東方魔剣術少年 (mZu)
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拝啓、お父様……。
1話


長い夜がこれから始まる。国王として職務を終えた男はその似つかない灰色の目立たない格好でグラスに注いだ赤色のワインを唇に触れさせながら喉を通していた。酸味のある味わい深いものであるらしくそのような表情を顔に浮かべていた。

 

目の前には街並みが見えているが活気のある事だけは聞いていればよく分かる。ブリタニア王国の分国であるこの場所は小さな土地であるが自然は多く、肥えているので特に困ることはなかった。特に不満も浮かんでこないので反乱というのも起きにくい。

 

どうしても起こってしまう喧嘩はあるがそれを言うと大小関係なくすれば日常茶飯事のことなので割愛する。どちらかと言えば平和だが国王は退屈していた。

 

「イーラ、もうそろそろ長男を何処かに旅させてみたいのだがどうだろうか。」

男は背後から近づいてくる気配を察知して話しかけていた。こちらは男とは違い、華やかなドレスを本来なら着ている。しかし、今日は誘い出したいのかラフな格好をしている。俗に言う浴衣というもので帯を外せばはだけるものだ。

「別に機会があれば良いのではないですか?」

 

「そうか。」

男はその歯切れのいいところで言葉を止めた。誰かの訪問を感じ取った男は二階からワインの入ったグラスを置いて飛び降りてしまった。だからと言って、愚行などとはイーラと呼ばれた人は思いもしないだろう。いつもの事だ。

 

 

「丁度いいところに来てくれた。」

男はその話しかける。飛び降りた直後とは思えないほどの軽やかさである男の前に立っていた。

 

「先に用件を聞きましょう。」

黄金の鎧を身につけた騎士のような格好と金色の髪をしている爽やかな雰囲気のある男だった。

 

「今、長男に冒険に向かわせることを話していた。」

 

「幻想郷で良いですよね?」

 

「話が早い。それでは頼んだ。」

踵を返して男はその場から去っていく。

 

「いや、待ってくださいよ。」

 

「何か用があるのか。」

 

「ありますよ。私が何のために来たのか。話していいですか?」

男はどうぞ、と軽い気持ちから放たれた言葉でこの男への返答とした。

 

「まず、ブリタニア国国王からの伝達です。」

ぺらぺらの紙を一枚取り出した。

 

「ゆっくりでいいので一回訪れてほしいとの事です。こちらが大体の日程になります。」

この国の国王である男にその紙を渡した。そしてまだ続く。

 

「最近、大きな動物が周辺の村を襲っているようです。」

 

「なら、俺が様子を見てから兵を向かわせる。その指揮はお前に任せよう。」

 

「いつもながら判断早いですね。」

 

「そうか。褒め言葉として受け止めておく。して、今日はワインがあるが飲んでいくか。」

 

「ええ。よろしくお願いします。」

ブリタニア王国の兵士でありながら、この国とブリタニア王国を結ぶ橋のような役割のある人であるアーサーはそのように答えた。もともと親しい仲であったが、向こうにも好かれているのでこのような結果となっている。

 

 

燦々と晴れた日であった。雲一つなく旅立ちの日にはとても良い日であるのは空気を感じるとよく分かる。

 

灰色の服装で黒色の髪を後ろで結んでいるだけの男がそれよりかは身長の低い男の背中を叩いていた。

 

叩かれていた男は少年という顔立ちをしている。王族の血を引いているものとしてはとても軽率な格好であるが向こうではそのぐらいで丁度いい。灰色ではないが白色でもない色をしているシャツと少しダボついた通気性のいい服装をしている。その少年の名はヒカル。

 

「一人前になったと思ったら帰ってこい。」

ヒカルの背中を叩いた男は抑揚もなくそんなことを言っていた。

 

「はい。頑張ります。」

声はまだ高めでこれから低くなるかそれともあまり変わらないのかはまだ分かったわけではない。

 

「アーサー、後は頼んだ。」

男は何か伝えそうにしていたがそれはこの言葉の中に紛れ込んでしまった。もう決意したので戻る気もないヒカル派アーサーの黄金の鎧を掴んでいた。その目は迷う気はなさそうで決意に満ちた瞳をしている。

 

「宜しくお願いします。」

 

「兄者はいつも自分勝手なことをする。それでも何か意味があると思う。何かあった時は仲間に聞くといい。」

アーサーはヒカルを諭すように話しかけて時空を飛び越えた。ヒカルとしては楽しみが半分、期待が半分で片輪外した汽車のようだった。




ある男の息子の話になります。


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2話

幻想郷、それはある青年がルシファーの転移魔法によって訪れた場所であり、忘れられた者が集まる最後の楽園とこの世界線ではなっている。自然が多く、神や人、妖怪など多種多様な種が共に住んでいる場所でもある。

 

その中でも幻想郷とそれ以外の世界をつなぐ役目を持つ厳密に言うと何処の世界にもない場所であるが幻想郷の極東に建てられているとされる博麗神社を訪れた。

 

この場所は一見すればただの整備の行き渡っていない境内であることしか思わない。その境内の中で一人小屋の縁側に座って何かを飲んでいる人を見つけた。僕は話を聞いてみることにしようとしたがアーサーに右手を前に出されて止められた。それを見て僕は一瞬迷ったがその場で歩くのを辞めた。

 

「こちら、シソー国国王の息子であるヒカルと言う名の者だ。今日からこちらに住むことになったのでよろしく頼む。」

僕を連れてきたアーサーが代わりに説明をしているが正直なところそれはどうでも良い話だった、らしい。

 

「で、アンタが彼奴の息子なのね。随分と待たせてくれる割にはしょうもないことをしてくれたわね。」

 

「そう言わずに。兎に角幻想郷のどこかに住むことにしているだけなのでツノを立てた言い方は辞めましょう。」

 

「まぁ、良いわ。私は博麗 霊夢。此処には沢山の危険があるけど死ぬんじゃないわよ。」

博麗神社の巫女である赤色の大きなリボンを付けている黒色の髪型で脇を見せた巫女の服を着用している。そして少し不機嫌そうに言葉を並べている彼女こそが先ほど名乗った通りの博麗 霊夢である。

 

「はい。頑張ります。」

僕は感情を表に出せるように口角を上げて霊夢に対して答えた。

 

「それで、アーサーは何処に住ませようとしているのかしら。」

霊夢は口調をそのままにしている状態で聞いていた。

 

「特に決めていませんが危ない場所には行かせないようにします。」

 

「取り敢えず安心したわ。あいつの事だから危ないところにわざと身を置かせると思ったけどね。分かったわ。アーサーが案内しなさい。」

 

「そのつもりです。その為に最初にここに来て挨拶をしておこうと思ったんです。」

 

「あ、そう。せいぜい頑張りなさい。」

霊夢は軽く手を振っているだけで表情変わらない。それからは察するに早く行ってしまえ、と言っているようで僕は内心どうしようか、迷ったがアーサーの手に引っ張られる形で何とかその場から立ち去ることにした。

 

「さて、どこにいきましょうか。紅魔館も良いですが、妖怪の山に行くのも良いでしょう。」

 

「アーサーさん、目印になるような場所に行きたいです。それからはもう一人で何とかします。」

 

「分かりました。元々そのような約束でしたし、仕方ないことなのでしょう。」

アーサーに手を握られている訳だがふと宙を浮いているような感覚から僕は何となく周りを見ていた。怖いと言うことではないが見たことのない景色が広がっている。

 

「空を飛んでいるんですね。」

 

「流石に驚きませんよね。お父さんが日常的に飛んでいるわけですから。」

 

「アーサーさんはどうして飛べるの?」

 

「練習したんですよ。そうしたらある日簡単に飛べるようになっていてそれからはこの通りです。」

 

「僕も練習したら飛べる?」

 

「さて、それはどうなのでしょうか。」

 

アーサーと僕は幻想郷の西側にある湖まで向かうことにした。



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3話

霧に包まれたこの場所ではいつものように妖精たちが遊んでいた。と言っても異世界から来たヒカルにはそんな事もわからない。それに見たことのあるわけでもないので気になるが状況が悪いのでその場で静かにしているだけだった。

 

霧の奥から紅い色の壁をしている館が見える。奇妙な見た目をしている館なので何となく腹を括ったヒカルだったが意外にも拍子抜けなところだった。

 

「アーサーさんですね。今日はどのような要件ですか?」

緑色の中華服を着ているこの館の門番はアーサーと僕の姿を見ただけでだが簡単に中に入れてくれた。どうしてなのかは聞くに聞けなかったが取り敢えず目の前のことに集中してみることにした。

 

「今日も野暮用だから何も被害は加えませんよ。」

 

「分かりました。いつも通りで良さそうですね。ところで、この人は誰なんですか?」

 

「この人はシソー国国王の息子ですよ。」

アーサーは少しだけ甘い声で答えていた。面倒ということではないがこれからのことを考えてしまったのだろうか。僕はそう思った。

 

「ヒカルです。今日から幻想郷の何処かに過ごすことになりました。」

 

「空き部屋がありますのでその場所なら使ってもらっても良いと思いますよ。私には勝手な判断はできないので主人様に聞いてくださいね。」

 

「優しい人ですね。親切にありがとうございます。」

 

「ふふ。中々興味深い方ですね。」

門番は明るい表情で微笑みかけていた。僕からするとお姉さんのような身丈なので余計にそのように感じるのかもしれない。とか思ったり。

 

「それではこれで行きます。また会いましょう。」

アーサーに少し強引に館内へと入っていく。壁の中は綺麗に整えられた庭園が広がっている。味気のない自宅からするととても心を躍らせるものだった。しかし、それは抑え込んだ僕は特に興味を示さないように歩いていた。

 

少し湾曲した庭に作られている道を通って中へと入っていく。

 

大きめな扉であるが重量感はあるもののとても軽く開けることが出来た。アーサーに先導される形でしかないが中に入る。

 

紅いカーペットが一面に敷かれている。そして螺旋階段が奥に見える大きな部屋が広がっていた。そして短めの銀色の髪をしている三つ編みの髪型をしているメイドらしき人が目の前に立っていた。その人は青色の服装で膝上程度の丈のスカートを履いている。高いヒールだが特に軸のぶれることのないその歩き方には感服するものがあった。

 

「私は十六夜 咲夜と申します。懐かしい顔つきの方がいらっしゃいますのでどうぞお嬢様とお話し下さい。それまでは私が案内いたします。」

コツコツ、と聞こえてきそうな圧倒的な存在感とは相反する静かな面持ちで手を差し伸べてくれた。見た目的にはあまり変わらないとは思うがそれでも何か人の強さを感じる。

 

「僕はヒカルです。幻想郷という名前くらいしか知りませんので沢山教えて欲しいです。」

 

「機会があれば何なりと。」

咲夜と名乗ったその人は冷徹にも感じれる言い方をしていた。クールと言うのか表情があまり表には出ない人なのか、と僕は思った。

 

「咲夜さん、私はここで失礼します。」

とここでアーサーは変えることの意思表明をした。僕は止めようかと思ったが向こうも暇だから付いてきているわけではない。崖に我が子を落とそうとする獅子の気持ちなのだろう。

 

「アーサーさん、有難うございました。」

僕は一言、心の底から出てきた綺麗な言葉を取り出して周りに見せてあげることにした。そして一礼を加える。

 

「兄者はとても自由な人だ。でも、ここでの伝説は本物だ。その身で味わうと良い。」

アーサーはそう言ってこの館のトビラを開けて外へと歩き出していた。そして扉が閉まる頃には僕の心の中には未練というものはなく、ただただ目の前のことに集中している自分がいた。その理由はさらなる好奇心からくる何か。何だと思う。

 

「あの人は色んなことをしていきました。幻想郷を引っ掻き回した挙句、姿を見せる事なくそちらの世界で暮らしているようです。あの人は罪深い方です。」

 

「もしかして僕はお父さんの代わりに謝礼するために来たのでしょうか?」

 

「いいえ、あの人はそんな事はしません。きっと試したいのではないでしょうか。貴方の実力と言うものを。ですが、そのついでに自分がどう言うものか知って欲しいのでしょう。」

咲夜さんは上向きの視線のまま僕には一度も目を合わせずに話を終わらせた。そして無理矢理にも話を切り替えた後にお嬢様という呼ばれ方をしている人の元へと案内された。その理由はよく分からないが今の所、何も話したくはないのだろう。

 

僕は相手の口車に乗せられたまま足を動かしていた。



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4話

蝋燭と木製の扉が続く。その連続した事象にうんざりとしているそんな頃にようやく光というものが見出せた。この館の主人に使えるメイドである十六夜 咲夜によって僕は主人さまのいる部屋へとたどり着いた。

 

三回、ノックを入れてから相手の応答を待ってから部屋の中へと僕を入れてくれた。その一部始終を後ろで見ていた僕は自分の知らないことがあるのを知れた。声音的には小さな女子の声であるが、何処か威厳のあるそんな感じのする声だった。

 

「お嬢様、お客様が来ています。」

 

「全く自由に出入りされたのはいつぶりかしらね。」

水色のショートで少し癖のある髪型をしている。頭には薄いピンク色のナイトキャップを被っている。背中からは小さめな黒い翼が生えていて一見すると異種であるがそれ以外は別に何ら変わらないとさえ思えた。服装は上品なドレスで頭の上のものと色は変わらない。

 

「お父さんが何かしたのでしょうか?」

 

「お父さん?私の推測が正しければ色んな事をされたわよ。」

その人はそのように答える。本来ならすぐに謝るところなのだが何処かにこやかなので僕は行動の手順を行使する回路が壊れてしまったらしく、動けなかった。

 

「でも、楽しい事もあったわ。助けられた事もあった。色々と引っくるめれば居た時は楽しく日々を過ごせていたわ。」

 

「話がよく分かりません。詳しく聞かせてはくれませんか?」

 

「別に何か話すこともないわよ。」

ふふ、と不気味に笑うその人はどうしても悪魔としか思えなくなってきた。僕は幻想郷の暗い一面の片鱗を見ているような気がした。

 

「お嬢様、客人が困っていますよ。」

 

「そうね。まぁ、座りなさい。そのお父さんの代わりをしてちょうだい。」

その人は僕を対面にある空いている椅子に座らせようとしていた。フカフカの椅子で白色のカーペットのようなものが施されている高級感のあるものだった。

 

「咲夜、人数分の紅茶を淹れてちょうだい。それと二人で話をしてみたいわ。」

 

「分かりました。」

咲夜がそれだけを言ってこの場から居なくなるとすぐに戻ってきた。そして僕が座ろうとしている椅子の前にある円形のテーブルにはポットと二人分の白い陶器で出来ているカップが置かれている。線の交差したシンプルな模様だけだがこれが美なのか、と僕は思った。

 

「さぁ、腰掛けなさい。本当に合っているのか教えて頂戴。」

この人はきっと悪魔なのだろう。お父さんよりも怖いと思えた新鮮な切り傷が心の側面についた。それでも僕は座ることを決めた。別に悪意があるわけではないと思えたからだ。

 

「僕には何が何だか分からないです。」

 

「そうでしょうね。私はレミリア・スカーレット。紅魔館の主人よ。」

 

「紅魔館、ですか。それはレミリアさんが主人だからですか?」

 

「そうよ。」

 

「へぇ。ぴったりですね。」

僕はたしかにそう言った。その言葉にきっと悪い意味はなかったはずだ。

 

「本当に息子なのよね。全く似てないわね。」

 

「言葉などはお母さんに教えてもらってます。お父さんには武術を教えてもらっているのですが何か関係ありますか。」

 

「そう言うことね。全く彼奴の何が気に入ったのやら。」

レミリアさんが呟くように言っていた。其処にはため息もセットである。僕はその言葉は流しておくことにした。反応に困る。

 

「それは置いておきましょう。今は関係ないと思います。」

 

「そうなんだけどね。少し気になるのよ。」

 

「気になりますか?」

 

「そうは言っていないでしょう。」

 

「そうですか。」

 

「ところで何処か目星はつけるの?」

 

「住む場所も此処がどの辺りなのかも知りません。」

 

「そう。暫く部屋を貸してあげるわ。丁度空いている部屋があるのよ。」

レミリアさんは少し面白そうなものを見つけた子供のような表情で僕のことを見つめていた。その真意はよく分からないが何かあるのだろう。

 

「使ってもいいんですか?」

 

「別に良いわよ。誰もその部屋は使えないもの。」

 

「そうですか。」

 

「今日はもう少し話しましょう。ただの談笑しかしないから緊張なんていらないわ。」

僕はそう言われたのでその言葉通りにした。レミリアさんの口車に乗るつもりはないが今は別に問題ない。

 

「そう言えば、お父さんから聞いていたんですけどレミリアさんって主人として向いていない人と聞いたんですけどそうでもなさそうです。」

 

「いきなり話すのね。やっぱり聞いているのね。」

レミリアさんはそれからお父さんのことについて話してくれた。僕は咲夜さんから淹れてくれた紅茶を飲みながら茶菓子を食べて時間を過ごした後に部屋を紹介された。その部屋は本当に人が使えるような状態ではなかった。

 

ベットは綺麗にされているが置かれているテーブルの上には段重ねの紙が置いてある。その数は何十ではなくて、何百、何千とあるように感じる。そして何が書いてあるのかは全く分からない。僕は嫌な場所に来てしまったものだと勝手に思っていた。それでも今日は有難くベットを借りることにした。



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5話

と言った感じで僕は幻想郷での生活を始めてみたがそうあまり変わったことがあると言うわけでなかった。

 

ご飯は待っていれば咲夜さんが出してくれる。掃除を手伝おうと思ったが妖精が朝のうちに終わらせるためにやる事なく終わっている。そして特に来たばかりと言うこともあり、この場所の付近に何があるのかも全く分からないので行くあてもない。

 

博麗神社は場所的に知っているがわざわざ足を運びたいと思えない。正直な話、八方塞がりと言われても仕方ないとさえ思える。僕もどうしたら良いのかわからなかった。

 

其処で僕は置き手紙を置いて出掛けることにした。当分の目的は歩いて幻想郷を足の裏で知ること、そして自分の居場所を見つけること。人の家とかではな居場所のことだ。

 

と意気込んだものの、紅魔館と呼ばれている紅い壁が印象に残る館の扉を開いて出てみたところでやはり行くあてなどなかった。こうなれば今目の前ではないだろうがそのように見えている山へと向かう事にした。

 

途中、門番の人に会ったが眠っていたのでこっそりと抜け出してきた。多分勘付かれているのだろうが此処は気づいていないふりをしておこうと思った。

 

 

妖怪の山。その場所は縦の階級が根強く残る場所であり、とても厳しい場所だった。だが、かなり前に守矢神社という博麗神社のライバルのような存在が現れてから随分と気楽な場所へと変わった。以前のように他者を受け入れることのなかった山は今では大きな賑わいを見せていた。それは勿論、相互の利益の合意があるからである。

 

その中でも天狗という種族の中でも下っ端とされる白狼天狗はいつものように警戒に当たっていた。もともと身体能力に長ける天狗であるので丁度いいとされているが実際のところは使い捨てのところが多い。

 

その中でも一際目上のたんこぶとして見られているのが犬走 椛と言う人物だ。千里眼を扱えるこの人は如何なる場所でも直線の視線があれば見ることができる。その能力故にほとんど移動を行うことはない。本当に気になるものがあれば動くことはある、のかもしれない。

 

「あれは?」

その椛はいつも南側を見る時に使っている木の上から不審な物が見えた。そして南西へと向かっている。それは蜘蛛のように8本の足が見えている。単純に考えればそれだけである。しかし、周りの植物が枯れている。

 

椛はすぐに飛び出した。それが何であるのか、そして何が目的でそのようなものが置かれているのか。

 

哨戒天狗として妖怪の山に降りかかる火の粉は出来るだけ払い退けなければならない。



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6話

妖怪の山の頂上、少し前に幻想郷の外から現れたそれは今でこそ定着している。そこそこの人気のある場所であり、今でも参拝客は絶えない。

 

大体の目当ては神様と直接話して触れることができる点にあるだろう。そして威厳というのも何も出さずに気さくに話を聞いてくれたりするのもポイントが高い。

 

「神奈子様、伝えたい事が。」

先程山の麓で見た金属製の蜘蛛が妖怪の山の植物を枯らしていることを伝えた哨戒天狗。

 

それを聞いて神奈子様、と呼ばれた注連縄を背中にそして腕や腰、足首にまで付けている紫色のショートヘアーをしている赤い服装をしている人に伝えた。

 

「よし、分かった。一回、紫に話してみる。引き続き、動きがあるまで監視を続けていてくれ。」

 

「はい。」

哨戒天狗はその言葉を述べてすぐにその場から居なくなった。それは参拝客を押しのけるような程だったがそのざわつきは神奈子が止めた。

 

「早苗、少し相手にしていてくれ。詳しくは後で話す。」

 

「はい、分かりました。」

緑色の髪をしている元気そうな少女が答える。

 

「紫、少し話したいことがある。」

踵を返して神殿の中へと入っていく神奈子と交代するように参拝客の相手を始めた早苗は一種の不安を覚えながら目の前のことに集中していた。

 

「何よ?」

 

「妖怪の山で何やら異変が起きている。異界からの襲撃かもしれない。」

 

「もしかしてまた現れたの?分かったわ、霊夢に向かわせてみるわ。いつも通りでお願いね。」

 

「了解した。」

神奈子は其処で言葉を失くす。そして紫はその場から居なくなった。

 

 

一方、その頃ヒカルは妖怪の山の麓に来ていた。本人は全くそのことには気づいていないが南西の辺りに付いていた。其処らへんは土地が平らに等しいのであまり山として認識している人は少ない。それがこれから初めて来る人からすれば余計にそう感じる。

 

「一体、此処は何でしょうか?」

薄暗い森という印象ではなく、岩場のような場所で山という印象は全く受けない。だが、多分山なのだろう。周りには視界の通らないほどの密度の木が生えている。

 

「と言うか、此処はどこだろうか。」

 

「いや、そもそも僕が来て良いところなのか。」

僕はふと考えてしまった。そして大きな音がしている。それは一定間隔でペタン、と言う尻餅をついた時に出る効果音のような音がしている。だけど少し軽い音だと思う。

 

僕は取り敢えず気になるので少しずつ見てみる事にした。その為には音に近づくように耳を澄ませて音がどこから出てるか予測を付けてから足を動かすことにした。

 

よく考えてみればそれをしてみても良いだろうか。何となく僕はその事を考えると足を止めて何処かへ向かった方がいいと思えた。

 

いや、しかし興味という甘そうな果実に手を伸ばしてみたいと思うのは人間なら分かってもらえるはず。

 

僕はもう気になるので歩いて気付かれないようにペタン、ペタン、と音の鳴っている方へと向かってみることにした。

 

といっても歩いて何秒か、と言うよりかは視界の通し方を変えてみると案外簡単に見えてしまった。

 

その場所には青色の巻き髪をしている髪型で頭の上には白いウサギの耳をしている。薄い青色の服装でスカートの部分には透明なレースが施されている。金色で星や月のマークが付いているがその意味合いは特に分からない。そして大きな樫で杵の中にあるものを叩いていた。その時にやっと謎の音の正体が分かった。兎に角話しかけてみることにした。

 

「何しているんですか?」

僕はついに話しかけた、いや話しかけてしまったの方が合っているだろうか。

 

「餅つきだよ。もしかして知らないのかな?」

その人は少し口を隠しながら僕に向かって指をさして小馬鹿にしてきた。しかし、此処で強気に出ても仕方ない。

 

「はい、知りません。なので色々と教えて欲しいです。」

 

「え?そうなの。分かったよ。この私が教えてあげるよ。」

その人は胸を叩いて私に付いてこい、と言っているかのような行動を起こした。僕は特にそのことについては何も言わない。

 

「名前を言っていませんでした。僕はヒカルと言います。」

 

「私は清蘭。好きに呼んでくれていいよ。」

清蘭さんはちゃんと僕に対して名前を教えてくれた。それだけでも十分である。

 

「清蘭さん、早速始めましょう。」

僕は元気に言ったところで精蘭さんが樫を振り上げると杵の中に入っている白いものを打っていた。僕はじっとその様子を見ていた。



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どうやら僕は……。
7話


ペタン、ペタン、と不揃いな音が聞こえているだろう。山の中で餅つきなるものをしているのは良いがどうしても場が違うように感じる。

 

僕は樫を持って杵の中にある餅をついているわけだがどうしても上手くいくようなことはなく、かなり苦戦しているのがよく分かる。

 

仕上げというところで代わってみるか、と清蘭さんに頼まれたのは良いが何故か受けてしまい、今に至る。それにしてもこれはどういうものであるのかは今の所分かっていない。

 

「良いね。ヒカルも一緒に食べようよ。」

清蘭さんは僕に対してそのように言ってくれたのでありがたくもらう事にした。が、少し気がひける。

 

「でも、これ清蘭さんが食べたい分ですよね。良いんですか?」

 

「良いよ。私一人で作っているわけでもないし、皆で食べる方が楽しいから。」

と清蘭さんは答えてくれた。

 

「味付けは何も知らないのでお任せします。」

 

「そうだね、あんこもきな粉もあったら良かったんだけど持ち合わせがなくて。そのまんま食べることになりそうだね。」

 

「あんこやきな粉も食べてみたかったですが仕方ないですね。」

 

「済まないね。」

と言いながら温かい餅を手に持ちながら一口くらいに分けていく。その間はかなり伸びているのだがどういう食べ物なのかは見当もつかなかった。僕はそれから温かい餅を清蘭さんから貰うと口の中に入れてみることにした。

 

口の中は一瞬で熱くなり、火傷しそうな気はしたがそこまでではなかった。そしてモチモチと歯では切れない柔らかいものであるのを感じた。しかし、弾力というものはしっかりとあり、食べ応えのあるものであった。味がないのは残念だが別に問題はない。

 

「美味しいですね。もちもちとした食感が美味です。」

僕は口の中に入れた餅をよく噛んで飲み込んでからゆっくりと言葉を出した。

 

「そうなんだ。」

清蘭さんはそのように僕の言葉に答えてくれた。実際のところそれはどうでも良いわけではなかったが、僕は更に一つ貰うことにした。まだ量はある。

 

「初めてのものだからそういう感想なんだろうね。」

どうやら飽き飽きとしているらしく清蘭さんは僕の気持ちが分からないらしい。食べ慣れているのかもしれないが少し冷たくはないだろうかと思った。

 

「やっと見つけたわよ。しかし、いつもの激しさではないわね。」

なんとなく聞き覚えのある声がしたので口を動かしながら後ろを振り向いた僕は何となく嫌な予感がした。

 

博麗の巫女として幻想郷に君臨している博麗 霊夢がその場に立っていた。武器なのか木の棒と白い紙を四角形にしたものを付けたものを持っている。きっと霊夢の得手なのだろう。後で聞いたがお祓い棒というものらしい。見たことがない形状なのでその時の僕には一切分からなかった。

 

「邪魔しなくても撃つぞ。」

『こちら、清蘭、好戦的な地球人と接触した。これから浄化活動に入る。』

 

「気持ち悪。独り言?」

 

「テレパシーというものですね。かっこいいです。」

その後、二人からえ?という言葉を受けた僕はあまりにも場違いなことを話したと反省した。前に魔道書で読んだことがあるが交信術、又の名をテレパシーを扱える人がいたとは思わなかったので少しだけ興奮してしまったのはいうまでもない。

 

「穢れ多き地球人よ。もうすぐこの地は浄化されるのだ。」

清蘭さんのあまりの変貌っぷりに度肝を抜かれたがそもそも僕との扱いの差が気になった。

 

「始める前に一つ聞きたいんですけど。」

 

「ヒカル、聞くなら手早くね。」

 

「僕にはそんな言葉かけなかったですよね。如何してですか?」

 

「簡単な話、危害を加えてくるような野蛮な人とは思えなかったから。でも目の前の人はそうじゃないからね。」

 

「なんか嬉しいです。ありがとうございます。」

 

「で、茶番は終わった?」

霊夢が少しイラつきながら僕と清蘭さんのことを睨みつけていた。僕は餅の温かさが残る口で言葉を出してみることにしてみた。

 

「霊夢さん、暴力で解決するのはやめましょう。」

 

「金属製の蜘蛛が妖怪の山の植物を枯らしているのよ。きっと異変に間違い無いわ。」

 

「そう言ってもまだこの人が何かしようとしているのか、は聞きましょうよ。」

 

「そうね。だいぶやる気も削がれたしそうしましょうか。」

 

「清蘭さんはどうなんですか?」

僕は話を振る方を切り替えた。別に疑っているわけではないがどちらに非があるのかは知っておくべきだと考えた。そもそもあの発言を聞き逃しているわけでは無いので黒であるのは分かっている。

 

「関係ない訳では無いけど。」

清蘭さんはそのように答えた。

 

「そう言えば、地上を浄化するって、ものすごく嫌な予感がするわ。」

 

「勘弁してくださいー。」

清蘭さんが踵を返して何処かへ行こうとしていた。霊夢はお祓い棒を持って構えようとしていたとは思うがそれは遅かった。

 

「何か、あるんですよね?」

僕は清蘭さんの右手を握っていた。そして自分の左手はその肩を握っている。

 

「もう勘弁してー。山の湖に基地があるんですー。」

 

「だそうです。霊夢さん。向かいましょう。」

 

「アンタ、容赦ないわね。」

霊夢はそう言っているが僕に自覚はないのでなんとも言えなかった。



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8話

妖怪の山と呼ばれているらしいこの山の西側、そこにはひっそりと存在を隠すようにされていた小さめな湖がある。その場所にまたひっそりとした基地のようなそうでも無いような建物が建っていた。

 

その場所ではどうやら異変と呼ばれるものが起こっている最前線らしく初めて会った時とはまた違う表情を見せている霊夢は血眼になりながら探していた。その結果としてオンボロと言っても過言では無い秘密基地らしい場所へとたどり着いたというわけである。

 

「此処が月の兎の基地なのね。」

霊夢が言う。僕には分かるが何か嫌なことが起ころうとしているのは明白であるので半ば楽しみつつ、少し警戒してみることにした。後少しは好奇心というものである。

 

「お待ちしていました。清蘭から話は聞いてるよ。面白い奴が居たって聞いたけど、何処で見覚えのあるわね。」

橙色の服装をしている少女でハンチング帽を被っているブロンズのボブカットの髪型をしている。ズボンは黄色と白色のストライプのある少し膨らんだパンプキンのような形で靴は履いていない。清蘭さん同様にウサギの耳がある。

 

「アンタら、なんて知らないわよ。」

知り合いなのかと思ってみたがそうでもないらしい。それとも交友関係が広くて忘れてしまったのか。博麗の巫女というのは知らないがきっと偉大な存在であることには間違いないと僕は考えた。

 

「昔、月の都に来たことあるでしょ?」

月に都がある、という事自体知らないのにそこに言ったことがあるなんて聞くとは思わなかった。色々と聞きたいことはあるが今は抑えておく。

 

「ま、まあね。」

 

「月に都なんてあるんですね。行ってみたいです。」

軽い気持ち、ということではないが聞きたいという欲求が勝ってしまった。

 

「月の兎にはあまり馴染みはないけどそこそこ栄えていたよ。」

 

「へぇ。そうなんですね。勉強になります。」

 

「と言うわけで手加減なしで遊ぼうよ。月の流儀に度肝を抜くと良いよ。」

僕には何がなんだかは分からなかった。しかし、霊夢の近くに居るものとしては先頭というのは避けて通ることはできなかった。

 

真っ赤なベリー類の色をしたものとそれを白くさせたものが宙に浮き始めた。緑色なら見たことはあるがこれが何かは全く分からなかった。

 

しばらくして螺旋状に浮き上がった後、僕たちの元へと向かってきた。そこまで弾の速度は速いわけではないが面倒であることには変わりない。

 

僕には状況が全く分からないが取り敢えず避けておいてこの場から離れることにした。生憎というか、木で囲まれた場所なので何となく事が終わるまでは隠れておくことにしたが少しだけ気になるので頭だけは出した。

 

「遊びなんて見くびられたものね。」

何処かしらか出してきた赤い札を手の中に持ってそれを相手へと投げつけた霊夢さん。それに対抗するように相手も先ほどの弾を発生させていた。不思議な力によって生み出されたとしか思えないがあまりにも平然に使うのでどう反応を示したらいいのかは全く分からない。けど、これも試練なのだろう、と僕は感じ取ることにした。そうでもしないと劣等感に苛まれる。

 

「勝っても負けても関係ないからね。遊んでくれたらそれでいいよ。」

と相手は言っている。清蘭さんがテレパシーで伝えた相手であるのは確か。それと月の兎で月の都から来たというのは聞いたがそれ以外のことは何も分からなかった。僕は静かに木と同化しているしかなかった。

 

「どういう意味かはこれが終わったら聞いてあげるわ。」

会話をしている、そのはずだが僕は違和感を感じざるを得なかった。その間にも戦闘の流れが刻一刻と変わり続けている。どちらもさほど変わりはないが断続的な霊夢の札と相手の継続的な弾がいい感じに噛み合っているというのは言える。まだ本領は発揮していないのだろう。霊夢さんを期待して僕はそう感じることにした。

 

赤色の弾を出していた相手が今度は透明に近い白色の弾を出し始めた。それは満月のようなもので円形をしているまとまりのある動きをしている。そこから散りばめられたようにカラフルな色弾がある撃ち出されている。その比は先ほどのものではない。しかし、札の投げる量と速度を速めた霊夢さんの前には特に意味をなすものではなかった。当たる前にすり抜けるように交差した札が相手の元へと近寄っていく。それは影から襲いかかってくる凶刃のようで見ていた僕が冷や汗をかいた。何もかもが霊夢さんの前では無意味にも感じる。僕はそう感じたときにはもう終わっていた。

 

「終わったんですかね?」

僕はひょっこりと顔を出していた状態のまま、霊夢さんに聞いてみることにした。

 

「いいえ、まだでしょうね。」

霊夢さんは僕のことは見てくれなかった。戦闘中に振り向いてくれるほど警戒心の薄い人とも思っていないのでそのことは特に気にしない。

 

「後一つだけ見ていってよ。」

目の前に立っていたその人はカラフルな弾を周りに広げていた。それは異常な量で点滅しているかのように目では追えない量だった。それでも霊夢さんは果敢に挑戦していた。きっと何も考えていない、と言うことではなく、感覚でここまで来たのだろう。

 

「頑張ってくださいね。」

僕は霊夢さんに一言かけて、元いた位置に戻った。きっとお父さんには小心者と笑われるのだろうが深く考えるのは辞めてここでは様子を見ておくことにした。しかし、お父さんよりかはまだ優しいような気はする。きっと毒されているのだろう。

 

案の定、返答が返ってくることはなかった。別にそれでも構わない。霊夢さんは目の前のことに集中している。相手のカラフルな何か分からない弾を避けながら自分の得手であろう札を投げつけて応戦している。まだ知らないことはたくさんあるのでまた後で聞いていることにしよう。

 

僕が見ている限りでは、まだ余力を残しているように感じる霊夢さんは左右から包むこむように札を展開、そして行動範囲を狭ばめて動きを取れづらくなるように軌道を変えていた。ここで本領発揮、と思ったが少し笑みをこぼして遊んでいる、と感じるのは僕だけだろうか。

 

「少しは手加減してほしいものね。」

どうやら終わったらしい。なんだかんだ、圧倒していた霊夢さんの勝ちでこの遊びは幕を閉じた。

 

「ああ、地上にもかなり強い奴がいたもんだ。こっちには食べ物も沢山あるし、生まれたかったね。」

その人は少し諦めたように言っているが健闘していたので別に落ち込む必要もないのかもしれないと思った。

 

「結局のところ、状況がまだつかめていないのよね。」

 

「我々は幻想郷の浄化に来ただけだから何も知らないよ。行って判断してみるといいよ、月の都。」

 

「どうやって?」

僕は何故か口から出たその言葉を止めることができずにいた。とうしてなのかは理由を自分が聞きたい。

 

「通路があるのよ。そこから行けるわ。」

平然と答えた霊夢さんは堂々とした態度で僕の前で立っていた。

 

「そんな簡単に行けるんですね。」

 

「で、来るの?来ないの?」

霊夢さんが語気を強めて言ってくるので僕は少しだけたじろぎながらも行く、と伝えた。かくしてよく分からない世界で事件に巻き込まれた僕はひょんな事から次へと向かうことになったのだが正直なところよく分からないうちに事が進んでいく。



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9話

やっとの事で此処まで来たのだが此処は空という中に存在しているのか、それともその先にある物なのか。平面でしか空を認識してこなかった僕にとっては未知の世界であり、あろう事か月へと向かっている。状況が全く理解出来ていないのだがどうにかなるだろうと自分でも思う楽観的な蜂蜜のように甘い考えでいる事にした。

 

しかし、真っ暗とも言えないが明るいのかと思うとそうでもないが薄暗いと言うことでもない。管の中にいると言う感覚はあるが周りは暗く、何があるのかは白い粉が付いている事以外は全く分からないが別に困るような事が起こるわけでもない明るさは同時に持ち合わせていた。

 

「月までもう少しね。」

僕の前を先行している霊夢さんはそのように呟いているのを僕の耳が聞いていた。それ以外の情報は特にないのだがお父さんは月に行った事はあるのだろうか。関係ない事ではあるのだがどうしても僕は考えてしまった。

 

「あの白い丸い物がそうなんですか?」

僕は聞いてみた。月といえば、満ち欠けがあり、日に日に形が変わる不思議なものである。それがこのような何もないような真っ白な球体であるはずがない、と勝手に思い込んでいた。

 

「そうよ。見たことはないのね。」

 

「そうですね。」

 

「仕方ないわよ。中々行く機会なんてあるわけ無いんだから。」

少し気怠げに聞こえた霊夢のこの話は何処か別の場所に意識が置いてあるようで素っ気ないのものだった。簡単に言えば、集中している人が発するから返事。

 

「誰かと思いきや博麗の巫女と、知らない男が一人。面白い組み合わせだけど強い悪夢を見ているなんて不運だね。」

誰だろうか、と思ったがその人は見た事にない人だった。ショートの青い髪であるが赤いナイトキャップに幾らか入り込んでいるので本当の長さは判別する事は出来なかった。黒と白のワンピースでわたのような塊がいくつも付いていると言う服装をしている。そして何故か尻尾が見えているのだが僕たちとは違う種族であるのかそれとも装飾の一部であるのかは全く判断はつかない。

 

「って、生身!もしかして生身!?」

僕はよく知らない。だが、特に何かしたと言う事はないのできっとこの人が言う通りなのだろう。と言うわけで僕は霊夢さんに視線を送っているだけだった。

 

「生身かな?」

ぎこちなさそうに話すだけの霊夢さんに覇気というのは感じない。一人の少女であった。

 

「生身でこんな世界に来るなんて何かの罠に嵌ったのかな。それとも、ただの頭足らずの人?」

 

「罠なんてそんな事は、ないでしょう。月の都に向かっているだけよ。」

僕はその事については何も知らない上に、霊夢さんに連れてこられた。最後は自分の意志だったから特に文句は言えないが今思うとだいぶ危ない事をしていたような気がする。

 

「月の都、ね。良いでしょう。その悪い夢は私が処理しましょう。」

後ろに隠していたと思われる本をパカッ、と開くと先程見たことのあるような弾が現れた。

 

「貴方の槐安は此処にある。」

この管の所で現れたこの人がどのような人であるのかは皆目見当がつかないがきっと悪い人ではないと思われる。僕は霊夢さんとその人の間に入ってみる事にした。

 

「辞めません?何をするのはよくわかりませんけど。」

僕は何となく遊びとは見えなかったあれを行うのかと思っていた。結果としてその予想は外れていないと思っている。

 

「大丈夫ですよ。私が貴方の凶夢を処理しようとしているだけです。心配する事はありません。」

その人が何処か眠たくなる声で話していたが僕にはどうしてその気にはなれなかった。

 

「でも、物騒な事を始めようとしていませんか?」

僕は二人の間に入りながらも何をしているのだろうか、と思っていた。止められる自信はないし、止めようとも思っていない。

 

「そんな事はしないよ。今はゆっくりと眠ると良いよ。」

 

「隠語ですか?これから私が撃つ弾に当たって眠りにつくと良いよ、と。何かおかしくありせん。」

 

「まぁ、良いよ。現実を受け入られないよね。」

その人はうんうん、と頭を縦に動かしていた。それがどのような意味を持つのかは知らないが青色の弾が尾を引いているのを見たときには僕の体は自然と動いていた。

 

「そうやって強引な手に出るんですね。当たる事はないと思いますよ。お父さんの弾で慣れてます。」

 

「アンタはきっとその遺伝子を持っているのね。やってみなさい。」

後ろから聞こえる霊夢さんの声は微かなものであるが寂しいような悲しいような、そんな感情を感じてしまった。それは霊夢さんが僕のことを心配しているのか、単純に面倒くさいだけなのかこの時の僕には何も分からなかった。

 

「ああ、面倒な事になるよ?良いかな?」

 

「特に心配していないです。」

 

「まぁ、良いか。」

その人の弾は更に続けられる。尾を引いている青い弾が目の前を覆ったが僕の目では特に問題ではなかった。お父さんの方がもっと濃密な弾の配置をしてくる。そしてそれは後ろから音もなく忍び寄る。

 

そこに合わせてきたのは紺色の虫のような動きをしている弾の集まりだった。その間を通り抜けられるのかは疑問だったが僕は避けようとも思えなかった。この空間では体の力に合わせて微妙に動き続けるのだがその慣れないことを加味しても特に問題となるようなものではなかった。

 

「何も処理できなかったけど、そんな事は我関せずと言う感じだね。行きなよ、凶夢とか現実の方がそれらしいよ。二人さん、月の都へと向かうそうだけどこれよりもひどい凶夢を見る事になるけれど十分覚悟してくださいね。現世から夢を見ている者達よ。」

その人はもう僕に対する攻撃はやめていた。僕としては被害とかその辺りのことは何もわからないが怪我を負った訳でもなければ負わせたわけでもないので気にしないことにした。

 

「行きましょう、霊夢さん。通してくれるそうです。」

 

「よく判らないけど、夢の世界を介してやっと月へと行けるようね。」

霊夢さんはそのように言った。

 

「汝、凶夢を打ち砕いてきなさい。」

 

「分かりました。善処します。」

僕は夢の中で出会ったこの人にその言葉を返した所で今は月の都へと向かう事にした。正直な所、どうなるか分からないがさほど大きな事にはなっていないのかな?



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10話

ザラザラとした表面とさらさらとした砂がアクセントとして散りばめられている地面を僕は自身の足元で確認したわけだが実際のところ、本当にそうなっているのは本当によく分からない。それは先ほどの人が夢の管理者からそれに等しい存在であると感じたから。霊夢さんが話していた夢の世界というキーワードがどうしても気になると言うことだ。

 

「お父さんは元気にしているのかしら?」

 

「突然ですね。」

率直に言葉を返してしまった僕は何となくまずい事を言ったような気分になってしまった。

 

「今は敵の気配は、なさそうだわ。と言うわけで聞いてみたいのよ。」

霊夢さんの目は確かに輝いている。それだけにどうしても何かいつもと違うと僕の本能が言っているわけだがその言葉は無視する事にした。

 

「お父さんは元気にしてますよ。」

 

「そうなの。あの人はとても強かったわ。それは今でも変わらなそうね。」

その時の霊夢さんの哀愁漂う表情が気になるが言葉に出して聞くほどでもなかった。言葉を交わしていくうちに何か分かることもあるだろう。

 

「確かに強いです。僕はまだ足技だと拮抗出来るくらいで。」

 

「得手は剣よね。それで足で勝てるなんて彼奴は何者なのよ。」

 

「本当にそうですよね。でも、あれに勝てないと刀を抜いてもくれないです。何とか抜かせてやりたいです。」

 

「その意気込みはお父さんには似なかったらしいわね。」

霊夢さんは少し考えるように顎の辺りを触る。

 

「教育に関してはお母さんから教わっています。もしかするとそちらの影響が強いかもしれません。」

僕はそう答えた。

 

「そうらしいわね。」

何故か地雷を踏んだように霊夢さんは不満そうな態度を取り始めた。

 

「お父さんとはどのような関係なんですか?」

 

「彼奴とは何て言うのかしらね。結局何も分からないわ。そんなに関わっていたわけでもないし。でも、孤高の剣士である事には変わりないでしょうね。」

 

「今の状況については相応しくない、と。」

 

「そうでしょうね。何故王なんていう器に入り込んでしまったのか。それはどうしても直接聞いてやりたいものね。」

 

「険悪な関係ではないことが知れただけでも良かったです。」

兎に角、お父さんの今の地位については不満はあるものの、それ以外には特に何もなさそうだった。そもそもどうして僕をここに連れてきたのかはまだ分からないがきっと何か意味があると思っているしかない。

 

「にしても、目の前にあるのが月の都であっているのかしら?昔とは随分と雰囲気が違うけど。」

確かに目の前にというよりかは僕たちが歩いている先には何やら建物があるわけだがそれが何かは分からない。それよりもその前にいる誰かがとても気になる。

 

「こんにちは。」

相手は何も話さない。まるで屍のようだが立っているので表現としては不適切なのだろう。兎に角、反応に困った僕は妙に縮こまってしまったのかもしれない。

 

「生きてますかー?」

僕は再度話しかけてみたが特に反応は見せる事はない。その人は赤い瞳を持っていて銀色の髪でセミロングだがハーフアップさせている。トライバルのような模様の入った白色のジャケット、その下には紫色のワンピースと思わしき服装をしている。スカートの裾は矢印になっていて首元には赤い蝶ネクタイを付けていた。何より、特徴的なのは翼に生えているが右側だけという堕天使のような見た目である事だろう。そして口元は手で隠している。

 

「えーっと、」

霊夢さんはとても反応に困っているというのだけはよくわかった。

 

「ほう、人間か。」

やっとのことで出した言葉はそれだけだった。何というか生きているのかはとても怪しいものである。

 

「それだけなのね。」

霊夢さんが少し流れに乗せられているように感じるのは僕の勘違いであってほしいがきっとそのような事はない。

 

「貴女は?」

僕は聞いた。

 

「私はサグメ。君たちの計画はきっと侵略を止めに来たのだろう。だが、残念だ。私も止めたいと感じているが到底無理だよ。だから君には月の都を救ってほしい。それと同時に幻想郷へと侵略は失敗する。案ずる事はない。」

 

「随分と話すじゃない。どういう風の吹き回し?」

 

「詮索はやめようではないか。もう運命の動きは変わってしまった。さぁ、行ってくるといい。」

 

「何処によ。」

 

「敵の本拠地、静かの海へ。」

サグメと名乗った後は人が変わったように話を続けたので僕はあまりの情報量に唖然とした。勿論、話の内容を理解する前に何が何だがわかっていないのだがある意味今やる事は決まったようた気はする。

 

「霊夢さん、大分話が大きくなってますね。」

 

「そうらしいわね。何が何だか。」

霊夢さんは本当に困ったような表情を浮かべていた。その辺りは意外と分かりやすいと思われる。感情の起伏が激しいというのか。

 

「兎に角、向かいませんか?」

 

「もう、行ってやるわよ。」

霊夢さんの怒り気味の不満気な表情はどうしても心が安らいでしまう。どうしてなのかは自分でも説明がつかないが一緒に来てくれた安心感というのが大きいのかも知れない。

 

「ありがとうございます。」

かくして、月の都を救う事になったのだが、話の流れについていけない。



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11話

状況は依然として掴めない。ということは別に構わないのだが話が大きくなってきて何となく疎外感を感じる面があるのも否めない。

 

「これからどうするつもりよ。」

霊夢さんは僕に聞いてくる。未知の世界で先を行く阿保も普通なら居ないだろうが此処にいる。自分だ。

 

「兎に角月の都へと入る道を探しましょう。何か情報を聞けるかもしれません。」

 

「何でそんな冷静なのよ。」

霊夢さんはそんな事を聞く。そう言っているが僕の行動に対して特に関することがないので言える方ではないのかもしれない。

 

「こういう時こそ、ゆっくりとしている方がいいですよ。焦っても事が悪くなるだけです。」

 

「もし、状況が悪くなったらどうするつもりよ。責任取れるの?」

霊夢さんは焦っているようだが会った時の印象と比べると全く異なる人種のようである。本当に博麗の巫女なんていう大層な身分なのであろうか、僕は今の様子から何となく推測を立ててみることにした。

 

「その時は楽しみましょう。お父さんならそう言います。」

僕はそれだけ答えてみることにした。それだけなのだが何処か虚しく聞こえてしまう。

 

「そんなにお父さんを気にしているのね。いい加減離れたらどうなの?」

 

「お父さんは、怖いですよ。行動は読めませんし、対峙しても強さは読めません。ですが、まだ勝てないと思わせるだけの威圧を向けてきます。」

 

「あまり変わってはいないのね。その人の心を射止めたのだから並大抵の人物ではないようね。」

 

「お母さんはとても優しいです。そしてお父さんの行動を温かく見守っています。王妃としての気品も何もありませんがそれがかっこいいです。」

 

「そうなのね。アンタの家族に対する愛はよく分かるわ。」

霊夢さんは少し呆れていた。もしかすると僕は話しすぎたのかもしれない。

 

「霊夢さんは家族に対して何か思っていることはありますか?」

 

「居ないわよ、家族なんて。私は小さい頃から神社で一人で育っているのよ。今更家族が欲しいなんて思わないけど寂しかったと感じたことはあるのは事実よ。」

 

「あー、何かいけない事を聞いたような気がします。」

 

「別に気にしないで。射止められなかった私が悪いんだから。」

その時、僕は何を感じたのかはわからない。だが、ただならぬ事であるのは聞いていればよく分かる。

 

「キャハハハ!イッツ、ルナティックターイム!狂気の世界へようこそ。」

 

「何だか見かけない妖精がいたものね。」

 

「あの伝説として本に記されている魂のような存在のことですか?これはとても興奮します。」

 

「ちょっと、黙りなさい。」

 

「はい。」

ちょっと怖かった。霊夢さんは僕の発言に対してかなりお怒りになったらしい。

 

「妖精のクラウンピース!この大地を友人様に戴いてから貴方が初めての来客だわー!」

クラウンピースと名乗った妖精は金色の長い髪で目が赤みがかっている紫色をしている。玉が三つ付いた紫色の水玉模様の帽子を被っている。赤と白のストライプと青色に白色の星のマークをつけているのが半分になっている服装で下はその逆になっている。首元にはひだ襟が付いている。全体的には道化師を思い出しやすい。

 

「この大地を頂いた?ここは一体どこなのよ。」

霊夢さんはクラウンピースさんの訳の分からない事を聞いていた。僕はそうあまり気にしていない。へぇ、程度に聞き流していた。

 

「表の月さ。地獄よりは住み心地が良いよ。」

 

「それは良かったわね。」

あまり付き合いたくないのだろう、と霊夢さんの背中が語っている。僕は兎に角あまり気にしないようにした。

 

「そうだ、友人様から言いつかっていることがあったんだ。月の都から出てくる奴があったら容赦するなって。どうなると思う?」

 

「妖精風情が私を誰だと思っているのよ?」

 

「知らなーい。」

僕はやっぱり気にならない。

 

「泣く子も黙る博麗 霊夢よ。」

 

「そんな威圧感のある人だったんですか?初めて知りました。」

 

「アンタは黙りなさい。」

 

「あたいが泣くわけないじゃん。地獄の妖精だよ?どちらかって言うと泣かせる側だよー?良いこと思いついたわ。」

クラウンピースさんは手に持っていた篝火を僕たちに向けていた。その火は揺らめいているだけで特に気になる点などは何もなかったはず。しかし、僕は見入ってしまった。こう精神的に引き込まれるというのか、綺麗だな、と見に行く程度。それだけだ。

 

「どう?面白いでしょ。そしてどんどん狂ってきたでしょ。」

クラウンピースさんの声が脳内で何度も、何度も再生される。そして響いてくるだけでは終わらず、上から言われているような何かを感じる。それは威圧感というか、それともまた別の気になる存在であるのか。

 

「霊夢さん、ここは僕にやらせて下さい。」

僕は何故か剣の柄を握る。と言うよりかは、何か破壊をしたくなって仕方がなかった。それなら得体の知れないクラウンピースさんはを斬りに向かう方がいい。

 

「あれ?何か思っていたことと違うような?」

クラウンピースさんの声が聞こえたのはそれが最後だった。

 

 

 

少年は静かに剣の柄を握ってその場で立っていた。腰はゆっくりと落として何処から、いつきても問題ないようにしている。それは隙がない、と言うのと変わりない。

 

「辞めなさい。」

霊夢が少年に向かって叫ぶがあまり届いているようではなかった。

 

「霊夢だったけ?協力して止めない?あたい、どうしたらいいのか分からないよ。」

少年はまさに鞘のない刀だった。触れれば斬る、こちらから向かって当たっても斬る。八方塞がりとは言わないがそれに等しい環境であることには間違いない。

 

「それはアンタが勝手にやったこと。アンタが何とかしなさい。私は後ろで静観しているから。」

 

「そんな〜。」

クラウンピースが弾幕を張る。

 

横に線を入れた弾幕を張った後で、星型の弾を少年へと向ける。一直線にも等しいが少年には関係のないことだった。

 

縦方向の隙間を見つけたのか大きく跳躍した少年は軽い体さばきで音もなく地面に着地する。表面についていた砂のようなものが舞い散るだけだ。

 

少年にとってはそれは一歩でしかない。だからこそ動くしかない。

 

それはクラウンピースにとっては異次元からの侵略。まともに弾幕を攻略されないと言うこれからの指標でもあった。近づいて欲しいないとばかりに赤色の弾幕を円状に作り出した。

 

それは少年にとっては見たことのないものであり、近くまで寄ってきたのを得体の知れないものから遠ざかることにした。

 

しかし、目の前で止まるだけなので少年はその場から動くことはなくなった。それだけではなく、弾と弾の間から素早く一撃を見舞う。一閃だけの攻撃だがそれは見えていなかったのだろう。

 

右腕を思い切り後ろへと持っていかれたクラウンピースの弾幕が大きく乱れた。その隙を少年は見逃すことはなく、前へと走り出した。地面とは距離を近くなっていてそれはどう見ても滑っているようだった。

 

だったら、と白色の前にも見たことのあるような玉を地面の砂をすくい取るような形で出してその後ろから青色の弾を尾を引かせるようにさせた。

 

少年はまたも足を止めていた。それは一瞬の事で大体の状況を理解したらしい。

 

クラウンピースはさらにストライプを描くような弾幕を張って少年の動きを止めた。それの効果は少しばかりかあったようであまり近づいてくるようなことはなかった。

 

しかし、少年の剣は左へ、右へと揺れ動いている。それはまるでここまで見えているようで少しだけ恐怖心を煽られるような感じがする何か。クラウンピースは自分の体の左側、其処へ大きな負荷をかけられたような感覚を覚えた。その予見はおおよそ当たっていた。

 

まるで、斬り落とされたかのようだった。力無い一撃がクラウンピースの左肩に直撃していた。その場所の衣服は破けて白身のある明るい肌色が真紅に染め上げられている。一つの線を描いた箇所から大きく吹き出した水がクラウンピースの直感を揺さぶっていた。そして思考を凍結させて停止まで追い込んだ。

 

少年は其処で事切れた。

 

「アンタの負けよ。」

静かに近づいた霊夢のその言葉によってようやく凍結した思考が大きな躍動を見せていた。その負荷はそれなりにあるらしく頭を抱えて蹲りかけるクラウンピースに同情の眼差しを向けていた。

 

「さて、この異変を起こした奴はどこにいるのか言いなさい。さもないとどうなるかは分かっているわよね。」

 

「という事は敵か!だけど、身体が動かせそうにないや。」

 

「兎に角、その人が居るところまで連れて行きなさい。私には何が起こっているのか、全く分からないのよ。」

霊夢のその言い方には何処か含みがあった。どこからどこまでが本当で、また嘘であるのかは読み取れない。少年は事切れた。ここで何かしようとしていても何も動かせる気はしない。

 

「はぁ、はぁ。少しだけ休憩させて。」

クランピースも緊張の糸から解放された勢いでその場に倒れる。



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12話

その後、僕は霊夢さんから事の顛末を聞いていた。どうやら僕が今倒れている人と対峙したらしいがあまり記憶は覚えていない。ただし、所々骨の関節のように霊夢さんの話と接合できそうな箇所はあった。それだけなのだがどうやら僕はあまり覚えていないらしい。

 

「そんな事があったんですね。僕は何も知らないです。」

 

「そうでしょうね。狂気に駆られていただけだったから。それでも何処か慣れているようね。」

 

「そうでしたか。まだまだ修行の身なので何とも言えませんがありがとうございます。」

 

「まぁ、兎に角起きるまではここで待機。分かった?」

霊夢さんはそう言っている。反論を述べる気もないのでそれは霊夢さんに任せる事にした。

 

 

それからはクラウンピースさんの収縮した様子と左肩の出血が気になりながらも僕は何もしてあげる事はできないという自責の念にかられながら案内された場所へと向かう事にした。よくいう裏側という場所である。息を潜めるためにはこのような場所が必要になる、そしてそれを悪用される前に取り締まる、みたいな事をお父さん入っていたような気はする。実際のところ、何かしているのを見た事はない。

 

「いかに策を練ろうとも相手はそれを乗り越えてくる。もう少しで宿敵まで届くというのに。」

 

「貴方が月の都を侵略している張本人ね?」

霊夢さんは見境もなく言葉を投げかける。その人は少し落ち着いた雰囲気があるがそれだけではなく、少し狂気に満ちているようにも感じる。金色の髪でウェーブのかかった長い髪をしている。服装は何処か偉い位の人が着用していそうなもので黒のロングスカートで大きく広がった扇子のような帽子を被っている。後ろには7本の紫色の尻尾のようなものが生えているのだが狐ではないだろう、と僕は感じた。そして薄ら笑いを浮かべているあたり、気が知れない。

 

「一先ず負けを認めよう。」

その人は特にこちらは何もしていないが敗北を認めた。その理由が何であるのかはどうでも良いとして兜の緒を締めたくなった。

 

「急にどうしたのよ。」

霊夢さんでさえ拍子抜けのその言葉には乗る事はなかった。

 

「まさか地上人を送り込むなんて。まさかこんな姑息な手段を使ってくると私の読みが甘かったよ。既に勝負は決している。」

その人は堂々と言っているが、要するに戦いたくはないという事なのだろうか。それとも油断させるための罠を仕掛けたに過ぎないのか、まぁ本当のところは気になる。

 

「随分と余裕ね。闘いはこれからなのに。」

臨戦態勢に構えている霊夢には一瞬の隙もないような目をしていた。それ故に何処か危なげな気もしてくるのだが僕は気にしない事にした。

 

「私の名は純狐、月の民に仇なす仙霊である。ここまでやってきた貴方を持て成してやろう。それが礼儀というものだ。来なさい。」

 

「正直、月の都がどうなろうが知ったこっちゃないけど。私にここまで手こずらせた鬱憤を晴らさないと気が済まないわ!」

 

「彼女とはもう別の星に住み会うことは出来ないが、倶に天を戴かずとも憎しみだけが純化する。見せよ! 命を賭した地上人の可能性を!そして見よ! 生死を拒絶した純粋なる霊力を!」

純狐がそのように叫び始めたが最早何が起こっているのかは明白なものだった。僕は参加する気は無いのでゆっくりと地面に腰掛けて静観している事にした。それと戦う気は無いという意思表明でもある。

 

「頑張ってください、霊夢さーん。」

僕は気の抜けた声で話しかけて応援しておく事にした。

 

「さぁ、行くわよ。」

霊夢さんが右手から札が投げ込まれる。赤色の一枚のぺらぺらの紙であるはずだがしっかりとした軌道で純狐へと近づいていく。しかし、落とされた。そう易々と通じる相手ではないというのはその時に知れた。

 

「その程度では私は倒せん。」

純狐さんはいつもこうなのだろうか、と疑いたくなるほど上機嫌であるので僕はよく観察してから判断を下そうと思う。

 

「そうでしょうね。」

霊夢さんは実際のところ、あまりそうとは思っていなさそうだった。僕の見立てでは攻撃の通らない防具を着込んでいるような硬さがある。あるいは打ち消しあう何かを発射した結果なのか。お父さんはこんな世界でどのように過ごしたのだろうか。

 

「諦めなさい。予想よりも遥かに弱かったようね。」

純狐にとってみればその予想というのは思ったよりも霊夢さんが弱かったという事になる。それがハッタリなのか、真実なのかはともかくあまり動揺している様子のない訳だが僕は動こうという気にはなれなかった、体への疲労が溜まっている。

 

「霊夢さーん、ここに居たんですね。」

其処にいたのは緑色の髪をしていて霊夢さんとは同じような服装をしているが色合いは反対である。青色のスカートには白の水玉模様が描かれている。そしてお祓い棒とは異なるがきっと何かの道具であると思う物を右手に持っている。名は東風谷 早苗。どうやら守矢神社で風祝をしている巫女であるそうだ。

 

「よぉ、霊夢。楽しい事してそうだな。」

今度は魔法使いの服装をしている金色の髪をしていて黒色のとんがり帽子が特徴的な人が現れた。箒に跨り、僕の知っている魔法使いではない。名は霧雨 魔理沙。霊夢とは古くからの友人であるらしい。

 

「こんな仕事嫌です。」

少し疲れ気味のウサギ耳をしている見たことのない服装をしている。靴は歩きにくそうな革靴で短めの紫色のスカート、白色のシャツに赤色のネクタイをしていて黒色のジャケットを羽織っている。名は鈴仙。実際の名前は話すのが煩わしいそうだ。

 

「人間と月の兎が来たか。まとめて持て成してあげよう。それが礼儀というものだろう。」

純狐はその人の登場でさえ予見していたようだ。

 

「アンタ達に手を貸してもらう必要はないわよ。」

霊夢さんは相変わら無愛想な態度をとり続けている。

 

「良いじゃねぇか。折角来てやったんだぜ。」

と魔理沙。

 

「はい、一緒に頑張りましょう。」

と早苗。

 

この時に鈴仙さんは特に話す事はなかった。僕は霊夢さんの後ろで座っているだけ。一番の邪魔はきっと僕だろう。だが、一番非力であると言う意味合いでは仕方がない事だ。霊夢さんは先ほどの僕とクラウンピースさんの話はしなかった。僕の耳に入ってくる四人での作戦の中では聞こえてこなかった。

 

「少し気が変わったわ。全力で潰してあげる。私にとって容易いことでしょうね。」

どこからその自信が出てくるのかは知らないがきっと何かその根拠になるものがあると思われる。

 

「それは如何かしら?」

霊夢さんも同じように謎の自信を持っている。僕はその場から立ち上がると後ろへと下がって左側へと歩いて回る事にした。

 

霊夢さんと早苗さんは札を、魔理沙さんは魔力の込められた道具を持って鈴仙さんは指で何かを作っていた。それだけであるがきちんと戦闘準備を済ませていた。純狐の弾は大量の槍のようなもので直線でありながらもその量はここまでの比ではなかった。そしてとても素早い。間を通り抜けるための隙間は人間一人しかなかった。それほどの弾を幕のように張り巡らせている。横から見ている限り、霊夢さんたちの動きを見ているとその間からは逃げられていない。

 

しかし、僕には関係ない。関係ないと思わせておく。

 

「見てるか、嫦娥!」

純狐さんが叫ぶ。それに答えるように放っていた弾幕の形相が一変した。曲線を描いた白く発光した長い尾を引いた弾が霊夢さん達を襲っていた。どうやら僕には目をくれていないらしい。ただ歩いているだけだ。後からでも対処できると感じているのだろう。まるで其処らへんに転がっている石ころのような存在感をしているのだろう。思っている自分が悲しくなる。

 

しかし、四人は慣れているのか平然と避けながら応戦している。札を投げる二人、魔法を扱って攻撃を仕掛けている人が一人、先の尖っている筒のような弾を放つ人。全てが個性的だがどれも僕は持っていないものだった。その場に描かれている絵画は美しく臨場感のあるもので一人一人が躍動していた。己が信念をぶつけている人もいれば面倒なので早く終わらせたいと思っている人もいるのかも知れない。

 

「結構やるな。援護を頼むぜ。」

魔理沙が自分の服の中から黒い物体を取り出していた。手の中に収まるものであるが不安な要素の塊だったと思う。僕は何となく静観を継続していることにした。何が起こるのかが気になるのと何をするのか分からないからだ。対処出来ずに、味方の流れ弾に当たるのはみっともない。

 

「分かったわ。行くわよ。」

残された三人が三方向に別れていく。左へ、右へ、真ん中で純狐の一撃を避けていくもの。扇型に展開された四人に苦戦を強いられた純狐さんが更なる弾幕を作り出す。

 

赤と青の弾が地上から空中にまで一気に展開された。そして形状は異なるがあたり一帯を一気に覆い隠したのが全ての方向に散り散りになっていく。それは無差別の範囲攻撃というものであり、咄嗟の判断を常に強いられるそんな弾幕だった。見たことがあるのか、それともそんな事はなかったのか。いくら想像をしてもその域から脱しない。

 

「純粋な弾幕を見せよう。」

純狐さんもここまで来るとトチ狂った人と言われても仕方がないほどになっていた。どうしてこんなことが出来るのだろうか。それはどうしても分からなかった。お父さんともさほど変わりはしない。だが、まだ優しいのは此処に斬撃が加えられていない事。他国の王と演習をした時にそのようなものが見られた。あの時ばかりはお父さんでさえ子供、いや、そんな余裕はない。静観を終始続けていた僕でさえその弾幕の標的とされている。最早やってみるしかなかった。

 

「何よ?この弾幕の量は?これが月の流儀というものなの。」

 

「一気に行くぜ!マスタースパーク。」

溜め込んでいた白色に輝く光線を出した魔理沙だが、強引に出した為にたまたまなのか、故意に当てたのか手元の狂ったのが仇となり不発となった。

 

「何という弾幕なのでしょう。」

 

「やるしかないわ。死にたくないなら。」

 

そう絶望に浸るのもいいかもしれない。

 

相手の手の中で踊っているだけなのもいいかもしれない。

 

そして最後には吐き捨てられて見下される。

 

そうなるのかもしれない。

 

それは今は後でいい。

 

僕は急激に接近してから純狐の両脚を自分の右脚で刈り取り、宙に浮かせる。

 

今度は自分の右脚を折り畳んでバネを自作する。そこから自分の回転を加えて一撃を加える。

 

吹き飛ばされた純狐さん、着地した地面から砂埃が捲き上る。僕はそれでも冷静に見つめていた。一切効いていないと言うことはありえないが万が一にもそうならばこの場から逃げておく必要がある。

 

僕は冷静にそして息を殺していた。何も起こらないという事はまずありえない。

 

予見は当たった。余裕の笑みさえこぼす純狐さんには僕から何かできるような事はない。何回も攻撃を当てれば良いということはない。

 

「逃げましょう、霊夢さん。戦力を増やす為に幻想郷に戻りましょう。」

僕は叫んだ。その勢いには誰か反乱を加えるものはなかった。きっと僕の言葉に勢いがあったからだ、というのはあまりにも自惚れであった。後ろですでに立っていた純狐を見て本能的にそれを感じたのだろう。僕はもちろんその場から逃げ出した。怖かったから。

 

そして四人も同じように逃げていく。その人たちが何を考えてそれをするに至ったのかは今のところは何も分からない。しかし、恐怖したというのならば、大体予想はつく。



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13話

ここは月に来た際に利用した筒のような場所、先程ここに通る際に会った人によれば夢の中の世界らしいが怪しいかその辺りはどうでもいいとして疑いが晴れる事はなかった。そもそも概念がわからない。

 

その事はともかく、本能的に逃げて来た僕を含めた五人は一時の安心感を感じていた。その度合いは違うが僕が一番浅いと自負しておく。ここで大人しく返してくれるとは思えない。僕は常に後ろを警戒していた。

 

「気になる?私たちが守るから問題ないわよ。」

霊夢さんは僕の緊張しているのあろう右肩に軽く触る。その感触は確かに柔らかく、女性として意識するには十分なものだった。それだけにどうして軽く叩いてしまった。

 

「それはどうでしょうか?来ますよ、あの人。」

 

「おやおや、先ほども会ったことのある人が揃っているね。」

先程この筒の中であった人物が僕たちに話しかけてきていた。この人も今回の異変には関与している訳だがどこまでなのかは、何も分からない。それにその先であったサグメという人物も気になる。

 

「逃げているのよ。あまり話しかけないで。」

 

「これは辛辣な。良いでしょう。相当面倒なことが起こりそうです。せめて幻想郷にたどり着くまではその命、燃え尽きないでください。」

 

「分かってるわよ。いちいちそんな事言われなくても良いわよ。」

 

「取り敢えず、霊夢。今は帰ることが優先だぜ。」

魔理沙さんはきっと霊夢さんにはあまり感情を表に出さないでおいて欲しいのだろう。一番安心感に浸っているのは魔理沙さんなのだろう。

 

「そうですね。まだ不安な事はありますがきっと大丈夫です。」

早苗さんも同様な感じはする。僕はこの場では黙っていた。そして見ることもなかった。

 

僕の剣の刀身が弾かれる。そして目の前にはさも当たり前のように純狐と誰かが居た。その人は球体を三つ持っている人でそれぞれが鎖で繋がれている。右手には月のようなもの、左手には青いものが乗っているが自分達のいる世界のことだろう。そして頭上に乗っている赤く燃え盛るそれはきっと地獄なのだろう。詰まる所、三界の女神を示しているのではないか、と僕はマイナス方向に考える事にした。そうでもしないとやっていられない。

 

肩を出した黒いシャツには白い文字で何かが描かれている。それは遠い上に読みにくいので何が書いてあるのかはよく分からない。チェックの濃い緑と赤と青に均等に分かれているスカートをはいている。靴はない。

 

「殺す為なら弾は少ない方が良いわよね。」

強力な一撃で確実に当てる。こんなに遠距離から狙ってくるとは思わなかったが予想外れという事はなかった。

 

「誰?普段は人間なんて相手にしないんだけど。」

 

「待ってください、何ですかあの変なTシャツは?」

早苗は吹き出しそうなのを堪えるようにしていた。僕にはその価値観はあまり分からない。

 

「確かにそうですけど。状況、考えましょ。」

僕は鼻で笑うしかなかった、敵を目前にしてそれを侮辱するのを。どうしてこうなった?

 

「月の民を夢の世界に逃がしているのは二人ということで間違い無いわよね。」

 

「めんどーだね。先に正解だよ。ちょうど面白いから遊んであげるよ。」

その人はとても楽しそうだった。お父さんも偶にする、強者の浮かべる余裕の笑みだった。

 

「一体だけでお願いしますよ。」

 

「そーだねー、ありがとうね。」

 

「どうも。」

 

「私達、結構仲良いよねー。」

 

「この変T野郎!」

 

「いつまで待たせるつもりよ。」

 

「そうだぜ。こっちは臨戦態勢だぜ。」

 

「やるしかないようね。」

 

「辞めません?」

 

「オーケーオーケー、よーく分かったよ。これから貴方達には暴言を吐いたと言う理由で地獄に堕ちてもらうよ。精々、後悔すると良い。」

そこから、その人の弾幕は始まった。最初は単調な波のあるだけの小さな弾が低速で飛んでくるだけだった。僕は勿論、後ろの人も普通に難なく避けている。その辺りから察するに、腕を試しているだけなのだろう。どこまで近づけるのかが鍵になりそうだ。

 

「単純ね、そんな程度なの?」

 

「ただの腕試しだよ。純狐、援護よろしく。」

軽い口調で言われた本人は本気で構えていた。流石に弾幕はまだ優しくてもここまで来ると何処か違うものを感じる。

 

そこから純孤さんが先ほど放った殺人用の弾を一発僕を狙って放った。止められたからと躍起になっているのか、それともまた別の理由があるのかは知らないがそれなりの威力のあるもので一気に後ろまで押し込まれた。

 

「あの弾は危険です。気をつけて下さい。」

僕は何となく皆さんに注意を促す感じで話しているが自分の実力がどこまで通用するのかは全く予想出来ない。僕が奇襲を仕掛けられたのはかなり油断していたから、そして標的が分散していた事、それに起因して成功を収めたが今回はどうなるのか、は検討はつかない。

 

「良いねー、素晴らしい判断だよ。」

褒め称えている黒いTシャツを着ているその人は弾幕を放ちながら話していた。本当に遊びの域は超えていないと言うのはそれだけでよく分かる。紅蓮の炎が渦巻く彼女に喉元を掴まれているような感覚になる僕はどうしても首筋が気になって仕方がなかった。

 

「とても楽しそうですが、危険ですよ。」

 

「だろうねー、見てれば分かるよ。」

 

「流石ね、さぁ、月の民が仕向けた者を打ちのめしましょう。」

 

「それは初めて聞いたけど。まぁ、良いね。楽しそう。」

純狐とその人が連れてきた人は軽快に話を続けている。それだけの余裕があるのだろう、と僕は思いながら絶対なる力を見せられているようだった。この間、攻撃は止むことはなかった。其処に何も壁などと言うものはなく、しっかりと誰もが狙っていた。だが、これだけの余裕を見せているのがとても気になる。何をしに来ているのか、それとも時間というものに甘えているのか。

 

突如として弾幕の形相が変わった。弾幕が筒に当たると反射して無差別に襲い始めた。まだ剣で止めればなんとかなるとは思うのだが微弱な魔法でなんとか位置を移動させていた。不毛な戦いだと感じたからだ、それだけなのだが僕の他にそう思っている人は誰もいない。お互いの目の前にいる人に弾を当てることしか考えていなさそうだった。それだけで虚しくなってくる。

 

「お互いの利益にならない事は辞めませんか?」

僕はついに口を滑らせた。

 

「うーん、それは考えても良いけどね。後ろの人に聞いてみると良いよー。」

呼び出された人は最早やる気というものは感じる事はできなかった。

 

「どうですか?霊夢さん。」

 

「こんなもん倒すしかないでしょ。」

さも当たり前のように答える霊夢さんだが勝算など無いに等しい。ここからどうやって勝てば良いのかは全く分からない。

 

周りには反射した弾とその帯が周りには展開されている。止まれば純狐の殺すための弾幕が動いていれば当たる可能性だってないとは限らない。それに加えて速度と量はそれなりにある。次には繋げられない状況、これでどう勝てと言うのか。

 

「そんな簡単に倒れてくれるような人では思えないのですが。」

 

「諦めたら其処で終了よ。早く攻撃に加わりなさい。」

霊夢さんは冷たくそういった。それだけなのだが僕の心にはぽっかりと穴が開いてしまったかのようでどうしようもない状態になっていた。しかし、一つやってみたい事がある。

 

「誰か、狂気に堕とさせてください。」

後ろを向いて僕はここにいる全員に行った。僕の声を聞いて一番挙動がおかしかった人の元へと向かった。その人は手から弾幕を放っている鈴仙さんだった。

 

「出来ますか?」

 

「私の目は見ないで。」

冷戦は目を隠して必死に蹲っていた。戦闘中ではあるがこうなるとは相当な事であると思われる。僕は気を悪くしたのでそれ以上は何もしなかった。

 

「霊夢さん、僕も戦います。少し不安ですがやるしかありません。せめてここを抜けるまでは耐え抜きましょう。」

 

「自信を持てよ。私たちが付いているだろ?」

こう元気付けてくれたのは魔理沙さんだった。しかし、霊夢さんにはどうしても劣る。僕はここまで見ていてそう思えた。

 

「実力の差はそんな簡単には埋まりませんよ。」

 

「誰かに似てるな。」

僕は純狐と連れられている人を同時に相手にすることにした。数の利はこちらにあるが実力からすれば彼方にある。使った事もないがやるしかない。僕は月を想像した。そして陰を作り出す。その中で大きくうねりを見せる風を起こしておく。

 

「弾の打ち方はまだ知らないので白兵戦してきます。」

 

「そう。いってらっしゃい。」

空気としてはとても軽かった。霊夢さんは僕の事なんて眼中にはないようだったが逆に考えてみる事にした。

 

僕は風で移動を始めた。反射する弾が厄介なので直線で向かうことにした。勿論そうすれば相手からすれば一点を狙っていれば良い。要は度胸試しだ。僕がどこまで近づけるか、そして相手がどれだけ冷静でいられ続けられるか。

 

僕は直線的な動きでギリギリまで近づいてからその人の前で止まる。

 

「止まるのは分かった。君はとても実力があるようだ。」

 

「そうですか。今は聞きたくない言葉ですね。」

 

「そうなんだねー。ま、勝てるのかと言われると微妙なところだよねー。」

 

「やっぱりですか。本気の三割も出してないくらいですよね。」

 

「君、いい目をしているよ。あれだったら地獄においで。」

 

「少し口数が多くないか?」

 

「良いよ、別に。今は倒す気ないようだし。」

 

「勝てませんからね。」

 

「流石だよ、地獄の女神に勝とうなんて無理なんだけどまだ諦めてない人がいるから結構困っているんだよねー。」

 

「説得したいんですが、一番下の僕の言葉に耳を貸してくれなさそうですね。もっと本気見せてください。六割ぐらいなら諦めるでしょう。」

 

「良いよー、その向上心。純狐、此処からは二人で一緒にやるよ。」

 

「それでは、一時休戦といきましょう。こちらから攻撃を仕掛けて再度始めましょうか。」

 

「即興で考えたとは思えないけど。」

 

「お父さんがいつもそうなんですよ。」

 

「分かった分かった。今は帰りなさい。」

 

「ヘカーティアが良いなら。早く行きなさい。」

 

「はい。」

僕はそう答えてその場からは離れた。

 

此処からは本気の戦闘となる。

 

「霊夢さん、一時休戦です。攻撃を辞めて作戦を練りましょう。」

 

「要らないわよ。」

 

「霊夢さん。」

お祓い棒を下ろした霊夢さんに続いて次々と武器を下ろしていった。僕は何となく作戦を提示する。

 

「このまま何もせずに幻想郷に辿り着きましょう。」

 

「そんな事はしないぜ。勝って帰りたいだろ。」

 

「僕たちで勝てるとでも?無理ですよ。」

 

「どうしてもう諦めているんですか?頑張りましょう。私がついてますよ。」

 

「絶対なる女神には対抗するには力不足です。」

 

「もしかしてヘカーティア・ラピズラリですかね?」

鈴仙がここで始めて口を開いた。だいぶ身を縮こませて言っているあたり、どうにも自信はないらしい。

 

「何も確証はありませんのでその名前であっていると思います。」

 

「そういえば、先程はどうして狂気になろうと考えたんですか?」

 

「霊夢さん曰く、とても強かったそうです。」

 

「それに賭けたという事ですか?それは随分と自信があるようですね。」

鈴仙はそう言っている。僕も正直なところではそう思っているので下手に反論はできない状態である。何もしようとも何も変わらないのはここで終わらせたい。

 

「自信なんてものはありません。僕はただ、無力であるとは思われたくなかった。何もしていませんので少しくらいはみなさんの助けになりたいです。」

僕には未知数の可能性と大きな溝となる経験の浅さがある。その事はよく分かっているがそこで諦められるほど僕も頭は良くない、と思う。鈴仙さんは何か隠していることがあるのかもしれない。そして少しだけ意見の食い違うところがあるが今更修正は難しい。

 

「早くやりなさい!鈴仙。」

霊夢さんの怒号にも似た声が辺りに響く。きっと向こうにいる敵にも聞こえているだろうが攻撃を仕掛けてくるようなことはない。ずいぶんと余裕を持って接している二人にとって雑魚が5匹集まったところで何か変わりそうとは思えないのだろう。しかし、なんらかの攻撃は仕掛けてくると思っているはず。僕は逃げ道が塞がったと思えた。

 

「は、はい!」

恐る恐る目を見開いた鈴仙は僕の頬を掴んでじっくりと僕の目を見た。何かいけない事をしているような雰囲気があるが周りがそうはしてくれなかった。これが個室とかだったらまるでそうなるんだけど。

 

それから僕の中で徐々に変化が訪れるのだろうと思った。しかし、あまりそうでもないらしく僕の中では疑問の二文字ぐらいしか浮かんでこなかった。だからと言って、僕が此処で何かしようとすれば鈴仙さんの優しさを無下にする、と思えた。

 

あれからはしばらく経った。鈴仙さんの指から伝わってくる温もりが僕の頬を染めているが一切の変化が訪れなかった。

 

「少し、離します。」

鈴仙さんがゆっくりと僕の頬から指を離していく。か細く柔らかい指が離れたが僕の頬はまだ熱を持っていた。鈴仙さんの眼はとても綺麗だった、という今は如何でもいい記憶だけが残っていた。

 

「何か変化はあるんですか?」

 

「いいえ、何もしていません。」

 

「これは如何反応したらいいんでしょうね。」

僕はてっきり狂気に堕としてくれているものだと思えた。これ故に鈴仙さんのこの言葉には心を抉られる。

 

「本当に私の度胸がないから。本当にごめんなさい。」

だが、怒る気になれるかと言われると別に、となる。こう謝れて僕は辛い事をさせたと思えた。

 

「良いです。怖いものは誰にもありますよ。気が変わったらまた実行してください。」

 

「はい。」

 

「時間稼ぎは終わったかしら?」

霊夢さんが鈴仙さんに威圧をかける。僕はとっさにその間に入った。

 

「その言い方はやめましょう。喧嘩している場合ではないです。」

 

「良いわ。そういう事にしてあげる。」

霊夢さんはそれからこちらを見るようなことはなかった。それこそ冷静さを欠く、そんな行動だったのだと僕は思う。

 

「一回お前に賭けてみるのも面白いだろうぜ。」

魔理沙さんは自分の魔法道具を手の中で転がしていた。その手の中に何があるのかは僕には詳しくは分からない。それでも大切にしていることだけは何となく伝わってくる。

 

「私達も援護しますよ。」

早苗さんは優しくも楽しそうに答えてくれた。僕にとっては賛同者を得られただけだがそれで満足である。

 

「鈴仙、後はアンタ次第よ。」

 

「ふぇぇ。」

 

「大丈夫ですよ。安心してください。」

 

「はい。では、もう一度。」

鈴仙さんは僕の頰にゆっくりと指を触れさせる。温かく、柔らかい感触のあるそれは僕の心を掴まれているようで離れられないように感じた。そして離れていくと追いかけていきたくなるほど。

 

「何か切ない気持ちになりますね。」

僕はぼそっ、と呟いた。口の動きは見えただろうが鈴仙さんにしか聞こえない程度の声の大きさである。誰にも聞こえていない。そこからは何か体から込み上げてくるものがあってそうあまり覚えていない。

 

 

 

少年は夢で繋げられた月から帰るところで1番厄介と思われる敵に出会った。その人はヘカーティア・ラピズラズリと言われる地獄の女神。今の人数で勝てるはずもなく、時間稼ぎを行う事にした。

 

どうせ、倒されるなら爪痕を残そうといったところである。所詮は負け犬の抵抗であり、焼け石に水であるのは言うまでもない。

 

少年は天を駆ける。ここまでの比ではないような勢いのある感じです何処か楽しんでいるようだった。

 

目はほんのりと赤く何処かこの世に生きていないような目をしている。

 

「何か姿が変わっているね。」

ヘカーティアは言った。

 

「全く。」

隣に居る純狐は目の前は特に見ていなかった。

 

「まだ始めませんよ。」

少年は二人の近くで堂々と答えた。その真意は何があるのかは全くと言って分からない。

 

「ほぉー、中々興味深いねー。」

 

「興味を抱くなんて少し悔しいわね。」

 

「まぁ、そうは言いつつ、どう思っているのかな?」

 

「それは辞めなさい。」

 

「はいはい。」

ヘカーティアにとってみれば目の前で起こっていることは遊び以外の何でもなかった。しかし、確実に興味をそそられるものであることは確か。

 

少年は動き出した。左手に持っていた剣は弧を描いてヘカーティアの元へと向かう。ヘカーティアは反射的に動いているのだがその意味は全くなかった。少年は当たる直前で剣を止める。

 

「これでもまだ始めていない、と。良いねー、何が起こるのか楽しみになってきたよ。」

ヘカーティアにとってこれは遊び。少年達にとってこれは死闘。そもそも概念が異なる。

 

「何が起こったら楽しいんですか?」

少年は不意に脚を広げていた。その動きには少し追いつけていないような感じがある。

 

視点を急に二つに分裂させられたヘカーティアにとってどちらをみたら良いのかは検討もつかなかったらしい。

 

少年は上から覆いかぶさるように動き、後ろから剣を振る。それは一瞬の出来事である。

 

「開始だねー。」

 

「余裕そうですね。」

 

「まぁー、少しくらいは度肝を抜かれたけど、まだまだよ。」

 

「そうですか。」

 

「そうそう。」

お互いの背面を狙うように行動を始める。

 

剣を振り、斬撃を飛ばした少年。

 

手を振り、赤い弾を放ったヘカーティア。

 

双方はそれぞれ避けてまた時の止まったような動きのない空間を作り上げた。

 

その空間に誰も介入などできない、正に二人の世界。

 

「攻撃対象は僕だけです。」

 

「まー、屁理屈だけど仕方がないからそういうことにしてあげるよ。」

 

「申し訳ないです。」

 

「良いの良いの、私に勝てるとは思ってないから。君は知らないけどね。」

二つの弾。赤い弾と少し橙色に傾きかけている赤色が少年の周りに付き纏う。その弾は確実に少年を狙っていて、まるで意思のある生き物のようなものであった。そして何をされようとも消えることのないタトゥーのようなその弾には驚かされるがまだ序の口であった。

 

そこに加えて波状の細長い明るめの赤色の弾が等速で放たれていた。その球の軌道は直線的で避けるのは見ているだけで簡単に行える。そのはずだが、そんな簡単にいくような話ではないのはもう分かっている。

 

立ち止まる事は獣のように追いかけてくる弾によって難しい。相手の弾を見ている余裕などはなかった。

 

其処へ追い討ちをかけるような大弾が現れる。避けさせる気のないそれは今居る場所をほぼ全てを覆った。これが月の流儀と言うのならまるで先ほどの戦闘はただの遊び、又は手抜き。少年はそれを目の前にして何も行動は起こさなかった。

 

立ち止まれば弾が、動いていれば直線に飛ばされる弾が、そもそも大きな避けさせる気のない弾が悠然とした態度で胸を張りながら歩いてきている。

 

其処で踵を返した少年は少しだけ口角を上げていた。恐怖の前に人間は少しだけ笑みをこぼすという。

 

全速力で逃げた少年は仲間たちの元へと辿り着いた。

 

「逃げます。」

少年の言葉はそれだけだった。そして言葉を置いていった少年は素早く飛び去っていた。その逆らえない脅威から逃げ出した少年はもはや滑稽に映る。

 

「何度でも立ち上がれ、少年。」

 

少年もとい、ヒカルの幻想郷に来てからの異変はここで幕を閉じる。



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14話

赤いカーペットの敷かれている高貴な部屋には長い机がある。六人がけのようで椅子が六つあるがそれでも広々と使える。そして空いている人が少し屈めば入れそうな高さのある窓からは近くにある演習場の兵士たちのどよめく声が聞こえる。皆、それぞれに思いを込めてあの一撃を放っていると思われる。

 

その熱意を上から眺めていたのは白い肌で体調の優れなさそうな白い髪で細身でありながら黒い鎧を身にまとっている男だった。

 

ブリタニア王国の国王であるラーには来客が来るはずだった。その客は普通ではない。まともに正面からは入ってこないのである。その為、この窓はここ2、3日は空いている。

 

「またあいつが来るのか?」

紫色のラフなシャツと茶色の短パンを履いている如何にも気怠そうな男が六人がけのテーブルに備え付けられている椅子に腰掛けていた。右側に重心をかけて本当に面倒くさそうにしている。

 

「苦手な人物であるのはよく分かったがあまりその気は出すなよ。私にはとても大切な客人であり、共に大事にしたい友人だ。」

 

「それは分かってる。だからこそだ。何であいつのことを気に入っているんだ?」

少し怒り気味に聞いたその男はラーに対してナイフの一本でも向けているようだ。

 

「あの人は私の事を偏見の目では見なかった。それだけだ。」

 

「やっぱり大事なのか。」

 

「そうだな。もうそろそろ退室するのが良い。ベルゼブブ。」

 

「はいはい、」

その男、ベルゼブブは重い腰をあげるとゆっくりとこの部屋の扉を開いて出て行った。

 

「さて、客人よ、歓迎のためのドリンクは如何かな?」

 

「そうか。今日は辞めておこう。」

当然現れた男は特に見栄えのいい服装ということではなく、そこらへんにいるような人の服装と酷似している。この男はシソー国の国王である。

 

「今日は珍しくワインを出してみたのだがお気に召さなかったか。気分が変わったら言ってくれ。」

 

「そうか。それで今日読んだ理由というのは何だ。」

男は早速話を切り出した。窓の縁に座る男は浮かせた脚をそのままにしていた。

 

「実は折り入って話があってな。息子を幻想郷なる世界に連れて行ってみたいと思っているんだ。如何だろうか?」

 

「そうか。別に止めることは何もないが、もう俺の息子は行ってしまっている。」

 

「うむ。それでは今から向かわせるとしたいが親として心配でな。どのような場所が話が聞きたい。」

 

「そうか。それなら、話す。が、実際に行ったほうが早い。如何する。」

 

「それは前向きに検討させてもらう。だが、今は判断材料として貴方の話を聞きたい。」

 

「ならば、聞かせよう。その前にその事は話しているか。」

 

「ああ。本人は楽しみにしている。」

 

「そうか。」

男はそれから自分の話をし始めた。それを聞いたラーは何を思ったのかはまた別の話になる。




お父さんの登場をお楽しみ、ということで東方紺珠伝終わり!


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15話

知らない天井が僕の目線の前には広がっていた。木目のある感じからするにボロい屋根であるのだが、しっかりとした模様が描かれているので並大抵の建物ではないだろうと感じた。しかし、露骨に支柱が見えているのは何とも言いづらいものがある。

 

そして足元には生暖かい感覚がある。そして布で軽く拭き取ってもらっているような気がする。だが、やってくれている人が誰なのかは全く分からない。住人であることはよく分かるがそれ以外の事は全くもって状況が理解できなかった。

 

兎に角僕は足元に感じる不気味な嫌な感覚を拭っておこうと起き上がってから右手で払ってみることにした。

 

「わぁ!」

甲高い声がして僕の寝ぼけていた意識は急にはっきりとした。緑色の床の上で転がっていたのは鈴仙と言う月の兎であった。脚を広げて腰を抜かしているところを見るに、まさか動くとは思っていなかったのだろう。

 

「すいません、見なかったことにします。」

 

「良いですよ、私の不注意です。」

鈴仙さんはきっとそこまで悪意のあることはしていなかったと思う。少し湯気のある水の入っている木製の容器と布で僕の身体を拭き取ってくれたと思われる。もしそうならこれはかなり悪いことをしたと思われる。

 

「いえ、これは僕の勘違いだったのかもしれません。」

悪夢を見ている僕が無意識にそのように感じてしまったと自分の中では考えておくことにした。別に鈴仙さんも気にしている様子もない。

 

「ところで、今はどういう状況なんですか?」

 

「月から幻想郷に戻ってきてからは2日になると思います。それまでヒカルさんは寝ていました。」

 

「2日ですか?」

僕は意外と眠ってしまっていたものだと感じた。外の明るさから考えると昼前あたり、又はその逆。太陽の光の向きなどは一切読み取れない。

 

「そうです。そこで永遠亭というこの場所で休養をとってもらっています。後は師匠にお任せします。」

鈴仙さんはその場から立ち上がると容器と布を持ってこの部屋から出ていった。今言うのも遅いが見たことのない扉が使われていた。どうやら紙が貼られている木製の網目を動かして出入りをするらしい。何と言うものなのだろうか?

 

僕はこの場から動く気にもなれなかったので少し分厚い布の中に包まることにした。目を閉じて何となくここからどうしようか、と考えにふけっていたところで鈴仙さんとは違う足音が聞こえてきた。多分長身の人なのだろう。歩幅は大きめだった。そして自信があるのか少しだけ音は大きい。

 

「身体の調子はどうかしら?」

 

「貴女は?」

赤い十字のある青い帽子を被っている女性で長い銀色の髪は三つ編みにされている。その長さは腰よりも低いところから察するに相当なものであると思われる。赤と青の二色が半々になっている色合いで下はその逆の色の配置になっている。ヘカーティアさんの服装とあまり変わりはないと思われる。早苗さんが言うことを真似るなら変な格好の野郎と言うなのだろうか。

 

「私は八意 永琳よ。永遠亭の主治医をしているわ。」

 

「道理で。僕はヒカルです。よろしくお願いします。」

 

「意外と元気そうで安心したわ。でも、無理は禁物よ。大分、身体に負荷をかけてしまっているから筋肉が切れる可能性があるわ。」

 

「物騒ですね。」

 

「うーん、その反応はどうなのかしら。まぁ今は何も言わないでおくわ。それで、青年の息子で間違いないかしら。」

 

「大抵は人間は誰かの息子が娘だと思いますよ。」

 

「やっぱり名前を聞いておくべきだったわね。私の失態だわ。兎に角、前にここに訪れていた男とよく似ていると言うことを伝えたかったのよ。」

 

「お父さんは確かにここで暮らしていたことがあるそうです。」

お父さんからは事前にどのような場所であるのかは聞いている。ただし、情報量というのは少なく、楽しい場所であるという印象がとても強い。

 

「やっぱりね。顔つきが何となく似ているのよ。目の辺りとか。」

 

「そうなんですね。」

 

「?まぁ、今日は休んでいきなさい。」

永琳さんは何処か怪しい雰囲気のある大人の女性であるのはよくわかる。だが、キリッとした目はかっこいいと思える。

 

「分かりました。」

僕はその人の言葉に甘えることにした。永遠亭といったこの場所はとても静かで和める場所であった。1日ぐらいなら良いのかもしれない。

 

 

その日の夜の話だ。僕は月の光に照らされた庭を襖という扉の隙間から見ていた。ほんの少しだけ直線的に入ってくる月の光とその間からしか見えない庭の様子とその先にある竹の風に揺れる姿を見ていた。襖というのはこういうことが出来るそうで利便性があると思えた。お父さんもきっとこのような美しい景色を見たと思われる。

 

「ヒカルさん、少し聞きたいことがあるんです。」

 

「その内容はなんですか?」

 

「はい。あの第四槐安通路での件です。あの時、私に狂気に堕として欲しいと言いましたがあの時は平然に話をしていましたが如何してなのでしょう?」

槐安通路という名称はどこの事なのかは分からなかったが大体の場面は思い出していた。確か、鈴仙さんに頰を触ってもらった時のことだ。

 

「僕には何も。」

 

「そうですよね。実は私は波長を見ることができるんです。そしてある程度操ることも。」

その悲しそうな表情をしているのだろうが月の光が弱いのであまり顔色は伺えなかった。これが夜の魔法だとすれば僕はまんまとかかってしまっている。僕は半身を起こして鈴仙さんと向き合うことにした。

 

「それで、僕を狂気の状態にしたんですよね。あまり記憶がないのですが。」

 

「ええ。それで貴方は狂気になりました。ですが、波長は全く変わっていません。」

 

「それはつまり、勘違いということですか?」

僕は波長のことについては何も知らないが何も変化はないのに何か起こったという異常性だけは理解できた。

 

「いえ。それとはまた違うと思います。何か不思議な加護があるというか、自然の状態が狂っているのか。」

 

「それは僕に言われても何も分からないです。でも、お父さんがどのような人であったのか。その点で判断つきそうです。」

 

「そう、ですよね。あの人は波長の波は最初から変動は少ないです。それは直線といっても過言ではありません。ですが、時々大きく波打つ時があります。その時だけは正気に戻っているようです。その逆もありますが。」

 

「もしかしてそんな波長だったんでしょうか?」

 

「もしかしたら、あまり波長に影響されないのではないのか、と。」

 

「うーん。あまり分かりませんね。実感があるわけでもないですし。理解に苦しみます。」

 

「ですね。忘れてください。」

鈴仙さんは何処か仏の表情を見せた、全てを悟ったというのか。

 

「待ってください。鈴仙さん。僕はお父さんのような人物ではないです。」

 

「はい。」

鈴仙さんはよそよそしく僕の寝ているための部屋からは出ていった。その際に完全に襖は閉じられたので仕方なく眠る事にした。

 

その後は特に何か起こったという事はなかった。それと治療費は別に良いそうだ。どのような風の吹き回しなのかは知らないが何かあったら来ても構わないとだけは言われた。しかし眠たいのか、僕の身体はあまりいう事は素直には聞いてくれなさそうだ。



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16話

薄く広がる霧の掛かっている湖の先には赤い壁で覆われた館があるはずだった。しかし、今日は前よりも濃く出ているのであまり姿は見えなかった。一旦、報告のつもりで来てみたが意外と徒労に終わってしまいしそうな気もしてくる。

 

「ヒカルじゃない。体調はどうかしら?」

 

「咲夜さんですか。迷惑かけました。」

僕は頭を下げた。目の前にいるのはこの先にある紅魔館という建物のメイド長をしている十六夜 咲夜という超人だ。大抵のことは出来るし、いつの間にか終わらせていることが多い。それ故に僕は怖かったりする。

 

「いいえ。そこまで迷惑はしていないわ。意外と早く知らせは来たのよ。」

咲夜さんは特に表情に変化は見せなかった。鉄の仮面と言うのか、何か被り物をしていると言われても疑う余地はない。

 

「誰が知らせたのは知りませんが何か安心しました。」

 

「そうね。これから人里に向かうのだけれど付いてきて欲しいの。」

咲夜さんは少しだけ笑みをこぼした。ここぞとばかりに女の武器を使用する咲夜さんは本当にずるいと思う。断る気も起こらない完璧な頼み方に僕は何も言えずに首で皇帝の意思を示してしまった。

 

「良かったわ。買い物の荷物を持って欲しかったのよね。それと幻想郷を知るにはちょうど良い場所なの。」

 

「でも、僕で良かったんですか?」

 

「美鈴は門番をやっているわけだし。貴方ぐらいしか頼める人はいないわ。」

 

「頼られているみたいで嬉しいです。」

 

「その通りなんだけど。あまり伝わらなかったかしら?」

僕は本当に咲夜さんには勝てないと思えてしまった。

 

 

という事で、今は人里と呼ばれている楕円形をしている地形の場所に来ている。人の量はたしかに多いが誰もが同じような服装をしている。逆に僕たちが浮いているようにも感じる。

 

「服を着替えたくなりますね。」

 

「大丈夫よ。ここは幻想郷だもの。いろんな服装の人がいてもおかしくはないわ。」

そう言われてしまえばそれに従うしかないわけだが何を起こそうとしているのかは全く分からない。

 

「へぇ。そうなんですね。」

 

「さて、こうやって今があるのも貴方のお父さんがいたからこそなのよ。」

 

「それは初めて知りました。」

 

「何も話していないのね。」

咲夜さんは少し考えるようなそぶりを見せていた。それからすぐに口を動かし始めた。

 

「お父さんは多くの異変を解決していたわ。そしてそれを知っている人は当事者か見ていた人しか知らない。お嬢様は一回だけ見た事はあるわ。」

 

「異変というのは今回ような事ですか?」

 

「まぁ、そうなるでしょうね。そして犯罪者でもある。幻想郷を救ったのと同時に危険を及ぼした者でもあるわ。その理由は異世界からの侵略に耐えるため、反抗する因子をかき集めるためなの。」

 

「まさかそんなことをしていたなんて。全く知らなかったです。もっと詳しく聞きたいです。」

 

「ええ。そして実力もあるわ。決して実力は強くないんだけど、何故か勝てないのよね。」

 

「確かに不敗です。お父さんは本当に退屈にしていると思いますよ。」

 

「最強なんて言葉が似合うかもしれないわね。そして勤勉だったわ。学べる事は学び、すぐに実践する。その熱意と肉体は人間ではないとさえ思えるわ。」

 

「それはつまり、どういう事ですか?」

 

「貴方の部屋に置かれている無数の紙がお父さんの努力の結晶なのよ。そして全て実戦で扱っていると思うわ。」

そのことは何も知らなかった。いつも何をしているのか分からないお父さんだが隠れて勉学に励んだり、体を動かしていたりするのだろうか。僕にはその才能が少しでもあるのだろうか、と不安になった。

 

「ねぇ、お願い。私にお金を恵んで。」

 

「仕方ないね。俺が買ってあげよう。」

やけに羽振りの良い男性は女性を連れていた。男性の方はあまりお金を持っているような服装はしていないが女性は如何にもな格好をしている。小さめなシルクハットを頭にかぶり、指には宝石を秘はめている。目立つ格好である。

 

「何ですか?」

 

「あまり見ない方がいいわ。」

そう言葉を足した咲夜さんの対応には氷のような冷たさを感じる。まるで人間としてみていないかのような蔑む目。

 

「そうですか。それでは行きましょう。」

 

「ええ。」

あの人たちは何をしているのかは全く分からない。それでも何か嫌な予感はあった。嫌いなタイプの人間というべきなのだろうか。何というか。



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17話

買い物は一通り終わらせた。それから何をしたのかというと荷物を紅魔館に運んでいくことになるのだがあまり時間もかからなかった。さっさと要件を片付けていく咲夜さんのその腕もそうだがあまり荷物は多くはない。そこはどうしても謎である。

 

「これで最後ね。さて、帰りましょうか。」

 

「そうですね。」

今は人里の東側だろうか。中心ではあるがどちらかと言えばそちらに傾いている。これでもまだ完全には調べがついていないのでどれだけ大きいのだろう、この人里という場所は。

 

「少し待ちな。」

僕は聞き覚えのある声なので振り向くことにした。その人はどうやら男性のようで白い髪で少しだけボサついているような気はする。腰には色々を身につけている。食料や水入れを付けているのが何となく慣れていないような感じがある。服装は旅人らしく布で顔を覆い隠していて和装をしている。背中には大きめな剣を背負っている。如何にも怪しい格好をしているその人は僕の近くに寄ってくる。

 

「誰ですか?」

 

「本当に気づいていないのか?それとも天然なのか。」

 

「聞いたことのある声ではあるんですけどね。」

 

「相変わらずだな。」

その人は頭につけていた布を解く。その顔は確かに見た事はある。その人は僕にとって兄のような存在だった。

 

「ケプリさんでしたか。」

 

「うん。本当に少し変えると誰か分からないのはちゃんと俺のことは見ていないのか。」

 

「いえ、そんなことはないはずなんですけど。」

 

「まぁ、そんな事は良い。」

ケプリというのはブリタニア王国の王子で僕よりも年齢は一つ上である。この人もやはり日頃からお父さんとされる存在に日夜、しごかれていて良い愚痴仲間ではある。僕は懐かしい気分になった。

 

「お知り合いなのですね。私は紅魔館のメイド長を務めています十六夜 咲夜と申します。」

 

「俺はケプリだ。ヒカルとは小さい頃からの知り合いだ。よろしく頼む。」

 

「宜しければ紅魔館へと来ませんか。部屋も用意できますよ。」

 

「いや、それは辞めておこう。」

 

「まだ気にしているんですか。」

 

「お互いのためにその方が良いだろう。大人気ないと思うなよ。」

 

「分かってます。」

 

「咲夜、と言ったか。その気遣いに感謝する。」

ケプリさんはそう言ってから布で頭を隠すと人里の中に紛れ込んでいってしまった。

 

「意外と頑固な人ですね。」

 

「ライバルですから。こうなるのも仕方ないです。」

 

「もしかして仲が悪いのかしら?」

 

「いいえ。そのような事はありません。ただ、前に髪が白いのを言ったら怒られました。」

 

「だからなのね。」

 

「別に気にする事はないと思いますよ。」

 

「そうね。もう帰りましょうか。」

咲夜さんに言われるがままに僕は紅魔館へと戻った。まぁ、良い経験にはなったのだろう。それとケプリさんはどこに向かうのだろうか。



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18話

荷物の運搬は特になく、何のために僕が呼び出されたのかは本当の意味で分からなくなってしまったその頃、僕は特に会話のない帰り道を歩いて戻った。

 

先ほどよりは霧は晴れているようだがまだしっかりと紅魔館を視認できるわけではない。帰り方もあまり分かっていない状態なのでとにかく湖のほとりを歩いて行く事にした。

 

「ここに居たのね。さぁ、私に掴まりなさい。」

上から咲夜さんの声がしている、と言ってもほとんど視線の位置は変わりはない。少しだけ見上げるだけで視認できる。

 

「はい、分かりました。」

僕は咲夜さんの手を掴むと落ちないように両手で抑えられた。そこで僕も同じようにしてみる事にした。

 

 

「そうね。ここから右の方にまっすぐ行くと大図書館があるから一回行ってみるといいわ。」

咲夜さんは大広間から館の中へと入った時、そのように言ってくれた。何かする事もないのでそのまま言われるがままに向かってみる事にした。

 

紅いカーペットと薄暗く光る蝋燭に彩られた廊下の先を歩いていた僕は何となく階段があるのが気になった。どこに向かっているのかは見てみないと分からない。そこで僕はそちらへと足を向けて前へと歩いてみる事にした。

 

足の感触からあまり使用されていないのを感じた。ふさふさの毛で何かを隠しているかのようだが別にそのような事はない。少し曲がっているのが気になるのだが踏み外さないように手すりを掴みながら下を向いていた。微妙に段が斜めに切り取られているので踏む場所によっては完全に乗らない場所もある。僕はやはり踏み外さないように階段を降りていく。

 

しかし、何かと明るいような気がして僕は横を振り向いていた。其処には天井にも届きそうな高さのある本棚にびっしりと本が詰め込まれている場所だった。しかもそれが森のように平然と立ち並んでいる。誰が取りに行けるのだろうか、とふと思ったが平然と空を飛ぶこの場所では高さはあまり関係ないと思われる。

 

「ここが、大図書館でしょうか。」

僕はそう呟いてからまた下へと降りていった。まだ可能性がある。

 

 

階段は降りてきたがまだもう一つ下にも階層があるらしい。丁度空いている場所からそのように感じた。大きめな机と椅子が対面しているように置かれている。そして机には紫色の服装をしている少女が眼鏡をかけながら腰掛けていて、本を読んでいる。あそこまで根暗だと逆に清々しいのかもしれない。

 

「おや、君は。咲夜さんから話は聞いていますよ。どうぞ、こちらへ。」

 

「貴女は?」

その人は黒い服装をしていて髪の色は赤色という悪魔というかそのあたりの種族のような気がした。

 

「小悪魔です。」

 

「小悪魔さんですか。ここが大図書館で間違いないですか?」

 

「はい。それでは、パチュリー様の元へとお連れしますね。」

その人、小悪魔という種族なのか名前なのかは分からない人は背中に生えている小さめな黒い翼をパタパタと動かしながら移動をしていた。脚はちゃんとあるがあまり発達はしていないという事なのだろうか。

 

「歩く事はできますか?」

 

「それはどういう意味でしょう。あまり意味はないので歩いていないだけですよ。」

ふふ、と笑ってくれたので軽く受け流されたのだと思われる。あまり考えていなかったのだろう。

 

「そうですよね。」

僕はそれだけ返してそれで終わりにした。それは目的地に着いたという事だ。

 

「咲夜から聞いているわ。」

小悪魔さんはここで何処かに向かってしまった。その向きから本来の職務に戻っただけだと思われる。

 

「貴方は魔法が扱えるのかしら?」

 

「魔法?何か知りませんね。」

 

「あら、そう。何も教わっていないようね。その剣からはかなりの魔力を感じるのだけれど。」

 

「そうなんですか。お父さんから貰ったものなのですがとても貴重なものであると聞いています。」

 

「実際のところはまだ判明しないけど、並大抵のものではないわ。」

 

「そういうのは分かるんですか?」

 

「分かるというよりも見えるのよ。私には魔法陣が見えているから。」

 

「魔法陣なんて知りませんよ。それは何ですか?」

 

「説明すると面倒ね。お父さんに聞いてみなさい。」

 

「そうですか。善処します。」

 

「それで此処にはどのような経緯で来たのよ?」

パチュリーさんは僕に聞いてきた。この辺りは何となくお父さんにも似ていると思われる。それともその逆なのか。咲夜さんの話を照らし合わせると師匠にあたる人物になるのだろうか。

 

「あまり説明はありませんでした。行ってきたらどうだ、と軽い気持ちです。」

 

「あの人らしいわ。とても顔がよく似ているだけなんだけど。何となく伝わってくるわね。」

 

「そう言えば、机がすごく汚れていますね。」

黒色のテーブルには傷のようなものが多く付いている。少しだけ焼けているようにも感じる。

 

「それは努力と失敗の具現化よ。熱心に魔法について学んでいた青年が前は居たのよ。その人はとても勤勉家で失敗を恐れずに挑戦を繰り返していたわ。昼頃にしかこちらには来なかったけど寝る寸前までここでペンを動かしていたわ。青年は人間なんだけど集中力というのは化け物だったわ。」

 

「その人は今は何処にいるんですか?」

 

「さぁ、何十年も見ていないわね。ここだと時の流れが認知し辛いからあまり分からないわ。」

もしかすると青年というのは僕のお父さんなのかもしれない。だけど何十年も前の話なのだろうか。

 

「突然姿をくらましたのですね。」

 

「ええ。最後にボコボコにしてきて、それから一切姿は見ていないわ。そのことについてはあまり怒っていないけど、気になる事はあるわね。」

パチュリーさんにとっては特別な存在という事になるらしい。愛する弟子だったのかもしれない。

 

「やはり気になるんですか。多分元気でやっていると思いますよ。」

 

「あの人がそんな簡単に折れるものですか。」

 

「あ、そうですよね。僕はこの辺で帰ります。」

パチュリーさんは少しだけ怒りというものを露出させていた。その理由は全く分からないわけでもない。ただ、かなり怒らせてしまったことだけは何となくわかる。



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19話

それから大図書館から出た僕は特にやることがない事に気づいた。其処で一旦外に出て妖怪の山へと向かう事にした。

 

その場所には守矢神社という建物があるらしい。神社というとは何も知らないが早苗がいるという事はもう分かっている。月での異変の時に何となく聞いていた。せっかくの機会なので行こう、と思っただけである。意外と軽い理由であるが問題はないと思っている。

 

その旨は門番である美鈴さんに話しておいた。そうすると親子で変わらないですね、と返された。

 

 

妖怪の山の山頂にあるらしい守矢神社までの道のりは看板によって示されていて丁寧な書き方なのですぐにたどり着く事はできた。しかし、よく声をかけられたが生憎、ここで使えるお金というものは持っていないので全てを断るしかなかった。

 

山道を行く訳になるがそこまで厳しい道のりということもなかった。誰も居ないので調子に乗って少し駆け足気味に登って行く事にしたが意外にも問題はなかった。きっとそれなりに鍛えていたからなのだろう、としておく。

 

その道の途中ではよく話しかけられたので僕は軽く一言、二言話してその場を後にした。幻想郷はとても平和な場所であると思える。そして誰ともいがみ合おうとはしない心を持っているのだと僕は感じた。そして足を止める。

 

綺麗な赤い色をしている門が大きく聳え立っている場所へとたどり着いた。特に看板はないがここで間違い無いのだろう。赤い門は鳥居という神社に入る際の出入り口らしい。

 

僕はその中へと入る事にした。人はそこそこ、十人程度居て、誰かと話していた。丁度僕からも見える。その人は紫色の髪をしていて背中には大きな太い縄をつけている。それはきっと神聖なものなのだろう、と感じた。建物の外側にある廊下に座って皆と話していた。全員と話しているようだがちゃんと会話が成り立っているあたり、その人の技量が計り知れないものであると感じた。

 

「早苗さん、今晩は。」

今の時間は大体夕暮れ時であり、挨拶の言葉にはとても迷う時間だった。

 

「こんにちは。」

清楚な感じを漂わせる早苗さんは掃き掃除を一旦中断して僕の方を向いてくれた。正直それだけでも嬉しかった。

 

「月での異変の時はお世話になりました。」

 

「いえいえ。私は何もしていないわよ。」

 

「身体の方は無事です。心配かけているのかと思い、一応報告だけしに来ました。」

 

「わざわざありがとう御座います。」

早苗さんは少し恥じらいのある表情を浮かべていた。その理由は今の僕には何も分からない。

 

「立ち話も何ですので中に入りますか?」

 

「良いんですか?」

僕は神聖な場所であるような気がするので一応聞いた。

 

「別に構いませんよ。諏訪子様も認めています。私が案内しますね。」

早苗さんは掃き掃除に使用している木製のものを持って、裏口へと回り込むように僕を案内してくれた。その言葉はとても丁寧で何処かの赤い服の巫女と比べると美しいものだと感じる。

 

「とても綺麗ですね。」

 

「何のことでしょう?」

早苗さんの反応はおかしいものだった。

 

「目の前にあるものですよ。」

 

「それは嬉しいです。」

僕は何故、早苗さんが喜んでいるのだろうかと思った。それ故に何が起こっているかは全くと言って検討もつかない事だった。

 

何か波乱が起きたようにそうでもないように感じたが裏口から守矢神社の本殿までたどり着いた。そして1番大きい部屋へと案内された。大きな机が置かれていて座布団が三つ。そして部屋の片隅には何枚か同じようなものが置かれている。見様見真似で対面に座る事にした。

 

目の前にいる人は目のついた唾の付いている帽子で青っぽい服装をしている身長は小さめな人だった。しかし、どこか威厳があるようには感じる。

 

「今晩は。」

 

「良い少年だね。さて、早苗はここに座りなさい。私が客人を持て成そう。」

その人は立ち上がるとささっ、とこの部屋から出ていった。そもそも永遠亭と同じくとても大きな部屋を襖で区切っているだけなので実際のところはどのような大きさになるのかは見当もつかなかった。

 

「座り方を教えて欲しいです。」

早苗さんに僕は聞いてみたが何処か目が虚ろだったので僕はそれ以上は声をかけようとはしなかった。今座っているのは胡座というらしい。なので、脚を折りたたんで座る正座というものをするようにした。その辺りは教えてくれた。

 

「やぁやぁ、それにしてもよく来たね。」

先程座っていた青っぽい服装の人が三つ分の容器、湯のみを持って僕の元へ一つ、自分たちに一つずつ置いた。それから神妙な面持ちで僕の対面に座った。その横に早苗さんが座る。

 

「私は曳屋 諏訪子。よろしくね。」

 

「ヒカルです。よろしくお願いします。」

 

「此処にはどのように来たのかな?」

 

「お父さんに行くように言われました。」

 

「前にいたアーサーとか言う人に連れられてきたという事だね。」

 

「はい、その通りです。」

 

「とても綺麗な言葉を扱う。気に入った。それでは本題に入ろう。」

僕はとても緊張している。ここから何が起ころうとしているのかは全く分からない。向こうの手のひらで踊っているだけのように感じる。

 

「本題とは?」

僕は聞いてみた。何が起ころうとしているのか、何をしようとしているのか。

 

「早苗を貰ってはくれないか?きっと満足するはずだ。」

 

「はぁ。」

 

「何か不満なことがあるのかね?その体を自由に扱えるんだよ。」

諏訪子さんは何か勘違いしているような気がする。それとそもそも話がわからない。僕が早苗さんを貰う、とは何のことだろうか。

 

「そういう風で早苗さんを見た事はありません。」

 

「そうかい。いきなりでは話も分かりづらくなる。今日は親睦を深めるために泊まっていくといい。」

 

「それは流石に迷惑では?」

 

「まぁ、良いさ。君の反応は分かっていた。元々こうするつもりだったよ。」

 

「そうなんですか。」

 

「さて、あとは君次第だよ。」

 

「大分、強引ですね。」

 

「それなら、またの機会でも構わない。不快にさせてしまったのは私の失態だ。」

 

「あの、ヒカル、さん、私は、是非お願いしたいのですが。」

 

「分かりました、今日は泊まっていきます。」

僕は確かにそう言った。そこから二人の表情は大きく変わる。そして何を考えているのかは僕には到底理解できない。

 

「なら、今日はそうだね。早苗と一緒に寝てもらおうか。」

 

「呆れますね。帰りますよ。」

 

「それは早苗に失礼ではないかな?」

 

「諏訪子さんのその言葉に呆れているだけです。」

 

「そう強引に押し付けるな。二人に任せるのが一番手っ取り早い。」

僕は知らない声が聞こえたので後ろを向いてしまった。其処には先程人と話していたここの住人らしき人物がいる。

 

「本当にすまないな。早苗が早く男を連れてこないから焦っているんだ。」

申し訳ない、と付け加えたその人は僕のことを見ていた。そして少し品定めをするように僕の目を見る。

 

「早苗が言っていたのはこの人なのか。私は構わない。」

 

「神奈子様。」

早苗さんは口からそれをこぼした。

 

「で、話はどうなっているんだ?まさか、こいつを困らせているわけではないよな。」

 

「そんな事、あるかもしれない。」

 

「それは後で片付けるとして。帰るのならばお詫びを含めて私が送ってあげよう。」

 

「でしたら、紅魔館の人に今日は帰らないと伝えてください。前から人の家に泊まるのはやってみたかったんですよ。」

 

「良かったね、早苗。」

この場はその辺りで事は収まった。あそこで断っていればどうなっているのかは別の選択をした僕に任せるしかないだろう。



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随分と慣れてきて……。
20話


完全憑依。

 

そんな言葉が人里の至る所では飛び交っている。どうやらこの場所では大きな謎として人里の人々を混乱へと落としこんでいるらしい。

 

あの二人が手を組んだ、という噂があるがそれがどのようなものでどのような結果を生み出すのかは全く見当がつかない。そもそも誰と誰が手を組んだのか、それさえも分からない。

 

人は言う、運が尽きたのだ、と。

 

 

時、ほとんど同じくして博麗神社では同じような噂が流れていた。

 

「どうやら人里で異変が起きているらしい。」

そう言ったのは昔の友達である霧雨 魔理沙。

 

「それは紫から聞いているわ。」

と縁側で茶を飲みながらゆっくりと落ち着いている博麗 霊夢。

 

「それなら話は早いぜ。私と一緒に行こうぜ。」

 

「そうね。少しだけ考えておくのもいいわね。」

 

「なら、私は行く気になるまでここに居るぜ。」

霊夢の横に座りにいく魔理沙。横にいた人は特に気にすることはなくその場で座り続けた。

 

「霊夢、支度は済んだの?」

スキマと呼ばれる空間を切り裂く能力を持つ金色の長い髪をしている紫色のドレスを着用した人が現れる。

 

「勝手に押し付けておいて何をいうかと思えば。そんな事なんて。」

 

「博麗の巫女がそれだと私の立場がたたないじゃない。」

 

「そんな言って脅しても無駄よ。そもそも気力が湧かないもの。」

 

「それなら引き出してあげるわよ。」

 

「紫。まぁ、辞めとこうぜ。霊夢も嫌がっているんだ。その内本人が出たいと思うまで待つのも良いと思うぜ。」

 

「いつからそんな口を聞けると思っているのかしら?まだ早いわよ。」

 

「行くわよ。行けばいいんでしょうが。早く探すわよ。」

 

「だそうよ。貴方は何処かに消えなさい。」

霊夢はその言葉を聞いて魔理沙に紫には見せられないような悲壮感に溢れる表情を浮かべていた。最早、戻る事は許されないような事である。

 

「分かったぜ。」

魔理沙は持っていた箒に跨り南の方向へと飛んでいった。

 

「これで良いわ。さぁ、行きましょう。」

 

「ええ。」

霊夢の表情は其処まで明るいわけではなかった。しかし、幻想郷の平和のためには必要な犠牲というのもある。

 

魔理沙はその辺りのことはよく理解しているつもりだ。

 

それでも不満である事には変わりはない。

 

 

昼間の人里。

 

その場所では大きな会場が用意されていた。其処で動いている金の量はどのようなものであるのかは分からないが莫大なものであるのには違いない。

 

その場所では一人煌びやかな格好をした人と催促状や借用書を貼り付けた青色の髪をしているパーカーを羽織った少女がいた。この対照的な格好をしている二人が姉妹であり、今回の完全憑依異変の犯人である。

 

噂では誰も勝てないとされ、どんどん金や大事なものを奪っていくという非道なことをして回っている。しかし、そのことを明かしていないので霊夢にとって特に問題とはされなかった。

 

単純に人気のあるアイドルがコンサートを開催しているだけの事なのである。

 

「さぁ、これからコンサートが始まるわね。」

 

「そうすれば、女苑も金が稼げるね。」

そう、この二人が最凶最悪の姉妹。



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21話

赤い服を着た巫女は宙を舞う。

 

その下、大きな広場があるところで巫女は止まる。眼前に広がるその悪事の現場を成敗するテメに現れた正義の味方はゆっくりと降下した。その先に見えるのは二人。

 

「今日はがっぽり稼ぐわよ。」

 

「女苑、偶には私にも分けてよー。」

 

「駄目よ、お姉さんはいつもすぐに無くすじゃない。私にお金を管理させて。」

 

「すぐお金使ってきちゃうじゃん。回ってこないよー。」

 

「使いきれないくらい奪えば問題ないわ。それまでは辛抱しなさい。」

二人の会話は他愛もないものであるが、内容というのは聞き流そうとは到底思えない内容だった。

 

「誰か、来たわよ。」

 

「うふふ、貧乏神の紫苑に、疫病神の女苑に会えたわ。これで貴方達を倒すことができるのだから。」

 

「もうお見通しってわけね。私たちが完全憑依異変の犯人よ。これで文句はないかしら。」

 

「文句はないわよ。やっと本性を現したわね。」

 

「私たちには絶対に勝てないっていう噂は知らないのかしら。」

 

「知らないわね。私一人でも倒せそうだし。」

 

「ねぇ、女苑。切ないねぇ、あの人。不幸な人だよ。」

やる気のない目からは何も生きているという証は感じられなかった。

 

「何か奪えそうなものは持っていなさそうね。ライブの途中で死んでもらいましょう。」

 

「なら、貴方達には完全敗北という幸福を与えてあげましょうか。」

 

「憑依、アブソリュートレーザー。」

女苑が楽しそうに話す。

 

「よし、成功。って、あれ女苑はどこに行ったの?」

 

「何の事だがさっぱりだけどあんた達の動けなくさせて勝とうなんていう姑息な戦法は通じなかったようね。」

霊夢が少しだけ嘲笑うようにしていた。

 

「これで、貴女達の能力は働かないわ。あとは宜しくね、霊夢。」

紫とそれに憑依させられる形になった女苑はその場で動かなくなった。

 

「あー、もう駄目だー。お姉さんは戦闘では役立たずだし、根暗で貧乏くさいし、自分ではなんともしようとしない何一ついい所のないお姉さん一人なんて。よりによって博麗の巫女と対峙するなんて完全敗北よ。」

 

「だそうよ。妹に捨てられた気持ちは察するわ。」

 

「もう、良い。私を馬鹿にしやがって、もう許せない。誰も勝てなくしてやる。特に女苑は覚えておけ。」

 

「貧乏神を表に出すのは失敗だったんじゃないの?」

霊夢でさえ不安を憶えた。その勢いには毒がある。

 

「貧しさに怯えて死ね!」

紫苑の怨嗟が込められた声が辺りに反響する。そして、その場から生まれて出てくるそのオーラは凄まじいもので流石の霊夢でさえ押されかけていた。

 

「なんて言うオーラなのよ。」

 

「私が依神 紫苑。泣く子も不幸にする貧乏神だ!」

 

「しっかり気を持ちなさい、私。」

 

「最凶最悪は私だけで良い。」

ブワッ、と溢れ出した負のオーラが霊夢とその周りの人たちを襲った。

 

「やるしかないのね。」

霊夢もやっとの思いで気持ちを整えたらしい。そのあたりは流石、博麗の巫女としか言えないような気もする。霊夢は手に持っていた札を直線的に投げ込む。

 

それに反応した紫苑が右腕でそれを軽々しく振り払う。

 

周りには人里の人々が頭を抱えているか、紫が女苑に完全憑依して動けないと言う状態になっているだけだった。誰も頼る事はできない。そして、誰かに助けを呼べるような人もいない。

 

後戻りできない霊夢は弾かれたはずの札を動かしていた。

 

それに紫苑は再度払いのけるだけでそれ以上の行動はしなかった。

 

あまりにも余裕があるのか少しだけ笑みをこぼしているようにさえ思えてきた。

 

それとは対照的に霊夢には少しだけ現実に打ちひしがれているようだった。

 

左腕を大きく振る紫苑。

 

それを見切れずに受けてしまった霊夢。

 

「痛っ!」

霊夢は自分が受ける代わりに相手にも当てる事を選択した。

 

「中々やるけど、甘いわよ。」

 

「ふふっふ、勝てないって言っているじゃない。」

紫苑にはかなりの余裕がある。それだけは伝わる。

 

「それは本気にならないと分からないじゃない。」

 

「余裕だね。」

紫苑には何かあるのだろう。それともあまりの実力の差にどうしようもない程の優越感に浸っているのか。

 

霊夢は脚を使って近づいてから右腕に持っているお祓い棒を振るう。そしてそのついでに札を投げておく。

 

左腕で弾いた紫苑。そして右腕で下から振り上げたのを霊夢はお祓い棒で受け止める。そこから軽く弾かれ、紫苑は更なる追撃を与える。

 

足払いを仕掛けた左腕に気を取られた霊夢が上から振り下ろされるものに殴り倒された。

 

少しだけ地面を跳ねた霊夢はなんとか体勢を戻して地面に着地する。

 

「私は疫病神。どうして私に勝てると思うのかしら?」

何故か通じない攻撃に何ともならなさそうな気がしてきた霊夢はその場で動きを止めてしまった。もう、行動に対する思考をしているようなほど余裕があると言うわけでもない、と言う事だろうか。

 

「私は博麗の巫女。勝って当然なのよ。」

 

「減らず口を。不幸な人間だよ。」

 

「それはどっちがふさわしいのかしらね。」

霊夢が回り込ませるようにゆっくりと札を投げつける。そこから急に加速した札が紫苑の元へと近づいてくるがその人が出す負のオーラには到底敵わなかった。それはどうしてなのかと言われると最早完全敗北させられるとしか理由はつけようがない。必然、と言う言葉に操られた霊夢がその糸から逃げられるわけもない、もはや人形。

 

ゴールがもう見えているのだろう。何もしなくなってきた紫苑を三人は見つめる。そして屋根の上で一人が見つめる。



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22話

時は少しだけ戻る。完全憑依異変の噂があったがそれが何であるのかは全く理解されていないどころか、認知されてもいない頃。

 

少年、もといヒカルは紅魔館の地下にある大図書館でパチュリーからある事を教わっていた。

 

あの日、咲夜からある青年についての話を聞いてから自分が借りている部屋に置かれている紙束が気になっていた。その日の内に整理してその勢いでここまでやってきた。その熱意というのはやはり親子というべきなのだろう。

 

「パチュリーさん、分からない事だらけなので教えて欲しいです。」

 

「はぁ、またこんな時間を過ごす事になるとは思わなかったわ。」

一つ溜息をついたパチュリーさんは僕の質問に対して答えないのかと思ったがそうでもなかった。

 

「で、何処から分からないのよ。」

 

「そうですね。魔法というものからでしょうか。それと元素なんていうものは何なのか。後、その応用と利用方法。組み合わせ方の良し悪し。後ですね、」

 

「待ちなさい。きっと止まらないでしょう。なら、貴方の今の実力が知りたいわ。」

 

「僕の実力ですか?」

 

「そう。その剣なら発動出来るわよ。そしてきっと発動の仕方も似ているはず。愛用者は変わらないわよ。」

 

「つまるところ、世代を超えて受け継がれているものという事ですか。」

 

「そんな所でしょうね。それともよく似ているだけの紛い物か。早速使ってみなさい。想像すれば問題ないわよ。」

パチュリーさんはさも簡単に言ってくれるがそれだけで発動できたらどれだけ楽なのだろうか。僕はその言葉をどのように信じれば良いのかは全く分からないが兎に角やってみる事にした。

 

「想像ですか。そうですね。」

僕は目を閉じて風が巻き起こるのを想像した。それは誰かを吹き飛ばそうとしている自然の驚異のようなもので誰もがひれ伏すような力を持っている。音はゴーゴーと言った風同士が擦れあっているような音がしている。肌には大きな傷を負わせようとしている刃が断続的に襲いかかってくる。

 

「辞めてー!本が傷つくわよ。」

 

「何ですかー!」

もはや会話が出来ないと思った僕は其処で風を吹かせるのを辞めた。そして僕は目を開ける。

 

「あれ?こんなに汚かったでしたっけ?」

 

「そんな次元ではないでしょう!とんでもない奴ね。」

 

「はは、僕が片付けます。」

 

「それは良いわ。それで何か感じる事はないかしら。」

パチュリーさんは僕が起こした風によってそのようになったのだと思われるぼさぼさの髪を手で直していた。そして、僕には質問を投げかけてくる。

 

感じる事、それは何を話せば良いのだろうか。僕は考えた。

 

「言われた通り、想像しただけなのですが。うーん、何故ここまで勢いがあるのでしょうか。」

 

「知らないわよ!もう、外でやってなさい。」

パチュリーさんはとても怒っていた。その理由はきっと僕が力をきちんと扱っていなかったからなのだろう。それだけで済むのならそれでも構わない。

 

「わかりました。」

僕は紙をそのままにして、落ちていた本をそのままにして外に出る事にした。其処からは自分なりに答えを見つけようとした。そして、何と無くだが掴めたと思えたところでパチュリーさんに報告してみたところ、僕が知らないことを多く話してくれた。小悪魔さんが紙とペンを渡してくれたのでメモを取る事にした。内容は分かりにくいもので難解なものだったが、後で小悪魔さんが教えてくれたり、部屋の中に置かれている紙束の一部から答えを見つけ出したりした。それだけでも十分な成長であるだろう。僕はそう思えた。

 

 

ほぼ同じ頃、魔法の森で人形の制作をしていた男がいる。その男は異世界から来た人でここのことについてはあまり知らない、そして住む家も何もなかった。其処で幻想郷の南側、その中でも黒い屋根をしている家を訪れる事にした。其処で出会った金色の髪と整った顔つきをしているアリスという人物の家に居候させてもらう事にした。

 

「どうかしら?とても楽しいものでしょう。」

アリスさんがそう聞いてくる。

 

「ようやく慣れてきたような気はする。しかし、不思議な場所であるのには変わりない。」

周りには今作っているような人形が大小異なるが所狭しと置かれている。そして何を感じたのか全てこちらを向いているようにさえ思える。

 

「ここはまだ少ない方よ。愛着があるから捨てられなくて屋根裏に置いてあるわ。」

 

「屋根裏?遂に其処まで。」

 

「ええ。何を考えているのかしらね。」

 

「いや、別に問題と思う。それだけ情熱があると言う事だろう。」

 

「そう言ってくれると助かるわね。」

 

「正直に話すと、人里で売ってみて、材料を買う資金を集めてみてはどうか、と言いたくもないがそれはしたくないだろう。」

 

「ええ。前に来ていた人も同じような人だったわね。」

急にしおらしくなったアリスさんは何となく怪しげな雰囲気があった。

 

「あの人は私の趣味については何も言わなかったわ。一言も言わなかったかもしれないわ。」

 

「その人物とは前に来ていた青年という人物なのか?」

 

「ええ。あの人はとても危険な人だけど興味ある事には熱心に取り組んでいたわ。」

 

「ほう。だが、今はどこにいるのかはさっぱり、と言うことか?」

 

「本当にどこに行ったのかしら?」

 

「案外に近くにいるかもしれない。」

 

「どこに居るのよ。」

 

「貴方の記憶の中で鮮明に生きている。それほど思われて向こうも喜んでいるだろう。」

 

「そ、そうね。」

この話は何回目だろうか、それともいつまで聞けばいいのだろうか。きっと後悔の念は多く残っているのだろう。

 

「さて、人形づくりを頑張ろうか。俺もこの事には興味がある。」

それからは少年ケプリは黙々と作業を続けた。その勢いには流石に似ているとしか思えなかったアリスがじっ、と見ているだけだった。

 

「私には何も興味が湧かないのね。」

 

「俺は女を誑かすために過去に訪れたわけではない。抜かしたい相手がいる。それだけだ。」

 

「好きよ。」

 

「誰に対するものだ?」

ケプリは針作業を続けていた。少しずつ出来上がる人形になんとなくの気持ちを込めつつ、今か今かと待ちわびている。その高揚感は本人にしか知り得ないものである。

 

もう周りは見えていないのだろう。置かれているティーカップも冷めてしまった。そして日が傾いていると言う事にも。そしてそのほかにもたくさん。



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23話

少年、ヒカルは人里を歩く。その目的は何もなく、ただただ放浪するだけ。

 

冬のように冷え切った身体と腕に残るなにかを成し遂げたような気がするその感覚に僕は達成感を覚えた。その根拠は何もないがそれだけでも構わなかった。

 

前に来たよりも人里は何となく物騒な空気感を感じる。その理由は意外とすぐに分かった。霊夢さんと誰かが交戦している。その誰かは何となく見覚えのある姿をしている女性の人で何処から現れたのかは全くと言って知らない。そしてその人が誰であるのかも。

 

少しだけ言い争いのようなものをして相手が何かを飛ばした。その時にその場に居た何かは姿を変えていた。そして立ち止まっている金色の髪をしている人は霊夢に話しかける。誰が味方なのかはさて置き、僕は何が起こったのか、頭の中で整理するので精一杯だった。

 

慌てふためく相手に罵声を加えているようにも見える霊夢達はついに相手の琴線に触れたらしい。怒りに身を任せた相手がその身からオーラを出した時にはもう既にこの世のものとは思えないほどの強大な力を手に入れていた。その正体は何かは分からないが僕は好奇心が掻き立てられた。

 

それから大きな声で叫び、怒りを露わにしているその人2札を投げつける霊夢。それを軽々しく弾いたその人は余裕そうな表情を浮かべていた。所詮はこの程度、気の緩みがしっかりと出ているようにも感じる。

 

僕はゆっくりとその様子を観察しながら相手の出している謎の青色のオーラがどのような効果のあるものなのかを観察しようと思った。

 

が、ここで一旦僕の記憶が途切れる。内に秘めていた存在が目を覚ました為である。

 

 

こうなっているのには理由がある。数分前ぐらいだろうか。何となく気晴らしに人里まで歩いていたその道の途中で知り合いに出会った。

 

その人は服装を大きく変えて青色長い丈のある布を巻きつけていた。

 

「可愛い格好ですね。」

僕は出会って早々、そのように話を切り出した。

 

「仕方がない。貸してくれるものは使おうと思ってな。」

 

「それなら仕方がないですね。」

 

「何か人里に用でもあるのか?」

ケプリさんは僕に聞いてきた。僕は何も持っていないがケプリさんは手提げ袋を持っている。

 

「何もないですね。」

 

「俺は買い出しを頼まれたので人里に向かっていたのだが途中で方向を間違えたらしい。」

前回、紅魔館の位置を教えたのでそこから推測したのだろう。確かに間違えてはいる。

 

「その辺りは気にしないでください。」

 

「まぁ、そう言うことにしよう。」

 

「そういえば、人里では完全憑依異変とかが起こっているみたいですね。」

 

「軽くないか?」

ケプリさんは少し呆れているように感じた。

 

「何か、犯人は既に分かってみたいなので捕まえたら良いらしいです。」

 

「それは今は置いておくとしてその異変はどのようなものなんだ。」

ケプリさんが僕に聞いてきたので知り得る情報を大体話した。

 

「二人で一人を演じるようなものか。その時の記憶は共有されない、と。まるで守護霊の役目をしているようだな。」

 

「僕たちでやってみませんか。」

 

「やり方は知っているのか?」

 

「自信はないですけど、実際にやったことがあるので問題ないと思います。」

 

「ほう。もうやってやろうではないか。」

 

「では、僕の手を握って。引っ張りますので来てくださいよ。」

 

「その辺りは任せる。」

 

「行きますよ。」

僕はケプリさんの手を引っ張りながらスゥ、と何かが入ってくるのを感じた。

 

「何となく力が伝わってきますよ。」

 

「では、行きましょうか。」

まぁ、遊び半分である。そして切り替え方は出る時に何らかの信号があるのでそこで出てこれるということになっているらしい。要は記憶はないが体は共有していて二重人格を味わえる機会となるわけである。いつかは解除されるだろうし、戻ろうと思えば簡単に出来る。

 

と、そんな所である。

 

僕だけの視界が開けた時にはメモ書きが置かれていた。もう出ていってもいい、とケプリさんの文字で書かれていた。



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24話

土埃の舞う人里の中心地。大きなライブ会場の前で行われている決闘は終わりを迎えようとしていた。それは霊夢の惨敗という力の差を歴然とさせた紫苑の勝利であった。その決闘について異議を申し立てるものはいない。もし、家屋の上に傍観を決め込んでいた男が居なければ。

 

皆の居る南側から地面に着地する軽い足音が聞こえてきた。

 

四人でさえその人の登場を予想出来たものはいなかったのだろう。誰もが驚きの表情を隠そうとはしていなかった。それもそのはず。少年の登場には流石に誰も予見できた人は居ないだろう。

 

「いやー、注目されると少し戸惑うと言いますか。どうしたら良いのでしょう。」

 

「逃げなさい。アンタじゃ、勝てないわよ。」

霊夢さんは地面に寝転がりながら掠れた声で話していた。

 

「なんか、凄いオーラ出してますね。お父さんに比べたら何でも無いですよ。」

僕にはそれがある。お父さんに勝てるなんて想像した事もない。どれだけ認めてもらえるのか、としか考えていない。

 

「誰だ?お前も不幸になりたいのか?」

前にいる凄いオーラを出している青い髪をしている人は僕の方を見るとゆっくりと歩いてきた。その人のオーラも青色で灰色の頭にかぶるものと一体化している服装で青色の腰巻には紙が貼り付けられている。そこには催促状なり、借用者なり、僕には見覚えのないようなものばかりがある。如何にも救いたくなる見た目をしている。

 

「もしかしてそれに関係する神様でしょうか?」

 

「私が最凶最悪の貧乏神。依神 紫苑だ。貧乏に怯えてその場に平伏せ!」

 

「ちょっと待ってください。お布施を渡します。」

僕は自分の身体を叩いてみたが渡せそうなものはなかった。

 

「あ、すいません。渡せそうなものはありません。どうしたら良いでしょう?」

 

「どうもしなくても良いわよ。」

紫苑さんは優しくもそう答えてくれた。それだけでも有難いものである。

 

「それで、何故か霊夢さんが痛めつけられている状況についてはどの様に反応したら良いでしょう?」

 

「そんなのは知らないわよ。」

 

「とにかく、霊夢さんの代わりに戦ってみるとしましょう。良いですか?」

 

「コロコロ変えるわね。変人なの?」

 

「ここの住人に言われるとは。僕もようやく仲間として認められたと認識しても良いのでしょうか?」

 

「知らないわ!私の敵ということで良いわね?行くわよ!」

紫苑さんは顔つきの割にはかなり好戦的な人だと思う。目は細く、力はあまりないがオーラだけは凶悪なものでどの様にしたら良いのかは全くと言って判断つかない。

 

「楽しみましょう!宜しくお願いします。」

僕は腰に携えている剣を取り出す。黄色の刀身は並大抵の人には扱えないらしいが僕には何の話なのかは知らない。その剣は僕が握り始めた頃から持っている愛用品である。手に馴染んだ柄がちょうど良い。

 

「もうなんだって良いわ!」

紫苑さんが右腕を大きく振り、僕の元へと当てようとしている。それを僕は受け止めた。だからと言って、止められるのかと言われると難しい。足が地面に擦れる音がするがそれ以上は何ともならなそうだった。力を抜いて後ろにある建物にもたれかかる。

 

そこを紫苑さんの左腕から伸びる青色のオーラが僕の元へと来た。そこで記憶が飛ぶ。

 

そして僕は走り出していた。訳も分からないが今回の異変の立派な使い方だと思ってその場では何ともしなかった。

 

少しの間の記憶が抜けた僕だが其処から剣を振るう。

 

覚えたての魔法というものを使用した。着火する火花とそれに影響を与える風を出す。軽い爆発のようになったそれはお互いに傷を負わせた。まだ、使い勝手が分からない。

 

「くっ!中々やるじゃない。」

 

「まだ、使い方が分かりませんがどうしたら良いのかは何となく分かりますよ。」

僕は何とか立ち上がる。意外と効くものだ、と感じた。向こうは僕よりかは効いていなさそうである。オーラで多少なり守ったのだろう。

 

「それに二人掛かりで倒そうなんて。」

 

「やっぱりですか。これ、楽しいですね。」

 

「頭のネジでも吹っ飛んでんのか?」

 

「その言葉の意味は分かりませんね。」

 

「もう良い。次は当てるわ。」

紫苑さんの両腕を振り回している。其処から伸びるオーラが辺りの物を巻き込みながら僕へと迫ってきている。何となく既視感のあるそれはどのように避けるべきなのかはよくわかっている。

 

僕は少し後ろに下がるとステップを踏むように前に飛び出してから右半身を地面にこすりつけた。其処から飛び上がりながら左腕を伸ばした。

 

しっかりと感触はあるのだがそれ以上は何も感じなかった。オーラに防がれたのかもしれない。

 

「急所に的確に当てるなんて。でも、決定打がないわよね。」

 

「そうですよね。本当に其処だけが問題なんですよ。どうしたら良いのでしょう?」

 

「敵に塩は送らないわよ。」

紫苑さんはどこか冷たかった。僕が何をしたというのだろうか。

 

「塩?砂糖ではなく。」

 

「揶揄よ。気付きなさい。」

 

「ああ、例え話ですか。納得です。」

 

「ったく、どんな奴かと思ったらただの馬鹿なのね。」

 

「よく言われるんですよ。」

 

「もう、やだ。私もさっきみたいに侮辱しているんでしょう。」

上から押し潰すように紫苑さんは腕を動かした。その動きに記憶が飛ぶ。

 

今度は横に動かされていた。それは別に問題ない。憑依で意識が立ち変わっているだけ。それ以上は何もない。

 

夢とか思わない。

 

僕は左足を踏み出してその場で捻る。空中へと繰り出した身体から一気に伸びる一本の脚。それは紫苑さんの顎の辺りを蹴り上げる。それもまた感触はある。それがどのように効いているのかはまだ判断はつかない。そのまま捻りを加えて紫苑さんを見つめる様に体を向けた。そして真っ直ぐ目の前の人に視線を送る。其処から大きく動き立つ事はないか、何か嫌な動きをされないか。そんな事を考えていた。

お父さんはどんな体勢の時でも相手の動きは見ている。その目は確かで一種の恐怖心を植え付けられる。

 

「まだ、やりますか?」

僕は聞いた。

 

紫苑さんは単純に地面に横たわっている。脳天を揺さぶられたのか意識が朦朧としているのだろう。僕は近づく事はせずに今いる場所から危険物を見るような視線を送る事にした。

 

「お前は私を怒らせた。何だ、あの攻撃は?何だ、あの身のこなしは?私の能力は全く効いていない!」

其処を言われても困るのだが、相手がそう思っているのならばそれ相応の回答は用意しないといけない。

 

「行きますよ。此処からは本気です。」

僕は握っている手の力を言葉とは裏腹に抜いた。そしてゆっくりと縦に回す。



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25話

黒い髪をしている少年は青色の髪をしていてその色と同じ強いオーラを纏っている紫苑に喧嘩口調で煽り始めた。された本人は激昂していて沸騰した湯のように激しく感情を露わにしている。その人は不幸を招く貧乏神であるが少年には全くと言って効いていない。

 

「私もやるわよ。」

青色のオーラを更に出した。此処にもはや勝ちという概念もその反対のものも存在すら危うくなってしまった。そもそも決定打があるのだろうか。

 

少年は一気に距離を詰める。

 

紫苑が両手で押し潰すように腕を動かす。

 

地面に脚を滑らせて身を畳んだ少年の上をそれは通り過ぎる。

 

其処で紫苑は腕を引いて搔き上げるようにしていた。

 

其処で憑依していた男が後ろを向いてそれを弾く。

 

そして元に戻った少年は突然の上空でも動じる事なく、剣を振り下ろす。その威力はかなりのものだった。

 

太陽の光とそれに包まれた幸福という名の輝きが紫苑の両肩を傷つける。

 

だが、それはオーラによって弾かれる。勝ち目があるのかすら全くと言って見えてこない。

 

お互いが拮抗している。

 

攻めている少年だがその勢いがどこまで続くのかは疑問である。

 

少年は謎の力に引っ張っられて後ろへと後退した。

 

何か、神の力に誘われるようだった。

 

少年はその状況が全く分からなかった。

 

だが、立ち止まるようなことはなかった。恐れという感情を捨て切って少年は前へと進む。

 

其処で謎の段差に転げた少年。

 

その様子に紫苑は少しだけ笑みをこぼした。

 

当てられない、そして近づけない。

 

それが紫苑の不幸に相手をさせる能力の一部。それがようやく効いてきたという事だ。紫苑は笑みをこぼさずにはいられなかった。

 

その笑みはすぐに消えた。

 

上空に浮かんだ少年は姿を変えて体勢を整えると出鱈目とはとても言いにくい一撃をみまう。

 

紫苑が両腕で防ぐが弾かれた。

 

「それだけか。ならば、別に問題ない。」

その少年は顔色がとても悪かった。常時、不幸だと感じている人。その人にとっては今のが普通だった。

 

「先程は赤い服の女性には効いたようだが、生憎俺には効かなかったようだ。」

その人はヒカルに憑依していたケプリという名の少年だった。

 

「何者だ?」

 

「この異変という奴の被害者だよ。だが、まさか負けてしまうとは思わなかった。」

非常に悔しそうにしている少年は大きな銀色の大剣を体の前に持っていた。そして、切っ先を紫苑の元に突きつけている。

 

「何の話かは知らないけど、私が怖くなるようにしてあげる!」

 

「大丈夫だ。見ている限りそうでもない。」

 

「言わせておけば。」

紫苑はオーラを使って飛び出すと少年へと両腕を振り下ろす。

 

少しの弾力があった後に軽く受け止められていた。その人には何でもない一撃で終わった。

 

そして弾かれる。其処から地面を蹴り出して姿を変える。

 

黒髪の少年が動じる事なく、丁寧に横に一閃。

 

押し込まれた紫苑は人里の家屋に当たり、大きな音を立てる。

 

其処から立ち上がり、こちらへと向かってくると思った。が、その場から立ち上がる事はなかった。

 

もう其処で完全憑依というのは解除された。

 

二人の少年は別々の体となり、もう二度同じ体を共有するような事はなくなった、と思う。

 

「強かったですね。」

黒髪の少年が言う。

 

「どの口が言う。」

白髪の少年が冗談交じりに答えた。

 

その後、二人は笑い始めた。



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26話

黒い髪をしている少年は青色の髪をしていてその色と同じ強いオーラを纏っている紫苑に喧嘩口調で煽り始めた。された本人は激昂していて沸騰した湯のように激しく感情を露わにしている。その人は不幸を招く貧乏神であるが少年には全くと言って効いていない。

 

「私もやるわよ。」

青色のオーラを更に出した。此処にもはや勝ちという概念もその反対のものも存在すら危うくなってしまった。そもそも決定打があるのだろうか。

 

少年は一気に距離を詰める。

 

紫苑が両手で押し潰すように腕を動かす。

 

地面に脚を滑らせて身を畳んだ少年の上をそれは通り過ぎる。

 

其処で紫苑は腕を引いて搔き上げるようにしていた。

 

其処で憑依していた男が後ろを向いてそれを弾く。

 

そして元に戻った少年は突然の上空でも動じる事なく、剣を振り下ろす。その威力はかなりのものだった。

 

太陽の光とそれに包まれた幸福という名の輝きが紫苑の両肩を傷つける。

 

だが、それはオーラによって弾かれる。勝ち目があるのかすら全くと言って見えてこない。

 

お互いが拮抗している。

 

攻めている少年だがその勢いがどこまで続くのかは疑問である。

 

少年は謎の力に引っ張っられて後ろへと後退した。

 

何か、神の力に誘われるようだった。

 

少年はその状況が全く分からなかった。

 

だが、立ち止まるようなことはなかった。恐れという感情を捨て切って少年は前へと進む。

 

其処で謎の段差に転げた少年。

 

その様子に紫苑は少しだけ笑みをこぼした。

 

当てられない、そして近づけない。

 

それが紫苑の不幸に相手をさせる能力の一部。それがようやく効いてきたという事だ。紫苑は笑みをこぼさずにはいられなかった。

 

その笑みはすぐに消えた。

 

上空に浮かんだ少年は姿を変えて体勢を整えると出鱈目とはとても言いにくい一撃をみまう。

 

紫苑が両腕で防ぐが弾かれた。

 

「それだけか。ならば、別に問題ない。」

その少年は顔色がとても悪かった。常時、不幸だと感じている人。その人にとっては今のが普通だった。

 

「先程は赤い服の女性には効いたようだが、生憎俺には効かなかったようだ。」

その人はヒカルに憑依していたケプリという名の少年だった。

 

「何者だ?」

 

「この異変という奴の被害者だよ。だが、まさか負けてしまうとは思わなかった。」

非常に悔しそうにしている少年は大きな銀色の大剣を体の前に持っていた。そして、切っ先を紫苑の元に突きつけている。

 

「何の話かは知らないけど、私が怖くなるようにしてあげる!」

 

「大丈夫だ。見ている限りそうでもない。」

 

「言わせておけば。」

紫苑はオーラを使って飛び出すと少年へと両腕を振り下ろす。

 

少しの弾力があった後に軽く受け止められていた。その人には何でもない一撃で終わった。

 

そして弾かれる。其処から地面を蹴り出して姿を変える。

 

黒髪の少年が動じる事なく、丁寧に横に一閃。

 

押し込まれた紫苑は人里の家屋に当たり、大きな音を立てる。

 

其処から立ち上がり、こちらへと向かってくると思った。が、その場から立ち上がる事はなかった。

 

もう其処で完全憑依というのは解除された。

 

二人の少年は別々の体となり、もう二度同じ体を共有するような事はなくなった、と思う。

 

「強かったですね。」

黒髪の少年が言う。

 

「どの口が言う。」

白髪の少年が冗談交じりに答えた。

 

その後、二人は笑い始めた。




少年は何者?憑依華終わり!


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27話

異変の解決はした。そして完全憑依というのは夢の世界から干渉が一時的に出来たというだけでもう出来ないそうだ。ドレミー・スイートさんならきっと何とでもなるはず。

 

僕はそれから紫苑さんを引っ張り出して永遠亭まで背負って向かう事にした。後に聞いた女苑さんは霊夢さんと紫さんという人に任せておいた。その話では命蓮寺なる場所へと向かっていく予定らしい。何処からか現れた目の沢山ある不思議な空間の中に入っていった。

 

僕はケプリさんとは其処で別れた。そのはずだが行き先は同じであるらしく、魔法の森という場所までは同じだった。そこから僕は真っ直ぐ歩いて竹林の中にある建物へと向かうことにした。

 

此処は地面の高低差があり、竹に視界を塞がれていて全ての感覚が狂わせてくるが適当に歩いていくことにした。周りは特に誰か居る気配はない。そして何処にいるのかは詳しくは分からないが何となくいけそうな気がした。

 

「おやおや、君は偉いねー。」

 

「だ、誰ですか?」

 

「でも、それは置いて逃げてくれ。近寄せたくないんだ。」

此処からは姿は見えなかった。誰かの気配はないが動物の気配はあったのかもしれない。其処だけは迂闊だった。

 

「理由を聞きたいです。」

 

「その疫病神は此処で息の根を止めるのが最適だ。さぁ、選べ。逃げるか、襲われるか。」

 

「逃げます。」

僕は答えて先を急いだ。きっとこの先に永遠亭がある。そう信じて。と言うのと立ち止まると言う行為が怖くて仕方がなかった。

 

 

後ろから微かに声が聞こえる。その声は儚く、小さな声で今にも途切れそうなものであった。僕には何をしたらいいのかはすぐには判断出来なかったがその場で止まることにした。

 

「どうしましたか?」

 

「もう、何もしなくても良いよ。」

紫苑さんの声は確かに消えていくロウソクのようで何を言えばいいのかはさっぱりだった。

 

「治療ぐらいはしましょう。きっと良くなりますから。」

 

「ううん、私は疫病神。何をしても意味はないわ。」

 

「それは誰が決めた事ですか?やってもないことに判断つけるのは違いますよ。」

 

「もう分かるのよ。何をしても無駄。」

 

「無駄ですか。」

僕はそこで言葉には出せなかった。その先はどうしてもまだ言えるようなことではない。

 

「そう。分かったら私を下ろして、貴方は幸せになって。不幸になるのは私だけでいい。」

 

「分かりました。幸福になりたいので僕は紫苑さんを永遠亭まで連れていきます。良いですね?」

答えは僕は聞かなかった。いや、聞く耳を持つつもりはなかった。何をしても無駄なのは確かに理解できる。だが、そこで諦めてどうする。

 

「私の事は放っておけば良いのよ。」

 

「嫌です。それが心残りになって不幸になるのはごめんです。」

 

「もう、任せる。」

紫苑さんはもう何もいう事はなく、顔を埋めていた。肌触りが気持ちいいのか、疲れて眠りかけているだけなのかはともかく、僕はその先を急いだ。

 

 

永琳の治療の甲斐あって難なく動けるようになった。しかし、その死んだ魚のような目は治る事はなく、さらに酷くなったように感じる。

 

「紫苑さん、食事お持ちしました。」

少年が永遠亭まで紫苑を運んでから数日、未だに布団の中からは出ようとせず、膝を抱えているだけの紫苑は鈴仙の持ち運んで来た食事にも反応は見せなかった。

 

「どうしましたか?何か気になるところがありますか?」

優しい問答であるが、相手の心には届かなかった。無理に伸ばしてもいけないと思う。

 

「ううん。私を一人にさせて。私以外を不幸にはしたくないから。」

 

「そうですか。分かりました。半刻経ちましたらまた来ます。」

 

「はい。」

紫苑は味のない返事をしてその場で蹲っていた。何もしたくないと無力感を辺りに漂わせている紫苑に誰も近づきたくないと思っていた矢先、襖を開けたのは黒髪の浴衣のような着物を着ているヒカルだった。

 

「相変わらず元気なさそうですね。」

 

「そんなに私に近づかないで。」

 

「放っては置けないですよ。なので、少しの間だけ面倒見させてください。」

 

「分かった。それなら良い。」

 

「紫苑にとって、不幸って何だと思います?」

少年は聞いた。

 

「言いたくない。」

 

「それなら不幸なんて言わないでください。」

少年の真意を確かめるためにはまず目の前のことについて話す必要があるようだ。

 

「私にとっては何か嫌なことが起こることよ。」

 

「例えば?」

 

「怪我とかしたりするのをみるのは嫌よ。」

 

「障害あってこその人生というものですよ。不幸と嘆くよりも前に進んでみましょうよ。今よりは随分と良い顔できると思いますよ。」

 

「ねぇ、貴方の不幸は何?」

 

「不幸ですか。人を見捨てた事や何もしていないと思えた時、ですかね。」

 

「怪我とか、病気はどうなの?」

 

「それは生きているのでかすり傷として笑ってますよ。それはいずれ治ります。でも、心はそう易々とは治りません。救えた命を見捨てるのは心苦しいものです。」

 

「でも、私には資格はないわ。」

 

「厄病神だからですか?だったら何ですか。それだけで決まるなら僕は貴方に負けてますよ。神に人間如きが勝てないですよ。」

 

「ふーん。そうね。」

紫苑は置かれている食事に手をつけようとした。

 

「今日は僕が尽くす番ですよ。」

 

「いや、待って。」

紫苑はそう言いつつも逃げようとはしなかった。

 

その後、鈴仙が現れた時には完食して良い表情をしている紫苑が居たとか、居なかったとか。



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28話

永遠亭での一件から数日。

 

僕は妖怪の山へと向かっていた。紅魔館から出てくる際、意外にもすんなりと事が進んでいるので驚きを隠せないが寛大なのだろうと思えた。その先、幻想郷の北側には山がある。僕は特に用はないが早苗さんのことが気になるので向かう事にした。迷惑だと言われたら一言詫びて帰るつもりだ。

 

妖怪の山の麓へと向かい、登ろうとしたその道の途中で僕はなんとなく気になることがあった。前にも来た事はあるがその先については一切進んでいないように感じた。

 

あの時は餅つきをしていた清蘭さんにつられただけのような気がする。そんなことを思って少し険しい道を進む事にした。岩肌と地面、そして遠くに木々が見えるだけの開けた場所であるが人気はなく、何処か物騒な街裏の雰囲気を醸し出していた。

 

その道を僕は一人で歩いた。道というには整備もされていないが何となく踏み慣れた土が一本だけ広がっている。その道はきっと誰かが使っている獣道、というものなのだろうか。僕はその道を進んでみる事にした。

 

暫くして、段々と木々が近くなってきた。それだけ山の中に入っていったのだと痛感した。だが、山の頂上というのはまだまだ先のように感じられる。僕はそこからまた先へと進む事にした。

 

先程から水が流れている音が聞こえてくる。そしてそれは声のように聞こえてきて、僕には助けを呼んでいる悲痛の叫びのように聞こえていた。だが、微かな声で何をいっているのかはよくわからないという感じ。僕は足先をその声の方へと向けて歩いて向かう事にした。

 

「すごく綺麗。」

僕の感想はそれに尽きる。底の見える水の流れは清らかなもので汚していけない記念物である。そして悠然と構えているだけの周りに木々たちがそれを守る兵士にも思えてきた。僕はその水の流れに両手を入れつつ、しばらくの間手に当たる水の感触を楽しんでいる事にした。

 

「見慣れない人ですね。」

 

「ですよね。決して怪しい者ではないので気にしないでください。」

その人は緑色の綺麗な髪をしていて宝石のように太陽に照らされて輝いていた。そして赤色のドレスを着込んでいる。だが、あまり生気は感じにくい。僕は一瞬覗き込んだだけの憶測でしかないので見当はずれかもしれない。

 

「気にしますよ。此処が何処であるかは知っていますか?」

 

「確か、妖怪の山ですよね。」

 

「ええ。それでどうして此処に来たのかしら。」

 

「守矢神社に別の道から行こうと思ったんです。」

僕はそのように水の感触を手の表面で感じながら、荒波立てない声で答える。

 

「ちゃんと参拝者用の道がありますから。次からはそちらを使ってください。今、とても厄介な事になっているのでどうなっても知りませんよ。」

その人は僕に対して説教とまではいかないがそのように聞こえるような口調はしていた。それは本気で心配してくれているのか、本気で怒っているのかと言われると後者なのだろう。

 

「沢山の種族がいる幻想郷ですからね。一体何があったんですか?」

 

「良いから。早く立ちなさい。私が案内してあげるわ。」

 

「一人で行けますよ。」

 

「そういう意味じゃないの。貴方の身に何かあってからでは遅いからこうしているのよ。」

 

「わざわざ気遣い痛み入ります。」

僕は仕方ないので少し冷たくなった手を水の流れの中から出すとそのまま踵を返して立ち上がる。その人は綺麗な目をしているがやはり生気は感じにくく、何処か気の抜けているようにも感じる。ちょうど紫苑さんのようだ。

 

「名前をお聞きしても良いですか?」

その人は僕に話しかける。

 

「ヒカルです。」

 

「ヒカルさん、どうして守矢神社に行こうと思ったのですか?」

 

「早苗さんの事が気になるんですよ。前にあった時は何処か落ち込んでいたように感じました。」

 

「待って。少し危険な香りのするものだけど、やましい事なんてないでしょうね?」

 

「やましい事?いえ、そのような事はしていないと思います。」

僕にはやましい事、という言葉の意味はよく理解できなかった。何となくいけないこと、のような意味合いなのだろうと推測しておいて話を進める事にした。

 

「そうですか。前は守矢神社で何をしていたのですか?」

 

「早苗さんの一夜を共に過ごしました。」

そう僕は発言した途端に前を歩いて案内をしてくれている人が出しかけていた言葉が一気に溢れ出してくるようにむせかえった。そして立ち止まり、しばらくしてから息を整えると話を続ける。

 

「なんて事しているのよ。」

 

「誰かと一緒に眠る事には何かいけない事がありますか。」

 

「あ、ごめんなさい。そういう年齢ではないようね。」

その人は勝手に話を進めていたが僕は気にならなかった。それこそ何と思われようとも嫌われるような事は言っていないと思う。

 

「何か勘違いしていましたか?」

 

「ええ。その通りよ。」

 

「そうなんですか。」

僕は何となく気の無い返事をして、そこで終わった。黙って歩いていくのがどうしても気まずいがこちらから特に話すこともないし、周りの景色を楽しみたいので僕から話さなかった。そこからの会話は特に覚えていない。他愛もない会話だったのかもしれないし、とても重要な話だったのかもしれない。それを判断するのはいわば、神奈子さんか諏訪子さんだろう。

 

「もう、これ以上は先には進まないで。此処から右手に曲がるとすぐに綺麗に整備された道に行けるわ。決して前に進むんじゃないわよ。」

 

「はい。」

僕は軽く返事した。案内をしてくれたその人は少し不満げにしているがそれ以上は何か伝えようとはしなかった。もう、勝手にしろ、と放棄されたような気分になる。僕はとにかくその場で立ち止まり、親指で唾を弾いてから前へと進んだ。少しだけこの先には興味がある。此処だけはお父さんに似てしまった。



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29話

その先には鬱蒼とした森が続く。そして整備のされていない道が続く。道と言っても良いのだろうかと思えるが此処まで歩いてきた足跡ぐらいは道のりとして記録したい、と言う僕の勝手な要望だ。それほどに此処は道らしきものはなかった。何となくわかるような物もなく、親切な看板もない。それだけではない。方角も狂わされる。視界は通りづらく、確認しにくい。

 

「やっぱり、言われた通りにすればよかったのかもしれません。」

僕は独り言を静かな空間の中でつぶやいた。その音が木々の口から反射されているような気分になる。その中にはちょっと侮辱を混じっていても仕方がないと思う。

 

「と言うよりかは寂しいものですね。誰かいてくれると少しは楽しそうなものですが。」

 

「ほほう、小童が。」

上空から声が聞こえた。しかし、何用なのかは僕には分からないので上は向かなかった。首を傾げて足を止めるのを辞めて再び歩き出そうとしていたその時だった。

 

上空から鋭い一撃が地面に突き刺さる。

 

「何ですか?」

 

「とぼけても無駄じゃ。お主、妖怪の山で何をしようとしている。答えよ。」

赤い顔で長い鼻が伸びている典型的な姿というべきなのだろうか。僕の目の前に剣を突き刺した人物とその後ろで警戒をしている人物が同じような顔色をしている。細めの顎が美しい顔立ちで背中には黒い翼がある。その姿からは妖怪であると感じるのは少々後になる。

 

「守矢神社に向かっているだけですよ。」

 

「嘘をつくな。そんなことで騙されると思っておるか?お主、怪しいぞ。」

 

「嘘ではないと思うのですが。そんなきっぱりと言われると自信がなくなりますね。」

 

「此処から立ち去れ。さすれば、今は見逃してやる。」

僕の目の前にいる剣を既に抜いている人は交渉のつもりなのか条件を提示した。僕には何も利益のないものであり、それを飲む必要もなかった。

 

「行かせてくださいよ。今どこらへんまできているのかは知りませんが守矢神社まではあと半分ぐらいですよね。」

 

「最後だ。此処から去れ。そうすれば儂達が無事送り届けてやろう。もし、去らないのならば、もう分かっているだろう。」

この人はきっと戦闘を行いたいだけなのかもしれない。しかし、僕はそんな事はしたくないのでどうしたものか、と思い始めた。どうしたら納得形になるのだろう。

 

「このままでは平行線です。何処かで折り合いをつけましょう。」

 

「すると思っているのか。此処が妖怪の山である由縁を教えてやろう。」

その人は地面に突き刺していた剣を抜き取ってから間合いを空けた瞬間に前へと詰めてきた。その足の軽さは身軽なもので意外と厄介なものであった。

 

「いいえ、結構です。」

 

「何?」

相手はとても戸惑っている。自分のむけていたはずの刃は届く事がなく、自分に向けられているということに。そして何処かで起死回生の一撃をしようとしても既に潰されていることに。そして絶望した。

 

「平和に行きましょう。つまり、貴方方は僕に妖怪の山から帰ってほしい。そして僕は守矢神社に用がある。用が済めば此処に来る理由は無くなります。そこで何もせず帰すのであればこの剣が暴れる事はないでしょう。」

 

「貴様、こちらが下手で出ていれば調子に乗りおって。天狗を舐めてもらっては困る。」

その人は高ぶった感情をそのままにして僕の元へと向かってきた。その剣は既に防がれている。身動きすら取れないはずだが後ろに下がって間合いを空けてから僕の周りを回り始めた。遠巻きで僕の剣の間合いの少し外を飛んでいる。何処からでも攻撃はできそうだが僕は此処からは動く事はできない。

 

そして周りからは笑みが溢れている音が聞こえてくる。それだけではない。何やらまた別の声もしてくる。えみというものではなく、嘲笑、という言葉が一番待っているように感じる。

 

僕の場から動く気は無いので特に動く事はしなかった。何より、此処に労力を使うという行為がとても面倒なのだ。

 

「目では追えんか。天狗の怖さを知りやがれ。」

僕の上を掠る剣の刀身。そして当然当たる事もなく、その軌道線上を走り抜けていく天狗が一旦黒色の翼を広げて空中で止まった。そして僕の方を見てくる。声には出さないがその表情は恐れをなしていた。しかし、僕の変わっていない表情を見て自信をつけたらしい天狗が再度僕の元へと向かってくる。

 

その根拠は何処にあるのか。僕にはとても分からなかった。

 

天狗は僕の元へと一直線に向かってきた。

 

僕は唾を親指で弾いてから少し弧を描いて柄を握る。そして振った。

 

天狗は僕の後ろで地面を滑っていた。僕は左手の中で剣を逆にもっと目の前にいる天狗に切っ先を向ける。

 

「あの人には峰打ちです。なので選択してください。向かってきますか、それとも大人しく通してくれますか?」

 

「テメェ。天狗を侮辱しやがって。」

後ろで達観しているつもりだったらしいので特に用意はしていなかったという事らしい。僕は来るなら来るで構わないし、来ないならそれでも良かった。

 

「いえ。そのようなつもりはないですよ。でも、向かってきたら対応しないと命がなくなるので。」

 

「チッ、アイツに報告するか。逃げられると思うなよ。」

その天狗は僕には向かってこなかった。それどころ黒い翼を大きく動かして何処かへと高速で飛んでいった。あいつ、と言っていた人も気になるがそれよりも後ろで伸びているのかもしれない人の方が気になった。

 

「大丈夫ですか?」

地面に顔をのめり込んでいる無様な格好をしている天狗は意識を失ったのか半分だけ目を開けている状態で口をポカリ、と開けている。そして力なく倒れているので僕はひきづって木にもたれかかるようにしておいた。後は、先程の人がなんとかしてくれるだろう。

 

僕は少し甘い考えだったのかもしれないが決してそのような事はないと思う。それこそ何を起こしたのかは誰も知らないだろう。

 

実は峰打ちではないと思う。返すのが少し遅れたような気がする。

 

そんな疑念を抱えつつ、特に外傷がないことを確認してから僕は守矢神社へと向かうことにした。少しだけ疲れたような気がする。



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30話

大きな鳥居があり、綺麗に整備された境内がある。風は少しだけ吹いていて僕の髪の中を通って弄んで何処かへと出ていく。僕は木々の間からの木漏れ日がない場所へと出て、ふと後ろを向いた。其処からは人里を一望でき、幻想郷全てを支配しているような気分なった。右側には少しだけ湖が見える。そして前方には森があり、その奥には竹林がある。左側にはきっと博麗神社があるのだろうがそれはどうやら此処では見えないらしい。それほど奥地である事だけはよく理解できた。

 

そして景色に満足した僕はその上へと登っていく気分のまま、鳥居をくぐる。今日は人は少なく、二人だけが見える。一人は箒で掃き掃除をしている淡い緑色の髪を一房にまとめている少女で白色の巫女服を着込んでいて、黒色の靴を履いている。東風谷 早苗という巫女でありながら、現人神でもある優秀な人物だ。

 

もう一人はこの守矢神社に祀られている神であるが、決してそのような威厳というものはなく、参拝客とも気軽に話せる近所のお姉さんのような雰囲気のある女性がいる。赤紫色のカールの癖のある髪で注連縄を背中に付けている。赤色の服装で縁側に寝転がりながら時が過ぎるのを待っていた。八坂 神奈子、それがこの神の名前である。

 

そしてもう一人、此処には曳矢 諏訪子という人物がいるがその人は一切境内では姿を見ない。

 

「こんにちは、早苗さん、神奈子さん。」

 

「こんにちは。」

急に上がり口調へと変わった早苗さんは僕に対して何らかの確執を持っているかのようで何となく距離を感じた。

 

「また来てくれたか。はは、とても気に入ったのか。」

神奈子さんは寝転がっていた体を起こして僕の目を見るとそのように言いながら、立ち上がる。

 

「いい人だと思いますよ。」

 

「おお、そうか。今は返事は難しいだろうが生活にも慣れてきたらうちに来てくれないか?いい返事を待ってるよ。」

僕は少し迂闊だったのかもしれない。変に期待を与えてしまった結果になったのでどうしたものかな、とか思いつつ神奈子さんの勧めに従ってその先へと進んだ。いい返事というのは肯定してほしいという意味合いなのだろう。神というよりかは母親のような気もする。僕は早苗さんのような人物が売れ残るなんて事があるのだろうか、と疑問に感じたが向こうにも条件というものがあり、当てはまるのがちょうど僕であったという事なのだろうか。

 

「ヒカルさん、私、本当は言いたい事があるんですよ。」

早苗さんは頰を紅潮させて気恥ずかしそうにしている。僕に受け止めきれるのかはさておき、その場を離れるわけにも無視して通り過ぎるわけにもいかないので話は聞くことにした。

 

「月での異変の時から、凄く気になっていたんです。その事を神奈子様と諏訪子様に話したらとても気に入ったらしく、婿として貰いたいという話になってしまいました。私は貴方に貰って欲しいのですが、流石に重たいですよね。」

 

「うーん、僕にも何とも。」

正直なところ、僕のとこに惚れたのかはさっぱりで何をそこまで気持ちを荒ぶらせているのかは全くと言って分からなかった。それ故にここまでこじれたような気もする。他にも原因はあると思うが。

 

「ですよね。本当は前に幻想郷にいた青年のことが好きだったのですが、私には射留めることができなくて。それでどうしてその人にはどのように思われているのか、ずっと悩んでいたんです。そこで貴方が現れたということです。」

 

「詰まる所、僕はその青年の代わりなのでしょうか?本当にそうだとしたらアーサーさんに頼んで行ってみるといいですよ。」

 

「どうしてそんな事を。」

 

「いや、あの人、人の気持ちなんて全く汲み取らないのでもしかしたらそうなのかな、と思いまして。」

 

「そんな。まさか子持ちなんて。」

 

「そして、その代わりとしていらんだのが皮肉にもその通りなんです。もう、諦めたほうがいいですよ。」

 

「あんまりだー。」

 

「もし、落ち着いて生活を送れるようになったら。何処かで会いましょう。そのくらいは出来ると思います。」

僕はそれきり守矢神社には寄ろうとは思わなかった。それで何があったのかと言えば、神奈子さんと諏訪子さんの期待を裏切ったということになるのだろう。

 

別に悪くはないことではあるが、誰かの代わりとなればその気持ちも冷める。

 

僕はその場で踵を返して下山を試みることにした。



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31話

ふと降りた山道の途中で裏側へと回りたくなった僕は鬱蒼とした木々の中を歩いて通り抜けて妖怪の山の反対側へと行くことにした。裏側という言い方が合っていると思うがそれは正しいのかと言われると違うのだろう。木漏れ日の中で見えた外の景色に何か道があるのを見つけた。それだけではない。その先には何か得体の知れないものがあるように感じた。

 

まだ日は高く、ちょっとした寄り道ならば、問題ないと思われる。僕はちょっとした興味から何となく前へと進んでみることにした。

 

下山をする途中で思った事がある。生半可な気持ちでくるような場所ではないという事を。急な下り坂で人の侵入を一切受け付けようとはしない地形をしていた。そこでまっすぐ生えている木々は本当に立派なものであると感じた。依然として視界は開けないがある一つの思いから何となく感じた事がある。

 

一体自分はこんな危険な目に合いそうになっているのに何をしているのだろうか、と。

 

だからと言ってここで戻るわけにもいかないので地滑りを起こしそうな勢いで降りていくことにした、というよりかは勢いが止まらずそのまま転げ落ちるようになったというべきか。その先の事はあまり覚えていないがやっとの思いでしっかりとした地面を踏みしめた時には周りには木々はなく、代わりに人沙汰のような建物が道沿いに立ち並んでいた。その理由としては何も分からないがそこそこ栄えているという事なのだろうか。

 

ところでところで見られる祭りの好きそうな人が居て、何となく楽しそうにしているのだけはよくわかる。それが何かと言われれば、そこで終わってしまうのだが。

 

しかし、僕には初めて来た場所で色々なものを見てみたい衝動には駆られるが、理想と現実というのは全く違う。それを知るのは僕が懐にあって欲しいものがないからだ。

 

「お金ありませんね。」

文字通り一銭もない僕にとってこの道は通り過ぎなくてはならない地獄に道へと変わった。

 

この騒ぎ立っている場所で僕は何とか自我を保ちながら通る事を決意した。

 

まず、小腹の空いている僕にはとても毒な匂いがしてきた。香ばしい醤油の香りが漂う焦がしせんべいがあった。幻想郷にあるものは大抵知れてきた僕にとっては、美味しそうな匂いはとてもいい有害なものだった。

 

だが、早足で通り過ぎた僕はなんとか通り抜けた。

 

その次に現れたのは軽やかな甘い香りで黄色い見た目をしている菓子、カステラというものが現れた。ほのかな甘みのある味付けで僕の中では気に入っているものだが、理性が崩壊しかけるほどに興味をそそられる。しかし、僕には買えるお金はない。走り抜けることにした。

 

その後、うどんやそば、寿司などが並ぶ中を通り過ぎて、この通りは終わりを迎えた。お腹の調子は変に悪くなり、何か口に運びたいと思っていた。その渇きはどうにも癒せないものでどうしたものか、と僕は思った。まぁ、考えても仕方がないだと感じてその場は何もしようとは思わなかった。



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32話

赤く曇った空にまた赤く曇ったガラスのようになっている霧が立ち込めている。平たい丸い形をした青みのある黒色の石が一面に広がっている。薄い赤色の花が咲いていて、血のような淀んだ赤色の川が石の置かれていふ場所の前に広がっている。

 

その先に何があるのかは全く分からず、ただ赤が支配しているこの世界で僕は一人となった。

 

あの自己責任ではあるが忌まわしい商店街を通り抜けた先の分かれ道の左側は三途の川へと繋がっているのを知った僕は興味本意で向かってみることにした。もし、危険な目に遭いそうならその場から走って逃げればいい、と軽い気持ちでいることにした。

 

しかし、誰もいない空間で、何か見えるわけでもない世界で、音のない空気すら感じないような無機質な場所で、僕は一旦座ってみることにした。固い感触を感じるが突出した部分がない石なので別に痛くはなかった。それ以上になんとなく落ち着ける場所に思えた。

 

「珍しい客人がいるものだね。」

音はあったがまさか話しかけられているとは思っていなかった僕はその言葉を無視した。特に誰かいるような気配はないが話し相手くらいはいるのかも知れない。僕はそう思った。

 

「おい、そこの黒髪の座っている命知らずの少年。」

その言葉には確かに僕のことに当てはまるところはあるのかも知れないが何処か違うようにも感じた。まだいるのかもしれない。

 

「お前だよ。あんたはここで何してる?」

 

「僕ですか?」

この時になって僕はようやく自分が呼ばれていたことに気づいた。きっと意識が朦朧としていたからに違いない、と勝手に解釈した。

 

「そうだ。こんな所に来る命知らずなんて最近は早々いないよ。」

 

「前は誰か来ていたんですね?」

 

「ん?まぁ、そうなるが。」

 

「是非、聞かせてくださいよ。」

 

「最近は顔も見ないし、噂も聞かないがお前と同じ黒髪の青年で何処か抜けているような雰囲気のある奴だった。」

その人はそのように言いながら石が擦れる音を出していた。きっと歩き出したのか、座ったのかのどちらかだろう。

 

「へぇ。そうだったんですね。その人はここで何をしていたのですか?」

 

「別に。色々と話を聞かせてくれたり、他は何か特別やってもらった事はない。」

 

「不思議な人ですね。他にどこかで交流があったりしたんですか?」

 

「一応ある。みすちーの屋台でよく一緒に飲んでいた。今は人里の一角にあるらしいから行ってみるといい。だが、あんたみたいな子供は水でも飲んでろ。」

 

「僕には危険なものなんですか。ワインを飲んでいたんですね?」

 

「それはよく知らないがきっと合っているだろうさ。」

 

「もう少し時間が経ったら寄ってみたいですね。」

 

「それは好きにしろ。」

 

「分かりました。そういえば名前聞いていませんでした。僕はヒカルです。」

 

「あたいは小野塚 小町。船頭の死神だよ。」

僕は何となく目を開いた。僕の隣には小町さんがいる。周りとあまり変わらない赤色の髪を紐で結んでいる短めの髪の人で着物のような青色の服装をして帯を締めている。そして手には肩にかけるほどの大きさの鉄そのものの鎌を持っている。

 

「小町さん。よろしくお願いしますね。」

 

「度胸のある子だね。私が死神だと言ったのは聞こえていないのかい?」

少し呆れた口調でため息でもつきそうなほどの声音で話していた小町さんは僕の目をじっ、と見ていた。その目には確かに力がある、と僕は感じた。

 

「それは聞こえていますよ。でも、僕はまだ死期は近くないので問題ないと思います。」

 

「笑っちまうよ。そんな返答をされたのは初めてだよ。」

小町さんは少し感心したように声音をはねさせていた。少しだけ興味深いものを見つけた何となく輝いている目をしている。僕はそれが素晴らしいと思えた。

 

「照れますね。」

 

「そんな無神経だと敵は多くないのか?」

 

「敵ですか?居るならいるで面白いとは思いますけど。」

 

「分かった。あんたの来ていいような場所ではない。今日は帰るんだ。本当に魂、取っちまうよ。」

小町さんは鎌を振り下ろして構えていた。僕は光沢のないように見えるがしっかりと磨かれていて大事にされているそれを見ながら立ち上がった。

 

「またどこかで会いましょう。」

僕はそう言ってその場からは離れた。小町さんに出会えただけでも今日は来る意味はあったのだと思う。それに、三途の川について何となく知ることもあったし、何より生者がやすやすと近づいていいような場所ではないとも感じた。

 

僕は踵を返してゆっくりと帰路につくことにした。その後、小町さんがどのようにしたのかは見ていないがきっと仕事に戻ったのだと思われる。後ろから舟が水を切るザバァという音が聞こえている。何となく空を見上げながらこの先どうしようかを悩んだ。



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何か嫌なことが……。
33話


赤いカーペットが一面には敷かれている。そして天に届きそうなほどの高さのある本棚には隙間なく並べられた本がある。その内容はここにいる魔女の好きなものや咲夜さんが料理を考える時に使っているような本、また絵本などの子供が楽しめるものまで置かれている。魔道書という分厚く重たい本が概ね置かれている大図書館で僕は魔法陣について学んでいた。

 

古く少し汚れているような箇所もある魔道書を目の前にいる魔女から勧められた僕はその中身を熟読することから始めた。

 

その中身というのは基礎的なもので線の書き方が書かれている。直線の書き方、曲線の書き方、よくある間違いが書かれている。まずは書き取りから始めることにした。

 

「パチュリーさん、この魔法陣の描き方はどのようなものでしょうか?」

目の前にいる紫色の綺麗な長い髪をしている少女に話しかけた。その少女は紫色の服装を身に纏っていてかなり動きやすそうな服装をしている。体を包み込むだけの布を巻いているだけのようにも感じるが決してそういうわけでもなさそうだ。

 

「かなり親切に書かれているから頑張りなさい。」

パチュリーさんは僕に対してとても厳しく指導してくれる。要はまだ、読み解く場所があるという事なのだろう。それとも簡単なところでつまずいているので教えることもできないほどの初歩的なところだからなのだろうか。兎も角、何も知らない僕にとっては読み解くだけでも重労働であった。

 

「うーん、善処します。」

魔道書の中には練習のように書くスペースがあり、そこに魔法陣を完成させるように指示がある。一部が描かれているがその他は自分で書き込むものであるらしく、僕はそこで苦戦をしているというわけだ。まず、魔道書にそのまま書くのがパチュリーさんによって禁じられている。更に自分で描き出すのはいいがしっかりと書けているのかが不安になってくる。何処か間違いがないだろうか、と思えてくる。そしてそもそも魔法陣の書き方は未だ慣れていない。踏んだり蹴ったりで散々な結果なのだがそれでも僕は自分の力で解くように促されている。そこに自分で書き出したものを見て書くようにしている。これはある意味、魔道書を写し取ったものでこれを見て解こうと思ったがヤマを外したらしく全くと言って解けないというのが現状である。

 

「あれ?何処か間違いがある。」

魔法陣を書く専用のチョークというものでカーペットの一部が気になっている場所で書いているのだが効果は全く現れなかった。この魔法陣は風邪を少し起こすことができるもので永続的ではないが髪を揺らす程度のものが出来るそうだ。しかし、何処かで間違えたのか使いこなせていないのが浮き彫りとなる結果となった。僕はふと、後ろの大きめな魔道書が積み重ねられている机で魔道書を読んでいる丸縁眼鏡をかけたパチュリーさんを見たが興味があるようなそぶりは無かった。それは僕の自由に物事を進めていいという意味になるが、逆を返せば何も助けはくれないものだった。その悲しさは僕の心の中に薄くそして広く積み重なっていくのだが、そのことなどに構うほどパチュリーさんも暇ではないと思ってしまう。僕はここからどうすればいいのかを大きく悩んだ。

 

結局のところ、八方塞がりだ。あれから無心になって自分が書いてきた紙と見比べながら間違いがないように書いてこれで8個目。一向に効果の現れない魔法陣に流石に疲れが出てきた僕はそこで一旦休憩を取ることにした。

 

パチュリーさんのいる机の前にはフカフカのソファーとそれに合わせた机が置かれている。勉学に励むには低い設計で誰かの来客の際に使われるものであるのには違いなかった。だが、使われたような形跡はなく、僕は勝手に使っているだけだ。

 

「休憩します。」

僕は独り言のように呟きながらソファーへと思い切り飛び込んだ。少しだけ目が重たくて、体の自由が効かないように思えた。僕はきっと魔法陣を書いていた疲れなのだろうと気には止めなかった。そして小悪魔さんの淹れてくれた紅茶があるが今では飲めたものではないほど冷めている。しかし、香りは心地よい。

 

「ヒカルには足りないものがあるわ。」

魔道書を読んでいたはずのパチュリーさんは僕が休憩にしに来たことに気付いたのか、少しだけ顔を上げて僕の目を見ていた。それに応えようと僕も目を見返した。

 

「貴方には柔軟さが足りないのよ。」

パチュリーさんは僕の沈黙を話の流れを促していると感じたのか、その調子で進んだ。僕にはどうやら柔軟さが足りないらしい。その意味はとても理解できるものではないが重要なものであるのには違いない、パチュリーさんが言っているから。そして、僕はそれがどのようなものであるのか考えた。

 

「体の柔らかさですか?」

 

「いいえ、そんなことを答えて欲しいわけではないわ。つまりね、貴方には魔法陣についての知識が足りないと言っているのよ。自分の部屋のものを確認してからまた来なさい。」

その剣幕には僕も何となく逃げようと思えた。そして何が起こるのかは全くわからないがとても悔しかった。認めてもらいたい、という一心で僕は大図書館を後にした。

 

その後というもの、僕は自室に篭ってる事が多くなった。薄くなる意識と濃くなる達成感に自分の身を震わせながら日々を過ごしていく。

 

咲夜さんの作ってくれる食事はとても美味しかった。苦手な酸味もただの味付けの一種として美味であるということを知れた。辛味や苦味、ここまで苦手にしていた味付けでさえ咲夜さんの作る食事であれば何も問題はなかった。ただ一つ、問題点があるとすれば自分が冷めてからしか食べないという事だ。

 

魔道書と重ねられた先代の遺産を自分の知識として入れていく作業に熱中するあまり、全ての感覚を忘れる。いつの間にか日が差していることなど当たり前であるような生活を送り、誰かの来訪にもあまり気にも止めず、眠るという時間が何処かずれていき最終的には歪んでいく。それでも紅魔館の人々は決して僕を見捨てることはなく、何処か微笑んで陰ながら応援してくれるようだった。その優しさが僕には原動力となっている。そして少しだけくじそうになった時でもその事を思い出せば何となくもう少しだけ頑張ろうという気になれる。魔法のような出来事だった。

 

僕は何となく知識を蓄積していた時に何となく気付いた事がある。それは魔道書とは異なり、先代の遺産は淡々と書いていた事。そして分かりやすくまとめられていたという事だ。そして魔法陣の写し書きの際に気になる数字が書いてあった。その数字というのは何らかの魔法陣に寸法というのが描かれていた。縦が3とか横に4とか。その数字に何か意味があるようには感じないがだからと言って何も関係ないとは思えなかった。

 

そこで僕は少し進歩した魔法陣についての魔道書を開く事にした。そこには大きく言って書き順は何でも良い。中から書こうと1番外から書こうとそれは人の好みとなるらしい。それとも魔法陣の大きさによってその辺りは個人差があるが変わるらしい。更にもう一つ。寸分に間違いがあってはならない。それをしっかりとしないと魔法陣はその役目を得ることはない。僕はきっとここで躓いていたと思われる。だからこそ、パチュリーさんには柔軟さが足りないと言われるのだろう。初心者向けの魔道書には細かい事が書かれていないが上級者向けになればなるほどその深さというのは確実に浅くはない。詰まる所、何処から知識を引き出してくるのか、そういう事なのだろう。

 

「やっと。何となく分かりましたよ。」

朝の3時になろうとしていた頃らしい。

 

僕は自室で叫んで怒られたのは今でも覚えている。そして咲夜さんの叱責中に眠ってしまったという事も。



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34話

十分な休息を取った僕は何となく体が重たかったがそれでも立ち上がった。その体の疲れよりも早く試してみたいワクワク感で僕は動いていた。自分の力とは言えないがそれでもなんでも良かった。やりたい事がある、本当にそれだけの理屈の通らない話がその一瞬で作り出されていた。

 

僕は自室を飛び出していくとその勢いのままに紅魔館の地下にある大図書室へと向かった。その場所には大量の魔道書を含んだ書籍が所狭しと置かれていている。ある青年はその場所でどのようなことをしていたのかは僕には分からないが、何でも試して何度も失敗を繰り返していたそうだ。そして独自の試行からパチュリーさんにも手に負えないほどの進化を繰り返していったと言う事らしい。その人は今は居ないらしいが、その遺産は今は僕が受け継いでいる。そしてあらゆるところにある治っていない傷はもう何度も傷が付いているので完全には治らなくなったものであるらしい。床はかなり抉られたのでその場だけ材質が違うのはそういう意味らしい。

 

「パチュリーさん。僕、分かりましたよ。」

大きな音を立てて机の上に手を置いた。その先には紫色の灯火に照らされてサラサラと光を反射させ続ける髪と動きやすいようにされている緩やかな服装が体のラインを隠していた。そして頭にはナイトキャップをかぶっているようでいつもやる気のない眠たそうな目をしている。

 

「いきなり来てそんな大きな声は辞めなさい。慣れたものだけど。」

一つ溜息を吐きながらパチュリーさんは魔道書から視線を外して辺りを見回していた。時間にして午前10時ごろ、ティータイムと評して休憩に入ろうかとしているところ、小悪魔は今は近くには居ない。パチュリーさんはきっとその人を探しているだけで僕のことには興味なんてものはないのだろう。

 

「小悪魔が居ないわね。どこに行ったのかしら?」

パチュリーさんは僕の耳にも聞こえにくいほどの声の大きさでそのようなことを呟いていたような気がする。その表情は寂しそうで何処か不確定なことでもあるかのようだった。

 

「本の整理でもしているんでしょうね。」

僕は面倒になり、適当にそのように返した。そして少し飽きた。

 

僕にはやりたい事がある、それは自身の体に魔法陣を書き込む事。そしてその力を使ってお父さんに勝ちたいと思えた。だからこそ、僕にはその為の努力は惜しまないつもりだ。何か出来るようなことがあるならばその努力は惜しまないつもりでいる。今回はその一環だ。

 

僕は随分と削れて材質の変わっている床へと歩いてそこには専用のチョークで魔法陣を描き出す。最初に真ん中から始める。その箇所に小さな円を描いて、斜めに交差させた線を直角に交わるようにしてからその線の真ん中に縦に二本、横に二本、計四本の直線を描き出す。長さは丁度先程交差させた長さでその半分を更に半分にした位置に書く。そこからは魔道書を見ながら書いていた。もう無心と言うもので何となくで書き続けていたような気がする。一番の難関といえば、アルファベットという文字を円形の場所に正確に書く必要がある。その為の練習はここまでして来た。そしていつの間にか自作した魔法陣を描くようになっていた僕は消すのをためらう程の細かい模様を描き出していた。時計を見れば、1の番号を短針が通り過ぎような頃だった。その時間にもなればこれはそうなるのだろうとふと右手に持っていたチョークの短さと左手に持っている消す為の布の白さに驚いた。そしてオリジナルを加えた結果、完成には至っていない。これだけ時間をかけてかいるのにもかかわらずだ。僕はある意味の才能と無駄なことをしていると言うことを感じた。半分は嬉しく感じるがその点ではまだまだ半人前なんだな、と痛感させられる。

 

「ヒカルは出来る子よ。後もう少しだろうからもう少し頑張りなさい。」

後ろから聞こえたのはいつから見ていたのか分からないが状況については理解しているようなパチュリーさんの声だった。少しだけ感心しているような、そうでもないような感じで何処かに隠れた喜びが少しだけ見え隠れしている。表面的にはただ呆れてるように聞こえる抑揚のない声でも僕には何となくそのように感じれるようになった。

 

「そう言われると張り切ってやっていきますよ。」

僕は少し劇をもらえたような気がする、とても体が軽い。そして頭の中がとても良くわかる。中身を上から見つめるようで簡単に何がにしたいのか、そして何手も先が見えるような気がした。その中にはいくつかは分かれ道があり、分岐した道の先も数多くある。なんとなくだが僕が今の知識でどこまで出来るのかについて曖昧としたものだがそこにはしっかりと確証が生まれた。その先に何があるのか、僕は体の底から溢れ出てくる何らかの力に支配されていくように感じた。それを自我という外側が内側から出てくる狂気に負けそうになった寸前のところで押し止まった。

 

そこで何となく目を閉じる。まぶたの裏に焼き付いているかのような魔法陣が僕の意識の中に現れた。物質としての力はない、ならば僕を動かしている力は何だろうか。色々とふと考えると答えがあるわけでもない。そう思えると川の上に寝そべっているだけのような気もする。あの水の流れを感じられる心地よい感覚へと変わった時、ピタリと止まっていた指が爆発的な速度でチョークを動かし始めた。僕には意識できない領域で何かが起こっている。それは半分以上は怖かったがそれ以外は自分の底力についていけなくなるのが僕の中では気持ちよかった。身体は軽くなり、頭の回転は無数へと変わっていった。それは何と名付けようか。それとも何が僕の中に渦巻いているのだろうか。それは簡単だ。

 

次段階へと進む上昇気流だ。



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35話

それからと言うもの更に魔法陣に線を書き足す事、二時間。時刻はおやつを食べるのに丁度良い時間となっていた。その頃にもなれば大きさも相当なものでこれをどうしたものか考えるような事はなかった。もう、僕には抱えきれない。白線で描かれた一階はもうそろそろで占領されそうだった。そこからは何が起こったのかは僕は気にしていない。僕はふとチョークを書く手を止めた。何となくこれが間違っているような気がしていた。どこからやり直す必要があるのかは僕の予想では検討はつかない。それこそ何があったのかは机の上で魔道書を読んでいるこちらには全く関心がなさそうで意外と見守ってくれるパチュリーさんに聞くしかないのだろう。

 

僕はその場で一息つくと頭の中で何となく上から見た図を考え出していた。大きさは僕が寝転がっても到底届きそうにないほどの円の大きさで中には難解な魔法陣が描かれている。そして強くする為の線を何重にも書き足した結果、どのような効果を出すのかは今の所検討もつかないが、やってみるしかないのだろう。その先に何があろうとも。

 

それから何をしたのかと言われると何もしていない。僕はただ線を描いていただけだ。それ以上に布で消していた。その結果、ひとまわり小さくなったような気はするがそれでもまだまだ改善の余地はあるような気がする、もしかすると最初からやり直す方が簡単なのかもしれない。

 

そしてある境地に立った。それは今日は無駄な時間を過ごしたという事だ。僕はチョークで大きく魔法陣にバツをつけようとくしゃくしゃに足裏で魔法陣を汚しながら歩き出した。そして適当な位置で直線を二本書いた。角度は直角というわけではないがそれに近いくらいだったのだろう。僕は適当な位置にチョークを投げつけるとパチュリーさんのいる机の前にあるフカフカのソファーの上に座り込む。僕には何処か懐かしいような気がする。そして何があったのかは全くだが大きな音が魔法陣から聞こえたような気がする。

 

僕はすぐに寝転がっていた体を起こす。

 

「何したのよ。」

パチュリーさんは不思議そうに目の前の事象について聞いていたのではないかと思う。しかし、僕にもその記憶は全くないわけでどのようにしたら良いのかは目の前が暗闇となった。何がどのようにしたら、こうなったのか、それを説明するためには大変多くの労力を必要とするだろう。それが例え、パチュリーさんが居ようとも。

 

「僕が聞きたいです。」

 

「堂々と言わない。」

魔法陣からパチパチと音がなっている。それだけではない。カチカチ、と何かがこすれるような音がしている。そこから発生している光の粒が段々と魔法陣の中に蓄積していた。その球が大きく、そして威力がどのようになっているのかを予想できないほどにさせていた。一体何が起こったというのだろうか。

 

「パチュリーさん、何とか抑えるような方法はないですか?」

 

「そんなものあったらすぐ使っているわよ。こっち来なさい。」

パチュリーさんの手は確実に僕を呼んでいた。僕はとっさにパチュリーさんの背中に隠れる。魔道書を開いたパチュリーさんは何かを唱え始めた。それは薄い赤色の壁となって僕たちの目の前に現れた。そして上から黄色の壁が降りてくる。それから青色の壁が両端から現れた。三重にもした魔法壁はしっかりと僕たちを守ってくれるのだろうがそれがどこまでやってくれるのかはパチュリーの力量を見るしかなかった。

 

「ちょっと痛いわよ。」

 

「怖いですよ。」

 

「しっかり見てなさい!良い?」

 

「理由をお願いします!」

 

「貴方の作った魔法陣がどのような効果があるのかはしっかりと見ておいたほうがいいわよ。」

パチュリーさんの口調は何処か不安定なもので何処か自信のないもので、何か足りないような気がする。

 

「分かりました。出来るだけ目を開けてます。」

僕にはそこからどうしたらいいのかは頭の中では考えられなかった。だからこそ、何となく雷のことを想像していた。

 

僕たちの前にある魔法陣からはばちばちと雷のような音が聞こえている。前にお父さんが使っていた技とよく似ているものである。あの後、僕は生死の狭間を彷徨ったそうだ。かなり危ないところまでいっていたらしい。それよりかは威力は低いのかもしれないがそれでも怖かった。何をされるのかはもう何もわからない。

 

「来るわよ。」

パチュリーさんの予言通り、すぐに現れた一つの雷が僕たちの元へと現れていた。その意味はもうすでに理解している。

 

「分かりました。」

僕はそれに共鳴する。

 

薄い赤色と青色の魔法壁は一瞬のうちに砕かれた。まるでガラスのようでいとも簡単に壊しているところを見るに、最早意味がなかったとしかいえないような気がしている。そこで漏らしてはいけない声を出したパチュリーさんはふと手に力を込めていた。

 

三枚のうち、残り一枚となってしまったのでもう何ともならないのだろう。それだけ威力は凄まじいものだった。僕はずっと雷の事を考えていた。今でもその事が離れようとはしてくれない。

 

雷、雷。僕の頭は本当にこんなものだった。

 

それから僕はどうしたのかと言われると剣の柄に手を触れていた。そして雷に対抗する為の半導体を思い出す。どうやらそのようなものが出来るらしく、先人の遺産がどれほど重要であるのかをそこに知らしめてくれた。それだけに僕は何となくそれに慢心していたのかもしれない。

 

雷の凄まじい力を僕は相殺する勢いで剣を振っていた。

 

どうやらこの剣には材質を変えてくれるものであるらしい。その結果、どうしたのかと言われるとその勢いは確かに減少した。

 

「むきゅー、結構威力があったわ。」

 

「図書館がボロボロ。何年振りかしらね。こんな景色。」

大図書館の1階はパチュリーさんのいたところを除いて焼け野原と化していた。どうやら雷は力を分散させて辺りに飛び散ったのだと思われる。

 

「貴方には感服したわ。随分と威力のある魔法陣を書き出すじゃない。」

 

「そうですか。」

偶然が産んでくれた産物であろうとも僕の手柄であるらしい。僕は地面に尻餅をつきながらその場から立ち上がるのを忘れていた。壊れた機械のように息を吐くとその場から動けなくなっていた。



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36話

大きな大きな屋敷とそれをものともしない広さを持つ庭があり、松や桜、まるで庭園かのように置かれている。箱庭のようになっているその白玉楼で何故か決闘を行う事になっのには大きな訳がある。

 

そもそも僕は空中にある大きくないと思われる黒い物体が何となくあるように見えたのが気になり、何となくの気晴らしに来たのだ。天候は快晴であり、今日は一段を大きく見えたような気がする。だから僕はその場に向かったのだろう。特に考えもしなかった。陰の要素で自分の体を包んでから中で風を起こすようにした。前は停滞しているのがやっとで後に鈴仙さんから聞いた第四槐安通路では何とか移動出来たが、それは元々通路の持っている力というものであり、実際のところ僕は何もしていなかったらしい。

 

それからは想像で飛べるようになってから実際にやってみる事にして試行すること、千を超えた頃には浮遊できるようになり、ある程度の高度と左右へと移動が出来るようになった。と、言うわけで興味本位だがその試しも兼ねて向かってみる事にした。

 

その先には灰色の空間と気の遠くなるような階段が設置されている。段の高さはないと言っても過言ではないほどに薄い。ちょっとした段差程度で別にいちいち脚を上げようとしなくても問題ない。それがこのから見上げるようなほどの高さまで続いている。そして景色の一つから途切れそうになっている、それはつまるところ永遠に歩かされる訳になるのだろうか。一見すると景色が変わるような雰囲気はない。灰色の紙を筒状にしたところの中に僕は存在しているようなもので何も変わるような雰囲気はない。それだけではない。特に生き物の存在は感じない。時間が止まった空間のようで少しだけ肌寒さを感じる。こう背中から追いかけられている時の背筋の凍る感覚に似ている。

 

途中から記憶の抜けていくのを感じて、生きているという辛さを感じて、でもその中に何か楽しみを見つけられたら良いなぁ、と感じて。僕は途方も無い泡沫の夢を歩いた。

 

急に景色は開ける。

 

今までとは違い、何処か異国の感じがある場所で広々とした土地には一本だけ石畳の道があり、灯篭と呼ばれるものが対になって等間隔に8つ置かれている。しかしそれだけではない。その先にはまた階段がある。高さは30くらいだろうか。単位はセンチメートルだ。数段しかない場所の上には大きな庭を持つ広い屋敷があった。そこへ入って何やかんやあった。本当にただ誘われて、遊び感覚で言われた。僕もそれを受けたから問題だったのかもしれない。

 

それだけの理由なのだがどうしてこうなってしまったのだろうか。僕は今、白玉楼で庭師をしている魂魄 妖夢という人物が目の前に入る。薄い肌色で血色のない感じが如何にも半人半霊であることを物語っている。その周りには白い綺麗な髪を沿わせている。肩までは伸びていなく、耳元で終わってしまっている。緑色のジャッケットを着て白色のシャツをその下には着ている。短めの緑色のスカートを履いていて黒い靴を履いている。腰に一本、肩に一本携えている二刀流の剣士で先程見せた優しい雰囲気とはまた違う味があった。特に目つきが先ほどとは大きく違った。何が変わったのかと言われるとそういうところなのだろう。

 

「はい、始めて、」

それを気楽そうに見つめているのがこの白玉楼の主である亡霊の西行寺 幽々子。水色の服装で和を基調としたもの、髪は艶やかなピンク色でその上から青色の帽子を被っている。扇子で口元を隠す癖があり、意外にも厄介な気はする。凄く掴みづらい人物でこの決闘の発案者でもある。その理由は楽しそうだからだそうだ。とても身勝手な理由でとんでもないことをしようとしているが妖夢はそれに抗うことはできない。それどころか二つ返事で返された。

 

僕はその勢いで了承してしまった。それだけではない。何が起こったのかは全く把握していない。故にこうなっている。あまり状況を理解していないまま、こう退治している訳である。

 

「私は青年に倒されてから幽々子様を賊から守るために鍛錬して来ました。なので、貴方のことを賊として捉えてこの剣で倒します。」

妖夢さんにとって、これは子供のやるようなチャンバラごっことは違うらしい。真面目といえば良いのか、不器用と言えば良いのかは僕は判断しないとしてそれに気圧されているのは事実。

 

「遊びですから真剣にやるのはどうでしょうか?」

 

「いえ、これは模擬訓練。手を抜く道理などあんまりない!」

 

「うーん。そうですかね。」

僕はその勢いに渋々ではあるが納得してしまった。筋が通っているのかどうかは兎も角、僕もお父さんとは同じ感覚になっている。手を抜けばそこを突かれる。その結果、ちょっとした躓きが命を落とす。

 

「いざ、尋常に。」

腰から抜いた剣の刃を僕の前に向ける。そしてそこで止めてから剣を立てると少し目を見開いて僕の事を見ていた。その暗緑色の瞳に吸い込まれるような眼差しがあるのがよく分かった。それだけではない。何となくだがさっきというものも感じる。何があったのかと言えば、もう分かっている。それがどのようなものであるか、そして自分はそれにどこまで付いていけるのか。

 

妖夢さんは地面を蹴り出して僕の元へとくる。その速さは見定めをするようなものである。左肩を僕の方に向けて剣を上に持ち上げる。そこからどのような軌道をしてる僕の元へとやってくるのか。

 

左手の指は既に柄を握っていた。

 

その手に吸い付くように剣は答えてくれる。

 

妖夢さんの動かせる範囲を僕はその場で考えていた。それによってどちらの手を使うのかを決める。その先は向こうに合わせるつもりだ。妖夢さんの手はこちらからすれば未知。逆も然り。

 

妖夢さんは現状、上から足元まで僕の左側であれば狙える。なら、そこを止める。

 

僕は鞘ごと抜いてから地面に置いてサッ、と剣を抜いた。鯉口に当たる刀身と擦れる音が聞こえてくる。その後で金属音が辺りには響き渡る。

 

その時に僕は左足の力を抜いた。そこから飛びのき、妖夢さんとは間合いをとる。

 

「慣れてますね。」

妖夢さんは吐き捨てるように僕にその言葉を与えた。その言葉の意味には何か違うものがあるようにも思えた。

 

僕は言葉は出さなかった。

 

左手の中には自分が携えている剣があるが、鞘からは出ていない。つまり、まだ暴れ足りないからこそどうやって出てくるのか。出てきたその後は僕の力量にかかっている。どのように暴れてくれるのか、それは県に任せてみる事にする。

 

「ですが、私が勝ちます。」

終始抑揚のない声で無表情であるので一種の怖さを感じる。しかし、それはどうなのだろうか。力を込めすぎて芸には欠けるのではないだろうか。僕は客観的に見ていてそう思えた。

 

「どうぞ。」

我ながら、他人事だと思う。それだけ湧いてくるようなものがない。ぽっかりと空いた心が何となく渇きを訴えている。血をくれ、と。狂気をくれ、とも。

 

妖夢さんはそれに応える。地面を蹴り出したその先にいる僕へと同じような動きを見せていた。大振りということではない。正面からくるのがどうしても真面目であるというのか、本当に芸のないというのか。それに比べるとお父さんは一度被らないと言ってもいいほど芸を持っている。それは大抵が奇術という領域まで達している。僕にはそこまでの実力はない。

 

「芸が、ないですよね。」

僕の県に吸い込まれるように妖夢さんの剣は僕の前へと来る。僕と妖夢さんの持っている剣、その間に鞘だけ入れる。その先は特に考えていない。しかし、何があるのかと言われるともう何も言えない。

 

簡単に弾いた僕は何となく虚無感を覚えた。

 

心が荒ぶっていないことがここまで悲惨な思いにさせるとは思わなかった。

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「わかりますよ。きっと、護身のための剣なら遊びのための剣には翻弄されます。相手が悪かったとしか言いようがありませんね。」

 

「それは私が弱いと、そういう意味ですね?」

 

「そこまで強く言いませんがあながち間違いでもないんじゃないのかな?」

 

「そうですか。」

妖夢さんの目は確実に変わった。そこからは何処か僕を試すように双剣へとスタイルを変えた。僕と同じ、そしてお父さんとも同じだ。親子で似ているのは仕方がないというのか、根本的な考え方が同じだからこそ受け継いだ形となっているが、妖夢さんはどうしてそのようになっているのかはもはや分からなかった。

 

興味がないなんて冷たいことは一切言わない。

 

ただ、そのスタイルに何のこだわりがあるのかは気になる。

 

肩から現れたその剣が一旦地面を跳ねて僕の元へと向かってくる。

 

僕は簡単に脚で追い払った。右足でさっ、としているだけだ。

 

見事にそれにはまったというか妖夢さんは微妙に体勢を崩した。本当に目の前で見ていなければ判別出来ないほどであるがたしかにぶれていた。妖夢さんはここからどうするのだろうか。

 

お父さんなら逆手に持って後ろに下がりながら振り下ろすか、空中で跳ねさせる。或いは今、左手で持っている剣が代わりに来るか。そうなれば対処は不可能だ。見えてこない。そもそも体制が崩れたところで何でもできるお父さんは無数の手を作り出す。

 

しかし、妖夢さんはそのどれもしてこなかった。

 

僕はその時点で完全に冷めてしまった。

 

「一撃を与えたらそこで終わりましょう。」

 

「そうですか。ならば、」

腰を落として剣を構える。肩の上に乗せるようにして切っ先を僕の方へと向ける。そこまで分かりやすいと、もはや対策のしようもない。見えてしまっているものに特に熱も感じない。

 

もはや、僕には何も残っていない。ただ、目の前の現象を片付ければそれで良い。

 

妖夢さんは動き出した。お父さんに比べれば遅い一撃だ。しかも用意する時間も与えた。

 

僕は剣を放り投げながらその場から離れるようにゆっくりと歩いたような感覚になる。

 

もう何が起こっているのかは別にどうでも良かった。ただ、これに勝てれば何か得られるようなものがあると思っていた。

 

「ほぐっ!か、はぁ。」

妖夢さんは人として失格のような声を出してその場で倒れた。意識を失ったのかもしれないがそのような心配は杞憂なのであろう。鳩尾を押さえながら地面に震えながら倒れていた。

 

「勝負ありましたね。」

妖夢さんはしばらく立ち上がらないだろう。鳩尾に自分の最高速を出して突っ込んだのだ。もう簡単に立ち上がれる訳でもない。僕は妖夢さんの近くに行き、肩を軽く叩いてみる事にした。それだけの行動だったがどうやら、お気に召さなかったらしい。僕の手を掴むと力ずくで剥がす。その目は確かに現状を認めていない様子で鋭い眼光を暗緑色の瞳から感じる。それからは何があったのかはもう言わなくても分かる。僕だってそんな場数は踏んでいないわけでもない。急いでツーステップ踏んで下がる。

 

「まだ、ですよ。」

肩で呼吸を始めている妖夢さんに勝機はないように感じるが諦めが悪いと言えばそれまでだが主人を守ろうとする熱意だけは良く伝わる。だからといって、自分の体を犠牲にしていると悲しまれそうではある。ちらりと見たところ幽々子さんは特に気にしていない様子で肝が据わっているようにも感じる。それどころか、美味しそうに菓子を食べている姿を見ると松や桜と同じ程度の物でしかないらしい。動いている分、楽しげがあるのかは僕には判断出来ないのでその辺りは任せる事にする。

 

「幽々子様が悲しみますよ。」

自分で言っていて何と根拠のない発言なのだろうか、と思えた。それだけに少しだけ自信を失う。

 

「うーん、そう言われると本当にそのような気はしました。」

 

「辞めましょうか。」

 

「ええ、大分気勢を削がれました。」

 

「剣筋が真っ直ぐで良かったですね。上品です。」

 

「それでも勝てませんでした。」

 

「別に相手に勝てれば良いわけではないですよ。止める事も役割です。賊から守るためでしたらもう少し強引に押し込んでも良いのではないか、と思います。」

そう言いながら、僕は思った。大抵はお父さんから教わった事だ、と。僕には思考という概念はないのだろうか。それともあまりにも影響力が強くて僕の中にまで侵食しているのだろうか。



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37話

幻想郷では異常気象が続いていた。それは南側では冬のように寒くなっていて、紅魔館の辺りでは夏、妖怪の山では秋、そして博麗神社では春という四つの季節が同時に来ていた。それに合わせて少しだけ暴れている妖怪もいると言う。何が原因でこのようになったのかは不明であるがそれを突き止めようとする人が二人、この異変について嗅ぎ回っている人が一人、単純に力に憑かれたのが一人だけいた。そして全く関係ない人が一人。

 

人里の上空。

 

この場所では四つの季節の影響をもろに受ける場所となっていて単純に近づいたものはその寒さ、暑さにやられる場所となっていた。地獄とまではいかないにしても顕著に影響は受けている場所である事には間違いない。その中でアゲハチョウのような綺麗な羽を持つ妖精が舞っていた。頭には黄色の触覚を出していて氷のような水色の髪をさらさらと風に流していた。袖が羽根のように煌びやかな緑色の服装で下はそれよりも薄い緑色をしている。葉の表と裏と言うと分かりやすいかもしれない。靴は履いていない。

 

それに対峙しているのは黒い髪を後ろで赤いリボンで結んでいる博麗の巫女、博麗 霊夢だった。

 

「どしたのー?こんな所に巫女が現れるなんて。何か異変でも起きたのかな。私が力を貸してあげようかな?」」

 

「能天気な妖精だけはとても楽しそうなのよね。悪いけど妖精に力を借りるほど落ちぶれていないわよ。」

 

「なら、暴れようっと。行くよー。」

その人は触角から緑色の弾を射出する。弾幕として存在してからゆっくりとやって来る。その量は霊夢にとってみれば本当に遊びと言えるもので少しだけ手を抜いていたのかもしれない。

 

札の数は二。遠回しに訪れる時間差のある攻撃を相手は難なくクリアしていく。まるで愉快な子供たちの遊び。妖精と遊んでいるだけの単純なもので何処と無くそっけないものだった。誇張もなしに詰まらない猿芝居を見せられているようなもので霊夢にとって何か陥落したものがあった。それが何なのかは何もわからない。しかし、何かが失くなっていた。

 

「面倒なのよね。」

 

「何をー、行くよー。」

そう妖精は霊夢に勝とうと努力する。しかし、それはそう簡単には届かないもので呆気のないものですんなりと幕を閉じた。

 

札は三枚。それだけだった。一撃目に隠して二撃目を外させると止まった体に三撃目を浴びせる。とても簡単な仕事だった。いや、霊夢にとってちょっとした時間つぶしでしかなかった。

 

「こうさんー」

 

「面倒だわね。ちょっと強かったわね。」

 

「夏の熱気が私を狂わせるー!新世界の神にもなれそうな気分だよ。」

 

「妖精は簡単な思考回路で楽よねー。」

霊夢はそれからは何も攻撃は与えなかった。真犯人というわけでもなければ、ただの夏の熱気に当てられた妖精。叩きのめそうとも考えもしなかった。



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38話

今日はおつかいを頼まれた。どうやらお嬢様と呼んでいるレミリア・スカーレットのわがままであるらしいが人里での食材を買いに行くらしく、妖怪の山へはいけないらしい。それでこちらに矢先が向いているわけである。少し話を聞くと人里ではまず出回らないものであるらしく、白い細長いキノコであるらしい。名前は何だったかは忘れてしまった。

 

現在、幻想郷では謎の四季が同時に訪れる異変が起きていて丁度秋の気候であるのでもしかしたら生えているのかもしれない、と言う根拠のないものである。僕は話を聞いた上で特に断る理由もないので何となくの気分で受けてみる事にした。本当はそのようなことはいけないのだが、気分転換にはちょうど良い。僕はそう考えた。

 

そして現在、道に迷った。妖怪の山であるのは間違いない。だが、ここが何処であるのかは僕は知らない。もしかしたら、妖怪の山に前から住んでいる人は知っていて当然かのように道なのかもしれないが。そんな知識は僕の頭には入っていない。途方にくれた僕に話しかけてくれたのは少し年老いた声をしている女性だった。

 

「何だ?ここはうちの縄張りだべ?」

この人は一体。僕には何が何やら分からなかった。白いガサガサの髪で布を巻きつけただけのような身なりをしている。黄色を基調としている。僕には本当に誰なのかは分からなかった。

 

「妖怪の山の住民ですね。」

 

「ああ、そうだべ。よそ者が入ってくるな。」

 

「あの、道を聞きたいんですんですが。ここは何処ですか?」

 

「何だー、迷子か。全くそんな事でここに来るなんて運がないな。」

じゃり、と後ろから包丁のような刃物を取り出した。僕はちょうどその時にここがどのような場所であるのかをおおよそ理解した。本当は理解したくなかったが、こうなってしまえばどうしようもないのかもしれない。

 

「穏便に事を進めましょうよ。そちらの方が幾分か楽しいと思いますよ。」

 

「それは無理な相談だべ。妖怪の山とは不可侵の条約を結んでいる。そこへ入ってきたのなら、分かるだろう。」

やはり包丁をしまう気は無いらしい。もはや戦うしかないのだろうか。確かにここで逃げかえれば良いのだが、道がわからない上に帰れば咲夜さんに怒られるだろう。正座でお叱りを受けるくらいで済めば良いのだが。でも、ここで戦う事については有用性が何となく見えにくい。

 

「分かりますが。実は、あるキノコを探しているだけなんです。それを見つけたら帰りますのでどうか協力してもらえませんか?」

 

「駄目だべ。あんたに渡せるものはないべ。とっと、と保存食になるべ。」

その人はすぐに包丁を振るった。それが何かあるというわけではない。急な出来事に心臓が跳ね上がった。それが何を示すのかは何も言わなくても問題ない。もう自分の中で答えは出ている。

 

「わかりました。それに抵抗します。」

僕はそれを避けてから自分の剣を抜いた。

 

「ほう、魔力を大分感じる。それなりの力は持っているようだ。」

 

「魔法陣も刻んだので何でも出来ると思いますよ。」

数日前ぐらいだがパチュリーさんに魔法陣を刻んでもらった。その後、自分の体に馴染ませるために何時間も効果を出し続けていた。そんな矢先のことで少しだけ、体は動いてこない。

 

「ただの人間ではないな。面白いべ。」

その人は再度包丁を振るう。直線的で何か芸のない妖夢さんのような剣だった。しかし、粗暴で倒すことしか考えていない点では獰猛であり、それよりも少しだけ怖いものである。

 

「そうですかね。もっと上はいると思いますよ。」

 

「さて、どうだか。まず、一旦黙ってもらうかね。」

 

「そんな物騒な。そこを何とかで決めませんか?」

 

「もう遅いべ。」

ギュン、と振り下ろすそれは何処か狂気なんかを包み隠しているようで微妙に怖いものだった。それが何かはもういう必要もない。

 

太い身している刃物が僕を狙って振り下ろされる。僕は空を後ろに避けながら右側へと同時に逃げた。

 

その時に思ったのだろう。中々やれるかもしれない、と。勝手な想像なのでこちらの肉付け以上の何物でもない。

 

「もう少し話し合える点はあると思います。」

 

「こっちにはない。」

 

「そこを何とか。」

 

「私は強い奴は好きだ。だが、そんな腰を引けている奴には何とも思わん。」

 

僕にはもう言い返そうな点はなかった。相手の言う通りなのかもしれない。僕は傷つけないように怖じ気付いていただけであり、何も変えようとはしていない。

 

「分かりました。全力で、行かせてもらいます。」

僕はその場でステップを踏んだ。軽いジャンプから葉を踏む音がカサカサとしている。そして脚が地面に着く時になるタン、タンなんて音も。

 

僕の世界はその音と上から聞こえてくる葉の音色と目の前の人の息遣いと、そして自分の息遣い。それ以外の音は何もなかった。

 

「んだべ。来てみろ。負ける気はせん。」

僕は両手に剣を握っている事を確認した。その後、その中で剣を回しておくと手に馴染ませておいた。それぐらいしか今はやる事がない。

 

相手にとっては僕はただの獲物に過ぎないらしい。何も表情の浮かんでこないその目にどのように映っているのか、それは聞く必要もないだろう。その目には最早人とも見ていない冷徹な無感情が見えてくる。その中で僕に何が出来るのかは聞くまでもない。戦うのみだ、いや抵抗と言うべきか。

 

相手の刃は単純に僕のことを見ていた。

 

僕の上から押しつぶす、それだけの作業をしていた。

 

僕は左腕を伸ばしてそれを受け止める。持っている力なんて微々たるものだった。だからこそ、右腕に切っ先を乗せた。力の向きを変えたのが功を奏したのか簡単に隙を見せた。

 

僕は流れるような体の動きで左腕を外側へ振り抜いた。戻ってきた刃は逆手持ちにしていた右腕に任せる事にした。

 

そして風の力を借りて弾く。パツン、と言う音がした。少しだけ歪な音がしている。それだけまだ完成などしていなかった。まだやれることがあるという証だった。

 

「僕には欲しいものがあります。それがあれば僕はここからは居なくなります。ですが、それを探す手助けがなければ無駄に痛めつけ合う事になります。どうか、協力していだだけませんか?」

 

「無理な相談だべ。不可侵の条約を破った者はこちらの処分を待つしかない。それにどれだけわがままだべ?」

 

「世間なんてそんなものしか蔓延っていませんよ。正義と悪なんて言い方がありますが混沌とした考えでしかない。お互いにわがままを言っているんです。両方とも叶えましょうよ。」

 

「ふっ、無理だべ。言い分は分からんでもない。それなら、私を屈服させてみろ。」

 

「気が進みませんが仕方がないです。」

 

「良い目だべ。」

相手から今度は仕掛けてきた。僕は後方に避けて左側へと転がり込んだ。

 

一瞬見失ったっぽいがそこまで有効かと言えば無駄な動きだったのではないかと思う。足音がどうしても鳴ってしまった。

 

「そこか。」

冷徹な刃は地面と平行にやってきた。空振りとなるのだろうが果たして本当にそうなのだろうか。

 

僕は更に回り込む事にした。少しだけあの刃が何処まで向かうのかが気になる。僕の中には一つだけ思案があった。やってみる価値はあるのかもしれない。

 

周りは木に囲まれている。そして今は相手の背後に近いところにいる。上手く行動して何とかならないだろうか。

 

僕は相手の周りを回っておく事にした。その間にクルクルと刃は回りながら振り下ろされていく。それだけだった。その中で相手が段々と集中力が切れていた。

 

「うまく回り込んでいるようだが、小賢しいだけだべ。」

ん?

 

その言葉は僕は背後で聞いていた。僕の足裏には木のほんの少し柔らかい感覚がある。

 

壁際でよくやられたものだ。お父さんは此処から意味不明な動きをしてくる。僕にはまだそこまでの力はない。

 

単純明快な動きしかしなかった。

 

横薙ぎ。

 

僕がしたのかはそれだけだった。

 

だが、意外にも効果はあるらしい。それだけは何となく理解できた。今のところはそれだけでも問題ない。

 

「危なかったべ。」

相手の息は確実に上がっていた。急な出来事には対応しきれないらしい。それが見ていて思えた。あともう少し。あと一押し。

 

「やるな。もう辞めよう。私の降参だ。」

 

「良かったです。」

 

「あんた、何物だ?」

 

「ただの修行の身です。」

 

「名前は?」

 

「ヒカルです。」

 

「私は坂田 ネムノだべ。好きに呼ぶと良い。」

 

「それじゃあ、ネムノさん。僕と一緒に探して欲しいものがあるんです。お願いできますか。」

 

「任せろ。この辺りは案内してやる。」

僕には凶悪な妖怪であると思えた。だが、単純に人との関わりを嫌っているだけなのかもしれない。話せば、別に問題のあるような事はなかった。ただ、僕が不用意に近づいたのが少し悪かったかもしれない。



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39話

春の陽気も麗らかな博麗神社では大きな桜が満開となっていた。その陽気な天候にうたた寝を始める人がいるのかもしれない。その天候の中で極寒から帰還したような格好をした人物が現れる。

 

「暑くない?桜も満開だぜ。」

霧雨 魔理沙。霊夢とは旧知の中であり、ちょくちょく訪れては菓子なんかを掠め取ったりするのだが、いざとなれば結託したり、なんだかんだと仲が良い。今日もそのつもりだったがどうにも留守らしい。しかし、そこで異常気象が幻想郷に訪れているのを感じた。

 

「魔理沙さん。今日は霊夢さんは留守にしてますよ。」

カールのある少しだけ鈍い緑色の髪を腰辺りまで伸ばしている。そして額には一本の角があり、耳はこま犬のそれだった。着やすそうな赤色のシャツを着込んで同色の少しふくらみのある短パンを履いている。

 

「見たら分かるぜ。てか、誰だ?」

 

「こま犬の高麗野ですよ。お忘れですか?初めましてですが。」

 

「初めましてなのかい。」

 

「これでもこっそり博麗神社を守っていたのですよ。」

 

「まぁ、こま犬だしな。」

 

「こう見えても守護神ですよ。」

 

「なら、この異常気象から守って欲しかったな。て事で、お前を倒してこの異変を終わらせてやるぜ。」

魔理沙は不意に缶を取り出した。単純に缶と見くびってはいけない。魔理沙特製の弾幕の詰まった缶だ。何が飛び出るかは使ってみてからのお楽しみ。

 

「わわ、博麗神社を守るために戦いますよ。」

黄色の丸みのある弾幕を弾いて魔理沙に対抗しようとする。魔理沙はそれに缶一つで応えた。相殺し、互いに被害を出すような弾幕だった。

 

「少し少なめだったがソコソコの威力はあるだろう。」

 

「ええ。でも、負けませんよ。」

曲線のある細長い弾幕を伸ばしながら先程の弾幕を固めてランダムに飛ばす。その行き先は特に決めていないらしく、どこへでも飛んでいきそうなものだった。

 

魔理沙はそれを巧みに避けながら、だんだん間合いを詰めていった。その勢いに流石に焦りを見せたのか、更に丸まった弾幕を放つ。カールしたものでそれが伸びてくる。不規則なものだった。

 

魔理沙は缶二つで相殺した。その華麗な弾幕には空が少しだけ暗くなったように感じるもので流れ星が流れていた。それは全てランダムなものでどこへでも飛んでいく、正に魔理沙にはお似合いの弾幕だった。

 

「わわ。とんでもないです。」

 

「トドメのマスタースパーク!」

魔理沙は容赦なかった。

 

「負けたー。神社に尽くしてたのにボロボロにされた。」

 

「いや、すまんかった。異変に繋がりそうなものは何もなかったわ。」

 

「神社の味方なのに。」

 

「なら、解決の協力をしてもらえるか?」

 

「ええ。陰ながら応援していますよ。」

 

「うーん、やっぱり良いかな。」

魔理沙は箒にまたがるとどこかへと向かっていった。それはどこなのかは全くわからない。しかし、異変解決は向かっていくのだろう。



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40話

幻想郷の中ではここは一番季節があっていなかった。夏と秋の天候を感じてからここへと来ると流石に頭がおかしくなってくる。

 

吹雪の吹いている極寒の森の中で僕はそんな事を考えていた。何となくの興味だ。妖怪の山から見えた白い景色が僕の目に止まった。それが何かはよく知らないが何もないと言えばそんな事は絶対になかったのだと思う。

 

「寒い。」

凍える体を剣から出る熱気で暖めようと思ったがどうも上手くいかない。ここはどうやらそんな簡単にいくようなところではないらしい。

 

これなら地蔵に頼りたくなる。

 

「もしかして、力に選ばれた人なのかな?派手にやったつもりだけど出てくるのが遅かったね。」

 

横から謎の声が聞こえてきた。もっと熱気を強めるか、何とかしてこの状況を打破しないとこの吹雪に飲み込まれてしまう。僕にはもう帰り道なんてものは残されていないらしい。

 

「ついに幻聴まで。僕は一体どうなってしまうのでしょう。」

 

「そんな事は知らないけど。相手はこいつにさせてもらいなさい。じゃあねー。」

僕はその声に手を振って答えた。見えているのかはどうかは分からないが、気配だけするので幻聴でも何でもないらしい。姿は気が散っているのか、吹雪で見えないのか、元々見えない位置から話していたのか僕には何も検討がつかなかった。もしかすると全部、もっと要因があるのかもしれない。

 

「みなぎるわー。これは試してみるしかないわね。」

 

「僕にですか。」

 

「吹雪が私に力を与えてみるみたいだわー!」

意外にもテンションの高いその人は僕からはただの地蔵のようにしか見えなかった。それでも何となく人相はわかる。

 

伸びた黒い髪をしていて笠を被っているところを見ると地蔵なのだろう。赤い前掛けと灰色のロングコートを着込んでいて、赤い足袋に草鞋を履いている。寒くはないのだろうかとは思うが自分が言えたものではない。

 

「可愛らしくて元気そうな方ですね。」

 

「ありがとうね。」

その人は何となく愛嬌のある人なのだろう。人影だけ見ると小さく感じるが僕に対するやる気というのはただならぬものがある。やるとは殺すという意味と同義であると付け加えておく。きっとこの異変で暴れ出しているだけなのだろう。うっすらとした視界からは何となくそんな事を考え出した。

 

「いえいえ。」

 

「じゃあ、行くよ。」

景気のいい声が出ていた。元気そうでなにより、と言いたいがこれは他人事ではない。自分で何とかしないといけない。動いて身体を温めようか。そんな事を考えていた。

 

相手は札のような黄色の弾幕をゆっくりと展開していた。その間にどの道で近づこうか考えている事にした。体は凍えているが中身はそうでもないらしい。動けるようになるまでは自分のことを過信しないでおこう。

 

直線的、そして簡単にも思える。罠かもしれない。僕は移動しない事にした。それがどのような事になるのかは全くと言って分かったものではない。

 

後ろへと向かったそれは段々消滅していた。お父さんの弾幕を気にし過ぎたのかもしれない。それだけは簡単に言える。

 

「どんどん行くよー。」

相手はどうにも上機嫌であるらしい。こういう人ほど普段はおとなしい人なのだろうと思う。何となくの気分でやらかしてしまう真面目な人なのだろう。

 

今度は螺旋状になった。その軌道も螺旋であるらしく右回りの移動しにくいものだった。僕は少しだけ前に進んでみる事にした。あまりにもこの場は足元が悪すぎる。止まっていると簡単に凍りそうで怖い。それがどうなるのかは全くと言って分かったものではない。

 

僕はその場で回転してみる事にした。見様見真似だ。斬波というもので単純なものだがこの吹雪を乱雑にさせるにはそれで良い。そして周りの雪を払う為にも。

 

「やるね。まだまだ。」

本当に元気のいい人だった。これがきっと異変でもなければ人当たりのいい人なのだろう。

 

後ろから不意に魔力の流れを感じた。円形に飛ばされた赤くて丸い弾が前後から現れた。正に業火に焼かれそうにる罪人の気分だった。落ちれば焼かれる、這い上がっても落とされる。しかし、まだ抵抗できる程度。殺さず、生かさずな中途半端な延命をされた気分だった。何も変わりがない。

 

前に進んだ。ここで止まっていても何も変わらない。それに変えられる可能性を潰しかねない。僕には前に煤しか選択肢はないように思えた。

 

足元に積もっている雪は淡々に吹き飛ばしていった。微量の雪は僕が地面を滑る際に何となく使わせてもらう。所詮はその程度だ。斬波によって弾を相殺させながらゆっくりと前に進んだ。視界は特に晴れる様子はない。そして相手もそれは同じなのだろう。見当違いな弾もいつくかある。それともそれは罠なのだろうか。つくづく僕は考えてしまう。

 

斬撃なんて何に使えるのだろうか。僕は思った。この件だからこそ、できる何かはないだろうか。業火に対抗する術はないのか。

 

水流を思いついた。僕は妖怪の森で見たあの清流を想像した。それに応えるように足元に水滴が垂れてくる。それは量が増えていき、いつからか何か違うものへと変わっていった。

 

濁流とも言える、その水の流れを周りにぶちまける事にした。全てを洗い流して無に帰す自分の技。その水は恵みの雨としてこの森の中に流れていった。そして巻き込んでいった。

 

「驚いたわよ。まさかここまでやるなんて。私と実力差がかなりあるようね。」

 

「そうかもしれません。」

 

「降参よ。」

 

「とても綺麗な人ですね。」

僕はどうやら勢いでかなり近づいていたらしい。そして背中から何やら光が見えるのを感じた。それが何かは僕には分からないが聞かない事にした。もしかしたらこの人の体の一部なのかもしれない。

 

「えへへ。」

 

「そういえば、もう一人誰かいるような気はしたのですが。ご存知ですか。」

 

「森の中で私は一人よ。え、」

 

「幻想郷で幽霊に怖がる人なんているんですね。」

 

「普通怖いでしょう。」

 

「怖いと言えば、その背中にある光は何ですか?」

 

「そう言えば背中が暑いのよね。何か理由は分かるかしら。」

 

「僕は知らないです。暑いと感じるのは気になりますね。」

僕は後ろへと回ってみる事にした。

 

「何かあるんですか?」

 

「扉がありますね。手も、なぜか入ります。」

 

「何故でしょうね。」

 

「頭入れますね。」

僕は好奇心でしかなかった。白い部屋のような場所に二人が立っていた。一瞬だけこちらを向いていたようだが僕の方から抜けた。

 

「誰か居ましたよ。」

 

「え?何それ、怖い。」

 

「僕、行ってみます。」

僕は容赦なく飛び込んだ。その中に何があるのかは分からないが、好奇心に煽られたのなら行くしかない。いつになく、根拠のない自信を持つ僕はそう思った。



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41話

周りには暖かい空間があった。橙色ともとれるが赤色とも取れる、兎に角明るい空間であり、僕は何となく落ち着くような空間だと感じた。ところで、先程見えた二人は何だったのだろうか。僕の中で疑問と好奇心が膨らんでくる中、向こうでは話しているところに僕は割り込んだ。

 

「見間違いじゃないわね。あれ?もしかして扉が開きっぱなしだったのかも。」

 

「舞ったら、おっちょこちょいね。まだ指令がないのに誰かを入れて。」

 

「まぁ、ちょうどよかったかもしれないよ。『よくやった。』なんて言われるんじゃないかしら?」

 

「失礼ながら、誰ですか?」

僕はつい聞いてしまった。こう、ずっと話していると蚊帳の外のような気がした。別に関係ない話をしているならまだしも、確実に僕のことを話していると思うので何となく嫌気がさしてくる。

 

「僕が丁礼田 舞。」

サイドヘアは腰辺りまで伸びているが後ろ髪はショートヘアーで明るい黒色、という髪の色をしている。そして頭には烏帽子と思われるが折り曲がっているものをかぶっている。とても鮮やかな緑色で右手に持っている笹と同じような色をしていて、襟と前掛けは白色で、そこには黄色いリボンが取り付けれている。襟には蝶ネクタイのようなものが、前掛けには細いリボンで蝶結びになっている。腰には黒いリボンをつけている。

 

「私が爾子田 里乃。改めて、ようこそ後戸の国へ。」

その人も舞さんと同じく髪型と被り物は変わらなかった。しかし、髪色は茶色の方に近い髪をしている。どちらにせよ、綺麗な髪には変わりない。紅色のドレスのような服装であるが舞さんと変わらない。唯一違うとするなら、顔つきが幼く感じるのと何かを葉を持っているという事だろうか。一本の枝に葉を何対かついているもので葉の形は細長かった。

 

「後戸の国ですか。それはまた、変なところに来ましたね。」

 

「見知らぬ人だけど誰なの?」

 

「ヒカルです。」

 

「じゃあ、今からチストを開始するわよ。」

舞さんは急に何を言い出すのかと思えばそのようなことを言っていた。何をしたいのか思惑が見えないうちはどのようにするか、困りものである。

 

「テストですか?何をするんですか。」

 

「秘密よ。貴方が弱かったから困るからね。」

 

「本気で行くよ。死んでも知らないわよ。」

舞さんが。

「手加減しないけど、死んだら殺すからね。」

里乃さんが僕に対して拒否権もなく突きつけた。そして何の許可もなしに事が前に進んでいく。

 

「ちょっと待ってくださいよ。状況が飲み込めません。」

 

「仕方ないね。これもテストって事で。」

舞さんがそう言う。二人の時点で何かとおかしいような気はするがそのような事は構うことではないらしく、どんどん次へと進んでいく。

 

「そうだね。そうしよう。」

ピンク色の少しだけねじれた軌道をしている光線と四角い形をした緑色の弾がこちらへと向かってくる。少しだけ行動範囲を狭まるがそんな事を気にしていられない。僕は横へと移動して動ける範囲を出来るだけ広く取る事にした。

 

お父さんの弾幕を真似てみようか、そう思えた。対抗するにはそれくらいしかないと思う。

 

先ほどの弾幕に緑色の槍のような弾幕に紫色の四角い形をした弾まで飛んでこればこんな事を頭の片隅に考え始める。とてもではないが避け切れる気はしない。

 

何だっけか?僕は心の中で聞いてみる事にした。緑色で、小さな弾、そして微妙に軌道が相手の移動に対して変わるもの。うーん、僕にはとても難しそうである。それなら赤色と緑色、風を起こして加速させたりすれば何とかなるのではないだろうか。

 

僕は何となく赤色の弾と緑色の弾を連想する事にした。その時に利用したのは月である。あの大きくて丸い空に浮かぶ月のようなものが大量にあるようなイメージをしてみた。周りには自分のイメージ通りではないが何十個の弾が出来上がっていた。

 

僕は何か違うような気はしたがそんな事は気にしない事にした。それこそ、愚の骨頂というものだろう。

 

緑色の槍とピンク色のうねりのある弾と四角い二種類の弾を避けながら自分の弾を出してみる事にした。断続はとても遅いが回転していて微妙に相手の追跡しているように感じた。そして回転に応じて小さな弾を吐き出している。お父さんはこれを全て再利用するがそこまではどうすればいいのかはわかっていない。

 

しかし、相手もそれを待つほど悠長でもなかった。二対一というのに甘えているような気はするが僕には他ごとを気にしていられるほど余裕はなかった。相手の弾幕も終わりを告げるようにピタリ、と止んだ。それは何を意味するのかは聞くまでもない。次の段階へと駒を進めたという事だ。

 

「じゃんじゃん、いくよ。」

その声が果たしてどちらのものであるのかは僕には認識できなかった。

 

二人ということもあり、先ほどの弾幕から光線だけを抜いて球数を増やしたような弾幕が僕の前には現れた。二つの中心から緑色と紫色の弾幕を放っているようでそれなりの威力があるように思える。

 

それに対抗しようと僕も先ほどと同じような弾を作り上げて投げつけた。と言うよりかはそうでもしないと勝てる見込みがなさそうだった。

 

左回転と右回転で左右から中心へと向かってくる巨大な弾を二つ。そしてそこから体積を三分の一以下にしたようなものを分離させていき、そこからも同じ要領で弾を放出させ続ける。左右から挟み込むように放たれた卵は破裂の勢いを使って相手を追い詰めていく。

 

対して僕はそこまで苦戦するような事はなかった。軌道なども何となく操作出来そうだ。やり方も見様見真似だ。そしてここからも想像しただけだ。

 

僕は巻き込む台風の目のように剣を振り回す。それをしながら弾を避けていき、自分の放った弾幕の軌道をこちらへと来るように仕向けた。大きな二つの弾はそこまで変わる事はなかった。だが、最終的に小粒となっている弾幕はこちらへと向かってくる。僕にはそこからどうしたらいいのか、兎に角追い返すようにしてみる事にした。散弾銃のような物が出来たら上等なのだろうがそれをやろうと思うと結構難しいかもしれない。

 

僕は両手に力を込めてから一回だけ横薙ぎをした。左右の腕を自分の前で絡ませてから思い切り振り切る。

 

大爆発を起こしたかのような散らばりかたをした赤色と緑色の小さな弾が前方からやってくる。後方からは先程から放っている大きな恒星によって動ける範囲は狭まっていた。そこに前からの弾幕である。

 

決着は早めに着いた。

 

「まぁまぁね。」

 

「そうねぇ。及第点かしらね。」

里乃さんは認めたくないらしい。

 

「ごーかーく。」

舞さんは元気そうにしている。僕はどのように反応していいのかは結局のところ、分からなかった。テストには合格はしたらしい。

 

「どうも。」

何が何やらだが色々と出来るようになったことも多いと思う。後は常に練習して磨いていくしかないのだろう。

 

「それじゃあ、テストに合格したし、案内してあげるよ。背後の最高神の元に!」

 

「はぁ。それは強制なんですか?」

 

「いいじゃん。一回だけ話聞いてみようよ。」

舞さんはこちらの事情など考慮などされていないのだろう。兎に角、僕は会う事にした。



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42話

僕はただ広い場所で彷徨っていただけなのかもしれない。急に引き込まれた先には何か強そうな方が存在していた。見るだけでわかるその力の強さは到底僕が勝てそうなものではない。

 

「幻想郷で驚かされる事はたくさんありますね。」

 

「おお、よくぞ来られた。ニ童子の言っていた人間だな。」

ニ童子、それは舞さんと里乃さんの事なのだろうか。僕にはどのような関係であるのかは全くわからない。見当がつかないと言うのが一番妥当なのだろう。

 

「多分、そうでしょうね。」

 

「選ばれし者よ。私のニ童子の後見を任せたい。」

 

「話が読めません。出来るだけわかりやすく説明して欲しいです。名前とか。」

 

「おっと。これは失敬。私は摩多羅 隠岐奈。私は後戸の神であり、障碍の神であり、能楽の神であり、宿神であり、星神であり、この幻想郷を創った賢者の一人でもある。そろそろ、二童子の後任を見つけないといけない時期でな。そこで今回はそれを探そうと大きく異変を起こした。だが、意外にも遅かった。」

金髪のロングヘアで煌びやかなものだ。その割には質素な冠をしている。オレンジ色の狩衣に緑色のスカート、ロングブーツを履いている。前掛けには北斗七星が白色の点で描かれている。

 

「沢山の名称のある偉い神様なのですね。何か安心します。」

 

「ほう。信じると言うのか。素直な子だ。少し聞きたいがどうしてこう来るのが遅かったのだ?」

 

「僕は外がそのようになっているのは知りませんでした。最近は行動範囲が狭かったもので夏の暑い天候しか知らなかったんですよ。それが原因で待たせてしまい、申し訳ないです。」

 

「その件は別に良い。それで、後見の件はどうする?私はどちらでも良い。」

 

「まず、どうして手放そうとしているのか。そこからですね。」

 

「時期的にあのポンコツはそうなる運命だ。そろそろ替えが欲しくなる頃でな。ただ、私から離れると死んでいるも同然だ。そこで誰かもらってくれる人がいないか探している。と言うところだ。」

 

「僕にはその責任を負う事はできません。養えるわけでもありませんし。」

 

「しかし、二人の命は無駄に散る事になる。待ち過ぎたせいか、少しずつ荒廃が進んでいる。このまま命が無くなるのをそこで見ているつもりか。」

 

「言い分は分かります。ですが、それは僕ではなく、ほかの人にしてください。これは神に命令されようとも変えるつもりはありませんよ。」

 

「ふーむ。中々芯のある人間だ。だが、人間風情が神に反抗を行う事はない何を意味しているか知っているか?」

 

「神は信じていないので何とも言えないです。圧倒的な力の差で押し潰されるのが当然だと思いますよ。」

 

「よく分かっているではないか。さぁ、どうする?神に反抗して、その命と二童子の命を散らすか、このまま貰っていくか。二つに一つだ。どちらでも私は構わない。だが、手間の増える方は選ぶなよ。」

 

「では、三つ目。このまま帰ります。一番手っ取り早いですし、手間がかかりません。それに、もうそろそろ誰かくる頃合いでしょう。その人に任せるのはどうですか?」

 

「貴様、私の選択肢を無視するつもりか。」

 

「ええ。とても手に負えません。」

 

「その度胸、気に入った。私の部下にならないか。」

 

「それは遠慮します。僕は一人で歩いているのが一番似合います、少なくとも今は。」

 

「随分と態度がでかいが私が神である事は忘れていないだろうな。」

 

「それは忘れていませんよ。ただ、」

 

「ただ?」

 

「神という名に語りながら尊敬にも値しない行為をしているので鼻でしか笑えない事ですかね。」

 

「貴様、幻想郷の創始者の一人である私にそのような口ぶりを。」

 

「わがままな理由ですよね。邪魔な奴がいるから異変を起こして訪れた人に処理を押し付けるなんて。それで幻想郷は今どうなっているのかと言えば、四季に翻弄されて大きく混乱していると思いますよ。尻拭いは誰もしてくれませんよ?隠岐奈さん。」

 

「よくぞ、そこまで言った。私に対するその無礼。到底許せるものではない。」

 

「でしょうね。表情を見ていれば分かりますよ。」

 

「貴様は私にその顔を見せるな。気に入らん。」

 

「そうですか。」

僕はどれだけ表情が固まっていたのかと思えるほど顔が痛かった。他人事としか捉えていないが何がおかしいと言えばガラクタを押し付けているだけの異変である事だろうか。

 

僕は柄には手を握っていたが抜く事はしなかった。しかし、すぐに抜こうと思えば出来ないこともない。

 

バッコーン!

 

剣と弾が当たった際に、爆発音とともにその音が鳴った。何がおかしいのかと言えば向こうの方が強力であることだろうか。

 

「貴様は私を愚弄した。そうだよな?」

 

「さて。どうでしょうか。」

 

「その罪、どう償うつもりだ。」

 

「知りませんね。」

 

「その態度が気に入らないな。」

 

「そのように私情だけで動くのが神だとすればそこらへんにゴロゴロいるでしょう。幻想郷を作った賢者ならそれなりの行動を見せてください。今のままでは僕は何を言ったらいいのか。さっぱりです。」

 

「くっ。もう良い。相手もしなくないわ。」

 

僕はその言葉を聞いて舞さんと里乃さんに声をかけた。

 

「帰り道を案内して欲しいです。」

 

「はいはい。わかったよ。」

 

「僕たちに任せて。」

 

「すみませんね。」

 

「「ちょっと付いて行ってあげるよ。」」

 

「その気遣い痛み入ります。」

 

僕は後戸の国を後にして紅魔館に帰る事にした。少し疲れた僕は美鈴さんに一言言って古い舟を出してもらうと湖の上に浮かべて寝転ぶ事にした。湖の細かな揺れと上から聞こえてくる妖精たちの声を聞きながら、僕はそのゆりかごの中で眠りにつく事にした。勿論、ネムノさんに手伝ってもらって取ってきたキノコは美鈴さんに咲夜さんに渡してもらうようにお願いした。今頃、運んでいっている頃だろう。しかし、今回はどうにも不完全燃焼な気がする。それとも他にやれる事があるのだろうか。

 

 

後戸の国、その場所には少年が言っていた通り、四人が訪れてきたが誰もイマイチパッとしなかった。幻想郷の創始者の一人である隠岐奈は内面の心の奥でそのように思った。別に弱いということもない。それに、中には博麗の巫女もいる。引き渡すには十分だった。しかし、あの少年ほど、インパクトというのは無い。四人とは適当に終わらせていた。

 

隠岐奈は思った、あの少年の会話はしっかりと覚えている。それは今からでも復習に向かいたいほど。しかし、どうだ、他の四人とは何をしていたのか何も思い出せない。少年の発言には確かに芯があるのかもしれない。それに比べて他の四人はどうだろうか。全くそのような気配がない。

 

「くっ、何だあの人間。」

隠岐奈は一人で呟いた。それをに聞いていた二童子、舞と里乃は静かにしていた。

 

「お前たち、少年の顔は覚えているか?お前たちの好きにしてこい。」

 

その言葉を黙って聞いていた二人が後戸の国から降り立っていく。その後ろ姿を見ながら隠岐菜は思った、あの少年が欲しいと。そうすれば私が一番上になる。

 

やる価値はありそうだ。そう思えるととても楽しいことだ、と隠岐奈は思った。そして笑みがこぼれる。人一人いないこの空間ではその声だけが響いていた。その声に反応するものは誰も居ない。



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43話

青天の霹靂と言うのには丁度良い出来事が目の前には起こっていた。

 

サイドヘアは腰辺りまで伸びているが後ろ髪はショートヘアーで明るい黒色、という髪の色をしている。そして頭には烏帽子と思われるが折り曲がっているものをかぶっている。とても鮮やかな緑色で右手に持っている笹と同じような色をしていて、襟と前掛けは白色で、そこには黄色いリボンが取り付けれている。襟には蝶ネクタイのようなものが、前掛けには細いリボンで蝶結びになっている。腰には黒いリボンをつけている。

 

左と同じく髪型と被り物は変わらなかった。しかし、髪色は茶色の方に近い髪をしている。どちらにせよ、綺麗な髪には変わりない。紅色のドレスのような服装であるが舞さんと変わらない。唯一違うとするなら、顔つきが幼く感じるのと何かを葉を持っているという事だろうか。一本の枝に葉を何対かついているもので葉の形は細長かった。

 

「舞さんと里乃さんですか。隠岐奈さんの二童子でしたね。今日は何をしに来たんですか?」

ついさっき、僕が会ったことのある人が時間を待たずしてここへと現れた。何が目的でここに来ているのかは全くもって理解出来ないが、もはや何をしたら良いのかは僕の指揮に任されている。

 

「僕は貴方について行きたい。それだけだよ。」

そんな事を言われても、僕はまさかの事態にどうしようか迷った。そもそも何のためにここまで来たのか、隠岐奈さんは許しているのか。そんなところを考えてしまう。

 

「隠岐奈さんはどのように言っているんですか。」

僕は目の前の二人がとても怪しかった。

 

「何も。好きにしていいって言われているよ。」

その言葉はどこまで信用していいものなのだろうか。そもそもそれは信じていいのだろうか。

 

「ふーん。それは、困りましたね。僕には責任が取れません。それに何処かに行かせるのも気が引けます。どうしましょう。」

 

「なら、僕達に貴方の住処を分けてよ。眠る場所があったらそれで良いよ。」

 

「あー、その手が、ありましたね。何というのか、とても理解しにくいですが。」

僕は舟に取り付けられている櫂という水かき用の道具を用いて紅魔館へと漕いでいく。

 

「ねぇねぇ。名前は?」

そう聞かれた。丁度力を込めて漕ぐところで言われたので誰が僕に話しかけてきたのかはよく分かっていない。それに舟に分けられる水の音があり、話せたものではないのかもしれない。

 

「ヒカルです。」

そう言えば、あの時は急にテストを称して弾幕勝負をしていたような気がする。少しだけ体が何をしたのかを覚えている。あの後戸の国での出来事は抜けていたり、強く印象付けられていたりするがどちらも半々程度で結局のところ、あまり覚えていないという言葉に収束する。

 

「ヒカルって言うんだ。宜しくお願いしますね。ご主人。」

 

「あ、いや、僕がご主人にはならないよ。あとで紹介するからその時に話すね。」

 

「ご主人、私に何かやれることはありますか?」

 

「いや、別にないかな。先に地面に向かっていても良いけど。ここで話し相手くらいならやれる、かな。」

 

「「それなら僕(私)たちが応援してあげる。」」

その言葉通り、僕は応援と称して何かをされた。僕は最初のうちは何とも感じなかった。だが、櫂によって押し出された水が溢れるほど力が強くなっていた。そしていつもより負荷がかかるはずなのに別に問題ないほどに感じた。とても軽い、それが僕の第一印象というところだろう。それから何をしたのかと言われると減速していき、紅魔館のある離れ小島までは辿り着いた。そこには紅く塗られた館があり、僕が今のところ間借りしている紅魔館というものが見える。ここからは舞さんと里乃さんに任せてみる事にしよう。

 

僕はその後、美鈴さんの横を会釈で通り、咲夜さんにお客様が来た事を伝えた。事情を話してレミリアさんのところまで案内をさせてもらえる事になった。咲夜さん曰く、お嬢様はどう思われるか、それは私でも分からない、と言われた。それに肯定の意を示した僕は静かに舞さんと里乃さんを連れていく。



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44話

紅魔館の廊下はいつでも薄気味悪い。ろうそくと木製の扉が永遠と続く廊下ではその恐怖心から両腕には同じ折り曲がった烏帽子をつけた二人がつきまとう。その様子を見て、咲夜さんは少しだけ笑みをこぼしていた。僕にとってその反応はどのように返せば良いのか迷うものでどうしようもなくなっていた。微笑ましく思えるのか、単純に滑稽に見えているのか。少しだけ加虐性のある咲夜さんの時はこのような表情をしている。所詮は素というものだ。

 

「お嬢様、客人が参られました。」

扉のノックは三回、それ以上はなく、扉の向こう側からの反応を見ていた。どうやら咲夜さんの能力である時間停止によって予めレミリアさんには話は通っているらしい。

 

優しいとはいえ、吸血鬼なのでどのようになるのかは咲夜さんでも分かっていないだろう。僕はいつになく緊張していて手の平から水っぽい何かと震えが身体中を襲った。武者震いだ、と人は言うだろうがきっと怖いだけだろう。何となく落ち着く気配がなかった。

 

「入りなさい。」

扉の向こうから声が聞こえた。壁の向こう側から聞こえるので少しだけくぐもった声をしているが確かに元気そうなレミリアの声だった。

 

「では、ヒカルさん。扉を開けて入ってください。」

表情こそ変わっていないものの、何処か落ち着かない雰囲気のある珍しい姿を見せている咲夜さんが僕の瞳の中に映った。その様子から察するに何か良からぬことが起こるのかもしれない。

 

「大丈夫なの?」

僕の左腕からは弱々しい声が聞こえている。薄暗い得体の知れない場所へと来てこうなるのは仕方がないのかもしれない。赤色のカーペットが永遠と続き、ろうそくがその下を薄暗く、転々と照らしているだけで日光なんてものは入る事がない。

 

「僕が居ますから。安心してください。」

腕の動かせない僕は少し困り顔で咲夜さんの方を見ていたと思う。咲夜さんも少し反応に遅れてから扉を開けてくれた。その奥にはこの紅魔館の主人であるレミリア・スカーレットでいる。僕はちょっとだけ俯きながら入り、咲夜さんに扉を閉めてもらった。

 

「客人と聞いたらから誰かと思ったら。」

サラサラとした水流のような水色の髪で薄い赤色のナイトキャップを被り、口元から吸血鬼らしく歯を見せている。少し寝ぼけているのか、目がほんの少しだけ閉じているように見える。

 

「その腕に捕まっているのは誰?」

 

「そういう反応になりますよね。」

 

「まさか誘拐なんて事ないわよね。」

 

「それはないよ。」

 

「舞さん。」

 

「判断に困るわね。私はレミリア・スカーレットよ。貴女達は?」

 

「私は爾子田 里乃。」

ピンク色のドレスを着ている人が僕の左腕から話しかける。

 

「僕は丁礼田 舞。」

緑色のドレスを着ている人が僕の右腕から答える。折り曲がった烏帽子を被り、サイドを腰ぐらいまで伸ばして後ろは首に到底当たらない程度の長さであるのは変わりない。丁度僕の腕を握っている反対側にそれぞれ持っているものが異なることぐらいしか見分けはつかない事だろう。あとは呼び方か。

 

「あまり害はなさそうだけど。どこで拾ってきたのよ。」

僕はどのように答えるか、それに困った。下手に誤った事を言えばもしかしたら住む事を許してくれるかもしれないが後々が面倒になるのは御免被る。だが、本当の事を言うとしてもあまり情報はない。

 

「舞さんと里乃さんに任せます。」

僕は結果として二人に丸投げする事を決めた。少しだけ間を開けたのでレミリアさんは少しだけ不審がっている。

 

「「はい、ご主人様。」」

それに比べてこの二人は状況を気にしないらしくこの場を楽しそうにしていた。僕にはとても羨ましく思える。そして恨めしく思える。

 

「僕達は隠岐奈という神の使いとして生を受けました。ですが、ある事情により、新たな貰い手を探していました。」

そこまでは舞さんが話してくれた。少しだけ語り手口調なのが気になる。

 

「私達はその最中に出会ったヒカルという少年をついていく事を決めました。隠岐奈様からは許しは得ています。」

途中から里乃さんが言ってくれたのだが、到底伝わりそうのない内容であることは重々承知だ。僕は二人の説明を聞いて何となくそう感じた。そして何か違うような気もしていた。

 

「その隠岐奈という人物が気がかりね。」

レミリアはいつものテーブルに座りながら、紅茶を飲んでいた。相変わらず二人は僕から離れようとはしないのが逆に功を奏しているような気がする。強く出てこれないので多少なり戸惑っているように感じる。

 

「それは僕が説明します。その人は多くの名称のある神で、幻想郷の創始者の一人と称しています。その力は絶大で僕は戦いたくなくて帰ってきました。」

 

「ふーん。そう言うことね。なら、少し談笑をしましょう。こちらへ来なさい。」

咲夜、そう呼んだ。レミリアはこの壁の向こうにいる咲夜さんを呼んでいた。そこまで壁は薄くないと思うがそれだけ咲夜さんの耳が良いのか、レミリアさんの声が通りやすいのかは今は考えない事にした。一々気にしていても先に進まない。

 

「行きましょう、舞さんと里乃さん。」

僕の声に反応してゆっくりと足を進めてはくれたが何処と無くぎこちないので僕は何となく焦りを感じていた。このままでは何かおかしくなってしまうのではないか、そんなところだ。

 

「安心しなさい。食べたりしないわよ。」

レミリアさんはさも当たり前のように言うが、僕からすればそう言ったほうが怖いような気がするのは気のせいだろうか。今はレミリアさんの言葉を信じることにして僕は足を進めた。

 

テーブルにはいつのまにか椅子が三脚とティーカップに入っている湯気の立った紅茶が椅子と同じ数置かれていた。だが、何となく、三脚がレミリアさんの方を向いているような気がする。

 

「もう少し明るかったら問題ないかもしれませんが。」

此処にも案の定窓という外を見るための穴はない。その為、日光はおろか、ろうそくに照らされた廊下と同じ状況でしかなかった。僕は二人をなだめながら座らせていた。その途中でちらり、とレミリアさんを見ると口角を上げて目を細めた表情をしていた。

 

「それは仕方がない事よ。それでは、始めましょうか。」

何となく夜の王たるオーラがにじみ出ているようで二人にはすぐに分かるらしく、僕はティーカップを握るようなことは出来なかった。今更かもしれないが両端からほのかに香る物があり、嫌な感覚を覚える。

 

「まず、ヒカルのどこが気に入ったのよ。」

 

「僕は隠岐奈さんに立ち向かったところ。」

舞さんが答える。

 

「かっこよかった。」

里乃さんが端的に答える。せめてどの点がそのように感じたのかぐらいは話して欲しかった。

 

「そう。それで此処にきた理由は?」

レミリアさんはその二人の回答を踏まえて次の質問をしたのだと思う。僕にはそう思えた。先に名前は聞いたし、そういう事になるのだろう。

 

「「ヒカルさんがいたから。」」

二人は口を揃えて言う。それだけなら、別に良いのだがこれで納得するのだろうか。レミリアさんにとっては得体の知れないものを入れるのにこのような理由で良いのだろうか。何となく僕は不安になったが、その反面、何となく安心したような気もした。

 

「はぁ、良いわよ。寝室くらいは用意できるでしょう。」

レミリアは半ば諦めていた。それはそうだろう。単純な言葉でしかない為、裏の取れないが純粋な物であるので追い返そうにもそれがやりにくいのだろう。

 

「良かったですね。」

僕は二人に話しかけた。それに反応して二人からの視線が痛いほど伝わってくる。その時ばかりは僕もどうしようか迷った。

 

「でも、その子たちはヒカルに任せるわ。」

 

「そうなりますよね。」

 

「私達が入れそうな関係ではないわよ、それ。」

 

「本当にどうしましょうね。」

 

「口が緩んでいるわよ。」

 

「そうですか。僕は此処で。お騒がせしました。」

 

「その事は気にしないで。」

何故だがわからないがレミリアさんは誇らしそうな表情をしていた。僕にはそうなる理由は分からない。

 

まぁ、僕が気にするようなことでもないのだろう。



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45話

舞さんと里乃さんが寝るための部屋を何とか用意したレミリア、の指令によって動いた咲夜さんによって二部屋が空間内に作られた。どうやら紅魔館が外の見た目よりも幾分か大きい理由は咲夜さんの時間操作のおかげであるらしく、どうやら空間もある程度広くすることが出来るようだ。お陰で掃除が大変なのだろうがあ基本的に1日で終わらせている。それは妖精メイドの尽力と咲夜さんのフォローによって成り立っているらしい。僕も一応手伝いはした事はあるのだが、全くと言って活躍する事はなかった。言葉はあまりないが全員が連携している。そして何度も掃除はしないように声を掛け合っている。それと雰囲気で醸し出している。ただ、掃除が終われば外へと出て、遊んでいる。どうやら本当はこちらの方が妖精として常識らしいが僕は中の様子しかないので働き者という印象が浮かびやすい。

 

「お兄さんだあれ?」

僕はパチュリーさんの前で魔道書を読みながらおもむろに立ち上がり、魔法の試行を行う。ただそれだった。しかし、今日は全くと言ってそのような事はなかった。

 

目の前には金色のサラサラとした髪をしている白いナイトキャップを被った赤い瞳をしている少女が立っていた。レミリアさんの同じく、口からは鋭い牙が見えている。羽はしゃらしゃらと音の鳴りそうな様々な色をした宝石のついた羽で飛べるのかと言われる到底無理なのだと思うほど。翼と呼んでいいのだろうか、僕はそう思えた。まるで黒い枝につけた宝石の果実を取り付けたようなもの。赤色の巻きスカートからは少し血色の悪いのか、色白い肌が見えている。

 

「ヒカルです。レミリアさんの妹、いや、姉、うーん。どちらでしょう。」

 

「紅魔館の主人の妹のフランドール・スカーレットよ。よろしくね。」

何処にいたのだろうか、僕はそう感じた。紅魔館で過ごしてから何ヶ月と立つのかもしれないがこの人の姿は一切見たことがない。それに、妹と言うのなら、一言くらい紹介があってもいいと思った。何か隠していることでもあるのだろうか。僕はあまりにも深読みしすぎている事を感じて、そっと筆を置いた。

 

「見たことがないのですが、如何してですか?」

 

「いつもは地下室にいるよ。」

フランドールさんはいたって普通に答える。その笑顔は子どもらしく、無邪気なものだが少しだけ狂気を孕んでいる。気づいた人から嫌悪感をむき出しにされるような表情をしている。僕はとても可愛らしいものとは思えなかった、王として君臨していても不思議ではない。まるでお父さんのような人物だ。僕は一瞬だけだが出してしまったのかもしれない。

 

「地下室ですか。寝食はそこで行なっているのですか?」

 

「そうだよ。私が出たがらないから咲夜が持ってきてくれるんだ。」

 

「そういうことですか。その理由はお聞きしても大丈夫ですか。」

 

「今は大した理由じゃないよ。単純に慣れている環境だからかな。貴方もそういう経験はあるかもしれないわ。」

つまるところ、長く親しんでいた場所がそこなので出ようとは思わないという解釈でいいのだろうか。それが地下室と言われるとそれは十分に設備は整っているのだろうと思う。

 

「あまりないですね。部屋にこもっている事なんてあまりなかったです。」

 

「へー、私と正反対なんだね。」

大きな笑顔で子供らしい、そこで終われば良いのだが、狂気が見え隠れしているのがどうしても僕は気になる。

 

「どうして?」

その時ばかりはあまり表情が動くような事はなかった。

 

「お父さんによく連れ出されていました。もちろん、拒否することも出来ましたがとても興味があるんですよね。それと長旅だったりすると家族で移動したりします。そもそも部屋に居た時間は最低限なのかもしれません。」

 

「お姉さまはそんな事はなかったわ。私は狂気と共存しているの。それが皆を傷つけるかもしれないから。それで私は閉じ込められていたの。」

何となく話の方向がマイナス方向へと向かっているような気がした。しかし、本当にそんなことがあっていいのだろうか。何とか楽しい話にならないのだろうか。

 

「でも、今はあまりそのように感じないのですが、如何してですか?」

 

「それはお兄さんが前に救ってくれたの。」

お兄さん、果たして誰なのだろうか。僕の予想は何となくついているような、そうでもないような。自信のないという状態だった。

 

「もしかして黒髪の青年で自由人ですか?」

 

「そうかな。毎日此処にはいたけど。偶に居ない時があったかな。」

フランドールさんはキョトンとした表情で僕のことを見ていた。何を聞いているの?そんな疑問を投げかけられているような気がした。それだけなら問題ないのかもしれないけど何処か違うような気がした。

 

「そうですか。人違いのようです。」

 

「どういう意味?」

 

「気にしないでください。独り言です。」

フランドールさんはふーん、納得したような気配のある返事をしてその場から離れようとしていた。もう話すような事はないのだろう。不思議な人だったが子供だと割り切ればとても扱いやすい部類にはなるのだろうか。僕は少し首を傾げて考えてからすぐに魔法の試行に移った。まだやれない事や先代の遺産は習得し切れていない。

 

「よし、やるか。」

僕は気合を入れてその場で魔道書を片手に持ちながら何と無く想像してみることにした。

 

「ねぇねぇ、私と遊ばない?」

 

「ん?遊びですか。」

僕は締めの前に集中していたのか、少しだけ反応が鈍っていた。魔道書にしおりとなるものを挟んでフランドールさんの目を見ることにした。

 

「そう。お兄さんもよく遊んでくれたの。だから、体を使って遊ぼう。」

駆けっこでもするのだろうか、僕は思った。右腕に挟んでいる魔道書を何処に置こうか考えながらフランドールさんは何をしたいのか、当ててみることにした。

 

「やはり、広い空間もありますし、駆けっこをやるんですか?」

 

「ううん。違うよ。」

それだと何をやろうとしているのだろうか。魔法が扱えるのでそれで対決、みたいな事なのだろうか。そうなると僕は何処まで対処出来るのか気になるところだ。だからと言ってやるかと言われると遠慮しておきたい。

 

「でも、剣は持ってて。危ないから。」

 

「危ない?」

僕は思わず聞いてしまった。何を話そうとしているのか全くと言って見通せない。

 

「そうだよ。行くよ。」

先程より上機嫌なフランドールは自身の魔力を集約したと思われる剣を作り出していた。それだけ強大な魔力を有しているらしく、くっきりとした剣の形になった。燃え上がる炎のような刀身は実態というものがあるのか、不安になるようなもので常に揺らめいていて危ない代物であるのだけは伝えていた。

 

「まさかとは思いますが、勝負なんですか?」

 

「そこまで本気にやるつもりはないから、気にしないで。」

笑っているだけのフランドールがこれまで怖いと思った事はなかった。此処一番の狂気を覗かせているその表情がどうしても僕は認めたくなかった。そして此処から何を起ころうとしているか、も。

 

「辞めませんか?あまりにも戦力差があると思います。」

 

「だから全力で来ていいよ。その辺りはちゃんと手加減できるから。」

そういう問題ではない、と言いたいが到底言えないようなものだった。相手は子供だ。いくら吸血鬼のレミリアさんの妹だからといっても見た目は子供でしかない。僕はその過信を信じてみる事にした。しかし、ちょっと怖い。

 

「分かりました。遊びですもんね。お互い怪我をしない程度にしましょう。」

 

「ハハハ。多分、一方的だよ。お兄さん?」

あ、僕、死んだかも。そんなことを思った。お父さんでさえこのようになった事はない。あの人はかなり手加減していてくれるのだが、それでも僕は直感としてそのように思えた。

 

遊びの始まりはフランドールさんからだった。炎のように燃える大剣を僕の足元へと払うように動かしたのを僕は左脚を上げてその下を通させるように避けた。急な出来事に心臓がドクドク濁流が流れているように鳴っている。しかし、跳ね上がった心拍数が僕の闘争心へと繋がったような気がする。魔道書を遠くへ投げ捨てて僕は腰に携えていた剣を二本一気に抜いた。その時、ジャリジャリ、と嫌な音がしたが気にしていられる余裕はなかった。目の前には何処かこの世のものとは思えない何かが居て、僕はそれと対峙しないといけない。この場で伝わってくる力の差は歴然なものだった。でも、と僕は思った。

 

此処で負けていては追い越すことができない存在があるという事を何となく感じた。僕からすればその人は身近にいる厳しい人であり、とても優しい人だ。好きな時に好きな場所へと行くし、仕事の合間でも僕のことを優先してくれる。だからこそ、超えていかないといけない。そんなことを強く胸の中に感じた。

 

「楽しく遊ぼうか。」

僕はフランドールさんの嘲笑とも思えるその表情から発せられた事に買い言葉のように上からのせた。僕にとっては此処で転んでいてはいけないと思える存在がいる。

 

「そうだね。」

この時ばかりは子供のような満面の笑みを浮かべる。狂気と隣り合わせのそれは少しずつ歪んでいるように感じた。

 

刹那、僕の左脚は後ろへと滑り出した。カーペットがそれに抵抗するようでキリキリだった。

 

僕にとってその出来事はまるで摩訶不思議な事だった。

 

僕の胸の辺りを一本の炎が通り抜けている。剣の切っ先で突いてきたフランドールさん。その先から両手で僕の方へと寄せてきた。

 

あと少し反応が遅ければなんて事は思った。剣で防げたその一撃によって床を三回転半した僕はすぐに体勢を整えて剣をフランドールさんに向けていた。その切っ先が向いているものは喉。急所とされる体の中心部分。僕はその場で止まり、相手の動きを見ている事にした。力任せであるが、単純なのかと言われるとそうでもないような気はする。それから一つ、これで手加減されている。そのことだけは肝に命じておかないといけない。もし、此処で止めるようなことができなければ三回転程度で済む威力ではなかった。

 

首を傾げたフランドールさんはトコトコと脚を動かして僕の方へと近づいてくる。これは遊びだ、手を抜いて相手に合わせてあげるのが年上として必要な事なのだろうが、そんな事は叶いそうもない。

 

脚元がきゅう、と力を込め出していた。その時には僕は何処か油断をしていたのかもしれない。

 

一撃目は単純に上から押しつぶすようなものだった。二撃目はそこからの足払い。僕は見事に転んでいた。そして、三撃目には下から掬い取られるように剣を振るわれた。その時ばかりは運が良かった。直接的な損傷はなく、本棚に頭をぶつける形で止まった僕はしばらく起き上がることが出来なかった。

 

「ハハハ、だから言ったでしょ。一方的だよ。」

その時に僕はどうしても心から湧き上がるものを感じた、その時になって僕がどれだけ怠慢であったのかを教えてくれるかなように目の前の敵を倒すことしか考えていなかった。こう何か起こしてはいけないものを起こしているような気分になる。それが何かを分からず、受け入れていいのかも分からず、僕は己の中に問うてみる事にした。答えなどありはしないのだが。

 

「それはどうなるかは分かりませんよ。大人気なく行かせてもらいます。」

僕はその時には走り出していた。頭を打った衝撃なのか、少しだけ思考がふわふわしている。だが、その感覚がどこか懐かしいような気がして、どうにもその快感が忘れれなさそうもなかった。

 

「どういう事?」

フランドールさんは急な動きについてこれていないらしい。物理的ではなく、心理的なそれが反応を鈍らせている。

 

僕はフランドールさんの左側に潜り込んで上から右腕を振り下ろした。が、それは外れる。いや、外す気だった。本命は左腕で暴れたさそうにしている剣だ。

 

ぼくの背中からはニョッキ、と一本生えてくる。流石にそれは避けられそうもなかった。左胸を刺した僕の剣はフランドールさんの血を吸って満足そうに笑っている。僕はそれを感じて左腕を力なくすように下ろしてから少しだけ間合いを開けて後ろを振り向いた。そこには不思議そうに首を傾げているフランドールさんが左胸からダラダラと血を流しているのが見えた。流石にやりすぎたかと思ったが別にそうでもなさそうだった。

 

「熱い、熱いよ!私の胸が躍ってる!」

先ほどまでの純粋無垢な子供の笑みから狂気を孕んだ笑みへと変わっていた。これが本来のフランドールさんの姿だとすればそれはかなり異質なものであると感じる。まるで怪物、この世の終わり。凄まじい眼光を僕に向けているフランドールさんは何処か虚ろな目をして僕の方を向いていた。獲物としてしか捉えていないような気がしなくもないがそれはれっきとした狩りなのだろう。

 

僕はその変わりように圧倒されるしかなかった。そして僕は剣を握っていることを確かめた。その事については何も言わない。ただ感触が両腕の中から感じる事だけが唯一の救いだった。それ以外は何もなさそうだった。

 

「ねぇ、お兄さん?私のハートをもっと踊らせて。」

慈愛、なんて言う生易しいものではなかった。此処からはさらに過激なものへと進んでいく。

 

僕はその時に覚悟を決めた。



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46話

フランドールさんとの間合いは人間が二人横になったらもう入らないという程度。どちらも一刀足の間合いではないが此処に置いて分があるのはフランドールさんの持っている炎のような刀身をしている大剣はそれを凌駕しそうな気がする。フランドールさんの魔力を体現したかのようなそれは間合いなんていう次元を軽く超えてきてもおかしくはなかった。それほどにフランドールさんは強いのだと感じる。力、速度、どこを取っても僕は負ける自信はある。唯一勝てそうな部分は技術なのだろうがどこまでカバー出来るのかは此処から先は分からなくなる。いなすか、止めるか、避けるか。その三択だろう。

 

右手の中に納められている炎を模した大剣は何処か朧げに揺れていた。そして爆発を起こしたように膨らんだ大剣を上へと持ち上げたフランドールさんを僕は下から見ていた。少しだけ飛び上がり、力の差で押しつぶそうとしている脳筋のような戦法。

 

僕の上でピタリ、止めたその大剣は下へと降りてくる。

 

早かった。

 

下へと動いてくるその力を二本の剣を使って背中で受け、その力を利用して横へと飛んだ僕は床を滑って体勢を低く保った。そして後ろを振り返る。フランドールさんの左胸からはもう血は流れていなかった。吸血鬼の回復力は侮ってはいけないと感じた僕は、それと同時に勝てるわけがないとも思った。しかし、それ以上に自分の胸が大きな音を立てているのを感じた。それだけではなく、何処かフランドールさんのその雰囲気が移ってきたような気もする。

 

人はいう、それは狂気、誰かを傷つけたくて致し方ない感情であると。

 

僕は床を蹴り出してフランドールさんへと近づく。それに気づいた相手が僕から見て左側から速度を上げて炎が近づけていた。その速度は別に捌けないわけでもなかった。タイミングもあるのだろう。僕は大きくできるだけ垂直に飛び上がった。その時に同時に風の魔力を足裏に集約して使った。加速して前のめりになった僕の体はフランドールさんの頭上を悠々と飛び越えた。そして僕は両手を使ってフランドールさんの頭をあらぬ方向へと曲げる。一瞬だけだ。その一瞬、視界のずれた相手はその一瞬だけ隙を見せる。その瞬間に僕は床に着地して後ろへと蹴り出した。しかし、距離があった。後少し近ければ当たる。後、一伸ばしくらいだった。それぐらいの距離だが当たらないものはどう足掻こうとも当たらない。僕はすぐに後ろへと跳んだ。

 

そのタイミングでフランドールさんは僕の方を向いている。そしてその勢いで足払いをされた。此処では僕の諦めるタイミングが悪かったとしか言いようがなかった。左脚を軽く打ち上げられた僕はその方向へと体が動いて体勢を崩した。床に当たる右半身からの痛みはすぐに脳に伝わった。しかし、それよりも先に目の片隅から入ってきた情報の方が深刻だったのか、そう痛みは感じなかった。

 

下から床をえぐり取るように炎が近づいている。僕は両脚を使ってその場から離れる。その時ばかりは流石に傷を負った。爆発にでもあったかのようにふわっ、と僕の体が浮かんだ。前転で受け身をとってはみたが、体は悲鳴を上げている。相当な威力を持っているようで侮っていたところなのかもしれない。

 

しかし、まさかこうも簡単に状況をひっくり返されるとは思ってもいなかった。これが圧倒的な力の差というものなのだろうか。こちらが頑張って頭を使って、自分の持てる力全てを使ってジリジリと押していた状況でも相手はただの一振りでその状況を返してくる。この人の遊びに付き合える人はきっと相当な力を持っていたに違いない。諦念が段々と出てきた僕には開き直ってそんなことを考えていた。だが、いくら考えても答えなど出てくるようなものでもない。それに、戯言に頭を使う暇もない。

 

「まだフランと遊べる?」

 

「ええ。」

この回答には後悔はしていない。だが、体は満身創痍そのものだった。

 

「フラン!何してるの!?」

遠くから聞いたことのある声が聞こえてくる。その声はとても刺々しいが何処か優しさのある声だった。何と言えば伝わるのだろうか、考えている余裕もなかった。

 

「ごめんなさい。」

ワナワナとしているフランドールを見てこの人は怯えている存在なのだろうと勝手に想像した。僕にはどうしてそのように感じるのかは分からない。まだまだ紅魔館の事については知らないことが多い。

 

「貴女は力があるんだから。もう少し教えてあげる必要があるかしら。」

その声はパチュリー・ノーレッジ。またの名を七曜の魔女。彼女はつき、火、水、木、金、に加えて土、日を扱える。五要素しか扱えない魔法元素だが、彼女にかかればそんな壁は超えているものだった。

 

それに比べて僕は風と陰と火くらいだろうか。後は魔法陣が少々。勝てるわけもなかった。

 

「それはやめて。」

 

「良い、フラン。その子は前の青年よりも弱いのよ。同じように遊んじゃ駄目じゃない。」

 

「はい、ごめんなさい。」

フランドールは先程まで持っていた炎を具現した大剣はどこかへと消えていた。そしてスカートの裾を強く掴んでいるのを見るに、相当我慢きているように感じる。僕はその姿がかわいそうだと思えた。

 

「私に謝る必要はないわ。」

 

「ごめんなさい、お兄さん。」

フランドールさんは僕の事を見ていた。そして頭を下げている。それだけだった。それがどれ程のものであるのかは僕は考えていなかった。

 

「次、フランドールさんに話しかけた時は勝つ時です。待っていてください。」

当分の目標はそれだろう。僕にはまだやれる事がある。その姿を見て、小さく興奮したような表情を見せたフランドールさんは僕の事を快く送り出してくれた。

 

パチュリーさんは、と言えば、僕は見ていない。



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47話

曇天の昼下がり、僕は妖精たちの舞う霧の湖を見ていた。遠くからは微かに声が聞こえる程度で何処にいるのかは検討もつかないが、しっかりと存在だけは表明している。頰を強く撫でるような風が吹いて僕の心がざわつき始めていた。その隣では僕の気持ちを察してなのか、門番が立っている。

 

赤色の長い髪で緑色の丸みのある帽子を被った同じ色のチャイナドレスを着用した女性だ。その人は遠くをいつも見つめている。それか、壁にもたれかかって眠っていたりする。ひらひらとした部分には金色の龍の刺繍が施されていて紅魔館とは少し似合わないと思う格好をしている。

 

「何か悩みでもあるんですね。」

その人は僕の方を向いて優しい声で聞いてくれた。その声には何か麻薬でも含まれていると思うような心に寄り添うものだった。

 

「まぁ、ありますが。話してみても良いのかどうか。」

僕は紅魔館の紅いレンガの壁に背中を預けてただその場にいるだけだった。無言で現れた僕に話しかけようとするその度胸もさながら、帰ろうかと腰を上げようとしていた頃だった。丁度気持ち的に切り替わったような頃合いだった。

 

「是非、私に聞かせてくれませんか?この職はとても暇なんです。」

彼女は紅魔館の門番であり、武道家でもあると思われる紅 美鈴という人物だ。気を操る程度の能力の持ち主であり、丁度僕の窪んだ心も見透かされていたのだと思われる。きっと、ここで闇雲に攻撃を与えようとしても軽々しく避けられるのだろう。

 

「分かりました。」

僕は上げ掛けた腰を下ろして背中をもう一度預ける事にした。美鈴さんとの距離は丁度三人程度が横に並んで歩ける程度の広さの門の端と端である。小さい声で話していては聞こえづらかった。

 

「数日前ですかね。僕がフランドールさんの遊びに付き合う事にしました。」

その時、僕には何か分からない焦燥感というものがあり、フランドールさんとの遊びを早めに終わらせようとしていた。

 

「それで。」

美鈴さんは僕の声をしっかりと拾っていた。

 

「その時に感じたものが何か気付くのには少しだけ時が必要でした。」

魔道書を読んでいても実践してもなければ何も得られるものはないはずです。きっと美鈴さんにも分かるだろうと思います。

 

「武道にも確かにそのような側面があり、似ているかもしれません。」

 

「ですよね。僕にはきっとそれが足りなかった。」

僕にとって一番必要なのは教養のようなものではなく、体に覚えさせる時間が必要だと思いました。

 

「確かにそうかもしれません。ですが、実践の前に基礎を固めておくのが一番重要ですよ。」

 

「仰る通りです。」

なので、僕はここまで抜けていたと思う魔法についての事を学びました。後は、実践できる相手を見つけるだけです。

 

「それなら私が。それぐらいの余裕はこちらはありますよ。」

ニッコリとした優しい感じの笑みで僕の方を見ていた美鈴さんはその表情と裏腹のことを言っている。その言葉を間に受けてもいいのだろうか、と僕は変に警戒してしまった。その気はきっと美鈴さんにも伝わっているのかもしれない。

 

「そこまで緊張はしなくていいです。体は丈夫なので。」

その時、僕は確かに思えてしまった。よく後頭部から血を流しているが基本的にけろっ、としている。その姿は何事もなかったかのように神経がないと勘違いしても仕方がないことだった。

 

「そうですよね。色々と頼みたいです。」

 

「分かりました。こちらからは攻撃は加えません。では、来てください。」

紅魔館の黒い鉄格子の縁の前で美鈴さんは構えていた。僕はその反対側で腰をあげるとゆっくりと剣を抜いた。

 

「何かある、訳ではないですよね。」

僕は不安になった。特に理由はない。

 

「いいえ、別に。」

 

「そうですか。」

僕の返答が少しだけ可笑しかったのかクスッ、と笑った美鈴さんは少しだけ気が抜けているように見えた。

 

「では、やりましょう。」

こうなると既に武人の顔をしていた。凛々しく、かっこいいとさえ思えるその顔立ちに僕は憧れの眼差しを向けていたに違いない。

 

僕は初撃なので軽いものにしようと思った。右腕を大きく動かして空気振動を与えた。それだけだ。これを風の元素なんて言うそうだが、実際に見たような事はないし、触れたこともない。

 

それは美鈴さんの横を通り過ぎた。はっ、としたのか眼を見開いていた。美鈴さんは思ったよりも強い一撃が飛んできた事に驚いたのだろうか、なんて事を思った。

 

「何かありましたか?」

僕はつい聞いてしまった。その言葉には何も意味がないと思うが美鈴さんの目は確かにギラギラと輝いていたのを覚えている。

 

「実践の中で繰り出すのが一番良いでしょう。」

美鈴さんの一蹴りで一気に間合いを詰められた僕は後ろへと跳び、その場所でタイミングを遅らせた美鈴さんの右腕の突きを避けた。指をしっかりと伸ばしたその一撃には殺傷能力が高そうな鋭さを同時に併せ持っていた。何が間違いだったのか、それさえも分かっていない。

 

そして、左脚の回し蹴り。折り曲げた脚を一気に伸ばしてその威力も加味された一撃を僕に当てようとしている。それだけで僕は度肝を冷やされた。くるり、と一回転。相手の勢いを利用して力をいなした僕はその体の回転を美鈴さんに当てようとする。

 

僕は左足の裏が地面についた。その時点でどこに行くのかは決めていた。

 

後ろだ。

 

美鈴さんとの間合いを空けようとした。しかし、美鈴さんは微動だにせず、僕の懐へと潜り込んだ。そして顎を打ち上げるように左腕を動かしていた。

 

それは流石に避けきれない。

 

頭の中にある脳はシェイクされて意識は朦朧、背中には何か冷たい感触。そして目の前には赤い景色。そして脱力した体が言うことを聞かないと悟った時にはもう遅かったのかもしれない。

 

美鈴さんは容赦なく僕の脇腹を蹴り上げていた。鬼畜なんていう言葉があれば、丁度いい状況なのかもしれない。ただ幸いなのはこれよりも地獄をみたことがあるということだろうか。

 

その時に僕の体と意識ははっきりとした。それはまるで冷たい水を投げつけられたかのようでさっぱりとした感覚があった。これが荒治療というものなのだろうか、もう勘弁してもらいたい。

 

左腕を手早く円を描くように動かした。剣は逆手、そして足元への一撃に軽く飛び退けた美鈴さんだったが、その動きが仇となっていた。

 

僕はそこまで読んでいた。というよりかは何となく視えた。僕はきっと意識がはっきりし過ぎているだけなのかもしれない。

 

「やりますね。」

美鈴さんにとってその程度の評価であるらしい。だった一撃だ。そのような評価が妥当だと自分の中で納得した。更に認めてもらおうと何をしようか何手か考えてみる事にした。

 

「まだまだ!」

僕にとって最終的にはその程度。

 

しかし、そこからはどうなるのかは僕も分からなかった。それだけの話。

 

遠くからは妖精の声が聞こえる。その声が阿鼻叫喚へと変わるくらいには暴れたと思う。

 

いつの間にか僕と美鈴さんとの手合わせは終わりを告げていた。

 

「何が、起こったのでしょう。」

 

「それは簡単な話、夢か幻だったのでしょう。」

 

「そうかもしれません。」

 

「今日のところは先に帰っておいた方がいいです。お疲れでしょう。」

美鈴さんは僕の事を心配しているようだった。僕には不要なものであるがそれを口から出すわけではない。

 

「魔道書なんて読み漁らず、横になるのが良いでしょう。」

 

「はい。」

どうやら見透かされていたらしい。どこまで美鈴さんには伝わっているのかは分からないが、雰囲気からここまで読み取れるのならば、相当な実力があるのだと思う。

 

僕は黒い鉄格子を押して通ってから視線を下にして俯くように歩いた。その間には綺麗に咲いている整備された小さな庭園があるのだが、今の僕にはあまり興味というものは浮かばなかった。それがどうしてなのかは、もう言わなくても分かる。もう既に決めていることがある。

 

それは、今は心の奥にしまっておこう。

 

夕食の時間も近づいていた時刻なのだろうが僕にはあまり関係のないことだった。偶にこのように時間を潰す事もある。その事を知っている咲夜さんは必ず僕の部屋の扉をノックする。その時まではひたすらに時間を潰す。

 

その時だけは僕の中で沸き立つものがあり、更に深みへと入り込んでいるような気分になり、それがとても楽しい。そして何が起ころうとも変わりのない感じが何となく気分がいいものだった。こうループしているような気がする、それがどうしても快感に思える。

 

「まだ、僕にはやる事がある。」

それが僕の暗示の言葉。そしてやる気を取り戻す危ないクスリでもあった。

 

 

美鈴さんが僕のわがままを付き合ってくれた日から何日が経ったのだろう。僕の中での時間は三日くらいだろうか。それとも十一時間ほど。光なんてものは入ってくる事はない。だからこそ、ろうそくで何とかしているが予備は何本も置かれている。それを取り替えるくらいで済んだ。それに自分の剣を握れば光を出せないこともない。ただ、二つのことを同時に処理するので二律背反が起こるかもしれない事が懸念される。そのくらいだろうか。僕の中で息を出したと完全に思ったのはその時だった。僕は力なく、椅子の背もたれに首を寝かせる。そして目を閉じてゆっくりと呼吸を繰り返していた。それだけだった。

 

そして何も考えない。それだけだ。それで何が起こるのかというと何もない。それがどのようなことなのかは言うまでもない。



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48話

昼は過ぎている。きっと外では太陽の位置は南を超えている。そんな時間なんだと思う。微かに感じる危険な空気とそれにドキドキしている心がある。

 

僕は少しだけ目を擦ってから腕を上に伸ばして手を内側にしながら伸ばす事にした。そして自室にあるベットの横にたてかけている剣を二本取り出してからゆっくりと鞘と柄に触れて腰帯に取り付ける。そして親指で唾を弾くと刀身から発せられる微かな光を見てそのまま自然に任せる事にした。それを反対も行う。それから自分の黒い髪を逆撫でさせて整えてから自分の部屋から出るために扉を開ける。外には無駄に明るい右側の大広間とどこまで続いているのかさっぱり見当もつかない紅いカーペットが敷かれている廊下とそれを照らすろうそくがあるだけで薄暗く、どこから誰が現れるのかはさっぱりである。

 

「ね?咲夜さん。」

 

「あ、ええ。」

銀色のサラサラとした髪をピタリと止めていた咲夜さんは僕の背中の後ろに立っていた。

 

「今、起きたばかりなので食事は後でお願いします。」

僕は後ろを振り向いて丸みのある瞳と魅惑的な唇をした咲夜さんを見てすぐに視線を切った。

 

「用意はしておくわ。」

それでも冷静で瀟洒なメイドはそのように答えて、どこか姿をくらませた。その事は別に構う余裕はない。僕には行きたい場所がある。それだけだ。

 

 

天井にも届きそうなほどの高さのある本棚とそこには種類が数えられないほどの本の数が収納されていた。どうやらここも咲夜さんの空間拡張が行われているようで紅魔館の外からの見た目と同じぐらいの大きさがあるような気がしてならない。僕には全てを覚え切れそうな気はしないが、ここ司書は全てを覚えている。ここの主人のパチュリー・ノーレッジに召喚されて契約を結んだ小悪魔なのだがその仕事ぶりは流石、としか言いようのないものだった。

 

でも、今日はそれをしに来たのではない。今回はパチュリーさんに話しかけに来たのだ。

 

その人がいつも居る机の前に置かれているソファーに腰掛けると僕は何となく時間を待つ事にした。特に理由はない。それからだった。

 

「パチュリーさん、少し呼んできて欲しい人がいるのですが?」

 

「嫌よ。面倒だもの。」

魔道書から視線を外したパチュリーさんは目にかけている眼鏡越しに僕の事を見ていた。紫色の綺麗な髪をしているストレートの髪でサイドは胸下辺りまで伸びていている。その顔からは本当にそれらしい生気の感じられない目を僕に向けている。それだけではないだろう。色々と読み取られているような気はする。

 

「そこを何とかお願いしたいです。」

僕も負けないようにパチュリーさんの目を見ていた。僕はソファーに座りながら、パチュリーさんは机に肘を置きながらお互いを睨みつけるように見ていた。

 

「その前に誰か聞きたいんだけど。」

 

「フランドールさんです。もう一度遊びたいと思いまして。」

 

「はぁ。大人気ないわね。負けたから次は勝とうなんて。惨めには思わないの?」

 

「それは思います。けど、目標を越すために負けのままは許されない。研究も失敗で終わりたくはないでしょう。」

 

「ふん。まぁ、好きにしなさい。呼んでくるわ。」

魔道書にしおりを挟んでからゆっくりとその腰をあげるとパチュリーさんは机の上に丸縁の透明なレンズを入った眼鏡を置いて何処かへと出かけた。

 

そう、今日はフランドールさんへリベンジをしに来た。もし、もう一度負けてしまえばもう一回挑戦しようと思う。向こうは遊びだ。だからこそ、僕は勝てないといけない。そうでなければ、その先に僕の未来は存在しない。それぐらいの覚悟はある。美鈴さんにも迷惑はかけた。きっと咲夜さんにも迷惑をかけているだろうし、もしかするとレミリアさんにも。パチュリーさんや小悪魔さんはきっとそれとはまた別の事をかけているような気がする。そうでもなければあのような表情はしないだろう。だが、誰も追い出そうとはしない。それだけが本当に気になる。

 

「呼んできたわよ。」

 

「ありがとうございます。」

 

「まったく、昔と変わらないじゃない。」

ぼそっ、と珍しく悪態をついたパチュリーさんは何か気になることを話していた。しかし、今は目の前のことを片付ける。

 

レミリアの妹、吸血鬼のフランドール・スカーレット。彼女を追い抜かせばまだ希望が見えるのかもしれない。

 

「お兄さん、もう一回フランと遊んでくれるの?」

 

「ええ。今度は勝ちますよ。」

 

「そうだね。頑張ってね。」

 

「ええ。」

僕には目標がある。だが、その前にあられた障害ならば、どのような手を使ってでも飛び越えていくのが一番いい。そうでもなければ僕はここにいる意味も訪れている向こうの本心を何も分からない。

 

「じゃあ、始めようかな。」

右腕に自身を魔力を集約した大剣が現れる。美鈴さんから聞いた話によれば、レーヴァテインという名前であるらしい。炎を刀身とする剣でそれを片手で操るフランドールさんの実力というのは並大抵のものではないと思える。

 

「わかりました。」

僕はすぐに剣を抜いて構えた。どちらも天に切っ先を向けている。そして自分の体を軸に45度ほどの角度をつけて前にも同じぐらいの角度で構える。柄は軽く持ち、腰あたりの高さで保っている。

 

フランドールさんの一撃はすぐに始まった。最初からフルスロットルのように飛ばしてくるのだが、それさえも僕の想像通りだった。足払い。

 

狂気に満ちたその表情から想定出来ない計画的で無謀な戦法。相手の体勢を崩していき、最終的には食らいつく。

 

僕にはそれは分かっていた。フランドールさんの攻撃を峰で受けた僕はその力を利用して風の元素を集めてそれも使って自分の体を回転させた。その速さはとんでもないものであるらしく、一蹴りでフランドールさんを吹き飛ばした。

 

カーペットの上を滑るフランドールさん。だが、吸血鬼には歯が立たないらしく、何でもないかのように素早く立ち上がった。

 

「お兄さんには本気で挑まないとね。」

フランドールさんの表情は鬼、いや、悪魔。僕にはそんな風に見えた。フランドールさんのレーヴァテインは更に火力を上げて、僕の方を向いていた。それはまさしく業火のようなもので凄まじい威力を持っている。このまま戦えば僕の方は不利だ。こんな怪物と前にいた青年はどうやって渡り合っていたのだろうか。甚だしいにも程がある。

 

フランドールさんは後ろに生えている宝石のように煌びやかに光っている結晶の付いた翼を羽ばたかせて僕の方へと急速的に近づいてくる。その速さは僕が何とか剣を入れて直接的なダメージが入るのを防げる程度。

 

僕はそのまま後ろへと突き飛ばされた。その威力は凄まじい。僕の転がっていたとされる痕跡がくっきりと残されていて、見るだけですぐによく分かる。これが吸血鬼の力なのだろうか。これなら力任せにやっていても何も問題はないと思う。いや、これぐらいなんて、と嘲笑されるようなことはないと信じたい。

 

「もっと!もっと遊ぼうよ!」

フランドールさんは今は最高の気分であるらしく、心のうちに眠っていたと思う狂気という感情を隠し通せなくなっていた。もう見なくても分かるような露骨なほどの殺気には脱帽するしかない。僕はあそこまで出せたりすれば相手を怯ませることもできるだろうに、なんて事を考えてしまった。

 

「まだ終わりませんよ。」

僕はその場で立ち上がる。自然と体は軽く、何処かねじが吹き飛んだような気がした。だからこそ、出せるものもある。



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49話

少年は赤いカーペットの上を走る。その速度は吸血鬼姉妹の妹にも追いつくほどで相手もきっと度肝を抜かされたと思う。

 

少年は最初に空を切った。右腕を大きく振り下ろして大きく隙を作るような真似をした。

 

吸血鬼もその隙は見逃さす訳がなく、持ち前の魔力を集結させて作り上げたレーヴァテインを大きく振りかぶって少年を上から押さえつけようとしていた。

 

が、その判断は誤りだった。既に少年の姿は居なくなっていた。吸血鬼でさえその姿を見失った。左へ首を振る。その方向はある意味正しく、そして気づくにはあまりにも遅かった。

 

少年は気合を込めた大きな声を出す。

 

それに目を見開いているだけの吸血鬼。

 

そのまま攻撃を受けた吸血鬼はぼとり、と何かを落とした。その切り口から来る激しい痛みはいくら強い吸血鬼だからと言っても我慢できるようなものではなかった。狩猟慣れはしていても戦闘の中で負う怪我は今生の中で考えたこともなかった。それは初めて受けた傷でもあった。ここまで誰にも破れなかった記録を易々と乗り越えていく。

 

そのまま少年は一旦距離を取り、様子を静かに狩人のように眺めていた。その姿は一種のスナイパー。的確に狙うための動きを考えている下衆な顔だった。

 

もう余裕なんてものはお互いになかった。一方は元から無理な戦闘に挑み、もう片方は人生で初めて受けた傷に頭の中では混乱を起こしていた。どちらが勝つかは側から見ればそんなものはどうでも良い。早く終わってほしいなんて思っている人もいるのかもしれない。

 

現に小悪魔はこの状況に対して落ち着きなくハラハラとしている。だが、こんな中でも自分の道を進んでいる人もいる。七曜の魔女だ。

 

ここに上なんてものはなく、下というものもない。言わば、平等の力加減で行われている死闘だ。死ねば、諸共。そんな心の叫びが聞こえんでもない。

 

吸血鬼は生まれて初めて受けたその傷の痛みの中に快感というものを何となく覚えたように笑っている。

 

それを気味悪く眺めているだけの少年は静かな目で物を語っていた。それに吸血鬼は楽しいおもちゃを見つけたようににったり、と笑ながらゆっくりと歩き出した。炎のような大剣を床に擦り付けながら狂気に満ちたその体から大ぶりな一撃を全身を使って放つ。

 

少年はフェイントをかけて右側へと避けた。そして前へと走り出す。吸血鬼の左横を通り抜けて滑り込むように方向を変えて斬撃を与える。簡易的なものであり、こちらにいる事を気付かせるのにはちょうど良かった。

 

少年が走り抜けていった方向へと首を向けた。それが単純に罠であるもは気づくこともなく、首は変な方向へと向いた。吸血鬼には何が起こったのかわからないような表情を一瞬だけして、背中から来る一刺しを何も構える事なく受けた。腰骨が砕けるような曲がり方をした吸血鬼は何てないかのように立ち上がる。

 

少年はあの時、真上を飛んでいた。そして吸血鬼の頬を持ち、力を込めて方向へと変えるとそこから体を縦に反転させて両足で腰骨を狙っていた。そして前転して受け身を取るとすぐに後ろを振り向いて次の攻撃が来るのを待っていた。

 

その先では目を赤くして両腕を広げて気を高めているような立ち方をした吸血鬼がいた。その姿は神々しさがあれば救世の神なのだろうが、見る限りは悪魔のような神、邪神であった。どうやら何とか腕は戻せたらしい。その吸血鬼は大きく脚を蹴り出して的を一つ、まるで恨みがあるかのように大きな振り方で少年に当てようとしている。もう制限だとか、そんな物がなかった。

 

少年は左側へと避けて開店して床を転げる途中で床を蹴り出して方向を変えた。カンガルーかのような脚力のある少年は吸血鬼の懐に潜っていた。

 

吸血鬼はそれに焦る。大剣というよりかは自分の身近に使えるもので殴りかかろうとした。拳を固めて下へと振ったそれはそう易々とは当たらなかった。吸血鬼はその一瞬だけでも動きを止めた。もはや、理解なんてものができなかったのだろう。目の前にいたはずの少年がまるで幻だったのかのようにその場には居なかった。

 

そして後ろからはその様子を嘲笑するかのように脳天に回し蹴りを食らった吸血鬼は無抵抗かのように床に倒れた。まず、状況を理解するのに時間がかかり、少年を浴びせた一撃をそこそこダメージを与えられたようなものだったのだろう。吸血鬼はもう笑うしかなかった。

 

アハハハハ、

 

その乾いた笑いは時期に病む。

 

ギロッ、と少年の方をその真紅の目で睨み付けると白くて綺麗な歯を見せるように大きく口を開けて叫んでいた。もう我など忘れた本能での闘争と化していた。それでもパチュリーは止めようともしなかった。

 

生憎、防護魔法を張られている魔道書には吸血鬼の炎も少年の魔法も効くことはない。全ての魔法を吸収するような効果を持っているため、そしてパチュリー自体が高い魔力を有しているからこそ出来る賜物である。本さえ守れたらそれで良いパチュリーにとっては今の二人の闘争は騒音としか思っていない。割って入ろうかと思っても早々入れそうもない。だからここで静観を決め込んでいる。子供同士の遊びに首を突っ込む大人も良しとは思わないのだろう。

 

吸血鬼の大剣は床を叩き割るほどの威力を持っていた。そしてそれを避け切る少年。

 

斜め上に振り上げていた吸血鬼だが、それも当たる事はなかった。少年は脚を折り畳んでその大剣の通ったであろう軌道の少し下に存在していた。まるで意味のなしていないかのようで少しだけ哀れにも思えるその一撃。

 

刹那、吸血鬼の身体は前に引き寄せられるようだった。もう外からではなく、近くから攻撃を仕掛ける。

 

少年はいきなりの左腕の一突きを素早く防いだ。

 

そこには紅い色をしているまるで血を塗っているかのような爪が主に三本当たっていた。その威力はさることながら、それを止める判断をした少年も凄かった。

 

吸血鬼の中指だけが折れ曲がり、両端の指と設置面は変わっていなかった。そして素早く、後ろへと翼を使って逃げていく吸血鬼に近づいていく少年。

 

相手の着地を狩るつもりなのだろか。吸血鬼にとって着地なんてものはそうそうしない。一度飛んでしまえば、獲物を捕らえるまでは飛び続ける。そんな事を知らないのであろう少年は近づいていく。間合いも相手に分がある。それが判断出来ない少年ではないはずだ。

 

突如として怒った大気が吸血鬼に牙を剥いた。押さえつけられるような上からくる突風に吸血鬼が床に叩きつけられる。その着地を床をするように持ち上げた少年の刃が吸血鬼の四肢をもいでいく。肩に深い傷を負った吸血鬼は更に少年の飛び上がった勢いで刺した血色の悪い細い脚には真っ赤な血が出ていた。少年はそれを見るようなこともしない。これは遊びだ。相手の降参がなければ終わるようなことはない。その事だけは十分に承知して欲しい。

 

少年は吸血鬼の足元で笑みをこぼして見下しているのかと思ったが、そうでもないらしく、真面目な顔で静観していた。勝ちは確定しているようなものだがそれはまた違うものであるらしい。少年は一切の余裕は見せなかった。それはある意味、現状でも兜の緒が締まっているのか確認しているようだった。

 

むくり、と起き上がった吸血鬼は先程から続く生まれて初めて知った痛みというものに身体中を震わせていた。それはもう正気の沙汰ではない、これはもう深くまで潜っていってしまった誰にも入る事を許されないデュエル。いかなる事が起ころうとも二人の世界に入る者も、入ろうと思う命知らずもいなかった。

 

少年は静かに立ち上がるのを待っていた。そしてその時を待っていた。相手の動きが過激になる最終局面。吸血鬼は炎の力を強くさせて炙り出すかのように大剣を振るう。それでも少年は微動だにしなかった。

 

その篝火に少し見惚れているとさえ思える。その力は正にクラウンピースのようなもので狂気へと落としてくれるもの。

 

そして大剣は少年に落ちてきた。まるで天罰かなように。そしてそれが受けるべきだと強い力を示していた。

 

だからこそ、少年はそれを受けた。いや、正確には受ける振りをした。

 

少年の双剣がその大剣に触れた瞬間に折り曲がるようになった。そして後ろへと下がる。

 

ステップ。

 

少年の脚が大剣の上に乗ると軽々しく飛び越えていた。それが何を意味するものであるかは言うまでもなかった。

 

逆手持ち、自分の方に刃を向けたままその回転に合わせて腕を伸ばしながら上へと切り上げる。腰骨あたりから肩甲骨辺りまで傷を負わせた少年はその場から一気に離れた。本当はここでもう一撃与えても良かったのかもしれない。

 

吸血鬼の周りには波動があった。吸血鬼として、夜の帝王として、レミリアよりも力ある者として、何より自分の力によって発動させたその波動から逃げた少年は床に押し付けた剣の向きを変えていた。波動の影響は全く受けていない。

 

そして立ち上がる。その身には一切の傷はなく、綺麗な体だった。対して吸血鬼はここまでの幾多の傷の痛みから流石の吸血鬼と言えど、流石にこたえていた。吸血鬼の口から暖かい吐息を吐いていた。

 

少年もそれは変わりはしない。幾ら魔法に頼っているからと言っても使っている自分の体は限界というものになっていた。それでも前を見続けていた、負けたくない相手を見ながら、少年はゆっくりと歩いた。

 

はぁ、はぁ、

 

お互いの口から疲れたというしかない気持ちがダダ漏れしていた。

 

少年が急に叫ぶ。その目は闘志というものを宿している。

 

吸血鬼もそれに呼応して叫ぶ。狂気というものを宿しながらゆっくりと間合いを詰めていた。

 

そこで一気に吸血鬼が四人へと人数を増やした。どれも同じで人相であるので識別はつかなかった。

 

フォースアカインド

 

吸血鬼が持っている狂気に染まった自分の分身を三人出す技。先ほどまでの戦いは本当に遊びだった。此処からが本番、決闘へと姿を変えたその少年と吸血鬼の遊びは最早そうとは呼べないものだった。

 

二体が左右から少年を挟み込む、前から一人。後ろで静観しているのは残った一人。

少年はまず左右を見ていた。両目から左右を中心として全体を見ていた少年は一気に前へと進んだ。丁度その間はガラ空きだった。

 

そしてタイミングは丁度左右の吸血鬼の分身と思われる者が相打ちとなる瞬間で其処に空中で体勢を変えられない吸血鬼の分身と思われる者が上から傷を与えあった二人を斬り伏せる。そして静観を決めていた吸血鬼の本体と思われる者は素早く来た勝負を急いでいるような少年と向き合った。

 

しかし、決してそのようなことはなく、一度止まった少年は吸血鬼の大剣の間合いになギリギリ入っていなかった。もし、振ればその隙に少年が入り込んでくるが吸血鬼には圧倒的な戦力差というものがあった。単純に四倍した戦力が少年を襲う。

 

後ろからは三人、前には移動できない程度にいる大剣を構えた吸血鬼。

 

後ろの三人は既に各々が攻撃体制を作り上げていた。

 

少年は左右にしか逃げ場がないはずだが、前へと進む。その方向に本体と思われる吸血鬼がいるがそちらも構えている。愚直だった。

 

そんな様子をパチュリーは何となく気になってちらり、と魔道書から視線を少しだけ外して見ていた。小悪魔はもう見ていられなくなり、その場で頭を抱えて蹲っている。

 

少年は素早かった。

 

パチュリーが驚く程度には。そしてその使い方をするとは。

 

本体と身代わりのように変わった少年は後ろで左手に持っている剣を右肩に反対も同じ形になるようにしていた。

 

其処から一気に走り出した少年は三人からの不意打ちのような攻撃を受けた本体に双剣を使って水平に斬り伏せる。そしてその先、分身だと思われる吸血鬼にはその先まで届けていた。一気に四人を斬り伏せた少年はその場で立っていた。

 

思わなかった。まさか風の元素で相手の身体を斬ってしまうとは。パチュリーでさえそのようなことは考えもしなかった。その姿にはもう正気なんてものはない。

 

分身であった三人の吸血鬼はその場で破裂するように消えてしまった。本体はあまりにも斬られた上に最後の一撃が致命打となったのか、体に傷はないものの、相当な疲労が蓄積していると思う。

 

そしてここまで大きな音が立て続けに起きていた大図書館では静寂が訪れていた。

 

「天晴ね。」

満足そうに見ている保護者がぼそり、と呟いていた。



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50話

フランドールさんとの遊びを終えて自室へと帰っていた僕はいつのまにか用意されていた人参やジャガイモの入っている温かいクリームスープを一緒に配膳されているスプーンで食すことにした。優しい味のするもので疲れた身体には染み渡るようなものだった。配膳したメイド長はきっとあの様子を眺めていたのだろう。と勝手なことを思った。

 

ただ、実際のところ、僕は気絶をしていたらしく勝敗については何も分からなかった。あの後、何かあったのかもしれないし、何もなかったのかもしれない。もしかすると勝てたのかもしれないが負けているのかもしれない。兎も角真相は闇の中であり、パチュリーさんも口を濁していた。特に話したい内容ではないらしい。遊びとは程遠い事をしていたのは言うまでもなく事実だろう。

 

そう思いながら、僕は自室まで暗くなった大広間を通ってここまでやってきていた。此処だけは窓がある。小さなものだがこの程度で構わないのだろう。

 

 

昨日は食器を自室の外に出してすぐに寝た。大分汚れた見た目にはなっているがメイドの管理が行き届いていないというわけではなく、また別の理由だ。僕がここ数日、メイドを入れようとはしていない。そして、日夜使い続けているうちにこのような有様となった。白のシーツはシワ付き、掛け布団は縦に二つに折りたたまれている。自分でも綺麗にしようとは思うが方法がわからないうちは何ともならないのだろう。

 

そんなこんなで朝になったのだと思う。この部屋には朝日など入ってくるようなことはないが、外では妖精メイドが暴れている。つまるところ、掃除を始めたということだ。どうやら妖精メイドにはしっかりと定刻が身体に刻まれていて毎朝このようになる。その度に起こされるか、集中が途切れたりするのだが、それは過去に住む以上は仕方がないことだと思う。それに文句を言える立場でもないのは重々承知している。

 

僕は少しだけ気だるげな体を起こしてから、自室を出ることにした。今日は特にやることはないが、こうなっては何かやってみるのも良いのかもしれない。廊下はいつものように暗めで、外もまだ太陽は完全に登っていないようで薄気味悪いのは普段通りだ。

 

だが、今回違うのは何処か見覚えのある人が大広間のところに立っていた。金色の髪を逆立たせている人で爽やかな男。目はキリッ、としていて朝にはとても眩しい見た目をしている。

 

「アーサーさん。」

金色の鎧から音を出したアーサーさんは少しご立腹そうにしていた。なぜか、と理由は聞くまでもなかった。

 

「幻想郷の創始者と仲違いをしたそうですね。」

何かしたようなそうでもないような気がするが確か、隠岐奈という人物から二人の使いを貰ったのは覚えている。名は舞と里乃。最近は自室にこもっていたので会ってはいないが出入りはしているのだと思う。

 

「ガラクタを誰かになすりつけようとしたので腹が立ちました。」

 

「そんな理由ですか。」

 

「自分が雇っていて勝手に切るなんて無責任じゃないですか。」

 

「貴方の考えているように世間は甘くないですよ。」

 

「でしたら、アーサーさんは身勝手な理由で捨てられても良いと?」

 

「そんな器の小さな方ではない。」

 

「そういう事です。あの二人はただの人間とは言いづらいですが、その人は多様な名を持つ神です。」

 

「ちょっと分からなくなりましたね。兎に角、博麗神社に向かってくれませんか?」

アーサーさんは何処か切羽詰った表情をしていた。僕にはその理由が分からないが変に不安なのだろう。

 

「お父さんには報告したんですか?」

 

「ええ、ただ返答が流石だ、なんて返ってきたので困ってます。」

 

「そうですか。では、行きましょうか、博麗神社。」

 

「気が早いですよ。」

アーサーさんを置いていく勢いでぼくは紅魔館のトビラを開いてその方向へと向かった。博麗神社は幻想郷の極東にあり、その他には何もない。そんな場所だ。

 

「後、しごかれてくると良いなんてことも言っていましたかね。」



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51話

神社と言ったがとても廃れていて何の有り難みの感じられない場所である。草は生い茂り、石には苔が付いている。きわめつけは賽銭箱に書いている文字が何か掠れていて全く読めない。そこには居るはずの博麗の巫女である霊夢さんの姿はおらず、代わりにある人がいた。金髪の少しだけ癖のある髪でサラサラとしている。黄色の着物で前掛けには北斗七星が描かれている。

 

「ようこそ、博麗神社へ。」

摩多羅 隠岐奈。その人は多くの名を持つ神であり、どうやら幻想郷を創り出したうちの一人であるらしいが怪しい、となるのが先だった。ここで会ったので二回目となる。

 

「此処は霊夢さんと紫さんの場所ですよ。後戸の国に戻ったらどうですか?」

 

「いやいや、今日はやることがあるからね。」

少しだけ低い声で話している隠岐奈さんは何処か不気味で何かを企んでいるように感じたがいつも通りと言えばそれで終わりなのかもしれない。それほどに僕の中では怪しいと思っている。

 

「何ですか?僕は今日はのんびりしようと思ったんですが。」

 

「出来るよ。私が誘ってあげる。」

刹那、器の小さい神の方向は僕の元へと届いた。緑色の弾幕を張り巡らせ、僕の周りを囲んだ。そして何か違うものが見えた。青色の線が放射状に現れる。前からは緑色のもの単純な弾幕がやって来るがその一方で多方面からは青色の線のようなものが飛び交う。

 

僕は特に弾幕なんてものは持っていない。スペカというものを使用して遊ぶものと聞いているが今は戦闘だ。何か閃いていればこの状況を打破できるのかもしれない。そう思うと何となくそのように感じた。

 

「何が目的ですか?」

 

「私に対する冒涜の返しだよ。」

 

「しょうもない理由ですね。」

 

「そうでもないさ。力をもっと持つと分かるよ。そんな真似をされた時の気持ちが。」

 

「それは中途半端に強い人がいいそうな言葉ですね。」

それに対して僕は気をつけないといけないな、と自分を律した。気をつけないとこうなる可能性があるのかと思うと何となく虚しく思えた、そう言っている自分が。

 

青色の線は僕の前で交差する。行動を止められた上で前から直線の軌道を描いている緑色の弾が現れる。それはしゃがんで避けた。あまり他ごとを考えている暇もないらしい。それだけは何となく理解できた。

 

「兎も角、私はお前の態度に腹が立っている。それを謝れば許してやらんことも無い。」

隠岐奈さんはそのように言いながら高圧的な態度で自分が合っているとさえ言うような言い方をしている。正義と悪なんて存在しないと端的に言えば教えられた僕にとっては自分が正義だ。信念を曲げるつもりはない。

 

「自分が正義だ。それを貫けないで生きているとは言えない。」

 

「ほぉ?言うではないか。私の力を見せてもそんな事が言えるか?」

僕には絶対に勝てないだろうが一矢報いるくらいではいるつもりだ。そうでもないと誰かに鼻で笑われる。後ろで静観をする人でもなく、目の前の人でもなく、何処かの世界で偉そうにしている奴には。

 

「言ってやりますよ。」

四方八方からも現れる青色の線のような弾は僕に当たらない程度になっていた。何故かと言えば、集中の持続時間を消耗させるためか、それとも油断をさせて後で思い切り叩くのか。それはどうであれ、何か嫌な予感はする。此処で、前に出たら良いのか、それとも此処でじりじりと燻らせ続けるのか、それともあの時の弾幕を再現してみようか。

 

「いい度胸だ。」

そう言った隠岐奈さんからは更なる弾幕が現れた。橙色の米粒のような小さな弾が連続で大量に現れた。そして、僕の方だけではない、狙いをつけていない弾幕だった。大量にばらまいて僕を追い詰めようとしているのだろうか。

 

僕は走り出して前へ前へと進む事にした。これぐらいでしか出てこれるわけがないと思えた。量は多く、速度もかなりあるがまだ見えないわけではない。左、右へステップを踏んで進んでいき、斬波を飛ばして応戦した。まだ防御でしか扱えないがその内攻撃に回せるほどの威力を出したいと思う。

 

相手も僕のことを見えていないといわけではないらしい。偶に飛んでくる流星のような青色の弾が僕の元へと来るが牽制程度であり、僕としては無視して先に進む事にした。別に問題があると言うことでもないし、そもそも見てもいなかった。

 

そしてたどり着いた。瞬時に現れる橙色の米粒のような弾をどのように攻略するかは問題となる。

 

「此処までくるとは愚の骨頂だよ。」

 

「僕には弾幕なんてものはありませんから。こうするしか無いんですよ。」

 

「そうかい。不便なものだね。」

その時に僕は斬波を飛ばしておいた。それで生まれた隙を使って僕はさらに隠岐奈さんの懐の中へと入り、剣を振るう。丸腰の相手、ではあるがそんなことは気にしていられなかった。

 

右腕を回して瞬時に斬りつけるがあまり斬ったという感触はなかった。その代わり、背後から狙われたように衝撃が訪れた。そして前には扉があり、僕は抵抗出来ずに入り込んでしまった。その時には気づかなかったがわざわざこうしたのはかなりの恨みを買っていたかららしい。殺さない、そして何処かへ置いていく。そんな事がしようなんて。



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52話

赤い土と何処か息の苦しくなる環境で黒い何かが立ち込めていた。この場所がどこであるのかは分からないが危険な場所であることには変わりないと思う。それほどに嫌な空気が流れていた。

 

「此処は一体?」

僕には状況が何も分からなかった。確か、僕は隠岐奈さんと交戦していた最中に扉の中に入り、いつの間にか此処まで来ていた。何を言っているのかが分からない、自分が。状況はつかめないが取り敢えず誰かいないか探すことにした。それと何がいるのか、どのような食事を摂るのか。こういう時、焦って行動するほど仇を見ることはない、とお父さんはいつも言っている。あの人は本当になんだかんだでやっている。

 

「何処だろうね。」

何か聞き覚えのある声がしたのだが、幻聴だろうとその場で無視したが何か居る。僕は状況確認のために振り向いた。

 

「舞さん、どうして此処に。」

 

「僕はご主人様が大事に至らないようについて来たんだよ。」

舞さんはそのように言っているわけだが、何か違うような気がしてならなかった。しかし、こんな危険な場所に来ようと思うなんて相当だな、と思った。そしてありがたいと思った。

 

「私も。」

 

「里乃さんまで。」

 

「問題はないわね。」

 

「ええ、まぁそうですが。此処はどこだが、二人は分かりますか?」

そうすると二人は少しだけ悩んでいた。そんな中、僕は本当に呼び名が合っているのか不安になった。髪型は二人とも変わらずサイドを腰まで伸ばしたショートの髪型で曲がった烏帽子を被っている。服装の色合いと持っているものによって見分けがつくのだが、今回は手には何も持っていない。服装で判断するしかなかった。

 

「魔界だったけ?」

多分、舞さんが言った。

 

「そうだったね。」

多分、里乃さんが言った。

 

僕には何となく見分けがつく方法があったのだが、今は難しそうだ。

 

「魔界ですか。変える方法があれば良いのですが。」

 

「きっと見つかるさ。」

 

「そうそう。」

二人とも楽観的に思える発言をするが僕の中では相当参っているのは言うまでもない。何処にそのような発言をできそうな場所があると言うのだろうか。とてもそうとは思えない。

 

「そうですね。取り敢えず移動しましょうか。」

僕は何処か人のいそうな場所か、体を休ませることができる場所を探そうと思った。二人は僕の後ろを付いてくる。足音は聞こえないのできっと飛んでいるのだろうが、僕にな今のところそんな気力はない。状況は依然として掴めないわけだが、前に進むだけでも意味はあると思う。

 

「何か、聞こえませんか?」

僕の耳には何となく人の声が聞こえる。ただ状況が悪く、悲鳴ではある。何かに襲われているのだろうか。それともただの闘争というのか。

 

「いいや、何も聞こえないけど。」

 

「そうだよね。」

 

「兎に角行ってみましょうか。」

僕の判断でしかないが二人は何となくで不服そうではあるが付いてきてくれるらしい。それだけでも嬉しいものだ。多分、ご主人様が行くから私(僕)も付いていくだけなのだろう。

 

 

人よりも大きい獣、その獣は魔界という場所に住んでいる言わば魔獣というものだった。背丈は僕よりも少し大きいくらい。地面をがっしりと掴んでいる鋭い黒い爪と獰猛そうな顔つきをしている。そして、その下では二人の人間らしきこの世界に住んでいる人が尻餅をついていた。僕はいっても立ってもいられずに直進して魔獣の前に立ちはだかった。どうしてこうなったのかは分からないが立っているのだからもう仕方がない。

 

「ア、アンタ。辞めとけ。命無駄にするぞ。」

後ろからはそんな声が聞こえる。僕にとってはどうでも良い、と言うわけではないが心配をかけたな、とは何となく感じる。

 

「大丈夫ですよ。」

僕はこれだけ伝えた。そして獰猛な顔をした魔獣に切っ先を向けていた。その後ろで二人が、横からも二人が僕のことを見ている。どう映っているのか、僕には想像もつかないがあまりいい風には見られていないのはわかる。

 

「いやいや、命を投げ捨てるのはやめい。大事な命じゃ。」

 

「でも、ここで逃げるのもどうなんでしょうか。」

 

「まぁ、うん。なんかすまんかった。」

後ろの人は多分、魔界という世界の中で暮らしている方なのだろう。何とか村か集落なんかに着く事ができれば出る方法があるのかもしれない。

 

魔獣は僕たちの話に耳を傾けることはなく、右腕を地面から離して思い切り斬り裂く。

 

その速さはそれ相当のものでとんでもなく力が強かった。力任せ、そして一撃で仕留めるためのそれは僕にはかなり重たかった。

 

赤い土は僕のおかげで削り取られ、舞さんと里乃さんにはとんでもない迷惑をかけた。二人に受け止められたおかげでまだ何とかなったが誰もいなければきっと潰されていたのに違いない。それ程に強かった。お父さんのようなしなやかさはないのだが、力はそれよりもある。

 

負けてたまるか、何となくそう思えた。

 

「大丈夫なの?」

多分、里乃さんは僕の事を心配そうにしていた。地面に倒れていて、それを支えられていること以外は特に何も感じないのだが、何かあったのか、と聞きたくなるほど弱々しい声だった。

 

「そんな怪我を負って。」

その瞬間だった、腹部に三本の線が入っていたということに気づいたのは。流石は魔界に住んでいる獣だと僕は感服した。本当に何が何だか分かったものではない。それだけは感じた。

 

「結構いってますね。舞さん、里乃さん、応援お願いします。」

 

「はぁ、こんな状況で戦おうなんてとんでもないご主人よね。」

 

「本当に。やってあげようか。」

 

「恩に着る思いです。」

 

「「いくよー。」」

二人から応援をされて底力を引き出してもらった僕はその場から立ち上がる。何処からか湧き出てくる力には何か不思議な力が宿っているように思えた。それ程に二人が織り成す技は素晴らしいものだと思う。それだけではない。何かが変わったような気がする。それが僕にはどうして忘れられない快感へと変わるのはそう遠くはなかった。

 

何かが違う。何かが、それは謎でしかないが何となく黒髪を三つ編みにしている可愛らしいあの地蔵のことを思い出す。僕にもあの時の地蔵の気持ちがなんとなく分かってきた。

 

試したい、この力。

 

僕の気持ちが一つに揃ったところで僕はもう一度魔獣の元へと走り出した。それは人は無謀だと嘆くのだろうが僕の中にそれを考える余裕はない、いや、考える気がない。試したくて仕方がない、魔獣を倒したくて仕方がない、紅魔館に三人で帰りたくて仕方がない。僕は欲の塊なんだ、と強く感じた。だからこそ、それに純粋に答えるつもりだ。

 

魔獣が僕に気づいてその黒い固そうな毛に覆われた体躯を僕の方へと向けた。それがどのようになるのかはもう言うまでもない。

 

相手の判断は早く、僕の方へと足を向けて思い切り走り寄ってきた。僕としてはそう早いとは思わなかった、そう何かが可笑しい。ここまで相手の行動が見えるとなると僕はかなりの準備をこれに使う事ができ、尚且つ特に焦りなんてものも出てこなかった。ただ強いていうなら腹が痛い、そんな所だろうか。と言っても関係はないか。

 

右腕を上げてやや斜め気味に振り下ろしたがそれと交差するように僕は下を通り、魔獣の横を通り抜けた。それに相手は全く気づいていない、と思う。僕はそこから魔獣の腹に標的にして、素早く斬りおろした。

 

それに大きな声で反応する魔獣。僕の方を向こうにもあまりにも近すぎて見ることも出来なかった。今は魔獣の腹の下にいる。くるくる回っているうちは見ることも出来ない。そして気づいて潰しに来ようとも切っ先は上を向いているので刺さるだけだ。後はどのように隙を作るのかだが、それは後で考えておくとしよう。

 

上には黒い固そうな毛が無数に生えていて、少しだけ上下に移動をしている。呼吸しているのだろう、そして敵が見つけられなくて何ともならず、焦っていることからか、その速度は速くなっている。僕はその下で何となく居るわけだが、周りからの声がとても耳に入ってくる。上からの吐息、横からの声、自分が出す地面と擦れる音、その全てが聞こえてくる。感覚的ではあるが、鋭くなっているような気がしてくる。後は反応が追いつけばこの体で戦うこともできるだろう。

 

この痛みの走り続ける体でも。

 

僕はきっと戦えるはずだ。

 

僕はこの上の状況に飽きた。魔獣がのたうち回っている。そしてぐるぐるとその場を回り続けているこんな奴に劣勢であるのが。僕は切っ先を上に向けていた剣を自分の腰よりも下に構えた。そして地面と平行にしてそこから一気に持ち上げて二本の線を魔獣の腹に描き出すと魔獣が驚いてその場を跳ね上がった。

 

僕はその空中からこちらへと降りてくるのを待っていることにした。腰の周りに巻き込んだ己が剣を振るう。

 

それは一本の線となって魔獣の顔面を斬り裂いた。呆気なく倒された魔獣が顔面を滑り落としてその場で倒れ込んだ。即死なのだろう。動かす筋肉もありはしない。僕は息を吐き、その場に倒れこんだ。やってられない、それが最終的な感想になる。



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53話

あれから、何時間が経ったのだろうか。僕は何処かの集落か何かの家を借りてベットで横になる事にした。その場には鮮やかな紅色のドレスを着ている少し茶色にも似た髪の色をしている里乃さん。そして緑色のドレスを着ているどちらかといえば笹の色をしている髪の色をしている舞さんが僕の横には居た。この二人を僕は何時間悲しませていたのか、それが不安だった。

 

僕は腹を抉られた傷を針で縫って貰うことになった。何十針なのかは忘れたがかなりの痛みはあった。そのうち、その声を出せなくなったのをこの二人はどれだけ間近で見ていたのだろうか、僕にはそれが心配だった。

 

舞さんと里乃さんだけではなく、こうなってしまってどれだけの人が僕のことを心配しているのだろうか。それがどうしても不快だった、自分の過ちの重さに。

 

「やっと起きた。」

これは里乃さんの方だろう。目を閉じているとなんとなく分かるような気がする。

 

「いや、そうには見えないが。」

これは僕が助けた二人のうちのどちらかなのだろう。あの状況で冷静に声の判別をしている暇はなかったが、この声は間違えない。

 

「ううん、分かるよ。」

これは舞さんなのだろう。僕はそう思った。それだけではなく、何となく分かっているのは二人しかいない。偶に僕の部屋に来ては何かと添い寝を要望する。その時ばかりはそれに付き添っている。根性勝負なので、どちらかが寝るまで続くが、この辺りでやめておこう。嫌な予感がする。

 

「どうして?」

男の声だった。それだけは分かる。職人とか、そんなイメージが勝手ながらある。

 

「見ていたら分かるよ。おーい。」

これは誰の手だろうか。二人で一人みたいなところもある舞さんと里乃さんは僕の中ではあまり判別が付いていない。一週間ぐらいは同じ屋根の下で暮らしているはずだが。

 

「そうじゃないよ。」

 

「あ、そうか。」

密かに笑い声がしている。何かを企んでいるのだろう。

 

僕はそう思った。そして自分の体に重たいものが乗った時に軽く払いのけて起き上がる。

 

「寝かさせてくださいよ。ちょっと疲れました。」

 

「やっぱりね。」

後ろの二人がかなり騒いでいるが僕の耳には特に入ってこない。僕には上に乗っかって楽しそうにしている二人がいれば、十分だった。

 

「ちゃんと声は聞こえていますよ。」

左手を奥にして頭をポンポン、と軽く叩く。気恥ずかしそうに受けてくれる二人の上目遣いは僕を癒してくれる。そして心も体も軽くさせてくれる。それだけで僕は満足だった。

 

「ただ、今日は勘弁してください。結構痛いんですよ。」

 

「はーい。」

二人は元気そうに返事して僕の上からゆっくりと退いた。怪我を労っているのだろうが、それならもう手遅れである。

 

「アンタ、もう少し自分の体は大事にしてくれよ。」

多分二人のうち、若手なのだと思う方が舞さんと里乃さんを連れて行った。そして、僕と魔界で住む人と二人きりとなった。

 

「それで、兄ちゃんの剣はどこで手に入れた。」

 

「あれはお父さんから貰い受けました。」

 

「あれは師匠のものだと思う。確認してきた。」

 

「そうですか。まさか、お父さんもここに来たのですね。」

 

「そうらしい。ここは魔界なんて場所で瘴気が漂っていて人間ではとても居られないが、どうやら兄ちゃんには適正があるか、耐性がある。それはきっと遺伝したのだろう。」

 

「あまり何とも思いませんでしたが、そんな事があるんですね。」

 

「ああ、体が治ったら向かうといい。そう遠くもないはずだ。」

 

「なら、少し怪我を修復して欲しいです。今から向かいます。」

 

「は?兄ちゃんそれはダメだ。ちゃんと体を直してから帰りな。」

 

「それでは遅いですよ。帰り道さえ教えてくれたら後は自分で帰ります。」

 

「そんな問題じゃねぇ。ちった、自分の体のこと、考えろ。」

 

「その優しさは有り難いです。けど、だからと言ってここに居ては鈍ってしまう。それだけです。」

 

「休息も鍛錬のうちだとは思うが、もう良い。父親譲りだよ。そのわがままな要望。」

 

「そうなんですね。」

 

「お、おう。俺が何とかしてやる。傷口があるからしっかりと休んでくれよ。」

 

 

「分かりましたよ。」

僕はそこで傷口の手当てをしてもらうことにした。先程、二人が乗ったお陰で傷口が開いてしまった。あの二人には気づかれているのだろうか、そのことばかりが僕の頭の中を駆け巡る。

 

「でだ、師匠のところには向かうのか。」

治療の途中だが、話しかけてきた。そこまで気にするようなことでもなかったのだろう。

 

「そのつもりですが、どちらでも良さそうな気がします。」

 

「どうしてだ?」

 

「お父さんの物ですから。本人が行くのが一番良いんですよ。」

 

「そう考えるなら無理に行かない方がいい。」

 

「そうですか。」

 

「じゃあ、幻想郷への帰り方だが、法界という場所がこの上にはある。そこで命蓮寺へと帰らせて欲しいと言ってみることだ。下手な事はしなければ何も問題はない。」

 

「教えてくれてありがとうございます。」

 

「枠になんかはまらない兄ちゃんなら行ってこれるさ。」

とん、と叩かれたので僕はベッドから降りることにした。

 

「後、包帯を巻いてやる。少々、傷口が開いても大丈夫だろう。」

 

「有り難いものですね。」

 

「いいや、そうでもねぇよ。ちゃんと毎日洗い流しておけ。」

 

「分かりました。」

 

「あの二人を悲しませる真似はするなよ。そうじゃねぇと俺が許さねぇ。」

 

「そんな事を言わなくてもそのつもりですよ。」

僕はそれだけ言ってこの家からは離れた。空は赤い雲があり、曇天の空を描いていた。それだけで済むなら良かったがどうやらそうでもないらしい。

 

「早く行っちまえ。」

僕のその人を手を振って舞さんと里乃さんを連れて空の上にあるという法界へと向かってみることにした。僕は一番最初に飛び出したが二人は平然と僕の横にいる。僕はそれを軽く笑うことにした。



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54話

明日の光は地面には降り注がない。だからこそ、私がその光の代わりとなる。天に昇るは太陽。その下で皆を従えるが私、そう約束した。確かにそう言って、その本人は未だに帰ってはこない。素晴らしいお方をを失った、そう私は決め込んでいた。さすれば、どうだろうか。偶然にも現れたではないか。その光を私にくれた人が、導いてくれた人が。

 

 

やっとの事でたどり着いた。やはり、あの人の言う事は聞いておくべきだったのかもしれない。僕は一応の後悔と大きめな期待を胸にその場所へとたどり着いた。

 

法界と皆からは呼ばれている幻想郷とつながっている場所。そう伝えられたがそのような穴や扉というものはなかった。人に聞けば何かしら分かるのだろう。僕は楽観的に考え、最終的にそのようになると思った。確かな自信なのだが、僕には根拠はない。ただの気分だ、そう伝えておく。

 

目の前には白い真四角の石が敷き詰められている広い場所があり、その奥には湾曲した階段があり、その先にはお堂のような場所がある。大きな屋敷で木造、特に説明のいらないような簡素な作りをしている。デザインという意味では紅魔館の方が大きく、豪華なのだろう。しかし、守矢神社のような建物と考えると静を司っているようで穏やかな場所であった。

 

僕は周りを見渡してそのように感じた。特に何もない、それが僕の抱いた率直な感想だった。

 

「ここどこ?」

竹の色にも似ている髪の色をしている舞さんが話しかけてきた。

 

「法界だと思います。」

 

「行こうよ。」

明るい茶色にも見えなくもない髪の色をした里乃さんが僕たちを置いて先に行こうとしていた。それほど気になるのだろうか、それともここで居続けても何も変わらないと背中で語っているのか。この際、どちらでも良かった。

 

「分かりました。」

 

「ご主人が敬語はおかしいよ。」

少し怒り気味に里乃さんが言うが、僕もある意味では雇われている身であり、偉そうな口は叩けない。

 

「僕も同じ人に雇われている人だから立場は変わりないよ。」

 

「いやいや、僕達には命令しても良いんだよ。」

 

「僕がこうしているだけだから。気にしないで。」

僕は相当困った。

 

「ここで何をしておる?」

キョトンとした表情で僕たちのことを見ていた。その人は銀色白色を混ぜたようなキラキラとした髪の上に烏帽子のつけている。後ろが何となくボリュームがあるので後ろで上の方に一つにまとめていると思う。意外と背は小さく、僕を少しだけ見上げている。腰には鞘が見えるのだが何用なのかは検討はつかない。

 

「いえ、特に。」

僕は本当にその通りである事を話した。だが、何処か疑わしいらしく、僕のことを覗き込むようにしていた。その時に、白装束を纏った体が傾き、手の出ていないが袖は腰のあたりを触れていた。紺色のスカートを履いている。靴は黒に紫色を少し混ぜたような色で綺麗にされている。

 

「何じゃ、お主ら。怪しいのう。曲者か⁉︎」

腰から抜いた直刀を引き抜くと僕の方に向けていた。どうやら早とちりをしてしまう人らしいが流石に僕も反応に困る。これは、どう反応したら良いのやら。

 

「違うよ。私達は幻想郷に帰りたいのよ。」

 

「その言葉、ここの信徒ではないな。」

全員が異なる服装をしているのだからそうなるのだろうが仕方がない事だと思う。僕は率直にそう思った。

 

「そうです、ね。」

 

「しかもここから現れるなんてますます怪しい。」

 

「いやいや、少しくらい考えてくださいよ。此処が何処なのか全く知らないですよ。」

 

「うーむ。よく分からない。」

 

「まずは落ち着いてください。それからゆっくりと話をしましょう。」

 

「我は落ち着いている。」

 

「まず、呼吸してください。」

その人が一気に吸って、一気に吐いた。まるで運動した後の呼吸のようなものである。

 

「よし、した。」

 

「いや、それは駄目です。」

 

「何故じゃ、と言うかこんな事をさせて何を企んでいる。怪しいから斬るぞ!」

その人は僕に向けて剣を振り下ろす。だからと言って慣れているのかと言われるとあまりにも鈍っていたか、何もやってこなかった人のようになっていた。

 

僕は半身になって避けていた。そこから跳ねたりしないあたり、まだ優しい。

 

「平和に解決しましょうよ。」

 

「それは無理な相談じゃ。」

 

「何故ですか?」

正直、聞く必要はどこにもなかった。ただ、何か気になる事があるとすればここが法界であっているのかどうかと言う点だがこの人はとても聞けなかった。

 

「怪しいからじゃ!」

その人が地面に打ち付けた剣を振り上げていた。僕はその上を飛び越えた。本当に分かりやすい。腕の差は相当あるのだと感じざるを得なかった。

 

「そんな理由で。怖いです。」

 

「いや、お主。あの剣を避けるとは同類じゃな。」

 

「分かりやすいだけです。」

僕は疲れた。誰か通訳を頼みたい。

 

「何を。言ってくれるではないか。」

 

「言いたくもなりますよ。」

その人は僕の言葉に怒りを示したのか、力一杯に振る。全身を硬くしてから振るだけなので受けても軽いものである。受けはしないが。

 

「何故当たらぬ。と言うか、抜かぬか⁉︎恥ずかしいではないか。」

 

「良いですか。弾き飛びますよ。」

 

「良かろう。」

何処からその自信が来るのか、僕の中で謎は謎を呼んでどうしようもないことになった。

 

「行くぞー!」

景気よく叫んでいるが、僕にはそうする理由は何も分からなかった。

 

相手の剣は僕の胸のあたりを通る。だからこそ、僕は通り抜ける前に抑えた。左腕には相手からの力が籠られるはずだが特に何か感じることもなく、軽く受け止めれた。何故かは全く分からない。

 

「お主、中々強いな。」

 

「ええ、まぁ、有難く頂戴します。」

冷静に考えればどれ程の実力の差があるのかは言うまでもないが下手に動くと傷口が開く可能性がある。それだけは避けたい。

 

「まだ行くぞ。」

一歩後ろへ離れたその人は後ろに結んだ髪を揺らしながら僕に向かって突きを放つ。あまりにも単純で剣で止めて傾けた向きに逃がした。その人は僕の右側を体勢を崩しながら横切っていた。だからこそ、僕は素早く右足で相手の膝裏を蹴り、剣を地面に振り下ろした。

 

「その首、そのうち落ちますよ。このまま続けるなら。」

 

「ふん。手を抜いたのがお主の敗因よ。」

 

「辞めなさい。布都。」

 

今度は誰なのだろうか。また血気盛んな人でも来たのだろうかと思ったが見る限りでは特にそのような事はない。獣の耳かのように立っている薄い金色の髪をしている人で耳あてをつけている。何か文字は書いてあるがそれが何であるのかは特に検討はつかない。

 

「お騒がせしました。」

 

「いいや、私の部下が迷惑をかけた。」

肩を見せた薄紫色の腰に黒いベルトをつけた服装でスカートが紫色をしている。ベルトの先には太陽をかたどったと思われる柄頭をした直刀を携えている。強そうではあるが、抜くためではなく、牽制するのものなのだろう。

 

お互いがお互いの失態を詫びると言う極めて異例な光景をしていたのだと思う。太子様がどういうこうの、と布都と呼ばれた人は言っている。

 

「一つお聞きしたいのですが、此処は法界という場所で間違い無いですか?」

 

「ああ、間違いない。何故、そのような事を聞く。」

 

「幻想郷に帰りたいんですがどうやって帰ればいいのか。」

 

「ああ、それなら問題ない。後、三日もすれば船が来る。それに乗って帰ればよい。」

 

「それまではどうすれば良いでしょう。」

 

「休んでいくといい。丁度、今は人が少なくてね。その腹の怪我も治すといい。」

 

「どうしてそれを?」

 

「私は人の欲を見ることが出来る。何が足りないかなど知るのは造作もないことだよ。」

 

「へぇ。便利な能力ですね。」

 

「そういう人間はとても珍しいよ。大方、気味が悪いと言われるのが筋だ。」

 

「自分の事が見透かされていると思うと、その気持ちも分からなくないですね。」

 

「だから、人の悩みを聞いてあげている。有効的な使い方だろう。」

 

「たしかにそうですね。」

 

「立ち話もあれだ。後ろの二人も連れて来るといい。彼女らからはとても好かれているようだ。とても短い関係には思えん。」

 

「何ででしょうね。」

僕は分からないのではぐらかす事にした。

 

「さて。私にはそこまでは見透かせないのでな。布都、まずは男の方を風呂に入れさせてください。」

 

「はい。」

布都さんは少し苛ついた表情をしながら僕のことを見ているのだが、それが何故だかは知らなかった。まだ、怪しまれているのだろうか。それぐらいだろう。

 

ともかく、人の優しさを感じながらこの法界という場所で三日ほど暮らす事にした。

 

そのついでと言うのは何だが、一日付き添う事にした。どうやら僕の欲を除いて見透かしていたのは豊聡耳 神子という名前の方でこの世界の創始者であるらしく、此処で人の悩みを聞いているらしい。その際、命蓮寺という場所から往来の船があるのでそれに乗れば帰る事はできるらしい。

 

神子さんの生活と同じ事をして三日が経った。意外にも時は早いものだと感じる。それほど充実した事でもあったのだろう。特に何かした訳でもないが。神子さんに話を聞いてもらったくらいだろうか。

 

「元気で過ごすのじゃ。」

布都さんは相変わらず、と言いたいがどうやら疑いは晴れたらしく、僕に対して敵対心を見せなかった。

 

「達者で。」

神子さんは意外にも淡白な言葉で僕たちを送ってくれた。それはそれで構わないのだが何か物足りない。

 

「機会があったらまた来ます。」

僕は一礼しながら命蓮寺という場所へ向かう船に乗った。正直なところ、船という乗り物は紅魔館で借りるまでは乗った事はなかったが、空も飛べるものだとは思わなかった。何か浮かせる力でもあるのだろうか、ふと考えることもあるが今は甲板の上で寝転がるのが一番気持ちが良かった。その横で気持ちよさそうに横になる二人の表情を見ながらゆっくりとした時間を過ごした。



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55話

それからは何時間とかかる事はなく、僕たちを乗せた船は命蓮寺らしき場所へとたどり着いた。その場所は先ほどいたところはまた違う風情のある場所で何か神聖な雰囲気を感じるところだった。それだけに僕は終始黙っている事になった。

 

その時だったが、黙って降りていた時に手を振っている人がいた。その人は命蓮寺の主人であるらしき人である、雰囲気で何となくだが伝わって来る。僕は固唾を飲んでその人の前へと向かった。

 

金色の髪に紫色のグラデーションを加えた癖のある髪型で黒色の上着を纏っていてその下に白色の布を羽織っている。黒くて白色の紐がついた光沢感のある膝下くらいまでのブーツを履いている。

 

その人が命蓮寺の主人なのか、は兎も角僕は普通に話しかける事にした。

 

「こんにちは。」

 

「こんにちは。挨拶が出来るなんて偉いわ。」

僕の事をかなり下で見ているような気はするが正直なところ、自分の力を見せたらいいのでそこで文句は言わない事にした。言っても可愛らしいなんて言われたら言い返す言葉もない。

 

「此処は命蓮寺であっていますか?」

 

「ええ。何か気になる事でもあったの?」

優しく聞いてくれる、まるで母親のような包容力のあるその言葉遣い。流石と言うべきなのだろうか?

 

「少し事情がありまして。」

 

「まぁ。これからどうするの?」

つまるところ、帰ってこられたと捉えられたのか、それともまた別の理由なのか。もし前者なら神子さん同様にかなりの洞察力があると思う。

 

「一応、家に帰る事にします。」

 

「そうね。心配していると思うわ。」

優しい笑みをこぼしてくれたその人は僕の事を実の子供かのように扱ってくれる。聖人なのだろう。

 

「そうですね。そのつもりです。」

 

「そうすると良いわ。後ろの人は貴方のお知り合いなの?」

後ろにいるとすれば毎回見分けのつかない二人がいると思う。僕は確認することなくはい、と答えた。

 

「でも、一人だけかなり睨みつけているのよね。何かしたかな?」

 

「ん?どういう意味ですか?」

僕は何となく後ろを向いてみる事にした。

 

「あ、紫苑さんの妹さん?でしたっけ。」

 

「そうよ。」

かなり不貞腐れた言い方をしているが流石に間違えるような事はなかった。その人は長い金色の髪をしている人でかなり豪華な装飾品をつけていた最悪最凶姉妹の妹の方、女苑さん。今では、すっかりと質素なものだった。

 

「久しぶりですね。」

 

「よくそんな口がきけたものね。」

女苑さんはかなり僕に対してご立腹のようで何か違うものを見ているような気分になる。それほどに何かやらかしたかのかと思い出してみるがあまり思い出せない。単純に霊夢さんの助っ人として来ただけなので何か私怨を買うような事はないはず。あるなら、敵として、だが今更な気もしない訳でもない。

 

「何かやりました?」

 

「姉さんが不幸に見えないのよ。何かしたでしょ?」

 

「僕には身に覚えがありません。」

 

「誤魔化しても無駄よ。」

女苑さんの怒りはあまり治る事はなく、更に吹き上げているような気もする。

 

「どうしましょう?」

視線で訴える事にした、此処の主人に。

 

「取り敢えず謝りましょう。」

 

「僕には何も分からないです。気持ちの籠らない言葉でしか伝える事はできません。」

 

「そうよね、どうしましょうか?」

こう僕と一緒に悩んでくれる点も優しさを感じる。

 

「どうもこうも、姉さんをたぶらかしたのはあんたでしょ!」

 

「永遠亭に連れていっただけなのに。怪我人を治そうとして何か悪い事でもありますか。」

僕は疑問にもならず、怒りで言葉をあげるようなことも出来なかった。

 

「それよ。そんな事をしなければこうはならなかったはずよ。」

 

「女苑さん、まずは落ち着きましょう。」

 

「聖には言われたくない。」

これは私たちの問題なの、と聖さんを突っぱねる女苑さんは何処か獰猛な獣のようであった。そして何が原因であるのかが全くと言って理解できなかった。何をどうしたら良いのか、僕の中では演算は出来ないようである。

 

「ともかく、本人に聞かないと話は進みませんね。」

 

「まぁ、そうよね。」

 

「今は居ないわよ。」

 

「なら、今は保留にしましょう。」

僕はこの話を一刻も早く終わらせたくて半ば強引に提案をした。面倒な上に何の話か分からない。人を間違えられて話しかけられたようになっている。あの時、気づくとかなり気まずい。

 

「解決しそうにないものね。まぁ、仕方がないわ。」

女苑さんがそう言うのでそういう事にした。聖さんも特に問題はないらしい。

 

「僕はこれで。」

踵を返して此処から出る事にした。何となく思い出されて話がこじれるのも良くないし、僕は少しだけ急ぎ足で帰る事にした。

 

 

「姉さんはあんな奴をね。」

 

「嫌っているのですか?」

 

「違うわよ。私から離れていくのが怖いのよ。」

 

「怖い?良い人そうですし、丁度良かったのでは?」

 

「ものは捉えようよね。」

 

「そうですかね。」



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56話

綺麗に整えられた参道を通りながら、僕達は北へと向かっていた。周りは妖怪の山よりも鬱蒼とした場所であまりその方角へと進みたくはないはず、だが、僕は何と無く向かってみる事にした。特に理由はない。ただ、居るとするならこの辺りだろうと目星は付いているだけだ。

 

里乃さんと舞さんは何処か寂しそうな表情をして付いて行きたそうにしているがそれは僕は友人と会うのにぞろぞろと連れていけないと断った。二人は渋々ながらもそれを承諾して北へと向かった。僕はその後ろ姿を眺めた後で踵の向きを変えて東側へと進む事にした。

 

道なんてものはなく、太陽の明かりも灯らないような中で、僕は薄暗い木の下を歩いて抜けていく事にした。幻想郷には魔法の森と呼ばれる場所があり、その場所には奇妙な形をした木やキノコが生えているという噂だ。パチュリーさん曰く、魔法のために必要な素材が多く手に入りやすい場所であるらしい。当の本人はそのような魔法の類は苦手らしく、別の理由もあって行かないらしい。

 

「しかし、誰かの家でもあれば良いのですが。最低飛んで探しましょうか。」

飛んでいくのにはとてもではないが木の枝が邪魔して通りにくい。その上、雰囲気なんてものがぶち壊しになってしまう。この薄気味悪い、何処から何が現れるのか分からないドキドキ感を楽しみながら僕は更に東へと足を進めていた。

 

しばらく歩いていたのだが、どうやら土の感触が変わったらしい。少しだけ湿った土でへばりつくような粘り気のあるものでその周りにあるのは曲がりくねった木の枝や緑色の茸をしているキノコ。そして紫色の煙のような霧に覆われた場所で視界を軽く遮っていた。それだけではなく、何か重たい空気も流れている。不気味というのか、まるでおとぎの国にでも入り込んだかのような気がしてならない。僕はその先を急ぐ事にした。思ったより、此処には居たくはない。

 

口を塞ぎながら歩いていく僕は何となく喉に引っかかるものがあり、咳き込んでみたが何か出るような様子はなく、空も同然だった。単純にこの周りにある煙を吸いすぎたのかもしれない。僕は周りを見ながらそう感じた。何処からこの煙が現れているのかは分からないがきっとキノコから現れているのだと僕は推測した。だからこそ、僕は木々の真ん中を歩いていたがあまり効果はないらしい。こんな危険な場所にわざわざ住むとは思えないが更に東へと進む事にした。

 

すると、八角の塔と黒色の屋根のある家が合体住居へとたどり着いた。この辺りには霧はなく、上は晴れていて太陽の光がしっかりと入り込んでいた。その家の前には家庭差延でもしているのか、見たことのない野菜なのか、魔法に必要な材料なのか分からないものを栽培していた。多分後者なのだろうが、見た目で判断するわけにも行かない。僕はそう思いながら玄関を軽く叩いた。誰か居そうな予感はしたがまさかの人物だった。

 

サラサラとした透き通るような金色の髪で赤いヘアバンドをつけているクリクリとした青い目が特徴的な人で人形のような顔立ちをしていた。正しく、その人は人形だ、なんて言いたいがそれは違うのだろう。

 

「道に迷ったの?さぁ、入りなさい。」

心優しくも快く僕を家の中に招き入れたその人は白いケープを羽ばたかせている。そして白色の触り心地の良さそうなスカートを腰の動きで軽くあげていた。そして腰に巻いているリボンが舞い、同様に首元に付けているネクタイのようなものまで。茶色のブーツが床に当たる音を出しながらその人は中へと入っていく。僕はその人に続いて中に入ってみる事にした。

 

そうすればそこには先程僕を迎え入れてくれた人によく似た人形が趣味の悪い置き方で飾られていた。生気のない作り物の目が下の方を向いている。そして中心に置かれている淡白な明るい色をした木材に白色の布をかぶせたテーブルを凝視していた。

 

僕はその光景に一瞬だけ体が硬くなり、向こうの好意を無駄にしないようにそろり、そろりと入っていく事にした。

 

「名前は?」

 

「ヒカルです。」

僕は答えた。僕の右側にはには顔を伏せて何かの作業をしている人が居た。何処かで見たことのある髪の色をしているが幻想郷に白髪は幾らでもいるだろうと思いながら気にすることはなかった。魔女だと思えば何とも思わない。

 

「ヒカル?わざわざ何をしに来た。」

何故だか知らないがその人は僕に喧嘩を売られたように態度を悪くしていた。一体僕が何をしたのだろうか、それは疑問であるが顔を見た瞬間にすぐに分かった。

 

「ケプリさん、此処にいたんですか。」

ごわごわとした白髪で白色の血色の悪い皮膚の色をしているが至って健康的なこの人は先程僕を迎えてくれた人によく似た服装をしていた。スカートの真ん中に切れ込みがあるので膨らみのあるズボンとして着用しているのだろう。

 

「少しの間、居候させてもらっている。人里への人形劇の手伝いがてら此処で人形を作っているんだ。」

 

「それで今も作業をしているのですね。」

 

「まぁ、そうだな。お前は此処に何をしにきた?」

 

「何もないですよ。ただ、誰かは居るだろうと思っただけです。」

 

「お目当は見つかったのか?」

 

「目の前に居ますよ。」

 

「そうだろうな。」

ケプリさんは右腕を軽く上げる。それに吊られていた人形は自立したようで僕の方へと簡易的な鉄の槍を持ちながら突進してきた。僕は上半身を大きく動かしてその場から逃げた。後ろでは少し物音がしていた。

 

「いきなりですね。」

僕は椅子を蹴飛ばしながらケプリさんの方を向いた。椅子を蹴ったのは故意である。そこは忘れないでほしい。

 

「いつも通りだろう。何か問題があるか?」

 

「いいえ。何もないですよ。」

 

「二人とも、外でやって来て。」

 

「「はい!」」

そんなこんなでどうしてなのか、ここで会ってしまったのでケプリさんと戦闘を行う事になった。別に望んでなどいないがこうなったからには仕方がないのだろう。

 

「これでは回数はどれくらいになるか?」

 

「数えることは百で辞めました。」

僕はここの家の扉を開けながらちょっとした事に期待を膨らませていた。そのせいか僕の手は今にも柄を握りたそうにしているのだが、それを抑えるために理性が働いているが、いつまでも本能が現れないということはないだろう。

 

「そうか。これで二百と十一を数える。その勝敗は言うまでもない。」

 

「僕が百と六の勝利をおさめた!」

 

「戯言も甚だしい。それは俺の戦績だ!」

ケプリさんの白銀の刀身をした大剣が僕の黄色の刀身をした双剣を受け止める。力は拮抗。

 

ガン、と岩を砕いているかのような音が周りには響いた。

 

僕は一回弾いて後ろへと下がった。魔法の森なのだろうが、ここの土は少しだけぬかるんでいる。少しだけ足が食い込む。

 

「その事はもう良いじゃないですか。」

 

「どうせ、遊びとでも言うのか。」

 

「その通り。」

僕はまっすぐ進んだ。その先には必ず何かがある。そう思えると何となくこの足も付いて行きやすい。

 

「その手は見切っている。」

ケプリさんは自分の右側から大剣を振るう。僕が今からしようとしていたことは正しくそれに斬られるような動き方。だからこそ、今回は寸前で止めた。

 

背中から追う大剣を嘲笑いながらケプリさんの後ろへと回った。そして双剣を振るう。が、そう上手くはいかなかった。僕の前を二人の人形が横切る。先程見たような見た目をしている。金色の髪、青色の目、そして青色のワンピースに白のシャツ、腰と首もとには赤いリボンを結んでいる槍のような突起物を持った戦闘用の人形。

 

「人形遣いだなんて。可愛くなりましたね。」

 

「お前こそ、魔法は使えなかったのではないか?」

 

「それはもう克服しましたよ。」

僕の返答にケプリさんは大きく笑う。

 

「ならば、やってみようではないか。人形と魔法、どちらが強いのか。」

 

そんな二人の会話を聞いていたアリスはどのように反応するべきか迷った。



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57話

ぽっかりと空いた森の隙間からは太陽の光が降り注いでいる。魔法の森と呼ばれる異質な霧が出ているこの場所では、奇妙な色をしたキノコや枝をくねらせた木々が僕たちの上には包囲網のように配置されていた、下にも周りにもそして本来なら上にも。

 

少しだけぬかるんだ紫色をした霧を吸い込んでいると思われる土が僕の足元をすくい取る。それだけではなく、何となく動きづらい。僕の前には白いガサガサな髪をしている顔面蒼白の大剣を背負った人形遣いが立っている。

 

「なら、やることは一つですね。」

 

「もう遅いわ。」

ケプリさんは僕の目を見ながら咆哮する。そして大剣を振り回しながら人形が常に僕のことを狙っていた。

 

左横から来るケプリさんの斬撃は僕の身は余る威力をしていた。足元がぬかるんで滑ることもあり、ふらっ、とした僕は人形への反応が遅れた。あと少し、遅ければ貫かれていたのかもしれない。右肩を貫かれかけたがない何とか大丈夫らしい。小さな刺し傷はした。意外にも鋭い一撃で正直驚いているが、大した傷にはならないと思う。そう思いたい。

 

「俺の力にはまだまだ追いつけないようだな。」

 

「それは捨ててます。それにお父さんに利用されて終わりですよ。」

 

「それもそうか。こっちもいつも受け流されているような気がする。」

 

「そうでしょう。だから、僕は速度で勝負します。まだ技は発展途上の段階なんですよ。」

僕はぬかるんだ土の上を走り抜けた。泥が衣服にまとわりつく事も特に気にすることなく。

 

「ん?」

ケプリさんはあまりにも早いのか、そんな声を漏らす。

 

相打ちだった。間に人形を挟んだケプリさんはそれを取り替えるように僕の攻撃を受け止めた。ちょうど腹あたりを真っ二つに斬ったからか中に入れ込まれていた綿が飛び出している。そして命を失ったかのように地面に落ちて、土に汚れた。その間、僕は動きを止めていた。

 

「何をよそ見している。」

 

その時に、はっ、としたがそれはあまりにも遅かった。

 

ケプリさんの一撃はとても重たい、それに加えて人形の波状攻撃がとても厄介だった。これならお父さんにも通用するのだろうか、それともかなりの数を用意しないと間に合わないのか。

 

僕は双剣で止めて勢いを殺すために地面を転がった。それから立ち上がる。腕は折りたたんで逆手持ちで居続けた。

 

「完全に防御に徹するつもりか。」

ふむ、と少し納得したような困ったような表情をしていたがそもそも人形を使って集中を分散させればいい。それか、自分の攻撃の追加として扱うのか。それかその両方か。一番最後の手だとかなり困る。

 

「別に。様子見です。」

 

「そうか。それなら俺はここで待つ事にしよう。」

ケプリさんも待つらしく、お互いに動きのない感じになった。それでも相手の事は僕は見ている。いつ、何を仕掛けてくるのか、分かったものではない。

 

暇だとは思わないが何処かそんな気持ちをあふれて出してきそうになった頃、ケプリさんが動いた。僕に向けて前進させた人形だが、それは僕は軽く止めただけだ。まるで一点を狙うかのように動かしていたが止めてしまうと何でもない人形へと成り果てる。何が込められているのか、そんな所だろう。

 

しかし、何かが可笑しかった。元からやる気のないように感じる。そしてこちらへ攻撃を仕掛ける気がないようにも思える。これは、僕は思った時には少し遅かった。

 

僕の目の前で爆発が起こる。とても規模は小さいものだが、致命傷を与えるのには丁度いいくらいなのだろう。僕はそれをまともに受けた。

 

が、ただやられる訳でもない。双剣で放った一撃は思わぬところに当たった。ケプリさんは両手の甲を隠している。その隙間からは少しだけ赤色の液体が見えていた。

 

僕は地面の寝転がりながら変な疲れに襲われていた時だった。何か実感のない疲れと言うのか、初めて行う仕事の時のように思える。

 

「これはどういう事だ。」

 

「これが僕が磨き出した答えです。」

 

「届かなければ飛ばせば良い、着想は悪くない。その手もあるのか。」

 

「ということはケプリさんはその為に人形使い方をしているのですか?」

 

「まぁ、そうだ。」

 

「お互い大変なんですね。」

 

「色々とあるものだ。いや、それは良い。今日は引き分けで終わらせよう。なんとなくここで戦っているわけにもいかないだろう。」

 

「何か予感があるのですね。」

 

「アリスの紅茶を飲んでから帰るといい。美味しいぞ。」

僕の事については何も答えなかった。真剣勝負を好むケプリさんには見透かされたらしい。

 

「折角なので、頂きます。」

 

「そうか。」

ケプリさんとはいつも勝負を行なっている。偶に森の中であっては地理の理を使って勝ち、お互いが相手の場所を訪れる時でもどちらかの訓練場で手合わせ。目があったら街でも手合わせ。傍迷惑な事はしたが今まで直接迷惑かけた事はなかった。僕としてはそれが何となく楽しいものだった。お父さんとは一方的なイジメになりやすい。

 

淡い赤色をしている紅茶の入ったティーカップと簡単な茶菓子を食べながらお互い何をしていたのか話し合う事にした。



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58話

悠久の時を過ごした僕は帰路につく事にした。別にアリスさんの家に居るのは構わないのだが、いつまでも居るわけにはいかないと言う自分なりの気遣いとそろそろ夕暮れ時になったから、というものだ。それと紅魔館の人たちにはどれだけの迷惑をかけているのかは全くと言って検討がつかない。だからこそ、早めに舞さんと里乃さんを帰らせてはみたがそちらの方が悪手だったような気がする。

 

要は早く帰りたくなった、と言うことだ。アリスさんに一礼して感謝の言葉を述べつつ、ケプリさんの次は全力で、という言葉には何も言い返せなかった僕は踵を返して怪しい雰囲気のある魔法の森なる場所を抜けることにした。

 

 

夕暮れ時とあり、段々と帰り支度をし始めた妖精のメイドが空で慌てている頃、僕はその下を悠々と歩いていた。と言うよりかは何となく帰れると言う安堵から来た疲労感で思うように足が進まなかっただけだ。

 

赤色の光を浴びながら、落ちていく夕日を見て何となく燃え尽きたような喪失感を感じた。理由なんてものは何もなく、何か心の中で引っかかるものがあり、どうしても取れなさそうだと感じた時にはもう遅かったような気がする。意識は朦朧としていて霧の湖を歩いていたはずの僕だが、その自信さえも無くなりかけていた。

 

何か嫌なものが来ているような気はしたが、だからこそ逃げたくもあった。それがどのような作用があるのか、何も分かったものではない。

 

「お帰りなさい、ヒカルさん。」

僕は誰かに話しかけられた。視界もぼやけている僕にとってそれが誰であるのかは分からなかった。しかし、身を預けても問題ないような気がして僕は前へと体を傾けてそのまま意識を閉ざすことにした。

 

 

「どこに行かれていたのですか。」

美鈴は背中に背負っている少年に聞いていた。しかし、返事なんてものはなかった。首に両腕を巻いてお互いを掴み合い、落ちないようにしている。だが、脚は美鈴さんに預けている。まるで親子のような姿をしている二人なのだが赤の他人ではある、知り合いではあるが。

 

「まぁ、あとで聞くことにしましょう。」

美鈴さんは半ば諦めた様子で霧の湖のほとりを歩いていた。妖精ならこの様子を見て何か一言くらい言ってきそうな気もするが今の時間帯は帰る事に忙しいらしく何も言われるようなことはなかった。

 

「咲夜さんもレミリアさんも心配しているんですから。」

 

「あともう少しで紅魔館に着きますので。」

 

「そこでゆっくりと体を休めてください。」

美鈴には背中に当たる感触で少年がどのようになっているのかが分かるようだ。

 

美鈴は紅魔館へと向かうべく、霧の湖のほとりを蹴って浮き上がると悠々と湖を超えていた。その時にその身で切る風によって赤色の夕日と同じような髪が遊ばれていた。



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59話

見知らぬ天井があり、と言うことでもなく、いつもの日常の時に感じる何ともないものであった。赤色の天井で周りもあまり変わりはない。

 

少し変わっているとすれば先人の遺産と僕の努力が積み重なった机くらいだろうか。それぐらいしかこの場所にはなかった。それ以外なんてものは何もなく、質素な部屋なのだと痛感させられる。

 

だが、一人だけ静かに佇む銀色のナイフのように目をしたメイドが居る。青色のメイドで冷たい感覚を覚えるその人には何処か近づきにくいオーラというものがある。何かしたのか、と僕は半身を起こしながら思った。

 

「何かしましたか?」

つい僕は不安になった。僕も目があっても何も話そうとしないその人は銀色の髪を三つ編みにしているショートヘアーの女性で腰には白色の前掛けをしている。それが微動だにしなかった。呼吸さえもしていないようで人形かのような見た目をしている。

 

「咲夜さん。何か話してくださいよ。」

 

「それは私ではなく、この人に聞いてください。」

咲夜さんはそれだけを僕に伝えてすぐに消えた。時間の操作によってその代わりを寄越した。少し言葉が悪いのかもしれない、自分よりも優先させるべき人物を連れてきたと言う方が正しい。

 

「心配かけましたね。」

 

「僕、これからどうしたら良いのか、と。」

 

「私も同じだよ。居なくなったら誰を頼ればいいの?」

 

こんなにも身近にいるなんてどこまで僕のことを信じているのか、自分が主人として扱ってくれるこの二人にはここ数日は頭が上がらないのだと思う。それほどに心配をかけたのかもしれない。

 

「ちょっとお父さんの性格が移っているようです。心配かけてすみませんでした。」

僕は優しく微笑みかけていたのだと思う。今にも泣きそうな目をしている二人に僕は安心させるしかなかった。何も考えられないが何もしようとは思えなかった。ただ、抱き締めるくらいのことしかできなかった。

 

「「ご主人の近くが一番安心する。」」

そう言ってくれる二人なのだが、そう思えばすぐに二人は僕の左右で横になっていた。掛け布団の上から横になったので暫く身動きの取れなさそうな気はするが退かす気も起きなかった。これが二人からの愛ならば答えるしかないのだろう、僕は覚悟を決めてそう思った。

 

「さて、二人は終わった事ですし、私に何か言うことはありませんか?」

 

「迷惑かけました。」

 

「青年とはよく似ていますね。」

咲夜さんは先程の表情とは打って変わって穏やかな表情をしている。それ釜かなり怖くて仕方がないのだが、満足そうにするならばもう何も言わない事にした。

 

「それに何かと人を惹きつける力もあるようです。」

 

「まだまだですよ。お父さんには勝てません。」

 

「その人はどうしても抜かしたい人ですか?」

 

「ええ。」

僕は短絡的に答えた。それぐらいで構わないのだ。

 

「ならば、今は休むことが大事です。」

その二人のことも大事に思いながらこの先を生きてください。

 

咲夜さんは帰りがけに一言、二言残して僕の部屋からは出て行った。その背後にはとんでもない影が潜んでいるようにも見えるのだが今は何も言わない事にした。言える自信がない。

 

「はい。」

 

「まぁ、慣れてますので。今日はお持ちしましょうか?」

 

「いえ、皆と食べたいです。」

 

「そう。了解したわ。」

咲夜さんは僕の今の姿を見て何となく微笑んでからゆっくりと扉を閉めていた。何かいけないことをしているような気もするが今はどうでも良い。かなり疲れているようで一人となった瞬間には気が抜けてしまった。それからの記憶は特に残っていないというわけでもないが部屋に入ってきた咲夜さんに起こされた挙句、レミリアさんにお楽しみだったのね、と言われる始末であった。僕はそれでも良かったのだが、なんとも言えない微妙な気分だ。

 

 

賽の河原という三途の川へと向かう前にある岸がある。その場所の一部には大小様々な石が無数にあるだけの誰もいない無人な場所であり、危険な場所として皆からは恐れられている。

 

ここでは幼くして亡くなった子供達の霊が石を積み上げる仕事をしているとか、していないとかだがそもそも知らない人や信じていない人には見えないと思われる。

 

しかしここで一人佇む人がいた。

 

三途の川を渡ってくるあの世の動物たちの霊。その霊たちは幻想郷を自分たちの力で支配しようと企んでいるらしいが本当の事は何も分からない。ただ、前に起こった悪霊の件があるので警戒はしていた。

 

しかし、ここで一人佇む人に纏わりついた動物霊は元々幻想郷で暮らしていた動物霊であるらしく、地獄の動物霊の裏切り者であるらしい。

 

「地獄を通るしかないのかな。」

サラサラとした黒髪を後ろで一つに結び高く上げた髪型をしている赤い服を着た巫女の姿をしているその人はそのように言葉を吐き捨てる。

 

それに動物霊は一言も答えるようなことはしない。

 

「まぁ、しょうがない。行けば分かるわよ。」

 

人間と一緒に向かって幻想郷へ攻め入るのを止めて欲しいのだとか。嫌な香りのしたその話に博麗 霊夢はお祓い棒を持ちながら気合を込めていた。そして地獄へ乗り込む選択をした。前の件もある、動物霊のいうことは本当ではないかもしれないが信じてみるしかなかった。

 

 

丁度その頃、紅魔館では。

 

水色が混じった青色をしたショートヘアーの髪に白色のナイトキュップを被ったレミリア・スカーレットと緊張してあまり話さなさそうな少年がいた。

 

一口、少し濃い赤色をしている紅茶を啜る。そしてティーカップを所定の位置に置くとテーブルの上に両肘を置いて少年の顔を見つめていた。

 

「今日呼んだのは話があるからなの。」

 

「そうなんですね。」

 

「興味深い話と驚く話があるけどどちらを聞きたい?」

レミリアは薄く笑みをこぼしながら少年の方を向いていた。そして艶めかしい目をして誘惑するように見つめていた。

 

「興味深い話で。」

 

「そう。じゃあ、どうやら三途の川では動物霊なんてものが発生したらしいわよ。それで一時的に力を貸してくれるそうよ。力を求めている貴方ならそう思うでしょう。」

背中にある大きな翼は今は折りたたまれている。白色に近いピンク色のドレスで裾や袖の周り、腰には赤いリボンをつけている。大小は様々だ。そのドレスを揺らしながら少年に顔を近づけていくレミリアはまるでサキュバスのように男を誘うようにしていた。

 

「それなら確かに興味あります。」

 

「でしょうね。行って来なさい。面白いものが見られるわよ。」

 

「まさかとは思いますが今日はそれだけですか?」

 

「特に言うことはないわよ。私も咲夜と同様に青年の放浪癖には慣れたものなのよ。だから、貴方がどれだけ色んなところを旅しようとも私たちは一向に構わないわ。ただ、寂しくはなるわね。」

 

「あぁ、そう、ですか。」

 

「ここで話している暇はあるかしら。行くなら早く言ったほうがいいわよ。」

 

「はい。」

少年は椅子を蹴飛ばすような勢いで立ち上がるとワクワクを具現化したような動きをしていた。先急いだ結果、転ばなければいいのだが。そんなことを思っていそうな表情でゆっくりと紅茶を一口、啜った。そして喉を通る余韻に浸りながら、未来で何が起こるのか楽しみにしていそうだった。



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60話

僕は一路、三途の河の近くまで急いだ。その道の途中の出店は全て無視していた。吹き飛ばすような勢いで僕は走っていたのだと思う。でも、これでお父さんに勝てるならもう何だっていい。僕はこの身を売ってでも勝てるのならば使ってやるつもりだ。動物霊というものだったがどのような姿をしているのか、そもそも僕に見えるのだろうかという事を少しだけ真剣に考えていたが辞めた。何故か考えるだけ無駄な気がした。

 

三途の川のその手前、賽の河原と呼ばれているらしいこの場所で一人倒れていた。僕がここに来た時にはもう手遅れであるらしく、その場で倒れていた。全身が真っ白ので腰の短めな袖の先にはピンク色に近い赤色のリボンが取り付けられている。腰にはピンク色の布を巻きつけている。上下が一体となっているスカート部分の裾には淡いピンク色で点々が付けられている。髪は白く、セミロングぐらいの長さで二房に分けられている。姿からしてここで何かをしているとは思うのだが、どうしてここにいるのかはさっぱりだった。

 

「大丈夫ですか?」

僕はつい心配になって話しかけてしまった。反応がなければ僕はどうしようか、なんて事を考えたがそれは杞憂であった。

 

「ん?あ、お前も暴れに来たのか?」

 

「いえ、別にそのつもりはないですが。」

僕はその人が話しかけてきた事については特に何か言えるような気はしなかった。それこそ何が起こるのかさっぱりである。

 

「あ、そう。なんかそんな気はするね。私は戎 瓔花。」

その人は明るく答えてくれたのだがどうして、ここで伸びていたのかはしっかりと聞いておきたかった。

 

「そうですか。僕はヒカルです。えっと、なんか動物霊なるものが来ているという話を聞いたのですが、この先ですか?」

 

「まぁ、そうだけど。ただで通すわけには行かない。この先には地獄という場所がある。そこで何とか出来るのか、試す必要がある。決してお前を追い返したいという気は一応あるが、その身が無事であるかを心配したい。」

 

「うーん、地獄ですか。とても危険な場所ですね。」

 

「そうだね。人間の君にはとても何とも出来ないと思うよ。」

 

「そうなんですか、ちょっと残念です。」

 

「ん?何か落ち込んでいるけど何か地獄に思い入れがあるのかな?」

 

「いえ、あまりないとは思うんですけど。」

ヘカーティア・ラピズラズリ。僕はその名前が脳裏から蘇ってきた。

 

「動物霊の力を貸して貰いたくて。どうしても倒したい人が居るんです。」

 

「それは応援したいけど、そんなに憎んでいる人なのか?それなら強引にでも追い返したいよ。」

 

「いえ、そんな事はないですよ。超えたい壁と言いますか。まぁ、そんな所です。」

 

「それなら仕方ないね。行ってみなよ。面白そうだ。」

その人は僕に地獄までの行き方を教えてくれた。だが、そこまで難解なものでもなさそう、と僕は思った。

 

 

「ほう、ここがお前から話を聞いた幻想郷か。」

一人の男が観光気分で現れたこの場所。この人を連れ出したのは言うまでもなくその隣の人だった。

 

「そうだ。」

後ろで一つに結んだ黒い髪とかきあげただけの前髪をしている。鋭くないが一応吊り上っている目つきをしている。灰色の着物を着てまるで観光気分で来ている。

 

「息子も先に行ってしまったが何処にいるのだろうか。」

 

「俺は特に心配していない。貴方も親ならどん、と構えてみたらどうだ。」

 

「あまり挙動に不審な点があると不安にさせるだろうからな。しかし、そこまで信じているのも素晴らしいものだ。」

 

「そんな魂ではない。さて、三途の川にでも言ってみようか。」

 

「そこはどういう場所だ。」

 

「あの世とこの世をつないでいる場所だ。」

 

「趣味の悪い紹介の仕方をしてくれる。」

 

「そうか。」

ちょっと面白おかしく言っている黒髪の男は自分の足で歩いて向かっていた。



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61話

三途の川だが、正直小町さんがこちらに来るのを待って渡し賃を払えば楽なのかもしれないと思えた。それほど広く、果てしないものだった。そして変わらない景色に段々と自信がなくなってきた。僕は迷路にでも迷ってしまったらしい。

 

「三途の川に生身の人間とは凶暴な魚にでも引き摺り込まれたのかな?」

頭には赤い角が二本生えていている。大きさは手で掴めそうなくらいだろうか。牛のような耳が付いていて真ん中で黒と白に分かれていた。僕から見て右側が黒、左側が白だ。完全に分離した袖には薄い灰色にも似た黒色のまだら模様をした白色のものが着用している。胸元に黄色のものをつけていて下側には毛皮のよう白色のファーが付いている。同様にスカートの部分も裾の部分に同じようなものが付いている。

 

「別にそういう訳でもないのですが。」

 

「じゃあ、どうして?」

 

「動物霊に力を貸してもらおうと。」

 

「あぁ、そういう事ね。あまりお勧めはしないよ。」

 

「その理由だけでも聞いても?」

その人は後ろから伸ばしている赤い尻尾を振りながら少しだけ考えている素振りをしていた。本当に考えているのかについては本人に聞いて見ないとわからない。

 

「そもそも地獄はそういう場所だよ。ここで引き返して欲しいんだけど。」

 

「それが出来たら良いんですが。折角強くなれそうな機会なのでここは押し通させてもらいます。」

 

「そんなこと言って本当は怖いじゃないのかな?」

 

「まぁ、確かに。でも仕方がないんじゃないですかね。元々、僕もその事は覚悟していました。」

 

 

「覚悟の上、か。行きなよ。生きている状態で地獄に行こうとするとは。想像するだけでも身震いがするよ。」

 

「それでも超えたい人が居るんです。ここでは引けませんよ。」

 

「その目、良いね。折角だから案内しよう。」

僕はその人についていく事にした。その人の名前は牛崎 潤美。牛鬼という種族でこの辺りを縄張りとしている鬼であるらしい。前は人間を襲っていたのだが幻想郷では禁止になったので長らくそのような事はしていないらしい。

 

それから時折、このあたりにいる巨大魚を釣って幻想郷に売り捌いているらしく、それで生計を立てているようだ。僕はその話を聞きながらどれだけ紅魔館に甘えているのかを痛感した。

 

 

「いきなり物騒な場所に案内するとは。さては鬼畜だな。」

 

「今に始まった事ではない。」

黒髪の男が少し笑みをこぼしていた。

 

「何を言っても遅いということだ。まぁ、良かろう。」

白髪の男は仕方がなさそうにしていた。前々から振り回されていたのか、今では何とも思わなくなってしまったようだ。

 

「ここが三途の川だが、見たことのない人が居るものだ。」

少し話を聞こう、と黒髪の男が歩いてその人に近づいた。全体的に白色の服装をしている。

 

「この先は地獄です。ここで引き返すことをお勧めします。」

 

「そうか。それは困った。が、俺は少なくとも毎日が地獄のように退屈な日々だ。今更本物を見れるなら行きたくもなるだろう。」

 

「どんな神経しているんですか。」

 

「すまない。俺は元々興味ある事にしか行動を起こせない人だ。仕方ないだろう。」

 

「行けばいいじゃですか。」

 

「そうか。だ、そうだ。行こうか。」

 

「申し訳ないことをした。」

白髪の男がその人に一礼して飛び去った黒髪の男を追いかけていた。どちらが上司なのかは疑いがかかる。



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リバースオブクラス
62話


地獄というのはそうおっかない場所でもない。歓迎ムードの服装をしている人も居るわけだし、もしかしたら意外と良い場所なのかもしれない。その予想は当たっていたような気もするがそうでもないような気はしている。

 

言わば、地獄としての形相はしているもの今いる場所は入り口なだけで深淵を覗き込もうとしている前の段階なのかもしれない。ここからが本番と言うのなら、それは仕方ないと思う。

 

まさに三途の河の岸、ここから地獄へと入っていく門の前へと近づいていく。

 

そこには一人、誰かが立っていた。その人は朱色のワンピースのようなものを着ていて裾には大小の丸が交互にさせている一本の帯のように巻きついている模様をしている。頭にはトサカのような赤い髪のようなものとクリーム色に近いと思うセミショートの髪型をしている。目は服の色に近いと思う。

 

「地獄へ行こうとしている者ですね。閻魔様からは話は聞いています。貴方の腕を試しなさいってね。」

 

「いや、待ってくださいよ。どういう意味ですか?」

 

「それだけ危険な場所なのよ。」

背後に生えている髪と同じ色をした羽を羽ばたかせていた。そしてそれが戦闘体勢であることを感じて、僕はすぐに剣の柄を握る事にした。

 

「まさかこうなるとは。僕には島獄に行きたい理由があります。ここで倒せば文句はありませんか?」

 

「血気盛んな若者だね。確かに閻魔様は通してもいいと言っていますが、私はそんな残酷なことは好みません。なので、ここで大人しく帰ることをお勧めします。」

その人は僕の頭上に飛び上がりながら黄色をした弾幕を張っていた。前に見たことのある中ではソコソコの量はあるものの、速さも不十分なもので何処か物足りないと思うにはとても容易いと思う。それだけ何とも思えないほどに僕の心は荒んでいたのかもしれない。あとで考えればそう思う。

 

「それなら自力で帰してみてください。それぽどの絶望をこの僕に見てください。」

 

「良いですよ。頑張りますので。」

その人の弾幕は段々と近づいてくる。そう思っている時点で僕はどれだけ余裕があるのかは言うまでもなかった。素早く抜いた剣で斬波を作り出す。そして鞘の中に納めた。

 

「何という判断力。しかも一撃で。分かりました。それほどの実力と覚悟があるのならば、もう止めません。業火に焼かれようとも、針のむしろに叩きつけられようとも、私は何もしません。」

 

「望むところです。それぐらいで済むのなら、また這い上がります。」

 

「そうそう、一つ忠告があるよ。貴方はまだ死ぬは惜しい人間です。どうか気をつけてください。」

 

「はい、分かりました。」

僕の言葉に萎縮しているその人は何処か小動物のようにも思えた。それがどうしても可愛らしいというわけではないが、あまり危害を加えようとはとても思えない。それにしても僕のどこに恐怖を覚えたのか。それを僕は考えながら地獄へと入り込んだ。



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63話

ここは畜生界。強き者がその欲望のままに食い荒らし、弱き者はそれを指を咥えて見ているしかないという世界であった、のだが今はどうやら数組の巨大組織によって支配されている世界へと塗り替えられてしまったようだ。動物霊が単独では勝ち目はなく何処かに組する事でしか生き延びる手段はなかった。

 

そしてどの組からもこき使われている奴隷とも呼べる霊、力は弱いが手先が器用な霊長類の霊である。つまるところ、人間の霊だ。彼らは霊長園という種が絶えないように保護する目的で建てられた施設ではどの組も争いの事は忘れた。抵抗する術を持たない霊長園で保護されている霊はここで一生を過ごすしかなかった。

 

ーーしかしそれは失敗だった。霊長類の霊は信仰というものを依代に偶像というものを作り上げた。信仰心を持った霊は何事も恐れることはなくなり、今まで四つの組織で支配していた畜生界では新たなる脅威として君臨した。原因は何の力も持たないと侮った霊を一箇所に集めた事だった。

 

このままでは廃墟と化すだろう。それを止めるために地上から人間を連れ出して宗教戦争というなんとも馬鹿げたようなそうでもないような大胆な作戦を企てた。そこで、動物霊は地獄経由で地上を目指して仲間となりそうな人間を集めていたーー。

赤色の地面と赤い煙のような灰のようなもので覆われているこの世界で僕は一人だった。元々一人で来ているのでこうなるのも仕方がないのだろうが知らない土地であるので心細いということはなくはない。そして何か障害となるものがないのもまたそれはそれで怖いものがある。自分の周り全てが敵のようにもまた別の存在とも言えなくもない。それがどれだけの重圧を生むのかは体験しないと想像し難いだろう。僕はその渦中にいる。

 

歩いていく道の途中で見覚えのある服装をしている人物とその前で威張り散らしている人がいた。赤色の服装で黒色の髪をしている。右手には木の棒に白い紙をつけた大幣と呼ばれる道具を持ち、独特なその服装は巫女と呼ばれる神に仕えるものが身につける服装。博麗 霊夢、それが彼女の名だ。そしてその前にいる人、金色に近い黄色の角に濃い緑色とそこに肌色を多く混ぜたような色をした尻尾がある女性がいた。髪はこの空気で分かりにくいがツノと同じような色合いをしていると思われる。僕は無用心にも近づく事にした。

 

「霊夢さん、お久しぶりです」

何処か見下している節のある目線を僕に送るその人は背中に大きめな緑色の甲羅を背負っていた。角の生えた亀のような甲羅を背負っている彼女は見るからに動きにくそうだった。

 

「甲羅を背負っているのは少しばかりか辛くないですか?」

 

「わざわざありがとうございます。貴方様のような方に出会えてとても光栄よ」

 

「アンタ、気をつけなさいよ。私はちょっと動けないわ」

その霊夢さんの発言を聞いた時に僕はどのように反応するべきか分からなかった。今の所、そのような気配はないのでとてもではないが霊夢さんがやられそうな気配が全くない。

 

「どうなされましたか?何処か具合でも悪いのでしょうか?」

言葉と態度がちぐはぐな彼女は緑色と青色を混ぜ合わせたような色合いのスカートに鎖骨の辺りを四角形に露出させた水色のシャツを着ている。僕から見て左側には赤い紐で縫い合わせているかのように羽織っている。そこに肌色濃い水色のリボンが上の方に一つだけ付いている。

 

「まぁ、その空気です。仕方ないものですよね」

 

「私は吉弔 八千慧です。鬼傑組の組長をしています。以後お見知り置きを」

 

「僕はヒカルです。よろしくお願いします」

 

「ところで、何か動物霊はお連れになっていないのでしょうか?」

 

「それは僕も探しているんですよ。何やら力を貰えるそうですね」

 

「何らかの動物の力は得られるようになっております。貴方様はそのようなお力をお求めなのでしょうか?」

 

「はい。そうです」

相変わらず人を見下したようなハイライトの消えた目をしているのが気になるが僕は気にしない事にした。そのような人ならば、言うまでもないだろう。

 

「ならば、私がまとめている鬼傑組に所属されませんか?もし、宜しければ私が直々に使ってあげますよ」

この言葉を言う時だけは何故か力んでいたのだが、その理由は特に分からなかった。僕からすれば急に力を入れて話してきたので何があったのか、と疑問に思った。

 

「結構です。自分が信じる道を歩きます」

 

「入りなさい。私の奴隷として使ってあげるわよ」

 

「何を言っているんですか?」

思ったことをそのまま僕は口に出した。それがどうやらかなり響いたらしく、吉弔 八千慧さんはその場で膝から崩れてしまった。

 

「最大の力で能力を使用したのにどうして効かないのよ⁉︎」

 

「聞く前に私は貴方に反抗する意思はありませんよ」

僕はそう言ってその場を離れる事にした。もうここにいる理由は特にない。

 

「霊夢さん、もう少しここに居ますか?」

 

「そうね。そうさせてもらうわ」

それ以上、僕が何か言うこともなかった。

「気になるわね」

その人は不敵にも笑った、まるでおもちゃを見つけた悪ガキのように。



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64話

そこには霊長園と看板に書かれている施設があった。僕は特にどのような意味があるのかは理解できないのだが、入ってみようと思ったが何か嫌な予感がするので悩ましかった。それでも入る勇気は出なかったが素通りする気にもなれずに入り込む事にした。

 

「誰か居ますか?」

一応聞いてみる事にした。取り敢えず此処がどのような施設であるのかは判別出来ないので聞いてみたかった、のだが誰かいるような様子はなかった。なので僕は中に入る事にした。

 

敷地の中は何処か異国の雰囲気があるものの、娯楽施設のような感じがある。草木は特に見当たらず、腰程度の柵が丸い穴を囲うようになっている。その中では何か白い物体があるのだが、だからと言って正体が分かるわけでもなく、来た道を踵を返して僕は帰る事にした。

 

その帰路、ある人が僕の歩いている道の前に立ち塞がっていた。その人はまさしく番人のような人で黄色に近い色をしている髪を丸い形にまとめているのを白い布で結んでいる。四角いのを重ねているような服でかなり丈の短いスカートのような大きさの服を着込んでいた。まるで鎧のように見えるのだが番人だと色眼鏡をかけて推測するならそうなのだろう。籠手のようなものが両腕には付いていて金属製の剣を地面に突き刺し、腰より少しだけ高いへそぐらいの位置にある柄頭に手を置いていた。

 

「貴様、何者だ?」

 

「少しこの建物が気になったので見に行っただけですよ。それにしても何か白い玉が浮いているだけで何かいるようには見えないのですが」

 

「此処は霊長園だ。主に隷属の人間の霊を集めている場所だ。ちょうど貴様のような人物が閉じ込められている場所だ」

 

「まだ死んでませんよ」

 

「それは分かっている」

その人は1度目を閉じてから目を開いた。瞬きというにはとても遅い。二秒程度は閉じていたと思う。

 

「だが、此処で倒せばどうなるか分かったものではない。どうせ、此処では一人ではなんともならない」

 

「此処には四つの組がある。そして、その組は私を含めた像に対して攻撃を与える手段はない」

 

「それだと、貴方を倒す力があれば何も関係ないという事ですね」

 

「その解釈が間違いではないことを願う。行くぞ!」

その剣を振り回し始めた。僕はその人の様子を見てからゆっくりと後退、左隣を通り抜けた。

 

まるで歯が立たないということもないのではないだろうか。

少しだけ時間は戻る。その時間はちょうどある少年が紅魔館を飛び出してからとある二人が地獄へと向かっていくその間、少年に付き従う二人は誰に命令されることもなく、向かっていた。その行き先は主人のいるその場所。動物霊が助けを呼ぶために訪れた地上から連れ出した人間がおおよそ暴れているのであろう畜生界へと向かう道だった。賽の河原を超え、三途の川を超え、その先へと向かった二人はある二人に出会うのだがそれはまた後の話。

「それなりに実力は持ち合わせているのだろうか」

 

「いえ、僕なんてまだまだ未熟の身ですよ」

 

「それはつまり、それよりも弱いと言いたいのですか?」

 

「力だけで攻めるつもりでしたらそうなるでしょうね」

一番不得手なのはやはり自分と同じように逃げ回りながらも時期を見て状況を一変させること。それをされるのは慎重な一戦となる。

 

「当たれば一撃だ。特に技術を磨く必要もない」

 

「そうですか。当たると良いですね」

取り敢えず、僕は剣を抜いた。鞘を掴んで一気に引き出した黄色の刀身をしているのを取り出して自分の前に出していた。それが何を示しているのか、それは相手が見出すのだろう。

 

「これでも兵長を務める身だ。そう易々と倒せると思うなよ」

其処から戦いは始まった。僕は剣を傾けて上からくる相手の一撃に合わせて弾いた。左脚を反転させて後退させてから体制を大きく崩しているその人に追撃を与える。

 

その人は受け止める事は考えずに下から掬い上げるようにして僕にその剣を当てようとすると後退していた。一瞬でも隙が作れたらそれで良いらしい。僕は次の相手からの一撃を見てから行動に移そうと思った。意外にも機敏な動きだったのが僕の中では一番の驚きだ。

 

その人は肩に背負いこんでいるような独特の構えをしていた。前がかなり空いているのだが、多分装甲というものが硬いのか戦いというものに慣れていないのか。そのどちらかだろう。

 

ブン、とその剣を僕に近づきながら下に振り下ろした。その音に驚くが其処からも凄かった。地面も抉るように振り上げた剣を右横から左方向へと振り抜き、その直後に力任せに膨らみのある角度で振り下ろす。僕はその場で後退をしながら時期を待っていることしか出来なかった。

 

そして決める時に何をしようか考えていた。

 

もう一度振り上げたところでそちらへと逃げて後ろへと回り込むことにした。一瞬だけ見失っていそうだったがもうそのような事はなかった。素早く剣を振ったその人は更に振ろうとしたところで僕が先に一撃を与えた。なんでもない一撃だ。当然のようにその鎧のような服に防がれた。当たり前のようにに思えたがあまりにも硬すぎる。それを確認してその場で交差するように逃げた。

 

そして何をしようかそれを確認する。僕が頭の中で考えている事はそれしかない。

 

「まさかあれで諦めたというわけではあるまい」

 

「まさか。そのような事はありませんよ」

 

「怖気付いたというのならば、こちらも配慮してやろう」

要らぬ心配をかけられているが私は何もしない事にした。それが一番早い。

 

「それは、良いです」

僕はその場から一気にその人の前に向かうと先程は通じなかった一撃を与える。風を纏いしその剣はスパッ、と良い音を出していた。其処で小さな爆発を起こさせる。水を電気を通すと出来るらしい。詳しい原理は理解していないがそれを見つけ出した先人は本当に凄いと感心するしかないだろう。

 

「人、だったのでしょうか?」

僕の周りには粉々に砕けた何かの残骸が転がっていた。これならもしかすると大量に造られた内の一つだったのかもしれない。

そう思っていた最中、その人はまるで登場する瞬間を理解しているように現れた。



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65話

赤い土のある地面、そして荒涼とした風景の続く異世界とも呼べる見た目をした世界で僕はこの身一つである人と対峙していた。その人は前にも月に訪れた際に出会った地獄の女神、ヘカーティア・ラピズラズリ。チェックの入った赤、緑、暗めの青を縦に三等分した服装で返り血を浴びたような黒いシャツには何かの文字が描かれている。welcome hellと書いてあるだけなのだが、その意味は地獄へようこそとなる。これはパチュリーさんに教えてもらった。頭には赤い球体を乗せた黒い帽子をかぶり、赤い髪がその隙間から覗くことができる。

 

「やぁ、月の時以来かな?」

ヘカーティアのその声は何処と無く遊びのようにも聞こえてくる。僕に対しては特に何も思っていないのだろうか?それとも気さくな話し方からそこそこ歓迎を受けているのだろうか。

 

「そうなるとは思います。」

 

「緊張しなくて大丈夫。退屈しているから遊んでいってよ。」

僕はその言葉を安易に受けすぎたのだと思う。冷静に考えればとんでもない事を口走ったのだと思っている。

 

「やりましょうか。」

僕は本当に気楽な気分だった。何もかもが終わり、もう帰るだけになったので気が抜けていたのかもしれない。そうでもなければ、このような事を言い放つような事はなかったと思っている。何を思っていたのか、本当に疑問というものである。

 

「良いの?有難う。」

ヘカーティアのその笑みは少し子供っぽく見えた。これが初めてというわけでもない。それなりに手加減はしてくれるのだろうとは思っていた。

 

それこそが慢心であるという事も考えのある頭はなく。

 

「遊ぶだけですから。」

その言葉、嘘はないね?とヘカーティア・ラピズラズリはその口から発する。僕はそれに二つ返事で返した。それがどれほどの愚行であったのか、それは言う必要もない。

 

攻撃モーションは特に何もなかった。僕は目で見ずに避けていた。フランドールさんとの遊びの中で何を学んだのか、多分こういう所だろう。僕の左目にはしっかりと赤い弾の軌道が見えていた。単発で当てる気もないような優しすぎる弾がその辺りを漂って地面に当たって泡のように弾けた。ただそれだけだったが時間というのは十分に経った。

 

はっ、としてちらり、とヘカーティアの方を向いた時には周りに浮かんだ赤い弾が螺旋を描きながらゆっくりと飛び回っていた。曲線を描いた読み取りにくい軌道を辿る弾が二重にも三重にもなって僕の目の前に現れた。それだけではない、直線的なレーザーが襲ってくる。最早それだけでも何となく伝わってくるのだが、僕は随分と強くなっていると思われているらしい。所詮は人間、されど油断ならない目を持つ輩、そんな所なのだろうか。隙と言うのは見当たらなかった。

 

僕は地面を滑りながら横へと遠巻きに逃げていたのだが、捕捉されるのも時間の問題であった。それこそ当たり前であるかのようにヘカーティアは僕の足元に当ててくる。しかし、狙いはわざと外しているようで僕には何か違うようにも感じるものがあった。何か変わることがあったというわけでもない。何も変わらないのだが、予測ではそうなっている。

 

「飽きてきたよ。反撃の一つも来ないなんてここまで何をしていたのかな?」

僕にはその言葉がトリガーとなった。軽い一撃だ。それだけでも浴びせるような事ができたのなら、そこそこ認めてもらえるのだろうか、そんな事を考えない事もない。

 

僕は剣に力を込めてから思い切り振り上げた。それは一本の線となって空気を斬り裂き、ヘカーティアのところまで届いたのかは検討はつかなかった。まさか当たるなんて事は無いと思っている。僕の一撃がそこまで簡単に行きそうなものはない。

 

更に、威力をあげようと球状の大きな弾を作り上げて思い切り回転を加えてやった。直進的な軌道で少しだけ歪んだ軌道を描いているのだが、小さな弾が少しずつ漏れ出している。

 

それだけで僕は満足してしまった。

 

もう何も考えられないほどに謎の達成感があった。僕にはそれだけ満足だった。当たったのかどうかはあまり関係はなかった。周りは赤い弾が散りばめられた満点の星空に偶に僕に向かって降ってくる流星がある。その弾幕を掻い潜りながら撃ち放った僕の弾幕は少し目立つ色をしていた。

 

「そこそこ、及第点、かな?面白いよ。さぁ、もっと遊ぼうか?」

 

「どうしようかな?」

ヘカーティアは焦らすように言っていた。

 

「やるならやってくださいよ。」

僕はヘカーティアの誘いに乗ることにした。やっている事がどれだけ愚行であるのかは今の僕には頭の隅にも考えていなかった。

 

「じゃあ、行こう!」

ヘカーティアの声は急に高まり、僕に対する弾幕は濃くなったように感じる。

 

すぐに放った弾幕は歪んだ軌道を描いていて僕の後ろへと回り込んでいた。そして炎のようになっている。飛べないわけでもないがあまり使いたくはない。しかし、この熱気を後ろから感じ続けるのも大分身体に応えるものだと感じる。たらり、と額から水玉が現れる。

 

僕は前に飛んでみることにした。地面を蹴り、ヘカーティアの元へと飛び出した。僕の目の前には少し口角を上げているヘカーティアが見えて、上から押し付けられるように弾幕が現れてまともに受けた。避けるなんて選択肢もなく、炙り出しで出てきたところで相手から易々と狩られたという言葉が一番あっていると思う。それほど僕の行動は筒抜けであるらしく、ヘカーティアには簡単に倒された。

 

僕にはそう思えるほどに負荷がかかっている。物理的、と言うよりかは先ほどの弾幕を受けたから起こっているというわけでもなさそうな気がする。精神的な蝕んでいるように針のようなものがズキズキと体内を突き進んでいる。それが何になるのかはもう何も言わなくても良いのだろう。

 

僕はその場から立てなかった。立とうとするその意思を真っ向から否定されているかのように僕は地面に縫い付けられていた。まさか此処で終わるなんて思えなかったがヘカーティアの視線は僕の方を向いていなかった。それは明らかに興味を後ろへと逸らされているかのようであった。

 

僕に誰か連れがいたのだろうか、それはふと疑問に思ったのだがそこで止まる。誰もいなかった。僕が連れてきたのは居ないのでまた別の人が現れたのだろう。地獄もこうも荒らされてはやってられないだろう。

 

「息子が世話になったな。」

その声には聞き覚えがある。そして、よく知っている。彼は後ろに一つに結んだ黒髪と掻き上げただけの前髪で目の鋭いような気もしないのだが、あまりつり上がっていない。服装はいつも訓練の際に着ている身軽そうな灰色の衣服に身を包んだ腰に日本の刀を携えた男。父親であり、ブリタニア王国の一部、シソー国の王だ。

 

「まさかの展開だよ。父親が何か用かな?」

 

「いや、俺は適当に歩いていただけだ。そうしたら、息子がお世話になっているのを目撃して一言お礼でも言おうと思った。」

 

「随分と自由な人間だ。親子共々気に入ったよ。どうだい?ちょっと遊んでよ。」

 

「そうか。が、今日は帰る。」

 

「あら、それはつまらないね。」

 

「攻撃を仕掛けられたら此方もそれなりの相手はするだろう。」

お父さんは適当に言葉を残した。この後のことは何も考えていないのだろう。どれほど強いのかは言うほどもない。そして、僕ではとても勝てないほどの実力は持っている。だからと言って、愚行であろう、そう思った。

 

「ふーん、それは誘っているのかな?」

 

「地位も誇りも捨て去るのならば俺も相手をせざるを得ない。」

 

「生憎だが、私がどれほど力を見せようと遊びでしかない。でも、私を見て対等に話そうとするなんて、愚者か勇者かどちらだろうね。」

何かを試すようなその口ぶりにもお父さんは興味を示さなかった。本当に面倒だと思っているのだろう。

 

「そうか。おそらく前者だ。貴方を楽しませるほど実力は有していない。」

お父さんは平然と答えていた。ヘカーティアは僕に見せていた表情よりもずっと硬くなっていた。此処からではお父さんの表情は読み取れないのだがどのような表情をしているのか大体予想はつける。

 

ヘカーティアは赤い弾を一つ出していた。その速さは僕に見せたようなものではなかった。分裂、拡散、そして青白くなるほどの高熱。お父さんをそれを見てその場から動いているのかは視認出来なかった。

 

「興味が湧いた。面白そうだ。」

ヘカーティアはまるで子供だ、子供同士のごっこ遊びで済めばいいのだが。僕はそれを願うばかりだ。



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66話

二人はその眼で敵を見て静かに時間を過ごしていた。不気味にも思える。どちらも指一つ動かす気配のない不穏な空気に僕はその場から動くことが出来なかった。もしかしたらまだダメージが残っているだけなのかもしれない。

 

争いは突如として起こった。ヘカーティアの赤い弾がこの赤い地面に触れた。そこから出された拡散型の先の尖った殺傷性のありそうな弾が地面を這いつくばる。それにお父さんは反応を見せていなかった、否、反応はしていなかったが気にする様子はなかった。まるで見えていないかのようで僕には不思議に思えた。

 

お父さんはいとも簡単にヘカーティアの元へとたどり着いた。そして平行に空中で対峙している。お互いの眼を見て、お互いの出方を伺いながら、お互いに動きを読まれないように体の力を緩めていた。その途中で二人は何を対話していたのかは全くと言って伝わる気配はなかった。もう僕には二人が仲がいいような気しかしなかった。絶対にそんな事はあり得ないのだが、そんな風に僕の瞳には映っている。

 

その人たちは勝負をする気があるのかさえ思えた。

 

僕にはその気がないのでどちらかが降参するのを待っているだけ、そうだと思っていた。

 

しかし、そうなる事はなかった。

 

お互いに弾幕を展開、相殺するように撃ち合っていた。間合いは一刀足、人間一人も入れないような距離の中でお互いの弾をぶつけ合っている。それだけ見ていれば何でもないものであるはずだった。ヘカーティアは地獄の女神とされていて、あの時五人で対峙して逃げてきたと言うのに。お父さんは一人でほとんど互角に渡り合っている。その姿に僕は言い知れぬ悔しさを感じた。この気持ちをどうすれば良いのか?これまで勝つために此処まで戦ってきた。それなのにとんでもない距離を感じる。

 

勝てるのか?

 

僕は自分に質問を投げかけた。

 

そんな話ではないと思っている。しかし、どうしたら良いのかは全く見当がつかない。それ程に僕の心はざわついていた。

 

こんなのを見せられて僕はこれからどうしたら良いのか。

 

化け物ではないか、もう何が何だか分かったものではない。

 

僕の心のことなど露知らず、お父さんはヘカーティアとの近接弾幕勝負をしていた。お父さんの刀からは緑色の細かい弾が無数に飛び出し、ヘカーティアの赤い弾と相殺をしていた。微妙に押されているように感じるがほんの少しだけであり、僕には誤差に感じる。そう見えるからまだまだ未熟なのだろうか?この時の僕には何も答えは出てこなかった。

 

細かい振りから繰り出される弾幕を一旦終わらせて地上に足を付けたお父さんは軽い足取りで僕の元へと近づいた。

 

「お前は帰れ。足手まといだ。」

 

「そうですよね。僕には勝てる未来は感じ取れません。」

 

「そうか。して、そこで諦めるのか。見えないから、と言い訳を残してお前は逃げるのか。そうか。」

 

「じゃあ、帰りませんよ。」

 

「そうか。」

その目は確かに鋭かった。そうか、としか言葉は出していないのだが、弱いところを撃ち抜かれたような気がしている。もしかすると勝手に自分が考えていた妄想劇だったのかもしれない。

 

「もっと力を出しても構わないよね?」

 

「好きにしろ。息子の尻拭いは俺がやる。」

 

「それなら、ちょっと本気出してみようかな?」

少しだけ笑っていた。楽しそう、ではなく、狂しそうであった。地獄の女神として此処で逃すのには惜しいのでもっと真価を試したい、又は引き出したい。そんな欲求が芽生えていたのだと思う。それほどの実力ではあるのだろうか?

 

お父さんは両手に握った刀をゆっくりと立ち上がらせた。本気の印だ。

 

ヘカーティアも右手を上げて戦闘体制を作り上げていた。

 

お互いの動きはお互いが握っているとさえ思える。どちらが勝ってもどちからが負けても、引き分けでも何もおかしくなかった。

 

急遽、ヘカーティアから箱に満帆に詰められた石を投げ出すように弾幕を展開した。その密度はまるで壁であり、逃げ道が此処からでは見つからなかった。それか、あるのだろうが体一つをねじ込んで行けるかどうかと言う程度なのだろうか。

 

お父さんはそれに臆することなく、挑んだ。

 

此処からはそれ以上何が起こっているのかは全くと言ってわからないが音がある。その音は弾幕のぶつかり合う音、そして二人が出す声。どれだけ真剣に戦っているのか、その声から確認出来る。

 

「「ご主人様。」」

そこにはどこで話を聞きつけたのかある二人が来ていた。僕の事をご主人様と呼び続けている舞さんと里乃さんだ。時々お世話にはなっているがこれまで恩返しなんて考えてこなかった。それでも健気に僕に付き従う。折り曲がった烏帽子にサイドは長めの髪で後ろはショートにしている髪型はいつもと変わらない。

 

「何やら、事が大きくなっているだが。」

其処にもう一人現れた。どこで知り合ったのか、そしてどのような経緯なのか、そんな事は僕にはどうでもよかった。お父さんがいる時点でおおよそ予想はつく。

 

「ラーさんですか。」

 

「観光に来たはずなのだが、何がどうなってこうなってしまったのか?分からぬ。」

 

「お父さんにはよく振り回されますよね。」

 

「そう言うが、まだ諦めていないのか?」

 

「やらないと。超えたい存在を超えないなんてあの人の息子は名乗れませんよ。」

 

「勝てないと分かっていてもか。」

 

「無謀なんて人は言うでしょうが、だからこそ挑戦したいんですよ。」

 

「やはり遺伝子はあるようだ。何が何でもその牙で傷を負わせろ。相手の事情は考えないが良い。お前の誇りが傷つかないならな。」

 

「やりますよ。」

 

「その意気だ。」

白色の髪をしている男性は少しだけ優しい笑みをこぼしていた。こちらの方がよほどお父さんらしい。人の子だからこそ、見せられる表情なのだろうか。

 

「しかし、この弾幕でもこれだけの間を耐えるとは流石としか言いようがない。」

 

「状況はどうしても劣勢なんですか?」

 

「いつもそうだよ。彼奴は其処から全てをひっくり返してきた。だが、精々、引き分けに持ち込むのが精一杯だろう。」

 

「やはり、相手が悪かったですか?」

 

「誰かはわからないがそれほどの実力はあるように見える。」

 

「地獄の女神です。僕とある仲間が五人くらいでようやく逃げ切ることに成功した程度なのですが。お父さんにはそのようなことは超えてしまっているようです。」

 

「うん、そうか。」

茶色の布地に身を包んだブリタニア王国国王であるラーはお父さんとは昔からの仲であるらしい。付き合いとしては二十年とかそれぐらいであるはずだ。

 

其処で僕はふと上の方を向いてみることにした。

 

お父さんは壁のような弾幕の中で今も動き続けている。その速さはどれほどなのか、どれほどの隙間を通り抜けているのか。僕は検討はつかなかったがその中でも僕には分かっていた事がある。いつまでも続けられるはずがないだろう。それだけだった。

 

お父さんが赤い地面に足をつけたとき、お互いにそうなっていた。

 

単純に遊びだ。それだけなのだが、半分くらいは本気でやっていたと思う。それ程にムキになっていた。お互いの体はボロボロであった。

 

「かつて此処まで追い詰められた事があったかな?」

 

「遊び半分で来るものではないな。」

 

「楽しかったよ。また遊ぼう。」

 

「その機会があったらな。」

二人は固く握手をしていた。地獄の女神に認められたお父さんは僕にとっては明確な距離を取られたように感じる。

 

「帰ろうか。」

踵を返しながら刀を鞘に納めたお父さんは何も言わずに僕の横を通り抜けた。

 

その時に僕は思った。

 

勝てるか、そんなことはどうでも良い。

 

此処で勝てなければいつ勝てるのだろうか?



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67話

「お父さん、剣を、抜いて下さい。」

戦いに終止符は打たれた。だが、僕の中での戦闘はこれからだった。標的は目の前にいて疲弊している。

 

ずるだとか、卑怯だとか、そういう評価はどうでもよくなってきた。それこそ、このような条件でもないと勝てる見込みが感じられないから。僕はやるしかなかったから。超えたい男がそこに居るから。

 

「そうか。まだ、敵はいたのか。」

お父さんはいつも通り飄々とした態度を貫いていた。その姿には感服するものだが追い抜かさないと。僕は強くそう思った。

 

「そうじゃない。僕はここでお父さんと戦いたい。」

 

「そうか。どこでそんな卑怯な手を覚えた。勝てば正義だとでも言うのか。」

お父さんの言い分は確かだった。少しだけ気だるそうにしているのが目に見えるのだが、それを気にしているほど暇があるわけでもなかった。それこそ何をしたら良いのか、僕には自分の考えが分からなかった。

 

「そうは言いません。でも、勝ちたいんですよ。こんなところで勝てないといつまでも追いつけない。卑怯でも何でも良い。」

 

「ここで倒したいか。」

 

「はい!」

お父さんは僕の顔をじっ、と見て暫く考えていた。それとも品定めでもしているつもりなのだろうか。残念だけど僕はそこまで簡単なものではないつもりだ。しかし、目力のあるお父さんには何となく恐縮してしまう。ほんの少しだけの反抗心が何処かで燻っているのかもしれない。

 

「そうか。」

少し重たい返事だった。特に変わらぬ表情を浮かべるお父さんは僕の中ではまだ読み取れない。乗る気なのか、それともそうではないか。どうせわがままなんだ。どのような返事だろうと受け止める気でいる。

 

「貴方の覚悟はよく分かった。して、その覚悟、どこまで続けるつもりだ。」

 

「僕が越えるまで!」

 

「しかと受け止めた。」

お父さんは唾を親指で弾きながら僕の方へと向かってくる。僕は少しだけ反応に遅れた。だが、来ることは予想はしていたので何とでもなったと言うところだろうか。

 

お父さんの右腰から放たれた一撃は僕の耳に当たりそうなところで止まった。最初から寸止めにするつもりだったのだろうか、そうでもなければこんなところを狙うわけがない。

 

逆手に持った刀をカバーするように僕は後ろに回した。お父さんは鍔迫り合いを好まない。移動し続けて相手の行動を封じ込めて一気に叩く。まともに勝負をしないと言うこのスタンスは僕も真似しているところだ。しかし、弱点があるとすればそれが同じような方になった時、遊びの技術が劣る方が負けると言うことだろう。柔軟な発想とその場しのぎではない脳の回転を必要とする。高度になればその思考が読まれないようにする。僕にはまだまだたどり着けそうにない領域であった。

 

「本気なんですね。」

 

「そうでもないと負ける。強くなったな。」

 

「ここでお父さんに認められても困ります。」

頰に入った掠り傷は僕の失態だ。そして何も困るような事はないはずなのだが、お父さんは逆手持ちをやめようとはしなかった。それが読み間違いをさせる手なのかもしれない。

 

「そうか。」

お父さんは短絡的にその言葉を発し、まるで便利な言葉のようにそれだけで終わらせた。お父さんが僕に向かって走り出す。

 

本気になっているのだと、お父さんが僕に対して敵意をむき出しにしているのだと、そう感じた時には間合いはかなり詰められていた。思考の隙を与えない、そして切り刻みに来る凶悪性を兼ね備えたその一撃を僕は唾で受け止める。

 

そして内角から襲ってくる一蹴りに僕は目を見開くことしかできなかった。僕はなす術なく一回転を強制された。そして一回だけ金属の擦れる音がする。

 

「見えない。」

 

「相手に言うものではない。して、どこでそのような技を覚えた。」

 

「何処でしょうね。」

本当に僕でも分からない。ただ、もうすでに見えていたのだ。お父さんが一蹴り浴びせてくるのだろうと、予見していた。単純な動きだった。まるで遊んでいるかのようにしているのが腹立つがこれくらいの実力差があると言われると言い返す言葉もない。

 

「そうか。」

次の一撃の準備を始めたお父さんは左右へと体を動かしながら近づいてくる。その動きの読めない事は確かだが、それ以上に何もできそうにないと本能が悟っている。

 

右だ。

 

一瞬で判断のついた僕だが、それでも間違えていた。正解は左後ろ。

 

回し蹴りをされるように足元をすくわれた僕は頭を地面に打ち付けそうになって腹に一撃重たいものを受けて、背中全体で地面の感触を味わった後で、左肩を外されそうなほどの威力の左脚蹴りを受けた。

 

その時に腕から外れた剣は暫く拾えそうにない。痺れるような痛みと感覚というものの麻痺がひどく相当なものではあった。

 

「ヒカル、一つ忠告しておこう。今の実力では勝てるわけがない。そしてこれで分かっただろう。」

地面に伏せていることしかできない僕に対して罵声を浴びせてきたお父さん。僕の中では悔しいが、言っている事に間違いはなかった。僕が未だに実力不足なのにどうして僕は挑んでしまったのか。

 

「分かりません。まだ勝てると思います。」

 

「そうか。それは楽しみだ。」

もう左肩は壊れているような気はしてならない。でも握れないというわけでもない。まだ使える、そして生きている。

 

お父さんは完全に立ち上がっていない僕に十分に待った、と言わんばかりに一撃を与えようとしている。動きなんて目で追っていても仕方がない。今まで戦っていた幻想郷の人たちとはまた違うスタイルを持つお父さんにはどうしても勝てるわけなかった、目だけなんて。

 

耳や鼻、目だけではない外の情報を受け取れるものを全て使う事にした。ただ、すぐに使えるなんて思っていない。

 

僕は自身の目の前で剣を交差させて一気に押し出した。

 

横一線に放たれた風の元素を含んだ斬波により大きなもので答えたお父さんは勢いをそぎ落とされた感じで僕の元へとやってきた。これなら!

 

素早く戻して右腕を振り直す。金属音で一回。そして重たい音が一回。

 

僕は左腕で不安定な足のバランスをとりながら放つ。もう一度金属音。

 

こうなれば拮抗していた。

 

お父さんと僕は右足というものしか地面には触れていなかった。それ以外は相手の攻撃を止めたり、止められたりしながら絡み合っている。ここからどうすることもできなかった。

 

どちらかが体勢を崩すか、それとも隙を見せるか。

 

僕は内側へと持って行こうした。それを阻止しようとお父さんは外側へと押し続ける。もうなんとなく分かっているのだろうか。肉を断たせて骨を切る。詰まる所そう言うことだ。例えお父さんの一蹴りを受けたところでたじろぐぐらいなのだろうが、こちらからは血を吹き出す可能性のある一撃を与えることができる。

 

しかし、その計算は簡単に外された。一気に内側へと戻された僕の剣たちはお父さんの一蹴りを受けてくれたのだが、さらなる一撃がくる。その一撃には流石に受けられない。もはや感覚だった、予想というべきなのだろうか。

 

剣で軌道を遮り、こちらの右腕を振った攻撃を与える。それは止められて相手からの左腕を腰を使って振られた一撃を受け止める。

 

横を確認しながら、上を気にする必要があるのだが、この時でも考えるのはやめた。どちらが力を抜いても良くて良いかなど今はどうでもよかった。何とかしてこの状況を続けさせないと。お父さんもそのようには考えているのだと思う。

 

「貴方には足りないものがある。」

 

「実力でしょう。」

 

「いや、オリジナリティーだ。俺の真似をしても追いつける訳がない。」

 

「そんなことを言ってもお父さんほど強い剣士はいなかった。」

 

「そうか。まだ会っていないのか。あの人は厄介だ。気をつけるべきだ。」

その人は誰だかわからなかった。ただ、お父さんが強いと断言していて厄介なのだと評している人物がいるという事実はこの時に初めて知った。何と言えば良いのだろう。

 

その時だった。ぼん、とお父さんの剣から小さな爆発が起こったのは。

 

僕は間近で受けたのでもろにくらってしまった。それだけにその場から離れざるを得なかった。ただ弱点は分かった。接近戦には弱い。その代わり、少しでも離れようとすると剣の間合いに入っていれば斬ってくる。相反する気がするがお父さんには苦手であるらしい。それは僕も同じなのだろう。

 

水と氷と風。そして陰の元素を使っている。そのことはよく分かった。ただ、何がどのようにしてその原理を引き起こしているのかは何となくだけ覚えている。あの机の上に置かれている紙束の中にはそれに繋がりそうなものがあったような気がする。

 

「そんな簡単なものではないですね。」

 

「そうか。」

少し悲しそうに応えるお父さんがどうしても可哀想に思えてきた。何がどのような気を起こしているのか、そんな計算式のようなことは考えたくはないがそうなるしかない。

 

お父さんが地面を踏みしながら僕の元へと歩いてくる。その遅さは死のカウントダウンだと言われてもおかしくはなかった。ただ、ただ、

 

今はそれが面白くて仕方がない。僕はもう狂ってしまったのかもしれない。

 

「やってられないですね。」

 

僕はすぐに左腕の剣を斜め下に振り下ろした。丁度僕の右脚のつま先に当たりそうな角度。

 

それをお父さんは垂直に当ててきた。右足のかかとで刀身を弾いた。しかし、そこで終わるようなことはしない。右腕が残っている、僕は思った。胴体がガラ空きだという事に。

 

しかし、もう遅かった。軽く押された僕は左脚をよく踏みしめた右足の回し蹴りで左頬に強い衝撃を受けた。そのおかげで軽く脳震盪を起こしたのか、何となく意識が現実に向いてくれない。

 

だが、容赦無くお父さんの折りたたんだ右足が渾身の一撃と言わんばかりに僕の腹部に食い込むように入り込んでいた。丁度鳩尾を当てられたらしく、一瞬だけ呼吸が出来ず、受け身なんてものは取れなかった。そして急に入り込んでくる空気に僕はむせた。その時に赤い液体が赤い地面にこぼれ落ちる。そして力なく地面に伏せていた。立ち上がろうとしたが人間として必要なことをしただけで僕は地面に伏せてしまった。

 

やっていられない、無謀なんてことはわかっていた。けど、こんなに実力差があるなんて。いうことの聞かないこの身体はまるで僕のものではないかのようだ。



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麗しの吸血鬼
68話


「お父さん、剣を、抜いて下さい。」

戦いに終止符は打たれた。だが、僕の中での戦闘はこれからだった。標的は目の前にいて疲弊している。

 

ずるだとか、卑怯だとか、そういう評価はどうでもよくなってきた。それこそ、このような条件でもないと勝てる見込みが感じられないから。僕はやるしかなかったから。超えたい男がそこに居るから。

 

「そうか。まだ、敵はいたのか。」

お父さんはいつも通り飄々とした態度を貫いていた。その姿には感服するものだが追い抜かさないと。僕は強くそう思った。

 

「そうじゃない。僕はここでお父さんと戦いたい。」

 

「そうか。どこでそんな卑怯な手を覚えた。勝てば正義だとでも言うのか。」

お父さんの言い分は確かだった。少しだけ気だるそうにしているのが目に見えるのだが、それを気にしているほど暇があるわけでもなかった。それこそ何をしたら良いのか、僕には自分の考えが分からなかった。

 

「そうは言いません。でも、勝ちたいんですよ。こんなところで勝てないといつまでも追いつけない。卑怯でも何でも良い。」

 

「ここで倒したいか。」

 

「はい!」

お父さんは僕の顔をじっ、と見て暫く考えていた。それとも品定めでもしているつもりなのだろうか。残念だけど僕はそこまで簡単なものではないつもりだ。しかし、目力のあるお父さんには何となく恐縮してしまう。ほんの少しだけの反抗心が何処かで燻っているのかもしれない。

 

「そうか。」

少し重たい返事だった。特に変わらぬ表情を浮かべるお父さんは僕の中ではまだ読み取れない。乗る気なのか、それともそうではないか。どうせわがままなんだ。どのような返事だろうと受け止める気でいる。

 

「貴方の覚悟はよく分かった。して、その覚悟、どこまで続けるつもりだ。」

 

「僕が越えるまで!」

 

「しかと受け止めた。」

お父さんは唾を親指で弾きながら僕の方へと向かってくる。僕は少しだけ反応に遅れた。だが、来ることは予想はしていたので何とでもなったと言うところだろうか。

 

お父さんの右腰から放たれた一撃は僕の耳に当たりそうなところで止まった。最初から寸止めにするつもりだったのだろうか、そうでもなければこんなところを狙うわけがない。

 

逆手に持った刀をカバーするように僕は後ろに回した。お父さんは鍔迫り合いを好まない。移動し続けて相手の行動を封じ込めて一気に叩く。まともに勝負をしないと言うこのスタンスは僕も真似しているところだ。しかし、弱点があるとすればそれが同じような方になった時、遊びの技術が劣る方が負けると言うことだろう。柔軟な発想とその場しのぎではない脳の回転を必要とする。高度になればその思考が読まれないようにする。僕にはまだまだたどり着けそうにない領域であった。

 

「本気なんですね。」

 

「そうでもないと負ける。強くなったな。」

 

「ここでお父さんに認められても困ります。」

頰に入った掠り傷は僕の失態だ。そして何も困るような事はないはずなのだが、お父さんは逆手持ちをやめようとはしなかった。それが読み間違いをさせる手なのかもしれない。

 

「そうか。」

お父さんは短絡的にその言葉を発し、まるで便利な言葉のようにそれだけで終わらせた。お父さんが僕に向かって走り出す。

 

本気になっているのだと、お父さんが僕に対して敵意をむき出しにしているのだと、そう感じた時には間合いはかなり詰められていた。思考の隙を与えない、そして切り刻みに来る凶悪性を兼ね備えたその一撃を僕は唾で受け止める。

 

そして内角から襲ってくる一蹴りに僕は目を見開くことしかできなかった。僕はなす術なく一回転を強制された。そして一回だけ金属の擦れる音がする。

 

「見えない。」

 

「相手に言うものではない。して、どこでそのような技を覚えた。」

 

「何処でしょうね。」

本当に僕でも分からない。ただ、もうすでに見えていたのだ。お父さんが一蹴り浴びせてくるのだろうと、予見していた。単純な動きだった。まるで遊んでいるかのようにしているのが腹立つがこれくらいの実力差があると言われると言い返す言葉もない。

 

「そうか。」

次の一撃の準備を始めたお父さんは左右へと体を動かしながら近づいてくる。その動きの読めない事は確かだが、それ以上に何もできそうにないと本能が悟っている。

 

右だ。

 

一瞬で判断のついた僕だが、それでも間違えていた。正解は左後ろ。

 

回し蹴りをされるように足元をすくわれた僕は頭を地面に打ち付けそうになって腹に一撃重たいものを受けて、背中全体で地面の感触を味わった後で、左肩を外されそうなほどの威力の左脚蹴りを受けた。

 

その時に腕から外れた剣は暫く拾えそうにない。痺れるような痛みと感覚というものの麻痺がひどく相当なものではあった。

 

「ヒカル、一つ忠告しておこう。今の実力では勝てるわけがない。そしてこれで分かっただろう。」

地面に伏せていることしかできない僕に対して罵声を浴びせてきたお父さん。僕の中では悔しいが、言っている事に間違いはなかった。僕が未だに実力不足なのにどうして僕は挑んでしまったのか。

 

「分かりません。まだ勝てると思います。」

 

「そうか。それは楽しみだ。」

もう左肩は壊れているような気はしてならない。でも握れないというわけでもない。まだ使える、そして生きている。

 

お父さんは完全に立ち上がっていない僕に十分に待った、と言わんばかりに一撃を与えようとしている。動きなんて目で追っていても仕方がない。今まで戦っていた幻想郷の人たちとはまた違うスタイルを持つお父さんにはどうしても勝てるわけなかった、目だけなんて。

 

耳や鼻、目だけではない外の情報を受け取れるものを全て使う事にした。ただ、すぐに使えるなんて思っていない。

 

僕は自身の目の前で剣を交差させて一気に押し出した。

 

横一線に放たれた風の元素を含んだ斬波により大きなもので答えたお父さんは勢いをそぎ落とされた感じで僕の元へとやってきた。これなら!

 

素早く戻して右腕を振り直す。金属音で一回。そして重たい音が一回。

 

僕は左腕で不安定な足のバランスをとりながら放つ。もう一度金属音。

 

こうなれば拮抗していた。

 

お父さんと僕は右足というものしか地面には触れていなかった。それ以外は相手の攻撃を止めたり、止められたりしながら絡み合っている。ここからどうすることもできなかった。

 

どちらかが体勢を崩すか、それとも隙を見せるか。

 

僕は内側へと持って行こうした。それを阻止しようとお父さんは外側へと押し続ける。もうなんとなく分かっているのだろうか。肉を断たせて骨を切る。詰まる所そう言うことだ。例えお父さんの一蹴りを受けたところでたじろぐぐらいなのだろうが、こちらからは血を吹き出す可能性のある一撃を与えることができる。

 

しかし、その計算は簡単に外された。一気に内側へと戻された僕の剣たちはお父さんの一蹴りを受けてくれたのだが、さらなる一撃がくる。その一撃には流石に受けられない。もはや感覚だった、予想というべきなのだろうか。

 

剣で軌道を遮り、こちらの右腕を振った攻撃を与える。それは止められて相手からの左腕を腰を使って振られた一撃を受け止める。

 

横を確認しながら、上を気にする必要があるのだが、この時でも考えるのはやめた。どちらが力を抜いても良くて良いかなど今はどうでもよかった。何とかしてこの状況を続けさせないと。お父さんもそのようには考えているのだと思う。

 

「貴方には足りないものがある。」

 

「実力でしょう。」

 

「いや、オリジナリティーだ。俺の真似をしても追いつける訳がない。」

 

「そんなことを言ってもお父さんほど強い剣士はいなかった。」

 

「そうか。まだ会っていないのか。あの人は厄介だ。気をつけるべきだ。」

その人は誰だかわからなかった。ただ、お父さんが強いと断言していて厄介なのだと評している人物がいるという事実はこの時に初めて知った。何と言えば良いのだろう。

 

その時だった。ぼん、とお父さんの剣から小さな爆発が起こったのは。

 

僕は間近で受けたのでもろにくらってしまった。それだけにその場から離れざるを得なかった。ただ弱点は分かった。接近戦には弱い。その代わり、少しでも離れようとすると剣の間合いに入っていれば斬ってくる。相反する気がするがお父さんには苦手であるらしい。それは僕も同じなのだろう。

 

水と氷と風。そして陰の元素を使っている。そのことはよく分かった。ただ、何がどのようにしてその原理を引き起こしているのかは何となくだけ覚えている。あの机の上に置かれている紙束の中にはそれに繋がりそうなものがあったような気がする。

 

「そんな簡単なものではないですね。」

 

「そうか。」

少し悲しそうに応えるお父さんがどうしても可哀想に思えてきた。何がどのような気を起こしているのか、そんな計算式のようなことは考えたくはないがそうなるしかない。

 

お父さんが地面を踏みしながら僕の元へと歩いてくる。その遅さは死のカウントダウンだと言われてもおかしくはなかった。ただ、ただ、

 

今はそれが面白くて仕方がない。僕はもう狂ってしまったのかもしれない。

 

「やってられないですね。」

 

僕はすぐに左腕の剣を斜め下に振り下ろした。丁度僕の右脚のつま先に当たりそうな角度。

 

それをお父さんは垂直に当ててきた。右足のかかとで刀身を弾いた。しかし、そこで終わるようなことはしない。右腕が残っている、僕は思った。胴体がガラ空きだという事に。

 

しかし、もう遅かった。軽く押された僕は左脚をよく踏みしめた右足の回し蹴りで左頬に強い衝撃を受けた。そのおかげで軽く脳震盪を起こしたのか、何となく意識が現実に向いてくれない。

 

だが、容赦無くお父さんの折りたたんだ右足が渾身の一撃と言わんばかりに僕の腹部に食い込むように入り込んでいた。丁度鳩尾を当てられたらしく、一瞬だけ呼吸が出来ず、受け身なんてものは取れなかった。そして急に入り込んでくる空気に僕はむせた。その時に赤い液体が赤い地面にこぼれ落ちる。そして力なく地面に伏せていた。立ち上がろうとしたが人間として必要なことをしただけで僕は地面に伏せてしまった。

 

やっていられない、無謀なんてことはわかっていた。けど、こんなに実力差があるなんて。いうことの聞かないこの身体はまるで僕のものではないかのようだ。



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69話

赤い地面にボロボロの体で立ち続ける。その少年は明らかに挙動がおかしかった、いや、生物としてとても気になる。何が起ころうとしているのかもう何も言うようなことはない。

 

男はその事に関心しているのかそこから微動だにはしなかった。興味深いものを見つけて目が離れなくなり、ステンドガラスに顔を近づける子供かのように凝視続けている。何が可笑しいだなんて言う必要は何もない。

 

「お父さん、僕はこれで勝ちます。」

少年はボソリとしたもので自信というものを乗せた声を自身の体から出していた。その声はナイフのように鋭く、獣のように獰猛、そして覚悟を決めた潔い声だった。お父さんと呼ばれた男は自身の黒髪をかきあげていた。そして後ろで結んだ髪を少しだけ触れていた。

 

「お前はそこまで堕ちたか。どこまで勝ちたい。」

 

「禁忌に触れてでも僕はお父さんを倒す。」

少年は赤い地面を蹴り上げていた。言った瞬間、その行動に微動だにせず、ゆったりとした時間を過ごしている男はその言葉通り、微動だにしなかった。

 

少年は地面を滑りながら、左腕を右側へ腰を捻りながら振り切った。男は逆手持ちした状態で致命打を防ぐと右腕を伸ばしていた。休憩なんてものはない。隙を作らせない二人の戦いは速度のあるものだった。

 

男の右手の一突きを少年は振り切った剣の柄で受け止める。そして残った右腕で男に外側へ逃がし、下から上へと斬りあげる。

 

男は半身になりながらその一撃を避ける。

 

一突きを浴びせた刀を軸に回転を加えた男はその場から逃げる。そこから後ろへと回り、その場から姿を消した。最早追いかけっこをしているかのようだ。

 

少年は後ろを振り向く。そして逆手持ちに切り替えた右腕を無意識に後ろへ突き刺す。金属音が鳴る。

 

順手持ちに切り替えながら後ろを振り向いた瞬間に少年の左側を狙った一撃。反応して後ろへ向かいながら一回転。その時に牽制用に剣を振る。

 

二人はそのまま視線を交換しあった。その調子で何ともなさそうにしていたが最早どうしようもないと思える。

 

男が両側から刀を斜めに振り下ろした。少年はそれに反応して止める。そして瞬時に右脚を上げて下からの一撃を止める。そして両者が伸ばした。少年は転び、男は軽く払っただけだった。

 

男は地面に寝ているのを強引に起こすかのように地面ごと蹴り上げる。少年は転がって避けたがもう一撃は素早くやってきた。二刀による押し付け一撃をした後でフェイントとばかりに右脚で少年の顎を蹴る。何故、そこまでしようとするのかは分かったものではないがもうやるしかなかった。

 

少年は確実に受けた。その代わり、受けているだけでは終わらせなかった。下半身を起き上がらせて男の脚と交差させるように自分の脚を振り上げた。

 

しかし、男も素早く反応する。上がってきた脚を強引に地面に打ち付けるとそのまま回し蹴りを少年の頭部に当てる。少年はとても痛そうにしている。そして転がり回ることしかしなかった。少年が立ち上がろうとしたところで男が刀を振ってそれを阻止する。

 

少年は地面に寝転びながらもなんとか避けているが段々とおいつめらているのは言うでもなかった。明らかな不利な対面で少年は時間だけを無駄にした事をし続けた。いつ、これは終わるのだろうか、そんなことは聞くまでもなかった。あまりにも絶望的な状況に外から声が聞こえる。

 

男は地面すれすれを通した振り子のように放った右足の蹴りを瞬時に諦めた。少年は左手を逆手持ちにして男の脚の軌道の前に障害物として設置した。そこから起死回生の一撃を放とうと右脚で蹴り出して左脚で更に加速をつける。男の足元をすくい取ろうとしたがまるで分かっていたかのように避けた。少年は一旦楕円状に逃げてから立ち上がり、その場からの勢いを使って飛びかかりながら両腕を思い切り振り落とす。その速さ、力はここまでて一番なのかもしれない。男は自分の前で刀を交差させて受け止めた。だが、あまりにも時間が短かったのか、その刀は相手の力で落ちていた。少年はその勢いのまま男に飛びかかっていた。しかし、相手が逃げたこともあり、少し距離が長かったのか、少年は少しだけ奇妙な位置であった。

 

男は少年の渾身の一撃を止めていたがそれは間違いだった。もう危害が食らわない位置で刀を持つ手の力を思い切り抜いた。それは刀が弾かれそうになるほどで男の手の周りを回っていた。

 

しかし、男はその力を利用して逆手持ちにして地面に突き刺す勢いで振り下ろした。そして股下を通していた。

 

少年は顔面から地面に打ち付けられる。そこからピクリとも動かなかった。肩からは大量の血を出している。最早生きていると聞く必要もなくなる程、なのだろう。そして、そんな少年の様子を見て男は刀を手の中から落とした。その震える手で膝の上に置いて地面に伏せないようにしていた。

 

「二人、此奴を永遠亭まで運べ。まだ、間に合う。」

男はこちらへと向かっていた二人にそう言った。視線を向けるようなことはしなかったが雰囲気からその緊急性は理解したらしく、二人で傷の部分に触れることのないように運ぼうとしていた。

 

「大分、強かったな。」

 

「ああ。」

男は苦悶の表情で、話しかけていた人の目を見ていた。】

 

迷いの竹林と呼ばれている幻想郷の南側にある場所がある。その場所には永遠亭というとても腕の立つ医者のいる診療所があるのだが、行くまでの道のりはとても険しく、普通は行こうともしなかった。しかし、その中を必死の思いで駆け抜けていく二人がいた。その二人はサイドを長髪にしたショートの髪型をしている同じような烏帽子を被り、色の異なる一瞬見ただけでは見分けの付きにくい服装をしている。舞さん、里乃さんと今運んでいる少年には呼ばれる人だ。肩と上半身の前に傷を負ったその人はぐったりとした様子でいた。

 

 

「先生、この人を見てあげて欲しいの。」

放り込むような勢いで見せているがそうされた本人はかなり驚いて目を点にしていた。銀色の髪を三つ編みにしているが腰のあたりの長さまである。赤と後のツートンカラーが特徴的な服装をしていてスカートの部分には星座が描かれている。

 

「かなりの重症ね。」

 

「分かったわ。二人は外で待ってなさい。」

しかし、その女医は冷静になり、冷たく聞こえるその態度のまま自分の部屋へと入った。

 

「不安だね。」

 

「バーカ。」

 

「不謹慎だよ。」

 

「ご主人が無理しなければ僕はこうならなかったのに。」

 

「仕方ないよ、うん。」

 

「励ましになってない。」

 

「もう辞めうよ、これ。」

 

「うん、分かった。」



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70話

もう駄目なのかもしれない。僕はどうしてもそう思えた。身体を強く地面に打ち付けられて腹部を蹴られて転がった僕はもう生きる気など失せるほどだった。立てるというよりも意識が持つのかさえ危うい。こう考えている時でも段々と視界は暗くなるばかりで一向に太陽は顔を出さなかった。

 

ここが地獄だからなのかはどうでも良かった。もう、何も出来る気がしない。もう、終わりなのだろうか?

 

「ご主人、何を伸びているのよ!」

僕の耳にはそのように聞こえた。どこからか聞こえてくるその声は何処か落胆したような声でありながら怒りをあらわにしている可愛らしい声だった。僕は自分で率直に思ったことに疑問を持ったが、辞めた。もう進められる気はしない。

 

「そうそう、勝つんでしょ!僕たちが応援してあげるよ。」

微かな光は僕の瞼を通り抜けていた。その声に僕はどうしようもない事を思いながら何となく立ち上がる事にした。特に負担というものもなく、そして重たさというものもない。ただ、やる気に溢れていた。そして懐かしい感覚が蘇る。

 

何となく暖かい。日差しの下、草むらの上で横になった時のあの感じ。上から木漏れ日があり、下から土の温かみが伝わってくるあの感じ。脱力というものをしたその先に感じる優越感。

 

「そうか。」

お父さんの声が聞こえる。何かに納得したようなその声に僕はを目を丸くした。それが何なのかは全く分かっていないがやれる事はただ一つ。もう何をしたらいいのかは全くと言って分かっていない。

 

「ご主人、こんなで良いの?」

 

「いや、このままなんて嫌だ。」

 

「なら、早く立って。」

二人から危険な事を顧みずに救われた僕はその場で立ち上がり、力の入らない足腰で立ち上がる。そして同じような手の中で剣を持つと前を向いていた。

 

「仲間はいいものだ。」

お父さんは一言だけ言って、刀を構えるとすぐに行動を始めた。

 

その速さは前回とは変わらない。視界の中ではかなり遅く感じるほど、前にもあった感覚だ。魔獣を倒した時に感じた好みの軽さは果たしてお父さんにどこまで通じるのだろうか。

 

僕は無意識ながらも右側で突きの構えをしていた。

 

その射線から逃げたお父さんが目に見てわかるほどに体勢を崩した。

 

そこを僕は左腕を素早く動かして攻撃を与える。

 

避けられた。

 

腰を折り曲げながら右脚を伸ばして蹴りを与えてくる。

 

それを僕は単純に右脚を上げて受け止めた。そしてそれと同時に右腕を伸ばしたまま、斬り伏せようとした。しかし、空振りに終わる。

 

お父さんは瞬時に判断したのか、左脚の膝の力を抜いて折り畳んで前転するように間合いを空けた。とんでもなく早い。僕はそう思った。

 

そしてお父さんは自分の太ももに持っている刀の刀身を乗せて僕の方を向いていた。その目は鷹のような目で獲物を捕らえて逃さないという意思表示を感じた。最早何をしたら良いのかさえわからないほど。僕にはどうしても分からなかった。

 

お父さんの行動の早さはここまでの比ではなかった。今までは本気というものを見せていなかったかのようで今の僕でさえ嘲笑っているかのように歩いてくる、歩いてくる。僕の目にはそのように見える。が、実際のところは違う。

 

僕は目を見開いた。最早何がしたいのかさえわかっていない。

 

上から、そして力強い双撃が打ち放たれた。それは何なのかは全くと言って分からない。しかし、お父さんが更に力を見せてきたのは言うまでもない。僕も負けじと耐えてはいるがとてもではない。何処からこんな力が出てくるのかも判明しなかった。

 

僕はここでどうなるのかはわかったものではない。ここで力を抜けばどうなるのだろうか。今は屈する事にしよう。

 

相手の力によって僕は後ろへと下がる事を余儀なくされた。しかし、辞めることはない。お父さんは地面に反射する前に僕の方へと刃を向けてきた。そして太ももから胸のあたりまで亀裂が走った。僕はそれでも反撃をしようとした。しかし、それも気軽に止められる。

 

手軽く止められた僕の剣。そして、呆気なく吹き飛ばされた僕はゆっくりとした時間を過ごしていた。それほどに感覚と意識が遅くなっていた。足元はもたついて倒れこみそうになってしまう。それでも何となく立ち上がってくるのがとても怖い。やっていられないとでも言うのだろうか。

 

それでもお父さんの攻撃の手をやめない。軽く走りこんできてからの飛び蹴り、そして体の感覚は消え去った。風前の灯のようになっのだがそれでも僕の意識は遠くはならない。どうしてなのだろうか。

 

お父さんはその勢いのまま二段蹴りを行う。左脚を外側から内側へと戻してくる。そして掠らせるように足裏を当てるとその足の勢いのまま右脚を地面を削りように蹴り上げてくる。それと擦れるようにしていた。傷口を開けてくると言う姑息な手段なのだがそれは慈悲なのか、そうでもないのかは分からない。そして下ろしてくる。そこまで来ると直に当ててくるつもりらしく、間合いは近くなっていた。

 

頭上から。

 

僕は剣をその近くに置いておく事にした。とりあえず防げれたら何でも良い。そんな所だ。

 

そこは相手の方が上手だった。

 

爪先だけをコツン、と当ててそのまま振り下ろさずに逃げた。

 

もうそこまで読まれていたらしい、と言うのかいつ見たのかは全く分からない。

 

それとも見ていなくてもわかっていたと言うのだろうか。その辺りは疑問なのだが、最早何でも良いとは思えるほどに僕の思考は止まっていたのだと思う。

 

もはや何でも良かった。脳天は撃ち抜かれたが意識は飛んでいない。そしてお父さんはここまでで最大の隙を見せている。僕は走って向かっていく事にした。最早やるしかない、と言わんばかりに僕は右腕を振り回した。その速度はどのようになっていたのかはよく分からないが避けられた。そして反撃とばかりにその上をひと蹴りしてくる。それは僕の左腕の中に吸い込まれるようになった。この時に僕は右腕を高く上げていた。最初からこうするつもりだった。

 

そして振り下ろす。

 

その時、僕の右腕の肘が悲鳴をあげた。そして左腕から解き放たれた脚が素早く逃げ出していた。その早さはとんでもないものであった。

 

地面に着地して蹴り出して間合いを広げられたが僕は追うことはしなかった。ほんの少しだけ右腕が痛い。そして蹴られた衝撃で心臓が一瞬だけ止まった。そして左腕も二次災害が起こり、微妙に痛いが気にするようなことは全くない。

 

「それなりに実力はあるようだが、それは本当に貴方の力なのだろうか。」

答えはノー、だ。これは舞さんと里乃さんに応援をされてそこから湧き上がってきたもの。決して自分のものではない。しかし、ここまでやっていて拮抗と言う字にもならないほどの戦いを展開するのは如何してなのだろうか。

 

「違う。これは人から借りた力です。」

 

「いや、それはお前の力だ。誇れ。」

返答は意外なものだった。何を根拠なのかは分からないが最早何を言いたいのか全く分からなかった。いつも通りなのかもしれないが今回はそれ以上だった。

 

「誇れ?人の力なんですよ。」

 

「貸してもらっているのだろう。お前に人徳がなければこのような事にはならないはず。だから誇れ。」

 

「つまり?」

 

「お前に惚れた人から借りた。紛れもなくお前の力だ。」

 

「そういう事にします。」

僕はそれを宣言して堂々と戦う事にした。が、何か気分が落ち着いていく。そして波長は一直線へと堕ちていく。

 

 

「激戦だな。」

ある男の連れ添いであり、傍観者として現れた彼はポツリと言葉を漏らした。

 

「ご主人が心配だよ。」

 

「大丈夫かな。」

 

「二人とも、自分の思いを託したんだ。応援してやったらどうだ?」

 

「おじさんは何もしないの。」

 

「これは親子の喧嘩だ。私が口出し義理はない。だが、二人共応援したいのだろう。」

 

「うん、そうだよ。」

 

「もっと力を込めて応援するんだ。何か変わることがあるかもしれない。」

 

「「うん。」」

二人は少年を応援する事にした。それを傍で見ていた白髪の男は腕を組みながら仁王立ちをしていた。傍観を決め込むらしい。



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71話

空白の夜、暗い地下世界を超え、その中で負った傷はそれなりのものであった。父親に挑んだ愚かな者はその地で一旦の休息をとることにした。

何処からか聞こえてくるその声は聴き慣れているものではなかった。いつもの楽しげな子供のような声が明らかに落胆したような低い声になっていた。それだけ迷惑をかけたのだと言えばそれまでなのだが、この地でここまで悲しんでくれるのも僕の中では嬉しかったりする。

 

右肩を床につけて腕にくるまっていた僕は上にかけられていた布を足で蹴飛ばして肘を立てる。左手を床につけて助力を受けるとその勢いで一気に立ち上がり、膝でも自身の体重を支えた。体の節々が妙に痛く、特に背中の真ん中辺りは痛みがひどい。霞んだ記憶を頼りになんとなくの目星をつけるとその場で立ち上がり、襖を開けた。少々乱暴だったかもしれないがそれも疲労が溜まっているので仕方がないのだろう。

 

「思ったより元気そうね。でも、今はゆっくりと寝てなさい。休息も戦いのうちよ」

銀髪の髪を三つ編みにしている八意 永琳は木の板に紙を挟んだものを持っていた。其処には恐らく診断の結果が載っているのだろう。そして、その横にはいつもの二人が居た。僕の事を何故かご主人様と呼ぶ二人は烏帽子を被り、サイドが妙に長い髪型をしている。

 

「里乃さん、舞さん。心配かけましたね」

 

「心配したんだからね……。でも、今は寝てください」

 

「そうですね。仕方ないかもしれません」

 

「そうね。急所は外れているからそれほど大事には至らなかったわ。それでも、無理はしているからもう動かないでね」

優しい声が余計に恐怖を感じるのだが、それほど気にしてもらえているのも嬉しいような気はする。

 

「それと、二人とも今日は泊まっていきなさい。夜も遅いわ」

そう言われると確かに空は暗くて丸くて白く光る月が浮かんでいた。多少吹いている風が少々肌寒く感じる。

 

「「ありがとう」」

 

「近くにいるからと言って変な気は起こさない事。明日、朝になったら起こすわ」

永琳さんはそのように僕に伝えていた。まぁ、大体分かっているのだろうがもう少し扱いを決めていてほしい。

朝は待てばやってくる。偶に自分から動いていかないと夜が明けないこともあるが今日はそんな用事はない。帰りはどうしても考えてしまうことがあるのだが、今は気にしなくても良い。動物霊とは一体何だったのかは全くわからなかったがその中でも何か通ずるものはあったのかもしれない。

 

二人の重荷を超えて僕は立ち上がると軽く襖を開けた。体が楽になっているわけではないが別に寝起きというわけでもなかった。少しだけ体が重たいというところだろうか。しかし、だ。何故ここまで運んでもらっているのかといえばそれは誰かが此処までやってくれたのには間違いない。

 

眠気と気怠さに襲われていた僕は訪れた朝に感謝をしながら、強く刺さる光を浴びていた。何というか久しぶりの感覚ではあった。それだけに謎の浮遊感を得た僕は一旦縁側に座り込むことにした。其処には遠くの方に池があり、少々の木々が植えられている。外には竹林が広がり囲われたような感覚に陥るのかもしれない。その中で僕は何度目かの来訪をしているが未だに慣れないところもある。

 

「おはようございます」

 

「鈴仙さん。おはようございます」

此処には永琳の弟子として何処か使い走りのような扱いになっている気もしなくもない人がいる。その人は白い伸びた耳が特徴でピンク色の上着と灰色のスカートを身につけて長い丈の靴下をつけている。言わば、女子高生というものらしいが僕はよく知らない。

 

「体の調子はそこそこ良くなっているようですね」

 

「急所は外れているようだと永琳さんから聞きました」

 

「さすが師匠ですね。それで何があったんですか?」

 

「ただの親子喧嘩です。超えたい背中が其処にありました」

 

「其処に巻き込まれた人には謝らないといけませんね」

 

「誰に謝りましょうか?」

 

「まずは師匠と私に謝ってください」

僕はその言葉を聞いて少しだけ戸惑った。そこで鈴仙さんは言葉を続けた。

 

「本来医者という仕事は何もしなくても良いものです。それだけみなさんが健康であるという事ですから。ですから、その手を患わせた事は大変お怒りだと思いますよ」

 

「そうかもしれないです。すいませんでした、鈴仙さん」

 

「師匠には言いに行かないんですか?」

 

「あの人優しいですから」

そう言った矢先の事だった。後ろの襖が開いたと思えば渦中の人物が現れた。

 

「よく眠れたかしら?」

 

「いいえ、一睡も出来ていません」

 

「あら、そんなにお盛んだったのかしら?」

 

「思う所ありまして。少し」

 

「勝負に負けた事ね。気にしなくても良いんじゃない。どうしてもならこれをあげるわ」

永琳さんが渡してきたそれは太い針が付いている見ているからに厳つい注射器だった。中には透明な液体が入っていて黄色の沈殿物のようなものがある。

 

「これは?」

 

「筋肉増強剤よ。これで勝てるようになるわ」

 

「いえ、要りません。自分の力で勝ち取りたいです。ゆくゆくはですが」

 

「それなら試供品としてあげるわ」

要らないと断ろうとは思ったが何かそうではないものを感じたので辞めておいた。何となくだが、逃げられないような気はする。ここは潔く貰うことにしよう。

 

「面倒そうなので貰います。使うどうかは保証しませんよ」

 

「それはあなたの判断に任せるわ。それでは、食卓で待っているわ」

 

「申し訳ないです」

 

「師匠は楽しそうな目をしていましたね」

鈴仙さんのいう通り、永琳さんは楽しそうな目をしていた。実験というよりかはこれから何をするのか楽しみにしている目だ。

 

「行きましょうか、食堂」

僕は鈴仙さんを誘い、永遠亭の奥へにある食堂へと向かうことにした。



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72話

あれから僕は永遠亭で朝食を食べていた。和食というものでご飯と豆腐の入った味噌汁、様々な野菜の漬物。味、というほどのものはないがほのかに漂う香りを楽しむものなのだろうと思った。僕の舌にはまだ合わないようだが、それでも良いのだろう。異色とはこういうものなのだから。

 

そして、僕は永琳さんは鈴仙さんに別れを告げた後、幻想郷の西側にある建物のところへと向かっていた。その場所は霧に囲まれた場所で目の前には大きな湖のある場所。その中の孤島に立つ聞くからに怪しいところだ。其処の主人は見た目は子供だが、年齢は遥かに僕よりも上である。ある種の帰還報告というのか、そのつもりで来ていた。

 

「帰るのが遅くなりました」

緑色のチャイナドレスを身に纏い、赤色の髪を丸みのある帽子から溢れているその人は門番である美鈴さんである。彼女は睡眠をとりながらも周りに意識を向けることができ、敵意などを察知して瞬時に対応する。どうやら能力のおかげであるらしい。

 

「良いですよ。私は気にしていませんので。さぁ、中へ入ってください。咲夜さんが紅茶を用意してくれると思いますよ」

この通り、優しい口調で度量のあるどうして人の下につくのかは分からない人物だが、その事は口出しは僕はしにくい。

 

「そうだと良いんですけど」

軽く受け流してその場は抜けることにした。

「お帰りなさい」

銀髪の青色を基調とした服装をしている白色のカチューシャと前掛けを腰のあたりに巻いている。黒色のヒールを履き、太ももにはナイフを持っている。

 

「咲夜さん、久しぶりです」

 

「無事で何よりよ。お嬢様の元へ向かいなさい。私が後で色々と持っていくわ」

妙に優しいような気がするがそれがどうという事はなく、僕はそのまま三階へと向かった。玄関を開けた先に広がるエントランスにある螺旋階段を右側に進み、少しだけ歩いたところに細い階段がある。どうやら偶に賊が入り込むらしいのでこのように準備しているらしい。

 

僕は場所を知っているのでサラリ、と戸を開けて階段を登ることにした。

 

窓のない暗い廊下をろうそくがこぼす光を頼りに歩いていくこと部屋が10個分。僕は其処の扉を三回叩いた。そうすると、中から幼い声で入室を許可する声がしたので扉を開けて中に入ることにした。本来なら高貴な種族であり、夜の帝王という二つ名がある程だがある程度こちらに合わせるために昼間に起きている、らしい。

 

「よく戻ってきたわね。さぁ、座りなさい」

そう勧めてきた短めの青髮を白色のナイトキャップの中に入れている薄いピンク色のドレスを着た少女がそのように言った。背中には黒い翼があり、吸血鬼という種族を特徴づけていた。

 

「何か変じゃないですか?」

素朴に思ったのだが、とてもその事が気になった。

 

「何もおかしな所はないと思うけれど」

 

「本当にそうですか?」

 

「ええ。気にすることは、まぁないわ。それよりも貴方は何か霊にあやかる事は出来たのかしら?」

 

「いえ、全くですね」

 

「そうでしょうね。私の能力でそれは見えていたわ」

「それならどうして、向かわせたのですか?」

 

「それは決まっているじゃない。旅をさせたかったのよ。いろんな意味でね」

紅魔館と呼ばれれるこの館の主人であるレミリア・スカーレットはそのように軽く言うのだが、それがどうしても不思議で仕方がなかった。

 

「それで成功したんですか?」

レミリアさんの妄言はそこそこにして僕は今回の件をどのように捉えているのか聞いてみることにした。然程何かあるとは思っていないがそれでも気になるものはある。

 

「大成功よ。無事に帰ってきたじゃない」

 

「そうですか」

 

「それとね、実は父親がこの場所に訪れたわ」

 

「どうして?」

 

「久しぶりに来たから挨拶回りと誰かを案内していたわ。白い肌の私に似た種族の人のようだったわね」

 

「そうですか。それで何か言っていましたか?」

 

「私のことを弱虫な主人と紹介されたわ。それと元気に過ごせているかとか、他愛もない事よ」

 

「本当にそれだけなんですか?」

 

「いいえ。貴方を探しているらしいわ。あまりにもやりすぎた、と言っていたけど何があったのかしら」

 

「あの人に背中を貫かれています。それと地獄の女神との戦いに干渉されました」

 

「前者は聞いていたわ。相当苦しめられたようね。それでも後者は貴方の主観でしか物言いはしていないのかしら」

 

「邪魔されたのは事実ですよ」

 

「そうね、事実だと思うわ。それでも他者から見たらどちらが正義だと思うかしら」

 

「それは一体どういう意味ですか?」

レミリアさんの言いたい事が理解出来なかった僕は少し体を起こして聞いていた。その意味としては本当に何なのか。

 

「まだ理解できないのも仕方がないわ。ゆっくりと時間をかけて理解するといいわ」

 

「それで、僕の事は何か言っていましたか?」

 

「背中の事しか言っていなかったわ。不器用な人よね」

 

「僕にはまだ分かりません」

 

「そう。今日はもう話す事はないわね。退室するのもいいし、まだ話し足りないなら私が相手するわよ」

レミリさんはそのようにきっと好意で言ってくれたのだろうが僕にはどうしても素直に受け取ることはできなかった。

 

僕は別に、とだけ言い残してこの場から立ち去ることにした。



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73話

異変の解決から三日、人里では謎の霊による騒ぎから解放されたとして、文々。新聞によって報道された情報を鵜呑みにしていた。他本当の事を知っているのは極一部、実際に地獄に行き、その経緯を知っている三人だけだった。

 

そんな浮き足立った人里に稲妻のように騒ぎを起こしたのは地獄の中にある組合の一角である頸牙組の組長である謎の女性だった。その姿は長い黒髪に赤いカウボーイハットを被りそこから眼光を周りに向け、首元に白いスカーフを巻いている。背中には大きな綺麗な色合いをした漆黒の翼が生えている見るからに強そうな人物、名は驪駒 早鬼という。彼女は今まで散々苦しめられた埴安神 袿姫という人間霊が作り出した神様が倒された事で自由に動けるようになった事とその人を仲間に引き入れようと動き出していた。

 

しかしながら、今回は少し違ったようだ。手当たり次第にぶつかっていったその先で確かに地獄には向かっていたが何も収穫のなかった人物にぶつかった。その人こそがある人の指示で旅に出かけたのはいいものの、本人と会ってしまっている、今のところ気の立っている人物だった。その人は黒髪のストレートで目を少しだけ鋭くさせている見るからに怒っているように見えるヒカルという人物だった。

今回のレミリアさんの話は意味が分からなかった。何かを伝えたかったのだろうが直接的には伝わりそうになかったので僕は今も気が立っている。お父さんは本当に強い、だからと言って代役として僕の前には立って欲しくはない。それで向かってみたが惨敗だった。背中を刺された挙句、今は何処にいるのか全く分からない。

 

そんな訳で気分を改めようと人里に散歩がてら来てみることにしたのだが、意外にも騒々しい。遠くからなのだが、人の悲鳴とそれに見合った声がしている。その声は少しだけヘビーなもので低い声ではあった。男とも取れるのだが何処か違う、そんな感想を一瞬抱いた。取り敢えず関わりたくないので僕から向かうのは辞めたのだが、相手の方からこちらへと向かってきた。

 

僕は今のところ、相手をしたいとは思わない。博麗の巫女や白黒の魔法使いとかが相手していれば僕には特に関係ない事として片付くのだろう。僕は一息、吐いてからゆっくりと川の側から立ち上がった。

 

「地獄に来たのはお前か?」

僕には関係のない事だ、関係のない事……。

 

「強そうだな。お前だろ?」

僕には関係ない事、そう僕には関係のない事だ。

 

「お前のことだよ?」

遂に右肩を掴まれた。僕には関係のない事だと振り払いたかったがもう叶わなくなってしまった。

 

「今は辞めてください。気が立ってます」

 

「地獄に行ったことは認めるんだな?」

 

「一応行きましたよ。ただ、恨みを買われるような事をした覚えはありません」

 

「恨み?いやいや。感謝しているんだよ。目の仇を倒してくれたからさ。それでウチに来ない?」

 

「誰かに組みするのは辞めました。追いたい背中がありますから」

 

「お前がウチに入るならいくらでも強くしてやるよ」

 

「あの人は無二の存在です。貴女で勝てるかどうか」

 

「そいつに会ってみたいものだな。何処にいる?」

 

「僕にも分かりませんよ。放浪の人ですから。今日のところは多くの人に迷惑をかけているのでお引き取りお願います」

 

「お前に惚れた!うちに来てほしい」

 

「それなりの力を見せてください」

僕は手軽な気持ちだった。向かってきたならそれはそれで構わない。そんな軽い気持ちだった。

 

「よっしゃあ!そう来ないとな」

一蹴。真っ直ぐな蹴りを当てる気もない感じで少しだけ逸らしている。それが僕には気に食わなかった。僕は左手でその右足を掴むと僕から離れるように押し出した。綺麗な脚で茶色のブーツの裏はガッチリとした滑り止めが付いている。

 

「当てる勇気もないんですか?」

 

「そうじゃねぇと面白くねぇよ」

その人はようやく楽しそうな表情をしていた。それだけではない。先ほどの蹴りで分かるのだが、並大抵の脚力はしていなかった。後ろを見ていればよく分かる。

 

「仕方ないので相手します」

後ろからの悲鳴はとてもではないものだった。それにしても青白く感じる肩出しとへそ出しの斜めの浮き上がるような白いラインの入っている端にフリルのついた服装でスカートは赤色を基調としたもので黒色のラインが浮き上がっている。

 

「にしちゃ、楽しそうだな」

ん?と聞いてくるその人には僕は特に耳を貸さなかった。聞いていてもそうでもなくてもあまり関係のあるようには思えなかった。

 

相手は高く振り上げた左脚を下におろす。

 

そこから一気に右脚がしなりを付けて回された。僕は後ろに避けていたが当たればその強烈な風圧でやられていたに違いない。現にその先にあった商店の前に並んでいた棚が倒れた。

 

その人は戻しながら、軽く左脚を飛び上がらせて細かい動きをする。お父さんとはまた違った脚の扱い方をしている。

 

左下右上右下真ん中下上左上

 

そしてその繰り返される高速の移動に何の意味があるのかと思えた時に攻撃として身を結んだ。

 

一瞬で行われたえげつない行為は軽々しく僕の想像を超えてきた。目で捉えられるほどゆっくりと放たれたはずなのにその風圧というのは僕の前髪が巻き上げられる程度には凄まじいものだった。それだけではなかった。その後に起こったの更なる旋風、次の一撃だった。

 

見えなかったというわけではないが、油断はしていた。そう言えば脚技はこんな風に連続で訪れる事がある。

 

右脚をすくわれた僕はその力をいなして外へと逃した。正直危ないところだったのかもしれないがそれでもかなりの痛みは残ってしまった。

 

「まぁまぁ、かな。それと、腰についているそれ使わないの?」

 

「それなりの礼儀ですよ。気にしないでください」

恐らくは剣のことなのだろうが抜く気にはなれなかった。お父さんのように刀もいなす事が出来るなら僕にも出来ないことはない。

 

「そうなの?勝てば正義だから。そんな一銭にもならない事、辞めな」

 

「そうですか」

すっ、となんとなく外れていくものがあった。それが何かは分からないが一種のリミッター解除のようにも思える。

 

「さぁ、もっと楽しもうぜ」

その言葉を合図に双剣を僕は抜いた。黄色の刀身はお父さんから譲り受けたものであるが何があるのかは全く分かっていない。

 

ゆっくりと右手の中でしっくりと来る形になるように縦に回してから握った。そして反対の手も同じように回してから前に構えた。左手を逆手持ちにさせてから下に降ろす。右手は前でそのまま構えたままだった。

 

「変な構え方だね」

ぼそり、と呟いたその時には相手は素早く動いていた。空いていると思われている左半身を狙われたが素早く右手を反応させて寸前で止めさせる。そしてその上を逆手持ちをしている左腕が通り、相手に着実な威圧をかけた。その刀身は相手の首筋スレスレで止まっている。もう少し腕が長ければ届いていた。

 

相手はそれを見て焦って後ろへと飛び退った。その姿を見て僕は追い打ちをかけようとは思えなかった。体勢を整えるが意外にも早かった。

 

「やるじゃん。良いよ良いよ」

 

「もう少しでその首落とせたんですけどね」

 

「気に入ったよ。だからもっと本気で戦うよ」

その言葉通りに速くなった。距離の詰め方から攻撃に転じる時のその速ささえもそれなりのものだった。それだけにいくら頑張ろうとも届きもしないように感じた。

 

水の中でゆっくりと手を伸ばした時に水面に届かないと思えたあの時、もう少しなんて考える余裕さえなくなるあの焦り。それが一瞬で込み上げてきた。

 

右半身に重心を傾けてから両手でこれ以上こちらに来ないように剣を向けた。それが間違いだったのかもしれない。

 

左脚を大きく飛び上がらせた膝蹴りに僕は受けなかったにしろ、反射的に飛び上がった。そこの無防備な状態を狙った右脚の回し蹴りはやはりまともには受けられない威力を持っていた。それ以上に僕が油断していて弱過ぎた。

 

僕は吹き飛ばされて近くの家に軽く体をぶつける形になった。そして相手も同じように転んでいる。

 

「結構やるじゃねぇか」

あの時、綺麗には入らなかったが左脚を縮こませて相手の膝に右脚の蹴りを威力を大体そのまま与えた。両者が地面についた状態から素早く立ち上がり、左足で行われた低空の回し蹴りを前転しながらその上を通り抜けてから後ろを振り向いた。

 

「これぐらいではまだまだですよ。もっと強くならないと」

 

「お前は目の前も見えなくなったのか?」

相手の右脚を使った蹴りは振り上げるようなものであった。僕はその軌道を予測して左足を後ろに滑らせてそれを避ける。だが、もう少しその先も見ておくべきだった。僕の腹部を一本の太い柱のようなものが当たった。しかし、柔らかくしなりのあるそれは僕に対してとても大きな損傷を与えた。背中から地面についた僕はその先で左脚を付けた片膝立ちで立っているしかなかった。

 

意外と効いた。まさかとは思っていたがここまで来ると流石にきついものがある。

 

「意外と弱かったかもね」

その人のその笑みは確かに見下すようなものだった。地獄に行ったのは真実だが、だからと言ってこのような仕打ちになるとは思いもしなかった。どうやって逃げたら良いのだろうか、と考えていたところである人が見ていた。その人は灰色の衣服に身を包んでいる黒い髪が特徴的な男だ。屋根の上で見覚えのある色白の男性と共に居た。

 

「どうした?戦闘中に視線をずらすとはだいぶ余裕だな。……ん?」

 

「見つかったか。もう少し見ているつもりだったがそれも面白い」

その人は屋根から慣れた動きで降りるとゆるゆると衣服を動かしながら歩いてきた。

 

「お父さん?」

 

「それは後だ。それで貴方が俺の息子を倒そうとしている人で間違いないか」

 

「違いない。それにしてもお前も強そうだな」

 

「そうか。だが、辞めておけ」

 

「それは聞き捨てならないな」

地獄から来たと言っているその人はお父さんと対峙するなり、何かに目覚めたように気分が高ぶっていた。

 

「そうか。妥当だと思っているのだが」

 

「なら、そうさせてみな」

その人は走り出した勢いで右脚の回し蹴りを放つ。お父さんは、軽く振り回した脚に刀を合わせていた。

 

倒れたのは、お父さんに蹴られた人だった。地面についた瞬間に力が入らなかったのか、右膝を地面につけていた。

 

「勝ってこい。妖怪の山で待っている」

そう言い残していったお父さんは妖怪の山のある北側へと向かっていた。だが、僕は一番気にしているのはそれではなくて、目の前の事だった。

 

「待て。まだ勝負はついてねぇ」

お父さんは全くの無視。ここまで卑下な扱われ方は今までなかったと思う。それほどに慈悲のない完全な逃げ方だった。

 

「そうですね。再開しましょうか」

僕はその哀れな人に微笑みかけてあげることにした。】



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74話

もう背中は遠い。

 

それでも追いかけるべきその背中はある種の目印を僕に見せつけていた。その力は今まで忘れていたこと、そして他の次元へと飛べる一種の方法となっていた。

 

僕にとってそれは追いかけるべき背中なのだろうがどうしても嫌悪感がある。だが、肩を並べられるようにはなりたい。それなら早くこの壁を超えていく必要がある。その為に手を差し伸ばしてはくれた、と思う。

 

「お前じゃねぇよ。彼奴に興味が湧いてきた」

 

「まず僕に勝ってから言ってくださいよ」

 

「弱い奴には興味ない」

その人はそのように僕に対して言葉を吐き捨てた。しかし、それはもう間違いとなっている。

 

「そう言っていられるのもこれまでですよ」

 

「あぁ?やってやろうじゃねぇか。そこまで言ったんだ、何かあるのか?」

 

「何も。ただ思い出したことがありまして」

 

「面白れぇ。やってみな」

 

「それでは遠慮なく」

僕の中での構築は決まっている。それをいつ、どのように引き出すのかが一番重要となってくる。考える事が多いがお父さんはいつもそれをやってのけている。

 

相手の回し蹴り。上へと持ち上げられた右脚は僕へと向かってきているのだが、何かと遅く感じる。

 

僕は後ろへ回り込んでから左脚を自分の持っている刀身に触れさせながら前へと蹴りだした。

 

確かな当たり。そして、確かな呻き声。

 

それは今までとは違うという事の証拠でもあった。

 

「ふっ、中々やるじゃねぇか」

 

「まだまだですよ」

 

「へっ、やっぱお前が気に入った!」

その人の速さはそこから尋常ではなくなった。戦闘において手加減がなくなったのと同じ瞬間に興味という血管を拡大させようとする脳の働きが同時に起こった。

 

僕は先に右半身を下げようとした。

 

そこを見逃さなかったその人は左脚を出して少しだけ角度をつけていた。それは丁度僕の胸の辺りに当たりそうな感じだった。股関節がかなり柔らかいのだろう。

 

僕はそれを右腕の剣で止めながら逆手持ちをしている左腕を上に振り上げた。

 

かなり体勢は悪かったのだが、カウボーイハットくらいは弾くことはできた。それがどうしたと言われたらどうという事はない。だが、僕はその勢いのまま、前転をしておいた。

 

相手は弾け飛んだカウボーイハットには目をくれず、僕に対して思い切り蹴りを見舞う。その蹴りは速く、僕も相討ちをとって何とかその威力を抑える事で精一杯だった。お父さんと同じようにした割にはその威力は据え置きとなっていた。

 

相手の蹴りの勢いは一番重たかった、故に後ろに転がる他なかった。

 

その人は走り出して僕に対して渾身の飛び蹴りを繰り出そうとしていた。癖で立ち上がってしまった僕は……。

 

飛び上がった相手の右脚の下を膝を力を抜いて折り曲げて地面に着地して思い切り振り回した、両手に持っているその剣を。

 

向きなんて気にしているわけにもいかなかった。

 

何が起こったのかは僕は目を閉じていたので何とも分からなかった。

 

相手の悶絶する声とともに軽く落ちてきた右脚が僕の頭に当たった。それは自然に落ちてきたようで痛い、とオーバーリアクションする程度だった。

 

僕は状況把握のために目を開けた。その人は……。

 

膝を折り曲げて地面にペタン、と座り込んでいた。その様子はまるでかよわい女子のようで僕は軽く手を差し伸べた。

 

「んぅ」

息を漏らすようなその声に僕は本当に何が起こったのか理解が追いつかなかった。しかし、その人は立ち上がるような事はない。

 

少しだけ涙ぐんだ目で僕を睨みつけてはぐっ、とスカートの裾を強く掴んでいた。

 

本当に僕は何をしたのだろうか?一人では回答は出てこない。



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75話

あの後、僕は驪駒 早鬼と名乗った赤いカウボーイハットがお似合いの女性に右肩を貸してあげる。どうやら腰が抜けてしまったらしく立てなくなっていたらしく、その時のとっさの判断で人影のない路地裏へとその人を背負っていた。それから二つの意味で落ち着くのを待ってからふらふらの脚でおぼつかないところを僕が肩を貸してあげたところで今に至る。

 

今は幻想郷の西側へと向かっている、正確に言うと北西なのだがその方向には三途の川があり、そこから地獄へと繋がっている。それは自分が見てきたのでよく知っている。早鬼さんはどうやらもう帰りたいらしくそこまで送ってあげる事にした。ただ、脚の調子が戻り次第、自分一人で向かうそうだ。

 

あれから何分か、僕の右肩に肘かけのように扱っていた早鬼さんが手を離してすんなりとその自慢の脚力で飛び上がり、視界に捉えられないようなところまで行ってしまった。

 

そこで一路、北へと歩く方角を変えた僕は道の整った参拝の道は通ろうとは思わず、行き慣れた道で行く事にした。お父さんの伝言では妖怪の山となっているのだが、あまりにも範囲が広すぎるので何とも言えなかった。一体どこに向かえばいいのだろうか。

 

取り敢えず、木々の指し示すその先へと向かった。大体ではあるが覚えていないわけでもないので一人でもいけない事はないのだが、頼りとなるのは近くを流れている清らかな流れをしている川ぐらいしかない。太陽の光に照らされてチカチカとしているのが一匹のあの動物かのように見えるほど静かで逆らってはいけない、と本能的に思える。その川はどうやらその曲線を描いたまま人里の方へと向かい、博麗神社のある東側へと流れていく。

 

僕はそれが見えるところを歩いているうちに遠くなり、川岸にある大小様々な石の転がっている足場の悪いところを歩いていた。足裏から来る痛みがあるが無理を承知で更に上を目指す事にした。何か話し声も聞こえるのでもしかするとそこにいるのかも知れない。ただ、女性が二人だけのように感じるのがどうしても気になるところだろうか。かなり元気そうに話している人と表ではあまりそうとは思えないちぐはぐな二人。話を聞くには丁度いいだろうと勝手な憶測で向かってみる事にしたのだが、いささか面倒な事になってしまったかも知れない。

 

僕は一瞬の戸惑いを持って、避ける訳にもいかないと何かの先入観が結局のところ、後押しされたような気がする。それが何であったのか、神の道しるべだとこの上にいる紫髮の神様を思い浮かべながら僕はその人の横を通りす業としていた。それが本当にそうであるのかは今はどうでもいいとして、ある人に話しかけられた。

 

その人はそこを流れている川のように青い髪を赤い玉が二つ付いているもので小さく両端に一つずつまとめている。何かの作業の途中なのか分厚めの衣服とは異なり、肩を出した服装で所々が汚れていて使い古しているのだけはよくわかる。下は色気も何もない長ズボンで黒い模様が描かれているようにも見えるがきっと汚れだろう。何か金属を扱う事をしているように見えるが遠くに見える丸いドーム状の半球に煙突が付いている建物が作業場だったりするのだろうか。

 

それともう一人。緑色の草木のような色合いをしている髪に白いフリルのついた赤いリボンを付けている。赤い色を基調としている緑色のグルグルと描かれている模様があるのだが、どのような意味があるのかはさっぱり分からない。その他、誰か居るような気はしないのでこの二人が先程から話している人なのだろう。前者が元気そうな声、後者が落ち着いた声の主なのだろう。

 

「此処に人間が来るなんていつだろうね」

青い髪の人はそのように僕に言葉を投げかけた。妖怪の山は本来ならばこのように平然と入っていいような場所ではないはずだが、いつの日か出来た守矢神社によってよって参拝路が出来て以来、人の往来は激しくなった。その事は誰から聞いたのだろうか、忘れてしまった。

 

「そうなんですね」

適当な返事ではある。此処に入ったのはこれが初めてでもないので今更しらを切っても図々しいだけなもので何か利益がありそうには思えなかった。

 

「早く逃げた方が良いよ。度重なる不祥事から参拝客も人数を減らしているくらいだから。それとも何か目的でもあるのかな?」

 

「人を探しています。黒髪の灰色の着物を着ている人ですが」

 

「あぁ、少し前に通り過ぎていたね。でも、どうしてそんな人を探しているの?」

 

「妖怪の山に来い、なんて言われまして。困ったものです」

 

「ねぇ、雛。もしかして息子って言っていた人かな?」

 

「それはどうなんでしょうか?」

その声は何処かで聞いたことのあるような声だった。確か初めてかその辺りの時に出会っていたような気はする。月に行ったあの件までには会っているはずだ。

 

「何か証拠になりそうなものはありますか?」

 

「じゃあ、その人の使っているものは?」

 

「刀ですね。いつも腰に携えてますよ」

 

「その人の持っている刀の刀身の色は?」

 

「今は銀です。その前は黄色、黒だったらしいです」

 

「その人なら確かにこの山にいるよ。見間違える事は全くないよ」

 

「有難うございます」

 

「頑張ってきてね」

そういうその人は何処か悲しそうだった。さて、何があったのか僕には到底理解できない事だろう。一々口に出して突っ込んでいくのも今回だけは悪いように感じる。

 

「はい」

我ながら軽い返事だ。それ故に何か違うように感じる。それにしても雛と呼ばれていた人はほとんど話そうとはしなかったが何か気になる。

「何かあったの、雛?」

 

「いいえ、何も。ただものすごく気になるの」

 

「何が?」

 

「あの少年の凛々しい表情よ。言わせないで、にとり」

 

「ごめんごめん。じゃああの時、忠告した人だったんだね」

少年が去った後、川岸に座っていた二人はそんな会話をしていた。その時だ、大きな遠吠えが聞こえてきたのは。



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76話

この先にお父さんがいるのは間違いないのだろう。その事実に何の曇りもなく信じる事はできるのだが、何を見せようとしているのかは全くと言って分からなかった。此処に守矢神社があるのは知っている。前に訪れて求婚まがいの事をされてから近寄る事はなかったがそこへ行かせようとしているのだろうか。それと単純にいつから僕の事を見つけて、早鬼さんとの戦闘を傍観していたのだろうか。聞くのは無駄なのだが気になることではある。

 

「ワオォォォォォォーン!」

甲高い声がこの少し上から聞こえてきた。その声は何かを知らせるような気もしたが、それは警鐘の代弁のようだった。何かが起こっているとしか言えなかったが僕は行くしかなかった。お父さんなら何かと興味が湧く事柄なので会える確率はかなり上がる。もう川岸からは離れてその場所へと直行した。

 

そこに道なんてものはなく、どこまで進んでも何も変わることのない森であったが明らかに不自然に空いているところとほんの少し草の焦げた匂いがしているところへとたどり着いた。そこには案の定、お父さんと目を鋭くさせている白い毛で覆われた細長い丸みのある尻尾を強く降り回している人がいた。右手にはラーさんにも似た大きな太刀を持ち、歴戦の強者なのかその刀身には鈍い血の色が付いていた。手入れはしているのだろうがこべりついて落とせなくなってしまったということなのだろう。服装は黒色の膝下の丈のあるスカートに赤い紅葉が描かれている。上は毛皮のようにふわふわしていそうな半袖の衣服を身に纏っている。真っ白な髪に赤い小さな帽子をかぶり、それは山伏を彷彿とさせる。

 

多分なのだが、この人が先ほど遠吠えを挙げていたのだと思われる。間近で見ると何処からそんな声が出ているのか不思議で仕方がない。それほどに小柄な気はする。しかし、だ。

 

その割にはとんでもない殺気を放っているので僕は脚が後ろへと行こうとしているのを感じた、それはちょうど防衛本能に近い。頭の中で考えるまでも自分の命が危ないと言っている印なのだがそれよりも気になる存在がその前にはいた。その人は顔立ちはさっぱり分からないのだが、後ろで一つに結んでいる黒髪と灰色の服装、そして腰に携えている刀を見間違える事はなかった。

 

この人が僕を人里での戦闘中に空気を読まずに此処に呼び出した張本人だ。

 

「とても怖い表情していますけど何かありました?」

 

「少し暇つぶしをしようと犬と叫んでいたら怒ってしまった」

軽快にハハ、と笑ってから急に真面目な表情をしたのか声が低くなった。

 

「楽しそうだよな」

いや、そんな次元ではないと返したかったがそんな余裕はなかった。それはまるで轟音、僕の髪を振り上げたその風は一人のノーモーションから放たれた一撃だった。今まで棒立ちと言っていいほどの状態だったのに。まるで状況は一変した。

 

白い髪をしている赤い小さな帽子を被っているその人はお父さんの二盗の前で出せる限りの唸り声をあげていた。この人から放たれたのだ、先ほど心臓を一瞬だけ握り締められたほどの風を感じたあの一撃は。とてもではないが勝てるなんて思えなかった。そして僕を嘲笑うように二人の世界に入り込んだので僕は側で見ている事にした。

 

軽くお父さんが弾かれた、いや相手の力を利用して間合いを開けていた。そうでもしないと間に合わないのだろう。

 

その先、白髪の人が一気に距離を詰めていた。その速さは人間の出せるものではない。人間よりも上位の種族であるのは言うまでもなかった。神、と言っても半分くらいは冗談で済ませる事はできるだろう。それで済んだらいいけど。

 

相手の横薙ぎにその力を利用してお父さんは地面を滑り出していた。それはそうしたというよりかはそうせざるを得なかったようにしか見えなかった。本当に相手の力というのは馬鹿なのだろうがしっかりと狙いを定めている慎重な一撃でもあった。

 

「やるか」

お父さんの独り言、その瞬間には僕に見せたことのないような姿を見せ始めた。それはまるで動物。本能に解放された人間はその力を使って全力の戦いを挑んだ。その姿は一瞬だけ見間違えるほど。

 

一瞬の金属音。

 

その擦れたか、どうかと言うギリギリのところで二人は戦いを行なっていた。お父さんは相手の力一杯の一振りを得意の剣術でいなしていた。相手もそれに騙させることもなく攻撃を続けていく。

 

綺麗な一振りだった。

 

相手の大剣が地面に辿り着いた頃にはお父さんはその攻撃をかわして背後を取ろうとしていた。しかし、それを見えていたかのように左脚で軽くお父さんの刀の一撃を止めていた。その下駄はそこについている板が長めで体勢を保っているだけでも大変そうだった。それで今回は止めていた。

 

そこから自分の持っている大剣を振り下ろしつつお父さんに向けて右脚を上から下へと向けて放った。それを避けたお父さんは後ろへと脚を振り上げていた。

 

前転で地面にたどり着き後ろを振り返る。

 

後ろ向きに転がったことでそのまま体勢で居続けている。

 

二人はそれからタイミングを伺うように黙り込んでしまった。二人には言葉という道具を失ったかのようになっているのが不思議で仕方がなかったが僕としては先ほどの出来事が頭の中で整理するにはちょうど良い時間となっていた。しかし、お父さんについて来れる人は意外にもいるのかも知れない。

 

お父さんは相手に対して少しだけ間合いを開けようとしていた。しかし、それを潰すように相手を動いていた。左右で動きながらお互いの距離を縮めないようにしている。不謹慎かも知れないが気があっているのかも知れないと言う感想が頭から離れそうにない。

 

相手が少し後ろに構えてから特に関係ないところへその大剣を振っていた。当たる間合いでもないのに何が起こったのかと言えば地面がえぐれた。ボン、と爆発でも起こったかのように土ぼこりが上がった。

 

かと思っていたら二人が再びぶつかりあった。

 

一瞬の金属音、そして一方が足を地面に擦り付けている音。

 

地面を蹴り出して更なる追撃を与えようとしている相手にお父さんはその下を通り抜けた。

 

それは相手を見逃したと思ったがそうでもなかった。そこから反転に倒立をしたような勢いで片手で振る。それに意味はあったようでお父さんはその軌道上に居なかった。避けた代わりに後ろにあった木に大きな傷が入り込んだ。何かがあったのだろうがあまりにも二人のレベルが高いので真理に辿り着けるのにはそれなりの時間がかかりそうだ。

 

二人でお互いを見つめ合い、ニッコリと浮かべた後で二人とも形相を変えていた。

一瞬の出来事ではあるがそれだけでも周りがどのようになっているのかそれはなんとなく理解できた。

 

破裂音と共に二人の脚が地面を抉っている音が聞こえていた。そして世界は風のあるだけの世界となった。

 

「息子、楽しかったか?」

 

「いや、うん。えっと、そうですね」

 

「そうか」

 

「ところで相手はどのような方なんですか?」

 

「それは私が」

先ほどの獣のような声からは想像出来ないような可愛らしい声だった。それはまるで少女だった。

 

「私は妖怪の山で哨戒をしている天狗の犬走 椛です」

 

「それで今回妖怪の山に来た理由だが、息子を預けてみようかと思った。それだけだ」

 

「要は懐かしいから遊んでいたと言うことですか」

 

「その通り。後はこの犬に任せている。俺はこれで帰る」

 

「犬じゃないです。狼ですよ」

 

「そうか」

その冗談のつもりにも聞こえるようなことを言ってこの場は去ってしまった。お父さんが居なくなってから場が持つ感じはなかったが向こうから話しかけてきた。

 

「青年の息子さんですね。お会いできて嬉しかったです」

 

「お父さんがお世話になってます」

今回はそんなところだった。お父さんとはある時に出会い、剣術指南役のような事をしていたという。悩みがあった時に聞いてあげたりしてあげたそうで気の置けない間柄ではあったようだ。それにしては何か無礼な態度ではあったような気はするがそれは二人の間では普通のことなのだろうと思えた。

 

「しかし、人任せでよくそのように育ちましたよね」

 

「その意味は?」

 

「いえ、特に気にしないでください。私の独り言です」

そう言う椛さんだったが実際のところは言いたいことは分かっていたが変に認めたくはなかった。あそこまで自由気ままなのはどうかと思っている。真似したいとは思わない。



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77話

何もなかった、本当に何もなかった。僕は一つの回答を見つけてそのように思いながら目を覚ました。

 

今は大きな一部屋の中で暮らしている。土間と呼ばれる場所があってその先に進むと囲炉裏という場所を囲むように畳という草で編まれた床が広がっている。枚数は八枚ぐらいだと思う。その上で布団を敷き、眠る事になった。和風建築というものであるらしいが紅魔館に比べると狭く、自分のスペースというのも何もなかった。つまり、犬走 椛さんとは同じ部屋な訳で変な緊張からそんな事を思いつつ、目覚めの悪い朝を迎えた。

 

寝ぼけているためか妙に遠くからはくつくつ、と何かを煮ている音がしている。かまどと言っていた場所からだろうと思っていたが囲炉裏だった。天井から吊るされた金属の棒の先に引っ掛けるフックのような場所に一人用としては大きめな丸い鍋をかけていた。其処には木製の蓋が鍋から何かが溢れないためにしているように見えた。目の前には箸と呼ばれる木製の棒と上の方が一部欠けた白い茶碗、模様が薄れて何が描かれているのか想像し難いお椀が重ねて置かれていた。僕はそれを見て状況が理解出来ていないところをある人が声を掛けてきた。

 

その人は白い髪を首筋までで切り揃えた髪型に小さくて赤い山伏の帽子を被り、側面からは赤い紐が耳の辺りまである。服装は白色のもふもふとした肌触りのありそうな感じで黒い生地に赤い紅葉があるスカートを履いている。一応調理中であるらしく白い布を羽織ってはいるが袖はないので危ない事には変わりはない。

 

「おはようございます、ご飯出来てますよ」

優しいしっとりとした声だった。咲夜さんのような時折出てくるナイフのようなものは何もない。どちらかと言えば、花を愛でいる時の気持ちとそう変わらないのだと思う。

 

「すいません。何も出来なくて」

起きたばかりの僕は回らない頭をフルに利用して何とかその言葉を出す事にした。

 

「本当にあの青年の息子なのか、疑わしいところですね」

 

「何かおかしな点でもありましたか?」

 

「あの方はふらり、と来ては去っていくそんな人でした。そこに感謝の言葉はなかったです」

と文句のような言葉を並べている割にはその態度は含まれていなかった。どちらかと言えばそれだからこそ愛おしいなどそんな所。何があったのは気になる。

 

「それに比べて息子は良く出来ていますよ。私が本当の息子か疑うほどに」

 

「母さんにそれは教わりました。王国の子供という事でそれなりの作法は学ぶように言われましたがあまり効果はないと思います」

 

「それはどうでしょうか。誰かに拒まれたりした事はないのではないですか?」

椛さんは何処か物事を見透かしているような物言いをするのだが、それがどのようにして起こるのかは全く分からなかった。それにしても、特に何も言わなくても適切と思われる量をよそう。そして僕の前に置くと自分の分をよそい反対側に座った。その動作になにか疑問だと思うところはない、しかし変に違和感はあった。

 

「いただきます」

椛さんは手を合わせていた。膝を折り曲げて座り、サラサラと食べていく。今日の朝はご飯とすまし汁。紅魔館の時と比べると質素なものだった。ここまで生活が変わると違和感もあるが体験という事で僕は椛さんの真似をしながら食べていく事にした。

 

その間、話せる雰囲気ではなかったので話すことはしなかった。威圧感がある訳ではなく、何となく肌身に感じられる程度なので食べづらさはなかった。塩気のある深い味わいがある汁を啜りながら、時折ご飯を口の中に入れていく。それだけの食事だった。満腹感はないが充実感はあった。

 

「それでは、私は哨戒に向かいます」

椛さんも食べ終わり、もう一度手を合わせた。それから食器を片付けようと立ち上がりながらそのようにぼそっ、と言っていた。哨戒というのは白狼天狗に任された妖怪の山を守る業務の事で椛さんが筆頭となって行っているらしい。千里眼を持つ椛さんの能力が妖怪の山に侵入する悪者を拒み続けていたはずだが、それも最近破られた事で更なる増員が行われたらしい。

 

「貴方はそうですね、雛さんやにとりさんの居る河原へ向かってみてください。あの人は鍛治職人の側面もあるのでもしかしたら力を貸してくれるかもしれません」

水の中に食器を入れて手慣れた動作で洗っていた椛さんは背中から僕に語りかけていた。確かに今のところ、妖怪の山の中で何処かに出かける用事はない。それなら行ってみるのも悪くはないだろうと思う。

 

「そうしましょうか」

 

「道は分かりますか?もしかしたら天狗に声をかけられるかもしれせんが私の名前を使って切り抜けてください。ちゃんと知らされていればお咎めはありませんので」

 

「はい」

手早く片付けた椛さんはすぐに家から出ていった。その時に戸締りのために出るように言われてたので出る事にした。椛さんはいつもの場所へ向かうそうだ。僕もにとりさんのいる川原へと向かおうと思う。



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78話

白い霧に包まれた湖、其処にはいつもならもっと多くの妖精の声が聞こえている。この時間ならもう騒がしくても何も不思議ではない。朝早い時間に掃除を終わらせてから遊びに出ていく妖精たちは僕がこの近くにある館に住んでいる時から知っている。そのはずだが、何か違うのだ、雰囲気というのか違和感を覚える。

 

それでも進んでみる事にした。レミリアさんに一言伝えたいことがあるからだ。僕は剣を抜いてから思念を込める。ふわり、と浮かんだ僕の身体はそのまま前に進んでいく。そうなるように僕が操作しているわけだがこの感覚はなかなか慣れない。だが、こうしないと湖の中に浮かんでいる紅魔館には入れないのでこうするしかなかった。

 

と言うわけで紅魔館まで、昨日まで部屋を借りていたところまで来たのだが、雰囲気はいつもよりも陰湿としていた。赤くて高い壁にそれよりも高い館が見えているのだが、今は何か笑いがこみ上げてくるほどに可愛らしく感じる。それをいい風に捉えていいのか、逆に捉えるべきかは置いておいて門の近くに降り立った。別に館の中に直接入っても問題はないのだろうがそうしようとは考えても実行したことはない。

 

いつも通りなら眠っている門番が起きて一言挨拶をしてくれると思っていたが、今日はがっつり寝ていた。地面に横になっていてうつぶせに倒れている。首筋がほんのりと赤くなっているのだが、それがどうかと言われるとなんとも言えなかった。それだけだと言えばそれで終わる。取り敢えず、これでも門番としての役割は果たしていると思うので放っておく事にした。

 

木製の扉を開けてから広がっているのは中庭だった。緩やかなカーブを描いている二本の道の真ん中には園芸場がある。そこには様々な花が咲いており、色んな表情を僕に見せていた。花の種類が分かったら良かったのだが、それほど知識はない。僕はさほど急いでいないのだが、早めに入っておく事にした。

 

館の中は静かだった。今日は誰も居ないかのようで掃除をしている妖精も居ない。昨日今日で遠くに出かけているようなことでもないとは思うのでいるとは思うのだがいつもなら現れるメイドは居なかった。あの人は時間停止で僕の前に現れる。そして一言二言伝えて本職へ戻る。いつ休んでいるのか等、そこら辺は謎だが、確実に僕よりも随分と長い時間を生きていると思っている。そのはずだが、迎えられることもなく誰か居るとも思えない雰囲気、何か違う。

 

そう思った僕はすぐさま探してみる事にした、銀髮の三つ編みをした冷淡な目の持ち主で鋭いナイフを太ももにいつも携えている青色の服装をした咲夜さんというメイドを。

 

一階の廊下、自分の部屋のある左側から一部屋ずつ勢いよく扉を開けていった。途中、咲夜さんと呼びかけながら走り回っていたが収穫は特になく帰ってくる事になった。

 

少し疲れたが何かあった後ではいけないので右側も間髪入れずに向かっていった。こちら側は食堂はパチュリーさんのいる大図書館で降りる螺旋階段があるが自分の部屋より使用回数と使用時間は少ない。それでも真っ直ぐな廊下なので難なく進むことは出来た。

 

左右ともろうそくの明かりに灯されている薄暗い道だが見落としたところはなかった。それに壁までは向かっていた。ふと、思ったが此処は無限に広がるかのような大きさがあったような気はする。故に全てを見ることは不可能だった気がする。それを行なっていたのは咲夜さんなので……。

 

ふと、上の方を見ていた。赤いカーペットの敷かれている大広間とされるこの場所から二階や三階へ登るためにある螺旋階段がある。半円の半分を描くように造られた螺旋階段の上で伸びている人影を発見した。丁度手すりと角度的な視覚の制約があるが何となく咲夜さんだと思われる。半身しか見えないので何とも言えないのだがそれにしては何となく咲夜さんの特徴を捉えているような気がした。

 

本当なら怒られそうな程埃を立たせながら螺旋階段を登った。その音はかなり響いたのだが、壊れていないという事を願いたい。

 

「大丈夫ですか⁉︎咲夜さん」

青い服装に銀色の髪、咲夜さんだと信じて声をかけた。

 

一瞬の沈黙。

 

石のようなものを叩いているかのような反応の後で反応を見せた。

 

「お……さま……けて……い。……しは……から」

掠れた声だったで全くもって聞き取れなかったがこれだけは聞こえた。だからと言って意味は全くもって浮かんでこないのでどうしたものか考えものである。僕はお嬢様を助けてほしい事と咲夜さんの安否について言っているのだろうと推測してみたが余計に嫌になった、何も出来なさそうな自分に。

 

取り敢えず、肌が青白い恐らく平常とはかけ離れた咲夜さんの体をよく見てみる事にした。そうすると、首筋だけが赤くなっているのがよく分かった。それだけなら別に良かったのだが何処か眠たそうにしているのがとても気になった。

 

其処で誰かに診てもらおうと思い、咲夜さんを背負うと螺旋階段を降りながら永遠亭に向かおうと思った。永琳さんならなんとか出来るのではないか、という軽い憶測だ。だけど、他に頼れそうな人はいなかった。兎も角僕は咲夜さんを背負いながら素早く移動していく事にした。



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79話

静かな風の流れる竹林の中、それを断ち切るように走っていた。咲夜さんを背負いながら走っていくのは結構辛いものがあるがそれを言うものではないとは思っている。

 

それほどに一大事というものであり、その為に僕は走っていた。礼などを欠いて僕は永遠亭へと入り込んだ。ここは誰もが来る事ができる場所ではあるが毎日のように通う訳ではない。

 

よくお世話になっているので何となくそんな気がするだけだ。

 

「どうしたのよ?」

ほとんど音もなく襖を開けたのは医者だった。この永遠亭で凄腕の医師としてその名を馳せていたら良かったほど。個人的な理由もあり、あまりそのようなことはしていないそうだ。

 

「実は咲夜さんが倒れていまして。原因が分からないんです」

 

「分かったわ、早く連れて来なさい」

永琳さんは軽く手を上げただけでその場で踵を返して中に入った。襖は開けたままで何かの準備をしているようだった。僕は咲夜さんをここまで連れてきた疲労感はあったがその部屋まで中庭を通り預ける事にした。その時に首筋だけが赤い事を伝えて自分から襖を閉める事にした。見ていいのかと言われるとそういう事ではないと思う。夢はあるけど。

 

塀の外には竹林が広がっていて何も、誰もいないことを示していた。大きな池には赤く塗られた橋があり、少しだけ気晴らしを行うこともできそうな気もする優雅な空間が作られていた。見たことはないのだが、池の中には鯉なんかが住んでいるのだろう。

 

何かやる事がないというのはとても気になった。別に紅魔館に向かっても良いのだが、今のところは咲夜さんのことが何かと心配になる。帰るに帰れないという感じになっていた。僕は立ち上がって永琳さんのいる襖を優しくはないが壊すようなほどではない強さで叩いた。

 

「話を聞いて欲しいんですが良いですか?」

僕は聞いた、そうやって多分邪魔しているのだろう、と思いながら聞いた。

 

「ええ、どうぞ」

返答は意外にもあっさりとしたものだった。それだけに僕は呆気にとられた。お父さんに鍛えられているのかもしれない。

 

「紅魔館に行きたいんですが任せていいですか?」

僕はそうやって襖を一枚挟んで聞いた。返答はあっさりとしたものだと思ったが違った。

 

「それは辞めなさい。鈴仙が後で戻ってくるから二人で行きなさい」

怪訝とした表情だった。僕としては一言伝えたかっただけなので何か問題があったのかと思っている。永琳さんの表情は安堵と緊張の二つを持ち合わせていた。

 

「それは如何してですか?」

 

「多分失血による意識の朦朧、と気絶……。何だけど首筋に二本の刺し傷があるわ。それは丁度口の大きさと変わらないわ」

態とらしく永琳さんは此処で言葉を止めた。咲夜さんはこの部屋の寝床で横になっている。そして近くには赤い液体の入っている何かがあり、管に繋がれて咲夜さんに流れていた。血、なのだろうがそれで良いのだろうか。

 

「口の大きさ、という事が誰かに噛まれたのですか?」

 

「そう考えるのが正しいと思うわ。それは誰なのか分かっていないのだけどね」

永琳さんはとてもよく頭が回るらしく、そこまで辿り着いているようだった。ただ、僕には誰かから血を啜る必要があると思う人は二人いる。レミリアさんとフランさん。彼女は吸血鬼であり、血を欲する種族だと認知している。だが、レミリアさんは大量の血は飲めないので少量を紅茶に溶かしていると聞いている。フランさんは如何なのだろうか。あまり分かっていない。それ以外に誰かと言われると誰も思いつかない。

 

「僕にも心当たりはありません。血を飲めない人といらなさそうな人は知っていますが」

 

「私もそうだと思ったけどあの姉妹にそれは要らないわ」

どういう意味なのかは分からないが永琳さんは知っているらしい。

 

「まず、状況を確認してもいいかしら。紅魔館に争ったような様子はあった?」

 

「特に紅魔館にはそのようなものはないと思いますけど。一階しか見ていないので判断は難しいです」

 

「倒れていたのは二階なのよね。私も行って様子を見たいけど戦闘は苦手なのよ。鈴仙が帰り次第、貴方と一緒に向かわせるわ」

 

「頼もしいですね」

僕はそう言って永琳さんは苦笑してする部分が回転する椅子から離れて咲夜さんの顔色を伺っているところで話は終わった。実際のところ、何が絡んでくるのだろうか。僕にはさっぱりだ。



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80話

 ほとんど同時刻、人里の北側にある寺子屋に人が入り込んできた。そこの寺子屋をしている上白沢 慧音はその人を白々しく見つめていた。その視線はまさしく静かな怒りに満ち満ちていた。だが、それは一転する、その人の表情を見ていると決してそうだとは言えないからだ。

 

「どうした?」

声のトーンは優しめで聞いていた。慧音もいくら邪魔されたからと言って相手の主張も汲み取れなくなるほど弱い心の持ち主ではなかった。

 

「大変なんだ!人が首を噛まれて死んでいると思う」

寺子屋に入り込んできたその人はとても曖昧な表現をした。それを聞いていた慧音はきょとんとした表情を浮かべるしかなかった。どうしても想像しにくいのだろう。暫くしてから言葉を交わした。

 

「今日の授業は終わりだ。寄り道しないで帰るように」

それを聞いた子供達は嬉しそうに授業の道具を仕舞ってすぐに立ち上がると元気に帰っていった。そこで早く帰れよ、と声かけはしたが子供達にはあまり効果はなさそうで暖簾に腕押しであった。一つ大きなため息をしてから慧音は真剣な表情を浮かべて聞いた。

 

「それでどうしてそんな曖昧な表現をしたんだ」

 

「それは顔色は青白くて反応もないが体温はあるんだ。俺も慧音さんを呼んでくるようにしか言われてないからわかんねぇけどそういう事なんだ」

その人は熱く言葉を出していた。それを慧音は冷静に考えながら何度か大きく頷いていた。

 

「それは不幸な出来事だった。それにしても人里でそのような騒ぎを起こせばどうなるのか分からない妖怪は幻想郷に居ないはずだが。折角だ、状況くらいは見てみよう」

慧音さんはそう言いながらスタスタ、と歩いてその人の前にある戸を閉じた。それから遠くへ行く足音が近くに来て靴を履く音が聞こえると玄関ら出て来た。六角形の青色の帽子で先には羽が付いている。白いレースのようなものの上に青色の服を重ねて着ているようだ。胸元には大きなリボンがあり、くるぶしまである丈に届くぐらいのスカートの丈で胸元は少しだけ空いている。

 

「俺が案内します。付いて来てください」

 

「すまない」

軽い一言だけ返して静かにその人の背中を追いかけていた。そのだけなのだが何か気になるようだった。

慧音を連れた人はその現場へと辿り着いた。其処には見事に青白くなった細身の体をした男性が倒れていた。だが、首元だけは赤くなっていて血が通っていることだけはよく分かる。それ以外は特に目立った外傷も特徴もない。慧音は少し考えてから聞いた。

 

「誰か何か見たことがあるなら話してみてほしい」

しかし、誰も答えようとはしなかった。

 

「どうした、みんな?何か言い出しにくい話でもあるのか?」

慧音の言葉にひとりの人里の若い者が話してくれた。

 

「白い肌をした人が居ました。その人は満足そうに帰っているの見ました」

 

「それは本当か?」

 

「見ない妖怪なので覚えておきました」

 

「見ない妖怪、か。うーん、それは困ったものだな」

慧音は静かにそう答えてから自分が立ち上がった。幻想郷の中に入ることを幻想入りという、それは物や文化といったものが入ることが多いのだが、偶に人間が入る。そしてごく稀に異世界の覇者みたいな強い何かが来ることもある。慧音は最後のことを考えていた。

 

「白い肌だといったな。男か女かそれは分かるか?」

 

「童らしき身長だったのでそのあたりのことは全く」

 

「童?私が考えていることは線画薄いかもしれん。取り敢えず誰か永遠亭にこの人を連れて行け。まだ間に合うかもしれん」

慧音はそう言って踵を返して寺子屋のある自宅へと戻った。人里の北側、妖怪の山が最も近い場所であまり人が住んでいない。今回はその辺りで起こった。慧音は寺子屋の塾生を帰したのは迂闊だったかもしれないと思いながら質問をしていた。

 

「見ない妖怪を見たのはいつだった?」

 

「今日の朝です」

 

「それは今の時間か日の出、どちらが近い?」

 

「日の出です」

 

「取り敢えず注意喚起を促そう。皆でやってくれるか?私は人里全体に呼びかけてくる」

慧音はそれだけ言って軽く走りながら東の方角へと進んだ。博麗神社のある方向だがまだ利用することはないだろう。彼処はあまりにも動くのが遅い。今のところは情報収集と注意喚起くらいで終わりそうだ。

ーー数日後、慧音はある名前にたどり着く。その名前は聞いたことのない名前ではなく、確か紅魔館にいるとされている人物だった。その男は憑依異変で組んでいた経歴があり、霊夢が苦戦した相手を倒したので実力はかなりあると思われる。それからどうやら前にいた青年の子供であるらしく七光りであることに変わりはない。

 

「ヒカル、か。少し当たってみる必要があるそうだ」

 

 

紫色の服装に短めの薄いピンク色のスカート。白い靴下と革靴を履いている紫髮の艶やかな女性、鈴仙さんと紅魔館までやって来た。雰囲気は来た時と変わらない。何も代わり映えもしないのを確認したところで僕達は紅魔館へと向かっていた。湖の孤島に建てたのは明らかな設計の不具合だと信じている。

 

「紅魔館なんて初めて入ります」

疲れと恐怖が入り混じった気の入っていないようなその声は今の状態をよく表していた。そういう僕も多少なり緊張しているが身震いするほどではない。

 

「大丈夫ですよ、僕は先導します」

 

「お願いします」

それを聞いてから門を通って、中庭を通って館の中へと入り込んだ。一階は調査したことを伝えて二階へと一緒に行動することにした。途中、横たわっていた美鈴さんは起き上がっていだが意識は朦朧としているようでかなり体調はきつそうにしていた。

 

「薄暗いですね」

 

「吸血鬼の巣窟ですからね」

二階も一階と変わらず、ろうそくに照らされた赤いカーペットの敷かれているだけの廊下の左側に各々の部屋がある。大体は妖精の使っている部屋だが、偶に倉庫のようになっている部屋はある。

 

「怖くないですか?」

 

「慣れたものですよ。それに地獄にも行ってますので余計に」

間違ってはいない、ただ鈴仙さんの反応はガタガタと顎を揺らしていそうな反応だったので何か申し訳ない気持ちになった。それから三階へと階段を歩いていった。二階のどこかの扉から上に伸びている階段がある。ここら辺は咲夜さんが定期的に変えているらしいが僕はよく知らない。

 

それから三階に登ってから一階、二階とは大きさの違う扉を開けていた。紅魔館の右側にある四つの部屋で三番目の扉を開けた時に探して来た人が見つかった。特に荒らされた様子はなく綺麗に色々なものが置かれている。その中でレミリアさんだけがいつも白い肌を更に白くさせて倒れていた。咲夜さん、美鈴さんと同様に首筋が異様に赤くなっている。



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81話

紫色の服装に短めの薄いピンク色のスカート。白い靴下と革靴を履いている紫髮の艶やかな女性、鈴仙さんと紅魔館までやって来た。雰囲気は来た時と変わらない。何も代わり映えもしないのを確認したところで僕達は紅魔館へと向かっていた。湖の孤島に建てたのは明らかな設計の不具合だと信じている。

 

「紅魔館なんて初めて入ります」

疲れと恐怖が入り混じった気の入っていないようなその声は今の状態をよく表していた。そういう僕も多少なり緊張しているが身震いするほどではない。

 

「大丈夫ですよ、僕は先導します」

 

「お願いします」

それを聞いてから門を通って、中庭を通って館の中へと入り込んだ。一階は調査したことを伝えて二階へと一緒に行動することにした。途中、横たわっていた美鈴さんは起き上がっていだが意識は朦朧としているようでかなり体調はきつそうにしていた。

 

「薄暗いですね」

 

「吸血鬼の巣窟ですからね」

二階も一階と変わらず、ろうそくに照らされた赤いカーペットの敷かれているだけの廊下の左側に各々の部屋がある。大体は妖精の使っている部屋だが、偶に倉庫のようになっている部屋はある。

 

「怖くないですか?」

 

「慣れたものですよ。それに地獄にも行ってますので余計に」

間違ってはいない、ただ鈴仙さんの反応はガタガタと顎を揺らしていそうな反応だったので何か申し訳ない気持ちになった。それから三階へと階段を歩いていった。二階のどこかの扉から上に伸びている階段がある。ここら辺は咲夜さんが定期的に変えているらしいが僕はよく知らない。

 

それから三階に登ってから一階、二階とは大きさの違う扉を開けていた。紅魔館の右側にある四つの部屋で三番目の扉を開けた時に探して来た人が見つかった。特に荒らされた様子はなく綺麗に色々なものが置かれている。その中でレミリアさんだけがいつも白い肌を更に白くさせて倒れていた。咲夜さん、美鈴さんと同様に首筋が異様に赤くなっている。それは永琳曰く、誰かに噛まれたような傷跡で小さな穴が確かにあった。とても小さくて深そうな穴を中心に赤くなっている。吸血鬼の仕業ならば血をここまで集めて来ているということだろう。それでここは炎症か何かを起こして赤くなっている、と僕は考えた。それを鈴仙さんに話すと間違い無いだろう、と憶測での話ではあるがそのような話になった。

 

 鈴仙さんは素早く背負っていた背中にいっぱいの大きさの木箱から包帯を取り出した。そして傷口を塞ぐ何かをつけてから巻きつけた。何か厨二くさい格好になった。僕はそれから床に倒れ込んでいたレミリアさんを背負ってからゆっくりとこの部屋を出た。状況を保持しておく必要があるかららしいがこれだけに何か調べられそうな予感はしなかった。ただいつも通りの休憩時間を楽しんでいただけの部屋にレミリアさんが床で倒れていた。一箇所だけ不自然に距離のある椅子があるが其処に座っていたのだろう。そして、誰かが来てレミリアさんがそれに驚きながら応対した。そして首筋を噛まれて血を吸われて倒れた。言ってみれば簡単な話だが、不可解な点はある。レミリアさんが弱かったのか、相手が強かったのかそれは結論は出さないでおこう。

 

「次は一階へ向かいましょう」

 僕はレミリアさんを背負って一階へと階段を降りた。そして、何事もなく一階の大広間へと辿り着いた。その間に誰か居るような雰囲気はなかった。何となくだが、紅魔館をここまで陥れた人は何処かに出ていってしまったようだ。

 

「捜索したはずですよね」

 

「確かにそうですけど螺旋階段の下だけは見ていないです」

 

「それは地下空間はまだ見ていない、という事ですか」

 紅魔館の知らない鈴仙さんにはそんな感想になると思っていた。厳密に言えば彼処は地下空間ではなく、紅魔館の中を利用した異空間である。理解出来なければ紅魔館と同じ高さ、大きさの地下空間があると言うことでもいい。

 

「そうですね。問題ないと思いますけど。彼処には怖い人が居るので」

 

「えっ、それはもしかしてフランさんですか?」

 

「知っているんですね。それはなら話が早いです」

 

「青年から話を聞きました。とても怖いなんて言ってましたね」

 

「本当に暴れたらそうでしょうね」

 僕も実のことを言うとまだ怖い。能力は一部見せてもらったがそれだけで本気なんてものは見せてもらっていない。そう考えると真価を見たことはないのである。

 

「うっ、ちょっと待ってくださいよ」

 鈴仙さんは意外にも気が小さいらしい。僕はその様子を見ないようにして背を向けていることにした。

 

「行きましょう」

 

「では、行きましょうか」

 僕の言葉で二人は地下空間へと向かった。

 此処には本が所狭しと置かれている。その全てに防御魔法がかけられており、ちょっとやそっとの事では傷がつかないようになっている。ただ、先人のおかげで燃えた本は何冊かあるらしい。何をしていたのだろうか。

 

 地下空間、基大図書館は静まり返っていた。しかし、そちらの方が通常通りだった。此処には魔導書を読んでいる女性と本の整理を行なっている司書、それから偶に訪れる金髪の少女くらい。後は咲夜さんやレミリアさんが何らかの用事があって訪れる。本の種類は魔導書はもちろん、童話や料理本、大体のものなら何でも揃っている。紅魔館の各々の趣向を汲み取って本を増やしたところこうなったらしい。

 

 この光景は僕は慣れていたが鈴仙さんはふと足を止めていた。螺旋階段で降りた先、天井を見上げるような高さの本棚もある。それは普通ならあり得ない高さになるので常人が見ればこうなるだろう。

 

「広いですね」

 呆然とした表情からぽつり、と出ていたその言葉は正にその通りだった。僕はその声にふと笑って階段を降りた。大図書館は一階と二階に分かれている。一階には魔法を試すための広間が用意されているため広くスペースが取られている。

 

 僕がそこまで降りてから気づいたことと言えば誰もいないと言うことだった。それはある意味、異変が起こったと言うことを示している。此処で日々から魔法の研究に明け暮れているパチュリー・ノーレッジがいつもの机の上で魔導書を開いていない時点で気づくべきだったのかもしれない。それと司書を務めている小悪魔は居なかった。あの人は居たり居なかったりするが基本的には何処かに居る。

 

「一階の本棚を見て回りましょう。それと更に奥に進みましょう」

 図書館の下に元々レミリアの妹であるフランドールが監禁されていた場所がある。だが、僕は足を踏み入れたことはない。それが気がかりである。

 

「分かりました。別行動をとった方が早いですけど、どうしましょうか?」

 

「辞めましょう。僕に知識がありません」

 

「そうしましょう。私も流石に人の敷地を理解しているわけではないです」

 そう言うがまた別の理由があるのだろうと思ってその場では黙っていた。後で復讐、みたいなことにはならなくてもそれに近いことが起こるかもしれない。

 

「そうですよね。早めに回っていきましょうレミリアさんの容体が気になります」

 

「了解です」

 鈴仙さんは短い回答で終わらせた。何か経験があるのだろうか、腹を決めると凛々しく感じる。それは僕の錯覚だと思うのだが、如何なんだろうか。

 

 それから本棚の周りを歩きながら誰か居ないか探していた。縦方向と横方向に歩きながら誰か居ないか確認していたが見つからなかった。どうやら探していたところには居なかったらしく、反対側を探すことにした。

 

 そこでも探したが見つかることはなかった。その途中で地下室で迎えそうな場所を見つけたので入り込んだ。中はとても暗かった、遠くにろうそくがあるだけで道なんて覚えていられないほどだが道自体は簡単なものでずっと右に曲がっているだけだった。僕も何となく不安はあったがそれを言っていても進む気がしないので前、厳密には下方向へと急いだ。

 

 途中、変な滑りがあったりしたが気にしない事にした。大体は想像できるからだ。きゅっ、としてドカンとできるあの能力、恐るべし。

 

 最後に辿り着いた扉に手をかけたところで変に緊張した。僕は一度扉から手を離していた。鈴仙さんの居るであろう後ろを向いて一言、二言伝えてレミリアさんを預かってもらった。そして僕は右腰に携えている剣を抜いて扉を開けた。誰か居ると言うのは感じ取れていた。

 

 中は意外にも明るかった。ただ、点々とろうそくが置かれているだけのこの場所からすれば太陽といっても過言ではないと思う。その代わり、居たのは二人。感覚で話しているが誰かが誰かを抱え込んでいた。それに動く気配は全くない。それだけではない。何か違うもののようにも感じる。

 

「あ、ヒカルだ。いっらしゃい」

 随分と軽い口調で居るのはフランドールさんだろうと思う。金色の髪をサイドで結んでいる少女でレミリアさんの妹である。赤色のドレスを着ていて背中からは羽が生えている。そこには七色の宝石のようなものがついていて煌びやかに光を放っている。

 

「此処にパチュリーさんは居ますか?」

 僕は聞いた。そして、返答は意外なものだった。

 

「今、膝を貸してるよ。とても辛そうなんだ」

 

「それはフランさんがやったわけではないですよね?」

 当たり前のことだろう、と思ったが一応の確認だった。現に今のところまだ状況は掴めていない。

 

「見えてないの?私がやるわけないじゃない」

 少し怒り気味で答えていた。それもそうだろうと思いながら僕は光に目が慣れてきたところで目を開けた。そこには赤色の大きなベットに座っているフランさんとその膝で横になっているパチュリーさんが居た。いつも気分が悪そうにしているが今は本当にひどい状態になっていた。紫色の長い髪で縦方向に紫色の線が薄い紫色の生地に入っている服装をしている。そして頭にはナイトキャップを被っている。今は頭ではなく、目の方に被っている。

 

「フランさん、パチュリーさんは首筋は赤くなってますか?」

 僕はそう聞いた。それは美鈴さん、咲夜さん、レミリアさんに見られた症状のようなものだった。見た感じに肌の白さも何となく似ている。ただその距離は遠くてそうだと言える確証というのはなかった、パチュリーさんが色白であることも加味して。

 

「うん、なってるよ」

 フランさんは意外にも簡単に答えてくれた。その言葉から何処か違うものを感じるのだが。

 

「早く永遠亭に連れていきましょう」

 僕はフランさんに声をかけたところで変化しているように感じた、フランさんの狂気というのを防いでいた蓋が外れたということが。僕はその場で立ち止まって間合いを空けていた。来るならそれでも良い、そのぐらいの気持ちで剣を抜いていた。元々不安定なのだ、だからこそ自分の気持ちが抑えきれなくなって何か変な事になる。それを僕たちは見ているしかなかったので長年此処で監禁されていたらしい。

 

「ねぇ、私はどうしたら良いのかな?」

 

「美鈴さんは無事そうなので一緒に紅魔館を皆が帰る場所を守っていてください」

 

「そうやってまた大事な人を奪うの?」

 

「そんなつもりはありません」

 と言いつつ、何となく本当にそれをしているような気がしてきた。気がする、だけなのだが僕の心は縄でキツく縛られているように痛かった。僕はどのようにすれば良いのか分からなかった。

 

「嘘だ。取り返しのつかない事になるんだ」

 

「それは、ないです。と言うか僕は防いでみせます」

 

「そんな事言って私から何を奪うの?」

 

「だから何も奪いません。何でしたら永遠亭に来ますか?」

 

「それはやだ」

 わがままだと、簡単に切り捨てることはできる。だけどそれをすればフランさんはどうなるのだろうか。僕は息を一度吸ってから吐いた。

 

「貴女は紅魔館の主人の妹として此処に生を受けた。主人なき今、やる事は大体理解しているはずだ。誰に任せて自分は何をするのか、俺は代理としてやらせてもらう。こうやってお父さんは言うのでしょうね。ゆっくりで良いです。フランさんはレミリアさんの居ない今、どうやって耐えるかそれを考えてください。味方は意外と居ると思います」

 僕はお父さんの気持ちになって言葉を繋いでみた。その結果だ。僕にはとても不本意なのだが、あの無尽さは偶に見習うべきだと思える。何事も彼を揺さぶることができないあの神経の図太さは並大抵の人間が持っているものではない。僕はその子供として何かを引き継いでいると思う。

 

「そんな事、言われても分からないよ」

 

「美鈴さんは多分無事でしょう。あの人なら少しぐらいなら頼ってみても良いのではないですか?それにレミリアさんよりも頼りになりそうですよ、フランさん」

 

「そんなこと言われても、私は何もしてこなかった」

 

「それで良いじゃないですか。何もなければ居るだけでかまわなさそうですし。咲夜さんに出してもらった紅茶を飲んでいるところしか見たことないですよ」

 僕は少し笑いながら言った。少し馬鹿にしていると言えば、そうかもしれないがそれで安心するなら僕のやっている事は間違いではないと思っている。

 

「分かんないけどやるよ。少しは手伝ってくれる?」

 

「善処します」

 僕は明快に答えた。実際のところ、紅魔館のために何か出来るとは思っていない。それよりもその先、誰が紅魔館をこのようにさせたのかが気になる。僕はそう言う腹積りだった。帰り際、美鈴さんに会ったが何事もなく眠っていた。



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82話

 それから僕はパチュリーさんに背負ってフランさんと美鈴さんに紅魔館を任せる事にした。それなりに回るのだろうと思っている。

 

 その時のフランさんは寂しそうで不安そうだったがあえて僕からは声をかけようとはしなかった。時には厳しくすることも必要だと言いたいわけではないがかけない方が良さそうだと思えた。

 

「師匠、連れて来ましたよ」

 鈴仙さんは少し疲労気味に永琳さんのことを呼んでいた。鈴仙さんは永琳さんの助手としてその腕を日々学んでいる。その一環で人里に薬を売っていたりする。その他に助手として実験台としての役割もあるのだが、真意は闇の中だ。

 

「早く寝かせてあげなさい」

 永琳さんは冷たい声で指令を出していた。いきなり患者が増えているのでそれはてんてこ舞いなのだろう。紅魔館からは二人の患者が増えていた。そして僕達とすれ違う形で人里から二人の患者が連れてこられた。計五人の患者を診ている事になるがそれでも弱音を吐こうなんて事は考えていないらしく、とても疲れているのだろうがそれを見せようとはしなかった。

 

「人里でも一人が同じような傷はあるわ。それと何方も失血している。でも、傷口はとても綺麗なのよ。それと何か毒という可能性もなかったわ。そちらは何かわかった事はあるかしら?」

 永琳さんは記録を取りながら僕に質問して来た。鈴仙さんは万能血という擬似的な血液を入れたパックをそれぞれの人に針を通して入れていた。僕はそれを横目に永琳さんの質問に答えた。

 

「レミリアさんが手足も出ずに傷を負っていました。ですが、部屋は何も汚れていませんでした。もしかすると何かを求めていた可能性があります」

 

「どのような状況だったか、それだけ説明してもらえるかしら?」

 

「部屋は不自然に距離のある椅子以外は何も異常はなかったです。本当にこの部屋の状況と同じでしょうね。患者が居てとても忙しそうに鈴仙がしています」

 

「まぁ、そういう例えもあるわね」

 永琳さんはまさかの例え方に笑いを堪えられないようで口元を隠して笑っていた。失礼だと思う気持ちより少し気恥ずかしいという方が大きかった。

 

「それともう一人。パチュリーさんのいる図書館でも荒らされた形跡はありませんでした」

 

「そうね。そうなると厄介な事になったわね」

 僕でも分かるように深く考えていた。それだけ凶悪な存在が現れたとなれば管理者なり巫女が黙っていないとは思うが流石に難しいと考える。あれだけ綺麗な紅魔館で四人の被害が出ている。この幻想郷にとってかなり影響のありそうな気はしている。

 

「被害は大きくなりそうですね」

 

「それも確かに言えるけどそれ以上に問題になることがあるのよ」

 

「それは?」

 僕は聞いた。

 

「対応が出来なくなるわ」

 模造血の備品が無くなるのだろうと思ったがそれよりもかなり体力を削られた状態で連れられてくるので永琳さんの薬が効くのが賭けになる。後者は永琳さんから直接聞いた話だ。確かに前者のことが起こり、後者でしか対応できなくなった時、それは匙を投げる事を意味しているのかもしれない。

 

「それは困ります」

 

「だからこそ、早く解決しないと見殺しになる事になるわよ」

 永琳さんの表情は鬼気迫るものだった。ただしそれは脅しでも何でもなく当たり前の事だった。それは何も知らない僕でも分かる。

 

「何とかしないといけないわけですね」

 

「だからこそ、これは早く終わらせないといけないわ」

 永琳さんはそう言って鈴仙さんの手伝いに回った。僕は近くで物の出し入れを行っている時に聞いた話では人里から連れてくる時に脚を捻ったらしい。向かっているついでで診てもらっているらしい。

 最初に起きたのはレミリアさんだった。やはり種族の違いがそのような事を起こしていると思う。起きてから状況が分かっていなかったが長く主人として居たからか、慌てる事なく冷静だった。

 

「こんばんは、いやおはようございます。何方でしょうね」

 僕は声をかける事にした。見ている限り、何か気になる点はないので多分大丈夫だと思う。

 

「ヒカル、何か久しく感じるわね。それで私はどうなっていたのかしら?」

 

「血を抜かれていて自室で倒れていたのを僕が助けました。他に咲夜さんとパチュリーさんも別室で休んでみますよ」

 

「それで私はここに居るのね。大体状況は理解できたわ」

 レミリアさんは少しだけ気分を悪くしているようで機嫌が悪そうだった。仕方がないと思うがそれで済む話でもない。

 

「それで何があったんですか?」

 

「私はいつも通り紅茶を飲んでたわ」

 いつも通りの過ごし方だ。それまではテーブルの上をよくみていればよく分かった。

 

「その時に、小さな吸血鬼が現れたのよ。それで私は椅子を蹴り飛ばしながら立ち上がったのよ。そうしたら食べられていたわ。多分だけど血を狙っていたわね」

 レミリアさんは意外にも丁寧に教えてくれた。僕が考えるに相当の手練れであるのは間違いない。そして血を狙った目的だが、まだ本調子ではないのだろうと思う。

 

「姿はどんな感じでしたか?」

 僕は質問をレミリアさんに投げてみた。少しだけ遅れて返答が返って来た。

 

「白い肌、はだけた黒色のドレス。瞳の色は青色だったかしら?忘れたわ。そして私と同じ大きさだったわ」

 レミリアさんは断片的な情報だけ残して疲れたのか横になった。そこで僕もしばらくも取れそうにない事を伝えてお暇する事にした。



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83話

 もう夕暮れというには十分な時間が経っていた。僕は河原に座り込んで水の流れる音とこの葉の揺れる音を耳の中に入れながら時間を過ぎるのを待っていた。永遠亭からここまで来るのはさほど時間はかからなかった。それだけ速く飛んできていたのもあるのだが意味があったのかと言われるとそれは何もなかった。それに気付いたらここにいた。それに嘘はない。誰がいるだろうとここに居たがにとりさんも雛さんも姿は見えなかった。仕方なく僕は剣を手に取り、素振りに明け暮れた。

 それから夜を迎えようとしているところで椛さんが迎えにきてくれた。哨戒は大変疲れるだろうがその素振りを見せてこない。とても優しい笑顔で僕に話しかけていた。こうして見れていれば何ら変わらない女性に見えるのだが、お父さんとの戦闘は狼だった。あまりにも変わっているので多分その内間違える可能性がある。

 

「お疲れ様です。椛さん」

 

「今日は一日中、剣の素振りをしていたんですか?」

 

「いえ、朝のうちに一言伝えようと紅魔館に向かいましたーー。それで今日は大変でした」

 今日、僕が辿っていた道筋を伝えておいた。到底、椛さんが共犯だとかそういうふうにも思えなかったからだ。そもそもやる理由は思い当たらない。

 

「白い肌の吸血鬼ですか。私は見ていませんね。報告しておきましょう」

 椛さんは僕の言葉を信じてくれるようで追加で報告してくるらしく先に家の中に入る事にした。

 

 そこそこ広い部屋に僕一人で居た。だが、これは椛さんは今まで体験していた事なのである意味感心した。手入れも何もかも大変だろうが問題ないのだろう。あれだけしっかりとしている訳だし、多分だけど。

 

 今日は何かと大変なことが起こっていた。永遠亭と紅魔館を二往復。そして此処から紅魔館へ向かった距離もある。良い鍛錬ではあったがそれでもそれをそのまま受け取れるほど僕は簡単ではなかった。美鈴さんや咲夜さんやパチュリーさん、レミリアさんを襲った吸血鬼。レミリアさんの話によれば白い肌とはだけた黒いドレス、青色と思われる瞳。その人にレミリアさんは対峙していても噛まれた。誰が何のために血を吸ったのだろうか。レミリアさんだけなら同族狩りがありえるが他の三人も加えるも無差別としか考えられない。それに人里でも一人だけ同じような傷を受けていた。一体何の為にそのような事が行われたのかは何も理解出来ていない。こうやって待っている間にも誰か襲われているのかもしれない。これからが吸血鬼が動きやすい時間帯となる。そうやって云々考えている内にゆるゆると椛さんが家の中に入って来た。

 

「報告終わりました。少しだけ待っていてくださいね」

 そう言いながら近くに持ち物である盾と大剣を置くと台所で米を洗っていた。

 

「そう言えば、その吸血鬼のおかげかせいなのかは分かりませんが守谷神社に人が押し寄せているようです」

 椛さんは作業の途中でも平然と話をしてくる。僕は囲炉裏のあるところから外に出るための土間に足だけをつけて座って対話をしてみる事にした。

 

「誰もが怖いからですよね」

 

「そうでしょうね」

ザザッー、と米を洗った水を流す音が聞こえる。それから再度水を入れてから石で出来た窯に載せて火を付けていた。それは手慣れているようで簡単に行なっていた。それから火の調節をしながら段々と大きくしていた。

 

「もしかしたら大きな異変が起きそうです」

 

「それはどういう意味ですか?」

 やはり分かる人には分かるのだろうが、あからさまだと言えばその域を超えない事態は起こっている。

 

「その吸血鬼はとても強そうなんですよ」

 

「影響は少なからず残るかもしれないですか?」

 

「それは今のところは何も言えません」

 椛さんは手で何かをしているようだったが何をしているのかは分からなかった。空気を送っているにしては手でやるのは非効率的だと思う。それでもやっているのだからそれで良いのだろう。

 

「そうなると博麗の巫女が動きそうですね」

 

「出てくるでしょうね。ですが、今の代にそれほど期待していません。それこそ貴方の方が頼りになります」

 それはそれでどうなのだろうかと思うがいつ動くか分からないよりも何となく動いてくれそうな人の方が良いという話なのか、頭を張り巡らせてみたが答えは出てこなかった。

 

「それともしかしたら今日の事態がこれから利用されるかもしれません。哨戒は怠れませんね」

 

「参拝客に紛れてくるとかですか?」

 

「それは何とも。そういう訳で明日から訓練始めましょうか。どこまでついて来れるか楽しみですよ」

 その言い方はとても怖かったのだが、期待されているようにも感じる。勝手な思い違いであるかもしれないが言葉の通りなのかもしれない。

 

「分かりました。早くリベンジしたいです」

 

「楽しみにしてます」

 それだけ言って調子が良くなったのか何も話さなくなった。それだけではなく何か考えているようで何も言うことができなかった。それはそれで構わないが二人居て黙っていると言うのは何か別空間に生きているように感じて個人的にはとても寂しい。

 

 考えても仕方ないので土間から離れて抜刀の練習をしていた。音は聞こえているだろうが何も言われない限りはそれだけで良いのかもしれない。本当に良いのか僕は了承も何もされていない訳だが。



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84話

 ポゴポコという音、そして囲炉裏で誰かが何かをしている音を耳で、それから布団の少しだけ柔らかいこの感覚を背中で感じていた。僕は次の日を迎えたらしい。それだけはよく分かった。

 

 まだ眠たいが起きたら眠れそうもないので上半身だけを起こしていた。其処には椛さんが居て優しい笑顔で朝の挨拶をされた。僕はそれを返す。それから辺りを見回してゆっくりと起き上がった。土間に立ち入り、戸を開けて外に出て大きく息を吸ってからゆっくりと吐いた。気持ちも冴え、目もぱっちりとしていた。

 

「今日は鍛錬をしますのでその辺りは気をつけてくださいね」

 そんな声が後ろの方から聞こえてくる。声の主は分かっているので何とも思わないがまるで近くで話をされているように声が通る。僕はそれにはい、と返していた。特に意味はない。

 

 それから僕は剣を抜いて素振りを始めた。慣習というよりかは物心ついた頃から自然とやっていた。何かこれをしていないと心がすっきりとしないのだ。

 

 上から素振りを満足いくまでやる。何となくだが、これは綺麗に入ったな、と思える瞬間が来るのでそれを何十回か繰り返す。それから左から、右からを続けていた。すぱっ、と何かを切る想像をしながら剣を動いていた。椛さんはそれを分かっているので先ほどのような言葉を投げかけた。この時の僕に時間という概念はない。朝早くから行い、終わり次第自室に戻る。紅魔館に居た時は誰かがタオルを置いておいてくれた。咲夜さんしか居ないのだろうが。

 

「ヒカルさん、食事の用意が済みましたよ」

 それを聞いて僕は静かに鞘に剣を納めてから踵を返して家の中に戻った。

 

 相変わらずご飯とすまし汁だけ、具も変わらないのはこれで何回目だろうか。それを思いながらある事に感謝して手を合わせて食べた。これには食べ物やそれを作った人に感謝を伝えるためのものらしい。それなら、と僕も真似して手を合わせている。椛さんはそれをさらさら、と食べる。僕も自分の速さで同じように食べた。欠けた茶碗一杯とお椀一杯のすまし汁、今日もそれだけで終わった。何もここまで少なくなくても良いだろうが何かと集中できるような気がするので文句は言わない事にした。それに余計な事を考えることもなくなった。

 

「それでは、行きましょうか」

 椛さんのその声で僕も後に続いた。椛さんは左手に盾を持ち、腰に横にして大剣を持っていた。僕は腰に一本ずつ左右に携えている事にした。

 

 どうやら少しだけ下山して行うらしい。

 綺麗な水面とそれに照り返されてくる太陽の光。それから対岸には多くの木々が生えている。こういう場所で行うらしい事は前に見た基本的な技の練習だった。

 

「青年も習得している技について教えます」

 椛さんはそう言っていた。青年というのは僕からするとお父さんに当たる人で色んなところでいろんな事をしていたらしい。椛さんからは既に持っている風を利用した技を使えるようになっているらしい。

 

「まず、一ノ技 風刃について。これは集中して風を刀身に集めてそれを放つものです。多分、一、二回やれば使えるでしょう」

 幻想郷には様々な元素が漂っている。それは自然を用いた物が多く、空気中に目に見える前段階で漂っている。それをかき集めて何かを触媒として利用する事で初めて技として目に見える形で出せるらしい。

 

 そして、その技というのは椛さんの話を聞く限り、地面と水平線を描くように放つらしい。大きな威力を出す為には肩よりも後ろで腕が交差するように構えてから思い切り空を切り裂く。その時に発生するものらしい。体の使い方によっては速く出せたり威力を強くしたりすることができる。

 

 僕は言われた通りにしてみる事にした。肩よりも右腕を後ろにさせてから腰を捻っていた。そして目を閉じて風を感じていた。静かに木々の間を流れる風の動き、それを剣に纏わせていくようにする。それから僕はどのような動かし方をしようか考えていた。ゆっくりとやっても良いし、素早く出してもいい。ただ、ゆっくりとやっていた方が難しい。それは継続時間に由来する。

 

 僕はゆっくりとやる事を決めた。更に腰を捻り、それから地面と水平になるように振り切る。その時、左腕を伸ばしておいた。ズバッ、と水が切れる音がした。そして小さな水柱と川の流れをある程度寸断する波を起こした。どうやら完成したらしい。

 

「流石です。それにしてもやはりその剣のおかげでしょうか?かなり威力があるように見えます」

 確かにこれには魔法陣が刻み込まれている。これは初心者用の物で念じれば何でも出来る。ただし、それは魔法道具として補助器具でしかない為、無くなれば何も出来なくなる。これは貰った時にお父さんから聞いた事を解釈している事だ。本来は小さな火や気持ちいい風を出せる程度でしかないのだが、、念じる強さや淀みのなさで強弱が決まる。お父さんはその辺りがかなり綺麗だった。それは最弱と言われる人間が妖怪はおろか、神とさえ戦える。

 

「これで勝てるわけでもありません。次に行きましょう」

 僕はちょっとした嫌悪感から強く当たる言葉を出した。その目は確かに椛さんに何かを訴えていたようで相手の目の色が変わった。

 

「次は二ノ技 風凸です。これは先ほどの風刃を突きとして利用する物です」

 風刃よりは範囲は狭いが、届く速度と威力では勝る。それとこの二つの技は距離の減衰があるので近くで当てる事と強く言われた。剣持ちが中距離攻撃を持っている時点でそれは強いと思うのだが、其処は気にしない事にしよう。

 

 僕は腰の横に腕を縮こめる形で構えた。それから再度同じ想像を行った。風の流れ、その強さ、それから向きを感じ取って何をしたいのかを思い描いた。そして体の重心を低くする。そして、放った。今度は軽い音がした。風刃のような範囲的な凄みはないが真っ直ぐと飛んでいるその綺麗さはあり、水面を切り裂いていた。ようやく戻ったところでまた乱されていた。息を吐いて目を開ける。両端に分かれた波が川の流れを阻害、促進の両方を行なっている。

 

「次は四ノ技 風舞を使えるようになりましょう」

 

「三ノ技は何ですか?それとそのふうまという名前の由来は?」

 

「三ノ技は索敵用です。今は必要ないので習得は明日以降にしましょう。これと時間が要ります。それは私が適当に名付けました、と言うよりかは青年が使ったものを利用させてもらっています」

 つまるところ、お父さんが椛さんからこのような技を習得する中で独自の使い方を身につけたと言うことか。それを椛さんは真似ている、と。とんでもない父親を持ったものだと僕は思った。それと三ノ技はとやかく言うのは今はやめようと思った。多分、一人でも出来るだろうし、今はここまでの二つの技とこれから習う技を実戦で扱えるようにするらしい。

 

「分かりました。今は椛さんに追いつけるようになります」

 僕はそれだけを伝えた。それに対して、椛さんからの反応はないに等しかった。

 

「相手の攻撃を避ける際に行う高速移動です。こればかりは脚に風を纏わせる必要があります。後は実戦で使ってみる事にしましょう」

 そう言いながら地面に剣を突き刺して盾だけを構えた椛さんは僕に対して向かってきた。僕はまだ斬るに値しないらしい。それを思い切り示しているがその実力差はよく分かっている。ボロボロの状態のお父さんに勝てなかったのだからそれはもう仕方がないだろう。

 

「はい」

 

「では、来てください。見ての通り、攻撃手段は持ち合わせておりません」

 椛さんは僕との距離を十分に開けて待っていた。その待ちの姿勢には隙というものはない。少しでも近づけば盾で押される可能性もある。それだけではないとは思うがとても近づける気はしなかった。

 

 僕は一歩足を出した。そうすると壺のように空いた穴があった。この状態で隙があるとは思えないのでわざと開けているのだろう。

 

 そう思うと僕は足を一歩更に近づけた。それから更に近づける。一刀足、その間合いまで詰めてきた。両腕に構えていた剣をゆっくりと動かしながら本当の隙を見せるまで待つ事にした。剣は出来るだけ対極にさせて偶に斬るような素振りを見せてから引く。これは遊びではなく、駆け引きなのだ。どちらがどのように動くか、また動かせるか。それによっては大きく異なる。

 

 椛さんはそれでもあまり動く事はなかった。身体の向きは僕に合わせている、その程度の移動しかない。それ以上は動く気配がない。僕のやっている事を全部否定するように。

 

 それならと思って左腕に持っている剣を下から持ち上げるように振り上げる。その方向は右斜めだ。

 

 もちろんだが、弾かれる。上の方向へと弾かれてから持ち方を変えた。弾かれた方向へと身体を回して背中を向けてから下から押し上げるようにした。もちろん、其処に『ニノ技 風凸』も組み合わせて。

 

 ガツッ、と言う鈍い音はしたが反応はされた。僕は怖くなってそのまま駆けてから身体を捻って後ろを向くついでに風を感じ取って弾いた。

 

『一ノ技 風刃』

 向かってきているなら瞬時に止める必要があるし、距離があるなら牽制にはなる。走った二、三歩の間合いを開けていた椛さんはその場からは動いていないようで上に弾いていた。避けるということは出来たのだろうが手を抜いてわざわざ弾いていると思っている。

 

「一ノ技、二ノ技どちらも出来てますね」

 感心するように椛さんは言葉を連ねた。だからと言って僕も気を抜くつもりはない。ここでようやく出来ただけだ。少しくらいは手を抜かれていると思うと僕はまだ撃たせてもらっているとしか思えなかった。

 

「次は四ノ技の練習です」

 後ろに刺していた大剣を持ちながら椛さんは走り寄ってきた。右手に持っている大剣で足元をさらうように振り切る。僕はそれを跳んで避けた。だが、それは浮かされていた、直後に来た盾での押し込みが僕の無抵抗な身体を押し出していた。僕は後転をしながら立ち上がっていたがこれではそのうちやられる。

 

「先程は後ろに逃げるように使う場面です。脚技はまだ慣れませんか?」

 上ではなくて後ろという事は地面の蹴り出し方、それとも何か明白な違いがあると思う。

 

「実践しますので来てみてください」

 そう言って椛さんは盾を構えている。当ててみろと言いたいのだろう。それはそれで分かっていた。僕はよく分からないがここで立ち往生していても仕方がないのだろう、向かっていく事にした。

 

 右側から水平線を描くように僕は腕を動かした。それは盾に当たると思っていたがそうではなかった。椛さんは後ろに下がっていたようで当たる事はなかった、それから僕から見て左へ行った後に右へと移動していた。その速さは残像が出来ているほど。技を使った回数は三回だと思う。そして移動の仕方は低空だった事と一歩で移動していた。その距離は飛んでいるとしか思えないようなほど。

 

「分かりましたか?どうやって発動するか」

 

「掴みかけてますのでもう一度お願いします」

 

「良いですよ。今日中に終わらせましょうか」

 僕はその言葉を信じて椛さんにぶつかっていた。左側から方向を変えて何度も右側からも同じく何度も当てようと頑張ってみた。それでも届きそうになかった。それでも僕は諦めなかった。どのように行なっているのか、そしてどんな風の使い方をしているのかずっと椛さんの足元を見ていた。

 

 離れているのかどうかの低空であの距離を移動していた。僕の視界の端から端、その距離を。そして風は下ではなく移動している方向は逆、一直線だけの高速移動だった。それだけ分かったのはかなりの収穫だと思っている。

 

 僕は今度は真似てみる事にした。移動の節々に似た動きを合わせる。息に吹きかけられた綿毛のような気持ちで自分の体を動かしていた。何も分からない、それでも見えてきたその景色は正しく自分の成長を感じ取れるものだった。それでも椛さんの動きにはどうしても後になる。それと段々と集中力が切れてきた。

 

 視界が暗くなっている、それと剣を持っているという感覚が失われつつあった。そして移動できる距離も短くなって三回やらないと届かなくなった。椛さんは僕がこうなっていても息一つ上がってきていなかった。これはかなり強い、そう思えた。

 

「もうそろそろ休憩にしますか?」

 

「いや、まだだ。あと少しで完全になる。それまでは待ってほしい」

 

「その気迫、似ていますよ。仕方ない人です、満足するまで相手します」

 椛さんはそう言ってくれる。脚も段々と張ってきた、手の感覚は無くなりつつある、視界が黒ずんできた、それでも僕はやると言った。追いつきたいからだ、ここで止まっていられるほど優しい世界だと思っていない。それだけだった。

 

 僕は出来るだけ低空で移動していた、まだ少しくらいは地面との距離を近づけられそうだがそんな事を言ってはいられなかった。距離が短くなり過ぎる。それとあれだけの低空を行える理由は地面の蹴り方だと思っている。少しだけ膝を曲げてから蹴り出す。そうする事によって低い高度を保つことができる。後は強力な風を想像して自分の足から出す事。それを心がけた。

 

 椛さんの攻撃はあまり変わっていない。出来るだけ一回ずつ休憩を入れさせてくれる。それが気に入らないがそれだけ気にかけていることでもあった。僕は前から来る下からの足払いの攻撃を上に避けた。もう一度盾に弾かれる前に左へと避ける。それから左膝を折り曲げて地面を蹴り出した。多少の距離を開けてから着地する右脚を衝撃を吸収する際に行う屈伸運動で次の行動を起こした。右へと方向を切り替えてから両脚で地面を蹴り後ろへと逃げた。椛さんは僕の後をついてくるように身体を捻っていたが僕はその後ろへと回り込んでいた。曲線を描けるように細かく地面蹴って近づき、二刀を振り切る。

 

 椛さんは分かっていたように腰を折り曲げて避けた。僕は地面の着地ともに後ろを向いていた椛さんに技を使った。

 

『二ノ技 風凸』

の派生、左脚の太ももに剣を当てて真っ直ぐに伸ばした脚から放った。それを椛さんはたまたまなのか避けていた。僕から見て左側へと移動していた。その移動は技を使っていたと思う。僕はその逆の方向へ逃げて対角線を描くような立ち位置になっていた。

 

 僕の脚はかなり負担が掛かっている。それでもまだやりたいと思う。一発くらいはあの技を捉えたい。そう思った。勝てるとかそういう事ではなく、椛さんの動きを捉えて一撃を与えたい。今の段階では肉を断たせて骨を断つようにその反撃をモロに受けるだろうが手加減はしてくれると思う。

 

「だいぶ使い慣れてきたようですね。やりますか、休憩をとりますか?」

 

「やります」

 僕の心は最初から決まっていた。それゆえの反応の速さと即答。

 

「自分の身体を労ってあげてくださいね」

 椛さんはそう言って腰に大剣を納めていた。そして武装を解いていた。僕はちょっとした苛立ちがあったがふらっ、と脚が崩れた。左脚が折れたような感覚になり、其方へと倒れそうなところを椛さんは支えてくれた。此処なら当てられるだろうがそれは辞めた、それが出来そうな体力は残っていなさそうだった。



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85話

 あれから暫く休憩をしていた。河原で横になれなかったので木に寄りかかる形になっていた。僕は力なくその場に居たが言葉を交わすことはできた。

 

「お父さんと比べてどうですか?」

 

「それなりですね。どっこいどっこいです」

 

「そうですか。その時のお父さんはやっぱりこんな風になっていたんですか?」

 

「そうですね。休憩は取っていました。慣れない動作があるので疲れたのでしょう」

 

「それなら良かったです」

 

「貴方ほど無理はしていませんよ。あの人は自分で管理していました」

 

「痛いところを突かれました」

 

「良いんですよ。まだ私が居ますから」

 昔を思い出しているようにも見える椛さんにとって僕はどの程度の実力だと思われているのだろうか。それは僕のふと思った事だが、とても気になった。

 

「これからも付き合ってくれますか?」

 

「何処までも。お父さん、抜かしたい思いで一杯でしょう?」

 

「そうでもないとここまで頑張ろうと思いませんよ」

 

「確かにそうですね。今日はここまでにします。私は哨戒の仕事がありますので此処で。体調には気をつけてください」

 椛さんはそう言ってそそくさと何処かへ向かった。多少なり謎の吸血鬼のおかげで警戒をしているのだろう。そうでもないと僕を置いていこうとはしないだろう。ただ、これで良かったとは思っている。一人で考えられる時間がある。そしてある意味これ以上肉体を使うことはない。それは即ち、今日の鍛錬は辞めておけ、と言いたそうだった僕は目を閉じて痛みが取れるのを待っていた。単純な身体の酷使であるので後にも響くだろう。それでも辞める気にはなれなかった。それだけの努力をしてあそこまで上り詰めたと思っている。それに追いつくためには僕はそれ以上の速さで追いかける必要がある。そう思うと迂闊だったが彼処まで頑張ろうと思えた。

 

「水浴びでもしましょう」

 丁度近くには川がある。そこで汗ばんだ体を洗っておこうと思う。そう思ったがまだ身体は言うことを効かないらしい。八意製薬の疲れを取る錠剤をもらっているが即効性はないらしくまだまだ此処でいる事になりそうだった。此処を通る人は本当に妖怪の山の住人である河童か天狗か一部の神ぐらい。その人は一応助けてくれるのでさほど心配しなくても良いらしい。僕はその椛さんの言葉を信じて疲れが取れてある程度疲れが取れて身体が動かせるようになるまで眠っておく事にした。

 

 風の音、水の音、此処は色んな音に囲まれている。その中に意識を溶け込ませるように僕は自分を希薄になるようにした。こうしていると遠くからの音も何となく聞こえる。それによって何が居るか、それを探ることが出来た。とりあえず今のところは何も問題はない。

 それからはしばらく経って、川で身体を洗ってからその場で夕暮れまで素振りと技の確認をしていた。勿論休憩をとりながら、だ。そうでもしないと幾ら薬を飲んでいるからと言って効果が薄れて無くなるかもしれない。身体の節々が痛いがまだやれると思う。勝手な診断だけど。



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86話

 早朝、もう日は出ていた頃、急遽として幻想郷の管理者はある場所へと訪れた。草木も眠っているようなそんな時間に訪れた場所、それは幻想郷の最東端に位置する神社の巫女に話があるからだ。

 

 そこに居るのは代々、幻想郷の管理者と共にあらゆる厄災から守ってきた巫女が居る。ただし、弾幕ルールが採用されてからその殺し合いでの実力というのは落ちてきているのは言うまでもない。

 

「おはよう、霊夢。よく眠れたかしら?」

 紫色のドレス、カールのかかった金色の髪を白色のふわりとした帽子から覗かせている。口元を金色の扇子で隠して空中の異空間から上半身だけを出していた。

 

「アンタが来るまでは目覚めは良かったわ」

 赤色の服装、黒色の髪を後ろで結んでいる赤いリボンをつけている少女、博麗 霊夢は不機嫌そうにその人を睨みつけた。

 

「それは悪かったわね」

 控えめに笑っている姿には上品さも感じられる。ただし、此処では蔑んでいるようにしか見えなかった。

 

「そう思うなら来ないことね」

 

「そう言わないの。今日はね、幻想郷に凶悪な侵入者が現れたわ。紅魔館もやられたそうよ」

 その言葉に霊夢は眉を上げた。元々妖怪退治を生業としている彼女はそう言う話にはすぐに食い付く。そして動けばかなりの活躍をする。それまでは何もしない。ただ、今回は管理者直々に頼み込むほどの有事であるらしく霊夢も少しばかりは構えていた。

 

「そんな奴が入ってきていたなんて。知らなかったわね。それで紅魔館はどんな様子なの?」

 

「咲夜、レミリア、パチュリーがやられたそうよ。それと紅魔館内部はかなり綺麗だったわ。それも血飛沫ひとつ上がっていないそうよ」

 

「それは随分と強そうね」

 霊夢は神社の隅にある小屋の縁側に座り込みながら無愛想に答えた。実際は少しだけ悩んでいる。思っていたような事ではないが幻想郷の危機であることは変わりなさそうだった。

 

「そうなの。だけど、目的が何か分かっていないわ」

 

「そう。取り敢えず軽く探してみましょうか」

 霊夢は重い腰を上げた。そして武器である札とお祓い棒、これには何方にも神力がかかっていて妖怪は勿論、人間にも効果がある。

 

「そうして頂戴。私も今回は協力するわ」

 

「そんなこと言って、大丈夫よ」

 霊夢の勘は当たる、それは本人も言っているが周りも少なからず認めている。仕方ないのだ、認めざる得ない状況が多過ぎる。

 

「気を付けてね。後ろには特に」

 ある意味では怖い話である。

 それから何刻か後、魔法の森でも動きはあった。久しく外に出る機会はなかったがそれでも生活を営んでいた二人。彼女らは人里で人形劇を行っている。その機会は一月に一回程度なのだがそれでも盛況のうちに終わる。今日もその予定だった。

 

 金色の短い髪、青色の髪留め、青色のドレスを着ている人形のような見た目をした少女。その横で荷物を運ぶ白髪、白い顔をした細身の男。二人は今では人形の製作だけではない関係を築いている。

 

「さ、皆を喜ばせるわよ」

 茶色のブーツを鳴らしながら元気満々に言い放った少女に少しだけ遅れをとる男性。やる気はあるのだが、少女のように分かりやすい訳ではなかった。そこは災いと言えようが彼女の前には関係なかった。

 

「少し抑えた方が良さそうね」

 

「そこは好きにしてくれ」

 一見、無愛想に見える返事に金髪の少女は楽しそうに笑みをこぼして歩き出した。人形劇を行う二人のいつもの会話である。男性も決して任せている訳ではないが表ではまだ出てこれる程技術は磨かれていない。今はこうして、師匠とも呼べる人間に従うしかないようだ。

 

「それにしても今日は静かな気はするわ」

 

「不穏ではある」

 

「そう言う話で終わるとは思えないけれど」

 

「それは言葉の綾だろう」

 

「事実かもしれないわよ」

 少女は心配そうに上目遣いで男性の方を向いていた。その蒼色の瞳は男性も目を背けるほど。その眼差しには魔性の魅惑があるのかもしれない。

 

「取り敢えず、今はやる事をやろう。その後で何か変わった事があればその時に対応するしかあるまい」

 

「そういう意見、流石よね」

 

「辞めろ、此方を見るな、アリス」

 アリス・マーガトロイド。金髪の少女の名前だ。そんな彼女についていくのはケプリというある男性と同じく修行の身である。

 

「辞めないわよ、その顔好きだもの」

 

「毎回、君という者は。懲りずに言い続ける」

 

「まぁ、それよりもこの人里よね。何かに怯えているわよ」

 楽しそうな表情から一転、険しい表情を見せた。今までは冗談だと言わんばかりのその言いぶりは流石にケプリも怖かった。確かにいつもと変わらない人里、なんていえる状況ではないがこの変わり様は最早別人である。

 

「もしかすると中止になりそうだな」

 

「やる気はないの?」

 そのケプリの言葉に即座に反応したアリスはまたも上目遣いであった。単純に目を見て話そうとするとそれだけの身長差がある、だけなのだが。

 

「逆だ。だからこそ沢山の人に見て欲しい。それも楽しい、と思ってもらえるものにしたいと思っている」

 

「それで良いのよ。クヨクヨしているとこっちが不安になるわ」

 

「物は言いようだな」

 取り敢えず二人は人形劇をやるようだが、皆は二人の知らない不安で押し潰されそうになっていた。大凡、太陽の出ている昼頃にこの感じではこの先が思いやられる。

 

 言葉ではそう言いながらも二人の中では不安があった。そんな中、話しかけてきた人が居る。その人は人里で自警隊を組んでいる人で寺子屋で子供達に色々な基礎教養を教えている。名を上白沢 慧音。

 

「やっと見つけたぞ。お前が犯人だな」

 身に覚えのない言われ方にその場で足が止まった二人は更なる慧音の追及を受けることになった。

 

「その白い肌、身長は違うが話は聞かせてもらおう」

 

「これは生まれつきだ。それに何か人に迷惑をかけた覚えはない」

 

「本当か?」

 その疑いに疑いをかけたような目は二人を話してくれなさそうになかった。ケプリは目を使ってコンタクトを取るとアリスは仕方なさそうに顔を下に向けた。

 

「俺は隣にいるアリスと人形劇に向けて色々な準備をしていた。大体は行動を共にしている」

 

「それは本当なのか?」

 

「確かにそうよ。私があまり外に出ないのは知っているでしょう。まさか、顔が白いだけで疑うなんて正気を疑うわよ」

 

「確かにその通りだ。今日のところは帰った方がいい。私のように話しかけてくる人が何人居るか分かったものではない」

 その言葉と事情を聞いた二人は仕方なく踵を返すことにした。ここまでの努力は水の泡になったが無意味に巫女によって退治されるよりかは幾分かマシだ。



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87話

 早朝、と言ってもまだ日の登らない時間帯。人は起き上がりつつあるものの、まだ完全に目覚めているという訳でもなかった。誰もいないかのように静かな人里で大きな悲鳴が上がった。誰も居ない、そして誰か何動いているものが居ない時間帯、夜に行動したと言えば幻想郷では有名な吸血鬼しか居なかった。紅魔館を襲い、今度は本格的に人里へと降りてきたそれの爪痕がしっかりと残されていた。

 

 辺りには首からの出血による池が出来ていてその人の顔は顔面蒼白となっていた。恐らくとつける必要もないが失血による死亡だった。もうここまで来ると犯人なんて物は一人しか居なかった。先日、人里で負傷者を出した謎の人物。

 

 自警隊を率いている慧音はその知らせを受けて飛び起きた。知らせを聞いている限り、それは東、南、西の三箇所で行われた。場所は人につかない路地裏ではなく偶々襲われたのであろう早朝に仕事をしていた人たちだった。それぞれ、東から男、男、女となっていて不幸が連鎖するかのようになっていた。それに対して慧音は自警隊での厳重警戒態勢を行うように指示した。人里の皆には外に出来るだけでないようにする勧告を出して誰か居ないか捜索を行う。もう後がない状態まで追い詰められたのだ。

 

 それから時が経ち、幻想郷の管理者を通して人里の全員に今回のことを話した。そして、管理者は代々、幻想郷に降り注ぐ火の粉を払い続けた巫女にその話を通した。そして、昼頃に訪れた二人に偶々事情を知っている者が話を伝えて今回は帰るように伝えた。

 

 そこまでする必要があるのかどうかは置いておいて今回の件はかなり危険な事には変わりない。

 人形劇を行う二人を帰した後、慧音は人里の人に聞きながらある情報を集めていた。アリス・マーガトロイドと行動を共にしているケプリという男性と関係がある人を探していた。その中で何やら有益そうな情報を手に入れた慧音はその確証を得るために独自で憑依異変の記録を探していた。黒髪の少年で背はそれなりに低い。それから前に居た青年の子供であるとの噂も聞いた。それから紅魔館のメイド、十六夜 咲夜とも行動を共にしていたという事でそこに出入りしているとも言われている。慧音はふと考えていた。そしてとある結論を出して記録の書かれた書を元の居た場所に戻してあげる事にした。

 

「ヒカル、か。少し当たってみる必要があるそうだ」

 そう呟いてから出てきた夕暮れの空は慧音にとってはかなり眩しかった。



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雪は夏に降る(?)
88話


 ーーあれから四日、椛さんは僕の稽古をつけてくれてからそれだけの月日が経った。今では、身体の動きは概ね元通りとなっている。椛さんからは休憩を取るように言われたが実際のところ、隠れて技の練習を行なっていた。だが、何も言われないところを見るとどちらか二つだと思っている。知っていてわざと何も言わない事にしているのか本当に何も知らないのか、その二つだろうがとても気になる。

 

 だが、今日出かけた目的は技の練習というわけではない。幻想郷の南側、その中に迷いの竹林という謎に包まれた場所に向かう。其処には永遠亭という診療所があり、現在その場所では三人気になる人がいる。先日、首筋から何者かに血を吸われて失血した人達だ。僕としては不安で不安で仕方ないという程ではないが、お世話になった人であるので少なからず気にしている事にした。今日はその為に一言だけ椛さんに伝えて僕は出かける事にした。

 

 僕が現在身を置いている妖怪の山の南側、その場所に人里と呼ばれる集落がある。集落といって大きな街のようなものでとても賑わっている印象がある。そのはずだが、何かに襲われたかのように閑散とした雰囲気が漂っていて不気味であった。恐らくと言うほどでもないのだが、吸血鬼が原因なのだろうと思っている。それほど一人襲われたにしては大袈裟なような気もするが紅魔館の件を考えると無理もないような気がしてきた。

 

 人一人、通らない通りを駆け抜けていく事何十分か、見知らぬ誰かに声をかけられた。その人は全体的に青色の髪していて奇妙な形をした黒い帽子を被っている。半袖の白いシャツに青色のシャツを重ね合わせていてその丈はくるぶし近くまでになっていた。そして右手には何やら盗人を捕まえるような先が胴体にハマるようになっている棒を持っていた。長さは僕の身長はないほどだが、少々持ちにくそうなものだ。

 

「お前は?ヒカルだな。少し話がある」

 どこで知り得た情報なのか、そして右手に持っている棒を構えながら近づいてくる、怒りに満ちている表情を浮かべて、何も思い当たる節のない、その人の行動に僕は道を変えようとした。

 

 それでも棒を投げてまで進路を塞ぐほどの丹念を見せられたは僕もその場に止まるしかなかった。

 

「今回の吸血鬼について何か思い当たる節はあるか?」

 

「何もないです」

 

「ケプリとの関係は?」

 

「ただの友人、です」

 

「本当に何も知らないのか?」

 だんだんとしつこくなってきたがそれを口に出せるほど簡単なものではなかった。何か異常に怖いのだ。僕が何をしたのだろうか、と悩むほどには。

 

「知らないです」

 

「それなら、それを証明できるものは?」

 

「何もないです」

 

「今から何処へ向かう?」

 しつこい質問攻めに僕はどうしようか迷ったが逃げるなんて選択肢はなかった。それが出来そうな雰囲気でもなかったと言うのが一番しっくり来るだろう。目の前の人があまりにも怖い。

 

「永遠亭です」

 

「一人でいけるのか?」

 

「何回か大丈夫ですよ」

 

「何を目的に?」

 

「それを答える前にどうして僕を犯人かのように質問するんですか?」

 

「それはだな。怪しいからだ。突然現れた二人が今回の件を手引きした恐れがある。それを確かめたい」

 

「そう言うなら僕が何か出来そうに見えますか。父親にも勝てない非力な人ですよ」

 

「そう言うことは聞いていないが、聞いていないが。うーん、お前のいう通りかも知れん。申し訳なかった。それでこれから何をしてくるのだ?」

 

「レミリアさんと咲夜さん、パチュリーさんがどんな感じなのか診にいくだけです」

 

「そうだったか。それは済まないことをした」

 その人はそう言って踵を返して何処かに向かった。それこそ、新たなる獲物を探しているかのように。僕は其処で見るのを辞めて永遠亭への道を急ぐ事にした。

 

(流石、青年の子供ではある。もう少し探りを入れてみようか)

 修行がてら走っていた人里で僕は微妙に迷子になった。あまり迷う事のない場所であるが少しだけ考え事をしていたらどうやら感覚に頼ってしまい、そのまま走っていた結果、こうなったらしい。不覚な事この上ないが道は分からないわけでもないのでそのまま進む事にした。

 

 鬱蒼とした薄気味悪い森で普通では見られないような木の形、色とりどりのキノコが生えていて何があったのか、それを疑ってしまうほどだった。そんな奇妙な姿をした森、通称魔法の森と呼ばれているこの場所では友人が暮らしている。黒い屋根をした六角形の筒のような建物が隣接している家がある。その場所は少しだけ視界が良くなっていて作物を栽培している。その家に住む主人にどういう訳か知らないが間借りしているらしい。気に入られたという事にしておこう。

 

 此処では紫色の煙のような何かはなく、綺麗な空が上には広がっている。丁度この辺りだ。

 

 僕は黒い屋根の家の扉を軽く叩いていた。大抵の場合は居ると思うがすれ違っていたりすればまた今度の機会にしようと思った。居ないのだろうと思って踵を返そうとしたその時、そっ、と開いた扉からは白い顔色をしている男が現れた。不審そうに開けたその表情が柔らかくなるのはそう時間がかかるものではなかった。

 

「久しぶりだ。調子はどうだ?」

 白い髪をしていて灰色の服装をしているその男性は少しだけ疲れているようだった。それにも関わらずこのように聞いてくるので僕も変な風に話してしまった。

 

「これはこっちが言いたい事ですよ」

 

「何かあったか?」

 

「人里に向かったら大変でしょう。白い肌の吸血鬼が人里で悪さをしているようです」

 

「それは俺がそう言う人に見えると言うことか?」

 友人同士だからこそ言葉を無理に選ばなくてもよかった。だからこそ、冗談めいた口調で吸血鬼などと言える訳だ。

 

「冗談ですよ」

 

「あながち間違いでもないから別に気にしてない」

 どうやら人里には行っていたらしい。僕も久しぶりに人里には入ったような気がするので頻度はそう変わらないのかもしれない。

 

「立ち話もあれだ。……中で話そう」

 白い肌の吸血鬼に間違えられそうな友人はそのように言っていた。僕も流石に疲れていたので茶の一杯でも飲もうと思った。友人の計らいで家の中にお邪魔した僕は最初に見えた景色に足が立ち止まった。

 

 中には無数に並んだ人形がこちらを向いていた。大小様々なのだが、その全てはただ一点を見つめていた。その先は玄関先で全ての人形が僕の事を見ていた。

 

「慣れないか。まぁ、早く入ってくれ」

 ケプリさんはこの環境には慣れてしまったらしい。毎日のようにそのよう場所に居れば僕が部屋を借りていて食事が出てくると言うのが当たり前と思えてしまう……それと変わらないような気がしてきた。

 

「久しぶりね。いつぶりだったか忘れちゃったわ」

 人形と変わりない雰囲気のある少女、アリスさんは部屋に大きく陣取っているテーブルの上で人形を作っていた。細かな針仕事なのでケプリさんはここで集中力を鍛えているのかもしれない。とても上手いと思う。

 

「そこまで期間は空いてないと思いたいですけど」

 ここ一週間ぶりだと思っている。それでも長いような短いようなそんな気はしている。

 

「そうだったわね。それで今日は何か用があってきたの?それとも偶々寄っただけ?」

 意味のあるような言い回しをしているアリスさんは何か僕を試しているようだった。それで僕はどう答えようか迷っていたがあまり変わりはないと思う。確かに用はあったがそれは偶々通りかかったので出来ただけでここに来るのが目的ではなかった。

 

「両方です。偶々寄って人里で何かされなかったか聞いてみようと思ったんです」

 

「そう。ちょっとあれは私も酷いと思っているわ」

 アリスさんは右手に持っていた針をテーブルに置いて一つため息を吐いていた。テーブルには手乗りの大きさの人形が転がっている。縫っている途中だったので左肩の縫い口から糸が出ていて針の柄にある穴に入っていた。

 

「俺も同感だ。偏見もいい加減にしてほしい」

 ケプリさんも不機嫌そうに答えていた。確かに白い肌をしているとは言え、それだけで犯人と同等の扱いを受けているのは何か違うと思っている。

 

「それだけ今回の件は非常に危険なものなのでしょうね」

 

「そう言われても何が起きたくらいは話して欲しかったわね」

とアリスさん。顔立ちとは裏腹に黒い感情がそこからは出ていた。

 

「僕が知る限り、紅魔館の住人が三名やられました。それで今から永遠亭に向かおうと思ってます」

 

「それは大変ね。私たちの心配しているよりそちらに向かってあげたら?」

 とアリスさん。それに同感して強く頭を縦に振るケプリさん。ほとんど無言の圧力というのを感じた、今は確かにここで長居している訳にもいかなかった。少し後ろめたさもあるがその場は一旦帰る事にした。ケプリさんとは次はやろう、と言われたがその約束はいつ果たされるかそれは分からない。



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89話

 静かな風の中で揺れる竹林。その中に一軒、和風建築された建物が一軒だけある。その建物は皆から診療所として利用されているが正直、人里で軽い処置を受けてから出ないと来れなさそうな辺境にある。この辺りは迷いの竹林と言われて成長の早い竹が壁のように生えている上に地面の独特な傾斜によって何処に向かっているのか分からなくなる。それに加えて昔は見ることができないように施された結界まで張られていたらしい。

 

 永遠亭と呼ばれるこの建物には僕は用がある。三人の怪我した人が療養を行なっているからだ。今回、騒がせている吸血鬼のお陰様で。

 

「元気そうですね」

 永遠亭の中にある広い池とそこに架けられた赤く塗られた橋には見覚えのある人が立っていた。サイドの長い銀色の髪をしている。そして今は診療着に着替えているので分かりにくいがメイドを務めている人だった。

 

「お陰様でね。それにしても不覚をとったわ」

 咲夜さんは僕の顔を見るなり、頬を赤らめていた。取り敢えず、メイド長として今回の件は不覚をとられているのでそれを助けられたのは嫌だったのだろう。

 

「そんな事もないと思いますよ。次の機会に挽回しましょう」

 

「それもそうね。そういう事にしてあげるわ」

 

「後の二人はどこに居ますか?」

 

「お嬢様とパチュリー様は寝室に居ると思うわ。詳しいことは永琳に聞いて頂戴」

 

「待ってますからね」

 僕は一言残してこの場は一旦後にした。

 次に僕が向かったのは永遠亭の中でも診療者の布団が並んでいるところ、その中でも個室とされているところだ。基本的に知り合いしか入室出来ないようにされているがそれはないのと同等でもある。

 

「そうですよね?」

 

「簡単に入れるものね」

 青色のカールのかかっている短い髪と口元から溢れる魅惑の牙、その貫禄からはかなりの実力者である事を匂わす。何故、負けたのかは分からないが。

 

「これだから幻想郷なのでしょうね」

 

「そうだと思うわ。それでどうして貴方はそこまで平然としていられるのかしら」

 

「何か問題でも?」

 

「もう良いわ。減るものでもないし」

紅魔館の主人であるレミリア・スカーレットは布団の中に下半身を埋めながらその場で固まっていた。まだ日は登っているので外に出たくはないのは分かるがそこまでする必要はあるのかというほど布団で体を隠している。

 

「そうですか。元気そうで何よりです」

 

「ところで、紅魔館の方は大丈夫でしょうね?何かあったりしない?」

 

「そこは仲間を信じてあげてくださいよ」

 僕から言える事はこれぐらいしかない。それ以外に言えることといえば最近の事情は全く知らないと自白することぐらいだ。

 

「そういう事にしておきましょうか?ええ」

 

「それではここで帰りましょうか」

 

「早いお帰りね。そう急ぐ事もないわよ」

 

「僕には勝ちたい人がいるので。やれる事はやらないと」

 

「貴方の運命は簡単なものではないわよ」

 ふふふ、と軽く笑うレミリアさんは妙に未来のことを知っているようだった。運命を見ることができる、というのはあながち嘘でもないのかもしれない。

 

 元々無理難題を勝手に押し付けているのでそれはもう絶対に逃れられない事なのだろう。それくらいはもう分かっていることだった。

 

「それは今に始まった事ではないです」

 僕はそれだけを言ってレミリアさんのいるこの部屋から離れた。運命を見る事によってある程度は見透かされているのだろうがそれは知った事ではない……と思っていたい。



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90話

 もう夕暮れというには時間は遅かった。遠くの方で赤い光を残している太陽はその務めを終えて就寝へと入っていくそんな時間だった。そして代わりに段々と明るくその存在感をやんわりと伝えている月が空には登り始めていた。

 

「今日はお疲れのようですね」

 コトコト、と音を出している釜の下でしゃがんで竹の筒で空気を送っている椛さんは一旦行っている事をやめて一言だけ伝えてからすぐに再開した。僕はもう何を伝えたかったのか迷ってしまったところでそれで時間は終わってしまった。

 

「無理は禁物だといつも伝えているでしょう」

 椛さんは先ほどの作業は辞めてしまった。自分の右肩をポンポン、と竹の筒で叩きながらゆっくりと立ち上がる。

 

「それはそうですけど」

 

「それでは勝てるなんて幻想は身を滅ぼすだけです」

 

「そんな事、ないと思います」

 椛さんはいつも通りの優しい声ではなく、ちょっとだけ怖かった。無言、という事ではないのだが言葉に重たさを感じる。ズッシリ、と石がのしかかってきているかのような重たさ、それが言葉の節々で降りかかる。

 

「そうか。なら、貴方に足りないものを教えましょう。それは根気です。貴方は倒れるほどに何かに打ち込んでいるのですか?多少なり疲れて帰ってきてそれで終わりですか。それで勝てるなんて甘い考えは早めに捨ててください」

 

「そんなこと言われても」

 僕の中では何を伝えたいのか、それが分からなかった。無理は禁物だと言われている中で何が悪いのだろうか。それがどうしても分からなかった。

 

「貴方の目標は無理難題ですからね。当たり前の事をしていれば追いつけるわけがないでしょう」

 そして一拍だけ空いて椛さんは更に続けた。

 

「最近、吸血鬼が妖怪の山に現れたようです。まだ、噂程度の話ですが襲われているのは事実です。貴方は今から何をしますか?」

 そう言われた。僕の中では上昇気流と下降気流が入り混じって竜巻が起こりそうなのだがそれが口の外に出るような事はなかった。何故か、上がってこないのだ。どうにかその答えを出そうと思っても何も出てこない。それが僕の答えなのだろうか。そう思うと違う。

 

 何か、それは多分出てきているのだろうがそれ以上は上がってくるような気配はない。その中で一つ、何かあるような気はしていた。

 

「僕はどうすればいいのか全く分かりません」

 

「なら、そこで蹲っていてください。私が吸血鬼を倒しておきますのでそこで歯茎ガタガタいわしていてください」

 その言葉自体が椛さんから出るとは思えなかった。何か怒っているように思えるのだが、何をさせたのかそれがどうしても分からなかった。そして更に言葉は続く。

 

「その調子なら相手が死ぬのを待てば勝てますね。良かったですね」

 いや、良くない。この言葉は僕の中に出てきた言葉だった。一体何様のつもりなのだろうか、と勝手に思ってしまうがそうなってしまうのだろう。

 

「良くないです。自分の手で勝ちますから。それまで応援しててください」

 

「いつ誰が応援しないと言いましたか。……待ってますよ」

 椛さんの言葉を聞いて僕はうずうずした気持ちを抑えきれずに出かけようとしたところを止められて居間で座らされてご飯とすまし汁を食してから出かけた。

 

 これは昨日の話だ。今日は月が完全に空を支配しても何も気にするような事はなかった。昼から帰ってきてから僕は誰も訪れないような森の中で一人、技の練習を行なっていた。まだまだ発展途上の多い技だがそれでも確実に良くなっているとは思っている。決して綺麗に決まるものではないが僕にはまず最初に勝ちたい人が目の前まで来ているのだ。勝てないと二人を悲しませる事になるだろう。それは出来るだけしたくはなかった。

 

 腕は軋む、脚は震える。それでも頭の中ではまだやりたいと訴えかけている。そこで思い出したのは椛さんの無理は禁物だった。帰れるかどうかの状態だがそれでよかったのかもしれない。

 

 応援してくれている人は居る、そして帰りを、その挑戦を待っている人はいる。それに競い合える人もいる。まだまだ発展し切れていない中でも確実に成長していると言える事はある。でも、今日は限界だと思えるほど体を動かしていた。

 

 木々の生えた森の中を自力で這い上がる。その途中で地面との距離を低く保ちつつ、遠くへ行くのを意識しながら糸の縫い目のように移動を行った。決して平坦とは言えない道に生えた棒を超えてからすぐに技の練習へと入った。

 

 何をしたいのか、それを意識してから剣にその真意を向ける。出来るだけ強く、出来るだけ大きなものを想像してそれを向けていた。段々と大きなものへと変わっていくと思える技の中でまだ上がれると思える箇所を思いついては試していた。未知の領域、未知の知識を拾い上げるために既知の事実を利用していた。

 

 その途中で何かを見つけては試しているだけの半日。腕の痛みや脚の疲労が来ていても何も気にしなかった結果、こうなってしまった。

 

 僕には確かに時間はないらしい。それを越えていくためには色々な周りのものを超えている必要はありそうだ。

 

 僕はそう思うとその疲労から床に横になっていた。それを横目に食器を片付けていく音が聞こえて気づけば朝だった。



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91話

 妖怪の山での吸血鬼の噂を椛さんに聞いてから早数日。やはり、警備の厳重さからか、中々侵入はしていないようで主に人里での被害が多かった。多くは自警隊の失血だが、偶に仕方なく出掛けた住民が襲われている場合もある。そして皆が寝静まった夜だけではなく、誰かの目がありそうな昼間でもその被害は出ているらしい。

 

 僕はそれを上から見下ろしていた。ここ最近妖怪の山から降りていないからだ。ふと気づけば誰もいなさそうな森の中で一人で技の練習や基礎体力の向上のための運動を行なっている。最近ではこれが日課となっていた。

 

 朝、椛さんのところで食事を摂ってからすぐに走りに向かう。決して平坦ではなく、起伏のある場所で木々の隙間を縫うように走っていく。それをあまり居ない参拝客の迷惑にならない形で山を回り続けていた。いつも適当な道のりで何処に向かっているのか偶に分からなくなる。それでも何とか戻って身体を川の水で洗い流した昼間、そこから技の練習に入る。一ノ技、ニノ技を中心に行なっている中で六ノ技、八ノ技を練習していた。これは対人でのみ発揮されるものであるが形だけなら何となく出来るようになった。それは夜、椛さんに見て貰っている。

 

 一日は大体それで終わってしまう。腕は重たい、脚はまともに動きそうにない。それでもやっぱり前に進む必要はあるので我慢できる範囲で続けていた。根性とかそういうのを試されているように思える。ここ数日、椛さんの本気というのは見ていない。実際のところ、どこまで近づけているのかは知る由もない。ただ手応えだけはある、技がうまく扱えるようになったという。それでも手が届く範囲にいるのかと聞かれたら僕は全くと答えるだろう。

 

 肩を落として、今日も帰路についていた。身体はだいぶ疲れていた。それでも椛さんは我関せずのように接してくれる。優しいのか、厳しいのかそれが判断つかない。頃合いを見て出てきた茶碗一杯のご飯とお碗一杯のすまし汁。これだけは常に用意されていた。それ以外は特に助けがあるようには思えなかった。

 

「どうやら近頃、この辺りまで吸血鬼が来そうです」

 突然の話だったが、大体分かっていたことだったのであまりそのような感じは出さずに答える事にした。

 

「見つけたんですか?」

 

「その通りです。もうそろそろ調整に入らないといけなくなりましたね」

 と言う椛さんではあるが僕には何か違うことを考えているように思えた。他人の考えなど詮索しても何も分からないので深くは入り込むつもりはないが何処か違うと思える点はあった。

 

「いつも通り過ごしていれば良さそうですね」

 

「少しだけ量を減らしてください。少しだけですよ。今回ばかりは分かっている厄災ですから」

 やけに楽しそうにしている椛さんはやはり何か考えているようだった。僕には何をしようとしているのかは理解できるものではなかったがそれはそれで良かったと思っている。

 

 何となく安心してご飯とすまし汁を食した。朝と夜、これしかないが自然と身体の調子は悪くない。何か混ぜているのだろうかと疑いたくなるがそれも判断する材料は何もない。味わいは特に気にするようなものでもないのでそのままにしておく事にした。

 

「さて、と。私は食器を片付けますが今日はどうしますか?」

 

「技だけ確認したいです」

 

「分かりました。軽くやっておきましょうか」

 椛さんの口からはそれだけが聞こえていた。僕は横になって背伸びをすると間抜けた声を出していた。どうも気が抜けているのかどうしてもこのような声が出てしまう。決してそんなことはないと信じたいけどそれがかなわないのは分かっている。これ以上何も言うことはなかった。

 白い砂利と整備された道、そしてその先にある大きな木製の建物。階段が何段かあるその先にあるその建物はその土地の中での本殿とされる場所だった。その前でその住人である三人が立っていた。紫色の髪をしている背中に注連縄を背負っている赤色の服装をしている八坂 神奈子さん。緑色の髪を一房にまとめたのを右肩に乗せた白い巫女の服装に身を包んでいる東風谷 早苗さん。そしてこの中では一番小さい身長である黄色の髪をしていて丸い目をつけた帽子を被っている曳矢 諏訪子さん。

 

 その間に今回の事件の台風の渦である人がいて、僕達が居た。ふとした瞬間に椛さんに連れられて来た場所であるがまさかここにするとは思ってもみなかった。妖怪の山の山頂、少し前に建てられたとされている守矢神社の境内で五人に囲まれた渦中の人はその状況に戸惑っていた。

 

「なんだい、こりゃ。面白いことになってきたじゃないか」

 その人は白い肌をしていて痩せ細ってはいないが綺麗な身体のラインを作り出していた。胸元は大きく開いる黒色のドレスを着ていて女性としてのそれを見せびらかしていた。脚は左側にスリットという切れ込みがある。髪は黒色のセミショートである。武器という物は特に持っておらず、拳かその伸びた爪での攻撃となると予想される。ただ、レミリアさんのように魔力で生み出す場合は考慮しない。

 

「此処に来るには少し早いじゃないか。とっとと出直してきな」

 神奈子さんは敵を目の前にしても特にするような事はない、恐らく攻めてきたら相手するのだろうがその目からはやる気のなさが伺える。それに比べると早苗さんは変にやる気を出しているのが変に面白かった。諏訪湖さんは特に反応はなくカエル座りをしたまま少し笑みを溢している。土着神としての自信はかなりのものなのだろう。最強の更に上をいく、なんて事もあるかもしれない、何を言いたいかは僕も分からない。

 

「お前らの血を吸えば私は更に強くなれる。早く寄越しな」

 椛さんは此処で変に笑いを堪えていた。完全に劣勢の状況だし特に構える様子もないので僕も何をしようか迷っていた。

 

「おいおい。もう少し楽しもうよ」

 子供をあやすかのような笑みをしている不気味な神奈子さんは目の前の人に何もしようとはしなかった。御柱なら先制くらいにはなると思う。

 

「残念だけどそんな暇はない。早く血を寄越せよ」

 

「お前の世界ではどうだったか分からないが此処では吸血鬼はもう間に合っている。早めに帰りな。此処で五人倒しても弱い部類だからさ」

 一種の宣戦布告ではあるが本人がその気は全くない。それどころか蔑みも入り始めたのかもしれない。ある意味では怖いがこれが本来の姿だと言うのならこちらからは何も言えない。

 

「神奈子様、諏訪子様、此処はこの人にやらせましょう」

 本当に軽いノリで言い出したのは僕の右隣にいる椛さんだった。そんな素っ頓狂な発言に笑いながら承諾する二人、それを見ていた中心の人は困惑していたが僕の姿を見てニヤリ、と嫌な笑みを出した。この中では確かに背は低いし弱いだろうがそこまで露骨なのは受けつけられる気がしない。

 

「お前が?楽しくなさそうだな」

 そう言っていられるのもそこまでだろう。勝ってこい、と言われているような気がするので僕はその場で構えていた。誰に勝つのか、それは一つしかない。此処で石に躓いている暇はない。



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92話

 冷めた空気の中、僕は剣の柄を握っていた。一人だけはなんとなく真剣な眼差しを向けているような気もしなくもないが僕が負けたところで三人で潰せばいいと感じるとそれはまた違う意味を生み出していく。この戦いに何か意味はあるのだろうか?それと椛さんは一体どういう関係なのだろうか?神奈子さんと諏訪子さんは確かに二神として此処に祀られている存在ではある。それは紛れもない事実ではあるがそれと椛さんが仲が良いのは別物ではないだろうか。

 

 そんなことを考えながら早数秒、一向に状況は良くなりそうもない。

 

「ヒカルさーん、適当にやってください」

 と椛さん。

 

「良かろう。やらせてやる」

 と神奈子さん。

 

「何でもいいや」

 と諏訪子さん。

 

「これはどういうことですか?」

 と僕と同じく置いていかれている早苗さん。他の三人と比べて経験というものが少ないらしくどうしても戸惑うことが多かった。

 

「随分と期待されているじゃないか。面白い。少しだけ暴れてやろうか」

 と黒いドレスを着た如何にも人を誘えそうな服装をしている人は言う。この状況でそんな事を言う辺り、それなりの実力者であるのは確かなのだろうが逃げるのが先決だろうと思う。それほどに三人の実力は計り知れないものがある。

 

「やっちゃってくださーい」

 本当に軽いノリで楽しそうにしている椛さんの実力はよく分かっている。どれだけでを抜かれているのかも分かっている。僕がどれだけ弱いのかも分かっている。それでもその気楽な返事はどうなのだろうと思う。此処のところ、僕は何も話せなかった。状況についていけないことと、あまりにも戦いをする空気感ではなかった。

 

 それでも相手は特にその事を気にしているようなことはなく、どちらかと言えば楽しそうにしているのだけはよく分かった。獣が捕らえられそうな獲物を見つけたときのそんな顔をしている。

 

「さて、始めようか。とその前に私の名前はカディング・スカーレット。太陽を克服した吸血鬼だ」

 恐らく彼女の能力は食した血の成分を自分の力に変えられるのだろう。不特定多数の人里の人々と一部の天狗、紅魔館の面々の血を平らげたのでもう太陽なんていう弱点はなくなってしまったのだろう。吸血鬼に対してさほど知識もない僕が言うのもあれだが。

 

「しがない剣士ですので名乗る名はありません」

 僕は礼儀も弁えずに話を進めた。戦闘であれば、多少礼儀は気をつけるつもりだがこれはもう殺し合いである。礼なんてものに縛られていては動けるものも動けない。そうは言うが相手はニヤリ、と笑っていた。

 

「その目、とても良いよ」

 そう言った刹那、僕の脚は即座に動いていた。左脚から放たれた風圧で一歩程度移動していた。そして僕は右側を見て一言、

 

「勝ちます」

 

「簡単じゃないよ?フッフッフ」

 その人は両手を地面の方に向けていた。僕の予想は恐らく間違っていないと思われる。指先には確かに伸びた赤い爪。先は尖っていて鋭利であることには変わりなかった。

 

 僕はその体勢のままかかとを浮かしていた。そして少しだけ自力で移動する。ほんの少しだけ間合いをあけながらゆっくりと歩いていた。左へ左へ。

 

 また左へ。それに相手は普通に付いてくる。見ているだけだし、首なり体でも動かしていればそれでついてこれる。その間も確かに油断していた。それがどうと言うつもりはないがどうやら僕の方はさほど気にしていないらしい。攻撃する素振りがないからだろう。

 

 これはお父さんから行く前に教わったことだ。幻想郷は俺たちがまともに戦って勝てる場所ではないこと、それと相手の動きを見ていること。それから自分の流れは貫き通す。この三点だった。それ以外は楽しめとしか言われなかった。お父さんにしては真面目な表情で言われたのでそれ以上何も言うところはないがそれだけ此処は弱肉強食だと言うことだ。まともに勝てるなんて思っていない。僕はこれからもずるい戦い方をするのだろう。

 

「早く血を寄越せ。そうすれば私としては用はない」

 つまりだ。血が取られなければ僕の方を見続けると言うことだった。それはつまるところ何か別のものがあると見て良いと思う。相手の能力は恐らく血を糧にその人の力を取れるのだろう。僕からとっても何もないとは思うが何かあるのだろうか。

 

「そうですか」

 僕は剣のある場所に風を集める、それは見えずとも指ではよく分かるものだった。それだけで僕は確信へと変えることができる。それをいつ使うかは相手の出方次第だろう。

 

「寄越せ!寄越せ!寄越せ!」

 相手は右肩からしなりを加えた一薙を放つ。僕にはそのように見えた、ので一歩だけ退いてさっ、と避けた。足裏には確かに地面の感覚と風が流れた感覚が残る。

 

「寄越せ!」

 今度は両手だった。赤くてかなり伸びている爪は確かに僕の顔の辺りを掠った。だからと言って避けようと気にはならなかった。当たらないのだ、ただ危なかっただけで他は何もない。相手が苛立ちを一瞬だけ見せてから僕は後ろに避けた。

 

 相手は左腕だけを乱暴に振るっただけで他には何もしようとはしなかった。そしてそれなりの表情を浮かべていて何か考えているように感じた。それだけだ。

 

 僕にはどうしても届かない恋路のようなそんなものを見ていた。追えば追うほど遠ざかっていく。相手であるカディング・スカーレットさんはこのような相手の対処は知らないのだろう。それに相手の戦法的に対処しようとすると自分の味をなくしてしまう。それを考えていると悪い事を考えてしまいそうだった。それはいかがなものかと思っているがそれも仕方ないと思う。

 

「勢いがなくなりましたね」

 僕は一言。何もしようか考えていそうなカディング・スカーレットさんに放った。単なる言葉であるが的を得た発言であると僕は自負する。

 

 「思ったよりもやるのがよく分かった。ちょっとだけ本気出す」

 相手もまた何かをしようとしていた。僕もまた更に風を集めようと剣先に相手の行動が見える程度で意識を向けていた。側から見ていれば何も起きない戦場、されど本人からすれば駆け引きが生まれている修羅場。僕には止めようとしてももう止められそうにもない。辞めたいか、と言わればそれはない。

 

「何を見せてくれるのでしょうか」

 僕はくるり、と右手に持ってきた剣を回した。それも一回だけ。相手は変な笑みを浮かべていた。これで決めるつもりなのだろう。そんな見え見えな思惑がいとも簡単に見えていた。

 

 五本の指を交差させてその爪から出る赤い筋を飛ばす、『スカーレット・ネイル』。左右から斜めに入っている五本の線が僕の方へと向かってきた。逃げ場のないそれは後ろへと下がって受けるかそこから左右に逃げるしかなかった。勿論、僕は避ける方を選んだ。足裏から出された風によって後ろへと右へそして前へと移動していく。相手は目で追いかけて僕へと左腕で迎撃を仕掛けようとした。しかしだ。それは剣の刀身の上を滑るように弾かれた。僕は単純に右肩に剣を乗せていただけ。

 

 相手からの攻撃に対して風の力で切っ先の方向へと流す『八ノ技 疾流し』は確かに相手の攻撃をあらぬ方向へと受け流した。そしてその回転を利用して横薙ぎの弱めな一撃を与える。そして右膝を折り曲げて左足裏に力を込めて止まる。

 

 確かに当たったような感覚はあったがそれは現実となるような事はなかった。相当斬られた擦り傷を一瞬で治せる程度には回復力が高いと思われる。相手は唖然としていた。それだけの回復力を持ち合わせておきながら自分の放った一撃が綺麗に受け流されたことがどうしても受け入れ難いと言うような表情をしている。そして、僕から浴びせた一撃が確かに当たっていたと言う事。

 

 全体的に面白くないと言いたいような表情だった。だからと言ってこちらも何か手加減をしようとかそう言うことは考えなかった。それをしている暇はないのとそれをしていて相手に失礼であることが挙げられる。

 

「は、はぁ。はは。は。は?」

 故に相手は何が起きたのかそれを理解しているようではなかった。此処なら決められそうだと僕は剣に風を集めていた。まだ連発できるほどではないのでしっかりと準備をしている。どちらかと言えば最大威力の増大を狙っていた。その為にいつも最大まで溜めてから何もかもを放っていた。綺麗に扱えた時とそうではない時の落差はかなりあるがそれでも全く使えないと言うわけでもない。何となく、失敗している時の感覚は手の中に収められている。どこが良くて、何処が悪いか、その原因は指が知っている。どれほど頑張ってきたのかは僕自身が知っている。それでも油断ならない相手ではありそうだ。周りの人とは種族が違う、格が違う。だからこそ、だ。だからこそ僕は油断ない視線を相手に向け続けていた。

 

 僕の方は用意は済んでいる。後は相手の出方を調べて今やれる事を見つけるだけだ。それ以外にやれる事はない。冷静に待ってよく待ってそれからゆっくりと息を吐き出した。僕の脚は勝手に動き出した。前方へ一歩。

 

 それからもう一歩。

 

 左腕を伸ばしてその先から小さな弾を打ち出しながら前進をする。剣の先から真っ直ぐな軌道を描いて相手に当てる突き『二ノ技 風凸』。

 

 それから右腕を放った左腕の下に構えて両腕を大きく広げる。左腕と右腕を最大まで広げた時に起こる風を利用した『一ノ技 風刃』。

 

 二段構えで当てる気満々のそれは相手には意外と効いたようだ。一撃目は右肩を射抜いていて血を流す程度の少々の傷を負わせることが出来た。それから二撃目は爪で止められて微妙に行動を止めた後で思い切り上に弾かれた。それは予想していたがここまで綺麗に弾かれると変に微妙な気分になる。どうしたものか分からなくなる。

 

 僕は近づいたついでに何かしようと思ったがあまりにも使いすぎたので一旦逃げることにした。その頃には右肩の傷を自己再生していたのであまり効果はないと思われる。相当きついのは言うまでもない。僕はそれを後ろへ、左へと脚を動かしてその様子を見ていた。間合いはお互いに何か大きく動かないと仕掛けられない程度である。その間に、僕はあまり意味がないと思っている、と考えておくことで何か不測の事態が起きても対処できるだろうと念じることにした。

 

「『スカーレット・イービル』」

 確かに小さな声でそう言っていた。僕の耳が腐っていたりしない限りはそう言っているように聞こえた。それが何を意味するものか、それは言うまでもないのだが確信できることと言えばさらなる高みへと上り詰めようとしていることだろうか。ちょっとした土埃に僕は不意に目を閉じてしまった。その間にも唸り声にも似ているその声を、強者としての存在感を出していた。僕には薄らと開いていた目からしか確認できなかったがどす黒いオーラを出していた。この先に何が待ち構えているのかはもう言うこともないのだが強大な力は目の前にあった。

 

 勝てるかどうかは判断がつかなくなった。



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93話

 ヒカルは大事な娘にも等しい早苗の元へと走り寄ってきた。だが、その眼は何か協力を仰ごうなんてことは考えていなさそうだった。何を見ているのか私にはそれは不明だが由々しき事態であることには変わりない。

 

 得手でもある御柱で強引に弾くことも出来たがそれをすれば早苗が巻き添えを喰らいそうな距離まで近づいていた。これは私の失態だがここまで近づいてきてそれが敵対心に近いものだと思えた時にはもう手遅れだと思っていた。そして被害を被る事が既に分かっている状況で私は一瞬でも迷ってしまった。衝動と理性に阻まれた結果、私は何もすることは出来なかった。これでは保護者としての資格はあるのだろうかさえ分かったものではない。

 

 もう諦めることにして私は目を閉じた。当たりそうなところだったので直視出来そうになかったからだ。

 

 大きい音、それがその直後に聞こえていた。目を背けて瞳から入る情報を遮断した私はそれが何であるのかはさっぱり理解出来なかった。ただ、思っていたのとは違うものだった。それだけで何があったのか不安にもなったが安心したような気もした。

 

「申し訳ないです。怪我はありませんか?」

 ヒカルの声だ。

 

「はい」

 早苗は小さな声でそれに答えていた。それから大きな笑い声が遠くの方から聞こえる。

 

「いやー、面白いものだったな。傑作だよ」

 太陽を克服したとかいう吸血鬼のカディング・スカーレットだったか。その人はこの状況とは似合わず、高らかな声を出していた。私だってそんなに優しい神でもない。やる時はやるつもりだ。私はそこで目を開けておくことにした。まさかだと思ったがヒカルは早苗の下に自分の左膝を入れて地面に付かないようにしていた。その上で自分は地面に寝転がっている。これではどちらが危害を加えられた方なのか分からなくなる、私はそこで一つ小さく溜息を吐いた。安堵というのかそういうところだ。

 

「それにしてもこいつ以外に誰も動きはしないが良いのか?倒しちまっても知らないよ」

 

「まぁ、私が出ても……。いや、出る幕がないだけだよ」

 横からの異様な威圧感に私は出していた言葉を引っ込めた。確実に頭に来ている彼は私に対しても敬意も何もない視線をぶつけた。それだけで評価に値する。私はそこで身を引いて静観していることにした。

 

「嬲り殺しても知らないよー」

 できるものならしてみろ、私は心の中で小さく呟いた。

 先ほどの件はかなり危なかった。僕自身でもあのように上手く回り込めたのは奇跡だとしか言いようがないようなものであった。気が付いたら僕は地面に倒れていた、そして早苗さんは僕の左膝で尻餅をついている程度で怪我を負ったような気はしなかった。それでも一応は聞いてみたが放心気味に返された。

 

 それから神奈子さんは向かっていこうとしていたが何故かその言葉を濁していた。何が起こったのか、それは僕には理解出来ないものなのだろうが何か思惑があってそのようにしたのだと思っている。

 

 僕は早苗さんが立ち上がってから左腕に力を入れて立ち上がろうとした。相手はとても上機嫌で笑っていて側から見ていれば楽しそうだった。何か色々と常人と外れた感性をお持ちのようだが僕にはそれは関係なかった。お父さんがそうだからだ。

 

 不意に崩れた、力を入れていたはずの左腕はその場で折れてしまったように倒れた。もう一度地面を舐めてしまった僕はサイドで体を使って起きるとすぐに異常に気づいた。既に左腕には力が入りそうになかった。

 

「いつまで楽しませてくれるか楽しみだね」

 

「すぐに終わらせますよ」

 僕は立ち上がりながらにも右腕で剣を構えていた。自分の肩のあたりの高さで水平に構えた剣はどのような技にも派生が出来る。それを見据えた上でのこの構え方をした。

 

「それは悲しいね。じっくり楽しませてよね」

 相手からすればもう勝てる試合だと思われている。それ故に楽しめるかそうではないかでしか判断をしないようで最早此処に誰かの意思と言うのはなかった。僕はそれを感じて動くことはしなかった。

 

「何か反応はしてくれないの?悲しいね」

 僕は相手の言葉に反応はしなかった。それどころか最早別世界で隔てられているように言葉が届きもしなかった。僕にはもはや何があったのかそれを判断つかない程度にはなっていた。

 

 僕はその場に留まっていた。何もしないし、何かを行う気さえしない。あれから何も変えていないが変えたところと言えば焦りなんてものを持たなくなったぐらいだろうか。僕は一歩も動く気はなく、その場で早苗さんが近くにいるところで止まっていた。これで先程の何か得体の知れない攻撃のようなものは関係なくなくなる。それに、他に向かおうとしても僕よりも強い。

 

「動かないならこっちから行くよ」

 一つの音、それから二つに分かれた身体は三本の線を描いてその四足をかき鳴らす。五本の指から放たれた六回の攻撃を僕は七回、自分の剣を振って防いでからその場で止まった。

 

 動きなんてものは最低限で行われるもので他は何もなさそうだった。自分の中では何が起こっているのか、とても冷静だった。普通にどこに向かっているのかも見えているし、攻撃も捌けるものはそうした。そして一撃を与えて相手を後退させた。

 

「何だ?まだまだ実力は隠していたのか?それは、面白いねぇ」

 更に興が乗じるつもりなのかそれはそれは楽しそうにしていた。こういう時に扱える技があるので使ってみようか。僕は一応剣に風を纏わせるように念じた。この念によって多少変わるものがある。なので、それを実践してみようと思った。まだ、綺麗なものではないがそれでもやってみる価値はあると思う。僕はその時期を見計らうために静かに構えていた。相手の動きにどのように当てはめる事ができるのか、練習とは違った本番という魔力がある世界では僕はまだ十分に戦えるというわけではない。それでも噛み付ける限りは幾らでも、八起きくらいはやってみせる。

 

 僕は相手の言葉に答えるようなことはせず、僕の中でどのようにしようかそれを考えていた。一ノ技、二ノ技、六ノ技、八ノ技のうちのどれを使おうか、それを瞬時に判断する必要があるので動きはしなかった。まるで尸のように剣を構えて仁王立ちをしていた。どれだけ刃を向けられるのかそれは僕の意志の強さで決まる……。

 

「まぁ、良いさ。楽しいことには変わらないよ!」

 一つの音、そして先ほどと変わらない軌道、三度目は流石に見飽きてきた。剣を構えて低く体勢を保ったまま僕は相手の初撃が何か見極めた。上からなのか下からか、左が右か。それから足を使うのか爪なのか腕なのか。僕はそれをじっくりと時間を使って見極めた。

 

 左腕の突き。

 

 僕は構えていた剣を上に持ち上げてから下へと向かわせて左足が浮くほどに一気に振り上げた。相手の爪先はその剣で敷いた膜の間に入り込んでいた『八ノ技 防風』。相手の赤くて長い爪は尽く砕かれ、後ろへと退けざらされた。

 

 そして僕は再度地面の水平になるように肩の位置で剣を構える。そしてじっ、と相手を見ながら追い討ちもせずにその場に立ち止まっていた。左腕は相当痛い。

 

 

 後ろからはどちらかと言えば感嘆の声が聞こえてくる。それさえ僕は反応しなかった。

 

「はぁ、はぁ。よくもやってくれたな」

 

 それさえ僕は反応出来なかった。段々と意識も白濁としてきた。それでも立ち続けている必要がある。これではまだ届きそうにもない。

 

 もう僕には余裕というものはない。それでも相手はまだ倒れていない。此処は少し力を抜いて相手の行動に合わせる形で行なっていくのを続けていくしかないだろう。体力面ではとても敵いそうにない。それなら、出来るだけ最大まで溜めてから少しずつ使っていきたい。それが今のところ、僕に出来そうな最大の抵抗だーー。

 

「やっーちまうか。なぁ?」

 そういったカディング・スカーレットは自分の右手から恐らく魔力を貯めて作り上げたと思われる剣を作り出した。漆黒の剣で炎が燃え上がるような不鮮明な形をしたその刀身と持ち手として機能していないような気がする形で不明瞭な長さの柄。それから自信満々にしている。僕にはどのように対処しようか迷った。長さは相手の方が長いし、自分の魔力なので上位であることには変わりない。

 

 僕はそこで固まっていたが、相手からすればそのようなことは何もない。こちらへと向かってくる、その頃には既に攻撃の体勢を作り上げていた。僕はすんなりとそこでかわす。当たればどうなるか分かったものではないものに触ろうという気はなかった。そして、背後に回ろうと思ったがそれはしなかった。三人があまりにも近過ぎる。

 

 泣く泣く、軽い風を起こしてこちらに意識を向けさせた。それから僕は歩いて相手に近づく。その間、構えているかどうかさえ悟られないために切っ先を下に向けて何とかしてみようと試みた。それが駄目だと思えるその時まで諦めるつもりはなかった。

 

 相手は冷静さを欠いているようで簡単な軌道で向かってきた。こうも分かりやすいと罠を疑うがそのようなこともなかった。相手の横薙ぎに合わせて切っ先を下に向けていた。

 

 刀身に乗る、その瞬間まで耐えてから横へと走り抜けるその腕を真下へと打ち下ろした『六ノ技 疾流し』。

 

 相手は特に動けるわけもなく僕を仕向けた方向に転がり込むように体勢を崩したところで回し蹴りをかまして更にその転がりを助長した。そして、僕はその様子を横目に踵を返していた。そして出来るだけ距離が開くように歩いていた。二歩程度ではあるがそれでも自由度はそれなりに変わる。剣を特に気にすることなく振れるだけでも無問題だろう。

 

 右腕から左腕、そして下から上へと相手の炎のような刀身をした剣が動いていた。それが僕の目線の合うところで止まるとくるり、と反転してから横に一線振り切ろうとしている。相手ながら見事に騙されたのだが、あまりにもそれは合わせやすかった。

 

 右腕に持っていた左腕へと切っ先が向いている地面と水平の位置に構えている剣に残っているのを纏わせてから何も動かさなかった。剣はもちろん、身体も動かさなかった。

 

 相手の振る剣は僕の構えている剣に当たって振り切りたい方向とは真逆へと持っていかれている。だが、身体はその場で上手く止まることはなくそのままの勢いで回っていた。腕と身体が回り方が異なっていた結果、その場に蹲ってしまった。少しは反撃をしようとはしたが僕にはまだ躊躇があった。それを逆手に取られたようで簡単に逃げられた。

 

 僕だって剣を振って決着をつけたかった。しかしながら、振り切るだけの行動を起こしてくれる身体ではないことと、斬るという意味合いを考えた時に僕はその場で動けなかった。少しばかりか弱過ぎたのかもしれない。

 

 相手には届きもしない剣を振り続けて何になるのだろうか、ふと疑問に思えた。自分で答えは出なさそうだが、僕には何も出来そうになかった。今は休憩を取ることにしよう。

 

「フフフッ、そろそろ限界が見え始めたかー?もう辞めにしようぜ」

 もちろん、答える気はない。僕は相手ではなくてその後ろの方を見ていた。そこにはここまで技を教えてくれた椛さんがいる訳だが、明らかにその目は怒りに満ちていた。僕はそれを直視出来ずに、あからさまに目を背けてしまった。そして思った、やはり落胆させているのだと。そう思えた時、僕は何となくまだまだ実力なんてものは下の方なのだと思えた。そうでもなければこのように遊びのようなことに身を投じるようなこともないわけだし、何よりあんな風に怒る訳もなかった。期待もされていない。あんなに疲れる感情を出してまで僕に弱いことを知らせるつもりなのだろうか。そう思えた。僕はまだまだらしい。

 

「本気だ、ここからは私も狩りにいくぜ」

 世紀末かのような笑い声と声を出していたカディング・スカーレットは段々と興が乗ってきたようで明らかに楽しそうにしていた。僕は単純に餌としてしか見られていないのだろう。僕は剣を優しく構えた。やれるところまではやってみようと思えただけでも及第点だろう。

 

 相手の言う通り、それなりの強さを持って僕のことを狩ろうとしていた。しかしながら、僕にはそれに答えられるだけの気力が無くなっているのでどうしたものか、それを考えていた。左腕はあまり動かさない方がいい。それに比べて両脚は動かせるものの疲労というものは溜まりに溜まっている。右腕も技を多用しているためかそれなりに疲労感がある。

 

 相手が動き出した。それを感じて、僕は右腕で持っている剣を構える。どのように動いたとしても全て対応する手立ては残している。後は相手の出方次第、といったところだろうか。僕はゆっくりと構えていた。そしてその時が来るのを待っていた。

 

 ゆっくりと。

 

 その一歩の動きに注目して。

 

 僕は切っ先を脚へと向けた。

 

 右脚は相手の動きから読み取ってみた結果、安全そうな方向へと向かうように風を纏わせておいた。

 

 相手はそれを見切ってか僕からみて左側へ膨らんだ軌道ですん、と音を出しながら振り下ろしていた。

 

 僕は切っ先を左脚に当てて、身体は相手の攻撃を避けられるように、右脚はその下を通れるように角度をつけたところへ移動した。左脚を右脚と交換するように振り回した。剣を当てた脚は全身に風を纏っていてその勢いは相手の右腕に当たる『一ノ技派生 風刃脚』。

 

 そして僕は左脚裏を地面につけてかかとの方へ進ませる。それから左脚を振り回した勢いを使って右脚を折りたたみながら、身体を傾かせながら真後ろへと蹴る。左脚にはそれなりの負荷があった。それでも僕はそれ以上何かする気は起こらなかった。逃げることしか考えなかった。一回転、守矢神社の社がある方向へと転がると足で地面を蹴って距離をとった。だが、立ち上がれない。相手も脚を蹴られてその場で蹲った。勝負は引き分けかと思えたがそうでもなかった。

 

 相手の怒りは相当なものだった。僕はそれを背中で感じて変に身体が硬直、余計に動けなくなった。

 

「よくも、よくもよくもやってくれたな」

 相手は怒りが最高潮に達していた。駄目かな、なんて思ったその時。

 

「立て。まだその時ではありません」

 遠くからだった。ここで誰も口を開いている人は居なかった。これは社とは反対方向にいる白い髪をしている、今では生活を共にしている椛さんだった。しかし、いつものように優しい声ではなかった。

 

 僕はそれでも立ち上がれなかった。意識は段々と無くなっている。眠たい、と言うわけではないが目が閉じていく。本番には魔物が住んでいる、いつもならもう少し出来たと思う。

 少年は動かなかった、否、動けそうになかった。左腕を早苗を避けた際に打撲、その時に剣を落とした。そして度重なる技の過度な使用に身体がついて来ていなかった。練習とは違い、自分のちょうど良い時に終わると言うわけでもなかった。少年は正に魔物に噛み殺されそうになっていた。

 

 その様子をカディング・スカーレットは上機嫌に見つめていた。彼女も右腕と右脚に相手の蹴りを受けていたが体の構造は全く違う。動かしづらい程度で人を殺す上ではあまり支障のないものだった。少年はまだ挑むには早かった、という事らしい。

 

 ようやく仕留められることにカディング・スカーレットは油断をしていた。これを振れば倒せる。そう思っていた……。

 

 しかし、その思惑は意外にも簡単に打ち破られた。少年の剣は背中を守っていた。そして切っ先は社の方へと向いていた。上から下に降っていた軌道は急に左へと流される。それによって体勢を大きく崩したところで少年は脚を使って地面を蹴ると前転のように前へと転がるが地面に手をつけずに大きく上へと飛び上がると右腕を大きく自分の体の外側へと振りきっていた。少年は背中から地面につくと回転の勢いを使って立ち上がる。その立ち上がりに音はなく、今までの雑念もない。相手のことしか見ていないようでその周りのことも呆然と見ているように感じる。

 

 思わぬ損傷を受けたカディング・スカーレットは顔を歪ませていた。油断したばかりにこうも痛い仕打ちを受けたと言うのが腹立たしかったのだろう。彼女は怒りという激情に駆られて少年の元へと走り出した。

 

 少年は上から下へと剣を自分の前で振り回した。彼女の剣はそれに弾かれる。

 

 少年はそれを機に前へと走り出した。構えていた剣を肩の上へと乗せる。彼女も反応して剣で防ごうとしたが少年は残像であるかのように彼女の視界からは居なくなった。まさか幻覚だったのか、と思えるほど。自分が少年にかけてここの神社の巫女に剣を振らせた時にかけた技をされたのかと思っていた。

 

 その時、彼女の腕と脚に違和感があった。

 

 それを確認しようと、振り向いてみたものの遅かった。思い切り地面に顔をぶつけられていた。彼女はその地面に当てられた勢いでもう一度地面に口付けした。顔への痛み、四肢の違和感に目を閉じていた。一瞬、考えてから彼女は何となく整理をつけたようで何もしようとはしなかった。最早、生きるということを諦めていた。

 

「ここではまた王に舞い戻れると思ったんだけどなぁー。こんなところでこんな少年に負けるようじゃその夢も叶えられるわけないか。もう全て諦めたから手早く終わらせてくれ。頼む。)

 

 少年の脚は彼女の首筋の前で止まっていた。剣を振ることも、動くことも、何も出来ない彼女は目の前の運命を仕方なく受け止めようとしていた。

 

 幻想入りする前である場所を統べていた彼女も負けが続いて逃げ延びるように此処へと二人と交代するように入り込んだ。それまでの自信と実力から己の力を過信したが今ではもう何もしようとしなかった。

 

 彼女は目の前の事を受け止めて目を閉じていた。その先、それは何も語らない……つもりだーー。



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94話

しゅん、とその唸り声は消えた。その代わりより一層増した存在感という名の強者の威圧は僕にとってはそれなりのものだった。足が震えている、それにまともに体を動かせそうにない。そのはずだが、楽しいと思える自分がいる。どうしてなのかは分からない。

 

「雲行き悪くなりましたね。今まで通りやっていてください」

 椛さんは久しぶりに口を開いたと思えばものすごく仄々とした口調で僕のことを応援しているのかどうか分からないような声を出していた。戦闘時や僕に発破をかける時に見せるようなあの野太い声ではなく、いつも通りの優しい声だった。ふと右耳で聞いていたがとても気が楽になったのは確かだが、鼓舞してくれた方が良かったような気はする。

 

 いつも通り、いつも通り……いつも通り。僕はずっと念じていた。僕にとってのそれは落ち着いた意識で放つ起死回生の一撃。幻想郷で勝利をもぎ取るためにはどうしても必要なものだった。両腕を回して体をほぐすと僕はすぐに臨戦態勢を取った。ここで不用意に攻撃しても勝てるなんていうのは分かったものではない。

 

「綺麗なものだろう。これが私の本気だ」

 黒い髪は更に長くなって腰へと近づきそうなほどだった。そして艶のある綺麗な髪に何となく僕は美しいものだと思い始めていた。

 

「それは見ていればよく分かります」

 それから何となくだが、爪の長さが長く、厚くなっているような気がする。流石に厚さは見ていても分かるものではないが長さは一寸は伸びたのではないのだろうか。それを判断するには少しだけ遠かった。

 

「この姿を見せるのは数人しかいない。やり過ぎてしまうのでな。相手を選ばないといけない」

 

「周りはもっと強いです」

 椛さんに、神奈子さん、諏訪子さんは特に何か動揺しているようなそぶりは見せなかった。それほどに今の相手はそういうほど強くないのかもしれない。だからこそ、椛さんは僕に挑戦させるように裏で口合わせをしていたのだろうか。

 

「そうでもないだろう。あの吸血鬼は何も出来なかった」

 鼻で笑ったところで僕は目の方に不意に力を入れていた。レミリアさんは必ず何か別の事をしようとして油断をしていただけだと思いたい。それに彼処はそのような事、相手を見下したりなどしないところだと思っている。きっと何らかの手段を用いたと思う。

 

「それは知ってますよ。見てきましたから」

 

「ふーん。それはご苦労なものだな」

 ハッハッハ、と笑えばその人は口角だけを上げていた。僕の中では緊張というものが走っていた。それに何か違うと思うものが流れていた。

 

「同じ目に遭わせてやるよ。楽しみにしてな」

 まるで子供に言い聞かせるように優しかった。それがどれだけのものであるのかはよく分かっていた。だからこそ、僕は何もしようとはしなかった。静かに相手の動きを待つ。基本的なスタンスはこれだ。今の僕にそれ以外の選択肢はなかった。

 

 空気は振動していて雰囲気はビリビリとしていた。その中心にはカディング・スカーレットが居て僕のところまで届くその覇気には周りは特に反応なしない、ただ一人を除いて。

 

 それを感じて僕は、手の中に握っていた剣の柄の感触を感じていた。たらり、と垂れた切っ先、気怠げにも見える四肢、凝り固まらない程度の深く考えない思考、その全てを行なった。目は一点を見つめて腰を低くしていた。剣には確かに風が纏っていた。

 

 相手は僕の事をよく見ていた。あれまでの事をされた恨みを晴らそうとしているようで全力で来るらしい。それを見据えて僕は力を抜いていた。

 

 一瞬の沈黙、それから一つの音が鳴っていた。水溜りに水滴が一つ、落ちた音だった。

 

 その時にはもう相手は目の前にいた。右腕手の突き刺し。長く鋭くなった血のような赤い爪は僕の腹を狙っていた。僕は目を見開いていたかのようにそれがよく見えた。

 

 僕は後ろへ下がったものの、力加減を誤った。あまりにも素早い動きであったために焦った、もし慣れというものがなければまともに受けていたとさえ思える。僕は一つの焦点が遠くなっていくのを感じながら地面を転がり、右足でその勢いを止めた。本当に僕は弱いと痛感させられるようなものだった。少しだけ足に痺れを生じさせるほどの威力を出してくるとは思ってもみなかった。

 

 相手は僕の事を見て、ほくそ笑む。それから更に与えようとゆっくりとした動きから左右にその体が割れた。その二つの体は左右から僕の事を狙っていて何をしたいのか、大体の予想はついても最後までは理解出来ていなかった。

 

 守矢神社の境内、保護者と統治者によって見守られている中で僕は相手の綺麗な欺きに気付けなかった。相手は僕のことなんて眼中になかった。その後ろ、大きな木製の社の前で呆然とたたずんでいる三人のうちの誰か。僕を狙っているにしては大きな円形をとった両者によって僕は檻の中に閉じ込められたような錯覚さえ感じる。

 

 僕はそれに気づいた時には踵を返していた。そして、足裏に力を溜めて思い切り踏み出してから当てのない場所へと駆けつけた。相手は誰を狙っているのかそれはどうしても判断がつかなかった。

 

 この中では外見的には一番小さくて弱そうに見えてしまう諏訪子さんだろうか。それとも背中に注連縄をしている明らかに実力のありそうな神奈子さんか。それか、実力が未知数である早苗さんか。

 

 踵を返したその時の動いている視界から判断して真後ろへ駆け出した僕は少し卑怯かもしれないが後ろから自分の持っている剣を振り下ろした。肩から流れるように動かした腕はしなるような動きで地面の方に振り下ろしていた。相手の背後を狙ったその一撃は急に黒髪から緑髪へ、黒色の服装から白色の服装へと変わった。僕はその一瞬のうちに誰に攻撃をしようとしているのか理解出来た。守矢神社で風祝としている早苗さんだった。半ば、宙に浮いていた足裏と既に振り下ろしている右腕ではもう避けられそうになかった。顎に力を入れて腕の向きを変えようと試みる。早苗さんに刃が届くまでは恐らく剣の軌道を変えるためにはあまりにも短かった。少しだけ危ない橋を渡ってみるか?



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95話

 ヒカルは大事な娘にも等しい早苗の元へと走り寄ってきた。だが、その眼は何か協力を仰ごうなんてことは考えていなさそうだった。何を見ているのか私にはそれは不明だが由々しき事態であることには変わりない。

 

 得手でもある御柱で強引に弾くことも出来たがそれをすれば早苗が巻き添えを喰らいそうな距離まで近づいていた。これは私の失態だがここまで近づいてきてそれが敵対心に近いものだと思えた時にはもう手遅れだと思っていた。そして被害を被る事が既に分かっている状況で私は一瞬でも迷ってしまった。衝動と理性に阻まれた結果、私は何もすることは出来なかった。これでは保護者としての資格はあるのだろうかさえ分かったものではない。

 

 もう諦めることにして私は目を閉じた。当たりそうなところだったので直視出来そうになかったからだ。

 

 大きい音、それがその直後に聞こえていた。目を背けて瞳から入る情報を遮断した私はそれが何であるのかはさっぱり理解出来なかった。ただ、思っていたのとは違うものだった。それだけで何があったのか不安にもなったが安心したような気もした。

 

「申し訳ないです。怪我はありませんか?」

 ヒカルの声だ。

 

「はい」

 早苗は小さな声でそれに答えていた。それから大きな笑い声が遠くの方から聞こえる。

 

「いやー、面白いものだったな。傑作だよ」

 太陽を克服したとかいう吸血鬼のカディング・スカーレットだったか。その人はこの状況とは似合わず、高らかな声を出していた。私だってそんなに優しい神でもない。やる時はやるつもりだ。私はそこで目を開けておくことにした。まさかだと思ったがヒカルは早苗の下に自分の左膝を入れて地面に付かないようにしていた。その上で自分は地面に寝転がっている。これではどちらが危害を加えられた方なのか分からなくなる、私はそこで一つ小さく溜息を吐いた。安堵というのかそういうところだ。

 

「それにしてもこいつ以外に誰も動きはしないが良いのか?倒しちまっても知らないよ」

 

「まぁ、私が出ても……。いや、出る幕がないだけだよ」

 横からの異様な威圧感に私は出していた言葉を引っ込めた。確実に頭に来ている彼は私に対しても敬意も何もない視線をぶつけた。それだけで評価に値する。私はそこで身を引いて静観していることにした。

 

「嬲り殺しても知らないよー」

 できるものならしてみろ、私は心の中で小さく呟いた。

 先ほどの件はかなり危なかった。僕自身でもあのように上手く回り込めたのは奇跡だとしか言いようがないようなものであった。気が付いたら僕は地面に倒れていた、そして早苗さんは僕の左膝で尻餅をついている程度で怪我を負ったような気はしなかった。それでも一応は聞いてみたが放心気味に返された。

 

 それから神奈子さんは向かっていこうとしていたが何故かその言葉を濁していた。何が起こったのか、それは僕には理解出来ないものなのだろうが何か思惑があってそのようにしたのだと思っている。

 

 僕は早苗さんが立ち上がってから左腕に力を入れて立ち上がろうとした。相手はとても上機嫌で笑っていて側から見ていれば楽しそうだった。何か色々と常人と外れた感性をお持ちのようだが僕にはそれは関係なかった。お父さんがそうだからだ。

 

 不意に崩れた、力を入れていたはずの左腕はその場で折れてしまったように倒れた。もう一度地面を舐めてしまった僕はサイドで体を使って起きるとすぐに異常に気づいた。既に左腕には力が入りそうになかった。

 

「いつまで楽しませてくれるか楽しみだね」

 

「すぐに終わらせますよ」

 僕は立ち上がりながらにも右腕で剣を構えていた。自分の肩のあたりの高さで水平に構えた剣はどのような技にも派生が出来る。それを見据えた上でのこの構え方をした。

 

「それは悲しいね。じっくり楽しませてよね」

 相手からすればもう勝てる試合だと思われている。それ故に楽しめるかそうではないかでしか判断をしないようで最早此処に誰かの意思と言うのはなかった。僕はそれを感じて動くことはしなかった。

 

「何か反応はしてくれないの?悲しいね」

 僕は相手の言葉に反応はしなかった。それどころか最早別世界で隔てられているように言葉が届きもしなかった。僕にはもはや何があったのかそれを判断つかない程度にはなっていた。

 

 僕はその場に留まっていた。何もしないし、何かを行う気さえしない。あれから何も変えていないが変えたところと言えば焦りなんてものを持たなくなったぐらいだろうか。僕は一歩も動く気はなく、その場で早苗さんが近くにいるところで止まっていた。これで先程の何か得体の知れない攻撃のようなものは関係なくなくなる。それに、他に向かおうとしても僕よりも強い。

 

「動かないならこっちから行くよ」

 一つの音、それから二つに分かれた身体は三本の線を描いてその四足をかき鳴らす。五本の指から放たれた六回の攻撃を僕は七回、自分の剣を振って防いでからその場で止まった。

 

 動きなんてものは最低限で行われるもので他は何もなさそうだった。自分の中では何が起こっているのか、とても冷静だった。普通にどこに向かっているのかも見えているし、攻撃も捌けるものはそうした。そして一撃を与えて相手を後退させた。

 

「何だ?まだまだ実力は隠していたのか?それは、面白いねぇ」

 更に興が乗じるつもりなのかそれはそれは楽しそうにしていた。こういう時に扱える技があるので使ってみようか。僕は一応剣に風を纏わせるように念じた。この念によって多少変わるものがある。なので、それを実践してみようと思った。まだ、綺麗なものではないがそれでもやってみる価値はあると思う。僕はその時期を見計らうために静かに構えていた。相手の動きにどのように当てはめる事ができるのか、練習とは違った本番という魔力がある世界では僕はまだ十分に戦えるというわけではない。それでも噛み付ける限りは幾らでも、八起きくらいはやってみせる。

 

 僕は相手の言葉に答えるようなことはせず、僕の中でどのようにしようかそれを考えていた。一ノ技、二ノ技、六ノ技、八ノ技のうちのどれを使おうか、それを瞬時に判断する必要があるので動きはしなかった。まるで尸のように剣を構えて仁王立ちをしていた。どれだけ刃を向けられるのかそれは僕の意志の強さで決まる……。

 

「まぁ、良いさ。楽しいことには変わらないよ!」

 一つの音、そして先ほどと変わらない軌道、三度目は流石に見飽きてきた。剣を構えて低く体勢を保ったまま僕は相手の初撃が何か見極めた。上からなのか下からか、左が右か。それから足を使うのか爪なのか腕なのか。僕はそれをじっくりと時間を使って見極めた。

 

 左腕の突き。

 

 僕は構えていた剣を上に持ち上げてから下へと向かわせて左足が浮くほどに一気に振り上げた。相手の爪先はその剣で敷いた膜の間に入り込んでいた『八ノ技 防風』。相手の赤くて長い爪は尽く砕かれ、後ろへと退けざらされた。

 

 そして僕は再度地面の水平になるように肩の位置で剣を構える。そしてじっ、と相手を見ながら追い討ちもせずにその場に立ち止まっていた。左腕は相当痛い。

 

 

 後ろからはどちらかと言えば感嘆の声が聞こえてくる。それさえ僕は反応しなかった。

 

「はぁ、はぁ。よくもやってくれたな」

 

 それさえ僕は反応出来なかった。段々と意識も白濁としてきた。それでも立ち続けている必要がある。これではまだ届きそうにもない。

 

 もう僕には余裕というものはない。それでも相手はまだ倒れていない。此処は少し力を抜いて相手の行動に合わせる形で行なっていくのを続けていくしかないだろう。体力面ではとても敵いそうにない。それなら、出来るだけ最大まで溜めてから少しずつ使っていきたい。それが今のところ、僕に出来そうな最大の抵抗だーー。

 

「やっーちまうか。なぁ?」

 そういったカディング・スカーレットは自分の右手から恐らく魔力を貯めて作り上げたと思われる剣を作り出した。漆黒の剣で炎が燃え上がるような不鮮明な形をしたその刀身と持ち手として機能していないような気がする形で不明瞭な長さの柄。それから自信満々にしている。僕にはどのように対処しようか迷った。長さは相手の方が長いし、自分の魔力なので上位であることには変わりない。

 

 僕はそこで固まっていたが、相手からすればそのようなことは何もない。こちらへと向かってくる、その頃には既に攻撃の体勢を作り上げていた。僕はすんなりとそこでかわす。当たればどうなるか分かったものではないものに触ろうという気はなかった。そして、背後に回ろうと思ったがそれはしなかった。三人があまりにも近過ぎる。

 

 泣く泣く、軽い風を起こしてこちらに意識を向けさせた。それから僕は歩いて相手に近づく。その間、構えているかどうかさえ悟られないために切っ先を下に向けて何とかしてみようと試みた。それが駄目だと思えるその時まで諦めるつもりはなかった。

 

 相手は冷静さを欠いているようで簡単な軌道で向かってきた。こうも分かりやすいと罠を疑うがそのようなこともなかった。相手の横薙ぎに合わせて切っ先を下に向けていた。

 

 刀身に乗る、その瞬間まで耐えてから横へと走り抜けるその腕を真下へと打ち下ろした『六ノ技 疾流し』。

 

 相手は特に動けるわけもなく僕を仕向けた方向に転がり込むように体勢を崩したところで回し蹴りをかまして更にその転がりを助長した。そして、僕はその様子を横目に踵を返していた。そして出来るだけ距離が開くように歩いていた。二歩程度ではあるがそれでも自由度はそれなりに変わる。剣を特に気にすることなく振れるだけでも無問題だろう。

 

 右腕から左腕、そして下から上へと相手の炎のような刀身をした剣が動いていた。それが僕の目線の合うところで止まるとくるり、と反転してから横に一線振り切ろうとしている。相手ながら見事に騙されたのだが、あまりにもそれは合わせやすかった。

 

 右腕に持っていた左腕へと切っ先が向いている地面と水平の位置に構えている剣に残っているのを纏わせてから何も動かさなかった。剣はもちろん、身体も動かさなかった。

 

 相手の振る剣は僕の構えている剣に当たって振り切りたい方向とは真逆へと持っていかれている。だが、身体はその場で上手く止まることはなくそのままの勢いで回っていた。腕と身体が回り方が異なっていた結果、その場に蹲ってしまった。少しは反撃をしようとはしたが僕にはまだ躊躇があった。それを逆手に取られたようで簡単に逃げられた。

 

 僕だって剣を振って決着をつけたかった。しかしながら、振り切るだけの行動を起こしてくれる身体ではないことと、斬るという意味合いを考えた時に僕はその場で動けなかった。少しばかりか弱過ぎたのかもしれない。

 

 相手には届きもしない剣を振り続けて何になるのだろうか、ふと疑問に思えた。自分で答えは出なさそうだが、僕には何も出来そうになかった。今は休憩を取ることにしよう。

 

「フフフッ、そろそろ限界が見え始めたかー?もう辞めにしようぜ」

 もちろん、答える気はない。僕は相手ではなくてその後ろの方を見ていた。そこにはここまで技を教えてくれた椛さんがいる訳だが、明らかにその目は怒りに満ちていた。僕はそれを直視出来ずに、あからさまに目を背けてしまった。そして思った、やはり落胆させているのだと。そう思えた時、僕は何となくまだまだ実力なんてものは下の方なのだと思えた。そうでもなければこのように遊びのようなことに身を投じるようなこともないわけだし、何よりあんな風に怒る訳もなかった。期待もされていない。あんなに疲れる感情を出してまで僕に弱いことを知らせるつもりなのだろうか。そう思えた。僕はまだまだらしい。

 

「本気だ、ここからは私も狩りにいくぜ」

 世紀末かのような笑い声と声を出していたカディング・スカーレットは段々と興が乗ってきたようで明らかに楽しそうにしていた。僕は単純に餌としてしか見られていないのだろう。僕は剣を優しく構えた。やれるところまではやってみようと思えただけでも及第点だろう。

 

 相手の言う通り、それなりの強さを持って僕のことを狩ろうとしていた。しかしながら、僕にはそれに答えられるだけの気力が無くなっているのでどうしたものか、それを考えていた。左腕はあまり動かさない方がいい。それに比べて両脚は動かせるものの疲労というものは溜まりに溜まっている。右腕も技を多用しているためかそれなりに疲労感がある。

 

 相手が動き出した。それを感じて、僕は右腕で持っている剣を構える。どのように動いたとしても全て対応する手立ては残している。後は相手の出方次第、といったところだろうか。僕はゆっくりと構えていた。そしてその時が来るのを待っていた。

 

 ゆっくりと。

 

 その一歩の動きに注目して。

 

 僕は切っ先を脚へと向けた。

 

 右脚は相手の動きから読み取ってみた結果、安全そうな方向へと向かうように風を纏わせておいた。

 

 相手はそれを見切ってか僕からみて左側へ膨らんだ軌道ですん、と音を出しながら振り下ろしていた。

 

 僕は切っ先を左脚に当てて、身体は相手の攻撃を避けられるように、右脚はその下を通れるように角度をつけたところへ移動した。左脚を右脚と交換するように振り回した。剣を当てた脚は全身に風を纏っていてその勢いは相手の右腕に当たる『一ノ技派生 風刃脚』。

 

 そして僕は左脚裏を地面につけてかかとの方へ進ませる。それから左脚を振り回した勢いを使って右脚を折りたたみながら、身体を傾かせながら真後ろへと蹴る。左脚にはそれなりの負荷があった。それでも僕はそれ以上何かする気は起こらなかった。逃げることしか考えなかった。一回転、守矢神社の社がある方向へと転がると足で地面を蹴って距離をとった。だが、立ち上がれない。相手も脚を蹴られてその場で蹲った。勝負は引き分けかと思えたがそうでもなかった。

 

 相手の怒りは相当なものだった。僕はそれを背中で感じて変に身体が硬直、余計に動けなくなった。

 

「よくも、よくもよくもやってくれたな」

 相手は怒りが最高潮に達していた。駄目かな、なんて思ったその時。

 

「立て。まだその時ではありません」

 遠くからだった。ここで誰も口を開いている人は居なかった。これは社とは反対方向にいる白い髪をしている、今では生活を共にしている椛さんだった。しかし、いつものように優しい声ではなかった。

 

 僕はそれでも立ち上がれなかった。意識は段々と無くなっている。眠たい、と言うわけではないが目が閉じていく。本番には魔物が住んでいる、いつもならもう少し出来たと思う。

 少年は動かなかった、否、動けそうになかった。左腕を早苗を避けた際に打撲、その時に剣を落とした。そして度重なる技の過度な使用に身体がついて来ていなかった。練習とは違い、自分のちょうど良い時に終わると言うわけでもなかった。少年は正に魔物に噛み殺されそうになっていた。

 

 その様子をカディング・スカーレットは上機嫌に見つめていた。彼女も右腕と右脚に相手の蹴りを受けていたが体の構造は全く違う。動かしづらい程度で人を殺す上ではあまり支障のないものだった。少年はまだ挑むには早かった、という事らしい。

 

 ようやく仕留められることにカディング・スカーレットは油断をしていた。これを振れば倒せる。そう思っていた……。

 

 しかし、その思惑は意外にも簡単に打ち破られた。少年の剣は背中を守っていた。そして切っ先は社の方へと向いていた。上から下に降っていた軌道は急に左へと流される。それによって体勢を大きく崩したところで少年は脚を使って地面を蹴ると前転のように前へと転がるが地面に手をつけずに大きく上へと飛び上がると右腕を大きく自分の体の外側へと振りきっていた。少年は背中から地面につくと回転の勢いを使って立ち上がる。その立ち上がりに音はなく、今までの雑念もない。相手のことしか見ていないようでその周りのことも呆然と見ているように感じる。

 

 思わぬ損傷を受けたカディング・スカーレットは顔を歪ませていた。油断したばかりにこうも痛い仕打ちを受けたと言うのが腹立たしかったのだろう。彼女は怒りという激情に駆られて少年の元へと走り出した。

 

 少年は上から下へと剣を自分の前で振り回した。彼女の剣はそれに弾かれる。

 

 少年はそれを機に前へと走り出した。構えていた剣を肩の上へと乗せる。彼女も反応して剣で防ごうとしたが少年は残像であるかのように彼女の視界からは居なくなった。まさか幻覚だったのか、と思えるほど。自分が少年にかけてここの神社の巫女に剣を振らせた時にかけた技をされたのかと思っていた。

 

 その時、彼女の腕と脚に違和感があった。

 

 それを確認しようと、振り向いてみたものの遅かった。思い切り地面に顔をぶつけられていた。彼女はその地面に当てられた勢いでもう一度地面に口付けした。顔への痛み、四肢の違和感に目を閉じていた。一瞬、考えてから彼女は何となく整理をつけたようで何もしようとはしなかった。最早、生きるということを諦めていた。

 

「ここではまた王に舞い戻れると思ったんだけどなぁー。こんなところでこんな少年に負けるようじゃその夢も叶えられるわけないか。もう全て諦めたから手早く終わらせてくれ。頼む。)

 

 少年の脚は彼女の首筋の前で止まっていた。剣を振ることも、動くことも、何も出来ない彼女は目の前の運命を仕方なく受け止めようとしていた。

 

 幻想入りする前である場所を統べていた彼女も負けが続いて逃げ延びるように此処へと二人と交代するように入り込んだ。それまでの自信と実力から己の力を過信したが今ではもう何もしようとしなかった。

 

 彼女は目の前の事を受け止めて目を閉じていた。その先、それは何も語らない……つもりだーー。



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96話

消えていきそうな視界の中、ぼやけた眼は何かを見つめていた。瞼は重たい。まるで石でもぶら下げているかのように開くのが精一杯で開けていられる時間もそう長くはなかった。そして、手足には特に感覚というものはない。あるのかさえ、記憶を頼りにしないといけないほど。そして暗かった。だからと言って、もう閉じた瞼からは夜なのかまた別の世界なのかは判断が付けられなかった。

 

身体はひどく疲れている事を知らせてくれた時、僕は一旦動こうと、この状況をなんとかする事を諦めた。動きそうにない事や意識が朦朧としている、それを知れただけでもそれでいいのかも知れない。

今度眼を覚ました時は意外とすんなりと起きれた。先程の事が嘘であるかのように、夢であるかのようだ。上半身は身軽だし、手足も指先まで感覚はある。そして軽く折り曲げることもできる。もう朝を過ぎて昼前へとなっていそうな気がするのを目で確認していた。そして、明るめな緑色の床と馴染みのある木の香りがするこの部屋で僕は何となく記憶を繋いでいた。昨日、いや一昨日、その辺りから凄く深い眠りの時間を横になっていたような気がする。それは本当に手足の感覚が無くなるほど。しかしながら、音は聞こえない。どれぐらいの人がいるのか、近づいている人がいるのかそれは襖の先に動く影から推測するしか方法はなかった。簡単な話、まだ完全に治っていると言うわけではなかった。感覚があるだけで身体が重たいことには変わりなく、もう一度横になっては天井の木目の数を数えていた。

夕刻へと近づいているのか外からは赤い光が入り込んでいた。どちらかと言えば、一日を無駄にしているような気もしなくはないが、本当に一日なのかは定かではないので良くない方向に考えることだけを辞めておいた。他には何もなさそうなので今も寝ておくことにした。

 

 

だけど、それをしようと思うと変に活発になっていた身体はそうさせてもらえなかった。状況を把握しておきたいと身体が言っている。それだけではなく、感謝の言葉の一つくらいは言っておきたかった。ここに居る医師は凄く腕がいいのは確かだが、微妙に副作用の強いのが多い。それでもやはり治してくれたのには変わりないので言いにはいきたかった。起き上がって襖を開けて周りを見てみるが居そうな雰囲気はなかった。探しに行こうと思ったその矢先、後ろから声をかけられた。その声には優しさのある控えめな声だった。どちらかと言えば申し訳なさそうな感じがある。

 

その声を聞いた時には僕は何となくだが、答える気にはなった。

 

「別に気にすることはないんじゃないですか?」

それに対する返答は意外にもあっさりとしたものだった。考えていたものよりも後味はなくすまし汁を食しているかのようだった。

 

「これは僕がやっている事です。誰かに謝られる理由はありません」

 

「そう言われると私がここにいる理由がないじゃないですか」

 

「来てくれただけでも嬉しいですが気は落とさないでください。そう言う意味です」

 

「……よく生きていましたよね、本当に。信じていた通りですが」

 

「それなら良いじゃないですか」

その時の僕は自然と笑顔になれた。まだ、身体に力は入りにくいのだが、それでも表情は無意識でも出せた。それは何故かなんて聞く必要もないのではないかと思う。

 

「安心です。これからも日々精進していきましょう」

 

「はい」

僕に必要なのはそれだけだった。相手もその事を理解しているような柔らかい表情と炊きたてのご飯のような心がほっ、とする何かはあった。

 

「案外元気そうね。良かったわ」

銀色の髪を後ろで三つ編みにしている女性でここの主治医をしている人だった。赤と青のツートンカラーをしている服装で大人としての魅力のある人だった。

 

「貴方には感謝しかないです」

 

「別に良いのよ。怪我をしてもしなくても訪れる人が居たのだから。また、いつでも生きている状態でいらっしゃい」

優しい笑顔でゆっくりとした口調で僕の顔を見ながらその人はそのような言葉を放った。僕にはある意味、安心できる言葉だった。今やっている事は無茶も良いところ、勝算があるのかどうかも分かったものではない。ゆっくりと老後までなんて長い期間は用意されていない。

 

「怖いですよ、永琳さん」

 

「それはどちらの言葉かしら。明後日になったらまた始めなさい」

永琳さんはそう言いながら、その部屋を出て行った。ある意味、定期診察と言うのか、少しだけ患者の様子を見に来ただけなのかも知れないがそれでも僕にとってはとても嬉しい言葉であることには違いなかった。もう少しだけ頑張ってみようかと思えた春先の夜。

 

「明後日、また来ますね」

椛さんは僕の横から立ち上がると、それ以上は何も声をかけられることはなかった。桜の散り際の如く。



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97話

襖の外からは明るい光が入ってきていた。昨日感じていた身体の不自由感は何もなかったように落ち着き、軽い気持ちで布団から出ていた。それでも、歩きにくいのはどうしても気にせざるを得なかった。少し休んでいた間に筋肉量が落ちたらしい。まずは、元の身体に戻るような鍛え直す必要がありそうだ。

 

そう思いながらも、襖を開けて外の景色を眺めていることにした。館の外には竹林が広がっていて、中には赤く塗られた橋と池がある。池の水面に反射した光はキラキラと輝いていた。ここで走り込むなんてことは考えなかったが身体の訛りのことも考えて少しくらいは体を動かしても良さそうな気はした。

 

「おはようございます」

僕は後ろから声をかけられた。その声は控えめで内心ではドキドキしているような震えがあった。僕は気にすることなく、その言葉を返した。

 

「お身体の方はどうですか?見た感じ、なんともなさそうですけど」

確かにそう言う点ではそのような言葉が出てきてもおかしくはなかった。しかしながら、何処か違和感は残っている。あの時、確かに腕には痛みがあった。その事実は歪むことはないと思いたい。

 

「腕の痛みはどうして取れたんですか?」

僕は聞いた。

 

「それは師匠に聞かないと分からないです」

すみません、と軽く謝られたが僕には誤っている理由は理解出来なかった。補佐である鈴仙さんが詳しく知っているとは思っていないからだ。多分、新薬の開発に貢献したのだろう。

 

「それなら、永琳さんのところへ向かいますので後で身体を動かすのを手伝ってください」

僕はそれだけを言い残してその場を去ることにした。別な無理にそうする必要はないが、気になることは聞いておきたい。

とある襖のある部屋の前にたどり着くと襖に触れてから軽く開けておいた。そして、永琳さんを呼んでみた。返答は意外にもすぐ返ってきた。ととと、と軽い足取りで向かってくる。

 

「どうかした?」

 

「少し聞きたいことが」

 

「何かしら?」

 

「僕にはどのような薬を使いましたか?」

僕の質問はそれだった。ただの素人目から見ただけの異常なことに疑問を投げかけても答えてくれそうな人に聞いているだけだった。

 

「自分自身の自然治癒能力を向上させる薬よ」

回答はそれだけだった。確かにそう言えばそれで済むのだろうがもう少し掘り下げてみようと思う。

 

「何か副作用はありますか?」

 

「別に、それは聞かなくても大丈夫よ。現に元気そうじゃない」

永琳さんは確かにそのように言ったが僕は何か隠しているような気はした。

 

「それは有り難いですが、何か気をつける事がないか、それぐらいですかね」

 

「しばらく運動は控えた方がいいわよ。身体が追いついていないから」

 

「それはどれくらい?」

 

「昨日、目が覚めては眠るのを繰り返していたのではないかしら?それほどに疲労は溜まっているわ。明日、退院の予定だけどとある白狼天狗が必死に頼んでいたから特別よ本当ならばもう二、三日は横になってもらいたいわ」

 

「何となくですが、理解しました」

 

「それと教えてあげる。世の中には聞かなくても良いことはたくさんあるものよ」

 

「だとしても、興味を持つのは変わりないのでは?」

 

「変わらないわね。無理のない範囲で好きにしていると良いわ。その代わり、剣は明日まで預かってます」

 

「そうですか」

僕もこれ以上聞くようなことはない。ちょっと疑念ではあったが血筋は争えないらしく、お父さんもさほど変わらない問題児ではあったようだ。休息も大事だが、時間に追われていることには変わりないのだろう。永琳さんももうそろそろ堪忍袋の尾が切れそうな気はする。

 

「朝食の時間には呼ぶから、目に見える位置にいなさい」

生憎、僕達の扱い方には慣れているのかこれから何をするのかも聞かれなかった。相当な疲労が溜まっている、と言う言葉には引っかかるが僕は鈴仙さんにもう一度声をかけてみようと思う。

しかし、そう戯れている時間もなかった。鈴仙さんはこれから人里で薬の配達を行うらしい。僕も付いて行こうとしたが、それは違うのだろうと自分で判断して永遠亭に留まることにした。なので、想像をしている事にした。竹林の中を通り抜ける風と言葉を交わすようにポソポソと呟いてみた。

 

聞こえはしないが何かを言われているような気分になった。それでも、僕はそれを聞き取ることはできない。謎の言語のようにも聞こえるし、ただ単純に声が小さくて耳では拾えないだけなのかもしれない。もしかするともう少し違うやり方で行うのかもしれない。

 

それでも分かることはある。どこへ向かおうとしているのか、誰がどの辺りにいるか。一瞬だけ、残像が現れたようになっては消えていく。妖に驚かされているのだろう、と言っても仕方ないだろう。それほど曖昧で奇妙なものだった。

 

それは風の調べと言うべきか、味方になってくれているのか。何も考えていない事で頭の中が空になっているだけなのか。疲れからくる幻覚なのかーー、想像はそれを超えていくのか。僕には判断出来なくても感じているものはある。三ノ技だと言えるものなのだろうか。僕には答えなんて導き出せないものなのに自然と物事は浮かんでいた。それでも沈んでいく。それは雲のように空の上を漂っているようで二度と同じ形のものはなく、次々に現れては何処かへ流れていくようだった。

 

今日のところはそれだけで終わらせた。別に時間が来たからではなく、立ち疲れた。それだけだった。やはりそれなりに色々なものが崩落しているようで出来たはずのことも出来なくなっていた。これはかなり頑張らないといけない、と自分を鼓舞する事にした。



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98話

とにかく、その日は自分に与えられた部屋で一人、横になる事で英気を養っている事にした。明日からはそれなりに扱かれる覚悟はできている。それに、されなくともそうするつもりでいる。まともに剣も持てないようでは勝てる者にも勝てそうにない。

 

早朝、ある人がここに訪れた。僕もこの時ばかりは早めに起きていて昨日やっていた事を繰り返し行っていたところだった。それ以上はどうにもやれなさそうだが、基礎的なところから始めてみようと思う。風を感じる、と言っても目に見える訳でもないので流れる方向やそのものの気配を感じていた。それこそやれるわけもない途方もないものだが、それはここまでで学んでいる。いつになったら勝てるだの、言っている暇があるなら何かやっていた。現に、身体も十分に動かないのにこうやって立ち、風を感じていた。

 

「似てきましたね。嬉しいです」

 

「椛さん。来ているのは分かっていました」

 

「三ノ技、使い始めたようですね。それは風の流れから相手の気配を感じ取るものです。そして、一瞬だけ見えては消えていく代わりに全ての範囲を察知出来ます。もちろん、力量に合わせた範囲と濃さですが」

三ノ技 凪は要するに索敵のための技だ。前にも説明を受けていたので分かってはいたが使い分けは必要そうな気はする。本当に一瞬しか理解出来ない、その代わりどの方向に誰がいるのかは何となく察知出来る。今は多分、永遠亭を囲めるのが限度なのだろう。気づいてから声をかけられるまでそれほど時間は有しなかった。

 

「それでも使えるようになったのは私としては嬉しいものです。これからも支え続けますから」

 

「その気持ちを無下にしたい訳ではありませんが、要りません。自分で立たせてください」

 

「言うようになりましたね。それなら、早く私を倒してからにしてください」

 

「そうですね。頑張ります」

僕としてはちょっとした軽口、それでも椛さんはまた違う場所を見ているようだった。

 

「二人とも、是非ご飯を食べていってください」

 

「いえ、遠慮しておきます」

白いウサギ耳、紫色のミニスカートをはいているブレザーを着用した学生のような服装をしている鈴仙さんは僕たちの事を朝食へ招待したが椛さんは少し考えてからそのような判断をした。僕としては何方でもいい、なんてわがままを言うつもりはないがそんな所ではある。食べられるならそれでも良いし、早めに身体を鍛えておきたいといえばその言葉に二言はない。相手の行為を無下にするか時間をほんの少しだけ失うかそれで悩んでいる。

 

「折角ですから、英気を養えるように昨日、食材を揃えてきたんです」

鈴仙さんは必死になっていた。僕もここまでされては断りたいとは思いたくない。

 

「椛さん、食べてからでも良いですか?鈴仙さんを含めた永遠亭の皆さんの行為を無駄にしたいとは思わないので」

 

「そうですね。私はもう済ませていますので貴方はゆっくりと食べていてください」

「分かりました。少しだけ待っててください」

僕は椛さんを置いて鈴仙さんの後ろをついていった。椛さんは少し微笑んだ感じで僕の事を見送ると縁側に座って時間を潰そうとしていた。

食事には鰻はもちろん、レバーや果物など栄養に偏りがないと思われるものを多く食べていた。そうお腹に入らないと思っていたが基本的にあっさりとした味わいのものが多かったので心地良い満腹感を得られた。流石に全て平らげることは出来なかったがそれほど用意してくれた鈴仙さんには感謝しかない。なので、平謝り同然の角度で永遠亭の皆さんに頭を下げた。

 

その帰り道、空を飛ぶと言うことを許されなかったので歩いて帰る事にした。付き添いには椛さんがいる。どうやら、永琳さんからは側に居てあげることを条件に今日退院するのを許可したらしい。その事については何も疑問がないがそれほどの作用がある薬を処方されていたとなるとなぜか微妙な気分になる。安心感は何処へやら、と言う状態。

 

「椛さん、あの後どうなりました?」

あの後、それはいわば、僕がカディング・スカーレットとの一戦の後、どのようになったのか。それについては誰からも聞いていなかった。

 

「博麗 霊夢と八雲 紫があの場に来ましたが何の成果もなくそのまま帰りました。貴方はちゃんと勝っていましたよ。その代わり、左腕の打撲、身体の著しい疲労をとるために永遠亭では心肺停止の一歩手前まで身体機能を落とす代わりに回復を促す薬を投与してもらいました」

 

「霊夢さんはその後どうしてますか?」

 

「それは耳に入っていませんね。恐らく、評判は大分落ちているでしょう、真実を知っている人の中では」

 

「少し行きたい場所があるのですが、先に行っても良いですか?」

その言葉に椛さんは不可でも可でもない返答をした。好きにすると良い、そんな回答だった。その代わり、今日中に会おうとするなら私が付き添う事は承知して欲しいとも。その事については分かっていた事だった。今日のところ、体の動きが悪いのは自分でも分かっていた。永琳さんの薬の効き目は三日程で打撲を治し、身体の疲労を取り除く代わりにある種の倦怠感はあった。それはこんなに距離があったかと疑問になるほどの広さを実感した時に感じた。

 

「それなら、紅魔館に行きましょう」

 

「はい。とてもお世話になっていましからね」

 

「それだけではないですけどね」

僕は軽くそれだけを言ってから椛さんに抱えてもらう形で迷いの竹林と森の合間から紅魔館へと向かう事になった。



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99話

珍しく霧が晴れた湖の向こうには大きな赤い色をした壁が特徴的なとある館が姿を現した。血の色とも似ているそれはある意味ではその威圧感と趣味の悪さを示していた。その中には僕がお世話になった人がいる。恐らく、何か思うところはあるだろうが僕はその先を急ぐ事にした。

 

相変わらず、居眠りをしている門番を通り抜けて、綺麗に整備された庭園を通ると重厚感のある扉を開いた。中には人は居ない。正確に言えば、物音ひとつない状態である意味気味の悪い空間になっていた。しかしながら、僕は一言謝りたいことがあるのでその中へと入る事にした。中は赤いカーペットが敷かれていて左右には洞穴のように続くろうそくだけが揺らめく廊下、目の前には左右に大きく膨らんだ二階に行くための半円の半分の螺旋階段。上には煌びやかなシャンデリアがあるだけで何か問題がありそうには見えなかった。汚れを感じることのない空間は誰かの手によって整備されたようにも見えるがその本人は何処にも見当たらない。もし、見つからなければその時は主人から何か一言伝えてもらう事にしよう。

 

誰もいないような館で僕は二階へと行くために螺旋階段を登り始めた。段に敷かれたカーペットはふかふかで足を踏む音はそれでかき消されていた。無音というのが一番合っているが空気はビリビリとしている。ここは僕以外が居なくなった世界だと感じても仕方ないほどに乱すものはない。それは二階に昇った後で廊下を歩いてもその状況は変わらなかった。椛さんには外で待ってもらっている。変な誤解を生まないためと念を押しているが千里眼の能力で視ているとの事。あまり交流のない上に今回の件であまり良い感じではないようだ。それも仕方がないものだとは思っている。そして、それを直接見てきたのは椛さんなのだろう。

 

とある二階の廊下にある扉から階段を登った先で大きめな扉を見つけるとその扉を叩いた。中からは入るように促されたので入る事にした。

 

「あら、咲夜じゃないのね」

中の部屋に置かれているテーブルにはマカロンやケーキなど紅茶に合うスイーツが段重ねに置かれていた。そこで紅茶を啜るのがこの館の主であるレミリア・スカーレットだ。青色のショートヘアで頭には白いナイトキャップを着用している背中から黒い羽が生えている。種族は吸血鬼、今回の件の犯人である種族でありながら被害者でもある。

 

「すいません」

 

「別に謝る事はないわよ」

レミリアさんは軽く笑いながら僕に席に着くように勧めた。

 

「それにしても何か用?そんなに震えなくても食べたりしないわよ」

 

「前に会った時に話しておくべきだったのですが、勝手に紅魔館から出ていったりしてすいませんでした」

 

「あぁ、そうだったのね。その辺りは貴方の父親を知っているから別に気にしていないわ。一年帰らなかった事もあるのだからこの程度、どうという事はないわ」

レミリアさんは本当に軽く笑っていた。しかしながら、それが冗談と言える確信はなく、レミリアさんの言葉を受け入れるしかなかった。

 

「それでいつ戻るか分からないです」

 

「何かやりたい事があるの?」

 

「はい」

 

「そう書いてあるわ。何か大きな敵と戦いたいようだけど幻想郷にいたかしら?黒い毛に二本の剣、それと人型のようね」

レミリアさんの運命を見ることの出来る能力は僕のこれからを見ていたようだった。それでもそれ以上に気になることはある。

 

「息子として超えたいだけです。その為に今は妖怪の山に居ます。倒せるまではのんびりしていられません」

 

「分かったわ。また、来たくなったらいつでも来なさい。部屋とあの書物とも言いにくい知識の集合体は残しておくわよ」

 

「分かりました。失礼ですが、僕はここで帰ります。外で待たせている人が居るので」

 

「そう、また寂しくなるわね」

 

「すいません」

 

「鬱陶しいわよ。やる事があるなら胸を張っていなさい。少なくとも私はそんな姿見たくないわ」

 

「それでは、倒せたらまた会いましょう」

 

「貴方の努力次第でどうにもなるわ。最善を尽くしなさい」

レミリアさんはそのように僕を応援しているようだった。それで構わない。

 

「はい」

僕はその返事をして、席を立つと一礼してからこの部屋を出た。それから椛さんと再会するまではそう長くはなかった。

あまり身体を使わせまいと椛さんには持ち運んでもらっているがもう一つわがままを言いたかった。そのわがままは別に大層な事ではない。単純な疑問として僕の中で生まれていた事だった。本当に簡単な話、僕はどうして生きているのか?

 

正確にはあの勝負の結末は何も知らない。その代わり、何も起こっていない幻想郷では何らかの方法で倒されたのだろう、今回の元凶は。

 

「椛さん、守矢神社に行きたいです。あの時、何があったのか神奈子さんや諏訪子さんの口から聞きたいです。もちろん、椛さんからも聞きたいですが、三人から一気に話を聞かせてください」

 

「良いですが、覚悟はありますよね?」

椛さんの反応は異様なほど間があった。山彦のような反応速度に僕は少しだけ身を縮こませた。それに、もう一つ気になることといえば、先ほどの覚悟、という言葉。

 

別に覚悟がないというわけでもない。それは何に対するものなのかは何も知らない。ただ、早苗さんを斬ろうとしていたらしい時にとっさの受け身で左腕を打撲しているという事ぐらいは知っている。後は必死だった、生きて勝つ為に。

 

「何に対するものですか?」

 

「それは彼処で行った事に対してです」

 

「すいません。何も覚えてません」

 

「防衛本能が働いただけですか。分かりました。先に話を通してから向かいましょう」

それから椛さんは話すことはなかった。僕は何も心当たりがないので黙って守矢神社に着くのを待っていた。途中、下に見えていた人里は段々と南へと追いやられて森が広がっていた。もう妖怪の山には辿り着いたのだろうと感じたがそれでも疑問が取れることはなかった。

 

僕は少し乱暴に守矢神社の鳥居の前に放り出された。別にその事について怒りはこみ上げないが、もう少し丁重に扱えなかったのだろうか。なんて思う。僕は立ち上がる事は出来てもぶら下げられているというだけでも疲れを感じているのか立ち上がってから呆然としたまま時間を過ごしていた。もう何も起こりそうにもない。参拝客も少なければそもそも誰かいるような気はしない。僕の視界には境内の様子は見えなかった。

 

「ヒカルさん、私が背負うので早く来てください」

聞いたことのある声だった。少し気が抜けているのか誰なのかは判別出来ないが、大体の察しはついていた。足に当たる刃が気になるがその事は相手はそれほど気にしていないのだろう。それに僕も多少の辛抱をしている事にした。

畳の敷かれた本殿の内部には大きな長机が一つ。上には茶菓子と思われる煎餅と急いで作ったのか湯気の立っていないお茶が相手側に置かれていた。取り敢えず何処かタイミングが悪かったのだろうと思う。

 

「いただきます」

僕は目の前に出されたお茶を啜っていることにした。こう味のついた飲み物を飲むのは久方ぶりだと思う。永遠亭でも食欲は湧かなかった。正直、水で良かったので白湯にしてもらっていた。

 

「それで、結末が知りたい、だったか。話すには話すが本当に何も覚えていないのだろうな?」

紫色の髪で背中には大きな輪をしている注連縄をしている赤色の服装をしている神、八坂 神奈子は僕に聞いてきた。

 

「はい。正直、誰がカディング・スカーレットを倒したのですか?」

 

「それはお前がその手で倒した」

 

「本当ですか?」

 

「ええ、それは見ていました」

椛さんは神奈子さんの話に肯定した。

 

「うん、そうだね」

黄色の神、茶色の帽子に目の付いている蛙のような見た目をした幼い少女でありながら土着神である曳矢 諏訪子は少し楽しげにしていた。いつも通りといえばそれに尽きる。それに椛さんが僕の意を汲み取ってくれたおかげで三人が返事をしてくれるらしい。

 

「それで、その人はどうなりましたか?」

その質問には誰もが口を噤んだ。僕は何か触れてはいけない逆鱗に触れたのかもしれない。だが、これは僕が知りたい事なので話してはもらいたい。

 

「お前が四肢を切り落とした後で首をへし折った。自我を失っていたというのなら、仕方ないのかもしれないが感心はしないな」

 

「それで早苗も少し引き篭もってるんだよね」

 

「はぁ、これが真実です」

僕がなぜそのような事をしたのかは全く分からない。気が触れていたというのならば、もうそれは狂気でしかなく、側から見た光景は惨たらしいものだったに違いない。それで早苗さんが気を病んでいるのならば、それは僕の責任に他ならなかった。僕はそこから言葉を出すのをためらった。何を話したら良いのか、それは分からない。だからと言って早苗さんのことを聞きたくてもそれを許してはくれるのだろうか?だが、そうしないとどうにも前に進めなかった。

 

「あの、早苗さんは、どうしてますか?」

 

「活動自粛にしている。無理に引っ張り出しても治らんものは治らん。安定するまでは今のままが一番良いだろう」

 

「本当は助けて貰っているはずなんだけどね」

 

「これはこちら側の責任です」

 

「この事態は僕の所為なのですね」

 

「そう気に病む必要はない。殺し合いとは元々こんな物だったのだ。早苗はそれに慣れていないだけで」

そう言いながらも神奈子さんは目を逸らした。僕もそれ以上は聞くことはできなかった。一言、今回はすいませんでした、と平謝りをして二人には誠意を見せることにした。二人の慌て方はそこまで酷いものではなく、僕を窘めてくれた。こういう時の上に立つ長者は頼りになる。それだけは感じた。それから僕は力なく立ち上がると椛さんの介助を受けて歩いて帰る事になった。椛さんは後で話してくれたがとても話かけられるような状態ではなかったらしい。それでタイミングを失ってそのまま歩いていくことになった。

 

その後、僕はもう一度一人で守矢神社へ向かい、早苗さんに再会した。少し頬を赤らめて顔を青白くする様は相反する二つの感情が入り混じっているのを感じた。それでも僕はそこで謝罪をしたが早苗さんは大丈夫、とその言葉を言って僕の頭を撫でた。

 

いきなり四肢をもいで首をへし折った僕の行動を見て少しだけ血の気は引いてしまっただけとの事だった。僕はどこまでいってもこういう人たちには敵わないのだろうと思う。これまでを支えてくれた人、これからを支えてくれる人、ここからを支える人、その全てに。僕は感謝を述べる事しか返せる手段は無さそうだ。



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宴会はいつまで続く?
100話


 灰色の雲が一面の空を覆っている。その雲はじっくりと見てみるが動いているのか止まっているのかさっぱり分からなかった。もうそろそろ夏という季節になりそうだが、とても寒かった。まるで季節が逆行しているような……そんな感じで決して気分が良いものではなかった。

 

 空を見上げていた僕の顔に冷たい何かが乗っては体熱でじわりと溶けていき、その場で乾いてしまう。雨ではない何か。

 

「雪?」

 僕はそう思った。

 

 この夏とは思えない陽気、春のような麗かさのない寒さ、そして顔に当たる何か。これはもうそうだとしか思えなかった。

 松の木や大きな桜の木、その他の要素で彩られた庭園は綺麗に整えられていた。しかし、大きな桜の木だけ生きるという事をしなくなり、枯れていると同等だった。呼吸も段々と少なくなっていく中で再度息を吹き返したのはまだ日の浅い事だ。

 

 徐々に徐々に……行われていた呼吸はやがてそこで庭師を行なっている剣術指南役にもわかる形となっていた。それは異変として認知されるべき事だろうがそれにはまだ至らなかった。姿、形は何も変わらない、況してや元々息を引き取りそうな状態で庭師も匙を投げるしかなかった桜の木が何となく息を吹き返した、というだけだった。この日本庭園を有している主人との相談の結果、様子を見る事にした。

 

「まさか、眠っていたなんて事はないでしょうね?」

 雪?なのだろうが僕にはそれを気にしている暇はなかった。いや、これも技を磨く為には必要なことかもしれない。もしかするとその小さな衝撃も感じ取れるようになっていれば扱いやすくなるのかもしれない。

 

 右手で柄の頭に触れる。それから左手は鍔に触れていた。それから何かを斬る想像をして剣を振り下ろす。きゅっ、と握った両腕。それに呼応する剣。そこからは風を切る音がしていた。

 

 あぁ、やっとここまで来たんだな、と思っていた。それは隣にいた人にも聞こえていた。

 

「ここからは自分で磨いてください」

 

「偶に頼るのは良いですよね?」

 

「それは構いませんよ」

 白い毛皮を身につけた白い髪の白狼天狗。頭には赤い山伏の帽子を被っている。

 

 僕はその声を聞いて頭だけ下げるとまた別の場所へと向かうことにした。偶に思うのだ、僕は誰かの下にいるだけでは駄目なのではないか、と。椛さんはそれを平然と理解しているようでそれ以上何も言葉は交わさなかった。行ってくるよ、それ以外は。】

 

 誰も寄り付かないのであろう森の中。参拝路からもかなり遠く離れているのか、それらしい声は聞こえない。もし、誰かに会ったのならば誰にも助けを求める事はできないと周りの環境が示している。音なんて何処かに置いてきたように静かで風もゆっくりと吹いていた。

 

 意識を集中させる。風の動き、それを感じながら技を扱う。自分が風だと思い込ませてからその身が風に乗るように想像して、ゆっくりと森の中を通り抜ける『三ノ技 凪』。

 

 どうやら、すぐ近くには誰も居ないようだった。椛さんも何処かへ行ってしまったらしく、反応はしなかった。この山全体に範囲が及ぶようになればかなり近づけると思いたい。そうなるように僕は日々、こうする他ないのだろう。

 

 僕が次に行ったのは基本中の基本。一ノ技とニノ技。一人で技の練習を行う為には必要になるものだった。まずは基本が出来ていないとその先は上手くいかないと思っている。自分の勝手な想像である事には変わりないが今のところ、使える技の中ではこれしか攻撃手段として取れるものはない。勝負での切り札の腕を上げる事は必ず勝利へと繋がると思っている。僕は素早く抜刀した。

 

 気分は風だ。

 

 自由に舞い、放浪するーー。

 

 その途中で何かを知らせてはまた何処かへとその姿を消していく。

 

 それはまるで自然の摂理として生み出された妖精のよう。

 

 剣にはかなりの風が集まっていた。腕もしっかりと持っていないと外されそうで仕方がなかった。それでも僕の手に剣は答えてくれる。

 

 腕を交差させてから目標にした木を見つめる。左腕は内側にして指に力を込めていた。剣を持っている右腕は切っ先を空に向けるようにして待機している。

 

 僕は剣に風が纏うまで待っていた。その時間もこれから短くなれば良いとは思っている。しかしながら、まだまだ未熟なもので更なる鍛錬が必要になることは明白だった。目標は地面から足を離してから着くまでの間に一撃が放つ事が出来るようになること。その為にはかなりの時間を有することになるだろう。

 

 溜まった。時間にして、3秒程度。

 

 放つ。

 

 木の幹には傷がついた。その傷は浅いもので成果はあがらないものだった。このままではやっていられない……。ので、まだまだ時間が必要になることを感じながらもう一撃を同じところへと放つ。

 

 一点を貫くような一撃に元々傷が付いていた木は此方へと体勢を崩した。そこを僕はもう一度風を剣に纏わせてから自分の顔の前で構えた。

 

 剣に倒れてきた木がのしかかる。

 

 真っ直ぐに倒れてきた木は僕の左側へとその方向を変えた。

 

「そこそこですかね」

 頬を伝う汗のような何かは流れて首筋を歩く。



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101話

 妖怪の森は緑に溢れ、風は正しく南から来るものだった。下から上へと突き上げてくるそれは僕自身を包み込むように走っていく。しかしながら、とても冷たい風なのがどうにも謎である。雲は泥のようで灰色だった。幻想郷ではこの程度はよくある話なのだろう。妖怪の山という外とは少し阻害されただけの場所でこのくらいなので何も感じない事にした。

 

「行ってきますね」

「この際ですから、新しく技でも教えましょうか」

 

「そうですか」

確かに教えて貰っていた技には欠落した番号はあった。主に五と七、あるなら九もあるかもしれない。

 

「この技において、新たな攻撃手段だと思ってください。その代わり、そう易々と扱えるわけではないのでそれだけは考慮してください」

 

「漸く教えてくれるんですね」

 

「一つは風刃の強化版になるものです。早速やりますのでよく見ていてください」

そう言いながら、実践してくれるらしい椛さんは自分の愛用している大剣を持って空の方向を向いていた。

 

それから椛さんは一ノ技 風刃と変わらない姿勢をとった。瞬時にそれは強化されたと思えるものへと変わった。辺りから椛さんに向かって風が吹いている。明らかに風刃を放つようなものではなくなっていた。

 

ぐっ、と足を踏み込んだ椛さんはそこから一気に大剣を振り回す。身体の回転を扱いながらその一撃は空を切った。横にいた僕でも感じることの出来る風、正面から受けるとどうなるのだろうか。

 

「少し溜め過ぎたようです」

椛さんの居た地面は足の形になって抉れていた。生半可な気持ちでは習得できなさそうな技であるがこれを扱えるようになれば色んな所で通じるのかもしれない。僕は先ほどの椛さんの動きを試してみることにした。

 

剣は風刃と変わらない、それを身体の捻りと合わせて前面に押し出す。かなり簡略化されているようにしか見えなかった。

 

「これが五ノ技 絶狂嵐です。後は独学でお願いしますね。もうやっているようですが」

 

「はい。後は何かありますか?」

 

「七ノ技があります、が先にそちらを覚えてください」

椛さんは少しだけ冷たかった。だけど、僕に対して何かあるというよりかはもっと別の話だった。妖怪の山で何か嫌か事が起こっているのかとしれない、と僕は考えていた。

 

「しばらく見て貰っても良いですか?」

 

「夜に見ます。それまでに物にしてみてください」

 

「何か急ぐ理由がありそうですね。仕方ないので一人でやります」

実際のところ、やり方なんて分かっていなかった。それでもやれそうだと期待されているのならば、それに応えるのが僕の仕事なのではないだろうか。ふと、そう思った。それだけではないが何かそうだと思えるところはあった。

 

「見てあげられないのは申し訳ないです」

そう言いながら、椛さんは山の上の方へと向かっていった。僕は先ほどの一連の動きを頭の中で映像として見てみることにした。まずは、周りから風を集めているのがわかるほど集中する事。又はそうなるように底力を上げておくこと。そしてその風の圧に自分が耐えること。それから、どこまでその力を前へ推進力として与える事ができるのか。それに掛かっていると思う。後はどうでも良い話ではあるわけではないが問題はこの三つだろうと思っている。自分の努力次第では何とかなるとは思う。

 

そこから僕はその技を発動させる為に一連の動きを繰り返した。その時の疲労感は今までの比にはならないがやれるところまではやるつもりだった。だが、ここで腕が技の発動の圧に耐えられなくなっていた。これはつまり、両腕で持っている必要がありそうだ。取り敢えず、今はもう辞めておきたい。

 

一旦、石に背中を預けている事したが空はそれを快くは思わないのか僕の所だけに日陰を作るようだった。夏とは思えない天候に加えてこれではとてもではないが身体を動かしていたかった。僕は立ち上がると近くの森まで歩いてから脚に風を纏わせた。此処から自分の実力がつくまで木を避けながら走り抜ける。勿論、全速前進で止まる事は許してない。勝手に設けた規則ではあるが周りをよく見て自分の力を発揮させるのにはこれが一番良かった。

 

僕は軽く身体を動かしてから走る準備をした。身を低くして左脚を前に出して辺りを見渡す。誰か居ないか、どの道を進もうか、それを探していた。後は感覚でどこまでやれるかこれは自分との勝負だ。負けたくはない。



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102話

寒い風が吹く幻想郷、その中で最東端といっても良いほどの位置にある博麗神社ではやる気もなく、机の上で伏せていた。毛布にくるまり、一歩も出る雰囲気のない彼女はその場で大体の事を済ませようとしていた。

 

「相変わらずだな。霊夢」

 

「うるさいわね」

霊夢、博麗神社の巫女を務める博麗 霊夢はその場から野次を飛ばした。外は既に白くなっていて薄い層がそれによって出来ていた。何も変わる事のない景色ではある、冬なら。

 

「もうこれは異変だぜ。早めに動いた方が良いんじゃないか?また取られるぞ?」

金色の髪、黒いとんがり帽子に黒色の服装と白色の前掛け、肩には箒を背負った魔法使いである霧雨 魔理沙は笑っていた。その笑みには何処か毒の入っているようで怪しいものだった。

 

「煩いわね。どうせ、彼処でしょ?何処だったけ?大きい桜のあるところ」

 

「間違っちゃいねぇが、霊界が正解だぜ」

 

「どこでも良いわよ。大体は合ってるわ」

 

「まあ、その話は置いておくとして、私は行こうと思うが如何する?」

 

「後で向かうわ。寒くて動きたくないのよ」

 

「今度は私が取ってやるからな。吉報を待っとけよ」

魔理沙はあからさまな挑発を行なっていた。馬鹿馬鹿しくて乗る気も失せるようなものだったが、霊夢にも威厳というのはあった、博麗の巫女としての誇りと言うべきか。確かにあの時はかなり衝撃的だった。もう終わった頃に現れてもそれは英雄ではなく、野次馬だった。霊夢も異変解決を生業としている部分はあり、目の前にいる魔理沙とはその宿敵とも言えるべきだが、其処に新たな黒い馬が出現した。霊夢にとって、それはかなりの脅威だった。その背中に居るのはあの青年、そしてある意味かなりの強さを持っている。今はまだまだだとしてもこれから出てくる。

 

「それは可笑しいでしょうが」

 

「その感じで言われても何も感じないぜ。出てきたらどうだ?」

 

「嫌よ、寒いでしょうが」

 

「負けるのが怖いか?」

 

「負けないわよ。私たちの方が長いじゃない」

 

「経験は長さじゃないぜ」

 

「分からないわよ」

 

「私が振っておいてあれだが、無駄な時間を過ごしている。私は行ってくるぜ」

 

魔理沙は元気よく親指を立てて笑顔を見せると箒にまたがって空へと向かった。昔から空いているその穴は霊界と繋がっている。生と死を、生者と死者の概念があやふやになっている場所では現世の理もあの世の概念も通用しない。とにかく危険な場所だが、そもそも向かう物好きも居ないので塞がれることはなかった。そこに今から魔理沙は向かっていく。

 

「こういうのは最初に行くよりも後で向かっていく方が楽なのよ」

霊夢はそう独り言を呟いて毛布にくるまっていた。猫のように声を漏らすととある場所から来訪者が現れた。金色の髪、そこは魔理沙と変わらない。紫色のドレスを着用していて頭には白色のナイトキャップのようなものを被っているサイドを赤いリボンで結んでいる女性だった。

 

「何?」

かなり不機嫌そうに答えた霊夢は毛布の中から出ることはなくともそこに居るという事だけは思い切り伝えていた。それを見て、紫色の生地に三日月を浮かべた模様をしている扇子で口元を隠しているだけだった。目は笑ってなくて、死んでいるようである。

 

「一応ね。顔を見に来たわよ」

 

「来なくていいわ」

 

「前回の吸血鬼の異変は覚えてるわよね?」

何処か恐怖を帯びた声だった。低音でも高音でもない普通の声ではあるが抑揚はなく、相手を絡め取る蛇のようだった。

 

「それはさっき、魔理沙から聞いたわよ」

 

「それならどうして動いてないのかしら?」

確かに怒っていた。それは今の状況がそうしているわけではなさそうだった。

 

「今、幻想郷は存続の危機にあるわ。信仰が全く足りないの。それを分かっていてその態度ならこちらにも考えはあるわよ」

その言葉に不機嫌そうに毛布を蹴飛ばした霊夢はそのままの目をしてその来訪者を見つめていた。その目は対峙するには相応のもので側から見れば何をしているのか、そんな風に見えた。

 

「だったら紫も何かしなさいよ。私だけで結界は作ってないわ」

その言葉に紫も黙ってはいなかった。

 

「それはつまり、自分では不適合だ、とでも言いたそうね」

 

「取り敢えず、場所はわかってるわ。後は魔理沙が道を開けてくれそうな時に出ていくだけよ」

 

「……兎に角行きなさい」

 

「紫が向かえば一発で解決でしょう」

 

「行きなさい」

紫の言葉は霊夢の言葉を喰いかけていた。その原型はあまり残らないほど口答えをしている暇があるなら早く行けとも言っていそうな感じだった。それ以降、紫は口を動かす事はなく、霊夢の方を凝視していた。その目には生きているような感じはなく、淀んだ視線がレーザーのように発射されている。

 

「言わなくても行くわよ」

 

「……なら、何をするか分かるわよね?」

 

「異変の迅速的な解決、でしょ?魔理沙にもあの少年にも抜かされないようにするわよ」

 

「その調子よ。後はないのだから早く解決してきなさい」

 

「はいはい。分かってるわよ」

霊夢にとって、結界がどうとはさほど関係のない話だった。代々続いているからこそ、重要なだけでどうなろうと今の幻想郷に影響なんて与えないだろう。

 

「しくじったら、どうなるか分かってるでしょう」

 

「そういう脅しはもう飽きた。行ってくるから」

霊夢は右手にお祓い棒を持って空にある黒い穴へと入り込もうと宙に浮かんだ。紫はその後ろ姿を見ながらも疑いの目は辞めようとはしなかった。後がない、それだけが大賢者である紫の懸案事項であった。信仰がなくなることは幻想郷が滅ぶことになると知っているだろうに、そう心で呟いても届くものではなかった。



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103話

腕には重りがついているようだった。腕は十分に動きそうになく、脚は地面を削るように引きつっている。それでも風を扱っていてそれが上達しているような気はしている。手の中で風が遊んでいてそれがよく分かる。後は身体がついてこれるように鍛錬を積み重ねる所、か。

 

僕は灰色になった泥のような雲を見ていて、ふとその雲の隙間を見ていた。かなり疲れているのか視界はほんの少しだけ霞んでいるがそれはそのうち、この天候による寒さがなんとかしてくれるだろう。特に理由はないが幻想郷なのでそういう事にした。何が起ころうともそれは普遍的な所で異界から来た僕からすれば異端だと感じるだけなのだろう。取り敢えず今日は鍛錬を続けて明日の朝一番に向かう事にしよう。

 僕は今、剣を向けられている。顔の青白い白髪の少女が僕に対して殺意を露わにして切っ先を向けていた。

 

「ここを通すわけには行きません。ここで立ち去るか又は斬られてください」

 僕は一体、何をしたらこうなるのだろうか。確か、僕はなんとなくで登ってきただけでここがどこなのかを尋ねただけで、えっと。何があったけ?

 灰色の空には天まで昇る階段があった。一段一段の高さはほとんどなく、どちらかと言えば水平と言っても過言ではなかった。それほどの段差に何も意味はなさそうだが、少し考えてみる事にした。ここで基本的な移動として使える地歩を使えば良い練習になるのではないかと思った。勝手な想像だが、やる分には問題ないと思う。

 

 そう決めるとそれを行うためのものにしか見えなくなったところで僕は始める事にした。

 

 最初の一歩は低く、長く飛べるように跳ぶ。そこから次の足で段差を越えるギリギリを狙いながらその先の段差へと足を乗せる、その繰り返しで遂には景色が変わるところまでついた。

 

 石造りの小道に灯籠が並んでいる。灯火は小さく、見えない物だったが昼間のような明るさのある外では見えなくてもそう変わったことではないと思い、特に気にしない事にした。周りには木々が生えていて前には階段があり、屋敷のようなものがあった。それがただの屋敷というのならば、それは目が節穴なのだろうと思える。横に広がる塀は途中で木々で見えなくなっていた。それでも続いていると思われるが僕にはそれは見えなかったが風は教えてくれた。それと一人だけ何か作業をしているようだった。

 

 取り敢えず此処にいても何も始まらなさそうなので階段を昇ってからその人に聞いてみる事にしよう。幻想郷の人達はそれなりに優しいので此処が何処かくらいは教えてくれるだろう。

 

 そう思いながら僕は屋敷の前へと辿り着いた。人は余裕で入れる門の作りで僕は上を見て何人入りそうか、と思っていた。恐らく二人ぐらいは入れると思う。その奥には丁寧に手入れを施されている庭がある。そこで梯子を使いながら松の木を手入れしている緑色の服装をした少女。頭部には黒いリボンを結んでいて背中の腰の左側に鞘を携えている。かなり集中しているようで真剣な眼差しで松の木を手入れしていた。

 

 中に広がる石造りの小道を歩きながら僕は少し声をかけようか迷ったが、決心してかけてみる事にした。

 

「あの、すいません」

 少女は突然のことに驚き、梯子から転がり落ちそうになったところを堪えていた。

 

「驚かせないでくださいよ」

 かなり慌てていたが会話ぐらいは出来そうであった。会話ぐらいは、それは強く言っておきたい。

 

「これは申し訳ないです」

 

「あ、まさか幽々子様に何かしようとしている輩ではないですよね?」

 その人の名前はよく知らないが何かやましい気持ちがあって此処を訪れたわけではないのでそれには当てはまらないだろうと思った。

 

「いや、それは違いますよ」

 

「輩はそう言います。こうなれば追い払うしかありません」

 そう言うと、梯子を前に蹴飛ばしながら降りて素早く腰に携えている短い方の剣を抜いた。と言っても刀身の長さは二尺程度はある。僕は梯子を手で掴むと松の木に立てかけておいた。

 

「ここを通すわけには行きません。ここで立ち去るか又は斬られてください」

 

「いや、待ってくださいよ。少し落ち着きましょう」

 

「立ち去りますか?それとも私と刃を交えますか?」

 僕はどうやら変なところへ来てしまったらしい。もうこうなったらやるしかないのだろうか。僕は悩んだ。ただ、抵抗もせずに死ぬのは御免なので剣だけは抜いた。

 

「黄色の刀身。それになんの意味があるかは知りませんが私を侮辱するのはやめてください」

 その人は何か雰囲気が違う。人と変わりない感じだが、何処か儚いもので触れれば散る、花のようだった。それがどうしてここまで鬼気迫る表情をするのか。

 

「いいえ、別にそんなつもりはありません。これは僕の剣です」

 もう覚悟は決めた。斬らないように動きを止める。

 

 相手が地面を踏み込む。居合にも似た鞘に納めているような格好をして僕の方を向いていた。そこから発せられるのは何処か黒いものだった。

 

 地面を踏み抜き、全身を前へと突き出しながらその剣を振るう。それは桜の枝を斬るような美しいものだった『枝垂れ桜一閃』。

 

 僕にはこれをなんとかできる手段はなかった。間合いの外へ逃げる事、それが今の僕にできる事だった。

 

 その人は剣を下ろして切っ先を地面につけてから僕に向けていた。その剣にはやはり何も変わらない黒い何かがこべりついている。

 

「これでも届かないですか」

 正直に言うとその時の表情はまた別のものを見ているようだった。まるで後ろにいる霊でも見ているかのようで変に意識が向いてしまう。

 

「いいえ、しっかり届いています。見てください」

 僕は頬をその人に見せた。相手の剣は僕が避けるよりも早く届いていた。それを示すのにはこれが一番わかりやすかった。

 

「そうですか。なんか調子が狂いますが私は幽々子様を守ります!」

 その人の意思ははっきりとしていた。応えなくてもいいものだが、ある種そうする事が礼儀であるかのように思えた。それにここで辞めるのも相手の気持ちを無に返すようで悪いものだった。

 

 僕は剣をしっかりと構えた。次は当たらせもしない。左頬を拭うと手には血が付いていた。そして頬に走る痛みも目覚ましには丁度いいものだった。

 

 音は少なく、心地よい足音をしていた。動きは少なく、どこか来るのかも寸前までは分からなかった。これまでの相手とは違った屈辱を知っているからこそ出せる繊細さがあった。剣の残像は僕の近くを通って振り下ろされていた。

 

 僕にはそれを自分の身に当てないようにするのが限界だった。見えてこないのだ、次の一撃が。中腰に止まっている剣がいつこちらを向くのかそれさえ分からない。それを捌こうなんてそう易々と出来そうなものではなかった。

 

 逆手で持った剣が相手の剣を下から支える。その下、僕はそこを通って地面に膝をつけそうな程身を低くした。僕は其処から一回転を加えて間合いを取る。そして、適当に横薙ぎをして更なる追撃を防いだ。

 

「避けてばかりでは倒せるものも倒せませんよ?」

 その人の目は鋭かった。そして、僕に向けられた切っ先もそれと変わらなかった。だが、僕は倒そうとは思っていない、傷つけようとも思わない。僕は其処で剣を構えていた、左脚の太腿に刀身を当てて、右腕は軽く上げている。左肩を相手を見せながら突き刺す姿勢も同時に作り上げていた。

 

 白髪の少女も肩に背負っていた長い方の剣を取り出した。その長さは何方も僕の持っている剣よりも長い。間合いが相手の方が有利な場合はどうするか、それを考えた。長いだけなら一本で防いでから、何かを仕掛ければいいが相手も双剣。状況は変わらなかった。

 

 どうにも、僕は動けなかった。相手のことはよく見ている。だからこそ、動きたくなかった。

 

 沈黙、それも良かったが何も変わらない状況に焦りを感じたのは事実でここからどうしようか悩んだ。それこそ、何をしようか悩んだ。取り敢えず歩き出して間合いを詰めてみる。無策というわけではない。あることをしようとしていた。

 

 相手もそれを見ていて何もしないわけはなかった。一定の間合いを開け続ける。近づきも遠ざかりもしない。相手も狙っているのだろう、恐らく。僕は引き続き、同じ動作を繰り返していたが埒が明かない。軽く近づく事にした。地面を足裏で感じて、それをなくす。

 

 相手は急な移動に困惑させた。両腕をそれに合わせて振るう。僕は上半身を倒れ込ませるようにしてその斬撃を避ける、のではなく下から蹴り上げる『一ノ技派生 風刃脚』。右足の爪先には確かに当たった感覚があった。そのまま天と地をひっくり返して地面に着地する前に移動する先を変えた。空中で方向転換、其処から左側へと逃げ込む。

 

 地面を蹴る足音は辺りに散乱、一つに向いていた意識を希薄、僕の姿を隠蔽。

 

 低空から蹴り出した僕は身体の回転を使いながら、相手の両脚を蹴り飛ばした。その時には嫌な音がした。僕は全身に冷や汗をかいていた。あまりにもやり過ぎていたらしい。止まらない勢いのまま地面を滑ると反転。脚を刈られてその身を宙に浮かせていたところを僕は掴んだ。剣は地面に刺しているので万全の態勢で何とか事なきを得たと思う。僕はほっ、と一息吐いてから先ほどのことを謝ろうとしていた。しかしながら、それは相手は気に入らなかったらしい。

 

 僕のことを両手で剣を持ったまま押し倒して地面を転がると剣を構えていた。

 

「なぁにしてくれんですかぁ⁉︎」

 確実に予想だにしない行動に慌てているのだけはよく分かる。だが、僕にはあまりにも理解できなかった。



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偽りの月と幻の剣士
104話


 白髪の少女、両手には剣を持ち、切っ先のような視線を僕に送り続けている。しかしながら、白い雪のように儚く、美しい顔をしている。獣とは程遠い、花のような存在。

 

 殺意を剥き出しにした少女は語る。

 

「私を侮辱するのはやめて下さい。もうその態度には腹が立ちます」

 僕にはその言葉の意味はそれほど理解できないのだが、それでも何か違うとは思える。それは何処か別次元のもので感じ取ることはできなかった。

 

「そんなつもりはないです」

 一応の弁解をする僕だが、相手は聞く耳を持たなかった。一切の興味を失ったかのように盆から溢れた水は戻りそうになかった。

 

 相手は地面を蹴り出して肩に担ぐように剣を構えていた。速さこそあれど、大体の軌道は読めそうなので僕はその通りに剣を構えた。

 

 こちらに向けられている左肩から動き出した。

 

 綺麗な放物線を描いて僕から見て左上からその軌道の通りに剣は向かっていた。あまりにもわかりやすいので僕はこのままで良いのか悩んだ。それでも信じてみる事にした。

 

 綺麗な軌道、その先で待ち構えている僕の剣。もう逃げられない位置まで来ていると思う。それでも変わることはない。あともう少し。そうしたら、外側へと剣を弾ける。剣が当たる。

 

 透ける、剣が。

 

 その場にはなかったかのようでその場から消え去ろうとしていた。僕はその場で逃げようとした。当たるのは確実だろうが。

 

 当たる、剣が。

 

 透けてきた剣は僕の体を通り抜ける。其処に切られたような痛みはない。まるで霊のように嫌な感覚があった。完全に通り切ってもその嫌な感覚は抜けようとはしない。それはどうしようと変わりそうになかった。なかったからこそ、相手の剣は何なのか理解に苦しんだ。

 

 その勢いのまま僕は少女の体を使った突進を受ける。それにはしっかりと痛みがあり、感覚があった。それによって僕は余計に頭の中を巡っていく謎。それは深まるばかりで抜け出せそうにない。

 

 そして右腕の回転は同じ方向を向いていた。全くの同じなら斬られても何も問題はない。しかし、それで良いのだろうか。避けておくべきではないだろうか、と思ったがそれは少しだけ難しかった。あまりにも間隔が短い。その上、脚には従来の力はない。どうやら切れたらしい、僕のこの場の生命線である風が。

 

 ここから遠くに離れることも難しくなった。まさか、身体の限界よりも自分の一度に出来る風の補充の方が先に切れるとは思いもしなかった。

 

 逃げ切れない僕は更にもう一撃を貰う。其処から流れるように三撃目が来る。

 

 左腕を元の位置にに戻すかのように上へと打ち払うような一撃。僕はそれを半身になりながら軌道上から逃げ去る。更に四撃目、右腕を左腕と同じ方向へ持ってこようとしている。それは身を翻すだけでは避けれない。跳ぶか、しゃがむか二つに一つ。

 

 ……僕は跳ぶ事にした。

 

 自分の背中側へと地面を蹴り出しながら背中は地面を目掛けて突き進む。腰は曲げて衝撃を吸収、そして倒れた勢いを返すように起き上がろうすると上を相手の剣は通っていた。それから逃げるように起き上がり、更に一回転、前転を行なった。それから起き上がりつつ、後ろを見つめる。何もできていない僕にはそれを剣で受けることはできない、相手は双剣を同時に振るおうとしている。あの厄介な剣の通り抜けはどのようなぐらいで使えるのか未知数なのでこちらからは余計に何も出来なかった。

 

 それは相手には見え透いているのだろう。余裕があるような、そんな気はする。脚に剣を触れさせている僕には受け止めることも出来なかった。どうしようもないので代わりに避け続ける事にした。出来るだけ少ない力でどれだけ細かく動き続けることができるのか、それを考えていた。後はどれだけ風を感じるか 。それは自分の体を使って周りに起こっているものを利用する事にした。他にも感じ取れるものは何もかも使う事にした。

 

 だからこそ、僕は今のところやる事が多くて何処かを疎かになっていそうで怖い。右へ、左へ、前転して、後転して、前後左右全ての方向に体を動かし続けていた。段々と遅くなっているのを感じる。相手の速度は変わらないのだろうが自分の目が慣れたのか、避けることに専念しているので頭の感覚を目だけに集中できるのはそれだけでも幸いだと思う。

 

 しかしながら、相手の剣がこちらの体なんかを通り過ぎるのはどうしても理解出来ない。何があるのか、それが分からなければ此方としては何も施しようがない。このまま誰かが来るのを待っているのも良いがその確率は低い。なら、もう一層の事、突き抜けるか。それも少し怖い。僕にはこういう時の判断は遅いのだと思う。お父さんならこんな事で悩んだりしないのだろう。羨ましいものだが、ある意味では恨めしい事でもあった。

 小さい頃から剣を握らされていた僕はお父さんの背中を見て育った。使っている動きかたを真似ていた、それに準ずるように教えを乞うていた。いつかは勝てるとそう思いたい子供心に水を差したのは足技で全てを捌かれるようになったからだ。何をしているのかはいまだに分からないが何もかも無に帰すそれは僕にとっては絶望だった。相手は何も盗めるものがなかった。僕は剣を使い方を習いたいのに、脚技を使われては何も学べるものがなかった。ただ一つ分かっているとするならば、判断が早かった。常にそれは日常の動き方からもよく分かる。何事に置いても考えているところを見たことはない。しかしながら、そこそこ上手く回っている。それが不思議で仕方がなかった。あれさえあれば僕はどこまで勝てるのだろうか。教えてはくれないのだろうか?

 こうなれば全てを解明する。僕は急に動き出した。前へと身を倒した後、双剣は目の前の相手を斬ろうと動いていた。相手は唖然としたのだろう。それらしい顔を覗かせていた。だからと言って攻撃として与えたかと言えばそれは違う。何もかも異なる平行線。お互いの件は垂直に交わり、その力を相殺した。とてもではないが今の僕では勝てそうにない、この鍔迫り合い。

 

 僕は此処から動くしかなかった。間合いを一刀足、それよりも遠くに移動した。この勝負には何方にも意味合いがなくなっているのかもしれない。終わりがない、それはこの勝負の行方だと少なからず僕は思っている。相手は恐らく、大事な人を守るために刃を振るっているのだろう。僕には余裕なんてものは二重の意味でないがやれる限りはやろうと思っている。

 

「綺麗ですね」

 

「何が、言いたいんです?」

 

「そのままの意味です」

 

「命乞いのつもりですか?」

 

「全くそのつもりはありません」

 

「なら、どうして?」

 

「分かんないです。何も」

 

「本当に何なんですか!馬鹿にするのもいい加減にしてください」

 白髪の刀のような目をした少女は僕に対する敵意を剥き出しにした。僕は両脚の太ももに刀身を当てながらどこまで時間が持ちそうか、それが一番問題だった。

 

 確かに相手の剣を通り抜ける剣は美しいもので触れられないのもその理由が何となく頷ける。それだけではない。身体さえ通り抜けるそれは霊に近い存在と思っている。だからこそ、生死の理を超えた何かが其処にはあるのだろう。

 

 僕はもう止まることはしなかった。ある程度、脚には溜めれば少しくらいは動けるだろう。

 

 後は、自分の判断を見誤る事がなければ良いか。楽観的に考えておく事にした。頭の中をもう軽くさせた。次の動きは特に考えず、自分の感覚に何となく身を委ねてみる。一度、感覚を振り払うために剣を一回手首を使って縦に回す。

 

 左腕を逆手、右腕を下段で構える。腰を低くして何処からでも立ち向かえるようにした。

 

 僕は走り出す。そして、右腕を振り下ろそうとする。透き通るなら自分に対する一撃はどうする?先ほどのように通り抜けないのか、それとも受けることを承知で使い続けるのか。

 

 消す。

 

 失くす。

 

 その剣を。

 

 その刃を。

 

 その時の気分を。

 

 幻へと変えして夢とする。

 

 その先、剣は剣で止められた。

 

 その先、脚は身体で受け止められた。

 

 その先、通り抜けた剣は僕の体を突き抜けた。斬られた、という感覚よりかは金属らしきものが体を通っていることに関する気持ち悪さがあるのだが、それはもう今はどうでも良い事だった。あの能力は剣のみに有効、そして通り抜ける分には無害。それなら、全てを防ぐ。通り抜けても関係ない。

 

「僕は勝ちます」

 この勝負には制止者はいない。二人の熱意とその先の未来を賭けたものである。



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105話

 今更弁明をしようと結果は変わりはしない。それだけは僕も分かっている。それに、紛れもない事実として怪しい人物である事には変わりない。お互い初対面で特にそれほど言葉を交わさなかった。

 

「何という戯言を。私には理解しかねる」

 正直も僕も理解はできていない。何故に挑発的な発言をしたのか、しかも勝負に勝つなんていうありもしない概念を入れて。

 

「でも、負けたら死、ですよね」

 

「それは、確かにそうなるかもしれません」

 

「生きたいので勝ちます。それ以上はありません」

 

「承知」

 白髪の少女はその剣を鞘の中に入れようとしていた。しかしながら、それはまた違うものだった。溜め込む、自分の力や気迫その他必要そうなもの。その全てを賭けて僕にその技を持って相手しようとしていた。

 

 大地が割れ、目の前の空気の流れは僕の後ろへと逃げるように向かっていく。上半身が傾いた瞬間にはこちらへと来ていた『枝垂れ桜一閃 二連』。

 

 だからと言って慌てるようなことはない、順手である両腕はお互いにそっぽを向いていた。右腕の剣は上へと、左腕の剣は下へと向いていた。其処に相手の技は当たる。

 

 刹那、相手の剣は切っ先の方へと流されていた。まるで強力な同極の磁石の反発のように。相手の腕は大きくその身を外側へと向かせていた『七ノ技派生 二連疾流し』。

 

 其処から僕は空中での後転をしながら身体を丸めていた。その回転を利用し、逆手にした剣からは斬撃が飛ぶ。無防備な相手の胴体への攻撃。防ぐ事も避けることも出来なかった。その上、これにはもう一回ある。左腕から始まった斬撃は右腕へと出番が変わるとほぼ同じ軌道を描いていた『一ノ技派生・縦 二連風刃』。僕は逆手になった両腕で一度地面を触ると音もなく、スッ、と立ち上がった。少女はその場で動けずにいた。だからと言って倒れているわけではない、僕の斬撃は余りにも弱すぎた。かなり剣を受け流す事に使い過ぎたようだ。

 

 白髪の少女は立ち上がる、瞬時に詰められた間合いは僕には防御の一択しかなかった。

 

 右腕が振るわれる。それに付随した剣は僕から見て左上から放物線の軌道を描いていた。そして通り抜ける。

 

 防御という選択肢しかないのを見越してのこの一撃。ある種厄介な攻撃手段ではあった。まるでこちらが透かされているかのようなそんな感覚に陥る。最もそれは自分の未熟さが招いている事実だろうが。

 

 しかしながら、そういうことを余裕を持って考えていられるほど状況は楽なものではない。次の攻撃は至って普通に来ている。左腕を下から上へと振り上げるような軌道を描いている。

 

 僕は一歩後ろへと下がるしかなかった。少女の剣は僕の前で止まった。少し失敗をしたと思った。それでも、考えることは諦めなかった。此処から強引な突き刺しが来るのか、はたまたそれは囮で違う箇所から来させようとしているのか。

 

 だったら、大きく動く。

 

 足裏で蹴り出した地面、其処には足跡が軽く残る程度の力で後ろへと再度逃げ、左へと転がる。少女もそれにはついてこようとしていた。

 

 僕はこちらに視線を集めてから前へと転がり、間合いを急に詰める。その先では少女は急いで剣を振るう。

 

 僕はそれを見逃しはしなかった。素早くその軌道の前で待ち構えた僕の剣が相手の攻撃を無に帰した『七ノ技 疾流し』。弾けるように外側へと向けられた剣は暫く元に戻せそうになかった。その開けた奥地に僕は全身を捧げた一蹴りを見舞う『ニノ技派生 風凸脚』。

 

 左脚で着地した後、僕は周りを見渡そうとした。誰かがいるような気はするが目の前の少女なのか、はたまた違う人なのか。それを判断するには目の前の人の行動を止めてからしか何ともならなそうだった。その人の目は血走っている。あまりにもそもそも蹴った場所も分からない上にやり過ぎたようだ。必死に大丈夫そうなのを装っているがそれでも見えてしまうものはある。申し訳ない気持ちになった。

 

「もう辞めましょう」

 

「私は、幽々子様を、守りたい、です。だから、こそ、此処で、負けて、いられない」

 息も途切れ途切れ、偶々の一撃で此処まで追い込んでしまうとは僕は一体何をしたのだろうか、と思った。しかしながら、少女の殺気は死んでいない。それだけは確実に言えることだった。僕にはもう止めることは出来ないのかもしれない。終わらせないと、意味のないこの勝負。

 

「僕もそんなところです。辞めようなんて言いましたが一層の事、この勝負に決着を付けましょう」

 白髪の少女の先、黒髪の男は密かに笑う。

 

「賊とかそう言うのは関係ないです。もう止まりません」

 息を整えた矢先、こう言い放った少女は同時にその脚を地面から離していた。

 

 身体の回転を加えた双剣の連撃。強力だった。一撃目は透かされて二撃目は渾身の一撃。体を折りたたむのを余儀なくされた僕は地面を転がり、一度立ち上がる。

 

 少女はこの間合いを詰めてくるのか居合の構えをしている。腰に携えた鞘に納められた剣を握り、静かに佇んでいる。それは霊が其処に存在しているように不気味な感じで桜のように美しい。でも、その時間制限ももうそろそろ迫る。来る。

 

 来る!

 

 僕は剣を地面に突き立ててそこに収まるように身体を縮こませる。それから剣には風を纏わせておく。これまでやったことのない程の威力を咄嗟にしてしまったのだろう。何となく見えてしまう。

 

 少女の剣は腰を低くした分、地面を削るようなものだった。瞬き一つ、一瞬で近づかれた上に剣は既に抜かれていた。僕は腕の力を抜いていた。

 

 少女の一撃に回る自身の体。地面に突き刺さる剣。そして抜けてしまう剣。焼き切れる右頬。

 

 足の力も抜いていなければ首がさっくりと切れていたに違いない。僕は土埃に気をつけながら自分の体を横転させると脚を使って起き上がる。流れる血が首筋を伝う。気分が悪い上に気色が悪い。それでもそれだけで済んだのなら儲けものなのだろう。僕はそう思う事にした。

 

 でも、僕は止まらない。捨身の一撃とも似ている突進を見せる。地面に突き刺さり、微妙に手間取った少女に向かって左肩を胸の辺りに当てる。勢いよく吹き飛ぶ少女に残された剣は地面からは脱したもののその場に転がる結果となった。それを僕は飛び越えて前に突き進む。

 

 下から持ち上げた僕の剣は少女の抜いた剣に阻まれた。それから一歩離れた。

 

 予備動作のほぼない剣撃。鋭い切っ先は死の宣告のように目の前に現れる『斬霊剣 突き』。僕は避けはしたが間に合わなかった。左腕に風穴を開けられた僕はそれと同時に一度落とされた右腕を振り上げる。

 

「おーい、二人とも何やってんだ?」

 その金髪は空気の読めない発言を放った。僕も少女も戦う気はなくなった。



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106話

 先ほどまでの冷たい空気はころり、と変わり何事もなかったのようになっていた。黒いとんがり帽子に金色のカールをしている髪、右手にはその身の変わらぬ木製の箒を持っている。

 

「魔理沙さん⁉︎何かご用ですか?」

 

「それはこっちが聞きたいぜ、妖夢。何でヒカルと剣を違える結果になってんだ?」

 妖夢と魔理沙の口から言い放たれた少女はふと考えていた。最初は恐らく勘違いから始まったものだったが段々と意地のぶつかり合いに発展している事には言いようがない。僕だって段々とそうなってきた。言うならば、剣士としての意地というものだろう。

 

「負けるのが嫌でした。それだけです」

 

「そうかそうか。なら、ヒカルはどう思う?」

 

「真剣な様子だったので応えようと思いました」

 僕は少しだけ言葉をつまらせながら、頭の中で繋いだ文字を口から出していた。正直なところ、それ以外には嘘や偽りが混じるかもしれない。

 

「それでお前ら、こんなボロボロになるまでやってたのかよ?真剣にも程があるぜ」

 少しだけ魔理沙さんは笑っていた。正直なところ、僕もこの状況には笑うしかなかった。

 

「そうですね。何ででしょうか?」

 

「私はそれを聞いてんだぜ。妖夢はどうだ?」

 

「私は負けたくない、の一心でした」

 

「だったら、妖夢は負けたぜ。あのままやってたら首が飛ぶ。残念だったな」

 

「残念とはどういう事ですか!私が真剣にやった結果なら受け止めます」

 

「それなら死んでたぜ?」

 

「それはそうですが。私が未熟なばかりに」

 それは僕だってそうだ。それに後ろに男の影を見なければ僕は逆の立場になっていたかもしれない。ひとまず、傷を治すために患部に刀身を当てて、治れ治れと願いを届けていく。これにより、患部の止血や痛みを無くしたりできる。一時的に治るだけでそれ以上はないので多用は厳禁、後で医者に診てもらう必要はある。

 

「それは僕も変わりません。偶々が重なり合ってこうなりましたが、実際のところはどうだか」

 

「そんな、私も斬られていたのかもしれないですから。貴方の勝利にしたいです」

 

「いえ、そう言える自信はないもので」

 

「いやいや、貴方がーー」

 

「それは置いておいて、だ。いろいろな事はお前らに任せるとして夏に雪を降らせるとはどういう事だ?」

 魔理沙さんは僕たちのくだらない口喧嘩を辞めさせるために強引に話に割り込んだ。あきれ返った魔理沙さんの表情からは本当にそれだと思える。僕は黙る事にした。妖夢さんもそれは変わらないだろう。

 

「前にも春に雪を降らせた事のあるあの桜なら出来ない事もないだろう?」

 僕はよく知らない内容だが、それが本当ならばそれなりに重大な事になるだろう。

 

「それに関しては心外です。見てください。何も付いていない桜を。辛うじて生きているだけでいつ死んでもおかしくないです」

 

「まぁ、確かにそうだな。じゃあ、何だ?」

 魔理沙さんの視線の先、其処には大きな幹の桜だと思われるものがあった。かなりの距離があるが見上げるほどの高さで幹はとても覆えなさそうな程。景色の一部として壁か何かだと思っていた僕はそれを見たまま固まってしまった。

 

「それについては確かに疑いはあるのでここ数十日様子を見ています。何も変化がない間にそのような事態になっているとは思いませんでしたが」

 

「夏に雪が降るのは幻想郷だと偶にある事だと思ってましたが違うんですね」

 

「あってたまるか!季節がおかしくなっているぜ」

 魔理沙さんには少しだけ怒られてしまった。それでもそれは仕方のない事だと思っている。僕が無知だから。

 

「この人は幻想郷に慣れていないようですね」

 

「まあ、な。ここ数ヶ月だったな。三、四だったか?」

 僕はそれには答えられなかった。正直なところ、そのような数字には知識がない。それに月はどの程度で移り変わるのだろうか。さほど知らない。

 

「多分、そうだと思います」

 

「らしいな。それでヒカルっていう名前だ。前に聞いたことあるんじゃないか?」

 妖夢さんは口を丸くさせて固まると何か思い当たる節があるのか首を傾げる。それから悩んでいる様子を見せてから徐に口に出した。

 

「青年がここに訪れた時に話していたような気はします」

 

「私の目測通りだぜ。そんな訳で皆からは良くされていると思うぜ」

 

「それで紅魔館でも軽く入れた訳ですね」

 僕は割り込んだ。

 

「それは多分、昔からのよしみだ。お前が気にすることではないぜ」

 

「それもそうですね」

 

「そう言う訳でここでこいつの話は終わらせよう。少し幽々子にも話を聞きたいのだが、良いか?」

 

「疑いが晴れるのでしたら」

 妖夢さんはそれだけ言って踵を返すとふらり、と倒れた。僕も魔理沙さんもこの事態は予想できていなかったので驚いた。

 

「おいおい、何があった?そんな弱い体だったか?」

 なんて軽口は言っているが表情は真剣だった。

 

「いえ、強烈な一撃を鳩尾に受けまして。もう耐えれなくなりました」

 それからは言うまでもない。僕は咄嗟に横に近づいて声をかけた。

 

「怪我とかそう言うのはないですよね」

 疑問とも質問とも取れない口調であると自分では思う。ひとまず、気になったのは外傷の有無で内側のことは気にしなかった。鳩尾がどうの、とは言っていたがそれ以上は何ともできそうになかった。

 

「ちょっと待ってくださいね。今は上手く話せそうにないです」

 妖夢さんはそんな様子だった。

 

「おいおい、何をしたんだぜ?」

 

「僕も分かりません。かなり真剣でしたから」

 鳩尾は一発、後は回し蹴りを二発だっただろうか。その辺りは覚えているがそれが正解なのかそれとも間違いなのかは何も確証はなかった。それは時間の中で流れた物で辺りを漂っているのだろうがその居所は分からずじまい。

 

「取り敢えず、横にさせた方が良さそうか」

 

「先にある屋敷に寝かせましょうか」

 僕は周りを見ながらその先にあった大きな屋敷を見つけた。相当、意識を妖夢さんに向けていたのか、大きな二つのものを見逃していた。

 

「そうだな。立てそうか?」

 

「それなら僕が運びます」

 

「おお、そうか。親子でも違う物だな」

 

「そうですか」

 少しだけ流すように笑いかけながら、僕は妖夢さんの左手を取った。柔らかくて細めな腕。これで剣を振っていたと考えると何か違うものが浮かび上がってくる。それ以上にキズモノにしていないか気になった。

 

「キズモノになってないと良いのですが」

 

「何でそんな心配しないといけないんだぜ?」

 

「男として責任を取らないといけないんじゃないですか。まだ僕にはそれを負えません」

 

「もし、そうなったらどうするつもりだ?」

 

「全力で傷の手当てをします。その後、全力で身の回りのお世話をしようと思います」

 

「それなら、妖夢も喜びそうだな?妖夢、こんな奴が婿ならさぞ羨ましいぞ」

 先程からモゾモゾと背中が動いていた。妖夢さんの位置が少し悪かったのだろうかと顔を後ろに向けようとしたがすぐに左腕で直された。そして、前を向いていれば良いです、とも。

 

「僕、何かやりました?」

 

「いいや、何も問題はないぜ。ただな、その思いは本当にそうなった時に言ってやんな」

 魔理沙さんの発言からは少しだけいたずら心があるように思えたがそれが本物なのかはよく分からない。僕は仕方なくその屋敷へと向かうことにした。】

 

 紅魔館とは違う屋敷で縁側があり、襖で仕切られていると思われる空間がある。少し永遠亭とも似ているようだが、種類的にはほとんど同じものになるのだろうか。僕の目には知識不足の余り、似ているとしか思えなかった。

 

 その縁側では、水色の被り物をした女性が茶を啜っていた。頭部を覆う白い布が付いている帽子でピンク色の短い髪がそこからは見え隠れしていた。帽子と同じ色をしている着物で首元、肘、裾のあたりに白いフリルを付けている。何より一番目を引くのは白い紐で付けられた頭にある三角形のもの。これはつまり死者を示していると何処かで見たか聞いた事はある。落ち着いた雰囲気で優しそうな人だ。

 

「よぉ、幽々子。元気にしてたか?」

 

「元気よぉ」

 魔理沙さんの軽口に軽く乗っかってきたこの人にはまるでカリスマ性がなかった。ただ、これも一種のカリスマというのならば学ぶべき事なのだろう。それにしてもこの人が妖夢さんが守りたかった幽々子様、なのだと思うとどのような役割を持っているのかふと気になる。

 

「少し聞きたいがまずは妖夢を横にさせたい。何処か良い場所はあるか?」

 

「それなら早く男の人から降ろしてあげたら?勝手に横になると思うわ。ねぇ、妖夢?私は大賛成よ。青年の息子ですもの」

 少し首を回してからゆっくりとした話し方でつらつらと言葉を並べた。

 

「ははは。さっきの話、聞いてただろ?」

 

「そうね。少しだけだけどあながち間違いでもないかしら?」

 

「もう、幽々子様!それ以上は駄目です」

 

「お顔が真っ赤よ?」

 妖夢さんはそれを言われてから勝てないと感じたのか、頭突きをする世に僕の背中に顔を埋めた。しばらく、ここから動いてくれ無さそうなので鍛錬がてらこのままにしておこうか。

 

「もしかして、ここにお父さんが来てますか?」

 

「連絡だけだったけどね。一応来たわよ」

 

「来たんですね」

 

「こんなしみったれた話をしに来たわけじゃねぇぜ。今、下界では雪が降ってんだが何か心当たりはないか?」

 

「前の異変を真似ているなら、あの桜が原因だろうけど何も変化がないから何とも言えないわ」

 

「やっぱりそうなるよな」

 魔理沙さんは困ったような顔をしていた。確かに枯れていると思われるがその木が何かするようには見えなかった。そもそもそんなことが可能なのか、と聞きたいが実際にあったのだからもう何も言えないだろう。妖夢さんが落ちそうだったので軽く跳んで良い感じの位置に戻した。

 

「妖夢と相談して経過を見てみることにしたけど間違いだったようね。貴女が来たのだから、霊夢が来るのももう少しでしょう。そうなれば紫に任せてみようかしら」

 紫、という人がどのような人かはそれほど知らないが恐らくこの一件に関与できる人物なのだろうと思う。そして幽々子さんと肩を並べるだけの人物。油断なんて言葉はこの時の辞書には調べれば簡単に出てくるのだろう。

 

「取り敢えず、まとめると二人は下界で起こっている異変については何も知らないんだな。じゃあ、聞くが何か思い当たる節はないか?こうなったら皆で解決しちまおうぜ」

 

「妖夢が言っていた話なら、ほんの少しだけ活動が活発になった?のよね。ほんの少しだけよ」

 かなり少しだけを強調した話をしている幽々子さんだが、それが本当なのだろうと思う。これは僕自身の勘だ。

 

「例えるならどんな感じだ?」

 

「妖夢の言葉をそのまま言うなら、死にそうなところで踏ん張っているだけ、だったかしら?」

 

「そんな程度で一面の雪が降るまでになるかと言われると難しいところか」

 うーん、と唸る魔理沙さんは異変を解決へ導こうと必死になっていた。そう思うと自分がどれだけ若いかは言うまでもないのではないだろうか。

 

「でも、疑いが晴れないの確かだわ。逆に誰がやったのかそれが分からないもの」

 

「言われてみや、そうだったぜ」

 

「もう良い加減おろしてください」

 小声で妖夢さんは僕に話しかけてきたので縁側に座らせるように体を動かしていた。

 

「困ったものね。あ、そう言えば聞いた話だけど天候を操れる人が居たわよね」

 

「比名那居 天子だったな。それにしては範囲が広すぎる。幻想郷の南側も東側もそう変わらず雪が積もっていた」

 

「妖怪の山でも雪が降ってますよ」

 

「おお、そうか。それは助かるぜ。こうなりゃ、もうその線はない」

 

「そうね。そうなったらこの木が原因でしょうけどどうするつもりなの?」

 あの大木をどうにかしようと思うと相当な重労働になるだろう。それを幽々子さんは軽く話している。現実味のない話に余裕な表情を浮かべる幽々子さんで不均等な感じが出ていた。

 

「横暴な手だが、燃やし尽くすのも良いかもしれない」

 

「その理由だけ聞かせて?」

 幽々子さんは魔理沙さんのこの言葉に疑問だけ投げかけていた。僕からするとありえない話なのだが、幻想郷に慣れた人なら案外余裕なのかもしれない。僕は一応黙っておくことにした。

 

「取り敢えず、あの木の生命力を絶てばそれで異変は解決するだろうと考えたぜ。それを私がやろうとすると焼き切るしかないだけだ」

 

「私は別に興味はないから良いけれど、妖夢はどう思う?」

 

「私ですか?幽々子様が良いと仰るならば私は全力で全うするのみです」

 

「決まりね」

 幽々子さんは一つ、手を叩いてこの話には終わりをつけた。だからと言って異変の解決には至っていないので何をするのかと言うと……。

 

「お茶でも飲んでから皆で解決しましょう?」

 

「私はすぐでも良いだがな。仕方ねぇ、付き合ってやるぜ」

 魔理沙さんがそう言うので僕もそうする事にした。ただし、それをするのは完全回復していない妖夢なので僕は運ぶのを手伝うことにした。】

 

 

 灰色の壁、突き抜ける一つの影。赤い服装と髪についている大きな赤いリボン。それから、右手に持っている幣、お祓い棒を武器とする巫女。

 

 博麗 霊夢は段のない階段を周りを飛び去り、上へと辿り着いた。其処には石造りの道とその周りには灯篭が立ち並んでいて白い石が規則正しく置かれていた。落ち葉の一つ、雑草の一つを生えていないその様はここの庭師がどれだけ繊細なのか、どれだけ真剣なのかが窺える。しかし霊夢にはただの風景、通り過ぎる際に横目に入るのみで気にする様子はなかった。

 

 階段も塀も飛び越えて屋敷へと直行した。土埃を上げ、その場へ現れた霊夢は庭師の努力も虚しく辺りを散らかした。

 

「アンタでしょ?この異変の主!」

 霊夢は手持ちのお祓い棒でズブシッ、と突き立てた桃色の髪をしている水色の落ち着いた色合いをしているその人は首を傾げるだけで優しい笑顔を振りまいていた。

 

「まぁ、待て。もうそろそろ異変は解決するからお茶でも飲んでゆっくりとしようぜ」

 金色の髪、そして黒いとんがり帽子の昔からの霊夢とは交友のある魔理沙はその人の横で座っていた。他の人は呆然としている。ある意味、差別のような眼差しを受けた霊夢は右手を震わせていた。

 

「冗談じゃないわ!ここで私が異変を解決しないといけないのよ。協力しなさい。どうせ、こいつを倒せば良いんでしょ?」

 霊夢にとって、異変解決とは信仰を得るために必要な事だった。そして信仰がなくなれば幻想郷を覆う大結界が効力を失う。そうなれば、ここに居る少年のような異世界から来る人が現れる。そして、何より賽銭がない神社なのでそもそも生活がもう既に傾いている。それなのに相手は誰も何も協力しようとはしない。

 

「そう言う急いだ気持ちは何処かで対価を支払う事になりますよ。今は落ち着きましょう」

 少年はポツリ、と言う。その声に悪意はない。しかし、霊夢にとってそれは悪意のない悪意だった。ここまでの自分の努力を溢され、元には戻りそうにない。そんな気持ちが霊夢の中で込み上げてきた。

 

「落ち着いていられるとでも⁉︎そんな時間はないのよ」

 すると、少年は何も言わなくなった。その代わり、高みの見物のばかりに茶を啜る。

 

「まずは紫と話し合いたいわ。それからでも良いでしょう」

 

「そんなの要らないわ!これは私がアンタを倒してあの木に何らかの力を注ぎ込むのをやめさせれば良いだけ!早く倒されなさい」

 袖から赤い文字と模様が描かれた札を取り出しながら、霊夢は威嚇を通り越した仕掛ける一歩手前まで来ていた。

 

「辞めろ!霊夢、どうしちまったんだ?何があった?」

 

「うるさいわ。これでも私は大真面目なのよ」

 霊夢にとって、これは生活を維持するために必要になるもの。それ以外には何もない。ただ、目の前の敵を倒して異変の原因を解決させる。それの何が悪い?私は何か変なことでもしたのだろうか?否、私は幻想郷を守る巫女であるはず。霊夢はそう考えただろう。手に持っている札は宙を舞い、桜にも似た色をしている髪の女性へと向けられた。

 

 四方向から弧を描いてその人へと向かられた札は寸前ではたき落とされた。効力を失った札はただの紙切れとなり、地面に落ちた。

 

「霊夢さん、もう異変は大方解決しました。それでも幽々子さんを倒そうとするならば、僕は黙ってませんよ」

 少年はあまりにも目に余る霊夢の行動には怒っているようだ。無理もない、急に来た上に勝手に異変の犯人に仕立て上げようとしたのだから。そして、それを平然と正義として実行しようとしているのだから。

 

「うふふ。かっこいいわよ」

 

「今は茶化さないでください」

 少年は幽々子を怒鳴りつけるようだった。気が昂っているのだろう、それだけ持っている剣の震えはしっかりと目に見えるものだった。

 

「アンタ、私に刃向かうことは何を意味しているのか、分かってる?」

 

「全く。ただ、霊夢さんの今の行いは許されるものではないです」

 少年のその言葉には確かな重みがあった。それが分からない霊夢でもなかった。ただ、幻想郷については何も知らない青二才に言われて腹が立たないわけではない。

 

「アンタ如きがその口振りをするんじゃないわ」

 

「霊夢、本当にどうしちまったんだ?私たちは大方異変は解決させたぜ。何が不満なんだ?」

 

「私が解決しないと駄目なのよ。アンタ達には分からないでしょうね!」

 霊夢の声に全く怯えることなく、少年はゆっくりとした落ち着いた声で対話を行う。

 

「何か急いでいる理由は分かりませんが、色々なものを失いますよ。それに得たとして何か対価のあるものでしかないです」

 

「例えば?何があるのよ?」

 

「友人を失ったり。それこそ、人気なんてものも。挙句、取り返しがつかない事になるでしょう」

 

「こいつの言う通りだぜ。私も助けてやるぜ」

 

「魔理沙も何しているのよ?私の宿敵でもあり味方でしょ?此処は私に協力しなさい」

 魔理沙の意味の不明である行為は霊夢にはやはり理解が出来なかった。それこそ、飼い犬に噛まれたような気分なのだろう。

 

「霊夢が生活に困っていることも信仰が足りなくて悩んでいることも知っている。けどな、こいつの言う通り失いかけてるぜ。頭を冷やせ、霊夢」

 

「アンタまで裏切るの⁉︎」

 

「裏切りじゃねぇ。正しいと思える此奴に一旦加担するだけだぜ」

 

「一体何してるのよ?霊夢」

 もうそろそろ始まりそうだったのをある一人が話しかけて止めた。突如として現れたその人は空中から顔を出していた。それだけではない。紫色の扇子を口元で隠している太極図のようなものが描かれた服装をしている。頭には白いナイトキャップのようなものを被り、長い艶やかな金色の髪をしている色気のある女性。

 

「丁度いいわ。あの二人を止めなさい」

 

「待って紫。この二人は私を守ってくれただけよ。この件には全く関係ないわ」

 

「そう。幽々子がそう言うならそう言う事にしておくわ。それに何故こうなったのか説明をお願いしたいわ」

 紫と呼ばれたその人は空中に空いた穴から身体全身を出すとゆっくりと歩いていた。少年はもう戦う気は無いのか、剣を鞘の中に納めていた。そして、その人が幽々子の元へと行く際に通る道を開けていた。

 

「ええ、良いわよ」

 にっこりとした笑顔を見せているがその裏には何があるのか分かったものでは無い。周りには微妙な緊迫感のある空気が流れた。

 

「それでまずはーーという事があったの」

 

「取り敢えず、幽々子達が人為的に起こした異変ではないのね。そして、霊夢がそれを勘違いした形で二人がそれを止めている、と。分かったわ」

 

「そんな感じで良いわ。それで今はお茶を飲んで休憩していたところ。妖夢とこの人が戦っていたから疲れたと思って」

 

「……確かに男には頬に傷があるわね」

 紫はひらひらと扇子をあおぐ。そこで起こった風が彼女の前髪を遊ばせていた。その間から覗く殺意のような強い眼差しは幽々子とは別の方向に向いていた。

 

「それで気分を損ねちゃったからどうしようかな、って」

 

「それは申し訳なかったわね。それでは、私が指揮を取るわ。幽々子は休んでなさい。男は借りていくわよ」

 

「任せるわ」

 その後にも続きそうな言葉だが、口からはそれ以上は出現しなかった。それだけにまたもや嫌な雰囲気はその辺りを漂う。二人の間ではかなりのせめぎ合いを行なっていると思われる。そして、それを止められる人物はこの中にな居なかった。



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107話

 最早、焼き切ろうなんてことは出来ないのではないだろうか、そう考えるまでには見上げるほどの大きさと植物として何年生きていたのかは想像できないほどの大きさをしていた。この木は桜の木で今まで満開まで咲いたことはないが生きてはいるらしい。名前は西行妖と言い、幽々子さんの名字である事を近づいていった時に事前に僕が聞いておいた。これからこれを焼き切ろうと考えた魔理沙さんに、かなりの気の荒立て方から少々疲れた様子の霊夢さん、そして現場責任を任された妖夢さんに居るついでに見学をしたいと自ら申し出た僕と見守り人の紫さんが西行妖の前には居た。

 

「それでは、始めなさい。万が一の時は私が避難させてあげるわ」

 

「早速私から行かせてもらうぜ」

 何処からともなくポケットから小さな八卦炉を取り出した魔理沙さんはゆっくりと構えてから両手で持ち、目の前の標的に向かうようにある程度調整した。それから力を込めているのか、魔理沙さんは力み始めた。

 

 小さな八卦炉の先からは何かが出ようとしているが魔理沙さんができる限り溜めようとしているので溢れそうなところで踏ん張っている。風に吹かされている髪も衣服もこれからの強力な一撃を予見させるようだった。

 

「早めに逃げとけ。相当な威力で放つ」

 

「そんなんで異変解決の場からいなくなるとでも思ってるの?私は博麗の巫女よ。分かってるでしょ?」

 

「そういう意味じゃねぇよ。行くぜ」

 マスタースパーク、魔理沙さんはそのように叫んだ。その声に呼応するように小さな八卦炉に溜められていたエネルギーは目の前の西行妖に放たれた。白色の太い光線は瞬く間に目の前の光景を変えていった。しかしながら、その事については誰も何も言わなかった。もう見慣れているのだろう。僕ももうそろそろ慣れていないと心臓が保ちそうにない。

 

 西行妖とマスタースパークと呼ばれる光線が織り成す轟音が鳴り止み、何事もないかのように終わった。魔理沙さんは少しだけ疲れているようだった。それは無理もない話なのかもしれないがそれによる対価はあまりにも不釣り合いのものだった。

 

「何も傷がついていませんね」

 妖夢さんはポツリ、と申し訳なさそうに呟いた。僕は魔理沙さんの健闘を讃えようかと思ったが、それは霊夢さんが邪魔した。どれだけ自分の利益にしようとしているか、その浅はかさは目に余る。

 

「なら、私がやるしかなさそうね」

 どこからそのような笑顔が出せるのか、それについては疑問だが、何も言うことはできなかった。それとも何か違うものがあるようだった。

 

「やりなさい、霊夢」

 保護者らしき立場にいた紫さんの霊夢さんの粗暴な態度には何も言わなかった。僕も何も言わない事にした。

 

 霊夢さんが何かの準備をしている間、僕は左手で柄を握ると、軽く抜刀していた。そして目を閉じて風を感じ取っていた。より多くの、そしてより強い風をその剣に纏わせていた。霊夢さんが成功させるなら、それも良いかもしれない。だが、僕も出る機会があるならそれはそれで有難いものではある。

 

 目を閉じている間、僕は外で何が起こっているのかは何も分からなかった。連射のような細かくて素早い音がしているのを耳の中に入れた。それ以外は何もなかった。まるで西行妖が侵入を拒んでいるようで悲しいくらいに傷なんてつけられなかったのだろう。死にかけの木に此処までやろうとする事になるとは思いもしなかった。

 

「僕がやります」

 僕の声は意外にも静かだった。

 

 僕の左手が剣を完全に抜き去り、右手を柄に添えた。それから心を落ち着かせる。全ての存在を消し去る。それから強風を思い描くことにした。身体を縮み込ませて耐えるしかないこの風を僕は剣に纏わせた。とてもではないが剣は重たい。脚にもその負荷はかかり、地面に敷かれている砂利が音を鳴らした。とてもではないが、今の僕にはこれ以上は耐えられそうになかった。

 

 ゆっくりと肩と同じ位置に構えて肩よりも後ろへと剣を持っていく。それに合わせて、腰を捻る。それから僕は思い切りそれを右へと振るう。その際に、集めた風は全て陰の魔法元素で薄く包んだ剣に纏わせるようにした。中で反響するようにどんどんとその活動を広げていた。自分の腕が振れる限界を迎え、腕を折り曲げるようにしながら背中を通してもう一度肩の後ろまで運ぶ。その時でも既に危ないほどだった。それでもまだ僕は引っ張った。この一撃に全てを込めるように僕は目の前に西行妖に向かってこの技を放った『五ノ技 絶狂嵐』。

 

 一撃だけだった。僕が目を開けていた時には西行妖は後ろへと倒れていた。少しだけ斜めに切り込みの入った西行妖はその坂を滑り込むようにして倒れたのだと思う。僕はすぐに全ての方向に風を放った。その風は一瞬で周りの情報を教えてくれる。周りには四人、館には二人。僕ではない誰かがこの異変を解決した。

 

 僕はそれが誰なのか不思議で仕方がなかった。そして、ある種の力不足を痛感した悔しさもあった。



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108話

 雪も降り終え、段々と暖かくなってきた頃、博麗神社では宴会が開催されるらしい。ただ、僕は一旦里帰りして、少しだけ療養をしていた。その時には一応、お父さんには伝えたいことは言っておいた。アーサーさんはここに来る時に少しだけ障害があったらしく、苦戦していたが何とか帰ってきた。

 

 そして、今は椛さんの自宅で寝泊まりしている。その間に幻想郷で何があったのかは知らないが何週間か、経っているような気はした。おかげで雪の存在は風のように通り過ぎていった。それに伴って、少しだけ気温も高くなっているような気はした。大分身体には堪えるものだろう。

「さて、行きましょうか」

 幻想郷の宴会は昼とかそういうのは関係なく来たい時に来て、帰りたい時に帰るらしく、いつから行こうと問題はなかった。朝に行っても問題はないらしいが椛さんはある程度の時間を潰してから向かうことになった。

 

「はい、そうですね」

 此処から博麗神社へと向かう。夏と思われる季節に雪に降った異変は僕が霊夢さんに解決主として譲ったことで解決した。僕の技に似たものを使う人が解決したのを知るのは僕とその場に居た人と椛さんと異変について不信感を抱いた人しか知らないだろう。

 

「私に捕まってください。連れて行きますよ」

 

「お願いします」

 椛さんの好意を無碍にすることもしたくはなかったが、一回くらいは長距離に挑戦もしたかったような気はする。しかし、無理をさせないのも師匠としての役目なのかもしれない。

 昼にはならないまでも朝でもない。日の傾きを見ているとそんなふうに感じる。しかしながら、既に人数は十を超えているような気はする。それを何とも感じると言うわけではないが何処となく自由さをあると思える。

 

 一回だけ来たことがあるがあれから特に変わっているようには感じなかった。別に綺麗になっている様子もなければ綺麗な感じでもない。ありがたみも何もない境内。

 

 青色のシートには料理の載っている皿が置かれていてシートの外ではそれぞれの靴が脱いで置かれている。見知った顔や知らない顔も居るが僕は椛さんに頼る事にした。

 

「では、靴でも脱ぎましょうか」

 底の高い下駄を脱ぎながら、椛さんは宴会の輪の中に入っていった。僕もそれについていくように底を別の素材にした草鞋を脱ぐとその中へと入り込んだ。

 

 賑わいを見せている街とは異なり、少し離れの路地のような感じになっている。これから人の量は多くなっていくのだろう。そんなことを考えながら、僕は席についた。目の前にはもう既に酔っている人がいた。身丈は子供のようだが、頭からは二本の角が生えていて人間ではないことはよく分かる。きっと、瓢箪と空になった盃を持っているところから鬼の部類なのだろう。ただ、とても気さくな人らしく、椛さんと目が合うとつらつら、と言葉が出てきた。ただ、話すたびに酒臭いと思える慣れない匂いがしている。

 

「久しいなぁ。あの一匹狼も誰かを引き連れるほどになるとは」

 

「それは昔の話です」

 

「男も気を付けろよ。いつ、牙を剥くか分かったもんではないからな」

 

「大丈夫ですよ。そのような迷いは見せませんので」

 

「お、言うねぇ」

 

「そういう訳ですので昔の話はこの程度で。今は異変の解決を祝いましょう」

 椛さんとは旧知の中でありそうなその人は大きく笑ってから、右手に持っていた盃に酒を注いでいた。そして、一気に飲み干す。それこそ、その勢いは湯水のようで酒であることを感じさせなかった。

 

「そうだねぇ。ただ、久しい顔を見たらそういう話になるのは仕方ないだろう」

 

「萃香さん、良い加減にしてください」

 

「そうだな。そういう事にしよう」

 萃香さんは椛さんの変わりように少しばかりかビビっていた。此処まで怯える理由は僕には全く分からないのだが、一つ気になることはどのような接点があったのか不明なところだろうか。

 

「萃香さん、今日は楽しみましょうね」

 

「肝が据わってんな、兄ちゃん。私しゃ怖くてそんな話は出来っこないよ」

 

「そういうものですかね?」

 

「そうだよ。怖くて仕方ない」

 その萃香さんの言葉にはその通りの感情があったように感じる。鬼が怯えるような事をしたのだろうか。椛さんは本当に怖い人らしい。

 

「そんなに怖くありませんよ」

 椛さんは控えめに笑っているだけで鬼の言葉をさらり、とかわしているようだった。昔からこんな風の付き合いだったのだろう。

 

「そうですね。とても優しい人です」

 

「その言葉、後で後悔するよ」

 物凄く真顔で少しだけ、ほんの少しだけ早口になっていた萃香さんは盃を口元へ持っていった。酒で今までの事を流そうとしている。その指が微妙に震えている点は何があったのか、それがものすごく気になるところではあった。

 

「普通に可愛いだけですけどね」

 

「う、うん。それ以上は辞めとこ」

 

「少し席を外して頂けますか?」

 椛さんはそれだけを言った。僕はそれ以上此処にいる理由もなくなりかけているような気がするのでもう何処かへ行く事にした。

 

「萃香さん、えっと、お大事に」

 

「うん、頑張るよ」

 萃香さんの乾いた笑みは僕の心に引っかかる。

 博麗神社の境内、その中でも奥の方に陣取っている三人。この神社の巫女である博麗 霊夢とその友人である霧雨 魔理沙。そして庭師でありながら、剣術指南役でもある魂魄 妖夢が居た。それぞれ、手に持っているのは赤く塗られている盃で透明な淡白な味をしているすっきりとした飲み物を入れていた。この世界に外の世界の常識は通用せず、飲めるのならば好きにしても良い。何が、とは言わない。

 

 その中に僕は一人だけ入る事にした。

 

「お、異変の解決主の登場だな」

 金色の髪に囲まれた顔から悪意のありそうな良い笑顔を見せている魔理沙が僕に気づいていた。後の二人はその後で気づいた。

 

「皆さんの協力のおかげですよ」

 あの時、僕以外の人が白玉楼に居たことは誰も知らないと思う。僕とは違うところから放たれた一撃が西行妖を生気を完全に削り取った。

 

「生意気な口はその程度にしなさい」

 

「相変わらずですね」

 

「幾ら譲ってもらったからと言っても胸糞悪いわよ」

 霊夢が今回の異変を解決した事になっているのはあの時に僕が霊夢さんが異変を解決したことにしたからこのように博麗神社で宴会を行う手筈になったが本人はかなり不満らしい。確かに霊夢さんの言うことは僕は反省するしかなかった。

 

「それにしても見事な一撃でした」

 既に酔っていそうなほど頬を赤くしている妖夢は僕のことをそんな風に称してくれていた。その気持ちは素直に受け取りたいし、有り難いものだが僕ではない、解決したのは。だからこそ、僕はある種怒りの矛先をどこにぶつけて良いものか分からなくなっていた。

 

「そうだな。カッコ良かったぜ」

 魔理沙さんはそんな風に大げさに僕のことを称賛してくれる。それがどれだけ重苦しいものかは三人には伝わらないと思う。真実を伝えようにもそれは今話しても冗談のように受け流されるだけで何も効果は発揮しないのだろう。

 

「それは有難いものです」

 

「もう良いわ。私が惨めになるだけじゃない」

 杯をひっくり返す勢いで霊夢さんは此処から退出した。魔理沙さんも妖夢さんもその場に置いていかれてポカン、とした表情を浮かべている。もちろん、僕もだ。

 

「魔理沙さん、どうしましょう」

 

「恐らく、霊夢はお前のその謙虚さに腹を立てたんだろうな」

 

「それは悪いことをしました」

 

「こういうのは時間が解決してくれるぜ。だから今は、楽しもうぜ」

 その言葉の通り、境内の奥にある小屋の縁側に座る。僕も魔理沙さんの言葉通りに楽しむことにした。後は時間が解決してくれるとは言われたが本当にそうなのかは本当のところはなんとかしたい所ではある。

 

「そんな簡単に言わないでくださいよ」

 

「人に優しく出来るのは誇って良いと思うぜ。自分らしさは保っておけ」

 ここにはこんな馬鹿真面目な奴もいるくらいだしな、と魔理沙さん。それは誰のことですか!と妖夢さん。

 

「ちょっとだけ気にかかりますけどそれはそれで良いですね」

 僕はこの時間を楽しむことにした。少量の食事と比較的静かな空間で三人は夕暮れまで過ごすことにした。

 次の日の朝、雪が風に乗って軽く片付けられているかのように白いものは何もなかった。今日も晴れていて連日、良い天気が続いていた。

 

「さて、行きましょうか」

 

「どこに行くんですか?」

 

「博麗神社ですよ。昨日話したじゃないですか」

 椛さんは平然とした表情でこちらに話しかけてくる。僕の中では昨日は宴会をして楽しんでいたような気がする。それでもそれは幻想かのように打ち破られた。僕には何が起こっているのか分からなかった。



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109話

 椛さんに連れられ、空中散歩を楽しんだ後は博麗神社へと辿り着いた。妖怪の山からはそれなりの距離がある。大体、永遠亭くらいはあるのではないか、と勝手ながら思ってしまう。僕の中での昨日と変わらず、人数自体は少なかった。そして頭に二本の角を生やしている人に椛さんと一緒に向かうと椛さんは一枚の板が取り付けられている底の厚いと言って良いのか判断のつかない下駄を脱ぐと僕はその隣に裏生地が硬めは素材でできている草鞋を脱いで青いシートの上に足を乗せることにした。

 

「久しいなぁ。一匹狼も誰かを引き連れるほどになるとは」

 これも昨日聞いた話だった。連日の宴会なら今日この話をしているのは少しどころではない疑問が浮かんでくる。そしてこの返答は何となく覚えている。

 

「それは昔の話です」

 昨日はあまり気にならなかったが改めて見ると何処か含みのある言い方をしているように感じた。椛さんと萃香さんは何処かで知り合っていと思われるが良い関係ではなかったように感じてしまうのは僕だけなのだろうか。

 

「男も気を付けろよ。いつ、牙を剥くか分かったもんではないからな」

 

「もう大丈夫だと思いますよ」

 

「お、言うねぇ」

 

「そういう訳で昔の話はこの程度で。今は異変の解決を祝いましょう」

 昨日と変わらず、杯に入った液体を湯水のように飲み干していく姿はどこか圧巻とするものだった。これこそが鬼と言えるような雰囲気だった。

 

「そうだねぇ。ただ、久しい顔を見たらそういう話になるのは仕方ないだろう」

 

「萃香さん、良い加減にしてください」

 椛さんには悪いが僕はその話が気になった。お父さんもそれほど話さないどころか、全く話してはくれなかった。それに椛さんがどのような人なのかはこの人が一番知っていると思えた。

 

「萃香さん、少しだけ聞かせてくれませんか?」

 

「肝が据わってんねぇ。隣を見てみなよ」

 隣には椛さんが居る。この話の流れからあまりにも強引に引き込んだせいかかなり危ない状況になっているような気もしないでもないが、椛さんの目を見ることにした。

 

「良いですよね?」

 長い沈黙。椛さんの目は見慣れたものとは言え、鬼を脅かすようなほどの威力が持ち合わせているのは事実。萃香さんも正座に座り直すほどだった。

 

「……仕方ないですね」

 

「という訳で、萃香さん宜しいですか?」

 

「アハ、ハ、ハ。ソウダネェ。ハナソウカ」

 カチコミに凝り固まった萃香さんはその口から震え声が出ていた。しかも棒読みで其処にはある意味では感情の篭っていないのがよく分かる。それでも、僕の興味が薄れることはなかった。

 

「二人が初めて会った時から聞きたいです」

 

「ほら、萃香さん。早く説明してあげてください」

 

「はい、分かりました」

 半ば恐喝のような状況だが、決してそのようなことはない。それどころか、何もやましいことはしていないのにも関わらず、このような状況になっているのが不思議で仕方なかった。

 

「あれは、二百年くらいか前か。あの時は今みたいに妖怪と人間は共存はしていなかった」

 その走り出しからこの話は進んだ。萃香さんの口によって椛さんに強制されているような感覚に襲われながらも行き先に向かって歩みを始めていた。僕はその全ては難しいかもしれないが出来るだけ多くのことを学ぼうとはした。

 二百年前、妖怪と人間は共生はしていないどころか、強い者が勝ち残り、弱い者は食い散らかされるような時代だった。その当時の妖怪の山は守矢神社などはなく、その代わりに鬼の中でも四天王と呼ばれる鬼が暮らしている屋敷があったとのこと。鬼というのは幻想郷の神、妖怪、人間という大まかな図式の中では妖怪として位置付けられ、その中でも最上位の中でも選りすぐりと言われるくらいだった。それは正しく、妖怪を統括していた、と言っても大凡は真実であるほどだった。例外なく、妖怪の山でも鬼、天狗、河童の順ではあったがそれを全く受けない人がいた。その人が犬走

椛。彼女は縦の序列が厳しい社会の中で一匹狼として暮らしていた。

 

 実際のところ、天狗の中にも烏天狗と白狼天狗が居て、上下できっちりと分けられていた。白狼天狗である犬走 椛もその枠組みに入るはずだったが彼女の持っている能力がそうはさせなかった。千里眼、正に千里先まで見渡すことの出来る彼女が白狼天狗として哨戒の仕事に準じてきたのならば、他の白狼天狗はお役御免となる。それを危惧した天狗の長が切り離す形で犬走 椛を一匹狼として、一人の種族として独立させた。そのくらいの話らしい。ここまでは二人から聞いた話を僕なりに解釈してみたものだ。

 

 白い髪を後ろで一つに纏めた白色の毛皮のような服に濁った赤色が飛び散ったような装飾のある服装をしていた椛は何も怖くなかった。それこそ、若気の至りとして少々やんちゃな事もしていたとの事。下は紅葉が散らばった黒色の布であるが其処にも上と変わらない装飾がされていた。

 

 本人曰く、何かの気の迷いで訪れたのが鬼の屋敷だった。先ほども話した通り、鬼の四天王が住処として利用していたところだったが当時の椛さんからするとそのような事はどうでも良かったとのこと。其処で相手をしたのが伊吹 萃香さん。萃香さんは最初のうちはいたずらの一種とのことで大らかに話をしていたそうだが、服装を見てから鬼としての血、純粋な力勝負がしたくて仕方がなかったので勝負を受けたらしい。

 

 最初、牽制のつもりで一発殴った萃香さんだったが呆気なく仕返しをされた。真正面から受け止めた椛さんの拳が萃香さんの拳を退かせた。それだけでも逃げをしないはずの鬼が負けた、と言っても過言ではなくなってきた。それを感じた萃香さんは今までのようには行かなくなったらしい。更に言えば、椛さんは然程力は込めていないらしく、相討ち程度で又は少し負けるくらいのつもりであったらしい。その時から椛さんは鬼に匹敵するような力を持ち合わせていたのはそれほどに鍛錬と経験を積んだからだそう。僕には正直なところ、よく分かっていない。

 

 一発だけ受けた萃香さんはその場で鬼にも関わらず怖気付いてしまったそうだが、それを出すわけにもいかない。それがある意味での萃香さんの苦い過去を生み出すことになったのだそう。もう一度先程よりも力を込めて放った一発は椛さんの右手の中に吸い込まれた。拳をぶつけもしない椛さんはその場でその右手を起点に押し返した。萃香さんはそれに圧倒され、椛さんは左手に持っていた盾を捨てた。腰には携えていた大剣には手を触れようともせず、型というものでもない手を出していた。その時の萃香さんはある意味での恐怖を感じたそう、その時萃香さんは目の前の壁を殴ろうとしていた。止まらない鬼としての意地と本能が訴えている危険信号の狭間で萃香さんは左腕に力を込めてその一発にすべてを賭けた。

 

 バチン、と甲高い音がした。その時にはもう一つガン、という痛そうな音もしていた。椛さんはその時には萃香さんを投げ飛ばしていたようだ。それこそ、小さな子供を投げ飛ばすように軽く投げたそうだ。萃香さんは一瞬の間の記憶とそのあとで来る激痛に苛まれて立ち上がる事も出来そうになかったが鬼としての意地が、下の種族に負けたくないという執念が萃香さんを立ち上がらせたらしい。その時の本人はそれほど記憶になかったらしい。ここからは椛さんの話が主体になる。

 

 萃香さんはその時は生まれたての小鹿のように足を震わせていたがそれでも向かってくるので椛さんはその勝負を受けることにした。ここから逃げようものなら、逃してくれなさそうだと何となくそう思ったらしい。椛さんは更に向かってくるのならば対峙しないといけないと感じていたらしい。だが、その思いは意外にも裏切られる事になった。

 

 萃香さんはその場に立ち止まった。鬼として負けを認めたという事だろう、と椛さんは何となく思った。一安心していたところで突然の行動を起こした。萃香さんが飛び上がり、上から押し潰すような一撃を見舞う。だが、それは椛さんには簡単に対応されたのだが、手加減というものを忘れてしまった。飛び上がった上で蹴り上げられた萃香さんは着地した地面にすぐに倒れる事はなかったが出すものは出してから前のめりに倒れた。少しばかりか匂いがキツかった。酒のせいだろうと、椛さんはそれで話を終わらせた。萃香さんは其処に追加するように言い放つ。鬼じゃなければ死んでいた、と。

 

 それから萃香さんは危ない時は逃げるようになった。それ故にこうやって地上で暮らしているのだと。

 一通り二人からの話を聞いて思った事は椛さんは一体何者だったか、それしか思えなかった。一人の狼として妖怪の山に君臨していた事、鬼と対峙して何ともなく勝利をしている事、その全てが規格外だった。それなのに僕はとても失礼な事をしたような気がした。いつもご飯を作って貰っていて寝床も貸してくれている。元はと言えば、お父さんが行くように言われたから行っただけで本当ならこんな事は起こり得なかった。それなのに僕は感謝の言葉一つも言わなかったような気がする。

 

「ご飯も作ってもらって寝床も貸してくれて技も教えてくれているのに感謝していないのを謝罪したいです」

 

「良いですよ。半ば好きでやっている事ですから」

 すごく優しい笑みで答えられたがそれがどうしても怖かった。なんか含みがありそうな言葉に最早何か思うところがあった。それは萃香さんも変わる事はなかった。

 

「ひとつ聞いていい?同じ屋根の下で暮らしてるの?」

 

「はい」

 

「その意味分かってるよね?」

 

「多分思っていることとは違うと思います。私も楽しんでますから」

 椛さんは表情をくるくると変える。昔の頃だと思う厳しい目をした人と、今のような丸くなった故に萃香さんから見ればズレていると思う事。布団は別れている、茶碗は混同していない。何をもって間違いなのかは変なところで分かっていなかった。

 

「楽しんでいるなら良くないですか」

 

「良くない。男女が一緒の屋根の下、不埒な」

 萃香さんの頬は酒なのか、恥ずかしさからなのか赤くなっていた。顔中にも広がりそうなその表情には僕たちが萃香さんから見ていかに異なる考えを持っているのかを指し示しているようではあった。

 

「それもあるかもしれませんね」

 それでも受け流した椛さんの胆力はある意味では敵いそうもなかった。実際のところ、僕にも一緒に暮らしている事について何か問題があるのかはふと疑問には思った。男女にそのような区別はいるのだろうか?そんな事を考える。

 

「椛は大丈夫なの?本当に?」

 

「前に青年も居ましたので。何も抵抗はないです」

 

「それで良いなら何も言わないよ」

 

「何か問題があるのはどうしてですか?」

 一旦の終わりを感じたところで僕はその質問を二人に投げてみる事にした。

 

「無知はこの場合は勲章ですね」

 

「そうだね。色々なところで聴き回ってみると良いよ」

 基本的に社会で生きるためには必要な事だから、と付け加えた萃香さん。それに賛同した椛さんだが、僕には正直なところ調べてみようか興味が湧いた程度でしかなかった。



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110話

 それからと言うもの、椛さんと萃香さんは昔のことを半ば楽しむように話している。ちょっとし自慢話や妖怪としての地位の話など僕にはいささかついていくのが難しい話題ばかりで頭の中は混乱してきた。其処で僕はこの場から逃げるように立ち去る事にした。

 

 辺りは見た事がありそうなそうでもなさそうな人たちで囲まれていた。幻想郷にはこれぐらいの人が住んでいるのだと思うと壮観なものだが、それを言い続けるのはどうかと思う。あらゆる種族がいる中で人間という種族は最底辺に近いところに居る。その事実は幾ら人間と妖怪が共存出来る世界になったとはいえど、帰るところは出来そうになかった。霊夢さん、魔理沙さん、そして自分と片指で数えられそうな数しか居なかった。一人は妖怪と共に暮らしているので一番環境に溶け込んでいると思う。

 

「久しぶりです。皆さんにはかなり迷惑をかけているのに何も返せなくて申し訳ないです」

「元気そうで何よりだわ。今は犬走 椛のところで居候しているらしいけれど、随分と痩せているようだけど大丈夫かしら?」

 

「はい、前よりも気分が冴えているような気がします」

 確かに椛さんとの食事は少ないがその分、余分なものを摂らないので身体が引き締まっているようにも感じる。でも、それは僕だけなのかもしれないと思っていたが他人から言われると確証へと変わるのだろう。

 

「それは良かったわね。此方も変わりないわ。一つあるとすればあの二人でしょうね」

 紅魔館の主人、レミリア・スカーレットは静かに目線をそちらへと向けていた。ちらり、と僕は見ただけだったがその二人に気付かないわけはない。サイドが長めで後ろの方は短めに切り揃えた髪型をしている人で僕の事を慕ってくれているのは確かなようだが、今はそうでもない。長く会っていないのが原因だろうとは思う。紫色の服装をしているのが里乃さんで緑色の服装をしているのが舞さんである。

 

「「そうですよ。私(僕)達に何も言わずにどこに行ってたの?」」

 

「何も言わなくてごめんなさい。実はあれから色々あって」

 本当に色々とあった。それこそ、地獄に向かってからは妖怪の山で何かをやったりする間に随分と時間が経ったようで何も何か違うことがあったかのようだった。そう考えると何ヶ月は経っているような気さえする。

 

「「良いです。ご主人様の活躍は耳に入っていますので」」

 不貞腐れていると思われるがその表情には何かと混在しているようなものだった。確かに僕の不始末に怒っている事には変わりないがそれとはまた別の感情。僕は少し考えてから無言で二人の目を見て、そのまま抱きしめた。二人はその僕の行動に目に見えて挙動を可笑しくさせた。それでも僕の何かを感じてくれたのか、優しく抱擁をし返してくれた。それだけでも嬉しかった。

 

「ただいま。今まで待たせていたことは謝る。けど、僕もやる事はある。だから二人は影から応援してくれないかな」

 僕も昔のように身体がガッチリしているわけでもない。少しながら、細くなった中で何かを感じてくれたらそれで良い。暫く待ってくれると言うのならば、それは嬉しいものだった。

 

「罪な男」

 

「「はい」」

 二人の返事をもらったところで僕は頭を軽く撫でる事にした。ご褒美など言うつもりはないが僕の事に理解を示してくれたのは純粋に僕が嬉しかった、それだけの理由だ。それに応えるように二人は更に強い力で、僕を離さないようにしっかりと掴まれていた。

 

「皆さん、暫くこのままでも良いですか?」

 

「好きにしなさい」

 

「お嬢様がそのようにおっしゃるなら」

 咲夜さんはあまり納得してなさそうだった。僕には関係ある事なのかと言われるとそうでもないとは思いたいのだが、どうやらそうでないらしい、のかもしれない。

 

「僕の事はどのように伝わっているんですかね」

 

「異変に顔を出しているのは知っているわ。それと、貴方がそのような事に巻き込まれ易い事もね」

 

「そうですね。ここの所、色んな異変に巻き込まれているような気がします」

 

「それで済めば良いけれどね。それは良いわ。この機に聞きたいのだけれど、いつになったら紅魔館には来てくれるのかしら?」

 

「まだ未定ですね。今は妖怪の山でやりたい事がありますので。一通り、学んだらいつでも訪れることができると思いますよ」

 別に間違いではないが紅魔館に帰ったところで何かすることと言えば、魔法の研究だろうか。まだまだやり残している事があるからこそ、あそこにはかなりの価値があると思っている。まだまだ目を通した程度で何も進展はない。それだけはどうしても変えないといけないことだった。それでもやっと行く道が分かった程度、これからどうしようか、それを見据えただけで状況は何も変わらないのだろう。

 

「それは時間がかかりそうね。良いわ、それまでは待ってみる事にするわ」

 周りは結構騒がしいのだが、レミリアさんだけは何処か違う世界線を歩いているようだった。そして、それについてこれる僕もある意味では別世界の住人なのだろうか。少しだけ不安にはなってくる。

 

「すみません。後でパチュリーさんにもよろしく伝えておいてください」

 

「了解したわ。フランとも遊んであげてね、退屈してると思うから」

 

「そうですか。僕に出来る事ならやってみるのも悪くないです」

 とは言いつつ、その時間はあるのだろうかと僕は思う。そうやって誰かと慣れ親しんでいる時間が無駄であったと思えてはこないだろうか。今の僕には判断が難しいが全てを見据えた僕ならそれは如何なのだろうか。実際のところ、お父さんはどのようにしていたのだろうか。それはどうしても気になるところだった。

 

「私からはもう言いたい事はないわ。異変の解決者の一人として他の所にも行ってあげなさい」

 レミリアさんの気遣いで僕はこの場から離れる事にした。その後は色んなところを回りながら、挨拶をしていくうちに日も暮れたので早めに帰る事にした。此処からは本当の大人の時間で僕が巻き込まれないように椛さんが早めに退室する事を勧めていたからそれに僕は乗っかる事にした。その帰り、僕はある事を聞いてみた。

 

「萃香さんはどのような能力を持っているんですか?」

 椛さんだとどのような遠い場所も見通す千里眼、では鬼の四天王と呼ばれた萃香さんはどのようなものを持っているのだろうか。

 

「あの人は密と疎を操ります。物体や現象の密度を変える能力を持っています」

 

「それは例えばどのような事に?」

 

「自分の身体を大きくしたり、逆に小さくしたり、人を集めたり散らしたり。そんなところでしょうか」

 椛さんは意外にも軽く教えてくれたが僕には少し理解が追いつかなかった。自分の身体の大きさを変えるような事があれば上から踏み潰すような事も出来るのだろう。だが、今日見た限りではそのような事はなかった。

 

「詳しく教えてくれませんか?」

 

「萃香さんの能力ですが、自分の身体の密度を小さくする事で身体を大きく見せています。なので大きさは変わっても重さは変わりません。人を集める時でも何処かで調和が取れる形になっています」

 

「あんまり良くわかりませんね」

 

「それもそうでしょう。私達とはやっている事が違いますから」

 

「確かにそうですね」

 

「さて、明日から普通にやりますので覚悟してくださいね」

 

「今日は何となく疲れましたからね。早めに横になりましょうか」

 

「そうするのが良いでしょう。私も今日は疲れました」

 椛さんの表情は少しも変わりはしない。しかし、そうと言い切るには少しだけ難しいような気もした。なので、僕は何となくこれ以上詮索するのをやめる事にした。僕も連日の宴会に疲れている、早めに横になる事にしよう。



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自分なりの回答
111話


 朝が来た。何の変哲もない朝だ。前と何も変わらない朝だ。しかし、何も変わらない言葉から始まる朝だった。いつものようにご飯とすまし汁と食して椛さんは食器を洗い出して、僕はその背中姿を眺めているだけ。僕には何もやらせてくれない、優しさとも隔離ともなるその行動をいつものように眺めていた。それもいつまで続くのかそれも良く分かっていないような状態だった。そして、出掛けるというところだ。

 

「さて、行きましょうか」

 

「はい。そうですね」

 僕はどこに行くかなど聞かなかった。多分、博麗神社なのだろう。こう三日も同じ天気が続き、同じ会話が続いていれば何か気になることがないわけでもない。僕はそう思いつつも悟られないように平常を装った。誰かに話したところで信用されるかどうかはまた別の話になりそうだから。

 

「私に捕まってください。連れて行きますよ」

 別にこれを断る理由もなかった。椛さんと出かけるからと言うよりも此処では刺激が少ないから、そしてある意味では出席しているものである存在だから。それに別に参加したくないわけでもないので気持ちは軽やかなものだった。

 

「お願いします」

 実際のところは飛べないわけではない。ただ、飛び立つのが遅い上に、歩いた方が早いからだ。その点、椛さんは平然と僕を博麗神社へと連れて行ける。それだけだった。僕は黙っている事にした。会話をしたくない訳ではないが気になる存在はあるから。

 昨日、一昨日と変わらず地面には青いシートと多少なりの料理が並べられていた。時間としてはまだ早い方なのか、人は少ない。博麗神社の巫女としてやっている博麗 霊夢とその友人、霧雨 魔理沙。そして今回の異変の首謀者なのかどうかは分からないがそれに近いだけでほとんどとばっちりの様な気がする魂魄 妖夢。その人を従えている西行寺幽々子とよく知らない人がいた。後はとある鬼くらいだろうか。

 

「すいません、椛さん。僕は話したい人が居るので一人になっても良いですか?」

 

「ええ、別に構いませんけど」

 ふと、不審そうな目を向けられたが僕は気にする事なくある人のもとへと向かった。後ろの事は気にしていないが僕が真っ先に近づくにはあまりにも強大な存在である事には変わりなかった。

 

「鬼の四天王さん、昨日ぶりですね」

 僕は草鞋を脱ぎ捨ててその人の目の前に正座してから落ち着いてそのように話した。頭からは薄茶色の立派な角が生えていて、白いノースリーブのシャツを着ている、右手には使い慣れている瓢箪を持っている人。昔、妖怪の山で鬼の四天王をしていたと聞いている伊吹 萃香さんだ。

 

「そうだね。ところで誰だったっけ?」

 萃香さんは頬を赤くしていた。僕はその点素面なので何も気にする必要はなかった。それに、酒を飲める歳でもない。

 

「ヒカルです。昨日は名乗っていなかったですかね」

 

「ヒカルか。そうだったな。宴会は楽しんでんか?」

 酔っ払いとはここまで舌が回らなくなるものなのだろうか。昨日はあれほど緊張感から流暢に話していたが今ではそうでもない。

 

「はい。何とか」

 

「それで、椛はどこに居るんだ?久しぶりだから話したかったのに」

 

「椛さんですか。少し他のところに行っているようですね」

 実際のところ、椛さんは後ろに居た。宴会の主催への挨拶と軽く話をしているようで僕の方は向いていなかった。あわよくば、椛さんが戻ってくる前までに何とか話に決着をつけておきたかった。それでもこの調子だとどのように転ぶのかは言うまでもないが。

 

「そうなんか。仕方ないわな」

 

「それで、萃香さん。本題に入るのですが、連日の宴会は貴方の仕業で間違い無いですか?」

 

「宴会は今日が初日のはずだが」

 萃香さんはとぼけていた、いや酔いのあまり自分の発言に対して記憶をしていないのか。そのどちらかだろう。僕は更に掘り進めることにした。

 

「いえ、でしたら昨日萃香さんと僕はここで会っていませんよね。それなのに、どうして僕が昨日ぶりと言った時に何も言わなかったんですか?」

 

「ちょっとした手違いだよ。酔っ払いだからね、変なところで変な風に言っちゃうものなのさ」

 

「そうですか。でしたら、酔いが覚める話でも一つ」

 僕はここで止めて、昨日椛さんと萃香さんが話していた内容を覚えている限り、話した。椛さんに挑まれて惨敗した事、それから椛さんとは昔から縁がある人物である事、順番は異なるがすべて話した。

 

「分かったよ。分かった。白状するから。私が宴会を行う日にちを希薄化して何日もやっている犯人だ」

 

「そうですか。これで安心して宴会を楽しめそうですね」

 

「ところでいつ気付いたの?」

 萃香さんは僕のことに興味を持ってくれたらしく、少しだけ身を乗り出しながら聞いていた。ここまでに周りは人が集まってきた。もしかすると、小声で話したいからこのように身を出しているのかもしれない。

 

「昨日です。昨日、椛さんに萃香さんの能力の話を聞きました。そしたら、密と疎を操るそうでもしかしたら日にちを何日も長引かせることもできるのかもしれないと思いました。それで、今日は最初に初対面なら知り得ない事で話しかけました」

 

「その通りだよ。ここまで見透かされるとは思わなかった。しかし、私の能力が効かないなんて何もんだ?」

 

「偶々、幻想郷に居なかっただけです。能力については受けていたいのが正しいかと」

 

「ふーん、運の良かっただけなのか。それにしても、まさかお前みたいな奴に見破られるとは思いもしなかった」

 右腕で頬杖をつく萃香さんは見るからに不機嫌そうだった。

 

「それで私の事は退治するのか?」

 

「いえ、全くそのつもりはないですよ」

 本当にそのつもりはない。犯人探しに尽力したかった訳でもなく、宴会を辞めさせたいとも思っていなかった。ただ、宴会が連日知りたかっただけで他に理由なんてものはなかった。

 

「え?じゃあ何で」

 僕の発言には流石に度肝を抜かれたらしい。

 

「不思議に思ったので、椛さんが連日同じ宴会に行っている理由が」

 

「そこまでは分かった。ここは一つ内緒にしてほしい。その代わり、何でも手伝うから。腕っ節には自信はあるんだ」

 

「それなら」

 僕はここで一旦溜めた。この約三日間は色々としていた。椛さんと萃香さんの話も聞いたし、久しぶりに里乃さんと舞さんにも話せた。霊夢さんや魔理沙さんにも話は出来たし、妖夢さんにも話が出来た。他の人とも軽く話をした。

 

「もう一日だけ、宴会をしてください。この二日間でやった事を全てやれるくらいの時間をください」

 

「そんな事でいいのか?それで良いならやらない訳でもないが。それに私も能力で日にちを伸ばそうにも明日が限界なんだ。それなら別に構わない」

 

「それでは、早速椛さんを呼んで昔話から始めましょうか」

 

「それは本気かい?別に明日からでも」

 

「僕の知らない話も出るかもしれないので。良いですよね」

 

「良いよ。仕方ない。私も言ってしまった以上は約束は守るさ。けど、明日になれば今日の記憶は失われる。それでも今日やるのか?」

 

「そうなんですね。知っていましたし、今日はそれをしようとは思っていないですよ」

 

「鬼にその態度、胆が据わり過ぎているよ。まぁ、良いさ。それ暗い見せてもらわないと私も退屈ってもんだ」

 それから今日は皆とは適当に話して、食べて飲んで楽しい一日を過ごした。鬼との酒には付き合わなかったがそれでも、変に意気投合したのか萃香さんは僕の知らないいろんな話をしてくれた。椛さんに負けてからの事や、他の仲間がどこにいるのかについて、それからこれまで萃香さんがどのように過ごしてきたのかなど。僕はそれを聞けただけでもそれなりの価値はあると思えたし、それ以上は何も求めようとは思わなかった。そして、今日の終わり、萃香さんは別れ際に一言だけ。

 

「何処かで見た事があるな」

 とだけ。僕はお父さんの事だろうと思いながらも、その事については何も話さなかった。その人の話をするのも僕には少しだけ思う事があるのだが、それを誰かにぶつけるようなものでもなかった。なので、知らないとだけ伝える事にした。

 

 次の日も博麗神社に訪れて、これまでやっていた事を全てやり遂げた。身体的の疲労はかなりのものだが、それでもやれない訳でもなかった。今日の事は良い体験としてこれからも紡いでいくことになるだろう。

 

「帰りましょうか」

 

「はい」

 これにて、僕と萃香さんだけが知る四日間の宴会も終わりを告げた。明日からは普段通りの生活に戻るのだろうが嬉しいのが半分、悲しいのが半分だった。



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112話

 博麗神社で行われた宴会ももう終わりを告げた。異変を解決した人としてではなく、もう一般的な人間として扱われるようになった。その事については何も気になる事はない。それより気になったのは椛さんの言葉だった。

 

 もう一通り、技は教えたので一人でやる事、そして七日のうち一日だけ必ず妖怪の山を出ること。この二つだった。僕としては技を一通り教わった記憶はないが椛さんからすれば後は自分の努力次第である事を言われて反論出来なかったので今日は出かけることにした。

 

 とは言えど、行くあてはないので、前に訪れようとしていた紅魔館に向かう事にした。あれからそれほど時間が経っているようには思ってはいないので少しだけ気になる、吸血鬼に襲われた後のことが。

 門番である美鈴さんには意外にもあっさりと通された。僕は吸血鬼の事について聞いてみたが案外気楽そうに大丈夫です、身体が丈夫なのが私ですから。そう言われた、なので僕はそれ以上は何も言えなかったので静かに庭を通って紅魔館の中へと入り込んだ。いつ見ても紅い色をした壁で窓がないのは中に昼間に出歩けない種族がある事を示していた。僕としては前に間借りしていたこともあり、それほど気になる事でもなかったが普通なら寄り付かないのだろう。そうなると、門番の意味は違う意味で必要にはなりそうだ。

 

 僕は扉を開けた。中はいつもと変わらない紅色のカーペットが一面に敷かれている場所で何もないエントランスの先にある螺旋階段を見つめてから右へと曲がった。普段なら咲夜さんが出迎えてくれそうだが、それも今回はしてくれなさそうだ。一言だけ伝えておきたかったが居ないのならば、進むしかないのだろうか。そう思った。もしかしたら昼食の支度をしているのかもしれない。

 

 窓がないので外からの灯りではなく、蝋燭の仄暗い灯りに灯された廊下を進む。定期的に置かれている蝋燭と左側には扉がある光景はこの廊下を幾ら進もうとも変わらない光景だった。その途中で地下に降るための階段がある。僕の目的はそこにあった。

 

 そこにはパチュリーさんとフランさんがいる。この紅魔館の住人の中では一番身体が弱いのはパチュリーさんだと思うので個人的に気になってはいた。昨日も博麗神社には来ていないのはとても気になる。僕は急ぐ気持ちとは裏腹に地下に降る階段をゆっくりと降りた。

 

 本棚は見上げるほどの高さでどこに何があるのかを知っている小悪魔という司書は凄いとは思うのだが、今はそれではなかった。別に今は勉学をしにきた訳でもない。パチュリーさんの体調に気にしているだけなので紅魔館の地下にあるようでそうではない大図書館の一階に向かうことにした。そこの一番大きいテーブルで魔導書を広げているのがパチュリーさんだった。紫色の長い髪で薄いものの同じような色合いのナイトキャップを被っている。眼鏡をかけている時は魔導書を読んでいる時なのでひと目でそれは分かった。

 

「久しぶりです。パチュリーさん」

 

「久しぶりね。元気そうで何よりだわ」

 僕の声に反応を見せたパチュリーさんはしおりを挟んでから魔導者を閉じ、眼鏡を外して僕の方を向いた。

 

「パチュリーさんこそ、元気そうで良かったです」

 

「そういえば、異変の解決おめでとう」

 

「そうでしたね。ここだと外で雪が降っていても気になりませんからね」

 

「ええ、咲夜が新聞を持ってくるまでは気付かなかったくらいだわ」

 微笑ましく笑うパチュリーさんはある意味での冗談としてそのように言っていた。何か間に触ったのだろうか。

 

「そこまで魔法を研究しているのは尊敬します」

 

「良いわよ、そんな風に思わなくて」

 

「でも、正直なところそう思います」

 

「あら、そう。もう少し咲夜が来るけど少しだけここでお茶でもしていくかしら?」

 

「お言葉に甘えましょう」

 僕はパチュリーさんの言葉に甘えることにした。実際のところ、それほど長居するつもりはなかったが妖怪の山に入らないならこういう時間もありだと思うことにした。咲夜さんが来るまでパチュリーさん、後で来たフランさん、小悪魔さんとも話をした。久しぶりにこのように気兼ねなく話すのも安らぎになる物だと感じた。



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113話

 ーー次の週、僕は永遠亭に向かうことにした。特に理由はない。一つあるとすればここまでの感謝を伝えにいくぐらいだろうか。僕は静かに歩いていた、一言も話すこともない。誰も居ないから、と言うのが正解なのだろう。

 

 竹林に包まれた迷いの場所とされる此処では本当は一人で入るべきではないのだろうが今更それを言われても遅いような気はする。何回か利用している以上、ある程度は道を覚えている。細心の注意はするつもりだが、それもいらないくらいだろう。僕はそれほど早くない速度で歩いていた。竹林の中を通っていく風も涼しいもので高くから日差しを遮る細長い竹の葉があるからか、意外にも涼しい。 

 

 だが、道のりはとても長めだった。妖怪の山から人里を超えて此処まで来たわけだが更に竹林を抜けていこうと思うとそれなりの体力は必要そうだった。負荷をかける歩き方をしているので余計なのかもしれないが。

 

 視界が通る竹林では何となくでも人が居るのが見える。その人は濃い茶色の長い髪をしていて頭の上の辺りに三角の耳が付いている。服装は長い衣服を着ているようで黒、赤、淡い青色と花札の絵柄をしているような服装だった。その人が僕が近づくや否や、急に態度が小さくなっていた。

 

「何かありましたか?」

 そう聞きたくなるくらいには小さくなっていた。

 

「あまり人が近寄るところではないから」

 怯えているのだろうか、声は確かに震えていた。それにしても綺麗な赤い眼をしていた。そして、毛深そうな袖をしていて暑そうだった。

 

「通りであまり人に会った事がないのですね」

 

「こんな所に来るなんて相当な物好きね」

 

「永遠亭に用がありまして。少し永琳さんに日頃の感謝を」

 

「良い心がけね。だけど、もうそろそろ日も沈むわよ。どうしようと考えているの?」

 

「少しゆっくりと歩いていたらこうなってしまいました。少し迷惑ですかね?」

 

「それよりも妖怪が出てくる頃だから。自分の身は大切にした方がいいわよ」

 

「その点では問題ないと思います。逃げることには自信があります。それに、そう易々と負けていたら越えるべき壁も遠くなるばかりなので」

 

「強いわね。私の方が狩られそうだわ。私は今泉 影狼。狼女よ」

 

「影狼さん。わざわざありがとうございます。僕はヒカルです」

 

「ヒカルさんも私なんかに構ってくれて嬉しいわ」

 そう言いながら、手を振り少しだけ機嫌良く帰っていく姿は何処か楽しげなものだった。そうだな、僕も影狼さんに言われた通りと言うわけではないが急いでみるのがいいかもしれない。

 永遠亭には闇が近づいている。扉は閉ざされようとしていた。

 

 



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114話

 黒い空間に浮かぶ金色の丸、とても綺麗に輝いていると思うのだが、鈍い色をしたものだった。月、だとは思う。けど、それを覆すほどその明かりは不思議なものだった。

 

「ちょっと目立ちすぎたわね」

 意味ありげに永琳さんが呟く。僕にはその言葉の意味合いは分からずとも嫌な気配があるのはよく分かった。僕は縁側に座りながら、その気配がどこに行くのかを見ている事にした。

 

 竹の間に風が通る音しかしないはずなのに目の前に現れているような気はした。あまりにも静かすぎる、その上永琳さんの視線は上ではなかった。僕は身構えるだけはしたが意味があるのかどうかはまだ理解できる範疇にはなかった。

 

「永琳さん。誰が居るんですか?」

 

「簡単な話、月の使者よ」

 月の使者、その言葉には違和感しかなかった。月といえば今は空に浮かんでいる金色の丸のはず、そこから使者が訪れるなど誰が考えようか。

 

「何をしに?」

 

「きっと、姫を連れ帰りに来たのね。数は少ないし、精鋭のようにも見えないけど」

 

「本当にそれだけの理由、ですか」

 

「それだけよ。ただ、生かすも殺すも向こう次第な訳だけど」

 

「僕は剣を抜いた方が良いですか?」

 

「お願いしたいところだけど、部外者を巻き込むわけにもいかないわ」

 

「それでは、これまでの恩を返すつもりで闘いましょう」

 

「そうしてくれるかしら?」

 僕と永琳さんの会話は短いながらも意外とすぐに終わりを迎えた。その代わり、僕の目の前には一人が現れた。

 

 その人は鎧を着込んだ見た目ではなく、狩衣を着ていた。その名の通り、動きやすさを意識したものである。腰には一本の太刀を携えた人で優しそうな見た目をしていた。

 

「地上人風情が勝てると思っているのか?」

 その口から出てくるのは罵詈雑言とまではいかないもののそれに等しい汚さのある言葉だった。

 

「そう言う問題じゃないです」

 

「情に流され、その身を無くすか。滑稽だな」

 

「それを決めるのは第三者です」

 

「分かった分かった。それじゃあ、もう始めちまおう」

 その人が太刀を抜く。太ももに吸い付くようになっている鞘から抜き放たれた白銀の刃が僕に向けられていた。しかし、僕は抜こうとはしなかった。スゥッ、とその空気の中に自分の身を馴染ませる。

 

 素敵な笑みをこぼしたまま、舐め切った態度を直すことはない。右腕に持った太刀は左腕を添えられた状態で軽く振り落とされた。

 

 僕はそれを見逃さなかった。軽率なその行動に刃の上に乗せて弾き飛ばした『七ノ技 疾流し』。

 

 相手の太刀は予想だにしない行動をしたらしく、思い切り外へと弾き出されていた。そこから僕は手の中で返して思い切り振り切った。峰打ち、首筋を一閃された衝撃はかなりの物らしく、後ろに倒れた後で頭部に矢が刺さった。その速さは比類なき連携の元で行われていたかのようだった。

 

「これは殺し合いよ。無駄な優しさはもう捨てて頂戴」

 

「……え?」

 永琳さんのその言葉はそれほど分からないものではなかった。ただ、目の前で起こった惨状は僕には到底理解できないものだった。

 

「此処では負けは死を意味するわよ。気を引き締めてやって」

 

「そんな事を言われても、すぐには」

 

「分かってるわ。私も協力するから貴方のやりたいようにやりなさい。ただし、易々と死なせはしないわよ」

 永琳さんの目は冗談を言っているようなものではなかった。それでも、手加減のできる人たちでもないのはお互いに伝わった事だろう。かなり抵抗はあるが守るために一矢報いたいとは思う。

 

「僕はやりませんので任せます。」

 僕はそれだけを伝えた。あの時、僕の手でやった事は覚えていないとは無責任に言えない事なのはよく覚えている。もうあのような事はしたくないとは思うからこそ、目の前の光景にはあまり良い気分はしない。

 

「了解」

 短いながらもしっかりとした声だった。僕の考えには恐らくよく思ってはいないのだろうが賛同はしてくれていた。

 

「話は終わったか。地上人は兎も角、永琳と輝夜は殺せ、と言われた。厄介な方を先にやらせてもらう」

 その人は槍を構えていた。矛先を低く持ちながら、水平にしているのを見ているとそれなりの手練れだと思える。

 

「私の事は良いわ。貴方は目の前に集中しなさい」

 手の平の中でクルリ、と翻した剣を左手に持ちながらゆっくりとその人のことを見た。服装は先ほどの人とは変わらない。それ故に人が変わったとは思えなかった。

 

「お前には興味ない」

 目の前の人は僕を手で退かすように走り出すと右隣を通って永琳さんの方へと向かった。僕はあまりにも露骨に其方へと向かうので何かしようとは思わなかった。しかし、それを止めたのは永琳さんの矢ではなかった。薙刀のような細長い棒の両端には対になっている刃がついていた。柄の色は赤色で真ん中には切れ込みのあるもの。薙刀と同じ刃の形だが、その形状はどう見ても何か理解出来なかった。逆刃薙、そんな事を考えているうちにその人が話し始めた。

 

「私は狐仮面。通りすがりの旅人だ」

 それは一番信用のない言葉はないとは思った。確かに顔には白色の狐の仮面をはめているがそれ以外には灰色の衣服。草鞋を履いているがとても似ている。

 

「先を越されたから目の前の奴を倒すのは譲る。四人で追い返す」

 と狐仮面と言った人が言い続けた。明確な味方でも明らかに敵というわけでもないのであまり深く考えない事にした。

 

「色々聞きたいですけど、そうしましょう」

 

「そうしてくれ」

 狐仮面がそう言い放った瞬間にふと目の前に現れた。特に何も話さない。僕とはまた違う世界にいるようでふと悲しくなるようなその無口さはある種、自分の空間に入り込んでいるようでもあった。

 

 双剣を構えた僕はあまりにもゆっくりと時間を過ごしていたらしい。僕には下段から繰り出された突き上げるような一撃に力を入れ過ぎた。あまりにも遠くへ、あまりにも浪費し過ぎて少しばかりか、止まった、相手へ隙をアピールするように。

 

 その先、僕には到底手に負えるようなものではなかった。突き刺しからの腰を捻りながら後ろへと振り抜けさせる。

 

 縁側を利用して滑るように相手の後ろへと回り込んだがそれも予期していたかのように振り抜ける。地面すれすれまで身を縮めた僕にはそれは当たる事はなかった。だが、少しでも縁側から地面に落ちる瞬間が遅ければそれはあまり話せるものではなくなっていたのだろう。

 

 しかしながら、相手の隙を見出せたのはある意味での収穫と言えるのではないだろうか、僕は胴体目掛けて前へ走り出してから両腕で押し出した。その先には狐仮面と永琳さんがいる。二人であれば何とかしてくれるだろう。

 

 だが、その期待とは裏腹に狐仮面が蹴り返してきた。永琳さんはそれを阻止しようとしていたが止められていた。僕にはその光景はある意味での妨害ではあったが何も言わない事にした。その代わり、仕留めた敵だからこそ、お前に任せると言ったところなのだろう。弓を射ようとするところを止め、自分は相手に任せた。その人の意思ではあるのだろう、と。僕は迷いはしたが自分の手で行う事にした。幻想郷の暗い部分、それを垣間見たようなそうでもないような気分にもなった。



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115話

 満月と言えるその球体は夜の地上に優しい光をもたらしている。慈愛にも似たその優しさは大体の人を安寧へと導くのであろう光。その光に抗う者は少なく、皆等しく眠りにつく。

 

 それに抗うのは三人。僕と謎の狐仮面と命を狙われている永琳さん。そして一番前に立っているのは僕。その前には四人目の刺客が現れていた。

 

 服装は変わりない。しかし、左手で柄を唾に当たりそうなほど近づけて持ち、右の手のひらで柄頭を押し出そうな独特な構え方をしている。左肩をこちらに見せながら、静かに佇む姿は僕の事をある程度は認めてくれているようにも感じた。それだけではないが僕は動きづらかった。僕から見て右側は空いている。それでもそこを攻めようという気にはならなかった。

 

 何かある。

 

 僕はそう思った。それにあの構えは突き刺しのような一撃を見舞うつもりなのだろう。それに対する回答は僕には持ち合わせていない。どうしようか、悩んでも仕方ないのは言うまでもない。しかし、動き出そうとするその気持ちは起こりにくかった。

 

 生まれては消えていく隙というのは相手も僕も読み取れなかった。牽制、という形でお互いの距離は変わる事はなかった。静かに流れていく風もその光景には飽きてきたところだろう。永琳さんに背を向けるようにして移動した僕は相手を近づけないようにした。何かあれば、狐仮面に任せれば解決するだろう。此処は挑戦の場として扱う事にした。

 

 僕が一歩、また一歩と踏み出していく。その最中、相手は大きく距離をあけようとした。そこで僕は居合の動きにも似た動きで軽く横薙ぎを見舞う『一ノ技 風刃』。

 

 相手はさらり、とかわして距離を詰めてきていた。初撃は突き、その後に僕に向けて刃を振りながら右手の平は柄頭を触っていた。とても速い、とは言えそれは反応できないと言うわけでもない。何も起こせないと思いながらこの先を急ぐ事にした。

 

 突きを放つ。僕の懐へと入り込んだ先、もう一回放たれた一撃。

 

 最初こそは軽く避けられたがその次は少しだけ苦戦した。その後で持つのを右腕に変えた相手は下から振り上げるように持ち上げる。僕はすぐに自分の前で受け止めたが力は入っていなかった。

 

 瞬時にその太刀を引いたと思えば、左肩を遠ざけて右肩を軸に回る。受け止めなかった右腕の剣を逆刃に持ち替えて背中に這わせる。それから弾いた『七ノ技 疾流し』。

 

 右腕を真っ直ぐにしながら、左腕を力なく垂れさせる。腰を落として次の動きを考えていた。技量のある緩急のある戦法、それでありながら突きがあるのを忘れると僕は何ともならない。どうしたものか、僕は考えた。

 

 だが、何も浮かんできそうにはなかった。少しどころの騒ぎではないほどこの戦闘の意義について気にしているところがあるのだろう。偶々入ってきたところでこの現状では何もしようとは思えなかった。

 

 足音がする。風が吹いている。

 

 時間は止まる事を知らない。その先、何があろうと僕は止まれない。

 

 左手は逆刃にさせた剣を、右手には順手で構えた。腕は下げ、構えという皮を被った立ち方で相手を牽制した。

 

 右手のひらで押し出すような構えかたをしている相手がやっているような隙を見せつけた。何処からでも手は出せる、突いてこれば当たるだろうが動きはなかった。構えないという型に動きを止めていた。僕も動きはしないつもりだが、微妙なすり足で段々と距離を詰めておく事にした。

 

 相手との距離が縮まる毎に感じる緊張感はこの辺りの空気を震わせていた。その先、何が起ころうとも何も驚くような事はない、そう思う事にした。

 

 一気に飛び出した脚についていくように僕の体は動いていた。急な移動に身を怯ませた相手は構えを崩していた。そこを僕は削り取るように前進した。

 

 そこに感情なんてものはない。隙を作り出したからこそ、走り出す。受動的な行動でしかなかった。

 

 力を抜いた左腕を伸ばして振り子のように振り回す。そこに力なんてもの入れない。右腕もそれは変わらない。綺麗な放物線を描けるように肩を、腰を脚を使ってその先に居た全てを薙ぎ払う。

 

 地面を踏みしめた足裏でさえ自分の身体を支える以上の事は何もしなかった。その代わり、脚を動かすのを早くさせた。飛び上がり、しゃがんで左右にこの身を揺らしながら、相手の周りを舞う。綺麗かどうかなんて分かったものでもない。

 

 相手ももう避ける事に専念し始めた。こうなるのは意外にも予想外ではあるが体力の続く限りは相手を追い詰める一手を探し始める。上から振り下ろした一撃、下から振り上げた一撃、左右からの薙ぎ払いの一撃。その全てに力を入れなかった。ただ振るうだけの作業に僕はある種の意味を見出しつつ、静かに相手の動きが鈍るのを待った。

 

 幻想郷では人間は最弱の存在であり、一撃でも貰えば即死なんていう話はよくあるとの事。その中でお父さんは避ける事で隙を作り出して勝負に勝ち続けた。僕に出来ないわけではないと思いたい。しかし、それを実現するだけの力があるとは思えなかった。どうしても自信がない。捌き方を知らない突きの一撃と緩急のある攻撃手段。それを全て防ぎ切るには自分の実力は少しばかりか難しそうに感じた。

 

 手を振る、脚を振る、その中で自分の動きが読まれないようにする事、そして相手の動きを抑え続ける事。

 

 僕は一旦動きを止めた。ピタリ、と止んだ動きに相手もその動きを止めた。

 

 ゆっくりと行動を再開する。

 

 剣を構えて脚を動かして、徐々に徐々に距離を縮める。

 

 徐々に徐々に距離を縮める。

 

 その間合いは一刀足。一歩、出て剣を振れば確実に当たるこの距離の緊張感は果てしないものだった。右肩に背負い込んだ剣に意識を向かせていく。

 

 相手の一撃は突きだった。構えた位置からは少し下。肺の辺りを狙ったその先には誰も居なかった。それ故に相手の動きもかなり動揺しているものだった。

 

 僕は吸血鬼の件から編み出した自分だけの技を扱う事にした。気付かれていないこの状態からその場で止まり、両肩に背負い込んだ剣を地面へと振り下ろす。その先には相手の腕と脚があり、地面にめり込ませるような勢いだった。見ず知らずのうちに切断されたそれらに相手は抵抗することもできずに地面へと倒れ込む。殺さない、その中で相手を屠る技『十ノ技 風葬車』。

 

 椛さんから教わったものでもない自分だけの技。相手にはとどめを刺すように永琳さんからの矢のプレゼントがあった。僕はその場で目を閉じる、暫くしてから僕は目を開ける事にした。

 

 お悔やみ申す。

 

「中々の腕前だった。だが、それは私には通用しない」

 ふらり、と立ち上がったように剣を構える相手は太刀を持っていた。右腕を力なく垂れ下げた様子と左腕から流れる殺気の差には驚くが言葉の通りなのは言うまでもなかった。相手の前で太刀を抜かないと言うその型は居合と総括されるもので僕もやってみた事はあるものだった。いつかはやってみたいし、相手に軌道を悟られないのもそれは魅力的な部分だった。ただ、僕には圧倒的に足りなかった、剣を抜き去るだけの速さとその卓越した技量は。

 

「待つと捌く。何方が勝つかは誰にも分かりませんよ」

 静かに僕も構えた。もうそろそろネタ切れとなりそうだが、何も言うわけにもいかなかった。それでも後何人かいると思っている。そう風は教えてくれた。全てを知った上で僕は地上人だからと言う理由で弄ばれているのだと思う。そうでもないとこのような一人だけ出てくるような事にはならないと思う。

 

 相手はそれでも太刀を抜こうとはしない。本当に居合切りと言う戦闘の形をとっているのだろう。変に手は出せない上にこちらからの決定打は早々ない。

 

 相手に抜かせるか、それとも受け止めてからなんとかするのか。ふと考えた。

 

 何方にも出来なさそうな気はするが誘発くらいはさせてみる事にした。

 

 近づいていく。そして、剣を伸ばして相手に当てようとする。だが、本当に当てるつもりはない。切っ先を突きつけて相手への緊迫感を増させるのが目的である。しかしながら、それは本当にそうなのだろうかはもう何も言えないところではある。

 

「何のつもりかは知らないが一つの武器を使って行うことではないだろう。非効率的だ」

 

「本当にそうでしょうか?」

 揺さぶりをするために相手に投げかけるような言葉を選んではみたものの、さほど効果はあるとは思えなかった。自分でもなんとなく違うと感じてしまうほど。もう何がしたいのかもそれほど判断は付かなかった。

 

「言うまでもない」

 相手には軽く返されてしまった。しかし、あれだけの長さを抜こうするのは少しばかりか無理があるのではないかと思う。それでも僕はこれに勝つしかないのだろうか。お父さんにもこの人にも勝とうとすればいずれは通る道なのだろうか。

 

 右腰に携えている鞘を腰の方へ、左腰に携えている鞘はそのままに柄を右腕で握った。不格好な構えではあるがこれで良い。左手の親指で唾を弾いてその場で立ち止まった。

 

「その構えは、実に滑稽だな」

 

「やった事ないですからね。仕方ないものですよ」

 

「非効率的だもう少し効率を考えたらどうだ?」

 

「勝てばそれで良いんですよ」

 

「その言葉、覚えておく」

 不気味にも笑う、相手はその言葉と共にその表情を見せた。何もかもが狂い始めたこの中では誰も知る由もないのだろう。

 

 腰を落として待ち構える僕は相手と変わらない構え方ではあった。しかし、二本の剣を持つことと構え方の違いから相反するものであることは言うまでもなかった。

 

「良いですよ。たかだか地上人の無駄な足掻きですから」

 

「思ったより利口なようだ。効率的だな」

 その言葉から相手は僕と同じように腰を低くして左手に持った太刀を自分の目の前に運ぶ。そして右腕で柄を強く握る。太刀が体の中心を貫くようにどの向きになろうと攻撃として有効となるのは言うまでもなかった。それに対して僕は左腕からしか放つ気はない。その時点で相手には劣る。自分の言葉の通り、無駄な足掻きである事には変わりはない。

 

 後ろでは何か変に騒いでいるがもう何も気にしない事にした。一々何か言っていると進むものも進まないような気がする。永琳さんが今のうちに頭数を減らしておきたいのだろうがそれを狐仮面が止めている、状況としてはそんなものだろうか。狐仮面も本当に楽しい性格をしている。人の挑戦を静かに応援しているその姿はどうしても重なる部分がある。

 

「取り敢えず、勝てるなんて思わない事だ」

 僕にとってそれは覆す必要のある言葉だった。変にやる気も出てくるがそれだからと言ってその気持ちを今の状態で出すわけにもいかない。静かになびく竹のように心の中の波を静かにさせていた。

 

 綺麗な音。

 

 綺麗な風。

 

 鮮やかな軌道から飛び出た相手の太刀は僕の左腕が止める。

 

その下がはらわたを抉り出していた。二本あるからこそ出来るこの攻撃には僕も予想はしていなかった。相手の一本の攻撃に合わせて二回の攻撃を放つ。それだけで僕は成長したような気もした。

 

 竹の葉の擦れる音も邪魔しないほど静かに倒れ込む相手にとどめを刺したのは誰なのか分からなかった。永琳さんの矢がある訳でもない。僕の攻撃も致命傷とは言えるが即死という訳でもない。だが、この状況を切り裂くような一撃は受けていたのかもしれない。

 

「ここからは私が出よう。というか出たい」

 

「もう少し戦えますよ」

 僕は鞘の位置を元の位置に戻しながら一応剣を抜きながら答えた。会話の邪魔にはならない程度の音だが、そんな事はどうでも良いことではあった。

 

「後で出て来ればいいだろう。それに休憩を挟んで次に備えられる」

 

「言い方は気になりますが、それに乗らない事もないです」

 鞘に納めた剣を握る事もなく、永遠亭の縁側に腰掛ける事にした。狐仮面は奇妙な武器を持っている。それの使い方を見ているのも良いかもしれない。

 

「それなら、ゆっくりと休んでいてくれ」

 狐仮面が軽く地面に着地してから真ん中に切れ目のあるその薙刀を構える。と言ってもその構え方はやる気があるのかどうかは分かったものではなかった。

 

 あの二本の剣を扱った戦い方もありではあったのだろうか。ふと、自分でも考える。



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116話

 狐仮面の身勝手な発言によって僕は一時的に休息を取る事にした。と言っても、それほど休めるかと言われるとそうでもない。目の前の人がどんな動きをするのかそれもよく分かっていない。あの歪な薙刀をどのように扱うのかそれは見ものではある。

 

「というわけでここからは私がお前らを倒そう」

 

「それはどうだろうな?」

 相手は槍を構えていた。黒色で塗られている僕の先には真っ直ぐな刀身がついている。装飾も何もないただの棒だが、刃はそうでもない。真っ直ぐなので両方とも刃として利用できるので突くのも薙ぎ払うのもどちらも出来る。その槍を構えている相手は左肩を見せながら半身になって立っていた。腰の辺りで固定されたようになっている槍は地面と並行。長さは六尺程度と間合いは一番ある。これを狐仮面がどのようにするかは本人にしか見えないところだろう。

 

「所詮は遊び、そう言うもんだろう?」

 狐仮面が聞くように話を続けるが、その時にはもう既に相手の間合いの中。驚いたように槍を振るう相手に狐仮面は薙刀の刃で軽く弾きながら低い体勢を崩す事なく、槍の下へと潜り込んで相手の懐へと入り込む。

 

 下から突き上げるその刃は首筋を掻き切る寸前のところで止められた。その間は数秒もないところだろうが、狐仮面は踵を返してツカツカと歩いていた。右肩に薙刀を背負いながら相手に背を向けるその行為はある意味での冒涜でしかなかった。

 

「これが遊びだと?月の民を馬鹿にするのも良い加減にしろ」

 

「地上人も時としてその牙を剥く。相手は見縊らない事だ」

 

「まぁ、良い。先程首を切らなかった事、後悔しても遅いぞ」

 

「楽しみにしている」

 かなり軽口な話し方で飄々としている狐仮面は顔を隠しているのもあって行動が読みづらかった。そして、相手の動きはよく見えるのだろうか相手からの突きを背後から回し蹴りで軽くいなしていた。微妙に風が吹いているのがその何よりの証拠なのだろう。

 

「さあ、来い。十回だ。それを超えたらお前の命はない」

 何かと怖い発言が目立つがそれはそれで別に構わないものだった。それこそ、狐仮面という人の性格が現れているような気はした。

 

 相手もその発言には身をたじろがせた。先程の件がある、その発言が冗談ではないことくらいは言わなくても伝わるものではある。相手はその槍を少しだけ角度を上げていた。それから一回目。

 

 突きを狐仮面の顔面に当てようとするが間合いの外側まで逃げられていたのか、当たるような素振りはなかった。とても可哀想ではある。僕には何ともならないし、狐仮面に任せるしかないのは言うまでもないが何も出来ないというのはここまで存在が小さくなるものとは思わなかった。

 

 二回目。

 

 避けられたところでもう一歩前に出て下へと落とした。地面には触れない程度で振り下ろしていたがそれでも狐仮面に掠るような事もなかった。それでもその間は殆どない。わざと、掠らせているような動きを狐仮面がしているようにも見えた。

 

 三回目。

 

 もう一歩前に出た相手は一旦槍を引かせてから狐仮面のいるところへ槍を突く、と見せかけたもので右手で上手く方向を切り替えて本来ならいない所を突いていた。しかし、そこには確かに狐仮面の姿があった。あの速さならそれなりに腕を磨いていた部類に入るのだろう。だが、それでもたどり着かない域に狐仮面がいるとしたら相手にとってもうやれるようなことはないと思える。現に当たりもしない上に右肩に薙刀を背負い続けているその姿はおおよそ焦っていたりする様子はなかった。自分の風を吹かせながらただただこの場に居座っているだけの迷惑な人物でしかなかった。

 

 四回目。

 

 相手はもう何も出来ないことを知りながらも、その槍を使って辺りを薙ぎ払う。相手の左側へと軽く、なんでいう距離ではないほど移動してくるり、と無駄に身体を回転させながら下へと下がり、その槍を避けた。弄ばれているのを知りながら僕はどこまでこの武器を振れるのかそればかりを考えてしまう。

 

 五回目。

 

 狐仮面の居るところへと突きを放つ。自暴自棄になろうともおかしくはない状況だが、命のやり取りの前ではそれを気にしていられるほど悠長な事はなかった。当たり前のようにすり潰す。槍と交代するように狐仮面は相手の間合いの中へと入る。クルクルと身体を回した後で相手の視界からは消えたのかもう何も動けなかった、そして頭を大げさに振って周りを見渡す。もうこれは魔術のようなものだった。そして、後ろから一発蹴りを入れる。本当に軽く体が動く程度のもので本気で蹴っているような素振りは何もなかった。そして少々笑みをこぼしながらフラフラ、と相手の周りを歩く。当然ながら相手の間合いには完全に入っているのだが、それを機に止める様子はなさそうだ。

 

 六回目。

 

 あまりにも憎たらしくも狐仮面が間合いには入りつつ、何もしてこない事に業を煮やしたのか、もはや粗暴な振り回しになっていた。狐仮面も構えている薙刀に変わりはない。肩の位置からは動く事もなく、相手の周りをフラフラと歩いている。そこに相手も嫌気がさしたのだろう。自分の身体を使った回転で回数を重ねていく。何でもない振り回しに狐仮面もしゃがんだり、跳んだりと無駄に忙しそうに動いていた。七回目、八回目、九回目……。

 

 十回目。

 

 それが来る前に狐仮面は槍を折った。真っ直ぐな先と手で持てる程度の長さの柄。相手が持っているのはたかだか、叩くかつつくだけの棒切れ。だが、それも狐仮面によって弾かれた。僕から見えるのはそこだけで相手の表情しか見えなかった。

 

「これをやる」

 その短い言葉にどのような意味合いがあるのかは分からない。遠くに捨てられた棒切れと凝視され続ける相手が孤独のようでもう見ていられなかった。

 

 相手の手には折れた槍の先が渡されていた。別に当てられないわけでもないその距離で相手は半泣きの状態だった。泣きながら、訳のわからない声を出して自分で自分の喉笛を掻き切った。その様子は丁度狐仮面の立ち位置的にはしっかりと見えなかったがその後の状況から察するにそのようになっていた。味方も恐らく敵もこの状態では何も出来なかった。彼の人心崩壊術には僕を含めて誰も介入出来ないようだ。

 

 狐仮面はその場に屈む。脚を揃えて爪先立ちでその場に居て武器である薙刀を自分の右横に置いて何かをしていた。周りは静かに吸い込まれるような風を吹かせている。狐仮面が渦の中心であるかのように。

 

 それから、狐仮面が立ち上がり、無言で空を眺めた後で恒例と言わんばかりの無言を貫いた。

 

「もう帰ってくれないか。無駄な命は散らしたくない」

 そこから急にポツポツ、と話を始めた。その事については何もいう事はないが強いて言うなら、相当お怒りの状態だった。もしかすると戦闘の続きである可能性もあったがそれを言っていられるほど楽しいものでもない。これは殺し合いだ、その事は忘れたつもりもない。

 

「せめてもの、土産だ。お前の首を取って帰る事にする」

 

「そうか。して、それはお前一人でやるつもりか」

 

「無論、そのつもりだ」

 

「それならこの薙刀を全てを見せてやろう」

 狐仮面の肩にずっと背負われていた薙刀を存分に発揮しているらしいが僕もそれには興味はあった。

 

 相手は二刀流。右腕の方を逆手にした太刀の持ち方で色と少しだけ青みがかった刀身と楕円形の唾。

 

 左腕は赤みがかった色をしている刀身と楕円形の唾、波紋は炎を象ったような形をしている。

 

 対する狐仮面は薙刀のようなものだが、柄の両端に刃があるのが特徴的で真ん中には切れ込みのある気がする武器だった。頑なにそこだけは手をどかそうとはしていない。

 

 狐仮面は相手を前にしても構えるような事はなく、右肩に背負ったままで武器としての役割を果たせていないように見える。それだけではなく、視線は何処か遠くを見ている。動く素振りもなければ、相手の動向を探る気もないそよ風に身を任せているだけの流浪人だった。その身に着用している灰色の着物が余計にそれを想起させる。

 

 相手の身体が傾いた。

 

 そこから素早い直進的な動きで左腕が動いていた。なぎ払いのような大きな動きで相手の出方を見るようだ。

 

 クルリ、と回す。その薙刀は下から太刀を掬い上げてあらぬ方向へと舵を切った。狐仮面の右手の中で回り続けた薙刀は主の辺りで静観していた。そこまで動きは早くもない、しかしその身の動かなさはある意味では脅威ではあるだろうと考える。冷静でありながら、相手の動きを静観する薙刀はその操り主との相性が良さそうに見える。

 

 相手は右腕の逆手にした太刀で左腕が少々邪魔になってもかなり強引に攻めへの糸口を広げようとしていた。それでも狐仮面には通りもしなかった。

 

 薙刀がその先への侵入を許さず、強引に動かした右腕もどうにもならなさそうだった。それでも相手はまたもや強引に左腕を振るって薙刀を退かすがすぐに一歩後退した。身を危険を感じたのだろう、狐仮面の腰を軸に回転した薙刀の刃の間合いに入っていたからこそ。

 

 あの変則的な間合いと体の何処かを軸にした武器に扱い方を攻略するのは太刀では難しそうに思える。中距離からの攻撃なら通りそうだが、それをするには薙刀に分がある。僕なら、遠くから一ノ技や二ノ技を使って近づかない方法を取る。

 

 しかし、相手にそれがあるかは定かではない。僕は縁側でこの二人の戦いを見ている事にした。何か参考になる事もあるのかもしれない。その目にはきっと何かが宿っているのだろう。

 

 相手は二本の腕で太刀を持っておきながらその動きにはもう先程の勢いはない。一旦様子を見るつもりなのだろうが狐仮面に通用するかどうかはまだ分かったものではない。

 

 もう流れは狐仮面に掴まれているのだろう、と僕は相手を気の毒に思い始めた。二人から流れてくる風は全てを狐仮面が覆っている。殺気も殺意も相手に対する倒そうと思う心も全て狐仮面が相手ごと取り込んでいる。勝ち目はない、なんて言えるこの試合に意味はあるのだろうか。

 

 狐仮面が歩く、横に移動しながら徐々に間合いを詰めていくのがこれほど怖いと思えるのはいつぶりだろうか。ゆっくりとした行動に反して段々と恐怖を植えつけていくその動きには薙刀がより大きく見えるかもしれない。だが、それは相手が思っているだけで僕には感じない。当事者が感じている何かが揺さぶれる感覚はそこに起因するかもしれない。僕は見守ることしかしない訳で永琳さんもそれは変わる事はない。

 

「永琳さん、この戦いには何の意味があるんですか?」

 

「大きく関係あるわよ。私達は月から逃げてきた二人なの。だから向こうからすれば裏切りものを排除しようとしているだけなのよ」

 

「それはどうして?」

 

「穢れる行為をしたからよ。それで姫は追放された。私は迎えに行く時に使者を殺してこの地に残った。だから仕方ないことよ」

 

「穢れはあってこそ生きていると言えると思うんですけどね」

 永琳さんは少しだけ黙っていた。僕もこれ以上は話すことにはなれなかったので怒っているのだろうか、と僕は思った。

 

 沢山のことを学んで初めて一人前となれるような気はする、良かったことや悪かったこと、人に迷惑をかけるようなことを全て経験してこそ。その中で自分が何になりたいのか、僕は今その辺りにいると思っている。

 

「穢れはもう落とせないものよ。どれだけ足掻こうとも抜き去る事はできない。一生の傷なの」

 

「だから永琳さんはこの状況を仕方ない事だと片付けるんですか」

 

「まぁ、そうなるわね」

 

「この世の中は誰かの汚れによって成り立っています。なので、自分の行いには自信を持ってもいいと思います。いつも誰かのために薬を作っている永琳さんを僕は穢れを背負っている人として見たくないです。そのひたむきな姿勢は尊敬します」

 

「随分な物言いね」

 そう言う言葉を投げかけながらも、何処か穏やかな口調である永琳さんは僕の中では到底理解できない領域に向かっていたように感じた。

 

「無駄話は終わったか」

 

「終わったわよ」

 

「そうか、それではもう一つの型を見せようか」

 狐仮面の発言が妙にタイミングが良いが、僕は聞けなかった。それよりも気になることは目の前にあり、その技をどうにか自分のものにできないかそれに魅了されていた。

 

 それにしても、相手は相手でかなり疲弊しているようにも見えた。狐仮面の薙刀による攻撃の全てが相手にとっては痛手となっていたのは確かなようで何もかも可能性を狭せているようだった。僕が見てもこれだから、狐仮面からすれば見せる必要もないと思いたいが、何か考えはあるのだろうか。静かに観ているようにしよう。

 

「話が聞こえるんですか?」

 

「あ、あぁ。一応な」

 意外にも答えてくれた狐仮面は薙刀を雑巾を絞り込むように外した。特殊な形状をしているとは思っていたが切れ込みの意味は何なのかはここでようやく判明した。

 

 薙刀の刃を最大限に利用した二刀。刀とは違い、柄の長い形状でその先には薙刀そのものの刃が取り付けられている。槍とも異なるその武器は正に変則的な動きをする人には打ってつけのものなのだろう。それにしても歪な武器である事には変わりない。

 

 二本の太刀を構えている相手とは変わらないはずなのだが、相反する二人は違う風に見える。垂れ下げた腕から少し切っ先を上げている刀の構えのはずなのに、こうも変わるとは思わなかった。

 

「あれはどのように表現するのが正しいのでしょうか?」

 

「あまり詮索しない方が得策よ」

 

「そうですね。辞めておきます」

 永琳さんはもうそろそろと思いながら、弓を引いていた。矢尻を掴みながらゆっくりと自分の体に沿わせていく。当たる部分はあるがそれは避けていた。

 

 僕はそれを横目に何も言うことはなく、目の前の事象を眺めている事にした。

 

 狐仮面も何をしたいのかは理解出来ないが何もしない。それ故に相手も何もしていなかった。相手からすれば何もしようとは思えないのだろう。勝てるとは限らないのだから。対する狐仮面はまだ何かを隠しているのだろうか攻めに入ることはなかった。

 

 大きく踏み出した、相手は腰に太刀を当てながら腕を交差させて。それを気軽く返す狐仮面はもう何も言えないほどにそれ以上のことはしなかった。もう勝てるなんて話ではなく、油断していても勝利は確実とまで言いたげだった。だが、実際のところはまだ勝負は決していない。

 

 相手も逃げ出せば良いものを月の民としてのプライドが邪魔をするのか、そのような素振りは見せなかった。それどころか、向かってくる。

 

 タンタン、と軽い足取りで向かってくる相手は下段からの突き刺しに近いような形で太刀を動かしながらで狐仮面の間合いに入る。薙刀がそれに反応してこちら側へと来ないように薙刀の柄で押さえつけていた。だが、ここで動き方を変えたのは狐仮面の方だった。次の一撃が来るその前に右足で思い切り蹴り飛ばした。

 

 そこからは舞を踊るように前へと進んでいく。上下段の薙ぎ払いで退けさせた後で薙刀を模した回転で相手の攻撃をさせないようにさせ、両腕から繰り出した突きによって遠くへと退かせる。

 

 相手の動きに合わせてその動きを変えていくのはある意味では強みでもあった。だからと言ってここまで来るとまた違う事件のような気もする。

 

 下段から入り込んだ狐仮面は脚を使いながら相手の右脚を崩しながら薙刀で押し出して転がり込むように仕向けたがそれは相手は勢いを転がることで殺したのでそこまではならなかった。

 

「私を楽しませてくれよ」

 

「そんなことも言えないようにしてやる」

 相手はそこで覚悟を決めたのか、捨て身の進撃を見せた。その身を低くしながら両肩を動かして腕を交差させる。下から潜り込むように走り出した相手に狐仮面は一撃目を後ろに飛び去り、左右に狙いをばらけさせながら後ろへと回り込んだ。

 

 そこからの足掛け。後ろから刈られた足に相手は何も抵抗することが出来ずに後ろに倒れ込んだ。そこから狐仮面の右足は相手の身体を擦れるような形で振り回す。それからは狐仮面は何もしなかった。ただ唯一右腕に持っていた薙刀を垂直にしながら回していた。何かを巻き取っているようで何処か雰囲気が変わっている、と思いたい。なのだが、平常心に近い狐仮面は薙刀を繋ぎ合わせていた。ただ、気になるところは刃の向きは左右で変わらないところだろうか。

 

「早く立て。面白くないだろうが」

 

「ふざけるのも良い加減にしろ」

 狐仮面の余裕そうな雰囲気はいつもに増して強かった。それも知らないのだろう相手は激昂して感情を露わにしているがその温度差はそう易々と埋まりそうにないほどだった。僕はゆっくりと眺めながら、その様子を観察する事にした。永琳さんはその中でも疑問に思う、僕の視界に入っていないのだが、何かやろうと準備はしているようだった。向きは狐仮面。何をしたいのかは少し待っている事にしたいが聞きたかった。

 

 しかし、狐仮面が薙刀の刃の向きを同じさせていて左手を空けている事に何かあるとするならば、僕は何も聞こうなんて思えなかった。

 

「ふざけている、か。それはもう一つ意味がありそうなものだな」

 それは同感した。狐仮面の強さはある一定の基準を超えている。手を抜いてもらっているところで勝てそうにない、その辺りが正当な評価と言えるだろう。

 

「それとも、もうそろそろ根を上げたいところか」

 

「そんな事はない」

 

「まぁ、安心しろ。気付くか気付かないかその瀬戸際だ。運が良かったら理解できるかもな」

 僕は静かに眺めている事にした。眺めているだけだが、何となく理解出来た。だけど、それが可能かどうかは二人の信頼関係とそれに見合った技術があるのだろうか。

 

「来い」

 その合図に永琳さんが答える。相手は訳の分からぬその一撃に絶命した。額には一本の矢が刺さっている。その刺さり方は少し上から打たれていたようだが、それをするなら相当難しいと思う。

 

 狐仮面が左手で永琳さんの矢を掴んで、自分のものにした。その時に矢の勢いに任せて身体を回転させた後で物理法則を無視したような向きと動きで放たれていた。確か、僕の目が正しいなら倒れ込みながら回転をかけた直上、そこから放った矢がすぐに相手の脳天を貫いた。

 

その軌道は吸い付くようなもので何もかもを無視している。

 

「三個目は弓だ」

 

「どうやって撃ったんですか?」

 

「魔法を使う身としてそれは聞いちゃいけないな」

 狐仮面は軽く笑っていた。その間に逆刃薙に柄を回転させて置いてから右肩に担いだ。あの時は確かに弓のような形をしていたが今は普通の薙刀の形だった。そこに嘘偽りはないはずだが、分離できたりするので普通に扱うのは難しいのだろう。

 

「その通りですね」

 僕は変に納得をしたフリをしてこの場を切り抜けてみる事にしたがそれでも狐仮面はその動きを全面的に否定した。

 

「もし使いたいなら永琳にでも聞いておけ」

 

「あれ、永琳さん。魔法は扱えましたか?」

 

「聞くまでもない。其奴から薬の知識を抜いても色々と残るが魔法だけは専門外だったはずだ」

 それについては僕は同感ではあった。

 

「つまり、私は自分の腕力で引き寄せた結果だ」

 

「それより、前にいる四人はどうするつもり?」

 永琳さんのその一言で状況は一転した。一人は弓兵、二人が太刀を腰には携えていて一人は槍。ここまで倒した人を収束させたような相手に僕はどのようにするのか、考えた。

 

 一番厄介なのはやはり弓なのだろうか。此方からはそれほど攻撃を与えられるわけでもない、突っ込めば三人に挟まれる。だからと言って、太刀の二人を倒そうものなら、槍がどのように動くのかは頭の片隅にも置いておく必要はありそうだ。狐仮面はどのようにするつもりなのだろうか?



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117話

 少し考えているのか、歩くように僕の前へ来ると此方には向かずに小声で話しかけてきた。

 

「腰にある剣を貸してくれないか」

 僕は一瞬、何を言っているのかは全く分からなかったが何かしようとしているのだけはよく分かった。特に迷う事もないのだが、少しばかりが渋る事にした。特に理由はない。

 

「貸してほしい、頼む」

 

「どうして必要なのですか?その薙刀で戦えませんか?」

 

「これはお遊び用だ。此処からはそう言っていられそうにないからな」

 

「元々渡すつもりなので早めに持っていてください」

 僕は腰から剣を抜くとそのまま渡した。別に渡す相手を間違えたとは思っていない。

 

「恩に着る」

 短い言葉だったが確かに狐湖面はそのように言った。それから右手の中に鞘を納めるとフラフラと歩き始めた。少しずつ変容を遂げる背中にはまた違う強さを浮かび上がらせていた。

 

 狐仮面の背中からは殺気というものはない、その代わり他に何かで埋め立てているようでそうでもない空箱のような空間があった。何もかも吸収されそうな雰囲気には相手がいるということを感じさせなかった。僕はその姿を見ながら、自分とは違う次元である事を感じ取った。

 

 相手の四人はその事には気付けないのか、余裕そうな表情をしている。先ほどの薙刀とは異なり、間合いが変わる事もなければ二刀になる事もなく、ましてや矢を放てるわけでもない。そして一本だけで人からの借り物である以上は手に馴染んでいないと考えるべきだろうだが妥当なのだろうがそれ以上に狐仮面の不気味な雰囲気には魔性の魅力があるのだと思う。気付ける人は少なく、それに準じた技量がなければその姿は低く見える。

 

 鞘に剣を納めたままフラフラと歩いていく狐仮面は自分の間合いにも相手の間合いにも入らないところで止まった。見る限り体に力は込めておらず、腕も簡単に動けるような感じはなかった。それは偽りなのだろうと、僕はどうしても感じてしまった。

 

「向かってくるなら、私は容赦はしない」

 

「愚弄しおって」

 

「そうしたくもなる理由はその身が知っているだろう」

 此処まで狐仮面が苦戦したという感じはなかった。何処か遊んでいるような感じで本気を出そうとしている感じはなかった。

 

「今度はそう上手く行くか」

 

「やってみないと分からない。が、本気にはならないから安心しろ」

 その言葉にどれだけの感情が込められていたのか、それを知る由はないのだろう、相手は。少なからず良い意味としては取れそうにない。僕は何となくの憤りを感じずにはいられなかった。

 

「その言葉、後悔はないな?」

 

「男に二言はない」

 狐仮面は静かに答えた。もうそろそろ始まるのだろうが僕は楽しげに見るしかなくなった。相手がこの状況をまるで感じ取れていない上に勝てるのだろうと高を括っている。四人とは言え、力量を見誤ったらしい。僕は特に言葉には出さなかった。

 

 親指で唾を弾こうともしない上に左手は特に動かす事もしないのはある意味では怖かった。

 

 相手は先に一番間合いのある槍から動き出した。

 

 一突き。

 

 金属が擦れる音、そして金属が木材に当たる音。

 

 ふわり、と優しく触れるように槍の柄に僕が渡した剣の刀身が触れていた。僕はもうそこで一人で勝てそうにないな、と感じた。抜刀して一回振り抜いてからもう一度柄に触れるように剣を動かしていた。本当の事を言えば、折られていたとしても何も不思議なことではなかった。

 

それから誰に言わぬ事もなく、その剣を槍の柄から離すとゆっくりと鞘の中に納めた。鯉口と剣の刀身が触れる時に起こる音が緊張感に相まって大きく聞こえた。それから狐仮面は何もする事もなく、一歩、二歩と下がると棒立ちと洒落込む事にしたらしい。そこから動きそうな気配もなければやる気もなさそうな雰囲気で青色の緩やかな風が吹いているだけで霊的なものを想起させる。

 

「もう私にこの剣を抜かせないでくれ。この剣は誰の血にも染めたくない」

狐仮面の表情は見えなくとも静かに怒っていることだけは伝わる。ゆっくりとだが、芯のある頑丈な一突きで少しずつ浸食をしてくるその感じだけはひしひしと伝わる。僕はこのような人に勝負を挑んでいたことがあった。だが、あの時疲労困憊であったはずの人に負けてから椛さんのところであれだけの事をしているのにも関わらず、勝てそうな感じはとてもではないがなかった。雰囲気だけでもう負けているのだけは確か。そして自分の身体も震えているのか、とてもではないが入れそうになかった。

 

「このような状況で立ち下がれるほど私達も落ちぶれていない」

 

「此処で退くのも手の一つだ。戦略的撤退なんて言い方をするのが分かりやすいだろう」

狐仮面はとても静かだった。それ以上は話す事もなければ、動く雰囲気もない。もぬけの殻となったような存在に相手は逃げるなんて選択肢を無くしたようだった。武器を構えるのをやめると思いきや、そのような事もしない。僕の判断が間違えていなければ此処で逃げるべきだろう、狐仮面も逃がそうとしているわけだし。

 

弓を引く。矢を構えていた相手はその手を離した。

 

それに反応するように引き寄せた右手は親指で唾を弾いていた。其処から柄を掴んだ左腕が動いた。斜め上に走らせてからぐるり、と下へと小さな弧を描いて右斜め上へと再度剣を走らせる。それからもう一度同じような弧を描くと自分の身体の後ろで剣を納めてから右の手の内で半回転させていた。無駄な動きの多いはずだが、それを感じさせないその動きには少しばかりか、興味深いところもあった。あのような動きにはどのようにして辿り着くのだろうか。

 

「後、何本叩き落とせば気が済む」

 

「後、何人斬り殺せば気が済む」

 

「後、何分その命を保つことが出来る」

歩きながら、相手に近づきながらそのような言葉を四人に投げかける狐仮面。その距離に比例して持つ手に力を込めていく相手はもう何も出来そうになかった。それほどに気迫だけで追い詰めている。

 

「そもそもお前には関係のない話だ。何故首を突っ込む?全面戦争を御所望か?」

 

「私はこの刃を大切な人を守るために振るう。其処に理由なんていらない」

 

「まぁ、良いだろう」

 

「この剣は汚れるかもしれない。良いか」

 

「構いません」

僕は狐仮面にそのように言った。別にあの剣は汚れようが構わない。そもそも貰い物ではあるし、使っている人があれだから僕にどうにか出来る問題でもない。

 

「もう手加減はしない」

そう言う矢先、その速さは相手との間合いを零まで詰めた。真っ正面に急に現れた顔面と腹部から来るこみ上げる何かはその人にとっては猛毒に近い事だった。その場で倒れ込み、狐仮面に肩を貸してもらった後で後ろに倒れた。その無気力さの塊のような感じで立ち上がれそうにない相手は泡に吹いていた。もう何も出来そうにない。

 

其処から槍の一突き。この状況に動じなかったと言うよりかはこの状況だからこそ、先ほどの雪辱を晴らそうとしているのだろうが軽くその先を弾かれた。下がりながら、行われたそれは綺麗なものだった。着地の音さえなかった。そして軽やかに飛び回る。それは伝説の生物である龍の動きを真似ているように優雅に永遠亭の庭を飛び回っていた。

 

相手の動きを自分の動ける範囲内に集めながら、相手からの攻撃を捌き続ける。剣を抜いているのかは定かではないところも多いが確かに金属が擦れる音だけはしている。

 

まるで踊りの一部であるかのように狐仮面は相手の攻撃を避けていく。僕は狐仮面のその動きを見ながら何かに似ているような気はしたが本で見ただけの知識の為かそこまで明確に覚えているわけでもなかった。ただ、ぼんやりと輪郭が浮き出ているような感じで薄気味悪い、そんな気分にもなった。

 

狐仮面は戦場から一旦離れた。間合いは剣が二本分。一応人間が寝れるくらいの間合いだった。未だあまり姿を見せていないあの居合の構えは僕も真似をしてみたいところはある。しかし、それをしたところであの人の二番煎じになる事は間違い無かった。あの技は是非とも使ってみたいが真似にならないような持ち方を思いつくことはなかった。僕は永遠亭の縁側で座りながら、片膝に頬杖をつきながら考えていた。

 

狐仮面はその場から急に間合いを詰めていた。何を考えてなのか、それは今は如何でも良い。相手はその動きにギョッ、と目を丸めていた。狐仮面が近づいただけ、それだけではないからこそ、その表情なのだろう。三人の中心に現れてから幽霊であったかのようにその場から消えていた。そして三人は辺りを見渡すが居るはずもない。僕はどこに居るのかはよく分かっている。

 

結局のところ、狐仮面は移動をしていない。三回の地面を蹴る音を出して、三人の意識をそちらへと向けた。その後は身を小さくして三人の視界の外で待機していた。詰まるところ、三人の背中が向き合う場所だ。

 

僕はその場で永琳さんに聞いた。

 

「あれは何を模倣したものですか?」

 

「よく知らないわ」

僕はそれには同意見だった。

 

「彼処からどうするつもりでしょうか?」

 

「決まっているでしょう」

それにも僕は同意見だった。彼処からやる事といえば一つだろう。

 

「退屈だ」

その声に驚いた三人は急いで振り返って特に確認もしないまま武器を振り下ろす。そこからは庭が汚れるようなことが起こった。ポタポタ、とみたいな優しい現場ではなくなった。これも幻想郷の一つの姿なのだとすればこれもある意味では学びの類なのだろう。ただ、僕にとっては気分の良いものではない。ある意味、月からの使者の方に慈悲を恵みたい気分になる。まさか峰打ちであそこまでなるとは。

 

「後はお前だけだ。帰るか、それとも此奴らと変わらぬ姿になるか選べ」

 

「今回は許してくれ」

 

「それなら、金輪際関わるな。人の選んだ道に茶々を入れるもんじゃない」

それから、月の使者の生き残りは敵に背を向けて逃げていった。僕にとってはよく理解できなかった状況ではあった。

 

「借りたものを返す」

狐仮面は僕から借りていた剣を返すと何処かに向かいそうだったので一言声をかけた。

 

「お父さん、凄かったですねあの技」

 

「いつから気づいていた」

 

「最初は薄々でしたけど登場した時からですね。それから何となくそんな気はしてました」

 

「そうか。して、またやるのか」

お父さんは聞いていた。でも、僕にそれをやる気はなかった。

 

「圧倒的な力の差を見せつけられてやろうとするほど子供でもないです」

 

「成長した、か。それも良いだろう」

お父さんは少しだけ気分を良くしていた。だが、実際のところどうしてそのような表情を浮かべるのかは分からないはずだが、何となく分かるような気もする。

 

「強かったですね」

 

「そうか。その羨望が実力となることを願う」

 

「日々、精進します」

 

「もしもの事があれば、此処にいらっしゃい」

永琳さんはそのように言ってくれる。だが、僕にはもう一つ気になることがあった。それは幻想郷では今回のようなことはよくあることなのかどうか。僕がただ単に運がいいだけなのかどうかそれを知りたかった。

 

「それで、気になることがあるのですが幻想郷では人を殺すのは結構普通なことなんですか?」

 

「逆に珍しい部類にはなってきた。が、ないとは言い切れない」

 

「それではどうして二人は何も抵抗なく命を奪ったんですか?」

 

「抵抗は一応ある。が、もう背負った業がある以上、何人増えようと人を殺したと言うその事実は変わりはしない」

 

「私は抵抗はないわ。この生活が確保できるのならね」

 

「そうですか」

 

「此処らでお開きだ。次会う時は死闘をすることにしよう」

狐仮面、基お父さんはその場から立ち去った。どこに向かったのかはさておき、永琳さんは疲れ果てた表情をしていた。

 

「これから供養するのを手伝ってほしいのだけど良いかしら?」

 

「はい、同じ業を背負ってますので」

永琳さんは僕の言葉に少し戸惑いを見せて何事もなかったように作業を始めた。僕にとってはそれで構わないことではあった。確かに、一人だけやった事には変わりない。

静寂に包まれた、とは程遠いビシビシとした緊張感で辺りを囲まれているとある場所で一人の男は平伏していた。

 

その原因は先の失態の弁明なのだろうが、それでもまだ許されないらしい。その男性は更に続けた。

 

「あの地上人如きに遅れを取るとは思いもしませんでした。次は失敗しませんのでどうか命だけは」

 

「命は取りはしない、私はな」

その女性は銀髪を後ろで黄色のリボンで一つに結んでいる髪型で怒っているからこそ、余計にそのように見えるがつり目をしている。白色のシャツの上から赤いサロペットのようなものを着用していて黒色の小さめなボタンで留められていた。左腰には太刀を携えている。

 

「ただ、上は如何するのかは良くわからん。覚悟はしておく事だ」

冷たくはない、そして男性のことを卑下にしているわけでもないが言葉の力は強かった。

 

「はい」

 

「それと、地上人だからと言って侮ると痛い目に遭う。よく分かっただろう」

 

「はい」

 

「早く行け。私は報告書をまとめる」

 

「はい」

男性はその女性が放つ静かな殺気に言葉が出なくなった。その場に吸い付けられているようになった男性を引き剥がしたのも女性の言葉だった。

 

「彼奴には辛酸を舐めさせられた。これはいつか晴らそう」

その言葉に嘘偽りはない。



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極光と七光り
118話


今まで温かった汁物とご飯は段々と冷めていた。僕はここ最近、食事を摂っていないような気がする。

 

ふと思うのだ、自分の行いが正しかったのか。向こうにも何か理由があったのではないか。地上人という呼び方は鼻に触るがそれだけで悪だと、敵だと決めて良かったのだろうか。それさえも今の僕には判断がつけられなかった。貴方が悩むことでもない、と椛さんには言われた。それが事故であれ、何であれ、事実であることには変わりはないはず。それを捻じ曲げようなんて考えてもいない。ただ、何処かで僕は悩んでいる。それを受け止めて考えてここで止まっていいのだろうか。キッパリと切り捨てて何もなかったことにしようか。幻想郷では意外とある事だと割り切るべきなのだろうか。

 

僕にはとてもどうにか出来そうなものではなかった。それでも日々は当たり前のように僕を置いていき、取り残していく。何日か僕と周りの人では違う歩み方をしているのかもしれない。誰かの背中を見て歩くことしかできない弱者なのだろうか。

 

「僕は弱者なのでしょうか?」

 

「……弱者。基本的に皆が弱者だと思います」

突然の事に目を見開いてその言葉を噛みしめながら何かを話そうとして口籠った言葉。その後にその言葉は続いた。消え去る存在ではあるのだろうか。それも今ではよく分かっていない。

 

「どうして?」

 

「誰かに見守られているのは確かですから、ね」

椛さんも態度を変えようにも僕の雰囲気にどのように接すると良いのか、を模索しながら話を続けていた。

 

僕はそれには共感出来る。だけど、それはまた一つ違うところでもあった。

 

「ちょっと、外に出てます」

僕には少しばかりか、頭を冷やしてみる必要がありそうだ。そう思うと、ここに居るのも何だかおかしいような気がした。

と言いつつ、僕は椛さんのところから出てみる事にしたのだが、特に行くあてはなかった。と言うよりかは誰に会いたいなんていうことを考えもしていない。一人で塞ぎ込んでいたい気分であった。あの二人の発言には何処か間違いがあるのだろうか、それとも自分が違うのだろうか。僕もお父さんが何をしているのかはよく知っている。昼と夜の顔が異なる事が、僕は知っている。

 

妖怪の山の中腹辺りまで歩いてきたような気はする。ここまで来ると変な話、紅魔館に行くのも悪くないような気はする。けど、実際に行くかと言われるとそうではない。そもそも妖怪の山から、自分の所から出るようなつもりは今のところない。誰もいないと思って声に出してみようかと思ったがそれは遠くから来る二人によって遮られた。ここまで使ってこなかったからだろう。気付くこともなかった。

 

しかし、この朝にわざわざ参拝道から離れた場所で何をしようとしているのだろうか。それも僕にはよく分からないのだろう。あまり興味も湧かないのだが、警戒の厳しくなった妖怪の山で変に天狗なんかに見つかって何かされるよりかは良さそうな気もした。

 

僕は歩く、その先に何があるのかそれは知らないけれど無駄な善意は必ず実を結ぶと思う。よく知らないけど。

 

「何をしてるんですか?」

僕は聞いた。彼らはどうやら人里からこの妖怪の山へと何か目的があって訪れているようだった。黒髪でさっぱりとした髪型、ヨレヨレの着物を羽織っている。季節も夏の真ん中を指す頃なので涼しそうな格好をしている。額から垂れる汗はこの気温がそうさせるのか、この山道がそうさせるのかは見た限りでは分からないが大方の予想はついている。参拝道以外の山道は険しい。

 

「此処に幸運の巫女がいると聞いたから此処を訪れたんだ」

 

「それなら、参拝道があるから其方から行けば安全だよ」

この山には妖怪にも手を出せないようにした人間にも登りやすい道を整備している場所がある。その場所は前に守谷神社がこの山に来た時にこの山の人を使って作られた道らしい。そして、それ以外を歩いてくるという事は命を殴り捨てるような行為だと聞いている。僕はそれとは例外になるが二人とは身なりも年齢も変わらなさそうだった。

 

「それは嫌だ。俺たちは誰の指図も受けない」

 

「此処には妖怪も出ます。それに、警戒態勢が敷かれているので何をされるかわかりませんよ」

この山には山姥もいる。あの人は人に対してあまり関与したいとは考えておらず、排他的な意識を持っていると思う。故に僕も問答無用で包丁を振り回された記憶がある。

 

「それに何か武器は持ってますか?自分の身を守るためには必要ですよ」

僕は二人のことを心配しながら聞いた。僕には二本の剣があるが彼らにはそのようなものはない。何か良からぬ者に襲われでもすればこの二人は何をされるのかは分かっていない。

 

「そういうのは必要ない。俺達でなんとかする」

 

「それなら良いですけど。本当に出来ますか?」

 

「やれるさ。これでも人里じゃ噂になっている程の腕っ節なんだ」

僕はその二人からは視線を外していた。幻想郷では人間は最弱の存在、それ故に管理される形で人里が存在していると思っている。人間と妖怪が共存できているのはお父さんみたいな実力者がいるからだと思っている。そんな人里で噂になっているからと言ってどこまで通用するのかは理解出来ないのだろうか。僕にはさほど関係ないが目の前で見過ごすわけにもいかなかった。

 

「目の前にいるのが人を襲おうとしていてもそれが言えますか?」

 

「剣が何だってんだ」

二人はその意気込みをそのままに拳を握っていた。戦闘態勢になっているのだが、少しばかりか、何も出来なさそうではあった。僕も実際のところ何もする気はなかった、その気力もない。だからこそ、面倒な状況になった事にため息を吐いてしまった。

 

「というかお前こそどうなんだよ」

 

「僕ですか?僕は別に問題ないですよ」

 

「どうだかな。俺達をあまりナメてると痛い目見るぞ」

 

「分かりました。予行してみましょうか」

僕は剣を抜くと見せて置いてそこに視線を集中させる。親指で唾を弾きながら剣を鞘から押し出してから左手で掴むと思わせて二人の後ろへと走り抜けた。二人にはどのように見えているのかはさておき、声は出てこなかった。

 

「もし、僕が剣を持っていたら、なんて考えたらどう思います?」

僕の剣は先ほどで居た地面のところに転がっている。しかし、その事には気付けなさそうなのは見ていればよくわかる事だった。二人の視線は僕に向いている。あまりの速さに何をされたのか、それを理解するのに必死だった。

 

「し、知らねぇよ」

 

「そ、そうだ。何も伝わらないぞ」

僕はその二人の言葉を聞いてゆっくりとその間を通り抜けると自分が故意に落とした剣を地面から取り、鞘の中に納めた。僕の背を一心に見つめている二人には悪いがどのように動いているのかはよく分かっている。

 

「兎に角、危ないので参拝道に行くことをお勧めします。二人の動きはお見通しですから」

ゆっくりと振り向いてあげた。その先で二人は僕に向かって拳を握りしめたまま、向かってきている。僕はそれを見つめる事もなく、後ろに下がると自分の両腕を思い切り外側へと向けた。単純な風起こし、しかしその威力は絶大なもので二人は呆気なく転んだ。

 

「辞めましょう、ね」

二人は地面に転がりながらもその事には了承してくれた。僕は次からはちゃんと道を通るように伝えて参拝道へと送り届けた。

 

僕もそうやって道を外している最中なのだろうか、なんてふと二人の背中を見ながら考えてしまう。



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119話

川のせせらぎに耳を傾ける。サラサラと流れるだけのこの場所に遠くから聞こえてくる木の葉の揺れる音。足元は川に入れているのでひんやりとしていた。河原に敷かれている小さな灰色に近い白い石はゴツゴツとしているが小さい分、優しい刺激になっているようで地面に座るよりも気分は良かった。

 

今、悩んでいることも川に流されたら良いがそれが出来るとは到底思えないのでふと水面を眺めて流れてくる葉を見つめていた。何も意味のないその葉に僕は何を乗せているのか、それさえも考えるだけ無駄なのかもしれない。

 

あの時、本当に僕のやったことは間違いなかったのだろうか。永琳さんの言う、今の生活を保つために戦い続ける。そう言うことも生活を守るためには必要な事なのかもしれない。けれど、それを続けて何になるのだろうか。僕にはいつまでも続く決闘の道でしかないように思える。昔から続けていたからこそ、あのように離れた土地でひっそりと暮らすようになったのではないのだろうか。

 

お父さんは逆に業を背負っている以上はもう何も変わらないとそう言っていた。確かに一人だろうか、二人だろうがそれ以上だろうが殺めた事には変わりはない。そう言うことを言いたかったのだろうか。幻想郷では今はもうないとは言えど、妖怪が人間を食べる事はよくある話と事前情報として聞いたことはある。人里以外の場所では人間が妖怪に襲われようとも無視されるのも言わば、自然の摂理なのかもしれない。けれど僕は妖怪ではない、それを同じになるのは少しどころでは無いほどに違うものだと思っている。

 

何が正しいのか、それさえも分からない。

 

「不思議なのですがすごく暗い顔をしていますよ」

僕はその声にあまり驚かなかった。小さな声ではあったし、何より脅かす気のない優しい声だった。心配に感じたと言うのが本音なのだろうか。僕は顔だけを向けていた。

 

「厄と言うものが見受けられないのですが、何かありました?」

人のことを気にしていられるほど、顔色は良くない。緑色の髪を顔の輪郭に沿わせて赤いリボンで結んでいる長い髪の女性で生気のない目をしていた。上が黒っぽい赤色のドレスに身を包んでいる。スカートの裾には白いフリルを付けていて長いブーツを履いていた。とても不思議そうに見つめているが僕はその事は言わないことにした。

 

「少しだけ悩んでいました」

 

「私も少しだけ悩んでいることがあります。お互いに話し合いませんか?」

僕も特に時間がないわけでもなかった。別に聞き流せば良いと思いながら、それもどうかと思いつつその人の話に耳を傾けてみる事にした。

 

「良いですよ。時間はありますから」

僕にだって少しくらいは元気になりたいとは思っている。ただ、何となくやる事全てにやる気が感じられない。ふと、嫌になったと言うわけでもない以上は何も言えなかった。

 

「私、実は厄神様です」

 

「そうですか」

その事については知っている事だった。なので、僕は特に驚く事なく、それについては流す事にした。

 

「実は前にその溜めていた厄を放出してしまったことがありまして」

淡々とした話し方で淡々と繰り出される昔話。僕はそれに耳を傾けながら自分の殻の中に入っている事にした。

 

「影響は凄まじかったですよ。私も立ち直れないほどに力を失いましたから」

それに、その人はそれを言ってから口の中で閉じこもってしまった言葉を吐き出そうとしていた。それでも出てこれなさそうで僕はそれを待っている事にした。どちらに転ぼうと興味はないのだが。

 

「それからの幻想郷は悲惨なものでした。私が何とかしてあげたいのに何も出来なくて。それでも時間は進んでいって。皆は私の厄に振り回されて、此処は地獄のようなものでした」

 

「そんなに酷い事になったんですね」

僕は相槌程度に言葉を交わす。しかし、それに意味はあるのかと問われると特にないのだろう。先程からあまり頭の中に入ってはいない。けど、一つだけ言いたいことがあるとすれば僕の悩みよりも酷そうなものだった。

 

「そうです。その時はある意味で人々に厄が溜まり込んでいましたから。私が溜めれる限り沢山の人から沢山の厄を貰い受けました。皆が幸せになれると思って、皆がその世界を少しだけ楽しく過ごせるように」

僕はこの時にふと気になることがあった。僕の悩みなんてさほど問題ないのかのように話が進んでいた。僕なんて流そうと思えば、この幻想郷では流せる問題だがこの人の悩みはそうではない。僕はこの人に出来るだけ楽になるように話を聞いてあげる事にした。

 

「貴女のする事は多分、良かった事ではないですかね」

無責任だったのかもしれない。

 

「そんな事、貴方は何も知らないからそうやって言えるものですよ。沢山のもの、を失いましたから」

その言い方からは何処にも嬉しさや楽しさと言うものは出てこない。まるで憎悪を纏っているようなその言葉には何処にも取り付く手も無いような状態だった。僕は本当に無責任なことを言ったのかもしれない。

 

「知らないですね。でも、何にかも失ったわけではないですよね」

 

「何も残ってないわよ。信頼もこれまで積み重ねてきた事も」

いよいよ、取り止めがつかなくなってきたような気はする。だけど、何となく消えてしまいそうな火を見ているだけなのは良くないと思ってからは僕も少しだけ考える事にした。

 

「何かはありますよ。そうじゃなければ僕に話しかけようなんて思わないでしょう」

会ったことはある。あの時はにとりさんもいたように思うが今は居なかった。だけど、もし何もかも失っているのならば、ここに来て誰かに話しかけるようなこともないのではないだろうか。

 

「ううん。何もないわよ」

悲観にも程がある、ため息にも似た、生きる事に諦めのついているようなその表情は出してはいけないようなものだった。

 

「それならどうして?」

僕は聞いた。僕は彼女が何をしたくて僕に話しかけたのか、それを聞きたかった。

 

「偶々ですよ。貴方の顔から出ている表情は暗かったです。ですが、周りから出ているのは何もなく、少なからず厄に似たものでもありませんでした。そんなちぐはぐな表情の人に私の身の上話をしてからこの水の中に入ろうと決意しています」

 

「貴女は此処で居なくなるべき存在ではないです。少なからず、誰かの助けにはなっています。だから生きてください。まだまだやれる事はあるはずです。だから、生きてそれを見つけましょう」

 

「……揺らいじゃうじゃない」

 

「だからそんな悲しい顔は辞めましょう。何か必要だから、何処かの誰かがまだ必要としていますから。最後の最後まで抗いましょう。僕も手伝いますから」

きっとこれも何かの縁だ。厄神様をどの程度知っているのかと言えば、名前くらいだろう。それと話から聞いた厄を集めていると言う事。そして人のために動ける心優しい人である事。そんな人がどうしてこの世から居なくなろうとしているのか、そんなふうに思えてしまった。

 

「今日はそっとしておいてほしいわ」

そう言われてしまうとこれ以上は何も声をかける事はできなかった。けど、伝えたい事だけ、まだ生きる価値はあると言う事だけを伝えた。それで良かったのか僕も少しだけ気になる。



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120話

僕は一旦帰る事にした。何となく僕の中では吹っ切れたような気もしたのでこれまでの事は椛さんに謝る事にしよう。そう思いながら、家路に着く。

 

外から分かるようにご飯の炊き上がる良い香りが辺りには漂う。まるで僕を誘い込んでいるような気はしたが、その気持ちのままで近付きはしなかった。一旦足を止めて、戸に手をかけてゆっくりと開けた。

 

「迷惑かけました」

 

「元気そうで何より。さ、もう少しで出来ますから座って待っていてください」

白い髪の上には赤い山伏の帽子をかぶった椛さんは釜のところでご飯を炊いていた。白い服装と黒色に赤い紅葉が描かれているその服装で腰に携えているはずの大剣と左手に持っている盾は囲炉裏の近くに置かれていた。乱暴とは思うがそれでもそれくらいしか置く場所はなかった。

 

「幻想郷では当たり前なんですよね。殺したりするのは」

 

「昔はそうでした。ですが、今は少なくなっていきました。人里にいる限り、人間が妖怪に食べられる事は無くなりましたから」

僕の衝突な問いにも普段通り答えてくれる。こうやって背中越しだからこそ話せる内容なのかもしれない。

 

「僕が守矢神社でやった事は正しかったでしょうか?」

 

「あれは確かに酷いものでした。私も懐かしくあのような光景は見ていません。ですが、貴方の活躍は幻想郷に良い影響を与えました。そこは誇ってください。貴方は幻想郷を救った英雄なのだと」

 

「それで同等になるとは思えません。この世に生まれた命を吹き消した事には変わりありません」

 

「それは同意します。だからと言って貴方は其処に立ち止まっているままで良いのでしょうか?」

 

「反省は必要ですよ」

 

「反省なのならば、もっと動いてみたらどうでしょう?その人の残りの命も生きるのだと、強い意志で」

 

「ちょっと僕には難しいです」

 

「誰しもが難しいものですよ。嘘ならいざ知らず、貴方は本当にやろうとしますから」

 

「椛さんもそれは変わりませんか?」

 

「私も最近、過去の自分の過ちについて少しばかりか反省しています。けどもし本当にそれをやろうとすると何万年と言う話になりそうなのでとても無理なんですよね」

 

「そんなんですか」

 

「だから、これからは違う視点を持つことにしました。ある人の言葉も思い出しましたので」

 

「ある人とは?」

 

「とある青年ですよ。あの人は強者は自分の能力をしっかりと見定め、正しい方向に自分の力量に合った努力を積んだ人。でも、皆の助けがなければ強さは続かないと言いました」

とある青年とは僕からするとお父さんのことなのだろう。椛さんからすれば単なる隣にいた人なのだろうが僕からするといつも上にいる人でしかなかった。今はそれほど嫌悪感はない。

 

「つまり、強者となる過程で様々な困難が立ちはだかるでしょうが、皆と協力して乗り越えようと言う意味だと思います。勝手な私の想像ですが」

 

「とりあえず、自分の懐に落ちるまではその言葉は覚えておく事にします」

兎に角、一人で悩んでいても何も変化はなさそうだったのでもう何も考えない事にした。取り敢えず目の前の食事には感謝して食する事にしよう。

 

「この言葉の解釈に答えはありません。自分なりの答えが見つかるまで覚えておくと良いでしょう」

 

「分かりました。そうしておきます」

 

「それで、守矢の巫女が今朝方大きな人影を見かけたと言う事で報告されています。なので、食べ終えてから少しこの家を空けることになりそうです」

 

「居ればいいですか?それなら簡単そうですね」

 

「それで頼みたい事がありまして。食器だけ洗っておいてほしいです。見様見真似で構いませんので頼まれてくれますか?」

 

「はい。それぐらいなら」

 

「では、食べ終わり次第向かいますので。貴方はゆっくりと」

今日の椛さんの食べ方はあまり良い方ではなかった。それほどに急いでいるのだろう。けど、気になるので聞くことにした。

 

「その人影はどのようなものでしたか?」

 

「聞いた話では短めな髪と西洋風の服装だとか。髪は黄色っぽかったと聞いてます」

椛さんは口の中に入っていたもの一気に飲み込んで僕に話してくれた。その特徴から何となく明日行こうと思う場所は決まった。それにしても、そこまでして僕の質問に答えなくても良かったのに。

 

「あまり分かりませんね」

 

「それにしても気になるものですかね?」

 

「何だったら僕も探してみようかと。此処でなら、情報交換も出来ますし、良さそうではないですか?」

 

「否定はしません」

カチャッ、と茶碗とお椀と箸をその場に置いた椛さんは足早に出かけて行った。もう少しくらい、ゆっくりしていても良さそうなものだが、椛さんの立場を考えるとそれも難しいのかもしれない。なので僕は静かに見送ることにした。

 

それにしてもある意味では僕の悩みは消えた。人を殺めた事は消えない事実ではある、けどそのような事は大小を含めずに言うと誰しもが超えるところであって。お父さんはそれをいくつも超えていたからこそあのような強さを手に入れたのかもしれない。椛さんはそこで協力してくれると言っているのだろうか。でも、なんか違うと思ってしまう僕がいた。どちらにしてもすぐに片付けられそうなものではなかった。



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121話

朝起きてから、椛さんと共に朝食を食べた後に二人は別々の場所へと出かけることにした。椛さんは山の山頂付近にある集会所へ向かい、僕は幻想郷の南側にある魔法の森へと向かった。何かとあり得そうな話ではあるが、それは本当に合っているのかはどうかは定かではない。何となくだ、興味が湧いたからこそ向かってみるだけで他の理由は何もない。

 

そんなわけで魔法の森。此処の空気は妖怪の山程薄くはないが、魔法に扱う植物が生えているおかげである意味では空気は薄かった。人が笑っているように見える木や色とりどりのキノコ、植物、薄気味悪いと妖怪も近づかないとされているこの場所のとある開けた場所にある黒い屋根と六角形の塔がある一軒家がある。この場所には昔からの馴染みととある人形遣いが住んでいる。ある意味では僕と変わらない生活をしているわけだ。いい加減、自分で生活をしたいと思うが、後で相談でもしてみようか……。

 

「こんにちは。いや、おはようございます?」

扉を叩く前に一旦声を出してみた。ただ、時間帯が昼前だとは思うが薄暗い上にそれほど時間帯が把握できるものでもなかった。

 

「いっらしゃい。別にこんにちはでいいわよ」

金色の髪に赤いカチューシャをつけ、綺麗な瞳を持つ彼女はアリス・マーガトロイドさんで偶に人里に人形劇をしている人だった。家の中にはこれまで作ってきた人形が置かれている。人形は青いドレスを着用していてひらひらとしたフリルをつけているスカートを履いている。それは丁度主人にも似た身格好をしている。最近では1枚だけ灰色の肌をしている人形もいる。

 

「何か用か?」

白い肌に白色の髪をしているその人は僕からすると懐かしい人だった。

 

「ケプリさん、お久しぶりです」

 

「一ヶ月もしないうちに会っているとは思うが。いや、違うか。すまない、最近な感覚がおかしいんだ、気にしないでくれ」

そう言われるとそうするしかないのでそれ以上は掘り下げないことにした。

 

「それで、何か用があるの?」

 

「用と言うほどではありませんが、気になったことを一つだけ聞こうと思いまして」

 

「何でも良いわよ」

アリスさんはすごく良い笑顔をしていた。それ故にこれ以上何かを言うのも嫌な気はするが背に腹は変えられないので聞いてみることにした。

 

「昨日の話ですが、大きな人形を操っていたりしますか?」

僕がいった瞬間に空気は凝り固まった。何かいけないことを聞いたような気がするが何があるのだろうか。僕は静かに二人の口から出てくるのを待っていることにした。

 

「それはね、私の失敗作なのよ」

アリスさんは慌てている様子でいた。僕は何もする気はないが何を気にしているのだろうか?それがとても気になった。

 

「どうしてそんなに怯えているんですか?」

 

「アリス、正直に話してはどうだ?此奴ならそんな大きなことにもならないと思う」

 

「そうよね。なら、話すわね」

 

「はい」

気合を入れたような様子のアリスさんは取り敢えず僕を家の中へ招き入れた。あまり聞かれたくない話なのだろう。

 

「前から構想していたのだけど、とても大きな人形を制作していたのよ」

僕が座るなり、急に話を始めたアリスさんは気合が入っている、とは言えど焦っている様子は前面に出ていた。いつもなら冷静で事を済ませそうな気がするのだが……。僕も変に口出しはしないことにした。

 

「それで二人で頑張って素材を集めたり、縫い合わせたり綿を入れたりしていたのよ。それで一昨日完成したから早朝に操ってみようとしたのよ」

この辺りでなんとなく察したが何も言わないことにした。ケプリさんもアリスさんの話を聞いていた。

 

「それで操ってみたら、変に体勢が悪くて少しだけ動いて倒れたのよ」

両肘をテーブルの上に置いて顔の上半分を隠しているアリスさんはその事態について落胆するしかないと言う感じだった。僕も傷口をえぐろうなんて考えはないので何も言えなかった。何かと軽い気持ちにはなれそうになかった。

 

「それで少し前まで解体作業をしていた。そう言うことだ」

 

「だからですか」

いつもよりも白く感じれたのはつまるところ、それだったらしい。昨日からの長い作業、お疲れ様ですと言いたいが変に遮られた。

 

「どうしましょう。大量の素材が余ってしまったわ」

見るからに落胆しているアリスさんと裏腹に何も感じ取れてなさそうなケプリさんと言う何となく段差のあるような空間が此処には充満していた。

 

「それなら、また別の人形を作りましょうよ」

 

「そう上手くいくかしら」

 

「そこはお二人の技量次第ということで」

 

「それは一理ある。まだ諦めるには早いうちにやるからにはとことんやろう」

 

「若いわね。何処からそんなやる気が湧いてくるのよ」

 

「そんなもの、創作意欲だろう」

何故か元気よく答えたケプリさんにはアリスさんも少しばかりか不満げだった。僕はあまり此処の事情は知らないのでどこまで口を挟んで良いのかは分かっていない。少しの間、黙っている事にした。

 

「それに、アリスと一緒に作業できるのは楽しい」

 

「へぇ、それなら仕方ないわね」

ケプリさんの言葉に驚き半分、嬉しさ半分で顔を上げたアリスさんはまるで挑戦状を受け取ったかのようにやる気になっていた。

 

「まずは今回の反省から始めよう。まず何か良かった点はあったか?」

僕はふと思った。ケプリさんには反省した上で次に進んでいることに、そしてそれは僕には出来ていないことに。今まで逃げていたように思えていた。それだからと言ってそれで終わりというわけでもない。それなのに、僕はそこで立ち止まっているように思えた。

 

「大きさやあのぐらいで良かったと思うわ」

ケプリさんの熱意に食いついているアリスさんも僕からすれば転んでもただでは起き上がらない精神を見つけた。僕にはこのようなところが足りていなかったように思える。まだまだ回答は見つからなさそうに思うがもう少しくらいは頑張ってみても良さそうに思えた。

 

「そうなるとやはり足腰の部分に比重を置いてみよう」

 

「それだと脚が太くなるから嫌なのよ」

 

「それなら体の方を軽くさせよう。だが、そうするとバランスが悪くなりそうだ」

 

「それなら最初から絞ってみましょう。細身にして立ちやすくしましょう」

もう、僕には程遠い世界だった。言い合いにも聞こえてくるその言葉の連鎖は僕には到底出来ないものだった。本心と本心がぶつかるこの場に僕はいる必要はなかった。

 

「では、此処らへんでお暇させて頂きます」

 

「済まない。熱くなるといつもこうなってしまう」

 

「これは失態だわ」

 

「お二人の人形に対する熱い気持ちは伝わりました。それで僕は満足です」

そんなわけで僕はこの場所から離れることにした。これで早苗さんが見た謎の人影の正体も分かったし、自分に足りないものも何となく分かった。それで今日は良かったと思う。



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122話

アリスさんのところで二人の人形に対する熱意を垣間見たところで変に満足して今日のところはもう妖怪の山に帰る事にした。ここまでそれほど鍛錬を積んでいなかったこととは関係ないと思うのだが、体力が落ちたのかここまでの会話でお腹はいっぱいに感じて変に疲れてしまった。それに自分の悩みも誰かとならば乗り越えられそうな気もする。でも、それをするだけの力量は自分にあるのかどうかなのだが。正直なところ、考えていても仕方ないと思うのだが、それでも駄目なものはもうどうにもならなさそうだった。

 

「ただ今帰りました」

 

「少しは解決したようですね」

いつもなら、椛さんが土間で調理をしていると思っていたがどうやら違うらしい。椛さんは囲炉裏で何かを温めていた。そこにあるのはすまし汁の残りなのだが、杓文字を入れているあたりどうやらそれとは異なるものであるらしい。

 

「少しだけですが、取り敢えず考えていても仕方がなさそうだな、と結論に至りました」

 

「それで良いんですよ。後は時間と交流によって変わっていきます」

 

「そう言えば、早苗さんが言っていたその影については解決したのですか?」

 

「今のところ見間違いなのでは、と言う結論に至りました。少なからず妖怪の山に居るような物ではない事は確実です」

少しだけ不甲斐なく笑っている椛さんを見ながら僕は囲炉裏の近くに座り込んだ。昨日と同じでこれから出かけると言うのならば僕は今日も昨日と変わらずにやるつもりではある。

 

「僕は一応見つけましたが聞きますか?」

 

「いえ、このまま見間違いという事で通します」

 

「それで良いんですか?」

僕は思わず聞いてしまった。

 

「良いですよ。何を言ようとも変わらなそうなので。それと貴方はちゃんと見つけたのでしょう。それでもう私たちの出る幕はありませんよ」

 

「あんまり意味が分からないのですが」

 

「つまり、そんなに危険性もなさそうと言う事です。その人影は」

確かに単純にアリスさんとケプリさんの合作という事で片付けてしまえはそれで構わないと思う。別にあれで幻想郷を何とかしようなんて言う思考に至る人かと言われると別にそう言うわけでもない。アリスさんは人形を作る事に尽力していて、人里で人形劇を行なっていることも風の噂で聞いたことがある。それとケプリさんも同じような意思を持っていると思う。互いの意思のぶつかり合いはいずれ大作を作り上げる上で必要になるだろう踏段だと思えてしまう。

 

「何とも言えないですけどね。これから大きく化けるかもしれません」

 

「ふふ。単純に微笑ましいだけです」

思わず笑い出してしまった椛さんは左手で口元を隠していた。僕はそれ以上は視線を合わせようとはせずに空を見て気を紛らわせる事にした。あのように見ると意外にも可愛らしいものである。

 

「それはそうですね」

僕も少しだけそれに賛同する。

 

「あ、そろそろ出来そうです。お椀だけ取ってもらえますか?」

見様見真似で覚えたのだが、意外にも当たっていたらしく一回で二つを取り出すとそれを椛さんに渡した。椛さんが囲炉裏で温めているすまし汁の入っているはずの鍋の中を杓文字で取り出している間に僕は二人分の箸を取り出した。此処にはナイフやフォークのような西洋のものはなく、箸しかない。スープが出ようとも此処では箸で食べる他ない。

 

「今日はもしかして雑炊ですか」

 

「聞くまでもないと思いますよ」

 

「それはそうですね」

椛さんの食事ではすまし汁の食材が少なくなると鍋の中に炊けたご飯を入れ込む雑炊になる。この時だけはいつもと違うのだが、正直なところいつもの方が具があるだけ食べ応えがあるのは言うまでもない。だが、それも此処ではご馳走となる。何たっていつもと食べるものは違うからだ。

 

「それと今日は特に話し合いに参加する必要もないですからね。ゆっくりと話しましょうか」

 

「そうですね。と言っても食べ終わってから本題に入りましょう」

 

「分かりました」

 

「時間が出来たらそれだけ分聞いておきたいんです」

 

「それはどうして?」

 

「実践する事にしたんです。椛さんが朝のうちに言っていたことは今も分かりませんが」

 

「良い心がけです。それなら、私は静かに貴方のする事を応援しましょうか」

 

「お願いします」

 

「私が出来る限りですよ。それだけは十分に承知していてください」

その言葉に僕は静かに頭を縦に振った。これ以上は言葉にならなかった。もうお椀に今日の夕食は注がれている。食べないわけにはいかなかった。



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123話

昨日の晩から食材と言うものはこの家にはなかった。つまりは嫌な時期に食材を切らしていたらしく、今日の朝は白飯と菜の花の漬物が置かれている。白飯はいつもと変わらないのだが、菜の花の漬物はえらく塩辛かった。正に塩でも舐めているかのような味わいで白飯で打ち消してやっと食べられるものだった。椛さんは平然と食べていると思ったが先ほどから顔をしかめている。僕はそれを見ながら笑うことも出来なかった。塩辛過ぎる。それも言うのはどうかと思うので黙って白飯で漬物の塩辛さを打ち消す事にした。しかし、それは椛さんも変わらないようで僕に関係ない事を話してきた。

 

「そう言えば、何やら川の方で大きな魚影を見たと言う報告がありまして。あまり気にすることではないと思うのですが」

 

「魚影ですか。川の主、みたいなものですかね」

 

「そんな感じだと良いんですけど、前に聞いた事があったような、なかったような感じで何とも言えないです」

此処の山で何百年も暮らしているだろう椛さんも確証は得られないほどの話。僕はそれほど気にならないのでそれほど聞いていなかった。

 

「何やら、大きさは家くらいはあるとか。その人が誇張している可能性はありますが一応確認する必要はありそうなのでね」

 

「面倒な事らしいですね」

 

「面倒ですよ。何たって出所ははっきりしていてもその情報の信憑性はまるで皆無なんですから。哨戒天狗にも真っ直ぐな人とさぼりがちな人もいますからね。ですが、確かめないわけにもいかない、それは過去に起こった事がありますから」

本当に面倒くさそうだった。興味はそれほどないのだが、そこまで行くと僕が探していても良そうな気さえしてきた。

 

「それなら僕が川の方に向かいましょうか。居るかいないかがはっきりするだけでも違いますよね?」

 

「私は午前中は人里で買い出しをしてきます。何かあれば、空気を乱してください。常に三ノ技を発動させておきます」

三ノ技というのはある意味での索敵用の技でその範囲と感度は自分の技量によるものである。僕だと必死に広げようとしても妖怪の山を覆えるかどうかだが、椛さんなら人里から此処まで届くことも容易そうに思える。ある意味、これの上達度合いでその人の技量は大体は計れてしまうものだ。

 

「あ、ただ感じ取れるだけなので何が技の使用があれば戻ります」

 

「あ、はい」

 

「それでは此処からは別行動としましょうか」

椛さんが立ち上がって、僕が食器を持って洗い場へと持ち運ぶ。後は椛さんに任せる事にした。これからは僕に任されることもあるだろうが今日はそのような事はない。いつも通り、目を閉じて風を感じてから下山をする事にした。

 

「それじゃあ、行ってきますね」

 

「お気をつけて」

椛さんの軽い言葉は僕にはその言葉の軽さのように背中を押すだけだった。

それから僕は歩いて川の方へと向かう事にした。別に走っても良かったがあまり気分でもなかった。それだけだ。偶には走らずに自然を感じるのも良いだろうと適当に感じただけなのである。

 

そんな感じで歩いていく、その先には妖怪の山を流れる川の源流ともいえる小さな水溜りのような場所がある。前にお父さんと椛さんが闘ったのは此処であるらしい。そこから僕は川岸を歩いて山を下る事にした。

 

最初こそ、細くていつ切れるか分からないほどだったが歩いていくうちに少しずつ、少しずつ大きくなっていく川。そして段々と深くなっているように感じる。それを感じ取りながら僕はとある人物を見つけた。

 

頭には赤いリボンをつけている人で髪は明るい緑色、茶色のブーツを履いていて上半身の方は黒目で暗めの赤いドレスを着用している。その横顔から見える目に映るのはきっと川ではないのだろうと思う。膝を立てて座っているので後ろに回り込みながらその人に声をかけた。とは言え、声のかけづらい雰囲気をしているのはよく分かる。けど、知っているので特に怖いとは思わなかった。

 

「昨日ぶりですかね」

 

「……そうね。懐かしく感じるのは私なのね」

悲壮感が漂っている。

 

「辛そうですね」

それぐらいしか声をかけるような事はできなかった。それでも僕は昨日とは違うと思っていた。自分はそれほど落ち込んでもいない。そう思っている。

 

「この世に価値はないと思っているので、一日が長く感じます」

 

「本当にそうですか?」

僕は思わず聞いた。よく事情は知らないが本当に価値がないのならば何かは集まらないと思う。その何かはよく分かっていない。

 

「そうですよ。私が生きている事なんて何の意味があるのよ」

 

「人を救える優しさがある、人のために行動出来る力がある。それで十分じゃないですか」

 

「それがあって何のためになるのよ」

 

「それは言葉では示せません。誰かにとって何がそれに値するのかは他人が決めれません」

 

「今示してよ。じゃないと、私、私何をしたら良いのか分からないじゃない」

 

「……それは僕にも。何もありませんけど」

 

「結局何も知らないじゃない」

その言葉に僕は何も返せなかった。僕には何もなかった。それこそ、この人がどのような人物なのか、それもよく分からない。ただの自分のわがままでしかないのならばこの人にとってはただのいい迷惑なだけで何も利益になりそうな事はない。僕は自分勝手な行動を起こしているだけなのだろう。でも、此処で引き下がれるような状況ではなかった。本当のところはもう少しいい方向に向いてくれたら良いんだけど。

 

「そうです。何も知りません。だから僕に話せる事は話してください。お願いします」

 

「あの、えっと」

迷う、その人は。それも大きな問題を投げかけるように僕はこの人に棘を渡していた。少しずつ消えていくその灯火に僕は手を覆って消えないようにするしかなかった。

 

「僕は貴女に協力したい。けど、今のままだと何も出来ない。だから協力してほしい、僕に」

 

「貴方に何が出来るのよ。私の気も知らないのに」

 

「何もありません、今は。今はそれを判断するものは何もありません」

その人は座ったままだった。だけど、下を向いているというわけではなく、少しだけこちらの方を向いてくれている。女としての誇りを投げ捨てた彼女にどのような格好をしていようと気にならないのか膝は立てたままだった。

 

「貴方には多分分からないでしょうけど、私は何もかも失った。此処まで築いた信頼も歴史も何もかも失った。それなのに何をしたら良いのよ」

何も失った、それならばやる事は限られてくると思う。密かに応援してくれている人に応えるか、また自分の価値について学び直すか。それともこの状況を変えるべく何か手を講じるか。失った原因が自分の能力のせいなのならば制御する方法を見出すか。

 

「酷かもしれませんが、そうやって考え込んでいるより何かの為に動き出している人の方が輝いて見えると思います。昨日、貴女から話しかけられた時、僕にはそのように感じました」

 

「何をしたら良いのよ」

 

「さて、僕には。でもまずは探さないと。自分の魅力について、自分の価値について」

僕は手を差し出した。そうやって座り込んでいるよりももう少しだけ、一歩だけ歩き出している方が綺麗に見えるのではないだろうか。

 

「そんなのすぐに見つからないわ」

 

「もう一人いましたよね?青い髪をしている人が」

 

「……そうかもしれないわ」

 

「聞いてみましょうよ」

 

「聞いたからと言って何が変わるのよ?」

僕にはその返答に困った。あまりにも僕に用意できるものがなかった。何の根拠もない発言ばかりで相手を困らせていたのかもしれない。僕には何もいう言葉は結局のところなかった。

 

「答えられないじゃない。私なんて結局は無価値な存在なのね」

その吐き捨てるような言葉に何も含まれていないと言えるわけではなかった。自分が感じる他者への劣等感や自分の起こした行いに対する罪悪感それが含まれていてもおかしくはなかった。だけど、僕の耳が聞く限りはそうでもなかった、何か期待しているような気もしなくもなかった。僕の方を向いたその人の顔がそう告げていると思わなくもなかった。

 

「確かに答えられません。ですがその言葉は本当に捨てられた時に言ってください」

もう僕もそれぐらいのことしか言えなかった。それ以外には何も浮かばなかった。僕にはこの人を安心させるだけの力は足りない、そしてその術も知らない。

 

「今がその時でしょうが」

語尾も上がらない、言葉に覇気もない、怒りが怒りとして感じ取れそうにない。そこにその人が何を思っているのかがあった。

 

「役割を全うしてからその言葉は言ってください。その力はきっと誰かの役に立つはずです。これまでにそのような経験はないですか?」

 

「……無いわけでもないわ。けど、結局は幻想のように弾けて壊れるのよ」

 

「それは一人で頑張ってやってきたからでしょう。一人では限界がありますよ」

 

「じゃあ、どうすれば良かったのよ。私がやってきた事は何もかも間違いだったわけ?」

 

「僕は何も知らないです。貴女がこれまで何をしていたのか、何故そこまで悲観的になるようなことがあったかどうか」

 

「じゃあ、どうして私なんかに話しかけるのよ」

僕は考えた。その感じから僕は一つだけ考えがまとまりそうな気もしていた。だけど、最後の方、良い感じに収束を迎えないところを見るに、僕にはまだ力が足りないのだと実感した。

 

僕は今、目の前にいる人の瞳を見た。目は口よりものを言う、何か探せないか見ていた。綺麗な翡翠色の眼で優しさに満ち溢れている。だけど、それ故に何かをやってしまったのだろうか。もう、僕には何をするのが良いのか見えてこなかった。だからと言ってその状況から目を逸らすのもまた違うものではあった。

 

口からは何も出てこない、僕の実力では今の気持ちを相手に伝わるような言葉として表現するのは難しかった。

 

まだ僕には手に負えないことだったのだろうか。それを考えると何か身勝手な理由に巻き込んでいるような気がする。どうしてもそう考えなくもなかった。しかし、此処で僕は不意に川の方を向いた。何かが居るような気はしたが僕がそれを判断した後で同じようなことを繰り返した。ここでこの人を助けるか否か。

 

僕はその時間からするとかなり考えた。二極の選択に僕はどうしても迷いが生じてしまった。だけど、此処でそのような事をするのも違うものだと思うと自然と脚は動いていた。

 

緑色の髪の女性の肩を両手で一度掴んでから手の位置を変えた。左手を反対の肩へ、右手をその人の後頭部へと変えておいた。

 

その代わり、僕は一切の受け身を取れなかった。それは他人を助けようとする時に察してはいたがそれは自分の身が危うい事はよく分かっていた。

 

背中からの衝撃、そして脚のつかないその感覚、それが全て僕の頭の中に大きく信号として送られた。

 

何をしても止まらない、打っている場所はないと言わんばかりに全身が痛い。



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124話

ギシギシと歯車は悲鳴を上げている。駆動部分は特にそれが酷い。視界は白濁としてからしばらくの間脱力しているように治る事はなかった。腕や胴体は地面に引っ張られていて息を整えていることしかやる事はなかった。だが、此処で伸びているわけにもいかなかった。

 

「ねぇ、どうして私なんか助けたのよ」

 

「分かりません。とりあえず怪我はなさそうですね」

 

「私なんて良いから、逃げれば良かったのよ」

 

「それだと臆病者じゃないですか」

 

「私が怪我をすれば貴方が此処まで追い込まれることもなかった。なのに、どうして」

 

「強い人が弱い人を守るのを当たり前にしていきたいんですよ」

僕は此処で言葉を止めなかったが、一呼吸置いた。そうしないと言葉が出しきれなかった。

 

「それに皆で助け合うことで初めて人は立てると思うんですよ」

その人はそれから何も話そうとはしなかった。僕には見えないように顔を俯かせていた。此処で言うのも酷だが、僕も助けを呼びたいとは思った。だけど、今、天を仰いでいる状態では何も出来そうになかった。

 

「お礼と思って、僕の上半身だけでも起こして下さい。助けを呼べる手段があります」

 

「分かったわ。任せなさい」

僕の脇の間に両手を通して必死に起こしているのにも関わらず僕は体の軋みから何も動かせそうになかった。特に脚、感覚がないかのように動き気配はない。

 

「すみません。どうにも動きそうにないです」

それに対する返答は布からの返答だった。言葉ではない何かは僕にとっても大きな不安ではあった。何も出来なかったのに、此処までやってもらって良かったのだろうか。

 

僕の視界が下流の方へと向いた時、僕は動きづらい右手で剣の柄を握る。それから脱力するように抜き去り、左側に運んでから一気に右側へと走らせた。その後はぐったりとした右腕はもう笑うことしかできそうになかった。だけど、もう少し耐えてもらいたい。

 

「暫く、待ちましょうか。当たらないように注意してください」

 

「何を、するんですか?」

その人は目に溜まるものを落とすまいと耐えていた。言ってやりたかった、落としたって良い、貴方がそこまで気をこちらに注がなくても良いと。だけど、それは本当にそうだろうかと思うとそうでもないような気はする。

 

僕はそれから滴る血を止める為に刀身を当てて治るように念じた。お父さんが使っていたその術は意外にも僕でも扱えた。ただ、強く願えばいい。治るように、そして出血が止まるように。だけど、内側まで治せるようなものでもなかった。節々は痛む、それに継続的な痛みは段々と時間を割いていくほどに強くなっていく。僕にはどうしようもなかった。

 

「もう、大丈夫です。後は任せましょう」

 

「何で私じゃないのよ。いつも」

 

「運がいいだけじゃないですか」

 

「運なんて、そんなものは信じないわよ」

 

「僕もそうです。言ってはいるんですけどね。自分の未来は自分で掴み取らないと」

 

「それならこれも貴方の掴んだ未来だと」

 

「はい」

僕は笑った。相手からすれば冗談じゃないと激昂もしたくもなるかもしれない。後ろからのそのような気配が濃くなっている。

 

「判断が遅くなってこうなりましたが。僕が肩代わり出来て良かったです」

 

「人が良過ぎるのよ」

その人はそう言いながら僕の左肩に自分の顔を打ち付けた。それからも何度か同じような動きをしていた。それからはもう何もしようなんて思わなかった。それこそその人がしたいようにさせていることにした。

 

「落ち着きましか?」

 

「落ち着けるわけ、ないでしょう」

 

「これは僕がやった事、貴方が何も責任を感じるような事はありませんよ」

 

「私は貴方に何をしてあげたらいいのよ」

 

「ただ、生きてください。自分の長所を生かしてやりたいことをやって下さい」

 

「……。」

相手は何も答えなかった。言葉にもならないと言う感じで直接見たわけではないがもう僕も何も言い出せなかった。もう何もなかったかのように静まり返った妖怪の山では僕たち二人以外に誰も居なかった。先ほどの大きな衝撃を受けた原因も何も探るようなことはできない。

「ーーと言うことがあったわけですね」

白髪の白狼天狗、妖怪の山では孤高とされる椛さんは僕の前に立って明らかに軽蔑の目をしていた。僕には心当たりがないとは強く言えないがそこまでされる気はなかった。だけど、反抗はしない事にした。

 

「はい。しくじりました」

 

「これで雛さんはとある親子に助けられたわけですが、何か言うことがありますか?」

 

「どうして私なんかが助けられるのか不思議です。でも、この人は私を助けようとしていたことは確かです。私には何を返せばいいのか……。」

 

「それで、どうしてこの人を助けようとしたのですか?」

椛さんの言い方はいつになく怖かった。何がそうさせるのかは理解出来ないのだが、確かに言えることは変な事を言うと食い殺されそうな気がする事だろうか。

 

「応援したかったんです。先日に聞いた話からそう思ったんです。お父さんを超える為に手引きしてくれる椛さんのようになりたかったんです」

 

「そうですか。傲慢で身勝手な行動をした挙句、そのような幼稚な考えとは。恥を知りなさい。けど、私はそれを含めて貴方が好きです」

椛さんは僕から視線を外して後ろの方を向いていた。

 

「こんなわがままですが、付き合ってくれますか?」

 

「ちょっと分かりませんけど、頑張ります」

雛さんは振動からしか分からないが何度も首を振っていたような気がする。それこそ、雛さんは必死に命を乞うようにしていた。椛さんはそのような事をするような人ではないと思うが何があったのかは僕にはどうして理解してあげられそうにはなかった。

 

「それでは、行きましょうか」

僕の手を椛さんは雛さんから引き剥がすように優しく引っ張った。僕は力なく、この身を委ねるしかなかった。

 

「雛さん、また来ますね」

 

「仕方ないのでこの人が落ち着き次第、後で連れていきます」

雛さんの様子は僕は見なかった。顔をどこに向けても椛さんから向こうは見ることができなかった。

妖怪の山から永遠亭へと向かう途中、とある事を聞かれた。

 

「前に悩んでいたことはどうなりましたか?」

 

「今のところは特に考えていないです」

 

「それでは、自らの行いについて自分の手で戒める事にしましょうか」

 

「そうですね。胸に刻み込んで生きていこうとは思います」

 

「それでいいでしょう」

椛さんはそれ以上は何も言わなかった。永遠亭までの道を長く感じないように話しかけてくれるだけでそこに特に内容といぅのはなく、変な話聞き流していてもさほど問題ないようなものだった。それよりも脚を下ろし過ぎると当たりそうな大剣は怖かったところだろうか……。



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125話

この光景はもう何度目だろうか。木目のしっかりとした天井とい草の香りがする畳、優しい日の光が漏れる障子に遠くからは誰かの足音。此処にいるのももう何日目かと言うところではある。その間、一切此処からは動いていない。腰のあたりに固定具を取り付けられていてあまり動かないように、と言われている。動くつもりはないがそもそも動けないのでは何ともならない。あと何日このような時間を過ごす事になるのだろうか。それを考えていると少しどころではない、退屈だと思えるのは。

浮かない顔をする女医、その人から話を聞こうとする天狗。二人はとある一人のことを心配していた。

 

「それで、永琳さん。何が起こったのでしょうか」

天狗は聞いていた。

 

「消えた外傷痕と体内の様子から察するに、腕や脚などを何度も打ち付けているわ。そして、極め付けには背骨に大きな損傷があるわ。恐らく、何か木などの硬いものに当たったのでしょう」

女医はシワを寄せた顔をしながら話していた。かなり事は重く捉えた方が良さそうだった。天狗もそれは重く捉えているようで真剣な眼差しを女医に向けていた。

 

「そうなると脚の動きが悪くなる、と。何か方法はありますよね?」

 

「あるわ。ただ、それをするにはサンプルがないわ」

 

「そのサンプルはどうしたらいいの?」

 

「とても簡単な話よ。何処かの妖怪を半殺しで此処に持ってきて。人間は危ないけれど妖怪なら何も言われないわ」

不敵な笑みを零し始める。だが、何も間違いとなる事は言っていない。天狗もその事は重々と承知していた。

 

「それは私が出してもいいのよね?」

 

「それは辞めておきなさい」

 

「それはどうして?」

 

「貴女がどうなるか分からない。神経というのはそれほど慎重なものよ」

 

「ええ、それは。でも、約束がありますから」

 

「約束なんて今の話の中では効力は示さないわ。それに私が絶対に止める」

 

「仕方がないですね。私があそこに向かいます。誰でも良いですよね?」

 

「妖怪は強いわ。それ故に守られていない、妖怪が居なくなるのは褒められた行為になるわ、特にあそこでは」

 

「それは知ってます。今日中に持ってきますね」

天狗はそれだけを伝えてこの部屋を出た。もうこの部屋に天狗は暫く帰ってきそうにない。

 

「実験をするのは良いが、大丈夫なのか?」

突如として現れた男はひょこ、と何もないところから現れた。あまりにも慣れすぎているが為、どの結界も通用しない。それどころかとある程度作り出すこともできてしまう。

 

「少し怖いわね。それでもやらないと貴方の願いも叶わなくなるわ」

 

「そこは任せる。俺が口を出すものでもない」

 

「変に言われるよりかは良いけど本当にいいの?」

 

「ある意味気にしたこともない。二人を信じている」

男はさらり、と答えた。

 

「本当に惜しい人物だわ」

女医はため息、一つ。一つ悩みを浮かべながら机の上に肘をついていた。

 

「さて、八つ目鰻を食べてこようか」

 

「気楽ね」

 

「世辞としても受け止めよう」

男は特に音もなく、この部屋から出ると平然と襖を開けてから縁側を歩いていた。

 

「本当、あの人はどうやって稼いでいるのか不思議だわ」

女医はそれだけを言うと、とある準備を始めた。此処からは大きな手術を行うことが必要になる。百戦錬磨の女医にとってもこの手術はこれまで以上に難解なものとなるだろう。そして本人の胆力が試される。

此処にきてからはもう二日は経っていた。僕はここから動くこともままならず、時々現れる世話役に身の回りをしてもらうのが嫌で仕方がなかった。だけど、動けないのも事実で僕一人では何も出来ることはなかった。

 

早く体を動かしたいが僕自身にも向こう側の関係者も双方の条件が一致しない限りは出来そうにない。これでは身体が鈍る一方で実力が落ちていきそうな気がしていた。

 

「面談をお願いしたいのですが、宜しいですか?」

 

「退屈なので大丈夫です。通してください」

僕は後ろから聞こえてくるその優しい声に返事をしておくことにした。ここで永琳さんの助手をしている鈴仙さんは様々な患者さんに対して同じような態度を取る。そこがかなり評価されているがどうやら永琳さんには腕が劣るようで助手の域を脱していないある意味可哀想な人だった。出来ることなら、独立も出来たりすると良いのかもしれないがそれも僕の力では難しそうだ。

 

「お入りください」

鈴仙さんの声がしてからとある人の足音が聞こえた。僕は後ろを振り向けないので布団の中でうつ伏せになったまま人が来るのを待っていた。その足音はおどおどとした感じでこの場所が危険地帯であるかのように慎重に音を重ねていた。僕はそれをゆっくりと待ちながら隣まで来るのを楽しみにしていた。

 

「こんにちは。……えっと、今回は申し訳ないです」

 

「別に良いですよ。僕がやった事ですし」

軽く笑っておくことにした。顔は見えないが声からは誰なのかは大体察することが出来た。遠慮気味で木漏れ陽のような優しい小さな声。それ以上の言葉は今のところ付け足す必要はないだろう。

 

「そう言って誰かを困らせるのですか?」

雛さんはその言葉の通りに話していた。困っている、と言う理由は今のところは分からないがその通りだったのは言うまでもない。

 

「わざとではないですけどね」

 

「……だから困ります」

ぐっ、と最後の方に力を込めた言い方だった、唇を噛み締めて出血でも故意に起こさせようとさせていると思える。それほど雛さんの最後の方に出てきた語気は凄まじかった。僕はなんとなく理由を聞けなかった。だけど、聞かないと話が進まない。

 

「それはどうしてですか?」

 

「どうして人の心をいたずらにかき乱すの?」

 

「それは僕が理想と現実の間に居るからでしょう」

それが自分なりの答えだった。雛さんはゆっくりと口を開いてどうして?と聞いてくれた。

 

「僕には理想があります。お父さんは強者は誰かの支えがあってこそ成り立つ、と言っていたそうです。人の字を書いてみると分かりやすいですが、棒が二本で書けます。それはつまり、人自体が誰かの支えが必要だと示しているようでした。それでも、僕にはやり方は分からなくてとても強引になりました」

 

「理想の中にはお父さんも入ってるの?」

 

「はい。前までは嫌いでしたけど、圧倒的な実力とここでの活躍を考えると自分の身勝手な感情でしかありませんでした。もう本人に聞くしか手がないんですよね、色々と。それなので僕は取り敢えず言葉次第にやってみる事にしました」

 

「それなら他に沢山居たでしょう。どうして私なのよ?」

 

「あの時、一番近くて一番遠くの方にいたのが貴女だったからです」

 

「それだけなの。もっとに理由はない、の?」

 

「ここ最近出会ったのにどうして私なのかは事の成り行きとしか答えられそうにないです」

 

「他には?」

 

「もう無いです。話し尽くしたと思います」

 

「もっとよ。他にあるはずよ」

 

「そこまで焦っている理由は分かりませんが、僕が選んだのが貴女、そして応援したいと思った、僕からすれば今のところは知り合いです。他に出るのは距離を縮めてからでしょう。家族ですら、最近になって純粋に尊敬するようになりました」

 

「……私にはどうしても分からないわよ」

 

「僕は貴女を助けた。そして誰かに向ける優しさを聞いて、協力してあげたいと思った。仲良くなりたいと思った。それを聞いて雛さんは僕をどう思いますか?」

 

「分からないわよ。取り敢えず落ち着かせて」

雛さんはその場に一呼吸置いていた。そして、何を思ったのか右腕を伸ばして僕の上に乗せていた。僕は動くことも出来ないのでされるがままではあるが何をしているのかくらいは気になる。だからと言って聞こうとは思わなかった。

 

「……何してるんですか?」

聞かない、と思っていたがどうしても話をしないといけないような気がした。

 

「厄を送っているのよ。これで私を見限るでしょう」

僕には雛さんがどうしてこのような事をしているのかは不明だったがそれだけ僕のことを疑っているとも感じた。目には見えないものの、儚い手から出てくる厄とされるものはじんわりと温かい。

 

「不幸なんて人の感じ方で幾様にも変わりますよ」

 

「人肌に触れたいわ」

雛さんは変な要求を僕にした。

 

「腕くらいは出せますので」

 

「有難う」

優しい声ではあった。だけど、いつもよりも温かみがあった。

 

「……人肌に触れるのはいつぶりかしら」

そう言いながら僕の右腕をサラサラと撫でている。僕はこそばゆい感覚を覚えたがそれを口にはしなかった。



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126話

雛さんとの会話からは二日もかからなかった。動いても大丈夫だ、と検査の後で永琳さんの後で言われたので機能を回復するための訓練を行う事になった。最初に行われたのは立ち上がることだった。これで真っ直ぐに立てるかどうかを調べるらしい。

 

「それでは、起き上がることから始めましょうか」

今回の訓練に付き合ってくれるのは永遠亭では医者見習いの鈴仙さん。白いウサギ耳に白いシャツと紫色のブレザー、スカート。白色のハイソックスを履いている長い紫髪の女性。仰向けで布団に寝ていた僕はゆっくりと腰を曲げて起き上がることにした。

 

しかしながら、意外にも腰が固くなっているのか、起き上がるのが億劫だと感じるほどだった。永琳さんからの話だと半殺しの妖怪の背骨を移植したとか。深く理由は聞かない、とても怖いので。人間と妖怪の背骨を接合したことでその相性には誰もが疑問符を浮かべるしかない。前例がないからだ。よくやろうとしたが今は文句を言うことではない。幻想郷の裏側にあるルールと脚が使えなくなる実害を天秤にかけると圧倒的に良かったと思える。

 

「ゆっくりで大丈夫です。落ち着いて少しずつやっていきましょう」

確かに前例がないからこそ、鈴仙さんだけではなく、永琳さんも願うことしかないのだろう。だからと言って僕はこの現実に負けれる理由はない。いくら固かろうと、身体が鈍っていようと超えないといけなかった。そうしないと掴みかけた光も手から取りこぼす。そして一生届かないのであれば僕はどうしようもない、何を目標したらいいのかそれさえ見出せない。立ち上がることだけに集中した、今は。

 

「身体の調子はどうでしょうか?」

鈴仙さんは僕がいつ倒れ込んでもいいように手を差し伸べている。ただそれは甘えだと、それに頼るのは不味いと自分の中で察した。

 

いつ倒れようと私が見守ってます、と言いたそうな感じだった。それは構わない、患者を看る医者としてならば。

 

僕は両腕を使って上半身を起こしてから脚を折り曲げてその鈴仙さんの予想に反して早く起き上がらせた。脚も別におかしな点はない。あるとすれば脚の筋肉が細くなっているというところだろうか。

 

「暫く、付き添ってはくれませんか?」

 少しだけふらつく脚から僕はそのうち倒れ込むのだろうと思えた。重心が何処か違う場所にある。その均衡を保つためにはそれなりに力を込めている必要があった。

 

「無理のない範囲で大丈夫ですよ」

 

「無理をしないと届かないんですよ。色々と」

 

「医者としては止めたいですけど。うーん、迷う所ですね」

 鈴仙さんは特に僕に対して何かその時は伝える事はなかったが何かは言いたげだった。立っているのを維持しながら、僕は鈴仙さんの回答を待っていることにした。

 

 段々と脚はしっかりとしていた。その重心にも慣れてきたような気はする。平然と立っている分には特に気にする事もない。

 

「もう歩くところまでやってみましょうか」

 

「そうしますかね」

 

「私の肩に捕まっても良いですよ」

 

「それは甘えです」

 僕はそう思いながらふらふらと歩き始めることにした。布団の上から畳の上へと進む。足裏から感じる感触が変わると共に平然と歩いていた。特に鈴仙さんに頼る必要もないと思えるほど平然と歩いていられた。

 

「本当に甘えだったようですね」

 

「本当にそうなりましたね」

 

「付き添いは要りますか?」

 

「医者の判断に任せます」

 

「じゃあ、良さそうですね。しばらくはあまり体を動かさないようにしておいて下さい」

 

「そうなりますよね」

 僕は軽く笑ったところで鈴仙さんは微笑んでくれた。



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127話

 一人、帰る道は何処かさみしかった。あの後、永琳さんからは実験台とした謝礼として診療費、その他かかったものは支払わなくても良いということになった。そもそも大方は支払いが終わっていると言うことらしいが誰がそのようなことをしたのかは教えてはくれなかった。椛さんなのだろうか。そんなことを考えながら妖怪の山を登ることにした。

 

 その最中、空では飛び交う天狗たちが居たが僕には気付かなかったのか、それほど無害だと思われていたのか特に気にされることもなかった。風を斬る天狗たちはある意味、僕の日課を汚すようなもので変に乱されるのが気分が一応損なわれた。だけど、それ以上に妖怪の山では何が起こっていたのかは不思議でしかなかった。

 

「迎えに行けなくてすみませんでしたね」

 風を斬る天狗の中の一つ、白い服装の山の中では目立つような、雲のようにも見えて目立ちにくいような天狗が僕のもとに降りてきた。その人は音はほぼ無く、優しく地面に降りながら、ゆっくりと顔を上げていた。

 

「何か大変そうですからね。問題ないと思いますよ」

 

「大鯰の件でけが人が出たと言うところだけが浮き彫りになりまして、くまなく探そうと躍起になっているところです」

 そう言えば、僕もそれを探している途中だった。あの時は椛さんに永遠亭に連れて行ってもらったから良かったものの、もしかするとあそこで立てないほどの重傷を負っていたのかもしれなかった。

 

「それは川のところに罠を仕掛けていれば良さそうな気がします」

 その僕の提案には椛さんはあまり良い顔をしなかった。

 

「それは現状、難しいです。一応あそこは河童の通り道として利用されています。大鯰の脅威があるとは言えど、そこだけは種族的に必要になります。それと、もう一つ大鯰は本来あまり動かないです。なので、今は巣窟になり得そうな場所を探している最中なんです」

 

「そうなると、椛さんを含めた天狗がそれを探しているところだから、空では飛び回っているところという事ですか。罠もかけられないのではそうするしかなさそうですね」

 

「ただ、不可解な点は一つありまして、貴方が襲われている事です」

 

「それはどうして?」

 

「先ほども伝えましたがあまり動かないです。それが人を飛ばせるほどの威力を持った泳ぎをするとは思えないです。私は別に何かいるのではないか、という視野を持って探しています」

 椛さんの視線は意外にも痛かった。僕が怪我をしたことには根を持っているようで少しだけ怖かった。ある意味、僕には暫く休んでいて、みたいな事なのだろうか。

 

「ここまで来ますと自己責任なので貴方も気をつけて下さいね」

 視線はいまだに痛い、しかしそれとは裏腹に言葉は反対方向を向いていた。僕も反応には困ったのでそのまま目を丸くしてしまったらしい。

 

「一つ、言える事は急激な天候の変化によって大鯰が起きたのでしょう」

 

「今はもう眠っている可能性もありそうですね」

 

「あり得なくもない話です。私は哨戒天狗として見回るだけですが」

 

「取り敢えず今日は鈍った体を起こしてあげましょうか」

 

「あまり無理はしないでくださいよ。それと、明日は守矢神社で豊穣ノ神楽が舞われるそうなので見にいきましょう」

 

「それは何でしょうか?」

 

「守矢神社で夏の終わりに名前の通りのことを願うために行われている行事です。最近始まったので少し気になりますけどね」

 苦笑い、椛さんはその行事には賛成しているものの、歴史がない神楽はどうかという話だった。それは僕も感じていないとは言えなかった。

 

「何もかも最初は初めて、慣れないから始まりますよね」

 

「仕事が増えるから面倒なんですよ」

 椛さんの珍しいため息を吐いたところで僕とはまた別の方向へと向かっていた。僕は有言した通り、ゆっくりと身体を動かしていこうかと思う。

 

 しかし、どうしたものか。兎に角悩んでいても仕方ないのでいつもの場所へと向かうことにした。そこは山の頂上付近にあり、そこそこに木の生えている場所で人があまりやってこない。何をしていようと人様に迷惑をかけることにはならないだろう。

 

 そう思ってから今は山道を歩いて登っていくことにした。ここまで少しは早めに向かっているのでまぁまぁ身体的には疲れているがそう気になる程でもなかった。青い空に白い雲、僕は明日の朝をみた。



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128話

 豊穣ノ神楽、それは夏の終わりに守矢神社で行われる神事で少なくとも椛さんには不評というものらしい。秋の豊穣を願うと共に春の芽生えを願うらしい。何も知らない僕にはこれぐらいの事しかいう事はなかった。詰まるところ、今回は椛さんが警備するのでそのついでに来ないか、というところだろう。

 

「服は借りてきていますので来ておいてください」

 神楽を見に行くというよりかは見張りを行う朝、僕は椛さんにとある服を渡された。色合いは白い衣服でズボンは黒色、全体的に狩衣を思わせる見た目をしている。赤い山伏帽子はどうしても変わらないらしい。僕はあまり時間がないらしく、そそくさを服を着替えると椛さんに連れられて守矢神社へと向かっていくことにした。

 今日は一段と人が多いように思えた。椛さんの付き添いという程で入り込んだ神楽の舞台裏で僕は何もすることがなく、立っているしかなかった。勿論、そうなるように配置を考えたからこそ仕方がないことだが、これはこれでどうかとは思う。人の声がなければ流れのない川と同じになるだろう。

 

「そろそろ始まりますのでその場で待機でお願いします」

 舞台の裏側、僕はここで見にきた人全員に注目されながらその神楽を見ることになった。守矢神社の社の下、僕は身を屈めながら椛さんの話を聞いていた。

 

「もしもの時は貴方が前に出て下さい。剣の位置がずれているのでお気をつけて下さい」

 

「はい」

 

「間も無くなので暫し待機していましょう」

 椛さんの言う通り、何かの訪れに人は声を上げ出していた。その声には歓声のようなものが混じる。待っていたと言わんばかりの感じで正体の分からない僕にとっては何が何やら。取り敢えず今は静観していることにした。

 

 ゆっくり、ゆっくりと現れたそれは人を逆に静かにさせるほどの威力を持っていた。右手には鈴を持ち、顔の上半分を覆い隠すような布をしていて、白装束にも似た裾に赤い線を入れた服装をしている。

 

 その人は鈴を一回鳴らしてからその神楽は始まった。

 

 人は声一つをあげることなく、その神楽を見入っていた。

 

 螺旋を描くような自分の前で鈴を動かす。そこに音はなく、今の雰囲気も相まって神聖な感じを持ち始めた。

 

 そこから弧を描いて上に持ち上げて右上で鈴を鳴らす、それから角度を変えて弧を描くように振り上げ、下ろす。それをすり足で動きながら八回繰り返していた。

 

 ピタッ、と止まってからいきなり動きを見せた。くるり、と一回転、鈴を鳴らす。そこから回転を加えながら顔の前、腰の平行に伸ばした延長線上、膝上を鈴が通ってから回転を逆にして腰の辺りを通して上で鳴らした。

 

 また、ピタッと止まっていた。鈴は左下にある。そこから下から上へと弾き飛ばすように八回、斜め右上へと回転を体で作り上げてから最後に右上で鳴らして豊穣ノ神楽は終わりを迎えた。

 

 僕は感じた事がある、お父さんが使っていたものが一部にあるのではないか、と。永琳さんはよく知らなかったがここに含まれているのではないかと。僕は思った。

 

「やはり見入っていましたね」

 

「そうらしいです」

 

「別に良いですよ。これが豊穣ノ神楽で人前で行うものです。後は社の中で行われます。ここからが本番ですよ」

 

「それは護衛という事ですか?」

 

「はい、それ以外の何者でもありません」

 

「そうですよね」

 僕は椛さんの後ろをついて行って巫女の後ろについた。僕は様子を見てから右側へと移動してゆっくりと移動していく巫女の後ろを同じ速度で付いていくことにした。

 

「後で教えてあげて下さい」

 

「分かりました」

 謎の会話に答えた巫女は社の中に入るための襖を触りながら二つ返事をした。僕は何も言うことはできなかったが事何止まる事はなかった。何も起こらないわけではない。

 

「それでは対になるように座りましょうか」

 

「はい」

 椛さんとは鏡になるように同じ動き、同じ格好をして正座した。それからは目を閉じて巫女が社に入るまでの時間はそれを貫いた。

 

「暫くはここで待機です」

 

「はい」

 そして、正座で待ち続けて巫女が出てからも待機していた。巫女は来てくれた人に感謝の言葉を述べてからこの神事は終わりを迎えた。

 

その後、何回か訪れる男の姿があったとか。



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129話

 ここ暫く、晴れが続いている。心地よい明るさのある晴れではなく、曇りと感じてもあながち間違いではないという天候だった。つまり、ずっと気分の良い天気は見せてくれていない。それだからと言って僕がやる事は変わらず、していなかった分を取り戻すべく走り込んでいた。

 

 そこについては何も変わらないが、一点だけ違うところがあった。いつもより高度を低くしていた事。

 

 河原の広い此処では足場の悪い場所を走ることが出来る。いつもとは違う場所ではあるが、いつもとやる事は変わらなかった。

 

 真っ直ぐに踏み抜けないからこそ、足裏に集中を向ける。触れた時の断面を感じ取りながら、次にどこに行くのかを考える。それを走り抜けながら、段々と速度を速くしていきながら登ったり下りたりしていた。いつになったら追いつけるのかは分からないがやっている事に近道はないと思えば模索するこの時間も成長の一途を辿るとは感じている。

 

 ーーそれを何回か繰り返していたところ、人気のない妖怪の山の裏側と言うこともあり、不審者らしいのか声をかけられた。僕は特にやましい事はしていないのでそそくさと面倒ごとになる前に説明を終わらせて再開するつもりで軽く跳んで空中で姿勢を保持させながらその場で止まった。これもまた練習の賜物だとは思う。

 

 正直なところ、誰からどのような声をかけられたのかはあまり聞いていなかった。ただ、頭によぎったのは妖怪の山では警戒を厳しくしていてありとあらゆる怪しい人物に声をかけては事情を聞いていることぐらいだった。椛さんも忙しくしている以上、僕も何かしてあげたいがそれが叶わないところである。

 

「僕は走り込んでいただけですよ」

 

「それはもう知っているわよ。だからそんなに怪しまないで」

 聞いたことのある優しい声ではあった。そして、此処で出会うとすればある意味一人しかいないと思えた。

 

「雛さんでしたか。天狗の人が話しかけてきたと思いました」

 明るい緑色の髪を胸元の上の辺りで赤いリボンで結んでいる、ゴスロリ調の黒いドレスを着て茶色の長いブーツを履いている女性はその場で立っていた。手は前で組んでいて縮こまっているがそれも彼女の性格を表したものだとは思える。

 

「ううん。ちょっと興味を持って聞こえないだろうと思って話しかけてみたら、あの勢いを殺して止まったから凄く驚いたわ」

 

「いつもの鍛錬の賜物ですよ。出来るようになったのは最近なのですが」

 

「そういうものなのでしょうか。私にはとても想像が付かないです」

 

「もしかしてそれで怯えているのですか?」

 

「ううん。これは元々よ。疫病神は皆に疎まれる存在だと思っているから。けど、それも貴方には通用しないようだから」

 

「不幸や幸福は人の感じ方次第ですからね。貴女もそれは感じてませんか?」

 

「私には何も。だから沢山これからも応援してね」

 ぎこちない笑みを溢す。それでも何か引っかかっていたものが取れたような感じになっていて僕は少しだけ嬉しくなった。相変わらず腕を前で組んで静かにたたずむ姿にはその神の名残があったりするのかもしれないが。

 

「はい。僕も頑張りますから」

 

「それで貴方は何を目指してるの?」

 その質問は僕には意外と聞かれなかったような気がする。

 

「特には考えないです」

 僕にはこの程度の答えしか出せなかった。少しは考えたがそれでも溢れていく砂はすくってもすくっても止められそうになかった。

 

「考えもないのにどうして輝いて見えるのはどうしてかしら?」

 

「曖昧でどうしても言葉にならないと言いますか……。あまり言うものではないと言いますか」

 

「何か目標があれば輝いて見えるのかしら。私には理解に及ばないわ」

 

「それは自分で自分の可能性にフタをしてませんか?」

 

「そんなつもりはないけど……。でも、私もどう扱えばいいのかは分かってないわ」

 儚い夢に身を委ねるーー。それも人として、この社会を動かす一部として必要な事なのかもしれないがその姿に生命は感じれなかった。

 

「それは一人で考えて考えて、それでたどり着いた結論ですよね」

 

「誰もが匙を投げるものよ。とても一人で考えつくものでは」

 

「僕を、皆を信じてみましょう」

 

「そんなことを言われても」

 急な自信の喪失に僕は何となく気づけた。

 

「難しいですよね。これからですよ」

 

「いつも有難う。今日も、良いかしら?」

 突如として空いた隙間に雛さんはその身を入れた。言葉としての自分を二人の間に生まれた溝に流し込んだ。

 

「良いですよ」

 急な言葉とは言え、僕は拒否する気はなかった。

 

「有難う」

 

「はい」

 僕は右手を差し伸べる。それに擦り寄るように雛さんは顔を近づけて僕の目を見つめる。淡い緑色の瞳には僕の顔が映っている。少し色白い顔色にも熱は伝わっていてじんわりと右手の平から感じるそれは生きていると言うことを証明した。

 

「気持ち良いわ」

 

「良かったです」

 雛さんが僕の体の一部に触れたがる理由は露知らず、僕は人肌が触れる、それに何か意味があるのだと思う。僕の勝手な予想である以上、想像でしかないが満足そうな顔を見ているとそう思える。

 

「これ以上は迷惑よね」

 

「体が冷めると少し不味いですからね」

 

「今日は有難う。これはまた違う形で返したいけどーーもう少し待ってて」

 

「無理にはしないでくださいね。ゆっくりで良いですから」

 

「うんうん。この気持ちはいつか形にしないとまた無くしちゃう」

 

「前にも聞きましたね」

 少し前の話だった。前にも同じような感じで会った時に今と同じ悲しそうな顔でそれを雛さんの口から聞いた。あの時はあまり気にしていなかったが今はどうしても気になった。

 

「それは良いの。速くいってらっしゃい」

 

「あ、はい」

 その言葉のまま僕はもう一度走り出すことにした。



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130話

 夏も終わりを迎えて残った暑さに少し参っている頃、僕はあいも変わらず鍛錬もしていた。森の中を、脚を使ってくぐり抜けていく。その中で瞬時に回り込むためにかなり速度をつけて木の周りを回り込むこともしていた。かなり脚に負担をかけるがそれでも近づいて打ち込むためには必要になる技術になるだろう。

 

 氷のような地面から飛び跳ねる精霊のように僕は木に囲まれた森の中を走り回っていた。だが、今日は本来妖怪の山に居ないはずの日なので人里にでも行こうかと思う。特に行く理由はない。僕もあまりそのような事はしたくはないのだが、見聞を広げるためには必要そうな事なのだ。

 いつもと変わらないと言いながらも、何かは変わっていた。人の動きは遠巻きで誰かを警戒しているような動きで人の顔には死相のようなものが浮かんでいた。

 

 人の動きは獲物にされた小魚のようで追われは逃げ、逃げては追われる。掻き乱しているのが誰なのかそれは知りたかった。だけど、それを僕が今から探すにはあまりにも時間がかかりすぎる。後で椛さんに伝えてみて判断をつけてみようと思う。

 

 取り敢えず今は人里を歩いてみて何か腹ごしらえになりそうなものを探してみて少しだけ食べてみるのもありかもしれない。それとも自警隊を束ねている上白沢 慧音さんにも話を聞いてみるのも選択肢の一つとしてありなのかもしれない。

 

「来たぞ!逃げろ、逃げろ」

 

「あの……?」

 僕の投げかけた声は人の走る音と地面を踏み鳴らす音で簡単に掻き消えた。風前の灯のように脆く打ち砕かれた声の後で好戦的な声が聞こえた。

 

「私を楽しませる奴はいないのか!?」

 とても目立つ、赤い刀身をした円柱状の剣を右肩に背負い込んでいる。長さは斜めで奥行きがある分、分かりにくいがあそこから振り下ろせば地面には届くと思う。

 

 僕は取り敢えず彼処まで目立つ振る舞いをするその人を見ながら、何がしたいのかを考えていた。人を逃げ惑わせるほどの行いをしたと思われるがそれがどのようなものであるのか、気にならないわけではなかった。

 

「ん?ちょっと私と遊んでよ」

 明るい笑顔で気さくに話しかけてくる。楽しさを求めているだけであるようだが、僕には強制的にやれ、と言っているようなものであった。

 ほとんど同時刻、彼が妖怪の山を出ようと思った頃。

 

 もう一人も動き出そうとしていた。その人は白い髪と血気のない顔をしている男性でひょろりとした体型でいかにも不健康そうに見える見た目をしている。

 

 服装は前留めのボタンのついた淡い青色、水色よりかは濃いくらいの色合いで裾の広がったズボンを履いている。見た目が全てではない彼にとってはそれがどのようなものであろうと気にしなかった。

 

「もうそろそろ出掛けないか」

 

「今日はやけに行く気満々ね。どうしたのよ?」

 同居人は聞いた。彼女は人形を扱うことに長けた人物で金色の髪をしている。服装は彼と変わらないがスカートかズボンという違いはある。

 

「嫌な予感がする。確証がないのだがそう感じる」

 

「そう。それは早めに向かいましょう」

 彼女は立ち上がり、そそくさと出掛けようとした。

 

「疑ったりしないのか?」

 

「貴方のことを信じるわ。それが私の答え」

 すっぱりと答えた彼女に安心したような不安を取り除けたような表情をして彼は外に出かけたのであった。

 黒い帽子に桃の飾り付けをしている長い青髪の女性で全体的に空を思わせる色合いをしていた。脚には底の分厚い明るい茶色のブーツを履いている。

 

 その人に僕は少し距離を取りながら言う。

 

「危ないですよ」

 その人は大きく振り被って剣を僕に向けて振り下ろした。戦闘時ではないのに有無を言わせぬその行為に憤りを感じなくもないがその場は抑えることにした。

 

「剣を抜いた以上はもうやるしかないのよ」

 確かに剣は抜いた。あまりにも衝突に起こった出来事が大き過ぎたので変に反応を鈍らせてしまい、剣を抜きながら相手の力を利用して移動していた。だからと言って、彼女のように戦闘をしたいわけではなかった。

 

「それは理不尽ですよ」

 

「私のやる事には有り難みを感じなさい」

 かなり自分に対して過剰に持ち上げている姿は横暴を超えて人に迷惑をかけるほどになっていた、それも逃げ惑う小魚くらいには。

 

「そもそも誰なんですか?」

 僕は取り敢えず聞くしかなかった。

 

「私?私は比那名居 天子。天人よ」

 よくもまぁ、こんな堂々と言えたもんだ、僕はそう感じて喉まで出てきていたが更に怒らせそうなので飲み込む事にした。

 

「さぁ、崇め祀りなさい」

 天人は神だったのか、僕はそう思った。だからこそ、余計にその目に余る行為の全てには嫌な感情しか浮かんでこないのだろう。

 

「それならそう思わせるだけの風格を見せてください。小魚を追いかけるだけでは捕まえられませんよ」

 

「いいえ、捕まえられるわ。そもそも追いかけるまでもなく追いつけるから」

 そう言った彼女はその赤い刀身をした剣を振り被って僕の元へと突っ込んできた。かなり早かった、けどそれは今この瞬間の突然の出来事にそう思えるだけでもっと上は居た。

 

 さらりとかわす。

 

 脚をかけ、転ばせやすくさせたが天人は地面に手をつく真似はしなかった。

 

「そもそも追いかける人を間違えています。僕ではなく、その上の存在を欲しているのでしょう」

 

「そう言うけど貴方もあまり変わらないわよ。天人に足掛けをした罰は重いわよ」

 彼女は特に諦めるような事はしない。もし転けたのならば、この場から逃げてしまうのも手の一つではあったが考えていた事、全てを否定されてはもう何も出来なかった。

 

「無駄な戦闘は遠慮します」

 

「避けなければいいのよ」

 

「死にません?」

 

「これは切れないから問題ないわ」

 

「そこは問題ではないです」

 彼女の行動理念には何があるのかは知らないが僕に対してここまで相手にされると嫌々でも相手しないといけないらしい。それほどに追い込まれてきた。

 

「そんな細かい事はいいわ。戦いましょう、私の心を満たしてみなさい」

 なんと言う上から目線で。僕は面倒ながらも相手にはしないといけないらしい。これは逃げてもまた今度になるだけのようだ。

 

「逃げても逃げても追いかけられそうなので仕方なく相手をしましょう」

 

「そう来ないと楽しくないわ」

 自分のことしか考えていなさそうなその頭は何処かで清めた方が良さそうな気はする。

 

「楽しめるのは貴女だけです」

 またもや、火蓋は突如として落とされた。

 

 彼女のその剣が僕の元へと向かえるようにその操っている主がこちらへと向かってきた。僕は取り敢えず何も出来そうはないのでこの場で立っていた。相手からどのように来るのかはよく考えていることにした。

 

 右上からの振り下ろし。

 

 それを僕は相手の腕力を利用してわざと外側へと流し込んで、彼女の左肩を押し出すことで距離を取った。彼女もそれにはさほど動じていなかった。

 

 横薙ぎ。

 

 綺麗な直線を描いてその剣は僕の元へと向かってくる。後ろへと避けて難を逃れたがそれで本当に逃げられたのかと言われるとそうでもない。

 

 まだまだ、と意気込んでいるかのようにブンブンと剣は動いていく。それを僕は見ながら、左へ右へ後ろへ前へと逃げていく。

 

 まだ広い道とは言えど、建物に当たらないこともない。それは防いでおきたい事態ではあった。だが、相手はそのような甘い戯言はどうでもいいようで何も変わらずに振り抜いていく。それもいつまで続くのかと思ったらそう長くはなかった。

 

「いつまで逃げるつもりなのよ」

 

「貴方が僕のことを諦めるまでですかね」

 率直に思ったことを口にした。

 

「それはないでしょうね。まだ遊べそうだもの」

 彼女にとって、この戦いはそうらしい。少なくとも僕にとっては迷惑極まりない。それは周りにひっそりとしている人も心情は変わらないのだろう。

 

「遊びでやっていい事と、悪い事の区別はつきますよね?」

 

「知らないわ。私がやりたいから、それでは不満なの?」

 

「横暴な」

 ぽつり、と僕は呟いた。それにしても彼女にとってすればこれも時間を弄ばせた天人の戯れに過ぎないと考えると末恐ろしい。

 

「私がやりたい事をやっているだけだわ。近くにもそんな人は居るでしょう」

 僕は反論は出来なかった。お父さん、あの存在はどうやっても切り離せそうにない。

 

「居ますね。ただ、あの人は人の事は考えてます。人のためを思って自分勝手な行動を起こしています」

 

「矛盾してるじゃない」

 

「いいえ、間違ってないです。自分なりの行動を起こしたことで多くの人が救われたと思います。まず、貴女と比べること事態、僕は許せません」

 

「言うじゃない。ちょっと楽しくなってきたわよ」

 あの人は尊敬はしているが、ある意味では嫌いでもある。自分で言った言葉にそれが含まれているのはよく分かった。

 

「早く元居た場所に帰ってください。それともここでもう一人連れてきてもいいですよ」

 

「早く連れてくる事をお勧めするわ」

 

「その人には迷惑をかけましたから。それ以上に僕の成長を願っているでしょうから」

 その人からは多くのことを学んだ。基本的な剣術の数々、食事の作り方に哨戒の任務の片端を見せてくれた。返せるものは今はなくても返したいとは思う。

 

「ここからは私も貴方をねじ伏せるために動いてみようかしら」

 

「それはご勝手に。人生最大の絶望に勝てるといいですが」

 

「余計に興味を引かせただけよ。楽しそうじゃない」

 その人にとって、僕との戦闘は何を意味するのか。それは考えても仕方がないところだろう。

 

 順手に構え直した僕の剣に合わせるように相手の剣は来る。いや、逆に合わせたと言うのが正しいかもしれない。

 

 いつもなら横に逃げるところも今は建物への被害を防ぐために真後ろへと逃げた。

 

 それも理解されていた。大きく動き過ぎたようで半月を描くように相手の頭上を通り越して地面へと振り下ろした。それでも僕は地面を削りながら滑り込むように下を通って受け身をとり、体を捻らせる。

 

 綺麗な三日月を描くように水平面上にその形が現れた。僕は身を低くして避け、柄頭で素早く突いた。鳩尾を狙ったが沈みこむような事はなかった。鋼鉄のように固く、倒れ込むような事はなかった。それどころか、軽々しく受け流されていたようで次の一撃が待っていた。

 

 氷を叩き割ったように地面は土埃を上げた。

 

 その土煙で視界は悪い。

 

 そんな中で僕は相手の動きで風を扱う事で読み取ろうとした。単純な動きであるが油断したりすると軽い一撃で仕留められそうな威力、そしてあの厄介な耐久力。まさか一切効かないとは思わなかった。

 

「弱い攻撃は天人である私には効かないわよ」

 

「そのようですね」

 そう言いつつ、この人を追い払う方法を考えていた。この傍若無人でやりたい放題な人は早めにご退場お願いたい。しかし、そうするには何か帰らせる理由か力尽くで押し返すしかなさそうだ。

 

 そうやって考えている暇さえあるにはあれど、そう長い時間でもない。動きを止めていればそこを狙われる。

 

 相手の剣は地面を抉りながら真上を指すように振り上げられた。何か波のようなそんな縦方向の線がこちらへと向かっている。

 

 ーー受け止めると言うわけではないが後ろのことを考えると軽く威力を緩和させておきたかった。だからこそ、軽く剣の刀身を当てながら下方向に流し込む『七ノ技 疾流し』。

 

 地面に潜り込むそれを横目に僕は前に進んだ。どうにかこうする真の理由を話してくれるまではこうして時間を稼いでみようと思う。

 

 それ以外に方法はないと言うわけではない。それでも、相手にも何かあるとは思う。それを見過ごす事はしたくない。

 

「やっとやる気になったようね」

 

「そうしておきましょう」

 剣を振り、切り込む。

 

 相手はそれを防ごうと同じく剣を振るう。

 

 相手の剣が自分の剣に当たる瞬間に風を上の方向へと思い切り小さい範囲で引き起こす。当たる直前、自分の手に相手の力に負けないように力を込めない内に跳ね上げる。空いた隙間、そこに左手で引き抜いた剣を横方向に振り抜けさせる。効かないと、分かってはいるが届かないというわけではない。

 

 抑えるためではなく、倒すためのもの、少しは効いたと思う。反撃が来る前に僕は間合いの外に出た。

 

 当てた片腹を意外そうな顔をしながら抑えていた相手はこちらを向きながら何かをした。わざと空けていたと思われる左腕を軽く振る。

 

 何処からともなく現れた先の尖ったしめ縄の付いている石が一直線に向かってきていた。僕にはどうにか出来るのかは分からない石、このまま見過ごすのも癪だが、だからと言って避けるしかなさそうなもの。結局のところ、僕は軽く剣を触れるだけで下を通り抜けた。

 

 そして立ち上がる。両腕に持っている剣を相手に向けておく。後ろでは石のおかげで地面が抉れたので何かしら影響は出ていると思う。そして軽く触れた時、あの石は直撃すれば一溜りもないが止められないわけではない。そう感じたがそこに気を取られていては相手の思うツボと言うものだろう。安易に受け止めてはいられそうにない。

 

「今、投げたのは要石。私だけが使える能力よ。今生で見れたことに感謝すると良いわ」

 どの口がそれを言うのかはさておき、相手にとってこの戦いとは何なのだろうか、それは未だ見えてこない。興味本位で喧嘩をふっかけているようだが、本当にそれだけなのだろうか。もう少しだけ時間を稼ぐ必要がありそうだ。



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地霊温泉珍道中
131話


 今のところ、取り急いで行う用事は特にない。でも、この足は前にも感じた事のある悪寒からか凄く急いでいる。隣で俺についてくる人もとても大変ではある。

 

 魔法の森からは随分と進んできたように感じるがまだ開けた場所には出ていない。走れたら良かったのだが、それは少し叶いそうにない。

 

「申し訳ない。どうにも足を止められそうにない」

 

「……良いのよ。……気になるのでしょう」

 前にも手紙を書いてもらったことはある。その時は手当たり次第に遅れそうなところへと似た内容の手紙を送る手筈を整えてもらった。紅魔館や人里、後は博麗神社に、だが一向に返事は返ってこない。それはつまり、届いていないことを意味していた。それとも無視をされているのだろうか、それは彼奴の性格的にあり得ないのだろう。

 

「少し話は変わるのだが、疲れてはいないか?」

 

「本当はね。でも、私にはそうやって誰かを思うなんて出来ないから。少し見習いたいの」

 彼女は俺が感じるほどに息を切らしている。それを聞いているだけでも自分の行いに対する罪悪感に苛まれる。

 

「だからと言って、巻き込みたいとは思わない。無理だと感じたら一言だけ言ってくれ。俺だけでも彼奴の顔は拝む」

 

「私も意地はあるわ。こんなところで諦めるわけにはいかないでしょう」

 

「俺もそれは知らないわけではない」

 

「な、何よ!?」

 

「俺は急ぎたい、そして意地を張る相手がいる。お互いの利益になる行動をしただけだ」

 

「だからって、こんな。降ろしなさいよ」

 

「俺にだって意地はある。どちらが折れないとことは進まん」

 

「だからって、恥ずかしいわよ」

 

「それなら背中に移動しておけ。それなら幾分かマシになるだろう」

 

「……うん」

 彼女が折れた事で俺は更に移動する速度を上げることになった。今のところ、引っかかる問題は一つしかない。彼女には少しだけ我慢をしてもらうことにしよう。

 

「後で埋め合わせはする。今は耐えてくれ」

 

「……うん」

 一言、謝罪だけしたが余計に怒らせる結果となった。俺にはよく分からない。

 人はまばらながら、居る。それは恐らく不安から来る傍観だとは思うがそれでもいつ危害が及ぶかは分かったものではない。だからこそ、抑えられる限りはそうするつもりだ。

 

「兎も角、アンタは私を楽しませない。天界はとてもつまらないのよ」

 

「自由ですね。天人なんてそんなものですか?」

 

「いいえ。歌って踊ってばかり。そんなものに自由なんてものはないわ」

 

「そんなものなんですね」

 

「ええ。だからここで自由にやらせてもらっているのよ」

 

「上に立つ者は下にいる者を納得させるだけの品格が必要ですよ」

 

「だから何?私は天人だけど一緒にされるのは嫌よ」

 

「そこは僕には理解出来ないところですが、誇り高い人のようですね」

 

「その評価の仕方は珍しいわね。まぁ、良いわ。もう少し付き合いなさい」

 

「人様に迷惑をかけない程度でお願いします」

 

「そんなものは知らないわ」

 相手は自分の剣の間合いに僕を入れるように動き出した。向こうの方が間合いが長いので僕は迎撃の態勢をつくりあげる。向こうもここまでされては何らかの対策を講じるだろうとそれは予想していた。

 

 要石。

 

 真っ直ぐに飛ばして視界を防いでいた。それに伴って風の力も要石の回転と存在に吸われる。これでは相手が何をしてくるのかはよく分からなくなっていた。偶々なのか、気付かれているのかはまだ判断できないが自分のできる限りのことをしてみようとは思う。

 

 要石の回転を止め、少し上へと打ち上げ、自重で地面に突き刺さるように仕向け、その左側へと脚を進める。そこから一気に前進、要石を通り越して……。

 

 上。

 

 上から落としてきたのは要石。それも三つ同時。あの会話の最中に僕の反応できる範囲外に置かれていたらしい。とてもではないが僕もこれには相手に対して何かするよりも避けるという判断しかしなかった。

 

 土煙は簡単に立ち込め、辺りの視界を軽く遮る。もしこれが家屋や人の上に落とされるとなるとその時はどうにか出来るのか、それは不安でしかなかった。

 

 相手はまだ動いていない。

 

 先手必勝。

 

 僕は剣に風を纏わせて土煙の向こう側にいるはずの相手に対して攻撃手段を講じることにした。

 

 溜め込む。

 

 そして、前へと一本の光を与えるように切っ先を相手に向けて押し出した『二ノ技 風凸』。

 

 土煙を晴らすのではなく、逆に利用した。視界が通らないからこそ、一本の小さな一撃が効くと思った。相手に気付かれていなければではあるが。後は待つしか出来そうになかった。

 

「逃げた……?」

 そんな訳はないとそれは頭で理解している。ただ、あまりにも反応がないのだ。何をしようにも何もやることが無い。ただただ時間が過ぎる。その時間はある意味では恐怖でしかなかった。何をしてくるのか、それは知るにはまだ早い。

 

「いいえ。そんな訳ないでしょう」

 聞き覚えのある声。高らかで何もかもを上から見るそんな声。

 

 一瞬の出来事ではあった。大量の、数えるのも一苦労だと思われる量の要石を空中から地上へと撃ち下ろしてくる。まるで雨だった。それも強い雨、人を押しつぶすような量の。計り知れないもの。

 

 僕は一瞬だけ思考が停止した。この数を何とかしたいと思う。それをするための行動は白紙であった。天候は人の力では何ともならない。神に祈るしか道はないのだろうか。もう祈るしかない、人命を尽くしたら。神に。

 

 僕は一気に大量の風を剣に纏わせることにした。そして、基本的なものである地歩、僕が空中で同じことをやろうと勝手に作り出した空歩を作用させながら自分の身の回りに剣を纏わせた。そして、後はその場で舞い切るしかなかった。それがどうにかなると信じて僕は自分の身を左右上下に振り回した『九ノ技 竜舞鎌鼬』。

 

 地面から飛び上がり、要石の回転を止めつつ、無力したところで場所を比較的安全なところへと落とす。その中で相手の攻撃を対処をしていた。

 

 右下から振り上げる。それを感じながら左腕で地面に着地して肘を曲げながら相手から遠ざかるようにして跳ね、再度放つ。まだ、数としては半分にもなっていない。

 

「どうしてそんな無駄なことをしてるの?」

 僕には答える言葉は出せなかった。そんな余裕はない。やった事がないことにやれない事が重なった。

 

「そんな雑魚、放っておけば良いのよ。私たちの戦闘には全く関係ないわ」

 それにも僕は答えない。変に黙りたくなった。この人の考えに賛同は出来なかった。協力してもらってこその強者だ。無意味に破壊を繰り返すだけならそれは力に振り回されているだけなんだと思う。

 

 その中で僕は上空から降り注ぐ要石の回転を無力化し、今居る街道の縁の方へ落としていく。多少だが、屋根が削れたかもしれないがまるで使い物にならないということはないと思いたい。それほど数と大きさは段違いだった。

 

 非力だ。この戦闘で勝てないとその先が続かない。型が違うから負けたのは言い訳でしかない。

 

 どんな戦いであろうと捌き、自分の力を示す。そうだろう。自分に言い聞かせた。

 

 何の為の日々の訓練なのか、と。今まで何をしていたのか、と。一人の人間としてこの場で出来ることは何なのだろうか、と。

 

「こんな命いつでも誰にでも消せるわよ」

 僕は全てを捌いて地面にたどり着いてから彼女は一言そういった。今なら、口を開く事ができる。

 

「それを守るのが強者の為す事です。貴女のような暴虐な方から守るのが今の僕にできる事です」

 

「アンタ、私に勝てると言いたいの?」

 

「いいえ、別にそう言いたいわけではないです」

 

「じゃあ、何よ?」

 

「本物は存在で強さを示す。貴女は行動で示す。まだまだ手の届く範囲という事です」

 

「あ、そう。なら私も応えてあげる。広くしましょう」

 彼女は確かにそう言った。その直後、轟音と共に要石は動き出した。地面からは土煙が立ち込め、石の前には土の塊が溜まっていく。そして、木材もメシメシと音を立てながらゆっくり、ゆっくりと削れていく。その様子を見るしか出来なかった。何処か数カ所を同時に止めようとも残りの何十数箇所が動き続ける。止めればそれ以外は止められない。

 

 要石に押されつつある家屋は未だにメシメシと音を立てていた。だが、僕にはどうにか止める方法はない。それでも耐えていた。本人に攻撃を与えてもいい。ただ、そうすれば周りの人間の生活はどうなる?

 

 逆に食い止めようとすればどうする。要石はさらに強い力で皆の生活を破壊するのだろうか?

 

 あの人の性格は自分さえ良ければ問題ないとそう言うつもりなのだろうか。

 

「ふざけるなよ。」

 僕でも驚いている。ここまで止まらないと思ったのは、怒りが。その手に宿る力も早く剣を振りたくて仕方ないらしい。僕はそれを自我を持って食い止めるしかなさそうだ。



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132話

 人里に入って暫くは経った。流れてくる人は俺たちとは反対の方向へと逃げていく。そして何処からともなく出ている音はとても不快でまるで世界が終わると思われる予兆かと感じる。空も少しだけ暗くなっているような気はした。

 

 更に先ほどの岩は何だったのだろうか?大量の岩が空に現れては方向を変えて落ちていった。それからだった。

 

 野次馬はいないわけではない、と思う。それでもあの状況で見ているのは相当な胆力の持ち主なのだろう。それとも前にも会ったことのある自警隊と言うものだろうか。

 

「あの、もうそろそろ降ろして欲しいんだけど」

 

「あ、あぁ、申し訳ない」

 

「人の目に見られたらどうするのよ」

 

「二人の仲がいいのが証明されるだろう」

 

「冗談は辞めなさい」

 

「二人で人形劇をやっているのは事実だろう」

 そう言いながらも俺は降ろすことにした。彼女には酷になりそうだった。

 

「それはそうだけど、ね。とりあえず向かいましょう」

 

「そうだな」

 嫌な気はしている。そうなのだが、それほど感じた時よりも強く、嫌な感じはしていない。何処かで気にしていないとそう思える。

 

「それで何処なの?」

 

「正直分からん」

 

「私が人形を操るから、少し待ってなさい」

 仕方なさそうに彼女は俺にそう告げる。

 

「手を煩わせてしまった」

 

「それは良いの」

 そう怒りっぽく答えた彼女も本当の意味ではなさそうに思える。俺はそれ以上の言葉はかけなかった。

 

 場所さえ伝わればそこへ向かうつもりだ。取り敢えず今は返答を待つ時間を過ごすだけだろうか。

 ジリジリと家屋が、これまで平穏に生きていた日々が失われ、壊れていく。その様子を僕は見ていられなかった。激しい炎に巻かれているような熱が体の中から外側へと抜け出そうとしている。だからと言って、僕はその力を全て出し切ればいいわけでもない。ほんの少しだけ疑惑はある。

 

「さぁ、どうするのよ⁉︎アンタの判断によってはもっと酷くなるわよ」

 

「ふざけるなよ」

 

「ん、何?」

 

「……ふざけるなよ!」

 僕はこの時には既に脚が地面を蹴り出していた。空中に浮かぶ僕の身体は次の着地を待っていた。

 

 無意識に感じる身体能力の増大も激情に駆られるこの身体も少しだけ待っては欲しかった。止める人がいない、このまま沈み込めば誰も止められなくなる。それだけは避けたい。

 

「やっとやる気になったのね」

 彼女も僕の行動を見て、満足をしたようだった。しかし、それはどちらかと言えば起こしてはいけないもので自分の体とは言え、僕では抑え込めなかった。

 

 出せれば、負ける事はない。だが、自分の意とは反するのでどのようになるのかは本当の意味で分かってこない。

 

 彼女を振り回す剣を僕は受け止めた。右斜上から来る、それを回り込みながら日本の剣で止め、横を通り抜ける。壊れていく家屋とは垂直の位置にならないように移動しておく。

 

 振り下ろしたところから水平に振る。

 

 僕に向けて本格的に戦闘へと入り込んだ彼女の剣はそれなりに鋭かった。

 

 足裏で地面を噛みしめ、ぐるりと回転をしながらその身を低くした。そして、後ろに飛び去る。未だ平常は保っているがそれがいつ決壊するのかはどうにも決められない。相手はそんな事は構う事はなくその身に持つ剣を振る。

 

 僕にとっては捌けない程ではないが攻撃に転じることもできない。そんな感じでどこまで近づけば良いのか、どこまでその身を振り回せば良いのか、それは見極めていた。

 

「どんどん行くわよ」

 彼女にとって、僕との戦闘はやはり遊びの領域からは出ないらしい。僕からすれば、これはもうそういう場所ではない。

 

 真正面から振り下ろす一撃を僕は右脚で弾いた。剣の横から、あの幅を蹴り飛ばす。これはお父さんがやっていたものだ。そして右脚が着地をする前に振り上げる。同じ脚で前に失敗したところを蹴り飛ばす。

 

 刺すようなものではなく、面で押すような感覚に切り替えたことで相手の体勢を崩す事にした。それは功を奏したらしい。其処から前へと走り出す前に自分で止めた。そうしないと止められそうにない。

 

「もっと来なさいよ。楽しくないじゃない」

 

「もう楽しめそうにありませんよ」

 

「どうしてよ?」

 

「他の関係のない人を巻き込んだ。それはもう遊びではなくなりますよ」

 

「そんなのは関係ないでしょ」

 

「取り敢えず、意見は相反しているので口では解決できそうにないです」

 

「なら、これで勝負をつけるしかないじゃない」

 

「嫌です。木は人を守るためにこの剣を振るいます。復讐のための、誰かに危害を加えるためにこの剣は振るいません」

 

「なら、良いわよ」

 彼女は赤い刀身の剣を地面に突き刺して、自分の身の前で腕を交差させてから思い切り外側へと押し出した。

 

 置かれ、止まっていた要石は再び動き出す。

 

 再びあの轟音が鳴り響く。あの時よりも遠くまで聞こえてきそうな音で家屋が壊れていく。いとも簡単に壊れていく大量の人々の生活、僕にはもう止められなかった。

 

「く、くぅー」

 歯を噛みしめ、声を出して出ていかないように我慢した。

 

「どうよ、これで少しはやる気になったかしら」

 

「良い加減にーー。」

 

「まぁ、待て」

その声は確かに聞いたことのある声で、かすかに懐かしいと思える。この人になら、任せられる。

 青いドレスの服装をした金色の髪の人形が三体返ってきた。彼女曰く、大体の目星はついたようでそれを教えてくれるらしい。

 

「人里の中央寄りの北側で騒ぎはあるわ。そこに行ってみましょうか」

 

「そうだな」

 俺としては彼女に全てを任せている以上、嘘だろうとその言葉を信じる必要はある。少なくともそのような事はないと思っている。

 

「何も起こらないなんて思わないけど、貴方はどうするつもりよ」

 

「もし、助けが必要なら加勢する」

 

「怪我はしないようにね。いろいろと困るから」

 

「分かってはいる。だが、どうなるかはまだ見えてこない」

 

「とにかく、早めに向かいましょう。何があるかは確認しておきましょうよ」

 

「そうだな。それにしても心配にはならないのか?」

 

「信頼してるもの」

 

「そう、か」

 彼女の顔は今の間は見れなかった。変に気恥ずかしい。兎に角人里の中央寄りの北側に向かい、先ほどの空中に浮かんでいた石や謎の轟音には注意して進んでいく事にした。彼女には引き続き人形を使って情報収集をしてもらいつつ、俺が逃げ惑う人々の合間を通り抜けて道を切り開いていく事にした。

 

 ーーそう走り出して大体の位置まで走ってきた。後ろには彼女が居て、目の前には友人が居た。周りは空中に浮かんでいた石があって家屋を程々に壊していた。そして友人は自分の怒りを抑えながら、相手を傷つけまいと動いている。俺はそれを静観しているつもりだった。

 

 だが、そうも言っていられない。青い髪の女性が腕を開いた時に横に置かれていた石が動き出した。近くということもあり、耳に響くような音がしていた。

 

「きゃっ!」

 彼女は耳を塞いで突然の事に少なからず驚いていた。この数だ、そしてこの音。いくらいつも冷静とは言え、こうもなるのかもしれない。俺は近くに行って、寄り添ってあげる事にした。

 

 その間、友人に近づく手立てを探していた。彼女にはとても悪いがここからも仕事はありそうだった。音が収まってから彼女に聞いた。

 

「少し頼みたい事がある。良いか?」

 

「何よ?」

 

「人を近づけないようにして欲しい、大至急だ」

 

「あまり時間がないの?」

 

「そうだ。後、お前はここから離れた位置にいてくれ。彼奴にもそっちの方が良い」

 

「どういう意味?」

 

「答えている暇はない」

 

「く、くぅー」

 友人はあの状態で無我になるのを抑えている。だが、あれがいつまで続けられるかは俺にも理解の範疇にはない。

 

「何よ?何か話してよ」

 

「早く、何処かに」

 

「どうよ、これで少しはやる気になったかしら」

 誇らしげな声で答える女性。とんでもないもので神経を逆撫にするその感覚はどうにも理解は出来ない。俺だって流石に手を加えてやりたいがそれは自分がやる事ではない。

 

「良い加減にーー。」

 友人とて、そうなる。それでも溜め込んで、溜め込んで苦しそうにしているその姿を見て俺は協力くらいはしてやろうと思った。

 

 彼女にはとても悪いが軽く突き飛ばした、転ばない程度であるが彼女にはとても理解できないものだった。言葉をかける暇もない。

 

「まぁ、待て」

 俺は友人の肩を掴んでおいた。これ以上何も壊させない、そう思いながら。



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133話

 少年は問う。

 

 何をしていたのか、と。

 

 彼女は答える。

 

 此奴と遊んでいた。アンタには関係ない、と。

 

 少年は再び問う。

 

 どうして家屋を壊してまで此奴と戦う必要があった、と。

 

 彼女は答える。

 

 そんなのアンタには関係ない、と。

 

 別に俺はその事については気にしていない。ただ、やった事に関してはとても許せるものではなかった。それだけは伝えておきたい。

 

「国を愛し、民草の安寧な日々を願った一国の王子にこの行為は逆鱗の中でも一番触れてはいけない場所を殴ったようなものだ」

 

「私は天人よ。歯向かうつもり?」

 

「此奴の信念を崩した奴は神だろうが戦うつもりだ」

 

「じゃあ、此奴の代わりにアンタが私の相手をしてくれるの?」

 

「いいや。その必要はない」

 

「避けてばっかで楽しくないから、もう良いわよ」

 俺は彼女の発言を無視した。友人を道具扱いにも等しいように聞こえる言葉を発した事で俺も少しばかりか気分が晴れた。仲裁のつもりで入ったが俺も少しは協力してやる事にした。

 

「俺に任せろ」

 

「後は頼みました」

 俺はその言葉を聞いて後ろに下がる。後は友人に任せて俺は徹底的に補助に尽力するつもりだ。

 少年は静かに剣を納めた。戦闘はする、そのはずなのに、其処に殺気はない。静かに、とただ静かに其処にたたずむ姿は大木であり、ずっしりと根を構えていた。

 

 一呼吸、置いた後で少年は一歩ずつ歩き出した。その速度は亀といい勝負が出来そうな程で誰もが抜かせそうなそんな速度。

 

「こんなに当てやすくするなんて何考えているのよ?」

 彼女は何も知らない。普段怒らない人が怒る、ということを。人が何かを守る時に発揮するその底力を。何より、彼の実力を。

 

 要石を何の捻くれもなく投げつけた彼女はそれだけで勝負を決した、とそう思えるほど余裕の高笑いをしようとしていた。

 

 当たる。

 

 その瞬間に要石は地面に突き刺さった。一瞬の出来事で彼女には何が起こったのか、その表情を大きく崩す程度には理解出来ていなかった。神や仏、自分よりも地位の高い人物でも誰がここまでやれると想像出来ただろうか。

 

 彼女は自分のの能力を遺憾なく発揮して少年を追い詰めようとする。前方広範囲から無差別に落とし込む無慈悲な連撃に地面から音が鳴り、辺りは土煙で目では様子が伺えなかった。それだからこそ、彼女は漸く悪夢から醒めたと思えた。そこから音はない。誰かが居るという感覚もない。

 

「アヤマレ」

 

「何?」

 

「アヤマレ」

 

「誰よ?」

 

「アヤマレ!」

 その声に抑揚はない。そして声も低く、かすれるような声でそれは悪役の親玉を思わせる。

 

「だから何?誰なのよ?」

 彼女も突然の声に戸惑っていた。そんな矢先、彼女目掛けて要石が飛ばされる。先の尖った大きな石でしめ縄が取り付けられた神聖なものだと思われるそれは彼女にとっては何でもないもの、そのはずなのにとてもそうだとは言えそうになかった。慌ててそれを能力で消す。

 

 そこから現れたのは少年だった。黒い髪、そして腰には二本の剣。体躯は彼女とそう変わりはしない。しかし、大きく見えた。自分よりも幾分か、何倍も大きく見えた。

 

 そんな存在からの左脚の回し蹴り。下へと沈み込ませるように放たれたそれを避ける手段はなかった。要石に身を隠し、取り除いた瞬間には彼が居て、視認した時にはもう既に当たっている。そして、気がついた時には後ろから蹴り上げられていた。

 

 おかげで倒れるようなことはなかった。彼女にとってそれが一番気になるようなところであった。

 

「ワビロ」

 

「そんな事するわけないじゃない」

 

「ワビロ」

 

「だから、私が何をしたのよ?」

 

「ヒトビトノアンネイヲ」

 少年はゆらり、と彼女の前に現れる。その様子には殺気も闘うという気迫も何もない。しかし、そこに居たのは目の前の敵をどうにかしようとしている優しい雰囲気を持つ少年だった。

 

「クズシタツミヲツグナエ」

 

「良いわ。こうでもないと楽しくなさそうだもの」

 

「ツグナエ」

 少年はその場から歩き出した。彼女もそれは視認していた。そのはずなのに、近づかれるのは一瞬だった。

 

 はっ、として後ろを向いた時、彼女は自分の右脚が後ろから跳ね上げられていた。突如の事に力は入らず、簡単に後ろへと倒れ込んだ。其処に少年は追撃を加える。踏みつけるような一撃を彼女へと与える。

 

 少年の左脚が地面に着いた時、彼女は吹き飛ばされて半身程、地面を滑っていた。

 

 少年は左脚を自分の身に戻しながら、その場で垂直にその身を伸ばした。そして相手の方を向く。

 

「ウバッタモノヲカエセ」

 

「いったいわね!」

 

「ヒトノセイカツヲオビヤカスナ」

 

「頭に来た。本気でやるわ」

 彼女も立ち上がる。ここからは本当の意味での戦闘になるのだろう。彼女の闘うという意思はそれなりにあった。しかし、それを受け取るにはあまりにも少年が何の気も浮かばせていなかった。

 

 静かに佇む。

 

 静かに相手の目を見据える。

 

 静かに相手の動きを予想する。

 

 静かに相手に近づき、相手の動揺を誘う。右腕から振るい出した剣を左脚のかかとで側面から叩き飛ばす。

 

 そこから戻し、下腹部と太腿を足裏で蹴る。それから両腕で力を溜めて何かを吐き出すように両手で同じ場所を押して突き飛ばした。

 

 彼女もそれだけでは諦めなかった。落としかけた剣を再び握り、少年に斬りかかる。それと同時に側面から要石を出現させる。

 

 少年は相手にもしなかった。

 

 左腕を振り下ろし、要石を地面に突き刺す。それから相手の手を掴んで軽々しく受け止めた。これ以上はこちらには来ない、それはある意味静かに命を削ろうとしていると思われる。

 

「ナニガタメニソノケンヲフルウ」

 少年は剣を持つ相手の手を全て止めていた。この言葉に疑問符はない。押し付けるような威圧感のあるそれには感情は込められていない。冷たい言葉で彩られた少年の話し方に彼女はその身を燃やす。

 

「私は私のやりたいようにやる。自分の生活を守るために働くのとそう変わりはしないわ」

 

「ソレガダレカノメイワクニナロウトモカ」

 

「それは仕方のない損害よ。気にするだけ無駄」

 

「ソウカ」

 少年にとってその言葉が最後になった。リミッターとして働いていた自我が外れた。

 

 唾を右手の親指で弾いた。

 

 それから地面を少しだけ削り、横向きに滑らせると両足裏で地面を蹴り出した。

 

 彼女はその身の危険が迫っていることに要石で対抗しようとした。自分の前に出し、必死の思いで防ごうとした。

 

 抜刀。

 

 その時には要石は真っ二つに割れていた。石の力もそう通用しないということを意味していた。

 

 切れた裂け目から覗かせた少年の目は確かに殺気に満ちていた。脳に直接訴えてくるような真っ直ぐな眼差し。心臓が締め付けられるように痛くなりそうな程だった。

 

 そして少年は静かに剣を鞘に納める。音はない。

 

 二人の間の距離は何方かが剣を振れば簡単に当たる距離。そうなのだが、片方からすればその距離は途方もない距離であった。その場でずっしりと構えている。

 

 腕はたらん、と吊り下げられ顔は相手を見ている。そして、動きを見せずに腰を少し低くしているその姿。正にいつでも切れることを予感させる。

 

「ツグナエ」

 グン、とくるその声。

 

「アヤマレ。ワビロ」

 怒りという感情に全てを任せている声。

 

「ダレカノセイカツヲフミニジルナ」

 その時には相手が剣を振り始めていた。

 

 親指が唾を弾く。

 

 刹那、相手の剣はその空間から消し去られた。そして鯉口に当てられた峰が擦れば音を出している。

 

 いつ抜いたのか、それも相手には分かっていなかった。

 

 自分が振った、その瞬間に剣はその人から見て左方へと飛び出した。

 

 目を丸くして、相手はその場から動けなかった。

 

 また、唾は跳ね上がる。

 

 その時には天を仰いでいた。

 

 相手はその視界の変容に時間的に置いていかれていた。目を閉じたり、開けたりして現実であることを確かめた。言葉も出せず、その場から動く気力も根こそぎ奪われて人形のようになっていた。

 

「ソノイノチデタスケロ」

 少し上の方から声はしていた。掠れた優しい声で言葉を放つ。

 

「ソノイノチデツグナエ」

 鯉口と唾が強く当たる。それを見ていて何も感じないわけではなかったらしい相手はその場から動けずとも逃げ出そうとしていた。

 

「リカイシタカ」

 彼女は頭を縦に振った。それは本当の意味で命乞いをしていた。言葉は使えない、呂律の回せない状況でできる意思表示は体を使ってやることしかなかった。

 

「ツギハ、ツギハ」

 壊れた人形、標的を失った自我のない狂気は次の相手を探して彷徨う。

 

 彷徨う。



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134話

 ゆらり、ゆらりと少年は歩く。その友人は背中に備え付けていた大剣を振るう。そして後ろで静かにしていた剣を八本抜き取る。それらは抜かれてから自我があるように友人の周りで相手に刃を向けている。いつもなら見慣れた景色、平穏の延長線上であるはずが今回は様相がかなり違う。鬼気迫る雰囲気に周りには着いてこれる者はない。

 やはりかーー。

 

 俺はそう思った。途中、急に殺気を出した時点で気付いてはいたが最後まで見ているのが賢明だとそう感じていた。

 

 ーーだが、それは違った。上手く自我を取り戻せずに闘いながら此方へと向かってくる。その様子を眺めながら、俺は既に剣を抜いていた。

 

 アリスの人形を操っている糸を応用して柄の部分に組み込むことで同じように扱えるようになった。それだけではない。そこから八本に増やして純粋に手数を増やすことで何人でもどのように動こうとも対応する力を手に入れたと感じている。何より、動きの速いやつを捉えるには目の数が多く必要になる。

 

「覚えているか?お前が俺の事を助けたあの時を」

 俺は目の前からゆっくり歩いていくるそいつに聞いた。昔、そいつがやった事について俺は忘れられそうになかったが本人は覚えているのだろうか。

 

 そいつは拒否を示すように速度を早めて、俺の元へと刃を振るう。かなり早かった。そして重たい。

 

 一本では弾かれて威力を減衰させることが精一杯でそれ以上の成果を見込めなかった。あともう一本必要そうだ。

 

 だが、そこで其奴が終わるとは全く考えていない。振り下げた刃が上へと向かう。大剣を振るおうとしたところで其奴は気軽に場所を変えた。やはり速い。

 

 後ろの剣が反応したので事なきを得たが俺はもしかしたら危なかったのかもしれない。

 

「あの時、お前がしてくれた事を」

 これは違う形で示してくれた。それは今は彼方の方へと飛んでいったのかもしれない。

 

 八本の剣を自分の周りに配置して高速で回す。乱立的に回り続ける螺旋に触れさせる事もしない。

 まだあの時は俺が王子として認められていなかった時、其奴のいる国を歩いていた時だ。

 

 其奴の国は復興してからあまり時間も経っていなかった事もあって、混乱はしていた。つまるところ、治安が悪いと言われると否定できない状況ではあったがこの時までは俺もそこまで悪いとは思っていなかった。

 

 俺はその時、友人と歩いていた。親達が会合をしている間、子供は退屈するだろうとの事で俺は街を案内させられる事になった。護衛というものはなく、新しく国として作り上げられてから日が浅い事もあり、反発されるところはあった。しかし、折角の機会なのでということで街案内は行われた。

 

「あまり発展はしていないのだな」

 

「色々と手が付かないらしいです」

 友人は軽く答えた。今思うと少し酷だったのかもしれない。

 

「それにしても石の道がないとは如何なんだろうか」

 

「そのままにしておきたいらしいですよ。お父さんが軽く話してくれました」

 

「その理由は聞いたのか」

 

「あんまり覚えてないです。話してくれましたが僕には分からなかったんです」

 俺としては早く整備をしてしまえば良いのにとは思ったがそれはその当時は口にはしなかった。地位と役割の違いは確かにあった。それは理解していたので俺は何も言えなかった。

 

「ここら辺は市場です」

 市場、と言っても賑わいのある感じはなく、質素なもので人がいるというよりかは品物が多い行商人が荷物を軽くするために売り捌いているように見える。

 

「あまり賑わっている感じはないな」

 

「通り道で荷物をなくしたりするだけなので。そちら程は多くないと思います」

 

「そうなのか。なんか、悪かった」

 

「仕方ないですよ。此処も其方の国の一部ではありますから」

 という割には二人の関係は対等なもので気軽く話していて息子の方もそれなりに親交のある感じは違和感しか覚えない。だが、聞いた事はある、打ち負かした人が此処にいると。お互いの実力を認めているからこそこのような普通とは異なる形になっている事を。

 

「もしかしたら其方では見つからない品物もあるかもしれません。見てみましょうか?」

 

「そうしよう」

 今日のところはそうやって過ごす事にしよう。子どもの遊びに大人が入られては困る。

 

 暫くの間、俺と友人は市場を歩いていた。物価は一律であるがあったりなかったりする品物はある。こう見ると新しい発見があるようで楽しいものではあった。寂れた雰囲気はあるものの、それはまた別の話だと出来るほど。暇つぶしと称した散策はそれなりに楽しいものだった。

 

 しかしながらそれと長くは続かなかった。新しく出来てさほど整備が進んでいない、それは治安が悪いという事を体現するような出来事が起こる事はさほど難しいものではなかった。

 

 俺が歩いていた時、目の前から歩いてきた二人組を避けようと俺は友人の後ろの方へと歩いている方向を変えた。そのまま通り抜けようとしたがそれは許されなかった。左肩を思い切り押された。

 

 突然の事に俺はその場に倒れ込んだが相手からの謝りなどはなかった。それどころか、してやったという笑い声を上げた。

 

「こんな怪物が歩いているなんてこの街も終わってんな」

 如何やら旅人であるらしく、俺の事についてはそれほど知らないらしい。だが、確かに彼らの言いたいことはわかっていた。

 

 顔が白いのは自覚している。それは生まれつきで親からの遺伝であると思ったがそれを恨んだ事はない。ただこの時だけは不幸だと思ってしまった。

 

「こんな肌の白いヤツは殺しとくに限る。その方がこの貧相な街もマシになるだろう」

 そりゃあ、そうだ。ともう一人も賛同する。俺らも自衛のために帯刀はしていた。しかし、俺は他国で抜く気はなかった。俺は服に付いたと思われる土汚れを手を払い除ける。むっ、とはしたがそれ以上感情を露呈するつもりはなかった。俺が冷静になるほどキレている人がいる。

 

「もう一度その言葉聞かせてもらえますか?」

 側から聞いていても怒っていると思える。友人は自分の事についてはさほど怒らない。その人が自分に対してどのように思っているかについては興味を持つので理由などを聞き返す。俺が軽くからかった時はその理由を問い質された時は唖然とした。

 

「だぁから、こんな見た目のやつがこんなところ歩いていたら不安にもなるだろう。俺達が何とかしてやるからアンタはそこでじっとしてろよ。どうせ、脅されてんだろ?」

 

「そうだな。人助けすれば多少何か貰えるだろう」

 二人はそれなりに意見を合わせて腰に持っていた自衛用のナイフを取り出した。刃渡りは剣の半分程度。だが、十分に殺傷能力は有していた。それを俺は静かに眺めていた。刃物を向けられたところで俺は特に怖くはない。抵抗できないわけでもないし、何ならよく友人には向けられている。

 

 異国の観光の途中で友人と共に歩いている時にこのような出来事に遭うと気分は晴れやかなものではなくなる。俺もいつでも抜けるように柄には触れていた。

 

「抵抗しようとしても無駄だぜ。いつかは殺される。その見た目ならな!」

 二人組の中でも細身のある清涼な男性の方がこちらへと向かってきた。もう一人は体格がしっかりとしていて背もそこそこ高かった。

 

 振り回そうとしたそのナイフ。

 

 遠心力によってしなった腕はとある一本の鉄によって防がれた。その時には嫌な音が出る。

 

 男は情けない程に声を張り上げてその場に倒れ込んだ。

 

「人は見た目なんて程々で良い。重要なのはその人に何かを預けられると思う人格があるかどうかだ」

 友人は吐き捨てるように、その二人の考えを根底から覆すような内容のことを話した。そして、倒れ込んだ男は右腕に走る痛みからその言葉も入り込まない。体躯に恵まれた方はその様子に唖然としている。

 

 概略としては、相手の一撃を友人が鞘から抜いた剣で叩き落とした。手首の辺りを峰で叩き、手から離れたナイフを俺が地面に落とした。最早手首を砕いたと言っても過言ではないほどの威力で放たれた一撃に男は悶絶していた。

 

「これは可哀想に。お前が今庇ったのはれっきとした魔物だ。こうなったら見ている人が全員が証人になるぜ」

 

「それ以上侮辱するなら僕も怒りますよ」

 

「辞めとけ。今倒れている奴は俺よりも弱いからな。勝てるかどうかなんて分からんぜ」

 空気は急に冷たくなった。そして友人は特に言葉を出す事はなく、ゆっくりとその人の前に歩いて向かった。倒れている人なんて見向きもしない。だが、俺は感じていた。

 

 かなりまずい状況だという事に。

 

「何だ?俺とやろうってのか?その命が惜しいなら大人しくしな」

 

「ハ、クイシバレ」

 スゥ、と抜いた剣は黄色くいつも使っているものだと思った。だが、いつものように穏便に事が進んでいるとは思っていない。

 

「ブジョクシタコトヲコウカイシロ」

 

「おい、辞めろ!お前の国だからと言って、やっていい事と悪い事はある。辞めるんだ」

 俺は友人を止める事にした。羽交い締めにし、必死に動きを止めようとしたがあまり止まる気配はない。

 

「早く逃げろ!出来るだけ遠くに。早く!」

 

「お、おう」

 別に許したわけではないが男は逃した。友人の刃の餌食になるくらいなら早く逃した方が穏便に済む、とその時は考えたが実のところはそう上手くはいかなかった。

 

 友人は俺の拘束を無理矢理に破り、その人の元へと向かった。

 

 一蹴り。

 

 地滑りを起こして酷く擦りむいた状態で男はその場で気絶していた。自己防衛本能が働いてこのような結果になったのだろう。

 

 その後、二人には王国関係者を侮辱した罪として厳しい刑に処されたとか。だが、俺はそれが許せない。俺のせいで友人は二人に対して危害を加えた。その事は正当防衛でも何でもなかった。ただの殺戮だった。

 

 俺はあの時、止められなかった。だから今度は俺自身の手で止める。

 自分の身を守る事に特化させたその陣形は相手への接触をあまり考えていない。

 

 故に相手の動きが緩めばその陣形はお役御免になる。もう少し大きく行動に移すべきなのだろうか。



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135話

 少年は身を低くして相手の周りを乱立的に飛び回る剣を見ていた。別に法則性なんてものはないが、少年は自分なりの攻め方を構築しているようだった。

 

 少年は相手の陣形を崩した瞬間を狙って走り出した。

 

 相手である白い肌をした少年はそれを迎え撃つ。乱立させていた剣を自分の前で円を描くように仕向ける。丸い筒のようにさせた剣を前へと押し出すようにさせた。その先には少年がいる、黒髪の少年だ。

 

 少年はその勢いを変えないままその切っ先の前へと辿り着いた。

 

 筒のように一体性のあった剣はそこから突然形を変えた。全本位を包み込むように剣を動かし、地面に突き刺すようにした。

 

 少年はそれを見込んでいたのか、飛び上がり身体を小さくさせて筒がほんの少しだけ崩れた状態のところを通り抜けた。そして変わらない速度で走り出す。

 

 後もう少し、少しで届くところで白い肌をした少年は大剣を振るう。下から上へと持ち上げるように迎撃をする。そして脚を広げて蹲み込んだ。

 

 少年は下からくるそれに合わせて剣を地面と平行にさせて相手の剣の力を利用して跳び上がる。その間を八本の剣が真っ直ぐに翼を広げた鳥のように優雅に通り抜けていった。

 

 二人は目を見つめ合いながら、牽制をしあう。その間に八本の剣は戻っていくことはなく、お互いの上空で待機させている。動きに関連性はなく自由に飛んでいた。だが、お互いがぶつかるような事はなかった。

 

 少年が走る。

 

 少年は構える。その周りには一本の剣がいるだけで後は向かってくる相手の対処に使われた。

 

 七本は地面の近くで踊り続ける。

 

 その合間を通り抜けていく。それはまるで風のようだった。緩急のある動きで剣の動きを彷徨わせながら近づいて来る。

 

 白い肌をした少年はそれでも動く事はしなかった。全てを八本の剣に任せている。そして自分の実力というものに。

 

 黒髪の少年は七本の剣の舞を避けながら徐々に間合いを詰めていく。風に吹かれた燃え盛る蝋燭を思わせるその動きは目に捉える事は難しかった。

 

 だからこそ、目を増やした。それが回答となるのだ。

 

 黒髪の少年が左側へと一気に方向を変えた。ぐるり、としたところで一気に右側へと、真反対を思わせるほど進ませた。そして振りかざす、剣を。

 

 目では見ていない。しかし、その動きは捉えられていた。大剣で受け止め、弾いて一振り。

 

 黒髪の少年が瞬時に離れて、一振りを空振りにさせ、もう一度近づく。届くと思われるその一撃も剣によって防がれた。

 

 大剣ではない。既にこちら側に持っておいた糸で操っている方だった。そして振り戻すように来た道を戻る。これには流石に当たると思ったがそうはならなかった。

 

 地面の方に吸い付けられるように脚を曲げて体勢を低くしてからめり込むように大きく移動した。高さはほぼなく、軽々しく下を通り抜けていった。

 

 道は遠い。

 

 この道を通るには七人の目を掻い潜る必要がある。その先に待っているのはそれなりの実力を有する剣士。

 

 黒髪の少年が腰に携えていた剣を抜いた。双剣となり、低く構えたその姿に八本の剣を操る少年は正面からそれを見据える。

 

 トン、トン。

 

 足踏みを挟んだ後で激流のように動き始める。前へ、左へ、右へーー。決して後ろには下がらない。

 

 それを八本と自分の体で迎え撃つ少年は乱雑となり易い剣を統制しつつ、向かって来る相手をねじ伏せるための一振りをする。

 

 向かう少年は地面すれすれを進む足裏で急に方向を変える。その速さは正に神速、姿を消したと言っても過言ではなかった。

 

 ーーそのはずだったが、白い肌をした少年はそれを捉えていたかのように剣を真横に振るう。

 

 後ろから来る刃に刃を合わせ、相手の力を利用してくるり、と一回転するとその場で着地してから一気に走り出した。

 

 それは操っていた剣二本が防ぐ。寸前で止まった剣と少年の体は真下から振り上げられる剣によって体勢を大きく変えざるを得なかった。

 

 そして真上に打ち上がった黒髪の少年は空中で体勢を整える。とっさの判断で移動させた膝の下にある二本の剣を持ちながら、軽く両腕を広げる。そこから左手に持つ剣を逆手にして腰を左側へと捻る。

 

 そこから自由落下が始まった。少年は体勢を変えるつもりはないらしい。

 

 地上に居る少年もその姿を眺めている。剣を真上に構え、静かに再開するのを待っていた。

 

 緊張の糸は最大限に張られている。

 

 来る。

 

 空中に居る少年が右腕を思い切り振るう。それによって起こった風の刃が地上へと落ちていく。

 

 少年は構えを変えなかった。

 

 地面に当たり、大きな音を出した。逃げていた人にも聞こえそうな程、それほどでありながら家屋への被害は何もなかった。街道を大きく削る、とある岩が起こした剣に比べると優しいものだった。

 

 音共に打ち上がった煙が晴れないうちに二人は再度刃を合わせる。当たったか、当たっていないかその事については二人にとってそれほど重要な事ではない。立っているからまだやれる、それだけだ。

 

 左腕を下げ、地面と平行にさせる。右腕は切っ先が相手に向くように腕を上げていた。実際のところ、肘の方が上がっている。片腕だけ操られているように不自然であった。

 

「もう、辞めないか?」

 

「まだ楽しめますよ」

 

「もう治ってるだろ」

 

「そうですね」

 

「やるなら誰も居ないところでやろう」

 白い肌の少年は操っていた剣を納める。そして大剣を背中に背負っていた。黒髪の少年は仕方なく剣を納める。

 

「またいつか」

 

「楽しみにしている」

 その後、少年二人は同時に迷惑をかけたことを謝った。その事について褒める事はあれど、責めるところは特にないので至って普通に許された。恐らく、二人で復興の手伝いをすると明言した事も考慮されたのだろう。

 

 その後、二人の保護者は手紙を見て驚いた、とか。



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136話

 いきなり取り掛かったことと言えば、この迷惑な行為をした元凶である天人を起こすところからだった。まるで気絶したかのように腰を抜かしているその人は地面に倒れ込みながら、しばらく瞬きをしていなかった。

 

 僕はその人に近づいて声を掛ける。それから肩を叩いて体を揺らしてゆっくりと上半身を起こす。

 

 その人は僕の目を見ているが何も話さなかった。よく見ると唇が震えている。僕は何か言葉が出るまでそのままにしておいた。

 

「生殺しになる。辞めとけ」

 そう言いながら、僕の左肩を叩いたケプリさんは少し呆れ返っているようで表情には抑揚はない。

 

「そうですね」

 

「天人、だったか。お前のやった行為は許される事ではない。しかし、俺は判断は下せない。だからここの修繕を手伝うのであれば、皆も少しは許してくれるだろう」

 

「嫌よ。私には関係のない事だわ」

 

「ならば、お灸を据えないといけないらしい。生半可な気持ちで死ねると思うなよ」

 

「やれるもんならやってみなさいよ。出来るならね」

 天人はここぞとばかりに威張り散らしている。もしかするとこれが平常運転なのかもしれない。ケプリさんも何処かただならぬ雰囲気を出している。

 

「俺たち二人ならば、出来ないこともない。そう感じているだろう?」

 

「それでもよ。天人を殺すだけの覚悟はあるの?」

 

「人を斬るのであれば、容易い事だ。だが、少なからず悲しむ人がいる以上、その人たちまで責任は取れない。少なくとも俺達は人に負の感情を与えるために剣を振るうわけではない」

 

「ない、って事ね」

 

「そうだな、殺す気はない」

 

「だったら、私がここにいる理由なんてないわ」

 僕は即座に剣を抜いて、一閃。

 

「自分勝手、好き勝手に進むのも時には必要だ。しかし、この状況では辞めておいた方がいい。此奴は許さん」

 

「そうですね。せめて、要石を退かしてから帰っていってください」

 

「少なくとも、な」

 

「分かったわよ。やれば良いんでしょ!」

 天人は早速地面に倒れたまま要石を退かしていった、と言うよりは消していった。消えてから見えた家屋は見るも悲惨な姿になっている。

 

「これで良い?」

 

「ありがどう御座います。一番難儀しそうなところがなくなったので修繕がやりやすそうです。今日のところは疲れたでしょう。なので、帰って身体を休めてから気が向いたら手伝いお願いしますね」

 

「アンタはどうするのよ?」

 

「僕は今からやりますよ。屋根の下で休めた方が安心出来ますからね」

 

「怒らないの?」

 

「怒り方、知りませんので」

 

「さっきしてたじゃない」

 

「あれだと意識が飛ぶんですよね」

 

「とんでもないわね」

 

「それでは、また後で会いましょうか」

 天人はボロボロの身体を起こして、空へと帰っていった。今はそれで良い。

 

「流石に甘くないか?」

 

「いいえ、これくらいから始まっていくんですよ」

 

「悠長だな」

 

「追いかける後ろがないと走ろうなんて思いませんから」

 

「お前らしいな」

 それから僕達は家屋の残骸を片付けるところから始めた。人里の人々には僕達から説明した。天人の肩代わりでしかない事に怒っている人も居たが僕はあえてそういう声は無視する事にした。逆に一言、口を動かすより手を動かした方が皆が幸せになりますよ、と伝えた。

 

 僕達が動いてからというもの、文句は言われるが抗議するだけではなかった。それと同じように手も動かしている。僕はそこまで脅したつもりはないが汗を垂れ流しながら団結している姿を見ていて僕も更にやってみようと思えた。

 あれから二日、皆の尽力もあり瓦礫の撤去は終わった。後は建築するだけなのだが、木材が足りないらしく、作業は滞っている。

 

 人里の皆には感謝をされ、とある場所を教えてもらった。こういう時は個よりも数が重視されるので僕達はここら辺でお役御免となった。

 

 ここまで二日間働き詰めの僕達には良い場所を教えてもらったと思う。とある場所とは詰まるところ、温泉だった。場所は地下にあるらしく、幻想郷の北東にある整備された洞穴からいけるとのこと。僕達はとりあえずそこに向かう事にした。

 

「手紙の内容はどのように書きましたか?」

 僕はケプリさんに聞いていた。

 

「暫く帰らない、とは伝えてある」

 

「僕も変わりません。小旅行で行きませんか?」

 

「多分、大丈夫だろう」

 

「取り敢えず、今日は僕達がやれることをやりましょう」

 

「だろうと思った。まとめ役に聞いてからやる事にしよう。それのついでに明日には暫く開けることを伝えるか」

 

「そうですね」

 僕はそれを聞いてから立ち上がる。そして、まとめ役であるとある女性に話をしにいく事にした。青いメッシュの入った銀髪で人里では自警隊を率いている人だ。半人半獣とのことだが、あまりその事は感じない。どちらかと言えば、優しい雰囲気のある情に熱い人柄で面倒見がいいような気はする。

 

 その人に話しかけてから僕達はここを後にした。椛さんには地底に行く事は特に話していない。それはケプリさんも同様のようでアリスさんには何も話はしていないらしい。

 

 僕はケプリさんに気に入ったら二人で行くように言ってみたら、少し戸惑ったような表情をされた。



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137話

 次の日、晴れた空に深い森、そして僕達の目の前には深い洞穴があった。道は整備されており、両端には縄の結ばれた杭が打たれていてなだらかな下り坂が続いている。

 

 その先を見ていたところ、所々に灯りがあるものの、その暗さは紅魔館にも似ている明暗が繰り返されている。

 

「館の廊下みたいですね」

 

「いや、そうなると恐怖の館だろう」

 

「紅魔館ですよ」

 

「主人の趣味が悪くないか?」

 

「同感です」

 

「そこは顔を立てて欲しかった」

 

「僕には理解できない事は否定出来ないですし」

 

「俺はこれ以上話せる気がしない。行こう」

 

「そうですね」

 僕は先に歩いていく事にした。その横で八本の剣と一本の大剣を持ち歩きながら付いてくる。

 

「……しかし、薄暗いな」

 

「僕は意外と慣れてますけどね」

 

「それはもう毒されているぞ」

 

「そうかもしれませんね」

 僕はケプリさんの言葉をはぐらかした。実際のところ、見慣れた光景なのでそれほど気にならない。それは実のところ、ケプリさんには理解出来なさそうな事なのだろうか。

 

「だが、雰囲気あるのは確かだ」

 

「この薄暗さ、ワクワクしますよね」

 

「時々、お前が子供なのか大人なのか判断に困る」

 ケプリさんの表情はその言葉通りに難解なものだった。褒めている、というよりかは貶している。だが、其処に悪意というよりかは純粋に感心しているような満足感のある笑顔。僕にはどのように判断すれば良いのかは全く分からなかった。

 

 其処からは暫く、薄暗い小道が続いていく。紅魔館の廊下よりも明るいものの、岩肌が見えているという自然物である事に関する恐怖はこちらが勝る。ある意味新鮮で珍しい体験をしていると強く感じる。

 

「……しかし、よく此処を来ようとしたものだな」

 

「看板とかあれば雰囲気で来ようと思ったりするんじゃないですか?」

 

「お前は見たのか、それ」

 

「いや、全く」

 

「取り敢えず嫌な予感はしている」

 

「それは温泉とかそういう方面だとは思えませんよ」

 

「全くだ。行くだけは行こう」

 少しだけ歩く速度を早めた。僕もそれにはついて行く。どうにかなるとは思うが初めての場所で何か起こすわけにもいかないとは薄々とは思っている。

 

「そうですね。折角の善意ですから」

 

「そうだな」

 岩肌に僕たちの声は反響する。その声に何かは反応しているのだろうがその正体は今のところ、掴めない。僕は考えていた、もうそろそろ広い場所に出るとは思いながら。

 

「暇つぶしに一つ、聞きたいことがある」

 

「何ですか?」

 そう考えているうちにケプリさんから話しかけられた。景色は特に変わっていない。

 

「手紙は届いているか?」

 

「いえ、何も知りません」

 

「そうか。いや、何。少し前に嫌な予感があってな、手紙を書いて三箇所に送った。紅魔館と人里の寺子屋、そして博麗神社。恐らくと届くだろうと安易に考えていたがどうやらそうではなかったらしい」

 

「今、妖怪の山に居ますから。それで届かなかったようですね」

 

「それはまた危険なところだな。守矢神社を除いて近寄るな、というのが通説だ。それでどうやって暮らしている?」

 

「椛さんの家を間借りしてます」

 

「……椛、犬走 椛のことか?」

 

「はい」

 その言葉でケプリさんは黙ってしまった。あまりにも衝撃的だったらしい。

 

「そうか。それはまたすごいところに」

 片事気味に話すケプリさんに僕は不審だと感じてしまった。どうしても本物だとは思えない。

 

「確かに凄い人ですよね。いつもは優しいんですけど、真剣な時はかなり怖いです」

 

「それは、うーん、そうか。安全に暮らしているなら何でもない。顔も見れたし、何も問題はない」

 

「話、終わらせましょうか?」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 ケプリさんがどのようにその結論に至ったのかは聞くのは野暮なので何も反応は示そうとは思わないがどちらかと言えば不思議ではあった。

 

 それから洞穴を通り抜けて、大きな空間に出てきた。遠くには明るい灯火がいくつもある場所があって、何か街として機能しているようだ。温泉があるという話なので、宿や食事処や酒飲み場があるのかもしれない。

 

 僕はそう思うと何となく興味をそそられた。何か気を引くものがあるのかもしれない、そう思うと。

 

「それにしても遠いですね」

 

「せめて、道案内くらいは付けてほしいな」

 軽い冗談。僕達は此処からその街へと歩いて行く事にした。



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138話

 大きな深い穴に一つの橋。赤い色をしているが寂れていて古臭さを感じる。味わいがあるとか、趣があると言えたらいいが青二才がそれを言っていいのかは定かではない。

 

 その先には街があり、提灯から漏れる赤い明かりが僕達を誘うようだった。その前に橋を渡らないと向こう側にはいけない。それは分かっているが誰か居た。

 

 橋の欄干に片肘を置いているキセルを吹かせた女性。地底という事で薄暗く、色合いがわかりにくいが金色で翡翠色の目が特徴的である。着物と洋装を組み合わせたような服装で黒色のスカートの裾には赤い糸が、明るめの茶色の羽織の袖には白色の模様が橋を彷彿とさせる。耳の先が尖っているように見えるが気のせいか何かだろうか。

 

「こんにちは」

 僕は通りがかったついでに挨拶をして過ぎていこうとした。

 

「観光客ね」

 

「そうですね」

 僕は其処で脚を止める。

 

「私によく挨拶なんてしたものね」

 

「機嫌が悪かったですか?何がありましたか?」

 

「そんなんじゃないわよ」

 妬ましい、強い語気でそう言った。彼女はどうして此処まで口が悪いのか、それは僕には分からなかった。僕は何かしたのだろうか?

 

「普通、私になんて声をかけなくて良いのよ」

 

「綺麗なのに……。どうして自分を卑下するんですか?」

 

「妬ましいわね!アンタには関係のないことでしょうが」

 その人は急に怒り出した。

 

「確かに関係ないですけど。気になりますから」

 

「自分の身は大切にしなさいよ。地底は元々忌み嫌われた妖怪なんかが沢山いる場所だから。どうなっても知らないわよ」

 

「知らない経験が聞けて面白そうですね」

 

「もしかして頭おかしいの?危険だからとっとと帰りなさい」

 

「帰りなさいって。僕は何かしました?」

 

「危なっかしいのよ。見ていてハラハラするわ」

 彼女にとって、僕はどのように見えているのだろうか。それについては誰も分からないだろうが、聞いてみた。

 

「どうしましょう?ケプリさん」

 

「……とにかく、危険な場所ではあるようだな」

 

「……そうですね」

 

「だったら、帰りなさい」

 

「好意だけは受け取らせてもらう。お気遣い痛み入る。だが、俺たちは温泉に入りに来た。それだけはやらせてくれ」

 

「……好きにしなさい。私はどうなろうと知らないわよ」

 彼女は変わらず悪態をつく。それにしても僕達は何か嫌なことを言ったのだろうか。それだけはどうしても疑問に残る。

 

「そうさせてもらう。行こう」

 

「道だけ聞きませんか?」

 

「そうだったな。其処の方、もう少し付き合ってもらえないだろうか?」

 

「チッ、仕方ないわね」

 露骨にも程がある舌打ちをかまされたところでケプリさんはその人の目を見て話を始めた。

 

「地霊温泉だったか、その場所を教えてくれないか?」

 

「此処をまっすぐよ。大きい街道があるから其処をまっすぐ行きなさい。寄り道しなければすぐに着けるわ」

 

「あまり気乗りしていないようだな」

 

「妬ましいのよ。彼処はとある男がとある鳥を使って生み出した温泉なのよ。能力を上手く使って出来たものなんて。認めたくないのよ」

 

「という事は少なからずあまり良い印象はないというだな」

 

「ええ。私もあんな風に成功してみたいものだわ」

 

「ありがとう。それでその地底ではどうして忌み嫌われた妖怪が沢山いるのだ?」

 

「例えば、私は嫉妬を操る能力を持っているわ。人の嫉妬を増幅させる、単純だけど恐ろしいのよ」

 

「嫉妬、か。人によっては厄介かもしれないな」

 ケプリさんは妙に納得していた。

 

「そうなのよ。それで地上では居場所がないから此処にきたのよ。まぁ、簡単に言えば自分から此処にきた人と入れられた人がいるわけ。分かった?」

 

「つまり、嫌われ者の集合地と言ったところだろうか。それで危険だと。その気遣いは有り難いがそう心配することもなさそうだ」

 

「何よ?私の言葉は信用出来ないわけ⁉︎」

 

「いや、あまり意味がなさそうな奴が一人いるからな」

 

「確かに、二人にずっと使っているのに何も効果を示さないから。特に後ろの奴よ。子供なの?」

 ビシッ、と指を刺された僕。僕はこの時、どのように反応すればいいのかは分からず、目を丸くすることしかしなかった。

 

「確かに世話がかかる。同感だ」

 

「何か酷くないですか」

 

「何なの?」

 

「取り敢えず、嫉妬とは何か説明してくれないか?」

 僕はその質問は意味合いはどうにも分からなかった。話すだけ話してみようとは思うのだが。

 

「個人が他人が持っている魅力なんかに対する尊敬の裏返しですよね」

 

「だそうだ。合っているか?」

 

「もう、良いわ。早く行きなさいよ」

 

「済まない、迷惑をかけた」

 行こうか、ケプリさんは僕を呼んで先に歩き出そうとした。僕はそれについて行く。

 

「ほっといて良いんですか?」

 

「決定打はお前だ」

 その言葉でその話は尽きた。



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139話

 橋を超えた先、まだ温泉までは遠い。しかし、その前の街では活気に溢れている。その姿を見ているとその事についてはまた別の問題としておくのも悪くはない。

 

 薄暗いの提灯の灯火の中に人の笑い声が入り込む、良くも悪くも騒がしい街は地底の明かりとなっていた。

 

「これのどこに警戒すればいいのか、逆に不安になる」

 ケプリさんはこの景色に恐れを抱いていた。僕には先程の言葉はあれど、そのような事は考えなかった。言われて、初めてそう思えた。

 

「楽しそうですけどね」

 

「否定はしない。だが、あの女性の発言がどうにも引っかかる」

 確かに、それはあった。だけど、其処まで気にする事なのかは少し気になるところだった。

 

「それはまた別の話ではないですかね?」

 

「真っ直ぐ進んでいる分には問題ないはずだ。頭の隅に置いておく程度でいいだろう」

 ケプリさんの言葉は僕にとっては否定するものではなかった。近い距離なら何が来るのかは大体分かる。そうなるように鍛錬は積んでいた。後はケプリさんに任せるとしよう。

 

「それにしても、飲み屋しかないですね」

 赤い色をした提灯には酒としか書かれていない。何処に行こうともその提灯がある店しかないように思える。

 

「反対も同じようなものか。人は何処に住んでいるのだろうか」

 

「見えない奥の方に点々とあったりするんですかね」

 

「その可能性は十分にあり得そうだ」

 遠くの方を見る、しかしそれらしい明かりは見えない。湯気のようなものもなければ、生活感はあまりにもない。本当の意味で闇の中に葬られているかのように消え去っている。

 

「今は温泉に行くことを優先にしようか。いきなり冒険することもないだろう」

 

「それは同感です」

 

「教えてやろうか?地底の生活ってやつを」

 

「あ、間に合ってます」

 

「そうか、それは仕方ないな。って、気になるんじゃねぇんかい」

 

「まぁ、確かに、気になりますけど」

 僕達は脚を止めてその人を見てみる事にした。運動のし易そうな袖の絞られた白い服、半透明の水色の布とその中には黒い何かは見える。それは何かは僕には判断できなかった。そして、何より目を引くのは額から伸びる赤い角で鋭く尖っている。

 

「折角だから教えてやろう。ただし、私を楽しませれたらな」

 僕はその言葉の意味はよく分からなかった。ただ、相手がやる気であるのは言うまでもなかった。

 

「具体的には何をするんですか?」

 僕は仕方ないので聞いた。

 

「私と拳で勝負だ。安心しろ、今から用意する盃に入れる酒を零せたら教えてやる」

 

「何故、そんな無駄な事を」

 

「聞き捨てならない言葉が聞けたが気のせいか」

 

「やるならその盃を落とせたらにしませんか?」

 

「おい、ちょっと良いか」

 ケプリさんに耳打ちされたのでそちらに耳を傾ける。

 

「そこまでやる意味はあるのか?」

 

「あるとかないとかではなく、向こうがやる気ならこちらも応えないと」

 

「くれぐれも気を付けろ。俺たちの力は易々と使っていいものではない」

 

「どう言う意味合いはわかりませんが気を付けます」

 

「そうしてくれ」

 

「二人の会話は終わったか?」

 並々と注がれた盃を持ってその人は立ち上がっていた。そして、盃に口をつけて一口だけ飲むとこちらを向いて一言そう言った。確かに終わっているのでいつでも来てもらう分には構わない。

 

「はい。大丈夫です」

 

「それなら良かった。早速始めるか」

 

「その前にどうしてこのような事をしようとしているのですか?」

 僕は率直に気になったことを聞いた。

 

「単純な暇つぶしだよ。少しやれそうな雰囲気があるからな」

 その人は豪快に笑う。酒のせいとかではなく、その人のいつも通りでやるらしい。それにしてはかなり声が大きい。もしかすると少し興奮しているのかもしれない。

 

「そう思われるのは嬉しいです」

 

「よっしゃ、やろうか」

 

「やりましょう」

 僕は剣は抜かなかった。相手は特に武器を持っているような気はしなかったし、たかだか遊びで剣を抜くほど子供でもない。

 

「そっちから来い。そっから始めよう」

 僕は構えるような事はしなかった。ただ単純に肩幅に足を広げて踵を浮かせる。そして足先で軽く地面を蹴っていた。

 

 動き出す歯車に相手は動くこともなかった。やはり鬼というのは物事には動じないのだろうか。僕はそう思ったがそうでもなければ昔の面影はないとも言えた。

 

 左脚で踏ん張り、右脚は回し蹴り、左腕で受けた相手はびくともしていなかった。鋼のようだ。

 

 しかし、僕もそれだけでは終わらせていない。左脚を浮かして膝を曲げながら右脚を軸に上に上げる。そして真っ直ぐに盃に目掛けて蹴り込んだ。

 

 盃に当たるが中身は溢れなかった。というか、そもそも中身が入っていなかった。自分の言葉とはいえ、やらかした感は否めない。

 

「やるじゃねぇか」

 相手はそう言いながら余裕そうに踵を返す。そう易々と勝たせてはくれそうにないので僕は空中から逆側に向かい、アプローチをかける。低い姿勢から打ち上げる事を考えていたが相当きつい体勢をとりそうだ。

 

 左脚を膝がつきそうになるくらい折り曲げ、其処から真上に右脚を伸ばす。相手からすれば、振り向いた瞬間の出来事、そう簡単に反応出来そうにはないとは思う。

 

 僕は結果は見ずに、顔が地面に擦れるのを嫌って手で地面を押し出していた。後ろからカラカラン、という音がしている。上手くいったかどうかはともかく勝ちではあるようだ。

 

「こいつは驚いた。とても楽しかったぜ」

 相手は感嘆の声を漏らす。僕は体勢をいつも通りにしてからその人の目を見た。純粋な屈託のない感じ、心の底から称賛をしているようだった。

 

「偶々です」

 それに間違いはなかった。

 

「言ったからには話すしかねぇわな」

 その人は気まずそうな表情を浮かべる。

 

「とりあえず、私は星熊 勇儀だ。以後よろしく」

 僕はそれに合わせて名乗る。

 

「言ったからには話すがあまりいい話でもないからな。良いか?」

 

「聞くだけ聞きたいです」

 

「日中、こうやって馬鹿騒ぎしているだけなんだよ。少なくとも私は。他の連中は仕事してたり、するけどな。基本的に何処かの酒場に行っては酒を飲んでいる。それだけだ」

 

「楽しそうではないですか。仕事の後に皆と食卓を囲むのはとても有意義だと思います」

 

「おっ、そう来るか。そう言ってくれるとは有り難い。それでこれからどうするつもりだ?」

 

「温泉に入ろうか、と」

 

「来れたらでいい。後で付き合えよ」

 

「後で顔だけ出しましょうか」

 

「いい男だぜ。金のことは気にすんな」

 

「有難うございます」

 一礼してから僕たちは温泉へと向かった。何があるのかはさておき、とても楽しみではある。ケプリさんは何か言いたげだったが、すぐには言わなかった。

 

「良かったのか?鬼の誘いを受けて」

 

「四日連続で付き合ったことがあります」

 

「よく生きて還ってきた」

 僕にはその意味合いは分からなかったが、ケプリさんは然程乗り気ではないようだ。



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宗教戦争
140話


 街から出て程なくして、ようやく入り口にたどり着いた。その形は大きく、城のような風貌、そして淡い黄色が基本となっている見るからに派手な様相だった。周りが暗いからこそ、余計に目立つ。

 

「遠くから見えてましたが凄い存在感ですね」

 僕はそんな事を話す。確かにその大きさはとてもではないが目立たないとは思えなかった。

 

「大きさは城のようなものだな」

 

「ここが地霊温泉ですか。早速入りましょう」

 

「そうだな」

 僕は中に入ろうと歩く。壁は白く、静かな趣がある。門は程々の高さで自分の背とその半分を足したくらいだった。その中には庭園のような場所が広がる。石畳の小道の側には木が生えている。緑が映えるこの場所を後で歩いてみるのも悪くないと思った。

 

「景色が一変した。後で歩くのも悪くないだろう」

 

「僕も同じこと考えてました」

 

「そうか。とりあえず今は中に入ろうか」

 

「そうですね」

 ケプリさんが今度は先行していた。その辺りのことは大体はケプリさんに任せている。どちらも手持ち自体は少ないが僕はそこまで使い方は知らなかった。

 

 落ち着いた雰囲気のある内装に一人の中居。その人の顔立ちは綺麗で若さを感じる。麗かだった。

 

「ようこそお越しくださいました。こちらにお座りいただきお履物をお脱ぎください。この場で脚を洗わせていただきます」

 綺麗な一礼だった。誰かが教育したのだろう、品位を感じる。そして、僕達の前に水が張られた桶が運ばれた。僕たちはその中に脚を入れて手で揉み解されていた。

 

「今日はどのような目的でいらしましたか?」

 

「温泉に入ろうかと思う」

 

「もし宜しければ、宿泊も出来ますが如何なされますか?」

 

「頼むことにしよう」

 

「お二人でよろしかったですか?」

 

「ああ」

 

「それではお部屋について、どのようなところにされますか?」

 中居は一枚の紙をケプリさんに渡していた。じっくりと見ている間、僕は軽く背中を曲げてゆっくりとしていた。

 

「ここで頼む」

 

「承知しました。何かご質問、ご要望が有ればここまでいらして下さい」

 

「お履物は布で包んでお客様で保管して下さい。布はお部屋の方に置いておいて構いません」

 それではご案内します、そう言ってから僕達は脚を上げて水気を拭き取ってももらった後で部屋へと案内された。木製の廊下に部屋に取り付けられているガラスで出来たランタン。そして防音がしっかりしていそうなドアだった。それをいくつも見てから自分の部屋に案内された。

 

「こちらです。それでもごゆっくり」

 

「有難う、助かる」

 

「有難うございます」

 

「さて、部屋に入ろうか」

 ケプリさんに先に行ってもらってから僕はその後をついていく。荷物を置いて、浴衣に着替えるとそのまま聞いてから浴場へと向かう。

 何処にあるのか、それを聞くのは野暮だと思う。

 

 木製の看板には足元注意と書かれている。木製の浴槽の中、濁り気のある多少なりぬめりとしている程よい温かさのある温泉。熱くはなく、だからといって温くもない湯加減はゆっくりとじっくりと僕の体を温めてくれる。

 

 こう、ゆっくりとした時間を過ごしているのもいつぶりだろうか、とは思っていたりする。ここに来てからは暫くはこのような時間は無かったように思える。

 

「気分が良い。それに限る」

 白い肌を赤らめかけているケプリさんは頭の上に後で体を拭くための布を乗せてゆっくりと湯に浸かっていた。そういう僕も姿はそうかわりないのだろう。

 

「そうですね」

 

「しかし、人は少ない。何があった?」

 

「ここまでの道のりを歩いてこれる人が居ないからでは」

 

「それは間違いないだろう。だとしても、俺たち二人だけなのは何か理由がありそうだ」

 

「そこは気になりますけど、今はそれは気にしなくても良いのでは」

 

「やはり今聞くのは不味かったようだな」

 

「今はゆっくりとする時間ですからね」

 

「そうだな。この時間を楽しもうではないか」

 ケプリさんは目を閉じ、頭を体勢を楽な姿にさせていた。僕もそれに見習って同じような体勢に変えるが少しばかりか合わないので自分なりの楽な姿勢を見つけてからはそのままでいる事にした。

 

 それからと言うもの、会話はなくただただ時間を過ごすだけで地底という今まで脚を踏み入れなかった場所で友人と二人でなんでもない時間を過ごす。

 

 その時間、経験は今まで味わったことのない感覚を与え、いつの間にか終わりを迎えていた。記憶にない、と言うわけではない。記憶すると言う脳の働きが停止するほどなんでもない時間を過ごしたと言うことだった。

 

「そう言えば、小道に行こうと思うのだが、どうだろうか?」

 

「言ってましたね。行きましょうか」

 

「決まりだな」

 ケプリさんに先導されて外に出掛ける。それについて疑問はない。



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141話

 外へ出ようとも室内とは変わらない、それよりも暗く感じる。地底という場所には昼と夜の概念がないというものも頷ける。全く持って時間帯が分からないからだ。

 

「さて、出かけようか」

 浴衣というものを初めて見て、初めて着る事になったケプリさんは多少たじろぎながらもその慣れない衣服を着こなそうとしている。僕はよく着ているので自分にもこんな時期があったのかな、なんて思ったり思わなかったり。

 

 温泉に入った後で僕たちは言っていた通り、庭先を歩いてみる事にした。狭い石畳の通路に枝垂柳、周りの暗さも相まって鬱蒼とした雰囲気がある。だが、その先に一筋の光があるとも思えた。何か興味を惹かれるものがある。

 

「そうですね。行きましょうか」

 

「しかし、何か興味がある。何故かは分からん」

 

「似ているものですね。僕も気になりますよ」

 

「そうか」

 ケプリさんは納得したようにそれだけ述べて、先を歩いて行った。

 

 草鞋と石畳が擦れるサッ、サッ、という音がしている。他にそのような音はなく、静かな空気が流れている。そして、猫のような動物の微かな声。

 

 動物も居るのか、と僕は思った。あまりにも遠く姿も見えないので僕は空耳かのように軽く流しておこうかと思った。

 

「猫が居るのか」

 

「あ、居るんですね」

 

「声だけだが」

 

「そうですよね」

 僕は少し前から聞いていたのでそれほど驚くものでもなかった。しかし、ケプリさんはそうでもないようで辺りを不安そうに見渡す。小さな動きだが、それでも真横から見ていると気になるところではある。

 

「あまり気にしなくても良いんですよ」

 

「まぁ、そうだな」

 

「動物がいる事くらい、それほど不思議でもないですしね」

 

「そう考えるのもそうおかしくもないか」

 僕は相手を納得させたところで暫く歩道を歩いている事にした。ケプリさんもそれは変わらない、と思う。それでも近くからは猫のような動物が石畳に爪が当たる音を立てて近づいてはいた。とても勘違いだ、とは片付けられない程の存在感はあった。

 

「やはり、居ないか」

 

「気になるなら剣でも操ってみたらどうですか?」

 

「今はないだろう」

 

「確かにそうですけどね」

 

「猫、居ましたね」

 黒い毛皮と二又に分かれた尻尾、赤い瞳と普通の猫ではなさそうだった。やはり地底で生き残るために独自に進化した個体なのだろう。僕は存在を見つけた事で一応の安心を得る事になった。

 

「なら、問題はないか」

 そういうケプリさんの気持ちは僕には理解できるようなものものではなかったが、そもそも僕が気にしていないので仕方ない事かもしれない。

 

「寄ってきましたね」

 黒い毛皮の猫は何処からともなく僕に近寄ってきた。それに音はなかったが、風が教えてくれた。

 

「妖怪だな。ただの動物ではないらしい」

 かなり冷静にこの事態を処理したケプリさんは僕の後ろで立ったままだった。それだけではなく、ある程度の距離を取りながら遠巻きに覗いているかのようだった。

 

「そうなんですね。誰かが飼っているのでしょうか」

 

「そうだと良いのだが、鬼と変わらない力は持っているのかもしれない」

 

「あり得ないと言いづらいですね」

 僕は猫に聞いてみる事にした。何か理解できる言葉ではないとは思っているが僕は構う事なく話してみる事にした。

 

 一応反応は示してくれるものの、言葉を理解しているようなそうでないような微妙な反応で僕は渋い顔をしてしまったような気はする。

 

「何処かへお行き」

 僕はその猫を地面にある石畳に四足を付けられるようにゆっくりと下ろした。そして、その猫は赤い目をこちらに向けながら首を傾げて何処かへと、枝垂柳の何処かへと消えていった。

 

 僕さえ、その猫の形は追えなかった。

 

「猫は言葉を理解してくれたのだろうか」

 

「それは分かりません。けど、答えはないと思います」

 

「理由だけ聞こう」

 

「心では会話できたような気はします」

 

「それで良いなら俺は構わない」

 ケプリさんは更に奥へと進みたがっていた。僕はそれについていくだけなのだが、一人だけ居るような気はした。その存在は猫が居なくなった時と同時に現れた、正しく交代したかのよう。

 

 僕はそれを追う気にはなれなかった。それから立ち去るのもこの状況で追いかけようなんて思うほどではなかった。

 

 単純にそれだけだった。

 

「行きましょうか。此処に居続ける理由はないと思います」

 

「そうだな」

 僕は今日のところは湯冷めしない程度に外を歩いた後に部屋へと戻った。そこでは近況報告をするばかりでそれ以外の話はなかった。

 

 元々は会えば果たし合う仲だったが、今日ばかりはそうとはならなかった。

 

 どう感じるか、そう思って今日はそれを楽しむ事にした。



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142話

 慣れない環境、僕はどうにもしっかりと眠りにつく事はできなかった。ただ、外に明暗はなく薄暗いだけなので日にちがどのようになっているのかそれについては何も分からない。

 

 一つ言えることがあるとすればケプリさんは部屋に置かれている布団で横になっているというところくらいだろうか。まだ夜明けではないと思っている。

 

 僕は階段を降りて出入り口から外に出る。特に目的なんてものはないが温泉宿の敷地からは出なければ問題はないと思う。

 

 無人の空っぽになった空間を抜けて僕は中庭へと足を進める事にした。

 

 誰も居ない、ましてや朝か昼か夜かどうかさえも見えてこないこの鳥籠の中では僕は上を見てこの中の空気を感じて見飽きた景色を見ている事くらいしかできなさそうだった。そのうち、これが当たり前だと思えて横を向き始めるともうこの閉鎖された空間にも慣れというものが生じてしまう事になる。

 

 あまり立ち寄らないほうがいいとされている地底にある温泉を紹介されている時点で思ったのだが、何か違うものがあるとも考えない訳ではなかった。少しだけ、異なると思えるそれらは僕の容量のない頭の中で駆け回り続ける。

 

 そう静かに、静かに僕を蝕んでいくのだーー。

「お前が居ない間に聞いた話だ」

 そう切り出したのは同室に居たケプリさんだった。何処へ行ったのか、それについては一言も尋ねられなかったが僕が来るまでは一口も食事を摂っていなかった。その理由を聞いてからそれを返され、そしてこの言葉が返された。

 

「食事中に話す話題なら構いませんよ」

 

「地底について少し聞いていたのだが、その時に中居から地霊殿という場所があることを聞いた。興味はあるか?」

 

「興味はあります。その前にその場所はどのような場所か、それは気になります」

 

「簡単に話せば地底を全ている主人が住まう場所であるらしい。だが、詳細を聞いてみると出入り自体は別に構わないらしい。それ以上は自分の目で確かめて欲しい、と解釈しておく事にした」

 

「最後が何やら嫌な予感がしますね」

 

「それは仕方ないだろう。危ないというのは読み取れた」

 ケプリさんは箸の使い方に離れていないのか二本の棒を両手に持っていた。

 

「それでケプリさんは辞めるのですか?」

 

「そんな訳はないだろう」

 

「でしたら、来たついでに挨拶くらいはしましょうか」

 

「どの立場でモノを言っている。此処ではただの一般人だ」

 

「それは知ってますよ。言葉の綾と言うものです。ちょっと億劫なんですよ」

 

「……それなら良いのだが」

 ケプリさんは両手に棒を持っているその状態からは何も進展はなかった。僕は一口も口にはしていない。

 

「地霊殿の主はどのような人なのでしょうか?」

 ケプリさんは少しだけ考えていた。その仕草は昔から変わらずに左手で顎を触る。どうでも良いこと、と言えば何も関係ないとは思うが彼はそのようには言わない。下らない話であろうとある程度は付き合う。度が過ぎると怒られる。

 

「恐らく、鬼よりも腕力が強いのだろう。格好のいい服装に身を包んでいると思う」

 

「僕は意外と優しい人だと思います。それでも見せる牙は鋭利なものであると思います」

 

「言い得て妙だが、悪くはない。どちらが正しいか楽しみにしている事にしよう」

 

「食べ終えたら、行きましょうか?」

 

「あぁ、その前にこの棒の使い方を教えて欲しい」

 

「見て覚えてください。僕も我流なんです」

 親指と人差し指で一本を挟んで中指を間に挟んで下から薬指と小指で押さえる。これが正しいのか、それは知らないがお父さんの持ち方はそんな感じだった。

 

「教えてくれても良いだろう」

 

「教えるの下手なんで」

 

「……そうだったな」

 ケプリさんは冗談を言いながら、笑っていた。その後、ちゃんと使えたかどうかは想像に任せる。

 中居さんに話しかけてから詳しい場所を教えてもらった。それからまた利用するかもしれないと、ケプリさんは伝えて此処から出かける事にした。

 

 いつも通りの岩肌に薄暗い空間、しつこいが時間は全く読み取れない。昼か、夜か。入ってから何日経っているのか。

 

「中居さんの話では、どうやら此処から南側へと進むと良いらしい」

 

「そうらしいですね」

 

「どちらにしろ、少し睨まれたような気がするのは如何してだろうか?」

 

「自分の目で確かめたほうが良いのでは?」

 

「もう少し、話を広げる気はないのか」

 

「あぁ、暇つぶしですか」

 

「言い方……まぁ良い。どれくらい距離があるのかは教えてもらっていないから時間を潰すのには打ってつけだろう」

 

「やっぱり鬼が恐れている、というのは当たっているのかもしれませんね」

 

「俺の言い分は合っていそうだ」

 

「まだ、分かりませんよ」

 

「ほぼ決まりだろう」

 

「見せる牙で恐れを抱かせているだけかもしれません」

 

「しかし、地底は本来危険な場所のはずだ。恐怖以外の何で統べるつもりだ?」

 

「敢えての優しさですよ」

 

「予想の反対を突くと言うことか。面白い」

 ケプリさんは楽しそうに鼻で笑う。

 

「それとも逆に攻めにくい人とか。幻想郷の当事者の子とか」

 

「それも捨てがたい。一度怒らせばその代償が怖いという風か」

 

 ーーそんな風に会話が続いていく中、脚を進めていく。景色はそう変わりはしないが目の前にはやがで大きな館が現れた。

 

 薄暗い地底なので色合いは分かりにくいが青色みたいな寒色系統の屋根と黒い壁のようだ。影に消えるように控えめに存在を示すその感じはとても統治者の住む場所ではないように思える。

 

「着いた、のかな?」

 

「間違い無いと思うが」

 

「入りましょうか」

 

「ああ、間違えていたらまた事情を話せばいい。襲われようとも二人ならいけるだろう」

 

「油断は禁物ですよ。強い人はとことん強いので」

 

「信じられないがな」

 

「そのうち、ーーそのうち分かりますよ」

 僕はそうとしか言えなかった。

 湯気の立っていたはずの赤い光沢と蝋燭の火を反射させる紅茶は随分と前に冷め切っていたようだ。

 

 湯気どころか、空気に触れて酸化しているような色合いをしている。一体自分で飲もうと淹れた紅茶がこんなになるまでやるとは思ってもいなかった。

 

 いつも通り、誰も来る客はなくもう教育というものもない。中居としての作法を纏めた書物を深く読み尽くす必要性は今や皆無。地底の住人は早々の用事がない限りは訪れることはない。カップに入った紅茶を捨てるために廊下を歩きながら日常と変わらない事を考える。それさえも無駄だと思いながら。

 

 温泉の経営も今では放っておいてもそれほど問題なく営業を続けている。私が一々手を加える必要もない。いつも通りの職務に手を伸ばし、管理という名目で押し付けられた一癖ある人達をまとめていくーー。これがどれだけ大変なのかは誰も分かってなどくれない。

 

「すいませーん。誰か居ますか?」

 ……珍しい客だ。若い男の声で可愛らしい。年齢はまだ子供と大差はない、それくらい。そして予定にはなかった来客に私は多少の不安はあった、賊なのではないか、と。しかし、それも声を聞くだけではそうとも取れない。

 

「本当に此処で合っているのか?」

 そしてもう一人、どうにも年齢が不釣り合いで低い声を出している。私はその声の落差には嫌な予感がする。

 

「でも、此処で合っていると中居さんには聞いたんですよね?」

 これは完全に客だ。紛れもなく、何の理由はさっぱり理解出来ないが私か親しい誰かに会いに来たと思われる。

 

「あぁ、そのはずだ。もう少し待ってみるか。人に話を聞かない事にはらちが開かない」

 

「もう一回呼んでみましょうか?すいませーん」

 私は出なくても良さそうとは思っていたが何故か顔を出したくなったので適当な場所に置いて階段を下りる事にした。

 

「お待たせしました。何の用かしら?」

 白髪の男性と黒髪の男性だった。背の感じは白髪の男性が頭一つ抜けている印象がある。

 

(あ、……。)

「あ、こんにちは」

 思考と発言の時間差はほぼなかった。おかげで言葉が重なり、何を言っているのかは聞き取りにくい。ここまで来るとある種才能のような気がする。

 

(早速外した)

「急に押し掛けてしまい申し訳ない」

 なるほど、何を考えているのかさっぱり分からない。指示語がない以上は私の眼でも読み取れない。彼らは何かを予想していたのだろう。私はそう思った。

 

「いえいえ、別に構いませんよ」

 

(よ……。)

「良かったです。ところで此処が地霊殿で間違いないですか?」

 えげつない速さだ。思考と発言のタイムラグは一文字を話すよりも短い。かつてないほど厄介な相手だった。

 

「はい。間違い無いです」

 

(ぼ……。)

「僕はヒカルと言います。彼はケプリです」

 

(速いな。もう少し警戒をして欲しいものだ。仕方なし)

「私がケプリだ。以後お見知り置きを」

 どうやら、ケプリという白髪の男性の方は歯止め役として働いているらしい。だけど、それでも止まらないヒカルという黒髪の男性はあまりにも無防備すぎた。この場合、純粋無垢であるという言い方の方がよりよく進むだろう。

 

「私は古明地 さとり。地霊殿の主人を勤めています」

 

(と……。)

「と言う事は地底を貴女が統べているのですね?尊敬します」

 この人は純粋だった。思った事を口にする、そしてそれは失礼ではない褒め言葉。人の懐に淡々に入り込む。何とも恐ろしい、いや羨ましい。

 

(同意見だな、しかし後で言うのもな)

「自分達が見ている限り、並大抵の努力ではないのだろう」

 間違えてはいない。誰かのおかげで勝手に温泉の管理を任される事になった時には驚いたものだが、あの人は本当にやってしまった。自由過ぎて思考と発言、行動が乖離しているあの人のおかげで。

 

「いえいえ、そういうわけでもないです」

 

(さ……。)

「さとりさんにしか出来ないのですから、どんどん出してもいいと思いますよ」

 ーー何を言い出すかと思えば。そんなふうに言う人は中々いなかった。誰もが恐れて恐縮する言葉でも言ってみようか。どのような反応を見せるか見ものだ。

 

「実は能力を利用していまして。人の心を読むことが出来るのです。そのおかげでとても楽ですよ」

 

(そ……)

「それで職務を全うして楽しいものですかね?あまりそうとは思わないですが」

 観点がズレている。この人やはり可笑しい。

 

「すまない。此奴は偶にこう言う発言をする。寛大な心で許してやって欲しい」

 貴方が代わりに言うものではない。しかし、これでこそ二人の関係は成り立つのだろう。動きの速いヒカルにそれを止められる、または尻拭いの出来るケプリ。この二人は面白い。

 

「それは構いませんよ。立ち話もなんです。応接間にお連れ致します」

 私は伝言板に一応書いておいた。もしもの時、私を呼べるように何処にいるのかくらいは書いておく。

 

 出来れば、簡単につぶれない事を願う。



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143話

 平たい透明なテーブルと黒い革のソファー、そして自分で汲んだ紅茶を三杯用意した。

 

 二人の前に出した時に素直に喜んだ方と毒が入っているのではないか、と疑った方。二人はそれぞれ別の反応を示す。だが、ここまで正反対となるとどうして気が合うのか、それが知りたかった。出逢ったばかりならば、此処に来る理由なんてものはない。あったとしても何日かすれば消え去る運命ーー。ならば、彼らの関係とは一体。

 

「これが紅茶というものですか。慣れていないのか、微妙です」

 子供というのは偶に残酷な事を言う、それはある意味世間の邪な思いに縛らない生き方をした人にも見られる。まさか、こんなふうに会えるとは思いもしなかった。

 

「まぁ、何だ。私はあまり心を読まれる事については疑問がある。だが、此処に来た理由はわかるだろう?」

 

「心は読めますので此処に来た理由はよく分かりますよ」

 恐らくだが、ケプリはヒカルのことをまた別の目線で見ている。そうでもなければこのように過保護になるようなこともないだろう。

 

「地底という場所はどのような人が居るのか、どのような生活をしているか。そんな所でしょうか」

 決して嘘ではない、二人の心を読んでみると純粋な興味を示すのがそれらだった。私としては答えられるものはそうするつもりではある。一人だけ変に乗る気になっていないが恐らく板挟みになっているのだろう。

 

「と、その前にケプリさんの心は読みませんので安心してください」

 

「ふむ、そう言われてしまっては此方も警戒を解くほかないか」

 

「ケプリさん、何をしようとも筒抜けなんですから警戒しても仕方ないですよ」

 

「その適応力は……。いや仕方ないか」

 

「お父さんの事ですか。そうですね、そうだと思います」

 私が心を読むよりも早くここまでしっかりとした意思表示をされると能力を使っている意味合いが無くなってくる。逆に早くいうことで能力を潰されているとさえ思える。でも、彼にとっては素の状態なのだろう。

 

「地底について話す前にその父親について聞いても?」

 

「お父さんは突拍子もないことをよく言うんです」

 

「例えば?」

 

「悪人をどう処罰するか聞いてきたり、何か言ってふらっと居なくなったり。後は話の最中に居なくなったり」

 どれも嘘ではない。彼の言うことと、心の中の様子は変わる事はなかった。本心からそう思っているそうだが、そこに恨みはなく静かな喜びがあった。正直言ってよく分からない。二人とも王子である存在だとは思いもしなかった。そうでもないとあんな衛兵が二人を見ているはずがない。彼の思い浮かばせていた情景からはそんな様子が伺える。

 

「随分と破天荒なのですね。聞いていて、見えてきた景色がどれも関連がなさそうに思えます」

 私としても地底を統べる者だが二人とは天地の差がある。まさに言葉の通りに感じるのは私だけなのだろう。此処をあの緑目の橋姫に漬け込まれそうな所だ。二人の仲が、二人の境遇が羨ましい。

 

「そうですね。おかげでどのような状況でも驚かなくなりました」

 それは冗談だった。でも、悪意ではなく、そうなりたいと言う願望、そうはなると楽しくなるかもしれないと言う不安から来る期待。そんな所だろうか。

 

「統べる者として必要になります。貴方達もそうでしょう」

 

「此処では肩書きで生きるつもりはない。普通に名前の通り、一般人として扱って欲しい」

 

「それは僕も変わりません」

 私の羨望は二人の軽い言葉に簡単に砕かれた。そして、心を読まれているのにも関わらず、これだけ動じないとなると本物としか言いようがなかった。

 

「でしたら、お二人方は私の事は名前でお呼びください。私もそのように呼びます」

 

「そう言えば、さとりさんには何か目標はありますか?」

 

「いいえ。何も無いです。私も地底に落ちるべく落ちた嫌われ者ですから」

 

「それは居るだけでしょう。生きてくださいよ。抜け出すのは自由だと思いますよ」

 

「ヒカルは私の能力について何も思わないでしょうけど、普通は隣のケプリのように身構えてしまうものですよ」

 

「ケプリさんは慎重ですから、余計だと思います」

 ケプリはこれまでもそしてこれからも苦労をするでしょう。それでもついて行きたい理由は何となく分かります。

 

「それはヒカルの前だけ。本当は意外と活動的のようです」

 

「それも知ってます。だから、安心して出ていられるんです」

 少なくともヒカルはケプリのことを信頼している。それは逆も然り。ある一定の信頼を持ってヒカルのそばを離れようとはしない。お互いに支えてもらって二人で生きている。でも、一人でも問題はない。もう二人の仲を切るのは容易くないだろう。

 

「二人の仲は生半可な気持ちではないようです。視ていればよく分かりますよ」

 

「それは良かったです。でも、気恥ずかしいものですね」

 

「褒め慣れていないようですね。其処も凄く良いと思います。と言うことで、本題に入りましょうか。地底というのは……。」

 遠くから聞こえる騒がしい呼び声。そして、二人にも聞こえていそうな足音。騒つく心に私は二人の本性を見た。

 

「さとり様、さとり様!大変です。鬼人 正邪が暴れ始めました。鬼達が止めていますがどうやらお空の力も奪っているようで手に付けられません」

 

「それは大変な事になりましたね」

 騒つく心、二本の支柱にて私の行く先を防いだ。

 

「行きましょうか、ケプリさん」

 

「あぁ」

 二人の会話はそれだけだった。心の中でされた会話はそんな比ではない。まるで心の中が見えているように絶大な信頼を持って二人で進んでいく。

 

「客人にそこまでしてもらうのは気が乗りません」

 

「困ったときはお互い様です」

 

「もしもの時のためだ。俺なら援護できる」

 ーーそう、二人には私の言葉は通らなかった。それは心を読んでいれば分かっているはずだったが実際に聞いてみないと分からなかった。憶測で心を読んでいた私にとってこの二人は眩しかった。

 

「お燐、この二人も連れていかせなさい」

 

「はい。本当によろしいですか?」

 

「良いわよ。二人ならいけるわ。私の心を読む能力は忘れているとは言わせないわよ」

 

「読まないと言ってなかったか?」

 

「興味があったの。申し訳ないとは思うわ」

 

「些細な事ですよ。行きましょう」

 ヒカルは天真爛漫の少年だった。楽しいと思えばそれを全力に表に出す。言葉よりも動きで表現する彼は誰かの手綱は必要だった。

 

「兎も角、邪魔した」

 私は手を振りながら二人のことを見送る。吉報か凶報かそれは二人に委ねてみる事にしよう。



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144話

 核の力によって鬼でさえ真っ向から勝負を仕掛けるという事はできなくなった。それは星熊 勇儀でさえその状況は変わらなかった。

 

 そして能力を奪い取られたお空は一人で項垂れていた。彼女に残されたものはもう何もない。根こそぎ奪った黄金の小槌はどす黒くなっている。

 

「こんな奴、対処出来るのかよ?」

 

「待て。今、さとり様を呼んでいるから恐らく何とかなるはずだ。さとり様に心を読んで貰えば彼奴なんてすぐに倒せるだろう」

 

「これまでもそれでなんとかして来た。だが、勝てる見込みは立たない」

 

「そんなこと考えるとそうなっちゃうよ」

 

「気分では勝っておきたいが状況を見てみろ。姐さんが押されてんだぞ。俺達なんて時間稼ぎにもならないぜ」

 姐さんと呼ばれている勇儀は相手の小槌の一撃を受け続けて体の方は疲弊していた。とても立てるような状況でもなかった。

 

「はいはい、助っ人呼んできたから退いた、退いた」

 

「お燐さん、そんなヒョロイ男連れてきても変わんないじゃないですか」

 

「さとり様に直に頼まれたので私はなんとも言えないかな」

 

「取り敢えず、勇儀さんを助けますか」

 

「そうしてくれ。俺が抑える」

 二人の男は周りを囲む鬼から来ると小さく細い、子供のような見た目で見たこともない輩と嫌な点しか思い浮かばないような感じだった。しかし、その目はそうだとは思わせない。彼らの行動は周りを黙らせる。

 

「と言うわけでここからは退いて再戦できるように怪我の治療をしてほしいよ」

 後は任せているから、とお燐は言っていた。その声もあまり彼らの耳には入りにくい所だった。

 目の前には勇儀さんと黄金の小槌だったドス黒いものを持っている。白と赤のメッシュが前のほうにある乱れた短い黒髪、赤い目をしている。頭には小さな角が二本ある。白いワンピースで三角の赤い矢印と棒のある黒い矢印が下と上から交差するような模様をしている。

 

 その人がお空と呼ばれている人の能力を奪って暴れているらしい。でも、この感じは珍しい事ではなく、時々あるような気はする。ただ、今回はそれが大きくて対応に困っているというところだろう。

 

「勇儀さん、一旦退いてください」

 

「あ?お、お前か。あの小槌には気を付けろ。お前が受けたら最悪死ぬ」

 

「それなら慣れてます。それに後ろは居ますので」

 

「本当は退くのは嫌なんだが。仕方ねぇ、無意味に死ぬよりかはマシだ」

 勇儀さんは両肩を叩いて笑いながら任せると言い残した。鬼と人間というのでその力量さがあったのか、少しどころではなく痛い。でも、激励のつもりならば怒る事はできなかった。それに単純に加減を間違えただけだろう。

 

「黙って見ていりゃ、臭い芝居しやがって」

 相手が変ろうともやる事は変わらなそうであった。拳と剣では多少なり戦い方を変える必要はある。それに間合いの管理は変わる。

 

 僕は振り下ろしに対して僕は抜いた剣を合わせて相手の力を利用する。小槌に抑えられた剣はその反動と僕の腕力で相手の首筋を叩く『無月』。相手は驚いたように目を大きくさせて首が繋がっていることを確認した。その確認の仕方は入念だった。

 

 僕はその間、何かをしようとは思わなかった。相手には諦めさせるという方法を取るつもりだった。

 

「人を斬るのが怖いか?」

 

「はい。繋がりを断ち切る可能性がありますから」

 

「それは残念だったな。その蜂蜜みたいな思考はすぐに捨てた方がいいぜ。その身を滅ぼす」

 相手は地面まで落ちた小槌を引き上げるついでに僕に当てようとする。その威力は鬼が痛いと思うほどで僕が受けたらそれはもう死以外の何者ではない。

 

 僕は横から来るそれを右脚で地面を蹴り上げながら左斜め方向へ跳ぶ。それから風で押さえつけて地面に着地してある一定の距離を取る。その距離は二歩の隙間、来てから反応出来るものだった。

 

 それは相手も知っているのだろう。今のうちに斬り伏せるのは別に出来ないことではない。やりたくはないのだ、自分で言っている通り。そうなれば、責任は取れない。僕は人殺しをしたくて剣を握るわけではない。

 

 生きるために、自分の周りを守るために振るうのだ。

 

 分かりやすく左肩に隠した小槌をそのままに僕の元へも現れる相手。僕は左手に持っていた剣を順手にさせて相手の前に見せた。

 

 緊張はしている、この瞬間にも時間は進んでいき、相手との間合いは詰められる。二歩の間合いから二歩踏み出して僕の元へと近づく。

 

 相手の小槌はぶれ始める。もうそろそろ辿り着く。

 

 刹那、僕は右腕を動かした。小槌の柄の部分を捉え、あらぬ方向へと弾く『水月』。そして僕は剣を鞘の中に納める。この時、鯉口と触れる唾から音は出さない。

 

 相手は思っていた方向とは異なる場所へと行く小槌に戸惑いながらも僕と行く道を交差させる。そして、相手を見るために僕は後ろを振り向く。

 

「チッ、避けやがって」

 相手の怒りは相当のものだった。僕にはそれだけの理由があるのかは知らないが、ここまで何人かに付き合わされた後でこんなだと嫌になるのだろう。攻撃的な鬼だからこそ余計に。

 

「死にますからね、最悪」

 

「いいぜ。こっちも小槌の本気を見せるだけだから」

 

「その内、誰か来ますのでそうなる前に諦めてください。ここから何人も相手することになりますよ」

 

「本当、甘い。何のためにここまで準備したと思ってんだ?」

 

「知りませんけど」

 

「私のための世界を作ることだ。弱者が虐げられない世界を」

 

「ひっくり返せばそれで良いと考えている時点で弱者の域は超えられません」

 

「じゃあ、聞くがお前だって追い抜かしたいと思う奴くらいいるだろう?」

 

「居ますよ」

 

「勝てる圧倒的な力が欲しいとは思わないのか?」

 

「僕は出会って来た人とそれを紡いで自分の力にしていきます。これまでもこれからも。突発的に力を得ても自分の生き方を自分で否定するだけですから」

 

「意見が相違したところでいこうか」

 正直なところ、小槌からの嫌な風は強くなっていた。そして色合いで言うと灰色から黒に近づいている。更にどす黒く、強い色として小槌には現れていた。何かはある、とは思いつつ倒す気のない僕はそのままにしていた。

 

「そうですか」

 相手のここからの動きは速かった。足が速くなったということではなく、判断が。小槌に頼れば何でも解決すると思い込んでいるようで自分の力を疎かにしていた。僕はそう思いながら左腕を下げて相手の動きを見定める。

 

 真正面から潰すことを考えているようで僕は柄頭を右手のひらで押さえながら待っていた。そして、その間合いを詰めるために僕も一歩前に出す。そこから、脚を広げて頭上で一回転『死月』。

 

 しかし、なんというかタイミングがずれていたような気がする。そして五本の剣が地面に当たる音をこの耳が感知した。そして僕の左腕からは剣を持っているという感覚がなくなった。

 

 僕は地面を舐める。相手からの一撃でここまで沈んだことも中々なかった。

 

「油断したな。これで最後だ」

 僕の意識はかなり不安定だった。自分の位置があんまり認識出来ない。それに相手の顔がどうなっているのかもよく分かっていない。結構近いはずなのに声も遠い。何より、頭がぼぅー、とする。

 

「こいつを倒すのは生憎だが、俺だ」

 

「へっ、面倒くさいから最初から全力だ」

 

「大丈夫なの」

 ケプリさんは相手と戦ってくれている。僕は誰かに背負われている。だけど、それは赤い髪でお下げにしている人。いや、頭の上には黒い耳があった。服装は緑と黒をマダラ模様にさせたゴスロリ調のドレス。黒い底の低い靴を履いている。

 

「ちょっと休憩したら問題ないです」

 

「じゃあ、休んでて。あの兄さんと協力して倒すから」

 

「あの小槌を斬れば何とかなりますか?」

 

「多分。正邪はそれほど強い妖怪じゃないから。これだけの数の鬼が居れば問題ないから」

 

「それでは、少しだけ時間を下さい。それと貴女には正邪から僕を隠すように立ち回ってください」

 

「……うん、分かった。今は休んで」

 その人は僕から遠ざかる。僕は地面に座っていたが立ち上がってゆっくりと剣を抜く。そして、目の前の状況を打開する一撃を放つために静かに水平に剣を構える。それから周りの風をかき集めていく。

 

 僕の外側では激戦を繰り広げていた。お燐と呼ばれていた人が前線で掻き乱し、ケプリさんがそれを援護する。多分、そのようなことをしているのだろう。しかし、それがいつまで続くのかは分かってこない。

 

 だからこそ、僕がこれを当てる必要がある。

 

 先程からあった目の使いにくさや耳の遠さは何とでもなった。頭がぼぅー、とするのはどうしようもなかった。それでも、やる必要はある。届くだろう。

 

 そう信じている。

 

 二人が開けてくれた穴に僕が入れるだけ。その寸分の狂いもない一撃を今から見舞う。

 

 僕は脚に力を入れ始めた。基本的な移動手段である地歩を使う為に前にこの斬撃を飛ばす。

 

 一歩目、二歩目……。その積み重ねに、相手との間合いを詰めていく毎に溜めていく風。

 

 その先、何が居ようとも更に前へと進む。僕は迷いはしなかった。お燐の後ろを身を沈めながら近づいていく。

 

 僕は身を低くしながら、タイミングを見計らう。

 

 左脚を前へと。

 

 そこから右脚を後ろへ回しつつ、お燐さんをくるり、とかわす。

 

 持っている右腕は当たるまでは静かにしている。

 

 当たるその瞬間、僕は柄を握るその手に力を入れる。それは大きな力となって剣先から小槌へと伝わる。暴力的な一撃と目の前で起こる暴風。一瞬だけ時が止まった『五ノ技 絶狂嵐』。

 

 そこから先、無音となった。

 

 そして遠くから聞こえる小槌の落ちる音。そして、下唇を噛む時に発せられた露骨な舌打ち。

 

「これだけの数が居れば貴女も逃げるなんてことはできませんよね?」

 

「やってくれたな」

 正邪の力はある意味膨れ上がっていた。しかし、それをどうとも思わない自分はいた。

 

 相手は自分の爪で危害を加えようとしている。自分の怒りの矛先を北へと向ける。そしてながら届かせるわけにはいかなかった。

 

 僕は避けることに専念した。この身体は色んなところへと曲がりくねり、当てたと思えばそれは幻影で引っ掻いた後でさらり、と砂が落ちるように消え去る。相手からすれば当たるはずの攻撃を全て避けられていることになる。相当なストレスを相手に与える『気まぐれの風』。

 

 それから攻撃を加えていく。相手の爪先に少しだけ当てる。相手は怒りに任せて振るっているのだが、隙は意外にも小さいのでそうやって歪に変えていくことで僕は少しずつストレスを溜めさせることにした。それに、僕だけに集中することで他の二人の存在を希薄にさせる、そのつもりだ。だからこそ、避けつつ当てれる攻撃に刀身を当て続ける『龍鱗の舞』。

 

 相手は度重なる煽るような一撃に冷静さを欠いていた。だが、自分のやりたいという気持ちがそれを抑えつける。僕の行動も無駄なようで他の二人の存在は中々希薄にはならなさそうだった。それなら、更に時間をかけさせる。飽きられない範囲でこちらは攻撃を当て続ける。

 

 僕は相手の両腕が同じ方向になるところで一歩下がった。それから自分の目の前で翅を広げた蝶がいるように剣を振るう『胡蝶の舞』。

 

 本来は飛び道具に対して行うが今回はそれとは異なるやり方をすることにした。相手の両腕は外側へと弾かれる。ここで僕は勝負を仕掛けた。剣を自分の背中で隠す、右腕は腹部を通して隠した剣を支える。

 

 僕は右脚を伸ばして前へと押し進ませる。その剣は相手の身を傷つける事はない。相手の気を斬る。それは相手の動きを大きく制限させるものだった『七ノ技 破気』。

 

「後は任せます」

 相手は両脚と左腕を動かせないはずだ。故に訳も分からずに受け身も取れずに地面に背中から倒れた。

 

「やるじゃねぇか!ますます気に入った」

 勇儀さんにもこのように言われ、僕は一躍有名人になった。

 

 恐らく、地底でも力のある勇儀さんが僕の事を気に入ったという言葉を大体の鬼がいる前で宣言したからだと思う。僕は大して困らないが勇儀さんは如何なのだろうか、なんてことを心配してしまう。

 

 この後、勇儀さんとの約束は地霊殿で行われた。お燐さんの感謝の意を評したいという旨と僕の要望によって広い場所が必要になり、そこに決まった。

 

 鬼も参加するとのことで多めの酒を用意したのだが、来たのは極少数。それはさとりさんの心を読むという能力を嫌っている人が多いということだった。結局のところ、勇儀さんも乗る気はしないが仕方ないと言ったことはあながち間違いでもないらしい。

 

 さとりさんは地底を恐怖というもので統べている現実というものだった。僕は気にならなかったが、周りはそうとはならなかったらしい。

 

 そんな訳で、気に入られた事と飲む人が少ない事で消費することに目的が変わった。そんな訳で勇儀さんから勧められる形で今日中に飲んでおきたい分は六人で消費することになった。

 

 取り敢えず、頭が痛くて気分が悪いのは確か。暫くは休もうかと思う。

 

 正邪がこれから如何なるかはさとりさんの判断に委ねるしかないだろう。



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145話

 久しぶりの地上、しかし頭はかなり痛かった。恐らくという言葉を使わずとも酒が原因なのだろう。幾ら萃香さんと酒の席を付き合えたと言ってもそこと彼処では天地の差があった。

 

 消費という言葉は恐るべし。

 こう帰ってきた訳だが本来なら一泊のつもりだったのだが、二泊しているという事実は如何にも変えられない。そして、何より怖いのはどのようになっているのかということだった。

 

「ただ今帰りました」

 何を今更感は如何してもある。それ故に僕の声も迷走気味だった。如何したら良いのか、それにさえ迷いに迷って何処へ向かおうとしているのか不明である。

 

 返事はなかった。恐らく出掛けているのだろう。僕はそう思うことにして踵を返す。幾ら親しんだ家とはいえ、誰もいないところに入ろうとは思わなかった。

 

 僕は何処に行こうか、悩んでいた。守矢神社で神楽を学ぶのも悪くはない。それとも、鈍っているであろう風を使い方を確認、上達させる為に森の中を走るのも悪くはない。そう思った。この家の主である椛さんは今日も山の哨戒を行なっているはずだが、その場所はいつも違う。

 

 人里の状況を見にいくのもどちらかと言えばなしとは言えなかった。何処に行こうか決めかねているその最中、声をかけられた。

 

「間に合いましたね」

 白い短い髪の上には赤い山伏の帽子、一本下駄は高くいつも僕よりも視線が高い印象がある。

 

「あ、椛さん。すいません、何も言えずに」

 会えるとは思わなかった。千里眼と風によって僕の存在は認知されていたと思われる。

 

「本当に自由にやってくれましたよね」

 

「もしかして怒ってますか?」

 

「聞くまでもないでしょう」

 

「身勝手な行為をしてすいませんでした」

 

「別に良いです。その代わり……。」

 そこで椛さんは口を噤む。何を溜め込んでいるようだった。僕は待っていることしか出来なかったのでその時間はとても長く感じる。緊張感の中で何もしないというこの選択肢は戦闘中とそう変わらないような気がする。

 

「今度は私を連れて行ってくださいね)

 

「それは構いませんけど」

 僕はそう答えるしかなかった。別に何か問題がある訳でもなさそうだし、僕はそれほど気にしなかった。だけど、椛さんの表情いつもよりも乙女をしていた。それだけは如何しても分からない。

 外の空気というのは結構澄んでいて、カラッ、とした空気なのだと思えた。その事については今の状態では感謝しかなかった。

 

 俺は取り敢えず、気分を良くするために深呼吸をしていた。頭が少しでもすっきりとするならば、それ以上の褒美はないだろう。それ以外には何も求めるつもりはない。

 

 しかし、歩く距離は長かった。幻想郷の北東から南側へと行くのに最短距離で行こうにもこれだけ時間がかかるものだとは思わなかった。

 

 ーーそう思いながら、やっとの想いで俺は魔法の森へと辿り着いた。

 

 黒い屋根、円柱の塔に家庭庭園のある見慣れた場所。上からは日光は降り注ぐ。

 

 俺は玄関を叩いた。力加減どころではなかった。疲労と気分の悪さは最高潮と言える。その中で意識もぼぉー、としてきた。

 

「はい、どちら様?温泉は楽しかった?」

 

「申し訳ないな。友人との付き合いで断る理由はなかった」

 

「そういうのは良いの。何かいうことがあるでしょう」

 俺は朦朧とした意識の中で結構面倒な質問をされた。まともに頭も働かない。その中で俺は答えを出した。

 

「兎に角、横になりたい」

 全く関係ないとは思っている。だけど、まともな判断はそう思うことしか出来なかった。

 

 触れる肌が温かく、安心感があった。やっと家に帰ってこれたのだとそう思える。

 

「ちょ、ちょっと何してるのよ?」

 

「ちょっと熱があるわね。それに口が臭うし。何をしてきたのよ」

 相手はかなり戸惑っていた。それもそうだろう。とは言いたかったが口はそれほど動かない。強烈な眠気に襲われる。まぶたはかなり重たい。

 

「取り敢えず横になりなさい」

 かなり怒っていた。それでも放っておくなんて事はしなかった。如何でも良かったとは言わないが俺も大分意識はない。

 

「今度は私も誘いなさいよ!」

 

「如何なっても、知らん、ぞ?」

 この言葉は俺の記憶にはなかったが後でアリスには酷く追及された。俺が何をしたというのだろうか?それについては頬を膨らませるばかりで教えてはくれなかった。



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146話

 今日は雨の日だった。いつもなら、鍛錬を積むのだが環境はそうさせてはくれなかった。

 

 屋根に当たる雨粒が音を立てている。その音は屋根が破れるのではないかと思うほどでとてもではないが心は休まらなかった。

 

 今日は椛さんも哨戒にはいかなかった。逆を言えば行く必要もないのだろう。千里眼だけなら山の周りくらいは容易く見ることができるらしい。鍛錬を積むことで何とかする事はできるらしいが視界を曲げるという時点でどういう原理なのかは聞かないほうがいい、と思えるほど。僕には理解出来なかった。

 

 僕としては何処かに出掛ける必要もないので仕方なく家の中に籠る事にした。

 

 何もする事はないが何か違う意味でいいものがあることを切に願う。

 

 と言ってもやはりやるような事はなかった。

 

「暇な時、どうでもいい話をしたくなるのですが、お付き合いお願いできますか?」

 椛さんは突然話を切り出した。それはまるで空を切るナイフのよう。鋭い刃が空気を切り裂くようだった。

 

「良いですよ」

 その切れ味に僕は参った。

 

「私、実は寺の方と縁がありまして」

 椛さんは確かにそのように切り出した。僕としては椛さんの交友関係について全くと言って興味がない訳ではなかった。しかし、幻想郷で寺、と言えば命蓮寺を思い出す。どうして、あそこに縁があるのかは僕にはみえてこなかった。

 

「少し前に矢文で貰ったのですが、体験入会というものをやっているそうで興味はありませんか?」

 僕はすぐには返答はしなかった。別にそれをする事については何も反論はない。ただ、どうしてこの時期にそのようなことを言い出したのかは理解は出来なかった。

 

 人里での復興も終わり、寒い時期となってきた。時折、お邪魔する事はあれどそれ以上の関係は今のところはない。三ヶ月は過ぎたとは思うが。

 

「それは構わないですけど、どうしてこの時に?」

 

「簡単な話、住職が興味を持ちまして。一度訪れてはきてくれないか?と言われました。断ると面倒なので行って欲しいのです」

 

「断るとどうなるのですか?」

 

「話だけでもしたいという事で総動員でこちらに来るそうです。二人でちょうど良いくらいなので何人も入れないと思うのです」

 確かにそれはそうだった。来客用に予備の座布団はあれど、数は二つ。囲炉裏の四方向を一人ずつ囲無事はできる。が、命蓮寺の関係者が来るとなると四人から五人になる。とてもではないが入れそうになかった。

 

「少し話は変わるのですが、来てくれたら文字通り少しだけ寺での生活をさせてあげたいとの事です」

 僕は迷った。別に行きたくないという訳でもなかった。しかし、その間、僕は何をするのだろうか。剣の腕が鈍るのでないかと思った。

 

「ここまで熱烈に歓迎されていて行かないなんて選択、あると思いますか?」

 こういう時、脅しにも似た椛さんの言い方は怖かった。だけど、絶対に行かないと心に決めていた訳でもない。行かない理由はなさそうに思う。

 

「行きます」

 

「でしたら雨が止み次第、出発しましょうか」

 椛さんはそのように言うが僕は肯定の返事はしたけれど、それほど乗る気ではなかった。

 

 中途半端な気持ちの狭間で僕は外の雨の音を聞きながら茶を啜るのだった。

 とある少年は家の中で時間を過ごす一方、深刻な問題としてとある巫女は頭を悩ませていた。

 

 それは詰まるところ、巫女が一人でなんとかできるような問題ではなかった。この数年、詳しく言うと二年ぐらいはそれについて悩ませていた。

 

 幻想郷を覆う博麗大結界は博麗神社の信仰の薄さにその効力を弱めつつあった。前々に起こった吸血鬼の異変からその動きは顕著だった。

 

 それは巫女とその支援者が強硬手段に出るほど。幻想郷を守るためにその殺戮は必要なことだった。

 

「今から寺と仙界の連中を追放するわ。そしたら、少しは博麗神社にも信仰が向くはずよ」

 

「ふふ。それも辞さない程……。必要な犠牲よ」

 そんな巫女の動きを助長させる支援者。

 

 この場所に止める人は居なかった。

 

「そうしたら、博麗の巫女として幻想郷を救い出すことが出来るわ。これでやっと、博麗大結界は元通りにできるわ」

 

「そうね。早めにやっておいて頂戴」

 扇子で口元を隠す。金色に輝くそれは光を反射し、小さな光を灯す。その奥では黒色の思念が浮かび上がっていた。

 

「全力で叩くわ」

 

「私はこれでお暇するわ」

 

「そうして。私は持てる限り全て、それを用意したいわ」

 それから巫女は一人、札を作ることに専念した。



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147話

 昨日の雨とは違い、水によって洗い流した悪いものを乾燥させるような明るい朝となった。昨日とは本当に違う。それは朝、起きた時、その瞬間から分かっていた。

 

「命蓮寺の場所は昨日教えましたので一人で行けますよね?」

 

「流石にそこまで子供でいるつもりはないですよ」

 僕は寝ぼけながらに答えた。椛さんの手を煩わせるほど手を焼かれる覚えはない。そう思いたいが結局のところ、僕は何かしてあげられた事はなかったりする。それでも椛さんは嬉しそうに毎日食事を作ってくれるのだが。それが一番怖かったりする。本人には聞けないが何を求めているのか、それは気になるところではある。

 

「そうですよね。暫く食べれなくなるのでちゃんと味を噛みしめてくださいね」

 

「ご飯食べれないんですか?」

 

「そういう意味ではないです。此処では食べれなくなるので、意味合いとしてはそういう事です」

 

「そうでしたか。てっきり食べれないのかと」

 

「そこまで厳しくないですよ」

 椛さんは冗談を言われてたように楽しげに笑う。そういう姿は普通に女性だった。怒った時、本気の時はどうしようもなく怖いものだが。

 

「そうですよね。安心しました」

 

「私には何とも言えませんので、聖さんに色々と聞いてください」

 

「はい。そうすることにします」

 僕にはこの食事は塩辛かった。いつもなら感じることのない味だった。椛さんが分量を間違えたとも、わざとやったというわけでもなかった。

 

 悲しい味がした。

 木製の大きな門に白い塀に囲われた敷地、此処が命蓮寺だった。僕は意外にも遠いと思っていたがそうでもないらしい。あまりにも静かなものだからなんとも言えない感じになった。

 

「こんにちは!」

 大きい声で挨拶をされた。僕はその声の大きさには耳を塞ぎかけたがニコニコ、としたその笑顔を見て悪意はないのだと思った。前には居たような居なかったようなそんな感じ。それほど記憶にはなかった。

 

「こんにちは。今日から体験入会するヒカルと言います。数日ほどお世話になります」

 

「どうぞ!お入りください!」

 

「そうさせてもらいます」

 その声の大きさはとんでもなかったがその悪意のない笑顔には僕は何も言えなかった。挨拶をすること自体、悪いことでもない、余計にそう思えた。そういえば、何処からか読経の声がしたりしていたのはこの人のしていることなのだろうか。帰りにでも聞いてみようか。

 

 僕はそれから中に入り、白い石畳に足を置く。それから前へと進む。やはり、綺麗な場所は清々しい気分になる。こういう場所では不可欠な要素なのだろう。落ち葉一つない庭と綺麗な本堂。そこで待つのは紫髪にウェーブをかけた尼僧が座っていた。その姿には神々しさも感じる反面、人間味のないその姿に僕は不思議な感覚に苛まれる。

 

「こんにちは。聖さん」

 

「こんにちは。お待ちしておりましたよ。此処まで来るのは疲れたでしょう。一度、休憩と致しましょう」

 優しい目だった、仏のような。そしてそれは機嫌の良い時の椛さんだった。

 

「それで良いのでしたら。構いませんよ」

 

「すぐに茶と茶菓子の用意をさせますね」

 

「お手数をおかけします」

 

「良いですよ。そこまで改まらなくても」

 

「これは自分の気持ちですよ。何か与えたこともありませんから」

 

「いけませんよ、そういう謙遜は。人の慈悲は受け取っておくものです。この世で価値があるのは愛ですから」

 

「その理由だけ、聞かせてもらえますか?」

 聖さんの言ってもらっている事は僕には理解できなかった。それは急に出てきた言葉が愛だったから、というわけではない。どちらかと言えばこの世の価値についてだった。

 

「愛というのは貰える人はいくらでも貰えます。それこそ、生きているだけで、子供が良い例だと思います。そして、貰えない人は幾ら自分が動いても貰えません。そういう意味合いですよ」

 

「詰まるところ、その茶菓子は聖さんからの愛だという事ですね」

 

「恥ずかしい話がそうなります。私の場合は期待の愛ですが。好みの愛を向けている方も居るのではないですか?」

 

「僕にはあまり。区別が付いていませんから」

 愛なんていうものは僕にはどのように向けられているのか。昔からよく分かっていなかった。お父さんは僕を毎日のように鍛錬してくれた。僕が倒れても立ち上がるように促されては倒される一種の虐待ではないかと思うほどの厳しいもの。けど、僕はほとんど毎日やっていた。不器用な人だとお母さんから聞いていたから、やり方を知らないから自分なりのやり方をするのだと、僕は聞いていた。だからこそ、僕は愛の形はわからない。そうやってやれば正解とは思っていないから。優しくしていたらそれで良いとも限らないから。愛の形は何かは知らないから。

 

「少しずつで良いです。少しずつで。貴方は誰でもないのですから」

 

「そうだとは思いますけど、実感が湧かないのが事実です。だからこそ、こういう所に来るように言われるんでしょうか」

 

「貴方は自分が好きですか?」

 

「好きとか嫌いとかそういう事を考えた事はないです」

 

「それはつまり、貴方はそのまま貴方を認めているのです。素直に受け取ればいいのですよ」

 

「そうなりますよね」

 

「さぁ、ゆっくりと過ごした後は写経をやりましょう」

 

「元気ですね」

 

「年甲斐もなくはしゃぎすぎたかしら」

 

「その明るさは人を引き寄せると思います」

 

「そうなのかしらね?」

 

「僕だってこの本堂にどれぐらいの人がいるくらいは分かりますよ。聖さんもこれだけの人に愛されていることを受け入れてみてはどうですか?」

 

「……まだまだですよ」

 聖さんとはそれ以上はこの場では話さなかった。これから写経を行う予定らしい。聖さんはその後も色々とやってもらいたいようだ。



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148話

 言われた通りにしていた。聖さんは僕の横で見ているだけだった。墨だけでやって貰ったが半紙の折り方、写経のやり方は教えてもらっただけで自分でやった。お手本とされる紙はもう横に置いていた。後は筆を持ってから一文字ずつ書いていく。

 

 手を洗いなど、身を清めるための作法は教えて貰いながら横で見てもらう形でやり終えている。それから部屋にはお香を充満させていく。それは聖さんが僕が座布団に座りながら準備をしている間に焚き上げていた。理由を聞くと必要なことだと答えた。その匂いは不思議である事には変わりないが特に嫌な匂いでもないので気にしない事にした。これも写経には必要な事なのだろう。

 

 半紙に乗る墨の色はベットリとついた黒でもなく、濃い灰色のような色合いではならない光沢感のある黒色だった。一文字書いて筆の持ち方を変えた。左手を筆を持っている右手を持っている手の枕にする沈腕から手首も肘も机に乗せない懸腕にした。持ち方も人差し指と中指の二本の指を軸に当てて親指で支える双鉤という手法をで行う事にした。慣れない持ち方と書き方なのだが、そうしないと筆が立たなかった。

 

 ふらふらとした一文字目は見ているだけで何か違うと思うほどだった。だけど、用意されていた半紙は一枚。だからこそ、このまま行う事にした。

 

 二文字目は均一の文字の太さで見易かった。このまま僕は続けていく事にした。三文字目、四文字目と書いていくうちに筆の柔らかい書き心地にも慣れてきた。それは何処か違う意味で意識が散漫とするものだった。僕はそう感じて一旦止める。

 

 聖さんはいつの間にか写経に励んでいた。そして僕よりも先を進んでいる。これが差なのだろう、と思うと僕は僕の道を進んでみる事にした。自分で道を描いていく。その中にはデコボコとした道や何もない平坦な道、山のような膨らみのある道に谷のように下に落ちていく道もあれば、緩やかな坂があるだけだったりその逆だったり。その中で僕は脚を進めながらその書いていく道の意味を知ろうとする。

 

 不変なもの、それは物事に形があるからこそ、あり得ないもの。悩むようなことも迷いや苦しむこともない。それは物事は増えることもなく、減ることもない、物事は刻々と変わりゆくもので一つに固定はされない。一つの形にこだわることもない、それは成長や老いがあるからこそ不変の存在ではないということ。こだわる必要はどこにもない。

 

 世間は自分の思い通りにはならないことで出来ているからこそ、その苦しみを無くすためには自分の都合を捨てるという概念にもとらわなくてもいい。こだわったところで何も起こらないから。菩薩はそれを知っていて悟りを開いているから心安らかに現在、過去、未来を生きているのです。

 

 そんなところだろうか。僕の意見も混ぜながら少しずつ解読してみたところ、そんな所なのだろうか。

 

 物事は変わり続ける、僕が感じてきたようにお父さんの印象もここまで変わり続けていた。こうだから、とこだわる必要もない。

 

 聖さんがそれほど怒りもしないのもその為なのだろうか。

 

「終わりましたね。次は読経でもやりましょうか」

そういう聖さんは安らかに見える。僕の心が落ち着いたからなのだろうか。それとも聖さんが元々持っていたものが僕の目でも見えるようになったからなのだろうか。ふわり、と立ち上がった聖さんは道具を片付け、お香を消し写経した半紙をまた別の厚みのある紙に包んで僕に渡した。此処にいる間は何処か無くさない場所に入れて欲しいとのことで裾に入れておいた。その間、僕は立ち上がらなかった。足が痺れた。それだけだ。

 金色の像の前で僕は正座をしていた。空気感は何処か違うが僕はじっとその像を見ていた。向こうが恥ずかしがるほど見つめていた。

 

「それほど見ていても何も変わりませんよ」

 

「そうですかね」

 聖さんは一つの冊子を僕に手渡す。僕はそれを受け取る。聖さんは僕の左前へ、像の前に座る。聖さんの横には丸い木製の何かが置かれている。ポクポク、と音を出している。その音はどのように出ているのかは露知らず、僕は目の前のことに集中した。

 

 先ほど書いていた事を今度は読むだけだった。この書物はどのように出来上がったのかは後で聞くことにした。僕にはとても理解出来るようなものではないのだろうが。そもそも宗教に触れる機会もなかった。何か目に見えるものではなく、心で感じるようなものが多かった気がする。だからこそ、こうやって眺めて口に出していくのも新鮮ではあった。僕はこの経験で何を思うのだろうか。そんな事を考えていた。

 

 聖さんは一回だけ強く叩いた。それで僕は現世へと戻っていた。それから読経を再開する。とりあえず今は読経に集中していることにした。聖さんの声に合わせて僕はその跡をついていく。僕の目の前には灯火があり、その明かりについていく。誰が持っているのかさえ見えなかったが沢山の手はあった。小さい手、大きい手、届いていない手もあった。でも手だけは見える。数えきれない手が灯火も持っていた。

 

 僕はそれについていく。

 

 それが苦痛とは思わなかった。疑問とも思わなかった。目には見えない、そういう世界はどこでもこのようになっているのだろうと思う。静かに時間が過ぎていくのも僕は感じ取りながら読経を終える。

 

「これで終わりです」

 

「ありがとうございました」

 僕はその場で腰を曲げながら小さく一礼した。いつの間にか終わりを迎えていた読経だった。だが、無意識という訳でもない形容し難いこの事象に僕は戸惑った。だけど、感謝の気持ちやそう言うところはすぐに出てきた。

 

「それでは精進料理を頂いてください。それから感想をお聞きします」

 

「はい」

 僕はそれを言ってから脚を崩した。慣れたもの、とは言えどまだ足は痺れている。 少しだけ待って貰ったところで僕はこの場所へと向かうことにした。門下生とは違う場所、女性ばかりの世界で僕は食べていた。

 

 椛さんと食べているものはまた違うものだったが味自体は慣れ親しんだものだった。きっとここから学んできたものなのだろう。それにしても豪華な食事ですね、一言伝えたら変な誤解が生まれたのは笑い話として椛さんにも聞かせてあげよう。



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コノ命潰エル刻
149話


 大きな平たい机に対面した聖さんと僕。目的は何かは分かっている。それはここまでの感想なのだろう。優しい雰囲気のある聖さんだが、今回は少しだけ邪気が混じっている。嫌なことか何か隠しているのだろうと思った。

 

 外はもう暗く、遠くに置かれている蝋燭も変に雰囲気を醸し出している。お互いの顔色は見えるが部屋の四隅の燭台らしきものと机の上の皿の上に寝かせた蝋燭の火だけだった。

 

「今日はお疲れ様でした。何か感じた事はありますか」

 聖さんは本当に問いかけるように聞いていた。僕はその優しさもどこから出てくるものなのかは何となく分かってきたような気もする。

 

「物事は不変なものですから、感想という固定した言葉をつけるのは違うものだと思います」

 

「そのような回答も良いでしょう」

 聖さんはうんうん、と何度か頭を上下させていた。僕はその様子を見つめながら話すべきか、そうではないかを観察していた。

 

「面白い着眼点ですね。幾度となく挑まれた方でも出るような事はないでしょう」

 よく似ている、聖さんは自分の話をその言葉でしめた。誰に、というのは聞くのは野暮だろうが気になったものは仕方がなかった。

 

「誰に似ているのですか?」

 

「……貴方のお父様です。あの方は普通の人でありませんでした。幾分か時代を間違えているとしか思えません」

 何となくだが、褒めているのだとは思った。だけど、ある意味では汚しているようにも思えなくもなかった。それでも、黙って言葉が紡がれるのを待った。

 

「人は弱い生き物、だからこそ目に見えない物にすがり、助けを求める。が、それが人が生きていく上で不可欠な要素なのだろう。そのように内容を概略するとそのように言っていました」

 

「そして、それは仏教を否定するという訳ではなく、宗教を否定するものでした。そういうものに興味がないのかと私が聞いた時には貴方のお父様は『先祖の考えは大事にする。歴史は紡いでこそ価値がある』と言いました」

 

「お父さんらしいです。勉学にはよく励んでいる姿を僕も見ています」

 

「その時に歴史について、そうではなくても昔の伝承を学んでいたのだと思います」

 

「敵わないですね、お父さんには」

 

「勝ちにこだわる理由は何かあるのでしょうか?」

 聖さんは優しく僕の呟きに耳を澄まし、聞いてくれた。

 

「師を超えたい弟子の気持ちと同じですよ。いつかは何かで抜かしたい。出来れば居るうちに」

 

「その点においてはとても欲深そうです」

 

「もしかしたらそうかもしれません」

 

「……もし、私の力を貸すとしたら欲しいでしょうか?」

 

「要らないです」

 聖さんの口振りから、少し悩んでいたのは読み取れた。だけど、僕は自分の意思を貫きたかった。だからこその困惑させる程の即答だった。

 

「その理由は?」

 

「同じもので勝負したいんです二刀で風を使いながら。自分の考えついた答えで。下らないこだわりです」

 

「いいえ、その心持ちはいつか身を結ぶでしょう」

 

「それで、聖さん。本題は何ですか?」

 その言葉に動きを止めた。まさかの切り返しに返答は用意していなかったようだ。

 

「実は貴方のお父様が危篤状態らしいです」

 

「……知っています。そして、どこで潜伏していることも」

 

「そうですか。実は今日、急に貴方を呼び出したのにはお父様に頼まれたからです。この事を伝えるように、と」

 聖さんのそう言った後の表情は明らかに暗かった。僕とお父さんの因縁はやはり理解されにくいのかもしれない。それだけ性格的に合致はしないのだろう。

 

「それはどうして?」

 

「お父様が話す限りでは、時間がなくなってきた。だからこの事を伝えるための口実を作って欲しいという事でした。それは何を意味するのかは私には分かりませんが平和的に解決する術はあると思います。だから私から話すのは渋りました。ですが、向こうには相応の覚悟はあるようで私は椛さんに手紙をほとんど同じ内容で送りました」

 

「そして、僕を体験という名目で呼び出して今、その事を話したという事ですか」

 

「いえ、私から話すつもりはありませんでした。貴方が私が嘘をついている事を見破りましたから。仕方なくこの事を伝えました」

 

「本当は誰が言うつもりだったのですか?」

 純粋にその事が気になった。聖さんの思惑も何かしらあるとは思うがそれは僕が無駄にしてしまった。聖さんはお父さんと僕の約束は知らないと思うのでどうしてそのような事を伝えようとしているのか、其処までは分かっていないと思う。

 

「豊聡耳 神子さんです。あの方なら伝えられると私が思いましてその事を伝えました」

 

「そうですか。明日、朝から向かう事にしましょう。準備は手伝います」

 

「それは助かります。ですが、最後に一つ、お父さんを超えてからどうしますか?」

 

「今のところは何も。ですが、本当の意味で超えたとは思えないのは確かです」

 

「……そうですか。また、何かあればいらしてください」

 聖さんの言葉は冷ややかで重たかった。だけど、それ以上は聞けなかった。答え方を誤ったのかもしれない。



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150話

 何となく眠れなかった、それだけは覚えている。何でもない言葉でも気になるものは気になる。僕はその引っかかりをどのように解消するのが良いのか、それを悩んでいた。しかし、こう届かないと思って諦めてしまうのも何か違うとは思えてしまう。しかし、何をするのが良いのかは今のところ、僕には分かっていない。

 いつのまにか着いていたその場所は間違いなく仙界だった。前にも見た事のある光景が広がっている。あれはいつの時だったか、それはよく知らないけれど。前に魔界に行ってしまった時に偶然にも見つけていたような気はする。

 

「随分と早い到着だね」

 

「迷惑でしたか?」

 

「いやいや、早めに用件が済みそうだから安心したよ」

 その人が神子さんだった。金色っぽい薄茶色で耳と疑いそうなほど尖った二つの何かがある髪型をしている。耳元には音を遮断するイヤーマフがあり、金色の文字で和、と書いてある。袖のない薄紫色のシャツに紫色のマントを羽織り、右腰には剣を携えている。スカートは紫色で下駄のようなものに白色の足袋を履いている。その先は見えない。

 

「何か、ありましたか?」

 

「あの人の頼まれごとは変に重たくてね。だから早く伝えておきたい」

 

「聖さんは神子さんから聞くように言われていたのですが、その事ですか?」

 その真実は知っているのだが、隠しておいた。聖さんには悪い事をした、その償いだと思ってくれたら良い。勿論、その場で謝りはしている。

 

「その通りだよ。君のお父さんが危篤状態にあり、勝負を挑もうとしている。長くてニ月と言っていたような気がする」

 

「約束は守ってくれるようですね。それは良かったです」

 

「その約束は知らないのだが、随分と元気は無くなっていた。それに生きたい欲はあれど、死にたい欲もある。不安定な状態だった」

 

「何かあったのでしょうか?」

 

「それは分からない。けど、君に託したいという欲は十分過ぎるほどだった。恐らく、残りの人生は君に託すのだろう。だから、それだけの覚悟を持って向かっていってほしい」

 私から言える内容はこれぐらいだ。そういう神子さんは口元に笑顔を浮かべていた。しかし、目は笑っていない。

 

「そして、君は倒した後はどのようにしたい」

 

「聖さんにも言われたが、まだ答えはないです」

 

「そうだろうね。君に生きたいという欲は感じられない。何の為に今を生きているのか、それを知りたい」

 僕は考えた。だけど、それは何を言えばいいのかはまだ形にはならなかった。どうしても綺麗な言葉にはならなかった。

 

「僕には助けたい人がいる。答えはなくともその先で自ずと見つかると思う」

 

「それも良いでしょう。私にも託されている。君がどのようにこれからを歩むのか、太陽の道なのか、月の道なのか。それは恐らく今は定まらないだろう。静かにそれでも刻一刻と近づいている。躊躇っていると目の前の壁はいずれ超えられなくなる。恐らく、君は色んな人の想いを背負っているのだろう。道は険しくとても登れる道では無くなるだろう。それでも足は止められない。もし、勝ちたいとそう思うのであれば。生きるというのはそういう事だ」

 

「つまり、君には生きたいという欲は足りない。だけど、それには似合わない程人の想いがある。それに応える心が必要だ。戸惑いは要らない、その間に遠のく、君の目標がね」

 神子さんはそのように僕の事を評価してくれたのだと思う。僕はすぐには言葉には出せなかった。思い当たる節はある。その先、何があるのかは全く分かっていない。だけど、迷っていれば確かに道は暗くなるばかりなのだろう。そう思うと僕は頭を抱え込みたくなった。

 

「神子さん、有難う御座います」

 

「いいや、これは頼まれた事だ。道を示してほしいとね。匿名だから名前は言わないよ」

 

「実感がないです、その時が近づいていると言うことに」

 

「私が頼まれていた事は以上だ。何も無ければ命蓮寺まで送ってあげるつもりだが、どうだろうか?」

 

「是非」

 

「うん、ならば向かうとしよう」

 神子さんに言われるがままだった。僕はまだ路頭に迷っている。ただ、どこに向かえばいいかはどちらと言えば鮮明な気もする。取り敢えず、今は技を磨いていることにしよう。

 ……と、思っていたのだが、命蓮寺に着くなり何が始まっているのかと思えば、霊夢さんが札を投げている。聖さんはそれに応戦しているようだ。いきなりの状況に僕はどうしようか、迷ったが神子さんが向かうので僕も向かう事にした。

 

「丁度、頭が二人揃ったわね」

 霊夢さんはこちらの気分が悪くなる程に身を震わせていた。何が目的なのか、何をしようとしているのか。それは何も見えてこなかった。霊夢さんが何をもって聖さんと対峙し、神子さんと僕がいる事で頭が揃ったと言う発言になったのかは僕にはよく分からない。

 

「これはどういう状況かな?」

 

「神子さんは仙界で迎え撃つ準備を。私はここで時間を稼ぎます」

 聖さんの言い方は真剣そのものだった。何らかの巻物を構えながら霊夢とは対峙している。状況とは関係ないが聖さんが戦闘も行えたのは驚いた。

 

「そうはさせないわ」

 霊夢さんは僕達に向けて札を投げてきた。手一杯に持っているそれを多方向にばら撒く。様々な軌道を描きながら札は向かってくる。それを僕は避ける事に徹した。足裏が地面に着くその間際で走り続ける。不規則な札は近付けてから急な方向転換で何とかなった。それは神子さんも変わらなかった。何をしたのかは分からないが避けていた。

 

「博麗の巫女だったか。ここに居る二、三人を相手して無事に帰れると思うのかい」

 

「その方が良いですかね」

 僕は二人の輪には入ろうとは思わなかった。正直なところ、僕に戦いに参加する理由はない。攻撃を受けたといえ、目的が僕ではないと思う。誤射というものだろう。

 

「青年の息子も入ると良い。貴方にはどちらでも選ぶことが出来る」

 そのように神子さんは僕に向けて話してくれた。僕は少しだけ考えたが実際のところ、別にそれはどちらでも良さそうな気がしてきた。入る理由はある、入らない理屈はある、それだけだった。

 

「霊夢さんは何が目的ですか?」

 

「仏教と神道の先導者を潰す事、それ以外はないわ。でも、貴方はこちらに着いた方が後々、幸せになるわ」

 

「見るからに悪人の霊夢さんの味方は難しいですね。三人で霊夢さんと相手しようかと思います」

 

「後悔するわよ」

 僕に迷いはなかった。何があれど、この二人を倒す理由にはならない。僕に教えてくれた事は少なからず悪いものではない。その事を霊夢さんは知らないだけ。考えが甘いかもしれないがそれは僕の個性だ。

 

「それでも立ち上がる。皆の支えで」

 僕はゆっくりと霊夢さんの元へ歩き出した。

 

「さて、私たちは支援に徹しますよ、聖」

 

「その方が良いかもしれないですけど。良いんですか?」

 

「聖が苦戦するなんて相手も本気のようだしね。それと後継者を育てるのは私たちの役目だろう」

 

「それだけではないでしょう」

 

「青年の息子ならばどうなるのかいうまでもない」

 

「そういう事にしておきましょうか」

 二人の会話を聞くのは其処までにして僕は霊夢さんと対峙する。歩くまでに風は補充しておいた。

 

「アンタを倒す理由はなかったけど、今はあるわ。覚悟なさい」

 霊夢さんの手から放たれるその何十枚からなる札の弾丸は軌道を曲げて、変わって様々な方向から現れる。そういう時に扱えるもので勝負する事にした。避けに徹し、相手の出方を伺う『気まぐれの風』。

 

 左右上下から札は現れるが僕は何も気にしなかった。僕の事を執拗に追いかけているが僕は地面のすれすれを跳び続けた。足裏が地面に触れないそのギリギリで僕は何度も脚を伸ばして地面を蹴っては方向を思い切り変えていく。

 

 ゆっくりと近づいてくる本人も僕は何もしなかった。

 

 ゆっくりと横に抜けて通り過ぎるだけ。僕には攻撃をするという思考回路は作らなかった。相手の出方を伺い続けるだけで僕からは刺激はしない。それから全てを把握してからゆっくりと抑えていく。そうでもしないと相手には勝てなかった。速い速度の弾を避ける為には攻撃を考えている時間は今のところなかった。そして、それだけの速度を出す為に最低限の事しか働かなかった。自分の意思で動き続けて、自衛本能で避けて続けていく。その中で入れる隙があるならば、全力で叩き込む。

 

 段々と効力が無くなる札が多数、そして霊夢さんの手によって補充される札も多数。増えていく札の動きにも目と風の感覚で避け続ける。隙間を縫うように動き、霊夢さんに近づいては当たらない所まで高速で逃げる。世間では屁っ放り腰といわれる行為だろうが人間は下手すれば一撃の擦り傷で死ねる。だからこそ、こうするしかないのだ。

 

「夢想封印」

 一瞬だけ動きを止めた霊夢さんはそれを叫んだ。それから間も無くして七色に光る弾が僕の前に展開された。僕の脳裏にはヘカーティア・ラピズラズリの遊びの弾幕が想起された。でも、あの時よりは少しくらい強くなっていると思う。

 

 だから僕は負けなかった、過去を乗り越える。

 

 僕の左手は柄を握る。それから抜刀した『一ノ技派生 抜刀風刃』。

 

 それから僕は目の前の弾幕を避け続ける。弾自体はそれ程大きくない。そして、数もどうしても少ないように感じる。見ているだけでも隙間があると感じる。それに最低限の遮蔽物はある。それだけでも助かる。抜いた剣は鞘には納めなかった。此処からは攻撃に転じればいい。そして、あわよくばこの状態からでも一撃は加えてみたい。

 

 と言ってはみたものの、やはりそのような隙はなかった。だからこそ、弱い一撃を前方方向に一つずつ飛ばす。刀身の厚さのものから一振りのついでに出たもの、それも全ているだろう場所に打ち続ける『九ノ技 龍舞鎌鼬』。

 

 身体を空中で止め、そこから逃げ、地面に音もなく着地し、そこからまた別の場所に低姿勢のまま走り続ける『四ノ技 風舞』。

 

 自分の前で剣を一回転させて壁を作り上げる『六ノ技 防風』。

 

 矢を弾く際に扱える翅のように動かす『胡蝶の舞』。

 

 出せる限りの技は扱う事にした。その中でも即死になるもの、そもそも使えないものは使わなかった。

 

 勢いを殺す為に地面を滑り身体を回転させて相手の方を見る。

 

 右手は剣を持っていたので親指、人差し指、中指で。左手は剣に当たらない位置で手の平で。両足は付けれる所は全て付ける。そして、顔は地面すれすれまで落とす。

 

 そして相手の動きをそのまま待ち続けた。

 

「どうなってんのよ」

 其処には片膝を付けた霊夢さんが居た。僕は飛び込まなかった。

 

「神子さん、聖さん。本体はどこにいますか?」

 僕は目の前の霊夢さんが偽物である事は風で知っていた。それでも何をするのか分からないのであれば注視する。指一つ、その動きも見逃さなぬよう。

 

「そう言われても」

 二人は困惑していた。視界に入らないのと言えばそれはそうなのかもしれない。上は少しだけ気付くのには遅れた。物理的に距離が遠くなる上に上、斜め方向は偶に見逃す。僕の技が未完成だからだ。

 

 僕は指先で柄頭を押し出して地面に軽く突き刺さりそうなところで足裏で押し込んだ。正確には飛び上がる為の足場にした。

 

 僕は霊夢さんに向けて直上を目指す。そこから体勢を整えて左脚を回す。霊夢さんはそれに注目する。避ける姿勢をとったところで僕はそこには放たない。

 

 右足の裏で空中を蹴り出して回す角度を変える。避けようと前に姿勢を出していたことが霊夢さんにとっては災いだった。僕は左足も空中を蹴り、両脚を揃えるとそのままとある場所へ振り下ろす。我ながら残酷で非常な攻撃ではあると思う。

 

 立ち上がれなくなった霊夢さんが地面に横たわっている。僕は空中から地上へ降りた。

 

「霊夢さんはやり方を間違えたと思います」

 霊夢さんは立ち上がる素振りを見せたところで僕は話しかけた。そして、僕は自分なりの主張をしてみる事にした。

 

「数は圧倒的な力に負けます。その圧倒的な力は同じ思いを持つ何かに負けます。同じ思いを持つ何かは数も力も有しています。霊夢さんはその思いを潰してまで幻想郷を守りたいですか?霊夢さんは幻想郷の住人を何らかの形で殺しても良いと思いますか?僕はそう思いません。だって、守るものがないですから、下から支えてくれる人が居ませんから。自分の首を絞める行為は辞めましょう。霊夢さんの今の行動に少なくとも此処にいる人たちは賞賛はしませんから」

 

「じゃあ、私はどうやったら幻想郷を守るのよ!?アンタはどうやったら守れると思うのよ?教えなさいよ!早く」

 

「簡単なことですよ。具体的に何をするかそれを宣言する事です。霊夢さんが何の為に此処に来たのかは僕には想像出来ませんが、恐らく重要な理由はあるのでしょう。ただの殺戮ではないと、霊夢さんの言葉で説明して下さい」

 

「私はね、幻想郷を守る為に、博麗神社の信仰を取り戻したいのよ!そうじゃないと幻想郷が終わるかもしれないわ」

 

「信仰を取り戻したいから恐怖で人を押さえつけるのであれば、それは守るではなく、支配すると変わらないです。その反発は霊夢さんでは止めれませんよ。この人数に負けるくらいですから」

 

「早くしないと幻想郷が終わるわよ。結界が消えかかっているのよ!?早くしないとアンタだって困るでしょう」

 

「紅魔館で読んだ書物の内容なのですが、神は世界を作るのに六日掛けたそうです。でも、壊すのは一日で足りるそうです。それは信仰同じです。無くすのは簡単ですが、取り戻すのは容易いものではないです。これから、霊夢さんがどのような行動をするか、それにかかってます。どうしたいですか?」

 

「私は何をしたら良いのよ?」

 

「此処で修行とかしてみたらどうです?」

 

「馬鹿じゃない。何で私がこんな所で修行しないといけないのよ」

 

「こんな所に負けている霊夢さんはそれよりも下ですね。それに霊夢さん。敵情視察は重要ですよ。自分に足りないもの、勝てるものがあるかもしれませんから」

 

「例えば何よ?」

 

「聖さんでしたら、僕に人としての生き方を経から教えてくれました。神子さんは僕に足りないもの、足りているもの、必要なもの、不必要なものを教えてくれました。霊夢さんは何が出来ますか?」

 

「知らないわよ」

 

「とにかく、今日はお帰りください」

 

「分かったわよ」

 霊夢さんはそれからここから離れていった。使われた札は百何十枚、その紙切れは命蓮寺の庭に散りばめられたままだった。

 

「剣、抜くの手伝ってもらえますか?」

 僕は二人に少し笑いながら話しかけた。



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151話

 この三日、人里では傷害事件が起こっていた。不意ではないが、故意ではあった。そして、本人は自分の名を名乗り、その場を去る。傷害を加えるのは抵抗がなければ一人で、一発だけ。しかし、その一回で多くの人間が怪我を負わされた。捻挫や骨折、内出血……その他の怪我を負って人は心も折られていた。

 

 人里の人間も抵抗はした。しかし、その怪力には誰も対抗出来なかった。その怪力に勝つには同じく力を持つ怪物、これまでの異変を解決していった巫女や魔法使い、メイドに剣士、薬売り、その他。その人達へ情報が伝達された速度は今までの比ではなかった。そして、解決に向かってきたその速度も今までとは異なる。

 

 幻想郷を守る側としてこの脅威に脅かされるのは御免だと、いつもは怠け気味な巫女でさえ思っている。それがこの速さへとつながった。

 

 異変の解決をした事のある人達が到着したのは情報が伝達した当日、三人が訪れた。

 

 博麗の巫女、博麗 霊夢。

 

 魔法使い、霧雨 魔理沙。

 

 紅魔館のメイド、十六夜 咲夜。

 

 三人によってこの小さな事件の解決へと向かった。

 大きな太陽に照らされた人里、恐怖の立ち込める中で一人悠々と歩いていた。笠を被り、白い動物の仮面を被る老年の男性は腰に携えている刀の柄を触りながら、何かを準備していた。

 

 その人も前に現れたのは銀髪の青い服装をしたメイド。

 

「貴方ね。人里で人を傷つけているのは」

 

「そうだ」

 男の返事は軽いもので、三文字だけだった。その潔さはある意味死期を悟っているようだった。

 

「何をしたいのかは分からないけれど、此処で観念しなさい」

 その人からふわり、と空間が広がる。羅針盤をモチーフにしたような紋様があたり一面に広がりつつある。

 

 男はそれを刀を一振り、それだけで崩した。

 

「何、者よ」

 

「そう驚くことでもない。前から何も変わってなければ破られる事は想定内だろう」

 男は即座に鞘の中に刀を収納させた。その時に音は鳴らない、少なからず目の前のメイドには……。

 

「良いわ。それぐらいの不利は覆せるわ」

 此処までの経験、それを全て使っても止める、咲夜はそんな気分を拭えなかった。

 

 男は唾を親指で弾く。

 

 それと同時に放たれた六本のナイフは剣先を叩かれ、別々の方向へと散らばる。男から見て前半分、それを等分するようにナイフは軌道を描いた。

 

 咲夜が目を見開いた刹那、男の刀は鞘に納まっている。咲夜は前から来る六本のナイフはを避ける事で身体に刺さるという難を逃れた。その間、あの速さならば一撃は与えられた。それをしなかった男を見ていた。

 

「その程度の不利とは言ったものの、思いもよらぬ事態になったようだな」

 

「よくそんなしおれた声で此処までの力を出せるわね」

 

「俺は今日のために生きてきた。死に急いでいるからだろう」

 

「だったら、一人で死ねばいいじゃない。誰かを傷つける理由にならないわよ」

 

「そうだ。ならない。が、それは本当にそうだろうか」

 

「何を言っているのよ。意味が通っていないじゃない」

 

「悪事を働いて誰が得をすると思う」

 男は咲夜に問いを投げかけた。別に答える必要はない。それに、男も動いていた。

 

 咲夜は動かしかけた頭、口をそのままに太腿に備え付けているナイフを投げる。両手から三本、計六本のナイフは男の残像を斬り裂き、後ろへと流れていった。あれが何処まで行くのかは見当はつかない。ただ、順調に数を減らされている事だろう。

 

 男の動きは目に見えている範囲では早くはなかった。それこそ、普通に走っている程度、目で追えないはずはない。

 

 なのに、咲夜の首筋には刃が近づいていた。この時、何をされたのかはされた本人には何も分からなかった。

 

 防御はしたはず。それなのに、男の刀はそれを通り抜けてその先までやってきた。

 

「生憎だが、これ以上、敵に回す事はしない。早く去れ、ピーマンの嫌いな子供を悲しませる理由はない」

 男はそう言いながら、刀を鞘に納める。咲夜を突き放し、背を向ける。再び静かに歩いた男の背中に一本のナイフ。男はくるり、と身体を回転させて受け流す。

 

「だったら、本人を呼べばいいじゃない」

 男の背に向けて咲夜は叫ぶ。その目に何かは浮かんでいた。

 

「察してくれ。俺だってこんな事はしたくない。特に世話になった人を斬るなんて真似は」

 

「私が止める理由なんてないじゃない」

 

「そうだ。迷惑はかけた。次が来て、片付くまで何処かで眠っていてくれ」

 咲夜の身体は軽々しく浮く。鳩尾に放たれた鋭い弾丸が咲夜を意識不明にまで陥らせた。倒れ込む、そして立ち上がる事はなかった。そう、まるで息を引き取ったかのよう。

 

「到着が早いな」

 また始まる。男の惨劇が。

 

「誰かは知らないけど、これ以上迷惑は掛けさせないわよ」

 黒い髪、赤い大きなリボン、白い袖に赤の巫女服、赤い丈の長めのスカート。博麗 霊夢は持ち前のお祓い棒で男を指した。

 

「何が目的なのかは知らないが、ここで観念してもらうぜ」

 金色の髪、黒いとんがり帽子、黒いベストとスカート、白いシャツ。霧雨 魔理沙は箒に跨りながら、悪魔的な笑みを溢す。

 

「そうか」

 男は二人の事を蚊帳の外であるかのように扱う。視界に入れど、興味はない。そんな感じだった。

 

「素っ気ない態度ね。どうでもいいけど」

 霊夢は裾から札を取り出す。八枚をばら撒き、多方向へと飛ばす。札は霊力が込められていて対象者に張り付く事で効力を発揮する。それまでは本当の意味合いで紙切れのように風の流れに任せるまま漂う事も一直線に向かわせることも出来る。

 

 ただ、相手が悪かった。

 

 刀を一振り、男は静かに鞘に刀を納めた。

 

 札は二分化され、ただの紙切れとなる。八枚ともそれに例外はない。綺麗に斬り裂かれ、風に流されて何処かへと飛んでいくその様は何処かもの悲しい雰囲気を醸し出す。

 

「相手が悪かった。そう思って此処は退いてはくれないか」

 

「そんな事するわけないじゃない」

 

「そうだぜ。二人で攻撃を合わせれば、まだ何とかなるだろうぜ」

 

「そうか。ならば早く始めよう」

 男は他人事のように吐く。二人はその言葉を真に受けた。

 

「行くぜ!霊夢」

 

「任せなさい、魔理沙」

 星々の煌めきをそのままに空から地面へと降り注ぐ光の数々は彗星のように空を描いた。一つ一つの星は小さくとも、それが塵、塊と変わりつつある。

 

 それに合わせるように十六枚の札が空を舞う。赤い文字の描かれた白い紙は青い星の数々の合間を抜けて、男の元へと近づいてくる。

 

 男は特に動くような事もしなかった。一面に広げられた星と札は男の視界の目の前に広がっているはずだった。

 

 土埃が舞い上がる。そして、音はそれ以上は聞こえなかった、風の音しか聞こえない。柔らかい風だった。

 

 それは生きているという証拠、そして視界を埋める程度ではまだまだ足りないという事を意味していた。

 

「優しい弾幕だった。残念だが、俺はごっこ遊びは御所望ではない。もう少し血を湧き立つような弾幕を頼む」

 男は刀を抜いていた。右腕を伸ばしてその先には緑色の弾が出来ていた。男は笠で顔の半分を隠していた、そしてその顔も仮面で隠れている。それでも楽しそうにしているのがよく分かる。静かにそれでも着実にそれは動き出している。

 

 そして、それが動いた時には多方向に細いレーザーが放たれる。それは魔理沙が放ったものと変わりない。しかし、真っ直ぐな直角に折り曲がったレーザーとなり、その場に暫くは居座り続けた。

 

 その間は其処を通り抜けることはできない。文字通り、袋の鼠となりかけているところを男は追撃を放つ。

 

 斬撃だった。ただの斬撃ではなく、距離に応じて大きくなっていくようでそれはいくつもあった。目には見えないほど、細いが確かに放たれている。

 

 避けること、それ以外にやれる事はなかった。それほどに過密な弾幕と斬撃に二人は半ば参っていた。

 

 しかし、それだけでは終わらない。ある程度遠くへと移動した緑色のレーザーはその場に留まる。そして、二人の後ろから男に向けて一直線に向かってくる。まるでスナイパーライフルの連射だった。強力な弾幕に二人は軽々しく弄ばれて、咀嚼された後に吐き出されたかのように地面に落ちた。すぐに立ち上がることも許されない。

 

 其処にあろう事か、男は右腕を肘を折り曲げて肩よりも高い位置で構えた刀を押し出していた。その前には緑色の弾がある。それを突き飛ばした。まるで散弾銃が発砲されたように辺り一帯にばら撒かれる。

 

 地面に当たる緑色の弾は静かに吸収される。そして家屋に当たりそうになった弾もそれは同じだった。

 

「これが現状に満足した者としなかった者の差だ」

 男はそう言いながら、地面に伏せている二人に近づく。何も警戒はしていない。そう感じさせるほど、淡々と歩いていた。

 

 黒いとんがり帽子がピクリと動いた。その刹那、八卦炉を取り出した魔理沙は男に向けて放つ、いつものお得意の魔法。

 

「マスタースパーク!」

 男は特に驚くこともしなかった。しかし、刀で一閃。全てを受け止め、少し角度を変えて弾き返された。地面に当たるだけでもそれなりの衝撃を与えられた。

 

「ずいぶん弱くなったものだな」

 男は吐き捨てる。しかし、その現実を見てそれを否定する気力は魔理沙にはなかった。そして自分の非力さを嘆く。

 

「何も出来やしねぇ。負けだよ」

 魔理沙はそう言った。確かにそのように言った、もうこの男には勝てないと悟ったからこそ、出てきたその言葉。

 

「そうか」

 男は淡白にそう答えた。そして一気に距離を詰めて魔理沙の首筋に目掛けて刀が振られる。

 

 刹那、何が起こったのか、金属がぶつかる音がした。魔理沙はその音を不審に思いながらも目を開けて目の前で起こったのであろう事を探った。

 

「やっと本題に入れそうだ」

 男は呟く。確実に男の視線は魔理沙には向いていなかった。角度的には刀の振られた方を見ている。

 

「ここで会ったからには死んでもらいます」

 

「そんな約束もしたものだ。して、その自信はあるのか」

 

「あるとかないとかそんな話ではないです。言ったからにはやってやります」

 

「そうか。最後まで続くと良いな」

 刀にこめていた力を抜いて一歩退がった男は腰に携えていた二本の刀を抜いた。刀身は銀色で綺麗な金属の色合いをしていた。

 

 そして訪れた男も一本退きながら剣を抜く。黄色の刀身で異界のものを思わせる色合いをしていた。

 

「始めましょう。初めから全力で行きます」

 

「そうか」

 男は嬉しそうだった。



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152話

 あれは昨日の話だった。

 

 白飯にすまし汁、いつもと変わらない食事を椛さんと同じ時間に食べていた時に聞いた。

 

「人里で狐の仮面をつけた男が暴れているらしい」

 と。椛さんのその言い方は優しく、背中を押し出しているような感じだった。しかし、僕にとってそれはある種の宣戦布告だった。お父さんとは確かに約束した事がある。今日、椛さんからその話を聞いたと言うことは裏を返せば、向こうの準備は整っていると言う事だった。

 

 椛さんはわざとなのか、それ以上の情報は僕に与えてくれなかった。内通している、そんな事は大体察している。ここを紹介したのは紛れもなくお父さんであり、知り合いであり、師範でもある椛さんと通じていないと考える方が異常だと思う。

 

「そうですか」

 僕はそれだけを返してもう横になる事にした。不安に苛まれながら、勝負を仕掛けられたと言うその昂りはどうにもなるような気はしなかった。椛さんはもう何をしようとしているのか分かっているのだろう、何も僕の行動に口を挟む事はなかった。

 

 明日にはどちらかが事切れる、そう思うと眠れなくなる。そんな一夜を過ごしていた。

 

 そして、今静かに切られたテープは始まる事を祝しているようだった。

 魔理沙は既に二人の視界から消えていた。

 

 少年は逆手持ちにしている左腕にはあえて力を入れずに静かに相手の出方を眺めていた。

 

 男もそれは変わらない。順手持ちの両腕をだらり、と下げたまま待ちぼうけの姿勢を取り続ける。相手からすれば絶好の機会、とはならない。避け、捌きに長けた彼に近づく事がまず誤りなのである。それぐらいは少年も何回もやっていた中で知っている事実だった。

 

 お互いはお互いの出方を伺う。男は自分の長所を最大に活かすため、少年は近づかないように攻撃する方法を考え出す。

 

 一ノ技、ニノ技では届かない更なる先。

 

 二本を利用して上下へと振り分ける。剣に纏わせた風が周りの空気を振動させて男へと突き進む『一ノ技派生 双剣風刃』。

 

 男は上半身をふらつかせる。体がブレ、近くの地面からは足音がした。少年は脚を折り曲げて地面へと身体を近づける。

 

 その上を男の左脚が通り抜ける。振り下ろした鎌のように突き刺さったそれは折り返して蹴り上げる。

 

 自分の身体を左回転させて避ける。寸前のところで避けた少年は身体の回転を利用して右腕は突き刺し、左腕で薙ぐ『連撃 風刃凸』。

 

 それも相手には届きもしない。その場には姿が見えなかった。

 

 少年は前へと飛び、後ろを振り向かずに双剣でほぼ全方向という広い範囲を薙ぐ。

 

 当たりはしない。

 

 来てすらいなかった。

 

「届きもしないですね」

 

「そうか。だが、諦めはしない、そうだろう」

 

「そうですね」

 

「そうか」

 男はそこから発しようとした言葉は口の中で埋もれた。噛み殺した息をそのままに行動を示す。

 

 低い姿勢から打ち上げるように少年が剣を振るう。

 

 男は上からそれを潰す。

 

 少年はそれでも押し上げた。

 

 男はそれでも抑え込む。

 

 拮抗する中で次をどうするのか、その先相手は何をしようとするのか。その読み合い。少しの読み間違いは死を呼ぶ。少なくとも少年はそうだった。

 

 空いていた剣はその拮抗した点を追い払う。横にふられた剣が男の刀を吹き飛ばすような勢いだった『咲天』。

 

「そうか」

 男は楽しそうだった。

 

 少年は更に前へと進む。

 

 地面すれすれから思い切り切り上げていく。脚は地面を擦り、刀身は舞い上がる土を斬り裂く。男は本当に何もしなかった。

 

 ただ、後ろへと下がりながら下側を斬り裂く。突き上げる一撃を真横から弾く『下弦』。

 

 真横から弾かれようとも少年の動きは変わりはしなかった。一対の扇を描くように少しずつ角度を変えながら剣を振る。上下、向きさえ変わるその連撃に弾くということをさせなかった『扇の舞』。

 

 それは相手も変わらない。地面と平行の横薙ぎから始まる直角の扇の対。お互いの斬撃がお互いの体の一部を傷つける。押しては押し返される、進まず退かずの連撃。

 

金属が擦れる音に小さな足音、地面と擦れる草鞋の音に風になびく着物の音。その全てを切り裂くようにお互いの武器はぶつかり合う。火花が散り、熾烈を極める闘争に二人は少なからず楽しんでいた。

 

「刻一刻と時間は過ぎている」

 

「知ってます」

 男はその言葉を聞いてから、構えを変えた。背筋をゆっくりと曲げて刀を逆手持ちにしている。左脚を前に出していつまでも消えない闘争心を曝け出す。まるで獣だった、血に飢えた。

 

「それにもう、後戻りも出来ないでしょう」

 

「間違ってはいない」

 

「なら、ここで僕が……僕が決着を付けます」

 

「そうか」

 男は急激にその身を動かし出した。今までは遊びであったかのように素早く、的確な位置の斬撃。少年はそれを止める。

 

 その冷徹な目は感情というものを捨てた兵器。これより先、誰の干渉も受け付けない。自我を極限まで捨て去った結果の直感というものであった。

 

 頭で処理をする前に本能という勘が作動する、無駄な動きを省き、来たと思える時には脚が動いている、腕が動いている。

 

 少年は右腕で軽くそれを受け止める。そしてギチギチ、と音を立てて剣と刀は擦れる。

 

 男もそれについて一切の驚きを示すことはなかった。出来て当たり前、そう言いたそうな目をしている。

 

 だが、時は進んでいる。この状況が続くことはなかった。

 

 男は右脚を進ませながら、地面に水平になるように刀を振るう。

 

 少年はそれを側面から捉えた。

 

 胴体はガラ空き、動いていた右脚は言わば囮のようなものだった。その脚の勢いに助長された左脚が下から少年を狙っていた。

 

 目では捉えずに少年はそれを避ける。肌で感じるのだ、その脚の動き、その先を。少年は仕事を放棄せざるを得ない剣にそれを与える。

 

 頭上を覆うように剣を構えていた。そして何かを弾く『七ノ技派生 双剣疾流し』。そしてそれと同時に腹部に穴を開けられた。

 

 男は構えていた、右腕は少年に切っ先が向くようにさせていた『牙の四』。そして左腕は。

 

 空を斬る斬撃を叩き落とす……。少年はそこで膝をつく。穴からは噴き出すこともない血がたらたらと流れている。切っ先の幅が少年を貫いていた。そして苦悶の表情を浮かべながらも、この現状に諦めることはなかった。

 

「まだ、早かったようだ」

 

「遅かったんですよ」

 少年は仕方なく空いた穴を塞ぐ。前に使って貰った回復のさせ方。荒治療ながら止血には使える。だが、中身までは時間が必要だった。

 

「そうか。まだ先は長い。そう焦る事もなかろう」

 男は少年にはとどめを刺さなかった。いや、させないのだろう。

 

 少年は治療の途中で動くことは出来なかった。気が少しでもぶれると治りが遅くなる。動くなんてことをすれば逆戻りとなるのだろう。

 

「見つけた、下手人!」

 

「迷惑をかけたことは謝る。して、貴方に何が出来ようか」

 

「何だ!地面に小さな亀裂が。……これを越す事は御法度か?」

 自警隊を形成し、人里を妖怪たちの脅威から守る存在であるその人は男のその一撃にたじろいだ。

 

 地面には文字通り、一閃の亀裂が入り込んでいた。少年にしか見えないほどの速さの斬撃『極の一』。戦闘に慣れている巫女でさえ見えるかどうかというところ。

 

「そうだ。これは俺たちの問題だ。貴方は怪我人の治療をしたほうがいい」

 

「そんなのは私には関係ない。人里の人々の生活を脅かした。それだけの理由でこの一線を人里を守る立場として超える資格はあるはずだ」

 その人は男の放った一閃を越えようと右脚を上げる。

 

「来ないで。これは僕とお父さんの問題だ」

 少年は痛みを我慢していた。そのまんまの声でその人に話しかける。苦悶に満ちた表情から繰り出されるその言葉。

 

「だそうだ。慧音。後は頼んだ」

 男はそれを言い残してこの場から踵を返す。誰も追いかけるような事はしない。呆気にとられた慧音に倒れ込んだメイドと巫女に戦意喪失の魔法使い。

 

 少年は身体に風穴を開けられていようと全く動じていなかった。両膝をついて地面には付かないように踵で腰を支える。身体の両側に刀身を当てて、風穴の治療を行う。

 

「……そんなでは塞がらない。私の家で暫く安静にすると良い。私が呼んでおく」

 慧音はこの状況を呆気にとられつつも、少年に話しかける。

 

「いいです。早めに向かわないと、もう取り返しのつかない事になります」

 

「そんなにお前が気を張らなくてもいいだろう。何故だ?」

 慧音は少年がどうして立ち上がろうとするのか、それを聞いた。二人の因縁には何があるのか、それは本当のところ、数人しか知らない。

 

「約束したんです。必ずお父さんを超えると。だから、僕はここで再度立ち上がる」

 

「またの機会にしよう。まだ力不足だ」

 

「それでは遅いです。あの人は前々から死期を悟っていた。だから、今日現れたのでしょう」

 

「待て、どうしてそんなことを思う?」

 

「気迫が弱かった。それだけです」

 

「……分かった。必ず帰ってこい」

 

「はい」

 少年はフラフラの脚で立ち上がる。両腕には刀を持ち、その目には殺気を宿す。力を入れていない手で柄は時折動くが、落ちる事はない。

 

 慧音も思ったのだろう、この決着に水を差すのは野暮なのだろう、と。少年の背中を見て静かに見送る事以外に今、やってあげられる事はなかった。

 

「達者でな。少年」

 慧音はそれだけ少年の耳に聞こえるように叫んで辺りの復興を始めた。



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153話

 一人、森の中で白い管を口元に咥える。口元にはスポンジが入っており、明るい茶色をしている。黒い線が二本、その先は白い紙で枯れた葉が入っていた。所謂煙草というものだ。

 

 一服のつもりなのだろうがその表情は険しい。死期を悟っているかのようで何処か厳つい。

 

 男はここまでゆっくりと歩いてきた。それは相手が簡単に追いつけるようにかなりの遅さでここまでやって来た。途中絡まれもしたがそれも全て受け止めていた。

 

 二本の指に挟まれた煙草と男の口元からは見えない白煙が立ち込める。その表情が晴れるような事はない。死を前にして本当の意味で笑っていられる生き物は居ない。何かしら負の感情が浮かんでくるものだった。

 

「何処で間違えたのだろうか」

 男は呟く。誰も居ない森の中で誰にも聞こえないはずの声を上げる。弱気になった男にもはや生きようとする気持ちはない。

 

「人は間違いの中で成長する。そうでしょう、お父さん」

 そこに現れたのは黒色を基本にした燃えるような赤い紅葉が川を流れているような模様が入った膝下丈の着物、白色の袴を羽織った少年。風に流れる短い黒髪、黒い瞳がある少しだけ吊り上がっている目。腰には二本の剣を携えるために黒い帯を締めている。そして脚には底の分厚い草鞋を履いている。

 

「そうか。やはり、来たか」

 感慨深そうに話す。その口元には変わりなく煙草を咥えている。そしてその目は曇りはない。

 

「覚悟は、聞くまでもないか」

 

「そうですね。見れば分かります」

 少年は既に剣を抜き去っている。男もそれに応えるように刀を二本抜く。

 

「お前にはまだ負けたくない」

 男はその剣を振るいながら、前へと進む。最早捌こうとか、避けようとかそういうのは全く考えていない。男のやりたいように、描きたいように筆を進めていく。その画は誰がみるのかそんな事も気にする事なく。

 

 地面に突き刺すように剣を動かし、少年は両腕を外側へと弾く『上弦・下弦』。相手の一撃はとても重たいはずだったが根性で弾き飛ばす。負けるとかそんな弱気な事は少年は頭の片隅にも置いていなかった。

 

 ただ、勝ちたい。

 

 目の前の標的を仕留めたい。

 

「僕は背中を見て育った」

 少年はそう言い放ちながら、その手は止めなかった。更なる一手。

 

「だから何だ」

 

「今日は越す。絶対に越す」

 

「お前には現実が見えていないようだ」

 勝ち目がない、それも考慮しているわけがなかった、少年が。

 

 ただ、やれるところまで。届くところまで手を伸ばそうとしたところまで。自分の諦めがつくところまで。

 

 それまで続けていくつもりだった。

 

「そんなものは知りません」

 

「言うようになった」

 男は静かに刀を振るう。何の音もない。ただ単に手首を動かした『極の壱』。

 

 少年が繰り出した横薙ぎはそれに呼応するように動き出す『一ノ技 風刃』。

 

 お互いの技はお互いに相殺された。しかし、それを何にしようとはしなかった。次に進んでいく二人。

 

 男は地面を這う蛇のように陰湿な一撃を見舞う。その刀はしなりを伴った竹刀のように曲がっているように見える。そして雲をも斬り裂きそうな一撃『昇の五』。

 

 技を放った右腕を逆側へと移動させる。その軌道は花弁を描くように大きな弧をなぞる『咲天』。

 

 男は下からその軌道が描く先を止める。男も少年が描いたように池に浮かぶ蓮の花の一輪のようだった『蓮の弐』。当然、威力は少年が劣る。止めるどころか、弾かれる。

 

 残されたのは左腕。それを軸に天地をひっくり返させる。男の一撃を避け、自分は風を溜める。そして次に備える。

 

 着地した右足、そこを刈り取る男の左足。踏みつけるような一撃に大きく体勢を崩した『陰の八』。

 

 少年はその場から動けなくなった。まるで釘を打たれた木材のようにその場で止められている。だが、相手は特に容赦などしない。

 

 両腕に構えていた刀を振り回そうとする。上に持ち上げられた右腕に弾いていた右腕。相手の事など全く考えていないような無慈悲だった。

 

 避ける事もできない上からの振り下ろし『降の六』そして、横薙ぎ。少年は受け止めて左外側へと流す『七ノ技派生 二連疾流し』。そして更に離れるために剣を振るう。

 

 だが、それも飲むこむように更なる連撃が続けられた。弾かれたはずの刀も至って普通に戻って来た。そして待ち構えていた右腕と交差するように左腕を振るう。避けるとか避けないとかそんな次元ではなかった。

 

 少年は咄嗟に内側に切っ先を動かして逆手にした。上下から来る、そう思えたときにはそうするしか他に方法がなかった。特に自分が生きようとするならば、そうするしかなかった。

 

 そして傾く。男の上半身は前へとのめり出し、先程とは逆で攻めてくる。そして吹き飛ばしを兼ねていた。目では見えないほどの速さ。見ているという暇を与えてくれない。

 

 右腕が今度は上になり、左腕が待ち構える。だが、左腕は動かない。右腕だけが動いていた『流の参』。

 

 瞬間的に抜けた右脚で地面を蹴り出して間合いをとる。そして、相手の剣劇を避ける。

 

 男はそこで一回転。だが、少年は次、を見切っていた。

 

 瞬時的に放たれた左足の一撃。相手からの斬撃を左肩を前に出して半身で避けつつ、足裏で男の左腕を押す。突き刺す、ナイフのような一撃『二ノ技派生 風凸脚』。

 

 男はそれをもろに受けた。避けるということもせず、捌くということもしなかった。いや、出来なかった。少年の放ったタイミングは何もやれない時だった。

 

「しくじった。噛まれた猫はこんな気分なのか」

 男はその時には刀を落としていた。指はピクピクと痙攣している。そして右腕は木にぶつけていた。その時の衝撃で同じく刀を落とす。両手共、指はまともに使えなさそうだった。

 

「最後だ。本当の意味で」

 男は走り出す。持てなくなった刀には何の未練もない。何もかもを捨てた男に心残りなどなかった「人の駆』。脚だけの動きに集中させる。その速さは押し出した間合いも関係なかった。少年が反応を示した時にはもう剣は踵で吹き飛ばされている。

 

 少年もこれ以上は戻れなかった。

 

「知ってます。そのくらい」

 少年はもう守るという選択肢を捨てた。獲物を狩るという獣の思想、どう怪我を負わせるか、それを考えていた『無風』。少年の身には風も起こらない。



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154話

 荒廃もあり得た人里、そこで眠る三人の魂。そして一人、それらを起こそうとしていた。一難去った幻想郷はある意味、あの男に委ねられた。

 

「早く起きろ」

 

「何?」

 

「何処か痛むところはないか?」

 

「ないわよ。それよりも彼奴は何処よ?」

 

「辞めておけ。彼奴はお前たちが束になって勝てる男ではない。分かるだろう、それくらい」

 

「こんなんで退けると思うの?」

 

「退いた方が賢明だと思う。それに何処に行ったのかは不明だ」

 

「だからって、私がそんな事で止まると思ってんの⁉︎」

 

「辞めとけ、霊夢。お前が負けた相手が今戦ってる」

 そういった彼女は霊夢と呼んだ右肩に優しく手を置いていた。その表情には諦めが取れる。

 

「魔理沙は悔しいと思わないの?」

 

「全く。あの二人の戦闘を見ていて私たちの実力がどれだけ通用しないかよく分かったよ」

 

「だからって。そんな事」

 

「あるんだ。みっともなく負けたいか」

 魔理沙は言い聞かせるように優しかった。人が変わったようになった友人の姿を見て一言。

 

「諦めるわ」

 霊夢はそれしか言えなかった。各人色々と考える事はあるだろうが二人のおかげでモヤがかかる。

 

「さて、一旦私の家で休んでいくといい」

 自警隊を執り仕切る彼女は三人に向けて助言した。

 僕には少しばかりか、考えていた事がある。

 

 お父さんはいつからこのような状態になっていたのかどうか。老人のように肌にはシワがよるようになったのか。

 

 それは誰のせいなのか。何も分からなかった。

 

「知ってます。そのくらい」

 どの範囲で言うのか、僕には理解に及ばない。それでもやるしかなかった。この速さについていくには守りを捨てる、そして全てを攻撃に回す。避けようとも捌こうともしない、否それが出来るかは見えてこない。

 

「……。本当に最後だ、本当に」

 お父さんは何かの錠剤を飲み込んだ。噛むような事もなく、体内から摂取したそれは何を意味しているのか。そんな事はどうでもいい、訳ではないが興味は向かなかった。それどころではないからだ。

 

 突き刺すような足裏の蹴り。胴体を狙ったそれらは静かに僕の両肘に当たる。間合いをしっかりと空けて相手の一撃を合わせる。僕の基本的な戦術の一つだ。

 

 それも通用しないとそう思えるのはお父さんに限った話ではない。しかし、僕にはそうだと思える。

 

 肘を当てた脚も次の一撃を放とうとしている。止まる事を知らないお父さんは僕に容赦なく向かってくる。

 

 振り上げられた右脚。僕は半身になりながらさらり、と避ける。これを肘で止めようとか脚で止めようとか考えない方がいいのは先ほどの件でよく理解した。掠っただけとは思えないほど肘が痛い。

 

 僕だって蹴りを見舞いたい。それでもさせてはくれなかった。振り上げた右脚も次の一撃に続く。お父さんは本当に化け物だ。だから、動きで惑わす。

 

 脚と同じ方向へと避けてから後ろに下がる。そのついでに逆側へと逃げる。それでも届きそうになって蹴りを放とうとするがそれを真っ向から抑えてくる。折り畳んだ、これから放とうとする左脚を真前から一直線に押し出してくる。これでは僕は何も出来なかった。

 

 だからこそ、後ろに飛んだ。だが、僕が思っているよりも遠くに飛ばされた。まさか、伸ばした状態から軽く蹴り飛ばされるとは思いもしなかった。僕が後ろに遠くに跳ぼうとしたことも相まって嫌な場所まで下げられた。背中には僕の胴体を覆えるほどの木があった。何処にでもあるような木であるが、それでも今は邪魔である事以外の何ものでもなかった。

 

 僕にはそれは結構追い込まれる状況だった。

 

 ーーそしてやってくる破滅の刻。

 

 お父さんの左脚は大きく振り上げられながら渾身とも言うべき勢いで僕の方へと向いてくる。

 

 木がある、だからこそ後ろには退がれなかった。受けることも多分難しい。僕にはあまりにもこの状況はきつかった。

 

 木がある、だからこそそれを軌道に使うことにした。逃げるようにしゃがみ込みながら回す左脚で助力を得る。そして倒れていく木を使いながら蹴り出して前へと進む。そして、滑り込みながら剣を鞘の中に納める。

 

 そして身体を転がしながら、体勢を取り返して立ち上がる。

 

 お父さんは木を折った後で平然とその場に立っていた。あれがもし受けていたと思うとそれはもう分裂していたに違いない。

 

 ーー勝てると思えない。

 

 これは前々から感じていたことだった。

 

 だけど、今は違う。また違う感想が思い浮かぶ。

 

 ーー勝ちたい。

 

 そう思うと嫌な感じはなくなった。

 

 息が自然と整う。そして、視界がはっきりとする。もう弱くはない。そうだと感じる。

 

 僕はそのままお父さんの元へと向かう。左腕は後ろにして。

 

 お父さんは背面から僕の動きに気付いていた、と思う。だけど、それはいわば可能性の話、最後まで後ろを向いていた。

 

 鋼鉄のようだった。

 

 僕の出した剣を添えた右脚は簡単に根を上げた。歯が立たないと思えたのはこれが何度目だろうか。そんな事は考える気も起こらない程だった。

 

 だけど、止まっていられなかった。ふらつく軸足を崩れながらも放つ。

 

 腹部辺りに当たったような気はするがそれは僕も変わらなかった。

 

 視界はかなり悪くなった。空が赤く見える。血の色だ。だけど、気分の悪さもあるが片肘を立てて、すぐに起き上がった。そして口からは吐血。僕は立てるような気はしなかった。

 

 視界の片隅では動いていた、お父さんは平然としていた。妖怪にも通じる技を二回受けているはずだが、それでも立っている。正に鋼鉄の鎧でも着ているかのようだ。

 

 僕は動けるような気はしなかった。お父さんとその辺りの条件は変わらない。

 

「……強くなったな」

 その一言。そして、倒れ込む。そしてむせる。口元は僕と変わらない。吐血し、地面を濡らしていた。

 

「これで俺はこの世に未練はない」

 

「あるでしょう。王国はどうするつもりですか?」

 

「アーサーに預けた。財産も地位も名声も……。お前を待っている間にな」

 

「そうですか」

 

「俺の身体はどうしようと構わない。刀も両腕、両足首につけているリングもやる」

 

「そうですか」

 

「渡せるものは他にはない」

 

「一つ聞いても良いですか?」

 好きにしろ、とお父さん。

 

「どうしてそんなに老いているんですか?」

 

「これはある奴から厄を受け過ぎたからだ。そして、それを出来るだけ俺だけで完結させようとしたら、寿命を削り取られた」

 

「そう、ですか」

 

「俺の身体は本来なら死んでいる。延命は永琳にしてもらった。身銭叩いて薬を百粒買ったが三日で無くなった」

 

「そうですか」

 

「それでも俺には後悔はない」

 

「どうしてですか?」

 

「自分の行いのツケなら仕方ないからだ」

 

「僕、お父さんみたいになりたいです」

 

「お前は俺ではない。同じ道を歩んで何が楽しい」

 

「そんなの分かってます」

 

「そうか」

 

「でも、そうやって満足そうに死ねるならそれだけで羨ましいです」

 

「お前はこれからがある。死ぬとかそういう事ではなく、どう生きたいか、それを考えろ」

 まだ来んな、そういうお父さんは珍しくしおらしかった。いつもなら笑って言い出しているような事も今は静かなものだ。

 

「そうですね」

 

「これから多くの苦難があるだろうが笑え。何故か上手くいくだろう」

 

「はい」

 それからお父さんが口を動かす事はなかった。それまで起こっていた手足の痙攣も嘘のように無くなっている。

 

 僕は暫くこの場に留まった。

 

 日の差す森の中で僕は一人、声を出した。




拝啓、ヒカル。

これを読んでいると言う事は俺はこの世には居ないのだろう。これは俺か、永琳から俺が居なくなった後にお前に渡せるように二通用意していたものだ。内容は変えているつもりはない。

幻想郷ではお前は様々なことを経験したのだろう。
だから、俺の経験した話をする。
俺の昔話だ。
俺は昔、ある女性に助けられた事がある。
俺はその時、かなり人としていけない事をしていた。今思うととても話せるようなものではない。
俺はそいつに対しての第一印象は意外と悪くはないと思っていた。体つきも良さげだが、弱気な性格そうだった。丁度良いくらいだった。だが、俺はその時はそれをしようとは思わなかった。
俺はそれから幾度となく出会う事になったのだが、運がいいことに其奴は俺がある程度終わってからしか現れなかった。
俺はある時、何回か言い続けた後で其奴に言われた事がある。
貴方には人の心があるでしょう。なのに、こんなひどい事が出来るのですか?と。
俺は思った、こいつは俺のやっている事を知っている。それでも何か違うものがあるのだろう、と。
俺は更に話を聞いてみることにした。
俺は其奴と言葉を重ねていくうちにある程度の人としての常識を取り入れた。それからはもう辞めることにした。
俺からすれば其奴は天からのお示しだと思う。確信はないがそうではないと面白くない。

先に言っておく。
俺はお前が思っているのだろう父親ではない。親としての意識はそれほどなかった。人としても危うかったからな。

俺は渡せる全てを置いて一旦眠りにつく事にした。
それは別に持っていなくてもいい。
俺はやりたい事をやりたいだけした。
だから、その結果見限られるのならばそれもまた一興。
俺はお前のように人に優しくはない。
俺はお前のように礼儀正しくもない。
俺はお前のように明るさもない。
それでも俺はお前に追いかける目標を作り続けた。
お前がどうしたいのか、それは知らないが信じる道を進んで欲しい。前ではなく、横を広げろ。
仲間を集めて共に歩め。

結局な、俺はお前に残せそうなものはなかった。
ここまで長く書いてはみたが特に思い浮かばない。
特に内容のないものばかりだ。文の脈絡も全くない。
俺には文はどうやら不釣り合いらしい。

最後に一言、
やりたい事があるなら行動で示せ
言葉よりも格段に強い力でお前の背中を押してくれる。
敬具

「読み終わった?」

「はい」

「あの人は本当に何も残していないわ。国はアーサーに任せ、自分の道は自分の力で切り拓いた。貴方に自分の屍を超えさせるために」

「そのようです。手紙にも内容としては何も書いていませんでした」

「彼は本当にやる男だったわ。言葉では何も示さなかったけど、行動で全てを示した」
 永琳さんのその顔はどうにも明るくはなかった。

 後から聞いた話だが、お父さんは薬漬けの生活をしていた。僕に超えて欲しいから。そして僕に与えたいものがあったから。言葉ではない。その何か。

「あの人は風ですよ。気にしているといつか、のまれます」
 僕の心の中でお父さんは思い出として生き続ける、そう思えた時、僕の言葉を最後に供養されない男は静かに旅立ったように思える。それも僕の勘違いなのかもしれないが。

 今日も明日もお父さんの居ない世界を生きていく……。その事に僕は一抹の不安と言い知れぬ高揚感に苛まれるのだ。


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155話

 とある日、とある場所。

 

 この場所ではとある危ない話が繰り広げられた。

 

「こうなったら、幻想郷の全戦力を叩き込むわよ」

 金髪の女性は張り上げた大きな声でそう言う。年齢には似つかないほとはしゃいでいる。それをもう一人は静かに聞いている。

 

「そして、博麗大結界を復活させるわけね」

 

「英雄として遠くからでも崇めてもらえるわ」

 

「そうなれば本来の目的は達成ね」

 黒髪の女性はちゃぶ台に片肘をつけて満足そうに笑った。

 

「前回は誰かさんのせいで失敗したんだから。今度は私も参加するわ」

 

「それは仕方ないでしょう。でも、これで出来る」

 二人の笑みは何を企むのか。

 お父さんが居なくなったから、幻想郷にいる理由は特になくなった。ただ、向こうに戻る理由もない。王子という立場はあるが、それを迎えてくれるのかといわれると少しだけ難しかった。それだったら、げんそうきょうに居た方が楽しいような気はする。

 

「今回は本当にお世話になった」

 

「良いですよ、慧音さん。こちらこそ、僕たちの約束に巻き込んでしまったのは悪かったです」

 僕は今は慧音さんの営む寺子屋の一室でこの前のことを話していた。あの時、僕は重傷を負っていたらしく、少し遅れていれば失明もあり得たとの話だ。そして、骨は複雑骨折をしていて修復は不可能と思われたが永琳さんと鈴仙さんの手腕で事なきを得た。前にも使ったことのある薬で即効で治して退院をしてきた。それから僕は事の顛末を聞こうとここに寄った。

 

「それで、慧音さん。他の三人はどのようにしていますか?」

 

「あまり話は聞いていないが元気にしているとは思う」

 

「取り敢えず安心しました」

 

「今度からあんな無茶はしないでくれ」

 

「もう無いですよ。あそこまで痛めつけられるような事は」

 それは僕には分からない。将来的に子供に何かを託す時、それは起こるかもしれない。野蛮な伝承であるがそれは仕方のない事だ。

 

「それなら良いのだが。暫くは休んでなさい」

 

「それは分かってます」

 幾ら、戻ったからと言ってそれは完全ではない。それは承知している。

 

「それでは僕はこれで失礼します。わざわざ話してくれて有難うございます」

 

「気を付けて帰りなさい」

 僕はそれにはい、と答えて寺子屋を出た。妖怪の山には向かわず、紅魔館、魔法の森、博麗神社を経由してから椛さんの家に辿り着いた。それから僕は二日ほど身体を休めたのち、とある場所へと向かった。

「訃報ではあるが、念願は達成したようだ」

 

「良かったわね。それでもあの青年がまさかこんな終わり方をするなんて」

 

「あの二人はそれを望んだ。どうであれ、俺たちは見守るのが一番だろう」

 

「そうだけど、少しだけ悲しいのよ」

 

「それは分かっている。俺も恩が無いわけではない」

 

「私はこの気持ちをどうしたら良いのよ」

 

「泣く顔よりも笑う顔が見たい。それがアリスには似合う、人形劇を見てくれた子供に向けるあの顔が」

 

「何よ、急に?」

 

「俺が思っている事を伝えたまでだ。あの横顔を見るために俺は毎日過ごしていると言っても過言ではない」

 

「急に恥ずかしいこと言うものではないわよ」

 

「時間は俺たちを待ってくれない。何があろうとも笑って過ごしたい」

 

「誰からの言葉よ」

 

「彼奴からの手紙の締めの言葉だった。俺たちは子供を楽しませる仕事がある。何にせよ、やる事はあるだろう」

 

「いいわよ。やってやろうじゃない」

 

「俺も負けてられんな」

 男は微笑む。女は口を結ぶ。それでも意思は一つ。



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月下の戦友
156話


 今宵の月は満月。その影に暗躍十二人の若者。人それぞれに紛れ込み、襲いこむ。その状態に気づくには何かが足りなかった。その何かは誰もが気付けなかった。

 もうそろそろ暑さも消えていく秋の初め、満月を過ぎて段々と月が痩せ細っていくそんな日々。

 

 人里では死傷者が現れた。暗躍者は誰かは分からない。正に影に潜んだ者が後ろから斬り殺したような感じだった。

 

「これはどう形容したものか」

 慧音はその様子を首を傾げて眺めていた。白昼堂々、その犯行は行われた。明らかに愉快犯の仕業ではあるがその脚は誰も追いかけられなかった。そこまでの話は本人も聞いていた。

 

 しかし、目の前に起こっているその現状はとてもそうだとは思えなかった。二回斬られた跡があり、明らかに軌道が合わなかった。それこそ、二刀流でもなければこのような傷は付かない。

 

「恐らく、二本の刀を用いていると思います」

 

「本当にそうだとしたら飛び散る跡が左右で異なる?明らかに斬りづらい」

 片方は右肩から左腰にかけて、もう一つはその間を通るようになっている。やるとすれば肩から腰にかけて斬るのとその間を後で斬ってる。しかし、着物は左側へ切られた後で上に切られている。二本で切っているのならば順序はあいにくい。慧音はそのように考えたと思われる。

 

「ですが、順序は関係なく斬りつけた可能性も」

 

「だと思いたいがもし、後で腰から肩にかけて斬っていたとすれば逃げた場所は合致する。抜刀してから横に斬り、その後で逃げながら斬ったとすれば辻褄は合う」

 

「そうだとして、問題はそれを為し得る人物ですよね」

 

「目撃者の多い白昼堂々で犯人の後ろ姿しか見なかったほどの速さ。取り敢えず全員に伝えよう。今回は簡単には行かなさそうだ」

 

「具体的にはどのくらい」

 

「それは人里に留めておく。人の形だったのだろう。それなら、人里が一番隠れやすい」

 

「そこで炙り出す、そんな所でしょうか」

 

「そこまで長くかけるつもりはない。しかし、出てこない限りはこちらは何も出来ない」

 それだけは言える。慧音はそれでこの話を終わらせて早速準備をするように促す。本当にそれでよかったのか、それについてはどちらかと言えば不味かったと言える。

 とある日の人里。もう人は出てこなくなった。人里に留まらず、その周りからも被害が出始めた。妖怪でさえ襲われるその惨状に幻想郷は一つにまとまり出した。それをとある人物は甘い果実のように眺める。これはいい機会だと。



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157話

 赤い廊下、蝋燭は静かにその命を燃やしていた。しかし、その火は消える事はない。人が輪廻するように蝋燭も消えかけるところで取り替えられている。月下に現れたその人物は門番を突き飛ばし、火を消そうとしていた。

 

「何者よ」

 銀色の短髪、三つ編みにした髪を横から垂らす。青色のメイド服と白い腰掛けエプロン、太腿にはナイフを携え、黒いハイヒールを履いていた。紅魔館で働くメイド長である十六夜 咲夜は階段をヒールの音を鳴らしながら降りながら相手の行動を静かに眺める。その眼には冷たい眼光を放ち、冷徹な何の感情もない表情で白銀のナイフを構える。まだ、日は浅かったがそれはどうという事はない。

 

「地上人如きに苦戦するとは思わなかった。だが、あの門番は強かったな」

 その人は拳に金属製の何かを付けていた。咲夜の目では視認出来ないほどの小さな棘が確かにそれにはあった。

 

「何者か答えなさい」

 

「答える義理はない。その理由も聞こえる気はない」

 男、だと思われるその人は拳を構えて空打ちをする。話をしに来ているわけではない、とその意思表示をしているつもりなのか。それとも、ただの戦闘狂なのか。

 

 とにかく、咲夜にとって見知らぬ人が用もなく入り込んだ事については排除というのが通説だった。それに加えて暴力的な人は余計に。

 

「それなら、問答無用で追い出すわ。門番を倒した事は評価するわ。でも、ここに居るのは吸血鬼の姉妹。貴方では私に勝てたとしても意味はないわよ」

 

「吸血鬼が何かは知らんが地上人である事には変わりないだろう。なら、俺がやる事は一つ。言われた事をやるまでだ」

 咲夜が完全に降りるまでその男は拳を空打ちしていた。そして、止めて咲夜の方を向くとゆっくりと歩き出す。

 

 問答無用、そういう通り能力を扱う。時間をとめる能力。咲夜自身とその身から離れたもののみがその動きを全て止める。その中で十本ものナイフを投げつける。前はこれは効かなかった。でも、今は違う。一応は効いた。ここからどの様に立ち回るのか、それは咲夜自身が考える事だった。

 

 縦からV字を描く様にナイフを設置してから咲夜は能力を解除する。

 

 動き出した時間とナイフは前へと進む。男はそれを視認したと思われるが避ける様なこともしなかった。咲夜は当たったのかどうかは気にする事なく、次の攻撃へと移っていた。横に広げて足元と顔を狙っている様なところでナイフを離す。

 

 男はそれも視認していたと思われる。しかし、避ける様な事はしなかった。

 

 空間を切り裂き進むナイフも男には何でもないものだった。刺さりはする。しかし、刺さるだけ。男は痛覚がないかの様にそのまま進む。

 

「門番の方が強かったぜ」

 

「どういう事よ?」

 咲夜は驚きつつも時間を停止させる。室内に広がる魔法の波動に男は入り込んだとき、咲夜はその場から離れていた。男の拳は確かに咲夜の腹部を狙っていた。それを避けてから次はどうするのか。

 

「よっ、と。あれ?」

 

「痛くないの」

 

「そんなもの、訓練の途中で削ぎ落とした。怯える感覚も何もないぜ」

 

「じゃあ、即死でもない限り止まらない」

 

「出来たらの話だけどな。元々身体も地上人よりも硬くなっている。残念だが、勝ち目なんて考えない方がいいかもしれないぜ」

 

「残念だけど、私にも譲れないものはあるわ」

 

「持ってるだけで穢れる。だから、弱いままなんだ。固執した結果がその弱さなんだよ」

 

「良いじゃない。一人では登れない高みにも皆で登れるもの」

 咲夜は賭けに出た。長時間の時間停止はいずれ何を起こすかは分からない。それこそ、静かに命を消していく風を吹かせる可能性もある。だけど、咲夜一人では何ともならないと自覚と思われる。だからこそ、危険な橋を走って渡る事にした。

 

 二通の手紙を書き、とある場所へと置いてくる。それだけだった。その時間は現実にして五分にも満たない。しかし、それでも代償は伴う。

 

「……なんか、疲れんな?どうでも良いけど」

 

「皆で高みに登るのよ。そう言ったでしょう」

 

「よく分からんな」

 男は咲夜の行動を軽く鼻で笑った。それから大きく笑い出す。最早、怒らせる為にしか見えない。

 

「何処の人か知らないけど、地上人を侮らない事ね」

 

「大丈夫だよ。ヘタレでもない」

 男は何かを思い出す。それも誰にも見えないけれど、多方面に敵を作った事には変わりない。

 

 一度、息を吸って吐いてから男は拳を構えた。そして、足元を地面から離れない程度に軽く跳び上がらせる。そして、動き出す。

 

 後ろで構えていた右腕を遠くから振り回す。遠心力を使い、そのメリケンサックを咲夜の横腹へ叩き込む。

 

 が、それはさせなかった。咲夜は時間を停止させて男の拳が当たらない場所へと移動した。刺さっても意味のないナイフを使いながら。

 

「何か動きが変わったな。どうでも良いけど」

 男は再度走り出して拳を振るう。

 

 ナイフを放つ咲夜。牽制だとしても効かないことなど百も承知であるはずなのに。それはある意味では無意味な行為であった。

 

 男の拳は確かに咲夜を狙っていた。それを視認しているのか、咲夜の視線は明らかにおかしかった。目の前の事象には何も関せず。咲夜はただただ待っていた。

 

 その槍を。

 

 赤色の魔力で固められたそれは男の正面に風穴を開ける。

 

 男は気にしていなかった。一撃を叩き込む為にその右脚を前に出して左腕を力一杯に振り回す。

 

 当たる瞬間にナイフを噛ませて間一髪の所で抑え込む。

 

 男はしばらく押していた。それは手を貸そうと現れた主人でさえその気持ちは変わらなかった。早く倒れろ、と。

 

「アイスアロー」

 一本の矢は男の頭部に放たれた。男はそこで漸く動きを止めた。

 

「何なのよ、こいつの生命力」

 

「ナイフも意味がありませんでした。恐らく外の者かと」

 

「それは私の槍が貫いた時点で何となく察したわ」

 

「咲夜の策は間違いではなかった様ね」

 

「それにしても誰がそのような事を」

 

「分かんないわよ」

 

「取り敢えず私に預からせて。調べられたら何かわかることがあるかもしれないわ」

 

「任せるわ。咲夜は体の方は大丈夫?」

 

「ええ、問題ないです。美鈴の様子を見てきます」

 

「今日のところは休むように言って。パチェ、結界を頼むわ」

 

「仕方ないわね」

 三人はそれぞれの場所へとそれぞれの目的を果たす為に向かっていく。一体何が来たというのだろうか、それは本当に分からない。



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158話

 懐かしき森の香り。懐かしき川の音。

 

 いつもと変わらない森の中を通る風の音。いつもと変わらない人間の往来の多い参拝路。

 

 その中に混じる一つの異物。それを排除する為に天狗達は集まり出していた。事態の収束自体はそう簡単に行われると思われた。しかしながら、そのような事は全くなかった。

 

「かったるい」

 欠伸を噛み締めた男の足元には大量の天狗の亡骸が転がる。その異様な光景に助太刀に来た天狗達は唖然とする。最初こそ、何でもなさそうに見える男だったが実際のところ、そんな事はなかった。

 

 右手で縦回転を繰り返すナイフには鮮血は付いている。それを見ては、天狗はその羽を畳む。

 

「お疲れさん」

 男にやる気と言うものは見るからにはない。しかし、それを見て油断しているとそうでもないことが見て伺える。

 

「次は誰かな?」

 

「私ですよ」

 白髪に赤い山伏の帽子、左手には紅葉の描かれた黒い盾、右手には大剣を持ち、その目には野生を灯す。白狼天狗の中でも一際強い身体能力を持つ犬走 椛だった。

 

「あ、君。そんな本気にならなくても良いよ」

 男のやる気は全くなかった。それこそ、見えているのかどうかさえ怪しくなるほど。

 

「貴方のやってきたことはそうせざるを得ないですよ」

 

「地上人が一人、二人減ったところで何か変わるの?」

 

「それは大きく変わりますよ」

 

「そうなの。興味ないけど。と言うかさ、何で僕此処に連れて来られたんだろ?穢れた大地を踏みたくないのに加えて地上人に危害を加えろとか何の命令だしてんだろ。あのヘタレ」

 

「さて、私にそんな事を言われましても」

 

「だよね。だから持って帰って」

 

「そうですね」

 椛が話を切り上げた直後、その男は動きだしていた。ナイフを一直線に押し出す。その瞬間に起きたことは盾に防がれたと言うこと。

 

「それくらいの速さなら手慣れてます」

 

「良いよ良いよ、そんな見栄張らなくて。どうせ、死ぬんだから」

 

「その予想は外れますよ」

 

「生意気だなー」

 

「もう一度振ってみてはどうです」

 椛の安価な挑発に乗る男。何度か振ったナイフは椛の盾に全て弾かれる。

 

 その様子を眺めながら男は急に怒り出した。

 

「何で弾くの?大人しく死んで。まもなく殺すから。死んで!」

 

「情緒不安定ですね」

 椛の発した言葉は冷静だった。

 

「そんなんじゃないから。本当に」

 男は単純に前へと動いてくる。椛は軽く大剣で押し潰す『圧風』。

 

 男はそれに押し潰され、地面を舐める事になった。それでもその先は続く事はなかった。

 

 その風の圧力も抜け出してくる。男はそれでもナイフを振るい続ける。まるで先ほどの事は何もなかったかのように。

 

 椛はとある人を思い浮かべながら懐かしく思えた。そう考えるほど男の戦闘には余裕があった。

 

 だけど、そう長く時間を食っている理由もないので椛は盾で押し出しながら次の一撃に繋げた。

 

 それは風の衝撃波。それは風の刃。だが、椛が振るうのは最早物理的に斬れるかも知れないほど。左側へ腰をひねりながらそれを放つ『一ノ技 轟風刃』。

 

 男は防御をしてみたが意味などなかった。圧倒的な圧力の前に軽々しく押された。男はその場で転がりながらやがて力尽きるのを待たれるより前にこの世を去ることになった。

「……とそんな事がありまして」

 

「ほう。月の民だったか。しかし、何故このような事が」

 

「妖怪の山での被害は天狗が三十、今のところそれ以外の被害は聞いていません」

 

「他の場所で聞いてみる必要はありそうだな」

 

「分かった。ただ、気になるのは月の民、の目的か」

 

「それだけは今のところ、分かりません」

 

「聞き出す事はできなかったのか?」

 

「とある少年から聞いたのですが、どうやら即死させないとあまり効果はないようです」

 

「ほう。例えばだが、腹部に穴を開けようとも普段通り行動するということなのか。生捕りをして来なかったのは正解かも知れないな」

 

「実際のところ、少しだけ活動を抑える事はできるそうですが、その効果は著しくないようです。後はそちらの方で判断お願いします」

 

「やっておく。持ち場に戻ってくれ」

 伝言を伝えにきた人はその場から離れてその持ち場へと向かっていった。

 

「紫にでも知らせるか。相当、危険な状況だ」

 

「月の民に対して何か有効な手があるなら別だけどね」

 

「あぁ。取り敢えず知らせる。後は任せよう」

 二人の中でその決断は決まり、妖怪の山としての意見となった。他の場所から届いたそれらを纏めて判断をするのは管理者たる八雲家の仕事となる。此処ではこれ以上の議論は無駄に等しい。



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159話

 泡沫の夢、それは短い間に起こった儚いもののこと。

 あれからと言うもの、各地でそのような事件は耳にする機会があった。それだけの事件性がありながら調査に乗り出せないのには一つ。姿が未だ三人しか確認されておらず、いずれも何らかの形で召されている。口を割らせようにもそれができるような人はその世には居ない。

 

 被害の分布は満遍なく。しかし、人里が一番多かった。人数も多い上に密集しているのは向こうからすると都合がいいと捉えても構わないと言う考えは通説となっている。

 

「これは月の民の侵攻と捉えて構わないでしょうね」

 

「そうでしょう。それでどうするのか決めてるの?」

 

「この状況を加味して月の方が何かを仕掛けてくるのは目に見えているわ」

 長いストレートの金髪で白い柔らかい帽子を被った中華風の服装をしている彼女が八雲 紫。幻想郷の管理を任されている八雲家の一番上の存在。

 

「それで。此方は何も仕掛けないの?」

 黒髪を後ろで一つの小さな尾になるように結んでいる赤いリボンをつけている巫女。博麗 霊夢はその人の話に疑問を呈す。紫にタメ口で話すのは彼女ぐらいだろう。

 

「前も言ったでしょう。これは良い機会なのよ」

 

「博麗神社の信仰の復活には失敗したものね」

 

「だから今回はしっかりと取り戻す。爪痕を残せばそれで良いのよ」

 

「月からの侵攻は食い止められました、これでしばらく安泰ですって言うつもり?やるからにはちゃんとやりたいわ」

 

「それなら安心なさい.ちゃんと決めてあるから」

 

「任せるわ。私は札を使って戦うだけだから」

 

「でも、少しは力を蓄えておきなさい」

 紫はその言葉を巫女に残してこの場を去ることにした。霊夢自身も自分の実力不足なのは知るところなのでどちらかと言えば身に染みる一言であった。

 

「分かってるわ」

 その言葉も紫にはもう届かない。

 そして、動き出した。

 

 数にして、三千。様々な種族をかき集め、己が利益のためにこの戦いへと挑んでいく。その言葉で、その態度で紫はこれだけの数を集めた。

 

 月の民は一人でも強い。だからこそ、数で押し潰す。そうする事にした。どれだけの数が必要なのかはもう憶測で語るほか無い。

 

集めれるだけ集めてからどのように流れるかはやってみるだけ。その先は特に考えていなかった。

 

「月の民からの侵攻があったのは知っているでしょう。だから今度は私たちが同じことをする。これは幻想郷を守るために行うわ。自分が生きるために、そして帰る場所を守るために全力で戦って頂戴」

 その言葉に皆は歓喜する。その声を聞いて満足そうに大きなスキマを展開させた。紫の能力である空間超越によって月面と幻想郷を無理やりつなげた。そして、そこから流れ込む三千もの幻想郷を守る戦士達。

 

 此処に幻想郷を守るための闘争が始まったと思われた。

 

 が、それは違う。幻想郷を守るためではなく、二人にとっては博麗神社の信仰を回復させるための作戦。それ以外の何ものでもなかった。

 

「霊夢、後の三人を連れて大将を叩いてきなさい。後ろは数で抑えるわ。もし必要なら、私も動くわ」

 紫はそれだけを小言で霊夢に伝える。それ以外の作戦についても同様。

 

「任せるわ。いきましょう、魔理沙、レミリア、咲夜」

 

「おう」

 

「ええ」

 二人は答える。もう一人は静かに頭を縦に振る。

 

「今から大将を叩きにいく。四人いればどうとでもなるわ」

 

「そうだな、行こうぜ」

 

「面白そうじゃない」

 二人はそのように反応した。

 

「じゃ、付いてきなさい。紫はどこら辺にいるのかは観測しているから」

 ここから月と幻想郷の全面戦争は幕を開けた。

 それから時を過ぎて数刻が経っていた。月の民と此方の戦力は拮抗していた。紫の目測は当たらずも遠からずと言う感じであった。だからこそ、大将を取ることの重要性はわかっていた。

 

「今からでも参加できますか?」

 一人の少年はが紫に話しかけた。その少年の風貌はボサボサの黒髪と借りてきたのであろう白装束でとても不謹慎なものだった。だが、着方は異なる。

 

「ええ。構わないわ」

 

「大体の話は聞いてますので。大将のところに行きます」

 

「待ちなさい。着替えはしていきなさい」

 紫はスキマから男性の衣服を取り出す。白色の少しだけダボっ、としたズボンに着やすそうな長袖のシャツ。少年はそれ以外は受け取らなかった。

 

「行きますか」

 少年はそれだけを言って特に何も言わずに走り出した。その後ろ姿に紫は何も言わなかった。



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160話

 月面の丘陵地。ここで一人の女性が戦況を確認していた。

 

「相手の人数と味方の減り具合は?」

 

「相手の人数は約三千、此方は一人、二人というところです」

 

「了解した。このままで構わない、と伝えてくれ」

 

「了解」

 彼女に命令を受けたその男は丘陵地から戦線の左側へと向かった。その様子を見ながら一つため息を吐く。

 

 月の民の戦力は約百。小分隊観測が二箇所で計四人。先ほどの伝達係が一人。そして彼女。残りは戦線を押し上げるために戦っている。とても単調な作戦でありながら統率を取るのにはとても楽だった。

 

 ここでの時間は長引けば長引くほど良い。

 

 向こうの出方にもよるが、恐らく伏兵の一つは準備しているだろうと彼女は読んでいた。だからこそ、大将首をわざわざ残した。基本的に地上人は自分たちの下の存在であり、力的にも知能的にもそうだとされている。その事に間違いはないし、月の民の大部分がそうだと感じている。少なくとも私だけが地上人の恐ろしさを知っている。

 

「現れたな」

 空に浮かぶ四つの存在。丘陵地からは大体平行線の向こうに現れた。

 

 彼女は静かに刀を抜いてから空中に向けて竜巻を放つ。避けられないということはない、されど大きく進路を阻害される、その程度。前に来た人なら造作もない。

 

 彼女はそれ以外に何も攻撃は仕掛けなかった。ここでも耐久をすれば良い。最近できるようになった最後のために取っておいたものもある。

 

 彼女は竜巻が収まり、相手が攻撃を仕掛けるまで待っていた。その琢磨機によって乱された空を眺めながら。

 

「伏兵の一つや二つ、対処出来ないとでも?」

 

「中々やるわね」

 赤い服の少女は荒い口ぶりでその人へ言葉を飛ばす。

 

「これからが地獄になるだろう」

 

「やってやろうぜ」

 黒色の服装の少女は辺りに缶をばら撒く。そこから現れた緑色の弾幕は直線的な軌道で素早い速度で敵へと向かう。

 

 しかしながら、レベルが違った。サラサラ、と動いた刀に全てを切り伏せられる。呆気ない、とその一言に尽きる。

 

「密度が足りないな」

 彼女が出したのは火。一つ一つは小さくともその熱は地上にあるものとは異なる。神の火なのだ。

 

「それぐらいでしたら、私が」

 

「残念だが、地上にあるものとは異なる。避けることをお勧めする」

 彼女は飛び出してきた銀髪の少女に一言、助言した。しかし、その言葉の返答は残虐なものだった。

 

 ナイフ。何十本ものナイフが彼女の前には現れた。

 

 彼女は突如のことに目を見開き、風を作り出す。軌道の乱されたナイフは反対方向へと飛び、自分たちに危害を加える結果となった。

 

「あー、もう近くで一気に叩きましょう」

 黒髪の少女がそう指示を出す。

 

「仕方ないわね。私が出す弾幕に紛れなさい」

 水色の髪をしている幼女がそう指示を出す。見た目とは裏腹に判断力は高いと見た。

 

「任せるわ」

 

「じゃあ、私も」

 金髪の少女はポケットから取り出したそれを彼女へ向ける。そこから発射されたのはとんでもないものだった。

 

 白色をした太いレーザーが彼女の前に現れる。人一人を包み込むような大きさ。

 

 それは刃。全てを切り裂き、根本から否定するためのもの。

 

 レーザーはその刃に全て切り裂かれた。それは元々出されていた八卦炉まで届いた。

 

 それと移り変わるように赤色の弾幕が現れる。一つから出ているとは思えない角度の量、その中に三人は紛れ込む。

 

 しかし、その程度で彼女が動くようなことはなかった。

 

 しっかりとした観察眼、三人の動きを完璧に捉え、赤色の弾幕も彼女は全てを返していく。乱された動きに隙を生じさせる。動きはとりづらくなったところに襲い掛かる衝撃波の数々。当たる事はない、されど当てられる事もない。

 

 わざと、そうさせられているようなその弾幕。

 

 それは光。太陽よりも明るい真っ白な光。色という概念が取り払われたそれに一番遠くから弾幕を放っていた人が気絶する。

 

「本物の光はこういうものだ」

 

「眩しっ!」

 

「うぉ、目が」

 

「くぅ!」

 三人の声も彼女には聞こえるような事もない。その間にも三人に対して衝撃波を放ち続ける。慈悲などなかった。動けば当たる。そういうものだった。

 

「最後だ」

 彼女の放つそれらは今まで当たるはずもなかったのに急に一撃に当てられる。三人はついに空中に浮かぶ力を失い、墜落。彼女はそれを見逃さずに刀を片手にそれを追いかける。

 

「どうなってんのよ!」

 

「力の差というものだ。巫女」

 彼女が放つは水。

 

 その水は圧という形で三人に襲い掛かる。押し潰され、その場でついに倒れ込む。

 

 圧倒的な力の差は三人でも埋める事も敵わなかった。

 

「私はどうやら手を抜くのを忘れたようだ」

 

「どんだけ強いのよ?」

 

「逆にお前らが弱すぎる」

 彼女は刀を片手に次の一撃を叩き込む準備をしていた。



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161話

 私たちの力なんて非力だ。そうだった。私達がどのように頑張ろうと彼女の前では何もかもが消え去り、努力は泡となる。

 

「どうしたら良いんだ!」

 そういう彼女の声もこの戦場では立ち上がる強者の雄叫びに過ぎない。特に負け戦をしているこの状況では敵に救いを乞うような感じとなっている。

 

「仕方がない。私もその気持ちになった。だからこそ、今ここで戦っている」

 彼女にも譲れないものはある。それはお互いなのかもしれない。しかし、彼女の実力は立ち向かった魔理沙、霊夢、咲夜、レミリアの四人を上回る。それが事実であり、現実なのだ。

 

「強ずぎるでしょ。それにしても」

 霊夢は知っている。彼女に勝てない理由。それは霊夢の力の上をいく使い方をしている。神の力を借りる霊夢に対して、彼女は神の力を使う。それは力で上からねじ伏せるには理由などいらなかった。

 

「私より上はいる。とある地上人に負けた。其奴は何処にいるのかは知らん。だが月都に侵入し、風のように去っていたのは知っている」

 

「それは誰なのよ?」

 

「黒髪の青年だった。二本の剣を扱い、やる気のあるようなないような振る舞いだった。それだけは覚えている」

 

「聞き覚えがあるな」

 

「だとしても、機会が悪かった。此処で死んでもらおうか」

 彼女は構える。その剣は赤く燃え上がる。そこから大きな炎は前面へと飛び出してくる。

 

「この火は簡単に出せるものではない。分かっているだろう」

 彼女の刀は静かに腰を回して後ろへと運ばれる。其処から右脚を出して其処で止まった。この丘陵地に人は現れない。隣に居ようとも援護に来れる人間は居なかった。

 

 気絶したレミリアを除く三人で、このズタボロな体でなんとか出来る話ではなかった。

 

「私のもとまでたどり着いたその事を後悔していろその熱は人をも溶かす」

 彼女は振り回す。大きく一閃。其処から放たれる熱線はある部分を除いて地面と平行で進んでいく。その熱波は月面を焼き焦がし、砂を巻き上がらせ、甚大な被害を加える。

 

 人は簡単に生きれるものではなかった。

 

「この程度ですか?」

 とある男は其処に立っていた。いつ、何処から現れたのか。それは誰も知らない。しかし、彼の背後には何の影響もない。

 

「君達は幻想郷へ。本戦は此処ではないです」

 

「貴様、何者だ?」

 

「ただの通りすがりです。この戦いを終わらせにきました」

 

「後ろの四人よりかはやりがいがありそうだ」

 

「貴女の技は僕の前では消える。それだけは覚えておいてください」

 

「よく覚えておく。私は強者が好きだ」

 

「僕も同じです。血が滾りますからね」

 

「同感だ」

 

「始めましょうか。貴女も一人の戦士として楽しみなのでしょう」

 

「ああ」

 

「ヤバイ。逃げよう。あれはどうしたら良いのかわからん」

 魔理沙は三人にそれだけを伝える。少年の実力は三人よりも勝る。それは見ていれば分かるようなものだった。それはあまりにも無責任だが、全てを任せるその決断をすることには何も間違いではなかった。

 

「彼奴だけが対峙できる。私たちは逃げよう」

 

「私がレミリアを運ぶ。だから、早く逃げよう」

 三人は逃げ腰であった。しかし、それを責める人もましてや見ている人もいなかった。

 

 二人の世界。

 

 そう形容するのが正しいだろう。

 僕にだって超えたいものある。それはこんな丘陵地で叶えるものではない。もう少し先だ。だけど、今は此処を超えないと。

 

「お前の顔は初めてではない。昔に会ったことがあるのだろう」

 

「初めてだと思います。人違いですかね?」

 

「そうかもしれない。だが、その実力は似ている。私はお前に執着してしまう」

 

「それはお好きにどうぞ。僕は応えないかもしれないです」

 

「手厳しいな。折角だ。私を楽しませてくれ」

 

「良いですよ。構えてください」

 僕は唾を弾いて柄を握る。そして其処から出てくる白銀の刀身は僕の前へ現れる。貰い受けたその意思は僕の前に姿を出す。

 

「その刀は忘れもしない」

 彼女は構えていた。薄紫色の髪で後ろで高く結んでいる。白いシャツの上に朱色の衣服を身に纏う。剣をあしらった紋章で黒いベルトを閉めている。その人は見るからに手厳しそうだったが、更にそれは強くなった。

 

「私はお前を探していた。部下に影では罵られ、地上人に負けた事を責められた。此処でお前を倒せば私なまた綿月の名を堂々と名乗れる」

 彼女の目はもはや獣だった。しかし、足取りは軽やかで飛び跳ねているようだった。隙がない。

 

 そして其処から発せられる一撃は猛火、何一つ焼き尽くすようなそれは僕に向けられていた。

 

 僕はそれを消すために刀を動かす。お父さんから授かったこの力で僕は此処を超える。

 

 刀を逆手にそして上下で刀を固定し、その場でくるりと回す。その軌道は円ではなく、球。向かってくる全てを包んでその中にその熱気を隠す『風籠』。

 

 相手の攻撃はないことにさせる。それが僕なりの答えだった。お父さんはこの状態でも自分を貫いた。しかし僕には其処までの力はない。だからこそ、相手のその動きを僕が潰していく。

 

 僕は相手の前に立っても相手の攻撃は怖くない。全てを潰し、全てを僕より下にする。相手に考える隙も与えない。一撃には拘らない。

 

 次に繋がる一撃を放ち続ける。

 

 僕は低姿勢から前へと走り出す。地面は目の前。それでもそれよりも近くにする。足裏には地面の感覚、それをふくらはぎへ、膝へ、太腿へとその感覚を広げていく『地削り』。

 

 相手の視界から外れる。横を向いたときには上に居る。それもしてみせる。足裏でその勢いを利用して立ち上がりながら、来た方向の逆側に跳ぶ。その高さは人間を飛び越えるほど。其処までして、僕は放つ。相手の空気感を断ち切るその一撃を。

 

 右肩に担ぎ、その刀は風を纏う。その風は癒しではない、破壊だ。

 

 相手の目があった時、そのときには僕の一撃は完成していた。前へと体を傾けて放つその一撃『風槍壊界』。

 

 地面に放たれたその一撃は相手にはあたらなかった。僕の振り方が甘かった、と言うよりかは相手の強さも僕と変わらない又は強い。それだけだった。当たりはしないと言うわけでもないらしい。確かに刀の擦れる感覚はあった。そして、相手が地面を滑っていることも。

 

「戦法も変わらないか。ただ一つ、違いは相手を潰す事を考えている、そう言うところか」

 彼女にはやはり見破られた。それはつまり、経験が豊富であると言う事。僕にはない魅力は彼女は持っていた。僕はそれでも勝ちたい。

 

「同じ刀で違う戦法をとる。どちらもやりづらいことには変わりない」

 彼女は刀を構える。正統派のその構え方は練習なんかでやるような形だった。腕を軽く伸ばして力を抜き、静かにしている。その時は殺気は放っていない。音もなく、それでも段々と近づいてくる何かがある。

 

 左手は逆手で構えて右手は順手。左手を下げて、右手は後ろで構える。肩と平行にして歪な構えをとる。

 

「それを見た。模造なのか、どうかさえ紛らわしい」

 

「模造と実物、どちらもあります。当ててみてください」

 

「その軽口も懐かしい」

 

「そうですか」

 

「まぁ、喜ばしいことではない」

 彼女はスススッ、と動き出した。まるで動いていないかのよう、僕と似て非なるものを見せてくれる。其処から出してくるその一撃は零度。全てを凍てつかせるそれは僕にとっては見たことのないものだった。此処までの範囲を凍りつかせてくる。地面から、視界から、空中から、三方向から現れる氷塊は無音で此方へと近づいてくる。

 

 本来なら此処で止まっていた、しかし僕には更なる先がある。相手の攻撃をいなした時、自分の中に取り込んだそれを使う時が来たようだ。

 

 相手の凍土を僕は猛火で返す『仇の風』。相手の一撃を相殺するために扱う相手から奪った技。それはある種、相手の力を盗むようなものだった。

 

「寒いです」

 

「その程度で済む時点でお前の実力は底が知れん」

 

「そうですか。ですが、まだまだやりますよね?」

 

「私はお前に勝ちたい。やるに決まっているだろう」

 

「戦争なんて関係ないですからね」

 

「そうだな。私情のみの至高の勝負といこうか」

 

「優雅にいきましょう」

 彼女は既に間合いを空けていた。僕もそれは変わらない。此処から始まる一戦は必ず僕を成長させてくれる。そう思う。



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162話

 優雅には言ったがそれはまた違う。思考の中で繰り出される計算を繰り出すだけ。戦闘だけではない、戦況を全て省みて其処から判断をする。

 

 戦況を知る情報を遮断する、またはその中に毒を混ぜる。必要のなかったその知識も此処までで培ってきた。要らないと思えるようなことはなかった。

 

「残念だが、私はそこまで上品ではない。力でねじ伏せる!それだけだ」

 そういう綿月を名乗る彼女は僕との間合いを詰めてくる。その速さはやはり先程の比ではない。彼女の灯火はしっかりと燃えている。

 

 僕は構もせずに自然体で、あくまで自然体で対峙する。そこから発せられる一撃は見た目には分からない力を発揮する。

 

 左手は逆手持ち、右手は順手。その身体は右斜めを向き、その瞬間を待つ。

 

 動かないという回答。

 

 ノーモーションから最大の力を発揮する。

 

 相手の動きをよく見て。その刀は何処を走るのか。

 

 目と感覚で捉えて。

 

 見開く。その瞳に映る光景はーー。

 

 冷徹なる一撃。

 

 その一撃は防御と攻撃を一体とした連撃。相手の刀は此方へ来ないように抑えながら上へと押し出す『七ノ技 疾流し』。それから頭上を狙った横一閃。

 

 右斜めを正面としたその構え方は腰を使いながら放つ一撃となる。

 

 しかし、僕の三撃目は繋がらなかった。単純に避けられた。それだけではない。此処まで予測されている。

 

 相手も僕の動きは止めてくる。しかし、空中から浮き上がった身体から出したのは紛れもなく重たい一撃だった。真下から振り上げるだけだった。しかし、僕の連撃は繋がらなかった。断ち切られた。

 

 僕は後ろに跳び、その場で立ち止まる。やはりそう簡単に攻撃は当たらないらしい。頭上の一撃も擦りもしないところで避けられた。

 

 そうなの考えている間にも相手は確かに動き出していて。僕は度肝を抜かされた。低姿勢から、着地したその脚から出してきたその突進はえげつない火力を持って僕を襲う。

 

 その音は雷鳴。ビリビリとしたその一撃に僕はすぐには技を繰り出せなかった。反応が遅れたのではない。相手の動きが速すぎる。

 

 少なくともあのタイミングと体勢から放つようなものではない。

 

 僕の身は消え去る、かのようだった。

 

 一瞬の隙は確かに的確に突かれた。だから何だというのだ。

 

 下向きに押さえ込みながらその脚は浮かせる。横に向けて放ったものの軌道が変わろうともその力は収まらない。だからこそ、出来るいなし方。

 

 その場での回転、風を溜めてから遺産で増幅。それを前へと押し出す。相手が雷ならば、こちらは風。

 

 見えない脅威、その威力は雷に劣りはせど、その威力は僕の出せるなかでは最強。

 

 横薙ぎから放たれる二連撃『一ノ技派生 二連風刃』。

 

 其処から前へと走り出す。その速さは出したわざと変わりはしない。飛び込み、にも似たそれはその目が見据える相手に確かな圧力を与える。

 

 相手は構える。何かを使用したその時間過失を補うその瞬間も見逃さない。

 

 刀を振るう偽造をした動きにしながら近づき、その足裏には地面の感触を感じながらその身を小さく、低くしていく。

 

 地面との距離は殆どない。ちょっとした小石で躓けるほどの脚の動かし方から繋げるその先の一撃は刀身に溜めていた風を利用した小さな弾丸『ニノ技 風凸』。

 

 其処から身を低くして足元を刈り取る『黒南風』。

 

 くるり、と地面の摩擦を利用して相手を向く。その先では受けなかったはずの一撃を受けたように蹲る人が居た。

 

 身体に流れる気迫を断ち切る。そして一時的に行動不能へと陥れるその技は危険極まりないものだった。下手したら使えなくなる。それくらいの代物。本気では斬っていない。

 

 彼女の気はあの時は腕の方に流れていた。最低限の姿勢保持のみだったようで出来なかったというのが実状だ。

 

 そんな擦り傷で相手は止まるわけがない。それは目で見なくてもわかっていた。その実力はお父さんよりも高いのかもしれない。

 

 ……だから止まれるか?その問いには否定をする。

 

 脚を刈られた彼女にも同じ問いをすれば同じような答えを出すのだと思う。

 

 止まりはしない、その姿は武人の如く。脚が使いにくいから何だ?腕があるではないか。そうでも言いたげな表情だった。

 

 その名は雷光。たなびくその瞬間に集まりては散りゆく。旋回しては直線的な行動をする。

 

 その小さな隙間を僕は見つけては避けていく。触れれば焼き焦げる。この劣情を、抑える意味は何もない『風籠』。開けては増えていくその稲光は龍が分裂していく様。現れは消えていく、その小さな隙間と光の中で僕はその姿を消した。

 

 新たなる特性。直前で使える様にした雷を反対方向へと打ち込む。何処に撃っているのかそれは黄色の閃光と龍の様に伸びてくるそれに全てを防がれている。雷から発せられる圧によって風は扱えない。脚は刈り取ったにしろ、その先に何が起こるのかは誰も知らない、僕でさえ予想は付いていない。

 

 僕に現状出来る最善手は何か?そればかりを考えていた。綺麗に纏まっては散ってゆく、封じ込めれば分裂する。こちらから撃つ雷も何処にいくのかは知らない。手当たり次第に撃ち込んでいる。相手と自分の視界も異なるだろうに。

 

 終わりは見えない、それは違う意味で静かに死の時を刻んでいるかの様で。僕の心には暗雲が立ち込める。

 

 雷の音でも、瞳に入る光でも、土煙の舞う匂いでも、風による感覚でも感知出来なかった。

 

 相手の動きはあまりにも密度の高い攻撃の中に消えていた。脚は刈り取っても腕はしていない。それは裏を返せば攻撃は通常通りに出来る。

 

 其処から指し示される計算結果は零距離からの一撃。

 

 稲光の中に隠れた僕を彼女は的確に捉えていた。

 

 ヒントを与え過ぎたのかもしれない。悟りそう考える頃には僕の体は地面を削っていた。一撃自体が重たい。

 

 簡単に人を駄目にするような一撃。

 

 僕は泡沫の中に割れると思われる水面を見据える。それに抗う術はない。



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163話

 花畑と川、そして拒否反応のお父さん。手を振るようなそぶりもなく仁王立ちで河岸に立っていた。

 

 全く持って歓迎しようとしないその構えは僕には変な風に映った。こんなに無表情だったのかどうか。

 

「僕の尊敬し、命を授けられたお父さんではないです」

 

「そうか」

 それでも無表情だった。何の感情の起伏もない。僕がここに来てからその起伏が見られない。

 

 僕は踵を返して、前へと進むとその扉があった。白色の強い光を放つそれは何処に繋がるのだろうか。

 

 そんな事はどうでもいい。手早く出ることを優先させよう。

 

 突如として僕の体は大きく破裂した。其処に痛みはなく、下へと下がっていく。その感覚は視界でしか判断出来なかった。

 身体の節々は確かに痛い。だけど、この痛みならば何度も乗り越えてきた。小さい頃から、ここ最近まで。もっとひどい怪我もあったのかもしれない。そう思うと立ち上がることも造作もなかった。

 

「起き上がるか?その怪我で何が出来る」

 彼女の声だった。厳しくも悲しい。潰れそうな泣き声に僕は僕なりの回答を示す。

 

「逆に何が出来ると思います?」

 

「私の正夢が破られるとは思わなかった」

 

「彼岸での夢でしたか。もう少し似せてくださいよ。僕には下らない冗談としてしか映らなかったですよ」

 

「いや、あれはお前の記憶を元に作られるはずだ」

 

「それでは、見破られますよ。あの人の感情は雰囲気で出ますから」

 

「言っている意味がわからん」

 

「つまり、顔は相当なことがない限り、動きはしないです」

 

「行きましょう。こんなもので僕は止まりませんよ」

 僕は手に握っていた刀を構える。と、言ってもそれは持ちやすい重心で持っているだけ。常に場所は変わり、相手の動きに合わせ続ける。正に鏡と言わんばかり。ここに自我はない。腕が勝手に合わせてくれる。

 

「ならば、もう一度だ。もう一度やれば倒れるだろう」

 

「そうだと良いですね」

 僕は歩き出した。その間合いは彼女は飛び去ったこともあり、すぐには縮まらない。だからこそ、圧迫という恐怖は長く続く。ゆっくりと脚を踏み出す。それから刀を構えているのか、どうかを分からなくさせる。

 

 牽制と言わんばかりに放つ小さな波動も圧迫の意味合いしかない。

 

 圧力に負けたその地面は大きく揺れ動かされた、今まで押さえつけられていたそれ。それはそれは大きく破裂する。

 

 これは業火。業に背負う者にとってそれは大きな傷を負わせることであろう。僕にはそれでもその先へと進まなければ。

 

 構えているのか、構えていないのか。それを相手は見誤った。

 

 間合いに入り込むように一歩出し、その業火を振るう。僕はそれを軽々しく振り払った『風透かし』。

 

 その業火だけを取り払い、何でもない斬撃を僕は受け止める事はなく、掠らせる。当たるのかもしれない。そう思わせて刀を振らせる。その間に生じた隙は僕は回し蹴りで吹き飛ばす。

 

 構えていない、其処から繰り出されたこれだけの連撃。彼女はどう動くのか、僕は一種の緊張感と違う部類の興奮があった。

 

 切っ先を下に向ける。其処から繰り出されたそれは暴風。刀は風を纏い、辺りは空気を震わせる。その緊張の糸が外れた時、その風は神となって姿を現す。

 

 その姿はまるで鬼の顔をしているようだった。そして羽衣のように雲を背負っている。

 

 だったら、僕だって。先程包んだ雷を利用して、刀に付与する。それを手首につけている装備で増幅させる。そうして出来たものを風にぶつける。最初は小さな龍。されど、斬られ分裂する際に集まってはまた散っていく。それを繰り返していくうちに一匹は大きくなっていく『雷龍光臨』。

 

 風に切られ、散ってはすぐに繋がりその姿を大きくしていく。幾重にも重なり、その身の存在を示したそれは暴風の中、優雅な動きでもろともしなくなった。

 

 僕は其処に畳み掛ける。低い姿勢から前へと走り出す。風だろうがそれは何ともない。

 

 動けるだけで良いから。

 

 風だろうがそれは気にしない。

 

 溜められるものは今のうちに溜めておく。

 

 その先、その後の一撃につなげるために僕は大きく腰を捻る。地面には足裏はついていない。だからこそ、着いた瞬間に放てるように準備だけは整えた。

 

 一つの剣筋を太く、強いものにする。それは恐らく一撃と言うには違うものになるだろう。一つのものが大きくなった時、それに伴って大きくなっていく威力は計り知れない『時津風』。

 

 彼女はそれを受け止める。直感でそれが避けるのは危ないものだと悟ったのだろうか。今はそうではない。その技を使用している右腕に自分の力を集中させる。そして押し出す。

 

 押し出す。自分の力を最大限にするために左手も柄を握り、前へと押す。グッ、と握りしめた両手からはギシギシと音が鳴る。

 

 相手にもこれがどれだけのものか理解していたのだろう。

 

 押す。とにかく押す。言葉ではなく行動で。その力を強さを示す。どれだけの力を持ってすれば彼女を諦めさせることができるのか。そればかりだった。

 

 お互いに譲るような事はない。両手で握りしめたお互いの刀は音を立てる。ギシギシ、ギシギシと。そして刃が擦れていく。カシカシと。わずかな音だった。

 

 辺りでは風が吹き荒れ、雷龍が暴れ回る。風と雷がぶつかり合う。その中で僕は肉体でその力を扱う。

 

 自分の今使用している技に風を付け加えていく。目には見えないその風はいつしか脅威となって相手に降りかかる。それを振り払うか、こちらが強引にでも押し出すか。

 

 段々と腕も痛くなってきた。それは相手も変わりはしない。歯を剥き出しに僕を睨み付ける。その眼光はここまでの比ではない。この世のものではないとさえ思う。だから何だ、と言われれば僕はそれ以上はない。

 

 そんな理由で力は抜かない。更に押す。

 

 更に更に更に、押す。

 

 相手も同じように押す。

 

 更に更に更に押す。

 

 負けるとかそんなところではなかった。この先があるのに、僕にはここで止まる理由がなかった。それはそれは大きなものとなって僕の前に現れる。

 

 魔界では多くの事に絶望した。まともに睡眠は取れず、空腹の日々は続いた。水は無く、得ようとすると血しかなかった。食料も其処ら辺を歩いている肉しかなかった。自ずとそれらを狩ることを覚え、生活を安定させるために日々を過ごしてきた。

 

 こうやって力を示して切り崩していく、そんな生活に比べればこんなくらいどうと言うこともない。

 

 いつもの生活の延長線。それは変わりはなかった。

 

 生きる為、誰かの命を喰らう。そうするには何にせよ勝たねばならなかった。知恵でも、力でも、体力的な面でも。

 

 風を集め、気迫をその刀にこめていく。その力は何倍にも膨れ上がり、相手を押し潰していく。

 

 最早、戦争のことは考えていなかった。目の前の彼女をどう倒すか、そればかり考えていた。その先に見えた光明は確かに照らし出された輝かしいものを見せてくれた。

 

 更なる先へ。

 

 自分が生きるために。

 

 その刀は軽くなる。かけていた力が多かった分、僕の両腕は余分に回る。だからこそ、自由にさせた。そして空中でその力を回転に変えた。

 

 丁度背後を向くような形になった。それだけの力を僕はあの刀にかけていた。それはつまり、相手はどれほど飛ばされたのか。それすら今は確認する手立てはない。風は全て使い込んだ。調べる手筈は整っていない。

 

「……これほどの威力は二度目だ。だが、あの時よりはまだ体が動かせる」

 

「それは……光栄です……。」

 

「一撃で仕留めなかったことを後悔すると良い」

 彼女の雰囲気は大きく変わった。今まではまだ人間だった。普通の生物として幻想郷で出会う人たちとそれほど変わりはしなかった。

 

 しかし、今はどちらかと言えば魔物に近い。似ているが非なるもの。それは目の前に現れた。

 

「神の力は借りない。私が神となる」

 

「神ですか。それは大層なもので」

 あながち間違いでもないとそう思えた。なんとか集めた風でその雰囲気を詳しく見る事にした。

 

 これは生物としてその機能を果たしていない。器だ。誰かの魂を収納するための。僕の中で彼女の印象は大きく変えた。

 

「私の力は神に依存している。だが、私の力は神の力の一部でしかない。もう私は神と同じ力を扱える」

 

「分かりました。僕も止めるくらいの努力はしないといけませんね」

 僕の意識は静かに潜っていく。暗黒面、光を通さないこの空間で僕は殻に篭る。二重に防がれた光は僕の元へと届くようなことはない。

 

 それほど無意識に意識をもっていく。今まで落としたこともなかった程の深度。戻ってこれるかは分からなかった。

 

「依姫様、依姫様、敵軍の勢いがついに抑えきれなくなりました」

 

「知らん。お前らで何とかしていろ」

 

「地上人如き、私達で何とかしますので戦線を押し上げてください」

 

「こいつがいる限り、戦況は変わらん。離れておけ。味方だろうが容赦は出来ん」

 

「だそうです。早く離れてください」

 僕はかろうじて残していた意識でその人を遠くへ離そうとする。

 

「地上人如きに指図される謂れは……な、い?」

 

「次は首ですよ。僕か依姫、さんでしたっけ。どちらから斬られたいですか?」

 

「勘弁してくれ」

 その人は逃げていく。指示を仰いだ結果、右頬を大きく抉られる結果となった。

 

「さて、早く始めよう」

 

「本当に向かわなくて良いんですか?」

 

「私はお前を止めないと負けると思っている。そして、私はお前と戦う理由がある」

 

「そうですか。仕方ないです。やりましょう」

 

「妥協は許さん」

 彼女はそう言ってからその身はスゥ、と消えた。

 

 強いものだな、僕はそう思った。

 

 だからこそ、下側から持ち上げるようにして避ける。

 

 そして、軽く脚を振り上げる。

 

「慈悲なんて乞わないでくださいよ」

 

「その言葉、そのまま返す」

 人と神、その一戦から始まる。



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164話

 少年はその言葉を最後に一番下まで自我を落としていく。その暗さは漆黒よりも暗く、浮かび上がるための力もない。それほど。だけれども上から見える光は白く戻る道順だけは教えてくれている。

 

 見上げるだけの少年、その先に何があるのか、もう記憶の中でしか判断が出来なくなってしまった。

 

 無意識と意識が逆転する。現れたな無意識は少年の体を使って戦いを求める。更なる上へ。勝てなかったあの男への再戦を願いて。叶わぬ夢とそれを知らず。

 

 依姫は自我の中に神の存在を入れ始める。誰も邪魔をされない、それを良いことに彼女は最大の力で少年をねじ伏せようとする。

 

 月の民としてとある地上人に負けたその因縁を似ているだけの人物にぶつける。それが許されるのかどうか。それももう関係ないと言えるところまで。この戦いはそれほどに個人として意味のある戦いとなる。もう、後戻りはできない。

 

 二人はもう利益もない戦いへと身を投じる。

 

 最初に起こすのは雷鳴。地響きと共に現れた雷雲が空へと浮かび上がり、地面へと降り注ぐ。

 

 巻き上げるのは竜巻。人の動きではなく、風と脊髄反射を利用した神速の回避。雷をも避け、二人は衝突する。

 

 刀に纏うは業火。

 

 打ち消すは絶対零度。

 

 お互いの味を打ち消すため、業火と絶対零度はその力を存分に発揮させる。消しては生まれ、遮られては滾る。

 

 その力の拮抗に勝負はつかなかった。だからこそ、その身を持って離れる。二人の刃に密かに燃ゆる明かりは輝きとなって再びぶつかる。

 

 刀に宿るは水。

 

 刀に宿るは風。

 

 水は風に飛ばされまいとその場で留まるための圧をかけ、風は水を吹き飛ばして無力化しようと更なる力で膨れ上がる。お互いの力を尽きるその瞬間までその鍔迫り合いは続く。

 

 依姫が競り勝ち、少年はその威力を相殺させるために回避運動を起こす。その隙は依姫は見逃さない。

 

 起こすは光。凄まじい光によって引き起こされた視界阻害は辺り全てを飲み込む。

 

 返すは風。辺りの索敵のために大量の風を吹かせ続ける『風陣』。

 

 視界は潰されどもそれをどうともしないその少年の機転。

 

 光の中で光は更に生まれる。それは熱を持ち、少年や周りへと影響を与え続ける。

 

 少年はそれをも風の中に包み込む『風籠』。

 

 飲み込み、熱をも簡単に無効化する。

 

 次に起こすは偽りの癒し。花園にて天をも登る心地にさせる。

 

 反応を鈍らせた少年はその場で空振り。依姫はそこに生じた隙間に刀を振るう。

 

 一瞬の抵抗。そして鈍る刀の速度。それに反応した少年。

 

 二本で弾かれた依姫の刀は何処かへ。その隙は依姫自身が埋める。音を出し、少年の反応を鈍らせる。その一瞬で離れた。少年が起こしたのは斬撃だけをその場に残す『辻斬風』。

 

 二人の間に流れていた時間はその時だけは止まる。お互いの動きを眺めながら次にどのように動こうかそれを考えていく時間。相手よりも的確な答えを繰り出す必要のある一番緊張する時間。

 

 ノーモーションから繰り出す少年の連撃。ここまで浴びせられたそれらは決して侮ることを許さなかった。彼がどこまでこちらの動きを読み取るのか、それはこちらからは読めない。どこから現れるのか、闇の中。毒の霧を散布して。

 

 動かなかった。光も闇も少年には意味がない。あらゆる毒を受け、そこそこの耐性を取得した少年に神の毒は痛い程度。動けなくなるような事もない。解毒の仕方も知っている。

 

 無意識だった。横腹を斬り裂き、そこから解毒する。一本の刀でそれを包み込んでそれを増幅させて放出する『仇の風』。

 

 全てを否定する、相手の動きの一つ一つを全て。少年はそれをするだけの技を持っていた。動きは鈍足。しかしながら相手の全てを否定する。努力も全て。

 

 ここまで積み上げてきたもの、それを否定して完膚なきまで叩きのめす。本物の勝利というものだった。

 

 だが、それで折れるような依姫でもない。

 

 更なる一撃を叩き込むために動きを始める。

 

 闇と毒の蔓延るこの二人の世界で依姫と少年はゆっくりと間合いという輪を乱していく。その乱された輪はやがて静かに砕けていく。

 

 落とすは雷。大量の雨と雷による嵐を作り上げる。

 

 走るのは風。雨、雷をもろともしない少年の移動速度。それに対応する依姫の反射速度。

 

 それを凌駕する少年の機転。

 

 周りを囲い、全てを無力化し続ける。息一つ上がらず、その力を使い続ける。依姫の全てを上から見下ろす。油断はしていない。

 

 雷、水、風、炎。その全てを吸い取った少年に依姫の一撃は同じような価値に成り下がる。誰もが抵抗出来ない、少年の編み出した戦法。

 

 そこから攻撃手段を脚に変える。刀を脚で裁く、並外れた技能をやってのける。伝承されたその技には依姫も目を見張るものがあった。

 

 届きはしないその連撃。辺りもしない依姫の一撃。その隙に生じた一瞬を少年は見逃さなかった。

 

 左腰に携えている刀の柄を軽く握り、斜め上へと一気に切り上げる。斬れるようなことはない。されど、力が抜ける。その場で立てなくなった依姫は刀も握れずにその場に倒れ込む。

 

「僕は不殺を心掛けています。だからこそ、僕は貴女の気を斬った。それは暫く斬られたままです」

 

「敵に慈悲を受けたくない」

 

「ここで月の民として肩身の狭いまま死ぬより、僕と一緒に生きませんか?」

 

「良いだろう。どうせ、私には価値はない。好きにしろ」

 

「そうしましょうか」

 少年は依姫を背負って幻想郷へとゆっくりと帰っていく。戦闘の時とは違うその少年の心に依姫は何も言えなくなった。



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或ル日ノ夢
165話


 戦いによって起こった災いは僕の目には届きもしなかった。私用で入り、身勝手な行為をして勝利に貢献し、身勝手な行動によって五分にまで持っていた。名の知らない人からすればその行為は上に揉み消される、そんな行為。

 

 だから僕もその結果は目に入れない、耳に入れない。口に出さない。

 

 だから、どうなっていようが興味がない。闇に揉み消された僕の行った行為は良くも悪くも消え去った。

 

 僕が今どこにいるのかも、誰も知らないだろう。

 

「本当にそれでいいのか?」

 そんな僕に聞いてくれるその女性。月の民にして僕があの戦いの中で連れ出した人。

 

「今更、会いたいなんて思わないですね。自分の考えは愚かでした」

 

「待っている人は少なくとも何年も待っている。行ってやったらどうだ。どうするかは関係ないだろう」

 

「行く必要なんてないですよ」

 

「人と会うのは辞めましょう。僕だって嫌ですけど」

 

「私とお前は違う。その命は誰かに大事にされているはずだ」

 

「この時世を見ていれば分かりますよ」

 

「なら、私が送り届けてやる。お前がどれだけ愚かなのか教えてやる」

 場所を教えろ、僕は何も話を進めようとはしなかったが依姫は何も感じていないかのようにどんどん話を進めていった。僕に肩を貸し、この身を起こさせて引きづらせる。

 

「ならば、一つだけ。一箇所だけ行きたい場所があります」

 

 

「教えろ。お前が動かないなら私が連れていくから」

 

「幻想郷の西側。霧の湖という場所に」

 僕は伝えた。今の二人で行ける唯一の僕に由縁のある土地。

 そこからの依姫の動きは早かった。神の力も利用して全速力で走り出していくその姿はまるで猪のようで強大な脚力で地面を蹴り出して、どんどんと速度を増していく。速過ぎる、そういうのは僕には似合わないが確かに速かった。人と自分という違いだろうか、速度が違うように感じる。

 

 本当にあっという間だった。風を切り裂き、水の上を走っていくような速さは他人だからこそ余計に怖かった。

 

「あの、どちら様で?」

 

「久しぶりに顔を出そうかと」

 

「あ、ヒカルさんとそのお連れの方ですね」

 

「こいつが弱音を吐くから連れてきてやった」

 

「だから、そのような。分かりました」

 美鈴さんは何かを察しているかのように話を進めていく。気を扱う力はダテではないようだ。今更だが。

 

「私は此処で。中に入らん。その代わり、ちゃんとお前の役割を果たしてこい」

 依姫さんは僕に対して結構厳しい口調で接してくる。目力がナイフのような突起物を彷彿とさせるが、僕はそれには屈しなかった。だけど、言い分には僕は何も言わない。

 

「そうですね。美鈴さん、中に入っても」

 

「構いませんよ。先に伝えておきますがとある二人には気を付けてください」

 

「……そうでした、ね。大分待たせてますからね」

 

「そうですよ。あの二人は所詮は傀儡ですから。貴方との時間は有限なのですよ」

 

「それも知ったんですね。覚悟を決めていきます」

 

「いってらっしゃい」

 美鈴さんはあまりにも素っ気なく僕の事を送り出した。それだけ怒らせているという事は言うまでもないので僕は鼻から息を出してトボトボと歩いていく。

 

 久しぶりに見た紅魔館の中庭も特に変わりはしない。いつも綺麗で整えられた中庭にはどれだけの手間が掛けられているのだろうかとふと思う。まだ小さな木も何十年かすると僕の背を優に越える存在となるのだろうか。

 

 真ん中にある円形のモニュメントを左側から抜けていく。後ろから二人の会話が聞こえるが僕には聞き取りづらかった。風でも使えば少しは分かりやすいのだがそこまでして聞きたいのかと言われるとそうでもない。

 

「バックダンサーでしたよね」

 

「あっ、あ。あの」

「ど、して。あれ」

 僕が手を掛けた真紅の扉、そこから顔を出したその二人は同じような声を出していた。呂律の回っていない上に二人で話すので耳の中で処理が追いつかない。多分こうだったのだろう。

 

「久しぶりですね」

 僕は軽く手を振る。あまりにも突然の事なのだが、それをどうこう言えるわけでもないのでそれ以上は言葉にも行動にもならなかった。

 

「何してんですか?私たちのこと忘れたと思ったじゃないですか!」

 僕は二人の可愛らしい突進を一身に受け止める。その力はその二年の間で軽く感じる程度のものだが、相対的に考えればとても強かった。少しだけ負けそうになる。

 

「迷惑かけましたね」

 僕にはこれぐらいしか言えなかった。それ以上はある意味で何の言葉を似合わなくなった。二人の寂しさ、自分の不甲斐なさ。それが込み上げると二人のことを両手で抱きしめるしかなかった。

 

 その時間は数えもしない。それは唯一の時間であり、今までなかった時間を取り戻すだけのものだから。数えることなんて出来ない。ここまで放ったらかした時間はもっと長かった。



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166話

 二人とも大分落ち着いてきた。

 

 サイドを長くして全体的に短めなシルエットをしている髪型、緑色と紫色の同じようなドレスのような服装。茶色っぽい髪色の里乃さんと竹色の舞さんは僕の手を掴んでとある人の元へと引っ張った。その力は怒っているようでそうでもない。そんなぐらいだった。抵抗する理由もないのでもう二人の好きなようにさせた。

 

 二人が僕を運んで行った先、それはここの館の主人である人の部屋だった。随分と筒抜けなような気もするが本当に良いのだろうか。

 

「「入ります」」

 二人はお互いに片側の扉を空いている手のひらで押し出した。その先にはキョトンとした表情で紅茶の入ったカップを置いている主人の姿があった。

 

「毎回思うけど私ってそんなに威厳がないかしら?今はそんな事どうでもいいの。貴方には随分と大きな借りを作ってしまったわね」

 

「何の事ですか?」

 僕にはあまり覚えがなかった。こちら側に居た時は不定期ながらも定期的に手紙を送っていた。それなのに何かやらかしたのだろうか。

 

「月のことよ。私達を救ってくれた張本人がそんな様子じゃ私たちの気持ちはどうすれば良いのかしらね?」

 

「月の民の戦力を大きく削って数の力を押し込んだ後、依姫さんと戦った件ですか。居ましたっけ?」

 

「どう言うこと?咲夜、咲夜、居る?」

 僕には本当に見覚えのないことだった。あの場に咲夜さんとレミリアさんが居たのだろうか。四人誰かがいた事は覚えている。そんな記憶の片隅にも手を掛けていそうな記憶はどうしても思い出せなかった。

 

「はい」

 

「咲夜、ヒカルに助けられたのは覚えてるわよね」

 

「そのはずですが。どうして今聞かれるのです?」

 

「ヒカルが覚えていないと言うから。私はあの時倒れてたし。どうなのかなって」

 

「確かにあの時の後ろ姿は見惚れるものがありましたが。私の妄想だったのでしょうか?」

 

「僕には判断できないです」

 

「夢ということにしましょうか」

 

「それはそれで不味いんじゃない、咲夜」

 その意味合いは特に理由は理解出来ない。此処でそのような発言をした咲夜さんにそれを窘めるレミリアさん。僕には到底。

 

「「私(僕)達だってそんな経験したい」」

 

「そんな意味では。違いますから」

 そう言えばそうだったようなそうでもなかったような。僕は結構重要なことを忘れていたようだ。今、僕の両腕にくっ付いている二人はご主人様、と勝手な身分の上下関係を作り上げているのだった。いや、それでも関係ないのではないか。よく分からない。

 

「窮地の時にそのような人を思い浮かべる時点で気のあるとしか言えないじゃない。さぁ、咲夜。どうにかしてみなさい」

 レミリアのこの場を引っ掻き回したいという悪魔的な発想は僕の言葉で終わらせることにした。

 

「確かに助けたような気がします。咲夜さんの記憶は正しいと思います」

 あまりにも咲夜さんに対する集中砲火を見ていられなかったので僕は口を挟むことにした。

 

「それはそれで気にいりませんね私達だってされたいのに」

 

「まぁまぁ、そんな危険な状況に巻き込まれていないだけ良いということで。それで何とか」

 二人のその言いぶりにも僕は窘める。

 

「今はこれで我慢します」

 

「そうですね。そうしましょう」

 それから、僕は暫く話をしていた。何をしていたのか、それだけを話していた。これからのことは何一つ話していない。

 

 その代わり、最後のレミリアさんの紅の道はどういう意味なのかはよく分からなかった。

 レミリアの部屋でヒカルと舞、里乃。最後に咲夜が話していた頃、門の前では武人たる二人が話していた。

 

「彼奴とは知り合いなのか?」

 

「知り合いも何もよく鍛錬したものですよ」

 

「とても釣り合うとは思わないが」

 

「刀と拳では少し難しいですが、拳と脚なら同等ですよ」

 

「それは納得もいく。しかしだ。剣士に脚技を扱う理由はあるのか」

 

「あの方の話ですと、攻撃の間の隙を移動する間に潰すために使うようです」

 

「確かに彼奴の剣技には独自性がある。恐らく何か大きな欠点を覆い隠すような動きであるのはよく分かる」

 

「それは妖怪と人間の肉体の強さに大きく違いがあるからです」

 

 

「身の脆さは確かにあったか。しかし、あの精神力は並ではなかった」

 

「見ていれば分かりますよ。何か成長するにあたって過酷な状況で自分を追い込んだのでしょう」

 

「何度も死にかけているようだった」

 

「貴方のことはよく知りませんが何かあれば任せますね」

 

「私はそんな存在ではない」

 

「冗談を交えただけですよ」

 

「本当にそうだと良いのだが」

 二人はお互いに顔を見合わせて少しだけ笑みを溢すとそれだけで会話を終わらせた。



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167話

 僕の目的は何も話さなかった。依姫さんには悪いとは思うが僕は本当にやりたい事があった。それはお父さんを超える事、それ以外にない。あの時僕の前に立ち、あの人と対等に渡り合った。あの時のお父さんは今考えると本調子だったのかは本当に分からないが僕はあの人を超えたい。

 

 その目的は今のところ、誰にも話していない。もう必要ないのだ。もうそろそろ目的が達成する。それだけの事実は変わりはしない。

 

「僕はこれからとある場所へと向かいたいと思います」

 

「何かあるのか?」

 

「ちょっとした野暮用ですよ」

 

「野暮用、にしては目が鋭いな」

 依姫さんには多少強引にでも通しておきたい。だけど、それは恐らく深く聞かれることになるだろう。

 

「あまり気乗りしないだけですよ。特に気にしないでください」

 

「そうか。ならば、私はどうしていれば良い?」

 

「この先に街道があります。なので、お好きにお過ごしください」

 

「地上での食事や工芸品を見ていろと言うのか。下らんが学びになるだろう」

 依姫さんは少しだけ考えていた。しかし、その回答は否定的なものではなかった。それならそれで僕は構わない。

 

「決まりましたね。それではこれを。僕にはもう必要なくなるので」

 

「いや、待て。本当にお前は何を?」

 

「聞かないでください」

 僕はそそくさと歩いてその街道まで連れて行くとその先へと向かった。其処には彼岸花の咲く河原がある。

 此処は地獄の手前。これから挑むのは其処の女神。あれほど遠かった存在も今ではそれなりに近い存在となってきた。特性やそういうのはよく知らないが同等の力は手に入れた。後は経験と感覚がどのように働くのか、其処だろうか。

 

「逝きましょうか」

 僕は河原の石を蹴り出す、その先には赤い彼岸花があり、黒い何かが蠢いている。魚のように見えなくもない。しかし、その黄色の目には生物として明らかに何かが足りなかった。

 

 風を切る、その感覚ももうそろそろなくなる。この先に何がいるのかはもう何も考えなかった。三途の川を飛び越えた先に本当の目的というものはある。しかし、その先僕は入り方などよく知らない。だからこそ、その物を飛び越えた。白か黒かを取り分けるその場所を。

 

ーーそれからは誰とも会うようなことはなかった。建物というものもなければ平たい平地を進んでいく。何かを目印にしている必要もない。魔界と空気感が異なるだけに景色は特に代わり映えしない。

 

 いや、誰もいうのは訂正する。前にもあった事があるようなないような人物の姿を目撃した。

 

 一人は水色の服装と背中には緑色の甲羅、同色の尾を持ち、頭には黄色の鹿のような角を二本生やした金色の髪の女性。

 

 もう一人は赤いカウボーイハットに黒色の翼。赤色のブーツとアメリカンな服装をしている。

 

「地獄の女神は何処にいますか?」

 

「今は手が空いてない、って……。ちょっと待て。一時協定を結ばないか?」

 

「邪魔した時点でそのつもりでしたよ。貴方の運は最悪のようね」

 

「なら、此処から離れますので。此処は穏便に」

 

「組のツラ、汚された以上は返上するもんだ」

 

「二人で行きます。私は後ろから」

 

「じゃあ、私が自慢の蹴りで再戦するわけだな」

 二人の間で話が出来上がっていく。今日の敵は明日の友という言葉もあるが知り尽くしているからこそ出来る奇妙な連携だった。二人の名前も僕の頭には思い浮かばない。それほど二年の魔界での生活は記憶を白濁とさせた。

 

「理由も何もない。そんなところですか」

 特に根拠もない。そして、理不尽に溢れたこの世界で本当の意味で何も利益のないこの時間にーー。

 

「終わらせてやるよ」

 その言葉を放つ赤いカウボーイハットの女性は僕に向かってくる。その脚力はとてつもないもので静かに打ち下ろされる右脚に僕は左肩と左足を後ろに下げて避ける。

 

 その後ろでは緑色の長細い弾幕が出来始めていた。隣では避けられた右脚を地面に付けてからまた浮き上がらせる。こう見るとお父さんの蹴りは逸脱したものだった。

 

 先に僕は左脚を上げてから来るであろう軌道の前でその脚を伸ばす。

 

 相手の右脚を押し出し、体勢を崩させたところで後ろからの弾幕が普通に現れる。その弾幕は柵状のものでどちらかと言えば動きを制限させるようなものだった。それをやるとするならば上下も潰しておいても良さそうな気はするのだが。

 

 それを考えるよりも周りを囲まれた状態から目の前からその自慢の脚力を自慢している人の蹴りを捌く。その速さは前よりも速くはなかった。

 

 目が慣れた、というような気もしなくもないがそれが正しいかは判断がつけにくい。まだ相手の本領が見えない。

 

「やる気あんのか?」

 

「全く」

 僕は思ったことをそのまま伝えた。相手のことを見ておらず、周りを見ているだけなのでそう思われても仕方がなかった。

 

「随分と余裕そうだな」

 

「そう思うなら本気できてくださいよ」

 

「言われなくても」

 そう言ったその人の左脚は大きく振り上げられた。それを僕は真っ向からただならぬ力で捻じ伏せる。とても単純なその一蹴りに相手は仰け反って動くようなこともしなかった。

 

 まるで僕の方が優位に立っているとそう示すように。

 

「脚力なら勝てると思ったのでしょう。生憎ですが僕は過去よりも強くなるのです。前は勝てたからそうだと思わないことです」

 

「良い勉強になるよ。だけどな、二人いることを忘れてんじゃないか?」

 

「覚えてますよ。それはだから常に風を吹かせてます。前よりも操りやすくなったのでこの程度なら何ともないです」

 

「そういやそうだな。だから何だっていうんだ?」

 相手は動き出した。その動き、一挙手一投足全てを監視できることを知らないよう。

 

 僕は軽く飛び上がりながら二回技を放つ『二ノ技派生 風凸脚二連』。

 

 それから上から下へと押し潰すように脚を振るう『一ノ技派生 風刃脚』。

 

 それから身体を捻りながらその脚を相手の胸部へと当てる。避けることを許さないその距離からほぼ防御の不可能にさせたその身に放つ『ニノ技派生 風凸脚』。

 

 相手の胸部に当たる。それから僕はその速さに追いつけるように出来るだけ速度を上げてーーそして追い越す。

 

 弾幕を放つその人の左肩を押しながらその身を反転させる。着地、それをする前に僕は右脚でその人の鳩尾に蹴りを入れ込む。

 

 一人は立ちくらみを起こさせ、もう一人は背中を砕く。

 

「おかげで身体が温まりました」

 僕がそれからかけた言葉はそれくらいだった。

 

 人として重要な部分を落としているような気がする。



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168話

 この先、何処かに居るとは思う。その憶測が外れないとは思っているがこう易々と会えるとまた別の話になる。

 

「久しぶりだね」

 優しい笑顔、そして遊び心のある言葉。気さくな感じから来る雰囲気とは異なる、それは僕は知っている。

 

 三つの球を持ち、赤いシャツとチェックのスカートを履いている彼女が地獄の女神。

 

「ヘカーティア・ラピズラズリ」

 

「呼び捨てなんて感心しないね」

 

「無礼なのは承知ですよ」

 僕は力を抜いた右腕から瞬時に刀を抜いた。そこから放たれるのは勝手に伝承した一撃。

 

 抜刀から攻撃に移るまでを最低限にさせた牽制の一撃。

 

「いきなりなんて。慌てすぎだよ」

 僕の牽制はその意味を為さなかった。だからと言って何か驚くようなこともない。これも想定していた範囲内であり、気にするようなこともない。当たるとも思ってはいない。

 

「人間は悠久の時で過ごしていないので」

 

「随分と雰囲気が変わったと思うよ。久しぶりだよ。それだけの殺気を向けられたのは」

 

「いつだなんて聞かなくても分かります」

 

「君の父親だよ。今日は居ないけど尻拭いは良いのかな」

 

「居るじゃないですか。この刀に」

 

「物に魂が宿っている。その考えに興味はあるけど今は関係ないんじゃない」

 

「風情というものですよ。そして目標でもある人物は生き続けていますから」

 

「何が言いたいのか筋が通らないね」

 

「貴女を倒しにきました。そう言えば伝わりますか?」

 

「伝わるも何も。私に向かって堂々と言えたものだね。良いよ、相手してあげるから来な」

 彼女は笑う、子供の挑戦を見ている親のようなその顔で、僕のことを。まるで遊びとして思っていない。その表情は。

 

 僕を力付けるのには十分だった。

 

「その余裕、無くさせてみせますよ」

 その口振りと言い、自分の速度と言い、何か変わった。

 

 左腕から作り出した風の斬撃は空中を切り裂き、相手へと向かう。その威力は二年前とは異なり、より鋭くなっていた。

 

 しかし、目標をなくした今ではそれもそれほど意味を為さない。ゆっくりと近づいてくる死期ももう手招きをしたい。

 

 それほど今は生きているということに関して興味がない。何もかもを捨ててきた以上はもう何も。

 

 だから、放った斬撃が避けられたとしてもそれほど疑問でもなかった。心に迷いがあるなら斬撃が乱れるのは必定だった。それはどうしても変えるようなことはない。

 

「此方から二撃。貴女は何もして来ませんね」

 

「何もする必要がないからね」

 

「そうですよね。僕も気付いていました。少し待ってもらえます」

 

「良いよ。暇だし、付き合う分には楽しいからね」

 

「有難うございます」

 深く肺の底まで空気を溜め込む。それから体内に自分の行いを省みる覚悟をつけさせる。その上、これから何がしたいのかを聞いてみる。

 

 意識のあるところのさらに奥、光が届かない海底のように真っ暗な中にあるそれは耳で聞くことも味わうことも触るようなことも匂いがあるようなものでもない。しかし、危険でありながら動かす上でとても必要になる。

 

 昔から残っている希望は残ってはいる。だけど、そのままならこんなに他に関心が向かないようなこともなかった。何かは変わったのだろう。変わった、変わった。時が過ぎるように僕の中で決まった。

 

 目の前の人は取り敢えず勝ちをもぎ取る。そこに理由なんてない、強いて言うならその後ろにいる人影がどうしても気にくわない。それを倒そうとするならば、もう前にいる人を倒さねばならない。短い赤い髪をしたその彼女を。

 

 

 越えねばならない。

 

 手にかけることさえ許されない。

 

「……本当に何もしてこなかったですね」

 

「幾ら本気になっても勝てる訳ないもん。だから私にとってはただのお遊び。そうでしょう」

 

「それで済むといいですね」

 

「誰に言っているのか分かってる?何回負けたと思ってんの?」

 

「知ってますよ。貴女には二回負けています。最初は降参で、次は弾幕を避けきれなかった。三度目である今回も負けるなんて定石は僕が壊す」

 

「三度目の正直とは言うけど二度あることは三度あるのよ、人間」

 相手の赤い弾幕は大量にそして壁のように現れた。とても大きく、自分の身丈はあるのではないかと思うほどの大きさ。それが隙間なく埋まっている。だけど、依姫さんの放った雷の龍に比べればどうということはなかった。

 

 僕の脚は羽のように軽く地面に着いたという感覚さえその場に置いていく。触れているのか触れていないのかそれほどの隙間の低空での移動はほとんど歩いているようなものだった。足音もない、忍び寄りもしない、高速でありながら音のない歩法。

 

 そして前に無数に放った小さな風はほんの少しだけ、人が歩く時に鳴らす音に等しいくらいの音を出す。小さな、それでも無数のそれらは全てが移動できる場所、これはもしかしたら敵に教えている可能性もあった。しかし、それは数手先を読む上での必要な定石。全てに対応していれば一手打ったその先で必ず仕留められる。どこを止める、何をする。

 

 僕はそこに注目していればいい。

 

 一歩目。

 

 放った全ての足跡の内、右側の方で真ん中寄りの場所へと移動する。そして、また同じように無数の風により、足音のようなものを出させる。そこから左側へと逃げていき、牽制の一撃を放つ。

 

 それから飛び上がり、人ほどの大きさの弾の合間から大量の風を固めた斬撃を放つ。大小様々な斬撃は波のように見境もなく襲い掛かる『九ノ技 龍舞鎌鼬』。

 

 相手の赤い弾幕は止まるようなこともない。動いていないのも風が教えてくれる。しかし、こうも当たらないものなのか、ふとそう思う。

 

 それとも当たっていながら何とも思っていないのだろうか。当てること自体、それほど苦ではない。ただ、それが効くのかどうかはまだ判別付かない。勘でしかない。自分の技の数々を信じるしかない。

 

「一つ、教えておいてやろう。私は、君と遊ぶ気などサラサラないんだ。それに随分と気が立っていてね。手加減できるとは思えない。だから、味わうといい。地獄の女神がどれほど上であるのか」

 彼女の声で聞こえてきた。しかし、その声音は気さくな感じはとても取れない。仕事でやっているだけの感じ。そこに遊びなんてものはなく、素早く終わらせることばかりを考えている。

 

 頭上にはそれを示すかのような大きさの赤い弾があった。太陽と見間違えるような大きさ、本当にそこまで大きくはないと思うがそう思えるほど。僕の上では破滅へのカウントダウンは始まっていた。



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169話

「咲夜、出掛けるわよ」

 水色の髪と背中にある大きな黒い翼。唇から見せる牙が人を惑わす。その眼から見据えるのは銀色の髪のメイドだった。

 

「何方まで。行かれますか?」

 

「さぁ。私だって分からないわよ」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「答えは未来にあるのよ。だから、つべこべ言わず着いてきなさい。後、あの二人もね」

 

「はぁ。分かりました」

 メイドはそれだけを伝えて瞬時に消え、再び現れる。その間の秒数はとても頼まれたことをこなせるような時間ではなかった。

 

「日傘と軽食、水分はお持ちいたしました。それとあの二人には門の辺りで待つように伝えました」

 

「ご苦労様。向かいましょう。あの虫唾の走る行為をした真っ黒な未来の少年に言ってやりたいことがあるのよ」

 それだけを伝えて軽く微笑む。楽しむとかそういうものではない。三通の手紙を残した彼をレミリアは追う。それについて行くのは三人の関係者。

 

 一世一代の賭け。

 地面は大きく割れていく。地割れではない。球体状に消え去るかのような割れ方。

 

 もはや、これは割れるというよりかは消していると言わんばかりの破壊力。全を無に還すかのように全てを飲み込み、そのあたりに居たであろう命でさえ飲み込んでいく。

 

 形容し難い惨状に誰もがその異変に気づく。

 

 女神がお怒りになったと。

 

 確かにそれは本当だった。それほどの力を持ってその地面を、地獄という環境に音という恐怖を波状に伝えた。

 

 赤く染まる地面も赤く輝いていた館一軒分はありそうな程の大きさの弾もそれによって引き起こされた音も地響きも不協和音も終わりを告げた。

 

 静寂の時が訪れる。破壊の後に起こる再生の時。その時はとても長い。神でさえ六日をかけたほど。それを容易く無に帰すに至った破壊はもう終わった。

 

 後は再生を、少年の目覚めを待つはまかりだった。勝てるのか、負けるのかを決めるその一瞬の積み重ねに女神は緊張した。しかし、姿を見せない少年に少しずつ余裕を見せ始める。これで終わり、そう思えた頃にはもう誰も抵抗はしなくなった。審判を待つのみ。

 

 神の審判を。

 

 下されたのは反逆。

 

 背後から音もなく現れたその刃は見事に女神の腹部を刺した。そして抜かれる。そこから溢れ出る狼煙は紅色だった。

 

 赤い地面に紅が混じる。そして染み付く。

 

「僕は魔界に居ました」

 

「そして、その中で様々な攻撃を受けてきました」

 少年は急に語り始める。

 

「炎や氷、雷に風。水に毒。もちろん、刃が通らないような硬い皮膚を持つものに逆に刃で斬ろうとも意味を為さない柔らかさを持つのも居ました」

 

「その中で僕は生きてきました。十分な睡眠を取ることもできずに、空腹で死にかける。何度もとある川を見ては戻り、生き物の死骸を漁っては自分が生きる為に食い散らかす。その果てに僕はとあることを思いつきました。相手の攻撃を自分も使えたらと」

 

「そこからは試行錯誤でした。何度も失敗しては再度挑戦を繰り返し、無効化に成功しました。その後、自分のものにするまでには結構な時間をかけました。その時の体への負担も尋常ではないですが」

 

「貴女の力は侵食でしたかね。だから最初に無効化し、自分の力にして後は自分の触れる最高速で刀を振り続ける。そうしたらあれくらいの弾は何ともなかったです」

 

「それからは地面に穴を開けてそこに逃げました。自分が通れる最低限の広さを確保してから上の振動を頼りに貴女の近くへ」

 

「それからは話さなくても分かりますよね?貴女の腹部を刺し、三つの球体を破壊。貴女はこれからどうなるのでしょうね?」

 

「それがどうしたという。私はまだまだやれる」

 

「本当ですか?」

 

「刺した程度で私を動けなくなると思っているのだろう」

 女神が赤い弾を発射する。少年は動きもしなかった。そして、一回の音。

 

 擦れる音。

 

 鯉口から鳴る音『水月』。

 

 それから女神から放たれた赤い弾を左側へと流していく『咲天』。

 

 少年の身体の捻りによって生み出される大きさ渦『廻天』。

 

 そして少年は風となる『気まぐれの風』。

 

 当たりもしない弾幕。

 

 攻撃という手段を忘れたかのような振る舞いの少年。

 

 もう勝敗にこだわるようなものではなくなった。これは言わば少年の時間稼ぎ。

 

 やがて動きを止めた。

 

 女神は膝を立て、その場で動きを止める。

 

「な、ぜ、だ」

 

「僕が刺したのは腹部です。それは言わば肺と心臓に近く、次第に足元へと到達する。先に影響が出るのは肺ですがね。その後は心臓と脚に腕にまで到達し、最後は。言わなくても分かりますよね」

 

「な、に、をした」

 

「簡単な話です。話す気はありませんがね」

 少年は笑みを溢す。

 

 さようなら。

 

 少年の口から語られたのはそれだけだった。

 

 弾け飛ぶそれはもう戻ることはない。

 少年は彷徨い歩く。前に居た人も倒し、後ろにいた幻影も消え去った。

 

 赤色の地上を蹴り返すその繰り返しに少年は一通りの順序をやり続けているだけだった。

 

 変わり始める時代に少年はその身を任せた。

 

 ーー否、何も感じ取るようなことはなかった。腰で揺れる刀の感覚、足裏から来る地面の硬さ、目で見える赤い大地。それだけが少年の世界の全てとなった。

 

 その中での光明、少年は歩くのを辞めた。

 

「随分と疲れているようね」

 

「如何して此処に?」

 

「私の勝手な判断よ。気にしないで」

 ピンク色の日傘を片手に小さな少女は少年に話しかける。そして、飛びつく二人の因子に少年は無意識に手を置く。

 

 腰元で纏わり付くその因子に少年はそれ以上の敬愛を示す。目の前の住まいを貸してくれた人達には目もくれないほどに。

 

「良かったわ。貴方が生きていて」

 日傘をさしたその少女はまた話を始める。その声からは安堵の色が見て取れた。

 

「何かありました?」

 そう聞く少年に少女は語る。

 

「貴方の未来は暗闇、正しくそれは死を意味するわ。だから、此処で死ななくて良かったわ」

 

「僕の未来が真っ暗ですか?」

 

「ええ。もし良かったら私の館へ来なさい。最高の食事と時間を提供するわよ」

 

「それは良いです。それよりも椅子の上に置いた手紙をとある人に渡してほしいです」

 少年は二つの因子の機嫌を伺いながら、少女に頼む。少女の回答は素早かった。

 

「破り捨てたわ、あんなもの。そんな風よりも顔を見せに行きなさい。手紙という相手を置き去りにするようなものよりもね」

 

「そんなつもりはなかったですが」

 

「分かるのよ。何かやらかそうとしているのは。半年くらいは居たのだから誰かしら気付くわよ」

 

「そうですね。迷惑をかけたのは変わりないです。そうやって相手を置き去りにするのも。もう」

 その瞬間、戸が空間から現れ、二つの因子を喰らいついたのは。

 

 少年の言葉は途切れ、少女とその付き添いのメイドはたじろぐ。

 

 二つの因子はとの中へと入り込み、少年の理性という歯車は大きく崩れ落ちた。

 

 少年は何の躊躇もなく戸の中へと入り込む。その先に何があるかなど考えるような事もなく。

 

「……咲夜。真っ暗なのは彼じゃないわ」

 少女の言葉は地獄に響く。




 此処まで読んでいただきありがとうございました。
 こちらのお話は光(ミツル)(青年放浪記、青年英雄記の青年)の息子である光(ヒカル)のお話になります。
 最初のうちは書き切れなかった当時4作品を書き足したくて書いたのですが、いつの間にか父親を超える息子の話になりました。

それがどうしてこうなってしまったのかは読者であるあなたの記憶が教えてくれます。


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