剱の呼吸 (MKeepr)
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奏多などのプロフィール

一区切りがついたのでプロフィールと絵を描きました。



燻御(くすみ)奏多(かなた)

 

12歳(プロローグ時点)

16歳(柱就任時点)

19歳(原作開始時点)

 

 鬼の伝承が強く残る地域で孤児として悲鳴嶼行冥に拾われた少年。年齢では孤児たちの中では二番目で、大きくなったら有名な料理人になって稼いでみんなに美味しい料理をお腹いっぱい食べさせることが夢だった。

 鍛治師の老人、日野坂靴槌の包丁で鬼に対抗するも1ヶ月意識不明となり、その間に行冥が死刑になったと聞き無力感に苛まれる。まずの目標として悪い事に使ってしまった包丁の製作者に謝ることにした。

 その後厚意から老人の手伝いをしていたがまたも鬼に襲われ撃退に成功。任務の為やってきていた胡蝶カナエに医療施設に連れていかれ、鬼が普遍的に存在すると認知、これ以上の悲劇を止める為鬼殺隊を志し、剱柱に至る。

 十二の頃に我流とはいえ全集中の呼吸を取得しするなど天性のものがある。

 また刃物の扱いが非常に上手く刃こぼれさせる事がほとんどない。

 

 黒髪黒目。鬼殺隊隊服の上から黒い外套を掛けた全身黒ずくめ。

髪留めの紐と外套留めによる青色のワンポイントと皮のロングブーツがお洒落。

女顔で一見すると女性と見間違うほど。脱ぐとすごい。

 

 気さくな性格で喋りやすい。冗談も通じるが鬼には容赦がない。一度家族を失った為家族とその思い出をとても大切にしている。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 日輪刀

非常にわかりにくい鋼色の日輪刀。

半ばから両刃となる切っ先諸刃作り。柱となった際に惡鬼滅殺の字が刻まれている。

鍔は鉄作りで木瓜に藤の花の装飾が添えられている。

 柄の鮫皮は漆塗りの黒、柄糸も鉄紺色の平巻で質実剛健さを感じさせる。鞘も猩々緋鉱石製の鉄拵えで武器として使用可能。

 

全集中の呼吸"剱の呼吸"

 

岩の派生形の呼吸。炎の呼吸、水の呼吸に近い要素も持ち、岩を炎で鍛え水で焼きいれた鋼の呼吸とも呼ばれることがある。鋭い切れ味を持つ呼吸

 

壱ノ太刀

 草薙(くさなぎ)

 

 前方へ走りながら体を捻り勢いを威力に変換して横薙ぎに振う技。威力に距離に影響を受ける。

 

草薙・斬波(ざんぱ)

 

 草薙の縦切りバージョン。頸を切るのには向かないが重力加速と体重を乗せることができるので単純威力では草薙を上回る。

 

弐ノ太刀

 布都椿(ふつつばき)

 

 鞘走りと脚力を用いた高速の居合技。

 

┗ 布都椿・鋏鎚(きょうつい)

 

 居合技の初動の振り抜きを鞘で行うフェイント技。鉄拵えの鞘の衝撃力で相手の動きを制限し間髪入れず二撃目を叩き込む。

 

参ノ太刀

 尾羽切(おばき)

 

 高速の二連撃。今の日輪刀になる前は刀を反すためのタイムラグがあったが現在はタイムラグ無しで切れる。

 

肆ノ太刀

 叢雲(むらくも)

 

 切っ先諸刃を利用した怒涛の八連撃。一撃ごとに威力を増し八撃目はあらゆるものを切断する、

 

伍ノ太刀

 

 静謐(せいひつ)烏刃(からすば)

 

 カウンター技として機能する。相手の攻撃を逸らしながら自身の剣戟を叩きこむ。

 

陸ノ太刀

 

漆ノ太刀

 


 

 

鍛冶場鬼

 日野坂邸を襲った鬼。でっぷりと出た腹と細い手足が特徴。腹の太さを手足に移動させて攻撃に用いる事ができる。

 近隣のたたら場、鉄工所などを襲撃しており柱の胡蝶カナエに討伐命令が出ていた。鼻が敏感で金属の類いが発生させる匂いに不快感を表す。

 

甲羅鬼

 採石場付近を縄張りとして配置された鬼。三メートル近い巨体で全身が甲羅のようなもので覆われ縮こまり完全な球体になる事ができる。

 甲羅の曲線と甲羅内部の不揃いな強度で日輪刀の斬撃を滑らせる効果があり、球体となって高速回転している際は切断は非常に困難。切断した際も甲羅をスライドさせ射出して、攻撃に転用できる。防御力の高さのためか再生能力は低め。

 生前は江戸時代に笞罪の失敗で後遺症を負った男。

 

閻魔鬼

 名前は緒家金(おかがね)

 屈強な体に般若のような顔をした鬼。

 下弦の陸。縄張り内に分割した耳を張り巡らせ嘘をついた者の場所へ転移し舌を引き抜いて食べる。その手口から悪人が軒並み死ぬため、縄張りとした地域の治安が良くなるという効果はあるものの、人の為についた優しい嘘でさえ問答無用で認定し舌を引き抜かれ殺されるあたりやはり鬼。

 生前は江戸時代の奉行。公明正大で町人からも慕われる奉行であったが、逆恨みした罪人に殺されかけた所を鬼にされ奉行所内の罪人の舌をすべて引き抜き殺害。

 嘘つきの舌しか食べないという食性により比較的古い鬼にも拘らず力が増すのが遅い。

血鬼術:火世(かぜ)渡り 体を火花に分解し別の場所へ転移させる血鬼術。火花を利用し火炎を発生させることも可能。

 



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原作開始前:柱になるまで
プロローグ:始まりの夜


16巻読んで修正しました!!
沙代ちゃんごめんね


 ショリ、ショリ、ショリ。

 寺の御堂の裏、台所の近くに作られた薪置場の脇で刃物を研ぐ音が小さく空に溶けていた。

 音の発生源には少年が脇の水桶から手で水を掬って砥石にかけ、再びテンポよく砥ぎ、また水をかけることを繰り返していた。

 一研ぎ毎に包丁が鋭さを取り戻していくことに少年は少し嬉しそうにしながら、最後に水桶の水を思いっきりをかけてやれば陽光に反射し輝く、鋭さを取り戻した包丁がそこにあった。

 

奏多(かなた)兄ちゃん! 水持ってきたよ!」

 

 幼子がなみなみと水の入った桶を引きずるように持ってきた。溢れた水の染みが井戸の方から点々としている。

 

「おお、ありがとな沙代(さよ)。ただ井戸は危ないから気をつけるんだぞ」

 

行冥(ぎょうめい)に汲んで貰った!」

 

 それは良かったなと奏多が桶を受け取ると着物の袖を振り回しながら染みの付いた道をはしゃいで戻っていく。寺の表ではこの寺の孤児たちの保護者である行冥が掃除をしていた。

 腕に子供がぶら下がっていたりおぶって居たり肩車していたり大きな行冥を覆い尽くさんばかりに子供が群がっているが、微笑を絶やすことなく、子供を構いながらてきぱきと掃除を遂行している。奏多に近い歳の子供は箒を持って手伝っている。

 

「さて、貧しいなりに美味い飯を食わせてやらないとな」

 

 そんな光景を眺めながら砥ぎ終えた包丁を持って夕食の準備のため奏多は台所に戻るのだった。十一人の結構な大所帯なので準備は早めに開始する必要があるのだ。

 奏多は孤児である。

 物心ついたころには既にこの寺で暮らしていた。親代わりに育ててくれたのは盲人の行冥だ。正直奏多としては実は目が見えてるんじゃないのか? と思うのだが本当に見えていないらしい。

 台所を任されるようになったのはいつごろからだったか、たしか行冥が珍しく窯の水の分量を誤って硬いごはんが完成した時だったろうか。食事の準備を手伝わせてほしいと頼みこんだのだ。

 最初こそ失敗したり焦がしたりで同い年ぐらいのタマにぐちぐち文句を言われたり包丁で指を切ったりだのしていた。一時落ち込んだりもしたが、正月に記念品としてやけに切れ味のいい包丁を行冥からプレゼントされた。

 どうやら近所の地主からもらった物らしく、その地主から、実は行冥が奏多の為に有名な鍛冶師の包丁を譲ってもらったのだと聞いた。奮起した奏多はその包丁を手足のように自在に操るまでになった。

 

「タマの奴どうしたんだろ」

 

「何もないと良いんだが……」

 

 準備を終えて皆で夕食の時間なのだが、一人だけ居ない。この辺りでは夜に鬼が出ると言われていて行冥も日が暮れるまでには帰ってくるよう自分含め子供に言いつけているのだが、タマが居ないのだ。

 

「お兄~お腹空いたよ~」

 

 もう子供たちも辛抱が無理そうなので先に食べることにした。窯に残った米は握り飯にして包み、タマが遅れて帰ってきて食べられるようにしておいた。

 

「今日も美味しい食事をありがとう、奏多」

 

 優しげな微笑と共に大きな手で頭を撫でられ奏多は気恥ずかしいのか顔を赤くした。これでも子供の中では年長側で大人な意識があるので子ども扱いされると恥ずかしいのだ。それも大人の行冥からすると背伸びをしているだけの子供に見えてなお微笑ましいのだろう。

 

「まあまだまだこれから美味くなっていくよ! 最終的には日本一の料理人になってみんなに美味い物バンバン食わせてやれるまでになってやるからな!」

 

 

「フフ、期待しているよ」

 

「もっと美味しい物? 食べたーい!」

 

「割と無茶を言うなあ奏多は」

 

「おお任せとけ! 食わせてやるぞ! いつかな! あとそこの疑問持ってる裕輔! そんなこと言うと食わせてやらんぞ!」

 

「ええ―! 奏多勘弁してくれ!」

 

「とりあえずタマには罰として風呂釜水汲みの刑が決定してるから明日は楽に風呂に入れるぞ」

 

「わーい!」

 

 そんな感じで騒ぎながらも片づけを終えて風呂に入り、布団を十一人分敷いた。

 すっかり日も暮れてもう寝る時間である。いつもの習慣通り藤の花の香を焚く。なんでもこれも鬼が嫌って寄ってこないらしい。

 

「タマ帰ってこないね」

 

「いつの間にかひょっこり帰ってくるでしょ」

 

「おい、寝ない悪い子は鬼に襲われちゃうぞ~」

 

「怖い! おやすみなさい」

 

 そう脅かしつけて皆が眠りにつく。明日にはタマも帰ってきて何時もの朝が待っている。当たり前すぎて意識していない日常が待っているはずであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バキャン。

 

「ぎゃっ!」

 

 何かが折れる音と共に目が覚める。そして続く悲鳴。夜目の効く奏多の瞳が、子供たちのだれかを掴んでいる姿が見えた。

 夜盗か、と跳ね起きる。他の子達も異変に気づき起き出して悲鳴を上げた。

 

「うっ!?」

 

「あぐっ!?」

 

 裕輔と竜司の声だ。夜盗が入ってきたところの近くで寝ていた。お堂の中でも台所近くで寝ている奏多は起き上がり台所に走った。

 

「皆!危ない 私の側に!!」

 

「あああ!」

 

「嫌だ! そんなの信じられない!」

 

「目が見えないのに何ができるっていうんだ!!」

 

「みんな!?」

 

 台所から包丁を取り出したところで行冥が叫んだ。だが、だれもそれを聞かず逃げ出す。包丁を持って奏多が戻ってみれば、行冥の背後ろで伏せて泣く沙代が居るだけだ。

 

「奏多、私の後ろに!」

 

 行冥に無理やり後ろに庇われる。足が震える。恐ろしい。

 四人が、床に倒れ伏している。いや、倒れているんじゃない。死んでいる。首がない。腕がない。胴体に穴が。

 外から断続的に悲鳴が響く。それが三度続いて、静かになった。

 手に持つ包丁はあまりにも心もとない。壊された入口を注視していたらゆったりとそれが現れた。

 夜盗などという生易しい物ではない。鬼だ。

 鬼が本当に居たのだ。

 

「おう、残りの三人は逃げずに居たみたいだなぁ」

 

「なぜ、藤の香が焚かれていたはずだ」

 

 鬼は下衆な笑みを浮かべた。

 

「そうだなぁ、取引って奴だ。お前らは売られたのさ」

 

「取引……?」

 

「今日襲った"勾玉のガキ"がなぁ、命を助ける代わりにお前たちを差し出したのさ」

 

 勾玉のガキ。

 勾玉のガキ?

 

「………そんな」

 

「嘘だ……」

 

 嘘だ、信じられないとこの時二人とも思った。その隙を突かれた。

 床板を割りながら跳躍した鬼の手が行冥の頭を掴んだ。メキリと頭蓋が軋みを上げた。数瞬もなく握りつぶせる物を嬲る様にゆっくりと締上げる。

 

「いいぜぇ、そう言う絶望した顔が――」

 

 そしてその腕が二の腕半ばから両断された。

 

「は?」

 

 切り落としたのは奏多だ。包丁を振り下ろした。無力な子どもと油断した鬼の運命がここで決定した。腹に包丁を突き刺しそのままの勢いで押し倒す。

 馬乗りの姿勢でめった刺しにする。二度、三度、四度、五度、六度、七度、八度。

 

「舐めるなよ!! ガキ!!」

 

 鬼の裏拳が直撃し弾き飛ばされ、包丁は壁に突き刺さり柄が割れ飛ぶ。奏多も弾き飛ばされたまま壁に全身を打ち崩れ落ちた。

 

「このガキが! 殺すのは最後だ! 他の奴らをむごたらしく食って絶望させて手足からゆっくり食ってや――」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 鬼の手が頭についたまま行冥が拳を叩きこんだ。顔面が大きくひしゃげる。

 

「なっぎゃっやめろ!」

 

 殴られ顔面がつぶれそうになった鬼が、行冥の頭についたままの手を操り頭を握りつぶそうとする。それを腕力のまま無理やり引き剥がし、顔面を鮮血にまみれさせながら拳を振う。鬼の抵抗を無視しひたすら殴る。頭がつぶれ再生しようとするのさえ無視しひたすら殴り続ける。鬼の抵抗で体に切り傷がついても構うことなく殴り殺し続ける。床が陥没し拳がつぶれかけようと止まることは無い。沙代を守るため、奏多を守るため、行冥は全力を尽くした。

 悪夢の夜が明けた。

 ようやく日がさし、陽光を浴びた鬼の体が崩壊していく。騒ぎを聞きつけた人々がようやくやってきた時。そこは惨事であった。多くの子供が死に、生きているのは意識のない重体の奏多、無傷だが泣きじゃくる沙代だけ。

 何があった、何があったと騒ぐ人々と警察に、沙代が泣きじゃくりながら口を開いた。

 

「化け物が……あの人がみんなを殺した」

 

 たどたどしく吐き出された言葉に、その場にいた全員の目が行冥に集中する。

 

「違う! 私じゃない! 鬼が……!」

 

「嘘をつくな! お前が鬼だ!」

 

「待ってくれさ沙ーーー」

 

 動揺したようにかぶりを振る沙代へ行冥が手を伸ばすがその場で組み伏せられ沙代は他の大人たちに庇われるように連れていかれてしまった。

 

「この人殺しめ!」

 

「違う、違うんだ!」

 

 誰も行冥の言葉を信じない。物証たる鬼の死体は無い。行冥に鬼が付けた鋭利な切り傷は奏多が必死の抵抗をしたのだと誤解された。その奏多も意識不明の重体で誰も行冥を信じてくれない。

 その嘆きをその場にいる誰もが信じることは無かった。

 

 

 

「……ここは……?」

 

「あっ先生! 目が覚めました!!」

 

 目を覚ました奏多は診療所だった。警察の手配した診療所である。

 

「行冥、行冥は……!?」

 

「大丈夫、大丈夫ですよ、沙代さんは無事です。事件の影響がとても大きく、刺激をしないよう合わせることはできませんが無事です」

 

 無理に起き上がろうとする奏多に医者はなだめるように沙代の無事を伝える。それを聞いて良かった、とベッドに体を落とす。

 行冥は鬼に勝ったのだ。良かった。

 

「すいませんお世話になりました。行冥はどこに」

 

「安心してください、彼はしっかり死刑になりましたよ」

 

「は……?」

 

 今度こそ奏多はベッドから飛び出した。医者の制止も聞かず、寺へと向かった。

 誰もいない。壁に突き刺さった包丁を引き抜くと、こんなことになっても折れることなく、しかし放置されたせいで錆が浮いていた。

 追いすがってきた看護師が、奏多が一か月近く眠っていた間に異例の速さで死刑が執行されたと伝えた。

 なんで、と怒りたかった。なぜと泣きわめきたかった。だが死んだ命は帰ってこない。

 そこでぶっ倒れ、再び診療所に担ぎ込まれてしばりつけられ安静にされ完治した後。寺に戻った奏多は空を眺めた。

 これからどうすればいいか。皆目見当がつかない。恨むべき鬼は死に、原因を作った奴はどうせその鬼に食われたのだろう。

 ただ一つだけしたいことがあった。

 大切な包丁を食材を切る以外に使い錆びだらけにしてしまった。

 その鍛冶師に礼と、そして謝罪をしたかった。包丁を送ってくれた地主に聞きに行かねばならない。

 もう、ここにいる意味もない。だれも帰ってこないからだ。

 前に進まねばいけない。行冥に生かされた自分にできることを見つけなければならないと思ったのだ。

 だからまず、その鍛冶師に会ってけじめをつけたかった。



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第一話:火造り

 茹だるような暑さと体の内から出る熱を発散するため、大粒の汗が絶え間なく溢れる。

 神棚と火男の面だけが飾られた鍛冶場である。赤く赤く燃える炭の熱をたっぷりと吸った鉄が火花を散らしながら金床に置かれると奏多は息を吸い

 身の丈に不釣り合いな二貫の槌。それを難なく振り下ろす。

 熱された鉄が槌と衝突し火花を散らす。不純物を吐き散らし純度を高めていく。

 

「強すぎ」

 

「はい!」

 

 間髪入れず再び槌を振り下ろす。そのたび、「良し」「強すぎ」「弱すぎ」「良し」と打つたび評価がされる。異様な光景か、もしくは祖父と孫の共同作業に見えるだろう。

 片や腰も曲がり皺だらけの老人で片や十三の少年である。二人ともやけにでかい丸眼鏡を掛けているが、火花で失明しないようにするためだ。

 

「ふう、熱い熱い」

 

 老人が叩いた鉄を炉に戻し、フイゴで火力を上げて熱し始めると奏多は槌を杖にして無理に安定させていた呼吸を身だし肩を揺らした。この空間、火があるので熱いしなんなら換気してても酸欠になりそうな危険な空間である。

 

「鍛冶の人ってすごいんだな。こんなのずっとやってるなんて」

 

「いや? 息子でもここまで延々と連続で向こう槌をやらせたことは無いのう? 数日以上掛かるところを一日で出来て大助かりだが」

 

「おい?」

 

 カカカと笑うこの老人。日野坂靴槌は奏多の命の恩人である。鬼に突き刺し、鬼に弾き飛ばされて壁に突き刺さってなお刃こぼれ一つしなかった包丁を鍛えた鍛冶師である。一年前にようやく会うことができ、礼と謝罪をして立ち去ろうと思ったら突然ぎっくり腰を発症して奏多を引き留めたのであった。

 妻は高齢で病没、息子は刀鍛冶をしているらしく、手紙で健在なのははっきりしているのだがどこに住んでるかも不明らしい。

 一人で大変だ、という言葉に思わず何か手伝うことはあるか? と聞いたのが運の尽きか掃除洗濯に薪割りに炭を町に買いに行き買ってきた炭のサイズを切って調整したりしていたが、とうとう半年前からは鍛冶にも付き合わされることとなったのだ。

 けじめをつけるつもりが、厚意に甘えてしまっている。心の重しを少しでも軽くしようと構わさせてくれているのだ。

 

「で、まだやることはあるか?」

 

 結構体力に自信はある奏多だが、週二回のペースで体力の限界寸前まで鍛冶を手伝う羽目になるとは思っていなかった。初日は狙った所に槌を振り下ろせずしかも一時間もたたず力尽き、ある日は脱水で死にかけ、ある日は槌を足に落としそうになる。鉄を鍛えるため延々と何度も打ち付け続ける日などは肺が破裂するか熱で溶けるかのような辛さだった。

 だが、充実している。

 今や朝から夕暮れ時まで延々と槌を振り下ろし続けても体力には余裕がある。いろいろ鍛えられ過ぎである。

 

「カカカ、もう今日は大丈夫じゃぞ、今日の飯は何かのう、しょっぱい物がいいのう」

 

「しょっぱ過ぎはダメだ。昨日買ってきた鮭の塩漬けなんだよアレ。塩の鮭漬けでしょあれ」

 

 この老人、放っておくと米に塩だけかけても喜んで食べそうなくらいしょっぱいもの好きである。

 

「しょっぱいの……」

 

「駄目だぞ」

 

 しょんぼりする日野坂老人を甘やかすことなくしっかり塩もみで鮭から塩を抜いて夕食に出した。

 食事が終われば風呂である。薪を燃やして火吹き竹で焚き付ける。一週間前あたりに穴の開いた節が弾け飛んだが代えるのも面倒なのでそのまま使っている。

 追い炊きの必要がなさそうなので、立てかけられていた木刀を握る。

 腰に当て、まるで鞘に納めたような姿勢から居合の如く木刀を振り抜く。

 

「シッッ!」

 

 何かを相手するように避け、木刀を振るう。

 この鍛錬を始めたのはこの家に居候し初めての夕食後からであった。

 事情を聞いた日野坂老人はせめて夕食でも食べて泊まっていきなさいとのことで、すごいしょっぱい夕食を食べていた。

 居間には一振りの刀が鞘に納められ飾られていた。火男の面の群れと天目一箇神と書かれた掛け軸の前に置かれた刀の話。

 

「息子がな、今できる俺の傑作だって言ってよ、この刀を贈ってきたんだ。何でも退魔の刀らしくてなぁ鬼をも殺すと豪語しておった」

 

「……鬼をも殺す」

 

「大した出来じゃよ。鍛冶師の親として冥利に尽きる。それと同じぐらい、儂はお主が持ってきた包丁にも誇りを感じておる」

 

 砥いで綺麗にしてやると言われ渡したあの包丁のことを思い浮かべる。日野坂老人に全部を正直に話した。包丁を調理すること以外に使ってしまったことを、それでも一人だけ幼い命を守るための手伝いが出来たことを、慕っていたその人がもう死んでしまったことも。

 

「お主は包丁を使ったことを悔いておった。それは丹精込めて作った作品を好いてもらえてるようでとてもうれしい物よの」

 

 ご飯をかっ込み喉に詰まらせかけて慌ててお茶を飲んでから日野坂老人は笑みを浮かべる。

 

「だが、お主が守りたいもののため包丁を振い、そして包丁がそれに応えられるだけの道具であった。それが作ったものとしてはうれしい物じゃよ」

 

「でも……」

 

 包丁は自分に応えてくれた。だが自分が包丁に応えることができなかった。応え切れたならば今頃はもっと別の未来があっただろう。

 

「でもじゃないんじゃよ、そうじゃな、そんなに悔いているなら罪滅ぼしにこの老いぼれの家で手伝いをしてはくれんか? 見ての通り寂しい爺の頼みじゃが」

 

 そう言いながら立ち上がろうとした日野坂老人が急に叫んだ。

 

「グワー、腰ガァギックリ腰じゃぁ誰か家を手伝ってくれんかー!」

 

 奏多は吹き出しながら頷いた。笑ったのは久々だった。すると座卓の下からどこにあったのか木刀が引き出し手渡してくる。既にギックリ腰をした年寄りの挙動ではないがそれを受け取る。

 

「自分に足りないと思ったものを、ここで探してみるのもいいじゃろう?」

 

 その時受け取った木刀はとても重かった。鍛治初日で疲労困憊の時は持ち上がらないほど重く感じた。

 それが今、月夜に照らされた薄紫色の藤の花の下で振るわれる木刀はとても軽く感じる。

 振るたび、思い浮かぶのはあの寺の仲間たち。ヒュウウと息を吸い、全身の筋肉を制御し今できる最高の一振りが風をも切る。身を鋼に、あらゆるものを弾く鋼に奏多はなりたかった。

 意味がないことかもしれない。無駄かもしれない。

 想像をする。空想の中の鬼を切る。強くなったと勝手に思っているが、想像する鬼には勝てない。いかに速く動いても、昔より速く動けても鬼はその上をいく。まだ足りないと心が叫ぶ。

 

「おーい、上がるから、奏多も入ってしまえよ」

 

「わかった、今いくよ!」

 

 風呂から上がった日野坂老人に応え、もう一度木刀を振った。

 もうすぐ梅雨の時期だ。咲き誇る藤の花ももうすぐ散ってしまうと思うと、少し名残惜しかった。

 風呂に入り、汗を洗い流し日野坂老人の隣の部屋に布団を敷く。最近までは「いやじゃ! ジジイも一緒の部屋で寝たいんじゃ!」と子供の奏多に「子供か⁉︎」という駄々をこねていたのだが最近はそういうこともなくなった。

 

「爺さん、お休み」

 

「おう、お休み」

 

 心地よい疲労感が睡魔を誘引し奏多を眠りに引き込む。

 するとヒューーーーヒューーーーと変な寝息を立てはじめる。イビキとはまた違うのだが、空気が高速で移動する風切り音のようで割とうるさい。

 

「変な寝息を立てるようになったのう」

 

 小さく音が聞こえる隣の部屋。寝る日野坂老人は奏多の寝る部屋を眺める。ある日突然この寝息を立てるようになった奏多のお陰で寝不足に陥り断腸の思いで部屋を別にしたのだ。流石に寝不足になるのは老人でもたまったものではなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここここか、鉄の鉄の音が五月蝿かったな。藤藤の花が邪魔邪魔だな」

 



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第二話:荒仕上げ

誤字修正


「爺さん何読んでるんだ?」

 

「息子からの手紙じゃな。藤の花も枯れる季節だしうちの里に来ないかだと」

 

 庭の草刈りを終えて戻ってきた奏多の先の縁側で、頭にカラスを乗せた日野坂が手紙を読んでいたので頭巾を取り手拭いで汗を拭きながら縁側に座る。

 空は梅雨らしくどんよりと今にも泣き出しそうだが、日が差していない分そこまで暑くなくて助かっていた。

 

「爺さんの息子さんからか、というか頭にカラス乗ってるぞシッシッ痛ったぁい手の甲ガァ‼︎」

 

 奏多が頭の上から追い払おうとしたら逆に手の甲を嘴で思いっきり突かれて転げ回った。

 

「この子はいつも息子からの手紙を届けてくれるんじゃよ、賢いじゃろう?」

 

「伝書鳩ならぬ伝書鴉だと……というかなんか威張ってないかこのカラス」

 

 心なしかカラスがこちらを見て威張っているように見えて腹がたつ奏多だったがそれよりもである。

 

「それで、どうするんだ?」

 

「どうもせんよ、今は可愛い孫みたいなのと暮らしてるからの、いつも適当に理由を書いて送り返すと藤の木が届いたりあの刀が届いたりするんだが今回は何が来るかのう」

 

「俺のことは別に気にしなくていいんだぞ爺さん」

 

「カカカ、そう背伸びするな。維新前にしたって元服すらしておらんのだから、何かお主がやりたい事でも見つけたら息子の所に行くかの」

 

 やりたい事、と言われると奏多は困ってしまう。料理人になりたいと思っていた。でもそれはみんなに美味しいものを食べて欲しかったからだ。

 今鍛治をしているのは別に鍛治師になりたいわけではない。

 今やりたい事と言えば日野坂老人の手伝いをやりたいのだ。

 

「さて、返事を書かんとな。いやぁ最近の儂も衰えたわい」

 

 奏多が考え込んでいるとそんな事を言いながら筆と紙を取りに頭にカラスを乗せたまま歩いていく。

 

「衰えたって昔どれだけだったんだろ。というかカラス乗せたまま行くなよ」

 

 以前一日中鉄を叩かされた事はあったが、その鉄を火箸で押さえているのは日野坂である。小槌で形を整えたりもしているし疲れないわけがない。年寄りの若い時の姿に想いを馳せる奏多だった。

 ちなみに想像するのはどうあがいても筋肉達磨である。

 したためた手紙をカラスの脚に縛り付け、カラスにしょっぱい漬物を食べさせようとする日野坂を引っ叩きつつトマトを食べさせてやると気のせいながらカラスに尊敬する眼差しで見られた気がした奏多だった。

 今日はたまにのしょっぱいの日で小躍りして食事を終えいつも通り木刀と火吹竹を持って風呂を沸かす。

 

「はぁーー相変わらずいい湯じゃぁ」

 

「それはよかった。ぬるかったりしたら言ってくれ」

 

 立てかけておいた木刀を取りいつも通り鍛錬を始めようと握り込む。

 

「さて、鍛え」

 

「鉄鉄臭いな、お前お前か? 耳耳障りな原因は」

 

 ドゴン。ドスン。

 

 突然耳元で殺気と共に声を掛けられ驚いた奏多は振り向きざま一閃木刀を振るった。

 

「あっしまった!」

 

 驚いてぶん殴ってしまったと後悔した。殴られた奴は一丈くらい吹き飛んだので人間だったら大怪我不可避である。

 月明かりに目を凝らして見れば首があらぬ方向に曲がっているように見える。

 焦って駆け寄ろうとすれば、ゆっくりとそのまま起き上がり、こちらを見ている。そんなもの、人間に出来ることではない。

 

「なんじゃ? どうした?」

 

「ッ爺さん! 今すぐ風呂から出て逃げろ! 鬼が出た‼︎」

 

 曲がった首が元に戻る。

 

「打た打たれるのは痛い痛いな、でもでも生きが良い」

 

 月光に鬼の姿が照らされる。一つの頭に顔が二つあり、その境、頭の真正面に角が生えていた。異様に細い体と出た腹は地獄の絵巻に出てくる餓鬼を連想させる。

 その姿に恐怖するでもなく、自分の不幸に悲嘆するでもなく、奏多の内を占めたのは怒りだ。

 あれで終わりだと思っていた。悲劇は終わりを告げて新しい道を見つけていくのだと思っていた。

 自分たちだけがとびっきりに稀な不幸にあったのだと思っていた。

 

(こんなものが、まだ居るのか?)

 

 自分たちのようなことがまだまだたくさん起きている。その事を奏多は認めない。許さない。

 この鬼を殺さなければならない。

 

「シッ‼︎」

 

 怒りで荒れる呼吸を抑え踏み込みと共に鬼の頭に木刀を叩きつける。鍛錬用に内に鉄が入っているお陰か折れることはない。

 あの時、腹を滅多刺しにしても死ななかった。どうやって行冥は自身と沙代を守ったのか、思い当たるのは陥没していた床板。

 

(頭を叩き潰せば殺せるかもしれない!)

 

「ががっぎゃっ」

 

 ヒュウと息を吸い込み、頭に向け木刀を乱打する。鍛治で鍛えられた筋肉が奏多の要求に応えどんどんと鬼の頭をぐちゃぐちゃにしていく。

 

「おおお‼︎」

 

 裂帛の気合と共に上段から振り下ろしたトドメが鬼の頭を叩き潰した。

 やったか、と一瞬気が抜けた奏多に向け首なしの鬼の腕が全力で振るわれる。

 咄嗟に後ろに跳ねながら木刀を盾にする。表面の木が弾け飛び、鉄芯が露わになった。

 

「痛痛い。恐ろ恐ろしい奴だ。でもでもそんなものじゃ、死死なない」

 

 潰れた頭の代わりに首から二つの顔が生えてくる。頭を潰しても死なないことが確定した。

 

「奏多! 今行くから待っとれ!」

 

「くるな爺さん! 俺のことは良いから逃げまでくれ!」

 

「バカモン逃げて婆さんに顔向けできるか!」

 

「年年寄りの割に、良い良い威勢だ、お前お前を食った後の、おやつおやつにしよう」

 

 二つの顔が笑みを浮かべた。

 

「させるかよ!」

 

 木刀を叩きつける。細い枯れ木のような腕がへし折れるもそれを無視して鬼は動く。攻守が逆転する。一方的に身動きが取れない程殺し続けるにはまだ奏多は弱くこの鬼は以前の鬼より再生力が高かった。

 木刀の表面を削り取られながらも受け流した蹴りが藤の木の幹に直撃したやすくへし折られる。

 まともに受けてしまえば行動不能は免れられない。受け方を過たないよう神経を集中させる。

 頭を潰しても死ななかったなら殺せる可能性は一つだ。化け物にありがちな弱点。夜にだけ出没する鬼。

 

(日に当たれば死ぬか何か鬼に良くないことが起こる!)

 

 だが、丑の刻、夜中の二時程に鬼が現れたあの時と違い今は戌の刻、九時程だ。ここから日の出まで八時間近くの間、この鬼と戦い続けなければならない。

 鬼の突進と共に繰り出される抜き手を体を後の先で体をひねって回避しながらその捻りを攻撃に転用する。鬼の後頭部に直撃し薪置き場に突っ込んだ。

 

「ハーッ! ハーッ!」

 

 心臓が破裂しそうだった。体が空気が足りないと息を求めている。

 薪をガラガラと崩しながら鬼が起き上がる。二つの顔は片方が笑みを浮かべ片方が憤怒の表情を浮かべている。

 

「流石流石に面倒くさくなってなってきたぞ。いいかいいかげん食べられろ」

 

「うるさいバーカ! そんなに食いたきゃその辺の石でも食ってろ調味料に塩貸してやるからよ!」

 

「威勢威勢が良いな、いつまでいつまで続くかな」

 

「朝までだよ!」

 

 奏多の威勢の良さは虚勢であり、自分を奮起する鼓舞だ。守られる者から守る者に移行した思いが、奏多自身が気絶や倒れることを認めない。

 

「朝朝は困るな、さっささっさと飯になれ」

 

 受け流そうとした鬼の腕が突如肥大化した。突然の事に受け流しを誤り木刀が鉄芯ごとくの字にへし折れる。木刀が身代わりになり致命傷にはならなかったが、武器を失った。

 

(それがどうした、行冥だってどうにかして守ったんだ。武器がない程度で何もできなくてどうする!)

 

「奏多‼︎」

 

 決死の覚悟の元無手で挑もうとした奏多の元に、飛来するものがある。目の良さでそれを認識して掴む。それは鞘。

 鍔があり、柄がある。掴んだ。しっかりとした手応え。鯉口を切り鞘から刀を引き抜く。

 

「退魔の、刀」

 

「使え奏多! 息子を信じろ!」

 

 褌一丁の日野坂老人の姿が奏多を鼓舞する。彼の息子ならば奏多は信じることができる。

 

「刀刀だと、厄介厄介な」

 

「これでおしまいだぞ鬼め!」

 

 重さは木刀と大差ない。息を吸い込み、素早い踏み込みと共に鬼を袈裟斬りにした。

 

「ぎゃあああ!」

 

「よし、効いた流石退魔ーーー」

 

「なんてなんて、嘘嘘だよ」

 

 袈裟斬りにされ膝をついたと思った鬼がケロリとした顔で立ち上がり舞うようにくるりと一回転してみせた。右肩から左腰に抜けた切り傷が徐々に治っていく。

 

「おいジジイ‼︎ 全然ダメじゃねえか治ってるぞ‼︎」

 

「なにい⁉︎ 息子よ‼︎ 龍彦よッッ‼︎ 死んだら恨んで出てやるからの‼︎」

 

 ギャーギャー喚きながらも鬼の蹴りを切って迎撃し鬼の拳を捌いていく。切っても切っても治り出す様はまさしく不死身。

 その鬼が、奏多の斬撃を一つだけ"避けた"。

 

(避けた? 頭を潰されても平気だった奴が?)

 

 息を整え、踏み込むと共に滅多斬りにする。

 鬼は腕を切られようと構わない、足を切られようと構わない、頭を斬撃がかすっても気に留めない。ただ唯一避けたものがある。

 

(首に対する、横薙ぎ‼︎)

 

 苛烈さを増す奏多の攻撃に合わせ鬼の攻撃も苛烈化する。鬼の体当たりが建物にぶつかり、風呂釜が割れたのかお湯が溢れ出す。

 掴まれれば死の剛腕を広げ迫る鬼に、奏多が股を抜けながら片足を切り裂く。

 たたらを踏んだ鬼を正面から構える。

 

(この身は鋼だ。鍛え鍛え上げ)

 

 思い浮かぶのは一年前まで家族として暮らしてきた十人。そしてお世話になった一人の老人。

 

(守る為、剱と成る!)

 

 多量の空気を吸い込む。全身の筋肉をできる限り掌握し理想の動きをする。この攻撃は"まだ"技ではない。

 

「速速ッ⁉︎」

 

「おおおおお!」

 

 しかし後の彼の技の名前を借りるならば、こうなるだろう。

 

"全集中 剱の呼吸"

 

 高速の疾走と共に大きく体が捻られる。 全エネルギーを内包したまま大地を蹴る。体を回転させ、力全てを円にし、一刀に込める。

 

"壱ノ太刀 草薙"

 

 鬼の首が切り飛ぶ。切った勢いのまま姿勢制御もままならず地面に叩きつけられ転がる奏多がなりふり構わず無理やり立ち上がり鬼を見る。

 切られた首からまた顔が生えてくることはない。ゆっくりと体が崩れていくのを見て、駆け寄ってくる日野坂老人を見て、安心して息を吸う事も忘れ、酸欠で気絶するのだった。

 

 

 

 



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第三話:小休止

―――起きないな。

 

―――起きませんね。

 

―――早く礼を言いたいんだが。というか寝息が凄まじいなこの子。

 

―――私も驚きました。これは有望株ですよ。

 

 声が聞こえた。何かが目の前にいる。まさか死んだのだろうか、と自問した。体の痛みもない。彼岸でまさか死神にでも見つめられてるのだろうかと目を開く。

 

 目の前にひょっとこがいた。鍛冶場の神棚に飾られていた物と比べるとかなり厳つく目力がすごいひょっとこだった。

 

「起きたあああああああ!!」

 

「うおわああああああああああ!?」

 

 

 かぶっていた布団を跳ね上げて横に逃げようとしたらベッドで眠っていたらしく腕を踏み外して床に落ちる奏多とそれを焦って助け起こす筋骨隆々のひょっとこの図に、鈴の音のような美しい声が割り込んできた。

 

「ふふふ、おはようございます奏多さん。調子はいかがですか?」

 

 ふわり、と花の香りが奏多の鼻腔をくすぐった。そして思わずその女性から目を逸らした。逸らした先隣の空間にむきむきひょっとこが居たので天井を見て、意を決して二人を見る。

 

「調子はいいんですが、爺さん……あ、日野坂さんは無事ですか?」

 

「ええ、無事ですよ」

 

「そのことに関してだ! 奏多君!! 本当にありがとう!! 鬼から父を助けてくれて本当にありがとう!!」

 

 微笑む女性とその脇からシュバッと奏多の隣に移動し奏多の両手をブンブンと振るひょっとこ。奏多からしてみれば肩が外れそうで怖いとか、なんでひょっとこの面をしているのかとか疑問はあるが、それ以上に大切なことが分かった。

 

 ()()()()()()()()

 

「これをどうぞ。日野坂さん? あまり乱暴はダメですよ」

 

 差し出されたハンカチが歪む。いや歪んでいたのは奏多の視界だ。頬を大粒の涙が流れ受け取ったハンカチの隙間からぽろぽろと零れていく。

 

「ど、どうしたんだ奏多君!? 痛かったか!? すまない!!」

 

「違うんです、違うんです、でも……嬉しくて」

 

「……ああ! 私も嬉しい! 父も生きていて君も無事で、本当によかった!」

 

 ブシャァと日野坂老人の息子、龍彦(りゅうひこ)が滝のように涙を流し、ひょっとこの面の口の部分から水鉄砲のように涙が溢れた。

 

 

 

 

 しばらくの間泣いた後、美女の持ってきたお茶で水分を補給しつつ状況の説明を受けることと相成った。ひょっとこ龍彦さんは外に退出させられた。

 

「なんだか……ズビ、迷惑をお掛けしてスイマセン」

 

「迷惑だなんて、私たちからすればあなたには感謝しかありませんよ」

 

 ベショベショになったハンカチをムスッとした少女が籠に入れて持っていくのを見送りつつベッドの縁に座って、同じく少女に運ばれてきた椅子に座った女性が微笑を見せる。沙代も大きくなったらこれくらい美人になるのだろうかと違うことを考えて顔が赤くなるのを奏多は誤魔化した。

 しかし改めて見るととてつもなく美人である。艶やかな長い黒髪とそれを結う蝶の髪飾り。黒い詰襟の上からもどこか蝶を思わせる白い羽織を掛けている。

 

「……すいません、ところでお名前は」

 

「ああ、失礼しました。私は胡蝶カナエと申します」

 

 ニコリと微笑みながらカナエは奏多に状況説明を開始する。

 

「まず、貴方が殺したのは鬼と呼ばれる生き物です。人を食べる恐ろしい生き物で私たちはそれを殺す為の組織で鬼狩り、もしくは鬼殺隊と呼ばれています」

 

 ゆらりと立ち上がると羽織が揺れた。腰に差されていた刀がすらりと引き抜かれる。特徴的なのは花弁のような意匠の鍔。青空を思わせる美しい刀身、根元に刻まれた悪鬼滅殺という文字。

 

「もし、の話ですがよろしければ貴方も私たちの仲間になりませんか?」

 

「……ああいう鬼は、他にももっと沢山いるんですよね」

 

 俯き思い浮かべる。あの日襲ってきた鬼。自分が切り殺した鬼。

 

「ええ、夜の闇に紛れ悲劇をいまだに起こしています」

 

 いつか人と鬼が仲良くなれるかもしれない。カナエはそう信じているが、現実問題引き起こされているのは悲劇ばかりだ。

 少し思案するように目をつぶっていた奏多が目を開き、カナエを真正面から見据える。

 

「俺も戦わせてください。鬼に大切な人を奪われる悲しみと怒りは、この世には要らない物だ」

 

 対するカナエは嬉しく思いながらも悲しくなった。まだ妹と二つか三つしか変わらない程度の子供がこんな覚悟を決めた目をしてしまう。もし初めに隊士が鬼を捜索するため先行するのではなく、自分が初めから向っていれば良かったのだろうかと考えてしまう。

 他の隊士達から見ればカナエは優しすぎた。鬼を切るのに一切の躊躇いは無くとも優しすぎるのだ。

 

「それでは、龍彦さん?」

 

「待っていたぞ!!」

 

「うわああああああ帰ってきた!!」

 

 ドアをバーーンと開け龍彦が戻ってくる。迫力がすごいその手には刀が握られていた。

 

「あっそれ俺が使った……」

 

「そうとも、これは日輪刀と言って陽光山で採れる猩々緋砂鉄と猩々緋鉱石で打った日本刀でな! 奏多君がやったように鬼の頸を切ることで殺すことができる唯一の武器だ!」

 

 補足するようにカナエが人差し指を持ち上げる。

 

「別名、色変わりの刀と呼ばれています。呼吸の適性に合わせて色が変わるので、全集中の呼吸を取得してる奏多君にはこれで適性に合わせた育手の所に行ってもらいますね」

 

 呼吸が何の事だか分からないが受け取って鞘から引き抜く。下手に扱ったせいか所々が刃こぼれしていてなんだか奏多は申し訳ない気持ちになる。しかし製作者の龍彦からすれば父を守ってくれたのだし構わないと言った所だった。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 色が変わらない。

 

「あの、色変わらないんですが、もしかして鬼を切っちゃうと色が変わらなくなるとか……?」

 

「いえ、そう言うことは無いはずですが、おかしいですねえ」

 

「いやちょっと待ってくれ。まさか? ちょっと貸してくれ」

 

 刀を手渡すとひょっとこ面を限界まで刀身に近づけて覗き込む龍彦が息を吐いた。

 

「色は変わっていた! 見てくれ奏多君! 私が打った時とはわずかながらに色が違う! つまり君の日輪刀の色は鋼色、つまり灰色系統だ!」

 

「えっ何それ紛らわしい」

 

「灰色系統ということは岩の呼吸の系列ですね。育手の方が居るか確認しておきますから、今日はゆっくり休んでください」

 

「ではまた! 明日は父を連れてくるからな!」

 

 ドタドタと出ていく龍彦とカナエを見送り、ベッドで寝なおす奏多はぼそりと呟いた。

 

「……爺さん、やりたいこと見つかったぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 そうして眠った翌日。

 

「気を付けてな、奏多」

 

「爺さんこそ、しょっぱいもの食べ過ぎるなよ」

 

「奏多くん! 君の刀は私が打つからな! 楽しみにしているといい!」

 

 全員が目が真っ赤でズビズビひっくひっくしながら別れを惜しむ。黒装束の人達も少ししんみりとしつつ、一人だけ目が死んでいる。カナエは既にここを発った後とのことだった。任務が忙しいのだそうだ。

 日野坂親子に見送られながら、黒装束の人と共に奏多は出発することとなった。

 二日ほど黒装束の佐藤さんと走ったり道なき道を行ったりして巌滝山の麓にたどり着くのだった。



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第四話:土置き

誤字修正。ご報告ありがとうございます


 水が落ちる。大量の水により呼吸もままならなず、体温も奪われ、水圧で押しつぶされそうになるのを足腰を強く粘らせ堪える。

 

心頭滅却! 心頭滅却! 心頭滅却! 心頭滅却

 

 瀑布による騒音を上回る大声で叫んでいるのは奏多である。この修行、気力と足腰を鍛える為の物らしいのだが殺意が高い。具体的に言うと気絶するまでやるのである。奏多がずっと叫んでいるのは気絶したかどうかの確認のためである。

 

心頭滅却! 心頭滅却! 獅子唐目高! 使メキャ

 

「…………………………………」

 

「限界のようですね」

 

 気を失った奏多が腰に巻いていた縄で回収され、気付けに一発引っぱたいてたたき起こされる。

 

し、死ぬかと思った!

 

「大丈夫ですよ毎回のことなので死にませんて。体が冷えているでしょう、温まってきてください」

 

 ガタガタと震えながら起き上がった奏多に朗らかに笑う彼は岩の呼吸の育手の一人だ。

 歳老いているが筋肉がすごく笑顔が優しげだが畜生である。名前を伏銅鳴他郎(ふしどうなたろう)と言う。岩の呼吸の使い手ではあるが、奏多に岩の呼吸を教えているわけではない。岩の派生形になる奏多の呼吸を形にするための修行を課しているのだ。

 

「いやぁあぁぁぁあったまるぅ!」

 

 切られ干された丸太に藁を巻いて焚火から火を付けるとそれを肩に担いで大急ぎで走り出す。

 火のついた丸太を担いで燃え尽きるまでに山を下り登ってくる頃には体も確かに温まってはいるが辛い物は辛い。むしろあったまり過ぎて帰ってくるなり一発川に飛び込んで冷却するまである。

 その後、詰め込める限り腹へ飯を詰め込んで休憩。

 午後になれば刀を持って基礎練習の素振りをひたすら繰り返す。

 へとへとになりつつも模擬戦に移行する。限界の中で仕込むからこそ体が動きの最適化を図るからだ。

 

「ほら、呼吸が乱れてますよ。太刀筋もぶれていますし、集中集中」

 

 ジャラジャラ、と鎖鎌の形状をした日輪刀を伏銅が操る。鎖分銅で鬼の頸を千切り飛ばしても切ったのと同じ効果があるらしいこの鎖はいくつも居る岩の呼吸の使い手が用いる攻防の要らしい。ちなみに奏多では使うのは無理だった。

 近年岩の呼吸は基本の呼吸と呼ばれつつも柱を出しておらず、去年別の育手出身の者が柱になれるのではと期待されているとのことだ。

 鎖は変幻自在で、死角や予想外の方向から来るそれを刀で弾き躱していく。この際刀を刃こぼれさせた数だけ腹を殴られるのである。奏多はこれによって生来持つ夜目の良さだけでなく、単純な目の良さも鍛えられていった。ついでに腹筋も。

 来た当初は他にも訓練をする人たちがいたのだが、無事最終選抜を突破し鬼殺隊になった。そしてカラスを連れて帰ってきた。あのカラス、鬼殺隊ではわりと一般的なのだろうかとふと奏多は手の甲をさすった。

 最終選別は年一の定期開催と不定期の開催があるようなのだが、今回の最終選別でそれに使う雑魚鬼が全滅したらしく来年までは行われない可能性が高いそうだ。逆に言えば一年みっちり修行できるという訳である。

 なんとどこかの偉い柱からの指定がありこの一年を奏多に集中させて良いとのことだそうだ。

 なので基礎となる足腰をひたすら苛め抜き続け強固な土台を作り上げていく。

 呼吸に関しては我流でおかしかった部分を伏銅の協力の下矯正した。腰曲がりで効果が低くなっていたのが正されたことで本来の力を発揮することとなった。節に穴をあけた竹の連続破裂を達成した時は思わず雄叫びを上げてしまった。"全集中の呼吸常中"と言うらしい。

 伏銅は奏多ができたことに驚き、岩の呼吸の使い手ではないことをすこし悔しがった。

 呼吸の矯正が終わってからは"条件反射"と呼ばれる技術を取得の為岩を押して押して押してたまに引いてみたりして押しまくった。

 そうして最終選別まで一年間ひたすら鍛錬を続ける間に背も伸びた。二年前は百四十だったのが今や百六十となった。骨格が増強されたことで搭載できる筋量も増え、最終的に火丸太二本を担いで山を往復するまでになった。岩も"条件反射"により押せるようになり、調子に乗って押してたら斜面から落っことしてしまいそれを上に運ぶ事態になったりもした。

 夏の暑さでもだえ苦しんだり真冬には滝に打たれ続けて凍死しかけたり雪で足を滑らせて抱えた丸太で斜面を滑り落ちたり雪崩に巻き込まれかけたり割と危険な修行であったが、奏多はすべてをこなした。

 

 

 

 

 

 

「さて、最終選別に行く前の最後の課題です。私を納得させてください」

 

 最後に待っていたのは伏銅との全力の勝負だ。伏銅自身、もう奏多のことはこの一年で認めていた。常中ができるようになったこともそうだし、歳で衰えていると言い訳したとしても既に実力で負けている。

 だからこれは安心の為の儀式だ。修行によって作られた大きな土台にどんな成果が立つのか確認するための。

 構えを取ろうとする二人だが、不格好に伸びきった奏多の髪を見て伏銅は溜息を吐いた。せっかくの儀式なのに身なりを整えずやるのはもったいないと思ったのだ。

 

「奏多、まずは髪を切ってからやりましょう。最後の課題なんだから身なりを整えてね」

 

 と言うことで髪を切ってもらうことになった。外の岩の一つに座らされハサミで髪を切っていく。

 

「そういえば、自分の呼吸に名がないのは不便ですね。我々岩から派生した呼吸ですし、その鋭さや足運び、炎の呼吸の如き力強さ、さしずめ"鋼の呼吸"と言った所ですかね?」

 

 顔を向けようとしたところで両手で挟まれて頭を固定されたので、頭を動かすのをやめそのまま奏多は疑問を口にした。

 

「呼吸の名前自分で決めていいんですか?」

 

 抑えていた手を退けて鋏がすっかり伸びていた髪を切っていく。長さに関しては奏多は成長して大人びてきたのだが結構な女顔なのであまり短いのは似合わないなと伏銅は判断。伸びていた後ろ髪を縛ることでとすっきりさせつつ長さを維持する方向で行こうと決めた。

 

「あなたは私の弟子という訳ではないですし、どこかの柱の継子という訳でもありませんしね。今のあなたの呼吸は岩の基礎を持って派生した新たな呼吸の一つという訳ですから、名前は好きなようにつけていいと思いますよ」

 

「それだったら、(つるぎ)が良いです」

 

「どうしてですか?」

 

 チョキリ、チョキリ、と髪を切る音がしばらく続く沈黙の後に奏多はもう一度口を開く。

 

「俺は、剱になりたい。誰かを守るため、鬼を斬るため、鬼のせいで誰かが苦しむ、そんな悲しみの連鎖を俺の剱で断ち切りたいんです」

 

「それは良い。"剱の呼吸"ですか、それは良いですね」

 

 感慨深そうに言葉を反復する。

 髪を整え後ろ髪を引っ張って一つ結にして紐で縛る。

 

「この紐は割と応急的なモノなので、藤襲山に行く途中の町で好みの紐を見つけてくるといいですよ」

 

「ありがとうございます、じゃあ」

 

「ええ、最後の課題といきましょう」

 

 箒で服についた髪を落とし刀を腰に差す。広場に移り奏多と伏銅が向かい合う。先ほどまでの笑顔は消え、真剣な眼差しがぶつかり合う。

 始まりの合図は無い。伏銅が鎖を振り分銅を回し始める。

 

「心頭滅却」

 

 ゴオッと息を吸い、一言。岩の呼吸に付随する技術で"条件反射"もしくは"反復動作"と呼ばれるものだ。あらかじめ決めた動作をすることで集中力を瞬間的に限界まで高める技術。呼吸と組み合わさることでその効果は絶大なものとなる。

 奏多が思い浮かべるのは、鉄を鍛える槌の音。自身を鍛え上げ、そして剱と成す想像。

 超高速で分銅が迫る。曲線を描き翻弄するのではなく、最速で一直線に飛来する、大木でさえぶち抜く破壊力を持つ岩の呼吸の型。

 対して奏多は鞘から刀を抜いていない。居合の構えを見せる。

 ヒュウ、と吸われた息が全身の血管を駆け巡る。

 

"全集中 剱の呼吸"

 

"弐ノ太刀 布都椿(ふつつばき)"

 

 鞘走りで加速した斬撃が寸分たがわず飛来する分銅横から侵入し、分銅を繋ぐ鎖ごと真っ二つに切り裂いた。吹き飛んだ分銅は後方の木に突き刺さり、もう一つは地面に勢いのまま埋まりこんだ。

 残心のように一度振られた刀には刃こぼれひとつない。

 

「……素晴らしい。合格です」

 

 自身の技を破られても伏銅は笑顔のまま合格を告げた。彼が育手として送り出してきた者達と比較しても最上格である奏多が多くの鬼を殺すことを期待する。悔しさは無く、あるのは純粋な喜びだ。

 

「君が自分の信念を全うできることを願いながら、私はこれからもここで使い手を育てていくよ、鬼が居なくなるその日までね」

 

「ありがとうございました、伏銅さん」

 

 刀を鞘に納め頭を下げる。

 

「この一年が君の糧となって君が誰かを守れることを願っているよ」

 

 その日の夜は豪華な夕食を出され、食べると出され、出される限り食べ続けた奏多だったが食べれば食べるだけ祝いということで勧められ食事が終わった頃には吐きそうになるのを抑え込みながら眠りについた。

 



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第五話:焼き入れ

誤字修正しました。6cmが30cm伸びてました


 藤襲山。鬼殺隊に入る為行われる最終選別の場所であり、一年中狂い咲く藤の花により鬼を閉じ込めておくことが可能な土地である。

 暑さも和らいできたこの時期に美しく咲く藤の花はどこか現実感が無く異界にでも迷い込んでしまっているような感覚に陥りそうだ。

 実際問題この先は一般人からすれば異界そのものだろう。選別の説明をする女性によれば、藤の花により閉じ込められた鬼たちから七日間生き残ることが選別を通過する条件なのだそうだ。妊婦さんらしくお腹が大きいのだがこんな所に来てて大丈夫なのだろうかと奏多は思った。

 奏多といえばここにくる途中、伏銅の助言通り町で買った鮮やかな藍の組紐をいじってみたり、同じく勢いに任せて買ったブーツで地面を蹴ってみたりしていた。移動初日に買ってそのあと走り回ったり踏み込みで修練をしつつここまで来たので既に新品の輝きが消えている。

 周りを見渡せば刀を持った志同じく鬼殺隊を目指す仲間たちがいる。一年間丸々選別が行われなかった影響で三十人近くの人がいた。

 これだけの人が居たらまた鬼が全滅してしまうのではと思ったが、選別が始まってからその考えは吹き飛んだ。

 意気揚々とそれぞれ散らばっていった後山のそこらじゅうで悲鳴が響いたのだ。原因は考えるまでもなく鬼である。

 奏多の前にも鬼が現れた。ボロボロになった洋服を着たそれは奏多を認識すると涎を垂らし出す。

 

「こんな所に女だ! 柔らかい肉だ!」

 

 常識を超えた動きで木を足場に突撃してきた鬼が抜刀とともに頸を切り飛ばされる。

 

「女じゃないぞ、目腐ってんのか」

 

 宵闇に紛れていても夜目の利く奏多の目はごまかせない抜刀したまま木に向かう。

 

"剱の呼吸 壱の太刀 草薙"

 

 円運動で増強された切れ味が空に向けまっすぐ伸びる木を一文字に切り裂く。そしてその背後に隠れていた鬼の頸をも両断した。ボロボロと鬼の頭と体が崩れていく。

 

「助けてくれ! うわー!」

 

「耐えろ! 今行くぞ!」

 

 悲鳴の元にたどり着くと奏多と同い年ぐらいの少年が鬼の牙が迫るのを刀で必死で押しとどめている所だった。頸を失った鬼を押し倒して崩れていく体に刀を滅多刺しにしている。

 

「落ち着け、一緒に行けるか?」

 

「あ、ああ……」

 

 チラリと視界の端に誰かが見えた。花柄の衣。

 

「おい誰だ? まて!」

 

 助けた少年と共に後を追う。

 誰もいなくなった場所をずしり、ずしりと鬼が歩んできた。

 

「ん〜、面をつけた奴は今回いないなぁ。残念だなぁ、鱗滝の奴に復讐したかったんだがなぁ。まあ二、三人食べればいいかぁククク」

 

 全身を腕で覆われた異形の鬼は頸をへし折られ死んでいた青年を丸呑みにすると、その腕を用いて地面に潜り眠りにつくのだった。

 

 

 

 一日目の朝となり日が藤襲山を照らす。あの後悲鳴を追い十人にまで増えた仲間と共にそれを喜んだ。昼間襲撃される危険がないことから持参されていた包帯を怪我人に巻いたり、枝を切って添え木にして骨折を固定したりする。十人と言うものの負傷者が多い。特に足を骨折してしまった後藤は気さくで良い人だが戦うことは完全に無理だ。

 奏多一人が突出して山の鬼を皆殺しにして仕舞えばいいのではと彼には提案されたが奏多は首を横に振った。自身が突出している間に襲われれば十人が守れないから、と。

 それを聞いた後藤や他の仲間は少し悲しそうな顔をした。自分達の力を信用して貰えないことか、奏多の足手まといになってしまっていることかは彼らにしかわからない。

 さらに昼の間に合流等で人数は十五人に膨れ上がる。

 奏多達は夕日側に陣取り、夜になるとともに負傷者を真ん中にして円形に警戒しながら朝日の登る側に移動する作戦にした。なるべく日の当たる時間を長くして襲撃を減らすためだ。

 最も危険だったのは三日目だった。複数の鬼による同時襲撃である。鬼同士が敵対していなければ守りきれず死人が出ていただろう。時折現れる花柄の着物の少女の影を追うも、鬼も人も見つけられず終わる。

 そして五日目、鬼の襲撃を受けなくなる。

 そこからはいつ襲われるかわからない状態に皆が精神をすり減らしつつも襲われることなく七日目を迎えた。

 仲間同士で助け合いながら日に照らされる広場にたどり着くと、初日の妊婦の女性ではなく黒子のような格好をした男性がいた。

 

「最終選別突破、おめでとうございます」

 

 喜びの声を上げる周りを見る。花柄の着物を着た人物はいない。死んでしまったのか、奏多自身の見間違えなのかわからなかった。三十人近くいたのに、突破できたのはたった二十人程度だ。自分がもっと強ければ、と思う奏多だった。

 

「それでは皆様には隊服と鎹烏を。寸法を測っての隊服の支給と最期に階級を刻ませていただきます」

 

 どこからかカラスが飛んできて奏多の頭に乗った。肩に乗れと頭を振っても一切降りようとしない。なんかどこかで会ったか気がする奏多だった。

 

 階級を刻まれ、刀を打つ為の鋼を選び、服を受け取ったのでとりあえず巌滝山に戻るかと考えていると、説明をしていた黒子のような人、隠の服部と言う人が声をかけてきた。

 

燻御(くすみ)殿、燻御殿?」

 

「…………あ、いやすいません苗字で呼ばれたのなんてもう何年も前で」

 

「では、奏多殿、日野坂殿がお呼びですのでこれを付けてください」

 

 差し出されたのは目隠し、耳栓、鼻栓、袋であった。

 

「これは?」

 

「目隠しと耳栓と鼻栓です。全部つけてから頭に袋を被って下さい」

 

 渡されたそれと服部さんの顔を奏多の目が往復する。

 

「日野坂殿が居るのは秘匿された里なのでこのような処置をする必要があるのです」

 

「な、なるほど」

 

 いそいそと全部つけてから袋をかぶるが、外から見ればどう見ても誘拐される人だろう。何も見えない中手を引かれるのに従うとおんぶされる。

 

(この状況、袋のせいで息しにくいし何も見えないし暇だなぁ)

 

(そうだ、動かなくていいし呼吸の修練してよ)

 

「ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウ、ヒュウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ」

 

 服部は真顔になった。呼吸のことは知っている。ただおんぶされて後頭部のあたりですごい音を立てながらやるのは結構うるさい。袋をかぶっているにもかかわらず走る際の風の流れと別の風の流れが服部の後頭部あたりで生まれていた。服部から八度ほど別の隠に受け渡され全員にうるさいと思われた奏多だった。

 

「着いたぞ」

 

 そう言われて袋をを外し目隠し耳栓鼻栓を取るとそこは温泉街のような印象を受ける建物群が立ち並んでいた。歩く人が全員意匠は違えどひょっとこの面をしている。

 

「もう三十になるんだからいい人ぐらい見つけたらどうだ!」

 

「結婚なんぞするか‼︎ くそったれめ俺は刀を打つんだよ! ええい離せ刀を打つんだよ‼︎」

 

 なんだか暴れているひょっとことそれを取り押さえるひょっとこもいるが幻覚ということにしてこの風光明媚な場所、刀鍛冶の里の景色を遠い目をしながら楽しむ。

 

「それで俺はど「奏多くーーーん!」ギャプッ⁉︎」

 

 どこからか現れた筋肉達磨ひょっとこ、日野坂龍彦の体当たりを背後から受け抱きしめられる。

 

「最終選別突破おめでとう! 奏多くんなら大丈夫だと信じていたよ!」

 

「…………」

 

「この里には温泉があるんだ! ぜひ疲れを癒してくれ! あその後でいいから奏多くんの技を見せて欲しい!」

 

「…………」

 

「奏多くん?」

 

「おい、極まってる」

 

 隠の人がつんつんして龍彦が抱きつくのをやめるとブハァと奏多が息を吐いた。

 

「し、死ぬかと思った、筋肉ムキムキになった行冥が念仏唱えながら手招きしてた……」

 

「すまない奏多くん。興奮しすぎてしまってね、というわけでゆっくり休んでくるんだ」

 

「いえ、先に技を、何か目標は……」

 

「あ、奏多くんそこの辺りの松なら切って大丈夫だよ、松炭にするからね」

 

「とは言っても三つしかないんですが」

 

 三つの技を見せる為松が三本犠牲になりつつ、隠の人も龍彦も拍手をする。

 

「奏多くん流石だ! 作るにあたっての要望はあるかな?」

 

 刀を鞘に納めて龍彦に渡す。

 

「これより二寸くらい刃渡り長いほうが使いやすい気がします。あと、三の太刀の時の切り返しが自分でも納得いかないのでどうにかしたいのと、鞘を鉄拵えにして欲しいです」

 

「割と要望が多いな! しかしそれに答えてこその刀鍛冶というもの。任せておきたまえ」

 

 ひょっとこの口から気炎を吐き出しながら龍彦は胸を張った。

 

「十五日後を楽しみにしたまえ!」

 

 食事と温泉をいただいた後、再び目隠し耳栓鼻栓をされて袋を被らされると、巌滝山に連れられる奏多だった。



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第六話:焼き戻し

「さあさあ見てくれ奏多くんの為だけに打った一品だ。どうだどうだ?」

 

 筋肉の舞*1を踊りながら渡された日輪刀を丁寧に受け取る。鉄ごしらえの鞘は木製に比べれば少し重いが今の奏多には問題ない。手にしっかり馴染む柄は、漆で塗られた黒の鮫皮の上から鉄紺色の柄糸を巻かれ質実剛健さを感じさせる。

 

「鍔は父が作ったんだぞぉ」

 

 鉄で打たれた鍔は丹念に磨き上げられた木瓜型に沿うように藤の花の装飾が添えられていた。藤の花が鬼の毒になると聞いた靴槌老人がお守り代わりに作り込んだのだ。重心がずれない様、木瓜形全体をしっかりと調節した職人の技である。

 刀をゆっくりと抜くと、美しい鋼の刀身が姿を現す。それは半ばから両刃に変わり、先端は剣のようになっていた。奏多がそれをゆっくり眺めていると、根元の部分から僅かに色が変わっていく。変わっていく過程を見るか、刀の制作者でもなければ気付かない僅かな違いではあるがしっかりと色変わりの刀としての特性を発揮していた。

 

「改めて見るとわかりにくいですねー色変わり。岩の呼吸も灰色で分かりにくいとは思っていましたがなおのことわかりにくい変わり方があるんですねえ」

 

 巌滝山の刀を譲られていた為、今まで奏多の使っていた刀は灰色をしていた。

 

「俺の為に刀を打ってくれて、鍛えていただいて本当にありがとうございます」

 

 鞘に納め二人へお辞儀をする。感謝してもしきれない思いがある。

 

「鬼殺隊の一員として、この服に相応しくなれるように俺、頑張っていきます」

 

 立ち上がり、腰のベルトに差してみる。奏多としてはなかなか様になっているのではと思う。

 滅の字を背負った黒い隊服の上からよく着る黒い羽織を肩にかけてみたら身を引き締められているように感じる。それは下手な鬼では裂くことすら出来ない鬼殺隊の知恵の結晶だからか。

 お洒落としては飾りっ気が藍の組み紐だけである。今は座敷なので脱いでいるが袴とブーツの組み合わせもお洒落と言えばお洒落だ。孤児で日々に精一杯だった奏多はそういうのには疎い。伏銅と日野坂はそれが少し残念な気もした。

 

「もう少しオメカシした方がいいんじゃないですかねえこれは」

 

「確かに、奏多くんならこれだともったいない気もするぞ! これはこれで別嬪さんだが!」

 

「……え? 似合ってない?」

 

「「いや似合ってる似合ってる」」

 

 詰襟と羽織の影響で肩幅と体のラインが分からないため一見少し骨太の美女に見えるのだ。その中身は細いとはいえ筋肉である。この空間には細いマッチョ(奏多)マッチョ(伏銅)超マッチョ(日野坂)の三筋肉の空間だ。

 

『お仕事の時間ですよ! お仕事の時間! 任務ですよ!』

 

「うわああああ喋ったあああああ!!?」

 

 外から器用に嘴で戸を横に押しあけて飛び込んできた鎹烏が喋り出して奏多は驚いた。他二人は知ってるので驚かない。

 

『南東の採石場で人が消えていますよ! 調査ですよ! 任務ですよ!』

 

「それじゃ、気を付けるんですよ、奏多」

 

「刀のことで何かあればすぐに知らせてくれ! 奏多君!」

 

「ありがとうございます。では行ってきます!」

 

 鎹烏に急かされながらブーツを履いてもう一度お辞儀をする。

 玄関を飛び出して手を振りながら山を下り街道に飛び出す。鬼殺隊として初めての任務が始まる。

 

 

 

 

 

 

「成る程、崩落事故に熊が出たり」

 

「ああ、崩落が起きるはずのない場所のはずなんだがな、更に人喰い熊まで出るとなるともうこれはどうしようもない。猟師が猟銃担いで山狩りに出かけたが、誰も帰ってきやしなかった」

 

 採石場に連なる村にやってくると、明らかに村の様子が暗かった。偶然通りかかった男に話を聞いてみるとやはり採石場で何かが起きているらしい。

 

「人の味を覚えた熊は人間を襲い出す。だから村の連中も熊がいつ村に降りてきて暴れないか不安なのさ。それにこの村の収入源は採石だからな、決まって夜に熊が出るから採石場で仕事できるのは短い間で更にビビりながらやるからろくに仕事にもならんよ」

 

 この男性はどうやら採石場で働いているらしかった。採石場の場所を聞くと心配されたものの教えてくれる。

 

「行かせてくれ! 父の仇は僕が取るんだ! 熊なんて撃ち殺してやる!」

 

「やめてださい与助さん! 貴方まで帰ってこなかったら私どうにかなってしまいます!」

 

 女に襟首を掴まれながらも引きずるように進んでいく男が奏多の脇を通り抜けていく。その手には猟銃が握られている。

 

「ああ、山狩りに行って帰って来なかった猟師の息子さんだな。祝言を挙げるって時に酷え話だ。親父さんも息子の祝い事に水は差させねえって張り切ってたんだが……」

 

「……ありがとうございました」

 

 顔を伏せる男に軽く会釈をして、今まさに言い争いながら採石場へ向かおうとする男の前に立つ。

 

「なんだ君は、この銃が見えないのか危ないぞ、退いてくれ!」

 

「貴方は行くべきではない」

 

 道を譲ること無く奏多はそう告げる。押しのけていこうとしたが奏多は微動だにせず、逆に男が押し戻されてしまった。

 

「君に何が分かる! 見たことない顔だからこの村の人間でもないのだろう⁉︎」

 

「少なくとも、貴方が言ってもし帰って来なければ、その女性は悲しむ」

 

 男は顔を歪ませて、襟首をつかんでいた妻を見た。息を上げて大汗をかいて、男を喪いたくないという怖れが顔にありありと浮かんでいた。

 

「……父をようやく安心させられると思ったんだ。僕にはもったいないくらいの素敵な女性が妻になってくれるって」

 

 男が襟首を掴んでいた手を取るともう離すまいと女性が強くその手を握った。

 

「父が死んだことへの怒りもある。それ以上に妻が熊に襲われるんじゃないかと思うと思うと僕は恐ろしくてたまらないんだ! だから僕が猟師としての責務を全うする必要がある!」

 

「《だから、俺が来ました》。この事件は貴方の責務ではない。俺が果たすべき責務です。」

 

 力強い瞳で奏多は男を見つめた。男より明らかに若く背も低い少年の言葉に、男は例えようのない説得力と安心感を感じた。

 

「頼む……父とみんなの仇をとってくれ!」

 

 託すように頭を垂れ、男の懇願に奏多は力強くうなづく。

 

「任せてください」

 

 踵を返し採石場へ向かう奏多の背で夫婦は祈った。この少女、いや少年が無事でありますようにと。

 採石場に着いた頃にはすでに日が落ちていた。鬼の時間だ。月明かりが照らす採石場は夜間作業の為の照明装置があるが、男の言っていたように日が落ちる前に撤収する為消灯されており、奏多にはつけ方がわからないので放置である。

 始まりを遡れば平安時代にまで行き着くと言われる採石場で、森を開かれ石の地面があらわになった場所だ。採石によって切り立った崖の一部などは見事にくり抜かれている。

 良質な石を取るため人一人が入れるような坑道も掘られいて、その中には本来崩れないであろう頑強な石に亀裂が入り崩落している場所があった。

 そして周りを空より暗い森に囲まれた様子は成る程、熊が出ると言われれば納得してしまいそうだ。

 しらみつぶしに森の中を探索してみても木の折れた後などは見つかるものの鬼自体が見つからずしばらく経って採石場に戻ってきた。

 

(一体どこに、いや。なぜわざわざ採石場に鬼が顔を出したんだ? 何か理由が?)

 

 あたりを見ればツルハシが立てかけられている。物は試しと拾い上げ崖に振り下ろしてみる。ガキンと小気味のいい音を立てて石が削れる。

 すると、森の方からメキメキと木が折れ枝が折れる音が生まれ、近づいてくる。そちらを向いて刀を構えると大きな玉のようなものが森を突き破って崖から落下し、採石場の地面を割った。ほぼ完全な球体だが、その表面は亀の甲羅のようにも見える。

 

「異形の、鬼?」

 

「殴る音が聞こえたぞ、また酷い奴が来たんだ。そうだお前、僕を虐めに来たんだろ」

 

 球体だったそれがメキメキと割れ開く。そこから手足が伸び、最後に頭が現れた。球にそのまま手足をつけたようなずんぐりむっくりした歪さだ。そして一般人が夜間に見たなら熊には十二分に見えるだろう巨大さである。

 

「僕は何も悪いことしてないのにみんな僕を虐めるんだ。お前もそうだろう?」

 

 鬼の哀しそうな表情が本気でそう言っていると奏多にはわかる。だからこそ許せない。

 

「何も悪いことをしていない……? 人を食っただろ!」

 

"劔の呼吸 弐ノ太刀、布都椿"

 

 高速の踏み込みと居合は鬼の胴を切る。しかし血が出ない。鬼の腕が数瞬前まで奏多のいた場所を砕いた。

 

「切りにくいっ!」

 

 思わず奏多が呟いて舌打ちした。

 球体状の体で剣筋が滑りやすく甲羅のような装甲も中に気泡がまばらにあったり硬さがまちまちで切りにくかった。刃こぼれや折れなかったのは奏多の鍛錬と日野坂の鍛治の腕の高さのお陰だ。

 その切られた部分の甲羅が突如スライドするように移動して新品の甲羅と入れ替わり、傷ついた甲羅が弾け飛んで奏多を襲う。

 

"劔の呼吸 参の太刀、尾羽(おば)切り"

 

 高速の二連撃により切り払われた甲羅が地面に突き刺さる。

 

「非道いな、食事をすることも許さないなんてやはり僕を虐めに来たんだろ!」

 

 甲羅鬼が歯をガチガチ鳴らしながら頭を抱えるように蹲ると甲羅同士がくっつき再び球体となる。その場で地面を削りながら高速回転し奏多に向けて突進してきた。

 横に躱そうとすると追尾するように進路を変えてきた甲羅玉をギリギリまで引きつけてから上空へ跳躍。回避された甲羅鬼が背後の岸壁にめり込む。

 

「避けるな! 卑怯者!」

 

「甲羅に篭った奴が何言ってるんだ!」

 

「それはお前が僕を虐めるのが悪いんだ!」

 

 岸壁と瓦礫を弾き飛ばしながら甲羅鬼は再び突進する。奏多の跳躍と同時、甲羅鬼も鞠のように地面から跳ね上がった。

 

(空なら避けられない! 僕を虐める奴がまた一人減るぞ!)

 

 勝利を確信した甲羅鬼。だが確信したのは鬼だけでない。奏多もだ。二度目の跳躍は回避のためにしたのではない。鬼を切るためにしたのだ。

 頭の中に槌の音が響く。体が劔となる。体の軸を横にし、跳躍のエネルギーを回転に変換。

 

"劔の呼吸 壱ノ太刀、草薙"

 

 それは変則的な草薙。横に切り裂く力を縦に変え、甲羅鬼の回転と斬撃の向きを合わせたのだ。重力加速と体重の上乗せも相まって通常の草薙よりも威力が高い。

 二つが交錯したあと、球が真っ二つになり地面でそれぞれ適当な方向に跳ね飛んでバランスを崩した。

 

「あ、あっ、やだ、虐めなーー」

 

 露出した甲羅鬼の視界に入ったのは岸壁に着地しこちらへ刀を振りかぶる奏多の姿だ。二連続の草薙により甲羅鬼の頸は切り取られ、ボロボロと体が崩れていく。

 崩れきるのを見届けてから刀の状態を見ると刃こぼれも損耗も無いようで、ほっと息を吐いた。

 

 ドン!

 

 ドゴン!

 

"破壊殺 脚式"

 

 ドォン‼︎

 

 突如として採石場の坑道付近が大爆発を起こしたように弾け飛んだ。石が飛び散り破片により煙が採石場に充満する中、刀を構える奏多の目に人影が映る。煙に紛れその姿ははっきりと見えないが、向き合っていることはわかる。

 

「女か、至高への糧にもならん」

 

 重圧(プレッシャー)が奏多を襲う。今までに感じたことのない重圧に思わず刀を持つ手が震えた。口を開くことさえできずにただ構えているだけだ。

 ドン、と衝撃があたりを揺らし朦々と立ち込めていた煙を弾き飛ばすとそこにはもう何もいなかった。

 突如として極限まで張り詰めた緊張の糸が切れたことでその場にへたり込んでしまった。

 

「なんだあれ、なんなんだ」

 

 一つわかる事は、今の自分では足元にも及ばない鬼であるという事だ。今の自分では勝てない。ならばできる事は一つ、修練を続け強くなる事だけだ。後もう一つ。

 

「俺は男なんですがぁ‼︎」*2

 

『次の任務! 次の任務! 北西の町で鬼の疑いあり! 休息ののち向かわれたし!』

 

 何処からか鳥なのに夜なのも気にせずやってきた鎹烏を頭に乗せながら、立ち上がって汚れを払うと納刀し、目を瞑る。

 

(どうか死んだ人たちが天国に行けますように)

 

 少しの間黙祷した後。目を開き歩き出す。

 強くならねば、そう心に決め奏多は次の任務へと向かうのだった。

*1
奏多命名

*2
もし聞こえていたら死んでいた



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第七話:仕上げ

誤字修正
ご感想誠にありがとうございます


「無事に妹さんが最終選別を突破したみたいでよかったですね」

 

「そうでしょうそうでしょう? 私の自慢の妹ですから。今笑ってないですけど笑うととっても可愛いんですよ」

 

「うんうん俺も見てみたいですね、なんかすごい睨まれてるんですけど俺何かしましたっけ」

 

 テーブルに座って乙女談義のようなことをしているのは燻御奏多と胡蝶カナエである。一見すると骨太の美女と絶世の美女の組み合わせに見える。二人とも長身である。

 

「なぜあなたが居るんですか燻御様?」

 

 黒い詰襟の上から白衣を着たカナエの妹、胡蝶しのぶが奏多の方を美少女がちょっとしちゃいけない顔をしながら睨んでいる。お茶を運んできた時もカナエの元には音も立てずそっと置くのに奏多の元にはドンッと勢いよく置いて露骨に奏多を敵視している。

 

「すごく他人行儀! 休息と待機の命令でて暇だったから来ただけだよごめんね!」

 

「階級(きのえ)の隊員様と気軽に喋るなんて本日なりたてほやほや新米隊員の私では恐れ多いことですよ罰が下ってしまいますオホホホ」

 

 とても朗らかな笑いであった。青筋が浮かんでいなければ背後に花でも咲き乱れていそうな笑顔である。

 

「その理論では今まさに柱と気軽に茶をしてる俺は切腹モノなのでは?」

 

「ぜひお願いします。ここは"蝶屋敷"。怪我人なら何ら文句はありませんよ」

 

「こいつめぇ~~」

 

 奏多がいるのは鬼殺隊診療施設改め"蝶屋敷"である。花柱、胡蝶カナエの屋敷を併設し拡張することで医療施設としての機能をさらに充実させたモノだ。表では今何故か磔にされた鬼殺の隊服が火刑に処されている。

 初めはカナエの柱名に合わせて"花屋敷"と命名しようとしたらしい。

 だが、それを聞いたしのぶが一刀両断。

 

「浅草の動物園みたいで流石に嫌です」

 

 とのことでならば花に集う蝶たちの屋敷ということで蝶屋敷になった経緯がある。医療施設以外に医療に従事する隊士の寝床や孤独になった少女たちの拠り所としても機能しているとのことだ。優しいカナエさんらしいなぁというのが奏多の素直な感想である。

 

「ハアアアアア! 美人の気配! 私の知らない美女が鬼殺隊に居たなんて!!」

 

 表から入ってきたのは眼鏡を掛けた隠の人であった。なぜか目が血走っている。

 見た瞬間しのぶに青筋が浮かんだがすごい悪い笑みを浮かべたまま黙ってカナエに目くばせをしている。

 

「そこの方、そこの方お名前は! 背が高い! スタイル映えするぞ! 良い!」

 

「奏多さんですよ」

 

 名乗ろうとした奏多の口をカナエが抑えしのぶが告げる。

 

「ぜひぜひ、貴女に合った最高の隊服を繕いますので! 寸法を測らせていただきたい! 脱いで!」

 

「ごめんなさいね、黙って従ってあげてください」

 

 すごい目が血走ってて怖い。下手な鬼より怖いぞこの隠と思いつつ、すこし苦笑するカナエの指示に従って黙って頷くと促されるまま隣の部屋へ奏多は着いていく。

 それをニコニコと見送ったしのぶは数十秒後に隣の部屋から響き渡った

 

「う、うぎゃああああああ細マッチョおおおおおおおお!!」

 

 という悲鳴に全力で天を仰ぐようにガッツポーズをするのだった。

 

 

 

「というかよく見たら隊服の袖少し裂けてるじゃないですか、怪我はしてないんですか?」

 

 気絶した眼鏡隠を他の隠が引きずっていくのを眺めつつ茶を再開する。

 

「十二鬼月倒した時に切られたかな」

 

「怪我がないようでなによりですね」

 

 茶菓子に持ってきた金平糖をポリポリと食べながらのんびり茶をするる奏多とカナエ。奏多はかぶせ茶を、カナエとしのぶは玉露を飲んでいる。

 

「……まってください、十二鬼月?」

 

「そうそう、下弦の参だったけど」

 

「ずっと努力してましたもんね、伏銅さんに推薦して正解だったかしら」

 

 湯呑に玉露の二番煎じを注ぎながらほっこりとした笑顔で金平糖を摘まんだ。初任務を受けてから二年がたち、甲に昇格までした奏多の努力は計り知れない。ただ指揮をするのは苦手なので何か合同で事に当たる時は遊撃担当にされてしまうのはご愛嬌。

 今回の下弦の参との戦闘も調査として集団で向かった先、単独行動で探索中にそのまま戦闘になって頸を落としたといった状況だったそうだ。十二鬼月との戦いで一般隊士の被害が無しだったのは類を見ないが単純に被害が出る前に倒してしまっただけである。

 

「姉さん!? 暢気すぎませんか!?」

 

 思わずツッコミを入れたしのぶである。

 

「そうね、私もしのぶや他の子を継子としてしっかり指導していきたいんだけれど……」

 

「姉さん解説が致命的に下手ですからね……じゃなくて、十二鬼月倒したんですよ!?」

 

「いや、これでもまだまだなんだ。ここで満足して止まっちゃいられないからな」

 

 最初の任務中に出会った鬼のあの破壊力が焼き付いて離れない。あの領域に追いすがらねばいけないと思うとまだ満足するには奏多自身自分の実力に納得は行っていなかった。

 

「奏多さんがこれですからね、私ももっとがんばらないといけないですね」

 

「ちなみに、どれくらい解説下手なの?」

 

 お茶を啜るカナエから目線を外して、奏多が小声でしのぶに耳打ちした。

 普段全力で姉を自慢するしのぶが珍しく目線を逸らす。

 

「全集中の呼吸の解説で"肺にびゅおって息を貯めて全身にぶわーっとする感じで呼吸をするのよ"って姉さんに言われましたね。それを言語化して解釈するのに少し時間がかかりました」

 

(感覚派だったのかカナエさん……)

 

 本人は強いが指導には向かないタイプという奴である。逆にしのぶは理路を整然としわかりやすく噛み砕いて説明できる指導に向くタイプである。

 

「じゃあちょっと休息と待機の間ここにいても大丈夫か? 待機の間に里の方から刀が送られてくるらしいんだけど定住してないとその辺不便なんだ」

 

「構いませんよ、ここは蝶屋敷、全ての鬼殺隊員に開かれた場所ですから」

 

 それを聞いて椅子から立ち上がって腰に刀を差しなおす。鍔を里に送ってしまったので不格好になってしまっている。

 

「じゃあちょっと稽古場の方借りてるよ。しのぶも来るか?」

 

「……いいですよ、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」

 

 実際戦う所を見たことがないのとこれからの戦闘の参考になると思ってしのぶは着いていくことにした。

 

「やけに素直だな、明日は雨か?」

 

 そんなことを言いながらに頭を撫でてくる奏多に、青筋を浮かべて小突こうとするがひょいひょいと笑いながら躱され逃げられてしまう。さっさと稽古場の方に行ってしまった後の扉を少し息を切らしながら睨みつける。

 

「なんでアレは私と三しか違わないのに私を子ども扱いするんですか……! ね、姉さんもどうして撫でるんですか!?」

 

(プンスカしてるしのぶもかわいいわ……)

 

 怒っていたがカナエに撫でられると隠しきれない嬉しさが滲み出てしまっている。医学を志し勉強しつつ隊士になったとは言っても姉大好きっ子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、うまいうまい。全力疾走をする感じじゃなくて長距離を走る時の平均速度を上げていくようなイメージで呼吸するんだよ」

 

「目の前でそれやめてくれませんか?」

 

 庭に飾ってあった岩を担いで反復横跳びしている奏多の先、しのぶが正座をしながら全集中の呼吸を続けていた。基本中の基本である呼吸だが、それと同時に奥義でもある。

 ほとんどあらゆることに応用が利くからこそ基本を大切にしなければいけない。そう真面目に伝える奏多だが背に岩を背負って目の前で反復横跳びをされるという意味不明すぎる図に真面目な話が加わった結果しのぶの横隔膜に痙攣を与え呼吸の難易度を知らず上げていた。

 奏多が蝶屋敷に滞在して数日だが蝶屋敷にはない腕力があるのでそれに関わることを手伝ったりもしていた。一緒に手伝ってくれる隠の人がすごく申し訳なさそうにして居たりもしたが概ね平和だ。医療施設なので当然怪我をした隊員がやってきて、暇な奏多は鍛錬の合間に機能回復訓練を手伝ったりしていた。

 

「お待たせした奏多君。今回も()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 そうしてようやく刀が届く。背が伸びるのに合わせ幾度となく刀の長さを調節したりとお世話になっている日野坂龍彦がやってきて感慨深そうに何時もの決まり文句を口に出した。今打った刀が最高傑作。そして次の刀はそれを上回るさらなる最高傑作であれ、龍彦の信念だ。身長が五尺七寸*1になった奏多の要望に合わせ少し刃渡りと柄を伸ばしていた。

 任務から帰ってきたカナエとしのぶも居合わせる。姉妹は単純に奏多の日輪刀の色変わりの瞬間を見物したいだけだ。

 

「さ、いつも通り試してみてくれ」

 

 刀を受け取った奏多が立ち上がって庭に出る。三人がぞろぞろとそれについて行き、何事かと療養中の隊員なども見物にやってくる。それを気にすることは無いようで、小石を一つ拾い上げて空と投げた。

 落下してきた石を一閃。居合が炸裂しその場に真っ二つになった小石が落ちる。見物人から「おおー」と感嘆の声が溢れた。

 

「いつも本当にありがとうございます!」

 

 二度、三度さらに振ってみてから、奏多は笑顔で龍彦の方を向いて礼を言った。快活な笑顔だった。

 

「あっ」

 

 小さくしのぶが声を出して姉の方を見た。カナエは分かってましたよと言わんばかりに微笑んでいた。

 ゆっくりと、そのさなかを見なければわからないような鋼色への色変わりを果たした日輪刀。奏多用に龍彦が調整した半ばから両刃となり剣のような先端を持つ切っ先諸刃作りの日輪刀だ。

 その刃元には四文字が刻まれていた。しのぶが知る限り先日までの鍔なしになっていた刀には刻まれていなかったものだ。

 

 "惡鬼滅殺"と

 

 鎹烏がやってきて、伝令を告げる。

 

『伝令ですよ! 伝令ですよ! 燻御奏多の待機命令を解除ですよ! ただちに本部へ参るべしですよ!』

 

 惡鬼滅殺。その彫りをされた日輪刀を持つことが許されたのはすなわち、と、しのぶは再び姉の方を見た。

 

「そういえば、そろそろ柱合会議ですね」

 

 "花柱"胡蝶カナエは微笑みながらもそうつぶやくのだった。

*1
約172cm



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第八話:邂逅

 "柱合会議"

 

 半年ごとに行われる鬼殺隊を支える柱が集まる会議である。現在は六人が柱に任命されており、既に鬼殺隊本部である産屋敷の庭に集まっていた。

 

「胡蝶君? やけにニコニコしているが何かいいことでもあったのかい?」

 

"水柱"渦麻木(うずまき)青海(せいかい)

 

「……ええ、妹が無事最終選別を突破しましたの」

 

"花柱"胡蝶(こちょう)カナエ

 

胡蝶殿の妹か! 志あるものが隊員となるのは喜ばしいことだ!

 

"炎柱"煉獄(れんごく)杏寿郎(きょうじゅうろう)

 

「人材不足ですからな。鬼を食いちぎる牙が足りない」

 

"虎柱"牙穿(きば)好乃(よしの)

 

「かと言ってただ人を増やしてもどうともならんからな旋風を巻き起こせるような奴じゃねえと」

 

"嵐柱"轟徳慈(ごうとくじ)安斎(あんざい)

 

「今は我々で支えていくしかないだろう。お館様がいらっしゃった」

 

"岩柱"悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)

 

 最後の岩柱の言葉で全員が横並びになる。

 

「お屋形様のお成りです」

 

 白髪の妻が屋敷の襖を開らき、黒髪の美青年が現れる。

 

「お待たせしたね、私の剣士(こども)たち。今日はとてもいい天気だ。晴天がどこまでも続いている」

 

 美青年という枠で括るにはあまりにも大人びていた。思慮深い光が瞳に宿り、心を震わせるような心地の良い声。絶やされる事ない穏やかな微笑み。上に立つものの理想を具現化したような男、それが鬼殺を統べる産屋敷(うぶやきし)輝哉(かがや)という男だった。

 

「蓮次郎のことは残念だが、それでも君たちとの柱合会議を迎えられたことに深く感謝するよ」

 

 すこし悲しそうに一同を見渡してから、それでも笑顔で柱たちにお屋形様は感謝の意を示した。

 先月まではもう一人、"海柱"玖炉潮(くろしお)蓮次郎(れんじろう)という柱が居たが、十二鬼月との戦闘で死亡していた。

 

「我々一同、お屋形様がご壮健で誠に喜ばしく思います。変わらずのご健勝をお祈り申し上げます」

 

 ()()()()()()最古参になってしまった悲鳴嶼が挨拶を返す。柱たちの中で最も上背が高く威圧感がある。

 

「ありがとう行冥。さあ、皆上がっておいで今日は会議の前に良い知らせがあるんだ」

 

 お屋形様が促すと柱たちは屋敷に上がっていき、畳の上に座っていく。

 

「お屋形様。良い知らせとは?」

 

「今日、鬼殺隊を支える新たな柱になった剣士(こども)を紹介させてほしいんだ」

 

 それを聞いて柱たちに喜色が浮かぶ。

 

「それは良い知らせですな」

 

うむ、まことに良い知らせである!

 

「それでもまだ七人、ですが今は新たな牙の到来を喜びましょう」

 

 花柱はニコニコしているだけである。

 

「さあ、おいで」

 

 別の襖が開かれ、新たな柱が姿を現わす。

 

「新たに剱柱を拝命いたしました、燻御(くすみ)奏多(かなた)でございます。鬼殺隊を支える柱として期待に応えられるよう尽力していく所存であります」

 

 開いた襖のすぐ前で既に頭を垂れて奏多が自己紹介をする。"かなた"という名に岩柱がピクリと反応し、そちらを向く。

 

「ふふ、奏多。緊張しすぎだよ、こっちへおいで、皆にも自己紹介してもらおう」

 

「はっはい失礼しまーーー」

 

 顔を上げて立ち上がった奏多が石のように固まった。

 

「どうしたのかな奏多?」

 

 心配そうな産屋敷の声にも反応せず一点を見つめていた奏多の目からボロボロと大粒の涙が溢れる。

 それを見ていた全員の目が点になった。

 

「…………行冥?」

 

「……奏多?」

 

 ふらふらとした足取りから、悲鳴嶼へ奏多が飛びついた。別人のように筋骨隆々として顔に傷跡が増えているが、そこに居る。南無阿弥陀とお化けみたいな羽織をしているが幽霊じゃない。幻覚じゃない。

 

「生きてた! 良かった‼︎ ごめんなさい! あの時役に立てなくてごめんなさい‼︎ 行冥が俺たちを守ってくれて、でも俺が気絶したばっかりにきっと行冥が誤解されて‼︎ ごめんなさい! 本当に、本当に生きてて良かった‼︎ よかったよぅ……」

 

 柱になったとはいえ奏多は十六歳。沙代を除き家族全員を失った経験と、自分が原因で死ぬことになってしまったと思った家族が生きていたなら仕方のないことではある。

 周囲の柱達はどういう状況か分からずあわあわするだけだ。

 カナエは鍛冶師を助けた際からの奏多は知っているがそれ以前のことは良く知らないのだ。行冥と関係があるのを知っていたら真っ先に前回か前々回の柱会議で悲鳴嶼に告げていただろう。

 唯一あわあわしなかったのは産屋敷である。奏多の発言と悲鳴嶼を助けた際のことが一致し状況を理解し微笑んでいた。

 大泣きする奏多に対し、常に流れていた悲鳴嶼の涙が止まった。

 

「大きくなった。随分と大きくなったな奏多。奏多がそう言ってくれるだけで、私は救われた。あの時命を掛けて本当に良かったと思える。ありがとう、奏多」

 

「起きたらもう死刑になってたって! 俺が起きてれば無実だって伝えられたのに!」

 

「お屋形様がその時助けてくれたのだよ、死刑が執行されたというのも偽るための物だが、奏多を悲しませてしまった。すまない」

 

 行冥は、生き残った奏多たちが恐怖する必要のない世にするため鬼を狩る決意をした。だから危険に近づいてほしくなく会いに行くことはしなかった。

 だがそれも要らぬ心配だったのかもしれない。あの日の嘆きをバネに柱にまで至ったのだから。

 随分と大きくなった奏多を目一杯抱きしめて、頭を撫でる。懐かしいその感触に奏多は余計に泣いて縋り付いた。ずいぶんと硬くてごつごつとしてしまったけれど、あの日の夕食後に撫でてくれた手と同じ暖かみがあった。

 と、ばっと涙を止めて顔を上げる。

 

「ちょっと待った、こんな都合のいいことあるのか? 実は血鬼術あたりで幻見せられてるのでは?」

 

 涙は止まっておらずとも顔を上げた奏多の視界にカナエが映る。すごくニコニコしている。

 

「奏多さん、そう言う時は奏多さんが知らないであろう事を言ってもらうんですよ、それ悲鳴嶼さん」

 

「奏多が幼い時、袴と間違えてスカートを履いてしまってな、あまりにも動きやすい物だからこれが良いんだとしばらくお気に入りの服に……」

 

「おわぁやめてくれ行冥! 現実、現実だから! …………現実だぁ……!」

 

 現実だと認識してまた大泣きして行冥に縋りついて、行冥に撫でられる奏多だった。側から見ると行冥の巨体と奏多の容姿が相まって父親にすがりついて泣く娘である。もしくは黒猫がじゃれついているようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大変お見苦しい所をお見せしました」

 

 しばらくして落ち着いた奏多だったが、顔が真っ赤である。原因は言わずもがな。行冥も顔を伏せてしまっている。ここに居る全員がニッコニコのとてもいい笑顔である。

 

「すまないね奏多、君が行冥の事件の関係者だと分かっていればもっと早く合わせることもできたのかもしれないのに」

 

「そんな事ありませんお屋形様、ほんと、あの、本当にぎょ、岩柱が生きていただけでとてもありがたい事です。やめてください今はそんな温かな目で見ないでください恥ずかしくて死にそうです」

 

「では柱合会議を始めよう。議題として奏多から興味深いものがあるんだ」

 

(今の流れでそのまま剱柱に話をさせるのか、お屋形様えぐい)

 

 柱合会議の多くは今後の方針や配置に関しての話なのでそれと違う話は最初に出されるのが常だがちょっと奏多を可哀想に思う轟徳寺であった。

 深呼吸をして顔の赤みを抑えて真剣な眼差しに努める。

 

「上弦かもしれない鬼の情報があります」

 

 話を事前に聞いていた産屋敷以外の表情が変わる。

 

「下弦とはいえ十二鬼月を倒したからこそ言えます。上弦には縄張りを持たずに徘徊していると思われる鬼がいます」

 

 奏多は仔細に語る。岸壁を木っ端微塵にした破壊力と圧倒的な重圧を発したあの鬼の話を。

 階級が葵であった頃の奏多の発言では誰も信用しなかっただろう。そもそれほどの鬼が鬼殺隊を無視して去っていくなどあり得ない事だからだ。だが今の奏多は柱。成り立てとはいえその発言には柱としての戦闘力に裏打ちされた説得力がある。

 

「最も楽観視すれば、それが血鬼術による破壊力である事ですけれど、不味いのはそれが素の身体能力に由来していた場合ですね」

 

負けるつもりは毛頭ないが苦戦を強いられるだろう!

 

「それだけの強さ、頸の硬さも想像を絶するかもしれん」

 

 その鬼の特徴を挙げるならただ単純に強い鬼という事だ。搦め手もない真っ向からの強さ。逆にそれが鬼殺を難しくする。

 

「なので、柱合会議の後に少しだけでいいので皆さんで手合わせする時間を設けませんか?」

 

 模擬とはいえ実力が近いもの同士で手合わせすればただの鍛錬より経験になるとの考えからだ。各地に散ってしまう柱同士での稽古は難しいが、柱合会議に集まった際の少しの時間であればそれも難しくないだろう。

 鬼と戦っているとどうしても肉弾的な戦闘が少なくなってくる。強力な鬼であれば多くは異形化しているか異能の鬼だからだ。駆け引きはあっても肉弾戦ではない。そのあたりの経験を稼いでおこうというものである。

 

「いい考えだね。その時間を設けよう」

 

 その後、鬼の出現地域の移動と担当地域を決め、会議も終わりとなる。

 

「ところで奏多。屋敷の方は聞いたままでいいのかい? 行冥の所の近くにということもできるけれど」

 

 柱になるということで奏多は屋敷が与えられることになっている。ただ行冥が生きていることを知る前だったので知った上で代えても良いという産屋敷の配慮であった。

 

「ありがとうございますお屋形様、でも行冥も俺も柱です。会えて、無事ってわかっただけで力になる。もう離れていたって心は着いて行きますから」

 

 すこし照れ臭そうにそう告げる奏多に産屋敷は微笑んだ。

 

「ふふ、そうだね。それでは怪我のないようにね、私の剣士(こども)たち」

 

 産屋敷が去った後、模擬戦をどうやるかで少しの間時間を要すことになった。今回は寸止め、半年後は木刀を持参することが決定した。

 



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第九話:挨拶

ご覧いただき誠にありがとうございます。


 産屋敷よりすこし離れた所で剣士が二人戦っていた。互いの剣戟を躱し躱され隙を突こうと歩法を絶え間なく己に有利な間合いを保とうと動く。鬼との戦闘では起こりにくい接近したままの全力の接近戦闘だ。この場合、全集中の呼吸に求められるのは破壊力ではなくいかに素早く相手の攻撃を捌けるかだ。初めこそ拮抗していたソレが徐々に煉獄に傾いていく。練度と基礎能力が現状煉獄に軍配が上がっているのだから当然ではある。

 ガキン、と奏多の剣が弾かれ隙が生まれる。

 

"炎の呼吸 肆ノ型、盛炎(せいえん)のうねり" 

 

 火炎の螺旋を思わせる鋭い斬撃が奏多に迫るが刀で迎撃する。身体機能において十六の奏多にくらべ十八の煉獄の方が体の完成度という意味で上回る。そして炎の呼吸は基礎五つの呼吸の中でもっとも攻撃的な呼吸だ。真っ向勝負では現状奏多に勝ち目はない。より強い攻撃力には真正面からでは勝てない、だからこそ受けた盛炎のうねりの威力に対抗せず流されるように後方に飛んだ。

 

"剱の呼吸 伍ノ太刀、静謐(せいひつ)烏刃(からすば)"

 

 追撃を切っ先同士をぶつけ逸らしながらカウンターの叩きこもうとするが煉獄も間一髪で回避し振り向く。

 互いの距離が開いた。

 仕切り直しと言わんばかりに構えなおす。

 

切磋琢磨しあうのは良いことだが! もうあまり時間をかけるのは良くないだろう!

 

「ああ、これで終わりにしよう!」

 

"炎の呼吸 壱ノ型、不知火"

 

"剱の呼吸 壱ノ太刀、草薙"

 

 互いが突進技を繰り出す。強靭な脚力で瞬時に距離が潰れ、互いの日輪刀がぶつかろうとした所でまるで時間が止まったかのように急停止した。

 真剣な表情の二人に笑みが浮かぶ。

 

さすがは新たな柱、良い腕だ! ありがとう燻御! 君のお蔭で皆で高め合う良い経験になった!

 

「それはこっちもだ、煉獄」

 

しかしよもやだ! 最後の一撃、日輪刀ごと俺を切るつもりの一撃だったな!

 

 刀を仕舞ってにこやかに話し始める。最初こそ敬語で話していたのだが煉獄に同じ柱なのだから改まる必要は無い! と言われたので素で喋るように努めている。

 煉獄も数か月前に炎柱になったばかりらしい。

 

「でもこっちもタダじゃすまなかったでしょ」

 

当然だな! 切られるとわかっているなりにやり様はある! ただ模擬戦でそれをやっては模擬も意味がない! 我らの刃は鬼を倒すためにあるのだから! だからこそであろう?

 

「そうだな」

 

 だからこそ二人ともぶつかり合う前に止まったのである。

 

 総当たりが終わって全員が満足そうにしている。派生元の水柱との模擬を終えたカナエがニコニコしながら奏多と煉獄の元にやってきた。

 

「フフ、奏多さん。これからは同じ柱同士、よろしくお願いしますね」

 

「こちらこそよろしくお願いします。カナエさん」

 

「駄目ですよ奏多さん、煉獄さんが言ってたじゃないですか。同じ柱なんだから敬語を使う必要なんてありませんよ? ね? 煉獄さん」

 

ああ! 我らは同じ鬼殺隊を支える柱! 互いに敬意はあれど上下は無いからな!

 

「え、いや、カナエさんには敬語で喋る方が慣れてると言うかなんというか……善処します」

 

慣れてるなら仕方なし!

 

ハッハッハと笑う煉獄に釣られて奏多とカナエも笑ってしまった。この三人。今いる柱の中での二十歳以下組である。

 

そういえば燻御!

 

「ワッキョウ!?」

 

 ズォオアと視界の横から煉獄が入ってきてビビった奏多であった。

 

「ど、どうしたんだ煉獄?」

 

君の日輪刀は色が変わっていなかったな! 技の型も水に近いとも取れるし炎に近いとも取れるような感じだ! 剱の呼吸はどの呼吸の派生になるのだ?

 

 そう言われて自分の刀と煉獄の燃えるような鍔を目線が往復して合点がいった。

 

「いや、色変わりがしてないわけじゃないんだよ。これで色が変わった後なんだ。一応岩の派生だな」

 

 

 奏多が再び刀を抜く。一見すると色変わりを一切していないように見えるが、変わった上でこの色なのである。煉獄が頷く。

 

なるほど! 炎で熱し水で焼きいれた鋼色、故に剱とでも言った所か! すまないな! 弟が日輪刀のことで思い悩んでいる様だったので参考になればと思ったんだが!

 

「煉獄は弟が居るのか」

 

居るぞ! 俺の自慢のかわいい弟だ!

 

「それは会ってみたい」

 

 "煉獄が小っちゃくなった"。

 奏多が後に煉獄の弟、千寿郎を見たときの感想である。

 

「私の妹もかわいいですよ! もう笑顔がほんとうに可愛らしいわ!」

 

 カナエが乱入してきた。ふわりと花の優しい香りが風に流れてくる。自信満々のカナエの笑顔に煉獄も笑顔で口を開いた。

 

なるほど! 目に入れても!

 

「むしろ目薬に!」

 

 カナエと煉獄が力強い握手をした。長女力と長男力がシンクロをはたしたようだった。

 ちなみに奏多は行冥を父親とした場合は一応次男である。今の奏多ではもし生きていたとしてもアレを長男と絶対に認めないが。

 

「奏多さんもなんだか後からできた弟みたいな気になってくるんですよ」

 

ああ、わかるぞ。燻御はどこからか迸る弟の波動がある。会議前に悲鳴嶼に縋って泣いていた時も弟力を感じざるを得なかった!

 

「やめてくれ! 蒸し返さないでくれ! やめてー!」

 

 会議前の痴態を蒸し返されて顔を真っ赤にしてあわあわしだす奏多をじっくりとカナエと煉獄は見て呟いた。

 

「「ただ」」

 

「こう見ると妹ですね」

 

こう見ると妹の様だな!

 

「いや俺もうカナエさんより背が大きいんですが?」

 

 カナエ五尺三寸*1、煉獄六尺*2である。奏多が五尺七寸*3なのでカナエより背が高くなったのである。

 

「うう、妹の奏多ちゃんの背がこんなに大きくなるなんて姉として本望です……!」

 

「それしのぶさんの前で言ったら俺殺されるのでやめてくださいよ?」

 

 "いつからあなたが姉さんの妹になったんですか? ほら何とか言いなさいよ"

 と、しのぶが悪鬼のような笑みを浮かべながら包丁を砥ぎだす様が想像されて本気でやめてくれとカナエに懇願するのだった。

 そんな奏多の様子を感じながら行冥は微笑む。子供が独り立ちをするのを眺めるというのはきっとこんな気分なのだろうかと思ったのだった。

 それぞれが分かれ各警備地域へと散っていく。煉獄とカナエとも別れ最後に残ったのは行冥と奏多になった。

 

「じゃあ行冥、元気で」

 

「奏多も、無理をしないようにな」

 

「それでその、もう一度だけお願いしたいんだけどさ」

 

 微笑む行冥が奏多の頭を撫でる。大きくなった奏多だが行冥と比べると錯覚で華奢に見えてしまう。頭を撫でられて嬉しそうに目をつぶって少しの間抱き着いた。

 

「それで奏多、お願いとは?」

 

「いや、やっぱいいや」

 

 奏多が笑って行冥から離れた。

 

「じゃあ行冥、いってきます」

 

「ああ、奏多。いってらっしゃい」

 

 笑いながら少し子供っぽく走ってから奏多は振り向いた。

 

「いってらっしゃい、行冥!」

 

「……ああ! いってくる、奏多」

 

 奏多が手を振っている気配を感じて行冥も手を振った。

 しばらくして、ツッと行冥の瞳から再び涙が流れた。子供っぽくはしゃいでいた奏多の気配が剱のように研ぎ澄まされる。

 何気ない親子の別れを経て、二人は柱に戻る。

 この世にはびこる鬼を斬るために。

*1
約160cm

*2
約181cm

*3
約172cm



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原作開始前:柱が揃うまで
第十話:嵐の前


 蝶屋敷。鬼殺隊医療施設を兼ねた花柱の屋敷のことである。ここに来るものは基本的には鬼との戦闘で怪我を負った隊員、一般人の中でも特に重症だったり血鬼術などの影響を受けてしまった人たちである。

 では特に怪我も無くピンピンしている劔柱の奏多が縁側で呑気に茶を啜っているかというと怪我人を運ぶという口実で来て蝶屋敷の美味しいかぶせ茶を楽しむ為である。

 柱となって一年が経ち、その間に結構な頻度で立ち寄っているので屋敷の子たちとも面識ができてお茶を飲んでると菓子を持ってきてくれたりする。奏多がお土産を持ってきて蝶屋敷が茶を出す、ウィンウィンの関係である。

 

「おや、新入りさん?」

 

「…………」

 

 というわけでいつも通り縁側でお茶を飲んでいると少女がカステラを持ってきた。なぜか知らないが真顔である。しのぶあたりに変なことでも吹き込まれているのだろうかと邪推し、嫌われてるなぁと苦笑しながら差し出された皿を受け取る。

 

「ありがとう。戴かせてもらうよ」

 

 礼を言うが無反応である。じっと奏多の方を見ているが何か言ってくることはない。その様子に疑問符を浮かべていた奏多だったが合点がいったのか少女の頭を優しく撫でた。

 

「俺だけがお菓子食べてちゃだもんな、一緒にお菓子食べるか? 大丈夫、上官命令みたいなものだから怒られないよ」

 

 少女は少し首を傾げてから奏多の隣に座った。

 別にこの時少女は食べたいと思っていた訳ではない。カステラを持っていくという指示を消化してしまって待機状態になっていただけである。そこから新たに奏多の指示が入ったから従っただけである。

 そうとは知らぬ奏多は見当違いに隣に座った少女にカステラを差し出す。等分に切られた一つを取って食べはじめた。

 日差しが温かで日向ぼっこにはもってこいの状況である。そんな縁側で二人は無言でカステラを食べていた。

 

「仕事終わりにウチに茶をしばきにくるのやめてくれませんか? 剱柱様?」

 

 少しすると白衣を隊服の上から着たしのぶがやってきた。

 

「相変わらず他人行儀だな。隊員が負傷したから連れてくるついでにお茶もらってるだけじゃん」

 

「連れてきたならすぐ帰ればいいじゃないですか。それにそれは隠の人達の仕事ですよ。後藤さんがここへ怪我人を運ぶ時、剱柱様が手伝ってきて隠の人達がビビるから勘弁してほしいってぼやいてましたよ」

 

 同期の後藤は奏多の挙動に慣れ、時と場合によりツッコミを繰り出せるまでになったが、他の面識のない隠からしてみると畏れ多いし柱怖いし手伝うと言われると断りにくいしでビビらざるを得ないのだ。そしてツッコミを入れられる後藤に相談がいくのである。

 

「いや、俺用の湯呑みあるしこれはいつでもお茶していいというアレでは?」

 

 少し前に来た時、カナエから柱就任祝いです。と湯呑みを二つ贈られたのだ。一つは自分の屋敷に、もう一つは蝶屋敷に置かせてもらっている。

 

「柱の湯呑みは用意してますから。あと用意したのが姉さんで良かったですね。自分で用意して持ってきてたなら叩き割っておきましたよ」

 

 蝶屋敷の専用湯呑みにはそれぞれ花が描かれているらしい。奏多にカナエが用意してくれたのはグラジオラスと呼ばれる花が描かれていた。実物を見たことが無いが花柱が選ぶんだから綺麗な花なのだろうと思っている。

 

「辛辣ぅ!」

 

「ほら、カナヲもそれを食べ終わったらみんなのところに行きなさい」

 

 戦慄する奏多を無視してしのぶが指示を出すと、カナヲは残りを一口で無理やり詰め込んで去っていく。奏多が手を振るも無視である。

 

「ああ、カナヲって言うのか。というかしのぶはなんかあの子に吹き込んだ? 変な反応のされ方だったけど」

 

「いえ、流石に私そこまで陰湿じゃ無いですし。あの子は相当ひどい環境だったみたいで、売られそうになってた所を引き取ったんですが指示されないと何もできなくて」

 

 憂いを帯びながらカナヲを見送るしのぶを横目に奏多はお茶を啜る。

 

「心が擦り切れちゃったんだな。まあすぐさまどうこうするってのは無理だろ。時間と、何かきっかけがあれば変わるさ」

 

 お菓子を見ていたのでなくお菓子を届けた後のことを言いつけられていなかったから止まっていただけなのだと奏多は理解した。心がかなりの重傷を負っている。癒すにはそれなりの時間が必要なのは明白だった。

 

「そうですね、長い目で見ていくしか無いでしょう」

 

 ため息を吐きながらも微笑み、カナヲのことを案じるしのぶの姿にカナエの姿が重なって見えた。

 

「頑張れよ、しのぶお姉ちゃん」

 

 微笑んでいたしのぶの頭に青筋が走った。全てを包みこむような柔和な微笑みが攻撃的な笑顔に変質する。

 

「はあ? 貴方にお姉ちゃんなんて言われる筋合いは無いんですけれど?」

 

「えっなんで応援してるのにキレられるの?」

 

「キレてませんし、そもそも姉さんから湯呑み貰ったくらいで調子に乗らないでもらえます? カステラ用意したのは私ですし」

 

「柱には用意してあるんだろ⁉︎ というかカステラありがとうな⁉︎」

 

「フフ、相変わらず仲がいいわね」

 

 そこへふわり、と蝶を模した雅な羽織を揺らしてカナエがやってきた。何故かカナヲを抱えている。

 

「姉さん、流石に仲は良くないです」

 

「ごめんなさいね奏多さん、しのぶったら奏多さんにヤキモチ焼いてるのよ。稽古場での独り言がすごいのよ? "奏多の方が姉の役に立ちそうなのが我慢ならない" "私も柱になって並び立ってやる"とかそのほか諸々」

 

「やめてよ姉さん⁉︎ というかいつのまに聞いてたの⁉︎」

 

「カナヲにお願いしておいたらしっかり覚えてたわ」

 

「珍しく指示してないのに私の稽古の様子見てると思ったら‼︎」

 

 打ちひしがれたしのぶに奏多が助け舟をだす。

 

「現在進行形で俺よりしのぶの方がカナエさんの役に立ってると思うぞ。蝶屋敷の運営と日輪刀以外の鬼の滅殺手段の研究なんて今の柱の誰にも出来ないことだし」

 

「鬼の頸を切れないから代替手段を模索してるだけです。変に持ち上げないでください。嫌味ですか」

 

「だから辛辣ぅ!」

 

 しのぶの目下の悩みは膂力の不足だ。鬼の頸を切る為にはしのぶは非力だった。せめてカナエのように背があればまだ違ったのだが、しのぶの背は五尺ちょうどで奏多とは大体頭一つ分の身長差がある。まだ十四だからイケルと棒にぶら下がってみたり屋敷の子に手足を引っ張ってもらったり色々食べてみたりしているが残念ながら背は伸びない。

 しのぶは努力の人である。

 水から派生し流麗な動きが特徴のカナエの"花の呼吸"を自分に合わせ突き詰め"蟲の呼吸"として更に派生させるなど才もある。

 先日には毒で雑魚鬼を殺す事に成功している。効くまでに時間がかかる問題はあるが日光と日輪刀で頸を切る以外で、鬼を殺せた快挙だ。

 ただ、柱になった奏多や姉であるカナエの活躍を見ていると即物的な役の立ち方をしたいと思ってしまうのだ。

 悶々としているしのぶの腰にカナヲが抱きついた、更に後ろから羽織ごとカナエがしのぶのことを抱きしめる。

 

「しのぶは頑張ってるよ、でも頑張りすぎちゃうのが玉に瑕かしら」

 

「でも、非力で鬼の頸を取れないなら他のことで努力するしか無いじゃ無い」

 

「なら、良ければ奏多さんに相談してみればいいんじゃないかしら。 なんといっても切れないものはないって言われる劔柱なのだから」

 

「姉さんみたいな説明されそうで嫌です」

 

 カナエの感覚全開のブオァーと肺を膨らませて血流がビュオーってなるという説明を思い出して真顔になる。

 

「しのぶ?」

 

「それ以上いけない。あと俺は擬音で説明しない」

 

「奏多さん?」

 

「すいませんでした」

 

 カナエも自覚はあるので少しふてくされる、誰が最初かクスクスと笑いだし、三人とも笑いだしてしまう。その様子をしのぶの腰に抱きついたままのカナヲが見つめていた。

 

 

『『カアーー! 伝令! 伝令!』』

 

 空から二羽の鎹烏が飛来し滞空しながら伝言を伝える。

 

『"花柱"胡蝶カナエ! 任務の要請! 直ちに鬼殺隊本部に参上されたし!』

 

『"劔柱"燻御奏多! 任務ですよ! 直ぐに本部に移動ですよ!』

 

 カナエがしのぶから離れる。奏多が茶を飲み干すと縁側から立ち上がる。

 柱二人が直接本部に呼び出される事態に、カナヲを腰につけたままのしのぶは得も言えぬ不安を感じるのだった。

 



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第十一話:蟲の毒

毎度誤字報告ありがとうございます


「閻魔が現れ人を攫う、ね」

 

「聞いて回りましたが皆さん閻魔様の怒りに触れてしまったと恐れているようでした」

 

「こっちも、地獄の炎を伴って現れただとか血鬼術らしき話も聞けたぞ」

 二人が歩くのは東の比較的発展した町である。日中なので一応日輪刀は隠している。この街で既に行方不明が八人、調査に来た鬼殺隊員も三人が行方不明になっている。

 特徴的なのは発見された死体がすべて舌を引き抜かれていたことで、町の人々が閻魔が現れたと恐れられている原因になっていた。

 そもそも死体が出ること自体、人を食い尽くすことが基本の鬼には珍しい話ではある。

 死体が出ている為、警官も配置されているが"こちらの事情を察した"警官らしく快く状況を教えてくれたがそうでないと少し面倒であった。死体の確認をさせてもらった際は苦痛に歪んだ被害者の顔を見て怒りが湧く。

 

「鬼が閻魔の真似事とはねえ」

 

 閻魔は地獄で鬼を裁く側であって生者の舌を引き抜いたりするわけがないのだが、と鬼扱いされた地獄の閻魔に同情した。

 ただ、情報が本当にない。ここへ調査に来た鬼殺隊員も皆殺しにされてしまっており、彼等の鎹烏も生還できなかった為鬼の情報が無い。奏多とカナエは最近左側頭部辺りに痣ができていたお屋形様から申し訳なさそうに伝えられて送り出された。

 

「話は信憑性が薄くてどうしようもないありませんね、夜間しっかりと巡回して異変の種を見逃さないようにしましょう」

 

 同じく話を聞いて回ってきたカナエも手応えが薄いようだった。

 血鬼術らしき炎の話も出たが、実際に見たというのでは無く噂話の為、警戒するに越したことはないが鵜呑みにも出来ない類のものだ、

 

「とりあえず無茶はしないようにしないと、しのぶにどやされる」

 

「誰がどやすですって? 宿を確保してきましたよ」

 

 先程まで、しのぶが宿を取りに行っていた。

 そのしのぶに出発前の蝶屋敷で「姉さんに怪我させたら怒りますよ」と言われたのである。奏多からすると言われるまでもないといった所だ。

 普段凛としているしのぶにしては珍しい不安がりっぷりであったので奏多とカナエ、共に気になっている。

 殆どの鬼殺隊員は柱を絶対視し尊敬と畏怖を示す。柱が死ぬのは有り得ない、柱ならどんな鬼にでも勝てる、と。

 はじめこそしのぶもそうだった。自慢の姉とその柱たちを絶対視していた。しかし鬼殺隊員になり、姉の鎹烏がしのぶの前でも構わず報告を出すようになってからそれが崩れた。

 

『カァー! "海柱戦死!』

 

『カァー! "嵐柱"戦闘による負傷で引退!』

 

 そんな鎹烏の報告を聞いていると思ってしまうのだ。姉さんも? と。そんな中で柱二人が一つの事件を担当する等、一般隊員が聞いたら諸手を上げて喜び安心する事に逆に不安を感じてしまう。

 

「しのぶご苦労様。情報は集めたからお茶でもしましょう」

 

「そうだなそれが良さそうだ」

 

 そんな不安に気付かれたのか、ここに来てから二人から気遣われるような気配を感じる事が多く、その度しのぶは少し惨めな気分になった。気遣われるのではなく、頼られたい。二人に並び立って共に戦えるようになりたい。

 ただそれにはまだ時間が足りないだけだ。しのぶの歳で柱の領域に至るには血反吐を吐く努力だけでは足りない隔絶した才が必要なのである。

 お茶をした後も昼間の間、しのぶはそんな悶々としたものをかき消すように精力的に情報を片っ端から集めて精査し纏めた。

 まず、異能の鬼であること。コレは被害者の行方不明になった場所が屋内屋外所構わずなのに侵入した痕跡などが無いことからだ。男性の遺体にわずかに残った焦げ跡から噂通り炎を使う可能性が高い。

 次に鬼の嗜好。まず舌は絶対に食べることと、女性は年齢問わず完食していること。コレは死体として残されたのが男性であることからだ。

 異形化していなければの話だが死体についた手の跡から見て七尺近い体格の鬼と仮定された。

 

 

 

 

「お客様、今こんな時ですから女三人で外出は危ないですよ」

 

 宿の人にそんな事を言われてしのぶとカナエに笑われるなどの事がありつつ、外へ出て散開ししのぶの考えた巡回ルートをそれぞれが回る。夜の間しばらく警戒を続けていたが誰も鬼の気配すら発見できず合流することとなった。

 

「今日は収穫なしか」

 

 もう暫くすれば夜が明ける。日光に当たれば死ぬ鬼ももう活動しない時間だろう。

 

「数日このまま何も成果が無いようでしたら他の地域へ移った可能性を考慮する必要がありますね。発見できればこちらのものなんですが」

 

 そう言いながらカナエと奏多をしのぶが見る。わざわざ隠れて出てこないような鬼なら二人が出る幕すら無いとも思っている。

 

「ふふ、頼られると嬉しいわね。奏多くん」

 

「いざという時頼ってもらえるのは嬉しいなぁ」

 

 奏多がフフンと言わんばかりに胸を張ったのでしのぶはイラっときた。

 

「何言ってるんですか。姉さんはともかく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いつもの辛辣ぅ!」

 

()()()()()()

 

「確かに嘘ですが……!?」

 

 異質な声。奏多でもカナエでもなんならしのぶの声ですらない。何処から発声させたのかわからない。

 

「しのぶ!」

 

 しのぶの背後が突如煌めく。火花が散りながら渦巻き腕が現れしのぶの首を掴んだ。

 

"花の呼吸 陸ノ型、渦桃"

 

 しのぶを掴んだ腕が切り裂かれ火花となって消える。解放されたしのぶが距離を取りつつ咳き込みながら日輪刀を抜いた。

 

「どうして邪魔をする。こいつは君たちに嘘をついた悪人だ。罰として私が舌を抜いて食らってやろうというのに」

 

「仲間を殺されかけて邪魔しない馬鹿がいるかエセ閻魔が!」

 

 腕を再生させながら鬼がそう宣う。しのぶが予測した通り七尺ほどの体格に般若のような顔。そして片目には"下六"と刻まれている。

 

"劔の呼吸 弐ノ太刀、布都椿"

 

"血鬼術 火世(かぜ)渡り"

 

 切り裂こうとした頭が消え技が不発となる。例え腕で防御していたとしてもそれごと頸を両断したであろう鋭い斬撃もそもそも当たらなければ意味がない。

 

「なるほど、仲間ならば連帯責任だ。だがまずは嘘つきの舌を抜かねば」

 

 虚空から火花を散らし頭部が現れそう宣う。体も火花を散らし消えていく。

 

 カナエと奏多がしのぶをかばうように周りについたのを見てしのぶは怒る。

 

「姉さん! 奏多さん! 私も鬼殺隊の一員! 例え十二鬼月が相手でも守られる側ではありません‼︎」

 

 しのぶが瓶を取り出し中の液体を日輪刀に振りかけた。

 

「私を信じてください。必ず隙ができます」

 

 滴る日輪刀を構えたしのぶを信じきれなかった事を二人は悔やみ頷くと距離を開けた。

 

"蟲の呼吸 蝶ノ舞、戯れ"

 

 ぼっ、としのぶの足元から火花が散り躱すとそこから足が飛び出してくる。その足に浅く刀を突き刺す。さらに左足、右腕と現れるたびに何度も何度も浅く刺しながら四方八方に飛び躱していく。

 出現した右腕に日輪刀が深く刺さりしのぶの蠱惑的な足運びが止まった。

 

「嘘吐きめ、罪を償うがいい!」

 

 そこに上半身をまとめて現した閻魔鬼の左手が迫る。狙うは嘘吐きの脂の乗った舌である。

 正確無比に突き出された閻魔鬼の左腕がしのぶの頭脇を掠めた。

 決してしのぶが回避をした訳ではない。左腕が勝手にずれ外したのだ。そこで鬼は自覚する。自身の体の異常を。鬼となって初の体験であった。

 

「どうしたんですか? 嘘吐きを殺すのでは?」

 

 体が痺れる。動かない。末席とはいえ藤の花さえ無視できる十二鬼月の体ではあり得ない事象。

 ずれた腕を横に薙げばたやすく折れるのにそれすらできない。

 

「毒? 毒だと⁉︎ おのれ嘘をつくだけでなく毒を盛るなどーーー」

 

 閻魔鬼の視界に奏多とカナエが映る。頸を狙われている。頭を転移させねばならないのにそれさえ鈍い。

 柱相手にその鈍さはあまりにも致命的な隙で、硬い頸も容易く切り裂かれた。

 ぼとりと頸が落ちると、火花が消えその場に分かれた体が落下する。グズグズゆっくりと体が崩壊して行く。

 

「お眠りなさい。せめて黄泉では安らかに」

 

 崩壊していく鬼を哀れみながらカナエが見つめる。その様子に崩壊する鬼の頭は目を閉じ何も言わず消えていった。

 

「すごいもの作ったのね、しのぶ」

 

「対鬼用の麻痺毒です。相当な量を注ぎ込みましたが十二鬼月に効くかは賭けでした」

 

 刺す度刺す度毒を注入し続けようやく効力を発揮したがこれは朗報だ。十二鬼月に効くならば他の鬼にも効くだろう。

 

「おいおい、人に無茶するな言っておいて自分で無茶するんじゃないよ」

 

「それに関してはすみません。でも姉さんも奏多さんも信じてくれてありがとうございます」

 

「あれ、他人行儀はやめた?」

 

「ええ、変な意地を張るのは止めることにしました」

 

 やけに素直だなと思いつつ褒めるようにニコニコしながらカナエと一緒にしのぶの頭を撫でる。これでこれ以上被害が出ることは無いだろう。ひとまずこの件は解決したと三人は思った。

 誰もまさか閻魔鬼が舌を食べた後に、別の鬼がつまみ食いをしていた等思いもよらなかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう、やられちゃったか。舌だけ食べてると栄養少なくて良くないって助言してあげたのに守らないから」

 

 あまりにも自然体。まるでそこにいるのが当たり前かのようにいるその男は、顔を悲しみに歪め涙を流している。

 

「なんだお前」

 

 冷や汗を垂らしながら奏多とカナエがしのぶをかばうように前に出る。男のあまりの重圧でしのぶは抗議も出来ず動けなくなってしまっていた。

 

「俺? 俺はね」

 

 浮世離れした金髪に涙に濡れた瞼が開かれれば幻想的な虹が瞳に宿る。そこに刻まれるは"上弦の弐"。

 

「なんてことは無い、しがない鬼さ」

 

 朗らかで爽やかな笑みは余りにも場違いで恐ろしいものだった。

 



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第十二話:閻魔

ご覧いただきありがとうございます
毎度誤字報告もありがとうございます


 上弦の鬼。首魁である鬼舞辻無惨直属の十二鬼月、その内上位六体の名称である事は鬼殺隊全体に伝わっているものの、その実態は全くと言っていいほど把握されていない。

 柱等によって殺されるのは常に下弦の鬼であり上弦と相対した者はほぼ間違いなく死んでいるからだ。

 判明しているのは両目に階級を刻むこと、岸壁を爆砕する破壊力の持ち主がいること、十二鬼月でも真に最強の六体であるということだ。

 少なくとも百年の間、鬼殺隊は上弦を一人たりとも欠けさせることはできなかった。

 

「いやぁ、美人三人に見つめられると俺も照れちゃうな」

 

 クスクスと笑いながら金色の扇で口元を隠すこの男がその上弦なのである。と、扇と片目を閉じて全身を舐め回すように奏多を観察し、大きく口を開けてあっと驚いた。

 

「おや! てっきり女と思っていたけど男か! すごいなぁ君、二人にも負けてない美人さんだよ。きっと珍味だ」

 

「知らんがな」

 

"剱の呼吸 弐ノ太刀、布都椿"

 

 高速の踏み込みと共に放たれる神速の一撃を両手に持つ扇で受け流し防ぐ。只の扇ではなく鉄扇の類のようである。

 

「人は食べ物じゃありませんよ」

 

"花の呼吸 伍ノ型、(あだ)芍薬(しゃくやく)"

 

"剱の呼吸 伍ノ太刀、静謐(せいひつ)烏刃(からすば)"

 

「わあすごい、即席の連携なのにしっかり隙を突いてくる。信頼しあってるんだねえ」

 

 カナエの舞い散る花吹雪のような九連撃を両手の鉄扇を用いて巧みに受け流し、反撃しようと振るわれたそれが奏多の技で軌道を逸らされ逆に鬼が胴を一文字斬りにされた。ゴポリと鬼が笑顔のまま血を吐き感想を述べた。

 

「すごいすごい、俺知ってるよ。日輪刀は色変わりの刀、才能の無い奴は色が変わらないんだって」

 

 奏多の鋼色の日輪刀は変わる瞬間を見るか制作者でなければ色変わりしているとわからないような代物なので鬼のそれは誤解である。

 柱二人相手に無傷というわけでは無いのだが下弦の鬼では見られない異常な速度での再生により鬼は実質無傷だ。

 危惧されていた上弦は柱でも刃が立たない程尋常じゃない硬さということは無かったが、この再生速度の前では刃が立っていないのと同じである。

 

「君も頑張ってるんだねえ、才能無いのにここまで努力するのは素晴らしいことだ!」

 

「ころころ表情が変わる奴だな!」

 

 感動に打ち震えるように鬼が涙流す。笑ったり泣いたり忙しい鬼の様子と再生速度の速さに辟易する。鉄扇を持つ腕を切り落としてもすぐさまくっつくのだからたまったものではない。

 

「狂ってしまっているのですね、可哀想に」

 

「いやいや、俺は君達を救いたいだけさ!」

 

 同時攻撃を鬼の膂力をもって受け止め、回転するように払われた斬撃に奏多とカナエが弾き飛ばされる。

 

「おや、離れちゃっていいのかな?」

 

 

 

「じゃあこっちを食べちゃうよ?」

 

 いつのまにか、しのぶの脇に鬼がいた。

 閉じた扇先で顎を持ち上げられ、値踏みされるように瞳を覗き込まれる。

 

「おや痛いじゃ無いか。お痛は良くないよ」

 

 咄嗟に日輪刀を突き刺すが、なんともなさそうに引き抜いて刀身を握りつぶされる。毒が効いた様子もない。原因は容易に想像できた、下弦の陸でさえあれだけ毒を流し込んでようやく麻痺させられたのだ。今の毒では丸々一瓶分の毒を流し込まねば効くはずもないのだと。

 

"剱の呼吸 壱ノ太刀、草薙・斬破"

 

 そこへすぐさま追いついた奏多が斬りかかる。

 縦の回転を利用した渾身の一撃が鬼の鉄扇と衝突し火花を散らす。その隙にカナエがしのぶを抱きしめて距離を取った。

 ズズ、ズ、と日輪刀が鉄扇の防御を裂きはじめ鬼は目を見開いてもう一本の鉄扇を薙ぐ。攻撃を中断し回避を取った奏多の左頬を鉄扇が掠め、髪の毛が切断される。夜に散る漆黒の髪を残して奏多が着地した。

 

「いや、驚いた。あのまま行ってたら切られてたね。こんなこと鬼になってから初めてだよ」

 

 切れかかった鉄扇を見せびらかすようにクルクルと回す。

 

「なんだかことごとく神経を逆撫でしてくるなお前」

 

 ツっと左頬の傷から血が垂れた。しのぶを避難させたカナエが鬼を挟むように奏多と対照の位置に立つ。

 奏多が刀を鞘にしまい構える。

 黒い羽織と蝶の雅な羽織が風になびく、鬼も奏多を前に構えつつもカナエに対する警戒は怠らない。

 

"剱の呼吸 弐ノ太刀"

 

「それはもう知ってるよ」

 

 強烈な踏み込みと鞘走りによって繰り出される居合の技。だが目算で鉄扇二本ならば防ぎきれる。その際に後ろの女が何をしてくるかを鬼は確認した。しかし動かない。このままだと男が死ぬけどいいのかなあと呑気に高速の斬撃を鉄扇を交差させ受け止めた。

 

 ガキャッ‼︎

 

 想定していたのと違う音と手応えが鬼の腕に伝わる。想定外の衝撃に鬼の体が浮いた。鉄扇と噛み合っているのは鉄拵えの鞘。その衝撃によって体が浮いて逃げ場のない鬼に鞘から抜かれた日輪刀による二撃目の刃が迫る。鬼から笑みが消えた。

 

"剱の呼吸 弐の太刀、布都椿・鋏槌"

 

 右腕の腕力のみでなされる斬撃は通常の布都椿、草薙などと比べればはるかに威力は劣るが、鬼の頸を断つには十二分すぎる鋭さを誇っている。しかし交差するように鞘を防いでいた左腕の鉄扇が高速で動きその一閃に干渉した。

 ザリュ、と左肩口から日輪刀が鉄扇を持っていた左腕ごと斜めに侵入し、鬼の胴を輪切りにする。

 鬼が血を吐きながら右手で自身の切り離された胴体を叩き後ろに飛び、噴き出した大量の血液が盛大に地面を濡らした。

 

「逃がしません!」

 

「逃がっ……!?」

 

 飛んだ先には既にカナエが詰めている。奏多も追撃しようとするが、足が動かない。

 パキリ、と足先と黒い羽織の先が白く凍る。驚異的な膂力と再生速度、そして破壊不可能に近い鉄扇と戦闘術。そればかりに目が行っていたが、もう一つ鬼には恐れるべきものがある。

 斜めに右半身を失った胴体が鉄扇を振ると、その脇にハスの花が咲き内から女体が現れる。

 

"血鬼術 寒烈の白姫"

 

 女体からフッと吐かれた息で辺りが凍りだし、凍ったブーツから足先を無理やり引き抜いてそれを飛んで避けた。凍って張り付いていた皮膚をブーツに残して。

 

「いやぁ、悪い癖だ。遊び過ぎてしまったなぁ」

 

"血鬼術 蓮葉氷"

 

 追撃を仕掛けるカナエの前方に複数の光沢を持つ蓮の花が現れる。一つが地面に落ちるとそこが凍りつく。

 

"花の呼吸 弐ノ型、御影梅(みかげうめ)"

 

 多重連撃によりすべての蓮の花を切り払い、刀が凍らされる前に消し飛ばした。踏み込み鬼へ迫る。

 氷の女の血鬼術の相手をする奏多も技を繰り出すカナエも勝利を確信していた。

 

「それにもう朝か、今度時計でも買ってみようかな? 日が出る時間もこれでばっちりわかる」

 

 こちらに暢気に笑顔を向ける鬼を見るまでは。

 

"花の呼吸 陸ノ型、渦―――

 

 突如、激痛がカナエの体の内を襲った。横隔膜が痙攣し咳き込む。ゴポ、と口から血が溢れだす。全集中の呼吸が維持できずたたらを踏むが倒れないのは柱としての意地か。

 鬼の頸を斬ろうと日輪刀を振るうも右半身上体に残された腕が振るう鉄扇でへし折られる。へし折られた際の衝撃でカナエの右腕の骨が折れた。

 

「痛いだろ? さっ、まずはその痛みから君から救ってあげるよ」

 

 よっこいしょ、と言わんばかりに分かれていた胴体をくっつけてニコニコとカナエを見下ろす。

 

「させるか―――!!」

 

 全身霜まみれに、片足のブーツは脱げて血だらけにもかかわらず奏多は駆けた。

 左手のひらも血まみれだ。鞘で氷女の血鬼術を粉砕した際に、鞘が急速冷却されたことにより左手とくっついたが、皮膚ごと無理やり引き剥がしたのである。

 

「おっと? 君は吸わないんだね?」

 

 宙を舞う謎のキラキラした粒。カナエが血を吐いた原因がアレだとして、吸うつもりは毛頭ない。痛みで左手が震える。だがそれがどうした。鍛えた鉄の熱はこの程度の冷たさで揺らぐことは無い。

 剱と成せ、悪鬼を斬りカナエを助ける。

 

"剱の呼吸 肆ノ太刀、叢雲"

 

怒涛の八連撃が繰り出される。切っ先諸刃を利用した高速の斬り返しの連続攻撃だ。最後の渾身の一撃が防御のための片方の鉄扇を半ばから斬り飛ばすも、二つ目の鉄扇に到達したとき、日輪刀が限界を迎え刃元からへし折れた。

 鉄扇の反撃を柄頭の部分で無理やり防ぐも吹き飛ばされた。

 

"血鬼術 樹氷蓮華"

 

 薄い霜が地面を覆い、奏多を串刺しにしようとそこから鋭利な樹氷が生える。

 

"剱の呼吸 伍ノ太刀、静謐の烏刃"

 

"剱の呼吸 参ノ太刀、尾羽切り"

 

 幾本も生える樹氷を斬り、躱しながら徐々に距離を詰める。しかし折れた刀では切り躱せるものも躱しきれず何本かが奏多の体を貫いた。その様子をニコニコ見つつ、鬼は明るくなっている東の空を見た。

 

「うーん、俺が死んじゃうとみんなも死んじゃうからなあ、しょうがない、ここでおひらきにしようか! 食べられないのは残念だけれど!」

 

"血鬼術 寒烈の白姫"

 

「救ってあげられなくてごめんね」

 

 とても悲しそうに鉄扇が振るわれ大きな蓮の氷が現れる。

 そして蓮から女体が湧き出る。先ほどと違い二体。その吐息によって問答無用で全てが凍っていく。射線上には奏多とカナエ両方が居る。

 血相を変えて奏多がカナエの元へ走る。放射線状に急速に凍りつき、冷やされた空気が白い霧となって周囲を覆う。

 その霧の中へ鬼は悲しそうに泣きじゃくりながらのんびりと去って行き、姿を消した。

 氷の女が消える。血鬼術の範囲のギリギリ外で奏多がカナエを抱きかかえたまま蹲っていた。しかし黒い羽織の背中の部分が凍りついていた。

 

(変な香りがする……寒い……カナエさんは……)

 

 声をかけたいのだが寒さで呂律が回らず、意識も朦朧として来る。それでも抱えたカナエを落とすまいと必死で力を込めた。

 カナエが何かを言っているが、聞こえない。涙を流して奏多の頬に手を伸ばして触れてくる。その手が温かく心地よくて、奏多は眠くなってきた。

 

『ありがとうございます。上弦の血が採れるとは思ってもいませんでした』

 

 重たくなる瞼であたりを見回すが、誰の姿もない。

 

『お礼に教えます。その方は大丈夫ですよ、戦うことはもうできないかもしれませんが』

 

 幻聴が酷い。自分に都合の良いことが聞こえている。至近距離のカナエの声も聞こえないのだから幻聴に決まっている。

 呼吸も変で血を吐いているのに大丈夫に見えない。あの鬼の毒かもしれないというのに。

 

「姉さん!! 奏多さん!!」

 

 光が差す。鬼の時間は終わりをつげ、朝がやってきた。

 日が差し、血鬼術の影響が浄化されていく。氷は瞬く間に解け何事もなかったかの如くである。

 視界の隅でしのぶが大泣きしながら駆け寄ってくるのを最後に奏多は意識を失った。



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第十三話:帰還

難産です。
ご覧いただきありがとうございます。


 咲き乱れる赤い花の丘の上に奏多は立っていた。輝くように美しい赤い花と漆黒よりなお暗い空。

 特に意識することさえなく足が勝手に歩みを進めていく。しばらく歩いていると川が現れた。橋が架かっていたのでとりあえず渡ってみるかと橋の上を歩いていたら突如肩を掴まれる。

 振り向いてみればニコニコと笑うカナエがいて、上から行冥と龍彦のツイン筋肉達磨が落下してきた。片膝を立て着地した二人に驚いていると、板版がその荷重に耐えられず奏多ごとブチ抜けて落下し、水面に叩きつけられる。

 水中は透明度無しの真っ暗で必死にもがいていたら水面らしき光る場所が見えたのでそこに泳いでいったところで視界が開けた。

 知っている天井、蝶屋敷であった。掲げられていた左手は包帯がぐるぐる巻きになっている。

 靄がかかっていた頭に拳を握ると痛みが走って覚醒させられる。

 

「何日寝てた……? あ、カナエさんは?」

 

 最後の光景が浮かぶ。涙を流して口から血を吐いていたカナエの姿だ。浅い末期のような呼吸、涙、頬に触れた手。

 確かめねば、と恐怖を押し殺して、起き上がって周りを見渡す。個室の病室のようだ。

 中は暗いが夜目の効く奏多には関係ない。

 立ち上がって足を着くと痛みが走るが、逆に今のこれが現実だとわかる。包帯がかなりしっかり巻いてあるため動かしにくく、よたよたと暗い廊下を歩いていった。もし蝶屋敷の子が通りかかっていたらお化けが出たと大騒ぎになっていただろう。

 だがそういう事態にはならず無事、カナエの部屋の前にたどり着いた。そこで一旦奏多の動きが止まる。

 開けたらそこには誰もいないのではないか、居ても顔に白い布でも掛けられているのではないだろうかという押し殺したものが噴出してきたのだ。

 それを振り払うように扉を開ける。

 中も当然暗い。

 寝息の音が聞こえる。目を凝らせば、奥でカナエが眠っていた。呼吸に合わせ布団が上下している。生きている。

 

「よ、よかった」

 

 座り込んだ奏多の目からポロポロと涙が出る。悲しい時悔しい時は止められる涙も嬉しい時は止めようがなかった。流石に行冥の時と違って泣き喚いたりしないが、鬼殺隊では一番関わりの長いカナエが死ななくて本当に良かったと奏多は思った。

 安心したらなんだかまた眠くなってきたので畳だしいいかとその場で寝落ちる奏多だった。

 

 

 

 蝶屋敷に帰還して四日目の朝、支度を整えていたしのぶの元に怪我した隊員の世話をしているアオイが血相を変えて走ってきた。

 

「あら、ダメですよアオイ。走ったら危ないでしょ?」

 

「しのぶ様! 燻御さんが居ません‼︎」

 

「はい?」

 

 大急ぎで病室に行けばなるほど居ない。大慌てで混乱し、いる筈もないベッド下を覗いたり小箱を開けたりするアオイを尻目に、しのぶは奏多の行動を予測する。

 

(遊びに出た? いや、無い)

 

 以前来た音柱ならあり得そうなものだが、奏多は意外とマメで何処かに行くなら置き書きを残すものだ。

 

(姉さんも無事だし、一体どこに……)

 

 と、前提条件を違えていることに気づいた。

 姉であるカナエは肺に()()()()ダメージを負っていた。肺の半分以上が後遺症として機能不全に陥ってしまったのだ。ただそれは鬼殺の剣士としてで、日常生活を送る分にはなんら問題ない。

 処置が遅れれば危なかったかもしれないが無事処置ができて普通に歩ける程度に回復している。

 だがあの時の姉の様子を思い出してみる。

 カナエは身内贔屓を除いてもとても美人である。ガラス細工のような繊細な、風に吹かれれば飛びそうで、花吹雪の後忽然と姿を消しそうな儚げな美人だ。

 それが口から血を流して肺のダメージで浅い呼吸。悲しげな表情をしている様を想像したしのぶは思った。

 そう、すごく死にそうなのである。遺言を残してそのまま事切れそうなくらいには死にそうであった。

 実際には奏多の方が生命的な意味では危なかったのだが。

 

「姉さんの部屋?」

 

 ならばと思い口に出ていたのを聞いたアオイが顔を赤くした。生死を彷徨った奏多がカナエの部屋に行くという状況によからぬ想像をしてしまったようだった。

 一人悶々しているアオイを置いてしのぶはさっさとカナエの部屋に向かった。

 

「姉さん? 奏多さんはいますか……?」

 

 中に入るとカナヲが立っていて、スヤスヤ寝ているカナエとなんかこんもりしている布団が無造作に畳の上に置かれていた。さすがのしのぶも困惑せざるを得ない。

 

「……どういう状況?」

 

 めくってみると奏多が寝ていた。

 

「カナヲ、姉さんを起こして」

 

 ペシペシと怪我していない方の頬を引っ叩きつつカナヲに指示を出す。

 カナヲがカナエを揺すっているが「もう少し……」と起きない。おそらくカナヲはここで一時停止してしまったのだろうが、しのぶの指示の方がカナエより優先なので揺らし続けている。

 

「あれ、おはようしのぶ?」

 

「ええ、おはようございます奏多さん」

 

 ハッとして起き上がった奏多がしのぶに何か言おうとしたが、その口にそっと指を当てて喋らせないようにして微笑む。

 

「ダメです奏多さん。何を言いたいのかわかるんですがそれは言わないということで」

 

 呆れたようにため息を吐いて苦笑する。

 

「今の私では勝てませんし役に立ちません。貴方がいなければ姉さんは死んでいました。……あの鬼には必ず地獄を見せないと」

 

 微笑みつつも思い出したように吹き出した怒りで青筋が浮き出る。

 もし産屋敷の采配で柱二名による調査でなく、カナエ一人であったなら、呼吸困難になろうと無理に全集中の呼吸を使いダメージを負った肺に致命的な損傷を受け死ぬか、あの鬼に食い殺されるかだったとしのぶは考えている。なんなら同行した自分も死んでいただろうと。

 

「私はあの鬼を絶対に許さない。姉さんに怪我を負わせ奏多さんを殺しかけた。幾百もの命を救うなんて宣って食ったあの鬼を」

 

 今まで感じたことのないほどの気迫。怒り。それが波が去るように引いていき奏多に慈しみが向けられる。

 

「だから奏多さん、ありがとうございます。今はゆっくり休んでください」

 

「ああ、ありがとうしのぶっといてて……」

 

「肩を貸しましょうか?」

 

「いや大丈夫、これでも柱だからな」

 

 よたよたと歩き出した奏多を先導するようにカナエの部屋から出て行く。カナヲはまだカナエを揺すって「あと一刻……」とかやっているのでしのぶは苦笑した。

 

「無理はしないでくだーーー」

 

「無理は禁物だ奏多」

 

「ぴゃっ⁉︎」

 

 部屋を出たすぐで"岩柱"悲鳴嶼行冥が立っていた。その隣でアオイも緊張の面持ちで付き添っている。行冥としのぶのおおよそ二尺という圧倒的身長差と行冥のお寺ファッションと筋肉と厳つい顔と涙にバッタリ遭遇すれば誰でもビビる。

 

「南無、すまない胡蝶よ、驚かせてしまった。奏多も無理はするな、私が手伝おう」

 

「岩柱様が奏多さんのお見舞いに来たとのことでしのぶ様の向かった方へ案内していたのですが」

 

「ありがとう行冥、ちょなんか恥ずかしいぞ」

 

 変な声が出たので少し顔を赤くするしのぶの事を務めて皆見なかったことにして行冥が奏多を横抱きにしてアオイの案内に従い運んでくれた。

 

「さ、奏多。今はゆっくり眠りなさい」

 

「そうですよ奏多さん。おやすみなさい」

 

「ああ、ありがとうおやすみ」

 

 ベッドに寝かされて布団をかけられれば畳の上より格段に心地が良く眠くなってきて、奏多は眠りについた。行冥が南無阿弥陀仏と数珠を揺らす。

  それを見てしのぶが小声で行冥に口を開く。

 

「岩柱様」

 

「なんだろうか」

 

「次から蝶屋敷に見舞いで来るときはその羽織と数珠を置いてきてください。さっき遠巻きにお二人の様子を見てた子達が奏多さんが死んだと誤解してました」

 

 でかでかと南無阿弥陀と書かれた羽織に数珠、そして涙。医療施設の蝶屋敷にはこれ以上なく縁起が悪い。

 

「す、すまない」

 

 行冥もこれには謝るしかなかった。

 そんなことはつゆ知らず蝶屋敷の中をのんびりお見舞いの品を持って歩いているのは隠の後藤だ。屋敷の子達とも気さくに挨拶をしながら病室の一つへ向かっている。持った見舞いの品は給料で買った高級なお菓子である。

 同期でもずば抜けて強くて柱にまでなった奏多が怪我で寝込んでいるなんて相当な事態だなとお見舞いに買ってきたのである。

 ノックをするとどうぞ、としのぶの声が届く。

 

(胡蝶様が来てるのか)

 

 そう思いながらドアを開けて病室へ入る。

 中にはベッドで眠りについている奏多が居るのだが、なんかその脇に南無阿弥陀と書かれた羽織を着て数珠をジャラジャラしながら涙を流している大男がいた。後藤は思わずボトッとお見舞いの菓子を落とした。

 

「ま、まさかし、死死し……」

 

 最悪の予感にブワッと涙を溢れさせながら口のあるあたりを手で覆い体を震わせるが大男の影から出てきたしのぶが誤解を解こうと駆け寄る。

 

「違います! 違いますから! この人は岩柱様です! 住職さんではありませんから!」

 

「い、岩柱様! 大変失礼致しました!」

 

「いいんだ、こちらこそすまない」

 

 慌てて伏せようとする後藤を行冥が手で制すと巨体が小さく見えるほどしょんぼりさせながら奏多の頬をひと撫でして病室を出て行った。

 

「岩柱様ーー!ファッションとは言え病室でその格好はやめてくれええええ!」

 

 しばらく呆然と扉を見てから、寝てる奏多と周囲の病室に配慮し小声で絶叫し床に突っ伏す後藤にしのぶは優しく肩を叩いた。

 

「しっかり言っておきました」

 

「ありがとうございます胡蝶様」

 

 にっこりと笑うしのぶの顔にはよくよく見れば疲労が浮かんでいる。二人の看護だけなら別にこうはならなかったのだが、カナエがやっていた蝶屋敷の医療品の手配や、カナエが帰ってきたらやると言って溜まっていた書類の整理も行なったりで、死んだように眠ていた奏多と療養で何もさせないようにしていたカナエと違い結構ハードなスケジュールを実行していた。

 肉体的にならそうでもないのだが、今日の出来事で抑え込んでいた精神的な疲労が噴出したのである。

 ただ奏多が無事目覚めたのでよかった。としのぶは思うのだった。

 奏多が無事目覚めたのは鎹烏で産屋敷と柱たちに伝えられることとなった。



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第十四話:緊急柱合

難産セカンドォ
ご覧いただきありがとうございます
誤字報告も誠にありがとうございます


「それでは緊急の柱合会議をはじめようか、私の剣士(こども)たち」

 

 鎹烏が情報を柱に伝え回ってから一週間後、緊急の柱合会議が執り行われることとなった。会議前に産屋敷から紹介されたのは新たに"風柱"となった不死川実弥(しなずがわさねみ)である。

 全身傷だらけの中々にインパクトのある外見をしているが、緊急の会議のためそれどころではなかった。それは産屋敷への挨拶を済ませ、屋敷内に入り会議に入り産屋敷と対面の位置に座った二人の為だ。

 まず"剱柱"燻御奏多、頰には薄く傷跡、きっちりと隊服は来ているもののそこから覗く腕や足には包帯が巻かれていて怪我人だと否応無くわかる。

 次に"花柱"胡蝶カナエ。こちらは隊服を羽織って右腕を副木で固定し、吊っている痛ましい見た目をしていた。

 

「カナエに奏多、無事とは行かなくてもよく生きて戻ってきてくれたね。ありがとう」

 

「「ご心配いただきありがとうございます。お屋形様」」

 

 二人が恭しく礼をする。

 

「それでは二人からの報告を聞こう。私は居ないものとしてくれて構わないから」

 

 産屋敷が少し下がる。

 

「それでは、私達の遭遇した上弦の弐について報告させていただきます」

 

 逆に奏多とカナエが少し前に出た。

 

「上弦の弐の血鬼術ですが、細かな粒が呼吸により肺に侵入して凍結、壊死させる効果があるようです。視認さえできず、少量なら問題ありませんが全集中の呼吸の為に多量に吸ってしまえば致命的なものです」

 

 カナエが自身の胸に手を当てる。多量に吸えば肺が壊され呼吸困難に陥る。それは鬼の前では致命的なものだ。

 

「しかも恐ろしいことにそれは副次効果のように思えます。主体はあくまで氷結させる氷の血鬼術。以前悲鳴嶼さんが倒した異能の鬼に似たような者がいたと聞いていますが、範囲、汎用性、破壊力全てが圧倒的に上です」

 

 奏多が頷く。町の一角を完全凍結させたものや地面から氷樹を生やす遠距離攻撃。恐らく他にも多数の技があり底が知れない。

 

「血鬼術だけじゃなくて上弦の弐の本体の強さも厄介だ。以前の会議で出た予想ほどの硬さは無かったものの、再生力の高さが尋常じゃない。下弦の腕を切断したら再生まで結構な時間を要すが、あの様子じゃものの数秒で新たな腕が生えてくるぞ」

 

 長期戦となれば生身の人間であるこちらが不利だ。短期決戦と行きたいがあの再生力が邪魔をする。鉄扇に軌道を逸らされたあの一撃が、アレで頸を切っていれば、と悔恨が滲み出てくる。

 

「それに鉄扇の強度が厄介だ。正直なにでできてるんだあれって位硬いぞ」

 

 肩をすくめる奏多に宇髄と伊黒がため息を吐く。

 

「剱柱に硬いとか言わせるたぁ本当に恐ろしい強度なんだな」

 

「そんな事でどうする? 切れないと決めつけて満足か?」*1

 

 言い方に不死川がイラっとしたが、親方様の手前それを態度に出すことはしない。

 

それで例の血鬼術とは厄介極まりないな! 相性が良さそうなのは蛇柱と水柱だが実際出会えばそんな戯言言ってる暇はない!

 

 柱単独ならば不利と見れば逃げられるかもしれない。しかし柱が向かう場所には鬼殺隊が守るべき人々や導き育てるべき隊員達がいる。柱はそれを守るためなら逃げる事などしない。自身が死ぬとわかっていても全身全霊をもって鬼と戦い、殺す。それはすべての柱に共通する。

 

「相性は遭遇した時点で無い物ねだりってことだな」

 

 だからこそ誰が遭遇しても勝てる道筋が少しでも生まれるようにこうして情報の共有を行なっている。

 

「ありがとう、カナエに奏多。今までその輪郭すらほぼ分からなかった上弦の月を知ることができた、これは大きな一歩だよ。未だ切り崩すことは叶わない。それでも目標が見えたことはとても、とても」

 

 ごほ、と産屋敷が小さく咳を吐いた。

 仕切り直しと言わんばかりに微笑んで口を開く。

 

「さて、次の議題だ。鬼に対する毒の報告があるそうだね」

 

「はい。甲隊員、胡蝶しのぶが研究している鬼に対する毒が下弦に対しても効力を発揮することが確認できました」

 

 カナエの報告に暗くなっていた雰囲気が明るくなる。奏多もどこか自慢げである。

 

「隊員に持たせれば新たな牙となり鬼どもを倒す切り札となるな」

 

 "虎柱"の牙穿好乃が嬉しそうに腕を組む。首を切らないといけないという制限から解放されれば一般隊員達の負担が減る。

 

「確かにな。ただ、持たせてやりたいが、鬼に効く以上に人間にとっても強力な毒として機能する筈だぜ。地味に死にたくなければ扱いの習熟の必要があるな」

 

人が人を殺す事はあってはならないからな! その通りであろう!

 

「なら、実験として俺の嫁たちを送るから、胡蝶の所で訓練してやってくれないか? くノ一だから毒物の扱いは慣れてる筈だ」

 

 宇髄の三人の嫁たちは全員くノ一として毒を使用することもある。試しで習わせるのにはちょうど良いはずだ。

 

『いやぁぁあごめんなさいこぼしちゃったぁぁぁごめんなさい!』

 

 変な映像が宇髄の脳内に再生されたが何も再生されなかったことにした。俺の嫁たちは頑張り屋だぜと自己擁護して。

 

「かしこまりました。宇髄さん」

 

「毒に関しては引き続きの研究を期待しているよ。それではカナエ、最後に伝えることがあるそうだね」

 

 カナエが立ち上がる。

 

「はい、私"花柱"胡蝶カナエは本日をもって柱を引退させていただきます」

 

「「なっ」」

 

 奏多と産屋敷を除いた全員が驚く。二人は事前に知っていたからだ。

 

「最初に説明したように、あの血鬼術は剣士には致命的なものです。それを私は受けてしまった。日常生活を送る分には問題ありませんが、後遺症で常中の維持すら不可能です」

 

 要の呼吸が使えないのであればいかに技量があろうとも並の隊員以下の働きしかできない。

 

「ではどうする? 柱がまた欠ければ鬼殺隊も危うい」

 

「私の次を担う者がいます」

 

 その微笑みは安心して任せられるという思いと出来ればやらせたくはないという苦悩が入り混じった物だった。

 奏多はえっなにそれ聞いてないと産屋敷を見た。産屋敷も言ってないと言わんばかりに微笑みながら頷いた。

 

「では、もう一人、新たな柱の紹介といこう。みんなももう活躍は聞いているから大丈夫だね」

 

 産屋敷が促すと妻のあまねがふすまをひらく。

 

「"花柱"胡蝶カナエに変わりまして"蟲柱"を拝命いたしました胡蝶しのぶと申します。新参者ですが皆さんよろしくお願いしますね」

 

 現れたのはしのぶだった。カナエが着ていた蝶の意匠の羽織を着ている。

 奏多の美貌がそこまで崩れるのかというくらい呆気にとられた顔を見た宇髄が噴き出した。つられて奏多を見た伊黒と牙穿が顔を伏せて肩を震わせる。不死川はここで奏多が男だと気づいた。煉獄は新たな柱の就任を祝ってて気づいていない。行冥は場所的に奏多の顔が見えない。

 

「しのぶには毒の研究とカナエから蝶屋敷の権限を引き継いでもらうことになっているから、皆も協力してあげなさい。それでは緊急柱合会議を終わりにしよう」

 

 気を取り直して全員が産屋敷に礼をし、退出していくお屋形様を見送った。さっさと移動しようとする不死川の肩を煉獄が掴む。

 

では! 今回は緊急であったが柱合会議後恒例の模擬戦と行こう!

 

 柱みんなで屋敷の一角に集まると煉獄が音頭をとった。

 

「模擬戦? なんだそりゃぁ」

 

「互いの技術向上を目的にした鍛錬だよ。次は木刀持参な? 今回は俺のやつ貸すけど」

 

 不死川に奏多が答えて木刀を渡す。奏多用の木刀なので長さが違ってしまうがないよりマシである。ちなみにこの屋敷の倉庫に柱たちが持ってきた木刀がそのまま保管してある。

 

「じゃあ次回は自前のやつ持ってくるからさっさと治しやがれよ。見てて気の毒だ」

 

「そうそう、いつまでも怪我人じゃ何の役にも立たない。仕事は溜まるんだぞ」*2

 

 ピキリと不死川に青筋が入る。

 

「おい、さっきもそうだがテメぇ、その口は何だ。お屋形様の話じゃ相当な事成し遂げてんだ。もっと労ってやるのが筋ってもんじゃねぇのか?」

 

「あっ、実弥、伊黒はな」

 

「フン、右も左もわからない成り立ての柱にはわからないか? 教えてやろう」*3

 

「上等だぁ!」

 

 まさに風の如く素早く鋭い動きを見せる風柱に変幻自在に立ち回る蛇柱の模擬戦がまず始まった。

 

「おっいいぞ二人とも! ド派手にやれえ!」

 

「元気がいいですね姉さん。あの二人は」

 

「小芭内さんは誤解されやすいですからねぇ」

 

気合いがあるのはいい事だ!

 

「南無」

 

 

 

 

 

 この模擬戦の後二人は普通に打ち解けた。

*1
お前の剣ならいずれ容易く切れるようになる諦めるな

*2
柱のお前にしかできない仕事があるんだ。療養してくれ

*3
まだなったばかりで大変だからわからないところは教える



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第十五話:龍の刀

ご覧いただきありがとうございます


「よしっ! これならどこに出しても恥ずかしくない撫子よ!」

 

「まつ毛長いですね、これは並みでは自信喪失不可避ですよ……私みたいに」

 

「いや、俺が恥ずかしい上に自信を失いそうなんだけど」

 

「すいません、二人が変なこと頼んで」

 

「いや、暇だからいいよ雛鶴さん」

 

 蝶屋敷で1ヶ月近くの休養を取り、怪我は完治した奏多であるが、任務へ戻る許可が降りず待機状態となっている。岩を担いで走り回ったり木刀の素振りや呼吸による鍛錬で怪我をする前と同等程度に身体機能を回復させたなら本当に暇なのだ。

 しのぶにお願いされて剣術の鍛錬の手伝いをしたり、機能回復訓練の相手をしたり炊事場に混ざって料理を作ったりでこれ柱のやることか? 医療の勉強を開始したカナエへの命令と混同されてない? と確認をとってみても待機命令で正しいらしい。

 実際まだ折ってしまった代わりの新しい刀が来ない。刃渡り等の仕様は鎹烏を使って手紙で送っているので、折れたことが伝わっていないということはない。

 龍彦が仕事放棄とは考えられないので何か事情があるのだろうと奏多は気楽に待っている。隊員の間の噂話で刀を刃こぼれさせたりするとひょっとこ面に凄みを効かせた刀鍛冶な悪鬼の如く襲ってくるみたいなのもあるが、龍彦とは関係のないことだろう。

 そういうわけでしのぶと一緒に一生懸命毒の抽出、配合や毒を鬼へ注入する方法の模索などで頑張っている所へ差し入れを持って行ったのだが、疲れ切っていた須磨が奏多を"素材が良いのに無下にしてる屋敷の子"と誤認。

 悪乗りしたしのぶが「気晴らしさせてあげてくださいね、奏多さん」と言うので言われるままにしていたらこうなったのである。ちなみに奏多が柱だと知っているのは顔を若干青くしている雛鶴だけだ。

 黒地の七宝に椿や鳳凰を散りばめた引き締まる柄の和服に藍染の帯、髪は蝶の飾りのついた簪で結われていた。化粧も施し、口にも薄く紅を置いて美しさの中に色っぽさも混ぜるくノ一の全力である。

 背が高いがそれがかえってスッキリとした印象を与える。須磨とまきをがやりきった良い笑顔をしていた。知らぬが仏である。

 無駄に完璧な仕事をこなした二人にぎこちない微笑みで顔が青い雛鶴。知ってるから地獄である。

 

「奏多さん、今日一日その格好でいるのはどうですか? とりあえず姉さんが帰ってくるまでその格好で」

 

 ほっこりとした良い笑顔である。しのぶの心からの笑顔を見せられ奏多の顔が引き攣る。

 

「ええ……三人の気晴らしにって言われたから付き合ったけど流石に動きづらいというか」

 

「何いうんですか奏多ちゃん! お洒落は気合! お洒落は忍耐ですよ!」

 

「そう! 天元様なら派手! って言いながら喜ぶわよ!」

 

「二人とも落ち着いて、押し付けは良くないわよ……」

 

 見たら困惑されるであろう。自分の嫁が同僚の剱柱を女装させ美人に仕立てあげたなら。

 雛鶴以外の二人が奏多が柱だと気付かないのは、そも女だと思い込んでいるからと、忙しい柱が怪我もないのに三人が来てからずっといるとは思わなかったからだ。

 雛鶴は着付けの手伝いをした時に気づいて土下座しそうになったが、三人の気晴らしのためならと謎の奏多の善意に二人に言うに言えなくなっていた。

 ここで奏多が不満や拒否を表していたら、こんな胃の痛い事態にならなかっただろう。地獄への道は善意で舗装されているのである。

 

『カァーー! 手紙だよ! 手紙だよ!』

 

「あら、奏多さんの鎹烏ですね」

 

「任務かな?」

 

「えっ奏多ちゃんここの看護婦さんではないんですか?」

 

「いやいやちゃんと隊員だよ。アオイだって制服着てるし隊員だろ?」

 

「アオイは階級(みずのと)の子ですね、白衣を着てるとわかりにくいですがちゃんと隊服を着てますよ」

 

 しのぶが補足する。隊服の上から白衣を着るのが蝶屋敷の基本で奏多もそれに習って手伝いの時は白衣を着ていた。

 

「そうなんですね なんと私(ひのえ)ですよ!」

 

「私は(きのと)だね」

 

「「そして、雛鶴は(きのえ)!」」

 

 二人が自慢するように持ち上げられる雛鶴は両手を顔で覆って何かに祈るように机に突っ伏した。

 

(面白そうだから黙ってましょう)

 

(なんか悪いことしてる気がする)

 

 しのぶとアイコンタクトで会話し窓を見やる。

 中に入れてもらえない鎹烏がしょんぼり窓枠に立っている。

 

『カァーー! 遅い! 遅い!』

 

「ごめんごめん 手紙ありがとう」

 

『許す!』

 

 奏多が手紙を受け取って撫でてやると満足そうに鎹烏は飛び去っていった。

 

「なんの手紙ですか?」

 

 しのぶが立ち上がって奏多の脇で背伸びした。美女二人の並んだ様子に須磨のテンションが上がる。

 

「なんだろ。あ、龍彦って書いてあるから刀鍛冶の里からだな、刀ができーーー」

 

で き た

 

「ほひょわっ」

 

「ひえっ」

 

 えらい達筆でどでかくできたと書かれていて思わず仰け反る二人であった。

 

「あの、しのぶ様! 表に刀鍛冶の方が」

 

「え、早いですね? 日野坂さんでしたっけ?」

 

「うん日野坂さんだね。絶対さっき手紙出したよね」

 

「皆さん休憩としましょうか。奏多さんの日輪刀は珍しい形してますよ」

 

 

 

 そうして蝶屋敷の休憩場に来ると、アオイに案内され予想通り龍彦がやってきた。だが、以前見た時と違う。ただでさえ筋骨隆々であった龍彦がさらに筋肉量を増量、ムキムキである。それでいてその筋肉群は鋼を打ち研ぐという動作を阻害しない"使われる筋肉"として均衡を成した筋肉の究極系であった。服の上からでもわかる筋肉具合は下手な鬼より強そうだ。

 自分の夫よりでかい筋肉マンの威圧感に須磨がガクガクしている。

 

「奏多くん。お待たせした、今の私の最高傑作を持ってきた」

 

 奏多に刀を渡すとともに龍彦は全力で深く礼をした。

 

「すまない奏多くん! 私の刀が折れたせいで無用な怪我を負わせた! 倒せるはずの鬼を取り逃がさせた! 折れる刀を生んでしまった私は君の専属刀匠失格だ‼︎」

 

 ぼろぼろとひょっとこの隙間から涙がこぼれ床に落ちる。刀が折れてもなお奏多が生きて帰ってきた嬉しさと自分の刀が折れた事への不甲斐なさが入り混じった涙だった。

 

「そんな事はないよ。顔を上げてくれ龍彦さん」

 

 奏多がムキムキの肩に手を置いた。

 しのぶは奏多が女装したままなのに平然と話が進んでるのでツッコミを入れるべきなのか悩みつつ全員分のお茶を用意する。

 

「龍彦さんだけが悪いなんて事ない、あの時の俺も刀も最高の状態だった。龍彦さんの刀じゃなかったら、多分俺は死んでたよ」

 

 奏多が鯉口を切り刀を抜く。奏多と龍彦のやり取りを見守っていたまきをと須磨がその刀身を見てお茶を吹き出した。

 

「龍彦さんは俺にとって最高の刀匠だ。昨日より強く、明日はもっと強く、その為には龍彦さんの刀が必要なんだよ」

 

 刃元の惡鬼滅殺の字から色がわずかに変わっていく。切っ先諸刃の日輪刀は波紋などの装飾の一切を廃した質実剛健な作りなのにもかかわらず、例えようのない美しさを放っていた。

 

「奏多くん……」

 

 その背後でまきをと須磨が土下座の準備をしているのをしのぶと雛鶴が止めている。

 

「龍彦さんの刀があれば、どんな鬼だって殺せる……あの鬼も、必ず」

 

 すっと目が細められ、淀みなく鞘に刀が収められる。

 

「奏多さん、怖いですよ。殺気を治めてください」

 

 雛鶴とまきをが冷や汗を少しかいていた。須磨は呼吸するのを忘れて硬直している。殺気が自身の方を向いていないと知っているしのぶと龍彦は平気だが初めて感じたならまるで喉元に刀を突きつけられている気分になっただろう。

 

「ごめんなさい三人とも。っと、ほれっ龍彦さん!」

 

 気を取り直したように奏多が両手を広げる。そこに筋肉ひょっとこが突進した。

 

「うおおおお奏多くん‼︎ 良かった‼︎ 私はこれからも最高の刀を君に作り続けよう‼︎」

 

 龍彦にとって新たな息子のような奏多を抱きしめ、奏多も抱きしめ返す。奏多が美人女装状態なのでなかなかすごい絵面だが、昔だったら潰れてしまいそうだった奏多も今や抱きしめ返せるまで強くなったのである。

 側から見ると美女を羽交い締めにした筋骨隆々の男みたいになってるが。

 

「さっ、お茶でも飲んで行ってくれ。蝶屋敷の奴だけど」

 

「ありがとう奏多くん! いただくよ」

 

 奏多が引いた椅子に龍彦が座り、出されたお茶を一口して息を吐いた。

 

「いやぁ、泣くと水分がね。所で奏多くん、どうしてその格好を?」

 

「ああ、これ? まあ気晴らしに付き合ってたというか」

 

 須磨がガクガクし始めた。

 

「いいじゃないか! まあ奏多くんならなんでも似合うからいいのは当然だがな!」

 

「そっかあ⁉︎ 褒めても何も出ないぞ!」

 

 気を許している同性の賞賛は嬉しいものだ。それが普段世話になってるなら尚更である。

 奏多がとても嬉しそうに笑った顔はとても美人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 三人は筋肉むきむきのひょっとこ刀匠に心の中で感謝の意を捧げるのだった。



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第十六話:沈黙

誤字報告毎度ありがとうございます。


 上弦の弐との戦闘からはや一年。その間に一人、柱が死んだ。

 "水柱"渦麻木青海。大規模な周囲建築物の倒壊と地面に開けられた大穴から件の崖を爆砕させた上弦の鬼と戦闘を行ったと思われる。隊員は全滅。倒壊に巻き込まれ一般人にも複数の死者が出た。

 渦麻木自身が継子を連れていなかった為、階級・甲の隊員で目覚ましい活躍をする水の呼吸の使い手が柱として新たに迎えられることとなった。

 だが、この新たな水柱、なかなか問題児である。

 

「おい燻御よぉ、あの冨岡って野郎はどこいったんだ?」

 

「必要ない、お前たちとは違う。って言って帰った」

 

 不満げな顔をする奏多と不死川が木刀で打ち合いながら雑談をする。互いの剣を捌きあい、激烈な速度でぶつかり合い木刀が出しちゃダメな音を出している。型ではなく全力運動による持久力対決をしているのだ。

 

「んな馬鹿なことがあるかよ、伊黒でさえ参加してんだぞ」

 

 青筋を浮かべながらの激しい打ち込みを躱し逸らす。その脇で座って観戦していた伊黒に飛び火する。

 

「おい聞こえているぞ不死川、どういう意味だ」

 

 伊黒は意外にもこういうのはしっかり参加する。なんなら模擬戦後にネチネチと太刀筋や改善点やらを指南してくれる。

 

「まあ小芭内と別方面で問題児だよね」

 

 しばらく体力の続く限り打ち合って不死川と奏多の模擬戦は終わった。

 

 思い出すある種強烈な印象、直近の柱合会議前に産屋敷に呼ばれ自己紹介した際のことである。

 

「……冨岡義勇です」

 

「………………」

 

「………………」

 

 以上である。

 

「「「「………………」」」

 

「よろしくね義勇。みんなも仲良くしてあげてね」

 

(あっ自己紹介終わり?)

 

 というなかなか無い交流能力不足と死んだ表情筋を持った水柱が誕生したものだと皆が思った。

 今まで交流能力が不味いの筆頭は、ねちっこい変換で口を開く伊黒だったのだが、表情豊かで再変換能力を他の柱たちが身につければ問題なく会話が成立する。

 だがこの冨岡義勇、口数が少なすぎて何を考えているのか本気でわからないのである。

 前任の渦麻木が気さくで気配りできるタイプだったので余計そう感じられたが、居なくなった人の事を引きずって評価してはいけないと一同頭を切り替え、会議後の模擬戦に誘ったのだ。

 

捕まえようとしたが高度な足運びで躱されてしまったぞ! 後ろ向きとはいえあの自信の持ちように偽りは無さそうだ!

 

 煉獄が奏多の誘いを断って帰ろうとする義勇を捕まえようとしたが、まさに水のような変幻自在の歩法で躱し帰ってしまったのだ。

 鬼殺隊は完全実力主義なので協調性無しでも問題ないのだが十二鬼月と思われる鬼を滅殺する任務の場合柱二名で行動するので、その際困りそうな気もする。

 実際嫌われてるとまではいかないがかなり敬遠されている。全てにおいて言葉が足りないのである。"お前たちとは違う"だけではどうしても悪い意味で解釈してしまう。

 

「まあ煉獄の捕獲をかわせるんだから実力は確かだけど」

 

 総当り式での模擬戦を終えて一息つく。

 この模擬戦は自主的な物なので参加義務はなく、産屋敷の選ぶ柱としての実力に誰も疑いは持っていないが、まあそこは人間なので少しモヤモヤしたものが残る。

 

「義勇さんも昔何かあったんでしょうね。気長に待つしか無いでしょう」

 

 奏多の隣にやってきたしのぶは昔、蝶屋敷の前身となる医療設備で義勇を見た気がした為気にかけていた。鬼殺隊に入るからには入るなりの理由があるのだ。それが義勇の言動に関係しているのだと考えている。

 

「しかし言葉足らずなのは小芭内とは別方面で余計に厄介だな」

 

「おい、だからあんなのと一緒にするな」

 

「言動で初見の実弥ブチ切れさせて模擬戦で大乱闘してただろお前」

 

 伊黒がプイッと釣れた蛇と一緒に目をそらした。そんな二人も今では仲良くなっている。実弥にネチネチ再変換能力がついただけだが、言動は悪いものの何だかんだ面倒見はいいのが蛇柱だ。

 今も汗をかいた柱たちに塩と麦茶を配っている。マメである。

 

「それぞれ事情を抱えている故、仕方なし」

 

「もっと派手にやりゃ良いのにな、俺たちみたいに模擬じゃ満足できねえのかもしれんが」

 

 何故か写経を開始した行冥に動揺しつつも宇髄が指摘する。この模擬戦、木刀を使う都合上特殊形状の大刀二刀流と斧鎖鉄球の二人は本来の戦い方がしにくい。特に鎖を使った部分だ。

 それでも二人とも十二分に強い。宇髄は一定以上の時間戦っていると「譜面が揃った‼︎」とテンションを上げるだけでなく皆が手をつけられなくなるのだ。だから宇髄との模擬戦の時は皆いかに譜面を揃えられる前に猛攻で倒せるか、逆に宇髄は守りきれるかというのになるのだ。

 譜面が揃う前に無理やり防御をぶち抜けたのは行冥、煉獄、不死川、奏多だ。

 皆とまた半年後と別れてから奏多が帰っていると、途中の蕎麦屋の屋台で義勇っぽい羽織が飯を食っていたように見えたが見なかったことにした。

 

「とまあ、そんな感じだったんだけど新しく柱になった冨岡義勇って知ってる?」

 

 任務予定がないので自分の屋敷に帰ってきた奏多が無駄に広く豪華に作られたせいで複数あって使われてない方の客間を占領するカナエに質問する。持ったお盆にはお茶と甘味の金平糖。

 

「確か奏多さんを伏銅さんの所へ送り出した年、最終選抜を生き残った隊員だったかしら、あの年は死者が一人しか出ない珍しい年だったけれど怪我人が多かったからその名簿の中にいたかもしれないわね」

 

「あっまさかあれか、藤襲山の鬼を皆殺しにしたって言うのは義勇なのか?」

 

 奏多が藤襲山に最終選抜に行く際に一年前の最終選抜で鬼が全滅したという話を思い出す。死者一人で済んだのはすごいとしか言えない。当時の奏多ではできなかったことだ。

 

「そこまではしらないんですよ」

 

 置かれた金平糖をポリポリつまんでカナエが頭に糖分を送り込む。カナエの周りには鬼殺隊の伝手で手に入れた医学の教本が大量に積んであった。中にはしのぶの作った鬼用毒の報告書やらも紛れていた。

 初めは蝶屋敷で勉強をこなしていたカナエなのだが、生来の優しい性格で蝶屋敷の掃除から看護まで何でもかんでも手伝いに出てしまいしのぶに集中して姉さんと怒られたのである。

 そこからは手伝わないよう我慢していたのだが我慢している故に気が散っているのを見かねたしのぶが比較的距離の近い奏多の屋敷に行って勉強すれば良いと言い出したのである。

 奏多も別に良いよ使ってない部屋ばかりだしと許可を出すと、隠の人を連れて大量の本やらなにやらを持ったカナエがやってきたのだ。使ってない客間を差し出したのだが今やそこはカナエの勉強部屋である。

 奏多が任務でいないと家に入れないでは勉強部屋としては困るのでカナエに合鍵を渡してある。故に出入り自由である。

 奏多の屋敷で特別なものといえば庭に置かれた試し切り用の鉄柱くらいで客間を中心に徐々にカナエの私物とついでに時々くるしのぶの私物に侵食されているが、奏多は気にしない。

 むしろ隠の人が家の管理をしてくれているのでなんだか申し訳ない。お気に入りのかぶせ茶の茶葉を棚にしまっておいたら棚の中に同じ銘柄が補充されていたりするのだ。

 

「大丈夫、カナヲもだけど、何かきっかけがあれば人は変われるの、気長に待ちましょう?」

 

「姉妹揃って似たようなこと言うなぁ」

 

「自慢の妹ですから。言葉にできないのは伝えたくないから、もしくは伝える術を知らない。言葉は花みたいなもので、種が必要なの」

 

 言葉は花。そういえばと奏多は思い出す。一年前意識を失う前にカナエが何か言ってたのを。聞いてみるのもいいかと奏多がお盆を片手に口を開く。

 

「そういえばあの上弦の奴の戦いでカナエさんを抱えてる時になんか言ってたけどなんて言ってたの?」

 

「……それはまあ怪我は大丈夫とかそんな事を言ってたと思いますよ」

 

「カナエさんはやっぱり優しいな、自分の身よりも人の心配できるんだから」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 そう言って書き物を再開したカナエの邪魔をしては悪いと退出する。奏多は知らない。その時カナエの書いていた字がブレにブレていたのも、退出してからボフンと顔を真っ赤にして突っ伏したのも。

 

「聞こえてなかったぁ良かったぁ……」

 

 とちょっと恥ずかしそうに呟くカナエの声も。

 

 

 

 

 

 その後、胡蝶姉妹の言う通り何かきっかけがあったのかもしれない。

 態度が少し変わったのは柱就任から一年後だ。死んでいた表情筋が少し動いたりするようになり、柱合会議の後の模擬戦にも出るようになった。



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幕間(柱が揃うまで章)

幕間です。足される場合があります。

現在
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[話が長い!]
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「会議の時は言わなかったが、その服装どうしたんだ?」

 

「えっやっぱりこれ変なの⁉︎ 二人とも普通の隊服着てるし、女性隊員の人はみんなこうだって聞いたのに……普通のデザインもあるのね、もー!」

 

「例のあいつか……」

 

「これをどうぞ蜜璃さん」

 

「あ、でも不死川さんも同じような格好をしてたし」

 

 たしかに不死川も胸元全開である。本人曰く暑いだの動きづらいだの。行冥も割と開いてる、ムキムキすぎて閉まらないのである。宇髄なんかは腕がムキムキなので袖なしだ。

 

「あれは本人の趣味だから」

 

 新たな柱を迎えた後、伊黒がネチネチを一切せず速攻で帰るという緊急事態に見舞われ、しのぶと奏多も新たな柱の服で思うところがあったので蝶屋敷に連れてきた。

 目の前で顔を真っ赤にしている甘露寺蜜璃(かんろじみつり)の様子を見て三人に怒りが溜まる。あの前田め、と。優秀で隊服の縫製を統括している故に物理的排除に走れない分タチが悪い。

 しのぶは蝶屋敷標準装備の油とマッチを手渡した。

 

「背丈は同じくらいだから私のお古で良ければ着てみましょう?」

 

 カナエも甘露寺も背が比較的高い。この中で一番小さいのはしのぶである。

 

「ありがとうー! 早速着てみるわ!」

 

 ふわふわしたイメージのあるカナエだが、前田の服は普通に火にかける。なのでカナエの隊服も標準的なものだ。

 カナエの持ってきた服を見て甘露寺が脱ぎ始めたので奏多は座った姿勢から跳躍し音もなく襖を開けて外に出ると音もなく襖を閉じた。

 

「あれ? 奏多ちゃんどうして外に行ったのかしら」

 

「……気づいてませんでしたか、奏多さんは一応男ですよ」

 

 脱ぐ途中の姿勢のまま驚きの声を甘露寺があげた。

 カナエが以前撮った写真を取り出す。どう見てもただの長身和服美女と化した奏多の写真だった。おだてられ乗せられそのまま写真屋に行った際に撮ったのだ。

 

「サイズもほとんどぴったりです!」

 

「奏多さん、入ってきて大丈夫ですよ」

 

 それを聞いて奏多が入ってくると隊服の全力ではだけていた胸元がしっかり閉じられお淑やかな感じになっていた。

 

「ごめんね奏多さん、奏多ちゃんじゃなかったんだね」

 

「なにその敬称の違い」

 

 奏多が困惑する。全員がそれをスルーした。人の見た目で判断しないのは美徳だが奏多は自分の容姿に頓着が無いのはダメである。

 甘露寺が着心地を確認するように柔軟体操をしている。

 

「一応、剣術の確認しておいた方がいいんじゃない?」

 

「そうですね。庭なら空いてますよ」

 

「ありがとう! それなら失礼して」

 

 外に出ると甘露寺が刀を抜く。柱の中でも特に異形の日輪刀でまるで鞭のような刀だ。

 

"恋の呼吸 壱ノ型、初恋のわななき"

 

 高速で振るわれた刀が前方の空間を滅多切りにする。刀と思えないロングレンジと間合いの掴みにくさは岩の呼吸の鎖術に近い。操作を少しでも誤れば自身を切りかねない扱いの難しい刀を巧みに扱っていた。

 まさに舞踏の如く連続で繰り出される型のうち、伍ノ型でそれは起こった。

 なにかバツンッと大きな音がして観戦していた奏多の額に何か突き刺さる。

 

「〜〜〜ッ‼︎」

 

 奏多が額を抑えて転げ回った。予想外の激痛に悶え苦しんでいる。しのぶがその飛来物を拾い上げてみると、詰襟のボタンであった。

 転げながら自分の腕を殴って頭の痛みをごまかそうとしている奏多の脇でしのぶが遠い目を、カナエがあらあら、と困った風に甘露寺を見ていた。甘露寺は予想外のことに顔を真っ赤にしている。

 前田の作った詰襟と同じ部分のボタンが弾け飛んでいた。体の可動性の確保のためにはボタンを開けておく必要があったらしい。しかしガン開きなのは趣味に走る男前田のせいである。必要な仕事はしっかりとこなす癖に欲望に忠実な男であった。

 

 

 

 

[身長]

 

「カナヲも背が伸びたわねえ」

 

 カナヲの頭に置かれた定規を経由して蝶屋敷の柱に線が書かれる。線の脇には"ヲ"と一文字カナヲを指すカタカナが書き込まれている。

 その線の少し下にはしのぶと書かれた線がある。この度めでたくカナヲがしのぶの背を抜いたのである。他の柱にも蝶屋敷の子たちの名前が線とともに書かれている。

 

「しのぶ、何してるの?」

 

「姉さん、私はまだ負けていません。それを証明しようとしてるだけです」

 

 仰向けに寝転がって手足を蝶屋敷の子に引っ張ってもらっているしのぶが大真面目な顔で答える。カナヲがニコニコしたままその様子を見ている。

 しばらく引っ張られた後しのぶが満を持して柱に背をつけた。現実は非情である。以前書かれたしのぶの背の線と誤差しかない。

 

「ねえカナヲ、背の伸びる秘訣とかあるの?」

 

「ご飯を食べています」

 

 カナヲがニコニコしたまま答える。背を伸ばしたい努力をする人間にはこれ以上ない煽りだが実際カナヲは特に何かしているわけではないし、自発的に行動はほぼとらないので秘訣も何もないのである。

 カナヲは背の伸びが良い。栄養状態が極悪の状況から改善されてここまで伸びるのだから最初からここにいたならもっと早くにしのぶの背を抜いていたのではと予測された。

 カナヲには最初は花の呼吸と蟲の呼吸両方を指南してた。しばらくして本人がどちらの方が良いかと聞くと花の呼吸の方が相性が良いようなので、最近ではそちらに完全移行してカナエが型の訓練を、しのぶが指揮などの部隊運用を教えている。

 言われないと行動できないカナヲだがこの時ばかりはこれが良い方へ作用した。言われたことを愚直にしっかりこなし基礎を積み上げていき、己の糧として消化するのだ。

 後はたまにやってくる奏多に太刀筋の指南をしてもらっている。柱において切れないものは無いと言わしめる剱柱の太刀筋指導は効果的だったようで、花の呼吸なのに少し挙動がカナエの頃より攻撃的になった。しかもそれが花の呼吸としての型を崩さず上手く溶け込んでいる。

 そんなわけでカナヲは既に並の隊員よりも強い。最終選抜に出しても何ら問題ないレベルである。しかし今の今まで最終選抜に送り出されなかった事は、蝶屋敷出身の隊員二人が鬼に食われたことと無関係ではないだろう。

 

「フゥゥー、カナヲ、あなたを次の最終選抜に送り出します。無事に帰ってきてください。私は私の継子の事を信じてますよ」

 

 深くため息を吐いてしのぶはカナヲの頭を撫でる。

 

「フフ、藤襲山に行くまでに食べるお弁当はどうしましょうか」

 

「姉さん、呑気すぎでは?」

 

「そんなことないわよ。だってカナヲは可愛いし強いしでこれはもう無敵だもの、綺麗なまま突破できるわよ!」

 

 ねー、と言わんばかりにカナヲの手を取って掲げてえいえいおーっとする。

 この時カナヲ内部の指示一覧に最終選抜を無傷で綺麗なまま突破するという目標が追加されたのだった。

 

 

 

 

[話が長い!]

 

 那田蜘蛛山に十二鬼月との情報により、柱二名が派遣されることが決定し、山の西側からしのぶと義勇が侵入した。その少し後ろをカナヲと隠が追従する。

 

「カナヲ、自身と隠の安全、一般人の保護を優先してください。この繭も中に人が取り残されていた場合は保護してください」

 

 ドスリ、としのぶが繭を突くと、ぐちゃぐちゃに溶けて骨しか原型を留めていない死体が流れ出す。繭は十四、全てがこうなっているかよりひどい可能性の方が高いが見捨てるわけにはいかない。

 カナヲが頷く。それを見てしのぶは先行した義勇を追いかける。

 少し進んで開けたところで毒に侵された金髪の隊員や一般人を見つけ解毒作用のある薬を打って特殊な包帯でぐるぐる巻きにし、応急処置をしながら進む。

 

「それでは隠の皆さん、安全なので私についてきてください」

 

 その頃、ニコニコと朗らかにカナヲは隠を護衛しながら生存者を探して進み出す。繭内の人々が全滅なのを確認ししのぶへ鎹烏を飛ばした。

 その報告を受け顔をしかめながら、さらに進んだ先で出会った鬼と向き合う。

 

「さて、もう一度聞きますが何人殺しましたか? 命令されて仕方なかった鬼さん?」

 

「だから五人よ」

 

「聞こえませんでしたか? あなたが何人殺したか聞いているんです、命令されて殺した数だけなんて虫が良いと思いませんか?」

 

「どうしてそんな事を聞くの? 鬼と人は仲良くできるって」

 

 しのぶが微笑む。

 

「確かに、そうは言いましたがそれは人を襲ってない前提でして、私としては人を襲った癖に仲良く、は都合が良すぎると思ってるんですよ。なので、殺した数だけあなたを拷問し罪を償ってもらおうかと」

 

 鬼が一歩引く。しのぶが一歩進む。

 

「私の見立てですが、八十人以上は平気で食っているでしょう? 私としては譲歩して嘘でなければあなたの申告を参考にしようと思ってるんですが」

 

 鬼の顔からどんどん生気が消えていく。ガタガタと牙同士がかち合って音を立てている。

 

「大丈夫、首は切りませんから死なないですよ、ちょっと今まで人を食った罪に対する罰を全力で味わってもらうだけなので」

 

 鬼がヤケクソと言わんばかりに血鬼術を繰り出した。が、それが命中することはない。全身複数箇所に同時に衝撃、トンっとしのぶが着地した音に振り向く。

 

"蟲の呼吸 蝶ノ舞、戯れ"

 

 全身至る所から出血しても鬼は死なない、だと言うのに鬼は苦しそうに顔を歪めながら息絶えた。

 

「私は柱の中で唯一、"首を切らなくとも"鬼を殺せる毒を作ったちょっとすごい柱なんですよって、もう聞こえてませんか」

 

 死体を一瞥すると新たに作られた繭を破り隊員を救う。時間がそう経ってなかったので溶けたのは服だけでしのぶは安心した。

 そうして救護しながら山の中を駆け回っていると、倒れた鬼に隊員、その前に義勇がいるのが目に入る。

 

「鬼に隊員を人質に取られましたか、義勇さんはドジっ子ですね」

 

 位置関係的にあの鬼の不意をついて殺すことができる。上手くいけば隊員も義勇も無傷で大勝利である。

 息を吸い目にも留まらぬ速さで接近する。金属が衝突する音が森にこだまする。完璧な不意打ちを防いだのはあろう事か義勇だ。

 

「義勇さん? 私は別にあなたがたを狙ったわけじゃないですよ? ほら坊や、それは鬼ですから退いてください?」

 

「禰豆子は俺の妹なんです」

 

「妹、それは可哀想に」

 

 義勇が切りかかってくるのをしのぶが防ぐ。

 

「もう少し説明をくれませんか? そんなんだから嫌われるんですよ」

 

 鍔迫り合いの状態で義勇が何も言わずに押し込む。

 

「走れ炭治郎!」

 

「あっ」

 

 隊員が鬼を抱えて走って行ってしまった。それに呆気にとられていると、義勇がしのぶに組みついて首を締め落とそうとしてくる。片腕をねじ込んで完全に決まるのを防いだ。

 

「あの? 義勇さん? 何か事情があるのかもしれませんが、説明してくれませんか?」

 

「……」

 

「何か言いましょうよ」

 

「あれは2年前だったか……あの少年、竈門炭治郎と禰豆子に出会った。彼等の一家は惨殺され、偶然にも生き残った少年と恐らく無惨の血が混入し鬼化した少女の兄妹だ。俺も初めは殺そうとしたが、あの鬼禰豆子は極度の飢餓状態にも関わらず人を喰らわず守る仕草をした。だから俺は育手である元柱の鱗滝さんに手紙を出し二人を鬼殺の剣士として推薦した。炭治郎は妹を治すために剣士になると、水の呼吸の正当な使い手が生まれると俺も嬉しかった。彼等はーーー」

 

 しのぶを締めたままの姿勢で義勇は語り出ししのぶは鎹烏が伝令を持ってくるまで締められたまま話を聞く羽目になった。

 拘束を解かれた後しのぶは義勇の腹を二十発ほどぶん殴るのだった。

 



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原作開始後
第十七話:鬼を庇う隊員


お待たせしました。


 折れた刀を構え鬼殺隊の隊員が鬼を睨んでいる。その背後では人々が我先にと逃げ惑っている。

 鬼の道筋のように倒壊した建物から転々と続く鬼殺隊の隊員の死体は、無辜の民を逃がすために身を挺した証だ。

 

「おいおい、お前まで折れた刀で何やってんだ? 邪魔だよ羽虫」

 

 鬼の傍らには何人もの倒れ伏した隊員が血を流している。刃こぼれしている日輪刀を握りしめているが、動く様子は無い。

 

「うるさい! お前の相手は俺だ!」

 

 鬼狩の剣士とはいえ死ぬのは恐ろしい。身体中傷だらけで、隊服の下は打撲や骨折で痛む。それでも戦わねばならない、それが鬼殺隊だ。

 鎹烏は既に本部に送ってあり、増援が来ることは確定しているのだから、あとは逃げる人々に鬼を近づけさせないだけでいい。

 それでも死ぬのは恐ろしい。カァー! とカラスが鳴いた。カラスが鳴くのは人が死ぬ時だと聞いたことがあるが、今がその時かと剣士は強く日輪刀を握りしめる。

 いや待てと、今は夜、カラスは鳴く時間ではない。鳴くカラスがいたとしたらそれは、鎹烏である。

 

『カァーー‼︎ 増援が到着!』

 

 臆病で鬼の前には姿を現さない筈の剣士の鎹烏がその肩に降り立った。

 

「ありがとう、よく守ってくれた」

 

 いつのまにかとなりに誰かがいる。同じ詰襟の上に黒い外套を羽織っていた。

 

「なんだてめえ、どこからきやがった。羽虫は邪魔だが食う餌が増えたみたいで嬉しいがな!」

 

「剱柱、燻御奏多だ。名前は?」

 

「は……はい! 階級・(つちのと)野口玲座です!」

 

「そうか野口、よく頑張ったちょっと休んでるといい」

 

 ボロボロと安心の涙を流しながら野口は折れた刀を杖に膝をついた。その頭にポンと手を置いて奏多が労っていると鬼が地面を殴りつけあたりを揺らす。

 

「おい、俺を無視するな」

 

「うるさいぞ鬼」

 

 そこに野口に向けられた柔和な笑みは無い。

 鯉口を切りゆっくりと刀が抜かれる。輝く鋼色、切っ先諸刃の日輪刀だ。刃元には惡鬼滅殺の彫がなされている。それを見て鬼が笑いを漏らした。

 

「鬼狩りは学ばねえ! また刀だ!」

 

"血鬼術 鎧晶血(がいしょうけつ)"

 

 鬼が自身の二の腕を掴んで切り裂くとそこからあふれ出た血が両腕を覆いつくし、水晶のように硬質な輝きを宿す。

 

「俺に刃物は効かねえ! みんな刀が折れたのにそいつと同じで無様に振り回しやがる! 滑稽で面白かったなぁ!」

 

「おい」

 

 鬼の背後から声が聞こえた。いつのまにか目の前に居たはずの奏多が消えていた。

 

「命懸けで守ったんだ、笑うなよ」

 

 鬼の硬質化していた両腕がガキン、と地面に落ちた。ドボリ、と切られた部分から血が垂れる。

 

「ひっなんだ⁉︎ そんな馬鹿な⁉︎」

 

 鬼の腕が再生したにもかかわらず奏多から離れるように後ずさった。勝てないと理解してしまったのだ。

 ある種、鬼殺隊員達と同じ様に刀が折れたのだ。たが奏多によって折られたのは物理的ではなく精神的なモノ、絶望的状況であろうと人命を救う為命を賭した隊員とは比べるまでもなく矮小な覚悟だ。

 

「言ったろ、笑うなって」

 

 構えが取られる。鬼は必死の形相で首を掻き切り血を噴きださせる。

 血鬼術の結晶が鬼の首を切られまいと丸太よりなお太くなるまで覆い保護する。命欲しさに守りに入った時点で鬼の死は確定した。

 

"剱の呼吸 壱ノ太刀、草薙"

 

 鬼の大事に大事に守った頸が護りごと両断され血が吹き出す。鬼の視界に最後映ったのは、こちらに見向きもせず野口を労わる奏多の姿だった。

 

「さて野口、立てるか?」

 

「はい……俺の怪我は大した事じゃないので」

 

 そう強がるものの立っているのもやっとと言った有様だ。複数箇所を骨折し全身に擦過傷もあり苦痛に顔が歪んでいる。

 安全が確保された為、隠が複数人姿を現し倒れ臥す隊員達を調べていく。

 

「燻御様、二名ほどまだ息があり助かりますので蝶屋敷へ移送したします」

 

「わかった、一般人の死者はいない様だからコイツも一緒に蝶屋敷へ」

 

 御意、と野口を含め三名が隠に担がれる。

 奏多が野口の背に手を置いた。

 

「よくやった、お前達が鬼殺隊である事を誇りに思う。ゆっくり休め」

 

「ありがとう……ございます……!」

 

 隠の背を涙で濡らしながら野口は他の生き残りとともに運ばれていった。死んでしまった隊員は清められて専用の墓地に、又は家族の元に運ばれていく。

 

「あれ、そういえば後藤は?」

 

 後始末がひと段落してみると、いつも奏多の関連する後始末に顔を出す後藤がいない。

 

「ああ、後藤なら別の任務ですね」

 

 そういう事もあるかと納得していると奏多の鎹烏がやってきた。

 

『カァーーー! 命令だよ! 柱合会議を明日執り行うよ! 鬼を庇う隊員に対する裁判だよ! 柱は産屋敷へ!』

 

 裁判? と奏多に疑問符が浮かんだ。鬼を庇うならその場で切腹なりなんなり処罰してしまえばいい。それをしないということはそれなりの理由があるのだろうか? と。

 

「お屋形様は何を考えてるんだ?」

 

 奏多は産屋敷へ全幅の信頼を置いている。行冥のこともそうだし、鬼殺隊運営や采配、どれもが高次元の鬼を殺すための組織を運営する力の塊だと。

 故にわざわざ裁判の必要などないと分かっているはずなのだ。

 何故なら柱を含め鬼殺隊の隊員は前提として鬼は殺すものだと思っている。

 鬼への憎しみを抱えている者が多くそれを庇う者など、隊律違反など無くても処罰されるだろう。

 奏多の場合、十二歳の時鬼に襲われた際は、沙代と行冥は生きていたものの、裕輔、竜司、日助、一郎、撃丸、蛍、泰輝が死んだ。それに対する憎しみはこれっぽっちも衰えていない。救えなかった命がある、間に合わなかったことなど多々ある。力及ばず恩人に剣士として戦えないほどの後遺症を負わせてしまったのははらわたが煮えくりかえる。

 奏多としては正直に言えばお屋形様が来る前にさっさと切腹させて鬼も頸を落としてしまえばいいとさえ思っている。

 しかし、行冥が勘違いで死刑になった事がその決断を止める。もし、もしなんらかの、情状酌量の余地があるのなら、それを無視して殺すことなどできない。

 

 

「おはよう、行冥に煉獄」

 

ああ! おはよう! 燻御!

 

「南無、元気そうで何よりだ」

 

 

 そんな事を悩みながら夜が明けて産屋敷へとやってくると、既に煉獄と行冥が到着していた。事が事だけに軽く挨拶を済ませ黙って待機する。

 

「おまたせしましたー!」

 

 ぼけっと入り口近くで突っ立っていた時透(ときとう)を引っ張って連れて甘露寺がやってくる。いつの間にやら宇髄がやってきていて、軽く挨拶を交わす。

 

「みなさんごきげんよう」

 

 全然ごきげんじゃない感じのしのぶがやってきた。最近は柱として活動するときは隊員達を安心させるためにも姉さんのようにお淑やかな感じで行こうと思いますとか言ってたが、笑顔の下に憤怒が渦巻いている。

 義勇は義勇で相変わらず黙ってる。

 少し遅れて頭に痣のある少年と木箱が運ばれてきた。担いで来たのが後藤だったので声をかけようかと思ったが、必死の形相でやめろという無言の圧力を感じたので奏多は空気を読んでかけなかった。

 

「この少年が?」

 

「ええ、奏多さん。竈門炭治郎君です。不死川さんと伊黒さんが居ませんが来たらもう一度説明しましょう」

 

 そうしてしのぶは那田蜘蛛山へ出撃した際の顛末を説明する。

 といっても、下弦の鬼の鬼殺の達成と、禰豆子と呼ばれる鬼を殺す際にこの竈門炭治郎と冨岡義勇がしのぶの妨害をしたという内容だ。

 

「だいたいですね冨岡さんは口数が足りないんですよやるならやるなりの理由を簡潔端的にまとめて喋るくらいして欲しいですね何で私は締め上げられかけながら出会いと別れ自分の育手との信頼の長話を聞かされないといけなかったんですか? そんなんだから嫌がられるんですよ」

 

「嫌がられてはいない」

 

「いやもっと派手に喋れよとは思ってるぞ」

 

胡蝶、落ち着くんだ

 

「あのー、とりあえずこの子起こさないと始まらないと思うのだけれど」

 

 甘露寺のそれを聞いて後藤が走ってきて少年を揺らし出した。

 

「起きろ、おい? 起きるんだ、起き……」

 

 柱の目線を一点に受けていることに気づいた後藤、顔が青くなり始める。

 

「オイ! オイコラ‼︎ やい! やいテメエ‼︎」

 

 後藤がだんだんなりふり構わなくなってくる。ううん、と少年は唸ったのであと一歩だろう。

 

「いつまで寝てんだ! さっさと起きねえか‼︎ 柱の前だぞ‼︎」

 

 少年がガバリと目を見開いて奏多たちの方を見た。その目にはありありと困惑が浮かんでいる。

 

「おはようございます、竈門炭治郎君。ここは鬼殺隊の本部、あなたは今から裁判を受けるんですよ」

 

 竈門炭治郎少年の困惑の色は強くなるばかりである。

 



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十八話:柱合裁判

文字数がいつもより多くごちゃごちゃしています
誤字報告や感想誠にありがとうございます


裁判の必要など無いだろう! 明らかな隊律違反、我らのみで対処可能! 鬼もろとも斬首する!

 

 煉獄が爽やかにそう言った。炭治郎は困惑の色のままあたりを見回すばかりだ。

 

「ああ、何という。状況も把握できていないようだ可哀想に、鬼に誑かされた可哀想な子供ならば、せめて殺してやろう」

 

「それなら俺がド派手に切ってやろう。もう派手派手にド派手な血飛沫を見せてやるぜ」

 

 今にも刀を抜きそうな感じで宇髄がウキウキしている。せめて派手に死ねと彼なりの手向けである。

 

「事を急がないでくれ、やるなら裁判後だ」

 

 奏多がそれを制する。独断で決めて間違いがあるのは許せないのだ。

 

「そもそも、何故冨岡を拘束していない? 隊律違反は冨岡も同じなんだ、どう責任を取るのやら」

 

 いつのまにやら伊黒が木の上にいる。指差す先の義勇は一人ポツンと無言である。

 

「まあ、冨岡さんはの処罰は置いておいて、私は坊やのお話を聞きたいですね、あの冨岡さんが説明の為に長々喋る程ですから」

 

 柱全員が嘘だろと言った風に驚きの表情をした。

 視線が集中するが、炭治郎はなんとか喋ろうとするも咳き込むばかりだ。しのぶが気を利かせて鎮痛剤の入った水を飲ませる。

 落ち着いたようで、ようやく喋り始めた。

 

「俺の妹は鬼になりました……だけど人を喰ったことは無いんです、今までもこれからも、人を傷つけることは絶対にしません」

 

 それを聞いて、奏多の中で何となく嫌悪感があった。妹とはいえ鬼を庇う様子に拒絶があるのだ。だがそれは先入観、行冥を人殺しということにした物となんら変わらないと心の中でそれを振り払う。

 

「くだらない妄言を吐き散らすな。身内なら庇って当然、言う事は信用できない俺は信用しない」

 

「やはり鬼に取り憑かれている、まず鬼を殺して正気に戻してやるべきだ」

 

 伊黒はそも身内を庇うのは当然と信用せず、行冥はどんなに誠実でも鬼に惑わされ正常な判断が下せていないと信用しない。

 

「聞いてください‼︎ 俺は禰豆子を治すために剣士になったんです! 禰豆子が鬼になったのは2年以上前のことで、その間禰豆子は人をくったりしてない!」

 

「おちつけ竈門、それを証明するものは?」

 

「そうだぞ、ド派手に証明してみろ。今のは地味な口先でしかねえ」

 

 証明する手段が思いつかないのか、炭治郎の顔色が曇る。

 だが、それが本当に事実ならカナエがよく口にする人と鬼とが手を取り合うと言うことが現実味を帯びてくる。なおの事裁判でしっかりと決めるべきだと奏多は思った。

 

「あの、お館様がそれを把握して無いとは思えないので、奏多ちゃんの言う通り独断せずに裁判をしっかりやるべきかなぁって」

 

「妹は俺と一緒に戦えます! 鬼殺隊として人を守る為に戦えるんです!」

 

 必死な叫びは、証明も何も無い。ただその声色を聞いたしのぶと奏多が眉尻を下げた。

 

「だからーーー」

 

「おいおい、何だか面白いことになってるなァ」

 

 そこへ柱最後の一人、不死川実弥が現れた。その手には例の鬼の入った箱を持っている。後ろで隠の人たちがアワアワしていた。

 

「鬼を連れてきた馬鹿隊員はそいつかィ?」

 

「不死川さん? 勝手なことしないでください」

 

 しのぶが怒気を隠さず不死川を睨む。

 

「失礼? 胡蝶よォ。だがな、鬼がなんだって?」

 

 態とらしく右手を耳に当て澄ますような仕草をする。

 

「おい坊主ゥ、鬼殺隊として人を守る為に戦えるゥ? そんなことはーーー」

 

 不死川が何をしようとしているのか、炭治郎は理解した。しかし体が動かない。せめて声を上げようとして、自分の首が切り落とされた。

 

「やめろ」

 

 ヒュッと息が詰まった。思わず自分の体の方を炭治郎は見た、繋がっている。殺気、自分に向けられたわけでも無い殺気で首が落とされたと錯覚したのだ。

 見れば不死川も刀を抜こうとした手が途中で止まっている。

 

「まだ裁判をしていないだろう、殺したいなら処罰が決まってから存分にやればいい。だから、やめろ」

 

「ちっ、日和やがって、それでも男か?」

 

 不死川が不満そうに隠に箱を返そうとするが、隠は腰が抜けてしまったようでへたり込んでいる。なので雑に箱を投げ捨てた。

 殺気が霧散し炭治郎が息を吐くと、ズルズルと這いずって箱を守るように不死川との間に入る。

 

(……女の人だと思ってたら男の人だったぞ)

 

 少し失礼な事を炭治郎は思った。

 気を取り直して、キッと不死川を睨むと不死川も凶相の笑みを浮かべながら口を開く。

 

「良い鬼なんているわけねェ、もう暫くの命だなァ」

 

「……善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないのか!?」

 

「……てめえェ」

 

 不死川に思いっきり青筋が走った。怨霊のような声でゆらりと炭治郎の方を向き、炭治郎も負けずと立ち上がる。

 

「お館様のお成りです!」

 

 それを遮るように襖が開かれる。顔の上部が病に侵された産屋敷耀哉が現れた。

 

「よく来たね、私の可愛い剣士(こども)たち。今日はとても良い天気だね、空は青いのかな?」

 

 産屋敷は病の影響で失明していた。それでもその優しい微笑みは奏多が初めて会った時から変わらない。

 

「顔ぶれが変わらずに半年に一度の柱合会議(ちゅうごうかいぎ)を迎えられた事を、嬉しく思うよ」

 

 呆気にとられていた炭治郎が地面に叩きつけられ、柱全員が頭を垂れる。

 

「お館様におかれましてもご壮健でなによりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

 

 不死川が謁見の口上を述べる。人知れず炭治郎はすごく失礼な事を考えていた。

 

「ありがとう実弥、皆も驚かせてしまってすまない。まず炭治郎と禰豆子のことだが、彼等は私が容認していた。今回是非皆にも認めてもらいたいと思ってね」

 

 鬼殺隊の、隊員から隠、藤の花の家まで全てを把握している産屋敷が炭治郎という特異な存在を見逃すはずがない。

 お館様の言葉に明確に反対と不満を示すのは五人。煉獄、不死川、伊黒、宇髄、行冥だ。他の奏多含めた柱たちは見の姿勢であるか、中立的な立場を取っている。

 これは鬼殺隊の良いところで、もし全員が妄信的に産屋敷の命令に従う組織だったなら早晩に壊滅し復活することもなく鬼は憂いなく蔓延れる地獄となっていただろう。

 

「こちらの手紙は、元柱である鱗滝左近次様からいただいたものです」

 

 隣に控える童が滔々と鱗滝左近次なる人物の手紙を読み上げていく。その中は先程炭治郎から語られたものと差異は無いが、一般隊員の言葉と異なり、元とはいえ柱の言葉は信頼せざるを得ない。

 

「もしも禰豆子が人に襲いかかった場合は」

 

 ある意味、今まで一人たりとて喰っていない事が証明された。

 

「竈門炭治郎及び鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫び致します」

 

 そして齎されるのは三人の命を担保にした懇願だ。元柱、そして現水柱の命を天秤にかけ、彼等は禰豆子が人を喰わないと確信している。絶対の信頼と慈愛、それを感じた炭治郎が涙を流す。

 

「切腹するからなんだと言うのか、死にたいなら勝手に死に腐れよ。なんの保証にもなりはしません」

 

不死川の言う通りです! 人を喰い殺せば取り返しがつかない‼︎ 殺された人は戻らない!

 

 声を上げるのは二人、どちらも正論である。

 既に宇髄と悲鳴嶼は中立となった。宇髄は元柱と義勇の命を天秤にかけるだけの価値があると認識し、行冥も、その二人が命を賭けるだけの物がその子供にもあり、鬼に取り憑かれた訳ではないと思えたからだ。

 

「確かに、人を襲わないと言う保証は出来ない、証明ができない」

 

 思慮深い笑みを絶やすことなく産屋敷が続ける。

 

「ただ、人を襲うという事も証明できない」

 

 むう、と煉獄がうなる。二年間という実績及び柱の命を担保にした以上、それを崩すものを出す必要があると。

 

「それに炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」

 

 唐突にぶち込まれた爆弾に柱が色めき立つが、産屋敷が制す。

 述べられるのは産屋敷の考察。炭治郎という剣士のあまりに異質な状況。今の今まで影すら見えなかった鬼の首魁が出した小さな綻び。

 

「……わかりませんお館様、人間ならば生かしておいてもいいが鬼は駄目です承知できない」

 

 失礼、と不死川が刀を抜く。一瞬で炭治郎の隣にあった箱を掴み上げる。

 

「まっがっ!?」

 

「お前は動くな」

 

 伊黒が肘鉄を背に落とし再び拘束する。

 

「証明してみせますよお館様、鬼というものの醜さをね!」

 

 一度、二度、三度、四度、五度、箱が不死川の日輪刀で貫かれる。血が箱から流れ出て砂利に落ちて消えていく。不死川は日光に当たり血が蒸発したのを確認し、自身の腕を僅かに切り裂いた。

 

「おら、飯の時間だぞォ鬼ィ!」

 

「落ち着け不死川、鬼は日光があったら出てこない」

 

「…………お館様、失礼つかまつる」

 

 ドンっと一足で屋敷の中に不死川が入る。目にも留まらぬ速さで縁側に草履がしっかり揃えられて置いてあった。万一に備えて奏多は産屋敷一家三人と不死川達の間に立って刀を抜こうとした。

 

「大丈夫だよ、ありがとう奏多」

 

「……お館様は意地が悪いです、しのぶの時もそうでしたよ」

 

「私の悪い癖かも知れないね」

 

 奏多は目の前の推移を他の柱と共に見守る。箱から出され、幼子のようだった体躯が急成長し少女までになるのは正に鬼の証だ。着物には刀による穴が空き、血がこびり着いている。間違う事なく、大怪我による飢餓状態だった。

 轡がミシリと音を立てている。

 

「禰豆子ぉ!」

 

 伊黒に拘束されてたはずの炭治郎が叫ぶ。見れば伊黒と義勇がとてもとても険悪な感じでにらみ合っていた。

 禰豆子が不死川の腕から滴る血から顔を背けた事で、奏多は微笑んで柱達の列にブーツを履き直して戻った。

 

「よかったな」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 縁側に身を預けて脱力している炭治郎に声を掛け列に戻る。

 その間に盲目の耀哉に童が状況を説明している。

 

「ではこれで、禰豆子が人を襲わないと証明できたね」

 

 不死川は不本意なのだろう。普段なら隠しきれない憤怒でも溢れそうなものだが、何か根底を覆されたかのように呆然としている。

 

「炭治郎、それでもまだ禰豆子のことを快く思わないものもいるだろう。鬼殺隊として炭治郎と禰豆子が戦えると、役に立てると証明しなければならない」

 

 炭治郎に産屋敷が語りかける。炭治郎はまるで天からのお告げのような心地よさと高揚を感じていた。

 

「十二鬼月を倒しておいで、そうしたらみんなに認められる。炭治郎の言葉の重みが変わってくる」

 

 事実十二鬼月を倒すほどの剣士の言葉を軽視できるものは鬼殺隊にはいない。炭治郎が決心したように顔を上げた。

 

「俺は! 俺と禰豆子は鬼舞辻無惨を倒します‼︎ 俺と禰豆子が必ず! ()()()()()()()()()()()()を振るう!」

 

 奏多が目を見開く。思い出されるのは自身の呼吸の名を決めた時、伏銅に自分の想いを語った時のことだ。

 

『俺は、剱になりたい。誰かを守るため、鬼を斬るため、鬼のせいで誰かが苦しむ、そんな悲しみの連鎖を俺の剱で断ち切りたいんです』

 

 自己の鬼殺の原点、呼吸の名の由来、それと同じ事を口にした炭治郎に奏多は笑った。この先どうなるかはわからないが、とりあえず信じてみようと思えた。

 

「今の炭治郎にはできないからまず十二鬼月を一人倒そうね」

 

「はい」

 

 いつの間にか周りは笑いを堪えていた。みんなも何か思うところがあったのだろうとズレたことを奏多は考えていた。炭治郎は顔が真っ赤であった。

 最後に産屋敷が炭治郎と不死川、伊黒に注意し炭治郎が謎の頭突き要求をしたものの時透に排除されて蝶屋敷へ運ばれていった。

 会議は割と大荒れで命令に従わない隊員の育手は誰だと村田隊員を招集し事実確認をおこなったりだった。

 あと会議後の模擬戦はお流れとなった。何故か腕相撲をすることになったが。



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幕間:かまぼこ蝶屋敷

こそこそ心音にカナヲを追加しておきました


「しのぶ様の命で参りました! どなたかおりませんか!」

 

「あらあらー、こんにちは隠の皆さん」

 

 時透の殺気に当てられた隠が上下関係の大切さを説きつつ炭治郎を涙目でひっぱたきまくり、屋敷に着くなり呼吸を整えて玄関をくぐると、奥からトテトテと女性が現れた。

 

「おい、この方は元柱でしのぶ様の姉君のカナエ様だ。失礼のないようにな」

 

 炭治郎がおぶられたままぺこりと頭を下げると、カナエもお辞儀を返す。

 

「初めまして、この蝶屋敷の…………うーん主人? は、しのぶだし……それはそれとして、胡蝶カナエと申します。お名前は?」

 

「か、竈門炭治郎です。お世話になります」

 

 上背のある女性で、二つの蝶の髪飾りを付け、服は白いブラウスの上から白衣を纏っていた。優しげな微笑みに違わぬ花の蜜のようなとても優しい匂いを炭治郎は感じた。

 

「カナエ様、よろしくお願いします」

 

「後藤さんなんだか今日は他人行儀じゃないかしら?」

 

「上下関係の大切さをこいつに教えてるんです‼︎」

 

「ふふふ、取り敢えずそのまま運んできてください。病室に案内しますから」

 

 カナエに先導され廊下を移動していると行き先の病室からギャーギャー叫び声が聞こえてくる。

 

「だから言ってるじゃないですか‼︎ 一日五回!起きてすぐ朝食後昼食後夕食後寝る前の五回です‼︎ いい加減騒ぐのをやめないと縛りますよ‼︎」

 

「ひえーー! でもこれ苦くて辛いんですけど!」

 

 炭治郎の同期の我妻善逸が泣き喚いていたのである。

 

「善いーーー」

 

「あっカナエ様! この人どうにかしてください‼︎」

 

 怒っていたアオイがカナエを見て駆け寄ってくる。カナエがのんびりと善逸のベッド脇に歩み、喚く善逸の縮こまった手を優しく握る。

 

「ダメよ、善逸君。あんまり騒いでしまうと治るものも治らなくなっちゃうの。お薬が苦いのは申し訳ないけれと、善逸君が無事退院できるよう心を込めて作ってるから頑張ってね!」

 

 手足が萎縮した善逸を宥めるようにぎゅっと抱きしめ頭を撫でてあげると善逸がしばらく硬直した。

 

「しっかり味わって飲みます‼︎」

 

「えらいえらい」

 

「ウェヘヘへへ」

 

 頭を撫でてもらい気持ち悪い笑いをしながらもご満悦な善逸であった。

 善逸を完全制御している……、と炭治郎が戦慄していると善逸が炭治郎に気づいた。

 

「うおぁー! 炭治郎ー! 臭い蜘蛛に刺されて毒ですごい痛かったよー! でも幸せ……!」

 

 善逸が隠の人へ抱きついている間に、カナエとアオイにお手伝いの子は炭治郎の入院準備の為に部屋を出て行った。

 

「山に入ってきてくれたんだな……! 伊之助と村田さんは?」

 

「村田って人は知らないけど伊之助なら……」

 

 善逸が気の毒そうに目をそらす。炭治郎にまさかと言う恐怖が走った。

 

「ま、まさか伊之助は」

 

「いやうん隣にいるけどね」

 

 善逸の寝るベッド隣を見る。美しく梳かれた艶やかな髪は側頭部で一部が纏められ蝶の髪飾りがつけられている。鼻筋の通った美しい顔は透き通るような肌とぷるんとした唇、そして目が死んでいた。

 しばらくその人物を眺めていた炭治郎だが、ようやく誰なのか察する。

 

「………………あっ伊之助⁉︎ 伊之助か⁉︎ 無事で良かった!」

 

「…………」

 

「い、伊之助? ぶ、無事か?」

 

無事だよ

 

 声が潰れていてとても聞き取りづらいうえ炭治郎に向けられた瞳は力なく死んでいた。

 

「ああ、なんか喉が潰れたみたいで。それと診察したさっきのカナエさんが、伊之助の素顔見て大奮起しちゃって今こんな感じに、正直かわいい……」

 

 善逸が頭を振って短くなっている手で自分の頰をひっぱたいた。

 

俺が弱いのが悪いんだ、ゴメンね弱くって

 

「い、伊之助えええええ⁉︎」

 

 まるであの青々とした葉が冬に散る頃には私も死ぬのねとか言っている深窓の令嬢である。野山を駆け巡る猪頭の野生児は何処に行った。一応、猪頭は隣に置かれた帽子掛けに安置されている。

 そうして入院した炭治郎を待っていたのは全身激痛に耐える日々。一時鎮痛剤で収まっていたものの痛いものは痛い。善逸は定期的に騒いではカナエに撫でてもらいご満悦し蝶屋敷の子達からの冷たい視線を浴び、伊之助は無駄に美貌に磨きがかかりその度に目が死んで炭治郎と善逸に励まされる日々。

 

「そろそろ機能回復訓練に入っちゃいましょう!」

 

 えいえいおーとするカナエにしのぶがため息を吐きながら訓練内容を説明し、訓練を終えた炭治郎と伊之助は死んだ目で毎度病室に帰ってくるので善逸は自分が参加するまで戦々恐々としていた。

 参加した善逸はその実情にブチキレた。蝶屋敷の子達はドン引きした。

 アオイとの全身運動訓練や反射訓練はなんとか突破したものの、カナヲに薬湯まみれにされる日々、善逸はカナエの声援を糧にびしょ濡れになる日々を、伊之助は一時野生に帰った。翌日捕獲されお化粧をさせられそうになったのでそれを防ぐために訓練に明け暮れる。相談してもいい答えが出ないので炭治郎達はそれぞれがどうすればいいかを模索をすることとなった。

 

「お、炭治郎じゃないか。薬湯まみれってことは機能回復訓練か」

 

「あっあなたは!」

 

「そういえば名乗ってなかったな、"剱柱"の燻御奏多だ。慣れないから名前呼びでいいぞ」

 

「はいっ奏多さん!」

 

 炭治郎はせっかくなので色々聞いてみることにした。ヒノカミ神楽の事や今カナヲに勝てなくて悩んでることなどだ。

 

「ヒノカミ神楽……は聞いたことが無いけどカナヲに勝てないのは単純な地力不足だな現状。何かカナヲと自分で違うことはないと思わないか?」

 

「えーと、匂いが違います。なんというか、カナヲの匂いは以前裁判で会った柱の人たちに近いんです」

 

「そこまでわかってるならいいか。炭治郎、全集中の呼吸を長時間やってみるといい」

 

「えっ長時間ですか」

 

「うん長時間。あとそうだな、ちょいまってて」

 

 駆け出していった奏多が持ってきたのは、丸太二本切りたてといった風情である。平気で持ってきた奏多に見た目細そうなのに何処にその膂力があるのかと思わず目を見張った。

 

「まずは一本持って走るといいよ」

 

「あっはい」

 

 その日から炭治郎の自主練習が始まった。長時間がどれだけかわからなかったので四六時中全集中の呼吸を維持することにした炭治郎、耳や鼻から心臓が飛び出しかけたりする負荷を掛けつつ寝るときはキヨちゃん達三人に監視してもらいながら呼吸を維持し、徐々に基礎代謝を上げていく。

 それを二人にも伝えたが二人はうまくできずとうとう訓練をサボりだした。

 

「ほわぁぁぁあ美人のお姉様お名前は⁉︎」

 

「燻御奏多だ。あと男だぞ」

 

「はぁぁあん⁉︎ なんで伊之助みたいなのが他にもいるんだよ意味わかんねえ‼︎」

 

「ちなみに一応*1柱なんだけど」

 

「すいませんでしたぁぁぁあ‼︎」

 

 時折蝶屋敷にやってくる奏多に指導してもらう。

 昼間はひたすら丸太を担いで走り回り、夜は呼吸を深くしっかり認識する瞑想をし続ける。

 

「頑張ってますね」

 

 それがしばらく続いたある日の夜、屋根で瞑想をしていると蝶を模した羽織を優雅に靡かせながらしのぶが現れる。顔の近さに思わず顔を赤らめてしまって、頭を振って乱れた呼吸を整える。

 

「すいません二人がサボってしまって」

 

「いえいえ、彼らもいずれは参加してくれると思いますから、場合によっては……」

 

 言葉は優しいが目が笑っていない。若干浮かんだ青筋と匂いも含め思いっきり怒っているしのぶの様子に炭治郎は顔を引きつらせた。

 

「大丈夫です‼︎ 俺が出来るようになったら教えてあげられるので‼︎ そ、そういえばしのぶさん、どうして俺をここに?」

 

 話を無理やり逸らした。実際炭治郎は疑問だったのだ、厄介ごとの塊である自分と禰豆子を引き受けることが。

 

「炭治郎君は怪我人ですからね。蝶屋敷は医療施設、怪我人を拒む理由はありません。それに姉さんにあなたや禰豆子さんのことをその目で見て欲しかったと言うのもあります」

 

 しのぶが腰を下ろし空を眺める。

 

「姉さんを見て、どう思いましたか?」

 

「とても優しい人だと思います。包容力があって、言うべきことはきっちり言ってくれる、上部だけじゃない優しさを持った」

 

「身内がそう高評価だと嬉しいですね、まあ言うべきことを言う割に姉さんは想い人に未だに告白はできてないんですけど」

 

「えっそれは」

 

「既に外堀どころか内堀まで埋め始めてるんですが本人は埋められてることに気づいてないですし……まあそれは置いておいて、そんな姉さんの理想を炭治郎君と禰豆子さんは体現しようとしているんです」

 

 二本差しされた日輪刀の片方を抜く。切っ先と刃元以外が大きく削り取られた異形の日輪刀はしのぶと刀鍛冶達が知恵を絞って作り出した毒を送り込む最適解の形だ。

 

「姉の理想。哀れな鬼を切らずに済む方法がある、鬼とも仲良くなれるなんて無理だと断じていたのですが、あなた達を見ているともしかしたらと思ってしまう。まあ一匹、絶対に殺すと決めた鬼はいるのでそいつと仲良くするのは絶対に無理ですが」

 

 鞘に刀を収め微笑んだ。

 

「私は姉さん達を傷つけた鬼を許せない、あなたが姉の理想へ邁進して頑張ってくれていると思うと、応援したくなるんです。禰豆子さんを人間に戻す方法は蝶屋敷の方でも模索してみますから、頑張ってくださいね」

 

「ありがとうございます!」

 

 微笑むしのぶに炭治郎は深くお辞儀した。

 炭治郎がカナヲに勝利するのはそれからしばらくしてだった。

 

 

 

 

 

 

〜大正善逸の音色うんちく〜

 

「カナエさんはもう包容力と母性の塊でもう優しい音が心地よすぎて眠気を誘うんだ。ただ呼吸音が少し変だけど。あと顔だけで飯食っていけそう」

 

「しのぶさんは素直な音色をしてる。喜怒哀楽の音がしっかりしてて時々すごい怖い音してるけど……あれほんと怖いよ。あと顔だけで食っていけそう」

 

「カナヲは初めあった時もだけど音がずっと平坦でまるで人形みたいなんだよな。もしくはすごい冷静なのか? あと顔だけで食っていけそう」

 

「奏多さんはなんだろうなぁ、鋼を打つみたいな、鐘の音みたいなすごい澄んだ音してる。あと悔しいけど顔だけで食っていけそう……」

 

*1
一応も何も岩柱、炎柱に続いて柱を務め続ける古参である。



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第十九話:斬の心得

誤字報告や感想誠にありがとうございます!


「落ち着け炭治郎、切る時の最適な動作は切り方に応じて無数にあるが、やっちゃいけないのは無駄な力みだ。硬いものを切るとなると気負って力みやすいから気をつけろ」

 

「はっはい!」

 

 奏多が何度か蝶屋敷を訪れたある日、機能回復訓練を先に終えたらしくせっかくなので炭治郎の太刀筋を見ていた。炭治郎の日輪刀は黒い色をしているようで割と指導するにしても困る。黒だから灰色の派生で岩の適正? と思ったが奏多の鋼色ならまだしも、黒は流石に色が違いすぎる

 

"水の呼吸 壱ノ型、水面斬り"

 

 炭治郎が言われた通りに無駄な力みを抜いて試し切り用鉄柱(並)までは切り裂いた。一応緊張してもらおうと言うことで、蝶屋敷で何故かみたらし団子を食っていた刀鍛冶の鋼鐵塚を後方に配置した。一緒に来ていた鉄穴森は絶対に刃毀れしない日輪刀を打ってやると息巻いて里に帰ったらしい。何かあった。

 

「いいぞぉ流石俺が打った刀だ」

 

 変に力んで(並)を切れなかった時のキレっぷりはどこに行ったとばかりのご満悦である。

 

「じゃ次、また例のヒノカミ神楽」

 

「はい、行きます!」

 

"ヒノカミ神楽 烈日紅鏡(れつじつこうきょう)"

 

 放たれたヒノカミ神楽は試し切り用鉄柱(太)を切り裂くことに成功する。(太)は下弦の鬼の強度に匹敵するように作られている為、今の炭治郎なら下弦であれば首を落とせることになる。

 が、切ったまま炭治郎がぶっ倒れた。呼吸困難になり掛けている。

 うつ伏せに倒れた炭治郎を横寝にして呼吸をしやすい様にしてやる。

 

「ほれ常中が切れかかってるぞ」

 

「は……はい、ゲホッ、それでどうですか?」

 

「威力ではヒノカミ神楽の方が上だが、汎用性では水の呼吸だな。万全の状態の時でさえ二連発しか出来ない上使うと常中の維持さえ怪しくなるのは正直呼吸としては役立たずもいいところだぞ」

 

 炭治郎もそれは思う。型を一つ使うだけで倒せる鬼なんて炭治郎が倒した鬼達の中にはいなかった。

 

「ここで日輪刀の色が基本の呼吸の色に沿ってれば分かりやすいんだがなぁ」

 

 残念どの系統か不明の漆黒である。鋼色で日輪刀が変色してるのかわかりにくい奏多とは別方面で分かりにくかった。

 

「挙動的には炎の呼吸に近いような気もするんだけど……」

 

 奏多からすると、最初に見せてもらった"円舞(えんぶ)"と"灼骨炎陽(しゃっこつえんよう)"などは炎の呼吸系統っぽく見える。今の"烈日紅鏡"なんかは嵐柱の技、つまり雷の呼吸系統っぽく見え、"日暈(にちうん)の龍、(かぶり)舞い"は水の呼吸、"日向閃決(ひゅうがせんけつ)"は風の呼吸等、あらゆる系統の呼吸の特性を炎の呼吸でアレンジしたような印象だ。

 ちなみに使うたびに炭治郎はぶっ倒れているが回復するまで待って技を使わせるを繰り返し疲労お構いなしである。

 

「火の呼吸じゃないんですか?」

 

「火じゃ無くて炎だな。理由は知らん」

 

「そ、そうなんですか」

 

 見せるために一生懸命ぶっ倒れまくりながら実演した炭治郎は偉い。長男で無かったら力尽きてた。

 

「少なくとも俺から見ると水の呼吸の方がヒノカミ神楽より適性があるように思えるな。とりあえず炎柱の煉獄に一筆書いとくから会ってみるといい、めっちゃ面倒見がいいぞ」

 

「奏多さんも十分面倒見いいと思うんですが」

 

「俺の呼吸は半分我流な所があるから指導はしにくいんだよ。その点煉獄は炎の呼吸としての蓄積があるから指導も上手いぞ」

 

「が、我流なんですか」

 

「基本の呼吸を基にして自分に最適な呼吸を構築してる訳だから。日輪刀の色が分かれば派生するにしてもどの呼吸を基にすればいいかわかりやすい」

 

「く、黒です」

 

 早死の色である。

 その時、炭治郎がなにかを思いついた顔をした。残った試し切り鉄柱(並)の前に立つ。

 

"水の呼吸 ヒノカミ神楽、円舞滝壺"

 

 鉄柱を袈裟斬りにし続くように構えを取る。

 

"水の呼吸 ヒノカミ神楽、ねじれ紅鏡"

 

 それをさらに切り裂く。

 

"水の呼吸 ヒノカミ神楽、碧羅の水面"

 

 隣にあった試し切り鉄柱(太)を半ばまで切り裂き刀が止まる。しかし引き抜かれた刀に刃毀れはない。

 ゼヒューーと呼吸は荒ぶっているものの常中は維持できている。

 

「なにやったんだ?」

 

「で、できましたゲホッ、ヒノカミ神楽と、水の呼吸を混ぜて使ってみたんですゲホゴホ」

 

 自身に最適な呼吸を構築する、ならばヒノカミ神楽と水の呼吸を合わせて使えばいいという発想だ。半ばまで切れた鉄柱から分かるように水の呼吸より威力は勝り、三連撃で呼吸を使っても問題なく立っていられる持続力がある。

 

「これはなおのこと煉獄に稽古つけてもらうべきだな。正直贔屓だから内緒だぞ」

 

 何度か煉獄に稽古をつけてもらっていた隊員が辛すぎて逃げ出したのをみているが奏多は言わない。常中ができるなら大丈夫だろうである。

 

「よし休憩にしよう、茶はなにがいい? 玉露とかかぶり茶とか色々あるぞ、蝶屋敷のやつだけど」

 

 キヨちゃん達が差し入れてくれたお茶菓子をつまみつつお茶を飲む。炭治郎は厚意に甘えて玉露にした。向こうの機能回復訓練の場所からは伊之助と善逸の「しゃオラー!」「俺はお二人に応援された男!」と叫び声が聞こえてくる。

 

 ふいーと茶を飲んでまったりする三人、炭治郎は鋼鐵塚の素顔をちょっとみてみたいと思ってみたらし団子を食う様子を見ようとしたが、一瞬でみたらし団子が消えて串だけになっていてもちょっとした顔をした。

 

「そういえば奏多さんの呼吸は何の派生なんですか?」

 

 茶を啜って奏多は息を吐いた。茶柱が立っている。

 

「俺は岩の呼吸の派生になる。日輪刀の色が変わってないように見えただろ? これは色が変わってないんじゃなくて鋼色に変わってるんだ」

 

 灰色系統なので岩の呼吸の適性があるということである。

 

「そうだ岩の呼吸の鍛錬方法を教えようか?」

 

「あっ是非!」

 

「まず気絶するまで滝にうたれる」

 

 嬉しそうな炭治郎の笑顔が固まった。そもそも滝がない。

 

「常中ができるできないで天地の差があるからな、常中ができるなら訓練自体の負荷を強めないといけないんだ。最終的に負荷を強めまくろうとして面白いことになる」

 

「面白いことですか?」

 

「火に炙られながら丸太三本に岩くくりつけて屈伸する」

 

「えっ」

 

「冗談だ」

 

 何を言ってるんだろうみたいな顔をした炭治郎だが冗談と聞いてなんだ冗談かとホッとした。実は冗談ではなく事実である。

 

「あとはそうだな、"条件反射"って技術がある。これは予め決めておいた条件を行うことで集中力を一気に極限まで高めるんだが、これは一朝一夕でやるものじゃないから後で練習してみな。うまく呼吸と合わせられれば効果は絶大だ」

 

 奏多がちょっとウキウキして茶で喉を潤している。カナヲに指導してる時も割りとこんな感じだったので教えるのは結構好きなのである。

 

「頑張れよ炭治郎、お前たち二人はカナエの希望、つまるところ俺の希望でもあるんだ」

 

「あっそれしのぶさんにも言われました」

 

「しのぶは姉のカナエにベッタベタだからな、カナエが大怪我した時は少し荒れてたけど今はそれをバネにあんな感じだ」

 

「あ、だから元柱って隠の人が言ってたんですね」

 

「あーそれな。カナエもしのぶも否定するけど、俺が不甲斐なかったのが原因の奴だな」

 

 奏多が少しシュンとして茶を啜る。今の元気なカナエの姿を知っているのに、あの時のカナエの死にかけた姿が脳裏に焼き付いて離れない。

 

「奏多さんは悪くないと思います! 多分状況はわかりませんから断定はできないんですがお二人が否定してたならきっと!」

 

 すごい曖昧なフォローをされて奏多は笑ってしまった。

 

「ありがとう、炭治郎。ならばこそ、警告だ。上弦の鬼には気をつけろ」

 

 上弦……と炭治郎の呟きに頷いて奏多は続ける。

 

「鬼殺隊で判明している上弦は二体。かたや階級不明で岸壁を爆散させる破壊力を有している以外不明、もう一方は上弦の弐、鉄扇と氷の血鬼術使いでカナエに大怪我を負わせた頭おかしい奴だ。俺もしのぶもコイツを殺すのに執念を燃やしているところがある」

 

「あっ、奏多さんだったんですね‼︎」

 

「えっ俺が弐に負けたのそんな有名なの?」

 

「あっなんというかそうじゃなくてその」

 

 炭治郎がすごい顔になる、思わず奏多の顔が引き攣る程のひどい顔だ。歯が食いしばられ目は泳ぐを超えて振動し眉はミミズのように歪んでいる。

 

「しのぶさんから聞いたんです」

 

「お、おう? そうか」

 

 本当は珠世という鬼に遭遇した際に鬼を人に戻す薬の研究の話の中で上弦の弐の血は鬼殺の剣士のお陰で採取済みと話題が出てきたのを思い出したのだ。

 

「とにかく忠告ありがとうございます。気をつけます」

 

 ひどい顔のままである。声に誠意は感じられるが顔がひどい。

 

「いやほんとその顔どうした?」

 

「これじゃ赫灼の子じゃなくてしゃくしゃくの子だな」

 

 鋼鐵塚でさえ少し引く程のひどい顔である。

 

「オラァ! 勘太郎! なに茶飲んでんだ!」

 

 そこへボロッボロになった病院服を着た猪頭の伊之助と奏多を見て一瞬硬直した善逸がやってくる。

 

「仲間も来たみたいだしお開きだな。気をつけてな」

 

 切り倒された鉄柱たちをいそいそと回収し肩に担ぐと帰っていく奏多に炭治郎達は(伊之助を除き)深くお辞儀をした。

 

 後日、煉獄から達筆で炭治郎達のことを任せておけと手紙が送られてきた。



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第二十話:炎継ぎと音の知らせ

難産でした。
アニメ最高です。


うまい! おかわりをお願いする!

 

「あ、あの煉獄様? あまり食べすぎると逆に体に悪いですよ?」

 

それは済まない! しかし最後にもう一杯だけお願い出来ないだろうか!

 

「あっはい」

 

 バクバクと凄まじい勢いで飯を食らうのは炎柱の煉獄である。蝶屋敷の病室のベッドで無ければさぞかし周囲の食欲を誘う見事な食べっぷりであった。蝶屋敷の子達は食事の準備でてんてこ舞いである。

 その騒乱と大食いが終わるまで脇で丸椅子を出してもらって座る伊黒と奏多が待機していた。

 

「で、そんなズタボロにされて負けてきたと?」

 

 蝶屋敷の子たちが空になった鍋や釜を片しているのを背景にしながらふんすと伊黒がねちねちしだした。重傷者の病室なので相方の蛇はカナエに回収されて外で待たされている為か若干機嫌が悪い。

 

そうだな! 判明した情報としては以前燻御の遭遇した岸壁爆散鬼が上弦の参だったこと、そしてその名は猗窩座! 非常に正確性の高い迎撃能力を持った体術使いだということだ! あと地味に衝撃波の遠距離攻撃が鬱陶しい!

 

 元気そうだが今まで二週間の意識不明、左手は複雑骨折、右手は一部の腱が切れ、肋骨全部骨折および一部が肺に突き刺さる、左目失明、右足の肉離れ、擦過傷多数の重症である。激痛に苛まれている筈だがそれをおくびにも出さない辺りは流石の柱か。

 詳細を滔々と語っていく。謎の氷の結晶のような文様が出たあとから正確性が増したことからアレがなんらかの補助効果があるのではなどだ。

 

「戦線復帰も一応は可能らしいな、柱が欠け無いことは良いぞ。さっさと怪我を治して上弦の参など滅殺してしまえ」

 

そうとも、奴を仕留められなかった! それだけが心残りだ! 今後奴の被害に遭う者がいると考えるとハラワタが煮えくり返って焼け死んでしまいそうだ! だが俺は希望を見たぞ二人とも! 燻御! 君の手紙にあった三人ともう一人、禰豆子だ!

 

 煉獄は右手を握り込んだ。伊黒は話が飲み込めないのか目を細める。奏多が説明すると伊黒はつまらなさそうにフンっと息を吐いた。

 

「そんなのに構っててどうする。それよりお前が」

 

ありがとう伊黒、君は優しいな

 

 煉獄が顔に似合わない微笑みを見せる。伊黒と奏多が苦虫を噛み潰したような顔になった。柱として戦線復帰は可能であるが、それは今までの煉獄と同等ではない。完治しても片目を失ったことで遠近感が狂い、切れた腱が枷となって斬撃から鋭さを奪うだろう。

 

「れ、れ、煉獄さん!」

 

 ドタドタと足をもつれさせながら炭治郎が病室にやってきた。泣きそうというか泣いている。カナエが気を遣って鎹烏を飛ばしてくれたのである。

 

おお、竈門少年! 元気そうだな!

 

「すいませんでした‼︎」

 

何謝ることはない! 前にも言ったが柱として当然のことをしたまでだ!

 

 来るなり

 

「いえ、れ、煉獄さんのお父さんに頭突きをしてしまいました!」

 

「「「???」」」

 

 煉獄奏多伊黒の三人でハテナを作った。

 

「いえ、その、色々言われて我を忘れてしまってその」

 

元柱の父に一撃入れるとは二週間でなお成長したようだな竈門少年!

 

 違うそうじゃないだろと奏多と伊黒が頭を抱えた。

 

ところで竈門少年! 遺言のような事を頼んでしまったがこの通り無事なので伝えずにいてくれたか?

 

「あっしっかり伝えました!」

 

成る程! 穴があったら! 入りたい!

 

 生きているのに遺言を伝えられてしまうのは恥ずかしい。煉獄だって流石に恥ずかしいのである。死ぬと思っていたし、何故か先に亡くなった母の霊に褒められると共にまだ気が早いですと引っ叩かれ帰ってきたのはある種予想外であった。

 

「今は入ると墓穴みたいになるからやめるんだ煉獄」

 

確かに! 今は墓穴に入っている場合ではないな! 竈門少年に猪頭少年、我妻少年とまとめて面倒を見るのだから!

 

「ぜひよろしくお願いします! でも怪我が治ってからで」

 

問題なし! 口を出すことはできるからな!

 

「気炎吐いてそう」

 

 わいわい大騒ぎする三人に再び伊黒が頭を抱えていた。個性の塊柱二人に期待の頭突きが合わさり柱の中ではツッコミ役の伊黒の許容量を超えたのである。小言と言う名の心配性を垂れ流して伊黒は帰った。

 それからしばらくの間、炭治郎善逸伊之助にカナヲも加えて蝶屋敷で煉獄による訓練を受けることとなった。

 一ヶ月ほどで煉獄がなんとか炎柱として復帰し、蝶屋敷は賑わいを見せていた。炭治郎達三人は拷問装置(善逸命名)を利用した鍛錬や鬼狩の任務へ出向くなど多忙な日々を送っている。

 そうしてある日、奏多と煉獄は奏多の屋敷の道場で実戦に近い激しい試合を行なっていた。

 

「シッ‼︎」

 

ムン‼︎

 

 互いが裂帛の気合いを込めて振るう木刀が交錯し半ばからへし折れてしまう。

 

「大分戻ったけど、やっぱりまだまだ厳しそうだな」

 

少なくとも猗窩座と対峙した己に比べれば劣化も良いところだ、不甲斐なし!

 

「いや普通片目が潰れたら引退でも問題ない気がする」

 

 名実共に最強と言われる行冥が全盲な所為でそのあたりの感覚がおかしくなっている気がする。その辺りお館様である輝哉はちゃんとしていて、煉獄が引退を届けていたら許可していた。

 奏多は目が良いが片目が潰れて数ヶ月でここまでこなせるかと言うと怪しい。良い分頼ってしまっているからだ。

 

腱が切れた影響も大きい、玖ノ型を打つのはもう不可能と言っていいだろう!

 

 玖ノ型は煉獄によると思い入れが強いらしい。その鋭さのためには握りや足運びが必須であり今の煉獄では満たすことができない。他の型も以前と比べればどうしても精彩を欠いていた。剣の威力だけ見れば木刀同士で交錯すれば折れるのは本来奏多の木刀だけである。

 煉獄としては辛いところがあるがその辺りの事情を汲んでか柱としての任務は以前と比べかなり限定的にされている。そも異例の十人体制と柱がなっていた為意外にも問題なく業務は回っている。

 

「それで、比べてみてどう思う?」

 

 道場に散った木刀の破片を二人で屈んで探しながら奏多は問いを投げかけた。

 

燻御、率直に言おう! 単独では君であっても無理だろう! 以前遭遇した上弦の弍の情報に比べ方向性が違うが、奴は単純な反応速度が異常に早い! 初見の技の出だしの時点で迎撃の用意が終わっている、まるで未来予知が何かだ!

 

 対謎の近接鬼、今の猗窩座を想定して始まった柱合後訓練を最初からずっとやっていた煉獄でさえこの有様だ。求められるのは単純なほど簡単だ。馬鹿みたいな再生力と高い技量を兼ね備えた鬼を技量のみで圧倒的に上回り短期決戦を仕掛けるだけだ。要求される技量が青天井すぎて誰も到達し得ない可能性すらあるが。

 

「単純なほど崩しにくいものは無いな」

 

 上弦の参も最低でも柱二人体制以上で当たらねば厳しいのが現実だ。奏多や煉獄があの四人の鍛錬に付き合っているのも伸び代の高さを期待しているところがある。あの年齢で常中をこなせる彼らは間違いなく後の柱の器だろう。

 

「煉獄このあと予定は?」

 

 破片を拾い終わりスクッと二人は立ち上がった、

 

蝶屋敷に検診だ!

 

「俺も暇だしついてくぞ」

 

 昼食はもう取っていたのでのんびりと二人は蝶屋敷に向かった。

 ちなみに昼飯は奏多が手料理を振る舞ったが凄い勢いで食べる煉獄に奏多の料理人魂が燃え上がり屋敷の食材は底をついた。

 

 

 

 

「おっすアオイちゃん、元気?」

 

「あっ奏多様、良いところに、煉獄様は検診ですね、カナヲー!」

 

 どこからかシュバッと現れたカナヲが着地する。

 

「こんにちは、煉獄様。こちらへどうぞ」

 

 カナヲも最近は自発的に行動するようになってきて良い兆しである。そのカナヲに連れられ煉獄は蝶屋敷の中に入っていった。

 

「あ、奏多さんはこっちです」

 

 煉獄が居なくなって速攻で口調を崩すのは誰に似たのか。

 アオイに連れられて蝶屋敷の応接間に通されると、椅子にどっかりと座るド派手な奴がいた。

 

「おお奏多、待ちわびたぜ。すまんが頼みがある」

 

 ド派手な忍者の音柱、宇髄天元である。頼み事をきいたことは一度もない天元が頼み事をしてくるなど一大事だと奏多は気を引き締め向かい合った椅子に座る。

 

「よほどのことみたいだな、なんでも協力させてくれ」

 

「感謝する。奏多………」

 

 天元が目を閉じて少し呼吸を置いた。

 後ろに控えるアオイが固唾を飲んで様子を見守る。

 

「………女装してくれ」

 

「………は?」

 

 奏多は真顔になった。

 

 

 



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第二十一話:装い

ご感想ありがとうございます
本編もアニメもいいぞぉ


「やっぱり奏多はこの格好も似合うわね」

 

「正直勘弁してほしい、歩きにくい」

 

 蝶屋敷の廊下を歩いているのはカナエと奏多だ。奏多は以前宇髄の三人嫁達に着せ替えられた着物を着てカナエに化粧やら髪型やらをやってもらったのだ。嫁にやられた女装を夫に披露するとかなんの因果と言わざるを得ない。

 その二人を廊下の陰から見つけ家政婦の如く笑顔で見つめている男がいた。善逸である。

 

(なんだぁぁあぁぁああの美女は!)

 

 カナエの隣を歩く謎の美女に善逸大興奮であった。顔だけで食っていけそうである。音がなんだか奏多と似ている気がしたが、揺るぐことの無さそうな澄んだ鐘の音を思わせる奏多に比べ似てはいるものの、こちらの美女の音は鈴を鳴らすように何処か恥じらいがある澄んだ音であった。

 気付け善逸、羞恥心が音に影響を出しているだけだ。以前など勝手にやられている位で全く気にしていなかったのが、自分からカナエに頼んだのとかわいいかわいい連呼されながら化粧やら何やらまでベタベタ触られまくりながらやられた所為なのだ。

 

(はっまさか奏多さんの妹とか……!? いや俺には禰豆子ちゃんが……しかしお近づきになりたい‼︎ 奏多お兄様‼︎ 妹さんを俺に紹介してください‼︎)

 

 無駄な隠密性を発揮しながら後ろをついて回る善逸、奏多の顔は伊之助と同タイプだが、伊之助と同じく女装することなどあり得ないという認識と自己の都合の良い解釈で罠にかかっていた。

 そうとは知らぬカナエと奏多は天元の待つ応接間に到着し中に入る。外では善逸が聞き耳を立てている。

 

「はい、お待たせしました天元さん。ご希望の子ですよ!」

 

 カナエの指導により立ち方を少し女性らしくしつつ奏多が微笑む。内心で何やってんだ俺となっているがその乱れを察せているのは外の善逸だけである。

 宇髄が専用に用意されたド派手に装飾された湯呑みを置いて吟味するようにジロジロと舐め回すかの如く奏多を見る。そうしてふうと息を吐いた。

 

「ダメだ派手に交代で」

 

「はーーー」

 

「はぁぁぁぁぁ⁉︎ なんだお前何様のつもり⁉︎ こんな清楚美人の心根清らかな音の出せる乙女相手にして何が交代だぼぁっきゃろう⁉︎」

 

 扉を凄い勢いで開いて善逸が乱入した。凄まじい形相である。

 三人の目が点になった。

 

「おいカナエに奏多、なんだこのガキは」

 

「あー、煉獄が鍛えてる子達の一人」

 

「えっその声えっえっ奏多……さん?」

 

 何かに気がついてしまった善逸は正気を失い血涙を流しながら床に倒れ伏せた。何やってんだと思いつつ気を取り直して奏多も額に青筋浮かべて攻撃的な笑みを作る。

 

「で、人に女装させといてどういうつもりだ?」

 

 最初難色示したらいやでもお前なんでも手伝うつって言ったよねと説得されたと言うのにあんまりである。

 

「そうよ! こんなに美人なのに!」

 

 いや違うそうじゃないからと言いたげに奏多がカナエを見るがカナエは可愛いわよと言わんばかりにウィンクする。

 

「美人すぎなんだよ、どう考えても遊郭に売られてくる類じゃねえだろ、嫁達に聞いて予想してたものの遥か上を行っとるわ。どうするこれ、そうだここくる時に女隊員居ただろ、あれ借りていいか?」

 

「ダメですよ、蝶屋敷の機能を麻痺させる気ですか?」

 

 カナエが若干強めに拒否する。宇髄としても医療施設の機能が麻痺すると言われたら連れて行けるものでもない。

 と、宇髄が倒れ伏した善逸を見ていい笑顔をした。ショックで気絶した善逸が復活した時、その身は既に椅子に縛り付けられ、目の前には筋肉宇髄と美女カナエと気の毒そうな顔をした女装奏多が立っていた。

 

「ぁぁぁーーーーーーーッ‼︎」

 

 蝶屋敷に情けない悲鳴が木霊した。

 

 

 

「今回は怪我がなくて良かったな伊之助」

 

「ああ、ちょっとでも怪我するとカナエのヤツが構い倒してくるししのぶに怒られるし散々だっておん? あそこに誰か立ってるぜ」

 

「アレ? 本当だ」

 

 炭治郎と伊之助が任務を終わらせ蝶屋敷に帰還する。すると見たことない子が居た。綺麗な黄色い刺繍の着物を着て玄関の方に頭を向け突っ立っている。

 化粧と香水の香りがすごく炭治郎が若干顔をしかめたが失礼なのですぐにそれを戻して笑顔になる。

 

「こんにちは! 何かご用事ですか? もしかしてお怪我ですか? 怪我しでしたらカナエさんを呼んできますよ?」

 

 綺麗に梳かれた()()の少女へ二人は近づいていき炭治郎が声をかけた。

 そして反応を示さないので訝しんだ炭治郎と伊之助が近寄っていく。

 

「あの?」

 

 香水などに紛れていたが、その身から悲しみや怒り、絶望といった感情の匂いが漂っている。炭治郎は尚の事、放って置けなかった。

 二人がその背後近くまで寄った時、風が巻き起こるほどに少女が高速で体を回す。

 その少女の、少女にしてはやけに骨太な腕が炭治郎と伊之助がの肩を掴んだ。メキリ、と肩に手が食い込むほどの力で掴まれているので腕力も並ではない。

 

「み、ち、づ、れ、だ」

 

 それは女装しているものの隠しきれない善逸感を出した善逸であった。

 

「ぜんいーーー」

 

「もんいーーー」

 

 驚愕の表情を見せた炭治郎と伊之助の頭が掴まれる。

 

「なるほど、こいつらか」

 

「あっこの匂い」

 

 柱合会議の時に嗅いだことのある匂いであった。つまり今二人の頭を掴んでいるのは柱である。

 

「ちょっと顔借りるぞ」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁあーーーッ!」

 

「うわあぁぁあぁぁあーーーッ!」

 

 野太い悲鳴が蝶屋敷に木霊した。

 

 

 

「一つ言いたいんだが」

 

 奏多が頭痛を堪えるように頭を押さえカナエが勿体無いと言わんばかりに手で口元を覆っている。

 目の前にいるのは炭治郎だった者と伊之助だった者だ。宇髄がドヤ顔をしている。

 

「さっすがに下手くそすぎないか? 宇髄お前忍者なんだろもっと変装頑張れよ」

 

 惨事であった。百歩譲って炭治郎は仕方ないとしよう、確かに炭子と化して男だとはわかりにくい。だが別に化粧しなくても伊之助なんかは大丈夫のはずなのに酷かった。

 

「お前俺が女装する事態になると思ってるのか」

 

「悪かった」

 

 筋骨隆々で背も奏多よりなお高い宇髄に女装は無理である。

 

「でも派手だろ?」

 

「いや派手派手だけどさ」

 

(いや派手なブスだろ下手くそかよ、伊之助ならもうちょっとどうにかなったろ)

 

 口には出さないが善逸、脳内で罵倒である。比較対象が居るので特に伊之助に対する女装評価が辛口であった。

 

「まあいいこれでなんとかなるだろ、さてお前らこれから楽しい潜入任務だ、奏多もよろしく頼む」

 

「え? 俺はダメだったんじゃ?」

 

「誰かと抱き合わせなら行けるだろ。戦力は多いに越したことはない」

 

「てか甘露寺は?」

 

「潜入させた店が飢饉に陥るわ」

 

「本気か………はー、カナエ、カナヲの明日の鍛錬予定の道具が俺の屋敷に置きっ放しだから誰か力持ち呼んで運んでくれ」

 

 善逸はそれを聞いて思い出したようにカナヲは⁉︎ 女装させる必要ないじゃん⁉︎ な顔をして宇髄を見たが、宇髄がボソリと呟いた。

 

「馬鹿お前、継子を遊郭に連れてかせろなんて胡蝶に殺されるだろ」

 

 蝶屋敷出禁不可避は流石の宇髄も避けたいようだ。

 

「経過やら経緯やらは道中で話す、時間が惜しい出発するぞ」

 

 カナエに見送られながら五人は出発した。

 

「いいか、俺は神、柱は神だ。それが二人もいるわけだ。敬えよ」

 

「具体的に何を司ってる神なんですか」

 

「いい質問だ、俺は派手を司る…祭りの神、奏多はそうだな……なんかこう、剱柱だし剱の神だな」

 

「おい雑だな」

 

 蝶屋敷を出て、伊之助が経緯の説明でぶん殴られたり交友を深めつつ混沌の地吉原へと到着した。

 

 

「よろしくお願いします」

 

「一生懸命働きます!」

 

 奏子、炭子と抱き合わせ販売により就職決定。

 

「あら珍しい髪の子、おいくらかしら?」

 

「はい毎度!」

 

 善子、就職決定。

 

「ちょいと旦那、この子うちで引き取らせてもらうよ? いいかい?」

 

「荻本屋さん! そりゃありがたい!」

 

 猪子、就職決定。

 

 四人とも無事? 就職が決定するのだった。



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第二十二話:遊郭

難産でした。
きめつ アニメはいいぞ!
16巻も発売中です。


 店の中でやることなどの説明を受けた後化粧直しを行った際、炭治郎の額の痣がバレて遣手の方が荒ぶったもののなんとかなった二人は、下積みとして取り敢えずの潜入を果たすことができた。

 炭治郎は奏多の付き人扱いなので、比較的屋敷の中を自由に動き回れる。奏多が舞やら琵琶の演奏やらの芸を仕込まれる苦境に立たされ、なるべく早く頼むと本気で懇願されたので気合いを入れ情報収集に努めた。

 

「おかしい、体力なら自信があるはずなのにすごい疲れた」

 

「でも色々と情報が集まって来ました」

 

 死んだ目をした奏子の肩を炭子が揉んでいた。取り敢えず須磨花魁が真面目だったと言う衝撃の事実と足抜けで消えていく子が定期的に出るとこだ。炭治郎は手伝いの子から、奏多は芸を仕込む人から聞かされたので間違いはない。

 炭治郎の匂いを感じる力は凄まじいことがよくわかる。無惨の発見を成したのもある意味当然だったかと奏多は思った。

 

「あ、料理手伝いますよ」

 

「あら新しい子? 刃物は触ったことなさそうだけれど大丈夫? えっ何この子の包丁さばきすごい」

 

 

 

 翌日、炭治郎と共に報告にやってきた奏多が伊之助の報告に困惑していた。

 

「ちげえよこうグワーッと‼︎」

 

「いや分からん。翻訳頼む炭治郎」

 

「いやそのちょっと……」

 

「わからんか⁉︎ こうだこう! こう言うのがだな!」

 

 伊之助が様々なポーズを取りながら鬼について説明をしようとしてるが訳がわからない。

 

「ほら、そろそろ宇髄さんと善逸が定時連絡に来る時間だから」

 

「善逸は来ない。昨日から行方知れずだ」

 

「あっ宇髄さん……どう言うことですか?」

 

 二日目にしていきなり善逸が行方不明になった。それに伴って宇髄がとてつもなく落ち込んでいた。自分の非を認める程などそうない。

 

「俺はいくつも判断を間違えた。多少の無理があっても奏多だけ潜入させれば良かったものを一般隊員のお前たちまで巻き込んじまった。奏多以外はもう花街を出ろ」

 

 そう言って姿を消した宇髄のいた場所を呆然と見ていた炭治郎が再起動する。

 

「……だそうだが、炭治郎に伊之助はどうする?」

 

 本来であれば柱の命令は絶対である。だがここにもう一人、同等の命令権を持つ柱がいる。奏多としても正しいのは宇髄であることはわかっている。

 

「俺は、今いるときと屋を今日で調べ終えるから夜に伊之助の荻本屋に向かいます」

 

「ハァァーーー⁉︎ 鬼がいるつってるだろ今すぐこいや! 頭悪いなテメーは!」

 

 ペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペム

 

「夜の間は宇髄さんが外を見張っていただろ?」

 

 ペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペム

 

「痛い痛い、でも善逸は消えたし伊之助の店の鬼も姿を隠してる」

 

 ペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペムペム

 

「ちょ、ちょっとペムペムするのやめてくれ! 店の中に通路があるんじゃないかと思うんだよ」

 

 伊之助が炭治郎をひっぱたくのをやめる。奏多は黙って炭治郎の考察を聞いている。

 殺人の後始末の面倒さ、夜の街ゆえの都合の良さと悪さ。炭治郎の推察は理にかなったものだ。

 

「俺は善逸も宇髄さんの奥さんたちもみんな生きてると思う。必ず助け出します」

 

 炭治郎が奏多を見る。

 

「だから、やらせてください」

 

「伊之助はどうする?」

 

「こいつの言ったこと全部、俺が今言おうとしてたことだぜ‼︎」

 

 二人が意気揚々と飛び出していったのを見て奏多は別の場所に向かう。しばらく移動して屋根の上で待機していた宇髄を見つけ飛び上がる。

 

「奏多か」

 

「らしくないな宇髄、地味だぞ」

 

「そうか」

 

「炭治郎達は全員生きてると考えて動くそうだ。宇髄はどうする?」

 

「俺はあまりにも初動が早いときと屋の店主に確認を取る……」

 

 ふう、と宇髄が息を吐いて立ち止まる。一発自分の顔をひっぱたきカッと目を見開いた。

 

「部下が生存信じてんのに諦めちゃあ男が廃る! ド派手に行くぜ‼︎」

 

 ド派手にと叫んでいる割に音もなく高速で宇髄は屋根をかけて行った。

 

「さて、俺は炭治郎達の方に合流するか……取り敢えず着替えよ……」

 

 女物の着物を摘みながら奏多は呟いた。

 

 

 

 

 日が暮れる。遍く鬼を滅する陽光は地平に隠れ鬼の時間、夜がやってくる。

 

「その人を解放しろ!」

 

 鯉夏花魁を帯で締め上げるように取り込む鬼、堕姫と炭治郎は対峙していた。初動こそ早さに遅れをとって吹き飛ばされたものの、鯉夏を閉じ込めた部分を切り落とすことに成功する。

 

(心を燃やせ! 煉獄さんのように!)

 

 止まってしまいそうな体をみんなが押してくれる。鱗滝の手が、義勇の手が、煉獄の手が、奏多の手が呼吸と共に体の内に入り込み活力となるようにさえ感じる。

 それは剱の呼吸、元となるは岩の呼吸の反復動作。瞬間的に極限まで集中が高まり体温も跳ね上がる。

 

"ヒノカミ神楽、水の呼吸、()()()()"

 

 ヒノカミ神楽に水の滑らかさを、炎の激しさを混ぜ合わせる。

 鋼よりなお硬くしなる帯が迫るも切断する。

 

「へえ、やるじゃない不細工の癖に。高くつくわよ? お前の綺麗な目玉、生きたまま穿って食べてあげる」

 

 汚物でも触ったように顔をしかめながら堕姫が放つ殺気を受け止める。

 

「やれるものならやってみろ!」

 

"ヒノカミ神楽 炎舞"

 

(いける! 煉獄さんに教わった炎の呼吸も混ぜれば! ヒノカミ神楽と水の呼吸を混ぜただけよりも威力が高い!)

 

 炎舞の二撃目に対するカウンターを放った堕姫の帯が空を切る。そこに居たはずの炭治郎が消え去る。

 

"ヒノカミ神楽 幻日虹"

 

 黒い日輪刀の先と堕姫の頸が繋がる。目が良ければ良いほど幻惑される歩法に惑わされ堕姫は炭治郎を見失っていた。

 

(見えた! 隙の糸‼︎)

 

"ヒノカミ神楽 斜陽てーーー

 

 ブチリ、と頸に繋がった糸が切断された。漆黒の刃が頸にわずかな切れ目を入れたところで停止する。幾重にも重なった柔らかな帯が刀を包み込んでいた。

 刀が折れないよう体を捻って攻撃を躱し、拘束してくる帯を切断する。

 

「あんた、よくもやってくれたわね‼︎ 私の首に切れ目なんて‼︎」

 

(隙を与えるな! 攻め続けろ!)

 

「後悔させてあげる」

 

 怒髪天を突くと言わんばかりに怒りの形相を見せる堕姫に炭治郎が迫るが、その笑みに怖気を感じ一歩が遅れた。

 すると突如出現した帯群が堕姫に突き刺さり吸収されていく。

 

(まさか、伊之助の言っていた!)

 

 吸収などさせまいと振るわれた刀は空を切り、いつのまにか堕姫は屋根の上に居た。

 黒髪が変色し銀へ、纏う帯はより硬度と柔軟性を増し機敏に動く。

 炭治郎の鼻が痛みを訴える程の濃密な鬼の香り。

 

「さて、いい気になってたようだけれど、これならどうかしら?」

 

 帯の一つが迫る。先程とは比べ物にならない速度に咄嗟に弾くことに成功するも衝撃を殺しきれず近くに置いてあった荷車に叩きつけられる。

 

「ゴホッ、禰豆子、自分が危険に晒されない限り出るな」

 

 壊れた荷車の脇に紐の切れた禰豆子入りの木箱を置く。

 

「おい何してるんだお前!」

 

 前の建物から店主と思わしき男性が飛び出してきた。騒ぎを聞きつけて窓から炭治郎達を覗いている人もいる。

 

「……目障りね」

 

「やめろ!」

 

 ギロリと堕姫が人々を睨む。殺意の匂いを感じた炭治郎が叫ぶがそんなことで止まるはずもない。

 

「おい! 聞いてるのか⁉︎」

 

「ダメです! 逃げーーー」

 

 男を咄嗟に庇おうと炭治郎が前に出る。振るわれる帯はあらゆるものを切断すると言ってもいい。家屋など豆腐のように裂き人などあるなしは関係ない。

 

"剱の呼吸 伍ノ太刀、静謐の烏刃"

 

 だが、何も起きない。あらゆるものを切断せんと伸ばされた帯が無様に屋根や地面に垂れ落ち、思い出したかのように切れ目から血を吹き出す。

 

「はっ?」

 

 いつのまにか堕姫と同じ屋根の上に人が立っていた。帯の報告にはない謎の人物、その顔はとても美しかった。奏多である。

 

「待たせた炭治郎、帯のおかげでそれを追ってここまで来れた。店主、今すぐみんな連れて逃げろ」

 

「ひっ、は、はい!」

 

 奏多が放った殺気に当てられて腰を抜かしそうな店主が大慌てで中へ入っていく。

 

「ちょっと! 私を無視するなんて何様のつもり⁉︎」

 

「炭治郎、警戒しろ。上弦はこんなもんじゃない」

 

「上弦は私よ‼︎ 無視するなって言って……」

 

 ズルリ、と堕姫の視界がずれた。首がぼとりと落ちて屋根瓦を転がり、体も糸が切れた人形のように地面に落下する。

 静謐の烏刃は、相手の攻撃を逸らした上で斬撃を叩き込む返し技なのである。帯のついでと言わんばかりに首をも容易く切断していた。

 

「えっ」

 

(切った⁉︎ あんなに簡単に、すごい!)

 

「まだだ炭治郎、こいつは恐らく偽物、本物がどこかに潜んでいるはずだ」

 

「に、偽物ですか⁉︎ だって」

 

「上弦はこの()()じゃ済まない」

 

 奏多と炭治郎が周囲を警戒する。張り詰めた空気から逃げるように周辺の人々が悲鳴をあげながら逃げていく。

 静かになったと思えば誰かが泣きじゃくりだした。

 

「どうだ炭治郎、何か匂うか? 俺は今のうちに泣いてる奴を助けに行く、なにか感じたらすぐに言うんだ」

 

「わかりました」

 

 すう、と鼻で空気を吸う。

 濃密な鬼の香り。鼻が麻痺してしまいそうな中で必死に本命の上弦の鬼を探る。探るうち一つの違和感に気づいた。

 経験が無ければ気付けなかっただろうそれは、日輪刀で斬られた鬼の発する焼けた香り。それが一切ない。

 

「奏多さん! さっきの鬼がおかしいです!」

 

 叫ぶと同時に奏多は目にする。首が切り落とされたのにも関わらず消えもせずに泣きじゃくる堕姫の姿に。

 倒れ伏した堕姫へ向け走ろうとした奏多が跳ね飛んで何かを避ける。それは飛来する斬撃。容易く背後の建物を突き抜け、柱を複数切断したのか軋みをあげて倒壊する。

 堕姫の背から腕が生えた。鎌のようなものを携えた腕から肩に、胴に、頭が現れる。

 

「おぃおい、妹を虐めてるのはお前かぁ?」

 

 体格に対しあまりにも不釣り合いに痩せこけた腹、鬼の紋様を宿した肌はあまりにも不健康そうだ。そしてその目には上弦の陸の文字。

 堕姫と同じだが、文字に相応しい実力を備えた猛者だと気配が伝えてくる。

 

「強いなぁお前、柱だな? 妹を泣かせた負債はぁしっかり払ってもらわねぇとなぁ」

 

 上弦の鬼の真の姿がそこにあった。



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第二十三話:血鎌

過去のやつが判明してどうするかなぁと悩みましたが奏多が居たことによるバタフライエフェクトだ(震え)ということにしますので……!義勇さんわりと昔からいるのな!


 泣きじゃくる幼子のような堕姫をあやし、妓夫太郎が首を繋げる様を見ながら奏多は警戒を強めていた。

 

「ほら、外の奴と遊んでこい、お前を虐めた奴はお兄ちゃんがぁしっかりと取り立てといてやるからなぁ」

 

 追いかけようとする奏多の進路を塞ぐように血の斬撃が舞い飛び奏多は足を止める。

 

「いいなぁ、髪は絹みたいでぇ肌も艶やか、血色もいいなぁこりゃ別嬪だぁ。まあ妹にははるかに劣るがなぁ」

 

「お、おう」

 

 ボリボリと血が出るほど肌を引っ掻きつつ、奏値踏みしてくる妓夫太郎に奏多が半目で応答した。もう面倒臭い突っ込まんぞの精神である。

 

「じゃぁ、妹を泣かせた分取り立てねえとなぁ、なるべくいい状態で妹に食わせてやりたいから抵抗するなよぉ」

 

 凄まじい轟音が響いた。

 まるで場面を飛ばしたかのように奏多のいた位置に妓夫太郎が高速で移動し、切っ先諸刃の日輪刀と二本の血鎌が噛み合っていた。

 

「いいなぁ、今ので大体の柱はカタがついたんだけどなぁ」

 

 片目をつぶったままの妓夫太郎が、そう嘲るように自慢した。その言葉に奏多の中で鋼を打ち付ける音が響く。

 

「ああそうかよ」

 

 体温と集中力が極限まで高められ、停止していた日輪刀が動き始める。力で押しているわけではない。妓夫太郎の鎌に刀が食い込んで行っているのだ。それを拒否するように鬼の膂力に任せ横合いから刀を弾く。

 

"剱の呼吸 壱ノ太刀、草薙"

 

 僅に空いた間合いを利用し、脚部から上体に向かって放たれた力を身体の捻りで以って増幅される。鎌を交差させ斬撃を受け止めようとした妓夫太郎が片目を見開きながら大地を前へ蹴っ飛ばす。

 乾いた硬質な音が落ちる。鎌の刃先が二つ地面に落ちて溶けるように消えた。

 鎌を犠牲にした上でギリギリのところで上体を逸らしていた妓夫太郎が息を吐こうとして、喉仏の部分からブシュリと血飛沫が飛び散る。手でその首を引っ掻く頃には傷は回復しているが、その顔に侮りはもう無い。瞬間的に現れた驚愕を打ち消し奏多を睨みつける。

 先の無くなった鎌が蠢き再び刃物としての機能を取り戻した。妓夫太郎が鬼として生きてきて、初めての事態。己が得物ごと切断されるなどという異常事態に、しかしその頭は冷静に機能する。

 再び接近した二人の剣戟が空を切る。鬼ゆえに首以外鎌であろうが治るので切られようが本来どうということはない妓夫太郎だが、今ばかりはその僅な損失さえ惜しかった。

 奏多も相手は上弦の鬼、以前戦った上弦の弐のようなトンデモを警戒したがゆえの互いの攻撃が空を切る均衡をもたらしていた。

 先にそれを破ったのは妓夫太郎だ。

 

"血鬼術 飛び血鎌"

 

 鎌の片方が刀と噛み合ったらのを皮切りに逆の手に持たれた鎌を振り抜いた。とっさに鎌は鞘で受け止めたにも関わらず斬撃はそのまま分離し独立、奏多めがけ殺到する。飛び退いて躱すもそれは追尾してくる。

 それを迎撃している間に距離の空いた妓夫太郎は両手を振り回し飛び血鎌を大量に飛ばす。それは壁のように分厚く奏多と妓夫太郎の間を阻む。

 

"剱の呼吸 肆ノ太刀、叢雲・月渡"

 

 空いた空間を制圧する血鬼術を円運動の跳躍と怒涛の七連撃が蹂躙する。飛び血鎌が粉砕され、まさか血鬼術のど真ん中を突き抜けてくるとは思わなかった妓夫太郎の反応が若干遅れ迎撃の態勢をとる。

 

(防いでも切られるならやりようはあるぜぇ)

 

 だが、防御ごと切られるとわかっているならやりようはいくらでもある。鎌を交差させ受け止めるそぶりを見せつつ即血鎌を再生できるように準備を妓夫太郎は行った。外の堕姫の帯を一本こちらに回し、カウンターで奏多を仕留める算段だ。

 それは斬撃を受け止めた瞬間にご破算となった。

 

(切られ……ないだとぉ⁉︎)

 

 交差した鎌に与えられた衝撃が鬼の膂力を瞬間的に上回り地面を陥没させながら膝をついてしまう。

 建物の壁を高速で突き破り、詰み手の為用意した帯を叩きつけることでなんとか首を切断されることを回避した。

 

「…………」

 

 奏多も弾き飛ばされて建物の障子やらをぶち抜きながらも着地し、再び両者は相対する。ただ、二人を隔てる空間の距離はなお広くなっている。

 

「おい、さっきまでの威勢はどうした」

 

「今までの柱とは格が違うのはぁよぉくわかったぞぉ、こりゃぁ取り立ての手段なんてぇ選んでられねぇよなぁ」

 

 ずわり、と両腕から湯気のように血が立ち上る。飛び血鎌の予備動作と見て阻止するため間合いを詰めようと踏み込む。

 

「どんな手で来ようが死ぬのはお前だ!」

 

 奏多の踏み込みに対して、先ほどと違い妓夫太郎は全力で後退する。奏多の剣の間合いを見極めそこから五歩は離れた位置から絶対に内側には入ろうとしない。そんな時間稼ぎの両腕に溜め込まれるように渦巻いていた血が振るわれるとともに斬撃として拡散する。

 

"血鬼術 空斬血染(くうざんけっせん)・飛び血鎌"

 

 先ほどの飛ぶ斬撃とは比べ物にならないほどの量の飛来する斬撃。視界が斬撃一色に染まるほどの密度の中へ突入し、妓夫太郎を追走したまま奏多は迎撃にあたった。

 半ばにあった障子や壁やらの建築物や桶などの日用品がまるで擦り切れるように消えていく。

 先ほどならばこれと共に攻め込んできた筈の妓夫太郎は変わらず距離をとったままだ。その姿も血鬼術の陰に隠れ見えなくなる。

 空間を塗りつぶす程の量の斬撃を鞘と日輪刀で切り払う。迎撃せず躱した斬撃は軌道を変え再び奏多の元へ向かう為迎撃するほかない。

 近くにある倒壊した建物の残骸がどんどん食いつぶされ粉微塵になって舞い上がる。

 威力においては先ほどの飛び血鎌と比べるまでもなく弱い。ただ全方位から迫り来る無数の斬撃の対処には苦慮せざるを得ない。

 一つが奏多の防衛網から抜け掠ったが、隊服を切り裂けずに霧散するという十二鬼月としてはありえないほどの攻撃力の低さを露呈する。直接的な殺傷力の無さは逆に当たりさえすればどうとでもなる攻撃なのだと奏多は察した。

 鞘と刀で円運動をし斬撃の空間を吹き飛ばした先、離れた所で笑みを浮かべる妓夫太郎の手には、遊郭の禿(かむろ)の少女が襟を掴まれていた。

 

「なっ」

 

 逃げ遅れたのか、違う。背後で下がっていく帯が逃げていた少女を無理やり捕まえてきたのだ、無理やり引きずられたのか痣や擦り傷が酷い。

 

「流石だなぁ、お前ならぁそれくらいどうとでもされると思ってたぜぇ」

 

 両目を見開いた妓夫太郎が微笑む。今この瞬間、堕姫への援助もかなぐり捨て妓夫太郎は奏多のみに集中していた。先ほどまで見ていた堕姫の相手をするガキも手数が足りず防戦一方、いずれ力尽きるのだから。

 

「わあああ⁉︎」

 

 泣きじゃくる少女を奏多に向け全力投球する。地面や壁に落とそうものなら即死していたであろう少女を後退することで相対速度を緩和してなんとか受け止める。戦いだけの流れで見れば間違いなく悪手、無視して斬りかかれば妓夫太郎の頸は飛んでいただろうが、そんなことができる鬼殺隊員などそれこそ両手で数える程も居ないだろう。

 

"血鬼術 空斬血染・飛び血鎌"

 

 再び訪れる、斬撃の奔流。奔流に少女ごと飲み込まれたかに見えたが、激流を蹴散らし、白いシャツ姿になった奏多が姿を現わす。滅を背負った隊服と外套で少女を包み、斬撃の奔流から守りきったのだ。

 代償はかすり傷のみ。

 妓夫太郎は勝利を確信し笑みを深めた。

 奏多が表情を歪める。だが刀も少女も手放すことはない。

 単純な話、毒であった。呼吸で先延ばししようとも一刻持つかどうかの毒。奏多の脳裏にカナエの顔が浮かぶが、死は免れられない。ならばこの鬼だけでも粉微塵にし少しでも時間を引き延ばし、宇髄に繋ぐと決意する。

 タパパパパ、と空から何かが降り注いでくる。月明かりが照らす夜に雨はありえない。

 シャツに滲むそれは紅。奏多のものではない、誰かの血。

 

「なんなのなんなのよお前!」

 

「ガァァァァぁぁぁぁあ‼︎」

 

 直後、妓夫太郎と奏多の間に墜落してきたのは全身を帯に貫かれ大量出血をするのも御構い無しに堕姫を掴んで頭を殴り続けているツノの生えた禰豆子だった。



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第二十四話:火

お久しぶりです、かなりの時間が空いてしまい申し訳ありません。
場面が切り替わっていて読みにくいかもしれませんがご了承ください。
いつもご感想と評価をいただきまことにありがとうございます。
須磨さんが鯉夏さんになっていた誤字を修正しました。ご指摘ありがとうございます


 少しの間、奏多には()()がなんなのか分からなかった。よくよく見れば、血にまみれた麻の葉模様は禰豆子の着物の柄と一致する。奏多が見たことあったのは少女程度の大きさまでで、そこから更に成長した姿は、生えたツノと合わせ禍々しさを感じさせる。

 禰豆子と取っ組み合いの喧嘩のようになっている堕姫は頸を切られても死ななかった。奏多は始め妓夫太郎の血鬼術が堕姫と考えていたが、どうも違う。ならば片方の首だけを落としても意味がない可能性がある。

 両方の頸を落とさねばなければいけない以上、今が絶好の好機。

 毒の遅延に回す呼吸を最小限に、足へ手へと行き渡らせ踏み込む。

 禰豆子を避ける様に振るわれた奏多の日輪刀の一撃を、脈打つように肥大化した鎌が切り裂かれながらも受け止める。半ばまで絶たれた鎌からうねる様に斬撃が湧き出し竜巻の如く荒れ狂う。

 

「させねぇぞぉ、さっさと死ねよぉ」

 

"血鬼術 円斬旋廻(えんざんせんかい)・飛び血鎌"

 

"剱の呼吸 肆ノ太刀、叢雲"

 

 斬撃の螺旋を迎撃するが、先ほどに比べ遥かにキレが悪い。押し切られ吹飛ばされる奏多の口からは血が滴る。

 

「おら、お前もあっちに飛ばせ」

 

 額に目の現れた堕姫が禰豆子を切り刻み同じく奏多の方へ吹き飛ばす。

 

「うまいぞぉ、流石俺の可愛い妹だ」

 

 極大の飛び血鎌が炸裂し地面や付近の家屋ごと滅多斬りになる。無事ではあるまい、鬼であったとしても上弦でもなければ朝まで妓夫太郎の毒にのたうち回り日光で死ぬ。

 

「あ?」

 

 堕姫の肩に何かが残っている。手、禰豆子の手だ。それが赤い血を介して吹き飛ばした先と繋がっている。

 刹那。その手が発火した。それだけではない。あたり一面が業火に包まれる。禰豆子の血鬼術である爆血が発動したのだ。燃え盛るのは周囲に飛び散った大量の血。

 当然その被害を最も受けるのは返り血を大量に浴びていた堕姫だ。

 

「ぎゃっ⁉︎ 火、火⁉︎ いやっ!」

 

「ちぃっ!」

 

 本来であれば有り得ない鬼の強靭な全身を焼く業火に恐慌状態に陥った堕姫を抱え上げ、万一の追撃を警戒しその場を離れると、妓夫太郎自身が焼けることも厭わず帯と血鎌を使いなんとか鎮火させた。

 堕姫の美しい肌は火傷に塗れ、瞼が熱で収縮し眼球が飛び出そうなほど大きく見開かれてしまった。再生はすぐに始まるが、妓夫太郎の脳髄にその姿は激震を齎らす。

 

「あいつ、よくも妹に火をつけやがったなぁ許さねぇ‼︎ 絶対に許さねぇ‼︎」

 

 毒で動けなくなっていようが構わない、滅多斬りにして地獄を見せてやると踏み出した瞬間ーーー

 

「オットォ⁉︎ ド派手ないい目印だったぜ、てめえらが上弦だな?」

 

 怒りを滲ませ奏多達の方へ向かおうとした妓夫太郎の前に、肩にムキムキ鼠を乗せた宇髄と共に善逸と伊之助が鬼の前に姿を現した。

 

 

 

 

 燃え盛っていた火が止み、飛び血鎌を防ぎ膝をついていた奏多が顔を上げる。

 体に違和感を覚えた、火傷が無い。あの業火では隊服で包まれた少女はまだしも奏多では焼け死んでもおかしくないはずであった。

 それどころか体が軽いのである。体力の消耗はそのままだが、毒によって蝕まれていく倦怠感と死に瀕した脱力感は無い。たった二つのかすり傷でさえ数刻で膝をついてしまう程蝕まれていたのにそれが綺麗さっぱり消えたのだ。

 どうしたことかと思わず禰豆子の方を見やれば、猫背の姿勢で肩で息をしながら俯いていた。

 

「何が……」

 

 頭を振るい腕の中の少女を見れば気絶はしているようだが大事には至っていない。立ち上がり、踏みつけた板がバキリと折れた。

 その音に反応し禰豆子が振り向く。そうして奏多は異常を悟った。その目は蝶屋敷でよく見たほんわかしたそれでは無い、飢え切った鬼が獲物を眺める捕食者の顔だ。牙と口からは涎が溢れ、息を荒くしている。

 

「やめろ禰豆子、お前達は希望なんだ、頼む。実弥の試練にも耐えたんだ止まってくれ」

 

 苦虫を噛み潰したように顔を歪めながらも刀を構える。こちらから切りかかったりはしない、まだこちらに歩いてきているだけだと言い聞かせ、取り返しのつかない行為をするまで刀を振る気は奏多には無かった。

 こういう事が何度もあったなら"ああ、またか"と諦められるが、鬼殺隊に入って奏多が初めて見たカナエの語った夢の象徴。

 構える刀が禰豆子を切ったなら、この刀で介錯までしなければならないだろう。

 そうして、涎を垂らしながら奏多に向け襲いかかろうとした禰豆子の顔面が横合いに殴り飛ばされた。殴り飛ばしたのは奏多のでは無い。禰豆子自身の腕だ。

 何度も何度も、自分の顔を殴りやがて頭を振り乱し苦悶の表情と絶叫を散らしながら、最後地面に頭を叩きつけ、地面を陥没させる。そのまま這いずりながら奏多の方へ寄ってくる禰豆子の体が縮んでいく。

 奏多に向けポロポロと涙を流しながら歩み寄ってくる禰豆子にもう奏多は日輪刀を向けてはいなかった。代わりに、禰豆子の頭を優しく撫でた。

 

『よく頑張ったね、禰豆子』

 

 禰豆子の視界では、母が優しく微笑み撫でてくれていた。禰豆子は一度大きく泣き叫ぶと、さらに縮んで幼子になって眠りに落ちてしまった。鞘に刀を戻して禰豆子も抱えるがどうしたものかとなる。

 逃げられる前にあの鬼達を追わねばならないが、流石にこの二人を合わせて置いていくのはまずい。

 

「奏多様!」

 

「禰豆子! 奏多さん!」

 

 そこへ行方不明だった宇髄の嫁の一人、須磨が炭治郎と共に現れる。正確には走りながら炭治郎が負った怪我の簡易的な手当てをしていた。

 炭治郎はというと羽織共々ズタボロであった。特に肩の傷が深めである。そんな事は御構い無しに禰豆子のことを心配する炭治郎に苦笑しつつ禰豆子の無事を伝える。

 

「禰豆子なら眠ってるだけだ。炭治郎、怪我をしてて悪いが、もう少し踏ん張れるか?」

 

「……はい!」

 

 奏多の問いに炭治郎は力強く返事をし、奏多は頷くと応急手当てを続ける須磨に隊服に包まれた少女を差し出す。禰豆子は帯ひもの切れた箱に炭治郎がそっと入れて差し出した。

 

「鯉夏さん、この二人を安全な所に避難させてくれ」

 

「はい! わかりました! 任せてくださ……重い‼︎」

 

 受け取るまではキリリと美しかった顔がちょっと人妻がしちゃいけない状態になった。歯を食いしばって両手がガクガクしている。幼子と少女とは言え合計すれば結構重たいのである。あと禰豆子入りの箱は持ちにくい。

 

 ドオオオン、と爆発音が木霊する。

 

「宇髄がやってると分かりやすくていいな。忍びってなんだっけなぁ」

 

 炭治郎と共に奏多は駆け出す。

 

「一回死んだ様なものだ、失態は取り返さないとな」

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハー! テメエのそれが毒だってわかってんだよバーーカ‼︎ まあ俺には効かねえがなそんな地味な毒はよ!」

 

 情報提供はムキムキネズミよりお送りしておりますな宇髄が果敢に妓夫太郎に攻め入る。音の呼吸の爆裂が飛来する斬撃を粉砕し妓夫太郎と切り結んでいた。

 共に加勢に来た善逸と伊之助が堕姫の対処に当たっているが、帯二本をあえて動かさず、それを防御の要として二人に首を切る隙を与えない。

 

「オイオイィ、今日はどれだけ俺をイラつかせれば気がすむんだぁ?」

 

「派手に散ればそれもなくなるぜ!」

 

"音の呼吸 壱ノ型、轟"

 

"血鬼術 跋扈跳梁"

 

 高い貫通性を持つ轟の爆発を塗りつぶす様に血鎌が覆い尽くし、そのまま突き抜けてきた妓夫太郎の鎌を大刀の二刀流で弾き受け流す。互いにふた振りの獲物を振り回し予測不能の斬撃を繰り出していく。

 時折織り交ぜられる飛び血鎌に対処しつつ宇髄は傷を負う事なく拮抗し戦闘は推移していく。

 

「やるなぁ、お前も柱だなぁ? 一日で二柱も取り立てられる何て運がいいぜぇ」

 

「ハァ⁇ お前柱舐めすぎだろ頭に濁酒乗せたまま戦ってやろうか? 言っとくがもう一人は俺なんかじゃ及ばねえような奴だ」

 

「いんや、そいつならもう死んでるなぁ」

 

 口角を嫌らしく吊り上げ笑みを浮かべる妓夫太郎の言葉に宇髄がピクリと反応する。

 

「オイ? どうしたァ? 信じられねえのかぁ?」

 

「馬鹿だなテメーは、奏多が死んだのを見たのか? 首だけになって差し出されたら信じてやっても良かったがそうじゃねえならテメーのそれは地味な勘違いだぜ」

 

「じゃあ試しにこれでも食らってみなぁ!」

 

"血鬼術 円斬旋廻・飛び血鎌"

 

 

 最大出力の円斬旋廻による血鎌の螺旋は地面を抉り周囲を破砕し竜巻の如く宇髄へ迫る。その様を見ながらも宇髄は余裕を崩さない。

 

「だから言っただろうが、そんで派手な登場だな、奏多」

 

"剱の呼吸 弐ノ太刀、布都椿"

 

 円斬旋廻が横に割れた。制御を失った斬撃の螺旋は解け無秩序に地面を舐めていく。妓夫太郎が捉えた姿は一瞬でかき消え、自身の手にあった鎌が腕ごとずり落ちる。振り向こうとした頸がずるりとズレ、地面に落ちかける。

 

「ッッ⁉︎」

 

 落ちかけた頸を保持し接着、鎌を再生し保持し咄嗟に防御するが、それごと胴体を袈裟斬りにされる。噴き出る己の血を利用し跋扈跳梁を発動させ距離を開けてみれば、そこには信じがたい者が立っていた。

 

「テメエ、なんで生きてやがる」

 

「お前の毒なんて効かないんだよ治った」

 

 当然ハッタリである。禰豆子の血鬼術で原理不明の解毒を果たしただけでまた食らえば死ぬ。だが妓夫太郎側からはそれを判断することはできない。絶対の信頼を置く自身の毒が効果を成さない、つまり毒の当て逃げという選択肢が妓夫太郎の中から消えた。

 

「まだ粗削りだが譜面は整った! 後はお前が死ぬまで舞踏会と派手に洒落込もうぜ!」

 

 

 

 

 

「一回でいい‼︎ 一回頸を落とせばそれで終わる‼︎」

 

 炭治郎が叫ぶ。攻撃力を落とし防御を主体とした堕姫相手に苦戦を強いられていた善逸と伊之助の元に炭治郎が合流したものの、決定打を与えられずにいた。一見すれば優勢に進めている奏多と宇髄だが、その命運は炭治郎達に託されている。堕姫と妓夫太郎の頸が同時に切断されていない限り死なない。現状圧倒しているものの、奏多と宇髄の攻撃では妓夫太郎は負けない。

 それ故に炭治郎が合流してから堕姫は隙あらば逃走を試みる。鼻、耳、触覚の優れた三人で無ければ取り逃がし詰んでいた。

 空では宇髄の鎹烏と炭治郎の鎹烏が旋回し、宇髄の烏が何度も鳴いている。頸が切り落とされる度に鳴き連携の一助になろうとしているのだ。

 

「いい加減にしなさいよ! 無駄って言葉知ってるの? お兄ちゃんが負けるわけないでしょう‼︎」

 

「ドラッシャア! 担々郎! 零逸!」

 

"獣の呼吸 弐ノ牙、切り裂き"

 

「ああ!」

 

"ヒノカミ神楽 灼骨炎陽(しゃっこつえんよう)"

 

「……」

 

"雷の呼吸 壱ノ型、霹靂一閃・六連"

 

 帯を切り落とし肉薄するが濃密な帯の殆どを切り落とすが後一歩が届かない。決定打を与えられずに時間が過ぎれば有利になるのは鬼だ。人は疲弊する。

 

「炭治郎、伊之助、これをやると俺はもう動けなくなるけど、道を開ける、信じてくれるか」

 

「信じる! 伊之助! 飛ばせてくれるか?」

 

「飛ばせてやる!」

 

"獣の呼吸 参ノ牙、喰い裂き(峰打ち)"

 

"血鬼術 三折の帯刀(みつおりのおびがたな)"

 

 交差された刀に炭治郎が乗り堕姫に向け跳ぶ。速度は速いが直線軌道であまりにも愚直、堕姫が警戒しながらも迎撃をする。三方向から同時に迫る帯は今の炭治郎では回避も迎撃も困難な代物であった。

 その瞬間、落雷が落ちた。違う、雷のような何かが一瞬でその場を通り過ぎていったのだ。炭治郎を狙った帯も、防御の為待機させていた帯も全てが切り裂かれた。それどころか片足まで切り落とされている。

 

"雷の呼吸 壱ノ型、霹靂一閃・神速三連"

 

 一撃、二撃でヒビの入った両足を同時に使うことで無理やり三撃目を生み出した、煉獄との地獄の鍛錬で鍛えられた足を犠牲にしてようやく成した三撃の成果は絶大だ。善逸は受け身も取れずそのまま家屋に突っ込んでしまった。

 あまりの速さに何が起きたかもわからない堕姫だが、目の前の脅威に対処せねばならない、足を再生させての回避では間に合わない。故に奥の手、体外に出さず隠していた虎の子の帯を出現させ炭治郎を貫こうとする。

 空中で回避は不可能、刺し貫かれる炭治郎の姿を堕姫は幻視した。

 しかし現実の炭治郎が予測された幻視からずれて行く。

 

「ハッハーッ! 猪突猛進! 爆裂猛進!」

 

 いつの間にやら炭治郎を射出した筈の伊之助が炭治郎のすぐ後ろへ爆走してきていた。炭治郎が本命でありながらもそれを目眩しにした正面からの伊之助の奇襲。それを足場に炭治郎は半回転、伊之助の二刀が最後の帯に噛み付いて離さない。

 本来であれば一人で頸を切り落とせない可能性から伊之助と炭治郎の同時攻撃をする筈であったが、伊之助がそれどころではなくなってしまった。

 だが絶好の好機、これ以上はもう訪れない。炭治郎の黒刀が堕姫の頸に衝突するが、頸を帯に変化させ伸びることで切断を免れようと足掻く。

 

(切れ! 切れ! 切れ! ここで切るんだ‼︎)

 

 炭治郎の全身が燃えるように熱を持つ。拍動が耳を撃つほど大きくなり、食いしばる口と血走った目から血が滲む。

 

(切られない! 切られてたまるものか! こんな不細工一人なんかに……!!)

 

「いけええええええ! 炭治郎‼︎」

 

「ガアアアアッ!!!」

 

 炭治郎の額の傷跡が歪み、それを覆い尽くすように痣が現れた。

 堕姫の脳裏を自身の知らぬ、目の前の不細工と同じような痣を持つ剣士が過ぎった。

 そして帯となり逃れようとした頸が炭治郎の手で切り裂かれる。

 

「い、嫌だっ! 助けてお兄ちゃっ!!」

 

"ヒノカミ神楽 斜陽転身《しゃようてんしん》"

 

 堕姫の頸が宙を舞った。



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第二十五話:夜明け

桃パイセン笑いました。
列車編映画化おめでとうございます!


「カァッッ!!」

 

 炭治郎の鎹烏の鳴き声がひときわ大きく響いた。もう一人の鬼、堕姫の頸が切られたのである。奏多と宇髄の猛攻が妓夫太郎を削るが、両腕に血鎌を鎖帷子のように纏うことで攻撃力と防御性能を両立。細くとも強靭に生存の糸を繋いでいた。人も食えず補給無しで使用するには余りにも消費が激しい異能の行使は妓夫太郎による最大の抵抗だ。

 妓夫太郎は堕姫の状態が把握できるのだから当然だ。堕姫の頸が繋がるまで耐えきれば最早負けは完全に消える。

 対する柱二人も今が正念場、時間をかければ無理に仕掛けず頸を切ることはできる。だがその時にはまだ堕姫の頸が切られているとは限らない。つまり無理をする必要が今この瞬間にあるのだ。

 優秀な前線指揮官としての宇髄と忍者としての宇髄が冷徹な判断を下す。

 

「オルァ!! 奏多! 合わせろ!」

 

"音の呼吸 伍ノ型 鳴弦奏々"

 

 あえて完成していた譜面を崩す。そも、この譜面は柱合会議後の訓練で奏多との模擬戦を繰り返していたがゆえに作れた『奏多の攻撃に合いの手を入れ鬼に反撃の機会を与えない』譜面である。

 だがその譜面では今この瞬間頸を切り落とすことが出来ない。ならばそんな物に拘ってはいられない。

 爆裂と閃光が妓夫太郎の視界を一瞬塗りつぶすその刹那の時間で突っ込んできた影に鎌が振るわれ切り裂かれる。

 突っ込んできたのは宇髄だ。左目を切られようと止まらない。交差法気味に宇髄の大刀が直撃するが血鎌で守られた腕に傷を入れることはできていない。

 

"音の呼吸 弐の型、(ひびき)"

 

 貫通性を高める弐の型。柄頭で繋がれた鎖付近での爆発により大刀が叩かれ加速し血鎌を突き抜けるが切断までには至らない。だがそれでいい。二刀で挟み込むように抑えられた妓夫太郎が抵抗するが柱第二位の膂力を持つ宇髄は肉が抉れるのも厭わず呼吸による強化を含めて僅かながら拮抗する。

 咄嗟に円斬旋廻を発動しようとするが纏う血鎌の影響で即座の発動とはいかない。

 それで十分だった。無理やり動きを止められたその背から奏多がとどめの一撃を振るう。

 

(間に合え! 間に合え!)

 

 妓夫太郎の視界では堕姫が痣のガキを蹴散らし頸を抱えて逃げる猪頭まであと僅かまで迫っていた。

 

(間に合え!)

 

 奏多と妓夫太郎に宇髄、三人の思考が同一のもので染められる。あと一瞬を稼ぐ為、頸がぐるりと捻れ歯と咬筋力による白刃どりを敢行する。

 が、それでは奏多の斬撃を止めることはできない。

 抵抗なく見事に断たれた妓夫太郎の頸が、ずるりとズレ落ちた。思い出したように首から吹き出す血の噴水は死ぬまいと駆動する心臓の抵抗か。

 

「テメエら許さねえ、俺から取り立てやがったな! 俺から取り立てやがったな‼︎」

 

 吹き出していた血がぐるりと渦を巻く。発動まであと僅かだった円斬旋廻が暴発気味に炸裂。宇髄と奏多はそれに気付き咄嗟に後退、その瞬間一帯を猛烈な斬撃の嵐が吹き抜けた。

 

「許さねえ……俺達から取り立てるのは許さねえ……何をだ……? 堕………違う……梅……梅‼︎ 梅どこだ‼︎ どこに行った! 梅どッ……」

 

 その場に一人残された妓夫太郎が叫ぶが声が収まる。二人が確認してみればもうそこには朝には消える血だまりだけが残っていた。

 

「やったな、片目犠牲にしただけはあった派手な成果だぜ」

 

「悪いな、ところで宇髄、毒は?」

 

 血鎌で左目を切られた部分が化膿してきている。どう見ても毒の影響が出てる。

 

「アアン? 忍のこの俺に毒が効くわけねえだろ解毒剤飲みゃこのまま酒場行って豪遊できるわ! ……とりあえず解毒方法教えろ」

 

 お前に謝られちゃ立つ瀬がないぜと取り敢えずと鬼の毒に効く薬を飲んでみた宇髄はそれが効く様子も無いので奏多の肩に手を置く。

 

「炭治郎達の所へ行こう、そうすればどうにかなる。宇髄の烏! 案内頼む!」

 

 派手に装飾をつけた宇髄の鎹烏は目で追いやすい。奏多の鎹烏か飛んできたので、お屋形様への伝令をお願いする。

 

「まじか歩かされるのか俺、地味にしんどいんだがこれ」

 

「しょうがないな」

 

 宇髄が自身の抉れたところや切られた目の部分を抑えて止血しつつ、傷口が心臓より下に行かないよう少し変則的な横抱きをして走り出した。

 

「あっ! 天元様!」

 

「天元様怪我が⁉︎」

 

「心配するな、これから解毒してもらいに行くんだ」

 

 まきをと雛鶴が途中で合流し不安そうな顔をするが天元は気さくに笑い二人の不安を和らげる。

 

「それはそれとして天元様、二人の見てくれがなんだかこう、変に刺激的なので……いえ、奏多さんの負担になるので私とまきをが肩を貸しますから」

 

「いや別に負担じゃないんだが、デカイから持ちにくいけど寄せればマシになるし」

 

 宇髄をより抱き寄せる。

 

「うおぁぁぁー! 顔が近い! 顔が近い二人とも‼︎」

 

「お、おい? 雛鶴もまきをもどうしたんだ?」

 

 奏多と天元がハテナを浮かべてながら走っていると須磨の後ろ姿が見えてきた。

 

「うぶオッガッゲッフッ! ナニコレナニコレ⁉︎ 目が覚めたら全身痛いし何が何だかわかんないけど女体が⁉︎ 俺もしかして死んだぁぁぁ⁉︎ 末期の幻覚⁉︎ やだ連れてがないでお姉さん‼︎ 俺には禰豆子ちゃんという心に決めた人が‼︎」

 

「ちょ、暴れないでください! 両足骨折なんですから固定しないといけないんですから暴れないで!」

 

 ぐったりとした様子の炭治郎と小さくなった禰豆子が寄り添いあって瓦礫の一部に腰掛けているそのさらに脇では伊之助が大の字でぶっ倒れていた。むしろ寝ている。

 

「全員無事か?」

 

「あっ……奏多さんと……宇髄さん⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」

 

「いや、地味にやべえ毒が回ってる。おい、奏多どうやって解毒するんだ?」

 

 奏多が宇髄を下ろして瓦礫に寄りかからせる。

 パチクリと目を開けたチビ禰豆子がひょいと瓦礫から飛び降りて宇髄の元へやってきた。

 

「おいどうするってんだ? 血でも吸い出してもらうのか?」

 

「いや火炙りにしてもらう。禰豆子に炭治郎、お願いしていいか?」

 

「は?」「えっ?」「ん?」「なに?」

 

 宇髄と嫁三人が疑問符を浮かべた瞬間、ひょいと立ち上がった禰豆子が炭治郎を引っ張りながら宇髄の膝に手を乗せる。

 ぴとりと触れた禰豆子の手から火炎が迸り宇髄を火達磨にした。

 

「オワアァァァア⁉︎」

 

「ぎゃぁぁぁぁあ!!? 天元様⁉︎」

 

「待ってください待ってください‼︎ せめてお葬式をあげてから火葬に‼︎」

 

 突然の炎に四人は大混乱で変なことを口走った。

 無言の雛鶴は驚愕の余り血走りそうなほど目を見開いて硬直しており喋れないだけである。

 須磨が禰豆子をひっぺがそうと掴むがそこは鬼なので微動だにしない。

 

「死ぬとは思ってたが、派手に焼け死ぬとは祭の神らしいじゃねえか……三人には伝えたいことがーーー」

 

 何故か死期を悟った宇髄が火達磨のまま遺言を残そうとするがそのタイミングで火が消える。火傷一つなく負わされた傷以外毒の化膿などがきれいさっぱり消えた宇髄の姿がそこにあった。

 

「ほら大丈夫だったろグハッ!」

 

「先に言え! 地味に驚いただろうが!」

 

 ひっぱたかれた奏多であった。

 

「そうです! 心臓が止まるかと思いましたよ! 雛鶴さんなんてまだ固まって……雛鶴さん?」

 

「雛鶴!? あんた息止まってる! ほら! 息して!」

 

 まきをが雛鶴の背中をぶったたく。呼吸を思い出した雛鶴が酸欠気味の青白い顔をしながら激しく息を吸う。

 

「とりあえず、毒は消えたみたいだな。感謝するぜ竃門」

 

「よかったです宇髄さん。あの、少し見回りに行ってきます」

 

「おいおい馬鹿言うんじゃねえよ、怪我、結構深いだろ無理に動くな」

 

「大丈夫です! 禰豆子に背負ってもらうので!」

 

「いやいや炭治郎、肩の傷が須磨さんの手当てあったとは言ってもかなり深いんだから無理に動くなって」

 

「大丈夫です! 大丈夫です!」

 

 そのまま禰豆子に背負われて駆け出していってしまった炭治郎に呆気に取られる一同であった。

 

「あの、炭治郎くん私が応急手当てした時より怪我が増えてるんですが……?」

 

 もしかしなくともそれはまずいのでは? どさくさに紛れて須磨の膝を枕にし夢中になっている善逸以外がそう思った。

 

「とりあえず、危うく未亡人三人も作るところだったな宇髄」

 

 まあ禰豆子がいるから大丈夫だろうと楽観視する。

 ふいー、と息を吐いて手当てを受けつつ気をぬく宇髄の隣に奏多が座る。この中だと伊之助と並んでかすり傷だけの軽傷の為自力で軽く包帯を巻いただけで済む。

 

「何言ってんだ、忍の俺でさえあの有様の毒じゃお前なんてすぐ死ぬぞ。お前だって未亡人作りかけてただろ」

 

「いや俺結婚してないぞ? 未亡人って誰が?」

 

「は? ……は??」

 

 宇髄の困惑が伝わり奏多もなお困惑する。

 

「え? お前奏多結婚してないのか?」

 

「誰とだ? そう言う浮ついた話したことあったか俺?」

 

「いや元花柱の奴だよ、ほら燻御カナエ」

 

「え?」

 

「え? 俺はてっきりもう籍も入れてるもんだと思ってたんだが? 嫁三人からもそう聞いてるんだが?」

 

 奏多が三人に目を向ける。全員がどう言うこと? みたいな顔をしていた。

 

「え? 以前毒物の研修の後、酒の席でカナエさんが燻御カナエ行きます! って言いながらまきをとお酒の飲み比べをしてたんですが、燻御って奏多さんの名字ですよね?」

 

 と雛鶴。

 

「え、うん俺燻御奏多」

 

 上弦との戦いより混乱している。

 

「結婚してないんですか奏多さん⁉︎ 同じ家に住んでるのに⁉︎」

 

「まあ確かに住んでる?」

 

 須磨がめちゃくちゃ食いつく。

 確かに自分の屋敷にいる時はカナエが客間に勉強しにきてるし蝶屋敷にいる時はカナエと茶を飲んだりしてるので同じ家に住んでるようなものなもしれない。

 

「大切な家族だって言ってましたよ⁉︎」

 

「いや確かに大切だと思ってるけど」

 

 カナエの事を好ましいとは思っている。行冥や日野坂親子、しのぶもカナヲも皆大切な人達だ。

 

「熱い抱擁も交わしたって!」

 

「むしろ寒すぎて死ぬ寸前だった気がするんだが」

 

 思い浮かぶ限りカナエを抱きしめた? のは上弦の弐に殺されかけた時くらいである。

 

「寒い中での熱い抱擁⁉︎」

 

 まきをと須磨がキャーキャー大興奮している。スッと須磨に膝枕されていた善逸が起き上がる。真顔で鋭く目が据わっている。

 

「それは最早付き合っているのでは?)

 

(付き合っているのでは? 誰と? カナエさんと?)

 

 かあっと顔が過熱した。水蒸気が湧きそうなほどに顔を赤くした奏多を見て全員が歓声をあげる。

 

「唐変木だ! 唐変木だったんですね奏多さん‼︎」

 

「違うよ須磨! 朴念仁よ! でも実ったわ!」

 

「こりゃ傑作だ‼︎ やばい腹がよじれて死ぬ! お前戦いの派手な洞察力はどこ行ってたんだ⁉︎」

 

「祝言はいつですか? しっかり用意しますよ奏多さん」

 

 奏多が顔を赤くしたまま地面で悶え苦しんでいる。そう考えると思い当たる節が多すぎて記憶の濁流に飲まれているのだ。

 

「すいません戻りました」

 

「あっ炭治郎くん! 聞いてください明るい知らせですよ!」

 

「おう聞け聞け竃門!」

 

 話を聞いた炭治郎が虚ろな目でポツリ。

 

「あ、しのぶさんの言ってた外堀内堀本丸って奏多さんのことだったんですね」

 

 それがトドメになり奏多はうつ伏せのまま動かなくなった。戻ってきた炭治郎もそのままぶっ倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

「不甲斐ないな、燻御。お前が付いていながら宇髄の片目を無くさせるとはそれでも剱柱か? でもまあ、初の上弦撃破だ褒めてやってもいい。一番下の雑魚だが?」*1

 

「ああ、不甲斐ないと思ってるよ。まだまだ足りない、炭治郎達がいなければ屍になってたのは俺たちだ」

 

 増援でやってきた伊黒がネチネチしているが奏多と宇髄は神妙にそれを聞いている。嫁三人は伊黒用ネチネチ変換器が付いてないので今にも殴りかかりそうに青筋を立てている。

 

「……そこの奴らが? 生き残ったのか?」

 

「いや死んで無いから、ほら隠の人たちも治療してくれてるでしょ」

 

 安らかな死に顔(死んで無い)を晒す善逸に大の字で寝る伊之助、そして泡を吹いてしまっている炭治郎だが全員生きている。炭治郎の重体度が突き抜けているが。

 

「新しい芽が芽吹いてる、まだまだこれからだぜ?」

 

 奏多と宇髄のいい笑顔に、怪訝げに炭治郎達を見つめる伊黒だった。

 

「ところで、燻御、顔が赤いようだが鬼の毒の影響か? 全く事後処理を投げ出すとはな。ゆっくり休んでおけ」

 

 宇髄が吹き出した。

 

「いや顔のことは突っ込まないでくれ……処理の指揮はできるから……」

 

 唯一無事な奏多と伊黒で隠蔽や被害者の手当てなどの指揮を執り、やがて朝日が昇る。空にある月は消え、暖かな日の光が大地を照らしていた。

*1
剱柱のお前でこの結果ならこれ以上は贅沢な願いだが誰も怪我しないで欲しかった。上弦の撃破おめでとう



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第二十六話:青空

大変お久しぶりです。
こういうのは苦手なので拙いのはご了承を、


 蝶屋敷は今大慌てである。上弦撃破の立役者の内二人が瀕死の重傷で運ばれてきたからだ。特に炭治郎の傷の深さが不味い、応急手当てが的確だった為難を逃れたが一歩間違えれば失血死もあり得た。

 治療を終えたカナエ達や医療担当の隠の面々が疲れた顔で各々椅子やソファー、床に倒れこんだ。

 

「やっぱり柱やばいって、目切られてるのに自分でやるから大丈夫って何? 柱怖い」

 

「あの時のカナエ様の剣幕も怖い、あの音柱様が大人しく従うんだもんなぁ」

 

 ガタガタとその様子を思い出して震えだす。

 

ーーー

 

「いや胡蝶、俺、忍だし? これくらい道具貸してくれれば」

 

 両脇を嫁に支えられた宇髄がちょっと申し訳なさそうな顔をしながらそんなことを言っている。両脇の雛鶴とまきをもなんだかむず痒そうな嬉しそうな何とも言えない顔をしつつも宇髄の言葉を肯定する様にうんうん頷いている。

 

「座ってください」

 

 それをピシャリと切って捨てて微笑みながらカナエは椅子に手を差し出す。

 

「大丈夫ですよカナエ様! 私達に任せを!」

 

 宇髄の巨体で隠れていた須磨が横から顔を出してそんなことを言う。

 

「ダメです。須磨さん達を疑っているわけではありませんが治療後は屋敷で絶対安静にしてもらいます」

 

「いや俺なりに気を遣って」

 

「それなら、座ってください」

 

 いい笑顔で朗らかな笑顔を見せたカナエだが威圧感がすごい。須磨がガクガクし出して宇髄の後ろに引っ込んだ。直接あてられている訳ではない医療担当の隠の面々でさえ変な汗が出てきていた。

 

「ハイ……」

 

 さすがの宇髄も観念したのか首を垂れて椅子に座るのだった。

 

ーーー

 

 有無を言わせぬ迫力は元柱とは言え衰えを見せていない。そんな凄味もどこへやら、柔らかな微笑みで労ってくれるカナエの姿に隠は疲れが吹き飛んだ気分であった。

 

「皆さん、お疲れ様でした。山場は越えたのでゆっくり休んでください」

 

 カナエがそう告げて、看護などを蝶屋敷の女の子達に引き継ぎを行う。重症度の高い炭治郎はなるべく医療室の近くの部屋に運び込むことになった。

 

「あら? カナヲ、どうしたの?」

 

 カナヲが後ろを着いてくるのでカナエは首を傾げながら問う。カナヲは最近感情が表に出てくるようになった。良い傾向だ。好きな男の子が出来たのだろう。というかカナエには思い当たる人物がいる。

 

「あの、その、炭治郎の看護、私がしたいです」

 

「いいわよ、カナヲ頑張って!」

 

 予測大当たりである。全力でやってくれるだろうと安心して任せられる。カナエ、ガッツポーズである。しのぶが居ないのが悔やまれた。居たならカナヲの成長にキャッキャしてはしゃぎたい程だ。

 実際しのぶがそれを聞いたら「姉さんこそ頑張ってくださいよ……」と呆れられるであろうが。

 一時的なテンションの高揚で疲れを忘れてルンルン気分で廊下を歩いていると、中庭の縁側で座ったまま柱に身を預け居眠りしている奏多がいた。帰還時は怪我人のドタバタで「おかえりなさい」「ただいま」の軽いやりとりだけで終わってしまったがあの時顔が赤かった為体調不良ではと思ったのだが、今は穏やかに居眠りしていてその気はなさそうだとカナエは安心する。

 並んで縁側に座れば暖かな日差しが疲れた体を癒すように熱をもたらしてくれる。それで少し、気が緩んだのかもしれない。

 

「……大好きですよ、奏多さん。愛してると、いつ気づきますか?」

 

 眠っている相手に言っても自己満足だと少し気恥ずかしくなった。相手は鈍感が高すぎるのか、それとなーく誘導してみても気付かない。理由付けをされているとは言っても化粧棚まで家に持ち込んでいるのだから察してもいいのではないだろうか。外堀埋めどころか内堀まで埋まる勢いで周りに手が回ってしまっている。

 穏やかに寝息を立てる横顔は出会った時のただの美少女顔だった頃に比べ凛々しさが増した。特に頬の傷跡がその印象を強めている。そうしてよく見れば、薄紅色の傷痕と同じように形の良い耳も赤く染まっていた。

 カナエは徐に庭を眺めた。どこか現実を認めないように微笑み事実確認をする様に口を開く。

 

「……どこで起きたんですか?」

 

「……隣に座った時に」

 

 ゆっくり横を見れば顔が逸らされているが耳が茹で蛸の如く赤くなっている奏多がいた。つられてカナエも火が出たように顔面に熱が溜まり出す。奏多であれば成る程、居眠り程度の浅い眠りでは隣に誰か来れば起きるのは当たり前である。自分相手だから起きないと油断したのが仇となった。

 

「カナエ、その、あのだな……」

 

 奏多が口籠っているとカナエは唐突に逃げ出したい感覚に囚われた。いざ自分が当事者になると思いの外いじらしくなってしまっていると自覚はしていたが、こんな不意打ち状態で奏多からの返答が良いものと想像できない辺り相当だとカナエは自嘲した。

 奏多は感情には竹を割ったように正直で、ただ自身に向けられている好意が"恋愛"ではなく"親愛"なのも分かってしまっていた故にカナエは一歩を踏み出せなかった。求めた物と違う好意でも、踏み出せばそれすら無くなるのではという可能性を捨てられなかった。外堀埋めも結局は奏多に察して欲しかったのである。

 なお本人本物の竹よりなお真っ直ぐすぎて気付かず。正直奏多が悪い。なんなら知ってるのに恋愛に口出しすべきじゃ無いと黙ってた行冥も悪い。

 

"悪い、家族と思っているが、恋人には……"

 

 ガンッ‼︎

 

 悪い想像をし、何故だか視界が歪み立ち上がろうとしたカナエの目の前で奏多が柱に頭を叩きつけた。音に驚いてカナエの動きが止まる。

 

「カナエ、俺と一生を、添い遂げてくれないか‼︎」

 

 縁側にそのまま正座して頭をさらに床にまで叩きつけながら奏多が告白をした。柱に頭を叩きつけた衝撃でズレた屋根瓦が庭に落ちた。

 奏多も本当はこんな告白をするつもりは無かった。宇髄に指摘されて自覚してから帰りの道中助言を受けつつ告白の言葉を考えていたのだ。隣にカナエが座ったのに気付き起きた時もどう告白するか頭の中で回していたのだ。まあカナエの不意打ち言葉に詰まった時にカナエが見せた泣きそうな顔を見て小洒落た言い回しや贈り物の計画なんかも全部吹っ飛んだが、奏多に後悔はない。カナエの泣き顔を見て、親愛に恋が紛れ込んだ瞬間をはっきりと自覚した。奏多がカナエの泣いた顔を見たのは二度目だ。そうして、もう二度と、カナエが悲しむ姿を見たくないのだ。

 カナエの方と言えば、初めにやってきたのは困惑であった。自分に都合の良い妄想でも聞こえているのではと自身の聴力さえ疑った程だ。

 "同情から言ってくれただけなのでは?"と内なる自分が喜びに陰気な蓋をする。だが、それを誠実な奏多が一時の同情心でそんな事するはずはないという信頼が粉砕して滅していく。蓋が全て消えれば、そこから溢れ出すのは歓喜の暴風だ。そのまま全て吹き飛ばしてしまいそうなほどの奔流が、目から滴となって零れ落ちた。

 

「是非、是非添い遂げさせてください」

 

 カナエも同じように正座をして頭を下げた。奏多が顔をあげればカナエもあげていて、なんだか互いに気恥ずかしくなって顔を真っ赤にしながら他所を向いてしまった。

 屋敷の方を向いた奏多が固まった。つられてカナエもそちらを見て固まった。

 奏多が柱と床に頭を叩きつけた音に驚いてやってきていたアオイ含めた蝶屋敷の子達や隠の方々。あと宇髄本人に嫁の三人含めた全員がふすまの隙間からガッツポーズをしてこっちを見ていたのである。

 奏多とカナエは人生史上最大に顔を赤くする事となった。

 



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