今の磯風の力、舐めないで貰おう。 (アルティフィナ)
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第1章、1.プロローグ

かつて、磯風を嫁にする為に、艦これを始めました。
一目惚れです。
多分、ツンデレっぽいところが好きなのだと思います。
これまで異世界転生物を書いていたので、実はそちらのオリジナルとのクロスオーバーなのですが、オリジナルだし「クロスオーバー」は明記しなくても良いかな?

オリジナルもですが、どんなにダークでも、、、最後はハッピーエンドにする方針です。
執筆自体が挫折したら、御免なさい。。。


「これで、また一つ、国が亡ぶ・・・」

神の嘆きは、厄災しか齎さない。だから、神は嘆いてはいけない。

それは原初の時から定められた理で、この世界の女神たる私も良く分かっている。

だけれど、私だって時には、ため息の一つも付きたくなる。

女神は目の前で吹き消されたかの様に絶ち消えた、蝋燭から立ち上る紫煙を追って、その色を持たない瞳を上げた。思わず漏れたため息が、紫煙を揺らす。

私の気が乱れれば、きっと何処かで突然の豪雨か、季節外れの雹でも降っているかもしれない。

今必要なのは、害にしかならぬ嘆きではなく、有益な行動だ。分かっている。

そして、これも分かっているの事なのだが。

今回は、分が悪すぎるのだ。

 

また、勇者の命が失われてしまった。

今回の勇者は剣技に長け、その技量はあの六蛇にも勝っていたし、彼のパーティーには今世最高の賢者と、王国の魔術師団を統べる大魔術師も付き従っていた。

それでも、届かなかった。

何がいけなかったのだろう?

どうしたら、勝てるのだろう?

 

この世界のバランス、この世界の人間の国々と、もう一方の対極をなす魔族たちとの均衡が崩れ始めたのは、ここ10年程の事だった。そしていつしか魔族たちは強大な力を得て、魔族の領域と接する辺境の国々を席捲した。それ自体は、これまでにもあった事ではあるのだが。

何故か、新たな魔王は海からやってきた。

そして、魔族たちはこちらの予想を遥かに超えた、まさに悪夢の様な大魔法を放った。

自分らの支配した国々を、海の底へと沈めてしまったのだ。

残された人間の国々は、恐怖した。

 

魔族との闘いに負けると支配者が代わるどころか、街も国土も全て海の底に沈むのだ。

大陸の海洋に面した小国が次々と海に沈み、まるで浸食される様に大陸自体がその領域を狭めた。海岸地帯の多くが漁業か貿易が中心の国々で、内陸に逃れた人々の糧を賄う穀倉地帯もまた比較的内陸にあって、今はまだ食糧難には至っていないのが、せめてもの救いだった。敢えて言うなら今はまだ、岩塩の採掘を増やさないとならない事位か。寧ろ国土を失った当事者たち以外、内陸の国々では民が増え、税が増えたと喜んでいる馬鹿な治世者も多いと聞く。治世者が如何に馬鹿でも、民の不安は日々高まるばかりだ。いずれ大陸の国々全てが海中に没したら、人間は何処に逃げ住めば良いのか?

 

それでも、神聖王国の女王に託した夢見の神託を通じて、幾つかの国々では明確な危機感に突き動かされ軍を整え、魔族の襲来を迎え撃った。

幸い、最初の戦いはいつも陸上だ。

人間たちは自分たちに有利な、両の足の着く大地の上で戦えた。

今回も勇者たちは、かつては隣国との国境だった岸壁の上に砦を築き、上陸してくる魔族どもを迎え撃った。

 

幸い一度に攻めてくる魔族の数は、それ程多い訳ではない。

これまでの魔物、例えば炎狼の群れとは大きく違い、一度に最大でも6体だった。

ただ、この事自体がこれまでと違って、魔族が十分な統率の元に明確な意思を持っている事の証拠ではあるのだが。

魔物の中には手を、あるいは手足を生やした物たちもいる。器用にも、その巨体をオオトカゲの様に進める事が出来る物もいたが、手足ある物とて、どれもさして移動速度は早くはない。

元々が海に住む物たちだからか、陸の上では手足も持たず海蛇の様にウネウネと体を捩るか、まるで海老の様に跳ねる事でしか進むことも出来ない物の方が多い。

だが、驚くべきは、その攻撃力と防御力。

その顎から放つ僅か一撃で重装歩兵の方陣を吹き飛ばし、その強固な鋼色の鱗は魔術師団の放つ渾身の焔に耐える。

それでも勇者のパーティは王国に伝えられた宝剣と、幾重にも重ね掛けした爆炎の魔法を用いて攻め入った魔族の鋼の鱗を削り、剥ぎ、貫き、ついには首を刎ね、見事6体の魔物を屠った。

ぎりぎりの戦いではあったが、如何にか勇者たちが勝利を掴んだ、その時。

その魔女が現れたのだった。

 

全身から滴る海水の飛沫は、その長き髪を更に禍々しく漆黒に染め上げ。

これまで一度として日に触れた事もないかの如き真っ白き顔[カンバセ]には、爛々と光る真紅の瞳。

その魔女は、ただ一声で、勝利に沸く勇者たちの心をまでも、へし折ってしまった。

『ネェ、ソレデ、カッタト、オモッタ?』

幸いな事に、何故か魔女は勇者たちを屠っただけで、また海へと帰っていった。

だからまだ、この国はまだ、海に沈んではいない。今は、まだ。

だが目の前で最強の勇者たちが、為すすべもなく狩られるのを見せつけられた軍の士気は、最早ないにも等しかった。魔女は殺す価値もないと思ったのか、残った者たちに捨て台詞を一つ残し、また海へと去っていった。

『マタ、クルワヨォ、ナンドデモ、ナンドデモ、ネェ』

 

 

 

女神は、その透明な瞳を閉じる。

魔王を倒すには、勇者を。

当たり前の事だ。でも今回の魔王は、何かが違う。10年前、最初から何かとてつもない、違和感があった。

そう、今にして思えば多分、『概念』が違っている。

ならば、こちらも変わらないと、いけないのではないか?

闇雲にこれまで通り最強の勇者を召喚しても、勝てないという実績を積み上げるだけだ。そもそも、魔王が率いるあの異形の物たちは、どんな理に従っている?

あの異形の物たちを形造る『概念』は、これまでこの世界にあった物ではないはずだ。何処かの世界[平行宇宙]の、何かしらの魔物を真似た物、なのかもしれない。だが、女神の知る限り、あの様な魔物はどの世界にも実在しない。ならば。アレらはきっと、想像上の生物。敵が『想像種』であるならば、こちらもその『想像種』を倒すことが出来る『概念』を探さなくてはならない。

 

女神は再び、その透明な瞳を見開いた。

ため息をついている、暇はない。

まずは、そこからだ。

 

 



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第1章、2.召喚

不定期、です。多分。


水底に沈むわたしを、長き眠りについたわたしを、見知らぬ誰かが引き上ようとしている。

でもそれは、わたしの望んだ事ではない。

ない、と思う、多分。

 

 

あの時の最後の被弾は、機関部に浸水を許し進む事さえ叶わなくなったわたしへの、砲撃処分だった。鋼で出来たわたしの船体[カラダ]も、抱えた魚雷が爆発すれば、流石に真っ二つに割れる。だから、わたしは二つに引き千切れて、この水底に折り重なる様に横たわっていた。

これだけ派手に千切れていれば、濁流となって入り込んだ海水は内側から艤装をも砕く。

それでもいつしか鋼鉄の装甲さえも錆びて、痛みも感じなくなった。

勿論、誰の事も恨んでなどいない。護り抜けなかった、それだけが心残りと言えば、心残りだったが。

 

共に沈んだ死せる御霊たちが、揺蕩う海面の向こうへと帰って行っても、わたしには、この重い鋼鉄の体を引き上げる事など出来はしなかった。

だけれど、わたしはそれでも良かった。

時だけが、ゆっくりと過ぎてゆく。

暗い、水底。

冷たく、音もなく。

遥か頭上の海面だけが、仄かな煌めきを揺らめかせている。

やがて、まるで岩が長き月日を経て苔むす様に、かつては毎日々々磨かれていた甲板を、無数の海藻やイソギンチャクたちが覆い、数多の砲撃を受け穴だらけの体は小さき魚たちの安住の住処となる。

朽ちたわたしにも穏やかな、そんな役目があるのだと、やっとそう思える様になった。

 

 

それなのに。

今更、何故?

 

 

ゴホッ、と苦しそうに咽ると、少女の口から水が飛び散った。

不思議な事に、彼女が創られた培養槽を満たす輝く様な培養液ではなく、それは潮の香りのする水だった。これまでのホムンクルスでは、なかった現象だ。

培養槽から半身を起こした少女の髪は、かの魔女と同じく漆黒だった。培養液を滴らせて、これも、あの魔女と同様に、腰よりも長い。これまで、魔力の満たす輝く培養液に隠され、確認する事が出来なかった。だが、もしや万が一にも、誤って魔女を創ってしまったのなら・・・、直ぐにこの場で殺さなければならない。

さもなくば、国が亡びる。

少しだけ、滅びの時が早まるだけなのかもしれないが、それでも意図しない創造など、魔術士にとっては恥でしかない。

 

俺は上着の懐の中で、左手の親指を中指の雷撃の指輪に触れさせる。たとえ魔女であろうと、生み出されて直ぐに力を揮える訳ではあるまい。あの培養液は可燃性であると同時に導電性で、指輪の放つ雷撃を余すことなく彼女の華奢な体へと伝える事が出来る。故に半身を培養槽に横たえた少女の体を、身動きも出来ぬままに瞬く間に焼き尽くす事が出来るだろう。そう、たとえば、火加減を誤って焼き魚を焦がすがごとく、少女の全身を炭の塊に変える事も出来るはずだ。

 

魔術士がホムンクルスを生み出す意図は、主に二つ。

魂を持たぬ純粋なホムンクルスは、それを鋳つぶし賢者の石の材料となる。

知らぬ者は唯無暗にあらゆる鉱物を精製して賢者の石を成さんとするが、それでは到底足らぬ事は長き錬金術の歴史が証明している。唯一、高純度の四大元素にホムンクルスの体を加えた場合のみ、賢者の石を生成する事が可能となる。

そして、ホムンクルスのもう一つの目的は、その器に魂を宿す事。

契約して使役する使い魔を創生する事もあれば、神の一時的な依り代に捧げる事もある。

唯、どれ程頑丈に作ろうと、神の魂を長く宿す事は難しい。精々、一言二言の貴重な予言を告げさせ、それだけでも造られた体は四散して果てる。

 

それが、魔術士がホムンクルスを創る理由。

普通の魔術士、ならば。

だが俺は魔術士でありながらも到底、魔術士とは言えない。

何故なら俺にはこの「世界」、今まさに海の魔族に滅ぼされ掛けているこの「世界」に生まれる前の、薄っすらとだが別の「世界」の記憶があるのだから。

 

そこで俺は魔術士などではなく、「提督」と呼ばれていた。

そして「提督」の役目は、海に住む魔女と魔物を殺す事だった。

 

 

少女がゆっくりと、顔を上げる。

少し眠たげに俺を見詰める瞳も、あの魔女の瞳と同じく真紅に染まっている。

背筋を、冷たい汗が伝う。やはり、失敗か?

精霊の祝福を受けながらも心を闇に染め、魔族に堕ちるのか?

今、殺さなければ、俺が殺される。

だが、この少女は・・・。

ゆっくりと、少女の瞳に力が宿る。

同時に少女の体は光に包まれ、俺は思わず右腕で自分の視野を隠した。

やがて輝きが和らぎ右手を下すと、目前に俺を睨みつける少女がいた。

 

多分、前世ではセーラー服と呼んでいた装束に身を包み、腕組みをして俺を見上げる様に立つ姿は、小柄なその体からは想像も出来ない、途轍もない重圧を放っている。

胸元で結ばれた黄色のネッカチーフ。濡れ羽色の髪に結ばれた、その瞳と同じ真紅のリボン。

少女の放つ桁違いの威圧感に、無意識に後ろに引きそうになるが、そうもいくまい。

 

「問おう。お前は、何者だ? まさか意思を持たぬ、唯の器という訳ではあるまい? 我が問いを理解出来るならば、答えよ。お前は、・・・誰[・]だ?」

 

少女は口角を上げ、口を開いた。

「陽炎型駆逐艦十二番艦、磯風だ。・・・この磯風に何か用か?」

 

それが俺と艦娘の、磯風との出会いだった。



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第1章、3.思惑

「ふむふむ、要するに、この『提督』とやらが『艦娘』を率いて、『深海棲艦』を粉砕する訳ね!?」

 

見つけた!

女神は、思わず両手を握りしめる。

魔族が身に着けたスキルは、恐らくはこの世界の『概念』に違いない。

魔王が海から来たから、この様な『概念』を取り入れたのか?

それとも、この『概念』に従い、わざわざ海を拠点にしたのか?

どちらにしても、『深海棲艦』と魔族の生態は、かなり似通っている。ならば、『深海棲艦』を倒せる者を召喚する事が必要だ。

 

とは言え、問題は幾つかある。

魔族は『深海棲艦』のスキルを身に着け、それを攻撃の手段にしている。

では、勇者にこの『艦娘』の艤装を与えれば、魔族に勝てるだろうか? これなら、宝剣を与えるのと、何ら変わりない。勇者が『艦娘』の艤装を扱えれば、何とかなりそうなのだが。

勇者が『ファイアー!』とかって、いけてると思う。

ただ、使い方が理解出来なければ、あるいは艤装を具現化しても維持出来なければ、宝の持ち腐れというか、失敗に終わるだろう。少なくとも剣に比べるとだいぶ複雑だ。

あの艤装とやらは、直接それで魔物を殴る訳ではないらしい。中にはそういう手段もあるらしいが、マイナーっぽい。

多分、より簡単なのは、艤装を持つ『艦娘』ごと召喚する事。

やっぱり勇者はボツ。

よし、とりあえず、『艦娘』は必要だわ。

 

だが、『艦娘』だけでは、何やら力を発揮出来ないらしい。

この艤装という武具は、絶えずメンテナンスが必要なところが痛い。

だが、戦いで使ったら一度消して、次の戦いの際に具現化すれば。燃料、弾薬満タンの新品に。

コレなら、なんとか、なるかしら?

そもそも、どうして補給とか、そんなメンドクサイ『概念』を織り込むの?

何処の軍隊だって、普通自分たちだけで戦うじゃない?

かのナポレオンだって、そうじゃん!

現地で搾取しろよっ、って、民に迷惑掛ける案を女神が推奨して如何する・・・。

あ、だから焦土作戦で負けたのか。

まぁ、剣だって折れるし、弓は良くても矢は消耗品か。

仕方ない、ここは妥協が必要だろう。

とりあえず、これならいける。

 

次。

ふむ、艤装は良いけれど、『艦娘』自身の『入渠』って・・・。

とりあえずは、温泉地を本拠地にすれば?

精霊の泉みたいな?

これも、何とかなるかしら?

霊験あらたかな秘湯、と言うことで。

 

後の問題は、何故だかこの『艦娘』、妙な縛りがある。

何故、『艦娘』だけで戦えないの?

『提督』って、いるの? 必要なの?

むぅ、確かに兵站を整える事も、戦略を練る者も必要か。

いや、確かにそうだけれど。

何か、納得がいかない。

女を戦わせて、男だけ安全な場所で待ってます、って、何ソレ?

女神の握りしめた手のひらに、爪が食い込む。

いっそ、男を『艦娘』にするかしら?

『男(艦)娘』みたいな?

うーん、ここで余り『概念』を崩し過ぎると、上手くいかない。

仕方ない、ここも妥協が必要だ。

女の子だ。

代わりに『提督』には『童貞失くしたら、死んじゃうスキル』を与えるかしら?

それも良い手だが、戦うより(ヤってから)死ぬ方を選ばれても困るわよね・・・。

 

だったら連れてくるのは、男には甘い顔はしない娘。この『有明の女王』?とかって娘とかは、少なくともウチでは、お呼びじゃない。

いくら強くても、『ヘイ、テートク!』みたいな娘もダメ。

うん、この娘。『たとえ司令が相手でも、容赦なぞしない』コレだ。

勿論、『本物』を連れてくる。『概念』だけじゃなく、水底に眠る、本当の英霊。

 

さて、『艦娘』は決まりとして、この『提督』って、どうしても必要?

やっぱり、いらなくない!?

私だって天地開闢以来、独り身なのに!?

・・・コホン。

ちょっと、私情を挟みそうになってしまったわ。

せめて、『提督』も女性にするかしら?

今回、情報収集する中で、この世界にはそういう『概念』も沢山見かけた。

ちゃんとコピーしてきたから、後で一人で楽し・・・。

そうじゃない。

まずは、この『提督』を如何するか、だった。

 

どうせなら、この『提督』にも戦わせたい。勇者にこの『概念』を学ばせて『提督』に仕立てるかしら?

うーん。流石に一度に二人、それも一人は『本物』の英霊となると、一度に召喚というのは厳しい。とてもこの百合なる世界を描いた薄い本を、熟読する余力もなくなってしまう。

既にこの世界にいる魔術士で、『提督』の才のある輩はおらんのか?

・・・そう言えば一人、何年か前にこちらの世界に流れてきた転生者がいたはず。

ちょっとは気にしてやっていたが(実質、ほってあったが)、確か魔術士になっていた。

こ奴、確か自分は『提督』だったとかって、言ってなかったかしら?

当時は良くわからん事を言うと思って、ほってあったのだが。

・・・むむっ、此奴だ!

元『提督』発見!

何々、前世は、と。

イベント期間中一睡もせず『乙』クリア後、衰弱死?

良く分からんが、死を賭して『提督』をやり切ったのか?

良いではないか。

此奴、魔術士なら猶更、再び『提督』として最前線で死しても、本望であろう。

こ奴らなら、否、こ奴らしか、あり得ない!

 

これで勝つる!



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第1章、4.過去

俺は、かつて『提督』だった。

 

『「提督」だって? あぁ、ルトビア辺りの海軍さんかい? ・・・と、ルトビアに、海はねぇか? まぁ、お前みたいな若造が「提督」だなんて言っても、なぁ? もうちっと、まともな嘘を付けねぇと、女は口説けねぇぜ?』

 

誰に言っても、信じて貰えない。

言ってる自分でさえ、今一つ記憶が曖昧で、信憑性がない事だとは分かっている。

だが、薄っすらとだが、覚えているのだ。

 

『気合!入れて!行きます!』

『出撃よ!さて、如何出てくるかしら?』

『えっと、あの、江草隊の整備に支障が出ちゃうから。あ、と、で・・・』

『天山はー、って、あれ?んっ、提督?格納庫まさぐるの止めてくれない?んっ、っていうか、邪魔!』

『ったく、どんな采配してんのよ、本っ当に迷惑だわ!』

 

皆、俺に厚い信頼を寄せてくれていた。

・・・最後のだけは、ちょっと違う気もするが。

 

兎に角、俺は毎日々々、苦しく厳しい戦いの日々を過ごしていた。

兵站が不足し、かと言って食糧を買う金さえなく。

否、部下に満足に食わせる事も出来んのに、自分だけ食ってて如何する!?

・・・単にカップラーメンを買う金もないだけ、だったのだが。

 

今は顔さえ思い出せないのだが、俺の為に戦ってくれている部下たちの事を、勿論皆を愛していたのだと思う。だが、これは当時の部下たちには絶対に知られてはいけない事なのだが、真に俺が愛していたのは唯一人、まだ見ぬ『磯風』という名の少女だけだった。

けして、あの駆逐艦らしからぬ胸部装甲に埋もれたかった訳でも(そもそも、最初はソンナニ育っていないハズだ)、何故か片側だけ長い靴下(左足ね!)を履いた、鋼鉄のハイヒールに踏んで頂きたい(何処を?)とか、そんな風に考えていた、訳ではない、多分。

 

ただただ、一目惚れだった。

だから、俺はあの闘いの日々、毎日々々、(色んな意味で)無謀とも言える出撃を繰り返した。

そして確か、そう、彼女に巡り合える可能性のある、ごく限られた期間の最終日。

メンテナンス前の、これが全力出撃が可能な、最後の機会。

ついに、彼女に会えたのだ!

きっと俺の日頃の行いが良かったのだろう、クリアと同時に俺は、その少女に出会い、そして。

そして、・・・そこで、全ての記憶が、途切れている。

 

 

しかし。

冷静に、考えてみると。

今にして思えば俺の前世は、腹上死だったのでは、なかろうか?

経過を、というか、そこに至る年齢イコール彼女いない歴の、最後を飾る瞬間の記憶がないのが、何とも口惜しい。

 

だが。

そこは俺の魔術士に必要な才能の一つである、想像力(妄想力とも云ふ)で補うとするならば。

あの狭い部屋では、その万年床さえ十分な広さを確保出来なかった部屋の中では、やはり座ってスルしか、なかったのではないだろうか?

対面だったのか、背面だったのか。俺の妄想力を以てしても、悩ましいところではあるが。

それはとても重要な問題だが、問題は、ソコじゃない。

ティッシュ・ペーパーを引き抜く音さえ聞こえる、アパートのベニヤの様な壁では、彼女のその可愛い顔に似合わぬ激しい喘ぎ声が、隣どころか、一階の大家さんにまで聞かれたかもしれない。

(普段は、ヘッドホンでした)

 

俺が腹上死(なんだ、俺、ちっとも腹の上じゃ、なかったじゃん!)した後、残された彼女はとても困ったのではないだろうか?

合鍵を持った大家の婆さんが怒鳴り込んできた時、彼女は、まだヌルヌルネトネトの裸体を喘がせながら、それこそ、まだ俺の死にすら気付かず、更なる高みを求めていたかもしれない。

これでは婆さんに『さては貴様の正体、妖怪サキュバスだな!?』と、衛兵に突き出されていたやもしれぬ。

あ、衛兵はこちらか。あちらでは警察ですね。

お巡りさん、こっちです。中学生をアパートに連れ込んでる奴は・・・、否、大丈夫、俺は死んでるから許されるハズ。

やはり逮捕されたのは彼女だけ、だったのだろう。

 

・・・だとしたら『磯風』には、まずは、ちゃんと謝っておかなくては。



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第1章、5.魔術士

「すまなかった、磯風。俺はお前を置いて、逝ってしまった。残されたお前は、さぞかし大変な思いをした事だろう。今更許して欲しいと言えないが、もう一度、俺にチャンスをくれないだろうか?」

 

わたしの前で頭を下げている男は、如何やらわたしの新しい司令官、つまり提督ということらしい。なのに何故か、わたしに頭を下げている。それに如何やら、わたしの事を知っているらしい。だが、坊ノ岬沖でわたしと運命を共にした者たちの中には、この様な顔立ちの者はいなかったはずだ。

少し痩せ型で、整った顔立ちではある。

い、いや、それは今は関係ない。

 

しかし、わたしに頭を下げるとは、矢矧横付けを指示した二水戦司令部の者か。あるいはもっと上の、ひょっとすると、天一号作戦立案の関係者か?

・・・だが、わたしとて救い切れなかった者も、多くいただろう。

わたしと共に沈んだ者、雪風に助けられた者。たとえその時は生き長らえても、あの時代、天命を全う出来た者の方が少なかろう。

今更わたしが一方的に頭を下げられる、云われはない。

 

「・・・なるほどな。だが、司令。その様に素直に謝ろうという態度には感服するが、この磯風に心配は無用だ」

 

少し驚いた様に、司令が頭を上げた。

 

「う、うむ。そうか。そう、言って貰えると助かる」

 

多少は動揺しているにしても、わたしの視線を正面から受け止めてくれるのは、少し嬉しい。

なかなか良い顔立ち・・・、ではなく。良い覚悟だ。

勿論、情けなくもこの磯風から逃げ出そうものなら、たとえ司令が相手でも容赦なぞしないが。

だが、しまった・・・。タイミングを逸した。こんなところで今更正直に、誰だか分からないなどとは言えぬ。

そ、そうだ、今は情報収集が大切だな。

 

「・・・ところで司令。その軍服はなんだ?第一種でも第二種でもないが?」

 

本来なら、直ぐにでも次の作戦計画を聞くべきなのだが。

その服、少し気になるではないか。少しだけ、だが。

・・・ち、違う。何処の部隊か分かれば、この指令の素性も思い出せるだろう。

ああ、陸戦隊の第三種に似ているかもしれん。だとすると、わたしは今後、揚陸作戦任務ということか。あの時も、もし沖縄に到達出来て弾薬を打ち尽くす事が出来ていれば、乗り組む総員が上陸していた事だろう。

そう考えると、似たような物か。

 

問題はこの磯風、陸戦隊の将校には、とんと記憶がない事だな。

浜風でもいれば、教えてくれるかもしれないが。

 

「こ、この服か?これは、魔術士の定番の物だな」

「そうか、マジュツシか。う、うむ。すまない、マジュツシとは、何処の部隊だろうか?どうやら、この磯風、戦場から下がっていた日々が、少し長すぎた様だ」

「あー、魔術士というのはだな。こんな風に、魔術を使う者だな」

 

司令が左の掌を上に、わたしの目の前に差し出した。

指が長いな・・・。

そ、そうではなくて。

何と左手の指には、薬指を除いて全ての指に指輪を嵌めていた。親指までも!

幾ら何でも、面妖な!

これが、日本男児のやる事か!?

この磯風を、舐めないで貰おう。

思わず、わたしが口を開きかけた時。

司令は親指で、人差し指の真紅の指輪をなぞる様に触れた。

その瞬間、司令の掌の上で火炎が渦巻き、ゆっくりと頭上に舞い上がった。

 



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第1章、6.続き

過去の記憶は知識となり、知識は人の決断に影響を与える。

わたしには過去の戦いの記憶があり、その時の艦の運用や攻撃と防御の知識もある。

その記憶は、けして楽しい思い出だけでもなく、厳しい作戦や沈みゆく友の姿もはっきりと覚えている。だがそれでも、それらはこの磯風にとっては大切な、誇らしい思い出だ。

 

ただ、それらの過去の記憶に依らない知識、否、渇望と言ってもよい想いがある。

理由は、良くわからない。

分からないのだが。

 

「・・・と、これがこの世界の現状だ。だが、幸いにも俺には過去の記憶がある。おそらくは前世のな。俺は前世では、最強の『提督』だった。確かイベントがクリア出来たのは1回だけだったと思うが、その1回の為に、いや!、お前を手に入れるために! 俺は何十回何百回と出撃を繰り返し、『もう、丁でもいいんじゃね?』という内なる声を退け、ついにお前を、磯風を手に入れたのだ!」

 

磯風は気付かれぬ様、こっそりと隣の男の横顔を見た。

ここは、街の宿の一室。『工房には、布団もないからな・・・』と呟く司令に従い、先ほど街まで出て来たところだ。何故か宿の主人らしき男が、この磯風と司令を見比べて首を捻っていた。『衛兵を呼んだ方が・・・?』と呟いていたが、何か熱に浮かされた様な司令には、聞こえていなかったかもしれない。

そして今もベッドの縁に並んで腰を下ろす司令は、何やら熱弁を揮っているのだが、熱い漢は嫌いではない・・・。コホン。

では、なくて。

 

この男を、司令を、護りたい。

もう、ただ沈んでいくのは、誰かを護る事も出来ず水底に沈むのは嫌だ。

如何したらこの想いは、叶うのだろう?

司令と共に、そう、ずっと共に過ごせたら、どんなにか幸せだろう?

これは、あの水底に横たわっていた時には、なかった想い。

・・・そして磯風のこの手で手料理を、そう、たとえば、焼き魚。

焼き魚と言えば、やはり丁寧に焼き上げた秋刀魚を、振舞いたい!!

きっと司令も、喜んでくれるはずだ。

 

「・・・だから、最後に俺を看取ってくれたのは、磯風だと思うんだ。ただ、あー、つまりだな、如何しても気になる事があってだな。正面からだったのか、それとも後ろからだったのか。・・・如何だったか一番大切な、肝心のところが、良く思い出せなくてだな。やっぱり俺は正面から、お前の可愛い顔を見ながら逝ったんだよな?それでだな、出来ればだな、その続きをだな。いや、やっぱり後ろも捨てがたいんだが。正面ダナ、きっと、そうだと思うんだが・・・、磯風?磯風さーん、聞いてる?」

 

この磯風の想いを・・・、いや、忠誠を込め焼き上げた秋刀魚を毎日食べられるなど、何たる僥倖、日本男児としては、もはや何も思い残す事無く大往生出来る程の本懐・・・、コホン。武人の本懐では、ないだろうか。

その為には、やはり七輪は必須だろう。

残念だが、この場に七輪も練炭もなく、たとえそれらがあっても、借り物の宿の一室では、この磯風が十分に忠誠を込めて秋刀魚を焼き上げる事もまた、難しいのではないか?

やはりちゃんとした鎮守府を築き、まずは七輪を始めとする重要な装備を揃える事が必要ではないか?

 

突然、司令の手がわたしの肩を揺さぶった。

な、なんだ!?

司令はこの磯風の手料理を、忠誠示す機会を、邪魔しようというのか!?

 

「司令・・・笑っている内に、やめような?」

 

顔面蒼白となった司令が、手を下げる。

し、しまった!

浦風からも、いつも怒られていたのだった!

料理をしたいなら、必ず鳳翔さんに相談してからにしろと!い、いや、それは何時の記憶だ?そ、それは良いとして。

折角のこの磯風の忠誠を邪魔するものだから、肝心の司令を睨みつけてしまった!

この磯風、・・・司令に、何と非礼な態度を!

 

「司令・・・すまない。忘れてくれ」

 

思わず、わたしは司令に目も合わせる事も出来ず、俯いてしまった。

息苦しい沈黙が、二人の間に立ち込めている。

あれだけ熱を帯びていた司令も、何故か俯いている。

 

そ、そうか。

 

・・・この磯風、間違っていた!

司令が先ほど見せてくれた炎、あれで秋刀魚を焼けと、そういう事か!?

それにも気付かず七輪などと、司令にどれだけ失礼な事を!

 

うむ、望むところだ。この磯風の戦歴、伊達ではないぞ。



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第1章、7.遭遇

同じクラスの女の子に意気込んで告白して振られてしまった場合、その後も毎日同じクラスで顔を合わせるというのは、かなりハードというか、何か罰ゲームに等しいのではないだろうか。勿論、相手が30人、40人の中の一人なら、お互い気まずく視線を逸らすだけで、何とか卒業までやり過ごせない事もないだろう。

だが、もし二人しかいないクラスだとしたら。

その気まずさは、かなりの物だろう。

今、俺の置かれている立場は、そんな感じだ。

・・・終わってる。

 

 

宿を出て、とぼとぼと工房に向かう。

街の大通りの喧騒も、俺には、まるで耳に入ってはいなかった。俺の後ろには磯風がついて来てくれているが、・・・いや、ひょっとしたら既に俺から逃げ出して、何処かに行ってしまったかもしれない。

宿を出る時も、俺たちの余りに気まずい雰囲気に、宿の主人が『あー、今度ご利用の際は、先にそこの角にある魔法薬の店で、一包、処方して貰ってからが良いかもしれませんぜ。ちーとばかり、高いンですがねぇ』とか、慰めてくれた。

 

ありがとうな、店主。だが、そういう理由じゃないからな!

寧ろ、ギンギンな状態で放り出されたら、その方が困るだろうが。

こっちは、それ、以前の問題だ。

・・・何の自慢にも、ならないがな。

 

 

だいぶ日が傾き、朝から迷宮に潜っていた冒険者たちが、その日の収穫を自慢げに会話しながら今夜の夕餉の店を探している。

かつての国境側には大洋が迫る断崖絶壁に変わり果てたが、反対側の森林地帯はいまだ多くの獣が住み、麓にある地下迷宮も変わらず通常運行中のはずだ。

どれ程、世界が滅亡の危機に瀕してはいても、世間の生活が変わらなければ緊迫感は薄い。

そんなもんだ。

 

 

「助けて下さい!!」

 

いきなり、目の前に女の子が飛び込んで来た。

唐突な事でビックリだが、仮にこの少女Aは、愛宕(仮)としておこう。・・・名前は、重要だ。

胸部装甲的に、ではなく、碧眼金髪且つベレー帽的に。

・・・ただ、こう、何ていうか、弾けたのは間違いない。

とりあえず、その愛宕嬢(仮)を背後に匿いつつ、前方に目を向ける。

俺の目前には、ガラの悪そうな3人の冒険者のなりをした男たちがいた。

 

「なんだぁ、手前!魔術士風情が、俺らの邪魔しようってか!?」

「優男さんよぉ、ケガする前にサぁ、後ろのその女、こっちに渡してくんねぇかなぁ?」

「こっちもよ、別に捕って食おうっ、てんじゃ、ネぇんだよ。ただそのお嬢さんとな、一緒に晩飯でもどうか、って事なんだ」

 

あー、良くある、こういうの。

テンプレ、だよね。

 

1対3だが、初撃で雷撃を真ん中の一人、その腰の剣を狙えば、こいつの動きは止められる。残り二人、火炎を壁状に広げれば、流石に二の足を踏むだろう。うまく手加減出来れば、誰一人命を奪う事もなく、この愛宕嬢(仮)をつれて逃亡可能だろう。

俺の提督時代、確か愛宕も可愛い部下の一人であったはずだ。

そう考えれば俺には、愛宕似のこの娘さんを助ける義務がある。

出来れば、最愛の磯風に手酷く振られたこの傷心を『んもぅ、意外と甘えん坊なのですね』って感じで慰めてほしい。

そういう決意(下心とも云う)を、具体的な作戦計画に昇華させようとした、その瞬間。

既に、目前の三人は周囲の無辜の通行人たちを巻き込みながら、遥か後方へと跳ね飛ばされていた。

 

「第十七駆逐隊磯風、推参!」

 

あ、磯風いたの、忘れてた・・・。



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第1章、8.会合

ハーレムって、やっぱり男の憧れだよね!?

一人は最愛の磯風(振られたけど)、もう一人は乗りの良い『ぱんぱかぱーん!』の愛宕嬢(仮)とか。

可愛い女の子に囲まれて、たとえば左右両腕を、それぞれの娘に組まれたりとか。柔らかな双丘が、合計4つも俺の腕に当たって形を変える訳だ!

ほらほら、止さないかお前たち。後は、家に帰ってからだろう、みたいな。

・・・はぁ。

あー、提督の妄想力をフル稼働させた現実逃避ぐらいは、許されても良いと思うんだけどなぁ。

 

 

「お助け頂き、ありがとうございました。おかげ様で怪我一つ負う事なく、本当に助かりましたわ。改めて、お礼を申し上げますわ」

 

一見愛想の良さそうな笑顔を浮かべ、街の居酒屋の木の机を挟んで座る愛宕嬢(仮)が、深々と頭を下げた。残念ながら、俺の腕に抱き着いていたりとかは、していない。

机の向こう側だし。

あの後、巻き込んでしまった通行人を介抱したり、意識を刈り取られた冒険者3人を衛兵に引き渡したり。結構、めんどくさかったです、ハイ。

その後、お礼をしたいという愛宕嬢(仮)の案内で、大通りに立ち並ぶ店の中では、比較的高級そうな店に連れてこられた。まぁ、場末た店だと、先ほどの大立ち回り(俺は何もしてないけれどな!)の再現になりかねないから、客層も良いこれくらいの高級店が、ちょうど良いだろう。

 

「わざわざお礼なんて、本当はご遠慮しようかと思ったのですが。何せ実際にあの無礼な輩を倒したのは、こちらの磯風ですし。俺は何もしてないので」

 

流石に俺も極々僅かな妄想はしても、一応現実は把握してますよ?

自分が何も出来なかった事ぐらいは、よーく分かってます。はい。

それで愛宕嬢(仮)の誘いを辞退しようとしたら、何故か磯風が俺の袖を掴んで、睨んだんですね。

あれですね、『お前、前カノに振られたとたん、別の女を口説くつもりか?』ってことですね。うーん、睨む理由は間違いないけれど、だったら何故愛宕嬢(仮)の誘いを辞退させない?

磯風って、変な娘。

とかは、考えてないですよ!?

俺の隣に座り(俺の腕ではなく)自分の腕を組んで、その胸部装甲を見せつけていた磯風が、口を開く。

 

「貴様、何者だ?」

「へっ?」

 

思わず磯風を見てしまった。それは確かに愛宕嬢(仮)はデカいけれど。

ここでサイズ聞いたって、答えないでしょ、普通。

やっぱり何事に於いても、対抗心が強い娘なんですね、きっと。

 

「あなた、私が誰だか、分かるのかしら?」

「分からん。分からんからこそ、聞いている。何者だ?」

「そう、ですか。・・・この『世界』を司る、女神だと言ったら?」

「・・・何故、わたしを異世界とはいえ、人の世に連れ戻した?」

「いいえ。連れ戻したのは、あなたの隣の『提督』だわ。私は確かに『磯風』を、あなたを連れてくるつもりだったのだけど、何故か私が召喚するより前に、そこの『提督』があなたを召喚してしまっていたの。だから、驚いて見に来たという訳ね」

 

今、二人が揃って、怪訝そうな視線を俺に向けてきました・・・。

い、いやぁ、照れるじゃないか、・・・怖いから止めてね。

思わず、冷や汗が・・・。

えーと。

あれですね。偶然、街で元カノと今カノが出会ってしまい、お互い如何口説かれたかを暴露しあっている感じ?何を会話しているのか、男の俺には、てんで分からんですが、フィーリングっていうか、女子同士の会話って、そんなもんですよね。

 

い、いや、磯風の立場は元カノ確定として。別にこの愛宕嬢(仮)はデカいというだけで、今カノでもないし。でも、何故か磯風に匹敵する重圧が放たれている様な気がするのは、気のせいですよね?

それにしても、この愛宕嬢(仮)は、ちっとも『ぱんぱかぱーん!』じゃ、ないじゃん!

詐欺ですね。こうして、世の男の多くが騙されるんですね・・・。

 

二人の重圧で、机の上の料理を食べる気力はないが、とりあえずジョッキを口にする。

これも一つの逃避の形。とりあえず生!みたいな。

あー、こちらの酒はハイボールっぽいんだった。

まぁ、いいか。

キンキンに冷えてると、もう少し上手く感じるのかな・・・。

折角、美少女と美女が同席しているのにな。

なんでこんなに、こう、胃が痛いんだろうなぁ、不思議だなぁ・・・。

この重圧に耐えつつ、俺の妄想力が回復するまで、酔えると良いな・・・。

 

「・・・それで、その女神が、わたしたちに何の用だ?」

「勿論、お二人には、海の魔族を早々に退けて頂きたいと、そう考えておりまして。その支援の為のお打ち合わせを・・・」

 

良く分からないが、二人の会話(竜虎争うみたいな?)は、まだまだ続きそうだった。



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第1章、9.作戦

「では、司令の力では、海から来る敵は、倒す事が出来ないという事か?」

 

まぁ、出来ないけどね。

そんなに、はっきりと言わなくても、いいんじゃないかな?

普通の魔物なら、何とかなるんだけどね。一応俺、魔術士だしね。陸に住む普通の奴ならね。普通じゃないのは、ちょっと厳しいんだよね。

腕組みをした磯風が、正面から俺を糾弾している・・・、つもりは多分、本人にはなくて、ただ事実を確認しているだけなのだろう。仁王立ちして睨んでる様にしか、見えないけどね。

とりあえず、ここで見栄を張って、『俺だって、ヤレば出来る!』などと嘘を言っても仕方ない。特に元カノというのは大抵は、こちらの嘘を見抜くスキルがある、というのが世のお約束だろう。

 

「う、うむ」

「司令一人では、ギタギタに裂かれ、ボロボロにされて殺されてしまうだろう、と?」

「う、うむ・・・」

 

・・・磯風さん何か、楽しんでません?

口角が上がってますけど?

 

「そうか。いいだろう。この磯風、戦歴なら、あの雪風にも遅れはとらぬ。・・・大丈夫、わたしが、護ってあげる」

 

え!?

何、その男前なセリフ!

惚れちゃうよ!?

既に惚れてるケドね?ついでに、既に振られたケドね!

凹むよなぁ。

まぁ、磯風からすれば、自分が振った相手でも、躊躇いなく接するのが武人の嗜み。

というか、今更全く気にしてないというか、単に俺が気にされてないだけ、ということですね。はい。良く分かってます。

 

さて、こうして無事に『魔術士提督は、実戦では役に立ちません』宣言が出来たところで、いよいよ何かしらの策を考えねばならない。

駆逐艦である磯風の力を最大限に生かすには、やはり雷撃戦だろう。水雷戦隊で夜襲を掛け、アウトレンジから酸素魚雷を叩き込む。

これだ!

磯風と言えば、第十七駆逐隊。磯風と浜風、浦風、谷風、そして磯風の最後を看取った雪風って、磯風しかいないし。

・・・分かってたけどね。

だが、たとえ単艦だろうとも、やはり魚雷の攻撃力は破格だ。

小さな体に大きな魚雷、この娘の胸部装甲以外は中学生並みの小柄な体格でも、装備数は限られるにしても雷撃一撃の破壊力は大きいだろう。正しく小型艦に大きな攻撃力を持たせる、その為の魚雷装備だ。

 

「磯風、そう言えば磯風の艤装を見せてくれないか?」

「ここでか?」

 

即答ですか!?

べ、別に下心とか、ないんだからね!?

勿論、間違ってポロリとかしてくれても、一点凝視の瞬間記憶を最大効率で発揮する所存です。

 

「・・・第十七駆逐隊磯風、推参」

 

目前に立つ磯風が、眩い輝きに包まれる。

おおっ!

こ、これはっ!

あー、ちょっと期待してたけど、リアルでも〇ューティーハニーみたいな変身シーンはありませんでした。それはそれとして。

 

あー、それって多分、12.7cm連装砲?

・・・終わった。

この艦娘、魚雷持参してないじゃん!

でも、ひょっとして、一見持ってなさそうでも、やっぱり魚雷発射管とか使うときに現れるのかな?駆逐艦の艦娘って、皆それなりに雷装値高いよね?

 

「あ、ありがとう。一旦しまってくれ。今の装備は、12.7cm連装砲と三連装機銃の様に見えたのだが、磯風も魚雷を放てるのかな?」

「うむ、元々魚雷も装備していた、というより、わたしの前世での最後は、砲撃処分でその魚雷を誘爆させて貰ったのだが、残念ながら今のこの船体には雷装は無い様だな」

「つまり?」

「・・・つまり、今のわたしに可能なのは、砲撃戦だけだな」

 

磯風の目が泳いだ。

そうですよねー。

終わった。



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第1章、10.期待

この世界の女神なる輩から、ただ深き水底で朽ちるのを待つ身であったわたしが、何故この世界で、再び生を受けるに至ったのかを聞いた。

 

 

そもそも、この女神は登場からして、如何にも胡散臭かった。この女を追ってきた、情けなくも気絶した冒険者とかいう奴らに、改めて活をいれて問いただしたところ、『オレらは、あの女から金で雇われただけだって!』と震えていた。

余程、この女から裏切られた事が、辛かったのに違いない。

冒険者らが真実を語ったのならば、この女が現れた目的は、司令を誘い込む事にある。

さては、あの無駄な脂肪で、司令を篭絡する事が目的か!?

だが、それだけではあるまい?

・・・いいだろう、この磯風が相手になってやろう。

わたしは尻込みする司令を優しく諭して、あえて女の誘いに乗る事にした。

 

この女、現れた時点から発する気からして只者ではないとは思っていたが、実際は人でさえなかった様だ。とは言え、この女神と名乗る女は胡散臭い奴ではあるが、少なくとも語った内容に嘘はない様だった。

ただ、あの女神とて、全てを明かしていた訳でもあるまい。

今は、それで良いが。

 

女神曰く、この磯風と司令の力を以て海から来る魔物を倒し、この世界の平和を取り戻して欲しいのだそうだ。

その後も食事をしながら、女神の話を聞いた。

この世界の理。海から来る魔物たちの力。そして、わたし自身に与えられた力。

もっと色々と聞きたかったのだが、何やら『やっと手に入れた薄い本が待っている』との事で、更なる疑問は次回会った時にでも聞く事にした。

如何やらこの世界を統べる女神という立場は、それなりに忙しいのだろう。

 

女神の説明の中でも特に重要なのは、この磯風が力を発揮するには提督、つまり司令の事を、このわたし磯風が、全身全霊を以て愛し・・・、コホン。信頼していないとならない、との事だった。

望むところである。・・・コホン。

まぁ、そうでなければ世界が亡びるというなら、仕方ない。そう、仕方ない事なのだ。

 

そういう訳だったので、帰りを急ぐ女神と別れ、司令と工房に戻ってきた。

まずは、そう、作戦会議だ。

如何すれば司令が、この磯風を愛し・・・、コホン。信頼してくれるかを、考えねばならない。

共に戦う戦友ならば、自然と信頼も培われるものではある。

とは言え、戦況がそれを許さない場合もあろう。

そもそも、ただ待つと言うのは、この磯風の望むところではなかろう。

古来より『成り成りて成り合わざる処』持つ者が『成り成りて成り余れる処』を求めるのもまた、必然というもの。

うむ。

そうだ、まずは女神が示唆した様に、司令だけでは海から来る魔物を倒せぬと云う事を十分に理解頂き、その上で、この磯風ならば彼の魔物を成敗出来ると云う事を知って貰う必要がある。

 

うむ。

この磯風、いつでも出撃可能だ。



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第1章、11.初戦

逃げ惑う住民たちを避けて、最前線である岸壁に至る。

まるで川を遡るが如き手間だが、それも致し方ない。

人波をかき分け司令と二人、如何にか街を出てここまで来たが、会敵前に十分な作戦が共有出来たかと言えば、少し心もとないかもしれない。

だが、たとえどんなに不利な戦況であろうとも。

この磯風が愛す・・・、コホン。忠義を尽くすと心に決めた司令を守り抜く。

この磯風が出よう、心配は要らない。

 

 

かつては国境の緩衝地帯であった森林を抜けると、最前線となっている岸壁は直ぐだ。森林の向こうは絶壁で、その先に赤く染まった海がある。

兵の絶叫や進軍ラッパに紛れ、前方から聞こえる雷鳴の如き爆音は、火砲のそれに違いない。既に周囲には民間人の姿はなく、前方には黒煙が立ち上り、幾流かの連帯旗が見える。如何やら甲冑を纏った重装歩兵が幾つかの部隊に分かれ、方陣を敷いているようだった。

 

『磯風、俺の声が聞こえているな?』

 

頭の中に、司令の声が響く。

女神の説明にもあったが、『提督との絆』というスキルだ。スキルというのは今一つ分からんが、要するに無線の事だろう。送受信設備や担当する艦、暗号化復号化などを気にせず使えるのは助かる。この世界、意外と技術が進んでいる様だ。

常時このスキルを開放していてくれれば、司令の考えている事も全てわたしに伝わるのだが。い、いや、こちらの考えている事も伝わるとなると、それは、ちょっと恥ずかしいかもしれぬ。

 

『お前の12.7cm連装砲は、毎分10発の連射が出来るハズだ。平射砲だから、対空射撃は無理だろうが、今回は気にしなくて良い。とにかく、アウトレンジから、その連射で奴らを圧倒する。それには、お前に敵を近づけさせず、尚且つ正確な弾着修正が必要だ。・・・だから、俺が観測の為に前に出る』

 

なる程、アウトレンジからか!

な、なに!?

それは、この磯風に下がれという事か!?

いよいよ、重装歩兵たちの方陣が目前に迫る。敵の放った砲撃が右手の方陣、敵正面に着弾し、数名の歩兵がぼろ屑の様に宙を舞った。

 

『な、何を言っているんだ!?それでは、この磯風、司令を守る盾として・・・』

『「提督」命令だ、そこで止まれ!』

『ぐっッ』

 

馬鹿な!

強引に行き足を止められたわたしを置いて、司令の姿が右手の方陣の隊列に隠れる。

前方左右の方陣の隙間には、敵の姿が見える。

距離は、海戦に比べれば・・・限りなく近い。

射程とか、そういうレベルの話ではなく、ゼロ距離射撃と言ってよい。

くっ!!

そもそもこれで、アウトレンジとは到底言えない!

司令の紛れ込んだ隊列、あのような脆弱な盾では、味方の隊列は長くは持たない。

姿だけでも捕えようと司令を探すが、黒煙と人垣で位置さえ分からない。

 

『まず初弾は修正射、俺がファイアウォールを張ってからが、効力射。ファイアウォール越しに、撃って撃って撃ちまくれ!俺の指示で照準誤差の修正と、射撃位置の変更だ。いいな?いくぞ?』

 

くっ、仕方ない。

 

「第十七駆逐隊磯風、推参!」

 

艤装を展開すると同時に、中央に布陣する敵に初弾を叩き込む!

間髪を入れず、わたしの目前に炎の壁が立ちはだかり、わたしは已む無く司令の姿を探すのを止める。

 

『いいぞ、もうちょい、左!良し、そのまま撃ちまくれ!』

 

炎の壁を揺るがして、12.7cm炸薬弾の速射が敵に突き刺さる。

ファイアウォール越しにも、着弾の爆炎が見える。

正しくゼロ距離射撃、修正が正しければ、ものの数射で敵を蹂躙出来る!

 

『一匹目、戦闘不能!次二匹目だ、更に右!もう、ちょい右!そこだ!』

 

ファイアウォール越しでは、二匹目以降の位置は正確には把握出来ない。わたしから見えない以上、敵も隠ぺいされた、わたしの存在が理解出来ない。その分敵は、目前の左右の方陣に更に攻撃を強めている。急がなければ!

 

『二匹目、撃破!いいぞ、次三匹目だ、更に右!』

 

左の方陣に敵弾が集中し、血しぶきが舞う。

崩れた隊列から逃げ出した兵たちの一部が、司令が敷くファイアウォールを突き抜けようとして炎に包まれる。魔術による灼熱の炎が甲冑の隙間から生身の体を焼き、兵たちは重なる様に倒れ伏す。

 

『もう、ちょい左!そこだ!』

 

これが三匹目、女神の情報通りなら、敵は6体のはず。

急げ!

今は崩れた左の方陣に敵の反撃が集中しているが、急がねば司令のいる右側が標的になる!

 

『三匹目、撃破、砲撃中止!磯風、敵は混乱している。右の方陣の、更に右側に回り込め!』

 

わたしが右側に駆け出すと、目前のファイアウォールが立ち消える。

足元には上半身を炭化させた、味方の兵が倒れ伏している。

肉の焼ける匂いが、硝煙の匂いに代わる。

走れ!

急がねば!



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第1章、12.乱戦

わたしの位置からは、司令の姿が見えない。

不安が、背筋を這い上がってくる。司令との絆は、力強くわたしを後押しすると同時に、不安という足かせにもなる、諸刃の剣。

ただ、時折頭に響く司令の声以外にも、何となくだが司令の存在が意識に浮かぶ。これもスキルとやらの効能だろうか?

おそらく今は、わたしの左側、右の方陣の中に紛れて、最前線でわたしを見てくれている!

 

敵は、戦闘能力をなくしつつある。

今や司令が創る二度目のファイアウォールに向け、闇雲に打ち込んでくるだけだ。

司令はファイアウォールの幅を狭め、その分厚みを増し、敵の目から少しでもわたしの姿を隠そうとしてくれている。

勿論、炎の壁自体には敵弾を防ぐ効果はない。次々と敵弾がファイアウォールを突き抜け、わたしの艤装アームを掠る。その弾頭が音速を遥かに超えるのは、わたしも敵も同じ。わたしも装束の一部が裂けるが、この程度なら体内のエネルギーを消費しつつも、瞬時に再生される。

敵まで約50メートル、砲戦としては、お互いほぼゼロ距離。

故に、お互いの弾着精度も、ほんの僅か数センチの差。だが、今のわたしなら、直撃でなければ問題ない。

ゼロ距離にして司令の魔法が創り出した、仮想のアウトレンジ。

ここまでくれば、正しく弾着観測の有無で勝敗が決まる。

今こそ、敵が司令のいる右の方陣に再び注意を向ける前に、この戦いを終わらせる!

 

『そうだ、いいぞ磯風、残った敵の魔物は疲弊している。次、俺がファイアウォールを解除したら、そのまま突入しろ!12.7cmの射線の先に気をつけろ、味方に当てるなよ!』

 

そうだ!待っていたぞ司令!その命令を!

まるで、この磯風の考えている事が、口には出さずとも伝わっている様じゃないか!

えっ!?

・・・伝わっているのか!?

口には出せない、想いとか!?

い、いや、今はそんな場合じゃない!

司令の姿が見えないという不安を、ついに訪れた機会、敵陣突入の高揚が消し去る。

良いだろう!

この磯風だけでは単縦陣とはいかないが、残敵を掃射する!

 

『今だ!』

 

目前の炎の壁が、かき消える。

突然の出来事に、敵の反撃が一瞬遅れる。

敵の驚きが、射線の乱れになって伝わってくる!

中央の敵に着弾、これまでの砲撃で与えた傷の奥で炸薬が弾け爆散、体ごと数メートル跳ね上がる。

後、二つ!

 

右の方陣に近い方の敵が、跳ね上がり落下する敵の黒煙に紛れ駆け出すわたしに、再度照準を合わせようしている。

その瞬間、敵の体を雷撃が包み込んだ!

一瞬硬直した敵の目に、狙いたがわず連射を叩き込む!

敵は体内の弾薬を誘爆させ、残る一体の射線をも揺るがせて体ごと爆散する。

後、一つ!

 

最後の1体は、その顎から突き出た単装砲を持ち上げるが、させるかァ!!

魔物の視線が、わたしを射抜く。

まだ、コイツも諦めてはいない、だが!

 

「磯風を!舐めるなぁ!!」

 

敵の単装砲の下を掻い潜り、わたしの連装砲が顎の奥へと届く。

顎の中で弾けた12.7cmの連射が、敵のはらわたを抉り、敵は膨れ上がる様に爆散した。




つづく、です。。。多分。


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第1章、13.エピローグ

「・・・勝った、のよね?」

 

女神は水晶球から目を離すと、そのまま床にへたり込んだ。

参った、この「提督」と「磯風」の二人、どうも胃に優しくない。

 

寧ろ、これまでの勇者の方が手堅いというか、手慣れているというか。

それはそうだ、この世界では、勇者というのは云わばこの世界の最先端。

これまでに培われた多大な歴史を積み重ね、その集積として伝説的な武具を身に纏って、多くの国々が全力でサポートしている。

だからこそ、前回の勇者もここまでは、これた。

あの六蛇の魔物を倒す、ここまでは。

だが、この後に訪れるだろう『姫』に、全て殺されてしまった。

今世の魔王、『戦艦棲姫』に。

 

前回の勇者は多大な時間を掛けて六蛇の魔物の防御力を削ぎ、屠った。今回の「提督」と「磯風」は、それに比べれば、極めて短い時間で同等の敵を倒している。それだけ考えると、今回の二人の方が幾分、実力はあるのかもしれない。

見ているこちらは、とても気楽には見ていられなかったのだが。

 

今回も同じ様に、再び追い打ちを掛ける様にあの『姫』が現れるとするなら、前回以上に素早く敵を屠った事で少しだけ、時間の余裕が得られたのだろうか?

余り、役には立たないだろうが、それでも時間は貴重だ。

 

そうであるならば、何とか今のうちに、あの二人を更なる高みに引き上げてやらないといけない。

 

もう、負けられないのだから。

ここで二人を失えば今度こそ、国が亡びる。

残された国々も確実に、一つまた一つと失われることだろう。

考えたくもないが、全ての国がその土地を失えば、間違いなく人間は亡び去るだろう。

それだけは、避けなければならない。

 

 

だが、少なくともこちらが、あの魔物たちが取り入れた『概念』に対抗する、新たな『概念』を手に入れる事が出来たのは、間違いない。

『提督』と『艦娘』の絆が、あの『深海棲艦』を倒す力となる。

 

ただ、普通に考えれば、『駆逐艦』は『戦艦』には勝てない。

持てる力が違い過ぎる。

たとえ、『提督』というサポートがあっても、無理な物は無理。

 

だが、彼の『世界』では、史実として多くの『戦艦』が沈んだ訳で、『戦艦』が『戦艦』を打倒した事例ばかりではないはず。

『駆逐艦』が『戦艦』を倒した、そんな都合の良い事実はないだろうが、それでも、何か手はあるかもしれない・・・。

否、やはり今度の戦いは『提督』が、鍵となる。

 

女神は今一度、立ち上がった。

残念だが、あの薄い本に浸る楽しみは、後日とするしかあるまい。

女神はベッドサイドのテーブルに置いてあるそれに、今一度未練の視線を向けた。

 

仕方あるまい、まずは・・・。

 

                                第1章、完

 




第1章、完
つづく、です。。。多分。


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第2章、1.鎮守府

この世界住人にとって共通の敵である『深海棲艦』同等に、実はこの世界の『人間』たちも、こちらの思い通りに動いてくれるとは限らない。彼らは独自のコミュニティである『国家』を作り、女神たる私の意志とは別に、国家の利益をも追求したがる。時としてその求める利益は国家の間で相反する物であり、その結果『深海棲艦』の侵攻で世界が滅亡の危機に直面している最中でも、『国家』間の争いはなくなる事がない。

勿論、更には一人々々の個人としての望みも複雑に絡み、人間を私の意図に従わせるのには、とても手間が掛かる。

 

それに比べると、自らが治める世界の『人ならざる者たち』は、ずっと、私に協力的だと思う。

素直な、良い子たちだ。

そう思っていました、昨日までは。

 

 

女神の目前には、彼の世界では銭湯として知られる入浴施設が広がり、かけ流しの湯から立ち上がる湯けむりが広い室内を満たしている。どことなく漂う、檜の香りが心地よい。

手前の脱衣所には扇風機や、ちょっと古めかしい体重計も完備されている。

 

「もー、何でこんなに大きな浴槽にするかなぁ!?無駄よぉ、無駄!」

 

思わず、一瞬呆けてしまった。

足元に自慢げな妖精さんたちが、ぞろぞろと現れる。

な、なにその『やり切った』感溢れる表情!

 

『やー、そんなに褒めて貰えると、照れますね~。やっぱり「入渠」スペースは、これくらいないと~』

「あ、あのねぇ、『艦娘』一人しかいないのに、いったい何人同時に入浴出来るのよ?」

『そうは申しますが~、こちらも浴室の壁に「富岳のタイル画」を描くのは泣く々々諦めたのですから、女神様も少し位妥協して頂いても良いと思います~』

 

何処が『少し位』なのよ!?

確かに浴槽、だけ(・・)なら、妥協しても良いわよ。

 

「・・・あなたたち、さっきは『提督』の執務室に、岩風呂作ろうとしてたわよね!?」

『本当は、執務室に岩風呂を作るのが本筋だったのですが、そこは諦めました~』

「いやいやいや、執務室に岩風呂とか分けわからないし。勿論、一緒に作ろうとしてた執務室の『脱衣所』とかも、不要ですからね!?」

『その分、こうして「入渠」スペースの浴槽を整備させて頂き、ありがとうございます~』

 

何が、ありがとうございます、だぁ!?

あんたたち、どんだけお風呂好きなのよ!?

 

「・・・執務室には『夜戦』の掛け軸も飾ってたわよね!?」

『良いじゃないですか~!掛け軸一つくらい。戦意高揚の為にも、やはり執務室には掛け軸は必須でしょ~』

 

訳が分からない。

その採用基準は何?

 

「じゃあ、あのハンガーラックは!?」

『洋服掛けは、生活必需品じゃないですか~』

「なんで『提督』の執務室に、『磯風』の着替えを掛ける必要があるのよ!?」

『だって、二階が執務室、兼食堂、兼台所、兼寝室、プラストイレ。一階が浴室ですよ~、ほら、部屋数が足りないじゃないですか~』

「それは、一階を全部浴室に使うからでしょ!?」

 

あの二人には連携を強化して貰う為に、とりあえず、この街の郊外の地下迷宮に潜って普通の陸棲の魔物を狩って貰っている。いよいよあの『戦艦棲姫』が攻めてくる前に、すこしでも強くなっておいてほしい。

勿論、ふたりには転移アイテムも持たせたので、いざという時は二階の提督執務室の床に描かれた魔法陣に、即時帰還が可能だった。

 

二人が練度を上げている間に、女神たる私は妖精さんたちの協力を得て、この『鎮守府』を建てているわけだ。

 

かつては国境地帯にあった二階建ての山小屋を買い、二人の今後の活動拠点にして貰う。

二階の執務室の窓からは、絶壁となったかつての国境の向こう側に、今や赤く染まってしまった海が広がっている。ちょっと不気味な海の色さえ気にしなければ、絶景を一望に出来る好立地、海岸線の温泉付きリゾートの高級ペンション、と言っても差支えない。

 

この新たな鎮守府は、先の六蛇との防衛戦が行われた最前線から、極々近い距離にあった。

前回の、前々回の戦いで多大な被害を被った王国騎士団は、既に街の城壁まで下がっている。故に、次の戦いはこの鎮守府から絶壁までの間が、決戦の場となるだろう。

(『提督』からは『どうせなら、もっと安全なところに建ててよ!』と呆れられたが、良い物件が他になかったのだ。・・・そう、何事にも妥協が必要だ)

 

二階の執務室で改装を終えた妖精さんたちが、完成祝いの酒盛りを始めた様だ。

一応妖精さんたちには、酒も食事も差し入れは完璧。

なんだかんだで、ちょっと私の意図とは異なるにしても、古びた山小屋をここまで整備してくれた訳で、妖精さんたちの労を労うのは当然だろう。

 

その隙に、私は新設の「入渠」施設を使わせて貰うとする。

あの二人が戻ってくるまで、もう少し時間がある。

今のうちに文字通り、一番風呂を楽しませて貰おう。

あの薄い本にも、露天風呂で女同士組んず解れつという濃厚な展開が描かれていて、ちょっと興味があるのだ。



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第2章、2.装備

磯風は、確か陽炎型駆逐艦の12番艦だったはずだ。俺が「提督」として戦っていた頃の初期装備は、砲雷撃よりも爆雷やソナーに偏っていた記憶があるが、陽炎型である以上、磯風も当然高い雷撃能力を持っていた。

史実としても複数の魚雷発射管を持ち、61cm4連装の魚雷発射管からは九十三式酸素魚雷を発射可能、この九十三式の炸薬重量は約500kgにも達する。魚雷だから当然水中爆発となる故に単純比較は出来ないが、炸薬重量だけで言えば戦艦クラスの(大口径艦砲で主要な、徹甲弾ではなく)炸薬弾頭のそれにも匹敵する。

果たして『深海棲艦』に徹甲弾が有効なのか、炸薬弾が有効かという本質論はさておき(置いちゃうんだ・・・)そもそも大口径主砲や徹甲弾頭には縁のない駆逐艦では、雷撃にこそ主砲を上回る最大の攻撃力があると考えて良いだろう。

 

問題は、残念な事に磯風は、この魚雷を持ってきてくれなかった、という事ですね。

 

 

「すまない、司令。雷装については、かつて装備していた記憶はあるのだが、今のわたしには新たな装備として、具現化する事が出来ない様だ」

 

磯風が普段のドヤ顔な感じを止め、ちょっとしゅんとした表情で落ち込んでいる。

可愛い。

もう少し、このままでいて貰おう。

 

迷宮で行った実験では、俺が用意した実在する剣や弓を、磯風に装備して貰う事も出来た。不思議な事に、磯風がそれらを装備として認識すると、一旦その存在を消し去ることも再度出現させる事も自在に可能となる。

但し、磯風が装備出来る武具の数はそれ程多くなく、12.7cm連装砲も併せても2つまでが限界の様だった。俺が左右両手に、それぞれ剣と盾を持つのと変わらない。

・・・俺は魔術士だから、剣も盾も不得手だがな!

 

磯風の装備容量限界に関しては、それ程、融通が利く訳ではない。

普通に考えて『深海棲艦』相手に剣よりは、12.7cm連装砲と25mm三連装機銃の方が有用だろう。

つまり現状では、簡単には磯風を強化する事は難しい訳だ。

 

 

「俺の方は、魔術というより魔法を駆使して、磯風が使える新たな武器の具現化が出来そうなんだがな。問題は実際にそれを使用していた磯風程には、魚雷の正確なイメージが出来ないし、まして具現化に必要な魔力も足りない」

「つまり、司令にも魚雷は作れないという事だろうか?」

「そうだな」

「魔術士たる司令を以てして、全く役に立たないと?」

「・・・まぁ、そういう事だ」

 

何、何時の間にか、ドヤ顔が復活してるの?

何かこの娘、俺をディスる時は、凄く良い顔になるんですけど?

俺の精神耐性高くないんだし、キミはもう少し落ち込んでくれてても、良いんだからね?

 

 

魔法というのは無から有を創り出せる訳ではなく、実際には等価交換に過ぎない。

素材を元にして、魔法陣や詠唱で明確な変性のイメージを為し、魔力をエネルギーとして新たな構成を形造る。

素材は当然変性が楽な、つまり変化が少なくて済む物が良いが、万物が四大元素に還元出来る以上は、四大元素だけでも創造は出来なくはない。その場合は触媒として賢者の石を大量に消費する事となり、目的の生成物の価値よりも、必要となる素材の価値が上回る場合も生じる。因みに俺は磯風を召喚する為に、俺がこれまでの魔術士人生でため込んできた賢者の石を、全て綺麗さっぱり消費し尽くした。

 

そういえば、確か前世でも磯風を得る為に、全ての資材を消費した記憶がある。

バケツとか。

バケツに何が入っていたのか、今では良く思い出せないが、磯風というのは金の掛かる娘であるのは間違いない。

まぁ、好きな女に貢ぐのは、男の甲斐性ってもんさ。

振られたけどな。

ちょっと、落ち込む。

 

それはそれとして。

簡単に言えば、鉛から金は造れるけれど、消費する賢者の石の価格を考えると、素直に金を買った方が安い訳だ。

 

 

「つまり、魔力はともかくとして、この磯風の持つ魚雷のイメージを、如何にかして司令に伝える事が出来れば、司令の魔法で魚雷を創れる訳だろうか?」

「まぁ、そうなるかな?」

「そ、そうか。うむ・・・」

「どちらにせよ明確なイメージを得ても、俺が扱える魔力では、魚雷を造るには足りない」

 

九三式酸素魚雷は全長900cm、重量で3t近くある。魔法による等価交換を前提とした場合、実はホムンクルスである磯風より断然に重い。

それはそうだ。

胸部装甲と、かなりアレな性格以外は基本的に中学生外見の磯風が、重量的にはそれ程重い訳ではない。

 

そんな事を話つつ(勿論、胸部装甲と性格に関する俺の評価は、俺の胸の内だけの話だ)、磯風と二人でとぼとぼと、迷宮から女神が購入した山小屋に戻ってきた。

女神が転移の魔法陣を用意してくれているらしいが、あちら側から召喚するなら別として、こちらから魔法陣へと帰還転移するならば、転移に際し俺の魔力が要らない訳でもない。

まぁ、たいした距離でもなし、普通に歩けば事足りる。

これを魔力の倹約という。

けして俺がケチな訳ではない。

 

うん?

見上げる山小屋だが、何か少し増改築というか、リフォームされた感がある?

入口に掛けられた認証の魔法を抜け中に入ると、何故か目前に暖簾が?

 

少し、というのは前言撤回。

かなり違う、というか、暖簾に書かれた『秘湯 女神の湯』って何?

 



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第2章、3.セーラー服とベレー帽

彼の世界には温泉なる物の『概念』があり、妖精さんたちは何故かそれを、無駄に高度に再現してしまっていた。

無駄だとは思うけれど無駄な事にこそ、人生の(私、人じゃ、ありませんケドね。女神デスけどね)真実があるというもの。

私の『深海棲艦』対策調査によれば、『かげろうお銀』なんて毎回入浴していた訳で、もし、あの入浴シーンが無かったとしたら。それはもはや、印籠を持たぬご老公様と同じ。

(実は一瞬、これは結構いけそうか、とは思ったのですけどね。『助さん格さん、その「深海棲艦」共を、懲らしめておしまいなさい!』みたいな? 一応、『深海棲艦』にご老公様一行を立ち向かわせるプランは、プロデュースする女神の立場しては、ちょっとキャストが多すぎるので却下しましたけどね・・・)

 

やはり、温泉なる物が目の前にある以上、女神たる私が最初の湯浴みをする事で、この温泉は更なる高みへと駆け上がるに違いない。

女神は鼻息も荒く、一階の玄関前の暖簾をくぐるのだった。

 

 

「・・・なかなかに、良い湯だったわ」

 

妖精さんたちも流石、良い仕事をする。

ただ、家の中をどれ程完璧にリフォームしようとも、元は単なる郊外の一軒家。

別に防御結界が張られている訳でもなく、門から玄関まで何キロもある様な邸宅などでもなかった。

 

ついつい長湯してしまった私は、脱衣所で冷たい牛乳(ビン入り)をグイっと楽しみながら、「提督」と磯風の二人が早々に帰還してきた気配をとらえたのだった。

 

げっ、私の服がない!?

あれ、ここの棚に入れたわよね?

まさか「提督」に、そんな趣味が!?

いや、まだ「提督」は外だった。

視界の隅に、ちょうど妖精さんたちが私の服を、壁際の洗濯機に放り込む姿が見えた。あ、洗ってくれるのね!?

そうだった、妖精さんたちは、ここを鎮守府として維持管理してくれるのだったわ。

 

「ま、まずい、何故かこの風呂場、入口が玄関直ぐ先(それはそうよね、一階には風呂場と階段しかないものね!)だったわ。あの二人が玄関のドアを開ければ、私と鉢合わせとなってしまう!」

それは、まずい。

女神たるもの、やはり威厳を見せる事も、必要な嗜みである。

流石に女神がバスタオル一枚、その下は全裸というシチュエーションはまずい。

大きさは磯風に勝てる自信はあるケド、私は美の女神(ヴィーナス)という役どころな訳でもない。磯風には、負けないけどね!

重要な事なので、二度言ってみました。

・・・そんな場合では、なかった。

 

そういえば、確か二階の「提督」執務室には、何故か磯風の服が掛けられていたはず!

私は慌てて残った牛乳を飲み干すと、濡れた髪を拭くのもそこそこに、暖簾をくぐって玄関前の階段を駆け上がった。

 

あ、あった!

 

 

・・・後で気が付いたのだが、如何やらあの湯、『艦娘』が『船体』(カラダ)を維持するのに必要な、様々なエネルギーが溶け込んでいたらしい。

それは、女神の私でも、気持ちイイ訳だわ・・・。

まぁ、『入渠』施設ですからね・・・。

それらは傷ついた『艦娘』の体を癒す為に、『艦娘』の霊的な身体を一種の未分化な細胞状態へと還元し、彼女たち『艦娘』が持つ元の『概念』に従い再構成しつつ、その『船体』を癒す訳だ。(iPS細胞もビックリの効用!)

 

いよいよ、階下の玄関を開ける音が聞こえてきた。

二人は妖精さんたちのリフォームの成果に驚きながらも、迷わず二階へと上がって来る様だ。階段を上がる、足音が近づく。

私は急いで、ハンガーラックに掛かっていた磯風の上下を身に着けた。

でもセーラー服姿の女神って、それでは余りに女神らしくない。否、そうとも言えないかしら、『月に代わっておしおきよ!』って、既に『概念』が違い過ぎる!

 

と、取り合えず。

わたしは二人との、ちょっと意図せぬ再会までの残る僅かな時間で、元々被っていたベレー帽だけでもと急いで創り出して、被る事にした。

あれ?

何故か、手袋も?

 

よ、よし、後で磯風には服を借りた事は謝っておこう。

・・・でもノーパンでセーラー服ミニスカートって、ちょっと、まずいかしら?

それにノーブラなのに、ちょっと胸もキツイかも?

 

・・・自分で変な想像して、頬が赤くなってしまった。

こんな姿で、磯風に抱きしめられたりとか。

いやいや、湯上りだし私の頬が赤くなったのは、多分長風呂のせいよね。

そうそう、長風呂しちゃったし、いや~、ぶち疲れたわ~。

ノーパンだってスカート捲れなければ、大丈夫じゃて!

 

ドアが開くと、何故か磯風がうちに走り寄り、抱き着いてきよった。

あ~、これ、あの薄い本と同じ展開じゃけぇ、素敵じゃねぇ♪

うちも思わず、抱き返してしもうたわぁ。

 

磯風が、うちを抱きしめながら、驚いた目で聞いてきた。

「な、何故ここに、浦風がいる!?」



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第2章、4.元女神は艦娘の夢を見るか?

「えーと、女神さん?」

「違います」

 

即答だった。

提督の机とは名ばかりの単なる食卓を囲み、俺たちは対策会議の真っ最中だ。壁側の席、そこが提督の席なのらしい、つまり俺。背面の壁には、この辺り一帯の地図が張られている。ただ、地図にはちゃんと、それが実在した頃の国境が描かれ、国境線の先には隣国の国土が広がっている。

俺から見て左手、窓側に磯風。そこが秘書艦席、という設定なのだそうな。仕様的には、俺の席と何ら変わりはないが。

そもそも、いつから秘書になったのでしたっけ?

そして俺の正面に、元女神様。

 

因みに妖精さんたちは、こちらの混乱も討議も気にせず、床に置かれた皿を丸く囲み、『鎮守府リフォーム完成祝い』の真っ最中だった。宴に差し入れた酒や魚が切れない限りは、こちらに用事はないらしい。

 

 

「浦風?」

「・・・違います」

 

怪訝そうな磯風の質問に対しては、一瞬、言い淀んだが、答えとしては、やはりNOでだった。

まぁ、けして俺だけが否定された、という訳ではない、多分。

 

・・・それにしても、デカいな。

磯風を、完全に上回っている。

磯風もかなりのモノと思っていたが、どうやら俺の認識が間違っていた様だ。社会人たるもの、過ちは直ちに正すべきだろう。素直に俺の誤りを認めようじゃないか。

うむ。これで磯風の事が好きでなければ、こちらで良かったのかも。

・・・とか、そういう相談をしたかった、訳ではない。

 

 

「何て呼べば、良いのかな?」

「違いますって、言ぅとるじゃろう!」

 

即答でした。

やっぱり、嫌われてますかね、俺?

でも、これ位ではメゲナイね、俺。

慣れてるからねっ。

・・・や、やっぱり、ボディーブローの如く、後から効いて来るかも。

俺の精神的な安定の為にも、この対策会議とやらは、早く終わらさせて下さい。

 

 

「あー、とりあえずだな。今後の呼び方を聞いている、だけなんだが?」

「・・・浦風と呼んで、つかぁさい」

 

女神様改め浦風が、ぽつぽつと語り出したところによると。

自分のかなりの部分が、浦風の意識に浸食されている為、もはや浦風としてのアイデンティティを無視する事は出来ないとの事。ただ、女神としての意識も能力も、あるいは、女神として、この世界を治めなければならない、という使命感も失くしていないのだそうだ。ただ外見に引きずられ、浦風>女神の状態で安定しているらしい。

当面は今のまま、両者意識が混ざり合った状態だと、そう認識しているとの事。

 

 

「えーと。今の浦風の状況は分かった。だが、なんでまた、そうなったんだ?」

「ゆわんでも、えかろぉゆぅて思うんじゃが、女神たる者、二人の為に参戦したに、決まっとるじゃなぃ!」

 

こういうのを、逆切れと言います。

望んでなったと言うなら、何故怒るのさ?

俺、悪くないからね?

 

「そ、そうか。それで浦風の武装は如何なっているか、教えて貰いたいんだが」

「12.7cm連装砲と、九一式爆雷じゃ」

 

おそらく、浦風が積んでいるのは九四式爆雷投射機と、九一式一型爆雷なのだろう。九一式爆雷は約150kgの炸薬が込められていて、九四式爆雷投射機を使用した場合、100m近い遠方への投射が可能だった。

良いんだけど。

良いんだけど、この艦娘たち、何故に魚雷は持参しないんでしょうね?

 

しかしだ。

前向きに考えれば、爆雷を地上に投げて、いけないという法はない。

普通に地上で使う榴弾砲弾の炸薬は10kgにも満たない。その破壊力の意図が破片であるか爆圧にあるかは、さて置き、爆雷だって十分有効だろう。

仮に前回の戦いであれば、深海棲艦の隊列のど真ん中に爆雷を落とせれば、それなりの戦果を得られたのでは、ないだろうか?

それこそ、弾着修正さえ出来れば、結構いけそうだが。

あー、またそれって、俺が観測するって事ですかね?

分かります。

 

分かるんですけどね、もう少し良い案を考えたい訳ですね、はい。

その為に、迷宮行っていろいろ試してみた訳だしね。

 

 

「試したところ、新たな武装を創れれば、それを磯風や浦風が装備する事が可能だろう。・・・たとえば、魚雷とか。だが、魚雷を造り出したくとも、俺にはそのイメージが固められなかったし、もう一つ、魔力が足りないという問題もある。これら解決が出来れば戦える、とは思うのだが・・・」

 

無い物ねだり、ではある。

やはり、戦術から練り直す方が、良いかもしれない。

女神改め浦風は、腕を組み少し考え込むような仕草で、俺にその大きさを強調していたが(何をとは言わないが)、突然その視線を上げ俺を睨んできた。

や、見てませんからね!?

本当は見てたケド、ちょっとだけだから!

浦風は何やら顔を赤くして、俺を睨みつけながら言った。

 

「それがないと、あの女にゃぁ、勝てんとゆう事なんじゃのぉ。分かったんじゃ。魔力についちゃあ、この浦風に任せてつかぁさい」



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第2章、5.剣と魔法の世界

自宅の地下に知らぬ間に迷宮が出来ていたりとか、ある意味ファンタジーのお約束ではないか、と思う。

そうであるならば、引っ越したての鎮守府の地下に、妖精さんたちの工房が出来ていても、それ程おかしなことではない。

多分。

 

 

玄関を入った正面に『女神の湯』の暖簾と引き戸があり、左手には二階へと続く階段があった。二階にあるのが提督の執務室、兼食堂、兼台所、兼寝室、プラストイレなのだそうな。

二階はやたら多機能だな、オイ。

 

では、玄関入って右側は、というと。

緑に塗られた、ちょっと小ぶりな木の扉がある。

気になるのは、家を外から見ても、その扉の先に部屋を作るスペースがないのだ。・・・下駄箱だろうか?

収納スペースが多いのは、住みやすさの一つの基準だろう。

『二階の窓からは、赤く染まったおどろおどろしい海が一望出来る、眺望に優れた立地。一階には小粋な緑の扉のウオークインクローゼットもついて、充実の収納スペースです!』みたいな。

なかなか、良い物件じゃないか。

深海棲艦との戦いの、最前線に建てられている、訳じゃなければな。

 

『あ~、そこは物入ではなく、「扉」ですね~』

 

振り返ると誰もいない、怪奇現象かっ?じゃなくて。足元に視線を落とすと、妖精さんが一人、俺を見上げていた。

見下すのは失礼、とかではなく、会話するにはちょっと高低差がありすぎる。子犬をじゃらす様なつもりで、俺も妖精さんの高さ近くまで腰を下ろす。

 

「あー、このパターンは、あれか。『妖精さんは、工房も作ってみました!』みたいな奴だな?」

 

高度な柔軟性(ヘタレとも言う)を備えた俺は、この程度の事では驚かない。

たとえば、なかなかデカいな磯風と思っていたのが、女神様改め浦風の方が更にデカかったという、衝撃の事実を知ってしまったとしても。この俺ならば事実は事実として正しく、『二人とも、デカいじゃないか!』と受け入れる事が出来る。

真実は常に一つ、とは限らないのだ。

 

『良く、お分かりですね提督。伊達にヘタレと呼ばれては、いませんね~』

 

そうだろう?

って、オイっ、それ褒めてないからね?

っていうか、妖精さん今、俺の頭の中、読んだでしょ!?

そもそも、妖精さんの返事が直接頭に聞こえている時点で、俺の方は口に出した事以外も筒抜けですね。

俺のプライバシーは、何処に行ったんでしょうね?

 

「妖精さんてば自分の工房も作っちゃいました、てへっ、てパターンだとするとだ。その工房で、俺たちに魚雷とか、造る事は出来ないかな?」

『そうですね~。設計図でもあれば出来ますけど~。言っときますが、私たち妖精の技能は、提督さんが使う魔法の様に非論理的な物ではなく、ちゃんとした科学的根拠に立脚した物なのですから~』

「そうかー、って、俺より妖精さんの方が科学的なの!?」

 

これはあれだ、コイツは俺より、絶対もてないだろう、って高を括ってたダチに、俺より先に彼女が出来た時くらい、ショックかもしれぬ。

嫌な事を、思い出しちまった。

 

『魚雷は無理ですけど~、剣とかなら出来ますよ~』

 

自分たちでも作れない物があると認めるのは、ちょっとしゃくだったのか、小さな妖精さんが、小さな胸を張る。可愛い。

うん。それは、ありがたいのだが。

いっそ、剣は剣でも、すっ、んごいのは、出来ないのだろうか?

たとえば、約束された勝利の剣、みたいな。

 

『それは、魔法の領域です~』

 

そうだよねー。

そうだと思いました。

 

「あー、取り合えず分かった。その扉、俺でも入れるの?もし入れるなら、どんな物が作れそうとか、妖精さんの工房とやらを見学させてくれないかな?」

『大丈夫ですよ~、どうぞ、こちらへ~』

 

とりあえず俺は、案内の妖精さんに連れられて、鎮守府地下の知られざる迷宮に挑む事にしたのだった。

 



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第2章、6.勇者の真実

「あんなぁ提督が、気になる?」

 

浦風は大ぶりなココアのカップに、鼻を突っ込む様両手で持って、ベレー帽の下から澄んだ青い目で、じっと、わたしを見ている。

わたしは新しい執務室に設えられた秘書艦席に座って、聞くとはなしに窓の向こう側から聞こえてくる、波音を準えていた。

たとえ色は変わりはて様とも、そこは自分のいるべき場所、艦娘である身にとって海は故郷の様なものと言っても良い。

 

先ほど司令官が『お前たちの装備の事で、妖精さんに相談してくる』と言い残して出かけた時、わたしも一緒に行きたいと思ってしまったのは、確かにそうかもしれない。

だが、その想いは、口にはしていない。

出来なかった。

 

司令はわたしに『もし敵が現れたら、まずは磯風が迎撃。出来るだけ距離をとって後退しつつ、時間を稼げ』との指示した。デート気分で司令に一緒について行く事など、命令違反に等しい。

・・・デート。

ち、違うのだ、わたしの装備の事なのだから、ちょっと気になって、一緒に見たいなと思っただけだ、うむ。

 

だから、わたしは何も言っていない。

今も浦風の問いに、ちょっとだけ、動揺が顔に出たかもしれないが。

口にもしてない事で、浦風も妙な勘繰りは止めてほしいものだ。

 

「な、何を言っている?わたしはただ、何時敵が現れるか、それを考えていただけだ」

 

思わず、浦風を睨んでしまった。

 

前世では、わたしは浦風の最後の瞬間を看取る事が出来なかった。わたしも浜風も被弾した金剛に掛かっりきりで、浦風の事には気が付けもしなかったのだ。

・・・でも、あの時も浦風は、わたしの事を見ていたのかもしれない。

 

 

「・・・わしもね、半分だけ艦娘になったけぇ分かる。わしが得たなぁ、ぶち大きな、強い承認欲求じゃぁ。多分、艦娘は皆そうなんじゃゆぅて思う。磯風の場合は、提督を自分の物にしたい、そう思うとるじゃろ?わしの場合は逆、わしゃぁ提督の物になりたい、保護されたい、そがぁな感じじゃて」

 

な、何か浦風の奴、サラっと怖い事を言ってないか!?

 

「でもの。わしゃぁ半分女神じゃけぇ、分かる。わしゃぁ覚えとるんじゃ。残念じゃが、わしらのこの恋は実らんの」

 

えっ?

 

「聞いた事ないかのぉ?勇者って、魔王を倒した後は、大方、ええ死に方はせんと」

「いや、待て。そもそも司令は、勇者なんかじゃ、ないだろう」

「そうのぉ。わしが召喚した勇者じゃぁ、なゆわぃねぇ。じゃったら何で、提督はわしらの使い方を、戦わせ方を知っとるんかしら?

あんなぁは、女神じゃったわしが、この世界に連れて来たんじゃ、なぃんじゃ。

もっと前から、この世界に存在しょぉったんじゃ。

きしゃっとゆうと、深海棲艦が生まれた時に、同時にこの世界に現れた。

深海棲艦と同時にこの世界に現れて、深海棲艦を負かして、役割が終わると消える。

そんな存在じゃと、思うんじゃ」

 

司令が・・・、消えてしまう?

浦風は、一体何を言って・・・。

 

わたしは、何時の間にか、机を回り込んできた浦風に抱きしめられていた。

何故か、頬を涙が伝う。

 

「泣かんでのぉ。わしらのこの想い、どれくらいが艦娘っちゅう存在に縛られた、嘘の想いなんじゃか。

そもそもこんな想いなんて、何の意味もないもん、なんかしら?

でもなぁ、もし悔いを残しとぉないんじゃったら、お互い言えるうちに、伝えた方がええかも、分からんのぉ」

 



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第2章、7.大西洋の壁

きっと黄泉比良坂は、こんなところでは、と思ってしまう。

そんな薄暗い下り坂を、降りていく。

妖精さんてば可愛いけど、やっぱり元はゴブリンというか。

穴倉好き、なんですね。

ある種共感は覚えるんですけど、自宅の地下をこんなに掘っちゃって、大丈夫かなーと、心配にはなりますね、はい。

 

前をトコトコと歩く妖精さんを追いながら、俺はこの後の戦いを思い描いていた。

 

 

前世史実に於ける最大規模の上陸作戦は1944年6月6日、連合軍によって行われたネプチューン作戦、所謂ノルマンディー上陸作戦だろう。

迎え撃つドイツ軍は上陸予想地点を絞り込めてはいなかったが、防衛の方針に於いても、軍内部での統一が出来ていなかった。

すなわち、上陸した連合軍を敢えて内陸部に引き込み、橋頭保を固めきれないうちに、これを撃滅する意向の西方総軍ルントシュテット元帥。まだ連合軍が海の中でもがく上陸前、水際で殲滅する意向のB軍集団ロンメル元帥とで、軍上層部でも意見が対立していた。

 

深海棲艦が陸に上がって攻めてくる時、もし橋頭保が必要なら、そこを叩くのはアリだろう。だが、奴らは少数精鋭であり、物資の陸揚げが必要な訳でもなさそうだ。

かと言って、腐っても深海棲艦(腐ってないけどね)の、海上での機動力は地上と違って艦娘に匹敵するだろう。機動力が低下した、上陸してきた深海棲艦を叩くというのは間違っては、いなさそうではある。

 

そもそも、ドイツ側の元の防衛策は『大西洋の壁』と呼ばれた、云わば大西洋沿岸版の万里の長城であり、約5000kmに及ぶ要塞化という非現実的なプランであった。

その壁が未完成であるが故に、現実的な対策を検討する中で意見が割れた訳でもある。

 

幸か不幸か、深海棲艦の上陸地点は、如何やら鎮守府の目の前らしい。

どちらかというと、不幸だと思います、はい。

 

次もそうだと決めつけるのは良くないが、仮に次回も同じであれば、隣国が沈んで出来たあの絶壁は、十分に壁になりうるのではないか?

断崖絶壁と新たな海岸線の間には、僅かな砂浜が形成されている。そこに上陸した深海棲艦に、断崖上から浦風の持つ爆雷を投射する。

 

前回は深海棲艦が崖の上に上ってからの戦いだったが、それは騎士団が遠距離から投射可能、且つ有効な武器がなく(弓矢だけではキツイよね)、引きずり込む以外に選択肢がなかったからだろう。

 

 

「なぁ、妖精さんたちって、あの深海棲艦の接近を検知出来るの?」

『出来ますよ~、あ、今、「やった、ピケット艦獲得!」とか思ったでしょ~?』

 

ギクっ

 

『やですよ~、そんな役は~。代わりに深海棲艦が接近したら、発報する仕掛け位なら出来ます~』

 

おっ、それだっ!

 

坂を下りきると、鎮守府の玄関にあったのと同じような、緑の木の扉があった。妖精さんが、俺を振り返る。

 

『工房へようこそ~』



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第2章、8.深海に棲まう者(前編)

「ついに、来たか」

 

少し霞んだ単眼鏡の視野が、徐々に迫る敵の姿を捉える。

まだ、何も始まってもいないのに、手の平に汗が滲む。

敵の深海棲艦は、女神改め浦風の推測通り、姫クラス単艦の様だ。

ゆっくりと、赤く染まり波打つ海面を、その波頭を掻き分けるように進んでくる。

 

磯風と同じく腰より長い、黒くしなやかな髪。外見的には似たような容姿なのに、禍々しさの桁が違う。単艦で乗り込んで来るその自信は、おそらく実力に裏打ちされたものなのだろう。

身長は俺のそばにいる艦娘たちより、少し高いぐらいだろうか。だが、その風格というか持てる威圧感が、何倍も違っている気がする。

これだけの距離を離れていても、ひしひしと伝わってくる何かがある。

因みにどうでもいい事だが、胸部装甲には何倍とまでの違いは、ない。

負けてないからね、キミたち。

 

 

「司令、もう・・・」

 

磯風の声には、少し焦りがある様だ。

射程内なのは、俺も十分に理解している。

だが、12.7cmではおそらくゼロ距離でも、あの戦艦クラスの装甲を貫けない。12.7cm速射の直撃を、何発か食らわせたとしても、厳しいだろう。

 

「いや、敵が砂浜に上がるまで、待つんだ。砂地に踏み込んだら、磯風は12.7cmで全力射撃を開始。奴を砂浜に釘付けろ!」

「了解した」

 

磯風と俺の二人は崖っぷちに立膝をして、約50m程度の断崖の上から、敵の深海棲姫を監視している。既に磯風の艤装は展開され、手にした12.7cm連装砲の筒先が、敵の姿を追従する。

先ほど、妖精さんが仕掛けたピケットライン(ちゃんと人力(精霊さん仕掛け)ではなく、機械仕掛けでした)から、アラートが上がった。

おかげでこちらは、作戦通りに先制を仕掛けられる。

 

 

「奴が釘付けになったら、浦風は爆雷の投射を開始。予定通り、磯風は弾薬が尽きたら、一旦装備を消して、速やかに再装備して再装填。その間は浦風が爆雷投射を中断して、12.7cmで射撃。弾幕の檻を崩すな!」

「了解じゃぁ!」

 

当たっても装甲を貫けない12.7cmの砲撃が、はたして檻足り得るか?

本命は、浦風の爆雷の方だ。

爆雷では破片を散乱させる効果は薄いが、たとえ戦艦クラスでも約150kgの炸薬の爆発で無傷とはいくまい。

 

浦風は俺の少し後ろに控え、その艤装を展開して仁王立ちしている。

当初は女神から一転、艦娘の身となった事に戸惑いを覚えていた様だが、早々に吹っ切れたみたいだ。精神に占める浦風の比率が、更に高くなってしまったのかもしれない。

逆に、磯風の方は何か気になる事があるのか、先ほどから、ちらちらと俺の顔を伺っている気がする。

見られたって減らないけど、気になるから止めてね?

何なら、後で二人の入渠シーンとか『あ、あれ、ごめん、入浴中とは気が付かなかったよー』ってハプニングがあるかもしれないが、それは俺得必須。見るのは、俺の方です。

磯風は、見られる方です。

 

 

ついに奴が、砂浜に踏み込んだ。

 

「今だ!射撃開始!」

 

磯風の連装砲が次々と砂を抉り、深海棲姫の腕や肩で弾ける。

クそっ!

深海棲姫の奴、12.7cmでは気にしても、いやがらない!

奴がゆっくりと射線を目で追い、視線が絡まった。

ぞくり、と背筋が凍る感覚。

だが、本番はここからだぜ!?

 

「爆雷投射、開始!」

「よっしゃぁ!」

 

12.7cmの弾幕の檻を包む、九一式一型爆雷の、爆炎の檻。

緩やかな弧を描き、次々と爆炎が深海棲姫を包み込む。

12.7cmの砲弾は、檻であると同時に爆雷の信管の代わりでもある。

この二重の檻なら、貴様を圧殺出来るはず!

爆雷の弾着点が、徐々に収束しだす。

 

突如、檻の中心で巨大な爆発が起こった!

やったか!?

その瞬間、爆炎と砂を巻き上げて、深海棲姫が空中を舞った。

誘爆では、ない。

深海棲姫が艤装を展開し、俺を正面から見据える。

なっ!?

両肩の主砲を真下に向け、マズルフラッシュで宙を舞いやがった!?



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第2章、9.深海に棲まう者(後編)

檻は、あっけなく破られた。

奴は、空も飛べるのか!?

わたしが12.7cmをどんなに連射しようと、せいぜい駐退機が軋み声を上げるだけだと言うのに・・・。何という、火力!

 

「磯風!左足!!」

 

はっ!?

司令の声で我に返ったわたしは、反射的に奴の左足に射線を集中する。足首の推進器らしき物についた、僅かな裂け目。

あれだけの爆雷を真近で喰らって、これだけかとは思うが、ならばその傷、狙わせて貰う。卑怯などとは、思わん!

 

上昇の頂点に達し、スピードの落ちた奴の足首を12.7cmが砕く。

奴は狙われた足首を庇うでもなく、ただ、わたしを強烈な真紅の眼光で睨んでいる。

浦風も咄嗟に12.7cmの砲撃に切り替え、4門の射線が奴の傷口を広げ、ついに左足首が弾け飛んだ。赤黒い血と肉片が、空中を舞う。

 

「浦風、落下点に爆雷!」

「了解じゃぁ!」

 

砂地で落下の衝撃は和らげても、片足を失った奴が再び立つことは出来ない。片膝をついた奴を、再び爆雷の檻が閉じ込める。

ついに機動力は奪ったが、沈めるには至ってはいない。

如何すれば?

わたしがそう考えた時、奴のいる辺りから強烈な光が放たれ、足元から爆発した様に大地が揺れた!

砕け散った岩が飛び、粉塵が視野を覆う。

 

「下がれ!戦艦クラスの主砲だ!浦風は曲射で投射を継続。磯風は数発毎に砲撃位置を変えるんだ!」

 

司令の指示で浦風が断崖から遠ざかり、司令は少し右側に回り込んで腹ばいで観測と指示を続けている。

わたしは司令と反対、左に走って立膝をつき、再び砲撃を再開する。

司令と遠くなってしまった。

い、いや、『提督の絆』とやらで、指示は距離に関係なく聞こえる。

 

再び大地が抉れ、爆風が辺りを覆う。

あの主砲の直撃を受ければ、わたしも浦風も一発で轟沈する。

勿論、生身の司令の体は裂け、即死は免れない。

 

今や奴は、固定砲台だ。

それは、前世でわたし自身がやろうとした事であり、出来なかった事。

だが、奴から奪えた機動力は多分、半分だけ。

かつて、わたしは着底出来たら、その場で全ての弾薬を打ち尽くし、二度とその場から動くつもりはなかったが、奴が同じ覚悟であるはずはない。

檻が破れれば、海上ならば速度は落ちていても、帰還する事が出来るだろう。

まだ、決定打には、なっていない!

 

 

『ぐぁっ!』

「し、司令!?」

 

奴の砲撃が、司令を捉えた!?

い、生きてる!!

大丈夫、『提督の絆』は切れてない!

わたしは、咄嗟に司令の元に駆け込んだ。

観測位置の近くに着弾したのだろう、司令が伏せていた絶壁の、数メートル横が大きく抉れている。

血まみれで意識を失っている司令を抱き上げるが、わたしは如何すれば!?

 

『磯風!?』

「浦風!? 司令は生きてる! でも、出血が酷い。意識を失ってる!」

『司令のポケットに、回復薬が入っとると、言ぅとったんじゃ!』

「あ、あった!」

 

工房で妖精さんたちから、分けて貰ったらしい。

凄い薬だ。

流れた血は戻らないが、傷口は塞がり、呼吸が安定する。目は見えていない様だが、一瞬で命に別状のないレベルまで、持ち直している。

わたしは手袋を取って、ハンカチで司令の顔を拭う。

座り込んで司令の頭を膝の上に抱き上げると、血で濡れた前髪を流した。

少しづつ、司令の意識が、戻ってきた様だ。

 

「磯風か・・・?」

「すまない司令、今度こそ、護り抜くと誓ったのに・・・」

「くそぉ、火力が足りない。磯風に魚雷を渡せられればと、思ったんだが・・・」

『磯風・・・』

 

浦風が、意識に割り込んでくる。くっ、浦風の言いたい事は、分かっている。

分かって、いるが・・・。

う、動け!

 

「司令、この磯風に、魚雷を創ってくれないか?」

「何を言って・・・?」

「負傷しているのに、すまん。やはり戦いの前に頼むのだった、不覚だ・・・。だがな、ちょっと、その、恥ずかしくてな。だが、もう、迷わない」

 

わたしが抱きかかえる膝の上で、司令は身動きが取れない。

頭上を弧を描き落下する、浦風の爆雷。

周囲の絶壁を砕く、深海棲姫の砲撃。

爆風と岩の礫が、わたしの背を叩く。

だが、それが何だと言うのだ?

 

「司令相手でも、容赦なぞしない! 受け取ってくれ、これが浦風から受け取った『魔力』と、磯風が持つ『魚雷のイメージ』だ!」

 

わたしは、頬に掛かる邪魔な髪を耳の後ろに流すと、自分も目を瞑り、未だ目を開けられぬ司令に、口づける。

初めての口づけは、血の味がした。

 

時が止まる。

爆音が、全ての音が、遠ざかる。

自分の身体から司令の身体へと流れ込む魔力の噴流は、わたしに『誰かの為に、何かを失う事』の快楽を与えてくれる。

わたし自身が持つ過去であり記憶でもある『魚雷のイメージ』は、『誰かに自分の全てを、共有して貰う事』の歓びで、わたしを焼き尽くす。

 

司令が、目を見開いた。

唇を離すと、再び時が動き出す。

司令は少し、驚いているのだろう。

でも、情報さえも全て、伝えられたはずだ。

少し恥ずかしいが、自然と笑みが漏れた。

二人の視線が、絡まる。

 

「・・・ありがとう磯風。受け取ってくれ」

 

司令が腕をわたしの背中に回すと、抱き寄せられたわたしは、再び自分から司令にキスさせられた。

ちょ、ちょっと、やりすぎだぞ司令!?

こじ開けられた唇を舌で蹂躙され、快楽と共に『九三式』の力が、わたしの中に流れ込んできた。



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第2章、10.戦争の傷痕

『怪物と戦う者は、自ら怪物にならぬよう用心した方が良い。

あなたが長く深淵を覗いていると、深淵もまたあなたを覗き込む』

 

 

海岸線の絶壁に立ち、眺める景色は格別だ。

この世界にあんな怪物がいた事など、夢だった様な気になってくる。

以前に比べると、おどろおどろしい赤黒い海は、少しだけ青く見える。

元女神である浦風の見解では、深海棲姫の一人を倒した事で、少しだけ本来の海が持つ浄化作用が回復して来ているのらしい。

 

ただ、完全に元に戻らないのは、あの深海棲姫が全ての黒幕だった訳ではなく、この大洋の彼方に奴らの棲息地があり、そこに棲む深海棲姫こそが今世魔王だから、なのだそうな。

俺らが戦ったあの姫も、幹部ではあっても王ではなかった。

姫とは言っても、辛いねサラリーマンは。ちゃんと給料、貰ってたのかな?

戦争だから否応なく徴兵されて、安月給だったのかもしれないねぇ。

 

「提督、そろそろ帰らんと、磯風が心配するけぇ」

「ああ、帰ろうか」

 

隣の浦風を見る。

左手で、絶壁を吹き上げてくる海風に、ベレー帽を飛ばされない様に抑えている。右手は俺の左手を支えてくれている、というよりは単に抱き着いて、自分の大きさと柔らかさを誇示している、様にしか思えない。

止めて下さい、童貞には刺激が強すぎます!

い、いや、記憶がないだけで、前世では磯風と致シタはずだ、うん。

 

何故か、浦風との距離は、だいぶ縮まった気がする。

こ、これは、一種のつり橋効果だろうか?

毎日絶壁を一緒に散歩するとか、効果的なのか?

間違って転んだりしたら、無理心中になりそうなんだが。

 

 

あの深海棲姫との、戦いの最後。

足を止められた深海棲姫に、磯風の放った魚雷が次々と直撃し、さしもの戦艦棲姫も誘爆、爆散したのだそうな。

だそうな、と言うのは、弾着観測をしていた俺のそばに奴の主砲が着弾、そこから意識がなかったからだ。

後でその話を聞いて『はて、磯風は魚雷を装備してた、かしらん?』と気になり聞いてみたところ、真っ赤になった磯風に怒られた。

胸ぐらを掴まれながら、助けてくれる様に浦風にも視線を送ったが、浦風も視線を逸らし首を振るばかり。役に立たん奴だな、オイ。

多分、元から持ってたのに、装備出来る様になるのが遅れて、恥ずかしかったんだな。

それって、八つ当たりじゃん!

 

たっぷり一時間は正座で説教されたのだが、目の高さに磯風の生足(右足が特に桃色面積が大きいです、ハイ)があるので、良く聞いてなかった。

いや、聞いてはいたんだが、こう、右耳から左耳に抜けていったというか。

今度、機嫌が良い時にでも、また聞いてみようとは思う。

 

 

そろそろ、日が傾いてきている。

もうすぐ晩飯時か、って、浦風お前、何でここにいる?

 

「お、おい、まさかとは思うが。磯風が一人で、晩飯を作っているのか?」

「心配いらんよ。うちがついておるから」

 

いや、だから、俺についてたって、ダメでしょ?

 

「いやいやいや、前回も俺のだけ真っ黒だから、何でって聞いたら『司令の分には、特に忠誠を込めた』って言い切ったんだぞ?」

 

あれは、酷かった。

因みに、磯風自身と浦風の分は『手を抜いたから』真っ黒とまでは、いかない程度で済んでいた。

 

「提督さん、今日も元気じゃねぇ。ふふっ♪」

 

そういう問題じゃない!

俺は暗澹たる思いで、磯風の待つ鎮守府への道を歩いていった。

 

第2章、完




第2章、完
つづく、です。。。多分。


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第3章、1.海へ

磯風がロープで引きずる的が、海面を跳ねる。

的は木片で出来た浮きで、磯風のターンに合わせ左右に振れ、波頭にぶつかれば跳ね上がり、目視で追従するだけでも難しい。

12.7cmの演習弾が射抜く寸前、磯風がくいっと引き寄せ、躱される。

今のは磯風の奴、手でロープを手繰り寄せよった!?

 

「おどりゃあー、ちょこまかと!!」

「この磯風、全力で参る!」

 

逃げ回る磯風の口角が、微妙に上がっている。『逃げるなど、性に合わん』とか言ってた割には、随分と楽しそうだ。

 

 

うちら二人が海に出られる様になったのは、つい先日の事だ。

艦娘の身とは言いつつ、海上を駆けられる様になるには、それなりの練習が必要だった。最初は二人でお互いに掴まり立ちして、当然どちらかが転べば二人して海面に倒れ込んだ。

女神だった頃は(見た目)同年代の女の子(しかも姉妹!)と、キャッキャウフフ出来るのは憧れだったのだが、浦風となってからは嗜好も浸食されてしまい、普通につまらん。

『こぉらぁ、うちを巻き込んで、転ぶなぁー』って感じじゃ。

 

如何にか一人で海面を、歩くよりもゆっくりではあるが、進める様になるのに更に一日、それぞれが、それなりのスピードを出せる様になるのに、更に丸一日。射撃訓練という名の追っかけっこが、如何にか様になるのに一日。

一度、海面を走れる様になると、スピードこそは駆逐艦の本懐なのか、二人とも夢中で海上を駆けずり回った。

 

 

訓練で使っている演習弾については、具現化した実弾を提督が妖精さんに渡して、それを元に造って貰った。

見返りに、酒と魚を要求されたそうじゃ。

 

一度加工して貰うと、うちらはそれを『概念』として『装備』出来るし、再装填も出来る。

(こちらは本物の)魚雷と爆雷も一緒で、磯風が具現化した魚雷をうちが。うちが具現化した爆雷と投射機を磯風が装備する事で、以降はそれぞれが選択可能な武装を増やす事が出来た。

 

駆逐艦であるうちらは、スロットと呼ばれる装備枠が少ない。

12.7cmは必須として、後一つしかない貴重なスロットを、魚雷にするか爆雷投射機にするかは悩ましいところじゃな。

提督としては妖精さんと、更に強力な武器を作りたいらしい(何でもそれが、男のロマンなのだそうだ)が、うちらも駆逐艦の身、大口径主砲が装備出来る訳でもなく、簡単には行かないらしい。

 

 

妖精さんには魚雷の演習弾も作って貰ったのだが、ある程度弾着を見ながら誤差を修正出来る12.7cmに比べると、偏差射撃が前提となる魚雷は更に難しい。

提督曰く『三次元で考える必要がある砲撃よりは、楽』との事だが、音速を超える12.7cm砲弾に比べると、遥かに着弾にタイムラグが大きな魚雷では、うちとしては魚雷の方が難しいと思っとる。

まして、12.7cmは移動する標的の移動方向から、正反対に射撃位置を詰めれば何とかなるが、魚雷は扇形に打つぐらいしかない。

 

提督は『そこは敵に肉薄して、弾着のタイムラグを極小化するしかないよ』などとは言うとるが、言うは易し行うは難し。

一度うちが、提督を背負って『海上を疾走する体験』を強要したところ、目を回した提督からは『後は任せた・・・』と以後文句は言われなくなった。

 

見ていた磯風が『わたしも司令を背負って、忠義の程を見せる!』と既に目を回している提督を、更に連れまわしておったが。

ようやく解放された時には、提督は既に白目を剥いて気を失っておったが。

『これだ! ・・・意識がない司令は、可愛いな。これなら、わたしが好きに、アレもコレも・・・』と呟いていたのは、聞かなかった事にしたい。

 

日がな一日、海上での訓練に明け暮れる。

朝餉と昼は、鎮守府で待つ提督が作ってくれている。

夕食はわしと磯風の分担なので、午後の訓練は早々に切り上げている。

どちらか一人でも良いのだが、磯風一人に任せると、結果的に提督が毒殺されかねない事が分かったので、夕食はわしら二人がかりとする提督命令が発令された。

これには磯風はかなり不満らしかったが、既に二度の毒殺未遂事件を起こしていたので、渋々従っている。

 

不思議と、磯風の料理の腕には進展がない。

うちら二人とも戦いの技能は向上が見られると自負しておるが、何故か磯風の料理については、壊滅的だ。

何の進歩もない。

 

ひょっとすると、これは磯風のアイデンティティであり、磯風が料理を学ぶというのは、全くの無駄な努力なのではないかと思っているのだが、未だ口には出せずにおる。

・・・誰しも口には出せない、出してはいかん、いぅのが、あるもんなのだろう、そう思うとる。



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