ゲパードM1は定時に帰りたい (さとーさん)
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第一話:ドレスメーカー -Dressmaker-
Monday 4/Mar/2061 9:30


―――ゲパードM1の日記


2月19日(火)

 いきなりだけど転属の内示が出た。転属先は都会の支部の総務部で、窓際部署と噂の被服課とのこと。「楽そうじゃん、事務職バンザイ!」と思っていたが、どうやら課自体は表向きのことで、実際には少数精鋭の特殊部隊らしい。しかも極秘中の極秘の部隊で、機密漏洩がないか毎週記憶のチェックをされるらしい。
 あー、ブラックな気がしてならない。憂鬱だ……。
 というか、辞令の発表は明日で配属日は来週の月曜らしい。なんで人事はそういう大事なことを直前に言うかなぁ。
 というわけなので、本当はこんな日記なんか書いてないで荷造りしなくちゃいけないんだけど、まあ明日のワタシがうまくやってくれるよね。


2月25日(月)

 今日は新しい部隊に配属されて初めての出勤日。とても緊張した。
 話に聞いていた通り、メンバーは指揮官と副官のウェルロッドさん、そして私の三人。
 任務についての説明はなし。勤務時間についての説明もなし。ブラック臭がすごい。
 「ひとまず今日は荷解きがあるだろうから早く帰っていい」って言われた。午後休をもらって10時には宿舎に戻って来られたけど、明日からが不安で仕方ない。


2月26日(火)

 もしかしたらブラックじゃないかもしれない。
 射撃試験をやったら事前評価よりも良い結果だったらしい。帰り際に「本格的な仕事は週明けだからそれまで羽を伸ばしていい」って言われた。しかも定時前に帰れた。5連休なんて久しぶりだ。何をしよう。


3月9日(土)

 やっぱりブラックだった。



 みなさんこんにちは、ゲパードM1です。これから、ワタシが配属されてから初めての作戦会議が始まります。そう、これが初仕事です。とても緊張しています。定時に帰れるといいなあ。

 白い照明に照らされた作戦室は、妙に狭くて中央に机が一つ置かれているだけの殺風景な小部屋です。自前のドローンを持っていないこともあってか物がなくて、そのせいなのか他の部隊の作戦室と比べると驚くほど狭いです。寮のユニットバスより少し広いくらいしかないです。かろうじて圧迫感がないのは、天井がそこそこ高いのと、指揮官とウェルロッドさんとワタシの三人しかいないからでしょう。

 そして驚くべきは、ハッキングや盗聴を防止するために電子機器の持ち込みは一切禁止という徹底ぶり。なんと文書や資料はすべて紙で、不要なものはブリーフィング終了後に焼却処分という決まりだそうです。流石は極秘部隊ですね。……えっ? ワタシたち戦術人形は電子機器じゃないのかって? 嫌だなあ、I.O.P社の第二世代戦術人形であるワタシたちがウィルスになんか感染するわけがないじゃないですか。

「よし、時間になったことだし、そろそろ始めようか。ウェルロッド、よろしく頼む」

 指揮官は元軍人というだけあって結構強面です。けど、皺が目立ち始めているものの顔も悪いくないし、長身で筋肉質な体型なので女性には密かに人気があります。短く切りそろえた髪にちょっと白髪が混じっているし、役職的にも年齢は四〇代前半くらいだと思います。

「はい。それでは『焼却炉作戦』のブリーフィングを始めます。お手元の資料をご覧ください」

 副官のウェルロッドさんは、目つきがわる……鋭くて所作もキビキビしたカッコいい方です。でも声はやたら可愛いです。ワタシよりも少しばかり背が高くて、透き通るような金髪をツーサイドアップで短くまとめており、その翡翠色の瞳と相まってここの支部きっての美女と名高いハンドガンの戦術人形です。

 『Operation Incinerator』と書かれた作戦書の表紙をめくると、几帳面なウェルロッドさんがタイプライターで書いたのであろう作戦概要が長々と書き連ねられていました。

 ……うーん、ダメです。これはいけません。こんなのを真面目に読んでいたら寝てしまいそうです。

 というわけで、聞き耳だけを立てて絵のあるページまでめくることにしました。すると、すぐに顔写真が並んだページが出てきました。写真は全部で8枚、映っているのは若い女性や中年男性など様々な顔ぶれです。

「今回の目標は、ここ数か月の間にF02地区での活動が目立ってきているAfG幹部及び構成員の排除です」

 おや、ちょうどウェルロッドさんの説明の部分みたいです。おそらくこの人たちがAfGとやらの中心人物なのでしょう。よし、早速質問しなくては。意識の高さを見せて評価を稼ぐんだ。

「あ、あの、AfGって何ですか?」

 ワタシの質問に、ウェルロッドさんは眉をひそめました。マズいことを聞いてしまったかもしれない。いや、もしかしたら、説明中に口を挟んだのが失敗だったかも。嗚呼、そうか質疑応答は最後にまとめてするべきだったんだ。背中に冷たい汗が流れるのを感じます。でも仕方ないじゃない、知らなかったんだもの!

 ちらりと横目で見ると、指揮官は表情一つ変えず、ウェルロッドさんに説明するよう指示しましてくれました。

「緑のための行動-Action for Green-は一昨年の暮れに活動を始めた環境保護団体です。F05地区で主婦をしているアドリアナ・イリチェフが発起人となり、森林の伐採や水質汚染などを助長しているとして区長に対する抗議デモを展開。最近ではハンストや区庁舎前での座り込みなどの厄介な抗議行動が活発化しつつあります。なお、構成員は先月の時点で約40名です」

 40人程度の組織であれば地元警察の手に負える範囲のはず。グリフィンが出張っていって鎮圧しなければならない規模とは思えません。作戦の目的が見えなくて不安です。

「もしかして環境テロリスト……ってわけですか?」

「厳密に言えば、今はまだ違うな」

 恐る恐る尋ねたワタシに、指揮官は冷たく言い放ちました。「今はまだ」ということは、ゆくゆくはもっと過激な組織になる恐れがあるということでしょう。

「えーっと、つまり、“疑わしきは罰せよ”、ということですか?」

「惜しいな。ウェルロッド、新人に我々のモットーを教えてやれ」

 ウェルロッドさんは「はい」と短く応じると、机に手をつきこちらへ軽く身を乗り出しました。目が笑っていません。

「いいですかゲパードさん、AfGが将来的にテロ組織になりそうだから先手を打つわけではありません。我々は、この組織をテロ組織として壊滅するのです。つまり……」

 

「“我らの敵こそ万人の敵である”、これが我が部隊のモットーです」

 



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Monday 11/Mar/2061 4:45

 夜の帳が未だ上がらない早朝4時45分、作戦開始時間が近づいたのに合わせて、ウェルロッドはリュックサックを背負って安物の半透明なレインコートを着込むと、ジュラルミンケースを左手に持ってセーフハウスの扉を開いた。

 まだ春を感じさせない冷ややかな風が彼女の肌を撫でる。軒先から一歩踏み出すと、夜半からの冷たい雨がプラスチックに弾かれてパタパタと音を立てた。気象班の予報では、低気圧は夜明けまでに通過し、8時頃には完全に晴れるそうだ。

 暗視モードの視界に映る街並みは、歴史の教科書に載っていた中世ヨーロッパの街の絵を切り取って持ってきたようだった。

 遠目には街を見下ろす古城、そのすぐ横に建つ大きな教会には、時の刻みを街に知らせる巨大な鐘が雨に濡れていた。

 ウェルロッドの歩く石畳の道路には火の落ちた街頭が立ち並んでおり、その横に並ぶレンガで出来た家々を眺めていると、路駐している乗用車さえなければ映画の世界に迷い込んだかと思ってしまうほどだ。実際、昨日初めてこの街を訪れた彼女は、21世紀を折り返した時代のものとは思えない、と非常に驚いていた。

 生存圏をE.L.I.Dに脅かされているようにはとても見えない風情あるこの街で、彼女は久方ぶりの大仕事に臨んでいた。

 鍵となるのは期待の新人、ゲパードM1。狙撃能力も銃の威力も申し分ない。本人の無気力気味な態度を除けば、まさに求めていた戦力。……いや、むしろあの態度は好都合かもしれない。指揮官もあまりよくは思っていないみたいだし。

 ぼんやりとそこまで考えてからウェルロッドはかぶりを振った。任務中だ、今はそんなことを考えている場合ではない。

 表通りから裏道に抜け、壁に落書きのある少しガラの悪い小道を進んだ。先ほどまでのレトロスペクティブな雰囲気は消え失せ、この時代にありがちな風景が現れた。

 ゴミを漁る野良犬や、生きているのか死んでいるのかわからない突っ伏した浮浪者を横目に15分ほど歩くと、目的の建物が見えてきた。小高い壁に囲われたそこは、街の景観を損ねるからと道路を挟んで住宅街から隔離されているかのように見えた。

 雨天にも関わらず漂う異臭に顔をしかめたウェルロッドが辺りを見渡すと、汚れた作業着の中年男性が寒そうに傘をさして建物の中へ入っていった。時間通りだ。

 

「Charley, Charley, This is Whiskey. Over. (チャーリーへ、こちらウィスキー。送れ)」

『……Whiskey, This is Charley. Loud & clear, Over. (こちらチャーリー。感度良好、送れ)』

「Charley, This is Whiskey. I checked Croupier ring a bell. Repeat, Croupier ring a bell. (こちらウィスキー。ディーラーがベルを鳴らしたのを確認した。繰り返す、“ディーラーはベルを鳴らした”)」

『Whiskey, This is Charley. Roger that. Start to bet. (チャーリー了解。賭けを始めろ)』

「Charley, This is Whiskey. Roger out. (ウィスキー了解。交信終わり)」

 

 物陰に隠れて指揮官との通信を終えたウェルロッドは、ゆっくりと建物へ向けて歩き始めた。

 先ほどの中年男性は、建物の照明をつけると再び傘をさして外に現れ、ガラガラと音を立てながら大きな金属製の正面ゲートを開けた。明かりに僅かに照らされた敷地内には、3台のゴミ収集車が止められているのが確認できた。

 粒こそまだ大きいものの、雨足は徐々に弱まりつつあった。

 



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Monday 11/Mar/2061 7:35

 ミハイル・カミンスキィはご機嫌だった。ハイスクールを卒業してからようやく見つけたゴミ収集の仕事は徴兵された2年間の兵役よりも楽だったし、初任給で買った最新の携帯端末はサクサク快適だし、一昨日には喧嘩していたガールフレンドと仲直りできた。何もかもが順風満帆なように感じた。

 ゴミの収集は二人一組、運転手とゴミを回収する役の二人で一台のパッカー車に乗り担当の地区を回る。カミンスキィのパートナーは無口なベテランドライバーのガーソンで、周回中の車上では必要最小限の会話しかしない。その気楽さもカミンスキィの性に合っていた。

 ただ、一つだけ苦になっていることがあるとすれば、仕事の都合上、どうしても朝早い出勤になることだった。早起きが苦手で起床ラッパに散々痛い目にあったカミンスキィからすれば、7時には始業というのはなかなかの鬼門だった。

 今日も遅刻ギリギリに出勤したカミンスキィは、移動の車中で断続的な眠気に襲われていた。外に出てゴミを回収するのは彼の仕事なので現場に着いてしまえば問題ないのだが、移動中はどうしても眠くなる。だが、隣で表情一つ変えずに運転しているベテランの先輩社員の横で欠伸を、あまつさえ居眠りなどはもってのほかである。

 車が交差点を曲がって狭い路地に入り、次のゴミ置き場が見えてきたころ、眩しい朝日が車内に入り込んできた。昨晩から降っていた雨はすっかり止み、澄み渡る青空は寝ぼけ眼にあまりに毒々しく映った。太陽は既に、街のシンボルである丘の上の教会の上にあった。そして思いっきり太陽を直視してしまったカミンスキィは思わず目をつむる。

「……ありゃ何だ?」

 逆光で目を細めていたガーソンがポツリと呟いたのを、カミンスキィは偶然聞き取ることができた。珍しいな、タクシーに強引に割り込まれても舌打ちしかしないのに。そう思いチラリと瞼を開くと、想像だにしない光景が広がっていた。

 

『子どもたちに綺麗な地球を残そう!』

『ゴミの埋め立てにNOを!』

『AfGは環境破壊を許さない!』

 

 気合の入ったプラカードと横断幕を持った集団がこちらに迫ってきていた。

 さっきまであんな集団いなかったのに、どこから!? 状況を飲み込めないカミンスキィに先んじて危険を察知したガーソンは急ブレーキを踏んでギアをバックに入れるも、後続車がピタリとついていて下がれない。焦ったカミンスキィが窓から身を乗り出して車間距離の近い後続車に怒鳴り声を上げた。

「バックだバック! おいあんた、前から変な奴らが近づいてるんだ! 悪いけどすぐに下がってくれ!」

 しかし、後続車は動かない。たまりかねたガーソンがクラクションを連打する。

「聞こえてんのか!? いい加減にしてくれ! おい!!」

 後続車の応答は、実にわかりやすいものだった。エンジンを切り、ドアが開かれ、中から同じプラカードが出てきたのだ。

「あー、テステス……。我々はAction for Green、地球のために戦う環境保護団体です。ゴミ収集車を運転中の二人、すぐに車から降りなさい。抵抗しなければ危害は加えません」

 とうとう前方集団から拡声器片手の脅迫が始まった。カミンスキィとガーソンは互いに顔を見合わせ、速やかに作戦会議を行った。

「どうする?」

「どうするもこうするも、二つに一つです。大人しく出ていくか、鍵を締めて閉じこもるか」

「でもあいつら、何人か鉄パイプ持ってなかったか? それに銃を持ってる可能性だって……」

「てことは、立てこもろうとしてもガラスを割られてすぐにお終い、と……」

「…………」



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Monday 11/Mar/2061 7:50

 数分後、まるで敗残兵が投降するかのように両手を上げた二人が車から降りてきた。

 そのままゆっくりと歩き、ゴミ置き場の横で並んで立つよう指示された。パッカー車は怪しい集団の人間が乗り込み、同じくゴミ置き場の前に停車させられた。

 ようやく落ち着き始めてきたカミンスキィは、突如現れたこの集団をゆっくり観察することにした。

 頭数は20人くらいで、どうやら横断幕やプラカードを持っていた連中はこの狭い路地に面した小道に潜んでいたらしい。確かに、この通りはスラムの一角に位置しているから一日を通して人も車もほとんど通らない。周囲の住民もあまり良い商売をしていないから官憲を呼びにくい。成程、待ち伏せには絶好のポジションだ。一方、腑に落ちない点もある。彼ら彼女らは果たして、ゴミ収集車を襲ってどうするつもりなのか、さっぱりわからない。

 先ほど降車するよう脅迫した女性は、今度はマイクを持ってパッカー車の前で演説をぶっている。何やら動画を撮影中のようだ。カメラマン以外のメンバーはパッカー車を取り囲んで相槌やガヤを入れている。肝心の演説はというと、ニュースやラジオでよくやっているゴミ問題の焼き回しを、大袈裟な身振り手振りで感情たっぷりに表現しているだけだった。若干“盛って”いるがデマというほどではなく、しかし目新しい主張も一切ない。

 一方、先輩のガーソンはというと、すっかり青ざめた顔をして固まっている。まるで捕虜になったスパイみたいな緊張の仕方だ。

「大丈夫ですよ」

 カミンスキィは相棒を元気づけるように語り掛けた。

「すぐに助けが来ますって」

 まるっきり気休めではなかった。車から降りる直前、彼はスピーカーモードにした携帯端末を警察の緊急通報ダイアルにつなげ、胸ポケットに入れて状況が逐次伝わるようにしていた。応対した警官の察しと機嫌が悪くなければ、切らずに状況を確かめてくれるはず……。あとは逆探知して警邏のお巡りさんが一人でも来てくれれば解放されるはずだ。

 ガーソンは表情を変えずに頷いた。人間はこんなに冷や汗をかけるのだな、などと場違いなことを考えていると、例の女性演説家が二人の元に歩いてきた。

「……さて、それでは実際の作業員はどのように考えているのでしょうか。直接聞いてみましょう!」

 いきなり話を振られそうになりカミンスキィの表情からも余裕の色が消える。

「あなたたちは、自分たちが何をしているのかわかっているのですか!?」

 眉間に皺を寄せた演説家にマイクを突き付けられたカミンスキィは恐々と答えた。

「し、市民の出したゴミを集めています」

 演説家はわざとらしく大きなため息をついて見せた。お話になりませんね。と言うと、カメラの方に向き直った。

「いいですか、彼らは有毒性のある化学物質を含む大量のゴミを、郊外の埋立地に捨てているのです! そして、埋め立てられたゴミは土中で分解され、土壌を汚染し、河川から海へとその汚染範囲を広げていきます。その過程において生物濃縮が進むことは言うまでもありません。このような悪行に対して、彼ら加害者はあまりにも無知なのです!」

 わあっと歓声が起こる。そうだ、と檄が飛ぶ。演説家は嬉しそうに手を振って応じた。

 いかん、不味い傾向だ。ここに至ってカミンスキィも本格的に身の危険を感じ始めた。明らかに集団が興奮し始めている。「別に俺たち二人がここに集めたゴミを出しているわけじゃないんだけど」などと言おうものならば磔にされそうだ。握った掌が手汗でびしょ濡れになっている。隣のガーソンなどもはや震えているのか痙攣しているのかわからないくらいだ。

 そして、不意にカミンスキィは彼女たちがなぜ自分たちを襲ったのかを理解した。彼女たちは、ゴミが環境を汚染しているという主張のためではなく、彼女たちが行うすべての行動を正当化するために行動しているのだと。手段のためにとる手段。であるからこそ、彼女たちは目的から遥か遠いところにある手段に熱狂し、次は更なる熱狂をもってより過激な手段に訴えるのであろう。

「あなたたち加害者は知らん顔をしていますが、自分たちの罪の重さをもっと自覚するべきなのです!」

 演説家の矛先が再びカミンスキィに向いた。今度はメンバーの一人がゴミ置き場からゴミ袋を持ってきた。そして袋にナイフを突き刺し、中身を道路にぶちまけた。生ゴミや紙ゴミ、プラスチック、空き缶やビンなどごちゃ混ぜだ。当然、こういう捨て方をする輩はいる。だが全員がこうなわけではない。最悪の時に最悪の袋を開けられたことに、カミンスキィは神を呪った。

「ご覧なさい! こうやって貴重な自然環境を破壊し、人類を危機に陥れていることに―――

 説教じみた演説が前触れなく遮られ、凄まじい衝撃、爆音、熱風が彼らを襲った。

 神を呪ったその口で、カミンスキィは次の言葉を紡ぐことができなかった。彼はただ、彼の社用車が火の玉となって爆発し、辺り一面の人間をなぎ倒しているのを唖然と見ていることしかできなかった。そしていやに長く感じた一舜が過ぎ、彼もまた何が起きているのかを理解せぬまま、猛然と迫りくる爆炎の中に飲み込まれていった。



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Monday 11/Mar/2061 8:05

「Charley, This is George. I got a Jackpot. Over. (こちらジョージ、ジャックポッドを引いた。送れ)」

 みなさんこんにちは、ゲパードM1です。ワタシは今、教会にいます。お祈りのためではありません。ワタシも大多数の人間と同じように神様なんて信じていませんので。コーラップスによる汚染と第三次世界大戦を指くわえて見てただけの神様なんて願い下げってやつです。

 ……ええ、そうです。ここはF02地区のシンボル、街を見渡す丘の上の教会、その屋根裏部屋です。グリフィンは荒廃した世界で衰退した宗教界にも多額の寄付金を納めており、今回はその恩恵に与ったみたいですね。

 ワタシの任務は至極単純。AfGが抗議行動……じゃなかった、襲撃のために足止めしたゴミ収集車を狙撃すること。ただそれだけです。

 初弾は先ほどの報告通り見事標的に命中。今も轟々と燃え盛っています。ワタシの放ったMk211徹甲榴弾がゴミ収集車の天板を貫通し、衝撃力を失った弾頭が車体の中で止まり、遅延信管が作動するとウェルロッドさんが事前に車内各所に仕込んでおいた炸薬を巻き込んで一気に大爆発、という寸法です。まさにワンショットキル。

 そんなエキセントリックな方法じゃなくて時限爆弾にした方が、とも具申したのですが、どうやらAfGのゴミ収集車襲撃計画は複数案あって最後までどの襲撃地点が本命か絞ることができなかったそうです。無線を使った爆破も検討されたものの、標的とされたクリーン・シティ社のゴミ収集の車体に使われている合金が電波を通さない恐れがあり、直接起爆させるしかなかったのだとか。

 ただ、幸いにして全ての襲撃候補地がこの教会から狙撃可能な位置にあったため、この作戦が採用されたとのことです。なんにせよ、うまくいって良かった。

 ……本当にうまくいって良かったのでしょうか。もう一度スコープで現場を覗いてみます。

 爆心地のアスファルトはめくれ上がり、炎上するゴミ収集車はもはや原型をとどめてなく、その真後ろに停車しモロに爆発を受けた乗用車は綺麗に横転しています。車体と道路の間から青白い腕が生えているのが気味悪く、しかしAfGメンバーが固まっていたゴミ置き場の周囲はもっと酷いことになっています。もう誰のものかわからない千切れた手足や飛び散る青白い臓物は所々が焦げています。日光を受けてキラキラ光るバスケットボール大の赤黒い球体は、爆散したフロントガラスを盛大に浴びた誰かの頭部でしょう。まさに阿鼻叫喚の惨状です。

 見るに堪えないのでスコープから目を外します。正直に言うと気分が悪くなってきました。こんな光景を見ちゃったら、もう二度とお肉は食べられないと思います。ヴィーガン生活の始まりです。

≪George, This is Charley. Check remain Ducks. (こちらチャーリー、残ったカモを確認せよ)≫

 ……指揮官からの追加の命令です。生存者を確認せよとのこと。えぇ、またあの地獄を見なきゃいけないの……。

 吐き気をこらえながら三度スコープを覗きます。組織の中心人物がいたゴミ収集車付近は見るまでもなく、動いているのは爆心地から離れたところに一人、えーと二人、三……ってこの人胴体ちぎれてるじゃん。二人、二人……三人…………お、あれは四人目……いやもうじき死ぬなあれ。うん、三人。三人ですね。

「……Charley, This is George. I ripped off all Ducks. 3 Boys wait at a distance the Roulette. (こちらジョージ、カモは全員平らげた。ルーレットから離れていたボーイ三人が待機中)」

≪George, This is Charley. Good job. I'm going to cash the chips. Out. (こちらチャーリー、良い仕事だ。これより換金に向かう。交信終わり)≫

 指揮官は詰めの段階に移行しました。……さてはて、これから指揮官もあの現場に向かうことになるわけですが、鉄面皮のような指揮官でも流石にあの光景には顔をしかめるのでしょうか。ちょっと見てみたくもあります。ウ、もしかしたらェルロッドさんなんか意外に吐いちゃったりして。まあウェルロッドさんはあの現場を見られないので残念です。

 でも……本当にこれで良かったのでしょうか。

 AfGだけではなく、おそらく近くにいたゴミ収集の二人も巻き込まれて死んだことでしょう。近くの建物にいた住民にも死傷者が出ているでしょう。正義なんて御大層なものはワタシにはよくわかりませんが、これがちょっとした殺戮であることはわかります。任務として割り切ってしまっていいものなのでしょうか。いささか良心が痛みます。

 けれど、これでやっと任務終了です。二次集結点で指揮官と合流後、明日には飛行機に乗って帰還できます。遅くとも明後日の夜には寮に戻れるはずです。汚れ仕事はさっさと切り上げて早く帰りたいです。

 ……おや、遠くでサイレンが鳴っています。きっと消防車でしょう。流石にやましいことで溢れかえるスラム街といえども、火事ばっかりはたまらないということでしょう。街中で暴漢に襲われたら助じゃなくて消防を呼べとはよく言ったものです。警察沙汰は関わると余計な迷惑を被るかもしれませんが、火事は放置するだけでもれなく迷惑を被るおそれがありますからね。

 さて、それではワタシはこの辺りでお暇いたします。続きは作戦報告書……は作らないんだった。えーっと、明日のニュースをご確認ください。それではご機嫌よう。

 



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