魔法少女リリカルなのは~恋する融合騎~ (旗本)
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1話

これから頑張って行こうかと思います。
不定期ですが、よろしくお願いします。




***

「ふぅ……やっと奥まで来れたか……。」

 

 とある管理世界にある研究施設。その中で鉄槌の騎士、ヴィータは一人ごちていた。

彼女がここへ派遣されてきた理由は、新規発見された違法研究施設の調査である。

既にスタッフや資料などは引き払われた後の様で、施設の中には今後役に立ちそうなものは一切見つからないのが現状だった。

 

 しかも、そのくせにこの施設、やたらめったらと広いのである。なまじ大量に部屋があるせいで、何も無さそうな場所でも一応は目を通さなければならない。本来、捜索よりも破壊の方が得意なヴィータには慣れない仕事だった。

 

「はぁぁ、リインも疲れたです……」

 

 そう言ってヴィータの後方でがっくりとうなだれているのは、リインフォースⅡ。八神はやてが管理局と共に作ったユニゾンデバイスである。銀髪に白を基調としたバリアジャケットを纏っており、ヴィータの赤いバリアジャケットとのコントラストも相まって、二人の姿はかなり目立つものとなっているが、特に人がいる訳でもないここではそれを気にする事も無い。

 

「ったく、紙の無駄遣いしやがってよ。」

 

 ヴィータは部屋に散乱した白紙の資料をかき集め、内容(状態)の確認だけしてまたぽい、と捨てる。本来はこのようなものでも回収しなければならないのかもしれないが、どう見たってただの白紙である。ただ何故かそこら中に大量にぶちまけられていて、あたかも荒らされました、というような状況だが、おそらく苦し紛れのカモフラージュと言ったところだろうか。何にせよ、これ以上ここに居ても実入りはなさそうなのは明白であった。

 

 そして、ようやく最奥に到達したのである。無駄に長く広い構造のせいで二人だけで探すのは骨だったが、それもようやく終わる。この部屋を探してしまえば任務完了だ。報告書だって書くのにそこまでの時間はいらない。大した情報も、何もなかったのだし。

後は戻って外で待機している調査隊の局員たちに場を引き渡せばよいのだ。

 

「帰りしなに何か買って帰るか? さっき見つけたアイスとか!」

「わぁ! それは素晴らしいアイデアだと思います! さすがヴィータちゃんです!」

 

 ここに来る途中に見つけたアイス屋の場所を思い出しながら、はやて達の分も買って帰ろう、と決意し、今からみんなで食べるアイスに思いを馳せ、その表情を綻ばせるヴィータ。

それにつられてリインも笑顔を見せ、もうほぼ任務のことなど頭から抜けかけていたような状態の二人だったが、リインが部屋の奥にある、壁と壁の間のわずかな“ずれ”に気づいた。

 

「あれ……ヴィータちゃん、あそこ……少し違和感があります。」

「……何だと?」

 

 先ほどは少しだけ気を緩めはしたが、ヴィータとて一流の戦士である。すぐに気持ちを切り替え、目の前の壁を凝視する。

 

「……確かに、なんか……変だな。」

 

 壁と壁の間にわずかな隙間があり、よく見れば壁の色も微妙に一致していない。

触れてみると、ガコン!という音と共に、壁の一部が後ろへと下がって行き、新たな通路が現れた。

ヴィータの今までの経験からして、こういうのにはろくな思い出が無い。たいていが厄介事に繋がってしまい、後の予定がつぶれたことも何度かあった。

 

「アイス、買いにいけるかな……」

「と、とにかく中を調べましょう! こちらも既に引き払われている可能性だってありますし!」

 

 もう帰りたいという気持ちが言葉にも思いっきり現れているリインとヴィータだが、いつでも戦闘態勢に入れるように準備だけはしておく。施設内部では特に何も無かったが、隠し通路とあっては迎撃装置などがあったとしても不思議ではない。

周囲の警戒を怠らないように、注意深く歩を進めるリインとヴィータだった。

 

***

 あれからいくらか歩いたが、そこまで長くは歩いていない。せいぜい10分かそこらだろう。それでも施設の通路にしては異常に長い気がするが、どうもこの通路、途中から外部に通じていたようで、最初はいかにも研究所然としたメカニックな通路だったのが、現在は洞窟のような外観の通路になっているのだ。そして、その通路にも終わりが見えた。扉があったのだ。それもとびきり厳重にプロテクトを施された、セキュリティがっちりの防護扉。何かあるに違いない。なかなか抜け目の無い、強固なロックではある。だがしかし、自分は夜天の騎士の特攻隊長、紅の鉄騎、ヴィータだ。

その役割は、破壊と粉砕。

 

「ぶち抜くぞ、グラーフアイゼン」

 

グラーフアイゼンがヴィータの声に応えるかの様にその形をラケーテンフォルムへと変える。

 

「がんばるです! ヴィータちゃん!」

 

 火力の低いリインは横からヴィータに声援を送る。ユニゾンするという手もあったが、魔力消費やパフォーマンスも鑑みると、それは得策ではないと判断した。

 

「ラケーテン……ハンマァァァ!」

 

 鉄槌からカートリッジが排出され、魔力がロケットの様に噴出する。加速と遠心力によって威力を高められた一撃は、堅く閉ざされた扉をいとも容易く粉砕する。

粉塵が舞い上がり、それが薄くなって行くのと共に、扉が隠していたものが何なのか、明らかになってきた。

 

「よし、開いたか……ッ」

「です!……あッ!」

 

その中にあったのは、部屋の奥に鎮座する生体ポットと、それを制御する装置、そして…

 

「これは……融合騎……か?」

 

ポットの中では、リインと同じくらいの大きさの男の子が眠っていたのだった。

 

***

「システム掌握完了しました。対象を救出します。」

 

 リインにより制御装置のシステムは無事に解析され、中に居た少年(?)もポットから出すことができた。

 

(なんでこいつは回収されてなかったんだ……?)

 

 他の資料などは何一つ残っていなかったのに、この融合騎のような少年だけが取り残されていたのには激しく疑問を感じる。

 

 髪は金髪で短く、切れ長の目。微妙に、エリオに似ていると言われればそうかも知れない。

ヴィータは、友人が以前引き取り、それから自分も訓練に関わった少年を思い出す。あいつは、元気にしているだろうか。友人はいつも鬱陶しいくらいに「ウチのエリオがね、こんなことまでできるんだよ!最近はね……もしかしたら私よりも」云々などと自慢をしてくるのはよく聞いているが、本人にはしばらく会っていない。あの、六課解散の際の模擬戦の後、片手で数えられるほどしか会っていないのではないか。

 

 近接戦闘を担当する者として、シグナムと一緒にいろいろ教えたのもあって、久々に会ってみたい、等とも考えたが、今はそれよりも、目の前の小さな存在だ。

小柄な体も相まって、あどけない寝顔はエリオのそれよりも幾分か子供らしく見える。

 

「ん……」

「あ、目が覚めたですか?」

 

リインが覗きこむと、少年は目をしぱしぱと開閉して、

 

「君は……?」

 

と問いを返す。どうやらまだ意識がはっきりしていないようだ。

 

「あたしはヴィータ。こっちはリイン。どっちも管理局員だよ。」

「です!」

「あなた達は……」

 

そこまで声を発したところで急に、地響きが起こる。

 

「防衛プログラムが作動したみたいです!」

 

先ほどプログラムを掌握した時に施設の一部情報も抜き出したリインが悲鳴のような声をあげる。

 

「ちぃ……突破できそうか!?」

「結構な数のドローンが格納されてたみたいです! 個々の能力は高くありませんが……ここからだと戦いながら入り口まで戻るのはキツそうです!」

 

 確かに、ここから調査隊の所までは結構な距離がある。おそらくいちいち相手にしていたのでは魔力がもたないだろう。いかにヴィータに突破力があるとはいえ、そこまで長い距離を突撃し続けるのは、今のままでは、魔力も体力も心許ない。

 

「ヴィータさん、リインさん」

「あん? どうした?」

「どうしたのですか?」

 

どうする、と思案していたところで後ろから声をかけられる。先の金髪の少年である。

 

「俺の名前はデプスです。融合騎のレプリカとして作られた存在です。」

「なんだと?」

「レプリカ……ですか……」

 

 彼は自身のことを融合騎ではなく、融合騎のレプリカと言った。この施設でそんなものが作られているとは捜査では浮かんでこなかったが。

 

 そしてリインはこの時、最近人に造られた融合騎が自分だけではないことを初めて知った。

 

 記録の上では、最新の融合騎と言えるものは、自身の前身、リインフォース・アインスなのだから。

もっとも、自分はレプリカという形ではなく、正式なユニゾンデバイスではあるのだが。

 

一種の兄弟みたいなものですかね、と、何とはなしにそう考えていた。

 

「細かいことはいいんです。あなたはべルカの騎士、ですよね。」

「あ、あぁ。まぁそうだけどよ。」

「そしてリインさんはその…融合騎…ですよね?」

「はい! もっとも、本来はヴィータちゃんではなく、別の人のユニゾンデバイスなのですが!」

「そう……ですか。今、ドローンがこちらへ向かって来ているんですよね……?」

「はい! 通路もそんなに広くないので、接敵は避けられません!」

「リインさんとヴィータさんだけでは打開し辛い状況であると。」

「まぁ、確かにきつくはあるな。突破力が足りねーし、持久戦も今の状態じゃきつい。」

「それなら……話は早いです。ヴィータさん、俺とユニゾンしてください!」

「あぁ?……適合率は大丈夫なのか?別にリインとユニゾンしても抜けきれないことは無いんだぞ?」

「大丈夫です。俺は、騎士なら誰にでも“合う”様に造られましたから。それに、俺の力はこういう時には有用だと思いますよ。」

「どういうことですか?」

「それはユニゾンすればわかります。」

 

 この少年は、自分の力にそれなりの自信を持っているようだ。その目を見やれば、緑色の瞳が真っ直ぐとこちらを見つめていて、ヴィータは何となく、こいつに任せてみてもいいか、と思ってしまった。

 

「あぁ、面白いじゃねーか。いいぜ、ユニゾンしてやるよ。」

「ヴィータちゃん!?」

「問題ねーよ。それに、役立たずだと判断したらさっさと解除してリインと変わるからな。」

「期待に応えてみせます! 俺は……ここから出たいから……!」

「……お前、何か訳ありっぽいな。」

「いえ、大したことではありませんよ……今までずっと、外に興味を持ったんです。こんな狭い部屋じゃなくて、大空を飛ぶ光景を、何度も夢見てきましたから。」

「へぇ、分かった。あたしがその願い、手伝ってやるよ。行くぞ! デプス!」

「えぇ。俺に……見せて下さいッ! 外の世界をッ!」

「「ユニゾン・イン!」」

 

2人の声が交錯する。それをトリガーにして、ヴィータの体を光が包み込む。リインが手で視界を覆うほどの眩い光が、部屋中に広がった。そして、それが収まって現れたのは、髪が金髪に染まり、バリアジャケットが黒を基調としたカラーリングへと変化したヴィータであった。

 

「すごい! これは速そうです!」

「って……これ……ただのフェイトじゃねーか……!」

「フェイト? 何ですかそれ」

「うっせぇ! 友達だよ! こんな色のな!」

 

 つい先ほど、親バカ全開で自慢話をしてくるその友人の顔を思い出していたのもあって、声を荒げずにはいられないヴィータ。思わず頭の帽子を地面にたたきつける。

 

「えぇ……? ちなみにリインさん、速そうって……?」

「その人のウリは超神速の高機動なのです!」

「え、やだ……能力まで被ってる……」

「え?」

「え?」

「……」

 

微妙な沈黙が場を支配していた。

 

***

「おぉ、これはなかなか……」

 

 さっきは罵倒してしまったが、やはりユニゾンの影響力というものは凄まじい。いつになく体が軽く、自らの魔力と融合騎の魔力が合わさり、増幅するのを感じる。 

 

「俺の性能はとにかく速度を上げることを目的とした調整が為されてます。まぁ、あなたの魔法は登録出来ていないので使うことはできませんけど……問題無い筈です!」

「ん。リイン、お前はこっちな!」

「は、はいっ!? ひゃぁ!」

 

 そう言ってリインをひっつかみ、懐へと押しこむ。おそらくリインを掴んでいないと、置き去りにしてしまう。自分でも、どれくらいの速度が出せるのか分からないのだから。

 

「じゃあ……行きますよ! 疾風迅雷!」

 

デプスが紡いだのは、自らが編んだ魔導の名。

ヴィータは体の奥から力が溢れてくるのを感じた。

体は青い光に覆われ、さらに、手足から漏れ出た魔力が雷の形を成して、バチバチと周りに広がる。

 

「へぇ、こいつはいいな……うっしゃあッ!」

 

一瞬でトップスピードまで加速し、扉を抜け、通路を飛翔する。

 

「ひゃ、ひゃわわわわわわ!」

 

 懐でリインが目を回しているが一切気にしない。

もうすぐ防衛プログラムのドローンと接触するからだ。

 

「おい! このままでいいのか!?」

「えぇ、突っ切ってください!」

 

 デプスからの力強い返答にうなずき、そのまま突っ込む。目の前に機影が映り、その距離も一瞬で詰める。敵との距離が一瞬で無くなり、あわやぶつかると言ったところでも、ヴィータは一切速さを緩めなかった。

 

「ボルテックブリッツ!」

 

 ヴィータの周りに雷を纏った魔法の膜のようなものが形成され、ドローンとヴィータがぶつかった瞬間、ドローンの体駆に大きな穴が開いた。

 

「凄ぇ威力!」

「こ、これはまさに人間ロケットですぅぅ!」

 

若干興奮気味にヴィータが叫ぶと、リインも目を回しながら応える。それに気をよくしたのか、

 

「まだまだ行けますよ!」

 

 とさらに速度を上げるデプス。施設の中を閃光が走り、道中の障害物には全て大穴が穿たれ、さらにその後に音速を越えた衝撃波が襲いかかる始末。施設内はもう既にめちゃくちゃな有様だった。

 

そして、入口にたどりついた3人だが、驚くことに、ここに来るまで3分もかかっていない。そりゃあ道は突っ切って来たし、探索しながらではあったが、思ったよりも何倍も早かった。それになにより、気持ちいい。なんか、こう、あの、超スピードで駆け巡る高揚感。フェイトが脱いでまで速さを追求する(本人に言うと怒るが)のも頷けるというものだ。若干、癖になってしまいそうで怖い。

 

「「ユニゾン・アウト」」

 

二人の融合が解け、ヴィータはいつもの赤い恰好に戻る。

 

「デプス、お前結構すごいのな。」

「ありがとうございます。ヴィータさんも、素晴らしい胆力でした。あそこで怯まずに突っ込んでくれた時は、信頼してもらえたみたいで嬉しかったです。」

「ん、まぁ……そうだな。」

 

 ヴィータは照れ臭そうにそっぽを向いた。結構な期間管理局に勤めてきたし、お礼を言われたことも何度もあるが、未だにこの感覚には慣れないものだ。

 

「デプスさん! 凄いです! リインにはできないことを平然とやってのけます! そこにシビレて憧れます!」

 

 リインがデプスの手を掴みぶんばぶんばと振り回す。デプスは意外と力強いリインに振り回されながらも、まんざらではないようだ。

 

「あ、それに……俺はたぶんリインさんより後に生まれたと思うので、呼び捨てで……デプスで、いいです。」

「そ、そうなのですかっ! 私がお姉さんだったのですね! これはしっかり私がお姉ちゃん力を発揮しなければ! ほーら、いい子いい子!」

 

 リインはそう言っておもむろにデプスの頭を撫で、デプスは一瞬それに驚いてとぎまぎするが、すぐにそれを受け入れて目を細める。

ヴィータはそんな二人のほほえましい様子を見ながら、

 

――――これ、なんて報告すればいいんだろうなぁ……

 

と、そんなことを考えていた。

 




感想、誤字脱字報告、お待ちしております。


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2話

いちゃこらとか……書いたことなくて死ねるけど……頑張る……頑張る……


***

「これが……」

 

 デプスは感極まって小さな声を漏らしてしまった。

生まれて初めて見る夜空、それが、こんなに綺麗で、大きいものだなんて。

自分はなんて幸せなんだろう、と、心の底から思う事が出来た。

 

 融合騎として造られたのに、自分には自我があったのに、課せられるのは実験材料となることばかり。外に出たことなんて一度も無かった。ただ知識としては知っているだけに、それが余計に辛かった。

 

 ぞれが、今では遂に自由の身だ。何故あんなに熱心に自分を調整していた科学者たちがデプスを連れて行かなかったのかは、実はデプス自身にも分からない。だが、それよりも今は、この空を一人占めできるという奇跡に、酔いしれていたかった。

 

「デプス。」

 

自分を呼ぶ高めの声に、ふと振り返る。

 

「眠れないのですか?」

 

気がつけば、後ろにリインフォースⅡがいた。

 

「あ、いえ……そういう訳でもないんですが……嬉しくて。」

「嬉しい……ですか。あ、それと、リインにも敬語はいらないですよ!」

「そ、そう? じゃあ、そうする。」

リインも、それでよいのです、と胸を張って、デプスが座っている岩の上、デプスの隣に腰を下ろす。

 

「ヴィータさんは?」

「まだ報告が終わっていないようなのです」

 

 ヴィータは現在調査隊に何があったかを報告している最中らしい。自分が行かないでもいいのかと聞くと、居てもいなくても変わらねぇと言われたので、おとなしく待機しておくことにしたのである。

 

「あの、移動魔法の余波で、施設の中がめちゃくちゃになってたらしくてですね……怒ってる局員さんが怖かったので逃げたらデプスさんを見つけたという次第です!」

 

 しょぼんとうなだれるヴィータとそれをがみがみと叱るはげ頭のおじさんを想像したデプスは、何だかほほえましいなあと思いながらリインの方を見やる。

今は局員の制服を着ている彼女は、自分と目が合うと微笑みで返してくれた。

 

「あはは、体が小さくてよかったね。でも、バレなかったの?」

 

 リインくらいの大きさでも、ふよふよと浮いていればそれなりに目立つ筈である。どうやって局員の目を誤魔化したのか気になるところだ。

 

「私は別に怒られてる訳じゃなかったので、ゆっくりヴィータちゃんの後ろに回ってフェードアウトました!」

「な、なるほど……」

 

 つまりヴィータは盾にされた訳である。仕方なかったとはいえ、こうなったのは半ば自分のせいであることも相まって、申し訳ない気分になってしまう。

 

「なんか、ごめんね。俺のせいで……」

「いえいえ!大丈夫なのですよ!……さっきヴィータちゃんが念話で【あとでデプス共々とっちめてやるからな】って恨めしそうに言ってましたから……」

「え、えぇっ!?」

 

 明るかったリインの表情にも影が射し、あとでヴィータによる折檻を受けることを告げられる。しかもいつの間にかデプスまで対象に入れられていた。

 

「これで一蓮托生ですね! 旅は道連れです!」

 

 あの固そうな鉄槌で殴られたらと思うと、心底恐ろしい。しかもリインの様子を見るに、手加減してくれる訳でもなさそうである。こんな小さな体では、一瞬で地面と同化してしまうだろう。

 

「ひ、非殺傷設定とか……物理攻撃に働くのかな……?」

「どうでしょうねー……斬撃ならまだ大丈夫なんですけどねー……」

「俺の演算能力なら、気づかれないように一瞬でプロテクション張ることも……」

「ヴィータちゃんの特技は……バリア抜きなんですよ……」

「絶望的じゃないですか……」

 

 遠い目をしたリインに告げられた彼我の戦力差は絶対だ。ヴィータの技術、魔力量を見る限り、例え最初から全力で防御したとしても容易く抜いてくるだろう。それにもともと自分は防御が得意ではない。がっくりと肩を落とす。そんなデプスの様子を見かねてか、リインは自身の青い魔力光をふりまきながら彼をはげましにかかった。

 

「えぇと……だ、大丈夫です!お姉ちゃんに任せるのです!」

「お、お姉ちゃん?」

「そうです! 私の方が年上ですから、私がしっかり守っちゃいますよ!」

 

そういえば、先刻もお姉ちゃん力がどうとか言っていたが、どうやら本気にしてしまったらしい。

 

「お姉ちゃん……かぁ……」

「?どうかしましたですか?」

 

小首をかしげながらリインが問うが、デプスは苦笑で帰すしかなかった。

 

「いや、何ていうか……むず痒くて。」

 

 今まで肉親どころか、まともな繋がりを持ったことも無かったのである。急に姉と言われても、少し戸惑いが残る。まぁ、ここでいうお姉ちゃんという言葉は、年上ということを示すだけの物なのだろうが、それでもむず痒いものはむず痒い。

 

「研究所では、ずっと物扱いだったから。リインさんみたいな人に会えて、嬉しいよ。」

「デプスさん……」

「繋がってるって、素敵だね。リインさんも、ヴィータさんも、仲良くて。ちょっと羨ましい、かな。」

 

 デプスは少し自嘲気味に笑った。こんなことを羨んでも仕方がない。彼女達は何も悪くないのだ。ただ、自分はこんな環境に生まれ、リインは恵まれた環境に生まれた。それだけだ。

それでも、という考えを抱いてしまう自分が、デプスは情けなかった。妬みや嫉みから生まれるものなんて、何もないのに。

そうやって一人、ずぶずぶと自己嫌悪に陥って行くデプスだったが、

 

「大丈夫ですよ、デプス。」

 

 唐突に両頬に手を添えられ、目を見開く。

自分と同じ小さな手。しかし、そこから感じる温もりは、とても心地よい物だった。

 

「リインさん……?」

「あなたはもう、1人じゃありません。私も、ヴィータちゃんも、みんなあなたの味方なのですよ。それに……」

「……」

 

隣から自分を支えてくれる手は、小さかったけれど、とても大きく力強く。

 

「デプスさえよければ、その……私たちと一緒に来ませんか?」

「え……?」

「も、もちろん私の一存では決められないのですけれど! ここで出会ったも何かの縁! 行く当てがないのなら、ウチに来れば良いのです!」

「……本当に……いいの……?俺なんかが居て……」

「ご心配なく! ウチには既にリイン含めて2基の融合騎が存在するのです! 定期メンテナンスだってお手のものですし、収入だって融合騎1基追加で養うくらいはわけないくらいあるのです!」

リインは胸をどん、と叩いて、かくいうリインも結構稼いでいるのですよ!と得意気に説明する。

 

 何というか、底抜けにお人好しというか。

気を遣ってくれているのだろうか。

話す様子からして、リインからすれば何のことはない話なのかもしれないが。

その心遣いが、今はどうしようもなく嬉しくて。

 

「……」

「あれ?デ、デプス?大丈夫ですか?」

「……はは……おかしいな……俺……デバイスなのに……機械なのに……」

涙が止まらなかった。俺は自由になれるんだ、ちゃんとした繋がりが持てるんだって、リインを見ていれば簡単に分かる。今この瞬間、俺はやっと解放されたんだ。それを実感できるのが、たまらなく嬉しくて、リインの手の温かさもあって、もうどうしようもなくなった。

「……あなたも私も、融合騎なのです。普通のデバイスとはちょっと違って、感情が思いっきり表現できます。それも、好きなだけ。機械だなんて、関係のないことなのですよ。」

「……ッ!……ッ」

 

 リインもデプスも、同じ存在。人に造られた融合騎。それでも、リインはこんなにも暖かくて、自分はこんなにも冷たく沈んだ存在で。

 

「今は、私しか居ませんから。思いっきり泣いたらいいと思いますよ。」

「……う、うあぁ……うあああぁぁぁ!」

 

 リインはデプスを抱き、その頭をゆっくりと撫でてやる。その表情からは、紛れもない母性が感じとれ、いつも八神家の末っ子と言われ、可愛がられるリインにしては、どうにも珍しい光景だった。

現に――――

 

「……なんだありゃあ……」

  

 上官からの説教を終え、さぁあいつらにお灸を添えてやろうと探し回っていたヴィータが、その様子を見て目を丸くしていた。

 

「……これじゃ入れねぇじゃねぇか……」

 

 あんな所に無理矢理割り込んで折檻を始めるほどヴィータは野暮な女ではない。いい女は空気を読める物なのだ。

 

「……ちぇっ、あいつらの分のアイス、あたしが食ってやろうかな……」

 

右手に提げたアイスの袋を力なく肩にかけ、すごすごと自分のテントに戻るヴィータだった。

 

――――リインって、意外とお姉ちゃん力、あるのかも。

 

リインに対する心象をひっそりと改めながら。

 

……お姉ちゃん力ってなんだという疑問は、隅に置いといた。

 

***

「はやてちゃんはやてちゃん!」

 

 一通りの書類仕事もこなした八神はやて二等陸佐は、クラナガンにある実家のリビングでコーヒーを飲んでいると、慌ただしい声と共に緊急通信がかかってきた。

 

「な、なんや! どうしたんやリイン!」

 

 緊急ということだから、何か厄介事には違いない。もしや共に派遣したヴィータに何かあったかと思考を巡らせるも、まずは話を聞くべきだと、意識をリインに戻す。

 

「八神家緊急家族会議を開く必要があるのです! ヴォルケンのみんなを招集して欲しいのです!」

「お、おぉ……何があったんや?」

 

 いつにない剣幕でモニターに迫るリインのあまりの迫力に押され、ついついのけぞってしまうはやて。リインがこんな状態になるのもかなり珍しいことだ。本当に一体何があったのか不安になるが、よく見ると後ろにヴィータも居るので危険があった訳ではないと察し、そこだけは少し安心する。何かうなだれて「アイス……結局食われた……」などと虚ろな目でつぶやいてはいるが、無事で何よりである。さらに、

 

「あら、はやてちゃん、リインからの通信って……何かあったの?」

 

と、洗濯ものを終え、ベランダから歩いてきたシャマルが、はやてのモニターを覗きこむ。

 

「あぁ、シャマル。なんやリインが緊急家族会議やーいうてな?」

「き、禁急ですか。どうしたんですか?」

 

 尋常ならざるリインの様子とうな垂れるヴィータを見て、思わず、すわ何事かと気を引き締めるシャマルだったが、告げられた言葉はその予想のはるか斜め上を行っていた。

 

「弟が欲しいのです!」

「……は?」

「……はい?」

「だから、弟が欲しいのですぅ!」

 

八神家のリビングを、静寂が覆い尽くした。

 

 




荒ぶるリインのお姉ちゃん属性。
ちいさな体におっきな器。これがリインフォースⅡなんだよ!

ヴィータは不憫。はっきりわかんだね。
そしてデプスが目から流した液体は一体何なのか。
いろいろと頭の悪い文章で申し訳ありません。これから精進していこうと思います。

リインがですです言い過ぎてガンダム00のミレイナに見えてしまう気がしないでもないけどきっと気のせいです。


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3話

「……えっと、つまり、違法施設に遺棄されてた融合騎の処遇が決まらんから、ウチで引き取ろうって感じやねんな?」

「……うん、そんな感じ。」

「そういうことです!」

 

 リインはさっきから興奮しっ放しで、説明も要領を得なかった為、改めてヴィータから説明を受けたが、だいたいそういうことらしい。

 

「で、君がデプス君か」

「……はい。初めまして。融合騎のデプスです。」

「へぇ…。ウチにはアギトもおるし、融合騎には事欠かへんねんけどなぁ。」

「そ、そんなこと言わずに!はやてちゃん!お願いです!後生ですから!な、何でもしますからっ!」

 

 そう言って頭をぶんぶんと何度も下げるリインの様子に、ヴィータは若干ひきつった笑いを浮かべながら、

 

「はやて、リインがこんなわがまま言うのって珍しい事なんだし、聞いてあげてもいいんじゃないかな?」

 

 とはやてに打診する。デプスは2人がこんなに自分の為に気を揉んでくれただけで十分に嬉しかったが、できることなら、自分も彼女等と共にありたいと思うようになっていた。

 

「うーん……でもな、ユニゾンデバイス一基って、そんなに軽いもんとちゃうからなぁ……」

「は、はやてちゃぁん……」

 

 リインは今にも泣き出しそうな勢いだ。それを見てシャマルやヴィータはどうなるかと一瞬身構えるが、

 

「あはは、何てな。冗談や冗談。デプス君はどうなん? ウチは別に受け入れるのは構わんで?」

 

と、はやてがあっけなく掌を返したのを確認してほっと一息ついて緊張を緩めた。

 

「俺は……リインさん達に助けられて、自分から求めるのは、ちょっと浅ましいかもしれませんけど……凄く嬉しくて。できれば……リインさん達と……その、一緒にいたいかなって。」

「ん、そかそか。あー、じゃあ今度歓迎パーティでも開かんとな! ウチもいつの間にか8人の大所帯や……。」

「えぇ!? は、8人ですか!?」

「うん、8人やで」

 

 これにはデプスも驚いた。既に7人の家族が居たのにも驚きだが、それに自分を加えても余裕があるとは。だが、リイン自身も稼いでいると言っていたし、もしかしたら家族みんなでそれぞれきちんと稼いでいるのだろうか。恐らくはやても高ランク魔導師であるし、きっと給料もたくさんもらっているんだろうなぁ、と考えていると、はやてが、「最初は1人やったのに、えらいところまで来たもんや……」と、しみじみ言うのを聞いて、何を思ったのか、

 

「あの……はやてさんも……1人だったんですか?」

と、つい尋ねてしまうデプスだった。

 

「ん?あぁ、そうなんよ。9歳までは仕送りもらって1人で生活しとってんけどな、そこから色々あって、いつの間にか、こんなことになったんよ。」

「……その色々、いつかお聞きしたいものですね。」

「ええよええよ。これから一緒に過ごすんやったら、時間なんていくらでもあるやろし」

「リインもいっぱいお話するのです!」

「え?うわわっ」

 

 よかったー!と言わんばかりに飛びつくリインに、それに恥ずかしそうではあるが満更でもない様子のデプス。それを見たはやては、

 

「ふーん……、へー……、ほぉー……」

 

と、にやにやとした笑みを見せる。ついでにシャマルも

「あらあらうふふふ」

と含み笑い。

 

ヴィータは無反応だった。

 

「これは、これから面白い事になるかもしれへんなぁ。」

 

はやてが呟くと、シャマルも、微笑ましいですねと笑みを返す。

 

「ヴィータちゃん達はいつ頃帰ってくるの?その時にお祝いできればいいんだけど……。」

 

 八神家はほぼ全員がきちんとした役職を持って働いている。その大半の職場である管理局は、万年人手不足に悩まされている事もあって一人にかかる負担がそれなりに大きいのだ。よって、家に全員が揃うことは少ないのだが……

 

「3日後くらいかな。ちょうどあたしらは非番の日だけど……どうだ?」

「あー……シグナム以外は非番の日ね……。」

「そんなの、有給とらせりゃいいじゃん。どうせ溜まってんだろ。」

「え、何もそんなに気を遣わなくても……」

「いーんだよ。ゲストは大人しく祝われてろ。な?」

 

 それにしても有給を使わせてまで来てもらうのはそのシグナムさんと言う人に悪い気もするが、周りは誰も彼も「まぁなんとかなる」といったような雰囲気である。

心の中でシグナムさんに何度も謝罪しながら、結局この場は流されてしまうデプスだった。

 

***

「やりましたですよー! これで本当に姉弟になりましたよ! デプス!」

「え? ……えぇ?」

 

 いつの間にか家族に数えられてしまったことに驚愕するが、すぐに合点がいって納得する。

確かに居候、というより家族の方が響きがいい。それに、より深い繋がりを感じられるというものだ。

 

「家族……」

「はいです!デプスはこれから八神デプスになるのです!」

「なんか微妙な語感だな。八神デプス。」

「えー、そんなこと無いと思いますよ! ヴィータちゃんのセンスがおかしいだけです!」

「あん? 言ったなー?」

「あ、あわわわわ、リインの小さな頭に指で万力をかけるなんて酷いです! あいたたたたた!」

 

 漫才を始めたヴィータとリインを尻目に、デプスは「家族」という言葉を噛み締める。

デプスにとって初めてできた温かい繋がり。その重みを、しっかりと受け止めて。

 

「じゃあ……俺はこれから、八神デプスと名乗らせてもらいます。【超電の化神】と銘打たれたこの身、あなた達に捧げることを誓います。」

 

自分が生まれた時、本当の、本当に最初。

 その時に付けられた二つ名を口にする。

こんな仰々しい名前、本当は嫌いだった。自分はそんな器じゃないし、異名をつけられていたって、研究所では所詮ただの研究材料でしかない。辛い思い出が蘇って、口にするのも憚られていたけれど、それでも、この名は自分が自分であることの、唯一の証明だから。その力を精一杯、大切な人の為に使えるように。

 

「おいおい、何もそんなかしこまらなくてもいいんだぞ?あと家族ならあたしにも敬語はいらねー。」

「そうですよ。みんな対等なのです! これからよろしくお願いしますね!デプス!」

「2人とも……うん! ありがとう!これからよろしく!」

 

今度は遠慮せずに、心からの笑顔で応えることができたと、そう思う。自分の笑みに、微笑み返してくれる人達が、目の前に居たから。

 

***

「デプス、デプス。ちょっといいですか?」

 

 自分の受け入れ先はなんとかなったが、まだ施設調査の事後処理は終了していない。ヴィータもリインも書類作成に終われていた筈で、自分は動くことができないのでとりあえず先ほどの石の上で空を見上げていたのだが、リインが後ろから声をかけてきた。

 

「あ、リインさん。どうしたの? 仕事は?」

「こっそりヴィータちゃんの所に混ぜてきたのです!」

「うわぁ……」

 

書類に囲まれて涙目のヴィータを想像し、心の中で合掌をしておく。

 

「それでですね……私のことはお姉ちゃんと読んでくれていいのですよ?」

 

 リインから提案(?)されたのは、自分を姉と呼ぶこと。まぁ、実際に頼りにしているし、慕う気持ちもあるのでそう呼ぶこと自体は吝かではない、が。

 

「う……えーと、お姉ちゃんはちょっと恥ずかしいから……リイン姉さんでいいかなぁ?」

「はぅあ!……こ、これが末っ子を得た感覚……! ひ、筆舌に尽くし難しッ! ヴィータちゃんが年下を欲しがった気持ちが今理解できました!」

 

なんか1人で悶えてるリイン姉さんだった。リイン姉さん…悪くはない響きだと思った。

 

 

***

「おかしい。これは絶対におかしい。」

 

 ヴィータは困惑の極みにいた。さっきまでに作成した書類の数と、残りの書類の数が、どう考えても合わない。

 

「絶対に増えてやがる」

 

 自分は特に書類の山をいじってはいない。そして、誰かがそれをいじったとしても、隣までくれば自然と気づくはずである。だから、誰にも書類を増やすなんて嫌がらせを行うことはできない。というかそんなことをしてメリットのある奴がいない。

……一人を除いては。

 

「……リインってこんなやつだったっけ……」

 

 確かにリイン相手にこちらからいろいろと仕掛けることはあったが、その報いだろうか。日に日に強かになりゆく妹分にどう報復してやろうかと考えていると、

 

「八神三等空尉、すまないがこちらの書類……書きこんでくれないか?」

「……了解」

本気で泣きたくなったヴィータだった。

 

***

「家に帰る前にちょっと買い物でもするかー」

「それは名案です! みんなに素敵なお土産を買いましょう!」

 

 先刻、引き渡しも含めた任務は全て完了したが、転送ポートの使用時間までにはまだ余裕があった。ここも管理世界なので、クラナガン程ではないものの、ショッピングモールやデパートなど、様々な施設でにぎわっていた。

 

「すごい……人がいっぱい……」

 

 あまり人と接したことの無かったデプスは、ここまでたくさんの人が一つの場所に集まった光景を見たことがなかった。さらに、町中の看板、店頭の商品、どれも初めて見る物ばかりで、興味の対象には事欠かない。

 

「リイン姉さん、これは一体……電子タバコ……?普通のじゃだめなの?」

「電子タバコですか? これはタバコをやめたいけどやめられない人の為の物で、せめて吸ってる感覚だけでも味わって欲求を誤魔化そうというものなのです。中に入ってるのは水蒸気だけなので身体に害はないのですよ。あ、でもデプスは絶対に吸っちゃだめですからね! デバイスがタバコなんて吸った日には、何が起きるか分かりません!」

「なるほど……面白い発想……。あ、大丈夫だよ姉さん。別にタバコは吸わないから。」

「お前らはなんの話をしてるんだよ……」

 

そんなやりとりをかわしつつ、ショッピングモールでお土産を探す。

 

「やっぱここにしかないお菓子とかがいいよな。……お、これなんてどうだ?」

「おぉー!ど、ドラゴン肉のハンバーグですか!なんて興味をそそられる響き…!」

「そ、それって……みんな喜ぶのかな……?」

「ぜってー喜ぶって!たぶん!よし、買おうぜ!」

「賛成です!」

 

 リインとヴィータは完全に自分たちの好みでお土産を選んでいるが、一般常識に疎く八神家の面子の好みなどを知らないデプスには意見ができず、二人を止めることはできない。明らかに自分達の好みだけで判断しているのだが、まだそこまでヴィータ達のことを知っていないのも一因であった。

 

「お!あそこにもアイス屋発見! しかも結構いい感じだぞ!」

「アイスですか!」

「アイス!」

 

 融合騎は二人揃って一気にテンションアップする。リインはもとより、デプスも先日貰ったアイスをすっかり気に行ってしまい、今度は違うアイスが食べられる、と、上機嫌だ。

メニューを見て品物を選ぶ。

 

「リインとデプスは身体が小さいのでハーフで充分なのです!」

「昨日はレギュラーで死ぬ思いをしたからね……」

 

 デプスは初めてのアイスをたべた時、あまりのおいしさに一気にレギュラーサイズのアイスをかきこんでしまい、それはそれは酷い目にあった。今度はハーフでじっくり食べればそれで満足だ。こう言う時に小さい体は便利である。

 

「おっちゃん、ストロベリーのレギュラーと……」

「レモンシャーベットとチョコミントのハーフセットをお願いします!」

「おぉ、お嬢ちゃん達……妖精さんかい?初めて見るなぁ。」

「そんな感じです!」

「違うだろうが。」

 

 ヴィータのツッコミをもろともせずにリインは店主の男と会話を進める。リインの人懐っこい性格はこう言う時に大いに役立ったりもするのだ。

 

「ははは、お嬢ちゃん面白いな! ほれ、バニラ一個サービスしてやるよ!」

「わぁ! ありがとうございます! さ、デプスもお礼を言いましょう!」

「うん、ありがとうございます!」

「こりゃあ礼儀正しい妖精さん達だな。そっちの赤い譲ちゃんも。 よし、こっちもサービスだ!」

「おぉ、おっちゃん! ありがとー!」

「毎度あり! また来てくれよ!」

 

 こういうふうに、しょっちゅう店の人と仲良くなって、その末にサービスしてもらえることが多いのだ。外見との相乗効果もあるだろう。ヴィータは心の内でしてやったり、と黒い笑みを浮かべていた。

 

「あ、ヴィータちゃん、そろそろいい時間ですよ! 転送ポートへ行きましょう!」

「ん、そーだな。デプス、満足できたか?」

「うん! ヴィータ姉さん、ありがとう! いい経験になったよ!」

「あ、あたしも姉さんなのか……?」

「あ、嫌だった……かな……?」

「い、いや、全然かまわねーぞ! へへ、そうか、あたしもお姉ちゃんか……!」

 

機嫌をさらによくしたヴィータ達一行は、勇み足で転送ポートへと向かうのだった。

 

 

~一方その頃~

「主はやて、どうなさいましたか。」

「あ、シグナム?あのな、お願いがあんねんけどな、3日後やねんけど、ちょっと有給とって欲しいんよ。」

「ほう、それは構いませんが、何かあったのですか?」

「八神家にな……新しい子供が誕生してん……」

「!?」

「じゃあそういう事で、よろしくなー。」

「え、ちょ、待っ! 主!?」

ブツッ

「……何があったというのだ……!」

 

 




やっぱり不憫なヴィータさん。
そしておかん属性が付加されつつあるヴィータさん。
彼女のポテンシャルは未知数ですね。

唐突に現れる主人公の二つ名…!
ゆくゆくは戦闘描写とかにも入りたいなーって。
一応いろいろと設定は考えております。
そして俺の技のネーミングセンスがすさまじいことを再確認しました。悪い意味でな!!

感想、誤字脱字報告お待ちしております。


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4話

***

「あれがみんなの家なんだ……。なんていうか、その……色々と、おっきいね……!」

「だろー、自慢なんだぜ。」

 

 あれから第一管理世界、ミッドチルダへ帰還したデプス達は、真っ直ぐにはやて達が待つ実家へと足を進めた。デプスもリインも、何だかんだいってヴィータだってこの行事を楽しみにしていたのだ。自然と家路につく足も早まるというものだ。

 

 そして視界に映った一軒家。それをリインが

「あれが私達のお家です!」

と紹介した時は、救出されてから今まで何度も驚くことに遭遇したが、その中でもかなり大きい方の衝撃に分類されるだろう。

 

まぁ、よくよく考えてみれば、7人家族でお金持ちとくれば、こんなものなのかもしれないが。きっと一人一人に個室が用意されているのだろう、そう思えるくらいには大きかった。

 

「驚くのはまだ早いのですよ! なんとこの家、ベランダにビーチまでついているのですよ!」

「な、なんだってー!?」

「ほらほら、茶番はもういいから入るぞー。ただいまー、はやてー!」

 

 またも明かされる衝撃の真実に体全体で驚きを表現するデプスだったが、ヴィータが鍵を使ってそそくさと家の中へ入ってしまったので空回り。どうすればいいかわからず固まってしまう。

 

「あ、まってくださいヴィータちゃん! ほら、行きましょう!デプス!」

「わわっ引っ張らないでよリイン姉さん!」

「善は急げ、です! ごちそうが、幾多のごちそうが私達を待っているのですよー!」

 

 困惑するデプスの腕をひし、と掴み、玄関へと吶喊するリイン。デプスも叫びながらもその表情に浮かんでいるのは笑顔である。

 

「おかえりー、リイン、それにデプス。こうして直に会うのは初めてやな。私が八神はやてやで。」

 

 そう言ってエプロン姿でデプス達を迎えてくれたのは、この家の家主、八神家の大黒柱、はやてである。短めの茶髪を揺らしながらこちらに手を振る姿は、とても家庭的で、デプスを安心させた。しかし、既に映像で顔は合わせていたものの、こうして実際に会ってみると、少し印象が変わってくる。思っていたより、少し背が低いとか。他にも――――

 

(……すごい魔力量だ……)

 

 最初考えないようにしていたものの、デプスは彼女を見た瞬間、そのけた外れな魔力量に本日3度目の驚愕を隠せないでいた。

 うまく抑えてはいるようだが、それでもデプスにはその内に内包されていると考えられる魔力量を予想して頭を抱えたくなった。

 

「ん?どしたん?」

「あ、いや……その……はやてさんの魔導師ランクって……」

「あー……、SSやで。でもリミッターついてるし……えと、もしかして私、そんなに威圧感ある?」

「あ、いえ、そういうわけでは! ……ただ、なんていうか、こう……」

「デプス、デプス。はやてちゃんはですねー……裏で小狸とかよく言われているのですよ。もちろんはやてちゃんはとても良い人ですけど、交渉の時なんかは……」

 

 この感覚をどうたとえたらいいのか分からず、もにょもにょと口をつぐんでいたデプスだったが、横からリインが身ぶるいしながら小声で耳打ちしてくれたことで合点がいった。

 

 油断しているとつけこまれそうな、裏のある笑顔。

 

さっきの違和感は、無意識の内に感じ取った、この女性の恐ろしさだったのだ。

 

「……納得しました。」

「何に納得したのか即刻問いただしたい所やけど、今日のところは勘弁したるわ。」

「ひぃっ!」

 

あまりの恐怖に思わず隣のリインに抱きつく。

 

「ひゃあ! デプス! どうしたのですか!?」

「あ、うわわ! ごめんなさい!」

 

 さすがに今のはデプスにとって恥ずかしかった。ビビって女の子に飛びつくとは情けないにも程がある。急いで離れて謝罪するが、当のリインは、

 

「全く、デプスは甘えん坊さんですね!」

とにこにこ笑顔。気にしていないのはいいことなのだが、さらに情けない気分になるデプスだった。

 

「ふむふむ。」

 

 何か品定めするようにデプスを凝視するはやて。この人が切れたら多分冗談抜きで管理世界一つくらい軽く消し飛ばすんじゃないだろうか、と本能で感じ取ったデプスは、とりあえずこの人は絶対に怒らせないようにしようと心に決めた。

 

 それに、リインがあんなに信用しきっているのだし。

悪い人や情の無いだったら、そもそもこうやって受け入れてはくれないだろうし、もっと違った使われ方をされていたはずだ。それが、家族として迎えられているのだ。余計な疑念は無用だった。

 

「ほら、いつまでもそうしてやんと早くリビングいこか。 皆待ってるで!」

「あ、はい! 行こう! 姉さん!」

「あ、あわわ! 今度はリインが引っ張られる側ですか!」

 

 先ほどの意趣返しも込めて今度はこちらからリインの手を掴んで先へと進む。すぐに通路を抜け、リビングにたどりつくと、そこには―――

 

「おせーぞ! デプス! リイン! あたしはもう我慢の限界に来てんだよ……!」

 

 おおきなテーブル、たくさんのごちそう、そして、こちらに向けられる10の瞳。

一斉に注目を浴びたデプスはそれだけで委縮してしまう。

 

(ほ、ほとんどの人がおそらく高ランク魔道師……!)

 

 これだけの使い手の集団に一斉に注目を浴びるのは初めてのことで、デプスはどこに視線をやればいいか分からず、何も言えなくなってしまった。うしろからはやても入って来た。

何か喋らないと……どうしよう……と、考えがまとまらずに困っていると、手を強く握られる感触がした。

 

(大丈夫なのですよ。リインがついてるです。それに皆優しい人達ですから。)

 

顔を上げると、リインが微笑みかけながら念話をかけてくれた。

 

(……うん、ありがとう、リイン姉さん。)

 

 この温もりがあれば、どんなことでも出来る気がする。リインが側にいるだけで、これほどの安心感が、自分を包んでくれる。リインの励ましに強い頷きを返し、こちらを注目する八神家の人達に向き直った。

 

「みなさん、今日からここでお世話になります、融合騎のデプスです! よ、よろしくお願いします!」

「おー、よろしくなー。」

 

 と、既にデプスから視線を外し、テーブル中央に鎮座するハンバーグに狙いを定めながら返したのはヴィータ。

 

「私はシャマル。よろしくね、デプスちゃん。」

 

3日前に一度顔だけ合わせたシャマルもそれに続く。

 

「シグナムだ。今後ともよろしくな。」

「ザフィーラだ。」

 

 初めて出会うシグナムとザフィーラは、無愛想ではあったが、身にまとう雰囲気は柔らかく、歓迎してくれているのは伝わった。ちなみにザフィーラは人間形態である。

そして、最後に。

 

「おう、あたしはアギトってんだ! 困ったことがあったら何でも聞けよな!」

 

 と朗らかに笑うもう一人の融合騎、アギト。

彼女ともいろんな話ができたらいいな、と考えつつ、よろしく、と答える。

 

「よし、自己紹介完了やな!それじゃ、早速……新しい家族のデプス君の合流を祝って!」

「かんぱーい!」

 

 あぁ、今まで何も面白いことなんて無かったけれど。

自分は、本当に幸せだなぁ。

と、そう考えないでいられず、感極まって涙まででそうになったが、そこはなんとか必死にこらえたデプスだった。

 

***

 

 8人でテーブルを囲う食事はとても楽しいものだった。まぁ、8人とはいっても内3人は手のりサイズなので大した規模ではないのだが。シャマルやアギトがデプスについて質問したり、逆にデプスが八神家のことについて聞いたり。話題の種は尽きることがなかった。

 

「それにしてもよ。」

 

ヴィータがおもむろに言葉を発すると、皆がそれに注目する。

 

「リインがやけにデプスに過保護なのが見ててすっげぇ面白いんだよ。」

 

いきなりそんなことを言いだす物だから、飲んでいた水を盛大に噴き出すリイン。

 

「な、ななななな! そんなことはありません! 別に今までずっと末っ子扱いだったから頼ってもらえるとついついはり切ってしまうとか! デプスを見てると守りたくなるとかそんなことは決してありませんです! 断じて!」

 

 盛大な自爆であった。

シャマルはあらあらまぁまぁと笑い、シグナムとザフィーラはほう……と興味深そうな声をあげ、はやてはふむ、と考えごとをし、アギトとヴィータは大爆笑である。

 

「あわ、あわわわわ」

 

 脳内回路がショートしかけのリインは、真っ赤に染まった顔をデプスの方へ向け、

(デ、デプス! どうすればよいのでしょうか!)

と助けを求めるが、当のデプスはというと。

 

「……」

 

 デプス自身も恥ずかしくなってしまい、顔を赤くして俯いていた。

(デ、デプスゥゥゥゥ!)

と念話で力いっぱい呼びかけると、ようやくリインの視線に気づいたが、何かを決意したような顔で

 

「そ、その……大事にしてくれてるのは……凄く嬉しいから……」

 

と、ずれた答えを返したのだった。

もうアギトとヴィータは腹を抱えて笑っている。

 

「うわわわわ、それはそれで嬉しいのですが今は羞恥心で胸がいっぱいです! 助けてはやてちゃん!」

 

最後の砦、マイスターはやてに泣きつくリインだったが、

 

「んー? あ、お幸せに?」

 

と返されてしまい、完全に後が無くなってしまった。

 

「あ、ああっ! リインはっ! リインは! ……きゅぅ」

 

 遂に恥ずかしさの限界を迎えたリインの心は、意識を失うことでなんとかその均衡を保とうとしたのであった。

 

 

***

 

 食事が終わり、リインの調子も戻ったので、誰が言い出したか、いつの間にかこの場はデプスのユニゾンお披露目会と相成った。 

 

 デプスは、特殊技能として、魔力波長をある程度変えられる能力を持っている。これによって、べルカ式の魔法を使う騎士であれば誰とでもそこそこの適正を持ってユニゾンできるという特性があった。

 

 そしてここに居るのは全員が古代べルカの一流魔導師。ユニゾンできない理由などどこにも無かったのである。

ちなみに、流石に家の中で魔法を行使するのはマズイので、運動用のアリーナを貸し出してもらっている。どうやら前からこうするつもりだったようで、はやてが貸出申請をしていたらしい。

 

「ではまず私から行こう。」

 

 そう言って前に出たのは、烈火の将、シグナム。一部からは戦闘狂と言われるほどのバトル好きとあっては、新しい力をいの一番に試さずには居られなかったのである。

 

「はい、シグナムさん、よろしくお願いします! 行きますよ!」

「あぁ、来い!」

「「ユニゾン・イン!」」

 

 シグナムの身体が光に包まれ、現れたのは、金髪になり、やはり黒を基調としたバリアジャケットに変わったシグナムだが。

 

「うわぁ……うわぁ……」

「これぶっちゃけただのフェイトちゃんやんな。スタイルもどっこいどっこいやし。」

 

瞳を切れ長にして、剣を持ったフェイトにしか見えなかった。

髪の毛はポニーテールなものの、黒い装甲、長い金髪、そして誰もが羨むあの肉体美。

思いのほか似ている部分のあった2人を思い返して、はやては苦笑した。

 

「そのフェイトって人、そんなにそっくりなんですか?気になるなぁ……」

「こんど見せてあげるのです。きっとびっくりしますよ! 呆れるほどにクリソツですから!」

「ふむ……だが、この感じ。これはいけるな……。」

「えぇ、シグナムさんと俺は結構相性いいみたいですね。初めてのユニゾンなのに、よく馴染んでますよ。」

 

デプスはユニゾンした感想をシグナムに伝えると、シグナムも頷き返す。しかしその瞳は既に前を見据えており、もう戦う事で頭がいっぱいのようであった。そしてそれは、デプスも同じ。自分の力を、彼らに示してみたい。彼らの力を、肌で感じたい。そんな思いが彼の中で駆け巡っていた。

 

「では、御託は抜きにして……早速いきますか!」

「あぁ、全力でやらせてもらうぞ。」

「ザフィーラ、気をつけろよ。アイツ、ホントに速いから。」

 

 ちなみに力を試す為にユニゾンした人と残りのヴォルケンで戦うことになっている。ただ、近接タイプではないシャマルは今回除外しているが。

 

「それでは……始め!」

 

はやての号令と共に、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

***

「「疾風迅雷!」」

 

唱えた瞬間にシグナムの姿が周囲の視界からかき消え、気がついた頃には既に、

 

「っぐ……!」

 

首に届くギリギリの位置で刃を甲冑で受け止めるザフィーラと、

 

「だりゃぁぁぁぁ!」

 

シグナムに向かっていくヴィータの姿があった。

 

 疾風迅雷は、いわばソニックムーブの上位互換魔法である。魔力消費を増やした分、得られる効果も段違いに大きい。その代わり、身体にかかる負担も大きく、あまり乱発はできないのだが。

ヴィータだけはこの速さを身を以て知っていたので、前方のザフィーラが狙われることを予想し、のっけからザフィーラの前に攻撃を放っていたのである。事実、その狙いは的中し、ドンピシャのタイミングで攻撃に移る事ができた。

 

 一方、攻撃を放ったシグナムもシグナムで、予想以上の速さに剣をふるうタイミングを逃してしまい、結果的にザフィーラに攻撃を防がれることとなってしまった。

そしてそのことを悔いる間もなく、ヴィータの鉄槌がシグナムに迫る。

 

(こいつは一撃でKOする!)

 

 長期戦になれば膂力で圧倒的に勝っているシグナムが優位に立つに決まっている。それを防ぐためには、シグナムが行動する前に魔力ダメージでノックダウンさせること。簡単ではないが、やらなきゃやられる。カートリッジを二発消費し、特大威力の一撃をシグナムに浴びせ、一撃ダウンを狙う。

 

「「電光石火」」

 

 だがそれはデプス達も織り込み済みである。ミッドチルダ式魔法で言うブリッツアクションにあたる電光石火を発動し、ヴィータの一撃の回避を試みる。が、

 

「させん!」

 

 ザフィーラがバインドと共にレヴァンティンをからめ取ろうと動く。それを止めればヴィータに一撃を入れられ、ヴィータを止めれば剣を奪われるという状態に持ってこられていた。回避も防御もままならない状況。限りなく詰みに近い。

 

((やったか!?))

 

二人は同時にそう思ったが―――

 

「「纏雷(まといいかずち)」」

 

―――この声を最後に、二人の意識は飛んでしまった。

 




思ったより短い戦闘描写。本当に難しい。いつかうまく魅せられるような戦闘描写が描けるようになりたいものです。
そしてデプスの技名。ボルテックだったり日本語だったり、統一性どこいった。
リインは優しいお姉さんであろうとして必死に背伸びしてる感じを出せたらきっとりりなので一番かわいいキャラになるって俺は信じてる。

そして相変わらずヴィータは不憫。

デプスはめちゃくちゃはやてさんを警戒してますが、初対面でビビってるだけなので、実際にはやてさんが下心とかそういうものでデプスを受け入れた訳では決して無いので、あしからず。

感想、誤字脱字報告、お待ちしております。


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5話

行間を多少整理してみました。
こっちの方が見やすいかな?ただ地の文がスッカスカなのがバレ(ry


***

「な、なんや!?」

「あの固い2人が一撃だなんて……」

「ちょっ!? 大丈夫かよ! あの2人!」

 

 観戦していたアリーナの面々は、思っていたより随分早く訪れた勝負の幕切れに半ば唖然としたが、すぐに倒れたヴィータとザフィーラの状態を確認する。

 

「ぬ、ぬぐおぉぉ……」

「おおぉ……や、やっべぇ……一瞬意識飛んだ……」

 

声を聞く限りは2人とも案外平気そうであったが倒れ伏しているので気が気でない。

 

「「ユニゾン・アウト」」

 

シグナムのユニゾンが解け、フェイトもどきからいつものシグナムへと戻る。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

「デプスー! さっきのは一体何やったんやー!?」

 

見物していたはやての声が響く。

 

「簡単に言えば、電気のバリア……ですね。ただ、俺の魔法……その、速さは自信あるんですけど、威力は全然で……」

「いや、確かに魔力ダメージはほぼ無かったが……この電力、すさまじい物があったぞ……」

 

 もう動けるようになったのか、ゆっくりと立ち上がったザフィーラが、存外にしっかりとした足取りでデプスの方へ歩いてくる。

さらにヴィータも復帰し、頭をかきながらデプスに近づく。

どうやら二人ともダメージは無く、痺れて動けなくなっただけの様だった。

 

「あたしの時はあんなことにならなかったけどなぁ。」

 

 ヴィータとの初めてのユニゾンの際、デプスが放ったボルテックブリッツは、疾風迅雷をかけた状態で纏雷(まといいかずち)を生成するという複合技である。でもそういえばあの時は、魔力ダメージより衝突の物理ダメージで攻撃してたなぁ、と、ヴィータは頭の中で結論づける。

 

「そこは、こちらの方で調整しました。あの時は硬度重視でしたし……」

「あの、シグナムがさっきから全然喋りませんけど、大丈夫ですか?」

「あ、それは……」

「大丈夫だ……い、息を整えているだけだ……」

 

 シグナムの方はというと、全身から玉のような汗を流し、正に満身創痍といった様子であった。

ゆっくりと深呼吸することに意識を集中していたようである。

 

「ちょ、何であたしらよりダメージ受けた感じになってんだよ!」

「いや、あはは……俺の魔法…威力低すぎて……お二人の意識を一瞬飛ばす程度の電力を出すためにですね、シグナムさんの魔力ほとんど持っていっちゃって……」

「なるほどな。しかしそれでこの状態か……」

 

 シグナムの魔力量はAAAランクだが、それをありったけ使ってこの威力かと微妙に思う反面、それだけの魔力をあの一瞬で魔法に練り込んだデプスの能力にも驚きだな、と言いながら、ザフィーラはシグナムに寄り、「肩を貸すか?」と問いかける。

 

「……すまない、頼む……。」

「何かホントすみません、シグナムさん…」

「気にするな。承知の上だ。」

「承知の上って……こうなるの分かっててやったのかよ……」

 

 ヴィータは呆れ半分にシグナムに苦笑を向ける。

シグナムは予めデプスから念話でデプスの魔法について聞いたので、この結果も分かっていたことだという。

 

「まぁ、正直速さだけではお前たち2人を相手にするのは骨だったからな」

「です、ね……何て言うか……すみません……」

 

 デプス自身、本来もう少し役に立てるとは思っていたのだが、ザフィーラ達の対応力と実力を実感した瞬間に、大立ち回りはできないと理解した。

デプスに内抱されている魔力量は、実はそう多くない。持久力を捨て、全能力をとにかく速さに特化させる事でようやくこの速さなのだ。少ない魔力でも、凝縮すれば大きな力を生み出す。その分、息切れはもっと早くなるのだが。

そうして得た速さも、対応されてしまえば何も役に立たない。それだけ彼らが手錬である事も理解できていたが、それでも、悔しいものは悔しかった。

 

「何、リインとユニゾンしたとしても、キツいことには変わりなかったさ。それに、中々に心地よかったぞ。お前とのユニゾンは。」

 

シグナムがそう言ってデプスに優しく微笑みかける。

 

「……ありがとうございます。」

 

 少しだけ救われた気分になったデプスは、素直にシグナムに例を言い、これからも精進しなければ、と気を新たにするのだった。

 

「癖になりそうなくらいにな……。ふふふ、これがテスタロッサが体感していた世界か。存外に気持ちいいものだ……。……これからが楽しみだ……」

 

何となく悪寒がしたが、気にしないことにした。

 

***

「それにしても、デプスくんのバリアジャケット自体はフェイトちゃんっぽくは無いのに、ユニゾンするとここまで印象変わるのも面白いわねぇ」

 

シャマルがくすりと手を口に当てて笑う。

 

「シグナムなんてホントに露出減らしたフェイトの2Pカラーだもんな」

「……確かに否定はしない。」

「まぁ、俺は男性型ですし、カラーリングで結構印象って変わりますよね。ザフィーラさんとユニゾンすればそうでもないと思いますよ。」

 

 今はシグナムが魔力枯渇で戦闘不能に近い状態になったので、アリーナを使うのは止め、一度家に帰って、リビングで談笑中である。

ちなみにデプスのバリアジャケットは、黒のベストに黒のニッカーと、それなりな露出度ではあるが、フェイトとはまた違った印象を受ける装備だ。

 

「適合率が高い順で言えば、ザフィーラさん、シャマルさん、シグナムさん、ヴィータさん、はやてさんとなりますね。」

「ザフィーラとシャマルが適合率高いのはちょっと意外やな。私はちょっと特殊やしまぁ分かるけども。」

「それはたまたまとしか……」

「シャマルも案外適合率は高いんだな。スタイル的に相性は微妙だけど。」

 

 シャマルは完全な支援タイプであるので、速度を上げる以外にほぼ出来ることがないデプスとの相性は微妙である。

 

「逆にザフィーラは……ちょっと考えたくねぇな……」

「ザフィーラの固い障壁があの速さで迫ってくると思ったら……」

「しかも鋼の軛にスタン属性追加ですぅ!」

 

 ザフィーラの場合、適合率の高さもあってかなりの速度が出そうである。

まぁ、シグナムは素で速いので恐らくユニゾンしたシグナムとユニゾンしたザフィーラではどっこいどっこいと言ったところか。

 

「シグ姉とはアタシの方が相性良かったな。……お株を奪われなくて良かった……」

 

 最後の方は少し呟き気味に言うアギト。アギトはシグナム以外とユニゾンするつもりは無い様であった。

 

「ヴィータは……可もなく不可もなくと言ったところだな。」

「だな。まぁ別に十分使えるレベルだしいいや。」

 

 八神家の中で最下位とはいえ、デプスの能力のお陰で適合率は実用に足るくらいで安定しており、もともと近中距離で万能に立ち回れる事もあって戦力的には問題ないことになる。

 

「リインとデプス、状況によって使い分ければいいという事ですね! 何かRPGっぽくて素敵です! ね、デプス!」

「うわっ、ね、姉さん!?」

 

 リインがデプスの手を取ってリビングの中を飛び回るが、八神家は広いので何かにぶつかることもない。すいすいと辺りを飛んでいる内に、段々とテンションが上がって行く2人。

 

「ついでに家の中を案内するですよ! リインの八神家観光ツアーです!」

「あ、それは楽しみだよ!」

 

 遂にはデプスもノリにノってしまい、2人はそのまま2階へと上がって行ってしまった。取り残された面々は、顔を見合わせてこの後どうするかを視線だけで会議する。

 

「ま、しばらく遊ばしとこか。」

「ふふ、そうですね。」

 

暫く見合っていると、はやてが頭を掻きながらそう言った。

 こんなに活き活きとマイペースなリインを見るのは珍しい。それに見ていて微笑ましくもあったし、しばらくは好きにさせておくのもいいだろう。

 

「まぁ、デプスを管理局に入れるのは下策やろうなぁ。」

「そうですね。あの施設、管理局が関わっていないとも言えませんし……」

 

 JS事件により管理局の最高評議会は潰え、闇の部分が一部明るみに出たことで一斉告発とまで行きはしたが、それでも全てが解決した訳ではない。

根底は何とかなったとはいえ、まだまだ中間部の汚職等は洗いきれていないのだ。

そんな状況でデプスの存在が明るみに出れば、少々厄介なことになる。

精々、記録の残らない、非公式な模擬戦に使うくらいが関の山だ。

 

(それでもシグナム辺りは嬉々として使いそうやなぁ……)

 

 それと言うのも、以前リミッター解除状態でフェイトと模擬戦に望んだ時、シグナムはフェイトの真・ソニックフォームに惨敗したのである。途中からは速さに「慣れる」ことで善戦したのだが、いかんせん速さのレベルが違いすぎた。アギトとのユニゾンもあって、正に一撃入れれば勝てる試合であったのに、翻弄され続けたのはさぞシグナムのプライドに傷がついたことだろう。

 

(さっきの戦いの後のシグナム、水を得た魚みたいな顔しとったからなぁ……)

 

 近い内にフェイトは模擬戦を散々申し込まれる事になるんだろうなぁと考えながら、はやてはフェイトに合掌した。

 

***

 

「ここが物置きです! ヴィータちゃんがイタズラをして一日中ここに閉じ込められてしまった時は本当に怖かったのですよ!」

「イタズラ?」

「物置きに入った瞬間、魔法でドアを完全ロックされたのです! あの時のことを思い返すとそれはもうはらわたが煮えくるような!」

「ヴィータさんもえげつないことするなぁ……」

「最初は幽霊かと思って本気で泣いてしま……あぁ! 今のはウソです! 泣いてなんかいませんよ!」

 

 またもや一人で盛大に自爆しながらデプスに八神家を紹介していくリイン。だがその表情はとても楽しげで、デプスの方もこのような生活感溢れるものに触れる経験が無かったので、興味深そうにしている。

 

「あ、あはは……まぁ、確かに急にドアが開かなくなったら怖いよね。あ、コレってアルバム?」

「おぉ、懐かしいですね! それは前に皆でビーチに行った時の写真です! あ、そういえばそこにフェイトちゃんも映っているはずですよ! えぇと……確かこの辺りのに……あった、この人です!」

「あ、この人かぁ……」

 

こうして見てみると、周りに散々似ていると言われるのも合点がいく。

 確かに自分と同じ金髪で、シグナムと同じくらいスタイルがいい。水着なのでバリアジャケットは分からないが、確かに黒いバリアジャケットを纏えば自分とユニゾンしたシグナムに似ているかもしれない。と納得するデプス。

 

「しかも高機動での急襲が基本スタイルなんですよねぇ。」

「は、速さなら負けないよ!」

 

 何せデプスは能力のほとんどを速さに振り分けられ、速さをひたすら追求したデバイスだ。火力までも犠牲にしてしまったのは正しいのか分からないが……それだけに、速さで負けてしまえば自分の唯一のとりえがなくなってしまう。

 

「うーん……申し訳ありませんが、正直デプスもフェイトちゃんも、2人ともあまりにも速すぎてリインには判定できないのですよ……」

 

しょぼんと肩を落としたリインを見ると申しわけない気持ちになって、あわてながら

「い、いやいや気にしないで!」

と取り繕うように訂正する。

 

「……まぁ、それでも、速さだけなら絶対に負けないよ……絶対……」

 

それが自分の存在意義なのだから、と、言い聞かせるようにつぶやくデプスだった。

 

「むぅ、変に気負ってはダメですよ、デプス。」

「へ?」

「競うことは悪いことではないですが、別に負けたからと言ってあなたが何か変わるということも、私達が変わるということもないのです。そんな風にどんよりしていると、周りの空気まで悪くなっちゃいます!」

「そう……かな……?」

「そうです! リイン達がいつも笑顔なら、周りもみんな笑顔だってはやてちゃんも言ってました! デプスが新しく来てくれたので、八神家はもっともっと笑顔でいっぱいになるのですよ!」

「姉さん……」

 

 リインにそう言われて、自分がいかに情けない考えを持っていたかを思い知らされる。

そうだ、負けたところで、リインはきっと自分に変わらない笑顔を向けてくれるのだ。

 

「研究所にずっといたから、こんな凝り固まった思考になっちゃうのかもね。ありがとう、姉さん! 目が覚めた!」

「素直でよろしいのです!」

 

 やっぱり僕は幸せ者だ、と救出された時から何度ももらったぬくもりを、大事に大事にかみしめるデプスだった。

 

***

 

「おーい、はやてー、お風呂沸いたー」

「んー、わかったー!」

 

 ヴィータの報告に応え、そういえばもうそんな時間か、と時計を見る。

ユニゾンを試したかった為、早めに夕食をとりはしたが、案外時間が経っていたようで、もうすっかり夜である。

と、ここで1つ、名案がはやての頭に浮かぶ。

早速実践しようとリインに念話を繋げた。

 

(リイン、リイン。)

(はいです、どうしましたか、はやてちゃん!)

(ほら、もうええ時間やし、デプスとお風呂に入ったら?)

(え、ええっ! デプスと一緒にですか!?)

(弟の体を洗ってあげるのもいいお姉ちゃんの仕事やで。)

(い、いいお姉ちゃん……! わかりました! リイン頑張りますぅ!)

 

 にやり、と口角を上げ、リインとデプス以外の八神家を念話で召集しながら、計画通りと言わんばかりの悪役主人公顔を披露するはやてであった。

 

 

 

その後、リインが落とした特大の爆弾により、八神家でデプスの悲鳴の様な叫びが響き渡ることになる

 




( ゜∀゜)o彡°おふろ!( ゜∀゜)o彡°おふろ!


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6話

試験的にちょっとだけ一人称を導入してみる。ほんのちょっとだけ。


 みなさんこんにちは。デプス改め、八神デプスです。

今までリイン姉さんが八神家を案内してくれていたのですが、さっきから急に動きを止めたかと思うと驚いたり赤くなったりの百面相を始め、遂には空中でうずくまるなんて器用なことをし出してしまいました。

 

「あの……姉さん?大丈夫?」

心配して声をかけてみると、

「……はっ! いけません!思考が迷走してしまっていました!」

とようやく再起動を果たしてくれたようで安心です。

「次はどこを見せてくれるの?」

 

 先ほどはこっそりとシャマルさんの部屋に入り、机の下に隠してあったやおい本の位置を変えるという地味ないたずらを施してきたところです。

一仕事終えた時の満ち足りたリイン姉さんの表情がとても印象的でした。

 

「えっとですね、もうそろそろいい時間なので、お風呂にしましょう!」

「あ、確かに……もう夜かぁ、早いなぁ。どっちから先に入る?」

「そ、それは……うー……」

「姉さん?」

「と、とにかくついてくるです! さ、レッツGo!」

「え、えぇ!?」

 

何が何だか分からないままに姉さんに引っ張られていき、あっという間に脱衣所まで。

 

「ね、姉さん? まさか……!」

「お背中……お背中を! お流しするのですッ!」

「……はいぃぃ!?」

 

 とんでもない爆弾発言に、一瞬リインさんが何を言っているのか分からず、固まってしまいましたが、すぐに意味を理解しました。迷惑とは思いながらも、驚きの声を上げずにはいられませんでした。

 

***

 

「恥ずかしいのですか?」

「……いや、恥ずかしい訳じゃ……ないんですけれど……」

 

 物凄い剣幕で迫るリインにの迫力に押され、どんどん後ろに追いつめられていくデプス。

なんとかここは説得しなければ、と気合を入れ直す。

 

「えっと……俺はあくまで融合騎で、機械の体ではありますが、それでも一応は男性型です。それに、研究所に居た時も、学習装置で以てそれなりの倫理観は培ってた、つもり。男女が共に風呂に入る、というか、裸の付き合いをするという事は、その、特別な相手では無くてはいけないと、そういう風に認識してたんだ。だから……」

「デプスにとってリインは特別ではないのですか?」

「……ッ!?」

 

 壁際まで追いつめられ、こんなことまで言われて、デプスは声も出せなくなった。

自分がリインをどう思っているのか、きちんと考えはしていなかったけれど、少なくとも、大切な存在であることには違いない。何度も自分を救ってくれた、デプスに最も近くて、また、デプスが最も頼りにしている存在。……それは、ある意味恋人とかそういうものと言ってしまってもよいのでは――――

 

「リインにとっては、デプスは特別な存在です。初めてできた弟で、家族です。まだいろんなことに慣れて無くて、危ない所もいっぱいあって、教えてあげたいこともたくさんあります。それに、私はお姉ちゃんなんですよ……?」

「リイン姉さん……」

「せっかくお姉ちゃんになれたのに、弟の背中一つ流せないようでは、リインはいいお姉ちゃんではいられないのです!」

「……でも、恥ずかしいのならそんなに無理しなくても……」

「いーえ! ぜーんぜん恥ずかしくなんてありません!どうせデプスもリインもこんなちゃっちい身体ですし! デバイスですし! そこは気にするところじゃないのです! タオルだって巻きますし!」

「いや、気にするところだと思うんだけど……」

「リインもデプスも10歳未満なのですから問題はないのです! ……さっきも聞きましたが、デプスも恥ずかしくはないんでしょう?」

「まぁ、そうだけど……」

 

 デプスはあくまで学習装置で倫理観を学んだだけなので、実感として知っていることは、実はかなり少ない。ただ、漠然と知識として知っているだけだった。正直に言ってしまえば、自分の体を見せることに抵抗はない。ただ相手側がどう思うのかを考慮すれば、いい事ではない、ということは知っていた。

 

「リインだって同じなのです!」

「え、いや、さっき……」

「同じ! なの! です!」

「うわっ!」

 

 またもやリインに腕を引かれ、すぱーん!と脱衣所から風呂場へと放り込まれてしまったデプスは、もうどうにでもなれ、と一切をリインに委ねることにした。

リインが自分を特別と思ってくれているのなら、それはそれで嬉しいのだし。

リインはお姉ちゃんだから大丈夫、お姉ちゃんだから大丈夫、家族だから大丈夫、と後ろで念仏のように唱えているが、本当に、無理しなくてもいいのに。

 

一瞬でも、恋人だの何だのと考えてしまった自分が恥ずかしい。

 

 ちなみに、デプスは今までバリアジャケットで過ごしていたので、服を脱ぐのも一瞬である。

 

 食事の時にはやてが「リイン達の服はみんなオーダーメイドやからなぁ。デプス君のはちょーっと用意遅くなるかもしれへんわ、ごめんな?」と言われ、あの時は慌ててそんなお気遣いなく、と返したが、周りが服を変えているのに自分だけバリアジャケットのままでは、それは確かにだめかもしれない。

 

「リイン姉さん、ついでにタオル頂けるとうれしいな。」

「はいです。」

「ありが……姉さん、なんで桶を?」

「むぅ、レディーのこんな姿を見で最初に言う言葉がそれですか!」

 

 タオルを手渡され、後ろを振り返ると、タオルを身体に巻き、人間が使うサイズの風呂桶を魔法で浮かしてこちらに持ってきているリインの姿がデプスの目に映った。

 

「あ、ごめんなさい。……でも、あの、なんて言えばいいか分からなくて。」

 

とりあえずタオルを腰に巻きながらリインに謝るが、デプスは桶から目が離せない。

 

「……まぁ、許してあげるのです。正直リイン自身なんて言って欲しいのかよく分かりませんですから!」

 

 そう言いながら、リインは魔法で桶を操作し、浴槽に溜まったお湯をすくってどすんと浴場の地面に置いた。これで、あぁ、とデプスも何をしていいたのかを理解する。

 

「確かに普通の浴槽だと、僕らにとっては底なし沼に等しいよね。」

「下手したら溺れ死ぬのです! これで充分広いし快適なのですよ。」

 

 八神家では、融合騎達のためにたいていの日用品はサイズダウンしたものもセットで置いてある。タオルにしたって、切り抜いて縫いなおした物を使っているので、はやてとしては一枚のタオルで何回も使いまわせるので楽だ、と言っていたのをデプスは思いだした。

 

 だが、流石に浴槽はそうともいかず、桶を使っているのが現状だ。まぁ、アギトもリインもそれで十分満足しているのでもうこれでいいかということになっているらしいが。

 

「ではデプス、後ろを向いてください!」

「はーい。」

 

 二人は浮遊しているので、椅子などは必要がない。身体を洗うのも空中だ。

(2人からすれば)巨大な容器の隣にこじんまりと置いてある融合騎用のボディソープをタオルにつけ、ごしごしと泡だててデプスを磨く(?)。

案外に慣れた手つきで手際よく洗っていくリインに、デプスは少し意外に思い、「アギトさんともよく入るの?」と聞くと、

「はいです! アギトとはよく洗いっこするのですよ! でもアギトはお姉ちゃんなのか妹なのかよく分からないのがリインの目下の悩みなのです!」という答えが返ってくる。

 

「あはは、そうなんだ! でもアギトさんも頼れるお姉さんって感じがしたけどなぁ……」

「確かにしっかり者なのですが、あの子はアレで結構おこちゃま思考なところがあるのです! いい子はいい子なんですが、たまにどっちがお姉ちゃんかで論争になるのですよ……!」

「へぇ……」

「あ、今度デプスに判定してもらいましょうか。アギトにも背中を流してもらって、うまかった方がお姉ちゃんです!」

「判定方法背中流しなの!?」

 

 いいお姉ちゃんの条件がどういうものなのかよく分からないが、融合騎みんなで入るならアギトはどこに行ったんだろう、と、デプスはふと疑問に思った。

 

「そういえば姉さん、アギトさんは?もう入ったのかな?」

「はい、さっき念話で【アタシは先に入ったからね】って言われたので……」

「いや、まぁ……一緒に入ろうとするのがおかしいもんね。」

「おかしいとは何ですか! どうせデバイス同士なんですから変わりません!」

「そういうものなのかなぁ……」

「そういうものなのです!」

 

 やはり、学習装置で学んだだけの知識と、実際に社会に出て生活して得た知識では、色々と違いが出るものなんだなぁ、とデプスはしみじみ思いながら、生活歴の長いリインの言うことなら、きっとそれが正しいのだろう、と結論づけた。

 

「ささ、洗い終わりましたよ! そして私もデプスを洗いながら同時に自分の体も洗っていたので準備は完了です!」

「え!?」

 

 驚いて思わずリインの方を振り向く。話しながら自分と相手の体を同時に洗うってどういうことだ、と思いながらリインを凝視していると、

 

「魔法を使えば簡単なのです!」

 

 という答えが返って来た。要するに、自分の方は遠隔操作でタオルを動かしていた様である。

あぁ、と納得し、さっそくお湯を張ってある、手のひらサイズである融合騎の体に丁度合うように選ばれた大きさの桶に身体を沈める。

 

「ふあぁ……気持ちいいなぁ……」

「ですねー……はふぅ……」

 

 リインもそれに続き、ぐでー、と身体の力を抜いてだらける。いくらデバイスとはいえ、身体を支える骨格や筋肉、人間の内臓の様な役割を果たす器官もあるのだ。身体をほぐし、動かしやすくすることは案外重要なのである。

 

「デプス」

「どうしたの? 姉さん」

「……これから、いっぱい、いっぱい、楽しいことがあります。色んな幸せなことがあると思います。」

「……うん。」

「デプスは、初めて出会った時、俺なんかー、なんて言ってましたけど、そんなの全然関係ないのです。幸せを享受するのに、資格もなにもありません。幸せなら幸せで、いいのです。」

「……うん……」

「それに、私達は、皆を幸せにできる力があるんですから。幸せなら、その分皆にも幸せをおすそわけすればいいのです。何も迷ったり、遠慮する必要なんてないのですよ」

「力って……」

 

デプスは、ユニゾンのこと?と口を開きかけるが、

 

「えぇ、前も言いましたけど、笑顔が私達の一番の力なのです!」

 

と、リインが言葉を繋げたことにより、自分がまた変な勘違いをしたことに気づいた。

 

「あ……」

 

 そしてリインを見れば、にこにことこちらに笑みを向けてくれていて。

リインの笑顔には、確かにあれから何度も助けられてきたな、と、何度目かの確認をして、その答えが出てこなかった自分がまた恥ずかしくなった。

 

「うん、やっぱりリイン姉さんはいいお姉ちゃんだよ。こんなに頼りになるんだもん。」

「ふふん、もっと頼るがよいぞ、です! それがお姉ちゃんの義務なのですから!」

「あははっ」

 

 リインといると、最後には絶対に笑っていられる。

本当に、凄い力だなぁ、と思いながら、談笑を続けるデプスだった。

 

***

 

「なんや……アレやなぁ……もっと青春してる甘酸っぱい感じの雰囲気になると思ってたんやけどなぁ……」

「リインもデプスもデバイスだもんなー……忘れがちだけど。」

「その辺りは、やっぱり私達の感性とは違うところがあるんでしょうね。」

「別にアタシもデプスと風呂に入ったところでって感じだしなぁ。」

「そうなのか?」

「うん。そう言うのに興味ねーし向こうも無さそうだし。」

 

 ここは八神家脱衣場。隣の浴場ではリインとデプスが桃色封時結界を展開している。

そこに集まったのは、5人の男女と1基の融合騎。はやての策というかいたずらのようなものにより、デプスとリインを2人で風呂に入れることには成功したが、デプスがあんまり初心でなかった為(若干違うが)、思ったようなギャグ展開にはいかず、普通にいい雰囲気になってしまったのが悔やまれる。

 

 ちなみに、中の様子を確認する為にサーチャーを飛ばすとモロバレなため、全員が古代べルカの超絶技巧により完全に気配を殺して脱衣場に潜みながら二人の声を聞いていた。

 

完全に技術の無駄遣いである。

 

 それもそろそろ2人が上がりそうなのでお開きということになり、アギト以外の全員が微妙な顔をしつつ脱衣場を出て行った。

 

 そして2人が上がって来た時には、何食わぬ顔でシグナムは新聞を読み、ヴィータとアギトは最近買った携帯ゲーム機で神の名を冠する化け物を喰らい、シャマルは洗濯物をたたみ、はやてはTVに視線を向け、ザフィーラは狼形態へと変身し、まるまっているのだった。

 

「あれ? 犬……?」

「そうやでー、さっきは小屋におってんけど、ザッフィーって言うねん、可愛がってあげてな」

「なっ! 主!?」

「そうなんですか? よろしく、ザッフィー」

「……お前も気づけ、デプス。」

「へ? その声……ざ、ザフィーラさん!?」

 

融合騎が相手でも初見では犬と間違えられたザフィーラだった。

 




もう自分でも何を書いてるのかよくわかりません。
いちゃこらって何なんでしょうね(白目)

リインとデプスはお互いのことを大切だと思っていますが恋とかではありません。
…今のところは。いえ、何でもないのですよ?何でも。

最初は八神家の盗聴にリインが気づいててはやてにおしおきするなんて展開も考えてましたが、うちのリインはそんな黒い子じゃないので八神家の皆さんには古代ベルカ式超隠密技能を習得してもらいました。

感想、誤字脱字報告、お待ちしております。


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7話

***

「なぁデプス君、君の寝床だけど……」

 

 夜も更け、そろそろ深夜にさしかかるかという頃、リビングでリインとお喋りしていると、シャマルが大きめの白い箱(?)の様な物を持って来た。

 

「おぉ、それはもしや!」

 

と、リインが飛びあがって箱に近寄り、物色するようにその周りをゆらゆら飛び回る。

 

「それは?」

「うふふ、実はね、あの通信のあとリインが『デプスハウスを作ってほしいのです!』って言ってね。」

「で、デプス……ハウス……?」

 

 何なのだろうか。話を聞く限りでは、シャマルが持っている白い箱がその『デプスハウス』ということになるのだろうが、一応、八神家の一員として認めてもらった以上、デプスの家はここであり、決して箱では無い筈。

 

「リインハウスっていう、まぁ簡単に言うと、リイン用の寝室があるの。それのデプス君版ってこと。」

 

そういいながらシャマルがテーブルに箱――と思いきや、肩かけの様な物が見えたのでバッグだと言う事が分かった――を乗せる。

 

「ふっふっふ、これで姉弟お揃いなのです!」

「わっ!」

 

 すると、リインが棚の方から魔法で黒いバッグをこちらの方へ移動させてきた。確かによく見ると、リインが用意した、ふわふわとこちらへ飛んでくる黒いバッグと白いバッグは色違いである事以外は同じデザインだ。リインや自分の身体より大きなバッグがどすりと眼の前に置かれ、思いのほかその音が大きく振動もあったため、一瞬だがデプスは跳びあがってしまった。

 

「えっと……姉さんとお揃いかぁ。……あれ? アギトさんは?」

「アギトちゃんは恥ずかしいとかなんとか言って拒否ったのです! 全く、折角気合い入れて作ったのにひどいのです!」

「そりゃあ了承もなく作ったら……って、え、これ、作ったの!? ハンドメイド!?」

「はいです! シャーリー渾身の逸品なのですよ!」

 

 そのシャーリーさんというのが誰かは知らないが、こんな備品にまで力が入れられる八神家の経済力って……と感心していると、ある疑問がデプスの頭に浮かんだ。

 

「……え? 寝床……?」

「えぇ、リインはいつもここで寝てるのよ。アギトは嫌がってたから、特注のふとんを作ったんだけどね。リインがどうしてもーっていうから、こっちにしたの。」

「へ、へー……」

「ちなみにアギトハウスはアギトが赤いのもあって、内装まで真っ赤っ赤な仕様なのですが、もしかしたらそのせいでアギトは嫌がったのかも知れないと、今更ながらに思い返しております!」

「そ、それは一因になっていそうだなぁ……」

 

 そりゃあ周り全部が赤で染まっていたら寝辛そうである。少なくともデプスがそんな状況に置かれれば、涙目で部屋の隅に三角座りを決め込んでいるであろう。

 

「で、でもでも、一回くらいお姉ちゃんの言うことを聞いて使ってみてもいいと思いませんか!? おかげでアギトハウスは一度も日の目を浴びることなくお蔵入りとなってしまったのです!」

「それは……まぁちょっとかわいそうだけど……シャーリーさんが。」

「え、えぇっ! お姉ちゃんとしてのプライドを傷つけられたリインはかわいそうではないと言うのですか!?」

「い、いや、そこまでは言ってないけど……そういえば、リイン姉さんは、僕より早く生まれたから、お姉さんなんだよね?」

「? はい、そうですよ?」

「その理屈で言えば、古代べルカ時代に生まれたアギトさんの方がずっとお姉さんの様な気がするんだけど……」

「……はっ!その発想はなかったのです!」

 

 

むしろその発想しかなかった。

リインは知りたくなかった真実を知ってしまった事でショックを受け、天から降り注ぐスポットライトと共にへたり込んでしまった。

 

「あぁ……何ということでしょうか! リインは、リインはずっと真のお姉ちゃんに向かって仮初のお姉ちゃん面をしてきたということなのですか!? 釈迦に説法とはこのことなのです!」

「うーん、微妙に違うと思う……」

「まぁ、八神家歴はリインの方が長いんだから、あんまり気にしないでもいいのよ。今のままの二人が一番なんだから。」

「しゃ、シャマルぅ……」

「あの、中身確認してもいいですか?」

 

 このやりとりが段々と茶番に見え始めたデプスは、話の流れを変えるためにと、とりあえず中身を見てみることにする。

この大きなバッグの中がどうなっているのか、想像もつかないのだ。寝床と言うからには、ベッドなどが取りそろえれ荒れているのだろうか。

研究所に居た頃は考えられなかった、自分の為だけのベッド。ふかふかだろうか、腕は伸ばせるだろうか。

想像し、期待を馳せるだけで自然と顔がほころぶデプスであった。

 

「あ、あぁ、全然いいわよ。それはもう、デプス君の物だから。」

 

突然の質問に、あわてて取り繕うシャマルだが、すぐに元の調子を取り戻してデプスに向き直る。こういう切り替えの早さはリイン達と話していれば自然と身について行く物である。

 

「おぉ……」

「中はかなり快適な仕様になっているのですよ!」

 

 早速スポットライトから復帰したリインが得意げに言う。

 確かに一見狭そうに見えた外観とは裏腹に、中は身体を伸ばして寝がえりを打てる程度には広く、服をかけるハンガーもある。床の方も、もこもこしたシーツが敷かれているようで、肌触りもよさそうだ。

 

「前はもうちょっと小さかったんだけど、最近グレードアップしたのよねぇ……」

「そうなんですか?」

「えぇ。まぁ、持ち運びにくくはなったけど、別にそんなに動かすことは無くなったしね。」

 

 懐かしむシャマルから話を聞けば、どうやら稼働初期の頃、リインはかなり寝る時間が多かったらしく、かといってはやての側から離れる訳にもいかず、折衷案として考え出されたのがこのリインハウスで、はやての仕事中に眠くなった時には、そこで眠っていたらしい。

 

 なので、持ち運びが楽なように、広さは最低限で、持ち歩く際の衝撃もなるべく減らせるように頑丈な作りになっていたらしい。そして、今ではリインもすぐに眠るようなことは無くなったのだが、長い間使っているうちにその寝心地に慣れてしまい、むしろこちらの方がよく眠れるのだという。

 

「というわけで、改良を施したこのリインハウスⅡ(ツヴァイ)の効果をデプスにも味わってもらおうと思った次第です!」

「なるほど……」

 

 デプスは、これまで寝床にこだわったことは無かった(というかこだわる余地が無かった)為、自分のサイズ用に調整を図られた個室でぐっすり眠るというのも、何だかとても素敵な事の様に思えた。

それに、リインとお揃いというのも、何となくうれしい。

 

「うん、ありがたく使わせてもらいます。ありがとう、リイン姉さん! あと、そのシャーリーっていう人にも、お礼を言っておかないといけないね。」

「はいっ! どういたしまして、です!」

「あ、それならついでに感想も一緒に言ってあげてね。シャーリーはデバイスマイスターだから、きっとそのうちあなたもメンテナンスしてもらうことになるわ。」

「あぁ、そうなんですか? ……って、デバイスマイスターに作らせたんですか、これ……」

「シャーリーは万能なのですよー。」

 

 デプスの中のシャーリーさん像がわけのわからないものになって行くが、それは実際会えば分かることだと一旦思考の片隅に置いておくデプスだった。

 

 

***

 

「ふおぉ……!」

 

 そして深夜になり、バリアジャケットの代わりにとリインのパジャマを今だけ借りることにして着替え。

 新しい家族の皆にリインと二人でおやすみなさいを言ってまわり、デプスハウスとリインハウスが置いてあるリビングへと戻ったところ、忙しない姉は「リインは隣で眠っていますので、何かあったら起こしてくれても構いませんよ!」と言って、さっさとリインハウスへ入って行った。

 

「それではおやすみなさいです!デプス!」

 

そう言い残して箱の蓋を閉めてしまったリイン。部屋の隅では、既にマットの上で狼形態のザフィーラが静かな寝息をたてている。

 

 先刻犬と間違えた際、「我は犬ではない。我はあくまで守護獣、その素体は、狼なのだ……!」と必死に弁明してはいたが、そんな扱いを甘んじて受け入れてるから犬扱いされるんじゃ……と思わないでもないデプスだった。

 

 ちなみに、この後デプスは、ザフィーラが食事の際にも基本的には狼形態で床に配膳された料理を食べていることを知ることになるが、それはまた別の話。

 

 そして、眠るザフィーラを一瞥した後に、実は内心楽しみにしていたデプスハウスの寝心地を見るために中へ入る。そしてそのままもこもこした毛布に突撃して出た声が先ほどの「ふおぉ……!」である。

 

「こ、これは想像以上だなぁ……」

 

 身体全体が毛布に沈んでいく。まさに低反発。思っていたよりも毛布は厚かったようで、ぼふっ、という音と共に身体にふとんのぬくもりが伝わってゆく。まさに優しく包まれるような感覚。いけない、これは癖になりそうだ。もう出たくない。リイン姉さんが逸品というのも頷けるものだ、とデプスは思う。

 

「しかも時計までついてる……」

 

 パッと見では気づかなかったが、壁にかかったモニターにはデジタル時計が内蔵されていた。しかも目覚まし機能までついて、至れり尽くせりである。シャーリーさんの腕前は、デバイスマイスターの名に恥じない物なんだろう。……やっぱり、技術の無駄遣いな気もしないでもないが。というか、シャーリーさんが八神家に顎で使われてないか心配だ。

 

 とりあえず、朝の早めの時間に目覚ましをセットしてみる。音楽か効果音かの選択機能まであり、ますますシャーリーへの評価が微妙なものになっていくデプスだったが、それもふとんの心地よさで段々と薄れてきた。

 

「あれから色んなことがあったなぁ……」

 

 まだ引き取られて3、4日しか経っていないのだが、まず、家族がたくさんできた。リインに色んなことを教えてもらった。自分がまだまだ全然、笑えるほどに力不足だと言うことも分かった。そして、家族というつながりが、とても温かいものだということを知った。

 

 本当に、とても濃い数日間だったと思う。色んな物が視界いっぱいに広がって、何からすればいいか分からないくらいには。

 

 これから、自分はどんなふうに変わっていけるだろうか、とか、それも、リイン姉さんと一緒だったら何とかなる気がするなぁ、とか、そんなことを考えているうちに、デプスはまどろみの中へとおちてゆくのだった。

 

***

 

「さてさて、デプスはよく眠れてますかね……」

 

 リインハウスⅡへと入ってから数十分。デプスが新しい環境でちゃんと眠れているのか少し不安に思ったリインは、思い切ってデプスハウスへ突撃するという作戦を画策していた。

リインハウスⅡから音も立てずに這い出て、デプスハウスの蓋を開く。

 

「……ふふっ、ぐっすりですね……」

 

 そして、ちゃんと中で気持ちよさそうに寝息をたてるデプスの姿を確認する。どうやらリインの心配は杞憂だったようである。

 

「気に入ってくれると嬉しいんですけどねー。よいしょ、おじゃましまぁす……」

 

と言いながら、デプスハウスの中へ入るリイン。

 

「ふふ、寝顔もばっちり見せてもらいましょう」

 

と、デプスの隣の位置へと寝転ぶ。

広くなったとはいえ、二人分は流石にすこし窮屈ではあるが、デプスの寝顔も見れるので良しとする。

 

「お肌ももちもちで……ふあぁ……」

 

 デプスが目を覚まさないことをいいことに、好き勝手にデプスの顔をいじる。つついてみたり、引っ張ってみたりするが、案外デプスの肌が良く伸びるので、楽しくなってまたリインは笑顔になった。

 

「これだけやって目を覚まさないということは、きっと……デプスも気に入ってくれたのですよね?」

 

深い眠りの中に居るデプスのことを思い、くすりと微笑む。その寝顔は安らかで、心の底から安心してもらえているのだと、リインにも察する事が出来た。

 

彼は、今までどんな人生を送って来たのだろうか。

すやすやと寝息を立てるデプスの半生に思いを馳せる。辛かったと、言っていた。具体的にどんな事をされてきたかまでは聞いていない。しかし、彼が一人取り残された研究所は、管理局の暗部とも言うべき、危険な場所。

人間ですら権利を失いかねないそんな場所で、研究材料となったたかが一デバイスの扱いがどんなものになるのかは、少しだけリインにも想像ができた。

 

「安心、してくださいね。リインはこれから、あなたのすぐ横に居ますから。」

 

そっと横顔を撫でると、「ん……」と身じろぎするデプス。そんな様子を見て、もっと温かい気持ちになっていくリイン。

 

「ふあ……なんだかんだでリインも結構限界が近いのです……」

 

 何せ本来はもっと早く寝ている筈だったのを、デプスが心配で様子を確認するまでは、とずっと起きていたのである。この人をダメにする魔力を持った気持ちのよい布団の中で、だ。それを耐えきったのだから、もうこのままでもいいか、という気持ちがリインの中に表れ始め、結局それに抗いきれず、デプスの横で眠ってしまうリインだった。

 

 

 

 




ReinhouseZwei(リインハウスⅡ)。勝手に改良しちゃいました。アニメのままだと狭すぎる感があったので別にいいよね!って、それくらいの勢いで、やっちまいました。別に後悔も反省もしていません。


もうこのすぐ後の展開が透けて見えますね。ギャルゲかよちくしょう……

感想、誤字報告、お待ちしております。


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8話

正直自分で書いててコレはないと思った。


デプスの意識は、ゆっくりとまどろみから浮上しつつあった。

 

少しだけ、体が重い。

 

 十全に休みきれていない気がするのは、この重みから生じる寝苦しさのせいだろうか。

 強く重力に引かれるまぶたを何とか開け、上にあるデジタル時計に表示された時間を確認してみる。

 

――――なんだ、まだ日も出ていないじゃないか。

 

 時計が示していた時間は、午前4時2分。タイマーに設定した6時までには2時間程の猶予があった。

デプスの意識は半覚醒どころか、また眠りの中へと誘われつつある。

 

「……ん……んぅ……」

 

 そんな中、隣で何やら可愛らしいうめき声が聞こえて、そこでようやくデプスは先程からの寝苦しさの原因を知ることになる。

 

――――あれ?リイン姉さんだ。

 

 隣を見れば、リインがデプスの体に抱きついてすやすやと寝息をたてていた。

正確には、デプスの背中に、だが。

 

――――あぁ、だから寝にくかったのかぁ。

 

 何故ここにいる、という至極簡単な疑問は、デプスの意識には入ってこない。

半ば閉じかけてしまっているまぶたが、今のデプスの頭がいかに回っていないかを物語っている。

 

「……それじゃあ……」

 

 後ろ向きだから寝にくいのだ、という結論に至ったデプスは、ならば、と直接リインの方に向き直る。

そして……

 

「……ん、やっぱり気持ちいい」

 

 ひし、とリインに真正面から抱きついたのだった。

この狭い部屋の中には、この行動にツッコミを入れられる者はどこにもいない。

 

――――お休みなさい……

 

最後は声にも出さずに、睡眠に戻るデプスだった。

 

***

 

 八神はやての朝は早い。

捜査司令として活動しているはやての仕事量は、通常の捜査官の比ではない。

他の捜査官が調査した案件の確認等、一日に回ってくる書類だけでも数百は下らないのだ。その為、はやては朝早くから隊舎へと出勤し、資料の消化にとりかからなければ、定時に終わることは難しいのだ。

 

 夕飯はなるべく家族揃って食べることが、現在の八神家での決まりごとなのである。

家族の為なら、はやてはどこまでも頑張れる。

 

 しかし、ハードな仕事には、リインの補佐が必要不可欠だ。

雑用をこなしてくれたり、連絡の取り次ぎ等、彼女に頼る面はかなり大きい。

よって、リインも基本的にははやてと同じ時間に起床し、2人で隊舎へと向かうのが常だったのだが。

 

「珍しく、お寝坊さんかなぁ?」

 

 普段なら既にリインは起床して顔を洗っているか眠気を覚ますためにふよふよとあてもなくそこら中をさ迷っている時間だが、どうもその気配も感じられない。昨日はデプスも来たことであるし、はしゃぎ過ぎたというところだろうか。それならそれで、致し方ないだろう。

 

 かといって、起こさない訳にもいかないが。

目一杯休ませてやれないことに若干の申し訳なさを感じつつ、リインハウスのあるリビングへと向かう。

そして、目的地に近づけば、けたたましく鳴る目覚まし時計のタイマー音がはやての耳に入った。

 

――――やっぱり寝坊かぁ。

 

 この音量で起きないのだから、相当深い眠りに落ちていそうである、と思い

ながら、リインハウスの蓋を開ける。

が、そこはもぬけの殻だった。

 

「……んん???」

 

 頭に数十個のクエスチョンマークを浮かべて混乱するはやてだが、すぐに、隣のデプスハウスの存在に気づく。

やはり、こちらからも既にタイマーの音が響いていた。

 

「……いや、まさかな。」

 

 何となく嫌な予感がして、デプスハウスの手前で立ち止まる。

いや、嫌な予感といっても別に悪いことではないが。とにかく、恐る恐る蓋を開けてみると、そこには。

 

「……」

「……」

「……これは予想の斜め上を行ったなぁ……」

 

 予想通りというかなんというか、やはりリインの姿もそこにあった。

何故か思いっきり抱き合って気持ち良さそうに眠る2人。

少々意外なのは、こういうことにはそこそこ初な感じだったデプスが、リインを普通に受け入れてしまっていることだろうか。

 

 とりあえず、持っていた携帯端末を高速でいじり、仲良しな2人の様子をこれでもかと言わんばかりに写真に収めるはやてであった。

 

***

 

「リイン、リインー。朝やでー」

「……んー……はれ? はやてちゃん? ……今何時でしょうか……?」

「まだ余裕はあるけど、そろそろ起きやんとまずいかもなぁ。……デプスと何してたんかは知らんけど。」

「……ふぇ? ……え? あっ! ……あ、あわわわ、こ、これは違うのです! ふ、不可抗力です!」

 

 はやてに言われ、リインがその寝ぼけ眼を向けた先には、自分に面と向かって抱きつきながら眠るデプスの姿。

 

 何故こんな状態に、と思うよりも、これをはやてに見られていたという事実がリインの羞恥心を爆発させる。

慌てて離れようとするも、デプスの拘束が強く離れられない。

 

「~~~~っ! デプス! 起きてくださいです! 早く! デプスぅ!」

「……んぅ? あ、おはようリイン姉さん……」

「あ、おはようございます、デプス。って! そんなことを言っている場合ではないです! 上見て下さい上!」

「上……?」

 

 ようやく意識を戻したデプスだが、今だ完全に覚醒してはいない。リインに促されるまま上を見てみると、

 

「……」

「ぐっもーにーん。朝からお熱いことやなぁ。」

 

にやにや笑顔でこちらに手を振るはやての姿を補則。

 

「雷衝弾」

「ぶへぇっ!?」

「は、はやてちゃーん!?」

 

 瞬時に雷を帯びた魔力弾を形成、事態を理解し、羞恥心で死んでしまう前に、覗き見を働いた不逞の輩を制圧しにかかる。

 

 高速の光弾で顎を撃ち抜かれたはやては一瞬宙へ舞い上がった後、下で眠っていたザフィーラの上に落ちた。

 

「ぐおぉっ!?」

 

衝撃でザフィーラが何か叫んだ気がするが、それよりもまずは。

 

「……リイン姉さん、この状況はどういうことなんだろう。」

「そんなのリインが聞きたいですぅ!」

 

早朝からカオスに包まれる八神家だった。

 

***

 

「ごめんなさい。本当にごめんなさい。」

「いや、気にしてへんし、別にかまへんよー。一瞬死ぬかと思ったけど。」

「ごめんなさい……!」

 

 デプスの放った魔力弾は、威力自体は大したことが無かったので、すぐに回復したはやては、決死の形相で土下座を敢行するデプスをなだめつつ、思いきり押し潰してしまったザフィーラの背中をさすっていた。

 

 これでも乙女()として最低限体重の維持には気を使ってきたつもりではあるが、流石に空中からのダイビングとあっては重いとかそんなレベルの話ではないだろう。痛みにこらえるザフィーラの姿に思うところが無いでもないが、今回は不問とする。

 

 それよりもともすればハラキリまで持っていきかねないというデプスをどうやって説得しようかと悩んでいると、デプス自身からある提案が持ちかけられた。

 

「……あの、今日、はやてさん、お仕事あるんですよね?」

「ん、まぁな。」

「……俺に手伝えることは……」

「ない。」

「うっ……」

「流石にそれはあかん。君の立場的に、下手に職場に連れていくのは避けなあかんねんよ。」

「……ですよね……」

 

 デプスとて、自分がどういう存在かくらいは理解している。まだはやてには言っていないが、自分は管理局によって違法に造られた存在だ。

 

 それが本局に堂々と行くということがどれだけ危険なことなのかも、もちろん分かっている。薄々はやても気づいているのだろう。

だが、それでもデプスははやてやリインの力になりたかった。

助けられっぱなしでいるのが、申し訳なかったから。

 

「デプス。」

 

ザフィーラが俯くデプスに声をかける。

 

「何も、今すぐに何かを成す必要は無いのだ。焦らなくてもいい。」

「ザフィーラさん……」

「主への詫びがしたいというなら、そうだな……この八神家の留守を守ることが、お前にできる最大の償いだと思え。」

「そういうこと。まぁ、そのうち何かしてもらうかもしれんから、その時に頑張ってくれたらええよ。今回のもそれで許したるから」

 

 はやての有無を言わさぬ笑顔でそう言われたデプスは、もう何も言い返すことは出来なかった。

リインが「それでは、ザフィーラの言う通り、八神家の留守は任せたのですよ!」と言って頭を撫でてくれたが、上の空で「うん……」と返しただけで、デプスの気持ちは晴れない。

 

「うーん、時間ないし、私はもう行くけど、ザフィーラ、デプスのことお願いな?」

「承知。」

行ってきまーす、という2人を見送りながら、さて、とデプスの方に向き直り、

「少し、運動でもするか?」とデプスに問いかけ、

「……はい」という答えが返ってきたことに、目を細めながら薄く笑みを浮かべるザフィーラだった。

 

 

***

 

「ザフィーラさん、どうしてまたこんなところに?」

 

 ここはクラナガンから少し歩いたところにある川の河川敷。時刻はまだ早朝と言える時間だ。

八神家の中でも今日は非番のヴィータやアギトなどはまだまだぐっすりと眠っている時間であるが、早朝からランニングに興じる壮年の男性や、川のすぐ近くで寝ている老人など、少しだけ人の姿は見える。

 

「悩んでいるときは、こうやって運動するのが一番だ。我やお前のような、男にはな。」

 

 現在、ザフィーラとデプスはユニゾンしている。

そのため、ザフィーラが感じる疲労感もデプスは感じることができ、こうしてランニングをしていると、普段浮遊している小さな体では感じることのない独特の疲れを体感し、新鮮な気持ちになってくる。

 

「そういえば、ザフィーラさんは、ずっと黒一点だったんですね。」

「あぁ、そうだ。別段不自由を感じたことはないが、こういう悩みの解決法は、女には通じ……ないこともないな。」

 

 高町などは、悩み事は砲撃で飛ばすとか言っていたか、というザフィーラのつぶやきを聞いて、その高町さんという人には絶対に近づかないことを心に決めながら、ザフィーラに尋ねる。

 

「ザフィーラさんも、悩んだりすること、あるんですか?」

「それはもちろん、生きている限り、悩みなど尽きないものだ。例えば、自分は主たちの力に、あまりなれていないかもしれない、といったものもあった。」

「……」

「こんな自分が主の傍にいてもいいものかと、当時は柄にもなく思い悩んだものだ。全く、思い出すのも億劫だ。」

 

 ザフィーラは現在管理局に勤めてはいない。収入があるわけでもなく、優秀な戦闘力も、仕事がなければ発揮する機会もない。

デプスは、今まさに、自分もそうやって思い悩んでいたこともあって、熱心にその話を聞いている。

 

「その、今はもう、悩んでないんですか?」

「あぁ。と、いうか、お前自身、既に答えは得ているのではないか?」

「え?」

「少なくとも、先ほどの主の言葉を聞いていれば、分かると思うぞ。」

「……? つまり……?」

 

要領を得ない説明にデプスは迷う。彼の言わんとすることがいまいち伝わらない。

頭を捻るデプスに、ザフィーラは続ける。

 

「……つまりだ、何も、直接仕事を手伝うだけが、主たちの役に立つということではないということだ。」

「はぁ……」

「分からないか? なら、たとえばお前が誰かと戦うとしよう。敵は強大だ。勝てるかどうかわからない。だが自分の後ろで……そうだな、リインが見ているとしたらどうする?」

「……死に物狂いで戦うと思います。」

「あぁ、つまりはそういうことだ。」

 

 なるほど。言いたいことはだいたい分かった。

確かに、自分は、また視野が狭くなっていたのかもしれない。

 

「お前は、今やまぎれもなく主やリインの居場所となり得ている。それは、確かに主たちの役に立てていると……そういうことになると、我は思う。」

「居場所、ですか……」

「あぁ、居場所だ。そして、留守を守ることもまた、居場所を守る、重要なことだ。」

 

 走っていると、前からランニングウェアを着た青年に挨拶をされ、こちらもきちんと挨拶を返す。

 

「主たちは街を守る。我らは主の居場所を守る。それでいいのだ」

 

 ザフィーラの表情は、明るかった。今の状況にちっとも不満を持っていない。

ユニゾンの影響で流れて来る感情も、とても温かいものだ。

 

「俺……ちゃんとなれますかね……みんなの居場所に」

「ふっ……もうなっている。それと、我に対しても敬語は無用だ。」

 

 そうでしたか、あと、ありがとうございます、と、気持ちの沈んだ朝からようやく笑みを見せたデプスだった。




デプスとザフィーラはお留守番担当。


これから2月くらいまでは完全に不定期になっていしまいそうです。

リアルの方で人生を懸けた戦いが始まりそうなので…(震え声)

まぁ、現実逃避したい時にちょこちょこ書くつもりなので、ふと見たときに更新されてたらラッキー。くらいに思って頂ければ……!


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第9話


今回はちょい短めです。


***

「「いただきまーす!」」

 

「はい、召し上がれ。ゆっくり食べなー」

 

はやて特製、融合騎サイズのミニオムライスを口いっぱいに頬張る。

 

「はぁ……幸せ……」

「美味しいですー!」

 

 口の中に広がるふんわりとした卵の食感と、食が進む優しめい味つけのケチャップライスにリインと2人で舌鼓を打つ。

 

「ありがとうなー、でもデプス、ゆっくり食べや言うたやろ。」

「あうっ!」

 

 かき込み過ぎたのか、はやてに頭を軽く叩かれたが、それでもデプスの食事ペースは緩まない。

 

 八神家に来てから数日、デプスは改めてはやての料理技術の高さを実感していた。研究所で与えられたような栄養接種だけを目的とした固形物とは、まさに天と地程の差。比べるのもおこがましい。

 手料理は、食べることが幸せなことだということを何より実感できる、素晴らしい物だ。幸せの絶頂に立ったような気分のデプスの食は止まらない。リインが半分も食べない内に、自分の分のオムライスを食べきってしまった。

 

「ごちそうさまでした!」

「……いや、嬉しいのは嬉しいねんけどな。」

 

 注意しなければ、と思いつつも、幸せそうなちびっ子達を見ていると、どうも難しい。それに、デプスは元々こういった経験に乏しかったのだ、少し位はいいのではないか、といった考えがはやての頭に浮かぶ。

 

(……あかんあかん、そうやって甘やかし過ぎるとロクな事になれへん。)

 

 少しずつ、ゆっくりでもいいから、こういった教育は進めなければならないのだ。それが保護者としての役目だ。と思案したが、未だ結婚もできていない事実に気づき一人愕然とするはやてであった。

 

「ごちそうさまです!」

「いや……まだ20前半やし……これで普通やろ……うん……普通や……」

「はやてさん?」

「……え!? ……あ、あぁ何でもないねん、何でも!」

 

 考えている間にリインも食べ終わり、変なことを呟いたのを聞かれてしまったのを何とか誤魔化しにかかるはやて。

 

「……そうそう、シャーリーはどうやった?ええ子やったやろ?」

「あ……はい!最初はちょっと不安でしたけど、気さくで気立ても良くて、良い人だと思いました。」

 

 話題に食いついたデプスを見て、何とかなったか、とはやては胸を撫で下ろした。

八神はやて、2○歳。絶賛彼氏募集中である。

 

「まぁ、優れた技術者さんには、変わった人も多いですからね。シャーリーは優れていても常識人なので安心です!」

「たまにちょっとおかしいけどなぁ。この前も最新型のデバイス設計図見ながら鼻息荒くして興奮してたし。」

 

 ちなみに、何故シャーリーがこうして話題に上がったのかというと、デプスのメンテナンスをしてもらったのである。勿論、あまり大っぴらにはできないので、小さな研究室で最低限のデータ取りを行った程度の物であるし、調整と言っても大したことはしていない、らしい。

 

 六課時代からの付き合いで信頼できる上に、執務官補佐であるがティアナが同じ職についた為に暇ができたシャーリーは、メンテナンスを頼むには丁度よい相手だった。

リインの定期メンテナンスという隠れ蓑もあった為、見つかる可能性は低かったが、巻き込んでしまうことに少し心を痛めたはやてではあったが、当の本人は「新しいユニゾンデバイス!?な、なんという甘美な響き…!ぜひ、ぜひ見せて下さい!共犯でも何でも構いませんから!」と興奮しながら詰め寄ってくるシャーリーの剣幕を思い出し、あ、やっぱ大丈夫だったか。と考えを改めた。

 

「それにしても、特に大した問題もなくて良かったですねー」

「うん、まぁ、完全に解析できた訳じゃないらしいけどね。あの人が言うならきっと大丈夫だよね。」

 

 彼女がとても優秀な存在だということは、今日の件でよく分かった。普通のデバイスならまだしも、まだデータの少ない融合騎をいきなり「解析と調整、してね。ほら、これ。」と出されて、実際にそれを成してしまうのだから、それはもう疑いようもなく優秀だ。人格も含めて、中々稀有な人材なのだろう、と、少し上からの目線に見えなくもないようなことを考える。

 

「まぁ、どうも現状では抜けないプロテクトがあって、解析しきれないブラックボックスがあるのは、微妙に不安ですけれど、それも時間があれば解ける物らしいですし、ひとまずは安心ですね!」

「うん。変なものじゃなければいいけどね……。そういえば、リイン姉さんもメンテナンス受けてたけど、どうだったの?」

「リインは今回の調整でカートリッジを搭載してもらったのです!」

「えぇっ!?」

「嘘です!」

「ですよね!」

「……ユニゾンデバイスのカートリッジってどこから排出するんやろなぁ……口から?」

「……うわぁ……」

 

 顔を引き締めたはやての言葉に、口からガコンガコンと音を立てながらカートリッジをロードするリインを想像するが、あまりにもあまりな図だったので、すぐに頭から追い出したデプスだった。

 

「……尻から……」

「やめて姉さん!!!」

 

リインがとんでもない事を口走りそうになったので全力で止めに入る。頭から追い出した筈の悪夢の様な図が再び強化されて蘇ってきて、頭をぶんぶんと振って振り払った。

 

「でも、カートリッジかぁ……使ってみたらどんな感じなんだろうなぁ。」

 

 ベルカの騎士はカートリッジ搭載のアームドデバイスを好んで使うが、勿論、融合騎であるデプスやリインには搭載されていない。

研究も進み、安定してきたとは言え、カートリッジシステムは未だ術者、デバイス双方に大きな負担をかけてしまう。

 

元々術者への負担の大きい融合騎とは相性がかなり悪いのである。

 

「デプスがカートリッジを得れば、目下の課題である火力不足は改善されますね!」

「うん、まぁ、シグナムさんやヴィータ姉さんなら別に火力の底上げもあまり要らない気はするけどね。」

「魔力消費がかさむのが痛いとこやなぁ。」

「そうですね……」

 

 デプスの魔法は確かに効果が高いが、それだけに燃費も悪く、ユニゾンすれば基本的に短期決戦を余儀なくされる。

が、火力が無いと短期で決められるか、という部分に不安が残る。

 

「魔法の構築次第である程度なら緩和できるとは思うですよ。」

「……うん、これから、少なくとも、ヴォルケンリッターの誰と組んでもフルパフォーマンスで臨めるように、相談していくつもり」

 

 実を言うと、既にザフィーラ用の魔法だけは構築済みである。彼に合うように波長などを微調整した既存の魔法と、彼の能力を活かせる様に編み出した新しい魔法。実戦で使うような事はできればあって欲しくないが、中々自分でもうまく作れたと思う出来なので、試してみたい気持ちもあることにはある。

 

「まぁ、時間はあるしな。休日が重なった時に……な?」

「……ですね。」

 

 とはいえ、基本的に八神家の面々は忙しい。特に優秀な医務官であるシャマルや教導隊に所属ヴィータ等は、家に帰ってきても書類処理など、何かしらの作業をしていることが多い。

 

 その為、デプスとの調整の為のまとまった時間を取るにはまだ至っていないのが現状である。

ザフィーラとゆっくり調整できたのも、彼がたまたま自分の時間を多く持っているというだけなのである。

 

……まぁ、それは彼に仕事が特に割り振られていないのが原因ではあるのだが、本人の名誉の為にも言っておくと、彼は仕事ができない訳ではない。むしろ優秀な部類に入る、はず。

 

AAランクは伊達ではないのだ。

 

 ただ、それを発揮する機会に恵まれない、というだけなのである。一応、要人警護の資格等も持ってはいる為、働こうと思えば働ける。ただ、それ以上にザフィーラは今の「留守を守る」仕事を気に入っているし、暇な時間はたいてい自己鍛練に費やしている。

 

 この頃はデプスも、フレームサイズを変更してザフィーラと共に鍛練に励んでいるが、まだまだザフィーラと比べると、かなり体力で劣っており、すぐにダウンしてしまうというのが悩み所である。

 

融合騎だって鍛えれば強くなるのだから、鍛えるに越したことはない。

 

「ザフィーラ!」

「む、なんだ。」

 

 机の下で丸まっていたザフィーラに声をかける。

ご飯を食べている時から一言も話さなかったので、もしや寝ているのではと思ったが、そういう訳ではなかったようだ。

 

「今度鍛練する時、俺用にメニューを組むの、手伝って欲しい。」

「あぁ、そういうことか。確かに、無理をして我に合わせているのも、良くないな。」

「うん。いちいちダウンしてザフィーラに気を使わせるのも、アレだから。」

「え、何々? デプスもザフィーラと一緒に訓練しとったん?」

「えぇ。……家にいると基本的に……あんまりやることないから……」

「……あー、なんか、ごめんな。」

 

 遠い目をしてそう言ったデプスに、はやてはあまりついてやれないことを申し訳なく思って謝ったが、デプスはすぐに自分の言い方が悪かったのだと思い直した。

 

これでは催促したようなものでないか。

 

 はやての性質を鑑みれば、たとえ自分に非がなくても、そうやって背負いこんでしまうのは自明の理だというのに。

デプスはそんな不自由よりも、はやて達に対する感謝の念の方がよっぽど大きいことを伝える為にあわてて訂正する。

 

「あ、いや、別にはやてさんは悪く無いじゃないですか!何も謝る必要なんてないのに……こちらこそすみません……変なこと言っちゃって。俺、別に不自由ってことはないですし、本当に、ここに来て良かったって思ってますから。」

「デプス……」

「まぁ、動き辛いのは、もうしばらくの辛抱なのですよ。管理局の体制も整ってくれば、状況も変わってきますし……」

「それに、将来デプスを局勤めさせるなら、体力があるに越したことはありません。」

「ん……確かにな。よし、ザフィーラ、しっかりデプス鍛えてやってな!」

「委細承知。まずは、我についてこれるくらいにはなってもらわんとな。」

「う……。お、お手柔らかに……」

 

嫌な予感を感じつつ、苦笑と共にそう答えるデプスだった。

 

***

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「ふむ、もう少しきつくしても良かったかもしれんな。」

「ま、マジですか……」

 

 翌日、早速デプスはザフィーラの、限界ギリギリをうまくつついてくるようなスパルタ訓練によって息も絶え絶えといった惨状に追い込まれていた。

 

「ザ、ザフィーラって、結構スパルタだよね……」

「なに、今に始まったことではないだろう。今までの訓練を見れば分かっていたはずだ。それに、だ。」

 

 高町の教導はこんなものではないぞ、と言うザフィーラの言葉に、「そんなものがあるなら、一度受けてみたいもんですよ」と苦笑しながらデプスが答えると、

 

「言ったな?」

 

と、珍しく口角を吊りあげて薄く笑ったザフィーラに、軽い悪寒を感じるデプスであった。

 

「あれ?そういえば高町って、あの……砲撃がどうとか言ってた……」

「さぁ、休憩は終わりだ。次のメニューに行くぞ。」

「え、ちょ、ごまかさないでよ!」

「それが終われば昼食だ。今日はハンバーグらしいぞ。」

「本当っ!?」

 

結局はぐらかされたデプスだった。




珍しくリインがあんまり喋らなかった回。
おい、いちゃこらしろよ。


融合騎にカートリッジつけたらマジで超強いと思ったんですが、どうなんでしょうね。
勝手に負担が大きいからつけてないなんて理由にしましたが、なのはさんがstsであれだけバカスカ使ってたのを見る限り、微妙なところです。あ、でもあの人負担とか関係な(ry


そして合法自宅警備員と化したザフィーラ。本人がいいならそれでいいのです。


最後の方でデプスに死亡フラグが成立した気がしますがきっと気のせいでしょう。気のせいですよ。

感想、誤字報告お待ちしております。


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第10話

恐らくこれが今年最後の投稿になりますね。

来年もよろしくお願いします。


***

 膨大な魔力消費と、長期の魔力放出に、体が鉛のように重くなるのを感じる。

体が言うことを聞かない。もっと、頑張らないといけないのに。やらなくちゃいけないことがあるのに。

 

限界など、とうの昔に通り過ぎている。

 

 声を発することも出来ずに、デプスは膝から崩れ落ちた。

 このままではいけない。まだ、やりたいことがたくさんあるのに。必要とされなくなってしまえば、すぐに処分されてしまう。頑張らなくては、期待に応えなくては。

なのに、体は動かない。

 

 意識は朦朧としていたが、眼前で白衣を来た研究者達が何かを話しているのはぎりぎりで分かる。

 

「デプス、意識レベルの低下を確認。実験の続行、困難です。」

「構わん、続けろ。」

「了解。デプスの意識を覚醒させますか?」

「その必要は無い。こちらから接続して魔力を強制排出させよう。」

「デプスへの負担は?」

「構わん。」

 

――――壊れるなら、また新しいのを作ればいい。

 

 デプスが最後に認識できたのは、そんな言葉と、白衣を翻してどこかへ歩いていく主任の姿だけだった。

「待っ……置いて……か……ない……」

 

 自分には、何故感情があるのだろうか。こんな物が無ければ、こうやって捨てられることに恐怖することも、限界を超えても苦しくなんか無いだろうに。

 

 デプスの声が、その場にいた誰かに届くことは、無かった。

 

***

「……ス……! ……プス。」

「ん……」

「大丈夫ですか? デプスー?」

「……んん、リイン姉さん……? おはよー……」

 

 目が覚めるとすぐに、自分を心配そうに見つめるリインの姿がデプスの目に入った。寝起きだからかもしれないが、何だかやけに体が重いというか、気だるい。

 うぅん、と伸びをして、体を起こすと、リインがデプスの額に手を当てる。

 

「……どうしたの? 姉さん。」

「デプス、何だか凄くうなされていたですよ。悪い夢でも見ましたか?」

確かに、自分の状態を鑑みてみると、汗でびっしょりな割には、寒気のような感覚。

自分は、悪夢を見ていたのだろうか。内容は思い出せないが、何となく苦しかった気はする。

 

「あれ…? デプス、泣いてるですか?」

「え?」

 

リインに言われて、すっと目を拭ってみれば、確かに自分の目から涙が流れていることに気づいたデプスは、首を傾げていたが、だんだんと涙が後から溢れてきて、訳も分からないままに、嗚咽まで漏らしだしている。

 

「あ、あれ……? な、何で……?」

「デ、デプス!? え、えと、あの、えぇと……こういう時はどうすれば……」

 

 ついには本格的に泣き出してしまったデプスにリインは少し焦るが、いつぞやの、デプスが泣いていた時にしてやったことを思い出して実行に移す。

 

「リイン、姉さん……」

「大丈夫。大丈夫ですよ。リインはここに居るですから。辛くても、いくらでも受け止めてあげられます。」

「……姉さん……」

 

それは、ただの抱擁。されど、デプスにとってのそれは、大きな安息を与えてくれる、一種の安定剤として作用する。

みるみるうちに落ち着いてきたデプスは、ゆらりとリインから体を離すと、そのままベッドの中へ倒れ込むのであった。

 

「って、デプス!? どうしたですか!?」

「あ、あはは、よく分かんないけど、なんか頭がボーッとして……」

「や、やはりさっき手を当てた時も思いましたが、熱があるのでは……! 大変です! はやてちゃんに報告して来ます!」

 

慌ただしくデプスハウスの天蓋を開けて去っていくリインを見送ったデプスは、そのまま意識を手放した。

 

***

「ん……」

「あ、本日2度目のお目覚めですね、デプス! おはようございます!」

「あ、おはよー……」

「さっきは心配したのですよー?」

「え……?あ、う……リイン姉さん、俺……」

「辛そうだったので、勝手に熱を計らせてもらいましたけど、どうも熱っぽいみたいですね。シャマルが言うには、一種の熱暴走みたいな物で、安静にしていれば治るとのことですよ。」

「あ、そうなんだ……」

「はい!今日はお姉ちゃんがしっかり看病してあげるのでご安心を! です!」

「……うん、ありがと、姉さ……え、あ……」

 

 そこまで言われて、デプスはようやく頭が回りはじめて来たのか、今日はリインが休みの日だったので、一緒に街に買い物をしに行こうと言っていたのを思い出した。昨日は、それはそれは期待に胸を膨らませて眠ったものだった。

だが、その結果はこれだ。こんな様では、買い物など行けはしない。

 

「ごめん、姉さん。せっかくの休日なのに……」

「気にすることは無いのです! これはこれで楽しくていいのですし!」

「そ、そう……?」

「はい! 我が家は基本的に無病息災なので、こういう機会は滅多にないんですよ!」

「あぁ、確かに……」

 

 はやては仕事上身体を壊す訳にはいかないので、身体の事には細心の注意を払って

いるだろうし、ヴォルケンリッター達の体は言わずもがな。デプスも基本的にはこういうことは起きない筈なのだが、まぁ珍しいことには変わりは無いだろう。

 

「ちなみに、今ザフィーラが色々と役立ちそうなものを買いに行ってくれているので、もう少し待っててくださいね?」

「あ、うん。」

 

 今は、何よりも気だるさが勝っている。リインの言うとおりにしようと、またベッドに入る。ふと時計を見ると、まだ朝の8時を過ぎたころだった。

 

「あれ……姉さん、姉さん、俺ってさっきうなされてた時からどれくらい寝てたの?」

「へ? んー、1時間くらいですね」

「あれ、どうやってうなされてたのに気づいたの?」

「……それではデプス、おやすみなさいです!」

「あっ! 誤魔化さないでよ姉さん!」

 

 そそくさと去ろうとするリインを見ていると、何となく悲しくなってきて、つい「うっ、頭が…」などと、そこまで苦しい訳でもないのに大げさにつぶやいてしまう。

すると、ぴたりと動きをとめたリインがこちらの方をちらちらと見てきた。

 

あ、心配してくれてるのか。やっぱり姉さんは優しいなぁ。

 

 と思いつつ、「ううーん」と頭を押さえて棒読みでうなっていると、耐えかねたのか、

「だ、大丈夫ですか? その、やっぱり寂しいと辛いですか?」と言いながら戻ってきてくれた。リインからすれば、元々が羞恥心を隠す為の退避だったので、それが原因でデプスの体調が悪くなるようなことがあれば一大事なのだ。看病するつもりだったのにこれでは、シャマルに「リイン一人で大丈夫です!」と豪語してきた示しがつかない。

 

「あ、あはは、ごめん姉さん、別にそこまでしんどい訳じゃなくて……まぁ、ちょっと姉さんに避けられたと思って焦ったけど…」

「そ、そうでしたか! ……その、アレなのですよ、明日は休みですしゆっくりできるからベッドに突撃しようかなーという考えがたまたま、たまたま浮かんだだけであって、決して常習犯ではないのですよ! そう、たまたまなんです!」

 

妙にたまたまを連呼して強調するリインだったが、デプスはそれに疑問を抱くことも無く。

 

「へぇ、そうなんだ……でも、できれば事前に言ってほしいな。リイン姉さんばっかりずるいよ……」

「へ?何がですが?」

「俺も姉さんの寝顔が見たい! 一緒に寝たい!」

「あぁ、そういうことでしたか……うぅ、たしかに悪いことをした気分になってきたのです……」

「そうだ、今度は俺が姉さんところに行って寝てもいいかな? いちいち俺の所に来るのも面倒じゃない?」

「んー……別に構いませんけど、リインと寝ても、そんなに気持ちいいかと言われると、微妙ですよ……?」

「じゃあなんで姉さんは俺のところに来るの?」

「気持ちいいからです!」

「ほらやっぱり! いいなぁ、俺も姉さんと寝てみたいなぁ……」

「う……そ、そこまで言うなら構いませんが、まずは安静にして元気になるのが先決ですよ!」

「うん、すぐに治すよ!」

「全く、デプスはホントにお姉ちゃん子ですねぇ。」

 

 八神家に来てから、デプスはこうやって素直に自分のしたいことが言えるようになってきた。もちろん、外に出る時などの分別は弁えているし、それはつまり、家族に対しての遠慮が無くなって来たということであって、リイン的には頼ってもらえるのもあって、好ましいことには違いないのだ。

 

「まぁ、ザフィーラが帰ってくるまで、リインがついています。そうだ、どうですか?使いますか?」

 

そう言って、リインは自身の膝を指し、デプスの方に問いかける。

 

「え、流石にそれは姉さんに悪いよ……。頭だって重いだろうし……」

「嫌ですか?」

「……ううん。でも……」

「ならいいのです。病は気からとも言いますし、今回はおまけです! リインで安心できるなら、いくらでも安心するがよいなのです!」

「姉さん……ありがとう。じゃ、おじゃまします……」

 

 改めてかしこまったデプスがリインの膝枕を享受する。妻女は緊張して頭を完全には預けられない様子だったが、少しすると落ち着いてきたのか、だんだんと身体の力を抜いて行くのがリインに伝わって来た。

 

「どうですか? 気持ちいいですか?」

「うん……なんか、また眠くなってきたかも……」

「一応病人なのですから、ゆっくり眠るといいのですよ。」

 

 うつらうつらと船を漕ぎ始めたデプスの髪を梳きながら、リインは時計を確認する。ザフィーラが家を出てから、まだそこまで時間は経っていない。まだ時間はたくさんあるのだし、ゆっくりさせてもらおう。そう考えていると、おもむろに、「今度は……俺が……姉さんに膝枕を……」と、ほぼ寝入っているのに近い状態でつぶやき出したデプスに苦笑を返しながら、「女の子に膝枕する男の子もなかなか珍しいものですよー」と、自身も顔を赤らめなだら、弟のやわらかいほっぺをぺちぺち叩き返してやるリインだった。

 

***

「ただいまー」

「ただいまー、デプス、大丈夫かー?」

「お帰りなさい、はやてさん!ヴィータさん!」

「です!」

 

 はやてとヴィータが仕事から帰宅すると、元気なちびっこ2人がふよふよと浮かびながら出迎えてくれた。どうやら具合はよくなった様である。

 

「おぉ、デプス、元気かー?」

「はい! 姉さんが看病してくれたおかげで、すっかりよくなりました!」

「えっへん! なのです!リインにかかれば弟の看病なんてちょちょいのちょいなのです!」

「そかぁ、偉いなぁ。私も看てあげられたらよかってんけど、ごめんな、デプス。」

「いえ、はやてさんは仕事もありますし、その気持ちだけでとても嬉しいです。ザフィーラも色々と気を揉んでくれましたし、今度何とかしてお返ししたいですね。」

「ほほぉ、そりゃまた殊勝な心がけなこって。」

「そやなぁ、じゃあ、これからまだ寒くなるやろうし、編み物でも覚えてみるか?」

「編み物、ですか……俺でもできるかなぁ」

「デプスは結構手先器用やし、できると思うで?今度の休日に教えたるわ。シャマルもできるから、そっちにも聞けばええよ。」

「はい、ありがとうございます!」

「あ! リインも編み物一緒にしたいです!」

「え? でも姉さんの恩返しに編み物するのに……」

「お姉ちゃん的には弟に編み物をしてあげるというのも何かいい感じです!」

「そ、そう……?じゃあ、お揃いの物、作りたいな。」

「それはいいですね! あぁ! わくわくしてきました! 今からでもデザインを考えましょう! デプス、部屋へゴーです!」

「あ、うん!」

 

 慌ただしく去って行くちびっ子2人組を横目に、リビングへと入って行くと、シグナムとアギトが「お帰りなさい」とあいさつしてくる。シャマルの靴も玄関にあったし、帰って来たのは自分たちで最後。

 

「あれ?ザフィーラは?この時間やといっつもリビングに居んのに珍しいなぁ。」

「あぁ、その件なのですが……」

「ん?」

 

シグナムが言い辛そうに目を逸らしながら答えるので、何があったのかと気を引き締めるが、

 

「その、風邪を……引いた模様です。今はシャマルが介抱していますが……」

とのこと。

 

「……熱暴走ってうつるねんなぁ」

「いや、違うから。普通に風邪だから。」

アギトが何やら突っ込んでいるが、気にしない。

「まぁ大したことないならよかったわ。上におんねんな?私も様子見に行ってくるわ。」

「あ、はい。しかし、主を守る守護騎士が風邪をひくなど……」

「あたし達の身体も、風邪をひくようになったんだな。」

 

ヴィータがシグナムにかぶせるように、薄い笑いを貼りつけて言う。

 

 自分達は、あくまで夜天の書プログラムだった。風邪など、無論引いたことが無い。

それが、今日初めて風邪をひいたのだ。つまり、それだけ自分たちが人間に近づいているということ。それは、喜ぶべきことではないのか。まぁ、確かに情けない話ではあるけれど。

 

「……そうだな。」

 

 ヴィータの言葉の真意を理解してか、険しい表情だったシグナムも表情を緩める。

自分達は主と一緒に命を終えることができるのだ。それでいい。もとより、はやて無しの人生など、もう考えられない。自分達は、本当に幸せな存在なのだ。

 

「なんか、ありがとうな。みんな。」

 

 はやて自身も、守護騎士たちがいない生活なんて、もう考えられない。こんな人達を出会えて、自分は本当に幸せだ。

きっと、彼らがいる限り、私はずっと幸せで居られるんだろうな、と思いながら、ザフィーラの介抱に向かうはやてだった。

 

 

 




この融合騎達はナチュラルです。羞恥心が一般とは微妙にずれたところにあります。

そしてザッフィーがオチ要因になりつつある今日この頃。
あれですよ、デプスの為に街を色々と奔走してたらいらないものまでもらっちゃった的なあれですよ。
一番体強そうなのに(ry

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第11話

***

「おーい、デプスー。」

 

 今日は天気がいいからと、物置から持ってきたビニール椅子をベランダにセットして日向ぼっこしていたデプスは、眠気半分の半閉じ眼で自分を呼ぶ声の方へと向き直った。

声の主は一目で分かる。特徴的な髪の色、自分と同じ、小さな体。自分やリインとは違う方向に活発ではつらつとした印象の少女は、デプスの姉の一人、アギトである。

 

「? ……どうしたの? アギトさん……。」

「んにゃ、特に何かあるってワケじゃないんだけどな。」

 

アギトはさっきまで寝ていた様で、ふわぁ、という欠伸と共に伸びをしている。

 

「お、それ気持ち良さそうじゃん。あたしも入れてよ。」

「うん、別にいいよー……」

「よーし!」

 

そう言ってデプスの隣に陣取り、どっかりとビニールに腰を落としたアギトは、日光の暖かさとビニールの独特の感触に「ふあぁ……」と、もう一度気の抜けた声を上げた。

 

「うわ、これいいな……ホント気持ちいい……」

「でしょ? こう、日が照ってて風が無いと、以外と暖かくて。」

 

 ちなみに、今のミッドチルダは地球でいう冬のような気候なのだが、それでも、燦々と降り注ぐ日光を浴び続けていれば、体は自然と暖まってくる。これで風があればそうも言ってられないのだが、幸いなことに、今の八神家のベランダは無風地帯である。

 

「ん……」

 

 軽くのびをしたアギトは、そのまま目を閉じてしまった。そして、丁度眠気に負けそうだったデプスも、しばらくすると寝息を立て始める。

 

どうせ今日も何かあるわけじゃないし、いいや。

 

 アギトも、こうして睡魔を優先する辺り、大した用事ではなかったのだろう。この人はしっかりした人(?)だし。と、そのまま眠りの世界へと落ちていくデプスだった。

 

***

 

「……んぁ?」

 

 アギトが目覚めたのは、先ほどデプスの隣で日向ぼっこに加わってから30分程が経過してからの事だった。

 

「んん……あ、おはよう、アギトさん。」

 

同時にデプスも起きたらしく、うん、とのびをしながらこちらを見ている。

 

「おはよー……って、もう昼過ぎじゃんか。」

「あはは、まぁ、せっかくの休みの日なんだし、アギトもゆっくりくつろいだらいいと思うよ?たくさん寝られるのって、幸せだと思う。」

「んー、あたしは何か時間無駄にした感じがしてちょっとがっかりするかなぁ…」

 

 今日はシグナムが非番の日であり、基本的にはその補佐であるアギトも、シグナムが休む時は必然的に休むことになる。だが、普段のシグナムは多忙なので、アギトの休みも直接捜査に出ないリインに比べると少々少なめなのだ。

 

「あー……ごめん、確かにアギトさんくらい忙しいと、休みは有効に使いたいか。」

「いや、まぁいいけどね?たまたまベランダ見たらデプスが居たから声かけただけだし。……それはそうと……」

 

と、ここでアギトはデプスと肩を強引に組み、ずいっと詰め寄った。

元々隣には居たが、いきなり距離を詰められたデプスはぎょっとする。

 

「……ど、どうしたの? アギトさん。」

「敬語やめてくれたのはいいんだけどさ、あたしはお姉ちゃんとは言ってくれないのかなぁって思ってさ。」

 

それを聞いて、デプスは気まずそうにアギトから目をそらす。

 

「……ほ、ほら、アギトさんはお姉ちゃんっていうより先輩って感じが……」

「えー? それはヴィータとかでも言えることじゃん。でもデプスが姉さん呼びしてるはヴィータとリインだけ。なんでかなぁ……?」

 

 にやにやしながらぐいぐいとこちらに寄ってくるアギトに辟易するデプス。顔にもわずかに赤みがかかっていた。

 

「……うぅ、言わなきゃダメ?」

「言わなきゃダメ。」

「……その、……く、て……」

「え? 何て?」

「……は、恥ずかし、くて……」

「はぁ? あたしに姉さん呼びするのは恥ずかしいのにリインとヴィータは恥ずかしくないっての?」

 

 若干むすっとしながら言ってくるアギトに、なんと説明したものかと頭を抱えるデプス。ぐいぐいと押された体は既に椅子から落ちそうな程に追いやられている。

 

「い、いや、アレなんだ。これは一時のテンションな身を任せた結果っていうか……。リイン姉さんにお姉ちゃんですよーって言われた時は舞い上がってみんなお姉ちゃんみたいなことを思ったんだけど……。」

「だけど?」

「日が経って、落ち着くにつれてだんだん恥ずかしくなってきて……いや、リイン姉さんとヴィータ姉さんはもう定着しちゃってるし2人ともお姉ちゃんみたいに振る舞ってくれるから慣れたんだけど……。」

「……あぁ、まぁ確かにあたしはあんまり喋ってなかったもんね。これ以上お姉ちゃん呼びが増えると恥ずかしくてたまらないってこと?」

「……まぁ、だいたいそんな感じ、です。」

「気にすんな、どうせすぐ慣れる。」

「えぇっ!?」

 

 あっけらかんと言い放つアギトに、何でまた、と目を見開くデプス。

デプスからすれば、かなり重要なことではあるのだが。主に日常生活上の精神安定的な意味で。

 

 慣れるかもしれないけど、それまでがキツいよ、と言おうとしたデプスだったが、アギトの顔が若干ながら、怒気を帯び始めていることに気づいた。それも、さっきの様なからかい半分のものではなく、マジもんである。何か悪いことを言ってしまったか、と考えるデプスにアギトは少し残念そうに応えた。

 

「せっかくの家族で、融合騎なのに、疎外感感じるったらないよ。」

「あ……」

「いや、別にいいんだよ? 何かちゃんとした理由があってあたしだけお姉ちゃんって呼ばれないんだったらさ。ただ……恥ずかしいってだけでそうやって距離とられると、結構傷つくんだよね。」

 

 そう言われて、デプスはハッとした。

またやってしまった。自分のことばかり考えて、その結果、自分の行動に対して相手がどんな風に感じるのかまで、配慮できていなかった。以前リインにたしなめられた時も、この視野の狭さは何とかしなきゃいけないなんて考えていたのにすぐこれだ。

 

「……ごめんなさい、アギトさん。俺、家族ができたっていう事実に浮かれてただけで、きちんとした実感としては、たぶんまだ受け止められてなかったんだと思う。」

 

 デプスは結局、家族という言葉に酔っていたのだ、と自己推測する。家族とは何なのか。知識では知っていても、それを経験として持っているのとは、また別の話なのだ。

家族とは何なのか。

 

今まで深くは考えなかったけれど、少なくとも今のデプスとアギトでは、まるで他人のような関係だ、と、今更ながらに気づき、申し訳ない気持ちになるデプスだった。

 

「まぁ、分かってくれたならいいよ。それじゃ、さ。」

「?」

「ほれ、呼んでみ? お姉ちゃんって。」

「う……」

「ほれほれ、早く。アギト姉ちゃんだよー。お姉ちゃんだよー。」

「ぐぅ……!」

 

 勿論、デプスとてアギトの事が嫌いな訳ではなく、ふとした拍子にさりげない気づかいを見せてくれるアギトをむしろ慕っているし、こうして距離が縮められることは喜ばしいことだと思ってはいる。

 

だが、それでも。

 

 気恥ずかしいものは気恥ずかしいのだ。ついにデプスに覆い被さるように髪をかいぐりかいぐりし始めたアギトに、デプスは身動きが取れなくなっていた。

 

「デプスー、デプスー、どこですかー? ……って、ああっ! あ、アギト、何をしているですか!」

「ん? いやぁ、いつまで経ってもすり寄ってこない子犬を抱き抱えに来ただけだよ。」

「な、ななな、なんと不純なっ! デプス! いけませんよ!そんな痴女の誘惑に乗ってしまっては!」

「ちょっと待て! 誰が痴女だコラ!」

「あーんなお腹丸出しの恥ずかしいバリアジャケット普段から着てるアギトは痴女以外の何でもないです! ちょっと年上だからって色気でデプスを篭落しようだなんてずっこいですよ!」

「ちげぇよ! 何か勘違いしてるだろお前! あたしは普通に……」

「……お腹丸出しのバリアジャケット……?」

「そこを掘り下げるんじゃねぇッ!」

 

 唐突に入ってきたリインに一気に場を掻き乱され、さらにデプスの天然も発動して収拾がつかなくなってきたことに頭を抱えるアギト。この2人が揃うとヤバい、止められない。と、これからの付き合い方について本気で考え出したアギトだが、横から聞こえてきた声に思考を止められる。

 

「ありがとう、アギト姉ちゃん。」

「……ん? デプス、今何て言った?」

「……」

 

 顔を赤らめてそっぽを向いたデプスに、「おい、もっかい、もっかい言えって。なぁ、今言ったよな?もっかい言えって」と詰め寄るアギト。

そしてそれを見たリインは、

 

「んんっ! ふむふむ、そういうことでしたか……!」

 

と言いながら二人から少し距離を取った。

 

 リインからしても、二人の距離が縮まることは嬉しいことなのだ。

それに、これでまた、デプスが心から頼ることができる人が増える。

家族とは言うものの、未だデプスはシャマルやシグナムアギト等、交流の少ない面々とは、まだまだどこか他人行儀な状態が続いている事に、リインは気づいていた。

 

 勿論、それは時間が解決してくれるのだろうが、できれば早いうちに何とかしてあげたいと、そう考えていたのだ。皆、あんなに素敵で魅力的なんだから、デプスとだって、仲良くなれるに決まっている。

 

 デプスの姉、お姉ちゃんである以上、彼を取り巻く環境をより良いものにできるように手助けをするのは、自分の役目だと、リインは強く思う。彼はまだ、不安なのだ。だから、今はこんな回り道でしか人と繋がっていけないのだ。

 

 今はまだ、それでいい。けれど、少しつずつでいいから、そういった付き合いにも慣れて行って欲しい。

 

 ちょっとだけ心配ではあったけれど、アギトとの様子を見る限りでは、きっと大丈夫だ。

何も、彼の姉は一人ではないのだから。

 

 ヴィータちゃんも、アギトも、きっとデプスの力になってくれる。

これから楽しくなるだろうなぁ、と未来の自分たちの生活に思いを馳せて、アギトのスキンシップに顔を真っ赤にしてそろそろオーバーヒートしそうな様子のデプスを助けに向かうリインだった。

 

***

 

「で、リインは結局何しに来たの?」

 

 リインにバインドをかけられて簀巻き状態のアギトが問いかける。

デプスが心苦しそうにその様子を眺めているが、リインは心を鬼にしてアギトの蛮行を止めなければならなかったのだ。そうしなければデプスが危ない。何がどう危ないのかはよくわからないが、とにかく危ないのだ。

 

「あぁ、えーとですね、デプス用のお洋服が届きましたよーっていう報告に来たですよ。ようやくこれでいろいろと着せ替えしてあそ……こほん、いろんなバリエーションの服が着られるのです!」

「おぉ! そいつはいいじゃん! じゃあ折角だしアギトお姉ちゃんが色々と見つくろってやるかな。」

「本当に!? どうなるのかなぁ……」

「あっ! ダメですよ! まずはリインがやるのです! 異論は認めません!」

「はぁ? そんなもん誰が決めたんだよ。なぁ、デプス?」

「え? あ、うん。そうだね。」

「はぅあ! で、デプスが私を裏切るだなんて……ッ!」

「う、裏切った訳じゃないよ!? ただ、どっちも楽しみだなぁって!」

「おぉ! なるほど……そういうことですか……!」

 

 そう言うと、リインの瞳が鋭く細められた。

キリッとしたリイン姉さんもかっこいいなぁと思うデプスだが、その鋭い眼光を向けられたアギトは、その意図を即座に理解した。

 

「ははぁん……? このあたしとコーディネイト勝負ってわけか。いいぜ、乗ってやるよ。」

「ふふん、デプスの事を知りつく……したとは流石に言えませんが、この家の誰よりも深く理解しているはずのリインにかかれば、デプスの服装のコーディネイトなどお茶の子さいさいです! 審査は夕飯の後に皆にしてもらいましょうか。」

「え……え……?」

「まぁ、着つけは一人ずつしかできませんから、その順番はどうしますか?」

「元々先にやるつもりだったんだろ? 先攻は譲ってやるよ」

「むむむ、言いましたね……! その余裕に満ちた表情を絶望へとたたき落としてやります! さ、行くですよ! デプス!」

「あ、うん……え……?」

 

 いきなり何を、と言う間もなく、とんとん拍子に話が進み、ついていけないままに連行されていくデプスであった。




遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。早速現実逃避しに来ました。

アギトさん回、の皮を被ったリインお姉ちゃんの荒ぶる母性回。
アギトの事を痴女呼ばわりしたリインですが、リインのバリアジャケットも結構あれですよね。脇とか、脇とか、脇と(ry。

あとデプスはここでこそめちゃくちゃ恥ずかしがってますがアギトのお姉ちゃん呼びはなんだかんだであっさり慣れます。それもこれもアギトのお姉ちゃん力が(ry。


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第12話

「お菓子、ですか?」

「うん、お菓子。」

 

 もはやすっかり2人で一緒に寝ることが通例になりつつあるリインハウスⅡの中で、パジャマ姿のリインが首をかしげながら問い返した。

対面に胡座をかいて座るデプスは、それに対して強い頷きで返す。

 

「明日ははやてさんも休みらしいし、色々教えて欲しいなって思ってるんだ。」

「んー、大丈夫だとは思いますけど、何でまた急に? あ、いや! 別にお菓子作りが悪いとは言ってませんよ!?」

 

 理由を聞くと一瞬泣きそうな表情を浮かべたデプスを見て、慌てて訂正するリイン。

すると、どこかほっとしたような顔になったデプスが、「や、やっぱり似合わないかなぁ…?」

と苦笑する。

 

「いえ、いいと思うですよ! このご時世、お料理ができる男の子というのは何かと有利なものです! さっきのは純粋に理由が気になっただけなので、どうか気にしないで下さいね?」

「あ、うん。ありがとう、リイン姉さん。」

 

 そう言って微笑んだ後、デプスはリインに急な提案の理由を話し出した。

 

「いや、ホントに大したことは無いんだけどね? 家事とかもだいぶ慣れてきて……結構時間が余るようになってね。 リイン姉さん達が頑張ってお仕事を終えてきた時に、何か甘いものでも用意して待ってられたら、いいかなぁって思って……。」

「……」

「姉さん?」

「……ううっ! は、はやてちゃん……いつの間にか……デプスはこんなにも立派にっ……!」

「ちょっ! 姉さん!?」

 デプスがリインの方を見ると、それはもう、ぐちゃぐちゃと言っていい有り様だった。顔中の穴という穴から液体があふれている。

 

 リインは、このデプスの気づかいに、割と本気で感動していた。

仕事終わりに甘いものが食べられるとは、それはそれは素敵な事だ。

 

 だが、それ以上に、デプスが自分達の為に作ってくれるということが嬉しかった。

少し前までは、はやてが色々と作ってくれたものだったのだが、最近は殺到する仕事のせいで、それもご無沙汰気味であったのだ。

疲れた体に、弟が作った愛情たっぷりのスイーツ。

頭脳労働に酷使した頭に行き渡る糖分。想像しただけで幸せになれたリインだった。

 

「デプス。」

「は、はいっ!」

突如、キリッ!と表情を引き締めたリインに、デプスも自然と固くなる。

「ぜひとも、やりましょう。明日、買い出しに行かなくてはなりませんね……!」

「リイン姉さんもやるの?」

「えぇ、リインだって少しくらいはできるのですよ? 料理に関しては、最初からこの頭の中に色々とインプットされていましたから!」

「え……? 何で……?」

「たぶんはやてちゃんの趣味だと思うですよ!」

 

 リインの開発は管理局との共同作業だったと聞いているが、よくそんなもん入れる案が通ったなぁ、と、益々はやてが分からなくなるデプスだった。

 

***

「よい…しょっと。材料はこれだけでいけるかなぁ。」

「あまり多くても作るのが大変ですし、ちょうどいいと思いますよ!」

「まぁ、作るいうてもクッキーやし、混ぜるのがちょっと体力使うくらいやから、たぶん大丈夫やと思うで。」

 

翌日。

 

 あれからすっかりテンションの上がってしまったリインは、朝、起きるや否やデプスをひっ掴んではやてに念話を繋げながらリビングにすっ飛んでいった。

勢いもそのままにはやてにデプスのお料理(?)訓練を打診し、デプスからも頼んだところ、返事は快諾。

 

 

 まずは簡単なものから、ということで、クッキーを作ることになった。

そう時間がかかるものでもないので、調理は昼食と一緒に進める。

はやてが小麦粉に牛乳を加える横で、既にクッキー生地をある程度完成させたリインとデプスが協力してそれを練る。

 

 アウトフレームを形成しているとはいえ、それでも2人は子供サイズ。体力もついてはいるが、ボウルの中の生地をかき混ぜるのは、いつもの運動とはまた違った力が必要となってくる。最初は一人でやっていたデプスだったが、すぐにバテてしまったのだった。魔力を使って身体強化を施せば、楽にはなるのだが、何となく、こういうことに魔法を使うのは、ずるをしている気になって、憚られた。

 

「もうそろそろええんと違う?」

「そうですね! じゃあこれを冷ましましょう! デプス、ラップ持ってきてください!」

「了解!」

 

 慌ただしく動くキッチンの様子をリビングからぼんやりと眺めていたザフィーラは、隣でそわそわしているヴィータの様子を見かねて、グラタンの準備をしているはやての方を見ながら、「野菜の皮剥きくらいなら、手伝えるのではないか?」と、一声かけた。

 

「……そ、そうだなっ! 行ってくる!」

 

 顔を赤くしながらすたたたとキッチンに向かうヴィータを尻目に、また絨毯の上で丸まるザフィーラだった。

***

 

「へぇ、いい子なんだね。デプスくん。」

「あはは、やろー? 今日もなんや新しいのに挑戦する言うてたし、家事もやってくれるし、ヴィヴィオに負けへんくらいの孝行っ子やわぁ……」

 

 ミッドの首都クラナガン、その中枢から少しだけ外れた所にある、大きめの百貨店の様なビル。

その中に展開している、少し小さめの喫茶店。

テーブルに座って珈琲や紅茶を飲む3人の女性がいた。朝、開店して間もないので、彼女達の他には一人しか客は居ない。

 

 彼女らは、ここの落ち着いた雰囲気が気に入って、たまにではあるが、こうやって休みが重なった日に集まって、おしゃべりをしたり、買い物をしたりして休日を三人で過ごすようにしていた。

ほくほく顔で新しい家族の自慢話をするはやて。

対面に座るなのは、フェイトは、はやての言葉に一瞬むっとして、

 

「あ、そういうこと言っちゃうんだ。ヴィヴィオだって毎日家事も手伝いしてくれるよ?」

「うん、そんな優劣のつけ方は良くないと思う。」

「え、あ、いや、じ、冗談やで? そ、そんな顔せんといて、な?」

 

 一瞬剣呑な雰囲気になり、射殺すような2人の視線を浴びたはやては、(こりゃあ子供自慢はネタでもシャレにならんな……)と気を改める。

 

「一回ヴィヴィオとも遊んで欲しいかな。まだまだ小さいし、あんまり相手できてるわけでもないから……」

「まぁ、そうやな。結構気も合いそうな気がするわ。」

「エリオ達も忙しそうで、なかなか一緒に動けないのが残念だなぁ。」

 

 すっかり母親の体を成した未婚の女性三人。だが、いずれも現状に不満があるような様子は無い。

それぞれがそれぞれに今の生活に打ち込んでいるのだ。

 

「デプスやけどな、引き取ったはいいねんけど、さすがに大っぴらに連れていく訳にもいかんし、でも何とかして日の目を浴びさしてやりたいなぁ、とも思うんよ。というか、本人がそれを望んでる節もあってな。直接は言わへんけど、たぶん気ぃ使ってる。」

 

「まぁ、確かに、デバイスとして作られて、自分を使ってくれる人に出会って、なのに戦闘には加われない、っていうのも、もどかしいのかもね。」

 

 自分に力があるのに、その力を大切な人の為に使うことができない。なのはは、そんな境遇に立った自分を想像して、自分だったら、たぶん後先考えずに無理矢理使っちゃうだろうなー、などという事を考えながら、厳しい表情を見せる。

 

どうしようもないことも、きっとある。

 

 デプスは現状を受け入れてはいるが、それでいいのだろうか。

はやてはさらに続ける。

 

「でも、たぶん近いうちにまた、管理局の闇が浮き彫りになってくる。JS事件でぎりぎり痕跡だけ見つかったような、中くらいの膿がまた出てくる。その時が一番の正念場や。そこの混乱さえ乗りきれば、デプスが思いっきり空を飛び回れる日も来ると思う。」

 

 そう、今怖いのは、その広がりのせいで、はやてやそのバックだけでは、少しずつしか抑えていくことができない、中級の汚職管理局員達なのだ。

 

 彼らは個の権力は劣っても、数がある。数があれば、扇動ができる。下の人間達の意思を変に動かされると、今後、ユニゾンデバイスの運用に関わるような噂を流されてしまう可能性だってある。無理に押さえつけることはできなかった。

 

「ふふふっ」

拳を握り込むはやてを見ていたフェイトが笑い声を上げる。

「フェイトちゃん?」

「いや、ね? リインの時も思ってたけど、はやては親バカだなぁって。」

「……フェイトちゃんに言われたらおしまいやな。最悪な気分や。」

「あ、あはは……」

 

 フェイトの言葉に、はやての顔が赤みを帯びる。別に嫌なわけではない、ただ少々気恥ずかしいだけだ。

 

 確かに、リインのことも猫可愛がりしたし、アギトに関しては家族になった時点でかなりしっかりしていたし、ワガママも言わなかったのでそうでもなかったが、よくよく考えればヴィータにだって何だかんだでだだ甘である。

そして、デプスに対しても。

自覚はあったが、いざそうだと言われてみると、どうも妙な気分になってしまうはやてだった。

 

「そういえば、デプスくんって、どういう力を持った融合騎なのかな?」

 

 やはりヴォルケン達の大幅強化に繋がる新戦力となると、そういう面も気になってくるのか、教導隊に勤めるなのはが問いかける。

 

「あぁ、えっとなー……ユニゾンした人がフェイトちゃんになるよ。」

「……はい?」

「あー、つまりスピードタイプのオールラウンダー、ってことかな?」

「さすがなのはちゃん。そうそう、そんな感じやな。電気の変換資質もあるし、カラーリングも黒と金で何故かそっくりなんよ。」

「あ、そうなんだ……」

「ちなみに、シグナムが目を輝かせながら『これでテスタロッサと……』とか言って笑ってたから、そのうちまた執拗な決闘の申し込みが来ると思うで。」

「えぇ……受けたいのはやまやまなんだけどな……」

 

 フェイトとてシグナムとの戦いは嫌いではない。とても高揚するものだし、速さを得たシグナムがどのように戦うのか、興味もある。だが、仕事の都合上、なかなか模擬戦の申し込みを受けられないのが現状である。さらに、こうして皆で集まったりすることは、フェイトにとって欠かすことのできない行事なのである。模擬戦よりは、こちらを優先したいのが本音だ。

 

「私もフェイトちゃんとシグナムの勝負、見たいなぁ。」

「そうかな? じゃあ、今度皆でやってみる?総当たり戦。あ、はやてもね。」

「え? なんで私も入ってんの?」

「ほら、はやて、最近あんまり動けてないでしょ? こう言う時に動いておかないと、鈍ると思うから。」

「いや、そうかもしれんけど……勝ち目無くない?」

「勝つ勝たないより、楽しむことを優先しよう!」

「いや、楽しむとかそれ以前の問題やから。なぁ、無理やって、考えなおさへん? フェイトちゃんに切り刻まれるのもなのはちゃんにバインド喰らって身体中焼かれるのも勘弁やねんけど。」

「はやてちゃんならきっと対応できるよ!」

「聞いてや」

 

 二人のあんまりな対応に頭を抱えるはやて。私は二人に何か恨みでも買ったのだろうか。なんとかこの場を乗り切れないか。と思考を巡らせると、ザフィーラが依然興味深いことを言っていたのを思い出した。はやての口元が知らず知らずのうちに弧を描いて行く。

 

「そういえば、そのデプスがな? なのはちゃんの教導、一回受けてみたいって言っててんけど。」

「へぇ! そうなんだ! 嬉しいなぁ! 向上心あるのはいい事だよね!」

「うんうん、それに、最近は家に居るのも結構暇みたいやし、今度時間見つけてちょっと手ほどきしてあげて欲しいなって思うんやけど……」

「そういうことならばっちこいだよ! 戦闘訓練?」

「そうやな、スタミナとかにも難アリみたいやし、その辺含めて色々見てやって欲しいかも。実戦経験もほぼゼロらしいし。」

「そうなんだ……これは責任重大だね。 あ、せっかくだしはやてちゃんも参加するよね? 丁度良いね!」

「結局こうなるんか。私に逃げ場は無いんか。」

「まぁまぁ、いい機会だよ。私も参加するし、皆で特訓しよう? まぁ、うまくスケジュール合わせなくちゃいけないけど、折角だから頑張ってみようかな。」

 

いや、頑張らなくていいから。

折角矛先を変えることができたと思ったのに、と、苦虫を噛み潰したような顔でコーヒーを飲む干すはやてだった。

 




デプスの死亡フラグにはやてさんが巻き込まれた模様です。


ちょっと休み休み書いていたので文章が色々とおかしいかもしれません。
少しずつ修正していこうと思います。


感想、誤字報告、お待ちしております。


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第13話

 八神家の留守を守る守護獣、最近は会う人会う人皆に犬と間違えられるので訂正するのも億劫になってきたザフィーラが八神家2階の窓や家具の拭き掃除をしていると、下からがらがらと何かが崩れる音がした。

 

(デプス? 何かあったか?)

(ぐっ……! ざ、ザフィーラ……)

 

 何があったのかと念話をかけてみると、返ってきたのはデプスの呻き声。

まさか、侵入者か……?

 

 今日はデプスとザフィーラ以外の八神家の面々は全員仕事なり何なりで出払っている。

確かに一番手薄な状態ではあった。

 

だが、下からの魔力反応は無く、何かが現れた気配も無い。

 

(害虫でも出たか?)

 

 即座に不届き者の侵入という事態を頭から取っ払ったザフィーラは、溝までぴかぴかになった窓を一瞥した後、のそのそとリビングへと降りていった。

 

デプスからの返事は無かった。

 

***

 

 リビングに到着し、眼前のキッチンに広がる惨状を目にしたザフィーラは、一瞬で事態を理解し、ため息をつきながらボウル等の調理器具に埋もれたデプスを引っこ抜き、ぺしぺしと頬を叩いて、

 

「届かないならば我に言えば良かっただろうに。」

 

 と、呆れ半分安堵半分といった視線を向けた。

上にある大きく開け広げられた器具棚とデプスが使うには微妙な高さの踏み台を見る限り、恐らくと言わず、十中八九直撃したのだろう。デプスは目を回していて、その頭上には星が回っているような気がする。

 

 八神家の器具棚は高い位置にあり、デプスの身長では手が届かない。

 

 それでも、ザフィーラがいるし、今までもリインはヴィータや等のちびっこ組が一人で八神家のキッチンを使うということは無かったのだが。

 

「おい、大丈夫か。」

「う、うぅん……」

 

 ぺちぺち、ぺちぺちと頬を叩いていると、ようやくデプスが意識を取り戻した。よく見ると額がうっすらと赤みを帯びている。

 

「額に直撃か?」

「あ、ザフィーラ。……あはは……その通りです……」

ばつが悪そうに苦笑するデプス。一応反省はしている様だった。

「全く、何故我に声をかけなかった? 大した手間では無いだろう。」

「いや、はは……ザフィーラな実はまだどこに何があるのか把握しきれてなくてね。全部出すのは流石に駄目だし、分からないのにいちいちザフィーラを呼んだら、何回も行き来させちゃうから。ザフィーラも、どの棚に何があるのか、把握してるわけじゃないでしょ?」

「いや、流石に大体は覚えているんだが……それに、仮にそうだったとしても、こうなっては元も子も無いぞ。」

「う……ごめんなさい。」

「まぁ、丁度我もすることはしてきたところだ。物の出し入れくらいなら手伝おう。」

「うん、ありがとう、ザフィーラ。早速だけど、このトレイとボウル以外を直して欲しいな。」

「承知。」

 

 頷いたザフィーラは、調理器具をテキパキと元あったであろう場所に直していく。直し終えたところで、ふと、ザフィーラはあることが気になってデプスに問いかけた。

 

「……浮遊魔法を応用すれば、このくらいはお前一人でもできたのではないか?」

「……あっ。」

 

その発想は無かった。と言わんばかりの表情を見せたデプス。

 

「お前は本当にデバイスなのか……?」

 

 呆れながらも、まぁこれからは試してみるといい、と、デプスの頭をがしがしかき回した後、デプスの様子を見守るザフィーラだった。

 

***

 

「それは何を作っている?」

 

 牛乳と生クリームを火にかけ、卵黄と砂糖を混ぜ合わせた物を投入するデプスにザフィーラが問いかける。特に急な用事があったわけでもないので、デプスを見守ることにしたのはいいが、ただ黙って見ているのも憚られたので、話題の一環として丁度良かった。

 

 ちなみに、ザフィーラは、料理に関しては、はやての傍についていたおかげで手伝うことも多かったので、それなりに覚えがあるのだが、お菓子作りに関しては手伝いの役目をヴィータやリイン、アギトが担っていた上に、機会もそう多くなかったこともあって、あまり知識があるとは言えなかった。

 

そんな訳で、実際にデプスが何をしているのかは分からないのだ。

 

「ふふん、これはね、アイスクリームだよ。」

 

自信満々に答えたデプスに、納得の表情を見せるザフィーラ。

 

「なるほど、言われてみれば……しかし、これだけの材料で作れるのだな。分量は大丈夫なのか?」

「うん、はやてさんと一緒にちゃんと調べたからね。分量はちょっと多めだけど、ヴィータ姉さんいるし……」

「……うむ、多すぎるということはまずないだろうな。」

 

 ちなみに材料はさっき挙げた4つ、砂糖と牛乳、生クリームに卵黄だけだ。

余った卵白はとり置きして、後でクッキーを作る時に入れるんだ、とはデプスの談。

混ざったアイスの元をトレイに移し、冷凍庫へ。

 

「ふぅ、とりあえず、これでしばらく待機かな。」

「あぁ。それに、もう昼だ。昼食も作ってしまうぞ。」

「あっ、そうだね。冷蔵庫何があったっけ……」

「引き出しにパスタがあったろう。茹でるから、ソースを出しておいてくれ。」

「あ、うん。この緑色の?」

「あぁ、それでいいぞ。」声を掛け合いながら昼食の準備を始める2人だった。

***

 

「ただいまー。あー……、肩いてー……」

 

 夕方ごろになって最初に帰ってきたのはヴィータ。

今日は教導隊と他隊との合同実地訓練だった筈。デプスは、教官であるヴィータは普段の仕事量に加えてさらに重労働を強いられていただろうことを考えて、リビングで本を読んでいたヴィータを精一杯労うつもりでいた。

 

「あ、お帰りなさい、ヴィータ姉さん。はい、お仕事お疲れ様。」

「お? アイスか! しかもこれ……もしかして手作りか?」

「あはは、そうなんだ。味見はしたから、たぶん大丈夫だよ。」

「最初はクッキー、次はマフィン、で、今度はアイスか。どんどんレベル上がってんなぁ……おぉ、んめぇ。」

「いやぁ、どれもほとんど混ぜるだけだから、実はそんなにうまくなってる訳じゃ無かったり……。でも、はやてさんが横についてなくてもできたのは進歩、かな? おかわりもあるよ!」

「マジか! ……おぉ、結構作ったんだな……」

皿の器にいくつか用意した一口サイズのアイスをすぐに食べ尽くしたヴィータを見て、冷凍庫からトレイ一杯のアイスを取り出すデプス。ヴィータはそれを見て目を輝かしながら、

「これ全部食っていいのか?」

等と言い出したので、

「だ、ダメだよ! そんなに食べたらお腹壊すよ!?」

 

と、慌てて止める。もしここでヴィータに食べられてしまえば他の面々が食べる分が無くなってしまう。

 

「分かってる分かってる、冗談だよ。……でも半分くらいはいいよな?」

「……分かってたけど、ヴィータ姉さん、ホントにアイス好きだねぇ。いや、俺も好きだけど……。」

「あぁ、アタシの活力だからな。いや、ホントこれうめぇよ。ありがとな、デプス。」

 

 そう言ってデプスの頭を撫でつけながら、トレイのアイスを掻き込むヴィータ。

食ったあっという間に半分程を食べきり、食ったと腹をぽんぽん叩く。

デプスは、最初はヴィータのあまりの食いっぷりに、心配と、もうちょっと味わってくれても……というもやもやした気持ちが浮かばないでもなかったが、嬉しそうにしているヴィータを見ていると、それも何だかどうでもよくなって、また頭を撫でてもらって上機嫌になってしまう。

 

「ただいま。」

「ただいまー。」

「何だ、もうそんなに減っているのか。夕食は大丈夫なのか?」

「お帰りなさい、シグナムさん、アギト姉さん、ザフィーラ。」

「おう、お帰り。へへん、このくらい全然問題ねーよ。」

「アイスクリーム、か。私も少しもらっていいか?」

「おー! うまそうだなぁ! デプスが作ったのか?」

「うん、そうだよ! 今準備するね!」

 

 ここで、ヴィータと同じく仕事で出ていたシグナムとアギト、夕食の具材の買い出しに出ていたザフィーラが帰宅。2人で荷物を持っている様子から、途中で合流したのだろう。

 

「今日は鍋だ。 シャマルと主はやてはもう少しかかるらしいが、先に準備だけ始めておこう。」

「分かった! あ、そうだ、クッキーもあるけど、生クリーム余ってるし、ホイップクリーム作っておこうかな。後でデザートとしてアイスと一緒に食べたらおいしそう。」

「おぉ、ナイスアイデアだな!」

「ヴィータ姉さん、あれだけ食べてまだ……まぁいいか、あの、言いだしっぺではあるけど、俺まだホイップクリーム全然うまくできないから、ヴィータ姉さん、アギト姉さん、手伝ってくれると嬉しいな。」

「おう、任せろ。それならアタシもできるぞ。」

「よっしゃ、さっさとやるぞ!」

「あまりキッチンを占領するなよ……?」

ザフィーラのぼやきは聞こえていない様子の3人だった。

 

 




フラグ回収も何もない日常。
ザッフィーがお父さんに見えてきた回。
そしてリインが息してない回。


感想、誤字脱字報告お待ちしております。


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第14話

 高層ビルが立ち並ぶ街並みを再現したシミュレータの中、金色に輝く小さな閃光が縦横無尽に駆け回る。

 シミュレータが生成したスフィアが光弾を閃光に向けて放つが、鋭角的な軌道でぎゅんぎゅんと迫るそれには全く当たらず、数秒もしないうちに、光弾を放ったスフィアは閃光から伸びた雷撃によって破壊されてしまった。

「天雷(あまついかずち)」

 呟いた後、いっそう光を強くした閃光は、追加で周りに生成されたスフィアを三基いっぺんに雷でたたき落とした。

 

***

 

「雷撃による物理破壊……。魔力量の低さを補うためかな。どう思う? フェイトちゃん。」

 

 大立ち周りを繰り広げるデプスを離れのビルから眺めながら、高町なのはは、そう、隣で真剣な顔をしながら遠くを見据えるフェイトに問いかけた。

 

「うん、それが一番じゃないかな。あれだけの資質があれば、下手に魔力をつぎ込むより効率はいいと思う。……非殺傷みたいな細かい調整が効かないから 、扱いはちょっと難しいけど。」

「もうそろそろ15分だね。 破壊したスフィアは116基……耐久性のある大型スフィアも含めてだから、火力も速さもなかなかのものだよ。ね? ザフィーラ。」

 

 フェイトのコメントに頷き、今度はフェイトとは逆側でデプスの様子を観戦していたザフィーラに話しかける。彼とデプスは仲がいいらしいので、活躍する場面を見られて少しは、いつもの仏頂面を崩しているかと思っていたが、ザフィーラの表情は厳しいものだった。

 

「あぁ。確かに強力な力だ。……だが。」

 

 ザフィーラの視線の先では、肩で息を切らして動きを止めるデプスの姿があった。

 

「魔力切れやな。」

 

 ザフィーラの隣に居たはやてが真剣な面持ちで声を発し。

 

「15分かぁ。デプス君の魔力量、低いと言っても、Bはあるんだし、もう少し保って欲しいかもね。」

「Aランクのスフィアをこれみよがしにぶつけておいてよく言う。 あれをデプス単体の力で破るのは骨だぞ。」

 

 魔力の変換自体にも魔力は使用する。当然、変換を多用するデプスは普通の魔導師よりも燃費が悪いのだ。基本的には単体での運用を視野に入れられていなかったのだろうか。確かにユニゾン前提なら魔力不足の問題はある程度緩和される。

 

 しかし、今はデプス自身の力を底上げするのが目的なのだ。まず自身の力量を測るためには、自力で頑張ってもらわなければならない。そんな状況で、自分より高ランクのスフィアが相手では、変換する魔力の純度を高めざるを得ないだろう。燃費の悪さに拍車がかかるというものだ。

 

「あはは、ばれてた。でも、そうじゃないと全力でぶつかれないでしょ?」

「それに関しては同感だな。」

 

 魔力切れで完全に動けなくなったデプスの所へ追い打ちをかけに動くスフィアを消し、倒れこむようにへたった彼に近づきながら、なのははデータ上で見た彼の力と実際に見た力を照らし合わせ、事前に考えた特訓プランをどう修正しようか考えていた。

 

 

***

 

「お疲れ、デプス君。」

 

倒れたデプスに近づいたなのはがデプスに声をかける。デプスは顔だけをなのはの方に向け、

 

「あ、あぁ、高町さん、すみません、もう魔力切れちゃって。」

「ううん、それでいいの。それだけ頑張ってくれた証拠だからね。」

 

 えらい、えらい、とデプスの頭を撫でるなのは。デプスも疲れた表情ながらすこし安心したような表情になっている。

 

「デプス、お疲れ様です!」

 

 その様子を見て、何か思うところがあったのか、はやてについてきていたリインがデプスの顔を覗きこんだ。

 

「リイン姉さん、ありがとう。俺、頑張れたかなぁ。」

「えぇ、ちゃんと見ていたですよ! えらいえらいです!」

「ね、姉さん、恥ずかしいよ…」

「なのはちゃんには負けません!

「何も張り合わなくても……」

 

 そんなやりとりをしながら、リインの手を借りて

何とかかんとか立ち上がり、ふぅと一息つくデプス。

 

「この後はどうするんでしょうか?」

「うん、今から私がスフィアと誘導弾で絨毯爆撃をしかけるから、デプス君はそれを避けすに防ぎきってね。」

「はい……はい?」

 

 一瞬自分の耳を疑ったデプスだったが、プロテクションの種類は問わない、とにかく動かなければよし、と次々条件を指定していくなのはの様子を見る限り、聞き間違いと言う訳ではないようだった。

 

「あの、俺、魔力切れちゃってるんですけど。」

「自分の限界を超えたいなら、全部出し切ってからじゃないとダメなんだよ。」

「そういうもの、なんでしょうか。」

「うん! ……あ、ちゃんと防げなくても全治1カ月程度で済むようには調節してあげるから、心配はいらないよ!」

「……リイン姉さん。」

「さすが、なのはちゃんはスパルタなのです!」

助けを求めるようにリインの方を見るが、にこにこ笑顔で返されればもう何もこちらから求めることはできない。

「ザフィーラ。」

「よかったではないか。これがエースオブエースの教導だ。いい経験になるだろう。」

「ちなみに、はやてさんは?」

「はやてちゃんなら、フェイトちゃんに連れられて別室だよ。今頃は多分カンを鈍らさない為の基礎トレと軽い模擬戦だろうね。フェイトちゃん、熱くなりすぎて加減忘れなきゃいいけど……」

「そうですか……」

「あ、これを無事に乗り切れたら、休憩挟んで別のメニュー入るよ。はやてちゃんからしっかりやれって頼まれてるからね。」

「はやてさん……」

 

 俺、なんか悪い事したっけ……と、微妙にうなだれながら、切れた魔力をどうやってひねり出そうか考えるデプスだった。

 

***

 

「……」

「……」

「はやてちゃん、デプス、あとちょっとですよ、がんばるですよぉ……」

 

 あれから。

結局気合いで魔力をひねり出し。

一瞬でも手を抜こうものなら、途端にハチの巣にされそうな、こちらの限界ぎりぎりを何故か完璧に把握しているような絶妙な射撃の雨に晒され。

 

 それが終わってからも、限界まで使いきった筈の魔力を、何度も何度も気合いだけで捻出し。

限界ってなんだろうな、とデプスが自分で思い始めたところで、ようやく次の休憩の後のメニューで今日は終わり、というありがたいお言葉を頂いたのだった。

長めの休憩を言い渡されたデプスは魔力がすっからかんになってしまった己の身体を休める為にどさりと倒れ込んだ。リインが疲労回復の魔法をかけてくれているがお礼も満足に言えない程に疲れきっている。

 

 隣でははやてがグロッキー状態で倒れている。はやてが訓練服を着ているというのも珍しいが、ここまで疲弊しきった姿を見るのもまた珍しい。

 

「ごめんね、ちょっとやりすぎちゃった。」

 

なのはの隣ではフェイトがけろりとした顔でそんなことを言ってのける。

 

「あはは、はやてちゃん、やっぱりかなり体力落ちちゃってるみたいだね。まぁ、しょうがないことだけど、それでも捜査官なんだから、もうちょっと欲しいところかなぁ。」

「む……無茶……言わ……」

 

 はやてが何かを伝えようとするが、限界まで疲労しきった状態では満足に口もきけない。隣でデプスの肩をさすっていたリインが一人だけはやての呟きに気付き、だ、大丈夫ですかっ!とはやてにかけた簡単な治癒魔法の出力を上げるのだった。

 

「主、デプス、これを。」

 

 すると、スポーツドリンクを持ったザフィーラが現れ、はやてとデプスの横に飲み物を置いた後、

なのはとフェイトに渡す。

 

「ザフィーラ、ありがと。」

「全く、分かってはいたが、加減が無いな。」

「勿論、私は本気だからね。でも、デプス君、ちゃんと必死に食らいついてきてくれたよ。この気迫は、立派な強みになると思う。」

「そうだな。これだけの訓練を受ければ、何をするべきかも、見えていることだろう。」

「そうだといいね。」

 

 そう、訓練は一日で終えるものではない。無論、なのは達がつきっきりで見てやれる機会はそう多くない。だが、デプスが更なる高みに登るためには、ザフィーラが課すトレーニングだけでは足りないのが現状なのだ。

いや、足りないと言うには語弊があったかもしれない。

ザフィーラとデプスには明確な差があった。その差が今の状況を生み出しているわけなのだが。

 

「我も少し体を動かしておくか。」

「あ、うん。よろしくね。」

 

呼吸を整える2人を一瞥した後、ザフィーラは一人、訓練場へと歩いて行った。

 

***

 

 訓練場で用意できる飲み物がせいぜい30センチ程度のデプスの体にあわせて作られているということは、ない。

 

 デプスがこれを飲むためには、魔力なんてもうどこにあるのか分からない自らの体に鞭打って、決死の思いで体のフレームサイズを大きくしなければならなかった。

 

「これザフィーラ絶対わざとだよね。嫌がらせだよね。」

「た、たぶんそんなことないと思うですよ!」

 

 どうも疲労状態では思考が卑屈な方向に動きがちだ。ようやく落ち着いてきて、余裕ができてさぁ水分補給だと思えばこれだ。

 

「どうしよ……」

 

 もうさっきから絞り出して絞り出して、絞りつくしてしまった魔力は当分回復しそうもない。向こう数日間は普通の生活を送るのにも支障をきたしそうだ。

 

「もうちょっと魔力があればなぁ……」

 

 デプスはもともとユニゾンを前提とした設計をなされている。誰とでもユニゾンできる、というのが理念にあるからだ。だが、デプスはまだ完成形というわけではなかった。

 

 魔力波長を合わせることはできても、燃費の悪さは未だ改善されていない。以前シグナムとユニゾンした時も、元々消費の多い魔法を使用し、最適化を行っていなかったとはいえ、たった一度の魔力行使で魔力を使いきってしまったのだった。きちんとユニゾン相手用に予め魔法の最適化をしていれば結果は違っていただろうが、それでは誰とでもユニゾンできるなどと語ってよいものなのか。

 

「そういえば、リイン姉さん。」

「はい、何でしょう?」

「融合騎の魔力も、鍛えれば増えるのかな?」

「んー、それはもちろん、使い込めば魔力量は増えると思いますよ。リインの場合、はやてちゃんやヴィータとユニゾンしても、そこまで魔力を酷使されることはなかったので分かりませんですが……人口とはいえ、リンカーコアがある生き物……リイン達を生き物と言っていいかはちょっとアレですけど、そうである以上は、伸びると思いますよ。」

「そっか。」

「そうですね、デプスの今後の課題は、魔力量を増やすことでしょうか。」

「うん。これから、ザフィーラと一緒にするだけじゃなくて自分でもやらないと……」

「そういうことなら、リインも一緒にやってもいいですか?」

「リイン姉さんも?」

「はい! 一人でやるより、仲間がいた方がきっと捗ると思うのですよ。」

「あはは、ありがたいなぁ。と言っても、魔力量を増やす訓練なんてどうすればいいか、分かんないけど……」

「ここにはなのはちゃんもフェイトちゃんも居るんですから、後で聞けばいいのです! それに、まだ訓練は終わってませんしね!」

「う……そうだった。……あ、これどうしよう。」

「あ! デプス! 今いい事を思いつきました!」

「本当!? 魔力使わずにこれを飲む方法?」

「はいです! 実はリイン、自分用に水筒を持ってきてたので、それを使えば!」

「おー! それは助かる!」

「ロッカーの方に置いてますから、すぐに取りに行ってくるのです! もう少しの辛抱ですよ!」

「うん、ありがとう、姉さん!」

 

 テンションが上がって来た2人は両手を繋いでぶんぶんと振り回している。さっきまで死んだような眼をしていたデプスもすっかり元気になっていた。

リインはその後急いでロッカーの方へと飛んで行ったので、デプスはなのはの方へ行き、次の訓練について尋ねることにした。

 

「最後は何をするんでしょう。」

「あ、デプス君。もう大丈夫なの?」

「あ、もうちょっとだけ待って下さい……すみません。」

「ううん、まだ休憩時間中だから大丈夫だよ。最後は私とフェイトちゃん、はやてちゃんとデプス君で模擬戦!」

「……えっ」

 

 なのはさん、俺魔力切れです!と言いたいところだったが、そんなことは向こうも承知の上だろう。何か考えがあるのだろうか。

 

「デプス君は魔力切れだろうから、ユニゾン有りだよ。」

「……ということは、ザフィーラと?」

 

 はやての魔力波長は特殊で、今のところまだユニゾンの目処がたっていない。

これから一緒に生活していく上で、少しずつ合わせていけられたらいいのだが。

 

「うん。まだデプス君がユニゾンしたところ、見て無いからね。訓練の形式上、仕方のないことだけど。ちょっとは興味あるから。」

 

 それが本音か、と心の中だけで思ったデプスは、それでも、と少しだけ心が躍る。

まだザフィーラとのユニゾンをした状態で模擬戦を行ったことはない。

が、ザフィーラとは魔法の最適化も済ませてあり、 どういう風に戦えるのか、自分でも興味が無いと言えば、ウソになってしまうのだった。

 

「わかりました。そういうことなら、魔力はザフィーラ任せですけど、頑張ります。」

「うん、期待してるよー。」

 

 微笑むなのはを尻目に、未だ倒れたまま動かないはやてが心配なデプスだった。

 




ようやく生還いたしました。BADEND回避です。第三部完です。

前ほどの更新速度は無いでしょうが、これからちまちまと更新していく予定ですのでよろしくお願いします。

なのはさんのセリフ考えてると針目縫さんのせいでなんか煽ってるような感じになっていくのを必死に抑えるのが大変でした。


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第15話

***

 

 見晴らしのいい大草原を象った大アリーナの上空、二組の男女が睨みをきかせて佇んでいる。

 片側にはリインフォースツヴァイとユニゾンし、普段の茶髪を白く染め上げ、藍の目は空色へと変化した八神はやてと、同じくデプスとユニゾンし、金髪に黒装束、茶色の目は緋色の目へと色を移したザフィーラが構えている。ユニゾンの影響で、お互いに、その体に内包する魔力は、普段とは桁違いに力強い。

 

 対峙するのは、白と黒、対照的な色と意匠のバリアジャケットに身を包んだ、高町なのは、フェイト・T・ハラオウンの二人。

 

 互いの身に纏った雰囲気は温和なものだが、その瞳には強烈な闘志の炎がぎらぎらと燃えている様にさえ見える。四人の戦士は、そのいずれもが、この戦いを待ち望んでいたのだ。

 

(フェイトちゃんにさっきはいいようにやられたけど、ユニゾンありならそうはいかんで……! 覚悟しときや……)

(この状態で高町やテスタロッサとどれだけやれるか……何にせよ、我は自分の役割を果たすのみだ。)

(もう魔力は切れてるしボロボロだけど……ザフィーラの魔力はあるし、一矢は報いたいなぁ……うぅん、報いるんじゃない、勝ってみせる。それくらいの気持ちでないとダメだ!)

(デプスとザフィーラ、か……楽しみだな。)

(フェイトちゃんと久々にタッグだ! 張りきらなきゃね!)

 

 それぞれが違った思惑を持って戦いに臨む。

 

「それじゃ、よろしくお願いします。」

「あぁ。」

 

 ザフィーラとなのはは歩み寄って握手をし、お互いの定位置に戻って臨戦態勢に入る。

 特別訓練の最終メニュー、小細工抜きの全力戦闘が始まろうといていた。

 

『それでは、訓練を開始します。』

 

 あらかじめ設定しておいた自動アナウンスが入り、4人の雰囲気が目に見えて鋭くなる。ザフィーラは、魔法の発動準備をしながら、頭の中で自分の取るべき行動を、己の中にいるデプスと再確認していた。

 

(いけるな? デプス。)

(はい!)

 

『ENGAGE!』

 

アナウンスの直後、最初に動いたのははやてだった。

 

***

 

「バルムンク!」

 

 はやてがそう叫んだ瞬間、24本の魔力で構成された白い魔力剣がはやての周りで展開され、バルデッシュをサイスフォームで展開し、はやての方へ切り込もうとしたフェイトの方へ飛んでいく。

 

(なのはじゃなくて私!? それにあの物量、私達に気づかれずに魔法の発動準備を!?)

 

 フェイトは、自分に比べると動きの遅いなのはをザフィーラとはやての二人がかりで速攻で倒す、または、ザフィーラを自分にぶつけ、なのはをはやてが遠距離から押し切る疑似1対1戦法で来ると予想していた。その理由は、なのはの魔力量から放たれると誘導弾と砲撃がそれだけチーム戦では恐ろしい威力を発揮するからだ。

 

 特に誘導弾の方は、無視できない威力を維持しながら、非常にいやらしいタイミングで行動を邪魔してくるし、回避不能に近い攻撃を間断なく放ち続けられるので、とにかくなのはから目を話す訳にはいかない。視界の開けたこの草原のようなアリーナでは尚更だ。

 

 勿論、なのはの動きはフェイトに比べれば遅いというだけで、水準以上の速度は持っているし、防御に関しても周りの教導官に不沈艦と言わしめる程のもの。それに、そんな理由から、たいていの戦いで真っ先に狙われ続けて来たなのは自身の経験もあって、なのはを速攻で落とすこと自体もかなり厳しいものではあるのだが。

それを差し引いても、なのはをノーマークにすることは、即敗北に繋がりかねないレベルの事柄なのだ。

 

 ザフィーラは、大した遠距離攻撃を持っていない。デプスの能力を見る限り、たとえユニゾンした状態でも、それは変わらない筈。試合の開始位置的に、開幕から放たれるであろうなのはの遠距離攻撃を阻害できるのははやてだけ。ザフィーラがなのはの邪魔をするには、少しだけ距離がありすぎる。

 

自分でも、今の状態では間に合うかどうか。

 

 全力の時なら分からないが、今は自分となのは、そしてはやてはリミッターがつけられた状態だ。

かなりの無理を通して保有戦力制限を満たしていた機動六課に在籍していた時に比べれば軽くなってはいるものの、それでも、強大すぎる力には少なからず制限が付く。

 

 今のフェイトとなのははAAAランク、はやてに関してはAAランクにまで下げられているのだ。

 

 もっとも、魔力ランクこそ現状ではなのは達に劣るはやてだが、リインⅡとユニゾンすることで魔力量に関してのなのは達アドバンテージは無いと言ってもいい。さらに、魔力操作の精密性も、シュベルトクロイツとリインフォースⅡを介する事により、レイジングハートとなのは以上の力を発揮できる。

 

 まぁ、それはひとまず置いておいて。

いくら速度特化型の融合騎とユニゾンしたとはいえ、ザフィーラがあの位置からなのはの邪魔をするのは、難しいのだ。

 

 よって、なのはの魔法を妨害できるのははやてだけ。そのはやてが今こちらに攻撃を向けている。

つまりこの攻撃を凌げば、フリーになったなのはが援護に入ってくれる。

 

複雑な軌道で迫る24本の魔力剣。まっすぐこちらに飛んで来る物は無く、上下左右から囲むように迫ってきている。引きつければ収束に合わせて回避できるか。

 

 いや、はやてのことだ。魔力剣ひとつひとつに爆破術式なんてものを仕込んでいることも考えられる。それに、おそらくはやての狙いは……

 

「雷獣走破!」

 

 私を動かしてザフィーラとぶつけること!

 

 突進してくるザフィーラを鎌で受け止める。ユニゾンの影響か、力でも若干の不利。

逃げ道をふさぐように降り注ぐ魔力剣。直撃は無いが、まともには動けない。

こうなってしまえば私の動きはかなり制限される。いくら運動量はあっても、二人がかりで狙われればひとたまりもないだろう。

 

(私が一人で戦っているなら、ね!)

 

 だが、これは2対2のタッグ戦。自分が狙われているということは、なのはが空いている!

ザフィーラの攻撃をいなしながら、マルチタスクの要領でなのはを見やる。

 

「ッ!?」

 

 そして魔法陣を展開するなのはの姿を期待したフェイトの視界に映ったのは、苦い顔で白色の短剣の群れを迎撃しているなのはだった。

 

(これは……魔法の同時発動!! 迂闊だった! やっぱり1対1狙いかッ!)

 

「ぬぅん!」

 

 ザフィーラが放った蹴りをギリギリのところで受け止める。速いし、重い。以前行ったザフィーラとの模擬戦を思い出す。あの時は速さで勝っていたため、かなりいい勝負だったのだが、今はどうだ。あの流麗で洗練された体捌きに、ユニゾンにより自分とほとんど変わらないスピード。純粋に近接戦闘を挑むのは不利だと判断する。どうにかして距離を放し、中距離からの射撃戦に持ち込みたい。そうすれば、はやての様子も見やすくなって一石二鳥だ。

だが、なかなかザフィーラはこちらを離してくれない。なのはの援護には行けそうも無かった。

 

 ちらとなのはの方を見れば、はやての放つブリューナクに邪魔されて、攻撃魔法を発動する暇がない様だった。

 

 こうなった原因は、自分の判断ミス。二つのデバイスを扱うはやてなら、魔法を同時発動することは不可能ではないことを失念し、こちらへの攻撃に意識を向けすぎていた。

 

(ごめん、なのは! 私のせいだ!)

 

 切り替えもかねて、なのはへ謝罪の念話を送る。すると、いつも聞き慣れた、元気で凛とした、力強い声が帰って来たのだった。

 

(大丈夫、フェイトちゃん! 手は、打ってあるから!)

 

 その言葉と共に、はやての後ろからバインドのリングが現れた。

 

「ッ!? 設置型ッ!? なんでこんなとこにっ!?」

「試合前から魔法の準備してたのは、はやてちゃんだけじゃないんだよ?」

「ッくっ!」

 

はやてがバインドに捕まってしまう。それに伴い、はやての射撃魔法が止まった。

 

「リイン!」

(はいっ! 拘束解除するですっ!)

 

リインが懸命にバインドブレイクを進める。が、それを黙って見届けるなのはではない。

 

「させない!」

 

次から次へとバインドをかけ、リインのバインド破りがたちまち追いつかなくなってしまった。

 

「悪いけど、今回は一撃で決めるよ!」

『Divine Buster』

 

なのはの杖に光が灯る。砲撃が来る。

 

「リイン、あれの直撃前にバインド破りきれる?」

(あうぅ……どうあがいてもちょっとだけ間に合いません……!)

「あちゃあ……」

 

1手。たった1手読み違えただけでこの様だ。やはりなのは達は強い。自分の指揮官としての甘さもある。

もう今の自分にできることは少ない。せいぜいが、ザフィーラとデプスがこの状況を打開することを祈って、次の攻撃の準備とバインド破りを進めることくらいだ。

 

(ザフィーラ、デプス、頼むからなんとかして……!)

 

もはや、祈るほかないはやてであった。

 

***

 

(今なら一気に巻き返せる!)

 

 流れをこちらに持ってくる。あわよくば、この1手で決める。

そう考え、フェイトはバルディッシュの出力を上げてザフィーラに一気に斬りこんだ。

しかしザフィーラは手甲で魔力刃を逸らし、杖の柄を掴む。だが、それはフェイトも織り込み済みだ。

 

「ブレイクインパルスッ!」

『Break Impulse』

 

 杖を掴まれたことを利用し、一気にザフィーラに密着、素手でのブレイクインパルスを試みる。

 

 ブレイクインパルス。杖、または素手での接触により、目標の固有振動数を割り出した上で、それに合わせた振動エネルギーを送り込んで粉砕する魔法だ。

 

 本来クロノが得意とする高等魔法で、執務官試験に臨む際、伝授してもらったものである。

 

 他の魔法と違い、武器を介さず発動できるので、こういった超至近距離での攻防の際に重宝する。魔力消費も少ないので使い勝手もいい。習得するのは大変だったが、時が経った今でもよくお世話になっている魔法だ。基本的に武器で戦うフェイトが不意打ちで出せば、初見で対応できる者はそういない。

 

「!?」

 

 ザフィーラの瞳に驚愕の色が映る。やはり意表は突けた様だ。このまま手を当ててしまえば、こちらの勝利はほぼ確定となる。

 

「電光石火」

 

 しかし、今のザフィーラにはデプスが付いていた。デプスはすぐさま反応速度を強化する電光石火を使用し、鎌の魔力刃を逸らした拳を引きもどし、再びフェイトの腕を逸らしたのだった。

 

「ッ!?」

 

 次に驚愕するのはフェイトの方だった。完全に不意をついたはずだったのに対応された。このショックがわずかにフェイトの反応を遅らせる。

 

「はぁっ!」

 

そこへザフィーラが体当たりを放ち、フェイトの体を吹っ飛ばした。

 

(ザフィーラ! はやてさんが!)

(分かっているッ!)

 

 珍しく声を荒げるザフィーラ。彼にとっても今は瀬戸際だった。自身の役目は盾。主の守護。それが今は主から離れ、死地に立たせてしまっている。

 

この窮地を乗り切らずして、何が守護獣か!

 

「ておあぁぁぁぁぁッ!」

 

 気合い一閃、ザフィーラは大きく拳を振り抜き、魔力の壁を発生させた。

そして丁度その瞬間、なのはのディバインバスターが発射される。

 

「届けぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 彼が発生させる魔力障壁は、せいぜい自分の周囲に出すのがやっとな、近距離用の技だ。普通に撃ったのでは、この距離からはやてを守る事など、到底できはしない。だが、今はデプスが居る。

 

「届かせますッ!」

 

 裏拳の体で放たれた壁の軌道に、雷を当てる。そうすることで壁ははやての方を向いた。

そして、次に方向を持った壁の上に、電気のレールを敷く。魔力の通り道を作ったのだ。

ザフィーラの放った壁はぐいぐいと伸び、遂にははやての前までたどり着いた。

その目の前には、はやてに着弾する直前のディバインバスター。

 

着弾。

 

「ッ!? 防がれた!」

「クッ!」

 

 そこで体勢を立て直したフェイトが、ザフィーラにソニックムーブを使いつつ接近。斬りかかる。

しかし、それをザフィーラは受け止め、更なる気迫を持って返した。

 

「我は盾の守護獣……そう易々と、主への攻撃が通ると思うなッ!」

 

 ザフィーラが吠える。その向こうで爆炎が晴れていく。やがて、黒い煙の中から、杖を構えたはやてが現れる。

その手に握られたデバイス、シュベルトクロイツからは、白色の光が溢れている。

 

「ようやってくれた……」

「……まずいッ!」

 

 なのはが反応した頃には、既に準備は整っていた。

「ようやってくれたで……デプス……ザフィーラ……試合はまだ始まったばっかりやッ! いくで! クラウソラス!」

 

気合いを込めたはやての叫び。それからすぐに、なのはの体を、銀の砲撃が襲った。

 

はやての言うとおり、試合はまだ始まったばかりなのだ。

 




書いてる途中にデータが吹っ飛び、ひぃひぃ言いながら記憶を頼りに書きなおしてたらこんな時間になっちめぇました。

もしかしたら文章が所々おかじいかもしれません。元からですか? …そうですか……

フェイトがブレイクインパルスしたり、なんかよくわからないけど気合いでザフィーラが壁を伸ばしたりしてますが、こまけぇことは気にすんな!です…!戦闘描写、本当に難しいです……
周りにりりなの知ってる友達が居ないのもあってなかなかいい感じにシミュレーションできないんですよね。妄想力が足りない(白目)

感想、誤字脱字報告、お待ちしております。


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第16話

***

 

「……」

「……」

「……なぜ……私は……ここまで間が悪いのだ……」

「はやて、リイン、デプス、……シグナム、元気出せって。次があるじゃん、次が。」

「やめておけ、ヴィータ。そう割り切れるものでもないのだ。我にも、主にもな。」

「や、でもシグナムは……」

「シグナムは……ご、ご愁傷様?」

「折角の好機が……テスタロッサとの決着が……」

 

 八神家リビング。いつものように家族みんなで食事を取っている八神家一同。だがその主である八神はやての表情はすぐれなかった。

はやてだけではなく、普段はきりりと背筋を伸ばしているシグナム、元気にじゃれあっているデプスやリインも同様だ。特にシグナムのうな垂れ方は、常からは想像も出来ない姿で、シグナムがたまに起こす失敗を、基本的に全力でからかいに行くヴィータが思わず心配してしまうほどのものだった。

 

 その原因は、今日の朝から夕方にかけて行われていた、休日を使ったデプスの特別特訓である。それにはやても巻き込まれる(状況的には巻き込まれたのはデプスの方だが)形になり、はやての微妙な表情はその最後に行われた模擬戦の結果から来るものだ。

 

「まぁ、いつまでもくよくよしてられへんのはわかってるねんけどなぁ、ここまで差がついてると思うと情けないわ。ザフィーラも、いっぱい頑張ってくれたのに、情けない主でごめんな。」

「いえ。状況が状況でしたし、まだまだ我らにも伸びしろはあります。むしろ、解決せねばならない課題が見つかった事を喜ぶべきかと。」

 

 結論から言えば、試合ははやて達の惨敗に終わった。一時は巻き返すかに思えた瞬間もあったが、はやてがなのはにようやく一撃加えたところで、無理な魔法行使を強いられたデプスとザフィーラの魔力は底を尽き、更にテンションが上がってソニックフォームを解放したフェイトの前にあっけなく敗北。一人となったはやてを容赦ない砲撃と斬撃の雨に晒され、ものの数分で陥落したのであった。ダメージが限界になりユニゾンアウトして墜落していたリインⅡは、ユニゾンが切れて虫の息なはやてが延々と攻撃を加え続けられる姿を見て「あれはこの世の風景ではなかったです、はい。」と死んだ目をしながら述べていたという。

 

「あくまで敗因は私や。デプスは最初から魔力切れやったし……私がすぐに捕まったせいでザフィーラにいらん負担かけたわけやし……」

「んん……でも、なのはちゃんもフェイトちゃんも本当に強いです……正直万全の状態でもあんまり勝てる気が……」

「いや、どうだろうな。我等の魔力切れが無ければ、まだ分からなかっただろう。事実、フェイトの奥の手も、もう少し余裕があれば押し切られることは無かったように思える。所詮たらればの話だがな。」

「うぅ……ごめん、ザフィーラ、はやてさん。ちゃんと調整してない技だと、どのくらい魔力を消費するのか分からなくて……今回、新しい技を編み出したのはいいけど、燃費が酷かったせいで……一気にザフィーラの魔力持って行っちゃって。せっかく持ち直したと思えたのに、すぐにやられちゃった。」

「まぁ、アレはしょうがないわ。気にしててもしゃあない。むしろ、あの状況下で咄嗟にあんな特殊な式を組めた事に驚きやな。ほんまに凄いと思うで? あんな芸当、リインにもできひんのとちゃう?」

 

 申し訳なさそうにうなだれるデプスに、はやてがアギト謹製のコロッケを取り分けて、小さなデプスの体でも食べやすいように切った後、運びながら慰めの言葉をかける。ありがとうございます、と、取り分けられたコロッケを口に運びながら、そのおいしさに顔を綻ばせ、アギト姉さん、これすっごく美味しい! と報告して、アギトもまんざらでもなさそうに「そーかそーか。いっぱいあるからいっぱい食えよ」と笑顔で応える。そんな微笑ましいやりとりをこれまたにこにこ笑顔で見ていたリインは、ハッとしたようにはやての言葉に反応した。

 

「リ、リインだってがんばればそのくらい出来ますよ! ユニゾンデバイスなら、咄嗟の間魔法構築なんてお茶の子さいさいですっ!」

 

 と、慌てて体裁を保ちにかかった。その言葉を聞いたデプスは、

 

「そっか……そうだよね。僕が出来ることなんて、皆で来て当然のことなんだよね……あれ? 僕の存在意義って……」

と言いながら、一度は浮上した機嫌を、より一層落ち込ませていく。

 

「あっ! え、えっと……その……うー、違います! デプス! デプスにはデプスにしかない魅力も持ち味もいっぱいあるのですよ! だからそんな顔はやめてくださいー!」

「おーおー、リインはひでぇなぁ。ほれ、デプス、あたしのハンバーグ分けてやるからこっち来いよ」

「うー……ヴィータ姉さん……」

「あ、あー! ず、ずずずっこいのです! ヴィータちゃんが傷ついたデプスを籠絡しようとしています! シグナム! そこで煤けてないで何とかして下さい!」

「何故私に振る……今の私には何もやる気力が起きんのだ。他を当たってくれ、他を。何、明日には元に戻っているさ……今は放っておいてくれ。」

 

 自らのお株をヴィータに奪われそうになったリインは、すぐ横で死んだように呻き続けるシグナムに救援を要請するが、腑抜けたシグナムは力なく首を振るだけだった。

 

 ちなみに、何故シグナムがこうなっているのかというと、本来、今日の特訓には、ザフィーラではなくシグナムが付き添う予定だったのだ。フェイトが来ると分かった途端、水を得た魚の様な表情で特訓の付き添いを買って出た時は、八神家全員が総じて若干引いてしまったが、付き添いが決まってからは、そわそわとカレンダーを眺めたり、時間が許す限りデプスとのユニゾン練習をしてみたり、とにかく、物凄く楽しみにしていたらしいのだ。だが当日の朝に入ってシグナムに緊急任務が入り、どうしても外せないということで、泣く泣く、本当に涙を流しかねない程落ち込んだ様子で、シグナムは一日暇をしていたザフィーラにデプスの同伴を頼んだのであった。

 

 その時、ザフィーラはシグナムの目に血涙のような物が見えたような気がしたらしいが、おそらく気のせいだろう。

 

「もうっ! 仮にも将たるものがそんなんでどうするんですかっ! 今度はやてちゃんがおはぎ作った時に譲ってあげますから、さっさと元気出してください!」

「む……それは本当か?」

 

ゆっくりと瞳を上げるシグナムに、リインは勢いのみで口にしてしまった発言を思い出し、

 

「う……こ、これは痛い出費になってしまいますが、それでシグナムが元気になるのなら、構いませんですよ。 でもそのかわり、ヴィータちゃんを何とかして下さいね? リインはリインで魔力切れてて大きくなれませんし……」

「ふ、そうまで言われては仕方が無いな。ほら、ヴィータ、デプスを放してやれ。」

「今のお前を具現化した当初のお前が見たらなんて言うだろうな……」

 

 おはぎで絶望の淵から復活する守護騎士の筆頭の一部始終を見ていたヴィータが、デプスを撫でながらそんな事を口にした。

 

「デ、デプス……」

「あの、リイン姉さん、そんなに委縮しなくても、別に怒っても軽蔑してもないから……事実を言われただけだし、その、こちらこそ急に落ち込んじゃってごめんなさい。」

「デ……デプスぅ! お姉ちゃんは嬉しいですよー! それにデプスが謝る事なんてないですよ。さっきも言いましたけど、デプスにはデプスの持ち味がたくさんありますから。リインはちゃんと見てますよ。だから安心して下さい、ね?」

「姉さん……ありがと、俺、がんばるよ。姉さんが見てくれてたら、百人力だもん。」

「本当ですかっ!? これは内心でエールを送り続けていた甲斐があったというものです!」

「いや、内心どころか思いっきり声にだしてたやん。特訓中もずっと叫んでたやん。」

 

リインとデプスの会話を食事しながら聞いていたはやてだが、耐えきれずにツッコミを入れてしまった。

 

「そうだ、後で頑張ったご褒美に、お風呂でお姉ちゃんが体を洗ってあげましょう! この頃一緒に入ってないからちょっと寂しかったのです!」

「え、えぇ!? また!? ……姉さんがいいなら、いいけど……」

「なら決まりですね! 早くご飯食べちゃいましょう!」

「……急いで食べて喉詰まらせへんようにな。」

 

最近スルーされがちなはやてだった。

 

 

***

 

 そして、次の日。休日も終わり、八神家の面々もそれぞれいつもの生活に戻り、はやて、ヴィータ、シャマルは朝からそれぞれの仕事に出かけ、悲しみをおはぎによって乗り越えたシグナムもアギトと共に管理局へ行った。家に居るのはザフィーラと、デプスだけ、の筈だったのだが、今日はいつもとは少し違って、昼前の八神家には、リインⅡも八神家で時を過ごしていた。と、いうのも。

 

「……ごめんね、姉さん。こんなことで有給使わせちゃうなんて……」

「気にする必要は一切ないのですよ。 元々有給なんて有り余ってますし、リインが自分で望んだ事ですから!」

「でも、なんか、前もこんな事あったから……」

 

 八神家に来てから二度目の、デプスの体調不良だった。メンテナンス不足では断じて無い。シャーリーが手ずからメンテナンスに励んでくれているおかげで、むしろ機能面では以前よりも調子がいいと言ってもいい程に満たされている。だが、原因はそれではなく、昨日の無理な魔力行使の方だった。

 

 限界突破した状態での幾度とない魔力放出のツケが回って来たのだ。

なのはに聞いてみたところ、「それは一種の成長痛みたいなものだから、大丈夫だよ。むしろ、これからよく付き合う事になるだろうから、今の内に慣れておこう!」とのありがたいお言葉をいただいたので、大事に至る事は無いと分かっていた。

 

 だがしかし、大事にはならないとは言っても、問題はあった。魔力の成長痛、以後は魔力痛と呼ぶ。魔力痛の痛みは、体の芯からじくじくと痛んでくるもので、全身くまなく同じ痛みに苛まれることになる。筋肉痛と違うのは、痛みの範囲が常に全身に渡るという部分だ。筋肉痛であれば、痛いのは使った部分だけ。それならば生活に支障をきたすこともないだろう。しかし魔力痛の場合、どこを動かすにも刺すような痛みが襲って来るので、自力では何もできない様になってしまうのだ。横になって寝返り事すら億劫になる。

 

 その為、リインが、ばっと「リインがデプスの世話役を務めて見せましょう!」と立候補したので、そのままデプスが口を挟む隙もなく、皆が賛成して今に至るのだった。

 

「今日一日はなんでもお姉ちゃんにお任せするといいのですよ! デプス!」

「うん……ありがとう、リイン姉さん。本当に助かるよ。」

「ふふん、大船に乗ったつもりで任せたらいいのです! さぁ、何かしたいことはありますか? 絵本の読み聞かせですか?」

「い、いや、絵本は別にいいかな……。それよりも……」

「ん? どうかしたのですか?」

 

 何かを言いかけた後、しまったと言う表情で黙ったデプスに対して、リインが「お姉ちゃんなんですから、何も遠慮することはないんですよ?」と言いながら詰め寄る。

 距離を詰められて逃げ場を失った(元より動けないので逃げ場も何もないが、雰囲気の問題である)デプスは、観念したようにぎぎぎ、とぎこちなく寝がえりをうって、

 

「トイレに……行きたいかな。」

 

とつぶやいた。リインに見せないように痛みをかみしめて後ろを向けた表情は、羞恥と情けなさで半ば泣いていた。

 

部屋の空気が、かちんと固まった瞬間であった。

 




ようやくほのぼのに戻ってまいりました。次回、リイン、下のお世話もリリカルマジカルがんばr(ry

冗談です。すみません。眠気でちょっと頭がおかしくなってますね……デバイスがトイレってどういうこと?と思ったそこのあなた。あなたは正常です。作者自身にもよく分かりません!




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第17話

***

 

「ありがと、ザフィーラ。一時はどうなることかと思ったよ。」

「ふっ。リインにしてもらった方がよかったのではないか?」

「よかないよ!?」

「そうですよ! リインにだって弟のトイレくらい手伝えるです!」

「そっち!? いや、できるできない以前の問題だから! 弟とか関係ないから!」

 

あれから。トイレに行きたくなって危機に陥ったデプスだったが、すぐ下にザフィーラが居ることを思い出して事なきを得た。事なきを得たと言って良いのか定かではないが、一応異性として認識しているリインに末代(?)までの恥を晒すことは回避できた。

 

「ははは……」

 

痴態を晒す相手がリインからザフィーラになっただけの話なのだが。

 

「そう気にするな。仕様のないことなのだ。」

「ザフィーラはこうなることがわかってたですか?」

「薄らとだが。あれだけ魔力を酷使していれば、な。我も経験があった。」

「え? そうなの?」

「あぁ。我の時も、お前と似たような状況に陥ったものだ。まだ生まれて間もない頃、鍛錬に身を入れすぎた事があった。その時だな。」

 

ザフィーラもこの辛さを経験したことがあるのか、と、少し意外に思ったデプス。しかし、ザフィーラの表情が少し暗いのに気づく。

 

「あれ? ザフィーラ? ……あ、もしかして……」

「言うな。」

「ザフィーラもおトイレ手伝ってもらったのですねっ!」

「言うなと言っているだろうッ!」

 

リインの残酷な程の天真爛漫さが発揮され、ザフィーラが吠えた。その目には、先ほどのデプスのように、うっすらと透明の液体が見えた、気がした。

 

***

 

「あー、風が気持ちいいなぁ……」

「ですねー……」

 

お昼過ぎ。

デプスの体は不調だが、風邪をひいたり、弱ったりした訳ではなかった。魔力痛は、痛み以外に、体に直接的な影響を与えることは無いのだ。

なので、せっかくリインもいるのだから、と、デプスは散歩にでかけることを提案した。

 

「デプス、大丈夫か? 振動が辛かったら言うといい。」

「うん、朝よりちょっとはマシになってきたけど……もし痛くなったとして、どうにかできるの?」

「引きずって連れていく。」

「余計痛いよ!?」

 

 

 当然、デプスは歩きまわれるほどには回復していないので、デプスを運ぶのはザフィーラだ。そのついでに、せっかくだからとリインも乗せて、いざ散歩へと繰り出した三人は、とりあえず、近場の公園へザフィーラが片手間に作ったサンドイッチを持って行くのだった。

 

「わぁ、誰も居ないですね!」

「僕らで公園を独占だね!」

「平日の昼の、しかも郊外の公園など、こんなものだろう。晴れでよかったな。」

「うん! 日差しもそんなに強い訳じゃないし、絶好のピクニック日和だね!」

「素敵です!」

 

公園へと到着した一行は、まずデプスをベンチに下ろし、リインとザフィーラでシートを敷き、遅めの昼食の準備をする。途中でリインが草むらの蝶に気をとられてふらふらと飛んで行ったが、一人と体の小さな融合騎二人分の用意なので、ザフィーラ一人でも準備に支障をきたすことは無かった。

 

「なんかごめんね、ザフィーラ。わがまま言っちゃって。」

「気にするな。努力に対する報酬と受け取っておけ。」

「……うん、ありがとう。」

「これからはその痛みとも長い付き合いになるだろうからな。」

「へ?」

「何を呆けている。一度で訓練が終わると思っていたのか? まぁ、高町やテスタロッサと共に訓練出来る機会はそうそう無いだろうが……高町から特別な訓練メニューを預かっている。きちんとこなせば……最初の内は、動けなくなることが多くなるだろうな。」

「……高町さんの心遣いは嬉しいけど、なんがか素直に喜べないなぁー……」

「慣れろ。」

 

辛辣なザフィーラの言葉にデプスが打ちひしがれていると、リインが氷で出来た棒を持ってやって来た。棒の先は丸くなっていて、中に何かが入っているのが分かる。

 

「リイン姉さん、それ、どうしたの?」

「なかなか止まってくれないので、氷漬けにしました!」

「……先の蝶か。お前も存外残酷なことをする……。」

「む! ちゃんと後で元に戻すので大丈夫です! リインだって無駄な殺生はしたくありませんので! でもこれ、きれいじゃないですか? どうですか、デプス?」

「うん、蝶さんがかわいそうだと思うよ?」

「うわぁぁぁ! デプスが反抗期ですー!」

「お前は何を言っているんだ。」

 

ぽこん、とリインをシートの上にはたき落してから、蓋のついたバスケットを開けてサンドイッチを取り出すザフィーラ。普段はそこまで積極的に料理をする訳ではないのだが、家に居ても手持無沙汰な事が多いザフィーラは、時間つぶしの一環として、それなりに料理も嗜んでいる。サンドイッチ程度の簡単な物ならお手の物だ。

 

「ほら、ちょうど日もいい具合に照って来たぞ。昼食にしよう。飲み物は何がいい?茶と紅茶しかないが。」

「リインは紅茶がいいのです!」

「僕も姉さんと同じので!」

「承知。」

 

ザフィーラはとぽとぽと水筒の紅茶をリイン達専用サイズのお猪口コップに注ぎ入れ、手渡した後に自分のコップへ残った紅茶を注ぎ込む。

 

あぁ、なんと平和な事か。

 

今度は一家皆揃って、と考えたところで、自分も随分と温くなったものだ、と、内心苦笑するザフィーラだった。

 

***

 

夕方。

簡単なピクニックを終え、デプスは再びベッドへと入る。リインはデプスと一緒にお喋りだ。

ザフィーラが風呂の掃除をしていると、がちゃりと音をたててヴィータが帰って来た。

「ただいまー。」

「あぁ、おかえり。今日は早いな。」

「おう、ザフィーラか。相変わらずお前におかえりとか言われると何故がムズムズするな。

普通はこれくらい早いんだよ。定時上がりの筈なのに、教導隊は仕事が多すぎだ……」

「お前が志願したんだろう。」

 

おかえりが似合わないというニュアンスの言葉に微妙な憤りを覚えないこともないザフィーラだったが、事実自分でもそう思っている節はあるのでスルーした。

 

「うっせー。なのはが誘ってなきゃこんな……いや、悪いしごとじゃないけどさ。見どころあるやつばっかだし、やる気もすげぇし。」

「何だかんだでやりがいは感じているのだな。高町も居るのだ、悪い職場ではないだろうな。」

「なのは……いや、アイツ、あたしが見てなきゃすぐ無茶しようとするし、させようとするし……ギリギリの範疇は弁えてるだけに質悪いし……あたしがちゃんとフォローしないといけねーんだよ。超疲れるぞ……」

「教導歴は高町の方が長いのでは無かったか?」

「うっせー。それとこれとは話が別だ。あ、頼まれてた分の食材、ここに置いとくぞ。」

「あぁ、頼む。今日は皆帰る時間が疎らだからな。タイミングを選ぶ必要のないカレーにする。」

「食材見りゃ分かる。手伝おうか?」

「ぬ、助かる。まぁ、我はもう少し掃除をしてから作業に入る。その時に呼ぼう。それまではゆっくり休むといい。」

「ならデプスのとこに顔出そうかね。どこ?」

「いつものデプスハウスだろう。リインと遊んでいる。」

「りょーかい。お、ポッキー発見、持ってこ。」

「ほどほどにしておけよ。」

「はいはい、もうはやてに躾けられてますよー」

 

ポッキーの箱を手に持ってすたすたと階段を上って行くヴィータを見送った後、残っている掃除を終わらせにかかるザフィーラだった。

 

***

 

「ただいまー」

「あ、はやてちゃん、おかえりなさいです!」

「お、リイン、ただいま。デプスはどうやった?」

 

日が落ちて、夜になった。既に八神家ははやて以外全員が帰宅し、そのはやてもたった今帰宅した。いつもより少し遅いが、リインが補佐につけなかったのが最大の原因というのには目をつむっているはやてだった。

「もうある程度は動けるようにはなりましたし、明日には完全回復です!」

「そかそか、よかった、ちょっと心配やったからなぁ」

「リイン的にはあれだけの飽和攻撃を受け切ったはやてちゃんがとても心配なのですが……お仕事、大丈夫でしたか?」

「ふふん、どうせ書類仕事ばっかりやし、大丈夫や。頑丈さには定評があるからな。なんだかんだでなのはちゃんもフェイトちゃんもほんのちょっっっっっとだけ手加減してくれてたっぽいからな……」

「確かに、本気の本気になった二人を見ていると、そんな気もしますね……」

 

二人してぞっとした後、お互いにリビングの方へ眼を向ける。

「もうご飯の準備できてますし、皆待ってますよ。もちろん、デプスも。」

「ん、私も腹ぺこや。待っててくれてありがとうな。」

「いえいえ、ご飯は皆で食べるのが一番です!」

「はやてさん、おかえりなさい!」

 

二人して笑顔を作っていると、部屋の奥からデプスが顔を出した。

 

「あ、ただいま、デプス。どしたん?」

「シャマルさんがチーズ買ってきてくれてたので、入れるかどうか聞こうと思って。」

「あ、お願いするわ。」

「あー! リインもお願いするのです!」

「はーい!」

 

「ザフィーラー!」と、大声を上げながらリビングへおぼつかない足取り(?)で浮遊していくデプスに、また、笑みがこぼれる二人だった。

 

***

 

「デプス、一緒に寝ましょう!」

「あ、姉さん。うん、そうしよう!」

 

そして夜中、デプスとリインは早めに自室へと上がり、就寝準備。

 

「今日は寝てる時間の方が長かった気がするから、今から寝られるか不安だったんだ。」

「確かに、寝過ぎると夜に後悔しますもんねー……お姉ちゃんが子守唄を歌ってあげましょうか?」

「さ、流石にそこまで子供じゃないよ。普通にお話しするだけじゃダメかな?」

「んー、明日はリインもお仕事がありますからねぇ。さすがにそうそう何度もお休みすることはできないのです。」

「あ、そっか……ごめんなさい。」

「気にしないでいいのですよー。それより、リインお姉ちゃんの子守唄の威力を試してみましょうよ、ね? リインの力なら弟一人寝付かせるくらいワケ無いです!」

「うん、あまり効果はないとおもうけどなぁ……でも、折角だし、お願いしてみようかな。」

「任せてください! ささ、デプス、こちらへどうぞ。」

「? お腹?」

 

リインが壁にこしかけて、足を伸ばした状態でぽんぽんとお腹を叩いているのを見たデプスは、リインが何をしたいのか理解が出来ずにまともな答えが返せなかった。

 

「ここですよ、ここ!」

「ここって……えぇ!? それ、子守唄に必要なこと!?」

「前に見たアニメでもやってたので、おそらくこれが最も睡眠促進効果があるのです!さぁ!」

「さ、さぁって……」

 

キリッ!とした顔でそう言われてしまうと、本当にそれが正しい事のように思えてくる。

暫くの間逡巡したデプスは、

「……おじゃまします。」

と、若干顔を赤らめながら、リインの股の上、お腹の方へ頭を乗せた。リインはしたり顔でデプスの頭を掴んで、太ももで首を固定する。

 

「にゃーんにゃーん、ごーろーりよー、にゃーんごーろーりー……」

(こ、この体勢は……えらいことなんじゃないのか!?)

 

そして始まったリインのお腹枕と子守唄。

これの効果がいか程であったのかは、当人達のみが知る事である。

 

 




溢れ出るザッフィーの主夫感。繰り返しますが、彼は一応資格は持っているので働こうと思えば働けるのです。それでも働かないのは、彼なりに考えた結果なのです。

そしてやらかした感のあるリインのお腹枕ですが、元ネタありです。
この為にちょおまを引っ張り出してその部分だけ見ようと思ったらいつの間にか一周してた罠。

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第18話

 

「アギト姉さん、これとかどうかな?」

「ん? んんー……まぁ、悪くはないんだけどなー、もうちょい派手でもいいんじゃない? せっかく金髪なんだしさぁ、黒ばっかりじゃなくて、こう、もっと暖色系の……ほら、コレとかどう?」

「えっ、うん……お洒落だけど、あの、値段……」

「これくらい気にすんなって、金はあるんだし。」

 

 ミッドチルダの首都、クラナガン。管理世界の中心の最重要都市と言っても過言ではないこの街は、当然ながら次元世界中から様々な文化が交流し、混じり合い、また、人通りの多さも他の世界とは一線を画す物がある。

 

 多様な世界のポータルとなるクラナガンでは、そんな多くの世界の人々のニーズに応えるために、これまた多種多様な品物を取りそろえた巨大な商業施設が立ち並ぶ地区がある。

 

 連日人でごった返すにも関わらず、整った整備環境や大勢のプロの店員や業者のおかげで、買い物にはそうそう不快な思いをすることがないという、相当に力の入った地域でなのだ。

 

 そんな商業施設の一角にあった呉服店で、八神シグナム、そしてアウトフレームサイズの八神アギトと八神デプスの三人は服を選んでいた。最も、アギトやデプスのサイズは基本フォルム――妖精のような小さい形態の時に着る服は完全受注生産限定のオーダーメイドだが、一番リラックスできる状態――とはいえ、何も、常にその形態をとっているわけではない。今の様に人の多い場所へ外出する時などは、目立たないようにアウトフレームの形をとって10~12歳程の容姿として動くこともまた多いのだ。そういう時に着る服は、別に特別な製法をとる必要は無い。

 

 まだそういう、アウトフレームサイズ時の自分用の服を一着も持っていないデプス(今はリインのおさがりを一時的に許可を得た上で借りている)に、前々から服を見繕ってやろうと考えていたアギトは、休みがとれたとみるや否や、デプスを買い物に誘ったのだった。

 

 

 ちなみにその日はリインが休みを取れず、どんどんと床を叩きながら血涙を流し、神を呪い、周りからはドン引きされていた。

 

 

 もちろんデプスは二つ返事で了承、生気の抜けたリインの慰めもそこそこに、シグナムを付き添いにして、三人でいざ出発と相成ったのだが。

 

「え、えぇと……シグナムさん?」

「ふむ、私もあまりこういうものには明るくなくてな。アギトの言う事には従った方がいいのではないか。」

「いや、そういうことでなく……」

「金なら気にすることは無いと何度も言っているだろう……」

「う、うぅん……」

 

 デプスは早速、都会での買い物と言うものに辟易としてしまっていた。主に衣服だが。

 

 布の組み合わせや縫い方を少々変えているだけなのに、何故こうも値が張るものなのか。

 

 あまりにもあまりな値段設定に、思い切り日和ってしまったのだ。

 

 この服を買う事を我慢するだけで一体どれだけおいしいご飯が食べられるのだろう。一体何個のハーゲ○ダッツが食べられるのだろう。

 

 計算してみれば、実に70近くのハー○ンがこの服の対価に得られることに気づいてしまったデプスは、止まらない動悸をひた隠しにしながら一人戦慄した。

 

 だが、確かにアギトが勧めてくれた服は、着心地良さそうで、色も明るい蛍光色の、デプスから見てもお洒落だと思えるパーカーだ。バリアジャケットの技術の応用で、夏でも冬でも着られるように生地の厚さと袖の長さを自動で調節できるようになっているという、機能面でも優れた逸品だ。

 

 触った感じもふわりとしていて、服にはあまり詳しくないが、値段相応の価値があるものなのだろうか、と、心も少し揺れがちだ。

 

「どう? 結構似合うと思うけどなぁ、これ。」

 

 アギトが服を手にとってデプスに合わせながらうむむと唸る。

そうだ、それに、折角アギト姉さんが勧めてくれた物なのだ。それも、初めての一緒のお買いもの。

経済力が無く、奢ってもらう身だとは言え、遠慮しすぎるのも悪いことだとは思う。

しかしこの値段には少し躊躇してしまうのだ。

 

「ならば、こうしよう。デプスとアギトでジャンケンをする。デプスが勝てば、最初にデプスが選んだ物を買おう。アギトが勝てば、今手に持っているそれを買えばいい。」

 

迷いに迷うデプスを見かねてか、シグナムがそんなことを言い出した。

 

「ん、それいいじゃん、さすがシグ姐。よし、そうと決まれば……じゃん、けん!」

「わ、わわっ!」

 

 シグナムの提案を聞いた途端、速攻でジャンケンを仕掛けるアギト。おそらくシグナムの提案したそれでも迷ってしまうであろうことを予測して速攻で繋いだのだろうが、それが功を奏したのか、デプスもつられて手を出した。

 

「「ぽんっ!」」

 

結果、出していた手は、アギトはパー、デプスはグー。

勝利したのはアギトだった。

 

「ふふ、よかったな、デプス。」

「え……うん、そうだよね。ありがとう、アギト姉さん、シグナムさん。」

「優柔不断はモテないぞー? まぁ家族なんだから、遠慮はすんなよな。」

 結局まだまだみんなに助けられてばかりだなぁ、と、デプスは改めて実感し直して、アギトに手渡された服を買物かごへと押しこんだのだった。

 

***

 

「アタシはもう十分もってるけどさ、シグ姐はあんまり服持ってないよな。」

「あぁ、そもそも必要が無いからな。」

「かーっ! もったいねぇ! 折角金も有り余ってて、そんなに凄まじいモンもってんのに、何でジャージで満足しちゃうかなぁ!」

「え……シグナムさん、ジャージしかないの? 確かに家ではジャージしか見たこと無いけど……」

「バカ者、そんなワケがあるか。催し事用の正装ならちゃんと持ち合わせている。」

「大して変わんねぇよ! 私生活ジャージオンリーだろうが!」

 

 ちなみに、シグナムの現在の服装は、ジャージである。首都へ出かけるというのにジャージで出て来た時はアギトは口をあんぐりと開けた後に、それはないだろと説教したが、「生憎スーツは洗濯中なのでな。」と、ニヒルな微笑と共にずれたことを返され、呆れて物も言えなくなるという事態が発生したが、その時デプスはまだ準備をしており、ジャージ姿のシグナムを見た時には、それ自体には疑問を抱くことは無かった。流石にジャージしかないとは思っていなかったようだが。

 

「さすがにそれは……服ならここにいっぱいあるし、僕らで何か選んであげられないかな?」

「あぁ、最初からそのつもり。シグ姐、ここでアンタもお洒落に目覚めてもらうからな!」

「む……必要ないと言っているだろう。……まぁ、数着買うくらいなら構わないが。」

 

 満更でもないというよりかは、諦観80%といった表情のシグナムが、溜息をつきながら服を物色し始めれば、「そっちよりこっちの方がいいんでない?」とあれこれ意見を出しに行くアギト。機能重視というか機能性しか見ていないシグナムに何度目か分からない呆れを覚えながらも着せ替えさせているのを見ていると、なんとも平和な感じがして、自然と笑顔になるデプスだった。

 

「あ、シグナムさん、こっちの服とかどうかな? やっぱり黒も似合いそうだよね!シグナムさん!」

「デプスはホントに黒が好きだなー。まぁ、悪くは無いけども。ほれ、来てみてよ。」

「……勘弁してくれ……」

デプスまでシグナムの服選びに加わり始め、更に溜息を深くするシグナム。しかし、同時に、その表情は、少しだけ、買い物が始まった頃よりも楽しげなものになっていた。

 

***

 

 いくら最新の設備をそろえているとはいえ、裾上げ等の作業は手作業らしい。服を買ったはいいものの、その作業が終わるまでしばらくかかるそうだ。

時間ができたデプス達は、ちょうど昼食時には少しだけ早いくらいだったこともあり、ひとまず施設内のレストランに入り、早めの昼食を取っていた。

 

「とりあえず、これからどうする?」

 

 どこだかの次元世界発祥の麺料理をすすりながらアギトが聞くと、シグナムが少しだけ考えた後に答える。

 

「そうだな、おそらく、これを食べ終わる頃にはもう服も用意出来ていることだろう。取りに行くのは私だけでもいいから、二人で適当に遊んでいたらどうだ? まぁ、そこまで長い時間はかからんだろうから、すぐに合流するだろうが。」

「いいんですか? シグナムさんも折角の休みなのに。」

「何、大した時間では無いし、気にするな。」

「んじゃそうしようか。さっき通り道にゲームコーナーあっただろ? あそこ気になってたんだよ!」

「あ、実は僕も気になってた!」

「ふふ、なら丁度いいな。ああいう空間は私には不向きだ。二人で見ているといい。」

 

 あれよあれよと言う間に予定が決まって行き、そうと決まれば、と、料理をかき込む二人をシグナムが諌める。

 

「今から急いでも大した差はないだろう。」

「ん、ごめんごめん、ちょっと気が急いちゃったよ。」

「ですね。そういえば、アギト姉さん、それ、おいしいの?」

 

 素直に謝った二人だが、デプスは先ほどから気になっていた疑問を口にする。アギトが口にしていた料理はデプスの見たことがなかった物だったのでずっとどういう物なのか考えていたのだ。とろみのありそうな半透明のソースに、大皿に盛られた硬そうな麺。ソースによって柔らかくなった部分はすすり、あまりソースのかかっていない部分はバリバリと噛んで食べる。何とも珍妙な物だとデプスは思っていた。

 

「うん、結構いけるよ。食べる?」

「あ、いいの?」

「もちろん。ほれ、あーん。」

「う……あ、あーん……」

 

 これまでの生活でリインやアギトのこういう距離感の作り方には少しだけ耐性のついたデプスだが、未だに照れは無くならない。差し出されたソースのかかって微妙に柔らかそうで、少しだけ硬さが残った絶妙な部分を、頬を赤らめながらパクリと口にする。

 

「……おいしい!」

「だろ?」

 

へへん、と自分のことのように胸を張るアギトと、それにつられてはしゃぐデプス。

 

「すごいね、はやてさんもこんな物作れるのかなぁ……」

「どうだろうなぁ、もしかしたら、素材さえあればいけるんじゃないの?」

「それは主の故郷の管理外世界にある料理だからな。恐らく作れるだろう。

「「マジ(ですか)!?」」

 

シグナムの言葉を聞いて驚愕のあまりハモってしまう二人だった。

 

***

 

「うわー!これとか面白そうだね、アギト姉さん、めちゃくちゃかっこいい!」

「あー、それは素人がやるとめちゃくちゃに狩られるからやめといた方がいいよ……アタシもできねーし。」

「へぇー……」

 

 昼食を食べ終え、シグナムと別れたデプスとアギトは、少し歩いた所にあるゲームコーナーへと直行した。

オーソドックスなクレーンゲームや魔法世界ならではの体感型シミュレーションゲームなど、デプスからすれば何もかもが初めてで新鮮な光景に、そのテンションはうなぎ登りだ。

新しい箇体を見る度に興味深そうに観察する。

「これとかは?」

「あ、それは音ゲーってやつだな。そのまま音楽に関するゲームの事を言うんだけどな、このゲームは楽器を演奏するやつだけど、他にもダンスしたりするのもあるんだ。」

「うわぁ……それはちょっと恥ずかしいなぁ……」

「まぁ、初心者でも簡単にできるモードもあるし、どう?やってみない?」

「うん、えっと……こっちのボタンがいっぱいあるのは難しそうだけど、こっちの……太鼓?ならできるのかな……」

「おっけーおっけー、それならアタシもちょっとはできるぜ。んじゃやろうか。」

 

そうやって色々なゲームに手を出して、少し時間が経った頃。

「デプス、ちょっと喉乾いたから外でジュース買わない?」

「あ、そうだね。俺も何か飲みたいかも……」

二人は渇いた喉を潤す為に、外の自販機でジュースを購入、ついでにベンチで小休憩と言う流れになった。

 ゲームコーナー特有の騒音や空気にまだ慣れていないであろうデプスを気遣ったアギトの提案だ。

「ふぅ、落ち着くなぁ。」

「そうだね。確かに、ちょっとだけ、音は大きいと思っちゃったかな。別に嫌いじゃないけど。」

「アタシもだよ。決して落ち着くことは無いけど、なんか不思議だよね。」

「……姉さんは、本当に色んな事を知ってるね。」

「ん?どうしたのさ急に。」

「んっと、別にそんな変な意味は無いんだけどね? 姉さんは古代べルカの融合騎で、見方によっては、ある意味俺よりも現代に対しての知識は少なかった筈なのに、すごく、なんて言うか、溶け込んでて、楽しんでて、凄いなぁって思ったんだ。」

「あー、なるほど。まぁ、それなりに時間経ったしなぁ。ヴィータとかリインと遊んでたら、あっという間にこんな風になっちまうよ。」

「そっか。実は、俺、まだ不安に思ったりすることがあってさ。勿論はやてさんとかリイン姉さんとか、家族の皆については、もう全然心配してないんだけど、もしこれからあの人達以外の人、それに連なる社会。そういう物に接するようになったら、その時、俺はそこに溶け込めるのかなって、やっぱり、怖いんだ。」

「んー、まぁ、ちょっとその気持ちは分かるかな。アタシも、初めの方は周りの人間なんて全く信用できなかったし。でも、大丈夫だよ。だってホラ、人間って本当に色んな奴がいるからさ。勿論デプスと合わない奴もいっぱいいるだろうけど、それと同じくらいデプスと気が合う奴が居るもんだと思う。」

「ははは、アギト姉さんが言うと重みが違うなぁ。」

「そんなこと言うのはお前だけだ……よしデプス、お姉さんがなでなでしてあげよう。」

「ちょっと、別にいいよ!」

 

近づいて来るアギトを避けながら、デプスは改めてアギトという存在を心強く感じた。ある意味では自分よりも辛い境遇に居た存在。そんな彼女が今こうしてこんなに楽しそうに生きているのだから、きっと自分もそうなれる。そう、強く思う事が出来たから。

「それに、こんな面白いゲームを考えられる奴らだって、いい奴に決まってるじゃん!」

「……うん、そうだね!」

「おう! じゃあ、今度は別のフロア回ろっか!」

「わかった!」

 

ベンチから立ち上がって、二人、手をつないで走り出したアギトとデプスだった。

 

 




アギト姉さん無双とシグナム母ちゃんでお送りしました。
なお、リイン姉さんはお土産のお菓子であっさり機嫌を戻した模様です。


感想、誤字報告、お待ちしております。


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第19話

「……暑い。」

 

夜天の騎士、空戦AAA+ランクを誇る、八神家きっての突撃隊長、八神ヴィータは、素麺をすすりながら、眼前で自分と同じように妖精サイズの小さな器で麺をすするちびっ子たちに向けて愚痴を漏らした。

 

「え? 姉さん、このそうめん、氷もいっぱい入ってるし、冷たくってさっぱりしてるよ?」

「そういうことじゃねー。確かに今は涼しいけどな、違うんだよ。あたしが言ってるのは、外だよ外。外に出たときの暑さ。」

「あー……」

 

納得したように首を振るデプス。続いて、ちゅるりと小鉢に入れた素麺を吸いきったリインが言葉を発する。

 

「そーですねー、最近は気温もどんどん上がってきてますし……」

「いや、それにしたって異常だぞアレは。町中で騎士甲冑展開できたらどれだけ楽なことか……」

「教導隊ともあろう者が、随分と柔い弱音を吐くのだな。」

「あぁん!? うるせー! アイツらの前ではこんな事言わねーからいいんだよ! つーか、お前だよお前!お前のその暑苦しい格好のせいで余計に暑く感じるんだよ!」 

「我は普段、家で作業をしている。お前の視界に入ることも無かろう。」

「今日みたいな仕事休みの日はどーすんだよ。」 

「家では冷房がかかっている。まぁ、我とデプス、2人の時は基本的に切っているがな。」

「ぐぬぬぅ……!」

 

 ヴィータの隣でしれっと毒を吐きながらずるずると素麺をすするザフィーラに対し反論と言う名の言いがかりをつけるヴィータだったが、あっさり論破。

 

 歯をぎりぎりと食いしばるが、そのままだと素麺が食べられないのですぐに止めて食べることに専念し出すのだった。

 

 しかし、デプスからすれば、あっさりと引き下がったヴィータの意見も分からないでもない。確かにここ最近、特に二週間ほど前からの暑さは、このクラナガンからすれば異常気象と言っても良い程のものだ。

 

 デプス自身は、体の中に内蔵された体温調節機能によって、多少暑くなった所であまり関係は無いのだが、デバイスではない、恒温性を衣類や騎士甲冑と、生体機能に頼らなければならないヴィータ達にとってこの状況は、なかなかに辛いものだと思う。

 

「あ、そうだ、ヴィータ姉さん。じゃあ、今から一緒にアイスクリームか何か、作ろうよ。材料足りないから、買いに行かなきゃだけど……」

「おぉ、いいなーそれ。せっかくだし、大量に作って、作り溜めしようぜ。」

「うん! 決まり、だね。」

「あ! リインも行くのです! お手伝いするのですよー!」

「わぁ、ありがとう! リイン姉さん!」

「よーし、さっさとこれ食って材料買いに行くか!」

「あぁ、ならば片付けは我がやっておこう。」

「おう、ありがとな、ザフィーラ。」

「です!」

 

 咄嗟の思いつきだったが、どうやら喜んでもらえたようだ。

デプスは安堵の息をつき、どうしたのですかと緩んだ頬をリインがつついてくるので、苦笑しながらリインの頬をつつき返してじゃれあうのだった。

 

***

 

「あ゛っ゛ち゛ぃ゛」

 

 十数分後、八神家に再び帰り着いたヴィータは、のそのそ歩いて買ってきた物を冷蔵庫に突っ込み、「うぐおあぁ」と、妙なうめき声を上げながらリビングの床に倒れ伏した。

 

「あー、フローリングの冷たさが身に染みる……」

「ヴィータ姉さん、何だか凄く年を食ってる様に見えるよ。」

「デプス、素直におっさんと言ってもいいのですよ!」

 

ヴィータは後ろからやいのやいのとはやし立てるちびっ子達に待機状態のグラーフアイゼンを仰向けになりつつ投げつけ、お互いにお互いを庇おうとして正面衝突し、もつれあったままデバイスにぶつかって仲良く墜落してゆく2人を満足げに眺めた後、リビングには居なかったので、恐らく上で掃除か何かをしているであろう守護獣に声をかける。

 

「おーい、ザフィーラー。帰ったー!」

「あぁ、おかえり。……これは、どういう状況だ。」

 

 

 名前を呼ばれたザフィーラはどうやら今まさに降りてきていたところだったようで、数秒と待たない内にヴィータの前に現れた。

だが、目を回すデプスとリインの様子と仰向けに大の字になっているヴィータを見て、いったい何が起きているのか、計りかねた様である。

 

「んー、制裁だよ制裁。それよりもアイスの材料なんだけど。」 

「……あぁ、無事に手に入ったのか?」

「そりゃあ足りないのなんて生クリームとバニラエッセンスくらいだしな。いや、買ったのはいいんだけどさぁ……」

「その様子だと、作る前にくたびれたと言うような状況か。」

「分かってんじゃねーか。暑すぎて動きたくなくなっちまった。ここでちょっと涼む……」

 

どうやら涼しさを得るために外に出た結果、猛暑に体力もやる気も全て奪われて来た様である。結局家で満足しているため、これでは本末転倒だ。

 

「まぁ、我は構わんが……早めに処理しないと、シャマルが今日買ってくる食材が入らないのではないか?」

「それまでには作るから大丈夫だって。……たぶん。」

 

 そう言って目を閉じたヴィータは、どう見てもそのまま眠りに入るつもりのようだった。ザフィーラは小さくため息をつき、「今眠ると、起きる頃にはアイスは食べられない時間だろうな。」と呟いた。

 

「んあ?」

 

ギリギリで意識を繋いでいたらしいヴィータが反応すると、

「あまり作るのが遅いと、夕食が入らなくなるだろう。まぁ、食後のデザートにすればいい話だが。それだと涼みたいという当初の目的は形無しだな。」

と応えるザフィーラ。

 

 

「まぁ、家の中は涼しい訳だからな。最初からおかしいと言えばおかしかった。」

「で、どうするのだ?作るのか、作らないのか。」

「んー、もう涼しくなってきたし、作るか。ほれ、お前らも起きろ。」

 

ヴィータにつままれて、目を回していた2人がようやく再起動。

 

「うーん……星が……ハッ!? ヴィータちゃん! ひどいですよ!? いきなりあんな物を投げつけるなんて!」

「わざわざ当たらないようにお前らの間を狙ったのに、お前らが勝手にぶつかって自滅したんだろうが。」

「あ、あはは……ごめんなさい。リイン姉さん、俺が余計なことしちゃったから……」

「デプスは悪くないのですよ! 悪いのはあの憎き赤毛の悪魔です!」

「んだとぉ!? なのはと一緒にすんなよ!!!」

「え、怒るところ、そこ……?」

「いいからさっさと作業に入ったらどうだ?」

 

 埒があかないと止めに入るザフィーラ。その言葉聞いてリインもヴィータもデプスも正気に戻る。

 

「あぁ! 忘れていたのです! ヴィータちゃん、早く作っちゃいましょう! リインは早くこのいちごジャムの実力を試してみたいのです!」

「おぉ、なんかいけそうだよな、それ。よし、やるか。」

「具材と調理器具なら、お前達が茶番を繰り広げている間に用意しておいたぞ。」

「さ、最近ザフィーラが有能過ぎるのです……!」

「ザフィーラ、ありがとう! 美味しいの作るから、ちょっと待っててね!」

「あぁ、我は掃除に戻るとしよう。」

 

 再び上に引っ込んでいったザフィーラを見送って、キッチンに用意されていた器具を眺めるデプス達。

 

「じゃあ、折角お膳立ても頂いた事だし、早速始めるか。」

「「はーい!」」

 

 ザフィーラに感謝しながら、作業に入る三人だった。

 

***

 

「確かに最近暑いよなぁ……」

「だよなー、シグナムもそう思うだろ?」

「この程度で音を上げていては、烈火の将は名乗れんさ。」

「そこ関係あんのかなぁ?シグ姐、この前冷やし枕とかいうの見ながらめちゃくちゃ物欲しそうな目ぇしてたよね。」

「あら、シグナムも気になってたんだ。実は私もあれ気になってるのよねぇ。」

「アギト……余計なことは言わないでいい。」

 

 その日の晩、皆で夕食をとった後、ヴィータ達がたくさん作っておいたアイスクリームをつまみながら、八神家一同は雑談に興じていた。その内容は、ヴィータが散々口にしているここ最近の暑苦しさだ。

 

 はやてやシャマルも同じように感じていたらしく、ヴィータに同調気味、シグナムにしたって、微妙にやせ我慢も入っているようだ。

やっぱりみんなだいたい考えることは同じなんだなぁ、と、デプスは一人納得していると、はやてが出し抜けにある提案をもちかけた。

 

「そうや、皆でプールとか、どうやろ? 休日合わせて行かへん?」

 

この言葉を聞いた瞬間、リインが大きく反応した。

 

「プールですか!!それはとっても素敵な提案だと思います! ね、デプス!」

「プール?……行ったことないけど、楽しい?」

「リインも行ったこと無いので分かりません! でも、きっと皆と一緒なら楽しいのですよ!」

「そう……かな。うん、姉さんが言うならきっとそうなんだよね! はやてさん、俺も賛成です!」

「ふふふ、ちびっ子2人は賛成やな……皆は?」

「あたしも行きたい! いいじゃん、プール! 絶対涼しい!」 

「今日の様に道中でバテるのではないか?」

 

間髪入れずに賛成の意を表すヴィータだったが、ザフィーラに茶化されたので、うるせーうるせーとザフィーラの脛をげしげし蹴り出した。

ザフィーラは無表情である。

 

「私も、主が行きたいのであれば、断る理由はございません。」

「アタシも賛成だよ。皆で遊ぶって、こういう機会じゃないとなかなかできないもんな!」

「私も賛成。折角だから、なのはちゃんやフェイトちゃんも呼んでみる?」

「せやな。都合が合うか聞いてみるわ。よし、じゃあ決定な! 次の休みまでに各自で水着買っとくこと!」

「い、今から新調するのですか?」

「異論は許せへんよ。」 

「せめてその手の動きを止めて頂けませんか。」

 

 わきわきと手を動かすはやてを見て、下心というか、今回の提案の魂胆が微妙に透けて見えたシグナムは即座に異を唱えたが、有無を言わさぬはやての迫力と、楽しそうに跳ね回るちびっ子達を見て、すぐに引き下がるのだった。

 

さすがに、彼らの楽しみを奪うのは忍びないか。

 

とりあえず、どうやって主のセクハラに対処しようかと、思考に入るシグナムであった。

 

***

 

「んー、何となくこの辺っぽいんだけどなぁ……」

 

 ミッドチルダ首都、クラナガン。常に人で賑わうこの土地に、キョロキョロと不安げに周りを見渡す人影があった。道行く人達は、それを見ると一瞬だけその異物を意識下へ入れるのだが、時間に追われるミッドの人々は、すぐにそれから視線を外す。周りを見渡しているのは小さな少女だが、彼女を相手にしている余裕など、誰にも無いのだ。

 

 チェックのスカートに柄の入った白いTシャツ、シャツにはミッドの言葉でやってみろ!というようなニュアンスの言葉が描かれている。何をやってみるのかは定かではないが、そう言う服は案外どこにでもあるようなものだ。

少女が身に纏っている衣服は、そんな普通の物だった。

 

「ねぇ、君。何か探しているのかな?」

 

そんな彼女に声をかける人間がいた。

目線をあわせて、優しく語りかける姿は、少女にとってはとても嬉しい物だ。

渡りに船と言わんばかりに機嫌をよくして返事を返す。 

 

「お姉さん、誰?」

「私は管理局地上……うーん、お巡りさんって言ったら分かるかな?」

「お巡りさん?」

 

彼女は地上部隊所属の一般局員である。パトロール中、辺りを見回す少女を見かけたのだ。

 

「うん、そう。お巡りさん。あなたの力になりにきたの。それで、何かあったのかな?」

「ありがとう! あのね、私、お兄ちゃんを探してるの!」

「へぇ、お兄ちゃん?」

 

 兄を探す。捜し物は人だったか。これはちょっと難しくなりそうだなぁ、と考えながら、本局の方に助けを求めるという選択肢も頭を過ぎるが、とりあえず、彼女はこの子の話を聞くことにした。

このくらいの年の子は、接する人が変わってしまうと、どんなに説明したって、捨てられたとか、諦められたとか、そんな風に感じてしまう子が多いのだから。

 

「うん、お兄ちゃん!」

「うーん、じゃあ、一緒に探そっか!」

「うん!この辺りなのは分かるんだけど、場所が全然分からなくって困ってたの! 案内してください!」

 

この辺りなのは分かるとは、どういうことだろうか。

もしかして、家出でもしてきたのかもしれないと、本格的に考えるが、それなら、この子の兄とやらは、ここに住んでいるということか。それなら名前を聞いて住民票をあたれば一瞬だ。

 

「……えぇ、分かった。じゃあ、お兄ちゃんについて何か、知ってることはある?」

「お兄ちゃんはね、金髪で、こう、なんかひょろっとしてるけど、かっこいいんだよ!」

「ふむふむ、他には? 例えば、お名前とか……」

「うーんとね……」

 

少女の眼が妖しく光る。その双眸は、吸い込まれるような深紅だった。

 

「デプス!」

 

少女は、邪気の無い笑顔でそう答える。局員の女性は、うん、わかったと頷き、少女の手を取って歩き出すのだった。

 




そんなこんなで一か月も空けてしまいました。

キャラに関する描写が足りていなかったせいで、少し困ったことになってしまいました。ということで、恥ずかしながらここで補足説明を。
デプスは切れ長の目、とだけ描写されていたのですが、実は、この子の目、赤いんですよね……完全に書くの忘れてました……ということで最後に思いっきり爆弾投げ込んだ訳なんですが、これじゃ面白味半減ですね。本当に、本当に申し訳ありませんでした。

感想、誤字報告、お待ちしております。


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番外編

もうクリスマスだったということに全然気付かなかったという事実に現実逃避不可避だった。
舌の根が乾かぬうちにとはこのことか。くそう。それもこれも時期が悪いんだ…時期が…!

せっかくなので番外編を。
いつか続くかもしれません。


「デプス、デプス!起きてください!」

 

 ゆさゆさと体を揺すられ、だんだんと意識がはっきりしていくと共に、リインの声が頭に響いてくる。

 

朝か。

 

「……んん、おはよ、リイン姉さん。」

「おはようございます、デプス! 今日は雪が積もっていますよ!」

「……え? 本当っ!?」

 

 起き抜けに告げられた積雪の事実に、一気に覚醒し、飛び起きる。そういえば、一昨日からずっと雪が降っていたものだ。

 

 クラナガンの気候は比較的温暖な方で、雪が降ることは少ない。

ましてや、積もることなど滅多にない。

 

 天気予報でも、一時的なもので、積もる可能性は低いと言われていたので、ほとんど期待していなかっただけに、積もったと分かった時の喜びも一入だ。

何せ、生まれて初めての雪だ。降っているのを眺めるのも悪くはなかったが、それだけでは、どうも満足出来なかった。実際に触れるとくれば、きっと楽しいだろう。逸る気持ちのままに、デプスハウスから出ようとするが、デプスの足をひっ掴んだリインによってそるは止められた。

 

「待つですデプス! 気持ちは分かりますが、楽しむのはちゃーんと顔を洗って、朝ごはんを食べてからですよ!」

「う……」

「それにかくいうリインも実を言うと遊びたくてたまらないんです! どうせなら一緒に行きましょうよ、ね?」

「あ……ごめん姉さん、そうだよね。うん、一緒に行こう!」

「はいです! さ、早く顔を洗いましょう!」

 

 起こしてくれたので、デプスはてっきりリインが自分より早く起きていたものだと思っていたが、実はリインもつい先ほど起きたところらしく、よく見ると、長い髪に所々寝癖がついていた。

 

 どうやら、窓を見て積雪に気づき、いてもたってもいられずにデプスを起こしたらしい。

というのも、一昨日の天気予報で「積もらない」と言われたデプスの落ち込み様はかなり酷く、その様子を見て心を痛めていたリインは、雪が積もってくれたことがとても嬉しかった。勿論、自分が楽しいこともあったが、それ以上に、落ち込んだデプスを慰められることが、リインの機嫌を上方へと持ち上げていた。

 

「……うっ、寒っ……!」

「ハウスの中は天国ですよねー……うぅっ。」

 

 ぶるると身震いしながらリインが言う。

改良型のリインハウスⅡとデプスハウスは冷暖房、加湿機能も完備しているので、快眠には事欠かない。

 

そうしたらそうしたで、外気との気温差で苦しむことにはなるが。

 

 それは、裏を返せば、目覚ましに丁度いいということなので、特にリイン達は気にしていない。

が、寒いものは寒いのだ。できればずっとデプスハウスで毛布にくるまっていたいと思わないでもないデプスだったが、それ以上に、外に積もった雪への興味がデプスの体を支配していた。

洗面所、リインと並んで顔を洗う。一人だと体の大きさ的に水道を使うのも困難なので、普段はフレームサイズを変更するのだが、今は2人いるので、協力して洗面器に水を貯めて、体は普段のサイズのままだ。

真冬の冷水は、もはや痛みを伴うレベルの冷気を以て、デプス達の意識を覚醒させていく。

 

「今日の朝ごはんはなんでしょうねー?」

「ヴィータ姉さんとシグナムさんが喧嘩してたもんね。俺はどっちかというと……うん、どっちでもいいや。」

「リイン的にはヴィータちゃんを支持します! 今、とてもブルーベリージャムを口にしたい気分なので!」

 

 八神家の食事は、基本的には当番制である。

昨日は、ヴィータとシグナムが朝食担当だったのだが、和食を作るか洋食にするかでえらく揉めていたことを思い出す。

決着を見る前にリイン共々眠気に負けてしまったので、結局今日の朝食がどうなったかは分からなかったのだ。

 

 すっきりとした顔でリビングに入ると、テーブルにはやてが味噌汁を並べながら「あ、2人とも、おはよう」と、挨拶してきた。

「おはようございます、はやてさん」と挨拶を返し、早速、「今日は和食ですか」とはやてに聞く。

 

「そうなんよー、あれから結局ババ抜きで勝負することになってなぁ」

「な、なんということを! ヴィータちゃんがババ抜きなんて自殺行為です!」

「姉さん、それはちょっと酷くない……?」

 

まぁ、そういうことらしい。

 

 夜天の守護騎士2人がババ抜きで決着というのも中々に滑稽な光景である気がするが、それもまた、平和でいい。

既に席について新聞を読んでいたシャマルや、テーブルの横で丸まっていたのをヴィータに「そこ邪魔」と言われ渋々移動したザフィーラ、その上でザフィーラの毛の感触を楽しむアギト。向こうではヴィータが微妙にむすっとした表情で盛り付けをしている。

どうやら起きてきたのはリイン達で最後のようだった。

 

「今日は皆お仕事お休みとれて良かったなぁ。」

 

はやてがにこにこと言うと、「こうやって皆で集まれる機会があるに越したことは、ありませんから。」とシグナムも目を細めて言う。

 

 さらにヴィータが「まぁあたしは今日もともと休みだったけどなー、たまたまだけど」と言いながら卵焼きをテーブルに置き、椅子に座る。

そして、皆でいただきますを言い、八神家の朝が始まるのだった。

 

***

 

「今日は温泉行くんだよなー、何年か前に行ったきりだから、久し振りで楽しみだ。」

「今回は普通に旅行やし、形式的な書類も何もいらんからなぁ。楽で助かるわ。」

「前に行った時は、あくまで任務でしたからね。」

「俺はその温泉っていうの、初めてですし…期待していいんですよね?」

「実はアタシも初めてなんだよなぁ。」

 

 朝食をとりながら口々に今日の予定を皆で話す。

日帰りで、はやての出身世界である、地球という管理外世界に行き、そこで昼食をとって、温泉に入り、さらに夕食の食材も地球で買うらしい。

 

 何でも今日は地球では特別な日らしく、管理局の体制も整ってきたので、ようやく皆でゆっくりできるようになってきたらしい。そこで、丁度その特別な日に合わせて休暇をとったそうだ。

昼食は外食、夕食は皆で一緒に豪勢な料理を作るらしいのだとか。

とても充実した1日になりそうだ、とデプスは冷奴に融合騎サイズのスプーンを入れながら思った。

 

「あぁ、そういえば。デプス、地球には魔法文化が存在しないので、このサイズままではダメなのですよ。」

「あ、そうなんですか。」

「まぁ、転送ポートまではその状態で大丈夫だから、後でやればいいわよ。」

 

そういうことなら、とシャマルの言う通りに転送ポートまでは小さいままで行くことにした。別に大きくなった所でさして問題は無いのだが、できるならば、楽な方がいい。

 

「アギト姉さん、俺、どんな服着ていけばいいかな?」

「ん?そうだなぁ……」

 

 デプスは基本的にサイズを変えないので、こういう時、服はアギトが持っている物を借りたりしている。オーダーメイドの融合騎サイズの服はいくつかあるのだが、まだアウトフレーム用の服は買っていないのだ。一応、アギトやリインがデプスのために選んだものを買ってもらったりしたものもあるが。

アギトは割とズボンなども好むので、デプスが着てもあまり違和感がない。だから、たいていはそれで済ましてしまっている。

 

 さらに、意外にもアギトの服のセンスは八神家では好評である。

こういうものに疎いシグナムの衣服などはだいたいはやてがコーディネートしているのだが、最近は専らアギトがシグナムを着せ替えしている。

そしてその標的にデプスも追加された訳だが、デプスとしても、頼れる姉が自分の為に服を選んでくれるのが嬉しくて、普通に受け入れていたりした。

 

「ん、とりあえず今は無難なのにしといて、向こうで何か買うのもいいかもしんないね。」

「あぁ、それえぇなぁ。」

「あぁ!それはリインも賛成です! 見ていてくださいデプス! お姉ちゃんがあなたをそれはそれは立派なシティボーイに!」

「リイン、海鳴市は別に都会とちゃうで」

 

 はやてのツッコミに「そうでした!」と元気に返すリインを横目に、また1つ楽しみが増えた、と、喜びを噛み締めるデプスだった。

***

 

「わぁ……! 雪が積もってるですよ! デプス!」

「うん! これはすごいや! アギト姉さんも! ほら、見て簡単に雪玉が!」

「おっ! いいじゃん! 雪合戦しようぜ!」

 

 家を出るまでにはまだ時間があったので、外に積もった雪を見に行くことに。

さっき見たときよりもより一層白さを増した風景は融合騎達のテンションを最高潮にまで持っていった。

 

「雪合戦ですか! 楽しそうですね!」

「よーし、じゃあ……」

 

浮遊魔法を応用して、周りの雪を浮かせるデプス。

 

「これで飛びながらでも玉が作れるし、盾にもなるよ。」

「へぇ……面白いじゃねぇか……」

「なるほど、考えましたねデプス!」

 

 リインとアギトもそれに続き、融合騎3体分の浮遊魔法で雪のフィールドが形成される。

誰が合図するでもなく、3人同時に空中の雪をサッとかき集め、狙いを定めて投げつける。

融合騎の高い演算能力を無駄に最大限活用して放たれたそれは、真っ直ぐに対象へ向かった。

 

「って両方とも俺!?」

「デプスのスピードは厄介だからな!」

「ここじゃそんなに動けないよ!?」

「男対女で丁度いいのです!」

 

 開幕と同時に2方向から投げられた雪玉を前に、デプスは回避を余儀なくされた。

さらに間断なく放たれる雪玉に、デプスはひとまずバレルロールに似たアクションで回転し、回避しながら玉を作ることに専念する。だが、玉を作った所でこちらから攻撃する隙ができるわけでもない。アギトを狙えばリインに、リインを狙えばアギトに撃ち抜かれるヴィジョンが容易に想像できた。

 

 相手の攻撃は当たらないが、自分の攻撃も当たらない。

これは膠着状態になるか、と思ったデプスだったが、転機は思いの外早く訪れた。デプスにとっては、悪い方向で、だが。

 

「……ッあっぶない!」

 

 リインもアギトも、デプスの軌道を先読みし始めたのである。

気がつけば自分の向かう先に置かれるように配置される雪玉。

 

(長引けば、対応される……!)

 

 長期戦になるほど不利になることを悟ったデプスだったが、かといって対抗策が思いつくワケではなく。

普段は頼りがいのある優しい姉達も、じわりじわりと追い詰められていくデプスには、嬉々として雪玉を投げてくる二人が、今回ばかりは悪鬼か何かのような存在に思えた。

 

が、その時。

 

「お前らこのくそ寒い中でも元気だよなー。」

 

 もこもことしたコートを着込んだヴィータが、ココアを飲みながらこちらを眺めているのに、デプスは今更ながら気がついた。

 

これは、もしかしたら。

 

うまくいけば、イーブンに持っていけるかもしれない。

名案が浮かんだデプスは、それをすぐ実行に映す為に軌道を直線的な物へと変えた。もちろん被弾の確率は上がるが、構わない。

リインの投げた雪玉が迫るなか、遂にデプスは自らの得意技を発動する。

 

「疾風迅雷ッ!」

 

 疾風迅雷。有り体に言ってしまえば、ただのソニックムーヴだが、専用の構築と変換資質によって、その効果は段違いだ。

雪玉をかわすついでに2人から一気に距離を離したデプスは、余裕の表情で二人を見つめる。

 

「ッ!やっぱ早い、なっ!」

 

 アギトがそれに向かって速さの足しになればと、魔力強化込みで雪玉を投げつける。まさにアギトの全力全開。その威力は並のピッチングでは足元にも及ばないような代物である。普通は間違っても身内に向けるものではない。

 

「それを待ってました!」

 

 それを見てにやり、と口角を上げたデプスは、あろうことか横にずれて回避するのではなく、後退を選んだのだった。

 

「「ッ!?」」

 

 この意図はさしものリインとアギトにも全く掴めず、一瞬2人は硬直する。

その間に雪玉との距離を離す程の速さを発揮したデプスが急停止。そしてそこは―――

 

「おわっ、デプス、急にどうしたんだよ!?」

 

ヴィータの目の前だった。

リインとアギトはデプスの企みに気づき、唖然とする。止めないと、マズい。

口をぱくぱくさせながら顔を合わせるが、既に弾は放たれてしまっているのだ。

止める手だては、ない。

 

「あ、あぁっ!」

「避けてくださいですヴィータちゃーん!」

「へ? 何を?」

 

ヴィータがきょとんと首を傾げた瞬間、ヴィータの眼前のデプスの姿が消える。

一気に下へと加速したようだ。

そして―――

 

「へぶっ!」

 

ヴィータの顔面に、アギトが全力で投げた雪玉が直撃したのだった。

 

「……」

「……」

「……あの、ヴィータちゃん……?」

「……」

 

 思いっきりぶっ飛んで仰向けに倒れ、少し後、ゆっくりと立ち上がったヴィータに恐る恐るリインが声をかける。

だが、返事はなく、俯いたヴィータの顔は暗くて良く見えない。

 

「面白ぇ……」

「ひっ!」

「そんなに死にたきゃやってやるよ!お前ら全員アイゼンの錆に」

 

ぱこん。

 

間抜けな音と共にヴィータの顔に雪が貼り付く。

 

「アイゼンではなく、こっちで語ったらどうですか?ヴィータ姉さん。」

 

 そこには、不適な表情で雪玉をもてあそぶデプスの姿が。

ヴィータの頭からぶちぶちと何かが切れる音がした。

 

「全員まとめてかかって来やがれぇッ!」

「え、えぇ! リイン達も巻き添えですか!?」

「うるせぇぇぇ!」

「う、うわぁぁぁ!」

「……よし、これで状況はリセットだね!」

「悪化してますよっ!」

 

結局、転送ポートに行く時間一杯まで雪合戦していたデプス達だった。

 




そして壮大に何も始まらない。
温泉があると思っていたのか。

ちなみにこの後ヴィータは融合騎3体がかりでいろんな方向から雪玉を投げつけられてフルボッコにされました。ヴィータェ…

あと、うちのシグナムは人並みに料理できます。ついでにヴィータもできます。
ただしシャマル先生、てめーはダメだ。
アギトがさらっとお姉ちゃんになってますが、その話は本編で追々…

感想、誤字脱字報告お待ちしております。


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番外編2:兄妹ごっこ

***

 

「ふぁ……」

 

朝のまどろみの中、デプスの意識はゆっくりと覚醒していった。気持ちのいい朝だ。というのも、自分が寝床にしているデプスハウスは、空調完備、気分、用途により変更可能な床面、結界技術による遮音性等、自分では扱いきれない程の機能が盛り沢山のハイテク建造物なのだ。年がら年中、気持ちのいい目覚めを迎えられるのもひたすらにそのおかげである。

 

 半覚醒したデプスは、今日は皆が休みだったことを思い出す。普段なら急いで起きて朝の洗濯や料理の手伝いをしに行くのだが、今日に限ってそれは必要の無いことだというのは、昨日シャマルとはやてに教えてもらっていたことだった。

 

せっかくだから、もうちょっとだけ寝ようかな。

 

 浮かび上がってきた意識をまた沈める様に、再びまどろんでいくデプス。ころりと寝返りをうつと、やわらかい感触が顔に触れた。

 

あぁ、なんだか今日は壁まで柔らかい。

 

 ふにふにとした感触を楽しんでいると、頭を撫でられるのが分かって、そこまでくると、途端に意識が確かになり始めた。

 

「んん?」

「んっ……デプス、起きちゃったですか?」

 

 目を開くと、目の前は真っ暗だった。いい匂いがする。というか、少し呼吸がしづらくて苦しい。自分は今どんな体勢をとっている?

柔らかい壁?そんなもの、デプスハウスの機能には無い。自分が今顔を埋めているのは何だ?

 

「……リイン姉さん?」

「おはようございます、デプス。リインの膝枕の心地はいかがですか?」

「……え、えっと……」

 

 ようやく状況がだいたい理解できたのか、顔が赤くなるデプス。上を向くとリインと目があった。

 

自分が今すがりついていたのは、姉さんのお腹じゃないか!

 

 急激に恥ずかしくなって、とりあえずリインから離れて頬をぺちぺちと叩いて目を覚ました。

 

「ふふふ、デプスの寝顔はしっかり見させて頂いたのですよ!」 

 

 得意げに胸を張るリイン。デプスは熱くなった頬の熱がさらに高まるのを感じてしまった。最近、リインのスキンシップが激しさを増してきている。というか、状況に慣れでもしたのか、リインから照れやら何やらが無くなってきて、ひっついたりして周りにからかわれても気にしなくなってきたのだ。それに周りの反応も日を追う毎に薄くなっていく。冷やかすのではなく、微笑ましい物を見てくすくすと笑うだけなのだ。

 

「ね、姉さん……さすがにこれは恥ずかしいよ……ひ、膝枕なんて……」

「ふぇ? 迷惑でしたか?」

「え? ……いやっ! 迷惑じゃないんだけどっ!」

 

 小首を傾げながらそう言うリインに、さらに辟易するデプス。膝枕自体は嬉しい事なのだが、何故か恥ずかしいのだ。

……何故恥ずかしいと思うのか?

 

 そう自分で疑問に思ってしまえば、それが何故かは分からなかった。ただ膝に顔を乗せて貰っていただけ。

膝枕というのは親愛を表す行為だ。問題があるとすれば、足に頭を乗せる側の負担だが、リイン姉さんは嬉しそうで、しかもデバイスなのだから、頭の重量や固さからくる足のしびれや疲労とは無縁なのだ。

 

「と、とにかく姉さんはずるいよっ!」

 

慣れていないのは自分だけ?

 

結局分からなかったので、無理矢理話をそらして誤魔化すデプスだった。

 

「ず、ずるいですか?」

「そ、そうだよ! リイン姉さんばっかり俺の寝顔見たり! 甘えさせたり!」

「ほぇ?……ふっふっふ、それは姉の特権と言うやつなのですよ。弟の寝顔は姉の物なのです! 悔しかったら私より後に寝て早く起きて見ろです!」

「ううっ!」

 

 ぐぅの音も出ない正論(?)を返されて、言葉に詰まってしまう。

デプスは目覚めてからまだ日が浅い。そのため、リインに比べると活動出来る時間はかなり短いのだ。

 寝るのは早いし起きるのは遅い。どうあがいても、今のデプスにリインより遅寝早起きをすることは不可能な事だった。

デプスは悔しくなって床に膝をついてしまう。

 

 このままではずっとこの嬉しいやら恥ずかしいやら、もやもやした気分を味わい続けることになってしまう!止めて欲しいような止めて欲しくないような、このもどかしい現状を打破する何かが必要だった。

 

「お困りのようだね!」

 

そんなとき、デプスハウスの屋根が開いて、一瞬で一つの影が落ちてくる。落ち込むデプスの横に降り立ったのは、烈火の剣精、デプスのお姉ちゃんその3、アギトその人だった。

 

「話は聞かせてもらったぜ。アタシに案がある。」

「ア、アギト姉ちゃん……」

 

 アギトに肩を持たれて、立ち上がるのを手伝ってもらう。何だかよく分からないが、助けに来てくれたのだろうか。どこで話を聞いていたのかとか、疑問に思う事はあるが、とりあえずここは話を聞くことにした。

 

「アタシの案はこうさ! デプス、リインと勝負するんだ!」

「え、ええっ!?」

「勝負ですか! リインとデプスが!」

「あぁ! もちろんドンパチやるってんじゃないよ。お題はコレだ!」

 

そう言って、アギトはどこから取り出したのか、ぐるぐる巻きにした紙をバシッと広げた。

 

「えっと、……兄妹演技対決?」

「演技ですか? それに、リインとデプスは姉弟ですよね? 字が違って……あぁっ、もしかして!」 

「俺がお兄ちゃんになって、リインが妹になるってこと?」

「そう言うことだね。今日一日、きょーだいかんけーを入れ替えるのさ! それでどっちがよりうまい演技が出来たか、勝負するんだ!」

「ふ、ふぉぉぉ……! 勝利者には、勝利者には一体何が!?」

「ふふふ、特に何も……ってつもりだったけど、気が変わったね! デプスが勝てばお兄ちゃんになる権利が! リインが勝てばデプスに何でも命令する権利一回分が与えられる!」

「「な、なんだってー!!!」」

 

背景に稲妻を落としながら驚いた二人。ヤケにノリノリなのはご愛嬌。

 

「じゃあ、俺が勝ったらリイン姉さんが妹になるんだね!」

「ふふふ、いいでしょう、この勝負、受けて立ちます!」

「そう言うわけで、今回特別に遊園地のチケットを用意したぜ! ここで思う存分、二人の思うお兄ちゃんっぽいこと、お姉ちゃんっぽいことをやってこい!」

「楽勝だよ!」

「ふふん、デプスには負けませんよ! 優れた姉は、優れた妹力も持ち合わせるのです!」

「アタシはもうツッコまないからな! じゃあ、アタシは判定員として二人と一緒にいるけど、空気か何かと思ってくれてたらいいから。判定は今日の夜な! それじゃあスタートだ!」

 

「がんばる!」

「かかってこいです! じゃあ、デプス、リインは着替えてきますので、デプスも準備お願いですよ!」

「うん、朝ご飯食べてからが勝負、だね!」

 

お互いに火花を散らしながら牽制しあう二人。

そんな二人を見てニヤニヤしながら、アギトはこっそ念話を発動した。

 

(ヴィータ、はやて、仕込み完了したよ。)

(カメラ準備は任せろ。充電もバッチリだ。)

(鑑賞会が楽しみやなぁ。)

(……)

 

 

 リビングではやてと共に朝食の準備をしながら、内心ではこいつら暇だな、と思わなくもないザフィーラ。その暇人に主が含まれているのに何とも言えない感情を抱きつつ作業に戻った。

 

***

 

「じゃあ、はやてさん。行ってきまーす!」

「はーい、気ぃつけてなー。」

 

 それから朝食をとって、リインと二人で遊びに行くことをはやてに告げて、アウトフレームで家を出ること数分。

 

「……」 

「……」

 

並んで歩く小学生くらいの大きさの二人の間に会話は無かった。

(どうしよう、お兄ちゃんっぽいことってなんだろう。)

 兄らしさを出すことに縛られて、単純に何を話せば良いのか分からなくなってしまい、表情も堅くなってしまっているデプス。

 

(お兄ちゃんって呼びたいですけど……どうせならカウンター気味に言いたいです!)

やることは決まっているが、デプスが動くのを待つリイン。

 

(やっべ、こりゃもう笑えてくる。)

小型カメラ片手にそんなデプス達を後ろから眺めるアギト。

 

 三者三様の面持ちで遊園地に向かうが、電車に到着する直前、デプスがしびれを切らしたように、

「ゆ、遊園地行ったら何に乗りたい? リ、リインの好きな物に乗ろう!」

と、握り拳を作りながら言った。

 

(おっ、さりげなく何でも合わせてやるよアピール。これはお兄ちゃんっぽいぞ! デプスに一点追加だな!)

初得点、手にしたメモ帳に付け加えるアギト。二人に目を向けると、デプスが動いた事でリインも攻勢をかける様だった。

 

「本当ですか!? やったぁ、お兄ちゃん、大好きですぅっ!」

「お、お兄……!」

 

 ひしっ、と抱きつくのはいつもの事だったが、デプスにとってリインに「お兄ちゃん」と言われる事は、いろいろと刺激が強かったらしい。ぞくぞくと身体を震わせた後、完全に固まってしまっている。

 

(まぁリインは元々末っ子だし、甘え上手なのも昔からだよな……それにしてもデプス、お前何か新しい扉を開いてないか?)

 

リインにも妹ポイント一点。一進一退の攻防だ。ダメージ的にはデプスの方が大きい気がするが。

 

「う、うん、もちろん。お兄ちゃんだからね。はやてさんにお小遣い預かってるから、欲しいものがあれば言ってね。」

「はいです! あ、そうだ……」

「うん?」

「欲しいものじゃありませんけど……手、繋いで無かったのです!」

「あ、そうだね……繋いで行こっか!」

「えへへー」

 

(……リイン、やるな……なんか妹から逸脱して行ってる気もしないでもないけど。)

 

兄妹対決が開始してから少し。現在、リインが少し優勢、というところであった。

 

***

 

ーーーーーー以下、ダイジェストでお送りしますーーーーーー

 

「わあぁ……」

「これが遊園地なのですよ、デプス! どうですか? すごいですか?」

「何て言うか、おっきいね……」

「そうでしょう! それで、どこに行きましょうか?」

「うん、地図が……コレだね。アトラクションを回るか、お店でも回ったりパレード見たりしてゆったり過ごすか、どっちがいい?」

「うーん……リイン的にはパレードよりアトラクションなのです! あと、出来ればお店も見たいのです!」

「分かった! お兄ちゃんに任せて! えっと……じゃあ、近くからぐるっとアトラクション回りつつ、休憩挟みながら行けるとこまで行ってみよう。」

「はいです! ここから近いのはどこですか?」

「えっと……あ、コレだね。急流滑り……? 落ちるのかな? リイン、結構大きいみたいだけど、大丈夫?」

「私は大丈夫なのですよー。じゃあ、そっち行ってみましょう!」

 

 

「身長制限……見落としてたね……」

「盲点なのです……」

(事前に気づいてればフレームサイズ変更する余地もあったけど、一回弾かれたせいでそれもきついか。しょうがないね。)

 

 

「あ、あそこ、デプス! アイスの屋台ですよ!」

「本当!? ……あ! こほんっ! リイン、買ってこようか?」

「もちろんです! リインは……あっちの味がいいです!」

「分かった! 買ってくるよ!」

「リインも一緒に行くです!」

 

 

「うーん、おいしいです…… デプ……あ、お兄ちゃん、そっちはどうですか?」

「食べてみる? はい。」

「せ、せっかくなのであーんしてください!」

「え、ええっ!? ……あ、あーん……」

(リイン、遊園地着いてから今までゲームの事完全に忘れてたな、絶対。)

 

 

「お、お化け屋敷……」

「リ、リイン? む、むむむ、無理して行かなくても……いいんだよ?」

「お、お兄ちゃんこそ、怖いなら勘弁してあげてもいいんですよ……?」

「……大丈夫、お、お兄ちゃんがついてるから……大丈夫……」

「お兄ちゃん……!」

 

 

「ギャアアアア! 無理、やっぱ無理! アギト姉ちゃん助けてぇぇ!」

「うわぁぁぁん! アギトぉぉぉぉ! 怖いのですー!!!」

「ちょっ! お前らこっちくんな!!」

 

 

「……」

「……」

(無言の半泣きで抱き合ってやがる……)

 

 

「リイン、お昼何が食べたい? はい、地図。」

「そーですねぇ……あ、ここのファストフード、物凄い見た目ですね……気になります……」

「うわぁ、ホントだ……でも、ここから近いし、行ってみる?」

「そうしましょう!」

 

 

「おみやげ屋さんだって! 皆に何か買っていきたいね!」

「それはいい考えなのですよ! 何があるんでしょうか……」

 

 

「あ、お兄ちゃん……これ、買ってもいいですか?」

「ん? これ……あ、さっき見たキャラクターのつけ耳? もちろんいいよ!」

「えへへー、ありがとうございますです! じゃあ、はい!」

「? 二つ」

「お兄ちゃんもお揃いなのですよ!」

「……う、うん……」

(……リイン、やるな……!)

 

「わぁー! 凄いです! キラキラしてます!」

「運良く場所が空いてて良かったね! 綺麗だなぁ……」

「あ、お兄ちゃん。耳がとれかけているですよ!」

「え? 本当? えっと……」

「あ、動かないで良いのです。リインにお任せです!」

「ありがとう、リイン姉……リイン。」

(だんだん逆転してる意味無くなって来てるな……)

 

 

「メリーゴーラウンド……これって楽しいの?」

「乗ってみたら分かるですよ!」

 

 

「すごい! 何かよく分からないけど凄いよリイン!」

「目が回らないのが不思議なのです!」

(こっちとしては一つの馬に二人乗りしてるのに怒られてないのが不思議かなぁ。)

 

 

「わぁ! 観覧車だ! リイン、これ乗ってみない!?」

「はい! リインも乗りたいのですよ! 前に来たときは人数が人数でしたから、乗れなかったので!」

(さすがにあそこには入れないなぁ……)

 

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん。ジェットコースターってどう思いますか?」

「うーん……僕らは普段アレよりも早く動いてる訳だから……どうなんだろ。乗ってみる?」

「はいです!」

 

 

「……リイン。」

「……ふぁい?」

「……怖かったね。」

「……はいぃ……」

(縛られて細い道を走るのと自由に空を飛ぶのとじゃあ全然違うからな。アタシは割と平気だけど。……うん、ベンチで肩を貸すお兄ちゃん、自分も余裕無いのにこれはポイント高いぞ。三点プラスかな!)

 

 

「あ、ポップコーン屋台。リイン、食べる?」

「うーん、それよりも、喉か乾いてるですかねぇ……そこの自販機で飲み物を買いましょう!」

「そうだね。俺もそうしたいかな……」

 

 

「こっちはゆっくり園内を回るレールコースターかぁ。」

「これなら怖くないのです! 観覧車とは違う高さから景色も見渡せて一石二鳥です!」

「うん! 乗ろう!」

 

 

「もう結構いい時間だねぇ。」 

「そうですねー。あんまり遅いのもアレですし、そろそろ出ましょうか。」

 

 

***

 

「だんだん日も落ちてきたね。」

「気になる物はだいたい乗れましたね、お兄ちゃん!」

 

 そんなこんなで遊園地を出て、夕焼けに照らされた坂道を歩く三人。と言っても、アギトは少し距離を空けて後ろについているのだが。

 

「そうだね。ちょっと苦い思いもしたけど、凄く楽しかった! ありがとうね、リイン姉さん!」

「こちらこそありがとうなのです! デプス! それにアギトも!」

「ん、もう兄妹ごっこは終わり?」

 

 デプス達が名前の呼び方を変えているのに気づいたアギトが二人に歩みよると、リインがにこにこと笑いながらアギトの方を向いた。

 

「はい! なんていうか、これ以上アギトをほったらかしにするのが辛いので!」

「うん、ホントにね……」

 

 苦笑しながら答えた二人だが、確かに、空気だと思えとは言ったものの、そう遠く無い距離で殆ど無言で行動していたのだ。アギトからすれば、小型カメラでデプス達の様子を撮り続けていたので別に暇な事は無かったし食べ物も堪能したので満足しているのだが、自分達の様子をカメラに収められているとは露とも知らない二人は、申し訳なさそうにしていた。

 

「本当はアギト姉ちゃんとも遊びたかったけど、リイン姉さんとの勝負もあったから、どうも動けなくて……」

「そうなのですよ……」

「お化け屋敷の時に思いっきりこっちきたじゃん……まぁ、それは置いといて、別に気にしないでいいんだよ。アタシはアタシでそれなりに楽しんだし、これから遊ぶ機会なんて幾らでも作れるんだからさ。」

「アギト姉ちゃん……」

「それよりも、判定結果楽しみにしとけよー。夕食の時に発表するから。」

「はっ! そ、そうです! これにはリインがお姉ちゃんでいられるかどうかがかかっているのです! 負けるわけにはいかないのですよ!」

「俺、頑張ったよ!」

「確かにデプスは結構意識高かったと思うよ。まぁ、その辺もおいおい、ね。」

 

軽くウィンクをして、二人の横に並ぶアギト。

「じゃ、帰ろっか。」

「うん!」

「はい!」

 

三人で手を繋いで、夕焼け道を歩いていくのだった。

 

***

 

『あわわわわわわ……デ、デプスゥ……』

『うひぃ!?』

『わひゃぁぁぁぁ!』

『た、助けてアギト姉ちゃぁぁぁん!!』

 

「「あっはははは!!」」

「「……」」

 

 その日の八神家の食卓では、デプス達の兄妹ごっこ~遊園地編~の上映会が早速開かれていた。

 

 ヴィータとはやては腹を抱えて笑い、シグナムやザフィーラも笑いをこらえているのが分かる。

シャマルは生暖かい目で映像を見ている。

 

リインとデプスは二人して頭を抱えて、ひたすらに赤面していた。

「これが……これが目的だったんだね、アギト姉ちゃん……」

「裏切りです……リインは今、深い絶望の最中に居ます……!」

「だから楽しんだしって言ったじゃん?」

 

ニヤニヤしながらアギトが答える。

 

 

 ちなみに、勝敗は51-75でリインの勝利。原因としては、甘えるだけで妹ポイントがどんどん加算されていく方式だったために、それがリインにとって有利に働いていたせいである。

 

「これじゃ二重苦だよ……」

「まぁまぁ、どうせ何されたって、満更でもないんだろ?」

「……うん。」

 

さらに顔を赤らめながらそう返して、ついには俯いてしまったデプスだった。

 




なんかふと思いついて、書かずにはいられなくなってしまいました。本編そっちのけなので番外編です。

それと、各話にサブタイトルをつけるか迷っています。どっちがいいんでしょうね……あった方が見やすくはあるか……センス無いのが露呈してしm……手遅れか。



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