそんな感じだった記憶がある。『(ロボ)』に構い倒してくれるけど、それ以外の時間は本当に効率重視というか、如何にゲームをする時間を確保するか、という部分に腐心していたような気がする。

 その延長で、というか時間を無駄にしないようにああいった食生活になってしまったのかなと思うとちょっと面白い。

 

 それだけコーヤがゲームをやっていたからこそ、コーヤを探す最初のきっかけとして、記憶を頼りに私もゲームを始めて、結果的にそれなりにプレイする程度には好きなゲームなんだ。ワールドハンター。

 プレイを続ければ続けるほどコーヤの腕のおかしさがわかってくるけど。コーヤ、なんでTAみたいな最速を狙ってるつもりないのに普段の素材集めからそんな最速付近の時間を叩き出すんだろうか。

 

「三食カロメとエナドリってマジ? 流石に嘘じゃないの?」

「本当。食器棚に置いてあった食器は少し埃かぶってて、包丁に至ってはうっすら錆が浮いてたんだもん」

「えぇ……いや、ちょ、えー……?」

「言いたいことが伝わって何より」

 

 コーヤのことだ。きっと私の目がないことに狂喜乱舞して明け方までゲーム漬けになっているに違いない。

 ……そう思うと、なんだか沸騰にも近い熱を持った感情が湧き上がってきた。流石に打ったりはしないけど、この感情を解消する為に一日中引っ付いてても文句は言われないはず。

 

「そ、そういえばさ、コーヤさんってどんな顔してるの? 私さ、例のデートの時居なくて顔知らないんだよね」

「あの人の顔?」

「そうそう。いぬいんって普段ゲームのワンシーンの絵とか描いてるから結構上手でしょ?」

 

 お願い、と渡された紙を受け取って、筆箱にしまっていた鉛筆を取る。

 クッキーをポリポリと噛み砕きながら白紙の紙に書き込んでいく。

 

 短くも逆立つ硬質な髪。彫りの深い顔に、これでもかと自己主張してくる、コーヤ曰くマシになった酷い隈。

 前から見えづらいスッとまっすぐになった立ち耳。

 右目の真下に縦三つに揃った黒子。

 黙々と書くこと15分。大雑把な下書きは出来上がった。

 

「やっぱ描くの早いなー。やっぱ美術部にこない?」

「ちょっと、ね。ごめん井上さん」

「そんなー……にしても、濃い顔してるなあ。これで背丈もあるんでしょ?」

「前に聞いた時は、2mちょっとって言ってた」

「デッカ……」

 

 高い背丈はそこまでいい物でもないというのはコーヤが言っていたことだ。

 普段はパソコンと向き合い続けるデスクワークが多いから、高い背丈は寧ろ体が痛くなる原因にしかならないのだとか。実際ちょっと肩揉みをしてあげようとして、お父さんの肩より遥かに硬くて絶句したのを覚えている。

 他にも、寝る時ちょっと油断するとすぐに足が布団からはみ出して寒かったりするみたい。

 私としては、身長差の都合で子作りの時キスできないのが少し悲しいくらいだけど。

 そう言った部分の話を少ししていると、やや赤面した井上さんがため息をついた。

 

「いぬいん、私は小学校の頃からそれなりに付き合いがあるから良いけどさ。他の人には、そーんなに赤裸々に暴露しちゃダメだよ?」

「そう?」

「そうなの! ちょっと前までは無表情がデフォの不思議ちゃん代表格な感じだったのに、気がついたらこーんな微笑みか笑顔が似合う美少女に大変身してるなんて!」

「今でもそこまで表情変わらなくない?」

「いーや嘘だね、絶対違う! なんだったらクラスの人たちが気付いてるはずだよいぬいんの変化に!」

 

 そんなに私は変わったのだろうか。まあでも、井上さんがここまで語調を荒げて力説するのだから、きっとそうなのだろう。

 最終的に井上さんのいう赤裸々トークを繰り広げる内に、井上さんが「ごめんなさい……私が悪うございました……だからこれ以上は……」と顔を真っ赤にしてしまったのだけど。

 私のクスクスと漏らした笑い声は、2人しかいないはずの部屋の喧騒の中に吸い込まれて消えていった。

 




 副題
【主人公が拗らせる話】


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オジサンが猫を拾う話。

 前書きとして一つ。ここ最近身近で起こった実体験をベースに書いています。詳しくは作者のTwitterを遡ってください。

 先に言っておくと、それぞれの事情もあるとは思うのですが、ペットを捨てる人のことを、俺は好きになれる自信はありません。虐待する人もです。


「コーヤの、浮気者ー!」

  

 

 

 どういうことだってばよ。

 目の前では葵ちゃんが涙目になっていて、俺は思わず顔を引きつらせた。どうしてこうなったのだろうか。

 意識の外側から、空気の読めない(読めなくて当たり前なのだけども)子猫の鳴き声が、確かに聞こえた。

  

  

  

  

「──ィー……ミィー」

「……ありゃ」

  

 事の発端は些細なことで。

 その日は季節が夏に差し掛かろうとしているのだと思うくらい、ジメジメとした空気よりも日差しによって熱を帯びた空気が優っているのを、朝の通勤時から肌で感じていた。

 そろそろうちのアパートのエアコンが過労死する時期になったかと、これから数ヶ月は続くであろう猛暑とかさみ続ける電気代のことを考えて若干の憂鬱になっていた。

 

 いやまあ仕方のないことではあるのだけれど。どこぞの汎用人型決戦兵器が存在する日本のように常夏になっていないだけマシなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、アパートへ無事到着した頃だ。

 丁度俺の部屋が割り当てられている辺りから、愛らしい鳴き声が聞こえた。

  

 嫌な予感がして、ビジネスバッグを玄関先に置いて様子を見に急ぐ。

 ボロボロになったタオルの敷かれたダンボールの中に、蓋の開けられた缶詰と、真っ白な子猫が1匹。

  

「……ハアアァァ……」

  

 顔も知らない誰かに心底腹を立てると共に頭を掻いて落ち着かせることに努める。かつてロボを飼っていた頃の経験からか、こういった出来事に直面すると、なんかこう、言いようのない腹立たしい感覚に襲われる。

 

 息を吸って、吐いて。吸って、吐いてと繰り返す。少しだけ冷静になれた。まず、この子猫を中に入れてやってから考えようと拾い上げて、そこで気がついた。

 ダンボールの中に、皺まみれに紙が1枚。

  

『私たちでは飼えなくなってしまいました。可愛がってあげてください』

  

 丸みを帯びた、可愛らしい書き方だった。

 再度、深く息を吸って、収めきれない苛立ちを整理する。落ち着け。怒りの元を整理しよう。感情的になりすぎるな。深呼吸だ。

 意識して呼吸を整えて、理性的に頭の中を整理する。落ち着け。落ち着け。

 

 ああ、でも、それでも。

  

命を、なんだと思っているんだろうか。

  

 いろんな事情があったのかもしれない。

 放し飼いで飼っていた猫が子供を授かってしまって、その子供たちの世話がしきれなくなってしまったのかもしれない。そうだったとしても、事前に去勢、避妊手術をしてこういったことが起こらないようにする手立ては確かにあった筈なのだ。

 生き物を飼うというのは、自分以外の命に向き合う責任が付きまとうものなのに。

  

 本当に、命をなんだと思っているのか。

  

「……よっしよし、怖くないぞー」

  

 しかしてそんな怒りをこの猫に向けるわけにもいかない。この子は何も悪くないのだ。ただ、生きようとしているだけの、幼い命だ。

 一先ず、ダンボールごと子猫を玄関先に一度運んでから、このアパートの大家さんへ説明しに、大家さんの住む部屋へと向かった。

  

  

  

  

 それからは慌ただしかった。

 いつ見てもカタギには見えない、70代ほどの厳つい大家さんに事情を説明し『鳴き声等の苦情がでなければその間はいいよ』と。

 

 尚且つ『仕事でいない間は、部屋に入っていいのであればエサとかの面倒見る』と快諾と気遣いを得て深く頭を下げたのち、その足で葵ちゃんが首輪事件をやらかしたペットショップへ向かう。

 

 大家さん曰く、「猫は一度その部屋、ないし家の中で飼うと決めたら移動させるのはかえってストレスになる」との話で、そういう部分を大家さんが気を使ってくれたらしい。どうせ見られて困るものも無ければ盗まれるようなものを置いてあるわけでもないのでむしろありがたい話でしかなかった。

 

 20g16袋で小分けにされて子猫用ウェットフード、エサ皿、ダニ・ノミ落としのシャンプーとブラシ、薬品に首輪、ネコ用トイレとクッションベッドを購入し、慌てて帰路に就く。

  

「ミィー」

「おっと、ちょっと待ってろー」

  

 玄関に入った途端、こちらの足をよじ登ろうとしてくる白猫を抱えて風呂場へ急ぐ。お湯が出たのを確認した後、ちょっと申し訳なくなるけど背中から弱めに掛けていく。

  

「おっ。……大人しい。いい子だ」

  

 普通、猫というものは水を嫌うものだと思っていたのだけど、この子はそうでもないらしい。鳴かず、むしろ自分から頭にシャワーを浴びようとしている。

 その様子がなんだかおかしくて、まあ嫌がっていないならそのまま体を洗ってしまおうと買ってきたシャンプーに手を伸ばした。

  

「うわっ、結構汚れてたんだな」

  

 シャンプーを泡立て、体を洗っていけばあっという間に茶色に染まっていく泡をみて言葉が漏れる。毛は真っ白に見えていたけど、思いのほか毛穴に汚れが溜まっていたらしい。しかもまた粒のようなものが浮いている。

 

 注視してみると、体についていた膨らんだダニやノミがポロポロと落ちていたようだ。でけえ。

 

 てかノミも1匹見つけるとゴキブリと同じで滅茶苦茶な数が居ると思うけども、それ以上にダニって凄いと思う。

 滅茶苦茶しぶといし。

というかそのしぶとさでやられた、やらかした事が一度ある。

 

 ロボにダニがついてしまった時に、ロボの使っていたクッションを洗濯機で洗ったら、家中にダニが蔓延してしまった上に、後々調べていたら洗剤や塩素でも完全に殺すことが難しい上、そもそも水中でも1週間前後生存可能という情報を見て家族全員で頭を抱えたりしたことがある。

 

 念入りに10分程度かけて全身を洗ってやって、再び弱めのシャワーを浴びせてやると、先程よりも気持ち白くなったような気がする。

 

 問題が起こったのは、ドライヤーをかけようとした時だった。

 

「痛っ! こ、こらこら!」

「ミィャー!」

 

 ドライヤーから吹き出る風の音に驚いて、濡れたままの体で大暴れしだしてしまったのだ。その際に、腕やら顔に引っ掻き傷ができてしまった。

 いやまあ、ロボ基準で考えていたから、暴れることを想定していなかった俺のミスに違いない。

 

「怖くない、怖くないよー」

「ミィャー! ……ミィー」

 

 暴れようとする子猫を後ろから抱きすくめるようにして、尻尾の付け根あたりから遠めに風を当てる。

 すると、最初は驚いてまた暴れようとしたが、途中から害が無いのがわかってか大人しく風に当たるようになってくれた。

 

「良い子だ」

 

 この際、薬品をかけてブラッシングした後、もう一度ドライヤーを当てようとして腕に傷が増えたものの、まあ大したことはなかったのでスルーするものとする。

 

 15分ほどかけてフワッフワに乾いた体になった白い子猫を抱えてリビングに向かう。

 エサ皿にウェットフードを4分の1程度入れる。

 生後1年に満たない猫は一度に食べられる量が少なく、しかしそれでいて出来るだけエネルギーを摂取できるようにしないといけない。その為、一日に3〜4回ほど小分けにしてエサをあげなければいけない……らしい。

 態々『子猫用』とまで銘打ってあるのには相応の理由があるようだ。

 生憎、ロボの時は覚えている限り、既に我が家にいて数年経っていたので子犬用のエサを食べさせていた記憶がない。こういう部分の知識は結構穴抜けなんだよなあ。

 

 エサ皿に乗せた途端こちらの手元を凝視してくる猫の視線を無視しつつ、もう1つの皿に水を注いで、置いてやると、あっという間に食らいつき始めた。

 

「……腹減ってたんだなあ、お前」

 

 その姿を尻目に、ネコ用トイレの説明書を読んでトイレを設置する。と言っても、ネコが本能的に砂の上でしてくれるように最初だけ誘導すれば良いようで、最初だけ事故に気をつけておけば何とかなるらしい。

 

 しかしまあ、そもそもの心配が杞憂だったようで。

 エサを食べ終わって10分もすると自分からトイレに向かって済ませていたので安心する。

 

 あとはクッションベッドだけだ。子猫をこの上に乗せて撫でているうちにそこで寝てしまったのでとりあえず問題ないだろう。

 一応夜泣き防止の為に空のペットボトルにお湯を入れて湯たんぽ代わりの物も用意はしておいたが、問題なかったらしくて、ようやくそこで一息をつくことができた。

 

「つっかれた……」

 

 時計に目をやれば既に10時を回ろうとしている。こりゃ何日かはゲームをやる余裕もなさそうだと諦めまじりにため息を吐いた。

 

 そんな具合に、仕事に忙殺されたり、ちょっとだけゲームをしようとしたら子猫が妨害工作してきたり等々色々あったうちに金曜日になったのだけど。

 

 

 

 

 そこで事件が起こったわけである。葵ちゃんのセリフに繋がるのだ。

 

「私だってコーヤに飼われたりむしろ昔の恩返しとして飼ったりしたいのに!!」

「待って論点そこなの!? てか自然と飼うとか言うな!? 俺社会人なの!」

「で、でも、コーヤのご飯作ってあげたりしてる時は、なんかその、ちょっとだけ主従逆転というか、倒錯めいた感じがして……

「えっ、待ってちょっと、えっ、それは……えー……?」

 

 少しだけ葵ちゃんの深い闇っぽい何かが出てきたが、それは頑張って無視する。

 言いたいことをまとめると『コーヤは私の飼い主だから! 他の子に盗られたくない!』という感じだった。

 何故に猫と競り合おうとするのかがわからなかったけども。……とりあえず少し殺気立っている葵ちゃんの頭を撫でながら伝える。

 

「んー。俺としては葵ちゃん一筋のつもりだし、なあ。それに、葵ちゃんも別にその子のこと嫌いじゃないみたいだし」

 

 そうなのである。葵ちゃんは俺と痴話喧嘩めいた事をしている間、常に優しく子猫を抱えていたのだ。赤児を抱くよう、決して怪我をさせぬように優しく、優しく。

 今もソファーに座りながら子猫の背中を撫でているあたり、全く嫌っている様子には見えないのだ。

 

「だって、コーヤもこの子も、悪くないし……」

「まあ、ねえ。葵ちゃん、先に明言しておく。俺は、可愛いとかその猫に言うかもしれない。でも、葵ちゃんへ向けて言うそれとはだいぶ違うんだ」

 

 子猫に向ける感情は、保護者的な視点での守りたくなるような感情の篭った『可愛い』と思う感情で、葵ちゃんに向けるのは、家族愛で、恋愛感情で、元とはいえペットで……それらの様々な感情や愛情がドロドロに入り乱れてる重たい部分を濃縮した『可愛い』という感情で、言語化するのが難しいけれどとにかく複雑で重たい感情を向けてしまっているのは事実だ。

 なので、葵ちゃんの言う浮気には当たらないと断言したい。……させて。

 

「……うん。わかった。そうしたら、コーヤ。この子の名前ってもう決まってるの?」

「うん? いや、まだ決まってないよ。今のところ苦情とかは来てないから問題はないって言うのが大家さんの意見らしいけど」

「そうしたら、この子の名前、私がつけていい?」

 

 納得してくれた葵ちゃんの言葉に惑いつつも、現状下手に愛着が湧きすぎても別れが辛くなってしまうと思って名前をつけなかった。でも、こうやってエサを与えたり、世話をしてあげたりしてしまっている以上、最後まで面倒を見ないというのはなんとなく嫌だったりする本音もある。

 そういう意味だと、葵ちゃんの申し出はありがたいものでもあった。俺だけだとたぶん、なあなあでずーっと飼っていても名前をつけられなかったはずだし。

 エナジードリンク(葵ちゃんからは鋭い睨みをもらってしまったがスルーするものとする)を口にして、一息ついて改めて葵ちゃんにお願いすることにした。

 

「そうしたら、お願いしていいかな」

「うん、ありがとうね。よーし、そしたら、今日からアナタは! 『ブランカ』だよ!」

 

 その名前を聞いた時、俺が再び口に含んだ直後のエナジードリンクでむせかえったのは、まあ余談である。



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オジサンとJKの日常の一コマ。

 大変長らくお待たせしました。いろんな誘惑に負けまくってました()
 短話2つをくっつけたような感じです。


○ロボとブランカ。

 

 ロボとブランカ。

 

 日本でも割と有名な狼たちの名前だと思う。シートン動物記に記された、かつてのアメリカにて『悪魔が知恵を与えた』とまで言われた恐ろしく知恵の回る狼。それがロボ。

 そしてそのつがいたる白い狼のブランカ。

 

 その2匹の狼の名が広く知られているエピソードは色々あるとは思うけど、個人的に1番知られていて、かつインパクトのあるのは、ロボの最期だと思う。

 

 シートン博士らの手によってブランカを殺されたロボは錯乱し、その知恵によって避けてきた筈の罠に捕われ、最期にはブランカの後を追いかけるように死んでしまう。

 

 ただ死んだのではなく、餓死だ。

 それもほとんど、自殺紛い。

 

 シートン博士らが餌や水を与えたのにも関わらずそれらに手をつけることなく、ロボは死んだのだとされている。

 

 このことからシートン博士はその誇り高き姿に敬意を表し自らの著書にロボたちを書き記した。

 

 そんな具合にかつて我が家にいた『ロボ』にそんな名前がつけられた経緯もその名に肖って『賢い犬になってほしい』という両親の願いが込められた名前だったみたいなのだけども。

 

「あの、葵ちゃん」

「なにコーヤ?」

「葵ちゃんがその、……ブランカって名前をつけると、ちょっと悪意を感じるんだけども」

 

 ある日のこと。葵ちゃんは俺の膝の上で寝そべり、そのお腹の上にブランカが丸くなって寝入りながら、俺たちは話をしていた。俺は俺でワールドハンターをプレイしながら、ふと思ったことを言ってしまった。

 

 数日前の名付けの時から思っていたのだけどつまるところつがい、即ち夫婦だった2匹は、2匹とも人間の手によって殺されてしまっている。

 

 だから、こう、微妙な気持ちになるというか。遠回しに悪意を感じて身震いしてしまうというか、殺意が酷いというか。

 しかし、葵ちゃんは「んー?」と間延びしたような疑問の声を上げてから「あっ」と言って口元に手をやった。

 

「ごめん。確かにそうだね。でも、この名前はそういう意図はなくて、ただ願掛けというか」

「願掛け?」

「私もあの話を知ってるからなんて言ったら良いかなー。だからこそ、余計にこの名前にしたかったというか。もう二度と離れ離れになりませんようにって」

 

 「よいしょ」と言ってブランカを抱えて体を起こして、それと同時に狩猟対象だったモンスターを捕獲し終えた俺は改めて葵ちゃんに顔を向け直した。

 

「ロボとブランカの話は人間にとっては害獣を討つ話だけど、視点を変えたら狼のつがい、群れに突如として訪れた不幸だから。

 生きることは、まあそういうことだけど、少しだけ同情というか、だから。なんて言えば良いのかな?」

 

 と言って笑う葵ちゃんは言葉を続けた。

 その笑顔の裏に僅かな悲しみが見え隠れする。「ミィー」とブランカの鳴く声が沈黙の間に響く。

 

「ごめん、ちょっと説明できないかも。感覚的な話だし。それに、私は彼らの名前に縁があるから、せめて彼らの分まで幸せになってやる、平和に過ごしてやるっていうか……」

 

 「言霊なんて素敵なモノもこの国にはあるしね!」なんて屈託なく笑う葵ちゃん。

 「ミィー」と再び鳴くブランカの背を撫でながら優しい笑顔の葵ちゃんに、無性の愛を子に向ける母親の姿を確かに見た。

 

 わからない。言葉をかけたら良いのか、わからない。漠然と胸を熱くさせられる、言語化できない感動めいた何かを強く感じさせられる。

 俺の彼女がこんなに可愛い。

 葵ちゃんの考え方が、優しくて、死生観がドライで、いや違う。

 伝えたいことはそうじゃない。しかし俺の感性や語彙力だと言語化出来ないことが極めて悔やまれる。

 しかし、そこでふと、疎外感と疑問が浮かんでしまった。

 

「あれ、でも葵ちゃんがロボで、その子がブランカだと、俺って?」

「え? コーヤは、どっちもだよ?」

「どっちも?」

 

 はて。どういう事だろうか。

 気分は百合の間に入り込もうとする邪魔者の立ち位置のそれなのだけど。

 わからない俺を他所に、クスクスと笑ってから葵ちゃんは言葉を続けた。

 

「うーん、これもなんとなくだから説明しづらいんだけど……今までは、『(ロボ)』にとっての『ブランカ(最愛)』はコーヤだけで、その逆もそうだったの。

 愛し愛する貴方と私。私だけの愛するコーヤに、貴方だけの愛する私、みたいな。

 そこに、この子が加わるからそれならいっそ、みんなロボでブランカで良いんじゃないかなって。……ダメだ、ニヤニヤしちゃうな」

 

 中々に横暴な暴論を展開しつつ「ドロドロの三角関係なんて私は嫌だしねー」なんて笑って、「あっ、でも」とジト目でブランカを見つめると、両手で抱き上げて告げた。

 

「コーヤの膝の上は、私の場所だからね!」

 

 ただの宣戦布告だった。しかし当のブランカは寝起きで状況がわかっていないようで、眠たげな声で「ミィー」と可愛らしく鳴くだけである。

 なんだこれ。いや本当に、なんだこれ。

 

 

 

○オジサンが自宅で酒を飲み、同時に困る話。

 

 『酒は百薬の長』という言葉がある。適量のお酒なら、いかなる薬にも勝る効果を発揮するというものだ。

 しかしその言葉の後には『されど万病の元』と続くように、やはり飲みすぎると毒でしかないのは確かな事実なのだけども。

 

 とどのつまり、葵ちゃんも居るけどたまには飲んでも良いだろうと、花の金曜日とは何だったのかと仕事帰りで疲れてしまった頭でそんなことを考えてしまったのだ。

 

「コーヤ、お酒飲むの?」

「うん、たまには良いかなって」

「飲み過ぎないようにね?」

「わかった、ありがとね」

 

 ソファーでブランカと戯れていた葵ちゃんとブランカ(ねこじゃらしをフリフリと揺らす葵ちゃんと「此処だっ」と可愛らしくてしてし猫パンチを繰り出すブランカ)と他愛もない話をしつつ、棚からコップ(既に埃は被っていない)と、先週色々とあって乾部長から貰った500缶の缶ビールの幾つかを冷蔵庫から取り出して、テーブルに着く。

 

 プルタプに指を掛けて、カシュっと軽い音と共に、コップに金色のビールを注ぎ込む。

 

 きめ細やかな泡が溢れそうになるコップの縁に口付けて、慌てて吸い込むように飲む。

 冷えたことでより鮮明に舌に残るキレのある苦味に、弾ける炭酸、微かな麦の甘味とを味わって、ゆっくり嚥下する。

 あー、美味い。

 

「……コーヤ、ビールって本当に美味しいの?」

「うん? 急にどうしたんだい」

「前に、お父さんが飲んでたのをちょっとだけ貰ったことがあったんだけど……」

「あー、口に合わなかったんだ」

 

 ブランカと遊びながら「苦かったのと消毒液っぽい臭いが」と鼻を摘んでしかめっ面を作る葵ちゃんが何処か馬鹿馬鹿しくて、思わず吹き出してしまいそうになってしまった。

 

「コーヤ?」

「うーん。まあ、そうだなあ」

 

 ビール、酒。まあ、ぶっちゃけ美味しいのかと問われると『人それぞれ』としか答えられない。

 椅子に座ったまま、頬杖をついて少し考える。

 

 人によってはかの悪名高き(偏見込み)スピリタスとビールを割ることで甘味の強いビールに化けると言っている人を知っている。というか同期の山下がそれである。あいつは何でもかんでもスピリタスで割ろうとするので例外かもわからないけど。

 

 俺が焼酎は苦手でも酎ハイは飲めるように、ぶっちゃけ趣向的に見てしまうと本当に千差万別だ。

 

 俺自身は飲む機会は会社の付き合いで飲む程度だけど、それでも飲む時はかなり飲む。帰ってきてから飲むことはそうそう無いけど、年に数回衝動的に飲みたくなる時もある。

 

 そう考えると、受け取った500缶ビールがまだまだ沢山あるのでどうしたものかと頭を抱えそうになる。いやはや本当にどうしたものだろう。

 

「葵ちゃんが玉ねぎが苦手なように、人それぞれ好みはあるしね。なんて言えば良いかな……」

「ふーん……大人の味、ってやつなのかな?」

 

 大人の味。陳腐な表現であるけど、あながち嘘でもないらしいので。昔、ネットの記事か何かで『子供の舌は未発達かつ敏感なため、苦味、酸味を美味しいと感じとることが難しい』『成長するにつれて、苦味と酸味も美味しいと感じられるようになる』といった趣旨のものを見たことがある。

 

「あながち、嘘でもないみたいだからね。まあ、美味しく飲めるようになったらそれが一番だよ」

「うん、そうだね」

 

 それはそれとして。ちょっと本気で困ってしまった。

 

 このビール、実は桃華さんが福引で当てたものの、あり過ぎても誰も飲まないからと御好意で貰ったのだ。

 そして貰ったはいいものの、俺自身家で飲むことはそうそう無い。今回は年に数回のレアケースである。

 無理してというか、気分がのってない時に飲むお酒ほど不味いものは無いと断言できる。間違いなく。

 上司の家族から好意で頂いたものを捨てるのも、絶対不味い。考えただけで胃がキリキリと痛む。最悪、山下にこっそり譲ろうか。

 

「どうしよう」

「コーヤ、どうしたの?」

「……ビールをこうやって家で飲むことが、年に数回しかないから、貰ったビールどうしようかなって」

「そっかー。なら、ビール煮にしよっか」

 

 ビール煮。なんか、またそうそう聞かないワードが出てきた気がする。まあでも、葵ちゃんの手料理はどれもこれも美味しいし、楽しみにしてよう。

 

「楽しみにさせてもらうよ、葵ちゃん」

「腕によりをかけて作るから、楽しみにしててね! コーヤ!」

 

 次の日の夕食後から、俺の好物に鶏のビール煮が追加されたのは、間違いなく余談である。

 



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