おや……? 盾の勇者の様子が……? (やがみ0821)
しおりを挟む

四聖召喚~ユグドラシル廃人を添えて

メルロマルク建国史上最大のやらかし

勝手に四聖召喚した挙げ句、よりによってメリエルを召喚してしまったこと。


「四聖武器書……これって結局何のアイテムか、分からなかったのよね」

 

 12年続いたVRMMO、Yggdrasilの最終日。

 メリエルは手元に置いたアイテムの感慨に耽っていた。

 

 四聖武器書というアイテムはYggdrasilの初期から有名なアイテムだった。

 無意味に凝ったフレーバーテキストがついていながら、実際のところは何の効果もないユニークアイテム。

 しかも、最後の盾の勇者のところは書いていないという尻切れトンボ。

 

 とはいえ、コレクター気質の者も多いプレイヤー達はこぞって、このYggdrasilに1つしか確認されていない書を求め、大金を出し、時にはPvPをしてでも奪い取るということが日常茶飯事だった。

 

 メリエルが手に入れたのはサービス終了が決まったことで、マーケットに破格の安さで放出されていたから、他の武器やアイテム達と一緒に纏めて購入したに過ぎない。

 

 ファウンダーも譲ってもらい、マーケットで購入した膨大な装備類やアイテム、素材などもある。

 まさに世界を相手に戦っても勝てると断言できるくらいではあったが、しかし、もうそれも意味はない。

 かつて、競い合ったライバル達は引退し、今に残るはもうメリエルくらいしかいない。

 世界を敵に回した、メリエル対廃人連合軍とかいうお祭り騒ぎはもうできないのだ。

 

 モモンガとの別れも20分前に済ませ、思い出の場所を巡って静かにその時を待っていた。

 残された時間はあと僅か。

 

「さようなら」

 

 メリエルがそう告げたと同時に、ふわっと浮き上がるような感覚。

 ログアウトにこんな感覚はなかった、と思い、思わず瞼を閉じて(・・・・・)しまった。

 

 

 

 

 数秒後、瞼を開けると、そこは見慣れた自室ではなかった。

 何度か、瞬きをする。

 

 どこかの神殿、その祭壇のようなところにメリエルは立っていた。

 目の前にローブ姿の男達――おそらくは神官――が立って、こっちを見ているが、彼女にとってはそれどころではない、とんでもないことに気がついた。

 

 瞬きができたことに。

 思わず、周囲の目など気にせず、メリエルは自分の頬を軽く触ってみる。

 その感覚は、決して仮想現実などではない。

 まさしく本物であった。

 

 

 そして、すぐさまいつも通りに課金ガチャのウルトラレアアイテムである無限倉庫を使おうとし――どうやって、と思う間もなく、手が虚空に突っ込まれ、頭の中に無限倉庫内にある膨大な装備やアイテム、素材がそれぞれ分類されて表示される。

 

 メリエルが選択したのは手鏡。

 それを取り出して、自分に向けた。

 

 そして、頬が緩むのが止まらなかった。

 そこに映っていたのは紛れもなく、メリエルであったからだ。

 しかし、この盾、邪魔ね、と何でか知らないがいつの間にか持っていた盾を彼女は引き剥がそうとするが、ぴったりとくっついて離れない。

 

 呪いの装備――耐性貫通型――ワールドエネミーもしくはワールドアイテムによるもの――

 

 メリエルは瞬時に頭を冷やし、警戒態勢。

 周囲を細かく注意深く観察する。

 自分以外にも3人の男性が祭壇にはおり、彼らは神官と思われる連中に対して、色々と質問を投げかけている。

 

 勇者の召喚やら世界存亡の危機やら、そういった物騒な会話を聞きながら、自分の手にある盾へ視線を向ける。

 

 本当にあなた、勇者の装備なの、という疑いの視線。

 すると盾はほんの僅かに淡く光った。

 周りの連中から気づかれないように。

 

 精霊か何かでも宿っているのかしら、とメリエルは思いつつ、移動するとのことで彼女は他の3人と一緒についていく。

 先導する神官達からは予想外とか、美しいという言葉が聞こえる。

 大方、自分のことだろうなとほくそ笑んでいると、横から声を掛けられる。

 

「あなたのお名前は? 俺は北村元康っていうんだ」

 

 笑顔だが、下心があるのは丸わかりな態度にメリエルは満足げに頷く。

 そういう反応が見たかった、と。

 

「私はメリエルよ」

「素晴らしい名前だね」

 

 即座にそう返すあたり、女慣れしている、とメリエルは判断する。

 元康の言葉に他の2人も名乗る。

 

「僕は川澄樹です」

「俺は天木錬だ。メリエルさんは高校生?」

「さぁ、いくつに見えるかしらね」

 

 くすくすと笑ってみせれば3人が見惚れているのが分かる。

 そうだろうそうだろう、それが正常な反応だ、とメリエルは大満足だ。

 

 そんなこんなで、自己紹介をしながら歩いていくと、謁見の間に到着した。

 

 

「ほう、これは……ほう。古の勇者達よ、よくぞ参った!」

 

 他3人は一瞥で、メリエルに思いっきり視線を向けながら、壮年の男性は告げた。

 メリエルは視線に晒されて、更に大満足だ。

 そうそう、そうよね、それが正常だ、と。

 キャラメイクに膨大な時間とカネを掛けた甲斐があるというものだ。

 

 ユグドラシルではすっかり悪名が広まって、ギルメンからも破壊の天使だの、天災だの、死天使だの、どうしようもない災害扱いされてしまったのでメリエルはこの反応に非常に満足していた。

 

「いや、よくぞ参ったも何もそっちが勝手に召喚したんだろ」

 

 元康のもっともなツッコミにメリエルも含めて頷く。

 

「ワシがこの国の王、オルトクレイ=メルロマルク32世だ」

 

 32世、というところにメリエルは感慨深いものを覚えた。

 歴史ある家柄というのは良かれ悪かれ、リアルではすっかり廃れて聞かなくなってしまった。

 

 彼女が感慨深く思っている間にも、オルトクレイは話を進めていく。

 この世界の事情や世界の滅び、そして波と呼ばれるものについて。

 

 それ、現実化したウィッシュ・アポン・ア・スターでどうにかなるんじゃね、と聞いていてメリエルは思ったが、こんな楽しくて面白そうな状況でいきなり解決は彼女本人がつまらない。

 用が済んだらハイサヨウナラではイヤであった。

 

 話を聞きながら、他の3人が次々と疑問を投げかけていく。

 特に報酬について。

 

 オルトクレイが視線を配下の者へと向けると、その家臣が告げる。

 

「勿論、勇者様方には報酬を与える予定です」

 

 メリエルは報酬に何を選ぼうか、と楽しく思いつつも、名を聞こうということになったので、他の3人にだけ聞こえるよう小声で告げる。

 

 厨二のノリでやるから最後にする、と。

 3人は心得たとばかりに軽く頷いて、それぞれの名を名乗り上げる。

 

 そして、いよいよメリエルの番になった。

 オルトクレイや他の家臣達も女神と言っても過言ではない美貌を誇るメリエルへの注目度は他3人の比ではない。

 

 メリエルは軽く息を吐き、告げる。

 

「記憶せよ。我が名はメリエル。我が名にかけて世界を救おう」

 

 広い謁見の間に、その美しい声はよく響いた。

 

 厨二だ、と3人の男達はうんうんと頷く。

 しかし、そんなことは分からないオルトクレイ達にとっては、非常に神々しく、尊い名乗り上げであった。

 

 とはいえ、どれだけそうであろうともオルトクレイ達の計画に変更はない。

 

 

「それでは、各々のステータスを見て、自らを客観視してほしい」

 

 オルトクレイは告げた。

 

 ステータスを見ろ、と言われたメリエルは視界の隅に小さくアイコンがあることに気がついた。

 便利ねぇ、と思いつつもステータスを表示する。

 

 

 職業、装備品、スキル、魔法が表示されるが、それらを確認してみれば、どうやらユグドラシルのものがどうやら引き継いでいるらしい。

 予想通りの展開だ。

 スキルや魔法、装備の効果がユグドラシルと同じであるかどうか、早急に確認する必要があるとメリエルは判断する。

 

 メリエルがステータスを確認している間にも、話は進む。

 勇者同士が共闘すると伝説の武器同士で反発して、成長を阻害するとか何とか。

 そして、オルトクレイが明日までに仲間を集めておく、と言って、その場は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 食事までの間、来客室にメリエル達は待たされていた。

 その間に各々の情報交換となったわけだが――

 

「えーと……メリエルさんの世界ヤバすぎ」

「色々と考えさせられる世界だ……」

「ええ……」

 

 3人はメリエルのリアルでの世界を聞いて、ドン引きしていた。

 互いが互いにアレコレと抽象的にゲームに似ているとか言っているので、メリエルが一発で分かる答え合わせをした。

 西暦で今年は何年だったか、答えるというものだ。

 

 結果、メリエルの世界が4人の中でもっとも未来であることが判明した。

 

「ぶっちゃけた話、リアルだと社会的な地位ではあったけれど、そういう事もあって戻りたいとは思わないわ。恵まれているわね、あなた達。マスクもなく外を出歩けるなんて」

 

 そう言われると所詮は3人には返す言葉がない。

 若者達をいじめるのもアレなので、メリエルは話題を変える。

 

「とはいえ、これは私の知っているVRMMOじゃないわね。私がやってたメジャータイトルはユグドラシルっていうの。世界の可能性はそんなに小さなものじゃないっていうのがウリね」

 

 ほほう、とゲーマーの3人は食いついた。

 

「ちなみにどういう感じの?」

「RPGよ。北欧神話をベースにした世界観に様々な神話のクロスオーバー。クトゥルフも混ざってた」

「バランスがめちゃくちゃじゃねーか!」

 

 ツッコミに、しかし、メリエルはにっこりと笑って告げる。

 

「世界の可能性はそんなに小さなものではないわ。この一言で運営は乗り切っていたからね。あと課金ガチャも凄かった」

 

 げんなりとした顔となる3人。

 メリエルとしても課金ガチャには手を焼かされたので、その思いはよく分かった。

 アーコロジーの一等地に家が買えるくらいに突っ込んだとはいえ、それでも苦労したものだ。

 

 メリエルはそこで会話を始めたときから探知していたことを明かす為に懐からメモ帳を取り出し、書き記す。

 

 盗み聞きされている、と。

 3人が思わずぎょっとして、互いが互いに壁や天井などを見る。

 

「……気配は離れたわね。覗いてはいなかったから、見ても分からないわよ」

「お、おう……しかし、どうして分かったんだ?」

 

 元康の問いかけにメリエルは怪しく笑う。

 

「そういう職業だったのよ。どうも今回のこの勇者召喚とやら、裏がありそうね」

「裏、ですか?」

「ええ。樹、人間っていうのはどこまでも素晴らしくなれるけれど、同時にどこまでも愚かになれるものよ。大方、権力闘争か、世界の滅びを利用して何かをやるか……まあ、そんなところでしょう」

 

 3人の顔が難しいものへと変化する。

 どうしていいか、と困っているものだ。

 

「ま、私に任せておきなさいな。私が思うように動くだけで、向こうの目論見は崩壊するから」

「大丈夫なのか?」

 

 元康の心配そうな顔にメリエルは微笑んで見せる。

 

「ええ。ヒントは世界の可能性はそんなに小さなものではない、という言葉よ。私は天文学的な確率の下、ここにこうしているのだからね」

「何か気をつけることとかは?」

 

 錬の問いにメリエルは軽く顎に手を当てながら、告げる。

 

「相手から好意を向けてくる場合ね。勇者だからってチヤホヤされているっていうのは例えるならば、宝くじで3億円当たったっていう場合と同じよ。力やカネがあるところには、それしか見ずに湧いてくる連中が多いからね。そういう連中程、耳障りの良い言葉で無条件に好意を向けてくるから」

 

 神妙な顔で頷く3人。

 それと、とメリエルは続ける。

 

「魔法で、洗脳とか心を操るとか魅了とかそういう系があったら、もうどうしようもないわね。諦めていいわよ」

「ゲーム……じゃないんだよな……」

 

 元康の言葉にメリエルは頷き告げる。

 

「残念ながらね」

 

 私にとってはこの状態は最高だから、ゲームより楽しいんだけどとメリエルは心の中で思う。

 そのとき、扉が叩かれる。

 メリエルが問えば、夕食の支度ができたので4人を呼びに来たというものだった。

 

 

 

 

 夕食はまず4人の勇者に出された後に騎士団が食事を行う、という何とも珍妙な形式だった。

 明らかに何かあるとメリエルは思い、しかし、メイドや兵士達の目があることもあり、3人には何かしらの抵抗手段を用意できなかった。

 指輪の一つでも渡せば良かったか、とメリエルは思ったが後の祭り。

 

 時間停止(タイムストップ)を使用すればどうにかなるが、もしもその対策が施されていた場合は厄介なことになる為、使うこともできず。

 

 夕食後、メリエル以外の3人は部屋に戻るなり倒れるように眠りについてしまったことから、強い睡眠薬が盛られていたことが判明したくらいだった。 

 その為、彼女は状態異常回復魔法を実験がてら使用して、3人の意識を回復させた。

 結果、3人はオルトクレイ達に対する信頼は完全に無くなった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初心者が廃人と話が合うわけがないじゃないか!

 

 翌朝、不信感マシマシの3人は出された朝食を穴があくほどに見つめていたが、メリエルがまず食べて大丈夫だと告げるとゆっくりと食べた。

 そして、その後、いよいよ王が集めた仲間と対面ということで再度、4人は謁見の間に呼ばれた。

 

 あんまり変なことは言わないように、と事前にメリエルから釘を刺されていたので、3人はオルトクレイに会うなり、睡眠薬の件や盗み聞きの件を問い詰めるようなことはしなかった。

 

 とはいえ、不信感は隠せない。

 彼ら3人はメリエルとは違って単なる大学生と高校生に過ぎないのだ。

 

 しかし、オルトクレイも中々やるもので、3人が問い詰めてこないことをむしろ、己から明かした。

 

「実は恥ずかしい話であるが、昨晩の夕食に薬が盛られた件と盗み聞きの件でな……勇者を利用しようという賊のやったことだ」

 

 嘘くさい、というメリエルも含めた4人からの視線。

 しかし、そこでオルトクレイは4人の予想外の行動に出た。

 彼は玉座から立ち上がって、深々と頭を下げたのだ。

 

 申し訳なかった、という謝罪の言葉。

 

 ここまでされると大抵の者は信じてしまう。

 ましてや、一国の王がそうしているのならば尚更だ。

 

 元康達はすっかりと日本人的な「いえいえ、そんな、そこまでしなくても」という感じで許してしまう。

 そんな彼らのやり取りを聞きながらメリエルは知らん顔だ。

 リアルでの職業柄、こういう心理的なテクニックはよく知られたものだったが為に。

 

 オルトクレイに対する評価をメリエルは上方修正する。

 

 

 

 

「さて、勇者の同行者として共に進もうという者を募った。どうやら皆の者も、同行したい勇者が居るようじゃ」

 

 オルトクレイの言葉に新たに12人が扉から現れる。

 

「さぁ、未来の英雄達よ。仕えたい勇者と共に旅立つのだ」

 

 オルトクレイの言葉にメリエル達は横一列に並ぶよう家臣からの指示。

 その通りに並ぶと、12人がそれぞれ各勇者達の前に並んでいく。

 メリエルの前には誰も並ばなかった。

 

「……私の美しさに嫉妬しているわね。これは間違いない」

「う、うむぅ……さすがにこれは予想外じゃった」

 

 メリエルは深く溜息を吐いた。

 まあ、逆に言えば色々と好き勝手できるというもの。

 

「じゃ、私は1人で行くから。そういうことで」

 

 メリエルはそう告げて、さっさと歩き出した。

 いやいやいや、と元康達は思わずツッコミを入れる。

 

「あ、それなら私が行きます」

 

 そう宣言したのは赤毛をセミロングにした女の子だ。

 

「同情はいらないわよ。1人は慣れているので」

「そんなこと言わずに……ね?」

 

 メリエルは再度、溜息を吐いた。

 

「仕方あるまい。他の者はどうだ?」

 

 オルトクレイは問いかけるが、誰もいない。

 

「メリエル殿は気に入った仲間を自身でスカウトして貰う他あるまい。無論、今回の援助金は他の勇者よりも多く渡そう」

 

 ラッキー、とメリエルは内心小躍りした。

 

 

 

 

 

 

「これからどうします?」

 

 マイン・スフィアと名乗った彼女の問いにメリエルは不思議そうに首を傾げた。

 

「レベル上げに決まっているじゃないの」

「それなら武器と防具を揃える必要がありますね。良い店を……」

「そんな暇はないわ」

 

 メリエルはマインの手を握り、城下町の出入り口となっている城門を睨みつける。

 

「行くわよ、マイン。レベリングよ」

「えっ」

 

 マインは風になった。

 

 

 

 

「えぇ……」

 

 マインは困惑していた。

 何なんだこいつ、というのが彼女の心境だ。

 

 どんなモンスターも全く相手にならず、ワンパンで消し飛ぶ始末。

 しかも、メリエルは留まるところを知らない。

 すなわち、モンスターを狩り尽くしてその死体を盾に吸収させたら、マインを引っ掴んで――当初は手であったが、もはや猫を掴むような形になっている――新たな狩場へと移動し、またモンスター狩りだ。

 おまけに移動先には必ずモンスターがいるという、まるで生息地でも分かっているかのような。

 

 マインの予定では酒に酔わせて、女同士の性行為という倒錯的行為に及ぼうとしたということで強姦魔にでっち上げ、ついでに金品も頂く予定であったのだが――そんなものは消えていた。

 既にメルロマルクの城下町は遥か彼方。

 1人で帰るなんてことは到底できない。

 メリエルの移動速度は明らかに尋常ではなく、盾の勇者が持ち得るような能力ではない。

 

 

「ここはこんなもんかしら」

 

 モンスターを虐殺した後、メリエルは返り血一つない姿。

 マインは思い切って尋ねる。

 

「あの、勇者様。あなたはいったい……?」

「通りすがりの大魔王」

 

 一瞬、マインは信じかけたが、すぐにむーっと頬を膨らませる。

 

「その前に猫被りはやめたら? それが本性じゃないでしょうに」

「何を言っているのか……わかりません」

「そう。それならいいけど、私についたほうが、甘い汁を吸えるわよ?」

 

 その問いにマインは訝しむような視線を送る。

 くすり、とメリエルは笑う。

 

「一つ忠告しておくけど、私だけは敵に回さない方がいい。気が変わったら、いつでも教えて頂戴ね。たとえ、やらかした後でもあなたなら受け入れてあげるから」

「はぁ……」

 

 マインは曖昧に返事を返しながらも、盾の勇者の癖に生意気だ、と内心思う。

 ちょっと移動速度が速いくらいで、何だ、と。

 第一、自分よりも美しいところや余裕ぶっているところも気に入らない。

 

 どうにかして、計画を元に戻そう、とマインは考え、言葉を紡ぐ。

 

「さすがに城下町から遠く離れ過ぎましたから、戻りませんか?」

「ええ、構わないわよ」

 

 メリエルはマインの後ろ襟を引っ掴んだ。

 マインはまたこれか、と諦めた。

 

 

 

 

 

 メルロマルクの城下町に帰ってきた後、メリエルはマインの案内で城下町を見て回り、最後に彼女がオススメする武器屋に立ち寄り、宿で別れた。

 メリエルはもっと高級なところがいいんじゃないか、と提案したが、いきなりそれは問題があるとのことで、マインが諌めた。

 

 夕食時にマインが勧めてきたワインをメリエルは飲んで、そのまま部屋に向かった。

 

 

 

「私の耐性を貫通したいなら、最低でも神器級のアイテムを使用しなさいよね」

 

 せっかくなので、ユグドラシルで購入しておいた料理や酒などで1人、酒盛りを行う。

 現実化したそれらはこの世のものとは思えない程の美味であり、メリエルは舌鼓をうちながらも、これからを考える。

 

 わざわざ睡眠薬を盛るということは何かしらの罠にハメるつもりだということは想像に容易い。

 とはいえ、相手は女、こっちも女なら盗人の類だろう。

 

「召喚魔法でも使ってやろうか、それとも太陽や隕石、月でも落とすか、あるいは核爆発でも起こすか……」

 

 反撃手段は無限にある。

 こちらの一撃は国を消し飛ばしてお釣りがくるくらいだ。

 

 とはいえ、メリエルとしてはこのリアルでは失われた景観や環境が愛しくて仕方がない。

 そこで彼女はあることに気がついた。

 

「……ユグドラシルの制限とこいつの制限、取っ払っておくか」

 

 勇者は自分の所持する伝説武器以外を戦闘に使うことはできない、とかいうふざけたものだ。

 メリエルからすれば職業などのおかげで、武芸百般、盾のみでもそこらの連中ならミンチにできるくらいの技量はあるが、それでもその程度だ。

 強い奴と戦うときに盾しか扱えませんなんて、とんだ縛りプレイもいいところ。

 

 昼間に武器屋で見せてもらった武具のときは電撃が迸った。

 完全耐性があるのでダメージは負わないが、かなり鬱陶しい。

 

「……ユグドラシルのやつならどうかしら」

 

 メリエルはおもむろに無限倉庫に手を突っ込んで、愛剣であるレーヴァテインを取り出した。

 この剣もフレーバーテキストが色々と書かれており、それが現実化している為、相当にヤバイことになっている。

 

「おーおー、嫉妬しちゃってまぁ」

 

 レーヴァテインを鞘から抜くや否や、メリエルの手にある盾に思いっきり炎を飛ばした。

 炎は盾に命中し、盾はイヤイヤと首を横に振るかのように揺れている。

 

「はいはい、レーヴァテイン。ちょっと抑えてね」

 

 宥めるとレーヴァテインは小さく火の粉を飛ばして、それきり沈黙した。

 盾のほうもどうにか炎が消えたようだ。

 

 レーヴァテインは唯一メリエルしか持ち主、担い手として認めないというフレーバーテキストが変な具合に反映されているのかもしれない、とメリエルは思いつつ、愛剣のフレーバーテキストを念の為に確認する。

 

 タブラと一緒になって盛り上がって、アレコレ付け足した設定は非常に長い。

 

 

「あー、原因はこれね。そういやペロロンチーノが武器に精霊が宿ったり擬人化したりするってアリですよねとか言って……」

 

 ヤンデレとかそういう物騒な文言があった。

 

「というか、普通に持てているわね」

 

 待ってました、と言わんばかりに目の前に文章が浮かび上がってきた。

 

 特殊武器が装備されました――

 伝説武器の規則事項「専用武器以外の所持」の一部を限定解除します――

 

「レーヴァテインが怖いからっていう理由じゃないわよね?」

 

 ジト目で盾を見つめるも、盾は何も答えない。

 きっとそうなんだな、とメリエルは思いつつ、扉の外にある気配にやれやれ、と溜息を吐く。

 マインをどん底まで突き落として、手を差し伸べた方が裏切らないだろう、と。

 

 食事も睡眠もメリエルには装備の効果により不要だ。

 とはいえ、このままではマインが一晩ずーっと扉の前で過ごすことになるので、仕方がないと罠にハマってやることにした。

 

 しかし、それだけでは面白くない。

 料金は頂くことにした。

 

 

 

 メリエルがベッドに入り、寝息を立て始めたことを確認したマインは静かに扉を開けて、部屋の中に入った。

 

 テーブルに置かれた銀貨の詰まった袋に手を差し出したところで、マインは後ろから唐突に抱きしめられた。

 マインは声にならない悲鳴を上げた。

 

「それ、あげるから一晩の過ちというやつをやらないかしら?」

「な、何を……」

 

 振り向いたマイン、そこにはメリエルの顔があり、彼女は微笑みながら、そのままマインの唇に口づけた。

 マインは暴れるもメリエルの力は強く、びくともしない。

 

 そのままマインを抱きかかえ、メリエルはベッドへマインを下ろす。

 そして、その上にのしかかった。

 

 マインは混乱したが、これは紛れもないチャンスだと確信する。

 なぜならば嘘の証言などではなく、本当にレイプされたと主張できるからだ。

 

「……仕方ないわね。いいわよ」

 

 女同士だし、まあいいか、とマインは軽い気持ちでOKしてしまった。

 メリエルはにっこりと笑った。

 

「それなら遠慮なく」

 

 

 

 

 マインはこの夜、メリエルとの一時をかなり楽しんだ。

 

 

 

 





マイン「良かった」
メリエル「良かった」
マイン「だが冤罪をなすりつける」

メリエル「^^」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あなたは勇者ですか? いいえ、大魔王です。

 翌朝、マインはシャワーを浴びてくるといってメリエルの部屋を出ていった。

 彼女はこの後の展開が予想できた。

 大方、騎士とかそこらにレイプされたと言いに行くのだろう。

 とはいえ、メリエルには優れものがある。

 

「デフォルトでは両性具有だけど、私には性転換の薬があってね」

 

 メリエルはそれを飲み込んで、女になった。

 とはいえ、目撃者は重要だと考えて、メリエルはわざとらしく全裸のままでいた。

 そして、しばらくすると乱暴に部屋の扉が開けられた。

 

「……失礼しました!」

 

 騎士達は生まれたままの姿でいるメリエルをバッチリと目撃し、慌てて扉を閉めた。

 そして、咳払いをした後、騎士が遠慮がちに扉越しに声を掛ける。

 

 強姦容疑が掛かっているので、城まで来てほしい、と。

 

 メリエルは予想通りの展開にいつものおしゃれ着を着て、応じた。

 

 

 

 

 謁見の間はまるで裁判所のような雰囲気で3人の勇者達の姿もあった。

 罪状をマインが泣きながら話すも、それは半分本当で、半分嘘だった。

 具体的にはお酒に酔った勢いでマインの部屋に入ったという部分が嘘だ。

 無理矢理に迫って致したというのは本当なので否定のしようがない。

 

 よくやるもんだ、とメリエルはマインの迫真の演技に感心してしまう。

 

「そんな見た目をして、あなたは男だった!」

 

 最後のマインの一声に、一斉にメリエルへ嫌悪の視線が向けられる。

 それは3人の勇者達も例外ではない。

 

 しかし、メリエルは余裕だった。

 

「証拠を見せたいのだけど?」

 

 問いにオルトクレイは側仕えのメイド達に視線をやると、彼女達は嫌そうな顔をメリエルに向けつつも、壁際へと寄って、メリエルへ来るようにと告げる。

 メリエルはそちらへと行って、周りをメイド達に囲まれた状態でスカートをたくし上げて、その下着もまた下ろした。

 メイド達はメリエルの秘部を見て目を擦り、互いに顔を見合わせる。

 

「あの……彼女は女性ですが……」

 

 困惑した顔と声でメイドが報告する。

 そんな馬鹿な、とマインは驚く。

 

「……本当か?」

「はい、本当です。どこにも、男性のモノはありません……」

 

 そんな具合だ。

 

「うーむ……とはいえ、たとえ女性同士だろうが、合意のない性行為を強要するなど、許されざることだ!」

 

 オルトクレイの言葉にマインは何度も頷いた。

 

「メリエルさんがそういうことをするなんて、見損ないました」

「さすがにちょっと……引くわ」

「同情の余地はない」

 

 私もそう思う、とメリエルは自分のことながら頷きそうになったが、我慢して問いかける。

 

「で、私をどうするの?」

「本来なら死刑、減刑しても禁固刑だが……波への対抗手段として存在しているから、そうすることはできない。だが、慰謝料は払ってもらう。手持ちの銀貨全てをだ」

 

 はいよ、とメリエルはマインへ銀貨の詰まった袋を放り投げた。

 基本的に彼女は倒したモンスターは盾への吸収以外では放置しっぱなしで素材回収などもしていないので、宿代くらいしか引かれていない。

 武器屋でマインが装備をねだったが、メリエルは適当にあしらったが為に。

 

「1ヶ月後の波には召集する。役目からは逃れられん」

「はいはい」

 

 メリエルは手をひらひらさせて、踵を返す。

 そのときに、彼女は3人の近くへと寄り、小声で告げる。

 

「あなた達が私の敵にならないことを祈っておくわ」

 

 たまたま同時に召喚された異世界の日本人、さらにはまだ学生ということでおせっかいを焼いた程度であり、メリエルからすれば3人は敵でも味方でもどっちでもいい存在だ。

 また、メリエルからすれば勇者なんていう品行方正であることを要求される地位なんぞまっぴら御免だった。

 

 

 

 

 

 

 城を出て、城下町へと入る。

 メリエルの顔を見てひそひそと陰口を叩く者ばかりだ。

 面白いので、彼女は陰口を叩く道端の連中に近寄っていった。

 

「この強姦魔!」

「勇者じゃなければ死んじまえばいいのに!」

 

 こうやって真正面から罵倒する者達を、メリエルは可哀想に思えてしまう。

 勇者は無抵抗主義の権化とでも思い込んでいるのだろうか。

 そういう態度をされると、波のときに被害を拡大しようと行動すると考えないのだろうか。

 

 たとえ甚大な被害が出ても波ならばしょうがない、と済ませられるのに。

 

 精々媚を売っておけばいいのに、世渡りがうまくないわね、とメリエルは表通りから裏路地へと入り、歩きながら溜息一つ。

 

「ま、長居する意味もないし、さっさと次のところへ行こう」

「ちょっとお待ちください、勇者様」

 

 横合いからの声。

 気配は探知していたが、害がない為に放置しておいた輩だ。

 

 視線を向ければ、あんまりお近づきになりたくない男がいた。

 格好はともかくとして、見た目がちょっと問題があった。

 肥満体に燕尾服、シルクハット、極めつけはサングラス。

 あまりにも怪しすぎる格好だ。

 

「どうですか? 旅のお供に……」

「いい子いる?」

「ええ。良い奴隷、取り揃えていますよ」

 

 メリエルは満足げに頷いた。

 

 

 男に案内されたところは路地の一角にある大きなテント小屋。 

 彼はテント小屋に軽やかな足取りで入りつつも、そこでようやく安全だとでも思ったのか、口を開いた。

 

「見目麗しい上、勇者。そんな奴隷が欲しいというお客様がおりましたが……考えを改めましたね」

「手を出したら、合法的に潰せたのに」

「ええ。ですから、あなたとは良い関係を築きたいと思いまして」

 

 そんなことを話しながら、奴隷の保管区画に入る。

 照明は薄暗く、微かに腐敗臭が漂っている。

 またそれらの臭いに混じり、獣のような臭いもあり、環境は劣悪だ。

 

 檻が幾つも設置されており、中には人型の影が蠢いていた。

 

「こちらがオススメの奴隷です」

 

 そう言われて檻の中を見ると、狼男が唸り声を上げて、睨みつけてきた。

 しかし、メリエルはその狼男の状態を瞬時に察知する。

 

「狼男かしら。足と腕が悪そうだけど」

「ええ。コロシアムで戦っていた奴隷でしたが、勇者様の言う通りに足と腕を悪くしてしまいましてね」

「処分品を安く買い上げたといったところかしら?」

「お察しの通りです」

 

 なるほど、と頷きつつも、男に金のインゴットを一つ、作り出してそれを渡した。

 

「あいにくと私は異世界から来たばかりでね。この世界については疎いのよ。他の奴隷を見る前にお勉強会でも開いてくれないかしら?」

「ええ、ええ、構いませんとも」

 

 インゴットを男は受け取った。

 

「ニセモノかどうかは?」

「こう見えても、その手のアイテムを持っておりまして。これ1本には奴隷や諸々の代金も含ませて頂きますよ」

「それは有り難いわ。サービスの良い店は贔屓にしたくなるもの」

「立ち話もなんですし、こちらへ」

 

 

 応接室と思しきところへ男に案内され、メリエルはこの世界に関する一般常識や種族や魔法などのレクチャーを受けることになった。

 レクチャーは非常に詳しく細やかなものであったが、1時間程で済んだ。

 メリエルからすれば非常に有意義な時間だ。

 

 そして、いよいよ奴隷を、ということで男が見せたのは――

 

「あんまり選択肢があるように思えないんだけど、もうちょっとこう……」

「すいません……ワケありですが、イチから仕込めば中々ですよ?」

「今回は初見ということで目を瞑っておいてやるわ。次回からは言わなくても分かるでしょうけど」

「ええ。次回からは適正なお値段で奴隷を。あなたは敵に回さない方が良さそうなので」

「良い判断だわ」

 

 メリエルはそう言いながら、個人的な嗜好から、ラクーン種の少女というワケあり奴隷を購入した。

 詳しい状態を聞きながら、手続きを済ませて、奴隷商のテント小屋から出てしばらく無言でメリエルは少女を連れて歩く。

 尾行などがないことを確認したところで、メリエルは少女の手を掴んだ。

 

 驚いたような視線を向ける少女を無視して、メリエルは転移門(ゲート)を開き、そこへと少女を引っ張って入った。

 

 

 出た先は昨日、メリエルがモンスターを大虐殺した、メルロマルクの城下町から遠く離れた場所だった。

 森の中であり、人気は全く無い。

 念の為に索敵関連のアイテムも使ってみるが、気配は全く無い。

 

「さて、自己紹介といきましょうか……その前に、あなた、咳をしていたわね?」

 

 メリエルはそう問いかけながら、無限倉庫からエリクサーを取り出した。

 いかにも高級そうな瓶に入ったそれに少女は目を丸くする。

 

「さ、これを飲みなさいな」

 

 言われるがまま、少女は瓶を受け取り、それを飲み干した。

 そして、彼女は驚きのあまりメリエルへ視線を向けた。

 

 体が非常に軽く、苦しいところや痛いところが全く無くなったのだ。

 

「あとその格好も駄目ね。私の奴隷ならば、相応の格が必要よ」

 

 ボロ布のようなものを纏っただけの少女にメリエルは似合いそうな衣類を選んで、無限倉庫から取り出した。

 ついでに、汚れを落とす為の無限の水差しとタオルも。

 少女はおっかなびっくりに、それらを使って体を清め、メリエルが出した衣類を着込んだ。

 

 奴隷と言っても誰も信じないだろう姿に少女は早変わり。

 

「さ、自己紹介。私はメリエル。盾の勇者って言われているらしいわよ」

「私はラフタリアです。勇者様……ですか?」

 

 奴隷を購入する勇者ということで疑いの目を向けられる。

 

「ちょっと一悶着があってね。私にとっては勇者なんて肩書は邪魔でしかないから」

 

 どちらかというと魔王のほうが色々やりやすいというのは事実だ。

 

「とはいえ、勇者様っていう呼び方は頂けないわね。気軽にメリエル様と呼んで頂戴」

「メリエル様……」

「そう、それ。で、今からの方針だけど、ずばりレベル上げ」

「はぁ……ですが、私は戦ったことなんて一度もありません」

「でしょうね。だから、まあ、家事とかをできる範囲でやってくれれば。奴隷というよりも身の回りのお世話係といった感じで」

 

 さすがにバカ正直に愛でます、とは言えない為、メリエルはそう告げる。

 こくり、と頷くラフタリアに、しかしメリエルは好奇心旺盛な顔で尋ねる。

 

「ところで、その耳と尻尾、触ってもいい?」

「……少しなら」

 

 メリエルは思う存分もふもふを堪能した。

 

 

 

 もふもふした後、メリエルはグリーンシークレットハウスでもってコテージを作り上げた。

 ラフタリアは目を丸くしている中、コテージにメリエルはずんずんと入っていく。

 ラフタリアも慌ててその後を追うと、そこは外見からは想像もできないくらいに広く、また部屋数も多かった。

 

「とりあえず、色々と暇を潰せそうなものを」

 

 メリエルは無限倉庫からラフタリアの暇潰し用に色んなものを取り出した。

 地球の様々な絵本からけん玉、ベーゴマ、積み木に知恵の輪、ルービック・キューブなどなど。

 さらにお菓子類やジュース類も。

 

 与えられた様々なものの数にラフタリアは再度、目を丸くしたが、メリエルはそんな彼女に告げる。

 

「ちょっとモンスターを狩ってくる。しばらくしたら戻るから。遊んでて」

 

 託児所に子供を預けて仕事をする親ってこういう感じなのかしら、とメリエルは思いつつ、ラフタリアの頭を軽く撫でて、コテージを後にした。

 

 ラフタリアはおっかなびっくりに、とりあえず絵本を開いてみた。

 

 

 

 

 メリエルはモンスター狩りには行かず、結界である至高なる戦域(スプリーム・シアター)を展開していた。

 異界構築という結界の中で最高クラスのものであり、彼女が取得している職業であるワールド・ガーディアンのレベルを上げることで習得できるものだ。

 

 これならば誰にも見られる心配はない、とメリエルは流れ星の指輪(シューティングスター)を取り出して、それを指につけた。

 そして、ウィッシュ・アポン・ア・スターを発動する。

 

 自分に対するユグドラシルの制限や伝説武器に関する全ての制限を取り払うことを彼女は願った。

 無効化のエフェクトは出なかった。

 

「あ、取れた」

 

 盾がポロっと地面に落ちた。

 再度、拾って装備して、また離せば地面に落ちた。

 

 メリエルはにんまりと笑みを浮かべる。

 念の為にヘルプの項目を見てみれば、特にペナルティなどはなさそうだ。

 

 ただ見慣れない項目が現れており、そこを選択してみると、強引です、という一言のみがあったが、盾の精霊が書き込んだものだろうか。

 

「強引も何も、縛りプレイを強要するほうがどう考えても悪い。縛りプレイっていうのは自らが望んでやるものよ」

 

 メリエルはそう告げる。

 ともあれ、と彼女は思考する。

 これからのことだ。

 もっとも、それはすぐに決まった。

 

 世界最強を目指すというのも良いが、それだけではもったいない。

 この未知の世界を楽しみながら、強くなる、それが良いだろう、と。

 

 大まかな方針は決まったが、さて今からどう動くかとメリエルは考える。

 短期的にはレベリングで良いだろうが、中長期的にはどうするか、ということだ。

 

 ラフタリアを従者として、他に適当な奴隷を買い集めながら、世界放浪というのも面白そうだ。

 あるいは、ユグドラシルではなんだかんだで結局できなかった世界征服を目指すのもいい。

 

 夢は無限大に広がる。

 

「マインはともかくオルトクレイに関しては反撃の一つでもしておこうかしら」

 

 一般的に考えればマインは相当にアレな性格だが、メリエルとしてはそういう女ほど付き合って面白い。

 家庭的な女も良いが、やはりどっかネジが外れていたほうが楽しいものだ。

 

 勿論、マインの体が良かったというのも大事な理由の一つだ。 

 

「経済をしっちゃかめっちゃかにしてやろうか、それとも農地に大打撃でも与えて飢饉でも起こしてやろうか、あるいは不幸にも悪魔にでも襲われるか……」

 

 単純に国ごと消し飛ばすだけなら簡単だ。

 だが、それでは面白くないし、自然と文化は消したくない。

 

「……いや、ここはあれね。リアルでの職業に則って、スマートにやりましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルはメルロマルクの王城に堂々と入城していた。

 誰も彼女に気づいた様子はなく、彼女が目の前で手を振ろうが中指をつきたてようが全く反応しない。

 

 完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)により、メリエルは完全に消えた状態だった。

 だからこそ、彼女は実行する。

 国家がされたら、もっとも嫌なことを。

 

 宝物庫を荒らしたり、王族を皆殺しにするよりも、気付かれ難く、それでいて深刻なダメージを与えることができるやり方があった。

 

「さぁて、機密文書はどこかしらー?」

 

 メリエルによる反撃の一つはメルロマルクの外交・財務・軍事など多岐に渡る国家機密文書を丸ごと、転写して盗み出すことだった。

 幸いにもユグドラシルにはそういうことに使える、転写のスクロールが存在した。

 

 

 

 

 

 

「……へぇ、オルトクレイってそういうことだったのね」

 

 あちこちの部屋にこっそりと侵入し、内部に人がいたらアイテムを駆使して眠らせて、機密文書を片っ端からスクロールに転写していると、意外なものを見つけた。

 

 メルロマルクは女王制の国家であり、本来の統治者はミレリアという女王だそうな。

 ミレリアが不在の時にのみ、オルトクレイが代行となる。

 さらに、今回の召喚はミレリアの意志ではなく、オルトクレイと三勇教というものが手を組んで勝手にやったことらしい。

 盾の勇者に関することも色々と分かった。

 先代が亜人の味方をしたことで、それが原因で人間至上主義のメルロマルクでは嫌われているそうだ。

 これらはほんの一部でこれら以外にも色々と情報が手に入ったので、メリエルは大満足。

 

 すっかり真夜中になってしまったが、あらかじめラフタリアには伝言(メッセージ)でかなり遅くなると伝えたので大丈夫だろう。

 

 

 

 そんなこんなで、メリエルはメルロマルクの膨大な機密文書とそれを得る過程で忍び込んだ、あちこちの偉い人達の部屋にあったハンコも複製して、ほくほく顔でメルロマルク城を後にした。

 

 

 

 

 

「ごめんごめん、かなり遅くなった」

 

 メリエルがコテージに帰還すると、ラフタリアは拗ね顔だった。

 

「何をされていたんですか?」

「ちょっと未来を盗んできた」

 

 メルロマルクの未来はメリエルがあちこちに機密情報を流せば暗澹たるものになる。

 そういう意味合いであったが、ラフタリアは分かるわけもなくジト目でメリエルを見る。

 

「美味しいご飯があるので、機嫌を直して頂戴」

 

 メリエルは無限倉庫からユグドラシルにおける数々の料理を取り出し、テーブルに置いた。

 途端にラフタリアの目がきらきらと輝く。

 メリエルとしてもその反応には同意せざるを得ない。

 そして、ラフタリアとメリエルは存分にユグドラシルの料理を堪能して、2人で仲良くベッドに入って寝た。

 

 

 

 

「さすがの私も幼女に手を出しはしない!」

 

 モモンガに「やーいロリコンロリコン」と笑われた気がしたので、メリエルはガバっと起きてそう宣言した。

 しかし、そこで気がついた。

 夢だった、と。

 

 横を見ればラフタリアが穏やかな寝息を立てている。

 

 ワケあり――なんか夜になるとパニックになるらしいという話を奴隷商から聞いたが、エリクサーは偉大であった。

 フレーバーテキストの通りにあらゆる病を治してしまうらしかった。

 

「……手を出す?」

 

 出そうと思えば別に出せる。

 だが、さすがのメリエルも色々と面倒くさい過去がありそうな子供に手を出すのは憚られた。

 

「向こうがその気になって迫ってきたならセーフ」

 

 都合の良い理屈を見つけて、メリエルは再度、ベッドに横になった。

 そういやモモンガも、自分と似たような状況になっているんだろうか、と考えながら。

 

 なぜか物凄く苦労していそうなモモンガの姿が浮かんできたが、メリエルは気にするのはやめた。

 

 




メリエル「メルロマルクの機密情報と王とか大臣の印鑑の複製とかもらってくわ。雑魚乙^^」

なお本人達は持っていかれたことに気づいていない模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リアルのことをリアルに持ち込むのはセーフ

 翌日からメリエルは本格的にレベリングを始めた。

 グリーンシークレットハウスをひとまず撤去し、ラフタリアを連れて西へ東へ南へ北へ。

 モンスターを探してはぶっ殺すというメリエルからすると極めて単調なルーチンワーク。

 だが、ネトゲ廃人を舐めてはいけない。

 つまらない単純作業に対するストレス耐性はピカイチだ。

 

 どうせなら、とメリエルはうまく加減して、モンスターを身動き一つ取れない虫の息にしておいて、トドメをラフタリアに任せてみた。

 すると、ラフタリアに大きく経験値が入り、自分にも経験値が少し入ったのでこれ幸いとパワーレベリングを敢行。

 ぐんぐんとレベルアップし、日に日に背丈が伸びていくラフタリアであったが、メリエルは気にしない。

 亜人ってすごいわねーくらいの認識だ。

 

 

 さて、そんなメリエルとラフタリアは人跡未踏という言葉がぴったりな場所を中心にモンスター狩りに精を出しており、それはメルロマルクの王都からは遥かに離れた――というか、メルロマルクという国家からも飛び出していたので、オルトクレイをはじめ、三勇者達もさっぱりメリエルの消息どころか、噂すらも掴めなかった。

 

 これ幸いとオルトクレイとマインは共謀して、メリエルに関する色んな悪い噂をでっち上げていたが、3週間も経つとまったく音沙汰がないことから実は死んだんじゃ、という噂がいつの間にか出ていた。

 こればかりはオルトクレイとマインの2人も予想外で、出処は民衆だ。

 城下町どころか、近隣の村にすら誰も見た者がいない、というのがその根拠で強姦魔呼ばわりされて、自殺したのでは、というのが噂の内容だ。

 

 オルトクレイ達からすれば盾の勇者が死んだのなら万々歳、三勇者で何とかなるという楽観的な考えだった。

 

 

 

 

 

 そうこうしているうちに、波がやってきた。

 メリエルはすっかり波のことを忘れて、レベリングに夢中だった。

 

 制限を取っ払っている為に当然レベルキャップなども外れている。

 しかし、ユグドラシルのレベルは元々100レベルであったことから、次のレベルアップまでの経験値が膨大なようで、全く上がらないものの、盾の勇者という職業のレベルはみるみるうちに上がっている。

 勿論、彼女はユグドラシル時代に入手していた様々な取得経験値に補正が掛かる装備やアイテムを使って、そして盾にそれらのアイテムを吸わせて経験値ブーストがかかるものを新たに開放したことも原因の一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルとラフタリアは日課となったモンスター狩りに精を出して、そろそろ一休みするかというときに突如として、浮遊感と共に景色が変わった。

 

 強制転移――耐性貫通――ワールドエネミークラス――

 

 メリエルは即応した。

 すぐさま彼女はバフをありったけ自分とラフタリアに掛けながら、同時に無限倉庫からお遊びナシのガチ装備を引っ張り出す。

 瞬時におしゃれ着から、さながら戦女神とでもいうような格好へ。

 レーヴァテインを片手に引き抜いたところで、状況を確認する。

 

 空に亀裂が入り、その色は不気味なワインレッドに染まっている。

 そして、亀裂の中から膨大な数のモンスターらしき異形が降ってきた。

 

 無限湧きタイプ――ギミックの停止もしくはボスの排除――

 

 瞬時にどのような状況であるかを判断し、動こうとしたときラフタリアが叫んだ。

 

「メリエル様! ここは農村部で、人がまだ!」

 

 メリエルは状況評価を修正する。

 無限湧きする雑魚を排除しつつ、それを行っている原因を除去。

 同時に村人の避難。

 

 クエスト失敗条件は村人や村に被害が出ること。

 

 燃えてきた――!

 

 困難なクエストであればあるほど、廃人は燃えるもの。

 勿論、メリエルもまたそうであった。

 

 先走った連中が波の根源らしき場所に向かっていくが、メリエルは鼻で笑う。

 馬鹿め、状況確認がなっていない、と。

 敵を倒しました、けれど被害は甚大です、では意味など無い。

 最優先は人命であり、また彼らの財産だ。

 

「ラフタリア、村人の護衛及び避難を優先する。タゲは私が取るから」

 

 問いかけにラフタリアは笑みを浮かべて、頷いた。

 

 

 

 モンスター達よりも早く、メリエルとラフタリアは農村へと到着した。

 あと少しというところまでモンスターが迫ってきているが、そこへ現れたメリエルとラフタリアに防衛線を構築していた騎士や冒険者達は目を丸くする。

 

 農村内にこの顔にピンときたら連絡を、という文言と共にメリエルの似顔絵が家屋に張られているのを目撃したが、彼女はそれを見なかったことにする。

 

 村の状況はよろしくない。

 防衛線は吹けば飛ぶようなものでありながら、村人の避難は全く済んでいない。

 突如として訪れた波に理解が追いついていないようだった。

 

 メリエルはラフタリアへ避難誘導を命じつつ、防衛線へ。

 

「あなた達も逃げていいわ。ここは私が受け持つから」

「お前は盾の勇者!? 死んでいなかったのか!?」

「犯罪者風情が何を言うか!」

 

 面白いことを言う連中にメリエルは笑いつつ、さっさとタゲを取ることにする。

 物理・魔法防御の高さからタンク役をしたこともあったので、お手の物だ。

 

 ヘイト値を稼ぐスキルに更にアイテムを幾つか使用して、その効果範囲を極大にまで広げる。

 そして、メリエルはタゲを取った。

 

 一斉に様々な種類のモンスター達がメリエルへと顔と視線を向け、我武者羅に突撃を開始した。

 先走った連中――3人の勇者とその仲間達の間をすり抜けて。

 慌てて彼らは手近なモンスターを数匹殺すが、そんな程度ではタゲは外れない。

 

 この状況に仰天したのは防衛線を張っていた騎士や冒険者達だ。

 大地を埋め尽くす数のモンスターの群れがこっちに向かって突進してくる。

 その恐怖に抗える程に彼らは強くなかった。

 

 我先にと逃げ出して、程なく防衛線はメリエル1人が残された。

 

「さて、ちょっとこっちへ行くわよ」

 

 メリエルはタゲが剥がれない程度に距離を保ちながら、人家のない方向へとモンスターの群れを誘導する。

 モンスターの群れもメリエルに釣られて、そちらへと綺麗に移動する。

 頃合い良し、とみたメリエルは蹂躙を開始する。

 

千本聖槍(サウザンドホーリーランス)

 

 千本という名称だが、その程度の量ではない。

 メリエルを中心とし、大地より無数の神聖属性が付与された槍が突き出し、それらは手近なモンスター目掛けて飛び出していく。 

 貫かれたモンスター達は即死したのか、全く動かない。

 

 もしやと思いつつ、メリエルは二撃目を選択する。

 

連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)

 

 龍の如き白い稲妻が迸り、モンスター達を一瞬にして蒸発させていく。

 メリエルは二撃目は位階を落としたが、それでもオーバーキルのようだった。

 

 そして、その魔法でボスを倒してしまったのか、ギミックを停止もしくは破壊したのか、亀裂は急速に閉じていき、やがて元通りの空となった。

 

「……えー」

 

 メリエルは、やっちまったと思った。

 あの強制転移は、もしかして勇者とそのパーティーメンバーを波の起きるところまで飛ばしてくれる便利機能だったのでは、と。

 

 そうと決まれば話は早い。

 

「メリエル様!」

 

 タイミング良く、ラフタリアも駆け寄ってきてくれた。

 メリエルはラフタリアの手を引っ掴んで、そのまま上位転移(グレーター・テレポーテーション)を唱え、その場から離脱。

 さらに転移先で転移門(ゲート)を開いて、さっさと元の場所へと戻った。

 

 

 

 

 

 

「やっちまった」

「え?」

 

 そこでメリエルはそうラフタリアに告げた。

 首を傾げる彼女にメリエルは端的に説明する。

 

「要するに、私を強制転移させるなんて相当なツワモノに違いない、きっとそうだ。だから、開幕から全力の装備で……」

「あっ……」

 

 ラフタリアも察した。

 ただでさえ、メリエルは規格外の力を持っているとラフタリアは日々のモンスター狩りで実感している。

 ドラゴンだろうが何だろうが、大抵はワンパンチで虫の息だ。

 

 そのメリエルが全力の装備で戦闘を行った。

 どういう影響がメルロマルクに出るか、またそこに留まらずに他国にまで波及するか、計り知れない。

 

「やってしまったことは仕方がないのでは……?」

「そうよね……まあ、次もまた同じようにすれば問題ない」

 

 転移、殲滅、そして逃走。

 それなら波にも対処しているので、文句が出ることはない。

 勇者とやらの役目を果たしているので。

 

「ただ、メリエル様。報酬などが出るようでしたら、受け取ったほうが……」

「えー、面倒くさい。どうせ端金だし、そもそも金塊を捨てる程持っているし、私も作れるし……」

 

 ラフタリアは溜息を吐いた。

 彼女個人としてはメリエルは優しいことは十分理解している。

 

 奴隷に対してここまでやる主人なんて、滅多にいないだろう。

 ラフタリアは毎日三食におやつまで美味しいものを食べ、夜は天蓋付きベッドでメリエルと一緒に並んで寝る。

 たまにメリエルが尻尾や耳でもふもふしてくるが、それくらいは罰にもならない。

 

 奴隷紋が発動したことも一度もなく、自分は本当に奴隷なのだろうか、とラフタリアはよく考える。

 

「勇者なので、人望とか色々と……」

「勇者は品行方正で、正義の味方みたいな感じじゃないと駄目なんでしょ? 私の柄じゃない」

 

 そう言われるとラフタリアも困ってしまう。

 確かにメリエルは普段の生活はともかく、モンスター狩りを見る限りだとバーサーカーなのである。

 

 ヒャッハー! モンスターだ! 殺せー! みたいなノリで。

 

 

「んー、まー、そーねー、あなたがそこまで言うなら行ってやらないこともないけどー」

 

 メリエルの言葉にラフタリアは何を考えているんだ、とジト目で見つめる。

 

「メルロマルクって三勇教ってのが主流で、その三勇ってのが剣と槍と弓なのよ。何でかというと、先代の盾の勇者が亜人に味方しちゃったもんだからね……」

「あー……」

 

 ラフタリアは何とも言えない顔になった。

 色々な事情があると察してしまった為に。

 

「私からすれば別に亜人だろうが何だろうが、大して変わりはないと思うんだけどね」

 

 メリエルの何気ない言葉にラフタリアは何だか嬉しくなった。

 こんな人がないがしろにされるなんて、という怒りも同時に湧いてきた。

 

 他の勇者達はどうか知らないが、少なくともメリエルは良い人だとラフタリアは思う。

 

「メリエル様、やはり行くべきです。訣別するにせよ、和解するにせよ、話し合いは大事です」

「話し合いは大事だけど、宗教ってのは厄介よ。本当に」

 

 メリエルはラフタリアに押される形で、メルロマルクの王城へと行くことに決めた。

 一応、盾を持った状態で。

 

 

 

 

 

 メリエルとラフタリアが王城へと到着すると、まだ村で戦っていた連中が帰ってきていないようなので、時間をおいてから来ることに決めた。

 勿論、それまでの間は戻ってモンスター狩りだ。

 

 夕方くらいに再度、城を訪れるとちょうど良いタイミングだった。

 兵士やメイドなど、すれ違う者達に嫌な顔をされたが、メリエルにとっては慣れっこだ。

 

 大規模な戦勝の宴、メリエルとラフタリアは端っこでオルトクレイの宴の始まりの挨拶を聞いて、並んだ料理の数々を食べ始めた。

 メリエルが1人で波をどうにかしたようなものだが、オルトクレイの挨拶では三勇者が鎮めたと言っていた。

 良い具合に現実と妄想を置き換えているようで、メリエルはますますこれはダメだと判断する。

 切り捨てるとなればメリエルはリアルでの職業柄早いものだ。

 

 

「美味しいですけど……」

 

 そんなことをメリエルが考えながら料理を食べているとは知らないラフタリア。

 メリエルが出してくれた料理には遥かに及ばないという顔だ。

 しかし、当のメリエルは美味しい美味しいとどんどん料理を平らげていく。

 その食べっぷりは見ていて気持ちが良い程だ。

 

「メリエル!」

 

 そんな声で呼ばれた。

 ラフタリアがそちらへと視線を向けると、怒り顔の男が1人。

 しかし、メリエルは気づいているのかいないのか、料理を食べる手を止めない。

 

 それがより男の怒りを煽ったのか、彼は片方の手袋を外してメリエルに投げつけた。

 それは顔に当たる直前でメリエルの手により掴まれた。

 

「何か用?」

「決闘だ!」

「決闘? え、マジで?」

 

 メリエルは思わず尋ね返してしまった。

 決闘――PvPを挑まれるのは本当に久しぶりだったが為に。

 

「あのー、やめたほうがいいですよー」

 

 ラフタリアはさすがに可哀想だと横から口を出すが、何故かその男――元康は爽やかな笑みを向けてきた。

 そして、再びメリエルを睨みつける。

 

「聞いたぞ! お前と一緒にいるラフタリアちゃんは奴隷なんだってな!」

「奴隷……だったっけ?」

「一応、奴隷だった気がします」

 

 メリエルの問いにラフタリアも自信なく答える。

 

「あー、そっか。じゃ、あとで奴隷じゃなくて、従者として雇用契約を結んでおこっか」

「あ、そうですね」

「元康、ありがとう。すっかり忘れていたわ」

「お、おう……って、そうじゃない!」

 

 元康は流されそうになったが、どうにか踏みとどまった。

 

「人は人を隷属させるもんじゃない! まして、俺達は異世界人で、勇者だぞ!」

「私の世界については教えたと思うけど……」

「そ、そういうことじゃなくて! ともあれ、勇者として相応の振る舞いをすべきだ!」

「強姦魔なので、勇者もへったくれもないのでは?」

「いや、認めるのかよ!?」

「認めるも何も、なんかそういうことになっているので。そういうことなんじゃない? 知らないけど」

 

 どこまでも他人事な言い方のメリエルに元康は埒が明かないと告げる。

 

「ともあれ、俺が勝ったらラフタリアちゃんを解放しろ!」

「じゃあ、私が勝ったら全裸で土下座して謝罪しろ」

「おうとも! 女だからといって手加減はしないぞ!」

 

 やる気満々の元康にラフタリアへとメリエルは視線を向ける。

 

 面倒なことになったでしょう、とそれには込められていた。

 ラフタリアは申し訳なさそうに軽く頭を下げる。

 

 そこで、オルトクレイが割って入った。

 

 

「話は聞かせてもらった! モトヤス殿が不服ならばワシが命じる! 決闘せよ!」

「ここでやるの?」

「庭だ。奴隷は決闘の賞品となる。故に参加は許可しない」

「当然ね。そちらはフルメンバーでも構わないわよ?」

「いや、俺が1人でやる!」

 

 メリエルの問いに元康はそう答えた。

 メリエルからすれば親切心でのことだったが、彼がそう言うのならばそれはしょうがない。

 

 というわけで城の庭にて、決闘が行われることになった。

 しかし、メリエルはタダでは受けてやるつもりはさらさらなく、どうせなら映像として、そして写真として残してやろうと幾つかのスクロールをこっそりと使用した。

 

 

 

 

 

「では、これより槍の勇者と盾の勇者の決闘を開始する! 勝敗の有無はトドメを刺す寸前まで追い詰めるか、敗北を認めること!」

 

 説明を聞きつつ、メリエルは盾を構える。

 単純に自分がどの程度、やれるか試してみようという魂胆だ。

 

「では、開始!」

 

 合図と共に元康が槍――というよりは矛を構えながら、メリエル目掛けて突進してくる。

 矛って槍の一種だったっけ、とメリエルは思いつつ、蝿が止まって欠伸でもしそうな程の鈍い突進に、タイミング良く合わせる。

 

「乱れ突き!」

 

 矛が瞬時に無数に分裂して飛んでくるが、メリエルからすればよくある攻撃の一つに過ぎない。

 

 盾で矛の穂先部分を全て弾き、そのまま盾を真っ直ぐに元康に向ける。

 矛を弾かれて大きく体勢が崩れた彼にメリエルはそのまま盾を持ったまま突進。

 

 元康の胴体に盾の前面がめり込み、嫌な音が周囲に響き渡る。

 後ろへとよろける彼へ、メリエルは追撃を行う。

 

 彼女は盾を元康の顔面に叩きつけた。

 彼は、ゆっくりと崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 観客達は静まり返っていた。

 誰も彼もが呆気に取られていた。

 

 盾の勇者が槍の勇者を圧倒した――

 その事実はあまりにも衝撃的だった。

 

 だから言ったのに、と結果が分かりきっていたラフタリアは呆れるしかなかった。

 

「こ、これは何かの間違いだ! 我が娘、マルティが選んだ勇者が……!」

「き、きっと盾の勇者がモトヤス様に毒か何かを盛ったに違いありません!」

 

 ラフタリアは宗教の厄介さをその言葉で何となく感じた。

 現実にメリエルが圧勝したのに、ラフタリアからすれば何を言っているんだ、という思いだ。

  

「え、マインって王女だったの?」

「マインとは気安いぞ! 我が娘のマルティだ!」

「あ、そうなんだ」

 

 納得した、とばかりにメリエルは頷きながら、微笑みながら告げる。

 

「それじゃ、私は帰るから。次の波のとき、また来てやるから咽び泣くほどに有り難く思いなさい」

 

 メリエルの言葉にラフタリアは慌てて彼女の傍へ。

 そして、メリエルは小声で転移魔法を唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな感じに、面倒くさいことになるって分かった?」

「ええ、よく分かりました。あと他の勇者達って弱っちいんですね……」

 

 メリエル程とまではいかないものの、それでもそれなりの強さはあるんじゃないか、とラフタリアは思っていた。

 しかし、蓋を開けてみれば何ということはない。

 メリエルの足元にも及ばない程に弱かった。

 

 槍の勇者だけでなく、剣と弓の勇者もあのとき、メリエルの速さに驚いたような顔だった。

 ラフタリアでさえ、決闘時のメリエルの速さは目で追えるくらいに遅かったのに。

 

「さて、ケジメをつけてもらわないとね」

 

 メリエルは、とても良い笑顔でそう告げた。

 ラフタリアは短い付き合いながらも、ろくでもないことを考えたのだな、と容易に想像がつく。

 

「何をするんですか?」

「ちょっとした娯楽を大衆に提供するだけよ」

 

 メリエルはそう言いながら、無限倉庫から幾つかのスクロールを取り出した。

 それの1枚を使用すれば、空中に浮かび上がる先程の決闘。

 

 そんなアイテムもあるんだ、とラフタリアは驚くが、メリエルがやりたいことに使うのは画像――様々なアングルから撮られた写真の方だ。

 

 思いっきりメリエルに顔面を叩かれて崩れ落ちる元康の姿が写っているものをメリエルは選択する。

 

「これをこっちの紙にやって……さ、ラフタリア。明日の朝までには間に合わせるわよ」

 

 そう言って笑みを浮かべるメリエルは勇者などではなく、やっぱり魔王がお似合いだとラフタリアは思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、メルロマルクの城下町をはじめとし、各地の村や街に大量のビラがばら撒かれていた。

 

 

 メルロマルクの王城での決闘は目撃者達も多かったが、盾が槍に勝つというのは信じられず、またそうなってしまっては都合が悪い。

 また、オルトクレイもメリエル達が帰った後、口外した者は処罰するとその場で宣言したこともあり、誰も口にはしていなかった。

 しかし、そんな思惑をぶち壊すようなビラだった。

 

 そのビラはフルカラーであり、また大きく写真が載っていた。

 写真という概念がなかった為に非常にうまく描かれた絵と人々には認識されたが、その絵に描かれた内容が大問題だった。

 

 それはメリエルが思いっきり元康の顔面に盾を叩きつけているものだ。

 

 そして、ビラの見出しはこうだ。

 

 本紙独占!

 槍の勇者、盾の勇者に圧倒される!

 オルトクレイ王、マルティ王女、結果を受け入れられず現実逃避――!

 メルロマルクは大丈夫か? 

 

 発行者:るし★ふぁー

 

 

 

 あっという間に国中に決闘のことは伝わった。

 見出しとは裏腹に記事の内容は比較的真面目であったが、三勇教と王室への批判と皮肉がこれでもかと込められていた。

 

 たちまちのうちに、噂好きの民衆は決闘について、そして結果を受け入れられない王と王女について、盾の勇者について、好き勝手に話題にし始めた。

 

 

 オルトクレイは激怒した。

 必ずや邪智暴虐のビラの発行者、るし★ふぁーとやらを処刑してやらねばならぬ、と。

 

 彼はすぐさまそのビラは偽情報であり、廃棄するよう命じたが、民衆がこれほど面白い娯楽を手放すわけがない。

 また、オルトクレイの命令は当然、一瞬で国中に伝わるものではない。

 

 一夜にして国中にばら撒かれたビラを回収し、廃棄するなど到底不可能であり、また厄介なことに国境を跨いで商売をする商人達にもそれらのビラが配られてしまったことだ。

 

 一国の王と王女が結果を受け入れられずに現実逃避――オルトクレイの過去を知っており、今の彼は愚者を演じているだけだと信じる者も多くいたが、このビラにより本当に愚者になってしまったのではないか、と疑う者が多くなった。

 

 またこれにより、隠蔽していた重大な事実が商人達により他国に伝わるのも時間の問題になってしまった。

 メルロマルクが勝手に四聖召喚をしたことだ。

 

 メリエルはたった1枚のビラを作り、それを複製してばら撒くことでメルロマルクの外交関係と民衆の王室への支持を危機的な状況に追い込んだ。

 だが、これは彼女がリアルで仕事の一つとしてやっていた扇動工作をちょっとだけやったに過ぎなかった。

 

 

 

 




メリエル「盾が最弱? 役立たず? タゲ取りとタゲ固定、誰がやるんですか^^;」
三勇者「」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ガチャにおけるデスティニー・ドローとわんこの購入とその躾

微グロあり。


 

「面白いことになってるわねー」

 

 メリエルはのほほんと奴隷商に告げた。

 奴隷商の方は引きつった笑みをしながら、曖昧な返事をする。

 彼には誰がビラを作って撒いたか、言われなくても分かってしまったが為に。

 

「メルロマルク、下手をすれば滅びますよ?」

「滅びたら私が君臨してあげるわよ。今の連中より、税率は下げるわよ?」

「……それは嬉しいんですが……」

 

 滅ぼすことに対して、色々と思ったりはしないんですかね、と奴隷商は尋ねたかったが、この調子だと蟻の巣を1つ潰しただけでしょ、というような答えが返ってきそうで怖かった。

 

「ちなみに、本気を出せば1ヶ月以内にメルロマルク対周辺国全部みたいな戦争を引き起こせると思う」

「我々の商売もつらくなるんで、勘弁してください」

 

 奴隷商は本気で頭を下げた。

 メリエルはけらけら笑う。

 

「で、メリエル様は今回はどのような?」

「モンスター狩りの休憩に。何か良いのない?」

 

 奴隷商からすれば最上級の客だ。

 だが、下手な対応をすれば物理的に首が飛ぶ。

 

 もう彼女に対してぼったくることは絶対にやめよう、と彼は心に誓った。

 

「ちなみにですが、どのようなものを?」

「女で、忠誠心とかそういうのがいい感じに根付くようなのが欲しい」

 

 また随分と難しい注文だと思いつつ、奴隷商は思い当たる輩がおり、両手を叩いた。

 

「一応、いるにはいます。ウルフ種の少女ですが……」

「ですが?」

「廃棄品ですよ。1年前に大きな犠牲を払って捕獲したらしいのですが、ウルフ種というのは見た目の美しさ、戦闘能力の高さから貴重で……」

「つまり?」

「1年で死にかけです。強気な女を屈服させるのが大好きというご趣味の方々が購入したので」

「現在の状態は?」

 

 興味を持ったらしいメリエルだが、奴隷商は流石に気が引けた。

 

「相当にアレな状態ですよ?」

「構わないわ」

「私は警告しましたからね」

 

 予防線を張って、奴隷商は案内をすることにした。

 

 

 メリエルが案内されたのは檻が立ち並んだあの区画よりも更に奥。

 腐敗臭と死臭の混ざりあった独特な嫌悪感のある臭いが立ち込めており、照明も数える程にしかない。

 そこで奴隷商が従業員に指示し、そのウルフ種の少女を引きずってきた。

 常人ならば目を背け、そして吐き気を覚えるような状態だった。

 

「ご覧の有様です。正直、これを買うなら、その金で安酒でも呑んだ方がマシですよ」

 

 奴隷商はそう告げたが、メリエルは真剣な顔で女を見つめる。

 

「正確な状態は?」

 

 問いに奴隷商は肩を竦める。

 物好きなもんだ、と。

 ともあれ、求められたからには彼は説明を開始する。

 

「片目は抉り取られ、もう一方は潰されています。顔全体に火傷の痕、歯は危険であった為に捕らえられたときに全て抜かれているそうです。自殺防止用に猿ぐつわを噛ませていますが、もう口を動かす力はないでしょう」

「それで?」

「四肢は二の腕、膝から下を切り落とし。ボロ布で覆われていますが、乳房も片方は切り取られ、もう片方も腫れ上がっています。特徴的な耳もどちらも半分くらい切り取られています」

「髪も無造作に引き抜かれた感じね。他は?」

「全身に鞭打ちの痕、性器は勿論、排泄器官は完全に壊されている為、排泄物は垂れ流しです」

 

 道理で臭いがするわけだ、とメリエルは納得する。

 

「経歴は? 部族とかそういうの」

「正確な部族は分かりませんが、もう生き残りは彼女しかいません」

「理由は?」

「どうにか捕獲できたのが彼女だけで、他は殺すしかなかったそうなので。族長の娘らしいですよ。歳は10代半ばだとか」

 

 なるほど、とメリエルは頷く。

 

「ウルフ種を勧めてきた理由は?」

「長と認められれば、己の命を掛けて尽くしてくれますよ。非常に難しいですけど」

「あなたの知る限り、人間を長としたケースは?」

「ありませんね。ウルフ種の方に殺されるか、もしくは主が耐えられずにウルフ種を殺すなり壊すなりしますので」

「買った。いくら?」

 

 メリエルの言葉に奴隷商は数秒の間をおいて、告げる。

 

「廃棄品ですので、割引しまして、銀貨500枚でどうでしょうか?」

「適正な値段?」

「私の商売人生に賭けて適正です」

 

 メリエルはじーっと奴隷商を見つめて、納得したのか頷いた。

 

「銀のインゴットでいい?」

「……できれば通貨の方がいいのですけど、まあ、手数料ということでそれで」

「商談成立ね」

 

 メリエルは銀のインゴットを一つ作り出して、奴隷商へと渡した。

 

「……どうやって連れて行きます?」

「背負っていくわ」

 

 そう言って、メリエルは汚れるのも構わずに少女を背中に背負った。

 臭いがキツイが、メリエルは顔を顰めることもない。

 

 その胆力に大したものだ、流石勇者と奴隷商は妙なところで感心してしまう。

 そこでメリエルは思い出したように、盾を取り出してウルフ種の少女の血液やらを吸わせ、奴隷商に尋ねる。

 

「ちょっとそこらに落ちている色んな奴隷の血液とか毛とかもらっても?」

「あ、一応、勇者らしいことはされているんですね」

「強化する術があるなら、実行する。当たり前じゃない」

 

 奴隷商としても、別に断る理由もない。

 上客へのサービスだ。

 とはいえ、ただ伝説の武器を強化するというだけで、勇者らしいと形容されてしまうくらいにはメリエルは魔王っぽいが奴隷商はおくびにも出さない。

 

 メリエルがそこらに落ちている毛や血液などを盾に吸わせ終えた後、奴隷商は尋ねる。

 

「ついでに我々の表の商売も見ていきますか? 魔物商なんですよ」

「ええ、見ていくわ」

「それと魔物の卵くじというのがあるんですが……」

「ガチャ! ガチャね!? 回す! ガチャ回す!」

「あっはい、分かりました」

 

 急にテンションが高くなったメリエルに不思議な人だなぁ、と奴隷商は思いつつ、そちらへと案内した。

 

 

 

「当たりは?」

「騎竜ですね。飛行タイプなので、人気ですよ」

「確率は?」

「250分の1です。あ、全部買うとかそういうのは勘弁してください。こちらも商売なので」

 

 メリエルは舌打ちをこれみよがしにしてみせる。

 その反応に奴隷商は考えていたんだな、と冷や汗が流れる。

 

 メリエルの財力がどの程度なのか、男は全く分からなかった。

 

「他には?」

「フィロリアルとかですかね。あれも便利ですよ」

 

 どういう手段であなたが移動をしているのか知りませんが、という言葉が出そうになったが、何とか奴隷商は飲み込んだ。

 気になるところだが、余計な詮索は命に関わりそうだった。

 

「じゃあ2つね。これまで数多の外れに嘆いたのは今、ここで幸運を発揮する為!」

 

 前にくじで大負けした時があったのだろうか、と奴隷商は思いつつ、何を選ぶかじっと見守る。

 

「これが私のデスティニー・ドロー!」

 

 うおおお、と無駄に声を上げて、メリエルは右側にある1個と中央にある1個を選び取った。

 奴隷商もそれが何の卵かまでは流石に把握していない。

 当たりは入れてあるが、どれがそうかまでは帳簿で確認しなければ彼も分からなかった。

 

「では、その卵に記されている印に血を落としてください」

 

 とにもかくにも利益が出たのはいいことだ、と奴隷商は手続きを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで買ってきた」

「えぇ……」

 

 ラフタリアは困惑した。

 ふらっと出かけたと思ったら、死にかけでかつ、悲惨な状態の亜人と孵化器に入った卵を2個持ってきたのだ。

 

 どうしてそうなったんだ、という疑問しかない。

 

「奴隷商のところに?」

「暇だったので。あ、勿論、変装して色んなものを買い集めてきた」

 

 変身系のアイテムを使えば姿形を変えることなど容易い。

 老若男女、様々な者に変身してメリエルは食料や飲料、薬草類、武器や防具に魔法の書物などなど、大量に購入していた。

 ラフタリアからすれば武器や防具類はメリエルが持っている神話に出てきそうなもので十分だと思うのだが、どうもそういうわけにもいかないらしい。

 ただ単にメリエルがコレクター気質で、異世界の武器や防具というだけで買い集めているなどとはラフタリアには想像もつかなかった。

 

「で、どうするんですか?」

「治す。でもって、部下にする」

「ウルフ種って誇り高い種族と聞いたことがありますけど……大丈夫ですか?」

「何とかなるから平気」

 

 本当に大丈夫かなぁ、とラフタリアは思ったが、メリエルなので大丈夫だろうという妙な安心感が湧いてきた。

 

「私に使ったようにエリクサーですか?」

「いいえ、今回は巻き戻し薬ね。名前の通りに時間を巻き戻して、状態を回復させる薬。エリクサーよりも貴重だけど、私は捨てる程に持っている」

 

 さりげなくすごいだろ、というアピールをしてくるが、ラフタリアは慣れたもの。

 最初こそ驚いていたものの、1週間もすれば感覚が麻痺して、適当に流せるようになってしまったのだ。

 

「あ、そうですか。じゃあ、私はモンスター狩りをしてくるので」

 

 つれない反応にメリエルはブー垂れた。

 

 

 

 

 メリエルが薬を使ってウルフ種の少女を治すと、すぐさま喉に噛みつかれた。

 思いっきり力を込め、噛み千切ろうとする少女。

 しかし、全く噛み千切れなかった。

 

 喉に食いつくことはできた。

 だが、どれだけ力を込めて引っ張ろうとも、皮膚がちょっと伸びる程度であり、痛みを与えることすらできない。

 

「じゃれついちゃってまぁ……」

 

 よしよし、と少女の頭を優しく撫でるメリエル。

 少女の銀色の髪はさらさらで、手触りが良くメリエルからすれば心地が良い。

 

 対する少女はメリエルに対して全力で殴ったり蹴ったりするが、先程と同じだ。

 メリエルに当たることは当たるが、そこらの人間ならばミンチになってもおかしくはないのに、当たっただけでメリエルには何の害もない。

 メリエルからすればそうする度に少女の胸が揺れるので眼福だ。

 10代半ばと聞いていたが、少女の容姿はかなり良い部類だった。

 

 とはいえこれでは会話もできない、とメリエルは判断する。

 

 「仕方がないわね、少し付き合ってあげるから」

 

 メリエルはその場にどっこいしょ、と座り込んだ。

 少女はその頭に噛み付いた。

 

 

 

「……えっと、メリエル様。何をされているのですか?」

 

 ラフタリアは困惑した。

 モンスター狩りから戻ってきたら、少女がメリエルの頭に噛み付いていたからだ。

 メリエルの顔や体、地面には少女の唾液と思われるものが大量に付着している。

 

「遊んで欲しいみたいなので」

「はぁ……そうですか……」

 

 誇り高いウルフ種って聞いていたが、意外とそうでもないのかな、とラフタリアはそんなことを考えてしまう。

 頭を噛みつかれて何のダメージもないという点に関してはメリエルだから、という理由でラフタリアには納得できた。

 

「ご飯はどうします?」

「先に食べちゃって。この子が満足するまで付き合ってあげるのも大人の責務」

 

 というわけでラフタリアは先にご飯を済ませることにした。

 

 

 

 その会話から3時間程して、ようやく少女はメリエルから離れた。

 

 

「お前は何者だ!」

「盾の勇者だ」

 

 メリエルは証拠として無限倉庫から引っ張り出して、盾を提示してみせた。

 すると、少女は納得したのか、頭を下げた。

 

「盾の勇者様だとは知らずに、ご無礼を……」

「シルトヴェルトの人?」

「いいえ。しかし、伝説についてはよく……」

「ふーん……で、もう遊ばないの?」

 

 メリエルの問いに少女は項垂れた。

 殺す気であったのに、と。

 むしろ、そうだからこそ、只者ではないと少女が理解する原因にもなった。

 

 盾の勇者は防御力に優れていると伝説にあったからだ。

 

「ま、こっちとしてはそこらはどうでもいい。やりたいことは、私をあなたに長と認めさせたいわけよ」

 

 メリエルはそこで言葉を切り、にこりと笑った。

 

「だから、あなたの復讐、叶えてあげる」

「……え?」

 

 少女は呆気にとられた。

 

「実行犯とあなたを買った、私以外の連中ってことでいいかしら?」

 

 問いに少女は軽く頷くとメリエルはうんうんと何度も頷いた。

 

「じゃ、強制転移させるから。うまくぶっ殺しなさいよ? 一族全ての怒りと悲しみと憎しみとその他諸々を込めて」

 

 盾の勇者ってすごい――

 

 ウルフ種の少女は非常に誤った認識を持ってしまった。

 そして、メリエルは流れ星の指輪をつけて、ウィッシュ・アポン・ア・スターを発動した――

 

 

 

 

 

「強いなー」

 

 すっかりメリエルとラフタリアは観客と化していた。

 実行犯である合計30人くらいの屈強そうな戦士達や魔法使い達、そして少女を買ったメリエル以外の買い主達。

 全員、人間だった。

 幸いにも奴隷商は召喚されていなかったので、彼は仕入れて売るというだけの役割だったのだろう。

 

 強制召喚させられた彼らは訳も分からないまま、一方的に少女により嬲り殺しにされていた。

 メリエルにより結界が張られている為、獲物は逃げることは叶わない。

 だからこそ、獲物達には死あるのみだ。

 

「凄いですねー」

 

 ラフタリアも凄惨な光景にも関わらず、のほほんとしていた。

 少女が味わった絶望と憎しみと悲しみを思えばこそ、止めるようなことはしない。

 

「そういえばウルフ種って人間を食べるの?」

「食べませんよ。肉食ですが、人間や亜人、獣人とかは食べません」

「そうなんだー」

 

 のんびりと会話を繰り広げていると、敵の腸を少女がぶちまけていた。

 

「……本当に食べないの?」

「……ちょっと自信がないです」

 

 その様子に問いかけるメリエル、ラフタリアも困った顔だ。

 そんな感じでおよそ1時間程で全ての獲物は少女により狩られた。

 

 全身が返り血で真っ赤に染まった少女にメリエルは無限の水差しとタオルを差し出した。

 

「体、清めて頂戴。そしたら、ご飯を食べましょう」

 

 メリエルの言葉に少女は小さく頷いた。

 

 

 そして、身を清めて綺麗になったところで、少女はお腹を見せるような形で寝そべった。

 

「勇者様、あなたに全てを捧げます」

 

 ラフタリアは物凄い目でメリエルを見つめた。

 何をさせているんだ、と。

 メリエルは私は何もやっていないと首を左右に振る。

 

 すると、そこで少女が助け舟を出した。

 

「ウルフにとって、この格好は抵抗や反抗の意思が完全にないことを意味します。あなたに私の命を捧げましょう」

「あっ、服従のポーズ……」

 

 言われて、メリエルは心当たりがあった。

 彼女は飼ったことがなかったが、飼い犬が主人に対してお腹を見せることがあるらしい。

 それをするのは犬が主人と認めた場合のみだとか。

 

「そういうことだったんですね」

 

 ラフタリアの誤解が解けたところで、メリエルは両腕を組んで、にやりと笑みを浮かべた。

 

「ええ、あなたの忠誠を受けましょう。私はメリエル。あなたは?」

「私はヴィオラです」

「そう、ヴィオラ。じゃあ、歓迎の意を示して……」

 

 メリエルは無限倉庫からユグドラシル産の極上霜降り肉(1ポンド)を取り出した。

 ヴィオラの視線がその肉に釘付けとなった。

 

「待て!」

 

 すぐさま、ヴィオラは服従のポーズから一転して、正座した。

 銀色の長い尻尾がこれでもかと振られている。

 

「待て、待て、待て……」

 

 どんどん前のめりになっているヴィオラ。

 しかし、メリエルは躾が大事だとどっかで聞きかじった知識から、待てと告げる。

 そして20秒くらい経ったところで、メリエルは遂に許可を出す。

 

「よし!」

 

 ヴィオラに向けて肉を放り投げた。

 瞬時に彼女はジャンプして放り投げられた肉をキャッチ。

 そのまま満面の笑みで肉を咀嚼する。

 

 あまりにも幸せそうな顔にメリエルとラフタリアは和んだ。

 

「美味しい!」

 

 よく味わって飲み込んだヴィオラの目はきらきら輝いている。

 

「私のものになった以上、あなたは毎日三食とおやつで美味いものを食べる権利があるわ。遠慮せず、食え」

 

 ヴィオラは幸せのあまりに身を震わせた。

 ラフタリアは自分も同じだった為、ヴィオラの気持ちが分かるとばかりに何度も頷いていた。

 

 

 

 

「ラフタリア、メリエル様って……何?」

「盾の勇者兼大魔王ってところですね」

 

 食事も済んで、ヴィオラのレベリングをしようということでメリエル達は適当な狩場に赴いた。

 基本的にメリエル達がいる未開の場所はモンスター達による生存競争が激しい為、例えばメルロマルクの城下町周辺とは比べ物にならない程に強いモンスター達しかいない。

 ヴィオラであっても1匹1匹が手こずりそうなモンスター達であったが、メリエルはそんなモンスター達をワンパンチで虫の息にしてしまう。

 

 ヴィオラとラフタリアはそんな瀕死のモンスター達にトドメを刺して、ラクラク経験値をゲットという寸法だった。

 しかもここにメリエルの盾とユグドラシルのアイテム、装備による経験値ブースト。

 ぐんぐんとヴィオラのレベルが上がる。

 

「盾の勇者ってよりも大魔王の方が強そうじゃない? 名前的に」

「それは、そうですけど……」

 

 メリエル本人の言葉にもヴィオラは何となく納得がいかない。

 彼女からすれば自分の体を治してもらい、更には復讐を手伝ってもらった、恩人なのである。

 まさに勇者だった。

 

「ヴィオラさん、振る舞いを見ていれば勇者よりも大魔王って分かりますよ」

「そーゆーもんなの?」

「そーゆーもんです」

 

 そんな会話をしながらも、どんどんレベル上げは進む。

 ある程度狩り終えたところで、メリエルは2人に向かって告げる。

 

「レベルだけ上げても、技術が追いついてこないから、そろそろ私と戦おっか」

 

 にっこりと笑ってそう言われ、ラフタリアとヴィオラは互いに顔を見合わせた。

 

 ドラゴンとかをワンパンで瀕死にさせる輩を相手に回して戦う?

 

 無理無理とラフタリアとヴィオラはすぐに首を左右に振るが、メリエルは戦闘に関してはシビアだ。

 

「ダメ。ちゃんと手加減するし、死にかけたら回復するから。それと即死を防ぐアイテムも使うから」

 

 だから、とメリエルは続ける。

 

「死ぬ気で、掛かってきなさい」

 

 ラフタリアとヴィオラは逃げられるわけもなかった。

 

 

 

 

 

 数時間後、疲労困憊で倒れ伏すラフタリアとヴィオラの姿があった。

 彼女達は一撃で自分の体がバラバラになるくらいのパンチやキックを何度も食らったが、メリエルにより時間制限付きだが、必ずHP1で耐えるアイテムを何度も使用され、あまりの激痛により死んだほうがマシの状況を味わった。

 だが、死にはしないが気絶することはできる。

 しかし、それもメリエルによりすぐに意識を回復させられてしまう。

 

 地獄を味わった結果として2人のメンタルは、とても強くなった。

 

 

 ぴこーん

 

 ラフタリアのレベルが上がった!

 ヴィオラのレベルが上がった!

 

 2人はスキル:不屈の闘志を獲得した!

 

 

 そんな表示を見てしまったメリエルは考えた。

 これ、私と戦った方が速く強くなるんじゃね、と。

 

 モンスターを相手にワンパンするのと、成長を見ながらラフタリアとヴィオラを鍛えるのでは後者のほうがまだ楽しいだろう。

 

「何なら、ユグドラシルのワールドエネミーとかを湧かせて戦わせるのも面白そうね。2人がやれるところまでやった後は時間は掛かるけど、私が処理すればいいし」

 

 とりあえずストーリーのラスボス、九曜の世界喰いなら、ソロで5分で倒せるから、2人のチュートリアルにちょうどいいだろうとメリエルは考えた。

 

 幸か不幸か、ユグドラシルにおけるワールドエネミーや各種レイドボス、はては通常の雑魚敵とエンカウントする為のアイテム類をメリエルはたっぷりと持っていた。

 ユグドラシル末期に実装されたイベントなどを省略して、アイテムを使用するだけで戦える優れものだ。

 

「何なら、波に対してワールドエネミーをぶつけてみるのも面白そう」

 

 世界の脅威に対抗するには世界の脅威をぶつけるのが一番だろう、とメリエルは考えた。

 

「とりあえず、これからが楽しみね」

 

 メリエルは大満足だった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠慮せず、食え……!

 

 

 

「この見た目はフィロリアルとドラゴン……私は見事に運命を引き当てたのだ!」

 

 メリエルは歓喜していた。

 目の前で餌を貪り喰う雛2匹。

 

 彼女はこれでもかとユグドラシルにおける様々な餌――ペット専用の色んな経験値ブーストが掛かるものや能力値を上昇させるバフが掛かるものなど――を2匹に与えていた。

 

 物凄い勢いで食べていくが、メリエルは少しでも減るたびに追加しているので、まったく無くなる気配が見えない。

 

「こんなに勢い良く食べるものなんですか?」

「分からない……」

 

 ラフタリアとヴィオラは不思議なものを見るような目を雛2匹に向けているが、メリエルは全く気にしない。

 本物の異世界の生物をペットにできた、という事実に彼女は興奮していた為に。

 

 なんかピキピキという変な音が聞こえるが、成長の音だとメリエルは確信していた。

 事実、徐々に雛2匹は大きくなってきているのだ。

 

「この調子なら、すぐにでっかくなりそうね」

 

 鞍とかそういうのも選んでおこう、とメリエルは楽しみだった。

 

「あのー、メリエル様。大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫」

 

 ラフタリアが尋ねるも、メリエルは手をひらひらさせてそう返す。

 ヴィオラも肩を竦めてしまう。

 

 いくら何でも成長が速過ぎるんじゃないか、というもっともな疑問だったが、メリエルは全く気にしなかった。

 

「さ、あなた達も2匹に負けないくらいに成長しないとね」

 

 矛先が自分達へ向いた。

 メリエルからは逃げられないので、2人は渋々、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 ラフタリアとヴィオラがメリエルにフルボッコにされている間、それぞれの雛は山となっている餌を食べ続けた。

 ユグドラシルアイテムによる様々な補正と更にメリエルが発動しておいた盾による成長補正が掛かり、2匹の体はどんどん大きくなっていく。

 

 

 数時間後、模擬戦という名のシゴキを終えたメリエルが戻ってくると山となっていた餌はすっかりと無くなっており、代わりにすっかり大きくなった2匹がいた。

 もはや手乗りなどではなく、1mくらいはありそうだ。

 まだ誕生して半日程度しか経っていないにも関わらず。

 

 手乗りサイズはそれはそれで可愛いんだけどな、とメリエルはちょっと悲しみを覚えたが、飼い主として成長を喜ぶべきだと思っていると2匹はお腹がいっぱいになったのか、メリエルにじゃれついてきた。

 

 突っついたり、甘噛みしたり、体からピキピキという音を響かせながら。

 

「よーし、このメリエルが存分に遊んでやろう!」

 

 メリエルは気分良く、2匹と遊び始めた。

 勿論、ただ遊ぶだけではなく、文字や言葉の勉強もやってみよう、モンスター狩りもやってみせよう、と。

 

 ユグドラシル産ペット用のお菓子を2匹に与えながら、メリエルは遊びに遊んだ。

 

 

 ラフタリアとヴィオラの2人が歩ける程度にまで回復してメリエルと2匹の様子を見に来たとき、2人は唖然とした。

 2mくらいのサイズになったフィロリアルとドラゴンがメリエルと遊んでいた。

 騎竜を引き当てた、とメリエルは言っていたが、まだドラゴンもフィロリアルも成長する気配があった。

 

 事実、目を凝らして見ていると、数分ごとにちょっとずつ大きくなっているような感じがあった。

 ピキピキという謎の音――おそらく骨が成長していく音も聞こえる。

 

 

 しかし、ラフタリアもヴィオラももう疑問に思うことはやめた。

 

 何かあったらメリエルが責任を取るだろう、と。

 自分達はメリエルの奴隷――メリエルが忘れていた為、ラフタリアはまだ奴隷紋を解除されていなかった――であるので、最後に責任を取るのはメリエルだと。

 

 中々良い根性を身に付けつつあった。

 

 

「フィロリアルとドラゴンって仲が悪かった筈なんだけど……」

「仲、良さそうですね……卵から育てているのが幸いしたのでしょうか……」

 

 常識をぶち破るように、フィロリアルとドラゴンがメリエルにじゃれついて遊んでもらっていた。

 フィロリアルがドラゴンを邪険にすることも、その逆も全く無い。

 

「とりあえず、ご飯でも作りましょうか……」

 

 既製品ばかりではダメというメリエルの謎のお達しで、ここ最近は食材から調理することが多い。

 単純にメリエルがユグドラシルにはないオリジナル料理を求めたという個人的な理由からだったが、そんなことはラフタリアもヴィオラも知らない。

 

 ともあれ、食材や調味料はユグドラシルのものにしろ、この世界のものにしろ、メリエルが提供するので非常に豊富だった。

 

「私はお肉が食べたい」

「手伝ってくださいね?」

 

 メリエルもヴィオラも大食いだった。

 メリエルは主だから仕方がないにしろ、ヴィオラに対しては同じ立場なのでラフタリアが遠慮することはなかった。

 

 

 そして、夕飯も終わり、すっかり夜の帳が下りた頃。

 フィロリアルとドラゴンは3m近くまで成長していた。

 ラフタリアもヴィオラもドラゴンはともかく、フィロリアルの異常な成長に見て見ぬ振りをした。

 これまでにメリエルが山ほど与えた餌が影響しているんじゃないか、という疑惑があったが、ともあれ責任を取るのはメリエルだと己に言い聞かせて。

 

 

 当のメリエルはフィロリアル――フィーロと名付けた――の体に抱きついて、背中からはドラゴン――ティアと名付けた――に抱きつかれて眠った。

 

 

 

 翌朝、メリエルは目が覚めて、感動した。

 抱きついて寝ていた筈のでっかいフィロリアルが羽の生えた少女に、抱きつかれていた筈のドラゴンが角と尻尾と翼が生えた少女になっていたのだ。

 

 明らかにフィロリアルもドラゴンも通常の個体とは大きく異なっていたが、ユグドラシルのアイテムと盾の成長補正が何かおかしなことになってこうなったのだろう、とメリエルは判断した。

 

 

 

「いいのこれ?」

「いいんじゃないでしょうか……」

 

 ヴィオラとラフタリアは呆れ顔だった。

 おかしいとは思っていたが、ここまで想像の斜め上だと、どう反応していいか分からない。

 

 2人の目の前には、嬉々としてユグドラシルの色んな餌を少女2人に食べさせるメリエルがいた。

 フィーロにしろ、ティアにしろ雑食で何でも食べるのだ。

 

「好き嫌いはダメよー」

 

 メリエルの言葉にご飯を食べながらも、はーい、と仲良く返事をする2人。

 何だかなぁ、とラフタリアもヴィオラも微妙な顔だった。

 

 

 食事を終えたところで、メリエルは日課となっているモンスター狩りをまず行うことにした。

 今回からフィーロとティアの2人も連れていき、レベリングを実行する。

 

「ご主人様、つよーい!」

「つよーい!」

 

 メリエルがワンパンで何でもかんでも瀕死にしていくのを見て、2人は目を輝かせた。

 

「はい、これ、トドメを刺して」

 

 メリエルの指示に従い、2人は瀕死のモンスター達にトドメを刺していく。

 どんどんレベルアップする2人、メリエルは調子にのって、どんどんモンスターを瀕死にしていく。

 ヴィオラとラフタリアの2人も、参加している為、明らかにモンスターを処理する速度は以前とは比べ物にならない。

 

 あっという間にモンスターを狩り終えてしまい、いよいよメリエルとの模擬戦だ。

 今回は4人を相手にすることであり、ラフタリアとヴィオラも中々良い感じに仕上がっていること、フィーロとティアの種族による生来の能力の高さなどから、メリエルとしても楽しみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、模擬戦は数時間に及んだが、ラフタリアとヴィオラだけで戦っていたときとは比較にならない程にその戦闘範囲が広がってしまった。

 メリエルは山が2つ程消えてしまったことを嘆いた。

 

 フィーロもティアも本来の姿に戻って好き放題に暴れ回った為に。

 とはいえ、2人はメリエルから見れば力を持て余し気味で、もったいなく感じてしまう。

 

 これからちゃんと仕込んでいかなければ、と決意をしつつ、あんまり目立たなくなってしまったラフタリアとヴィオラについて思案する。

 

 弱いわけではないが、やっぱりフィーロとティアのインパクトが強すぎた。

 というか、連携も何もあったものではなく、暴れまわるフィーロとティアの流れ弾を避けるに精一杯という具合だった。

 

 瀕死で耐えるアイテムを使っているが、それを頼りに闇雲に突っ込んでこないのは評価できるところであったが、それでもこれはダメだった。

 

 連携訓練を重点的にやっていこう、とメリエルは判断を下した。

 

 

 そんなわけで夕飯を終わらせ、一日が終わろうとしている中、メリエルは1人、とある実験を行おうとしていた。

 ユグドラシルのアイテムを盾が吸収して、何かしらの力を得ることは確認済み。

 

 またウェポンコピーという能力で盾をそのまま変化させることができる。

 

 ということはすなわち――

 

「ぐへへへ……奴らの盾をコピーすれば……」

 

 親交のあったタンク役の廃人連中、そいつらが使っていた盾。

 それをコピーしようという魂胆だ。

 幸いにもそういう装備もメリエルは入手していた。

 単純にマーケットに放出されていた為に。

 

 というわけで、メリエルは片っ端からウェポンコピーでユグドラシルにおける神器級のシールドをコピーしていく。

 

 ピコンピコンと通知がうるさいが、盾の種類は多い為、一々確認する暇もない。

 

「純粋にこの盾、肘のあたりにくっつけておけば別の盾に変化させることができるから、普通に使えるのよね」

 

 やり方としては単純で、基本的に邪魔にならないように小型の盾に変化させておいて、ヤバイ攻撃が飛んできたら瞬時に対応するものに変化させて防ぐというもの。

 

 メリエルは、そこで思い至った。

 

 あれ、これ、私の防御、硬すぎない?

 

「また最強に一歩、近づいてしまった」

 

 メリエルは怪しく笑いながら、どんどん神器級の盾をコピーしていく。

 そんな具合に、全ての盾をコピーし終えたのは夜更けであった。

 

 しかし、ここで彼女は更にあるものを盾に吸収させる。

 

「昔は入手が大変だったけど、サービス終了のときはもう一山幾らのレベルに……」

 

 七色鉱や熱素石などのそういった素材系を盾に吸収させていく。

 サービス末期に七色鉱の入手にモモンガと向かったことがあったが、妨害どころか、そもそも他のプレイヤーを見かけることすらなく、普通に入手できてしまった。

 2人して、ユグドラシルの終わりを感じたときであった。

 

「七色鉱とかをフィーロやティアに食べさせたら、どうなるのかしら。虹色に輝いたりして」

 

 メリエルはそんなことを言いながら、手持ちの素材をどんどん盾に吸収させていった。

 そうこうしているうちに、お日様が顔を出し始めており、夜通しの作業になってしまったが、一切の疲労を感じていない。

 むしろ、自分はまだ強くなれるんだ、という高揚感があった。

 

「さ、今日もまた模擬戦とモンスター狩りね」

 

 もうちょっとしたら、メルロマルクの様子でも見に行ってこようかしら、とメリエルはビラの効果を楽しみにしていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メルロマルクの攻略ルート、あるいは行く末

 

 オルトクレイは絶体絶命とまではいかないものの、かなり危険な状態にあった。

 それは彼個人のものではなく、メルロマルクという国家そのものだ。

 

 メリエルによりビラが撒かれて2週間程が経過しており、近隣諸国から続々と使者が訪れていた。

 四聖召喚を行ったのか、何故隠蔽していたのか、何故、盾の勇者と槍の勇者が決闘しているのか、などなど。

 そういった疑問を使者達はそれぞれの上役から書状として託されていた。

 

 ビラに書かれた真偽を正式に国として確認しようという魂胆だ。

 

 不気味なことに、盾の勇者を崇めているシルトヴェルトからは使者が来ていない。

 何を企んでいるんだ、とオルトクレイとしては思うも、シルトヴェルトよりも実際にやってきている使者達の対応が先だった。

 

 とはいえ、四聖召喚を行ったことのみオルトクレイは認めた。

 四聖召喚をしたことは事実であり、勇者の存在も他国はともかく、メルロマルク国内には知れ渡っている為、召喚の隠蔽はもはや不可能。

 隠蔽していたことは時期を見て発表するつもりだった、という返事でお茶を濁すしかない。

 

 決闘とかその他諸々のことは偽情報だ、という一点張りでオルトクレイは押し通すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……乗り換え時かしら」

 

 マインことマルティは自室でそう呟いた。

 

 ビラをばら撒いたのは、るし★ふぁーというふざけた名前であったが、あの場において、こういうことをして利益を得ることができるのは1人しかいない。

 

 メリエルが何かしらの手段を使って、やったのだろうとマルティは予想がついていた。

 オルトクレイは知らないが、マルティは知っていることがある。

 メリエルの桁外れの移動速度と非常識な強さだ。

 

 明らかに盾の勇者が持ち得る能力ではない。

 

 

 元康のパーティーメンバーであるマルティであったが、正直なところメリエルの強さを知っていたので、元康は顔が良くて扱いやすいだけの男でしかない。

 彼はメリエルが戦っていた――というよりも虐殺していたモンスターよりも弱いモンスター相手に苦戦しながらも勝利するという程度なのだ。

 

「それにセックスも下手だし」

 

 元康は経験こそ豊富そうだったが、独りよがりなそれであった。

 表面的には気遣っているのだが、実際のところはそうではない。

 メリエルと元康、両方を経験したマルティとしては、躊躇なくメリエルのほうが良かったと断言できる。

 メリエルは普通に気持ち良かったし、紳士的だった。

 

「……やっぱり乗り換えようかな。でも、メリエルは私の手には負えないのよね」

 

 メリエルは操る、唆すなどは絶対にできないタイプだとマルティはすぐに察知できた。

 今のように気に入らないパーティーメンバーを勝手に売り飛ばしたりはできないだろう。

 

 しかし、メリエルはこっちのことを分かった上で甘い汁を吸わせてくれそうではある。

 

「悩ましいわ……」

 

 マルティは溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メルロマルクの潰し方はどうしよっかなぁ」

 

 呟き、メリエルはほくそ笑む。

 

 完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を使い、オルトクレイと使者のやり取りを彼女は観察していた。

 使者の質問に対し、しどろもどろなオルトクレイにメリエルはニヤニヤと笑っている。

 

 

 メリエルは幾つかのメルロマルクに対する最終的な解決策を考えていた。

 

 一つ目は経済崩壊ルート。

 穀物をはじめとした食料品を買い占めてこれでもかと値段を釣り上げて、一定期間を置いた後に一気に市場に放出する。

 値段を釣り上げたままのほうが飢えさせることができるが、そうはしない。

 供給がか細り、需要が極大にまで高まった市場、そこに一気に供給量を増やしたらどうなるか。

 

 どれだけ値段が釣り上がっていようが、一瞬で値崩れを起こす。

 値崩れは釣り上がる前の値段で止まることはなく、最低値まで下がりに下がる。

 

 結果、元手が取れない程に赤字となり、商人や農家が莫大な損害を被る。

 同じように薬草や薬、武器や防具でも同じことをやれば経済的に崩壊する。

 誰も彼もが職を失い、たちまちのうちに失業者の国へと早変わり。

 メルロマルクという国家の国民全てに生き地獄を味合わせることができる。

 メリエルがリアルでよくやってた不安定化工作業務の一つなので実績がある。

 

 二つ目は外患誘致ルート。

 シルトヴェルトあたりに入手した情報を流し、侵攻してもらう。

 面白味はないが、堅実であり、シルトヴェルトにおいて確固たる地位を築くことができる。

 メリエルがリアルでよくやってた業務の一つだ。

 

 三つ目は共産革命ルート。

 王政なんてけしからんので、万国の労働者階級(プロレタリアート)が立ち上がって王族貴族その他諸々皆殺しにして労働者の国家を築く。

 メリエルはリアルではこの過去の亡霊を潰す側だったので、連中のやり方はよく知っている。

 やり甲斐があって面白そうだが、制御を誤ると暴走して全世界革命を起こそうとするのが玉に瑕。

 アカく染まったファンタジー世界とかいうよく分からないものが爆誕する可能性がある。

 

 

 

 他にも内戦扇動国内無法地帯化ルート、近隣諸国介入泥沼ルートとか色々あったが、主なものはこの3つだった。

 実際にやるとしたら、まずは1つ目の経済崩壊ルートの後に第二段階として革命やら外患誘致やらとそういうことをすることになるだろう。

  

 

 もっとも、メリエルはこれらの計画を実行しないということも考えている。

 その大前提としてメルロマルクが現体制のまま――もちろんケジメはつけさせた上で――存在したほうが利益があると判断した場合だ。

 

 オルトクレイはともかく、女王とはメリエルはまだ会っていない。

 女王は中々のやり手であり、亜人との関係改善の為に尽力しているらしい。

 しかし、それらは所詮、これまでの記録や実績からメリエルが判断したものに過ぎないので、アテにはしない。

 職業病のようなもので、事前情報と実物が全く違ったなんてことはよくあった。

 

 具体的には優秀という評価を信じて、実際に回されてきた人員がまるで駄目な輩だったということがよくあった為に。

 

「女王の全裸土下座とかアリよね」

 

 そんなことを呟きながら、近い内に帰ってくるだろう女王がオルトクレイやマルティ、三勇教といったやらかした連中にどういう判断を下すか、それでメリエルは女王に対する事前評価をするつもりだ。

 女王が身内贔屓をしたり、有耶無耶やなあなあで済ませたり、賠償金と謝罪だけで済ます程度なら、メリエルの中でどういう評価になるか、想像に容易い。

  

 メリエルは女王と会うのが楽しみだった。 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ラフタリア。メリエル様の盾って……」

「名前がちょっと……」

 

 主が不在であることをいいことに、ラフタリアとヴィオラは2人でお茶会をしていた。

 今日はモンスター狩りのみで、模擬戦はない。

 フィーロとティアはお菓子を食べるのに夢中で静かなものだ。

 

 そんなとき、話題に挙がったのがメリエルが使うようになった盾のこと。

 

「絶対無敵の盾って……」

「すっごく硬いけど、名前……」

 

 もうちょっとマシな名前はあっただろう、というようなものだ。

 とはいえ、名前の通りに本当に硬く、メリエルから支給された武器でも傷一つつけることができない。

 メリエルが地面にその盾を置いて、魔法をぶつけてみても傷一つつかないどころか、そのまま跳ね返ってくる始末だ。

 メリエルはそれを見て、自分の装備なのにとても嫌そうな顔だった。

 彼女が過去、PvPでその盾の持ち主と戦ったときに苦渋を嘗めさせられたことなど2人は知っている筈もない。

 

 とはいえ、名前がアレなものばかりでもない。

 

「他にも奇跡の盾とか……」

「持ってるだけで治癒するって凄いですよね」

「というか、メリエル様は盾だけでもあんなに持っているのよね……」

 

 各属性に特化していたり、また物理防御特化、魔法防御特化、あるいは全てが全体的に高いバランスでまとまったものから、治癒や魔法の威力を高める補助効果付きだったり、移動速度が上がったりと伝説に出てきそうなもののオンパレードだった。

 

 絶対無敵の盾と奇跡の盾のステータスを教えてもらったが、ちょっとふざけているのではというくらいにおかしいものだ。

 

 

 

 絶対無敵の盾

 能力未解放……装備ボーナス 物理防御補正(大)、魔法防御補正(特大)、弱体耐性(大)

        専用効果   魔法反射 移動速度上昇(中)

 

 

 奇跡の盾

 能力未解放……装備ボーナス 物理防御補正(中)、魔法防御補正(中)

        専用効果   装備時自動回復(中)

 

 

 装備ボーナスが数字ではなく、補正である。

 どのくらいの割合でプラス補正が掛かるか分からないが、メリエル曰く、私自身が隕鉄になることだ、などと言っていたことから、相当に硬くなるのだろう。

 

 他にもメリエルがコピーした盾には絶対無敵の盾よりも厄介なものがあった。 

 

「あとメリエル様がすっごく嫌な顔をしていた盾、何だっけ?」

「慈悲深き守護の女神の盾ですね。とても神々しいものでしたけど……」

 

 神々しいものを嫌がることから、2人ともやっぱりメリエルは邪悪な魔王なんじゃないか、と思ってしまう。

 その盾のステータスも見せてもらったが、破格のボーナスと効果を得られるのだ。

 

 慈悲深き守護の女神の盾

 能力未解放……装備ボーナス 物理防御補正(大)、魔法防御補正(大)、弱体耐性(特大)

        専用効果 装備時自身及びパーティーメンバーに自動回復効果(中)

             装備時大治癒(ヒール)使用可能

 

 キチガイタンクヒーラーと呼ばれた輩の装備品であり、味方が崩れそうになったときに自身にヘイトを集中させ、同時に味方を回復するという嫌らしい存在だった。

 主にGvGで活躍したプレイヤーであり、攻撃力と攻撃手段は100レベルプレイヤーにしては皆無に等しいが、有名な輩だった。

 

 アインズ・ウール・ゴウンもそのプレイヤーの所属ギルドと何度も戦っていたが、相手が崩れかかったときに颯爽と前線に現れることから、アインズ・ウール・ゴウンの面々からは味方がピンチになるまで出てこないヒーロー願望のクソ野郎という認識だった。

 

 ビルド的には中途半端であり、能力はタンク特化、ヒーラー特化のどちらにも及ばず、1人では大したことがないが、集団戦で立て直しの保険係としては最高だ。

 

 そういう裏事情を知らなければ、神々しいものを嫌がるようにしか見えず、メリエル=魔王説が本当であるかのように思えてしまうだろう。

 

 

「……本当にメリエル様って勇者なの?」

「ちょっと自信がないです」

 

 盾の勇者であることは間違いない。

 間違いないが……勇者という部分は本当に肩書でしかない。

 むしろ、盾の魔王とでもしたほうがお似合いかもしれなかった。

 

 ただ向上心は凄い。

 最近は夜通し何かの実験をしていたり、読み書きの練習をしていたりする。

 メリエルが文字の読み書きができないという事実がちょっと衝撃的であったが、試しにテストしてみたところ、ラフタリアやヴィオラと遜色がない程度に読み書きができた。

 本人曰く、仕事柄、他国の言語とかを短期間で覚えるのは得意ということだったが、仕事って何だ、勇者じゃないのか、とラフタリアもヴィオラも疑問に思ったことは記憶に新しい。

 

「まあ、メリエル様は私の長だからついていくんだけどね」

「私も、メリエル様がたとえ大魔王であろうとついていきます」

 

 互いに告げる決意は固かった。

 何だかんだで2人共、メリエルに命を助けられた上で、良い生活をさせてもらって、さらには鍛えてもらっている。

 最近ではお小遣いまでもらっており、今更メリエルから離れるというのは無理だった。

 

 




メリエル「女王がどういう判断を下すかまでは王とか王女とか三勇教とかに手を出すのは控えるわ。場合によっては潰すのをやめる」
メルロマルクの偉い人達「やったー!」

メリエル「^^」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三勇教の闇

微グロあり。


 メリエルは三勇教の総本山へ乗り込んでいた。

 総本山は大聖堂を中央に、その周辺を数多の建造物が取り囲む形となっている。

 

 勿論、彼女は完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を使っている為、誰も気づかない。

 

 メルロマルクまで来たついでに宗教の正体を暴いてやろうと考えたわけだ。

 宗教は厄介であることはリアルで十分承知の為、さっさとどうにかするに限る。

 

 盾の勇者である筈なのに盾の悪魔と、悪魔扱いされるのはちょっと頂けない。

 とはいえ、これが盾の堕天使とかだったらメリエルは許しちゃってたかもしれない。

 

 総本山は下手をすればメルロマルクの王城よりも広大であるように思えたが、メリエルからすればダンジョン探索気分で、進んでいく。

 

 幸いにもマッピングやらのダンジョン探索お役立ち系のアイテムは持っているので、それらを使いながら。

 

「うーん、どうせなら宗教対決してもらおうかな」

 

 狂信的な宗教テロリスト共もメリエルは潰して回る側であった。

 スキルのホムンクルス作成を使えば余裕で作れそうだし、何よりもそんなことをしなくてもできそうだ。

 

 特に子供。

 知らない人からモノをもらってはいけません、お願いを聞いてはいけませんと教育されているかどうか。

 そこが分かれ目だ。

 

「お前らが私を悪魔と断じるならば、私はお前達を異教徒と断じよう。聖戦(ジハード)の洗礼を味わうが良い」

 

 なんちゃって、とそんなことを言いながら、メリエルはずんずんと進む。

 部屋に片っ端からお邪魔していき、人がいれば眠らせて、文書があれば機密ではなくてもスクロールに転写して、印鑑があればそれを複製していく。

 

 途中ですれ違うシスター達に目を惹かれしてしまうのはご愛嬌。

 

 しかし、意外と真面目なようで、シスター同士やシスターと神官がこっそり部屋でヤッていたり、奴隷を囲っていたりということはなかった。

 メリエルとしてはつまらない限りだ。

 

 宗教の末端はともかく、中枢に近ければ近いほど腐敗するという考えがあった為に。

 

 

 ともあれ、面白い会話も聞けた。

 要約してしまうと、三勇者は素晴らしい、抱いて、子供産みたいとかそういうのであり、反対に盾の悪魔は汚らわしい、死ねというようなもの。

 

 面白いことを言う連中だ、殺すのは最後にしてやるとメリエルは思いながらも、総本山全体を回り終えた彼女は何となく違和感を覚えた。

 

 長年の経験と勘とでもいうべきものであり、何かがおかしいのだ。

 

 じーっとこれまでにマッピングされた地図を見ていると、あることに気がついた。

 もしやと思い、彼女は飛行(フライ)でもって空へと飛び上がり、総本山全体を俯瞰し、地図と見比べる。

 

「ふーん、やるじゃないの」

 

 全部の建造物を回ってマッピングした筈なのに、マッピングされていない建造物が多くあった。

 それらのうちの1つに降り立ってみれば案の定だった。

 扉はどこにもなく、またどこかと通路で繋がっているわけでもない。

 唯一鉄格子付きの窓が高い位置に数箇所あるくらいだ。

 

 倉庫とでも言われれば納得してしまいそうな見た目だろう。

 空を飛ぶか、高い所から見ない限り、この答えには辿り着けない。

 

 

「これは相当、闇が深そうね」

 

 宗教なんてそんなものかとメリエルは思いつつ、こういう場合の簡単な解決方法を使うことにした。

 周囲に誰もいないことを確認し、アイテムを使って壁を溶かし、自分が入った後に巻き戻し薬で壁を元通りに直した。

 

 ユグドラシルのアイテムってホント便利だわー、とメリエルは思いつつ、周囲へと視線をやる。

 人の気配がないことは確認済みだ。

 メリエルが入った建物は本当に物置として使われているみたいであり、様々なモノが置かれていた。

 しかし、それらは普通の宗教施設にあって良いものではない。

 

「ギロチンにアイアンメイデン、この牛はファラリスの雄牛? あそこの棚には苦痛の梨がいっぱい……異教徒を嬲り殺しにでもしているのかしら」

 

 まさか地球にもあったものが異世界にもあるなんて、どこの世界でも人間の考えることは同じなんだなぁ、とメリエルは遠い目になってしまう。

 名前は違うかもしれないし、よく見れば細部が異なっているが、使用用途は同じだろう。

 

 人間の業の深さが如実に分かる代物だった。

 

 幸いにも物置からは通路に出ることができ、そこをメリエルは進んでいく。

 通路は石造りであり、また天井には照明が一定間隔であり、さながら秘密基地といった趣だが、そんなワクワクしたものではない。

 

 ヒトの欲望が渦巻くダンジョンだ。

 さすがのメリエルも単身で敵の本拠地に潜入という映画のスパイみたいなことはやったことがない。

 しかし、不安や恐怖はない。

 むしろ、何が出てくるかという楽しみすらあった。

 

 エロあるかな、グロあるかな、できれば女の子だといいな、という自らも欲望を抱きながら。

 意外とすぐにメリエルの欲望は叶った。

 

 

「うーん! 最高!」

 

 エロもグロも女の子も全部あったのだ。

 具体的には女の子がエロい目に合わされたりグロいことになっていたりするが、メリエルからすればパーフェクト。

 三勇教会の連中に勲章の一つでもくれてやりたいくらいだ。

 

 全体的に背徳的だ。

 男と女のノーマルから女同士、男同士はいたような気がしたがメリエルの記憶にない。 

 そんな具合に風紀は乱れに乱れており、フリーセックスが教義なら私、入信します、とメリエルが言いたくなるくらいだった。

 

 とはいえ、それらは愛する者同士というわけではなかった。

 どちらかに必ず奴隷紋があったのだ。

 また、見た限りでは人間の奴隷は少なく、対して亜人の奴隷は多い。

 比率にすれば人間2割、亜人8割といったところだ。

 

 とはいえ、教会の連中は同時に仕事もちゃんとやっているようだった。

 奴隷を這いつくばらせながら、会議をしたり、何やら研究をしていたり、書類を纏めていたり――

 

 奴隷をペットと置き換えればペットOKな職場とでもなるかもしれない。

 ペットというには愛でられておらず、ストレス解消の為に蹴られたりしているのも多いが。

 ともあれ、メリエルはアイテムを使って部屋にいる連中を眠らせては文書を転写し、印鑑を複製していく。

 念の為に映像や画像としても残しておく。

 また、王城や地上部分の施設でもやったのと同じように不自然に思われない為に、椅子やソファに座らせたりするなど、疲れから寝落ちしたという感じに偽装する。

 勿論、体を触る際は指紋を残さないように手袋を装着する。

 魔法で浮かせるなどをしてもいいのだが、この世界独特の未知の魔法に対するカウンターなどがあったら厄介な為、そうはしない。

 

 地道な作業だったが、着実に成果は出るのでメリエルは頑張った。

 

「しかし、これ、研究の成果は出ているのかしら?」

 

 メリエルは研究区画と思しきところで、無造作に台の上に並べられ、鎖で拘束されている亜人や人間の奴隷達に首を傾げる。

 何の研究をしているか分からないが、少なくとも人類全体の役に立つような特効薬の開発とかそういうものではないことは分かる。

 

 無駄に費用を垂れ流すだけで、成果が全く上がっていないのではないか、とメリエルは心配になってしまう。

 研究者っぽい連中を眠らせて、これまた文書を転写して頂いていく。

 

 

 研究区画をメリエルは進んでいくと、悪魔崇拝者保管場というところに出た。

 そこではよくありそうな光景が広がっていた。

 

 四肢を切り落とされ、更に耳も半分くらいまで切り落とされた亜人の女達が壁に鎖で繋がれており、教会と思われる連中に嬲られていた。

 

 嬲る側には男だけでなく、女も混じっており、性器を蹴り飛ばしたりするなど、中々に愉快なパーティが行われていた。

 悪魔崇拝者とやらと通常の亜人奴隷をわざわざ区別する必要があるのか、とメリエルは不思議に思いつつ、嬲っている連中の声を聞いてみる。

 

 すると、面白い単語が聞こえてきた。

 シルトヴェルトの悪魔崇拝者共め、と。

 

 メリエルは満面の笑みを浮かべた。

 わざわざシルトヴェルトの偉い人達を説得しなくても、戦争理由を自分達で作ってくれていた、と。

 

 シルトヴェルトの密偵か、あるいは国民かまでは分からないが、ともあれ重要なのはシルトヴェルトの亜人が酷いことになっていることだ。

 まさに正義は我にあり、大正義降臨状態。

 

 これならばシルトヴェルトの国内世論どころか、国際世論すら味方につけ、錦の御旗を掲げて征伐できる。

 

 ここまで馬鹿な連中だとは思わなかったが、得てして宗教にどっぷり浸かってしまうと異教徒には何をしてもいい、という状態に陥りがちだ。

 ある意味、三勇教の信者達も被害者と言えなくもないが、ともあれメリエルにとってはそんなことはどうでもいい。

 

 そして男の悪魔崇拝者がここにいない理由なんて簡単だ。

 嬲るなら女と古今東西決まっている。

 そっちのほうが楽しめるからだ。

 

 嬲られている亜人達は四肢が切り落とされただけではなく、全身が傷つき、顔が腫れ上がっていたりする者ばかりだ。

 妊娠している者も多くいるが、マトモに出産はさせてもらえないだろう。

 精神的に壊れている者もいるらしく、笑い声が響いて絶え間なく聞こえている。

 臭いも酷い。

 血や糞尿、その他体液の臭いが混じり合っている。

 

 メリエルは保管場を見て回る。

 捕らえられている亜人はやはり女のみ。

 年齢は幅広く10代前半から20代後半くらいまで。

 シルトヴェルトが子供に密偵をやらせる国なら年齢は関係ないが、やらせないならば国民を攫ってこうしているということで確定だ。

 奴隷商から買ったという言い訳で――それが事実かもしれないが――押し通すかもしれないが、シルトヴェルト側はその程度では納得しないだろうし、メリエルがさせるつもりはない。

 

 何よりも聖職者の腐敗ということで、格好に叩ける材料だ。

 メリエルは映像でもって記録する。

 

 そして、区画の奥まったところでは数人が並んで順番待ちをしていた。

 奴隷の順番待ちなんて珍しいもんだ、とメリエルは思い、彼女は列が解消されるのを待ち、大人気の亜人を見てみた。

 

 金髪のフォクス種の女性だった。

 20代前半から半ばくらいであり、他の亜人達と同じく四肢を切り落とされ、狐耳どころか尻尾も半分くらい切り取られている。

 だが、唾を吐き出して忌々しく嬲っている相手を睨みつける余裕はある。

 とはいえ、それがそそるらしく、今、メリエルの前で嬲っている男は嗜虐的な笑みを浮かべ、彼女の股間を蹴り上げた。

 男は言うまでもなく、女であっても急所だ。

 絶叫し、体を痙攣させる様を見て、男は笑う。

 

「お前が来てからもう2年になるか?」

 

 そう言いながら、男は蹲る彼女の頭を思いっきり踏みつけた。

 

「そろそろ廃棄してもいいという話が出ているんだ。だから、殺してもいいってな。廃棄するにもカネと手間が掛かる」

 

 全くその通り、とメリエルは思わず同意してしまう。

 捕まえておく場合、殺さず生かさず適度に痛めつける為、ほどほどに栄養と水分も取らせる必要がある。

 それもまた結構に手間であるし、どっかに売り飛ばすにしても輸送費や人件費その他経費が掛かってくる。

 

 しかし、殺せばコンクリ詰めにして海に落とすか、あるいはバラして埋めるだけでいいのでそこまで手間は掛からない。

 

 そんなことを思いながら、さてどうするかとメリエルは考える。

 

 今ここで助けるかどうか、ということだ。

 あいにくと彼女は義憤とかそういうものは持ち合わせていない。

 面白いか、楽しいか、利益になるか、その3つが基本的な判断基準だ。

 

 しかし、彼女はあっさりと決める。

 ここで助けた方が利益になりそうだし、色々知っている可能性がある、と。

 

 さっさとシルトヴェルトに行けばいいものを、メリエルはモンスター狩りとラフタリア達の育成が楽しいので行っていなかった。

 とはいえ、今それは良い方向へ転んでいた。

 

 手土産かつ、案内人を連れていけば話はスムーズだろう。

 見たところ、女は2年もこの環境にいたという。

 ただ気が強いだけでは精神が保たない。

 となればこそ、リアルのメリエルと同業者。

 すなわち、密偵だ。

 

 男が踵を返して、背を向けた。

 奥まったところにある為、他の利用者はおらず、また他所から死角になっている。

 

 メリエルは素早く、無限倉庫からナイフを取り出し、男の背後へ。

 攻撃行動に移った為に完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)は解除されたが、男が気づいたのはメリエルに片手で口を押さえられてからだった。

 蘇生魔法がある可能性を考慮して、余計なことは言わずに喉にナイフを滑らせる。

 鮮血が迸り、男がもがくが、それも儚い抵抗だ。

 

 あっという間に男の体から力が抜けた。

 音がしないように、ゆっくりとメリエルはその体を横たえた。

 

「……あなたは?」

 

 掠れた声による問いかけにメリエルはそちらへと顔を向ける。

 女が苦しそうな顔をしつつ、メリエルへと顔を向けていた。

 

 どうやら見ていたようだ。

 

「通りすがりの盾の勇者よ」

 

 そう言いながら、無限倉庫から盾を取り出して見せ、更にメリエルは彼女に巻き戻し薬とエリクサーを振りかけた。

 みるみるうちに彼女の全てが元通りになっていく。

 彼女は信じられずに自分の体を見て、メリエルの顔を見る。

 

「あなたの所属は?」

「シルトヴェルトです。三勇教を探っていました」

 

 すぐさま彼女は答えてくれた。

 信じたわけではないが、状況的に話した方がいいと判断したのだろう。

 

「シルトヴェルトは子供を密偵に?」

「いいえ」

「それは重畳。実はメルロマルクで一悶着あってね。そっちに拠点でも移そうかって思っていたところなのよ」

「あなたのお名前は? 私はエレナです」

「メリエルよ。ここにいる連中を助ける。その後、順次色々と素敵なことをやるから指示に従って頂戴」

「分かりました」

 

 そうと決まれば話は早い。

 メリエルは鎖を破壊し、エレナを自由の身とすると、彼女には隠れてついてくるよう指示し、そのまま堂々と進む。

 そして、嬲る連中全員を視界に収めるように、飛行(フライ)でもって宙に浮かび、うまく位置取りする。

 

集団標的(マス・ターゲティング)真なる死(トゥルー・デス)

 

 一瞬だった。

 次々と嬲っている連中が床に倒れ伏した。

 エレナは信じられないという表情だが、頭の切り替えは早い。

 現実に起こったことをいつまでも信じられずにいることなど愚かなことだ。

 

 そして、メリエルは捕らわれた女性達に巻き戻し薬と同時に念の為にエリクサーを振りかけ、奴隷紋をディスペルでもって解除し、鎖を破壊していく。

 彼女らはパニックに陥ることはなく、ただ信じられずに唖然とした顔を披露するのみだ。

 

 悪魔崇拝保管場という区画に囚われていた人数はエレナを含めて40人程だった。

 そして、メリエルは転移門(ゲート)を開いて、彼女達と共にいつもの拠点へと戻り、驚くラフタリア達に事情を説明して、再びメルロマルクの城下町へと戻る。

 今度は別のことをやるためだ。

 

 

 女王と会って彼女がどう判断するかまで、三勇教を潰しはしない。

 だが、過去の遺恨やらの理由はあれど、一方的に悪魔と断定し、誹謗中傷し、罠に嵌めようとしてくる相手に報復をしないという理由はメリエルにはなかった。

 王城にあった機密文書によれば、召喚前から王達と三勇教は共謀しており盾の勇者――メリエルはあのようなことになるのは彼らの計画通りだったようだ。

 

 

 

 汚いことをしてくる相手にはそれ以上の汚いことでもってやり返す。

 やられたからにはケジメはつけさせてもらう。

 

 

 それが彼女のやり方だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

報復テロ

※胸糞注意※


 城下町へと戻ったメリエルは準備を整え、変身アイテムを使用して、性別は変えず顔を変えて、そこらにいる子供達ににこやかな笑みを浮かべて近づいていく。

 

「お姉さん、何か用?」

「ちょっと新しい遊びを教えてあげる。お友達も呼んで?」

 

 そうお願いすれば子供達は疑うこともなく、友達を呼んでいく。

 あっというまに20人程が集まった。

 そして、メリエルは懐から水晶を取り出して、子供達に見せる。

 

「この水晶を持って、三勇教の教会に行って。そして、天高く掲げて、この紙に書いてあることを言うのよ。すると魔法が使えるから。魔法を使うまではメモに書かれたこと以外を言ってはダメよ」

 

 全員にメモと水晶を配布する。

 子ども達は「すげー」と目を輝かせながら、水晶を日に透かして見たり、じーっと見つめたりしている。

 

「でもこれはちょっと制限があってね。教会は1人だけしか魔法が発動しないの。でも大聖堂はそういう制限はないから、いっぱい行っていいわよ。みんなにいっぱい見てもらいたいから、人がなるべく多い時間に行ってね?」

 

 メリエルの言葉に子供達は元気良く返事をした。

 彼らの会話を聞くと、30分後の14時から礼拝が始まるらしい。

 

 メリエルは笑みを浮かべたまま、彼らと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてメリエルは懐中時計を取り出して、メルロマルクの王城、その尖塔の天辺に立っていた。

 時刻は13時50分。

 そろそろだった。

 

 

 

 

 

 

 城下町には大聖堂以外にも大小様々な教会が幾つもある。

 三勇者への祈りを捧げる、午後の礼拝の時間が迫っていることもあり、教会や総本山にある大聖堂では多くの信者達で溢れかえっていた。

 つい最近、波が起きたこともあり、三勇者への信仰はかつてない程に高まっており、足を引っ張ることしかしていないとされている盾の悪魔への憎しみをかつてない程に増している。

 

 そして、そのときだった。

 礼拝堂に子供が入ってきた。

 子供の信者もいるので、珍しいことではないが、その子は手に見たこともない綺麗な水晶を持ちながら、一番前へと進んでいく。

 

 ちょうど礼拝堂に入ってきた神官が首を傾げなら、前までやってきた彼に尋ねる。

 

「どうかしたのかい?」

 

 問いに子供は自信満々に水晶を目の前に差し出した。

 

「その水晶は?」

 

 子供は教会に来るまでに暗記したものを元気良く、大きな声で――それこそ教会の外にまで響きそうな程の声で言った。

 

 

 ■■■■■■■■(神は偉大なり)――殉教爆裂(マールタル・エクスプロージョン)

 

 

 閃光が礼拝堂を包み込んだ――

 

 

 

 

 

 閃光、そして遅れて聞こえた爆音、やってくる爆風。

 特等席から、メリエルは見ていた。

 

 殉教爆裂(マールタル・エクスプロージョン)は名前の通り、使用者の命を触媒とし、爆発を巻き起こすものだ。

 戦闘不能となる自爆技であることから、威力が高く、PvPではイタチの最後っ屁といった感覚でよく使用されていた。

 呪文の前の、神は偉大なりという言葉は特に効果はない。

 雰囲気作りだ。

 

 次々と、城下町のあちこちで爆発が起き、そして本命の大聖堂では強烈な閃光、やや遅れて巨大な火球が出現し、それが一気に弾け飛び爆音が響き渡る。

 同時に爆風が同心円状に広がっていき、建物だろうが人だろうが一瞬にして塵と化していく。

 

「景観や文化は傷つけたくないけど、何事にも例外はあるのよ」

 

 メリエルは呟いて、ほくそ笑む。

 

核爆発(ニュークリアブラスト)ではなかっただけ、有り難く思いなさいな」

 

 爆心地とその周辺数百m程度の被害で済んでいるが、それを使っていたらメルロマルクの王城と城下町は消えて、でっかいクレーターしか残らなかっただろう。

 ああ、そうだ、とメリエルは思い出した。

 

「殺すのは最後にしようと思ったけど、アレは嘘だから。ごめんなさいね」

 

 

 眼下を見れば王城は蜂の巣を蹴飛ばしたような騒ぎであった。

 

 

 

 そして、メリエルは予定通り混乱に乗じて、再度総本山の地下へと赴いた。

 予想通りに爆発の衝撃で怪我人が多数出ており、さらにあちこちの通路で土砂崩れが発生していた。

 メリエルは完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)状態で、目につく限りの奴隷達に治療と死んでいたらレベルダウンを防ぐアイテム使用の上で蘇生、ディスペルを施し、転移門(ゲート)を開いて有無を言わさずに避難させていく。

 ゴタゴタ言う奴は引っ掴んで門に放り込んだ。

 

 そんな具合に彼女は救出しながら、縦横無尽に地下を走り回り、土砂崩れが起きていようが土砂を地上へとふっ飛ばして進む。

 

 勿論、目につく限りの教会関係者は真なる死(トゥルー・デス)によって始末していく。

 これならば傍目には爆発の衝撃により死んだと偽装できるから都合が良い。

 リアルのとき、これがあれば便利だったよなぁ、とメリエルは思いつつ。

 とはいえ、彼女はこれで済ますのは寂しいので、自らが作成した、とあるアイテムを各所に仕掛けていく。

 こういう置き土産はリアルでの破壊工作のときにもよくやったものだ。

 

 

 僅か30分でメリエルは地下施設内を隈なく捜索し、奴隷の治癒と救出、同時に敵勢力の完全排除と多数の置き土産を達成し、その場を後にした。

 残されたのは数多の教会関係者の死体と各所にメリエルが放った炎のみ。

 欲望渦巻く教会地下施設はあっという間に炎に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

「メリエル様! どうするんですか!」

 

 ラフタリアは怒っていた。

 ヴィオラは両腕を組んで、むすっとした顔だ。

 フィーロとティアは何だかよく分からないので、きょとんとしている。

 

 言うまでもなく救出した大勢の元奴隷達だ。

 間違いなくやっていることは弱きを助け、強きを挫くという勇者の行いであるが、考えなしに突っ走っているのでは、という疑いがラフタリアとヴィオラにはあった。

 

 しかし、そこでメリエルはエレナへと視線を向けた。

 

「シルトヴェルトに行くから。条件は彼らの受け入れと保護、その後、就業するまでの生活の保障ってのはどうかしら?」

「勿論です! この度は本当にありがとうございました!」

 

 エレナは平伏した。

 彼女につられるように、亜人達はすぐに、人間達も少し遅れて平伏した。

 

 その光景にメリエルはハッとした。

 まさに今、あのセリフを言うべきときだと。

 昔見たあの時代劇のセリフがぴったりだと。

 

「これにて一件落着!」

 

 ドヤ顔で言い放った。

 ラフタリアは天を仰ぎ、ヴィオラは溜息を吐いた。

 

 ともあれ、そんなこんなで一行はシルトヴェルトに向かうことになった。

 

 

 大勢なので、徒歩などということはせず、メリエルは自前の馬車とスレイプニルを提供した。

 ちなみにフィーロが引くと言って聞かなかったので、メリエルが乗っている馬車はスレイプニルではなく、フィーロが引いている。

 

「……そういや龍刻の砂時計ってどこにあるんだろ?」

 

 メルロマルクにおける龍刻の砂時計の設置場所は一般にも広く知られている情報であった為に王城内で入手した機密文書には当然載っていなかった。

 

 次の波までのカウントダウンが表示されているらしいが、メリエルはまだ知らない。

 大聖堂内にある一室に安置されていたのだが、彼女が実行したテロ攻撃で吹っ飛んでしまったことを。

 

「シルトヴェルトにもありますので、ご心配なく」

 

 エレナの言葉にそれならいいか、とメリエルは呑気なものだった。

 何気なく、彼女は懐から懐中時計を取り出した。

 

「何か?」

「ええ、そろそろ置き土産が届く頃だと思って」

 

 エレナはそれで何かを察したのか、妖艶に笑う。

 

「あなたが男だったなら、良かったのに……」

 

 メリエルはにこりと笑い、告げる。

 

「実は私、両性具有というやつなのよ。分かりやすく言うと、女でもあるし、男のアレも生えてる」

 

 エレナだけでなく、会話が聞こえていたラフタリアやヴィオラ、ティアまでもが驚きのあまり、固まった。

 そんな様子をメリエルはけらけら笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、メルロマルクは事態の収拾に追われていた。

 

「盾の悪魔だ! あいつが、あいつがやったに違いない!」

 

 オルトクレイは目が血走り、口角泡を飛ばしながら家臣達に叫んだ。

 

 発生から数時間が経過し、日が沈み始めた頃、ようやく被害の全容が少しずつ明らかになりつつあった。

 

 端的に言って、被害は甚大だった。

 死傷者は多数であり、何もかもが足りない。

 特に教会の総本山がやられたことから、教会関係者――しかも高位の神官達が多数死傷してしまった。

 大聖堂とその周辺では火災まで発生しており、騎士団も一般の兵士も、庶民も誰も彼もが総出で、火災の鎮火と怪我人の救助に当たっていた。

 

 父親を冷めた目で見ながら、マルティはゾクゾクとしていた。

 彼女も父と同様に実行犯がメリエルであることは疑っていない。

 

 盾の勇者は悪魔である、と父親から、そして教会の者達から幼い頃から教育されたマルティと妹であった。

 マルティはそれは正しいと思うが、しかし、悪魔ではない。

 

 悪魔なんぞとは比べ物にならない、そして、勇者なども歯牙に掛けない、強大な悪。

 魔王であるとマルティは確信していた。

 だからこそ、彼女は興奮する。

 

 やはり、乗り換えてしまおう、と。

 

 そっちのほうが絶対に楽しい(・・・・・・・・・・・・・)――

 

 だが、接触が難しい。

 メリエルの足取りは全く掴めていない。

 向こうがふらっとメルロマルクに立ち寄ったときに、うまく会うしかないが、方法が全く思い浮かばない。

 立て看板をマインの名で出しておくか、とマルティは思いつつ、謁見の間を後にした。

 彼女が来た理由は被害を知る為であったが、最悪であるということだけがとりあえず分かったに過ぎなかった。

 

 彼女が出ていって5分程した後、三勇教の教皇が謁見の間に到着した。

 

「おお! 教皇猊下! ご無事でしたか!」

 

 オルトクレイの顔色が良くなった。

 教皇もまた、軽く頷き告げる。

 

「はい、陛下も。ご無事で何よりです。私は幸いにも近隣の村を訪れていたので助かりました」

「そうでしたか……事態は非常に深刻で……」

 

 オルトクレイが言いかけた直後だった。

 窓の外から眩い光が差し込み、オルトクレイと教皇が何事かと互いに顔を見合わせた時だった。

 

 轟音、振動、そして衝撃。

 

 謁見の間にある窓ガラスが全て割れて落ちた。

 兵士や家臣達に降り注ぎ、悲鳴が上がる。

 

「な、何が起きた!」

 

 叫ぶも、オルトクレイの言葉に答える者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけ遡る。

 荘厳な大聖堂はすっかり崩れ落ち、周辺の建造物も瓦礫と化していた。

 火災は鎮火しておらず、広範囲に広がっていたが、その勢いは当初よりも弱まりつつある。

 騎士団と当時現場にいなかった為に生き残った神官やシスター達や庶民達が協力して、消火活動と救出活動にあたっていた。

 

 幸いにも教会関連施設が狙われただけであり、民間人の住居などへの被害は周辺を除けば皆無に等しい。

 だからこそ、続々と途切れることなく、庶民達や冒険者達が手伝いに集まってくる。

 

 これならば大丈夫だ、乗り切れる――

 

 誰もが皆、そう確信した直後だった。

 

 地面から生じた、眩い光に彼らは包まれ、そしてその意識は永遠に途切れた。

 

 

 

 

 オルトクレイに報告すべく、伝令が汗だくで謁見の間に転がり込んできたのは発生から20分程が経った頃だった。

 その場には教皇もいた。

 下手に動くより、王とともにいたほうが状況把握がしやすいが為に。

 

 伝令は教皇がいることに驚くが、それよりも自分の使命を優先する。

 

「申し上げます! 大聖堂及び周辺での消火・救出活動中に広範囲に渡り、地面が吹き飛びました! 現地で活動していた騎士や神官、庶民らに死傷者多数! また火災が、竜巻となって複数発生しており、手がつけられません!」

 

 オルトクレイと教皇はあまりのことに、茫然自失となった。

 

 メリエルの置き土産、それは彼女が錬金術師系のスキルでユグドラシル時代に作っておいた火属性特化型爆弾。

 広範囲を吹っ飛ばしながら、追加効果で火災旋風を巻き起こす時限爆弾だった。

 

 

 

 

 

 

 

「よく、燃えているわ……」

 

 王城の自室のバルコニーから外を見て、マルティは興奮に震えが止まらなかった。

 夜になったからこそ遠目にも分かり、だからこそ恐怖を煽る幾つもの炎の竜巻。

 あの竜巻により、老若男女の関係なく逃げ遅れた者から死んでいく。

 

 これを躊躇なく実行したメリエルはどういう思いだったんだろう、三勇教に対する怒りや憎しみか、と思ったが、マルティはあのメリエルがそんな理由であるわけがないと直感する。

 彼女は自分と似ているところがある、そんな気がする。

 

 例えば自分は他者を騙して陥れるのが大好きだ。それが楽しいから。

 メリエルもきっと、自分と同じようにこうするのが楽しいと思ったから、実行したんだろう。

 

 きっとメリエルは実際に会ったら、けろっとしているに違いがない。

 メルロマルクでやったことを尋ねてみても、ああ、そんなこともあったわね、という程度で済ませるんだろう。

 楽しいという感情は一瞬で終わってしまうからだ。 

 

 「綺麗ね……」

 

 うっとりと、マルティは炎の柱を見つめる。

 彼女はメリエルの言葉を思い出す。

 

 

 気が変わったら、いつでも教えて。たとえ、やらかした後でも、あなたなら受け入れてあげる――

 

 

 もしかしたら、これはメリエルから自分への贈り物かもしれない、とマルティは思う。

 膨大な命を糧に燃え盛る紅い何本もの炎の柱は、これまでに見たどんなものよりも美しい。

 何よりも、自分の髪色と同じだ。

 

 無意識にマルティは自身の下腹部へと片手を当てた。

 疼いているのが、よく分かった。

 

 こんな気持ちは初めてだった。

 一刻も早く、メリエルに会いたい――

 

 盾の勇者が拠点とするなら、シルトヴェルト。

 そこに行けばメリエルに会える可能性は高い。

 

 しかし、彼女は持ち前の悪知恵を働かせる。

 

「メリエル様の為に、持っていけるものは持っていかなくちゃ」

 

 自然と様付けしてしまったことにマルティは照れてしまう。

 自分をこんな気持ちにさせた責任は取ってもらわないと。

 

 ただ、その前にメリエル様に謝らないと――

 ああ、そんなことも――でも、メリエル様ならそういうことも大丈夫です――

 

 怪しい笑みを浮かべながら、マルティは動き出した。 

 




 報復の結果としてメルロマルクが潰れようが私の知ったことではない。
 それに私は何もしていない。ただ虐げられていた奴隷を解放しただけだ。
 過激なテロリスト(・・・・・・・・)により、亡くなった大勢の方々、被害に遭われた方々の為に祈りを捧げる。

 シルトヴェルトへ向かう途上、立ち寄った村でメルロマルクの城下町の近況を聞いた、メリエルの言葉。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あっちこっちの反応

フォーブレイ(タクト)『急募:テロ対策の専門家』
メルロマルク(女王)『許してください、何でもしますから……』
波の尖兵の皆さん『大丈夫だ……まだ慌てるような時間じゃない……』


メリエル「^^」


「これは、本当のことなのか?」

 

 フォーブレイの末席の王子、タクトは思わず問い返した。

 彼の問いに、報告書を持ってきた部下は頷いて肯定する。

 

「……そうか」

 

 タクトはそう答え、部下を退室させると、力なくソファに座り込んだ。

 

「……まずいことになった」

 

 タクトは現代地球からの転生者だ。

 だからこそ、報告書に書かれていた、これをやった連中に心当たりがあった。

 

 教会に突っ込んで自爆する。

 それも、子供にやらせるという卑劣極まりない連中を。

 

「俺は、勇者だ……強いんだ……」

 

 そう呟いてみせるも、不安は拭えない。

 彼が転生する前でも、よくニュースに出ていた。

 そういう自爆テロをする連中のことを。

 

 タクトは確かに強い。

 色々と裏事情はあるものの、伊達や酔狂で勇者を名乗れるものではない。

 それだけの実力と実績が伴っており、またその人心掌握術は優れたものだ。

 

 だが、それも所詮、個人の力でしかない。

 

 組織的に、同時多発的な自爆テロを起こすような連中と戦えるか?

 

 相手はおそらく、自分と同じ、現代の地球からやってきた過激なテロリスト共だ。

 どういう手段か、分からないが自分と同じように神――それも連中が信じる神――に送られてきたかもしれない。

 

 フォーブレイどころか、この世界の国々ではいくら魔法があるとはいえ、そういうテロを防ぐことは難しい。

 相手は一般人と見分けがつかず、常時警戒をするにしても、今度は警戒する兵士達を狙われる可能性がある。

 何しろ、相手にとって標的は別に一般市民でなくてもいいからだ。

 

 タクトが例えばある場所でのテロを防いだとする。

 だが、それは1箇所しか防げない。

 仲間達を動員しても、国中をカバーするのは不可能だ。

 

 しかも、いつどこで起こるか分からない。

 自分や仲間の誰かが偶々その現場にいれば防げるだろうが、いなければ無理だ。

 同時多発的にテロが行われた場合、今回のメルロマルクのように甚大な被害が出る。

 

「……どうすればいいんだ」

 

 タクトは逃げ出すということができない。

 何故なら、彼はフォーブレイの王子であると同時にこれまでの過去の実績と実力から国中から期待されているが為に。 

 逃げた途端に、偽勇者の烙印を押されかねない。

 

 彼は自分が今までやってきたことを後悔した。

 地球で知っていた技術などをフォーブレイで実用化にこぎつけたまでは良かった。

 まさに我が世の春を謳歌してきた。

 盤石な地位を築き上げたと確信したし、事実そうだった。

 

 だからこそ、今回もその実績から知恵を求められる。

 メルロマルクのような事態を防ぐにはどうすればいいか、と。

 

 だが、彼が持つ知識の中にテロ対策に関連するものなど、全く無かった。

 

 

 

 タクトと同じように、波の尖兵としてこの世界に送り込まれていた大勢の現代日本からの転生者、転移者達のうち、メルロマルクのことを知った者達は誰も彼もが不安に駆られることになった。

 どの世界でも、その連中は存在していたが為に。

 当然ながら、テロを防ぐ為の知識があるわけもなく、自分がそんなことになる筈がないという日本人的な思考で、不安を覆い隠すのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むー」

 

 ラフタリアは非常に不満だった。

 頬をこれでもかと膨らませ、尻尾を振って私、怒ってますと猛烈にアピールするくらいには。

 

 一番に私がメリエル様の奴隷であったのに、気がついたら女の子がいっぱい増えていると。

 ラフタリアのそれは恋とかそういうのよりも、単純に最近構ってもらえてないことに対する不満だ。

 

 現に今もフィーロとティアを――フィーロもティアも体が大きくなるという意味合いでの成長は止まっている――本来の姿でひょいっと抱きかかえて肩車をしたり、高い高いといいながら空高く投げたりしている。

 

 傍目には凄まじい絵面であるが、周りは慣れたものだ。

 

 

「メリエル様!」

「はいはい」

 

 フィーロとティアを地面へと下ろし、メリエルはラフタリアへ近寄ってきた。

 ラフタリアは思いっきり不満をアピールすると、メリエルは頭を撫でる。

 

「えへへ」

 

 それで機嫌が直るのだから、ラフタリアもチョロいものだ。

 

「ところでメリエル様、メルロマルクで何をしてきたんですか?」

「ちょっと悪徳宗教を月までふっ飛ばしてきただけよ。おっと、私は何もやっていないから。あ、でもこれもまた善行だから、やっぱりちょっとやったような……」

 

 メリエルの言葉にラフタリアは溜息一つ。

 

「もっと私達を頼ってくださいね?」

「こうやって愛でられるのがあなたの仕事よ」

 

 それはそれで嬉しいが、ラフタリアとしてはちょっとだけ不満。

 メリエルが何でもかんでもできすぎてしまい、いつまで経っても子供扱いされているような気がする。

 

「……私ってメリエル様にとって何ですか?」

「よくできた従者って感じかしら。可愛いし。ご両親の教育が行き届いていると思う。ご立派な方々だったんでしょう」

 

 メリエルの不意打ちに、ラフタリアは顔を少し俯かせ、嬉しいけど、悲しいという複雑な感覚を味わう。

 そんな彼女をメリエルは優しく抱きしめて、頭を撫でる。

 

「これまで苦労した分、これからは苦労させないわ。満足のいく食事と寝床と楽しい人生を送る義務があるもの」

 

 メリエルの言葉に小さく頷くラフタリア。

 彼女の額にメリエルは口づける。

 

 お母さんみたいだ――

 

 ラフタリアはそんなことを思ってしまったが、次の瞬間、色々台無しになってしまった。

 

「ご主人様ぁ!」

 

 フィーロによる後方からの突進。

 メリエルはラフタリアを抱きしめたまま、ひらりと回避。

 

「フィーロもぎゅっとしてー!」

「はいはい」

「ティアもー!」

「はいはい」

 

 メリエルは答えつつ、遠目に見ているヴィオラへと視線を向ける。

 

「……いいの?」

「……恥ずかしい」

 

 流石に、こんな村の真ん中で抱きつくのはちょっと、という意味にメリエルはうんうんと頷いて、あとでこっそりやってあげようと決めた。

 

「この村より先は国境地帯。さすがに復興を後回しにしてまで、妨害はしないだろうけども」

 

 お供がラフタリア、ヴィオラ、フィーロ、ティアの4人だけなら道なき道を行っても良かったが、100人を超えた元奴隷、その中には子供までいる状態で、道なき道を強引に進んでいくのはちょっと問題があるが故に、わざわざ人里まで出てきて、街道を進んでいる。

 メリエルだけが先行して、シルトヴェルトに行き、そこから転移門(ゲート)を開いて一気に、という方法でも良かったが、見栄えというのは大事で、こういうのは舐められないようにする為にも堂々と凱旋したほうが良い。

 

 メリエルにとって問題であったのはシルトヴェルトは、彼女が拠点としていた方向とは正反対の場所であったのだ。

 

 

 普通の国ならば、あそこまで大打撃を受けて、妨害をする余裕はない、とメリエルは予想していた。

 メリエルの爆弾による追加効果の火災旋風は燃えるものが残っていようとも、一定時間の経過で消えてしまう為、とっくに消えている筈だ。

 だからこそ、復興に専念できる。

 

 むしろ、この状態で妨害してきたら自分達のバカさを喧伝するようなものだ。

 やるべきことを同時にやって更に追手を掛けるだけの余裕があるのなら良いが、メリエルが入手した機密情報から計算すると、メルロマルクの常設の騎士団や兵団、また徴兵による動員力から、治安維持の為の警備が精一杯であり、短期間で復興する為には騎士や兵士も民間人も含め、全ての労力をつぎ込む必要があった。

 

 事実、ここに至るまで兵士にも騎士にも全く遭遇していない。

 念の為にティアに索敵アイテムと隠蔽アイテムを持たせて上空から監視してもらっていたが、盗賊やモンスターがたまに襲ってくる程度であった。

 それらも全てメリエルによりさくっと殲滅されているので、時折すれ違う商人や旅人を除けば知る者はいない。

 

「三勇者ってどこに行ったのかしらね……」

 

 いてもいなくてもどっちでもいいが、いざというとき邪魔されるのも煩わしい。

 だが、過激な宗教国家というのは斜め上の存在であること、メンツを潰されたことに対する反応その他諸々を想定すると――

 

 

 国境地帯に大軍とまではいかないが、それなりの軍勢と三勇者を引き連れて待ち構えている可能性はあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、本当にやるべきことを間違えているわね……」

 

 メリエルは呆れていた。

 

 国境地帯まであと僅かというところで、エレナをはじめとした何人かのシルトヴェルトの密偵達が状況の調査の為に先行したところ、呆れる状況であることが分かった。

 

 端的に言えば、メルロマルクの大軍が待ち構えているとのことだ。

 三勇者やマインの姿、さらには教会の自前戦力である教会騎士団なども確認できたらしい。

 

 お前は映画に出てくるような三流の独裁者か、とメリエルはオルトクレイに思いっきりツッコミを入れたかった。

 

 機密文書やエレナ達から教えてもらった情報によれば、杖の勇者で知略に優れた者らしいが、それも本人の詐称とか、たまたまうまくいったとかかもしれないとメリエルは考えていた。

 

 いくら何でも愚か過ぎる。

 呪いか何かにでも掛かっているんじゃないか、と思うくらいに。

 

 

「どうされますか?」

 

 エレナの問いにメリエルは深く、それはもう深く溜息を吐く。

 

「これ、今のうちにメルロマルクの城に戻って国の併合を宣言した方が早いんじゃない? 今、城はがら空きでしょ」

 

 冗談なのか、本気なのか、エレナは困った顔になる。

 シルトヴェルトからすると、メリエルにはシルトヴェルトに来てもらいたいが、メルロマルクをメリエルが併合するというのもまた美味しい話だ。

 

 エレナ個人としては、どっちになろうともアレコレ理由をつけて、メリエルの傍にいることを選ぶので大した問題ではない。

 

「ま、でもシルトヴェルトって行ってみたいし、チヤホヤされたいので、一応はそっちへと行く方向で」

 

 当初の予定に変わりはないらしい。

 そのときだった。

 

 メリエルはちらりと物陰へと視線をやった。

 はて、とエレナは首を傾げる。

 

「遠くから見る分には見過ごしていたけれど、そんなに近くで覗き見は頂けないわね」

 

 メリエルの言葉にエレナもつられて、物陰へと。

 確かに人が1人、しゃがめば隠れられるくらいの大きさではあるが――

 

「申し訳ありません」

 

 その言葉と共に、その輩は現れた。

 エレナは瞬時に臨戦態勢に移り、敵の正体を悟る。

 

 メルロマルクの裏側の戦力、影の連中だと。

 忍び装束っぽいものに身を包んだその人物は女性であった。

 

 影はその構成員のほとんどが女性だという。

 メルロマルクの国としての特色が現れた部隊だ。

 

「所属は?」

「メルロマルクの女王陛下護衛部隊です」

「今になって何の用? 国境で待ち構えている連中のように、私と一戦交えようと?」

 

 挑発的な物言い。

 また事態に気がついたのか、ラフタリアとヴィオラが駆けつけてきた。

 すかさず剣を抜こうとする2人をメリエルは片手を上げて、止める。

 

「女王陛下より、全ては自らの責任であり、あなた様に謝罪をしたいと……」

「前置きはいいわ。用件は簡潔に。私はこれから、やることがあるので」

 

 メリエルの言葉に影は少しの間をおいて、告げる。

 

「全ての要求を飲むので、我々を見捨てないでくれ、とのことです」

「都合の良い話ね。どこまでご存知かしら?」

「状況からの推察に過ぎませんが、三勇教を潰したのはあなたということです。全く捕捉できない隠密性と速さで移動される、あなたしか、なし得ないという結論です」

 

 ふむ、とメリエルは両腕を組む。

 エレナはメリエルへと視線をやり、ラフタリアとヴィオラはその視線を影とメリエルへと交互にやる。

 

「私が本気で動いたら、あの程度で済まないわ。無差別に攻撃を仕掛けなかった、そのことを有り難く思って欲しいくらい」

 

 メリエルとしては、王城をはじめとし、城下町内にある兵士や騎士の駐屯所、食堂、各種店舗、主要な広場、橋、住宅街などなど、もしもやるとなった場合の攻撃目標はとうの昔に選定済みだ。

 

 影はメリエルの言葉の意味を察し、その身を震わせる。

 メリエルは自分達、影と同じような思考をしている、と。

 躊躇なく、目的の為にあらゆる手段を実行することができるのだと。

 

 倫理や道徳といったものを超えて、己の利益の為に行動する。

 他者からどのような評価を受けようとも、決してそれは揺らぐことはない。

 他者の評価など、どうでもいいのだから。

 

「簡単に許すと思ったら、大間違いよ。ま、見捨てるかどうかの条件は教えてあげる。あなた達が私にとって利益があるかどうか。それによって、どうするか決めるわ」

 

 そして、メリエルは影に顔を上げるよう指示し、その耳元で囁く。

 

「フォーブレイのように、あなた方も私の血を入れることを望むなら、そうしてやってもいいわ。私は男のアレを生やせるので」

 

 安直な手段をメリエルは教えてやった。

 エレナもラフタリアもヴィオラも耳は良い方なので、一斉にジト目でメリエルへと視線を送ったが、当の本人は全く気にしない。

 

「それに私は選り好みしないので」

 

 メリエルはさらに続けて、影から離れた。

 

「というわけよ。とりあえずシルトヴェルトにいるから、女王との会談ができるようになったなら呼んで頂戴。さすがにシルトヴェルトに来いとは言わないから」

 

 メリエルの言葉に影は深く、頷いてその場から去っていった。

 それを見送り、さてどうしたものかとメリエルは腕を組む。

 

 ぶっちゃけた話、ここから太陽でも落とせばそれで終わりな話だが、三勇者を殺すのはマズイような気がメリエルはしていた。

 わざわざ四聖召喚と銘打つくらいなのだから、1人でも勇者が死ぬとそれがトリガーとなって、面倒くさいことになる可能性がある。

 

 そもそも波というのも何だかよく分かっていない。

 召喚というよりは別次元からやってきているような感じがする、とメリエルは根拠はないが、そう仮定した。

 何だかよく分からないので、とりあえず別次元からの侵略者みたいなことにしておけばいいだろう、という具合だ。

 

「……やはり、アレらを投入するしかないか」

 

 波に対してワールドエネミーをいっぱい湧かせて投入しよう、それでもダメなら――アレらを投入するしかあるまい。

 

 フレーバーテキストは現実化している。

 不老不死の薬は不老不死になるし、若返り薬は若返るし、愛剣は精霊がたぶん宿っていてさらにはヤンデレだ。

 メリエルという存在に対する設定もまた、現実化している。

 厨二全開である為、見えないようにしてあるので、ギルメンやフレンドなどの極一部しか知らない、大爆笑必至のアレもまた現実になっている。

 

 

 思い出して、メリエルは胸が苦しくなった。

 ゴロゴロと転がって、悶絶したいが、周りの目がある以上、そんなことはできない。

 

「……メリエル様、どうかしましたか?」

 

 ラフタリアがメリエルの異変に気がついたのか、問いかけてきた。

 エレナとヴィオラも気づいたのか、心配そうな顔だ。

 

「元々は 対異教の神々、対悪魔、対邪神、対高次元生物などを主眼として創られた汎用人型決戦天使。物質界だけではなく、高次元空間などの全ての空間・次元において十分な戦闘行動を行え、敵対者全てに永遠の安息を与える。だが、闇に堕ちし時、窮極の門は開かれた。混沌となりし彼女は何者にも縛られず、縛ることもできない。混沌であるからこそ、彼女は矛盾をも内包する。ちなみに、欲望に素直である――ってどう思う?」

 

 聞き取れる程度には早口で、メリエルは尋ねた。

 ラフタリア達はきょとんとしている。

 

「ええっと、最後のところの、欲望に素直であるって何ですか?」

「文字数の都合で……ビッチであるでも良かったんだけど、設定が被るので……」

「よく分かりませんけど、いいんじゃないでしょうか?」

 

 ラフタリアの言葉にヴィオラとエレナもまた頷く。

 その優しさが、メリエルにとってはとても辛かった。

 

 何それアハハーとでも笑ってくれたほうが、メリエルとしてもまだネタにできた。

 モモンガなら、厨二乙。クトゥルフが途中で交じっているじゃないですか、ナイアルラトホテップにでもなるつもりですか、と流れるようにツッコミを入れてくれただろうに。

 

「やはり、ツッコミ役が欲しい……」

 

 問題児は叱ってくれる人がいてこそ、問題児をやれたのだとメリエルは実感する。

 叱ってくれる人の筆頭がモモンガだった。

 

「えっと、メリエル様、国境越えは結局、どうしますか?」

「ちょっと私が行って交渉してくる」

 

 ラフタリアとヴィオラは察した。 

 1人で行かせたら、ダメなやつだと。

 絶対碌でもないことを仕出かすという確信があった。




メリエル「オタク特有の早口」
某ナザリックの至高の御方々の纏め役「ないわー、あの設定はないわー」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

平和的解決手段(ガチ)

 メリエルは堂々と1人――ではなく、ラフタリアとヴィオラがついてくると言い張った為に3人で撃たれないように白旗を持ってメルロマルク軍へと近づいていく。

 フィーロとティアは話がややこしくなること間違いないので、待機をメリエルは命じていた。

 2人とも仲間外れにブー垂れていたが、メリエルによりお菓子を与えられるとすっかりと機嫌を直しているのでチョロいものだった。

 

 

 事前にエレナへ確認したところ、白旗というのは戦闘の意思がないことを示すものであることはこの世界でも同じらしい。

 どちらに非があるか、というのは後々になって色々と必要になってくる。

 

 だからこそ、この瞬間もアイテムでもって映像として記録している。

 撃った瞬間、メリエルは錦の御旗を掲げて、正義は我にありと全力で反撃できる。

 

 まさしく、そうしたときこそ彼らの最後だ。

 そして、そのときにどんな罵声を浴びせてこようと、どれほどの嫌悪の視線を向けられようと、そんなものは慣れたものだ。

 

 メリエルらは一定の距離まで近づき、止まった。

 メルロマルク軍の戦列、その最前列とは10m程のところだ。

 

 やがて、兵士達が左右に分かれ、教会の騎士団と思しき連中に護衛された、人の良さそうな顔をした男が歩いてきた。

 その手には物騒なものを持ち、またその後ろには三勇者とそのパーティを引き連れている。

 元康のパーティメンバーにはマルティの姿もあった。

 メリエルは人の良さそうな顔をした男はおそらく教皇だろうと判断する。

 周りの者達とは明らかに装いが豪華である為に。

 

「盾の悪魔よ。お前がしたことは決して許されないことだ。故に、ここで死ぬが良い」

 

 教皇の言葉にメリエルが口を開くよりも早く、ラフタリアが口を開いた。

 

「あなた方は最初からメリエル様を目の敵にしていた。それは何故ですか?」

 

 今更それを言うの、という視線をメリエルはラフタリアに向ける。

 事情は教えてある筈なのに、と。

 ともあれ、ラフタリアにも何か考えがあるんだろうと。

 

「亜人風情が口を利くな! 悪魔崇拝者め。敵であるお前達の神なのだから、我々にとっては悪魔そのものだろう」

 

 その言葉にヴィオラが剣の柄に手をかけようとするが、それをぐっと堪えたのがメリエルには見えた。

 

「さて、盾の悪魔。遺言くらいは聞いてやろう」

 

 尊大に構える教皇にメリエルは笑みを浮かべ、告げる。

 

「面白い冗談ね。気に入ったから、殺すのは最後にしてやる」

「狂人め」

 

 教皇は手に持つ得物――神聖な気配のするその剣をメリエルの首を横から切り落とそうと振るう。

 ラフタリアとヴィオラはすかさず動こうとしたが、体が動かなかった。

 拘束の魔法がいつの間にか、彼女達に掛けられていたが故に。

 

 ラフタリアとヴィオラの2人には全てが遅く感じられた。

 メリエルの首にゆっくりと迫る刃。

 

 三勇者達やそのパーティメンバー、そして随伴の騎士達や兵士達。

 誰もがメリエルが死んだことを確信し――

 

 

「……?」

 

 教皇は首を傾げた。

 刃は間違いなく首に食い込んでいる。

 そして、薄皮を切ったのか、血が僅かに滲み出ていた。

 

「どういうことだ! 何故、首が落ちない……!」

 

 教皇は声を荒げるが、メリエルはとても悲痛な顔となる。

 

「白旗を掲げ、戦闘の意思のない私に対し、一方的に盾の悪魔と罵り、挙句の果てに無抵抗であるにも関わらず、首を落とそうとした」

 

 そう告げて、彼女は一転、口元を歪め、恐ろしい笑みを浮かべてみせた。

 教皇はあまりの恐ろしさにたじろいだ。

 

「さて、教皇猊下。あなた方の正義の剣は、どうやら盾の悪魔の私には通用しないみたいだけど、どうする? まさか、随伴者の亜人を殺そうとはしないわよね? 悪魔に通用しないから、通用しそうな亜人を殺しましたじゃ、示しがつかないんじゃない?」

 

 教皇は言葉に詰まる。

 

「それに私は一体何をしたのかしらね? そもそも、私は最初のときと波の時以外、あなた方の前に姿を現していないのだけど……そういえばこの前、立ち寄った村で聞いたけど、城下町の方で何かあったの?」

「……教会と大聖堂が爆破され、多くの者が死傷した」

 

 メリエルは目を丸くし、そして悲しそうな顔となる。

 

「亡くなられた方々、被害に遭われた方々の為に私は祈りを捧げましょう」

「貴様がやったのだろう! 恍けるな!」

「証拠は?」

 

 すかさずメリエルが問いかけるも、教皇はその問いに、言葉が出ない。

 

「私がやったっていう証拠は? どうやってやったの? 人前に一切姿を見せず、痕跡も残さず? そんなことできるの?」

 

 教皇は全く言い返せない。

 事実、どこにも証拠がないのだ。

 そもそも爆発の直前まで、メリエルが城下町どころか、近隣の村や街での目撃情報すらない。

 目立つ容姿をしているので、もしも立ち寄っているならば誰にでも分かる。

 

 シルトヴェルトへ逃げる筈だ、という予想は当たっていたが、メリエルを見たという商人や旅人からの情報を統合すると、ドラウキューア山脈の方面から真っ直ぐにシルトヴェルト方面へと移動しているのが判明している。

 

 メルロマルクの城下町で大聖堂や教会を爆破するなんぞ、無理な話であった。

 

「盾の悪魔だからだ。洗脳の魔法とかが使えるに違いない!」

「そんな便利なものがあったら、もうあなたを洗脳しているわよ」

 

 ぐぅの音も出ない正論だった。

 

「で、どうするの? 証拠もないのに、教義にある通りに悪魔だからという理由で処断するの? 剣も効かないのに? どうやって?」

「き、きっともう一度やれば……」

 

 メリエルは溜息を一つ。

 

「正直に言うと、そろそろ反撃していいかしら? こっちも急いでいるのよ。未知なるシルトヴェルト、いざゆかん、冒険の旅へって感じで。悪魔なんだから、いないほうがいいでしょ?」

「亜人共の戦力が強化されるのは見過ごせん!」

「ああ言えばこう言う、話にならないわね」

 

 仕方がないので、メリエルは心を折ることにした。

 彼女は教皇が持っている剣の刀身をおもむろに掴んだ。

 ちょっとだけ皮膚が切れて、血が滲むが痛みはあんまりない。

 

「平和的に解決させてもらうから。ただし、私の基準で」

 

 メリエルはバフを唱え、全力で力を込めて、刀身を握りしめた。

 すると刀身はメリエルが掴んだ部分から徐々に罅が入っていく。

 ありえないと驚愕しながら、教皇は叫ぶ。

 

「や、やめろぉ! これは四聖勇者の武器を複製しようとしたもので……!」

「要するにパチモンってわけね。はいはい、偽物は廃棄処分よー」

 

 メリエルの言葉に教皇は引き剥がそうとし、慌てて兵士や騎士達も加勢しようとするが、それよりも早く――刀身が中程から折れた。

 

「はい、あなたの負け。どうしてこうなったのか、明日までに考えてきなさい。そしたら何かが見えてくる筈よ」

 

 教皇はショックのあまり、膝から崩れ落ちた。

 

「さて、三勇者共。私は以前に忠告した。私を敵に回さない方がいい、と。改めて尋ねるけど、邪魔をするのかしら? あなた方の体がああなるかもしれないわ」

 

 三勇者にそう告げながら、教皇が絶望のあまりに柄から手を離しているのが見えた。

 それにより、地面に転がった折れた剣。

 

 メリエルは何食わぬ顔でそれを回収した。

 

「ゴミを捨てるなんてダメ。これは私が責任を持って適切に色々しておくので」

「いや……まあ……いいけどよ。お前は本当に何者なんだ?」

 

 元康の問いに、メリエルは告げる。

 

「私は私よ。ただ、ちょっとだけ皆よりも強い」

 

 紙一枚分くらい、とジェスチャーで示してみせる。

 

「ちょっとだけ……なのか?」

 

 錬の問いにメリエルは不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「私の基準でちょっとだけなので。それじゃ、私もあなた達みたいにチヤホヤされたいので、シルトヴェルトに行くわ。邪魔をしたら……捻り切る」

 

 ぎゅーっと雑巾を絞るような動作をするメリエルに3人は身を震わせる。

 そのときだった。

 

 マルティが元康の背後から出てきて、メリエルの前に正座し、そして、そのまま頭を深々と下げた。

 

 突然の行動に一同は固まる。

 メリエルもどうしてそうなった、と目をぱちくりとさせた。

 

「メリエル様、これまでの数々のご無礼をお許しください」

 

 メリエルは元康へと視線をやる。

 彼も困惑顔だった。

 

 前振りもなくこれであったが、メリエルはもしやと思いつつ、伝言(メッセージ)をマルティへと飛ばす。

 

『マルティ、私のところに来てくれるの?』

 

 問いかけにマルティは驚いた様子であったが、幸いにも顔は地面に向いていた為に周囲が気づいた様子はない。

 

『うん。メリエル様のこと、好きになっちゃった。あなただけの女になるから、一緒にいさせて?』

『もう冤罪は嫌よ?』

『そんなことしないわ。それに……あなたは敵に回さない方がいいって分かったから』

 

 下手なことをしたら、容赦なくメリエルはやるということがマルティには実感できた。

 

『マルティ、うまくやりなさいよ? 合わせるから』

『任せて』

 

 メリエルに答え、マルティは告げる。

 

「これまでの罪滅ぼしとして、私をどうぞあなたの従者としてください。あなたは悪魔などではありません」

 

 メリエルはちらっと元康の方を見ると魂が抜けたような顔をしている。

 無理もないと少し彼に同情する。

 

「ええ。あなたの謝罪を受けましょう。ただ、私はあなたを信じきれないわ。少し、試練は与えるけれども」

「何なりと……盾の勇者、メリエル様」

「それならば良いわ。とりあえず、私達は通させてもらうから。マルティ、あなたはついてきて」

 

 メリエルは踵を返す。

 それにつられ、マルティは顔を上げ、立ち上がった。

 ラフタリアとヴィオラはマルティに胡散臭い視線を向ける。

 

 疑われているのは明らかだ。

 亜人風情が、とマルティは思うが、メリエルのモノであるならばうまくやっていかねばならない。 

 

 気に入らないから売り飛ばす、なんてことをした日には自分が売り飛ばされることになるだろう。

 

 そして、メリエル一行は無事に国境を抜けることに成功した。

 

 

 




メリエル「犯人特有の証拠提示要求」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メリエルの試練 あるいは嘘発見器

 国境を越え、シルトヴェルトへと向かう道中、小休止の為に適当な村に立ち寄ったところで、メリエルはマルティを呼び出した。

 

「マルティ、この前に言ったように試練を与えるから」

「えっ、あれって周りを納得させるための方便じゃなかったの?」

「えっ?」

「えっ?」

 

 マルティとメリエルは2人して顔をまじまじと見つめる。

 メリエルは咳払い。

 

「むしろ、私があなたを無条件に信じられると思っているの? やらかした後でも受け入れるって言ったけど、それなりのケジメはつけてもらわないと」

「それはそうだけど……」

「といっても、本当に難しいものじゃないわ。要するにただ、嘘をつかなければいいというだけなので」

「あ、それなら簡単ね。だって、メリエル様に対して嘘をつく理由なんてないもの」

「それじゃ、この指輪をはめて、質問に答えてね」

 

 メリエルはそう言って、指輪をマルティへと渡す。

 綺麗な装飾の指輪に彼女は見惚れながら、それを左の薬指につけた。

 

 意味が分かっているのかしら、いやいやここは異世界、地球と常識が違うんだろうとメリエルは思いながら、指輪の説明を行う。

 

「その指輪はちょっとした細工がしてあって、私以外では外すことができない」

「そうなのね」

「で、装着者が嘘をつくと蛙になる呪いが掛かっている。げろげーろ」

「……え?」

 

 そんなヤバイ代物だったなんて、とマルティは身を震わせつつも、逆にこれを乗り越えれば信じてもらえる筈だと彼女は奮起する。

 

「いいわ。何でも聞いて頂戴。嘘偽りなく、答えるから」

「じゃ、質問を開始するわ。ちなみに私は美少女が呪いで異形のものに変わっていくのを見ると興奮するタイプなので」

 

 蛙になっても愛でてあげるとメリエルは告げ、マルティは嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになりながら、メリエルからの質問を待つ。

 

「それじゃ最初に……私のところに来た理由を教えて頂戴」

「あなたのことが好きになったから。心の底から、こんな気持ちになったのは初めて」

 

 マルティに変化はない。

 メリエルは軽く頷いた。

 

「次よ。私を裏切る予定や未来はあるかしら?」

「ないわ。あなたとずっと一緒にいたい。養ってほしいけど……」

 

 メリエルは数秒の間をおくも、マルティに変化はない。

 

「あなたは亜人を嫌っているかしら?」

「嫌いよ。下賤な輩だと思っている」

「殺したい程に憎い? この世から亜人を根絶したい?」

「……別にそこまでではないわ」

 

 答えるまでに間があったものの、変化はない。

 

「私のところにいるラフタリア達に対しては?」

「たとえあなたのものだとしても、あんまり好きじゃないわ」

「亜人を嫌う理由は?」

 

 メリエルに問いかけられ、マルティは答えに詰まった。

 どうして自分は亜人が嫌いなのだ、と。

 マルティは明確な理由が見つけられない。

 

 ただ父親や、教育係、その他周りの多くの人間がそうだったからに過ぎない。

 

「……分からないわ。私は亜人に恨みがあるわけでもないし……」

 

 聞いた話によれば父親が嫌っているのは、メルロマルクに移住する前に色々あったらしい。

 マルティにとってはそれは父親の事情に過ぎないので、どうでもいいものだった。

 

「じゃ、別に問題はないわね。好きになる必要はないし、かといって嫌悪する必要もない。そうね?」

「ええ。そうね」

 

 マルティが頷いたことを確認し、メリエルは続ける。

 

「私が見たところ、あなたは利用価値で誰につくかを決めると思うのだけど、どう?」

「そうよ。私は自分にとって、一番利益がある人につくわ。最初から、あなたは私に気づいていたわよね? それはどうして?」

 

 マルティの問いにメリエルは肩を竦めてみせる。

 

「最初から私の前に立って、パーティメンバーになっておくべきだったわね」

 

 マルティは思い出す。

 あのときの謁見の間での出来事を。

 

 メリエルは盾の悪魔ということが信じられており、誰も同行する者がいなかった。

 そこにわざわざ横から、私が行ってもいいですよ、と志願するなんて、明らかに何かあると言っているようなものだった。

 

「……メリエル様って凄いわ」

「そのくらいは分からないと、すぐに蹴落とされる世界に生きていたので。さて、マルティ、他に何かあるかしら? 世間一般的にいうところの、悪行とかしていたりとかは?」

 

 メリエルの問いにマルティは笑みを浮かべて、告げる。

 

「私は他人を騙して陥れるのが大好きなの。楽しいから」

「何をやったの? 覚えている限りでいいから教えて」

「ええ、いいわよ」

 

 そして、マルティは語りだす。

 これまでに自身が行ってきた世間一般的には悪行とされることを。

 その対象は亜人もいれば人間もおり、種族による区別などは一切なかった。

 等しく、マルティによって多くの者達が破滅させられていた。

 彼女による悪行の告白は30分にも及んだ。

 

「覚えている限りだと、そのくらいかしらね。軽蔑する? クズと罵る?」

 

 マルティは挑発的な笑みを浮かべて、メリエルに問いかける。

 しかし、彼女はにっこりと笑う。

 

「いいえ。ただ破滅させただけなんて、あなたはとても優しいのね」

 

 マルティは、予想外の反応に目を丸くした。

 

「だって、私だったら、破滅させただけに留まらないもの。生かさず殺さず、寿命が尽きるまで使うから。破滅させて、はい終わりなんて、本当に優しいわ」

 

 マルティは興奮に体が震えてきた。

 それをどうにか抑えつつも、彼女は告げる。

 うっとりとした顔と声で。

 

「メリエル様って……本当に凄いわ」

「それほどでもない。ただ、有効に使っているだけよ。さて、質問を続けるけど……あなたの初めての相手は誰? いつの話?」

「フォーブレイに留学していたときで、タクトっていうフォーブレイの末席の王子よ。彼、手当たり次第に女に手を出しているから。もしかして、私が処女じゃなかったことを気にしているの?」

「いいえ、まさか。王女であるあなたが実は非処女っていうのは興奮した」

「じゃあ、何で聞いたの?」

 

 マルティの問いにメリエルはとても爽やかな笑みを浮かべる。

 

「簡単よ。だって、一国の王女の処女を奪った相手よ。たとえそれが大国のフォーブレイの王子であったとしても、外交問題化は避けられない。あなた、口はうまいほうでしょうし」

 

 メリエルは本気で裏側で動いて戦争を引き起こしてやろうかと考える。

 両国が争って、どちらにも色んなルートを通じて物資や武器を売却し利益を得て、程よく疲弊した後に横合いから自分が殴りつければ、どっちもあっさりと軍門に降るという寸法だ。

 

 無関係の国同士を争わせて漁夫の利を得るのは基本中の基本なのである。

 

 

「マルティ、あなた、国が欲しい?」

「国は仕事が面倒くさいからいらないけど、贅沢はしたいかな。女王として君臨して、贅沢の限りを尽くすっていうならいいかも」

 

 清々しいまでの最低な発言であったが、メリエルからすればこのくらいのほうが一緒にいて面白い。

 

「じゃあ、国取りはやめましょう。あなたの住居として、黄金で城を作るってのは?」

「欲しい!」

「金貨の池とか欲しい?」

「欲しい! あと、エステとか服とか色々欲しい!」

「欲しいもの、全部あげる」

 

 マルティは感極まって、体を震わせて、メリエルへと抱きついた。

 

「ねぇ、メリエル様。そんなにしてくれるなら、私、何でもしてあげたいな……」

「それなら、あなたの忠誠と愛をもらえるかしら? 私だけに尽くして」

「うん、尽くす……メリエル様、私以外にも女が欲しい? 欲しいなら、紹介するけど……」

「じゃ、紹介して。私もハーレム作ってみようかしら。ああ、あなたが気に入らないからって他の子に、やらかすのはナシよ?」

「そんなことしないわ。勇者ってハーレムを作るのが使命みたいなところがあるし……」

 

 なるほど、とメリエルは軽く頷く。

 彼女が調べた限りでは勇者の血を王族に取り入れるのはフォーブレイが有名であるが、他国であってもそれは大っぴらにしていないだけで行われている。

 そして、それは国レベルではなく民間レベルであっても。

 

 勇者との間に子供ができた、となれば母親の種族や生まれなどに関係なく、勇者本人からは勿論、国からも支援を受けることができる為に。

 カネと名誉、どっちも手に入れられる手っ取り早い手段として、勇者の女になるというのは公然の秘密だった。

 

「ところでマルティ。フォーブレイって勇者の血を取り入れ続けているのに、何だか王族が大変なことになっているのは……」

「それが不思議なのよね」

 

 マルティも分からないらしく、困った顔だった。

 フォーブレイは一部の例外を除いて、クズの家系と化している。

 勇者の血を取り入れ続けているにも関わらず。

 

 メリエルもフォーブレイに関してはメルロマルクでは得られる情報に限りがあった為、詳しく分からないが、王族から勇者に嫁ぐ、あるいは妾となる女は才色兼備の者も多かったらしい。

 優秀な両親から優秀な子が生まれるとは限らないとはいえ、メリエルが分かる範囲でメルロマルクで調べたところ、フォーブレイの今の王族は外れがほとんどであり、当たりと言える輩は1割もいないというあり得ない状態だ。

 能力的にはそれなりであっても、性格に問題がありすぎるのが多い。

 アレではフォーブレイは落ちていく一方ではないか、とメリエルは心配になってしまう。

 

 とはいえ、メリエルからすれば個人的にフォーブレイの王とは会ってみたいという思いがある。

 豚のように醜悪な外見らしいが、調べた限りでは彼とは女のことで馬が合いそうだという予感があった。

 

 メリエルは仮説を立てる。

 王族側の女は勿論のこと、生まれた子は帝王学などを叩き込まれるだろうから、教育にも問題がないとすれば――答えは一つしかないのではないか。

 

「勇者の種に問題があるのかしらね……」

 

 まあ、自分みたいなのが子供を産ませたら、そうなるかもとメリエルは納得する。

 彼女としても自分の性格が悪いどころか、最悪という自覚はあるが、改める気は全く無いので余計にタチが悪い。

 

「メリエル様の種に問題があるわけがないわ。確かに、ちょっと特殊な体だから、孕みにくいかもしれないけど……」

「私の性格の話よ」

「メリエル様の性格ってとても良いと思うけど……」

 

 メリエルは溜息をついた。

 マルティは本当にそう思っていることが分かった為に。

 

 メリエルがマルティに仕掛けたものは指輪だけではなく、真意看破の魔法も使っており、ダブルチェックしていた。

 指輪の呪いに対する耐性があるかもしれなかったが為に。

 結果、マルティのこれまでの発言は全て真実であり、かつ本心から出たものであることがメリエルには理解できた。

 

 マルティはどうやら常人とは違った感覚であることが分かった。

 その最たるものが、彼女は本気でメリエルの性格がとても良いと思っていることだ。

 

 オルトクレイはフォーブレイでは末席の王子だった。

 そしてフォーブレイの王族はクズの家系であり、マルティにその血が色濃く出たと考えれば不思議ではない。

 

「ともかく、これで終わりよ。指輪はどうする?」

「メリエル様から貰ったものだから、つけてるわ。効果はともかく、結構綺麗だし……」

 

 そう言って指輪に口づけるマルティにメリエルは肩を竦める。

 指輪の効果は勿論、真意看破もまだ発動している。

 マルティは本気でそう思っているのだ。

 

「うっかり嘘を言うと蛙になるから、気をつけなさいよ」

「ええ、構わないわ。だって、そうなってもメリエル様なら治してくれそうだし……何より、私が蛙になっていく姿を見て、興奮してくれそう……」

 

 その美しい瞳を潤ませて、メリエルを見つめるマルティ。

 メリエルは思った。

 

 もしかして、自分は彼女の新しい扉を開いてしまったのではないか、と。

 まあいいや、とメリエルはすぐに考えることをやめた。

 

 

 

 

 

 

 マルティとメリエルの会話は耳が良いラフタリア達に聞こえていた。

 勿論、彼女達がマルティとメリエルが2人きりになるということで、何を話すのか興味があったから、というのもある。

 メリエルは気づいていたが、別に聞かれて困る内容でもなかったので放置した。

 

 

「……悪魔と大魔王の会話にしか聞こえません……」

 

 ラフタリアの言葉にヴィオラとエレナは頷いた。

 

「私としては、本当に勇者様になって欲しいんです。メリエル様はとてもお優しい方ですから……懐だって深いですし……」

「私だってそうだけど……ねぇ……?」

 

 ヴィオラはラフタリアに答えつつも、エレナへと視線を向ける。

 盾教を信仰している彼女としては色々と大問題なのでは、という意味を込めたものだ。

 

「おそらく、歴代のどの勇者様方よりも強く、頼もしい方だと個人的には思います」

 

 エレナの言葉にラフタリアとヴィオラも頷かざるを得ない。

 正直なところ、メリエルにできないことはこの世の誰にもできないんじゃないか、と思ってしまうくらいには彼女は万能だ。

 実は勇者じゃなくて造物主です、と言われても信じてしまえるくらいに。

 

「それよりも、メリエル様がハーレムを作ると仰られたことの方が重要です」

 

 エレナの言葉にラフタリアとヴィオラは赤面し、何も言えなくなってしまった。

 そういう目で見ていたのかという思いと、愛でるとか何とか言っていた記憶があるような、ないような、そんな気もした為に。

 

 そんな2人の様子を見ながら、エレナは確信する。

 まだこの2人はメリエルと深い仲になってはいない、と。

 

 王女の方は既に関係を持っているようであったが、その程度を気にするエレナではない。

 ハーレムを作るのは勇者の裏の使命のようなところがあるので、それは仕方がない。

 

 シルトヴェルトの為、何よりも自分の為に、そして自分を助けてくれた恩返しも兼ねてエレナはメリエルに狙いを定めていた。

 

 




メリエル「ハーレム作るか~~!(特殊性癖てんこ盛り大好き)(性癖のブラックホール)(無限大のストライクゾーン)(妾の生活費から遊興費まで何もかも全て面倒をみる)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初手脅しから入る勇者生活

「……なんかフィーロ、変わった?」

 

 メリエルがフィーロの本来の姿でもふもふしていたとき、あることに気がついた。

 ぱっと見た感じ、白い羽とところどころにある桃色羽、そしてくりっとした青い目で巨大な鳥だ。

 

 口さがない者が見ればデブ鳥とでも呼びそうな姿。

 しかし、その羽毛にメリエルが顔を埋めたとき、羽の裏側が黒と白が入り交じった紋様になっていた。

 

「フィーロはフィーロだよ?」

「こんな黒と白の模様、あったっけ?」

「ずっと前からあったよ」

 

 メリエルはラフタリアへと視線を向けた。

 

「以前からありましたよ? 裏側だけなので気づかなかったんじゃないでしょうか?」

「あっ、ふーん……」

 

 メリエルは察した。

 この黒白模様は自分の本来の姿のアレであったからだ。

 

 カルマ値が変動して、真っ黒になったりしそうとメリエルは思う。

 フィーロは基本的に馬車を引いているか、ティアとじゃれ合いという名の模擬戦をしているかのどれかだ。

 たまにメリエルが遊んであげる程度だが、さすがに羽毛に顔を突っ込んだことはないので気づくのが遅れたのだろう。

 

「ちょっと失礼」

 

 メリエルはそう言いながら、フィーロの羽毛の中に顔をこれでもかと突っ込んだ。

 体表がどうなっているか、確認したかった為に。

 

 体表面は肌色で、感触は柔らかく、また温かい。

 普通の鳥――というかフィロリアルと大して変わりはなさそうだ。

 羽毛を取れば思った以上にスリムであったというのが収穫といえば収穫。

 

「フィーロ、ちょっと人型になって」

「はーい」

 

 メリエルの言葉に素直に人型になるフィーロ。

 金髪碧眼で白い羽の幼女だ。

 

「フィーロ、その羽に黒色を交ぜることってできる?」

「んー!」

 

 フィーロは踏ん張ったような声を出すと、徐々にその白い羽が黒く染まっていく。

 

「んー、いきすぎた」

 

 フィーロはそう言うと、今度は徐々に黒が引いていく。

 やがて白と黒が入り交じった不可思議な羽ができあがった。

 

「……やっぱり餌が悪かったのかしら。それともやっぱり私が悪いのか」

 

 白と黒が入り交じったその羽は紛れもなく、メリエルの種族である混沌の天使そのものだ。

 

「魔法って使える?」

「うん! どらごんらいとにんぐ!」

 

 舌っ足らずな呪文名と共にフィーロの片手から放たれた白い稲妻がドラゴンのような形になって飛んでいった。

 メリエルは察した。

 

 やっぱり餌が悪かった、と。

 調子にのって、ユグドラシルの餌なんてあげるんじゃなかった――いや結論としては私が悪いに落ち着くじゃないか――!

 

 メリエルはティアへと視線を向けた。

 フィーロが人型になったことで対抗したのか、向こうも人型だ。

 フィーロと同じくらいの背丈であり、また同じ金髪であるが、彼女は紅い瞳だ。

 ティアの方は頭に角、背中には翼、お尻には尻尾がある。

 

「ご主人様! ティアも使えるよ!」

「あ、すごい嫌な予感がする……」

天候操作(コントロール・ウェザー)

 

 フィーロとは違い、流暢に唱えられた。

 天気は曇りであったのだが、たちまちのうちに雲一つない青空へと早変わり。

 太陽の日差しが心地よい。

 

「……私は悪くないので」

 

 責任転嫁したところで、事態は変わらない。

 メリエルは溜息を吐く。

 ユグドラシルの餌を与えたら、ユグドラシルの魔法を覚えた。

 餌によって色々変わるのかもしれない。

 七色鉱とか熱素石とか食べさせたら、冗談抜きでやべーことになるんじゃないか――?

 

 そんなことを思いながら、メリエルはラフタリアを見る。

 不思議な魔法にラフタリアは驚くが、特に気にすることもなく無邪気にフィーロとティアを褒めている。

 その光景を見て、メリエルは何となくある疑問が浮かび、それを口にする。

 

「ティア、フィーロ。もしかしてだけど……子供じゃなくて、もうちょっと大きな姿になれる?」

 

 メリエルの言葉に2人は変身する。

 あっという間に金髪碧眼で大きな白い羽を持つ女性と金髪紅眼で、ドラゴンの角と翼、尻尾がある女性になった。

 子供のフィーロとティアが大きくなったら、こうなるだろうなという見た目だ。

 

「ご主人様はこっちの姿のほうがいい?」

「ご主人様の好きなほうになりますわ」

 

 言葉遣いも舌っ足らずなものではなく、見た目に相応しいものになっていた。

 メリエルは「あー」とか「うー」とか何とも言えない顔で声を出しながら、ラフタリアへと視線を送った。

 ラフタリアは目を丸くして、フィーロとティアを交互に見て、メリエルへと視線を向けた。

 

「どうするんですか、メリエル様……」

「どうしよう、ラフタリア……」

 

 息ぴったりだった。

 そこへヴィオラが髪と同色の銀色尻尾を揺らしながら現れた。

 彼女はフィーロとティアへと視線を向け、メリエルに告げる。

 

「メリエル様、もうハーレムメンバーを……」

「待って待って待って」

 

 メリエルは説明するしかなかった。

 

 

 

 その光景を見ていたマルティは心に決める。

 フィーロとティアにも気をつけよう、と。

 どう見てもそこらの人間がどうにかできるレベルではなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折あったものの、どうにか説明し、事情を知った面々は驚愕していたが、メリエルだから、ということで納得した。

 そんなことがあったものの、シルトヴェルトへ向かう一行。

 

 その途上で、変わった女性にメリエルは出会った。

 出会った場所は中華風の国のとある村で、ここを越えればシルトヴェルトはすぐのところだった。

 

「お待ちしておりました、盾の勇者様」

「あ、怪しい壺はいりませんので」

 

 メリエルはすーっと通り過ぎようとする。

 チャイナドレス姿の黒髪の女性はすかさず回り込んだ。

 メリエルは、さらにその横へ移動しようとするが、相手も中々にやるもので、更に回り込む。

 

「カバディ……カバディ……」

「メリエル様、何をやっていらっしゃるのですか?」

 

 ラフタリアは呆れながらそう言った。

 

「いや、なんかこういうときは言わないといけないって昔、友達に言われた」

 

 似たような状態になったことがユグドラシル時代にあり、そのときはギルメンからこういうときはカバディカバディって言うんですよ、と教えてもらったことがある。

 何でもインドでは互いに道を譲るときにぶつからないように知らせる為、カバディカバディというんだ、と得意げに話していたのが印象的だ。

 

 るし★ふぁーがそんなことを知っているなんて、とメリエルは感心したものだ。

 

「私はオスト=ホウライと申します」

「はぁ、どうも。で?」

「私は霊亀の使い魔です」

「ちょっと待った」

 

 メリエルはコメカミを押さえた。

 最近、衝撃の事実が色々と明かされすぎではないか、と。

 

 フィーロやティアときて、今回のオストだ。

 霊亀というのは詳しいことは知らないが、四霊とかいうの一つで世界の守護獣だとか何とかメルロマルクの機密文書にあった。

 メリエルは胡散臭い視線を向けるが、オストは涼しい顔だ。

 嘘をつくならもうちょっとマシな嘘があるだろうことから、おそらくは本当なのだろう。

 真意看破を使って、念の為に確認してみると本当であった。

 

「で、その霊亀の使い魔さんが私に何の用?」

「あなたを見極めさせて頂きたく……」

「それで?」

「あなたの力は勇者という枠に収まるものではありません。世界にとって害を為すか否か、それを私は確認せねばなりません」

「ついてくるの?」

「早い話がそうですね。同行します」

「……料理は作れる? ここの地元料理」

「ええ、勿論です。長いこと、この国にいますので」

「何かやっちゃいけないこととかある?」

「世界そのものを壊そうとしたりとかですね」

 

 それなら大丈夫そうだ、とメリエルは思いつつ、あっさりと許可を出した。

 

「メリエル様、私が言うのもなんですけど……濃いメンバーですよね」

「濃さでいうとマルティがぶっちぎりで1番、あなたとかヴィオラとかは濃くない方だから安心して」

「それは安心していいんですか? というか、それって影が薄いって意味じゃ……」

「大丈夫大丈夫、私のタヌキチちゃん」

 

 イイコイイコと頭を撫でるが、ラフタリアはとても不満そうな顔だ。

 

「メリエル様、そんなことよりさっさとシルトヴェルトへ行きましょう」

「非常に納得がいきませんが、同意見です」

 

 マルティとエレナの言葉にメリエルは肩を竦めるしかなかった。

 

 

 

 そしてこの後、ミレリアの影が近い内にメルロマルクへ帰還することを伝えに、接触をしてきたが、メリエルはついでに彼女にお遣いを頼んだ。

 メルロマルク軍と三勇教が国境でやらかしたことを映像として記録したスクロールのコピーをミレリアへ配達してもらうことだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、この雲泥の差」

 

 メリエルはそう言いながらも、気分良くあっちこっちに向いては手を振ってみせる。

 さながら凱旋パレード。

 

 沿道にはずらりと大勢の市民達が詰めかけており、メリエルに歓声と手を振っている。

 

 マルティは当然ね、と言わんばかりの顔をしており、何なんだコイツという目でラフタリアから見られている。

 とはいえ、マルティの面の皮は分厚いため、その程度では彼女の心に何の痛痒も与えることはできない。

 

「まずは偉い人達にご挨拶して、その後はのんびりしましょうか」

 

 そういやメルロマルクの波ってもうそろそろなのかな、とメリエルは思ったが、まあ、呼ばれたら行ってやらんこともない程度には考えていた。

 実験もしたかったので。

 

 

 

 そんなこんなでメリエルは元奴隷達を適当な場所に留め、自分はエレナの先導でシルトヴェルトの首脳陣と会談に望むこととなった。

 

 

 

 

「盾の勇者、メリエル様。よくぞ我が国においで下さいました」

 

 ハクコ、アオタツ、シュサク、ゲンムの種族からなる4人の指導者達は笑顔でもって、メリエルを迎えた。

 

「事態は聞いております。我が国の民や密偵を助け出して頂き、この度は真にありがとうございます」

 

 続き、深く頭を下げる4人。

 メリエルは軽く手を振り告げる。

 

「うむうむ、苦しゅうない……基本的にこの国を拠点とし、動きたいのだけど、良いかしら?」

「勿論でございます。我らシルトヴェルトの民は総力を挙げて、メリエル様にご協力を致します」

「そう、それならば良し。じゃ、滞在料金を」

 

 滞在料金なんていりません、と言う前に彼ら4人の前に金塊がどん、と4つの山を作っていた。

 

「……は?」

「あなた達も政治家だから、色々と思惑はあるのだろうけど、それで私をどうこうしようというのはやめておきなさい。エレナから詳しい報告は聞いているだろうけど、あまりオイタが過ぎると、シルトヴェルトが月まで吹っ飛ぶことになる」

 

 女神のような笑みを浮かべながら、そう告げるメリエルに4人は戦慄する。

 エレナからの報告は彼らの下にも当然届いている。

 

 メリエルが敵となったならば、メルロマルクの悲劇がシルトヴェルトで再現される。

 それも、決してメリエルがやったという証拠がないように。

 

「私に手を出すということは全ての権力と財産を失うことになる。その地位にいるのだから、そのくらいは理解できる頭があるでしょう?」

 

 メリエルの問いかけに4人は息を呑んだ。

 盾の勇者がシルトヴェルトに来る、という情報がもたらされたとき、彼らも含めた重鎮達の間であることが持ち上がった。

 盾の勇者を傀儡にしよう、というものだ。

 

 さすがにそれは、と苦言が相次いだが、盾の勇者があまりにも暗愚であった場合はその限りではないだろう、という妥協案で落ち着いた。

 

 そして、今、こうして蓋を開けてみたら、結果は――傀儡になどとてもではないが恐ろしくてできない輩だった。

 

「そのカネでぐだぐだ抜かす連中を私の前に連れてきなさいな。捻りきってやるから」

 

 雑巾を絞るような動作をしつつ、メリエルは絶望のオーラを最低レベルで発動させる。

 すると4人は恐怖に震えながらも、我々で処理します、と宣言した。

 

「それなら良いわ。安定した国がいいもの。あ、それとエレナから報告がいっていると思うけど、私は女の子の選り好みはしないので」

 

 最後が何ともしまらなかったが、ともあれメリエル優位のまま会談は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乾いた音が謁見の間に響き渡った。

 突如の凶行であったが、誰も動ける者はいない。

 

 頬を思いっきり引っ叩かれた被害者はオルトクレイ、そして加害者は――

 

「み、ミレリア……」

 

 信じられないといった顔のオルトクレイだが、ミレリアは容赦しない。

 

「あなた……本当に、愚かになってしまったのね」

「だ、だが、私はもうこれ以上、家族を失いたくなくて……!」

「その結果、どうなったか言ってみなさい! 全てはあなたとマルティの責任です!」

 

 ミレリアは言い放ち、手元に持っていた報告書を大きな声で読み上げてみせる。

 

「死者は最低でも1000人以上です! 戦争も疫病もない国の王都で、一般市民が亡くなった数としては世界最悪ですよ!」

「そ、それは盾の悪魔が……」

「まだ言うつもりですか!? 盾の勇者様です!」

 

 ミレリアの剣幕に、オルトクレイは口を何度か閉じたり開いたりして、ようやく言葉を絞り出す。

 

「た、盾の勇者がやったことだ!」

「ええ、そうですね。状況証拠や動機としてはこれ以上ないでしょう」

 

 ミレリアの同意にオルトクレイは「分かってくれたか」と笑みを浮かべるが、瞬時にその笑みは凍りついた。

 ミレリアの顔がまるで般若のような恐ろしい形相であった為に。

 

「ですが、証拠はどこにあるのですか? そもそもメリエル様はその当時、城下町はおろか、近隣の村や街にすら目撃情報がありません。透明化の魔法でも使ったというつもりですか?」

 

 オルトクレイは何も言えなくなってしまう。

 メリエルの目撃情報がどこにもないことは、彼にも当然報告されていた為に。

 そして、その拠点がドラウキューア山脈あたりにあったことや、そこから一直線にシルトヴェルトへ向かったことも報告されている。

 

「あなたは読み違えたの。メリエル様だけは決して敵に回してはいけなかったのよ。もし、周りからの迫害の中で、あなただけでも庇っていたら、きっとあの方はメルロマルクに莫大な利益をもたらしてくれたでしょうに」

 

 メリエルの財力は底が知れない、とはミレリアが裏から手配し、斡旋した奴隷商からの報告だ。

 まるで手品のように、金塊や銀塊が渡される、と彼は報告してきていた。

 

 どこかから取り出しているという素振りではなく、一瞬のうちに目の前に現れるのだという。

 

 盾の能力によるものかは分からないが、もしも金や銀を作り出せるというのなら――どれだけの利益をメルロマルクが得ることができただろうか。

 

「亜人の神である盾の勇者は……強くさせてはいけないのだ……」

「あなたがメルロマルクに来る前の、フォーブレイでのことは私としてもとても悲しく思います。ですが、それはメリエル様がやったのですか?」

「そうではない……そうではないんだ、ミレリア……私だって分かっている。彼女は何の関係もないんだ……彼女が他の勇者共とは違うことが、リユート村の波で分かっていた」

 

 リユート村では表立ってはいないが、村民達の間ではメリエルは盾の勇者として認識されている。

 どこからともなくやってきて、危機を救って、お礼を言う間もなくあっという間に去っていった、と。

 それも村に一切の被害を出さずに。

 

 当時の三勇者の動きでは村に甚大な被害が出たことから、正直な話、メリエルがいてくれて良かったというのが真実ではある。

 

 だが、感情は厄介なものだ。

 目を容易く曇らせてしまう。

 

「あまり期待はできないけど、マルティがメリエル様についていっているわ。私も一刻も早く、メリエル様にお会いし、謝罪をしなければならない」

 

 ミレリアの言葉にオルトクレイは静かに、聞いている。

 

 

「あなたから王族としての権利を全て剥奪し、禁固刑とします。加担した全ての家臣らも同様です」

 

 そして、ミレリアは懐から1本のスクロールを取り出し、それを使った。

 映し出される映像をオルトクレイは見る。

 

 そして、その顔色は一瞬で蒼く染まった。

 

 白旗を掲げてメルロマルク軍へと近づくメリエル達。

 直前で止まったところで出てくる教皇。

 三勇者の姿もある。

 

 そして、無抵抗のメリエルに教皇がその首を目掛けて剣を振るったところで映像が途切れた。

 

「意味は分かりますよね? メリエル様は最後のチャンスを我々に与えてくれました。この映像が他国に渡った瞬間、メルロマルクは比喩ではなく、終わります。メリエル様はこういうことができる御方なのですよ? 昔のあなたと同じくらいかもしれません」

 

 オルトクレイは沈痛な顔で問いかける。

 

「……ミレリア、私はどうすればいい……?」

「後回しです。あなたの処遇よりも、重大で緊急の問題が山積みなので。大人しく牢屋に入っていなさい」

 

 

 

 オルトクレイが連行された後、ミレリアは玉座へと座った。

 そして、一部始終を見させていた自らの後継者であるメルティへと告げる。

 

「メルティ、すぐさま影と共にシルトヴェルトへと向かい、メリエル様へ具体的な会談の日時と場所を伝える役目を与えます」

「はい、お母様」

「私はメリエル様が来られるまでの間、国の大掃除をします。30分以内に支度をしなさい。その間に私は書状を作成しますので」

 

 ミレリアの命にメルティは優雅に礼をし、謁見の間を出ていった。

 

「大義名分まで頂いてしまったわ」

 

 ミレリアはそう呟いた。

 

 あの映像があればどんな輩であろうと三勇教への粛清に対して口を閉じるしかない。

 以前から弱体化させていたとはいえ、ここまでやらかしてくれたことは不幸中の幸いといえるかもしれない。

 払った代償は大きすぎたが、今は悲しみに浸るよりもやることがあった。

 

「女は選り好みしない、か……」

 

 歳がいっている自分を要求されることはないと思いたいが、もしもの場合を考えて覚悟もしておかなければならないだろう。

 

 そう思いつつ、ミレリアは国の大掃除に取り掛かるべく、影に指示を飛ばし始めるのだった。

 

 




オルトクレイ「叩かないで……」
ミレリア「激おこ」
メルティ「お母様こわいけどすごい」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

味方には希望と幸福を

 

 シルトヴェルトにメリエルがやってきて1週間。

 元奴隷達の生活や職の斡旋をシルトヴェルトに任せ彼女は何をしていたかというと――特に何もしていなかった。

 

 シルトヴェルトの名物料理を食べたり、観光名所を見て回ったり、亜人達を見ては、その耳と尻尾を思いっきりもふもふしたり、オストの中華料理っぽいものを食べたりと食っちゃ寝生活だった。

 

 そんな中、ラフタリアはある決意をし、メリエルにとある申し入れを行った。

 

 

 

 

「……え? パーティーを抜けるって?」

 

 寝耳に水の出来事にメリエルは目を丸くした。

 思わず、座っていたソファから腰を浮かしてしまうくらいに。

 

「あ、いえ、抜けるというか、一時的にちょっと……用事がありまして……」

「別行動を取りたいってこと?」

 

 問いに頷くラフタリアにメリエルは胡散臭い目を向ける。

 その視線にラフタリアは溜息を吐く。

 

 隠し事なんて、できないと思いながら。

 

「私の、前の主についてです」

「聞きましょう」

 

 メリエルはソファに座り直し、周囲を探るも、ラフタリア以外の気配はない。

 

「……私の住んでいた村が波に襲われて、その後に暴徒と化した兵士達に襲われ、貴族のところに幼馴染と一緒に捕らえられました」

「それで?」

 

 メリエルの表情は、おそらく予想がついているだろうが、怒りなどそういった感情は全く見受けられない。

 平静そのものだ。

 

「生きているかどうか、分かりません。けれど、行って……ケジメをつけたいです」

「何故、わざわざここに来てそれを? メルロマルクにいた頃、さっさと言えば良かったのに」

「……メリエル様が派手なことばかりやるから、言う暇もなかったんです」

 

 言われて、メリエルは思い返す。

 モンスター狩りによるパワーレベリングや模擬戦はともかく、波、決闘騒ぎ、そしてシルトヴェルトに行くきっかけとなった三勇教への報復テロ攻撃。

 

 レベリングとか模擬戦とかはともかく、騒動の原因は全部メリエルにあった。

 とはいえ、彼女は弁明する。

 

「過去の詮索はご法度だと思ったから、特に聞かなかったけど、聞いたほうが良かった?」

「……ちょっとくらいは気にしてくれても良かったと思います」

 

 不満げな顔を披露するラフタリアにメリエルは腕を組む。

 

「といってもね……あんまり藪をつついて蛇を出すってなってもイヤだったし。夜になるとパニックを起こすって聞いていたし」

「エリクサーって凄いですよね……おかげで、症状がかなり軽減されました」

 

 ありがとうございます、と頭を深く下げるラフタリア。

 気にするな、と言わんばかりにメリエルは手をひらひらと振る。

 そして、メリエルは問いかける。

 

「ラフタリア、過去にケリをつけるのはいいとして、私もついていっていい?」

「そうくると思っていました。ダメって言ってもついてきますよね?」

「ええ、そうよ。だって、あなたは私の従者だもの」

 

 ぐへへへ、とあくどい笑みを浮かべて見せるメリエル。

 

「それに十中八九、死んでるわよ? 死体が残ってればいい方だけど、大抵は埋められているか、犬の餌か、そのどっちか」

 

 メリエルの言葉に、しかしラフタリアは意志を曲げない。

 顔が憂いを帯びるも、それは一瞬だ。

 

「構いません」

「意外ね、怒ったりしないなんて。ひどい言い方をしているんだけど」

「メリエル様の性格が悪いのは、よく知っていますから」

 

 見事なカウンターで返されたメリエルはぐぅの音も出ない。

 言葉に詰まった彼女にラフタリアはクスクスと笑いながら、問いかける。

 

「ところで何故、ついてくるんですか?」

「ちょっと実験をしたいので。うまくいけば、あなたのトラウマは解消されるし、何ならメリエル教って宗教を立ち上げるかもしれない」

「いや、さすがにそれはちょっと……」

 

 身内には優しい人だけど、それ以外から見れば紛うことなき大魔王なのだ。

 そんな大魔王が問いかける。

 

「ラフタリア、世界を救って欲しい? それともちゃんと人も救って欲しい?」

「……何か、物凄い裏がありそうな言葉ですね」

「どっちもっていうのもアリだけど」

「どっちもで」

 

 即答したラフタリアに、メリエルは心得たと頷いた。

 

「じゃあ、なるべく世界と人に被害は出ないようにするから。とりあえず、奴隷商のところで前の主とやらの聞き込みをしましょうか」

 

 人助けもできて、実験もできる。

 これぞまさに一石二鳥だとメリエルは思いながら、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはこれはメリエル様。ご無沙汰しております……」

 

 メリエルとラフタリアは転移門(ゲート)で適当なところに転移した後、こっそりと奴隷商の下を訪れていた。

 恭しく頭を下げてくる奴隷商にメリエルは問いかける。

 

「端的に言うけど、ラフタリアの前の主について」

 

 そう言いながら、メリエルは奴隷商の前に金のインゴットを5本、置いた。

 彼は軽く頷き、帳簿を取ってくると、わざとらしく告げる。

 

「えーと、あの少女はイドル=レイディアという貴族が前の主ですね。おっと、彼の領地の地図を落としてしまいました」

 

 大根役者っぷりであるが、メリエルもラフタリアもそういうことは気にしない。

 素早くその地図を拾って、頭に叩き込む。

 

 近場に転移して、そこから行ける――

 

 メリエルは考え、問いかける。

 

「屋敷内の地図は?」

「さすがにそれはございませんね」

「それなら仕方がないわね」

 

 メリエルはそう言いながら、地図を奴隷商へと渡した。

 

「ところでどうですか? 良い子が入っていますけど」

「例えば?」

「ゼルドブルに親戚がいましてね。是非ともご贔屓に、ということでこっちに回ってきた兄妹なんですよ。メリエル様はどこにいるかさっぱり分かりませんから、メルロマルクの方が確率は高いだろうと……国境を突破してシルトヴェルトに行かれたと聞いたときは仰天しましたよ」

「色々あってね。帰りにまた寄るわ。とりあえず手付金」

 

 金のインゴットではなく、金貨を10枚、奴隷商へと握らせる。

 シルトヴェルトで金や銀をちょっとだけ換金して得たものだ。

 奴隷商は両手を叩き、にんまりと笑う。

 

「さすがはメリエル様。買い方をよくご存知で!」

「カネの掛けすぎ、とは言わないのね?」

「いえいえ、色々なサービスも致しますので。それと是非、ゼルドブルの方にもお立ち寄りください。私の方から伝えておきますので……」

 

 そう言いながら、奴隷商はラフタリアをじーっと見つめる。

 

「……しかしまあ、あの子供がこんなにも……処女で金貨35枚はカタイですな」

「あいにくと得難い人材なのよ。どれだけカネを積まれようとも手放す気はないの」

 

 メリエルの言葉にラフタリアは嬉しそうに微笑み、そして奴隷商はしてやられたと言わんばかりに額に手を当ててみせる。

 

「カネは手に入るけれど、優れた人材というのはたとえ金貨100万枚あっても、得られるわけではないわ」

「全くの道理です。いやはや、メリエル様に買われる奴隷は幸運ですなぁ」

 

 奴隷商が見たところ、ラフタリアの身なりや装備は非常に良い。

 それこそ王室御用達の職人や熟練の鍛冶師が丹精込めて作り上げたような品の数々だ。

 

 装備と衣類だけで、最低でも金貨500枚――

 

 奴隷商は癖でついつい、鑑定してしまう。

 そして、それだけの装備や衣類を奴隷に持たせることができる財力に脱帽するしかない。

 

「亜人も人間もその他色んなのも、私からすれば等しく同じものよ。種族で区別(・・)はしても、差別(・・)は決してしない」

「至言ですが、私共からすれば耳の痛い言葉ですな」

「そういう商売なんだから、我慢しなさいな。ともあれ、そのことをゼルドブルの親戚とやらにも伝えておいて頂戴」

「ええ、分かりました」

 

 

 

 

 メリエルとラフタリアは奴隷商のところを後にし、レイディア領へと赴いていた。

 この間、ラフタリアは妙に機嫌が良かった。

 メリエルは自分の発言が何か彼女の機嫌を良くしたのか、考えてみたものの、さっぱり分からなかった。

 

 何しろ、メリエルからすれば使えるものは何でも使え、という大前提がリアルのときからある為に、現地の宗教だか慣習だかで差別されていようが何だろうが、そんなものは関係なかった。

 使えるなら使うし、使えないなら使わないというそれだけの話だったが為に。

 

 とはいえ、それはこの世界においては非常に変わった考えであった。

 

 

 

「殺してもいいわよ?」

「いえ、それはちょっと……」

 

 屋敷へと潜入する際、メリエルの言葉にラフタリアはそう答えた。

 メリエルは、優しい子だなぁ、と思いつつも、あくまで今回は付き添いなので、支援に徹することにする。

 

 ただ襲撃者が自分達だとバレるのはそれはそれで問題なので、変身アイテムだけは使用する。

 そして、2人は屋敷内へと忍び込む。

 

 完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を使用している為、兵士達は全く気が付かない。

 

 ラフタリアは見覚えがあるのか、さほど迷うことなく、屋敷内を歩き、やがて地下へ通じる階段を見つけた。

 小さく悲鳴が聞こえたような気もする。

 どうやら屋敷の主はお楽しみのようだった。

 

「地獄しかないわよ? 私が処理してもいいけど」

「いえ、大丈夫です」

「そう。辛くなったら、そう言ってくれればいいからね」

 

 メリエルは復讐を否定しない。

 一区切りをつける為にも、むしろ後押ししちゃうタイプだ。

 

 ラフタリアがイドルとやらに拷問をやるなら、アドバイスをしてやろうと思っている。

 

 

 そして、2人はいよいよ地下へと降り立った。

 そこはラフタリアにとっては地獄で、メリエルからすれば大して珍しくもないところだった。

 

 わりと綺麗に清掃がされているわね――

 

 そんなことをメリエルは口に出してしまいそうになるが、さすがに自重する。

 ラフタリアの歩みに迷いはなく、悲鳴はだんだんと大きくなっている。

 

 そして、ある扉の前でラフタリアは立ち止まった。

 メリエルもそれにあわせて歩みを止める。

 扉からは悲鳴が大きく聞こえ、鞭を振るう音も聞こえた。

 

「いきます」

 

 ラフタリアは小さく告げて、扉をゆっくりと開けた。

 そこにいたのは亜人の少年を鞭でしばく男の姿だった。

 

 いかにも小悪党っぽいわねー、とメリエルが思っていると、ラフタリアが背後から斬りかかった。

 攻撃行動により彼女に掛かっていた完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)が解除される。

 

 イドルは気配を察知し、すぐさま振り向くも遅かった。

 嫌な音とともに彼の利き腕、その肩に鞘に納まったままのラフタリアの剣がめり込んでいた。

 

「痛そう……」

 

 小学生みたいな感想をメリエルが言うも、さすがのラフタリアは油断することなく、剣を構え、イドルのもう片方の肩も潰す。

 

 ラフタリアは肩で息をしながら、イドルを睨みつけている。

 

 メリエルは自身も完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を解除し、亜人の少年――よくよく見ると中性的な顔立ちだが、女の子っぽいような気がする子――を吊るされていた鎖から解き放ち、そのままエリクサーを振りかける。

 さらに念の為にもう1本、エリクサーを取り出してそれを飲ませた。

 

「え……?」

 

 少年は驚いたような顔でメリエルをまじまじと見つめる。

 

「もう大丈夫よ。うちのラフタリアに感謝することね」

 

 そう言って、メリエルは自身とラフタリアに掛かっている変身を解除しつつ、少年から離れる。

 2人の顔が変わったことに少年とイドルは驚愕する。

 しかし、メリエルは気にすることなく、ラフタリアへと問いかける。

 

「ラフタリア、で、どうするの?」

「お、お前は盾の悪魔……! どうしてこんなところに……!」

 

 苦痛に顔を歪めながらも、イドルは問いかけた。

 

「私は今回、単なる付き添い」

 

 主役はあっち、とメリエルは指差すと、イドルの視線もそちら――ラフタリアへと移る。

 

 ラフタリアは何度か口を開いては閉じてを繰り返すが、思いをうまく言葉にできないようだった。

 しかし、どうにか彼女は言葉を紡ぐ。

 

「……あなたに捕まっていた、亜人の奴隷です」

「げ、下賤な亜人風情が、こんなことをしてタダで済むと思っているのか!?」

 

 お約束の言葉ね、とメリエルは思いつつ、片手を僅かに動かすとラフタリアは何をするか察知し、告げる。

 

「メリエル様、大丈夫です」

「玉を一つずつ、クルミを割るように潰してやると大人しくなるし、憂さ晴らしもできるわよ」

「私が言うのもなんですが、女の子にそういうことを教えるのはどうなんでしょうか?」

「復讐に性別は関係ないわ」

「体面だけでもいいので、勇者様っぽく振る舞って下さい」

「世界の平和のためにー、正義のためにー、悪人は皆殺しにするーこれでいい?」

 

 ラフタリアは溜息を吐いた。

 

「ラフタリアちゃん……?」

 

 そこで少年が声を掛けた。

 

「キールくん……」

 

 ラフタリアが視線をそちらへ向けた瞬間、イドルが両足に力を込めて立ち上がって逃げようとし――

 

「おっと、ごめんなさい。長い足が引っかかった」

 

 メリエルはイドルに足払い。

 彼は顔から石畳に突っ込み、悶絶する。

 メリエルはその上に座り、ついでに彼に声を出せないように魔法を掛けておく。

 

 もしも彼が逃げるのではなく、大声を出されていたら面倒なことになっていた。

 死体処理の手間が増える為に。

 

「ラフタリアちゃんなの?」

「うん……キールくんが村にいたときのこと、私、言えるよ」

 

 そう言って、ラフタリアは幾つか、村でのエピソードを披露する。

 メリエルはキールに感心してしまう。

 

 奴隷になる前からやんちゃして死にそうになっているって、中々すごい、と。 

 

「ラフタリアちゃん……良かった……」

「うんうん……」

「ところで、そっちの人は……?」

 

 キールの問いにラフタリアは胸を張って告げる。

 

「盾の勇者様のメリエル様だよ! 本物だよ!」

「あ、どうも。盾の勇者です。最近は副業で大魔王もやってます。本業が大魔王だった気がしなくもないけど」

 

 軽く手を挙げるメリエルにキールは困惑し、ラフタリアを見る。

 

「大魔王って……」

「振る舞いは大魔王だけど、やっていることは勇者なんだよ! こうやって奴隷を解放したりとかしているんだから!」

 

 ラフタリアの必死な言葉にキールはとりあえず信じることにする。

 何よりも、メリエルによってキールの体調は万全だ。

 

「で、ラフタリア。コイツはどうするの?」

 

 メリエルのお尻の下で、ピクピクと動いているイドル。

 

「殺しはしません」

「この世の地獄を生きたまま味合わせるってことね」

「いえ、そういうわけでもないです。ただ自分の犯した罪を償うように……」

「この手の輩は絶対そんなことはしないわ」

 

 メリエルは長年の経験から、ラフタリアを諭すように結論から告げる。

 

「逃したら、今度はこいつがアレコレ捏造して、罪をでっち上げてなすりつけて、そして、これまでと同じか、それ以上に亜人を嬲るだけよ。というか、そういう心があったら、こんなことはしてないでしょうし」

 

 続けられたメリエルの言葉にラフタリアは悲しみに満ちた顔となる。

 

「どうしても、ですか?」

「どうしてもね。ただ、ラフタリアの意思も私は尊重したいのよ。要はコイツの性格が良いものになればいいわけで」

 

 メリエルは、にんまりと笑った。

 そして、彼女はとあるアイテムをイドルに使用した。

 

 

 

「真に申し訳ありませんでした……」

 

 イドルは見事な土下座を泣きながら披露していた。

 その姿勢は嘘偽りなく、本当に反省しているようにみえる。

 

「で、どうするの?」

「近くに亜人との友好を推進している領主がおります。その者と連携し、これから私は亜人との関係改善に努めていきます」

「だ、そうよ?」

 

 メリエルはラフタリアとキールへと問いかけた。

 2人とも、態度が急変したイドルにドン引きしていた。

 

「……メリエル様、何をされたのですか?」

「善人になるカルマ値を変動させるマジックアイテムを使ったの。今の彼は聖人とかと同じハズよ」

「聖人なんて、そんな……私は大罪人です。ただちに、亜人奴隷の解放と、そして、女王陛下へ自身の罪を述べるつもりです」

 

 土下座をしたまま、そう告げるイドルにラフタリアとキールは顔を見合わせる。

 

「ラフタリアちゃん……盾の勇者様ってすげーな」

「盾とか関係ないのがほとんどなんだけどね……」

 

 能力解放の為の熟練度上げとして身に付けていることくらいで、ほとんど盾の能力を使っていないようなものであることをラフタリアは知っている。

 

「これでいいかしら?」

「いや、まあ……はい……」

「一発殴らせろ」

 

 ラフタリアは曖昧であるが、キールは怒りを露わにし、イドルの前へ仁王立ちした。

 メリエルは勿論、ラフタリアも止めない。

 

 そして、キールはイドルの胸ぐらを掴み、思いっきりイドルの頬を殴った。

 嫌な音がし、イドルは鼻血を吹き出すが、何も言わなかった。

 

「……私は殺されても文句は言えません。それほどのことをしました。ただ、せめて、女王陛下へ自らの罪の告発、これだけはさせてください」

 

 イドルの真摯な表情とその言葉にキールはこれは本当だと彼を解放する。

 

「もういい、行け」

 

 キールの言葉にイドルは深々と頭を下げて、そして出ていった。

 そして、キールはメリエルに頭を下げた。

 

「ありがとうございます……俺を助けてくれて……」

「あなただけを助けに来たわけじゃないわ。ここに死人はいない」

 

 メリエルの言葉にキールは思わず頭を上げ、ラフタリアはきょとんとする。

 

「誰も死んではいないのよ。なんたって私は大魔王よ? 自然の摂理を捻じ曲げてでも、ハッピーエンドしか認めない。絶対に」

 

 意味を2人は悟る。

 

「メリエル様、まさかと思いますが……」

「死体が残っていれば、ね。残っていないとちょーっと面倒なので。それが私がしたかった実験なんで」

 

 

 

 まずはラフタリアとキールの幼馴染でもあるリファナを探すこととなった。

 程なく、ラフタリアは幾つもある牢で1つの白骨死体を見つけた。

 それをラフタリアは幼馴染のリファナだと確信した。

 何故ならば、その手にはラフタリアが作った旗があった為に。

 

「あ、そうそう、一応だけど、このことは誰にも言っちゃダメよ? バレると私を巡って戦争が起きちゃうけど、私が全部横合いから殴りつけて全部ぶっ倒して世界征服しちゃうから」

「メリエル様なら本当にやりそうなので、黙ってます」

「俺も、言いません」

 

 にっこりと微笑みながらのそんなことを宣ったメリエルに、ラフタリアは呆れながら、キールは真剣な顔でそう答えた。

 

「私の敵に希望はないけれど、私の味方には希望しかない。それを証明しましょう」

 

 メリエルは幾つかのアイテムを使用した上で、唱える。

 

命の星(スター・オブ・ライフ)

 

 淡く優しい光がリファナの遺体を包み込み、そして――甦った。

 

 リファナはゆっくりと目を開き、ごしごしと擦る。

 

「リファナちゃん!」

「リファナちゃん……!」

 

 ラフタリアとキールの声にきょとんとするリファナ。

 メリエルは満足げにうんうんと頷いている。

 

「えっと、キールくんと……誰?」

「ラフタリアだよ! 私が作った旗を持っていてくれて、ありがとう……!」

 

 ラフタリアの言葉にリファナは目を丸くする。

 

「え、本当にラフタリアちゃんなの?」

「うん! 私ね、盾の勇者様の……メリエル様の傍にいるんだよ! リファナちゃんを生き返らせてくれたんだよ!」

 

 リファナはメリエルへと視線をやり、そして――

 

「……きれい」

 

 メリエルは、その一言で非常に満足した。

 

「私がメリエルよ。とりあえず、他の人達も解放して、みんなでシルトヴェルトへ行きましょうか」

 

 メリエルは機嫌良く、そう言ったのだった。

 奴隷商のところは彼らを送った後、1人で行けばいいだろうと彼女は考えていた。

 

 




メリエル「やっぱりハッピーエンドでしょう」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

色々な進展があるけれど、一番の被害者はジャミラスさんです

 

 ミレリアは危機的状況だった。

 彼女は三勇教の勢力を削ったり、復興支援やら何やらで大忙しだ。

 また、教会の龍刻の砂時計は吹っ飛んだので、王城の奥に保管してあった予備を引っ張り出して、調整などの必要な作業を施し、城内に仮設置が完了している。

 

 それにより、次の波までの日数が分かったのだが――あと2日しかなかった。

 幸いなことに三勇者はいる。

 いるのだが、メリエルに関して、大なり小なりショックを受けている。

 あまりに隔絶した力の差とそのメンタリティに。

 

 ミレリアも報告書を読んだが、王室が保管していたものを過去に三勇教が盗んで、勝手に使用したあたりで怒りしか湧いてこなかったが、それでメリエルの首を刎ねようとして皮膚の薄皮1枚を切り裂くだけに留まったところで目眩がした。

 

 そして、メリエル曰く、平和的な解決とやらでその剣を腕力のみでへし折った挙げ句、ゴミを捨てはいけないとか言って彼女に回収されてしまったとのこと。

 

 ミレリアは報告書の内容がぶっ飛びすぎていて、この報告書を書いた輩を呼び出して本当のことなのか、と問いかけたくらいだった。

 

 また、ミレリアがおかしく思ったことはもう一つある。

 メリエルは三勇教が捕らえていただろう多くの奴隷達を引き連れてシルトヴェルトへと向かった。

 その輸送手段となったのは馬車であるが、その馬車を引いているのが1台を除いてフィロリアルではなく、8本足の馬であり、恐ろしく速いとのことだ。

 

 通常なら陸路であっても片道1ヶ月はかかるが、あの移動速度なら遥かに速く到着できるだろう、とのこと。

 

 メリエルはどこでその馬を手に入れたのか、という疑問だ。

 8本足の馬なんぞミレリアは聞いたことがない。

 

 メルティには影を護衛につけて、シルトヴェルトへと急がせたが、波には到底間に合わない。

 次の波はメリエル無しで、どうにかするしかない。

 

 メリエルにとって、メルロマルクが滅んだところで大して痛手ではないとミレリアは考える。

 ついていったマルティに期待はハナからしていない。

 精々、ちょっとでもこっちの印象を良くできればいいな、という程度だ。

 

 報告書によれば土下座してメリエルに許しを乞うたとのこと。

 あのマルティが、とミレリアとしては信じられないが目撃者も多数おり、本当のことらしい。

 

 成長が嬉しいような、何かを企んでいるのが疑わしいような、複雑な気持ちだった。

 

 波への対策ははっきり言って全く進んでいない。

 三勇者が頑張ってくれることを祈るしかなく、騎士も兵士も三勇教に染まりすぎた連中を除去している真っ最中だ。

 

 とはいえ、その三勇者もやらかしていることがある。

 封印されていた危険過ぎる種子を解き放ったり、ドラゴンを倒したまま放置した為に疫病が発生していたり、レジスタンス側に参加して既存の秩序を転覆したり――

 

 正直、こっちがやったから報復してきたメリエルは感情的にも論理的にもよく分かる。

 彼女はやられたからやり返したに過ぎない。

 報復の規模はさておいて。

 

 しかし、他の3人は全くダメだった。

 ちょっと考えれば影響とかその他諸々が分かりそうなのに、何でそういうことをしてしまうのか、ミレリアの悩みの種は尽きない。

 

 総合的に考えるとメリエルが一番マシなのではとミレリアはちょっぴり思っている節があった。

 

 

 

「陛下」

 

 ミレリアが溜息を吐いたとき、彼女を呼ぶ声が。

 いつの間にか彼女の前に影が平伏していた。

 

「何か?」

「城下町の奴隷商より、メリエル様が現れ、イドル=レイディアの領地へ向かったとのこと」

「それで?」

「帰りに再度、奴隷商のところへ寄るそうです」

「城へ招待を。ただし、ひっそりと。あと、メルティをすぐに呼び戻しなさい」

 

 何という僥倖だ、とミレリアは天に感謝した。

 この機を逃す訳にはいかない。

 タイミング的にも次の波への対処にギリギリだ。

 メリエルが城下町に来るならば、メルティを呼び戻すのは早いほうがいい。

 

 影は御意と答え、再び音もなく消え去った。

 

「……三勇教も変な動きをしなければいいのだけど」

 

 国境での一件の後、三勇者や大勢の兵士達は帰還したが、教皇や一部の兵士、教会の騎士団などは行方不明になっている。

 三勇教の影が手引きした、という報告もあるが、実際はどうなのか分からない。

 

 狂信的な信者達を集めて、クーデターを仕掛けてくる可能性もあるが、現在のメルロマルクにそれをどうにかできる術はない。

 

 単純に信頼できる兵力が足りない。

 

 長年国教であっただけに三勇教の信者は社会のあらゆる階層に存在する。

 国教を四聖教への改宗する為準備を進めているが、時間は掛かる。

 ましてや、三勇教の信者達が四聖教へと改宗するにはより多くの時間を要するだろう。

 メリエルから提供された映像を元に三勇教を邪教指定することも同時に進めているが、うまくやらねば反発は必至だ。

 

 もっとも、三勇教自体はメリエルが三勇教の総本山や城下町にあったいくつかの教会をふっ飛ばしたおかげで、相当に弱体化できていると思いたいが、宗教勢力というのは非常に厄介なものだ。

 そのしぶとさは半端ではない。

 

 いっそのこと、三勇教に関してもメリエルの力を借りてしまうか、とミレリアは思う。

 とにもかくにも、まずは会って謝罪し、それからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 メリエルはラフタリア達をシルトヴェルトへと届けた後、予定通りに奴隷商のもとへとやってきていた。

 そして、奴隷商がオススメする奴隷の紹介となったのだが――

 

 

「何というか……えーと」

 

 兄はメリエルを睨みつけ、その背後に妹を庇っている、という状況だ。

 とはいえ、妹の方は体調が良くないらしく、横になっている。

 また彼女は全身包帯姿であり、酷い状態であることは容易に理解できた。

 

「……オススメ?」

 

 メリエルは奴隷商に問いかけると、勿論です、と彼は頷いた。

 

「ハクコ種でしてね。妹の方は遺伝病で生まれつき目が見えず、歩けず、余命幾ばくもないので、特殊な娼館にでも売り飛ばして、兄の方を妹は生きているとか何とか言って、こき使うのが基本的なやり方でしょう」

「そこらのチンピラくらいしかやらないやり方ね……」

「これは失礼。何分、浅学非才の身でして」

「しかもそれ、本人達の前で言ったら意味がないじゃないのよ」

 

 おっと、そうでした、と奴隷商は笑ってみせる。

 わざとらしい振る舞いであった。

 

 要するに、新しい奴隷をどう扱うか、というのが見たいのだろう。

 

「まあ、ハクコって強いらしいし……そういや、何だっけ、舐め腐ったのがいたから、あとで分からせとかないと……アレはライオンだったっけか」

 

 シルトヴェルトでチヤホヤされていた1週間だが、始末しないといけない連中をメリエルはあぶり出していた。

 亜人の神みたいな感じで祀り上げられているが、人間がそうであるように亜人もまたそうであった。

 要は自分の為にメリエルを利用しよう、という連中だ。

 それでも彼女としては軽いものなら大目に見るつもりであったが、看過できないものもある。

 

 メリエルに毒入りの酒を渡してきた奴などが最たるものだ。

 目の前で飲み干して、何ともない彼女を見て驚いていた顔が印象的だ。

 

「……ジャミラス? 確かジャミラスとかそれっぽい名前だった筈。ライオンの獣人って聞いた」

 

 記憶力は良いほうだが、大して強くもない敵の名前は覚える必要性を感じないので、メリエルとしてはいい加減なものである。

 そいつの住居は既に把握しているので、姿を隠して行ってベッドで寝ているところを処理して終わり。

 真なる死(トゥルー・デス)を使えば心臓だけ止められるので、突然の心臓発作ということで病死として処理できるので後始末も楽々だ。

 

「ジャミラスというのが、メリエル様に喧嘩でも売ってきたんですか?」

「あいつ、私に毒を盛ってきたので、今度、分からせとくわ」

「それは命知らずですね」

 

 奴隷商からすれば、本心から出た言葉だった。

 

「で、話を戻すけど……まあ、そうね。大魔王な感じでいくわ」

「大魔王ですか?」

「大魔王なのよ。勇者って肩書は私には似合わないので」

 

 そりゃそうだろうな、とうっかり言いそうになったが、奴隷商はどうにか言葉を飲み込んだ。

 命が危ない。

 そんな彼は無視して、メリエルはびしっとハクコ種の兄を指差す。

 

「さて、そこの兄」

「な、何だよ!」

「大魔王ぞ? 我、大魔王ぞ?」

 

 え、そういう風にやるんですか、と奴隷商は驚愕する。

 

 

 何だコイツ、という視線をメリエルに送る兄であるが、彼女は気にしない。

 メリエルは無限倉庫からエリクサーの入った瓶を取り出し、蓋を取った。

 そのまま彼女は妹へと近付こうとするが、兄がすかさず回り込む。

 

 メリエルは、にやりと笑った。

 

「カバディ……カバディ……」

「お、おう?」

 

 不思議な単語を言い始めたメリエルに兄は困惑するが、妹に近づけさせるわけにはいかない。

 しかし、彼は知らなかった。

 メリエルの素早さを。

 

 一瞬の隙を突いて、メリエルは兄の横を駆け抜けた。

 驚愕のままに、ただ彼は彼女を見送るしかなかった。

 そして、メリエルは横になっている妹の傍で、座り、優しく上体を起こして、その口元にエリクサーの入った瓶の口を近づけ、少しずつ飲ませ始めた。

 妹の顔色はみるみる良くなっていく。 

 

 そこでようやく奴隷商と兄はメリエルが持っていた瓶には薬が入っていたのだと気がついた。

 

 がくっと、奴隷商と兄は崩れ落ちそうになった。

 妹に近づくまでのくだりはやる必要があったのか、会話で薬を飲ませると伝えるのではダメなのか、と。

 

「大魔王って、破天荒という意味がありましたかな……?」

 

 奴隷商がそう呟いたときだった。

 

「……見え、ます……! 見えます!」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 奴隷商と兄はすかさず妹へと駆け寄った。

 

「お兄様……」

「アトラ……お前、目が……」

「念の為に2本目を投入」

 

 しかし、メリエルはそういう感動のシーンを台無しにする。

 彼女はエリクサーの蓋を開けて、妹の頭からぶっかけた。

 

「冷たいです……」

「おい」

 

 しょんぼりする妹と睨みつける兄。

 メリエルは悪びれる様子もなく、けらけら笑う。

 

「治ったみたいです」

 

 そう言って、妹は自身に巻かれた包帯をするすると解いていき――メリエルはすかさず彼女に無限倉庫から取り出したマントを羽織らせた。

 間一髪で少女の裸体が披露されることは防がれた。

 そして、メリエルは問いかける。

 

「3本目、いっとく?」

「もう大丈夫です。あなたは、とても不思議な方ですね。清らかさと邪な気配を同時に感じます。それによって、その見た目から受ける印象も全く違ったものに……」

「大魔王なので」

 

 メリエルに任せておくと話が進まないと奴隷商は口を挟むことにする。

 この後の予定も既に女王直属の影から聞いているが為に。

 

「メリエル様、一応、もう一つの方を名乗っておくと分かりやすいかと……」

「実は盾の勇者なのよ」

 

 兄妹は驚いたようにメリエルを見る。

 その反応に彼女は肩を竦めながら、奴隷商へと告げる。

 

「というわけで買った。いくら?」

「金貨50枚ですな」

「はいよ」

 

 金貨50枚の入った袋を渡し、さらに5枚をチップとして彼に渡した。

 奴隷商はにんまりと笑う。

 

「今後ともご贔屓に。さぁ手続きを行いましょう!」

「手短にね。外でずーっと待っている連中がいるから」

 

 奴隷商は笑みを引きつらせる。

 彼はメリエルの恐ろしさを改めて感じた。

 

「あー、その……ありがとう。妹を治してくれて……」

「ありがとうございます」

 

 兄と妹の言葉にメリエルは手をひらひらさせる。

 

「私はメリエルよ。気軽にメリエル様と呼んで頂戴」

「いや、様付けなのかよ!」

「我、勇者ぞ? 我、大魔王ぞ?」

「もうそれはいいから!」

 

 見事なツッコミにメリエルは感心してしまう。

 ラフタリアにはない、勢いと激しさを感じた。

 

「もう、お兄様。メリエル様に失礼のないように……私はアトラと申します」

「いや、だってな……と、ともかく、俺はフォウルだ」

 

 素直な妹と素直じゃない兄にメリエルはくすくすと笑う。

 

「ところで私は今はシルトヴェルトを拠点にしているけれど、そっちでいい?」

「……あそこはハーフは歓迎されない」

「ハーフなの?」

「ああ。人間とのな」

 

 そーなんだ、とメリエルは頷いて、ピンときた。

 

「盾の勇者が命じる、ハーフを受け入れろ。さもなければ死だってのはどうかしら?」

「いやお前本当に大魔王だな!?」

 

 フォウルのツッコミにメリエルは大満足だった。

 

 

 

 

 

 メリエルは奴隷商のテントから出て、予想通りに待ち構えていた影達に会う。

 ミレリアが会いたいとのことで、メリエルは承諾するも、フォウルとアトラをどうするか、と問いかけると同伴しても構わないということだった。

 とはいえ、さすがに込み入った話になる為、別室で2人を待機させるようメリエルは要請し、それはそのまま受け入れられた。

 

 そして、メリエルはメルロマルクの正式な国家元首であるミレリアとの会談に臨む。

 

 

 

 

 

「初めまして、私がメリエルよ」

「メルロマルクの女王、ミレリア=Q=メルロマルクです」

 

 謁見の間ではなく、応接室であった。

 ミレリアは少し緊張した面持ちで、対するメリエルはいつもと変わらないリラックスしたものだ。

 

「まずは謝罪を。数々のご迷惑をお掛けし、誠に申し訳ありませんでした」

 

 ミレリアは立ち上がって深々と頭を下げる。

 

「謝って済むなら治安組織はいらないわ」

「仰る通りです」

 

 メリエルの言葉にそう答え、ミレリアは顔を上げる。

 彼女としても謝罪の言葉は単なる交渉の取っ掛かりに過ぎない。

 

「率直に尋ねるけれど、どのように収める気かしら?」

「我々の法に則って、賠償金をお支払いするという形になります」

「具体的な金額は?」

「王族をはじめ、多くの者達が案件に関わっているので金貨3000枚といったところです。即日、お支払いできます」

 

 なるほど、とメリエルは頷く。

 

「じゃあ、その賠償金を頂いて、それでメルロマルクとは手切れという形で良いわね?」

 

 きたな、とミレリアは内心思いつつ、困り顔をしてみせる。

 メリエルの言葉は予想された問いかけだった。

 

「実は他の三勇者が……」

「メルロマルクの国教は三勇教、あなた方の神々に助けて頂くのがスジというものよね? 何しろ、私は盾の悪魔なので。まさか悪魔に助けを求めるなんて、言わないでしょう?」

 

 ミレリアはメリエルが予想通りのやり手であることに、内心舌打ちをする。

 見た目通りの10代後半くらいの少女ではない、と。

 

「三勇教は邪教とし、世界で広く共通した宗教である四聖教へと改宗を進めています」

「そうすぐには変えられないと思うのだけど?」

「ええ。ですから、メリエル様には是非ともご尽力を頂きたく」

 

 ミレリアはここが突破口だと畳み掛けるべく、告げる。

 

「メルロマルクでの波をメリエル様が防ぐということを行っていただければ、我々が責任を持って事実を公表します。そうすれば改宗も早く進むでしょう」

 

 

 ミレリアの言葉にメリエルは察する。

 次の波が迫っているのだろう、と。

 だが、正直な話、彼女からすれば他人にどう思われようがそんなのはどうでもいい。

 

 鬼畜、悪魔などとはリアルではネットでよく言われたことだ。

 メンタルがタフでなければ、企業の暗部を司る内務統括委員会の代表なんぞ務まらない。

 

 とはいえ、一国の国家元首にワガママを言えるという状況は中々に愉快であり、素敵なことだ。

 もっとも、もうちょっとからかってもバチは当たらないとメリエルは考える。

 

「私からすればメルロマルクがなくなろうと、どうでもいいのよね。というか、汝、己の信じたいものを信じよ。人間も亜人もそんなものだし、何より他人の宗教観についてとやかく言うのはマナー違反」

「そこを何とかなりませんか?」

「さぁ、どうかしら。あなたの立場も理解できるけれど、私は何もあなたから恩恵を貰っていないもの。あなたはマイナスをゼロにしようとしているだけに過ぎないわ」

「では、金銭の援助などを……」

 

 

 そう告げようとするミレリアにメリエルは指を一つ鳴らしてみせる。

 すると、応接室の隙間という隙間に黄金のインゴットが山と積まれた状態で現れた。

 

 眩い輝きにミレリアは唖然としてしまう。

 ドヤ顔でメリエルは胸を張って告げる。

 

「私の方があなたより金持ちよ」

「……メリエル様、あなたは金塊を作り出せるのですか?」

「さて、それはどうかしら。ただ単純に世界を埋め尽くす程の金塊を持っているだけで、作り出すことはできないかもしれない」

「御冗談を。あなたの財力の正体はそれですね」

 

 断言するミレリアにメリエルは微笑んでみせる。

 それが答えであった。

 

「金銭や領地でもあなたは動きそうにありませんね……」

「ええ。それらは私が欲しいと思ったなら、簡単に手に入るものだもの」

 

 

 いよいよ、ミレリアには打つ手が無くなってきた。

 金銭でも領地などでも全く動かない相手というのは一番骨が折れる相手だ。

 しかも、メリエルに関する情報は皆無に等しく、彼女の好きな食べ物とかそういう何気ない情報ですらも全く分からない。

 

 更に厄介なことに、下手な事を言えばそれがそのままシルトヴェルトに伝わり、内容次第では戦争になりかねない。

 メリエルはきっとそれを止めないだろうことも想像がつく。

 なぜなら、彼女はメルロマルクがどうなろうが知ったことではないからだ。

 

 とはいえ、ミレリアには最後の手段がある。

 メリエルが提示してきた安直な手段だ。

 

 だが、その前に現状を説明しておく必要がある。

 

「三勇者のやらかしたことについて、ご存知ですか?」

「問題でも起こしたの?」

「ええ。封印されていた種子を撒き散らしたり、ドラゴンの死体を放置して疫病が発生したり、挙げ句の果てにレジスタンスに参加して王を打倒したり……」

「前の2つは何となくまあ、分からなくもないけど……最後のは何よ?」

「……樹様が正体を隠して、苦しんでいる民の為にそうしたものです。結果、より難民で溢れかえりました」

「あー、うん……」

 

 さすがのメリエルも言葉に詰まってしまったが、あのくらいの歳の子では革命を起こすよりも、起こした後、統治を安定させるほうが難しいっていうのは分からないよなぁ、と納得する。

 メリエルからすれば革命は自分達にとって都合の良い政権作りの手段なので、よく支援したものであり、経験からくるものだ。

 

 ともあれ、彼女は問いかける。

 根本的なことを。

 

「それ、勇者の仕事じゃないわよね?」

「はい。元康様と錬様の行動は理解できなくはないのですが、樹様はちょっと……他にも色々と彼はやらかしています。やった後のことを考えて頂けないようで……」

 

 メリエルはジト目でミレリアを見つめる。

 

「私に彼らの尻拭いをしろって言うの?」

「……それをしていただくと、助かりますし、正直メリエル様くらいしか解決できそうにない事態でもあります。元康様と錬様の件は特に……」

 

 メリエルは嫌だと拒むこともできるが、そろそろ頃合いだと考えて、尋ねる。

 

「報酬は?」

「マルティではダメですか?」

「ダメね。この話が出る前から彼女は私のものだったから。それに彼女を王族としておくのは大いに問題があるのではなくて?」

 

 メリエルの言葉にミレリアは溜息を吐きたくなった。

 マルティは中身が問題しかないことはミレリアがよく知っている。

 

「そこまで分かっていながら、どうしてマルティを?」

「ああいう女は面白いのよ。仕込めば相当な悪女になれるわ」

 

 褒められているのか、貶されているのか、ミレリアにはイマイチ判断がつかなかった。

 ともあれ、気を取り直して尋ねる。

  

「メルティはご存知ですか?」

「小耳に挟んだ程度には知っているわ」

「どうでしょうか? メルティとの交際というのは……?」

「それだとどれか一つね。次の波まで、時間がないのでしょう? だから、あなたは私をどうにか引き留めようと焦っている」

 

 ずばりと言い当てられて、ミレリアは押し黙る。

 メリエルは不敵な笑みを浮かべながら、無限倉庫から書類の束を取り出した。

 

 ミレリアは何気なくその表紙へと視線をやり――驚愕した。

 彼女はメリエルの顔をまじまじと見つめる。

 

「メリエル様、どこでこれを?」

「そこらに落ちてた」

 

 メリエルのふざけた物言いであったが、ミレリアは断定する。

 

「やはり、あなたが三勇教の大聖堂や教会を吹き飛ばしたのですね?」

「さてね。あなたの想像にお任せするわ」

 

 メリエルが出した書類の表紙は人体実験に関する報告書だ。

 表紙には幾つかの名前があり、それらはミレリアも知っている三勇教の中でも高位な神官達だった。

 先の爆発で行方不明となっているが、死亡したと考えられている。

 

「……他にも?」

「それはあなた次第。ただ、三勇教の信用が地に堕ちる程度には色々あるわよ。勿論、映像も」

「……率直に尋ねますが、私をお望みですか?」

「女王の地位を望んでいるのか、とは問わないのね」

「ええ。あなたは、それすらも容易く手に入れることができるでしょうから。カネでも地位でも土地でも動かない。とすれば……」

 

 そこで言葉を切り、ミレリアはメリエルの片手を自身の両手で包み込む。

 

「女ですね」

「まあ、そういうことね。多くの女を愛でるのは花や宝石を愛でるのと同じよ。皆それぞれ違うから、それぞれの楽しみがある……それにあなたには大義名分があるわ」

 

 ミレリアは艶っぽい笑みを浮かべる。

 

「勇者の血、それも実力がもっとも優れている、あなたの血をメルロマルクに取り入れる」

「メルロマルクの未来を考えれば、悪くない提案よ。私は自分の女のワガママは聞くタイプなので」

 

 ミレリアは軽く頷きながら、問いかける。

 

「ただ、私は歳がいっておりますし、夫もいます。それでも?」

「構わないわ。愛して欲しいなんて言わないもの。あなたの夫も杖の勇者らしいけれど、四聖勇者の一角である私には及ばない。それに愛想を尽かした、とまではいかなくとも、感情的には色々とあるでしょう?」

 

 メリエルの問いにミレリアは僅かに頷く。

 

「要は妾よ。私があなたを勝手に愛でるだけで……もし、そういうのを禁止する法律があるなら、ただし勇者は例外とするの一文でも付け加えればいい」

「分かりました。メルティはどうしますか?」

「頂くわ」

 

 即答するメリエルにミレリアは最初から女で攻めれば良かったかな、と思う。

 ここまで女に弱いというのは想像の外であった。

 

 とはいえ、これでメルロマルクの波にメリエルが参加する上に、三勇者の尻拭いもおそらくしてくれるだろうとミレリアは確信する。

 国の未来を考えた場合、メリエルが政治に口を出してくるかは未知数であったが、少なくとも物理的な脅威からは守ることができる。

 更には、メリエルを橋渡し役としてシルトヴェルトとの関係を深めることも可能かもしれない。

 ミレリアとしては、自分の身一つでメリエルという最強のカードが手に入るのならば、安いものだと考えた。

 

 一方のメリエルとしても、内心ほくそ笑んでいた。

 女として愛でるのは勿論であったが、現女王のミレリア、継承権を持つ王女2人。

 その全てを手に入れたというのは重大な影響をメルロマルクに及ぼせることを意味する。

 

 無論、そのくらいはミレリアも察知しているだろうことは容易に想像がつく。

 苦肉の策であったのだろう。

 波から国を守る為に。

 

 とはいえ、メリエルとしてはメルロマルクの政治にアレコレ口を出そうとは今のところ思ってはいない。

 ようやく仕事から解放されて、好き放題ヒャッハーしているのに、どうしてまたそんな仕事を抱えなければならないのか、と。

 彼女はいわば、ニート生活を満喫しているようなものだ。

 

 メリエルは問いかける。

 

 

「次の波までは?」

「48時間を切っています」

「じゃあ24時間以内に三勇者のやらかしについて、処理してあげるわ。具体的な場所と状況を教えて頂戴。念の為に見届人は……誰が来る?」

「メルティに行かせたいところですが、今、あの子はシルトヴェルトへの途上にありますので私が行きましょう。すぐに用意を致しますので……」

「30分以内に」

 

 メリエルの言葉にミレリアは深く頷いた。

 そして、そのまま彼女は身を乗り出し、メリエルの額に口づける。

 

 思わぬ攻撃にメリエルはきょとんとした顔をみせる。

 ミレリアはくすくすと笑う。

 

「私も楽しませてもらいますから」

 

 メリエル相手には女王としてではなく、女として振る舞った方が面白そうだった。

 

 




メリエル「ジャミラスとかいう奴を"""分からせる"""」(唐突なドラクエ)
ジャミラス「ふぁ!?」
ジャラリス「セーフ!!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

尻拭い

 

 

 ミレリアはメリエルが求めた通りに必要な情報を提供し、また同行する為の旅支度も整えられた。

 それらは全て30分以内に準備が終わったのだが――

 

 

「いや、何か仰々しいわね」

 

 メリエルは思わずツッコミを入れた。

 ミレリア自らが見届けるというのだから、ある意味当然の処置かもしれない。

 今回、ミレリアの護衛に就くのは影だけではない。

 見目麗しい女性騎士のみで構成された騎士団だ。

 

 女騎士って現実に初めて見たけど、やっぱりいいもんだ――

 

 何人か、どころの騒ぎではなく騎士団全員お持ち帰りしたいくらいにメリエルはニヤニヤと笑ってしまう。

 

 私も騎士団つくろっかなー、とか何とか彼女が考えていると、フォウルが恐る恐る声を掛けてきた。

 

「なぁ、メリエル」

「様を付けろデコスケ……じゃなかったわね、トラ野郎でいいのかしら」

「いや、何だよそれ。お前、何をしたんだ?」

「何って、ちょっとお話をしただけ」

 

 すんげぇ胡散臭い目で見てくるフォウルを無視して、メリエルはアトラへと目を向ける。

 彼女は初めて見るものばかりであり、きらきらと目を輝かせている。

 

「メリエル様、お待たせ致しました」

 

 何やら戦争にでも行くような格好をしてやってきたミレリアに見届るという意味について問いかけたくなったメリエルだが、価値観の違いだと思うことにした。

 

「それでは早速出発ですが……どのように現地まで? とてもではありませんが、次の波までは……」

転移門(ゲート)

 

 黒い靄みたいなものがメリエルの前に出現した。

 ミレリアをはじめ、そこにいた全員がぎょっとした。

 

「……何ですかそれ?」

「入ってみれば分かる。入ってこないと置いてくから」

 

 説明するのが面倒だったので、メリエルはさっさと入っていった。

 慌ててフォウルはアトラの手を引っ張って、彼女の後を追う。

 彼らはメリエルに置いていかれるというのは死活問題なので、何が起こるか分からなくても、ついていかないという選択肢はない。

 

「い、行きます!」

 

 ミレリアが意を決して、そう告げたとき、それよりも早く影が数名、黒い靄に突入した。

 そして、すぐに戻ってきた。

 

「陛下、どうやら一種の転送系魔法……のようです。この先は全く別の場所に繋がっています」

「なるほど、これでメリエル様は神出鬼没なわけね」

 

 ミレリアは感心してしまう。

 こんな魔法、見たことも聞いたこともない。

 それだけでメリエルの実力の片鱗が分かるというものだ。

 

 勇者にして強大な魔法使い、それがメリエルなのだろうとミレリアは予想する。

 

「行きましょう」

 

 

 

 

 

 ミレリア達が黒い靄に入ると、その先は影の報告通りに別の場所であった。

 

「ようやく来たわね? さっさと暴れまわっている植物とやらを処理しましょう」

 

 メリエルが溜息交じりにそう告げ、さっさと歩き出した。

 どうやら植物に呑み込まれた村の近くのようだ。

 大量の蔓が蠢いて、その支配領域を広げつつある。

 

 メリエルは蔓に近づいて、それを片手で軽く握った。

 そして、力任せに引っ張った。

 ぶちっという音と共に蔓が千切れた。

 

 千切ったところはすぐに再生し、また蔓を伸ばす。

 

「再生系ね。ふーん……」

 

 何やら興味深そうに見ているが、メリエルはすぐに歩みを再開した。

 盾を取り出し、蔓を吸収させているのがミレリア達には見えた。

 

「なぁ、メリエル。どうするんだこれ?」

「除草剤とかそういうのを使いますか?」

 

 フォウルとアトラにメリエルは顎に手を当てる。

 

「私が持っているのだとちょっと強すぎて、ぺんぺん草も生えない死の大地になる可能性が……」

「ダメです」

 

 ミレリアが即座に却下した。

 フォウルとアトラも同感らしく、うんうんと頷く。

 

「じゃあ、根本を潰すしかないわね。大抵、こういうのは心臓にあたる部分があって、それを潰せば全部枯れるのよ」

「そーゆーもんなのか?」

「そーゆーもんなのよ。もし、そういう心臓がない場合は全体を一気に高火力で焼き払うから」

 

 核爆発(ニュークリア・ブラスト)を使うときがきた、とメリエルはちょっとワクワクする。

 アレなら広範囲を焼き払うには最適だ。

 

 デバフを撒き散らすことになるが、植物は除去できるからセーフ――

 とりあえず核を使ってみたい、というメリエルの傍迷惑な願望、だがそれは呆気なく潰えることになった。

 

 

 

 村――というよりか難民キャンプに到着し、村人達は女王自らの訪問ということで仰天しながらも、状況を説明する。

 やはりというか元康のやらかしであった。

 

 村から追い出され、着の身着のまま、幸いにも食料は植物から取れる為、飢えてはいない。

 村は完全に魔物化した植物に呑み込まれてしまったとのこと。

 

 その状況を聞いた上で、メリエルは事もなげに告げる。

 

「じゃ、行くから。ついてきて頂戴」

 

 メリエルはそう言って、さっさと歩き出した。

 さすがに困惑する一同であったが、すぐにそれは驚愕へと変わる。

 

連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)

 

 白い稲妻が龍のような形をつくり、のたうち回るかのようにして広範囲の植物を焼いていく。

 それなりのダメージを与えたようで、再生は遅い。

 

 第7位階程度でダメージを与えられたことから、レベル的には大したことがなさそうとメリエルは判断する。

 

「さ、どんどん行くわよ」

 

 メリエルは魔法をどんどこ唱えた。

 主として唱えられたのは炎系魔法であり、ミレリアをはじめ、誰も見たことも聞いたこともないものであり、発動速度に優れ、また威力においても目を見張るものがあった。

 

 あっという間にメリエルとその一行は植物の本体へと辿り着き、難なく本体を撃破した。

 僅か30分程度の出来事だ。

 メリエルは一応、その植物の種子を盾に吸収させておいた。

 ドロップアイテムがあれば、手を出さずにはいられない、悲しい廃人の性だった。

 

 

 

 

 そして、そのままメリエル一行は疫病が蔓延している村へと赴いた。

 近くまで転移し、そこから徒歩で向かったのだが――村は酷い有様だった。

 

 ミレリアやその護衛達は悲痛な顔だった。

 自分達ではどうにもできない、と悟ってしまったのだろう。

 

「この村はもう……」

 

 絶望的な顔をする医師と看護師に、メリエルは何も言わずにエリクサーを無限倉庫から取り出して、近くの患者にぶっかけた。

 突然の凶行にフォウルとアトラを除いた誰も彼もが驚き――そして、唖然とした。

 死にかけていた患者が、あっという間に顔色も良くなり、上体を起こしたのだ。

 

「はいはい、エリクサーエリクサー」

 

 そう言いながらメリエルは片っ端から患者たちにエリクサーをぶっかけていく。

 非常に奇跡的なことではあるのだが、感動は全くない。

 

 まるでいつまでも寝ている輩に、水をぶっかけて叩き起こすかのような所業だ。

 

 たった15分程で全ての患者達はすっかり元気になり、さらに最後のおまけとばかりにメリエルは医師と看護師にエリクサーをぶっかけた。

 2人も疫病に罹りかけていたのだが、あっという間に体が軽く、気力が漲ってきた。

 

「まるで、疲労がポンと取れたような……そんな感じです」

「ヒロポンという名称で、販売しませんか?」

「非売品なのでダメ」

 

 メリエルの拒否に2人はがっかりしたものの、喜ばしいことは確かだ。

 

 それらを見ていたミレリアは確信する。

 

 メリエルがいると、あらゆる悲劇は喜劇になるのだと。

 そう思っていると、メリエルは何気なく問いかけた。 

 

「原因はドラゴンの死体だっけ? たぶんだけど、私の予想が正しければドラゴンゾンビとかになってると思う。それでも来る?」

「勿論です。私は見届ける義務がありますから」

「あっそう。まあ、守ってあげるから」

 

 そして、いよいよドラゴンの死体へと向かったのだが――

 

 

 

 

 

 

「えぇ……」

 

 メリエルは困惑していた。

 ドラゴンゾンビを発見し、向こうもまたメリエル達に敵意を向け、その腐った巨体を起こしたところまでは良かった。

 

 そのときにメリエルは無意識的に対アンデッド系の神聖魔法を撃ち込んだ。

 ユグドラシルではドラゴンゾンビなどのアンデッド系ドラゴンは開幕にデバフを大量に付与するブレスを吐いてくる。

 だからこそ、相手よりも早く動いて一撃を入れて怯ませることで、開幕ブレスを封じるというのがセオリーであり、常識であった。

 だからこそ、意図せず、いつもの癖でメリエルはやってしまった。

 

 それをやった結果、ドラゴンゾンビは消し飛んだ。

 周囲の瘴気はメリエルの神聖魔法による影響で、すっかりと浄化されている。

 

 ミレリア達が呆気に取られている中、メリエルはとりあえずドラゴンゾンビがドロップしたと思われるものを盾に吸収させ、全て自分の作戦通りと言わんばかりにドヤ顔をしてみせた。

 

 事情を知らなければ分からない筈だと考えたのだ。

 

「……メリエル様、あなたは本当に規格外なのですね……」

 

 我に返ったミレリアは疲れた顔で、そう言ってきた。

 その反応に、とりあえず誤魔化せたようだ、とメリエルは安堵した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樹のやらかしはある意味でもっとも被害範囲が大きかった。

 革命を起こしたのだから、それも当然だ。

 

 メルロマルクの人間がこれまでと同じようについていくのは問題があるということで、最低限の護衛と共にミレリアも変装しての同行となった。

 

 ミレリアからもたらされた事前情報によると、元国王は圧政を敷いていたわけではなく、単純に現実的な判断から税を引き上げざるを得ない状況だったようだ。

 飢饉でどうにもならないが、その隙をついて、どっかの国が攻めてくるかもしれない、波が自国で起こるかもしれない、という妥当な理由だ。

 波とかいうどうにもならない災害があるわりには、国同士で争ったりするので、人類共通の敵が現れても一致団結できないのだろう、とメリエルは思う。

 

 

 メルロマルクから出て、その国へと入って、すぐのところにある村では飢えた住民で溢れかえっていた。

 

 事情を聞くと、やはり事前の情報通りのものだ。

 ミレリアは樹のやらかしたことを現地の住民達から改めて聞いて呆れ返っている。

 住民達から話を聞き、メリエルは決断する。

 

「なるほど、分かった。待ってて頂戴」

 

 ミレリアをはじめ、その護衛達。

 そして、フォウルは嫌な予感がした。

 

 しかし、アトラが無邪気に問いかける。

 

「メリエル様、どうされるのですか?」

「要するに、干ばつとかそういうのが原因なので、それをどうにかすればいいのよね」

 

 メリエルの言葉に住民達は頷く。

 ならば、とメリエルは唱えた。

 効果範囲を拡大し、さらに影響が及ぶ距離を延長する呪文を唱えた上で。

 

天候操作(コントロール・ウェザー)

 

 たちまちのうちに、雲一つなかった空は黒い雲に覆われ、あっという間に雨が降り出した。

 

 住民達も、ミレリア達も誰も彼もが唖然とした。

 天気を自在に操るなど、もはや人智の及ぶところではなかった。

 

「というわけで、雨を降らせたので、あとはまあ頑張って」

 

 メリエルの言葉に住民達は我に返り、頭を深く下げた。

 

「ありがとうございます……! あの、お名前は何と……?」

「メリエルよ。盾の勇者兼大魔王をやっているの」

「メリエル様、あなたは命の恩人です……!」

 

 勇者なのか、とか大魔王ってなんだ、とかツッコミどころはあったが、そんなものを気にする住民達は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで移動時間その他色々込みで5時間くらいで終わったんだけど、どう? 点数をつけるなら」

「満点としか言いようがないですね……」

「そりゃ良かったわ」

 

 メリエルはけらけら笑う。

 ミレリアもつられて、微笑んだ。

 

 メルロマルクの王城へと帰還し、メリエルはミレリアと2人、応接室にいた。

 

「メリエル様、分かっていたことですが、改めて……あなたは人の領域を超えていますよね?」

「だから大魔王って言っているじゃないの」

「それもそうでしたね。それはさておき、正直なところ、波はどうですか? 正体とか原因とか……」

「まだ1回しか体験していないから何とも言えないわね。まあ、どうにかできると思う」

 

 ミレリアはメリエルにそう言われると、とても気が楽になる。

 

「あなたがいると、どんな悲劇も喜劇になります」

「非常に低確率で、幸運にも、私にそうするだけの力があるので。まあ、あと私は人を驚かせるのと自分の力を見せびらかすのが大好きなので」

「あなたのようなやり方なら、大歓迎です」

 

 ミレリアの言葉は本心だった。

 方法が斜め上過ぎるが、問題を根本的に解決しているのは確かだ。

 

「それじゃ、私は一旦シルトヴェルトに戻るから。波のときにまた来るので」

 

 フォウルとアトラも顔合わせの為に一度は連れていくべきか、とメリエルは考えながら、応接室を後にした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2回目の波 空から美少女編

これにて本日更新終了。
本日は合計3話投下。


 メリエルはフォウルとアトラと共にシルトヴェルトへと戻り、一通りの顔合わせを済ませる。

 ラフタリアに兄妹の案内を任せて、メリエルは1人、マルティの住居へと向かう。

 シルトヴェルトの城下町、その一等地にある極普通の屋敷だ。

 

 マルティとしても、さすがに長年敵対していたシルトヴェルトで、メルロマルクの王女である自分が派手な行動をするのはマズイという判断によるものだ。

 メイドをどうするかという話になったとき、エレナが手を挙げた。

 彼女が護衛も兼ねて手配してくれるとのことで、そのまま丸投げしている。

 

 屋敷に到着すると、すぐにマルティが出迎えた。

 彼女の背後には何人かの亜人メイドが控えている。

 

「メリエル様、お待ちしておりました」

 

 美しい赤のドレスに身を包んだマルティをメリエルは優しく抱きしめる。

 

「大人しくしていた?」

「ええ、勿論……というか、頂いたものが多すぎて試着も大変なの」

 

 綺麗な眉毛をハの字にして、困った顔で彼女は告げた。

 本心であった。

 

 マルティは指輪のおかげか、嘘をつくということをしなくなった。

 もっとも、既にその指輪はメリエルが外装だけ同じ全く別の指輪とこっそりと交換してあったのだが、ともあれ、良い変化だ。

 

「あれでも、極一部なんだけど……」

「もう、メリエル様ったら。本当にお金持ちなんだから」

 

 メリエルがマルティに渡したドレスや装飾品、靴などは何の効果もない、見た目だけ良いものだ。

 一応、等級的には伝説級であったり聖遺物級であったりなのだが、マルティの目からすると、まさに女神が身に付けるようなものばかりであった。

 

 自分の美しさがより引き立つ、と彼女からすれば非常に嬉しく、自分のことをメリエルがそれだけ大切にしてくれていると強く実感している。

 勿論、メリエルが渡したのはそれだけではない。

 家具なども全て彼女はマルティに与えているし、何なら屋敷の一室を金塊で埋め尽くしたり、金貨で埋め尽くすなどのこともやっている。

 

 正直、今、マルティはメルロマルクの城にいるときよりも遥かに贅沢な暮らしをしていた。

 

「ねぇ、メリエル様。来てくださったということは……」

「ええ。そういうことよ」

 

 マルティは満面の笑みを浮かべる。

 自分の欲望を全て叶えてくれるからこそ、マルティとしてもメリエルに色々してあげてしまうのだ。

 それがたとえ、非常に倒錯的なことですら。

 

 マルティは娼婦になる。メリエル限定で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マルティとの一時を楽しんで英気を養った後、メリエルはラフタリア達のクラスアップを将来的に実施することを彼女達に告げた。

 

 同時にメリエルはこれまでの模擬戦から、彼女達の戦闘スタイルや得意分野を考慮して助言を与える。

 フィーロが毒を吐きたいとか何とか言ってきたが、メリエルならいざしらず、彼女以外の味方にぶっかかった場合はどうするのか、というラフタリア達からの疑問にフィーロは答えることができなかった。

 

 私が治してもいいけど、というメリエルの言葉は黙殺され、彼女は悲しみに包まれた。

 

 

 ともあれ、直前の波は現状のままとして、その次の波までにはクラスアップを行うとメリエルは指示する。

 ユグドラシルみたいに気に入らなければ死んでレベルダウンして、また別のものを取得するなんてことはできないので、考える時間は必要だった。

 

 そして、そのようなことをしているうちにメルロマルクの波が刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 

「パーティーメンバー的にはエレナが加わったくらいで変わりがないのよね」

 

 ラフタリア、ヴィオラ、フィーロ、ティアそしてエレナ。

 フォウルとアトラを投入するのはレベル的な不安があったので、今回は見送った形だ。

 

 メルロマルクの王城にある龍刻の砂時計前にて、メリエル一行はその時を待っていた。

 そして、待っていたのは彼女らだけではない。

 他の三勇者とそのパーティーメンバーもまた同じであった。

 

「……何か増えてないか?」

 

 元康の問いにメリエルは鼻で笑ってみせる。

 

「大魔王ぞ? 我、大魔王ぞ?」

「いや、勇者だろ」

「勇者だな」

「勇者ですよね」

 

 元康、錬、樹の三連ツッコミ。

 しかし、メリエルは動じない。

 

「勇者の肩書なんて邪魔くさいものよ。というか、あなた達の尻拭い、やってやったんだから、何かくれないの?」

 

 元康達は一斉に視線を逸らした。

 彼らはミレリアがやらかしを把握するや否や、いの一番に知らされていた。

 同時に、彼らは自分では解決できないと悟ってしまったが為に。

 

 失態に打ちひしがれつつも、どうにか汚名を返上しようという考えがあった。

 

「何をすればいい?」

「波に向かって突撃して死ぬってのはどう? 傍目から見ると笑えるわよ?」

 

 錬の問いに、すんげぇいい笑顔で宣うメリエルに、3人は顔を引きつらせた。

 

「まあ、それよりも、ちょっと武器を触らせてくれないかしら?」

 

 メリエルの言葉に3人は互いに顔を見合わせるも、言われた通りに各々の武器を差し出す。

 触るくらいなら、という軽い気持ちだ。

 

 メリエルとしては時限式の武器の耐久値減少の呪い、装備者が猛毒に冒される呪いでも掛けてやろうかと思ったが、今回はそれが目的ではないので自重する。

 

 それぞれの武器に触りつつ、ユグドラシルの鑑定スキルでその性能を見る。

 盾と同じく等級としては神器級だ。

 破壊することは無理だろう。

 

 もしも万が一、彼らが自分に匹敵する力を身に付けた場合は全力で相手をする必要がある。

 それはとても楽しそうなので、自分も負けないようにしっかりと修行をしなければ、とメリエルは決意を新たにする。

 

「はい、どうも」

 

 メリエルが手を離すと、同時に波のカウントダウンがゼロになった。

 緊張感のないまま、彼らは転移した。

 

 

 

 

 

 

 転移先はどこかの村であった。

 自警団か、騎士団か分からないが、兵士達が避難誘導と村へと侵入しようとするモンスターの排除に取り掛かっているのが遠目に見える。

 

「まずは非戦闘員の避難を……」

 

 メリエルがそう言い掛かったとき、他の3人とそのパーティーメンバー達は脱兎の如く走り出した。

 

 またこのパターンか、とメリエルは溜息を吐く。

 

「というわけで、鉄砲玉が飛んでいったから、私達は避難誘導と村へと侵入しようとするモンスターの排除をしましょうか」

「メリエル様、よろしいのですか? そちらは私達だけでも何とかなると思いますが……」

 

 ラフタリアの言葉にメリエルはニヤリと笑ってみせる。

 

「敵の攻撃を受けられるのがいないパーティーがどうなるか、身をもって体験すればいいと思うの」

「ご主人様性格悪いー」

 

 フィーロの言葉にメリエルは高笑い。

 

「というわけで、よろしくね。敵は引きつけるから」

 

 メリエルの指示でラフタリア達は動き出した。

 

 

 

 

 

 

 一方、我先にと駆け出した三勇者達であったが、彼らも考えもなくそうしたわけではない。

 メリエルは圧倒的に強いが、三勇者達を従えているという立場ではない。

 

 別行動をとっても大丈夫だろうという考えで、彼らは自分達の失態を取り返そうと必死だった。

 奇しくも、メリエルが直前に言った通り、波に向かって突撃している状況だが、死ぬつもりは全くなかった。

 

 

 そんなこんなで彼らは意気揚々と突撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メリエル様、そろそろ行かないとマズイのでは……?」

 

 ラフタリアの言葉にメリエルは「んー?」という間延びした声を返す。

 彼女は今、デッキチェアに身を預けていた。

 

 村の近くからモンスターを完全に駆逐し、村人達や兵士達から感謝されたのはもう3時間くらい前になる。

 怪我人の治療ついでに、病弱な老婆にエリクサーを飲ませたら、強い格闘家だったという何とも言えないオチがあった。

 

 それはさておき、ティアとフィーロの遊び相手にちょうどいいとして、彼女達によって、やってくるモンスター達は迅速に処理されており、村は空の色を除けば平穏な時間を取り戻している。

 

 もそもそとメリエルはデッキチェアの傍にあるテーブルへと手を伸ばし、ユグドラシル産最高級ポテチを貪り食う。

 テーブルの上にはポテチの袋以外にも、色んなお菓子や料理が乱雑に載っており、他にも本やら何やらが色々とあった。

 

 メリエルはちょうどいい休暇――年中休みみたいなもんだが――とばかりにバカンス気分だった。

 ラフタリアもエレナとヴィオラも各々デッキチェアに身を預けて寛いで、メリエルに声を掛けるまで本を読んでいた。

 

「え? 別にいいんじゃないの? 敵の横取りはマナー違反」

「いや、そういうのじゃなくて……終わらないと帰れないんじゃ……」

「大丈夫、ゲートがあるから、飽きたら帰れるわ」

「これ、私がおかしいんですかね……?」

 

 ラフタリアはエレナとヴィオラへと視線を向けると、2人はそれぞれ手をひらひら振る。

 別にいいんじゃないの、という意思表示だ。

 

 エレナもヴィオラも、メリエル以外には特に思い入れはない。

 ましてやエレナは任務であったとはいえ、盾以外の勇者を信仰する三勇教に捕まっていたことから、印象は最悪だ。

 たとえ三勇者が全く関与していなかったとしても。

 それに何よりもエレナは敬虔な盾教の信者だ。

 

「死んでもいいんじゃないですか。メリエル様がいれば問題ありませんから」

 

 エレナの言葉にラフタリアはそれはそうですけど、と良い反論が見つからない。

 

「ラフタリア、夕方くらいになっても終わらなかったら、行くっていうのはどう?」

 

 ヴィオラの言葉にラフタリアもそれならまあいいか、と納得する。

 

「メリエル様、村で採れた野菜です。良かったらどうぞ」

 

 そんな会話をしていると、村人達が野菜をザルに入れて持ってきた。

 メリエルはガバっと起き上がる。

 

「頂くわ。自然の恵みって美味しいわよねー」

 

 にっこにこ笑顔のメリエルに村人達は勿論、ラフタリア達もほっこりと和む。

 もうすぐ昼時であった。

 

 

 

 

 

 そして、メリエル達は皆でお昼ご飯を食べて、昼寝をして、15時のおやつにアイスを食べた。

 そうこうしているうちに16時を過ぎ、もうすぐ夕暮れ、しかし空の色は変わらず、波は収まる気配がない。

 

「……仕方ないわねぇ」

 

 メリエルはようやく、腰を上げた。

 その口にアイスの棒を咥えながら。

 

「そんじゃ、さっさと済ませてくるから」

「あ、メリエル様が1人で行くって感じなんですね」

「食っちゃ寝ばかりしている気がするので、ちょっと運動しておかないと……」

 

 言われて、ラフタリア、エレナ、ヴィオラの3人は各々のお腹を触った。

 ちょっと動かないとヤバイ――

 

「メリエル様、私達は漏れ出てくるモンスターを退治してきます」

「フィーロも!」

「ティアも!」

 

 太るとかそういうことではなく、遊ぶという意味合いでフィーロとティアが元気良く手を挙げた。

 

「じゃ、遊んでらっしゃい。終わったら帰るからね」

 

 仲良く返事をするフィーロとティアにメリエルはほっこりとし、2人の頭を撫でてやる。

 

 非常に軽い感じで、メリエル達はようやく波の収束へと動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、まだボスを湧かせられていないの?」

 

 メリエルは呆れてしまった。

 空飛ぶ幽霊船という中々素敵なものを外から攻撃する樹とその仲間達。

 彼曰く、像を攻撃してソウルイーターを湧かせないとダメらしい。

 

 それを聞いて一応、幽霊船に乗り込んでみれば、元康と錬がそれぞれ別の敵と戦っており、それぞれが相手にしている敵を倒さないと湧かせられないという。

 

 

 メリエルは深く溜息を吐いて、再度幽霊船から飛び降りて、樹とそのパーティーメンバーを乱雑に抱えて、幽霊船へと戻る。

 そして、メリエルは甲板にいる2体の敵を魔法で拘束するや否や、3人に問いかけた。

 

「アンタ達、本当にゲーマーなの? こんだけ時間を掛けても、湧かせられないなら、出現ギミックが変わったって考えなさいよ。マイナーアップデートで告知がなく変わることはよくあるでしょうに」

 

 そう言われると3人とも、しかめっ面となる。

 あー、これは意地を張って、やり方を変えられなくなったパターンだとメリエルは察する。

 

「メリエルさんが全部解決すればいいでしょ、もう」

 

 樹の投げ槍な言葉にメリエルは目を輝かせる。

 

「え、いいの? 本当にいいの?」

 

 その顔に樹は目を丸くしたが、すぐさまメリエルの考えを察知した元康と錬に彼は引っ張られ、後ろを向かせられた。

 そして、元康と錬は口々に告げる。

 

「おい、樹。アレはやべぇぞ」

「ああ。解決はするだろうが、碌でもないことになる……」

 

 言われて、樹は少しだけ首を動かして、メリエルの方を見る。

 にっこにこの笑顔だ。

 

「……すみません、僕の失言でした」

 

 アレはマズイ。

 解き放ったら解決はするだろうが、波よりも酷いことになることは間違いない。

 樹は悟った。

 

「とりあえず、俺達は協力しないとマズイ気がする。俺は意地を張っていた」

「同感だ。俺も意固地になっていた」

「僕も、意固地になっていました。それにメリエルさんに全部任せるのは……何か、人としてダメそうな気がします。どうやればボスを湧かせられるでしょうか?」

 

 樹の問いに元康と錬は思案する。

 

 各々が知っている攻略法を試してもダメということはそれ以外のギミックがどこかにある筈だ。

 3人はそれぞれ2体の敵をよく観察してみる。

 

 メリエルはうずうずと、まだかまだかと3人が自分に対して丸投げするという選択を待っている。

 彼女はスキルにより、ソウルイーターが潜んでいる位置は来たときから分かっている。

 だが、せっかくのこのチャンス、ボスだけ倒してオシマイというのは面白くない。

 

 幽霊船ごと消し飛ばせば問題ないという、火力こそ大正義という解決方法を披露するにちょうどいい。

 今度こそ核爆発(ニュークリア・ブラスト)をぶっ放せる、何なら連射してもいいと考えていた。

 

 低高度の空中核爆発で地上の汚染は酷いことになるかもしれないが、波は収まるのでセーフ――

 

 だが、メリエルの密かな野望は潰えた。

 それは3人がそれぞれの敵の影に違和感を覚えたからだ。

 

「樹、錬」

 

 元康の呼びかけに、2人は心得たと頷く。

 

「僕が2体の影を同時に攻撃します」

「骸骨の方は俺が受け持つ」

「じゃあ俺はあっちの蛇みたいな奴だ」

 

 

 そして3人は動く。

 元康と錬が位置につくと同時に、樹は矢を速射し、2体の敵の影を同時に攻撃した。

 たちまちのうちに、影からソウルイーターが飛び出してきた。

 そして、それがトリガーであったのか、船体のあちこちからソウルイーターが湧き出した。

 

 湧き出したソウルイーター達は1つに集まり、巨大なソウルイーターへと変貌する。

 中々やるじゃん、とメリエルは後方彼氏面ならぬ後方大魔王面をしながら三勇者に対する評価を上方修正した。

 

 

「連携をするぞ!」

 

 元康は宣言した。

 錬と樹も異論はなく、頷いた。

 

 そして、三勇者達とそのパーティーメンバーによる連携した、連続攻撃が加えられる。

 だが、敵は硬く、中々攻撃が通らない。

 ならばと、三勇者は属性を別のものへと切り替える。

 3人共、最初は雷を使っていたが、それぞれが別のものへ。

 その際に各々が変更する属性を宣言し、互いに重複しないように心がける。

 

 やるじゃん、とメリエルは感心し、更に3人の評価を上方修正する。

 

 とはいえ、ソウルイーターもやられっぱなしではなく、口に魔力を集中させ、それを解き放つ。

 魔力の大きな砲弾が着弾し、その衝撃波で三勇者とそのパーティーメンバーを薙ぎ倒す。

 大ダメージを食らったようであったが、しかし、3人の勇者達はそれでも歯を食いしばって立ち上がった。

 

 メリエルにやらせるわけにはいかない、酷いことになるから――

 

 その思いで一致していた。

 とはいえ、ソウルイーターは早くも二撃目を撃ちそうであった。

 

「仕方がないわね、助けてあげる」

 

 その声が聞こえたのと、魔力の砲弾が撃ち出されたのはほぼ同時であった。

 迫る砲弾はしかし、3人の前に颯爽と躍り出たメリエルが片手を前に突き出す。

 

上位魔法盾(グレーターマジックシールド)

 

 鏡のような盾が現れ、飛んできた魔力の砲弾を受け止め、砲弾と共に消失した。

 

「はい、終わり。現断(リアリティスラッシュ)

 

 ソウルイーターが真っ二つに切り裂かれた。

 どすん、と死体が落下し、メリエルはすかさずそれを盾に吸収させる。

 

 そして、彼女はくるりと振り返りドヤ顔でVサイン。

 3人は互いに顔を見合わせた。

 

 普通に倒したことがあまりにも意外だった。

 そんな3人を放置し、メリエルはつかつかと歩いていく。

 3人とそのパーティーメンバー達は何気なく彼女を視線で追っていく。

 やがて、メリエルは立ち止まった。

 何の意味が、と誰もが皆、思った瞬間――にょっきりとソウルイーターの2体目が船体から出てきた。

 

「あっ」

 

 誰かの声。

 ソウルイーターの頭が出たところはメリエルの真下だった。

 

 思いっきりメリエルはソウルイーターを踏みつける。

 ぐりぐりとそれはもうにこやかな笑顔で。

 

 ソウルイーターは苦悶の声を上げるが、メリエルは踏んづけて逃さない。

 

「ソウルイーター風情が奇襲をしようなんて、ちゃんちゃらおかしいわ」

 

 高笑いをするメリエルに3人の勇者とそのパーティーメンバーはドン引きである。

 

「……もう帰りましょう」

「そうだな……」

「ああ……」

 

 疲れた顔で3人は溜息を吐いた。

 あの状態のメリエルに関わるのは疲労困憊の現状では分が悪過ぎる。

 

 しかし、そのときだった。

 メリエルは一瞬にして、ソウルイーターから飛び退き、僅かに遅れて光の矢のようなものが無数に着弾した。

 ソウルイーターは即死し、その死体も矢の嵐に呑まれて消え去った。

 

 そして、空から降ってきたのは――黒髪に着物姿の少女。

 

 

 

「親方! 空から美少女が!」

 

 元康達はメリエルの言葉にずっこけた。

 言われた少女もちょっと嬉しかったのか、少しだけ微笑んだ。

 

「で、獲物を横取りなんて礼儀がなっていないのではなくて?」

「これは失礼しました。あのような雑魚を始末して、そう言われてしまうとは思ってもいませんでしたので」

 

 メリエルは内心ほくそ笑んだ。

 久しぶりに煽り合いができそうだと。

 

「強さの問題じゃないの。私が言っているのはマナーの問題よ。手取り足取り教えてあげましょうか?」

「あら、教えられる力があるのですか?」

「ほう、面白いことを言うわね。試してみなさいよ」

 

 メリエルは無限倉庫から腕時計を取り出し、装着してタイマーをセットする。

 そして、彼女は両手を広げ、告げる。

 

「そうね、30秒くらいは一切反撃をせず攻撃を受けてあげるわ」

「随分と余裕ですね。私の得物は鉄扇ですが、威力は既にお見せしましたよ?」

 

 メリエルはくすり、と笑い告げる。

 

「あんな蟻を潰した程度で、はしゃいで可愛いわね」

「そうですか。それでは身をもって分からせてあげましょう。あなた、名前は?」

「メリエルよ。よく覚えておきなさい。ちなみにあなたは?」

「私はグラスです。勇者の敵ですよ」

 

 告げて、グラスは技を発動する。

 

「輪舞零ノ型・逆式雪月花!」

 

 暴風が発生し、赤い刃が舞い踊る。

 メリエルはそれを何もせずに真正面から受ける。

 彼女の体のあちこちを傷つけ、血が滲み出る。

 しかし、それはダメージを与えたというには程遠い。

 

 精々が猫に引っ掻かれた程度の傷でしかない。

 

 グラスは思わず目を見張るが、すぐに彼女は一点突破の技へと切り替える。

 

「輪舞破ノ型・亀甲割!」

 

 扇を畳み、光の槍のようなものを顕現させる。

 そして、それを矢のように解き放つ。

 

 それは狙い過たずメリエルの心臓目掛けて飛んでいき――突き刺さった。

 だが、それは衣服を破り、皮膚に到達し、その表面を僅かに傷つけたに過ぎなかった。

 

 光の槍はそれで力を失い、消えさった。

 グラスはならばと近接戦闘を仕掛けよう考えた、そのときだった。

 

『メリエルお姉ちゃん、時間だよ!』

 

 場違いな幼女の声が響き渡る。

 メリエルがセットしたタイマーだった。

 

「昔、友人から貰ったものでね」

 

 さて、とメリエルはにこりと微笑んだ。

 

「あなたは中々やるわね。私の防御を突破できるなんて」

 

 あの教皇は単純に武器の性能でメリエルの上位物理無効化スキルⅤ――80レベル程度まで無効化する――を突破した。

 扱うプレイヤーが低レベルであっても、武器が高性能ならば突破できるということもある。

 しかし、今回のグラスは武器の性能もさることながら、本人の実力によるものだ。

 

 単純にメリエルが元々のステータスに加え、盾の勇者であることから素の防御力が極めて高いことからおしゃれ装備であってもこの程度で済んでいる。

 

 相手のレベルは最低でも80以上であり、中々得難い存在だ。

 動きも悪くない。

 何より貴重な情報源、殺すのはもったいない。

 

「じゃあ、今度は私から行くわ」

 

 メリエルは告げて、駆ける。

 あまりの速さにグラスはメリエルを見失う。

 

 メリエルは一直線にグラス目掛けて進み、そのまま思いっきり彼女の下腹部を殴りつけた。

 彼女の体は殴られたところからくの字に折れ曲がり、威力と苦痛に目を見開き、口からは鮮血を吐き出す。

 上の口から出たのだけではないが、今更糞尿程度でメリエルが躊躇するわけもない。

 

 衝撃によりその体が吹き飛びそうになるが、しかし、メリエルはそれを許さない。

 すかさずグラスの体を魔法により構築した鎖で雁字搦めにして、そのまま彼女の体に手のひらを押し当てたまま唱える。

 

魔法の矢(マジック・アロー)

 

 10発の光弾が次々とグラスの体に当たり爆発を起こす。

 彼女は痛みに悲鳴を上げるが、そこでメリエルは異変に気がついた。

 

 普通なら下半身が千切れてもおかしくはないのに、グラスの体が全体的に半透明になっていることに。

 

 もしかしてコイツ、非実体系種族か?

 

 中々にレア。

 これは捕まえねばダメだと確信する。

 

 意思疎通できる幽霊系和服美少女なんて、メリエルの無駄に広いストライクゾーンにバッチリと突き刺さる。

 

全種族捕縛(ホールド・スピーシーズ)

 

 念の為に上から更に重ねがけで移動阻害魔法を掛ける。

 グラスは半透明どころか、ほぼ消えかかっているので、メリエルはポーションを掛けてやる。

 エリクサーで全快させると、拘束を解かれる可能性がある為だ。

 

「で、グラス。戦況的に私が圧倒的に有利と思うんだけど、そこんとこどうかしら?」

 

 メリエルはグラスを無理矢理に座らせ、自身も座ってそう問いかける。

 彼女は睨みつけてくるだけで何も答えない。

 

「いいね、ゾクゾクするわ」

 

 これはやりがいがあるとメリエルはにんまりと笑う。

 

「私を捕まえて、どうする気ですか!」

「まずは情報ね。洗いざらい吐きなさい」

「そんなことは――」

「自爆されても面倒くさいので……魔法抵抗難度強化(ペネトレイトマジック)支配(ドミネイト)

 

 するとグラスの態度は一変した。

 

「全てお話致します」

 

 そう言って、グラスは恭しく頭を下げた。

 

 

 

 

 

「ありゃ、大魔王だ」

「大魔王だな」

「大魔王ですね……」

 

 一部始終を目撃してしまった三勇者達は口々にそう言ったが、メリエルからすれば重要な情報源を得られたことに感謝してほしいくらいだった。

 

 

 




グラスの攻撃!
メリエルに猫に引っ掻かれた程度のダメージを与えた!
メリエルはグラスの着物の裾を見ている。
ミス! 絶対領域により中身は見えない!

グラスの攻撃!
メリエルに針に刺された程度のダメージを与えた!
メリエルは微笑んでいる。

メリエルお姉ちゃん、時間だよ!
幼女の声が響き渡る。

メリエルが攻撃態勢に入った!

メリエルの攻撃!
痛恨の一撃!
グラスに大ダメージ!

メリエルは呪文を唱えた!
グラスに大ダメージ!


グラスは負けてしまった……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【悲報】タクト、目をつけられる 【朗報】三勇者、協定を結ぶ

 メルロマルクの王城へ帰還し、ミレリアと三勇者の前でメリエルはグラスに色々と彼女の事情を聞き出した。

 結果、とんでもない事実が明らかになった。

 

 波はただの災害などではなく、世界と世界の融合現象とかいう斜め上のものであったのだ。

 しかも、勇者はそれぞれの世界の要となる存在であり、グラスの世界では四聖勇者のうち3人が殺され、滅びの運命しか残されておらず、波の先にある世界の勇者を殺せば延命できるという伝承に賭けたというものだった。

 

 もうこれは人の及ぶところではないが、あいにくと人の域を超えたのがいた。

 そして、そいつはめちゃくちゃ興奮していた。

 

 

「燃える展開だわ! これはもう私がやるしかない! きっとそういうことをしている原因は神とかそこらの連中だろうから、私がぶっ殺す!」

 

 気炎を揚げるメリエル。

 その様子にラフタリアとヴィオラは溜息を吐き、エレナはそんなメリエルがかっこいいと目を輝かせ、フィーロとティアは何だかよく分からないが、ご主人様が楽しそうだとにこにこ笑顔。

 

「いや、今更だけど……メリエルさんって人間じゃないよな?」

「あ、私、元は人間だけど色々あってあーなってこーなって、そうなっているから」

「めちゃくちゃテキトーだなオイ!」

 

 元康のツッコミにメリエルはにっこり笑う。

 

「私の力の根源に関わることよ。秘密の一つや二つはあって当たり前だし、詮索はよろしくない。ただし、私がそうする場合を除いて」

「清々しい程の唯我独尊ですね。友達とかいないのでは……」

「失礼しちゃうわ。少なくとも1人はいる。彼がここにいなかったことを、あなた達は喜ぶべきよ」

 

 樹の言葉にメリエルはそう反論する。

 何気に樹は自分に対しても友達に関しては盛大なブーメランになっていたのだが、気づいていなかった。

 

 とはいえ、もしも彼――モモンガがいた場合、最初の扱いでメルロマルクが死の都となっていたことは想像に難くない。

 

 クズがぁあああとか叫んで絶望のオーラレベル5を撒き散らしそうだった。

 勿論、メリエルもそれを止めることはせず、どうせなら黒い羊とか召喚しましょう、と提案するので、メルロマルクは滅亡ルートしかない。

 

 それはさておき、メリエルはぽんと手を叩いた。

 ウィッシュ・アポン・ア・スターを使えば呼べるんじゃね、と。

 にんまりと彼女は笑い、告げる。

 

「もし私だけでは手に負えない場合だったら、彼を呼ぶから。ちょっと見た目、生物じゃないけど、いいヤツだから」

「メリエルさん、その彼は……どのくらいの強さを?」

「初見で情報無しなら大抵の輩は負けるんじゃないかしら。彼、戦闘が巧いし」

 

 錬の言葉にメリエルはそう答えると、どよめきが起こる。

 

「あのー、メリエル様」

 

 そこでおずおずとラフタリアが手を挙げた。

 

「何かしら?」

「メリエル様が全力で戦うと、その、どのくらいに……?」

「んー、基準がないと難しいわね」

 

 メリエルからすれば比較するものがなかった。

 ユグドラシル関連のものを出してもメリエル以外には分からない。

 かといってこの世界での強者と言われてもメリエルは知らなかった。

 

 三勇者が強ければ比較対象にできたのだろうが、メリエルの予想では彼らではグラスにすら及ばない可能性があった。

 

「とりあえず、1人で国は潰せる」

「国基準なんですか……」

「よく考えたら、私ってこの世界の強い奴を知らなかったわ。だから国基準」

 

 そんなラフタリアとメリエルの会話にミレリアは口を挟む。

 

「それでしたら、フォーブレイのタクト王子はどうでしょうか? 彼は鞭の勇者で、中々のやり手ですよ」

「詳しい情報とかあるかしら?」

 

 メリエルの問いにミレリアはすぐにタクトに関する調査書を持ってこさせ、メリエルへと提示する。

 一読し、彼女は何とも言えない微妙な表情となる。

 

 経歴を見る限りでは、いわゆる転生者というやつっぽかった。

 とはいえ、メリエルからすれば彼は称賛に値することを成し遂げている。

 

「ふーん……面白そうな奴ね」

 

 銃器や重工業などの技術的な発展だ。

 この世界で披露するにはちょーっと問題があるかもしれなかった、メリエルが趣味で作った軍勢を使えるかもしれない。

 

「どういう銃を?」

「確か、マスケット銃というものでした」

「なるほど、なるほど……」

 

 メリエルは何度も頷く。

 それなら古き良き戦列歩兵の戦いができそうだ。

 

 勿論、メリエルには戦争を始まってすぐに終わらせる禁じ手もある。

 面白いことは面白いが、花火みたいに一瞬で終わってしまうので、やりたいけど中々やれない戦法だ。

 

 先制核攻撃としてメリエルがフォーブレイのあっちこっちに転移して核爆発(ニュークリア・ブラスト)を唱えて回るというもの。

 フォーブレイは戦略核の飽和攻撃を受けたみたいな、酷いことになるだろう。

 その後の統治とかそういうのは考えず、単純に絶滅戦争を仕掛ける場合のプランだ。

 

「しかしまあ、随分とタクトは女を囲っているわね」

 

 懇意にしている女性という項目にずらりと並ぶ名前と簡単な経歴。

 マルティの名前もあったが、既に関係性はないとされていた。

 

 マルティ自身に初めてのときのことを詳細に語らせたときもあったが、アレは中々興奮したとメリエルは思い出す。

 ノーマルなのもいいけど、やっぱり背徳的なのもいいよね、とメリエルは1人で納得する。

 

「あの、そろそろ退室してもいいでしょうか? 」

 

 何だか話が変な方向に飛んでいきそうだったので、樹が声を上げた。

 元康と錬も何だか居づらそうな顔だ。

 

「ええ、構いません。ゆっくり休んで下さい」

 

 ミレリアはそう告げると、3人の勇者はそそくさと出ていった。

 あとに残ったのは女ばかりだ。

 

「とりあえず、勇者同士の連携というのが重要になってくるわね。彼らはあまり期待できそうにないけど、ちょっとでも成長してくれればって思っていたりもする」

 

 メリエルの言葉はミレリアは勿論、ラフタリアやヴィオラ、エレナにとってもも意外であった。

 

「メリエル様、てっきり他の勇者はいらないとかそういうことを言うのかと思いましたが……」

「ラフタリア、使えるものがあるなら、何でも使った方が良い。まあ、もしそれに対してごちゃごちゃ言うようなら、言うことを聞かせるだけだよ」

 

 そこでミレリアが口を挟む。

 

「メリエル様、三勇者の方々はともかくとして、他の勇者と面識を持ってはどうでしょうか? タクト王子でしたら、たぶん簡単に食いついてくると思います。彼は……女好きですので」

「女好きという自覚は、この調査書を見る限りではなさそうだけど?」

「ええ。私も少しだけ会話をしたことがありますが、うまく隠していますよ」

「むっつりスケベということ?」

「端的に言うとそうですね」

 

 ふーん、とメリエルは頷きつつ、問いかける。

 

「で、彼は妾達にどういう利益を?」

「そういう面は聞いたことがありませんね」

「話にならないわ」

 

 メリエルは溜息を吐いてみせる。

 

「私は自分の味方には最大限の利益を与える。それは女であるのは勿論、たとえ男であっても」

「そういうのは抜きで、ついていきそうな者達もいると思いますよ?」

「けれど、それは少数よ。圧倒的多数は利益で動くものよ」

 

 渋い顔のメリエルにミレリアはどうやら召喚される前の世界で何かあったんだな、と悟る。

 

「現実的ですね」

「ええ。自分もそうだけれど、心ほどこの世で移ろいやすいものはない。どんなタイミングで、何がきっかけでコロッと変わるか分からないもの。そういう不確かなものを信じるよりも、明確な利益を与えた方が繋ぎ止められるし、何よりも切り捨てるときに気が楽よ」

 

 メリエルの言葉にミレリアは確かに、と頷く。

 

 率直に言ってしまえば派閥とかそういうものである。

 少なくとも、信頼とか友情とか、そういうので結ばれた仲間とかそういうものをメリエルが言っているようではなさそうだ。

 

 もうちょっと勇者っぽい振る舞いをして欲しいところだけど、とミレリアは思いつつ、タクトに関するとある情報を述べる。

 

 

「……タクト王子は女の手篭めの仕方が……ちょっと問題があるような気がします」

「洗脳でもするの?」

「似たようなものかと。人心掌握術に優れているというか、そういうものです」

「あれかしら、自分を全肯定するイエスマンばかりで固めて、宗教みたいなことになっているとかそういう?」

「印象としてはその通りです。どうしてそれをご存知で?」

「昔、仕事でそういうカルト宗教を潰したことがあったのよ。タクト王子の詳しい情報が欲しいわ。特に性格や思想とかそういうの。面倒くさいことになりそうな気がする」

「調べさせます」

「影の子達が取り込まれないようにしなさいよ。何なら私がツバをつけて……」

 

 真面目な話から一転して、そういうことを話すメリエルにミレリアは笑ってしまう。

 メリエルはむっつりスケベではないことは、ここにいる誰もが分かっている。

 

「メリエル様……」

「なぁに? 私のタヌキちゃん」

「誰彼構わずに色目を使わないでください」

「いいじゃないのよ。少なくとも、私の女になれば王族よりも良い暮らしをさせてあげるわ」

「そういう問題じゃないです」

 

 むー、と頬を膨らませるラフタリア。

 メリエルはけらけら笑う。

 

 分かっていてからかっていることは丸わかりだった。

 

「あ、ミレリア。この後、食事でもどうかしら? 2人で」

 

 ラフタリアはジト目でメリエルを見つめるが、すかさずにメリエルは彼女に耳打ちする。

 

「外交よ、外交」

「……本当に外交なんですか?」

「それとついでに世間話。国の最高権力者と太いパイプを作っておくのは色々な面でメリットしかないわ」

「それでしたら……でも、埋め合わせはしてください」

「ええ」

 

 メリエルはそう答え、ラフタリアの頬に口づけた。

 

「今はこれで満足して頂戴」

 

 ラフタリアはメリエルが離れて、そう言われたところでようやく頭で理解できた。

 彼女は一瞬で顔を真っ赤にし、メリエルを涙目で睨む。

 

「あ、赤ちゃんができちゃったらどうするんですか!」

 

 メリエルは勿論、その場にいた全員が目を丸くした。

 そして、一斉にラフタリアへと視線が集まる。

 その視線にラフタリアは困惑した。

 

「え……? 赤ちゃんってキスしたらできるんじゃないんですか?」

 

 今度はメリエルへと視線が集まる。

 お前、教育どうなってんだよ、とそういう意味合いの視線だ。

 

「ちょ、ちょっと待って欲しい。ラフタリアは私が奴隷商から買ったときは10歳くらいのチビダヌキ幼女だったのよ。模擬戦とかしてたらどんどん成長して……」

「亜人の特性ですね……しかし、まあ、メリエル様が……」

 

 ミレリアの声にメリエルは頬を膨らませる。

 

「10歳くらいの無知な女の子を抱けっていうの!? 私は悪くない!」

「いや、まあ、そうですけど……というか、手を出していないんですか?」

「実のところ、マルティにしか手を出していないのよ」

 

 ミレリアは困惑した。

 てっきり片っ端から女に手を出しているとばかり思っていた為に。

 

「と、ともあれ、もう終わり解散閉廷! ラフタリアはどうやったら赤ちゃんができるのか、シルトヴェルトで産婦人科医……専門の医者に聞いておいて!」

 

 無理矢理メリエルは解散を宣言した。

 

 なお、最初に自身の知る情報を話した後は特に聞かれることもなかった為に、グラスはずーっと拘束されたまま黙ってやり取りを見ていた。

 もっとも、彼女はメリエルの魔法により全身を支配された状態であるので、それしかできなかった。

 

 ただ、おかげで分かったことがある。

 

 メリエルさんって面白い方ですね――

 

 理不尽なまでの強さを持っている癖に、コロコロと表情は変わるし、勇者なのに魔王みたいなことを口走っているしで、存在自体が喜劇に出てくる魔王みたいだ。

 

 グラスが探している友人と何となく波長が合いそうであり、また友人探しを手伝って欲しいと頼めば普通に手伝ってくれそうだった。

 

 そのときミレリアがグラスの処遇について、メリエルに尋ねる。

 

「メリエル様、彼女はどうしますか?」

「んー、拘束はしたままで、支配の魔法は解くわ」

 

 そんなわけでメリエルは支配の魔法のみを解いた。

 するとグラスはすかさずに頭を下げて、お願いする。

 

「メリエルさん、実は折り入って頼みたいことが……」

「何よ、藪から棒に」

「私は友人を探しています。彼女は私の世界の四聖勇者なのですが……」

「ふーん。名前は?」

「風山絆です」

「戦力的にも、四聖勇者が増えるってのはいいことね」

「狩猟具の勇者なので、魔物相手には強いのですが、人を相手にするとなるとちょっと……対人戦ではサポートです」

「……他にできることは?」

「あと、釣りが大好きなので、食卓を豊かにすることもできます」

「うーん! 採用!」

 

 そんな安請け合いしていいのか、という視線がグラス以外から集中するが、メリエルは気にしない。

 グラスにメリエルは問いかける。

 

「ちょっとうちの世界のゴタゴタを処理してからでもいい?」

「構いません」

「あなたもこれまで私がこの世界で戦った中では強い方なので、パーティーに加わらない? その友人とやら、私と一緒にいたほうが出会える確率は高いわよ」

 

 問いにグラスは即答せず、じっとメリエルの瞳を見つめる。

 

「あなたは波の原因をどうにかすることができますか?」

「当然よ。どうやら私が天文学的な確率で、こうなってここにいるのは、それをする為かもしれないし」

 

 自信を持って、メリエルは告げた。

 グラスは微笑んだ。

 

「分かりました。あなたのパーティーに加わりましょう」

「決まりね。ところで元いた世界と比べて、不調とかはある?」

「……実は、波が起きている間は元々の実力だったのですが」

「うん」

「波が静まり、元の世界との繋がりが完全に無くなったことが原因なのか、レベルがその……」「あー、レベルダウンね。どのくらい下がったの?」

 

 メリエルは5か、あるいは10程度の低下だと予想する。

 中々にキツイペナルティだが、それくらいなら取り戻せると確信する。

 

「……レベル1になりました」

「は?」

 

 メリエルは真顔になった。

 

「その、レベル1なんです」

 

 恥ずかしそうに顔を逸らすグラスにメリエルは近寄って、デコピンを一発かました。

 かなり威力を抑えて。

 先の幽霊船のときならば、少しのダメージで済む程度だろうと考えて。

 

 グラスは悲鳴と共に体がほとんど透明になり、消えかけた。

 メリエルは無言でエリクサーを彼女にぶっかけた。

 消えかけたグラスは元通りになった。

 

「……え、マジ?」

「マジです。あと、何でデコピンを……」

「先の幽霊船で戦ったときのあなたなら、痛いで済む程度に威力を抑えたんだけど……」

「もうちょっと他に確かめ方があったでしょう!? 死ぬところでしたよ!?」

「蘇らせるのでセーフ」

「どういうことですか……」

 

 メリエルの言葉にグラスは溜息を吐いた。

 そして、メリエルは指示を出す。

 

「あー、ラフタリア。産婦人科医に赤ちゃんのでき方を聞いた後、皆でグラスのレベル上げよろしく。私が帰るまでにカンストさせといて」

「はぁ……分かりました。もしも異世界に行くなんてなったら、気をつけないといけませんね」

「大丈夫、それも私が何とかするから」

 

 何とかできるのか、とメリエル以外の全員が思ったが、何をやるのかは怖くて聞けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、一足先に城を後にした三勇者達は城下町にある食堂に集まっていた。

 元康が2人を誘ったのだ。

 

「俺達は、弱い。ゲームと同じだが、ゲームそのものじゃない」

 

 元康の言葉に樹も錬も頷いた。

 

「強くならなくちゃいけませんね」

「ああ。このままだとメリエルさんにおんぶに抱っこだ。おそらく、彼女も相当な廃人だぞ。何より、彼女の元いた世界を考えると、メンタルも強いだろう」

 

 錬の言葉に2人は頷く。

 

「ただ、彼女が使っていた魔法が分からない。現断(リアリティスラッシュ)とか唱えていた」

「それは僕も知りませんね。ただ、あのソウルイーターを一撃で真っ二つに切り裂いたことから、威力も高いのでは……」

「そういう威力の高い魔法は燃費が悪いと相場が決まっている。彼女はそれを撃ってもケロッとしていた」

 

 樹と錬の言葉に元康は腕を組む。

 

「3人共知らないってことは、メジャーなゲームじゃないってことだな。案外、メリエルさんが言っていたユグドラシルとかいうゲームの魔法だったりしてな」

「ということはメリエルさんはゲーム内のアバターとステータス、アイテムその他を丸々引き継いで召喚されたっていうことですか?」

 

 樹の言葉に元康と錬は妙に腑に落ちた。

 

「ってことはメリエルさんって強くてニューゲーム状態かよ。そりゃ強いわけだ」

「何かズルいですね……」

「ズルいはズルいが、そこに至るまでに費やした時間と労力、そしておそらく金も考えれば……ズルいというか……そうまでしたくないというか……」

 

 ユグドラシルの基準というのは分からないが、3人から見たメリエルは何でもできそうであった。

 上から数えた方が早い実力かもしれない。

 そして、MMOで廃人になる為の条件は何よりも時間を作れるかどうかだ。

 

「もしかしてメリエルさんってニートじゃねーか?」

「ありえそうですね。きっとボトラー……いえ、下手をしたらオムツ、あるいは垂れ流しかも……」

「最悪の予想だが、中身は男なのでは……?」

 

 うげぇ、と3人は顔を一斉に顰めた。

 しかし、元康はヘコタレなかった。

 彼は一番に立ち直った。

 

「つーかよ、メリエルさんが男だったとかニートだったとか、そういうのって俺らの予想で、実際にメリエルさんが男でニートでオムツの垂れ流しとかそういうところを目撃してないんだよな」

「まあ、そうだな」

「そうですね……」

「だから、見た目通りってことにしとこう。そっちのが精神に良い」

 

 元康の言葉に錬と樹が頷いたことを確認し、元康は話題を変えるべく告げる。

 

「MMOで、うまくやっていく心得その一! 廃人とは喧嘩しない、仲良くすることだ!」

 

 樹と錬は道理だと頷いた。

 喧嘩したらリスキルされまくり、煽られまくり、晒されまくり、挙句の果てには廃人の持つ広いネットワークにより他の廃人達も敵に回り、色んなコンテンツから締め出しを食らう。

 

 逆に仲良くなれば、高難易度のレイドボス討伐を手伝ってもらえたり、廃人基準では価値がなかったり、いらないアイテムをタダで譲ってくれたり、廃人ネットワークで紹介してもらい、更に他の廃人達と仲良くなれたりする。

 

 喧嘩したところでちっぽけなプライドが一瞬満たされるだけで、その数秒後から壮絶な報復が始まり、下手をすればアカウントを削除するまで粘着されまくるのだ。

 

「僕達、ギリギリのところだったんですね……」

「下手なことをしていれば、後ろから撃たれていたな」

「そういうことだ。まあ、廃人は強いからか、寛大な人も多い。持たざる者だけが嫉妬し、余裕がない。なんだってそうだけどな」

「でも、やっぱり嫉妬はしますし、ズルいとは思ってしまいますよ」

 

 樹の言葉に錬は勿論、元康もそうだとばかりに頷く。

 

「つーわけで、見方を変えようぜ。いいか? たぶん俺よりも歳上っぽい気がするから、メリエルさんは先輩だ。先輩だから、強いのも当たり前だし、色々なことができてもおかしくはない。何でもできる頼れる先輩にお前達は嫉妬するか? ズルいって思うか?」

 

 元康の言葉に2人は考えてみる。

 先ほどよりはズルいとか嫉妬とかそういうのは和らいだ気がした。

 

「そう考えればそうだな……」

「確かにそうですね。むしろ、甘えてしまおうって気になります」

「そういうことだ。俺達後輩は甘えちまおうぜ。今はおんぶに抱っこ、だが、将来は違う……っていうか、破天荒な先輩だから、任せておくと大変なことになる」

「強くなるしかないな」

「ええ」

 

 錬と樹に元康はニカッと笑う。

 

「そんじゃ、これから普段は別行動だが、定期的に情報共有ってことで集まろうぜ。波のボスへの対策も兼ねて、連携とかもやりたいしな」

「ええ。分かりました。僕も本腰を入れてレベル上げをします。正義のヒーローが魔王より弱いんじゃ、笑い話ですから」

「俺も一層、レベル上げに力を入れよう……もう二度と、被害は出さない」

「あ、それは僕もです……」

 

 錬と樹に元康も頭をかく。

 

「ま、やっちまったことは仕方がない。俺もやらかしたからな……」

 

 こればっかりはどうしようもない。

 事実は消すことはできないからだ。

 

「ともあれ、そういうふうにやっていこうぜ」

 

 元康の言葉に錬と樹は頷いたのだった。

 

 

 




タクト「俺のレベルは350、俺の仲間達は最低でもレベル250はあるぜ……メリエルなんて怖くねぇ……!」




メリエル「^^」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お楽しみはこれからです

本日更新2話目。
これにて本日終了。


 メリエルとミレリアは互いに食事の席は重要な場であることを認識していた。

 食事だけではなく、用談も行ういわゆるワーキングランチ――時間的にワーキングディナーとでも言うべきかもしれない――であった。

 

 メルロマルクにおける様々な国内問題、三勇教の動向、国外におけるメルロマルクの立ち位置、シルトヴェルトとの関係についてなどミレリアから説明を受ける。

 またメリエルからは波に関する協力、シルトヴェルトとの関係改善に関する協力といったことがミレリアへ伝えられる。

 

 1時間程で食事を終えた後、ミレリアは部屋から出て行き、また同時にメリエルも影により別の部屋へと案内された。

 

 案内された部屋は賓客が宿泊する為の部屋のようで、一際大きなベッドが目につく。

 部屋で待つこと20分程、ミレリアがやってきた。

 女王の象徴であり、また同時に証でもあるティアラが頭になく、髪も下ろして、服装も非常にラフなものだ。

 

 ここからはプライベートな時間というこれ以上ないくらいの意思表示にメリエルとしては感心してしまう。

 同時に部屋の周囲から警護役の影達の気配が少し離れたのが分かった。

 

 何が起きても問題にしない、という意味合いであることをメリエルは悟る。

 

 

「普段の女王姿も良いけれど、そちらのほうも素敵ね、というのは誘い文句としては陳腐かしら?」

「大丈夫ですよ」

 

 何なんだろう、風俗に来ているみたいだ、とメリエルは妙な感覚に襲われるが、気を取り直す。

 

「ところでマルティから勇者がハーレムを作るのは使命みたいなことを聞いたんだけど、本当なの?」

「本当ですね。異世界から来られた方は特にその傾向が強いです」

「刺されたりとかしないの? あなたも知っているでしょうけど、女同士が1人の男を取り合うっていうのは……」

 

 メリエルの言葉にミレリアは答える。

 

「そういうのは聞いたことがありません。洗脳魔法とかそういうものを使ったとかいう記録もありませんが、刺した刺されたの刀傷沙汰というケースはありません」

「不思議ね。ハーレムの女達が全員、大人しいのばかりというわけでもあるまいし……」

「人心掌握術とかでしょうか?」

「人心掌握術というよりか、感知できないような力でも使っているんじゃないかしら。まあ、私は正当なやり方でマルティを落とさせてもらったわ」

 

 メリエルの言葉にミレリアは肩を竦めてみせる。

 

「以前よりシルトヴェルトに潜り込んでいる影によれば、マルティは王族よりも良い暮らしをしているそうですね。おかげで、あなたにベタ惚れだとか」

「ええ。彼女にどうやら権力欲はないわ。ただ贅沢したかったというだけで、女王になればカネを好き勝手できるって思っていたみたい」

「あの子は正直……フォーブレイのよろしくない血が色濃く出てしまったのかもしれません。可哀想なことですけれど、こればかりはどうにも……」

 

 メリエルはちょうどいいとばかりに問いかける。

 

「フォーブレイって歴代の勇者の血を取り入れているのに、私が軽く調べた限りだと能力的にはともかく、どうして性格的に問題ばかりなの? 私の予想だと教育に問題があるとは思えない」

 

 メリエルの言葉にミレリアはその意味を察し、告げる。

 

「歴代の勇者様方の性格に……その、色々と問題があったようです。その血を取り入れ続けた結果、そうなってしまったのかと……」

「才色兼備の王女や貴族令嬢も多かったのに、そういう輩に喜んで孕まされたというわけかしら?」

「そういうことです」

 

 それはそれでコーフンするわね、とメリエルは内心思う。

 そういう状況を妄想すると中々に捗る――とそこで彼女は気がつく。

 

「自分で提案しておいてアレなんだけど……私の性格はたぶん歴代勇者とやらよりももっと悪いけど、いいの?」

「少なくともあなたは利益をこちらに齎しますから。勇者様だから、と盲目的に、あるいは慣習的に信じているわけではありません」

 

 そこでミレリアはメリエルに艷やかな笑みを浮かべ、彼女の耳元で囁く。

 

「メルロマルクは、あなたの女の祖国ですよ? 勿論、私もあなたには女として尽くしますから」

 

 メリエルはその意味を理解しながら、そのままミレリアを抱きしめ、その唇に口づける。

 

「……ふふ、一線を越えてしまいました。もう戻れませんよ?」

 

 悪戯に成功したかのような笑みを浮かべるミレリアにメリエルは不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「これまで国は潰すもの、利用するものだったけど、偶には国や、世界の為に尽力してやるのもいいかもしれないわね。何より、私以外の輩が勝手に世界をどうこうしようというのが気に入らない」

「……本当に何をなさっていたんですか?」

「複合企業……あー、なんというか世界中に店舗を構える超巨大な商会の専属闇ギルド的なところのボスをやっていた」

 

 ミレリアは納得する。

 それならば、裏仕事に精通している筈だと。

 そこで彼女は気がついた。

 

「……あの、つかぬことをお聞きしますが、夫が代理をしていたとき、その……何か持っていきましたか?」

「メルロマルクの王城や城下町に駐屯している騎士と兵士の総数と警備場所と巡回ルートと巡回時間を知っていたりするような気がする」

 

 普通に機密情報をすっぱ抜かれていた。

 そして、ミレリアの女王としての勘はそれだけではないと告げる。

 

「あの、本当はどこまで……?」

「まあ、シルトヴェルトに流せば泣いて喜んで土下座する程度には……」

「……全部持っていかれているんですね?」

「有り体に言うと財務・軍事・外交その他色々全部ね」

「やめてください、本当に……」

 

 懇願するミレリアにメリエルはゲスな笑みを浮かべてみせる。

 

「それはあなた次第かしらね」

 

 そう言って、メリエルはミレリアをベッドへと押し倒す。

 そして、彼女はミレリアの耳元で告げる。

 

「自分の女の悲しむ顔は見たくはないから、そうはしないわ。ねぇ、ミレリア。私の前でだけ、女王ではない、女としてのあなたを見せて?」

 

 夜はこれからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくですね」

 

 夜も更けた頃、教皇は遠くに王城を見て、そう呟いた。

 既に手筈は整っている。

 

 儀式魔法の詠唱に必要な数の信者達は城下町各所に目立たぬよう、少人数で配置済み。

 同じく兵士達や騎士達も。

 

 正直なところ、盾の悪魔の能力は全くの想定外であったが、しかし、彼は神は自分を見捨てていなかったという確信がある。

 

 

 国境での一件から、敬虔な者達を引き連れて、逃げ延び、再起を図っていたが、まさかフォーブレイのタクト王子が協力を申し出てくるなど、全くの予想外だ。

 しかも、派遣されてきた2人の女は非常に強いときた。

 彼は鞭の勇者であり、三勇教の信仰対象からは外れているが、これも盾の悪魔を始末する為だ。

 

 おかげでこうやって簡単に城下町に戻ってきた。

 女王の影達の監視網を容易く食い破りながら。

 あの連中なら、盾の悪魔すらも簡単に始末できるだろうと彼は確信する。

 

 幸いにも邪教指定はまだされておらず、更には城下町から遠くなればなるほど、情報に疎い。

 おかげで信者を補充することができた。

 儀式魔法による攻撃、それでもダメならばタクトから派遣されてきた女達が対処する。

 その後に教皇をトップとした統治機構を構築し、フォーブレイと同盟を結ぶ。

 

 協力への見返りとしてタクトが求めてきたのが同盟であったからだが、教皇としては大国が後ろ盾になってくれるならば心強い。

 

「全ては神の御心のままに」

 

 全ての準備は整い、あとは作戦開始の時間を待つばかりであった。

 

 

 

 

「過剰戦力ではないか?」

 

 2本の狐の尻尾を生やした少女だ。

 彼女に同意するように、トカゲの尻尾を生やした女が頷いた。

 2人は念の為に、と予備戦力として待機しているが、正直、出番はないだろうという予感があった。

 

「でもまあ、タクトのことだし、きっと何か考えがあるんでしょ。楽な仕事をこなして、褒めてくれるんだから。運が良かった」

「しかしな、レールディアよ。相手は盾の勇者じゃろ? 攻撃能力は皆無で……」

「トゥリナ、美人らしいわよ」

「……そういうことか。まあ、タクトの事を知れば仲間になってくれるじゃろうが、いきなり攻撃は如何なものか?」

「何か色々と事情があるらしいわよ」

 

 そういうもんか、とトゥリナは思う。

 

「夜更けまであと数時間ってところかしら」

「今すぐでもいいんじゃないか?」

「完全な奇襲にしたいらしいわよ」 

「慎重じゃなぁ。鎧袖一触じゃろうに……」

 

 まあ、逃げたりはせんじゃろ、とトゥリナはのんびり待つことにした。

 

 




教皇「あの2人は強いですね。これなら盾の悪魔も楽勝ですね(舐めプ)」
その2人「よゆーよゆー(舐めプ)」


メリエル「は?(真顔)(廃人のプライド)(舐めることは許さない)(天災降臨)(イキリ魂に火をつけろ)」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死の女神(※盾の勇者です)

 

 

 

 メリエルは傍らに眠るミレリアの寝顔をじーっと眺めていた。

 綺麗なものだ。

 

 ミレリアは最初こそ遠慮がちであり、また歳がいっていることや出産を経験していることから、気持ち良くないのではとか色々と心配していた。

 メリエルにとってはその全てが最高に興奮する要素でしかなかった。

 

 ミレリアの理性を言葉と前戯で溶かし、女としての本性を引き出せば、メルティを産んで以降、夫の年齢的なものもあり、欲求不満というものが出てきた。

 流石にミレリアの年齢までは聞けないが、見た目は勿論、肌のハリや艶は20代にしか思えない。

 

 ともあれ、メリエルはそんなミレリアを優しく、そして情熱的に抱いた。

 結果、1度では終わらず2度3度と中々に燃え上がった。

 

 最後の方はミレリアも女王とは思えないような言葉を口走ったりしていた為、メリエルは大満足だ。

 これから慣れてくればマルティのようにプレイに幅を持たせていきたい、と考えているメリエルからすると、楽しみで仕方がない。

 

 その為にはミレリアの為にも、メルロマルクに利益をもたらしてやろうと考えている。

 そんなことを考えていると、ミレリアは身じろぎし、目を開けた。

 

「少し、寝てしまったようです」

 

 そう言うも、まだ何だか眠そうだ。

 

「久しぶりで疲れたでしょうから、寝ていていいわよ?」

 

 メリエルがそう告げると、ミレリアは何となく恥ずかしそうな顔をする。

 

「……その、見られていると」

「寝顔が綺麗だったので」

 

 にこにこ笑顔のメリエルにミレリアはますます恥ずかしくなる。

 しかし、そのとき、メリエルは突然、顔を窓の方へと向けた。

 ミレリアは目をパチクリとさせる。

 

「あの、どうか――」

 

 ミレリアが問いかけようとした、そのときだった。

 メリエルは躊躇なく窓を開け放ち、そのまま両手を前に出した。

 そして、叫ぶ。

 

完全なる隔離世界(ワールド・ガーディアン)!」

 

 対象もしくは範囲で指定できるが今回は範囲指定。

 指定した範囲は城全体。

 傍目には変化がないが、メリエルには知覚できていた。

 透明な膜が展開され、あっという間に城全体が覆われていく。

 

 メリエルの職業たるワールド・ガーディアン。

 ワールド・ガーディアンのみが習得できる1日あたりに発動できる回数が限られている最上級の防御スキルであり、ワールドアイテム以外の全ての物理・魔法攻撃やアイテムによる干渉効果を完全に遮断する。

 ワールド・チャンピオンにおける防御スキル、次元断層の下位互換だ。

 

 メリエルがそれを展開して、数秒程経過したとき、ソレは天空から落ちてきた。

 眩い光にミレリアは思わず瞼を閉じた。

 

 城を包み込む程の光の奔流。

 だが、それらは城を破壊することなく、まるで雨が窓ガラスに当たって、滑り落ちていくように透明な膜によって逸らされていく。

 

 1分程、光は続いたが、それは唐突に消えた。

 

 

「どうやら舐め腐った連中が仕掛けてきたみたいね」

 

 メリエルの言葉にミレリアは我に返る。

 こんなことを仕出かすのは三勇教くらいしかいない。

 

 そのとき安否確認の為、影達が部屋へと入ってきた。

 

「陛下! ご無事ですか!?」

「私は無事です。メリエル様が守ってくださいました。状況は? 敵はどこですか?」

 

 ミレリアの問いに影達は答えられない。

 そのとき、メリエルが口を挟む。

 

「半径100m以内でいいなら分かるわ。今、私の探知範囲に入ってきたから。少人数で散開しながら、城に向かってきているわ。おそらく全方向から」

 

 メリエルはそう告げると、獰猛な笑みを浮かべてみせる。

 

「本当に人を舐めている。平和的に解決して、生かしてやったのに。それに、あんな雑魚ばかりで私をどうこうできると思っているのかしら」

 

 そこでメリエルは唱える。

 

集団標的(マス・ターゲティング)内部爆散(インプロージョン)

 

 探知範囲内に入った敵全てを標的とし、内部から爆散させる。

 悲鳴を上げる間もなく、敵は風船のように体を膨らませて爆発四散していく。

 何が起こったのか、把握する暇も与えない。

 

 とはいえ、せっかくのチャンスなのでメリエルはカッコつけようと思い、ミレリアに近寄り両手で彼女の頬を包み込む。

 

「あなたの国、守ってあげるわ」

 

 そう言って、メリエルはミレリアの唇に口づけると、すぐに窓の方へと向かう。

 そして、そのまま窓から飛び降りていった。

 

 残されたミレリアは無意識的に自身の唇を優しく撫でる。

 

 盲目的には信じない、と言ったのに、こんなことをされると盲目的に信じてしまいたくなる――

 そんな思いが込み上げてくるが、それは今考えるべきことではない。

 

「城内にいる全ての戦える者達を集めなさい。隠し通路や通風孔などから侵入される可能性があります。城下町へはメリエル様の邪魔になる可能性がありますから、積極的に攻勢に出ることはしません」

 

 兵力は向こうが上、だが、メリエルならば負けることはない。

 

 また一般市民を人質に取ることもしない、と彼女は考える。

 何故ならば、そんなことをすればその後の統治に問題が出る可能性が高い。

 

 たとえ王族を打倒しても、民に対して危害を加えたという事実があるならば民はついてこない。

 今回は国民が起こした革命ではなく、三勇教による悪あがきの革命だ。

 

 どこかの国が後ろ盾にいるかもしれないが、それでもきっとどうにかできるとミレリアは確信していた。

 

 

 

 

 

 

 

「儀式魔法を防いだ!?」

「嘘じゃろ!?」

 

 一方、レールディアとトゥリナは完全に動揺していた。

 先の儀式魔法は彼女らであっても、全力で防御したとして、重傷は免れない。

 しかし、相手は完全な奇襲であるにも関わらず、城全体を完璧に防御してみせた。

 城の周囲は魔法の直撃を食らったが、そこには人家などはなく、ただ石畳があっただけだ。

 そして、その轟音により、庶民達は何事かと窓を開け、すぐに事態を理解したのか、慌てて住居から飛び出し、逃げていくのが見える。

 

「……ちょっと本気でやらないといけないみたいね」

「そのようじゃな。戦闘の様子を見に行こうではないか。盾の勇者は中々やりおるようじゃしな」

「ええ、そうしましょう」

 

 そして、2人は戦闘が行われているだろう城周辺が良く見える場所へ移動する。

 そこで目撃したのは戦闘とは到底呼べないものだった。

 

 兵士が、騎士が、信者が、攻撃すらできずに体を膨れ上がらせ爆発していく。

 おそらくは魔法であるのだろうが、レールディアもトゥリナもあんな魔法は聞いたことがない。

 

 そして、それを実行している者を2人は見た。

 

 その長い、黄金の髪を風に靡かせながら、誰もが見惚れるほどの女神の如き美貌。

 レールディアもトゥリナも、素直にその美しさには負けたと思えてしまう。

 

 だが、そこに浮かべた表情はとても恐ろしいものだ。

 死の女神と言っても過言ではない。

 

 レールディアもトゥリナも直感する。

 アレが盾の勇者であると。

 

 そこへ兵士達が跪いて泣き喚きながら、命乞いをしてきたのが2人に見えた。

 命乞いをする兵士達を彼女は無表情に見つめ――そのまま兵士達はどこからともなく出てきた鎖により雁字搦めとなった。

 

「発動は見えたか?」

「いや、見えない。何だ、あの魔法は……?」

 

 口が動いたのは2人には見えた。

 だが、それは非常に短い。

 

 詠唱はなく、ただ呪文名のみを唱えているようだ。

 一応、そういうことはできなくはないだが、威力やその他諸々の点で、しっかりと詠唱した場合よりも劣るのが一般的だ。

 

 稀に詠唱をせず呪文名を唱えただけで、とんでもない威力を出す輩もいるが。

 

 

 それから更に2人は死の女神を観察する。

 

 彼女の歩みは止まらない。

 命乞いをする者は鎖で縛り、刃向かう者には等しく死を与えている。

 

 

 メリエルの姿を常に捕捉し続けていることはできず、建物の陰に入ったりしてしまうが、彼女の進行方向には大広場しかないので問題はないと判断した。

 

 

 

 大広場へと視線を移したところで、レールディアとトゥリナは目を丸くした。

 

 教皇が兵士達や騎士達、あるいは信者達を集めていたからだ。

 

 確かにその行動は作戦通りであったが、時期が違う。

 教皇が死んだらこちらの負けである為、敵の排除がほとんど完了した段階――最終段階に教皇は出てくる筈だった。

 

 何だかよく分からないが、ともかく自分達はタクトから託された真の目標――盾の勇者の説得もしくは確保を行うまでだ。

 

 2人はこのまま状況を見守ることにした。

 

 

 

 

 

 

 一方のメリエルは勇者らしく協力プレイの一つでもしてやろうかと考えていた。

 だからこそ、彼女は敢えて遠くから覗き見している2人に攻撃を加えることはせず、好きにさせている。

 念の為に、と対プレイヤーを想定した各種スクロールやアイテムを物陰で使用したことが幸いした。

 

 その2人はレベル300超えの大物だ。

 レベル300超えといえば、まさしくワールドエネミークラス。

 

 その割には情報収集系魔法に関する対策が皆無であったが、逆に考えればそれだけの実力があるという自信の表れだとメリエルは考える。

 強者の油断や慢心は余裕というものであるからだ。

 おそらく、時間停止(タイムストップ)真なる死(トゥルー・デス)は効かないだろうと判断する。

 

 

 さすがに初見のワールドエネミー、それも2体同時に相手取るのはメリエルとしても荷が重い。

 何よりも完全なる隔離世界(ワールド・ガーディアン)を1回使わされたのが痛い。

 

 最悪、モモンガを本当に呼ばないといけない事態になる可能性もある。

 

 メリエルは転移門(ゲート)を開き、シルトヴェルトへと向かった。

 転移門(ゲート)を使ったことは見られてはいないだろうが、それでも不自然に思われないように短時間で援軍を呼ぶ必要があった。

 

 

 メリエルがシルトヴェルト、それもラフタリアの部屋に出ると、そこではラフタリアがちょうど寝るところだったのか、パジャマ姿だった。

 

「め、メリエル様!? そ、その……」

 

 何故かラフタリアは耳をぺたんとし、尻尾をぶんぶか振る。

 彼女は何だか酷く動揺しているが、時間がないのでメリエルはさっさと告げる。

 そうなっているのは医者から赤ちゃんのでき方を聞いた結果の反応であるということを、メリエルはすっかり忘れている。

 ワールドエネミークラス出現の衝撃は大きかった。

 

「ラフタリア、出撃よ。戦闘準備」

「は、はい……はい?」

 

 ラフタリアは目を丸くする。

 

「メルロマルクで革命騒動よ。伝言(メッセージ)

 

 そう告げると、メリエルは伝言(メッセージ)にて、パーティーメンバー全員とついでにマルティ、フォウルとアトラに伝える。

 メルロマルクで革命騒動。ただちに戦闘の準備をするように、今すぐ迎えに行く――

 

 フォウルとアトラに伝えたのは今後、彼らもパーティーに加えるつもりであったので、見学だ。

 またメリエルはマルティに戦わせる気は毛頭ない為、彼女もまた見学である。

 

 仰天した声やら何やら色々と返ってくるが、伝えることは伝えたのでメリエルは伝言(メッセージ)を終了する。

 

 そして、ぽかんとしているラフタリアに告げる。

 

「早くして」

「は、はい!」

 

 急かすメリエルという珍しい光景に、状況は良くないとラフタリアは確信し、すぐに準備を始めた。

 

 

 

 メリエルが全員を引き連れて、メルロマルクに再度舞い戻ったのは10分後のことだった。

 

 

 

 

「あの、フォウルさんとアトラさんは分かりますが、何でマルティさんも?」

「カッコいいところを見せてやろうという魂胆」

 

 メリエルの返事に問いかけたラフタリアだけでなく、マルティ以外の全員がやれやれ、という顔になった。

 急がせたわりに、意外と余裕があるんじゃないか、と。

 

「ちなみに、ボスとしてレベル300超えの奴らが出てくるから」

 

 マルティとフォウルとアトラ以外の全員が真顔になった。

 

「良い? 作戦はこうよ――」

 

 メリエルはそんな反応を無視して、さっさと作戦を説明し始めた。

 

 そして、5分後、メリエルは作戦通りに1人で大広場方面へと向かう。

 そちらに敵が集結している為に。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対ワールドエネミー想定 メリエルの全力戦闘  あるいは、不幸な勘違いによる喜劇

本日2話投稿。
これにて本日終了。


「盾の悪魔め……忌々しい、本当に忌々しい」

 

 苦虫を噛み潰したかのような表情でやってきたメリエルに対して教皇は告げる。

 だが、メリエルは全く動じない。

 

「申し訳ないけど、あなた達には消えてもらわなきゃいけないの」

 

 メリエルの言葉に教皇は笑みを深めてみせる。

 

「果たして、それができますか?」

「できるに決まっているわ。証明しましょうか?」

 

 問いに教皇は笑みを浮かべたまま、手を叩いた。

 すると、背後から兵士達に引きずられるようにして、やってくる者達がいた。

 その人数は20人は超えており、全員が傷つき、満身創痍といった感じだ。

 

 そのほぼ全てが大人の女性であり、どこぞの一般人でも攫ってきたか、とメリエルは思うが、その中には顔に見慣れた仮面をしている者が幾人かいた。

 

 どうやら女王の影達らしい。

 

 そして、その中に交じって少女が1人だけいた。

 彼女は外傷がないように見えるが、それでもその表情は暗い。

 メリエルは少女を見て、首を傾げる。

 

「……どちら様?」

「おや? ご存知ありませんか? メルティ王女ですよ」

「聞いたことはあるけれど、見たのは初めて」

「そうですか。ちょうどシルトヴェルト方面からこちらへ戻ってくる途中で、捕まえましてね。女王が慌てて呼び戻したのでしょうが……今、ここであなたの行動一つで、メルティ王女や影達の運命が決まります」

 

 教皇の言葉にメリエルは軽く頷いてみせ、そして告げる。

 

「やはりここは女王陛下にお越し頂き、判断を仰ぐというのはどうかしら? 何しろ、私は盾の悪魔なので、悪魔相手に人質を取ったところで意味などないでしょう?」

「……それもそうですね」

 

 道理だ、と教皇もまた賛同する。

 

「んじゃ、ちょっと待っててね」

 

 メリエルは転移門(ゲート)を開いて、そこへと入り込む。

 教皇達はぎょっとするが、数分もしないうちに靄のようなところからメリエルとミレリア、そして影やら女王直属の騎士やらが出てきた。

 

 盾の魔法か何かだろう、と教皇は思いつつも、告げる。

 

「さぁ、女王。あなたの娘と影達の命。どうされますかな?」

 

 

 

 

 教皇に問いかけられて、ミレリアは状況をどうにか理解した。

 ちょっと用事があるから、とメリエルに言われ、護衛の皆さんも一緒にと彼女が言ったので、もう教皇を捕まえたのか、とおっかなびっくりでやってきてみれば、こういう状況だったのだ。

 

「お母様……!」

 

 メルティがミレリアに気づき、不安に満ちた声で呼ぶ。

 

「あ、ちなみにだけど本物よ。偽物とか幻とかそういうのじゃないので」

 

 メリエルが補足説明を行う。

 彼女の目を誤魔化すには生半可な幻術や偽物などでは不可能だ。

 

「……私が言うのも何ですが、本当に悪魔では?」

 

 教皇の言葉にメリエルは不思議そうに首を傾げる。

 

「悪魔というよりも、大魔王なので」

「……納得です」

 

 やっぱり教義は正しかった、と教皇は深く頷いた。

 

「で、ミレリア。どうするの?」

 

 いや、それ私の言葉なんですが、と教皇は思いつつ、女王へ決断を促すべく、指示を下す。

 

「少し、痛めつけてやりなさい」

 

 その言葉にメルティの傍らにいた兵士が彼女の背中を蹴りつける。

 痛みに悲鳴を上げるメルティに、ミレリアは少し俯き、唇を噛み締め、そして――

 

「……メルティは王族です。影達も、王族に仕える身……私は三勇教に屈するわけにはいきません」

 

 そう言い、ミレリアは顔を上げた。

 メルティは意味を理解し、背中の痛みをこらえ、目に涙を浮かべるも、声は出さずに堪える。

 

 しかし、そこでメリエルがミレリアの前へと移動した。

 

「申し訳ないけど、私が救うと決めてバッドエンドっていうのは私が納得できないの」

「いや、あなたも煽るようなことを言いましたよね?」

 

 教皇の問いかけをメリエルは知らん顔で言葉を続ける。

 あまりにも面の皮が厚すぎる。

 これではギロチンの刃とて通らないのでは、と思うほどに。

 

「というわけで、今からひっくり返させてもらうわ」

「この状況から?」

 

 メリエルは不敵に笑ってみせる。

 

「当然よ。ゲームでも、リアルでも、この程度、ピンチのうちにも入らない。あなた達は戦争のやり方をご存知ないようね?」

 

 そして、メリエルは告げる。

 

「戦争ってのは、準備で全てが決まる。始まる前から勝敗は既に決まっているわけよ」

「ほう? ということは我々の勝利ということですかな?」

 

 教皇の言葉に、メリエルはくすくすと笑ってみせる。

 そして、口元を歪め、恐ろしい笑みでもって告げる。

 

「あなたの首は木に吊るされるのがお似合いよ」

 

 その言葉と同時に彼女達は現れた。

 まるで、最初からそこに透明になって待機していたかのように。

 

 彼女達が現れた場所、そこはメルティや影達を捕らえている兵士達の背後だった。

 

 予想もできない奇襲に、あっという間に兵士達が斬り伏せられて――はおらず、どうやら峰打ちであることにメリエルは気づいた。

 

 いや、別にこの状況なら殺していいんじゃないの、とメリエルは思っている間に、ラフタリア達は兵士達を掃討し、メルティと影達を解放する。

 

「ば、バカな!?」

「はいはいテンプレテンプレ。そういや天ぷら食べたいわね……」

 

 教皇の驚き方に、メリエルはそう言いながら近づいていく。

 だが、そこに邪魔をする者達が現れた。

 

「そうはさせないわ」

「お邪魔するのじゃ」

 

 トカゲの尻尾を生やした女と狐の尻尾を2本生やした少女だった。

 少女の方は何故か巫女服を着ていた。

 メリエルとしては邪魔をされるのは困るので、素直に伝える。

 

「邪魔するなら帰ってー」

「はいよー」

 

 メリエルの言葉にくるりと狐の少女は踵を返し、隣のトカゲの尻尾の女がずっこけかけた。

 

「って、違うのじゃ!」

「え? 帰ってくれないの?」

「用があるのじゃ! わらわ達は盾の勇者であるそなたを仲間にしにきたのじゃ!」

「人違いじゃないの? 私は大魔王なんだけど」

「いや、確かにわらわもそう思って……むぅ! レールディアも何か言うのじゃ!」

 

 このままではダメだとぷんすこ怒る少女にメリエルは微笑ましく思ってしまう。

 そこへ教皇が告げる。

 

「この御二人はタクト様から派遣されてきた竜帝レールディア様と九尾の狐トゥリナ様ですぞ! いくら盾の悪魔といえど、倒すことなど不可能!」

「あっ、ふーん……」

 

 メリエルは首謀者の名前に納得したと頷いた。

 ミレリアも、意味を察したのか、溜息を吐いた。

 

 その反応に教皇は首を傾げる。

 

「バカ! 言うでない!」

「アンタから先に消してやろうかしら?」

 

 そこで教皇は失言に気づいたが、彼は強気だ。

 

「御二人によって目撃者は消えますので、大丈夫ですよ」

「ちなみにだけど、レベルは?」

 

 メリエルの問いかけにレールディアとトゥリナは事もなげに告げる。

 

「334よ」

「312じゃ」

 

 やはり、とメリエルは確信する。

 これは手を抜ける相手ではなさそうだと判断し、彼女は本格的に対ワールドエネミー想定で動く。

 

 とはいえ、ここはゲームではない。

 相手には知性があり、なおかつこれまでに蓄積された戦闘経験を活かしてくるだろうから、一筋縄ではいかないだろう。

 レベル300超えともなれば、相当な修羅場をくぐってきていることに変わりはない。

 

 牽制しつつ、バフやスキルでもって強化し、短期決戦でもって一気に倒し切る。

 長期戦になれば圧倒的にこちらが不利だ。

 

 初見の敵は何を持っているか、予想もつかない。

 

 一方、2人のレベルが300超えということで、事前に知っていたメリエル達以外の者達は絶句している。

 実力差がありすぎて、それこそマトモに戦っても勝てないと誰もが簡単に想像できてしまう。

 

 とはいえ、ミレリアには希望があった。

 

「メリエル様……」

 

 そう呼びかける声は不安に満ちていた。

 だが、メリエルはにっこりと微笑んでみせ、その装いを一瞬にして変えた。

 

 頭にあるティアラから髪飾り、鎧はもちろん、靴に至るまで、その全てが膨大な力を秘めていることがミレリアは無論のこと、この場にいる全ての者達に理解できてしまった。

 

 勿論、レールディアとトゥリナの2人もそれは例外ではない。

 2人はメリエルの装備に絶句している中、彼女は夜であるのに、太陽のように輝く黄金の首飾りをどこからか取り出し、それを身に着けた。

 

 そして、左手――正確には左腕の肘のあたりに盾を取り付け、さらにいつのまにか腰に吊るしていた鞘から剣を抜き放ち、右手に持った。

 

 神話に出てくるだろう戦争の女神だと言っても過言ではない見た目であった。

 

 レールディアとトゥリナは本能で理解する。

 全力を出さねば瞬時に殺されると。

 

 メリエルは唱える。

 

集団標的(マス・ターゲティング)魔法最強化(マキシマイズマジック)魔法二重化(ツインマジック)大地大槍(アースグレイブ)

 

 レールディアとトゥリナは大きく飛び退いた。

 その直後に2人の立っていたところからは石畳を突き破り、巨大な土でできた槍が2本、飛び出してきた。

 回避が遅れていれば、そのまま串刺しになっていたところだ。

 

 メリエルにとって、2人の回避は予想の内。

 むしろ、初撃で終わるわけがないと確信していた。

 だからこそ、息をつかせない。

 

 魔法でもって攻めて攻めて攻めまくり、合間合間にバフやスキルで自己強化を施す。

 こちらの本命を悟らせず、また悟られたとしても邪魔をさせない。

 

 

集団標的(マス・ターゲティング)魔法最強化(マキシマイズマジック)魔法二重化(ツインマジック)万雷の撃滅(コールグレーターサンダー)

 

 数多の雷を束ねた巨大な豪雷がレールディアとトゥリナ目掛けて天空より落ちてくる。

 眩い光に、しかしレールディアとトゥリナは全力で雷耐性を上げる防御魔法と魔法による攻撃を防ぐ盾、更に自身のスピードを上昇させる魔法を唱える。

 

 左右ばらばらに逃げた2人は豪雷が襲いかかるも、それらは僅かに掠った程度で終わる。

 

集団標的(マス・ターゲティング)魔法最強化(マキシマイズマジック)魔法二重化(ツインマジック)朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)

 

 レールディアとトゥリナがそれぞれ紅蓮の炎で包まれようとするが、2人はすぐさま炎耐性上昇魔法を唱えつつ、上昇した速度でもって多少のダメージを負う覚悟で炎に突っ込んで、そのまま逃げ切る。

 

魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)黒茨の庭園(ブラインドガーデン)

 

 メリエルの足元に巨大な魔法陣が展開され、そこから無数の黒い茨が飛び出してきた。

 それらはレールディアとトゥリナ目掛けて、捕まえようと一斉に襲いかかる。

 レールディアはブレスを吐き、トゥリナは火炎魔法で焼き払いながらも、立ち止まることなく動き続ける。

 そして、その最中に――メリエルはあることを発見する。

 

 メリエルは小さく舌打ちをする。

 レールディアがトゥリナに、トゥリナはレールディアに互いに強化魔法や防御魔法と思しきものを掛け合っている。 

 同時にトゥリナの尻尾の数が9本に増えていることも。

 

 こういうタイプのワールドエネミーはまず片方に集中攻撃して倒さねばダメだ。

 

 竜帝とか言っていたレールディアはおそらくドラゴン。

 対するトゥリナは九尾の狐。

 

 どっちが倒しやすいか、と問われるとメリエルは長年の経験と勘からトゥリナだと確信する。

 

 そう思考する間にも、メリエルは強化魔法と強化スキルを少しずつ、バレないように唱えている。

 色とりどりに体を包み込む魔法やスキルの使用を見られれば、一発でバフを掛けていると見抜かれる。

 

 相手はただのパワーで押してくる敵ではない。

 レールディアはおそらく攻撃も防御も魔法も全てが高いレベルで纏まっていると想定しつつ、トゥリナは魔法特化の特殊なタイプと想定する。

 

 そして、トゥリナのようなタイプはディスペルを持っていると考えるのがセオリーだ。

 せっかく掛けたバフがディスペルで解かれてはたまったものではない。

 メリエルのようにバフやスキルをガン積みして、スペックで圧倒する者にとってディスペルは明確な弱点だ。 

 スキルによる強化効果はただのディスペルでは消去されないと思うが、それでもここは異世界。

 何があるか分からない。

 

 とはいえ、トゥリナの体力が低いとは考えない。

 レールディアよりは多少低いかもしれないが、それでも一撃で殺せるようなものではないと予想する。

 

 ワールドエネミーとソロで撃破したメリエルは短期決戦と長期戦の2パターンを経験したが、どちらにおいても敵の攻撃は回避するのが大前提だ。

 一撃一撃が痛く、また耐性を貫通して付与されるデバフも厄介であり、一撃でももらうと取り返しがつかないことになる。

 

 そう考えている間に、レールディアが遠距離からブレスを吐き、トゥリナは別方向から5人に分身して極大の火炎球を放ってきたが、メリエルは4人は幻術による偽物だと即座に看破しつつ、上位転移(グレーターテレポーテーション)で回避する。

 

 まだ見分けがつくが、いつ見分けがつかなくなるかは分からない。

 故に、メリエルは確信する。

 

 

 敵はまだ本気を出していない(・・・・・・・・・・・・・)――

 

 

 

 侮られているとは感じない。

 むしろ、久しぶりに自らが挑戦者となり、強敵に挑んでいるという高揚感に包まれている。

 

 知らず知らずにメリエルは笑みを浮かべてしまう。

 すると自分を見ていたレールディアとトゥリナは恐怖で顔が引き攣ったように見えたが、メリエルからすればそれは目の錯覚だろう思い、そろそろ隔離せねばならないと判断する。

 

 今はまだ牽制段階であり、大広場内が破壊される程度に留めているが、そろそろバフやスキルの強化具合から、大広場の近くの住居にも被害が出そうだ。

 

 

 大広場の外縁部から、こっそりと三勇者とそのパーティーメンバー達が覗いているのが知覚できたが、余計な茶々を入れてこないのが有難かった。

 

 明らかにレールディアとトゥリナは三勇者が戦って相手にできるレベルではない。

 

 とはいえ、メリエルとしては観戦者は多ければ多いほど燃える。

 私が強い敵を倒すところを見て、すごいでしょ、と自慢したがりの為に。

 

 また同時に保険でもある。

 もしも自身が倒せなかった場合、戦える者は1人でも多いほうがいい。

 自身が蘇生するまでの時間を稼いでもらう必要があった為に。

 それは見学者として完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)で隠れて見ているマルティやフォウル、アトラも含まれる。

 彼らも戦えないことはないのだから。

 

 

 

 

 

 一方、レールディアとトゥリナが抱く思いは一貫していた。

 

 あまりにも強すぎる――

 

 彼女達は2人とも自分達を相手にできるのはタクトしかいないと考えていた。

 そのタクトですらも、2人同時に戦っては相手にならない、とも。

 

 しかし、現実は違った。

 2人が全力を出したとしても、回避や防御が精一杯、反撃すら覚束ない相手が目の前にいた。

 

 

 戦女神でも相手にしているのならば、まだ気は楽だったかもしれない。

 全知全能みたいな神相手ならば、負けてもまだ納得はできた。

 

 だが、相手にしているのは盾の勇者だ。

 四聖勇者の一角、伝承によれば攻撃力は持たないとされているが、実態は全く違う。

 

 桁が違う魔法を操り、こちらに反撃の糸口を与えすらさせない。

 そして、2人には彼女が持つ剣のほうが盾よりも恐ろしいと本能的に感じている。

 

 アレに斬られたらダメだと。

 幸いにもまだ相手は戦闘開始から一歩も動かず、近接戦闘を仕掛けてこないが、いつそうなるかは予想もつかない。

 どの程度の力の強さか、速さはどうなのか、とそういったものはさっぱり分からないが、自分達より非力で遅いというわけはないだろう。

 

 レールディアもトゥリナも普段の態度はどこへやら。

 互いが互いを魔法で支援することで、どうにか致命的な一撃を食らわずに済んでいた。

 

 恐ろしくも、強く、そして美しい盾の勇者。

 その存在を前にして、レールディアとトゥリナは、このまま戦っていていいのだろうか、と考え始めていた。

 

 勝利など開始数秒くらいで諦めている。

 逃走することも、おそらく無理だ。

 今はこちらの様子を観察する為か、攻撃が止んでいるが、すぐに再開されるだろうことは容易に想像ができた。

 

 

 しかし、こうして初めて自分達を超える相手と戦って、2人はほぼ同時に気づいたことがあった。

 

 どうして、自分達はタクトに従っているのか?

 

 ドラゴンや九尾でも受け入れてくれたから?

 強いから?

 見た目が良いから?

 頭が良いから?

 性格が良いから?

 金持ちだから?

 思想に共感したから?

 

 

 しかし、2人は答えを出せないでいた。

 タクトには明確な行動理念や思想というものがない。

 確かにフォーブレイを発展させてもいるし、人助けなどもしている。

 だが、行動の大前提となる動機というものがない。

 

 欲望が明け透けなら、それはそれでレールディアもトゥリナも別に構わないのだが、タクトは明け透けというわけでもない。

 変に取り繕うし、まるで自分には不純な動機などないかのように振る舞う。

 

 女性に対する扱いも、あんまり褒められたものではない。

 所有物のように扱うし、やたらと恩着せがましい。

 

 しかも偶にある夜の行為は独りよがりで、こっちは痛いだけで全然気持ち良くない――

 気持ち良い振りをしているが、それに全く気づいていない――

 

 

 本当にどうして、自分達はタクトに従っているんだ?

 どうして、タクトの女を手に入れる為に、自分達が命がけなんだ?

 

 そこまで思考が及んだところで、美しい声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 メリエルは高らかに告げる。

 己が全力を出す為のフィールドに、この場にいる全ての者達を招待する為に。

 

至高なる戦域(スプリーム・シアター)

 

 それはまさに人智を超えた所業。

 瓦礫や大穴が空いたメルロマルク城下町の大広場の石畳が敷かれていた地面は消え、草原となり、夜であった筈なのに空は不気味なほどに青く染まり、そこから太陽の光が降り注ぐ。

 

 誰もが呆気に取られた。

 そこへメリエルが告げる。

 

「ここは私が構築した世界。ここならば私は全力で戦える」

 

 メリエルへと全ての視線が向く。

 彼女は視線に対し、不敵な笑みを浮かべて、更に言葉を続ける。

 

「この世界から出るには私を倒すか、私が解除するかのどちらかしかない。さぁ、戦争を始めましょう」

 

 そう告げて、メリエルは気がついた。

 何だか知らないけど、敵の2人は棒立ちしているので、メリエルはさっさと残るバフとスキルを使用してしまう。

 色とりどりの光がメリエルを包み込み、彼女は全力戦闘が可能になった。

 

 世界崩壊の一撃(ワールドコラプス)は撃たない。

 アレを使用すると戦域が解除されてしまう為、隔離した意味がない。

 おまけにタメも長い。

 

 

 

 故にメリエルは自身が保有する攻撃的な種族スキルのうち、発動が早く、回避が難しいものを選択する。

 彼女はその背中に白と黒の入り交じった紋様の翼を4対8枚、顕現させる。

 ワールドエネミー相手に正体を披露するなら、言い訳も立つ。

 

 勝利こそが全てであり、敗者は全てを奪われるのだ。

 

 観戦者を入れなければ良かったかな、という後悔はない。

 波の原因が神であるならば、そのときに披露するよりもあらかじめ見せておいた方が衝撃が少なくなって良いだろう、と。

 

 メリエルは空へと舞い上がり、その8枚の翼を大きく羽ばたかせる。

 

「パラダイス・ロスト」

 

 8枚の翼から無数の羽がレーザー光線のように光の軌跡を描きながら、恐ろしい速さでレールディアとトゥリナに襲いかかる。

 たちまちのうちに降り注ぐ羽により2人の姿は見えなくなった。

 

 メリエルはすかさずに次の一手として、レーヴァテインを構えたところで――目を疑った。

 

 パラダイス・ロストによる攻撃が収まり、そこにあったのは体中から出血し、瀕死の重傷となって穴だらけの地面に横たわる2人の姿だった。

 

 いやいやこれは擬態だ、幻術だ、本体はどこだとメリエルは周囲を隈なく、油断なく探すが、見当たらない。

 

「遂に私の探知を超えたみたいね……」

 

 メリエルの呟き。

 そこでラフタリアが叫んだ。

 

「何をバカなことを言っているんですか! もうやめてください! これ以上の戦いに意味などありません!」

 

 しかし、メリエルは冷静に告げる。

 

「何を言っているのよ、ラフタリア。まだこれからよ。相手はレベル300超え、この程度で死ぬわけがない。アレは擬態か、幻術に決まっているわ」

「擬態でも幻術でもないです! 見てください! 三勇教の皆さんとか完全に怯えていますよ!」

 

 メリエルは教皇達に視線を向けてみた。

 神に祈るかのように懺悔して、後悔しているのが見えた。

 

 ミレリア達にもメリエルは視線を向けてみた。

 何だか神でも見るような視線だった。

 

「……てへぺろ」

 

 メリエルは頭に片手を当てて、舌を出してみせた。

 

「それで済まそうとしないでください!」

 

 ラフタリア渾身のツッコミ。

 とりあえず、メリエルは死にそうになっているレールディアとトゥリナに近寄り、エリクサーをぶっかけた。

 念の為に3本ずつ。

 みるみるうちに傷が治って、あっという間に完全回復した2人にメリエルはドヤ顔で告げる。

 

「私としては全力状態でのパラダイス・ロストを受けて、即死せず生き残ったのがスゴイので、やっぱりこいつらはワールドエネミー」

「全然違います!」

 

 ラフタリアの叫びに完治したレールディアとトゥリナは地面からゆっくりと起き上がってきた。

 そして、2人は告げる。

 

「負けじゃ負けじゃ。もう負けじゃ」

「こんなに完全に負けたのは初めてだわ」

 

 両手を挙げて降参のポーズを示してみせる2人にメリエルは問いかける。

 

「世界を滅ぼせるような力とか……なんかそういうのないの?」

「あるわけなかろう!」

「そうよ。国を潰すのが精一杯だわ」

「……ごめんなさいね、てっきりレベル300超えだから、そういう世界の敵を想定して私は動いていた」

 

 暗に雑魚だとは思っていなかったと告げるメリエルにトゥリナとレールディアだが、事実であったので何も言えない。

 

 明らかにメリエルは世界の守護者みたいなそういうレベルにあったのだ。

 

「で、タクトとやらが派遣してきたらしいけど?」

 

 メリエルの問いかけにトゥリナとレールディアは互いに視線を合わせる。

 どうしようか、という互いが互いに対する問いかけ。

 

 しかし、それはすぐに答えが出た。

 

 自分の女に対して、別の女も欲しいから連れてきてくれ、などふざけたことを抜かすバカに尽くす道理などない。

 もう彼に従う義理も義務もないと2人は決断する。

 

「そうじゃよ。そなたが欲しいから、連れてきてくれとな」

「ええ。三勇教の手助けとかそういうのも全部、彼の指示よ。あ、ちなみに影とかは誰も殺していないから」

「……私が言うのも何だけど、タクトって頭がおかしいんじゃないの? あなた達、タクトの女なのでしょう? その女に対して、別の女を連れてこいって……」

「正確には元じゃ」

「ついさっきまでの話よ。もう彼とは何の関係もない。あんな矮小な人間風情」

 

 ならば、とばかりにメリエルは真意看破の魔法をこっそりと使用した上で、問いかけてみる。

 

「タクトって人心掌握術に優れるみたいで、女を落としまくっているって本当?」

「本当よ。ただ、扱いは良くないわ」

「うむ。わらわ達は側近みたいなものであったが、何というか、思い返してみれば所有物みたいな扱いであった。あと恩着せがましい」

「とはいえ、顔も良いほうだし、王子として地位や、勇者の肩書、さらにはカネもあるし、女が寄ってくる素材は幾つもあるわね」

 

 なるほど、とメリエルは頷いてみせる。

 さらに彼女は問いかける。

 

「どうして取り合いになって刺した刺されたの刃傷沙汰にならないの? 失礼だけどあなた達は、そんな大人しい性格には見えないのだけど?」

「そこまでして独り占めしたい、と思うほどでもないわ」

「そうじゃな。まあ、妾なんぞ王族であれば驚くことでもない。大抵はそうじゃろ。盲従している輩も多いが、そこは分からん。タクトよりも良い者に出会えなかったのか、あるいは勇者だから、と盲従しているのやもしれぬ」

 

 勇者だから盲従している、という部分にメリエルは腑に落ちた。

 三勇教ですら、三勇者に対しては非常に好意的であり、盾教も勿論、盾の勇者に対して非常に好意的だ。

 四聖教の実態は知らないが、似たようなものかもしれない。

 

 幼い頃から勇者はスゴイ、勇者は偉いなどと教えられていれば、盲従してもおかしくはない。

 

 いいことが聞けたとメリエルは満足しながら、問いかける。

 

「ところで提案なんだけど、あなた達は強かった。だから、私の仲間にならない? あ、私はメリエルっていうんだけど」

「なあ、メリエルよ。わらわ達が断れると思うのか?」

「脅迫みたいなものじゃない?」

 

 問いかけにメリエルは当然分かっていたが為に、満面の笑みを浮かべてみせる。

 

「返事は『はい』か『YES』のどっちかよ。『いいえ』と『NO』を選んでも、問いかけ続けるから」

 

 無限ループって怖いわよねぇ、とメリエルは言いつつ、何気なく、レーヴァテインを素振りしてみせる。

 彼女はただ何となく突然素振りをしたくなっただけで、特に他意はない。

 それをトゥリナとレールディアの2人が見て、何を思うかはメリエルは勿論考慮していない。

 

「タダで、というわけにはいかんぞ」

「私達が強いから、仲間にしたいっていうなら、相応のものを出して欲しい」

 

 怖かったがどうにか、2人は自分を安売りすることはしなかった。

 とはいえ、メリエルとしては、むしろそれくらいの要求は当然と考えていた。

 

「んー……ドラゴンって確か……」

 

 メリエルはレールディアの前に彼女の身長を遥かに超える巨大なダイヤモンドを作ってみせた。

 レールディアは驚くが、頭でそれが何であるかを理解して、頬が少しずつ緩んでいき、やがて体を震わせ、そして飛びついた。

 

 ダイヤモンドに飛びついて、レールディアは頬ずりどころか全身を擦りつけ始める。

 そこですかさずメリエルが問いかける。

 

「宝石とかをあげるから、仲間になって?」

「なる! なるわ! もうどうにでもして!」

「レールディア、ゲットだぜ」

 

 Vサインをしてみせるメリエル。

 トゥリナはレールディアの惨状にこれだからドラゴンは、と溜息を吐いてみせる。

 

 とはいえ、トゥリナは期待に胸が膨らむ。

 タクトはこういうことをしてくれなかったが為に。

 

「んー、九尾の狐……いやでも、これは安直過ぎるかしら……?」

 

 何やら難しい顔をして、ぶつぶつ呟くメリエルにトゥリナは早くしろと9本の尻尾をぶんぶか振り回す。

 

「わらわは光り物では転ばんぞ! もしも、わらわを満足させることができたならば、心から忠誠を誓ってやろう!」

「じゃあ、とりあえず……はいこれ」

 

 メリエルはテーブルをどこからともなく取り出して、その上に大皿を置いた。

 なんじゃこれは、とトゥリナが思うも、大皿がプレゼントではなかった。

 

 その上に、どんと載せられた山盛りの稲荷寿司。

 なんじゃこれは、とトゥリナは胡散臭いものを見るような目を向けながらも、1つ摘んで食べてみた。

 彼女はあまりの美味しさに、全身を震わせ、ついでに9本の尻尾もぶんぶん振る。

 これでは嘘でも満足していない、などとは口が裂けても言えない。

 

「わ、わらわを満足させるとは……よ、よかろう、そなたに従ってやろうではないか!」

「トゥリナ、ゲットだぜ」

 

 Vサインをしてみせるメリエル。

 トゥリナは稲荷寿司をがつがつと食べていく。

 

 メリエル的には全て解決したのだが、全体で見ると全く解決していない。

 

 

「……お母様、これは……どうすればいいのでしょうか?」

 

 メルティがようやく事態を理解して、問いかけた。

 そんな彼女にミレリアは告げる。

 

「メルティ、メリエル様は、ああいう方なのよ。色々あったけれど、結果的には全てが良い方向に向かったわ」

 

 レールディアとトゥリナを寝返らせたというのは非常に大きな意味を持つ。

 フォーブレイ相手に色々とやれそうで、ミレリアとしては後始末は大変だが、それでも利益も大きそうだと判断した。

 

「……メリエル様ってもしかして天使様とかそういう……」

「ご主人様、フィーロと同じー?」

 

 エレナとフィーロの声にメリエルはハッと我に返り、翼を消した。

 今更もう遅い。

 

「……セーフ?」

 

 問いに、ミレリアは微笑んだ。

 

「メリエル様、色々とお話して頂けると、とても嬉しいのですが?」

「力の根源に関わることということで、最低限に……」

「ええ、構いません」

「私は対異教の神々、対悪魔、対邪神、対高次元生物などを主眼として創られた汎用人型決戦天使。物質界だけではなく、高次元空間などの全ての空間・次元において十分な戦闘行動を行え、敵対者全てに永遠の安息を与える。だが、闇に堕ちし時、窮極の門は開かれた。混沌となりし彼女は何者にも縛られず、縛ることもできない。混沌であるからこそ、彼女は矛盾をも内包する。ちなみに、欲望に素直である」

 

 早口で一気に言いきった。

 しかし、ミレリアは伊達に女王をやっていない。

 

「ふむ……ということは、例えば神なども倒せると?」

「神なんて、これまでに食べたパンの枚数くらいには倒しているわね」

「数えきれないくらい、と……本当に心強いですね。欲望に素直なのは……まあ、いいでしょう」

 

 ミレリアの隣にいるメルティはきらきらとした視線を送ってくる。

 誰か助けを、と周囲を見渡すも、事前に知っていたラフタリア達は特に反応せず、影達や護衛の女騎士達は畏敬の念でも抱いているのか、神でも見るかのような視線だ。

 

 ツッコミ、ツッコミを誰か、とメリエルは心で泣いた。

 そのとき、彼女の耳に小さく聞こえてきた。

 

 

「いや、あの設定はないわ」

「ないな」

「厨二病患者でしたか……」

 

 視線を向ければ三勇者が呆れ顔でこっちを見ていた。

 メリエルは、彼らに対する評価をこれでもかと高めた。

 

 

 そんなこんなで後始末は色々と残っているが、とにもかくにも、ひとまずは三勇教による革命騒ぎは穏便に幕を閉じたのだった。

 

 

 

 




メリエル「ふぁっ!? レベル300超え!? 対ワールドエネミー想定で動かなきゃ(確信)(自分より強いと判断)(相手が強いと闘志を燃やすタイプ)」

トゥリナとレールディア「何だあれ……何だあれぇ!(開始5秒で戦意喪失)(大魔王からは逃げられない)(火事場の馬鹿力で防御と回避)」


 不幸な出来事だった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

企業の死刑執行人

 三勇教による革命騒ぎとその顛末はメルロマルクの国中に瞬く間に広まった。

 ミレリアが影達を使って情報の浸透を早めたこともあり、また革命の鎮圧に大きく貢献したということでメリエルの功績がアピールされた。

 

 実のところ、メリエルは積極的にメルロマルクにおける自身の汚名返上には動いていなかった為、民衆の間ではリユート村での功績でちょっとだけ話題に上ったものの、その程度だった。

 

 強姦未遂を犯した危険人物が心を入れ替えて勇者をやっているという程度の認識がほとんどだ。

 基本的にメリエルはメルロマルクにおいては物の売り買いなどを除けば一般市民と会話することが全くなかった。

 色々と有益な話ができたのはマルティを除けばミレリアだけだ。

 

 とはいえ、手のひらを返すのも早いのが民衆である。

 革命の夜、被害が及びそうな場所からは逃げ出していた者達も多かったが、巻き込まれないようにこっそりと遠くからその様子を見ていた者達も多い。

 

 さすがにメリエルの戦域内には取り込まれていないが、それまでの戦いは目撃している。

 そして、目撃者の中には冒険者は勿論、魔法を生業とする者達も多くいた。

 

 彼らの多くは目を血走らせて、その魔法に見入った。

 あまりにもメリエルの使用する魔法が超越していたが為に、少しでも自分の魔法を高めることに役立てようと考えて。

 

 冒険者らも似たようなもので、人智を超えた戦闘に明らかにメリエルは圧倒的に格が違うことを嫌でも思い知ることとなった。

 

 彼ら専門家の証言もあり、メリエルは盾の勇者として認識されることとなった。

 とはいえ、異名みたいなものが多くつけられることになり、盾の勇者と呼ばれるよりも死の女神とか死の花嫁とか告死女神とか盾の大魔王とかで呼ばれるほうが多かった。

 

 死の花嫁というのは、ガチ装備のときの見た目が花嫁っぽいから、あと花嫁にしたい、と下心のある男達によるものだったりする。

 勿論、彼らも中身がヤバイことは知っているので、ちゃんと形容詞がついているのだ。

 

 そんな感じで民衆対策は進んでいたが、ミレリアにとってもはやメリエルはいなくてはならない存在になっていた。

 それは女のミレリアが必要としているという意味ではなく、女王として必要としているという意味だ。

 

 

 メリエルは復興資金として金貨1万枚相当の金塊をポンと出してくれたのだ。

 無論、金塊をそのまま放出すれば物価が大変なことになる為、それを担保としてあちこちの商人達から金貨を借り入れるという形になるが、担保できるものを提供してくれたことにミレリアからすれば感謝しかない。

 

 三勇教の総本山があった跡地には四聖教の大聖堂や関連施設を建設することをメリエルに約束した。 

 

 これらの動きと並行し、メリエルはミレリアから依頼された仕事を行っていた。

 その仕事とはずばり、レールディアとトゥリナへの聞き取り調査だ。

 

 そして、聞き取り調査の報告書がミレリアの下へメリエルから提出されたのだが――

 

 

「……流石ですね」

 

 ミレリアは感心してしまった。

 その報告書の内容は多岐に渡り、また詳細であった。

 タクト個人については勿論で、フォーブレイの内情、2人の蓄えてきた知識など有益な情報の宝庫だった。

 

 特にレベル100の限界を突破する儀式は戦力強化に有用だ。

 

 もうこれだけで爵位を授与するくらいの功績であり、メルロマルクが独占したいという思いしかないのだが、そんなことをすればシルトヴェルトとの全面戦争しかない。

 そして、全面戦争になったら、メリエルが横合いから茶々を入れて漁夫の利を得てにっこりと笑う姿まで容易に想像ができた。

 

 また、得られた情報はそれだけではない。

 タクトはどうやら複数の勇者の武器を所有者を殺して奪っているらしい。

 事実だとすれば到底看過できるものではない。

 

 課題が山積みであり、ミレリアは溜息しか出なかった。

 

 

 

 

 一方その頃、メリエルはというと色々と頼まれごとも片付いたということで、三勇者と城下町にあるレストランにて食事をしていた。

 彼女にとって三勇者は貴重なツッコミ役なので大事にしたいという下心がある。

 三勇者達にとってもメリエルに関しては非常に興味がある。

 

「メリエルさんって本当は何をしていた人なんだ?」

 

 元康が意を決して、問いかけた。

 対するメリエルはにこりと微笑む。

 

「それを知って、どうするのかしら?」

「ただの興味……と言いたいところだけど、メリエルさんって人を殺すことに躊躇がないことが気になって」

 

 元康の言葉に錬と樹もまた頷く。

 革命騒動のとき、彼らはレールディアやトゥリナとの戦闘だけではなく、それ以前から目撃していた。

 兵士や騎士が内部から爆発していくところを。

 メリエルは何の感情も浮かべることなく、淡々と実行していた。

 

 まるで事務作業でもしているかのように。

 

「NPCなんて何百万殺したところで何ともないでしょう?」

「嘘だな」

 

 錬が即座に否定した。

 

「あなたは、この世界をゲームとは思ってはいない」

「その理由は?」

「あなたの強さにある。もしもゲームだと思っていたなら、もっと好き放題にしている筈だ」

 

 錬の言葉に続けるように、樹が告げる。

 

「僕達はあなたの出身世界に惑わされていました。あれだけ酷い環境にある世界なら、精神も強いだろう、と。でも、それは違う気がします。かといって、あなたは無差別に殺人を犯すような異常者でもない」

 

 メリエルは微笑む。

 学生達が頑張って推理したのだと。

 

「で、私について教えたところで、私に何のメリットが?」

「あなたを信頼するというのはどうだろうか?」

 

 元康の問いに、メリエルは3人の顔をそれぞれ見ていく。

 あんまり接する機会はなかったが、今まで見たこともないくらいに真剣な表情だ。

 

 利益としては皆無に等しい。

 明かしたところで、彼らから得られるのは精々が余計な茶々を入れてこなくなるというものだろう。

 だが、それは現状でも達成できている。

 

「足りないわね。他に何かないの?」

「メリエルさんの指示に従うというのはどうでしょうか?」

「樹、それは今でも達成できていることよ。私の指示に従うのと、惨たらしく死ぬのだとどっちがいいって選択肢で、後者を選べるの?」

 

 その言葉に元康達はますます確信を深める。

 彼らにはある程度の予想がついていた。

 

 メリエルはマフィアのボスではないか――?

 

「選べませんね。ただ、どうでしょうか、あなたの正体を明かすことであなたにメリットはないでしょうけれど、あなたを楽しませることはできると思います」

 

 樹の返しに、メリエルは軽く頷いてみせる。

 

「確かに。あなた達が私の正体を知って、どういう反応をするか、というのはとても面白そうだわ」

 

 けれど、と続ける。

 

「あいにくと、その程度で口を割るようなら、生きていけない世界なのよ」

「予想だけは言ってもいいか?」

「どうぞ? 合っていたなら、ちゃんと答えてあげる」

「マフィアのボス」

「違うわ」

 

 メリエルの即答に元康達は渋い顔となった。

 そんな彼らを笑い、彼女は告げる。

 

「ま、波のときとかそういう場合はちゃんと協力してあげるわ。波への対処は勇者の仕事だから」

「都合の良いときだけ、勇者を持ち出してくるんだな」

「当然よ、錬。都合の良いところは切り取って使い、都合の悪いところは知らん顔。社会ってそういうものよ」

 

 汚い大人だ、と元康達はメリエルに対して感想を抱く。

 

「じゃ、また食事をしましょう。お誘い、待っているわ」

 

 メリエルは手をひらひらさせ、部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

「よろしいのですか?」

 

 食事の場であったレストランを出て、しばらく経ったところで、メリエルについている影が問いかけてきた。

 基本的に女王との連絡係兼護衛役の彼女が話しかけてくるというのは滅多にないことだ。

 

「よろしいのよ。あなたも、自分のことをペラペラ話したりはしないでしょう?」

「それは、そうですが……」

「それにもう終わった話だわ」

 

 メリエルはそう答え、歩みを進める。

 特に行く宛はない。

 

 影もそれきり黙ってついてくる。

 やがて、小さな公園のようなところに出た。

 

 その公園は住宅街の真ん中にあり、人工的に作られた、というには荒く、かといって自然が作り上げた、というには不自然な程度に人の手が入っている。

 

 近所の住民が暇を見つけて手入れでもしているのかもしれない。

 公園にはブランコなどの遊具は何もなく、樹木と花壇、あとはベンチ程度しかない。 

 メリエルはベンチに座って、周囲を見回していくつかの箇所で視線を止めた後、そのまま空へ視線を向けた。

 影もメリエルと同じく、周囲に視線を巡らせて見るが、誰もいない。

 

 空は青く、ところどころにある雲がゆっくりと流れているのが見える。

 

「……あなたは疎遠になったとはいえ、友人を殺したことはある?」

 

 唐突なメリエルの言葉。

 影以外に人はいないが為、自分に話しかけられていると確信する。

 

「ありません」

「プライベートと仕事は分けている?」

「はい」

「良いことだわ」

 

 メリエルは微笑み、思い出す。

 

 ナザリックでの日々だ。

 メリエルは仕事とプライベートを完全に分けている。

 プライベートには仕事は持ち込まないし、当然、仕事にプライベートは持ち込まない。

 

 だからこそ、彼女は自分に関することをゲーム内では一切話していない。

 企業の偉い人とか中間管理職とかそういう情報を冗談めかして告げた程度だ。

 

 ナザリックでギルメンが社会への不満、企業への不満その他諸々の不平不満を愚痴っていたとしても、聞かなかったことにしていた。

 ウルベルトはテロリストらしかったが、メリエルは悪にコダワリを持つ男としてしか扱わなかった。

 たっち・みーは現職警察官で、もしかしたらリアルに仕事で会ったことがあるかもしれなかったが、メリエルは特撮ヒーローオタクにしてライバルとしか扱わなかった。

 

 勿論、メリエルがオフ会に参加したことも一度もない。

 

 メリエルはゲーム内で知り得たギルメンの情報を仕事に活かしていれば、非常に有益であったとしても決して仕事に持ち込まなかった。

 仕事のとき、頭の中に浮かんできても、裏取りのないガセだと処理した。

 

 だからこそ、アインズ・ウール・ゴウンはギルドとして何事もなく続いたのだ。

 とはいえ、いずれ起こりうる残念な事態を早い段階からメリエルは予想し、それは的中した。

 

 

 ベルリバーの件だ。

 彼の案件は流出した情報のレベルが極めてマズイものと判断されたが為に、役員に指示され、メリエルが自ら指揮を執り、動いた。

 

 いつも通りに事故にみせかけて標的を処理し、押収したパソコンの中身を覗いてみたら、ギルメンのベルリバーだったことが判明した。

 その時は既にユグドラシルの終末期であり、基本的にモモンガ以外の者との関係は疎遠になっていた。

 ゲーム外で連絡を取るということをメリエルはしていない。

 モモンガも例外ではなく、彼ですら、メリエルの連絡先は最後まで知らなかった。

 

 ともあれ、メリエルは割り切っていた。

 こういう仕事をしていれば、友人や知人がそういう対象になる場合もある、と。

 

 

 

「別の者が言っておりましたが……我々と同じ仕事を?」

「さぁ、どうかしらね。少なくとも、あなた方のように、使命の為に動くというものではないわ」

「商会が運営する闇ギルド……ですか?」

 

 問いにメリエルは答えない。

 影はそれを正解だと確信する。

 

「我々の会社を舐めるな。お前達は大義や理想の為に死ぬのではなく、虫のように駆除されるのだ」

 

 歌うようにメリエルが突然告げた。

 そして、その黄金の瞳でまっすぐに影の仮面の中にある瞳を見据える。

 ただ見つめられたというだけなのに、影は寒気がした。

 

 まるで蛇にでも睨まれたかのように。

 

「ボスである私のところにまで、元気な状態で連れてこられるのは稀でね。だから敬意を称して、そういう言葉を送ってやったのよ」

「……物騒な方ですね」

「死刑執行人、権力の野獣、死神その他色々と名付けられたもんだわ。権力の野獣なんて部下達が名付けたのよ。失礼しちゃうわ」

 

 数百年も前の人物に手腕が何となく似ている、と部下達からは言われたもので、見た目も性格も全く違うというのに、彼のあだ名をもじって、権力の野獣という有り難くない異名をつけられた。

 

 そもそも件の人物と同じ性格をしていたならば、そういうことを言った連中は纏めて粛清しているが、メリエルはしなかった。

 敵対者には冷酷無比の死刑執行人だが、必要がなければ無差別に殺したりはしない。

 もっとも、必要があれば無差別に殺したりもするのだが。

 

 そして今、メリエルの関心事はフォーブレイであり、タクトであった。

 トゥリナとレールディアに飛行機の絵を描かせてみたら、戦闘機は大昔の日本の零戦に、爆撃機はこれまた大昔のアメリカのB17に似ている。

 

 WW2レベルであっても、この世界では脅威だ。

 また、どうやらタクトは側近の女達にはマスケット銃ではない、現代的な小銃っぽいものを配備しているらしい。

 

 悲しいことにメリエルが求めた古き良き戦列歩兵の戦いをすることはできないようだ。

 

 ならば、仕方ない。

 彼らと同じような土俵で戦ってやることにしよう。

 ウィッシュ・アポン・ア・スターの実験にちょうどいい。

 

 

「さて、頑張っている子達もいるし、行動で語りましょうか」

 

 メリエルはベンチから立ち上がった。

 影は目を丸くした。

 

 それはどういう意味で、と。

 影が問う間もなく、メリエルはさっさと歩いていく。

 

 そして、建物の陰となっているところで足を止め、そこを数秒眺めたが、視線を外して呟く。

 傍目から見れば独り言だ。

 勇気と頑張りに免じて、これまでのヒントに加え、特大のヒントをくれてやろう、というものだ。

 自分にメリットはないが、たまにはこういうのもいいだろう。

 

「私が所属していた部門の研修先は幾つかあるけれど、よく行ったのはバージニア州ラングレー(・・・・・・・・・・・)よ」

 

 メリエルは歩みを再開した。

 影はその後を追う。

 

 建物の陰となっているところを念の為に見たが、誰もいない。

 彼女はそのままメリエルについていった。

 

 

 それから数分が過ぎたところで、誰もいなかったその場に3人が現れた。

 彼らは隠蔽系のスキルで隠れていたのだ。

 三勇者であった。

 

 彼らは一様に、荒い息をし、顔色を青くしていた。

 メリエルがすぐ横で立ち止まったとき、その緊張はピークに達し、同時に、これまで経験したことのないプレッシャーを与えられた。

 それは悪さをして生活指導の教師に呼び出されて面と向かって怒られる直前の何百倍も恐ろしいものだった。

 

「バージニア州ラングレーって、何があるか分かるか?」

 

 どうにか息を整えた元康の問いに、樹は首を横に振ったが、錬は小さく頷いた。

 彼は告げる。

 

「CIAの本部だ」

 

 元康も樹も、すぐに意味を理解した。

 そして、自分達が本当にとんでもない人物に対して、やらかしていたことを悟る。

 錬は己の予想を2人に対して述べる。

 

「会話から考えると、おそらくメリエルさんは企業の暗部のトップだ。彼女の世界は国よりも企業が上にある。そして、そういった暗部を持てる程の企業となると、世界的な大企業だろう」

「三勇教に対するテロも、もしかして……?」

 

 樹の問いに、錬は告げる。

 

「メリエルさんがやったに違いない。やり口が巧妙だ」

 

 3人とも、件のテロ事件に関する調査報告については聞いている。

 実行犯は子供だが、黒幕は不明。

 独特な言葉を叫んだ後に子供が持っていた水晶が爆発したらしい。

 

 確かに、それを考え、実行に移せる意思を持てるのは一般人では無理だ。

 例えば元康達3人がメリエルと同じだけの力を持ち、テロを実行できるとしても、決して実行はしないだろう。

 

 最後の一線というもの――倫理や道徳――が阻止してくれる為に。

 

「……知らないほうが良いことだったが、それでもスッキリしたな」

 

 元康はそう告げた。

 彼からすればミステリアスとかそういうのを超えて、得体の知れない怪しさがあったメリエルの正体を知ることができた、というのは喜ばしいことだ。

 

「確かにそれはそうだが……」

「蓋を開けて出てきたのがドラゴンでしたよ。いえ、この場合は白頭鷲でしょうか……?」

「彼女は国家の所属ではないだろうから、白頭鷲ではないな。それに、それだけじゃない。おそらく研修先はモスクワのルビャンカやロンドンのヴォクソールにも……」

 

 なんだそれは、という視線を2人から向けられた錬は補足説明する。

 

「ルビャンカはFSB、いや、KGBといったほうが分かりやすいか? ヴォクソールはMI6だ。メリエルさんはそういうところでも研修を受けたんだろう。スパイの英才教育みたいなものだ」

 

 なるほど、と頷く2人。

 そこで樹は問いかける。

 

「ところで何で、そういうことを知っているんですか? まさかあなたも……」

「……かっこいいって思って、昔、調べたんだ……」

 

 錬は視線を逸らしながら、そう言った。

 かっこいいと思ったなら仕方がないな、と元康と樹は納得した。

 厨二病は誰しもが通る道、特に男ならば。

 

「というか、メリエルさん、普通に007みたいなんじゃ……やっべ、サイン貰おう」

「007というにはおちゃらけてますけど……」

「どっちかというと敵役だな」

 

 それだ、と錬の言葉に元康と樹は答え、3人で顔を見合わせて笑ってしまう。

 

「で、どうする? メリエルさん、想像以上にやべー人だったけど」

「特に変わりはないな。何かしらをやらかすのは既に体験している」

「ええ。スパイの親玉でした、と言われても、そうですか、としか返しようがないですね……元の世界でも色々とやらかしているでしょうけど、今更ですよ……」

 

 物騒なことしかしていない、というのは彼ら3人のメリエルに対する共通認識だ。

 正直、スパイの親玉で、殺人に対して抵抗はない、元の世界でも汚いことをやっている、と言われても、元康にしろ錬にしろ、樹と同じようにそうだろうな、というくらいの感想しか抱けない。

 

「ともあれ、俺達は俺達の仕事をするだけだ」

 

 元康の言葉に錬も樹も頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、彼らとは別のところではエレナとその同僚達が興奮気味に会話をしていた。

 エレナもまた三勇者との食事の件を聞きつけ、メルロマルクに潜入していた同僚達と共にメリエルがどういう話をするのか、隠蔽魔法を使って見ていたのだ。

 

 幸いにも彼女達は耳が良いので、レストランの外からでも十分だった。

 そして、レストランを出たメリエルの後を追ってきて、この公園で予想外の話を聞けた。

 

 自分達の同業者どころか、むしろ上司的な地位にあったという事実。

 シルトヴェルトの上層部からはメリエルの女になれ、とせっつかれていたが――エレナにしろ、同僚達にしろ命令ではなくても、喜んでそうするつもりだった――今回の情報は喜ばしいものだ。

 

 何しろ、不規則でハードな仕事だ。

 男と寝たことも一度や二度ではない。

 

 更には引退するにしても、守秘義務やら何やらの色々と面倒くさいものがある。

 盾の勇者とか強さとかそういうは勿論あるが、こういった仕事特有の事情もちゃんと分かってくれるかどうかが、何よりも彼女達にとっては重要だった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、メリエルはミレリアの下へとやってきていた。

 とある提案をメリエルは彼女に持ってきたのだ。

 

「ミレリア、タクトは近いうちに彼の意志でとんでもないことをやらかす可能性があるわ」

「根拠は?」

「レールディアとトゥリナから聞き出したタクトの人物像よ。彼には明確な思想や行動理念……例えばあなたなら、メルロマルクを守る、国民を守る、といったようなものが存在しない」

 

 ミレリアは頷き、続きをメリエルに促す。

 

「判断基準も曖昧で、場当たり的なものよ。傍目から見ればフォーブレイの発展や、人助け、あるいは迫害されている者の受け入れと、行動に問題があるようには見えないけど、レールディアとトゥリナが言うには女を手に入れる為よ」

「……あなたも似たようなことをしていたりしませんか?」

 

 ミレリアはジト目で問いかけるが、メリエルは首を傾げる。

 

「私には私が面白いか、楽しいか、利益があるか、という3つの基準と女は愛でるもの、という考えで動いているわ。あと善人ヅラしていないし」

「それはそれで問題しかないような気がしますけど、まあいいでしょう。続けてください」

 

 ミレリアの言葉にむーっとした不満の顔をメリエルが見せると、ミレリアはくすくすと笑ってしまう。

 メリエルは咳払いをして、話を戻す。

 

「タクトは誤った正義感にでも駆られて、クーデターでも起こして、メルロマルクに戦争を仕掛けるんじゃないかしら? 近い内に」

「誤った正義感というのは?」

「簡単よ。彼が鞭の勇者で、更に複数の勇者の武器を所有しているらしいことは知っているわね?」

 

 問いに、ミレリアは頷いた。

 

「ここには四聖勇者がいる。その武器を奪おうとしてくるでしょう。勇者の武器を複数持つ自分は神であり、神である自分が世界を正しく導いてやろうとでも思いながら」

「愚かですね……」

 

 タクトがいかに強かろうとも、目の前にいる規格外の輩に勝てる光景は残念ながらミレリアには思い浮かばなかった。

 そこでメリエルは提案する。

 

「ミレリア、フォーブレイを潰せる案があるんだけど、どうかしら?」

「あなたが行って、潰してくるっていうのはナシですよ?」

 

 ミレリアの問いにメリエルは首を横に振ってみせる。

 そして、彼女は告げる。

 

「戦争をコントロールするのよ。メルロマルク一国が戦うなんて、そんなバカな話はない。損をするなら全員でそうするべきよ。フォーブレイが全ての国に対して戦争を仕掛けるよう仕向けるの」

「つまり?」

「内部の切り崩しと引き抜き、タクトには思考誘導を仕掛けるわ。同時に敵国の重要人物の拉致」

「具体的には?」

 

 メリエルはにっこりと笑う。

 

「内部の切り崩しとタクトの思考誘導の為にマルティを使うわ。彼女は、この仕事に最適よ」

 

 ミレリアは目から鱗であった。

 確かにマルティはタクトと過去に関係を持ち、その悪知恵の働き具合は天才的で、人を陥れることが大好きなのだ。

 

 ミレリアには容易に理解できた。

 マルティがタクトの女達に不和を撒き散らし、更にはタクト自身に対して言葉でもって彼の思考を誘導するのだろう。

 

 そして最後にタクトが破滅するところが見られればマルティも大満足、いい仕事をした、と実感するだろうことは間違いない。

 

「タクトの女達はなるべく交渉でこちら側に。シルトフリーデンの代表なんて大物もいるわ。交渉役はトゥリナに任せたい」

 

 メリエルの予想であったが、レールディアよりはトゥリナの方がそういうのは得意そうな印象を受けた。

 

「あと、拉致は私が行うわ」

「分かりました。支援などは必要ですか?」

「欲しいときに伝えるので、その都度頂戴……もし失敗したら、私が後始末をする。詳細な計画書は明日には仕上げて持ってくるから」

「草案状態なのですか?」

「いいえ、まだ頭の中」

 

 メリエルの答えにミレリアは呆れ顔をみせる。

 

「というわけで、動き出すから。仕事をするのは久しぶりだわ」

 

 そんなことを言いながらメリエルは手をひらひらさせ、転移していった。

 ミレリアは思う。

 

 メリエルが味方で、本当に良かった、と。

 単純な力の強さもさることながら、暗躍されたら外交的に身動きが取れなくなってしまったり、国の重要人物が次々と事故にみせかけて暗殺されてしまうことだろう。

 

 自分の身や娘達も差し出したが、それだけの価値はあったとミレリアは確信した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

毒をもって毒を制すタイプ

ガバがあったので、ちょっとだけ訂正


 ミレリアへの提案の後、メリエルはシルトヴェルトへと戻り、そのままマルティの屋敷へと赴いた。

 出迎えたマルティにキスをしつつ、彼女をお姫様抱っこして、そのまま彼女の寝室へ。

 ベッドへマルティを優しく下ろしたところで、メリエルは問いかけた。

 

「マルティ、ちょっとお仕事してみない?」

「お仕事……ですか?」

 

 はて、と首を傾げるマルティ。

 

「そう。あなたの昔の男がちょっと邪魔になったんだけど、どうせなら利益になってもらおうかと思って」

「つまり、どういうこと?」

 

 上体を起こして、問いかけるマルティにメリエルは笑みを深める。

 そして、告げる。

 

「最低でも6桁、頑張れば7桁くらいは犠牲者が出るかもしれない、世界大戦の引き金、引いてみたくない?」

 

 マルティはその言葉の意味を理解し、満面の笑みを浮かべる。

 勿論、答えは決まっていた。

 

「引いてみたいわ。でも、私でいいの?」

「あなたにしかこの仕事はできないわ。ストーリーはこうよ」

 

 メリエルはそこで言葉を切り、ゆっくりと語る。

 

「メルロマルクでの冷遇に耐えきれなくなったあなたは、放浪の末にフォーブレイに辿り着いた。そこであなたは昔の恋人であるタクトの元へ。彼の性格的にきっと優しくしてくれるわ」

 

 メリエルの言葉にマルティは頷く。

 彼女もタクトの性格は知っているが為に。

 

「そこからがあなたの大好きなことをやってもらう。タクトの女達にうまい具合に不和を撒き散らして欲しいのよ。こっちに取り込むから」

「え、そんなことでいいの?」

「そう、そんなことでいいのよ。ついでに、タクトをうまく煽てて、あなたが神だ、全世界を統治するのはあなたしかいないみたいな感じで、世界に対して戦争を仕掛けるように誘導して欲しいのよ」

 

 どうかしら、とメリエルは問いかけると、マルティは不思議そうな顔だ。

 彼女にとってはあまりにも簡単な仕事であった。

 

「そんな簡単な仕事でいいの?」

「この仕事を簡単と言えるあなたは才能があるわ。私が認める。あなたは優秀よ」

 

 直球な称賛にマルティは気恥ずかしく感じてしまう。

 そして、ふと思う。

 

 こうして褒めてくれたのはメリエルが初めてかもしれない、と。

 

「私、頑張るわ。あ、でも、その、タクトはきっと私を抱こうとするけど……?」

「そこはあなたに任せる。私はタクトに抱かれても、むしろ興奮するタイプなので」

「もう、変態なんだから……」

 

 どうしよっかな、とマルティは悩む。

 タクトをせせら笑う為に敢えて抱かれてもいいが、彼は下手なのだ。

 ましてや、メリエルと色々とアブノーマルなプレイもやっている最近では彼程度のノーマルプレイでは正直、全く物足りない気がする。

 数年は経っているので、少しは変わっている気もするが……あまり期待はできない。

 

「その時の気分とかで」

「それでいいわ。あなたしかこの仕事はできない。信じているわ、私のマルティ」

 

 メリエルはそう告げて、マルティの額に口づける。

 マルティははにかんだ笑みをみせながら、言葉を紡ぐ。

 

「ところで、メリエル様。この前の革命騒ぎのときのことなんだけど」

「あの後は燃えたわねぇ」

 

 メリエルはつい数日前のことを思い出す。

 

 あの戦いの後、疲れたから一度シルトヴェルトに帰る、と言ってメリエルは皆を連れて帰った。

 勿論、そこには見学していたマルティやフォウル、アトラも含まれる。

 

 あの天使の翼はなんだとか色々と聞かれたが、メリエルはいつものように早口で設定を言ってみせ、マルティとともに2人きりで過ごした。

 

 マルティはメリエルの力や正体に非常に興奮し、激しく求めてきた。

 メリエルとしても勿論、それに応じて明け方まで大いに燃え上がった。

 

 獣のような、とはまさにアレだが、非常に良いものだった、とメリエルは何度も頷く。

 

「そうじゃなくて、あの時、ママは女王ではなくて女の顔をしていたわ。もう手を出したの?」

「ええ。ついでに妹の方にもツバをつけようかなと思っている」

「メルティも、あの時見た限りでは、かなり好意的ね。押せば簡単に堕ちるでしょう」

「それは良いことを聞いたわ」

 

 メリエルの言葉にマルティは問いかける。

 

「メリエル様はメルロマルクをどうするの?」

「どうもしないわ」

「三勇者とかも、正直いらない気がするんだけど……メリエル様がいれば良くないかしら? 他の勇者を排除して、全てを手に入れるっていうのは?」

 

 マルティの言葉にメリエルは不敵な笑みを浮かべ、答える。

 

「マルティ、あなたは勘違いしているわ。既に私はこの世界を手に入れている。なぜなら私にとって、世界を征服することも、破壊し尽くすことも、容易くできてしまうから」

 

 そのような答えはマルティにとって完全に予想外だ。

 だが、あの力を見れば納得できる。

 

 マルティは感嘆してしまう。

 とはいえ、同時に疑問も湧いてくる。

 

「メリエル様、どうしてそれほどの力があるのに、そうはしないの?」

「マルティ、単純な話よ。そうしてしまうと私が楽しくないし、面白くないの。今のままの方が世界ってのは面白いし、楽しいものよ……まあ、ちょびっとだけ世界征服とかいいなって思っていたりもするけど」

「ちょびっとだけ?」

「ちょびっとだけ。昔、世界征服をしようとしたんだけど、何だかんだでできなかったので。あの頃の夢よ、もう一度って感じ。あ、ついでに私の趣味は世界最強になることよ」

 

 マルティは両手を挙げて、降参した。

 メリエルは明らかに自分の理解の範疇を超えている。

 

「そのお手上げのポーズはどういう意味かしら?」

「メリエル様の思考回路が無茶苦茶過ぎて理解できないわ」

「失礼しちゃうわ」

 

 メリエルは頬を膨らませるが、ああ、そうだと告げる。

 

「マルティ、仕事の報酬についてだけど」

「うん」

「タクトが世界の敵として公開処刑される場面を貴賓席から眺めるってのはどう?」

「最高の報酬ね」

 

 マルティは満面の笑みとなり、頷く。

 

「一応、詳細なシナリオというか、流れについては渡すから。あ、引き抜き役はトゥリナなので、よろしくね」

「分かったわ。ああ、楽しみ……」

 

 うっとりとした顔となるマルティにメリエルは満足げに頷いた。

 そして、彼女はトゥリナのところへ赴くことにした。

 そこでメリエルはピンと閃く。

 

 トゥリナを驚かせるときっと良い反応をしてくれそうなので、試してみよう。

 

 傍迷惑なことを考えながら、メリエルはトゥリナを驚かせるべく完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を使用したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥリナは訓練風景を眺めていた。

 メリエルの従者達だ。

 元々は奴隷だったそうだが、メリエルが購入した後、奴隷紋を解除したとのこと。

 

 何とも変わった奴だとトゥリナは思うが、あそこまで万能であればむしろ、縛る必要もないのだろう、と考え直す。

 トゥリナは勿論、レールディアにも行動の制限というものはない。

 メリエルが全責任を持つ、とメルロマルクは無論、滞在しているシルトヴェルトにも伝えてある為だ。

 

 トゥリナもレールディアも、もしも何か騒動を起こしたら、メリエルからどんなことをされるか怖くて仕方がないので、大人しくしている。

 とはいえ、2人共、王族よりも良い暮らしをできている現状をぶち壊すようなことなんてしたくはない。

 

 そんなトゥリナは今日は暇潰しとばかりにこの訓練場へやってきた。

 

「……うーん、わらわよりも技量はありそうじゃな」

 

 ラフタリア達を見て、トゥリナはそう感想を抱く。

 レベル差がありすぎるので、スペック的にはトゥリナの方が上だ。

 だが、どうにも戦い方が傍目から見ているだけでも、巧いのが分かる。

 

 伊達にトゥリナも長いこと生きていない。

 封印されたりもしたが、それも過去の話だ。

 

 何となく、ラフタリアが自分を封印した輩に似ているような気がするので、末裔か何かかもしれない。

 かといって、トゥリナはラフタリアをどうこうしようなどとは思わない。

 過去の天命は封印するのが精一杯であったが、今の主は片手間でトゥリナを消し飛ばせる。

 

 恐ろしいことに、異界が構築されるまでの間の魔法攻撃は全て牽制であったという。

 

 そのとき、ラフタリアがトゥリナに気がついた。

 彼女はトゥリナへと近づいて、声を掛ける。

 

「あれ? トゥリナさん、どうかしましたか?」

「なぁ、ラフタリア。メリエルは……何じゃ?」

「この世全ての理不尽が服を着て歩いている存在です」

「言い得て妙じゃな……というか、普通にそういうことを言ってもいいんじゃな」

 

 トゥリナの言葉にラフタリアは首を傾げる。

 その反応を見て、トゥリナは簡単に説明する。

 

「わらわもタクトは勿論、過去に何人かの勇者を見てきたが……大抵、連れている女共は勇者へ冗談だとしても悪口みたいなことは言わなかったぞ」

「メリエル様の悪口というか、ツッコミですかね……変なことを言ったりやったりするので。まあ、悪口を言っても許してくれそうですけど」

「変なこと?」

「例えば波のボスを三勇者に任せて、私達は高みの見物とかしたり……」

 

 変なことじゃなぁ、とトゥリナは遠い目になる。

 そんな彼女にラフタリアは告げる。

 

「あ、でも、メリエル様は舐められるのは嫌いらしいですよ? シルトヴェルトに来てから、メリエル様を亡き者にしようと堂々と毒を盛った方がいたんですけどね」

「命知らずな奴じゃな……どうなった?」

「2日前くらいに病死しました。心臓麻痺だとかなんとかで、朝になってベッドの上で亡くなっているのが発見されたそうです」

「……あいつ、本当に勇者なのか? それ、メリエルがやったんじゃろ、どう考えても」

「それが証拠もなくて、そもそもメリエル様にはアリバイがあるんですよ。ちょうどその日の夜は明け方までシルトヴェルトの偉い人達から接待されていて……メリエル様が部屋を出たのはトイレに行った5分だけだそうですよ」

「怖いのぅ……実のところは?」

「メリエル様が落とし前をつけたんですよ、きっと。私はそう考えています」

 

 じゃろうな、とトゥリナは頷く。

 

「ラフタリア、何故、お主はメリエルに従っておるんじゃ? 正直、アレは大魔王じゃぞ?」

「色々と恩もありますし、良い生活をさせてもらっているので……給料も良くて……」

 

 最近になってメリエルはラフタリアやヴィオラの奴隷紋を解除した。

 フィーロとティアに関しては魔物というカテゴリーになってしまうので、法律的に危険予防の為、解除は禁止されているので、そのまま刻まれている。

 

 ともあれ、良い機会であったのでこれまでのお小遣い制ではなく、月給制でメリエルはラフタリア、ヴィオラ、フィーロ、ティアに給料を支払っている。

 メリエルが彼女達に求める水準は非常に高い。

 特に戦闘に関しては生死に直結するだけあり、一切の手抜きはなく、模擬戦は厳しいものだ。

 また最近では模擬戦以外の様々な鍛錬も加わり、それらも中々にハードだった。

 

 その分、給料は非常に良い。

 月に金貨20枚が支払われており、また諸々の経費(例えば装備品や消耗品の代金)は全てメリエル持ちという太っ腹だ。

 更にメリエルは無制限の住居購入費用の肩代わり、休暇制度その他色々の福利厚生までつけてきたので、誰もが羨む労働条件になっている。

 

 そんなに出さなくても、ついていきますよ、とラフタリア達は言ったが、正当な報酬を支払うのは当然、とメリエルは主張し、ラフタリア達は渋々受け入れた。

 

 

「……それは仕方がないな」

「あと、正直、メリエル様を野放しにしておくと、大変なことになりますので……」

「あー、うん、それもそうじゃな……」

 

 もう知らない、勝手にして、と言うと、本当にヤバイことをするのが目に見えているメリエルである。

 

「まあ、その、私がメリエル様から離れるなんて……できないんですけどね」

 

 ラフタリアの言葉にトゥリナは一瞬で意味を理解し、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「ホの字か? ホの字じゃな? そうじゃな?」

 

 ラフタリアの耳はぺたんとなり、尻尾がぶんぶんと振られる。

 その反応でトゥリナは十分よく分かった。

 

「で、でも、あんまりメリエル様は人の情とかそういうのは重視していないみたいです」

「ふむ……確かにそれはあるな」

 

 トゥリナにしろ、レールディアにしろ、メリエルの人柄に惚れてとかそういうのではない。

 戦闘で負けた、という前提があるにせよ、メリエルは対価を与え、引き抜いたのだ。

 そこには情とかそういうのものはなく、利益の有無だけだ。

 タクトにつくよりもメリエルについたほうが利益があるから、という単純な理由。

 

 とはいえ、権謀術数の世界を渡り歩いてきたトゥリナにはメリエルがそうする理由も理解できてしまう。

 

「もうちょっと信じてもいいと思うんですけど……」

「わらわも封印された期間があるとはいえ、色々と見てきた。人間にしろ、亜人にしろ、感情がある者はふとしたきっかけでコロッと変わってしまう。今日の味方が明日には敵になって、寝首を掻くなんてよくあることじゃ」

 

 ラフタリアはピンとこないのか、首を傾げる。

 

「分かりやすく言うと、お主が何かのきっかけでメリエルと敵対するかもしれん、ということじゃ」

「そんなことはありません!」

 

 ラフタリアの大声に訓練を続けていたヴィオラ達がぎょっとして手を止め、2人のところへやってくる。

 

「どうかしたの?」

「私がメリエル様と敵対するかもしれないって……」

 

 ヴィオラの問いにラフタリアはそう答えると、ヴィオラは目を丸くする。

 

「勝負にならないって」

「待て待て、例えばの話じゃ。メリエルはそういう世界で生きてきたんじゃろう」

 

 トゥリナはヴィオラの言葉にそう返し、ラフタリアやヴィオラ、フィーロとティアをぐるりと見回して告げる。

 

「あやつは友人だろうが、敵になれば始末できるタイプじゃろう。だから、なるべく敵にならない為に、心を繋ぎ止めておく為に利益を与えるんじゃろう。利益があるうちは裏切らないというのは真理でもあるからな」

 

 トゥリナが言い終えた、そのときだった。

 

「中々面白いことを言っているじゃないの」

 

 びくーん、とトゥリナの狐耳と尻尾がピンと立ち、さらには全身の毛が全て逆立った。

 

 

 ゆっくりと彼女が後ろを向くと、そこには笑顔のメリエルが立っていた。

 彼女はトゥリナを驚かせようと完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を使用して、ここまでやってきていたのだ。

 面白い話をしていたので、最後まで聞いてしまったという状況だ。

 

 

「ど、どこから!?」

「全部」

「悪意はないぞ! わらわの意見を述べただけじゃ!」

「でしょうね」

 

 メリエルはそう言って、溜息を吐く。

 

「いやまあ、正解なんだけど……職業病でね。元の世界ではエレナとかと同じ職業だったので」

 

 さらりと明かされる事実に驚くよりもまず、トゥリナも含め、ラフタリア達は納得してしまう。

 

「より具体的には世界中に商店を展開する超巨大商会お抱えの闇ギルドのボスってところよ」

「あー、そういう……その、メリエル様、私達のこと、信じられませんか?」

 

 ラフタリアの問いにメリエルは再度、溜息を吐いてみせる。

 

「少なくとも、信じていなかったら、あなた達にここまで色々と費やしていないわ。そりゃまあ、色々と元の世界でもド派手にやってきたけれど」

「どんなことを?」

「暗殺に革命、その他諸々幅広く……」

「危ない人じゃないですか! 知ってましたけど!」

 

 ラフタリアの叫びにヴィオラ達もうんうんと頷く。

 

「もしかしなくても、わらわよりも悪いことしてないか?」

「もしかしなくても、悪いことをしているわね」

「何でお主、盾の勇者に選ばれたんじゃ……? いやむしろ、あれか、どんな困難でも必ず打破してみせるとかそういう気質でも買われたのか……?」

「そこは知らないけど、まあ、私がここにいる以上、この世界を好きにはさせないわ。私以外が勝手に世界をどうこうしようなんて言語道断」

 

 トゥリナは勿論、ラフタリア達も何となく察した。

 

 大魔王な気質が一周回って世界の為になっている、と。

 毒をもって毒を制すとかそういう感じだと。

 

 世の中、うまいことできているもんだと感心してしまう。

 

「ところでご主人様、レールディアさんはどこにいますか? ドラゴンとして、お話したいんですが……」

 

 ティアの言葉にそういや見てないな、とメリエルはトゥリナへと視線を向ける。

 

「あやつなら、巣に引き篭もって、メリエルから貰った宝石やら財宝やらに頬ずりしているぞ」

「なんかここらに私の巣を作るとか言ってたけど、もう作ったの?」

「うむ。本人曰く、早く宝石を愛でたいからとかなんとか」

「私が言うのも何だけど、ドラゴンって本当に光り物が好きだったのね」

「種族の悲しい性というやつじゃな」

 

 だ、そうよ、とメリエルはティアに視線を戻すとティアは何とも言えない微妙な顔だった。

 

「ティアは宝石とか好き?」

「ちょっとだけ……」

 

 その言葉にメリエルはサファイアを適当に作って彼女へと渡した。

 ティアは満面の笑みで、それを受け取り、頬ずりする。

 

 それを見て、頬が膨れる者達が4人。

 

「仕方がないわねぇ……」

 

 メリエルは特に効果などはない、見た目だけのアクセサリーを彼女達にプレゼントしようとする。

 その際、フィーロ以外の3人は指輪を、フィーロは髪飾りがいい、と宣った。

 彼女達の要望通り、メリエルは指輪と髪飾りをプレゼントする。

 きゃーきゃー、と喜ぶ彼女達にメリエルはジト目で問いかける。

 

「で、私が人を信じていないとかそういう話はどこいったのよ?」

「あんまり疑いすぎても仕方がないので、これまで通りにします」

 

 笑みを浮かべて、そう答えるラフタリアにそれならば、とトゥリナが提案する。

 

「信頼の証として、仕事を任せてみるというのはどうじゃ? おそらくじゃが、メリエルが1人で何でもできてしまい、ラフタリア達に仕事を任せたことはないんじゃろ?」

「そうですね……基本的にメリエル様が私達に任せたことはないですね。この間の人質を救出するのが初めてなくらいでした」

「というわけでメリエル。何か任せてやるが良いぞ」

 

 上から目線なトゥリナであるが、素直に可愛いのでメリエルは彼女の頭を撫でる。

 子供扱いするでない、と不満そうだが口だけであり、尻尾はよく振られている。

 

「じゃあ、私のやろうとしている仕事、やってみる?」

「是非に!」

 

 目を輝かせるラフタリアにメリエルは仕事内容を告げる。

 

「実はこれからフォーブレイに潜入して、重要人物を片っ端から拉致する予定なのよ」

「……はい?」

 

 予想以上にヘビーな内容に、ラフタリアは目が点になった。

 さすがのトゥリナもこれは予想していなかった。

 

「……もうちょっとマイルドなのはないかのぅ?」

「……メルロマルクで復興のお手伝いとか?」

「それじゃ! メルロマルクでの亜人の見る目も変わるじゃろうから、一石二鳥じゃ!」

 

 トゥリナの言葉にラフタリアはうんうんと頷く。

 

「じゃあ、私の方から話は通しておくから。でも正直、あなた達はまだ訓練途中なので、実力が十分になってからそういうことはさせたいのよねぇ……ところでグラスは?」

「グラスさんなら、モンスター狩りに出かけています。技を磨いてくるとかで……」

「レベルは?」

「私達と同じです」

「現時点ではカンストってことね。クラスアップして上限を解放しないと……」

 

 うんうんと頷き、時間は与えたので、そろそろクラスアップをしてもらおうか、とメリエルは考えた。

 そこでラフタリアが告げる。

 

「メリエル様、上限はないようですよ」

「そうなの?」

「はい。同じレベルになったとき、聞きましたが、勇者には上限はないそうです」

 

 異世界も同じなのか、とメリエルは納得しつつ、トゥリナへと告げる。

 

「あ、言い忘れていたけどトゥリナ。タクトの女達を引き抜いていきたいので、引き抜きの優先順位のリスト作成と引き抜き役、お願いね」

「さらりととんでもない仕事をわらわに押し付けるでない!」

 

 するとメリエルはトゥリナの目線にまで屈んで、その瞳をまっすぐ見つめて告げる。

 

「あなたの知恵と話術と経験を見込んでのことよ。この仕事はあなたにしかできない」

 

 真剣な顔で断言するメリエルに、トゥリナは口を尖らせる。

 

「そう言われてしまうと……断れぬではないか……よかろう、引き受けてやるぞ」

 

 意外とチョロいのでは、とトゥリナの反応にメリエルは思ってしまうが、ともあれこれで撹乱役のマルティと引き抜き役のトゥリナを確保できたので、メリエルとしては問題がなかった。

 

「メリエル様、フォーブレイにちょっかいを掛けるんですか?」

「ちょっかいを掛けるというか、放置していると四聖武器を狙ってタクトがちょっかいを掛けてくるから。その前に力を削いでおくわ。彼、何かしらの力を使って勇者の武器を複数所持しているみたいよ。勿論、所有者を殺して」

 

 事実にラフタリア達は厳しい顔となるが、すぐに自分達の主を見て、同情的な顔になった。

 

「タクトさんも、可哀想に……」

「ちょっとラフタリア、私がおかしいの?」

 

 メリエルは不満を訴えたが、ラフタリアや他の面々もまた視線を逸らしたのだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、グラスは不思議な状況に陥っていた。

 

「グアグアうるさいですね……」

 

 郊外でモンスターを狩っていたら、大量のフィロリアルに取り囲まれた。

 フィロリアルは雑食と聞いていた為、まさか人も食べるのか、と考え、グラスは臨戦態勢だ。

 しかし、彼女の思いは杞憂に終わる。

 

 フィロリアル達が一斉に二列縦隊を形成したのだ。

 明らかに統率が取れており、グラスは何がなんだか予想がつかない。

 

 タクトの女にはフィロリアル使いがいて、そいつが仕掛けてきたのか、とグラスは考えるが、その考えよりも遥かに斜め上の輩が登場した。

 

 列が綺麗に左右に割れて、通り道ができる。

 そして、人型ではなく、鳥型のときのフィーロと同じような大きさのフィロリアルが現れた。

 

 豪華な馬車を引っ張っている。

 そのフィロリアルはグラスの前まで来ると、ぼふんという音とともに人型になった。

 

「盾の勇者様に会いたい。シルトヴェルトにいると聞いた」

「……盾の勇者ですか?」

 

 グラスは思わず誰だろうか、と問い返し、そして気がついた。

 

「ああ、メリエルさんのことですね。いいですよ」

 

 メリエルさんの知り合いか何かだろう、とグラスは思って二つ返事で引き受けた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フィトリアとの情報交換と共有と実力を示す

「盾の勇者様、波のこと、協力して」

「分かった」

 

 即答したメリエルに周りがずっこけた。

 

 グラスが連れてきた人型フィロリアルはメリエルが盾の勇者だとグラスが伝えるなり、言ってきたのだ。

 メリエルは二つ返事で引き受けてしまった。

 

「あの、メリエル様。どこのどちら様かくらいは確認した方がいいんじゃないでしょうか?」

「そうじゃぞ。見たところ、フィロリアルクイーンっぽいが……」

 

 ラフタリアとトゥリナのもっともな言い分にメリエルは鷹揚に頷いた。

 

「じゃあ自己紹介。世界のフィロリアルを統括する女王をしている、フィトリア」

 

 意外と大物であったので、メリエルは張り合うようにその豊満な胸を張り、告げる。

 

「我が名はメリエル! 盾の勇者にして大魔王の道を極めようとする者!」

 

 フィトリアは首を傾げる。

 

「大魔王? 盾の勇者様じゃないの?」

「盾の勇者です。変な人なので、重要な部分以外は聞き流してください。私はラフタリアです」

 

 ラフタリアの名乗りから、トゥリナにヴィオラ、フィーロにティアと名乗っていく。

 変な人認定されたメリエルは頬を膨らませていた。

 

「ドラゴンが一緒にいるのはイヤ」

 

 フィトリアはティアを嫌そうな顔で見つめ、そう告げる。

 

「フィーロはイヤじゃないよ?」

「あなた、フィロリアルなの?」

「フィロリアルだよー?」

「どうしてイヤじゃないの?」

「ずっと一緒だったから。私がお姉ちゃんだし!」

 

 フィトリアに答え、胸を張るフィーロ。

 しかし、そこでティアが待ったとばかりに声を掛ける。

 

「待って。お姉ちゃんはティア」

「違うよー? フィーロだよー?」

 

 むーっと頬を膨らませて見つめ合う2人にメリエルは咳払いをし、真顔で告げる。

 

「どちらがお姉ちゃんであるかに関しては諸説あります」

「盾の勇者様……変人」

「この常識人な私のどこに変人要素が?」

 

 メリエルの問いかけにトゥリナは告げる。

 

「変人は自分が変人であることに気が付かない……アレは変人にも当てはまる格言じゃったかなぁ」

「トゥリナ、あとで覚えてろよ」

「すごいな、あのときとは違って全く怖くないぞ……」

 

 そこでラフタリアが口を挟む。

 

「あのー、話が前に進まないので……」

「……ラフタリア、あなた、苦労人」

 

 フィトリアに同情的な視線を送られ、ラフタリアは優しさに涙が出そうになった。

 

「ともあれ、フィトリア。波に関してはこちらも協力するわ。ところで波ってもしかしてだけど、全世界で起きているの?」

「そう。人里の周りだけじゃない。フィトリア達が対処している」

 

 事実に一同は驚くが、メリエルは何となく予想していた為、そんなに驚きはない。

 ゲームじゃないんだから、都合良く自分達の周りで起きるだけが全てではない、と。

 

 メリエルは問いかける。

 

「波は世界同士の融合現象ってことは知っている?」

「……知らない。盾の勇者様はどうしてそれを?」

「ちょっと色々あってね。それと現七星勇者である、鞭の勇者が他の勇者を殺して武器を奪い、複数所持していることは?」

 

 フィトリアの目が驚愕のあまりに見開かれた。

 

「どうして鞭の勇者様はそんなことを?」

「それがよく分からないんだけど、過去にもそういう例とかは?」

「いがみ合っていたのはある。殺し合いもある。けれど、複数所持というのは知らない。そもそも勇者様の武器は1人1つしか所持できないはず」

「遠からず、四聖勇者の武器を求めて、そいつがこっちに戦争をふっかけてくるんだけど、どうすればいい?」

 

 フィトリアは難しい顔となる。

 

「……勇者同士がいがみ合うのはダメ。話し合いは?」

「試してはみるけれど、あまり期待はできないわね。理由としては、その鞭の勇者様の頭にはこっちを殺して武器を奪うことしかないような感じなので」

「むぅ……」

 

 頬を膨らませるフィトリア。

 メリエルは保護欲が刺激されて、すかさずにその頭へと手を伸ばす。

 

 しかし、フィトリアは素早く回避した。

 

「……やりおるな、お主」

「どさくさに紛れて頭を撫でるなんて、ダメ」

「けちー、フィロリアルー、雑食ー」

「フィトリアはフィロリアルだし、何でも食べる。好き嫌いはダメ」

 

 あれれー、なんかフィトリアもメリエル様と同じような感じがするぞー、とラフタリアとヴィオラは思った。

 一方、グラスとトゥリナは顔を逸らして、メリエルとフィトリアのいい具合のボケっぷりに笑いを堪えた。

 フィーロとティアはフィトリアの揺れる3本アホ毛を見つめている。

 

「ところで、槍と剣と弓の勇者を放っておいて、私のところに来たのは何で?」

「一番協力してくれそうだから。あと一番強い」

「ほらほら、聞いた? フィロリアルにすら広まる私の強さ、そして協調姿勢!」

 

 メリエルのドヤ顔にラフタリア達は呆れ顔だが、メリエルは気にしない。

 

「でも、他の三勇者を放っておいてはダメ。協力して」

「協力するに決まっているわ。ただ、ちょーっと怖がらせたけど」

 

 メリエルの言葉にジト目で見つめるフィトリア。

 

「私が楽できるなら……おっと、失礼。つい本音が」

「盾の勇者様、本当に勇者様? 勇者様っぽくない」

「トゥリナといい、フィトリアといい、失礼しちゃうわ……私の許可なく世界を勝手に滅ぼそうとするなんて、言語道断。だから世界を守る」

 

 フィトリアは溜息を吐いた。

 その反応を見て、メリエルは告げる。

 

「大魔王が勇者ってそれ最強って言われる奴だから、いいじゃないの」

「大魔王なの?」

「やってることは大魔王な気がしないでもない。でも勇者だから」

「ちょっと盾を見せて」

 

 フィトリアの問いに、メリエルは盾を前に出す。

 すると何やらフィトリアの3本アホ毛が淡く光った。

 

「……なるほど、そういうことだったの」

「何がそういうことなの?」

「四聖勇者の候補者は第三候補まである。あなたは第三候補、勇者としての資質は非常に高いけど、精神面に大いに問題あり。極悪非道の大魔王と盾の精霊が言っている」

「おいこの盾野郎! ぶっ壊すぞ!」

「そういうところ」

 

 フィトリアに冷静に指摘され、ラフタリア達もうんうんと頷く。

 でも、とフィトリアは続ける。

 

「盾の精霊も、あなたが結果としてみれば一番当たりって言っている。何をしてきたの?」

「……何ってそりゃねぇ……こう、私に舐め腐った態度を取ってきた連中を月までふっ飛ばしたり……」

 

 視線を逸らすメリエル。

 しかし、そこでラフタリアが告げる。

 

「勇者を利用していた怪しい宗教を潰したり、奴隷を解放してくださったりしました!」

 

 フィトリアはすかさず盾の精霊と交信し、理解する。

 色々と過程に問題があったが、結果としてはそうなっている。

 とはいえ、フィトリアにとっては人間や亜人がどうなろうが、世界が守られるならメリエルが波以外で何をしようが構わない。

 

「盾の精霊も、どんな苦境も理不尽も問答無用でしばき倒せる、あなたを選んだのは間違いじゃなかったって言っている」

「世の中に満ち溢れるそういうものをどうにかするには、残酷な程に圧倒的な暴力が手っ取り早いわ」

「……弱肉強食、間違いじゃない。けれど、それだけでもない。強者もいつかは弱者になる。絶対の強者は存在しない」

 

 フィトリアの言葉にメリエルは勿論だ、と頷いてみせる。

 しかし、とメリエルは獰猛な笑みを浮かべてみせた。

 

「この私が、いつまでも弱者のままであることに我慢できると思うなら、あまりにも無理解だと言わざるを得ない」

 

 そして、彼女は握り拳を作って、言葉を続ける。

 

「どれほどにどん底にまで落ちようが、私は必ず再起する。たとえ、死のうとも、絶対にそうする。諦めないという意志こそが勝利に必要不可欠よ」

「……往生際が悪い」

「往生際が悪かろうが何だろうが、最後に笑えればいいのよ」

 

 ドヤ顔のメリエルにフィトリアは溜息を吐く。

 

「色んな勇者様をフィトリアは見てきた。盾の勇者様……いや、メリエルみたいなのは初めて。精神が誰よりも強い」

「何でわざわざ呼び捨てに言い直したのか、詳しい理由を聞きたいんだけど?」

「フィトリアなりの認めた証。あなたは信頼できる」

「……あなた、眼科にでも行ったほうがいいんじゃないの?」

 

 むー、とフィトリアは思いっきり頬を膨らませるも、理由を伝える。

 

「あなたは自己中心的で、性格も悪い。だけど、話をすればしっかりと答えてくれる……終末の波が近づいている。勇者同士で協力して」

「終末というからには、これまでのお遊びとは桁が違う、と?」

 

 メリエルの問いにフィトリアは頷いた。

 

「分かったわ。三勇者をちょっと鍛える。味方は多ければ多い程いい」

「ほら、答えてくれた。そういうところ、フィトリアは良いと思う」

「いや、それは普通のことじゃない? 世界が無くなっては意味がない。それを防ぐことが最優先」

「それが分からない勇者様も多かった。亜人と人間がいがみ合ってもいいけど、勇者同士がそうしてはダメ」

「……歴代の勇者って、もしかして物事に優先順位をつけられなかったの? 勇者の仕事は世界を守ること。そこに勇者同士の好き嫌いを挟んじゃダメでしょうに」

 

 メリエルの言葉にフィトリアはつくづく、メリエルは勇者の中で一番マトモな考えであることを確信した。

 それができていたら、良かったのに、とフィトリアは思いつつ、告げる。

 

「できなかった。だから、それができるメリエルをフィトリアは認めた」

「なるほどね。とはいえ、まあ、私は他の勇者に好かれるというより嫌われる方なんだけどね」

 

 元々の生きてる環境が違うので、互いの意識にズレがある。

 世界を股にかけて、企業の利益の為に暗躍するのが仕事のメリエルと、極々普通の学生である他3人とでは意識のズレは当たり前といえば当たり前だ。

 また、誰だってテロリストみたいなことを仕事としてやっていた輩には近寄りたくないだろう。

 

「他の勇者はあなたをどう思っているかは知らない。けれど、本当に嫌われていたら、あなたの周りには誰もいない」

 

 フィトリアはラフタリア達へ視線を向けながら、そう告げる。

 メリエルは肩を竦めて答える。

 

「彼女達には給料を払っているからね」

「フィトリアにはお金を貰っているから従っているというようには見えない。フィトリアも、美味しいものをたくさんくれたとしても、嫌いな人と一緒はイヤ」

 

 なるほどとメリエルは頷いた。

 感情的な面から考えた場合、フィトリアの意見は一理ある。

 

 だが、会社勤めのツライところで、嫌いな奴とも一緒に仕事をしなければいけない。

 メリエルが嫌う奴、メリエルを嫌う奴、どっちも大勢いたが、それでも表面的には笑顔で軽口を叩きながら、協力して仕事はしていた。

 

 あいつが嫌いだから仕事しない、では当たり前だが通用せず、そうした奴が即解雇されて終わりだ。

 

 現状ではメリエルにとって盾の勇者とは仕事であり、その肩書によって得られる諸々の利益は給料みたいなものと考えていた。

 だからこそ、メリエルは他の勇者がどれだけ個人的に好きではなくても、その感情を飲み込んで仕事をするのは当たり前だと思っている。

 たとえ他の勇者達がどれほどにメリエルを嫌おうが、メリエルから他の勇者を嫌うことは基本的にはない。

 仕事上の同僚であり、円滑なやり取りが必要である為に。

 

 勿論、その勇者にタクトは含まれていない。

 たとえ仕事上の同僚だろうが、こっちを殺そうとしてくる輩に対して、対話だけで解決しようとは全く考えていない。

 解決が無理ならば後腐れのないように裏切り者として処理するだけだ。

 

 

 とはいえ、メリエルとしても勇者っぽい振る舞いというのには何となく憧れる。

 ネタで正義降臨なんてやってみたりするよりも、本当に純粋に勇者みたいな振る舞いだ。

 

「やっぱりもうちょっと私が若ければ……勇者っぽかったのかなぁ……学生時代にでも……」 

「勇者らしいメリエル様はメリエル様らしくないので、今のままがいいです」

 

 ラフタリアのフォローしているんだか、イマイチよく分からない言葉にメリエルは苦笑する。

 そして、フィトリアは視線を移す。

 

 じーっと彼女はフィーロを見つめる。

 

「な、何?」

「新しいクイーンの候補。フィトリアと戦って」

「ご主人様?」

 

 フィーロの問いにメリエルは軽く頷きつつも告げる。

 

「フィーロの後、私と戦って。たぶんトゥリナやレールディアよりも強そう」

「非常に不本意じゃが、わらわよりもフィトリアはおそらく強いじゃろうな。というか、そもそもわらわは謀りごとが専門で、前に出て戦うなんて本当はイヤじゃ」

 

 トゥリナの言葉にそりゃそうだろうな、とメリエルは頷く。

 メリエルから見てもトゥリナは前線でドンパチすることを好む性格ではないとは一目瞭然だ。

 

 タクトがトゥリナを参謀にして、謀略を仕掛けてきたら面倒くさいことになる可能性があったので彼のミスはメリエルとしては大歓迎だった。

 

 

 

 

 フィーロとフィトリアの対決はいつもラフタリア達が使っている訓練場で行われることとなった。

 大して観戦者などもおらず、せいぜいがシルトヴェルトの偉い人達が話を聞きつけて大急ぎでお供を連れて、伝説のフィロリアルクイーンがどんなものかと見に来たくらいだった。

 

 模擬戦の結果としてはフィトリアの勝利であったが、フィトリア曰く「予想していたよりも強い。合格」とのことで、クイーン候補としてフィーロは選ばれた。

 そしてフィトリアがアホ毛を授与しようとしたとき、メリエルが待ったを掛けて、詳しい説明を求めるとそのアホ毛こそクイーン候補の証みたいなものらしい。

 

「ご主人様はフィーロに変なの生えても大丈夫ー?」

「私は大丈夫。クイーンになるのはいいの?」

「ご主人様みたいに強くなれるなら、いいかなー」

「可愛いやつめ」

 

 うりうりとメリエルはフィーロの頭をぐりぐりと撫でる。

 フィーロは満面の笑みだ。

 

 それを何となく羨ましそうに見ているフィトリア。

 メリエルは、もしやと問いかける。

 

「……フィトリア、あなたも昔はご主人様がいたの?」

 

 問いにフィトリアは小さく頷いた。

 

 寿命なんだろうな、とメリエルは察する。

 触り程度であるが彼女もフィトリアに関する伝承は知っている。

 人間よりも遥かに長い時を生きているとか何とか。

 

 ご主人様との別れも経験しているのだろう。

 

 そこでメリエルは閃いた。

 悲しみにくれるフィトリアを優しく癒やすことは勇者っぽい行いではないか、と。

 

「……邪な気配を感じる。メリエル、何を考えている?」

「フィトリア、私が勝ったら、私のところに毎日ご飯を食べに来なさい。パーティーに入れとは言わないから」

「……? どういう意味か、理解できない」

「そのままの意味よ。メシを食いに来い。そんだけ」

「別に、それなら勝敗関係なく行く。美味しいものは好き」

 

 メリエルはガッツポーズ。

 とにもかくにも、一緒に食事をすることにより、打ち解けやすくなる。

 

 鳥の餌付けという言葉がメリエルの頭を過ったが、気にしない。

 

「それじゃ、勝敗どうこうよりも互いに実力を示すような形で」

 

 メリエルの言葉にフィトリアが頷いたのを確認し、今度はシルトヴェルトの偉い人達へとメリエルは視線を向ける。

 

「フィトリアとの戦いなんだけど、そろそろ私も一つ、シルトヴェルトの皆様方に実力を披露するにちょうどいいと思って」

 

 何だかんだでメルロマルクでしか戦ったことがないメリエル。

 シルトヴェルトは亜人の国であることから、弱肉強食の論理がメルロマルクなどの他の人間国家と比べると尊重されている節がある。

 シルトヴェルトにはゼルドブルと同じようにコロシアムもあり、日々、力に自信のある者達が競い合っている。

 メリエルはどれほどの実力があるのか、というのは上層部はエレナなどからの報告で知っていても、国民全てに広く知れ渡っているというものではない。

 

 

「というわけで、伝説同士の戦いってことでいいかしら? 興行収入的にも良いと思うのだけど」

 

 メリエルは偉い人達に笑顔で問いかけた。

 彼らの返事は当然、決まっていた。

 

「見世物にされるのはイヤ」

「まあまあ、そう言わずに」

 

 メリエルはフィトリアに対し、ユグドラシル産霜降りドラゴン肉を差し出した。

 無言でフィトリアはそれを口に咥えて、ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。

 

 フィトリアは告げる。

 

「……メリエルの実力を皆が知るのは必要なこと」

 

 鳥の餌付けという言葉が2名を除いて頭に浮かんだが、見なかったことにした。

 なお、その2名――フィーロとティアは物欲しそうにメリエルを見つめていた。

 見つめられたメリエルは2人にもフィーロにはドラゴン肉、ティアには牛肉を与えた。

 

 

 

 

 

 僅か2時間。

 コロシアムでメリエルとフィトリアの模擬戦の準備が整えられる為に要した時間だ。

 コロシアムは超満員であり、立ち見ですらもぎゅうぎゅうのすし詰め状態だった。

 

 場内の歓声に手を振って答えながら、メリエルはフィトリアと対峙する。

 

「……フィロリアルの姿なのね?」

「こちらの方が動きやすい」

 

 大きな鳥の姿でありながら、声は変わらない。

 なんとも言えないギャップがあり、メリエルはあることを考える。

 

 フィロリアルをたくさん育てればもふもふふわふわで、パラダイスになれるのでは?

 フィーロやフィトリアみたいなのがいっぱい、それはまさにこの世の楽園なのでは?

 

 メリエルはこの後、フィロリアルの卵を買い占めようと決めた。

 

「じゃあ、行く」

 

 フィトリアの言葉にメリエルは軽く構えた。

 まだ彼女はおしゃれ着姿であり、唯一の装備といえそうなものは盾程度だ。

 

 フィトリアが動いた。

 彼女が動いた瞬間、あまりの速さに轟音が響き渡る。

 レールディアやトゥリナとは桁違いの速さでもって、メリエルに迫り、そして――

 

 その全身を爪でもって切り裂いた。

 メリエルは体中から鮮血が吹き出し、地面を赤く染める。

 

 会場が沈黙で包まれた。

 

 特にラフタリア達の衝撃は凄まじい。

 メリエルの規格外さをこれでもかと知っている為に。

 

 目を見開き、言葉を失ってしまうその状況。

 しかし、フィトリアは気づいていた。

 

「どうして、避けなかったの?」

 

 静まり返ったコロシアムに響くフィトリアの声。

 その問いに観客達がざわめく間もなく、メリエルは全身血だらけにしながら告げる。

 

「どの程度、痛いか知りたかったからよ。あなた、強いわね。だいたい3%くらい、私の体力を消耗させたわ」

 

 そこで、フィトリアは気がついた。

 メリエルから出血が止まっていることに。

 それどころか、服に隠れていない部分にもあった傷口が急速に塞がっていく。

 

「自動回復?」

「あら、そういう概念はこちらにもあるのね」

「勇者様でそれができるのを見たのは初めてかもしれない」

「それは良かったわね」

 

 呑気に会話する2人。

 しかし、観客達は早くもメリエルの規格外さを理解し始めていた。

 

 

「傷の回復って……」

「流石はメリエル様……」

「これでシルトヴェルトは安泰だ」

 

 そんな声がラフタリア達、メリエルのパーティーメンバーにも聞こえてきた。

 それだけならいいんですけど、というのがラフタリアの偽らざる本音だ。

 

「さぁ、今度は私から行くわよ」

 

 フィトリアは身構えたが、メリエルは笑みを浮かべ、怒涛の魔法攻撃が始まった。

 

 

 

 

 観客達は完全に魅せられていた。

 メリエルは次々とド派手な魔法の数々を繰り出し、それをフィトリアは目にも留まらぬ速さで回避していく。

 地面から巨大な土の槍が生えたり、氷柱が飛んだり、炎の柱が立ち上ったり、黒い茨が生えたり、雷が落ちてきたり、竜巻が起きたりとどれもこれも儀式魔法クラスだった。

 

 魔法攻撃は20分程続いたが、そこからは近接戦闘だった。

 フィトリアの爪とメリエルの剣や盾が激突する。

 

 ぶつかり合う度に衝撃波が巻き起こり、両者の力の強さが観客達に如実に伝わる。

 幾度もぶつかり合ったところで、両者はそこに魔法を加えた。

 

 フィトリアの爪とメリエルの剣がぶつかり合い、更にそこに両者はすかさずに魔法を唱え、互いに互いの魔法を回避したり、魔法でもって防御する。

 あるいは魔法に対して同属性の魔法をぶつけて相殺し、互いに爪と剣でぶつかり合う。

 

 物理攻撃と魔法攻撃を高度に、かつ柔軟に組み合わせた戦闘に観客達は度肝を抜かれた。

 

 伝承にあるフィロリアル・クイーンの強さは勿論のこと、盾の勇者であるメリエルの強さを十分に彼らに見せつけることに成功したのだった。

 

 

 

 

 




見ていたトゥリナ「あの鳥強すぎ笑えない」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗躍、そして破滅の時

本日更新終了。
本日は2話投稿しました。

グロ注意


「マルティ……! どうしたんだ、いったい!」

 

 タクトはボロ布を纏い、薄汚れたマルティに驚きつつ、彼女の体を優しく抱きしめた。

 

「タクト……私……!」

 

 マルティはこれまでの辛い思いでも込み上げてきたのか、その美しい瞳に涙をいっぱいに溜め、そしてそれらはすぐに溢れだした。

 

「もう、大丈夫だ……!」

 

 タクトはそんなマルティを強く抱きしめ、彼女の耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

 

 タクトがマルティを保護して一週間程が経過した。

 この一週間で、タクトはマルティの事情を聞くことに成功している。

 

 メルロマルクで酷い仕打ちを受けて、フォーブレイに行こうと決意したものの、途中の国々でも酷いことをされた。

 命からがら、こちらに逃げてきた、と。

 

 メルロマルクに対してタクトは抗議しようとしたが、それをマルティは止めた。

 それでは自分の存在を喧伝するようなもので、ダメだと。

 奴らの影達により、自分が殺されてしまうかもしれない、と。

 

 そんなことはさせない、とタクトは断言してみせたものの、絶対ということはこの世にはあり得ない。

 とはいえ、自分を守ってくれる彼に対し、マルティは恋する乙女のように目を輝かせ、彼を求めた。

 勿論、タクトもその求めに応じないわけがない。

 

 行為の最中にマルティは「イヤ」とか「やめて」とか「助けて」とか拒絶の言葉を口にしたが、事前に彼女からはそういう行為をこれまでの国々で強要されたと述べていたので、タクトは気にしなかった。

 

 彼は、これまで色んな女の子と関係を持っており、例外なく女の子の側が気持ち良くなってくれたので、自分は巧いと確信していた。

 だからこそ、これまでと同じようにマルティを抱いた。

 他にも彼女は「痛い」という言葉や悲鳴を上げたりもしたが、タクトはこれまでのマルティの辛い思いを自分がどうにかすると考え、気に留めなかった。

 

 

 マルティが行為を求める日は事前に打ち合わせがされており、その日には完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を使用したメリエルが寝室に忍び込み、撮影しているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

「あー、疲れた」

 

 夜遅く、フォーブレイでの寝取られ撮影を終えたメリエルはシルトヴェルトの城下町にある会員制クラブにやってきていた。

 この前、偉い人達との接待のときに紹介された店だ。

 

 ウルフ系種族で構成されたホステス達であり、お客様をよくもてなしてくれると評判だった。

 

「メリエル様でも、お疲れになるときがあるのですね」

 

 ボブカットの20代半ば程の女性――店のママ――が笑顔でメリエルにお酌をした。

 

「ええ、まあね。仕事が忙しくて」

「お仕事ですか?」

「お仕事よ。勇者も楽じゃないわ」

 

 メリエルはそう言って、グラスに注がれた酒を飲み干す。

 彼女は耐性が邪魔をして酔えないが、それでも味や香りを楽しむことは当然にできる。

 酔う為ではなく、美味しいお酒を味わうことが目的だ。

 

「この前の試合は見ましたけれど、本当にお強いですね」

「それなりにはね。私よりも強いのはきっと世界のどこかにいると思う」

「想像もできない世界ですわ」

 

 にこりと女性は微笑み、胸元を程よい位置に寄せてくる。

 

「うちのお店、そういうお店ではありませんけど、メリエル様なら話は別です。あなたが、その、男のアレもあるということは承知しておりますので……」

「そういうことを求めた客はどんな地位の輩だろうが、叩き出していることで有名らしいじゃないの。私を叩き出す為の口実かしら?」

「いえいえ、違います。本心ですよ」

 

 そして、ママはメリエルに抱きついた。

 メリエルの首に腕を絡ませる。

 

「どうですか? 今夜」

 

 妖艶な笑みを浮かべるママ。

 問いにメリエルは考える素振りをみせた、その瞬間。

 

 ママは素早く袖口に仕込んだ鋼の糸を伸ばし、メリエルの首に巻き付けた。

 

「……抵抗しないのですか?」

「その程度では殺せないことを分かっているでしょうに。それに殺す気もないでしょう?」

 

 そう言われ、ママはくすりと笑って糸を戻した。

 

「どこまで?」

「初めて見たときから。あなたは勿論、他の子達もそこらの女の子ができる歩き方じゃなかった。あと、地位を持つ客を叩き出して無傷で済んでいる店なんて、ワケありに決まっているでしょうに」

 

 意識せずに足音を消して歩くなんて、普通の女の子ではできない。

 

「さすがはメリエル様。試すようなことをして、申し訳ありません」

 

 メリエルから離れ、深く頭を下げた。

 メリエルは構わないと手をひらひらと振る。

 

「背後は国? それともどっかの貴族?」

「いえ、盾です」

 

 盾教か、とメリエルは軽く頷く。

 

「俗に我々の一族は猟犬と呼ばれております。メリエル様に仇なす敵をこっそりと始末してご覧にいれますわ」

「狼なのに猟犬?」

「……そこは触れないで下さい。代々、ツッコまれてきたので」

「あ、そうなのね」

 

 そう言いながら、メリエルはママの頭を優しく撫でる。

 すると尻尾がよく振られている。

 

「エレナからはよく聞いています。彼女とは喧嘩もしますけど、友人なので」

「……あの子の知り合いとか友人、多い気がする」

「彼女は、ああ見えてもそれなりの地位ですよ?」

「そうなんだ」

 

 職業柄、相手の経歴や過去は詮索しないメリエルなので、今に至るまで全く知らなかった。

 

「早く手を出して欲しいって言っておりますので、私に出した後に出してあげてくださいね」

「……あなたも、いい性格をしているわね」

「それほどでもありません。あ、勿論、私以外の子達にもちゃんと手を出してくださいね?」

 

 やれやれ、と溜息を吐くが、メリエルとしては手を出さないという選択肢は毛頭ない。

 

「ところでメリエル様。様々な種族の姫や貴族の令嬢達が近いうちに……」

 

 メリエルは察して、鷹揚に頷いた。

 ここまで遅れに遅れたのはメルロマルクでゴタゴタしたり、フィトリアとの一件があったりした為だ。

 

 メリエルが来て最初の一週間で嫁や妾にどうですか、とオススメされるかと思いきや、どうやら最初の脅しが効きすぎてしまったようで、必死になって過激な派閥の力を削いでいたとのこと。

 ちなみにその過激な派閥のトップはメリエルが病死に見せかけて始末した奴だった。

 

 メリエルはそいつを処理したとき、屋敷にあった色んな書類をいつも通りに転写して持ってきたのだが、それによって偉い人達から向けられる尊敬の視線がマシマシになったような気がした。

 

 ともあれ、メリエルは告げる。

 

「全員ね」

「全員ですか?」

「全員よ。花々に違いがあるように、女の子達にもそれぞれ違いがある。それに私は手を出したら、永遠にその子達の面倒を見るわ。生活から欲しいものまで全部」

 

 ママは満足げに頷き、メリエルの耳元で囁く。

 

「まずは私を愛でてくださいませ。あなた様に全てを捧げますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓から差し込む太陽の光に目を細めつつも、トゥリナは仕事に取り組んでいた。

 彼女が任された仕事は重要だ。

 

 現在、彼女はタクトの女達を観察していた。

 誰が引き抜きやすいのか、その選別だ。

 

 トゥリナは完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を使っており、誰にもバレていない。

 この魔法を使用できるようになる指輪の他にも伝言(メッセージ)転移門(ゲート)を使用できるようになる指輪、合計3つをトゥリナはメリエルから貸し与えられていた。

 

 タクトが居住しているのは王城ではなく、別の場所にある彼専用の城だ。

 彼のハーレムメンバーは基本的に、この広大な城に居住している。

 そこで女達と狂宴が繰り広げられている――ということもなかった。

 

 彼はメリエルと違って普通の性癖だった。

 

 トゥリナはメリエルに抱かれていないが、彼女のこれまでの経験から、アレは相当な好き者だと予想できている。

 近いうちに手を出してくるだろうな、とも。

 もっとも、トゥリナとしては別に今更清い体でもあるまいし、強い権力者に乗り換えるのは昔からよくやっていたので、何とも思わない。

 

 

 

「ネリシェンは予想してはいたが、利益じゃな」

 

 シルトフリーデンの代表を務めるアオタツ種のネリシェン。

 タクトの女達の中では各方面に影響を及ぼせる女だ。

 同時にトゥリナが作成した引き抜き優先順位のリストではトップにある女。

 

 タクトに惚れた――というのがきっかけであったのかもしれないが、とにもかくにも現在のネリシェンの言動や行動はタクトの地位を利用して、シルトフリーデンに利益を引っ張ろうと体を張っているのがトゥリナには分かった。

 

 現在、タクトはマルティにゾッコンであり、トゥリナから見ると他の女達との関係がないがしろにされているように見受けられた。

 

 何しろ、タクトの傍には常にマルティがいる。

 トゥリナもびっくりな程にマルティは男心が分かっており、媚をうまく売っている。

 生半可な輩では見抜けないだろう演技だ。

 さらには彼女は予定通りに他の女達にうまい具合に不和をばら撒いている。

 タクトがあいつは実は嫌いって言っていた、あの女はタクトのことを実は嫌っているなどなど。

 見ている側からすると、呆れるくらいの悪口の天才だった。

 

 しかも自分が女達から嫌われないように、絶妙に距離を置いている。

 

 そのような状態であるからこそ、惚れているのか、それとも利益で従っているだけなのかが炙り出されてきた。

 

 マルティが潜入し、早くも2週間。

 トゥリナの仕事はマルティのおかげで非常に捗っていたが、今日はタクトに対しては精神的な衝撃を与え、同時に女達のタクトに対する反応を調査する日であった。

 

 

 

 

「タクト様! いつの間にか、不審なものが城門の前にあったとのことです!」

「分かった。見に行く」

 

 そして、タクトは兵士からの報告を聞き、城門前に置かれていたというものを見にやってきた。 

 爆弾か、と彼は思ったが、エリーが調べた限りではそういう形跡はなく、むしろなんだか生臭いとのこと。

 

 俺に惚れた女の子が魚でも差し入れてきたのか、と彼は思ったが、それならば、なぜわざわざ旅行用トランクが2つなのか、さっぱり分からなかった。

 開けた途端にモンスターでも出てくるのか、と彼は考え、念の為にマルティを離れさせ、そして、トランクの周囲をネリシェンをはじめとした女達で十重二十重に固めた。

 

 幸いにもここは大広間であり、そのように囲めるだけのスペースは十分にあった。

 

 そして、彼はカッコいいところをみせようと、そのトランクを2つ、同時に勢い良く開いた。

 

 

 タクトはトランクに入っていたものに目を見開いた。

 脳が理解することを拒絶する。

 

 トランクから溢れ出す赤黒い血がテーブルや床を汚していく。

 

 そこに入っていたのは死体だった。

 しかし、それはただの死体ではない。

 四肢や尻尾がそれぞれ切断され、丁寧に入っていた。

 そして、勿論、頭部も入っており、そこにあったのは――トゥリナとレールディアのものだった。

 

 タクトは胃の中のものを全て吐き出し、腰が抜けたように床に崩れ、体を震わせる。

 それだけではなく、彼は失禁までしてしまった。

 

「タクト様!」

 

 エリーが叫び、敵か何かだと判断して、そのトランクの中のものを見てしまった。

 半狂乱になって手に持っていた銃を乱射してしまい、流れ弾に何人かが当たってしまう。

 すかさずにネリシェンや耐性のあった者達――女騎士などの凄惨な死体に慣れた者達――はエリーを取り押さえたり、負傷者の救助へ回る。

 

「こ、これを早くどっかにやってくれ! 気色悪い! 捨てろ!」

 

 トゥリナは決定的な言葉をタクトが叫んだことにほくそ笑んだ。

 その叫びを聞き、ネリシェンや何人もの女達――エリーを取り押さえたり、負傷者の救助にあたろうとした者達――が動きを止め、信じられないという顔で彼を見た。

 しかし、あまりの恐怖に錯乱している今の彼はそんな視線には気づくわけもない。

 

「あんなものを俺の前に持ってくるなんて! 気持ち悪い! 早く捨てろぉ!」

 

 そこでマルティはトゥリナの仕事をサポートするべく、問いかける。

 

「タクト様、彼女達はあなたが愛した者達、そしてあなたを愛していた者達では……?」

「あんなものは女でも何でもないだろ!」

 

 マルティは笑いを堪えつつ、更に問いかける。

 

「それは本心ですか?」

「当たり前だ! その気色悪い肉塊を早く捨ててくれ! もう俺は見たくない!」

 

 ナイスアシスト、とトゥリナは喝采を叫びたかった。

 彼女が素早く視線を巡らせれば、耐性のあった者達だけでなく、それ以外の女達ですらも、軽蔑の視線を彼に送っている。

 

 あのエリーですらも、それは例外ではない。

 彼女はネリシェンに後ろから羽交い締めにされていたが、タクトの叫び声により、落ち着きを取り戻していたのだ。

 

 自分の為に頑張った女達が、凄惨な姿になって帰ってきた。

 それを気色悪い肉塊、早く捨てろ、と叫ぶの最悪の一手だった。

 

 タクトに盲従している女達ですらも、恋から目が覚めてしまう程に。

 もしもここで彼が男としての度量を示し、どれほどに気色悪かろうが、たとえ失禁し、震えてしまおうが、それでも死体の2人を受け入れていれば、彼はまだマシな未来であったかもしれない。

 

 メリエルですらも、彼のことを見直した可能性は大いにある。

 だが、ここに彼は最悪の選択をした。

 

 タクトの未来は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂乱の事態から数時間が経過した。

 タクトはマルティとともに自室に引きこもった。

 

 その隙に、トゥリナは動いた。

 ネリシェンが1人になったところを見計らい、彼女は自身とネリシェンを結界でもって隔離した。

 

「久しぶりじゃな、ネリシェン」

「……え?」

 

 ネリシェンは幽霊でも見たような、驚きの顔を披露した。

 トゥリナは予想通りの反応に笑ってしまう。

 

「どうしてだ? 死んだ筈……」

「ホムンクルスじゃよ。今は盾の勇者、メリエル様の下でお世話になっておる」

 

 トゥリナの言葉でネリシェンは全てを察してしまう。

 単に力が強いだけではシルトフリーデンの代表は務まらない。

 

「……そういうことか?」

 

 その一言に色々と込められていた。

 すなわち、今回の騒動に関して。

 

「そういうことじゃ。お主も先程のアレであの男の底が見えたじゃろう?」

「そんなものは早いうちから知っている。最初は良い男だと思ったが、実際に付き合ってみたら、大したことのない……」

「じゃろうな。メリエル様につかんか?」

 

 問いにネリシェンは即答はしない。

 その姿勢を当然と受け止め、トゥリナは告げる。

 

「わらわとレールディア、2人で同時に戦って子供のようにあしらわれてしまった。それにメリエル様は気前が良くての。自分の女に対して、カネに糸目はつけない」

「女と聞いているが?」

「男のアレも生えている。問題はなかろう」

「それならば問題はないな」

 

 トゥリナは引き抜きの成功を確信しつつも、更に告げる。

 

「今回のシナリオ、その脚本は全てメリエル様じゃ。タクトとは訳が違うぞ」

「裏側を分かっている輩ということか?」

「そういうことじゃ。元いた世界では全世界に店舗を構える超巨大商会お抱えの闇ギルドのボスらしいぞ」

「それならば安心だ。私はどう動けばいい?」

「他の女達をメリエル様へ鞍替えするように、うまく唆してくれ。具体的な引き抜きはわらわがやる」 

「レールディア様も当然、生きているんだな?」

「無論じゃ。奴め、メリエル様から膨大な金銀財宝を与えられて、巣に引き篭もっておる」

 

 その言葉で、ネリシェンはタクトとは違うと確信する。

 

「そなたも好きなものを望むが良い。一度、顔見せにシルトヴェルトに行ってもらうが、この後、良いか?」

「問題はない」

 

 話は纏まった。

 トゥリナは伝言(メッセージ)を使い、メリエルに報告を入れ、彼女から面会の許可が取れると同時に転移門(ゲート)を開く。

 

 トゥリナが先導し、ネリシェンは黒い靄を不思議そうな目で見ながら、その靄の中へと入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、メリエルとネリシェンの面会は特に問題もなく、終了した。

 メリエルはその場でネリシェンに対して、彼女個人への支援は勿論、シルトフリーデンという国家そのものに対する個人的な支援を約束する。

 それが口だけではないことを示す証拠として、彼女はネリシェンにその場で金貨1000枚を大きな袋に入れて渡した。

 

 ネリシェンは歓喜し、メリエルにつくことを宣言し、シルトフリーデンもまたメリエルに味方するように変えることを確約する。

 それに応えるかのようにメリエルは無数のドレスや装飾品なども無限倉庫から出して、ネリシェンに披露してみせ、好きなものを持っていくように告げた。

 

 ネリシェンの心は完全にメリエルへと傾いた。

 

 

 ネリシェンが落ちたこの日を境に、彼女の協力とマルティの活躍、トゥリナの巧みな話術もあり、タクトの女達は1人ずつ、メリエルへと引き抜かれていくことになった。

 

 タクトが引き抜きに気づかぬようにマルティは彼から1日中離れず、甘い言葉で惑わしつつも、彼女は大胆に動いた。

 

 マルティはまずエリーを、その次にはタクトの実妹であるナナを標的にした。

 

 マルティお得意の、ありもしない罪をでっち上げ、タクトを唆せば、彼女を信じ切っている彼は簡単に騙され、幼馴染と妹を牢に入れ、更にマルティの進言により拷問官に拷問をさせた。

 勿論、彼女達2人だけでなく、ここに至ってメリエルについていない女達にも同じようにそうさせた。

 既にメリエルについているネリシェン達もマルティにそれとなく味方し、タクトは判断を簡単に誤らせてしまった。

 

 信じていたものに裏切られる、その衝撃は計り知れない。

 エリーとナナをはじめとして、牢に入れられた女達はタクトに対して憎しみを募らせる。

 

 そして、そこでメリエルが一芝居を打った。

 完全にタクトの心を折る為に。

 

 拷問され、傷つき、身も心もボロボロ。

 そんな状態のエリー達の前にメリエルは現れた。

 

 そして、彼女達の傷を簡単に癒やし、微笑みを浮かべ、手を差し伸べたのだ。

 メリエルは彼女達に告げた。

 

 あなた達は何も悪くない(・・・・・・)、他の子達はタクトに洗脳(・・)されている、盾の勇者である自分があなた達の今後の生活を全て面倒見る、と。

 

 決め台詞はこうだった。

 

 あなた達を洗脳していたタクトを倒す。その協力をして欲しい――

 

 

 

 

 タクトの傍にはもはや誰もいない。

 マルティはタクトが自分に溺れて、破滅していくこの状況を心から楽しんだ。

 彼女は自分の才能を見抜き、楽しい仕事を与えてくれたメリエルに対し、心から感謝し、同時に惚れ直すが、そろそろ彼女の仕事も終わりであった。

 

 最後の仕上げだ。

 

「タクト様、あなたは何も悪くはないのです。全て、悪いのは世界。世界が悪いのです。ですから、間違った世界は壊して、直しましょう。あなたは神に選ばれた最強の勇者様なのですから」

 

 

 タクトは、決意した。

 

 

 

 

 

 

 




メリエルがタクトの女達に対して行った引き抜きを現代日本に置き換えるとこうなる。

メリエル「あなたに支度金として1000万を今この場で現金で差し上げます。借金があるならそっちも全部支払います。生活費も全て払います。欲しいものも全部買ってあげます。無制限にお金を出します。だから、あなたのできる範囲で私の味方をして?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

混ぜるな危険

 メリエルは非常に忙しかった。

 クラスアップを行い、レベル上限が解放されたラフタリア達との模擬戦に励み、世界のどこかで波が起これば、フィトリアが呼びに来て、彼女と共にメリエルはラフタリア達を連れて、波を殲滅しに行く。

 ついでに約束通りにメリエルは毎食フィトリアに――彼女が引き連れているフィロリアル達にも勿論――料理を提供し、その食べる姿に存分に癒やされたりする。

 

 嫁や妾にどうですかと、紹介された色んな種族の姫や貴族の令嬢といった女の子達とイチャイチャし、合間合間にクラブに通い、ママをはじめとした女の子達と店外デートに繰り出す。

 

 そんな具合にほどほどに爛れた生活を送っていたが、メリエルはフォーブレイの案件に関して抜かりはない。

 タクトと共に住んでいる女達を粗方引き抜いたメリエルは、一緒に住んではいない女達や彼の派閥に属する者達の引き抜きを実行している。

 それだけではなく、メルロマルクのミレリアやシルトヴェルトの代表達、シルトフリーデンの代表としてのネリシェンとも協議を重ねて、タクトに関する件について、関係各所に十分な根回しを行っていた。

 

 そのような中で、メリエルはタクトに関する最終的な解決の為、フォーブレイ王との会談に臨むこととなった。

 

 

 

 

「フォーブレイ王、この度は私の呼びかけに応じて頂き……」

「あー、そういうのはいらん。ワシとそなたの仲ではないか!」

 

 フォーブレイの王、通称豚王は豪快に笑う。

 彼との橋渡し役はマルティとネリシェンであり、早い段階でメリエルからの書簡が豚王に届けられていた。

 

 その書簡はとてもではないが、一国の王に宛てた内容とは言い難く、変態が変態に対して、こういうプレイとかこういう女っていいよね、という変態的な内容だった。

 豚王はメリエルを同好の士であると即座に見抜き、彼は嬉々として彼女との書簡のやり取りを始めた。

 

 日によっては1日のうちに10回近く、書簡のやり取りが行われ、あっという間に2人の仲は深まった。

 

 今回、こうして会談が実現したのもメリエルの謁見したい、という要望に豚王が快諾した為だ。

 

 一応、謁見の間ということもあって、豚王は女を侍らせたりはしていない。

 

「じゃあ、普段通りに……まずお願いなんだけど、いらなくなった女、壊れていていいからくれない? 興奮するので」

「ちょうど廃棄に困っているのがいっぱいいる。勿論、やるぞ。ただし、ヤルときは映像に撮ってくれ」

 

 メリエルはサムズアップ。

 豚王もまたにっこり笑顔でサムズアップ。

 

「で、今度は政治の話なんだけど、タクトが近いうちにやらかすわ。クーデターを起こさせるので、うまく立ち回って欲しい」

「ふむ……奴は何だかんだで有能じゃ。証拠に関しては?」

「他の勇者を殺して、武器を奪っているわ。証拠は山程あるし、何なら目撃者も多数いる」

 

 豚王は感心したように頷いてみせる。

 

「それが真ならば、とんでもないことだな。我が国の最善の立ち回りは?」

「彼には世界の敵として死んでもらうってのはどうかしら? その過程で、彼の一派を炙り出せる。ついでにそれ以外の膿も」

 

 即答するメリエルに豚王は意味を察する。

 タクトがやった功績は大きいが、その分、負の遺産も多い。

 

 後の影響を考えずに単純に力で解決してしまうことも多く、後始末には豚王も手を焼かされたこともある。

 

 基本的に豚王は女癖を除けば、見た目に反して可もなく不可もない、普通の王だった。

 目立った功績はないが、かといって致命的な失点もない。

 民から慕われているわけでもないが、酷く嫌われているというわけでもない。

 

 豚王は色んなことをタクトに押し付けることに決めた。

 全部タクトが悪いんだ、とそれで押し通すつもりだ。

 その為には、彼は加害者であり、自分は被害者となる必要がある。

 

 そこまで彼が考えていると、メリエルが言葉を紡いだ。

 

「それと、タクトと一緒に住んでいる女達は粗方引き抜いた。他のシンパも引き抜ける連中は引き抜きつつあるから」

「手回しがいい。どうじゃ? フォーブレイとも関係を持たんか?」

「喜んで」

「そなたと相性が良さそうな、ちょうどいいのがいる。ワシの長女でな。第一王女なんじゃが、ワシに似て性癖が中々受け入れられなくて」

「具体的な情報を教えて」

 

 問いに豚王は告げる。

 

「うむ。あやつは三十路手前だが、顔もスタイルも最高……とはいえ性癖が特殊でな。男嫌いで、女好き」

「私のことは?」

「無論、話をしてある。両性具有というものに興味津々じゃったぞ。見た目が女性なら生えていてもいいとか何とか……」

「今度、会いたい」

 

 そう言って、メリエルはサムズアップ。

 豚王も行き遅れている長女の相手が見つかり、満足してサムズアップ。

 

「他にも女の子がいたら頂戴。未亡人とか貴族の令嬢とか貰えるものは貰うので」

「無論じゃ。ただし、見たいので撮影をしてくれ。それと我が国に利益をくれ」

「私、自分の女の母国にも利益を与えることにしているのよ。そこは安心して欲しい」

 

 豚王は満足し、頷く。

 

「ところで、その……ものは相談なんじゃが……なんかこう、いい感じの薬はないか?」

 

 問いにメリエルは察する。

 これまでの書簡でのやり取りから彼女は彼の言葉の意味を容易に理解できてしまうのだ。

 

「……美女とか美少女になる薬という意味でよろしいか?」

「そういう意味でよろしいぞ。ワシの理想、それはワシ自身がワシの理想の女になることだ! そして美女を嬲る! これは最高ではないか!?」

「生える薬は?」

「勿論くれ。もうワシ、何でもそなたにしてあげちゃう。フォーブレイ、全面協力。そこらの女、攫っていいよ法律作っちゃう」

「根回しはしっかりしておきなさいよ?」

「無論じゃ。まあ、幸いにも家臣共はワシの性癖を熟知しておる。目の前で飲んでみせれば納得するじゃろ」

 

 家臣の皆さんの苦労をメリエルは察したが、豚王を止める気は全くなかった。

 そして、善は急げとばかりに豚王はすぐさま主だったタクトの息がかかっていない家臣達を集め、そして、メリエルの立ち会いの下、美しさの薬――名前の通り、美しさを上げる薬――をまず飲み干した。

 

 お肌がツヤツヤスベスベ、全体的に血色が良く、健康的な体となった豚王が現れた。

 豚王のまま、美しさの薬の効果通りに美しさが上がった。

 

 家臣達は目が潰れそうになったが、すぐにメリエルが彼の口に性転換薬(両性具有)の入った瓶を押し込んだ。

 ごくごくとそれを飲み干すと、豚王の体はみるみるうちに変化し――現れたのは背の高い銀髪の美女だった。

 

 美しい顔、白い肌と豊満な胸とすらっとした手足。

 豚王が纏っていた衣服はぶかぶかとなって滑り落ちていくが、大事なところはうまい具合に隠れた。

 衣服の大きさが半端ではなかったことが幸いし、今の豚王はローブを纏ったような形となっている。

 

 豚王にすかさずメリエルは手鏡を差し出した。

 

「……美しい」

 

 その口から出た声もまた、美しいものだった。

 

「とりあえず、言葉とか名前とか色々変えるところから始めなさいよ」

「分かった。メリエル、そなたはまさにワシの恩人じゃ! どうじゃ!? ワシと一晩! 普通にやるぞ!」

「ちゃんと女としての振る舞いを身に着けたらいいわよ」

「ぐふふふ……女神のようなそなたを抱ける日が来るなんて……というか、ワシがメリエルに嫁入りすれば万事解決では?」

 

 王様――もとい、女王様が不穏なことを言い始めたので、家臣の1人がおずおずと告げる。

 

「陛下、その、国民へはどう説明を?」

「水晶で映像を記録している。それをただちに国内全土、そして各国へと示すのじゃ。フォーブレイは新たに生まれ変わる! あ、でもタクトには知らせてはならんぞ」

「はぁ……そうですか……たぶん、彼に知られないというのは無理だと思いますけど……」

 

 疲れた顔の家臣。

 彼だけでなく、他の家臣達もげんなりとした顔だった。

 そんな彼らに豚王はドヤ顔で告げる。

 

「お主らも、ワシみたいな美女に仕える方がいいじゃろ?」

 

 家臣達から溜息が聞こえてきた。

 美女であることに異論はない。

 だが、以前を知っているが為に、豚王のイメージがちらついてしょうがなかった。

 

「ワシらは被害者、タクトは加害者。これこそ、大義は我らにあり。奴を合法的に始末するにはちょうどいい」

「最初に撃たせてやれば、反撃でぶっ殺してもどこからも文句は出ないものね」

「そういうことじゃ」

 

 ぐへへへ、と美女達が怪しく笑い合う。

 何も知らなければ目の保養にでもなるだろうが、家臣達は片方は豚王、もう片方は豚王と同じくらいの変態であることを知っていたので、目の保養どころかこれからのことを思い、溜息しか出なかった。

 

「近いうちにこっそりと会談を行って欲しい。相手はメルロマルクの女王、シルトヴェルトの代表達、あとシルトフリーデンのネリシェンよ」

「戦争と戦後に関してじゃな? うむ、分かった。日時や場所、その他一切はそなたに任せる」

「任せて」

 

 こうして、フォーブレイの王との会談は無事に終了した。

 タクトの件は勿論のこと、何よりも同好の士の願いを叶えたのは善行であるとメリエルは大満足だ。

 豚王が美女へとなった映像はすぐに公開され、あちこちが大混乱に陥ったのは言うまでもない。

 豚王は特に気にしなかったが、メリエルとしてはその大混乱は狙っていたものだ。

 

 あのフォーブレイの王が美女になったという衝撃が強すぎて、なぜ、フォーブレイの王に四聖勇者の1人であるメリエルが謁見したのか、どういう目的があったのか、というところをメリエルの狙い通りにうまく覆い隠してしまった。

 同席していた家臣達も、あの時のことは衝撃が強すぎてなるべく思い出したくないということで、誰もが皆、口を固く閉ざした為に漏れることがなかった。

 

 

 なお、豚王の一件を知った大勢の変態達が自分もメリエルに頼んで美女や美少女、美幼女、あるいは両性具有にしてもらおうと己の欲望を胸に秘め、シルトヴェルトに押しかけてくるのはそう遠くない未来の話だった。

 

 

 

 

 

 豚王との会談を終えたメリエルは今度はメルロマルクへと赴いて、ミレリアとの会談を行った。

 彼女には作戦開始から事細かにメリエルは報告をしており、今回のフォーブレイの王との会談について報告し、また会談の日程等について協議する。

 それらが終われば、休むことなくシルトヴェルトへと行き、代表達とフォーブレイ、メルロマルクでの会談について報告し、日程等の協議を行う。

 

 最後にメリエルはシルトフリーデンに戻っているネリシェンの下へと行き、これまでのことを報告し、会談の日程等について協議する。

 それらが終わった後、ネリシェンが誘ってきたので、そのまま頂いて、メリエルはようやく、シルトヴェルトの拠点としている屋敷に帰ってきた。

 

 いつまでもシルトヴェルトの城にお世話になるのもダメだろう、ということでメリエルがタクトに関する工作を始める直前に屋敷を購入したのだ。

 

 

 

 

「何で私、外交官みたいなことやっているの?」

 

 メリエルは気がついた。

 気楽なニート生活を満喫していた筈なのに、いつのまにか主要国を飛び回って、仲介と利益の調整、日程すり合わせなどまで行っていると。

 最近では各国の事務方とも仲良くなってしまい、勇者としてではなく、他国との仲介役みたいな感じで接待を受ける始末。

 

 個人用の連絡端末とかそういうのがなくてよかった、とメリエルは心から思う。

 もしもそんなのがあったら、それこそリアルと同じか、それよりも多く各国から連絡が入ってきただろう。

 

 

「お疲れ様です、メリエル様」

「私のタヌキちゃん。ねぇ、どうして私、働いているの?」

「従者としては真面目に仕事してくださっているようで、本当に嬉しいです」

 

 にっこり笑顔でラフタリアに言われ、メリエルは不満げに頬を膨らませる。

 

「いやこれ、明らかに勇者の仕事じゃないわよね? 勇者の仕事って波をぶっ殺して終わりよね?」

「それはそうですけど……そもそも自衛の為とはいえ、ちょっかいを掛けたのはメリエル様ですし……」

「まあ、そうなのよね。実はすごーく簡単で、私が行ってタクトとかその他色々を纏めて始末すれば終わる話なんだけど……」

「何でそうしないんですか?」

「私が面白くないので」

「自業自得ですね」

 

 ばっさり斬り捨てられ、メリエルはベッドに倒れ込んだ。

 

「とはいえ、メリエル様のおかげで、今回の一件をきっかけに、メルロマルクとシルトヴェルト、更にはシルトフリーデンとシルトヴェルトも関係改善ができそうですし、いいんじゃないですか?」

「まぁそうね。過去の遺恨を乗り越えて、なんて言えば聞こえはいいけど、要は戦後の利益の為に仲良くやりましょうってのが真相だけど」

 

 はて、とラフタリアは首を傾げる。

 戦後の利益ってなんだろう、と。

 彼女の疑問を見透かしたように、メリエルは答える。

 

「フォーブレイも実質的に味方であって、敗戦国にはならない。ただ、どうもタクトの奴、莫大なカネを溜め込んでいるみたいでね。それとは別に色々と私も支援を約束しているし」

「メリエル様の支援はともかくとして、お金を溜め込んでいるんですか?」

「そうなのよ。情報源はネリシェンで、隠し場所とかも知っているって。ま、それを皆で分け合って、ついでに戦争で体制側にとって過激な連中を皆、最前線送りにして処理すれば万々歳ってね」

 

 ラフタリアはえげつないやり方に渋い顔になった。

 とはいえ、有効な策であることは彼女も理解できる。

 

「戦後の枠組みはもうおおよそ決まっている。戦争ってのは始まる前から諸々の調整をしておかないと、あとでぐだぐだになるのよね。メルロマルク、シルトヴェルト、シルトフリーデン、フォーブレイ、この4カ国が世界を引っ張っていくことになる……ただ、ゼルドブルも滑り込んでくるかも」

 

 シルトヴェルトの代表達によれば、ゼルドブルも動きを掴んだらしく、一枚噛ませて欲しいと水面下で接触してきたとのことだ。

 

「ゼルドブルですか?」

「ゼルドブル。てっきり、中立を保ってどっちにも物資やら傭兵やらを供給して丸儲けをするって予想していたのだけど」

「メリエル様のことを知っていれば、それが悪手だと理解できると思いますよ」

「あら、よくご存知ね」

「おかげさまで」

 

 ラフタリアの言葉にメリエルはくすりと笑う。

 

「戦争となると私は容赦しないから。裏で敵に支援なんてしたら、速攻で経済制裁を食らわせて、座ったまま死ぬか、戦って死ぬかの二択を突きつけてやる」

「いきいきとした顔で凄いこと言ってますね……」

 

 やれやれ、とラフタリアは溜息を吐いた。

 

「そういえばリファナとキールは元気?」

「元気ですよ。リファナちゃんもキールくんも、メリエル様の力になりたいって訓練してますけど」

「リファナちゃんのあの小動物的可愛さは凄い」

「私はどうですか?」

 

 拗ねたような顔で問いかけるラフタリアにメリエルはにっこり笑う。

 そして、彼女はラフタリアの顔を自分の胸に埋めさせて、そのまま頭を撫でる。

 

「もう可愛いんだから。ラフタリアは生真面目で可愛いと思う」

「えへへ……」

 

 メリエルに抱きしめられながら、頭を撫でられ至福の一時をラフタリアは過ごしていると、フォウルがやってきた。

 

「あ、トラさん」

「フォウルだ! 全く合っていないし、変な感じがするからその呼び方はやめろ!」

「冴えたツッコミ、さすがね。で、私はタヌキチちゃんと戯れるのに忙しいんだけど、何か用?」

「アトラのこと、責任を取れ」

 

 メリエルは首を傾げる。

 全く身に覚えがない。

 そもそもアトラの傍には必ずフォウルがいる。

 何よりも、健康になったアトラは色んなものを見たがり、それにフォウルは連れ回されていた。

 そして、メリエルがあちこちを飛び回っていることもあって、最近は全く会っていない。

 

「俺だってアトラを治してくれて、生活の面倒を見てくれていることは感謝する……あと、何故か差別とかそういうのもないし……」

「経歴とか出生とかを抜きに、私のものに手を出したら、どうなるかは分かっていると思うので」

「……お前、本当に大魔王だな。ともあれ、そんなお前にアトラが夢中なんだ。あちこち行っているが、メリエル様と来たいなーってよく言っていて」

「単純といえば単純だけど、私のやっていることって神とかそういうもの染みているので、そうなるのも無理はないなと思う」

 

 呑気に感想を述べるメリエルにフォウルはジト目で見つめる。

 

「お前、もうちょっと自分の万能性をだな……」

「これ、私が頑張れば女の子100万人ゲットできそう」

「お前、バカだろ? 頭がいいけど、バカだろ?」

「失礼な。ちゃんと丁寧に御馬鹿と言いなさい」

 

 何なんだこの掛け合いは、とラフタリアは思ったが、メリエルによる頭の撫で撫では続いているので、特に問題はない。

 

「ともあれ、アトラのことを大事にしろ。お前なら……まあ、認めるのもやぶさかではない」

「強がっているけど、このフォウル君。私はデコピン1発で木っ端微塵にできます。あと生活費の支払いを止めれば彼は体を売るしかなくなります」

「この外道がぁ!」

「フォウル君みたいな子って、女は勿論だけど男にも一定の需要があるので……じゅるり」

「わざとらしく口で舌なめずりするような音を出すな! 俺は帰る! こんなところにいられるか!」

 

 ずんずんと扉へと歩いていくフォウルにメリエルは告げる。

 

「アトラのこと、悲しませることはしないので」

 

 フォウルは立ち止まり、殺気の篭った視線をメリエルへと向け、告げる。

 

「当然だ。そうしたら殺す。絶対に殺す」

「あまり強い言葉を使うな。弱く見えるぞ」

「うるせー! 知らねー! このド変態馬鹿女!」

 

 叫んで、フォウルは部屋から出ていった。

 

「……うーん、面白い」

「あんまりからかうと可哀想ですよ」

「じゃあラフタリアを愛でることにする。耳も尻尾も覚悟しろよ」

 

 ぐへへへと怪しく笑って、メリエルはラフタリアの耳と尻尾を存分に堪能した。

 ラフタリアは耳と尻尾だけであったことに不満だが、気持ち良かったので満足した。

 

 

 

 

 

 ラフタリアとの一時の後、心地よさに寝てしまった彼女を置いて、メリエルは夜食を食べようと思った。

 なので、フィトリアを伝言(メッセージ)で呼び出した。

 フィトリアの食べる姿はフィーロとはまた違った癒やしがある。

 フィーロとフィトリアが並んで食べる姿は、まさに至高の癒やしであったが、既にフィーロは夢の中であった為、今回はフィトリアだけだ。

 

 もぐもぐと頬張って咀嚼するその姿にメリエルはうっとりとしていたが、そんな中、あることを思い出す。

 

「カースシリーズって何? フォーブレイで歴代の勇者について調べてたら、出てきた単語なんだけど」

 

 どうしてフォーブレイの王族は性格に問題があるのばかりなのか、その答えを探る為、メリエルがフォーブレイの図書館で暇な時間に勇者について調べていたら、出てきた単語だ。

 

 問いに、口の中のものをごっくんと飲み込んで、フィトリアは答える。

 

「使っちゃダメ」

 

 フィトリアの問いに、メリエルはすんげぇいい笑顔を浮かべた。

 使う、というとてもわかり易い意思表示だった。

 

 フィトリアは、深く溜息を吐く。

 

「そんな力に頼らなくても、あなたは強いから」

「使っちゃダメって言われると、使いたくなるんだけど、どうやって発動させるのか分からない」

「……あなたでは無理だから」

 

 フィトリアの言葉にメリエルはすんげぇ不満そうな顔になる。

 廃人相手にそういう言葉を使うと何が何でもやろうとするのだが、フィトリアにはネトゲ廃人の気持ちは分からない。

 

 カースシリーズが解放される条件はシンプルなものだ。

 勇者に自ら死を選ぶに至る程のトラウマや強い負の感情を糧によりカースシリーズが発動する。

 

 しかし、フィトリアにはメリエルがそうなるところがどうしても想像できない。

 というか、そもそもメリエルが負の感情を抱くときって、それ世界の滅亡なんじゃ、という思いからフィトリアは無理だと告げた。

 

 カースシリーズが発動するほどの負の感情をメリエルが抱いたら、自前の力で世界を終わらせているのは想像に難くない。

 

「教えてくれないの?」

「ダメ」

「ふーん……」

 

 メリエルは椅子から立ち上がり、フィトリアの横へと回り込んだ。

 

「……フィトリアの口を割らせようとしても無駄」

 

 そう告げるフィトリアにメリエルは両手をわきわきさせ、そのままフィトリアの両頬に自らの両手をあてた。

 その動きは無駄に素早く、フィトリアをもってしても捉えられなかった。

 逃げようとフィトリアが思った、その瞬間――

 

 メリエルはフィトリアの頬を手で優しく揉み始めた。

 

「教えてくれないとほっぺむにむにの刑よ!」

「ひゃめて!」

 

 むにむにむにとメリエルはフィトリアのほっぺたを揉みまくる。

 長生きしていようとも、子供のようなもちもちほっぺ。

 メリエルは、その感触に大いに感動する。

 

「さぁ、教えなさい!」

 

 メリエルは10分くらい、フィトリアのほっぺたを堪能した。

 

 

 

「……いじわる」

 

 フィトリアは涙目でメリエルを睨んだ。

 しかし、それだけだ。

 フィトリアは逃げようとしていない。

 彼女はほっぺたを揉まれながら――とても揉み方が優しくて、何だか気持ち良かった――考えた。

 

 変なタイミングで万が一カースシリーズが発動して、大変なことになるよりも、あらかじめ教えておいたほうがやらかさないのではないか、と。

 

「分かった、教える。でも、使っちゃダメ。代償が……代償……代償がある……のかな?」

 

 フィトリアは思った。

 発動するタイプにより色んな代償があるのだが、そもそもぶっ飛んでいるメリエルにとって、代償は代償になるのだろうか、と。

 むしろ、今とあんまり変わらないのでは、と思ってしまった。

 

「いや、私に聞かれても……で?」

「勇者が自ら死を選ぶ、または死に至るほどのトラウマや、強い負の感情によってカースシリーズは発動する」

「死を選ぶとかトラウマは無理なので、強い負の感情を頑張ってみます」

「頑張らないで」

 

 至極もっともなツッコミにメリエルはけらけら笑う。

 そのとき、彼女は気がついた。

 

 負の感情――カルマ値。

 カルマ値をマイナスにすれば、いけるんじゃね、と。

 

「フィトリア、ちょっと実験がしたいので」

「……フィトリアも立ち会う。イヤだけど、止める役は必要」

 

 フィトリアは回し蹴りをしてみせる。

 見た目からは想像もできないくらいにその蹴りは鋭く、洗練されていた。

 

 そんなこんなで食堂ではなく、庭で実験となった。

 すっかり真っ暗であったが、メリエルもフィトリアも暗闇でも昼間と同等の視界を得ることができるので問題はない。

 

「よっしゃ、じゃあ、いきます!」

「いつでもこい」

 

 メリエルの宣言にフィトリアは身構えた。

 それを見て、メリエルは盾を装着して、カルマ値をマイナスへと傾けていく。

 スキルを使用し、マイナス500――極悪へと。

 

 見た目は全く変わらなかったが、フィトリアは敏感に感じ取っていた。

 メリエルの纏う雰囲気が冗談抜きで、禍々しいものへと変化したことを。

 

 思わず、フィトリアは唾を飲み込み、出てきた冷や汗を拭う。

 しかし、メリエルは呑気なものだった。

 次々と解放されるものにニヤニヤと笑ってしまうくらいに。

 

 ただ、その内容を見て、彼女は渋い顔になった。

 

「いっぱい解放された。七つの大罪、色欲、嫉妬、怠惰、憤怒、強欲、暴食、傲慢の7つ……ってコンプリートしているじゃないの」

 

 それで終わりかと思いきや、まだまだ解放は続いた。

 メリエルは出てきたものに目を丸くした。

 

「新・七つの大罪……ってこれ、新しい方はほとんど私、やったことあるものなんだけど。それのせいか、こっちもコンプリートしているわね」

 

 フィトリアはドン引きした。

 というか、新・七つの大罪ってなんだ、と彼女は疑問に思う。

 

「遺伝子改造、人体実験、環境汚染、社会的不公正、過度な裕福さ、貧困、薬物中毒……うーん、環境汚染以外は全部やったことあったわ」

 

 直接的ではなかったが、間接的に遺伝子改造と人体実験は関わっていた。

 社会的不公正、企業の為に暗躍していたのでそれがお仕事。

 過度な裕福さ――言わずもがな、ユグドラシルへの廃課金。

 貧困に喘ぐ連中を搾取していたり、争わせたり色々したのでしょうがない。

 邪魔な輩を薬物中毒にするのは常套手段だ。

 

 環境汚染は元から汚染されてどうしようもなかったので、むしろ環境を復活させる為に間接的に頑張っていた方だ。

 でも核のテロをやらせたりしていたので、やっぱりやったことになるかもしれない。

 

 メリエルは左右に首を振って、やっちまったなぁ、と溜息を吐く。

 

「新しいのはともかくとして、七つの大罪をコンプリートしているのは納得がいかない。一万歩譲って、色欲と怠惰はしょうがないって思うけど」

「そういうところが傲慢。あと自分の為に過度に利益を求めているところが、強欲。底なしに色んなものを食べたりしているところが暴食……怒ったことはあるの?」

「舐められた態度をされたとき、ちょっとだけ……」

「嫉妬したことはあるの?」

「私にできないことができる奴、私よりも強い奴……そういうのに対して悔しい悔しいズルいズルい、だから強くなってやるって思ったことは過去に……」

 

 フィトリアは首を傾げる。

 

「今のことではなく、過去のことが反映されている? 不思議、おかしい。普通は今のことでそうなるはず」

「まあ、普通はこういうのって強い感情が沸き起こったときに発動するんだろうからね。今の私、別に怒ったりとか何にもしていない」

「……非常識」

 

 非常識と言われてもまあ、仕方がないとメリエルは受け入れる。

 とはいえ、何となくだが予想はできる。

 

 カルマ値を極悪にまで傾けたことで、極々僅かな感情の揺らぎでもそれらは極大に増幅されており、それによりカースシリーズが解放されたのではないか。

 また、メリエルは以前にウィッシュ・アポン・ア・スターで伝説武器に関する制限を解除している。

 それの影響により、七つの大罪や新・七つの大罪に関する感情や行動が過去に一度でもしたことがあった場合、それが反映されてしまったのではないか。

 これら2つが合わさった結果、こうなったのではないだろうか。

 

 ちなみに、今の感情的には夜食の続きとかえっちなことしたいとかニートになりたいとかそういう考えがちょろっとだけメリエルの頭にあるくらいだ。

 

「……使っちゃ、ダメだよ?」

「……ちょっとだけ……ダメ?」

「ダメ」

「えー、やだやだやだー使いたいー」

「ダメ」

「フィトリアが傍にいないときに使うわ」

 

 フィトリアは、もしかして最初からそれが狙いか、とメリエルをジト目で見つめる。

 とはいえ、メリエルを野放しにするのが良くないというのも確かである。

 また、食事ごとにメリエルのところへやってくるのも面倒といえば面倒。

 これは一石二鳥なのだとフィトリアは確信する。

 

「……分かった。フィトリアも今から傍にいる」

「ぐへへ、フィトリアとフィーロのやり取りが見られるなんて……あ、そうだ、フィロリアルの卵を買い占めないと……」

「変なことをやらないで」

「フィロリアルは可愛いので、他の奴に育てられるくらいなら……」

 

 そんなことを言いながら、メリエルは盾とカルマ値を元に戻す。

 禍々しい気配はすっかりと消え去った。

 それを見ながら、フィトリアは問いかける。

 

「代償はあった?」

「特に感じられなかった。適当なスキルでも使ったほうが良かったかしら?」

「それはダメ」

「けちー」

 

 頬を膨らませるメリエル。

 やられっぱなしはイヤなので、フィトリアはその膨らんだ頬を突っついた。

 柔らかくて、むにむにしており、その感触にフィトリアは感動する。

 

「……これ、好き」

「仕方がないから、私の頬を突くことを許可しよう」

「……元の姿で突いてもいい?」

「フィトリア、あなたの全てを許そう……正直、人型は勿論だけど、本来の姿も非常に可愛いのよね」

 

 そうやって言われるとフィトリアも悪い気はしない。

 遠慮なく元の姿に戻って、そのクチバシでメリエルの頬を突っつく。

 

 普通なら痛いところであるのだが、メリエルにとっては程よい気持ち良さだった。

 フィトリアの方もクチバシの健康に何となく良さそうな感じがする柔らかさと弾力で、大満足だった。

 

「あ、フィトリア。その姿のまま、羽毛に包まれて寝たい」

「……分かった。けど、変なことはダメ」

「分かっているわよ」

 

 そして、フィトリアの羽毛に包まれて、メリエルは寝た。

 

 

 

 

 翌朝、フィトリアがメリエルの頬を突っつく姿を目撃したフィーロが羨ましがって、フィトリアとは反対側の頬を突き始めるのは当然のことだった。

 いつの間にか2人共、本来の姿となり、クチバシで突きはじめ、両側から頬を突かれるメリエルを見た者は誰一人例外なく、大爆笑の渦に包まれた。

 

 なお、ティアはドラゴンである自分にクチバシがないことを大いに嘆き、フィロリアルに対する敗北を感じたのだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

対話による解決

 メリエルがカースシリーズを発動させて1週間。

 彼女はレールディアの様子を見に、寝床である巣にやってきていた。

 巣の場所はレールディア本人から教えられていた為、特に何事もなく発見できた。

 

 巣は山中の洞窟だった。

 

 

 

「遺伝子改造と人体実験を組み合わせて、新しい種族を作り出そうと思うんですが、構いませんねっ!?」

 

 メリエルは叫んだ。

 溢れ出るエロ魂、それが轟き叫ぶ。

 

 サキュバスを作れ、と。

 エロ種族を作れ、と。

 

 エロ漫画みたいな世界に変えろ、と。

 

「うるさい」

 

 叫びは洞窟内に反響して、大変なことになった。

 レールディアは抗議した。

 

 彼女は本来の姿――巨大なドラゴンの姿――で、丸まってメリエルの好きにさせていた。

 

 レールディアの周りには、巣作り祝いに、とメリエルが贈った金銀財宝がこれでもかと置かれている。

 なお、メリエルから最初にもらった巨大なダイヤモンドは一段高いところに置かれていた。

 

 ちなみに、元の姿でも大丈夫なように、体のサイズに合わせて変化する王冠がレールディアの頭には乗っかっている。

 宝石がふんだんに使われたその王冠はレールディアのお気に入りだ。

 

「というか、何で来たの?」

「最近、レールディアを見ていないっていうのと、下手をしたら世界の終わりまで寝ていそうな気配を感じたので、巣作りドラゴンを見に来た」

「もう巣を作り終えているから。それに私も寝てばかりじゃない。宝石とかを愛でたり、磨いたり、抱きついたりとか忙しい」

「なるほどね。で、どう? エロい種族を作ることに関して」

「何で私にそんなことを聞くのよ?」

「ラフタリアとかだと馬鹿なことを言ってないで、仕事してくださいって言われるので……」

 

 そりゃそうだろうな、とレールディアは思う。

 

「あ、ちょっと鱗を貰っていい?」

「承諾する前に毟ろうとするな」

 

 レールディアは仕方がない、とあんまり痛くなさそうなところの鱗を器用に一枚、剥がしてメリエルへの前へと置いた。

 メリエルは感謝しながら、それを盾に吸収させた。

 

「ところでメリエル、トゥリナがこの間、来て状況を説明してくれたんだけど」

「うん」

「面白そうなことになっているじゃないのよ。エリーはどうしたの?」

「最近、死んだように偽装して、シルトヴェルトにきたわ。ところで、あの子、チョロすぎない?」

「チョロいかどうかはさておき、まあ、あれよ、思い込んだら一直線」

「妹ちゃんも思い込んだら一直線だったわよ」

「妹はどこに?」

「同じく死を偽装して、シルトヴェルトに。拷問コースだった子達は皆、死を偽装してこっちに来ているわね」

 

 なるほどとレールディアは頷きながら、言葉を紡ぐ。

 

「私が言うのもなんだけど、アイツの女って見た目は良いけど、中身はアレなのしかいないから」

「竜帝さん、ブーメランが刺さってますよ」

「竜帝の鱗を舐めるなよ、ブーメランくらい跳ね返してやる」

 

 そう言って、レールディアはメリエルの頬に自分の頬をこすり付ける。

 

「アシェルは?」

「グリフィンちゃんなら、最後までタクトを信じるって感じだったので、エリーとか妹ちゃんとかと一緒に拷問コースで同じように落とした」

「私が言うのもなんだけど、あなた、本当に性格が悪いわね……あ、だから、アイツの女達と波長が合うのね」

「竜帝さん、特大ブーメランが刺さってますよ」

「竜帝の鱗を舐めるな。というか、私はそもそもドラゴンであって、人間やら亜人やらとは感性が違う」

 

 そりゃそうだ、とメリエルは頷く。

 

「ドラゴンである私が、人間風情、亜人風情を虫けらみたいに思ったところで、それは当然のこと」

「私は?」

「……あんたは別格だから」

「プライドが高いレールディアに認めさせた、さすが私」

「認めさせたっていうか、認めざるを得ないというか、脅迫されたというか……」

「ドラゴンの霜降りステーキって美味しいのよね。他意はないけど」

 

 物理的に食われると思い、レールディアに寒気が走る。

 そんな彼女をけらけら笑い、メリエルは言葉を続ける。

 

「まあ、そんなことはさておき、私なりに世界平和について考えたら、常識がエロい世界にして、その世界の住民を皆、不老不死にして、空腹にならず、病気にもならず、食事は単なる嗜好品みたいな感じになればいいんじゃないかと」

「……あんたがそうしたいだけでしょ」

「うん。いわゆるエロ漫画的な世界っていいよね」

「エロ漫画が何か分からないけど、要は娼婦で溢れかえった世界でしょ?」

「全然違うわ。ビッチで溢れかえった世界。男はいるけど、見た目とか声とかは完全に女の子な感じで、あとは両性具有と女の子だけの素敵な世界」

「尚更悪いわ」

 

 レールディアは顎でメリエルの頭を軽く小突いた。

 この世界に住まう者として、メリエルの全世界総ビッチ化エロ計画なんぞ、認めるわけにはいかない。

 

 とはいえ、レールディアとしてもメリエルが超越的な力を持っているのは何となくだが、予想がつく。

 トゥリナによればメリエルの恐ろしさは、ただ単に戦闘力が高いというところではない。

 何でもできてしまう、万能性だ。

 

 現に今、こうして荒唐無稽な計画を語っているが、彼女にとっては本当にできてしまうのかもしれない。

 

「冗談はおいといて」

「冗談なの?」

「冗談よ。さすがに大迷惑を掛けてしまうので」

 

 どうやら本当に冗談だったようだ、とレールディアは安堵する。

 

「でも、正直な話、色んな亜人はいるけれど、エルフやダークエルフ、オークその他色々な定番な種族がいないのがマイナスポイント」

「どれも聞いたことがない種族だわ」

「作っていいと思う?」

「……迷惑を掛けない範囲ならいいんじゃない?」

「波をぶっ飛ばしたら、作るわ。ところで波って結局、誰がやっているか、知っている?」

「流石に知らないわよ」

「竜帝、役立たず……」

「何とでも言いなさい。知らないものは知らないの」

「敵のときは強そうだけど、味方になったら引きこもりとか……」

「仕方ないじゃない、あなたがこんなに素敵なプレゼントをくれるんだもの」

 

 唐突な言葉にメリエルは目を丸くした。

 その反応にレールディアはドラゴンの姿から人の姿へと変化する。

 

「で、どうなの? 私に手は出さないの? 別にあんただったら、私はいいけど」

「勿論、出すわ。なんだったら、ドラゴンの姿でも……」

「……私が言うのもなんだけど、あんた、変わってるって言われない?」

「私自身、そうは思っていないんだけど、何故かよく言われる。レールディアって本当の姿がドラゴンなら、むしろドラゴンの状態を愛でるのは当然のことだと思うんだけど。まあ、人型のほうが色々やりやすいのは確かね」

 

 メリエルの言葉にレールディアは呆れと嬉しさが同時に込み上げてきた。

 

 アイツは人の姿のときでしか、抱いてくれなかった――

 

 レールディアはすっかり、その気になってしまった。

 一方のメリエルは、ドラゴンの姿でレールディアを両性具有にして馬車や城とヤると、大昔に流行ったらしいドラゴンカーセックスやドラゴンキャッスルセックスになるのか、とどうでもいいことを考えていた。

 

 双方の考えは少しどころか、かなり異なっていたが、とにもかくにもメリエルもレールディアもヤる気であるのは間違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンの姿で、そして人の姿で、両方のレールディアを美味しく頂いたメリエルはシルトヴェルトの屋敷に戻っていた。

 

「……ご主人様、ドラゴン臭い……」

「ドラゴン臭い……」

 

 フィーロとフィトリアがそれぞれ自分の鼻を摘んで、嫌そうな顔でメリエルを見てきた。

 終わった後は綺麗に洗ってきたのだが、2人の嗅覚を誤魔化すことはできなかったようだ。

 

 しかし、メリエルは2人の困った顔にゾクゾクときてしまい、からかってやることにした。

 

「がおー! ドラゴン臭を移してやるぞー!」」

 

 きゃー、と悲鳴を上げて逃げ出す2人にメリエルは大爆笑する。

 

「何をやっているんですか……」

 

 偶々やってきて目撃してしまったラフタリアは呆れ顔だった。

 傍目には子供を驚かしているダメな大人にしか見えない。

 

「ちょっと色々あって」

「はぁ……詳しくは聞きませんけど」

「で、タヌキチくん。私が留守にしている間、何かあった?」

「半日程度でしたので、特には何もありませんね。シルトヴェルトやメルロマルクの次の波までは余裕がありますし……ところで何でレールディアさんのところへ行ったんですか?」

「レールディアが引き篭もってるから、様子を見に行った。なんか、トゥリナが度々、訪れているみたいだった」

 

 そのときだった。

 見極める為と言いながら、すっかりメリエル専属の中華の料理人となり、最近では不定期に露店まで開いて、それなりに繁盛しているオストがやってきた。

 

 かなり深刻そうな顔だ。

 勘の鋭いメリエルはピンときた。

 

「食材が値上がりしたの?」

「あ、いえ、そういうのじゃないです」

「調理道具が壊れたとか?」

「違います」

「分かった。みかじめ料を払えって言われたのね? どこのどいつ? ちょっと月までぶっ飛ばしてくるから」

「全然違います」

 

 メリエルの鋭い勘はことごとく外れてしまい、肩を落としてしょんぼりとする。

 そんな彼女にラフタリアは珍しいものを見た、としげしげと見つめてしまう。

 

 とはいえ、ラフタリアもメリエルが問いかけたのと同じような問題が発生したのでは、と予想していただけに、何が起こったのだろう、と疑問に思う。

 

 そして、オストは告げる。

 

「実は霊亀の封印が解かれようとしています。メリエル様についていく、と決めてすぐに色んな結界を多数、霊亀の至るところに張り巡らせたのですが、そのうちの一つに侵入者が引っかかりました」

「大事じゃないですか!?」

 

 ラフタリアの叫びにメリエルは大きく頷いた。

 

「ラフタリア! 殴り込みよ!」

「あ、いえ、霊亀を傷つけないで頂けると……」

「分かりました! エレナさんが任務でいないので、代わりにフィトリアさんにも協力してもらいましょう!」

「あ、あのー、メリエル様だけで……」

 

 オストのお願いも虚しく、メリエルとラフタリアは準備をする為に行ってしまった。

 

「……ま、いいか」

 

 オストは考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 転移し、オストの案内で向かった先にいた侵入者は三勇者とそのパーティーメンバーだった。

 彼らは現れたメリエル一行に仰天したものの、元康らの霊亀を倒せば良いドロップがあり、討伐の為の下見に来ていたという言い分に対し、メリエルがオストに霊亀を解放するとどうなるかを説明してもらった。

 

 その際に霊亀を倒すよりも、自分を倒した方が良いものをドロップするとメリエルは宣言したが、誰も取り合わなかった。

 結局、霊亀の封印を解いたらヤバイということが理解できた三勇者達は封印を解くのを諦めた。

 

 

「あ、そうだ。メリエルさん、カルミラ島で活性化が起きているので、良かったらどうですか? 南の島でバカンスついでにレベリングでも」

「行く行く行っちゃう」

 

 元康の誘いにホイホイとメリエルは応じてしまう。

 よっしゃあ、と元康はガッツポーズ。

 

 錬と樹はそんな元康に「よくやるなぁ」という感想しか抱けない。

 どう見ても彼は下心満載だ。

 

「カルミラ島でレベリングをしてから、霊亀の封印を解くつもりであったが……下見に来て正解だったな」

「ええ。ゲームとは違うとは思っていましたが、中々、クセが抜けないものです」

 

 そんな2人にメリエルは告げる。

 

「じゃ、ゲーム感覚を抜く為に、カルミラ島で私と模擬戦をしましょう。冗談抜きで、波がヤバイことになる。レベル三桁とか当たり前、最終的にはレベル四桁とかに……なるようなならないような……」

 

 メリエルの言葉に元康らはいつもの冗談だろう、と信じないが、メリエルは真剣な顔だった。

 それを見て、元康は尋ねる。

 

「……えっと、マジですか?」

「マジなのよ。そこにフィーロのお姉ちゃんみたいな感じの子がいるでしょ?」

 

 メリエルがそう言ってフィトリアを指させば、三勇者達の視線がそちらへと向く。

 そこには人の姿のフィトリアがいた。

 

「実はその子、フィロリアルクイーンで、世界のフィロリアルを統括する立場にあって、非常に長生きしていてね」

「フィトリア。勇者様方、よろしく」

 

 ぺこり、と頭を下げるフィトリアにつられ、三勇者達もそれぞれ名乗って頭を下げる。

 

「勇者様方、メリエルが言っていることは本当。終末の波が近づいている。今までの敵とは比べ物にならない」

「本当なんだな?」

 

 錬の問いに、フィトリアは頷いた。

 

「今のままでは対処ができないということでしょうか?」

「現状ではメリエルしか対処できない。けれど、彼女だけに任せるのは、とても……とてもとても不安」

 

 不安の意味合いがメリエルが負けるかもしれない、とかそういう意味ではないことを三勇者達は悟る。

 

「かつての波でのこと、忘れてはいませんよ」

「ソウルイーターを踏んづけるなんて……」

「グラスさん相手に大魔王みたいなことをやってたよな」

 

 樹、錬、元康の言葉での攻撃にメリエルは視線を逸らして口笛を吹き始めた。

 そんなメリエルをジト目で見ながら、フィトリアは告げる。

 

「メリエルが取り返しのつかないことを仕出かす前に、力をつけて欲しい」

「分かった。メリエルさんだけに任せておくのは男が廃るってもんだよな」

 

 元康の言葉に錬と樹は頷いた。

 

「何か素直に頷けない……まあ、どっちにしろ鍛えるからいいんだけど」

「だが、そもそも勇者が集まってしまうと経験値が入らないのでは?」

 

 錬の問いにメリエルはにんまりと告げる。

 

「あなた達もゲーマーの端くれなら、PvPくらいはやったことあるでしょ? 数値上での経験値は入らないけど、プレイヤー本人に蓄積される経験はある。今回はそれが目当て」

 

 確かにと三人は頷いた。

 モンスターやレイドボス相手の戦闘とは違い、プレイヤー同士で戦う場合に要求されるのは駆け引きだ。

 

「というわけで南の島でレベリングとPvPをしましょう。参加賞で景品くらいは出すわよ」

 

 メリエルの太っ腹な言葉に三勇者達は、よりやる気を出すのだった。




霊亀の封印場所から屋敷に戻り、エロ漫画みたいな世界を作っていいか、というメリエルの問いに対して


フィトリア「やはり代償が……」
ラフタリア「平常運転です。いつものことなので。馬鹿なこと言ってないで仕事してください」
メリエル「泣いた」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カルミラ島へ!

 霊亀の封印を解こうとする元康達を説得して数日後、メリエルはオストにある提案をした。

 元康達は結界に引っかかったが、隠蔽に優れる者がこっそりと封印を解く可能性があるので、ちょっとした罠を仕掛けておきたい、と。

 

 オストも承諾し、メリエルにそれを任せてしまう。

 彼女は嬉々としてユグドラシルのアイテムをふんだんに利用した様々なトラップを作成し、設置した。

 霊亀内部にモンスターを湧かせても大丈夫とのことだったので、それはもう陰湿かつ、悪辣極まるものばかりだった。

 ゲームではないので、クリアさせなくとも全く問題がない為、メリエルも本気を出した。

 

 オストはメリエルからどのようなトラップを仕掛けるか説明を受けながら、作業を見ていたが、かなり早い段階でオストの顔は引き攣っていた。

 

 トラップの種類は非常に豊富であったが、オストが一番最悪なトラップだと感じたのは、転移トラップ。

 霊亀内部のどっかに転移させて、罠に嵌める、モンスターが大量に湧く部屋に転移させるなどと幾つか種類があるのだが、それらの比ではない最悪の転移先がある。

 

 メリエルの目の前に転移させるというものだ。

 

 道中には勿論、霊亀の奥深くに存在するコアにもその転移トラップを仕掛けた。

 メリエルはコアに触れずに霊亀の封印を解いたり、エネルギーを使用したりはできないことをオストに確認した上で、コアに触れた瞬間に転移トラップが発動するよう、設置した。

 なお、コアに触れた場合、オストの協力でメリエルからのメッセージが表示されるようにしてある。

 

 

 無数のトラップを掻い潜って、よくぞここまで来た。

 褒美として、私と戦う権利をやろう!

 

 

 そのメッセージの後、メリエルの前に転移する。

 

 そして、転移してきた相手には「こんにちは、死ね」って挨拶すると、すごくいい笑顔でオストに告げたメリエル。

 オストは自分の為にやってくれていることで嬉しくはあったが、非常に複雑な気持ちだった。

 

 そんなこんなで霊亀のセキュリティが大幅に強化し、フォーブレイで仕事に就いているマルティやトゥリナも誘う為にメリエルがやりくりし、どうにか彼女らも参加できるように調整を終えた。

 タクトはもはやマルティの操り人形と化しており、マルティがそうしたい、と告げれば彼はそれに従うしかない。

 本来なら彼の思考を戦争へと誘導したところで、マルティの仕事は終わったのだが、どうせなら開戦する5分前に戻ってくるのはどうか、というメリエルの提案にマルティは快諾した。

 全ての準備を終え、いよいよカルミラ島へと出発する日がやってきた。

 

 

 

 カルミラ島に関する手配は誘った元康が全て整えてくれた。

 

 とはいえ、メリエルはメルロマルク領ということもあり、事前にカルミラ島の件に関してミレリアに話をすると、何故か自分とメルティも行きますと宣言した。

 

 メリエルとしてはミレリアの水着姿が見られるなら、構わなかった。

 

 どうせなら、とメリエルは色んな女の子達を誘い、人数が膨れ上がり、その旨を伝えるが、ミレリアが手を回した為、問題はなかった。

 

 ミレリアには思惑がある。

 

 

 メリエルがたくさんの女の子を引き連れてやってくれば、その分、メリエルから出るお金も増える。

 結果として、カルミラ島の経済に大きく貢献する。

 更にこれを機に、メリエル御用達のリゾート地ということにでもしてもらえれば宣伝にもなる。

 プライベートビーチを持ってくれたら万々歳で、ミレリアとしては売り込む気満々だった。

 

 

 

 メリエル一行はシルトヴェルトから転移門(ゲート)で出発地であるメルロマルクの港へと出港の30分前に到着した。

 

 元康達も既に到着しており、メリエル一行を出迎えたのだが――

 

 

「……いや、何か増えてね?」

「気のせいではすまないほど、増えてますね」

「増えているな……」

 

 ナザリック観光御一行様と書かれた骸骨マークの入った小旗を振りながら、先頭を歩いてくるメリエル。

 その後に続く、ラフタリア、ヴィオラ、エレナ、フィーロ、ティアにフィトリア。

 ここまではいい。

 元康達も知ってる面々だった。

 

 フィトリアの後にマルティが出てきたのも、まあ、ありえなくはない。

 元康としては色々と複雑ではあるのだが、マルティが選んだのなら、という具合に納得していた。

 

 だが、そこからは知らない輩だった。

 金髪のメイドから、どこかの王族っぽい格好をした少女やら、その他色々だ。

 

 軽く30人はいそうなメリエルが連れてきた御一行様に元康は思わず声を掛ける。

 

「あー、メリエルさん……彼女達は?」

「色々あって、こうなって、そうなった。元康なら分かると思うけど、女の子は愛でるもの」

「分かりますけど、分かりません……30股とか無理っす」

「実は30股では終わらない……まあ、あれよ、女の子の口説き方とかについて、じっくりと教えてあげるから」

「マジですか!?」

 

 いよっしゃ、と張り切る元康を白い目で見る錬と樹。

 

「で、女王陛下は?」

「陛下はカルミラ島に一足先に行っているそうです」

「じゃあ、私達も行きましょうか」

 

 そんなこんなで各自、船へと乗り込んでいよいよ出港となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルミラ島へと向かう道中、 三勇者が船酔いになっていたので、エリクサーをぶっかけて、回復させ、メリエルは奥まった船室に彼らを集めた。

 

 そして、彼女は宣言する。

 

「女の口説き方と扱い方に関して説明します!」

「いよっ! メリエルさん! 最高!」

 

 ついさっきまで船酔いで死にそうな顔だったとは思えない程に、ノリ良くメリエルを煽てる元康に、メリエルは満足げに頷く。

 

「いや、何で俺達まで?」

「そうですよ、僕達は元康さんやメリエルさんみたいな、不特定多数の女の子と付き合いたいとか考えていないので」

 

 錬と樹も何故かこの場にいた。

 元康とメリエルが引きずり込んだのだ。

 

「まあ、待ちなさいよ。これは対策でもあるのよ。ハニートラップってご存知?」

 

 その言葉に錬と樹は何とも言えない微妙な顔になる。

 

「どこに罠が潜んでいるか、分からない。親切心で助けたあの子が惚れたとか何とか言って、言い寄ってきたらどうする? 泣き落としされたらどうする? あなた達、非情に徹しきれないでしょ?」

 

 そう言われると、錬も樹も返す言葉がない。

 特に樹は正義の味方のようなことをやっていた時期に、仲間になった女性のパーティーメンバーがいるので心当たりがあった。

 

「ぶっちゃけると、童貞はコロッと女に騙される可能性があるので」

「そうだぞ、メリエルさんの言う通り!」

 

 元康はうんうんと頷く。

 

「まずはじめに、あなた達の勘違いを一つ解きたいんだけど……マルティっているでしょ?」

 

 メリエルの問いに3人は頷く。

 

「彼女、悪女だから。あなた達が彼女をどうこうするのはぶっちゃけ無理」

「え、そうなんですか?」

「そうなのか? 元康」

「いや、そんな感じは全然なかったが……むしろ、男心を分かっていると思って……」

 

 メリエルはニヤリと笑みを浮かべる。

 

「そこよ。悪意のある女ってのは大抵、男に慣れているわ。男がどうしたら喜ぶか、どう振る舞ったら喜ぶかってのを知っているのよ。そして、そのように喜ばせておいて、甘い汁だけ啜る」

「で、でも、マルティは処女だって……」

「それも嘘。実はマルティは留学していた当時、フォーブレイでタクトってやつに処女を捧げているわ。本人から聞いたので」

 

 元康は両手を膝について、落ち込んだ。

 

「タクトって鞭の勇者ですよね? フォーブレイの王子の」

「以前、聞いたな」

「そのタクトよ。ただまあ、もう彼はまな板の上に置かれた魚みたいなもんだから」

 

 意味を3人は悟ってしまう。

 

「……何をするんだ?」

「波が来るのも空が青いのも全部タクトが悪い。タクトが加害者、私達被害者。そういうことになるよう、仕組んだ。マルティを使って」

 

 メリエルの言葉に3人は顔を引きつらせる。

 

「マルティって、そういうことができるのか?」

「できるわよ。彼女、人を陥れるのが大好きで、かつ、悪口の天才。タクトのハーレムを潰す為にマルティを送り込んだら、メイドとかその他色々な女の子を引き抜けたし」

「えげつねぇな……俺のところから、マルティが抜けたのは良かったんだな……」

「ちなみに本人が言うには、私に乗り換えた理由は楽しそうだから、というものですって」

 

 俺、楽しくなかったのか、と元康のプライドに傷がついたが、そこは錬と樹がフォローする。

 

「元康さん、良かったじゃないですか。変なのに捕まらなくて」

「そうだぞ。メリエルさんが嘘をついてまでこんなことをする理由はない。だから、本当にマルティはそうなのだろう」

「ああ、そうだな……ということは、メリエルさんが連れてきた女の子達はタクトから引き抜いた子達なのか?」

 

 元康の問いにメリエルは頷く。

 

「勿論、タダで引き抜いたわけじゃないわ。さ、こっから口説き方と扱い方よ。とはいえ、そう難しいことでもない。勇者ならすぐにできるんじゃないかしらね」

 

 メリエルはそう前置きし、告げる。

 

「口説き方は女の子に対して、利益を与えること。私は自分の女に対して、カネを惜しまない。生活費から、欲しいものまで全部、私が負担する」

 

 いきなり生々しい話に元康は勿論、錬も樹も黙り込んでしまう。

 

「女を囲う、いわゆるハーレムを作るってなったら、彼女達の全ての面倒を見る覚悟が必要よ。勿論、子供が生まれればその子供にも」

「いや、確かにそれはそうだけど……もうちょっとこう、ほら、好きだから一緒にいる、金銭的なあれこれは一緒に負担とかそういう感じは……?」

「できないことはないけど、相当に難しいわよ? 何しろ、感情って論理的ではないからね。たぶん気疲れして、割に合わないってなると思う。金銭に関する問題がないだけで、相当に心に余裕ができるから、一番簡単だと思う」

 

 なるほど、と元康は頷く。

 

「最初からお金とかそういうのを女の子に提示するのはちょっと……」

「いや、娼婦との交渉じゃあるまいし、直接的にはしないわよ。あくまで、さり気なくね」

 

 そうメリエルは樹に答えながらも、ネリシェンには普通に金貨を渡していたな、と思いつつ、あれは口説くのではなく、引き抜きだからセーフと思うことにした。

 同じ理由でレールディアとかトゥリナとかその他の女の子達も引き抜きであるのでセーフだ。

 

 

 

「扱い方に関しては会話をして関係を深めて、適度にプレゼントを贈ったり……」

「そこらは普通だな」

 

 元康の言葉にメリエルは頷く。

 

「前半は為になりましたけど、後半は僕にはあんまり関係ない話でした」

「ああ、俺も同感だ」

「いやいや待てよ、お前ら。ハーレム限定じゃないぞこれ。普通に1人の女の子と付き合うときでも、通じるからな」

 

 樹と錬に元康はそう告げる。

 しかし、2人はピンとこない。

 

「元康、こればっかりは歳を取らないと分からないものよ。たぶんあと数年くらいしたら、彼らも彼女欲しいーって言っているでしょうし」

 

 そう告げるメリエルに樹が告げる。

 

「でも、メリエルさんって強くてニューゲームみたいな状態ですよね? その力があるから、余裕というだけで……」

 

 元康と錬は顔色が一瞬にして青くなった。

 そんな、明らかに地雷と思われることを真正面からぶっ叩きにいくなんて――

 

「え? そうよ? 当たり前じゃない。むしろ、力があるのに使わないなんて馬鹿じゃないの?」

「……いや、そりゃそうですけど」

 

 意外にもメリエルは怒っていなかった。

 それどころか、理解できないという感じで不思議そうな顔だ。

 

「強くてニューゲームですから、アイテムとかそういうのも全部あるから何でもできますよね? そういうのがない状態ではどうですか?」

「中々面白い話ね。まあ、今みたいに万事順調という具合にはいかないでしょうね」

 

 あっさりとメリエルが認めた。

 元康と錬は互いに顔を見合わせたが、どうなるか見守ることにした。

 

「盾一本で頑張ることになるだろうから、レベリングしながら、行商でもして、資産作りと人脈作りに勤しむ感じ……いやでも、その前に……」

 

 そうメリエルが呟くのを聞いて、元康達は彼女の経歴的に、完全に裏に潜ってしまい、暗躍する未来しか想像ができない。

 彼女の手腕にもよるが、時間は掛かるが、似たような結果に落ち着くのではないだろうか。

 

 何しろ、平然とテロを実行できちゃうような精神の持ち主だ。

 それこそ不屈の精神で自分の目標を達成するだろうことは想像に難くない。

 

「おそらく召喚されて早い段階でシルトヴェルトか、あるいはゼルドブルに渡る決意をして、悠々自適な生活を目指すでしょうね。今みたいな好き勝手に振る舞うのは無理だろうし、三勇教の排除にも時間と手間と労力が掛かりそう」

 

 ラフタリアとかフィーロとかヴィオラとかティアとかは、傍にいないかもしれないとメリエルは何となく思う。

 

 マルティが罪をでっち上げてくる可能性は高い。

 だが、飲むことを防げなかったとしても、急な眠気に襲われた段階で、盛られたと判別ができる為に自傷しながら、窓から飛び降りて逃げる。

 その後は人気のない路地裏で、ゴミ箱の中にでも入って寝てしまうだろう。

 

 

 逃げた段階ででっち上げられた罪で指名手配されるだろうから、奴隷を購入したり、フィロリアルやドラゴンの卵ガチャをやっている余裕はない。

 勿論、経済的にも食料や医薬品、その他消耗品の購入などでカネは消えていくので、単純に奴隷やガチャの購入代金が工面できない。

 

「中々面白い……」

 

 メリエルはメルロマルク国内からの脱出、ゼルドブルもしくはシルトヴェルトへの亡命を考え、ミッションとして見るとかなり楽しく、面白いとニヤニヤと笑みを浮かべてしまう。

 

 まさに映画のスパイ。

 007並みのような活躍をするしか、生き延びる道は無くなる。

 とはいえ、たとえ泥を啜ろうとも生きて、心が折れていなければどうにかなる。

 寝たきりになるような、致命的な病に罹ったり、怪我を負わなければ万々歳だ。

 

 だが、盾の勇者であることの証明でもある腕に装着された盾を隠蔽する必要があるが、隠蔽できなければ片腕を切り落とすことも最悪の手段であるが考慮しなければならない。

 

 あるいは、背格好が似た浮浪者を始末して、衣類を着させ、頭部を焼いて顔や髪型からの判別を不可能にして、死を偽装するのもいいかもしれない。

 浮浪者ならば親族などから身元が割れることもあるまい。

 

 またウィッシュ・アポン・ア・スターによる制限の解除がなく、攻撃手段がない為に、レベリングに相当苦労する。

 どうにかして攻撃ができる奴隷を得るのは必要だが、あのタイミングで奴隷商のところに行かなければラフタリアは死んでいる可能性もある。

 

 真剣な顔で考え込んでいるメリエルに樹は恐る恐る声を掛ける。

 

「あの、メリエルさん?」

「樹、ありがとう。何にもない私も、面白そうなことになりそう」

 

 ただ、本当に仕事のようなことになるとメリエルは苦笑してしまう。

 

「はぁ、どういたしまして……」

「映画のタイトルはトゥモロー・ネバー・ダイってのはどう? ダイ・アナザー・デイもいいけど……」

「いや、何で映画になっているんですか?」

「考えていたら、007みたいな活躍をしないと、到底生き延びられそうにないので……」

 

 やっぱり007だと元康は分かりやすく、錬は密かに興奮する。

 

「残念だけど、現実にボンドはいなかった……というか、別の世界なのに、そっちにもあるのね?」

 

 メリエルの問いかけに3人共頷く。

 ただ、詳しく聞いてみればその内容はそれぞれの世界の実情に沿ったものだった。

 

 当たり前といえば当たり前だが、改めてメリエルはこの3人も自分から見れば異世界の人間なんだよなぁ、としみじみと思った。

 

「……ところで、メリエルさん。水着は……?」

 

 元康の空気を読まない欲望丸出しの問いかけ。

 しかし、メリエルはこういうのは嫌いではなく、大好きである。

 

「各種揃えてあるわ。ビキニからスクール水着……マイクロビキニどころか、紐まであるわ」

 

 元康はぐっとサムズアップ。

 メリエルもまた同じくサムズアップ。

 

 そんな2人に樹と錬は視線を交わし、深く溜息を吐く。

 そこで、あることが気になった元康が尋ねる。

 

「ところで、メリエルさん。マルティが悪女だって分かっているのに、どうして?」

「女が裏切らないものは自分の気持ちだけよ。というか、女の裏切りを気にしていたら女遊びなんて楽しめない。それに、そのくらいお転婆な方が一緒にいて面白いでしょ?」

 

 まー私が単に悪女フェチっていうだけなんだけど、と付け足したメリエルに元康は敵わないなぁ、と思い、錬と樹は呆れて溜息を吐くしかなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マルティがメリエルを喜ばせようとした結果

 カルミラ島へ到着した一行は領主であるハーベンブルグから簡単な説明を受けた後、各々自由行動となった。

 今回の目的はレベリングとPvP、そしてバカンスだ。

 そして、無駄に向上心が高いメリエルはヒャッハー皆殺しだーと叫びながら、森の中へ消えていった。

 

 そう、誰も彼も置いて、1人で目にも留まらぬ速さで。

 

 

「……えーと、ラフタリアさん。とりあえず、荷物とかそういうのを……」

 

 唖然となる中、元康がとりあえず声を掛けた。

 ラフタリアはこれでもかと深い溜息を吐いて、頷いた。

 

「さすがはメリエル様! 誰よりも強くなることを求めるなんて!」

 

 そんな声とともに、メイドとか王女っぽいのとかメリエルが連れてきた何人もの女達が目を輝かせているのが見えた。

 

 変な子達だと元康達は彼女達を見て思う。

 そこまでメリエルに惚れ込んでいる、というのならば分からなくもないが――

 

 変な視線を向けている元康達に気がついたのか、フォクス種のスタイル抜群の女性が2本の尻尾を揺らして、彼らに近づいてきた。

 

「おぬしらの言いたいこと、よく分かるぞ」

「あ、はい、どうも……えっと、どちら様?」

 

 元康の問いにその女性は首を傾げる。

 

「わらわはトゥリナじゃ。顔は見ているじゃろ?」

 

 元康達は目を丸くした。

 大人じゃなくて、もっと少女じゃなかったか、と。

 その様子にトゥリナは頬を膨らませる。

 

「わらわにとって、姿形などどうとでもなる。とはいえ、年齢的にはこの姿が正しいぞ」

 

 胸の下から腕を組めば、大きな胸がぽよんと揺れる。

 元康は鼻の下を伸ばし、錬と樹は顔を赤くした。

 そんな3人をけらけら笑い、トゥリナは告げる。

 

「で、あっちのエリーやナナ達じゃが……まあ、あれじゃ。メリエルが気合を入れて、やり過ぎてしまってな」

 

 元康達はエリー達から若干距離を取った。

 

「奴めは神のような力を持っているから、分からんでもない。さしずめ、エリー達はメリエルという神の信者といったところじゃ」

「……何だろうな、あんまり羨ましくはない……」

 

 元康の口からそういう言葉が飛び出してくるとは思ってもみず、錬と樹は仰天した。

 

「何か悪いものでも食べましたか?」

「大丈夫か?」

「おい、お前ら。俺をどういう目で見てるんだ? 俺が求めているのは、あくまで対等な関係だ。そりゃ、歳上のお姉さんとか年下の義妹とか後輩とかそういう子からのアプローチは大歓迎だがな!」

 

 ダメだこりゃと錬と樹は首を左右に振った。

  

「エリー達は対象がタクトからメリエルに変わっただけのようでもあるがな。メリエルが介入するまではタクトに対してあんな感じじゃった」

「……何でああなんでしょうか?」

 

 樹の問いにトゥリナは肩を竦める。

 

「長命ではない、普通の人間や亜人の女など大抵はあんなものじゃ。そなたらだって、強さなどは全てそのままで中身が綺麗で清楚なメリエルがいて、関係を迫ってきたら、たとえ恋人がいた場合、乗り換えるまでいかなくとも、悩むじゃろ?」

 

 そう言われると元康達も沈黙せざるを得ない。

 中身が綺麗で清楚という不可能な点を除けば、見た目も強さも文句がないのがメリエルだ。 

 

「否定はできん。この俺であっても、ぶっちゃけ即答できない」

 

 元康ですら悩み、苦しそうな声でそう伝える。

 うんうん、とトゥリナは頷き、錬と樹へ視線を向ける。

 

「女との経験がある槍の勇者ですらそうじゃ。童貞の剣と弓の2人なぞ、ひとたまりもなかろう」

 

 トゥリナの言葉に元康は告げる。

 

「ということは、まさに彼女達にとってはその例えでの俺らということか。より良い条件の子がいたから、乗り換えたと」

「そういうことじゃ。しかも、エリー達は側近中の側近、忠誠も高かった。だからこそ、メリエルは気合を入れて口説いた」

 

 トゥリナも見たが、あれは酷いものだった。

 一度に全員を口説いたのではなく、1人1人、メリエルは地道に口説いた。

 

 優しく、甘美な言葉を囁きながら。

 結婚詐欺師とかになれそうだとトゥリナが思ってしまった。

 

 その結果が、今、目の前にいるエリー達だ。

 今の彼女達はメリエルが命じれば何でもするだろう。

 それこそ、どんなに凄惨なことであろうとも。

 

 メリエルの本当の狙いは好きに使えて、切り捨てることもできる兵隊が欲しかったんじゃないのか、とトゥリナは思っている。

 

 例えばメリエルが虐殺を命じ、それをエリー達が実行したとする。

 それに対するメリエルの言葉はこうだろう。

 

 改心したと思ったが、やはりタクトの一派だった――

 受け入れた私が馬鹿だった、私が責任を持って処理するし、遺族に対して支援金を渡す――

 

 それで世間の同情が買えれば儲けもの。

 その言葉を信じる者がおらずとも、表面的には丸く収まる。

 

 勿論、メリエルのことだから実行したエリー達はなるべく再利用しようとする。

 切り捨てるのは簡単だが、彼女達のレベルだけは高く、大抵の者には押し勝てる。

 

 レベルだけとはいえ、そこまで育てるには時間と手間が掛かるので、適当なところに匿い、彼女達に対して悪いのは実行を命じた私だと囁いておけば、自分達の為に泥を全て被ってくれるメリエル様は素敵とでも勝手に思い込んでくれる。

 

 ますます、エリー達はメリエルへと傾倒する。

 それこそ狂信者という言葉がぴったりな宗教兵士の誕生だ。

 彼女達は一切、良心の呵責に苦しむことなく、メリエルが命じるがままに嬉々としてどんなことも実行するだろう。

 

 

 

 トゥリナは尻尾をゆらゆらと振る。

 彼女はメリエルのそういう悪辣なところがたまらなく、大好きだ。

 正直に言えば、早く抱いてもらいたい。

 レールディアが本来の姿でも抱いてもらったことを自慢げにカルミラ島へ来るまでの間、話していたので、柄にもなく嫉妬している。

 

「まあ、そういうことじゃ。おぬしらも素材が悪いわけじゃないから、真っ当に勇者としての道を歩むが良い。メリエルの道は、邪道も邪道。大魔王の道じゃ」

 

 トゥリナはそう言って、去っていった。

 

「……普通に勇者、やろうな」

「ああ……」

「ええ……何というか、メリエルさんがぶっ飛びすぎていて、悪いことをしてでも、強くなるという気持ちが全然湧いてこないですね……」

 

 樹の言葉に元康と錬は頷く。

 漫画とかにありがちな、主人公が闇落ちして力を得る為に暴走し、仲間達が止めるというシチュエーションだ。

 

 しかし、実際に闇に落ちきった大魔王を見てしまうと、ああは絶対になりたくないと思ってしまう、彼らの気持ちは間違いではない。

 

 勿論、それは彼ら三勇者のパーティーメンバーも同じ気持ちだったが、2名は違った。

 

 元康のパーティーメンバーであるエレナとレスティだ。

 メリエルのところにもエレナがいるが、同名の別人であり、こちらのエレナは人間であり、かつメルロマルクの貴族令嬢だ。

 彼女は生粋の怠け者であり、楽をする為なら手段は選ばない。

 

 レスティもエレナと同じく貴族の令嬢であり、またマルティの学生時代の友人だ。

 マルティと手紙を不定期にやり取りしており、彼女からはメリエルのところに来ないか、という誘いがきていた。

 マルティがそうしたのはメリエルに対する恩返しみたいなもので、善意だったが、レスティは知る由もない。

 

 エレナはメリエルという最強の勇者の下ならば楽ができると確信し、レスティはマルティの王城よりも贅沢ができるという言葉に惹かれている。

 

 何とかうまい具合に元康のパーティーメンバーから抜ける機会を虎視眈々と窺っていた。

 元康が悪いわけではないのだが、彼女らの性格や目的と合わなかった。

 

 とはいえ、エレナもレスティも元康とメリエルが仲違いすると、自分達に累が及ぶ可能性が高い。

 

 円満にパーティーメンバーから抜ける方法、それは敵の攻撃を受けて、いい感じに怪我をして、いい感じにメリエルに助けてもらい、その恩を返したいということでなし崩し的にメリエルの下へ。

 そういうシナリオを考えていた。

 

 エレナとレスティは互いの思いから、既に手を組んでいる。

 カルミラ島で2人は実行するつもりであった。

 

「元康様、私達も強くなりたいので戦ってきます」

「元康様、いつも1人で戦ってくださり、ありがとうございます」

 

 2人は実行に移す。

 森へと消えていったメリエルを追う為に。

 

「いやいや、いいって。じゃあ俺も……」

「元康様は休んでいて下さい」

「大丈夫ですから」

 

 にこにこ笑顔、悪意など一切ないその顔を元康は簡単に信じてしまう。

 そこへ、声を掛けてくる者がいた。

 

「元康様、勝手にパーティーを抜けてしまい、申し訳ありません」

 

 神妙そうな顔のマルティがいた。

 

 修羅場ですね、修羅場だな、逃げるか、逃げましょう――

 

 樹と錬はそう声を掛け合い、互いに頷いて、それぞれのパーティーメンバーを連れて、そそくさと退散した。

 

「マルティ、いや、大丈夫さ。君の幸せの為ならば」

 

 元康の言葉にマルティは微笑んでみせる。

 しかし、その微笑みに騙される元康ではない。

 

「その、私。レスティにちょっと用があって……」

 

 元康は怪訝な視線をレスティへと向けると、レスティは頷いた。

 その様子に、元康の脳裏にメリエルの言葉が過ぎる。

 

 マルティは悪女だから――

 

 となると、同じ穴の狢ではないか、と。

 とはいえ、さすがの元康も直球にそんなことを聞けるわけもない。

 

「あ、マルティ。エレナもいい? 積もる話もあるし」

「ええ、いいわよ」

 

 エレナへと元康が視線を向けると、彼女は軽く頷いていた。

 なるほどな、と元康は理解した。

 

 泥臭いことを女の子にさせるなんて、と彼は思っていたのだが、どうやらそれは間違いだったと確信する。

 

 錬や樹は当然だが、メリエルであってもラフタリア達を戦闘へ参加させている。

 メルロマルクでの革命騒動、人質を救出したラフタリア達の動きは一切の淀みがなく、高度な訓練を受けていることが見て取れた。

 

 圧倒的な力を持つメリエルですら、そうなのだ。

 彼女が自分と同じような考えなら、女の子達に一切戦闘に参加させないだろうが、そうはしていない。

 対して自分は何をやっているのか?

 

 泥臭いからと女の子達を戦いに参加させず、自分が戦い、挙げ句の果てにはお菓子やお茶を給仕したりする始末。

 勇者というより、体のいい召使いではないか?

 

 なるほどな、メリエルさんの言ってたハニートラップ、甘い汁を啜る女、こういう意味だったのか――

 

 元康は理解し、笑いが込み上げてくる。

 自分は大丈夫だと思っていたが、どうやら自分が一番バカだったようだ。

 

 もしかしなくても、飢饉を救うため、種を取りに行った洞窟。

 あそこで分断トラップに引っかかったとき、聞こえてきた声はボイスゲンガーではなく、彼女達の本音だったのだろう。

 

 ライノは――あのときの声の通りだったのだろう。

 

 ヤケになるのは簡単だが、それではよろしくない。

 

 メリエルによる引き抜きか、と元康は思ったが、それならばわざわざマルティを事前に悪女だと暴露する彼女の行動が矛盾している。

 知らせなければ元康は疑うこともなくここで送り出しただろう。

 

 となると、マルティの独断。

 友達にも甘い汁を啜らせる為か、あるいは何か別の目的か?

 

 とりあえず、マトモなパーティーメンバーを集めるところから始めないとな。

 

 元康はそう決意し、笑顔で告げる。

 

「構わないぜ。そういや、メリエルさんから教えてもらったんだがな。女が裏切らないものは自分の気持ちだそうだ」

 

 元康の言葉にマルティは妖艶な笑みを浮かべた。

 その笑みは彼が今まで一度も見たことがないものだ。

 

「流石はメリエル様。女心をよく分かっていますわ。それで、どうされますか? 元康様?」

 

 マルティの挑戦的な問いに元康は苦笑する。

 

「どうもしないさ。確認だが……メリエルさんの指示じゃないだろ?」

「ええ。胸とお尻しか見ていないバカな勇者から救おうと思いまして」

「……俺、そんなに見ていたか?」

「見ていましたよ」

 

 マルティは肯定し、元康が他の2人に視線を向ければ彼女達も頷く。

 あー、と元康は何とも言えない顔で頭をかく。

 

「その、なんだ、悪かった……ところでメリエルさんはそういうことは?」

「あなたみたいなことは一切しません。あの方は、ありのままの私を肯定し、受け入れてくれましたから」

 

 微笑みながら、そう言われ、元康はがっくりと項垂れる。

 とはいえ、それも一瞬だ。

 直前にメリエルからマルティについて言われていたこともあり、ショックはそこまで大きくはない。

 むしろ、過去の自分の馬鹿さ加減に笑えてきてしまう。

 

「よし、じゃあ、パーティー解散ということにしよう。それでいいだろ?」

「ええ。その方が色々と手間も省けます。最後の最後で、潔いですわ。流石は槍の勇者様」

 

 心にも思っていないだろうことをマルティは告げる。

 

「俺が言うのも何だけど、メリエル様とお前、お似合いだぜ。色んな意味で」

 

 魔王とそれを支える魔女といったネガティブな意味合いであったが、マルティは言葉通りに受け取り、満面の笑みだ。

 これも元康が見たことがないマルティの顔だった。

 

 

 

 マルティらが去っていき、残された元康は槍を片手に、海を眺める。

 

「さて、1人になっちまった」

 

 どうしたもんか、という思いでいっぱいだ。

 

「槍の人、どうかしたのー?」

 

 横合いから、そんな声。

 視線を向ければ、そこにはでっかいフィロリアル。

 

「確か、メリエルさんところのフィーロちゃんだったか。ちょっとなー」

 

 そう言って元康はフィーロの首のあたりを撫でてやる。

 くすぐったいー、と言いつつも彼女は嬉しそうだ。

 

「というか、他の子達と宿に行ったんじゃないのか?」

「ご主人様を連れ戻してきなさいってラフタリアお姉ちゃんに言われたの」

「あー、そっかー」

 

 あの人、本当にフリーダムだな、フリーダム大魔王だな、と元康は思いながら、尋ねてみる。

 

「フィーロちゃん、どっかに俺の仲間になってくれそうな人っていない?」

「槍の人、仲間外れにされたの? 可哀想」

「……改めてそう言われると心にくるな……」

 

 ずーんと落ち込む元康。

 そんな彼の姿にフィーロは人型へと変身し、彼の頭を背伸びして撫でる。

 

「よしよし、いいこいいこ」

「ありがとうなー」

 

 嬉しい、嬉しいが――何だか情けない。

 元の世界で好きだったゲームのフレオンそっくりなフィーロにそうされているのに。

 

 

「そうだ、ご主人様に相談しよう!」

「え?」

「ご主人様がね、困ったらいつでも相談しに来なさいっていつも言ってて、フィーロがお腹空いたって言ったら、すぐにご飯をいっぱいくれるんだ」

「いやいやそれはちょっと……」

 

 元康が断ろうとするが、フィーロは元の姿へと戻り、彼をひょいっと自分の背中へ。

 

「じゃ、しゅっぱーつ!」

 

 元康の返事を聞かず、フィーロは風のように走り出した。

 元康は飛ばされないよう、しっかりとしがみつくしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「メリエル様、私の学生時代の友人であるレスティと元康様のところで共に旅をしたエレナですわ」

 

 マルティは微笑みながら、そう告げ、レスティとエレナがそれぞれ頭を下げる。

 

 マルティがわざわざ伝言(メッセージ)を使ってまで――フォーブレイ潜入時に彼女には伝言(メッセージ)が使用できる指輪だけ渡してある――メリエルを呼び出し、彼女が行ってみればマルティと見知らぬ2人が出迎えたというわけだ。

 

「……いや、元康はどうしたのよ?」

「それでしたら、元康様が自らパーティーの解散を宣言したので心配ありません……メリエル様に対するささやかな恩返しですわ」

 

 そう告げるマルティをジト目でメリエルは見つめる。

 何かやらかしていそうだったので、あとでフォローをする必要があると彼女は確信する。

 

 勿論、マルティも、ただ引き抜いただけでは終わらない。

 メリエルが喜ぶものを用意していた。

 

「留学していたときに来ていた制服を2人分、持ってきているので……どうでしょうか?」

「仕方がないわねぇ……とはいえ、マルティ。私は自分の手のひらの上にない戦争は嫌いよ?」

 

 その言葉にマルティは深く頭を下げる。

 

「黙ってやることはもうしません。驚かせたかったので……」

「ま、いいでしょう。それでレスティ、色々と入り用でしょうから……」

 

 メリエルは彼女に金貨の詰まった袋を差し出した。

 

「どうかしら?」

「あっ……ありがとうございます! メリエル様!」

 

 レスティは最高の勇者だと確信する。

 

 マルティに贅沢な生活ができると言われて軽い気持ちであったのだが――予想以上だった。

 軽く数百枚はある金貨を支度金としてポンと差し出してくるなんて、王族でもできない。

 

「レスティ、あなたもメリエル様に心から仕えなさい。全てを捧げれば、メリエル様はご褒美をたくさんくれるわ」

 

 マルティの言葉にレスティは簡単にそれを受け入れてしまう。

 

「はい、エレナ。あなたにも」

 

 メリエルはレスティと同じ数の金貨をエレナへと渡した。

 エレナは、満面の笑みでメリエルに深く頭を下げる。

 

「ま、私は来る者を拒まないわ。あなた達はこれから好きなように生きて構わないから」

 

 メリエルの言葉にレスティもエレナも目を輝かせる。

 その様子にマルティは告げる。

 

「あなた達のできる範囲でメリエル様を楽しませてあげてね」

 

 マルティの言葉の意味合いをレスティもエレナも悟るが、別に抵抗はない。

 レスティは王族よりも贅沢ができるならば、そしてエレナは安楽な生活ができるのなら、全く構わなかった。

 

「ねぇ、マルティ。メリエル様って……手紙にあったように……凄いの?」

「凄いわ。私が気絶しても離してくれないくらい」

 

 ごくり、とレスティとエレナはメリエルを見る。

 メリエルはドヤ顔で胸を張った。

 

「こんなに綺麗なのに……その、生えているんでしょ?」

「ええ、その通りよ、エレナ。メリエル様は女でも男でもあるから。あ、今は水着を着る為に薬で女になっていた筈よ」

 

 そんな薬があるの、とレスティもエレナも驚いてしまう。

 その様子にマルティは笑ってしまう。

 

「その程度で驚いていたら、身がもたないわ」

 

 マルティが言ったとき、メリエルは高速接近してくるものを探知した。

 近づいてくる方向へと進み、3人には自分の後ろに来るようにする。

 

 なんだろうか、とマルティ達は不思議に思いつつも、メリエルの後ろへ。

 その数秒後――

 

「ごしゅじんさまー!」

 

 フィロリアル姿のフィーロが現れた。

 見事にメリエルの手前で足を止めれば、その背中に乗っていた元康が急ブレーキの反動により、吹っ飛んで、顔から木にぶつかって、そのまま地面へとずり落ちた。

 

「これはひどい……」

 

 メリエルもその惨状に、そう言うしかなかった。

 マルティ達は完全に固まってしまい、目の前で起きた状況を飲み込めずにいる。

 

 メリエルはぴくぴくと動いている元康へと近づきながら、落ちていた木の枝を手に取った。

 十分に近づいたところで、彼をつつきながら、呼びかける。

 

「生きてる?」

「死にそう……」

「エリクサー、いる?」

「くださると大変助かります……」

 

 メリエルは元康の頭にエリクサーをぶっかけた。

 

「で、フィーロ。何で彼を?」

「んとねー、槍の人、仲間外れにされて、仲間が欲しいって言ってたから、ご主人様に相談しようと思ったのー!」

 

 フィロリアルの姿でそう言って、満面の笑みを浮かべるフィーロ。

 マルティは頭を抱える。

 

「あのね、フィーロ。確かにメリエル様を頼るのは、正解なんだけど、もうちょっとこう……空気を読んでくれないかしら?」

 

 ついさっき別れたばかりなのに、いきなりこれではさすがのマルティも気まずい。

 

「空気を読む? 空気って見えないから読めないよ?」

「こ、この天真爛漫なところは長所なんだけど……なんだけどぉ!」

 

 マルティはフィーロへと突撃していき、真正面からぼふんと顔を羽毛に埋めた。

 さすがの彼女もフィーロをどうこうしようと思わないし、そもそもレベル的にもできないので、次善の策だ。

 すなわち、愛でるのである。

 

「ムシャクシャするから、もふもふしてやる! レスティ、エレナ、あなた達も来なさい!」

「くすぐったいよー」

 

 マルティ達とフィーロが戯れている光景に、メリエルと元康は互いに顔を見合わせ、ぐっとサムズアップ。

 

 

 女の子達が可愛いのと戯れている姿、いいよね――

 ああ、いい――

 

 

 そんな風に通じ合ったところで、メリエルは元康に尋ねた。

 

「だいたい事情は分かったけど、とりあえずこっちが全面的に悪いので」

「まあ、俺も胸と尻ばかり見ていたから、愛想を尽かされても仕方がない」

 

 そこへマルティがフィーロから顔を離して告げる。

 

「メリエル様でしたら、胸もお尻も好きなだけ見てください。っていうか、触ってください」

「おいマルティ! それは酷くないか!?」

「あら、槍の方。性犯罪者になる前に振る舞いを直したらどうですか?」

 

 元康に対して辛辣な言葉を投げかけ、さらにあっかんべーと舌を出すマルティ。

 

「……まあ、あれよ。私が言うのも何だけど、彼女は特殊だから」

「俺、自信がない……」

「よしよし。まー、生きてりゃいいことあるって」

 

 メリエルはとりあえず、元康に金貨が詰まった大袋を押し付け、彼にそれを持たせる。

 

「迷惑料として金貨2000枚を受け取りなさい」

「ふぁっ!? 2000!?」

 

 元康は目玉が飛び出るくらいに驚き、レスティとエレナがフィーロから顔を離して反応した。

 

「彼女達の価値、そしてあなたが被った色んな損害……それらを加味すれば妥当ではあると思う」

「あーうん……」

 

 曖昧な返事をしつつ、元康は大袋へと視線を落とす。

 金貨がそこにあった。

 元康の全財産よりも多かった。

 

 一方、レスティとエレナは自分達に金貨2000枚の価値と聞いて、嬉しそうな顔となる。

 そんな2人をメリエルは横目で見ながら、元康の言葉を静かに待つ。

 

「……あのー、メリエルさん。できればパーティーメンバーを誰か紹介していただけませんか?」

「タクトから引き抜いた子達は? 私が命じれば、仲間になってくれるわよ? メイドから何から、色んな子がいるけど」

「それはちょっと……できれば、ふつーな感じでいいんで……」

「奴隷商で奴隷を購入して、良い待遇を与える……それでいいんじゃないの?」

「俺だけだとダメそうな奴を掴んでしまいそうなので、ついてきてもらってもいいですか?」

 

 元康は頭を下げた。

 メリエルとしても、彼の戦力が低下するのは歓迎すべきではないと判断する。

 すぐには答えず、もう一つの案を示す。

 

「あるいはフィロリアルとか魔物の卵を育てるといいかもね。雌ならハーレムできるわよ? 裏切ることもないでしょうから、あなたが思い描いたものができるかも」

「……落とし穴は?」

「食費がめちゃくちゃかかることかしら……うちのフィーロもティアも大食いだから……」

 

 元康は渋い顔となる。

 

「奴隷を購入して、あとフィロリアルか何かの魔物の卵を1つだけ購入するよ……」

「妥当なところね。今から行く?」

「あ、そうっすね……できれば……」

 

 元康の言葉にメリエルは頷き、転移門(ゲート)を開く。

 

「じゃ、ちょっと馴染みの奴隷商のところへ行きましょうか」

 

 メリエルはそう言って、元康を引っ張り、黒い靄の中へと入っていった。

 

「……そういえばフィーロ。あなた、どうやってメリエル様の居場所が分かったの?」

 

 マルティはメリエル達を見送り、フィーロに尋ねた。

 

「んとねー、ジャンプしてー、目を凝らしてー、それで見つけたの!」

 

 メリエルとは別の意味で深く考えると精神的にマズそうだとマルティは判断して、それ以上尋ねるのはやめた。

 

 

 

 

 

 

「元康、ここの代金も私が支払うから、好きな子を選びなさい」

「マジですか!?」

「マジよ」

「流石はメリエルさん! 略してさすメリ!」

「アホなこと言っていないで、さっさと選べ」

 

 メリエルの言葉に元康は目を輝かせて奴隷を選び始める。

 

「……何とも、特徴的な方ですねぇ」

「お調子者なので」

「お調子者の一言で済むので?」

「彼の名誉の為にそれ以上のコメントは控えるわ」

 

 奴隷商とメリエルはそんなやり取りをしつつ、奴隷を選ぶ元康を眺める。

 彼は目移りしているようだ。

 

「あんまり目利きが良いようには思えませんが……よろしいので?」

「まあ、あまりにも酷いのは私が止める」

「はぁ、そうですか……」

 

 元康は散々悩んで、亜人の少女とフィロリアルの卵を1つ選び、購入代金は約束通りにメリエルが支払った。

 ラフタリアさんみたいな子とフィーロちゃんみたいな子に育って欲しい、と彼は真剣な顔だった。

 

 ここからどう育てるかは元康の手腕に掛かっているが、奴隷の少女に平手打ちを食らっている彼を見て、先は長そうだという感想を抱くしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ようやく帰ってきましたね」

 

 元康達と別れたメリエルはルンルン気分で宿へと向かうと、ラフタリアは呆れた顔でメリエルを宿の玄関で出迎えた。

 メリエル一行は大所帯であることから、宿を一つまるまる貸し切っており、他に客はいない。

 

「みんなは速さが足りない。レベル上げとなれば、一番先に突っ込んで、狩場を独占するのは当然。近寄る他の奴は皆殺し」

「バカなこと言ってないで、さっさと水着に着替えるなら着替えてください」

「他の子達は?」

「もう海に行っていますよ」

「ご主人様の私を差し置いて……」

「あっちこっちに寄り道している方が悪いです」

 

 ジト目で告げるラフタリアにメリエルは両手を挙げて全面降伏を示した。

 

「ともあれ、待っていてくれてありがとう、ラフタリア」

 

 メリエルはそう言って、ラフタリアの頭を撫でると、尻尾がふりふり。

 本当にこのタヌキチちゃんは可愛いんだから、とメリエルとしてはほっこりである。

 

 殺伐とした世界に潤いを与えてくれるのだ。

 

「ところでメリエル様。さすがに紐はやめてくださいね?」

「……紐水着を着用することにより、三勇者をノックアウトできる」

「ダメです。さすがに公共の場でそういうものを着用するのはダメです」

 

 そんなわけで、メリエルはラフタリアと一緒に水着に着替え、手を繋いでビーチへと向かった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

地獄の前の天国

本日3話投稿しました。


 

 

 

 ビーチに現れたメリエルとラフタリアであったが、メリエルは視線を独り占めだった。

 女神の如き容姿は伊達ではない。

 シミひとつないきめ細かな白い肌に、黄金の髪をポニーテールにしている。

 彼女の水着は黒いビキニであり、アクセントとして左の手首に黄金のブレスレットを着けている。

 

 三勇者、特に元康は顕著な反応を示した。

 だらしなく鼻の下を伸ばす彼を奴隷の少女が思いっきり脛を蹴飛ばした。

 あまりの痛さに飛び跳ねる元康を笑いながら、メリエルは寄ってくるマルティ達と軽く会話し、碧い海に視線を向ける。

 

 

 白波が立っているのが見えた。

 

 リアルではできなかったマリンスポーツ、色々やるぜとメリエルは気合を入れる。

 

「メリエル様、よく似合っておりますよ」

 

 そう声をかけてきたミレリアにメリエルは視線を向けると、彼女もまた碧色のビキニ姿だった。

 子持ちとは思えない抜群の体型だ。

 

 その傍にはメルティがきらきらした純粋な視線をメリエルに向けている。

 メルティもまたビキニであった。

 

「ミレリア、メルティ。よく似合っているわよ」

「今は女なのですね?」

「さすがにね。それより、話はちょっと後回し」

 

 メリエルはそう告げて、無限倉庫からサーフボードを取り出した。

 ユグドラシルではミニゲームとして色んなスポーツが実装されていた、その名残だ。

 

 出てきたものに不思議そうな目を向けるミレリア達。

 

「良い波だ……行くぞ!」

 

 サーフボードを片手に抱え、メリエルは海へと突っ込んでいった。

 

 

 

 

 メリエルの波乗りにビーチからは一斉に黄色い歓声が上がる。

 事前に人払いはされているので、一般人はいない。

 歓声を上げているのはラフタリア達は勿論、女王と王女の護衛についてきた騎士団と影達だった。

 

 騎士団――女性のみで構成されている――は直接的に女王や王女の周辺に。

 影達は隠れて、あるいは変装しての護衛であったが、隠れているものはひっそりと変装している者達は遠慮せずに大歓声を上げていた。

 

 

「……くっそ、俺だってやれるぞ!」

「え、できるんですか?」

「できるのか?」

「少しだけ習ったことがある」

 

 樹と錬の問いかけに元康は堂々と返す。

 2人は溜息を吐く。

 

 メリエルの波乗りはどう見ても素人などではない。

 持ち前の身体能力とかそういうのもあるだろうが、明らかに慣れている動きだ。

 

「あっ、すごい! 波の中を!」

 

 女の子の声に3人は視線を再度、海へ向ける。

 

 巨大な波が作り出す隙間をメリエルは器用に入って、くぐり抜けていった。

 

「俺もやるぞ!」

「……あんたが死んだら、誰が私の面倒を見るの?」

 

 やる気に満ちた元康に横からの声。

 奴隷の少女である、マリー。

 彼女はヌイ種の亜人だ。

 

「俺は死なないぞ」

「嘘くさい」

 

 マリーの言葉に元康は膝から崩れ落ちたが、すぐに立ち直る。

 事情に関しては錬も樹も、何となく察しているので、2人は何も言わない。

 

 マルティと一緒になってメリエルに歓声を送っているレスティとエレナの姿がよく見えたからだ。

 

 捨てられたんだな、捨てられたんですね――2人の考えは一致している。

 錬と樹だけでなく、彼らのパーティーメンバーからも元康は可哀想な視線を向けられているが、ともあれ元康にとっては過去よりも未来である。

 

「……正直、メリエルさんの方が良かった。お金いっぱい持っていそうだし……」

 

 痛恨の一撃により、元康はダウンした。

 そりゃそうだろうな、と錬も樹もうんうんと頷く。

 

 もしも元康とメリエル、どっちの奴隷になるかと問われれば躊躇する余地はない。

 色々と問題はあるが、少なくとも命の危険や貧乏とは無縁そうだし、ちゃんと育ててくれそうなのがメリエルだ。

 

「でも、あんたにはあんたの良さがあると思うから、我慢する」

「……お、俺、頑張るからな……」

 

 マリーの言葉に決意し、元康は彼女の頭を撫でようとするが、はたき落とされた。

 

 大変だなぁ、と錬と樹がそのやり取りを見ていると、メリエルがこっちにやってきた。

 海水が滴り落ちていて、妖艶さを醸し出している。

 

 目に悪い、と2人はそっぽを向き、元康は欲望に従ってガン見した。

 

「いい波だった!」

 

 サーフボード片手に満面の笑みでそう言われ、何かいつもとは違う爽やかさに3人は意外な顔をする。

 こんな顔もできるんだ、という思いで一致していた。

 

「とりあえず、今日は完全にお遊び。明日から特訓。だから、あなた達も遊びなさい」

 

 メリエルはそう言って、3人分のサーフボードにビーチボール、その他色々な遊び道具を取り出した。

 

「え、いいんですか?」

「いいのいいの。今日の私はご機嫌よ」

 

 樹の言葉にそう返し、メリエルは再びサーフボードを担いで海へと向かっていった。

 

「とりあえず、遊びましょうか」

「俺は、あんまり……」

「まーまー、メリエルさんがああ言うんだから。遊ばないとな!」

 

 樹の提案に渋る錬を元康が引っ張り、海へと3人は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 三勇者達がパーティーメンバー達も交えて遊んでいるのを横目で見ながら、メリエルは水着の美女達に囲まれていた。

 

「ママ、年甲斐もなく……」

「あら、マルティ。メリエル様はとても情熱的にしてくれますよ?」

 

 母と娘の小競り合いが起こったりもしたが、メリエルとしてはどっちも違った良さがあるので、どっちも頂くのである。

 

「メリエル様! 一緒に泳ぎましょうよ!」

「メルティは可愛いわねー」

 

 純粋なメルティにメリエルとしてはにっこり笑顔。

 

「メリエル様、私も!」

 

 タクトの妹ちゃんことナナもまたメリエルにアピールする。

 それを見て、フィーロとティアがむーっと頬を膨らませる。

 

 

 ちびっ子達による取り合いにメリエルは癒やされる思いだ。

 彼女達に加え、フィトリアも連れてきてみんなで泳ぎ回った後、トゥリナとレールディアがメリエルに声を掛けた。

 

「メリエル、オイルを塗ってくれぬか?」

「私にも塗って」

 

 どちらも大人の姿であり、抜群のプロポーションだ。

 ビキニ姿であることが、余計に彼女達の体型の良さを際立たせている。

 

「仕方ないわねぇ」

 

 メリエルがそう言えば、他の女の子達も私も私も、と詰めかける。

 ハーレムも楽じゃないわ、とメリエルは怪しく笑う。

 

 

「むー」

「むー」

 

 一方のラフタリアとヴィオラは不満そうに頬を膨らませている。

 メリエルが他の女の子達と仲良くしていることが不満――というわけではなく、単純に自分達も構ってくれ、という意思表示だ。

 メリエルが女に手を出すことに一々、気にしていたらキリがない。

 

「ラフタリアちゃん、どうかしたの?」

「リファナちゃん……」

 

 ラフタリアに声を掛けたのはリファナだった。

 その横にはキールがいる。

 キールを見て、ラフタリアは呼ぶ。

 

「キールくんちゃん……」

「ラフタリアちゃん、その呼び方はやめて。俺だって、知らなかったんだから……」

 

 衝撃的な事実が一つ発覚している。

 キールは男ということで、水着は海パンが用意された。

 

 そして、それに着替えてみると、当然上半身が露出するわけで。

 

 胸は小さかったが、それでも膨らみがあり、ラフタリアとリファナはもしかして、と尋ねると、キールはとんでもない認識をしていた。

 

 男のアレは後から生えてくる、今はない――

 

 メリエル様じゃないんだから生えてくるわけがない、とツッコミを入れてしまったラフタリアは悪くない。

 ともあれ、キールは男として両親に育てられていたらしく、今まで気づかなかったリファナとラフタリアとしては驚きも大きかった。

 

 それはさておき、今の悩みを素直にラフタリアは打ち明ける。

 

「私とかヴィオラさんとか、もっと構ってくれてもいいと思うんです」

「待った、ラフタリア、待った。私、全然構われていないんだけど。あなたは何だかんだでタヌキチちゃんとかタヌキちゃんとか呼ばれて撫で撫でされたりしているでしょ?」

「それはそうですけど……」

「私もウルフちゃんとかワンコちゃんとか言われて撫で撫でされたい」

 

 ヴィオラの言葉にラフタリアは視線を逸らした。

 ヴィオラも決して影が薄いというわけではないのだが、いかんせん、メリエル本人やその周りの人物が濃すぎる。

 

 マルティさんくらいに濃いか、トゥリナさんとかレールディアさんとかくらいに飛び抜けていないとダメなんですよね――

 

 ぐっ、とラフタリアは握り拳を作る。

 一番目の従者は自分だ、だから、むしろ、後からのメンバーを飲み込むくらいの勢いで――

 そのくらいになればメリエル様もきっと――

 

 そのとき、突如として響き渡る2つの咆哮。

 

「あ、レールディアさんとトゥリナさんが本来の姿に……」

「何あれすげぇ! かっこいい!」

「大きいねー」

 

 巨大なドラゴンと巨大な九尾の狐が浜辺に現れた。

 その間にメリエルがいる。

 

 ラフタリアは決意がゆらぎそうになった。

 大方、どっちがオイルを先に塗ってもらうかで戦争になりかけているのだろう。

 

 と思ったら、どちらもメリエルが鎖で縛り上げた。

 すると、どちらも人型に戻って、エロティックに縛り上げられた美女が2人出てきた。

 浜辺に転がされた2人に対して、メリエルがオイルを塗りたくり、そしてラフタリア達の方へやってきた。

 

「はぁい、ラフータリーアー」

「変なイントネーションをつけて呼ばないで下さい」

「水着、素敵よ。さすが私のタヌキチちゃん」

 

 そう言って笑顔でラフタリアの頭を撫でる。

 彼女の尻尾がぶんぶん振られる。

 

「メリエル様、私は……」

 

 メリエルはヴィオラに対し、鷹揚に頷き、ぐっとサムズアップ。

 

「最高だわ。ヴィオラはウルフ……とはいえ、ウルフちゃんだとちょっと……何か良い言い方ない?」

「ワンコとか……」

「私のワンコちゃんは可愛いくて綺麗だわ」

 

 もう一方の手でヴィオラの頭を撫でる。

 彼女の尻尾がぶんぶん振られる。

 

「め、メリエル様……私は……」

 

 ちらちらとメリエルへと恥ずかしそうな視線を送るリファナ。

 メリエルはその小動物的な可愛さに射抜かれた。

 

「リファナ可愛い」

「えへへ」

 

 はにかんだ笑みを浮かべるリファナにメリエルは満足げに頷きながら、ラフタリアの次にリファナの頭を撫でる。

 

「お、俺は別に……」

「キールくんちゃん……」

「メリエル様までその呼び方を……!」

「いや、だって、その呼び方をしたのは私だもん。ラフタリアから聞いて、それならキールくんちゃんねって」

 

 そうなのか、とキールがラフタリアへ視線を送ると、そうだ、と頷く彼女。

 

「というか、ラフタリアもリファナも呼び捨てなのに、俺だけおかしくないか?」

「可愛いのは嫌い?」

「カッコいいのがいい」

「そういうところが可愛いので」

 

 メリエルはキールの頭も撫でる。

 彼女は恥ずかしそうだが、それでも尻尾が振られているので喜んでいるようだ。

 

「おい、メリエル」

 

 そこへ呼ぶ声。

 メリエルを呼び捨てにできる輩は限られるので、すぐに誰か分かった。

 メリエルはその名を呼ぶ。

 

「フォウルくんちゃん……」

「俺は男だ。実は女だった、なんてことはない」

「ここに性転換薬がありましてね」

「やめろ。それよりも、アトラだ」

 

 フォウルはそう言って、指で示した。

 ワンピースタイプの水着を着て、麦わら帽子を被ったアトラがいた。

 

「メリエル様、私はどうですか?」

「とても綺麗だわ。まるで浜辺に降り立った天使のよう」

 

 そう言いながら、メリエルはアトラへと歩み寄り、彼女に微笑みかける。

 

「……メリエル、お前、よくもまあ、そんな言葉がポンポン出るよな」

「そのくらい出てこないと、女は口説けないわよ」

 

 フォウルはメリエルの返事に肩を竦めてみせた。

 

「さて、じゃあ人数もいることだし、遊びましょうか? 他の女性陣はあなた達くらいにアクティブじゃないので」

 

 そう言われて、ラフタリア達が視線を向けてみれば、マルティをはじめとした面々はビーチパラソルの下で寝そべっていたり、デッキチェアで優雅に寛いでいたりとそういう具合だ。

 

 唯一、ナナとメルティ、フィーロとティアがビーチボールで遊んでいるくらいだった。

 フィトリアはビーチパラソルの下で、体育座りをして海を眺めている。

 

「あそこの4人と、フィトリアを拉致して、ビーチバレーとかスイカ割りとか色々やろう!」

 

 メリエルは満面の笑みだった。

 ラフタリア達がそれを拒む筈もない。

 まずはナナ達を呼び、合流した後、メリエルは宣言する。

 

「フィトリア拉致作戦を発動する!」

 

 メリエルの宣言と同時に、ラフタリア達は全速力でフィトリアの下へ向かっていった。

 フィトリアは仰天するも、彼女達の説明により、お遊びへの参加を承諾する。

 

 フィトリアがあっさりと参加を承諾したのは、ラフタリア達の背後でレーヴァテインを鞘に入ったまま素振りしているメリエルの姿が見えたからだった。

 なお、メリエルはただ突然、愛剣の素振りをしたくなっただけなので仕方がなかった。

 

 そんなこんなで、メリエル達は存分に遊んだ。

 途中からトゥリナやレールディア、エリー達も加わり、レベル的な意味で人外大決戦ビーチバレーが繰り広げられたが、最終的にビーチボールが犠牲となることで、争いは収まった。

 

 そして、昼食は浜辺でバーベキューを行い、メリエルの大食いっぷりに誰も彼もが驚愕し、午後もまたスイカ割りやサーフィン、ボディーボードなどマリンスポーツやマリンレジャーに日が暮れるまで興じ、最高の一日を過ごしたのだった。

  



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特訓と実演 標的は波の尖兵

 

 

 初日の夜は濃密なものを過ごし、翌日、メリエルは島のショッピングへと向かうマルティ達を見送った。

 全員へお小遣いを渡しつつ、足りなかったら請求書は自分へ回すようにとも伝えることを忘れない。

 一方で、まずはレベリングということで、強さを求めてラフタリア達はモンスターを狩りに赴いた。

 これにはアトラやフォウル、リファナやキールといった面々もついていった。

 またミレリアとメルティは仕事があり、波が発生した場合の対策についてハーベンブルグと協議するとのことだ。

 

 メリエルのところに残った者は少数で、エリーをはじめとした数人のメイド達だけだった。

 タクトはエリー以外のメイドにも手を出しており、それが彼女達だ。

 

 

 エリー達が残ったのはメリエルのお世話をしようというものであったが、メリエル本人からすればちょうど良かった。

 

 勿論、三勇者達も残っており、彼らはそれぞれのパーティーメンバーをレベリングに送り出した後、メリエルの下へと集合していた。

 

「さて、特訓を開始する」

 

 メリエルはアロハシャツに短パンという非常にラフな格好であった。

 

「その前に選ばせてあげるわ。厳しくやるか、それとも優しくやるか……どっちにする?」

 

 三勇者達は各々、顔を見合わせる。

 

「あー、厳しい場合はどういう感じですか?」

「簡単に言うと怒鳴るし、罵倒するし、理不尽だし、公の場で言っちゃまずいような単語を連発する。体力的には勿論だけど、精神的にも追い詰めて、どんな状況にも耐えられる不屈の精神を養う感じ」

 

 元康の問いにメリエルが答えると錬が更に問いかける。

 

「例を挙げると?」

「お前の剣は、お前が股の間にぶら下げているものと同じで、粗末なものだ。そんなんじゃ子供の首一つ落とせないだろう」

 

 錬は勿論、元康も樹も悟る。

 これ、厳しいのはヤバイコースだと。

 

 強くなる前に精神が木っ端微塵になりそうだ。

 

「優しいのはどうですか?」

 

 樹の問いにメリエルは告げる。

 

「そういうのは無くなって、普通の声かけ。励ましたりもするし、優しくしたりする。内容は手を抜かないけど」

 

 メリエルの答えに3人は頷き合う。

 そして、一斉に告げる。

 

 優しいのでお願いします――

 

 メリエルは軽く頷き、告げる。

 

「じゃ、まずは模擬戦から始めるわ。3人同時に殺す気で掛かってきて。1時間ね」

 

 メリエルの言葉に3人は各々の得物を取り出した。

 3人の中に危険だとか、そういう意見を言う者はいない。

 彼らもメリエルが規格外の強さであることは十分に理解していたからだ。

 

 そして、元康達はメリエルに襲いかかったのだが――

 

 

 

 

 

「……いや、いくら何でも体力が無さすぎじゃないの?」

 

 30分程で、3人は疲労でダウンしてしまった。

 

「め、メリエルさんがぶっ飛びすぎなんです……」

 

 息も絶え絶えに、樹は告げた。

 分かってはいたが、メリエルの立ち回りは巧すぎた。

 

 樹は遠距離から狙い撃ちをしようとしても、その射線上には元康か錬のどちらかがいた。

 メリエルがそのように動いて位置取りをしていた為であり、それによって樹の狙撃は封じられた。

 しかし、樹はまだマシな方だった。

 

 元康と錬の疲労度は樹の比ではなかった。

 

 メリエルは元康と錬の稚拙な連携を簡単に突き崩し、翻弄した。

 それだけでなく彼女は元康か錬、どっちかの体勢を崩し、捕まえ、そのまま盾に使ったり、樹目掛けて投げつけたりしたのだ。

 そんなことをしてくるメリエル相手に3人は全力で立ち向かった為に、あっという間に体力が底をついてしまったということだった。

 

「とりあえず、体力作りね。タフじゃないとダメよ……休憩が先かしら」

 

 道は長そうだったが、鍛えないという選択肢はメリエルには存在しない。

 

「週末の波――おっと、それはサーフィンだわ。終末の波とやらまでに、それなりにはしておかないと」

 

 

 休憩後、体力作りということでメリエルは3人に筋力トレーニングのメニュー表を渡し、またその実演を行い、それをやるように指示をする。

 勿論、カルミラ島から帰った後も、そのメニューを毎日欠かさずコツコツやるように、とも伝えた。

 

 3人は文句を言わずに素直に従うが、開始数分でヒイヒイ言い始めた。

 とはいえ、彼らは諦めるという選択はしなかった。

 

 メリエルは3人に対する評価を上方修正し、1時間ほどかけて、どうにかメニューをこなした彼らを大げさなくらいに褒めた。

 

 課題を達成できたら、褒めるのは基本中の基本だ。

 3人共、悪い気はしなかったようで、次のトレーニングを求めてきた。

 

 

 

 やる気になった三勇者達に指示を出し、メリエルはずっと傍で控えていたエリー達と共にその場を離れる。

 ちょっとした問いかけをする為だ。

 あくまで彼女達が自らの意志で志願した、という状況は必要だ。

 

 エリー達の忠誠度は疑うべくもない。

 事情を知っていればメリエルがやったのは三文芝居であったが、彼女達からすれば地獄に仏そのものだ。

 

 

 真意看破の魔法を使用し、メリエルは問いかける。

 

「あなた達、私の為に殺せるかしら?」

 

 率直な問いにエリー達は躊躇なく頷いた。

 嘘ではない。

 

「男や女、子供に老人も?」

 

 勿論です、と声を揃えてエリー達は返事をする。

 嘘ではない。

 

「生まれたばかりの赤子や妊婦も?」

 

 躊躇なく、エリー達は頷いた。

 嘘ではない。

 

「何の罪もない、特に何かがあるというわけでもない平和な村があったとする。そこにいる者達を家畜も含めて皆殺しにしろと言っても?」

 

 エリー達は頷いた。

 誰も躊躇する者はいない。

 そして、それは嘘ではない。

 

「そこまで私に尽くしてくれる理由は?」

「メリエル様は、私達を救ってくださいました。あの男から……!」

 

 エリーはそう切り出し、滔々と語る。

 タクトへの悪口からはじまり、メリエルの素晴らしさといった内容だ。

 エリーが十分にその気持ちを吐露すると、他のメイド達も次々と口を開く。

 内容はエリーと似たようなものだ。

 

 それらは全て嘘ではない、とメリエルは魔法により判別できる。

 だが、念には念を。

 

 メリエルは、かつてマルティに使った、嘘をつくと蛙になる指輪をエリー達に身につけさせ、効果を説明した上で、再度、同じ問いかけをした。

 誰も蛙になる者はいなかった。

 

 満足げに頷き、メリエルは指輪を回収した後に告げる。

 

「あなた達は全くなっていない。銃の扱い方や動きが下手過ぎる……というのはまあ、酷だと思うわ」

 

 メリエルが調査したところ、タクトは銃をフォーブレイにもたらしたが、具体的かつ、効果的な運用方法や訓練方法などを教えていなかった。

 おそらく、知らなかったのではないか、とメリエルは予想している。

 

 アサルトライフルやハンドガンを側近の女達に持たせている割に、引き抜いた彼女達から聞き取り調査をしてみれば、戦術がお粗末極まりなかった。

 この世界の銃器や飛行機などは持ち主、あるいは操縦者のレベルによって性能が決まるという、凄まじい話だったが、側近の女達はレベルが高く、本来の性能を発揮できる。

 

 そんな彼女達が集団として動かれると非常に手強いのだが、そんなものはなかった。

 チームとしての意識すらもなかった。

 個々人が好き勝手に判断し、味方に当たらないように狙って撃つといったものだった。

 

 というわけで、メリエルは手始めにエリー達に訓練を施すことにした。

 世界をひっくり返せる程の絶大な力があろうとも、戦える味方は多い方が良いのは言うまでもない。

 

「さて、それじゃ始めるわよ。あなた達は一つのチームよ。これから、チームはどんどん大きくなるけれど、まずはあなた達」

 

 チームであることを意識させることから始めないといけないが、自身への忠誠を利用すれば簡単にできるとメリエルは確信している。

 エリー達は、それこそメリエルが黒と言えば黒と信じ、白と言えば白と信じるのだから。

 

 

 

 午前の訓練を終えた段階で、三勇者もエリー達も全員が疲労でダウンしてしまったので、メリエルは適当に街をぶらつきながら、食べることにした。

 エリー達は不甲斐ない自分達のせいでお世話をできないことに、死んで詫びるような勢いであったが、メリエルは彼女達を1人1人抱きしめ、優しく慰めた。

 

 それでうっとりとした顔をしてくれるのだから、安いものだ。

 

 エリー達は個々人によって得意不得意はあるが、全員が優秀で、勤勉。

 また、彼女達は全員が貴族の令嬢でもある。

 彼女達が仕えていたタクトは末席とはいえ王子――王族だ。

 王族の傍で世話をすることから、経歴や身元がはっきりと分かっていないと安全上の問題がある。

 貴族側としても、あわよくば王族に見初められて、妾にでもしてくれれば家の地位を高めることができるので利益こそあれど、問題はない。

 メリエルが色々と忙しすぎて、エリー達と深く関わる機会がこれまでなかったのだが、訓練の合間に彼女達の身の上話を聞いてみて、それが判明した。

 

「チョロいのは頭がお花畑だからか……」

 

 純粋培養された貴族のお嬢様なら、それもそうだとメリエルはここにきてようやく納得する。

 

 彼女達に求められているのは王族から寵愛を受け、家の覚えをめでたくしてもらうことであり、それ以外のことは求められていない。

 その為には素直で純粋、従順な女である方が都合が良い。

 そういう女の方が気に入られるからだ。

 

 生まれたときから、ずっとそういう教育をされてきたのだろう。

 

 そこに宗教が加われば完璧だ。

 四聖勇者であり、自分達を救ってくれたメリエルに対して、妄信的かつ狂信的な忠誠を抱くのも考えられないことではない。

 メリエルとしては願ったり叶ったりだ。

 

 裏切らない優秀で勤勉な人材というのはどれほどカネを積んでも手に入らない可能性が高く、手元に置いて確保しておきたい。

 

 無論、これはエリー達だけに言えることではない。

 たとえ優秀ではなかったり、勤勉ではなかったとしても裏切らないという一点だけで評価に値する。

 

「裏切りといえばマルティだけど……もうしないでしょうね」

 

 これまで力は見せてある。

 

 とはいえ、もしも裏切った場合、メリエルは罰を与えてから許すつもりだ。

 死ぬ可能性はあったが、死んだとしても蘇らせるので心配はいらない。

 

 リアルにおいて裏切り=死であった。

 だから、どんな悲惨な死に方をしようと五体満足に蘇生させ、必要ならば精神状態も完璧に治癒した上で、裏切りを許すというのはメリエルからすれば、これ以上ないくらいの優しさだった。

 勿論、これはマルティ以外の者にも当てはまる。

 

 裏切ったとしても、罰を与えた後に許す。

 

 自分も丸くなったものだ、とメリエルは思う。

 

 そんなことを考えながら、彼女は街を散策する。

 露店で買い食いしたり、エリー達にお土産を購入するなどして、1時間ほど休息をする。

 

 その最中、メリエルは尾行に気づいていた。

 メルロマルクの影や他国の影、暗殺者などではない。

 あまりにも稚拙だ。

 尾行は4人で、あろうことか一塊で動いている。

 普通はバラけて多方面から尾行するのがセオリーだ。

 

 盾の勇者だと分かって尾行しているのか、それとも何か別の狙いがあるのか。

 とはいえ、ちょうど良かった。

 

 

 

 

 

 

 元康らに指示を出した後、メリエルは尾行に気づいていないように振る舞う。

 彼らのいる場所から離れれば、尾行者達はそのままメリエルについてくる。

 

 ますます、都合が良い。

 エリー達には森の中で訓練を行うことを告げ、そのまま森の中へと誘い込む。

 

 魔法で姿を隠して処理するなんて、もったいないことはしない。

 実演にちょうどいい。

 

 バカな連中だとメリエルは思う。

 こちらが気づいていないと思い込んでおり、森ということもあって、連中はどんどん距離を詰めている。

 

 確かに木々や脛のあたりまで生えた雑草で視界は悪い。

 だが、そいつらの服装は色合いが派手ではないが、かといって地味なものでもない。

 

 おまけに歩く際の音も酷い。

 素人でももうちょっと頑張るんじゃないか、と思うくらいに大きな音だ。

 

 エリー達に銃は携帯させていない。

 その方が敵を油断させられる。

 だが、彼女達には事前に実演をしてみせる、とさり気なく伝えてあるので問題はない。

 

 周囲を何気なく見渡し、確認する。

 メリエル達を取り囲むように、数m程離れたところにある木々に紛れて――かろうじて紛れてはいる。

 だが、服の袖や裾がちらちら見えている。

 

 エリー達も既に気づいているようで、何とも言えない微妙な顔をしている。

 正直、現段階の彼女達に任せても簡単に制圧できそうな気がするが、お手本は大事だ。

 

 デスクワークばかりで実戦から離れて久しいが、それでも体に染み付いたやり方は覚えている。

 

 メリエルは無限倉庫から周囲には見えないよう、さり気なくハンドガンを取り出す。

 フォーブレイで入手した一品だ。

 その際に弾丸の速度が実銃とほぼ同じであることは確認済み。

 

 リアルにおいても、銃は昔とあんまり変わらない。

 レーザー銃とかのSF兵器は試作され、実用化されているが、コスト的な問題でどれもこれも不採用だ。

 

 メリエルは軽く息を吐いて、駆け出す。

 手近なところからまずは確実に。

 

 その段階でようやく気づかれていることを察したのか、敵が全員飛び出してきた。

 4人のうち1人は男。

 背丈や顔から高校生くらいだろうか。

 

 メリエルは剣を振りかざし、斬りかかってきた敵の女に対し、その胴体を狙って冷静に両手で保持し、撃ち放つ。

 反動を全く感じない。

 銃口がブレることはなく、人間であればある筈の反動を完全に抑え込んでいる。

 

 映画のように片手で撃つどころか、両手にハンドガンどころかアサルトライフルというスタイルでも問題なく狙って当てられそうだ。

 

 胸と腹部から出血した女は崩れ落ちた。

 次の標的を、とメリエルが銃口を素早く向けると、そこにいたのは動きを止めた3人の敵がいた。

 

 事態を理解できないようで、武器を持ったまま呆然として倒れて血を流す女を見つめている。

 メリエルは溜息を吐きながら、3人の片方の太腿に1発ずつ銃弾を撃ち込んだ。

 

 悲鳴を上げて、地面に崩れ落ち、のたうち回る3人。

 メリエルは再度、溜息を吐く。

 

「……フォーブレイ以外では銃は一般的じゃなかったわね」

「はい、メリエル様。ところで……本当に敵なのですか?」

「敵だと思うけど……お粗末なのよねぇ」

 

 エリーの問いにそう返しつつも、メリエルは油断なく、銃を構えながら、それぞれの得物を蹴り飛ばし、遠くにやる。

 

「敵がお粗末過ぎたけど、まあ、こういう具合に……ハンドガンの場合は両手で保持して、素早く冷静に胴体を狙うこと。敵がこういう連中であろうとも、容赦はしないこと」

 

 エリー達が頷くのを確認しつつ、メリエルがとりあえず黒幕について尋ねようとすると、そこで男が叫んだ。

 

「汚いぞ! 銃を持っているなんて! ファンタジー世界にそんなものがあっていいと思っているのか!」

 

 文句はタクトに言ってくれ、とメリエルは思いつつ、男の前に立つ。

 

「で、あなたはどちら様?」

「お前もあの女神に送り込まれた転生者なんだろ!? お前ばっかり盾の勇者とかいうチート能力を貰いやがって!」

 

 瞬間、男の頭が弾け飛んだ。

 答え合わせができてしまった。

 

 急展開にメリエルも頭が追いつかないが、それでもどうにか無理矢理に状況を把握する。

 

「つまり、今の男は女神とやらに送り込まれた転生者で、チート能力を貰ってやってきたということでいいのかしらね……」

「……証言が確かならそうなります。言っている意味がよく分かりませんが……」

「エリー、奇遇ね。私もよく分からないわ」

 

 自分と同じように強くてニューゲーム状態で、女神とやらに転生させてもらったんだろうか。

 とはいえ、自分はその女神に会っていないぞ、とメリエルは首を傾げる。

 

 彼が連れていた女達は呆然としている。

 メリエルは3人の撃った女達を治してやる。

 すると、彼女達はついさっき、襲ってきたことなどなかったかのようにメリエルに縋り付いてきた。

 

 明らかな命乞いだ。

 

「わ、私達、彼とは深い関係じゃないです……!」

「盾の勇者様は偽物だからって!」

「ゆ、許してください!」

 

 何だこれは、とメリエルは頭を抱えたくなった。

 とはいえ、聞かなければならないこともある。

 真意看破の魔法を使い、メリエルは問いかける。

 

「その男とはどこで知り合った?」

 

 問いかけに酒場、路上、冒険者ギルドと三者三様の答えが返ってきた。

 どうして男についてきたのか、という問いかけには腕も良くて顔もそれなりに良かったから、というもの。

 嘘ではなかった。

 

「次はない。さっさと行きなさいな」

 

 メリエルの言葉に彼女達はおっかなびっくり立ち上がって、逃げていった。

 

「よろしいのですか?」

「彼が敵の正体を教えてくれたお礼かしらね」

 

 あとでこっそり蘇生魔法を試してみようとメリエルは思いつつ、撤収の指示を出した。

 

 

 

 

 その後、メリエルは元康達に本日の訓練の終了を告げ、隠れて回収した男の遺体に対して蘇生魔法を使用した。

 リファナの時と同じようにアイテムを使った上で。

 だが、それは失敗した。

 彼が蘇ることはなかった。

 

 メリエルはミレリアに伝言(メッセージ)でアポイントメントを取り、会談を申し込んだ。

 彼女はすぐさまそれに応じ、人払いを済ませ、ミレリアの宿泊している部屋で2人は対面した。

 

「緊急の用事とのことですが……」

「波の黒幕の正体が分かった」

 

 ミレリアは驚きつつも、すぐに続きを促す。

 メリエルは午後に出会った連中とその顛末をミレリアへと話す。

 

「ちょっとよく分からない単語が多いですが、四聖召喚に似ていますね」

「ちなみにだけど、私はその女神に会ってはないので」

「でしょうね。あなたがもし会っていたなら、今頃、その女神が傍にいるでしょうし」

「よく分かっているわね」

 

 本物の女神を口説けるチャンスなんて、滅多にない。

 メリエルが会っていたなら、絶対に口説いたことだろう。

 

「どうしてその女神が波の黒幕だと? もしかしたら、波に対処しようとして転生者とやらを送り込んでいる可能性は?」

「まずないわね。向こうは私が盾の勇者であることを知っていた。たとえ偽物だと吹き込まれていたとしても証拠もないのに、いきなり四聖勇者に手を出そうなんて、よほどのバカか大物のどちらかよ」

「見た感じはどうでした?」

「前者ね。普通に声を掛けて探りを入れてくればいいのに、わざわざ下手くそな尾行までしていたわ。そっちの影は私の護衛についていないの?」

「あなたに護衛が必要だということが今日一番の驚きです」

 

 ミレリアの答えにそれもそうだとメリエルは頷きつつ、言葉を続ける。

 

「特効薬があるわ。簡単に炙り出せる」

「それは?」

「女神と転生者。おそらく、それが鍵よ。最近、急に現れた、やたらと強い輩。そいつらに女神に送り込まれた転生者か、と聞けばいい」

「否定した場合は?」

「良いアイテムがある」

 

 メリエルはミレリアに対し、嘘をつくと蛙になる指輪を大量に箱に入れて渡す。

 その効果を説明すれば、ミレリアは便利なものがあるものだ、と感心する。

 単なる低レアアイテムに過ぎないので、在庫は腐るほどあるし、何ならメリエルも作り出せる。

 

「逃げたり、答えられなければ黒。蛙に変化しても黒。明確に否定できた者だけが白よ」

「黒の者は?」

「自白させようにも、吐いたところで頭が吹っ飛んで死ぬ。かといって捕まえたままだと、力が強いことから脱走される危険がある。可哀想だけど殺すしかないわね」

 

 なるほど、と頷きながら、ミレリアはメリエルに問いかける。

 

「メリエル様、あなたは女神に送り込まれた転生者ですか?」

「違うわ……って、証明するアイテムがないと意味がないじゃないの」

「大丈夫です。あなたがそうではないことはこれまでの行動から、分かりますから。すぐに各国に対して、今回のことを伝えます」

「ええ。お願い」

 

 そして、ミレリアとの会談をメリエルは終えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

予想外の来訪者

 夕食の席ではそういうことなど何もなかったかのように、メリエルは振る舞う。

 とはいえ、妙な違和感があった。

 

 マルティだ。

 いつもなら積極的に絡んでくるのだが、今夜は妙に大人しい。

 

 まさかマルティの正体が実はその女神でした、とかいう笑えない話は勘弁願いたい。

 とはいえ、警戒するに越したことはない。

 今夜は誰とも寝ずに、ガチで戦えるよう服装や目立つ箇所のアクセサリーは除いて、それ以外の装備を整えておこう――

 

 そんなことを思っていたのだが、夕食も終わり、夜も深まったところでメリエルの部屋に来客があった。

 マルティだった。

 

 

「珍しいわね、あなたが大人しいなんて」

 

 にこやかに微笑みながらも、メリエルは油断しない。

 これが別の人物であったなら、多少は気を緩めるところだが、当の本人がやってきたのだから、気を抜く筈もない。

 

「ええ。お礼を言いたくて」

「お礼?」

 

 こくり、とマルティは頷いて微笑んだ。

 しかし、それは見慣れた彼女の微笑みではない。

 どうやら最悪か、その一歩手前の状況らしいとメリエルは確信する。

 一方でマルティは何だか少し、恥ずかしそうにするが、やがて口を開く。

 

「私の分身たるマルティを、あなたはあんなに優しく、そして情熱的に……愛してくれました」

 

 そっちのパターンだったか、と思いつつメリエルは話を聞く。

 

「その、何というか、本来なら勇者相手にこういうのはないんですけど……」

 

 つんつん、と彼女は指を突き合わせながら、ちらちらと上目遣いでメリエルを見つめてくる。

 

「話が見えないんだけど、つまりどういうこと?」

「あなた、私だけの駒にならない?」

「駒?」

「ええ。私はあなたのことを心から気に入っているわ」

 

 なるほど、とメリエルは頷きつつ、彼女にソファに座るよう勧めつつ、自分もまた座った。

 すると彼女はメリエルの対面ではなく、横に座ってきた。

 とはいえ、メリエルは構わず、無限倉庫からユグドラシル製の最高峰のワインやツマミをグラスと一緒に取り出した。

 

 その行動に女神は満足気に頷きながら、告げる。

 

「やっぱりね。他の転生者共や勇者達と違って、あなたは物分かりがいいわ」

「話ができるならまずは話を聞く。とはいえ、こっちも答え合わせがしたい」

「構わないわ」

 

 メリエルはワインをグラスに注ぎ、彼女へと渡す。

 彼女は躊躇なく、それを飲み干した。

 

「とても美味しい。女神である私をもてなすに相応しい味ね」

「それは光栄ね。まず、あなたは何と呼べば? 私はメリエルよ」

 

 問いに女神は、にこやかに微笑み告げる。

 

「私はメディアよ。メディア・ピデス・マーキナー」

「とても美しく、綺麗な名前ね」

「ありがとう。まず、あなたの聞きたいことだけど……本来なら心が読めるから、会話をしなくてもいいのだけど、あなたの心は読めないわ」

 

 メディアの言葉にメリエルは笑ってみせる。

 ユグドラシルの装備品は本物の女神相手にも有効だと確認が取れた為に。

 

 ならばこそ、メリエルが保有している幾つかの切り札も有効である可能性が高い。

 とはいえ、それらの切り札を使えば、非常にマズイことになるので、できれば使いたくはない。

 

「心が読めない方が退屈しない。そうでしょう?」

「違いないわ。それで、質問は?」

「私の魂って、どうなっているの?」

 

 問いかけにメディアはじーっとメリエルを目を凝らして見つめている。

 やがて彼女は肩を竦めた。

 

「ぐちゃぐちゃね。混沌だわ。でも、微かに人間の痕跡も残っている。人間の魂の上から色んな絵の具を塗りたくって、グレーにした感じ」

「あー、なるほどね……」

 

 何が原因か分からないが、どうやら憑依とかそういうのではなく、本当にメリエルになっているらしかった。

 とはいえ、それは望むところだ。

 

「正直、何であなたみたいなのが召喚されたか、さっぱり分からない……でも、おかげで私はあなたに会えた」

 

 メディアは微笑みを崩さない。

 彼女の言葉を受け、メリエルもまたにこやかに微笑みながら、答える。

 

「それは光栄ね。マルティは分身だと言っていたけれど、マルティは端末で、本体であるあなたが今、一時的に繋いで出てきているということで良いのかしら?」

「そういうことよ。この子の人格は今、眠っている。で、この子に刻んだ命令は勇者の仲違いとかそういうのだったのに……全く、あなたは本当に面白い」 

 

 なるほど、と頷きつつ、メリエルは問いかける。

 

「するとあれかしら、マルティという存在は本来は生まれなかったと?」

「そういうことになるわ。あくまで私が用意した魂と肉体だもの」

 

 つまり、ミレリアの胎を借りたということか、とメリエルはちょっぴり興奮してしまう。

 ともあれ、彼女は素直に告げる。

 

「メディア、マルティを誕生させてくれてありがとう。彼女はとても良い子ね」

「当然よ。私に似せたのだから。まあ、私の記憶とかそういうのは無いんだけど……それよりも、分身ではなくて、本体である私の方を見て欲しいわ」

 

 そう言ってきたので、メリエルはメディアの額に口づけてやった。

 拒否はない。

 まだセーフのラインらしい、とメリエルは判断する。

 

「正直に聞くけど、何で波なんて起こしているの? 転生者とか送り込んでいるの? 暇なの?」

「単純に私のレベル上げよ。世界から経験値を吸い上げているの。で、波は私が降臨できるように世界の容量を拡張しているの。転生者はその補助。それと暇だから他の連中とゲームをしているのよ」

 

 メディアの言葉にメリエルは相槌を打ちつつ、どういう状況かを把握した。

 神話によくあるやつだ。

 

神々の遊戯(ゴッドゲーム)ってところかしら? 暇を持て余した神々の遊び。退屈は神をも殺すからね」

「あ、それいいわね。そうそう、それそれ。神々の遊戯(ゴッドゲーム)よ。ゲーム・オブ・ゴッズとか直訳しないところがいいわ。あなた、ネーミングセンスが良いわね。それに私達の事情もすぐ分かってくれるし……退屈って本当に最悪だわ」

 

 メディアには厨二を感じるなぁ、とメリエルは思いつつ、駒について問いかける。

 

「それで、あなたの駒っていうのは?」

「駒とは言うけど、まあ、私専属の尖兵みたいなものね。色んな世界に行って、好き放題できるわよ? 気に入った女とかがいたら、連れて帰ってきてもいい。転生者達には自爆装置をつけてあるけど、あなたにはつけないし」

「待遇は?」

「私の寵愛を受けられるっていうのはどう? あとは分身達全部、あなたの女にしてあげる」

 

 かなり心を揺さぶられる。

 さすがは女神だとメリエルは渋い顔をする。

 

 とはいえ、素直に引き抜かれるのも無理な話。

 ここでメディアにホイホイ従うのは明確な裏切り行為だ。

 

 しかし、メリエルにとってメディアは個人的には魅力的だ。

 

 このくらいネジがぶっ飛んでいた方が面白いし、楽しい――

 世界を滅ぼして回るというのも、中々楽しそうだし、何より自分の性に合っている――

 

「他にも転生者で気に入った女がいたら、あなたのものにしてあげるし、経験値とかが欲しいならそれもちょっとだけあげるし……」

 

 えーとえーと、と指折り数えるメディアは女神とは思えない。

 見た目通りの少女のようだ。

 

 超越的な力を持っているというだけで、内面は意外と人間と同じではないか、とメリエルは予想する。

 

 だが、やっていることは邪神そのものといえる。

 その世界にいる生き物達を何だと思っているんだ――などと普通なら怒るところだが、あいにくとメリエルは普通ではない。

 

 メリエルからすれば規模の違いはあるが、人間だって似たようなことをやっている。

 それなら、神がそういうことをやったって別におかしくはない。

 人間だけがやって、それ以外の超越存在が同じようなことをしたら、人間が理不尽だとか酷いとか怒るのはフェアじゃない。

 

 勿論、無抵抗でやられろ、というわけでもない。

 喚く前に神と戦えばいい。

 シンプルな話だ。

 

 

 とはいえ、保険は必要だ。

 相手は文字通りのワールドエネミーであり、無限大の力があると言っても過言ではない。

 何でもありの無制限バトルでは分が悪い。

 

 よその世界はどうでもいいが、少なくともこの世界とグラスの世界は守っておく必要がある。

 

 ではどうするか。

 論理的に正論を主張する、なんてこの手の輩には無駄だし、最悪の手だ。 

 相手は自分のことを神と自称し、それに相応しい力も持っている。

 対等な輩以外は全部、ミジンコみたいなものだろう。

 

 ミジンコが正論でもって論理的に主張したとしても、神様が納得するわけがない。

 ほぼ確実に激怒する。

 

 ミジンコの分際で、自分に対して説教をするなんてとんでもない輩だ、死ね――となるのがオチだ。

 

 メリエルは幸いにも、最適と思われる一手が頭に浮かんでいた。

 この手の輩は楽しませて、気分が良くなったところでお願いをするのが良い。

 

 その手段は賭け。

 それも挑戦者が勝つには奇跡を起こすしかないような、そういう困難でスリルに満ち溢れた賭けだ。

 

 今、メリエルは自分があの企業で裏側のトップにいたことを内心、感謝した。

 接待で、富豪連中に色々とやってきた経験が活きてきた。

 

 カネも権力も、そして自前の兵隊すらも持っているパーフェクトにくそったれな連中は常に退屈している。

 ご機嫌を損ねれば、メリエルといえど物理的に首が危なかった。

 

 リアルと比べれば今はマシだ。

 ご機嫌を取ることに変わりはないかもしれないが、対抗する力はある。

 

 意を決して、しかし、不安や動揺その他一切のマイナスなものは表には出さず、余裕のある態度と顔でメリエルは問いかける。

 

「メディア、私と賭けをしない?」

「賭け?」

 

 きょとんとした顔をメディアは披露する。

 彼女に対し、メリエルは言葉を続ける。

 

「賭けよ。あなたが勝ったら、私はあなたの駒になるし、あなたに心から尽くすわ」

「万が一にもありえないけど、私が負けたら?」

「私の女になって、永遠に傍にいてくれないかしら? ついでにあちこちの世界にちょっかいを出すのをやめて」

 

 メディアは聞き間違えか、と困惑する。

 

「えっと、メリエル。私が負けたら、あなたがもっとも優先することは?」

「私の女になって、永遠に傍にいて欲しい」

「その次は?」

「ついでに、あちこちの世界にちょっかいを出すのをやめてね」

「そっちはついでなのね……」

「だって正直、どうでもいいので……あ、でもどう足掻いても人類の自業自得で環境汚染が進みすぎたクソみたいな世界があったら、跡形もなく念入りに滅ぼしといて」

 

 メリエルの積極的な世界を滅ぼして欲しい、という発言にメディアはくすりと笑う。

 

「分身が惚れるのも、無理はないわ。私、あなたのそういうところ、好きよ。正義感を振り回したりしないで、自分に素直なところ」

 

 その言葉にメリエルもまた答える。

 

「メディア、私はあなたのやっていることを理解できるし、まあ、神様のやることだから仕方がないわねって思う。でも私は今回のこと、あなたという女神からの試練だと思うわ」

 

 メリエルの言葉にメディアは軽く頷いて、続きを促す。

 

「メディア、あなたは理由はどうあれ、結果として世界の滅亡という試練を与えた。その試練を受けたのは私。だから、試練を達成できた暁にはご褒美として、あなたが欲しい」

 

 そしてメリエルはメディアを優しく抱きしめ、その耳元で囁く。

 

「私はあなたの力とかそういうのが目当てじゃないわ。メディアという女の子が欲しいのよ。何よりも勇者が神の与えた試練を突破したら、ご褒美をくれるのは道理でしょう?」

 

 メリエルの言葉にメディアは即答せず、酔いしれていた。

 こんな風に、現地の世界で敵側である勇者から言われたのは初めてだった。

 

 何よりも、メリエルはメディアの事情をすぐに理解し、共感してくれた。

 

 退屈は神をも殺す。

 

 そんなことを言ってきた輩はどこにもいなかった。

 

 メディアはマルティを通して、かなり早い時期からメリエルの行動を見てきた。

 

 とてもではないが、勇者とは思えない行動の数々。

 神にも匹敵する圧倒的な力。

 ひょっとして、自分達の誰かが介入しているんじゃないか、と疑ったくらいだ。

 

 決定打であったのは、メディアは生まれてこの方、恋人ができたことがなかったこと。

 見た目は問題なかったが、彼女の性格についてこれる輩がいなかった。

 また勿論、その超越した力にも。

 

 メディアは彼女が所属するコミュニティにおいても飛び抜けた存在であり、全力を出せば過去、現在、未来、その他全ての平行世界や因果律に攻撃し、対象を消し去ることだって可能だ。

 誰も彼もがその力に恐れをなした。

 

 しかし、メディアが見たところ、メリエルには必殺の概念攻撃が通用しない。

 彼女はメディアも知らない異世界の強力な加護を常時纏っており、これによって概念攻撃が無効化されてしまう。

 

 純粋に物理的、もしくは魔力的な攻撃で倒すしかない。

 その事実だけでもメディアからすれば、驚くに値する。

 

 メディアにとってメリエルは自分を倒しうる可能性が僅かにあるかもしれない存在だが、同時にたまらないほどに魅力的な存在だ。

 美しく、強く、自身の欲望に忠実、交渉次第では自分に靡く――それらが全て備わった存在は中々いない。

 少なくとも、メディアがこれまで潰したり支配してきた無数の世界の中にはいなかった。

 メディアに対して激怒して反抗してくる輩しかいなかったのだ。

 

 そのように稀有な存在であったから、わざわざ端末にアクセスして、意識だけを持ってくるなんてことをしている。

 

 このように接触しようと決めたのは今日の昼間の出来事だ。

 転生者につけた自爆装置が作動し、当時のログを辿ってみればメリエルによって、転生者がNGワードを喋ったからだった。

 しかも、その内容は核心的なものだ。

 

 放置しておけば、メリエルは必ず自分に辿り着く。

 何をしてくるか、メディアでも分からないのがメリエルだ。

 とはいえ、退屈を何よりも敵としているメディアにとって、メリエルの行動の予想ができないところが何よりも好ましいところでもあった。 

 

 

「……いいわよ。あなたの賭け、のってあげる」

 

 それで、とメディアは続ける。

 

「賭けの内容は?」

「あなたは選りすぐりの転生者達を送り込む。そいつらを私が全員殺せれば勝ちっていうのはどう?」

「ダメね」

 

 メリエルの提案にメディアは即答した。

 メリエルもこれが通るとは思っていない。

 あくまで取っ掛かり、ここからどれだけ相手がハードルを上げてくるのを抑えるかが勝負だった。

 

 メディアは言葉を紡ぐ。

 

「転生者と憑依者は基本的に元の世界ではダメな奴を選んで送っているから。赤子の手をひねるよりも簡単に、賭けにあなたが勝ってしまうわ」

「私が言うのもなんだけど、もうちょっと人選はしっかりした方がいいんじゃないの? 自爆装置があるなら、別に優秀な奴でも……」

「優秀……というか、元の世界において精神的に満ち足りていると、転生とか憑依に対して拒絶反応が凄いのよ。無理矢理やれないこともないけど、精神的にぶっ壊れて使い物にならないわ」

 

 なるほど、そういう仕掛けがあったのか、とメリエルは感心してしまう。

 

「劣等感とか不満とかがあればあるほど、すごく簡単になるのよ。大抵、そういうのを溜め込んでいるのって、どういう人物か……分かるでしょ?」

「女神も苦労しているのね……」

「ええ。だから、私はあなたが欲しいのよ」

 

 疲れた顔のメディアに、メリエルは同情してしまう。

 彼女だって使い物にならない輩を押し付けられたときは、苦労したものだ。

 メディアの気持ちが手に取るように分かってしまった。

 

 メリエルはメディアの肩をぽんぽんと叩き、彼女のグラスにワインが溢れるほどに注ぐ。

 メディアはそれを一気に飲み干し、告げた。

 

「賭けの内容、私とあなたが1対1で戦うっていうのでいいんじゃない?」

 

 マズイ、とメリエルは判断し、告げる。

 全知全能かもしれない相手だ。

 いくら何でも分が悪すぎる。

 

「それだと勝負にならないんじゃない? つまらないゲームはあなたの望むところではないでしょう」

 

 メリエルの言葉にメディアは不敵な笑みを浮かべ、そして彼女はメリエルへと抱きついた。

 

「つまらなくてもいい。あなたを手に入れられるのならね。ゲームはすぐに終わっても、あなたが私の駒になれば、永遠に私はあなたを楽しめる。違うかしら?」

 

 メリエルは匙を投げたくなった。

 自分のことを高く買ってくれるのは嬉しいのだが、今回ばかりはマズイ。

 だが、ここが踏ん張りどころだ。

 

 この程度、ピンチのうちにも入らない……いや、ちょっと入るかもしれないが、それでも何とか活路はあるはずだ。

 

「1対1で戦うのはいいけど、そもそもフィールドは?」

「あなたを私の世界に招待するから。世界って言っても、戦えるように異空間に作るフィールドなんだけどね。あなたの為に私は全力で戦うから、被害は気にしなくていいわよ?」

「……参考までに、あなたってどのくらい速いの?」

「無限の速さを超越して、時間をも超えるわ」

 

 メリエルはジト目でメディアを見つめた。

 その反応にメディアは頬を思いっきり膨らませる。

 

「無限の速さを超えているのよ! 凄くない?」

「いや、凄いけどさ……凄いけど、もうちょっとこう……インフィニティ・クロノス・スピード」

「それ貰った! あなた、本当にネーミングセンスがいいわ」

「そりゃどうも……ところで私のやる気を出す為に必要な質問なんだけど、いいかしら?」

 

 問いかけにメディアは頷いた。

 メリエルは問いかける。

 

「神様ってどうやって子を生すの? そもそもそういう概念があるの?」

 

 その言葉にメディアは答える。

 

「大昔の先祖は人間だったらしいけど、技術の進歩で不老不死になって、精神も衰えたりもしなくなって、今みたいなところまできたのよ。確かに生殖行為によらない誕生方法もあるけど、それでも普通は生殖行為なの」

「人間的な生活習慣とかそういうのは今でも残っているってこと?」

「そうよ。お風呂だって入るし、ご飯を食べたら歯だって磨く。あ、でもご飯は栄養補給っていう意味はなくて、完全に嗜好品だけど……」

 

 メリエルは、なるほどと頷く。 

 合点がいった。

 道理で、思考が人間の筈だ。

 

 メリエルは更に問いかける。

 

「ねぇ、メディア。あなたのやっている神々のゲームとやらは、早い話が文明レベルが遥かに下等な異世界を支配してやろうっていうものかしら?」

「そうよ。一定期間ごとに、どれだけの世界を支配できたかっていうゲーム。これが中々奥が深くてね。単純に支配した世界の数だけでスコアは決まらなくて、世界から吸い上げた経験値をどれだけ蓄えたかっていうのも関わってくるのよ」

 

 支配する世界と経験値だけを吸い上げる世界、これを見分けるのが肝心だとメディアは自慢げな顔で告げる。

 

 彼女に対しメリエルは笑みを浮かべ、相槌を打ちながら、思う。

 

 

 本物(・・)じゃなかった。

 単なる人間なら、やりようがある。

 

 ああ、くそ、ビビって損した。

 あ、今のは無しだ。

 私はビビってない――ビビってないぞ! ほんとだぞ!

 

 そう自分に言い聞かせながら、メリエルは確信した。

 

 神を騙る凄く強い力を持った人間なんぞ、敵じゃない(・・・・・)

 ましてや、不老不死による超越者特有の老成し、超然とした精神もなく、見た目通りの精神では尚更だ。

 

 よくよく考えてみれば本物であったなら、思考を予想することも会話すら成り立たなかっただろう。

 超常の存在というのは、まさしくそういうものであるだろうから。

 

 

 メリエルは思い出す。

 

 ユグドラシルのことは、彼女の脳裏に現実のものとして思い出される。

 数多の神々を、悪魔を、魔獣を、世界を簡単に滅ぼせる化け物共を殺してきた。

 共に轡を並べて戦った連中もまた、化け物揃い。

 時には味方、時には敵として戦ったライバル達もまた同じ。

 

 そして、世界全てを敵に回し、戦った。

 屍山血河を築いた歩みこそ、彼女の歴史。

 

 全て、現実だ。

 

 最初に仕えた光の主、堕ちたときに仕えた闇の主。

 混沌となったときに、仕えた盲目白痴にして全知全能たる主。

 

 ゲームではイベントとかクエストで会いに行くくらいしか、用がなかった彼らもまた現実のものとして、思い出される。

 

 同時に彼らから――白痴である筈の主からも――声が響いた。

 それは単なる幻聴であったかもしれない。

 

 だが、幻聴であろうが、メリエルにとってはどうでも良かった。

 彼女の気分を高める為に、それは非常に役に立ったからだ。

 

 その使命を果たせ――

 神を僭称する愚か者に、我らの威光を示せ――

 

 

 知らず知らずのうちに、メリエルの口元が僅かに歪んでくる。

 

 成功報酬として彼女は貰うわ。

 そのくらいはいいわよね?

 

 苦笑したような2柱と興味なく玉座で眠っている1柱、その玉座の横に佇む設定上では同僚の存在が笑ったように、何となく虚空に見えた気がした。

 

「――――――」

 

 メリエルは虚空に顔を向け、そう告げた。

 メディアは首を傾げる。

 彼女はメリエルの言ったことが分からず、不思議な音に聞こえた。

 神聖さと禍々しさを同時に併せ持った、矛盾した音だった。

 

 メリエルは1つの口から同時にエノク語をはじめとした、異なる複数の言語で、言った。

 信仰心なんて無いので、単なる格好つけに過ぎないが、雰囲気は大事だ。

 

 

 主達の御心のままに――

 総軍率いて、全力で征伐せん――

 

 

 決意を固めたところで、メリエルは問いかけた。

 

「メディア、いつやるの?」

「この世界の時間で3ヶ月後の午前0時にご招待っていうのはどうかしら?」

「女神パワーでどかーんと一気にできないの?」

「女神パワーも貯めないとダメなのよ」

「この世界と融合しかけている世界全部に戦うところを中継できない?」

「できるわよ」

 

 メリエルは満面の笑みとなり、告げる。

 

「お願いするわ」

「ま、それくらいならいいわ。私も他の神達に、あなたという最高の駒を手に入れるところを見せつけたいから」

 

 その言葉にメリエルはにこやかな笑みを浮かべ、問いかける。

 

「もう勝った気でいるの?」

「当たり前よ。むしろ、あなたは勝てると思っているの?」

「私もちょびっとだけ、腕には自信があるので」

 

 このくらい、と2本の指で新聞紙数枚くらいの厚さを示してみるとメディアはけらけら笑う。

 

「それはそうとして、メディア。これは勝負には全然関係がない提案なんだけど、あなたの本体と見た目が全く一緒で、記憶とか意識とかもある分身って作れるかしら? 常時本体とアクセスしているような形で、女神としての力だけがない感じの」

「できるけど、どうして?」

「3ヶ月の間、あなたに会わないなんて私には無理なので。あなたのことをよく知るためにも(・・・・・・・・・・・・・・・)、私のところで遊ばない? 作業なんて同時並行でできるでしょ?」

「いいわよ。1週間以内には送り込むから」

 

 メディアはあっさりと承諾した。

 あまりの嬉しさにメリエルはメディアを抱きしめ、その唇に口づけた。

 触れるだけに終わらない、情熱的な深いものだ。

 

 メディアも拒むことはなく、それをただ受け入れる。

 

 数分ほどしてメリエルが離れると、メディアは拗ねたような顔をしてみせる。

 

「初めてだったのに……」

「その体はマルティだから、セーフよ」

 

 メリエルの言葉にメディアは再度、抱きつく。

 そんな彼女を抱きしめながら、メリエルは思う。

 

 私の経歴とかそういうものをマルティを通して知っておきながら、3ヶ月も一緒にいるなんて――

 

 いや、そもそも圧倒的な力があるのだから、そんなものは意味などないと考えているのかもしれない。

 全く、私に対して無理解が過ぎる。

 3ヶ月もあるなら、必要な情報を聞き出すには十分だ。

 しかも相手はこっちを舐めきっているから、ペラペラ喋ってくれるだろう。

 

 私がいつまでも弱者のままでいることを、良しとするか?

 違うだろう――

 

 

 

 

「それじゃ、私は帰るから。ああ、どんな準備をしても、構わないわよ? ちょっとくらいは抵抗してくれたほうが楽しいし」

「そうさせてもらうわ。ささやかな抵抗をね」

 

 メディアはにこりと笑った。

 そして、その体から力が抜けて、ソファに倒れ込んだ。

 

 マルティに戻ったのだろう。

 メリエルは彼女の額に口づけし、ベッドへと彼女を抱いて移動する。

 

 そして、メリエルはミレリアへと伝言(メッセージ)にて、至急面会したい旨とその理由を伝えると、すぐさま許可を出した。

 ミレリアが起きていたのは幸いだった。

 

 




トゥルーエンド分岐条件(捏造

マルティの好感度を最大にまであげた後、波の尖兵をうまく倒すとメディアが直接干渉してくる。

メディアとの交渉に成功すると、イベント:未来への最終決戦が発生。
最終決戦に勝利すると……この先は自分の目で確かめよう!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界を救う為には仕方がない使い方

「本当なのですか?」

 

 詳細を説明し終えたメリエルに対し、ミレリアはそう問いかけた。

 半信半疑といったところだろう。

 

 雲を掴むような話だ。

 

「本当よ。どちらにしろ、信じようが信じまいが、3ヶ月後には結果が出る。何なら1週間以内に本人そっくりの分身が来てくれる」

 

 メリエルの言葉にミレリアは深く溜息を吐く。

 

「何というか、唐突ですね」

「物事はいつだって唐突よ。ま、どうやらトリガーとなったのは私が始末した転生者が、女神とかそういうことを喋ったかららしいわ」

「なるほど……それで」

 

 ミレリアは言葉を切り、メリエルの瞳を真っ直ぐに見つめる。

 

「勝てますか?」

「勝てる」

「根拠は?」

「相手は神じゃないから」

 

 そう答えるメリエルの顔は自信に満ちている。

 

「あなたが全力で戦うと、どの程度になりますか?」

「人間がどうこうできる領域ではないことは確かね。ただ問題はメディアが悪辣な輩なら、私との勝負中にこの世界に波を起こしまくったり、転生者の大軍を投入する可能性がある。三勇者や各国の協力は急務よ」

 

 メリエルはそこまで告げて、ミレリアの瞳を真っ直ぐに見つめる。

 そして、告げる。

 

「私が説明するから、仲介をして欲しいわ」

「分かりました。大国だけではなく、小国も?」

「ええ。もし言うことを聞かないところがあれば圧力を掛けて」

 

 ミレリアは頷いたところを見て、メリエルは更に告げる。

 

「相手は神じゃない。だけど、私が仕えていた主達は神を僭称したことを酷く怒っていてね。だから、何を見たとしても、驚かないことよ」

「……あなたが仕えていた主達?」

 

 次元の違う力を持つメリエルが、仕えていた主達。

 ミレリアは察してしまった。

 

「……そちらは本物ですか?」

「コメントは差し控える」

 

 メリエルとしても、正直ちょっと分からない。

 ゲーム上ではよく作ってあるな、と感心するくらいだったが、現実のものとなった今、思い出してみると、とんでもない経験をしてきたな、という思いだ。

 アレらが偽物とは思えない。

 特に印象的なのは混沌の天使のときに仕えた主で、今でもくぐもったフルートとオーボエ、太鼓を連打する音やその光景が脳裏に蘇ってくる。

 

 メリエルが現実のものとなったから、それらも現実になったのか。

 それとも人類は感知しえないが、太古より現実に存在しており、メリエルが現実のものとなったことで、それらとチャンネルが繋がってしまったのか。

 

 メリエルは考えていると、ミレリアが尋ねる。

 

「タクトに関してはどうされますか?」

「前倒しか、あるいは戦争は起こさず、サクッと処理するか、どちらが良いか? そちらで各国首脳と検討して欲しいわ。どちらにしろ、メディアのことで各国と協議をしないといけないからそこで決めてもいい」

「被害という観点から見ればサクッと処理するほうが良いのですが、そうすると色々なものを処分するということが難しくなりますね」

「私はどちらのプランでも実行できるから、そちらに丸投げよ」

「検討します。1週間以内には各国との協議の場を設けますので……」

 

 ミレリアの言葉に頷き、メリエルは告げる。

 

「そろそろ戻るわ」

「ところで、この島にある勇者の石碑は見ましたか?」

「ちゃんと習得したわ。気休めかもしれないけれど、そちらも集めておかないとね」

 

 メリエルの言葉に不穏なものを感じたが、ミレリアに止める術はない。

 何しろ、たった1人で神に等しい存在と世界の命運を賭けて戦うのだ。

 できることは全てやる必要があった。

 

 

 

 

 メリエルが部屋に戻ると、そこではマルティが起きており、不安そうな顔をしていた。

 彼女はメリエルが戻ってきたのを見ると、駆け寄って抱きついた。

 

「メリエル様、私は……誰なの?」

「あなたはあなたよ」

 

 そう答え、メリエルはマルティを優しく片手で抱きしめながら、もう一方の手でその頭を撫でる。

 

「夢を見ているようだった。私じゃない、私があなたと喋っていて……」

 

 マルティはそこで言葉を切り、体を震わせながら、泣きそうな声で問いかけた。

 

「私は、誰なの?」

 

 演技とかではないだろう、とメリエルは即座に判断する。

 メディアがこんなことをする理由がない。

 メリエルの力がどの程度かを推し量るため……ということでもないだろう。

 彼女がそんなことを回りくどくやるとは思えない。

 

「衝撃の事実というやつだけど、聞く?」

 

 問いにマルティは頷いた。

 

「あなたはメディア・ピデス・マーキナーという女神を名乗る輩の分身らしいわよ」

 

 メリエルはそう告げ、先程のやり取りを全てマルティに打ち明けた。

 マルティはメリエルの言葉をただ黙って、真剣な顔で聞いた。

 

 そして、全てを語り終えたメリエルにマルティは縋り付く。

 

「メリエル様……私、どうすれば……」

 

 彼女の瞳からは涙が溢れ始める。

 嘘泣きなどではない。

 メリエルは彼女の涙をその指で拭う。

 

「私に任せて。あなたは死なないし、これまでと同じように贅沢三昧の生活を永遠に送るのよ」

 

 すると、マルティはくすりと笑う。

 

「あなたがそう言うなら、そうなるわね」

「ええ。それに負ける気がしない。だって、マルティの本体なんですもの」

「それはどういう意味かしら?」

「キスして押し倒せば何とかなるって意味よ」

 

 メリエルはそう言って、マルティに口づけし、そのまま押し倒したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が明けて、メリエルは早速に動いた。

 まず身近な面々に昨夜の出来事を打ち明ける。

 

「えっと、夢でも見たんですか?」

「タヌキチくん、流石に泣いていい?」

 

 ラフタリアにそう言われたメリエルはそう返した。

 

「正直、信じられないので……」

「まあ、そりゃそうよね」

 

 ラフタリア以外の面々もそれなりにいる。

 この場に集まっているのはメリエルがカルミラ島に連れてきた者達だ。

 マルティはまだメリエルの部屋で眠っている。

 昨夜、マルティは激しく求めて、内容が非常に濃厚であった為に、疲労困憊のようだった。

 

 また各地に残っている者達にもメリエルがアイテムを使って映像と音声を飛ばしている。

 

「私は信じます」

 

 エリーがそう言った。

 

「私も信じる。メリエル様が嘘をつくはずがないもの」

 

 ナナが続けて言った。

 他のタクトから引き抜いてきた者達は同じように口々に肯定してくれる。

 メリエルとしては有り難いが、いかんせん、彼女達は盲目的なのでこういう場ではあまり頼りにならない。

 

 メリエルが白だと言えば黒であっても白だと肯定しちゃう為に。

 

「ふむ……わらわも信じよう」

「私も信じるわ」

 

 しかし、ここで大きな味方が加わった。

 トゥリナとレールディアだ。

 

「あ、いえ、別に信じられないというだけであって、信じないというわけじゃないですよ」

 

 ラフタリアは変な勘違いをされそうなのでしっかりと訂正をしておく。

 

「メリエル様、失礼を承知でお尋ねしますが……」

 

 ネリシェンが言いにくそうに口を開いた。

 

「その女神に勝てますか?」

 

 それこそまさしく、この場にいる誰もが知りたかったことだ。

 世界が滅んでしまっては何もかも意味がない。

 

「100%と言い切ることはできないけれど、大丈夫よ」

「その根拠は?」

「簡単よ。あいつは私のことを舐めているから。そこに隙がある」

 

 メリエルとしては舐められている為、ブチ切れ案件にあたるのだが、怒ったところで相手のほうが圧倒的に強いので仕方がない。

 自分より強い奴がそうするのは許せるタイプだ。

 むしろ、レールディアとトゥリナに肩透かしをくらった分、思いっきり全力でぶつかっていこうと、やる気に満ちている。

 

 

「私も全力を出す。出し惜しみはしない」

「メリエル様の全力とは、どの程度ですか?」

 

 アトラの問い。

 フォウルが変な答えをしたら、承知をしないぞという視線をメリエルに向けている。

 メリエルは不敵に笑い、答える。

 

「全力を出せば1分以内に世界を滅ぼせる。文字通り、木っ端微塵にできるわ。それこそ、文明の痕跡すら残さないくらいに」

 

 メリエルの言葉に誰も彼もが息を呑む。

 彼女は更に続ける。

 

「メディアも当然、それくらいはできる筈よ。それこそ時間停止や時間跳躍、因果律の逆転とかそういうのもできると思う。それでも私は勝つ」

 

 メリエルは自信に溢れた表情で、そう告げた。

 その顔を見て、ラフタリア達も何だか勝てそうだという気がしてくる。

 

「しかし、1対1で大丈夫なのか?」

「あらフォウル、心配してくれるの?」

「うるせー!」

 

 そう返すフォウルにメリエルは笑いつつも、答える。

 

「それが賭けだからね。どこまで守るかは分からないけど……」

「罠にしか感じられませんが……」

 

 ラフタリアの言葉にメリエルは獰猛な笑みを浮かべた。

 

「破った瞬間、彼女は終わる。私が持っている切り札を幾つか切らせてもらうから」

 

 どんな切り札か分からないが、少なくとも碌なものじゃないことだけはラフタリア達には予想がついた。

 

「波を起こしたり、転生者を大量に投入したりしてくる可能性が高いし、メディアの仲間の神がちょっかいを掛けてくるかもしれないので、あなた達も今まで以上に鍛えて」

 

 メリエルの指示に一同は頷いた。

 それを見て、彼女はにっこりと笑い、告げる。

 

「遊びは終わり。仕事の時間よ。この仕事が終われば、あとはお気楽に過ごせるから。バカンスの為に全力で頑張ろう」

 

 

 

 

 

 ラフタリア達への事情説明と指示を出し終えた後、メリエルは三勇者達と面会し、ラフタリア達と同じように説明をする。

 

 彼らはあっさりと信じた。

 むしろ、やる気を出して自分達も決戦に参加を、とせがむくらいだ。

 とはいえ、メリエルがメディアの強さについて伝えると、彼らは渋々諦めた。

 だが、彼らに希望を持たせることを忘れない。

 

 メディアがこの世界に対してちょっかいを掛けてきたり、彼女の仲間がちょっかいを掛けてくる可能性を指摘する。

 自分が戦っている間、この世界を守るのは元康達の役目だとメリエルは彼らへ伝えた。

 

 そして、メリエルは一足先にシルトヴェルトの自分の屋敷へと転移門(ゲート)で戻る。

 やることがあったのだ。

 カルミラ島で戦域を展開すればいいのだが、念には念を入れる必要があった。

 

 彼女は屋敷の広い庭で戦域を発動し、その中で流れ星の指輪を身に着け、ウィッシュ・アポン・ア・スターを使用する。

 願い事は簡単だ。

 

 失われたものも含め、四聖勇者及び七星勇者の為に有用な書物や石碑などを完全に解読可能な状態に修復・復元した上で原本を複写したものをそのままここに4つずつ持ってきて――

 

 メリエルの目の前に膨大な書物と石碑が現れた。

 原本は持ってきていないからセーフと彼女は自己正当化しながら、リキャストタイムが終わるのを待つ。

 

 メディアにはウィッシュ・アポン・ア・スターは効かないよなぁ、とメリエルは思う。

 効いたら一瞬で解決するのだが、そうはいかないだろう。

 

 そうこうしているうちに、リキャストタイムが終わった。

 次に唱えるものはマルティだ。

 

 マルティ=メルロマルクをはじめ、メディア・ピデス・マーキナーの分身を全て本体から解放し、完全に繋がりを断った上で、何の不都合や悪影響もなくそれぞれが独立した生命体として活動できるようにして――

 

 これが効かなかったら、メディア本人にお願いするしかなくなるが、現状確認する術はない。

 1週間以内にやってくるメディアそっくりの分身に尋ねるか、とメリエルは思いつつ、書物やら石碑やらを片っ端から無限倉庫に放り込み、全部を収納したところで再度、カルミラ島へ戻った。

 

 

 

 カルミラ島へと戻ると、メリエルは三勇者達の前にそれぞれ書物と石碑を置く。

 書物やら石碑やらをわざわざ4つずつにしたのはこの為だ。

 メリエルが1つ、三勇者達がそれぞれ1つずつ配分すれば一々貸し借りする手間が省けるというもの。

 

 元康達は仰天するが、メリエルは彼らに時間を掛けている暇はない。

 盾に関するものを彼女もまた目を通さなければいけないのだ。

 

 メリエルが宿の自室に引き篭もって、無限倉庫からちょっとずつ出した古文書やら石碑やらを読み解いていると、そこへグラスが訪ねてきた。

 グラスの方からやってくることは珍しく、メリエルは彼女を招き入れた。

 

「私の世界も、おそらくそうでしょうか?」

 

 単刀直入にグラスは尋ねた。

 何が、と言わずともメリエルは理解する。

 

「おそらくね。この世界にくっつこうとしている世界はどうやらメディアが原因みたいよ」

「そうですか……ゲームで、私達の世界が……」

 

 怒りに満ちた顔のグラスにメリエルは告げる。

 

「世の中、そんなものよ。私だって、勇者なんて柄じゃないし、利益の為に間接的に殺してきた人間なんて数えきれないし、ぶっちゃけちょっとメディアのやっていることに興味があるお年頃なので」

「……そういや、そうでしたね。どっちかというと、あなたもそっちの側でした」

 

 ジト目で見つめるグラスにメリエルは肩を竦めてみせる。

 

「相談する相手を間違えたわね。理不尽に対して怒りたいだけなら、ラフタリアあたりに話せばいいと思う。私のタヌキちゃんは真面目くんなので」

 

 いけしゃあしゃあと告げるメリエル。

 苦労しているなぁ、とグラスはラフタリアに同情してしまう。

 

「性格的に、あなたは真っ先に女神に対して怒る側なのでは? 自分がやるのはいいが、他人はダメっていう性格の典型でしょう、あなたは」

「怒って喚いてどうにかなるのは、子供だけよ。そんな非生産的なことに時間を費やすよりも、抵抗したほうがいい。向こうが滅ぼそうっていうなら、こっちも徹底抗戦するだけ」

 

 グラスはまじまじとメリエルの顔を見つめた。

 そんな彼女にメリエルは告げる。

 

「ただそれだけのシンプルな話でしょうに。感情を挟むと得られるものも得られず、面倒くさいことになる」

「得られるもの? 何を狙っているのですか?」

 

 グラスの問いにメリエルはドヤ顔となり、答える。

 

「メディアは女神、彼女をぶっ倒して仲間にする。そして、ここらの世界の守護女神となってもらう。完璧では?」

「完璧に穴が空いている理論という意味ですね、分かります」

「ダメなの?」

「ダメです。あなたから聞いた限りでは、そんなことは絶対にしませんよ」

「精神的にも、たぶん10代後半から20代前半くらいの貴族のワガママ令嬢みたいな感じの女性だから、適当に貢ぎ物をして、ご機嫌取っておけば何とかなるわよ? 古来より、神に対してお願いをするときは貢ぎ物をするのは常識でしょうから、受け入れやすいし」

 

 そういうことじゃなくて、とグラスは告げる。

 そんな彼女にメリエルは不満そうな顔をしつつ、問いかける。

 

「第二第三のメディアが現れたとき、どうするのよ? 100年後、200年後……もしかしたら1000年後かもしれない」

「……さすがにそれは、その時代の勇者達に頑張ってもらうしか……」

「時間跳躍とかそういうことができる相手に?」

「情報を残して……」

「残したところで、100年程度でその領域まで辿り着けると思うの?」

 

 ああ言えばこう言う、しかも、それが正論である為に反論もできない。

 グラスは精一杯の抵抗として、メリエルを恨みがましく睨みつけた。

 メリエルはけらけら笑い、言葉を紡ぐ。

 

「世界が自ら寿命を迎えるそのときまで、外敵によって滅ぼされないこと。そういう話になってくるわけよ。メディアに護ってもらうのが一番手っ取り早くない?」

「……意地悪ですね、あなた」

「意地悪だけど、これも勇者の仕事なので」

 

 メリエルはそう答える。

 何だか盾の精霊がそんなことまではしなくてもいい、と言っているような気がするが、気のせいだろうと彼女は思うことにした。

 

 勇者の仕事は世界を守ること。

 強制的に請け負わされた仕事とはいえ、大いに楽しませてもらっている。

 その恩返しもかねて、そして何よりも一度手を付けた仕事は最後まで成し遂げないと、メリエル個人の信用に関わってくる。

 

「それに、第二第三の神がもっと頭が回ったら、厄介よ。メディアなら与し易い。だから、これが最初で最後のチャンス」

「どうしてあなたは発想が突拍子もないんですか?」

「現実的と言って欲しいわね。グラス、あなたは何か良い案がないの?」

 

 問われ、グラスは沈黙する。

 数分程、彼女は考えたが、全く良い案が浮かんでこない。

 

「ないのね?」

「ないですね……成功率はどのくらいですか?」

「分かんない。まあ、何もしないよりはマシ」

 

 ジト目で見つめるグラスにメリエルは笑いつつも、そういえば、と思い出す。

 

「あなたのレベルっていくつなの? 結構上がっているんじゃない?」

「レベルですか? あなたとかつて戦ったときと同程度ですよ」

「どうして具体的に言えないの?」

 

 メリエルの問いに、グラスは返答できない。

 それにより、メリエルは訝しげな視線を送る。

 

「レベルくらいは教えてくれてもいいんじゃない?」

 

 グラスは観念したかのように、告げる。

 

「私の種族にはレベルという概念がありません。エネルギーの総量で強さが決まります」

 

 グラスとしては別に騙していたというわけではない。

 かつて、レベル1になってしまったと告げたときも、メリエル達に分かりやすいように、そう表現しただけだ。

 それで彼女達は納得していたので、グラスとしても今の今まで放置していた。

 

「あっ……ふーん。そうかそうか、君はそういう種族なんだぁ」

 

 メリエルはとてもにこやかな笑みを浮かべて、グラスの肩に手を置いた。

 

「あなたならメディアと戦えるかもしれない」

「すごく嫌な予感がしますが、何をやるつもりですか?」

「エネルギー総量を無限にして、さらに供給量も無限にして、ちゃんと意識とか思考とか体の制御とか保てるようにしてあげる」

 

 すんげぇいい笑顔でサムズアップするメリエル。

 絶対碌でもないことをやらされるとグラスは確信した。

 

 まさに問題は解決するが、その後はより酷い状況になるという典型ではないか、と。

 

「イヤです」

 

 グラスの拒絶にメリエルは思いっきり舌打ちをした。

 しかし、気を取り直して、彼女はちょうどいいとばかりにあることを告げる。

 

「ところで、あなたの友達の件だけど……」

「キズナのことですか!?」

 

 前のめりになったグラスにメリエルはイヤラシイ笑みを浮かべる。

 

「メディアとの戦いがどうなるか分からないから、ささっとここに連れてきてあげる」

「本当ですか!?」

「本当よ、本当。ただ、ちょっと私の切り札を一つ、使用するので部屋の外に出ていてくれないかしら? 5分くらいで終わるんだけども」

 

 そんな切り札を持っているのか、とグラスは驚くが、メリエルの言葉に素直に従う。

 

「分かりました。お願いします」

 

 グラスは頭を深く下げ、部屋から出ていった。

 

 さて、とメリエルは取り掛かる。

 まずは念の為に戦域を展開し、いつも通りに指輪をはめて、ウィッシュ・アポン・ア・スターを唱える。

 

 グラスの仲間であり、友人である風山絆を一切の不都合や悪影響なく、ここに召喚して――

 

 

 

 

 

「キズナ! 良かった、本当に良かった!」

 

 グラスが絆に抱きついて号泣している。

 抱きつかれている側は何だか恥ずかしいようで、視線をあっちこっちへ彷徨わせている。

 

「グラス、その、とりあえず離れてくれると……」

「無理じゃないかしら」

 

 メリエルの冷静なツッコミに絆は渋い顔になる。

 悪い気はしないのだが、いくら何でも恥ずかしい。

 

「で、オレを助けてくれたあなたは?」

「メリエルよ。面倒くさいのでグラスに色々と詳しい事情を聞いて欲しいんだけど、早い話が世界の危機で、今度女神とサシで勝負するっていう感じかしら」

「よく分からないけど、分かった。グラスに聞くよ」

「そうして頂戴」

 

 メリエルの言葉にグラスを連れて、絆は部屋から出ていった。

 これでグラスとの約束は果たしたので、心置きなくメリエルは自身の修行に打ち込めると確信する。

 

 単純なレベリングも同時並行して行わねばならないが、ちまちま雑魚モンスターを狩っていては間に合わない。

 大量の経験値を持つ敵を一気にどかっと狩る必要があった。

 

 幸いにも、メリエルにはモンスターを大量に呼んだり、湧かせることができるアイテムがある。

 ユグドラシルのレベリングでも多用していたものだ。

 

「そういや、プラド砂漠とかいう、いかにも怪しい場所があったわね……」

 

 長年の経験と勘から、赤い輪郭みたいなのが持続的に浮かび上がっているという、あのへんてこな土地には何かがあるとメリエルは確信している。

 ともあれ、探索がてら、実験とレベリングにはうってつけの場所だ。

 

 太陽落としをはじめとした、大規模破壊をもたらす魔法やスキル、アイテムの実験はできていない。

 さすがのメリエルも人口密集地域でぶっ放そうとは思わない程度に良心がある。

 

 

 砂漠なら人もいないだろうし、広さも十分。

 100匹どころか1000匹、1万匹単位で湧かせたりしても大丈夫だろう。

 

 思い立ったが吉日。

 早速ラフタリア達を誘っていくとしよう。

 三勇者は今回は誘うのをやめておく。

 

 勇者同士はそれぞれが半径1km以内にいると経験値が入らないという制限があるが、砂漠は広いので問題はない。

 正直、どんなモンスターが湧くか、ちょっと想像がつかないので、メリエルは今回は連れて行くのはやめた。

 湧いてくるモンスターが彼らでも対処できそうであったなら、勿論、呼ぶつもりだ。

 

「ラフタリア達と今回来ている面々で、戦闘ができる子達と……シルトヴェルトにいる子達と……フォーブレイと……」

 

 メリエルは指折り数えて、総数がもはやパーティーというよりも、部隊と言ったほうがいいレベルになりそうだと笑ってしまう。

 

「ま、世界の為にこれも仕方がないことね」

 

 そして、彼女はラフタリア達と、報告としてミレリアに伝言(メッセージ)を送った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レベリングの前に探索をしていたら、とんでもないものを発見してしまった(ガチ)

本日3話投稿しました。


 思い立ったが吉日の言葉通り、メリエルは多数のメンバーを引き連れて、翌日の午前中にはプラド砂漠に到着していた。

 

 基本的に食料も水もその他必要なもの全てはメリエルの無限倉庫に入っている為、連れて行く人員だけ確保すればよく、フットワークが非常に軽い。

 移動手段も転移門(ゲート)があるので、時間もかからない。

 

 実際に大勢を引き連れて、砂漠の入り口から歩くなんて非効率なので、メリエルは単独で空を飛んで砂漠へと進入し、結界らしきものの直前まで進む。

 そして、そこから転移門(ゲート)で戻り、そのままメンバーを引き連れて戻ってきた。

 

 しかし、非常に喧しい。

 女が3人集まれば姦しいとはよく言ったもので、3人どころか300人近くいそうなので、あっちこっちでワイワイガヤガヤと、とてもではないがこれから砂漠へレベリングに行くような雰囲気ではない。

 王室主催のパーティー会場に向かう途中だとでも言った方がまだ理解できる。

 

「……連れて来すぎではありませんか?」

「仲間外れは可哀想なので」

 

 ジト目で問いかけるラフタリアにメリエルはそう答えて、告げる。

 

「さぁ、さっさっと始めましょうか」

 

 メリエルはディスペルの範囲と効果を極大化し、唱えた。

 

 ガラスが割れるような音が響き渡った。

 メリエルはすぐに進むことはせず、1分程の時間を待つ。

 しかし、修復される恐れはない。

 

「よし、あとはちょっとあれを唱えて……」

 

 メリエルの足元に巨大な青い魔法陣が展開される。

 ラフタリアは勿論、全ての者達の視線がメリエルへと固定される。

 

 基本的に、ここに連れてきているのは戦闘の心得があるものばかりだ。

 魔法に関する知識があるのは大前提で、勿論、魔法使いだっている。

 

 だが、そんな彼女達であっても、全くの未知の魔法だった。

 

天地改変(ザ・クリエイション)

 

 熱気を防いで、快適なレベリング生活――

 

 メリエルはそんなことを考えながら、あっさりと砂漠の熱気を抑え込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「色々あった気がするけど、全部メリエル様がやった」

 

 誰かが言ったその言葉に全てが集約されていた。

 

 砂漠であるにも関わらず、ちょっと暑いかな程度に熱気が抑えられ、モンスターが出れば誰よりも先に攻撃して処理し、結界をいの一番に見つけては一瞬で解除してしまうメリエル。

 勿論、全員に食料と水やその他必要なものとそれを入れる袋も彼女は配っていた。

 

 そんなこんなでピクニックのように砂漠を進み、遠目に見えていた赤い輪郭は、今やすぐ目の前だ。

 

 廃墟となった都市というのが、その正体だった。

 そして、メリエル以外の一行は驚くべきものを目撃する。

 

 

 廃墟から悪魔がわんさか出てきた。

 しかし、これまでの展開的に、この後の展開が予想できてしまった。

 

 そして、その予想通りに白い光が一瞬にして悪魔達を包み込み、それが消え去った後、悪魔は消失していた。

 

 空に佇む1つの影。

 神々しい4対8枚の白翼を羽ばたかせ、そこにはメリエルがいた。

 

「馬鹿め! 悪魔は私にとってカモだ! 属性相性的に!」

 

 そんな声が響き渡った。

 絶対ドヤ顔だと誰もが確信した、そのとき、さらなる悪魔の群れがメリエルに襲いかかる。

 

 悲鳴が上がる。

 盲目的で、盲信的な女達はメリエルに必死に言葉を投げかける。

 

 メリエル様後ろ後ろー!

 

 しかし、メリエルは華麗にくるっと回って魔法を放ち、悪魔達を消し飛ばしてみせれば、一転して黄色い声援に。

 その光景に白けた顔をしている者達もそれなりにいる。

 ちなみにラフタリアがその筆頭だ。

 

 

 

 

 

 

「あー、満足した」

 

 さながら気分はヒーローショーのヒーロー役だ。

 バッタバッタと敵を薙ぎ倒し、声援を受けるのも中々乙なもので、メリエルはご機嫌だった。

 ラフタリアが凄い目で見ているが、メリエルは気にしない。

 

 メルティが駆け寄ってきた。

 彼女はミレリアに報告したら、ぜひに連れて行ってくれ、と言われた為だ。

 

 

 目をきらきらと輝かせているメルティにメリエルは鷹揚に頷く。

 そうそうこれこれ、こういう反応が欲しいのよ、とメリエルは満足しながら、大正義降臨と背後に文字を浮かび上がらせてみれば、きゃーきゃーと嬉しそうにはしゃぐ。

 遅れてきたナナもまたメルティと同じような反応で、フィーロやティアも。

 

「……子供に手を出すのは犯罪じゃぞ」

 

 見るに見かねたトゥリナが口を挟んできた。

 

「子供じゃありません!」

「子供じゃないもん!」

 

 メルティとナナの言葉に肩を竦めるトゥリナ。

 その際に彼女の大きな胸が揺れた。

 

 メルティとナナは悔しそうに顔を歪めた。

 

「というか、メリエル。さっさと行きましょうよ。お宝の匂いがする」

 

 レールディアは非常に機嫌が良かった。

 尻尾も機嫌が良い為か、ゆらゆらと揺れている。

 

「ここらのことに関して、何か情報は?」

「知らないわね。ただ、ドラゴンっぽいようなヤツがいる気がする」

「出てくる敵は全部ぶっ殺して、身包み剥ごう」

 

 即断即決、メリエルの判断に誰も異論はない。 

 

 

「のりこめー!」

 

 メリエルの号令一下、廃墟の都市へと突入を開始した。

 侵入を防ごうと閉じられていた門はやる気満々のレールディアによる尻尾アタックで一瞬にして吹き飛ばされ、潜んでいた悪魔達やモンスター達はメリエルの索敵を逃れられず、次々と発見されては虐殺されていく。

 

 とはいえ、さすがに300人で一斉に同じ場所を進むのは効率が悪い。

 それならば仲の良い者同士、あるいは出身が同じ者同士でチームを組ませ、伝言(メッセージ)が使えるようになる装備をもたせた上で、幾つものチームで同時並行的に探索を行った方が良いというのは当然の結論だ。

 

 少し進んだところで、メリエルはそう指示を出し、自分もいつものパーティーメンバーにナナとメルティ、お宝に対する嗅覚が鋭いらしいレールディアと物知りなトゥリナ、メリエルが悪さをしたときの抑え役としてフィトリアを加えて、探索を開始した。

 

 

 そして、メリエルが直接率いるチームはお宝を発見したのだが――

 

「破壊しようとした形跡はあるけれど、できなかったみたいね。悪魔が勇者の邪魔をする為に隠したのかしら……」

 

 メリエルはそう言いながら、手近なところに落ちていた剣を拾ってみる。

 刃が潰されて、あちこちボロボロだが、手入れをすれば使えそうだ。

 鑑定してみれば、こんな状態でもそこらの剣よりも性能が良いことが分かる。

 

 他にも無造作に床に様々な武器や防具が放置されており、それらは全て伝説に出てくるような代物のようだった。

 

「メリエル様、どうしますか?」

「決まっているじゃないの、ラフタリア。床に放置され、朽ちるがまま。これは誰がどう見ても捨ててあった、と判断するわよね?」

「あ、また凄い強引な理論でいくんですね……」

「これ、捨てちゃうんですか? じゃあ、貰っていいですよね!」

 

 メリエルは笑顔で宣言した。

 

「ねーねー! ご主人様ー! フィーロ、あれが欲しいー!」

 

 フィーロがメリエルの服の裾を引っ張って、指差すのは朽ち果てた馬車。

 任せろと、メリエルが取り出したるは1つの丸いゴムボールのようなもの。

 中には粉が詰まっている。

 

 連戦系のレイドボスだと途中で武器や防具の耐久が心配。

 そんなとき、お手入れしてくれるのはこの使い捨てアイテム。

 神器級だろうと完璧に直してくれるのだが、唯一の難点はガチャからそこそこの確率でしか出ないこと。

 スーパーレアという枠に該当するのだが、廃課金者からすれば外れ枠でしかない。

 ウルトラレア1点狙いの為に10万100万単位でカネを出すのが廃課金者なのだ。

 

 メリエルはゴムボールを思いっきり馬車に投げつけた。

 当たった瞬間に割れて、中の粉が馬車に降りかかり、馬車は眩い光に包まれる。

 

 光が収まった後、そこにはすっかり元通りとなった馬車があった。

 

「ご主人様大好きー!」

 

 フィーロはメリエルに抱きついて、頬ずりした後、馬車に駆け寄って抱きついた。

 

「フィーロのー!」

 

 全身で主張するその様にメリエルは、すっかり和んだ。

 それはラフタリアや他の面々も例外ではない。

 

「守ってあげたい、この笑顔」

「メリエル様が言うと、変な意味に聞こえます」

「最近のタヌキチちゃん、きついや……」

 

 しょんぼりしたが、メリエルは気を取り直して、落ちていたものに片っ端からゴムボールを投げつけて、元通りに戻したところで無限倉庫へ放り込んでいく。

 20分くらいでその作業も終了した。

 他のチームから宝物庫らしき部屋の発見はない為、メリエル達はどんどん進んでいく。

 

 そして、怪しげな吹き抜けの祭壇を越えて、禍々しく脈動する壁にげんなりしつつも、一行は玉座の間のようなところにいたのはドラゴンっぽいものだった。

 竜人タイプかー、と思いつつ、メリエルが一撃で始末すると、竜帝の欠片が現れた。

 しかし、それは悪魔の力に汚染されているらしく、傍目にも分かる程に食べたら危険という雰囲気を醸し出していた。

 

「グルメな私はあんなもの食べない。食べたらお腹を壊すわ」

 

 レールディアはあからさまに嫌そうな顔だ。

 とはいえ、食べて貰わないと情報が得られない。

 仕方がないので、メリエルが手を挙げて宣言する。

 

「じゃあ私が食べる」

 

 ぎょっとしてレールディアがメリエルを見つめる。

 

「それじゃあ、フィーロも食べる!」

 

 いつの間にかレールディアの隣にやってきていたフィーロの宣言。

 レールディアはフィーロを驚いて見つめた。

 2人にちょうど挟まれる形になってしまったレールディア。

 竜帝の意地が彼女を奮い立たせる。

 

「じゃ、じゃあ、私が食べるわよ!」

「どうぞどうぞ」

 

 メリエルがそう言うと、フィーロも真似してどうぞどうぞ、と言った。

 うまくノセられた、とレールディアはそこで悟ったが、こんなフリをしてくるなんて想像もできないので仕方がない。

 

「メリエル、浄化して」

「はいはい、この私がガチで祈ってあげるから。感謝しなさい」

「え、できるの?」

 

 テキトーに言ってみただけであったレールディアはメリエルが簡単に承諾したことから、驚いてしまう。

 

「できるわよ。私に解けない呪いは世界全部を覆い尽くして一瞬で焼き尽くしてしまうような、そういうやべーのだけ」

「それは確かにやべーのだわ……」

 

 レールディアが納得してしまったところで、メリエルは浮かんでいる竜帝の欠片をひょいっと掴んだ。

 強力な呪いがメリエルに降りかかるが、彼女は物ともしない。

 念の為に自分が持つ最高の浄化を試してしまおう、とメリエルは竜帝の欠片を両手で握りしめて、その場に両膝をつき、両手を高く掲げた。

 

 そして、彼女は両目を閉じて、深く祈り始めた。

 その背中からは4対8枚の純白の翼が顕現する。

 

「……すごい」

 

 フィトリアがまず口を開いた。

 彼女に同意するかのように、レールディア、トゥリナと頷いた。

 

 何が、と言いかけたラフタリアも、すぐに悟った。

 メリエルを中心にあることが起こっていた。

 それは目には見えないが、確かに感じ取れる。

 

 どっかに潜んでいた悪魔が悲鳴を上げて出てきたが、1秒も経たないうちに消滅した。

 悪しきものを滅する、神聖なオーラは急激に膨れ上がり、完全に周囲を覆い尽くした。

 1分程であっただろうか、メリエルは微動だにしなかったが、やがて両目を開けた。

 

「もういいみたいね」

 

 メリエルの言葉と同時に神聖なオーラは収まった。

 その背中にあった翼は消えている。

 メリエルがレールディアへと竜帝の欠片を差し出せば、すっかり浄化されて、美しく輝いていた。

 

「あ、うん……食べるね」

 

 レールディアは受け取って、一気に飲み込んだ。

 

「メリエル、何で欲塗れのあなたがあんなことができるの?」

「フィトリア、失礼ね……天使だから。もう教えてあるでしょうに」

「大魔王の方が似合うから」

 

 それは褒められているのだろうか、貶されているのだろうか、ちょっとよく分からなかったので、メリエルは深く聞くのはやめた。

 

「メリエル様、今の祈りはいったい?」

「よくぞ聞いてくれたわ、ヴィオラ。アレは熾天の祈りといってね、簡単に言うと呪いの装備を浄化できる私が持つスキルの一つ。何かオマケの効果として、周囲の空間も浄化しちゃったみたいだけど」

 

 ヴィオラは肩を竦めた。

 自分の影が微妙に薄いので、頑張って質問をしてみたが、ツッコミきれない。

 彼女の種族的に、リーダーであるメリエルにそういうことをしては良くない、という思いもある。

 

「ちなみにだけど、私が本気で全力の浄化のオーラを出すと」

 

 メリエルはそこで言葉を切った。

 聞いて欲しいんだな、と誰もが察した。

 

「どうなるの?」

 

 無邪気なティアが問いかけた。

 メリエルはドヤ顔になった。

 

「浄化の力が強すぎて生物だと塩の柱になる。死体も残らない即死ってやつね。耐性があれば耐えられるんだけどね」

 

 えぇ、と一同は困惑した。

 メリエルは得意げに言葉を続ける。

 

「なので、正直な話、私がそのオーラを撒き散らしながらあちこちを歩き回るだけで生物相手には勝てる……私がそうしなかったことを有り難く思い、咽び泣くといいわ。あ、ちなみに対になっている絶望のオーラってのもあるんだけど、こっちは死体が残るから」

 

 メリエルがメルロマルクで色々あった、ということはフィトリアですらもある程度は知っている。

 特に詳細を知っていたり、聞かされていたりするラフタリアやヴィオラ、メルティは顔が思いっきり引きつった。

 

 メリエルがその気になれば、浄化のオーラを撒き散らしながらメルロマルクの城下町や王城を練り歩き、塩の柱を量産できたという事実。

 他国から調査団が派遣されたとしても、塩の柱が何なのかさっぱり解明できないだろうことは想像に容易い。

 メルロマルクの城下町と王城にいた人々は塩の柱を残して全員消えたという恐怖の伝説として語り継がれることになっていたかもしれない。

 

「メリエルって、実は良心があったのね……」

「お主、そんな人の心を持っていたのかと思えてしまうんじゃが……」

 

 レールディアとトゥリナの言葉に他の面々も同意とばかりに頷いた。

 

「まあ、やらなかったのは私が面白くないっていう理由なんだけど。人生において、面白いっていうのは重要」

「……やっぱり外道だったわ」

「人の心を持っているから、誰よりも残酷になれるし、その反対にもなれるのよ、と。で、レールディア。何か新しい情報は? こうなった原因だけでいいわ」

「ようやく聞いてくれたわね。大昔に天才がある装置を発明して、それを使って栄えていたけど、マジカルハザードが起こって吹っ飛んで終わり。その装置、まだ動いているみたいよ」

 

 ふーん、とメリエルは大して興味のなさそうな反応だ。

 ありがちな話だったからだ。

 

「その装置って?」

「経験値を自動で集めてくれる装置らしいわよ。どうもそれが悪さをしているみたいで、悪魔とか呼び寄せているんだか作っているんだか。あ、それと波の黒幕は例の女神で合っているわよ」

 

 なるほど、とメリエルは頷いた。

 そして、あることに気がついた。

 

「……その天才って、発明品を作るなら、いわゆる科学者……錬金術師みたいな?」

「そういうものでしょうね」

「女神経由の転生者?」

「そこまでは分からないけど、まあ、そう考えておいてもいいかもね」

 

 メリエルは「あー……」と何かを察してしまったのか、そんな声を出した。

 

「……地球からの転生者で、科学者……当然、兵器も開発している筈……」

 

 地球、科学者、兵器――

 

 ミサイルどころか、銃も今までのところ発見されていない。

 作られていないのか、あるいは、それらでは威力が不足と考えたのか?

 

 メリエルがそう考えていたときだった。

 

「ねーねー! ご主人様―! あそこにヘンテコなのがあるー!」

 

 フィーロはそう言って、天井を指差した。

 メリエル達は彼女の指差す方へと顔を向けた。

 確かにヘンテコなものがあった。

 

 大きな楕円形の物体。

 ラグビーボールを巨大化したら、あんな形になるだろうというものだ。

 それが天井に何重もの鎖に絡まって、ぶら下がっていた。

 

 傍目には単なるオブジェクトか、あるいはどっかから落ちてきた構造物のように見えなくもない。

 メリエルも玉座の間に入ったときから、見えてはいたが、特に気にも留めなかったものだ。

 だが、こうして目を凝らしてよく見てみれば、その物体にメリエルは覚えがあった。

 

 

 確か、アレって――

 

 形状を頼りに思い出す。

 

 大きなラグビーボール――出っ張った部分が太ったお腹に見える――太った男――

 

 メリエルは正体に辿り着いて、血相を変えた。

 本物かどうかは分からない。

 

 だが、疑わしいものが目の前にある。

 それだけで警戒するには十分な理由だ。

 

 メリエルは深呼吸した。

 

 もしかして、さっき消滅した悪魔、アレを起爆するために隠れていたのでは?

 

 自分だったらそうする、とメリエルは思いつつ、どう処理しようかと悩む。

 

 解体して爆破処理が一番良いのだが、さすがのメリエルも大昔の爆弾の解体処理方法なんぞ知らない。

 だが、良い方法がある。

 

 ブラックホールに吸い込んでしまえばいいのだ。

 ともあれ、ラフタリア達には状況を説明しておく必要がある。

 

「凄く簡単に状況を説明するわ」

 

 急に黙り込んで、血相を変えたと思ったら、一転して冷静になって話しだしたメリエルにラフタリア達は訝しげな視線を向ける。

 

「アレ、私の世界にあった旧式の核爆弾で、爆発するとこの廃墟都市全体が吹っ飛ぶ」

 

 ラフタリア達は目が点になった。

 核爆弾というのは分からないが、とりあえず危険な代物であることは理解できた。

 とはいえ、信じられるものではない。

 

「……えっと、冗談ですか?」

「ところがどっこい、メルティ、たぶん冗談じゃないのよ。さすがにウランじゃないだろうから、汚染はないだろうけど……たぶん魔力を使って、この世界で手に入る代替品を使って作ったやつだろうから……」

「いや、あの、そういう話じゃなくてですね……」

「どう処理するかってこと?」

「そうです。どうするんですか?」

「ブラックホールに吸い込みます」

 

 メリエルの回答にメルティは目をパチクリとさせた。

 それはラフタリア達も同じこと。

 

 ブラックホールって何? 

 

 そんな疑問にメリエルは実演してみせた。

 

暗黒孔(ブラックホール)

 

 楕円形の物体の近くに小さな孔ができ、それはみるみるうちに巨大化し、あっという間にその物体を吸い込んで、閉じていった。

 

「ね? 簡単でしょ?」

「……よく分からないけど、とりあえず良かったです」

 

 メルティの言葉に、そういえば、とメリエルは告げる。

 

「ナナはアイツから核兵器って聞いたことない?」

「聞いたことないよ」

「それならいいわ。もし、ヤツが持っていたら、私も全面核戦争を覚悟しなければいけなかった」

 

 良かった、と胸を撫で下ろすメリエルに遂にラフタリアが口を挟む。

 

「メリエル様、さっさと行って装置を壊しましょう。そして大人しくレベリングしましょうね」

「フィトリアも同じ意見。メリエルに喋らせると、なんか危険」

 

 2人の言葉にメリエルは頬を膨らませたが、すかさずフィーロとフィトリアが両頬を指で突っついた。

 その構図から、フィロリアル形態でクチバシで頬を突かれるメリエルがラフタリア達には連想できてしまい、一同は爆笑の渦に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで一行は更に進み、地下へと潜る。

 その最中、他のチームに進捗状況を報告しつつ、ヘンテコな物体があったら触らないようにとメリエルは伝えた。

 

 幸いにも、あの一発だけだったのか、他のチームから発見報告はない。

 トラップがあったが、メリエル以外の面々が協力して破壊する。

 

 何でもかんでもメリエルに任せっきりは良くないというラフタリア達の判断だ。

 迷路のような地下通路を進み、一行は最深部に到達した。

 

 そこは地下の広大な実験場であった。

 実験場の入り口前の壁には看板が掛かっており、煤けていたが、どうにかメリエルは読むことができた。

 

「システムエクスペリエンス? そのまんまね」

「アレがその装置っていうわけですか……メリエル様、どうしますか?」

 

 いきなり入ることはせず、こっそりと入り口から顔だけ出して様子を窺う面々。

 実験場の床には幾重にも魔法陣が掘られており、その中央には何やら巨大な装置があった。

 その装置の下は赤く光っており、何かの蓋をしているようにも見えた。

 

 ラフタリアの問いかけにメリエルは尋ねる。

 

「ところで聞きたいんだけど、敵の索敵範囲に入る前に敵をぶち殺せるのに、わざわざ敵の前に行きたいって人はいる?」

 

 メリエルの問いに全員が首を横に振る。

 

「情報収集は大丈夫ですか?」

 

 メルティの問いにレールディアが答える。

 

「大丈夫よ。さっきの欠片によればアレは大地に根を張って、人々が強くならないようにする為に経験値を吸い取っているみたいね。あいつを倒せば、経験値は増えるわよ。それこそ活性化地域と同じくらいに」

「問答無用で倒しても良さそうですね」

 

 メルティの言葉にメリエルは尋ねる。

 

「じゃ、いいかしら?」

 

 全員が頷いた。

 それを確認し、メリエルはその場から少し後ろへと離れ、全員に横に退くよう告げる。

 そして、その手に白銀の巨大な槍を顕現させた。

 

「一応、聞きますけど、何ですかそれ?」

「よくぞ聞いてくれた、タヌキチちゃん。これは熾天の槍といって、投擲すれば地殻をぶち抜ける威力があるのだ」

「あ、そうですか。被害がないようにしてくださいね」

「あっはい……」

 

 極まった塩対応、しかし、このノリはメリエルにとって懐かしい。

 

 メリエルさん、それ何ですか?

 よくぞ聞いてくれた、モモンガよ。

 あ、やっぱりいいです。

 泣いた――

 

 メリエルは昔を思い出しながら、バフを幾つか唱えて巨大な装置目掛けて思いっきり槍を投擲した。

 

 装置は防衛機構を作動させたのか、幾重も障壁を張って、迫りくる槍の勢いを止めようとしたが、そんなもので止まるわけがない。

 紙を貫くかのように槍は障壁をぶち抜いて、勢いそのままに巨大な装置の中心に突き刺さった瞬間、眩い光に包まれた。

 

 轟音と振動、衝撃波。

 それらが全て収まった後、そこには装置は跡形もなく、また実験場の天井部分が吹き飛んだのか、空が見えていた。

 

「終わったわね……ん?」

 

 突如として地響きが起こった。

 しかし、メリエルは慌てない。

 まずは他のチームに連絡し、脱出を指示し、そして転移門(ゲート)を開く。

 

「さ、逃げるわよ。地響きが収まったら再調査ということで」

 

 メリエルはにんまりと笑みを浮かべて、そう言ったのだった。

 

 

 




NGシーン

ナナ「核兵器……聞いたことがあります」
メリエル「ちょっと核のパイ投げしてくる」

 世界は核の炎にry


NGシーン

めりえる「機械だから海水に弱い! そーれ!(大津波を引き起こす)」
らふたりあ「砂漠でこれほどの水魔法を!?」
フィトリア「というか、これだとフィトリア達も溺れる」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

波の尖兵、勇猛果敢なる突撃、そして凄惨なる玉砕 ※グロ注意

※グロ注意


 

 

 砂漠の一角を埋め尽くすモンスターの群れ。

 万を軽く超えているんじゃないかという程の数だ。

 

 そんなモンスターの大群へ空から降り注ぐ複数の太陽と隕石と月と多種多様な属性魔法。

 それらを逃れたモンスターは逃げようとするが、待ち構えていた集団によってたちまちのうちに討伐される。

 モンスターが粗方討伐されると、1分もしないうちにモンスターはまた大量に出現し、同時に空から色んなものが降り注いだ。

 断末魔の叫びと共に消し飛んでいくモンスター達は経験値を提供し続けていた。

 

 

 自分や仲間に成長補正ボーナスが入る盾を使い、更にユグドラシル時代にも使っていた経験値上昇などの各種装備を身に纏い、メリエルは狩り続けていた。

 ラフタリア達は途中休憩を挟んだり、夜にはレベリングを終了して戻ったりしているが、メリエルはシステムエクスペリエンスを討伐し、廃墟都市の探索で宝物庫から色んなお宝を回収した後からずーっとレベリングをしている。

 

 

 不眠不休、飲まず食わずで既に4日目に突入し、盾の勇者としてのレベルはガンガン上がっている。

 元々100レベルだったユグドラシル時代のレベルは盾の勇者としてのものと比較すると、非常に遅い。

 ある意味、想定通りの上がりにくさだったので、メリエルとしても特に気に留めていない。

 

「しっかし、あの装置が砂漠化の原因だったとはね」

 

 魔法を唱えながらも、背後に目をやれば廃墟の都市が遠くに見える。

 ついこの間までは砂が吹きすさぶ、枯れた都市であったのに、大きな水柱が見える。

 

 システムエクスペリエンス討伐後の地響きの原因はあの水柱であり、レールディアが言うには龍脈とかその他色々を装置が弄り回した結果、砂漠化していたらしい。

 数ヶ月もすれば緑豊かな土地になるだろう、という予想だ。

 

「ここ、どうするのかしらね」

 

 地理的にはメルロマルクとシルトヴェルトの境界にある。

 砂漠ということで今まで見向きもされていなかったが、緑が復活したとなれば話は別だ。

 互いに領有権を主張し、下手をすれば戦争になるだろうことは間違いない。

  

「ま、一肌脱いであげようかしら」

 

 メルロマルクとシルトヴェルトが互いに戦争し合うのはメリエルにとって利益がない。

 横合いから殴りつけてどっちも手に入れるということもできるが、そんなことをしなくても、もう手に入れたも同然だ。

 

 そのとき、メリエルに伝言(メッセージ)が届く。

 伝言(メッセージ)が使用できる装備やアイテムを持たせてある為、レベリング中はこれでやり取りを済ませている。

 

 伝言(メッセージ)の相手はミレリアだった。

 彼女にも伝言(メッセージ)が使えるようになるアクセサリーを渡していたが、メリエルに直接連絡をしてくることは珍しい。

 

 とはいえ、心当たりはある。

 タクトの件とメディアの件、その両方に関する協議の開催日時が決まったのだろう。

 しかし、メリエルは時間が惜しいので、モンスターを湧かせ、処理するという単純作業の手を止めることはしない。

 

『はい、こちらメリエル』

『メリエル様、例の件の日程が決まりました。3日後にゼルドブルで開催します』

 

 ここにきてゼルドブルか、とメリエルは納得する。

 どうやら彼の国は滑り込みで、利益を得ることに成功したようだ。

 とはいえ、その得られるものは元から参加していた国々と比べると、僅かなものだろう。

 あとから参加してきた国に利益をたくさん与えるような国はない。

 

『それとプラド砂漠の件ですが……色々と得たそうですね?』

『捨ててあったので、拾ったのよ。ゴミを拾って有効活用、環境には優しくしないとダメ』

『それはまあ、良いのですが……そこの土地、よろしければどうでしょう?』

『どうでしょうって何よ、どうでしょうって』

 

 メリエルは分かっているが、敢えてそう尋ねる。

 変な言質を取られるわけにもいかない。

 

『プラド砂漠、あなたの領地……いえ、国を建国しては?』

『めんどくせぇ……』

 

 思いっきり本音がメリエルから飛び出した。

 いくら万能なパワーがあるとしても、面倒くさいものは面倒くさい。

 ましてや建国なんてした日には立法司法行政の各機関の立ち上げから行わねばならない。

 測量による土地調査や他国との国境線の確定の為に交渉その他色々、仕事の量は無限大に広がる。

 

『あなたの国ですから、どんなことをしてもいいんですよ?』

『いや、そりゃそうだけどさ、現状でも私ってそうしているし……』

『とにかく、貰ってもらわないと困ります。メルロマルクとシルトヴェルトの緩衝地帯として』

『やっぱりそれが狙いか』

『当然です。万が一ということもあるかもしれませんし……他国に迷惑を掛けなければ、何でもしていいですから』

『今、何でもって言ったわね?』

『その代わり、こちらも色々と要求させてもらいますけど……同盟とかそういうのですので』

『国を吹っ飛ばされたくなければ従属しろ。盾の勇者たるメリエルが命じる』

『マルティから学生服を借りたので、今度、それを着ますから……それにカルミラ島では色々あってゆっくりできませんでしから、今度は2人で……』

 

 メリエルは渋い顔となったが、欲望に負けた。

 

『分かったわよ。ただ、私が内政した結果、国力が世界一になって超大国になって、世界統一してもいいの?』

『現状でも、あなたがそうしようと思えばそうできるのでは?』

『まあ、そうね……』

 

 メリエルの力は各国首脳の知るところだ。

 正直、彼女が本気で世界征服に動いたら、誰も止められない、という共通した認識があった。

 

『それじゃ3日後にゼルドブルで会いましょう』

『よろしくお願いします』

 

 そして、連絡を終えるとメリエルはモンスターを処理しながら、考える。

 

 国の立ち上げの為にどこから人員を持ってくるか、と。

 メルロマルクもシルトヴェルトもシルトフリーデンもフォーブレイも、にこにこ笑顔で提供してくれるだろうが、それは面白くない。

 どう考えても情報を各々の母国へと流される。

 それはよろしくない。

 

「平和になってから、と考えていたけど、まあいいか」

 

 ユグドラシルの錬金術師スキル、ホムンクルスの作成とこっちで得た盾の新・七つの大罪シリーズの力、そしてウィッシュ・アポン・ア・スターによる制限の撤廃。

 それらを組み合わせて、色んな種族を創ろう、とメリエルは考える。

 

 勿論、自分にとって色んな意味で都合の良い種族だ。

 

「エルフとダークエルフとアマゾネスと……時間が足りない」

 

 とりあえず時間が欲しい、とメリエルは渋い顔になったが、彼女にはやることがいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 3日後、ゼルドブルにメリエルはいた。

 流石に大人数で来る必要もない為、彼女はいつものメンバーで来ようとしたのだが、ラフタリアも含め、もっと強くなりたいと言ってきた。

 このままではいけない、という思いが彼女達には強かった。

 

 なぜならばメディアがメリエルと戦っている間に転生者をけしかけてきたり、波を起こしたりしてきた際、メリエル抜きで対処しなければならなくなる。

 

 これまで十分に助けてもらってきた、いつまでもメリエルにおんぶに抱っこではいけない、と。

 

 メリエルとしても大いに納得し、頑張れと励まして、必要なアイテム類も渡してきたのだが――やっぱり寂しいものは寂しい。

 ネリシェンがシルトフリーデンの代表者として出席することがせめてもの慰めだ。

 

 とはいえ、そんな感情を顔に出すことはなく、メリエルは各国との協議へと臨んだ。

 

 

 

 ミレリアにより事前の根回しが済んでいる為、協議自体は非常にスムーズに進行する。

 まず、タクトの件は前倒しで、さっさと処理することが決定した。

 わざわざ戦争でカネを浪費せずとも、さくっと処理して、ついでにクーデターに加担した、ということで各国とも過激な連中を処理することで合意する。

 その際、証拠を残さない為にも基本的にメリエルが主導して動くことが確認される。

 

 メリエルとしても、乗りかかった船であり、異論はない。

 タクトの件に関する利益分配も彼女の取り分が大きく、また各国ともにメリエルに対し便宜を図ることを約束した。

 

 メリエルはその思惑が手に取るように分かる。

 要するに、便宜を図るから、大人しくしていてくれ、とそういう意味合いだ。

 彼女としても、別に今のような感じであるならば問題はない。

 

 メディアのことに関しても、基本的には人智の及ぶ戦いではないということでメリエルへ丸投げという形が取られた。

 その一方で、各国が緊密に連携を取り、波や転生者に対する対策を実施することで合意する。

 

 そして、いよいよプラド砂漠の領有に関することとなったのだが――特に荒れることもなく満場一致でメリエルへと丸投げされた。

 元々提案してきたミレリア――メルロマルクは言うに及ばず、シルトヴェルトとしても、盾の勇者であるメリエルが領有するなら異論はない。

 フォーブレイやシルトフリーデンもシルトヴェルトと同意見、ゼルドブルは商売の相手として興味津々といった具合だった。

 

 

 

 3時間程で協議は終わり、メリエルはとんぼ返りするのもイヤなので、軽くゼルドブルを見て回ることにしたのだが、コロシアムに目星をつけていた彼女はそこへ惹かれるように向かっていった。

 

 

 

 

「えっ、私は出場できないの?」

「大変申し訳ありません」

 

 謝罪するコロシアムの支配人。

 受付に現れたメリエル、受付係は対応に困り、上へと報告した結果、受付まで支配人が出てきて頭を下げることとなった。

 

「その、メリエル様の御力は聞き及んでいますので……」

「ゼルドブルには来た記憶がないんだけど、知られているの?」

「ええ、まあ……私共としても、興行ですので……」

 

 支配人の言葉にそりゃそうだ、とメリエルも納得する。

 どっちが勝つか分からないから、面白いのであり、賭けが成り立つのだ。

 最初から勝敗が分かっているなんぞ、面白くもなんともないし、賭けが成り立たない。

 

 

 

「あらー、それならちょっとお姉さんと戦ってみない?」

 

 そんなとき、横から掛けられた声。

 メリエルはそちらへと視線を向けると、声色から女性と思われる存在がいた。

 表情が掴みにくい顔で、そして全体的にデカイというのがメリエルが抱いた印象だ。

 シャチが二足歩行して、人語を話し始めたら、こうなるんじゃないか、というような典型だった。

 

 メリエルはある一点に目を奪われた。

 そのシャチの上半身はチョッキを羽織っているが、下はふんどしだ。

 

 あんまり嬉しいものじゃない、とメリエルはげんなりした。

 

 手には布を巻いた棒を持っているが、あいにくと彼女は二足歩行するシャチのふんどし姿という、ちょっとした精神攻撃を受けたので、そこまで気を回さなかった。

 

「私はナディア。ちょっとだけ腕に覚えがあって」

「ですって」

 

 メリエルが支配人へそう声を掛けると、彼は肩を竦めてみせた。

 ナディアに彼は覚えがあった。

 奴隷商が扱う商品であり、また同時にその強さをアピールする為によくコロシアムに出場している。

 中々の強さであり、それなりに人気の戦闘奴隷だ。

 

「うちは関与しませんので……そこらの空き地でやってください」

 

 そんなわけで、メリエルとナディアは近くの空き地へと移動することとなった。

 ちなみに、そのやり取りをしたのは受付場の隅っこ。

 コロシアムの観戦に来た客や参加者もメリエルとナディアのやり取りを見ていたこともあり、面白そうだとくっついてきた。

 

 支配人は頭を抱えたくなったが、彼としてもメリエルがどのくらい強いのかというのは噂に聞いた程度。

 彼もまた野次馬根性で、くっついていった。

 

 

 

 

 

「銛なんて、随分マイナーな武器を使っているわね」

 

 空き地にて対峙したナディアが手に持っていた布を棒から外すと、現れたのは銛だった。

 本来は武器として扱うものではない。

 

「漁師さんに怒られても知らないわよ?」

「大丈夫大丈夫。それで、あなたはどうするの?」

 

 ナディアの問いに、メリエルは少し考えて、問い返した。

 

「ハンデとして素手で戦ってあげてもいいけど、どうする?」

「あらー、もしかしてお姉さん、舐められている?」

「うーん、舐めているというか、正直、もっとハンデをつけてもいいかもしれないけど、どう?」

「お姉さんを舐めると、怖いわよ」

 

 メリエルは悩みに悩み、仕方がなく、そこらに落ちている石ころを1つ、拾った。

 

「じゃあ、これで」

 

 メリエルの宣言にナディアは怒りのあまり頬が引きつった。

 ちなみにメリエルは一切悪意がない。

 煽っているように見えるが、彼女が本気で悪意を持って煽ったらこんなものでは済まない。

 メリエルは善意で、このくらいのハンデでどうだろうか、と示しているのだが……この場にいる者達からすれば、どう見ても無自覚な煽りにしか見えなかった。

 

 

「行くわよ!」

 

 ナディアは銛を構え、駆け出した。

 その速度は野次馬達が驚く程に速く、メリエルへと瞬く間に迫り――

 

 ナディアは腹部に衝撃と痛みを感じ、気がついたら空が上にあった。

 

 

 

 何が起きたか分からなかった。

 お腹のあたりが熱く、そして痛く。

 腕を動かそうとしても、全く動かない。

 

 視線だけどうにか動かしてみれば、そこにはぽっかりと大きな穴が空いていた。

 そこから血が流れ出している。

 

 そして、足音が聞こえてきた。

 やがてそれは間近で止まり、ナディアの顔を覗き込んできた。

 

 メリエルだった。

 

「はいはい、治すからね」

 

 彼女はどこからともなく瓶を取り出すと、その中に入った液体をナディアへとぶっかけた。

 一瞬にして、ナディアから痛みが消えて無くなった。

 彼女は恐る恐る視線を向けてみれば、腹部に空いていた穴は綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「私は石を投げてぶつけただけ。意味は理解できるかしら?」

 

 ナディアはその言葉をゆっくりと頭に染み込ませ、そして目をぱちくりとさせた。

 

「本当に?」

「本当に。ちなみにだけど、私は素手で地割れを起こせる。やってみせましょうか?」

 

 握り拳を作って、地面に振り落ろそうとするメリエルにナディアはストップを掛ける。

 彼女は体を起こした。

 

「流石はメリエル様ってところかしら。ね、お姉さんも仲間に入れてくれない? あ、お姉さん、戦闘奴隷なんだけど、買って」

「別に構わないけど、何が狙いなの?」

 

 ジト目で見つめるメリエルにナディアは告げる。

 

「実はメリエル様のところにいる子と知り合いなのよ」

「嘘だったら……ねじり切る」

 

 メリエルは雑巾を絞るような動作を両手でしてみせる。

 女の手だというのに、まるでとてつもない化け物がそうしているようにナディアには感じられた。

 

「とりあえず、場所を変えましょうか」

「そうしてくれるとお姉さんも助かるわねー」

 

 メリエルの言葉にナディアが同意したところで、メリエルはにっこりと笑った。

 そして、彼女はナディアをひょいっと抱えて、その場から離れた。

 

 呆気に取られていた野次馬達は、そこでようやく我に返ったのだった。

 

 

 

 

 メリエルは野次馬達から十分に離れたところで、転移門(ゲート)を開いて、プラド砂漠の拠点としている場所へ戻ってきた。

 

「……え? 何なの?」

「ちょっとした空間転移魔法というやつ」

「さらっととんでもないことをするのね……」

「よく言われる。で、私のところにいる誰と知り合いなの?」

 

 メリエルの問いにナディアは告げる。

 

「ラフタリアちゃん。同じ村に住んでいたのよ」

「ラフタリアはあなたのことを知っているの?」

「知っているよ。ナディアは偽名で、本当の名前はサディナ。聞いてみて」

 

 メリエルは伝言(メッセージ) をラフタリアへ繋げ、問いかけてみた。

 すると、ラフタリアは驚き、すぐにメリエルとサディナのところへとやってきた。

 

 

 

 

「……世間って狭いわね」

 

 メリエルは思わず呟いた。

 目の前ではサディナと抱き合うリファナとキール。

 その横でラフタリアは嬉しそうな顔で3人を見ている。

 

「ご主人様、また何かやったのー?」

「フィーロ、そういうことを言うと馬車を取り上げるわよ?」

「やー!」

「可愛い奴め」

 

 横からやってきたフィーロをメリエルは撫でまくる。

 

「しかしまあ、美女と野獣……いえ、美女と海獣?」

 

 私の趣味じゃないわね、とメリエルはサディナに判定を下す。

 もうちょっと人っぽい姿なら……とメリエルが勝手に思っていると、サディナがこっちへと歩いてきた。

 

「感動の再会とやらはいいの?」

「大丈夫よーところで、奴隷商のところで手続きをしないといけないわねー」

 

 初めて会話をしたときから思っていたことだが、口調と見た目の不釣り合いが半端ではないとメリエルは思いつつも、告げる。

 

「んじゃ、この後、行きましょうか。ところで、その奴隷商ってこういう見た目のやつ?」

 

 まさかな、とメリエルは思いつつ、無限倉庫からメモ帳を取り出して、そこにさらさらとメルロマルクの奴隷商の見た目を描いてみせる。

 するとサディナは頷き、肯定する。

 

 それなら話は早そうだ、とメリエルは早速サディナを連れて、ゼルドブルへと戻った。

 

 

 

 

 奴隷商からサディナを購入し、ついでに彼女に言われるがまま、ラフタリア達が住んでいた村の元村人だという者達を購入する。

 サディナが言うには戦闘奴隷として賞金を稼いで、奴隷となった元村人達を買い集めていたらしい。

 

 よくもまあ、そこまでやるもんだ、とメリエルは感心してしまう。

 

 そして、プラド砂漠へと再度戻ってきたところでメリエルはサディナに問いかける。

 

「……ところでこれ、なし崩し的に私が面倒を見ることになりそうな予感がするんだけど?」

「あ、あらー? 気のせいよー」

「シャチって焼いたら美味しいのかしら?」

 

 メリエルはサディナの手をがっちりと掴んだ。

 サディナは逃げようとしたが、メリエルからは逃げられない。

 

「私は慈善事業をやっているんじゃないのよ。相応の利益をよこせ」

「……利益って言ってもねぇ、お姉さんをあげるとか?」

「シャチにはどんな調味料が合うのかしらね」

 

 メリエルは無限倉庫から調味料を幾つか取り出した。

 サディナは両手を挙げて降参した。

 

「盾の勇者様って聞いていたのにー」

「そいつは情報が古いわね。最近の勇者は大魔王も兼業なのよ。ところでラフタリアも有名なの?」

「有名ね。お姉さんも聞いたときはビックリしたんだけど、盾の勇者に仕えるラクーン種の凄腕剣士って」

「凄腕剣士? それ初耳なんだけど」

 

 凄腕だったっけ、とメリエルは首を傾げる。

 凄腕のツッコミ役だった気がする、と。

 そもそも剣の腕前を披露したことなんて、数えるくらいじゃなかろうか、とメリエルは不思議に思う。

 

「メリエル様ってめちゃくちゃ目立つじゃない?」

「まあ、そうね」

「で、ラフタリアちゃんって大抵、傍にいるでしょ?」

「ええ」

「そこで色々と尾ひれがついて」

「なるほど」

 

 メリエルも納得である。

 そのとき、妙な気配を多数、彼女は探知した。

 

 メディアの分身体なら、1人で来る筈であり、何よりもこんな殺気を出すわけがない。

 

 

「これは一波乱ありそうね」

「え?」

「いわゆるひとつの、戦闘準備」

「ええ?」

 

 サディナが困惑したが、すぐにメリエルの言葉を理解することとなった。 

 

 

 

 

 

 

「盾の勇者メリエル! 俺の女になれ!」

「うわぁ」

 

 青年の発言に、ラフタリアが思わずそんな言葉を言ってしまったが、それも無理はない。

 

 20分くらい前、メリエルが探知した多数の気配。

 それは波の尖兵達だった。

 それぞれが女達を従えて、わざわざ遠路遥々とやってきてくれたようだ。

 目算で300人以上とかなりの大所帯だった。

 

 まさかこういう事態になるとは思ってもみなかった為、メリエルはプラド砂漠における拠点周辺には何もトラップを設置していない。

 精々が自身の索敵範囲を拡大するネックレスを念の為につけていた程度だ。 

 

 そもそもメディアが命令を下すにしろ、彼女自身が先のカルミラ島での対話において、転生者達ではメリエルには敵わないと発言している。

 というか、メディアはいつくるんだ、もう1週間は過ぎている筈とメリエルは思うが、放置している。

 下手に連絡をすれば、女神である自分の事情も考えないで云々とか何とか言って理不尽に怒り出しそうなので、それはそれで面倒なのだ。

 

 ともあれ、20分という時間的猶予があった為、メリエルは伝言(メッセージ)にてラフタリア達に状況を説明し、戦闘準備を整えてその集団の進路上で待ち構えたのだが――

 

 いきなりさっきの発言である。

 

「なるほどね」

 

 メリエルは尖兵達を見回して、色んな意味で納得する。

 各々、女を囲っている。

 中には女であるにも関わらず、女を囲っている者もいる。

 自分もそうである為、メリエルとしては彼らの気持ちが大いに分かる。

 

 ともあれ、尖兵達は男なら美形、若干名いる女ならば美女や美少女といった具合だ。

 

「要するに、私とその女の子達を手に入れてしまおう大作戦みたいな感じでいいの?」

 

 メリエルの問いかけに彼らは一様に頷いた。

 とはいえ、メリエルにとっては非常に残念であったが、彼ら全員から――取り巻きの女の子達も含めて――全く脅威を感じなかった。

 

「男で自分のことが美形だって人、手を挙げて?」

 

 メリエルの言葉に彼らは互いに顔を見合わせた後、何人かが手を挙げた。

 確かに美形である。

 これは間違いない、メリエルも認めるところだ。

 とはいえ、彼らにとって残念であったことはメリエルがのこのこと出てきてくれた敵を見逃すことがないということだ。

 だが、情報収集は必要だ。

 

「何でこのタイミングで?」

 

 メディアとは話がついている。

 彼女が命じたようにはどうにもメリエルには思えなかった。

 

「メリエル、君は何か勘違いをしているようだが……君も転生者なのだろう?」

「転生者……なのかしらね」

 

 ちょっと事情が特殊な為にメリエルとしても困るところだ。

 あと転生者というキーワードを出しても、目の前の青年は爆発していないので、微妙に制限が違うようだとメリエルは判断する。

 女神と転生者がくっつくとヤバイのかしら、と思いつつ。

 

「だが、君は随分と調子に乗りすぎた。だから、こうして罰を与えにやってきたわけだ。意外と賛同者が出てね。早い話が我々の女にしてやるから、降伏しろ」

 

 彼の言葉にメリエルはさり気なく、視線を巡らせてみた。

 ラフタリアやヴィオラ、その他プラド砂漠でレベリングをしていた子達。

 

 彼女達の顔には憐憫しかない。

 まるでこれから屠殺される牛や豚を見るような、そんな顔をしていた。

 

 いや、普通ならここでラフタリアあたりが怒って反論してくれるんじゃないかな、とメリエルは思ったが、どうもそういうことはしてくれないらしかった。

 

 真面目なタヌキチちゃんが不真面目なタヌキチちゃんになってしまった、とメリエルは肩を竦めてしまう。

 

「とりあえず、リーダーというか、引率者はあなたでいいの?」

「一応、そういうことになっている。これでもレベルは高いんだ。94だぞ!」

 

 ドヤ顔で胸を張る彼にメリエルはなるほど、と頷いてみせ、声を掛ける。

 

「美形ね」

「そうだとも!」

「それなら、もっと美しい顔にしてあげるわ」

 

 メリエルは女神のような微笑みを浮かべた。

 彼がその言葉に反応するよりも早く、彼女は動いた。

 

 一瞬で彼の目の前に行き、その顔を掴んだ。

 そして、魔法を唱えた。

 

 青年の絶叫が響き渡る。

 メリエルが唱えた魔法は強力な酸を発生させるものだ。

 彼の顔は焼け爛れ、見るも無残なものとなった。

 

「ほら、美しい顔になったわ」

 

 手を離してやれば、彼は両手で顔を抑えて悲鳴を上げながら転がりまわる。

 メリエルは嗜虐的な笑みを浮かべ、彼の胴体を踏みつけて固定した。

 

「サッカーをしましょう。ボールはあなたで」

 

 メリエルは思いっきり彼の頭を蹴り飛ばした。

 瞬時に頭部は破裂し、胴体からの血液が地面に広がっていく。

 

 あまりにも、呆気なく、そして凄惨な光景に尖兵達は言葉を失った。

 ラフタリア達は、やれやれと溜息を吐く者と素敵と目を輝かせる者に分かれた。

 

 

 次にメリエルは手近な青年に目をつけた。

 魔法でもって鎖を構築し、巻きつけて拘束、そして引き倒す。

 

「う、嘘だろ!? やめてくれ!」

 

 同じように頭を蹴られると確信した彼は泣きながら懇願するが、メリエルは微笑む。

 

「こんな美少女に蹴り殺されるなら本望じゃない? 我々の界隈ではご褒美と言うんじゃないの?」

「嫌だ! 死にたくない!」

「やれやれだわ」

 

 メリエルは溜息を吐いて、昔に動画サイトで見た大昔の玩具のCMを真似してみる。

 

「頭を胴体にシュート!」

 

 横たわった青年の頭頂部から蹴り飛ばし、胴体にぶつけ、木っ端微塵に破裂させた。

 

「あんまりエキサイトしないわね、これ」

 

 メリエルは次の獲物を探すが、そこでようやく尖兵達は各々の得物を取り出して、抵抗の構えを見せた。

 

 そうこなくては、とメリエルは舌なめずり。

 とはいえ、ここは一つ、彼らに地球的な恐怖を味あわせてやろうと彼女は考えた。

 

 メリエルは伝言(メッセージ)で、連絡を行う。

 銃を得物としている面々だ。

 

 そうこうしている間に雄叫びを上げて、尖兵達が突っ込んできた。

 魔法を唱え始める者もいた。

 

 すかさずにエリー達が前へと駆け足で出張った。

 メイドも含めて合計で40名くらいが銃を得物としている者達だ。

 

 その手にあるのはアサルトライフル。

 

 そして、一斉に射撃を開始した。

 メリエルからの指導の賜物で射撃姿勢といい、構え方といい、初期と比べると雲泥の差だ。

 当然、その命中率も比較にならない程に良い。

 

 バタバタと次々に尖兵達は倒れていく。

 突っ込んできた者も、魔法を唱えていた者も等しく。

 勿論、取り巻きの女達も。

 

 とはいえ、敵の数は多く、弾切れとなった時点でまだ半数くらいは残っていた。

 

 もっとも敵は既に逃げ腰だが、逃がすわけにはいかない。

 

 メリエルはフォーブレイから持ってきたある物を無限倉庫から取り出した。

 タクトがこれをすれば、彼の私兵はもっと強くなっていた、とメリエルが確信しているものだ。

 彼女が調べた限り、機関銃は戦闘機や爆撃機などの航空機用のものしかなかった。

 

 あるいはそうしなくても十分と彼が判断したのか、そこまで手が回らなかったのか。

 それとも単に地球と同等の威力を発揮できる程度にまでレベルを上げられる人材がいなかったのか。

 

 ともあれ、メリエルはとても残酷なことをしようとしていた。

 

「50キャリバーをこんな世界で撃つことになるなんてね」

 

 メリエルが取り出したのはブローニングM2機関銃。

 フォーブレイ軍の航空機から取り外し、簡易な三脚をくっつけたものだ。

 タクトが見様見真似で説明して出来上がった機関銃がこれなのか、それとも彼はこの知識まであったのか、そこも分からないが、M2の現物がこの世界にあって、メリエルの手によってこの場にある。

 

「弾丸はたっぷりあるから、遠慮なく貰っていって」

 

 メリエルは手慣れた動作で、フタを開けて弾帯をセットし、レバーを2回引いて装填を完了する。

 生き残った尖兵達は一斉に逃げ出したが、もう遅い。

 

 メリエルは躊躇うことなく、射撃を開始した。

 その威力と射程、連射力は素晴らしく、アサルトライフルの弾丸は原型を留めた死体が残ったが、こちらはマトモな死体が残らない。

 いくらレベルによって身体能力が決まるとはいえ、その射程から逃れるには時間がなかった。

 銃弾の速さや連射力は勿論のこと、M2の有効射程は2kmであり、最大射程は6kmを超える。

 ましてやガンナーがメリエルだ。

 レベルによって色々と決まるこの世界の法則は、この世界で作られた(・・・・・・・・・)M2には適用される。

 

 盾や鎧、防御魔法もぶち抜いて、あっという間に敵は全滅した。

 

「やっぱりコレが一番ってはっきり分かる」

 

 大抵の場合、こういう兵器の方がよっぽどファンタジーな性能をしていることをメリエルは実感する。

 

 とはいえ、メリエルの方がよっぽどファンタジーだ。

 何しろ、彼女は実験ということでM2を撃ち込んでもらったが、真正面から食らっても小石がいっぱい当たっている程度にしか感じず、一切のダメージを受けなかった。

 

「メリエル様、掃除、どうしますか?」

 

 ラフタリアの声掛けに、メリエルは我に返った。

 辺り一面死体と肉塊と肉片だらけで、地面は血液により、どす黒く染まっている。

 

 いくら何でも片付けないとまずかった。

 

「えっと……」

 

 メリエルがラフタリアへと顔を向けると、彼女は顔を逸らした。

 ならば、とヴィオラへ向けるも逸らされ、フィーロとティアは既に姿がない。

 

 エリー達にもちょっと嫌そうな顔をされてしまっては、無理強いはできない。

 

「分かったわよ、私が掃除すればいいんでしょ!」

 

 メリエルは泣いた。

 

 

 

 

 

 

「あー、ラフタリアちゃん、その……メリエル様って本当に勇者?」  

 

 一人で泣きながら魔法で水を出したり、炎を出したりして死体の処理をしているメリエルを遠目に見ながら、サディナは問いかけた。

 

「信じられないことに本当に盾の勇者なんです」

「お姉さん、世界の理不尽というか、疑問というか、そういうものを感じてしまったわ」

「ですよね。でもまあ、いい人なんですよ。やっていることは大魔王ですけど」

「もっとこう、お人好しで優しくてーみたいなものを想像してた」

「お伽噺ではそうですけど、あいにくと現実は違うみたいです」

 

 サディナは頭をかいた。

 

「私、もしかしてとんでもない人のところに転がり込んだ?」

「残念ながら……」

「あらー……」

 

 どうしましょう、とサディナは困った。

 いくら何でもメリエルはアクが強すぎる。

 

 ラフタリアが変に染まったりしないで、真っ直ぐに育ってくれたのは奇跡だ、とサディナは驚くばかりだ。

 

「ラフタリアちゃん、メリエル様から……その悪いことをされたりとか?」

 

 ラフタリアはその問いかけに、サディナが何を言いたいか、何となく分かった。

 

「優しい人なんですよ。奴隷だった私を買った時、真っ先に治してくれて、可愛い服とかくれたり、絵本とか美味しい料理とか……」

 

 思い出されるのは初めて出会ったときのこと。

 ラフタリアにとって、まさに運命に出会った瞬間で、きっとどれほどの時間が経とうとも鮮明に思い出すことができるだろう。

 

「ヴィオラさんにもそうですし……その、メリエル様は色々とぶっ飛んでいますけど……」

「……そーなんだ」

 

 サディナはその様子に、ピンとくるものがあった。

 主従とか、そういうものを超えてラフタリアはメリエルのことを思っていると。

 

「噂に聞いたんだけど、メリエル様って本当に両性具有なの?」

「私は見たことないですけど、本当みたいです。あと、薬で簡単に性別を変えたりもできるそうで」

「……メリエル様って何なの?」

「理不尽が服を着て歩いている感じです」

 

 サディナは言い得て妙だと感心してしまう。

 確かにアレは理不尽の権化そのものだ、と。

 

「ところでラフタリアちゃん。その、村を再建するって気はある?」

 

 サディナは遠慮がちに問いかけると、ラフタリアは困った顔になる。

 

「メリエル様には言ってないですよね?」

「言ってないよ」

「メリエル様に言うと、予想外のことを仕出かすので、私もさらっとしか昔のことは教えてないです」

「あっ……」

 

 サディナは察してしまう。

 確かにメリエルに頼めば、色々とやってくれそうな感じはするが、斜め上のことをやらかしそうだ。

 

 例えば、ルロロナ村に港を作ろうと言って、世界一巨大な港を作ったりとかしそうだ。

 違う、そうじゃないという行動の典型だろう。

 

「基本的に、他人の過去とかそういうことは詮索しない、そして気にしない人なので、言わなければ大丈夫です」

「分かったわ……で、どう?」

「正直に言えば、したいです。あの旗をもう一度……ただ、メリエル様も放置しておけないので……何分アレですから」

 

 ちらっとメリエルに2人が視線を向ければ、原型を留めた死体を組み合わせて、前衛的過ぎて誰にも理解できない不気味で冒涜的なものを作っていた。

 

「……アレですから」

「アレだったかー」

「普段ならレールディアさんやトゥリナさんがいてツッコミ役が足りているんですが、レールディアさんはアシェルさんを連れて、トゥリナさんは単独で数日前に用事があると言ってどこかへ行きまして……」

「なるほどー……お姉さんはどうしようかな……」

 

 過去の恩から、ラフタリアの一家を生きる意味としており、それは今も変わってはいない。

 ラフタリア、それにリファナやキールもいるから、このままメリエルのところで世話になるのが一番いいのだが、メリエルが過激過ぎる。

 3人を連れて、彼女のところから去るというのは無理だろうとサディナは確信している。

 単純に3人がメリエルから離れたがらないだろうと想像できるからだ。

 

 悩むサディナに首を傾げつつも、ラフタリアはあることを思い出す。

 

「そういえばサディナお姉さんはお酒が好きでしたよね?」

「うん、好きだよー」

「メリエル様、なんか凄いお酒を持っているらしいですよ。長いこと生きているトゥリナさんとかレールディアさんも唸る程の美酒だとか何とかで」

「メリエル様ってお酒は強いの?」

「強いと思いますよ。酔っ払ったところとか見たことがありませんから」

「ちょっとメリエル様と腹を割って話したいから、うまく取り次いでくれる?」

「いいですよ」

 

 ラフタリアの承諾にサディナは腕を組む。

 これでメリエルを見極める、もしもダメそうならどうにかしてラフタリア達を引き剥がすと彼女は決意した。

 

 

 

 そして、その夜。

 早速サディナはメリエルと1対1で飲むことになったのだが――

 

「このお酒、美味い……」

「当然よ」

「もっとー」

「はいはい」

 

 即落ち5秒。

 酒を飲んですぐにサディナはほろ酔い気分になった。

 メリエルが出してきた酒はサディナがこれまでに呑んだどの酒よりも美味かった。

 

 神々の酒だと言われても納得してしまうくらいであり、またメリエルが出してくるツマミもこれまた美味しかった。

 

「メリエル様、私の嫁になって」

「シャチはちょっと……私にも選ぶ権利があるはずよ」

「何をー!?」

「チョッキはともかく、シャチのふんどし姿とか誰も見たくはないので」

「失礼なー! 獣人の姿だからこんなんだけど! 見てなさいよー!」

 

 サディナはそう言って、亜人の姿へと変化した。

 メリエルは目をぱちくりとさせ、何度も手で目を擦る。

 その反応にサディナは満足げに笑う。

 

「どうだー! お姉さんの真の姿はこれだー!」

「あなたを詐欺罪で起訴します! 二足歩行のシャチがこんな綺麗なお姉さんになるなんてずるいずるい!」

「お姉さんに平伏するがいいぞー!」

「これは平伏したくなるので、平伏した」

 

 へへー、とメリエルは頭を下げた。

 サディナはノリが良い彼女に気分が良くなる。

 

 昼間にあんな過激なことをしたとは、とてもではないが思えない。

 

「手のひら返したけど、もう遅い。お姉さんのことを二足歩行するシャチって……いや合っているけど、色々とひどい言葉を……」

「お姉さんのふんどし姿が見たいので見せてください」

「ダメー、見たくないって言ったから見せないー」

「そんな殺生な……」

 

 涙目になるメリエルにサディナはけらけら笑う。

 

「で、メリエル様。ラフタリアちゃん達のことだけど……どうするつもり?」

 

 一転して真面目な顔となってサディナは問いかけた。

 対するメリエルもまたおふざけなしの真面目な顔で告げる。

 

「彼女達が望む幸せにする。必ずね。勿論、面倒もずーっと見る。私のところから抜けるっていうのも彼女達が望めば私は止めない」

 

 その言葉にサディナは思わず目を見開いた。

 てっきり傍若無人なことを言うかと思ったが、その予想は外れてしまった。

 

「いや、私って裏切りには色々と罰を与えるけれど、それ以外に関しては緩いわよ? それと、敵に容赦しないのは常識だと思っているから」

「後者は納得できるけど、本当に緩いの?」

「緩いわよ。あと待遇もいいわよ」

 

 メリエルはサディナへラフタリア達と同じ待遇が記載された雇用契約書を見せる。

 彼女はそれを受け取り、隅から隅まで読んで、顔を上げた。

 

「メリエル様……私も雇用して欲しいんだけど。何これ、近衛騎士とかでもこんなに良い待遇じゃないわよ……」

「私の下に来ると、王族よりも良い暮らしができるわよ。それが甲斐性ってものだと思っているので」

 

 サディナの心はかなり揺れ動く。

 

「何か、酷いことをしたりとかは?」

「自分の女にはそういうことはしないわよ。色々と面倒な事情はあるけど、そこらはラフタリアに聞いて欲しい」

「面倒な事情?」

「早い話が、波の黒幕と今度、世界の命運を賭けて1対1で戦うのよ」

「……え?」

 

 サディナは目が点になった。

 

「まあ、そういう反応よね。でも、本当のことよ。昼間に現れた連中みたいなのは波の尖兵で、黒幕が送り込んできた可哀想な連中」

「あーうん……ちょっと頭の中を整理させて」

 

 サディナは両手でストップと意思表示。

 5分くらい掛けて、彼女はどうにか頭の中を整理した。

 

「ちなみに、誰がどこまで知っているの?」

「メルロマルクとフォーブレイとゼルドブルとシルトフリーデンとシルトヴェルトの偉い人達」

「主要国家全部じゃないのよ!」

「世界の危機なので。民衆の知らないところで、最終決戦の準備が進められているのよ。まあ、黒幕と直接戦うのは私なんだけど」

「どういう戦いになるの?」

「時間跳躍とか時間停止とか因果逆転とか、そういう攻撃がポンポン飛び出てくる次元」

 

 サディナは両手を挙げた。

 

「お姉さん、降参するわ」

「よっしゃ勝った」

 

 メリエルは勝利の美酒とばかりに、自分のグラスに酒を溢れる程に注ぎ、一気に飲み干した。

 それを見て、サディナも負けじと同じようにグラスに注ぎ、飲み干す。

 

「お姉さんに飲み比べで勝ったら、好きにしていいわよー」

「本当?」

「本当よ、本当。お姉さん、自分よりお酒が強い人を生涯の伴侶にするって決めていてね」

「よし、朝まで呑もう!」

 

 メリエルは勝利を確信した。

 

 

 

 翌日、サディナとメリエルが呑んでいた部屋は離れていても鼻や目に染みる程の強い酒の臭いが感じられた。

 ラフタリア達により決死隊が編成され、突入を敢行するとそこには酒瓶を抱えて眠るサディナの姿があった。

 彼女には毛布が掛けられており、メリエルの姿は無かった。

 

 伝言(メッセージ)をラフタリアが使用して、連絡を取ってみれば、魚介料理が食べたくなったとかで、カルミラ島で優雅に朝食を食べているとのことだった。

 

 メリエルの行動はいつものことだったが、サディナがメリエルにどういう感情を抱いたか、火を見るより明らかだった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たなる性癖、覚醒のタクト タクトよ、安らかに眠れ

微エロ注意


 

 

 

 タクトはマルティに従い、彼が居住している城の応接室へと向かっていた。

 会って欲しい人がいると言われた為だ。

 

 いったい、誰なんだろうとぼんやりと考えながら彼が歩いていると、やがて部屋の前へと辿り着いた。

 そして、扉が開かれ、そこにいた彼女に彼は目を見開いた。

 そのまま彼を放置して、マルティはさっさと彼女の下へ。

 その彼女は椅子に座り、ネリシェンの頭を優しく撫でている。

 そして、傍にいるのはネリシェンだけではない。

 

 死んだ筈のエリーやナナ達までもがいたが、レールディアやトゥリナ、アシェルはいなかった。

 彼女達はタクトへ、まるで豚でも見るかのような視線を向けている。

 

「どういう、ことだ?」

 

 タクトの問いかけ、しかし誰も答えない。

 くすくすという嘲りの笑いが数人から巻き起こる。

 

「簡単な話ですわ、タクト様」

 

 マルティは口元を歪めて、笑い、そのまま椅子に座っているメリエルに抱きついた。

 

「メリエル様とは、こういう関係なの」

 

 マルティはメリエルに口づけた。

 そのまま深く、情熱的なキスへと発展する。

 

 タクトは膝から崩れ落ちた。

 彼は理解が追いつかなかったが、それでもどうにか自分が踊らされていたことだけは何となく理解できた。

 呆然と彼はマルティとメリエルの行為を眺めて、唾を呑んだ。

 頭に浮かんだのは、たった一言。

 

 

 えっちだ――

 

 

 メリエルは両性具有で、マルティや、おそらく他の女達も寝取られていた――

 

 こんな状況にも関わらず、彼は自分の下半身が元気になってしまうのを感じた。

 新たな扉を開いてしまった瞬間だった。

 

「タクト、あなたは最低の男だった」

 

 ネリシェンから侮蔑の視線を向けられ、タクトは背筋がゾクゾクした。

 

「あなたは私達に求めるばかりで、何もしてくれなかった」

 

 シャテの言葉にタクトは体を震わせた。

 今の彼の体に迸る感情は怒りや悔しさなどではない。

 エリーやナナといった、彼がマルティに唆されて、牢屋に入れた面々からも罵倒されるが、タクトには何の痛痒もなかった。

 

「それはマルティが……」

 

 一応反論はしておかなくては、と思い、タクトはそう告げた。

 しかし、メリエルは告げる。

 

「責任転嫁は良くないんじゃないかしら。ね、マルティ?」

「ええ、そうよ。こういう男なので、皆、愛想を尽かしてしまうのよ」

 

 何となくタクトはそれで、メリエルが全部仕掛けてきたのだろう、と予想がついた。

 だが、そこが弱点だと彼は見抜く。

 

「マルティがエリーやナナ達は反逆の意志や良からぬことを考えていると、そういう罪があったと言って、牢屋に入れさせた。拷問をするように進言したのもマルティだ」

 

 タクトの言葉、しかし、エリーやナナ達の彼を見る目は変わらない。

 

「最低な男。この期に及んで、言い訳なんて……」

「こんなクズと血が繋がっているなんて、最悪です」

 

 エリーとナナの言葉。

 メリエルは軽く頷いた。

 

「でも、タクト。証拠がないでしょう? それにマルティだって、イヤイヤあなたに従っていたという証拠があるわ」

「証拠?」

 

 タクトの問いかけに、メリエルは鷹揚に頷いた。

 

「あなたがマルティをレイプしている映像、いっぱいあるのよ。それを見て、エリーやナナ達もマルティが被害者で、あなたが加害者ということに納得しているわ。あなたはその残虐な性癖をこれまで隠して、そして解き放った」

 

 事情を知っている者からすれば三文芝居もいいところだ。

 とはいえ、タクトは勿論、エリーやナナ達、メリエルに助け出された側からすればメリエルによってもたらされる情報こそが真実であると信仰している。

 

 それこそ、かつてのタクトに対する彼女達のように。

 

「端的に言えば、あなたは失敗した。忠誠心っていうのは、何もしなくても維持できると思ったら大間違いよ。あなたは溜め込んだカネを、彼女達にどういう形でもいいから還元するべきだった。 身近な存在だから、とエリーやナナ達に、求めるばかりだったんじゃないの?」

 

 タクトは何も言えない。

 事実、そうであったからだ。

 

「YESであるなら、沈黙でいいわ。NOであるなら、そう答えてくれればいい。あなたは地球の日本、その学生か?」

 

 タクトは無言だ。

 

「あなたは女神メディアによって何かしらの能力を与えられて転生したの?」

 

 彼は無言だ。

 なるほど、とメリエルは理解する。

 

 ある意味、タクトが一番厄介だったのでは、と彼女は思う。

 もう少しうまく、彼が立ち回っていたら、多少手こずったかもしれない、と。

 

 理由としては幾つかあるが、もっとも大きなものは彼の産まれた場所と一族にある。

 彼は末席とはいえ、王子であり、フォーブレイという国家を動かせる。

 そのメリットは非常に大きい。

 

 そのとき、タクトが問いかけた。

 

「俺は死ぬのか?」

「ええ」

「お願いがあるんだが、いいか?」

「命乞い以外なら」

「踏んでくれ。素足で」

 

 メリエルは目をぱちくりとさせた。

 マルティ達も、同様だ。

 

 いったい、今、彼は何と言ったのだ?

 

 メリエル達に共通する疑問だった。

 しかし、そんな彼女達を放置して、タクトは立ち上がり、朗々と告げる。

 これまでにない程に活き活きとした顔で。

 

「ふたなり美少女勇者に幼馴染や妹、恋人達が全員寝取られた! なんだこれ! えっち過ぎる! シコリティ高すぎんよー!」

 

 メリエルは、何だかタクトに親近感を覚えてしまう。

 

「メリエル様! このゴミを早く焼却処分すべきよ!」

 

 マルティは怒り心頭でそう叫んだ。

 他の面々も一気に殺気立ち、今にもタクトに飛びかからんとしている。

 まぁまぁ、とメリエルが抑えて、告げる。

 

「あー、タクト君」

「はい!」

「次もまた転生できるかどうか分かんないけど、もし転生できたらコミケとかで私に関するエロ本とか書いていいから」

「分かりました! 気合で死ぬ気で転生します! あ、男はダメですか!?」

「ふたなりと男のカップリングもいいけど、やはりここは美少女か美女が良いと思う。ふたなりとふたなりでもいいけど。男は男でも男の娘ならセーフ」

「気合でふたなり美少女に転生します! やっぱり掘って掘られてって素敵ですよね!」

「あっはい……その、じゃあ、なるべく痛くないように……」

「できれば素足で踏みつけて、首絞めで殺してくれると捗ります!」

 

 目を輝かせるタクトに、メリエルはドン引きした。

 

 何でここにきて新たな性癖に目覚めているんだ――

 こいつ、転生してふたなり美少女になって私を追っかけてきたりしないよね?

 

 そんなことをメリエルが心配してしまうくらいに。

 

「メリエル様、本当にこいつ、最低な奴だわ」

「射殺するべきよ」

 

 ネリシェンとシャテの言葉。

 しかし、メリエルとしてはタクトの最後の願いというか、同好の士ということで、願いを叶えてやりたい気もする。

 万が一、転生して、自分の追っかけになろうともだ。

 

 

「じゃあ、その、横になって」

 

 タクトは床に仰向けに寝そべった。

 メリエルは椅子から立ち上がり、彼が何かしらのトラップや呪いなどを仕掛けていないか、確認する。

 

 そして、メリエルは片足の靴と靴下を抜いで、素足になった。

 マルティ達は信じられないといった顔で彼女を見つめる。

 

 メリエルは言い訳に窮するが、どうにか言葉を搾り出す。

 

「こ、これから死ぬことになる者へ……そう! いわゆる、死者への手向け! 死者への手向けだから! どんなに最低な敵であったとしても、礼儀を尽くすことで、気持ち的になんかこう、いい感じになるような、その……なんか満足して成仏するんじゃないかしら……」

 

 さすがのメリエルもどんどん尻すぼみになっていった。

 

「流石はメリエル様です。このようなゴミに、そんな寛大な御心で……」

 

 思わずメリエルが視線を向けると、そこには感動したといった顔のエリーがいた。

 よくできたメイドだ、あとで臨時のボーナスをあげようとメリエルは考えつつ、他からツッコミを入れられる前にさっさと行うことにした。

 

 ゆっくりとその白い足を彼の顔に乗せ、体重を掛ける。

 息遣いが荒くて、メリエルは早くも後悔したが、死者への手向け死者への手向けと何度も念仏のように心の中で唱える。

 

「な、舐めていいかな!? ていうか、舐める!」

「ひゃぁっ!?」

 

 足裏を舐められて――というか、むしゃぶりつかれてメリエルは悲鳴を上げた。

 マルティ達は、普段では絶対に見られない女の子らしいメリエルの表情と悲鳴に思わず、揃って感嘆の声を上げてしまう。

 

 女の子なメリエル様もいいわね――

 いい――

 これからはむしろ積極的に襲うべきだわ――

 私達も両性具有になればメリエル様を――

 メリエル様のお御足――

 

 そんなやり取りがなされるが、メリエルはそんなことまで気が回らない。

 こういう風に責められた経験は無いために。

 

「ああ良い匂いだなー! 少し蒸れた感じが堪らない! 実は足フェチだったけど、遠慮してたからなー! メリエルの足裏最高!」

 

 むしゃぶりつきながら、そんなことを口走るタクト。

 メリエルは切れた。

 

 とはいえ、足で踏み潰すのはイヤだったので、彼女は真なる死(トゥルー・デス)を唱えた。

 

 

 タクトは死んだ。

 しかし、彼の顔は非常に安らかで、かつ、満ち足りたものだった。

 我が人生に一片の悔い無しとでも言いたげな程に。

 

 

「……凄く疲れた。何でかしら、当初のシナリオとは全然違ったものになった気がする」

 

 マルティへの報酬として、タクトに皆でネタバラシ、絶望する彼にネリシェン達からの言葉で追撃。

 最後に無様に命乞いする彼を笑いながら射殺というのが当初の予定だ。

 

 しかし、タクトが新たな扉を開いてしまった為、色々と台無しになってしまった。

 最終的にはメリエルが彼に変な親近感を覚えてしまったことが原因だ。

 

 さっさと処理してしまえば良かったのだが、メリエルが自分の欲望に素直になってしまった結果だ。

 自分の責任だとメリエルは受け入れつつも、変に恨まれて化けて出てこられるよりも、安らかに逝けたというのはいいんじゃないかしら、と判断し、結果として影響はない、と評価する。

 

「メリエル様、どうしてタクトに慈悲を?」

 

 マルティの問いかけにメリエルは数秒の間をおいて答える。

 素直に白状した方がいいと判断した。

 

「その、同好の士は大事にしたいなって思って……」

「……最低な男だったのに?」

「まぁね……なんというか、その……」

 

 言い淀むメリエルにマルティはジト目を向ける。

 

「もう、仕方のない人なんだから。ちょっと不完全燃焼だから……いい?」

「勿論よ」

「じゃあ、皆にメリエル様の女の子なところを見せてね」

 

 マルティはにっこり笑顔で、そう言った。

 メリエルはとんでもない地雷を踏んだのでは、と思ったが、彼女はそういうのアリだなと確信する。

 

「タクトに汚された足を、ちゃんと綺麗にしないとね?」

 

 妖艶な顔でマルティがそう言い、メリエルは期待に胸を膨らませたのだった。

 

 

 

 






死んだタクトが目覚めると、そこは――

フォーブレイだった!
鞭の勇者(偽)のやり直し。


現代日本(元の世界)だった!
タクト(現実の姿)による、絵師への道。
ふたなり美少女による寝取り本作成を目指す。


メディアの前だった!
メディア「願いを叶えて、転生させてあげましょう」
タクト「ふたなり美少女にしてくれ」
メディア「」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミレリアの気づき なお勘違いの模様

 タクトを片付け、各国における過激な連中を各国の影達と協同でメリエルは始末を終えた。

 情報は出揃っていた為、非常にスムーズな仕事であり、彼女としては大満足だ。

 とはいえ、メリエルには次なる難題が降り掛かっていた。

 プラド砂漠に関する統治の件だ。

 

 

 

「国名、考えないとダメなのよね……」

 

 シルトヴェルトの屋敷、その自室にてメリエルは途方に暮れていた。

 

 

 元々放置されていたとはいえ、法律的にはメルロマルクとシルトヴェルトの領土を割譲してもらったという形になる。

 その為に新しく独立国家として誕生するのだが――根本的なところでメリエルは悩みに悩んでいた。

 

 

「メリエル様の国なので、素直にメリエル国ではダメなんですか?」

 

 お手伝いとして派遣され、書類整理をしてくれているメルティは問いかけた。

 

「それは安直過ぎるわよ。なんかこう、カッコ良くて、エレガントで、パーフェクトな感じのやつがいい」

「ワガママですね」

「世界一ワガママなので」

「世界一ワガママ国というのはどうでしょうか?」

「それがカッコ良くてエレガントでパーフェクトだと思うのなら、あなたに対する評価を改めないといけないわね」

 

 そんなやり取りをしつつ、メリエルは書類の束に目を通していく。

 国名以外は順調だ。

 全てがまだ書類上の段階である為、人手もそこまでいらない。

 

 基本的にメリエルのリアルにおける国家の成功と失敗に基づいた、良いとこどりの政策を実行する。

 廃墟となった都市は取り壊したりはせず、観光資源として活かしたり、植林をして大森林を作ったりと環境に優しい形をメリエルは目指している。

 

「バル・ベルデ……うーんなんか違う」

「プラドリエルとかどうでしょうか? メリエル様の名前と地名を組み合わせただけですけど」

「あ、それいいわね。プラドメリエルだと何か微妙だし」

「プラメリエとかもいいかもですね」

「一文字変えて、プラメリアとかもいいわね……何かプラナリアみたいだけど……プラドリエルにしましょうか」

 

 メリエルはあっさりとそれに決めた。

 そのとき、扉が叩かれる。

 

 メリエルが問いかければ、ラフタリアだった。

 

「メリエル様、見慣れない方がやってきています。女性で……何となくマルティさんに似ています」

 

 メリエルはピンときた。

 予定よりも1ヶ月も遅い。

 遅刻にも程があるが、それを彼女が口に出すことはない。

 何しろ相手は自称女神様で、連絡もなく遅刻したことをどんなに優しく言ったところで、へそを曲げることが簡単に想像できた。

 

「すぐに行くわ」

 

 

 メリエルが応接室へと行くと、そこにはラフタリアが言ったようにどことなくマルティに似ている女性が立っていた。

 彼女はメリエルを見るなり、笑みを浮かべる。

 

「メディアね」

 

 メリエルの言葉に女性――メディアは嬉しそうに微笑み、告げる。

 

「うん、ようやく来れたわ」

「何があったの?」

「どっかのバカが私と分身達との繋がりを全部断ち切った上で、分身達を独立した生命体にしたの。犯人探しをずっとしてたんだけど、見つからなくて……」

 

 メリエルは内心喝采を叫んだ。

 とはいえ、それをおくびにも出さず、深刻そうな顔で問いかける。

 

「それは大変だったわ。あなたに喧嘩を売るなんて、とんだバカもいたものね」

「ええ。本当に……おかげで、私の力が5%くらい低下したわ」

 

 微妙に弱体化までしてくれたらしいので、メリエルとしては言うことなしだ。

 

「繋がりは戻せなかったけど、力は回復しているから」

「さすがはメディアね」

「当然よ」

 

 褒めつつもメリエルは内心舌打ちをする。

 

「リアルタイムで、あなたの本体と繋がっているのかしら?」

「そうよ」

「それじゃ精々あなたを楽しませるとするわ」

 

 ここからは接待と情報収集の時間だ。

 このことは全ての関係者達にメリエルは事前に伝えてある。

 

 メディアの分身が来た場合、全ての仕事を中断し、彼女のご機嫌を取ることと情報収集に全力を費やすと。

 

「あ、元分身達は私が全部面倒を見るという形でいいわよね?」

「構わないわ。断ち切られる前にそう指示をしてあったから」

 

 メリエルは実利を取るのは忘れていなかった。

 

 

 

 

 

 さて、メリエルはメディアのことを超越的な存在として考えておらず、力を持ったワガママな貴族令嬢と考えている。

 その思考は超越者特有のものではなく、見た目通りのものだ。

 だからこそ、喜ばせ方も単純といえば単純だ。

 

 幸いにもメリエルにはユグドラシルにおける数多くのアイテムがあり、これらはメディアから見ても未知の代物だった。

 絶大な力を誇り、神をも僭称するメディアにとって、未知のものに触れるという体験は久しぶりのことで、彼女はとても満足できた。

 見た目だけの何の効果もないドレスや指輪などをメリエルはメディアへ贈り、彼女はその生地や装飾などが女神である自分に相応しいと悦に浸る。

 また、ユグドラシルにおける数々の料理や酒などはメディアをも唸らせる味であった。

 

 しかし、そこにあるメリエルの思惑をメディアは全く考えることはない。

 メディアにとって、メリエルは自分を倒す程の存在ではないと楽観していたからだ。

 確かに強いことは強いが、それはあくまで現地の基準での場合であり、メディアと同じような存在の基準では十分に弱い。

 

 しかもその分析は正しい。

 メリエルは無限の速さを超えたりなどはできないし、過去・現在・未来をはじめ平行世界や因果律に対して概念的な攻撃を行うこともできない。

 

 所詮は異世界の護で身を守られている程度、真正面からのぶつかり合いでもスペックの差で勝てるとメディアは予想していた。

 

 ただ、メディアには致命的な弱点と予想もしなかったことが存在した。

 彼女が戦士(・・)ではないこと、そしてメリエルというゲームのキャラや武器防具、アイテム類が設定通りになっていることや、なおかつゲームでの出来事を自らが実際に体験・経験したことになっている点だった。

 

 

 

 

 

 

 メルロマルク王城の一室にて、ラフタリアは忙しなく羽根ペンを動かし、記録していた。

 彼女の頭にはメリエルからの念話が随時届いている。

 

 メリエルはここにはいない。

 メディアと2人で世界のどこかでデートをしている。

 

 嫉妬はあるものの、これは必要なことだとラフタリアは諦めていた。

 

 彼女が記録しているのはメリエルが集めたメディアから得られた情報だ。

 好きな食べ物と嫌いな食べ物とかそういうものから、神を僭称している連中のコミュニティ、メディアの出身世界など玉石混交となっている。

 

 1枚の紙に記録された数多の情報は全てが箇条書きで、種類もバラバラだ。

 メリエルから随時入ってくるものをとにかく書き留めるというのが彼女の仕事となっている。

 

 書き終えたものは隣にいるメルティによって種類ごとに別々の紙へと書き写され、仕分けされる。

 それをアトラが収納場所へと持っていき、そこで更に複写されて影達によってミレリアの下へ運ばれる。

 

 

 

 ミレリアは溜息しか出なかった。

 メディアは単純に言ってしまえば物凄く力をつけた人間である。

 更に彼らはゲームと言っているが、やっていることは世界同士の戦争みたいなものだ。

 しかも敵の本拠地である世界にこちらが乗り込むことなんてできるわけもなく、攻め寄せてくる敵を防ぐだけという状況だ。 

 

 正直なところ、メリエル以外では誰もメディアをはじめとした神を僭称する連中に対抗どころか足元にも及ばないのは事実。

 しかし、メリエルに任せっきりにすると、とんでもないことをやらかしかねない。

 

 ミレリア個人としてはメリエルに対して大きな好意を抱いているのだが、女王としての立場ではそうも言ってられない。

 世界一ワガママな大魔王もとい勇者様である。

 

「どうしたものかしら」

 

 ミレリアは憂鬱だ。

 一応、彼女はメリエルが予定している計画みたいなものを聞いている。

 メディアと1対1で戦って勝利した後――そもそも勝てるのか、という疑問があるが――何やらメディア以外のそういう連中と出身世界を根こそぎ滅ぼしてやろうと企んでいるらしい。

 

 彼女はメリエルから3つのヒントを教えられたが、よく分からなかった。

 そのヒントとは光の軍団・闇の軍団・外なる神々という単語であり、メリエルはそれらを彼らの世界に道を作った後に召喚するそうだ。

 

 それで神を僭称する連中に勝てるのか、とミレリアは当然問いかけた。

 メリエルは一切の迷いなく答えた。

 

 勝てる、圧倒的に――

 

 

「どういうものか分からないけど……以前に言っていた、彼女が仕えていた主達に関係があるのかしら」

 

 ミレリアにはそれしか思い当たらない。

 そして、メリエルはその性格的に生半可な輩を主と仰いだりはしないだろうから、相当にぶっ飛んだ力の持ち主達であることは間違いない。

 

 メリエルの種族からするとその仕えていた主達というのは――

 

 そこでミレリアはあることに思い至ってしまう。

 

 メリエルが仕えていた主達は本物(・・)ではないか――?

 僭称する愚か者達に彼らは怒り、討伐の為にメリエルを送り込んできたのではないか――?

 

 すとん、と腑に落ちた。

 そう考えると全ての辻褄が合ってしまう。

 

「……あまり深く考えない方がいいわね」

 

 人間が首を突っ込んでいい話ではないような気がしてならなかった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勇者達の反応

 

「いや、これもうどうにもできんだろ」

 

 元康は匙を投げた。

 彼の言葉に錬と樹がうんうんと頷いた。

 

 ミレリア経由でもたらされたメディアに関する情報を聞いて、抱いた感想がそれだ。 

 神を名乗っても問題ないくらいにメディアはとんでもない力を持っていた。

 

「ゲーム的な感覚で言えば間違いなくメディアはラスボスだな」

「間違いないですけど、いくら何でもゲームバランス壊れすぎですよね」

 

 錬の言葉に樹がそう告げる。

 それには他の2人も同意見だった。

 

 しかし、3人にはある言葉が思い出された。

 それはかつてメリエルが言ったものだ。

 

 世界の可能性はそんなに小さなものではない――

 

 その言葉を思い出した為か、3人の頭にはメリエルの顔が浮かんできた。

 その表情は何故かドヤ顔だった。

 

「ただメリエルさんもラスボスなんだよな。しかもたぶん、メディアよりもヤバい」

「大魔王が勇者をやっているようなものですからね……」

「漫画で言えば主人公が敵よりも邪悪というパターンだな。メディアの立場にメリエルさんを入れてみたら、メディアよりももっと凶悪なことを仕出かすに決まっている」

 

 錬の言葉に元康と樹は頷き同意する。

 

「……どうする?」

 

 元康の問いに樹が真っ先に答える。

 

「そもそも割って入ることもできませんし、当初の予定通りに尖兵とかを相手にするしかないでしょうね」

「俺も樹と同じ意見だ。汚名返上の機会はここしかない」

 

 2人の言葉に元康は大きく頷く。

 彼もまた2人と同じ意見だった。

 そして3人は意見の統一後、すぐさまレベリングへとパーティーメンバーを引き連れて出かけていった。

 

 

 

 

 

 

「オレもメリエルの力になりたい」

「キズナ、無茶言わないでください」

 

 やる気を出している絆をグラスは窘めた。

 彼女達にもメディアに関する情報は回ってきているが、とてもではないがどうこうできる相手ではなかった。

 

「でも、何かできることはある筈……バックアップとか……」

「異空間のフィールドで戦闘が行われるらしいですし、たぶん我々では認識できない速度でしょうから……」

 

 むぅ、とふくれっ面になる絆。

 そんな彼女にグラスは優しく告げる。

 

「私達にできることをやりましょう。波の尖兵と波への対処はメリエルさんにはできません」

「……分かった」

 

 絆は渋々そう返した。

 彼女も分かってはいたのだが、それでもどうにかできないかという強い思いがあった。

 メリエルは性格的に物凄く問題があるとグラスから散々聞かされていたが、それでも絆はメリエルが悪い人じゃないと信じている。

 

 世界の為に神を名乗っている輩とたった1人で戦う。

 たとえ対抗できるだけの力が彼女にあるとはいえ、それはどれほどの重責か。

 文字通りに世界を背負っていると言っても過言ではないだろう。

 

 そんな絆にグラスは微笑む。

 

「メリエルさんの為に戦いが終わった後、あなたが釣った魚を料理して出しましょう。あの人、意外と大食いなので」

 

 グラスの言葉に絆は満面の笑みで頷いた。

 

「私達の仕事をしっかりとやる為に、もっと強くなろう」

「はい、キズナ」

 

 

 

 

 

 勇者達は無論のこと、各国において急速に準備が整えられていく。

 幸いにも時間的猶予はそれなりにあった。

 

 波及び波の尖兵への対処として、戦える者は老若男女の区別なく、レベル上げが盛んに行われ、それを国が支援した。

 

 特に凄まじかったのはフォーブレイだ。

 メリエルと個人的にも友好関係を築いている女王の号令一下、他国よりも抜きん出た国力を生かして、さながら世界の兵器工場と化した。

 十分にレベルがある者ならば銃は簡単にモンスターを始末するのに有効であった為、それを使用してより効率的なレベリングが行われ、各国における平均レベルを大きく引き上げることに貢献した。

 またシステムエクスペリエンスを破壊してあったことで、活性化した地域と同等の経験値を全世界で得ることができたのも、効率的なレベリングを後押ししている。

 

 そしてラフタリア達もまた情報を整理する仕事から解放された。

 他ならぬメリエルにより、もはやメディアから得られる情報はないと判断された為だ。

 それはメディアの分身体がやってきて1ヶ月が過ぎた頃であり、残る猶予は1ヶ月程。

 

 ラフタリア達はメリエルから貰っていた効率的なレベリングを可能とする数多のアイテムを駆使し、一気にレベル上げを行った。

 維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)の効果もあり、彼女達はあまり休息を取る必要がないことや、メリエルから貰ったアイテムの中にあった、モンスターを際限なく呼び寄せたり、召喚したりするといったものは効率向上に大きく寄与した。

 とはいえ、ラフタリア達は出遅れていた。

 彼女達以外の面々――メリエルが引き抜いたりしてきた女達――は既にそれらのアイテムを使い、レベリングを行っていたからだ。

 

 プラド砂漠――緑化が進みつつあるが、砂漠地帯もまだ多い――というだだっ広い場所でレベリングをしている中で、ラフタリアはある人物を見かけ、目を丸くしていた。

 彼女が知っていた人物が絶対にすることはないようなことを行っていたからだ。

 

 

「えっ……誰ですか?」

「誰とは失礼な。マルティよ」

 

 マルティだった。

 彼女はあちこちが泥で汚れたりしており、美しい顔もまた埃に汚れて台無しになっている。

 そして、その装いは戦士そのものだった。

 目はギラギラとしており、彼女の手には剣がある。

 

「メリエル様の為に私も戦う。それだけよ」

 

 時間が惜しいとばかりにマルティはそれだけ言って、湧いてきたモンスター達に駆けていった。

 彼女は速く、一撃で先頭のモンスターを真っ二つに斬り裂いた。

 

「性格、変わりすぎでは……?」

 

 ラフタリアはそう思ったが、そんなことよりも少しでもレベルを上げることが先だった。

 

 

 ラフタリアとマルティ以外のメリエルのパーティーメンバー達も周辺でレベリングを行っており、狩場というに相応しい光景が広がっている。

 しかも、モンスターを際限なく現れ、獲物の取り合いになることはない。

 

 急激なレベルアップを彼女達は果たしていた。

 

 

 

 

 

 

 そして、メディアの分身体がやってきて2ヶ月が過ぎたある日のこと。

 既にメリエルとは深い関係になっていたが、メディアの予定に変わりはない。

 むしろ、ますます彼女をモノにしたいという欲望は増すばかりだった。

 

 だからこそメリエルを手に入れる為、彼女は告げる。

 

「メリエル、準備ができたわ」

 

 その言葉にメリエルはにこやかに微笑み、メディアへと口づける。

 

「いよいよ、あなたが私のモノになるときが来たのね」

「いいえ、あなたが私のモノになるのよ」

 

 自信満々なメディアにメリエルは苦笑してしまう。

 

「それはどうかしら?」

「あら、私は神に匹敵する力……いえ、神をも越えた力があるわ。もうあなたには散々語ってあげたと思うけど」

「ええ、本当に凄いと思うわ。だからこそ、余計に燃えるのよ。自分より強い敵って中々いなくてね」

 

 メリエルの言葉にメディアは満足げに頷く。

 儚い抵抗という程ではないだろうが、それなりの抵抗をしてくることは彼女も予想している。

 

「あ、そういえばメディア。あなたに最後に質問をしてもいいかしら?」

「いいけど、何?」

 

 首を傾げるメディアにメリエルは問いかける。

 

「■■■■、▲▲▲、■▲■▲■って知っている?」

 

 メディアは不思議そうな顔でメリエルに逆に問いかける。

 

「何て言ったの? 何だか、不思議な音にしか聞こえなかったんだけど……」

 

 メリエルは察した。

 どうやら正確に発音すると、エノク語などによる本来の発音になってしまう為、聞き取れないようだ。

 

 まあいいや、とメリエルは思いながら告げる。

 

「分からないならいいわ。それじゃ、始めましょうか」

 

 メディアは何だかよく分からなかったが、とにかく始めることにした。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

神の御名の下に!

「へぇ、意外と普通ね」

 

 メディアによりメリエルは異空間へと転移させられたが、その異空間は地上にありそうなところだった。

 見渡す限りは草原で、空からは太陽が照りつけている。

 

 メディアはどこかしら、とメリエルは探すと彼女は少し離れたところに佇んでいた。

 

「メリエル、1対1で戦うと言ったけど……それは玩具は含まないから」

 

 メディアはにっこりと笑って告げてきた。

 確かに、とメリエルは頷いてみせる。

 

 彼女としてはむしろメディアが彼女と同格の連中を呼びそうな気がしていたので、玩具を持ってくる分には何も文句はない。

 

「きちんと在庫処分をしておきたいから、全部持ってきてほしいわ。どのくらいになりそう?」

「10万くらい」

「……ねぇ、メディア。あなた本当に頑張ったわね……」

 

 メリエルは心からそう告げる。

 彼女の気持ちを察し、メディアは微笑んだ。

 こういう苦労を察してくれたのはメリエルが初めてであった。

 

「ところで私も少しずつ作り貯めたものを持ってきていいかしら? あなただけ自前の軍勢を持ってくるなんて……羨ましい」

「いいわよ。まあ、そっちのほうが速く処理できそうだし」

 

 メリエルはぐっとガッツポーズしつつ、問いかける。

 

「あ、もう放送している?」

「今、始めたわ。あなたのいた世界とか融合しようとしていた周辺世界全部、あと私が属するコミュニティとかそういうところにも」

 

 それは重畳、とメリエルは大きく頷いた。

 

 

 

 

 一方その頃、メルロマルクをはじめとした各国では突如として国中の至るところに映像が浮かんできた為、混乱が少しだけ起きていた。

 

 とはいえ、事前に各国において周知徹底されていた為、大きな混乱は無い。

 遂にきたか、と固唾を呑んで見守る者がほとんどであった。

 

 長い付き合いであるラフタリアやヴィオラ、フィーロにティアといった面々は特に緊張している。

 お気楽なフィーロやティアですらも、人型となって浮かんでいる映像に齧りつくようにして見ている。

 

 そのときだった。

 メリエルが何事かを喋ると、急に顔を向けてきたのだ。

 テレビカメラに向かって手を振るとか、そういうことをするんだろうな、と地球出身の三勇者達や絆は思ったが、メリエルはそんな生易しいものじゃなかった。

 

 彼女は顔をドアップにさせ、Vサインをしてきたのだ。

 

 

 

「イェーイ! 色んな世界の皆! 見てるゥー!? 今からメディア・ピデス・マーキナーとかいう超絶美女女神をぶっ倒してあんなことやこんなことをしちゃいまーす!」

「も、もう! メリエルったら!」

 

 そのやり取りにラフタリア達や三勇者達は深くため息を吐き、ミレリアとメルティは苦笑し、絆はその度胸のデカさに感心し、グラスは呆れ果てる。

 そして、マルティは渋い顔であった。

 なお、フォーブレイの某女王は私もあの女神とヤりたいと叫んだが、家臣達は聞かなかったことにした。

 

「はいはい、メディア。状況説明してよ。女神様なんだから、そのくらいはお願いしたい」

「仕方がないわね……早い話が私が波を起こして更に尖兵として色んな連中を送り込んでいたのよ。でも、今回、メリエルが私と戦って勝ったらそういうのは全部やめるっていう約束よ」

「中々できる決断じゃない、流石は女神」

「当たり前よ。でもまあ、私が勝つからそういう約束をしてやったんだけど。私が勝ったら、メリエルは貰うから」

 

 見ている者達はメディアの女神とは思えない性格の悪さに顔を思いっきり顰めた。

 それは別の世界でも同じことだった。

 真偽確認はできないが、わざわざ自分が波の犯人だと主張するメリットはどこにも思い浮かばない。

 消去法で考えるとメディアの言っていることは本当のことだと判断するしかない。

 

「文明レベルが下の異世界を支配したり、経験値にするって中々できることじゃないわね。波とか全部、経験値欲しさにやったことでしょう?」

「ええ、そうよ。効率的に経験値が欲しかったから。現地の住民が何億死のうが、だから何って感じよ」

「世界と世界を融合させたりとか?」

「そうよ。私が直接その世界に行くためには、世界の容量を広げる必要があったから。でもまあ、それもいいわ。私が勝てばあなたを送り込むだけで事足りるから」

「という感じの状況です。ちなみにメディア以外にも似たようなのがわんさかいるらしいです。あ、グラスと風山絆の出身世界の方々、もし見ていらしゃったら私のお世話になっている世界で無事に生きていますので、ご安心ください」

「……メリエル、そろそろいい?」

「最後に一言。私、世界を救ったら、色んな世界の美女、美少女達とイチャイチャしたい。あ、それとるし★ふぁー。名前、勝手に使わせてもらったけどいいよね? あなただってギルドの倉庫にあったヒヒイロカネを勝手に使ってゴキブリを作ったんだから」

 

 そこまで言って、メリエルは装備を整えた。

 一瞬にして、その身に纏われる神器級の防具やアクセサリー、その腰に吊るされた剣。

 そして、彼女の左肘には小さな盾があるのが見えた。

 その装備は全てが神話に出てくるかのようなものであり、膨大な力を秘めていることが誰の目にも明らかだった。

 しかし、そこで更に見ている者達の度肝を抜くものをメリエルは身につける。

 太陽の如き輝きを放つ黄金の首飾りだ。

 

 メディアは直感する。

 アレこそが自らの概念攻撃すらも阻む異世界の加護であると。

 

 しかし、同時にあまりの美しさに見惚れてしまう。

 首飾りは勿論のこと、それを身に着けたメリエルそのものに。

 

 そして、それは多くの生中継されている世界でも同じことだった。

 レールディアとトゥリナがメルロマルクに攻めてきたときに見たことがあったミレリアやラフタリア達ですらもメリエルの全力戦闘を行う装いを見て、息を呑む程の美しさと神々しさを感じてしまう程だ。

 メリエルのことをよく知らぬ者達はその神々しさと美しさに知らず知らずに祈りを捧げ、あるいは頭を下げた。

 また知っていたとしても、全力戦闘時の姿を見たことがないエリー達なども祈りを捧げる始末だ。

 

 そのような反応を引き起こしながら、メリエルは凛とした声で告げる。

 

「我が名はメリエル。異教の神々や悪魔共を相手に屍山血河を築き上げた闘争の歴史こそ、我が歩み」

 

 それに応じるかのようにメディアは言葉を紡ぐ。

 

「跪き、我が尖兵となるがいい。望むものは全てあげましょう」

 

 先程のおふざけはどこに消えたと言わんばかりの超展開。

 しかし、見ている者達は雰囲気に飲まれていた。

 

 メリエルはメディアの提案を鼻で笑ってみせる。

 

「そもそもあなたは神ですらない、ただ力が強いだけの人間(・・)だ。どうして私が従う必要がある?」

「ほう……私に忠誠を誓った、尖兵達を見ても同じことが言えるか?」

 

 メディアの言葉とともに、その背後に数多の人間達が現れる。

 彼らは全員が美形の男であり、その手に武器を持ち、防具を身に纏っている。

 その武具は全てが伝説に出てきそうな力を秘めているのが見て取れた。

 

 玩具と言うよりも、こう言ったほうが受けるとメディアが考えたのだろうとメリエルは予想する。

 メリエルとしても気持ちが分かるので、雰囲気に水を差すようなことはしない。

 

 メリエルは深呼吸し、そして遂に彼女は自らの正体を一部披露する。

 

 その背に現れる4対8枚の純白の翼。

 光輝燦然たる神の栄光と恩寵を受け、仕える者の純然たる証。

 

 マルティを通して知っていたメディアに驚きはない。

 翼の生えた天使紛いのものというのが彼女の認識だ。

 

 一方で、見ていた者達は目を見開いて驚いた。

 驚かなかったのはラフタリア達やミレリア達などの極一部の知っている者達だけだ。

 

「神を名乗る愚か者に率いられた異教徒共め。今ここに神罰は下る」

 

 メリエルは浄化のオーラを最大レベルにて解き放つ。

 メディアには効かなかったが、その範囲内に入っていた尖兵達は一瞬にして塩の柱と化した。

 

「再度、告げよう。我が名を。そして教えよう、意味と役割を」

 

 そこで言葉を切り、メリエルは一拍の間をおいて告げる。

 

「我が名はメリエル。我が名の意味は主の御座を守護する者。我が役割は主の御名の下に、全ての天使を率いて、その敵を討ち滅ぼすこと」

 

 しかし、それをメディアは鼻で笑った。

 そのような神など存在しない、と彼女は確信しているからだ。

 だが、尖兵達の大半は地球出身だ。

 

 メリエルの言葉を戯言と片付ける程の胆力があれば、メディアの甘言にのって転生などしていない。

 

「む、無理だ……勝てるわけない!」

「相手は本物だぞ!?」

「異教徒認定された。これはイスカリオテが出てくるフラグ……勝てるわけないだろ!」

 

 動揺する尖兵達にメディアは思いっきり舌打ちしてみせるが、それを収めるべく告げる。

 

「いいえ、勇者の皆様。アレは天使を騙る大魔王です。皆様には私がついています」

 

 大正解とメリエルは言いたくなったが、我慢した。

 見ていたラフタリア達も大正解と言いたかったが、ぐっと我慢できた。

 

「そ、そうだ! 本物がいるわけがない!」

「俺達には女神様がついているんだ!」

 

 士気を高める尖兵達にメディアは溜息を小さく吐いた。

 メリエルは彼女の苦労を察しつつも、とりあえず尖兵達を片付けることにする。

 

 

「人の子よ。私に刃向けるならば、その滅びは必然である。主の御名の下に、そして主の御心のままに……Amen」

 

 それはメディアであっても予想外の事態であった。

 あっという間に空は黒く染まっていく。

 

 その黒い空に光によって描かれていく何か。

 メディアはすぐさまそれが召喚魔法の類だと見抜いた。

 だからこそ、ありえないと叫んだ。

 

 この異空間はメディア以外の何者の干渉も受けない程に強固な作りだ。

 たとえ彼女のコミュニティに属する者達であっても、おいそれとは手を出せない。

 

 そうであったからこそ、メディアはメリエルに軍勢とやらを出すことを許したのだ。

 召喚に失敗して涙目になるメリエルが見たかった為に。

 

 しかし、メディアの目論見は外れた。

 やがて完全にそれは描かれる。

 

 尖兵達の誰かが呟いた。

 

「セフィロトの樹……」

 

 

 その間にも天空に描かれたセフィロトの樹から、数多の光の柱が地上へと伸びてくる。

 

 そして、そこから現れたのは――膨大な数の天使達であった。

 

 メリエルはウィッシュ・アポン・ア・スターでユグドラシルにおける全ての制限を解除している。

 それには当然、これも含まれた。

 ユグドラシル時代から戦列歩兵と同じく作り続け、この世界に来てからも密かに作り続けていたもの、それこそがこれであった。

 戦列歩兵が城門から出撃するのとは違い、雰囲気作りの為にセフィロトの樹からの出撃である。

 

 フレーバーテキストが現実のものとなることも確認済みだ。 

 

 全宇宙でもっとも美しく、もっとも強く、もっとも無慈悲な光の軍団。

 それは天使の軍勢だった。

 彼らは瞬く間に空を埋め尽くしていく。

 

 やがて、メリエルの下に4人の熾天使が舞い降りてきた。

 彼女は彼らに見覚えがあった。

 

 ユグドラシルにいたNPC達だ。

 彼らはメリエルが作った天使ではなく、ユグドラシル時代に仲間にしたとかそういうこともない。

 

 しかし、疑問よりも自分に勝るとも劣らない美貌を誇る女性の2人についつい、メリエルは視線がいってしまう。

 

 ミカエル、そしてガブリエルだ。

 残る2人の男性はウリエルとラファエルだろう。

 

「メリエル様、主より勅命を賜りました。神を僭称する者達及び従う者達を総滅せよとのこと」

 

 ミカエルの言葉にメリエルは鷹揚に頷きながら、素早く彼女へと近寄ってその肩を抱いた。

 

「ところでミカエル。どうしてここに、とか色々と聞きたいことはあるけど、そんなことは置いといて……今晩どう?」

「……メリエル、お前は素行にあまりにも問題がありすぎる。どうして主はお前みたいな輩を傍に……」

 

 それはもう深く溜息を吐くミカエル。

 

「メリエル様、あまりミカエルを困らせないでください」

「さすがガブちゃん、天使だわ……あ、天使だったわ。どう?」

「少しでしたら……」

 

 そこへウリエルが止めに入った。

 

「おい、それよりも色々と聞きたいんじゃないか?」

 

 彼の言葉にメリエルはドヤ顔で告げる。

 

「世界の可能性はそんなに小さなものではないって素敵な言葉よね?」

 

 ガブリエルとラファエルは苦笑し、ミカエルとウリエルは溜息を吐いた。

 

「……確かにそうだ、メリエル。それは合っている。正直、鶏と卵、どちらが先であるかという話でしかない」

「私が言うのも何だけど、よくそれで理解できたわね」

 

 メリエルの言葉にミカエルは肩を竦めながら告げる。

 

「私は自らをミカエルと認識している。ガブリエルやウリエル、ラファエルもそうだ。そして、そうあれかしと主に作られたことに変わりはない。我々は我々の仕事をするまでだ」

 

 その言葉を聞き、メリエルは察する。

 何だかよく分からないが、召喚魔法にうまいこと干渉してやってきたんだろう、と。

 何しろ、運営が作成した彼らのフレーバーテキストもまた非常に凝ったもので、とんでもない力と権能を設定上保有しているのだ。

 それが現実化したならば、そういうこともできるんだろう。

 

 そんなことを考えつつ、メリエルは告げる。

 

「主を疑うなんてことしたら、堕天しちゃうからね。仕方ないね」

「お前は奔放な性格だから堕天してサタンに仕えたり、挙句の果てに邪神共の王に仕えることになったんだろう!」

「強さを求めていったら、つい……まあ主も許してくれてるんでしょう」

 

 メリエルの言葉に4人は彼女の背にある純白の翼に視線がいく。

 確かにそういうことであった。

 

「……主からはお前特有のスキルと聞いているが?」

 

 ジト目で問いかけるミカエルにメリエルは知らん顔をして、視線をメディア達へと向けて――そこで、メディアと尖兵達が化け物でも見るかのような目をこっちに向けていることに気がついた。

 

 メリエルがこっちを向いたことで、メディアは叫んだ。

 

「メリエル! あなたは、あなた達は何の言語を使って(・・・・・・・・)会話をしているの!?」

 

 メディアの問いかけは尖兵達と、そしてこのやり取りを見ていた全ての生きとし生けるもの達に共通した問いだった。

 それはラフタリア達ですらも例外ではない。

 

 彼らにはメリエル達の会話が不思議な音にしか聞こえなかったのだ。

 その音は神聖であると同時に、底知れぬ恐れを彼らにもたらしていた。

 

 メリエルは恐怖するメディア達に微笑み、告げる。

 

「我々の言語であるエノク語よ。ああ、それと神気にあてられたのね? これってカルマが……分かりやすく言うと罪があればあるほど効くらしいから」

「理論的にはお前が真っ先に塩の柱にならないとおかしいんだがな。罪を犯しすぎだ」

 

 ミカエルのツッコミにメリエルは涼しい顔で告げる。

 

「私はほら、ちょびっとだけ特別なので。それに色んな神々や悪魔とかをあなたからクエストという形で主の命として、滅ぼしてきたんだからセーフ」

 

 ミカエルは肩を竦めた。

 

「さて、じゃあ始めましょうか。メディアと1対1で戦う約束なので、それ以外を頼んだわ。なるべく早めにお願い」

 

 メリエルはそう告げて、片手を高く上げ――それを勢いよく振り下ろした。

 

 異教徒共を根絶やしにする為に――

 みだりに名を唱えてはならない、神聖なる四文字をその名に持つ御方の為に――

 

 

 




たぶんあと2話か3話で終わります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦 ブレない欲望と共に

 メリエルが天使達に攻撃を命じておよそ1分後。

 彼女がユグドラシル産のカップラーメンでも作ろうかと思って、種類を選んで無限倉庫から取り出したときだ。

 

「え? もう終わったの? 10分くらいは時間を掛けて欲しかった」

 

 早めに片付けるよう指示をしておきながら、この言い草である。

 ミカエルらは呆れ果ててしまう。

 そんな天使達を気にも留めることなく、メリエルはカップラーメンを無限倉庫に再度しまい込んだ。

 

 

「じゃあ、戦おうか」

 

 メリエルがメディアに微笑みながらそう告げるが、しかし彼女は先程まで恐怖していたようには見えない程に自信満々であった。

 おや、とメリエルは思わず首を傾げてしまう。

 

「メリエル! 確かに、ちょっとだけ……本当にちょっとだけ驚いたけど、でもあなたには時間を停止させたり、加速させたりはできない!」

 

 そして、メディアはこの異空間における時間を停止させたのだが――メリエル達は普通に動いていた。

 

 えぇ、どうなっているの――?

 

 確かに発動しているのに、どうしてこれを防げるんだ、と。

 メリエルはともかく他の連中は異世界の加護などはない筈――

 

 そこでメリエルは獰猛な笑みを浮かべながら、告げる。

 

「時間停止対策は高次元の存在との戦闘では必須よ? 即死・時間停止その他色々なことには完全耐性があるので」

「ちょっ聞いてないわよ!?」

「聞かれなかったので」

 

 メディアは悔しげに顔を歪めてみせるが、ただ単に自分の持ち札が1つ消えただけと言い聞かせる。

 時間停止ではなく、自らの時間を加速させれば認識外から一方的に攻撃ができると確信する。

 彼女は躊躇なくそれを実行した。

 

「インフィニティ・クロノス・スピード!」

 

 メディアは律儀に技名を叫んでから、突っ込んだ。

 その手には膨大な魔力を収束させた剣がある。

 

 これで心臓を一突きして、それで死んだら蘇らせて――手間が増えるけど、仕方がない――

 

 そんなことを考えながらも、メディアはメリエルへと迫り――その剣を彼女の心臓に向けて、突き刺した。

 

 手応えはあった。

 メディアはメリエルが恐怖する様を見てやろうと、その顔へと視線を向けたところで――呆気にとられた。

 

「へー、凄いわね。私の体力を1割くらい持っていったわ、この子」

 

 すげぇ呑気にそんなことを宣った。

 メリエルは感心した顔で、痛みなどまるでないかのような感じであったのだ。

 

「え、えぇ……?」

 

 流石のメディアもこれにはドン引きである。

 とはいえ、彼女はどうにか剣を引き抜いて、再度メリエル目掛けて時間を超加速させて振るう。

 1回2回3回と斬りつけて、メリエルはズタボロになっていくが、その四肢が切断されたり首が飛んだりすることはない。

 メディアからすればそれも不可思議で、理解できないことだった。

 

 そして、9回目の攻撃を行おうとしたところで、メディアの手は優しく止められた。

 他ならぬメリエルによって。

 

「ど、どうして……?」

「申し訳ないけど、見えているので」

 

 メリエル本人としてもどうして見えているのか理解はできなかったが、メリエルとなったことにより人間など比較にならない程に知覚領域が広がったことによるものかもしれないと予想する。

 ミカエルらにメリエルは視線を向ければ、溜息を吐いていたり苦笑したり、とそういう反応をしていた。

 

「メディアの動き、見えているわよね?」

 

 問いに彼女らは頷いた。

 どうやらメリエルの予想は合っているかもしれなかった。

 

「メディア、やっぱりあなたは戦士ではなかったわね。本来は魔法使いとかそういうのなんでしょう?」

 

 断言するメリエルにメディアは手を振りほどこうとするが、メリエルの手はびくともしない。

 

「しかも、戦闘経験がほとんどないわね? 何というか、剣を持って戦士の真似事をしている感じ。時間停止とか時間加速とかと組み合わせて究極の最強剣技とか言ってそう」

 

 ズバリと言い当てられるが、メディアは反論する。

 

「だって、戦闘にもならずに相手を殺せてきたんだもん!」

 

 そりゃそうだよな、とメリエルとしても頷いてみせる。

 とはいえ、残念ながらメディアの最強伝説もここで終わりだ。

 何しろ、彼女は単なる小娘に過ぎない。

 

 メリエルは告げる。

 

「我々は主の御名の下に、あなたとは比較にならない(・・・・・・・)ほどの邪神や悪魔、異教徒共の屍山血河を築き上げてきたのよ? 最強の宗教にただの女の子が勝てると思っているのかしら?」

 

 言い方に大いに問題があるとミカエルとウリエルからの視線がきつくなるが、メリエルは涼しい顔だ。

 そもそも地球世界だけの話ではないか、とツッコミを入れる者は残念ながらこの場にはいなかった。

 

 メディアは地面に膝をついて、力なく項垂れる。

 どうやって戦っていいか、彼女には分からなかった。

 

 時間停止も時間加速は意味をなさず、概念攻撃は無効化される。

 しかし、彼女は頭脳明晰だ。

 伊達や酔狂で、あるいは才能だけで神を僭称できるほどの力を持つことは決してできない。

 

 彼女の頭脳はそういう特殊な攻撃を抜きにして、単純な物理的な力や魔力で圧倒すればいいと結論を出していた。

 昔から諦めは非常に悪いタチで、まだメディアは諦めていない。

 

 彼女は顔を上げた。

 戦う意志が込められたその瞳に、メリエルは驚きながらも微笑んだ。

 

「素晴らしいわ。ならば、私も全力を出すとしましょうか」

 

 その言葉にメディアはこれまでのメリエルの行動を不可解に思う。

 なぜ、わざわざ自分の攻撃を受けたのだという疑問が湧いてくる。

 

「一つ忠告しておこう」

 

 ミカエルがメディアへ声を掛ける。

 

「メリエルは追い込まれたときに、全力(・・)を発揮できる。勝つ為にはある程度まで削ったら、一撃で殺さないとダメだ。そうでないと酷いことになる」

 

 メリエルがミカエルを睨みつけるが、ミカエルはそっぽを向く。

 

 何だかよく分からないが、とりあえずアドバイスをしてくれたことにメディアは感謝しつつ、メリエルに対して剣を向ける。

 

「それじゃ始めましょう。第二ラウンドよ」

 

 メリエルの言葉にメディアは瞬時に後退し、距離を取った。

 そして、一瞬で数多の隕石を顕現させ、同時に大津波を巻き起こし、更にはメリエルの足元にマグマ溜まりを形成し、一気に噴火させる。

 

 天変地異に見舞われたメリエルであったが、彼女は転移によって空中へと逃れつつ、降り注ぐ隕石を華麗に回避しながら、バフを掛け始めた。

 

 メリエルの身を包む色とりどりの光をメディアは無効化すべく、ディスペルを放つが、メリエルはどこからか取り出した巨大な熊さん人形の陰に隠れて防ぐ。

 メディアのディスペルは熊さん人形に当たって、人形と共に消滅した。

 

「何なのそれ!?」

「身代わりの熊さん人形。昔の教訓からディスペル系対策も万全なので。ちなみに兎さんとか亀さんとか色々な種類があるのよ」

「なんてデタラメ!」

「世界の可能性はそんなに小さなものではないので」

「それで誤魔化すな!」

 

 もっともな言葉であるが、メリエルはけらけら笑うだけだ。

 しかし、その瞬間にも彼女は魔法によって、そして自己強化スキルによって急激にステータスを強化していく。

 

 そこへ更にメリエルは盾の勇者として得た魔法を使用する。

 

「リベレイション・オーラ」

 

 ユグドラシル系強化魔法及び強化スキルによって強化されていたステータスが、更に強化される。

 メリエルが色んな古文書とか石碑とかを読み解き、得た力だ。

 これを唱えるのに必要な龍脈法とやらはオストが知っていたので教えてもらった。

 

 だが、これで終わりではない。

 

 メディアから際限なく飛んでくる魔法攻撃――それも天変地異クラスのもの――は脅威であったが、当たらなければどうということはない。

 ワールドエネミーの単独撃破には理不尽な攻撃に対する回避が巧いことは必須条件で、メリエルは慣れたものだ。

 

 何よりもメディアは戦闘そのものに不慣れということで、そもそもの立ち回りが甘い。 

 素人が無限の魔力を使って、やたらめったらに魔法をぶっ放しているだけだ。

 メディアは発動までに多少の時間があるが、その分、威力の強い範囲攻撃魔法しか使ってこない。

 

 魔法はメリエルが見たこともないものも多くあったが、これまでの経験から、そしてその広がった知覚領域により、どんなものか何となく分かる。

 

 メディアのミスはPvP初心者にありがちなものだ。

 

 初心者は威力が高いものを一発当てれば勝てるという錯覚に陥りやすい。

 更にギリギリを掠めるような形で回避することで、もう少しで当てることができたと思わせれば、従来の行動に固執し、その思考や攻撃の軌道はより読みやすくなる。

 ましてや今のメリエルは傍目には満身創痍で、あと数回でも攻撃を当てれば倒せそうだ。

 

 伊達にワールドチャンピオン達とガチバトルしてないのよ、とメリエルは不敵な笑みを浮かべる。

 

 とはいえ、メディアの攻撃速度は目をみはるもので、種族系のバフスキルを発動する時間はなさそうだ。

 発動までに時間は掛かるが、フレーバーテキスト的にとんでもない効果を得られそうであった為、メリエルは残念に思う。

 

 しかし、事前にメディアの攻撃を受け、更に回復しないよう自己回復系のスキルを切ってある為、スキルの発動条件は満たしている。

 HPが2割以下であること、それがこのスキルの発動条件。

 モモンガの”The goal of all life is death”と同じような混沌の天使という種族における隠しスキルだ。

 

 飛んでくる魔法攻撃の最中で、メリエルは告げる。

 ちゃんとメディアや観客達にも届くよう、声が届くようになるアイテムを使って。

 

My myth until the end of time(我が神話よ、永遠に)

 

 メリエルのステータスが飛躍した強化がされる。

 天にも昇る心地とはこのことだろうが、彼女はそれに溺れたりはしない。

 このスキルは発動条件が厳しい分、効果もぶっ飛んでいる。

 その効果とは発動した時点でのステータスを全て7倍にするものだ。

 

 数多のバフが掛けられた状態で、このスキルを発動すればバフにより強化された状態でのステータスを7倍にしてくれる。

 メリエルがワールドチャンピオン全員を敵に回して戦い、引き分けることができた要素の一つだった。

 

 

 そこでメリエルはようやくレーヴァテインを引き抜いた。

 メディアの魔法は変わらずに飛んできているが、それらに対して剣を一閃。

 

 すると、それらは全て消し飛んだ。

 それどころではなく、メリエルとはそれなりに距離があったにも関わらず、メディアもまた吹き飛んだ。

 剣によって真空波を巻き起こしただけだであったが、この威力だ。

 

 常時展開してあった強固な結界によりメディアには傷一つなく、地面に転がっただけだ。

 彼女はどうにか体勢を立て直したが、すぐに真後ろから首に刃が当てられた。

 

 ほのかに暖かさを感じるその刃に彼女は小さな悲鳴を上げて、恐る恐る後ろを向く。

 そこにはメリエルが立っていた。

 彼女は相変わらずズタボロであり、あちこちから血が流れ出ている。

 しかし、そんなものは苦にもなっていないようだ。

 

「どうかしら?」

 

 どういう意味か、メディアには言われずとも理解できた。

 圧倒的に負けたという経験は彼女にとっては初めてのことだ。

 しかし、不思議と悪足掻きをしようという気にはならない。

 

 新鮮な気持ちで、メディアは告げる。

 

「……私の負けよ」

「それは良かった。約束、守ってね」

「うん」

 

 メディアが頷いたのを確認したところで、メリエルは彼女を抱き寄せた。

 突然の行動にメディアは混乱するが、彼女に微笑みかけながらも、メリエルは告げる。

 

「出てきなさいよ。漁夫の利を狙おうたって、そうはいかないわよ」

 

 メリエルの言葉に彼女達から程近い場所で、空間に罅が入り、そして割れた。

 そこにいたのは老若男女、様々な者達が大勢いた。

 下卑た笑みを浮かべている者ばかりだった。

 

「えっ、どうして……」

 

 メディアの疑問に1人の男が答えた。

 

「悪いな、メディア。この異空間を覆っていた結界はさっきのメリエルとやらの召喚魔法で歪んだ。だから、そこへ干渉することでこうやって入ることができた」

 

 そこまで言って男は「ああ、そうそう」と言葉を続ける。

 

「お前を助けに来たとか、そういうのじゃない。お前を殺しに来た」

 

 その言葉にメディアは驚くが、すぐに無理矢理に笑みを浮かべながら告げる。

 

「ね、ねぇ、私達、同じコミュニティに属している……ほら、仲間じゃない? 仲間を殺すって……」

「なぁ、皆。こいつのことを仲間だって思っていた奴はいるか?」

 

 男の問いに彼らは首を左右に振ったり、メディアに対して嘲笑してみせる。

 

「お前さ、ちょっと強いからって調子に乗って、俺達のことをバカにしたり何だりと色々とやってくれたよな?」

 

 男の声に次々と賛同する声が上がる。

 これまでにメディアがやってきたことが暴露されていく。

 

 気に入らないからという理由で、元々いた者を追放したり、他人が支配していた異世界を分捕ったりと色々好き放題やっていたようだ。

 メディアの力は抜きん出たものである為、これまで我慢するしかなかったが、消耗した今ならば倒せると確信したらしい。

 

 要するにメディアの身から出た錆だ。 

 

「メリエル、メディアを引き渡してもらおう。こっちのことはこっちでケジメをつける。そちらが倒すか、こちらが倒すかの違いでしかないだろう」

 

 男の言葉にメディアはメリエルの顔を見つめる。

 するとメリエルはメディアへと顔を向けて、微笑み――そのまま彼女の唇に自身のものを重ね合わせた。

 

 メディアは目を見開き、ミカエル達は呆れ――ガブリエルだけは目を輝かせ、祝福し――男達は呆気に取られた。

 

 やがてメリエルはメディアから唇を離し、そして男達に向かって言い放つ。

 

「メディアは私の女よ。人の女に手を出そうとしているのに、笑って済ますことができる程、私は寛大じゃないのよ」

 

 そこでメリエルは言葉を切り、一拍の間をおいて告げる。

 

「どんな理由があろうとも、私の女に手を出すなら魂ごとぶち殺すぞ、虫けら共」

 

 メディアは胸がときめいた。

 男達は怒りにその顔を染めた。

 

「そんなに死にそうな身体で、我々全員を相手にして戦うつもりか? 我々もまた神であるぞ」

「これまでのやり取りを見ていて、そう名乗れるなんて大したものだわ。お前を殺すのは最後にしてやる」

「ふざけ……」

 

 その言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 メディアを片腕で抱きかかえた状態のメリエルが一瞬で近づいて、レーヴァテインによって男の首を斬り飛ばした為に。

 

「ああ、ごめんなさい。最後に殺すと言ったけど、最初に殺すの間違いだったわ」

「め、メリエル様! 首を飛ばした程度ではダメです!」

 

 メディアが慌てて叫んだ。

 無意識的に彼女は様付けしていたが、そんなことよりも言わねばならないことがあった。

 

「魂そのものを攻撃しなければ我々は死にません!」

 

 その言葉に答えるかのように男は復活を――しなかった。

 これにはメディアや他の神を僭称する連中も首を傾げてしまう。

 

「あら、言ってなかったかしら? 私の剣には色んな概念が付与されていてね。神殺しとか不死殺しとか、他にも巨人殺しとか鬼殺し、変わったのだとスライム殺しとかもあったり」

 

 それを聞いてメディアは溜息を吐き、そして告げる。

 

「なんてデタラメよ……」

「この剣はそういう設定も含めてあるので」

「設定を詰め込みすぎよ」

「私もそう思う」

 

 メディアの言葉にメリエルも同意したところで、彼女はミカエル達に顔を向けて告げる。

 

「私はメディアを手に入れるのが目的だったので、後は任せる……と言いたいけど、このままあちこちに攻め込んで欲しいので、援軍を呼びましょうか」

 

 ミカエル達は嫌な予感がした。

 その予感は正しかった。

 

 メリエルの純白の翼に黒が交じっていくが、完全に黒とはならず、白と黒が入り交じったものとなった。

 辺りには禍々しい気配が満ちていくが、彼女の腕の中にいるメディアにとってはドキドキしていた。

 どんなものを見せてくれるんだろう、とそういう想いしか彼女にはない。

 

 やがて、メリエルはどこからか金属製の小箱を取り出した。

 彼女がその箱を開けると、そこには輝く黒い多面体が箱に接触することなく7つの支柱に吊り下げられた状態で入っていた。

 それは直径10cm程のほぼ球形の結晶体で、不揃いな大きさの切子面を多く備えている。

 

 メディアはそれを見て、本能的な恐怖を感じた。

 何か、とんでもないことをやろうとしている、自分などとは比較にならない程のことを――

 

 彼女は察したが、しかしメリエルを止めたりはしない。

 メディアには好奇心があった。

 

 そして、メリエルはその多面体を取り出して告げる。

 

「来い、同僚」

 

 あんまりといえばあんまりな呼び方であるが、しかし、その多面体――輝くトラペゾヘドロンと呼ばれるものは効果を発揮した。

 

 冒涜的な気配と共に現れた。

 それは黒い衣を纏った男であった。

 しかし、メディアや神を僭称する者達は本能的に理解してしまう。

 

 コレはヒトではなく、もっと冒涜的なナニカであると。

 

「というわけで、よろしく」

「偶には主の無聊を慰めるのを手伝え」

「嫌だ。アレが美女とか美少女だったら手伝ったけど」

 

 どこまでもブレない彼女に男は苦笑してしまう。

 

 しかし、この会話の意味を理解できたのはミカエル達だけだった。

 他の者達にとっては、非常に不快で禍々しい音にしか聞こえなかったのだ。

 

 ミカエル達や黒衣の男との会話の内容を知ったら脱力すること間違いないので、むしろ意味が分からない方が幸せであるかもしれなかった。

 

「あとで堕天した連中も呼んでおくから。色々と各陣営での対立はあるだろうけど、今回だけは休戦ということで」

 

 メリエルはそう言って、手をひらひらさせた。

 

 

 

 

 

 

 当然ながら、一連の光景は各世界にも生中継されていた。

 色々と衝撃的なことばかりであったが、一番頭を抱えたのはメリエルがお世話になっている世界の面々である。

 

 メリエルのことを知る者――特に国を預かる立場にあるミレリアは途方に暮れてしまった。

 

 メリエルが仕えていた主達は本物であった、という予想が当たってしまったことに。

 事情を知らなければそう思うのも無理はなかった。

 

 既に映像は終わっていた為、これからすぐにミレリアは各国との協議をしなければならなかった。

 

 一方で激怒している者もいた。

 その筆頭がラフタリアである。

 

「私にはあんなことしてくれないのに! メリエル様のバカー!」

 

 ラフタリアに続いてヴィオラ、アトラといった面々も怒り心頭になっており、彼女らを止める術を持つ者はメリエルだけだ。

 しかし、メリエルはメディアを侍らせながら、天使・堕天使と悪魔の連合軍・黒衣の男と冒涜的な生物達が神を僭称する者達を一方的に蹂躙する光景を呑気に観戦していたのだった。

 

 

 




たぶん次で終わりかも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

色々あったが、全ては丸く収まった――デア・エクス・マキナ――

「これはハッピーエンドなのでしょうか……?」

「タヌキチちゃん、ハッピーエンドに決まっているでしょう」

 

 ラフタリアの問いにメリエルは胸を張って答える。

 

「確かに波も波の尖兵もいなくなりましたし、そもそも原因であったメディアさんとか性格が思いっきり変わりましたし……」

 

 ラフタリアの言葉にメリエルはうんうんと頷いてみせる。

 

「他の僭称していた連中は、それぞれの出身世界も含めて根こそぎ潰されたみたいですし……」

 

 むしろ可哀相になるくらいの感じだったらしいが、ラフタリアもメリエルから教えてもらっただけなので詳しくは知らない。

 

「グラスさんと絆さんは……本当に良かったんですか、あれ」

「良かったのよ。死に別れるっていうのは辛いからね。まあ、いつか気が向いたらこっちにまた来てくれるでしょう。お礼参りかもしれないけど」

 

 グラスと絆はメディアが元の世界に帰したのだが、メリエルはお別れ会で2人に不老不死の薬を呑ませていた。

 一気一気と煽って酒に混入して呑ませた後に明かしたもので、グラスには微妙な顔をされた。

 絆は信じていないようで笑っていたが、数十年もすれば効果は分かるだろう。

 

「そういえば三勇者の皆さんも結局こっちに残るみたいですね」

「こっちの方が色々と美味しい思いができるから当然じゃないの」

 

 メリエルのあんまりな言葉にラフタリアはくすりと笑ってしまう。

 そんな彼女にメリエルは告げる。

 

「何よりも怒り狂ったタヌキチちゃんをはじめとして、ヴィオラとかアトラとかにちゃんと埋め合わせしたじゃないのよ」

 

 むーっとラフタリアは頬を膨らませる。

 

「何でもっと早く手を出してくれなかったんですか!?」

「いやだってね……そもそもあなた、買った当時は10歳くらいのチビダヌキだったじゃないのよ。いくら見た目が急成長したってそりゃね……」

 

 それを言われるとさすがにラフタリアも反論できないが、何とか言葉を絞り出す。

 

「非常識が服を着て歩いてるような存在なのに、そういうところは常識的なんですね」

「偶には常識的なこともやっておかないといけない」

 

 そう言いながら、メリエルはラフタリアを抱き寄せる。

 それに逆らうことなく彼女はメリエルの腕の中に収まった。

 

「ま、いいじゃないのよ。こういう関係になったんだし」

「色々と自重するのもやめましたよね……この変態大魔王」

 

 ラフタリアはそう言い返しながらも、メリエルの胸に顔を埋めた。

 メディアとの戦いが終わって1ヶ月が経っており、世界は平和そのものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ミレリアは忙しかった。

 あの戦いでメリエルが放り込んだ多数の特大爆弾――情報的な意味で――は各国において、衝撃をもって受け止められた。

 

 まさかそこまでの存在だとは思わなかった、というのが各国の偉い人達の共通した感想だった。

 ミレリアだって予想はしていたが、本当だとは思わなかったくらいだ。

 

 とはいえ、メルロマルクとして、世界としては極めて順調だ。

 それはメリエルの尽力が大きく、彼女はその力を使って経済的・物質的、そして人的な支援を行った。

 メリエルはまたとんでもないことを仕出かしてくれていた。

 

 

「ミレリア様、こちらの書類の決裁を」

 

 ミレリアの執務室へと訪ねてくるのは見目麗しい金髪の女性。

 しかし、人間ではなく、この世界にはいない種族――エルフの女性だ。

 

 メリエルが作った種族の一つで、エルフだけでなくダークエルフにアマゾネス、サキュバスなど欲望を形にしたようなものをたくさん作っている。

 戦いが終わったこの1ヶ月の間に作ったというのだから驚きだ。

 

 ミレリアは書類に目を通し、肩を竦めてしまう。

 そこらの文官よりもよほどに人的支援として送られてきた人材は優秀だった。

 

 メリエル曰く、そういう設定にしているとか何とかだが、ミレリアは造物主の如き所業にどう反応していいか分からなかった。

 

 ミレリアが書類にサインをして渡すと、エルフの女性は優雅に頭を下げて執務室から出ていった。

 

 

「まさか本当にメディアにこの世界の守護をさせるなんてね……」

 

 あの戦いの直後、メリエルはメディア(本体ではなく分身体)と一緒に戻ってきて各国首脳達との協議の場で言ったのだ。

 メディアを守護女神として、まだどこかにいるかもしれない神を僭称する連中から守護してもらう、と。

 

 メリエルがいるから必要ない、とは誰も言えなかった。

 彼女を怒らせたら怖いからだ。

 

 それにメディアがまるで恋する乙女みたいな目でメリエルを見ていたことにより、毒気を抜かれたのも確かだ。

 

 

「オルトクレイも色々と反省してくれましたし……」

 

 あの映像は牢屋にも現れていた。

 世界の至るところ――それこそトイレの中にまで現れたくらいなので不思議ではなかったが、それを目撃してオルトクレイは色々と吹っ切れたらしい。

 

 だが、ミレリアは牢からは出したものの彼に権力を与えてはいない。

 一民間人として、各地の発展に尽力してもらっている。 

 

 色々と考えることがあるが、それは全て女王としての立場によるもの。

 女としてのミレリアの素直な気持ちはさっさとメルティに女王の座を譲り、メリエルの下でのんびりしたいというものだった。

 既に不老不死の薬をメリエルから提供され、それを飲んでいるので寿命の心配はない。

 これまで色々と苦労させられた分、今度はこっちが振り回してやろうという魂胆もあった。

 

「もう戦いは勘弁願いたいものです。何かあったら、メリエル様に丸投げしましょう」

 

 国同士のいざこざをミレリアはメリエルに丸投げすることに決めた。

 調停役としては最適だ。

 金や土地では彼女の食指は動かない。

 その食指が動くときは女の尻を追いかけるときくらいなので、非常に平和的だった。

 

「三勇者達も考えて行動してくれるようになったし……色々あったけど、丸く収まって良かった」

 

 ミレリアの呟きは虚空に消える。

 そして、争いのない平穏な時間は瞬く間に過ぎ去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プラド砂漠と数百年前に呼ばれていたところは完全に緑に覆われ、都市や街、村が各地に形成されていた。

 エルフやダークエルフなど元々この世界にいなかった種族が多く闊歩し、人間や獣人の割合は他国と比べると少ないほうだ。

 天使であり盾の勇者でもあるメリエルが建国したプラドリエルは繁栄していた。

 

 その首都デア・エクス・マキナはメリエルによって名付けられた。

 最初はメディア・ピデス・マーキナーにしようとしたのだが、メディア本人が恥ずかしがり、ラフタリア達もさすがにそれは、と止めた為にメリエルは第二案として提出したものだ。

 

 デウス・エクス・マキナではなく、デア・エクス・マキナであるのは女神であった場合は最初のデウスがデアとなる為だ。

 

 勿論、元となった人物はメディアのことであり、メリエルはそれを伝えて彼女を喜ばせた。 

 

 

 そんな経緯がある首都の一角にはメリエルの広大な屋敷がある。

 彼女は用事がないときは基本的にそこで爛れた生活を送っていた。

 

 仕事がある者は休みの時や仕事終わりにやってくるくらいだが、仕事をしていない者は基本的にこの屋敷に住んでいる形だ。

 

 女王を引退したミレリアや継承権を放棄したマルティ、メディアの分身が仕事をしていない居候している連中だ。

 エリーをはじめとしたメイド達も住み込みであるが、彼女達はメリエルの世話以外にも屋敷の清掃や炊事、洗濯に買い出しなどの純粋なメイドとしての仕事があった。

 

 

 メディアの顔つきはマルティに似ているので、実質親子丼の姉妹丼というメリエルは大変美味しい状況を毎日楽しんでいた。

 

 逆に言えばこの3人以外の――メディアは分身が多数いるので例外ではあるが――メリエルと深い関係にある者達は皆仕事をしていた。

 

 不老不死の薬によって寿命の制限を取っ払ってあるのに、働かざる者食うべからずの精神を彼女達は体現していた。

 メリエルの女達は彼女が天使であることから使徒とも呼ばれたりもするが、メリエルは気に入った子がいると簡単に不老不死にしちゃう為、有り難みはあんまりなかった。

 

 籍を入れている者は割合でみれば少数で、大多数は妾という間柄に落ち着いている。

 

 そんな中、メリエルの屋敷を訪ねてきた者がいた。

 金髪碧眼のお嬢様ということで、メリエルはほいほいと面会を承諾してしまう。

 

「メリエル様! 私を覚えていらっしゃいますか!?」

 

 金髪のお嬢様に会うなりそう言われて、メリエルは困惑する。

 彼女が誰かというよりも、彼女の豊満な胸にメリエルの視線が向いてしまう。

 とにもかくにも、メリエルは問いかけた。

 

「誰?」

「大昔にあなたに殺してもらったタクトですわ! 今はタリアと名乗っていますの!」

「うわ、マジで転生してきやがった」

 

 メリエルの本音が漏れたが、タクトことタリアは全く気にしない。

 メリエルは問いかける。

 

「それで?」

「実は私、こことは別の異世界に転生しまして、そこである方に出会いました」

「誰よ?」

「アインズ・ウール・ゴウン様です。メリエル様にはモモンガと伝えれば分かるとのこと」

「あいつ何やってんの!?」

 

 メリエルは叫んだ。

 叫びを聞いて、エリーがすぐさま応接室へと入ってきたが、何でもないと言ってメリエルは彼女を部屋から出した。

 気を取り直し、メリエルは問いかける。

 

「それでモモンガは何をやっているの?」

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国を建国し、世界を征服されました」

「……あいつ、本当に何やってんの……?」

 

 そういう性格だったっけ、とメリエルは不思議で仕方がない。

 

「私は魔導王陛下にお目通りする機会があり、そこでメリエル様のことをお話したら……こうなりました」

「あいつが送り込んできたのね?」

「はい、凄まじい魔法でした。まさしく至高なる御方ですわ!」

「はぁ……それで用件は?」

「一度、こちらに来て欲しいとのことです。アレを使えばたぶん来れるとのこと」

「分かった。1週間以内には用意して行くわ……で、あなたはどうするのよ?」

 

 メリエルの問いにタリアは頬を赤らめ、何かを期待するかのような視線を送る。

 

「その、私も不老不死の存在となりましたので時間はたっぷりありますし……死に際のお約束も果たしているので……後天的な両性具有ですけど……あ、まだ未経験ですから……」

 

 タリアの言葉にメリエルは鷹揚に頷いた。

 

「あなたの転生から今に至るまで、ベッドの上でじっくりと聞かせてもらおうじゃないのよ」

 

 メリエルの言葉にタリアは満面の笑みとなり、メリエルに飛びついたのだった。

 

 

 

 

 

 

 結局、メリエルが出発したのは2週間後のことだった。

 彼女についていくのはタリアだけではない。

 世界間の行き来を容易にするべくモモンガのいる世界の座標をメディアに探知してもらう為、彼女の分身体も一緒だ。

 そこへラフタリアやヴィオラ、フィーロにティア、ミレリアやマルティ、フィトリアなども当然とばかりにくっついてきた。

 

 

 

 

 そして、ナザリック地下大墳墓第10階層・玉座の間にて遂に両者は再会を果たす。

 

「「あんた何やってんの!?」」

 

 互いが互いを指差して、全く同じ言葉を叫んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どことも知れぬ空間でローブを纏った彼――アークはいた。

 神狩りである彼はメディアのような連中を1人で狩っていたのだが、あるときを境にそういった神を僭称する連中が一気に消えた。

 それも彼らの出身世界ごと。

 

 砂漠のような大地となった世界はまだマシな方で、何もない暗黒空間となっていたり、果ては膨大な犬らしきものに食い尽くされた世界もあった。

 

 アークは原因を探り、やがて一つの世界に辿り着いたのだ。

 誰が原因かはすぐに分かったが、彼は接触することはせず、そのまま見守った。

 神を狩ることに特化している為、それ以外は全然ダメであるが、気配をうまく隠蔽するくらいはできる。

 

 分かりやすい程に大魔王、明確な悪、欲望一直線でありながら、神を僭称する連中とは何だか感じが違う。

 まるで喜劇に出てくる悪役そのもので、彼女のぶっ飛んだ行動にアークは大爆笑してしまった。

 いやいやそうはしないだろ、とツッコミを入れてしまったことも少なくない。

 

 さすがに厳重な要塞――ナザリックというらしい――みたいなところへは入ってはいけなかったが、メリエルの性格から、どういうやり取りが行われるかは簡単に予想できる。

 

「こうして、盾の勇者兼大魔王は旧友と再会を果たしましたとさ。めでたしめでたし……なのかなぁ、これ」

 

 そう言ってアークは苦笑したのだった。

 

 

 

 




これにて完結です。
お疲れ様でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。