東方七変化 (セラチン1号)
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第一話~子狐変転~

処女作です。温かい目で見守っていてください。
なお、作者に歴史の知識は余りございません。ネットで調べたり人に聞いた知識が主だったりしますので、ツッコミどころがございましたらやんわりお願いします。



―――――――ん?ねぇ勇儀、何か流れてくるよ?

 

 

 

 

 

―――――――そりゃ川なんだから、何か流れてくるもんだろう?

 

 

 

 

 

―――――――それはそうなんだけどさ、いやあれ、狐じゃない?

 

 

 

 

 

―――――――狐?ああ、そりゃいい、じゃあ今晩は狐鍋だ。

 

 

 

 

 

―――――――狐は狐でも“子”狐だけどね。腹の足しにもなりゃしないよ。

 

 

 

 

 

―――――――そうかい。そりゃ残念だ。

 

 

 

 

 

―――――――……ん?

 

 

 

 

 

―――――――お?

 

 

 

 

 

―――――――この子狐、僅かにだけど…。

 

 

 

 

 

―――――――……ああ、間違いないね。妖狐だ。

 

 

 

 

 

―――――――へぇ……ねぇ、勇儀。

 

 

 

 

 

―――――――ああ、丁度いいかもねぇ。鬼に手下なしじゃ、拍も付かないってもんだよ。

 

 

 

 

 

―――――――はははっ、じゃあ、決まりだね。

 

 

 

 

 

―――――――あぁ、この子狐。

 

 

 

 

 

 私達で、育ててみようか。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 時は平成、世は平和。そういえなくなった昨今。

 

 俺という人間は、現在進行形で摩訶不思議な体験をしていた。

 

 

 

「ほーら、粋狐ー、御飯だよー」

 

 

 

「おい萃香。狐が虫なんて食べるのか?」

 

 

 

「さあ?でも妖獣なんだから食べれるんじゃない?」

 

 

 

 俺の目の前で幼女と美女が、まるで初めて赤子を世話するような会話を繰り広げている。別段これ自体は珍しいことではない。なんなら、ちょっと最近ご出産した近所の若妻さんのお宅に訪問すれば、見れるかもしれない光景だ。

 

 

 

 しかし、しかしだ。

 

 

 

 俺の知っている女性、ひいては人間という生き物には、あんなご立派な角はついていらっしゃらない。百歩譲ってコスプレだとしても、周囲の風景がその答えに待ったをかける。

 

 

 

 青々とした木々。生命力あふれる土の香り。生を謳歌する動植物。

 

 

 

 はい、どう見ても森、もしくは山です。こんな山奥の誰も居ないところでコスプレに精を出す日本人は流石にいないだろう。居ないと信じたい。

 

 

 

 ついでに言うと、幼女…萃香と呼ばれていた方が、ノースリーブのシャツにロングスカート、そして手には何やら重りのようなものを鎖につないで、あと腰に瓢箪を装備している。大して美女…勇儀と呼ばれていた方は、体操服のような服に、こちらもやはりロングスカート。そして手には大きな盃を持っている。

 

 

 

 さて、そんな奇天烈を通り越して清々しさ感じる奇抜な格好をしている二人に囲まれている俺なのだが、状況の整理が全くと言っていいほどできていない。

 

 まずここはどこだ? 森? 山? だとしても俺はこんなところに訪れた記憶は全くない。ついでに、格好はともかく、こんな美幼女、美女と面識もない。

 

 そしてどうやら俺は、このアングルからして、地面に寝そべっているようだ。つまり眠っていたという事なのだろうか。美幼女はともかく美女に上から覗き込まれての起床……イイ。

 

 ではなく、つまり俺は眠っているうちに、こんなよくわからない森だか山だかに連れてこられ、今目を覚ましたのだろう。

 

 

 

 そこから導き出される結論、それは―――――

 

 

 

「キュ!?キュゥゥウウ!?!?(俺誘拐!?誘拐されてんじゃねぇか!?)」

 

 

 

 ………。

 

 …おい待て、なんだ今のキュートな声は。

 

 いやいや、ちょっと待ってほしい。流石にこう、大の大人が出す声じゃないだろう今のは。

 

 「キュ」ってなんだ。そんな萌えをあざとく狙いましたみたいな声、流石にみっともなさすぎるだろう。

 

 ああ、これはそうだ。きっと目の前の美幼女、美女の声に違いない―――――

 

 

 

「おおっ、鳴いた鳴いた!威勢のいい子だねぇ」

 

 

 

「衰弱しきってた割に活きがいいじゃないか。将来有望だねこりゃ」

 

 

 

 ハイ違いました。というかこの二人、さっきから普通に言葉喋ってたよねっていう。

 

 となるとあれ、俺の声なのか?いやでも俺、確かに普通に言葉を話してたはずなんだが…とにかく、いつまでも寝転がっているわけにもいかないよな、うん。

 

 

 

「……キュ?」

 

 

 

 あれ、おかしいな。確かに立ち上がったはずなのに…こう、こう。

 

 

 

 視点が、ほぼ変わらないんだが。

 

 

 

「おっ、立った立った!ふーん、中々愛嬌はあるじゃないか」

 

 

 

「首傾げてこっちを見てるねぇ。あー、まあいきなり知らない“鬼”が目の前にいりゃこうなるか」

 

 

 

「それもそっか。ほれほれ、伊吹萃香姉さんだよー」

 

 

 

 そういって俺の顎をウリウリとしてくる幼女。

 

 いやちげぇよ。名前が気になったとかそういうのじゃないんだよ。いや確かに重要なことではあるけどそうじゃないんだよ。ええいやめろ、顎を触るんじゃない! 犬か猫か俺は!

 

 

 

「はっはっは!抵抗もしないか。こりゃ結構ほかの生き物に慣れてるねぇ。私は星熊勇儀さ。どれ、酒でも飲むかい?」

 

 

 

 そういって俺の頭を乱雑にわしゃわしゃーと撫でながら盃を近づけてくる星熊勇儀とかいう美女。ええい、やめろやめろ! 俺は未成年だ! こんなもん誰が飲む―――――

 

 そう、手で盃を押しのけようとした瞬間に、気づいてしまった。気づいたというよりかは、見てしまったという方が正しいかもしれない。

 

 

 

 それは腕というより足に近く。足のすべてが毛でおおわれており。何より未発達ながら、獣のような爪が生えていた。よくよく見れば、腕…というべき場所にも毛がふさふさと生い茂り、触ったら大層肌触りがいいことを連想させる。そして、何よりも―――――

 

 

 

 ―――――盃の中で、波紋を揺らす酒。その酒に、一匹のまだ幼い子狐の顔が映っていたのだ。

 

 

 

「……キュッ?」

 

 

 

 首をかしげると、同時にその酒の中の狐も首を傾げる。

 

 手…いや、前足を前に出している姿も、今の俺の状態とさして変わらないだろう。

 

 ……。

 

 ………。

 

 …………は?

 

 

 

「……キュゥ…」

 

 

 

 俺の脳は、そんな状態の俺についに理解の範疇を超えてしまったのか、ゆっくりと意識を飛ばしていった。

 

 

 

 ――――――これが後に、俺が母と、姉と、そして“この鬼畜ども”と呼び慕うことになる、2匹の偉大な鬼との、初めの邂逅だった。

 




今回の登場人物

子狐(粋狐(すいこ)) 主人公
現況
ここはどこ?私は子狐?

伊吹萃香(いぶき すいか) 鬼 ロリ枠兼お姉さん枠
現況
子狐拾った。よっしゃ飼いならしたろ。

星熊勇儀(ほしぐま ゆうぎ) 鬼 美女枠兼姉御役
現況
相方がなんか張り切ってる。面白そうだしちょっと付き合ったろ。

以上今回出てきた人物たちです。

因みに作者、昔から色々な二次創作の作品を読み漁っていたので、もしかしたら無意識のうちに色んな作品の影響を受けてるかもしれません。
まあだからなんだ、という話なのですが、拙い文章ながら頑張ります。


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第二話~子狐変換~

次話投稿、という機能が使いたいばかりに第一話を計画性もなく投稿した駄作者です。
きっと大丈夫、たぶん大丈夫。そんな気持ちで第二話です。

※この作品は割と作者が頭空っぽで書いています。過度なツッコミどころは感想にてやんわりお願いします(という感想誘導)


拝啓 両親へ。

 

 こんにちは、如何お過ごしでしょうか。

 私は今、どことも知れない森の中、もしくは山の中で、頭に妙な突起を付けた美幼女と美女に挟まれております。何を言っているのかわからないと思いますし、父に至ってはうらやまけしからんと仰るかもしれませんね。

 なら、変わって差し上げましょうか、と、愚息は声を大にして提案いたします。その代償に、子狐になる覚悟があり、我が家の権力であるかの魔王(母)にドストレートにケンカを売る度胸があればの話ですが。

 さて、話の腰を折ってしまいましたが、現在私は森、もしくは山にいると言いました。そこで美幼女と美女に挟まれているとも言いました。では何をしているのかといいますと。

 

「キュッ!キュゥゥウウ!!(やめっ!やめろぉぉぉお!!)」

 

「ほらほら、いっぱい食べないと大きくなれないぞー」

 

「はっはっは!年貢の納め時ってやつさね。なぁ、子狐?」

 

 美幼女の手に持つ、うねうねと活きの大変よろしい芋虫。それが俺の目の前で離せこの野郎!と言わんばかりにダンスを繰り広げ、誰が食うか馬鹿野郎!と言わんばかりに体を使って猛抗議する俺を、美女がガッチリとホールドしている。

 俺の体が豊かな双丘に挟まれているのだがそんなことは気にしていられる状況でもなく、まるでみ〇もん〇の焦らしのように目の前に迫ってくる芋虫。嫌だやめろ、と首を振るも、美女はついに俺の首までホールドし、口に手を突っ込んで強制「あーん」状態に持ち込んでくる。

 口を開けられては「はうっ、はうっ」としか言えず、もはや目で目の前の美幼女に伝われこの思いと言わんばかりにアイコンタクトをするしかなく、果たしてその思いは……

 

「はい、あーん」

 

「!?!?」

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 あれから(気絶してから)の話をしよう。

 その場で理解の範疇を超えた俺は、そのまま意識を飛ばしてしまったらしく、目覚めてみると美女が心配そうな眼差しで俺を見下ろしていた。

 

 しかし、その時の俺はそんなこと、幼女の幼気な表情など、気に留める余裕はなかった。

 

 人間だったのに、この前までは普通に二本足で立って、箸を使って食事をしていたのに。普通に、言葉も話せたのに。

 

 気づけば狐。原因も分からなければ、理由もわからない。

 何故こうなったのか。何故こんなことになってしまったのか。別に供え物のお稲荷さんを食べただとか、狐を虐めただとか、そういう記憶もない。あるのはごく普通に暮らしていた、そういう記憶のみ。

 

 混乱を極めた俺の感情は、いつしか涙としてぽたりと頬を伝った。

 訳が分からなくて、夢であってくれと願って。でもいくら瞬きをしても、目をこすっても、景色も変わらず、目に触れた感覚はもふもふとした狐の手で。

 

 そんな時だ。俺の頭に、ポンッと小さな感触を受けたのは。

 

「おー、よしよし。泣かない泣かない」

 

 毛を梳くように流される小さな手。その手は、生物を撫でたことがないのだろう。ひどく不器用なものだと感じた。

 しかし同時に、今の俺にとって、その温もりは、この出来事が正しく現実であると、厳しい事実を認識させるとともに、一人じゃない、そう思える抱擁感があり……、

 

「事情は知らないし、だから下手な言葉は吐けないけどさ」

 

「笑え、笑えよ妖狐。辛くても悲しくても、苦しくても痛くても」

 

「笑っているうちはどうにかなるってもんさ。ほら、大口開けて、声に出して笑うのさ。あっはっはっはっは!!ってね」

 

 そういって俺を抱き上げる。

 なんて、なんて無責任なのだろうか。こんな状況で笑えとか、無理に決まっている。笑えるはずがない、なのに、どうしてだろうか。

 

 笑えないが、この人に頭を撫でられ、抱き上げられ……屈託のない豪快な笑顔を見ると、不思議と大丈夫だと思えた。

 不安も、悲痛も、何もかも吹っ飛ばしてしまいそうな、そんな雰囲気を感じた。だからだろうか、笑えはしないが、つられて小さく声が漏れた。

 

「その意気だ!笑え笑え!妖怪ってのはそういうもんさ!」

 

 その消え入りそうな小さな鳴き声も耳に届いたのか、俺を抱き上げるこの人はさらに笑みを深くして、豪快に笑い始めた。

 

 いつしか俺を胡坐をかいた足の間に収め、それでもなお豪快に笑い、背中を撫でてくる幼女―――伊吹萃香。

 なんて無責任な人だろう。なんて自己中心的なのだろう。

 

 しかし、ああ……なんて、強い人だろう。

 

 この人に触れられているだけで、不安も、焦燥も、薄らいでいく。

 まるで、霧が晴れていくように、心に陽が差し込んでくる。

 

 心地よい温もりの中、俺は瞼を閉じ、今度は気絶するのではなく、ゆっくりと眠りについた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 ―――――と、言うのが、先日の話。

 今思えば、いい歳した大の男が幼女に励まされるという、もんどりうつ程恥ずかしい話なのだが、あの時は藁にも縋りたい気持ちだったのだ、と自分の中で落とし込んだ。落とし込まないとやっていけない。たまたま藁が幼女だった、それだけの話だ。

 

 実際のところ、今でも内心、混乱している。

 当たり前だ。人間が狐になったというだけで奇想天外なことなのに、それが自分の身に降りかかってきたのだ。それが幼女の励ましでコロッとなくなるほど俺はチョロくない。

 

 しかし、しかしだ。

 

 あの時感じたあの温もりは本物で、感じ取った彼女の強さもまた本物だった。

 まだ、受け入れるには色々と、足りない。

 彼女の言った言葉も、あまり理解は出来ていない。

 ないない尽くし。ただそれでも、俺は感じた。

 

 感じたのなら、俺は生きている。

 

 生きているのなら、生きるしかない。訳が分からなくても、どうにかなりそうでも。生きているのなら、きっと、笑えるはずだ。笑えたのなら、きっとどうとでもなる。

 

「あっはっはっは!! どうかな粋狐! 芋虫は美味しいだろう!?」

 

「おーおー、随分と味わって食べるじゃないか。狐も虫を食べるんだねぇ」

 

 ……あぁ、ほんと、この二人といると、どうにかなりそうだ…。

 

 

 




今回の登場人物

粋狐(すいこ) 主人公
現況
芋虫を食べさせられた影響で先日の回想に入るの巻。
ロリに母性を覚え悶える、そんなお年頃。

伊吹萃香(いぶきすいか) 鬼 ロリ枠兼お姉さん枠兼お母さん枠
現況
拾った子狐が泣いてるからとりあえず励ましたろ。
あれ、でも励ますってどうやるんだ?うーん、どうとでもなれ!(鬼並感)

星熊勇儀(ほしぐまゆうぎ) 鬼 ホールド枠
現況
狐も虫って食べるんだ。また一つ賢くなった鬼であった。


 ロリ鬼に慰められて安心しちゃう狐。
 なおチョロくないと本人は述べており。
 というわけで速攻で書き上げた第2話です。次回は少し待ってほしいです。
 なお主人公、自分の状態も外見ぐらいしか理解してなければ、実は名前も正確に知らなかったり、明らかに角の生えてるやべぇ人たちが目の前にいるのにそれを現実逃避してたり、色々精神的にごっちゃになってたりします。


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第三話~子狐変常~

第三話です。
※ちょっと最後の辺り編集しました


 

 口に広がる芳醇な香り、味。

 噛めば噛むほど味は増していき、舌に刺激を与えていく。

 最後にごくりと飲み込めば、するりと喉を通り、胃に落ちていく。

 ああ、かくも食事とはこれほど美味なものだったとは…。

 

「キュー!(んまいっ!)」

 

 テーレッテレー、とどこかで音が聞こえた。

 この姿になってさらに早数日。俺は初めて、虫以外の食べ物を口にすることができた。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 この姿、この世界に来て数日経った俺こと…粋狐。

 そう、俺の名前は粋狐というらしい。あの美幼女が連呼していれば流石にそれが俺を指す言葉なのだとは気づくことができた。

 態々地面に文字を書いて教えてくれた。粋な狐で粋狐、と読むらしい。へんてこな名前だとはセンスが人並みな俺が見ても思うのだが、この名前の意味は二つあるようで、

 

「粋な狐になってほしいからかなっ」by萃香

 

「まあ見つけたときは死にかけてたからねぇ。元気な狐になればいいかってね。活きがいいって意味で」by勇儀

 

 とのことで。

 まあ名前の意味が分かりやすいという点では俺は少しだけこの名が気に入っている。仮に元々の名前があるとしても、今この環境においては全く意味がないし、心機一転…は出来ないが、少しは気持ちの切り替えができるだろうとこの名前を受け入れることにした。

 

 名前が分かって、虫の味と触感にも慣れてきた今日この頃であったが、美女こと星熊勇儀が何やら酒のつまみに木の実を食べていることに気が付いた。

 木の実というか、柿だった。虫以外に初めて見るまともな食料に俺は思わず勇儀の胸に飛びついた。

 

「うおっと、なんだい?」

 

 飛びついた俺の首根っこをつかんで、目を合わせてそう問いかけられる。

 

「キュ、キュー!」

 

 しかし俺は、勇儀の持つ柿に目を向け、空中で体をバタつかせてみる。

 

「ん?ああ、この木の実か…欲しいのかい?」

 

「キュッ、キュ!」

 

「仕方ないねぇ。滅多に取れないんだから、少しだよ」

 

 目の前に差し出される柿。

 俺はそれに口をいっぱいに開けて喰らい付き……そして冒頭に戻る。

 

「ほー、そんなに美味いのかい…どうやら粋狐は虫よりそっちの方があってるのかもねぇ」

 

「キュッ!(当たり前だろ!)」

 

 むしろ虫を食べさせようとする神経が分からないが、そもそもこの二人、俺の食べている虫も平気な顔して食べるからな……この二人の常識的には俺の方がおかしいのかもしれない。

 

「ま、私らも“鬼”だからね。虫以外にも別のものを食べたいって思うときはあるさ」

 

 だから気持ちはわからないでもないよ、と勇儀は笑う。

 

 鬼。彼女の口から出てきたその言葉。

 昔ならただの妄想癖かと思うのだが、今のこの状況においてそうはっきりということができない。

 鬼、日本の妖怪。よく節分で鬼は外、福は内と言われているあれだ。昔の経験からは決して見たことがない存在だが、今俺の目の前には、自身を鬼だとサラリと述べる美女がいる。嘘だ、という事は簡単なのだが、彼女らの頭から生える角が、その言葉に信憑性を持たせていた。

 俺は何気なく、勇儀の角に触れてみた。それは確かに硬く、しっかりとした存在感があった。

 

「ん? この角が気になるのかい?はっはっは、まあ粋狐にはないからねぇ」

 

 勇儀は俺を、胡坐をかいた足の間に収めると、盃の酒を一口、口に含む。

 

「これは鬼って言う存在の証明さ。誇り、とまではいかないが、まあ大事なもんだよ」

 

 そう角を撫でながら、俺の頭を指先で突いてくる。

 

「あんたは妖狐だったっけか。妖怪にもいろんなのがいてねぇ。妖狐は人を騙すのが得意な妖怪だよ。変化とかね」

 

「それに対して鬼は…そう、強いんだよ。力が強く、豪快で、なにより勝負事を好む」

 

「卑怯なことは嫌いで、嘘は許さない。だからこそ、まっすぐ生きる人間や妖怪は好ましく思い、逆に捻くれた奴らはあまり好かないのさ」

 

 そうやって言う勇儀は、どこか寂しそうな顔をした。

 しかし、なぜだろうか。今聞いた話だと、勇儀たち鬼は、妖狐…らしい俺のことは好ましく思わないはずなのに、なぜ助けたのか。

 

「不思議そうな顔をしてるねぇ。あんたを助けたのは、ただの気まぐれさ」

 

 ストレートにそういってくる勇儀。その気まぐれに助けられたのだと知っている身からすれば何とも言えないが、同時にもっとこう…何かあってほしかった、そんな微妙な感情も沸いてくる。

 

「あとはまぁ…萃香はどうだか知らないけど」

 

「気になったのさ。鬼に育てられた妖狐が、どう成長するのかね」

 

「普通に生きてれば、人を騙し、自分を化かして生きていくのが妖狐さ。ただ鬼はそれを好まない。相反する存在が、片方を育てたらどうなるのかってね。まあ興味本位っていえばそれまでさね」

 

 豪快に酒を飲み干し、俺を地面に下ろす勇儀。

 見上げれば、なるほど、確かに今勇儀の言った「強い」という鬼の存在感を感じる。

 こう、自信や自負を体現しているのだ。行動の一つ一つに恥じることがないと言わんばかりに惜しみがない。

 

「キュー…」

 

 ……しかし、鬼。鬼か。

 人間じゃない生物。妖怪という未知の存在。

 正直、わからない。どう接していけばいいのか。

 恐れればいいのか、敬えばいいのか。しかし、俺の中にはそんな感情は浮かんでこない。未知の存在を恐れるのが人間だ。しかし、何故だろうか。この二人は鬼である、そう心にストンと収まってしまった。

 俺も、妖怪だからだろうか?妖狐と呼ばれた俺が、二人と似たような存在だから、人間だった俺の感性が、徐々に妖怪に近づいているからだろうか?

 ―――――わからない。

 俺は、一体どうなってしまうのか。

 

 ふと、頭に温もりを感じた。

 

「安心しな粋狐。あんたがどこで生まれたとかそういうのは知らないけど、今はここにいる」

 

「あんたの悩みはあんただけのもの。あんたの苦労はあんたが何とかすべきものさ」

 

「でも、あんたが一人で立てるまでは、私らがちゃんと面倒見てやるよ。だから」

 

 ―――――背筋伸ばして、どんっと構えてな。俺は鬼に育てられたんだってな。

 

 ………。

 ああ、この人も、無責任なことを言う。

 五里霧中な俺に向かって、どんと構えろとか、無理難題だ。

 しかし、星熊勇儀も伊吹萃香と同じで。

 傍にいると、なんだか不思議と安心できる。

 

「……キュッ!」

 

 俺は頷くように、一声、勇儀に向かってそう鳴いていた。

 

 

 




 展開が遅い。けどこの二人にスポットあてた話が書きたかった。
 次回からちょっと話が進むかも?サクサクッと行きたいところです。


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第四話~子狐激情~

今回ちょっと今までに比べて長いです。

長い分、展開がコロンコロン変わっていきます。


 

 楽しいことを考えよう。

 そう思い始めた今日この頃。どうも気分が鬱屈しがちであり、彼女らに無責任に励まされたりすることが多くなってきた。

 どうも、俺は悩んでいたり悲しんでいたり途方に暮れていると、目が口ほどに物を言うらしい。つぶらな瞳が潤んでしまうらしい。そういう時にタイミングよく鬼のどちらかがフォローのような実はフォローじゃない無茶ぶりを俺を抱き上げたり抱え込んだりしながら言うのだ。通りでいつも話しかけられるタイミングが良いとは思っていたが、そういうことだったのか。

 

 まあ、そういう訳で。

 一人からは『笑え』という言葉を貰った。一人からは『どんっと構えろ』と生き様を教わった。

 うじうじ悩んだりするのは、この状況においては当たり前だと思うが、それだけでは事態は好転しないわけで。

 悲しんだりするのも、悲しむなという方が無理な話なのだが、悲しむだけでは何も始まらないわけで。

 

 だから、何かしてみようと思った。人間じゃない、狐……妖狐という存在になってしまった俺らしいのだが、だからこそ、何かしようと思った。

 何かするには、楽しいと思えることをしようと、そう決めた。

 さしあたっては―――――そう。

 

 俺は妖狐という存在らしい。

 

 妖狐、あまり聞きなれない言葉だが、俺の脳内検索にヒットするワードが一つだけある。

 それは“九尾の妖狐”というものだ。なんかこう、よくアニメやゲーム、漫画とかで聞くフレーズだった。

 俺の尻尾は生憎一本しかないわけだが、妖狐とはつまり、化け狐のようなものだろう。平〇狸〇戦の狐バージョンだろう。

 つまり、つまりだ。

 

「キュ!キュゥー!(俺も!ああいう変化とかそういうことができる!)」

 

 のではないかと。

 希望的観測なのだが、面白そうではないか。人間のときに出来なかった、こう、ファンタジーのようなことができるのは。

 是非ともやってみたい。現実逃避でも何でもいいから、そういう今しかできないことを。そうすればきっと笑えると思う。受け入れられると思う。

 

 と、言うわけで。

 

 やってみた。不器用な前足で、必死に木の葉を頭に乗せ、いざドロン!と。

 そしてその結果は―――――

 

「キュゥ……(出来ねぇ……)」

 

 まあ、当然のようにできないわけで。頭に乗っけた木の葉は俺が頭を下げると普通に地面に落ちるただの木の葉だったようで。

 いやまあ、当たり前である。そもそもギミックも分からず説明書もないのだ。どうやってやれと。あれだ、ただの一般人が急にボクシングや空手をやれと言われても無理なのと一緒だ。見様見真似で形だけならできるかもしれないが、実際中身を見るとただテレフォンパンチ、テレフォンキックをしているだけのようなものだ。

 そういうのは、その筋の先人に教わるのが正しいのだ。そして、俺にはその手の先人が二人いる。狐ではなく鬼だが、まあ、妖怪という括りにおいては先人と言えるだろう。

 

「キュー!!(俺に妖怪を教えてくれー!!)」

 

「お?何かな粋狐。遊んでほしいのかな?ほれほれー!」

 

 先人の一人、萃香に飛びつき、口ほどに物をいう目で訴えかけると、何を勘違いしたのかそのまま抱き上げられ、くるくるとメリーゴーランドのように回される。

 

 違うそうじゃない。

 

「キュ、キュ! キューッ(あ、姉御!俺に妖怪を教えてくれーっ」

 

「ん?腹が減ったのかい?ほれ、木の実だよ」

 

 目を回しフラフラになりながらもなんとか勇儀の足に縋りつき、懇願する。すると口には木の実が放り込まれ、程よい甘みと酸味が味覚を幸せにした。

 

 んまいっ、けどそうじゃない!

 

 俺の目は口ほどに物を言うらしいが、それはどうやらネガティブな思考をしているときに限るようだ。

 教えてセンセー!と突撃しても、遊ばれるか餌付けされるかのどちらかしか起きない。こうなっては仕方がない、自分で何とかしよう……と、そう思い至り即実行。

 アニメやゲームでは、自分と向き合うときは、精神統一のようなものをしていたような気がする。俺もそれに倣い、意味があるかもわからないが、頭に木の葉を乗せ、ピンっと背筋を伸ばして精神統一し、自分と向き合うことにした。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 それから数日後、まだわからない。

 数週間後、まだまだわからない。

 数か月後、まだまだまだわからない。

 半年後―――――

 

「キュゥゥーッ!!!(全然わからねぇ!!!)」

 

 光陰矢の如しとはこの事か。

 食う寝る以外のことはほとんどそれに費やした俺だが、ついぞ自分の中の、今までに違う何かというのはわからなかった。

 もうナチュラルにこの体にも慣れてしまったという変化はあるのだが、それはあくまで動かし方だけであり、特別な力っていうものはさっぱりだ。

 尻尾が縦横無尽に振れるようになっただけでは意味がない。特別な力を縦横無尽に振るいたいのだ。

 しかし、諦めてしまっては何のために、体感で半年近く馬鹿みたいに精神統一していたのかわからなくなってしまう。何が何でも、俺はこの変わってしまった環境で生きるための第一歩を踏み出さなくてはならない。

 

「粋狐ー、最近何やってんの?」

 

「キュッ?」

 

 そう決意した俺だったが、唐突に脇に手を挟まれ、プラーンと持ち上げられる。

 急に視点が高くなり、目の前には幼女、萃香の顔面が広がっていた。

 

「葉っぱ乗っけて、ここ最近ずーっとボケッとしてるけど」

 

「キュッ!キュキュ!(ボケッとじゃない!精神統一だ!)」

 

「まあ安静にするって意味合いではかなり有意義だと思うけど。んー…結構妖力も落ち着いてきたねぇ。これならそろそろ教えてもいいかな」

 

「キュ?(妖力?)」

 

 新しいワードが出てきた。妖力?それはあれか?ドラ〇ンボールでいうところの気とか、そういうのなのか?俺にもかめ〇め波が撃てるのか?

 

「粋狐は知らないかなぁ。妖怪ってのは大なり小なりこの妖力ってのを生まれ持ってるんだよ。というか生きる源っていうか、人間の生命力みたいな?まあ使ったところで寿命が削れるとかそういうのはないんだけどね」

 

 ふむふむ。あれか、MPみたいなもんか。

 

「それを使ってまあ色々するんだよ、妖怪は。色々ね」

 

「例えば妖狐の場合はー…変化したりとか、じゃないかなぁ。私も実はこれ、滅多に目に見える形で使ったことってないからうまく説明できないけどね」

 

 なるほど、頭に葉っぱを乗せて唸っているだけではだめだと。いやそれもそうだ、それで何かできるならただの人間もヤ〇チャみたいになれてしまうだろう。

 

「ま、妖狐だったら変化ぐらい簡単にできるんじゃない?ほれほれ、やってみて。知性があるのはわかるけど、いい加減私もこう、会話とか成立させたいなって思うからさ」

 

 それができないから困ってるし半年も貴方目線ではボケッとしてたわけなのだが。

 早く早くと急かす萃香。その無邪気な笑みに悪態をつきたいところだが、仮にも(本当になのだが)恩人に出来ませんというのもどこかばつが悪く、顔を逸らしてしまう。

 

「ん?え、出来ないの?」

 

「えぇぇ……妖怪って生まれてきてある程度育ったら普通にできるもんだと思ってたんだけど、個体差あるのかなぁ…?うーん、困った。こういう時、うまく教えるのは私も無理だし、勇儀も無理なんだよねぇ」

 

「キュゥ…」

 

 本当に困った顔をされ、思わず罪悪感から情けない声が出る。悪態をつこうとしていた悪い俺はすでに心にはなく、今はもう期待を裏切って申し訳なく思うヘタレな俺が感情を支配していた。

 

「……ん、あー…ちょっと強引になるけど、やってみようか」

 

「キュ?」

 

「ねぇ粋狐。今からさ」

 

 ―――――ちょっと軽く、死んでもらうね?

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の頭は弾け飛んでいた。

 

「ギュッ!?」

 

 ―――――否、実際に弾け飛んだのではない。それほどの衝撃を、頭にぶち当てられたのだ。

 チカチカ、と視界に星が舞い、前後左右、上下が不安定だ。今俺がどこに立っていて、どのような姿勢なのかもわからない。

 

「ありゃ、弱すぎたかな? 軽く瀕死にさせる程度にしようとは思ってたけど」

 

 遠くから、そんな暢気な声が聞こえる。声の大きさから、俺はかなりの距離吹き飛ばされたらしい。

 

「キュ…ゥ…」

 

「じゃあ、次は上手いことやらないとね」

 

 逃げなければ。

 急に何でこんなことになったのか、どういう思考回路が働いたかは知らないが、このままでは本気で殺される。

 フラフラな体を強引に動かし、地面を這うように動かす。

 けどそれでも、俺を殺そうとする鬼からは逃げることは出来ず、簡単に首根っこを掴まれてしまう。そのまま俺の体は持ち上げられ、片手で首を締め上げられる。

 

「ギュッ…ッ…!」

 

「あー、こうしてちょっとずつの方がいいかな?ほら粋狐。逃げださないと死んじゃうよ」

 

 ギリギリ…と、首から嫌な音が鳴り始める。

 気道はとっくにふさがれ、酸素を得るために開けた口からは舌が飛び出る。

 苦しい、痛い、なんでだ。なんで急にこんな―――――

 

 ―――――薄目を開けると、目の前の鬼は、伊吹萃香は、薄っすらと微笑んでいた。

 

 ……微笑んでいた。

 その瞬間、俺の中で何かが、切れた。

 この幼女は、俺を殺そうとしておいて、あろうことか笑っているのだ。

 いきなりこんな環境のぶち込まれ、人間から狐になっていて、訳が分からないながらも何かを始めようとし始めて……そのきっかけをくれた人が、よりにもよって、俺を殺そうと笑っている。

 色々と限界だった俺は、その瞬間感情が爆発した。

 

 ―――――……ふっざけんなぁぁあ!!!

 

 かくして、俺は。

 溜まりに溜まったものが怒りという形で爆発した俺は。

 我武者羅に、何も考えないまま、前足を突き出し。

 

 “人間の手”で、目の前の鬼畜幼女をぶん殴っていた。

 

 

 




今回の登場人物

粋狐 主人公
最後の最後で溜まってたものが爆発してついにキレた。
理不尽に対してキレるのは人の性。
後色々と実は染まりつつあるのだが本人は気づかない。

伊吹萃香 鬼畜
今回の鬼畜枠。
主人公のことが嫌いなわけではないが、真っ当な教育方法など今までやったことがなく、なら荒療治でいいか、とスパルタも真っ青な方法で主人公に教鞭(物理)を振るった。
教えるなんてとんでもねぇ、体で覚えるんだよ。
そんなスパルタ教育が割と鬼の中では普通なのかもしれない。


第四話でした。突然展開がコロンコロン変わったりするなぁと思いながらカタカタ書いています。
頭からっぽっぽで書いているからかもしれませんね、読みにくかったらあとで直すかもです。


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第五話~狐七転~

君の名は。で胸がキュンキュンしたので投稿します。


 俺は怒りに任せて拳を振りかざし、そのまま目の前の憎きロリ鬼に鉄拳をかました。それも、恋焦がれ、慣れ親しんだ人間の手による渾身のストレートだった。

 狐の体に、人間の手。不格好だとは思うがその時の俺の中ではこれ以上ないほどの、会心の一撃だったのだ。

 骨と骨がぶつかる鈍い音がする。人間の時ですら喧嘩もろくにしたことがない俺は殴った時の自分の痛みに、この時少し驚いていた。この少し、というのは、その痛み以上に驚くことがあったからだ。

 

 なんと、殴られた張本人…伊吹萃香は、満面の笑みを浮かべていたのだ。

 

 殴られた痛みなどまるで感じないといわんばかりに、いや、今思えば実際感じていなかったのだろう。何せ血どころか、傷の一つもできていなかったのだから。逆にうれしくて仕方がない、とでもいうように俺のことを強く抱きしめてきた。

 なんでも、教えるのは初めてのことで、それが上手くいったことで喜びが最高潮に達したらしい。ちなみに俺は生と死の狭間を行き行きしていた。

 この時、俺が生と死の狭間を行き行きしていたことが、のちの俺の人生を大きく変えることになるなんて思いもしなかった。

 

 それからの話をしよう。

 ああ、それからというもの、萃香は事あるごとに俺に妖怪の技を教えようと色々なことをしてきた。

 

 時には空を飛ばせるために崖から落としたり、時には完全に変化させるためにデコピンではなくグーパンチを見舞ってきたり。ある時には妖術を使わせるために、おはようからおやすみもなく四六時中リアル鬼ごっこを強要させられたこともあった。

 俺は言った。それは教えるとは言わない。ただの虐待だと、ただの暴力だと。しかしロリ鬼は笑顔でみなまで言うな、わかってるから、と取り合ってくれない。

 では勇儀だ。あの美女ならきっとこの状況に待ったをかけてくれる…と美女鬼に掛け合ってみれば、じゃあ実際何か私らに教えて見せろと宣った。よろしいならば授業だ、と俺は塾の先生よりも数段クオリティが下ではあったが、授業のようなものを行った。四則計算とか、そんな感じの知識だ。まあ過程を省き、結果だけ伝えると…

 

 つまらん、今のほうが面白い。

 

 とのこと。

 ロリ鬼はわかってないし、美女鬼は面白さを求めていてもはや論外。しかし逃げ出そうにもこの鬼ども、無駄にハイスペックであり事あるごとに俺が逃げたのを良いことにリアル鬼ごっこを催してくるのだ。捕まったら崖からシュートされる、そんな正真正銘の鬼ごっこだ。

 逃げたら殺されそうになる、逃げなくても死にかける。何もしなければ死ぬ……そんな極限状態の俺がとった選択肢は、とにかく足搔くこと。

 死んでたまるかと、とにかく足搔き続けた。ありとあらゆる罵詈雑言を吐きながらもとにかく生き続けた。

 骨がいくつ折れたかもわからないし、なんならストレスの所為か、俺の体毛はいつしかすべてが真っ白になっていた。まっくろくろすけならぬまっしろしろすけだ。

 まあ、しかし、色々と大変だったが。

 

 狐として再び生を受けてもう何年たったかもわからない今現在、俺は今日も元気です。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「…ふう……」

 

 俺が吹っ切れた日(弾けた日とも言う)のことを思い返していた。

 あれからは本当に怒涛の勢いで日々が過ぎ去っていった。俺の以前の悩みなど吹き飛ばすように目の前に問題がハリケーンのごとくやってきたのだ、もう昔は人間だったこと等今となってはどうでもいい。どうでもいいというか、生きてるだけで素晴らしい。人間だったら即死だった、化け狐万歳。

 手のひらを太陽にかざせば真っ赤に流れているのが分かる俺の体…。

 

「ああ、本当に……生きてるって素晴らしいな」

 

 そういって、俺はググっと腕を真上に伸ばす。狐のときだったらできないこの挙動。しかし今の俺は出来ている…何故なら、今の俺は3つの形態変化を持っているからだ。

 一つは元の姿…所謂狐形態。時が過ぎ去ったせいか、子狐というより狐というサイズ感になった俺の本性だ。二つ目が俗にいう獣人形態。みんな大好き狐耳と尻尾を兼ね備え、人型の姿をしている状態だ。まあみんな大好きといっても男だけどな。そして三つ目は普通の人間のような姿。耳も尻尾もないただの人間形態。個人的にはこの姿が一番慣れているのだが、どうもこの姿だと妖怪としての力も落ちてしまいようで、普段から常用しているのは二つ目の獣人の姿だ。まあ尻尾はモフモフしているし、身体能力も人間のそれとは比べ物にならないぐらい高いということもあり、まあまあ便利である。

 まあしかし、この獣人状態と狐状態。俺にとってデメリットはある。そのデメリットとは―――――

 

「よっす粋狐~、なーに黄昏てるのさ?」

 

 そう、この尻尾に埋もれてくるこのロリ鬼である。俺がある程度成長し、獣人形態のときは萃香の身長を頭3つ分ぐらい(角は省く)超えてしまった時から、ずっとこうして俺の尻尾に埋もれてくるのだ。

 重くはないのだがむず痒い。さらに、俺にあんなことやそんなことをしてきた存在が背後に常にいるというのは精神衛生上大変よろしくない。

 

「お前の所為だよ、お前の。俺を何度も何度も殺しかけた奴が後ろにいたんじゃ黄昏たくもなるだろ…」

 

「お前じゃなくて萃香って呼んでよ。もしくはお母さんとか、お姉ちゃんでもいいよ?」

 

「よしわかった。で、何の用だこの鬼畜め」

 

「分かってないじゃん! もー、あんなに一生懸命色々教えてあげたのになぁ」

 

「お前が一生懸命するときにこっちは九死に一生を得る感覚なんだよ! 本気になれば成程こっちは死に近づいていくの!お分かり!?」

 

「いいじゃん、生きてるんだし」

 

「そういう問題じゃねぇんだよぉ!」

 

 ほんっとうにこの鬼は。昔からこういう大雑把なところは変わらない。よく言えば細かいことは気にしないというこざっぱりした性格なのだが、悪く言えば雑なのだ。

 

「はぁ……で、何か用事か?」

 

「ん、あー、えっとね―――――」

 

「粋狐、あんたもそろそろ成長したからちょっと見聞を広げようじゃないか、って話さね」

 

 そう横から言葉を挟み、今まさに俺の肩を組みながら盃の酒を飲むのは星熊勇儀。比較的常識がありながらもナチュラルに我を通してくる美人な鬼だ。

 因みに萃香は常識もなく我を通してくる幼女な鬼だ。どっちのほうがマシかというとどっちも性質が悪いというのが悲しいところである。

 

「ちょ、勇儀ー。私が言おうとしたんだからさぁ」

 

「誰が言おうとそこまで大差ないだろう? で、どうだい粋狐」

 

「急に言われてもこっちからしてみれば意味不明なんだが……まずどうしろってんだよ?」

 

「あーえっとね。まあ単に日帰りで都でも見てきたら?って思ってさ。私や勇儀じゃそうおいそれとできないんだけど……」

 

「『アンタならできる』。そうだろう、粋狐?」

 

 確かにできないことはない。まあできないことはないからと言ってそうおいそれとやろうとは思わないのだが…と、今までの俺なら反骨精神から生じる悪あがきでこれこれあれあれと理由を述べてごねたりお断り申し上げていたところだが…

 

「…都、ね。話には聞いていたことはあったが、確かわんさか人間が住んでいるところだろう?……確かに悪くないかもな」

 

「お、意外に乗り気かい? あんたのことだから、私や萃香の言うことはひとまず頭ごなしに断ってくると思ったんだけどねぇ」

 

「日頃のお前らの所業がそうさせたんだよ。散歩と称して崖から突き落とすなんてことされたらなぁ…!」

 

「お陰で空飛べるようになっただろう?」

 

「生存本能に訴えかけるのやめない?」

 

 この鬼畜どもは。自覚があるのとないのが揃いも揃って合いの手入れて無理難題押し付けてくるから度し難い。

 

「まあその話は置いといて。都に行くのはいいんだがなんで日帰りなんだよ?」

 

「夕餉の時間までには帰ってくるんだよ?」

 

「お母さんか。どの面下げてお母さんみたいな振る舞いしてるんだよこの幼女」

 

「今まで育ててきた鬼に向かって酷い言い草だね!? 悪い人間に騙されてそのまま粋狐が人間の肌着にならないか心配で心配で…」

 

「なぁんでそこは心配するのに俺を崖から突き落としたり殺しかけることは普通にやってくるんですかね。第一元来化かす側の妖狐が化かされてたら世話ないだろに」

 

「え、成長のためだよ? 粋狐はまだ未熟で雑魚雑魚だから」

 

「ナチュラルに何言ってんだこいつみたいな真顔に戻るのやめない?サイコパスみが溢れ出てるから」

 

「???」

 

 やっぱこのロリ鬼怖い。やったことない教育が偶々、偶然うまい具合に行っちゃったもんだからそれが正しいと思い込んですっかりその道を進んでやがる。お陰様で今では我が子を崖から突き落としてへらへら笑うようなキチガイになっちまってるよ。

 

「まあまあ、今はその話は良いじゃないか。で、粋狐。日帰りは不満なのかい?」

 

「ん……いや勇儀、それは違う。別に帰ることに不満はないんだけどな。日帰りっていうのが聊か窮屈でな」

 

「まあわからない話でもないか。不定期に帰ってくるぐらいが見聞を広めるっていうお題目にもお誂え向きだ。どうだい萃香」

 

「えー…」

 

「なに、そう心配することもないさ。粋狐もだいぶ強くはなってるんだ。私らとはちょいと方向性が違うが、それでも並みの奴らにゃやられたりしないだろう」

 

「…うーん……」

 

 胡坐を組んで、腕を組んで、私悩んでます。と体で表現してくるうちのロリ鬼。その姿を面白いものを見るような目で美女鬼は眺めている。

 まあ、俺も本気でこいつらが嫌いなわけではない。育ての親という見方も、無茶ぶりしてくる姉のような見方も、生命を脅かす危険な奴らという見方も、すべてひっくるめた上で俺はここにいるわけだ。

 逃げ出そうとしたこともあるのだが、まあそれはそれ、これはこれ。何も嫌なことだけが思い出じゃない。ちゃんといい思い出も、それこそ親だと、姉だと思えることもあったのだ。

 だから、

 

「…萃香」

 

「ん?」

 

「大丈夫だ。いや、俺が言っても何も根拠がないのはわかってるんだが…そうだな。俺は今までお前らに拷問に近い教育を受けてきた。そんな俺だからこそ、少しだけ信じてくれないか?」

 

「粋狐…」

 

「俺もさ、見てみたいんだよ。今、どんな時代で、どんな奴らがいるのか。又聞きだけじゃなくて、この目ではっきりと」

 

「はっはっは、あの狐が言うようになったじゃないか。どうだい萃香。こいつはまだまだガキだし、私らに比べて弱いのは勿論なんだが、こいつも男だ。男の決意は無駄にはしないのが良い女の条件じゃないかい?」

 

「勇儀まで……うん、わかった」

 

 萃香はそう頷くと、優し気な目を俺に向けてきた。慈愛のこもった、優しい母の目だ。

 

「―――――やっぱりダメ!!」

 

「は?」

 

「うん?」

 

「不定期ってことはつまり定期的に粋狐に会えなくなるってことじゃん! やだやだ! そんなのやーだー!! 定期的に粋狐に触りたいしこの魅惑の毛並みを満喫したーい!!」

 

 「定期的に帰って来てくれないとやーだー!」と駄々をこね始める伊吹萃香。

 

「良い女じゃなくていいもーん!! 私は粋狐の母親ですぅー!」

 

「…ゆ、勇儀?」

 

「あっはっは、いやぁ…あっはっは…」

 

 困惑する俺と苦笑する勇儀。いやなんというか…ここまで開き直られるとこっちとしても怒りや笑よりも先に困惑が出てくるなっていう。

 いやはやどうしたものか…これは親馬鹿ってやつか? 親というにはごね方が子供っぽいのだが。

 

「うーん……あー、分かった。粋狐」

 

「うん?」

 

「―――――行ってきな。あんたは狐だが確かに私たちの育てた立派な妖怪だ。胸を張って、世の中を見てきな」

 

「……あ、ああっ、分かった! 行ってくる!」

 

「ちょいちょいちょい! 何良い話風に纏めようとしてるの!? お母さん並びにお姉ちゃん許しませんからね!」

 

「今までありがとうな勇儀! 世話になった恩は忘れないし、偶には帰ってくるよ!」

 

「ああ、土産話でも期待してるさ」

 

「私は!? 認めてないけど私に挨拶はないの!? 勇儀よりも私のほうが親身になってたよね? ねぇ!?」

 

「俺の冒険はここからだ!」

 

 勇儀が強引に綺麗に話を纏め、俺がそれに乗っかる。一通り挨拶を終えると、俺は脱兎の勢いで駆け出し、下山を試みた。

 後ろからきゃいきゃいと喧しい幼女の声が聞こえるが、勇儀の「行け」という言葉を信じ、俺はひたすらに走り続ける。言葉通り、俺の冒険はここから始まるのだ。

 …だが、やっぱり

 

「……長い間、お世話になりました!!」

 

 最後に一言、こう言うのも悪くはないだろう。……まあ、偶には帰ってくるがね?

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「離してよ勇儀! あの子止められない!」

 

「今回ばかりはあんたが聞き分けな萃香。なに、帰って来ないってわけじゃないんだ。良いだろう? 息子の短期間の世回りも」

 

「でもさぁ!」

 

「でもも何もないさ。…全く、ただ子ぎつね一匹、気まぐれに育てようって思ってたあの時期とは偉い違いだ…。……どうしても止めたいっていうんなら、久しぶりに喧嘩でもするかい?」

 

「……へぇ、やる気? 言っとくけど負ける気はしないよ? ほかならぬ息子のためだからね」

 

「はっはっは。……それは私も同じだよ」

 

 こうして。子狐から狐へと変じた息子の教育方針の違いから、二匹の鬼が後に“大江山”と呼ばれることとなる山で激突した。この時、そのうわさを聞きつけ数多の妖怪がその山に集い、一匹の親馬鹿鬼が妖怪の大将となり世間をにぎわせることになるのだが、それはまた別のお話…。




時間軸一気に飛ばしました。いつまでもキュッキュ言ってるわけにもいかないので。
まあ過去に何があったかは過去偏を…気まぐれに描くかもしれませんし、皆さんの脳内補完にお任せするかもしれません。

今回の登場人物
粋狐
子狐から成人狐となりました。
教育という名の虐待を酷くした何か(本人たちに悪気はない)によってそれなりに妖怪としての振る舞いを覚えた元人間。あまりに臨死体験が多すぎて人間だったとかどうのこうのという悩みはすっ飛んだ模様。
山を下りてから鳴り響く轟音の地響きに戦慄したらしい。

伊吹萃香 親馬鹿兼お姉さん兼ロリ鬼兼鬼畜
教育と言う名の虐待を酷くした何かを息子に施した主犯その1.
悪気はなく、誰かに何かを教えたことがなく、たまたまやった無茶ぶりが上手くいってしまったがためにこれが正しいと思い込んでしまったサイコパス予備軍(息子談)
なお、育てていくうちに異常に愛着がわいてしまったらしく、今では目にいれても痛くないというほど息子を可愛がっている様子。
久しぶりの親友との喧嘩は山の一角を吹き飛ばすほど盛り上がったらしい。

星熊勇儀 親兼姉御兼美女鬼兼鬼畜
主犯に乗っかって息子に教育を施した愉快犯その1.
主犯よりも常識はあり、なんとなく「これは違うだろうなぁ」と思いつつ、面白そうだからというだけで息子を苦しめた。のだが、ちゃっかりその後のアフターケアも怠ることなく、実は主犯と違い死にそうなギリギリのところで止めようとはしていた良識枠でもある。なおやったことには変わりはないため罪は雪がれない模様。
親馬鹿同じく、育てていくうちに子ぎつねに愛着が湧いたものの、どちらかというと、得た力で自由に生きてほしいという意識のほうが強く、今回親馬鹿と教育方針の違いで衝突した。
その喧嘩は山の一角をくりぬいてどでかいため池が出来上がる程に盛り上がったらしい。

※色々酷いこと言ってますが、当作者は東方キャラみんな大好きです、悪しからず。因みに一番好きなのは妹紅さんこともこたんです。はぁはぁカッコイイ可愛いよもこたん。


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第六話~狐驚天~

久しぶりの投稿です。


青い空、そこに流れる真っ白な雲。

地面を見れば緑が地平線まで広がり、大きく息を吸い込めば澄んだ空気が肺を満たす。

嗚呼、なんと美しき日本の原風景かな。

山を降りても見渡す限りの自然、自然、自然……。

感動すら覚えるその風景に、俺は思わず一言。

 

「いや、なに時代だよここ……」

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

親元(腐れ鬼共)を離れてから、太陽はすでに10回以上は昇り降りを繰り返していた。

お天道様が顔を見せたときに起き、そっぽ向いた時に床につくと言う健康的過ぎる生活を送っていた俺こと粋狐なのだが、その行動は数日経っても変わり映えしないものであった。

というのも、ただひたすら、日本の原風景を視界に収めながら歩いていただけなのである。あっちへふらふら、こっちへふらふらと、何となくを原動力に歩み続けた結果、未だに人っ子一人出会えないでいた。

そもそもの話。ここが日本であるという明確な根拠はなかったりする。単純に俺が日本語を話し、それで通じていたから日本だと勝手に思い込んでいたのだが、もしかしたら俺が喋っているのは日本語は日本語でも別の国なのかもしれない。鬼やら何やらが我が物顔で山に住んでド派手にやんちゃしている場所だ、俺の常識が罷り通るわけもない。

 ……のだが、まあ、それを今考えたところでどうにかなるものでもない。日本じゃないからどうするか、今の俺に出せる答えは“それでも生きていく”以外にないのだから。

 

 話が逸れた。まあつまり、ここが日本かどうかも怪しい場所で、俺は未だに人っ子一人、会えていないのだ。萃香や勇儀の言うことを信じるのなら、少なくとも人間はいるのだろうし、何ならその人間が集団で生活している場所もあったりするのだろう。

 しかし、こうも何もないと、逆に人間という存在が珍しいものなのではないかと考えてしまう。もしかしたら、文明レベルがものっそい低かったり、未だに石槍をもって動物を追い掛け回しているのかもしれない。

 となると、だ。

 

「万が一、襲われた時は却ってこの状態はまずいのか……?」

 

 今の俺は完全な人間形態だったりする。妖怪という存在が俺の先入観で異常なものであるというのもあり、何より人間に会うのに獣の尻尾と耳を生やしていくというのも問題なように思えていたからだ。

 しかし、この状態にもデメリットがある。妖狐としての能力を全く使えないのだ。身体能力だったり、妖力だったり、だ。萃香が言うには代わりに人間にしか出来ないあれこれができるかもしれないとのことだったが……生憎そっちには心得が全くない。というか人間にしかできないあれこれを理解していない。よくある陰陽師がやっているあんな感じのことなのだろうか? 雰囲気がふんわりしすぎてよくわからない。

 まあそういう訳で、人間状態の俺のスペックは普通の一般人と同じである。まあ、体力とかそういう細かいところで差異は出てくるのだが、基本的に人間離れしすぎたことは出来ないのだ。日が昇るころに起きて日が沈んだら眠るという生活習慣もこれが由来していたりする。

 ぶっちゃけ長年の山籠もり生活で自然とサバイバル技術は身についたりするし、手軽に獣人の姿にもなれることからそこまで旅路に苦労はなかった。

 

 だが、仮に、文明レベルが低く、そんな原始的な生き方をしているようなのがいるとしたら。同じ人間と言えど余所者NGな価値観だったら。

 襲われでもしたら、人間状態じゃ到底助かるとは思えない。迫りくる攻撃を易々と避けれるのは妖狐スペックあってこそである。

 なので、

 

「キュッ(これで行くか)」

 

 俺の本性、狐状態。尻尾の数は流石に誤魔化すが、それさえしてしまえば見た目はただの狐に他ならない。

 この状態、言ってしまえば3つの状態の中で一番よく動けるのだ。妖怪としての力がフルで使えることが起因しているのだろうが、とにかく人間だったころの常識が彼方へと吹き飛ばされるぐらいには力に満ちている。獣人姿も大概だが、狐状態はさらにその上を行く。

 妖狐の強さは尾の本数に由来すると萃香が言っており、俺の今の尻尾の本数は3本だ。妖狐としてはまあ普通ぐらいなのだそうだが、元々人間だった俺からするととんでもない力なのだ。

 

 因みに、さんざん自画自賛しているが、この狐状態でもあの鬼畜どもから攻撃を受ければ、手加減されていてもワンパンで沈む。自慢することは出来ても、自惚れることや増長したりは出来ない現実が目の前にあった。

 

 まあでも、これなら大抵の輩からは逃げ切れることが出来るだろう。

 一先ず、あの目の前に広がる山を越えてみよう。何、この状態なら一日も掛からないだろう。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 今にして思えばあれはフラグだった。

 どうも、現在子供に抱えられてどこぞへと運ばれている粋狐だ。

 早速捕まってるじゃねぇか! という声が多方面から聞こえるが、まあ聞いてほしい。

 そもそも運が悪かったのだ。山を歩き、やっと下山できるというところで小さな小川を見つけ、水浴びでもと川に入っていたのだ。ついでに食事でも取ろうかと魚を数匹捕まえて生で食べていたのだ。

 うん、ここまでは良い。何もおかしなところはない。……俺がその魚に当たるまではな!

 生魚を食べたら腹を下した。もがき苦しんでいるところに子供が現れ、俺は捕まってどこぞへと連れていかれている。

 要はこういうことなのだが、そもおかしいのが俺はこの体になって以来、生魚で腹を下したことはないのだ。なので、本当に、本当に偶々運悪く、腹を下した結果がこれなのだ。

 クソ忌々しい。あの鬼どもにばれたらなんて言われるか。修業が足りないと扱かれるのか、大爆笑の渦に巻き込んでしまうのか……なんにしても絶対にばれてはいけない。

 

「おっかあ!犬拾った!」

 

 おっと、考え事をしていたら状況が動いたようだ。なんだなんだ、俺はこいつらに飼われるのか?あと、犬じゃねぇ、狐だ小僧。

 

「おやおや造(みやつこ)……それは狐ですよ?」

 

「そうなのか? まあいい! こいつの毛皮、すごくきれいだ! きっと高く売れる!」

 

 ふぁ! こ、この小僧! 俺を貴族が着るようなお高い毛皮の服にしようとしてやがったのか!

 

「まあ……確かに立派な毛並み……」

 

 こ、この親も同類か!? クッソ、動物と見ればすぐにこれか! やはり人間の業とはそこが知れんな!(畜生感)

 毛皮になんてされてたまるか!

 

「キュッ! キュー!!(離せっ! やめろー!)」

 

「わっ、ちょ、暴れるな毛皮の分際で!」

 

 いってっ!? こいつ殴ったぞ!? しかも今毛皮とか抜かしおったか! すでに俺は皮算用されてるってか!

 

「おや……その狐……」

 

「ん? どうしたおっかあ。何かあったか?」

 

「……造。その狐、ここに置くとしましょう。きっと、狩りなどの助けになりますよ」

 

「え? な、なんで?」

 

「理知的な目をしています。ただの獣には見られない、そんな目を」

 

 ……な、何者なんだこのおっかあ……。

 

「んー……分かった。おっかあがそういうなら」

 

「ふふ、ありがとう造」

 

 なんだかよくわからないが、当初の俺の予想のような展開になった……のか?

 いやいや、それにしてもこのおっかあ……と呼ばれた人、何者なんだ? 人間……だよな。でも、言ってしまえばただの獣相手にこの対応か。理知的とか言っていたが、まあ確かに妖狐だから、獣にはない理性を兼ね備えてはいる。というか中身は俺だ。理性がないわけない。

 ……それを、見抜いたのか? この人間は。

 

「大事にするのですよ、造」

 

「分かった……おい狐、命拾いしたな」

 

 ……このおっかあと呼ばれる人に関しては、まだまだ観察するべきなのかもしれない。この世界のことを知るために……これが普通の人間であるというのなら、俺も人間との接し方を考えないといけないしな。

 ただ、しかし。

 さっきから生意気なこのクソガキは気に食わん!

 

「キュー!!(誰が命拾いしただ、このガキィ!!)」

 

「わっ、ちょ、噛みつくな! おっかあ! やっぱりこの狐売り飛ばそう!」

 

「あらあら、ふふふ」

 

 こうして。

 俺は、母親とその子供が住まう家に飼われることになった。

 ……絶対にあいつらには言えねぇよなぁ……。




作者、歴史的な知識はあまりないです。なので、なんか知っている人がいて、「あ、これ違うんじゃね?」という部分があればやんわりとご指摘いただくか、そういうもんだと思ってスルーのほうお願いします。
なるべく間違いがないようには善処します。

粋狐 飼い狐
腹を下して飼われてしまったお間抜け狐。

造(みやつこ) クソガキ
山に狩りに出かけたら狐を拾った幸運な子ども。

おっかあ
一体何者なんだ……


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