東方浄華石 ~ Chaotic mist and tender girl (例の饅頭)
しおりを挟む

序章『黒き鬼と幽かなる少女』
邂逅


 まだ雪が融け切らず、肌寒い季節。

 ここ妖怪の山付近の森を楓華(ふうか)という鬼の少女が歩いている。

 彼女は今、ある用事の為に人間の里へと向かっている所だ。

 優しく冷たい風に木々がざわめき、普通だったら割と落ち着けるような状況のはずだが。

 

「うぅ、寒い……。なんで薄着で出歩いてるんだろう、僕……」

 

 ……彼女の薄めの服装ではこの距離を歩いてゆくのはどうしても辛かったようだ。

 今でなくとも夏場になるとまた日差しで辛いことになりそうだが……。

 そんなこの状況に対し、思わず言葉が零れてくる。

 

 そうしてうなだれながら歩いていたその時。

 唐突に付近の草むらからガサガサと音がしてくる。

 

「うん?」

 

 その音に気付いて歩みを止めた瞬間、何かが飛び出す。

 咄嗟に間一髪で避けることが出来たが、頬には刃物が掠めたような感触が残る。

 遅れて頬から喉へと微量の血が伝ったその時に、ようやく斬りつけられたのだと理解した。

 何かと思ってその軌道の先に目を向けると、そこには今まで見た事の無い“何か”がいた。

 

 野良妖怪か? ……違う。

 里の外で過ごしていれば妖怪に襲われるのは割とよくあることというのは知っている。

 だからこそ分かった。いや、本能で察知したと言っても良い。

 

 今飛び出して襲ってきた“それ”は纏っている空気がおかしい。

 明らかに禍々しく、並大抵の妖怪では到底出せないような雰囲気――それどころか、妖怪という“非常識”の枠組みさえ外れた、まさに“異常”と言うべき存在であるようにすら感じられた。

 

 そして、その明らかな殺意の籠った視線は依然として楓華に向けられている。

 

「……っ!」

 

 謎めいたその存在について思考を巡らせるが、今は目の前の状況に集中しないといけない――と、振り切る。

 

 相手も奇襲に失敗したことで作戦を切り替えたのか、こちらの様子を窺っている。

 しかしあの瞬発力、楓華の足では逃げても追いつかれるだけだろう。

 ならば――。

 

「こっちから……行くよ!」

 

 短時間で決めようと、一気に距離を詰めて殴る。

 だがやはり相手の動きは素早く、その攻撃は容易く避けられてしまう。

 

「(速くて捉えられない……どうすれば!?)」

 

 相手は避けた勢いのまま翻弄するように辺りを跳び回り、動きを捉えることができない。

 何とか出来ないかと考える。

 ……が。

 

 この状況を打開する事に気を取られたせいか、凍った地面と木の根っこに足を取られて転んでしまう。

 こうなってしまえば相手の攻撃への対処は先ほどのようには行かない。

 狙いは首元。鋭利な爪から繰り出されるそれは、食らえば一撃で命を刈り取られるだろう。

 

「ッ……!」

 

 怪物の爪は既に目と鼻の先まで迫っている。

 間に合わない。

 

 ――そう思った、その時。

 

「よい……しょっと」

「わっ!?」

 

 腹の辺りに何かが巻き付けられたかと思うと、そのまま横に引っ張られる。

 それによって身体が動き、攻撃を避けることができた。

 

「生きてる?」

「う、うん。生きてるけど……」

 

 引っ張られた方向を見てみると、そこには自分を引っ張ったであろう少女の姿があった。

 彼女の両足からは根元がハート型の青いコードのようなものが生えていて、その途中は閉じた目のようなものになっている。

 そして首にはいかにも手作りっぽい、古ぼけた青のマフラーが巻かれていた。

 ……そんな容姿も気にはなるが、何より不思議ながらどこか優しくも感じる眼差しを向けてくる彼女を前に、楓華は言い知れぬ安堵感を覚えた。

 

「君は?」

「さあ。通りすがりのアサシン?」

 

 そう言って彼女は怪物に近付いて行く。

 しかし怪物は目もくれず、楓華の方へとにじり寄ってくる。

 そうしてすれ違った所で振り返り……。

 

「よ、っと!」

 

 先ほど楓華を引っ張ったのと同じ方法だろうか。

 足から生えているコードと同じような、触手のようなものを右手の指から生やし、相手に巻き付けて振り回す。

 そして、そのままきりもみ回転の状態で頭から地面へと叩きつけた。

 その攻撃をまともに食らった怪物は悶え苦しんでいるように見えるが、まだ息はあるようだ。

 更なる追撃の為、右手の指を元に戻す。

 

「もう一発!」

「ッ!!」

 

 今度は左手の触手で引き寄せ、懐からナイフを取り出して勢いよく突き刺した。

 怪物は堪らず暴れるが、じきに動かなくなって霧散する。

 

「こんなものかな」

「何だったんだろう……。って、それよりも、君は?」

「私? 通りすがりのねーちゃんだよ。さっきとおんなじ」

「さっきと違う。……まあいいか。よかったら名前が聞きたいんだけど……」

「古明地 こいし」

 

 と、その少女は名乗る。

 明らかに人ではないし、あの怪物とはまた違った異質さを感じるが、その名と風貌、そして雰囲気から悪いものではないことだけは感じ取れた。

 

「えっと、こいし? ありがとう、助かったよ」

「いーえ」

「うん。……うん」

 

 まるで何かを確認するかのように、楓華はこいしの目を見つめる。

 しかし少ししてから、ハッとして目を逸らす。

 

「どうしたの?」

「あ、いやなんでも……。じゃあ、僕行くとこがあるから行くね。本当にありがとう!」

「ん。またね」

 

 別れを告げ、楓華は再び歩み始める。

 遠くに消えていくその背中を、こいしはずっと見つめていた。

 

「……楓華」

 

 

 

 

 

 所変わって人間の里。

 先程あのような出来事が起こったにも関わらず、楓華の頭の中はお花畑であった。

 というのも、その思考はあの怪物ではなく、助けてくれた少女に向けられていたからだ。

 

「……可愛かったなぁ」

 

 そう、美少女に会えたという事で頭が一杯だった。

 まじまじと見てたのはこの為だったのか楓華よ。

 バカ。変態。思わせぶりの鬼。

 ……なんて突っ込みを入れる相方なんか居る筈もないので、頭の中には依然として花が咲き続けていた。

 

「いやあ、今日は中々ツイてる。最高の一日になりそうだね!」

 

 ともかく、冗談交じりにそう言うと再び目的地へ歩を進める。

 その行先は墓地だった。

 

「おはよう、来たよ。お父さん、お母さん、彩巴(いろは)

 

 目的は死んだ家族の墓参り。

 長い時を経て書いてある名前すら掠れてしまった墓石を、拭いたり水をかけたりして綺麗にしながら軽く挨拶をする。

 

 二礼、二拍手、一礼。

 神道式の拝礼を終えて、楓華は昔の記憶を思い返す。

 

「あの頃が懐かしく思えるよ。お姉ちゃんや彩巴と一緒に遊んで、帰ったらお父さんが居て。

 でも皆居なくなって、僕だけ……。

 って、こういう暗い話なんてするもんじゃないか。じゃあ僕は――」

 

 と、墓参りを終えて立ち去ろうとしたその時。

 けたたましい咆哮と地響き、そして悲鳴が鳴り響く。

 明らかに只事ではないと分かるほどの不味い空気がその場一帯に流れる。

 

「っ!? な、何……!?」

 

 音のした方向へ向かってみると、そこには高さ数メートルはある巨大な怪物が暴れていた。

 先ほど襲ってきたものと似たような雰囲気を纏わせているが、大きさもパワーもその比ではない事が一目で分かった。

 

「……今日は中々にツイてないし、最悪な一日になりそう」

 

 デカくなって帰って来た怪物に、肩を落とした。

 

 ……そうして楓華が意気消沈していると、怪物のいる方向から里の住民であろう人間が逃げて来る。

 

「な、なんだよあれは! 妖怪なのか!?」

「どうしたの!? 何があったのか教えて!?」

 

 まずは状況を把握しようと話しかける。

 

「それが、よく分からねえんだ。赤黒いモヤが集まりだしたと思ったら突然……!」

「赤黒い……モヤ?」

 

 赤黒いモヤ。

 そのワードがどこか記憶に引っかかるようで、楓華の表情が暗くなる。

 

「何だ、心当たりでもあるのか……?

 とにかく! 俺はもう逃げるが、もし追っ払えるなら頼むよ!」

「あ……うん。気を付けて!」

 

「妖怪は里じゃ人間を襲えないことになってるはずだよね。

 それを破るって事は……やっぱり妖怪じゃないのかな?

 モヤの事も引っかかるけど、今はあれを何とかしなきゃ……!」

 

 逃げる背中を軽く見送った後、楓華は考える。

 モヤの事、そして怪物としか言い様のない何かが里でこんなに暴れ回っている事を。

 そして、妖怪とは違う存在なのだと確信した。

 

 しかしそんなに考え込んでいる暇は無く、ひとまずは目の前の脅威を何とかしようと再び前を見る。

 すると、怪物と――目があるかどうかは不明だが、たぶん顔が合った。

 

「げっ」

「見ツケタ……!」

「え?」

 

 そして、あろうことか喋った。

 いや、それ自体はいい。如何に弱い妖怪だろうと喋る事はあるのだから。

 問題は、明らかに楓華を意識しているかのようなその反応だ。

 

「貴様ヲ消セバ、邪魔者ハ居ナクナル……!」

「うわぁっと!?」

 

 考える暇も無いまま、怪物がいきなり攻撃を仕掛けてくる。

 その体躯からは想像も出来ない素早さの攻撃に一瞬戸惑うが、何とか躱す。

 そして相手の方へ向き直り、ゆっくりと構えの姿勢を取った。

 

「こいつ、でかいのに素早い……。さっきのよりはマシだけど。

 ……でも、そんな事言ったって何とかするしかないんだ。……行くよ!」

 

 

 そうして叫んだこの一声が、これから始まる楓華の長い戦いの合図となった。

 

 

「まずは脚から……!」

 

 怪物の攻撃を掻い潜り、脚へと近づく。

 その勢いのまま乱雑に拳を叩き込む。

 

「食らえッ!」

 

 勢いを付けた鬼の力による殴打が怪物の脚部に炸裂する。

 その圧倒的な力の塊により、大きな脚は貫かれる。

 ……が。

 

「よし、崩れた……!?」

 

 吹き飛んだ傍から、膿んだ肉が擦れるような気持ちの悪い音を立てて再生して行く。

 見る限り、その再生力はとても削って押し切れるようなものではなかった。

 

 驚くべき光景に一瞬呆気にとられた楓華。

 すぐに気が付き動こうとするが、出来てしまったその隙を怪物は逃さなかった。

 

「しまっ――がッ!?」

 

 反応が遅れ、怪物の反撃をもろに食らってしまう。

 楓華の小さな身体は軽く十数メートルほどは飛ばされ、地面に強く打ち付けられて転がる。

 

「力は……見た目、通りか……っ」

 

 その強烈な打撃で大きなダメージを負い、息は絶え絶え。

 何とか意識を保ち、立ち上がる事も出来たが、どうしてもあの怪物に勝てる気がしない。

 そうして二の足を踏んでいたその時。

 

「大丈夫?」

「何とか……。って、こいし? なんでここに……」

 

 仰向けに倒れた楓華の視界に覗き込む顔が一つ。

 それは先ほど道中で助けてくれたこいしだった。

 

「実はずっとついて来ちゃいました」

「えー……えぇ!?」

 

 こいしは楓華にずっとついて来ていたと言う。

 ……という事は、先程の小恥ずかしいというか最悪目を合わせて話せなくなりそうな発言もバッチリ聞かれていたらしい。

 

「あ、えーと……」

「とにかく、今はアレを何とかしなきゃだよ。ほら、起きて」

「は、はい……」

「あと悪態のセンスはもうちょっと磨いた方がいいよ」

「えっ悪態のセンス? というかそっち?」

 

 幸いにも明後日の方向にツッコミが入ったので、溢れ出る微妙な気持ちを抑え込む事が出来た。

 ともあれ恐らく心強い味方が増えたのだから、ここからが反撃のチャンスだろう。

 力強く起き上がり、再び相手へと向き直る。

 

「まあそれはいいとして、どうやって攻めようか。すぐ再生されちゃうし……」

「物理が駄目なら魔力を叩き込む、でしょ?」

「でも僕、魔法なんて使えないよ?」

「そう? 出来るかもしれないよ? ほら、なんかこう、ぐぬぬ……って感じで」

「えぇー……?」

 

 そんなこいしの無茶振りに対し困惑する楓華。

 

「やるだけやってみようか? ほら、相手もすぐそこまで来てるよ」

「……まあ、うん。分かった、やってみるよ。じゃあ、こんな感じで――」

 

 しかし、それしか方法が無いのも事実。

 一でも八でも試してみるしか道は無いのだと、試す事にした。

 

 左手を握り込んで目を閉じ、何かを溜めるようなイメージで左手に意識を集中させる。

 周りの物音も聞こえない程に深く、もっと深く……。

 

「……ッ!?」

 

 すると楓華の左手に何かが集まり出し、やがて炎のような形を取った。

 しかし熱は思ったほどには無く、直感で魔力が可視化される程集まったものだという事が分かった。

 

「あら、本当に出来ちゃった」

「な、なんで……でも、これなら行けるかな?」

「私が合図を出すから、後はお願いね」

「分かった!」

 

 怪物は既に目と鼻の先まで迫っている。

 これ以上里を荒らさせる訳には行かない。この一発で決めなければ。

 その思いのもと、楓華はしっかり相手を見据えて構える。

 

 しかし相手がただ待ってくれる筈もなく、周囲を派手に荒らしながら何度も攻撃を仕掛けてくる。

 対する楓華も構え、避けながら反撃の時を待つ。

 

 すると、こいしは素早い動きに対して思ったより隙が生じている事に気付いた。

 そこを叩くよう、楓華に合図を出す。

 

「ここでこう動くから……あ、今だよ」

「よーし……!」

 

 脚に力を籠め、頭を狙おうと高く跳び上がり、力一杯拳を握り込む。

 狙いは頭の中心。楓華の目は、拳は、しっかりと捉えていた。

 

「こいしの読みが当たってるなら……!」

「――ッ!?」

 

 そうして振り下ろした楓華の拳は怪物の頭を貫き、軽い嵐のような衝撃波を飛ばしながら爆発四散させる。

 こいしの予想も見事に的中してきっちりとダメージが通っているようだ。

 再生する様子も無い。

 

 怯んだ怪物を追撃して確実に仕留める為、着地してすぐ飛び上がり、今度は下から拳を振り抜く。

 

「ぅぉおおおッ!!」

 

 確かな手応えと共に、怪物は声にならない声を上げ破裂した。

 周囲に飛び散った後暫くは動きそうな気配があったが、じきに動きを止めて霧散した。

 

「あ゛ー、倒せたぁー!」

 

 緊張の糸が切れたのか、気の緩んだ表情でその場に倒れ込む。

 

「何とかなったねー」

「……ありがとう、また助けられちゃったね」

「いーえ。それに私は何もしてないもの」

「そうかなあ?」

 

 危機がまた一つ去り、安心して話をする。

 戦っている間は考えもしなかったが、こうして誰かとしっかり話すことはあまりなかったので、中々気分が良い。

 楓華としては、可愛い女の子というのが更にプラスされているのだろうが……。

 

 と、そんな感じで暫くいると、紅白の服を着ている人と白黒の服を着ている人が飛んで来た。

 

「あれ、もしかして先越されてる?」

「みたいだな。お前がどうせ大したこと無いとか言って渋ったからだぜ?」

「なっ、私のせい……!?」

「どう考えてもなぁ……」

 

 何やら二人とも言い争いを始めてしまったようだ。

 この愉快な感じ(?)の人たちは一体、誰なのだろうか?

 ……何にせよ、まだまだ何か起こる事は確定してしまったようだが。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その名は異形

「……で、あんたがその怪物を倒したって訳ね」

「う、うん」

 

 怪物を倒してからほんの少し経った後。

 楓華は今、紅白な人から事情聴取を受けている。

 その人の名前は博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)と言い、博麗の巫女をしているらしい。

 博麗の巫女のことは楓華も知っている。妖怪退治のスペシャリストであり、幻想郷の管理者の一人だ。

 そして一緒に居た白黒な人は霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)と言い、曰く普通の魔法使いだ。

 どの辺が普通なのかは分からないが。

 

「しかし、お前変わってるな。魔力を使うやつなら何処にでもいるが、そんな戦い方する奴なんて初めて見たぜ」

「そう……?」

 

 魔理沙はそう言うが、魔法はもとより魔力の事さえあまり考えた事がなかった楓華にしてみれば、よく分からなかった。

 さておきこの辺りで霊夢の事情聴取も終わったのだが、霊夢は何やら納得したような(?)表情をする。

 

「とりあえずこれで事情聴取はお終いなんだけど、まだ用事があるから博麗神社まで来なさい。必ずね」

「いいけど、どうして?」

「知り合いが連れて来いって言ってた奴と特徴が合ってるのよ。……しかしまあ、なるほど。確かにそのまんまね」

 

 霊夢は楓華の特徴を挙げ始める。

 人間にすると12歳程度の見た目で、額には二本の白いL字型の角が生え、肩程度の長さの癖のある黒髪に紅白リボンのポニーテールが結ってあり、身体には白黒に赤を少し加えたような服と膝の少し上までの丈のスカート、足には茶色のブーツが着けられている……。

 と、確かにそれらは楓華の特徴とピッタリと合致していた。

 

 しかし、そんな詳細に覚えられるほどの事をした記憶など楓華にはない。

 さながら訳も分からず職員室に呼び出しをかけられた小学生のような恐怖を感じていることだろう。

 

「でも僕、道を知らないんだけど……」

「私が案内するわよ」

 

 とは言えそんな重要そうな呼び出しを断る訳には行かない。

 飛べないこともあり、お言葉に甘えて頼らせてもらう事にした。

 

 と、そう決まった所でこいしの事が気になった。

 ここで別れるのも名残惜しいと考えているようだが……。

 

「で、そこに居るあんたも付いて来てもらうわよ。一応この件に関わったんでしょ?」

「来るなって言われても行くつもりですよー?」

 

 霊夢はいつの間にか後ろから絡んできていたこいしを尻目に睨みつつ言う。

 それに対し、こいしは言われるまでもないといった表情で返答した。

 

「という訳で、もうちょっと付いて行こうと思うからよろしく」

「あ、うん!」

 

 こいしが付いて行く事を宣言し、楓華は内心嬉しそうである。

 ある種の下心が満載な気もするが。

 

「中々賑やかな事になりそうだな。なぁ、霊夢?」

「はいはい。私としちゃ、静かな方が好きなんだけどね」

 

 こうして楓華は、こんな愉快な二人の人間との出会いを果たし、博麗神社へと向かう事となった。

 

 

 

 

 

「さ、ここよ」

「やっと着いた……。うあー、寒い」

 

 標高か周囲の環境か、あるいは何か別の力が働いているのか、博麗神社に到着するとより一層肌寒くなった。

 しかし皆はそんな事気にもせずにさっさと神社へと入ったので、楓華も付いて行く。

 こいしも二人とは知り合いっぽい雰囲気だったし、もしかするとここへ来るのも慣れているのだろうか?

 なんて事を考えつつ。

 

「……で、霊夢。用事って何のことか分かってるのか?」

「知らないわよ? 紫は連れて来いって言うだけで何も説明しなかったし」

 

 魔理沙が霊夢に問うと、紫という人物の名前が出て来た。

 どうやら指示をしたのはその人? のようだが……?

 

「ま、直に現れるだろうからもうちょっと待ちなさい。私はお茶でも淹れてくるわ」

「お、じゃあ私も行くぜ。話をするのは二人でも十分だろうからな」

「(茶入れるのも一人で十分だと思うんだけど)」

 

 霊夢と魔理沙は別の部屋へと移動していった。

 それから数分経ち、紫とはどのような人物なのだろうか、怖くないといいな……なんて妖怪らしからぬ事を楓華は考え初めていたが、そんな心配をよそにしてその時は訪れる。

 

「……?」

 

 突然楓華が何かに反応する。

 

「どうしたの?」

「なんか、ぞわぞわする……。なんだろう?」

 

 具体的に言えば、誰かの気配……それも強大な気配がするらしく、数は一つなのだがどこからするかというのは曖昧でよく分からないとのこと。

 例えるなら、位置とかではなく次元を隔てたような……。

 そんな事を楓華が伝えると、こいしは何か納得したような表情をしている。

 

「あー。よく分かるね」

「どういうこと?」

 

 それから一分も経たないくらいの時。

 突然空間が裂けた……というより開いた。

 

「わぁ!?」

 

 奥には暗いような、無数の目玉が中空に浮いている異空間があり、どんな感情を持っているとも取れない眼差しで見つめて来ているようにも感じられた。

 そこから導師のような服装をした一人の女性が顔を出し、気味悪がる楓華を意にも介さず話し始めた。

 

「こんにちは、楓華。……初めましてだったかしら?」

「あ、初めまして……?」

「霊夢から少しは聞いていると思うけど、私は八雲(やくも) (ゆかり)。幻想郷の管理をしている者ですわ。よしなに」

 

 どうやらこの謎めいた女性が霊夢の言う紫という人物らしい。

 後ろの空間も気になるが、楓華にはどうにもこの女性そのものが異様な空気を纏っているようにも感じられた。

 というか名前を知っているのも気になるが、そもそも自分の特徴を知っていたくらいだし気にしない方がいいのかもしれない。

 

「え、えーと……早速なんだけど、話したい事って?」

「あの怪物。貴方にはとてつもなく関係のある事だから話しておこうと思ったのよ」

 

 どうやら今日二度も襲ってきたあの厄介者どもの話らしい。

 そこからは長話だった為要約すると、

 

 1.今幻想郷には瘴気という魔力の亜種のようなものが密かに蔓延している(魔法の森や魔界にも同名のものがあるがそれとは別物らしい)。瘴気異変とでも呼ぼうか

 2.それを素としてあの怪物、名を異形と呼ばれているものが発生している

 3.異形は人間とも妖怪とも違う存在で、そのどちらにも害を与える

 4.このままでは人間が妖怪より瘴気や異形の方を恐れるようになるので幻想郷が割と危険

 5.そこで、それを滅ぼしうる能力を持った楓華に協力を仰ぎたい

 6.ちなみに瘴気自体人間にも妖怪にも悪影響を及ぼしまくってどっちも最悪死ぬから危険だよ

 7.別に断ってもいいけど犠牲は出まくると思うよ。最悪を想定した場合は幻想郷滅亡もありうるよ

 

 ……結構長くなったが、これでも今必要なことだけを話したらしい。

 それでも楓華は意外としっかり話を聞いていた。

 

「えっと……大体理解出来たんだけど、僕の能力だって?」

「そうよ。大型の異形と戦った時、手に魔力を纏ったでしょう? それが貴方の能力よ」

 

 言うまでも無くあの火の事だろう。

 しかしあれは種族そのものの能力という訳ではないのかと、楓華は不思議そうに首を傾げた。

 

「あら。あれは正真正銘、生まれつきの貴方の能力よ。今の所は【魔力を纏う程度の能力】とでもしておくといいわ」

「でも、昔はあんな事無かったし……長く生きてれば一度くらい勝手に出ても良いんじゃないかと思うんだけど」

「それは貴方自身の過去にでも聞いてみなさいな」

 

 ……過去とは。紫は一体、何をどこまで知っているのだろうか。

 今の所飛べない楓華にも特殊な力がある事が判明した事はとりあえず喜んでも良いのだろうが、どうにも気になる発言が目立つ気がする。

 もしかすると思わせぶりな態度を取っているだけなのかもしれないが、楓華には紫が全くの意味も無くそんな事をするとは思えなかった。

 そういう雰囲気のようなものを感じ取ったのだ。

 

「いえ、過去ならそこの貴方もよく知っているのかしら?」

 

 何の意図があるのか、紫は不敵な笑みを浮かべながらこいしを指差して言う。

 ……何故?

 

「え?」

「さあ、どうでしょうね。私は何も覚えてない妖怪ですよー?」

 

 しかしこいしはけろっとした顔をしており、紫の冗談なのかこいしがとぼけているだけなのかよく分からない状態だ。

 ……そもそも何を考えているかも怪しいが。

 自分だけが知らない情報を持つ者同士で話しているような感じで、どうにも話について行ける気がしない楓華であった。

 

「……さて、閑話休題ね。これから貴方のするべき行動を言うわ」

 

 半ば強引な気もするが、紫が話題を変えて本題へ移る。

 楓華も先ほどの事は一旦忘れ、話に集中する。

 

「色んな場所に行きなさい。以上」

「……うん? それだけ?」

「今の所は、ね。他は自分で判断して行動しなさい」

 

 中々に拍子抜けする内容だったが、確かに幻想郷の異変を解決するのにも状況を知っていないとやってられないだろう。

 とりあえずは納得しておくことにした。

 

「と言っても、本当に一人じゃ流石に不安なんだけど」

「丁度適任者がいる事だし、そっちに同行してもらうと良いわ。じゃあ、私はやる事があるからこれで」

「えっちょっ」

 

 楓華が何か言う暇も無く紫は空間を閉じて行ってしまった。

 先ほどまで感じていた気配ももう無い。

 

「……適任者って、こいしの事?」

「さあ?」

 

 訳の分からない部分を山ほど残したまま会話が終わってしまった気もするが、とりあえずやる事がはっきりしているだけマシと捉えるべきか。

 にしても、明確な目的の指定はされなかったため、まずはどう動くか考えないといけない訳だが……。

 

「悪いわね、茶葉切らしてたわ」

「ちゃんと在庫管理しておけよなー。っと、紫はまだ来てないのか?」

 

 そうして悩んでいた所に霊夢と魔理沙が戻って来た。

 タイミングの悪い事に、既に紫が去った後だが。

 しょうがないので言われた事などを全部伝えてみる。

 

「なるほど、大体は理解出来たわ。それで何故か色んなところに行けと」

「まあ、うん。そういう事らしいんだけど、適当に行くのとかじゃ駄目だよね」 

 

 霊夢はちゃんと理解してくれたので、ついでに少し相談も持ち掛けた。

 すると魔理沙曰くおやつ感覚で楽しめる面白い館とやらを始めとした色んな話が出たが、楓華にはまだ早いとかでことごとく却下となった。

 ではどうしようかと悩むが、やはり答えが出ないものは出ない。

 そんな状況の中、霊夢が話題転換を仕掛ける。

 

「ところで楓華は命名決闘……通称で言うなら弾幕ごっこね。やった事は?」

「えーっと、そのものが分からないかな……」

「あー……分かった、まずそこからやりなさい。基礎が出来ないんじゃどうしようもないし」

 

 実は楓華、弾幕ごっこをした事が無いのだ。

 このルールはほぼ幻想郷の中核を担うようなものと言ってもよく、それが出来ないのはちょっと危ないと霊夢は言うので、ありがたく教えてもらう事に――

 

「あ、私は面倒だからしないわよ。それに教えるのなら魔理沙の方が得意でしょ?」

「仕方ないな。じゃ、暇つぶしに私が教えてやるぜ。まずはルールからだな……」

 

 霊夢はしないようだが、魔理沙が教えてくれるらしい。

 少し興味があったのもあってか、ルール部分はすんなり覚えることが出来た。

 

 

 その説明もすぐに終わり、次は弾幕を出せるようになる事から始めるらしい。

 緊張のような、強張るような気持ちを抑え、練習の為に楓華と魔理沙、あとこいしも追って外に出た。

 楓華の最初の弾幕ごっこ(練習)が始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最初の一発、さっさと出発

「まずは普通に弾を出す所からだ、一発な。私に向かって何か弾を撃ち出すようなイメージでやってみろ。本気でもいいぜ」

 

 早速、弾幕ごっこの練習が始まった。

 言われた通り前方に両手を向け、纏うのとは違った感じでそこに意識を集中させる。

 すると何の問題も詰まりもなく、ゆっくりと魔力の弾が形成されてゆくのが分かった。

 これも能力の副産物のようなものなのだろうか。

 

「やっぱり魔力を扱うのが得意なのね」

「えへへ、そうかな……?」

 

 こいしに褒められた楓華は若干嬉しそうで、思わず口角が上がる。

 対する魔理沙も面白い奴を見つけた、というようなにやけ顔を浮かべ、回避の構えを取る。

 

「よし、来い!」

「はあっ!」

 

 楓華は掛け声と共に弾を撃ち出すように力を籠める。

 しかし、思ったよりもきちんとした弾が出なかった。

 

「おっと。なんだ? 遠慮してるのか?」

「あ、あれ……。そんなつもりじゃ……」

 

 自分よりは大きいと言っても、相手は少女。

 無意識にどこか遠慮してしまい、本気を出しづらいようだ。

 

「ははーん、なるほど。……そうだな、弾幕ごっこは例えるなら球技みたいなもんだ。殺しに行かなきゃ死ぬようなもんじゃないから心配すんな」

「……分かった。じゃあ、もう一回!」

 

 その言葉を聞いて少し安心し、今度こそはと力を籠めると、ちゃんと魔力の弾が形成される。

 しっかり狙いを定めて力強く前方に撃ち出すと、そのまま魔理沙に向かって飛んで行く。

 と言ってもまだまだ“弾幕”とは程遠い単発の弾。これは易々と避けられた。

 

「おっ、今度は良い感じだな。もう少し踏み込んだ所もやってみるか」

 

 基本中の基本である弾そのものは大丈夫だと踏んだか、次は複数の弾の同時発射などを叩き込むようだ。

 

 

 

 

 

 ……で、その後何時間か経った後。

 既に日は昇って来ており、もうすぐ昼時である事が分かる。

 

「ぜぇ、はぁ……こんなに疲れたの久しぶりだよ……」

「情けないなあ。私はまだまだ行けるぜ?」

 

 妖怪だし多分体力が無い訳ではないのだろうが、楓華はもうすっかり息が上がっていた。

 能力自体が多くの体力を消費するのか、はたまた楓華の体力が不足しているのか。

 どちらにせよ、ここで一つ楓華の弱点が露呈した事になる。

 

「まあ大体は出来るようになって来た事だし、少し休むか」

「あー良かった、もう動けない……」

 

 楓華は神社の縁側に向かい、座る……と思いきや倒れ込む。どしゃっと。

 そのまま死にそうな勢いとは言い過ぎだが。

 

 そして、そんな休憩の合間にこいしが話しかけてくる。

 何かと聞き返すと、いくつか質問したい事があるという。

 楓華はと言うと、断る理由も無いので聞くつもりのようだ。

 

「墓参りしてた時に言ってた、“お姉ちゃん”って誰? 出来れば一から百まで丁寧にじっくりとっくり教えて欲しいな」

「零から万まで行きそうな勢いだね。……うん、出会った経緯から話すよ」

 

 その質問に、楓華は過去の記憶を探り出す。それは遠い昔の、懐かしい記憶。

 

 お姉ちゃんは実の姉という訳ではなく、昔に世話になったある人物の事だ。

 

「昔、森とかで色々遊んでた事があってね。

 それでろくに道も知らないのにどんどん進んだら迷って、そのまま何日も経ってもう駄目だって時に助けてくれたのがお姉ちゃんなんだ。

 それからはもうお姉ちゃんの事が大好きになっちゃって、お願いしてその後もちょくちょく会ってたんだけど……ある時急に居なくなったんだ」

「そのお姉ちゃんってどんな人?」

「それが、妖怪で優しかったことしか覚えてないんだ。

 あった事自体は覚えてるのに、種族も、顔も、声も、名前さえも忘れちゃった。

 一番忘れちゃいけないと思うんだけどね……」

「そっか……」

 

「じゃあ二つ目。どうしてあなたは、私を“普通に”見られるの?」

「え?」

 

 楓華にはその質問の意味が理解できなかった。

 見る、というのは普通に目で見る事ではないのか? ……と、当然そんな事を考えるからだ。

 

「……何でだろ。分からない」

 

 もしかすると、こいしはそういう妖怪なのだろうか。

 透明とかではなく、何か認識に影響を与えるような……。

 だとすれば、尾行には気付かなかったとは言えこいしを当たり前のように認識し、話していた事は確かに疑問だ。

 

「まあ、それはいいや」

「え、いいの……?」

 

 若干投げやりな感じに二つ目の質問を終え、次に移る。

 次の質問は興味などの事ではなく、根本的な意識の話だ。

 

「じゃあ次、最後の質問」

 

 ……そう言うと同時に、こいしの表情が心なしか真面目な感じになった気がした。

 そして少しの沈黙の後に、最後の質問をする。

 

「あなたは何故、異変解決に協力する事にしたの?」

「理由かぁ。あんな訳分かんないやつに犠牲を増やされたらたまったもんじゃないし、それに……」

「それに?」

「異変に関わって色んな所に行ったら、またお姉ちゃんに会えないかなって」

「……うん。そのお姉ちゃんが聞いたら喜ぶんじゃない?」

「そうだと良いな……」

 

 こんな感じで最後の質問が終わった。

 と同時に楓華は、身体のだるく重い感覚が消えて十分な休憩が取れた事に気付いた。

 早速練習に戻ろうと立ち上がる。

 

「おっ、回復は早いんだな。じゃあ練習に戻るか」

「うん」

「次は格闘戦の練習だ。弾幕ごっこと言っても接近戦で戦う事もあってな――」

 

 次は格闘の説明をするようだ。

 しかし魔理沙自身はそんな格闘とかいう感じには見えないが……?

 と思っていたら、案の定。

 

「で、これは霊夢の方が得意だから任せるぜ。ヘイ霊夢、楓華に格闘戦を教えてやれ!

使用人か! ……ま、いいわよ。魔理沙より手厳しく行くから覚悟しなさい」

 

 そんなやり取りの後に練習を再開する。霊夢も何だかんだ丁寧に教えてくれるようだ。

 そしてそのまま、また一時間ちょっと位経って――

 

 

 

 

 

「よーし、初めてにしては上出来だな。覚えが早いなお前」

「はぁっ、はぁ……あ、ありがと」

 

 また息が上がっていた。

 この能力による体力の消耗との付き合い方は今後の課題となるだろうが、少し休めばすぐ回復してくれるのが救いか。

 

「及第点くらいにはなってたし、今回はこれで終わりよ。スペルカードは自分でなんかこう適当にやったら出来るから考えときなさい」

 

 と言う霊夢に、楓華は練習が終わった事に安堵しつつ神社の中に戻って休憩する。

 そして魔理沙との練習中に霊夢が仕入れに行っていたらしいお茶を頂きつつ、今度こそどこに行こうか決めることにした……が、しかし中々思いつかない。

 あまりに思いつかないせいで、果報は寝て待てをナチュラルに実行してしまいそうになったりしていた。

 そんな折、やはり例の館がいいだろうという方向に話がまとまって来た。

 実際の所どこも初心者向けではないとかで。

 

「やっぱり手軽なのは紅魔館かしらね」

「ああ、やっぱりそこだな。ほら、あのおやつ感覚で楽しめるって言った館の名前だ」

 

 二度も話に上がる辺り、やはりその館が一番良いのだろう。多分。その言葉を信じるならば。

 ともかく、選びづらい所に敢えてこれを選んだことから一押し的な何かであるのは分かった。

 なので楓華は、まずそこに行ってみるという事で方針を固めた。

 

「じゃあ、決まりかな?」

「みたいだね。行こっか」

 

 そうして楓華とこいしが準備を始めた所でツッコミが入る。

 そもそも紅魔館の場所は知っているのかというなんとも的確なものだ。

 当然、二人とも知らないと答える。

 ……こいしは怪しい所だが。

 

「おいおい、仕方ないな。じゃあ私たちが案内してやるぜ」

「たち、って……。勝手に私を頭数に入れるのやめなさいよ」

 

 そんな状況を把握するや否や、勝手に霊夢を加えつつ魔理沙が案内をしてくれることになった。

 

「一応異変に関わる事なんだ。お前も来るべきだろ?」

「まあ確かにそうだけど……。仕方ないなぁ。じゃ、早く準備して。さっさと行ってさっさと帰るわよ」

 

 こうして霊夢と魔理沙も加わり、総勢4人体制で吸血鬼の住まう館にカチコミする向かうのであった。

 ……なんとなく賑やか(大変なこと)になりそうな予感を抱きながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章『紅き虹の吸血鬼』
騒乱の紅魔館


 時刻は真昼間のちょっと後ぐらい。一行は例の館、もとい紅魔館へと来ていた。

 ……飛べない楓華を抱えながら。

 

「うう、高いのやだ……もう……」

 

 今まで経験した事の無い高さで運ばれ、涙目でガタガタと震える。

 更に冷気をもろに受ける事にもなった為、その寒さも相まって精神的にちょっと疲弊している。

 こいしが触手でぐるぐる巻きで運んだので多少はマシだったようだが、しかし今にも泣き出しそうな状態だ。

 

「泣かないの。こんなので折れてたら異変解決どころか生きてけないよ?」

「そんな事言ったって……」

 

 そうして泣き言を吐く楓華とそれを慰める(?)こいしを尻目に、霊夢と魔理沙はそそくさと中へ向かう。

 ……中華風な服を着てる門番らしき人もいるがなんか寝ててスルーされていた。何なんだろうあの人。

 

「さ、二人とも行っちゃったし早く行こうか」

「ああー……」

 

 触手を巻き付けられたままズルズルと引っ張られてゆく。

 やっぱりあの門番は無視されている。何なんだろうあの人。

 

 ……さておき、門を潜り抜けて玄関。

 あの二人は既に入っているのでそれに倣って入って行く。

 それと同時ぐらいに、若干投げやりな感じで霊夢が大声で名前を呼んだ。

 

「いきなりで悪いわね、レミリア! 来たわよ!」

 

 すると、そのレミリアという人物が……現れなかった。

 代わりにメイドな感じの銀髪の女性がいきなり現れる。

 

「何の用? 今お嬢様は取り込み中よ」

「よう咲夜。……取り込み中だって? 何かあったのか?」

 

 咲夜と呼ばれたその女性に魔理沙が聞くと、楓華にはよく分からない事情などが語られた。

 

 霊夢の適当翻訳によると、なんか今この館の主であるレミリアの妹が大変な事になっててそれの対処に回っているとのこと。

 つまりは今そんな場合じゃないという事らしく、楓華は出直しを提案しようとするが……。

 

「ほうほう、こりゃ来て正解だったな。ちょっと入れてもらうぜ」

「え、突っ込むの?」

「当たり前だ!」

 

 魔理沙が凄い乗り気なので諦めたようだ。

 勝手に立ち去るのもなんか嫌なので渋々。

 

「ダメ。貴方が来ると大体碌な事にならないし。特に今は」

「ケチだなぁ。だが、そんなに押し通られたいならしてやってもいいぜ?」

 

 そう言うと魔理沙は懐から八角形の小さな箱のようなものを取り出す。

 それが何なのか楓華には分からなかったが、なんか武器になるようなものっぽい事は分かった。

 そして、来て早々おっ始めようとしている事も。

 

「……はぁ、さっきも言ったでしょ、今はそんな事してる暇無いのよ。仕方ないから通すわ」

「お、じゃあありがたく通るぜ。さて今回はどんな事が起こるかなーっと」

 

 魔理沙は咲夜のその言葉を聞くや否や、手に持ったソレをしまって館内に突っ込んでゆく。

 多少文句を言いながらも霊夢はそれについて行き、やがて二人とも先に行ってしまった。

 そんな様子を呆れたような顔で見届けた後、咲夜は楓華に話しかけてくる。

 

「……で、貴方。見慣れない顔だけど?」

「あ、えーと。僕は……」

 

 楓華は自己紹介や経緯の説明をする。

 異変解決に協力している事、その関係で来ている事、迷惑かけてすみませんでしたetc...

 

「なるほど。あの二人とは違って多少礼儀はあるのね」

「いやあとんでもない……」

「貴方も来て良いわ。というかアレらよりずっといいし」

 

 どうやら二人よりマシな部類だと判断し、通してくれるようだ。

 むしろ同類と判断されたら心外である。

 

「……ところで今更なんだけど、門番ってどうしてた?」

「それっぽい人なら寝てたよ」

「なるほど、教えてくれてありがとう。後でシメに行かなきゃ

 

 なんかさらっと恐ろしい言葉が聞こえたような気がするが気のせいという事にした。

 それよりも、先ほどから全然喋ってないこいしが気になったので話しかけてみる。

 

「あ、そうだ。こいしは……?」

 

 が、返事は無し。どうやら話をしてる間に先に行ってしまったらしい。

 

「他にも誰かいるの?」

「うん。実はもう一人来てるんだけど……勝手にどっか行っちゃったのかな」

「そう。……まあ、妖怪なら大丈夫よ」

 

 不穏な間があった気がするが、とりあえず楓華はこのまま咲夜に連れられて先へ進む事にした。

 

「ところで、私は十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)。よろしく」

 

 

 

 

 

 一方、こいしの方はと言うと。

 一人先に進んだこいしは、なんかある意味衝撃的な光景に立ち会っていた。

 

「オラッ、バカ姉! ぶっ飛ばす!」

「ちょっと性格変わり過ぎじゃないかしら!?」

 

 そこには吸血鬼の姉妹が喧嘩をしている姿があった。当然攻撃の応酬付きで。

 しかしこいしは臆する事もなく、隅っこでのほほんと観戦していた。

 

「わあ、どっちも強いねー」

 

 こんな感じで、一人で修羅場に来てると言うのになんとも暢気だ。

 ……暢気過ぎて、流れ弾の回避も忘れてしまったようだが。

 

「こりゃ見てて飽きな……あ」

 

 ピチューン。

 流れ弾に当たり、哀れこいしは撃沈。

 部屋の端で暫くおねんねする事になりましたとさ。

 

 

 

 

 

 ……時間と視点を戻し。

 楓華は咲夜に連れられて歩き、やがてある一つの部屋に辿り着く。

 

「さあ着いたわ。この先が事の起こってる部屋よ。……そうね」

「な、なに?」

 

 咲夜は品定めするように楓華を見つめる。

 そして何かを決めたかのような表情を見せた後、口を開いた。

 

「お嬢様に加勢してくれないかしら」

「……ええっ本当にいきなり!? なんか凄い音するし! というか咲夜じゃ駄目なの?」

 

 きっぱり、無理と言われました。散らかった各部屋の掃除で忙しいとか何とか。

 本当にいきなりすぎるこの依頼に驚いて一瞬ポカンとした楓華だが、もしドンパチしているなら真面目に怪我人が出そうだとも思ったので、お人好しを発動させて受け持ってしまった。

 

「この扉の先が修羅場だから、何とか頑張って」

「う、うぇ~……」

 

 色々と明度の低めな思いを胸に抱きながらも、楓華は修羅場へと足を踏み入れる。

 

「お邪魔しうっわ」

 

 するとそこには中々の惨状が繰り広げられていた。

 クレーターの出来た床、壁、天井。破壊され飛び散った家具の数々。

 そして倒れているこいし。

 感想として、“これはひどい”の一言に尽き果てた。

 

「もはやこれまで……ぐふっ」

「もう、バカ……」

 

 度重なる訳の分からない出来事の上に古明地ひんしと来てさすがに悪口が漏れる。

 しかしこの間数秒。ここでやっとお二人との会話が交わされる事になった。

 

「ん……? え、誰!? 今妹の相手で忙しいのだけど!」

「メイドさんに修羅場を収めようとぶち込まれた通りすがりのコモン妖怪です……」

 

 コウモリみたいな翼をした方に話しかけられ、状況が状況だけにヤケクソ気味に自己紹介をする。

 

「ええ……。いや、あー、分かった。この際誰でも良いわ、ちょっと手を貸しなさい! 妹が狂暴かつ凶暴になって大変なのよ、なんか妙に強くなってるし!」

「分かってる!」

 

 一方虹色の翼をした方は敵意むき出しな感じで話しかけてくる。

 

「お前も邪魔しに来たのか。成敗してやる!」

 

 見た目は可愛らしいのだが、それに全ッ然似合わない言葉を投げつけて来た。

 こんな状態なので、仕方ないかと一応身構える。

 

「さあフラン、観念しなさい!」

「うるせー! 禁忌『レーヴァテイン』ッ!」

 

 姉の言葉にも耳を貸さず、フランと呼ばれた彼女は早々にスペルカードを宣言した。

 すると彼女の手の中に炎の剣のようなものが現れた。多分これをレーヴァテインと言うのだろう。

 そしてそれを横薙ぎして攻撃するが、対するレミリアも素早く避けて反撃の体制に移る。

 

「本当に性格変わり過ぎよ! 神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

 

 今度はレミリアの手に紅い弾が現れ、それを高速で投げつけると槍のような形になってフランの方へ飛んで行く。

 しかしそのまま当たるはずもなく、レーヴァテインで弾かれた。

 

 更に荒れる部屋と所々ぶち抜かれてゆく壁。こうなったら普通に動けなくなるものだが、そんな楓華の様子を見てレミリアが言葉を掛ける。

 

「ほら、何か無いの? 援護射撃とか!」

「あー、えーっと、考えてみる……」

 

 とは言うものの、まだスペルカードの一つもない。

 疲労の問題もあるし、こんなのが相手では援護射撃なんかしても雀の涙ほどの戦力にもならないだろう。

 格闘戦にしても、もうなんか見るからに駄目だ。

 ……そんな感じに悩んでいると、タイミングが良いのか悪いのかこいしが起きて来た。

 

「助け、要りそう?」

「……うん、必要。要りそうじゃなくて必要。僕には無理だこれ」

 

 折角起きた事だし、どうしようもないのでこいしに助けを求める。

 頼み事を請け負った上でのこれとは中々情けないものだが、もう起こってしまった事はしょうがない。

 

「貴方誰と話して……なんか居た」

「うん、本当に情けなくて申し訳ない。後はこの、こいしになんとかしてもらって」

「わ、分かったわ……?(何の為に来たのかしら)」

 

 そうして楓華が加わると思われた戦いには代わりにこいしが加勢し、優勢になる――

 と思われたが。

 

「あ……」

 

 二人に気を取られて隙を見せてしまったレミリアはフランに接近を許してしまう。

 そしてフランがおおよそ攻撃とは思えない動きでレミリアに触れたその時、レミリアは黙って楓華達の方へと向き直り……。

 

「ぶっ飛ばす!」

「え゛え゛!?」

 

 驚愕の声を上げる楓華(と平然としているこいし)。

 どうやらフランの狂った行動が何故か伝染してしまったようだ。

 

「さあ、次はお前らだ! 覚悟しろ!」

 

 フランがそう言うと、二人一斉に弾幕を展開する。

 なんとも強力で厄介な敵が増えてしまったが、どうせ今戦えるのはここに居る正常(?)な二人のみなのだ。やらない訳には行かない。

 

「濃っ!? 密度が濃っ!?」

「ひょいひょい~、っと。ほら頑張って、ここで負けたらゲームオーバーよ」

 

 回避に苦戦する楓華をこいしは……多分励ましているのだろう、うん。

 ともかくそうして割と難なく避けたようにも見えるこいしは、ここで反撃を開始する。

 

「本当は吸血鬼(あれ)と格闘戦なんて無謀なんだけどね。楓華はこっちの方が得意そうだし、お手本見せちゃうよ」

「えっ大丈夫なの!?」

「どうだろうね? でも結局楓華も戦わなきゃ駄目になっちゃったし。という訳で……」

 

 こいしはナイフを取り出し、触手に変化させた指を巻き付ける。

 そうして先が尖った鞭のように振り回して薙ぎ払うように二人に向かってぶん回す。

 しかし吸血鬼の素早さは尋常ではなく、易々と回避された。

 

「こんな感じ。次楓華の番だよ」

「しょうがないなあ。あんまり気は進まないけど……!」

 

 それに乗じて楓華も、念の為腕に魔力を纏いつつ一気に駆け寄って拳を振るう。

 しかしやはりその攻撃が当たる事は無く、とは言え攻撃を受けるでもなく、互いの攻防が暫く続いた。

 ……そして何分かの時が経とうとしていた頃。

 

「駄目ね。この程度で私達を阻もうなど、五百年くらい早いわ!」

「ぜぇ、はぁ、力が違いすぎるよ! これ勝てるの!?」

 

 楓華はもうすっかり息が上がっていた。

 こいしは割と余裕そうな感じではあるが、攻撃を当てる事も出来ていない為いつかは押し負けてしまうことだろう。

 ずっと膠着状態が続いており、相手もいよいよ痺れを切らしたようで。

 

「さあバカ姉! 叩き落とすわよ!」

「ええ、地獄まで墜としてやるわ!」

 

 そう言うと、二人で天井を蹴って勢いよく楓華の脳天目掛けて殴り込みに来た。

 その攻撃は先ほどまでよりもかなり素早く、避けられそうにない。

 

「あっ、死んじゃうかも……」

「ごめん助ふぎゃあッ!!」

 

 こいしが看取る中で楓華は頭上からの打撃を食らい、勢いよく床を突き破りながら姉妹ごと階下へと潜り込んでゆく。

 残されたこいしがその穴を覗き込んでみると、その下には――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

図書館弾幕戦争

 時間を巻き戻し、霊夢と魔理沙。

 レミリアの所に行くかと思いきやそんな事はなく、こっちの二人はある場所に足を運んでいた。

 

「何してるのよ、こっちはレミリアのとこじゃないでしょ?」

「何、って。ここに来たからにはやる事は決まってるよな?」

「いや全然。私はさっさとあいつのとこ行きたいんだけど。楓華の事も気になるし」

 

 得意気に(?)返す魔理沙に対し、霊夢は露骨に不満そうな顔を向けた。

 一応、異変と楓華のあれこれは気に掛けているらしい。

 

「つれないなあ……おっ、ここだここ。図書館。私は漁って行こうと思うが、お前はどうする?」

「……まあ、ついてくわよ。勢いで死なれても嫌だし」

 

 あっちはあっちで気になるが、魔理沙を一人にしたら何するか分かったもんじゃないのでついて行く。

 

 暫く歩いていると、やがて大きな扉の前まで来た。

 それを魔理沙が押すと音を立てて開いて行き、二人はそこから入ってゆく。

 

「監視の目は無し、だな。行くぜ霊夢……って、おい?」

「パチュリー入るわよー!」

 

 そんな柄じゃない。

 そう言わんばかりに魔理沙の隠密的ムーブを意に介さず、霊夢はずかずかと広大な図書館の奥へと足を踏み入れて行く。

 

「……何の用?」

 

 霊夢の発言に何となくダウナーで不機嫌そうな声が答える。

 この大図書館の主、パチュリーだ。

 

「仕方ねーヤツだなぁ。パチュリー、また本借りに来たぜ!」

 

 そんな魔理沙の言葉を合図にしたかのように、パチュリーが怒気を強めながら現れた。

 

「来て早々死にたいようね」

「はっはっは。それほどでもないぜ!」

 

 そんな様子を見た魔理沙はやる気満々に構える。

 対するパチュリーもやれやれといった感じで迎え撃つ姿勢を取る……

 

「……まあ、持ってくなら持ってくで勝手にすればいいわ。今忙しい所なのよ」

「あー? やけに諦めが良いな」

 

 かと思いきや、そんな事にはならなかった。

 いつもだったら一悶着ある所、今日のパチュリーは少し大人しい。

 いや、大人しいだけなら普段通りだが、それよりも気になるのは諦めが良い事だった。

 これはもしかすると、と霊夢は訊く。

 

「あんたも咲夜と同じような事を……。もしかして“取り込み中”?」

「……分かってるならさっさと用事済ませてさっさと帰りなさい。しっしっ」

 

 話が早いと言わんばかりに速攻で切り上げ、追い払うような動作をする。

 しかしそんなので追い払えるならどれ程楽だったか、霊夢も魔理沙も一向に去らない。

 

「断る。ただでさえ今異変が起こってるのに、更に何か問題でも起こされたら堪ったもんじゃないわ。実際なんか起きそうだし」

「なるほど、こりゃ何か起こるぜ。霊夢の勘はよく当たるからな」

 

 と、全幅の信頼が込められた言葉……かは定かではないが、魔理沙が言う。

 いつも近くで見ている魔理沙でこそ尚更その事を知っているのだろう。

 そして、そんな魔理沙の予想だか経験だかもまた当たる物のようで。

 

「もう、仕方ないわね。せめて邪魔は――あっ」

 

 響く轟音。

 何かと3人が見上げた時、天井に大きな穴が開いているのが見えた。

 霊夢と魔理沙は一瞬何が起こったか分からなかったが、とにかく何かマズそうである事は分かった。

 

「……くっ、破られた!」

「あー、そうだな。通気性が良くなって良いんじゃないか?」

「集中緩ませておいて悪い冗談……って、え?」

 

 パチュリーの声に前を向き直ると、そこにはレミリアとフランに頭をぶん殴られて倒れている楓華の姿があった。

 

「なんで二人とも? それにこいつ誰?」

「何だ、凄い怒ってるな。それに楓華が下敷きだ。怒らせたか?」

「いや、怒ってるのはさっき言ってた案件の事だから違うと思うわよ」

 

 どうやらレミリアが暴れるのと楓華という謎の人物が紛れ込んでいる事は予想外だったようで、パチュリーはぽかんとしている。

 しかし相手は待たず、依然として殺気を緩めない。

 ……魔理沙と霊夢は静かに構えた。

 

「まあ話は後だ。どうやら勘は当たりみたいだぜ、霊夢。準備は良いか……っと!」

 

 姉妹は弾幕を放ち、それに反応した霊夢と魔理沙は素早く飛び退く。

 そしてすぐさま体勢を整えた霊夢は相手の方を向き直って言う。

 

「そっちこそ。……落ちるんじゃないわよ!」

「分かってるぜ!」

 

 その言葉と同時に左右に展開すると、レミリアは霊夢、フランは魔理沙に付いた。

 どうやら分離させて個別に撃破する流れで行くつもりのようだ。

 

 

 

 

 

「おう、何があったのか知らんがそんなイライラすんなよ!」

 

 魔理沙の方は箒に跨って飛びながらフランに言葉を投げかけるが、依然として様子は変わらない。それどころか攻撃の勢いは増すばかりだ。

 こちらも早めに決めようと、最初から全力で行くようだ。

 

「逃げないでよ……怖くないから」

「いやあ、怖いぜ。くわばらくわばら。なので速攻で決めさせてもらう。魔符『ミルキーウェイ』!」

 

 魔理沙がそう宣言すると、構えた八角形の箱から星の形をした弾が次々と放たれて行く。

 発動は素早く、その魔力の弾が直撃したフランは落ち……ずに向かってくる。

 ダメージはそこそこ負っているようだが、勢いは多少削れただけのようだ。

 

「甘いわ!」

「全く、吸血鬼っていうのは頑丈過ぎて困るぜ。とは言え、いつも以上な気はするけどな」

 

 続く攻撃の応酬、そしてまたもや犠牲になる部屋の床やら壁やら清潔やら。

 しかし戦況は未だ動かず、決定打に欠けている。

 このまま行けば持久戦で押されてしまう事は明白であった。

 

 さて、そんな激しい戦いを繰り広げている最中に、図書館の主であるパチュリーと倒れている楓華は一体何をしているのかと言うと。

 

「せめてこれ以上被害を広げないように、それぞれ障壁で囲わなきゃ……ああ、何でこうなったんだか」

「う、うう。頭痛い」

「あっ起きた。耐久力あるのね。早速質問するけど、誰?」

「楓華……あの二人の連れみたいなもんだよ」

 

 頭から血を流しつつ起き上がる楓華。

 パチュリーはそれを見ると、単刀直入どころかギロチン的な話の早さで問う。

 寝起きには少し酷なものとも思えるが、楓華はきっちり答える。

 

「パチュリー・ノーレッジよ。で、貴方何か出来る事ないの? 霊夢はいいけど魔理沙がちょっとキツそうよ」

「え?」

「まあ、私としてはどうでも良いんだけど。どうせ死んでも死なないだろうし」

 

 まだ少しぶれている視界で見ると、霊夢は多少苦戦はしているものの問題ない程度には戦えているのが分かった。

 しかしそれに比べてみたら、魔理沙も中々良い戦いではあるものの若干ジリ貧に見える。

 

「……援護に行くよ」

「行ったら魔法障壁で閉じ込めるわよ。次やられると最悪死ぬし、集中の為に外からの口出しも出来ないからそのつもりで」

「大丈夫、分かってる!」

 

 上階での戦い(?)は予想外の展開により散々な結果だったが、それを知った今なら何とかなるかも……と考え、楓華は魔理沙を援護しに行く。

 ……今度は邪魔とかしないように気を付けながら。

 

「お、楓華。もう起きたのか」

「うん。なんか押されそうに見えたから援護しに来たよ」

「あー? 私が押されそうだって? その通りだよ、援護頼むぜ」

 

 楓華が範囲内に踏み込んだ直後、パチュリーの魔法障壁が周りを囲むように展開され、双方ともに逃げ場を塞がれる。

 完全に金網デスマッチ状態となった。

 

「またお前か! 今度はそこの白黒共々、真っ二つにかち割ってやる!」

「相変わらず口悪いね!? 本当にやりそうなのがタチ悪いよ!」

 

 先ほどからよく出る異常なまでの口の悪さに若干引きつつも、魔理沙の隣に立って前を見据える。

 そしてがっしりと身構え、攻撃を避け(あわよくば当て)る準備をした。

 

「はっ、良いな。やってみろよ。……ただし」

 

 魔理沙は面白そうな、不敵な笑みを浮かべ、フラン……いや、恐らく別の存在であろう何かに向かって語り掛ける。

 

「倒れるのはお前が先だ。そんでフランを解放してもらうぜ」

 

 楓華には何のことか分からなかったが、その言葉につられてよーく見てみると、確かに少しだけ異様な気配が感じ取れるような気がする。

 ある意味、吸血鬼そのものが異様とも言えるが。

 何かあったのかと気になって聞いてみた。

 

「もしかして、元々はこんなんじゃない?」

「少なくとも私にはそう見えるな。こんな狂犬じみた奴じゃなかったはずだ」

 

 どうやら本当に何かあったらしい。

 もしかすると異形に関わる事なのだろうか。……だとすれば尚更放っておくことは出来ない、と楓華はより一層気を引き締める。

 もっとも、放っておくとしても既に逃げ道はないが。

 

「さあ、前置きはここまでだ。第二ラウンド行くぜ! 楓華もな!」

 

 楓華はその言葉に頷き、手始めに接近戦を仕掛ける。

 ほんの少しでも牽制になれば儲けものだが……。

 

「ちょっと痛いかもしれないけど……!」

 

 案の定余裕で避けられた。何度も攻撃を仕掛けるがやはり当たらない。

 それどころか、相手にスペルカードの宣言を許してしまう。

 

「遅い! 紅魔『レッドスパーク』!」

「うわ!?」

 

 一瞬で距離を取って両手に魔力を溜めたかと思うと、それを思い切り放って来た。

 それは極太の紅いビームのような形を取り、二人を焼き尽くさんと迫る。

 

「恋符『マスタースパーク』ッ! スペルカードをパクるとは、いよいよ別人だな!」

 

 魔理沙がそれに対抗する為に同じくスペルカードを宣言すると、八角形の箱から虹色の極太ビームが放たれる。

 それは相手のものと激しくぶつかり合った後、相殺して押さえ込む状態に落ち着いた。

 そこから発生する衝撃波は凄まじく、強い気迫と魔力を放っている。

 

「う、うわあ……似てる?」

「前にフランにもコレを見せたことがあってな。あいつの中に居るヤツはそれをパクったらしい」

 

 発動の動作が似ていることに疑問を抱いた楓華が問うと、魔理沙はそう答える。

 結果的にその暇つぶしが自分の首を絞める事になっているが。

 

「……おっ」

 

 さておき、二つのビームの中から何とか相手の動作を観察した魔理沙は、相手が動けない様子である事に気付いた。

 

「見てみろ、相手はアレに力込めてて動けないみたいだ! ……同じく私も動けないが。代わりにやってくれ」

「分かった、やってみるよ!」

 

 今まで何回も避けられているので少し躊躇いはあったが、意を決して近付く。

 そして腕に魔力を纏い始めると、大型の異形を倒した時のように火の形を取り……

 

「もし瘴気にやられてるなら……はぁッ!!」

 

 そのまま勢いよく打ち込む。

 相手も止まっていて、狙いも正確だ。

 今度は絶対に外すまいと、楓華の腕が渾身の一撃を放つ。

 

「ふんッ!!」

 

 だが楓華の思いとは裏腹に、金属を殴ったような鈍く鋭い音が鳴り響く。

 見てみるとフランは片方の手をこちらに伸ばし、魔法障壁のようなものを張っている。

 展開された赤黒いそれは、またもや楓華の攻撃が失敗した事を意味していた。

 

「またか!」

「くそっ……魔力でも吸われてるのか?」

 

 ふと魔理沙の方を見てみると、マスタースパークの勢いが弱まってきており、そろそろ限界である事が分かる。

 

 このままでは魔理沙が持たない事は楓華でも容易に理解出来た。

 どうにか出来ないかと必死に考えるも、自分一人では出来ない事が多すぎる。

 このままでは、負けてしまう。

 

「助けが必要そうだね」

「っ、こいし!?」

 

 突如楓華の背後からこいしが現れる。

 今までどこで何をしていたのかと楓華は気になったが、それを声に出して問う前にこいしは話し出す。

 

「あの床の穴の一つ下に厨房があってね。プリンが置いてあったから食べてきちゃった。なんかフランドールとか名前が書かれてた気がするけど美味しかったよ」

「えっそれは」

 

 ……その時、フランが驚愕したような顔を見せ、周りの空気が変わるのを感じた。

 そしてレッドスパークも障壁も中断し、じっとこいしを見つめる。

 

「……」

「てへ」

 

 刹那、フランはこいしに殴りかかる。

 しかし狙いは上手く定まらず、こいしのふわっとした動きで回避される。

 床には大きなクレーターが出来、打撃と衝撃波で轟音が響く。

 その勢いのまま底知れぬ怒りを灯した目で見つめ、言った。

 

「コンティニューしたく無くなる位、ぶっ飛ばしてやる!」

 

 普通の状態であれば怒っても仕方のない所、フランは怒り狂った

 ……よくよく見るとうっすら目に涙を溜めているようにも見えるし。

 何というか素の部分が出てるようにも見えるし、相当恨めしいのだろう。

 

「こいし、それはちょっと……罪深くない?」

「そーだ! 一発でコキュートス行きよこんなの!」

 

 敵味方よくわからない事になったが、それ程食べ物の恨みは恐ろしいのだろう。

 とそんな状況をポカンと見つめていた魔理沙が一言喋った。

 

「……何だこれ」

「何だろうね……?」

「まあ、何だ。良く分からんがチャンスらしいぜ?」

「あっ本当だ」

 

 魔理沙は若干呆れながらも指示を送る。

 そしてそれを受け取った楓華はこっそりとフランの背後へと忍び寄り、魔力を纏った手をかざす。

 

「……はぁっ!」

 

 そのままフランの内側に潜む何かを押し出すように力を込めると、反対側から黒いモヤが吹き出して霧散した。

 すると、元気よくこいしに文句と攻撃を浴びせていたフランが突然意識を失ってその場に倒れる。

 霊夢の方も片付いたようで、それを見届けたパチュリーは魔法障壁を解除した。

 

「よし……なんとか、なった……」

 

 楓華も疲れていたのだろう。

 何とか無事に終わった事に安堵し、倒れ込んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狂乱の理由と甘い嘘 ~グルメを添えて~

「……はっ!? 痛……!」

 

 楓華は目を覚ました。と同時に頭に痛みを感じる。

 魔力の使い過ぎと疲労と殴られた影響のトリプルコンボだろう。

 正直ダル過ぎて動きたくない気分だったが、今の場所は把握しておかなければなるまい。

 そう思い横になったまま辺りを見回すと赤い壁や天井が見え、館の中のどこかであろうという事が分かった。

 その流れで自分の体にも意識を向けてみると、布団が被せられているといった事も分かる。

 誰かしらに寝かされていたのだろう。

 

 一通り見回した事で安心し、ふかふかで暖かくて気持ちの良い布団のせいもあって呑気にも二度寝してしまいそうになるが、それを許さないかのように横の方から気配がした。

 顔を向けてみると、こいしがベッドの横の椅子に座ってこちらを見ている。

 

「あ、こいし……おはよう」

 

 軽く目をこすりつつようやく起き上がった楓華は、こいしに挨拶をする。

 するとこいしは軽く手を振って返してくれた。

 

「何ともない?」

「うん、おかげさまで。方法については何も言うまい……」

「そう。今みんな別の部屋で集まってるんだけど、歩ける?」

「大丈夫、歩けるよ……うわっ!?」

 

 楓華はベッドから出て立ち上がろうとする。

 が、脚に力が入らずによろけて転んでしまった。

 それを見るや否や、こいしは楓華を抱き上げて背負う。

 

「強がりは早死にの元だよ」

「ご、ごめん……」

 

 そうして楓華を連れたこいしは部屋を出て、皆が居るという場所へ向かう……

 

 

 

 

 

 少し歩いて着いたのは食堂。

 中央に大きな長テーブルが置いてあり、その横には複数の椅子が設置されている。

 ここに来るまでに見た物にも言えることではあるが、デザインはどれもこれも高級品らしく、豪華な造りだ。

 特にご飯のいい香りがするという訳でもないようだが、恐らく大人数で集まるのには最適な場所だったのだろう。そこには見たことのある人物が数人座っている。

 霊夢に魔理沙にレミリア、フラン、パチュリー。

 咲夜はレミリアの隣に立ち、まさにメイドな感じの雰囲気をしている。

 門番さんは咲夜の言葉からして多分吊るされたのだろう。

 ……もちろん比喩だけども。

 

 して、楓華はそこに入ると同時になんか自分の方……ちょっとズレてこいしの方になんか凄く鋭い視線が向けられているのに気が付く。

 その視線を辿ってみると、フランが凄いジト目で睨んでいるのに気が付いた。

 理由はお察しで罪深いアレだろうが、それからすぐに霊夢が話しかけて来たので一旦気を逸らされておく事にした。

 

「楓華、丁度良かったわ。とりあえず座りなさい」

 

 こいし共々席に着いてから聞いてみると、楓華が起きるまでの待機がてらフランが暴走したそもそもの原因についての談義と言う名の雑談をしていたらしい事を聞かされる。

 魔理沙が何かに操られていたようであるのを見抜いたことと、楓華の魔力でそれが治ったことから、やはり瘴気や異形に関わることなんじゃないかという予想がなされているようだ。

 楓華にも心当たりはそこそこある上少し気になる事でもあった為、今回の騒動の発端になったとされるフランに対して、そうなる前に何かあったかを聞いてみる。

 

「貴方が来る前に一応言ったんだけど、赤黒いモヤの塊があったから近くで観察してたのよ。興味本位で。そこからの記憶はあんまり無いわ」

 

 ……楓華は項垂れた。

 興味本位で変なものに触られた挙句にあんな暴れ回られる他の住人の気持ちを考えると、何とも言えない気持ちになったからだ。

 

 ともかく、これで瘴気(異形)の仕業であることがほぼ確信出来た。

 憑依紛いの事も可能とは、思った以上に単純ではなさそうだ。

 

「全くもう。いつもは賢明なのに変なところで迂闊なんだから……」

「どちらかと言うとお姉様……ま、いいわ」

 

 軽くレミリアと話した後、フランは部屋に入った時と同じようにこいしに対して鋭い目線を向け、話題を転換する。

 

「で、それはどうでも良いのよ。私はそこの妙に存在感薄いのが犯した罪を追求したいのだけど」

 

 確かに食べ物の恨みは恐ろしいものだが、今言うか。

 ……なんて心の中での突っ込みも露知らず、こいしへの追求を始める。

 が、それは当のこいしが何食わぬ(・・・・)顔で放った一言によって一瞬で終了した。

 

「プリンの事なら嘘だよ。確かに美味しそうだったし、楓華が戦ってなければやっちゃったかも知れないけどね」

「……」

 

 フランは戦った時よりも更に素早く動き、厨房からプリンを取って来た。その速度たるや稲妻の如し。

 次の瞬間には勢いよく席に着いたかと思うと、プリンを腕で抱え込み守るようにして食べ始める。

 その目は依然としてこいしを睨んでいるが、先ほどよりも殺意が幾分か和らいでいた。

 つまり恨みの目ではなく、例えるならば泣き止んだ後のいじけた子供のような目か。

 そんな状況に心なしか皆の目線が生温かくなった気がするが、楓華は明後日の方向を向いて何とか無視した。

 

 閑話休題。

 さてここからどうするかと、ただでさえ乱れているようなものである上にフランの風圧で更に乱れた髪を戻しながら、今度は楓華が話題を変えて話し始める。 

 

「えっと、これからどうしよう?」

「そうね……もう遅いし、泊まって行くと良いわ。助けられた恩もあるし」

 

 そう言ってレミリアが提案をする。

 生まれてこの方他者に泊めてもらうという経験が無かった楓華は、何か悪い気がしてしまい言葉を渋る。

 

「私からは貴方の能力が気になるって事で、軽いお願いとして言わせてもらうわ。魔法にも活かせそうだしね」

 

 が、フランのお願いで泊まっていく事にしたようだ。お願いされては仕方がない。それに能力の事は楓華自身も気になる。

 こいしは言われなくともそうするつもりだったような雰囲気をこれでもかと醸し出している。

 中々に厚かましい。

 

 と、そう決まった所で霊夢と魔理沙は席を立った。

 

「じゃあ、そういう事なら私たちは一旦帰るわ。別口で探りも入れたいしね。行くわよ魔理沙」

「おう。これから忙しくなりそうだ。……あ、そうだパチュリー。本借りてくぜ」

 

 どうやら、やる事があるらしく。

 楓華は少し名残惜しさを感じたものの、霊夢が遠回しに言った“いつでも来なさい”という趣旨の言葉で吹っ切れたようだ。

 こうして魔理沙に対し両中指を立てるパチュリーを背に二人は去って行く。

 

 そこから、短い間の紅魔館生活が始まる事となった。

 

 

 

 

 

 また部屋へ移動して。

 ふと窓から外を覗いてみればすっかり日は沈み、暗くなっている。

 しかし眠くなってくるだとかそういう事はなく、不思議と目は冴えていた。

 ……色々考えるべき事はあるものの、フランの質問攻めが始まった為に思考を切り替える事となった。

 

 その内容はと言うと、“魔力を纏う以外に何か出来るのか” “物質の創造なんかも出来るのか” “魔力が変わった動き方をしているのが気になる”などといった、能力に関するものばかりだ。

 

「ねえ、どうなの? ちょっとやってみてよ」

 

 言われるがまま試してみる。

 まずは手を起点に道具か何かを生成してみたり……

 

 が、駄目。

 出来そうな雰囲気はあるのだが、いまいちコツが掴めない。

 

「出来ないなぁ……」

「纏えるのが分かった時はどうだった?」

 

 ここで、朝にあった事を思い出してみる。

 確かあの時は、何かを左手に溜めるように集中して……

 と、ここで楓華は気付いた。まずはイメージする事が大事なのだと。

 当たり前と言えば当たり前だが、殆どの事は最初から直感で出来るものではないというのは失念しがちな事だ。

 一度別のことが出来てしまえば尚更。

 

「そうか、これなら――」

 

 その気付きを元にもう一度試してみる。

 具現で言うならば……例えばこいしが持ってるナイフとか。

 そのイメージを強めながら、広げた両の掌に意識を向けて集中する。

 

「もう少し……っ、駄目だ!」

 

 掌が光って魔力が集まり始めた感覚はあった。

 しかし集中力か、あるいは体力が不足しているのか、完全に形にする事が出来ずに消えてしまった。

 

「あ、一応出来そうね」

「うん……だけどまだ慣れが必要みたい。もうちょっと強くならなきゃ」

 

 楓華は面目ないと苦笑した。

 

 ……と、ここで楓華のお腹が鳴り、強い空腹感を感じる。

 同時に今日は何も食べていなかったという事を思い出す。それではお腹も空くというものだ。

 

「あら」

「あ……えへへ」

 

 こうして自らの腹から音が鳴った事に照れたその時、突然部屋の扉が開く。

 そちらに目を向けてみると、こいしが何か運んで入って来ているのが分かった。

 

「やっほー。キッチン借りてご飯作ってきちゃったよ」

「あっ嘘つき影薄青目玉

 

 楓華の視線に合わせてフランも気付いたようで、目が合うなり変なあだ名で呼ぶ。

 が、それを意にも介さず、こいしは部屋に備え付けられていた机にご飯を置いて楓華に向き直った。

 

「さ、楓華。どーぞ」

「(天使かな?)」

 

 かなりお腹が減った今の楓華にとって、こいしはこの上なく救いに見えている事だろう。

 至って普通な顔で上記のようななんか変な事を考えながら席に着いた。

 既にその赤い目は犠牲者を捉えた獣の如く、爛々と輝いている。

 それでいてここからは喰らうのみと言わんばかりの静けさを醸し出してい――

 

「ねえ、なんか瞑想(迷走)してるんだけど。いつもこんな感じ?」

「さあ? 会ったの今朝だし」

「えっ今朝?」

 

 ――二人の会話を耳に入れる気も無しに、楓華は食事を始める。もちろんいただきますを言ってから。

 メニューはハムエッグに焼いたパンと言うまでもなく晩飯には不相応なものだが、その味は驚く程上質なものだった。

 程よく焼かれた白身は丁度良い焦げと弾力を持ち、一方黄身はよくやる“三分の二熟”みたいなものではなく、きっちりと半熟でとろとろだ。

 これにハムの塩気も加わり、枯れ果てた塩分の最低必要量を大きく上回る形で満たしてくれる。ような気がする。

 パンも絶妙な焼き加減に仕上がっており、外は焦げないぐらいにサクサクな上に中はふっくらとしていて、焼きだけでもその技量を推し量る事が容易なほどの仕上がりになっていた。

 そのようにして口に広がる味は優しく、言うなれば実家のような安――

 

 ……とにかく、溢れ出る女子力を舌で感じられるいい味だった。

 

 楓華はその至福の時間(ディナータイム)を満喫するべく、多めに用意されたそれらを一口ずつ、丁寧に味わって食べて行く。

 

「もう一人分あるよ。あとプリンも」「食べる」

 

 こいしはそんな楓華をほんわかした顔で見つめながらフランに言ったが、即答である。余程プリンが好きなのかこやつは。

 して、そのプリンの味――

 

 ……そんなこんなあって食事が終わった。

 二人共ご満悦な様子で、完全に餌付けされている。

 片付けもさっさと済ませてあり、中々仕事が早い。

 

「美味しかった……すごい美味しかった……」

「料理上手なのね……結構やるじゃない」

 

 こんな二人をのほほんとした顔で眺めるこいしだが、段々うとうとしてきた。

 朝から楓華について来ている上に二人(レミリアもだが)が気絶していた間もずっと起きていたようで、もう睡魔が襲ってくる頃合なのだろう。

 

「……フラン、お腹一杯になったらなんか眠くなる事ってない?」

「あるわ……晩ご飯食べるとすぐ眠くなる」

 

 とは言え気絶と睡眠は別物で、それでは疲れもあんまり取れない。

 追って二人もすぐにうとうとし始めた。

 

「まあ、寝たい時に寝るのが一番よね……ああ、移動するの面倒だし今日はここで寝るから。おやすみ……」

 

 と話しつつフランは眠りに落ちてしまった。

 こいしに至っては既に寝てしまっている。

 

「あ、二人とも寝ちゃった。じゃあ僕も……あっ」

 

 まだ起きてた楓華は睡魔で頭がよく回らないながらも気付いた。

 ベッドは今この部屋に一つしかなく、かといってそこまで大きくもない為、二人が使うぐらいで限界だろうと。

 ……今現在世話になっている館の主の妹を変な場所で寝かせる訳には行かないし、かと言ってこいしが良いかと言われればそんな筈もなく。

 二人をベッドに寝かせて掛け布団を掛けてやった後、楓華は何処で寝ようかと考える。

 

 で、辿り着いたのが床で寝るという奇策。

 何も眠くてハイになった結果の奇行という訳ではなく、やはり横になって寝たほうが良いと思ったからだ。

 経験上その方が疲れもよく取れた事が多いし、何より寝やすい。

 汚くなるという考えも出たには出たが、眠気がもう限界に達していたのでもうどうでもよくなっていた。

 そして、そのまま意識は遠のいていき――。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

妹様と館巡り

「温まったぁ」

「よし、上がったわね。……床で寝るとかどういう神経してるのよ、ほんと」

 

 早朝の紅魔館。

 楓華は今、フランに連れられて風呂にぶち込まれて上がって来た所だ。

 何故かと言えば知っての通り、床で寝ていたからである。

 土足の部屋の床で寝るとかマジありえねーのである。

 

「ベッドが一杯で……」

「気にせず自分が使えば良かったじゃない」

「だって女の子床に寝かせる訳には行かないし……」

貴方は女じゃないの?

 

 妹様の自由なお言葉に参りつつも言い返すが、楓華も楓華でごもっともな指摘を受けることになってしまった。

 

 といった話も程々として、今日の行動の方針を決める事に。

 勿論このまま帰るという訳はなく、折角来たからにはここの住人との交流もしておきたい所だ。

 

 ……が、何処から回れば良いのかが全く分からない。

 フランにしてもついては来るが案内とかをする気は全くないらしいので、とりあえず自分の興味のままに動いてみる事にした。

 

 

 

 

 

 で、辿り着いたのが紅魔館地下に位置する大図書館。

 改めて見回してみれば背丈の数十倍はある本棚に様々な書物が保管してあるのが見え、それらのジャンルは娯楽用のライトな本に学術系の難しい本、果ては魔導書とかなり幅広い。

 これだけ揃っているのを見ると早速何か読みたくなるが、それは図書館に再び訪れた喧騒によって先延ばしにされた。

 

「ちょっ、待ちなさい!? ここで爆裂魔法なんて放ったら――」

 

 叫ぶパチュリーの声を遮るように響く爆発音。

 そこから遅れて本がぼてぼて落ちる音とページがめくれる音が短い間隔で断続的に鳴る。

 何事かとそちらへ向かうと、そこにはうつ伏せに倒れるパチュリーと魔導書を持って浮いてるこいし、そして本が抜け落ちた本棚に散乱した本の数々が目に入った。

 

「……何やってるのかな!?」

「おはよー。ちょっと適当な魔法をね」

 

 とこいしはゆるく微笑むが、その被害はそんなに大きくないとは言え、どう考えても“適当な魔法”程度のものではなかった。

 一応床のちょっとしたひび割れ以外大した地形の破壊も本の焼失も無く、むしろ不思議なことにその全てが無傷だったが、本そのものは散乱してしまっている。

 

「ああ、思い出した。地底の……道理で魔力も強い筈だわ」

 

 パチュリーは気だるげに起き上がった。

 怪我は無いようだが、周囲の散乱具合から結構可哀想な事になっている。

 

「むぎゅー……全くもう、また片付けなきゃ。片付け始める前までだったら勝手に本読んでていいから、そいつしっかり見といて」

「う、うん……」

 

 そう返事する間に近付いてきたこいしをガッチリ制するようにして本探しを始めた。

 とは言っても、何を読むか決めていた訳ではない。

 ただ何か良さそうな本は無いかと適当に探しているだけである。

 

「楓華、これ」

 

 そんな楓華に対し、フランは一冊の本を差し出す。

 

「これは?」

「“(バカ)でも分かる! 魔法の基礎”。パチュリーとその他数人のおふざけで書いたやつよ。まさか誰かに読ませるとは思ってなかっただろうけど」

「うわ、ありがちでポップなタイトル……なんでこれを?」

「魔力が扱えるのなら魔法は使えるのかな、ってね。まずは読んでみて」

 

 言われるがまま本を開き、中身を読み進めて……行こうと思ったが、こいしを抱えたままでは読めないのでフランが本を開いて見せてくれる。

 そこには……

 

「“世界には層があり、今見えている物理の層とは別に魔法や精神が働く心理の層が存在する。これらは相互に作用して世界を構成し――”……へぇー、そんなものが」

 

 ……などといった色んな基礎知識が分かりやすく書かれ、タイトル通り頭がそんなに強くない(幻想郷比)楓華にもすぐに分かった。

 頭が春の巫女(博麗霊夢)すごい人(????)などと本の中で呼ばれている人物によって言及された第三の“記憶の層”なるものの存在といったものにも少し触れられていたが、基礎においては必要ないという事で割愛されていた。

 そして初心者用の呪文まで完備と、入門書として中々至れり尽くせりだ。

 これなら子供とまでは行かないが、まずまずの教育を受けていれば人間でも簡単に魔法を習得出来るだろう。

 

「魔法ってこうなってたんだね」

「理解は出来たみたいね。じゃ、実践しようか」

 

 初心者用呪文のページを開いて見せる。

 そして楓華は言われるがまま、そこに書いてある通りに唱えた。

 

 ……唱えたが、発動しない。

 何度も何度も唱えたが、やはり発動しない。

 どころか、その前兆すら見受けられないのだ。

 

「あら」

「あれー? やっぱり何処か間違ってたりは……」

「たった一行よ、こんなにやって間違える事は無いはず。というか聴く限り合ってた。それに魔力だってしっかりあるように思えるし……でも、なるほど。これはこれで」

 

 今のところ尽く特異な体質を見せてくれる楓華を、フランは興味深そうに見つめる。

 

「魔力を感覚で扱えるから、技術や知識で扱う魔法は回りくどくて出来ないとか?」

 

 楓華に抱えられたままこいしは意見を提示した。

 実際のところ魔法に必要な要素の大半は運が占めているらしく、とは言っても能動的に作用させる為の技術などは必要とされてくる訳であるが、それを楓華は何気なく行えるので魔法の形式じみた動作は回りくどいのだと。

 

「確かにその可能性もあるわね。あるいは単におバカだったり、運がないだけだったり」

「ひどー……ってそれじゃあ僕、魔法使えないの? それはちょっと……いや結構ショックだなぁ」

「そんな魔法も要らなそうなインチキじみた能力持ってるのに?」

「だって、魔法唱えて発動するとかかっこいいじゃん……憧れじゃん……」

 

 普通に考えれば片手間で発動出来るのもそれはそれでかっこいいものなのであるが、楓華はお気に召さなかったようだ。

 ……そんな、なんともお気楽な楓華の考えにフランは呆れた。

 

「あー、お楽しみのところ悪いんだけど。そろそろ図書館の大掃除始めるからどっか行って」

 

 そんなこんなしていた所で、パチュリーが少し声を上げる。

 昨日の弾幕ごっことは名ばかりの戦闘やこいしの魔法ぶっぱで色々散らかったり崩れたりした事の後始末だ。

 

「ああ……うん、ごめんね。何か手伝えることとか……」

「いい。ある程度の勝手を知らない奴には任せない事にしてるから」

「わ、わかった……じゃあ別の所行こうか」

 

 フランに本を戻してもらいながら言い、図書館を後にした。

 

 

 

 

 

「次はどこに行こうかなぁ」

「そうだねー」

 

 楓華とこいしが呟く。

 というのも本を読みながら次の目的地を考えようとしていた訳で、そこを中断せざるを得なくなったから当然と言えば当然である。

 ……一応弁明しておくと、こいしが散らかさなくても遅かれ早かれ同じことになったはずなので、そこは間違わぬよう。

 えっ散らかした事自体? いやまぁその。

 

「行き先に困ってるなら、お姉様に悪戯でもしに行けばいいじゃない」

「わあ、面白そう!」

「ならん!」

「えー」「えー」

 

 楓華は当然部屋まで借りた上に(半ば勝手に)食材まで頂いた館の主にそんな事をする訳が無く、二人を戒めた。

 いや、フランはともかくこいしが。

 

「……けど挨拶には行く。色々迷惑とか掛けちゃったし」

「えー?」「えー?」

 

 とは言え何処へ行くか決まった訳でもなく。

 とりあえず挨拶には行くことにした為、結局目的地は一緒となった。

 

 

 

 

 

 で、またまた場所は変わりレミリアの部屋。

 その扉はどことなく重々しい空気を放っており、近づくのが何となく躊躇われる。

 

「おりゃあ!」「きゃっ!?」

「入るわよお姉様!」

 

 しかしそこは身内、フランがストレートに勢いよく蹴り開ける。

 部屋の中にいたレミリアはいきなり開いた扉に一瞬驚きの声を上げた。

 

「フ、フラン。それに貴方達も。何の用かしら?」

 

 楓華は世話になったこと、そして色々な迷惑をかけた事に対する謝辞を述べる。

 それを見て、なんとも当たり障りのないヤツだ、ちょっとぐらいやんちゃすればいいのに……とフランは思った。

 

「……あら、律儀なのね」

「いやー。本当は修理とか色々手伝うべきだったんだろうし、せめて言葉だけでもと……」

 

 それに対しレミリアは、客人だしむしろ助けられたのだから気にしなくていいと言う。

 なんとも懐の深い。

 

 

 して、その光景を尻目にこいしとフランの二人は部屋を回る事にしたようで。

 適当な会話を交わしつつ、タンスなどを物色していた

 これが俗に言う勇者ムーブである。

 勇者じゃないけど。

 どちらかと言えば魔王の方が近いけど。

 

「設置型爆裂魔法でも付けとこうかしら。えい」

「わあ。じゃあ私は凍結にしようかな」

「貴方それ図書館の魔導書じゃない。いつの間に持って来たんだか……」

 

 前言撤回、ただの悪質な悪戯である。

 物色もそれはそれで悪質だが、これはただの悪戯である。というかテロ。

 ……しかし、そんな事を行いながらも抜かりのないフラン。

 今までの様子で気になる事を指摘する。

 

「ま、それは良いけど。ところで貴方、楓華と会ったのは昨日だって言うじゃない」

「うん」

「本当はもっと何か、ふか~い事情があるんじゃないの?」

 

 というのも、会ってすぐというには不自然にも見える点があるからだ。

 それは微妙な距離感の近さだったり、どう考えても楓華にわざわざついて行くようなヤツに見えなかったり。

 たった昨日会っただけにしては妙に感じられるのだ。

 

「どうだろうねー?」

「……ま、言えないなら言わなくても良いわ。そんな知りたい訳でもないし」

「そうする」

 

 しかし、適当にごまかされてしまう。

 とはいえ元々そこまで興味がある訳でもなかったので、食い下がるような事もせずに話を終えた。

 

「ん。そこ、こうした方がもっと強くなるわよ」

「あ、本当だ。……他のとこにもやろうかな?」

 

 

 そうしている内に楓華は……

 

「ところで、出発は今日?」

「うん、一通り回ってからね。あんまり長居しても色々と良くないだろうし」

 

 どうやら話を切り上げる方向に向かっている様子。

 ……館にも部屋にもいきなり押しかけた身であるという事もあるのだろう。

 早めに去るようだ。

 

「じゃあ、そろそろ行こうかな」

「そう。……フランの面倒を見るのは大変だけど、しっかり頼むわよ」

「は、はーい……」

 

 軽く挨拶をし、二人を回収してから部屋を出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

かるーい訓練そして旅立ち

 行き先を考えながら再び館を巡る楓華達。

 なんの変哲もないその辺の部屋とかこの辺の部屋とかばかり目立つが、そうして色々回っていく内にフランの頭に一つの疑問が浮かび上がった。

 

「……一つ重要なこと聞くけど」

「うん?」

「どこまで戦えるの? 貴方は」

 

 とてつもなく重要なことである。

 何故ならこれから異形と戦っていく上で、そうでなくてもこれからまあまあ目立って幻想郷で暮らしていく上で、戦えないと単純にマズいからだ。

 どこかに所属するなりして生きるのであればまだしも、一匹狼な感じではまず生きていけない。

 

「一応弱い妖怪なら多分……だけどそれじゃダメだよね。少なくとも昨日の事を考えたら、お世辞にも良いとは――」

「聞き方を変えるわ。技術はあるの? 武器の扱いとかそういうの」

「あー……」

 

 心当たりはあるらしく、何かを思い起こすように立ち止まって考える。

 やがてしっかり思い出せたのか、語り出す。

 

「そうだ、だいぶ昔に剣術……刀のね。それを少しだけ。……色々と事情があるもんだから、本当に初歩しか出来なかったんだけど」

「え、それだけ?」

 

 本当にそれだけなのである。

 フランは楓華の有るのか無いのか分からない、どちらかと言うと無い方に見えるキャパシティに肩を落とした。

 

「……じゃあ、旅立つ前に美鈴(メイリン)に基本的な部分を教えて貰ったらいいわ。そういう技術、特に素手の技術ならここで一番だろうし」

「美鈴?」

(ホン) 美鈴(メイリン)。よく寝る門番よ」

「あっ、あの人? か。多分妖怪なんだろうけど」

 

 そう言えば、と思い浮かべる。

 確かに門番を任せられるぐらいなのだから、格闘が出来てもおかしくない。

 あとなんか体つきとかが強そうだったし。

 

「じゃあそこに行ってみようか。……ところでこいしはまた何処か行ってるのかな?」

「抱えられてちゃどこにも行けないよ」

「あ、うん……」

 

 

 

 

 

 と、門まで移動して来た。

 見てみると案の定美鈴はぐっすりと眠っていて、どこからどう見ても隙だらけのように見える。

 

「相変わらずの快眠で……」

「ぐっすりだねー」

 

 こいしはいたずらっぽく、楓華は何故か納得したように頷きながら見つめる。

 その光景を流し目に見つつ、フランは日傘を片手に門を閉じ、鍵を閉め始めた。

 

「……あれ、何やってるの?」

「美鈴を起こす為の準備よ」

「ほほう」

 

 こいしはその行動の目指す先を理解したようだが、楓華は頭に?を浮かべているような状態で見ている。

 そして、フランはその答え合わせをするようにレーヴァテインを召喚し、門が壊れない程度に勢いよく打ち付ける。

 かくして鳴り響く甲高い金属音は、美鈴の耳までしっかり届き……

 

「……ッ!」

 

 直後、美鈴は寝たまま反射的にフランに向かい、鋭い突きを放つ。

 フランはそれを剣の腹でしっかり受け止め、そこに美鈴が声をかける。

 

「何者? ここは紅魔館……えっ」

 

 目を覚まし、自らが突きを放った相手が何者であるかをはっきり認識した刹那、数歩後ろの距離に飛び退く。

 そして、地を穿たんばかりの速度で膝をつき手で正確な正三角形を描きながら頭を垂れて繰り出された体勢、すなわち土下座はこの世のどの土下座よりも整い、もはや芸術の領域にまで――。

 

「いや、大丈夫だから頭上げて。そこまでされると逆に困る」

「し、しかし……」

「元々このつもりだから。さあ立った立った」

 

 半泣きになっている美鈴をなだめつつ、フランは二人の紹介と共に事情を話した。

 昨日からこの館に来ている事、弱いけど助けられた事など色々だ。

 中でも、素人ほどに弱いのが気になるので少しだけでも鍛えて欲しいという。

 

「……という訳よ」

「戦いの技術……ですか」

「そう。こいしはともかく、楓華は今のままじゃ頼りなさ過ぎるからね」

「分かりました。ここは私が諸肌脱ぎましょう!」

 

 そう言うと美鈴は教え始め……

 

「と、その前に。教えられる期間によってどこまでやれるか変わってくるけど……どう?」

 

 る前に、楓華に問う。

 教えるのにも時間が要るのだから当然と言えば当然である。

 

「あー……実は今日にでも出発しようかと」

「ふむ……そうなると基本程度が限界かな」

「大丈夫、基本があれば後はきっと何とかなるよ。……基本すら無いのに比べればね。とほほ」

 

 方針が決まった事により、今度こそ美鈴は楓華に教え始める。

 

「まず、拳の握り方からね。まず張り手の状態から親指以外を折り畳むでしょ? そこから握ると指の間に空間が出来ないから堅くなって破壊力も増すし、自分の手も痛めにくいのよ」

「本当だ、すこしやりやすくなってる」

 

 といった感じに教えられる、握り拳や受け流し、受身などの基礎技術を次々とこなしてゆく楓華。

 どうやら、吸収力に関しては高い水準のものを持っているらしい。

 

 

 

 

 

 そこから数時間程度が経った時の事。

 日陰で訓練の光景を眺めていた他二人は、たまーに会話などを交わしていた。

 

「ねえ、何で楓華の戦闘能力を気にかけてるの?」

 

 こいしが問う。

 この後すぐ出発するならばフランが気にすることでは無いはずだ、と。

 

「ああ、それはね――」

 

 ……その理由を言ったフランは何故だろうか、どことなくそわそわしていた。

 

 

 

 

 

「……よし、これで基本はバッチリ。覚えが早い!」

「お忙しい? 所ありがとう、さっきより大分強くなった気がするよ!」

「いえいえ。それに基本とは言えこういう事するのってあんまり無いから、私も楽しかったわ」

 

 やがて訓練は終わり、楓華は基本的な技術を身に付けた。

 期間故に完全ではないが、これで幾分かはマシな戦い方が出来るようになった事だろう。

 後は鍛錬を重ねていくのみだ。

 

「って、あれ? フランは?」

「一旦中に戻ってるよ」

「そうだったんだ。……日差しとかキツかったかな」

「ううん。そういう訳じゃないと思うよ?」

 

 そんなこいしの発言に疑問を呈していると、フランが館の中から出てきた。

 ……何故か鞄を背負い、マフラーまで巻きながら。

 

「遅くなったわ」

「あ、フラン。……その荷物は?」

「このタイミングでこれ、といったらね」

 

 決まってるでしょ、とでも言いたげだ。

 そんな様子を見た楓華は嫌な……という訳ではないが、予感というか予想が付き始めていた。

 

「逃げ……もとい、貴方の旅についてくのよ。不満?」

「いや、不満って訳じゃあないけど……いきなり?」

 

 あまりに唐突な宣言に困惑するが、それを傍から見ていた美鈴は合点が行ったような表情をしている。

 そして、それを不思議そうに見ている楓華に向かい直って話し出す。

 曰く、お嬢様から伝言があるとのことで。

 

「伝言?」

「“妹をよろしく頼む”と」

「あー……うん。まあ、善処しますとだけ」

 

 おてんば(?)二人を抱える事となった不安と新たな旅路への期待が入り混じった感情を何とか制御しつつ、出来うる最大限の返事をした。

 

「そうと決まったら出発よ。色々といつバレるか分かんないもの。咲夜にもよろしく言っといたから大丈夫よ」

「そ、そうだね……」

「さ、善は急げって言うでしょ。早く行きましょ」

「分かったから押さないでー……」

 

 フランは楓華の背中を押し、さっさと出発するように促す。

 やっぱりそわそわしながら。

 楓華は美鈴に手を振り、押されるがまま紅魔館を後にした。

 

「ところでフラン、色々とバレるって言ってたけど、具体的に何したの……?」

 

 聞きたくは無い気もしたが、やっぱり気になるので聞いてしまった。

 

「えーとお姉様の部屋の爆裂トラップ設置でしょ、その前にもやった色んな悪戯でしょ、それから今回の軍資金調達に金庫破りもさっきやったし……」

 

 といった調子で、フランの口から次々と悪行が告白される。

 当然ながらその一つ一つが言及される度に楓華の顔は青ざめてゆく。

 

「なーにやってんの!? それってすっごいやばいじゃない!?」

「大丈夫よ――」

 

 直後に爆音とキンキンに凍りつくような音が響き渡り、続いてレミリアの悲鳴や怒号が聞こえて来た。

 

「フラァァァンッ!!」

 

 この分だとガチギレ、戻ったら半日は拘束されそうだ。

 

「あ、一つバレた。でももう出てるからセーフね」

「何がセーフだいっ! 仕方ないから逃げるよ、もう! ……もうっ!」

「牛?」

「誰が牛か!」

 

 ……もちろんフランに戻るなどという選択肢は無く、楓華も流れのままに逃げ始める。

 そうして全力で走り出し、先行していたこいしと合流した所で、楓華達の旅はまた新たな出発を迎えることとなった。

 

「――改めて自己紹介しておくわ。私はフランドール・スカーレット。よろしく」

「ああ、うん。まあ……よろしく!」

「よろしくねー。フランちゃん」

「……好きなように呼びなさい」

 

 フランドール・スカーレット。

 新たに彼女が同行した事で、一層旅は賑やかになる事だろう。

 とは言え旅を初めてからまだ一箇所、紅魔館しか行っていないが。

 

 ……さて、次は何処へ行こうか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章『白き鬼の刺客、小さな鬼の師匠』
連続妖精辻斬り事件


 寒い。最初に浮かんだ感想はそれだった。

 館を発ったは良いものの、行く場所が思い浮かばないので、とりあえず今は近くにあった湖のほとりを歩きつつ次の行き先を決めようとしている……所なのだが、どういう訳か異常に寒い。

 いくら寒さの残るこの時期とは言え、これはどう考えてもおかしい。

 

「……ね、ねえ。この辺異常に寒くない?」

 

 楓華はガタガタ震えながら二人の様子を見て訴える。

 

「肌寒いわね。場所が場所だし」

「まあ、ちょっと寒いかな?」

 

 しかし長袖にマフラーのこいし防寒具バッチリのフランドールは平然とした顔で答えた。

 一方、楓華は長袖でもないし防寒具もないので、当然とてつもなく寒い。

 

「そ、そう。なら良……くない、これどういう事? この湖は……?」

「霧の湖って呼ばれてる。氷の妖精とかの溜まり場になってたりするから、例え真夏でも冷えるのよ」

「……君の興味がなぜこの湖に向かないのか疑問なんだけど」

「寒いし、何より水辺はあんまり好きじゃないから。その点貴方はどっちでもないし、飛んだ能力持ってるから収穫も多そうという訳。あと、ここまで自由な外出は今回が初めてだし」

 

 フランドールは楓華の観察を続けつつ答えた。

 幾ら彼女と言えど、様々な事情に加えてそもそも目的に合わないという事もあり、調べる意味が無いのだ。

 

 さておき、そうして話しながら歩き続けて数分。

 楓華は更に寒くなって来たので聞いてみる事にした。

 

「ところでその……僕、薄着なんだよね。何か温められたりしないかな……?」

「んー、そうだね。マフラーの長さ余ってるし、一緒に包まってみる?」

「えっ!? い、いや……それはちょっと悪いかな?」

 

 返って来たのはこいしの大胆な提案だった。

 もちろん出来たら嬉しいのだが、流石にそこまでする勇気は楓華には無かったようで、やんわりと拒否しようとする。

 

「……嫌?」

「ちっ、違うよ!? ただちょっとその――」

「良かった。ほい」

「わあ!?」

 

 が、しょんぼりしたような顔を見せるという策により本音を引き出されて包まれた。扱いが上手いものである。

 寒気のせいか、それともこの状況のせいか、楓華の顔は真っ赤に染まっていった。

 

 ……と、そんなこんなしていたその時。

 斜め上、霧の向こう側にうっすらと人影が浮かび上がって来ると同時に声が聞こえてくる。

 

「あー、いた! 妖怪辻斬り女!」

「……えっ?」

 

 そう言いながら現れたのは、水色のスカートと一体型の服を着て氷のような翼を3対持ち、同じく水色の髪にリボンを付けた少女だった。

 そして、その少女は楓華に敵意を向けているようで。

 

「ここで会ったが百年目。あたいがお前を倒してやる! 凍っちまいな!」

「えっ」「わぁ……っと」

 

 放たれる冷気。

 それを察知したのか、こいしは飛び退いて楓華から離れる。

 

「避け……あー」

 

 咄嗟にフランドールが声を掛けるも時既に遅し。

 次の瞬間には、楓華は冷気に直撃して氷漬けになってしまっていた。

 

「よし、仕留めた! あたいの力を見たかっ!」

「情けないわね……ほら、起きなさい」

「あー! 融かすな!」

 

 楓華を凍らせた少女の喜ぶ声が響くが、それを気にも留めずにフランドールは火炎魔法で楓華の氷を融かす。

 威力は強くしていたのか、たった数秒で全身の氷が解けて動けるようになった。

 

「寒……熱っ!?」

「大丈夫かしら?」

「し、死にかけた気がする、けど大丈夫……ああ、濡れて余計に寒い……」

 

 先程より一層震えながら答えた。

 そして、いきなり凍らせてきたその相手に向かって問いかける。

 

「な、なんでいきなり凍らせたのかな……?」

「……自分がやった事も覚えてないの? あんたがあたいの同朋を斬りまくってるからよ。刀でずばーってさ」

「えっ……いや、全く身に覚えが無いんだけど」

 

 勿論とぼけている訳ではなく、本当に身に覚えがない。

 しかし相手は犯人が楓華であるという確信を持っているらしく、問い詰めて来る。

 

「じゃあ、犯人の特徴があんたと全く同じっていうのは説明出来るの? もう何人も同じ証言をしてるのよ!」

「それは出来ないけど、本当に僕じゃないんだよ。……いや……うーん」

 

 奇妙な事に自らと全く同じ姿をしている者が居るらしい事を聞いた楓華は、どこか引っかかるような感覚を覚え、もどかしく感じた。

 同時に、それを聞くなり何時になく真剣な顔をしたこいしが話し始める。

 

「その事件はどの位前から起こってるの? 状態は?」

「つい昨日の事よ。昨日だけでもう何十人は斬られてて、起きられない程弱ってる。皆妖精だから、死ぬとかは多分無いと思うけどね」

 

 その言葉を聞くにつれてこいしの表情が曇っていく。

 どうやら思い当たる節があるらしい。

 

「やっぱり、そうなんだね」

「……何か知ってるの?」

「うん。瘴気に関係する事は確かなんだけど……」

 

 気になった楓華が問いかけてみるが、何か言いにくい事があるのか、途中まで話した所で少し俯き口をつぐんでしまった。

 少し経って、止まった話を進めるようにフランドールが話し出す。

 

「とりあえず、楓華はこの通り刃物なんて持ってないって事実だけは言っておくわよ」

「た、確かにそうだけどさ……」

「でも、それが本当なら調べた方が良いのに変わりは無さそうね。……どうする、楓華? 一応貴方がリーダーみたいなもんでしょ?」

 

 そして、その話を楓華に託した。

 忘れてはならないが、この一行の行動は楓華に依存しているのだ。

 であれば最終的な行動の方針は楓華が決めるべきだろう。

 

「……そうだね。瘴気が絡むなら、多分僕も関わった方が良いんだと思う。それに個人的にも気になる所はあるし。調べてみようか」

「えーと、じゃあ、あたいの犯人捜しに協力するって事?」

「うん。誤解されたままだとちょっと気持ちが悪いし」

 

 気になる事もあるし、調べるべき事だ。

 特に道筋を決めている訳でもなく、ならば関わらない理由はないと、楓華はこの一件について調べる事にした。

 

「あ、僕は楓華って言うんだ。少しの間よろしくね」

「うん。あたいはチルノだよ、よろしく」

 

 と、始める前に互いに軽く自己紹介だけしておくようだ。

 この少女は、先程フランドールが言っていた氷の妖精本人であるらしい。

 

 そうして自己紹介を終え、犯人に遭遇する為の作戦会議を始めた。

 

「それで、仲間が斬られてる大体の時刻って分かる?」

「皆言ってたんだけど、全部バラバラな時間だったと思う」

「じゃあ、時間と場所で絞り込むのはダメか。……どうやって会えば良いのかなぁ」

 

 楓華はまずどんな時間に襲撃して来るか、どんな場所で襲撃されたのかを絞り込もうとした。

 が、法則は特に無いらしく、そういった方法では会えない事が分かった。

 これには楓華も頭を悩ませるが、どうしても良い案が考え付かない。

 そうして詰まっていた所、フランドールが話し始める。

 

「なら話は簡単ね」

「え?」

「襲わせればいいわ」

 

 その言葉に楓華は困惑するが、フランドールは続けてその内容を伝える。

 

「そこに丁度良く妖精が居るじゃない」

「……あたい?」

「そうよ。出現する時間も場所も分からない相手を探すなら、誘き出すしか無いでしょ?」

 

 ……どうやらチルノを囮に使って誘き出すつもりらしい。

 割と危険かつ鬼畜な戦法であるが、それしか有効そうな方法が無いのも事実である為、二人は頷いた。

 

「でも妖精って数多く居るよね。話を聞くに無差別っぽいし、どうやって誘き出せば良い?」

「……そこはあたいに考えがある」

 

 チルノはその方法を考えついたようだ。

 曰く妖精という存在は自然現象の具現化みたいなものであって、ならばその自然現象を強めれば妖精としての存在感をアピール出来るのではないか……という事だ。

 確かに、そうすれば誘き出せる確率はぐっと上がるだろう。

 

「それで……その自然現象って言うのはやっぱり?」

「勿論、これよ!」

 

 勢いよく後ろに飛び退き、辺り一帯に冷気を作り出す。

 やはり凍りつきそうな程に寒く、少し気が滅入ってしまう楓華であった。

 

 その光景を意に介さず、再びこいしとフランドールは話し始める。

 

「とは言っても、現場の近くの方が出会いやすかったりするんじゃない?」

「いや、たぶんその逆よ。恐らくまだ問題を起こしてない場所に出てくる」

「……あー、そうかも。じゃあ案内して貰おうか」

 

 こいしは納得して言うと、寒がっている楓華と寒がらせているチルノの二人を呼びに行った。

 

 

 

 

 

 それから、一行はチルノの案内で妖怪の山付近の森に来た。

 

「ここ。何故かここだけ出て来てないのよね」

 

 その光景を見た楓華は微妙な表情で呟き、それにこいしが答える。

 

「ああ、またここに戻って来るんだ……?」

「帰って来たねー」

 

 何故ならそこは楓華とこいしが出会った場所そのものだったからだ。

 つまる所、この旅が始まった場所に早速戻って来てしまった訳である。

 しかしそんな事を知るはずもないフランドールは、さっさと事を進めようと話し出す。

 

「さて、早速始めるわよ。私達三人はその辺の茂みに隠れながら待機して、相手が来たら一気に叩く。良いわね?」

 

 楓華はその言葉で気を取り直し、四人で配置についた。

 チルノを目立つ場所に立たせた上で、三人はその辺の茂みに身を隠す。

 その中で、フランドールは楓華に作戦の確認を取る。

 

「楓華、相手が出たらまず貴方が飛び出すのよ。それからは殴るか抑えるか陽動でもするか……その辺は任せるわ。で、その後は私とこいしで叩く。良いわね?」

「大丈夫、分かってるよ」

 

 こうしてしっかり確認を取り、いざ作戦決行……と、その前に。

 こいしが気になったフランドールはそちらにも話しかけてみる。

 

「ところでさっきからずっと黙ってるけど、どうしたのよ」

「……え? あ、何でもないよ。気にしないで」

「知り合って一日の私が言うのも何だけど、貴方そんな考え込むヤツだった? ……まあ何でも良いけど。しっかり集中しなさい、やる以上はね」

 

 その様子に疑問を感じつつも、これで恐らく準備は万端になった事だろう。

 楓華はチルノに作戦開始の合図を出した。

 すると先程と同じ……いや、それ以上の冷気の嵐が辺りを包み込む。

 

「うう、やっぱり寒い……もう凍らないと良いけど」

 

 そんな懸念を抱いてから数秒が経つ。

 息を呑み、何時でも動けるように待ち構える。

 

 

 

 

 

 更に数十秒が経った。

 まだ相手は現れない。

 

 

 

 

 

 待機を続けること数分。

 一向に現れる気配がない。

 

 

 

 

 

 そしてとうとう十数分が――

 

「来なくない!?」

「……来ないわね」

「変だねー?」

「ちょ、ちょっと練り直そうか。寒いし……」

 

 楓華が声を上げ、二人も流石におかしいと思ったのか顔を見合わせる。

 あまりに来ないので、一旦中止する旨をチルノに伝えた。

 

 

 

 

 

「全然出てこないじゃない……」

 

 フランドールはその場にあった横倒しの丸太に座り、不満気に言う。

 すっかり季節外れの銀世界と化した森で、再度の作戦会議が始まった。

 

「他に出て来てない場所とかってあるの?」

 

 楓華は再度、情報を整理しようとチルノに問う。

 

「聞いた限りではこの周辺以外に無いわ」

「……ん、綺麗にここだけ?」

「ここだけ。他は多少の隙間はあっても分かりやすく来てない場所ってのは無かったよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、一行に一つの考えが浮かんでくる。

 ここだけまだ来ていないのではなく、そもそも来ないようにしているのではないか、と。

 理由こそ不明だが、可能性は高いだろう。

 

「じゃあここを拠点に、手分けして辺りを探し回るわよ。少しでも誘き寄せられるように広域に冷気を張って」

「分かった。分担はどのようにする?」

「私とチルノ、楓華とこいしの二組で行くわ」

 

 と、フランドールが方針を提示する。

 それに従い、手分けしつつ周囲を探索する事となった。

 

「……あ、これは楓華が持ってて」

 

 フランドールは背負った鞄を外し、その代わりに楓華に背負わせる。

 

「え? 荷物持ち? うん、まあ、良いけど……」

 

 

 

 

 

 楓華とこいし、探し回ること数十分だが、まだ見つからない。

 

「ああ、やっぱり寒い……。本当にこれで出てくるのかな……?」

 

 楓華はまた寒さに震えていた。

 意図的に作り出した冷気の中に薄着で居るとなれば、それも当然のこと。

 ついつい早く終わらせたいという思いが滲む。

 

 しかしそれよりも、楓華にはこいしに聞きたい事があった。

 

「って、そうだ。さっき何か言いかけてたよね? 気になるんだけど」

「それは……」

 

 楓華が立ち止まって質問する。

 こいしは再び何かを言いかけるが、しかしやはり言えない様子だ。

 

「やっぱり、まだ言えない。後から少しずつ、その時になったら話すね」

「う、うん……まあ、言えないなら無理に言わなくてもいいよ」

 

 一瞬困ったような微笑みを楓華に向け、すぐに前を向いて歩き出す。

 謎は深まるばかりだがいつまでも立ち止まっては居られないと、楓華はそれを追いかける。

 

 ……追い付き、再び足並みを揃えて歩き始めたその時。

 遠くから衝撃音が断続的に聞こえ始める。

 方角から察するに、恐らくフランドールとチルノの居る方だろう。

 

「なっ……今のって、まさか!? こいし、行こう!」

「……うん」

 

 楓華はこいしの手を引いて、音の鳴る方へ走り出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪魔の妹と相対するは――

 場面は変わってフランドールとチルノ。

 こちらも数十分探し回っている所だが、やはり現れる気配は無い。

 

「……全然、どこにも居やしない。本当にこれで出てくるの?」

「じゃなきゃ手詰まりだし、とりあえず切りの良い所まで我慢しなさい」

 

 チルノは不満そうにフランドールを見て言うが、そうは言ってもこれ以外に方法は無い。

 いや、あるにはあるが、精々がシラミ潰しに探す事であり、非常に効率が悪い。

 誘き寄せられるなら誘き寄せた方が明らかに早いのだ。

 

 その上で早く出て来るならば更に無駄が削れるというもので、それに越したことはない。

 しかしそんな期待とは裏腹に一向に出てこないこの状況に際して、開いて肩に乗せた日傘をくるくる回して考える。

 

「(楓華と一緒に行動しないのは失敗だったかしら?)」

 

 楓華について来たそもそもの目的。

 今の状況を鑑みても、それだけを考えればなるべく一緒に行動する方が得策だろう。

 ……ただ、かなり頭の回るフランドールも常に理論的・効率的な訳ではなく。

 

「(いや……あんなのを守りながら戦うなんて、面倒ね。それならまだ妖精の方が守る必要もない)」

 

 目的はあれど、面倒はなるべく避けたい。

 接敵すれば、恐らく戦闘は起こる。

 そんな中で非戦闘員も同然な者を守りつつ戦うなど、それこそ面倒だ。

 別に自分がやらなくても、こいしが何とかするだろうという事で半ば押しつけた形になる。

 

 いずれにせよ、さっさと相手が出て来てくれるなら良いのだが。

 とは言っても出てこないものは仕方ないので、考えるのはやめた。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、更に歩くこと数分。

 ようやく徐々に空気が変わり始めた所でチルノが話し出す。

 

「……あれ、他の妖精(みんな)の気配が感じられない。隠れてるか、逃げてる? って事は相手も近くに居る?」

「そう考えた方が楽でしょうね。色々と」

 

 半分冗談めかして言うが、しかし事実として、確実に相手へと迫っているのを感じ始めてもいた。

 一歩、また一歩と進む度に空気が重く伸し掛かる。

 

 

 

 

 

 ――不意に、背後に気配が出現したのを感じた。

 一瞬楓華のそれに似ているとも思ったが、あちらと比べ物にならない威圧感。

 

 フランドールは背後の上から魔法弾を撃ち落とす。

 響く爆音、抉れる地面。

 しかし当たったような感覚は無い。

 回避されたのだろう。

 

 後ろに向き直った。

 

「何だぁ!? ……あー! コイツか!」

 

 少し遅れてチルノも気が付き、振り返る。

 そこに立っていたのは――。

 

「そこの妖精の力を頂こうとしたのだが、館の吸血鬼まで居るとはな。丁度良い、少し楽しんで行くとしよう」

 

 背中の半ばほどの長さの整った白い髪と、白銀色の目。

 額には一本の黒い角が生えていて、服は白黒が反転したようなものを着用している。

 それらを除けば楓華と瓜二つの顔と体格だが、一方でそれとは似ても似つかぬ敵意を纏い、二人を睨みつけていた。

 

「礼儀ってモノを知らないのね」

 

 しかし、フランドールはこの程度の事で臆する事など無く挑発する。

 むしろ現れてくれて助かったとすら思っていた。

 

「ここで会ったが百年目、成敗してやる!」

 

 同時に、チルノも挑発して構える。

 ……が。

 

「威勢が良いのは結構な事だ。だが――」

 

 相手が地面に溶けたかと思うと、チルノの背後に形を取った。

 

「少し眠ってて貰うぞ」

「な……っ!?」

 

 背中から腕を突っ込み、何かの結晶のようなものを取り出す。

 引き抜いても傷は無かったが、チルノは異様に力が抜ける感覚を覚えた。

 

 そのまま背中に蹴りを入れ、弾き飛ばす。

 

「ぐふっ……卑怯だぁ……」

 

 チルノは先にあった木に抱きつくように激突し、後ろに向かって倒れ、そのまま気を失った。

 

「あら、綺麗な蹴り。それで私をやっておけば楽だったんじゃない?」

「折角やるならこっちの方が楽しめるかと思ってな。それにお前も、あの程度でどうにかなる訳ではないだろう」

「よくご存知で。殺されるのも楽しみなら、お好きにどうぞ」

「そう来なくてはな」

 

 その存在は地面に落ちている石ころを拾い上げると、それを一振りの刀へと変形・変化させて構えた。

 フランドールは掌を上に向け、手招きして言う。

 

「さ、来なさい」

 

 その言葉を皮切りに相手は駆け出す。

 目にも留まらぬ速さの袈裟斬り。

 対するフランドールも翼を畳み、身を屈め、左に身体を捻り、回転しながら背後に回った。

 

「言うだけの事はあるわね?」

 

 余裕の笑みで挑発をするが、意に介さず横向きに斬り返してくる。

 しかしそれも、レーヴァテインを地面に刺すように召喚して防いだ。

 

 飛び退いて構え直す相手。

 フランドールは魔法を発動する。

 霧を展開し、陽の光から周囲一帯を覆い隠す。

 

「準備運動は済んだ?」

 

 日傘を閉じて地面に突き刺し、レーヴァテインを地面から抜いて両手で構える。

 ここまでは単なる準備運動、ここからが死合の始まり。

 場の空気が更に重苦しいものへと変わった。

 

「それじゃ……行くわよ!」

 

 強く踏み込み、飛び出す。

 そして、叩き潰すように振り下ろした。

 

「ふんッ!」

 

 相手も引き下がる事は無い。

 刀で十字に受け、そのまま逆に回転し、横を取って逆袈裟で斬り返す。

 フランドールも髪を掠める程の最小限の動きで避け、水平斬りと同時に相手の背後から魔法弾を撃ち放った。

 するとまた相手も逆袈裟の勢いのまま魔法弾を斬り落とし、斬撃は岩盤を隆起させて防ぐ。

 

 ――この短く素早い攻防の中においても、フランドールは思考を巡らせていた。

 隆起させただけの岩盤や先程作り出した普通の刀でレーヴァテインを受け、曲がりも欠けもしないのはおかしい。

 そもそもの話、石ころを素手で刀へと変化させたり、地面と同化したりと、幻想郷基準でも普通とは言えない部分が目立つ。

 

 これだけの情報だが、しかしこれだけ情報があれば予想はつく。

 

「(……魔力に対し、物質。にしても、段違いの習熟と戦闘能力だけど)」

 

 察するに、【物質を操る程度の能力】。

 それを用いて、変化させたり硬度や粘性を跳ね上げたりなどして様々な戦術を取っているのだろう。

 

 しかし、こうして考えている内にも相手は止まらない。

 向きはそのままに刀を逆手に持ち替え、背後の隆起させた岩盤を深々と貫通させて反撃してくる。

 

「……っと」

 

 これもまた素早く避けて距離を取る。

 そして……。

 

「戦闘能力は楓華と全く似てないのね!」

 

 確実に相手の耳に届くように少し声を張り上げる。

 能力の調査は十分と踏んだか、一番気になる部分を確認する為に鎌を掛けたのだ。

 

「――ッ!?」

 

 すると、壁を崩して追って来ようとする相手の動きが止まった。

 

 刀と結晶を落とし、頭を抱えてうずくまる。

 この反応は予想通りにして予想以上、明らかに何かを知っている様子だ。

 

 数秒後、静かに立ち上がる。

 そこで言葉を発する事は無く、踵を返して地面に溶け込み去っていった。

 

 ここまで知れば大収穫。

 見たところ相手が本気を出していたようには見えなかったので、本気を出した場合を考えて追撃などはせずに一旦逃がす事にした。

 無論フランドールも本気を出していた訳ではない為、もし彼女だけで瘴気が祓えるなら勝てない相手ではない。

 が、問題は楓華である。

 現状瘴気に対する唯一の対抗策なのだが、何しろ弱い。

 そんな彼女が本気を出したあの相手に勝てるかと言えば、まず不可能だろう。

 だから、力を付けるまでは引き合わせない事にしたのだ。

 

 そうして一瞬考えた後、おもむろに落ちた刀を拾い上げ、刀身を真っ二つに折る。

 目的は能力によって生成された物品の、再現性の確認だ。

 

「さて、どこまで作れるのかしら?」

 

 断面の構造を確認すると、普通に作った刀と全く同じものである事が確認出来た。

 普通の刀であれば複数ある材質は内部で多少なりとも歪んでいたりするものだが、これは理想そのまま、絵に描いたような断面だった。

 つまり、それほど精巧な物質操作能力を持っているという事になる。

 無論のことだが、その刃に木の枝を擦り付けると簡単に切れ、鋭角も問題なく生成可能である事が分かった。

 

「再現は完璧、切れ味も問題無し。……この位でいいか。処分処分」

 

 刀を地面に捨て、手をかざす。

 すると刀は緊張が解けたかのように、無数の塵となって風に飛ばされていった。

 

「さて、と……」

 

 調査を終えて、フランドールは結晶を回収する。

 それを倒れたチルノの体の上に置くと、溶け込んでいった。

 恐らくこの結晶は妖精の力の塊であり、それが元の体に帰ったのだろう。

 コレを集めていた理由や、わざわざ身体を残して力だけを結晶化させた意味は未だ不明だが……兎にも角にも、数秒してチルノが目を覚ます。

 

「ほら、起きなさい」

「う……アイツは……?」

「逃げた」

「……仇、討ってよね」

「どっちを仇と見るか。……いずれにせよ、その内また戦うでしょうね」

 

 

 

 

 

 少しして、楓華とこいしが走ってくる。

 戦闘の音を聞いたからか急ぎ気味で、楓華の方は鞄も背負っている為か息が切れている。

 

「はぁ、はぁ……大丈夫!?」

「今さっき撃退した。双方無傷だけどね」

「そ、そうなんだ。良かった……のかな?」

「ひとまずはね」

 

 楓華に情報を与えて下手に動かれたら厄介なので、情報共有は後回しにする事にした。

 

「それより、さっさと鍛えた方が良いわよ」

「え? つまり……相手はそんなに強いって事?」

「そんなに、って。貴方、元々大して強くないでしょ」

 

 先程一戦交えた敵は、明らかに瘴気に侵されていた。

 そして、それを根本的に打破する為には楓華が戦うしか無い。

 しかし今の楓華では到底敵わない相手である為、この先戦っていく為には楓華自身が強くならないといけない。

 

「いや、まあ、その。……でも、どうしたら良いかな? ただ適当にやってるだけじゃ何時まで掛かるか分からないよ?」

「博麗神社にでも行ってみたら?」

「なんで?」

「そういう世話焼きを探すにはうってつけじゃない?」

「そうなの……?」

「多分」

「……出発して早々に戻る事になっちゃうけど、仕方ないか」

 

 こうして、博麗神社へと向かうとして方針を固めた二人。

 一方で先程から一言も発していないこいしに対して、フランドールが話しかける。

 

「……で、貴方はどうしたの? ずっと黙って」

「え? ううん、何でもないよ」

「そう? なら良いけど」

「博麗神社だったよね。行こっか」

 

 何かを誤魔化しているような様子。

 しかしフランドールはそこまで興味が無く、楓華も何となくの雰囲気を感じ取って追求はしない事にした。

 

 気を取り直し、一行はチルノに別れを告げて博麗神社へと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

師匠、これって訓練というかただの殴り合いでは?

 博麗神社に戻ってくると、そこには丁度良く霊夢と魔理沙が居たので、楓華を強くしてくれるような誰かを知らないかと尋ねてみた。

 

「なるほど、確かに弱っちいもんねぇ。……魔理沙は何か知らない?」

「知らん。いや、居なくはないが……コイツに合うような奴って言ったらなぁ」

 

 一行から先程起こった事の説明を受けた霊夢と魔理沙。

 何か心当たりは無いかと考えるが、特にそういった人物は思い浮かばなかった。

 

「霊夢がするのは?」

「やらないわよ」

「だよな。弾幕ならいざ知らず、流石に私も鬼を実戦として鍛えるなんて出来ないぜ」

 

 知り合いの多い二人だが、楓華に合うような人物と言うと中々思い浮かばない。

 かと言って自分達が教えるのも無理という事で、中々難航している。

 そんな様子を見て、フランドールが一言。

 

「ま、こうなるわよね」

「えっ……? ま、まあ……そうだよねぇ?」

 

 当然の事である。

 ズブの素人をごく短期間である程度戦えるまで育てられるような人材など、居れば奇跡のようなもの。

 そんなものを求める事自体が無謀なのだ。

 こいしもその様子を見て楓華に問う。

 

「もしかして期待してたの?」

「そ、それはもちろん」

「居るわけないでしょ」

「あぅ……こいしまで……」

 

 半分以上本気で期待していた楓華。

 甘いと言わざるを得ないその考えは、こいしにも突っ込まれてしまった。

 

 しかし、何時でも意外な出来事というものは起こりうるようで。

 

「私の力が必要かい?」

 

 霧が発生し、濃くなる。

 それは神社の縁側で一つの纏まった形となり、横向きに寝転がっている小さな人影へと変わった。

 楓華よりも小さいその人物が誰なのか、楓華以外は分かったようだ。

 

「お、意外だな。萃香」

 

 橙色の髪を赤いリボンで結った、二本の大きな角を側頭部に持つ小さな鬼。

 呑気な酔っ払いに見えながら、それ故の余裕で仰々しくも感じる彼女の事は、この場にいる楓華以外の全員が知っている。

 五人は同じく縁側に座り、話をする。

 

「色々と見聞きさせてもらったよ。そこの楓華ってヤツが出てきた時からね」

 

 彼女が言うには、霧となって楓華とその一行の動向を見守っていたらしい。

 故に、鍛える必要がある事も既に知っているようだ。

 

「えっと……誰?」

 

 しかし楓華は彼女の事を知らない。

 なので、説明を求めた。

 

「おっと、そうだった。私は伊吹(いぶき) 萃香(すいか)だよ。よろしく」

「伊吹萃香……? えっ、まさか山の四天王!?」

「そ。頭に“元”が付くけどね。変な所でもあった?」

「いや、変も何も! こんなサラっと出てくるの!?」

 

 山の四天王、伊吹萃香。

 その名自体には楓華の耳にも聞き覚えがあった。

 

 かつて妖怪の山の頂点に君臨していた4人の妖怪。

 その能力は神にも匹敵するものであり、今や幻想郷最大勢力の天狗達の住処である妖怪の山を牛耳る事が出来ていたという時点で、その実力も言うまでもない。

 この内の一角という彼女は、正しく幻想郷最強クラスの妖怪の内一人なのだ。

 と言っても口伝で聞いた事があるだけで、まさか幼い少女の姿をしているとは夢にも思っていなかったが。

 

「そんな事言ってもねぇ、出てくるってより何処にでもいるってのが正しいし。ほら、霧になってそこら中にさ」

「ほら、って当然みたいに……。その説明で理解出来るならそもそも説明の必要が無いと思うんだけども」

 

 恐らく萃香の能力だという事は推測出来るが、説明されても訳が分からない。

 というか単なる説明不足な感じが大きいが。

 

「いやー、お前も幸運だなー。こんな大物に鍛えてもらえるなんてなー」

「声に感情が籠もってないよぉ!」

 

 そのような大物に思わぬ形で出くわした楓華が驚愕するのを見て、魔理沙は棒読みでからかった。

 

「ははは。……まあ真面目な話、良い師匠ってのは大事だぜ。萃香はその辺未知数な所ではあるがな」

 

 とまあ、そんな感じで顔合わせを済ませた二人。

 しかしその様子を横で見ていた霊夢は、萃香が現れた理由が気になった。

 楓華を鍛える為なのは分かるが、何故萃香なのか。

 具体的には言えずとも、他に適した者だって居る筈だと。

 

「って……どうしてあんたが来たのよ? そんな柄じゃないでしょ?」

「紫に言われたんだよ。何考えてるかは知らないけど、友人の頼みとあっちゃ断れないしね」

「ふーん……」

 

 どこか含みのある言い方で返答する萃香。

 それに気付いてか、霊夢は怪訝な顔をしている。

 

「あれ?」

 

 が、ふと横を見るとこいしとフランドールが居ない。

 二人を探して霊夢は居間に向かった。

 

 それを特に気にする訳でもなく、萃香は楓華の方に向いて再び話し始めた。

 何やら確認したい事があるようで。

 

「ところで楓華、酒って飲める?」

「いや、飲んだ事は無いけど……」

「そっかぁ。じゃあそれも後々訓練メニューに入れとこうかな」

「えっ、なんで……?」

 

 突如、謎の質問に謎のメニュー追加を行う。

 この唐突な行動の真意は彼女を知る者にはバレバレだったようで。

 

「お前それ……酒飲みに付き合う相手が欲しいだけだろ?」

「そうだよ?」

「正直にゴリ押すなぁ。別に私からは止めはしないが。楓華はどうだ?」

「えっと……少しずつ慣らすくらいなら」

「やったあ。未来の喧嘩相手と同じく酒飲み仲間で一石二鳥だね」

「……喧嘩相手!? 初耳なんだけど!?」

「ああ、言いやがったなコイツ。育つまでは我慢しろよ?」

「分かってるよ、勿論」

 

 そんな言葉を耳にしていくにつれ、楓華は食用に養殖されている魚のような気分になったが、あんまり深く考えない事にした。

 幾ら鬼が正直でも冗談くらい言うだろう。

 たぶん。

 

「まあ、うん。……じゃあ師匠、色々気になるけどこれからよろしくね」

「おっ……師匠かぁ。なんかむずむずするね」

「照れてんなあ」

 

 ……なんて話をしていると。

 

「いたっ!」「きゃっ!」

 

 こいしとフランドールのちょっと間の抜けた声が屋内から聞こえてくる。

 それから少しして、霊夢が二人を担いで戻ってきた。

 

「楓華、こいつら勝手に部屋の中物色するんだけど……なんとかして……」

「えっ、何やってるの二人とも……?」

「だってー。私、話に入れない感じだったからー」

「まあ、こいしは仕方ないとして。何でフランも……?」

「日向が苦手だから……そうしたらこいしにつられて……」

「もぉー……仲いいんだから……」

 

 ……あの声は拳骨を一発ずつ食らわせた事によるものだったらしい。

 

「ははは。まあ良いんじゃない? その位活力があるってのは」

「迷惑が掛かる活力は良くないわよ……」

 

 その様子を微笑ましく見ている萃香に、霊夢は疲れ気味なツッコミを入れた。

 

 何はともあれ、一通りの挨拶やら事前確認も済み、いよいよ訓練に移る事となる。

 

「じゃ、先に行っといて。ちょっとしたら私も行くからさ」

「う、うん……分かった」

 

 萃香が言うと、楓華は先程から背負いっぱなしだった鞄を置き、先んじて参道へと移動する。

 

「いってらっしゃーい」「死ぬんじゃないわよ」

 

 こいしとフランドールは手を振ってそれを見届けた。

 その後、魔理沙は萃香に問う。

 

「で、どうだ? 出来そうか?」

「部下は持った事があるけど、弟子なんて初めての経験だからねぇ。

 分からないけど、面白そうだしやってみるよ」

「しっかりやってやれよ。こういう場面って大事だからな」

「まあ任せて、皆はのんびり縁側にでも座っときなよ」

 

 萃香は立ち上がって参道へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

「しかし……改めて見ても変わった組み合わせだね。

 新参者のあんまり強くない鬼に、こいしちゃんに、レミリアの妹か。

 特にその鬼ってヤツは……なるほど」

 

 目の前に立つ楓華を眺め、顔を、目を、何かを見定めるように覗き込む。

 

「な、何かな……?」

「んや、何でもない。ただ、よく似てるなって」

「似てる? 誰と?」

「昔の友人だよ、今はもう居ないけどね。

 ……まあ、そんな昔話は置いとこうか。鍛えたいんだろ?」

「気になる……。でも、確かに鍛える方が先かな」

「そうそう、それで良いんだよ」

 

 萃香は自分のものより高い肩をポンと叩き、内容の説明へと移る。

 

「で、早速なんだけどさ。ちょっと私と戦ってみない?」

「え゛? なんで……?」

「楓華の戦いは見てきた。だけど、ちゃんと身を以て実力を見定めないとね。百見は一触に如かずってやつ」

「いや、聞いたことないって。大体の意味は分かるけど」

「必要最低限くらいに手加減はするから。ほら、構えて!」

「まあ、それだったら……大丈夫かなぁ」

 

 斯くして萃香師匠による楓華へのテスト兼暇つぶしが始まった。

 楓華は覚束ないような覚悟を決め、構える。

 

「全力で来な。能力も使いながらね。なんなら殺すつもりでも良いよ」

「でも、僕の能力って威力に貢献しないんだけど……」

「能力にまだ慣れてないんだろ? だったら慣れていかないと。

 それにもしかしたら、新しい使い道が見つかるかもしれないし」

「それもそうか。分かったよ」

 

 萃香が物凄く強大な存在である事くらい、楓華にも分かる。

 彼女は全力でも受け止めてくれるだろう。

 昨日、里であの異形を倒した時くらいに本気の本気で行く事にした。

 

「まずは攻撃。やってみな!」

 

 楓華は一旦飛び退き、直後に走り込みながら全力で左拳を打ち込む。

 

「はぁッ!!」

 

 一方で萃香はその場から動かず、若干程度に踏み込んでから片手でその拳を受け止める。

 ……するとどうだろう。

 姿勢はそのまま、数十cm程度後ろに下がっただけだ。

 地面には踏ん張った事によって抉れた跡が付いたが、しかし攻撃自体は完璧に受けきっている。

 

「えっ……!?」

 

 全力でも受け止めてくれるとは言え、流石にここまで効かないとは予想していなかった。

 普通なら吹っ飛ぶどころではないはずの一撃だが、そこは流石に元・山の四天王といった所だろう。

 

「なるほど、悪くないね。やり方次第でもっと伸びそうだ。次は……」

 

 萃香は掴んだ拳をそのまま引き寄せ、腹に向かって殴り掛かる。

 

「ッ!?」

 

 紙一重で回避するが、風圧に押されてよろめく。

 当たったらマズいと直感的に理解し、後ろまで飛び退いた。

 

「回避能力も良し、と」

「し、死んじゃうよっ!?」

「大丈夫大丈夫、死ぬ程痛いだけさ。殺しゃしないよ。

 ……さ、次こそ本番。実戦形式で行こうか」

「いきなり実戦形式なんて……」

 

 楓華は露骨に嫌そうな顔をしながら構え直した。

 一度決めた覚悟が揺らぐが……。

 

「いい? お前が今後身を投じるのは、弾幕ごっこよりも過酷な命のやり取りなんだ。

 怖気づいてばっかりじゃ、自分だけじゃなくて仲間も死ぬよ。分かったら覚悟決めな!」

 

 萃香は声を上げ、一喝する。

 今までの数少ない戦いからも分かるように、実際の所、楓華は本番になってからある程度吹っ切れるタイプなのだが、それでも訓練で本番までに鍛えられなければどうにもならない。

 詰まる所、練習にも強くならなければいけない。

 萃香の真意は分からないが、結果的にこれも訓練の内となっているのだ。

 

「そ、それは……」

 

 一体目の素早い異形。

 二体目の大型の異形。

 瘴気に侵されたフランドール。

 そして、対峙する事すら無く力不足と判断された謎の敵。

 思い返してみれば、今までの戦いは殆どアドバイスや力添えあってこそであり、それ以前に学んだことすら殆ど活かせていなかった。

 それは多少なりとも、楓華の心に情けなく思うような気持ちを募らせていたのだろう。

 

「……そうだ。

 こんな所で止まってちゃいけないじゃないか。

 それにもう既に三回も死にかけてるんだ……だったら!」

 

 そんな中での萃香の言葉で奮い立ったのだろうか、今度はしっかり覚悟を決め、力強く構える。

 今度は“受け止めてくれるだろう”なんて逃げ腰ではなく、攻めて“打ち破る”つもりで。

 

「ッ……!」

「そうだ! 勝つつもりで来な!」

「おりゃあッ!」

 

 踏み込んで走り出し、先程よりも重い、迷いの無い拳を打ち込む。

 心做しか纏った魔力も強くなっている。

 萃香は依然として受け止め切っているが、後退距離は少し伸びている。

 

 萃香は顎から脳天を目掛け、抉るように殴り掛かる。

 対する楓華も上体を反らして避け、回転した勢いで腹に横蹴りを叩き込んだ。

 

「ぐぉ……! 今のは効いたよ……っと!」

「うわっ!?」

 

 蹴りは当たり、大きくはないものの確実にダメージが入った。

 が、逆に足を捕まれ、横に振り回して投げ飛ばされる。

 何とか受け身を取って立ち上がって前へと向き直ったが、しかしそこに萃香の姿は無かった。

 

「なっ……!?」

「良いね、気迫が出てる。

 ……じゃあ、私の能力のほんの一部を見せてあげるよ!」

「ど、何処に……がはっ!?」

 

 霧が楓華の横を通り抜け、後ろに萃まって萃香の身体を形成する。

 そのまま飛び蹴りを放ち、楓華を背中から吹き飛ばした。

 手加減有りでも、重い攻撃は重い。

 

「う……ぐっ……そうか、あの霧……!」

 

 ここでようやく、先程萃香が言っていた“何処にでも居る”の意味を理解した。

 つまり、本当に彼女自身が霧となって幻想郷中に拡散出来るという事だ。

 それは同時に擬似的な瞬間移動が可能だという事も意味する。

 

「気付いたみたいだね。まあ、まだそこまで高度な使い方はしないでおくから、思う存分打って来ると良いよ。……出来るものならね!」

「ったた……本当にとんでもないなぁ……!」

 

 よろけながらも立ち上がり、構え直す。

 萃香の姿はまた消えているが、次はしっかりと霧に意識を集中させて備える。

 次に現れるのは……真正面。

 全力で前へと拳を振るう。

 

「――ッ!!」

「……何っ!?」

 

 楓華の魔力が強まる。

 何故だか、力が強化されているような感覚だ。

 いや、これは気の所為ではない。

 確実に力が増している……!

 

「くッ!?」

 

 またしても萃香は攻撃を受け止めた。

 ただし、先程までとは違って両手を使っている(・・・・・・・・)

 しかも、後退距離は数倍にまで伸びている。

 

「な、何が……!?」

 

 その現象が何なのか、楓華自身にも分からなかった。

 だが、また先程の萃香の言葉を思い出した。

 “能力の新しい使い道が見つかるかもしれない”と。

 もしかしたら、これが――。

 

「ほら、ボーッとしてないで構えて! お前が止まっても相手は止まらないよ!」

「っ!」

 

 その言葉で我に返り、構えた。

 やはり姿は無く、あるのは霧だけ。

 手加減ありとは言え、もしかしたらこの勢いで勝てるかもしれない。

 いや、勝てなくとも何か掴めるかもしれない。

 

 再び集中し、攻撃に備える。

 

「――そこだッ!」

 

 また背後だ。

 霧がある程度萃まった所で、出現する直前に拳を振るう。

 狙いは正確だが、しかしその策が仇となった。

 

「甘い!」

 

 萃香は拳から先に形成し、それは楓華の腹に直撃する。

 

「ぐ……ッ!」

 

 更に、遅れて形成したもう片方の手と身体で突き出した腕を掴み、引っ張り、後ろに回り込んで後頭部に裏拳を叩き込む。

 

 その衝撃で楓華の意識は飛び、地面に倒れ伏した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。