オサレ腹黒ヨン様忍者 (パンツ大好きマン)
しおりを挟む

中忍試験編皆好きって言うけど……好き

 中忍選抜試験の呼び出しがあってしばらく。カカシも担当上忍として今までつきっきりで教え子に教授していたわけで、久しぶりの休暇とあいなった。

たまの休日をどう過ごそうと考えていたところ、やっかいな奴に声をかけられてしまった。

「ようカカシ、お前も今空いているだろう? たまには同期と飲みに行くのはどうだ?」

 

 永遠のライバルを自負するガイに、遠回しに断ろうと努力したがその甲斐も空しく結局場末の居酒屋に連れ去られてしまう。

既にアポをとっていたのだろう。アスマと紅は席についていた。隣同士並ぶ二人に冷やかしの言葉をかけてやろうとしたがすぐにそれは諦めた。

二人はおそらく今の自分も浮かべているだろう疲弊しきった顔をしていたからだ。おそらく同じようにガイに連れてこられたのだろう。

 

 最初は教え子の話をちびちびしていたが、酒が入るにつれ話も盛り上がってくる。愚痴や恋話、噂話と話が広がり始めた。

 

「ねぇ知ってる?」

 

 今まで聞き役に徹してきた紅が投げかけた言葉なだけに、周囲の注目は引き寄せられた。

アスマは既に大分きているようで、言葉の内容に反応したというよりは、声に反応して首を捻ったというのが正しいだろうが今は重要なことじゃない。

 

「今回の中忍試験が終わった後の話なんだけど、お目付け役が次期火影候補を内々に人事審査するらしいわよ」

 

 さすがに酒を吹きそうになった。急いでアスマを確認したが、軽い鼾をかいているようでほっとする。

三代目火影の息子であり、控えめに言ってあまり父親と良好な関係ではないアスマにこの手の話題は昔からタブーと話が決まっているからである。

 そんな批判的な内心が態度に出ていたのであろう。

 

「大丈夫よ。念のためにアスマの酒の中に睡眠薬を入れておいたから」

 

そういうことが問題なのではない。

 

新たに生じた問題について軽く考えながらも、カカシは当たり障りのない忠告に留めておいた。

 

「酒の肴にするには重すぎる話題だな。火影様への背信行為と捉えかねられないぞ」

 

「それにどこでその情報を?」

 

ガイの疑問も最もだった。冗談でこんなことを言うような忍ではない。

 

「ちょっとした筋のね。まるっきり的外れな情報だということは無いと思うわ」

 

「本当なのか?」

 

 口では疑いながらも薄々それは事実だろうと得心がいった。三代目火影はその名の通り、里を守り命を落とした四代目火影の代わりに今も臨時で務めているに過ぎない。かつてプロフェッサーと言われた実力の持ち主だが、高齢により年々動きを悪くしている。各国への牽制となる中忍試験を終える節目で新しく火影を置こうという流れもそう間違っていない。問題は……

 

「問題は誰がということなのだけど……カカシ、あなたなんてどう?」

 

「冗談でしょ」

 

 冗談でも勘弁して欲しいというのが本心だ。夕日の言葉を真に受けている隣の暑苦しい男の意識をなんとかそらしたい。

 

「もっとふさわしい人がいるでしょ。……伝説の三忍がね」

 

「確かに。今現在三忍が里を留守にしていることを除けば御三方しかおるまい」

 

 大国の隠れ里である木の葉隠れの里でさえ、近年は人材不足に悩まされている。里を背負う長である火影候補ならばいわんやである。

他にも里にいるものと限定して話し合っても、実力、策謀、知名度、カリスマ。どれかが不足しているものがほとんど。いよいよお互いの口が開かなく

なってくる頃には大分時間が遅くなってしまっていた。さすがにお開きという空気が漂ってきたところで、

 

「そういえば! まだいたわね」

 

紅がその名の通り、頬を赤らめて声を出す。酔いというだけではないようだ。

 

「藍染 惣右介さんがいらっしゃるじゃない!」

 

「…………ああ」

 

 別段、心当たりがないといえば嘘になる。カカシも先ほどの候補で一度は思い浮かべたものの、候補から消えた人物だ。

 

「しかし、悪くいうわけではないが――」

 

「――忍として実力がふさわしくないと?」

 

 当たり障りのない程度の表現で収めようとした苦労を察して欲しい。

 

 藍染 惣右介

 

 幻術を得意としている夕日のようなスペシャリストには一つ、二つと劣るものの、幻術を中心にした忍で、忍術、体術はそこそこなレベルで習得している。器用貧乏なタイプでその分、バランスをとるために小隊があと一人足りないといった場面で採用されることが多い。

 カカシもかつて任務で組んだことがあるので知っているが、上忍としていたって普通な腕前だった。上忍であるゆえに優秀なのは間違いないが、中心で活躍するのには決め手に欠ける。

 

 それだけなら、特に火影候補の話題にも出るような人物ではなかったが、彼の生まれがいささか不幸であったのだろう。

 

「二代目火影の千手 扉間様のお孫という重すぎるネームバリューを背負えるとは残念ながら思えないな」

 

 元々そんなに本気ではなかったのだろう。夕日も溜息で肯定の意を表した。

 

 忍の世界は血筋が重要だ。うちは、日向の血継限界。

 

奈良、山中、秋道、油目等の一族秘伝から分かるように親から子へと遺伝する要素が強い。

 

 現にカカシも父親が『木の葉の白い牙』と他里から呼ばれるほどの人物であったせいか、いらない怨みややっかみを受けた経験もある。

 

 二代目火影の孫といえば、その期待や視線はカカシ以上のものだろう。同じ境遇の、二代目の兄である初代火影様の孫の綱手様は、名も知れた三忍のため、そのような目にはあってないはずだが……近くで比較される人物がいるというのもきつい。

家名を千手では無く、母方の藍染を名乗っているのもそのようなわけだろう。

 

 かつて見た、甘いマスクで、白い歯を見せて笑う彼の心中を考えるとぞっとする。

 

「っと、ここらでお開きにしようか。あまりこういう噂話は好きじゃないしね」

 

 暗くなりかけた雰囲気を晴らすために手を叩いて、ふらつくガイに手を貸す。残りの二人は言うだけ野暮というものだろう。

 

 さすがに深夜ということもあり、外に人の姿はない。満月が近いせいか、夜目の利く忍にとって視界は良好。

 

 ――視線を感じた。それはこちらを窺うような、じとっとした体温の籠ったものではない。もしそうであれば、体が自然に反応して敵対的行動をとってしまっていただろう。

……まるで月? 月がこの世の綺麗な部分も、汚い部分も平等に照らすかのような

――いや、そんな聞こえのよいものでは断じてない。視線を感じるということは意思ある存在だということ。全く、こちらを脅威とも思ってないのだが、こちらが感じる圧力は尋常じゃない。箱庭に住む一匹の蟻にたまたま目が行ったというところか。

  そんな化け物が里にいるのか……

 背筋からじとっと嫌な汗が流れてくる。この視線はそんな無感情な一瞥で上忍を身じろぎ一つさせない。謎の人物が里に仇なす者であることは間違いないだろう。

 

「カカシ。どうかしたのか?」

 

 ガイの声で先程までの圧力は消え去り、まるで夢でも見ていたかのように周囲の音が戻ってくる。ガイは全く気付いていない。酒に酔ってるとはいえカカシのライバルを自称する男があれほどの圧力に気づかないはずがない。

本当にあれは夢だったのか……?

ふと首の後ろを手で触ってみると、汗と鳥肌でひどく気持ち悪かった。

 

 

 

 

 

 

 少年は天才だった。しかし、それ故に孤独だった。

 

幼少の頃から忍びの両親の動きがハッキリと見えた。忍術を見て直ぐにそれが自身でも簡単に出来ることだと、やるまでもなく理解できていた。

 

 ただの子供なら強がりで済んだだろうが、『歩く』という動きを誰が意図して失敗できるだろう? 体の四肢を順番通りに右腕、左足、左腕、右足と角度とベクトルを意識的に動かす人などいないように、少年にとってそれは意識してまでやるまでもないことだった。

 

 少年は自身が異端児とも理解していたので実際にやって見せることは無かったが、そういった経験は人格形成に、特に少年期には大きな影響を与える。

 

 自身が他の誰よりも優秀であるという優越感は他人を軽視し、ひいては軽蔑、驕り、傲慢へと繋がる。残念ながら少年の周りには自身と競えるほどの才能を持ったライバルや、驕りを正してくれる周囲の大人はいない。

 

 異端児たる自身が浮いた存在になりかねないという理由で幼少期こそ大人しくしているが、自身の才能を適切に理解できる環境が周囲にあると判断したならば、自身の有り余る才能に溺れて俗物となるか? はたまた魔王になるか?

 

 (名前も惣右介だし、これはOSRヨン様ロールプレイしかねぇな!)

 

 どちらでもなかった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

血統なんかに絶対負けない!

 今回かなりの独自解釈、設定創作があります。それらがダメな方はいったいいつから原作設定通りだと錯覚していた?


 

 

 藍染がまず最初にロールプレイをする上で求めたのは体術だった。OSRヨン様はその圧倒的な完全催眠という能力で作中の強キャラを血に沈めたが、それだけならただの噛ませですんだだろう。能力なしでも隊長格を簡単に倒せる実力があるからこそ作中屈指のキャラなのだ。

 

 体術は戦闘は勿論、単純な移動速度の向上、戦術的な作戦の広がりと恩恵しかない。

死神としての能力。つまり「斬」「拳」「走」「鬼」の「拳」と「走」をまず鍛えることで、死神としての能力の限界を超えたヨン様に近づこうという考えだ。

 そもそも斬術は刀が無いし、鬼道に関しては忍術に関しての知識が少なく試行中だ。

 

 幸いなことに忍が溢れているこの世界で教師は周りに山ほどいた。

 眼球や筋肉の微妙な動きから次の動作を予測できるほどの観察眼は、最適な動きを脳内に伝達し、自身の体に電流を送る。どう自分が動けば相手がどう動くか? そういった予測戦術は普段のトレーニングでも一応は想定できるが、実際の戦闘の勘はやはり実戦でしか得られない。

 

 親戚のお姉さんとその小隊員が組手をするのを黙々と観察していると、視線が煩わしかったのか少し動きを見てくれるという。

 

『あんたは体のキレはいいけど、どうもドン臭いね。いや矛盾しているのはわかってるけど……』

 

 さもありなん。自身の実力を限界まで隠しているせいか、違和感を感じさせながらも本職の忍すら欺く演技力。

 

(ヨン様とあろうもの。完璧に演じ切らなければ……弱そうに見えて、実際は強いというOSRポイントを稼げない)

 

 休戦中ではあるものの、忍を保有した国が争っている現状は危険だ。しかし同時に戦闘経験を増やすには絶好の機会といえる。しかし子供の身で出来ることなどたがが知れている。

 そして考えついたのはイメージトレーニングだった。

 たかがイメージトレーニングと侮るなかれ、女性が雑誌のモデル体型を到達点としてイメージしながらダイエットするとイメージしていない女性よりも5kgほど痩せるとも言われている。

 藍染が目指したのは最強のヨン様。

囚人が目隠しされ、流血している傷口に人肌のお湯を垂らしていくと実際の致死量に足りるまでに出血多量で死んでしまうらしい。星十字騎士団のグレミィのように想像が現実に具現化とまではいかないが、想像は確かに現実の肉体に影響する。

 藍染の集中力で親戚のお姉さんを相手にシャドウしてみたところ1分も持たずに吐血した。体は全速力で走ったかのように疲弊し、息が上がっていた。腹部は内出血で青く腫れている。

 

(刃牙でやってたけど、藍染ボディでもさすがにキツイっす。ほどほどに特訓しよう)

 

 それと並行してこのチャクラと呼ばれる霊力的な力を伸ばすのが一番と結論づけた。

 BLEACH世界では霊力が全ての異能力の根源であるエネルギーであり、その力で相手の霊力を押しのける力が霊圧だといえる。チャクラは自身の体中の細胞から取り出す身体エネルギーと精神エネルギーを合わせて練り上げることによってできる。霊圧は霊力を持つものならだいたい知覚することができるが、このチャクラというやつは強く練ることのない限りその専門家である忍もあまり感知できないものらしい。勿論その例外もいるわけで、藍染の場合、母親がそのチャクラを強く感じ取ることができるいわゆる感知タイプだった。

 さすがに隠れての修行は限界があると考えた藍染はなんとかしてその突破法を探した。そして苦節三年。

 身体エネルギーだけで、あるいは精神エネルギーだけで本来この二つを合わせて練り上げることのできるチャクラを練ることができることに気づく。エネルギーを二つにより分けて練り、純化させるといったほうがいいだろう。正確にはチャクラに近いエネルギーとでもいうべきか。本来この二つを合わせることで安定した出力を得ることができるせいか、この新エネルギーは身体エネルギーと精神エネルギーとを練り上げたチャクラに比べて不安定で指向性に欠ける。戦闘で使うのはそれを秘伝忍術とした一族でもない限り、酷くバランスが悪いものだ。しかしその分感知タイプの忍ですら気づくのが難しい。

 この新エネルギーの練り方はチャクラの練り方のそれよりかなり難しいが考え方自体はチャクラの練り方と変わらないわけで、新エネルギーを誰の目も気にしないで安心して鍛えることができるし通常のチャクラの練り方も効率の向上が見込まれた。

 

 そして副産物として更に新たなチャクラが見つかった。身体エネルギーで練った新エネルギー(以下「陽エネルギー」という)と精神エネルギーで練った新エネルギー(以下「陰エネルギー」という)を全く同じ量練り合わせることで、更に新しいチャクラ(以下「陰陽チャクラ」という)が偶然発見された。

 

 陽エネルギーと陰エネルギーはそれぞれ不安定だったが、陰陽チャクラは一度練ってしまえば出力も通常のチャクラの何倍もあり、何より指向性が術者の意思に大きく依存していた。これは通常のチャクラで忍術を発動させるのに必要な手での印を結ぶ動作が大きく削減することを意味している。それだけでなく五大性質変化の枠を超えることも可能だ。

 

 大きく難航していた鬼道の多くがこの陰陽チャクラによって解決した。

 

 しかし、チャクラの被感知能力としては通常のチャクラ同様感知されてしまうようで、陽エネルギーと陰エネルギーの修行は続けて実施された。

 

 そうやって修行漬けの生活を続けていた藍染だが、アカデミーではごくごく優秀な生徒であった。クラスのトップに立ったことは無いが、確実に3~5位をとっていく。さすがにあまりに成績が悪いと印象もよろしくないし、戦場に立つことが難しくなるからだ。トップの成績をとっても良かったが下手に優秀だと卒業後のスリーマンセルでバランス調整として組まされる相手も同様に優秀になりかねない。自身の実力がばれることはもうほぼないと思うが安全策として、そしてそこそこ優秀な忍のほうが天才よりも扱いやすいからだ。

 

 問題なくアカデミーの卒業試験を合格して下忍となった藍染は、その日待合室で小隊メンバーと共に担当上忍を待っていた。視力は全く悪くないのでただのオサレ眼鏡のブリッジをくいくいして調整しながら笑顔で分隊員と交流していると、扉が開いた。

 

「今日からあなたたちの担当上忍となった大蛇丸よ。命令違反は許さないわ。返事は『はい』以外は認めない。そこでいつまでボッとしてるの? 担当上忍が来たのだから挨拶ぐらいはしなさい」

 

「はい。おはようございます大蛇丸担当上忍。挨拶が遅れて申し訳ありませんでした」

 

「「…………」」

 

 

 





陰陽遁を今回このように解釈しました。そうでもないと鬼道使えないからね。

あと今回は結構ゆっくり時間が飛びましたが次回からは時間がどんどん飛びます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦争はいいぞ

 

キン、キキン

 

 斬撃が林の中で響く。平地で結びあうかと思いきや、次の瞬間には樹上で、水上でと場面は次々と入れ替わっていた。

 

一方の男が袈裟切りに刀を振るえば、もう一方がそれを峰で逸らしながらクルリと回転し勢いそのままに斬りつける。ひょいと身を屈めて刀を脇腹へと突き刺すが相手の脇腹は人の稼働限界を超えて捩れ、空を切る。

 

そんなことをもう5分も続けている。

 

藍染は切り結ぶ相手、大蛇丸を油断なく観察しながらある感情に支配されていた。

 

惜しみない称賛。そして感謝であった。

 

 藍染は生来有り余る才能でリアルシャドウ以外、苦戦という苦戦をしたことがない。実際の戦闘で、実際に体を動かして感じる相手の息遣いや殺意は急速に藍染の戦士としての技量を底上げする。

もっと深く。もっと鋭く。

自身の意識さえも煩わしいほどに没入する。

 

観察するほど見えてくるものがある。

 

さすがは音に聞こえた木の葉の三忍大蛇丸。剣術だけでなくそもそもの体の動かし方や立ち回りが巧みで隙は無い。それに加えて体が非常に柔軟で、その名の通り蛇のように身を捩じらせ、口からは剣を吐き出してくる。

 

距離をとりすぎるのは愚策。忍術の幅も広く、風遁が得意な大蛇丸には取れる選択肢が増える一方。

 

近距離で隙を窺う。それが藍染の今とりえる最善手だった。

 

 大上段の構えで大きく一歩、二歩と飛び掛かる。舌なめずりしながら獲物を迎える大蛇丸にあと一歩のところで土を蹴り上げる。もうもうと立つ砂煙の中、真横から大蛇丸に刀を薙ぐ。

 

「残念ね。私にちゃちな目潰しは効かないのよ」

 

喉元に冷ややかな圧力。砂煙が晴れると怪しげに光る剣が突き付けられていた。

 

「さすが大蛇丸様です」

 

「……あなたが中忍試験合格祝いに珍しく模擬戦を申し出たものだから何かと思えば、新しい刀の使い心地を確かめたかったのかしら? 得意の幻術まで使わずに……あまり私をなめていると殺すわよ」

 

「そのようなことはまさかっ、ありえません。……一週間後に戦争に行きますので、その前に大蛇丸様と最後に一度お手合わせ願えればと考えただけです」

 

 手元の忍刀を背後に隠して、少し恥ずかしそうに微笑む藍染に毒気を抜かれたのか大蛇丸も刀を鞘に戻した。

 

「面白味のない子ね。あなたは」

 

「よく言われます。それに、それを言うなら大蛇丸様こそ術も使わず、剣術だって僕にあわせて手加減してくれたではありませんか」

 

「あら? 死に場所は戦争がいいものだと勘違いしていたわ。あなたがいいなら私が決めてもいいのよ」

 

「ハハッ、遠慮しておきます。……木の葉の為に死ぬのならまだしも、内輪もめで死んだらあの世で祖父に叱られますので」

 

 藍染の祖父は木の葉隠れの里の長である火影だった。

 

二代目火影、千手 扉間。

 

 彼は木の葉に多くの遺産を残した。里の力である忍者を養成するアカデミーや警備部隊を設立しただけではなく他里や国内から依頼を受け付けランク付けした後、適正レベルの忍に斡旋するというシステムも構築したらしい。

 

 どれも今の隠れ里では当たり前となっているほど普及している。

 

 冷静かつ合理的な男でかつて争ったうちは一族も、警部部隊という特権階級につけて飼いならすほどだ。また実力主義で、たとえ身内だろうと決して贔屓はなく、むしろ自身や身内にはより厳しい一面もあった。それもすべて木の葉を守るため。

 

 藍染が生まれる前に亡くなったので会ったことはないが、周囲の人間から嫌というほどその手の話は聞いている。そして同時に一族にとって大きな重石となっていた。

 

「いったい何時になったら千手という家名を名乗れることかしら? 慰霊碑でその名を見ることにならなければいいわね」

 

「相変わらずキツイですね大蛇丸様は……」

 

 

 

 後の世に第三次忍界大戦と呼ばれる各国との戦争。多数の死者を出したこの戦争には数年前から続く忍び里同士の小競り合いがその大火の種火として燻っていた。

 

 小国の小競り合いはその同盟国である火の国や土の国、雷の国等の大国を巻き込んで戦場は日々拡大していった。

 木の葉が対雲隠れの前哨地として霧隠れのある地域に基地を建設しろとの命令がくだり、藍染含む中忍3人小隊が物資調達班として戦場に派遣されるのも大戦の先触れだったのだろう。

 中忍になったばかりで前線に送られて戦闘を余儀なくされるほど、木の葉に人員がいないわけではないのが唯一の救いか。とはいえ戦闘の可能性のある地域に派遣される程度には木の葉も人員不足ということでもある。

 

 敵地での物資。食料や木材の現地調達は可及的速やかに、そして密かに行う必要があった。

 

 曇天の中、微かな木々の木漏れ日を明かりにしながら作業は行われた。酷く蒸し暑いが、蛭や毒虫がいるジャングルの中素肌を出すのは非常に危険だ。額から流れる汗をそのままに中忍として小隊にハンドサインを出す。

 

 腕を回して一人分ほどの木を刀で斜めに斬り落とすと、自重で倒れる木を一人が横から支え、もう一人がそれをコロで一か所に運ぶ。ある程度集めたのちに巻物で封印して一気に運ぶという流れだ。

 

 始めは護衛兼監視役として上忍が見ていたのだが、もう大丈夫だろうと仕事に戻ると残ったのは中忍になったばかりの3人。緊張を残しつつも、監視の目が離れ気分は緩む。そう思っていたのは藍染だけではなかったようで、ふと見まわすと小隊員とも目があった。

 

 男ばかりのむさ苦しい小隊だがこういう時は変に異性がいない分場は和む。

 

 ゴボッと濁った声が木々の中に響いた。場の空気に耐えきらず噴出したのだろう。さすがに迂闊すぎると、犯人を捜した藍染は黒い血を吹き出す小隊員の姿を見た。

 

 その瞬間、意識することなく体が後方に跳ねていた。普段のリアルシャドウで奇襲を受けた場合のプログラミングをしていなければ今ごろ地面に足を縫い付けられたままだったろう。既にやられた小隊員ともう一人の小隊員のことは頭になかった。

 

 跳ねると同時に撒いていた煙玉がちゅどッと炸裂し、周囲に多量の煙が舞う。

 

 藍染は木々の梢の中に身を潜め、息を殺す。更に感知タイプを警戒してチャクラを陰エネルギーと陽エネルギーに練り直して、いつでも陰陽チャクラを練れる状態にしておく。完全に待ちの姿勢だ。

 

 しばらくすると煙が晴れる。今既に小隊がいた場所は最初の犠牲者ともう一つ死体が転がっていた。どれも腹部から千本が数本突き出している。

 

 拓けた木々の端から灰色の忍装束を着た男が一人やってきた。背中には先程までこちらを監視していた木の葉の上忍を抱えている。どうやら既に死んでいるようだ。

 

(額あては……霧隠れの忍か)

 

 周囲には何人かの忍の気配を感じたままだ。おそらくあれ(囮)に反応したところをやるつもりなのだろう。

 

「木の葉の忍に告ぐ。お前は包囲されている。今大人しく出てくれば捕虜として丁重に扱おう。近くのお仲間はこちらがすでに処理している、助けを待っても無駄だぞ」

 

 警告をするということは位置の把握は出来ていないということだ。いずれ広範囲の忍術で無理やり炙り出すつもりなのは自明の理。藍染がこの場でとった行動は――

 

「投降しよう。今から出ていくので攻撃はしないでくれ」

 

――大人しく出ていくことだった。指示通りに両手を上げて、見晴らしのよい広場へと歩き出す。通告をした男の10m程先で止まると、刀を地面に突き刺し、懐の忍具も全て投げ出した。

 

「おい、確認しろ」

 

 男の視界から木の葉の忍が一瞬で消えた。

 

「はっ? ――アッ」

 

その時、瞬き一つしていなかったと男は断言出来る。

 霧隠れの忍は幼少の頃より霧深い河川の近くで育つため、船での移動が交通の主だ。視界の悪い霧の中、突き出た岩や岸にぶつからないよう一秒たりとも目が離せない。早いうちに対応するため視力聴覚等の感覚も鍛えられ、忍として活躍するころには自身が生み出した霧の中でも敵を一方的に蹂躙することができる。

 

 だからありえないのだ。瞬きもしないうちに部下全てを斬り伏せられ、上忍である自身の喉元に先程手放したはずの得物が突き付けられているこの現状は。

 

「――幻術か?」

 

 男は藍染に問いかけるが、その答えは既に自分の考えによって否定されている。印は組まれていない、それに部隊には対幻術用に二人一組でチャクラを整えあっている人員がいる。薬物にしては臭いもない。無味無臭の薬物というのもないことはないが、たいていそういった物は非常に繊細で広範囲に散らばった部隊全員を巻き込むというのはあまり現実的ではない。――なら、どうやって?

 

「――瞬歩だよ」

 

 瞬身の術というのがある。

 主に肉体をチャクラで活性させてドロンと消えたように動くあれだ。変化の術や分身の術で発生する煙を目くらましに全身のチャクラを使って高速移動するのだが、やっていることは変わり身の術と大差ないレベルの忍者が多い。

 

 さすがにそれでは面白くない。なによりOSRヨン様にふさわしくない。

 

 そこで陽エネルギーと陰エネルギーだ。この二つを同量繊細に混ぜ合わせると陰陽チャクラになるが、本来この二つは相反するものだ。それ故に陰陽チャクラを練るのは目隠しで針に糸を通すほど困難だ。

 

 今回利用したのは陰エネルギーと陽エネルギーが反発しあうという性質だ。

 一つの動作をする時筋肉が主に働く部分を主動作筋といい、対になってそれと逆の働きをする筋肉を拮抗筋という。つまり動きに伴って収縮する筋肉と伸展する筋肉がある。これを補助する機能をそれぞれのエネルギーに任せて、強化しようと考えたのだ。手足のバネはお互い反発する力で強化し、一足で初速からほとんど最高速度にまで達する。体のほうが持つかが唯一のネックだったが、その分チャクラを込めて、ついに実現へと漕ぎつけた。

 

 しかし、これで満足するような藍染ではなかった。

 

「確か、霧には忍刀七人衆というのがいるんだったかな? その製作者のもとへ案内してくれるかい」

 

 目指すは斬魄刀である。担当上忍の大蛇丸経由で聞くには自身の意思さえ持つ刀があるとのことであった。今持つチャクラ刀も決して悪い代物ではないがロールプレイには『鏡花水月』は必要不可欠だ。

 

 

「殺せ」

 

 今まで幻術は使っていないが、別に使えないわけではなかった。

 

 

 




 ~次回、血霧の里~
恐ろしい敵地に一人取り残された藍染に救いはあるのか!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おめでとう。おめでとう。おめっとさん

 古津之(ふるつの) (はな)

 

 どうやら霧の忍刀の製作者はそのような名の人物らしい。名に聞こえた鍛冶師ゆえにさぞかし忍び里の中央近くで厳重に保護されていることだろうと考えていたが、当の本人は既に引退し里の外れに住んでいるそうだ。後継ぎは里の中心で保護されているので、まずは外れに行こうとそういうことになった。

 

 さすがに木の葉の忍装束と額あてのままで潜入するのは無理があるので、変装の必要がある。変化の術は簡単に姿が変えられる分、忍なら少し目を凝らせば違和感を感じ取れる。つまり昔ながらの変装が一番だということだ。

 

 まず先程の霧の忍から装備を奪って、眼鏡を外す。

 

 無事変装がすんだところで、上空を見上げると水鳥が何匹か飛んでいた。

 

 忍は動物を飼いならし、連絡用や戦闘用に扱うことがある。あれもおそらくそうだろう。あまりゆっくりともしてられないらしい。雲は散り散りに分かれて時代の潮流を暗示しているようだった。

 

 川を上流へと上っていくと荒い岩石が増えてきた。半刻ほどだろうか、轟々と多量の水が流れ込む音がする。

 

 案の定。視線の先に滝が見えてきた。落差100mはあるだろう。近くによると水煙でむせそうなほどだ。幻術で聞いた話によるとここの滝の裏側に住んでいるらしい。

 

 滝を逆風に一振り。出来た隙間にひょいと跳びこんでみると岩を削って人為的に出来た洞穴がそこにあった。道の両脇には一定距離ごとに松明が設置されている。人がいるのは確からしい。

 

「おやあんたかい。さっさとこっちに来な」

 

 道の先に老人が一人いつの間にか佇んでいた。真っ白な髪をあちらこちらに跳ねさせながら手招きをすると奥に行ってしまった。おそらく藍染を誰かと勘違いしているのだろう。それでも周囲の警戒はしつつ、背骨の曲がった老女の後を付いて行く。

 

 たどり着いたのは大小様々な武器が置かれた部屋。苦無、手裏剣、忍者刀、鎖鎌、棍等の比較的メジャーなものから棘付きこん棒、鉄球、大砲、突撃槍。古今東西の武器が壁一面はおろか、床にも足の踏み場のないほど置かれていた。

 

「いつまでボッとしてるんだい役立たず! あんたの爺さんはそりゃあいい男だったよ! それに比べてお前ときたら小さい時から――」

 

 口から唾を飛ばしながら血気盛んな老女(おそらく古津之 花と思われる)は白く濁った瞳で明後日の方向に説教していた。目尻に目ヤニがこびりついて焦点が合っていない様子からおそらくほとんど目は見えていないのだろう。これは面倒なことになったと藍染はひとりごちた。穏便に幻術で解決しようとしたが、手持ちの術に視覚からかける以外の術はない。

 しかし注目すべき点は別にある。足の踏み場のないほどの武器を老女は危なげなく全て避けて歩いていたのだ。建付けが悪かったのか、急に壁から落ちてきた鎖が複雑な動きで彼女を捕えようとするも難なく避けてしまった。目は見えなくとも感ずるものがあるのだろうか。もしあるとするのなら彼女はまさに――職人といえよう。

 

「これは全部あなたが作っt」

 

「――作ったに決まってるだろ! いいからあんたは油布を持って武器を磨きなっ、傷一つ付けたらそいつで腕をぶった斬ってやるよ」

 

「はい」

 

 従う以外、術はなかった。

 

 

 考えようによってはあの時の判断は間違っていなかったかもしれない。目が見えないにも関わらずこの老人は少しでも武器の手入れを間違えると、激しい罵倒と共に正しい処理の仕方を教授してくれた。専門である刀以外の扱いに関しては素人同然なので大変勉強になった。

 

 一刻はたったのだろう。老女の指示通り順番に武器を磨いていくと、

 

「その刀はいいから、次のをしな」

 

 制止を受けた。今までそのようなことはなかったのだが……表情に出ていたのだろう。見るからにはなんの変哲もない刀だ。刃紋は乱刃、二尺二寸ほど。

 

「それはあんたには荷が重い。てんでやんちゃな奴でね」

 

 そのように言われると逆に藍染にも興味が湧いてきた。指示を無視して刀の柄を握ってみると、急激な脱力感に襲われた。チャクラが勢いよく刀に吸われているのだ。急いで手を離そうと試みるが、まるで柄が手と一体化しているかのようで離れる気配がない。

 

「ほらいわんこっちゃないっ!」

 

 老女が駆け寄ってきて、刀身の部分を握って安定させると近くにあった鞘をもう片方の手で差し込んだ。それでようやくチャクラ吸収が止む。

 

 思わぬ出来事にさすがに冷汗が出ていた。

 

「こいつは七本刀の試作品でね。チャクラを吸って成長する鉱石を使っているところは一緒だが、こいつはチャクラを吸うだけ吸ってポイさ」

 

「なぜそのようなことに?」

 

「40年ほど前かね。元々は個人のチャクラとそいつの願望を吸って持ち主と共に成長する刀として作ったんだけどねぇ。使い手を選びすぎるのか、そもそも誰にも従うつもりはないのか。今となってはチャクラを吸い続けるろくでなしさ」

 

 それでも刀に対する愛情はあるのだろう。寂しげに鞘を叩く老女は馬鹿息子を窘める母のようで、更に年老いて見えた。

 

(しかし持ち主と共に成長するか……それはまさに……)

 

 藍染は老女が元の場所に戻した刀をそっとまた手に取ると――鯉口を切って鞘から一気に抜いた。再び体中を襲う倦怠感。チャクラが先程よりも凄まじい勢いで抜けていく。

 

チャクラ、いや精神エネルギーと身体エネルギーによりわけて貪っている。通常通りにチャクラを練ろうとしても片っ端から吸われてしまうだろう。

 

「あんたっ!?」

 

 老女の声が耳元で反響するが藍染の意識からすぐに消え去った。一瞬一秒たりとも気を抜くと次の瞬間には主導権を奪われ骨と皮になりかねない。老女は藍染の鬼気迫るプレッシャーにその場から一歩も動くことは敵わなかった。

 

 すぐに陰エネルギーと陽エネルギーを藍染は練り始めた。刀も異物を感知し、一瞬吸収が弱まる。その一瞬をずっと待ち望んでいた。今まで何度も繰り返し練ってきた陰陽エネルギーを練り始める。ただでさえ難しい陰陽エネルギーだが、今までの消耗が激しいこともありコンディションは過去最悪だ。

 

(集中、集中。思い描くは最強のヨン様)

 

 なるほど、それならやってやれないことはない。懐から取り出した眼鏡を再度装着し、陰陽チャクラを練り上げた。

 

 さすがに陰陽チャクラは吸収したことはないのか、吸収自体は止まないものの、今までに比べるとかなり弱々しい。こうなると形勢逆転だ。呼吸を整えて再び陰陽チャクラを練り直し、今度は逆にこちらから陰陽チャクラを流し込んでやる。

 

 吸収量以上にチャクラを送り込まれることで、悲鳴を上げるかのように刀身が振動でビュンビュンと金属音を鳴らし始めた。最初は荒々しい揺れ幅だったが次第に振動は速く、揺れ幅も細かくなっていく。チェーンソウのように耳を劈くような音は殺傷力が十分高まった証拠だ。

 

 手の先の刀が意思を持って持ち主の首先に向かって来る。まだ歯向かうつもりらしい。むしろそれぐらいでなければつまらない。一呼吸する間に何度も急所を狙ってやってくる。首、心臓、太もも。狙いどころはいいが、動きに無駄が多い。

 

 未だ誰の手にも渡ったことがないせいだろう。意思を持って様々な使い手に使われてこそ身につく剣術が、そこには感じられない。

 

再びどちらが上位か教えるために陰陽チャクラを流し込むと、委縮したかのように動きが弱まる。ついに静止すると刀身が紺色に淡く光って、大人しく手の内におさまった。

 微かにチャクラが吸われている感はあるが、この程度なら許容範囲内だ。

 

「あんた……いったい?」

 

 今の今まで老女の存在をすっかり忘れていた。

 

「ありがとう古津之老。これで一歩先へ進めることができる」

 

「かへっ!?」

 

 古津之老の腹部から刀身が突き出ていた。藍染はそのまま上へ持ち上げると、途中で刀身が震えるのを感じた。先程までの攻撃的な振動ではない。イヤイヤと駄々を捏ねるかのような拒否の意思を感じる。そのまま無視をし続けると、まるで泣き出すかのように小刻みに揺れだした。

 

 なるほどさすがに実の母を傷つけるのは嫌とみえる。

 

「40年も脛を齧って来たんだ。親離れには遅すぎるよ――僕が手伝ってあげようじゃないか」

 

 地面に落ちた血だまりの端が床のシミの一部へと変わるほどの時間。手元の揺れはおさまり、確かな鼓動を刻み始めたのだった。

 

 

「おめでとう」

 

 

 

 

 

 

 




 
この浅打何本かある設定にしようかと思ったけど話が長くなりそうなので止めました。

あと感想のほうでも多くあったので、一応藍染は扉間の孫です。息子ではありません。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドキッ! ジジイだらけのトーク♪ ポロリ(本音)もあるよ


今回藍染不在です。ヨン様はいつも皆の心にいるよ。



 

 

 雲隠れの前哨基地工作の部隊が壊滅したとの報告があったのは深夜のことだった。

 

 寝耳に水どころの話ではない。

 

 今まで木の葉のハト派として和平交渉に注力してきたヒルゼンも、各国の近年の紛争状態にタカ派の声を抑えきれなくなってしまった。また本格的な戦争に入る前に調停者として抜け忍狩りや、輸出品や輸入品の護衛として忍の派遣、それに伴う拠点の工作は必須事項だった。それが軍事的な意味合いが含まれたミッションだとしても……

 

 火影として今まで援助を受けていたハト派に頭を下げて、タカ派の筆頭であるダンゾウに嫌味を言われながら判を押した案件だったのだ。火の国のバックアップを受けて国家資産とそれなりの人材を懸けて、その結果が壊滅とはあまりにもお粗末な結果といえよう。

 

 任務で亡くなった遺族への弔慰金。大名や有力者への謝罪を含めた説明。有識者を集めて反省点の見直しと次回の作戦の立案会議。この先の気苦労を思うと全身が鉛の塊になったかのように感じた。

 

「あなた少し落ち着きなさい。一度お茶でも飲んで一息つくのじゃえ」

 

 妻のビワコの一言でふと我に返る。あまり悲観的になりすぎてもよくない。それが隠れ里の長たる火影なら尚更だ。トップが暗い顔をしていては部下の士気に影響してしまう。それを気づかせてくれたビワコには感謝の念にたえない。

 

「ありがとう」

 

 渡してくれた茶は目が覚めるほど渋いものだった。

 

 

 

 そのまま火影の執務室へ移動して、詳しい報告を待つ。追加で暗部が現場へ派遣されている。柱間様や扉間様の部下として前線で活動していた時は考えたこともなかったが、ただ待つ身のなんと息苦しいことか。

 

 火影としての立場の重さ、それが安易な行動を許さない。前線の高揚を狙って戦場へ赴くことはあるが、実際に戦場で戦うことは稀だ。相手里の影が対抗して出て被害が増大するというのもあるが、トップが率先して前へ出ると里の忍は活躍の場を失い、信頼されていないと感じるようになるからだ。里の長が自ら不和をばら撒くなんてことになってしまう。それは最低限憂慮すべき問題といえよう。

 

 大人しく執務室のイスと背中を接着する。空が白々と明けてくるころ、伝書鷹が足に括り付けた筒と一緒に窓ガラスを叩いた。

 

 急いで筒の中を確認する。10秒以内に解かないと爆発する封印術をこれまでにない速度で解除。プロフェッサーと呼ばれるヒルゼンは苦手な術が無く、どれも高度なレベルで習得している。特に封印術にはかなり長けていた。

 

 解除した巻物を暗号班に届けてもらい、更に待機。今回は急を要する案件なので暗号自体もそう複雑なものではない。それでもヒルゼンのもとへ報告が届いたのは昼食の頃合いだった。食べかけの飯にさっと茶を注いで茶漬けを流し込む。ゆっくり飯を食う暇もなかった。

 

「では報告させていただきます」

 

「うむ。よろしく頼む」

 

 淡々と告げられる内容はやはり予想通りのものだった。いや、予想よりも酷かった。

 

 工作部隊総勢150名中、死亡者95名行方不明者55名。捜索活動は続けているものの生存の可能性は絶望的。敵地での捜索活動は難航しており、二次災害の危険性から24時間で打ち切られる予定とのことだった。予想外の事態が起きなければ、最低限の遺品を確保したのちに死体を特殊な薬品と火遁で処分して撤退。忍者の死体は個人情報や血継限界等の特異体質など各隠れ里が喉から手が出るほど欲しがっている宝の山だ。みすみす敵国に奪われるようなことがあってはたまらない。

 そうした理由から忍の死体が戦争から帰ってくることは稀だ。

 争った形跡は少数あるものの、死体が一か所に固まっている様子から幻術で一度に嵌められた可能性が非常に高いらしい。

 

 木の葉の忍の死体の他にも十数名の霧隠れの額あてを身に着けた忍の死体もあったことから、おそらく相手は霧隠れの忍。偽装工作の線も無くはないが、現状雷の国及びその属国との紛争状態の今そこまでして混乱させる意義を持つ国は少ない。また忍の死体を処理しきれていないことからそこまでの時間的余裕はないにも関わらず、おそらく発生したであろう怪我人や、行方不明者をその場から運びだすことができるのは地理的に考えても最寄りの霧隠れ以外あり得ない。

 

「そんなレベルの術者がいたとは……まさか鬼灯 幻月、二代目水影の仕業ではあるまいな!?」

 

「申し訳ありません。いまだ詳しい情報はあがっておらず……」

 

「いや、ワシも少々焦りすぎた――残りの55名の名と所属は分かっているのかの?」

 

「犠牲者の死体も個人が特定できるほどのものは少なく、行方不明者のうちの何人かは犠牲者のうちに入っている可能性もあります。暗号には判明次第、追って連絡するとのことです」

 

「そうか。ご苦労、下がってよいぞ」

 

「はっ」

 

 困ったことになった。あまりいい状況とは言えない。

 初代や先代のおかげで木の葉の忍の質は徐々に上がりつつある。アカデミーでの初等教育のおかげで下忍のレベルが上昇し、それを教える中忍にも時間的な余裕が増え、十分な数の教員でアカデミー生に教育できるのでアカデミー生の志望数も増える。

 

 そういった良い連鎖環境の中で、木の葉は自惚れていたのだ。先代がもしこの状況を見ていたら酷く失望していただろう。

 

 思わず頭をガシガシやると、白髪が手のひらにごっそり抜け落ちていた。

 

 

 

 やるべきことはあまりにも多い。しかし日々の進捗はほんの僅かなものだ。一日ごとに送られてくる情報はそんな憂鬱な気分を助長させるものばかり。捜索活動は既に終了しているが、少数の暗部が現地に残って偵察活動は続けられている。

 

 ヒルゼンのもとにその報せが届いたのは一週間後だった。既に遺族への挨拶も終わり、一段落ついたと思い込んでいた。

 

「なに!? 生存者が一人見つかっただとっ! どこで見つかったのじゃ?」

 

 自分自身も予想だにしてない大声が出て、執務室に積まれた書類が宙に舞った。目の前で唾の飛沫を浴びた暗部の一人は、詰め寄るヒルゼンの圧に一歩下がる。

 

「それが……里の入り口なんです」

 

 報告をした暗部も困惑しているようで、謎は深まるばかりだ。現地で見つかるのならまだしも里の入り口とは……

 

「身元は?」

 

「せn――藍染 惣右介。最近中忍になったばかりの忍です。資材調達班にいたためキャンプから離れていたので無事戻って来れたようです。本日未明、里の門の前で傷だらけで倒れているところを見つけ、今は救護班の治療を受けています」

 

 (藍染……なるほど千手の一族か。そういえば大蛇丸が担当していた子が確かそういう名前だったような)

 

「――命が無事ならそれでよい。詳しい話は落ち着き次第聞こう」

 

 そういうことになった。

 

 

 藍染の容態は傷だらけで何針も縫う怪我・極度の疲労・栄養失調直前ということが分かった。死体のように二日も眠り込み、三日目の朝に目覚めたところ、ヒルゼンに連絡が入った。体調を考えて一日様子を見て四日目の昼に事情聴取を行うことに。ことがことなのであまり休ませてやれずに申し訳ない気持ちが沸き上がったが、里の為に必要なことだ。

 とはいえ、ヒルゼンも鬼ではない。聞き取りは必要最低限の人数で行い、時間も2時間と体の負担を考えて設定した。資材調達班で被害のあったキャンプから離れていたと聞いているのであまり詳しい情報は得られないかもしれないが、今はどんな些細な情報でさえ欲しい。尋問班と詳しい打ち合わせを行っていると、外から鷹の鳴き声が三回続けて聞こえる。

 

(この合図はダンゾウの――いったい何用じゃ?)

 

 尋問班に一度昼休憩を呼びかける。直ぐに瞬身の術で男が執務室に現れた。黒髪で顎に十字が刻まれた中年の男だ。その動きに隙は無く、ギョロギョロした目でヒルゼンと視線を合わせた。

 

「ダンゾウ何用じゃ? 今は少々忙しくての」

 

「その件についてだが……妙だとは思わんか?」

 

「基地工作の襲撃の件か? 確かに妙なことは多いがそれを藍染に――」

 

「――その藍染のことだ」

 

「お主……それは本気でいっておるのか? 知っての通り、藍染は千手の一族の者じゃ。木の葉創設の立役者となった一族だぞ」

 

 落ち着いた声色でヒルゼンは語り掛けるが、ダンゾウはそんなことは知っているとばかりにフンと鼻白んだ。さすがになんの証拠もなしに疑っているわけではなさそうだった。

 

「なにかあったのか?」

 

「…………今回の遠征に根の者を2名つけていた」

 

 根。木の葉の裏を牛耳る暗部を養成する部門だ。火影直属の暗部と違い、幼少の頃より暗部になることを専門として教育を行っており、そのスパルタ式と呪印により自由意志のほとんどを失われた戦闘マシーンを作り上げることを目標としている秘密組織。ダンゾウの命令一つで死兵となって戦う根の在り方はたとえ木の葉の為であろうと、脅威的な存在になり得ると危険視されていた。

 

 そして火影への打診もなしに、そのような命令を下すのは明らかな越権行為だ。

 

「ダンゾウ! 根を他里へ派遣する際にはワシに打診しろとあれほど注意しておいたであろう!」

 

「集団から一歩引いて監視する者がいれば敵の存在に気づきやすい――二重尾行というやつだ。監視の存在がいることが漏れるとせっかくの作戦が無駄になるのでな」

 

「だからといって火影のワシにまで黙る必要はあるまい。二重尾行の必要性については理解しておるゆえ、次からはしっかりと報告を頼むぞ。よいな?」

 

「…………了解した」

 

 あからさまな不服の意にヒルゼンも内心溜息をついた。木の葉の為にお互い必要不可欠な存在ゆえにこういった方針の違いはどうにもやり辛かった。酒でも酌み交わして日頃の不満をぶつけ合う時間を作るべきかもしれないと本気で考えつつ話を進める。

 

「それで根の者からの報告は?」

 

「それが問題なのだ。根の者からの報告もない……おそらく既に亡き者となっているだろう」

 

「それは……由々しき事態じゃな。根の精鋭さえもやられるとは相手はどれほどの戦力を――」

 

「――おそらく相手は水影直属の部隊、それも霧の忍刀七人衆もいたのだろう。同じ刀傷で死んでいるものが数十人いた」

 

「十分考えられるな。詳しく藍染に……それで何故藍染を疑っておる?」

 

 結局話が振り出しに戻る。ダンゾウはまだ分からんのかと小声で毒づいた。

 

「何故中忍になったばかりの藍染が、根でさえ抵抗の出来なかった奴らから生き延びて帰って来れている? いくら物資調達班として離れていたとしても、そこまで遠くまで離れることもない。相手の戦力を考えると、それに対応する別動隊がいないはずがないのだ。よって藍染は敵部隊に何かしらの条件を対価に命乞いをしたか、あるいはスパイとして元々繋がっていたか……」

 

 ヒルゼンとしてはダンゾウの心無い言葉に否定の言葉を投げかけてやりたかったが、火影としての立場から感情的な理由で否定するのはナンセンスだ。しかし考えれば考えるほどダンゾウの言葉には信憑性があるとの結果に落ち着いた。

 

「後者はさすがに考えづらいが、前者に関しては……可能性はあるな」

 

 ヒルゼンの口から出てきたのは随分弱々しい肯定の言葉だった。考えは理解できても感情まではまだ追いついていないのが現状だ。

 

「よって私も藍染の尋問に参加しよう。体調が落ち着けば薬品を用いての尋問も追加で許可願いたい」

 

「――わしも付き添おう。まだそうと決まったわけではあるまい。そのような偏向的な考えでは真実にたどり着けぬこともある」

 

「いずれにせよ分かることだ」

 

「……藍染にもなにか切り札があった可能性もある」

 

 忍にとって情報は武器だ。同じ小隊であっても最後の最後まで切り札を隠しておく者も存在する。ヒルゼンにも可愛い教え子にすら見せていない秘術が幾つもあるように、一族で受け継ぐ奥義はその存在すら怪しいと噂されるほど極秘中の極秘情報なのだ。もしそうであった場合は藍染にその極秘を見せてもらい身の潔白を表明してもらう必要性もあるが、可能性はなくもない。

 

「それに――」

 

「――それに?」

 

「わしらの知る扉間様の孫だぞ。あってもおかしくあるまい」

 

「……フンッ」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キラッ☆ キラッ☆

目覚めるとそこに天井があった。長方形のパネルが組み合わされたそれの繋ぎ目を視線で追いかけていくと、ふとそうしている自分自身に意識が向かいハッと藍染は覚醒した。どうやら寝起きで意識がボンヤリしていたらしい。

 

 意識がハッキリすると周囲の様子も徐々に把握できていく。腕には点滴が刺さって、体のあちこちに包帯やガーゼで手当てを受けたあとが見受けられた。藍染の視界からは布団で遮られて見えないが、体中に感じる鈍痛から下半身も同じようなことになっているだろう。

 

 どうしてこんなことになったのだろうと、過去の一番近い記憶を思い出してみる。あれは……そう確か木の葉の門が見えてほっとしたまでは覚えている。しかし、そこから先の記憶がぼんやりしていて思い出せない。

 

 そういえばと、浅打を探したが案の定武器は取り上げられているようで、いよいよやることのなくなった藍染はそのままぼんやりと虚空を眺めることにした。

 

 しばらくして看護士が意識の覚醒した藍染を発見し、直ぐに周囲が賑やかになった。医療忍者と火影直属の暗部が病室に駆け付けたことでようやく、藍染もことの大きさを自覚し、霧隠れに潜入してからこれまでの記憶が蘇る。

 

藍染は古津之老から浅打を頂戴すると、霧隠れからの脱出を試みた。しかしすでに藍染潜入の情報は漏れていたらしく、追手が次々と現れ、霧隠れの里の周囲は既に包囲網が完成しつつあった。チャクラを浅打に吸いとられすぎて、気怠さが全身に回っていた藍染に絶体絶命の危機。

 

 命の脅威。普段自身を覆っていたチャクラが枯渇寸前へと追いやられ、眠っていた生存本能が過剰なまでに神経を敏感にさせる。普段は気づかなかった音、臭い、感覚。自然に存在しているエネルギーの知覚。生きとし生けるものの呼吸や心臓の音が耳元でうるさいほどに鳴り響き、今まで漫然と分かったふりをしていた気配というやつが言葉ではなく魂で理解できた。万物に宿るエネルギー。特に人という生き物が持つそれは非常に感知しやすく、いくら息を潜めていても今の藍染には隠しきれない。

 

もともと素質はあったのだ。母も感知タイプで、千手一族の二代目火影扉間も感知が得意であったという。この土壇場で目覚めるタイミングには藍染も首を傾げるところではあったが、土壇場だからこそ目覚めたともいえる。

 

 焦燥、興奮、怒り、功名心。そしてわずかな恐怖。ほかの生物にはない感情の波がひしひしと伝わってくる。追跡者にとって恐怖は必要不可欠だ。恐怖と油断は相反するもの。恐怖なくして警戒出来ず、余裕なくして対応ならず。数を有利に獲物を追い詰める追跡者は恐怖を失くすものだが、今回の追跡者はその例に当てはまらずなかなか優秀なようだ。

 

 

とはいえ状況は依然不利。こちらを追跡してくる以上、相手側にも感知タイプがいることは確実だろう。チャクラを直接感知してくるタイプや嗅覚、視覚、聴覚等タイプは色々とあるが、河川の多い霧の国では臭いが途切れやすいので嗅覚タイプは非常に少ない。チャクラを感知するタイプは陰陽エネルギーでごまかせるが、残りのタイプはそうもいかない。包囲網の穴を突いて現状移動はしているものの、敵の配置からして交戦は必至。瞬歩はチャクラを使うため連続使用は出来ない。頼みの綱の浅打は屈服しているが、まだチャクラを吸って鏡花水月に至るまでには時間が必要だ。

 

(さて、どうしよう)

 

 

「藍染さん! 藍染さん聞こえていますか?」

 

 気づくと耳元でナースが大声で藍染に呼び掛けていた。どうやらまだボンヤリしていたようで回想が中断された藍染は困ったようにはにかんだ。

 

「ごめんなさい。どうやら気がどうにかなっていたようで……」

 

「そ、そうですか。……火影様から明日お話があるようなのでそれまでゆっくり休んで、体調を整えておいてください」

 

 実際、藍染の疲労はかなり溜まっていたのでそのまま床についた。目を閉じると体中に心地よい疲労感がのしかかってくる。周囲のざわめきすら子守唄にして深く眠る藍染に視線を向ける影に、当然気づくはずもなかった。

 

 

 

 翌朝。任務終わりに見舞いに来た家族を早々押し返すと、鏡に向かい藍染は身支度を始める。眠っている間、体は拭かれていたようだがやはり自分で身を清めたかった。傷に沁みる痛みに耐えながら手ぬぐいで垢を落とすと着物に着替える。火影との対談、いや尋問だろう。どちらにしろ身だしなみを整えることには変わりない。

 

 いろいろと準備をする必要があったのだが、久しぶりに体を動かすということもあり遅々として進まず、会談の時間はあっという間だった。

 

先に指定された部屋に入っておく。室内は狭く中央には机が一つと椅子が三脚。部屋の端にも椅子が一脚用意されていた。ひとまず中央に設置されている椅子の一つに腰をかけた。しばらく待つと部屋の扉が開き続々と人が入ってくる。

 

 急いで椅子から立ち上がると、一番先に入ってきた三代目火影ヒルゼンに制止された。

 

「よい、まだ怪我も癒えておらんじゃろ。ゆっくり座りなさい」

 

 取り巻きに視線を飛ばして一応確認したのちにゆっくり藍染は腰を落とした。ヒルゼンの姿を遠くから見たことはあるものの、机越しに向かい合うほどの近さに寄ることになるとは思いもしなかった。

 

 そして、気づく。藍染も自身の目指す完成形に近づくために、より強くなってきたという過酷な修行に基づく実感があった。しかし、一見中年にしか見えない目の前の男に眠る力量は……残念ながら今の藍染では勝てないほどのレベルだ。感知タイプに目覚めたことでよりハッキリとわかってしまった事実に軽く絶望しかけたが、絶望に憂う姿は藍染に似合わないと気持ちを切り替える。忍びの隠れ里のトップが影という存在なのだ。弱いはずがない。ただでさえ今代の火影ヒルゼンはプロフェッサーと呼ばれ歴代一とされているのだ。

 

 尋問は始まる。尋問役の男と火影が正面に、横に顎に十字の傷がついた男が一人。部屋の端の椅子にはボードを手に書記が一言一句逃さず速記している。無論、霧隠れの里に潜入していたなどと話せるわけがない藍染は物資収集作業中に襲われたところからはほとんど創作だ。予め尋問されると予期していたのでしっかり設定を構築しておいた。尋問の手口で虚偽の報告を暴くため、または正確性を上げるためにいろいろな方向から同じ答えになるであろう質問をすることがある。それで答えが違っていたり、統一性が無ければ、そこを突き詰めて真の情報を探り出すのだ。

 

「それで、どうやって逃げ延びた?」

 

もう何度目か分からない質問を投げかけるのは、顎に十字傷の男。尋問が始まった時から藍染の表情の変化を瞬きもせずに観察をしている。

 

「言い方を変えようか。何を隠している?」

 

「……それはどういう意味でしょうか?」

 

 切り口の変わった問いかけに藍染は首を傾げた。あくまで表面上は真摯に対応したはずだ。邪気の感じられない藍染の様子にヒルゼンは罪悪感で口の端を歪めた。

 

「惚けても無駄だ。中忍になった程度の実力であの地獄を一人生還することはかなわん。霧の忍に何を話した? 里の警備体制か、それとも既に繋がっていて工作部隊の居場所を密告したか。尋問が拷問に変わらぬうちに身の潔白を明らかにする証左をなんでもいい、出してみろ。我々を納得させてみろ」

 

 ようやく合点がいった。さすがに生存して里に帰ってきたのが藍染一人だけだとはついぞ考えもしなかった。確かに霧の忍は藍染に投降を呼びかけていたとふと思い出す。あのままついて行けば里の機密情報やらを抜き出され、最悪スパイとして木の葉に生きて解放させられることは十分に考えられる。――つまり、工作部隊の本体は壊滅した。よほどの戦力を整えて奇襲をしたのだろう。木の葉に与えた打撃ははかりしれない。十字傷の男の威圧的な態度も現状の焦燥感を考えれば無理もなかった。

 

 しかし木の葉を裏切った証拠は作ろうと思えばいくらでも作ることはできるが、その逆は非常に難しい。裏切っていない証拠など、悪魔の証明のようなものだ。

 

 そうなると人(忍)情に訴えかける手法しかないが、ヒルゼンならまだしも十字傷の男にはそういった手法は通じそうにもなかった。そうなるとそれに代わる利益か、弱みを握らせることで身の潔白とまではいかないが、恩赦に懸けるしかない。

 

「ダンゾウ。いきなりそう言っても藍染が答えづらいじゃろう。ワシらはどうやってお前が生きて帰ってこれたのか不思議に思っているのじゃ――もちろん無事生還してこれたことは大変喜ばしく思っておる。しかし今までの話を鑑みるにどうも状況が厳しすぎる。あと一押しお主を信じる何かが欲しいのじゃよ。話しにくいことは十分承知の上だが、この中で話したことは必要最低限の人員以外漏れることはない。無論、お主の家族にもな……」

 

 藍染は少し考えこむように眼鏡のブリッジを指先で支えると重く閉ざされた口を開いた。

 

「実は……逃げる際にある忍術を使いました」

 

 ぽつりぽつりと語りだす藍染の顔には苦悶の表情が浮かんでいた。ヒルゼンにはその気持ちが痛いほど理解できたが、同時に藍染を救う切っ掛けが出来たと口の端に浮かびそうな笑みを必死に抑える。

 

「どんな術だ? 霧の精鋭から逃げおおせるとなると普通の術では説明がつかないぞ」

 

ダンゾウが問う。

 

「……正確には水遁と幻術の合わせ技と言いましょうか。祖父の残した書籍に構想を得て私が完成させた術です。火影様方のことは信用していますが、どうかご内密にお願いいたします」

 

「おおぅ。やはりそうであったか!」

 

 内心ヒルゼンは、そしてダンゾウも舌を巻いていた。『術を作る』言葉は簡単だが、それは非常に難度の高いことだ。木の葉は様々な一族から構成されている。千手を筆頭にまとめ上げられたが、ただでその庇護下に入れるわけではない。それぞれが得意とする術や、チャクラの技術を代償にようやくその庇護下に入れる仕組みでその知識が集約され、発展してきたこの里では数々の術が作られてきた。新術の考案は専用の部署で毎年馬鹿にならないほどの予算が注ぎ込まれている。例え多くの術を考案した扉間の構想を基にしたといってもそう簡単に出来ることではない。

 

「なるほど。ではその術とやらを見せてもらおうか、今すぐにな」

 

「……今すぐですか?」

 

 さすがに直ぐにばれる嘘をつくメリットがないとダンゾウも理解していたが、もし霧と本当に繋がっていた場合、期間が空くとその間に拉致される可能性がないこともない。しかし実際のところ、ヒルゼンの言った通りの事態になりそうであったことの嫌がらせという側面がつよかった。

 

「何も今すぐでなくともよかろうダンゾウよ」

 

「実際の術の内容にもよるが、自らの身の潔白が直ぐに証明されるのだぞ。私なら断らないが、お前ならどうだ藍染?」

 

「…………お受けいたしましょう。しかしこの術にはある程度の水場が必要です。それと実際の状況を再現するために装備の許可をお願いいたします」

 

「――お主はまだ治療中であろう。ダンゾウの言葉は別に気にしなくともよいぞ」

 

「いえ。私もいわれの無い罪を問われるより、身の潔白を証明して心安らかに体の療養にあてたいのです」

 

「……そうか。お主がそういうならなるべく手早く終わるよう配慮しよう」

 

「心遣い感謝いたします」

 

そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 演習場には火影とダンゾウ、幾人かの火影直属の暗部がいた。近くには池が広がっていて木々の隙間から太陽の光を反射して眩しいほどだった。

 

 ヒルゼンは本気の忍装束を身にまとい、ダンゾウも防具こそ着けてはいないものの動きやすい服にかえていた。暗部は普段見ることの少ない二人の歴戦の佇まいにホゥと感嘆の溜息を漏らす。それほどまでに堂に入る姿勢。忍の神とそれに準ずる実力者を目の前にすると、二人に敵対することのない木の葉の忍である事実に酷く感謝した。

 

「それではこれより当時の再現に入ります」

 

 戦装束を身に纏った藍染は腰に二振りの刀を差して声を上げた。

 

 

 

 あの時、戦闘が避けられないと判断した藍染はあえて霧の隠れ里の外れの池に誘導した。水上での戦いなら木の葉の忍よりよほど慣れている霧の忍相手にだ。忍装束の端を切り裂いて顔全体を巻いて眼だけ見えるようにした藍染は明らかに怪しかったが、身バレすることは避けたかった。

 

 池の真ん中にチャクラ吸着で浮かんだまま、しばらく待つと周囲に霧の忍が次々と現れる。遮蔽物もない場所にわざわざ姿を晒したことからトラップを警戒して距離は離れている。感知タイプになったことで水中にも何人か忍んでいるのが藍染には分かった。

 

 瞬歩も連続使用はできない。水中では瞬歩も意味をなさない。チャクラは残り少ない。術の残り使用回数はせいぜい2回。どう頑張っても3回が限界というところ。頼みの綱の浅打はいまだ微かにチャクラを吸って疲労に追い打ちをかけていた。そして多数の忍に効果的な術は幻術しかいまの藍染にはなかった。しかし警戒状態で幻術をかけてもすぐに解かれることは確定。詰みに近いこの状況、最初の一手が重要だった。

 

 

 投降の呼びかけもなく、周囲から手裏剣が飛んできた。相当警戒しているらしい。

 

『水遁 水分身の術』

 

 水分身の術を足蹴にして跳躍しながら手裏剣をかわして幻術をかける。直ぐに警戒して幻術返しの印を結ぶ忍達。案の定直ぐに幻術を解かれて、チャクラの多量消費で肩で息をする藍染にへらへらと近寄る忍だが、急に動きが鈍る。背後からの苦無が肩を貫いていた。

 

 急いで振り返った先には味方がこちらに苦無を投げて投擲後の様子。さすがにこの距離で味方にあてるほど腕の悪い忍がいるはずもない。ならば幻術か? 急いで幻術返しの印を結んで幻術を解除したことを確認すると、術者のもとに近寄り斬りつける。

 

「どうした!? 気でも狂ったのか!?」

 

「さすがにおかしい。各員もう一度幻術返しをして、術者を仕留めろ!」

 

「もうすでにしている! どうして幻術が解けない!?」

 

「皆落ち着け! 同士討ちが発せッ――ウッ!」

 

 藍染は幻術に嵌り落ち着きを取り戻そうとしている忍をある程度片付けると、

 

「あそこに本体がいるぞっ!」

 

と別の忍びがまとまっている場所に指先を向けて、より喧騒が激しくなりつつある戦場を背後に感じながらも瞬歩で別方向へ跳んだ。

 

 

 前々から藍染は幻術の改造を行っていた。確かに幻術は嵌めれば相手を一方的に無力化できる手段だ。下手な忍術より嵌った時の成果は大きい。睡眠や幻術の中で相手の動きを拘束して無力化すればどんな強者も倒し得ることができるジャイアントキリングだが、そうそう上手く嵌るものではない。強力な効果を得る代わりに印や効果が発揮するまでに時間がかかり、その間に術者がやられたり幻術返しをくらえば本人に返ってくる。だから藍染は安全にかけられる尋問以外では幻術に強い効果を求めず、視界に異常を与えるものを考案した。予めこちらがかける効果を熟知しておけばその程度の内容を幻術返しされても対応がとれる。そしてその幻術返しまでも無視することができるのが今回考えた術だ。

 

 

 

「なるほど。幻術は敵味方の外見や位置関係を変えるものか。シンプルゆえに強いな」

 

「火影様からお褒めに与り恐縮です」

 

「そしてなにより幻術返しをしても再び幻術にかかってしまう。この水面の光のきらめきが幻術に入るための鍵とみたがどうだ?」

 

 やけに眩しいと感じていたヒルゼンも、事前に幻術にかけるとの情報が無ければ気づかなかったかもしれないほど自然な光の乱反射だ。藍染の持つ刀にも光が反射してヒルゼンも思わず目を瞑った。ダンゾウや他の暗部も真上に太陽が昇っているせいか、強い光の反射に眩しそうな様子だ。

 

「さすがのご明察。ただの水に幻術の効果をかけることはできませんが、幻術の術式とチャクラの性質変化で作り上げた水を混ぜ込むことで、効果を発揮します。今回は水分身にあらかじめそれらを混ぜて相手の攻撃にあわせて周囲に散らしました。この光の反射を見続ける以上、幻覚にかかり続けます」

 

「しかし、どうやらメリットばかりではないようだな」

 

 ダンゾウの洞察力に藍染は素直に称賛した。

 

「その通りです。水場での使用は勿論のこと。夜は月が明るければ効果を発揮するでしょうが、闇の中では効果ありません。また特殊な性質変化の水を留めるためになるべく水の流れが速くない場所のほうが都合がよいです。今回はチャクラを直接感知するタイプの忍がいなかったので上手くいきましたが、チャクラを感知するタイプには発生源を直ぐに特定されて散らされてしまうでしょう」

 

「ふむふむ。血沸くのう。水面の光の反射を利用する以上、霧隠れの術とも相性が悪いようじゃな。今回は追跡されるほうだったから自ら視界を制限するようなことはなかったが、霧でのゲリラ戦には向いておらんの」

 

「しかし、使用する際は条件さえ揃えばかなりの初見殺しとなりうるだろう」

 

 ダンゾウも術の有用性に気づき、先程までの渋々とした思いはなかった。里の為に使える力だと理解できた以上、考案者が例えヒルゼンであろうとも潔く認める頭の柔らかさはあった。そして有用な術にはそれ相応の報酬が必要だ。

 

「藍染。この術の詳しい構造を里に提供してみぬか? 身の潔白はこの術で証明できたと我々は考えている。術を解析し、再現することもできるだろうがお前が詳しくまとめたほうが時間の節約もできる。無論、報酬はしっかり払おう」

 

「わしからもそう願いたい。この術は戦争を有利にすすめることの出来る価値のあるものじゃ。術の考案者もお主の名で上忍の間で公表できれば、もはや千手と名乗ることを拒むものもおるまい」

 

 藍染はやはり少し悩んだものの、再び顔を上げた際の表情には迷いはなかった。

 

「術の考案者に名を記すのをやめていただければ構いません」

 

「何故じゃ? お主にとっても家族にとっても悪い話ではあるまい」

 

「自分で完成させたとは言え、これは祖父の手柄を頂いたも同然です。私自身の力で里に名を上げたいのです」

 

「そうか……よく考えての発言ならもはや何も言うまい。ほかに何か要求はあるか?」

 

「よろしければ術の保管庫への出入りの許可をお願いします。中忍に許可される範囲までで構いません」

 

「――上忍候補としてある程度の書物の許可はとっておこう」

 

「ありがとうございます!」

 

「うむ。もう体を休めてよいぞ。術のことは後で詳しく話を詰めよう」

 

「はっ」

 

 

 しかし退出の許可を与えた藍染はそのまま動こうとしなかった。不思議に思ったヒルゼンは問いかける。

 

「どうした藍染?」

 

「それです」

 

「ん?」

 

「…………皆は千手という名にしがみ付いていますが、嫌いではないのです。この家名は」

 

「――そうか――そうか!」

 

 

 

 










目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

眼鏡とアンコの食べ合わせ

 無事退院した藍染は演習場に向かっていた。担当上忍の大蛇丸に呼び出された為である。一度も見舞いにすらこなかったのに退院したと聞けば直ぐ呼び出されたことをさすがにどうかとは考えたが、実際に見舞いに来られても反応に困りかねない。なんとも複雑な気持ちに心悩ませながら『鏡花水月』の鞘をそっと撫でる。微かな振動が手に返ってきた。

 

 なにも無駄に霧隠れから一週間もかけて帰ってきたわけではない。体を休ませながらも、陰陽チャクラを吸収させ、感じるままに刀を振り続けた。時々思い出したかのようにじゃじゃ馬っぷりを発揮させ、激しく刀身を震わせることもあったがそのたびに躾をして馴染ませた。その成果もあり、木の葉の里に帰還するころには一つの能力? が開花することになった。

 

 『鏡花水月』の完全催眠の条件に始解の解放を見るというのがある。今回得たのはその完全催眠の前提条件だ。条件は鏡花水月の刀身に反射した光を対象の目に当てること。そもそも光を反射しなければその物自体を見ることはかなわぬわけだが、この条件は刀身の鏡面反射光の意だ。幼いころ鏡でよく太陽光を反射させて人の顔に当てる遊びをした覚えがある人もいるのではないか? それを刀身でやるのだ。

 

 この条件を満たせば、未だ完全催眠には足元にも及ばないが、気持ち幻術にはかかりやすくなるという効果はある。日々チャクラを吸収することによって浅打に既にあった自我も藍染の意のもとに変化しつつあるが『鏡花水月』も成長途中なのだ。

 

 この通常戦闘時にするにはあまりにも違和感のある条件ゆえに、水面の光の乱反射という新術をわざわざ開発する必要こそあったものの、術自体の完成度には藍染も満足している。水面に注目させ、鏡花水月自体に関心を向かわせないことで敵・味方関係なく前提条件をより容易く満たすことが出来る。

 

(しかし死覇装に似た着物をわざわざ誂えて、見た目は近づいてきてはいるものの実力はオサレヨン様に遠く及ばない。術の保管庫への出入りは許可されているので、そちらのほうで進展があればよいのだが……)

 

 

 

 

 

「あら。師を待たせるなんて随分偉くなったものね」

 

 既に大蛇丸は藍染を待ち構えていた。大蛇丸の背後には丸太を標的に手裏剣を投げ続ける少女の姿が。近づいてくる藍染に感づくと、少女は手を止めこちらを不思議そうに眺める。紫がかった髪色に鎖帷子の上からジャケットを着こんだ破廉恥な恰好をしているので、服でも濡らしているのかと藍染は疑問に感じた。

 

「退院したのはつい先ほどですよ。いの一番に駆け付けた弟子に労いの言葉こそあってしかるべきでしょう」

 

「ふふん。いうようになったじゃない」

 

「それでそちらの少女は……?」

 

 こちらの会話に興味津々で聞きこんでいた少女は自分に話が飛んでくるとは考えてもいなかったのだろう。慌てたように姿勢を正す。酷く真面目な女の子なのだろうということが窺われた。

 

「私の名前はみたらしアンコと言います!」

 

「そういえばアンコにはまだ紹介してなかったわね。これは藍染よ」

 

「人をもの扱いですか……。僕の名前は藍染 惣右介。大蛇丸様の教え子の一人だよ。ひょっとして君は直接の弟子なのかな?」

 

 大蛇丸は意外と面倒見がいいが、担当上忍でもない限りわざわざ少女と言ってもよい年齢の子にマンツーマンで指示をすることはまずない。中忍になった際に既に藍染の小隊の担当上忍から外れている以上、自身の術の研究や特別任務の忙しい合間に見ているということは直接の弟子でもとったのだろうと推測できた。

 

「はい! 色々と教えていただいています」

 

(色々……恰好からして犯罪臭がすごいな)

 

「あなたも一応私の教え子扱いなのだから、アンコの面倒も暇なとき見てやりなさい。もっともアンコの才能はあなたとは比べものにならないけどね」

 

「――それは、すごく優秀なかたなんですね藍染先輩は!」

 

 アンコにとってごく一部の例外を除いて周囲の人間はあまりにもレベルが低いのが当たり前だった。大蛇丸の存在で世間の広さを再確認して、周囲を蔑むことさえなくなったものの、いまだアンコにとって周囲とは平等でない。そんなアンコにとって藍染の存在は頼りがいのある好人物に見えた。

 

「――逆だよ。逆。僕は一族の中でもあまり優秀とは言えないさ。アンコちゃんのほうこそ、直接あの三忍の大蛇丸様に正式に弟子として認められているから優秀なんだろうね。先程見えたけど手裏剣術もその年にしては異常なほど上手かったよ」

 

 周囲のやっかみを受けてまともに褒められたことがなく、嫌味の感じない言葉にアンコの頬は緩んだ。

 

「ありがとうございます!」

 

 忍の世界で厳しく鍛えられてきた藍染にはアンコの純真さがひどく眩しく見えた。霧隠れから帰ってきて早々尋問を受けていたせいもあり、激しい落差にアンコにつられて頬も緩む。

 

「僕も先達として少しは見てあげることも出来るから、分からないことがあればいつでも声をかけてくれ。――尤も直ぐ追い抜かれちゃうかもしれないけど」

 

「はい! 藍染先輩」

 

「……それで大蛇丸様。今回呼び出した訳は弟子との顔合わせだけではないでしょう?」

 

「あら感動の再会をゆっくり噛みしめる暇もないのね。薄情な教え子を持って悲しいわ」

 

(心にもないことを)

 

 内心毒づくが表情はにこやかに只管大蛇丸が切り出すまで待ち続ける。こういうのは持久力が大事だ。さもありなん、大蛇丸もついに諦めた。

 

「あなた医療忍術を勉強してみる気はない? 綱手が医療忍者の心得を書物にまとめるためにしばらく時間が欲しいらしくてね。現場での人員不足が懸念されているの」

 

 医療忍術。繊細なチャクラコントロールと人体の構造を熟知したエリートでないと使いこなせないと言われている忍術だ。ほかの忍術と違い、情報そのものは公に入手しやすいが、それを理解して実践できるかと言われれば話は別。感覚で術を使うタイプの忍には理論ありきの医療忍術を使うのは難しく、向き不向きがハッキリと別れている。小隊4人が医療忍術を使えれば理想的だが、そういった欠点から4人の内誰か1人が医療忍術を使えればよいとされてはいる。しかし、実際のところ小隊に医療忍術を使うものが一人もいないことも稀ではない。全体の生存力を考えれば覚えていて損はないどころか、覚えるべき重要な術だ。アカデミーで教えるのは必要とされる基本的知識が多すぎるため、また生半可な技術では治癒どころか悪化しかねないため卒業後の選択式となっている。

 

 藍染も前々から勉強をしようと考えてはいたものの、そこそこまとまった時間が必要なことと実践ありきの技術で独学にも限界があり後回しにしていた。

 

「興味はありますが、現場で求めているのは即戦力では?」

 

「医療忍者の卵も駆り出されているぐらいでね。猫の手も借りたい状況のよう。講習も今ならやっているからしっかり勉強なさい」

 

有無を言わさぬ口調だ。とは言え断る理由もなかった。

 

「わかりました。……それでは退院後の片付けもありますのでこれで失礼します」

 

「待ちなさい」

 

「――まだなにか?」

 

 ゆっくりと大蛇丸は藍染に近づく。蛇が獲物に近寄るかのように慎重に、そして粘着質な視線で追い詰める。

 

「あなた確か工作部隊に参加する前はその刀持っていなかったわよね」

 

 大蛇丸の視線の先は藍染の腰に据えられた鏡花水月だった。チャクラ刀の上に腰を落ち着かせている鏡花水月は拵えも鞘も華美なところはなく一見ただの刀にしか見えない。二本差し自体はそう珍しいものでもなく大蛇丸が何故興味を持つのか不思議に思えた。

 

「今私はある剣を探していてね。見た感じ私の求めている物と違っていそうだけど、刀を見ることは好きなの。チャクラ刀という業物を持っているにも関わらず優先順位の高そうなその刀ならなおさら興味深いわ」

 

「……これは工作部隊に参加していた時に、襲ってきた霧の忍の一人がもっていたものです。あの時失った小隊の仲間のことを忘れないよう身に着けていたのですが、大蛇丸様が気になるのならどうぞご覧ください」

 

「あら、ありがとう」

 

 大蛇丸は藍染から鏡花水月を受け取ると鯉口を切って刀身を抜いた。金属を極限まで鍛えぬいた刀には魔性の光が宿る。人を殺すという目的の為に創られたそれには自然の美しさにはない人工の美がある。人の脂を吸って怪しげに輝く刀身に魅入られる者も少なくない。

 

「いつ見てもいいものね」

 

 大蛇丸の振るう鏡花水月が藍染の首筋に振り下ろされる。ピタッと首元で止められたものの藍染は動揺を表情に浮かべて抗議の視線を向ける。

 

「さすがに危ないですよ大蛇丸様。一応次期火影候補に挙げられているんですから……」

 

「言わせたい奴には言わせておけばいいのよ。――それよりあまりいい刀じゃないわねコレ。チャクラ刀でもないみたいだし、予備の刀ならもっといいものを買いなさい。そのほうが亡くなった小隊の為にもなるわ」

 

「女々しいとは分かっているんですがね……」

 

 黙って大蛇丸は鏡花水月を鞘に納め藍染に手渡した。微かに手元で震える鏡花水月を片手で強く抑え込む。大蛇丸に気づいた様子はなかった。

 

「それでは、これで」

 

「さよなら藍染先輩♪」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日々講習に通いつつも、術の保管庫で医療忍術と役立ちそうな術を探す。その間中も陰エネルギーと陽エネルギーを練りつつサイクルをしていると、必然チャクラ量も増えてくる。増えて扱いづらくなるチャクラを医療忍術で精微なチャクラコントロールを学び手中の制御下に治める。余って眠らせているチャクラ量が多くてもあまり意味はない。戦闘時に余裕こそあるものの、その余裕で全力を出し尽くすことなく潰えてしまえばそれまでだ。一度に扱えるチャクラ量を増やさないことにはその全力も大したものではなくなってしまう。

 

 藍染は自身の強化策を幾通りも考えつつ帰路をゆっくり歩いていると、見た顔を視界の端にとらえて思わず声をかけた。

 

「やぁ。アンコちゃんも今帰りかな?」

 

 首を落として歩く紫髪の後ろ姿はあまりに痛々しく声をかけずにいられなかった。

 

「……あっ。藍染さん」

 

「浮かない様子だね。何かあったのかい?」

 

 煩悶として喋ろうにも喋ることができないアンコに藍染はその場で解決しようとはせず、近くの茶屋に連れていくことにした。いつの世も女の子は甘味と恋話に弱いと聞く。アンコの名にちなんでみたらし団子を目の前に出されると沈んだ顔も少しは晴れた。

 

 藍染が聞くにアンコは自身の字が下手だと大蛇丸に言われたらしかった。

 

「それじゃあここに自分の名前を書いてごらん」

 

 懐から取り出した和紙に濃い抹茶を墨代わりにして書かせてみると、金釘流の師範もいわんやとばかりに夏のミミズののたうち回ったかのような筆跡だ。これでは報告書は勿論、起爆札や封印術の術式をまともに書くことも叶わないだろう。これではいくらアンコが優秀とはいえせっかくの才能が埋もれてしまいかねない。

 

「僕が直接教えよう」

 

「本当ですか!? でも藍染さんって字上手なんです?」

 

 藍染は目の前でサラサラと書いてやる。王義之の『十七帖』の一節を迷いもなく書き込むとアンコの前に掲げた。ヨン様も書が得意という話を知ってかなり努力した結果がそこにあった。

 

「すごいです藍染先輩!」

 

「これは草書だけどアンコちゃんはまずは基本の楷書から勉強していこうか」

 

「はい!」

 

 アンコは自身の尊敬する人物の2番手を藍染に定め、無事字の上手くなったアンコは知り合いに話して回った。そしてアカデミーの教師にもその話が流れ、藍染は週に一回ほどのペースで書道の臨時教師として呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





岸影様がしたことで唯一許せないのはアンコさんを拗らせたこと。でも美人なアンコさんがいい男とくっついている姿を見せられるのもNTR感強すぎで複雑だ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

『愛の挨拶』

 

 

「それでどうじゃ藍染の様子は?」

 

 ヒルゼンは煙管をふかしながら直属の暗部に問いかけた。

 

「はい。最近では基本的な医療忍術を身に着けたようで、現場での評価も良いとのことです。物覚えも早く、主に人柄の良さが患者に好評を得ていると聞いています」

 

「そうかそうか。上忍になるのも時間の内かの」

 

「それが……」

 

 上機嫌にふるまうヒルゼンに水を差すようなマネは暗部にも躊躇われたが、直属の暗部として正しく情報を伝える義務があった。

 

「……藍染の人格としては上忍に相応しく思います。しかし藍染は小隊メンバーを霧の工作部隊壊滅の際に喪って、高難易度の任務を受ける機会が少なく、また医療忍術の応援や週に一度のアカデミーでの書道教室等の理由により任務経験が上忍の試験認定の必要数に足りていません」

 

 ヒルゼンは顎髭をさすり暗部の発言に頷いた。近く戦争の予感に里内でも優秀な者は年齢的に少年といってもよいほどであっても上忍や中忍の認定を受ける者が多い。戦時での人員不足を考慮して特別に緩和策を導入し、実際に戦場に出るまでに中忍以上の経験をしっかり積ませることが目的で実施されている。

 とはいえ最低限の条件はクリアしたうえでの話だ。

 

一、三人以上の上忍の推薦を受けていること。

 

二、規定の難度の任務を一定数以上達成していること。

 

三、以上のことを全て達成した上で火影の認可を受けること

 

 これらをクリアした上で里内の認定試験に合格すれば無事認定を受けることが出来る。

 

「難度自体で言えば、あの死地から無事逃げ延びることが出来たというのがSランク越えなのじゃがの」

 

 暗部も仮面の下で思わず苦笑いした。しかし、例外の緩和策だからこそ、その例外はあってはいけないのだ。

 

「近くの年代の上忍と共に任務を与えてみるのは如何ですか?」

 

 既に固定で小隊員がいるものと協力して任務を受けるのもよいが、ブランクもある藍染が連携のとれた小隊に入っても邪魔になりかねないうえに、実力を出そうにも残りの小隊員だけで対処してしまいかねない。経験のある上忍にサポートしてもらい、近くの年代との親交を深めることで新しい小隊を結成する切っ掛けにもなる。ヒルゼンにも良い考えのように思えた。

 

「そうなれば、小隊の人員を決めねばのぅ。そういえば確かあやつなら今……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレの名前は波風 ミナト。よろしくね!」

 

 金髪碧眼の男が藍染に手を伸ばした。書庫で勉強の帰り際に突然後ろから人の来る気配を感じたかと思えば、当の人物がいきなり自己紹介をして握手を求めてくるとはさすがに藍染も考えもしなかった。木の葉の額あてをつけてることから忍者であることは間違いない。不審者ならばそのまま無視もしただろうが、見るからに好青年という印象の男に藍染も警戒心を露わにすることはなかった。

 

「僕は藍染 惣右介と言います。失礼ですがどこかで会いましたか?」

 

「――いや、会うのは初めてかな。……その様子だと火影様からの指令はまだ見てないようだね」

 

「指令……ですか?」

 

「ん! そうだね。今度藍染くんと任務で同行することになったから挨拶しとこうかと思ってさ」

 

 情報が行き届いていないのに話しかけたことが今さら恥ずかしくなったのか、ミナトも頬をポリポリ掻いて照れ隠しをする。ミナトから見て目の前の藍染という男は酷く落ち着いているように見えた。忍者はその役割上、モラトリアム期間が短く大人としての振る舞いを早く身につける。それにしても藍染という男はまるで歴戦の戦士かのように落ち着き払っていた。中忍になってまともな任務は数える程度しか受けていないにも関わらずだ。

 

(大物か、それともかなりののんびり屋か……どっちかな)

 

 任務までに互いの実力を測るために軽い演習をやることになった。

 実力差から上忍のミナトが受ける形で始まった戦闘演習は思いのほかスムーズに進んだ。

 

(剣術、並み。体術、並み。忍術、並み。しかし、どれもが上忍で通用するレベルでまとまっている)

 

 上忍は作戦指揮の観点からも突出した能力よりもある程度高いレベルでまとまった力が求められる。緊急事態に分隊員を失った際、その穴埋めが出来るのとそうでないのとは作戦完遂の是非に関わってくる。とはいえここまで平均的な実力というのも珍しかった。普通なら得手不得手でその差がうまれるものだ。

 

(しいて言うならば作戦指揮能力が秀でているかな。どんな時でも落ち着いていられる才能というのは得難いね。おまけに藍染くんは医療忍術も使えるらしいし……火影様からの覚えも良い。順当にいけば上忍昇格は直ぐだろう)

 

 藍染の刀を苦無でさばきつつ、視線でフェイントをかけて瞬身の術で飛ぶ。ミナトの得意としている瞬身は並みの、それこそ上忍レベルを超えたレベルのものだ。目で追ってとらえきれるものではない。感知タイプや、ミナト以上の瞬身使いでもなければ瞬きもしない内に息の根を止めてみせる。事実、ミナトの前で逃げおおせた者は驚くほど少なかった。

 

「――参りました」

 

 藍染の背後に現れたミナトが特注の苦無を首元にあてると藍染は両手を挙げて降参した。

 

「ん! オーケー。ブランクの割にかなり動けてたよ。これなら任務も大丈夫そうだね!」

 

ミナトは三忍の自来也を師に持つ。そして自来也は三代目火影を。三代目火影は初代・二代目の両者から薫陶を受けている。偉大な師が必ずしも良い後釜を育てるわけではないが、より良い人材を生む下地は育まれる。同じ三忍の大蛇丸を担当上忍に持つ藍染は環境には恵まれているものの後一つ決め手となるものが欠けているのが惜しく思えた。

 

 

 

戦争の匂いがもはや隠れ里の一般人にさえ感じ取れるほど近づいていた。忍に武器を供給する鍛冶屋以外は里全体の活気が欠けている。普段は客への声掛けで賑やかな通りも、通り自体の人の往来が少ないせいでまばらなものだ。比較的戦力に余裕のある木の葉隠れの里でさえそうなのだから、潜入先の土の国の街にも当然その影響が出ていた。

 

 ミナトと藍染の二人連れは町民の恰好に変装して街の様子を観察する。上忍として優秀なミナトは岩隠れの忍に顔が割れている恐れもあり、黒髪に染めて老化メイクを施してある。腰をかがめて歩く姿は老人のようで、傍らで荷物を背負い歩行を補助する藍染は息子役を演じていた。特に外部の忍との接触もほとんどない藍染は素顔のままだった。

 

「やはりどこも厭戦の感は強いようですね」

 

「ん! 各国で厭戦派の声を取りまとめて抗議活動を起こさせることで、少しは戦争の始まりを遅らせることができるかもしれない」

 

 もはや戦争自体を避けることは不可能。少しでも開戦を遅らせつつ、各国の情報収集でアドバンテージをとるという方向性に木の葉の上層部は決めたようだった。必要であれば抗議活動を扇動し、他里の忍を抜けさせる為に手を貸すことで戦力の低下及び拡充を狙う。今回はその里抜けの為の下調べの任務だ。

 

 人通りの多い時間帯。少ない時間帯。潜伏先や内通者の情報を暗号で街中に書き込んでおく。袖に隠した白墨で手が真っ白に染まるころには既に日が暮れかけていた。通りの人も少なくなり、老人とその子の親子連れもいささか存在が浮き始める。

 

 アイコンタクトで合議の結果お開きとなった。思いの他順調に進んだせいで既に予定された進捗度はとうに過ぎている。あまり長く滞在しても怪しまれかねない。木の葉へと戻り任務の達成を報告することとなった。

 

 

 木々の間を飛び回り帰路を急ぐ二人。人見知りしない性格のミナトと、聞き上手の藍染。自然と話は盛り上がる。得意な術から互いの趣味嗜好まで話すネタに欠かない。

 

 風に揺れる木々の騒めきや水場に響く蛙の鳴き声さえ、若人の友誼の妨げにはならなかった。

 

「おっ!?」

 

「……雨ですね」

 

 ポツリポツリと両肩に降り注ぐ感触。最初の内は無視して進もうとしてみるものの、直ぐに雨粒が大きくなり無視できなくなった。仕方なしに古い大木の洞に急遽避難する。雨音は強くなるばかりで止む気配はしない。地に落ちた小石が時折雨粒に跳ねられて、それだけが目に見える変化だった。

 

 雨粒の音もうるさいほどだった。二人の間に無言の空気が流れる。しかしそれもいつしか耳が慣れてしまい、雨粒の音も背景へと消える。

 

「……藍染君はさぁ、今の忍界をどう思う?」

 

 ゆっくり語りだした隣のミナトを藍染は窺った。ミナトは真っすぐ虚空の先を見据えて、どこか真剣な様子だった。

 

「……あまり良いとは言えませんね。忍界は争いに塗れ、飢えや病がそれを加速させている。木の葉はかなりマシですが、それもいつまでもつか分からない。先の見えない不透明な世界に嘆く者も多い」

 

「――そっか。そうだよねやっぱり……」

 

 どこか気落ちしたかのようにミナトは呟いた。上忍として引っ張ってきた責任感の強い男の気弱な姿は藍染の目に珍しく映った。

 

「…………波風上忍の誕生日は何時ですか?」

 

「えっ!? どうしたの急に? 1月25日だけど」

 

「生まれた日のことは覚えています?」

 

「いや、全然覚えてないけど――むしろ覚えてる人っているの?」

 

 藍染を不思議そうにのぞき込む姿に、もはや先程までの影はなかった。

 

「そう。誕生日を覚えてる人はいない。だから自分自身がいつ生まれたか本当に知ってる人なんていないんです」

 

「…………」

 

「ただ自分が最も信頼する人から聞いたその日が誕生日だと信じるしかないんだ」

 

「誕生日を知っている。それだけで幸せなことなんじゃないかな」

 

 ミナトの中で藍染の言葉が弾けた。

 

「だからその大切な人を守るため、波風上忍は波風上忍の正しいと思った道を進むべきだと愚考します。……と、途中上から目線になってしまい申し訳ありません」

 

 困ったように微笑む藍染の姿にミナトは目を閉じて黙礼した。

 今までどこかで目の前の男を下に見ていた。忍としての実力の差、同じ三忍を担当上忍としてもつ環境からどこか軽んじていたことは否めない。しかし、まるでミナトの今の忍界を憂いて争いのない世界を作りたいという馬鹿馬鹿しい妄想さえも肯定するような発言に心を動かされた。誰もがただの絵空事と考えもしない本心を、声に出して実現する気力が沸々と沸き上がる。

 

 だからこそ今までの自分が恥ずかしかった。藍染は上から目線だと謝罪したが、忍としてはともかく人生としては先輩にあたる男と対等でありたかった。あの一瞬呑まれかけた自身のプライドが上位でも下位でもなく、そう求めていたのだ。

 

「ミナトでいいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「惣右介っ!」

 

 任務から戻り、木の葉の大門で身分の確認を行っていると急に声をかけられた。

 

「惣右介! こんなとこにいたのかいっ! さっさとおいで!」

 

 藍染にとってのはとこにあたる綱手の姿がそこにあった。三忍の一人でもあり、そのルックスから人気も高い。現に門番は綱手の姿に興奮してサインまでもらおうとする始末。

 

 しかしどうも様子がおかしかった。声を荒げることはあるが、綱手自身はもともと冷静な人物。今はかなり混乱しているかのように見える。

 ほとんど無理やり腕を摑まれて、藍染の歩を進ませる。事情の説明を求めても口を濁らせて喋ろうともしない。ただ道を急いだ。

 

 速足で道を進むにつれて、見覚えのある道が見えてくる。日々通った道だ。見間違えるはずもなく……

 

 いつもの道。安心させるはずのそれが、いまやあることを予期させていた。綱手が向かう先が、自身のそれと合致している。速足が小走りに、小走りが駆け足へと変わったのが何時のことだかもはや分からない。藍染を引っ張っていた綱手は既に藍染に引っ張られていた。

 

 

 【木の葉病院】

 

 

 病室にはベッドが二床。上に一人ずつ男女が横たわっていた。顔には白い布がかけられている。藍染が一歩進むと、後ろで綱手が服を掴んで先へ進ませようとしない。無意識の行動だったのだろう。直ぐに手は力なく解かれた。虚空をつかんで一つ二つと指で挟む姿を尻目に、藍染は白い布をそっと持ち上げた。

 

 

 

 葬儀は翌日行われた。喪主は藍染だ。死因は任務中の敵忍との交戦の結果らしい。忍の体が持ち帰られてあげられる葬儀というのは珍しく、葬儀もつつがなく進んだ。千手の直系である綱手を除いて一族の者の参加も無く、母方の親戚付き合いもほとんどなかったので両手で数える程度の参列者だった。

 

 式の間中、いやその後もどこか思いつめたような表情を浮かべる藍染を綱手は監視していた。いまだ若い藍染には今回の件は堪えたのだろう。

 

 (早まることは無いとは思うが、私が支えてやらなければな)

 

 眼鏡越しに藍染の目が遠く遠くへと視線が伸びてゆく。不思議と悲しみや、怒り、それらの感情が浮かんでこなかった。ただ焦りが藍染の胸を焦がしていた。チリチリとゆっくり、そうかと思えば一度に火が広がり『先へ、もっと先へ』と急かす。皮肉なことに危機感こそが成長の起爆剤たらしめる。

 

 (藍染)(ヨン様)になる為に――

 

 

鏡花水月の刀身に浮かぶ男は口先だけの薄い笑みを浮かべていた。

  

 

 

 

 

 







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヨンサマ―バケーション~冬のソナタ2期~

今回時間少し飛びます。お気に入り10000件突破感謝です。






 

 

「藍染」

 

「藍染」

 

「藍染君」

 

「藍染さん」

 

「藍染先輩」

 

 

 様々な声音で呼ばれる。しかし、その誰もが本当に自身のことを呼んでいるとは思えなかった。

 

 分からない。

 

 本当は正しいのは皆で、間違っているのは自分なのかもしれない。

 

 それを確かめる方法もない。

 

 私にあるのは藍染だけ。それだけで十分。それこそが願いだ。

 

 水面に叩きつけられた。冷たく光もない。そこに水があるかどうかさえハッキリしなかった。不思議なことに自分の体だけがハッキリと見える。

 

 ゆっくり、ゆっくり沈んでいく。体は重く抗う術はない。底は見えない。闇が霞になってそこに満ちているように見えた。

 

 体の末端から熱を奪われていく。体温を感じなくなった場所から闇に覆われて浸食されていった。感覚がどんどん薄れる。下半身は既に闇に包まれて見えなくなってしまっていた。無くなった場所の感触を確かめようと両手を差し伸べるも――その両手すら闇に消えていた。

 

 もはや闇に抗うことさえ虚しく感じた。どうせ抗っても無駄なら気怠い感覚に身を任すのもいいだろう。闇は藍染と一体化しつつあった。

 

 

 

 

 鳥の囀りがする。家の庭木から飛び立つ羽ばたき音が藍染を浅い眠りから覚ました。汗を軽く流した後、身支度を済ませて家を出る。二振りの刀を腰に据えて目的地を目指す。死覇装に白い羽織、足袋に草鞋という和装も慣れたものだった。洋服を着る者も多い里では全身和装姿は少し浮いてしまう。必然目につきやすくなる。

 

「こんにちは藍染さん」

 

「いつもご苦労だね」

 

「今日は野菜が安いよ」

 

「ありがとう。仕事帰りにお世話になるよ」

 

 声をかけてくる町民を時折相手にしながら歩を進める。焦げ茶色の路地裏の壁が日の光を遮り、通りに出ると淡い影を落とす。最初の内こそ光が入る隙間こそあったものの、路地の奥へ進んでいくにつれ光が差し込む場所は無くなっていく。壁のあちこちに落書きが見られるようになった。破れた窓ガラスの奥から視線を感じ、衣擦れの音や缶の倒れる音が周囲から聞こえる。剣呑な空気だ。

ビュンッ

 一息にチャクラ刀を抜いた。背後より藍染の後頭部目掛けて投げられた手のひら大の岩石は真っ二つに――宙に浮いた片割れを柄頭で投擲主に向けて弾いた。確かな感触の後に鈍い音。鞘に納めたチャクラ刀を妬むかのように鏡花水月が疼く。

 

片手で慰めつつその場を後にした。

 

 いよいよ周囲の雑多な物音さえしなくなった。見上げれば建物の隙間から小さく空が見える。段差の高ささえ一段ずつ疎らな下り階段の先には、光を拒絶する帳が暗澹と揺らめいていた。藍染は怯えるでもなく進んで行く。一段一段の高さを完全に記憶しているのだろう。しかしある程度進むと足元の石段を確かめるように草履で踏みしめる。一定の場所の石段を順番通りに踏むと、石と石が擦りあうような音とともに足元の石が動き始める。しばらくすると人が二人分通れるほどの穴が開いた。迷いなく藍染は身を投じた。

 

 30m程地下に体育館が4つは入りそうなほどの直方体の空間があった。壁は特殊なインクで白く染められており、微かに発光しているように見える。水場や砂浜、屋内戦を想定して簡易的な三階建ての建物も設置。隅には藍染専用の研究室もある。ビーカーや研究用具、巻物が山のように積み上げられた部屋には強力な結界が施されていた。

 

 肉体・精神共に満ちつつあった。手刀足刀、その鋭敏は虚空にすら届く躍動。その意を十分に得物へと宿した一撃はもはや軌跡すら残さず。夢幻の合間を縫う歩みは彼我との距離を惑わせる。鬼すら滅す力の理はその秘中を掌上に、万物打ち砕く槍にも、概念さえ新たに法で従わせる経典にもなる。

 

 鏡花水月も藍染の手に完全に落ちた。一度刀身の光の反射を見た者は完全催眠の対象へと切り替わる。全身に張り巡らされたチャクラは精緻かつ血流のように自然と体内の経絡系を循環している。

 

 しかしチャクラの充実にはデメリットもあった。感知タイプとして感知できる範囲は上がったものの、自身のチャクラのせいで鮮烈なほどに藍染の周囲を明るく照らしてしまって、結果自らに近いほどその感知は曖昧になってしまった。感知タイプとして自らの危険に反応できないのは致命的。

 

 その為に半年間の研究で新たにチャクラを身につけた。とはいえ陰陽遁のように一から開発したわけではない。使用者は少ないものの仙術チャクラは歴史上に使用者が確かに実在している。初代火影 柱間が書物にて書き残した情報によれば精神エネルギー・身体エネルギー・そして自然エネルギーを練り合わせることで仙術チャクラを身につけることが出来るとされている。その効果は単純な身体能力の増強、術・攻撃範囲の強化だけでなく、なにより危険感知能力が鋭くなる。

 

 自然エネルギーについてはもとからある程度察しはついていた。感知タイプに目覚めた時、周囲の木々や大地からエネルギーを感じ取ることは出来たのだ。比較的難しいとされるであろう自然エネルギーの知覚は直ぐだった。三つのエネルギーのバランスも陰陽チャクラで普段から鍛えられている藍染にとってもさほど難しくはない。しかし仙術チャクラを全身に廻らわせると仙人モードといわれる形態に変化してしまう。使用者にもよるが総じて顔に隈取が顕れ、修行先の場所によればチャクラを練り損なうと醜い姿になってしまうこともあると聞いた。

 

 

(断じて認めるわけにはいかない。ヨン様の顔を一時たりとも穢すことは……)

 

 

 隈取も顕れることのないレベルでのチャクラコントロールを研究に研究を重ねて突き止めるのには十分な時間が必要だった。無論、それだけではない。

 

 仙術チャクラを陰陽チャクラと同時に練りこみ新たなチャクラを作り上げることはできないかと試行錯誤したのだ。しかし、結果は全滅。そもそも自然エネルギーと陰エネルギー、陽エネルギーとの組み合わせは絶望的で反発するどころか互いのエネルギーで対消滅してしまう。酸性とアルカリ性を合わせることで中和してしまうとも言い換えることが出来る。どちらかの割合が強ければ、そのどちらかの性能に寄ることはあるが、互いの力を消しあったうえでの残りカスにしかなりえない以上、同時に使うメリットは限りなく低く思えた。仙人モードでの陰陽遁が使えないので、一度考え方を変えることにした。

 

 仙人モード自体のメリットは確かに大きいが、主に戦闘に使うのが陰陽遁である鬼道なのだ。無理に仙人モードになる必要はない。必要なのは仙術チャクラの危機感知能力。感知器官のほとんどは頭に集中しているため、頭の部分を仙術チャクラで強化、首から下を鬼道にも瞬歩にも行使できる陰陽チャクラで満たす。この二つのチャクラが互いに干渉しないよう、首の部分は普通のチャクラで部分ごとにチャクラを練り分けている。このチャクラの分割練りこそが、飛躍的にここまでの技術を身につけるのに時間がかかった理由の大部分だ。およそ一年、ただでさえ難しい陰陽チャクラと、相性の悪い仙術チャクラを別部分で練ることに費やした。もはや超絶技巧という言葉すら生ぬるい。実現不可能とさえ思えた。来る日も来る日もこの隠れ家で成果の上がらない修行の日々。何度投げだしたいと思ったことか分からない。斬拳走鬼の修行は実りつつあったせいで、進捗の進まないチャクラ分割は余計に苛まれた。

 

 そういった時は鏡花水月を膝にのせて刃禅に耽る。かつてのヨン様もこうしたのだろうかと思うと煩悶とした気持ちは少し晴れた。それと同時に焦燥感に胸を焦がす。鏡花水月のおかげで秘密の書庫は顔パスで素通りできた。そこで手に入れた情報は実に興味深いものばかりだった。しかし、その情報を十全に活かすためには何より力が必要だった。

 

 自身に深く深く語り掛ける。眼に映る男の姿は? 藍染 惣右介……

 

 ならば何故立ち止まる? その姿のどこに藍染 惣右介がいる?

 

 お前の知る藍染はそのような情けない面をするような存在だったのか?

 

 

(否っ! 断じて否! 万人の言う自らに都合の良い“事実”それを“真実”と誤認して生きるだけの凡人とは違うのだ。私は世界の真実を、秘密を踏破し、深淵を練り歩いてみせよう)

 

 眼鏡に反射する鏡花水月の光はおどろおどろしくも、主を真に認めた喜びに満ち溢れていた。

 

 もはや自身が藍染であることに疑いはなかった。それまでの苦悩が嘘だったかのように修行は進む。分割チャクラ練りが完成するのにそうは時間がかからなかった。確かに一歩踏み出したのだ。

 

 

 この技術自体は確かに人類史に名を遺すほどの偉業ともいえる。研究成果や理論をレポートにまとめれば、実現の可否を除けば貴重なデータとして重宝されることは間違いない。

 

 しかし、所詮人として実現できる程度の力ともいえる。同様に斬拳走鬼、もはや藍染がただの人である以上、限界が見えてきた。限界まで極めつつあってもそれは人の限界。そのような杓子定規で矮小に納まることに堪えられそうにもなかった。

 

 力がいる。人としての限界を超える力が。藍染にとっての崩玉に代わる力が。

 

 

 

 

 

 

 

 戦争が始まる。のちの世に第三次忍界大戦と呼ばれるこの戦争は各国の隠れ里が加わったが、木の葉と岩の争いが特に激しく戦況は木の葉にとって困難を極めた。各国の中心に位置する火の国は国土面積が広く経済力も他の国を凌いでいた。しかし、その分他国との国境も長く、あらゆる里に包囲されている。いくら木の葉が大国であろうと多勢に無勢。国境警備の人員を減らせば、一気に里の中枢までも攻め落とされる可能性がある以上、広い範囲で忍を配置しておく必要があった。当然一箇所に配置される忍も少なくなり、戦況はより劣勢となる。木の葉にとってその戦況もある程度は予想が出来ていた。その為に数を圧倒する才能ある上忍を若いうちから育てる融和策や、綱手の考案した医療忍者の指南法が広く周知されてきた。その両方に当てはまる藍染にも当然のように出動の命令が下った。

 

 

「こんなところにいたのかいミナト――いや、火影候補様と呼んだほうがいいかな?」

 

 ミナトに場所も言われないままに、忍鳥で呼び出された藍染は木の葉の歴代の火影岩を上から見下ろせる岩壁に向かった。火影になりたいと常日頃言っているミナトが呼び出す場所がそこしか思い浮かばなかった。空は高く、遠くに流れる雲が見る間に流れて形を変えてゆく。

 

「止してくれ藍染。君にそんなふうに言われたくないんだ俺は」

 

 ミナトは寂しそうにほほ笑んだ。一度見た覚えがあった。藍染の両親が亡くなった後に初めて顔を合わせた時のような、自身の無力を嘆く優しい男の顔だった。

 

「すまない……僕は明日行くよ」

 

「――そうか。俺は小隊メンバーと一緒に明後日出発する予定だよ」

 

「お互いの無事を祈っている」

 

「ああ。………藍染、死ぬなよ」

 男同士の酷く不器用な会話は終わった。別れは短く、必要以上の言葉は胸に留めておくのが戦へ旅立つ友への暗黙の了解だ。言いたいことは終えたとばかりに、ミナトは岩壁から立ち上がった。

 

「それj――」

 

 

「――――な~~にウジウジやってるんだってばねっ!」

 

 濃い朱色の髪の毛を炎のように逆立てた女がミナトの頭に重い拳骨を叩きこんだ。ズコンッと周囲に響くほどの馬鹿力で落とされたそれは鍛えられた忍すらも朦朧させる。

 

「酷いじゃないか! クシナ」

 

 うずまき クシナ。ミナトの妻であり木の葉の持つ尾獣『九尾』の人柱力でもある。尾獣か、それとも天性の才能ゆえか彼女の持つチャクラ容量は生半可なものではない。感知タイプである藍染にはマグマのように沸き立つそれが幻視できた。

 

「男だからって下らない理由で伝えたいことも伝えられないなんて馬鹿らしい。女々しいってばね!」

 

「――言ってることが滅茶苦茶だよ」

 

 仲睦まじい二人の様子に気を取られていたものの、既にクシナの背後の人物は感知していた。

 

「そういえばすっかり忘れてたけど、ほら確か……アンコちゃんだっけ? 何か伝えたいことがあるんじゃないの?」

 

 あれから忍としても、少女としても成長を遂げたアンコがいた。毛筆の特訓に付き合ったおかげか、すっかり気を許してくれた彼女はあれから何度か相談に乗ったり、修行に付き合ったりと交流の機会は何度かある。

 

 クシナに背中を押されて、もじもじと躊躇っている様子のアンコを急かすことはせずゆっくりと見守る。何度かチラチラとこちらを横目で気にする少女に、藍染は腰を屈めて目線をあわせて――微笑んだ。

 

「ッツ~~~~~~~あのっ、コレ、受け取ってくださ~~ぃ」

 

 『ください』の途中で藍染に何かを掌に握らせた後に遠くへ走り去っていってしまった。状況の把握の為に掌をそっと開くと、そこにはアンコの髪色に金糸の刺繍が入ったお守りがあった。中には和紙の袋があり、その中にまた何か入っているようだったが詳しく何かは分からない。

 

「……うわぁ」

 

「あんた…………不用意にああいうことを人にやるのはやめるってばね」

 

 犯罪者に向けられるような視線を浴びる理由が、藍染にはさっぱり理解できなかった。

 

 









目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

手伝ってやろうか? ただし(ry

 

 戦況は圧されていた。岩忍との戦闘で次々に簡易的な医療所に怪我人が運ばれてくる。腸が腹部から零れだすのを片手で押さえながら満身創痍の状態でやってくる者、重度の火傷で男女の区別すらつかなくなってしまった者。綱手の考案した指南書に従いトリアージしていく。怒号や苦痛の声に負けないよう、声が飛び交う医療所は第二の戦場だった。

 

「よく来てくれた。さぁ奥へ」

 

 現地に到着すると直ぐに白衣とマスクを着けた医療忍者が有無を言わさず奥へ連れていく。直接土の上に建てられたテントは急造の感が否めない。通路の両脇に個室に分けられた手術室を抜けていくと、怪我人が雑魚寝になった大きなテントに案内される。痛ましい怪我に耐えかねて口の端から漏れる声が時折テントの中で合わさり、一つの波を形成する。悲惨な状況だった。

 

「君にはここで怪我人の治療をお願いしたい」

 

 それだけ告げ、そのまま別の患者のもとに足を運ぼうとする医療忍者を藍染は引き留めた。

 

「確か今回の任務は敵の足止めとのことでしたが……」

 

 医療忍者の男はくたびれた顔を更に渋く歪ませる。

 

「……本来なら上忍の君に頼むことではないのは重々承知している。しかし、人手が足りない。我々も既に二日間睡眠もとっていないんだ。どうか手を貸してくれ」

 

男の瞼の上は濃い隈が残り、ふらついて足元も覚束ない。会話をする間にも奥から男を呼ぶ女性の声も聞こえる。男は少しイラついたようにそれに相槌を返した。現場の人員不足は藍染の予想以上に悲惨なものだった。

 

「事情は分かりました。しかしそれはここの指揮官に許可をとってからにしていただきたい。――少しでいいのであなたも一緒に付き添ってもらえれば説得も上手くと考えているのですが……どうでしょうか?」

 

 まだ到着の挨拶すらしていない上に、本部の場所さえ知らない藍染には渡りに船だった。

 

「――案内しよう」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 司令部は医療所の2kmほど離れた位置にあった。怪我人の安静を考慮してある程度安全な開けた場所という条件が該当する地は多くない。必然守りやすさから司令部と近い距離に医療所が敷設されたと医療忍者の男、コウエンは語る。尤もな話だと藍染も頷いた。

 

「ここが司令部のテントだ」

 

 深緑の天幕が張られたテントには数人の忍が机で会議している様子だった。声音から内容はヒートアップしているかのように思われた。しかし、コウエンも忙しい身、いつまでもテントの前で立ちっぱなしでいるわけにもいかず藍染は声を張った。

 

 

「会議中失礼いたします。私は上忍として本日こちらに到着しました藍染 惣右介といいます。まず司令官に挨拶をと参りました」

 

「……入れ」

 

 声の主に従い天幕の端を持ち上げて入る。続いてコウエンも藍染にならって踏み入った。

 

「話には聞いていたが、本当に上忍になっていたとはな」

 

 鎖帷子で出来た頭巾を被った目力の強い男が藍染を睨みつけた。入り口から一番奥の中央の席に腰かけているところからその男が司令官のようだった。藍染に向けられる視線には疑念や苛立ち等のおおよそ好意的とは思えない負の意思が含まれていることを、チャクラ感知などする必要もないほどハッキリと感じ取れた。

 

(このチャクラ量と、見覚えのある面影。千手の本家の血筋か……)

 

「火影様をいったいどんな手で騙したかは知らんが、私は騙されんぞ。どこの馬の骨かも分からん血を取り入れた千手の面汚しが残した異物だ。母親譲りで人を誑し込むのだけは上手いようだがな」

 

 司令部に張り詰めた空気が流れる。男の視線と藍染の視線がしばらくの間ぶつかりあって――藍染は困ったように笑い視線を先に逸らした。

 

「……まぁ良い。今はお前に構っている暇などないのだ。話は以上か? ならば指示があるまで待機しておけ」

 

「少し、お待ちを!」

 

 医療忍者のコウエンが慌てて声を上げた。

 

「何かね?」

 

「医療忍者の不足は前日訴えたとおりです。しかし、状況は一向に改善しておりません」

 

「それについては説明したはずだ。前回の襲撃で医療忍者が亡くなった件は里に報告している」

 

「彼がっ! ……いや、失礼。こちらの藍染殿が医療忍術を使えるとのことでしたので、是非協力していただきたいのですが」

 

 司令官は少し迷ったように顎に手を当てる。藍染を医療所につけるメリット、そしてそれによって発生する戦力不足のデメリットを数秒で鑑みた後。ゆっくりと口を開いた。

 

「いいだろう」

 

「それではっ」

 

「――緊急時の場合は前線に出てもらうという条件付きでだ。それでいいなら許可しよう」

 

 否やはなかった。

 

 

 

 

 

 到着後、一日と半日ぶっ続けでの医療業務にあたり、ようやく藍染にも束の間の休息を得ることが出来た。気怠さを感じるが、一周してハイになって眠気を感じることが無くなった戦友たちと輪を組んで互いを労う。

 

 医療忍者のトップであるコウエンからコーヒーの入ったカップを受け取ると、手に伝わる温もりに感謝しながら飲み込んだ。戦場にまともな甘味などありはしない。薄くとも、酸味が効すぎていたとしても今飲んだコーヒーに勝るものなどないだろう。

 

「全くあの時の君ときたら」

 

「もぅ、それは言わない約束でしょコウエンさん」

 

 助手が疲れからか、いささか強すぎる勢いでコウエンの肩を叩いて丸眼鏡が地へと落ちる。それを藍染が指の先でキャッチして本人の下へ返した。軽く礼を言いながら受け取った丸眼鏡をかけなおした彼は自身に向けられている視線に気づく。

 

「どうしたんだい藍染上忍?」

 

「……失礼ですが、私のことをご存知でしたか?」

 

 まだ司令部に挨拶に行ってもいない男を医療所で働かせようとしたり、上忍だと気づいていたりと藍染のことを前から知っているとしか思えなかった。治療中はひっきりなしに怪我人の手当に時間を追われていた為、聞く機会を失っていたのだ。

 

 前へ膨らんだ腹をポンポンと叩くと、コウエンは口を開いた。

 

「それは……君は色々と有名だからね」

 

 ゆっくりと言葉を選んでいるようだった。さもありなん、藍染にもいくつか心当たりがあった。

 

「木の葉病院で研修中の男がなかなか才覚のある男だとね」

 

「私も病院で働いている友人から藍染上忍の話を聞きました。誰を相手にしても態度を変えることのない(イケメン)だって」

 

「それは――身に余るお言葉ですね」

 

 未だ藍染としての高みに至っていない身からしてはどんな称賛も身に余る言葉に違いない。紛れもない本心だったが、過ぎた謙遜は嫌味だと忠告された。コウエンの眼差しは人生の先輩として真摯な温情に満ちていた。

 

 

「それと……あまり長押(ナゲシ)のことを恨まないでやってくれ」

 

「ナゲシとは?」

 

「ここの司令官のことだよ。千手 長押(ナゲシ)。君なら知っていると思っていたが……」

 

「何分一族の集まりには呼ばれないもので、どこかで見た覚えがあったので千手の本家筋だとは思っていたのですが――」

 

「――それはすまなかった。私の配慮不足だったな。あれでも同期でね」

 

 

 その瞼に刻まれた皺から若く見積もっても40~50代にしか見えないコウエンと同期だという長押(ナゲシ)は30代ほどにしか見えなかった。千手一族は老化が遅く、比較的長い間若い容姿が保たれるというが、その例に漏れなかったらしい。

 

「この場所の前に司令部が襲撃を受けてね。幸いなことに医療所には被害が及ばなかったものの、司令部では結構な死傷者が出てしまって、その責任の重圧に圧されているのだろう。ただでさえ状況はあまり良くない。君に対しての態度は酷いものだったが、普段は厳しくとも優しい男だ。それを酌量してやってくれ」

 

 

「私は全然気にしていませんよ(・・・・・・・・・・・)

 

 藍染は微笑んだ。その場にいる者がホッと落ち着くような笑顔だった。

 

「君は出来た男だな」

 

 

 しばしの休憩を挟んで再び医療所へ足を運ぶ。怪我人の中には歩行できない者も多く、食事の補助、尿や便の処理、床ずれの防止の為に体の向きを変える等の仕事に終わりはない。

 それらに加えて戦場から運ばれる怪我人の緊急手術にも駆り出される。更にその穴を埋めるためにまた別の誰かが他の人員の仕事を負う。肉体的な疲れは言わずもがな、精神的な疲労が無視できないところまで医療忍者に広がっていた。

 

 その中でも比較的動ける藍染はひっきりなしにあらゆるヘルプに回されることになり、つい半刻前に疲労で倒れた医療忍者の受け持っていた患者の前にいた。

 

「調子はどうですかキミさん。まだ頭は痛いかな?」

 

 30代の翡翠色の瞳が特徴的な女性が、痛ましげな頭に巻かれた包帯を痒そうに指先で擦る。それを手で制した。手術の後で痒いのは知っているが、一度掻き始めると余計痒くなってしまう。

 

「わかってはいるけぢょね。すごくかゆいのよせんせい」

 

 どこかはっきりとしない滑舌で女性は答えた。起爆札が頭部の近くで爆発したらしく、顔には酷い火傷と聴覚機能をほとんど失う大怪我を負ったが、もともと読唇術が得意だったらしくこちらが何を言っているかは見て判断できるらしい。

 

 彼女自身が話す分に関してはまだまだ練習中とのことだったが、ゆっくり話す分には会話に支障は無いレベルだ。

 

 顔のほとんどを包帯で覆われているため、包帯の隙間から覗く瞳から感情を読むのは難しいが、声色だけでも感じるものがある。普通は自身の状況に絶望して暗くなりがちなのだが、彼女からはそのような空気を感じない。

 

 もともと明るい性格か、いや、おそらく精神安定の為にそのように振舞って自身を騙しているのだろう。戦地の極限状態での人間にはよくある逃避行動だ。

 

(哀れなことだ。…………いや、いったいどちらが?)

 

「……どうやら経過に問題はなさそうだね。安静に」

 

「も、もういttっやうの?」

 

 か細い声で引き留めるキミ。藍染は安心させるために両手を握った。小さな手ながらも、確かに鍛えられたくノ一であることが刻まれた傷跡からハッキリと分かる。戦うための訓練を受けた人間ですらこのような状況に陥ってしまう。

 

 戦争とは……ミナトの言う真の意味での平和とは……

 

「ろうしたのせんせい?」

 

 気づけば心配そうにこちらを見つめる翡翠色の瞳。

 

「これから先の患者さんのことを少し考えていたんだ。前の担当医からたくさん人を紹介してもらったからね」

 

「そう……」

 

「また見に来るから安心しなさい。約束しよう」

 

「や・く・そ・く」

 

「ああ、約束だ」

 

 

 一週間。新たな医療忍者が戦地に派遣されるまでそれだけの時間が過ぎた。それだけの時間を今いる人員で凌いだとも言う。

 

 助かった命も多いが、救いきれなかった命もある。とはいえ、命のかかる大事な任務だとは分かってはいても、あの時医療所のサポートを受けたことを少し後悔する程度には悲惨な環境が藍染を待ち構えていた。

 

 ある事情から医療忍者としての身を引いたが、三忍の綱手を筆頭に医療に身を置く者への敬意の念を深める。

 

 新たな医療忍者の上げるまだまだやる気に満ちた声を聴きながら、休憩用のテントで大きなイビキに挟まれてコーヒーを啜った。

 

 そんな休息を邪魔するように外から一人こちらへ向かってくるのが足音で分かった。何日もの徹夜で精神が疲弊し、チャクラ感知が普段より鋭くなったり、ぼやけたりと不安定な状況が、気づくのを遅らせた。

 

 

「藍染上忍! お休みのところ申し訳ありません。司令部からお呼びがっ――」

 

 寝ている医療忍者を起こさないように人差し指を顔の前に立てて、その場から離れる。その場に残ったコーヒーのカップから白い湯気がフワフワと左右に揺れながら立ち上っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、指令官が負傷したということですか」

 

 司令部に着いて説明を受けるに、どうやらそういうことらしかった。前線での士気高揚の為に出向した際、千手 長押(ナゲシ)が襲撃にあい負傷した。さすがに千手一族の本家筋、ただでやられることも無く襲撃者の半数を返り討ちにすることに成功したが、味方を人質にとられて意識不明の重体。味方の応援もあり、命こそ助かりはしたものの当初の士気高揚の機会は全く逆の効果をもたらすことになった。

 

「それで指揮官の治療の為に呼んだのですか?」

 

「いや。そうではありません」

 

 奈良一族の参謀が言った。今まで司令官を支えてきた立役者だ。

 

「俺は中忍だ」

 

 突然の言葉に疑問が浮かぶ。上忍の絶対数は少なく、現に戦地で戦う者の多くは中忍を隊長とする下忍だ。参謀である奈良家の男が上忍ではなく中忍であることに特に不思議に思うことはなかった。

 

「そして、この場にいる者も皆」

 

 司令部にいる5人ばかりの人員も頷く。

 

「戦地にいる者も皆」

 

 さすがにここまで来ると話も読めてきた。

 

「上忍のあなたなら指揮権が移行しても問題ないでしょう」

 

「……私は特別緩和策で上忍になった身です。指揮経験もありません」

 

「問題はそこではないのですよ藍染上忍(・・)

 

 物分かりの悪い子供に言い聞かせるかのように男は(さと)す。

 

「前回の司令部の襲撃から相手はこちらの頭を優先的に狙っている。全体の士気の為にも我々には率いてくれる上忍が必要なのです。勿論私たちもしっかり補助しますので」

 

 (てい)のいい神輿(みこし)が、誰もがやりたがらない役を演じる者が必要だった、そうそれだけのこと。腰に帯びた『鏡花水月』を見やる。

 

 しかし、奈良家の男の横にはサングラスをかけた手の先まで隠れるほどの袖の長い長身の男がいた。微かに聞こえる羽音。特徴的な外見。虫を操る木の葉の一族、油女一族と見てまず間違いないだろう。サングラスで光の反射が直接網膜に映されているか判別しにくい上に、虫そのものには知性がほとんどない為『鏡花水月』の効果は薄いと見える。

 

 (現時点で動くには拙速か……)

 

「分かりました。代理の指揮官でよろしければ私が」

 

「そう言ってくださると信じていました藍染上忍。いや藍染指揮官」

 

 

 

 








 GRは名作。誰か二次創作を書いてください! お願いします。銀鈴さんのブロマイドあげるから!





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

指揮官×戦場

 今回長いです。誤字修正の指摘いつも感謝しています。


 

 

「第3部隊はろ―C方向へ前進。第5部隊はほ―F方向へ敵を引きつけつつ後退。第7部隊はほ―Eで潜伏待機。第5部隊が敵を連れて待機場所を通過後、後方より襲撃。そのタイミングで第5部隊も転進。第7部隊と挟撃せよ」

 

『第3部隊了解』

 

『第5部隊了解』

 

『第7部隊も了解です』

 

 藍染は指示を山中一族の忍に伝えて、各部隊との連携をとる。

 

 山中一族は奈良一族、秋道一族との連携を組む一族として有名だ。一族のみに伝わる秘伝忍術として術者の意識を飛ばして相手の精神を乗っ取ったり、精神を乱して同士討ちをさせたり等の精神エネルギーの割合が多く含まれた陰遁の性質変化を利用した術を使う。

 

 術の発動中は無防備になることも多く、その隙をカバーする為に戦闘部隊で重用されていたのだが、現時点ではそのカバーするための人員すら惜しく、部隊全員の伝令役として司令部へ引き抜いた。

 

 当初はそこに据えているだけの指揮官を参謀は望んでいたようだが、やるからには中途半端は藍染の望むところではない。部隊の構成員と配置場所を把握し、油女一族に索敵と味方部隊の誘導を、山中一族に部隊の連絡を任せることにした。

 

 

「しかし、あまり多くの虫を索敵に割く訳にはいかない。なぜなら司令部の守りが手薄になるからだ。それに広範囲の索敵は術者からの制御を外れる虫もいるため現実的ではないだろう」

 

 油女一族の男が言う。今までの襲撃は運よく撃退出来ているが、次もそうだという都合の良い考えは持っていない。統率のとれなくなった部隊の行く末は等しく無残なものだ。

 

「それは理解しています。……敵索敵部隊に寄壊蟲の雌を付着させれば話が早いのですが」

 

 油女一族は様々な虫を状況において使い分けるのだが、主に戦闘に使うのが『寄壊蟲』と呼ばれる虫だ。チャクラを対価に契約しているのは他の虫と一緒だが、彼らはそのチャクラを餌として、あるいはそれ以上に執拗に敵対者のチャクラを喰らう。体術に忍術にチャクラを多量に纏う忍は彼らにとって絶好の馳走なのだ。それゆえにチャクラを感知する、嗅ぐことに特化している虫。特に『寄壊蟲』の雄は同種の雌の薄い匂いすらも感知することが出来るほど優れている。その雌を敵の索敵部隊につけることが出来れば敵全体の大まかな居場所を、それこそ敵の本拠地すら突き止めることすら可能だが……

 

「藍染指揮官、それが出来れば苦労しない。そもそも索敵能力を持っているがゆえに近づくことすら難しい」

 

「その通りだ。こちらが敵を索敵できるということは相手も同じと考えたほうがいい」

 

「……確かにその通りです。今のは忘れて下さい。……索敵は主に犬塚家の忍犬に任せます。油女中忍は引き続き本部の周囲の索敵と、味方部隊の援護をお願いします」

 

 

 

 そうして指揮官としての一日が始まったのだ。

 

 

 部隊数は14部隊。小隊編成は4名。総勢56名の戦力としては心もとない。それに司令部で働く人員、医療忍者、備蓄の管理などの必要な人員などを含めて80名程。それらをまとめ上げるのが仕事だ。

 

『索敵班より指揮官へ』

 

「どうぞ」

 

『うちの忍犬が北西より三つの匂いが近づいていると言っている。ここはへ―Ⅾ地点だ』

 

「了解しました。第3部隊……は別件がありましたね。遊撃が可能な部隊はありますか?」

 

「第2部隊と第8部隊が確か空いていたはずです」

 

「ありがとう奈良中忍」

 

「どういたしまして藍染指揮官」

 

 奈良中忍の最初の頃のつっけんどんな対応も減り、少しは見直されたかと思うと緩みかけた気を藍染は入れなおす。自身の拙い指揮をカバーしてくれている奈良中忍の期待を裏切るような心の持ちようは礼を失いかねない。

 

「では第2部隊が索敵班と合流して敵を迎撃。第8部隊はその場で待機。緊急事態に備えて互いの忍具の確認に努めること」

 

『第2部隊了解』

 

『第8部隊! 了解しました!』

 

 思いのほか戦況は良くなりつつある。圧されていた戦線は拮抗状態とまではいかないものの盛り返すだけの勢いを感じる。山中中忍の秘伝忍術で部隊と連携がとりやすくなり、敵部隊の索敵と状況指示が噛み合って一部隊ずつ岩隠れの忍を潰し続けていた。

 

 しかし、

 

 

「敵の部隊の数が多すぎる」

 

 本部の机にペンが力なく転がった。誰かが言い出しかねない状況だったので特別犯人を捜すような空気にはならなかった。周辺の地図への書き込みはビッシリと紙面を覆い、些か見えづらくなっている。新たに地図を用意する必要を感じた。

 

「こちらに対応する部隊は軽く見積もってもこちらの倍はいます。今はこちらの快進撃に様子見をしているようですが、こちらの実在戦力が判明次第、数で一気に押し寄せてくるでしょう。それだけの戦力が奴らにはある」

 

 奈良中忍も、藍染もそれに頷くことはなかった。参謀として、指揮官として事実だからこそ肯定できないこともある。味方の応援を待つにしろ、打開策を見つけるにしろ、とりあえず時間を稼がないことには話にならない。これからの策を練っていると、奈良中忍にハンドサインを送られた。親指をテントの外へ突き出すかのように、周囲の者には気づかれない程度の微かな仕草。付き合いは短いが無意味なことをする男ではない。藍染は適当な理由をつけて司令部から抜け出した。

 

 

 さすがに直ぐに合流すると怪しまれる。しばらく時間をつぶす為にも医療所へ顔を出しに伺うと見知った顔がいた。

 

「どうしたんだいキミさん。こんな場所で」

 

 翡翠色の瞳が包帯の隙間からこちらを覗いている。松葉杖で一歩一歩足元を確かめながら歩く姿は痛々しく、まだ無理をして出歩いては怪我の悪化を招いてしまいかねなかった。

 

「ダメじゃないか。また一人でトイレに出てしまったのかい?」

 

 年頃の女性が下の世話を嫌がって、無理やりトイレに行ってしまうことはそう珍しいことではない。例え、こちらが医療従事者でそういったことに何も思わなくとも当人にとっては関係のないことだ。なるべく同性の医療忍者に見てもらうようには気を使っていたが、人的余裕のない戦場では毎回そうもいかなかったのだろう。

 

 包帯が歪み、その下では気まずい表情を浮かべているだろうことが藍染には分かった。道中、何度も転んだのだろう。膝や手の先に新たに巻かれた包帯からは血がにじみ出ていた。

 

「ぎょ、ごべんなさい」

 

 どうしようもないことだ。コウエンに事情を説明して包帯を解いて傷跡の治療を託す。淡々とこなしていく藍染が怒っているのだと、キミは許しを請うかのように片足にしがみ付いて離れようとしない。

 

「キミさん。立ちなさい。私はもう行かなければ……」

 

「ゆるじで」

 

「……大丈夫。もうじき戦争が終わってあなたも故郷に帰れますよ」

 

 

 励ましの言葉は自分でも驚くほど空虚に感じた。

 

 

 奈良中忍は司令部のテントから離れた位置に既にいた。こちらに気づくとそっと手招きする。遅れた詫びの一言すら必要のないほどに切迫している。額から汗を流しているのが見て取れた。

 

「藍染指揮官。事態はあなたの考えている以上に深刻だ」

 

「――内通者ですか?」

 

「……やはり気づいていましたか。私にそれを言うということは少しは信じてくれているようですね」

 

 前回の司令部への襲撃然り、指揮官の襲撃然り、秘匿されているはずの場所が突き止められるのが早すぎる。内通者がいることは薄々感づいていた。しかし、同時に疑問も湧いてくる。何故こちらの情報が筒抜けなのにも関わらず、現状こちらの進撃を許しているのか? 何かしらの事情があって情報を送れていない? もしくは情報を得ることができない状況にいるか、こちらに致命的な一手を下すためにあえて泳がされているのか、可能性を挙げればきりがない。

 

 

「逆に私のほうこそ疑われているものかと……前の指揮官から色々聞いていたのではありませんか?」

 

「……聞いてはいたのですが、どうやら話とは違うみたいでしたがね。それに藍染指揮官の来る前からその兆候はあったんで――今の段階で話が出来るのはあなただけですよ」

 

 司令部内に内通者がいる可能性が高い。暗に奈良中忍はそう言った。

 

 

「犯人の目星は」

 

「それが分かれば苦労はしません」

 

「それも、そうですね。外部とのコンタクトをとる機会を減らすために常に少数の集団行動をとらせる以外は今のところ対応策はないでしょう」

 

「同感です」

 

「それと一つお願いしたいことがあるのですが……」

 

「出来る範囲で手助けしますよ指揮官」

 

「それでは――油女中忍と取り次いでいただけますか?」

 

「……それは構いませんが、彼も内通者ではないという証拠はありませんよ」

 

「大丈夫。ちょっとした頼み事ですよ」

 

 藍染の笑みに『はぁ』と怪訝な表情で参謀は頷いた。

 

 

 

 

 雑務を済まし、再び司令部へ戻ると既に内部で人の声が飛び交い、慌ただしく駆け回っているのが見て取れた。急いで幕中に体を滑り込ませる。

 

「どうしたんだ! いったい何があった?」

 

「藍染指揮官!? 今までいったいどちらに――いや、今はそれどころではありません」

 

 こちらが口を出す隙もないほどの勢い。それほどの事態が起きているのだろう。

 

「敵襲です! 敵部隊がこちらの第一防衛線を抜けて司令部へ近づいています」

 

「――ッ!? 方角は? 予想される敵部隊数と、こちらの防衛に回せる部隊は?」

 

「北北西方面より! 予想される部隊数は少なく見積もっても3部隊以上。交戦中の部隊を除いて、残存する部隊は敵の応援を警戒して突破された防衛線の内側に第2防衛線を構築中。残った3部隊が救援に向かっています」

 

(手が早い。今の今までこちらの様子を窺っていたとしか思えないタイミングでの襲撃。やはり内通者がいることに疑いはないだろう。考えろ。もし自身が内通者だった場合、これから先どう行動する? 狙いはやはり指揮官である自分か?)

 

 遠くで体内にずしんと響くような爆破音が聞こえてきた。どうやら考えを巡らせる時間すら与えてくれないらしい。むしろ考える暇があるのなら現状に対応するべきだ。上忍として指揮官としてやるべきことをやる義務がある。藍染は藍染として恥ずかしくない振る舞いを努めなければ、これまでの人生に、そしてこれからの人生に意味など……ない。

 

「司令部所属の忍は医療所の周囲に防衛線を構築。動きのとれない者を守れ。医療忍者は動くことが出来る怪我人を連れて南東方面へ撤退。現在戦闘中の部隊は折を見て交戦を止めて、半数は防衛線に加わるように。もう半数は追手に対して罠を張り、医療忍者と合流せよ。以上全部隊に連絡を山中中忍」

 

「了解しました」

 

「奈良中忍。後の指揮は任せました」

 

「何処へ行かれるのですか、藍染指揮官!」

 

「――勿論、最前線ですが」

 

「さすがに危険過ぎますっ! まだ私たちにはあなたが必要です。自重してください!」

 

「現状指揮官としてやるべきことはやりました。内通者がいるならば既に私が指揮官であることも掴まれているでしょう。みすみす出てきた頭を見ればそちらに攻撃が集中するはず、そうなれば残ったあなたたちが一度に相手をする数も減らせます。むしろ私が出ないほうが被害は増えるんですよ」

 

「それではあなたがっ」

 

「これでも私上忍ですから。なに、無駄死にする気はありません。それでは」

 

 これ以上引き留められても状況は悪くなるばかり、半ば奈良中忍に言葉を押し付ける形で藍染は司令部から発った。戦闘音はこちらのほうへ徐々に近づいている。緊迫した状況の中で、藍染の体調は万全とは決していえなかった。医療忍者として徹夜で働き続けた後に、急に指揮官に抜擢され、仕事の量はむしろ増えた。全身に倦怠感を感じ、普段なら意識をすれば一瞬で多量のチャクラを練り上げることも出来るが、一定量以上のチャクラを練るのには時間がかかってしまう。チャクラコントロールの難しい仙術チャクラや陰陽遁なんてもってのほかだ。

 

 それでも、負ける気は更々ない。

 

 

 木々を飛び移って、戦闘中の仲間部隊を発見する。味方部隊は4名。負傷者はそのうち2名。敵部隊は5名だが、こちらは少ない部隊でやりくりしている為、連日の任務で疲労も取れていない。それに比べて岩忍は数を揃えているため、十分な休息をとれ、気力も十分。木の葉の忍が全体的に質は高いので、同じ条件ならばここまで一方的にやられることもなかっただろう。

 

 岩忍が苦無を一斉に投擲する。負傷した仲間をかばおうと軽傷の忍が身を盾にした。そこで庇ったところで戦況の優位が覆される訳でもない。本人の咄嗟の行動なのだろう。戦略的に見ると見上げた行いではないが、そういった献身的な行動が藍染には好ましく思えた。

 

「風遁 風陣壁(ふうじんへき)

 

 風が色濃く渦巻き、木の葉の忍を包み込んだ。苦無は風の流れに逆らえず四方へバラバラに散る。動揺の隙を衝いて分隊の一人にチャクラ刀で斬りかかるが、直ぐに反対から別の忍に捕捉された。横なぎに胴体へ迫りくる白銀の刃を体を屈めることで頭上に仰ぎ見て、刀を地面に突き刺す。その突き刺した刀を軸に体を回転させ、加速した蹴りが岩忍の全身を捉える。

 

 突き飛ばされた先の別の忍をも巻き込み木の幹に叩きつけられたものの未だ戦闘の意思は挫けない岩忍は、腹部への衝撃を感じ体を見下ろす。虫にピンでも刺すかのように仲間と共にチャクラ刀で木に縫い付けられている。失血と現状のショックで薄れゆく意識の中、男は仇の木の葉の忍を睨みつけた。殺意と狂気に満ちた瞳は怨敵の顔を二度と忘れることのないように脳髄へと焼き付けようとしているようだった。

 

 残った最後の一人が藍染に手裏剣を投げようとしたがそれも叶わなかった。先程味方を庇った木の葉の部隊の一人が苦無を岩忍の顔面に突き刺したのだ。血に濡れた手を死体の服で拭いながら、彼はこちらへ片手を上げる。

 

「指揮官……はぁ、少し、遅かったのでは?」

 

「すまない。だが今は時間がない。他部隊はどこに?」

 

「最後に南東方面で戦闘中との連絡がありましたが、それ以降は何も……」

 

 男が最後まで言い切る前に、藍染は駆けていた。地を蹴り、水面を叩きつけ、自身の体重でしなった木の枝の反動で、鬱蒼(うっそう)とした森林を見おろす高度まで跳ぶ。頬の横で轟々と流れる風を感じながら、徐々に高度を下がって行くのを知りつつも、藍染は一歩踏み出した。通常なら何の意味もなく足は(くう)を切り、体幹を崩した肢体は錐もみ状に地へと墜ちていく。

 

 が、藍染の一歩は空を蹴り、それを足場としてまた一歩森の上を跳ぶ。水面上では片足が沈む前にもう片方の足を前に出すことで、短い距離ならば進むことが出来るとされている。(いわん)や忍ならばチャクラで水面を何の障害も無く進むことが出来るが、空中ではそうもいかない。

 

 藍染は一歩踏み出した足裏に風遁の性質変化をさせたチャクラを瞬間的に発生させ、風遁が足を弾き返そうとする瞬間にその足に緻密に配分されたチャクラで足場を蹴り、宙を跳んでいるかのような機動を可能とさせた。死神が霊子を固めて宙に立ち、空中戦を可能とするところから発想を得た歩法で、その性質上同じ場所で立ち続けることは難しいが、空中戦や移動法としては十二分に活用できる。

 

 

 南東へ。疾く、早く。

 

 

 血の匂いが濃くなる。大地が赤錆色へと変色し、蠅の(たか)った肉は野犬のご馳走だ。木の葉の忍の死体ばかりが転がっている。それに比べ岩忍の死体は少ない。

 

 今度は司令部のある方向へと空を駆けると、直ぐに木々を行きかう岩忍十数人を発見することができた。高所からの発見ゆえに、敵の忍も気づいている様子はない。視覚にしろ、チャクラ感知にしろわざわざ空にまで感知範囲を伸ばすことはないうえに、嗅覚は高度を稼げば高所の風が勝手に匂いを遠くへ運び感知することは難しい。

 

 そして何より人は高所からの攻撃に対応しづらい。腕の可動域から攻撃できる範囲も限られている。高所から加速した質量を避けるという行動でテンポロスを挟まなければ、反撃もままならないのが現実だ。

 

 急降下で十分な加速をつけて、藍染は部隊の一番後ろにいた岩忍の背中を踏みつけた。同時に肩甲骨に突き刺した『鏡花水月』を引き抜く。肉体から命の潤滑液が流れ落ちてゆくのを感じながら、刀は次の獲物を探す。久しぶりに生き血を啜る悦びに打ち震えてるらしい。一番近い敵に向かって剣先を向ける『鏡花水月』は感知能力の不安定な自身にとっては丁度よく感じるのも、また事実だった。

 

「いっ!?」

 

「敵襲だっ! やれっ」

 

 上空よりの奇襲には成功し、3人ほど切り捨てることに成功したものの、直ぐに気づかれてしまう。敵もさるもの。

 

「火遁・炎弾」

 

「土遁・裂土転掌」

 

 高熱の炎が塊となり藍染を襲う。同時に地面が隆起し、出来た亀裂が大地を歪ませ、足元を不安定に――回避も許さない二連撃は絶妙なタイミングで敵の行動を封じる。

 

 藍染は事前に岩忍の印を読んで術の詳細を把握していた為、体勢を少し崩しつつも最低限の動作修正で対応する。幼少の頃より、周囲の忍が印を結ぶのを見て、直ぐに真似をすることが出来るほど観察眼には優れていた。この身に宿る才能が無ければ藍染は、藍染として生きていくという発想すら浮かばなかっただろう。

 

 炎弾が迫りくる。離れていても前髪を焦がすような熱量の塊がもう目の前だった。

 

 岩忍の目には敵の忍が炎弾に対応も出来ず、周囲に響く着弾音と共に炎の爆発に包まれたよう(・・)に見えた。

 

 

「やったか!?」

 

「――手ごたえはあった。死体を見るまでは警戒を続けろ」

 

「はっ!」

 

 その場に立ち込める煙と熱は炎弾の威力を表していて、炎は地面の雑草を焦がし、枝葉に火も移り、放置しておけば山火事になりかねないほどだった。下手をすれば死体を見てもそうとは気づかずに素通りしてしまいかねないなと、岩忍の一人が思い始めた時だった。

 

 視界の端に動く物がある。それは黒煙と炎。それだけならこの場に相応しく、とても異常とも思えぬものだが、動きが明らかに自然ではない。

 

 炎が垂直に円を描き、黒煙はその動きに合わせて周囲に散っていく。みるみるうちに晴れていく煙。炎の眩しさの中に、別の光があるのが分かる。金属の光。炎の円はその金属の動きに従っているに過ぎない。

 

「なっ!?」

 

 男が最後に見たのは、刀を円の動きで廻しながら先程の攻撃を防いだのであろう忍が、その切っ先をこちらに向ける、その瞬間だった。

 

 

 

 一通り、敵部隊を始末した藍染は一度司令部に戻ることにした。既に生存者の姿はなく、藍染が最初に助けた部隊が最後の生き残りだったようだ。指揮官として多くの命を預かる責任がある以上、亡くなった彼らのことを思わざるをえない。戦争の犠牲となった忍は木の葉や岩等の大国においてもかなりの数だ。滅びた小国もあると聞く。

 

 木の葉の力を削ぐ絶好の機会ではあるものの、各国の動員数が多く、これだけの犠牲が出ているにも関わらず、停戦の話が出ないのは異常なことではないかと疑問に思う。

 

 まるで戦争を続けさせる何かの意思が存在しているのではないかと考えさせられるほどだ。陰謀論は信じていなかったが、さすがにおかしな点が多すぎる。各国に攻められている木の葉側に黒幕はいないにしても――それか……木の葉が攻められること自体が目的なのだろうか? 

 

(黒幕。つまりはこちらを手駒のように扱う上位者。……気にくわないな)

 

 

  

 

 

 司令部が設置されていたテントはズタボロにされ、柱が炭化するほどに狙い撃ちにされていた。医療所の無事を祈りながら、道を急ぐ。戦場で流れた涙が、空から降ってきた。

 

 視界の先に医療所のテントが目に入る。遠くでまだハッキリと細部は見えないが、少なくとも司令部のテントのように悲惨な状況には見えない。近づくと、辺りを警戒する木の葉の忍も目に入る。どうやらここは守りきれたらしい。轟々と上空の黒雲が怪しく唸りだしている。一雨来そうだ。

 

「藍染指揮官! 戻られたのですか! ご無事でなによりです」

 

 見張りの忍が直ぐに奈良中忍を連れて来てくれた。煤で顔が汚れているが、ここにいる忍のほとんどが大なり小なりそんな状況だ。

 

「ああ。部隊の皆はどうしているのかな?」

 

「医療忍者と怪我人を南東方面へ逃がしていた部隊ですが、そちらのほうにも襲撃がありまして、5部隊中2部隊が半壊。安全地帯へ連れ出すには不安が残るので、敵部隊をせん滅した後にこちらへ合流させました。命令から背いた罰は受けます」

 

「奈良中忍がそう判断したのなら、それが最適だったのでしょう。それに指揮権を一時的に預けたのは私なのですから、責任は私にあります」

 

「……藍染指揮官」

 

「それより、残った部隊の数はどうなっているのかな?」

 

「それが――」

 

「――それが?」

 

「14部隊中、現在活動可能なのは7部隊ほどです。敵の襲撃部隊と交戦していた部隊とは連絡も取れていない状況で……指揮官のほうで、部隊は確認できませんでしたか?」

 

 無言で首を横に振る。奈良中忍も予想していたのであろう、重い溜息をついた。

 

「悪い話ばかりではありませんよ。こちらに襲撃していた敵部隊は私が撃退しました。しばらくは警戒して襲撃は来ないでしょう。とはいえ感知できる忍は周辺の警備を怠らないように」

 

「それはっ! ――本当に久しぶりに良い話ですね。士気が酷い状況なので、少しはマシになるでしょう」

 

 本当に多少マシになる程度の話だ。味方の応援がなければこの場から逃げることさえできない。既にこちらの場所は割れている。大規模な移動は怪我人の状況と、士気からして困難だ。

 

「周辺に守りに適した地はあるかな?」

 

「何か所か候補はありますが」

 

「内通者がいるのが分かっている以上、防衛優先で腰を据えて戦うしかない。岩忍は土遁使いが多い。出来れば岩山は避けて、水辺や木々に背後を任せた場所が好ましいのだが……」

 

「リストアップしておきましょう」

 

「頼んだよ。私のほうも少し心当たりがあるから、情報通に聞いてみることにしてみるよ」

 

 医療所のテントには、怪我人の数が溢れんばかりだった。医療に心当たりのある忍も駆り出されている。非戦闘員の怪我人が今回の襲撃で多くあったのだろう。人手不足で悩まされているとコウエンは言う。労いの言葉もそこそこに守りに適した場所はないかと尋ねてみる。

 

「残念ながら、心当たりはないね。なかなか外の景色をゆっくり見る時間もないもので……」

 

「そうですか……」

 

 コウエンは少しばかり考えこむと、再び口を開いた。

 

「もしかするとキミさんなら心当たりがあるかもね」

 

「キミさんが?」

 

 あの翡翠色の瞳を持つ耳の聞こえないくノ一がと、意外に思えた。

 

「彼女は元々諜報が得意な忍だったようでここらの地形は知っているらしいし、それに知っているだろう? 彼女は介護を嫌がってテントから出ることもあるからね。藍染君には若干心を開いているみたいだから、ついでに君からも強く言っておいてくれ。こんな状況だからね」

 

 再三とした注意がまだ効いてないらしい。以前のように気軽に出歩けるような状況ではないのだ。藍染は眼鏡のずれをブリッジを押し上げることで直した。眼鏡が浮いて一瞬、レンズの奥の瞳が光の反射で見えなくなるのをコウエンは藍染が怒ってるようにも感じて、恐る恐る声をかける。

 

「あの、あまり無理はさせないようにね。彼女一応怪我人だからさ」

 

「無論、承知していますよ」

 

「……本当かね?」

 

 去り行く藍染の背中に声が届いたのかコウエンにはよく分からなかった。

 

 

 

 

 

 雷雲が空をひしめいていた。ゴロゴロと肉食獣の腹の音のような聴くものを生理的に恐怖させるような、背筋を圧される圧力が内包されている。次の瞬間に襲うのが雷か、それとも牙かの違いかであって、人が脅威に怯えている故にそう感じているに過ぎないのだ。

 

 つまり藍染は未だ不完全なのだ。人としてのくくり(・・・)の中に納まっている。納まってしまっている。

 

 人としての器を超えるための切っ掛けが、触媒が必要だ。

 

 単純な自然の暴威に屈することなどあってはならない。故人を思い悩む等の人としての感情に溺れてもならない。それは藍染にふさわしくないのだから。

 

 雑多な考え事をしながらも、キミの姿を探し続ける。一人で研究・開発・運用と地下室でやっていた為、何かを考えながら体を動かすという癖が無意識で染みついていた。チャクラ感知こそできないものの、鍛え上げられた五感が僅かな彼女の残滓を捉える。

 

 踏み倒された草むら。体に塗られた軟膏の匂い。山道の先で鳥類が何かに藪から出てくる羽音。

 

 それを辿って追いかける。直ぐに彼女の姿は見つかった。なにやら俯いているようで、驚かさないように後ろからそっと肩を叩く。それでも彼女にとっては結構な驚きだったのだろう。翡翠色の瞳には困惑と恐怖が見てとれた。

 

「また――外出しているみたいだね」

 

「あ、あいぜんざん。ご、これは……」

 

「いいから、その血に濡れた手を見せてみなさい」

 

 ゆっくりと彼女にも読み取りやすいように口をはっきりと開けて喋ってみせる。読唇術に長けた彼女ならそのような気遣いは必要ないのだろうが、精神的に動揺の見える今の彼女にはそのほうがいいと考えた。

 

 包帯から染み出た血が痛々しい。治療の為、包帯を剥がして消毒液を傷口に吹き付ける。

 

「ッツ!?」

 

「我慢しなさい」

 

 雷光が空を奔った。しばらくして轟々と雷鳴が響いた。お互いの声がしばらく聞こえなくなるほどの轟音。自然と声が大きくなる。

 

「ご、ごべんなざい!」

 

「謝るぐらいなら最初から無理をしないことだよ。親指の指腹(しふく)からの出血が酷いね」

 

「は、はい」

 

「まるで、口寄せの術でも使ったかのようだね」

 

「…………」

 

「私が近づいてきたことも気づいていただろう? 一応気配を消していたんだけどね」

 

「な、なんのごとを言っているか――」

 

「――それに何故、さっき声を大きくしたんだい? 聞こえるはずのない雷鳴に負けないように」

 

 直ぐに機敏な動きで彼女は動き出すと、懐から千本を取り出し藍染へ投擲する。顔面に投げられたそれを真横にかわす。千本に起爆札が巻かれているのが分かって、地を蹴って後方へ跳んだ。

 

 爆風。

 

 それに逆らわず体を脱力させ、木の幹に足をつけて着地。脱力した体の溜めを一気に爆発させて、内通者の下へ体を運んだ。煙の先に脱兎のごとく背を向けて走るキミの姿。片手で何かしらのハンドサインを送っている。その隙を突いて背を蹴り、走る勢いのまま地面に押さえ付ける。地面と擦れて全身を強く打ち付けたキミは痛みに堪えつつも、余裕の表情は消えなかった。

 

 (なにかおかしい。先程のハンドサイン……気になるな)

 

 手裏剣でくノ一の体の縁を服ごと縫い留めて拘束。次いでハンドサインを送っていた方角へ駆ける。落ち葉が敷き詰められた地面に一か所だけ掘り起こされて新しい土が盛り上がっている場所があった。そこからひょっこりモグラが顔を覗かせていた。

 

「あれが口寄せか」

 

 こちらと目が合って、モグラが急いで穴を掘り進める。体調は良くないが目算で100mほどの距離を一気に詰める手段は『瞬歩』以外にない。陰陽エネルギーを練って体の各部位に廻す。無理して練ったせいか、視界が歪むほどの頭痛が藍染を襲った。制御が幾分か甘くなり、片足に宿すエネルギーのバランスを崩しつつも一歩踏み込んだ。風を切り、視界が切り替わる。手の届く目の前にモグラが現れる。否、藍染が瞬歩でモグラの目の前まで移動したのだ。

 

 しかし、制御が甘かったせいか前のめりの恰好のままで、あと一歩の踏み込みが足りなかった。モグラは野生の動物の本能か、突然の襲撃者を指先だけ触れさせはしたものの、捕まえられることもなく土中へと潜り込んだ。主のキミの指令通りに情報を持ち帰る為に、地面を深く掘り進み、藍染の追跡から逃れることに成功したのだ。

 

 直ぐに藍染はキミを鋼線で手足を拘束し、俵のように持ち上げて医療所に戻り、奈良中忍に事態を説明した。『まさか……』と声を揃えて彼女の演技力と、諜報力に驚きの声が上がる。幻術で詳しく問い詰めると、特殊な術の使い手らしく、今の彼女はもともと木の葉の忍であるキミと交戦し、本人の死体から皮膚を剥いで服のように被り、違和感なく演じることのできる忍だと言う。そして何より驚きだったのは、

 

「岩隠れに情報を流していたので、岩忍とばかり思い込んでいましたが……」

 

「まさか霧隠れの忍びだとは誰も考えますまい」

 

 奈良中忍も想定の範囲外だった。突然指揮官が内通者を捕縛してきたと思えば、その内通者は岩隠れの忍ですらなかった。疲労状態の体に鞭を打つようだとごちる。

 

「霧としては大国の『岩』と『木の葉』の争いが長引けば長引くほど、国力も削れて、両国の情報も手に入る。……それにしてももっと他のやり方があったように思えますが」

 

 納得いかない点が幾つかあった。彼女ほどの内通に向いた術があれば、もっと楽に両国の情報を手に入れやすい地位に化ければよいはず。そうせざるを得ない状況があったのか、あるいは……

 

「霧隠れも彼女の術と演技力を恐れたのかもしれませんね」

 

「もし彼女が地位の高い役職に、あるいは『影』に化けたらということですか?」

 

「そうです。彼女自身にその意思はないかもしれませんが、『影』やそれに近い役職を狙う為政者にとって彼女の力は喉から手が出るほど欲しい力でしょう。しかし、それは同時に自身を狙う力になるかもしれない。争いごとの種を他国にしても自国にしても、里内に留めておきたくなかったのでしょう」

 

 幻術をかけられ、軽く痙攣している彼女にあまり抵抗がなかったのは、そういう裏事情にかき回されることに疲れていたせいなのかもしれない。

 

「それよりも口寄せモグラを逃がしたのは大きいですね。彼女は岩隠れの司令部に送ったと言っていますし――いやこれは指揮官を責めているわけではないのですがっ」

 

 思わず口から漏れてしまった奈良中忍の失言を責める気は更々なかった。疲れで考えが思考を伴わずに出てしまうことは極限状態では間々ある。それに彼の指摘は正しい。指揮官ともあろうものが、みすみす敵を逃すなんてことがあって良い筈がないのだ。

 

「なんの釈明もありません。偏に私の不徳の致すところです」

 

「――そのようなことをおっしゃらないでください! あなたは指揮官の重荷を背負っていただいたばかりでなく、適切な指揮と自らの危険を顧みず、敵部隊の撃退と内通者の捕縛までしていただきました。今回の事で責任を負うのはあなたに全てを押し付けた私たちです!」

 

 声を荒げて藍染に詰め寄る奈良中忍。普段は冷静で決して感情的にならない彼に説得されても藍染の顔は明るくならなかった。騒ぎを耳にして、サングラスをかけた油女中忍がテントの中からこちらをやって来た。

 

「……声が中まで届いたぞ。下手な体力の消耗は自重すべきだと愚考する」

 

「すまない」

 

「油女中忍。ちょうどいいところに」

 

「む? 何か用事か藍染指揮官」

 

「寄壊蟲の雄は雌の匂いをどこまで追跡できますか?」

 

「ん。周囲の環境等の条件にもよるが10kmほどだな。匂いが残っていれば雨で消えない限りは追跡が可能だ」

 

「なら、なるべく急ぐ必要がありますね」

 

「――ああ。あの件か」

 

 雷は鳴りやんだものの、黒雲は晴れる様子もない。もうじき一雨来そうだ。

 

 何が何やら分からぬ様子の奈良中忍を尻目に、油女中忍に寄壊蟲の雄を散布してもらい雌の位置を探り当ててもらう。

 

「いったい何のことです?」

 

「口寄せモグラは捕まえられなかったですが、細工は間に合いました」

 

 あの時、指先だけは触れることが出来た。

 

「奈良中忍に油女中忍を紹介してもらった時、彼にお願いごとをしたんです」

 

「寄壊蟲の雌を一匹預けて欲しいとな。最初は断ろうとしたが、敵の狙いが指揮官だということは分かっていたので、いつでも位置を把握できると諭された。まだ藍染指揮官も完全に白だという保証はなかったというのもある」

 

 そして口寄せモグラに指先で触れた際に、寄壊蟲の雌を付けておいたというわけだ。

 後は雨が降る前に敵の司令部を突き止めれば上々。

 

 油女中忍も寄壊蟲の雌が感知できたようで、こちらを見て首肯した。

 

「さて。名誉挽回と行きましょうか」

 

「……あなたという人は」

 

 

 

 

 

 急いで部隊を再編制して、敵の司令部を襲撃する準備を整える。今まで襲撃を受ける側で、多くの仲間を失った弔い合戦ということもあり木の葉の忍の士気は高かった。味方であるこちらがその気迫に一歩圧されるほどだ。積もり積もった怨みが彼らの疲れ切った体に劇薬となって流し込まれ、体のキレはむしろ増しているようにみえた。

 

 今回藍染は司令部に奈良中忍と山中中忍、非戦闘員と共に待機である。もはや司令部を防衛向けな場所に移すよりも、まとまった戦力で敵司令部を襲撃し、壊滅もしくは半壊させ、撤退したほうが良いとの判断だ。なにより今回はスピードが重要視される。

 

 こうしている間に敵が襲撃の準備をしている可能性もある。

 

 感知部隊の犬塚中忍と寄壊蟲の雌を追う油女中忍が先導し、事前に入手できた敵の警戒網を迂回して総勢30余名ほどの精鋭が敵の司令部の数キロ前で今か今かと襲撃の指示を待っていた。

 

 幸い、敵部隊は前回の襲撃の失敗からこちらを攻撃する準備は出来ていないようで、司令部の警備数は同数か、それ以下といったところ。警戒も緩く、強襲が決まれば、それ以上の人数を始末するのはそう難しくないだろう。

 

 時刻は夜。岩忍の煮炊きの煙も消えて、それぞれのテントに姿を消していく。相手が寝静まる深夜を襲撃予定時刻とした。もし異変があれば、先送りや決行も考えられる。息を殺して数える一秒一秒が、これまでの生涯で一番長く感じられるほどの緊張感。

 

 現場から指示する藍染にもその緊張感が伝わって来た。時折水分はとるものの、食欲は湧かない。多くの死人が出たため、当初の予定より食料に余裕はあるので、怪我人や医療忍者に優先的に回るように指示した。

 

 真夜中。木の葉の印をつけた(ふくろう)が司令部の残骸の近くに降りる。

 

 もうすぐ襲撃の時間が近づいていたので、敵の罠かと警戒しながらも数名で様子を見てもらう。合言葉を答えるほどの知能を持った忍鳥であることが分かり、藍染のもとへ通された。

 

「千手指揮官はいずこニ?」

 

「千手 長押(ナゲシ)指揮官は負傷し、今は代わりに私、藍染 惣右介がこの部隊で唯一の上忍の為、代理指揮官をさせていただいています」

 

 梟は大きな瞳を藍染に向けながら首を動かして、あらゆる角度から観察する。ひとしきり観察して満足したのか、羽を手のように動かして顎を擦った。

 

「なるほど。事情は分かりましタ。ではあなたを指揮官として火影様からの命令を伝えまス」

 

「はっ」

 

「直ちに戦闘行動を中止し、白旗を掲げるこト。大戦は終わりましタ。神無毘橋の破壊が成功し、岩隠れより終戦の要請があり合意しましタ。部隊は順次火の国に帰国してくださイ」

 

「はっ?」

 

「ならんっ! それはならんぞっ!」

 

 未だ混乱する藍染をよそに、司令部のテントに二人の忍が割り込んでくるのを引き留めようとする山中中忍。乱入者は包帯塗れになった千手 長押(ナゲシ)と、彼に肩を貸して補助をしているコウエンだった。どうやら近くで話を窺っていたらしい。

 

「事情は分かりましたが、既に部隊を先行させて襲撃の準備を済ませています。今更撤退というのは」

 

「その通りだ! 何人の仲間がこの戦争で死んだか。奴らの血と臓物こそが草葉の陰から見守る英霊たちへの手向けの酒となるだろう!」

 

 長押(ナゲシ)は段平を梟の顔面に突き付ける。しかしその梟は長押(ナゲシ)の脅しもなんとも思わない様子で、羽の奥から指令書を取り出す。火影様直々の朱印が刻まれたそれは地位や、血筋を重要視する千手の一族にとって玉璽(ぎょくじ)と同様の権力の象徴だ。さすがにそれの前に悔しそうに拳を握りしめた。拳から流れる血を急いでコウエンが止血する。

 

「火影様の命令に背くと為にならんゾ。藍染指揮官、部下に命令したまエ」

 

 大人しく従うのも手だが、今更中止の連絡を入れる彼らの身を思えば、少しでもそれを先送りしたい。時間稼ぎが上手くいけば、こちらが連絡する前だったなどと幾らでも後付けできる。

 

「分かりました。しかし、こちらも今まで全力で戦ってきた身。彼らを説得できる終戦に至るまでの詳しい経緯をお聞かせ願いたい」

 

「お主も同じ口カ。まぁ、少しはよかろウ。前々から休戦の声は各国で挙がっていたのだが、岩の補給線である神無毘橋の破壊が決め手だっタ。お主もよく知る波風 ミナトが率いる班が成功させたのダ。特に波風 ミナトの活躍が目覚ましかっタ。奴がこの終戦における一番の貢献者であることは間違いないだろウ」

 

「ミナトが……」

 

 あれほど忍の世界を、平和にしたいと願っていた男が成し遂げた。次に始まる大戦のひと時の平穏であろうとも。世界を嘆くだけの男ではなかったという証左。その努力の結実にすっかり藍染は魅せられた。もはや時間稼ぎなどという考えは既になかった。

 

「山中中忍。連絡を繋いでくれ」

 

「……はいっ」

 

「悔しいかもしれないが、これ以上の犠牲は望むところではない。今回の戦闘は終戦の合意を取り消しに、他国からの非難を浴びて新たな戦争の火種になりかねないんだ。分かってくれるね……」

 

「はっ!」

 

 計画の中止は直ぐに伝えられた。彼らの反応は劇的だった。当然の権利だった。

 

 目と鼻の先に仇敵がいるのにも関わらず、その襲撃を止めろと無能な指揮官が命令すれば誰でも反発するのは必然。上官の命令だと素直に従う者もいれば、罵声や失望の声もある。しかし、結局は火影直々の朱印の前に渋々従うこととなった。

 

 千手 長押(ナゲシ)がふいに動き出す。手伝おうとするコウエンの手を撥ね退けて、一歩一歩にじり寄る。狂気を感じる瞳。鎖帷子の頭巾の下からギラギラとした視線で睨みつける。下手なことをする前に拘束すべきかと考えたが時すでに遅し。

 

 忍鳥の梟の喉元には段平が、もう片手で身動きがとれないように頭を掴んで固定している。

 

「ホッ、ホウ!? これは火影様への反逆行為ですヨ」

 

「貴様が消えれば証人はいなくなる。後の証拠隠滅など千手の力を使えばどうとでもなるのだ。藍染! いや千手 惣右介! 気にすることはない。部隊に襲撃するよう指示しろ。全ての汚名は私が引き継ぐ!」

 

 息も荒々しく、声を上げる。怪我のせいか、額の汗は止まらず、膝も震えている。それでも長押(ナゲシ)は止まらない。彼にとっての正義を為すために。

 

「千手の力をそのように使うのですか? よりによって本家のあなたが」

 

「今回の件で千手の名は落ちるだろう。だが、それでも為さねばならぬことがある。いや、千手だからこそ、誰よりも矢面に立って汚名を被る必要がある。木の葉の為に尽くすやり方が、今回そうだったというだけだ」

 

「――覚悟は分かりました」

 

「ならっ――」

 

 有無を言わさず藍染は瞬歩で長押(ナゲシ)の意識を断ち切った。覚悟はそれ以上の覚悟でしか破られない。ならば言葉は無用。

 

 今回の件は直ぐに犯人の関係者である藍染が処理したことで内々にしてもらうように梟に頼み込んだ。火影様やその直轄の関係者に伝わることには間違いないが、それ以上は拡散しないよう努力するとのことだった。今までの千住 長押(ナゲシ)の里への貢献を鑑みて情状酌量の余地ありとしていただいたらしい。

 

 それでも千手の名は落ちるだろう。対抗しうるうちはの一族の力が膨れ上がるのは目に見えていた。

 

 戦争は終結するが、木の葉の内部でまた争いの火が上がろうとしていた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オサレ死神ヨン様

 展開予想は控えて頂けると助かります。作者のモチベ的に感想は全て目を通しているのですが、今は執筆を優先している為全てに返信できません。申し訳ないです。


 

 

 

 木の葉の街は過去類のないほどの賑わいを見せていた。街は人で溢れ、どの店も盛況。男も女も子も老人も、そして忍さえも戦時のような暗い表情はなく、笑みがこぼれていた。

 

 それを木の葉の顔岩から見下ろす男が一人。高所から彼という巨大な引力に惹かれて大気が渦状に巻いて吹き降ろす。流れる風は髪から顔へ。そして火影の名を背に冠したマントへと流れて、波風 ミナトの後背部ではためいた。その感覚に自身の立場と、憧れの存在になれた実感が湧いてきて、笑みを我慢できなくなり、口の端だけではにかんだ。彼に憧れる者も多い木の葉のくノ一が見れば、歓喜の声が周囲に響くことだろう。

 

 長きにわたる戦争は終わった。

 

 その終止符を打ったミナトが火影になることに周囲は諸手を挙げて喜んだ。まだ若いこともあり影で三忍の大蛇丸や、師の自来也に先に声がかかったことを後で知ったが、両者とも辞退してしまったらしい。ミナトとしても火影であることに何の不足もない二人だったが、ミナトが現在火影として選ばれている以上、二人の功績に負けないよう最大限努力するつもりだ。

 

 火影になること自体が夢ではない。火影になって忍の世を変えることがミナトの夢なのだから。

 

「そうだよな藍染」

 

 

 

 

 

 

 藍染は木の葉病院にいた。戦時中の怪我で未だにリハビリを続けている患者やPTSDの症状に苦しんでいる者が多くいる。そしてその分だけ特殊な術やチャクラの影響を受けた被検体や死体がたくさん病院には転がっているということだ。

 

第三次忍界大戦で藍染の功績は僅かなものだった。代理指揮官という立場もあり、藍染指揮で倒した岩忍たちは、敵の強襲で受けた被害や千手 長押(ナゲシ)の命令違反未遂の補填で全体の功績から天引きされる結果となった。そもそも木の葉は復興への資金繰りから、功労者全員に支払うに充分な金子を用意できなかったというのが事実である。

 

 岩の国や、その他の国から賠償金を受け取り次第順次支払っていくと公言しているが、各国も戦争で疲弊している為、そこまでの賠償金を受けとることは不可能に近い。下手に他国へふっかけても、支払い能力のない国はそれが原因で新たな争いが起きかねない。そうなればせっかく鎮火したはずの大火が、木の葉という火種で再燃してしまう。

 

そういった事情もあり、まとまった報酬はしばらく見込めない。無論一時金としてしばらくは余裕で過ごせるぐらいの金額は支給されたのだが、藍染が自身を強化するための軍資金には足りない。千手の本家からどういうつもりなのか、かなりの金子が送られてきたが、額が一個人で消費するには多すぎる量だったので、下手に利用しても足がついていらぬ疑いをかけられるのも気が進まず、此度の戦争で生じた戦争孤児の為の孤児院を火の国の山奥に建てることとなった。

 

 煩わしい噂話も聞く。かつての部隊員が積年の恨みを晴らす機会を奪った司令官を無能だと、二代目火影の残した血筋の最後があの始末だとは千手も落ちぶれたものだと、淫売女の血が濃く、本当に二代目の子との間に出来た子ではないだろうとも言われているらしい。奈良中忍や油女中忍、山中中忍らや一部の忍はその噂を否定してくれているが、話の真偽は噂話に必要とされていない。口さがない人々は、それがもっともらしく若い上忍の活躍を僻むことの出来る機会を狙っていたに過ぎないのだ。

 

 正式に火影に任命された波風 ミナト。四代目火影との接触は彼の品位を下げることになりかねないので、しばらく会うのは控えるよう御意見番に窘められたので、噂もかなり広まっているようだ。尤も御意見番ら里の上位陣は、忍鳥や信頼できる部隊の人員から話を聞いているようで、噂話は信じていないようだが、新任の火影に余計な話が伝わって只でさえ心労が絶えない責務に余計な厄介事を増やさないようにという厚意からのことだった。自他ともに認める真面目なミナトだ。友人の悪い噂話がささやかれているのを知っていて、放っておくことが出来ようはずもない。

 

 当の藍染にも彼らに構う暇はない。これまで以上に貪欲に力を求める必要がある。有象無象に些事で煩わせることのない高みへ。

 

黄緑(キミドリ)。その被検体の腑分けは慎重に」

 

「はい。藍染様」

 

 白衣に身を包んだ女性は神妙に頷く。肩まで伸ばした白髪に吸い込まれるような翡翠色の瞳。ほとんど体を隠しているにも関わらず、彼女の動作の一つ一つは洗練されていて、隠しきれない艶があった。生まれの名前をもう捨てた彼女はなり替わった木の葉の忍キミから名を借用して黄緑と今は名乗っている。幸いなことにキミは孤高の身だったようで、文句を言う相手はいないものの、知り合いに感づかれるのを恐れてのことだ。

 

 捕虜としてとらえた彼女は岩隠れも、霧隠れも認知せず、解放されようにも行き場のない彼女をダンゾウが目を付けた。木の葉の暗部の作戦進行に彼女の能力はうってつけで、直ぐに『根』へと引き渡された。『根』の特殊な呪印で裏切りの際の口封じと、嘘をつくと激しい痛みに襲われるように、そして位置を常に把握されることを条件に彼女は木の葉の里に住む権利を与えられた。その他も行動できる範囲や、細かい制限はある。

 

 そんな条件を潜り抜けて彼女はここにいる。死体から皮を被って変装する彼女に、死体が常にある病院の出入りが許されるはずもない。

 

 彼女の方から里に帰った時、藍染に話を持ち掛けてきたのだ。

 

『あなたの配下にさせて頂きたい』と神妙な面持ちで告げられた。自身の正体を看破されて、最後の抵抗さえも利用されたと気づいた時、心底感服したらしい。元々偽りのものばかりを身につけてきた彼女には、物の本質を見抜く能力に秀でている。単純な観察眼だけでははかり知ることの出来ない何かを感じて、キミを演じている間も観察していたらしい。彼女にとって藍染は偽りの世界の中で見た唯一の『真実』だと確信している。藍染からしてみれば質の悪い冗談にしか思えないだろう。藍染という存在自体が全くの偽りに過ぎないのだから。――あるいはだからこそ彼女は惹かれたのかもしれない。男は偽りの世界の中で己すら偽り続け、その偽りこそを世界の真実にしようとしている。そんな酔狂な話はないだろう。

 

一人で出来ることにも限界はあるので、藍染にとっても彼女の話は好都合だった。幸い死体の皮を被る彼女には医療忍術の心得もあるようで、こうして被検体の解剖を手伝って貰っている。この光景も、彼女の姿も到底許されることではない。腰に帯びた『鏡花水月』で木の葉病院はおろか、里のほぼ全ての忍に催眠をかけている。特にアカデミーの生徒は定期的な書道教室で赴く際に、余興の刀剣の演武という形で完全催眠の前提条件を満たしている。いまや、書道教室よりそちらの用件で呼ばれるほうが多いほどだ。

 

 閑話休題。研究は進んでいる。特にある種の死体には興味深いチャクラの残滓が残っていた。『尾獣』と呼ばれる莫大なチャクラの塊のものだ。死後しばらくたっているにも関わらず、死体にはおぞましい損傷と傷口にしみ込んだ、チャクラを扱いなれている忍にとってすら毒になるほどの高密度のチャクラが残っていた。しかし、彼らを御す方法は確かにある。人柱力だ。尾獣を適性のある人の体に封印し、チャクラを制御し、人智を超えた力を手にすることのできる唯一の方法といってよい。

 

 だがそう旨い話はない。尾獣によっては人柱力を苛み、人格を壊されたり、巨大すぎるチャクラに耐えかねて死んでしまう。藍染はチャクラ量も増えて仙術チャクラと陰陽チャクラを練り分けるほどの緻密なコントロールを掌中においている。そして尾獣を『鏡花水月』の完全催眠にかけることで乗っ取られる心配もなく、完全催眠と併用した幻術でチャクラを自在に引き出すことが出来るだろう。

 

(やはり一番手っ取り早いのは尾獣か……)

 

 木の葉にも人柱力はいる。火影の妻である波風 クシナだ。もともと火の国の同盟国である『渦の国』の渦隠れの里の忍である彼女は尾獣の中でも強力な九尾を封印している人柱力だ。九尾のチャクラを引き出すことに長ける彼女は、ミナトの言葉を信じるなら夫婦喧嘩で一度も彼女に勝ったことがないらしい。まさか夫婦喧嘩で火影が本気を出すことはないだろうが、九尾のチャクラで強化されたフィジカルは普通の人間では太刀打ちできない。彼女を単純な体術で抑えることを夫婦喧嘩の勝利とするなら、ミナトが一度も勝ったことがないというのも藍染には納得のいく話だった。

 

「何かお悩みでしょうか?」

 

 気づくと心配そうにこちらを見つめる黄緑がいた。考えながらも動いていた手を止め、手袋を外すとトレーに投げ入れた。それを見やると黄緑も続いて手袋を外す。

 

「……一度休憩をしようか。美味しいコーヒー豆を貰ったんだ」

 

 藍染は普段は緑茶派だったのだが、大戦中に医療忍者として従事している間コーヒーを飲み過ぎて以来すっかり嵌ってしまった。

 

「私が淹れましょう」

 

「お願いするよ」

 

 カップのコーヒーに浮かんだミルクが何か意味のある紋様らしきものを描いて消えた。そこに意味のないものに対して、勝手に意味を感じ、求めるのは人の性なのだろうか。直ぐにカップが空になる。黄緑によって再び満たされていくそれを眺めながら藍染は口を開いた。

 

「例えば、大事な家族が人質にとられたとしよう」

 

「……血の繋がった家族はもういないのですが、そういうことではないようですね」

 

「その通りだ。黄緑。あなたならどうする?」

 

「まず犯人の目的を突き止めますね。人質にするということは何らかの交渉を相手が求めているということです。目的を知れば別条件で人質の解放を促すことも出来ますし、少なくともこちらが偽の情報で踊らされる可能性も少なくなります」

 

「結局それは手段の一つでしかないだろう。問題は最後の刻だ。人質が生死に迫られたその時、どう行動するかだよ。大人しく指示に従うか、最後まで抗うか、保身の為人質を諦めるか」

 

「さぁ答えは……」

 

「……私なら」

 

 

 

 突然。あまりにも何の前兆もなく――藍染の背筋に鳥肌が立った。感知タイプの常として今まであらゆるチャクラを感知していた藍染にとって未知の体験。里から離れた場所から陳腐な表現だが、嫌な雰囲気の強いチャクラを感じた。詳しく精査する為に落ち着いて感知をしてみると全くの未知のチャクラでないことがわかる。

 

(むしろ、これは……)

 

 対応を考えていると、しばらくして恐ろしいほどのチャクラが轟々とその場を、いや里全体を包み込んだ。

 

 感知タイプの藍染はより強く。そうでないキミでさえも、あるいは一般人すらもハッキリと感じ取れる力の奔流が押し寄せた。息が詰まる。呼吸ごとに肺の奥から禍々しいチャクラに毒されている錯覚に襲われる。藍染は一度チャクラ感知の精度を意図的に下げ、体内のチャクラを練り直し深呼吸した。最初に感じたチャクラを頬に感じるそよ風とするならば、今回は爆心地の周囲とでも表現できる。最初に心構えが出来ていなければ、藍染すら驚愕の表情を隠しきれなかっただろう。

 

(噂をすれば影といったところか……)

 

 この莫大なチャクラ。自然の脅威、災害を想起させる。地域によっては神と同一視されている人智を超えた存在。

 

「――尾獣だ」

 

「これは、尾獣のチャクラですか!? 木の葉の尾獣というと……」

 

 九尾。人柱力・波風 クシナによって封じられた尾獣。……その筈だった。

 

 

 しかし、藍染が感じ取っていた彼女自身のチャクラと大分様子が違っているようだ。普段のクシナのチャクラは端から九尾のチャクラを感じ取ることは可能だが、それ以上に彼女自身の強いチャクラで九尾のチャクラを制御している。

 

 里を包むこの巨大なチャクラはとても人柱力で制御している力とは藍染には思えなかった。おそらく封印が解けたのだろう。火影の妻ともあろうものが里の不利益に貢献するとは考え辛い。何者かの手によるものだと考えるのが自然。

 

(……いや、確か初代火影の妻も人柱力で封印が解けかけた事例があったはず。ちょうど初代の子が生まれた年のこと。クシナも同様に身重の身であることを鑑みるに――出産時に人柱力の封印が緩むということか。ならば里の上層部もその為の準備もしているはず……単なる事故ならまだしも、封印が緩むのを利用した何者かの手によるものだとしたら)

 

 地が揺れる。コーヒーカップが衝撃で倒れ、手術台の上から死体と器具がけたたましい音を立てて転がり落ちた。考え事をしている余裕はない。

 

「黄緑。君は『根』に戻ってダンゾウから指示を仰いだほうが良い。里を抜けて早々の君は今回の件でも真っ先に疑われているはずだ。安全を保障するには『根』で拘束されていたほうが都合いいはず」

 

「藍染様は?」

 

「見物させて貰おうかな」

 

「いったい何を?」

 

「尾獣の力を」

 

 ずれ落ちかけた眼鏡のブリッジを指で押し上げた。

 

 

 

 

 

 木の葉の里の比較的高い建物の屋上。空には満月。最近冷え込んできたせいかくっきりと夜空に映えていた。その下で九つの不規則な動きをする巨大な尾が軌跡を描いている。離れて見ると優雅に見えるが、あの一つ一つが里の建物を簡単に破壊してしまう力を内包している。藍染は思わず身震いした。

 

「想像以上じゃないか……」

 

 自身の求めていた力の塊。藍染も期待で胸躍るの意味がようやく分かった気がした。

 

 直ぐにチャクラ感知に反応があった。

 

 火影の顔岩の上に一人、前触れもなく急に現れた。瞬身の術には必ずその前兆がある。忍が移動する際に漏れるチャクラが道しるべのように繋がっているのが普通だ。今回はそれが無い。それが意味するのは時空間忍術による移動ということ。

 

 つまり四代目火影、波風 ミナトだ。

 

 気づいたのは藍染だけではない。九尾もクシナの中からミナトの力を見ていたのか、真っ先に警戒して攻撃準備に入る。咥内で可視化できるほどの高濃度のチャクラを球状に集中させ、ミナトへと放った。直撃すれば里の半壊は免れない。圧倒的な破壊力がミナトにぶつかる直前、空間が歪んだように揺れて破壊の象徴が忽然と消え去る。

 

 同時に遠方の山肌が破壊の衝撃で削り取られ、少し遅れて爆音が轟々と響いた。

 

 時空間結界でチャクラの塊を遠方に飛ばしたのだ。ただでさえ時空間忍術は制御と範囲、転移先の空間を指定する空間認識能力と通常の人間では過負荷で脳に障害が出るほどの演算能力が必要となる。それを結界で範囲も広げて、あの量のチャクラを正確に飛ばす技術と精神力には脱帽の一言あるのみだった。一歩間違えれば死の極限状態で……さすが火影に選ばれた存在と言えよう。

 

 

「ん?」

 

 チャクラ感知に再び反応がある。同じく火影の顔岩の上に前触れもなく現れる。ミナトのチャクラはそこにあるままだ。時空間忍術による移動であることは明白。しかし、木の葉で時空間忍術を自在に操るのは二代目火影とミナトぐらいのはずだ。

 

「二人は……戦闘しているようだね。――ミナトが飛んだ……何者かも続いて消えてゆく。尾獣と無関係とは思えないな」

 

 今回の事件について何か知っている可能性が高い。生け捕りが望ましいが、時空間忍術の使い手となるとそう簡単にはいかないだろう。

 

 三代目火影を筆頭に九尾に殺到する忍。どうやら向こうは向こうで手一杯のよう。ミナトが襲われていることにすら気づいていないが、九尾を相手に一瞬でも気を捕られると前線が里の市街部に押し込まれてしまいかねない。

 

 藍染にも出動任務が下っていた。里の被害状況から前線に立つ戦闘任務ではなく、医療忍者としての出動だ。九尾を相手に前線で戦闘を避けながら怪我人の治療に充てられる医療忍者はそう多くない。三忍も任務で里から離れている現状で圧倒的に人が不足している。

 

 しかし、もはやそれは藍染にとっての些事であった。

 

 目の前に渇望していた九尾のチャクラがある。藍染が藍染になる為の力だ。その為に努力をしてきた。不完全な自身を完全なものへと変える為ならどんな犠牲をも差し出してきた。愚かな振りをして大衆に馴染み、力を隠してきた。実の肉親からすらも隠し通し、そしてその肉親すらも死んで……孤独になった。見知らぬ世界で、真の意味で――

 

 

 藍染の眼が光も反射させないほどに、黒く、深く沈んでゆく。それに伴いチャクラが周囲に渦巻く。

 

(あれは私の物だ)

 

 腰の鏡花水月を抜き放ち、とりあえず完全催眠の前提条件を満たすために九尾の元へ瞬歩で駆け付けようと足元にチャクラを集める。

 

 今、正に地を蹴ろうとしたその時、

 

「藍染! 事情を説明している暇はないから、クシナとナルトを頼んだよっ」

 

 目の前に一瞬だけ、ミナトが現れて言いたいことだけを言い残して時空間忍術で去ってしまった。残されたのは九尾を抜かれて命絶えそうなクシナと、生まれたばかりで眠っている赤子。今まで九尾をずっと狙っていた男に、火影ともあろうものが妻と子を預けるとは不用心にもほどがある。なにやら藍染もすっかり毒気が抜かれたようで、身に纏った周囲を圧倒するチャクラを四散させる。瞬時に藍染のもとに飛べたのは以前、友の証として預かったマーキング付きの苦無のおかげだろう。懐から取り出した苦無を眺めほうっと溜息を吐く。

 

 クシナの容態は深刻だ。直ぐに処置する必要がある。触診とチャクラ感知を併用して藍染は状況を確認する。患者は出産直後で体力の消耗も大きい。体内の九尾のチャクラが抜かれたことで、それを抑え込んでいた彼女自身のチャクラも引っ張られる形で流出してしまっている。チャクラは生命力より抽出されるもの。生命力そのものが失われかけている現状は、例えうずまき一族といえどもそう長くはもたない。

 

 単なる医療忍術ではもはや延命行為にすらならないだろう。

 

 藍染は陰陽のチャクラを練り、両手をクシナの腹部に当ててチャクラを流し込んだ。陰陽チャクラは術として使用する際の扱いは難しいが、そのものは通常のチャクラを陰と陽とにより分けて純化したものだ。生命エネルギーとしてのチャクラの譲渡としてはこれ以上のものはない。人によっては劇薬にすらなりかねないが、普段それ以上に害のある九尾のチャクラに耐えているクシナでは問題にならない。それにそのぐらいでないと今の彼女にとって効果はない。

 

 チャクラを少しずつ流し込んでやると、クシナの息切れこそ治まらないものの、頻度は少なくなり、周囲を見渡して現状を確認できるほどの余裕は出来た。

 

 しかし、そこまでだ。もはや藍染に、他の医療忍者に出来ることはもうない。死に逝く時間を少し先延ばししただけだ。

 

 クシナはぼんやりと霞む視界の中で、見知った顔に気づいた。

 

「…………藍……染、だってばね?」

 

「ああ。無理に喋らないほうがいい……その子も起きてしまう」

 

 クシナにとって藍染は胡散臭い奴でしかなかった。医療忍術や幻術に長け、性格も温厚で顔も悪くない。憧れるくノ一も少なくないと聞く。夫の波風 ミナトとも親友だ。

 

 普通なら嫌う要素はない。だからこれはクシナの勘だ。うずまき一族特有の長寿は、人の悪意を感じやすいその性質も理由の一つとしてある。藍染は表面上は害のなさそうな顔をしているが、その内面は酷く威圧的で自身以外のそれを見下していると、女の勘もそう言っている。特にクシナに向ける目は獲物を見る目だ。ミナトにも同じように伝えはしたものの、苦笑いでまともに受け止めてはくれなかった。

 

 そんな藍染が今クシナに向ける目は、酷く穏やかで寂しい色を浮かべていた。

 

 だからクシナもつい勘違いしてしまう。今際の際で彼の男が最後の心残りを叶えてくれるのではないかと淡い希望を抱いてしまった。

 

「藍染……私を、ミナトの元へ――連れて行って」

 

「――無茶だっ。君はもう生きているのがやっとの状態だ。それに私はミナトにあなたたちを頼まれた。行かせるわけにはいかないな」

 

 強い意志を感じる瞳。それを見てクシナは軽く微笑んだ。

 

「どうせ……もう直ぐ死ぬ運命ならッ、最後にミナトと……この子に何か遺してやりたいんだってば……ね。それには……九尾を引きずり込むことが出来るツッ……私が一番……」

 

 藍染にクシナが寄りかかる。無理をして話したせいか酷くせき込む。藍染の着物にはクシナの吐血でべったりと錆臭さが染みついていた。このまま暴れさせてはクシナの命が直ぐに尽きてしまうのは明白だった。拘束しようと藍染が試みた時には彼女の首元には金属の光が。クシナは藍染に倒れこむ際に胸元に忍ばせておいたミナトの苦無を奪って、自らの首にそれを突き付けていたのだ。

 

「……藍染。最後の……お願い。聞いてくれる?」

 

 もはや藍染に彼女を止める言葉は浮かばない。息も絶え絶えの彼女から武器を奪うことは容易いが、彼女に残された時間があと少しなのも確かな話なのだ。この夫婦は些か強情すぎる節があった。

 

 

 

 

 

 

 

 ミナトは巨大な九尾を前に一歩も引かず立ち向かっていた。クシナの出産で封印が緩みかかっている九尾を封印で抑え込み、やっとの思いでナルトが生まれたかと思えば謎の襲撃者。続けて九尾の攻撃を一度、九尾本体の巨大な質量とチャクラを時空間忍術で飛ばし、流石に疲労は隠しきれなかった。

 

 それでも、九尾の攻撃を時空間忍術で避け続ける。幸いなことに九尾はミナトにマーキングされることを恐れて、尾による遠距離攻撃で近づかせないことに専念している。空間を埋め尽くしかねない密度の攻撃。風圧を伴った残像で牽制という名の時間稼ぎに費やし、ミナトが時空間忍術の移動先を、移動タイミングを失するその時まで。

 

 九尾の動きが鈍る。それすらブラフで油断させる為かとミナトは警戒を強めた。

 

「あれは……クシナのっ!?」

 

 九尾の背後から巨大な鎖を模した封印術が現れて、意思を持って九尾を抑えにかかった。藍染に預けたはずのクシナが何故いるかミナトには分からない。信頼している藍染がわざわざ危険な戦闘地域に連れてくるとは考えづらい。おそらくクシナに無理強いされた結果だろうと、憤りの気持ちはあるものの、同時に疲労が蓄積していた体に力が漲ってくる。何歳になろうと、火影という責任ある立場に就こうと、男は自身の愛する女の前でかっこ悪いところを見せられない単純な生き物だ。

 

 

 直ぐに時空間忍術でクシナの元へ飛んだ。

 

 飛んだ先で、クシナとナルトを守るように前へ立つ男がいた。男はいつもの困ったような笑い顔を浮かべながらも、九尾からの視線を離さない。

 

「すまないミナト。クシナに一生に一度のお願いをされてしまってね」

 

「……そうじゃないかと思ったよ。――クシナがこうと決めたらテコでも動かないのは僕が一番知っているからね」

 

「ミナト……ごほっ」

 

 クシナが背後でせき込むのを藍染は感じた。只でさえ九尾を抜き取られているにも関わらず、封印術を使用して寿命を削り続けている。もう残された時間は短い。九尾は封印から逃れようと体を捩らせ、こちらの一挙手一投足を油断なく凝視している。封印が僅かにでも緩めば、その瞬間こちらの命をその鋭い爪牙で刈り取りに来るだろう。

 

「連れてきたのは私だ。二人は私が命を懸けて守る。ゆっくり話していてくれ」

 

「……ありがとう藍染」

 

藍染は三人を背に九尾を見つめた。近くでみると、息遣いや細かな動きの迫力がより強く感じる。なによりピリピリと肌を刺激するようなチャクラが感知器官に流れ込む。藍染は思う。やはり惜しいと。

 

 ミナトという友人に押し付けられた信頼という鎖が藍染を縛っていた。

 

 今すぐにでも九尾を支配して、その全ての力を奪い取り、人柱力となることで目標に一歩進むことができる絶好の機会。火影や、他の木の葉の忍に邪魔されることもない今回の事案が二度とあるとは到底思えない。

 

 背後では二人が九尾を封印するための封印術の準備をしている。クシナが九尾を引きずりこんで死ぬことを提案するが、ミナトはクシナの残りのチャクラを封印式に組み込んで息子との再会の時間に当てて欲しいと、そして自身は命と引き換えに封印する“屍鬼封尽”という特殊な封印術を使って九尾の半身を封印すると説得している。機密情報のほとんどを鏡花水月で知りえている藍染ですら聞いたことのない封印術だった。

 

 おそらくうずまき一族の秘伝忍術。どのような術か藍染に知りようはないが、封印の内容によっては九尾のチャクラを手に入れることが難しくなりかねない。

 

 

 

 

 

 一方、ミナトが九尾を連れて里の外れに飛んだ後、それを追いかける者が数名いた。既に引退はしたもののいまだ現役、他国の隠里が木の葉の里まで攻めきれなかった要因の一番大きなものとしてあった三代目火影、猿飛 ヒルゼンと暗部数名だ。

 

 伝説となっている初代火影とその弟である二代目。二人からの薫陶を受け、偉大な父猿飛 サスケの息子でもあるヒルゼンはその立場に甘んじず、内罰的にまで肉体を苛め抜いて鍛え上げてきた。

 

 その足も速く、精悍な暗部のトップであっても置いて行かれそうになりながらも必死にその影を追っていくほどだ。

 

 九尾の攻撃で拓けた現場に一番早く到着したのはやはりヒルゼンだった。人影はミナト夫妻(・・・・・)とその子のように見える。クシナの封印術で捕えられている九尾に向かってミナトが印を結びだす。

 

巳・卯・酉・亥・戌・午・未・子・巳

 

「あの印……まさかもう…屍鬼封尽だ!」

 

 遅れて暗部が駆け付ける。屍鬼封尽は術者の命を死神に明け渡すことと引き換えに、魂すらも封印できる強力な封印術。しかし、四代目火影はまだ若い。これからの里を引っ張っていく火の意志だ。

 

 扉間様と共に雲の金角・銀角兄弟の手練れ部隊に追い詰められた際を思い出す。あの時扉間様は囮に名乗り出たヒルゼンを抑えて、里の未来ある若者達の為に命を懸けて戦われた。

 

 あの時、扉間様が若き火の意志を信じて後世に託したように、ヒルゼンにとって今この瞬間が自身の命を捨てる時だと確信した。術の発動はまだなので今なら中断させられる可能性は高い。急いで近づこうとするヒルゼンの行く手を阻むのは、クシナが張った九尾の移動を制限するための結界だった。里の被害を防ぐための結界が助けさえも拒むとは、強度も強く直ぐには壊せそうにもない。

 

 ヒルゼンが何も出来ない自身にいら立っている間に既に術の発動は始まった。発動してしまった。それでもヒルゼンは諦めない。一度に結界を破壊してしまっては、もしも九尾が暴れだした際に里にまで被害が及んでしまう。結界は維持したまま、破壊する箇所は人が通り抜けるほどの狭い範囲に留めることで、最小限の力で素早く結界内に侵入できる。教授と呼ばれるほどの幅広い知識で、結界の強度に干渉して、一部分を脆くさせて想定される破壊範囲の縁に極めて狭い範囲の結界を設置する。術者であるクシナへの負担と、結界の破壊による周囲の影響を考えてのことだ。

 

 人知れず、努力するヒルゼンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ミナトが屍鬼封尽を発動した。

 

 

 瞬間。藍染は自身のチャクラ感知能力が不具合を起こしたのだろうと考える。

 

 違和感。未知。疑問。

 

 

 ミナトの背後には何もいない。藍染が分かる限りでは視界にもその姿は捕えられないし、嗅覚、聴覚もその判断が間違っていないと後押しするものでしかなかった。

 

 唯一、第六感とも言えるチャクラ感知能力こそがそこになにかいるということを伝えていた。透明な何かがいるというわけではない。そこにいながら、位階がずれているというべきなのだろうか、確かにそこに何かがいるということだけしか藍染には分からなかった。尾獣はまだ巨大な力を持つ妖獣ということで理解できるが、目の前のものは意思を持つかどうかすらも定かではない、世界の理に近しい人知の及ばぬところという推測とも言えない結果が藍染にのしかかる。

 

 

 

「死……神……」

 

 

 

 現状をある程度理解できている様子のクシナが小さく呟く。

 

 

 

「死神……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで、それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

懐かしの顔

 過去話を見直して『4代目火影』となっていたのを、漢数字に直そうと打とうとしたら『ヨン代目火影』が一発変換されて噴きました。新年明けましておめでとうございます。


 

 木の葉の里。かつての大戦を終えて、再び各国一の軍事力を備えたこの里には今、各国の忍の姿があちこちにあった。平時ではあり得ないことだが、このような事象が起こり得る数少ないイベントの一つがある。

 

 中忍試験。下忍と上忍の中間に値するこの試験は里が他里の忍や大名を招待する。その経済効果は言うまでもないが、肝はそこではない。忍里の軍事力の要である中忍の質はその里の忍の質をそのまま意味する。普段見ることのない忍の戦闘はそれを取り扱う富裕層の需要と自尊心を刺激し、他里に対する牽制を意味し、それすなわち戦争の縮図なのだ。

 

 商いを営む民にとっては格好の稼ぎ時であるものの、木の葉の治安を守る警備部隊やそれに準ずる者にとっては気の休まる暇もないほど忙しない。屋根の上をせかせかと飛び回る忍を眺めながら、歓楽街をどこかのんびりと歩く女がいた。

 

 見る人が見ればその歩法に隙が無く、重心は安定して、不意打ちにも対応できるものだと気づくことが出来るだろう。だがその女の恰好がいささか問題であった。

 

 下着にそのまま鎖帷子で編まれたベストを着こみ、ジャケットを羽織っているだけで、そのジャケットも前を留めずに素肌が隠されていない。夜の女でさえ露出はこれより少ないだろうと分かる姿に、発育の良い躰が合わさって、すれ違いざまに男たちは厭らしい視線を浴びせるばかりで、忍ですらも彼女の歩き方に気づかない者もいる。

 

 女。みたらしアンコは機嫌良く歩くばかりで男たちの視線を気にもしなかった。

 

 手にはお気に入りの店で買ったみたらし団子のお土産が包んであり、アンコの機嫌そのままに楽しそうに揺れている。

 

 周囲の様子もまるで脳に入ってこない様子のアンコもさすがにそうも出来なくなるほどの衝撃が視界から入って来た。道の先の土産物屋で店主と何やら交渉中の女性とその付き添いの女性がいたからだ。アンコの方からでは背中側しか見えないが、背中に『賭』の字が入ったドテラに、背中からでも見えるほどの胸部の存在感。肌色に近い金髪の持ち主をアンコは一人しか知らなかった。

 

「綱手様っ! 里に戻ってらっしゃったのですか!?」

 

「お!? 確か――どこかで見た顔だと思ったら、大蛇丸の弟子のアンコじゃないか」

 

「はい! お久しぶりです綱手様。……それと………あー、シズネもっ」

 

「今、絶対私のこと忘れていましたよねっ! ――いいんです。ど~せ私は影が薄いですよっ」

 

 拗ねてしまったシズネの背中を擦ってなんとかアンコは励ました。同じ三忍の弟子として幼少の頃からお世話になっていたお姉さんという印象だったが、こんなに可愛い人だったかなと己の記憶力に少し疑いを持ちつつも懐かしさはこみあげてくる。きっとこんな感じだったのだろうと一人結論を出した。

 

「相変わらずお美しいですね綱手様は」

 

「お前も大分綺麗になったな。女がそんなに綺麗になるってことは……好い人でも見つかったのか? え?」

 

 シズネはおっさん臭いなと内心思っていたら、案の定綱手に一発ぶたれた。考えていることが分かるほど長い時間尊敬する人物に付き添ってきたということだが、それも良いことばかりではないとごちる。

 

「――へへへッ」

 

 頬を染めるアンコは、少女としての愛らしさと大人の女としての魅力を兼ね備えていた。思わず綱手はほうっと息を呑む。同時にシズネは興味津々でアンコに次を促した。結婚適齢期を過ぎている師を前に自身も危機感を抱いていた。

 

「それよりもっ! 綱手様は木の葉に居を戻されるのですか? もしかして火影として……」

 

「止めてくれっ。あんな役職誰がやるもんか!」

 

 本当に勘弁だと言わんばかりに美しい顔を歪ませる。

 

「今回戻って来たのはうるさい爺婆たちの厄介事……というだけなら戻るつもりは更々なかったんだが。可愛いはとこ(・・・)の昇進と聞いてな、久しく顔も合わせてなかったし、そのついでだ」

 

「綱手様のはとこというと……」

 

 付き添いにも関わらず綱手の事情を知らないままでいたシズネは綱手のはとこと聞いてもピンと来る人物が浮かんでこなかった。千手一族であることは間違いないだろうが、その千手一族も戦争やら任務やらで残された一族は少ない。かつての仇敵であったうちは一族も滅亡寸前と聞く。木の葉創設の二大一族の現状に一抹の虚しさを感じていると、アンコが嬉々とした表情で口を開いた。

 

「藍染 惣右介さんですね! 確か上忍衆の統括部に内定が決まったとか」

 

 里の戦力を表すのが中忍だとすれば、上忍は貴重な戦闘力を持ち、それ故に内政に関与する権限を与えられた存在だ。その名の通り上忍衆はその上忍の限られた一部のみが他の上忍たちの推薦や自薦で選ばれた存在だ。火影の次に権力のある議会と言い換えても良い。火影の信任投票や、大名との定期集会に参加し資金の融通を図る事、里の訓練施設や娯楽施設の要望を直接火影に送ることもできる。

 

 その業務は多岐に渡り、統括部はそれらの活躍を取りまとめ、忍を適性のある任務にあてがったり、班の構成を提案する総務に値する部だ。業務の性質上、忍一人一人の個人情報を取り扱うこともあり、よほど信頼されてなければ候補として挙げられることもない管理職だ。

 

 30代の若さで統括部に内定が決まるということは、誰の目から見ても栄転だった。

 

 

「ん。――にしても情報が早いな。……そういえば惣右介も大蛇丸が教育してたか?」

 

「はい。藍染さんには小さいころからお世話になってきて……」

 

 『字が上手くなったのも藍染さんのおかげなんです』と続けざまに熱く語るアンコの姿に、綱手もさすがに察しがついた。隣のシズネが気づいてないのを見て、だからお前には相手がいないんだと心中呟く。

 

「ちょうどいいから惣右介がいそうな場所を教えてくれ」

 

 アンコは首肯した。

 

 

 

 

 突然現れた綱手の存在に、男は医務室で纏めた書類を片手で持ちながら目を見開いた。

 

「綱手様!? 里に戻られたのですか?」

 

 驚きつつも男は生来の性格からか、来客用の椅子を用意して、もう一方ではお茶の葉を茶こしに入れ始める。相変わらずだなと遠慮なく綱手は椅子に荒く腰かけた。付き添いのシズネは勧められた椅子に座るのを遠慮して、遠巻きに綱手の様子を窺う医療忍者たちの視線に居心地悪そうに立ち尽くす。

 

「姉さんでいいぞ惣右介。昔は姉さん姉さんと可愛かったんだがなぁ」

 

「さすがに……それは勘弁願います。あの三忍の一人で、天才医療忍者を前にこの場でそんなことを言ってしまえば後で酷い目に遭いそうですからね?」

 

 藍染が確認をとるかのように覗き見ていた医療忍者に目線をやると、自身の行いが恥ずべきものだと理解させられた忍は蜘蛛の子を散らすかのように行ってしまった。

 

「案外締めるところは締めてるみたいで安心したよ」

 

 ホッと安堵の表情を浮かべる綱手に、藍染もクシャッとした笑顔で応えた。

 

「……実は職場が変わることになりまして、今日は最後の荷物を取りに来たんですよ。彼らも送迎をしようと集まっていたところに綱手様がいらっしゃって。……お見苦しくはあったでしょうが、皆拙い上司を支えてくれたかけがえのない人材なんです」

 

 ゆっくりと心情を吐露する藍染は、甘いマスクも際立ってとても魅力的にシズネは思えた。声音が優しく耳元に響いて、所作の一つ一つが丁寧。戯れに書類に触れる指先の動きが滑らかで、あれと同じように肌に触れられたらどうしようと、いらぬ心配をしてしまう。

 

 そんなシズネの不安もどこ吹く風。藍染と綱手は久しく会わなかったこともあり、話す話題には事欠かない。しばらくの雑談の後、綱手は本題を切り出した。

 

「さっき職場が変わるって言ってたな? いいところなのか?」

 

 知らぬ体で突っ込む。

「ええ。今までは上忍衆の一員として木の葉病院にも同時に勤めていましたが、新しい職場では兼務が難しいので、木の葉病院からは退職することになりました。中忍試験が終わって一月後に――」

 

「――上忍衆の統括部とは随分な出世だな」

 

「……知っていたんですか? 相変わらずですね綱手様は」

 

「今回の帰省のメインがそれだからな」

 

「それを聞いてホッとしました」

 

「ん? 何がだ?」

 

「この里があなたにとって未だ帰る場所だということを知れてですよ。綱手姉さん(・・・)

 

「……本当、そういう可愛くないところも全く変わってないなお前は」

 

 

 この場ではし辛い話もあるということで、藍染の見送りを行う医療忍者の温かい送迎を受けながら三人は近くの酒場に移動した。花束や色紙、贈り物の荷物を四人掛けの席の一つで占領しながら会話していたはずなのだが、

 

「藍染さん、お酒お注ぎしますよ」

 

「すまないねアンコ君。次は僕が注ごう」

 

 いつの間にかアンコが合流して4人になっていた。よその席から椅子を藍染の横にちゃっかりつけている。シズネは何かに気づいたかのようにハッと横の綱手を振り向く。素知らぬ顔で無視された。挫けずに口の動きだけで抗議する。

 

(綱手様ですね。アンコを呼んだのは! 私にも男を落とす機会をください)

 

(諦めろ。女たちの骨肉の争いは見たくない。それにアンコは怒らせると怖いぞ)

 

(むむっ)

 

(それより惣右介に男友達を紹介してもらったほうがいいんじゃないか?)

 

(それですっ!)

 

 急に機嫌を良くしたシズネに単純な奴だと毒づく。賑やかな酒場で藍染と古い付き合いの女たちと呑む酒の旨さに、あまりいい思い出の無かった木の葉の里にも郷愁の思いが知らぬうちにあったのだろう。最初の内は杯を空けるごとについでもらっていた酒も追いつかなくなり、綱手も酌を断って手酌でぐいぐいやりはじめた。

 

(シズネを馬鹿には出来ないな。浮かれているのはどっちだか……)

 

 すっかり酔った綱手は時折足元を不安定にさせながらも宿場へと足を進める。久しぶりの楽しい飲み会に頬を赤らめ、胸元をはだける様子に周囲の若い男たちは声をかけようと近づくが、付き添いのシズネが肉食獣のような眼光で睨んでいるのに気づくとさっと避けてゆく。藍染はアンコを家まで送り届けると言い残して別れたが、こちらはとんだボディガードだなと思う。

 

 しかし、心の強い男はいるもので。シズネの眼光を無視して綱手の前までたどり着いた男がいた。目鼻立ちの整った銀髪を腰のあたりまで伸ばした30代の男性。歌舞いた鮮やかな衣装を身に纏った男は綱手の前まで近寄ると、

 

「一目ぼれしました。どうですか、これから一杯」

 

 そう気障な態度で告げた。いつもの綱手なら直ぐに一発ぶちかまして去るのが常であったが、何分綱手は今日機嫌が良かった。

 

「……いいだろう。上手く私をエスコートして見せろ」

 

「綱手様…………ずるぃ」

 

 ぶつくさと文句のうるさい付き人をさっさと帰して、男の誘いにのった。この男どうやら木の葉の里に詳しいのか、とっておきの店があるといって路地裏に案内する。最初の内は食い物屋の店の明かりがぽつぽつとあったが、男は巧みな話術で綱手の注意を周囲の環境から逸らしてどんどん道が狭く、人通りの少ない場所へと進んでゆく。

 

 遠くに街の明かりがわずかに見えるようになると、もう周囲に店どころか人の気配を感じることもなくなってしまった。

 

 男がゆっくり振り向く。先程の紳士的な態度はどこへやら、無遠慮に綱手の胸元や臀部をにやにやと助平を隠す気もなく凝視する。ここまで来ると流石に綱手も知らないフリを続けるのは難しかった。

 

「さ~て、いい事をしましょうか? 二人でじっくりね」

 

「――その三文芝居をいつまで続けるつもりだ自来也?」

 

 男の顔が驚きで固まり、その後白煙につつまれて別の男が現れた。否。銀髪に近い白髪を歌舞伎役者のように生やして一本歯下駄を履いた中年の男が変化した姿が先程の男なのだ。男、自来也は顎をポリポリ掻きながらも納得のいかない渋い顔つきで綱手に尋ねた。

 

「よく分かったのォ綱手。今回は結構うまくいったと思っとったが敗因を聞いていいか?」

 

「あのダサいセンスの服と、隠しきれない助平の視線を浴びれば誰だって気づく」

 

 幼少の頃より、何度も告白され、覗き見されてきた綱手にとって最初から騙す気があったのかどうかも疑わしいほどだった。

 

「で、用件は何だ? わざわざ私にくだらないお遊びの為に近づいたわけじゃないんだろ?」

 

 ふざけた性格はしているものの同じ三忍に数えられている自来也。その里への思いやりは綱手を軽く超えている。里の内外の情報を入手するため各国に潜入して、いざ里の危機になると誰よりも早く動き、非情な判断すら下せる男だ。わざわざ変装して綱手をここまで連れてきたというにはそれなりの理由があるはずだった。

 

「……あまり良い話ではなくてのォ。それも特にワシとお前にとってはな」

 

「ジジイが体調でも悪いのか? 無理もないな年だから」

 

「違う! ……大蛇丸のことだ」

 

 最後の三忍、大蛇丸。数年前から里を離れて音信不通になっている男だ。綱手も同じようなものだが、大蛇丸に関してはほとんどの情報がなかった。昔から個人主義で、秘密主義でもあった大蛇丸の心情は付き合いの長い綱手や自来也ですらよく分からなかった。

 

「大蛇丸がどうかしたのか?」

 

「……お前は知らんとは思うが、今里である事件が起きておる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神隠し……ですね」

 

 アンコは藍染に家まで送られる途中で少し話があると、里の外れまで来ていた。期待していた色気のある話ではなかったが、藍染の真面目な表情に深刻そうにうなずいた。

 

 神隠し。

 

 数年前から何の前触れもなく、木の葉の里の忍、一般人、老若男女が突然消える事件が起きている。当初は家出による失踪事件だろうと里の周囲をしばらく捜索したが、里を出た痕跡すら見つからず捜索は打ち切られた。しかし、事件は続いた。

 

 行方不明者の共通点は里に住んでいることぐらいのもので、その周期は数か月分かっている限りでは起こらない時もあれば、月に十件以上の時もある。暗部も動員して事件の解決の糸口をつかもうと必死になっている最中、中忍の一人が行方不明になった。どれもいなくなった瞬間を誰もみていないというのが味噌で、それ以来忍には複数の集団での外出が奨励されている。一般人には余計な混乱を招くとのことで伝えられていないが、耳聡い一部の一般人から噂話として静かに広まっている。不幸中の幸いと言えるのが上忍や暗部、里の運営に関わる者に犠牲者は出ていないというだけで、未だに犯人はおろかどのような手法を用いての行為か、そもそも人為的ですらないのではと不安の声は止まない。

 

 中忍試験の始まる今年までに解決させておきたかった事案ではあったが、とうとう他里の忍が試験の為に里へやってきてしまった現状でも解決の糸口すら見えない状況だ。

 

 

「そう。今里を賑わせている事件だけど、僕には少し心当たりがあるんだ。そうあって欲しくはないのだけど、君にも関係あることだからね」

 

「私にも……ですか?」

 

 アンコに心当たりはない。藍染は信頼している君だからこそ話すのだけどと、前置きをして話した。

 

「……数年前から大蛇丸様が里を離れる機会が多くなった。尤も他の三忍のかたに比べれば大差はないレベルの話だけどね」

 

「確かに……でもそれになんの関係が?」

 

「二年前は一年間里に帰ることさえなかった」

 

「…………」

 

「その二年前は神隠しが確認されなかったんだよ。大蛇丸様が里にいる時を狙ったかのように神隠しが起きているのは紛れもない事実なんだ」

 

「ただの偶然……とは言い難いですね」

 

 首元の呪印がチリチリと疼く。大蛇丸様に追いつくために施してもらった特殊な術式。特殊なチャクラで体の一部すら変質するこの力は、いったいどこで見つけてきたのだろう。大蛇丸様に深く依存していたころのアンコはあまり考えたことはなかったが、今のアンコなら分かる。これほどの力が、人体実験もなしに安定した術式へと昇華される訳がない。考えれば考えるほど気分は重くなる。

 

「そして大蛇丸様が里の近くまで戻ってきているという確かな筋からの情報もある。そして中忍試験の開催時期が正に今だ。偶然というにはあまりに出来過ぎているとは思わないかい? 今回の中忍試験の時期に合わせて帰ってきたのなら、他国の里の忍もその標的になる可能性が高い。もしものことがあれば木の葉の責任問題となる。僕はそれを危惧しているんだ」

 

 藍染の顔色は悪そうに見えた。藍染のことだ。自身が忙しい時期にも関わらず、それらの情報収集に時間を充てていたのだろう。加えて元担当上忍が里を裏切っているかもしれない精神的負担はアンコも同じ立場故によくわかる。

 

「私が問いただしてみます」

 

 これ以上の負担を藍染にかけたくなかった。

 

「いや、アンコ君は確か今回の中忍試験の試験官に抜擢されているだろう? 受験者と同時に相手するには大蛇丸様は手ごわすぎる。それに直接の弟子の君は良くも悪くも大蛇丸様に近すぎて、証言を上に伝えるにしても信頼されない恐れが高い」

 

「それなら……」

 

「僕が大蛇丸様に問いただそう」

 

 迷いのない表情。きっとアンコは反対の不安そうな表情をしているのだろう。複雑な感情に今どんな顔をしているか自身でも分からなかった。忍としての実力ならもう藍染を超えている自信はあるが、藍染の前では未だ幼い頃の少女に過ぎないのだ。

 

 俯くアンコの手が温かい手に包まれた。見上げればそこには憧れの人が見つめている。

 

「これは信頼する君だから話した情報だよ。もしも僕に何かあった時は、君が火影様にこのことを伝えるんだ」

 

「……はい。藍染さんお気をつけて」

 

口ではそういったものの藍染一人に任せる気は更々なかった。もうあの時のような少女ではない。頼られるだけの力は必死の思いで身につけてきた。手裏剣術、忍術、封印術、体術。そしてとっておきの切り札もある。直接の交渉は藍染に任せるにしても、もしもの際に藍染を陰から護衛することはアンコにも出来た。

 

(師の失態の責任は弟子の私がとる)

 

(あなた一人で背負わせたりなんかしない)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

墓と爺

 

 

 

 その日、カカシは演習場の近くの慰霊碑の前にいた。個人の墓標に祈りやら弱音事やら、あるいはその前日にあった四方山話をするのが習慣となって久しい。だから何故かと問われるとそのような気分だったからとしか返せなかった。いや、気分で英霊達に祈るというのは聞こえが悪すぎる。理由をつけるとするのならば、中忍試験が始まりつつある里は余りに賑やかで、亡くなった友や先輩方が誰にも想われないでいるのが酷く虚しくなってしまったからだろう。そういうことにした。

 

 黙していると、雑多な周囲の気配が良く感じ取れる。それすら律してこそ悟りの道が開けると聞くが、あいにくカカシはまだそこまでの域に達してはいなかった。

 

「やぁ。カカシ君、邪魔をしてしまったかな?」

 

 分かっていた通り、客人が背後より声をかけてきた。かがんでいた腰を持ち上げて振り返る。

 

「……これはこれは藍染上忍」

 

 眼鏡をかけた男は、柄杓の入った手桶と菊の花束を持ってカカシに近づいてきた。邪気を感じさせない笑顔に、憎まれ口の一つは叩こうとした口が塞がった。カカシ達の年代のほとんどは藍染から上忍としての心構えや基本の戦闘技能の教導を受けて、今や立派な上忍として活躍できている面もある。忍の戦闘力としては逆転したが、恩を受けてきた先人に対して軽々しい発言は控えておくべきだろう。

 

「あなたも慰霊碑にですか?」

 

「うん。尤も僕は君ほど熱心ではないけどね。それでも年に数回はこうしてここに来るんだ」

 

 カカシ達のような遊撃隊ではなく、真正面から敵の忍軍を迎え撃った本隊に藍染は配属されていた。失った戦友の数はカカシよりも多い。数の大小が想いの大小に勝るとは限らないが、積み重ねてきた経験の分だけ死が近づいてきて、上忍は死に対する忌避感が麻痺しつつある。それを忘れないためにカカシも日課を欠かさなくなったのだが、最近は死に対して向き合う儀式のような意味合いが強くなった。まるでいつ死を迎えても悔いのないようにする為の遺書を書く代替行為になってしまっている感はカカシにも否めなった。

 

「悩んでいるのかい?」

 

「いや別にそんなことは――」

 

 藍染は慰霊碑にゆっくりと水をかけて清掃し始めた。枯れた花を取り除いて新しい花に取り換える。

 

「別にこの行為自体に意味はないんだよ」

 

「えっ?」

 

「こうしていることさ」

 

 言いつつも藍染の手は止まらない。手つきはとても丁寧なもので、先程の言動とは矛盾しているように感じた。

 

「人が生きてきた最後の標。僕たちがそれを清掃するのはこうあって欲しいと願うからさ。自分が死んだ後も誰かの記憶に留まり続けたいとね」

 

「それは――極論に過ぎるのでは?」

 

「そうだね。でも同時にこうも思うのだよ。それは遺す側の意見であって僕たち今を生きる人間にとってはそうではないのだとも」

 

 黙って目を閉じた。カカシはなんだか無性にそうしたくなったのだ。

 

「墓標の前で手を合わせる。そして故人を想う。それは遺された者が死を受け入れる儀式だ」

 

「……何となくわかる気がします」

 

「我々は死に向かって生き続けている。けどそれは決して生が無機質というわけではないんだよ」

 

「…………」

 

「君もまだ若い。あまり考えすぎないほうがいい」

 

 いつの間にか慰霊碑は綺麗に磨き上げられ、花は供えられていた。線香からはゆらゆらと煙が上がっている。カカシは胸に溜まった何かが軽くなった気がして、息をフーーッと長く吐く。

 

「今日は任務はあるのかい?」

 

「いや。今日は非番です。うちの下忍どもは中忍試験で久しぶりの休みです」

 

「たまにはお茶でもどうかな」

 

「……ナンパみたいですね。でも付き合いますよ」

 

 

 甘味処で甘いものが苦手なカカシは磯辺焼きを、藍染の前にはぜんざいが置かれた。男二人が並んで座るというのはなんともこう、座り心地が悪い。それでも熱い茶を啜りながらポツリポツリと口が滑りだした。

 

「どうだね最近は?」

 

「まぁぼちぼちです」

 

 日々の任務の進捗。雑多な出来事。そして話はカカシの担当する下忍達に移る。

 

「君たちの班の噂は聞いているよ。随分ユニークな構成じゃないか」

 

「ええ。意外性ナンバー1のうずまきナルト。うちは一族の生き残りうちはサスケ。くノ一成績トップの春野サクラ。どれも面白い奴らですよ」

 

 すくなくとも下忍の中では一番注目されている班であるのは間違いなかった。九尾を封印されているナルトはともかく、やはりうちはの生き残りがいるという理由が大きい。かつて警邏部隊として里内の忍同士の争いすら止めて捕縛する実力。大戦では一族のみに覚醒する特殊な瞳術、『写輪眼』で多くの功績を残し他里では一対一の戦いでは敵わない為、逃亡が推奨されるほど忍の世界で名を轟かせている。それこそ千手の名が霞むほどだ。カカシの片目にも同じ物が眠っている。

 

「カカシ君。担当上忍の君なら十分承知の上だと思うが、それでもうるさい先輩の小言として一つ忠告させてもらうよ」

 

 改まった口調で藍染はカカシに向き直った。

 

「神隠しに遭わないように、自身の班員はしっかり見守ってくれよ」

 

「ええ。サスケの奴は俺の方だけでなく、暗部も影で監視しています。勿論ナルトも」

 

「……もう一人いるだろう?」

 

「サクラ……ですか? 一応家までは送っていますし、集団行動をするよう言っていますが」

 

「繰り返し言おう。班員はしっかり見守ってくれ」

 

 ここまで念押しされる理由がカカシには分からなかった。サスケやナルトならその秘められし潜在能力から狙う者は後を絶たない。サクラに関しても他の担当上忍以上に注意深く見守っている自覚はあるのだが――理由があるとするなら

 

「サクラを人質にサスケやナルトが狙われかねない――といったところですか?」

 

「その可能性も否めないが、そうじゃないんだカカシ君」

 

 あの時のように、カカシがまだ余りに若く忍の掟を重視し過ぎて周囲の和を乱していた時に宥めた口調で藍染は語る。ゆっくり、耳の奥に響く優しい声音で。

 

「彼女は特別な才能を持っている。それこそサスケ君やナルト君のようにね」

 

 チャクラコントロール? 幻術の才能? 類まれなる頭脳? カカシに思いつくのはそのくらいだった。どれも飛びぬけて突出しているわけではない。しかしそれは磨き上げられる前の話で、宝石の原石としての才能は確かにある。それでも現状ではサスケとナルトに大きく実力に劣っているのは事実だ。

 

 藍染がわざわざ注意するほどまでの何かが彼女に眠っているというのだろうか。

 

「それは――いや、止めておきましょう」

 

 思わず開きかけた口を閉ざす。担当上忍であるカカシが他ならぬ自分の担当する班員の才能を教えて欲しいと問いかけるのは羞恥の念が強すぎる。おそらくそれでよかったのだろう。藍染も笑みを浮かべて茶を啜った。体の奥に届いてくるような陽気に気も安らぐ。こうしたゆっくりとした時間を過ごす機会が久しくなかったカカシにとって、流れる空気も心地よいものだった。

 

「独り身の僕にこう言う資格はないのは分かっているんだけどね。君も好い人を見つけたほうがいい」

 

 手の中の茶碗が揺らいだ。

 

「……まだそんなことを考えるほど余裕はないですね。手の離せない部下もいますし」

 

 言い訳じみた言葉と一緒に茶を飲みこんだ。気のせいか酷く苦い。

 

「色々と背負えるのは若い時だけさ。僕のように無駄に年をとってしまえば背負えるものも背負えなくなる。……あんまり言うと説教臭くなってしまうかな?」

 

「藍染上忍はまだまだお若いでしょ。相手ならいくらでもいそうなもんですが……」

 

「そんなことはないさ。いい歳したおじさんだよ、僕は」

 

 千手の血筋がそうさせるのか。綱手も藍染も見た目から年齢が判断し辛い。肌艶も良くもう40代近いとは到底カカシには思えなかった。とはいえ、いつ命を失ってもおかしくない上に血筋が重要な忍は十代から結婚し、子供を持つ者も少なくない。木の葉では上忍クラスの忍の出産手当は厚く、任務の間も無料で託児所で子供を預かってくれる等の福利厚生がしっかりしている。千手の血筋が途絶えつつある現状、好環境の中藍染があえて相手を見つけて子を()そうとしないのは、千手から疎外されてきた過去の経験があってのことなのかもしれない。カカシはそれ以上追及するのは止めることにした。

 

 腹立たしいほど天気の良い午後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして火影の執務室。ヒルゼンは過去類をみないほど上機嫌だった。

 

「久しぶりじゃのう。よう戻った」

 

「火影からのお呼びとあってはのォ」

 

「私はこいつに無理やり連れて来られただけだ。そもそも惣右介の昇進と聞かなければ里には帰っていなかった」

 

 理由はどうであれ、教え子の二人と顔を合わせて話が出来る。火影ではなく、猿飛ヒルゼンとしての付き合いが出来る相手は長きに渡る火影の役職人生の中で、もう数える程度しかいなくなってしまった。これだけ火影を続けていればしようのない話ではあるが、可愛い教え子との触れ合いは肩にのしかかっていた責任を一時でも忘れることができる貴重な機会だ。それも三忍として各国でも有名な教え子というのだから、二人も同時に会えるのは何年ぶりの話か思い出せないほどだった。

 

「おや? 大蛇丸はどこじゃ?」

 

「あー大蛇丸か、奴は――」

 

「――大蛇丸なら少し遅れて里に帰るとの連絡があった。なぁ綱手よ」

 

 綱手の視線が言葉を遮った自来也に向く。そう通せと言わんばかりに顎をクイとやる自来也の素振りに渋々綱手も『まぁな』とぼやいた。

 

「ほっほ。いつの間にか少しは仲良くなったようで安心したぞ」

 

 好々爺といった表情のヒルゼン。

 

 

 

 

 そんなヒルゼンも四代目を救えなかった負い目から一時期塞ぎこんでいたが、見かねて声をかけたのはよりにもよって一番あり得なさそうなダンゾウだった。どれ程今の己が醜く、見苦しいかを淡々と説明され、そのまま命を懸けた手合わせが始まった。お互いさるもの。猿魔を変化させた金剛如意棒とダンゾウの風遁を纏ったチャクラ刀がぶつかり合って、近くの山が禿山になるほどの被害が出た。

 

 だが互いの得物を撃ちあってゆく内に、ヒルゼンにも伝わって来るものがあった。怒り、失意、苦悩、憐憫。それはダンゾウにも同様に。

 

 互いが何故自身の考えを理解できないのか? そんなエゴのぶつかり合いで、真の意味での理解など出来るはずもないのに。両者が自らの意見を曲げるには長く生き過ぎた。結局力のみが忍を納得させるに値する。それはそれは忍らしい話だった。

 

「もう……()めだ」

 

「よいのか? ワシを殺して火影になる絶好の機会じゃぞ?」

 

 息が荒い。互いに急所こそ避けてはいるものの出血は酷く、加齢による体力の消耗も激しかった。次の瞬間には出血で意識が失われてもおかしくないほどだったが、競い合うライバルと激戦を繰り広げた後で闘気は衰えず、むしろ覚醒していた。普段争いを好まないヒルゼンですら攻撃的な、若かりし頃の気勢を取り戻して挑発する。

 

 

「今回は残念ながらその頃合いではなかったようだ」

 

「その次の機会はもはや訪れんぞダンゾウよ」

 

 降伏の体をとったダンゾウ相手に金剛如意棒を油断なく構える。明確な反逆行為には死をもって償うしかない。例え木の葉の権力者であるダンゾウであろうとも、いやダンゾウだからこそ許されない行いというものがある。

 

「見てみろヒルゼン。わしらの体を……」

 

「……互いに歳をとったのう」

 

「相変わらず察しの悪い奴め。打撲、傷等の負傷率はほぼ互角だ。私が本気でお前を殺そうとしたのに比べて、お前は私を生かして捕えようとしたにも関わらずだ」

 

「…………」

 

「さっさと殺せ。木の葉の不穏分子がまだここに燻っている」

 

 ダンゾウの眼に抵抗の意志はなかった。そこにあったのは若かりし頃のダンゾウの姿。二代目と共に雲隠れの手練れに追われた際、ダンゾウに先んじて囮を買って出たのはヒルゼンだった。あの時心中、ヒルゼンは苦悩の末の判断だった。里には妻と子を残し血気盛んな年代の頃。腕には自信があったが、だからこそ死にたくないという気持ちも同じくらいに強く、初代や二代目には遠く及ばない実力だからこそ自身の伸びしろを他の誰よりも期待していた故にだ。決心を一押ししたのは里に残した子の安らかな寝顔。木の葉という愛すべき里に住まう愛すべき人たちを守る一助になるのなら、より里に貢献できる二代目を生かすために自らが、と考えた。

 

 ダンゾウの姿がその時の自分のイメージとダブってしまった。今、正に命を絶とうとしている愚か者が、あの時の苦悩を抱え込んで消化しきれないままここにいるのだ。ここまで一番の理解者を放っておいたのかと、火影の座にかまけていた己に嫌気がさした。

 

「……不穏分子ならばその対処方法を一番詳しく知っておるのが道理じゃろう? 蛇の道は蛇と言うではないか。往生して責から逃げようとしても、そうはさせんぞ」

 

「いつかその甘さに足を掬われることになりかねんぞ」

 

「歳をとれば誰もが足腰を悪くするものだ。――だが最近良い杖を見つけての」

 

「?」

 

「ごつごつと節ばって手には馴染まんが、ワシが全体重をかけても曲がりはしない丈夫なやつだ。それがあれば暗い夜道でも安心して進める。()の当たる場所まで後進を導いてくれる優れものじゃよ」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 それ以来、ヒルゼンの統治は以前のような甘さが少なくなり、全盛期には遠く及ばぬものの、常在戦場の心得で健康な肉体を維持している。自来也の眼でも、服の上から筋肉の存在を感ずることが出来るほどにはヒルゼンの健勝が読み取れた。しばらく里から離れていた身としては、高齢の師の健康が気がかりだったこともあり、一安心だった。

 

「大蛇丸がいないのは残念じゃが話をしよう。お主らに隠し事をする必要もない。話はワシの後継ぎのことじゃ――っと待たんかっ! 綱手!」

 

 直ぐに立ち上がり退席しようとした綱手に厳しい叱責が飛ぶ。

 

「私は前もって言ったはずだぞ! 無理やりここに連れて来られて、よりにもよって火影の話か? 断るっ!」

 

「……綱手よ。まず話を聞け。それからじゃ」

 

「下らないな」

 

「――よいな綱手よ」

 

 声音は落ち着いてながらもさすが火影。有無を言わさぬ圧力があった。綱手もしばらくの沈黙の後に、席についた。ピリピリとした空気に居心地悪そうに自来也は衿をはためかせた。少しばかり里に戻って来たことを後悔し始めた自来也の前でヒルゼンが口を開く。

 

「ワシはもう長くない。あと二年もせん内にまともに動けなくなるだろう」

 

「今日見たところまだまだ現役に見えたが」

 

「あまり茶化すな自来也よ。自分の体のことは自分が一番分かっておる」

 

「フンッ。それで本題は?」

 

「……次の火影についてじゃがワシはお前たち三忍が適任だと思っておる。これは師の贔屓目抜きで、上層部の総意じゃ」

 

 動き出そうと身構える綱手の腕を自来也が掴んだ。まだ話は始まったばかりだ。ヒルゼンも話を続ける。

 

「お前たちが火影の座に乗り気でないのも分かっておる。後で大蛇丸にも話を通すが、おそらく良い返事は聞けぬじゃろう」

 

 かつて四代目を選出する際にも大蛇丸や自来也も火影の他薦を断っている。大蛇丸の事情は知らないが、自来也にはその理由があった。

 

 かつて仙術を学んだ“妙木山”。そこで若かりし頃大ガマ仙人からある予言を受けたのだ。自来也の弟子が忍の世界に破滅か、あるいは平穏をもたらすことになるだろうと。どちらを選ぶことになるかは自来也の教え次第。荒唐無稽な話だが大ガマ仙人の予言は今まで外れたことはない。二度の大戦に触れて、憎しみの連鎖が蔓延る忍の世界を変えたいという思いは自来也の中で無視できないほど強くなっている。

 

 しかし、未だ自来也は条件に値する弟子を見つけていない。否、正確には二人いたのだが弟子の一人である四代目は九尾の封印の際に亡くなり、もう一人も既に戦闘で亡くなったと聞いている。火影自体に憧れを抱いていないと言えば嘘になるが、それ以上に自来也は忍の世に平穏を齎すことこそが自身に定められた運命であり役目だと確信していた。

 

 火影の役目と弟子の育成はとても両立できるとは思えないし、どちらもないがしろにはできない。

 

 

「そこで代わりと言ってはなんだが火影候補を見極めて、火影になった暁には共に支えてやってほしい。老い先短い爺の最後のお願いじゃ……」

 

 弱々しい態度でヒルゼンに言われると三忍ですら断る事は難しかった。ダンゾウの影響を受けて腹芸が上手くなったヒルゼンは教え子ですら違和感を感じさせない。

 

「あ~、候補はいるんだろ? ほら……カカシなんてどうだ? あいつなら強いし、交渉にも長けてそうでいいんじゃないか、四代目の弟子だし。奴ならわざわざ支えるまでもないぐらい立派な火影に――」

 

「――四代目の時とは時代が違う。間諜による情報の独占こそが木の葉を主要国家に押し上げている所以の一つである今、お前たちのような世界を回り海千山千のつわものの補助なしにやっていけるほど甘くはないのじゃよ。それにカカシにも声をかけてみたが、三忍を前に自分では力不足と断られた。お主らが受けてくれればこんな心配はせずとも済むんじゃがのう」

 

目線を逸らした先で綱手は自来也と目が合った。互いに考えることは一緒らしい。

 

「中忍試験が終わるまでに火影か、相談役か決めておいてもらえると助かるの」

 

 そう言い残すと、別件があるとヒルゼンは去っていった。

 

 残された二人は冷めた茶を啜った。“逃げるか”どちらが言い出したかはハッキリと分からない程に心中はリンクしていた。面倒事の匂いがたまらない。幸い綱手に関しては久しぶりに藍染に会うという主目的も達成したことだ。大蛇丸のきな臭い動きも気にならないこともないが、それ以上に里に留まることで増える厄介事のほうが当人にとっては面倒極まりない。

 

「――言い忘れていたが、結界班に感知結界の暗号を変えておくよう通達しておいた。逃げても直ぐに分かるぞ。里の周囲は中忍試験をつつがなく進行できるよう警備はいつもの倍用意しておるからの」

 

 それだけ言い残すと今度こそ扉を閉めてヒルゼンが出てゆく。十分に足音が遠ざかるのを確認して、それでも念のため自来也がチャクラで強化した視力で遠見をし確かにヒルゼンがいないのを判断してようやく人心地ついた。未だ心臓の鼓動が耳から響いている気さえしていた。

 

「食えない爺さんだ」

 

「まったくだ。猿だ猿だと先代の火影に言われてきたらしいが、ありゃ狸の間違いだな」

 

 口から出るのは皮肉だが、両者の顔に浮かぶのは緩やかな笑み。あれほど抵抗していた面倒な課題も不思議と今の綱手には断る気が浮かばなかった。火影就任に関しては断じて固辞するつもりだが、少しぐらい力を貸してやるのもやぶさかではない。老い先短い師の最後の頼みなのだから。

 

 

 

 思惑渦巻く木の葉情勢。中忍試験が今始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意の試験

 展開予想はお控えください。


 

 

 

 中忍選抜試験第一の試験会場。他里から下忍が列を成して集まり、既に会場は活気づいていた。早くに会場に到着した者は次に来る競争相手を値踏みし見定めて、情報収集に努めている。だがそれは一番長く場に留まり自身の情報をも売り渡してしまいかねないリスクのある行為だ。どれだけ己の情報を渡すことなく、相手の情報を入手出来るか。中忍試験は既に始まっているのだ。

 

 そういった情報戦に自信の無いものは、大人しく試験が始まる直前に入室してリスクを避けるのも悪くはない。中忍になれば扱う情報の重みも増し、必然的に諜報能力が伸びることになるし、そうでなければ別の専門家に任せるか任務の失敗を通して生涯修正されることのない大きな反省点が生まれるというだけだ。

 

 受験者は概ね十代後半から二十代。緊張感からか殺気立っているものも見られる。そこに新たな火種が投げ込まれた。

 

 扉を開けたのは十代前半の三人一組(スリーマンセル)。金髪の良く言えば快活そうな、悪く言えば単純そうな少年を先頭に、桃色の髪をサイドで肩まで伸ばした少女と黒髪の冷たい瞳が印象的な整った顔立ちの少年が続いた。扉は軽く軋みはしたものの、手入れがされているのか聞こえるギリギリの音だったにも関わらず受験者には耳元で鳴ったかのように聞こえた。緊迫感から強いプレッシャーが新参者へ飛んだ。

 

 与しやすい相手だと舐められている。ほとんど直感的に小隊メンバーのサクラとうちはの生き残りであるサスケは感じ取った。最年少といってもよいほど若い小隊メンバーならそれもやむなし。純粋な敵対行動でない以上、出来ることは彼らの意識が外れるまで大人しくしておく以外はない。

 

「オレの名はうずまきナルトだ!!」

 

 しかし最後の一人であるナルトはそうではなかった。幼い頃より理由も分からず疎外され、無視され、知らない人間から暴力を受けたこともある。それが最近になって自分の中の何かのせいだと理解したが、だからそれがなんだという思いが強かった。それは決して今までの不幸な人生を帳消しにするわけでもなく、納得に値する理由など存在するはずもない。そういった過去の経験からナルトは人の悪意に人一倍敏感だった。それに対する対応術も。

 

「てめーらにゃあ負けねーぞ!!」

 

 だからこそ声高に主張する。独りで腐っているだけでは何も変わらない。何時でも正面からぶつかって、それで少なからず友達が出来た。理解してくれる先生もいる。ナルトの悪戯を真剣に向き合って怒ってくれるイルカ先生や藍染先生だ。イルカ先生においては担任としてナルトを何度もアカデミーの卒業試験に合格するまで付きっ切りで相手をしてくれただけではなく、親の仇である九尾を封印しているナルトを身を挺して凶刃から庇ってくれたナルトにとって年の離れた兄のような存在だ。ナルトにとって特別な存在であるのと同時にイルカにとっても目の離せない特別な存在であることは間違いない。

 

 しかし、藍染は違った。あくまで教師として他の生徒と同様にナルトを扱った。それが九尾によって幼少の頃より差別され続けてきたナルトにとってどれほど貴重な存在だったかは言うまでもない。事情を知らない同期はまだしも、教師で何の色眼鏡も無しにナルトを見るのはイルカ先生ですら出来ないことだ。

 

「分かったかー!!」

 

(火影になって今まで馬鹿にしてきた奴らを見返して、友達や先生に胸を張って自慢してやるってばよ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アンコは内心焦っていた。第一の試験で予想以上の受験者が合格したこと。第二の試験会場へ受験者を案内する為に派手な登場をしたが反応は芳しくなかったこと。そんなことが原因ではなかった。

 

 第二の試験会場。通称『死の森』毒虫や毒草、危険な野生生物が潜む地で繰り広げられる第二の試験で受験者たちに試験内容を説明していた時だった。

 

 視線。粘着質で心の底まで無遠慮に覗き込まれているようなそんな感覚がアンコの首筋に鳥肌を立たせた。しかしアンコにとってそれは既知の感覚でもある。

 

(大蛇丸様……何処!?)

 

 周囲を見渡す。思わず声に出しそうな驚愕を胸の奥に押し込んで、受験者に説明の続きを行えたのは後から振り返っても冷静な対応だったと思う。視線の方向からして他の試験官たちがいる方向ではなかった。

 

(受験者……?)

 

 扱う忍術のせいか、試験官に対してのアピールか変わった格好の者も多い。包帯で顔をグルグル巻きにしている忍。長髪で顔を隠している忍。虚無僧姿の忍。市女笠(いちめがさ)の隙間から覗く美しい顔立ちのくノ一。巨大な瓢箪を背負った不気味な少年。どれもが怪しく思えてくる。三忍クラスの忍なら姿を変えようと思えば、変化の術以外でも色々と方法がある。あえてどこにでもいる一般人に化けていても気づける自信はアンコにはなかった。

 

 一応全員の容姿と体格を確認してみたが、大蛇丸だと確認のとれる人物は一人もいなかった。首の呪印が軽く疼く。試験官としての権限では一人一人ゆっくり調べることさえ出来ない。そも大蛇丸が神隠しの犯人だとまだ決まったわけでもないのに、他国の忍の身体検査をした結果、何もありませんでしたでは事はアンコだけの責任に留まらないだろう。

 

(この中に大蛇丸様がいることはほとんど確定している。第二の試験中に呪印の反応を頼りに調べてゆくしかない)

 

 この時点で藍染に伝えるという考えはなかった。あたりがついてからと自分の中で言い訳をして、誓約書にサインをしている受験者の様子を注視する。簡単にボロを出すとは思わないがそれでも少しでも大蛇丸に繋がる情報が手に入ればと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何の成果も得られないまま第二の試験が開始された。各ゲートから一斉にゴールを目指して受験者が飛び出す。直ぐに後を追いたかったが、試験官の立場上そうもいかない。受験者の誓約書をまとめて中忍試験本部に提出し、第二の試験のギミックである巻物を無断で開けた者への制裁として口寄せされる中忍への待機明け通知、試験官及び従事者の連絡事項並びにシフトの調整等と枚挙に(いとま)がない。

 

 雑多な仕事を終わらせ、里の中心にある本部へ書類を届けに行った帰りに珍しい顔にあった。

 

「よっ」

 

「誰かと思えばカカシじゃない。こんなところでノロノロしてていいの?」

 

 写輪眼のカカシとして他里でも名を馳せている男はアンコの一つ上の先輩にあたる人物だ。とはいえ忍の世界では一つ上など差があってないようなものでアンコがタメ口を利いてカカシも気にするような人物ではない。

 

「ちょっと煙草吸いに出てた。談話室は禁煙だからね。全く喫煙者には生き辛い世の中だよ」

 

「あんたの教え子も参加してるんでしょうが……」

 

 若干呆れ口調のアンコにカカシは落ち着いた態度を崩さなかった。

 

「こんな早くに巻物開けるような馬鹿はさすがにやらないでしょ。――いや、ナルトならあるいは……」

 

 急に冷汗を流し始めて小声で『サクラならきっと止めてくれるだろう。多分』となんとか自己暗示で納得したことにしたカカシ。アンコも個人的な事情で忙しい身の為さっさと会話を切り上げて試験会場に向かおうとしていたところ、

 

「そういえばさっき藍染上忍が急いで試験会場に向かっていったのを見たんだが何かあったの――」

 

「藍染さんがっ!? それ本当なの!?」

 

「うぉっ」

 

 カカシの首元を押さえ付けるように身を乗り出すアンコ。あまりの勢いで詰め寄るのでカカシの胸元にアンコの柔らかい感触が二つ確かに感じ取れた。

 

(これはイチャイチャパラダイスの156ページであったやつだな)

 

 頭の端で馬鹿なことをカカシが考えている内に、襟ごときつく首を締め付けられてゆく。アンコは興奮状態で力加減が上手く出来ていない。脳内に送られる酸素が制限されているのを感じた。

 

「本……当だって。30分前に確かに血相変えて急ぐ姿を、だから首を離してくれ」

 

 やっとアンコの首絞めから解放されると新鮮な空気が肺に吸入される。と同時に幸せな感覚も遠のいていった。ままならないものだなと世の矛盾を嘆いた。

 

「こうしている間も惜しいっ!」

 

 道を駆けてゆくアンコを遠目で見送りながらカカシはふと昔のことを思い出した。小隊メンバーで戦争に向かう前のことだ。道を楽しそうに駆ける少女を見かけた。

 

……それだけだ。それだけでカカシは心惹かれたのだ。今思うとあれが初恋というやつだったのだろう。天真爛漫な笑顔を浮かべ、生きていることが幸せでたまらないという感情が周囲に発散されているかのようだった。カカシの過去は決して明るいものではなかったからこそ彼女の笑顔があの時のカカシには眩しく見えたのだ。

 

そのあと直ぐに戦争へ向かうことになったカカシを待っていたのは、過去の経験が塗りつぶされるほどの絶望だった。友は小隊員を庇って戦死、形見をこの身に宿して仇討ちには成功したものの、最後の班員は自身に封印された尾獣の暴走を止めるために自らカカシの千鳥に貫かれて亡くなった。

 

 あれからずっと悩み続けている。あの時の判断は正しかったのか、今の力があればあの悲劇は避けられたはずだと自責の念に囚われている。

 

 アンコに対して抱いていた感情もその時どこかへ置いていってしまったのだろう。いまや恋愛対象としてアンコを見ることはないが、少しだけあの時の気持ちを思い返してしまったのは、アンコが追いかけて行った藍染との先日の会話で少し気が安らいだせいなのかもしれない。

 

「藍染上忍。そろそろ年貢の納め時じゃないですか」

 

 風に舞う木の葉に思いを乗せて。木の葉は急な上昇気流で高く高く飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ!? もう出て行った!? 何で止めないのよっ!!」

 

 急いで死の森の入り口に建てられたテントへ戻り、藍染を見てないかと聞いたところ返って来た答えが『もう第二の試験のゴール地点である塔へ出発した』とのことだった。

 

「いやっ。藍染上忍もお急ぎのようでしたし、事情があってゴール地点の医療部隊との打ち合わせ時間が急遽早まったと聞きましたので――」

 

「打ち合わせ? そんなの聞いてないわよっ!?」

 

「そ、そんなことはないはずです。確かに書類に連絡事項としてありました!」

 

「ええぃっ、うるさい! 私も塔で一足先に受験生を待つから後はよろしくね!」

 

「ええ~。……もう行っちゃったよ」

 

 

 

 大蛇丸が受験生に紛れ込んでいるかもしれないという情報はまだ漏れてないはずだった。それにも関わらず藍染は第二の試験が始まったばかりだというのに急いでゴール地点へ向かった。五日の予定で行われる試験でいくら用事があったとしてもあまりに早すぎる。十中八九大蛇丸の情報をどこかで掴んだのだろう。上忍衆にも顔が広いだけでなく、かつて担当上忍として教わっていた身としてアンコのように大蛇丸の何らかの気配に気づいた可能性もある。藍染は実戦力としての価値は高くないが、指揮する戦術家としての力に秀でている。だからこそ上忍衆の統括部に若くして先見の明を買われて採用されたのだ。

 

「ちっ」

 

 ゲートを開けて飛び出した。中忍試験の下見で何度も確認の為『死の森』での演習を繰り返し行い、実際に五日のサバイバル訓練を合わせると一月近くはこの場にいることになる。アンコにとってもはや庭同然の地だというのに、胸には強い焦燥と恐怖が巣食っていた。

 

 三忍の一人大蛇丸。その名は他国に響き、噂で語られる以上に弟子のアンコはその確かな実力を恐れていた。あらゆる術を使いこなし、冷酷な判断で味方ですら使い捨てる。そしてなにより慎重だった。臆病なほどに自己の研鑽に費やし、貪欲に知識を求め続けるその姿は名に冠されている通り蛇のようで、その求める視線の先が見えてこない。隣に立っていても、同じ方向を見ているようで全く別の方向を見ているような底知れなさに同じ人類であるかも疑わしいほどだった。

 

(もし本当に木の葉を裏切っていたら私は勝てる? いや、勝てなくても良い。藍染さんさえ守り切ればっ)

 

 思い返す。アンコの字が上達するまで辛抱強く付きっ切りで見守ってくれたこと。嫉妬から陰湿な虐めを受けていた際に、綱手様を紹介して周囲を黙らせてくれたこと。美味しい紅茶の入れ方やお菓子の作り方を教えてくれたこと。仲の良い友人が戦死した時、何も言わずに寄り添って一緒にいてくれたこと。火の国で開催された花火大会で、下駄の鼻緒が切れたアンコを負ぶって屋台を冷やかしたあの夜。

 

 アンコの胸の奥に芽生えていた負の感情は消え去り、瞼の奥から熱い何かが溢れそうになっていた。自覚していた思いが再燃する。大蛇丸への染み込んだ恐怖すら心を挫くに値しない。それはこの思いが間違いでないことの証左となる。

 

 

「先生! 私は今あなたを巣立ちました。もしもの際はご容赦をっ」

 

 

あれから一日近く死の森を探索している。道中気配のする方向へ向けて隠密行動を続けているが、出会うのは受験生ばかり。それでも念のためしばしの観察をおいて大蛇丸かどうか判断してみるが、本当に大蛇丸であったのならそもそもアンコに隙を見せるはずもない。藍染との合流が最優先事項と、中央にある施設への道を急いだ。

 

 

 不意に樹上から巨大な蝙蝠がアンコに翼を広げて襲い掛かって来る。落ち着いて手裏剣を両翼に投擲。身動きの取れなくなった蝙蝠にそのまま正面衝突するかと思えば、宙でクルリと一回転、二回転して位置エネルギーを運動エネルギーへと変換する。あわや蝙蝠との衝突を避けたアンコは背後でそのまま地へと落ちてゆく空気の流れを感じ――――違和感に気づいた。

 

 

 確かに蝙蝠は身動きが取れない状態だった。にも関わらず地に落ちる嫌な音は聞こえない。聞こえるのはじゅるっと何かを啜る音。脳内で警戒音が鳴り響く。アンコはそれに逆らうことなく、術の印を結んだ。

 

『潜影蛇手』

 

 袖から口寄せした蛇が勢いよく近くの樹木の幹に巻き付いて、そのままアンコの体を凄まじい速度で引き寄せる。つい先ほどまでアンコのいた場所が空間ごと大蛇の下顎で閉じられた。もしあのままいたら、等と考える暇も無く体は現在とれる最善の方法を導いた。

 

 苦無二本の同時投擲。しかし、大蛇はその巨体に似合わない俊敏さで頭を引き戻して回避し、再びアンコに圧倒的質量で突撃を繰り出さんとする。何を思ったかアンコはそれを避けようともしない。

 

「アァッ!?」

 

 大蛇の動きが止まる。大口を開けたまま口端(くちは)からおびただしいほどの出血が認められた。そこでようやく大蛇は気付く。先程の二本の苦無の輪に透明な鋼線が通されて繋がっており、獲物と大蛇の進行方向に張り巡らせていたのだ。血が滴ってハッキリと目視できるようになったそれに、捕食者と非捕食者が逆であったことに気づくのが遅すぎた。巨体故に一度速度に乗ってしまえば止まるのも容易ではない。上顎ごと両断される寸前に大蛇の息は絶えてしまった。

 

 もう危険は去ったというのに、アンコは大蛇の死体を前に構えるのを止めなかった。

 

「……先生。あなたですよね」

 

 死んだ筈の大蛇の上顎が大きく開かれる。ズルリズルリと粘着質な音を伴って咥内から何かが這い出てくる。底気味悪い。まるでこの世のもの(・・)とは思えない(おぞ)ましさに、アンコは怯みかけた己に喝を入れる為苦無で指先を傷つける。

 

「随分と久しぶりねアンコ。……それは師に向けるものではないと教えなかったかしら?」

 

 アンコは黙って向かい合った。何が正しくて、何が正しくないか。それら全てを教わった相手であろうとも、一般的な良識から信ずるに値する人物かどうかの人物眼は備わっている。

 

「あら。こんなのちょっとした冗談じゃない。なかなか腕を上げたわね。……私の新しい弟子に比べたら成長性はないけど」

 

「あなたが新しい弟子を!? ――いやっ、まずは聞きたいことがあります先生」

 

「何かしら? 気分が良いから一つだけ答えてあげる」

 

 立ち居振る舞いから隙だらけ。それは絶対的強者の余裕でもあり、わざと見せた隙を逆に喰らいつくす反撃への呼び水でもある。どちらか一つならば対処も出来よう。その両者を兼ね揃えているから大蛇丸は油断できない。

 

 今雑多なことを質問しても確かな答えが返ってくることはない。手荒い手段で聞き出すことは出来ない以上、投げかけるのは肯定か否定かの答えしか返ってこない質問こそが重要。

 

 

「木の葉の神隠しの犯人はあなたですか?」

 

「……神隠しというのがどの事件のことか心当たりがないわね。それが分からない以上、答えはノーよ」

 

「ちっ」

 

 失態した。アンコが聞くべきは大蛇丸の事件の関与の有無ではない。誘拐された被害者に対して行われた措置であった。まともに大蛇丸が質問に答えるか定かではないが、最悪安否の確認はできていたかもしれない。大蛇丸の性格を考慮に入れるべきであったにも関わらず、アンコも師との時間を空けすぎてそこまで考慮していなかった。

 

「それよりアンコ。あなた私と共に来なさい。いつまでもこんな里に閉じこもっているから成長しないのよ」

 

「……お言葉ですが先生。それは抜け忍教唆と捉えてよろしいですね」

 

 得物を構えかけた右腕を上からそっと押さえられた。瞬身の術。彼我との距離は10mほどだった。反応しようと思えばアンコでも反応できる距離であったにも関わらず、大蛇丸が腕を押さえるまで瞬身の気配についぞ気づかなかった。瞬身の術ならばもっと素早く移動できるものは木の葉にもいるだろう。人の心を見計り術を使用するタイミングがここまで達者な忍をアンコは知らない。

 

「そう事を荒げないの。実は先生に伝えて欲しいことがあってね。これを渡してもらえるかしら?」

 

 冷汗を流して緊張している様子のアンコを気にした風でもなく、懐から出した巻物をアンコの手に押し付けた大蛇丸はそのまま土遁の術で地面へ潜ってゆく。

 

「お待ちください先生! 私は今も先生を敬愛しています。木の葉に翻意はないと信じてよろしいのですかっ、先生!」

 

 そこには掘り返された新しい土だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 追跡は困難と判断。当初の予定通り第二の試験の到着地である塔で藍染と合流した後に大蛇丸から手渡された巻物の対応を相談することにした。

 道中藍染の姿はなかったのでおそらく既にたどり着いているだろう。結局アンコが大蛇丸に出会って分かったことはほとんどない。やはり交渉は藍染に任せるのが良かったのだろうか。

 

「いや。あの感じだと誰が相手でもあまり変わらない……か」

 

 自分に言い聞かせるように呟いた。 

 

 道を進んでゆくと木々の隙間から塔が見えてきた。『死の森』にいる間はあまり気にしていなかったが、文明を感じさせる建物を目にすると汗がジトッと肌の表面に浮かんでいるような気がしてきた。それに臭いも。一度気になってしまうとなかなか頭から離れなかった。塔で藍染と合流する前に塔に備え付けの施設で体を清めたほうがいいだろう。

 

 塔の上で監視をしていた忍がアンコを見つけて手を挙げた。それに返しながら塔の扉を開けた。直ぐに試験に駆り出されたくノ一がやって来る。

 

「お疲れ様ですみたらし特別上忍」

 

 何度か見た覚えのあるくノ一。青髪を二本のおさげにして垂らして活発な感じのする子だ。記憶を辿ると確か数年ほど前に中忍になった子だ。アンコ自身がその時も試験官をやっていたので良く覚えている。

 

「おつかれっ。受験生でもう着いたのいる?」

 

「はい! 今年は歴代最速記録を出した受験生もいたようで」

 

「へぇ~」

 

 上着に着いた汚れを軽く振り払いながら相槌を打つ。

 

「そういえば、藍染上忍は着いてる? 私より早く出発したみたいなんだけど」

 

「いえ。そのようなことは聞いていないですね。少し遅れているだけなのでは?」

 

「……そう」

 

 胸によぎった不安が拭えない。何かアンコのあずかり知らぬ所で不吉なことが起こっているような……そしてそれは現実の物となった。

 

 

 翌日、藍染の死体が塔の外壁で見つかった。

 

 

 死体は刀が胸の中心に突き刺さったまま外壁に縫い留められて、血が小さな滝のように流れ落ちている。何度見ても、何度確認してもその像が崩れることはない。いつも周囲を和ませる笑顔を浮かばせていた顔は青ざめて虚ろだ。温かな眼差しを感じさせる(まなこ)は濁って何も映さなかった。

 

 

 藍染の死体が暗部の手によって降ろされ、アンコの目の前に置かれても実感が湧かない。今にも起き上がってまるで悪い冗談だったよと茶化してくれるような気がして、凶器を抜く暗部の雑な扱いに怒りと同時にようやく実感を覚えた。

 

「ねぇ。嘘でしょ藍染さん。起きて、こんなところで寝ると風邪をひいちゃいますよ」

 

 肩を揺するが返事はない。アンコは手に染み付く液体の感触も、鼻を刺激する臭いも無視して藍染にしがみ付いて何かしらの反応を返して貰おうと揺すり続けた。

 

「おい。そこまで――」

 

「――しばらく好きなようにさせてやれ」

 

 アンコを止めようとする暗部を別の暗部が説き伏せる。それすら今のアンコには眼中にない。反応が返って来ないのが分かると、腹部の刺し傷から漏れる血液を防ごうと包帯を巻き始めた。まだ間に合う。そのはずだと。

 

「そうっ! そうよ! 今木の葉に綱手様が帰っておられる! あの伝説の三忍ならっ」

 

 急いでその場から身を翻した。その場から藍染を動かさないようにと暗部に強い口調で命令して駆ける。目指すは木の葉の中心地。

 

 

 

 

 

 

 

 今はただ早く、速く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誤解を膿む

藍染(速水氏)とボンドルド(森川氏)が聞き分けられない。友人は分かって当然のような振る舞いでした。


 

 

 

 

 手には冷たい感触。愛しい人を必死の治療でこの世に繋ぎ止めようとしても叶わなかった。医療を志す者には避けられない患者の死。皆それを乗り越え、あるいは向き合って己の中でその気持ちを安定させるものだ。溢れだしそうな涙も、思いも、あるいはそのどちらも。

 

 

 綱手はまだあの日に囚われていた。あの時もっと自分に力があったなら助けることが出来たのかもしれない。そう思わない夜はなかった。目の前で人を喪う怖さに血液恐怖症になってしまった愚かな身なれど、医療忍術の研鑽と新たな知識の発掘を欠かさなかったのは綱手の罪の意識の深さ故であろう。

 

 

 だが綱手は今何も出来ずにいた。血相を変えて走って来た可愛い弟子同然の必死な懇願でさえ、いざ患者を目の前にすると手の震えが止まらなくなる。

 

 千手でもう唯一の血が繋がった親類である藍染を目の前にして。

 

 

 腹部に刺さっていた刀は藍染の隣に寝かせてある。刀身には赤黒い血が一部凝固して残りは滴り落ちていた。綱手の見立てからして致命傷であることは間違いない。それでもどこかで信じられないままでいる。地面に伏せて泣きながら綱手に頼み込むアンコのように現実感がないのだ。 

 

 ただ震えて立ち尽くす綱手の代わりに、シズネが藍染の腹部に掌仙術をあてて治療の体をとっている。表情は酷く浮かない。身内である綱手と違って藍染とほとんど付き合いのなかったシズネは医療従事者として既に理解しているのだ。

 

 藍染惣右介の生命活動は停止している。

 

 

 アンコが疲れ果てて意識を失うまで、時間はまるで止まっているかのようだった。綱手の冷たい、冷たい手には意識を失った彼女が必死にしがみ付いていた痕が痛々しく残っている。肉腫れの痛みがこれは現実で、朝になれば忘れてしまう悪夢ではないことを残酷に教えてくれていた。

 

 

 

 

 

 

コッコッコッ

 

 いつもは楽し気な音を奏でる一本歯下駄は今日は虚しく廊下に響く。

 

 コッコッコッ、カッ

 

 

 軽快な音が部屋の前で止まった。自来也がドアを開けると、既に幾人かが部屋に集まっている。まず木の葉の隠れ里の代表である三代目火影、猿飛ヒルゼンが部屋の中心に、その相談役であるうたたねコハルが左側に。反対側にはもう一人の相談役である水戸門ホムラがいるはずだがそこは空席で、一つ空けて木の葉の裏の顔であるダンゾウがいた。思わず自来也の顔が苦々しくなる。

 

 昔から師のヒルゼンと対抗し、顔を合わせる度に嫌味を言われていたのを弟子の自来也が良く思うはずもない。

 

「ワシが呼んだのじゃ」

 

「……そうか。ホムラのじっちゃんは?」

 

「別件にあたっておる」

 

 当の本人がそういうのならば、それをどうこう言うまい。空いていた椅子に体を預けて、ヒルゼンに会議の進行を促した。緊急事態に木の葉の上層部が揉めている余裕はない。今は事件の早期解決の為団結すべきだ。

 

「まずは皆集まってくれたことに礼を言おう。現状の把握の為、周知の事実も話すが誤りがあればその都度訂正してくれればありがたい」

 

 衝撃的な藍染の死。それから既に一週間経っていた。中忍選抜第二の試験中に試験範囲で起きた事件ということで、一時は受験者によるものかと推測されたがそれは直ぐに否定された。

 

 藍染は上忍として決して戦闘力は高くないが、低くもない。下忍クラスにむざむざやられるとも考えにくいし、実力が上忍を超える者相手には逃げるくらいの判断力と実力は備えている。

 

 それに加えその場に残された凶器が受験者説を否定することとなった。

 

 藍染の胸を貫通していた刀は『草薙の剣』の一振りとされているものだった。三忍である自来也にも見覚えがある。同じ三忍の大蛇丸が武器として使っていたのをかつて戦場で見たことがあった。

 

「藍染暗殺は大蛇丸が関わっているとみて間違いないだろう」

 

「そう慎ましやかな表現をせずとも、犯人と言ってはよいのではないか?」

 

 早速ダンゾウがヒルゼンに指摘する。それにヒルゼンもささやかながらの抵抗を見せた。

 

「今のところは容疑者じゃ。……まだな」

 

 それでも現状は状況証拠ではあるものの大蛇丸が犯人である可能性が非常に高い。みたらし特別上忍が『死の森』で大蛇丸の姿を見たとの報告もあり、本人も身の潔白を証す為に姿を現すこともないのだ。

 

 それに追い打ちをかけるように先程から口を閉ざしていたコハルが、

 

 

「藍染の死から数日後に暗号班へ密書が届いた。神隠しにあった人物の被害場所と時間を解析して割り出された拠点が三つほど記された暗号がな。暗部の部隊に調べさせた結果、1カ所被害者の遺留品と人体実験が行われていた痕跡が見つかったぞ。そしてみたらし特別上忍は藍染上忍から大蛇丸に接触する前に、もしものことがあれば火影に注意喚起を託されていたらしい」

 

と現在の状況を簡単に説明した。

 

「状況を鑑みれば、藍染が遺した証拠品と見ていいだろう。みたらし特別上忍は大蛇丸の弟子で本人からの言伝だけでは信頼されにくいと考えた故。話がすんなり通るではないか?」

 

 ぎろりと眼光強く後押しするダンゾウにヒルゼンも渋々頷いた。確かに二人の言うことは何も間違ってはいない。弟子である大蛇丸の犯行を疑いたくない気持ちも師としてはあって当然。

 

 しかし、あんまりにも話がうますぎる。先見の明のある藍染ならもしものことを考えて事前に準備していたのもおかしな話ではないのだが、これは長年木の葉の細事に気を配っていたヒルゼンの勘によるもので、確かな証拠がないまま大蛇丸を真犯人として手配してしまったら、取り返しのつかない事態になってしまうようなそんな気がしていた。

 

「……分かった。里内で大蛇丸の動向を探るように暗部に命令しよう。『根』にも同様にな。ただし、発見次第情報は優先的に通してくれ。――これは弟子可愛さ故ではないぞ。そも奴が本気ならば里に対抗できる戦力など限られているからな」

 

「ワシにも頼むのォ。同じ三忍の不始末は三忍で片付けるのが当然だ」

 

 心残りがあった。今でこそ同じ三忍と肩を並べているが、自来也にとって大蛇丸は幼い頃より競って負け越していたライバルだ。大蛇丸に比べて、自身の要領の悪さに嘆いて恨んだこともある。また真正面から対抗してみても、上手くはぐらかされて相手にさえされなかったことも。

 

 思えばこちらが一方的にライバル扱いしてばかりで、大蛇丸にはただの小隊メンバーとしか思われていなかったのだろう。向き合う相手を、深める友誼になってやることが出来なかった。もし自らにもっと力があれば、このように一方的に疑われることも無く、それどころか自来也が『あいつはそんなことをする奴ではない』と大声で主張できていただろう。

 

 

 それが酷く悔しい。

 

 

「そういえば綱手姫はどうした?」

 

 コハルは不思議そうな顔を自来也に向ける。そもここに呼ばれたのは綱手も一緒だった。

 

「……ここに来る前に扉越しに声をかけたが……返事すらなかったのォ」

 

 

 藍染は一人暮らしで、唯一の遠類である綱手が喪主として葬儀を上げることになったのだが、最初に軽い挨拶をした後に奥の間に引っ込んでしまった。シズネとアンコが代理で参列者たちの相手をしていたのだが、藍染は上忍衆、木の葉病院の医療忍者・患者にアカデミーの関係者と顔が広く、直ぐに屋敷内は埋め尽くされて庭にまで参列者が並ぶことになってしまい、とてもさばき切れない参列者の波に飲み込まれそうになっていた。自来也も参列者として参加していたのだが、途中からは仕切る方に廻ったのを昨日のことのように覚えている。

 

 死因が死因なので検死の為、葬儀には藍染の遺体が置かれてはいないものの、忍の遺体は遺されていないことが多いので特に誰にも不審に思われることはなかった。さすがに中忍試験中に何者かに暗殺されたとあれば木の葉の外聞に影響を与えかねないということで、一部の関係者を除いて公式には病死とされている。

 

 自来也が扉越しでも綱手がいる部屋だと確信したのは、声を掛ける前に聞こえた嗚咽と時折鼻をすする音が部屋から漏れていたからだ。

 

 

「……自来也。お前は綱手に付いてやったほうが良いのではないか?」

 

 師の声はいつもより弱々しく自来也には聞こえた。綱手はかつて弟と恋人を亡くしており、血の繋がりのある相手は藍染ぐらいしかいなかった。親しい異性が彼女を遺して続けて去ってしまう。遺されたほうは死者の想いを受け止め切れずに堕ちてしまうのではないかとヒルゼンは危惧していたのだ。

 

「いや。付き合いが長いが故に、落ち込んでいるところは見られたくないものだ。……綱手は頑固だからな。今は一人でいる時間を作ってやったほうが良いだろう。監視はシズネに任せとるがのォ」

 

「……ならば何も言うまい。今は事件の早期解決が重要じゃ。他国の受験者にも外出を控えるよう注意喚起をしてくれ。弱みを見せることになりかねんが、もしもの際には説明義務を果たしたと責任転嫁できる。人材が必要ならばアカデミーの教員を引っ張ってきても構わん。他里への任務の発行を一時制限して里内で動ける忍の確保に努めるのじゃ」

 

 直ぐに火影としての手練手管に優れた顔が顕れる。コハルだけでなくダンゾウも文句ひとつ無く静かに頷いた。

 

「お主らの活躍をワシは確信しておる」

 

 ヒルゼンの顔に刻まれた皺や疲労の跡が、積み上げてきた経験を研磨して無駄な部分を削ぎ落した証だというのも納得がいく。火影とはやはりこうあらねばならない。後顧に備え、部下を信じ、動じない心。そして何より里を愛している。

 

 若かりし頃に見た背中の大きさは、年老いて腰を屈めた今でも変わってないように見えた。

 

 

 

 

 その後も細かい連絡を終えて会議は閉会した。一人残されたヒルゼンは懐から巻物を取り出す。アンコを通して手元まで届いた巻物にはある機密情報が記されていた。

 

「大蛇丸……お前はいったい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潜入任務は実のところ自来也の得意とするところだ。幼少期から覗きで鍛えられた隠遁術と遠見を駆使すればよっぽどの警備状況でなければ大抵の場所に潜入することが出来る。里の一大事にその能力を使って自来也がするのは……やはり覗きだった。

 

 潜入任務と人探しでは分野違いで、木の葉の暗部に任せたほうが効率良い。もともと木の葉から離れることが多かった自分よりは、常日頃木の葉に住まう忍のほうが地理に明るく、いざ大蛇丸が見つかった際の為に少しでも余力を残しておくのは間違いではない。連絡用の蝦蟇の配置も抜かりはない万全の状態だ。

 

 結局のところ、それが自来也の人生に大きく影響を与えることとなる少年との出会いに繋がったのは運命なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二次試験終了後から中忍選抜試験本戦までの一か月。受験者はそれぞれの対戦相手に備えて対策を行い、修行や休養に各々自由に時間を費やす。カカシも本戦まで勝ち抜いたサスケの修行を見ると共に自らの牙を研ぐことに一念した。

 

 

 二次試験終了後にサスケに接触しようとした大蛇丸には脅すつもりが、逆に死のイメージを脳内に叩き付けられ、その部下と見られる薬師カブトが藍染の死体を暗部に化けて調査していることに気づいたものの、まんまと逃げられてしまった。

 

 前線から離れて、命の駆け引きによる極限の集中力が薄れてしまったのだ。木の葉の白い牙と呼ばれた父がこの様子を見れば幻滅するだろう。

 

 思い知らされる己の無力。藍染上忍が亡くなった際にカカシは何の言葉もアンコにかけてやることが出来なかったのだ。犯人だと思われる大蛇丸相手に今の状況では一矢報いることさえ出来ないと理解したカカシは片手一本での『崖登りの行』等の厳しい試練を己に課して苛め抜いた。永遠のライバルを自負するガイに負けず劣らずのひたむきさで、忍界大戦の時のような一瞬一秒に命を燃やすような特訓は教え子のサスケにも良い影響を与えたようで、みるみる内に実力を伸ばしてゆく。

 

 サスケの伸びしろは天才と言われたカカシですら目を見張るもので、今の実力はカカシには及ばないものの、数年で直ぐに追い抜いてしまうことが簡単に予期出来た。

 

 本戦まで一週間をきると、修行のペースを少し落とす。最初はそれに焦れったいような素振りをしていたサスケも直ぐにその意味を理解したようで、カカシも安心した。

 

 サスケが本戦に向けて伸ばした基本能力は体術だ。忍の戦闘の基本であり奥義でもある体術は日々の積み重ねが物を言う地味な特訓で、なかなか急激な成長は見込めない。しかしサスケにはうちはの『写輪眼』がある。同期で砂の忍に負けはしたものの、中忍クラスの体術を持っていた木の葉のリーから学習した観察眼で効率的な筋肉とチャクラの動かし方をほとんどそのまま再現出来てしまう。もともと戦闘センスは高かったので、リーの直線的な動きに我流のフェイントや身のこなしを取り入れると直ぐに、本人レベルまではいかないもののかなり近い速度での戦闘が可能になってしまった。

 

 

 しかし忍術ならともかく、体術は動きそのものが出来るようになったところで、戦闘スピードが脳内の反射速度についていけなければ咄嗟の対処に遅れて、適切な判断を下すことが出来ないのだ。普通なら何年もかけて上達する体術に慣らしていくのでサスケのようなちぐはぐに困ることもないのだが、優秀過ぎる『写輪眼』の副作用ともいうべきだろう。

 

 そうした意識が体に追いつく時間が今のサスケには必要不可欠。それをカカシが説明するまでもなく理解するサスケが今のカカシには嬉しくもあり、少し羨ましかった。

 

 カカシもまだまだ教え子には負けていられないと内心奮起していると、

 

「カカシッ!」

 

怒号のような叫び声が周囲に響く。声の方には目を真っ赤に晴らしたアンコが小さく丘陵に立っていた。カカシが気づくと手を招いて、何も言わずに丘の向こうに姿を消してしまった。

 

 どうやら内密の用件だと理解したカカシは、サスケに修行を続けるように言い含めて大人しくアンコの消えた丘へと向かう。藍染の葬式で見た消沈した様子ではないようだが、あまり機嫌も良くなさそうで現在の不穏な状況を鑑みると厄介な任務であることが容易に想像できる。

 

 あまり気乗りしないまま丘の頂上へ上ると、下った先の鬱蒼と茂った森への入り口にアンコが立っていた。影で表情は見えないものの、こちらを注視しているのは分かる。カカシが近づいても今度はしっかりと待っていた。

 

「……あまり良い予感はしないけど」

 

「……でしょうね。火影様の命令で里内へ緊急帰還よ」

 

「はぁ~。……仕方ない、サスケに先に帰ると伝えて来るとするよ」

 

 もうしばらくサスケの修行と、戦闘の勘を取り戻したかったところだが火影様の命令とあっては仕方あるまい。サスケの方へと向きを変えたカカシにアンコが肩を叩いて声をかけた。

 

「あら、忘れものよっ」

 

 首元に殺気!

 

 身を低くして、急所である首をガードする。カカシの木の葉のジャケットの背中部分から鮮血が地面へと飛び散る。もし伏せていなければ首の太い血管を切り裂かれていただろう一撃に、痛みで声を上げたい気持ちを押し殺して、二転三転と地を転がって襲撃者との距離をとった。修行で少しは勘を取り戻していなければ致命的な怪我を負っていたかもしれない。

 

 

「何故だっ!? アンコッ!」

 

 血の付いた苦無を油断なく構えるアンコ。その瞳は充血して真っ赤に染まり、瞳孔が縦長の形状へと変化している。それだけではない。アンコの首元から禍々しい呪印が体中に広がり始めている。

 

 直ぐにカカシは片目を塞いでいた額あてをずらし上げて『写輪眼』を発動させた。チャクラを目視できることも可能な『写輪眼』は呪印で体を覆っている場所から普段のアンコの倍以上のチャクラを感知する。大蛇丸を思わせる強力なチャクラに怯みそうになった己を叱咤した。

 

 とても通常の方法で手に入れたとは思えない力で、アンコは声を掛けても答える様子はない。怪しげな力で我を失っているのだろう。そうでなければカカシをいきなり攻撃する理由もない。

 

(……犯人は……言うまでもないか)

 

 

 戦闘用の忍具はサスケとの修行場所においてしまって、手持ちは僅かばかりだ。それに今の暴走状態のアンコを傷一つなく捕らえることは困難だ。

 

(それでも出来る限り、やってみるかね)

 

 煙玉の代わりに、足裏のチャクラで地面の土を蹴り撥ね飛ばしてアンコに土砂を叩きこむ。彼女には視界が制限されるが『写輪眼』を持つカカシにはチャクラで見てとれる。

 

 アンコは回避することなく、真っすぐ突っ込んできた。

 

 

 土砂のカーテンから顔を覗かせた彼女の瞳はチャクラの薄い膜でコーティングされており、目を見開いているにも関わらずその角膜には傷一つ見当たらない。剥き出しになった犬歯は砕けそうになるほど噛みしめられていて、その咬筋力から繰り出される運動能力は通常の獣を優に超えている。

 

 カカシの顎に向かって下から虚空を穿つような破壊力の貫手はすんでのところで顎先を掠めて、逆に空ぶった貫手を掴んで関節技につなげようと―― 

 

 

 

――アームロックをしようとしたカカシの腕からいとも容易くアンコが抜け出す。

 女性特有の柔軟な筋肉と軟体法を大蛇丸から仕込まれているアンコは、カカシとほとんど密接した状態にも関わらず、すり抜けた動きで極小の円を体の各部位で行って加速した貫手を今度は正しくカカシの腹部に命中させた。

 

ボン

 

 白煙がカカシだったものから上がり消え去り、アンコの右腕に確かにあった感触が消える。カカシが最初に砂煙を立てたのはアンコの視界を塞ぐことだけが目的だったのではない。その際に影分身の印で実際の戦闘力を推し量ることが本来の目的だった。

 

 

 

 樹上で戦闘の成り行きを監視していたカカシは直接の肉弾戦が不利であることを悟ると、中距離主体で動きを制限して疲労を狙う作戦に変更した。このまま時間稼ぎに専念して逃げ続けることもできるが、近くにはサスケもいる。今の錯乱したアンコでは襲われかねない。

 

 こちらに注意を向ける為に先程拾った石を足元に投げようとした瞬間、アンコは動いた。迷う様子も無く一直線にカカシのいる木を目指して地を這うかのような動きで向かって来る。

 

(何故!? アンコは感知タイプではなかったはず――)

 

理屈はどうあれ、カカシの居場所を何らかの方法で感知していることは事実。直ぐに木の根元まで辿り着くと、樹上のカカシを薙ぎ払う為に印を結んだ。

 

『『風遁・真空波』』

 

 同時にカカシも写輪眼で同じ印を結び、両者の真空波が二人の間でぶつかりあう。口から一筋のカマイタチを吹く技で威力はそこそこで隙の少ない術だ。にも関わらずアンコの真空波は一息で幾つものカマイタチの層が重なった強力なもので、同じ術を使ったにも関わらず一筋のカマイタチを放ったカカシの術は拮抗することもなく正面から弾き飛ばされた。

 

 

 カカシのいた木の幹は真空波で真っ二つに裂けるだけに止まらず、周囲の木々をなぎ倒して、解き放たれた暴風は枝葉ごとへし折って遥か上空へと運ぶ。

 

 術者の練度によって術の破壊力というのは変わってくるがもはや同じ術とは思えない威力に、鉄球付きの鎖で難を逃れたカカシの額からはうっすらと冷汗が垂れる。正しい印と適切なチャクラ量で術を発動したのは間違いない。アンコの術があそこまでの威力を秘めているのは状況からしてあの呪印による効果によるものだろう。

 

 倒れた木々の隙間からアンコの様子を確認する。まだこちらの動きは掴んでいないように見える。ならば何故先程はカカシの位置を正しく把握出来たのだろうか。

 

(やはり何か条件があるのか?)

 

 息を潜めて地面に伏せていると枝葉の隙間から難を逃れた小さな蛇が抜け出てくる。黒い鱗の蛇はカカシに空気が漏れるような威嚇音を発してその牙から薄緑色の毒液を分泌して見せた。

 

(毒蛇!? こんな時に……)

 

「そこかっ!」

 

 カカシが苦無で蛇の首を刎ねる前に、アンコがカカシに気づいた。直ぐにその場から離れて、カカシは地面に倒れた倒木に火遁を放ちアンコへの牽制をする。土砂は何の痛痒も感じていなさそうだったが、火遁はさすがに厳しいのだろう。アンコの足は止まり、後ずさるカカシを視界の中心に捉えて見逃さない。

 

(蛇の毒液に反応した……!? いや、匂いで感知するなら俺の血液に反応しているはず。蛇の威嚇音……、それにあの柔軟なアンコの動き、蛇のような瞳孔。微妙な振動を感知している?)

 

 蛇は耳や鼓膜が退化してしまっている代わりに内耳と呼ばれる内部器官が存在している。皮膚で地面や空気、草が動くわずかな振動でも音として感じ取ることが出来るのだ。もしそうであれば身を隠す効果は非常に薄い。今はまだなんとか距離を保っているが遮蔽物を先程の攻撃であらかた吹き飛ばされた今、一度距離を詰められてしまえばあの体術に抵抗できるか怪しかった。

 

(残された手は……)

 

 考えるカカシに、アンコは手裏剣を投げつけて、一息タイミングをずらして彼女自身がそれに続く。一撃目をなんとか弾いて、次のアンコに対応する為に印を結び始めたカカシの両足が不意に動かなくなる。

 

 ヒョウ柄模様のカカシの太ももぐらいはありそうな蛇が地面から這い出て両足をしっかりと縫い留めていた。抜け出そうと体を捩じらせると、アンコの風遁で倒れた木の枝葉からゾロゾロと先程の毒蛇が数百匹単位で背後を埋め尽くしている。

 

(さっきの蛇……なるほど、火遁で怯んだわけじゃなくて、後ろのこいつ等と襲うタイミングを合わせただけのことか……)

 

 蛇の口寄せはさっきの風遁がぶつかりあった時にしておいたのだろう。口寄せは契約さえしておけば比較的簡単な印で呼び出せる。

 

 

「カカシっ! さっきから五月蠅いと思えば……」

 

 アンコとカカシがぶつかるその瞬間突然の乱入者がかつて森だった奥から現れる。修行の間に伸びた黒髪を掻きながら少年、サスケが戦意剥き出しで戦闘を眺めていた。

 

「――不味いっ。来るなサスケッ!!」

 

 修行の成果を確かめたい気持ちは分からなくもないが、上忍クラスの戦闘に巻き込まれては下忍のサスケでは堪らない。未来ある若き才能がここでみすみす絶えてしまうなんてことがあって良い筈があるまい。

 

 しかしサスケにはカカシの声が耳に入らない。入っているが無視して、カカシに後方より襲い掛かる蛇の群れに『火遁 豪火球の術』を放った。結果は上々、蛇たちは低い唸り声を上げて火炎の中で鱗をパチパチと爆ぜさせている。

 

 そしてそのあまりにも大きな隙をアンコが狙わないはずもなかった。カカシにはその光景がスローモーションのように見える。一コマごとにアンコの苦無が、豪火球の術を放って隙だらけのサスケの首元にどんどん引き寄せられてゆくのをただカカシはそこで無様に見ていることしかできない。目を閉じることも、祈る事さえ――

 

 

「止めろーーーっ!!」

 

 

 だからこそその瞬間をハッキリと捉えることが出来た。アンコがサスケの首元を掻っ切る為に振りかぶった片手が――――不意に止まる瞬間を

 

 

 いや、正確にはアンコがサスケの首元を見た瞬間に動きが止まった。アンコはそこに有るはずの無い物を見たかのように体が硬直してしまっている。

 

どうして――どんな理由で――いやっ――サスケッ!

 

 

 背中に負った傷のことなどとうに頭に無い。雷切で脚を拘束していた蛇の胴を切り裂くと、瞬身の術で傷跡を開きながらアンコの目の前まで飛んでサスケと逆方向へと蹴飛ばした。そこでようやくアンコも我を取り戻して受け身をとる。サスケは動揺で未だ動けないままだ。

 

 アンコが口寄せを風遁の隙にしておいたのと同様に、カカシも口寄せをしておいたのだ。先程までの茹った頭では冷静な考えが出来ていなかったが、サスケの無事が確認出来た今ならばまともに頭が働きだす。

 

(ありがとうオビト。俺は忍としてはクズかもしれないが、お前の教えのおかげでそれ以上のクズにはならないでいるみたいだ)

 

 地面から出番はまだかと機を窺っていたカカシの忍犬が口笛を合図に八方よりアンコに襲い掛かった。八匹の内の一匹であるパックンはカカシの肩に乗って周辺に残りの蛇が残っていないか感知している。

 

(当然、この程度では捕まらないか……)

 

 四脚で人には出来ない機動力と速度を持つ七匹の忍犬が同時に襲ってもアンコは柔軟な動きでいなし、足首に噛みついてきた顎を逆に蹴りでカウンターをお見舞いする程度には余裕な動きだ。

 

「パックン。サスケを避難させておいてくれ」

 

「了解。お前も無理すんじゃねぇぞ」

 

 写輪眼に映るアンコのチャクラは未だ活発だ。サスケと同じ呪印のそれは宿主の精神に影響して莫大なチャクラを供給する。しかしそれは都合の良い強化手段では決してない。下手に強化状態を長く続けていればその分体に返って来る疲労やチャクラの枯渇によって死に繋がる可能性もある諸刃の剣だ。現にサスケも呪印の力を使った後強い疲労で体が動けなくなってしまっている。

 

 それは幼い頃より呪印の力を授かっているアンコとて例外ではない。

 

 余裕を持ってかわしていた攻撃の判断が遅れている。額に浮かぶ汗は限界の時間が近いことの顕れだ。ただでさえアンコは藍染の死から式の手伝いや犯人の特定や追跡。精神的支えを失ったことで睡眠すら碌にとれていない。疲労は本人の与り知らぬところでピークに達していた。

 

 カカシは忍犬達がこぞってアンコに襲い掛かっている場所へ土遁・土流壁で平面の土壁をつくると、その根元を雷切で地面ごとくり抜いた。自然、土で出来た壁は重力に従ってアンコたちの方へ倒れる。つい先ほどまで忍犬たちの波状攻撃をかわしていたアンコに比べて、事前にカカシの合図があった忍犬達は既にその場所から離れるか、土遁で地中へ潜ってしまっている。

 

 唯一、反応の遅れたアンコはそれでも並外れた反射神経で回避行動に移った。

 

――大きな影がアンコの顔にかかった。

 

――次の瞬間、土の壁がいくつもの瓦礫に分かれて加速してアンコに降り注いできたのだ。

 

 土の壁の奥から雷切を手に宿したカカシが出現する。雷切でぶち抜いた土流壁は不規則な軌道でアンコに迫り、その俊敏な加速の要である右大腿に命中した。ふらついた足元に今度は先程のカカシのように土中から忍犬たちが強力な顎で噛み付いた。

 

 さすがのアンコもこれには参って、背後から音もなく近づいたカカシに当身をくらい沈黙した。

 

「ふぅ」

 

 目が覚める前に急いで忍具を取りに帰ったカカシに全身を拘束されて身動き一つ出来なくなる。直ぐに覚醒したアンコには呪印が体中から退いて先程のような抵抗は出来なくなってしまっていた。

 

「――カカシッ!!」

 

 なおも暴れるアンコにカカシは疑問を抱いた。先程は呪印の影響で目の前のカカシを襲ったのだとばかり考えていたが、正気を取り戻したアンコは目の前の自身を親の仇でも見るかのような眼で睨んでいる。かつて戦時中でも同じ眼で見られた経験のある身としてその判断は間違いないように思えた。

 

「どうして――」

 

「――動くな!」

 

 瞬身の術で一人の暗部が現れると、それに続いてボンボンと何人かが周囲に続く。ようやくの援軍にカカシの肩の荷が下りたような気さえする。

 

「随分と遅いお出迎えで」

 

「黙れっ!」

 

 軽い皮肉にしてはやや強い返し。きっと不穏な現状で暗部もあちこち駆り出されているのだろうと納得した。

 

「アンコの拘束はそのままに営倉へ入れておけ。単独行動に命令違反の罰則だ」

 

「はっ!」

 

 二人の暗部がゆっくりとカカシに近づいてくる。――何かがおかしい。

 

 何故武器を下ろさない。何故こちらを警戒している。同じ木の葉の忍にも関わらず彼らの態度はまるで――

 

 

「さて。大人しくお縄につけカカシ。無駄な抵抗は為にならんぞ」

 

 

――まるで犯罪者へのそれだった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遺された想い

 木の葉の里でしばらく拘束された後にカカシは裁判にかけられることとなった。弁護人の席は空席だ。傍聴席で裁判の成り行きを見守りつつ、第三者として公平な情報を提供する上忍衆がその大半で、カカシを完全に擁護する立場の存在はこの場にはいない。

 

「では山中上忍。事件の経緯を説明したまえ」

 

「はい」

 

 見知った顔が上忍衆の席から立ち上がり証言台に立つ。それを見やるカカシの瞳に光が少し宿った。

 

「中忍選抜試験中に何者かの手によって命を落とした藍染上忍ですが、当初は同試験中に現れた大蛇丸の手によるものだと思われていました。藍染上忍からの情報提供によって神隠しの犯人だということがほぼ確定していたからです」

 

「続けなさい」

 

「しかし、みたらし特別上忍が遺品の整理を行っている最中に彼女に対する遺書と思われる書留が見つかりました。この場で纏めた内容を読み上げさせていただきます」

 

『アンコ君。この神隠しの真の目的は人体実験の為ではない。

 

ある狙いの為に仕組まれたものだったのだ。人体実験はその目的の為の副産物という側面が強い。

 

その真の目的とは風影の暗殺だ。

 

中忍選抜試験の時だけ他里に対して開かれるこの時期において、里の警備はその周辺に特定される。一度試験に受験者として招待された後はその警備に忍は置かれるものの、本人確認は入場の際以降チェックされることはないんだ。

 

この神隠しを仕組んだ何者かは里の内部にその疑念をばら撒いて、他国への眼を逸らす囮の役目としての意味合いが強い。中忍選抜試験本戦において、各国の大名が参加する中での風影の暗殺は木の葉の信頼を著しく落とし、それを理由に火の国の周囲に伏せていた忍へ軍事介入と称して侵略行為を行わせる可能性が非常に高い。一度その戦争が始まってしまえば、各国の隠れ里が利権を求めて介入し始め第四次忍界大戦が勃発してしまう恐れもある。

 

人体実験をしてこの作戦を裏で画策していたのは大蛇丸様でほとんど間違いないだろうが、木の葉の内部で誰にも見られずに人を攫い暗部の監視をすり抜ける内通者の存在は不可欠だ。

 

 そしてその忌まわしき者の名は同じ三忍の一人、自来也。

 

 今夜、僕は死の森の監視塔前に彼を呼び出した。

 彼の企みは何としても阻まなければならない。

 彼が退かぬなら刃も交える覚悟だ。

 

 だがもし僕が死んだなら、アンコ君。

 

 君はどうか僕の意志を継ぎ彼を討ってはくれないか。

 

 それが僕の最後の願いだ。

 

 君の兄弟子としてではなく、一人の男として君に願う』

 

 

「我々がこれを発見した時、疑問に思いました。かの藍染上忍は果たして自分が死んだ後、別の誰かに代わりに戦えと言い残すでしょうか? それも三忍の一人相手に何の策も用いることもなく一人で出向いて、その尻ぬぐいをみたらし特別上忍にさせるような男なのでしょうか? かつて藍染上忍の指揮で共に戦った贔屓目抜きでもあり得ません。もし内通者がいるとしても自来也様は里を離れることが多いのでメリットがほとんどない上に、三忍が二人も裏切っていたのならばこのような回りくどい作戦は必要ないでしょう」

 

 そも三忍が二人揃えば真正面からでも風影を暗殺することが可能だ。であればその必要性は薄い。

 

「この書は改ざんかあるいは偽造されている。それをした何者かは自来也様の存在が邪魔でみたらし特別上忍に藍染上忍への敵討ちをさせようとしていたのでしょう」

 

 アンコは容姿端麗で肉体も成熟している。自来也は他国に響くほどの剛の者だが、彼を良く知る人物ならば美人にめっぽう弱いという弱点も良く知られている。殺しは無理でも少しの時間稼ぎや弱体化ぐらいならと考えたのだろう。

 

「しかし、書の作成もそう簡単ではありません。藍染上忍は書の名人でもあり、幻術によって本人に書かせた可能性も無くはないが、数日間続けて掛けないと精神状況が安定しないために字に震えが表れる。そのような兆候はなく、筆跡は本人のものの可能性が高い」

 

 分からなかった。カカシには何故この場に召喚されたのか未だ理解が及ばないままでいた。今出来ることは経緯の説明を聞き逃すことのないよう耳を傾けることだけだ。周囲からの理由も分からない疎外感から、カカシの世界を切り離すのにも丁度よかった。

 

「書の真偽はどうであれ、書の前半部分には納得できる部分はあります。それは神隠しの内通者の存在。大蛇丸と内通し、暗部の動きを予想出来る木の葉の忍。藍染上忍を倒す程の実力を持ち、本人の筆跡の再現すら可能な人物とは……『写輪眼』のカカシをおいて他にないでしょう」

 

「――そんなっ!? あり得ないっ」

 

 手錠で繋がれた両手で目の前の机をたたき壊すかのように強く打った。それに反応して室内の暗部が音も無くカカシを囲む。敵対の意志はないことを無抵抗を貫いて証明して見せはしたものの、心内は決して穏やかではなかった。

 

 誰が謀反の疑いを掛けられて落ち着いていられるだろうか。全く身に覚えのない罪状でアンコに襲撃を受けて何の説明もされずに今ここにいる。何かの間違いだろうと、その場で大人しく拘束されたカカシに……。亡き父の偉大さゆえの期待と、あらぬ汚名をそそがんと木の葉に尽くしてきた生涯を否定されて、心穏やかにいられるはずもなかった。

 

「俺は無実だっ! そもそもそれは状況証拠に過ぎないっ!」

 

「――私もそう考えていたっ!」

 

カカシ以上の剣幕で山中上忍は声を上げた。暗部の囲いを破って目の前に詰め寄った顔には悲哀と怒り、そして疑いが混ぜこぜになって彼自身でも未だ感情を整理できていない。しかし、その熱量は怒りに満ちていたカカシをすら一時冷静にさせるには十分だった。

 

「……カカシ。ここにいるほとんどがお前を疑いたくはなかった」

 

 今彼の顔に浮かぶのは無。全ての感情を呑み込んで受け入れた覚悟を感じる。その表情が先程の複雑なものよりカカシにとっては恐ろしく思える。不可逆なスイッチをいつの間にか押し込んでしまったのだ。

 

「二次試験の最中、『死の森』でお前と藍染上忍が言い争うのを見た木の葉の忍がいる。勿論記憶を読みとって真偽の確認は済んでいる。それに――」

 

「――それに?」

 

「この遺書の内容と同じものがお前の家で見つかった。ご丁寧に自来也様の名前があった場所にはお前の名が書かれている物がな」

 

 もはや言葉も出なかった。確かに藍染上忍が『死の森』に向かう前に見かけはしたものの、あの場で直接会った覚えはない。遺書の内容どころか、存在さえも今初めて聞いたというのにそれを偽造することなど不可能だ。

 

 

「…………あり得ない。『写輪眼』がなくとも字の写しぐらいなら訓練すれば可能だ。――そう、それに藍染上忍は手本として多く書をのこしている。それらを編集すれば遺書の内容の改ざんも難しくない。これは誰かが陥れるためにした工作の――」

 

 

「――それが最後の弁論だな、はたけカカシ上忍。容疑者は今述べられた状況証拠の数々と偽造した遺書を有力な証拠として、有罪判決を下す。特別な理由のない限り木の葉への謀反、共謀罪は処刑と決まっている。処刑日については追って報告する。傍聴席の上忍衆諸君、異議はあるかね?」

 

 カカシの抗議の声が裁判室に響いたが、それは当然のように黙殺された。上忍衆が席を立つ騒音を背景に暗部へ拘束されて別室へ連行される。それでもカカシの耳には数名の異議申し立ての声が届いた。彼の抗議と同様に無かったことにされてしまったが、それでも悲壮な声や怒声が胸を震わせる。悔しいやら、虚しいやら、情けないやら。己が胸に感情の奔流が渦巻くのを感じながら俯いた。

 

 酷く不謹慎なことにこの状況に覚えがあったのだ。

 

 

……かつての父とその境遇に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「火影のじっちゃん! なんとかならねぇのかってばよっ」

 

 火影の執務室にて大量の書類仕事に追われていたヒルゼンに、真正面から向かう少年。ナルトは最初こそ信じられなかったものの実際に先生が拘束されている状況を鑑みるとそれが真実だと考えざるを得なかった。

 

「絶対何かの間違いだってばよっ! あのカカシ先生が藍染先生を殺すようなことなんてっ!!」

 

 火影の笠の下で弱ったとばかりに溜息をつくヒルゼン。

 

「……こちらも引き続き調査を続けておる。ワシとて信じたくないのはやまやまなのじゃがなぁ。証拠が残っている以上、新たな物証がなければ一度決まった有罪を取り消すことなど出来ん」

 

「そんなの火影のじっちゃんが言えばなんとでもなんだろっ!?」

 

 そんなに甘い筈がないと声を上げることが出来ればどれほど楽なのだろうか。上忍衆の賛成多数で決まった刑、それも確かな証拠が揃えられている場合その上位にあたる火影であろうとも覆すことは難しい。火影は超法規的な存在では決してないのだ。むしろ忍達のトップである火影はその分掟や法律に強く縛られていると言ってよい。もし今火影の権力を無理やり行使してカカシを助け出した場合、ヒルゼンの信用は落ち、信任投票で火影の座を降ろされ上忍衆の言いなりになる火影を新たに担ぎ上げる可能性もある。それは今まで木の葉を支え続けてきた先人たちの意志を踏みにじる行いなのだ。

 

 しかし、目の前で必死にカカシの無罪を主張する子はまさに今の木の葉を継いでいく火の意志。それも亡き四代目が遺した木の葉を救った救世主でもある。ヒルゼンの出来る限りの力を尽くして、ナルトに及ぶ危険を遠ざけてはきたものの完全には防ぐことは出来なかった。九尾の襲撃による木の葉の里の復興は忍界大戦をようやく終えて復興途中の木の葉の里に追い打ちのように起きた事件であり、里の英雄である四代目が命を懸けて封印したのが実子であると知られてしまえば、一方で復興の希望の象徴と言葉では言いつつも、もう一方の被害者及びその親族の恨みや不満は収まらない。最悪その両者の間に致命的なすれ違いが起きて、内乱が勃発しかねなかったのだ。

 

 そうした里内の争いは他国に突かれかねない。再びの大戦でより致命的な被害が出るよりは、ナルトを九尾が封印された呪われた子扱いをすることで、誰にとっても都合の良い共通の敵を用意して団結させることを望んだ結果だ。

 

 一歩間違えれば歪みかねない。――いや、実際に歪んでしまった部分も多くあるだろう。それでも今は真っすぐ自分の信じる人を疑うことのない立派な少年になった。

 

 ならばヒルゼンの出来る限りでその力になってやらなければならない。それがナルトに恨まれ役を押し付けた里の上位陣であるヒルゼンの責任でもある。

 

 それにやはりヒルゼンでも納得がいかなかったのだ。あの写輪眼のカカシと他国で知れ渡る男の忠誠心は強く、ヒルゼン自身も次期火影に推すほど信頼していた。彼ほどの男が大蛇丸と共謀していったい何を得る? 権力、力、あるいは女。それら欲しさに藍染を殺すというのはやはり考えにくい。二人の仲は良好だったと記憶している。藍染とミナトは仲が良く、その弟子であったカカシが恨む理由もない。

 

 

 だとすると動機はカカシの父であるサクモが木の葉の忍の中傷により自殺まで追い込まれたことへの復讐か。

 

 しかし木の葉を中心に忍界大戦を起こして混乱を招くほどの破滅願望と、怨みを持ち合わせているにしては、今までそのような兆候を見せてなさすぎる。任務なり、教育なりで裏工作をやろうと思えばいくらでも可能だったにも関わらずカカシの経歴は驚くほど白い。

 

 なによりカカシの家で見つかった藍染の遺書の写しがきな臭い。本当にカカシが裏切っているのだとしたらあのような証拠が見つかるなんてことはありえないのだ。そんな初歩的なミスをするほどの相手なら数十年もの間、裏切りの為に里から暗躍出来てなどいない。

 

 

 

「邪魔するぞ」

 

 

 執務室に続けて入って来た男を見て、眉間の皺が少し和らいだ。

 

「おぅ自来也か。丁度いいところに来た」

 

「またこのガキが何かやらかしでもしたのかのォ? えっ?」

 

 ナルトの金髪のツンツン頭を上からゴリゴリと撫でまわす自来也を見て、思い出が蘇る。かつての四代目と自来也の面影がそこに見えた。

 

 (そうか……弟子にしたのか。……歳をとると涙腺が緩んでいかん)

 

 

 

 誰にも見えないように袖で潤みかけた目元を拭う。

 

「ナルトよ。少し席を外してくれるか。今からその件で自来也と話す必要がある。無論! お前の想いを最大限酌んでカカシを助けるために努力すると誓おう。中忍選抜試験本戦に備えて今回は儂に任せておけ」

 

「……わかった。でもじっちゃんだけに任せるのも悪いから、こっちはこっちでやってみるってばよ」

 

 駆けてゆくナルトの後ろ姿に、

 

「……法に触れるようなことはしないようにな」

 

 思わず頬が緩む。既に廊下に響く元気の良い足音が聞こえてきたからだ。その表情も直ぐに引き締まる。自来也と向き合ったヒルゼンの表情は浮かない。

 

 自来也も現状の拙さを十分理解していた。カカシの処刑は中忍選抜試験本戦の前日と既に知らされている。ナルトの前でそれを告げてしまえば本戦で戦う少年にとって精神的に大きな負担となり、十全な力を出すことも難しいだろう。それを慮って黙っていた。

 

「……やはり、難しいか先生」

 

「……認めたくはないがの」

 

 処刑日が早まったのは相談役が上忍衆に口を利かせたからでもある。しかし、それを一方的に責めるのは間違っている。木の葉の威信を疑われかねない現状を、神隠し事件の顛末を本戦までにつけることでその憂いを絶つという考えは道理に即している。問題なのは犯人がまだ確定したわけではないということだ。何かしらの対応をして事態を一段落させたいという気持ちは理解できるが、どうにもこれだけで終わる予感がしない。

 

「大蛇丸の居場所もとんと分からないと来たもんだ。参ったのォ」

 

「……自来也よ。今回の件本当に大蛇丸が全て企んでいると考えているか?」

 

「黒幕はほぼ大蛇丸だと思うが、木の葉の内通者だけでなく、他国の忍頭も絡んでいる可能性が高いのォ。その口ぶりだと三代目の考えは?」

 

「……これは極秘でワシの他にダンゾウしか知らぬことなのじゃが」

 

 そう前置きしてヒルゼンは懐から巻物を取り出した。大蛇丸が火影に渡すようアンコに託したものと同一である。内容については暗号で記されている為、訳された物は処分したが原文は未だヒルゼンの手元にあった。

 

「大蛇丸がワシに託したものじゃ」

 

「――っ!? その内容は?」

 

「これには『暁』と呼ばれる組織の構成と使う術が記されておる。お主は『暁』を知っておるか?」

 

「……聞いたことがある。金で紛争の戦闘を請負う組織は珍しくないが、奴らのメンバーは莫大な懸賞金がかけられた曲者ばかりだという噂だ。……しかし何故それを大蛇丸が!?」

 

「どうやら『暁』に潜入して得たこれらの情報でワシらにその『暁』の厄介払いをさせようとする魂胆のようじゃな」

 

「――それは全くもって面倒な事だのォ」

 

「しかし、それはあの大蛇丸を持ってしても『暁』を相手取ることは困難だということを意味しておる。今回の件もその『暁』の考えに従ったものかもしれぬ」

 

「結局分からんままということか……」

 

 

「この情報を伝えたのはそういう意味ではないぞ自来也」

 

「ん?」

 

「……ワシはカカシの処刑を止めるつもりだ。それで罷免され、罪人になったとしても。だから里の存続に関する情報をお前にも共有しておこうと思ってな」

 

「……本気か?」

 

「里に関してやり残したことは多くあるが、それはワシ以外の者でも出来ることじゃ。かつて九尾がこの里を襲って来た時に真に死ぬべきはワシじゃった。四代目に託された火の意志を今こそ守る時じゃと思う。老いたこの身に過ぎた立場を捨てることなど痛くも痒くもないのじゃよ」

 

 さすがによほどのことをやらない限り、本戦が終わるまでは火影の立場でいられるはずだ。各国の大名や有力者、風影まで火影の招待で集まっている場で代表者の変更など認められない。その後にどんな処遇が待ち受けているかは、その身で甘んじて受け止めるつもりだった。

 

 ヒルゼンの肝の据わりっぷりに自来也も感化された。久方ぶりに里に戻り厄介事に巻き込まれてはいるものの、師であるヒルゼンの人格と采配に尊敬の念を強めた。

 

 自来也にある決心を促す程には、師の姿は尊く思えたのだ。

 

ドンドンドン

 

 執務室のドアが強く叩かれる。返事を待たずに直ぐに扉は開かれた。

 

「火影様っ! 失礼いたします!」

 

 黒髪と息を乱しながら入って来たのは綱手のお付きであるシズネだった。精神が不安定な綱手を看ているはずだった彼女の登場に不安がよぎる。今の綱手から目を離すということはそれほどの事態が起きたということに他ならない。

 

「どうしたっシズネ? 綱手はいいのかっ!?」

 

「あ、自来也様もいらっしゃったとは――いえ、それより大変なんですっ!」

 

「何があったか言ってみよシズネ」

 

 落ち着いた声音でヒルゼンが焦るシズネを平静にさせる。一拍間を置いた後、ゆっくりと彼女は語りだした。

 

「実は綱手様が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里から離れた木の葉の訓練所。普段あまり利用されないその場所には殺気が満ち、周囲に潜む鳥たちや生き物が鳴き声を上げながら藪から逃げ出す。二人と一人がそこに対峙していた。

 

「約束通り来てくれたようね綱手。会いたかったわ」

 

「……奇遇だな。私もお前を殴り殺してやりたいと思っていたところだ」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三忍その名ゆえに

 

 

 

 コンクリートよりも強度があり、土遁でも潜り込めないように特別な素材が練りこまれている床や壁は伝わったカカシの体温をゆっくりと奪ってゆく。後ろ手で手枷を付けられている為、印どころか用を足すのさえ一苦労だ。

 

 裁判の後、拘束されて禁固されてどのくらいの時間が過ぎたのか。日の光も届かない地下では時間の感覚が薄い。最初の内は白粥と新香、水ぐらいは出ていたがそれも裁判の後にはなくなった。処刑の際には逃亡する気力が無くなるよう調整しているのだろう。

 

 実際、カカシの体力はジリジリと目減りしている。

 

 しかし、それ以上に精神に大きなダメージを受けた体は動こうという気力さえ奪ってしまった。虚ろな瞳はぼんやりと監獄の隅を映して、おおよそ感情という物が感じ取れない。時折守衛がやってきてカカシの姿を確認すると、興味を失ったように離れていく。

 

 また物音ひとつしなくなると、自身の心音がうるさいほどの静寂がカカシの手を引いて暗いほう暗いほうへと誘うのだ。

 

 己と向き合う時間は膨大に用意されている。何の娯楽も外からの刺激もないこの空間は嫌でもカカシに己と向き合わさせる。残酷な優しさが今は何より心を苛む。

 

 それが恐ろしくて、心内で数を数え続ける。

 

 鼓動の音はゆっくり進んでいるようで、急な不安に襲われた際には刻む間隔が速くなり不安定だった。

 

一つ、二つ、三つ、四つ

 

 十まで数えるとまた一からやり直しだ。

 

一つ

 

二つ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思考するのが億劫になるほどの時間が流れる。体に残された力も僅かでほとんど夢うつつの中、意識の空白の部分を埋めるように数を数えなおす。

 

 

 十まで数えることが困難になって……きた。

 

ぐらり、ぐらり

 

 

 落ちかけて覚醒しているのだろう。頭が納まる居場所を見失って、視界が揺らぐ。

 

 薄氷の上を歩いているような錯覚。一歩進むごとに不意に氷をぶち抜いてしまったかに思える。

 

 

グラリ グラリ

 

 

 どこか遠くで犬の鳴き声が聞こえた気がした。夢を見ているのだろう。

 

 

 カカシが冷たい床の感触さえも感じなくなり、夢の世界に入る間際のことだった。

 

ワンッ ウォーーン

 

 

 今度は間違いなく犬の鳴き声が耳に届いた。少し意識が覚醒する。

 

 聞き間違うはずもない。カカシの忍犬の声だ。

 

(何故……?)

 

 考えを巡らせようにも未だ意識がハッキリしないせいか、それ以上の思考が困難だ。倦怠感で体の端々まで脳の信号が届いていないので、気付けに自傷行為をすることすら難しい。

 

 カカシは牢獄の角に寄りかかっていた体を少しずつ動かして自重のままに身を横に投げ出した。ゴツッと生々しい音がして、どこか体の内側から離れていた意識が急速に戻って来る。額の横が床の突起で流血してしまったのだろう。視界の片方が制限されて痛みは覚えているが、意識は先程よりもハッキリしている。

 

 

 人の騒ぐ声が廊下の奥から響いてくる。今はまだ遠いが、普段音の聞こえない地下だからこそ聞き間違いのはずがない。

 

(……どこか襲撃でも受けているのか? それに何故俺の忍犬の鳴き声がこんなところまで……口寄せ契約の忍犬まで連帯責任を受けることはないはず)

 

 基本、口寄せ契約は人間でいう傭兵契約のようなものか、忍具の一種という認識が強い。勿論例外はあるが、犯罪者の忍犬までもが処刑されるようなことは聞いたことがない。

 

カンカンカン

 

 廊下の先から足音がどんどん近づいてきた。多数が刻む不規則なものではない。おそらく一人。

 

 カンカンカン

 

 牢獄の直ぐ近くまで足音の主がやって来ると、どうやら檻の中に収容されている人物を確認しているような素振りで一つ一つ見て回っている。ついにカカシの入れられている檻を見ると、

 

「ん! ここにいたのかカカシ」

 

「……ガイか」

 

 太い眉をいつになく角度をつけて真剣な表情のライバルがそこにいた。どこから盗って来たのか鍵束を一つずつ檻の鍵穴に入れて確かめ始めた。

 

「今、アスマと紅が表で騒ぎを起こして注意を引いてくれている。お前の忍犬もな」

 

 簡単に事情を説明しつつ、正しい鍵を探り当てると重い監獄の扉を外側から開いた。『さぁ』と外へ誘うガイの意向とは裏腹にカカシは動く気配がない。

 

「どうしたカカシ!? もしかして動けないのかっ?」

 

「…………」

 

 無言でガイの視線から目を逸らすカカシには動こうという気力さえ感じなかった。今も必死に時間稼ぎをしてくれている同期メンバーたちがいるというのに、じれったいばかりだ。ガイはカカシの腕を肩にかけて運ぼうとしたが、本人が出ようという意思がないので上手く誘導することが出来ない。

 

「カカシッ!」

 

「……俺は放っておいてくれ」

 

「――何を言っているんだ! お前は明日にも処刑されてしまうんだぞ!」

 

「……それが里の決めたことなら……従うさ」

 

 もはやカカシは覚悟を決めていた。それでも、最後に同期のメンバーが自分を助けに来てくれたことで一瞬でも助かると考えてしまった己の心の弱さに苦笑する。彼ら彼女らの気持ちは弱り切ったカカシの心を癒して、そして同時に巻き込んでしまいたくないというより強い気持ちを目覚めさせたのだ。大切だからこそ……かつての父も同じような思いだったのかもしれない。

 

「ふざけるなっ! カカシよ。お前のライバルとして一戦負け越しのまま勝ち逃げされてやるつもりはないぞ」

 

 腑抜けた横っ面をガイの平手が叩いた。

 

「お前が勝手に己の最後を決めるのなら、こちらも勝手にさせてもらうぞ」

 

 素早くカカシの首を打って気絶させると、ガイはそのままカカシを背負って牢からとびだした。担いだ体は脱力しきっているにも関わらず軽く、カカシの消耗を思い知らされる。

 

(精神も体もやられたのだろう。普段のカカシなら助けに来るのが遅かったと皮肉の一つぐらいは言ってもおかしくない)

 

 冤罪で処刑までされるとは、木の葉の上層部の焦りが見える。

 

 通路は狭く複雑に交差していた。行きは大体の場所は把握していたのでなんとかたどり着くことが出来たが、帰りは背中のカカシを気遣うのと増援の焦りから、一度通った道から逸れてしまった。

 

 

「くそっ! 道が分からん」

 

 一つ先の廊下では武装した忍の小隊が、先程カカシがいた牢へと向かっていくのが見える。なんとか身を隠すのに間に合ったが、直ぐに空っぽの檻に気づいて戻って来るだろう。

 

ワォーーン

 

 カカシの忍犬が遠くで吠えて脱出先を教えようとしてくれている。しかし、狭い通路内で響いてその出どころを探るのは困難だった。出口を探して長い通路を走っている途中のことだ。

 

 通路の奥の三叉路。その右側から足音が聞こえてくる。こちらが今走る通路は長く隠れる場所もない。足音の距離感だと戻って身を隠す時間もないだろう。

 

 ならば先手必勝。

 

 あまり怪我人は出したくないが、カカシが処刑されるよりはマシだ。

 

 緩めようとした歩調を、戦闘用に一歩一歩力強く調整する。背中のライバルを気遣って本気ではないが確実に一撃で戦闘不能になるだけの勢いで――

 

――繰り出された拳は、見事に空をきった。

 

 反応が良い。不意の一撃すら対応できる実力者に身構えると、

 

 

「危ねっ!? っとガイじゃねぇかっ。焦らしやがって!」

 

「――アスマかっ!? つい敵だと思ってな! ……すまん」

 

 呆れた様子の同期に、冷汗をかきながらも応じる。同じく下忍の担当上忍である猿飛アスマは一瞬納得のいかない表情を浮かべたが、事態の深刻さにそれを呑み込んだ。

 

「……紅が表で幻術をかけて時間稼ぎしてくれている。急ぐぞ、ついてこい」

 

 既にここの一画は里内で今一番注目を集めていた。追手には感知部隊と日向一族もいる。ここから無事脱出できたとしてもガイたちの関与はいずれ明らかになるだろう。

 

 これから先の未来に不安があるのも事実。しかし、もはや後悔はない。それだけの覚悟を決めて同期は作戦を決行したのだ。これからの木の葉の未来を担う優秀な上忍たちがこれだけ一人の男の為に力を注いだなら、上層部も人材損失を考慮して減刑の可能性も…………それ以上の無駄な思考は新たな妨害者に遮られた。

 

「……まさか、あんたが直接出てくるとはなぁ」

 

 アスマの表情は堅く険しい。それもそのはず。相手が誰であれ、ガイは打ち倒す覚悟を決めていた。それが目の前の男に挫かれそうになっていた。

 

 老いてなお上忍二人を圧す迫力。帽子に隠れて表情は定かではないが、視線は確かにこちらを見透かしていた。

 

「ここで何をしておる?」

 

 発する言葉がビシビシと不可視の熱波のように二人を打ち付けた。さすがは現役の火影。

 

 猿飛ヒルゼンは不動で行く手を塞ぐと、小柄ながらもアスマからは巨大な壁で出口を閉ざされたようにも思える。

 

 カカシを背負うガイは庇うように一歩後ずさり。それを見逃すヒルゼンではない。ジロッとすかさず背負う人影の正体に思い当たったようで、口の端から漏らすように長い息を吐いた。

 

 背後の方から大勢の足音が近づいてくる気配がした。もはや一秒たりとて惜しい。

 

 

「……通してもらうぜ。無理やりな」

 

 メリケンサックに刃が取り付けられたような自慢の得物で交戦の意を顕にする。ヒルゼンはゆっくりと袖の下でこちらからは窺わせない挙動をし始めた。印でも結んでいるのかと警戒を高める二人と裏腹にヒルゼンは何とも思わない顔で二人の死線を踏み越えて来た。それがあまりに自然に行われたので反応すら難しい。

 

「儂の背後の壁は仕掛け扉になっておる。五番目の曲がり角を左に行けば有事の際のセーフゾーンがあるからそこで夕日たちと合流せい。……後始末は任せておけ」

 

 呆然とするアスマの目の前で小声でつぶやいた。そのまま驚きのあまり反応できないでいるアスマに『急げ』と軽く小突いて再起動させると、未だ事情を理解できないままでいるガイにも同様にした。

 

 二人は納得のいかないまま、隠し扉へと入る。絶体絶命の中更に罠に嵌めるメリットもないので、ヒルゼンを信じて飛び込んだ。

 

「……どうやら俺たちは火影様に救われたらしい」

 

「…………親父」

 

 アスマの呟きは闇の中に静かに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

木の葉病院。

かつての名残を感じながらも一人、絶望に喉元を掴まれた女がそこにいた。

 

 霊安室は解剖用の器具の冷たい金属の輝きが、蛍光灯の白い光を反射して不気味に光っている。死体の鮮度維持の為冷え切っている室内は彼女の僅かに灯された希望の火さえも奪おうとしているように感じられた。

 

 トレッチャーに乗せられた死体の鮮度はまだ良好だった。特殊な封印術のおかげだ。

 

 藍染の死体は事件性から直ぐに解剖を望まれたが、それは女、綱手の手によって止められた。幸いなことに腹部の刀が直接の死因であることは間違いなさそうだったので、三忍の権力でそれ以上追及はなかったのだ。

 

 藍染の葬式で死体がなかったのは、火葬という形で逃れられない真実とするのを恐れたからだ。そして今も綱手はその真実と向き合うのをどうしようもなく恐れている。

 

 トレッチャーから数メートルの距離をおいたまま動けないままでいた。

 

 一歩勇気を出して近寄れば、あの生前の面影がかつての記憶とともに蘇る。

 

 そうして一時間。二時間と時間は残酷なまでに過ぎてしまうのだ。

 

 手は冷たく、体の震えは外側からの問題なのか、内側からの問題なのか区別できない。

 

 

「真実と向き合う気になったのか……?」

 

 心が麻痺して、入り口でこちらを様子見る自来也の出現にさえ大きな驚きがなかった。綱手の緊迫とは別に僅かに感じる期待で直ぐにそうではないと自来也は気付かされる。

 

 付き人のシズネから綱手が居なくなったと聞いて十数時間。木の葉病院での目撃情報があったと聞いて飛んでやって来たのだ。来てみれば思いつめた表情で藍染の死体を見つめる綱手の姿に何らかの変化があったことを確信した。

 

「お前……大蛇丸に会って何か唆されたのか?」

 

「…………」

 

 綱手は弾かれたように首を動かした。

 

 軽く鎌をかけてみたところ、思いがけず正解に行きついてしまった。

 

「止めておけ。死者の蘇生など不可能だ。例え蘇ったところでお互いの為にならん」

 

「――部外者は黙ってろっ!! 大切な者を亡くしたこともないくせにっ!! お前に私の気持ちが分かってたまるかっ! それに」

 

「それに?」

 

 激高で余計な口を滑らしてしまった綱手に、自来也は問いかける。本人も自らの失言に気づいて逡巡したが、一度口に出てしまったことを取り消すことは出来ない。それでも綱手は自来也の(さか)しい忠告を覆してやりたかった。

 

「この死体が本物だと決まったわけでは……」

 

 思惑とは反対に綱手自身の口から出た声音は弱々しく、最後まで言い切ることができなかった。大蛇丸から唆され一縷の望みを抱えて木の葉病院まで来たものの、いざ死体を目にするともう本物にしか見えない。

 

『何故そんなことが言える?』

 

 大蛇丸は鬼気迫る綱手に動じず笑った。

 

『信じられないのも無理ないわ。一つ言えるのは禁術を使ったからそう推測できたの。私から言えるのはそれだけ……。あなたが私の話を聞いてどう行動するかは自由。ただもし私の言葉が正しかったのなら木の葉崩しの邪魔はしないでね。それが危険を承知で出てきた義理というやつよ』

 

 

 それが大蛇丸の嘘の可能性は高い。結局のところ大蛇丸は綱手の三忍としての実力を封じることが出来ればいいのだ。綱手に希望を見せて、確かな藍染の死体という絶望で叩き付けて無力化しようとしていてもおかしくない。それが真実であろうと嘘であろうと大蛇丸からしたら綱手の行動を制御することが可能。

 

 しかしそんな薄っぺらい言葉に縋らざるを得なかった。

 

 綱手の付き人のシズネが生存確認を行っているのだ。可能性はほとんどない。

 

 

 床に沈み込むような綱手に、自来也は慰めるような言葉は使わなかった。綱手はもう十分辛い思いをしてきた。そんな彼女は血液恐怖症で更に酷いトラウマを抱えようとしている。もう彼女のような辛い境遇を負う者を生み出してはいけない。

 

 

「……お前はもう忍の技術を使うべきではない。きっと次こんなことがあれば、技術を持ちつつも満足にそれを活かせない自身を許せなくなる」

 

「――そんなことはっ」

 

「ないと言えるのかのォ」

 

「…………」

 

 自来也は日向一族に知り合いもいる。点穴に封印術を使えばチャクラを練ることも出来なくなるだろう。綱手の前で腰を屈めて、床を眺める彼女と無理やり視線を合わせる。

 

「ワシは火影に立候補しようと思っとる。三忍の一人である大蛇丸が裏切った以上、同じ三忍以外の候補者はネームバリューが弱い。各国の戦力バランスからしてワシとお前ぐらいしかあり得ないだろう」

 

「…………そうか」

 

 興味なさそうに頷いた綱手に喝を入れるように肩を叩いた。

 

「それになにより、老いてなお格好いい先生が羨ましくなってのォ。……どうするかはお前自身が決めることだ。せめて悔いのないようにな……」

 

 瞳の奥に僅かな光が灯った綱手を確認して部屋から出て行った。既に人を待たせている。少しばかり霊安室で冷えた体を身震いさせながら木の葉病院を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく肩の荷が下りた。

 

「いやぁ。本当に喜ばしいことじゃ。これで安心して次を任せられるわい」

 

 

 火影の執務室のある建物。その地下に続く階段をヒルゼンは可愛い弟子と連れ添っていた。自来也自ら火影へ立候補してくれるとはヒルゼンに望外の喜びが舞い降りて、最近の不穏な事件で病みかけていた気が晴れる。

 

 その様子に若干退き気味の自来也に慌てて咳払いした。

 

「実のところ、お主がそう言ってくれたのはかなりいいタイミングじゃった」

 

「どういう意味だ?」

 

「話したとは思うが、カカシを助ける為に忍びこんだのじゃが。その先でカカシを救う先客がおってのぅ。既に顔も割れているようで、ワシの指示で行動したということにしておいた」

 

「それはっ……」

 

 

「おそらく満足に動けるのは今日、明日が最後じゃ。その前に連れて行きたいところがある」

 

 地下へと続いていく階段は先程から下り続けているにも関わらず、まだ先が見えてこない。木の葉の地下深くにそのような場所があるとは三忍の一人である自来也さえも知らなかった。火影になると聞いて直ぐにその場所に案内されるということは火影しか伝わっていない極秘事項であるとはまず間違いない。

 

 ようやっと下りきった地面は堅い岩石の層のようで、大きな地震でも崩れそうにない安定した地質だ。ちょうど大人一人が通れるほどの大きさの通路がまだ先に続いているようだった。いくら鍛えられた忍とはいえまったく光源のない道を歩くには不安がある。明かりを灯そうと考え始めたところをヒルゼンに窘められた。

 

「ここから先灯りは無しじゃ。よいな」

 

 ヒルゼンは先んじて暗闇へと溶けていった。

 

 

「この先の封印術に影響があるのじゃよ」

 

 またしばらく、一時間は歩いただろうか。急にヒルゼンが止まりそれに倣う。

 

 小声で合言葉らしきものを唱えた後に、暗闇の中でギシギシと何かが蠢く気配を感じた。生物の気配ではない。それよりもっと無機質な何かがまるで生きているかのように正面から左右へと別れて大きな空洞をつくり上げているのだ。

 

 あきらかな異常に怯むことなくヒルゼンはその中に入っていってしまう。

 

 

 中に二人が入って、今度はまた蠢いた気配が先程とは逆に閉まった。『もう平気じゃろう』とヒルゼンが室内の明かりを灯すと、暗かった室内がほのかに照らされる。天井までの距離は十メートル程で滑らかな円錐のような空間がそこには広がっていた。そして特筆すべきはその空間は植物の根によってまるで繭のように包まれていることだ。先程蠢いていた正体はつまり植物の根だった。

 

「ここは初代様の特殊な木遁忍術で封印されていてな。ちょうど火影の執務室がある建物の真下に位置しておる」

 

 建物の周囲にある地上部分の木々はさほど大きくはないが、根は地下深くのこの場所まで伸びており、空間を形成しているのだ。地中の根は火の眩しさを嫌い、それを持って近づく侵入者に纏わりつくとチャクラを吸い取ってしまう。ヒルゼンが火を使わなかったのはその為である。

 

 そうまでして初代が、歴代火影が守りたかったものがそこにあった。

 

 木の葉を形成した一族の連判状。そして秘宝。各国から集めてきた特殊な忍具、重要書類。そしてそれらの奥に石碑が据えてあった。

 

 初代が遺した火の意志が彫られたそれは、火影継承の際に自らの血で上書きをすることでその意思を継いでゆく流れとなっている。本来ならヒルゼンも時間をかけて立ち会いたいところだったが、この先のことを考えると立ち会えるかどうか定かではない。正式な引継ぎはまた後でやれば問題ないだろう。

 

「自来也よ。本来ならばワシがお前に引き継ぐはずじゃったが、今後それが可能になるかどうか分からん。だからこの場で仮の火影承認の儀とする。本来ならばあり得ないことだからここに連れてきたことはなかったことにしてくれ」

 

 真顔の自来也を見てヒルゼンは苦笑した。そういえば道中もやけに静かだった。未だハッキリとした実感が湧いてないのだろう。かく言うヒルゼンもここに初めて来た時はガチガチに緊張していたものだ。

 

 一連の儀を終えると、地上へと再び舞い戻る。

 

 一度、用があると離れた自来也に、夕餉がまだだったと気づいたヒルゼンは食事の後に執務室で落ち合うことを約束して別れる。

 

 そうして再度顔を合わせた際に見た自来也の顔は、覚悟の決まった一人前の良い(おとこ)の表情だった。彼なりに考えて迷いが無くなったのだろう。本来ならもう少し考える時間をやりたかったが、緊急事態で無理やり覚悟を決めさせたようで悪い気もする。それでも前任の火影として伝えるべきことは伝えなければならない。

 

 

 

「もはや本戦で大蛇丸が何かしでかすのは決まりじゃろう。本戦まではワシが火影の任を務めるが、実質お主が火影だともう思ってもらいたい」

 

「おう!」

 

「……ならば最優先されるのは火影の命じゃ。大蛇丸はワシがやる」

 

 さすがにそれを聞いて自来也は黙っていられない。

 

「それは同じ三忍のっ――」

 

「――火影の任を甘く見るなよっ! こうして荒れる時期に次代の火影が万が一にでも亡くなってしまえばもはや木の葉に未来はないのじゃ。優先すべきはお前の命。それに比べてワシはもう降ろさせることも確定している老兵よ」

 

 自来也はやはりライバルである大蛇丸を特別視して、後悔している。しかし真に責を負うべきは師であるヒルゼンなのだ。もっと大蛇丸を良い方向へ導いてやれれば、きっとこうなることもなかったのだろう。

 

 そこまで主張しても自来也の顔色は晴れない。ライバルである以上、大蛇丸の実力をヒルゼン以上に理解しているが故の不安。

 

「なぁに例えあやつを倒すのが無理でも、五体満足では帰さぬ。命を懸けてのぉ」

 

「……ジジイ、無理はするなよ」

 

「余計なお世話じゃ。こう見えてダンゾウと戦闘訓練はしておる。まだまだ若いもんには負けんぞ」

 

 中忍試験本戦を翌日に控えた夜。久しぶりに夜通し語り合った男達はまるで子供のように笑いあった。これから先の騒動も、これまでの後悔も、目の前の安酒も。その全てを飲み込んで――

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

謎の男

中忍選抜試験本戦。

 

 今までの厳しい試験を乗り越えて、選ばれた強者が集い(しのぎ)を削る。下忍から見ればハイレベルの争い、上忍からすればかつての己の過去を思い起こし新たな才能を発掘する機会だ。どちらにしても里の威信をかけての真剣勝負は技量に関わらず学ぶ物が多い。

 

 

 少年は柄にもなく緊張していた。勝つために一か月間努力をしてきた。選抜試験を受ける前とは比べ物にならない程実力を上げた。

 

 それでも実戦を前にすると、微かに震えが走る。相手は砂の我愛羅。今までの試験で驚異的な実力を見せて相手を圧倒してきた。サスケは今まで死というものに触れてなさすぎたのだ。殺しは初めてではないが、それはこちらに圧倒的な実力差があった。小隊メンバーに命の危機が訪れたのは大蛇丸に襲われた時が初で、その後もアカデミーで教師をしていた藍染が死に、カカシが処刑されるかもしれない状況だ。

 

 サスケ本人が考えていたより自身は図太い性格ではなかったようだ。

 

 軽いアップのはずの手裏剣投擲も汗が服を重たくするほどやりこんでしまっている。常に動いていないと不安だった。

 

(こんなんじゃアイツを倒すなんて夢でしかない)

 

 手裏剣術のキレは記憶の中の男に及ばず、苛ついた態度は余計な力を肩に込めさせる。的を二連続で外したサスケは豪火球の術で的を燃やし尽くした。

 

 

「随分イラついてんじゃねぇかサスケ」

 

「……うすらトンカチ」

 

 

 同じ小隊のメンバーだが本戦で戦うかもしれないナルトの登場に煩わしさとは別に変な安堵の気持ちも込み上げる。それを隠そうと口から出てきたのはいつもの憎まれ口だった。チャクラの雰囲気から相当鍛えたのだろう。試験の際も爆発的な成長を見せて来たナルトに一か月もの修業期間を設けたのだからそれも納得できた。

 

「そんなんじゃ本戦で俺と当たったら一撃だってばよ。すっげー術覚えたからなっ!」

 

「はっ、お前じゃ一回戦にも勝てねぇよ」

 

「なにをっ! 日向の野郎はもうぶっ倒すって決めてんだ。……お前こそ大丈夫なのかよ?」

 

 無鉄砲であまりマイナス思考に陥らない少年は、珍しく真剣にサスケのことを心配しているようで思わず真面目な表情になる。

 

「…………あいつは……強いってばよ」

 

 砂の我愛羅。ナルトと同じく自分の中に何かが封印されて幼少の頃より孤独に生きて来た。それを良しとしなかったナルトと違い、我愛羅は孤独を生きている実感の為に多くの忍を殺すことでその意味を見出したのだ。

 

 人が生きるためにはなにかしらの意味を見出さなければならない。普通の幸せを享受してきた人間には理解できないだろうが、周囲から生を祝福されてきていなかった二人にとってそれは不可欠である。

 

 孤独を塗りつぶす思いが強ければ強いほど、力は増大するのだ。況や他人を傷つけることで思いを解消してきた我愛羅に宿る力は計り知れない。似たような境遇のナルトにはそれがどれほど恐ろしくて悲しいことか理解できた。

 

「――強くなければ意味がないんだ。そうじゃなければ俺の強さは証明されない」

 

「――!?」

 

 サスケの瞳に宿る光は冷たく、ある意味我愛羅よりも底が知れなかった。大事なものなど最初から持ちえない二人よりも、大事なものを根こそぎ奪い取られたサスケでは明確な敵意が違う。脳内の復讐相手から、怯んだナルトへと視線が戻ってくると瞳の色も和らいで普段通りのサスケがそこにいた。

 

「……そうだ。ここで立ち止まっている暇はない。どんな手を使ってもな」

 

「……サスケ?」

 

「さっさと行くぞ、うすらトンカチ。試合に遅れて不戦敗なんてみっともないからな」

 

「おいっ――待てってばよサスケ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本戦会場からおよそ2kmほど。墓標の立ち並ぶその中に強い意思を胸に秘めた女性が立っていた。

 

 藍染を殺したカカシは脱走してしまった。それを裏で画策した大蛇丸の行方も分からない。

 

 呪印の力を借りて仇をとろうとしたものの、木の葉でもトップクラスの実力を持つカカシには敵わなかったのだ。アンコ自身の疲弊も敗因の一部ではあるが、そもそもの実力差が大きく開いていた。

 

 自身の無力を思い知る。そうした経験は今までの忍生何度もあるものの、これほど強くそれを意識したのはこれまでのアンコの人生にない。

 

(藍染さん。あなたの敵討ちは私がやりとげます。……だから私に力を貸してください)

 

 不意な痛みがアンコを襲う。力を求める意思に呼応して首の呪印が暴走しようとしているのだ。想像を絶する激痛にまともに二足で立つことも出来ない。地に伏したアンコの歪む視界に藍染の名が刻まれた墓標が目に入った。

 

「……このっ程度の痛みっ!」

 

 今更この程度の痛みなんだというのだろう。呪印を通して伝わってくる大蛇丸のこちらを侵食しようとする邪悪な意志に抗い、決して屈しない心を持ち続ける。かつて慕い恐れた師がどれほどの高みにいようが、今の彼女には関係ない。

 

 アンコの首から背中を覆っていた呪印が嘘のように引いていく。相当の体力を消耗した彼女は荒い息を吐きながらもどこか満足気で、一つ壁を乗り越えた実感に包まれていた。

 

「驚きましたね。暴走するようなら止めるつもりだったのですが……」

 

「……あんたは……暗部? 火影様にでも私を見張るよう命じられていたの?」

 

穴熊の面に全身を覆う灰色のローブを身に着けた暗部が音もなくアンコの背後に立っていた。声からして女性であること、そしてかなりの実力者であることが窺えた。

 

「ええ。火影様の権限ではたけカカシの処刑は延期となりました。あなたはそれに従わない可能性から監視を仰せつかっています」

 

「チッ、それはまぁご苦労なことね」

 

 不満を隠そうという気も更々ない。この状況では例えカカシを見つけたとしてもまず暗部を相手にする必要がある。無傷で勝てる相手ではないだろう。勝てたとしても連戦では到底勝ち目がない以上、絶好の機会が無ければカカシの殺害は諦めるべきだ。

 

 カカシを捕える際はアンコの独断専行が営倉送りという軽度な罰で済んだのだが、火影様の命令で処刑が延期されたにも関わらずカカシを暗殺した場合、もはや命令違反が見逃されることはないだろう。

 

「……実はあなたにとってそう悪くない話があります」

 

 穴熊の面の奥で怪しく瞳が輝いている。それにアンコはどう答えるか迷っていると続けて暗部が説明した。

 

「私は暗部ですが、火影直属というわけではありません。『根』のものです」

 

「……あんたの話を信じるのは難しいわね。火影様の命令を遂行するのに何故わざわざ『根』の暗部が任務に就くの?」

 

「大蛇丸の襲撃と周辺国との国境沿いの警戒に人員が割かれているのはご存知ですか?

信頼のおける暗部は風影の周囲に配置されて全体的に人員不足なのですよ。それこそ『根』が動くほどにね」

 

「――それで『根』のあんたが私に何をやって欲しいの?」

 

 アンコはとりあえず『根』であることを信じることにした。ダンゾウの直轄である『根』は存在こそ知られているものの、実際に『根』の暗部を見たことがないアンコは特有の符号を知らない為に真実であるか分からないからだ。問題はこの暗部がアンコに何をさせたいか、それにつきた。

 

「……はたけカカシの暗殺ですよ。ダンゾウ様は火影様の独断での延期を許さず、次期火影候補で有力な彼が生き残る可能性をつぶしておきたいようです。そしてダンゾウ様が火影に就任した暁には功労者の罪は問わないと約束しています。あなたは藍染上忍の仇が取れて、私にとっては二人がかりで確実に対象を暗殺できる。両者にとって損のない話だと思いますが?」

 

「まだ分からない。……あんたを信じてよいかどうかね」

 

 暗部は面を着けて個人の特定と表情の判断を困難にさせる。彼女がその下で薄ら笑っているか真摯な表情をしているかは訓練された忍なら取繕うことはいくらでも可能だ。それでも素顔を明かすことは最低限の礼儀に思えた。

 

「……これでよろしいですか?」

 

 暗部の素顔は予想通り女だった。銀の混じった白髪に翡翠色の瞳が面の下から現れる。その二つが特徴的だが、全体の顔のパーツが整ってスレンダーな体型と均衡がとれている。木の葉でよく見る顔立ちではない。どこか雷の国や水の国の人間を思わせる美人だ。やや低めのハスキーボイスで問いかけられたアンコは一つ頷いた。

 

 変化の術を使っている様子もない。

 

「私の容姿は目立つので移動中は面を着けたままにさせてください」

 

「そのほうがよさそうね」

 

 再び穴熊の面を装着した彼女は迷いなく進みだした。最後に一度藍染の墓標に誓ってアンコは暗部の後についてゆく。呪印の力ではなく、おのれ自身の力で感知・制御しつつある新たな力を今確かに掴もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 中忍選抜試験本戦は順調に進んでいた。

 

第一回戦

うずまきナルト VS 日向ネジ

 

 序盤は日向の柔拳で近接戦闘に大きな後れを取りナルトは押され気味であった。それでも諦めないド根性で奇策を考え出し、不意の一撃を突くも『回天』という防御技で有効打を得ることは叶わず、逆に天稟の才により考案された奥義で体中の点穴を打たれてしまった。

 

 全身を巡らすチャクラの経絡系上にある針の穴ほどの大きさのツボが点穴だ。それを柔拳でチャクラを流し込まれて破壊、損傷した場合チャクラを練ることさえできなくなってしまう。

 

 絶体絶命かと思ったその時でさえも、ナルトは諦めることをしなかった。彼の中に眠る九尾のチャクラはむしろ普段抑え込まれているナルトのチャクラがないほうが活性化しやすいのだ。

 

 そうしてぶつかりあった両者のチャクラは僅かに日向側が打ち勝ったものの、九尾のチャクラを纏ったナルトの回復力とタフネスで地面を掘りぬいた不意打ちにより勝利は彼の物となった。

 

 無邪気にはしゃぎまわるナルトを観客席から見ていたサスケ。予想通り更に実力を上げていたナルトに嫉妬とそれ以上の戦闘欲求が狂おしいほど湧き上がってくる。

 

 本戦まで勝ち残った面子はどれも曲者揃い。これからの対戦相手である砂の我愛羅。傀儡使いのカンクロウ。風遁使いのテマリ。木の葉の奈良シカマル。蟲を自在に操る油女シノ。

 

 その中でも一番戦いたい相手はナルトだった。アカデミー時代からの知り合いだが、下忍へ昇格して小隊を組んでからの彼の成長ぶりは天性の才能を持つうちは一族のサスケでさえ驚嘆することばかりだ。意外性NO.1忍者とは担当上忍であるカカシの評価によるものだがナルトを適切に表している。チャクラの扱いが以前までのそれとは比べ物にならないほど上達していた。

 

 そして何よりあの恐ろしいチャクラ。サスケにとっての『写輪眼』に及ぶ、あるいはそれ以上の隠し玉がナルトにはあったのだ。

 

 試験官に呼ばれ、会場へと身を投げ出したサスケは改めて観客席を見上げた。小隊メンバーは勿論、会場には警備のためか木の葉の暗部が複数名。大名たちが噂のうちは一族の実力を計ろうと注目している。その中にやはり担当上忍の姿はなかった。

 

「では第2回戦、うちはサスケ VS 我愛羅。始めっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在アンコは火影を除く有力者たちの居住区にいた。上層部はその実力も伴っている者も多いが、寄る年波や事務・内政に集中する仕事に従事すると体が衰えてくる。

 またその家族を人質に取られることによる防護策として守りやすく安全な土地に一括で管理されるのだ。(火影にいたっては自身や周囲を守り切る実力あってこそのものなので考慮されていない)

 

 普段は厳重な警備を置かれているはずなのだが居住区は人の気配を感知できないほど静かであった。いくら中忍選抜試験本戦で警備が割かれているとはいえあまりにも少なすぎる。居住区に来るまでは暗部の先導のもとアンコは警備の隙を必死に窺って移動したというのに、ここに来て急に隠れる意義を失ってしまい拍子抜けしてしまった。

 

「……あんたここに来たことあんの?」

 

「文書を届ける際に数度。……流石にここまで静かではありませんでしたが」

 

 彼女にとってもやはり珍しい事態であるらしい。アンコはこの地域までやってきたことはないが、普段からこの閑散した状況であることは考えにくい。

 

 暗部に嵌められたのだろうかとにわかに戦闘態勢に入る。

 

「落ち着いてください。あなたを騙す為ならば最初に隙だらけの墓標前で処理出来ました。少し家屋の様子を見て来ましょう」

 

「……あたしも見てくる」

 

 未だに信用のおけない暗部とは離れた家屋の捜索をすることにした。木の葉でよく見る木造建築が通りの両側に一定の距離をとって並び、噴水のついた公園も近くにある。公園には子供が遊んだ後に放置したのだろう小さな補助輪付きの赤い自転車が転がっていた。

 

 その中でもある程度の大きさの二階建ての建物の開け放した窓へと近寄る。

 

「――つっ!?」

 

 急いでアンコは鼻を覆った。窓から見える内装は整っていて、高級そうな家具があまり主張しすぎないように適度な配置で置かれていた。天井から吊り下げられた照明が漆器の香入れをやさしく照らしている。

 

 そしてその中央で倒れている人影があった。うつ伏せになって顔は見えないが、背中のマントの中央付近は黒ずんだ血液が染み出た後に固まってしまったのだろう。出血死は免れない量である。

 

 もうほとんど血液の匂いはしない。その代わりにアンコの鼻を刺激したのは腐敗臭だった。状況の確認の為に内部を見渡すと死体の数は一人ではない。調理中の女性はフライパンを持ったまま、子供は玩具を持ったまま。どれもピクリとも動かなかった。

 

 アンコは窓から侵入すると最初に見つけた男性らしき遺体の眠る床の血液痕に指先を浸ける。血液が固まって指先でつまめるほど時間が経っていた。ここ数日の話ではない。しかし、このような惨状が今まで何故話に上がっていないのか? 明らかに何者かによって殺害されている。それだけでも大問題だというのに上役の関係者が亡くなったのならば里は大混乱の真っ只中にいてもおかしくはないというのに……

 

「みたらし特別上忍。……これは」

 

 穴熊の面が窓の外からアンコを覗いていた。

 

「――あたしはやってないわよ」

 

「ええ勿論。私のほうでも一緒でした。何軒か確認しましたが生存者はいないようです」

 

「……きな臭いわね。これも大蛇丸の仕業かしら」

 

 カカシの名を出さなかったのはアンコの無意識によるものだ。藍染上忍を殺したであろう憎い相手でもカカシがこのような無意味な殺戮をしないだろうという信がアンコにも残っていた。あれほどの証拠を残しながらどこか違っていて欲しいという思いがあったのだ。

 

 彼女にとってはたけカカシという存在は決して小さくない。だからこそその反動も強かった。

 

 イラついたまま一応最初の男性の顔だけでも確認しようと亡骸を仰向けにさせると、

 

「ちょっと! この人は――」

 

老人の顔が二人の目に入る。死後皮膚が腐敗してヌルヌルと液体が染み出ているが本人の顔が判断できないほどではなかった。

 

「水戸門ホムラ様!? 御意見番までっ」

 

逆立った白髪にレンズは衝撃で割れてしまっているが特徴的な黒縁メガネ。火影の御意見番の一人である水戸門ホムラに間違いなかった。驚きのあまりに冷や汗がタラタラとアンコの額に滴り落ちる。

 

 御意見番の仕事は多岐に渡る。文字通り火影に意見するだけでなく、昨今の情勢を調査し取りまとめて各所に報告したりと火影の補佐として日々暇がない。上層部の家族が殺害されたのなら噂に出ないのもまだ理解できるが、御意見番が亡くなりここまで放置されてきて何故悠々と中忍試験が開始出来ているのだろうか。木の葉の関係者による陰謀ならむしろこのような証拠を残すはずがない。

 

 ならば考えられるのは一つだけ。殺した何者かはこれだけのことをしておいてあの火影様とその暗部さえからもこの事実を隠し通し、違和感なく日々の業務を遂行させているということだ。

 

 もはやそれがどれほど馬鹿らしい考えかアンコには分からない。幻術の線を疑って幻術返しをしてみたものの、目の前の現状は何一つ変わってはくれなかった。幻術であればどれほどよかったかとごちる。

 

 アンコは背中の寒気が止まらないのを一時まで忘れようと暗部に向かった。

 

「もはやカカシの暗殺云々じゃないわね。早く火影様に伝えなきゃ」

 

「……その前に一人あなたに会わせたい人がいます」

 

 どこか深刻な様子で穴熊の面を暗部は外した。表情は読めない。

 

「それは誰? ダンゾウなら断るわ。今は一刻でも早く火影様にこの件を伝えなきゃ――」

 

「――時間は取らせません。ほら、あなたの直ぐ後ろに」

 

 アンコは正面の暗部を警戒しつつ、ゆっくりと振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 そこに男がいた。

 

 

 

男は明るい栗毛に眼鏡をかけていた。

 

 

 

 男は黒い和装にその上から白い羽織と、足袋に草履と和装だった。

 

 

 

男は腰に二振りの刀を帯びていた。

 

 

 

 男は端正な表情にどこか悲し気な表情を浮かべていた。

 

 

 

 男はアンコのよく知る人物だった。

 

 

 

「やあ」

 

 

 

男の名は『藍染惣右介』といった。

 

 

「藍染さん……!?」

 

 

「久しぶりだね。みたらし君」

 

 耳に届く優しい声は以前のまま。

 

「本当に藍染さんなんですかっ? ……亡くなられたはずでは」

 

 それでも疑わざるを得ない。確かにあの時藍染は死んだはずだった。あの冷たい肌の感触も鼻の奥に残る血の匂いも忘れようと思っても忘れられない。夢にだって見た。

 

 人はどうあがいても最後には死んでしまう。頭では分かっていたが、それを魂の髄にまで染み込んで理解させられてしまった。だから信じられない。

 

 こんな都合の良い事など、白昼夢を見ているかのようだった。

 

「生きているよ。この通りさ」

 

「……あ、藍染さん。藍染さん」

 

 うわ言のように呟きながらアンコは憧れの存在へと両手を伸ばしてゆっくりと近づいた。急に近づいて壊れてしまわぬように、目の前の儚い幻像が霞へと消え去ってしまった場合に自身の弱い心を必死で守るかのように。

 

 そうして羽織を恐る恐る掴んだ。確かにそこに布を掴む感触がある。

 

「……私は…………藍染さん……」

 

 

 目元に熱いものが溢れていた。最初は嘘だと信じていなかった。彼はもう亡くなったなど、確かに心臓は停止したなどタチの悪い冗談で人を傷つける無神経な人たちの戯言など聞きたくないと。

 

 それでも時間をおいてみればそれが当然だとばかりに葬儀が行われて、それから声に出して悲しむ人たちの噂話にさえならなくなるだけの時間が経つと無視できなくなる。

 

 藍染さんが生きて帰って来たらなんと言って困らせてやろうか、どうしてその罰を償ってもらおうかなんてたくさん考えていた。

 

 それが、いざ目の前に現れると何も浮かんでこない。言いたいことはいろいろあるのだろうけど、何一つ言語化出来ないでいた。

 

「すまない。心配をかけただろう?」

 

 男の手がアンコの頭をそっと撫でる。

 

 

(はぁ、藍染さんの手。暖かくて、大きくて)

 

 

(いつもと同じ。心を洗い流してくれる藍染さんの匂いだ)

 

 

 見上げれば心配そうに、そうして微笑まし気に見下ろす藍染の表情。

 

 

(本当に、藍染さんだ。もう、ダメかと思った。あの時、もう私はダメかと)

 

 

 藍染の着物を両手で掴んでアンコは顔を伏せた。感じる確かな鼓動と体温。偽物ではないと確信が持ててボロボロと涙の粒が流れ落ちる。

 

 

(でも違う。あれは嘘。嘘だったのよ。そう私には分かっていたもの。藍染さんが死ぬはずないって。私をおいて死ぬはずないって)

 

 泣き止まない彼女が藍染の胸元を濡らす。そうして彼はそっと優しく彼女の肩と背を両手で抱きよせた。

 

「少し痩せたね」

 

 寝食もまともに取れていなかったアンコは、ストレスも合わさり頬がややこけてしまっていた。健康的な肉体の持ち主であった時の藍染の記憶とはやはり違う。

 

 

「本当にすまない」

 

 

「君をこんなに傷つけることになってしまって」

 

 アンコは泣き顔を見られたくなかったこともあり、身長の高い藍染にも伝わるよう身を捩じるようにして否定した。

 

「でも君なら分かってくれるだろう」

 

「君しかいなかったんだ」

 

「僕にはやらねばならない事があり、その為に死を装い君に――」

 

「――いいんです。もう、いいんです。藍染さんが生きていてくださっただけで私はもう何もっ!」

 

 今はただ瞼を閉じて目の前の彼を感じていたかった。今までの辛い思いを消し去ってくれる藍染の優しさに甘えていたかったのだ。死を装う理由すら彼女にとって大した問題ではない。藍染が生きてくれている以上、カカシや大蛇丸への思いは綺麗に消え去ってしまった。上層部の暗殺さえもこの幸せな時間を費やすことのほうがよっぽど恐ろしい。

 

 

「ありがとうアンコ君」

 

 

「君の兄弟子になれて本当に良かった。ありがとうアンコ君」

 

 

 幸せだ。憧れの人に抱きしめられて、認めてもらえて。そして何より生きていてくれて、こんなに嬉しいことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に、ありがとう」

 

 

 

 二人の再会を邪魔にならないよう暗部は見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さようなら」

 

 

 

 

 

 アンコの背から刀の切っ先が現れた。命のエキスである赤い迸りが彼女の背から流れ落ちていってしまう。

 

 

 理解が追いつかないアンコは胸に奔る痛みと、その理由が繋がらない。

 

 

 アンコの眼には藍染の片手で持つ刀が正面から、アンコの胸の中心を貫いているようにしか見えなかった。傷口から流れ落ちる血液は見る間に藍染の手と床を汚していってしまう。

 

 

「これは……何?」

 

 

 多量の出血で意識が薄れて、震える指先はその血と思わしきものを触って確かめてみる。

 

 

「……なに?」

 

 

 現状を理解できないままでアンコは藍染を見上げた。

 

 

 

 そこにいるのは知らない男だった。

 

 姿、形、匂いに雰囲気さえもアンコの知る藍染惣右介だというのに――男は冷たい目をしていた。柔らかな表情と安心する笑顔で周囲を和ませて率いてきた男はそこにいない。

 

 まるでゴミでも見るかのような視線の男が最後にアンコの瞳に焼き付いた姿だった。

 

 

 

 

 

 

「行くぞ。黄緑」

 

 

 

 

「はい。仰せのままに」

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

瞳の奥に宿るもの

 

 

 

 

「はっ!?」

 

 

 

 

 

 猛烈な悪寒にカカシは覚醒した。あまりの寝心地の悪さに掛け布団を掃って床にえずいたカカシを隣で見守っていたアスマは急いで介助する。読みかけの雑誌は床に投げ出されたまま窓からの風を受けて捲られていた。

 

 

 火影に隠れるよう指示されたセーフハウスはカカシだけでなくアスマやガイ、紅も余裕で居住できる広さだ。有事の際に要人が使用する為に造られただけあって推定罪人でありながらも建物内は自由に動くことが許可されている。

 

 

 贔屓という訳ではなく、火影の権力で融通できる施設がここ以外になかったのだ。未だカカシの無罪は証明されていないことに変わりない。それでも上忍仲間はカカシの無罪を信じて疑わなかった。互いの命を懸けて困難な任務を達成してきたのだ。永遠のライバルを自称するガイにしてみれば、面倒くさがってまともに勝負をしないこともあるカカシだが、決して仲間を裏切るような奴ではない。かつて小隊メンバーを失ったからこそ仲間に対しての執着心は強く、自らを(かえり)みないところさえあった。

 

「大丈夫カカシ? 水を持ってきましょうか」

 

 ベッドの上でどこかまだふらついている様子のカカシを心配して紅が台所へ向かう。

 

 

 左の瞼の奥が焼けるように熱かった。先程からアスマの声や紅の声が妙にゆっくり聞こえる。それに伴い動きもスロー再生のように遅く見えた。

 

 カカシが確認の為に額を触るとそこに木の葉の額あてはなかった。そういえば寝る前に外した覚えがある。

 

 ――無意識の内に『写輪眼』が発動している。驚いたのはそこではない。

 

 『写輪眼』が発動していることに気づかないほどチャクラ消費が少なかったことに驚いたのだ。元々眼の持ち主であるうちは一族でないせいか、カカシは代名詞である『写輪眼』を使う最中に多量のチャクラを消費する。それが今は以前の半分程度までチャクラが抑えられているのだ。

 

 

 そして洞察力。紅が蛇口を捻って流れ出す水の一滴一滴が今のカカシには目に追えた。それに加えて空気に漂う微量なチャクラが霞がかっている。それが上忍たちの動いた後をなぞるように、まるで空気に漂う匂い成分のように感知できた。

 

「なんだ……これは?」

 

 

 写輪眼の視覚情報から匂いまで感じ取ることなど今までなかった。俗に共感覚と呼ばれるものだ。極まれに音楽を聴いて色を感じたり、文字を見て、特有の触覚を得る人のことは聞いたことがある。カカシに限っては写輪眼を使用している際にチャクラを嗅覚でとらえることが出来る更に特異事例であった。

 

 夕日のチャクラ、ガイのチャクラ、アスマのチャクラ。それぞれに漂う匂いは個人を識別できるほどその精度は高い。

 

 どういうわけか。カカシの写輪眼が強化、あるいは変化している。その理由がわからない。カカシは確かに中忍選抜試験本戦へ向けてサスケと共に修行を続けた。しかしその後のアンコとの戦闘中特にそのような変化は見られなかった。牢に投獄されていた時は訓練などする気力さえ湧いてこなかったので尚更だ。

 

 あの時はただ己の無力に浸っていた。助けられてしばらくして、今はまだあそこまでの精神の落ち込みからは復帰したものの、小隊メンバーを失った時を思い返すには十分すぎるほど思いつめられた。酷く虚しい時間。思い出すだけで気分が沈む。

 

 

「カカシ、水よ」

 

 紅の差し出した水を少しずつ飲みこんだ。嚥下するのに時間がかかってしまう。

 

「……ありがとう」

 

 ようやく礼が言えたカカシへ向ける紅の表情は安心と心配で等分されている。上忍の中でもトップクラスの彼の弱々しい雰囲気は普段の彼には見られないものだ。だからこそ信頼されている実感も湧く。

 

「……どうかしたの? 悪夢でも見た?」

 

「……分からない。どうも妙な気分だ」

 

 今の状況をどこから説明しようと思いあぐねていると、

 

「――伏せろっ!!!」

 

窓を突き破って部屋に起爆札を巻かれた閃光玉が投げ込まれた。それに気づけたのはおそらく写輪眼のおかげだ。見知らぬチャクラの匂いが建物の外にいるのに気づき、閃光玉が窓を破る直前にはその破った後の軌道すらカカシの眼は捉えていた。

 

 

 

 カカシの声に仲間は疑いや戸惑いの様子すら見せずに伏せた。長年の勘と経験から体が脳で判断する前に動く。動作が終わった頃に爆音と閃光が部屋の中をかき回した。

 

 

 爆風に体を浮かせながらもカカシは姿勢を制御する。寝起きで体調はあまり良くないが忍ゆえに常在戦場の精神が身についている。このぐらいの修羅場はいつもくぐってきた。

 

「皆無事っ?」

 

「ああっ」

 

「問題ない!」

 

 共に戦う上忍も歴戦の兵。この程度は危機の一つにも入らないらしい。頼もしいものだ。

 

 カカシ達のいた建物の二階部分は爆発で大きく破壊されて、天井部分にも大穴が開いてしまっていた。爆煙と延焼した建物からの火災から出る煙の中、人影が幾人か侵入してくる空を切る音がする。気配が薄い。敵は無音暗殺術を身に着けている相手の可能性が高かった。

 

 

 幸い桃地再不斬という熟練者と戦った経験から他の同期に比べて一日の長がある。それに加えて――

 

「ガイッ。正面! アスマ2時の方向だ!」

 

「おうっ!」

 

「任せろっ!」

 

 直ぐに二人は敵を撃退した。カカシの写輪眼が煙の奥に潜む忍の匂いを嗅ぎあてて適切な指示を飛ばす。司令塔のカカシを狙う忍は紅の幻術によって足止めをくらい、苦無で処理される。忍は額あてを身に着けていなかった。どこの忍でもないように見えた。

 

「どうやら大蛇丸の手の者みたいね。……この様子では本戦のほうも」

 

 紅が幻術で無理やり聞き出した結果だ。彼女の幻術を逃れて嘘の情報を明け渡すような術者には見えない。

 

 本戦が行われている会場方面では明らかに歓声だけでない混乱と悲鳴がこの距離からでも伝わってくる。同じような刺客が会場でも暴れまわっているのだろう。

 

 

「カカシの次の裁判までは大人しく待つつもりだったが、どうやらそうも言ってられなくなったようだ」

 

 

 ガイの忠告も尤もだった。このままでは裁かれる場すら崩壊しかねない。どんな目にあったとしてもやはりカカシはこの里を愛していた。全ての償いはこの騒乱が終わってからで構わない。もう二度と大切な者を失うのはゴメンだ。カカシだけでなく、カカシと同じような思いをする人を生み出してはいけない。

 

 

「本戦会場へはお前たちが行ってくれ。俺は周辺の忍を片付ける」

 

「いいのか? 本戦会場のほうが暗部や木の葉の関係者が多い。お前が直接関係者を助ければ減刑どころか無罪もあり得るかもしれんぞ」

 

 純粋にそうしたほうが良いと分かってアスマが言っているのに気づいてカカシはゆるく微笑んだ。

 

「…………じゃ頼んだよ」

 

 そう言い残してその場から瞬身した男に残された同期組は顔を見合わせる。

 

「……結局貧乏くじを引いちまうか。そういう奴だよお前は」

 

「不器用なんだから男ってのは……」

 

「さすが俺の永遠のライバルだ! こちらも負けていられんぞっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでっ、24人目」

 

 カカシの前でまた一人忍が地に伏した。市街地を襲う忍は大体片付けただろう。戦闘中は常時写輪眼を使用していたが、負担は以前とは比べ物にならないほど軽い。そればかりか何か新たな力が生まれようと眼球の奥でチャクラの活性化を感じる。今までにない一体感。亡くなったオビトが共に戦ってくれているようで、どこか心が休まった。

 

「ん……このチャクラ、見覚えが、いや嗅ぎ覚えがある」

 

 一般人を戦闘から避けるために屋根伝いで敵忍を相手していたのだが、そこで記憶の隅に残った香りが漂っていた。

 

 

崩れた瓦礫、瓦屋根に残った靴跡。数は二人。

 

 

 一人は知らないが、もう一人については覚えがあった。みたらしアンコ。カカシを藍染を殺した犯人だと勘違いして襲ってきた特別上忍だ。おそらく今も誤解したままだろう。

 

 どうやら隠密しながら移動していたらしい。歩幅が狭く物音を立てずに移動したことが窺える。

 

 

(何故だ? 彼女は営倉から解放されたはず……今隠密する必要はない)

 

 

 必要があったから隠密した? 木の葉にとって不利益になるからか、あるいはカカシへの復讐の為か。おそらくは後者だろう。となるともう一人は協力者か。

 

 ぞっとカカシの体が(あわ)立った。全身の産毛がピンと針のようになっているような錯覚を覚える。これは危機感だ。彼女の危機で済みそうにない。本能的な恐怖を自制心と経験で抑え込むのが兵の常。鍛えられた忍であるカカシをして第六感が警鐘を鳴らしている。

 

 この感覚に覚えがあった。以前教え子たちが中忍選抜試験の参加を決めた時のこと。同期の飲み会の帰りにも同じような圧力(プレッシャー)を感じた。

 

 きっと彼女を追えばその正体が掴める。それをどうにかしなければこの先に良い未来は見えてこないだろうと、憶測ではあるもののほとんど確信に近い予感が襲う。普段は客観的に物事を判断するカカシだが、だからこそ稀に起こるこうした直感には疑いを持たないようにしている。直感とは本能と同義だ。人である以上それに抗い続けることは出来ない。

 

 

 結局カカシは足跡を追うことに決めた。そこに何が待っていようとも。もはや賽は投げられたのだ。

 

 

 

 

 

 木の葉上層部の住宅街。後を追うカカシの嫌な予感は増していた。近づくにつれ腐敗臭と血液の匂いが濃くなっていく。もはや異変はカカシの中で疑いようもない。不吉な影が建物を包み、真昼にも関わらず太陽が陰っているように思えた。

 

 中央の大きな通りから東へ、警戒をしながら足を進める。写輪眼はアンコのチャクラの匂いを追いつつ、もう片方の眼でも視界に入る情報を見逃さないように留意していた。一つの大きな木造建築へと匂いは続いている。

 

 

 新鮮な血の匂いがした。それとカカシの見知った人物の匂いがする。

 

 

「やあ。カカシ君」

 

 

 建物の入り口から現れた男にカカシは仰天した。確かに匂いはその男のものだったが、決して()()()()()()()()()()()()だった。

 

「……藍染……上忍!?」

 

 亡くなったはずの男がケロッとした顔で挨拶をする。その後ろからは暗部のコートを身に纏った女性が付き従っていた。

 

「どういう……? 本当に藍染上忍ですか?」

 

 答えが返ってくるまでにカカシは写輪眼で確認していた。チャクラ自体を捉えることが今までなかったのでチャクラの質で見極めるのは不可能だったが、体に宿るチャクラからの匂いは本人と同一のものだった。

 

 匂いだけなら何とでも誤魔化す方法はある。しかしチャクラと紐づいた匂いの偽造は不可能に近い。

 

「勿論。見ての通り本物だよ」

 

「……それにしても予想より随分と早いご帰還だな。はたけ上忍は」

 

「申し訳ありません。セーフハウスを襲わせて本戦会場への誘導が上手くいかなかったようで……」

 

 きな臭い会話の展開にカカシは惑う。生きていれば感動の再会といいたいところだが、どうも空気がおかしい。

 

 

「……いったい何の話ですか?」

 

 

「何の話? ただの戦術の話さ」

 

 

「敵戦力の分散は戦術の初歩だろう?」

 

 

「敵……だと? あんたら一体……」

 

 

 話が読めない。いや気づかないフリは止めよう。何故今まで藍染は死を偽って姿を隠していたのかを考えればカカシにも話の大筋が見えて来た。

 

 周囲を見渡す。そもそもカカシがここまで来たのはアンコを追って来たからだ。ここに彼女が来たのならば既に藍染との接触を果たしているはず。それなのに彼女はこの場にいないことが引っ掛かった。

 

 

「アンコは何処にいる?」

 

 

 強い語調で問う。

 

 

「さて。どこかな」

 

 

 

カカシの嗅覚が今すでに藍染たちの出てきた入口の奥にその目標を嗅ぎつけた。

 

藍染と暗部との間をすり抜けて瞬身してみればそこに倒れ伏したアンコを発見した。口からの吐血。目は見開いたまま閉じていない。腹部と後背部からの酷い出血も見て取れた。

 

 

「アン……コ」

 

 

 

 

「残念……見つかってしまったか」

 

 

 

 

 

「すまないね。君を驚かせるつもりじゃなかったんだ」

 

 

 

 

 

 

「せめて君に見つからないように粉々に斬り刻んでおくべきだったかな?」

 

 

 カカシの体が震える。悲しみではなく怒りによって。もはや明確な敵としてカカシの瞳は藍染を捉えていた。

 

 

「藍染……。いつから大蛇丸とグルだった? お前が死を装う前からか?」

 

 

 木の葉の住民の誘拐。藍染の偽りの死とそれに伴うカカシの冤罪。そして中忍選抜試験本戦の襲撃。これらがそれぞれ別の事由で起きているとは到底思えない。これらに黒幕がいるとすれば全ての事件は繋がる。このタイミングで姿を現した藍染が大蛇丸と繋がっていると考えるのが一番自然だった。

 

 

「それは違うね。彼は彼なりに今回の計画を企てていた。私はそれを利用したに過ぎない」

 

「それじゃあ今までずっとアンコも、俺も、あんたの部下も、他の全ての忍も、大蛇丸さえも皆。今まで騙していたのか?」

 

「騙したつもりはないさ。ただ、君たちが誰一人理解していなかっただけだ」

 

 

 耳障りの良い声も今までと不自然なくらい変わっていない。カカシが藍染を知ってから周囲の者全てを欺いてきたというのに彼はいたって自然体だった。何年前、何十年前からだろう。これだけのことを画策して、誰にも本性を知らせない男の底知れなさに初めて恐怖した。

 

 

 眼鏡のレンズが光を反射して視線もその感情も見透かせない。

 

 

 

 

 

「僕の本当の姿をね」

 

 

 

 

 

「理解していないだと……」

 

 状況を把握する為に一度は置いていた怒りが再びカカシの中で燻り始める。

 

 

「アンコも……アンコもあんたに憧れて、あんたの少しでも近くにいたくて中忍になり、あんたの役に立ちたくてそれこそ死に物狂いで努力してやっとの思いで特別上忍になったんだ」

 

 

 

「知っているさ。自分に憧れを抱く人間ほど御しやすいものはない」

 

 

 

 

 

 

「だから僕が彼女を特別上忍にと推したのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い機会だ。一つ覚えておくといいカカシ君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「憧れは理解から最も遠い感情だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 思考が真っ白になった。そしてマグマのような憤怒が脳内を占めて、写輪眼が激しく回転し始める。チャクラが体内の経絡系を巡回し肉体を活性化させ、只目の前の仇を獲る為に殺意という司令によって一つにまとまった。

 

 カカシを中心に渦巻くチャクラはかつて大蛇丸に立ち向かった時の比ではない。数倍に膨れ上がったチャクラがそれを上回る殺意によって統制されていた。

 

 

 

『火遁・豪火球の術』

 

 

 視界を埋め尽くして余りある火球が地面を削り飛ばして二人を襲う。

 

 

 

 牽制の為にとばされた術を跳んで躱す二人の姿をカカシの写輪眼は見逃さない。もはや動きがコマ送りのように見える。自身の動きもスローで見えるが、相手にそれを追える眼が無ければ同じスタートラインにさえ立てない程の絶対的な動体視力。これほどまでに写輪眼を上手く使えたことはかつてなかった。

 

 

 

 他里の者がうちは一族に会えば逃走を選ぶ真の意味が今のカカシにはハッキリと分かった。

 

 

 

 

「藍染。俺はあんたを……殺す」

 

 

 

 確信をもって藍染へと告げる。もはや普通の上忍程度の実力を持つ藍染では敵わない高みへと確かに昇りつめた。今のカカシなら大蛇丸相手でさえ善戦が出来るだろう。

 

 

 例え実力を隠していたとしても写輪眼で追えない相手はいない。共感覚で匂いも追えるカカシなら不意打ちさえも怖くない。

 

 

 そして怒りがカカシを支配している限り怯むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

「あまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

『雷切』

 

 

 

 カカシの右手に雷が集う。膨大なチャクラで雷の性質変化を極めた右手に宿る電撃は大気を震わす。形態変化で放電させ範囲を集中させて威力を更に上げ『千鳥』という術を昇華した『雷切』。

 

 

 一番の決め技である雷切はもはや自然の落雷を超えた破壊力。

 

 

 意思を持った雷が人一人の為に向けられた。相対するだけで身がすくむ自然の猛威に、藍染は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 チャクラで活性化させた肉体は瞬身さえも超えたスピードで、右手に宿った雷を何も反応すら出来ないでいる藍染の胸を――貫いた。

 

 

 

 写輪眼でさえもコマ送りにならないほどの最高速度。藍染にとっては(まばた)き一つの時間さえ感じなかっただろう光速の一撃だ。電熱によって傷口を焼き留める為に心臓を貫いたにも関わらず出血は少ない。周囲に血肉の焼ける嫌な臭いが漂っていた――

 

 

「――なっ」

 

 

 瞬間まるで霞のように藍染は目の前で虚ろに霧散してゆく。確かに胸を貫いた感触があったはずなのに右手は空を突いている。匂いは勿論血の痕すらない。

 

 分身なら感触さえもない筈で、そもそも写輪眼で本体の確認は済んでいる。

 

 影分身ならば分身体がやられた時に特有の粉塵が生じる。それなのに目の前の残像はそれさえなく消え去ってしまった。

 

 幻術ならば藍染の得意分野だが、それこそあり得ない。印を結ばずカカシの今の写輪眼を欺くことが出来るのは本家のうちは一族くらいのものだ。

 

 

 

 ――背後っ!?

 

 

 

 急に気配を感じて振り向こうとしたカカシの目の前に大量の血が浮いていた。それが袈裟斬りに藍染の刀によって太い動脈を斬り裂かれた際の出血だと、そんな推測すら今のカカシには出来ない。ただ藍染はそこに立っていて、カカシは崩れ落ちようとしている。

 

 

 一太刀のあまりの鋭さに防衛本能である痛みも、傷口も一拍置いてやってきたのだ。幻術を得意としている上忍ではあり得ない剣の腕前。達人レベルであろうと生きている人間相手にこうも簡単に出来ないであろう。その力の片鱗をカカシは身をもって味わった。

 

 

 二人の間で勝者と敗者の役がどちらに振り当てられているか。それでもカカシは認められなかった。アンコの仇を、裏切られた皆の恨みを果たそうと義憤に燃える精神は敗北を受け止められない。

 

 

「嘘……でしょ」

 

 

 あれほどの力を身につけたにも関わらず……残酷すぎる現実に血液と共に大事なものまで流れ出してしまっているような失望感に包まれてカカシは倒れた。

 

 

 雷切だけは込められたチャクラの大きさの余りにしばらく維持され、地面を削りながらチッチッチッと鳴いているようにも聞こえた。

 

 

 人としての本能である雷への本能的な恐れをまるで己の中に見出せずにいることにしばし感傷的な気持ちになりつつ、藍染は刀に付着した血液を一度振り払って新たな客を出迎える。

 

 

 

「惣……右介!? 惣右介だなっ?」

 

 

「これはっ!?」

 

 

「どうも綱手姫。来られるとすればそろそろだろうと思っていましたよ」

 

 

 

 息を切らして駆けてきたのだろう。綱手とその従者であるシズネを藍染は迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 あの時と同じように――()()()微笑んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

因縁の木の葉

 

 

 

「いったい何だってんだ」

 

 

 サスケが我愛羅との試合中。我愛羅が分厚い砂の殻に閉じこもり、カカシに教わった千鳥という新術で突き破り見事突破したのだが、中から現れた我愛羅の様子がおかしい。独り言を呟いて頭痛を訴えている。明らかな隙なのだが、纏う雰囲気があまりにも異質で攻めあぐねていた。

 

 

 その時会場全体に白い鳥の羽が降り注ぐ。

 

 

 我愛羅が術を使っている様子はない。羽自体に攻撃の意図を掴めないということは、効果を発揮するのに時間がかかるタイプの術か幻術のいずれか。ならばと幻術返しをしてみたところ、観客席に座っていた人々が崩れ落ちるように意識を失ってしまった。対応は間違ってなかったのだろう。

 

 

 しかし幻術は合図に過ぎなかった。観客席の隅から忍が一斉に幻術を逃れた木の葉の忍を急襲し始めたのだ。会場内は怒号や剣戟音で混沌の様子。

 

 

 もはや中忍選抜試験がどうのこうの言ってられない。

 

 

 直ぐにサクラやナルトと合流すると、リー達年長組の担当上忍であるガイから任務を言い渡された。騒ぎに乗じて逃げ出した砂の忍を追え。

 

 

 会場内で暴れる忍は明らかにサスケ達よりレベルが高い忍もいるようで、同じ下忍の砂の忍を追う任務は途中で試合が中断されたサスケにとっても丁度良かった。

 

 

 

そのサスケを眺める視線が一つ。

 

 

 サスケが会場内から離れたのを見計らって、木の葉の暗部の姿の男が会場内に侵入する。目指すは建物の屋根で戦う二人の師弟のもとへ。

 

 

 屋根の上にはヒルゼンと大蛇丸が戦闘中。邪魔が入らないように四人の敵忍が結界で封鎖を続けて、火影直属の暗部は結界の破壊を試みているがどうも難航している様子だ。

 

 

「そちらに標的が向かった。後は手筈通りに」

 

 

無線機の奥でくぐもった了承の声がする。作戦は順調だ。恐ろしい程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「惣……右介!? 惣右介だなっ?」

 

 

 脇目もふらずに辿り着いた先で待っていたのは綱手以外の千住一族の生き残りである藍染惣右介だった。

 

 

――そのはずだった。

 

 

 艶やかな栗毛に軽いパーマ。特徴的な全身和装に得物は刀。彼の男は見る人を安心させる優しい笑顔で綱手とシズネを迎えた。

 

 どれも彼を彼たらしめる重要な要素だ。

 

 

 しかし何か致命的な物が欠けているように思えた。最初に藍染に投げかけた言葉に疑いが混じっていたのはそのせいだ。

 

 

 分からない。……何が足りていないのか。あるいは変わってしまったのか。

 

 綱手はもはや肉親とすら思っていたのだが、それはこちらの一方的な勘違いだったのかもしれない。それほどまでに藍染のことを理解していたつもりになっていたのだ。里に帰って来た際に会った時のような幼少の頃の面影はそこになかった。

 

 

 笑顔ではあるものの視線はぞっとするほど冷たい。

 

 

「どうも綱手姫。来られるとすればそろそろだろうと思っていましたよ」

 

 

 口調は穏やかだが、そこには藍染からの情を感じ取ることが出来ない。地に前のめりで倒れているカカシや、崩壊した建物の中に血塗れのアンコの姿もある。そして道中のご意見番の死体。手に凶器を携えてそれを隠そうともしていない。

 

 

「さすがにあなた相手では誤魔化せませんか」

 

 

「いや。かなり良く出来た死体の人形だった。触診と内臓内の微生物の違和感に気づかなければ最後まで騙されていたよ」

 

 自来也が去った後、シズネに支えられながらなんとか解剖して偽物だと判明した。血液恐怖症は未だに患ってはいるが、偽物だと分かればその対象ではない。

 

 

「偽物を作ってまでこんなところに潜伏していたというのか? 念のためアンコに発信機をつけていたがこんな時に役立つとは思わなかったぞ」

 

 

 なんとか時間稼ぎをして、少しでも話を引き延ばしにかかる。木の葉の暗部も無能ではない。非常事態にここまで様子を見に来れば異変に必ず動くはず。

 

 

 やはり藍染との決定的な対立はしたくない。例えどんなに変わってしまっても、綱手にとって血の繋がりがある唯一の人物だ。

 

 

 

 

 

 

 

「惜しいな。読みはいいが間違いが二つある」

 

 

 

 

 

「まず一つ目に僕は身を隠す為にここに来たわけじゃない」

 

 

 

 

「そしてもう一つ。これは死体の人形では無い」

 

 

 

 藍染の手に何の前触れも無く、解剖したはずの死体が現れた。綱手もシズネも藍染から意識を逸らした時間はない。そのはずだった。

 

 

「い、いつの間に……」

 

 

「……いつの間に? この手に持っていたさ。さっきからずっとね」

 

 

 

 

「ただ、今この瞬間まで僕が()()()()()()としなかっただけのことだ」

 

 

 驚愕の表情で固まった二人は藍染の言葉を理解出来ない。無意識にシズネが呟いた。

 

「ど、どういう――」

 

 

「――直ぐに分かるさ。そら解くよ」

 

 

 

 

 

「――砕けろ『鏡花水月』」

 

 

 

 

 藍染が持ち上げていた人形が一瞬に罅割れて散る。

 

 

 

 今既に人形があった位置には代わりに刀が掴まれていた。まるで刀が人形だったかのように。刀自体が偽物でない証左に藍染の手から一度離された刀は地面に突き刺さる。

 

 

 変化する口寄せ生物は確かに存在している。武器自体が形を変えるというのも聞いたことがある。しかし、綱手は人の構造を再現した人形と刀の二つの姿を持つ存在は聞いたことがない。前者であれば綱手が解剖した時点で生命活動を停止している筈で、後者はあくまでその体積を大きく超えた変化は不可能だ。つまり目の前の刀はそのどちらでもないということ。

 

 

 現状を上手く理解できないでいる彼女たちに藍染は告げる。

 

 

「僕の忍刀『鏡花水月』。有する能力は完全催眠だ」

 

 

「……完全催眠」

 

 

 規模の大きな話だ。普通ならとても信じられない。

 

 しかしこの場で嘘をつく理由が藍染には無い。本当かどうかは定かでないがそれでもそれに近しい能力がなければ目の前の現象を説明できないのも確か。

 

 何より今の藍染にはある種の絶対者のオーラが漂っている。自身の力に絶対の自信を宿した瞳にはそのようなつまらない偽りの穢れは一片たりとて感じ取れないのだ。

 

 シズネはあまりプライベートで多く藍染と接触したことはないが、それでも教わったことは何度もある。その時の印象と現在とがあまりにかけ離れていて、否定して欲しい一心で問いかけた。彼女にとって綱手の大事な縁者である藍染がここまでの犠牲を生み出した黒幕だと信じたくなかった。

 

 

「――だってあなたは水幻術使いで、水面の光の乱反射で敵を撹乱し同士討ちさせるって、藍染上忍そう仰ってたじゃないですかっ!? 私たち中忍を集めて実際に目の前で見せて下さったじゃないですか!?」

 

 

 必死さを感じさせるシズネに藍染の口が薄く裂けるように開かれる。

 

 

「その忍刀、普通じゃないな。……どこかの里の秘宝か、霧の忍刀か。目の前で見せたのはそれが完全催眠の条件という訳だな」

 

 

 完全催眠。チャクラを乱すことで幻術が解けない以上、現実改変の一種ともいえる人智を超えた力にはそれなりの条件や制限があるのが自然だ。

 

 

「ご名答。『鏡花水月』は霧の忍刀七本の兄弟刀でね。有する完全催眠は五感全てを支配し、一つの対象の姿、形、質量、感触、匂いに至るまで全てを敵に誤認させることが出来る」

 

 

 霧の忍刀七人衆は他里でも噂になるほど高名。しかし詳しい名前や能力が明らかにされている物は少ない。

 

 七人衆と相対して生き延びることが非常に困難で、情報の整合性が取れないからだ。何らかの形で変形する物や、チャクラ自体を奪ってしまうほどのものまであると聞く。

 

 藍染のそれは七本の内の一本という訳ではないようだが、話の内容はそれらしくもある。

 

 

「つまり蠅を龍に見せることも、沼地を花畑に見せることも可能だ」

 

 

 

 

「そしてその発動条件は敵に『鏡花水月』の刀身を反射させた光を見せること」

 

 

 ブラフかもしれないが確かに綱手にもその条件を経験した覚えがあった。藍染があの刀をいつから身につけ始めたかの記憶は定かではない。少なくとも上忍になる前で、顔に子供っぽさが抜けてもいない時だった。その時から既に綱手や、その他諸々の木の葉の人間が敵として想定されていたということだ。

 

 

 あの時見た笑顔や、振る舞いも全て偽物だったというのだろうか?

 

 

 さすがにそうは信じたくなかった。

 

 

「一度でもその光を目にした者はその瞬間から完全に催眠に落ち、以降僕が『鏡花水月』を解放する度、完全催眠の虜となる」

 

 

「それでカカシを犯人に仕立てあげたのだな。ご丁寧に遺書まで書いて」

 

 

「……完全に筆記の癖を掴み、模写するのは本人か、()()()使()()以外にはあり得ない」

 

 

「だからそれが――はっ!?」

 

 

「気づいたようだね」

 

 

 何故だ。何故()()()()()()とは言わない。今更隠す必要もないはず。

 

 つまりそれは己が直接()()()()()()から。

 

 

 綱手の額から汗が滲み出る。もし藍染が意図するのがそういうことであれば、新たな脅威がこの里に襲来している恐れがある。大蛇丸に続き、藍染がそんな奴と手を組んでいたとするならば、木の葉の里が崩壊する可能性は十二分にあった。

 

 

『写輪眼』使いはカカシとサスケ。それだけだっただろうか?

 

 

 

 

 

 

 

「つまり最初からうちはイタチは僕の部下だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異変に気付いたのは大蛇丸だった。禁術:穢土転生でかつての火影、初代柱間、二代目扉間を現世に蘇らせて、ヒルゼン相手に三対一の戦いを挑んでいる際の出来事。

 

 当初の予想と違って思いのほか攻めきれてはいないが押している。油断は欠片もしていないが、まずは戦況を把握し易くする為に小高い瓦礫の山に身を置いた時だった。

 

 

 結界の外にいた火影直属の暗部が倒れている。外傷は無く、ただ眠っているという印象。カブトの幻術が遅れてかかった訳でもなさそうだ。

 

 

 結界を張る四人の部下も状況は掴めているが、大蛇丸たちへの意識を少しでも逸らせばその圧力(プレッシャー)でやられかねない危険性から、対処をやりあぐねている様子。しかし例え何かがいようとも結界を張ってさえいれば直接的な被害はない。大蛇丸がヒルゼンを倒せば外の脅威などたかが知れているというもの。

 

 

結界の中でひと時の平穏を甘受していると、視界に違和感を覚える。視界の端が黒く歪んでいる。これは――陽炎だ。黒い炎によるすさまじい熱量が空間を揺らがせている。

 

 

 結界術『四紫炎陣』の一点から突如発生した黒い炎が結界の表面に沿って広がってゆく。表面が軋んで結界の構成が破壊されているのだ。物理的耐久度はかなりのものの筈の結界、しかも触れた物を燃やす特性のある炎陣を逆に燃やし尽くす黒炎はあっという間に結界の外側全てを覆い、念の為に内側に張った結界までもがその餌食になってしまった。

 

 

 結界は解かれた。

 

 

 黒炎の正体は未だに不明。触れた物を燃やし尽くす異常性はそこに据えられている結界と相性が悪い。対炎専用の封印術の使用を他の仲間相手に確認しようと、結界の四隅を守護していた味方は――――

 

 

 

――既に気絶していた。結界の外にいた暗部と同じように。そして己の意識さえも。

 

 

 

 

 大蛇丸は外の異常に意識を割ける状況ではなかった。ヒルゼンが大蛇丸の知らない術『屍鬼封尽』とやらを使い、初代、二代目と続けて穢土転生で塵芥に宿った魂ごと封印されてしまった。遠隔操作で草薙の剣を腹部へと突き刺しかなり体力を消耗させることには成功したものの、不意を突かれて体を掴まれるとまるで金縛りの術でも受けたかのように体が硬直してしまう。

 

 

「離しはせんぞ! 大蛇丸よ!」

 

 

「このっ! 老いぼれ風情がっ」

 

 

 ヒルゼンの背後に二本の角を生やした死神の姿が見える。眉はなく闇に染まった眼の中で無機質な光がこちらを覗いている。血で赤黒く染まった歯に短刀を咥えて、その口内の隙間から大蛇丸という餌を目の前にして唾液が絶えず流れ続けていた。とても人の理解の及ぶものではない。理解してはいけない存在だ。

 

 

 この死神の腹の中で永遠に争い続ける魂たち。それを戯れに取り出して貪る死神に封印などされてたまるものか。

 

 

 シュタ シュタ

 

 

 お互いに気力は限界状態。ヒルゼン、大蛇丸共に一瞬たりとて目の前の相手から気を離せない。ヒルゼンは己の腹からリンクした死神の手を呼び出し魂を封印しようとし、大蛇丸は背後から突いた草薙の剣を遠隔操作で傷口を広げて死神に魂を奪われぬよう止めを刺そうとする。

 

 

 シュタ シュタ

 

 

 黒炎の残り火が屋根の瓦を焼いていた。それを越えて死線の中へ踏み込む一人の影。もはや変装する必要性はない。黒地に赤い雲が浮かぶ外套を身に纏い、額あてには木の葉マーク。抜け忍の証としてマークには横一文字の傷跡がつけられていた。

 

 

 黒髪に三つ巴の『写輪眼』。男はヒルゼンと大蛇丸の眼と鼻の傍まで足を進めた。

 

 

「くっ、何故ここにいるのかしらイタチ君」

 

 

「!? 下がっておれイタチっ!」

 

 

 7歳で忍者学校を主席で卒業。13歳の時には暗部の部隊長を務めていたうちは一族の中でも更に優秀な抜け忍。うちは一族虐殺事件の犯人とされているうちはイタチの姿がそこにあった。イタチは二人の言葉に眉一つ動かさず、懐から巻物を取り出すとそれを解く。複雑な術式が描かれた本紙がイタチを中心としてヒルゼンと大蛇丸の周囲を包むほどに軸が高速で回転して解かれて、ある術式を構築していく気配を漂わせていた。

 

 

「これは……簡易的な時空間忍術の術式じゃな!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍染に付き添っていた暗部の黄緑が袖から巻物を取り出すと、それが藍染と黄緑を包んで術式を構築する。イタチが大蛇丸とヒルゼンに行使したのと同じ術式だ。

 

 

「それでは、さようなら」

 

 

 術式の内容が分からない以上、下手に近づくのは危険だ。それでも綱手はもう会えないと聞いて、今まで必死で我慢してきた思いが溢れだした。亡くなったはずの親族が生きていて、それだけで幸せだったのだ。二度の別れはあまりにも綱手にとってつら過ぎる。

 

 

「惣右介っ!! 待ってくれっ! お願いだ! 例えお前がどんなに酷いことをしたって姉さんが庇ってやるっ!! お前の言うことなら何だって聞くからっ、里を一緒に抜けたっていいっ!!」

 

 

「……」

 

 

「だから……お願いだ。もう私を置いていかないでくれ」

 

 

 声がどんどん弱まる。最初の内の強気な態度はあくまで装っていたに過ぎなかった。藍染が変わってしまったのを確信して、こちらがいつも通りでいなければ今までの関係が全て崩壊してしまうと理解していたのだろう。最後のほうは涙ながらの、聞いているシズネの胸が痛くなるほどの必死の懇願だった。

 

 

 近づいて時空間忍術関係だろうと推測がつくと、巻き込まれて体の一部が取り残されてしまう可能性があるにも関わらず綱手は中に入ろうとする。藍染が二度と消え去らないように。その為なら自身の命でさえ賭けられた。

 

 

「破道の一『(しょう)』」

 

 

  藍染の指先から不可視の壁が綱手を突き飛ばした。風遁ではない。衝撃そのものが飛んできたように思える。

 

 

 なんとかしがみ付こうとしていた綱手は碌な受け身も取れずに地面を転げまわった。

 

 

「綱手様っ!」

 

 

 シズネは師を気遣いながら、その仇を睨みつける。レンズの反射で相変わらず藍染の表情は読めないままだった。

 

 

「……また会う時まで」

 

 

 

 術は成功した。影も形もそこには残されていない。そこに取り残された二人は微妙な間の後にようやく現実へと引き戻された。

 

 

「シズネっ!」

 

 

「は、はいっ!」

 

 

 あれだけのことがありさぞかし綱手は気落ちしているだろうとシズネは考えていた。強い口調で声には確かな意志を感じる。でも何故だろう。それが喜ばしいことにはシズネは感じられなかった。どこか藍染に近い雰囲気が今の綱手からは伝わって来る。

 

 

「これ以上惣右介に罪を負わせてなるものかっ! 私はカカシとアンコの救命措置に入る。シズネは結界班にいる感知忍者に時空間忍術の転移先を捕捉させろ。巻物を用いた簡易的な術式だ。里外までは移動出来ていないはず。山中一族を通して木の葉の忍に今までの情報を流せ。いいなっ!」

 

 

 鬼気迫る様子の綱手。目の奥が濁っている。執念がチャクラを活性化させて身に纏っていた。

 

 

「でもっ! 綱手様はまだ血液がっ!?」

 

 

「そんなことはもういい」

 

 

 シズネの懸念もなんのその既に綱手は治療忍術に取り掛かっていた。適切な処置、そして何より速い。濁った血を体外へと送り出して、血管の一本一本を正確に繋げなおす。二人の容態は重く、血液が飛び交う戦場のような医療現場で一瞬の気の動揺が患者の命を左右する。綱手には全く血液への恐怖が感じ取れなかった。

 

 

「惣右介っ、例え半身不随にさせてでもお前を連れ戻すっ」

 

 

 

 シズネは結界班へ急ぐその道中で、震えていた。

 

 

 

 もう何もかもあの時のようにはいかないのだと。

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽りと真実

※ネタバレ注意


 

 

 

「ここは……顔岩の上の」

 

 時空間忍術でヒルゼンと大蛇丸が転移した先はヒルゼンにも覚えのある場所だった。歴代火影の顔岩の彫られている岩山の上だ。整備のしやすさと新たな顔岩を彫る作業スペースの為にテーブル状になっている。眺めも良く、木の葉の里を見おろすことが出来るのでヒルゼンも訪れていた。だからこそ直ぐに分かった。

 

 

「ようこそ」

 

 

「藍染!?」

 

 

 イタチが何故、どうしてここへ連れて来たか未だに分かっていない。一瞬も気の抜けない状況だというのに思わずヒルゼンの口からは驚きの声が出た。亡くなったはずの男が、一人の暗部を引き連れて待ち構えていた。

 

 

「フフフ。やはり生きていたのね」

 

 

 目の前の大蛇丸からはそれを予期していたような素振りが見てとれた。

 

 

「積もる話はあるが、今は時間がない。目的の達成を優先させて貰おう」

 

 

 藍染が刀を抜く。明らかな敵意にさすがのヒルゼンも動揺を隠せない。向き直って応対しようにも大蛇丸の魂を『屍鬼封尽』で掴んでいる今少しでもそちらに意識を割けば逃れかねない。大蛇丸は好機とばかりに顔を愉悦に歪めている。

 

 二人ともその藍染の抜刀に気をそちらへ一瞬の間囚われていた。依然ヒルゼンと大蛇丸はお互いの警戒を緩ませていない。しかしその二人を誰が転移させたか、そちらに関しての注意が漏れていた。

 

 

三つ巴の模様が回転し始める。それは風に廻る風車のように、流麗でどこか儚い美の一つで視界に入ると目が離せなくなってしまう。そうしてイタチの写輪眼による金縛りの効力の幻術にヒルゼンと大蛇丸はかかってしまった。両者身動きが取れない状況で更に金縛りをかけたのは万が一にもこの場からの離脱を防ぐため。そしてもう一つ。

 

 

(こ、これは。屍鬼封尽さえも)

 

 

 魂を引っ張り出す力は術者の体力に影響している。金縛りの幻術をかけられたヒルゼンは魂を引っ張ることが不可能な状態、幸いなことに大蛇丸も同様に動けないようで二人の間で魂が宙づりになったまま固定された形となる。

 

 

「良くやったイタチ」

 

 

「はっ」

 

 

 機を見て藍染が今度こそ動き出した。自身すら囮にした策略。イタチという傑物すらも引き連れて余裕の笑みすら見せている。もはやヒルゼンの知る藍染ではない。良く出来た偽物だというのが一番理解できるものの、近くに見れば見るほどそこにいるのは藍染本人に見えた。

 

 

 懐から藍染が取り出したのは深い紺色の宝玉。深海を想わす暗い紺は時折その内側に気泡が湧いていた。特徴的なその見た目からヒルゼンにも直ぐにそれが何か理解できた。

 

 

「……それは、うずまき一族の秘宝。……何故?」

 

 

 初代火影の妻うずまきミト。彼女が千手柱間の為に九尾の人柱力になったことは有名だ。そのミトが嫁いだ際に渦潮隠れの里から木の葉へと祝いの品として持ち込まれたのが宝珠である。そのもの自体がかつての六道仙人縁の品とされていて、国力の乏しい渦潮隠れから出せる唯一の秘宝だった。渦の国が火の国から手厚い庇護を求めての英断だったのだが、既に大国の力を借りても立て直せないほどの負債を抱えており、国が廃れた後に火の国に吸収される形となった。

 

 

 その宝珠は単なる美術的価値や歴史的価値だけのものではない。尾獣を封印する為にはその媒介となる物体が必要となる。人柱力である人には適性が求められる為、前任の人柱力が亡くなった後に一時的に尾獣を保管するための器が必要なのだ。宝珠には六道仙人の遺品としての力なのか、尾獣を封印することができた。

 

 

 当然かなりの貴重品として、ヒルゼンが自来也を案内した地下の木遁封印結界内に厳重に納められていたはずだった。

 

 

「何故? おかしなことを言うね。案内してくれたのは猿飛ヒルゼン、あなただよ」

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 驚きの中に、ヒルゼンの脳内にノイズが走る。独特な山中一族の術『感知伝々(かんちでんでん)』の兆しだ。この術はチャクラが込められた意識を周囲に拡散し感知するもので、突然時空間忍術によって飛ばされたヒルゼンの探索の為であろう。そうして突き止めたチャクラに『心伝身の術』で思念のやりとりを行うのが山中一族の常であった。

 

 

『木の葉の忍全員に告ぐ。こちらは山中イノイチ上忍による緊急連絡です。信じがたいとは思いますが、これからお伝えすることは全て……真実です』

 

 

 明かされる真実。カカシの冤罪。藍染の裏切り。カカシ、アンコ両名は生死不明の重態。山中上忍は決して己の術で偽りを述べるような男ではない。それでも信じたくない忍は多くいた。猿飛ヒルゼンもその中の一人だ。中忍の頃から目にかけて来て里の中枢を任せる仕事に推したのも自身である。ある意味カカシが藍染を殺したという情報を聞いた時よりもショックが大きい。

 

 

「今のチャクラは……山中イノイチ君だね。……そろそろ始めさせて貰おう」

 

 

 ヒルゼンが案内していたのが自来也ではなく藍染だったということなら宝珠を持っている理由が分かる。しかしそれをどう使うかについて予想が出来ない。尾獣を封印するにもここには人柱力のナルトはいない。封印する存在など……

 

 草履が岩を踏みしめる乾いた掠れ音が今は耳の直ぐ近くで聞こえているように思えた。藍染はゆっくりとヒルゼンに近づいて、その後ろを見上げた。まるで背後に存在する死神に気づいているかのように。

 

 

 印を結ぶ。すると藍染の片手が透けて一本増えたように見えた。

 

 

 霊化の術だ。生霊となって相手に憑りついて殺す術で本来なら生き霊となって体はそこに取り残されたまま無防備になるのだが、藍染の術は片手のみに限定しているせいかその様子はない。

 

 

「本来は高次元存在ゆえに触れることが出来ない屍鬼封尽の死神だが、魂で干渉することは可能だ。触れた際に死神に喰われてしまうということを除けばね」

 

 

 にも関わらず藍染は霊化した腕で死神の手を掴む。ところが予想した状況と違って何ともない顔で平然としていた。

 

 

「だが屍鬼封尽で術者以外の魂を掴んでいる状態ならばそのリスクは無い。獲物を捕らえる瞬間捕食者は無防備になるものだ」

 

 

「くっ、何を……する気かしら」

 

 

「直ぐに分かるさ」

 

 

 霊化の術の前に事前に結んでいた印が藍染の手に描かれた解放の術式にチャクラが流れることである術が発動された。特殊な封印術はある存在を封印する為だけに開発された。

 

 

六祷(りくとう)封印(ふういん)

 

 

 霊化した手の指先が死神の腕を固定し、もう片方で宝珠を持ち腕のある場所に押し当てる。ヒルゼンの背後で死神の苦悶の声が聞こえた。あの恐ろしくもどこか哀れな存在が苦しんでいる。死神とリンクしていたヒルゼンにはそう感じ取れた。

 

 

 死神は藍染の術を発動させた腕を中心に捻じれて吸い込まれる。その吸引力の凄まじさから死神の体は一点に縮小し、黒い渦状に宝珠の中へその体積など考慮されていないように取り込まれてしまった。

 

 

「……まさか」

 

 

 ヒルゼンに先程までの魂を捕らえられていた胸の閉塞感は無く、同時に大蛇丸の魂を掴んでいた感覚もなかった。屍鬼封尽の術を使った者は、術の成否に関係なく死神の腹の中に魂を捕らえられてしまうというのに、ヒルゼンの身にはそのような兆候が現れていない。

 

 

 まことに信じがたいことだが藍染の術で死神が封印されてしまった可能性が高かった。

 

 

 大蛇丸とヒルゼンは身を襲う虚脱感に思わず地に腰かけた。どうやらイタチの金縛りも解かれたようだった。直ぐに戦闘態勢に戻りたいのはやまやまだが、老いに体力を奪われたヒルゼンは勿論、大蛇丸さえも魂を握られていた違和感に体力を消耗させられている。お互い直ぐに敵対したところで、周囲のイタチや藍染達に気を張ったままではまともな戦闘が出来ない。一時休戦に否やはなかった。まずは藍染達の様子を窺ってからでも遅くない。

 

 

「お主の狙いは……それか。いったい何時から画策しておった? 屍鬼封尽をどこで知った?」

 

 屍鬼封尽は禁術だ。うずまき一族の中でもごく限られた人物しか知り得ない。そのうずまき一族もほとんど流浪の旅で散らばり、里現存時の者はもうほとんどいないと聞く。それに加えて屍鬼封尽の危険性と術者が必ず死ぬという特性から木の葉ですら詳しい術の内容と印について書き記した物はなく、今は唯一ヒルゼンが知るのみ。九尾事件でミナトが使ったことから、仲の良かったミナト経由で聞き及んだのかと考えたが、いくら親友とはいえ禁術をそう易々と教えるほど規律の緩い男ではない。

 

 だというのに藍染は屍鬼封尽について術者のヒルゼン以上に理解し、専用の封印術すら生み出した。

 

 

「最初からさ」

 

 

 掌に納められた宝珠を見つめてどこかうっとりした表情で藍染は応えた。

 

 

「最初からじゃと?」

 

 

「……波風ミナトが九尾を封印したその時に僕もいた。君たちはそれを()()出来ていなかったというだけのこと」

 

 鏡花水月という刀の能力の恐ろしさを改めて思い知らされる。もしやすると今目の前の藍染ですら幻覚かもしれないのだ。

 

 

「……おそらく君達は山中イノイチ君にこう伝えられたんじゃないかな。『藍染惣右介は自身の死を捏造した後、上層部を殺害しその住居で姿を隠していた』と」

 

 

 確かに藍染の言う内容が山中上忍よりの連絡にあった。恐ろしきはそれを成し遂げた後に火影や暗部にそれを悟らせない巧妙さ。幻術や完全催眠に長けたものでもそれを違和感なく現実に合致させるには相当の智謀と綿密な計画が必要となる。

 

 

「だがそれは間違いだ。中忍選抜試験が始まる前に既に僕は上層部を殺し、あなたたち三忍の招集命令を出させた後に居住区全体に鏡花水月をかけた。上層部が生きて業務を続けている状態に見えるようにしておいたんだ」

 

 

 

 

「狙い通り、大蛇丸が神隠しを問い詰めた僕を殺したように見せかけて、里内の危機を煽った。只でさえ各国の要人や忍を受け入れることで緊張状態の木の葉は、老いによって衰えたあなたに継いで次期火影を求める声が大きくなる。そうなれば候補者はあなたたち三忍をおいて他ならない。三忍の一人が裏切り者となれば、残りの二人の中で信頼における自来也に必然的に声がかかる。普段なら里から帰ってこない綱手姫を理由に断ることも逃げることも出来ただろうが、国家間の緊張で封鎖された里内にいてはそれも不可能だ」

 

 

「予め上層部からは火影継承の儀の際に、秘密の国宝保管庫に前任から案内があるということを聞いていたからね。……死神封印の為の封印術については神隠しで攫った人体実験で前々から完成はしていたものの、その封印の核となる物体がほとんどの尾獣を捕らえることに成功した初代火影柱間の眠る木の葉に存在しないはずがないと踏んでいた。そして本質的に死神は尾獣とそう遠くない存在ゆえに封印の核には十分だ」

 

 

「そこで僕を自来也と錯覚したあなたにそこまで案内してもらう予定だった。さすがに初代の木遁封印術は真正面からの突破を試みた際、安全装置として中の秘宝ごと処分されてしまいかねないからね」

 

 

 

「……げに恐ろしき野心の男よ」

 

 

 

「だが予想以上に綱手姫の憔悴とそれによる混乱が大きくなりすぎてしまった。現状の対応に追われて将来の木の葉の火影を考察する余裕さえも失いかねない。そこで別の作戦の為に利用していたはたけカカシへの謀略を軌道修正することにしたのだよ。彼に僕の殺害犯となって貰って、亡くなった御意見番から処刑の執行を命令させた。案の定お優しいあなたは自分の立場を危うくしてまで彼を助けた。来る大蛇丸との闘い、中忍選抜試験後に告げられる辞任を前にして、あなたと自来也の意志を一致させた」

 

 

 

 

「……全て僕の手の内のことさ」

 

 

 もはや言葉が出ない。誰かしらの強い後ろ盾で動いているのかと当初は考えていたが、ここまでの策謀をめぐらす男が誰かの下に大人しく納まるような器ではない。

 

 よくよく考えると初代の封印術の中へ案内する際、緊張しているのだろうといつもの自来也らしくないところがあった。自来也に火影になると告げられた後に御意見番のうたたねコハルに別室で最終確認をとってもらったのだが、入れ替わったのはその時だろう。夕食後再び夜に本戦での詳しい話を詰めて飲み明かした際にはいつもの自来也のように思えた。

 

 

 

「……素晴らしい。想像以上の男に育ったわね。元担当上忍として喜ばしいわ」

 

 

 大蛇丸は先程の山中一族の連絡を聞いていない。木の葉に敵対したとはいえ、今は一時休戦の間柄である。事前情報が無ければいくら大蛇丸とはいえ苦戦は必至。敵対者同士潰しあってくれれば問題はないのだが、あちらにはうちはイタチが控えている。確実に藍染という首魁を叩いて気勢を挫くには大蛇丸に有利な情報の提供は欠かせない。

 

 ヒルゼンの体力は予想以上に削られていた。老いが体力の回復を許さない。助太刀をしたいのはやまやまだが、屍鬼封尽の術で相当消耗していて呼吸が整っていないままでは足手纏いになる。

 

 

「大蛇丸! 藍染の刀が奴の完全催眠の要だっ」

 

 

 ならばせめてと助言した。恐らく大蛇丸も完全催眠の条件に当てはまっているだろうが、何も応援がないよりはマシだろう。実際条件に当てはまった相手に対する助言はほとんど気休め程度である。相手に認識される前に速攻でやってしまうか、ヒルゼンの言うように完全催眠の要の刀を奪い取ってしまう他ない。完全催眠にかかっていない状態でのという厳しい条件を潜り抜けてという前提だが、今は藍染は目的の達成に高揚し油断している。隙を突く戦闘が得意な大蛇丸ならばやれないことはないだろう。

 

 

「……あなたは知らないかもしれないけど。私はあなたをずっと見ていたの」

 

 

 ヒルゼンの助言を聞いているのかいないのか。大蛇丸の視界に既に師の姿はなかった。

 

 彼の男は幼き時より才能に溢れていた。そしてその自覚が傲慢に変わる前に両親が亡くなり、命について深く考えるようになった。不死への憧れから邪法に手をつけて、様々な実験体を酷使して、己を超す才能に出会い嫉妬した。恨んだ。殺意さえ抱いた。

 

 そこで絶望はしなかった。いや出来なかった。

 

 より優れた才能に劣るものの、大蛇丸には才能があった。人の才能を測ることの出来る才能。単なる長所を武器に、優れた才能を他の忍を圧倒する兵器に導き、成長させることによって、それを強奪して更なる力を得て来た。

 

 奪っても奪っても満たされることのない日々。飽いてきた大蛇丸に舞い込んできた逸材。それが藍染惣右介という男だった。

 

 

「このつまらない里にいたのもその為。……でも正直がっかりさせられていたのよ」

 

 

 大蛇丸には分かっていた。彼には才能がある。そして幼少の頃の彼はその才能をひた隠しにしようとする傾向にあった。周囲の視線を気にしていてはせっかくの才能も埋もれてしまう。アカデミー卒業後に担当上忍として面倒な役目をヒルゼンから受けたのもその為。

 

 

「いつまでたっても力を表に出さないし、あなたを優に超える才能を見つけてしまったからその子を確保して里から抜けることにしたのよ」

 

 

 元々藍染の才能は幼少の頃の大蛇丸とほとんど変わらないように思えた。確かに優秀だが、探そうと思えばそれ以上の逸材がこの里には眠っている。

 

 だからこそ大蛇丸は目をつけた。自分と近しい存在だからこそ、かつての思いを知る大蛇丸の手で育て上げればどのような才能を開花させるか、探求心が抑えられなかったのだ。

 

 藍染の()()は優秀だが、本人の意思がこの世に出ることを拒むのならば、()()()()にでも世に出てもらうしかない。

 

 

「岩隠れの前線基地にあなたを派遣して、霧隠れに密告した甲斐がないじゃない」

 

 

「――大蛇丸!? 貴様ッ!」

 

 

 かつてのヒルゼンの肝を冷やした襲撃事件。その犯人は木の葉の忍だった。明らかに内部情報を知らされていないと出来ない完璧な襲撃を疑問に思ったことは幾度もある。

 

 

「まさか水影直属の部隊まで出てきて生きて帰って来るとは思わなかったけどね。無事帰って来た時にはあなたの才能を確信したわ」

 

 

「ほぅ」

 

 

 初めて藍染の反応が宝珠から大蛇丸に移った。それまでの彼は意識を割きつつもどこか虚ろな瞳をしていた。宝珠への好奇心か、あるいはまだ見ぬ策略か。ヒルゼンには藍染の意図と底がまだ見えてこなかった。

 

 

 

「……だからどうなるか見てみたかったの」

 

 

 大蛇丸の纏う空気が変わる。背筋に冷汗が流れる粘っこさと狂気を感じさせる禍々しいチャクラが師のヒルゼンをして怯ませた。三忍の中でも異質。人離れした能力と資質を持つ大蛇丸はやはり根のところはどこまで行っても深く暗い『人』という生物のエゴの塊である。

 

 

「もしもあなたが()()()()()()()を歩めばどうなるか」

 

 

 大蛇丸の両親のように。大事な存在を失って、どのように育つのか。大蛇丸のように不死を求めて邪法にたどり着くのか、あるいは新たな方法を見つけるのか、そもそもそこで諦めてしまうのか。様々な可能性がそこから広がっている。

 

 

 探求心が抑えられない。かつての己の行く末が果たしてどのような結果に陥るか、それを見遂げてどうしたいのかは分からない。……ただ知りたかった。

 

 

「――まさかっ!?」

 

 

 脳内によぎる最悪のヴィジョン。そのようなことをかつての弟子がやらかすはずがないと信じたかった。

 

 

 

「……あなたが危機に瀕していると伝えた時の両親ときたら」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――愉快でしょうがなかったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大蛇丸は冷静だった。その時取れる手段での最適手を迷わず選び取るクレバーな男だ。ヒルゼンの助言に従って藍染の気を話術で逸らして鏡花水月を使わせる選択肢を選ばせない。無論全く嘘もついていないが、藍染よりも注意すべき存在は大蛇丸の中でやはりうちはイタチだった。暁に潜入したのもイタチの体を奪い取り、草薙の剣の()()一振りを探すことが第一目標だ。確かに藍染の行く末も見遂げたいが、安全マージンの確保あってのこと。

 

 

 その為には出来る限りの余力を残しておく必要がある。

 

 

 藍染の両親との仲が良かったことは記憶している。いくら超越した態度をとろうとも藍染も一人の人間。かつての師が藍染の両親を殺した犯人だと知っては、僅かな気の動揺は避けられない。怒りに身を任せて鏡花水月の使用さえも忘れて直接的な攻撃手段をとればその隙を突いて仕留めることも出来る。そうすれば次はイタチだ。

 

 

 

 

「……そうか」

 

 

 一時藍染の表情が無くなる。そして、

 

 

 

「それは……あなたに感謝しなければならないみたいだね」

 

 

 

 藍染はやはり微笑んだ。――そこに気の緩みや、負方向への動きは一切掴めない。つけ込もうとした隙はそのまま大蛇丸の隙に代わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回もネタバレ注意


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

死神の腹の虫

 

 

 

 

 カカシとアンコの治療を済ませてなんとか救命措置を完了した綱手が向かったのは自来也の元だった。既に転移先については分かっている。しかし一人で向かったとしても鏡花水月を扱う藍染には敗れてしまう可能性が高い。確実な戦力を用意して、一人を囮としてもう一人で奇襲をかけることで藍染の無力化をより確実なものとしたかった。

 

 

 山中上忍より自来也は里の外周部で敵忍の迎撃にあたっているとの連絡があり、その道中を急ぐ。普段は市民で賑わう里内はいたるところで煙が上がり、崩壊した建物が見られる。戦闘も依然継続中だ。ちょっかいをかけてくる敵はまとめて始末し、後は他の忍に任せる。木の葉の忍ならば任せておいても平気だろう。

 

 

 ふとすると綱手の周囲を殺気が囲んでいるのに気づいた。綱手の走りに対応してその包囲網が移動する。速度を落とせばそのように、足を止めれば気配も止まった。綱手が気づいたことに敵方も気づいたのだろう。周囲の建物から上空へとその影たちが跳ぶ。

 

 

 一、二、三……八人。三忍を相手にするには少ないが久しぶりの実戦の肩慣らしには丁度いい。

 

 

 しかし腕まくりした綱手の気概は直ぐに沈んでしまうことになった。

 

 

 綱手の背後から上空より飛び掛かる襲撃者たちに向かって、見えない風刃がその尽くを撃ち落としたのだ。

 

 

「……何をやっておる。敵に主導権を握らせるな。そこまで鈍ったか?」

 

 

 顎に十字の傷が入った老年の男が会って早々に嫌味をぶつけてきた。綱手は額に皺を寄せて不機嫌を隠そうともしなかった。

 

 

「黙っていろ老いぼれめ。軽い肩慣らしのつもりだったんだ」

 

 走りながら十字傷の男ダンゾウが並走する。さすが暗部『根』のトップ。ヒルゼンと歳が近いにも関わらず息切れ一つない。

 

 

「――命令だ。自来也と合流して藍染と黄緑、イタチを抹殺しろ」

 

 

「――自来也と合流するまでは聞いてやってもいい。だが藍染は生け捕りだ」

 

 

 綱手の瞳が濁る。殺気さえも感じる強い意志を秘めた圧力(プレッシャー)をダンゾウに向けた。しかしそれで怯むようなダンゾウではなかった。

 

 

「奴の話が本当だとすれば、そんな温いことがよく言えるものだな。能力を明かしたということはその前提条件をほぼ網羅しているということだぞ。狙いはまだ不明だが、ここまで周到な準備をしているのなら碌な狙いではあるまい」

 

 

「――少し黙っていろ」

 

 

 一触即発の気配。片目を包帯で隠しているダンゾウは気取られぬように後ろ手でチャクラ刀の柄を持ち直す。対する綱手も全身に巡らせたチャクラに殺気を込め始めた。互いに目的も手段も違えば相容れる訳がない。処分するのなら他の邪魔が入らない今の内にと考えるのもおかしくなかった。

 

 

 

 そこに一人の影が割り入ってきた。あわや激突というタイミングに二人の殺気をまともに浴びてしまったのはまさに渦中の人だった。

 

 

「騒々しいのォ。内輪もめはこの騒動が済んでからでもよいだろうに……」

 

 

 白髪の長髪を靡かせた初老の男自来也は返り血を被って、普段の飄々とした態度はそこになく、鬼気迫るものを感じさせた。ヒルゼンに約束した通り、里の次代を担う彼には滅私として外敵を打ち倒し平和な世にする為の信念がもう根付いていたのだ。

 

 当然山中一族より事の仔細は聞き及んでいる。里の周囲の巨大口寄せ生物をねじ伏せて、残りは蝦蟇たちに任せて急いで里内部までやって来た。大蛇丸と師の戦闘は邪魔立てするつもりはなかったが、事態は当初の予想と随分違っている。天才イタチさえ現れたのならば加勢せざるを得ない。

 

 

「良いところに来た自来也。藍染を殺害して事態を収束させるのだ」

 

 

「ああ、その件だが実は――」

 

 

 自来也は言いかけて殺気立った綱手の肩を掴んで引き留める。気持ちは分かるがまだその時ではない。それよりもまず周知せねばならない情報があった。戦局を左右しかねない重要な情報だ。

 

 

「おそらくワシは藍染の完全催眠の前提条件にかかっていない」

 

 

 その場の二人は思わず息を呑んだ。

 

 

「――っ!? 本当か、な、ならうってつけだ! 直ぐに向かうぞ!」

 

「――待て」

 

 

 ダンゾウが制止の声をかけた。自来也の情報を鵜呑みにするにはまだ早い。自分たちもその条件が当てはまっている以上、藍染の能力の有効範囲が不明な今上手い話にのって突撃しても失敗する可能性が高かった。作戦の成功率を上げるためにまずその経緯を聞く必要があった。

 

 

「何故そのようなことが言える? ここまでの準備をした奴が三忍ほどの相手に完全催眠をかけ忘れることがあるか?」

 

 

 もしや自来也の姿をした偽物ではないかとさえ疑っていた。そして完全催眠の恐ろしさはその戦闘での絶対性に加えて、非戦闘時でのこうした疑心暗鬼を生じさせるところにあると理解した。理解したところで対抗策がないのが胆である。

 

 

「前々から危惧していた……と言っても信じるのは難しいか」

 

 

 三忍の大蛇丸が人の才能を見抜くことに長けているのならば、自来也は人を見る目に長けていた。その人物が木の葉の敵たりうるか、己の周囲に牙をむきかねない野心を持っているかを長年の経験と勘とで見定めてきた。そうして藍染はそのセンサーに引っかかっていたのだ。振る舞いは真面目で、礼儀正しく目上の者を尊重し、後進の指導にも熱心と疑うべき要素はない。だからこそ疑いつつも誰にも言い出すことはできかった。縁者でもある綱手には尚更。何故怪しいのか自来也本人でも分からないので、出来るのは接触の機会を減らして遠ざけ、嫌悪の表情が出ないよう留意しておくことだけだった。

 

 とはいえここまでの事件を起こすとは努々考えもしなかった。

 

「……まずはここ数日の話を聞かせて見ろ。完全催眠がかかっていないのならば何処かで我らの認識とずれている可能性がある」

 

 

 自来也はダンゾウの言うとおりに里内へ向かいつつ日々の流れを語って聞かせた。すると自来也本人からしてみれば当たり前の出来事が綱手やダンゾウからしてみると違和感を感じさせる出来事が多々あった。

 

 まずは御意見番との接触。自来也はここ数日何度かうたたねコハルとの接触をしていた。しかし綱手が見た上層部惨殺の死体の中に確かに死後一月と見えるうたたねコハルの姿があった。もはや死んでいる筈の御意見番を見たというならば完全催眠にかかっている可能性が高い。それを危惧した綱手だが、ダンゾウが横合いから口を出した。藍染の横に控えていた暗部である黄緑は死体の皮を被って精度の高い変装術が可能な忍だ。彼女の術ならば自来也一人を騙すことは可能。また自来也がこの一月御意見番両名を見ることがなく、ダンゾウは両名揃って目にすることがあった件から可能性は非常に高い。しかし、それは既に藍染が自来也個人の為に偽装工作を用意していたことを意味する。

 

 

 

「……まぁ良いだろう。しかしそれが本当ならお前を行かすことは出来んな」

 

 

「何故だ!? 自来也ならば完全催眠に騙されずに戦闘が可能だろ!」

 

 

「藍染の戦闘力は未知数だ。少なくともカカシを圧倒出来る実力はある。しかしお主ぐらいの実力ならば完全催眠の条件は知ってさえいれば戦闘中にかかることもあるまい」

 

 

「なら――」

 

 

「――だが人質をとられたらどうだ。ヒルゼンはおろか奴の完全催眠にかかったものは既に人質をとられたも同然。その解放と引き換えに条件を強要させらればお主はその条件を呑むだろう。――それこそが奴の狙いの可能性のほうが高い。そうして鏡花水月にかかってしまっては次の木の葉を支えるのは不可能だ」

 

 

 自来也は次期火影として周知されている。老い先短いヒルゼンと裏切り者の大蛇丸にみすみす次期火影の命を失う恐れの賭けなどあり得ないことだ。里への被害も少なくなく、上層部の権力やコネも今回で絶たれてしまったところが大きい。復興への見通しを考えるとここで自来也を戦場へ向かわせるわけにはいかなかった。

 

「――諦めろ自来也よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火影の顔岩の上では二人の強い圧力(プレッシャー)がぶつかり合っていた。大蛇丸はその湿った殺気を触手のように伸ばし、藍染の圧力(プレッシャー)はただ己以外の全てを上から圧し潰さんばかり。二人の意志が波濤のようにぶつかり合う中心は空間が歪んでいるように思えた。

 

「薄々感づいてはいたよ」

 

 

「ほう?」

 

 

「あなたが私を観察していたように、私もあなたを観察していたというのがそんなに意外かな」

 

 

「……師が師なら弟子も弟子ということかしらね。ますます興味深いわ」

 

 

 大蛇丸は当初の予想を超えた藍染の精神性とその能力に興奮が治まらない。

 

 

「やはりあなたは私の思う通りの人だった。()()()()穢土転生の術式を研究室に残しておいた甲斐があるというもの」

 

 

 大蛇丸を穢土転生の術式へと誘導したのは、ヒルゼンに屍鬼封尽を使わせる為だ。初代・二代目程の実力者を蘇らせたのならば拘束して解除させるまでの時間すらも惜しい。考案者の二代目はその対抗策も熟知しており勝率は限りなく低い上に生半可な封印術は通じない。ヒルゼンのとれる手段は屍鬼封尽以外にないということだ。

 

 

「だからこそ礼を言う必要がある。本当に……ありがとう」

 

 

「可愛くないわね。相変わらずあなたは」

 

 

 お互いかける言葉は穏便なれど、直ぐにでも戦闘に入れるよう空気は張り詰めていた。大蛇丸がいの一番の機会を窺っていると、藍染の姿勢が脱力して意欲を失ったように刀を降ろすのを見る。

 

 

「あら? さすがにかつての師に刀を向けるのは良心が痛むのかしら?」

 

 

「……ここまで育ててくれた(藍染にしてくれた)恩もある。本来ならば手をかけたくなかったのだが、かつてあなたはこう言った」

 

 

「?」

 

 

「“師を超える達成感と喜び、それは弟子だけのものではない”と」

 

 

「……そんなこともあったかしらね」

 

 

 

「――あの日の言葉に従いましょう」

 

 

「――出来るものならねっ」

 

 

 

 藍染は戦闘態勢を解いたのではない。両手をそのままに下ろして、足は肩幅まで開くいわゆる自然体が特有の型を持たない藍染にとっての最適解だった。向かい合う大蛇丸にはそれが良く分かった。隙だらけなのだが、自然体故に次の挙動を予想することが難しい。

 

 

 様子見に徹する余裕は余りない。相手の隙が罠ならば、こちらから新たな隙を作りだすのが定石。大蛇丸の口が裂けたように縦に大きく開かれる。その咥内から夥しい数の蛇が吐き出され、地面を塗りつぶす黒い影が一人に向けて殺到した。

 

不規則な動きで波は太陽さえも覆い隠さんと藍染の目の前まで迫っていた。

 

 

 

 ――目の前まで迫っていた。

 

 

 

 

 否――目の前にいた。

 

 

 

 

 ――()()()

 

 

 

 

 

 蛇の群体が迫ろうとしていた藍染はそこにはもういない。まるで霞のように消え去ってしまった。蛇達も尋常ならざる感知器官で捕捉していた相手を目の前で見失う異変に対応できていない。

 

 

 百戦錬磨の大蛇丸でさえそうだった。

 

 

 一瞬の隙。零コンマ何秒、おそらく時間を数えるという脳内の電気信号が実際に行われるまでのほんの短い刹那が今の大蛇丸にはとてつもなく長く感じられた。達人同士の仕合で見られる時間の流れの相違。全ての動きが亀の歩みほどの速度に感じられる。蛇達も良く観察しなければ剥製にも見える時の流れの中で、確かに大蛇丸は藍染の声を聞いた。

 

 

「破道の九十“黒棺”」

 

 

 藍染の掌の上に黒く渦巻く重力場が時空を歪ませる。一度大きく膨らみ次の瞬間消えたかと思うと、大蛇丸の周囲を黒い線が走った。周囲の知覚は問題なく行えているというのに大蛇丸の体は実際に流れている時間そのままに僅かしか動いてくれない。

 

 黒い線は大蛇丸の周囲を取り囲むように幾何学的な空間図形を描く。そして全ての線が繋がり立方体が大蛇丸を納めると、その中の空間が黒く塗りつぶされた。

 

 

 黒は光を呑み込んだ証左だ。指定された空間内は光さえ脱出できない超小規模の重力場(ブラックホール)と化している。

 

 

 展開された時間は数秒だが、全身の血管から血を流してまだ形を保ったまま大蛇丸は地に伏した。もはやまともな戦闘は不可能だろう。

 

(……よもやこれほどの力を)

 

 藍染は風に白い羽織の裾を靡かせながらまだ意識のある大蛇丸へ視線をやる。

 

 

「鏡花水月の完全催眠は無欠。例え分かっていても逃れる(すべ)などありはしない」

 

 

「素晴らしい力です。藍染様」

 

 

「いや、失敗だ。本来の力からはほど遠い。……陰陽遁に土の性質変化ではこの程度か」

 

 

 軽い用事が済んだとばかりにヒルゼンの元へと足を運ぶ。鏡花水月による完全催眠だけの男ではないと確かに理解させられた。あの見たこともない術。印を結ばない術について確かにヒルゼンは知っていた。単純な性質変化や形質変化を極めたものや特有の装備に予め術式を構築しておいてチャクラで起動させるタイプ。あるいは血継限界固有のものなど多岐に渡る。しかし印を結ばない以上、時間や威力、それ以外の()()()()()と引き換えになる。

 

 しかし、あの術はそれらを無視しているように思えた。九十という数字から少なくとも九十以上あのような印を結ばない術があると見ていい。話を信じるのならばあれで威力が本来のものではないのだから恐ろしい。

 

 

「さて、待たせてしまったね」

 

 

「……これ以上何が目的じゃ藍染」

 

 

 ヒルゼンは自身の口から出た声音が思った以上に弱々しいことに自嘲した。

 

 

「……過去の文献を読み漁って、あるいは禁術を使って屍鬼封尽の死神について研究してきた。その出自はおそらく六道仙人の時代よりも過去に遡る」

 

 

「にも関わらずこの術は秘匿されてきた経緯から死神の腹に呑まれた犠牲者は少ない。つまり存在を保つ為のエネルギーが枯渇しかけていたのだよ。本来の性能なら四代目火影が九尾を封印する際も陰陽に分割する必要がないほどの出力は備えている」

 

 

 術者もその対象もまとめてその魂を封印され永劫の苦しみを味わうというリスクの高さは、その効果に見合わないとされてきた。尾獣の封印にだけ限定すれば時間と封印の媒体さえあれば他の手段でも代行できる。

 死神という存在は人智を超えた先にあるが、何かが存在するにはその事由が必要なのは埒外の死神にも適応される道理。死神にとってそれは腹の魂だったのだろう。

 

 

「弱体化していたところに尾獣最強の九尾が半分でも入ってしまい、それは栄養でなく劇薬に代わってしまったのだ。先に取り込んだ九尾が邪魔をしてこのままではいくら魂を取り込んでも完全体へは辿り着けない」

 

 

 何事にもバランスが重要だ。言ってみれば極限の飢餓状態にドーピングを投与するようなもの。薬物とは違って九尾はそこに居座り続けているので()()()()()()()()エネルギーの補給は出来ても、それ以上は見込めない。

 

 

「そう順序が大事だ」

 

 

 羽織の裾から藍染は何かをおもむろに取り出す。面だ。暗部が被る動物の面とは違う。まるで死神のような般若の面であった。

 

 

「かつての力を取り戻せばありとあらゆる()()を封印し、魂からチャクラを抽出して取り出すことも可能だ。大蛇丸の使っていた穢土転生と原理は似たようなものだよ」

 

 

 現世に蘇った死者は一度に練れるチャクラ量は限られているものの肉体という器を持たない為、精神エネルギーと身体エネルギーに関しては枯渇の恐れがない。さすがに直接点穴や経絡系を閉ざされた場合においてはその限りではないが、術の使用に制限がないことの強みは言うまでもないだろう。

 

 穢土転生の弱点として挙げられる魂そのものの昇華による術の中断。そしてあまりに蘇らせる対象が術者よりも強い場合その制御を外れかねないこと。解除方法さえ知っていればチャクラに制限がないまま暴走しかねないという点がある。

 

 

 死神は死者の蘇生こそしないものの、腹の中に封印した存在のチャクラをそういったデメリット無しで利用できる。勿論藍染のように完全に制御した状態で封印出来ればという話だが。

 

 

「そしてそのための手段がこれだ」

 

 

 面を片手にヒルゼンに近づきつつあった藍染の足が止まる。見れば両足を地中から伸ばされた手で掴まれている。土遁に青白い肌。執念染みた狂気を感じさせる視線。つい先ほど藍染の攻撃をまともに受けたとは思えない生命力の大蛇丸だった。

 

 

「……少し舐めてたのは認めてあげるわ」

 

 

「こちらこそ。あなたの生命力を侮っていました」

 

 

 黒棺をまともに受けていたわけではないのだろう。目の前の本人とは別に地に伏していたのは大蛇丸の抜け殻だった。あれほど精度の高い身代わりはチャクラの消費量も馬鹿にならない。現に大蛇丸は先程の幻を警戒して視界を完全に閉じている。三忍の一人であり、仙術チャクラを半端なれども身につけた大蛇丸にとっては他の感覚器官で十分に対処可能だ。

 

 

――しかし、それでも足りなかった。もとより完全催眠に対しての事前情報がない大蛇丸ではあまりに対抗策が乏しい。

 

 

 藍染の足を握っていた両腕は一切の過程を感じさせず苦無で地に縫い付けられ、瞼の奥から感ずる光量はいきなり夜にでも変わってしまったかのように思う。大蛇丸の顔には般若の面が被されていた。

 

 同時に背中に充てられた宝珠。大蛇丸の体につい先ほどと同じ体感が襲う。

 

 

(これは……死神の)

 

 

 宝珠を通して死神が般若の面を被った大蛇丸を感知して憑依したのだ。

 

 

 屍鬼封尽に封じられた魂を解放する手段は一つ。うずまき一族の能面堂に隠された死神の面を被り、

 

 

「グッァァ!」

 

 

 腹部を切り裂いて憑依した死神の腹も間接的に裂くことで、その腹に囚われた魂は解放される。直接宝珠に触れている藍染と憑依されている大蛇丸にしか見えないが、死神の腹部から夥しい程の死霊が溢れだした。先代の火影たちは勿論、それ以上に多くの魂が数分の間は止まることを知らない勢いで放出された。全て藍染の実験で犠牲になった者たちだ。

 

 全てが流出されると、支えを失った大蛇丸が今度こそ地に伏した。まだ僅かに息があるその不死性には見習うべきところがある。

 

 

「……素晴らしい。まさに私にとっての<崩玉>そのものだ」

 

 

 それ以上に注意をよせられている宝珠、改め崩玉は鈍く輝いて太陽の光を反射させていた。

 

 

 周囲の風が騒めく。イタチの立っている場所から少し離れた場所で不自然な旋風が発生した。それは藍染達も使用した簡易的な時空間忍術の転移先で起きる事象の前触れ。直ぐに風はより激しく岩上の土煙を舞い上げて視界を塞ぐと、収まった先に人影が一人、いや二人現れた。背の高い男が気を失っているらしい少年を背中に抱えてそこに立っていた。

 

 

 男は霧隠れのマークを横一文字に傷つけた抜け忍の額あてを身につけている。鼻から首元までを覆い隠す包帯、全身くまなく鍛えられた筋肉質な体は戦人の証。眉はそり落とされて黒い短髪の男は地獄の極卒のような低いかすれ声で、

 

 

「守鶴の人柱力を連れてきたぜ藍染様よ」

 

 

そう伝えた。イタチや黄緑と違ってそこまで藍染を敬っている気配はそこにはない。それでも藍染は気にした様子もなく頷いた。

 

 

「時間通りだね桃地再不斬。一尾なら死神の丁度良い腹の足しになるだろう」

 

 

 

 木の葉の里の争乱は収まりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そして終幕

 

 

 

 直ぐに我愛羅の守鶴が陰陽に分割されて陰の部分は藍染の崩玉に封印されることになった。意識を失っているはずの我愛羅の体が体内で暴れ狂う守鶴の決死の抵抗によって激しく痙攣する。それでも死神の力には逆らいきれず崩玉に黒い影となって吸い込まれてしまった。

 

 長年苦しめて来た九尾の半身や、歴代火影の魂たちを解放して直ぐに御しやすい一尾といえどもその全体を封印するには弱体化していた死神にとって負担が重い。それを考慮して今回は一尾の半身を封印する結果に落ち着いた。ただでさえナルトとの全力の戦いの後に再不斬に拉致されて来た我愛羅だ。人柱力は尾獣を抜かれると死んでしまうという特性上、普通なら半身では確実に死んでしまうことはないが、疲労とチャクラの激しい消費によって体力を失っている状態での封印術の行使は余りにも我愛羅にとって負担が大きすぎる。このまま何の処置もしないまま放置しておけばいつ死んでもおかしくないだろう。

 

 既に用済みとなった我愛羅は藍染にとっての興味の対象には入らない。抜け殻のように脱力した体を片手でゴミのように放り投げた。

 

 

 屍鬼封尽によって己の体に九尾を封印することで一時的に人柱力になった後死神に喰われた四代目火影波風ミナトの場合と違い、我愛羅は直接藍染の手によって一尾の半身だけ狙って封印された。空っぽの死神の胃の中に純粋な尾獣のチャクラだけが取り込まれた状態だ。人の魂よりもエネルギー効率は格段に良い。九尾と違って負荷は最小限で死神にとって最良の餌だ。崩玉は先程までの深海を想わす紺色に時折波紋が立つようになっていた。中で暴れる一尾の影響が出ているのだろう。またしばらくは尾獣のチャクラを死神に馴染ませて慣らす必要がある。

 

 

 ヒルゼンは回復しつつある体に鞭うって投げ捨てられた我愛羅が頭から硬い岩肌にぶつかる前に体を滑り込ませて受け止めた。普段ならなんてことのない動きが身体の節々に鈍痛を訴える。他里の人柱力を助ける為に動く義理は無いにも関わらず、善性の強いヒルゼンは見捨てることが出来なかった。

 

 

 怨みの籠った視線が藍染を突き刺した。優しく我愛羅を地に寝かすと、今度こそ藍染を止める為に己の命を懸けて挑もうと身構える。幸いなことにヒルゼンの金剛如意棒に化けている猿魔は鏡花水月の影響を受けていない。藍染の匂いを感知して任意に攻撃させれば一撃を与えることも可能。こちらが完全催眠にかかっているのは分かっているので能動的な攻撃は難しいが、相手の攻撃を受けた直後ならばその隙を狙って猿魔による不意打ちを狙える。『肉を切らせて骨を断つ』ほど上手くいくとは思っていない。肉の部分が己の命でもいい。せめて一撃だけでも有効打を与えることが出来れば、完全無敵の能力ではないと証明できる。

 

 

 

 極限まで集中していたので気づくことが出来た。風切り音が藍染の上空から聞こえる。何かが落下してきていた。小さな影だったそれが藍染の頭上十メートルまで自動落下してくると、巨大な人影がその場に唐突に現れた。巨人ともいえる大きさの人間は落下速度も利用した踏みつけで藍染達ごと岩肌を抉り破壊する。質量と速度の十分乗った一撃は視界を埋め尽くすほどの粉塵を生み出し、四方に岩石の塊を飛散させた。前もって気づいていたヒルゼンは飛礫を危なげなく金剛如意棒で打ち砕いた。

 

 

「火影様! ご無事でっ!?」

 

 

「うむっ」

 

 

 現れたのは秋道一族の当主15代目の秋道チョウザ。自身の体やその一部を倍加させることのできる秘伝忍術の使い手だ。先程の不意打ちは通常の状態から一気に全身を倍加させる超倍化の術によるもの。トリッキーな動きのとれない空中での落下運動だと油断している敵には効果絶大。

 

 

 いち早く動いた藍染を先頭に攻撃を避けたイタチ、黄緑、再不斬が着地する。

 

 

「これは……」

 

 

「おいおい。捕まってんじゃねぇか」

 

 

 黄緑、再不斬が異変に気付いた。

 

 未だ土煙が足元に立ち込めていたからだろう。いつの間にか藍染達の足元は土煙に紛れて地面を這って来た黒い影の手に囚われていた。足首から膝のあたりまで蛇のように這われている為、上体を除いて微動だに出来ない。

 

 

「これは影首縛りの術……やはり君か」

 

 

 土煙が晴れて藍染達の前に姿を現したのは二人。術の維持の為に印を結ぶ上忍は眼光鋭く睨みつけた。もう一人は内心に沸き上がる感情を制御しつつ、アイコンタクトで秋道チョウザとの陣形を合図した。

 

 

「秋道チョウザ。奈良シカク。山中いのいち。猪鹿蝶揃い踏みか……随分懐かしい面々だね」

 

 

 木の葉の庇護下に入る前から深い交流のあった一族だ。上空からの襲撃で意識を上に逸らしておいて、本筋はその時発生した土煙に隠れて影首縛りの術で捕縛する連携力。動けない相手に山中一族の秘伝忍術で精神を乱すことや乗っ取ることで戦闘を終わらせる。全く無駄のない作戦に思わず藍染は感嘆の息が漏れた。

 

 

「……どうやら本当に藍染上忍本人のようですね。信じたくはなかったのですが」

 

 

「何故木の葉を裏切ったのですかっ!?」

 

 

 シズネから聞いて、藍染の動きを感知伝々で把握していたいのいちはある程度事情を把握していたので心の準備は出来ていた。しかし奈良シカクにはその心構えが出来ていなかった。かつて大戦の時も指揮官として指示を仰ぎ、終戦後も変わらず尊敬していた男が大罪を犯したなど信じられなかった。今でさえ普段の穏やかな様子と変わらなく見えた。

 

 それでも油断なく影首縛りの術で掴む力は緩めない。本来であれば全身捕縛といきたいところだが、さすがに残りの三名ほどの実力者を放置は出来ない。特に一人はあのうちは一族の傑物だ。膝まで固定すればいのいちの秘伝忍術から逃れることは出来ないという信頼も大きい。

 

 

「何か誤解しているようだね」

 

 

「ッ!?」

 

 

「君たちの知る藍染惣右介など最初から何処にも居はしない」

 

 

 今ハッキリと理解した。眼鏡の奥の瞳に人間らしい温かみはもうない。何故ここまで変わってしまったか経緯を探る意味は現状薄かった。既に取り返しのつかない事態を招いてしまった。今の藍染が過去の藍染を偽りだと(うそぶ)くのならばせめて過去の己たちが尊敬した藍染のまま送るのが最低限の礼儀。記憶の中の藍染だけは綺麗なまま終わらせたかった。

 

「シカク」

 

「嗚呼。分かってる」

 

 

 影首縛りの術から影縛りの術に切り替える。影首縛りの術の方が物理的な干渉と戦術の柔軟性が高いが消費チャクラはその分大きい。四人分ともなればその維持に苦労する。影縛りの術は術者の動きを影を繋いだ対象にリンクさせるものだ。対象への物理的な干渉もリンクしてしまうので、こちらが殴ればその物理的な衝撃はそのまま術者であるシカクにも及んでしまう。元々足止め用の術なので決定打に欠けていた。

 

 それを補うのが山中一族の精神介入の秘伝忍術。あくまで精神的な干渉なので物理的には何のデメリットも無く影縛りの術と連携出来る訳だ。

 

 

 

「油断するでないぞっ!」

 

 

 ヒルゼンから警告が発せられた。ここまでして尚一切の油断はない。普通なら影縛りで捕えた時点で詰みだ。そんな常識が今まで打ち砕かれて来た故に警戒網は何重にも張っておくべきだ。

 

 火影の声に頷き三方を固める。写輪眼使いのイタチと目を合わせないように留意しながら配置取りをしていると、

 

 

「やはり警戒すべきはあなただよ猿飛ヒルゼン。老いさえ無ければと思わざるを得ない」

 

藍染は告げた。自身達の置かれている状況が分かっているのか怪しい。まだ何か隠しているものがあるかもしれなかった。

 

 

「……悪い気はせぬが、お主はもう(しま)いじゃ!」

 

「心転身の――」

 

 

 術の発動の射程上に突然シカクが割り込んで来た為、イノイチは術を中断せざるを得なかった。絶好の機会を中断させられた憤りに睨みつけるがどうやらシカクの様子がおかしい。操られている様子はないが、困惑しているように見える。

 

 

「――待てっ! おかしい! 奴等の体が俺と同じ動きをしていないっ」

 

 

「なにっ!?」

 

 

 影縛りの術は術者と連動して動く。当然先程のようにイノイチの前に飛び出したのならばそれに伴って動かなければおかしい。だのに奴等は一歩たりとてその場から動いていなかったのだ。あのまま術の狙いを絞って不用意に術を発動させていればその隙を突かれていた可能性は非常に高い。

 

 

「ならば直接やるまで!」

 

(はや)るなチョウザッ!」

 

 

 イノイチの制止を振り切ってチョウザが藍染へと立ち向かう。巨体で地面を揺らしながら、それに見合わさない速さで詰め寄ると部分倍加で巨大化させた拳を勢いよく突き出した。その破壊力は大木さえも真正面から根こそぎ倒すほどのもの。

 

 

ガゴォン

 

なにかがひしゃげたような鈍い音。

 

「なにっ!?」

 

 

 渾身の一撃は十分に体重とそれまでの助走で得た加速が合わさり振りぬかれた。

 

 

――しかし

 

 

 

 チョウザの巨大な手に装着された鋼の手甲部分。その中心に藍染の鏡花水月の切先が突き付けられていた。あの貧弱に見える刀が今も押し切ろうと全身の力を込めるチョウザの巨体を受け止めている。

 

 傍で見ていたシカクは本人よりも状況を詳しく把握していた。チョウザが額から大量の汗を流しているにも関わらず藍染は相変わらず涼しい顔だ。完全催眠にかかっているのかという疑惑さえ生まれた。しかし藍染がチョウザの攻撃を受け止めた証左に、藍染の足元の岩肌は陥没し瓦礫を周囲に散らしている。わざわざ完全催眠で敵であるシカク等にそれを再現して見せる義理はない。つまり単純な実力でチョウザの渾身の一撃を片手で掴んだ鏡花水月の先端で相殺した。いや、チョウザはむしろ押されつつある。拮抗していたと思わせていただけだったのだ。

 

 次の瞬間。チョウザの腹部は裂かれ、力なく倒れていた。

 

 続けてイノイチ、シカクも糸の切れた操り人形のように倒れる。肩や背に大きな刀傷を受けて岩に伏す姿にヒルゼンは眉を顰めた。僅かに刀の軌跡を目の端で捉えていた。

 

 そしてあの恐ろしいほどに冴え渡った剣術を一瞬たりとて美しいと感じた己を恥じた。

 

 怒気がヒルゼンの体力を急速に回復させ、殺意がチャクラを研磨した。チリチリと肌を刺し、圧力(プレッシャー)が周囲の空気を押しのけて風圧と化す。あたりに転がった小石がその凄まじさでひび割れてしまった。

 

 

「行くぞっ!」

 

 

 ヒルゼンの速さは全盛期より遥かに落ちている。カカシや瞬身に優れた忍ならその速度を上回ることは可能。だがそれは単なる()()に限った話だ。

 

「チェアッ!」

 

「……ふむ」

 

 純粋な体術の技巧。目線の誘導などフェイントを含んだ老練さは若き時よりも完成されている。最高速度はそこまでではないが、緩急による加速や急減速で向き合った際は実際のスピード以上に感じられた。

 

『猿飛! 上だ!』

 

「おう!」

 

 加えて鏡花水月の影響を受けていない猿魔によるサポート。二人が一心となりその相乗効果は単純な二対一より更に上まで実力を押し上げていた。得物を使うことによるリーチの長さと手数の多さが藍染に反撃の隙を与えない。

 

 事実藍染は防戦一方で攻勢に出ることはなかった。受け止めた鏡花水月の刀ごとへし折ってやらんばかりの攻めの一手。藍染を後ろへ後ろへと追いやってゆく。あと一撃で有効打を与えるに充分なところまで藍染の体幹を崩すと確信できた。

 

「むっ!?」

 

 その一撃をヒルゼンは加えることを止めた。だけでなく追撃の手を止めて背後へ跳んで距離をとる。絶好の機会を自ら手放したヒルゼンの顔に後悔の色はない。それが最適手だと己の推測と直感を信じているからだ。

 

 

 ヒルゼンが踏み込もうとした一歩には藍染の影が地に映っていた。その影がヒルゼンの前で奇妙に揺らぐ。やがてそれは不定形な大きさに形を変えた。自然の摂理にそぐわないその現象にヒルゼンは己の判断が間違っていなかったことを知る。

 

 

「やはりお主は秘伝忍術さえも……」

 

 

「さすがの洞察力……と言ったところかな」

 

 

「おおかた影首縛りの術から影縛りの術に切り替える際にお主の影で防いだのだろう」

 

 

「ご名答」

 

 

 ヒルゼンが気づいたのは理由があった。藍染の動きが日光を背後にしてヒルゼンに影を踏ませようとする意図が読めたからだ。普段なら気にしないが、シカクの術がかかっているにも関わらず抵抗もなく術から抜け出したことに違和感が残っていた。

 

 そして歴戦の勘。あの三忍を優に超える戦闘経験と初代・二代目・マダラの地図を書き換える規模の戦場を経験している。昨今の戦場と違い、あの頃は殺意が空間に満ち満ちていた。判断力の速さは生死に直結する。強敵を前にヒルゼンは戦乱の世の緊張感を取り戻したのだ。

 

 あとは印は影縛りの術にかかっているフリさえしておけば違和感なく結べる。最も本当にかかる寸前に行使したのだろう。

 

 奈良家の一族でない藍染がどうやって秘伝忍術を身につけたか……あまり良い予感はしなかった。神隠しでいなくなった奈良一族もいた記憶がある。

 

 

 藍染の影は奈良一族のように他人の影と結び付けて利用するものではない。影首縛りの術のように物理的な干渉をメインにしたもので、その都度流動的に形成し瞬時に固形化することが可能だ。影そのものというより藍染の意志で形を柔軟に変化させるガラスのような固形物質。マニュアルで動かす分、その強度はオートで動く我愛羅の砂の盾を凌ぐ。奈良一族と同様に自身に近い程その形成速度と強度が増し、離れるほど落ちる特性上主に防御、カウンターとして使われることが多い。もしあの時ヒルゼンが踏み込んでいれば硬質化した影の槍が足元を貫いていただろう。十刃(エスパーダ)現世侵攻時に藍染が京楽の攻撃を防いで見せた『エル・エスクード』を再現した結果だ。

 

 素直に藍染は初見で見切ったヒルゼンを称賛する。戦闘経験はさすがにヒルゼンに敵いそうもなかった。

 

 両者、お互いのやり口を見計らっていると、

 

ヒルゼンの背後に一人。二人と瞬身してくる影。火影直属の暗部の精鋭たちだ。

 

 

「――終わりじゃ藍染。お主らに逃げ場はない」

 

 

 それだけに(とど)まらない。瞬身の空気が弾けるような音が連続で何度も続く。

 

 

 藍染の背後に日向一族の現当主である日向ヒアシ。既に白眼を発動させて警戒を怠っていない。藍染の前方には上忍の体術の達人であるマイト・ガイが八門遁甲の内の五門を開いて臨戦態勢だ。体術の達人に挟まれて、動きを封じられたのは藍染だけではなかった。ヒルゼンの息子であるアスマは上忍の夕日紅と共にうちはイタチの首元に忍具を構えている。『根』の黄緑は同じ『根』らしき暗部に、再不斬は背中の首切り包丁を警戒して月光ハヤテ等の忍具使いが包囲網を構築して逃げ場を塞いでいた。

 

 

 それぞれ木の葉で始まった暴動を鎮めて優秀な木の葉の忍が藍染達を囲むように勢ぞろいしていた。皆ヒルゼンの愛する木の葉の家族だ。その火影を里を守るために駆け付けた精鋭の顔は非常に誇らしかった。そして手に得物を携えてかつての同志に向ける複雑な感情を押し殺そうとしていた。

 

「藍染上忍」

 

「まさかあなたが……」

 

 

 忍として状況によってはかつての仲間を処理しなければならないこともある。しかし、かつてここまで里に貢献してきた男を罰することはあっただろうか。

 

 

 里に騒乱を巻き起こした二人の男。その中心にいた男はここまでの状況に追い込まれて尚薄く笑みを浮かべていた。

 

 

「何が可笑しい?」

 

 

「嗚呼、すまない。時間だ――」

 

 

「――離れろっガイ!」

 

 

 異変に一番に気づいたのは日向ヒアシだった。あらゆる方向を白眼で観察し警戒していたので上空より迫りくる物体にいち早く反応することが可能だった。

 

 藍染の周囲を囲むように透明な壁が天より降り注ぐ。いや、それは透明な壁ではない。ギリギリのところでヒアシの呼びかけに反応して退いたガイはいきなり肌を貫くような冷気に身を凍えさせた。

 

 

 氷の壁だ。それも気泡の混じっていない純度の高い氷。自然現象ではあり得ない厚みと、藍染を守る意図の込められたタイミングは新たな襲撃者の存在を予期させた。

 

 気づけば藍染の直ぐそば。氷の分厚い壁の中に小柄な少女の姿があった。市女笠(いちめがさ)を頭に、霧の額あてを髪留めのように身につけている。花も恥じらう可憐な少女は殺気の篭った視線も気にせず、まるでそこにいるのが当然とばかりに佇んでいた。

 

 

「お迎えに上がりました藍染様」

 

 

 鈴の鳴るような声が氷の壁に反響して聞こえた。藍染の味方であるのは間違いなさそうだった。

 

 

「ご苦労。白」

 

 

 

「この程度で逃げられるつもりか!」

 

 

 火影の口内が熱く燃え上がり、業火が氷に纏わりつく。近くのガイやヒアシを巻き込まないように制御しつつ、生半可な水遁相手では相性差を埋めて余りある火力。火遁を得意とする猿飛一族の中でも飛びっきりの腕利きである猿飛ヒルゼンの攻撃だ。

 

 氷の表面が火遁の熱で蒸気を生み出し、晴れた頃には――元通りの氷の壁がそこにあった。溶かされたのは氷の表面に過ぎなかったのだ。雪一族の生き残りである白の氷、氷遁は風と水の性質変化を合わせた血継限界であり、例え火影クラスの火遁であろうとも突破は難しい。

 

 加えて白が発動させた氷遁は防御と移動に特化した特殊な術。ガイやヒアシによる物理攻撃も表面を削るのみで修復されてしまう。

 

 

「僕の秘術はそう簡単に破れないよ」

 

 

 白は複雑な印を結ぶと今度は再不斬、黄緑、イタチにも同じような氷の壁が出現して包囲網を一歩退かせた。

 

 単純に防御だけが取り柄の技ならば時間をかければどうとでもなる。当然この術の真価は防御だけではなかった。

 

 

 藍染と白の体が浮く。正確には浮いているのは氷の壁だった。周囲を守るだけに思われた氷の壁は上下も塞がれていたようで、まるで氷で出来た棺の中にいる藍染達は垂直に空へと昇っていってしまう。

 

 当然それを中断させようと妨害の術や忍具が浴びせられるが堅牢な氷の壁を前に意味をなさない。いつの間にかそれらの攻撃は疎らになってしまった。

 

 

「待てっ! 降りてこい惣右介ッ!」

 

 

 木の葉の忍の包囲を掻き分けて女傑が躍り出た。

 

 

「――綱手か」

 

 

 ヒルゼンは今更ながら綱手の胸中を慮る。千手の、綱手にとって唯一の親族の藍染が里を裏切ったのはもはや周知の事実。どれほどの悲哀が綱手を襲ったかを考えると胸が痛む。とはいえいくら三忍の親族であろうとも取り返しのつかない事態を招いた藍染を許すことなど出来ない。

 

 

「惣右介っ! 何故だ!? 他国の忍と手を組み、いったい何のためにっ!?」

 

 

 そこまでして力を求める理由が綱手には理解できなかった。千手一族に相応しい力を持ちえないと蔑まれてきた藍染。しかしここまでの実力を隠し持ってきて、更に新たな力を求める意義が見いだせない。以前までの人柄に実力すら併せ持っていたのならば火影すら夢ではなかっただろうに……

 

 

「――高みを求めて」

 

 既に藍染達は有効な攻撃手段を届かせることが難しい距離にまで達していた。超人的な身体能力とチャクラコントロールによる近接戦を得意とする綱手には難しい距離。それでも不思議と藍染達の声は届いた。

 

 

「里とその家族を裏切るとは地に堕ちたか……藍染」

 

 

 藍染の身に纏う空気が変わった。今までは何処か以前の温和な表情があった。常に笑顔で(まなじり)の下がった老若男女安心するような空気が一変した。

 

 

「驕りが過ぎるぞヒルゼン。最初から誰も天に立ってなどいない」

 

 

 冷たい瞳だ。白と呼ばれた少女の生み出した分厚い氷壁など目ではない。かつての藍染を良く知る者ほどこそ、その差は顕著に理解できた。

 

 

「君も。僕も。神すらも」

 

 

 レンズ越しに藍染は今まで己を偽ってきたのだろう。溢れる野心を押し殺し、外界と内面を遮断してきた眼鏡はもはや必要なくなったのだ。

 

 

「だがその耐え難い天の座の空白も終わる」

 

 

 眼鏡を外して顕になった藍染の素顔。大きく開いた瞳孔に切れ長の一重が意志の強さ、執念とも言えるただならぬ想いを感じさせた。きっとそれは黒く凝り固まった悪臭を発するものだった。

 

 髪を後ろに撫でつけると、まるでそれが本来の彼の姿だったと言わんばかりに固定された。片手に持っていた眼鏡もかつての木の葉の忍であった頃の名残を切り捨てんばかりに、藍染の手の中で儚く砕け散った。

 

 

「これからは――私が天に立つ」

 

 

 

 

 

 

 

 ちょうどその時、木の葉の顔岩を汗水流して登って来た少年たちがいた。ナルト、サスケ、サクラの第七班組だ。ナルト達は木の葉の忍たちが皆同じ方向を見ているのに気づいてつられて仰ぎ見る。

 

「あれ……? 藍染先生だってばよっ!」

 

 

「えっ!? 本当!?」

 

 

 サスケの視界にも確かに死んだ筈の藍染の姿があった。動揺を避けるために意図的に山中イノイチは下忍達に伝えていなかったのだ。サスケはしかし、藍染よりも一人の男から視線が離れない。黒字に赤い雲が浮かぶ特徴的な衣装を身に纏った男。黒髪で顔立ちはサスケに良く似ていた。他ならぬうちは一族を皆殺しにしたサスケの実の兄であるうちはイタチだ。

 

 

 

 

 

 

 

「さようなら。木の葉の諸君」

 

 

 

 氷の棺に包まれた藍染達は一定の高度まで達すると、そこに冷気を残して掻き消えた。時空間忍術の一種であろう。結界班は木の葉の里の中にはもういないことしか終ぞ分からなかった。

 

 

 

 

 ズルリ、ズルリと粘液を纏った男が岩壁の端にいた。蛇のような瞳を持つ男はこの騒動のもう一人の黒幕だった。未だ藍染の残した被害の大きさに混乱している場で、大蛇丸は少年と接触する。

 

 

「今のままじゃあなた一生かかってもイタチ君には勝てないわよ。忌まわしい藍染の近くにいることだしね」

 

「……ああ。奴を殺す力さえ身につくのならば何だってやるさ。だからあんたの弟子になったんだ」

 

 

 藍染に痛めつけられた体から生き延びる為に大蛇丸は部下である左近の体を奪って『不屍転生』を使用した。本来ならばサスケをそのまま取り込みたかったのだがタイミングが悪く間に合わなかった。強力な術だが一度使ってしまうと2~3年は使えない。しかし、予想以上の藍染の力を目の前にし、もっとサスケ自体に力をつけさせて奪ったほうが効率が良いと思いなおす。

 

 そうして大蛇丸は残りの部下三人とサスケを連れて木の葉の里から抜け出す。幸いに邪魔する者はこの騒乱の中いなかった。

 

 

 里を襲った大蛇丸・藍染。二名は木の葉に大きな傷跡を残した。里の上層部の一部腐敗を取り除いたこと以外恩恵は無く、各国のバランスも崩れるのではないかと不安の声も上がった。三忍の一人、上忍衆の一人が里抜けして復旧の士気にも大きく影響していた。

 

 翌日三代目火影猿飛ヒルゼン直々に火影退任の意を表明し、その後継として五代目火影自来也を推した。三忍の一人である自来也は大名からの覚えも良く直ぐに上忍衆でも可決され、正式に五代目火影に就任することとなった。

 

 カカシや脱獄に関わった上忍、ヒルゼンへの処罰は取り消され、里もようやく前向きな姿勢を見せて来た。大蛇丸と共謀して里を襲撃した砂も風影は既に暗殺されていたことを知り、木の葉と同盟を結ぶことに。しかし弱った木の葉を立て直すには人手と時間がまだまだ足りない。

 

 大蛇丸と藍染という強敵。暁という組織のよからぬ噂も聞く。五代目火影自来也の苦悩はまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




白「安心してください、ついてますよ」

ちなみに中忍選抜試験の時からいました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

渦隠れの里へ到る教祖一行

 

 

 

 

 木々の木漏れ日が山道を歩く二つの人影に降り注ぐ。あたりに響く小鳥のさえずり。前日の雨の影響で草木の表面はまだ湿り、太陽の光を反射してその緑をより青々と見せていた。心地よい陽気に本来与えられた任務を忘れそうになる。

 

 忍宗の教えを広める僧衣を纏った二人は錫杖に竹で編まれた笠の揃いの恰好で並び歩く。火の国の東端から南西へと向かい、目指す先はかつて渦隠れの里と呼ばれた場所だ。あと峠を二つ三つ超えれば海が視界に見えてくるだろう。そこからまたしばらく進めば廃墟と化した里が彼らを待ち受けているはずだ。

 

 

 

「なぁ」

 

 一人がもう一人に問う。気怠さに満ちた声だ。道のりは確かに険しく遠いものだったが別に疲労が原因な訳ではない。僧衣の裾から覗く手足は骨ばってガリガリで包帯に覆われている。それでも不思議なほど歩みは出発時となんら変わらなかった。つまり気怠い態度は生来の性質によるものだ。

 

 

「ん? どうした教祖様よ」

 

 先程の男よりも一回りも大きいガタイの男が不思議そうに聞き返す。筋肉の膨らみが全身を覆う僧衣を押し上げて隠し切れない。僧衣さえ着ていなければ鍛えられた傭兵にしか見えないだろう。男は見た目に反して器用に道端の雑草を錫杖の先で切り払いながら適当に返す。

 

 

「おいおい。からかうなって! その呼び方はもう止めてくれって何度言ったら聞いてくれるんだ?」

 

 

「拙僧はこの呼び方に慣れておるからな」

 

 

「相変わらず性格悪いのなロクショウ」

 

 

「あまり怒るな教祖様よ」

 

 

「全く<貴様には目上の者に対する尊敬の念が足りん!>っおい人が喋ってる時は割り込むなっていつも――お前ら本当ッ話聞かないよな」

 

 

 教祖と呼ばれた男が腹立だしそうに地を蹴ると、草鞋は湿った土の表面で滑りそのまま地面への抵抗を失った。見事に転んだ教祖を呆れたように眺めるロクショウは、しばし悩んだ後に錫杖で助けを差し出した。

 

 

「こういう時は手を差し伸ばすもんだろうが……」

 

 

 

 

 

 昼過ぎ。長く代わり映えのしない山道の風景がようやっと変わる。緑と土の匂いの中に潮風の匂いが混ざるのが分かった。海を見下ろす崖の先端への歩みが無意識の内に速くなる。直ぐに二人を絶景が待ち受けていた。

 

 浅瀬は空をそのまま映しだしたかのような輝き。そこから先は一繋ぎの深海の美しさをまとめて凝縮したようなコバルトブルーが水平線の果てまで続いている。波は穏やかで、それでも水面に打ち付ける波の音はしっかりと耳に入り込んできた。

 

 

「<ややっ! 絶景かな!>」

 

 

 教祖の口からやけに暑苦しい声が飛び出した。センチメンタルな気持ちに浸っていた教祖はせっかくの情動を台無しにされて舌打ちする。いくら()()()といえども守るべき最低限のマナーがあるはずだ。

 

 

「教祖様よ。南西の方向を見よ」

 

 

「ああっ?」

 

 

 ロクショウの指さした方向。遠くに白い建物が見える。おそらくあれがかつての渦隠れの里だろう。遠くで細部は把握できないが、あの規模の集落はこの付近で確認されていない。

 

 

「おい。見つかったのはどうやらそれだけじゃないようだぜ」

 

「むっ?」

 

 今度は逆に教祖が崖の下を指差す。二人の佇む崖の下には海へと先端を突き出した崖がまた存在していた。そしてそこには先程の二人のように美しい景観に心奪われている人影。四人組の木の葉の額あてを身につけた忍がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三班は久しぶりの遠征任務に出ていた。大蛇丸・藍染による木の葉襲撃以降、外部の仮想敵対戦力を警戒して火の国内部の防衛に注力し続けた。実際隙を突いて火の国の周辺で小規模ではあるものの忍軍の演習に乗じて国境侵犯が行われた。その対応を至って穏便に、かといって弱腰になりすぎて舐められないような非常に難しい外交を新任の五代目火影自来也はさせられる結果となり、ガイら上忍は里からの遠征を控えさせられたのだ。しかしさすがにしばらくして里外の信頼や復興の為の外貨を失う恐れからようやく今回派遣されることとなった。

 

 

 任務の内容は渦隠れの里跡地にて遺された術や秘宝、巻物等の資料の回収任務。藍染が封印した死神、それを呼び出す屍鬼封尽はかつての渦隠れの里に伝わる秘術であることが上忍内に伝えられた。少しでも詳しい情報を手に入れて死神への対処、あるいは封印から解放する手段を探る為にこの地まではるばる足を運んだという訳だった。とはいっても里が滅んだのは数十年前のこと。藍染もこの地で詳しい術の捜査をしていたのならば全ての資料が持ち去られているか、焼却されている可能性が高い。

 

 それでももしも僅かでも取り残されていれば、それが藍染にとっての致命的な弱点に繋がるものだとすればとガイ達第三班はやって来た。本来ならば解析に向いた研究職も随伴してもらう予定だったのだが、もしも戦闘があれば只でさえ貴重な人材が失われてしまう。万全を期すのならば2班での共同任務になってしまう故に余裕のない木の葉で出来るのはガイ達第三班だけでそれらしい遺物を根こそぎ回収してくるしかなかった。

 

 

「さて海から青春パワーを補充したところで行くぞっお前ら!」

 

「え? あたし等そんなもん補充してたんですか?」

 

「突っ込むなテンテン。体力は温存しておけ」

 

「おおー!!」

 

 

 

 幸い天気は良い。さて行こうと腰を上げる一同に声がかかった。

 

 

「お~い。そこのかた」

 

 

 忍宗の僧衣を身に纏った男が二人崖の上からガイ達を見おろしていた。普段見かけない僧侶が、まさかこんな僻地で出会うものかと少し訝しむ。火の国にも火ノ寺と呼ばれる有名な忍寺がある。彼らは仙族の才という特別な力を持ち、獣や賊が出るかもしれない道中でも旅を続けることが出来るだろう。しかし、彼らは火ノ寺の僧侶とは僧衣に類似点が少ない。となると他国の僧侶ということにまず間違いないだろう。

 

 他国の僧侶がこの険しい道で僧衣に目立った汚れもなく辿り着くことは出来るだろうか?

 

 

 旅慣れている可能性もある。護衛がどこか他にもいるかもしれない。それでも()()()()ガイは不必要に人を疑ってしまう嫌な癖が身についてしまっていた。

 

 

「あれ? 僧侶さん? どうしたの?」

 

 

 班員のテンテンが不用意に僧侶たちに近づいた。止める間もなく崖を難なくチャクラ吸着で登り目の前まで足を運んでしまった。

 

 少しばかり思考の波にのまれていたガイは致命的なまでに油断していたのだ。

 

 

「<おぅ。めんこい嬢ちゃ>」

 

 

 慌てて僧衣で己の口を塞いだ教祖は挙動不審な態度を誤魔化すように切り出した。

 

 

「――嬢ちゃん。元渦隠れの里の場所知ってるか?」

 

 

「え? うん勿論。ここからでも見えるわよ。ほらあそこ」

 

 

「おっ!? あっ、あれか!?」

 

 

 白々しい態度でさも今気づいたフリをするが、テンテンは女人と関わらない僧侶が久しぶりに出会う少女とのコミュニケーションに慣れてないせいだろうと理由づける。それを横目で見ていたロクショウは教祖様のフォローに回った。

 

 

「そこの娘さんよ。我の名はロクショウ。我らはかつての渦隠れの里の無辜の民たちの魂を慰めに来たのだ。もし良ければそこまで同行願えないだろうか?」

 

「んー。私一人じゃ判断出来ないかな。ガイ先生! どうします?」

 

 

 直ぐにガイが瞬身の術で現れる。班員であるテンテンを庇うように前へ出て、僧侶と目と鼻の先まで近づいて気づいた。とても堅気には思えない肉体強度だ。特にロクショウをガイは警戒した。僧衣がはち切れるほどの筋肉はパンプアップ時のそれを想起させる。体術使いとして相手の筋肉や立ち居振る舞いで実力を測る癖がついているガイにとって油断できない相手。腕利きの僧兵は珍しくもないがどうも只の僧侶に思えない。

 

 目を離して良からぬことをされるよりも、目の届く場所に置いて様子を窺ったほうが良い。気づかないところで危険そうなのはロクショウ。もう一人の僧侶には大した脅威を感じない。その件から本当に彼らが旅の僧侶の可能性も十分にある。ちょうど班員のネジは日向一族の血継限界で『白眼』という瞳術を身につけている。彼らの隙を突いて班員と情報を共有し、ネジに監視を任せて残りの班員で任務を遂げると決めた。

 

 結局のところ、ガイはもう知らない間にどうしようもなくなるとこまで展開されることを恐れていたのだ。古傷は未だ癒えておらずジクジクと胸に刻まれた痛みが膿んでいるかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 かつての渦隠れの里。遠くから白く見えていた建物は海上に浮かぶ巨大なサンゴだった。真っ白に変色し、死んでしまったサンゴはどこか人骨を連想させる不吉な雰囲気でガイ達を迎え入れる。かつての民は見上げる大きさのこのサンゴに出来た隙間を間借り、あるいは拡張して住んでいたのだろう。人の手が離れてしばらく経っているせいか経年劣化が激しく、浸水や崩壊で中に入ることも難しい建物も多かった。

 

 海水の寝食を免れた部屋には住人の名残であるコップや塩で錆びて開かなくなった箪笥が無造作に投げ捨てられていた。自然とかつての暮らしに想いを寄せる。

 

 寂れた風景でも、残酷なほどに海は美しい。それがテンテンには妙に虚しかった。

 

 

「テンテン。何か見つかりましたか?」

 

 入口から濃い眉の少年が声をかける。担当上忍であるガイに良く似たリーだ。何故この二人の血が繋がっていないかいつも不思議に思う。中忍選抜試験で対戦相手の我愛羅に一時は忍であることを諦めるほどの重傷を負ったのだが、三忍の綱手の手術で最悪のところから脱した。本来ならばまだ任務に出れるほど快復していないが無理を言ってついてきたのだ。

 

「なんにも。そっちも成果なし?」

 

「ええ。残念ながら」

 

 

 そもそも探し物の得意な感知タイプのネジが二人を警戒しているせいで捜索の手は遅れている。各員休憩も挟まず続けて来た。術の調査に繋がる手がかりもなく、先の見えない状況では疲労も溜まりやすい。

 

「ロクショウ、キョウソって木の葉じゃ聞かない名前よね」

 

 ロクショウが様付けで呼んでいるので『教祖』という高い身分の役職かと考えていたが、キョウソという名前らしい。それが本当であろうとなかろうと本人がそう呼べと言うのでそういうことになった。くだけた態度で敬語もいらないということなのでテンテンからしてみれば気が楽な相手だ。

 

 二人組の僧侶。キョウソはロクショウと違い鍛えられた様子もない。僧衣から覗く手足は骨ばって、背丈はそれなり以上にあるが丸まった猫背のせいで頼りなかった。隣に並ぶロクショウのガタイが常人を遥かに凌ぐせいもあるだろう。

 

 

「おそらく他国の人でしょうね。ロクショウという人には強いガッツを感じました」

 

「……そうね」

 

 テンテンの目について拾い上げられた人形は手の中で儚く砕けた。

 

 

 

 一度休憩兼腹ごなしとなったのは自然の成り行きだった。天井が崩れて空を仰ぎ見ることの出来るようになった廃墟の中心に焚火を構えて鍋を乗せる。道中に予め使えそうな薪を集めておいたのが功を奏した。かつての里の周囲には湿気と塩で薪に使えるまともな木材はなかったのだ。

 

 一つの焚火の周囲で円になって夕餉を囲む。料理上手なテンテンが粥を器に掬って全員に行き渡るとささやかな宴の始まりだ。

 

 

「あなたたちは何処から来たんだ?」

 

 

 粥を口に運びながら班を代表してガイが問う。一瞬教祖とロクショウの視線が合わさって意志の疎通が交わされる。それを警戒しながらネジは白眼を発動させていた。

 

 

「俺たちは湯の国から来た」

 

 

 湯の国は木の葉隠れのある火の国の北東部に位置する小国だ。名前の通り天然温泉による湯殿が多くあり観光地として栄えている。隠れ里もあるにはあるが木の葉隠れからすれば敵対勢力として見なされない程度のものだ。

 

 

「良いところだぞ湯の国は。温泉は勿論、飯も上手いし美人も多い」

 

 

「……すごく俗っぽいのねキョウソさんって」

 

 

「俗世に生きる者が俗から離れられるものかね。宗教家はそこを勘違いしている奴が多い……と僧侶の俺が言ったところで説得力は無いだろうけどな」

 

 

「全くだ! ハッハッハッ!」

 

 

「笑うなってのロクショウ!」

 

 

 和やかなムードに包まれて興が乗ったのか、どこからか教祖が酒の入った瓢箪を持ってきた。それを美味そうに流し込むと、ロクショウやガイにも杯を勧める。最初は任務中だからと断っていたガイだったが警戒している相手が演技に思えないほど飲む。終いには前後不覚になるほどで、酔った相手に逆に不審に思われかねないと言い訳して器を仰いだ。

 

 案の定数時間後にすっかりと出来上がったガイがいた。呆れた様子でテンテンに介抱されて連れていかれる姿は痛々しい。夜半になっても残った二人の宴会は続き、テンテンが翌朝起きた時には両者腹を出して大きなイビキをかいていた。本当に僧侶としての役目を果たすつもりなのだろうか。当然の疑問が班員を襲った。

 

 

 二日目。捜索のコツが掴めてきたのか、ポツポツと古い文献が見つかり始めた。加えて初日に調査していたのは主に一般人の居住区だったらしい。陸地から離れるほどにサンゴの居住区にそれらしい文書が残っている可能性が上がっているように思えた。

 

 滲んで掠れたり、破けてしまった文書が散らばっている。かつての渦隠れの里が滅んだのはそう昔の話ではない。にも関わらず書類の内容はガイ達にも理解できない記号で記されていた。それが意味するのは()()。そうする価値のある文書が転がっているということに違いない。

 

 なにも見つかるのはそういった良い物ばかりではない。白骨死体や人が争った形跡も見つかった。渦隠れの里が滅びを迎える前に敵対者と戦ったのか、あるいは内乱が起きたのか、今となってはもう分からない。

 

 

「なんとも虚しいものだな」

 

 

 錫杖のシャランという音を響かせてキョウソが憂いを浮かべる。背後からロクショウも顔を覗かせている。二人は揃って手を合わせ深く祈りを捧げた。今までどこか本当の僧侶か訝しんでいた班員も彼らの清廉な所作を前にもはや疑いはない。どこか荘厳な空気を感じる堂に入った振る舞いだった。

 

 

「……それではキョウソ様よ」

 

 

「うむ」

 

 

 背中から大きな風呂敷を取り出すと、ロクショウは遺骨を丁寧に包んで納めていく。

 

「それは……」

 

 事が事なのでリーが言いよどむ。別に気にした様子もなくキョウソは応えた。

 

「この地の民は死後、遺骨を粉にして海へ流し弔いとするらしい」

 

「……宗派は違えど逝きつく先は皆同じ。なればこそ望むままに送ってやらねばな」

 

 一つ一つ丁寧に包むその様子では一日二日程度では済まないであろうことが容易に想像できる。見ていられなくなって手伝おうとしたテンテンをガイが引き留めた。

 

「……任務を忘れるなテンテン」

 

「――でも先生っ!」

 

「そうです! ガイ先生っ!」

 

「お前たち。上忍の命令には従うべきだ」

 

 まとめ役のネジが班員を窘める。いつも白眼で班を正しく導いてきた男の忠告にテンテンとリーはたじろいだ。言いたいことは十分に理解できる。だが納得を伴うかどうかはまた別の話だ。

 

 

「いいから作業を続けるんだ……こっちは俺に任せておけ」

 

「先生! カッコイイです!」

 

 

 暑苦しくリーと抱擁を交わして、ガイはネジにだけ見えるように手信号で暗号を送る。

『監視はこちらに任せろ。念のため一時間ごとに白眼で班員全員の位置確認をしてくれ。異常事態が発生したら例の方法で』

 

 作業は再開した。白眼を使うネジが捜索に専念することで飛躍的に資料が集まり始めた。懸念していた僧侶たちにも怪しい動きはない。むしろその真摯な態度に尊敬の念すら芽生えていた。

 

 チャクラを流すことで反応する感応紙や、その他の特殊な鉱物を砕いた墨で暗号は書かれている場合が多い。下手にチャクラを流してしまい、貴重な情報が消え去るだけならまだしもトラップが発動する可能性もある。危険性を考慮してひとまとめに保管しておくしかなかった。

 

 そうして積み上げられた資料。中には文字を彫られた石板もある。一つ一つ丁寧にリスト化して記録を残しておく。保存状態がお世辞にも良いとはいえないものばかり。劣化が酷いものはテンテンが書き写す。忍具を専門に扱うテンテンは巻物に書かれた口寄せで得物を呼び出すことも多くあり、呪印や忍具好きが高じて画力も優れていた。

 

 三日目、四日目と資料が見つかる内にテンテンは拠点でそういった資料をまとめる専門としていつの間にか役割分担が決まってしまっていた。ネジは捜索に欠かせない、リーは資料の運搬、ガイは監視兼手伝いとなればこの役回りはある意味当然だった。

 

 いくらこうした作業は嫌いではないとはいえさすがに三日も続ければ精神的に疲れてくる。少し休もうとテンテンが木陰で涼んでいると、木陰からガイと僧侶連中が帰って来た。『お帰り~』と緩く迎えると、向こうも手を上げて答える。

 

「テンテン。サボりはいかんぞっ!」

 

「まぁまぁガイ殿、嬢ちゃんも働きっぱなしは疲れるもんな?<まっこと! 女子(おなご)ながら其処等の侍よりよっぽど役に立つ>」

 

「……侍?」

 

「い、いや。この間鉄の国の侍が主役の映画を見て……な? ロクショウ?」

 

「――キョウソ様は少しばかり影響されやすい性格でな。ああした妄言を吐くこともあるが気にせんでくれ」

 

 『はぁ』と気の抜けた答えのガイに思わずテンテンから笑みが零れた。キョウソはロクショウを恨みがましく睨みつけているが、当のロクショウは自前の肉体美に心奪われているようで相手にもされていない。騒動を聞きつけたのかリーとネジも荷物を背負って帰って来て、不思議そうな顔をのぞかせていた。

 

 昼休憩とあいなった一同。班と不思議なほど直ぐに馴染んだ彼らは勝手知ったる我が家のようにテンテン達の鍋を借りて、そこらへんの山菜や貝を入れて煮込んでいる。

 

「ガイ殿。いや、ガイよ。……お前たちはいつまでここにいるつもりだ?」

 

 改まって聞くキョウソにガイは器を置いて向き合った。

 

「……後一日程度といったところだな。主要な遺跡の調査は済ませたし、これ以上の成果は見込めないだろう。あなたたちは?」

 

 只でさえ木の葉は今までの外部からの任務が溜まっている。ガイほどの上忍を必要以上に役に立たないかもしれない任務に置いておくにはあまりに勿体ない。木の葉に帰るまでの行程を考えると、明日が制限ギリギリだった。

 

「……俺たちもその……そろそろだな」

 

「うむ。仏の供養も済ませたからの」

 

「あ~あ寂しくなっちゃうな」

 

「……そうさな」

 

 

 昼食後。一応見残しがないか軽く建物を見て廻り、最後のチェックを開始する。規模からして軽く廻るだけでもかなりの時間がかかることが予想され、実際全てが終わるころには日も暮れてしまった。本日は野営。翌朝出発という流れになるのは至極当然のことだった。

 

 どこか妙な雰囲気だが、人の好さそうな僧侶たちとの付き合いもこれで最後。普段人を信用しないネジでさえも彼らの掛け合いに口端を緩めている時もある。リーやガイはいわずもがな。

 

 夜はささやかながら楽しい宴会となった。どこに隠し持っていたか教祖の出した酒は今までよりも上質で三人でも飲みきれない程の量。横で酒を美少女のテンテンが注ぐので美味さも段違いというもの。ガイは二人に唆されて直ぐに真っ赤になってそのまま眠り込んでしまった。

 

 後片づけに忙しないテンテンの手伝いにリーが駆けまわっていると、

 

 

「あれ? ネジは何処へ行ったのでしょうか?」

 

 

 ネジだけではない。先程まで僧侶がいた焚火の周囲には瓢箪が投げっぱなしになっている。彼らの姿はもうそこになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 焔の光。紅蓮の蛍が波風に揺れて夜空へ昇っていく。ゆらゆらと煙の上昇気流に乗る細かい異物はかつての紙片。それはガイ達第三班の集めた資料()()()ものだ。運搬しやすいように一カ所に集められたのが、彼らにとって丁度良かった。燃やしやすいものはそのまま、石碑は粉々に砕かれて海の底に沈められた。

 

 

「おい! ――どういうことだこれは!?」

 

 資料の山で出来た大きな焚火の前にいる犯人へ、血気にはやる様子でネジは問いかけた。白眼に込められた意は怒気であり、殺気さえ籠っていた。

 

 

「どういうことも何も、なぁ?」

 

「――うむ。これが我らの本来の任務だ」

 

 

 飄々と返す二人の僧侶。キョウソとロクショウ。これだけのことをしでかしたのに二人から全く悪意や敵意を感じないのがネジには不思議だった。こちらの害意がまるで相手に伝わっていないかのようだった。それが理解できない。

 

「お前等<殿に逆らうとは身の程知らずよの>」

 

「……悪いことは言わん。これ以上()()()に関わるな」

 

「なっ!?」

 

 こんなところで聞くはずの無い名前。ネジは臨戦態勢になって警戒を顕にした。だけれどもロクショウの忠告は真にネジたちを案じてのもの。攻撃の気配どころか、まるで迷子を放っておけない一人の大人として優しい視線を向けている。

 

「今回の俺達の任務は残った資料を全部破棄すること。お前たちの排除は今回の任務にはない」

 

 

「――まさか藍染の部下だったとはな」

 

 

 ネジの背後に瞬身の術でガイが現れる。すっかり酒で酔って熟睡しているとばかりに思っていたので、少なからずキョウソ達も驚いたようだ。木の葉で並ぶ者のいない体術使い、あるいは忍界でさえ並ぶ者のいないかもしれないほどの有数の実力者だ。ネジのように言って聞かせることが出来る相手ではない。ここで今戦うことはキョウソ達の望むところではなかった。

 

 

「おっと。こちらは今戦う気はないんだ。でも次会った時はおそらく敵だ」

 

 

「出来ればそうありたくないものだな」

 

 

「<まっこと>……世知辛いねぇ」

 

 

 そう言い残し、彼らは瞬身の術で目の前から消え去ってしまった。残るは業業と燃え盛る炎。急いでガイはネジと協力して火をかき消そうとするもそう易々と消え去るほどの火力ではなかった。消火が済んだころにはそこに煤の山が残っているだけ。火をつける前に特殊な薬品でも染み込ませたのだろう。比較的無事な傾向のある書籍の内側ですら全滅だった。

 

「クソッ!」

 

 ガイの口から思わず悪態が吐き捨てられた。ネジにも気持ちは良く分かる。あれほど苦労して集めた資料が全て灰になってしまえば文句の一つでも出て当然だ。一応白眼で辺りを確認してみると、

 

「……あれは」

 

「うん?」

 

 ネジの指さした先には海が凪いでいた。夜空は先程まで近くで大きな炎が周囲を照らしていたせいで、その美しさが色あせていたが今は満天の星空を海面に映し出している。 映るは光の帯。天の川が闇色の海にかかる橋のように見えた。小さな星屑がまるで生きているようにも――

 

「――違う。これは……夜光虫?」

 

 海面の浅いところに夜光虫の群体が発光している。どうやら先程の僧侶たちが石碑を海に投げ込んだ時の衝撃に反応したらしい。今までは焚火の明かりで気づいてなかったようだ。

 

 夜光虫が集まって海底の一か所に目掛けて長い尾を引いていた。僅かな月明かりの下でその先に何があるかネジは白眼を凝らしてみる。暗い海の中、波はないとはいえその先を目視することは写輪眼でさえ不可能だ。透過して対象のみを捉える遠視と洞察力は白眼に優位性がある。

 

 海底には瓦礫と化した石碑が多数転がっていた。石碑の表面はどうやったのか均一に薄く削られて文字が彫られていたことさえもはや分からない。徹底的にそして丁寧に潰されている。その中の一つ、石碑同士がぶつかって割れてしまったのだろう。真っ二つに割れた石碑の中から漏れる微かな光。それを辿って夜光虫が集まっている。

 

 ネジには光の正体が真珠のように見えた。

 

 文字を彫り残す為の石碑の中に入念に隠された宝珠。

 

「……少しは持ち帰る物が出来たみたいだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 

 

 

嗚呼、藍染よ。お前はどうしようもなく遅すぎたのだ。

 

 

 もしかしたらあり得たかもしれない未来。

 

 火影の席にはミナト。それを傍で補助する藍染。決して楽ではない仕事も、里に住む者の平穏を確かに作り上げているという実感を支えに、忙しくはあるが充実した日々を送っていける。夕刻には近くまで寄っていたクシナが、大きくなったナルトと一緒に夫を迎えにやってくるかもしれない。暖かい家庭の雰囲気に偽りの笑顔はいつしか本当の笑みへと変わり、クシナから食卓に誘われてまるで本当の家族のように幸せなひと時を……

 

 

 

 そんな理想の未来図を自ら潰したのは他でもない藍染自身だ。

 

 

 九尾の襲撃に、自らの野心が燃え上がり。ミナトの純真な信頼によってその野心も鎮火したかと思えば、屍鬼封神により現れた死神にそれ以上の興味を寄せた。

 

 連続した事件による異常性で逆に精神が一周して落ち着いた藍染はあることに気づいてしまった。

 

 自らの命を対価に里を守ろうとするミナトや、九尾が抜かれても必死で生に喰らいついてミナトや子供の為に何かなそうとするクシナ。その輝かしいほどの自己犠牲の精神を前に、藍染はただ貪欲に力を求めていることに。

 

 

 言い訳のしようもない。純然たる事実である。

 

 

 それが藍染に一番必要な事だ。その通常では冷酷かつ、どこまでも覇道を征く生き方こそが藍染の憧れた藍染なのだ。――ならばミナトとの考えとは全くの真逆に位置する己は果たして友と呼べるのだろうか。藍染にとってミナトは必要な友だろうか。答えは既に()()にあった。

 

 

 藍染の精神はかつてないほどに冷静であった。冬の朝の清水よりも明確に自身の脳内はすっきりしていた。同時に肺に冷たい空気が一度に入って来たかのように、胸を氷の棘が突き刺す。

 

 

「藍染。友として、息子を……ナルトを頼んだよ」

 

 

 夫婦でナルトに伝えるべきことは伝えた。本当はまだまだたくさんあるものの、時間はもうない。ミナトが真摯な表情で藍染と向き合った。

 

 藍染も透き通った笑みで返した。

 

 

「勿論。お断りするよ」

 

 

 一種。冗談でもいっているかのような雰囲気が場にあった。とてもそんなことを言う場ではない。藍染はそんなことを言う性格ではない。ミナトの知る藍染はそうではなかった――はずだ。

 

 

「そもそも。今まで君を友と思ったことは一度もない」

 

 

「藍…………染……?」

 

 

「いい加減うんざりしていたよ。君達二人のお人よし加減にはね……」

 

 

「何故……?」

 

 

「何故今まで騙していたか? そう言いたいのだろう。――全ては将来有望な火影候補に近づいて、その機密情報と特権を利用するため」

 

 

「何……故?」

 

 

「――どうやら察しが思った以上に悪いらしい」

 

 

「何故。泣いているんだ……?」

 

 

 頬に流れる熱いもの。藍染にも自覚はなかった。指先でそっと拭うと嘘でないことが分かる。

 

 

 それは藍染、いや千手 惣右介の最後の感情の発露。

 

 

 その残り滓が人らしい名残に、心を痛めてその傷跡を藍染 惣右介という体に残そうとしていた。実際は涙が流れてゆくにつれて、千手 惣右介としての占める割合は不純物として流れ出ていってしまう。

 

 幼少の頃の思い出。両親との会話。綱手等の先達に可愛がってもらっていたこと。アカデミー時代の同期との遊び。医療忍者として、患者の命を共に救った同志。

 

 そして波風ミナトとの出会い。築き上げた信頼。

 

 その全てがセピア色から灰色に変わってゆく。記憶そのものは藍染の中で依然として残っているが、思い出自体に対する思い入れが切り離されて、他人のアルバムを見ているかのような心持ちだ。そのこと自体に藍染は違和感を抱かない、抱けない。

 

 千手惣右介と藍染惣右介は切り離された。もはや別人なのだから。

 

 

 一人の男としてこの世を享受してきた千手惣右介とは別に、藍染惣右介はよりそれ(藍染惣右介)らしくなる為に生きて来た意志であり遺志そのものだ。二つが合わさって完成されていた個人はその片方が押しやられて今一つの藍染惣右介になりきるという最上命令に固定されようとしていた。

 

「何故……」

 

 

それでもミナトは問いかけることを止めない。友人の最後の頼みをあっさりと断った男に対して、裏切ったことへの負の感情は一切見られない。藍染の言葉が信じられないというわけでなく、単純に信じているからこそ藍染がそう答えざるを得ない事情があるものだと信じ切っているのだ。

 

 藍染の胸を鈍痛が襲う。切り離された一人の藍染が、裏切ってもなお向けられる信頼の籠った視線に忌避し、疎んでいる。『そのような価値は自分にはない』と。

 

 藍染惣右介とほとんど体の一部となっている鏡花水月はなんの悪気もなく、その解決法を今実践しようとしていた。これ以上にないほど簡単な方法で――

 

 腕が惣右介の意志に反して勝手に動き出す。ゆっくり、しかし抗いようもないほど強力な意思で右手は得物を手に取り、その切先を対象に向けた。事情を知らないミナトも目の前に突き付けられた刃に、藍染の意図に気づかないフリはもう出来なかった。

 

 

「藍染……冗談だと言ってくれ」

 

 

「これは――」

 

 

 今、いったい藍染は自分が何を発言する気だったのかを己自身へと問いただす。刀がそうさせたというくだらない言い訳か、あるいは謝罪の言葉か。……どちらにしろ酷く醜いものだ。かつての友に刀を突きつける現状に、藍染は何の弁明もしない。かつての惣右介も藍染としての振る舞いを守る限り否やはないはずだ。それなのに腕は鏡花水月の意志を抑えるように震えて抵抗していた。

 

 そればかりか九尾の半身が封印が緩んだ隙にミナトへと振り落とされた爪先を、鏡花水月でいなすほどの抵抗を見せた。しかし、さすがにそれで抵抗する気力を使いつくしたのだろう。体は抵抗することを止めて脱力する。体の主導権が藍染のもとに戻るしばしの間に、ミナトは残りの九尾の半身を息子であるナルトへと封印することに成功した。

 

 涙の勢いが止まり、最後の一粒が鏡花水月の鍔に落ちて、刀身へと滴り落ちる。それはそれは美味そうにジュルッと厭らしい音を立てて鏡花水月は啜る。

 

 

「藍染……君は……いったい?」

 

 

 答えはもう返ってこない。大きな心残りを胸に宿したまま、屍鬼封神で顕れた死神により魂を貪り喰らわれて、ミナトは力尽きた。それを眺める藍染に、友を亡くした悲しみの表情は一切浮かばなかった。ただチャクラ感知で死神の状況を逐一把握している。この貴重な瞬間を逃さないように、少しでも情報を得るために。

 

 やがて死神はふとした瞬間、その場から消え去った。まるで最初からその場に異常なことは何もなかったように消えると、藍染の視線は残りの()()()()に向けられる。

 

 クシナは現状の把握が困難なほどの疲弊感が体を包んではいたものの、一つ確かなことがあった。

 

 

「やっぱ…………あんたはクズ……だってばね」

 

 

 口の端を歪めて哂いながら藍染が一歩一歩近づいてくる。もはやクシナの命は救われようもないが、最愛の人が遺した最愛の息子だけは藍染の悪意から庇おうと、倒れるように身を投げ出して視線を防ぐ。

 

九尾を宿した人柱力。それも生まれたばかりの。いかようにも教育を施し、洗脳することができるナルトは他里にでも売れば莫大な金と権力を手に入れることができる危うい存在だ。

 

 しかし、藍染の視線の先は身をもって隠したナルトではなくむしろ――

 

 

「洗いざらい話してもらうよ。屍鬼封神……だったかな?」

 

 

 もはや抵抗する力はクシナに残されていなかった。それでも最後まで諦念の意を受け入れることはしない。妻として、母として、一人の忍として屈する訳にはいかなかったから。

 

 クシナが幻術にかけられる前に最後に口から吐き捨てたのは呪詛。怨みでまともに聞き取ることさえ出来ない程早口で唱えられたのは、うずまき一族に古くから伝わる呪いの言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

雨上がりの一時

 

 

 

 

 

 

 

「サクラ! もっと集中しろ! チャクラを針の先ほどに細めるイメージだ」

 

「はいっ! 師匠!」

 

 

 綱手の言うように掌仙術の精度を高める。担当上忍のカカシからチャクラコントロールを褒められたことはあるが、かつてここまでの緻密さを求められたことはなかった。体術や忍術で要求されるレベルとは全く別の方向性。医療忍術の奥深さは瞬く間にサクラを虜にした。幸い基本的な医療知識は勤勉な彼女は既に有していて、師の綱手から直ぐに実践的な医療忍術を学ぶことが出来た。

 

 横でサクラを見守る綱手。確かに綱手は三忍の一人で経験も豊富、何人もの医療忍者を育成して世に出してきた。その中でもサクラは付き人のシズネを超えるほどの才覚を持っていることは明白だった。息絶えたように見えたネズミがサクラの掌仙術でみるみるうちに生気を取り戻す。

 

 二人の師弟関係はつい二か月前のことだった。

 

 

 

 大蛇丸と藍染が残した被害の処理に追われて隈取ならぬ本物の隈を目の下につくった五代目火影が机の上で仮眠をとっていた時のこと。執務室の扉を蹴り飛ばさん勢いで開く物音に自来也は心地よい睡眠を中断された。

 

「エロ仙人! 俺に修行つけてくれる約束はどうなったんだってばよっ!」

 

「……見て分からんか? ワシは今忙しい」

 

「ほっぺに涎の痕残してるじゃん! ぜってぇ寝てただろ!」

 

(……うるさいのう)

 

 火影の職務の間にナルトとの修行の約束は確かにしていた。忙しい合間に先代のヒルゼンに修行を見て貰ってさえいる。いくら弟子とはいえ復興間もなく多忙の自来也やヒルゼンまでもがナルトの修行に付き合っているか。理由があった。

 

 

 藍染が去った場にいたナルト、サクラ、サスケ。一人はおそらく大蛇丸に連れられ里抜けしてしまった。そして本題は残ったナルトとサクラが共通のおかしな証言をしたということだ。

 

 

 藍染達が宙へと氷の棺に乗って移動していく際、攻撃した木の葉の忍が()()()()()()()とは少し違った方向へと術や忍具を放っていた。と言うのだ。

 

 下忍が何をそんな馬鹿なことをと一笑に付されてしまったのだが、そこに同じような証言をする者が加わった。何を隠そう新任されたばかりの自来也だ。ダンゾウに助けを止められた後、もしもの時の為に透遁術で遠くから様子を確認していた自来也は上忍程の忍がまるでそこに誰かがいるように攻撃していたのを見た。勿論藍染の催眠や、イタチの写輪眼は視界に入らないよう注意したうえでのことだが、鏡花水月にかかっていない男と同じ物を見たということ。それはナルトやサクラの重要性を一気に引き上げた。

 

考えれば猿飛ヒルゼンの凄まじい火遁を受けた後にいくら防御に特化しているとはいえ氷遁の棺が後続の攻撃でいつまでも持つ筈がない。万が一に備えて鏡花水月の完全催眠で位置を誤認させること自体については特に不思議ではない。

 

 問題は何故二人に鏡花水月の効果が及んでないと思われるのか?

 

 当初は藍染の潜在的な味方だったのではないかと懸念したダンゾウにより尋問が行われた。しかし、もし本当にそうならば自ら名乗り出ることはなく、過去の記憶を掘り返して調査した結果、確かに二人は完全催眠の条件を満たしている。それでも催眠にかかっていないということは何らかの完全催眠から逃れる条件か、かからない条件を満たした可能性があった。あの用意周到な藍染がわざわざ二人を逃したのはその理由の調査の為かあるいは他の意図があってのものか。それは木の葉にしても喉から手が出るほど欲しい情報だ。ひとまずはその原因を探るまでは経過観察とあいなった。

 

 実はナルトに関しては推測の域だが考えられる可能性が一つある。それはナルトが九尾の人柱力だということ。完璧な人柱力は尾獣と協力して幻術すら解術することが出来ると云う。九尾との完全な協力は歴代の人柱力全てが為しえなかったことで、ナルトも勿論そこまでの協力関係を築いているとは到底言えない状況だ。なんとか自らに眠る九尾のチャクラを引き出すことは出来ているものの体への負担も大きい。それでもナルトの中の九尾が宿主を勝手に操られることで間接的に及ぶ影響を恐れ、催眠解除に協力した可能性は十分にある。

 

 問題は春野サクラという存在だった。彼女は人柱力ではない。歴戦の忍ですらないただの下忍だ。それが何故完全催眠の影響を受けていないのか。もしそれが分かれば里全体の完全催眠を解く鍵に繋がる。調査と並行して護身、対藍染用に戦闘・補助訓練がナルトとサクラに五代目火影の命令で下されることになったのだ。とはいえ考え得るあらゆる調査はほとんど済ませて、手がかりらしいものは何も掴めていないのが現状。本人にもさっぱり理由が分かっていない。

 

 

 裏切りの危険性から最後までダンゾウはナルトとサクラに呪印での保険を申し立てしたが、自来也と綱手が直接面倒を見てもしも裏切りの兆候があれば直接手を下すことを確約して納得させた。

 

 元々ナルトに関しては人柱力ということで他里の抑止力としての役目を期待されていた。それが未来の戦力として期待されるようになり、火影である自来也本人が弟子として公言した為、里内である程度の地位は認められるようになった。少なくとも表立って差別する者は劇的に減ったといえる。

 

 修行の成果も順調だ。抜け忍となったサスケを取り戻すという目標を掲げ、同じ三忍の下で鍛えられている。ナルトは生来チャクラ量も多い上に、九尾の莫大なチャクラを眠らせているのでチャクラコントロールが下手糞だった。そこで自来也はかつての教え子であるミナトが開発した螺旋丸を学ばせることで、切り札となる破壊力とチャクラコントロールを鍛え上げさせた。苦手なチャクラコントロールの上達とチャクラ容量の底上げ、並行修行による効率化の為多重影分身での特訓はナルトを急速に強くさせたのだ。自来也が忙しい時には綱手に代わりに別の修行を見て貰っていたが、チャクラコントロールの安定しないナルトでは医療忍術の習得は難しい。

 

 その逆に自来也が綱手の弟子であるサクラを見ることもあった。サクラは非常に優秀な生徒で聞き分けも良く、正直このまま綱手に教わったほうが方針も統一されていい。師と弟子が似た傾向にある両師弟はそれぞれの師に教わったほうが良いと自来也は考えていた。

 

 しかし、サクラの才能はチャクラコントロールと医療忍術に留まることがなかったのだ。自来也が試しに簡単な封印術を教えてみたところ直ぐにそれを発動して見せた。物は試しと紅上忍に幻術の教授を要請すればそれさえも簡単に習得してしまった。

 

 ナルトはチャクラコントロール以外は生来才能豊かな人物だが、如何せん周囲にいるサスケやサクラという秀才に紛れてしまって落ちこぼれと言われていた可能性もあるやもと、自来也はある意味納得のいった思いだった。

 

「――おっ。どうやらガイ達が戻ったようだのォ」

 

 執務室の窓から見える人影。元渦隠れの里に派遣していた第三班がしばらくぶりに帰って来た。本来ならある程度の増援を考えていたが、死神をどうにかする方法よりも鏡花水月の完全催眠を解除する方法が最優先課題の為研究者を送ることが出来なかったのだ。

 

「……渦隠れに少しでも資料が残っているといいんだが」

 

 成果も気になるが、ガイがライバルを自負するカカシが今は気になった。藍染に負けて、教え子の一人が大蛇丸と共に里を抜けたショックは大きい。綱手の治療で後遺症などはないものの、精神ダメージは肉体のそれとは訳が違う。カカシ本人は特に目に見えて落ち込みはしてないようだった。ただ力を身につける為に班を一度解散して修行に打ち込んでいる。――恐ろしい執念だ。一度手合わせをしてみたが、自来也ですら苦戦するほどに成長している。そして未だ成長途中でもある。

 

「……報告を受けた後にカカシに会わせてやったほうがいいかものォ」

 

 今のカカシに一番必要なのは気の置けない仲間だろう。

 

 同性のカカシを気にする自来也のように綱手もまた心配な相手がいた。アンコだ。あれだけのことをしでかした藍染を取り戻すことを未だ諦めていない綱手と同様にアンコも諦めた様子はない。藍染に刺された後、致命傷と思われていたアンコの傷跡は不思議なほどはやく癒えた。大蛇丸から受けた呪印。振り回されていた呪印をもうアンコは完全に制御している。

 

 自来也も完璧なコントロールは出来ない自然エネルギー。その極地たる仙人モードの一歩をアンコは踏み出そうとしていたのだ。完全に物にする為に龍地洞の白蛇仙人へ教えを乞いに木の葉を発った彼女は今……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨隠れの里の端。普段は滅多に雨が止むことはない地で珍しく灰色の巨大な雲海の隙間から幾筋もの光の帯が差し込んでいた。そこに黒地に赤い雲を浮かばせたローブを身に着けた男が一人、二人と歩を進める。そして光が差し込む空間が広がっている十歩前で打ち合わせたように歩みを止めた。

 

 光を挟んだ向かい側で同様に歩みを止める者たちがいた。

 

 トレードマークであった眼鏡を外した藍染を先頭に、銀の混じった美しい白髪を風に靡かせた黄緑。殿に霧の生み出した鬼人、桃地再不斬が背に巨大な首斬り包丁を引っさげて周囲を警戒していた。

 

 

 『暁』

 

 主に戦闘を請け負う傭兵集団として最近名を上げている組織。メンバーはどれもビンゴブックに載っているA級クラスの犯罪者ばかりの曲者揃い。そのリーダーであるペインが元霧の忍刀七人衆の一人である鬼鮫、天使と謳われる腹心の小南と今回の会談予定場所に赴いた。

 

 

 

 

「何の用だ?」

 

 

 ペインの口調には僅かな苛立ちが混じっていた。藍染達が会談を提案して待ち合わせ場所にこの場所を指定したのはペインだ。実は前々から藍染達とは接触があった。何処からか『暁』の情報を手に入れて来て尾獣に関する情報を提供する代わりに金銭や別の情報を対価として支払う関係を暁と築いていた。

 

 その力は未知数。少なくとも一方的に情報をひねり出すほど力量差は大きくないことは確かだった。情報提供者は暁のメンバーであるうちはイタチ。彼程の実力者が警戒する相手は暁にとっても危険な存在だ。いずれ始末するにしても現状では時期尚早。しばらくはイタチに監視を任せて様子見の段階といったところで今回の会談の申し出があり、ペインからしても意図を掴み損ねていたのだ。

 

 

「……君たちの計画には重大な欠陥がある」

 

「――なに?」

 

 突然藍染の口から『暁』の計画が出て来たと思いきや否定されて、さすがのペインも疑問が口から零れ出た。当てずっぽうにしても些か無茶がある。それより――

 

「下らん。痛みを知らぬ者の戯言を聞かされる為に来たとは時間の無駄だったな」

 

「――ならば証拠を見せよう」

 

 言葉とは裏腹に藍染が刀を抜く。抜き身のまま無警戒で歩み、雲に遮られた影の中からまるでスポットライトに照らされるかのように光の帯が天から藍染に降り注ぐ。刀身に反射する光にペインたちは鼻白んだ。

 

 次の瞬間。鬼鮫の持つ巨大な忍刀『鮫肌』が藍染の頭と胴体を真っ二つに削り裂いていた。血が放射状に周囲へ飛び散り、鬼鮫の攻撃に対応しようとした再不斬の目元に血が入る。急いで拭おうとした再不斬を小南が操る紙の束が息を塞ぎ、首斬り包丁を持つ手を抑えて、あっという間に拘束してしまった。直ぐに呼吸困難でむしり取ろうとしていた決死の抵抗も見ている内に止む。

 

「イタチが言う割に大したことのないやつだったな」

 

「そうね。ペイン」

 

 残された黄緑は翡翠色の瞳を左右に動かして、逃げ場が無いと悟ったのだろう。千本を両手に構えた。止めを差そうと動き出そうとした小南を鬼鮫が指先で制止する。

 

「あの女は私が始末します」

 

「……構わんが、後片づけはしておけよ」

 

「勿論」

 

 

 鬼鮫は直ぐに水遁を使い足場を奪うと、チャクラを削ぐ『鮫肌』で黄緑の華奢な四肢を千切らない程度に痛めつける。執拗に、正確に、躊躇なく。それが鬼鮫のやり方だった。唯一いつもと違っていたのが、相手には鬼鮫への敵意はあるがまるで殺意を感じないことだった。勿論それが鬼鮫の手を緩める理由に足ることは一切ない。

 

「はぁ……はぁ」

 

 その翡翠色の瞳はチャクラと体力を削がれることで瞬き、アーモンドのような瞳が幾分か小さくなってしまったように思えた。

 

 ついに黄緑も疲労の限界がきて、千本での攻撃の受け流しが間に合わずまともに『鮫肌』の一撃を受けて背中が裂かれ倒れ伏してしまった。チャクラを鮫肌に吸われもはや彼女は指一本まともに動かすことが出来ない。それでも用心の為鬼鮫は『鮫肌』で残りのチャクラを吸いつくすと、意識の失った黄緑を背に担いで去ろうと――

 

 

「おや? 彼女に止めを刺さないのかい?」

 

――背後より声を掛けられ、振り向くとそこには先程自らの鮫肌で殺したはずの男がいた。削り取られた死体はまるで夢でも見てたかのように陽光の下で溶けていく。

 

 幻術? 鬼鮫ならまだしもペインに通じるはずがない。 

 

 良く出来た変わり身の術。――暁にもそのような術がある以上、その可能性は非常に高かった。気づけば藍染だけではない。小南の紙に縛られて窒息死したはずの再不斬も得物の切先を鬼鮫に向けていた。

 

「少しばかり死ぬまでの時間が伸びたに過ぎませんよ。――楽に死ねるとは思わないことですね」

 

 

 瞬きもする間もなく藍染の前に現れた鬼鮫が片手で巨大な鮫肌を振り下ろす。人外染みた膂力の一撃は例え片手であろうとも人一人を両断することを苦にしない。削るという特性の鮫肌を十全に扱う鬼鮫の身体能力とセンスは霧の忍刀七人衆でも匹敵する者はいない。

 

 

(チッ。重いな)

 

 

 藍染への攻撃を瞬時に間に入って受け止めた再不斬の首切り包丁が上から押さえ付けられる。むしろ受け止めた首切り包丁ごと地面に縫い付けられ、圧し潰されるかのような力が再不斬を襲った。

 

「少しは実力をつけたようですが――所詮小僧の再不斬ではこの程度ですね」

 

「……てめぇ」

 

 

 チャクラで肉体強化した先から鮫肌にチャクラを削り喰われ、鮫肌は主である鬼鮫に奪ったチャクラを譲り渡すので一度膠着状態になってしまえば勝敗の流れは一方的になる。しかし再不斬もただ一方的にやられるだけではない。

 

 鬼人と呼ばれる所以。自身の奥に眠らせていた鬼のような殺気が再不斬の背から放出された。可視化するほどの殺気を持ったチャクラが鮫肌で削られる前に鬼鮫を押し返し、膠着状態から離脱することに成功。それでも結構な気力を消耗してしまい肩で息をしている様子だ。基本的な実力の差を見せつけられてまるで敵意が萎えていないのはさすが鬼人再不斬といったところだろう。

 

 

「下がれ再不斬」

 

「藍染様よぉ。俺はまだやれるぜ」

 

「――聞こえなかったのかな? 私は『下がれ』と言ったよ」

 

「――ッ!」

 

 

 鬼鮫相手に怯まなかった再不斬の体が硬直する。圧倒的なチャクラと圧力(プレッシャー)に鬼鮫は強敵と出会えた悦びに舌なめずりした。藍染が構えるは刀。相手を選ぶことはしないが、同じ忍具使い同士の戦闘は心躍らせる。再不斬を打ち据えて未消化気味だった欲望が鬼鮫の中で鎌首をもたげようとしていた。予期される戦闘の破壊範囲を見据えて背負っていた黄緑を瞬身の術で離れた場所に置いて再び藍染の前へ戻って来る。

 

 

「……どうやら君は彼女に並々ならない思いがあるようだ」

 

「下らない問答は好きませんね」

 

 

 藍染の鏡花水月と鬼鮫の鮫肌がぶつかり合った。先程の鬼鮫と再不斬の再現となるかと思われたが今度は両者の得物が垂直に交じり合って拮抗する。類まれなるフィジカルの鬼鮫と単純な身体能力で釣り合う藍染の実力の一端を計るには十分な一撃。

 

「――これは」

 

 同時に鬼鮫は違和感を覚える。鮫肌と藍染の刀が鍔迫り合いになった際に、まるで再不斬の首斬り包丁とぶつかり合った時のような感覚を覚えたのだ。

 

 

 タイミングやシチュエーションの類似ではない。これは共鳴(シンパシー)だ。

 

「その刀。普通ではありませんね。――もしや」

 

 共鳴現象。霧の忍刀七振りと業物の忍刀がぶつかり合ったところで共鳴は起きない。起きるのだとしたそれは――

 

「君の『鮫肌』と同じ古津之老によって打たれた物だ。名を『鏡花水月』」

 

「……かつて引退した刀匠が何者かによって殺害されたことがあったと聞きます。まさかあなたとはね」

 

 

 兄弟刀の繋がりが鬼鮫と藍染、そして再不斬を引き合わせたのやもしれない。古津之老によって魂を注ぎ込まれ鍛錬された美の結晶は人間同士の血の繋がりよりも濃く強く結びつける。ましてや――

 

「どうやら『鮫肌』もあなたを削りたいとウズウズしているようです」

 

 鮫肌も鏡花水月と一合交わした時点で古津之老を殺害したことを理解したのか、ギチギチと尖った歯を生物的に噛み合わして不協和音を奏でる。親殺しの犯人を前に殺意に満ちた鼓動で鬼鮫に応えた。

 

 

「水遁・爆水衝波」

 

 まるで貯水中のダムが決壊したかのような水が津波になって藍染へ押し寄せる。元々雨隠れには普段雨が多く降ることもあり、周囲から水を集めて強化することはそう難しくない。むしろ想像以上の貯水量に爆水衝波の上位技である大爆水衝波レベルまで術の威力は増大していた。

 

 激流は大地を削り取り、最大威力の技の着弾点を中心に渦巻いて小さな湖が新たに出来る。

 

 二人が激突する前に高地へ予め移動していた再不斬は荒れ狂う湖面を見おろして様子を見守っていた。

 

 

 ようやっと落ち着いた湖面にいつの間にか立っていた二人。

 

 和風の死覇装をそのままコートに仕立て上げたようなデザイン。風にコートの裾を靡かせて、立てた衿の黒い裏地は藍染の白い首元を強調していた。鬼鮫も様子見の一撃とはいえあれほどの規模の術を容易く避けて戦闘に関する緊張感は一切感じさせない。

 

 鬼鮫はニヤリと口端を歪めると、次の瞬間全身から刀傷で鮮血が宙に舞う。通常の人間なら失血死してもおかしくない傷で倒れる――かと思いきや、鬼鮫は気迫のみで踏みとどまった。

 

「――さすがは霧隠れの怪人。黄緑も君のことは高く評価していただけはある」

 

 

 息も絶えんばかりに、それでも鬼鮫の闘志は揺らがない。生まれ持った莫大なチャクラ。恵まれた肉体。チャクラを削り喰う性質の大刀・鮫肌。全てが鬼鮫の強さの秘訣だろう。しかし、鬼鮫の本当の強さはその精神性にあった。里の情報漏洩を防ぐために味方さえも切り捨て、陰口を叩かれ、誰にも信用されない。人であれば精神を病むのも不思議ではない。実際鬼鮫も影響を受けていないはずがないのだ。それでもそれを悟らせず、任務を遂行する内に鬼鮫は確かに壁を越えた。

 

 気づかれないように鮫肌が奪った再不斬のチャクラを分け与えて貰う。油断している藍染相手に、時間稼ぎの為に鬼鮫は話に乗る。

 

 

「……ほぅ。あの女がそんなことを言っていましたか。霧隠れを抜けても追い忍が差し向けられることもなくビンゴブックのリストにだけ乗っているので、どこに逃げたかと思っていましたが……まさかあなたのところとはね」

 

 

「その口調。知らない仲ではなさそうだね」

 

 

「――ええ。あの女はどうやら覚えていないようですが」

 

 

 木の葉へ移り黄緑と名前を変えた彼女はかつて霧隠れの孤児だった。才能を見出されて霧隠れの里での忍者育成施設に預けられた先に鬼鮫はいた。幼少期を共に過ごした孤児たちは百数十人もいたものの、日々の厳しすぎる修練や孤児同士の殺し合いにより数人にまで絞られる。残された者たちは自ずと自立し、他人に情を持って干渉することがなくなるのが常だった。

 

 その中で一番年長の彼女は何かと他の者の世話を焼く変わり者で、それはある程度忍として成長し任務を遂げてからも同じだった。いつの間にかもう育成施設出身の孤児は二人だけになっていた。

 

 鬼鮫が身長を伸ばし見上げることになっても彼女はどこか姉面で扱うのだ。不思議と鬼鮫はそのことが特に不満ではなかった。そしてしばらく忙しい任務で会わない日が続く。

 

 鬼鮫が美瑠というくノ一に出会い。情報を守る為に自らの手で殺した時、既に彼女は霧を抜けたことを知る。

 

 

 

「……覚えていますよ。鬼鮫」

 

 

 傷だらけで片足を引きずりながら黄緑が湖面に立っていた。チャクラコントロールもままならなく、時折水の中に沈みながらも鬼鮫の方へ近づいて来る。

 

 

「あなたは……私の……ただ一人の()()ですから」

 

 

 鬼鮫と会う可能性があると藍染から聞いた黄緑は付き添いに進んで付いてきた。そして彼女は願う。『鬼鮫に殺されることを許して欲しい』と。藍染に最後まで仕えることが出来ない我が身の至らなさを謝罪しながら、それでも彼女は裁かれたかったのだ。

 

 たった一人の家族を置いて、幸せを掴もうとしていた己を鬼鮫本人の手で――

 

 偽り、偽り続けた。死者の皮を着て偽る間は彼女個人という物がなかった。唯一癒されたのは育成施設で帰りを待つ数人の家族。その時だけは己という個人を実感できた。しかし、あまりに彼女は己を偽り他の誰かになることへの才があり過ぎたのだろう。

 

 いつからか己が分からなくなった。施設に帰って笑う人間は果たして本当に自分という個の抱く感情なのか。分からないから演じ続ける。演じ続ける以外なかったのだ。

 

 

 藍染と出会った。彼の異質さは初めての経験だった。彼の前では心がむき出しにされているかのように、思いが感情が読み取られる。それは殻に閉じこもっていた彼女の精神世界を少しずつ解いていって、いつの間にか精神の柔らかいところまで丸裸になっていた。それは酷く弱く、見ていて恥ずかしくなるほどだった。

 

 

 ――しかし

 

 

 ――だからこそ、それは彼女という個人のありのままの姿だと確信できた。

 

 

 記憶が、彼女が本当に楽しかった幼少時代。帰って来た彼女を出迎える家族。そして鬼鮫の素っ気ないようで優しい言葉。それが彼女の全てだった。

 

 

 気づいたところでもう遅い。どんなに言葉を並べたところで伝わるとも思ってないし、愚かな自分を許されたくもなかった。

 

 

 

 だから彼女が鬼鮫にこんな言葉をかけるのは本来間違いなのだ。鬼鮫には怨みを持って黄緑を殺す義務がある。いや、訂正しよう。きっと黄緑本人が裁かれたいのだ。楽になりたいに違いない。

 

 でも、鬼鮫がきっと自分を忘れているのだろうと言った時、それはかつて任務前に出発の挨拶をした時のどこか拗ねた雰囲気のヴィジョンが浮かんで声を掛けられずにいられなくなった。

 

 

「……」

 

 鬼鮫はただ黙っていた。内から溢れる怒りが鮫肌を握りしめる力を強くする。しかし肝心の攻撃に移ろうとしようにも、いざその時には殺すに足りる握力が何処かに行ってしまうのをただ理解できずにいた。

 

 

「鬼鮫。私の話を聞いてから己の行動を決めてくれ。君たちの『月の眼計画』についてだ」

 

 

「…………聞くだけ聞いてあげましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 




あと5話くらいで終わらせたいのでかなり飛ぶかもしれません


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの準備期間

 

 

 

 

 

 崩玉の中で守鶴の半身が馴染み、しばらく。完全に死神に取り込まれた影響で崩玉に宿るチャクラは凄まじく、その副産物もまたそれ相応の価値のあるものだった。今もまた崩玉から守鶴のチャクラが固形化して黒い飴玉程の球体が零れ落ちる。

 

『丹』

 

 後の世に大筒木一族のある男が尾獣のチャクラを集めて作ったそれには不老長寿・怪力乱神の効果があるとされている秘薬。今はまだ一尾の半身ということでそれほどの力は持ち合わせていないが、この先尾獣を封印していけばそれに近い性能のものとなるだろう。

 

 崩玉から零れ出たチャクラの結晶を上手く体に取り込むことが出来ればチャクラ量の増加。及びそれに伴う肉体強化を見込める。

 

 これは藍染すらも予期していない副産物だった。

 

 直ぐに生物実験で人間に投与する為の段階まで研究を進める。藍染がいくら一人で雑魚を蹂躙しようとも対応できる範囲はやはり一個人では限界がある。部下の戦力強化という面で今回の願っても無い発見は『崩玉』の能力と同様に周囲の願いを叶える力があるのではないかという疑問さえ抱かせた。

 

 ともあれ。そう簡単に上手くいくはずもなかった。

 

 守鶴のチャクラを体に取り入れるということはそう容易いことではない。チャクラを譲渡することは医療忍術等で珍しくはないが、それはあくまで人間同士での話。その一端とはいえ尾獣のチャクラを受け入れるということは人柱力に近い存在になることと言っても良い。適性無く尾獣のチャクラを体内に取り入れるとそれは毒と同様の効果を発することになる。激しい拒絶反応によるショック死、精神を病み自殺未遂、自身のチャクラが守鶴のチャクラに飲み込まれて脳死状態になってしまったりと散々な結果になった。

 

 人柱力からチャクラを譲渡されるのとは訳が違う。人柱力からチャクラを譲渡される場合、受け取るほうはいわば尾獣のチャクラを人柱力というフィルターを通して人に還元しやすい形で受け取っている。そうした対策の無い場合は大概、尾獣は長年封じこめて利用してきた人間を憎んでいる傾向にあるので悪意の込められたチャクラにやられてしまうのだ。

 

 どうにか普通の人間でも利用しやすい形に加工する必要があった。

 

 かつてジャシン教と呼ばれていた新興宗教団体の建物で教祖の席に腰をかけて思案していた藍染の下へ、任務達成の報告をしに来た者達がいた。

 

「只今戻りました藍染さ<殿!>」

 

 まるで途中で口の主導権が別の誰かに移ってしまったかのような痩身の男。かつてこのジャシン教団の教祖だった男だ。

 

「同じく帰還しました」

 

 僧衣の上からでもハッキリと分かる筋肉の鎧を纏ったスキンヘッドの男が続く。こちらもジャシン教団の元幹部ロクショウ。二人はもう信じる神を捨て、藍染へ信仰を捧げるようになった信徒だ。藍染がここを拠点としたのは彼らがいもしない神を崇めて都合の良い現実だけを享受するのを見て御しやすいと判断したためだ。新興宗教とはいえある程度の規模と『人を殺す』という教義上戦闘力のあるものたちがいたという理由もある。

 

 教団の中に押し入って鏡花水月の発動条件を満たし、望むものを見せて力で支配した。――それは信者にとって正に神の御業だった。

 

 

「<見事任務を達成してみせましたぞ!>」

 

「ご苦労だったね」

 

 

 教祖の口調に違和感を覚えず応える。彼も特異な能力を持つが故に教祖に祀り上げられた類の人間だ。ジャシン教はそういった特異体質や血継限界の持ち主が多い。そういった社会のあぶれ者たちが集い、社会全体に対する復讐を糧に団結している。なかには人体実験に進んで協力して後天的に特殊な能力を身に着けた者も……

 

 

「…………」

 

「どうかされましたか?」

 

 横に控えていたイタチが怪訝な顔で黙り込んだ藍染を窺う。教祖とロクショウも場に流れるなんともいえない雰囲気に押し黙る。沈黙は直ぐに本人によって破られた。

 

 

「……かつてジャシン教で不死の人間を造るという実験が行われていたと言っていたね」

 

「はい。――しかし結果は酷い有様でした。特異体質だったのか唯一の成功例である飛段という者以外は皆バタバタと倒れ、その飛段も今は『暁』という組織に入り連絡もとれない状況です」

 

 元幹部として人体実験を取り仕切っていたのはロクショウだ。薬物投与や禁術を研究し不死の軍勢を作り出そうとしたが飛段があまりに特殊過ぎたのか彼以外の成功は無く研究は取りやめとなってしまった。ロクショウは藍染がその実験を再開させようとしているのではないかと思い始める。

 

「その飛段をここに連れてくることは可能かな?」

 

「早速信者に情報を集めさせます」

 

 

 去っていった二人を見送る。イタチとは反対側に黄緑が藍染に似せた白地に黒の縁取りのフード付きローブを首の後ろで揺らしながら藍染に紅茶を渡した。

 

 教祖たちへ与えた任務と同時に死神の力を強める必要がある。『丹』の加工や投与による人体への定着が上手くいかないのは守鶴という個の意思を持ったチャクラが占める割合が多く、純粋なエネルギーとして利用することを困難にさせているのかもしれない。二尾を封印することで尾獣の個としての意思が薄れ害意を持ったチャクラが薄れる可能性がある。同時にかえって尾獣同士の人への憎しみが増して失敗する可能性も捨てられないが、その可能性はあまり高くないと藍染は予想している。

 

 二尾は猫の尾獣『猫又』として岩をも溶かす高熱のチャクラを操ることで有名だ。だが死を司り、怨霊を常に纏っている『死神』のペットという伝承はあまり知られていない。死神を封印した崩玉の中は二尾にとってさぞかし居心地の良い場所だろう。死霊の力を宿した尾獣は死神の力の復活にも大きく貢献することは確かだ。

 

人柱力は雲隠れの里のくノ一、二位ユギト。

 

彼女から尾獣を引きはがしさえすれば計画は大きく進行する。

 

 

「イタチ。二尾は頼めるかな? 白と再不斬も連れて行くといい」

 

「かしこまりました」

 

 

 イタチの血色は良い。元々色白で病を患っていたイタチは蒼褪めた死人のような顔をすることがあった。病巣は深く他の器官に浸食していて普通の医療忍術や手術では切除できないレベルまでイタチの体を蝕んでいたのだ。藍染もイタチほどの実力者を病気によって失うことは惜しく、その病巣を取り除く手術に協力した。

 

 医療忍術で藍染の上を行く綱手でさえ不可能に思われた手術。幸いなことに藍染には鏡花水月があった。五感を支配する鏡花水月でイタチの体の負担は最小限に、大部分の切除には成功したが完全には取り除くことは不可能だった。転移の可能性は未だ十分にある。それでも劇的にイタチの症状は改善した。

 

 体術、手裏剣術、忍術、幻術に優れて写輪眼の上位である万華鏡写輪眼を持つ。かつて千手と争っていたうちは一族の天才。一応千手一族の一人としてイタチとの関係はどこか因縁のようなものを感じる。丹が完成すればイタチに投与して病状の改善、純粋な強化を見込むことも出来るだろう。

 

 イタチならリハビリに二尾の拉致ぐらいなら何の問題もない。そもそも写輪眼は尾獣相手にさえ幻術をかけることが容易なほど瞳術としてのクラスが高いのだ。サポート性能が高い氷遁使いの白と、前衛として強いフィジカルを持つ再不斬がついていれば万に一つの可能性もないだろう。

 

 

 本来なら二尾確保は藍染自らが赴くつもりだったが別の研究が残っていた。鏡花水月の()()()()()相手がいる理由。憶測ではあるが仮定はついている。問題は()()そのようなことが起きているか。

 

 大事な計画の前に不明瞭なことは解決しておきたい。

 

 仮定を確証へと変える実験の為に教祖と黄緑を連れて地下の実験施設へと階段を下りる。 

 

「あれから鬼鮫とはどうだい?」

 

「……ええ。親しくさせて貰っています」

 

 自身でも不思議な表情で黄緑は答えた。彼女にとっては弟のような存在だった鬼鮫。今はどこか距離を測りかねている様子だった。黄緑も今更どう接していいか改めて考えているのだろう。

 

「それは良かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子は封印術の才能も持っているぞ」

 

「……本当か。珍しいな」

 

 自来也から伝えられて綱手も思わぬ才能に驚きの色を隠しきれない。三忍クラスともなると特に封印術が使えない忍もいないが、封印術というのは医療忍術に次いで才能に由るところがある。そして特に医療忍者は封印術が苦手な傾向があった。これは封印術を得意としている忍にも同じことがいえる。

 

 これはチャクラコントロールの方向性の違いによるものだ。医療忍術は細胞の一つ一つにチャクラを浸透させる繊細さとイメージが必須。反して封印術は一度に大量のチャクラを練って封印対象から封印先へと一度にチャクラコントロールで動かし消費するある種の荒っぽさが鍵となる。両者とも消費するチャクラが大きく、実戦ではどちらか一つに絞って使うことが多いのもその傾向に輪をかけていた。

 

「ナルトの方はどうだ?」

 

「……正直螺旋丸をあれほど早く覚えるとは思わなかった。やはり親子だのォ」

 

 ナルトの実の父親である四代目火影波風ミナト。まだ本人には伝えていないが、自衛の力も身についてきたのでそろそろ伝えるのも良いかもしれない。九尾の人柱力であることも四代目の息子だということもナルトに隠しておく理由はもうほとんどないのだ。問題はそれをナルトが上手く受け止めることが出来るかどうか。班員であるサスケが里抜けして、かつての信頼していた教師が裏切り、修行の日々。ナルトの精神状態は決して良好とはいえない。

 

 談話室で忙しい修行の合間の休憩。ナルトとサクラが騒いでいるのが聞こえた。二人とも三忍にこき使われて厳しい修行を受けている身だ。互いの境遇への不満を共有しあったり、貶しあったりとまるで本物の姉弟のように見える。

 

 

「あんたちゃんと自来也様の教えを受けてるんでしょうね? チャクラコントロール苦手だったでしょ」

 

「エロ仙人から『螺旋丸』って新術教わったからバッチリだってばよ!」

 

「……にしてはコントロールが甘いわね」

 

「サクラちゃんは細かすぎ! エロ仙人もそこまで期待してなかったみたいだし強みを活かせって――」

 

「――いくらチャクラ量が多くたってコントロールが上手ければそのほうがいいじゃない? 只でさえあんたは多重影分身でチャクラを使うんだから、付き合ってあげるから早くしてみなさい!」

 

「ええぇ! 休憩時間ぐらい休ませてくれってばよサクラちゃんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 午後の執務を済ますとガイが持ち帰った真珠の調査結果を直属の暗部から報告を受けた。

 

「結論から申し上げますと、あれは藍染が使った尾獣の封印用の媒介として利用可能なものです」

 

「――つまり死神の再封印も可能なものだということか?」

 

「まず間違いないでしょう」

 

 藍染の封印した死神がどんな効果を及ぼすかまだはっきりとした効果は分かっていない。大蛇丸の使用した穢土転生は生命に基づく精神エネルギーと身体エネルギーが呼び出す死者にもうその制限が取り払われている為、生前のチャクラ容量そのままに術を使いたい放題となる恐ろしい禁術。同じ魂に干渉する屍鬼封尽の死神にも似たようなことは出来てもおかしくない。ましてや封印したのは尾獣の一尾。他の尾獣も狙われている可能性を考慮すると藍染に時間を与えるのは末恐ろしい。もはや木の葉だけの問題ではなくなっているのだ。既に自来也は各国に打倒藍染を呼び掛けている。しかし差し迫った危機がなく実感が無いので色好い返事はなかなかもらえない。鏡花水月の催眠にかかっていない可能性の高い他国の忍の協力は必須だ。

 

 計画とも言えない方針は一応立てている。

 

 まずは鏡花水月の効かないナルトやサクラに崩玉から死神を真珠に再封印させる。崩玉の破壊は一時的な死神の解放だけで、藍染が生き残っている以上、また屍鬼封尽で呼びだされて封印してしまえば意味がない。藍染やその部下の妨害は木の葉の忍と他国の忍との協力が上手くいくかどうかにかかっている。もしもの時は催眠にかかっていない自来也が藍染を命がけで止めて、可能ならば殺す。なにかと綱手を頼って仕事を投げているのは次期の火影を託すためでもあった。

 

 藍染が大きな野望を秘めているのはおそらく正しい。

 

 しかし木の葉の復旧もある今、どうしても受け身にならざるを得なかった。今の状況で木の葉単独で動くのはあまりにも危険だ。藍染の方も死神が本来の力を取り戻すには時間がかかると言っていた。巨大すぎる尾獣の力を御し、各国家に対抗できる力を備えるには1~2年はかかるだろう。『暁』の狙いも尾獣であるという予想はついている。九尾の人柱力がいる木の葉は復旧中とはいえ各国でもかなりの経済力を有して防御も強固。他国の人柱力が優先的に狙われるはず。

 

 他国に間諜を忍ばせているので人柱力が襲われたという情報が入り次第、その隠れ里には対藍染包囲網への加入を提案していくつもりだ。

 

 国という巨大組織が連携するにはそれなり以上に差し迫った危機が起きない以上難しいのが事実。せめて各国が取り返しのつかないところに達するまでには上手く話がまとまって欲しいと自来也は願った。

 

 

 それまではナルトやサクラの成長を促し、国力のいち早い復興の為に火影として全力で里に尽くす。大蛇丸も藍染が邪魔な存在であることは共通しているので、裏取引して協力を呼び掛けるのもいいかもしれない。ダンゾウやヒルゼンといった先人との会合も必要だ。考え得る対抗策の実現に向けて日々忙しすぎる自来也の姿に木の葉の忍たちも元気づけられ、引退した忍からも協力の声はあがった。

 

 

 初代、二代目、三代目、四代目と皆素晴らしい為政者だったが、藍染という危機を前に五代目の治める木の葉は今真の意味で一つに纏まろうとしていた。

 

 

 




1/5


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

たまさかの逢瀬

 

 

 

 2年後

 

 

 

 二尾の人柱力の捕獲に成功。藍染は二尾のほとんどを死神に封印し、僅かに残った尾獣は人柱力ごと暁によって回収された。残念ながら到着した時には既に男の姿は足跡一つとして残っていなかった。リーダーであるペインは殺したはずの藍染があと一歩のところで尾獣を集める計画を阻止するところだったと知り事態の深刻さを思い知る。続けざまに大事な暁の戦力である飛段を失う始末。これに焦った暁は急遽スリーマンセルで三尾、四尾、五尾と人柱力の捕獲に専念してそれに成功している。

 

「ペイン。次の人柱力は?」

 

「砂の守鶴だ。デイダラとサソリに向かわせている。……本来より大分遅くなってしまったな」

 

「仕方ないわ。自来也先生が火影になり、同盟国である砂に人柱力の防衛を固めさせたから。本当に二人だけで大丈夫?」

 

 小南の懸念は砂の防備だけでない。藍染等の動きが最近大人しい。あれだけ大胆に行動しておいて、それ以降は目立った活動もしていないようだ。ここ半年は暁の豊富な情報網でも行方すら掴めない。暁を抜けた大蛇丸も影で動いていると聞く。不確定要素の多い現状でツーマンセルは危険だと判断した故のことだ。

 

「念のため鬼鮫にも尾行させている。問題ないだろう」

 

 考えればキリがないのも事実。暁の実力者たちをペインは信用している。残った尾獣も後半分以下だ。不意の事態が起きればリーダーであるペイン自らが出て片を付ければよい。

 

「……そう」

 

 

 藍染の居場所を突き止め次第、必ず息の根を止める。その為に必要な準備は整えた。

 

 

 

 

 

 

 

 木の葉の門。2年前と違い幾分か身長が伸び、尖った金髪の毛先が太陽の光を反射させていた。顔つきも少年とはもはや言えないだろう。少年と青年の間に位置する年頃の男の子。うずまきナルトの姿があった。

 

「カカシ先生! サクラちゃん! 早く行くってばよっ!」

 

「あんたちょっと落ち着きなさいよ」

 

 名前の通り、桜色の髪を額の真ん中で分けた美少女春野サクラ。2年前まではナルトより高かった背も追いつかれ、体つきも師匠の綱手に似て女性らしさを増していた。医療忍術に精通し、緻密なチャクラコントロールによる怪力を活かした体術は班内一だ。

 

「少しは落ち着いたかと思えば……そうでもないみたいね」

 

 口を覆うマスクの下でカカシがぼやいた。藍染の一番の被害者であるカカシが身に纏う雰囲気はそれまでの何処か緩いモノと違っていた。貼り付けたような薄い笑みの下には研ぎ澄まされた刃の鋭さと今にも牙をむこうとする獣の殺意が同居している。

 

 

 

「あんたら遅い……」

 

 

 ナルトより更に早く門前で待ち構える人影。鎖帷子のシャツから覗く豊満な女体が満遍なく鍛えられている。腹筋は割れ目が浮き出て、首までのショートヘアーは背中に長く伸びた髪を纏めてポニーテールになっていた。

 

 第七班の内サスケが抜けた穴を埋める最後の一人はみたらしアンコその人だった。

 

 

 火影の自来也が各地に散らばせておいた情報網がある情報をキャッチした。『暁』が一尾の守鶴を狙って砂へと動き出したと。各国で人柱力が誘拐されてしばらく。ようやく各国の緊張感が良い意味で一体感を生み出し協力関係が構築されつつある。特に同盟国である砂に関しては木の葉も干渉しやすく、今回情報を手に入れて直ぐに第七班の派遣が行われることとなった。

 

 砂隠れの里長である風影はその狙われている守鶴の人柱力でもある。我愛羅はかつてその守鶴の半身を藍染に封印されて、残る半身は今度は『暁』に狙われているという有様だ。同じ人柱力で今は友でもあるナルトにとって今回の襲撃は見過ごしておけなかった。

 

 当初はまだ暁と戦うには早い。それどころかナルトさえ攫われる可能性があるとして七班の出撃は疑問視された。特に強く反発したのが綱手だ。

 

『私が代わりに行こう』

 

『……綱手。お前は万が一風影が誘拐された時のバックアップとして待機しておけ』

 

『――それじゃ間に会わなかった時はどうするんだ!?』

 

『カカシもついとる。今の奴は下手すれば三忍ですら負けてもおかしくないしのォ。それで仕留められない相手なら万全のお前でないと勝率は高くない。分かっとるだろ? それに怪我して帰って来たあいつらを治療するのはお前以外にいない』

 

『……分かってるさ。私たちが育てて来たあいつ等を信じるべきだって……でも儘ならないもんだね』

 

『ワシらも次世代に託す時期が来た。それだけだ』

 

 

 

 第七班の出発は迅速に行われた。道中何回かの休憩を挟んで、互いの情報の共有に努める。カカシやサクラ、ナルト達は元々同班で連携が取れていたがアンコに関しては初めての共同任務ということで戦闘スタイルの確認は綿密に行われた。

 

「私が主に使うのは風遁。遠距離は苦手だけど、体術と忍術を組み合わせた近・中距離は得意よ。何か質問は?」

 

「おいおいアンコ。それじゃ聞き辛いだろう?」

 

 カカシの額に冷汗が滲む。あっけらかんとしたアンコの言い方は聞きようによってはキツく聞こえかねない。付き合いが長い為カカシにとっては

 

「あら? これから命を預ける仲間よ。下手に偽って丁寧にするより、素で対応するのが誠意ってものじゃない?」

 

 理論は理解できるが少々呆れたカカシはよそにサクラとナルトはアンコという人物の歯に衣着せぬ物言いに好感を持った。相手はあの『暁』。互いに遠慮しているようでは一人で小国家程度なら落とすことが出来る強者に敵わないだろう。

 

「はいっ! アンコの姉ちゃんは何でこの任務に志願したんだ?」

 

「暁から情報を手に入れるのに丁度良かったからよ。はい、次サクラ!」

 

「ええぇ!? そんだけっ!?」

 

「じゃあ……カカシ先生との関係はいったい?」

 

 サクラも色恋に興味津々の年頃だ。中忍選抜試験以前より付き合いのある二人は互いに遠慮が無く二人並んでいる姿は美男美女のカップルとしても違和感がない。サスケという初恋相手が里を抜けて、あまりそういった話からは離れていたので身近な人物の恋愛は久しぶりの心浮かす話題だ。

 

「同期の友人っていったところね」

 

「ま、俺のほうが早く出世しちゃって任務を一緒に受けた経験はそう多くないのさ。お前たちとそう変わらないよ」

 

「あら? 嫌味かしら?」

 

「――そう聞こえたなら謝るよ」

 

 結局のところそれ以上の返答は得られなかった。特に誤魔化しのようなものは感じられない。思った以上に華の無い話にサクラも意気消沈する。聞きたかったのはもっと甘酸っぱい話なのだ。出会いは何時で、任務中の危機に深まる絆、芽生える感情。そういったことに憧れていた。

 

 考えればナルトとの関係が恋愛に発展しないのと同様なのかもしれない。すっかりアンコへの質問を諦めて忍具の整備に集中しているナルトとの付き合いも長い。サスケへの想いが恋心だとするのならば、ナルトへ抱く感情は友愛や親愛に近いのだろう。

 

 問題は暁だけではない。藍染達が守鶴の残り半分を狙って再度襲撃してくる可能性もある。結局、ナルトとサクラが藍染の鏡花水月が効かない理由が判明されていないのだ。理由が判明していない以上、対抗策もまだとれていない。二人もこの2年間の厳しい修行によって並みの中忍以上に鍛え上げられたものの、カカシ相手の模擬訓練では勝てた試しがなかった。そのカカシが評価するアンコも鏡花水月の催眠にかかっている。

 

 もし今藍染が現れたとしても下手をすれば味方同士の争いをさせられる危険性が無視できない。鏡花水月のかからない自分たちより強いカカシと歴戦のアンコが潜在的な敵になってしまう。

 

「考え事?」

 

 気づけばサクラの隣にアンコが腰をおろしていた。改めてとても綺麗な人だと思った。以前の活発な様子も魅力的だったが、どこか憂いを帯びた現在の方がずっと美しい。裏切り者の藍染と懇意な間柄だったという噂を考えるとサクラの心境は複雑だった。

 

「……ええ。少し」

 

()()()のこと? 別に気にしなくていいわよ。聞きたいことがあるなら遠慮せずに聞きなさい」

 

 少しの逡巡の後、サクラは切り出した。

 

 

「何故私たちは完全催眠が効かないんだろうって――聞き飽きましたよねゴメンなさい!」

 

「謝る必要はないわよ。目下一番の研究対象だしね。私が答えられることは一つ。きっとその真実に一番近いのは()()()よ」

 

「……藍染本人」

 

「自身の弱点になりそうな欠陥を放っておけるほど楽天家ではないのよあの人は。完全催眠の対象となった木ノ葉の忍だけでもかなりの数のデータを収集している。今はきっとそれ以上ね」

 

 きっとアンコの言うことは正しいのだろう。一番サクラ達が鏡花水月の効かない理由を知りたいのは藍染本人に違いないのだ。他国の忍との連携が未だ十全ではない今、木の葉が、そして何よりサクラ本人が知る必要のある秘密。三忍の綱手に鍛えられたとはいえ、木の葉にはサクラ以上の忍が山ほどいる。その秘密を手に入れることさえ出来れば……自身の命など総体的に考えて惜しくはない。

 

 あの中忍選抜試験で多くの民が、忍が傷ついた。サスケもあの事件さえなければ里を抜けることは無かっただろう。そして復旧の様子をサクラ達は目の前で見て来た。傷ついた人々を医療忍術で癒すことは出来ても心の痛みまでは癒せない。

 

(必ず……)

 

 

 

 砂隠れの里はその名の通り砂と乾いた大地に覆われた地だった。入り口は風と雨によって削られた狭い天然の峡谷の間だ。要塞と化したその関門を普段は砂の忍が警戒網を敷いている。しかし、今日に限って姿を現したカカシ達第七班を出迎える影は一切現れなかった。流石に訝しがったカカシが様子を見る為に近くで様子を見ると直ぐに異常に気付く。

 

 

 散らばる血痕。倒れる人影。砂に刺さった忍具。

 

 

「一歩遅かったか……」

 

 

 明らかな襲撃の跡に目を光らせると写輪眼をつかわなくとも見えてくるものがある。

 

 

「……内部犯による手引きね」

 

 

「やっぱりそう思う?」

 

 隣に並んだアンコに問いかけると黙って頷いた。

 

 

 真正面から暁がやって来たのだとしたら五代目から警戒を促された砂の忍が抵抗出来ないはずがない。特殊な潜入術や幻術ならば異変に気付いた者が逃げるなり連絡を取ろうとするのがセオリーだ。――これらの死体はその様子が全くない。全て背後から急所を一突き。幾らサイレントキリングの達人でもこの厳戒体制の中では不可能だ。

 

 つまり内部犯による手引きの線が濃厚。写輪眼でも砂の国からやって来た匂いが警備の死体一つ一つと接触した痕跡が見える。死体の腐敗臭はほとんどなく、襲撃後間もないだろう。

 

 振り返って緊張の表情を浮かべている教え子たちへ改まってカカシは命令を下した。

 

「周囲に警戒しつつ、里へ向かう。暁のメンバーか手引きした忍がまだいる可能性もある。砂の忍が出て来ても油断するなよ」

 

 分かりやすいくらいに緊張して、命懸けの戦闘を予期し暗い面持ちの二人。今まで修行漬けで実戦から離れていたのだから当然だ。

 

「まっ。お前等が鍛えられたのはあの名高き三忍だ。普段通りにやれば大丈夫さ」

 

「――当たり前だってばよっ!」

 

「そう……ですよね。師匠との実戦形式の組手に比べればこのくらい」

 

 その三忍クラスの忍がいる恐れのあるのが『暁』という組織だと、ついぞカカシは言い出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 里に着くと土と砂とで塗り固められた特徴的な建物が木の葉の忍びを出迎えた。案内をしてくれた砂の忍が言うには既に暁による襲撃後で人柱力の風影が誘拐されてしまったとのことだった。義憤に逸るナルトを抑えて情報収集に徹する。カカシとアンコは風影と暁との戦闘を見た忍に詳しい戦闘の様子、敵の攻撃手段を聞いて回り、ナルトはサクラと共に今回の戦闘で負傷した風影の兄の治療に向かうことになった。

 

 

「急いでくれ。こっちだ」

 

「――はい」

 

 

 傀儡操者のカンクロウは誘拐された風影を追った先に同じ傀儡操者である暁『赤砂のサソリ』が待ち構えていたのには運命染みたものを感じさせた。カンクロウも砂の忍の中ではトップクラスの操者だが相手はあのサソリ。小国を落とす傀儡の操作技術に特殊な毒を併用することで止む無く返り討ちにあってしまった。即効性ではないものの命に係わる毒で、解毒も困難だという。

 

 サクラはカンクロウの姉であるテマリに三忍の綱手直々の医療忍術を期待されて砂の病院内へと案内される運びとなった。直ぐにサクラは掌仙術でカンクロウの傷口から毒を抜き取る。しかし幾ら医療忍術だろうと既に体内に回ってしまった残りの毒は術の範囲外だ。早急に解毒薬を配合し、残った毒を対処しないと命に係わる。さすが暁のメンバー。毒物にもかなり通じている。

 

 それでもサクラの頭は冷静だった。師である綱手につけられた修行は極限の精神状態でも平静で治療する精神力を鍛えるのに重点をおいていた。医療忍者が必要とされているのは設備の整った施設とは限らない。むしろ戦場で安全の確保されていない状況であることが多々ある。安全な場所で落ち着いて医療忍術が使えても、現場の緊張感で些細なミスも許されない状況でのチャクラコントロールの調整ミスはそのまま患者の命に直結する。実戦で通用しない医療忍者など存在しないに等しい。

 

 サクラが課された目標は忍界大戦でも最前線に立ち戦えるほどの医療忍者。それこそ遅効性の劇毒を盛られて、時間内に解毒しないと死んでしまいかねない状況での薬草の選別、配合の修行では何度死を覚悟したことだろう。それだけのことをすれば嫌でも度胸と技術は身に着く。

 

 

「これで平気な筈です。後は安静にしておけば直に毒も抜けるでしょう」

 

「……感謝するぜ」

 

 即死毒ではなかったせいか患者であるカンクロウの意識も戻った。ずっと心配していた姉のテマリも一息ついて胸をなでおろしている。しかしここで安心する訳にもいかない。まだ風影本人の行方が分かっていないのだ。

 

「これを……」

 

 情報が途絶えて途方に暮れかけていたナルト達にカンクロウが差し出したのは交戦時に紛れて入手した赤砂のサソリの衣服の一部だった。

 

 

 

 直ぐに合流して追跡を開始することに。しかしカカシ達は周辺の地域の土地勘も無く、砂も風影を誘拐されて黙っている訳にもいかない。両者の意志を尊重した結果、

 

「ゲハ」

 

 砂のかつての上役であるチヨ婆とバキという名の上忍が紹介された。バキは顔の左側を布で覆った中年の男といった風貌でかつて風影の担当上忍であったエリートであり、この人選については特に異論はない。問題はチヨ婆だ。現役を退いて久しい老婆にしか見えないその姿にナルトとサクラは果たしてまともに戦えるかと不安に思えた。ひょっとして砂の協力とは口だけで厄介払いでもするつもりなのかとさえ。

 

「――とでも考えておるのじゃろうが、年寄りを舐めると火傷では済まんぞ」

 

実際、風影誘拐の際に現在里で動かせる即戦力が暁の手にかかっている。チヨ婆とバキの人選は砂隠れにとって最大限考慮された結果である。

 

「その通り。この御方の実力は引退して尚砂の上から数えたほうが早い程だ」

 

 酷く真面目な表情でその実力を後押しするバキに冷ややかな視線をチヨ婆は向けた。

 

「……最近の若い者がだらしないからの」

 

「面目次第もありません」

 

 縮こまるバキの姿に明確な上下関係を見出したナルトとサクラもひとまずは納得した。カカシとアンコに至ってはチヨ婆が傀儡使いだと聞いてある程度以上の実力者だと想像がついていたのであまり実力を疑っていない。

 

 傀儡使いの数は少ない。砂が発祥の地とされているがその砂でさえ使う人物はごく限られた人物だけだ。なにせ単純に操作が難しい。チャクラを糸状にして人形の関節に繋ぐというだけでも治療忍術のように生まれ持っての才能が必要とされる。加えて傀儡を忍の身体能力と同等以上まで巧みに動かして操り、術者自身も戦闘時では動きながらそれらの動作を並行に行う必要がある。それだけのことをしてまで忍一人を優に超える戦闘技術を持ち合わせていなければ、傀儡を使うメリットはほとんどないのだ。

 

 つまり現存する傀儡使いはそれだけの戦闘能力を有しているということを表す。チャクラコントロール等の技術的な面においては老化によるチャクラの衰えによる影響も少ない。

 

 

 チヨ婆はそれぞれ木の葉の部隊員を見定めるように眺めて最後にカカシのほうへ視線をやった。直ぐに重そうな瞼が僅かに見開かれる。

 

「……木の葉の白い牙!? ――いや、流石にあの頃と同じ姿というのは……」

 

「それは父のことだと……私は息子のはたけカカシです。――やっぱり似てますかね?」

 

「……憎らしい程にの。本来ならば亡き息子の仇討ちと行きたいところじゃが、今回は急を要する上に今の火影には色々と恩もある」

 

 自来也が各国に暁や藍染の脅威を訴えて地道な援助や交流を続けてきたその成果が芽生えていた。それはかつて大蛇丸と組んで木の葉を落とそうとしていた砂とて例外ではない。むしろその弱みを握られている分、不平等な条件を持ちかけられるかと危惧していた砂に自来也は通常より多くの援助をした。元々国力に乏しい砂にとってそれがどれほどの恩かは言うまでもない。

 

 直ぐに追跡チームが組まれた。

 

 ナルト、サクラ、アンコに小隊長のカカシを合わせた四人一組(フォーマンセル)はバランスが良いが、そこに砂の二人が増え六人一組となると少々話が変わる。追跡に関しては六人でも問題はない。しかしいざ追いついて戦闘に移行するとなると誘拐犯二人に対して戦力を分散する必要がある。まだ相手が二人だけとも限らないのだ。

 

 話し合いの結果、戦闘時は三人一組のチームを二つに分けて状況に対応することになった。

 

 単純に一人を相手にする場合、連携のとれない急造のチームでは術や攻撃の範囲の巻き沿いになってしまう可能性が高い。数の有利を活かし尚且つ個人の実力を発揮するこの出来る上限が三人ということだ。

 

 互いの攻撃手段や攻撃範囲。暗号を予め決めておいて追跡は開始された。

 

 

 

 

 

「全員止まれ」

 

 

 追跡して三日ほどだろうか。サソリの匂いを追っていたカカシが突然部隊を制止させた。部隊員の顔に緊張の色が浮かぶ。顔の下半分を覆う布越しにカカシの鼻が小さく何かの匂いを捉えた。

 

「……サソリの匂いに血の匂いが混じっている。恐らく戦闘したのだろう」

 

 サソリが別の何者かを傷つけた際に返り血を浴びたようだ。それでも全くの無傷で勝利という訳でもなかったらしい。空気に僅かに漂っている匂いから移動速度が明らかに落ちているのが分かる。誘拐犯がわざわざ追跡者との距離を詰めることを良しとするだろうか? 考えるまでもなかった。

 

「罠……というには妙ですね。こちらを油断させるにしては()()過ぎな気も」

 

「あたしもそう思うわ」

 

 サクラに続いてアンコも事態は誘拐犯にとって思わぬ方向に動いているのだろうと推測できた。

 

「もう一人はどうじゃ?」

 

 罠ではないにしても、もう一人が周囲を警戒している可能性は更に高くなったということだ。チヨ婆からしてみればやり口を知っているサソリよりも余計に対処を検討しなければならない相手。風影を連れ去った張本人でもある。

 

「……奴は飛行物体に乗って移動しているようで匂いが把握し辛いんですよね」

 

「むぅ。仕方あるまい。……ここからはより慎重に行動する必要があるの」

 

 

 追跡道中には木の葉の植生とは違った木が茂っている。シダのような植物が多く、木の葉のように針葉樹や広葉樹の大木が連なっている森とのイメージの差異に改めてナルトは驚いた。木々は細く雑草等が腰の辺りまで乱雑に生えて視界は良くない。追跡の歩みも警戒の為遅くなっているので焦燥感と暑さで額からダラダラと汗が流れ落ちる。我愛羅はまだ無事なのだろうか。こうしている間にも……

 

 人柱力という同じ境遇の友人にかける思い。誰よりも理解しているからこそ焦りも強かった。隊列を崩して突出するナルトに後方より声がかかる。

 

「――ちょっと!? ナルト!」

 

「――でもっサクラちゃん! 我愛羅がっ!?」

 

「……いいから少し落ち着けナルト」

 

「……カカシ先生も心配じゃないのかってばよ!?」

 

 カカシは片方の真剣な眼でナルトとしばらく見つめあう。その瞳の奥に潜んだ熱意の輝きを見出し、しばらくしてナルトは項垂れた。

 

「お前だけが心配してる訳じゃないってのは良く分かっているはずだろう? 元担当上忍のバキさんだってチヨ婆さんだって一緒さ」

 

 同意を求めた視線に二人も深く頷いた。以前までは里にとっての武器として扱っていた二人だが、現在は風影として深く敬っている。それには訳があった。

 

 まずかつて我愛羅を苛んでいた守鶴が藍染に半分封印された影響で不眠症の気も緩和された。そして何より共通の敵を持った守鶴は人柱力である我愛羅に協力的になった。そこからは深くお互いの考えを共有し理解の道に至ったのだ。

 

 ナルトとの戦闘を通じて、身近な人間に絆を感じるようになったのが大きい。今まで未熟な己を助けてくれた兄姉への感謝。決して周囲に良い対応をしてきたわけではなかったのだが、だからこそ行動を改めた時の差異を周囲は大きく感じて少しずつ認めてくれるようになってきた。それを実感出来ると更にやりがいと達成感が我愛羅のモチベーションを高めた。

 

 守鶴も言ってしまえば生まれて直ぐからの長い付き合いだ。同じ()を見て来たからこそ共感も得やすい。友と呼び合うまでにかかる時間もそう長くはかからなかった。大事なものが増えると、大事なものを守るために自分が出来ることは何だろうと自然と考えるようになった。

 

 そしていつの日にか里の者が認める風影になったのだ。

 

 

「ん? ……カカシ、ここから10時の方向確認出来る?」

 

 場の空気を変えるようにアンコが呟いた。ナルトに優しい目を向けていたカカシも気分を引き締める。写輪眼を隠していた額あてをずらしてチャクラを流し込む。

 

「……誰かいるな。二人組だ」

 

「えっ!? 先生それって――」

 

「――暁の二人組じゃないな」

 

「な~~~んだぁっ」

 

「だが、サソリに付着した血と同じ匂いがする」

 

 暁と戦闘して生きているということはかなりの腕利きなのだろう。問題はその彼らが味方がどうかということだ。現状で暁の打倒という目的は同じだが、善悪の如何によっては新たな敵勢力になる可能性もある。

 

「話だけでも聞いてみたらどうじゃ?」

 

「協力を申し込めば受け入れて貰える可能性もあるのではないかカカシ上忍?」

 

 砂の二人も接触に肯定的な様子だ。現状は少しでも情報が欲しい。

 

「――いや、どうやら戦闘を避けるのは難しそうですね」

 

「ほ? 何故じゃ?」

 

 カカシの視界の先にはガイ班達が遭遇した藍染の配下の特徴によく似た僧侶服姿の二人組が休んでいた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。