犬も歩けば棒に当たる (政影)
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本編1(シーズン1春)
本編1-1:一寸の光陰軽んずべからず


みなさんの作品に触発されて書いてみました。

段々とキャラ崩壊していく予定です。


「──あなたのために歌うわ」

 

 

 それは懐かしい記憶、病院で全てを失ったと聞かされた後の最初の記憶。

 

 こんな素敵なことがあるなら一から始めるのも悪くない、と見えない筈の右目に光を感じた記憶。

 

 十年位経って細部が不鮮明になっても未だに残り続ける記憶。 

 

 もう一度、その歌声を聴けたらその時には──。

 

 

 

 

 天涯孤独、文字通り身一つで羽丘女子学園高等部に入学してから一年……正直あっという間だった。

 まったく知り合いのいない土地だったけれど、学費免除の特待生枠に釣られ六畳一間のアパート暮らし。

 私みたいなよそ者にも優しくしてくれる商店街の皆さんには感謝してもしきれない。

 ……割と便利屋扱いされている気もするけど、バイト代に色を付けてもらっているので不満はあまり無い。

 

 明日からは進級して二年生な春休み最終日、眼帯の下の右目が疼くのは厨二病のせいではないと思いたい。

 

 

 

 

 

 病院での定期健診を終えバイト先へ向かうため下りのエレベーターへ、「開」ボタンを押してくれている黒髪の少女に会釈をして乗りこむ。

 

「きゃっ」「おっと」

 

 下り始めて加速を感じたと思ったら急停止、その拍子によろけた彼女を咄嗟に支える。

 

「……ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

 書かれた案内に従い非常ボタンを押してコールセンターに連絡をすると、異常が起きたのはこのエレベーターだけなので、至急人を向かわせるから待っていてほしいとのこと。

 彼女に断りを入れアンテナが立っていることを確認した携帯でバイト先へ遅刻の可能性を伝える。

 

「さて、いつになるか分からないし座って待ちますか」

 

「……はい」

 

「一応綺麗なはずなのでこの上にお座りください」

 

「そんな……悪いです……では、替わりに……」

 

「……逆に申し訳ないです」

 

 流石に彼女を床にそのまま座らせるのは躊躇われたのでハンカチを敷こうとして少々の押し問答、なぜかハンカチを交換して座る結果に。

 気弱そうに見えて筋を通す姿勢には好感が持てる。

 

「……」

 

「……」

 

「……しりとりでもします?」

 

「……そうですね」

 

 もっとマシな発言は出来なかったのか私、ちょっと呆れられた気がする。

 

「では、しりとりの『り』から『リロード』」

 

「『ドヴェルグル』」

 

「……『ルビー』」

 

「『ビーヴォル』」

 

「…………『ルート』」

 

「『トール』」

 

 

~~熱戦継続中~~

 

 

 結局エレベーターから救出されるまでの約三十分間続いたしりとり勝負は未決着、神話の固有名詞はかなり厄介。

 まあ、最初は閉じ込められて不安げだった彼女が、最後の方には大分表情が和らいでいたので良しとするか。

 

 ちなみに今度面白そうな本を貸してくれるとの事だったので連絡先を交換。

 彼女も明日から高等部二年生……これが胸囲の格差社会……。

 密室に閉じ込められて二人とも軽く汗ばんでいたのに色っぽさが違い過ぎた。

 

 

○登録『白金燐子』

 

 

 ……友人の妹から聞いた名前だったような。

 

 

 

 

「さあ、行こうか」

 

「わん」

 

 遅刻したもののようやくバイト先のペットホテル(犬カフェ併設)に着くと、早速ゴールデンレトリバーのレオンくんの散歩。

 頭のいい子なので暴れたりせずそれほど手間は掛らない……飼い主さんの教育の賜物か。

 

 

「わん! わん!」

 

「ん? 何か見つけた?」

 

 散歩を開始してしばらくするとレオンくんは急に立ち止まり脇道に向かって吠え続ける。

 そちらへ向かうとうずくまっている緑がかった水色の髪の少女、傍らにはギターケースが置いてある。

 

「あのー、大丈夫ですか?」

 

「……はい」 

 

 こちらの言葉に気怠そうに答える彼女、顔色も悪いし全然大丈夫そうには見えない。

 

「ちょっと失礼」

 

「あっ」

 

 ほっそりとした首に慎重に指を当て脈を測る。

 

「気持ち早いかな……とりあえず水分でも、ゆっくり飲んでください」

 

「……ありがとうございます」

 

 スポドリを渡すと少しずつ飲んでくれる。飲みかけだったのを忘れていたのは黙っておこう。

 

 

「帰れそうにないならお家の方を呼んだ方がよろしいかと」

 

「それは……ちょっと……」

 

 少し時間が経って多少は顔色が良くなったので帰宅を勧めるも何やら訳有りな様子。

このまま放っておくのも後味が悪いし……。

 心配そうなレオンくんに彼女の相手を任せると携帯を取り出して羽沢珈琲店に連絡、店長に事情を説明してこれから連れて行くことの許可をもらう。

 

 

「それでは一休みできるところまで運びますね。拒否権はありません」

 

「えっ」

 

 ギターケースを背負い彼女の背中と膝下に手を回し慎重に抱き上げ歩き出す。腰のベルトにリードを結んだレオンくんは邪魔にならない距離を保ちつつ付いてきてくれる。

 抱き上げた彼女の方はというとやはり調子が良くないのか俯いてしまった……耳も赤いし急がないと。

 

 

「お、重たくないですか?」

 

「セントバーナードより軽いですよ」

 

「………………それにしても私とそんなに変わらない体格なのに力持ちですね」

 

「腕白な大型犬を複数散歩させる時もあるバイトなので引きずられないように鍛えてます」

 

「一度見てみたい光景ですね」

 

「レオンくんへの接し方を見るに、お姉さんはかなりの犬好きですね」

 

「……お姉さん、ですか」

 

「どうかしました?」

 

「いえ、何でもありません」

 

「?」

 

 

 到着後、羽沢店長にお任せして散歩の続きへ。

 別れ際にバイト先でもらった犬カフェの割引券を渡したら今度お礼がしたいとのことで連絡先を交換。

 先程とは別の意味で同じ年齢に見えない同学年……。

 

 

○登録『氷川紗夜』

 

 

 ……「アノ人」の親戚じゃないよね、うん。

 

 

 

 

 レオンくんの散歩を終えペットホテルに戻ると餌やりと清掃が待っていた。

 ……万年節約中の私よりもグルメなペットがちらほら。

 

 

 ようやくバイトを終えて帰路につく。商店街に寄ってパン屋か肉屋で晩飯を買うのもありか。

 

 

「危ない!」

 

 思考を中断し声のした方を見ると車道に子猫、しかも迫ってくる車に気が付いていない。

 

 ────瞬間、意識を置き去りにして弾けるように駆け出す。

 

 弧を描くように子猫に接近、姿勢を低くし速度をなるべく維持したまま右手で抱え上げ、反対側の歩道の植え込みに目を閉じ体を捻り背中から飛び込む。

 植え込みである程度軽減されたとはいえ背中に受けた衝撃に意識がようやく追いついてくる。

 

 

 ぺろぺろ

 

 ザラザラとした生温かい感触に目を開けると、抱きかかえた子猫が呑気にじゃれ付き顔を舐めてくる。

 

「大丈夫?」

 

「ん、どこも怪我はないかな」

 

 少し不安げに覗き込んでくる銀髪の少女に怪我をしてないことを確認した子猫を差し出す。

 

「そうではないのだけれど…………あ、可愛い……にゃーん」

 

「にゃーん」

 

 彼女が子猫に夢中になっている間に体を起こし服に着いた枝葉を払う。

 慌ててこちらに来たドライバーに謝罪、冷静に考えると一歩間違えれば大惨事……「狂犬」のあだ名もさもありなん。

 

「あら、頬から血が出ているわね。ちょっとそこの公園まで行きましょう」

 

「いや、別にかすり傷ですし」

 

「いいから来なさい」

 

「あ、はい」

 

 何と言うか……逆らえないオーラが凄い。

 

 

 

 公園の水飲み場で傷口を洗う。少し沁みて心を落ち着かせてくれる。

 

「もう綺麗になったわね。顔を上げなさい」

 

 言われるままに顔を上げると吐息を感じる位近くに彼女の顔。手にしたハンカチで念入りに水気を拭き取ってくれる。

 純白のハンカチに僅かに血が滲み申し訳なさを感じる。

 

「今はこれしかないから文句は受け付けないわよ」

 

 そう言うと少し赤い顔で絆創膏を貼ってくれる。細い指先がこそばゆい。

 

「ありがとう」

 

「……どういたしまして」

 

「にゃー、にゃー」

 

 私のことも忘れないでと子猫が彼女の足下で鳴く。

 

「……あなたも一人なの?」

 

 彼女は抱き上げた子猫の頬をつつきながら少し悲しげな瞳で尋ねる。

 

「首輪もしてないし周りに他の猫もいなかったしそうなのかも」

 

「そう……あなた、猫は飼えない?」

 

「アパートがペット禁止なので……」

 

「なら私が飼うしかないわね」

 

「いいの?」

 

「あなたが命懸けで救ったこの子、粗末には出来ないでしょ?」

 

 先程の様子がまるで嘘のように悪戯っぽく笑う彼女に思わずこちらの頬も緩む。

 

「まずは……この子に名前を付けてあげないとね。何かいい名前はある?」

 

「うーん、バステト「却下」」

 

 病院のしりとり勝負で出てきた猫の女神の名前はお気に召さなかった模様。

 

「……野良なのに雪のように白いから『ユキ』とか?」

 

「えっ!? 『ユキ』……『ユキ』……か、ふふっ」

 

 大変お気に召した模様だが、実は昔バイトしていたゲームショップにあった猫なんちゃらソフトのヒロインに由来ということは墓場まで持っていこう。

 ────直感が警鐘を鳴らす。

 

「あなたはこれから『湊ユキ』ね、よろしく」

 

 

 

 ちなみに動物病院でのユキの検査費用諸々は私が出した。世話をお任せするわけだし流石に節約云々言ってられない。

 ……まあ、たまには様子を見に訪ねてみるのも悪くないかもしれない。

 家まで送り別れ際の連絡先交換の段階で彼女の名前が「湊友希那」だと知り、先程の直感は確信に変わった。

 

 

○登録『湊友希那』

 

 

 ……誰かさんの惚気と愚痴に名前が出てきたような。

 

 

 

 

 翌日、二年生になって初登校。昨日貼ってもらった実は猫柄だった絆創膏はそのまま。

 クラス分けの掲示を見ると湊さんと同じ二年B組のようだ。

 

「おはよう、湊さん」

 

「おはよう……あなた女の子だったの?」

 

「うん、流石にそれは酷い」

 

 真顔で言う彼女に思わず苦笑するが、退屈しない一年になることは確信できた。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<嘘予告>ボト△ズ風

ヒナの手を逃れたサヨを待っていたのは、また地獄だった。
破壊の後に住み着いた百合と音楽。
課金戦争が生み出したソドムの街。
ゴーヤとにんじん、ピーマンとセロリとをコンクリートミキサーにかけてブチまけた、
ここは惑星ブシドーのゴモラ。

次回「ハザワ」。
来週もサヨと地獄に付き合ってもらう。


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本編1-2:二階から目薬

困った時の伏兵頼みです。


 始業式の後、全員の自己紹介が終わると早速席替えが行われた。

 

「縁があるわね」

 

「そうですね」

 

 彼女が廊下側最後列で私がその一つ前の席、日焼けしないので地味に嬉しい。

 

「……この席なら授業中に他のことをしても大丈夫そうね」

 

 不穏な発言を聞いた気がするが聞かなかったことにしよう。

 

 

「へー、友希那ここの席なんだ。あ、ワンコもいる」

 

 廊下側の窓が開いて少し派手な見た目の少女──今井リサ──が身を乗り出す。ああ、やっぱり。

 

「リサ……ワンコって何?」

 

「この子の愛称なんだ」

 

 そう言うとリサさんは私の頭を撫でる。撫でたくなるオーラが出ているとか。

 

「ふーん、お手」

 

「はい」

 

「お座り」

 

「座ってます」

 

「ちんち「友希那、それ駄目!」」

 

 語源はどうあれ湊さんの危ない発言をリサさんが防いだ。

 

「リサさんお久しぶり」

 

「おひさー、この前のテニス部の助っ人ありがとね」

 

「数合わせレベルだけどね」

 

 病人続出で急遽助っ人に呼ばれたものの、相手がミスするまでひたすらボールを返していた記憶しかない。

 

 

「そういえば湊さんとは幼馴染だっけ?」

 

「あー、前に話したね。これでも昔は天使のような「リサうるさい」……悪い子じゃないんで仲良くしてくれたら嬉しいな」

 

 なんだろうこの幼馴染というより保護者のような……。

 

 

「ワンコちゃん、見っけ!」

 

「うぐっ」

 

 いきなり後ろから覆い被さってきたのは氷川日菜……私の天敵だ。

 

「何か用ですか、氷川さん?」

 

「ちょっとー『日菜ちゃん』って呼んでって言ってるでしょ?」

 

 首に回された腕が段々締まってくる。やっぱり苦手だ。

 

「はいはい、日菜ちゃん、日菜ちゃん、首が折れる前に離してね」

 

「それで、よろしい」

 

 満足したようでスッと体が離れる。

 

「昨日、商店街でおねーちゃんが大型犬を連れた子に、お姫様抱っこされたんだけど知らない?」

 

「…………羽沢珈琲店のお客様送迎サービスなら」

 

 昨日の辛そうな表情を思い出して咄嗟に誤魔化す。というかやはり姉妹か。

 

「ふーん、まあいっか。おねーちゃんがお世話になりました」

 

 勢いよくお辞儀するその姿に呆気にとられる。全く行動が読めない。

 それで用が済んだのか氷川──日菜ちゃんは帰って行った。

 

 

「あ、ワンコ先輩進級おめでとうございます」

 

「そっちこそ入学おめでとう」

 

 入れ替わりに話しかけてきたのはバイト絡みで少し付き合いのあるAfterglowの面々。

 わざわざ二年生の階まで来るとは義理堅い。

 

「入学祝のケーキ美味しかったです」

 

「いや少し手伝っただけだし」

 

 なぜか過大評価され気味で面映ゆい。

 今度ライブをやるということでチケットを貰ってしまった。

 

 

 

「人気者ね」

 

「湊さん、顔が怖いんですけど」

 

「そんなことは無いわ」

 

「……次のショートホームルームで今日は終わりですけど、『友希那』さんはどうします?」

 

「!? そ、そうね、今日はライブまで時間があるから一度家に帰るわ……『ユキ』も会いたがってるからワンコも来なさい」

 

 そういえばリサさんの話だとかなり歌が上手いとか。

 昨日今日の印象だと、猫が大好きな少し天邪鬼なお嬢さんにしか見えない。

 

「今失礼なことを考えていなかったかしら?」

 

「いえ、ぜんぜん、これっぽっちも」

 

 

 

「さあ、上がって」

 

「お邪魔します」

 

 家の方は外出中ということでケージに入れられていたユキを友希那さんが抱き上げて二階に向かう。

 友希那さんの部屋はすっきりとしたレイアウトで、部屋の一角に置かれた音響機器や譜面等が目立つくらい。

 

「ベッドにでも座って頂戴」

 

「それでは失礼して」

 

 ベッドに腰を下ろすと包まれるような座り心地……これ、絶対高級なやつだ。

 そんな私に床に降ろされたユキがとてとてと近寄ってきて膝に飛び乗る。

 顎の下を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしてくれる。

 

「ちょっと着替えてくるわね」

 

「にゃーん」

 

 そう言うと友希那さんは着替えを持って部屋を出る。

 バイトまで時間もあるしたっぷりユキでも可愛がるか。

 

 

「ん?」

 

 

 視線を感じてカーテンを全開にするも見えたのは隣の家のベランダ……誰もいない。

 気を取り直して可愛がろう。

 

 

『きゃあっ!』

 

 

 下の階から友希那さんの悲鳴が聞こえたかと思ったら、階段を駆け上がる音、そして下着姿の彼女が抱きついてきた。

 咄嗟のことにユキが潰れないように上に上げたら抱きつかれた勢いでベッドに押し倒される。

 

「どうしたの?」

 

「何か……黒いものが……」

 

「ちょっと待ってて。あと鍵閉めてね」

 

 半泣きの友希那さんに制服の上着を脱いで掛けてやりユキを預けると、鞄から気休めに折り畳み傘を取り出し階下へ向かう。

 

 慎重に一階に下りて耳を澄ますと複数の羽音、扉が半開きになっている部屋から聞こえてくる。

 隙間から覗き込むと暗闇に蝙蝠が……三匹。

 部屋に入ると同時に扉を閉め灯りを付け、窓に駆け寄り全開にする。

 後は部屋のものに被害が出ないように折り畳み傘で慎重に蝙蝠を誘導する。

 三匹とも外に追い出して窓を閉めた頃にはかなり時間が経っていた。

 

 

 

「……ワンコ、大丈夫?」

 

「にゃー」

 

 待ちきれずに下りてきた友希那さん(とユキ)が扉越しに問いかけてきた。

 

「今終わったのでそっち行きますね」

 

 扉を開けると先程と同様に下着姿の上に制服を羽織った格好……服着てよ!

 

 

「ただいま……え?」

 

 最悪のタイミングで家主が帰ってきた模様。

 あ、顔面パンチの流れだ、友希那さんは硬直してるので助けは無い。

 とりあえず左目だけは守らないと。

 

「シャー!」

 

「「「ユキ!?」」」

 

 あわやというタイミングでユキが間に入り男性を威嚇する。

 その行動に友希那さんも我に返りユキの前に出て両手を広げて庇ってくれる。

 

 

「……事情を説明してもらえるかな。それと友希那は早く服を着なさい」

 

 Wユキの行動に冷静さを取り戻した男性は頭を抱えながら声を絞り出すように言った。

 

 

「本当にすまなかった」

 

「全く、お父さんは早とちりなんだから」

 

 今までの経緯と通風孔かどこかが破損して蝙蝠が入ってきたので修繕を勧めたら土下座しそうな勢いで謝られてしまった。

 

「いえ、流石にあの状況は他に判断しようがないですよ」

 

 今日のMVPのユキを撫でながら苦笑する。

 

「友希那さん、時間は大丈夫ですか?」

 

「そうね、ワンコもバイトだったかしら」

 

「はい、では途中まで一緒に行きましょうか」

 

「お詫びといっては何だが車で送ろうか?」

 

「……ワンコはどっちがいい?」

 

「お言葉に甘えた方がいいかと。お互い疲れましたし」

 

「それもそうね」

 

 目と目があい思わず笑ってしまう。全く、散々で愉快な一日だ。

 

 

 

「それでは頑張ってください」

 

「気を付けてな」

 

「……はい」

 

 ライブハウス前で友希那さんを降ろす。この親子も何かしらの問題を抱えてるのか。

 まあ部外者の出る幕は無い筈。

 

「御察しの通り、今友希那とは微妙な状態でね」

 

「はあ」

 

「こんなことを言える義理ではないかもしれないが、出来れば傍にいてあげてほしい」

 

「まあ……好きな人の傍にいたいと思うのは当然のことですので」

 

「うん、頼むよ。あと何か困ったことがあったらここに連絡するといい」

 

 

 

○登録『湊父』

 

 

 

 

「ワンコ先輩、お疲れですね」

 

「ああ、あこちゃんいらっしゃい」

 

 一連の騒動にぐったりしながらコンビニで品出しをしていると、闇の波動がアレな少女──宇田川あこ──が来店。

 そして一緒に入ってきたのは昨日会った神話博士。

 

「……こんばんは」

 

「こんばんは、燐子さん」

 

「あれー、二人とも知り合いなの?」

 

「昨日ちょっと閉鎖空間でバトってね」

 

「……戦友……だよ」

 

「へー、りんりんの戦友認定なんて流石ワンコ先輩」

 

 また謎の評価が、というか名前呼びでも特に嫌な顔はされないか。

 

 

 

「あ、昨日の」

 

 新たな来店者は紗夜さんだった。

 

「いらっしゃいませ、紗夜ちゃん」

 

「……『ちゃん』付けとは唐突ですね」

 

「妹さんの方には強要されたのでつい……紗夜さんの方がいいですか」

 

「そうですね、出来ればそちらの方が。色々と日菜に問いただしましたが、いつもご迷惑をおかけしているようで申し訳ございません」

 

 律儀に頭を下げてくる彼女。恐らく日菜ちゃんが昨日の件を聞こうとして逆に白状させられた流れか。

 

「ちなみに毎回絡んでくる理由は」

 

「『何回も負けてるのに毎回手を抜かずに全力で向かってくるところにるん♪ ってきた!』だそうです」

 

「……酷い」「頭きた!」

 

 何故か話に加わっている、りんあこコンビは怒り心頭の模様。

 

「代わりに怒ってくれてありがとう。多分、彼女的には褒め言葉のつもりだと思う」

 

 二人の頭に手を置き軽くなだめる。 

 

「薄々感じてましたけど、彼女からしてみれば退屈でしょうがないんでしょうね。事実、羽丘の二年でまともに張り合える生徒なんていませんし」

 

「私も……双子の姉なのに何一つ敵わなくて……」

 

「いやいや、別に紗夜さんを責めているわけでは」

 

「それでも姉として妹の事は何とかしなくてはいけないのに、向き合えず逃げてしまって……」

 

「姉妹だからって、向き合わなきゃいけないんですか?」

 

「…………」

 

 一向に紗夜さんの表情は晴れない。

 流石にこれ以上言葉を重ねても駄目か、昨日会ったばかりの人間の言葉なんて。

 

「……学校で見る……紗夜さんは……いつも真面目で、一生懸命で……私の……憧れです……」

 

 燐子さんが紗夜さんの手を取ると優しく包み込む。

 

「自分を……卑下しないで……ください」

 

「白金さん……」

 

「あ、あこも妹だから分かるんですけど、お姉ちゃんは特別なんです! そこにいるだけで嬉しいんです!」

 

 あこちゃんもその小さな手を重ねる。

 

「まあ紗夜さん次第ですが……諦めずに追いかけてもいいし、逆に全力で逃げてもいいんじゃないですか? 傷心旅行なら喜んで付き合いますよ、一泊二日の温泉旅行」

 

 ちょっとおどけながらも私も手を重ねる。

 

「あこも行きたい!」

 

「わたしも……」

 

「……その時は旅館の手配をしますね」

 

 三者三様、正解かどうかは分からないけど、各々の思いを言葉にしてみたらしっくりした気がする。

 まあ私の発言が一番後ろ向きっぽいけどね。負け犬上等、命あっての物種。

 

 

 

「それにしても同じクラスの白金さんとの初めての会話が、コンビニとは予想していませんでした」

 

「わたしも……です……」

 

「へー、りんりんと紗夜さん同じクラスなんだ。背負ってるのってギターケースですよね?」

 

「ええ、自主練の帰りです」

 

「……今度一緒にライブ見に行きませんか、超カッコイイ友希那の!」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

ワンコ:授業は真面目に受ける。

湊友希那:授業中は作詞・作曲に励む。

今井リサ:授業はそこそこ真面目に受け、たまに幼馴染の事を考える。

氷川日菜:授業中も姉の事を考えている。

氷川紗夜:授業は真面目に受ける。


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本編1-3:三人寄れば文殊の知恵

ようやく全員集合です。


「私が日菜ちゃんに勝ったらご褒美貰える?」

 

「ええ、構わないわ」

 

 次の日のA組B組合同体育は剣道、防具を付けながら友希那さんに提案してみる。

 

「勝算はあるのかしら?」

 

「…………少しは」

 

「まあ、そうよね」

 

 あの天才が負けるところなんて誰も想像出来ないけど、勝負を前にすると昂ぶってくる。

 大物食いは犬の本懐、熊にだって食らいついてやる。

 

 

「それじゃ……行くよ!」

 

「っ!」

 

 方針は、過去の対戦経験からまともに攻めても勝ち目がないのは自明なので、防御に徹してからのカウンター。

 試合時間の四分を目一杯使って疲れを待ち隙を見つけて一撃に賭ける。

 

 

 

 

「骨に異常はないかしら?」

 

「ん……何とか」

 

 結果は終了間際に仕掛けた小手が相打ちになり無効、結局時間切れで引き分けになった。

 ちなみに日菜ちゃんは何とも無さそうにしていたが、こちらは真っ赤に腫れ上がっていて水道で冷やし中。

 

「あ、ワンコちゃん見っけ」

 

「何か用かしら」

 

 るん♪とした感じで近づいてくる日菜ちゃんに対して、友希那さんが怒気を露わに間に入る。

 

「はい、保冷剤。よく冷やせば明日には治ってると思うよ」

 

「……ありがとう」

 

 渋々といった感じで受け取る友希那さん。

 

「日菜ちゃん、今日の手加減は三段階?」

 

「まさかー、二段階だよ。でも今日のは中々良かったよ」

 

「……次にご期待ってことで」

 

「あはは、期待してるよ♪」

 

 そう言うと日菜ちゃんは手をひらひらとさせながら去って行った。

 やっぱりダメージは無いか、悔しい。

 

 

 

 

「はい、あーん」

 

「あーん」

 

「……二人ともアタシここにいるんですけど」

 

 昼休みになり友希那さんと机をくっ付けお弁当を広げる。

 ちなみに昨日のお礼+お詫びということで当面は湊家が用意してくれるらしい、感謝。

 リサさんも他の生徒の椅子を借りて一緒に食べるようだ。

 

「ワンコは利き手が使えないから仕方ないでしょ?」

 

「ま、まあ、そうなんだけどさ」

 

「つまり、リサさんも『あーん』してもらいたいということ」

 

「そう。最初からそう言えばいいのに。はい、あーん」

 

「え、ちが……あーん」

 

 友希那さんは優しいなぁ。

 

 

 

「あのー、ワンコさんちょっといいっすか?」

 

「あ、麻弥さん」

 

 リサさんが自分のクラスに帰ったと思ったら、隠れた実力者――大和麻弥――が話しかけてきた。

 ちなみに前に演劇部の助っ人に呼ばれた時に色々と面倒を見てもらったこともある。

 

「さっきの試合こっそり録画してたんで何かの役に立てば、と」

 

 スッとUSBメモリを机の上に置く。

 

「何でまた?」

 

「ジブンなりに『最強に勝利』の一助になれば、って……フヘヘ、ちょっと格好つけ過ぎですか?」

 

「麻弥さ……いや、麻弥先生」

 

 想定外の贈り物に思わず冷やしていない方の手で彼女の手を取る。

 

「先生!?」

 

「必ずや奴を討ち取り墓前に首級を」

 

「日菜さん討ち取っちゃ駄目! というか誰の墓前!?」

 

「ワンコ、私も協力するわ。確か……我ら三人、生まれし日、時は違えども」

 

「それ別々に死んじゃう上に悲惨なやつだから絶対駄目ッス!」

 

 でも家にパソコン無いんだよね……友希那さんの家に行ったときに見せてもらおう。

 

 

 

「そういえばご褒美は何が欲しかったの?」

 

 帰り支度をしていると友希那さんから声が掛る、昼休みに色々あったので忘れてた。

 

「友人一同で友希那さんのライブに行こうということになったので関係者割的なチケットが無いかな、と」

 

 最近出費が激しいし、今後もお金が必要な気がするし。

 

「ちなみに何人?」

 

「私を入れて四、いや五人」

 

「まあそれ位なら……ちなみに今夜もあるわよ」

 

「ちょっと確認するね」

 

 昨日の三人+リサさんにメールを送る。SNS? ガラケーなので。

 

「……全員OK」

 

「早いわね。話は通しておくからCiRCLEに来て頂戴」

 

「勝てなかったのにいいの?」

 

「今回のは両方勝ちってことにしてあげるわ」

 

「……ありがとう」

 

 次は勝ってご褒美貰いたいな。

 

 

 

「何でアタシまで誘ったの!?」

 

「嫌だった?」

 

「いや、そういうわけじゃ……」

 

 リサさんは困惑気味だ……まあ友希那さん研究第一人者を外すのもアレだし。

 

「へー、リサ姉も友希那さんの知り合いなんだ」

 

「あこが友希那に興味を持ってるのも初耳だよ」

 

 ……まさかのダンス部繋がり、知り合いの知り合いは知り合いという。

 

 

 

 

「あ、来ましたね」

 

「……こんにちは」

 

 CiRCLE前には既に花女組の紗夜さんと燐子さんがいた。

 二人とも昨日より顔が艶々している気がする。

 

「おまたせです」

 

「りんりん、人混みだけど大丈夫?」

 

「うん……頑張る」

 

「……妹がいつもお世話になっています」

 

「あはは、ヒナにはこっちも楽しませてもらってるよ」

 

 ……何となくだけどもう一ピース足りない感じ。

 

 

 

「空いてるドリンクカウンター近くでいい?」

 

「……うん」

 

 友希那さんの出番はまだ先だけどそこそこ混み合っている。

 人混みが苦手な燐子さんをエスコートするあこちゃんが微笑ましい。

 既に紗夜さんと打ち解けているリサさん流石。

 

「あ、そろそろ湊さんの出番ですね」

 

「お」

 

 何組かのバンドが出番を終え、ついに友希那さんがステージ上に姿を現した。

 水を打ったように静まり返る会場、私が歌うわけじゃないのにドキドキが止まらない。

 そして……

 

 

 

 

「……さん! ワンコさん! 大丈夫ですか!?」

 

「ふえ?」

 

 紗夜さんに激しく揺さぶられ意識が鮮明になる。

 見回すと既に曲は終わり、友希那さんはステージから消えていた。

 

「尋常じゃない涙の量ですけど、どこかお加減が?」

 

「あ、本当だ」

 

 顔に触れるとまるで洗顔後のようにビショビショで眼帯も湿っている。

 

「……拭きますね」

 

「燐子さん、ありがとう」

 

 それにしても何だったのだろう。

 こんな体験前にも……思い出そうとすると頭に靄が。

 

 

 

「酷い顔ね」

 

「誰かさんの歌が圧倒的だったのがいけないと思う」

 

 合流して開口一番そんなことを言う友希那さんに思わず頬を膨らます。

 

「そう、この後ファミレスで御馳走してあげるから許しなさい」

 

「他の四人の分も?」

 

「……仕方ないわね」

 

「いえ、流石に初対面の私まで奢っていただくわけには」

 

「まあまあ、これだけ友希那も上機嫌なんだから紗夜も奢ってもらおうよ」

 

「リサ姉、よく分かるね」

 

「伊達に長年幼馴染やってないからね」

 

「……捗ります」

 

 こうして六人全員でファミレスに行くことになった。

 

 

「こういう場所は苦手なんですが」

 

 そう言いつつ紗夜さんはメニューの特定の場所をチラチラ見ている。

 残念ですけどバレバレな上に日菜ちゃんから聞いているので。

 

「とりあえず山盛りポテトフライ三つとドリンクバー人数分よろしく」

 

「遠慮が無いわね」

 

「遠慮したら友希那さんの顔に泥を塗ることになりますし」

 

「ふふっ、それもそうね」

 

「……ごちそうさま」

 

「リサ姉、まだ何も食べてないよね?」

 

「……儚い」

 

 

 

「湊さんはバンドはやらないのですか?」

 

 ポテト一皿を平らげて人心地が付いた紗夜さんが「あーん」プレイで全員に高カロリースイーツを食べさせている友希那さんに尋ねる。

 何気に嵌ったのかな?

 

「そうね……ちょっと色々あって、ね」

 

 そう言うと友希那さんは俯き両手で自分を抱きしめる。

 

「……力になれないかな? そんな顔されたんじゃ飯も喉を通らない」

 

 スイーツと飯は別腹。

 私の言葉にみんなが頷く。

 ……約一名、ポテト二皿目を狙っている気もするが無視する。

 

「あなた達に重荷を背負わせることになるかもしれないわよ?」

 

「友希那の荷物だったら一緒に背負うよ♪」

 

「みんなで……背負えば……軽くなります」

 

「闇の波動でバーンですよ!」

 

「氷川の女は負けず嫌いなんです」

 

「そう……ありがとう」

 

 みんなの言葉を受け友希那さんは続きを語る決意をしたようだ。 

 

「あれは高等部一年の頃、とあるフェスを目指すためにメンバーを探していたわ。そこで事務所の人間から接触を受けたの」

 

 そこまで言うと大量の砂糖の入ったコーヒーを口に含む。

 

「指定された場所に行ったら……そこは……え、えっちなビデオの撮影をするところだったの!」

 

 

――ガタッ、ガタッ、ガタッ、ガタッ、ガタッ――

 

 

「皆さん、落とし前をつけに行きますよ」

 

「……白金家の家訓は……百倍返し……です」

 

「今宵のタイガーは外道の血に飢えておる」

 

「友希那と同じ次元に存在しているだけで腹立たしいね」

 

「ちょっとそいつら去勢してくる、麻酔無しで」

 

 うん、全員思いは一つだ。

 

「あなた達……安心して。とっさにその場から逃げだして私は何もされていないわ。そいつらは摘発されて然るべき罰を受けたそうよ」

 

 

――ガタッ、ガタッ、ガタッ、ガタッ、ガタッ――

 

 

「あ、店員さん。富士山盛りポテトとネバーギブアップなパフェください。うん、これは私の奢り」

 

「友希那、ごめんね。気付かなくて」

 

「ごめんなさい。辛い過去を話させてしまって」

 

「友希那さん、一生ついていきます!」

 

「……二度と娑婆の空気を吸えないように……手を回しておきます」

 

「ふふっ、私は良い友達を持ったわね」

 

 目頭を押さえながら笑う友希那さんにみんなも安堵する。

 それにしてもそんなトラウマものの経験をしたんじゃバンドなんて……ん?

 頭の中でピースが嵌っていく……彼女と彼女も確か経験者だと……。

 

 

「一番ボーカル、湊友希那」

 

「えっ?」

 

「二番ギター、氷川紗夜」

 

「はい?」

 

「三番ドラム、宇田川あこ」

 

「はいはーい」

 

「四番ベース、今井リサ」

 

「あっ」

 

「五番キーボード、白金燐子」

 

「……はい」

 

「メンバー揃ってない?」

 

 

『あっ』

 

 

「…………でも、流石に技量も知らないでバンドは組めないわ」

 

 その言葉に私以外の四人の目つきが変わる。

 

「私にはギターしかありませんから、どんなハイレベルな曲でも問題ありません」

 

「あこ、世界で二番目に上手いドラマーですけど、友希那さんと一緒に演奏できるなら宇宙一のドラマーになります!」

 

「友希那の為なら何でもするよ」

 

「……三日……ください。必ず……認めてもらいます」

 

「……戦う顔になったわね。四日後CiRCLEで一曲だけセッションして決めるわ」

 

 

 

 

「ワンコ、今日はありがとう」

 

 二人だけの帰り道、すっきりした顔の友希那さんからお礼を言われる。

 

「うん。でも四日後どうなるか分かっているような言葉だね」

 

「予感……というよりは確信かしら」

 

「まあ、同感だけど……そういえば楽器の出来ない私はお払い箱?」

 

「まさか。やり逃げは許さないわよ? そうね……とりあえずマスコット兼雑用かしら」

 

「うん、任せて」

 

 

 

 

 四日後、後にRoseliaと呼ばれるバンドが誕生したことは言うまでもない。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

ワンコ:不発のワンチャンス。

湊友希那:バンドリル! 出演回避。

大和麻弥:自作の録画機能付眼鏡。

氷川紗夜:ヘタレ攻め。

白金燐子:聖母受け。


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本編1-4:四角な座敷を丸く掃く

UA1,100&お気に入り20件突破ありがとうございます。


「唸れペンタブ、走れミシン」

 

 Roseliaが結成されて数日、特に出番のない私はバイト後に白金邸でロゴやら衣装作りやらに精を出していた。

 充実した設備に燐子さんへの感謝の念を新たにする。

 

「……ただいま」「お邪魔するわ」「お邪魔します」「お邪魔―」「降臨!」

 

「あ、おかえり」

 

 練習帰りの五人を玄関で出迎える。みんないい表情だ。

 お菓子と飲み物を受け取り燐子さんの部屋に運ぶ。

 

「……お任せしてしまって……ごめんなさい」

 

「いえ、結構楽しいので大丈夫。それにしてもそれぞれにあわせた素敵な衣装のデザイン」

 

「…………ありがとう」

 

 照れる燐子さんも可愛い。

 

「……ちょっと疲れたわね」

 

「うん、上着脱いでクッションの上にうつ伏せになって」

 

「ええ」

 

 うつ伏せになった友希那さんの上にまたがり、図書館で読んだマッサージ本の通りにコリをほぐしていく。

 

「あっ……んんっ…………そこ……気持ちいい……んっ!」

 

 確かここをこうして……フィニッシュ。

 

「んっ! ……はぁ…………はぁ…………良かった、わ」

 

「……アタシちょっと変な気分になってきたかも」

 

「……同感ですね」

 

「友希那さん、気持ち良さそう」

 

「次は……わたし……」

 

 評判は上々のようだ。次は上級者向けの本で勉強しよう。

 練習は順調との事だったのでそろそろライブかな。

 

 

 

 

「弁当の他にフランスパンなんてよく入るわね」

 

「今朝のパン屋のバイトでもらったので」

 

 冷めても美味しいやまぶきベーカリーのパン。昼食が充実。

 

「いやー、よく太らないね」

 

「大変魅力的な体型のリサさんは平気で人の心と胸を抉ってきます」

 

「そうね、リサには持たざる者の気持ちなんて理解できないわ」

 

「ちょ、友希那まで、過剰反応じゃない! 麻弥の方が大きいのに!」

 

「そこでジブンを巻き込まないでほしいです!」

 

 ……まあ燐子さんが一番なんだけどね、多分。

 

「そう言えばRoselia初ライブお疲れ様でした」

 

「ありがとう。精進を続けて次はもっと素晴らしいものにするわ」

 

「アタシももっと頑張らないとね」

 

「私は……」

 

 

 ♪~(黒き咆哮な携帯着信音)

 

 

 携帯の画面に知らない番号が表示されている。少し嫌な予感が。

 

「はい、私ですが……そうですか。ご連絡ありがとうございます。それでは何かありましたらよろしくお願いします」

 

 通話を終了させて深く息を吐く。

 

「顔が真っ青よ、何の電話?」

 

「友希那さん……私の家、燃えてますって」

 

 

 

 警察の人からの電話で自宅アパートの火事を知り、大家さんに確認したところ事実だということ。

 現在消火活動中で近づけないそうなのでそのまま授業を受ける。

 通帳とか保険証とか再発行かぁ。

 

 

「ワンコ先輩! 火事の件聞きました」

 

「ワンコちゃん大丈夫!?」

 

 放課後、大家さんからの連絡を待っているとAfterglowの面々やら日菜ちゃんやらが押し寄せてきた。

 

「まだ消火中らしいので何とも」

 

「……行く当てがなければ羽沢珈琲店で住み込みでバイトしません?」

 

「えー、うちならおねーちゃんもいるよ」

 

「それならアタシんちだってあこが」

 

 ガタッ

 

 煩くし過ぎたのか、後ろの席の友希那さんは急に立ち上がるとスマホを操作しながら教室の外へ出て行ってしまった……と思ったらすぐに戻ってきた。

 

「ワンコ、黙って私と一緒に暮らしなさい」

 

「あ、はい……えっ!?」

 

 ざわ……ざわ……、ざわ……ざわ……

 

 一瞬にして静まり返る教室、そして拡がるざわめき。

 うん、わけがわからない。

 

 

 

 

「流石に出会って一か月経っていない人間を一緒に住まわせるのはどうかな? と」

 

「あなたは黙っていなさい」

 

 湊邸に直行するとソファーで友希那さんのご両親を待てとの指示。

 

「既にユキを飼ってくれているだけでも感謝しきれないのに」

 

 膝の上で丸くなっているユキを撫でながらしみじみと思う。

 ペットホテルでも子猫ってやんちゃな子が多いから世話の大変さはよく分かる。

 

「ちょっと大きな犬を拾ってきたと連絡したから問題ないわ」

 

「うん、私はそこまで経済的じゃないよ?」

 

 まあ、ご両親には数日だけでも泊めてもらえるようにお願いしよう。最悪庭先で野宿でもさせてもらえれば。

 

 

 

 

「そうだな、今物置にしている部屋があるからそこを片づければいいかな?」

 

「週末に一気に片付けましょうね」

 

「それまでは私の部屋で寝れば問題ないわ」

 

 …………はっ!? 衝撃発言三連発に軽く意識が飛んでいた。

 

「えっと、そこまで歓迎されると逆に怖いのですが」

 

「……君と出会ってから友希那が笑うようになったからね」

 

「それに、一緒にご飯を食べることも増えたわね」

 

「それは……バンドの仲間たちのお蔭かと」

 

「ワンコ、あなたもRoseliaのメンバーでしょ?」

 

「ええ……まあ……」

 

 そこまで何かした覚えは。

 むしろ復縁したリサさんとか意気投合した紗夜さんとかのお蔭のような。

 

「じゃあ、こうしましょう。時間がある時は家事と友希那の家庭教師をお願い」

 

「……もしかして友希那さん、頭「勉強に興味が無いだけよ」」

 

「音楽もいいがこのままだと留年しかねないしな」

 

「分かりました。友希那さんが中間テスト全教科平均点以上取れるよう努力します」

 

「えっ!?」

 

「私を拾った責任、取ってもらいますよ」

 

 ワンコの恩返し、始まりです。

 

 

 

 

「ワンコさんもとんだ災難ですね」

 

「まあ、友希那さんに拾ってもらったので結果オーライ」

 

「相変わらず気持ちいいですね、その前向きなところ」

 

「うん、ありがとう」

 

 今朝もやまぶきベーカリーでバイト、開店に向けて焼きあがったパンを次々と並べていく。

 

「沙綾ちゃんも大変だったら言ってね」

 

「あー、母さんの体調不良はたまにあることなので。それに仕込みからシフトに入ってもらえるだけでも大助かりです」

 

「ここのパンが無いと何人も絶望するし」

 

「そんな大げさ……でもないか」

 

 何人かの顔を思い浮かべ微笑む沙綾ちゃん。うん、責任重大だ。

 

 

 

 

「ただいま、焼きたてのパン貰ってきまし「ワンコ!」」

 

 湊家に帰ってきた途端に友希那さんタックル……今日は踏み止まった。

 

「えっと……おはようございます?」

 

「どこ行ってたの! 探したんだから!」

 

 何と言うか……本当に友希那さん?

 

「え……昨夜、朝はバイトに行くと言ったはずですけど」

 

「…………えっ」

 

 あー、完全に聞いていなかった感じだ。ちょっと張り切って長時間勉強させ過ぎたか。

 最後の方、頭から煙が出そうな感じだったし。

 

「ワンコちゃん、ごめんね。友希那朝弱くてちょっと寝惚けてるのかも」

 

「あ、おば……お母様。パンをお願いします」

 

 ……うん、友希那さんのご両親は見た目が若すぎて何て呼べばいいか迷う。深い意味は無い。

 

「はいはい。友希那をよろしくね」

 

 お母様がパンを持って行ったので、とりあえず抱きついたまま耳まで真っ赤な友希那さんを撫で撫でする。

 

「今日のパンは私も仕込みから手伝ったんでしっかり食べてくださいね」

 

「……うん」

 

「それと……ワンコは必ず帰ってきますから」

 

「絶対……だよ……」

 

「はい」

 

 ……この小さな背中に背負っているものはまだまだありそうだ。

 

 

 

 

「朝のことは忘れてちょうだい」

 

「はい」

 

 今日からは二人で登校、本来はリサさんも一緒らしいが今日は遠慮してもらった、防諜。

 

「四月ももう終わり、剣道も今日の授業で終わりだけれど勝算は?」

 

「家が燃えたのは想定外でしたが、皆さんのお蔭で準備は万端です。後は……運?」

 

「それなら大丈夫そうね。私が付いているのだから」

 

「…………」

 

「…………何か言いなさい」

 

「顔が真っ赤ですよ、幸運の女神様」

 

「……今日は朝から風邪気味のようね」

 

 これは負けられない。

 

 

 

 

「ワンコさん、後は合図だけです」

 

「ありがとう、麻弥さん」

 

 麻弥さんと小声で最終確認を済ませ、竹刀を持って立ち上がる。

 そして日菜ちゃんが待つ体育館の中央に向かう。

 

「お、来た来た。ワンコちゃん、今日は時間無制限でいいって」

 

「うん、了解」

 

 ……早速戦術の見直しを強いられる。

 

「始め!」

 

 麻弥さんの映像から日菜ちゃんの動きを学んだ。

 

 燐子さんには秘伝の兵法書を見せてもらった。

 

 紗夜さんには日菜ちゃんのことを事細かに教えてもらった。

 

 あこちゃんには……必殺技を教えてもらった。

 

 友希那さんからは勇気をもらった。

 

 

 

 間合いを制し、仕掛けず、仕掛けさせずプレッシャーを与え続ける。

 頭に焼き付けた日菜ちゃんと寸分違わないその動きに焦れてきているのを確信する。

 いつもの制限時間である四分を超えた、そして、合図。

 

「今ならいけるッス!」

 

「ワンコ! 勝てるわよ!」

 

「決めろ―!」

 

 事前にお願いしてあった大声援を始めてもらう。

 効果は分からないが少しでも日菜ちゃんの気を散らせれば。

 ……動きが変わった、これで。

 

「ヒナ! 負けるな! ほらみんなも」

 

「日菜ちゃん、頑張れ!」

 

「ワンコになんて負けるな!」

 

 ……リサさんの声援でまた空気が変わる。

 勝つ確率は下がった気がするがこれも悪くない、と別の自分が囁く。

 

 

 

 そして、勝負の行方は……。

 

 

 

「あーあ、負けちゃった」

 

「……気付いたら勝ってた」

 

 どうやら日菜ちゃんの神速突きを打ち落として面を決めたらしい。本当に覚えてない。

 

「ザ・ビーストって感じだったよ」

 

「犬が狼に先祖帰りしたのかも」

 

 大の字になって寝転んでいる日菜ちゃんを抱き起す。なんだか楽しそうだ。

 

「それにしても、色々と準備したね?」

 

「まともにやったら勝てないから」

 

「まあ、そこがいいんだけど。応援してもらったの久しぶりだし……るん♪ってきた」

 

「おめでとう」

 

 ポンポンと背中を叩く。

 

「次の勝負も楽しませてよ?」

 

「うん、私『達』は強いから」

 

 抱きついたままの日菜ちゃんを持ち上げリサさんに押し付ける。日菜ちゃん汁まみれになるがいい。

 

「私『達』か……」

 

 何か背筋がゾクッとしたが今は勝利の余韻に浸ろう。

 

 

 

「お疲れ様」

 

「やりましたね」

 

「皆さん、本当にありがとうございました」

 

 功労者二名を含むクラスメイトの元に戻ると深々と頭を下げる。温かい拍手に包まれた。

 後でRoseliaの他のメンバーにも報告しないと。

 

「リサには後で調……教育が必要かしら?」

 

「お手柔らかにお願いします」

 

 リサさんがんば。

 

 

 

 

「電話……紗夜さんから」

 

「何かしら?」

 

 その日の夜、友希那さん(&暫定私)の部屋で勉強をしていると紗夜さんから電話が掛ってきた。

 

『夜分遅く申し訳ありません。直接お祝いしたかったので』

 

「いえいえ、ありがとうございます」

 

『それと……日菜が急にアイドルになりたいと』

 

「えっ」

 

『今日の勝負で何か思うところがあったのかもしれません』

 

「ちなみに紗夜さんはアイドルのご経験とかは?」

 

『ありません!』

 

「……では雛鳥が巣立ったということで、私は悪くありません」

 

『責めているわけではありませんが……何かあったら力になってあげてください』

 

「……本当に優しいお姉さんですね」

 

 まあ、日菜ちゃんに力を貸す事態なんてそうそうないだろう。

 

 

「紗夜も大変ね」

 

「そうですね。でも次は友希那さんも大変ですよ、一学期中間テスト」

 

「……まだあわてるような時「一緒に打倒日菜ちゃんを目指して頑張りましょうね」」

 

 ダブった歌姫なんて誰も見たくないでしょ?




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

ワンコ:幕下

湊友希那:平幕

今井リサ:大関

大和麻弥:横綱

白金燐子:横綱


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番外編1(シーズン1春)
番外編1-1:湊友希那の憂鬱


たまには視点を変更して。

愛・地球博で見た青薔薇は薄紫色だった記憶が。


「それじゃあ、私達のバンド名を決める会議を始めるわよ」

 

 今井リサ、氷川紗夜、宇田川あこ、白金燐子、そしてワンコ。

 紆余曲折を経て集った私――湊友希那――を含めた六人で頂点を目指す。

 

 とは言ったもののバンド名が決まらないことにはステージにすら立てないことを指摘された。

 

 何度か話し合ったものの決まらなかったので、ここ羽沢珈琲店で気分も新たに決めるとしましょう。

 

 

 

 

「ジューベー師匠、私の入れたコーヒー美味しいですか?」

 

「うん、美味しいよ。でも柳生十兵衛の隻眼は創作だからね」

 

「二穴……二刀流教えてほしいです!」

 

「絶対違う意味で言ってるよね?」

 

 若宮イヴさんだったかしら、確かワンコのバイト仲間。

 雑誌モデルをしているだけあって私よりも背が高く、笑顔も眩しい……。

 

 

 

「紗夜さん、このクッキーは私からのサービスです」

 

「ありがとうございます、羽沢さん。あら、今日は食べさせてくれないの?」

 

「もう……一枚だけですからね」

 

「ふふっ、美味しいわ。まあ、指先が汚れてしまったわね」

 

「あっ……そういう事は閉店後にお願いします……」

 

 この店の娘さんである羽沢つぐみさん……紗夜とは仲良しみたいね。

 

 

 

「……あこちゃんは……どんなのがいい?」

 

「うーん、『PPP』とか『かぷせるがーるず』とか?」

 

「それ以上いけない」

 

 あこと燐子の会話は時々ついていけないわ。

 

 

 

「あなた達、真面目に考えて頂戴」

 

「友希那、このケーキ美味しいよ、はい」

 

「あーん。リサにも私のを食べさせてあげる」

 

 全く、みんな自覚が足りない……仕方なくワンコにアイコンタクトで先を促す。

 

 

 

「えー、取っ掛かりは必要だと思うので、今日はこんなものを用意してみました」

 

 そう言うとワンコが紙片を一人当たり三枚配り始める。

 

「バンド名に入れたい単語を書いてね。書き終わったらこの箱に入れて、友希那さんに引いてもらうから」

 

 やるわね。これならきっと素晴らしいバンド名になるわ。

 

 

 さて私が書くのは……「歌」「リサ」「猫」あたりかしら。

 

 

「うん、入れ終わったみたいだね。では我らがリーダー取りあえず三枚お願いします」

 

「任せて頂戴」

 

 私が引いたのは……「日菜」「友希那」「薔薇乙女」の三枚。

 

「日本語の通じない紗夜さんとリサさんは正座してください」

 

「「ごめんなさい」」

 

 あ、ワンコがちょっと怒ってる。……やばっ。

 

「友希那さん『薔薇乙女』はどうします」

 

「一旦保留で」

 

「では、次は二枚お願いします」

 

「ええ」

 

 私が引いたのは「椿三十郎」「夢」の二枚。

 

「私のが当たりました!」

 

「イヴちゃんいつの間に!?」

 

「忍法変わり身の術、ニンニン」

 

「……取りあえず『椿三十郎』は無し「ちょっと待って」」

 

 私はワンコを制止すると顎に手を当て考える。

 椿……カメリア……花言葉は……気取らない優美さ……。

 

「若宮さん」

 

「は、はい……」

 

「お手柄よ、椿は採用」

 

「恐悦至極!」

 

 後は……うん、これでいくわ。

 

「決まったわ、バンド名は夢と椿で『Yumelia(ゆめりあ)』よ!」

 

「やったね、友希那」

 

「流石は湊さんですね」

 

「友希那さん、超っカッコイイ!」

 

 三人の評判は上々ね、後の二人は……携帯とスマホを見て険しい顔をしている。

 

「……ちょっとこれは」

 

「……厳しい……ですね」

 

「どうした、の」

 

 どうやら画像検索で同名のゲームがヒットしたらしい……ずいぶん古いわね。

 ちょっと私たちのイメージとは合わない。

 

「仕方ないわね……少し考えるわ」

 

 椿は捨てがたいし……花繋がり……となると

 

「薔薇乙女から薔薇、roseを取って椿と合わせてRoselia(ろぜりあ)にしましょう」

 

 フルバージョンは「夢の為のRoselia」とすれば「夢」を捨てずに済む、かしら。

 

「……この世界線にモンスターをゲットして戦わせるゲームなんて無かった」

 

「……ロゴで印象を操作すれば……何とか」

 

 二人はまだ何か心配しているようだ。

 

「イメージ的には青い薔薇……『不可能を成し遂げるという』意味だわ」

 

「……うん、友希那さんや私たちにピッタリ」

 

「はい……いいと思います」

 

 賛意に胸を撫で下ろす。これで練習に集中できるわね。

 

 

 

 

「改めて問うわ……あなた達、Roseliaにすべてを賭ける覚悟はある?」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

湊友希那:クールな見た目とお茶目な中身。

若宮イヴ:半分はブシドーでできている。

氷川紗夜:他校の生徒にはやりたい放題。

ワンコ:今回はツッコミ枠。

白金燐子:今回はツッコミ枠。


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番外編1-2:氷川紗夜の秘密

レンタル散歩は犬種より相性が重要という事を噛まれて知りました。


 カラン、カラン

 

「いらっしゃいませ」

 

 犬カフェの扉を開けるとドアベルが鳴り、聞きなれた温かい声が出迎えてくれる。

 いつもの黒髪ショートボブに眼帯、今日は店の制服であろうキャップと犬の描かれたエプロンを身に付けている。

 

「あ、紗夜さん……と日菜ちゃん、こんにちは」

 

「こんにちは、ワンコさん」

 

「……あたしの扱い雑じゃない?」

 

「いいえ、全然」

 

 二人のやり取りに思わずに苦笑する。

 

「前に頂いた割引券を使いに来ました。日菜のアイドルオーディション合格祝いを兼ねて」

 

「おめでとうございます」

 

「ワンコちゃん、もうちょっと驚かないの?」

 

「才色兼備な上に個性的、うん、ぴったり」

 

「あ、うん……」

 

 珍しい、日菜がちょっと照れてる。

 

「一番心配なのが人間関係。平気で遅刻しそうだし、共演者にトラウマ与えそうだし」

 

「それには私も同意ですね」

 

「二人とも酷いなー……気を付けます」

 

 これ以上被害者が増えないことを祈るばかりだ。

 

 

 

「店のシステムは基本料金の他に三十分毎料金が加算されお散歩は別料金です。ワンドリンクサービスなので、お好きなものを注文してください」

 

 お散歩ができるのね……ぜひ頼まないと。

 

「……この期間限定イベントって何?」

 

「店長がテコ入れで考えた企画。今なら追加料金なしで参加できる」

 

「うーん、おねーちゃん、参加でいい?」

 

「いいわよ。あなたの合格祝いなんだから」

 

「わーい」

 

「では、そこの座布団に座って待ってて」

 

 店の奥に行くワンコさん……一瞬こちらを見たような気がしたけれど。

 

 

『第三戦隊、抜錨』

 

 

 アナウンスとともに現れた四つの影が日菜に襲い掛かる。

 

「きゃっ、ちょっと、くすぐったい!」

 

「日菜、大丈……ラフ・コリー?」

 

 襲いかかったのはラフ・コリー四頭。日菜が揉みくちゃにされている……羨ましい。

 

「Congratulations」

 

「……撫でてもいいかしら」

 

「はい、『金剛』『榛名』」

 

 ワンコちゃんの呼びかけに二頭が私の前にやってきてお腹を見せて寝そべる。

 

「それでは、失礼して」

 

 片手ずつ優しく二頭のお腹に触るとモフモフと撫でまわす……まさに愉悦。

 

「『比叡』『霧島』」

 

 呼ばれた残りの二頭も私の近くに寝そべりふわふわな毛に包囲される。時間延長決定! 

 

「……こんな楽しそうなおねーちゃん初めて見た」

 

「……うん」

 

 ひたすらスマホで私を撮影している日菜と、日菜に付いた犬の毛をコロコロで取っているワンコさんが何か言っているが、全然耳に入らなかった。

 

 

 

「素敵な体験ありがとうございました」

 

「いえいえ。こんなに喜んでいただいて、犬カフェ店員冥利に尽きます」

 

 

 あれから十二分にモフモフした後、お散歩のオプションも申し込んだ。

 私は「金剛」ちゃん、日菜は「比叡」ちゃんを連れ一時間の散歩……盆と正月が一緒に来たようね。

 途中でレオンくんを連れた──白鷺千聖──さんに会ったので、ようやくレオンくんに助けてもらったお礼を直接言えた。

 

 

「はい、犬のラテ・アート付きカフェ・ラッテ、それと私から」

 

「えっ?」

 

 注文していないカップケーキに驚いて彼女を見ると人差し指を口に当てている。

 

「あたしには無いの?」

 

「……じゃあこれで」

 

 ワンコさんはエプロンのポケットから水色のリボンでラッピングされたクッキーを取り出し日菜に押し付ける。

 

「味は期待しないで」

 

「うんうん、期待するね」

 

「ワンコさんも大変ね」

 

「そうですね。嫌いじゃないけど、苦手です」

 

「本人の前でそういう事言うかな?」

 

「陰口はたたかない主義なんで」

 

「ふふっ」

 

 仲が良いのか悪いのかよく分からない会話に思わず笑ってしまう。

 

「それとイベント参加報酬の犬のアクリルキーホルダーです。いくつか種類があるのでお好きなものをどうぞ」

 

 どれにしようか…………。

 

「……柴犬をお願いします」

 

「はい、家族思いの紗夜さんにピッタリだと思います」

 

 まっすぐなその言葉に思わず顔が火照るのを感じる。

 

「……あたしもおねーちゃんと同じのでいい?」

 

 日菜が遠慮がちに聞いてくる。その不安げな顔に過去の自分の態度を思い出し胸が痛くなる。

 

「ええ、姉妹でお揃いというのも変ではないわ」

 

「うん! るん♪ ってきた!」

 

 そっけない風を装ってはみたものの二人の笑顔が眩しい。

 

 いつの日にかもっと素直になれるのかしら?

 

 

 

 

「それでは、お二人のまたのお越しをお待ちしております」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

氷川紗夜:飼うなら犬。

氷川日菜:飼うならおねーちゃん。

ワンコ:飼われたい。


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番外編1-3:白金燐子と香辛料

R-15タグ付きなら問題ないレベル。


「あのー、そろそろ離してもらいたいかな、燐子さん」

 

「…………」

 

 ワンコさんの困惑気味の言葉を無視して、わたしは彼女の出血した指を口に含んだまま舌を這わせる。

 

 頭では今すぐ止めて謝罪しないと彼女に嫌われてしまう、と分かっていても体が言うことを聞かない。

 そんな自分が酷くおぞましいものに思えて涙が溢れる……どうしてこんなことに。

 

 

 

 事の始まりは十数分前、CiRCLEでの練習後に自室で新衣装を二人で作っていた時、彼女が不注意で指先を切ってしまったことから始まる。

 滴る赤い液体がとても魅惑的に見え、無我夢中で押し倒すような体勢のまま指先を口に含んだ。

 口内に広がるその液体の味は頭を痺れさせ、下腹部を熱くさせた。

 

 

 ……過去に二度経験した現象、一度目は彼女と閉じ込められたエレベーター、二度目は彼女の涙を拭き取ったハンカチの匂いを嗅いだ時。

 これ以上の快感をわたしは知らない、が彼女に嫌われることが確定した以上もう味わうことは出来ないだろう。

 友人関係と快感、本当はどちらの喪失を恐れているのか……もうこの頭では判断できない。

 

 

「よいしょっと」

 

「!?」

 

 

 彼女は事も無げに指先を咥えたままのわたしを抱え上げると、体勢を変え互いに向かい合うように座らせた。

 

 

「燐子さんに舐めてもらうのは嫌じゃないけど、理由は知りたいかな」

 

「……ごめん……なさい」

 

 こんな事態にもかかわらずわたしを傷つけまいと優しく接してくれる彼女に思わず指から口を離し謝罪する。

 いっそのこと罵るなり手を上げるなりすれば良いのに、と思う反面彼女ならそんなことはしないだろという打算が心のどこかにあった気がして自己嫌悪に苛まれる。

 

 

「あー、怒ってるわけじゃないから…………えいっ」

 

「ひゃん!」

 

「……お返し」

 

 わたしの汚い涙を舐め取り、少し頬を染めた彼女の悪戯っぽい笑みにまた新たに涙が溢れる。

 彼女なら……わたしの全て受け止めてくれるかもしれない。

 

 

 

「つまり私の体液に興奮する、と」

 

「……はい」

 

 一通りの経緯を話した後、身も蓋も無い言い方をされたが事実その通りなので素直に肯定する。

 ちなみに指の出血は既に止まっており、水で私の唾液を流した後に絆創膏を貼った。

 「燐子さんのお蔭で治りが早そう」との言葉に顔が火照るのを感じた。

 

「喜んでいいのかな?」

 

「……どうでしょう」

 

「嫌われるよりは百倍いいですよ」

 

「…………」

 

「それと、出来れば次はここにしてほしいかな?」

 

 そう言って彼女は唇を指さす……絶交を覚悟していたわたしの頭は話についていけない。

 本来ならば責められるべき場面であろう。

 

「……いいの……ですか?」

 

「時と場所を考えてくれればいつでも」

 

「では……失礼します……」

 

「うん」

 

 もう我慢できなかった。

 

 彼女の唇に自分の唇を押し付け舌を潜り込ませる。

 

 舌と舌が絡み合い彼女の熱に胸が熱くなる。

 

 混ざり合う唾液が卑猥で情熱的な音楽を奏でる。

 

 今度は幸せすぎて涙が止まらない。

 

 

「……実は人生初のディープキス」

 

「わたしは……秘密です」

 

 あまりに熱中してしまい呼吸困難になる寸前でなんとか唇を離した。

 お互いに微笑を浮かべながら息を整える。

 

「普段の落ち着いた燐子さんも素敵だけど、積極的な燐子さんもアリだと思います」

 

「わたしも……こんな自分がいるなんて、初めて知りました」

 

「これからも色々な燐子さんを見せてね」

 

 少し乱れた髪を優しくすいてくれる彼女の言葉に臆病な自分も変われそうな気がしてくる。

 

 

 

「それでは……二回目もわたしがいただきます」

 

 ……どうやらわたしの体は物足りないらしく続きを求めてしまう。

 

 

 ガタン

 

 

「……りんりん?」

 

「あこちゃん!?」

 

 物音のした方を見ると茫然とした表情のあこちゃんがいた。

 ……キスに夢中で全然気づかなかった。

 

 

「あこちゃん……これは「ずるいよ!」」

 

「あこも契約に参加させて!」

 

「……えっと、その」

 

「うん、燐子さんに任せた」

 

 助けを求めてワンコさんを見ると笑顔で丸投げされた。

 信頼の証だと思うことにしよう。

 

「あこちゃん……上級契約は高校生以上が対象だよ」

 

「そっか~、じゃあ来年絶対だからね?」

 

 ……あこちゃんだけは綺麗な心と体のまま大人になってほしいと思うのは身勝手だろうか。

 

 

 

 

「燐子さん、ちょっとお願いが一つ」

 

「……何でしょうか?」

 

 忘れ物を回収したあこちゃんを送っていくということでワンコさんも帰るとのこと。

 帰り際に耳で吐息を感じる距離でお願いをされる……また体が疼く。

 

「私の体液を精密検査出来ないかな。燐子さん達に問題が出ても困るし」

 

「そうですね。信頼できる親戚の病院に……依頼してみます」

 

「ありがとう。検査費用は絶対に払うから」

 

「……手付金、欲しいです」

 

 元々お金をもらうつもりは無かったけど彼女は納得しないだろう。

 それならばまたあの快感を味わいたい。

 わたしの意図を察した彼女はゆっくりと顔を近づける。

 

「うん、それではお口を拝借」

 

「……どうぞ」

 

 

 どうやらわたしの身も心も既に狂い咲いているようだった。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

白金燐子:本能のままにがんばりんこ。

ワンコ:扱いに困るマクガフィン。

宇田川あこ:穢れなき聖堕天使。


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本編2(シーズン1春)
本編2-1:五月の鯉の吹流し


番外編は一旦終了で本編再開です。

「R-15」「ガールズラブ」のメリットを少しでも生かしたいです。


「お、終わったわ……」

 

「お疲れ様です。採点が終わるまでユキと遊ぶなり音楽を聞くなりしていてください」

 

「……そうするわ」

 

「にゃーん」

 

 友希那さんはゾンビのようにふらふらと立ち上がると、勉強中はケージに入れておいたユキを出し、棒の先端に羽のついた玩具で遊び始める。

 ご厚意で自室を貰えた私だったが友希那さんの勉強を見たりユキと遊んだりと、結局友希那さんの部屋にいる方が多い気がする。

 

「丸、丸、丸っと……大丈夫そうですね」

 

「当然ね」

 

「これで一年生で習った範囲は大丈夫ですね。次は二年生の範囲です」

 

「……今日はここまでにしない?」

 

「そうですね。これ以上続けたらまた悪夢にうなされた友希那さんが私の布団に潜り込んできそうですし」

 

「忘れなさい……それと一つ聞いてもいい?」

 

 いつになく真剣な表情の友希那さん、一体何を聞かれるのだろう?

 

 

「なんで家の中でずっと体操着なの?」

 

 

 

 

「全部焼けてしまったので、特待生特権をフル活用して制服と体操着とジャージを多めに手配してもらいました」

 

「どうりで外出時はいつも制服だったわけね。てっきりキャラ付けかと思ってたわ」

 

「誰へのアピールですか」

 

「とりあえず家の中で体操着は止めなさい。食事中に一人だけ体操着とか虐待にしか見えないわ」

 

「……そう言われるとそうですね。でも代わりに着る服が」

 

「仕方がないわね……私のお古をあげるわ」

 

「ありがとうございます」

 

 ちなみに友希那さんから貰ったの部屋着はシンプルなTシャツやスカートだったが……。

 

「似合ってるわ、そのパジャマ」

 

「衝動買いしたけど自分で着る勇気のなかったやつですよね……この猫の着ぐるみパジャマ」

 

 猫耳フードと猫しっぽの付いたフワフワなパジャマ。

 友希那さんの猫スイッチが入ってしまったようで全身を撫で回される。

 貰った手前抵抗できない……たまにユキがぐったりしている事があるが気持ちがよく理解できた。

 

 ……終わりが見えないので携帯で助けを。

 

「リサさん……友希那さんが危険『ツーツーツー』」

 

「友希那、大丈夫!」

 

 窓が開いてリサさん即参上……流石に早過ぎ。

 

「ええ、問題ないわ」

 

「ワンコがぐったりしてるんだけど」

 

「……気付かなかったわ」

 

 気付いてください。

 

 

 

「私服全滅か~、今度買いに行こっか?」

 

 友希那さんから引き剥がされた私はリサさんに膝枕され頭を撫でられている。

 

「服なら私が選んであげる」

 

 私を取り上げられた友希那さんは代わりにユキを膝の上に乗せ撫でている。

 

「……動きやすくてあまり高くないのでお願いします」

 

 着せ替え人形にされそうな予感しかしないので気休めに予防線を張る。

 

「Roselia全員で最高の服を選ぶわよ」

 

 あ、他の三人も呼ぶ気だ……大人しく練習してて。

 

 

 

 

「以上、Afterglowでした!」

 

 以前貰ったチケットで来たAfterglowのライブ……凄かった。

 Roseliaとは全然違うが感情の昂ぶりは勝るとも劣らない。

 ちなみに差し入れはやまぶきベーカリーのパンの詰め合わせを受付の月島さんに渡した。

 

 一人最後まで余韻に浸っていたらAfterglowの面々がやってきた。

 

「来てくれてありがとうございます」

 

「すごく、良かった」

 

 私の言葉に満面の笑みを浮かべる蘭ちゃん、思わずその手を取って私の左胸に当てる。

 

「まだドキドキしてるの、分かる?」

 

「あ、はい……」

 

 耳まで真っ赤に……照れたのかな?

 

 

 

「ワンコ先輩、服の趣味変えました?」

 

「あー、燃えちゃったんで友希那さん達に選んでもらった。変かな?」

 

 今日の恰好はフリルの付いた白いブラウスと黒のダブルスカート、それとタイツ。

 その場でくるっと回ってみる……この生地のスカートをフワッとさせるのは難しい。

 

「いつものファストファッション中心のコーデとは大分違うので……でも今のも似合ってますよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 選んでくれた人達が褒められたようで嬉しくなる。

 

 

「うわ、確実にすれ違ってるよ~」

 

「蘭……」

 

 

 

「これから打ち上げも兼ねてみんなでスーパー銭湯行くんですけど、ワンコ先輩も一緒にどうですか?」

 

「お邪魔じゃない? それに……」

 

「防水眼帯おっけー」

 

「ラッシュガード貸出してます」

 

「先輩、覚悟を決めましょうよ!」

 

 ……Afterglowの結束の固さを見せつけられた。

 

『ちょっと帰りは遅くなりそうです』

 

『わかったわ』

 

 一応友希那さんにメール、特に詮索されなくて肩すかし。

 まあ面倒事は無い方が良いよね。

 

 

 

 

「あら、美竹さん奇遇ね」

 

「湊さん……」

 

 油断した途端これですか。

 スーパー銭湯前でRoselia御一行とばったり、Afterglowの面々を見ると顔を逸らすモカちゃん、巴ちゃん、つぐみちゃん。

 Afterglowの結束とは。

 

「Roseliaに馴れ合いは要らないんじゃ?」

 

「バンドメンバーのフィジカルに気を使うのはリーダーの務めよ」

 

「うちのひまりを馬鹿にしないでもらえますか?」

 

「え、私に飛び火!?」

 

 ……火花散らしてるし、競うのはステージ上だけにして。

 

「他の人にも迷惑なのでこのまま続けるなら帰りますよ?」

 

「「ごめんなさい」」

 

「……じゃあみんなで入りますか」

 

 胃が痛くなりそう。

 

 

 

 

「あら、その背中」

 

「ああ、そういえば友希那さんには初披露でしたね。体育の時はトイレで着替えてましたし」

 

 背中に広がる火傷の痕、まあ覚えていないので特に感慨はないが見る方は気持ちのいいものではないだろう。

 

「ひゃん! ……なんで舐めるんですか?」

 

「……何となくよ」

 

「ちょ、湊さんずるいです! あたしも!」

 

「蘭ちゃんまで何言ってるの? リサさん、モカちゃん、何とかして」

 

「アタシは友希那が幸せなら……」

 

「モカちゃんも同じかなー」

 

 駄目だ、当てにならない。

 他の人はどうだろう。

 

 

「紗夜さん、今日はお背中流しますね」

 

「ではお返しに羽沢さんの前を流しますね」

 

「……そういう事は二人きりの時にお願いします」

 

 

「あこも大きくなったな~」

 

「高校生になったらおねーちゃんに追いつけるかな?」

 

「あこならアタシよりも大きくなれるぞ」

 

 

「水の中っていいですよね~、燐子さん」

 

「……分かります、上原さん」

 

「この手の話題が出来る人って貴重ですね♪」

 

 

 他のペアは和気あいあいの模様。

 どうしてこうなった。

 

 

 

「折角だから勝負をして勝った方がワンコに一つ言うことを聞いてもらうのはどうかしら?」

 

「望むところです」

 

「…………」

 

「何よ、その目は?」

 

「いや……友希那さんって我儘なんだか律儀なんだか」

 

「うるさいわね」

 

「?」

 

 蘭ちゃんは分かって無さそうだけど……って、結局損をするのは私か。

 そもそも銭湯勝負って何?

 

 

 改めて見回すと……私とは違ってみんな綺麗な体。

 アレの大きさはパッと見

 

 特:燐子さん、ひまりちゃん

 大:リサさん

 普:友希那さん、紗夜さん、巴ちゃん

 小:蘭ちゃん、モカちゃん、つぐみちゃん

 微:あこちゃん、私

 

「あこちゃん、ずっと友達だよ」

「ワンコ先輩……」

 

 

 

「電気風呂、サウナ、水風呂に長く入っていた方が勝ちよ」

 

「分かりました」

 

 体を洗って二人ともやる気満々、もはや何も言うまい。

 

 

「まずは電気風呂に入りますか」

 

 三人で並んでそれぞれの電気風呂に入る。

 段差に腰を下ろすと両側の電極版から電気が流れる仕組みか。

 ピリピリとした刺激が血行を促進させてくれる気がする。

 

「うん、気持ちいいね……え?」

 

 左右の二人を見ると頬を上気させ、歯を食いしばり、必死に何かと戦っている模様。

 

「んっ……そ、そうね……んんっ!」

 

「もう……ちょっと……強くても……んっ!」

 

「いや、どう見ても異常だけど。体調不良なんじゃない?」

 

 私の言葉に二人はふるふると首を横に振る。

 もはや言葉を返す余裕もなく呼吸も次第に荒くなっていく。

 それでも決して立ち上がることはなく互いに潤んだ瞳で睨み合う様はある種の美しさを感じる。

 ……いや感じてる場合じゃないだろ。

 

「リサさん、モカちゃん、ちょっと二人を休ませてあげて」

 

 遠巻きに眺めていた二人を呼んで限界寸前の二人を託す。

 心得たようにタオルを巻きつけ脱衣所の方に去っていく……まあ何とかなるだろ。

 

「……ワンコさん」

 

「どうしたの?」

 

 すっと近づいてきた燐子さんが耳元に口を近づける。

 

「……お二人とも火傷痕を」

 

「ばっちり舐めてましたね……これでもしサウナにでも入ったら」

 

「いいデータが取れるかも……知れません」

 

 燐子さんの意外な発言にドキッとする。

 

「半分……冗談です」

 

「半分本気なんですね……まあ最悪気絶させてでも」

 

 

「待たせたわね」「お待たせしました」

 

 まだ多少赤みは残るもののスッキリとした表情の二人が帰ってきた、早いね。

 むしろリサさんとモカちゃんが戻ってきていないのが気になる。

 

「次のサウナで決着を付けましょう」

 

「負けませんよ」

 

 仲良いね君達。

 

 

 

 

「どう見ても堅気じゃない光景」

 

「そうかしら?」「そうですか?」

 

 サウナに眼帯+ラッシュガードだけでも目立つのに両隣の二人とも腕を組むのだから完全に危ない人。

 他の人が逃げて行ってしまったので三人で貸切状態。

 通報されないといいけど。

 

「そう言えば何でそんなにワンコを慕ってるのかしら?」

 

「うん、私もそれは不思議」

 

「……ワンコ先輩はあたしを暗闇の中から救ってくれました」

 

 蘭ちゃんはじっと私の目を見つめてくる。

 

「で、具体的には」

 

「車を避けたらマンホールの蓋が開いていて落ちました」

 

「えっ……」

 

「そのまま気付かれずに蓋を閉められ、数時間後にワンコ先輩に見つけてもらいました。笑いますか?」

 

「そんなわけないじゃない! 大丈夫だったの!?」

 

「えっ……いや、半年以上前の話ですし」

 

「そう、それは良かったわ」

 

 蘭ちゃんの手を取って微笑む友希那さん、少し涙ぐんでる。

 ちなみに見つけたのは私じゃなくてレオンくん、マンホールを開けたのは工事の人。

 他の四人が探し回っているのをレオンくんの散歩中に見かけて協力を申し出た。

 レオンくんの嗅覚である程度絞れたので、後は可能性のありそうな側溝の蓋を開け、マンホールを叩き耳を当て確認した。

 ……よく見つかったね。

 

「……ワンコ先輩、湊さんってこんなキャラでしたっけ?」

 

「今まで内に秘めてた感情が時々出てくるようになったんで。基本純粋ないい人」

 

「…………」

 

 さらに赤くなってそっぽを向く友希那さん、可愛い。

 

「そもそも勝負なんてしなくても友希那さんの言うことは全部聞くのに」

 

「えっ、じゃあどうしてわざわざ?」

 

「……想像にお任せするわ」

 

「意気地なし」

 

「ワンコ、何か言った?」

 

「いえ。そう言えば蘭ちゃん、前にRoseliaと対バンライブやりたいって言ってたよね?」

 

「えっ!?」

 

 友希那さんに分からないように蘭ちゃんにアイコンタクト。

 

「そ、そうですね。機会があれば」

 

「負けないわ」

 

 友希那さん、反応早い。

 

「私も負けませんから」

 

 うん、サウナの温度がさらに上昇した気がする。

 ……今のところさっきみたいな変な空気にはなっていないので一安心。

 

 

 

 

「ふう……フルーツ牛乳が美味しい」

 

 割と限界だったのでサウナ勝負は引き分けにして外に出たら他のメンバーは既に上がっていた。

 腹いせ、というわけではないがフラフラな二人だけに飲み物を奢る。

 

「二人ともコーヒー牛乳でいいんだ」

 

「そうね」

 

「まあ、たまには」

 

 ……フルーツ牛乳美味しいのに。

 

「そう言えばこの場合勝負はどちらの勝ちかしら?」

 

「引き分けでいいんじゃないですか? こうして奢ってもらっただけで十分ありがたいですし」

 

「意外に無欲ね」

 

「……ちょっと引っかかる言い方ですね」

 

「てっきりワンコ一日レンタル権とか言うと思ったわ」

 

「あっ!」

 

 蘭ちゃん、その手があったかなんて顔しないで。

 

「次の対バンライブで決着を付けます」

 

「ええ、望むところよ」

 

 ……モチベーションが上がってなにより。

 

 

 

 

「友希那さん、強引に私を引き取ったこと気にしてるんですか?」

 

「何のことかしら」

 

 スーパー銭湯からの帰り道、サウナで聞けなかったことを聞いてみる、が答える気はなさそうだ。

 

「経緯はどうあれ友希那さんと一緒にいられる今は幸せですよ」

 

「……そう、それは良かったわね」

 

「うん、すごく良い」

 

 繋いだ手は振りほどかれることもなく強く握り返してくれた。

 全く……不器用で素直じゃなくて放っておけない、素敵なご主人様だ。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

ワンコ:液漏れ注意。

美竹蘭:真っ向勝負。

青葉モカ:バイト中にポロっと。

宇田川巴:家でポロっと。

羽沢つぐみ:入浴中にポロっと。


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本編2-2:総領の甚六

UA3,800&お気に入り40件突破ありがとうございます。


「友希那さん、朝ですよ」

 

「にゃー」

 

「ん……後五分……」

 

 最近恒例になった朝の友希那さん起こし……私が揺すっても、ユキが頬をペシペシ叩いても中々起きない。

 後五分発言を無視して掛布団を無理やり剥がす、が体を丸めて寝続けようとする。

 呆れたような顔でこっちを見るユキとその寝姿を見比べるとどっちが飼い主か分からなくなりそう。

 それにしても……幸せそうな寝顔。

 

「それなら」

 

 ちょっとした悪戯心が湧いてきて、友希那さんの少し開いた唇の間に人差し指を当てる。

 

「……はむ」

 

 予想通りに口に含むとチュウチュウと吸い始める……完全に子猫。

 しばらくするといくら吸っても何も出てこない違和感からか、友希那さんの目が開き始める。

 

「おはようございます」

 

「……おはよう」

 

 完全に覚醒したのを見計らって挨拶をすると、吸っていて私の指を離し少しばつが悪い顔で挨拶を返してきた。

 

「朝ごはん出来てますよ」

 

「ええ、すぐ行くわ」

 

 うん、いつも友希那さんだ。

 

 

 

「ワンコ」

 

「はい」

 

 醤油。

 

「ワンコ」

 

「はい」

 

 ご飯お茶碗半分。

 

「ワンコ」

 

「はい」

 

 緑茶。

 

「……ワンコちゃん、よく分かるわね」

 

「まるで夫婦だな……痛っ」

 

「ふん」

 

「駄目ですよ、お父様の足を踏んでは。あ、ご飯粒ついてます」

 

 友希那さんの頬についたご飯粒を取るとそのまま自分の口に入れる。

 食べ物は大事にしないと。

 

「お母様に教えてもらった湊家秘伝の肉じゃがどうでした?」

 

「悪くないわね」

 

「♪」

 

 中々の好感触、次も頑張らないと。

 

 

 

 

「じゃあ、このお弁当もワンコさんの手作りなんですね」

 

「うん、麻弥さんもよかったらどうぞ」

 

「あたし卵焼き!」

 

「日菜、それは私のよ」

 

「中身は同じなんだから、友希那は自分のお弁当を食べようよ」

 

 最近昼休みに日菜ちゃんが入り浸るようになって大分賑やかになった。

 机と椅子を借りているクラスメイトに軽く謝罪したら「面白いから大丈夫だよ」とのこと、面白いかな?

 友希那さん、リサさん、麻弥さん、日菜ちゃん……確かに個性豊かな面々。

 

「そう言えば麻弥さんもPastel*Palettesの正式なメンバーになったんでしたっけ? おめでとうございます」

 

「ありがとうございます。……実際は千聖さんに強引に」

 

「麻弥ちゃんの演奏、るん♪ってきたよ」

 

「日菜ちゃんがそう言うなら問題ないでしょう」

 

「フヘヘ」

 

 バイト関係で面識のある千聖さんとイヴちゃんを含めると知り合いにアイドルが四人。

 生き馬の目を抜くような業界で働くのは尊敬する。

 隻眼ジョークではないよ?

 

 

 

「そう言えばそろそろ体育祭の種目決めですね」

 

「中間テストの次の週とか忙しないよねー」

 

「花女との合同開催だから、天気の変わりやすい秋は避けて梅雨入り前にしたんだって」

 

「ワンコは何にするのかしら?」

 

「パン食い競争で」

 

 今年のパンはやまぶきベーカリー提供だと聞いたから譲れない。

 

「学園・学年別の全六チーム対抗だから皆さん同じチームで良かったですね」

 

「日菜ちゃんを敵に回すのは面倒だから助かる」

 

「あたしはどっちでも良いけどね」

 

「花女にも『星のカリスマ』『とびだせエゴサーチ』『笑顔の波状攻撃』とかいるみたいだね」

 

 ……凄いんだか凄くないんだか。

 

 

 

「湊さん、ちょっとお願いがあるんですけど」

 

「何かしら?」

 

 昼食を食べ終わって談笑していた時、クラスメイトが友希那さんに話しかけてきた。

 四月と比べると私達以外との会話が増えて自分のことのように嬉しい。

 

「体育祭でチアに加わって欲しいのですが」

 

「私が? ワンコの方が適任じゃないかしら」

 

「当日はちょっと生徒会の手伝いがちょこちょこ入る予定なので」

 

 ツグりすぎて倒れられても困るし手は尽くす。

 友希那さんのチア衣装か……すごく見たい。

 リサさんの方を見ると微かに頷く、思いは同じようだ。

 

「友希那もやろうよ。アタシもやる予定だし」

 

「リサ……飛んだり跳ねたり回転したりは出来ないわよ?」

 

「あ、そこまでガチじゃないんで大丈夫です」

 

「そう、ならやらせていただくわ」

 

「ありがとうございます!」

 

 笑顔でお礼を言うクラスメイトにちょっと照れた様子の友希那さん。

 リサさんナイスアシスト、麻弥さんにお願いして当日の友希那さんベストショットを進呈しよう。

 ……まあその前に中間テストなんですけどね。

 

 

 

「あ、さっきは友希那さんを誘ってくれてありがとう」

 

 友希那さんがいないのを見計らって、声を掛けてくれたクラスメイトに感謝の言葉を伝える。

 

「いえいえ。私達非公式ファンクラブとしては当然のことです」

 

 ……さらっと凄い事実を聞かされた気がする。

 

「去年は話しかけられるような雰囲気じゃなかったので、ワンコさんには感謝しかありません」

 

「そうなんだ」

 

「今では肩書が『孤高の歌姫』から『愉快な仲間に囲まれた歌姫』に、おっと失礼」

 

「そこは事実っぽいので大丈夫」

 

「それと、あくまでも見守るだけなのでご安心を」

 

「うん、法に触れない範囲で頑張ってね」

 

 ……友希那さんは人気者だな。

 

 

 

 

 放課後、今日はRoseliaの方は特にないのでそのままバイト先の流星堂へ向かう。

 二、三ヶ月に一回程度呼ばれるが実入りはかなり良い。

 

「あ、ワンコ先輩」

 

「ん、有咲ちゃん」

 

 呼ばれて振り返るとバイトの依頼主のお孫さんである有咲ちゃん、と他四名……沙綾ちゃんもいる。

 

「今日はよろしくお願いします」

 

「うん、こちらこそ」

 

「有咲この人は?」

 

「ワンコ先輩。今日うちの商品のお手入れをしてくれる人だから、失礼なことすんじゃねーぞ」

 

「はーい。うーん、いい匂い」

 

「そう? ありがと」

 

「って、言ってるそばから抱きついてんじゃねーよ!」

 

「私もー」

 

「有咲ちゃんのお友達は可愛い子が多いね」

 

 続いて抱きついてきた子はSPACEでバイトしていたような。

 とりあえず二人とも頭を撫でておく。

 

「おたえちゃんまで……私も続いた方がいいのかな?」

 

「収集が付かなくなるから、りみりんはそのままでいいかな。……ワンコさん、この前は母さんのことありがとうございました」

 

「人の体調を見抜くのは得意だからね。その後は問題ない?」

 

「はい……あの後家族でよく話し合って、一人で無理せずみんなで支え合うという結論になりました」

 

「うん、純君も紗南ちゃんも成長したしね。私も必要になったら呼んでね」

 

「ありがとうございます。あとお蔭様でこの五人でバンドを始めました」

 

 そこで一旦言葉を切ると五人は手を繋ぎ呼吸を合わせる。

 

 

『Poppin'Partyです!』

 

 

「有咲ちゃんにこんなにたくさん友達が出来た上に、バンドを始めるとか長生きはしてみるもの」

 

「一年しか変わりませんよね!?」

 

 相変わらずいいツッコミをしてくれる……求むツッコミ要員。

 

 

 

「にゃーん」

 

「ん?」

 

 六人連れだって流星堂へ向かっていると塀の上から黒猫に呼ばれる。

 

「おいで」

 

「にゃん」

 

 私の言葉を理解したのか黒猫は差し出した両手の上に乗ると、すぐに地面に下りこちらを一瞥した後走り去っていった。

 シャイなのかな?

 

「で、友希那さんは何で塀の上にいるんですか?」

 

「……にゃーん」

 

 大方黒猫を追いかけて戻るに戻れなくなったのだろう。

 愉快な(仲間に囲まれた)歌姫が塀の上で無表情を装って鳴いていた。

 

 

 

「手間を掛けたわね」

 

「お転婆も程々にしてくださいね」

 

 流石に手で受けるわけにもいかなかったので、靴を脱いで私の肩を階段代わりに下りてもらう。

 Poppin'Partyの面々の興味と困惑が入り混じった表情が辛い。

 

「Roseliaの友希那先輩ですよね?」

 

「ええ、そうよ。あなたは?」

 

「Poppin'Partyの戸山香澄です。この後時間があれば、私達の演奏を聞いてもらえませんか?」

 

「ちょまま!?」

 

 有咲ちゃんの表情がやばい。

 

「構わないわ」

 

「やったぁ」

 

「ただし……聞く価値が無いと判断した時点で帰らせていただくわ」

 

 ちょっと胃が痛くなってきた。

 

 

 

 演奏場所である蔵の地下へ向かった六人と別れ、有咲ちゃんの祖母の万実さんと蔵の二階にある隠し部屋に向かう。

 

「お願いしますね」

 

「はい」

 

 部屋に置かれているのは何十本もの日本刀。

 作業の支障にならないように上着を脱ぎ、ネクタイを外し、腕時計を外す。

 口に唾対策の和紙を咥え作業に取り掛かる。

 簡単に言えば日本刀を柄から外し、古い油を拭き取り、錆を落とし、新しい油を塗り柄に戻す。

 比較的新しい刀は問題ないけれど、実際に人を何十人と斬ってきた刀は事情が異なる。

 手にしただけで総毛立つ、冷や汗が止まらない、手が震える、最悪の場合は……。

 一本お手入れをしただけで疲労感が。

 涎と汗でぐしゃぐしゃになった和紙を新しいものと替え、タオルで汗をぬぐい再開する。

 

 

「お疲れ様。お茶とお菓子を用意したから、下の子達と休憩でもどうかしら?」

 

「ありがとうございます」

 

 半分くらい終わったところで休憩の声が掛かる。

 気が付けば二時間程度経っていたが、演奏組は大丈夫だろうか?

 

 

 

「休憩だよ、ってこれは酷い」

 

 お茶とお菓子を持って地下への階段を下りていくと、そこにはぐったりしているPoppin'Partyの面々と普段通りの友希那さん。

 ……薄々そんな気はしていた。

 

「ワンコ、ちょっと外の空気を吸ってくるから後はよろしく」

 

「うん、任された」

 

 友希那さんが出て行ってしまったので、とりあえず紅茶を注ぎケーキをお皿に移す。

 

「はい、お好きなものを、ってそれどころじゃないか」

 

「……今の私達の演奏……全然駄目……だって」

 

 嗚咽を漏らす香澄ちゃん、思わず抱きしめる。

 ゆっくり背中をさすりながら落ち着くのを待つ。

 

「『今は』、でしょ?」

 

「えっ」

 

 弾かれたように顔を上げる香澄ちゃんに笑いかける。

 

「あの友希那さんを二時間帰らせなかったなんて凄いよ」

 

 私の言葉に他の四人も顔を上げ他の仲間と見合わせる。

 友希那さんの足りない言葉を推測して埋め、真意を掴みとれ。

 頷き合う五人、そして香澄ちゃんが立ち上がる。

 

「私、友希那先輩を呼んでくるね。みんなでお茶したら再開しよ」

 

 言うが早いか階段を駆け上がっていく。

 

「言われっぱなしってのも悔しいしね」

 

 沙綾ちゃんの苦笑混じりの言葉に頷く三人、花女の一年も中々やりそうだ。

 

 

 

「友希那先輩連れてきました!」

 

「ワンコ、私の分の紅茶を入れなさい」

 

「はいはい」

 

 この場はもう大丈夫そうだし、私も休憩したら残りを頑張りますか。

 

 

 

『ありがとうございました!』

 

 五人の感謝の言葉に手を振り流星堂を後にする。

 結局、あの後二時間お手入れも練習も続きもう辺りは真っ暗だ。

 最後の一曲だけ聞かせてもらったが、みんな疲れ果てているのにもかかわらず、元気を貰えたようなワクワクする何かを感じた。

 友希那さんの感性に脱帽する。

 

「何よ、その笑顔は?」

 

「友希那さんは凄いな、って」

 

「音楽に対して妥協しないだけよ」

 

「……流石に今回みたいなのは私かリサさんがいる時だけにしてくださいよ?」

 

「悪かったわね」

 

 微妙に気にしているところが友希那さんらしい。

 

「お疲れ様、と抱きつきたいところなんですが、今日は下着まで汗まみれなので」

 

「つまらないことを気にするわね」

 

 そう言うと友希那さんの方から抱きついてくる。

 首筋に顔を近づけると嗅ぎだした。

 

「ユキの肉球の匂いの次くらいには好きになりそうな匂いね」

 

「……照れます」

 

 不意打ちとはずるい。

 ドキドキさせてまた汗をかかせるなんて、酷いご主人様だ。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

ワンコ:何もないところを見る癖がある。

湊友希那:言葉が微妙に足りない。

非公式ファンクラブ会長:一大勢力「茨の園」を運営。

戸山香澄:安定の立ち直り力。

市ヶ谷有咲&花園たえ&牛込りみ&山吹沙綾:SPACEのオーディションに向けて猛特訓。


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本編2-3:七歩の才

UA4,500&お気に入り45件突破ありがとうございます。


「ワンコちゃん、良い物あげようか?」

 

「良い物?」

 

 いつもの面々での昼食時、日菜ちゃんからそんな言葉を掛けられる。

 そちらの方を見ればチケットらしきもの数枚をヒラヒラとさせている。

 ……嫌な予感しかしない。

 

「今度のPastel*Palettesのライブなんだけど、Roseliaのみんなでどうかな?」

 

「そういうのは友希那さんに聞いて」

 

 リーダーが目の間にいるのに余計な波風は立てないでほしい。

 

「ええっと……その……」

 

「私は別に商業バンドの全てを否定するつもりはないわ」

 

 お父様の過去の件は一応折り合いが付いているようでなにより。

 

「そう言えばこの前の合同ライブはヒナ達パスパレは不参加だったね」

 

「事務所の許可がねー」

 

 リサさんの言う合同ライブとは本来はRoseliaとAfterglowとの対バンだったもの。

 それが、どこからか噂を聞きつけたPoppin'Partyやらハロー、ハッピーワールド!やらGlitter*GreenやらCHiSPAやらが加わって凄く大掛かりなものに。

 ポピパの急成長やグリグリの完成度も凄かったが、一番印象的だったのはハロハピのミッシェル……ガールズバンドの深淵を垣間見た気がした。

 パスパレは事務所の許可が下りずに断念した模様。

 

「麻弥さんのドラム聞きそこないましたね」

 

「ジブンの音、是非聞いてもらいたいです」

 

 好きか嫌いか位しか判断できないけど。

 

「アタシも千聖のベース生で聞きたいな」

 

 流石空気の読めるリサさんの援護射撃。

 

「そうね……Roseliaにとってもいい刺激が貰えるかもしれないわね」

 

「それじゃあ!」

 

「その前に本心を言いなさい。大方想像は付くけど直接聞きたいわ」

 

「あはは、流石に言わなきゃだめか」

 

 友希那さんの言葉に微笑を浮かべる日菜ちゃん。

 

「……おねーちゃんに私のステージを観てほしいから」

 

「結構、Roselia全員で参加させてもらうわ」

 

 回答がお気に召したようで友希那さんの口元には笑みが浮かぶ。

 反対する気は微塵もないけど、紗夜さんをどうやって説得しようか悩む。

 そもそも日菜ちゃんが直接誘っても断らないような気がするが……。

 

 

 

 

「はぁ……日菜ったら湊さん達まで巻き込むなんて」

 

「出来ればRoselia全員で行きたいのだけれど」

 

「紗夜、お願い!」

 

 練習後、友希那さん&リサさんのストレートな誘いに頭を抱える紗夜さん、ちょっと可愛い。

 

「アイドルのライブって興奮するね、りんりん!」

 

「うん……人混みはちょっと不安だけど」

 

「日菜ちゃんに周りに人が少ない場所をお願いしてみますか」

 

 これで後は紗夜さんだけか。

 多分大丈夫だとは思うけど駄目押しをしておこう。

 

「紗夜さん前に言いましたよね『何かあったら力になってあげてください』って」

 

「ええ、まあ……」

 

「そういうわけでお互い責任を取りましょうか」

 

「はあ……仕方ありませんね」

 

 言葉とは裏腹に表情は晴れやか。

 

「ところでアイドルのライブって何を準備すればいいのかしら?」

 

 友希那さん、割と興味津々な模様。

 

「いつもライブする方だからねー」

 

「パスパレ専用のサイリウム……今、注文しました」

 

「じゃあ私と燐子さんで法被でも作りますか」

 

「振り付けとか掛け声も覚えないといけませんね」

 

「りんりんの家で練習ですね!」

 

「Roseliaの名にかけて半端な応援はしないわよ」

 

 ……どんどん大事になっている感が。

 ノリと演奏技術に定評のあるRoseliaスタイル。

 

 

 

 

「ライブ凄かったですね!」

 

「……ええ、そうね」

 

 興奮さめやらない私の言葉に歯切れの悪い返事を返す友希那さん、他のメンバーもちょっと雰囲気が暗い。

 まあ、まさかのスーツを着た偉そうな人に囲まれた関係者席……とても立っての応援はできない雰囲気。

 法被姿の六人組は浮いてるってレベルじゃなかった。

 背中の刺繍も深夜のノリでつい……ね。

 

『エゴサーチ・アンド・デストロイ』

『武士道覚悟完了』

『スマイル鉄仮面』

『大鑑巨砲主義』

『日菜は私の妹』

『パステルシャウト』

 

 燐子さん指導の下、細部まで拘った珠玉の法被。

 ……裏方の私はお揃いの衣装を着ることが無いので密かに嬉しかったり。

 

 

「Roseliaの方ですね。パスパレがお会いしたいということで会議室の方でお待ちいただけますか?」

 

「ええ、分かりました」

 

 日菜ちゃんが手を回してくれたのかな。

 さっきまでステージ上で輝いていた彼女達にすぐ会えるなんてちょっと不思議な感覚、二名ほど毎日会ってるけど。

 

 

 

 

「こちらでお待ちください」

 

「ありがとうございます」

 

 スタッフさんに案内されてたどり着いた会議室は割と広めで、椅子や机が端に並んでいた。

 とりあえず椅子に座りパスパレを待つ。

 

「……軽く反省会でもやりましょう」

 

「そうですね」

 

 突然の友希那さんの発言に紗夜さんが同意する。

 キリッとしたRoseliaモード(命名:私)に入ったらしい。

 

「あこ、最初はあなたよ」

 

「は、はい。悔しいですけど今はまだまやさんのドラムの方が上だと思いました」

 

「そうね。パスパレに入る前は、スタジオミュージシャンとして一線で活躍してきた彼女の演奏技術は恐るべきものね」

 

「でも必ず追い抜いてみせます!」

 

「ええ、期待しているわ」

 

 あー、さっきの暗い雰囲気はパスパレと比較してのことだったか。

 一人だけはしゃいでいたようでばつが悪い。

 その後もリサさん、燐子さん、紗夜さん、友希那さんと反省会は続く。

 やはりみんな演奏技術が気になるようだ。

 

「最後に一人だけ純粋に楽しんでいたワンコ、何か意見はある?」

 

 微妙に言葉にトゲが。

 今まで見聞きしてきたものを思い浮かべ慎重に言葉を選ぶ。

 

「…………今日はRoseliaが今までやったライブの最大動員人数の十倍以上、今のままだと全員は満足させられない、かな?」

 

「っ! ……続けなさい」

 

 メンバー(主に友希那さんと紗夜さん)からの視線がちょっと痛い。

 今まで苦言を呈する機会なんて無かったししょうがない。

 

「さっきちょっと回ってきたけど、席によってはかなり遠いし見えづらい。それでもライブ中パスパレは可能な限り全員を見てた。楽しませようとしてた」

 

 私の言葉に驚きの表情を浮かべる面々。

 多分、間違ってない、自信を持って続けろと自分に言い聞かせる。

 

「プロのパスパレはお客さんを満足させるのが大前提だけど、アマだからといって私達のRoseliaが満足させられないのは嫌……かな」

 

「ワンコさん……」

 

「『演奏技術だけのバンド』なんて絶対に……絶対に言われてほしくない」

 

 話していて段々感情が昂っていくのを感じる。

 ああ……私ってみんな、Roseliaのことがこんなに好きだったんだ。

 

 

「もういいわ……ありがとう」

 

 椅子から立ち上がり私の横へ来ると優しく頭を撫でてくれる友希那さん。

 

「驚いたわ。あなたがそこまで見ていたなんて」

 

「……伝説のバンドマンにしっかり見て来いって言われたので」

 

「!? そんな人が知り合いにいるの?」

 

「……友希那さんのお父様」

 

 私の言葉に複雑な表情を浮かべる友希那さん。

 過去のいざこざがなくても男親と娘って会話しないイメージ。

 

「あこたちもお話聞きたいよね」

 

「うん……」

 

「アタシも友希那のお父さんと音楽の話をするのは久しぶりかな」

 

「有意義なお話が聞けそうですね」

 

「なんであなた達、聞く気満々なの!?」

 

 顔を赤くして慌てる友希那さん可愛い。

 

「まあまあ、減るもんじゃないですし」

 

「私のイメージが損なわれるわよ!」

 

『え!?』

 

「……何よあなた達、その反応は」

 

『…………』

 

 思わず目を逸らす私達、正直友希那さんの最近のイメージって……。

 

「ワンコさん」「ワンコ」

 

 紗夜さんとリサさんに促される。

 もうなるようになれだ。

 

「友希那さん、ガールズバンドでお泊り会は必須」

 

「えっ?」

 

 突然の話題転換に呆気にとられた表情になる友希那さん。

 ここで畳み掛けるよ。

 

「Afterglowでもポピパでもやるとか言ってたし……馴れ合いじゃない真の絆は絶対必要」

 

「まあ……そうね」

 

「ならここはリーダーである友希那さんの家から始めるのが筋だと思う」

 

「…………一理あるわね」

 

「それに、仲間にご両親を紹介するなんて最高の信頼の証」

 

「そうなの?」

 

 友希那さんの問い掛けに他の四人は全力で頷く。

 安心の団結力。

 

「そこで良好な関係を築ければwin-win」

 

「具体的には?」

 

「友希那さんが良いメンバーに囲まれているのが分かればご両親も安心するし、私達も大人の力が必要になった時には頼れる」

 

「……はぁ、ワンコが言いたいことは分かった。お泊り会も父さんに話を聞くのも許可するわ」

 

「ありがとう♪」

 

「ただし私の小さいころの話を聞くのは絶対駄目よ……恥ずかしいから」

 

 私がしたのは鍵の掛かっていない扉を叩いて呼びかけただけ。

 だって外ではみんなが待っているから。

 

 

 

 

 コン、コン、コン。

 

 

 ドアをノックする音が聞こえみんな一斉に立ち上がる。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは私が今まで唯一面識のなかった人物。

 

「まんまるお山に彩りを! 丸山彩でーす!」

 

『………………』

 

 うん、眼前でコレをやられると反応に困る。

 

「Roseliaの湊友希那です。本日はお招きいただき、ありがとうございました」

 

 流石我らがリーダー、何事も無かったように返した。

 彩さんに続いて他のパスパレメンバーも登場。

 

「あ、おねーちゃん」

 

「日菜、お疲れ様。勉強になったわ」

 

「えへへ、褒められちゃった♪」

 

「良かったですね、ヒナさん。あ、ワンコ師匠、私の演奏はどうでしたか?」

 

「ナイスブシドー」

 

「ありがとうございます!」

 

「それ褒め言葉なんですか!?」

 

「麻弥さんお疲れ様。新たな一面に惚れ直した」

 

「フヘッ!?」

 

「……お久しぶりね、ワンコちゃん」

 

「お疲れ様です、千聖さん。って、ここでも頭撫でてきますか」

 

「当然でしょ、うふふ」

 

 もし尻尾があったら股の間に挟んでそうな圧力。

 ライブの後で気が立っているのか。

 

 

 

「日菜ちゃん、ありがとう」

 

「えへへ、調整した甲斐があったかな」

 

 満面の笑みを浮かべる日菜ちゃん。

 ……パスパレに入って人間的に成長したようでなにより。

 

「後、みんなにプレゼントがあるんだ」

 

 そう言うと布が掛けられたワゴンがRoseliaとパスパレの前に運ばれてきた。

 

「せーので布を取るよ」

 

「あ、うん」

 

 麻弥さんと彩さんの顔に微かに緊張が走るのを察知した。

 何か仕掛けてくる。

 

「「せーの」」

 

 布を取るとそこには……パイ投げ用のパイ?

 

「一度やってみたかった「遅い」」

 

 日菜ちゃんが私に向かってパイを投げるよりも早く、紗夜さんのパイが日菜ちゃんの顔面に命中していた。

 流石紗夜さん、いい読みと反応だ。

 

 

「師匠御覚悟!」

 

「うん」

 

 イヴちゃんの正確なパイを勢いを殺さないように片手で受けつつ、半円を描くようにしてお返しする。

 我流無刀取り、なんちゃって。

 

 

「友希那ちゃん、あなたとは決着を付けたいと思っていたわ」

 

「そうね、白鷺さん。どちらがワンコの真の飼い主か教えてあげるわ」

 

 不穏な会話をしつつパイを投げあう御二人だが、悲しいことに届いていなかったり見当違いな方向へ飛んで行ったり。

 

 

「いくよ、あこ」

 

「オーケー、リサ姉」

 

 リサさん&あこちゃんのダンス部コンビは麻弥さん&彩さん組のパイを華麗なステップで躱し、隙を見てパイ返しをする。

 

 

「……」

 

 燐子さんは無言でパイの飛び交う中パイを配っている。

 周りが良く見えていて即座に自分の役割を判断できるのは心強い。

 

 

 

 

「はい、終了」

 

「うん、るん♪ ってきたよ」

 

 パイを全て投げ終わったところで終了。

 最後の方は乱戦になり全員仲良くパイ塗れだ。

 私も意識の範囲外から飛んできた彩さんの山なりパイの直撃を顔面に受けた。

 もはや笑うしかない。

 

「シャワー室使えるようにしておいたから」

 

「この後仕事の打ち合わせがありますので先に使いますね」

 

『お疲れ様でした』

 

 そそくさと立ち去るパスパレのメンバー達。

 改めてアイドルって多忙なんだと感じる。

 

「結局、日菜達は何がしたかったの?」

 

「てっきり私を誘うためにRoselia全員を招待したのかと思いましたが、パイ投げの方が本命だったのかも知れませんね」

 

「……ワンコさんが指摘したRoseliaの問題点を、気付かせるためだったのかも」

 

「今度みんなで問い詰めますか、紗夜さん家でお泊り会をする時にでも」

 

「はいっ!?」

 

「そうね。ちゃんと全員の家に泊まらないと不公平よね」

 

 友希那さん、悪い顔だ。

 全員道連れにする気満々。

 

 

 

「Roseliaさん、シャワー室空きました」

 

「はーい」

 

 さて、とりあえずパイでも洗い流しますか。

 

 

 

「やられたわね」

 

「ええ」

 

 シャワー自体は問題なかったが、用意された着替えが肩丸出しのフワフワなパスパレ衣装。

 当然普通のブラだと肩紐が出るためブラも用意されていた。

 私だけ火傷を隠すためのインナー付き……気配りのベクトルがおかしい。

 

『汚れた服はクリーニング発送済みだから、その衣装で帰ってね by日菜』

 

「パイ投げで最後だと思って油断した」

 

「うちの愚妹が申し訳ありません」

 

 紗夜さん眉間に皺が。

 

「りんりんどうかな? 聖天使あこ姫」

 

「……あこちゃん、かわいい」

 

 あこちゃんもう着てるし、ポーズ取ってるし。

 

「うーん、この衣装だと友希那はツーサイドアップで、紗夜と燐子は両サイド三つ編みかな~」

 

 リサさんも何かのスイッチ入ってるし。

 今のうちに迎えをお願いしておくか。

 

 

 

「裏口に迎えの車が来たので行こう」

 

「ええ、分かったわ」

 

 友希那さんの言葉に全員の表情が引き締まる。

 車に乗りこむまで無様な姿は見せられない。

 まあ、衣装のせいで「凛々しい」というより「可愛い」だが。

 

 

 

「お迎えありがとうございます」

 

「ワンコくん、ましてや友希那の為ならお安い御用さ」

 

 当然お願いしたのは友希那さんのお父様。

 黒のハイエ□スワゴンはスモークもばっちりで覗かれる心配も少ない。

 タクシーだと二台必要になるし、外から丸見えだし。

 

「お父、父さん!?」

 

「友希那、随分可愛い格好だな」

 

「ん~~~」

 

「湊さん早く乗ってください……恥ずかしいですし」

 

 赤面している友希那さんを車内に押し込む紗夜さん、同じく顔は真っ赤だ。

 

「お久しぶりです」

 

「……失礼します」

 

「漆黒の車体、カッコイイ!」

 

 流石はハイエ□スワゴン、Roselia全員乗っても広々快適空間。

 

「それにしても……友希那のバンドがアイドル系だったなんてね」

 

「こ、これは違うの! ちょっと、ワンコもリサも笑っていないで説明しなさいよ!」

 

 車内に響き渡る黒き咆哮。

 ここまで日菜ちゃんが見越していたならなんたる慧眼。

 認識を新たにしないと。

 

 

 

 

○後日談

 

 

「水が奏でる音色のように……Roseliaの湊友希那です♪ 改良の余地ありね」

 

 うん、見なかったことにしよう。

 パスパレの衣装を着て鏡に向かって、決めポーズと決め台詞を考えている友希那さんなんて見てはいない。

 きっと私の白昼夢、狂い咲いた私の願望の欠片。




彩さんドッキリ回になる筈が何故かこのような話になりました。
次のこころ回?で本編2は終了です。

※Roseliaのパスパレ衣装画像は毒田版漫画二巻の後書きでご確認ください。

感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

ワンコ:ノリと勢いとちょっとの計算で畳みかけるブシドー。

丸山彩:全てを彩るブシドー。

氷川日菜:るるるんブシドー。

白鷺千聖:頂点を見据えたブシドー。

大和麻弥:縁の下のブシドー。

若宮イヴ:イヴシドー。


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本編2-4:傍目八目

UA5,000&お気に入り50件突破ありがとうございます。

本編2これにて終了です。


「湊さん」

 

「はい」

 

 教壇に立つ教師に呼ばれ、後ろの席の友希那さんが立ち上がる。

 月~木曜日に行われた中間テストが金曜日に一斉に返却……先生方お疲れ様。

 

「よく頑張りましたね」

 

「ありがとうございます」

 

 お、中々の好感触の模様。

 表情を盗み見ると平静を装っているものの、口元は喜びを隠しきれていない。

 昼休みが楽しみだ。

 

 

 

 

「今日は随分賑やかね」

 

「うん、確かに」

 

 いつものメンバーに加えAfterglowの面々、そしてA組の瀬田薫さんまで来ている。

 

「かのシェイクスピア曰く、――期待はあらゆる苦悩のもと」

 

「なるほど、みんな友希那さんのテストの点が気になってる、と」

 

「つまりそういうことさ」

 

「……まあいいわ、好きに見て頂戴」

 

 机の上に広げられる解答用紙……すべて平均点を超えている!

 

「友希那さん、おめでとう」

 

「やったね、友希那!」

 

「おめでとうございます!」

 

「かのシェイクスピア曰く、――運命とは、最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ」

 

 喜ぶ私とリサさんと麻弥さんと薫さん。

 

「蘭、残念だったね」

 

「別に……平気だし」

 

 ガッカリ気味のAfterglow。

 

「おねーちゃん、駄目だったよ」

 

 残念そうに電話している日菜ちゃん……相手は紗夜さんか。

 

「そもそもなんで友希那さんが平均点以上だとがっかりするの?」

 

 過半数が残念がるとかよく分からない事態。

 

「あたしは日菜さんから『平均点を取れないとワンコ先輩が湊家から追い出される』って聞きました」

 

「え、あたしはリサちーに『平均点を取れないとワンコちゃんが湊家からバーン!』って聞いたよ」

 

「アタシは友希那から『平均点を取れないとワンコの湊家での居場所が無くなる』って聞いたかな」

 

「私は『平均点を取れないとワンコの湊家での立場が無い』と言っただけよ」

 

 何この伝言ゲーム、とりあえず蘭ちゃんは責められない、日菜ちゃんはアウト。

 野良犬になった時の引き取り手がいることは喜ぼう。

 

「……友希那さん、これからもお世話になる」

 

「ええ、そのつもりよ」

 

 まあ野良犬になる気は微塵も無いけど。

 

 

 

 

「ワンコちゃんは何点だったの?」

 

「……満点は取れなかった」

 

「じゃあ私の七連勝だね♪」

 

 入学以来定期テストだと一回も日菜ちゃんに勝ててない……。

 常時満点相手とか勘弁。

 

「じゃあ何かお願いでも聞いてもらおうかな?」

 

「いやいやそんな約束してないし、先日お願い聞いたばかりだし」

 

 いきなり何を言い出すんだ、この天才にして天災にして甜菜……最後のは特に関係ないか。

 

「まあまあ、ショッピングモールで買い物に付き合ってくれればいいだけだから」

 

「……明日の土曜の夕方なら」

 

 Roseliaの練習(私は見学だけど)の後は予定が無かったはず。

 

「私も行くわ」

 

「あたしも今回のテストはそこそこ出来たのでいいですよね?」

 

 友希那さんと蘭ちゃんも妙な気迫、買いたいものでもあるのかな?

 

「だそうで」

 

「別にいいよー」

 

 あっさり許可する日菜ちゃん、相変わらず真意が読めない。

 とりあえず三人に飲み物の一杯でも御馳走すればいいかな?

 

 

 

 

「帰宅早々で悪いが、ワンコくんの事についていいかな」

 

「はい」

 

「?」

 

「にゃん?」

 

 帰宅後リビングで友希那さんとユキと寛いでいると、真剣な表情のお父様からそう告げられた。

 ダイニングに移動し居住まいを正す。

 友希那さんもお母様も同席している。

 

「申し訳ないが念の為に興信所に身辺調査をしてもらった。この通りだ」

 

 頭を下げる、お父様。

 

「お父さん!」

 

「頭を上げてください。こちらこそお手間を掛けて申し訳ございません」

 

 こちらも頭を下げる。

 軽く数十万は掛かっているだろう。

 

「本名『犬神一子(いぬがみいちこ)』、約十年前の火災により記憶喪失、天涯孤独となり施設を転々とする……君の申告以上の情報は出てこなかった」

 

「……でしょうね。私もそれなりに時間とお金を掛けましたが、不自然なほどに情報は集まりませんでした」

 

 そもそも犬神一子の名前すら辛うじて役所の記録に残っていたくらいだ。

 一体何者だ、昔の私。

 流石にここまで不審人物だと大事な友希那さんの傍に置いておくのはまずいだろう。

 次の言葉が何であれ恨みはしない。

 

「そこで提案だが……養女にならないか?」

 

「ふえぇ!?」

 

 やば、変な声出た。

 

「いやいや、流石にどこの馬の骨ともわからない人間を」

 

「こう見えても過去の苦い経験から人を見る目には自信があってね。君なら大丈夫だと思った」

 

 そう言うと、お父様は私の美徳を指折り数え始める……友希那さんの前だと凄く恥ずかしい。

 

「あなた素敵だわ」

 

「お父さん愛してる」

 

「ちょ、お二人さん!?」

 

 どこまでお人好しなんですか、湊家の人々!

 

「身元がしっかりしていた方が就職や結婚にも支障が無いだろ? 何より法的にも君を守ることが出来る」

 

「お父様……」

 

 その言葉に思わず目頭が熱くなる。

 親族不在で何度バイトの面接で落とされたことか。

 

「今すぐにとは言わないが、今年のうちには決めてほしい」

 

「はい……必ず」

 

 何年経ってもしっくりこなかった犬神姓を捨てることに躊躇いは無い。

 そう思ったが何故か胸が痛んだ。

 

 

「これで私もお姉さんね」

 

 ……友希那さんが嬉しそうなのはなにより。

 ちなみにその後の夕飯は友希那さんのテスト赤点回避と私の家族(仮)祝いということで豪勢なものになった。

 お赤飯とかいつぶりだろう。

 

 

 

 

「……今日はここまでね」

 

 友希那さんの合図で練習が終わる。

 すかさずタオルと飲み物を配る。

 

「どうだったかしら?」

 

「うん、着実に良くなってる」

 

 パスパレ見学時の反省点を踏まえ、お客さんへのアピールを考えた動きを意識する。

 気付きの切っ掛けさえあれば瞬く間にレベルアップするRoseliaは凄い。

 それだけ普段から技術の研鑽に余念が無いのだろう。

 一応気になった個所をメモした譜面を渡し片付けを手伝う。

 

 

「ワンコはこのまま行くの?」

 

「うん、友希那さんは一度お帰り?」

 

「そうよ。それじゃあ現地で」

 

 友希那さん達と別れ、一人でショッピングモールへ向かう。

 営業している店舗は映画館、雑貨屋、ファッション系諸々。

 商店街にお世話になっている身としては少々気になる、一応棲み分けは出来ているっぽいが。

 

「あれ、ワンコちゃん?」

 

「彩さん、こんにちは」

 

 パスパレのまんまるお山、もといピンク担当に声を掛けられた。

 

「彩さんはお一人?」

 

「日菜ちゃんに急に呼び出されたんだ」

 

 ……この流れは。

 

「あ、日菜ちゃんからメッセ『行けなくなったんで代わりにワンコちゃんに奢ってもらって』だって……えっ!?」

 

 その言葉に瞬時に周囲を見回すが日菜ちゃんは見つけられず、てっきり何処からか見ていると思ったが。

 

「うん、事情は分かった。後二人来たらショッピングしよ?」

 

「……そうだね」

 

 微笑を浮かべる彩さん、振り回されるのにも慣れてそうだ。

 エントランス付近の壁にもたれてしばらく時間でも潰すか。

 

「この前はごめんね。パイとか服とか」

 

「割と楽しかった。あとライブも興奮した」

 

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな」

 

「次は自分でチケット買って見に行きたい。彩さん達のライブにはそれだけの価値がある」

 

「面と向かって言われると恥ずかしいな」

 

「恥ずかしがる彩さんも可愛い」

 

「もうっ!」

 

 ちょっと本音がダダ漏れだったかも。

 アイドルになる以前から面識のあった他の四人とは違って、純粋な意味での初応援アイドルって彩さんだしね。

 去年までの私だったらアイドルに興味を持つなんて無かっただろう。

 

「ワンコ先輩♪」

 

「おっと」

 

 突然抱き着いてきたのは……香澄ちゃんか。

 相変わらず元気いっぱいだ。

 

「ちょっと香澄!」

 

「あ、蘭ちゃんも抱きつく?」

 

「え、あ、その……」

 

「あなた達騒がしいわよ」

 

 蘭ちゃんに続いて友希那さんも到着……ん?

 

「二人ともいつもより綺麗?」

 

「「!?」」

 

 化粧に気合が入っているような。

 

「別に普通よ」「いつも通りです」

 

 相変わらず息ピッタリな二人。

 

「へぇ~」

 

 彩さんは訳知り顔だ。

 

「日菜ちゃんがドタキャンしたので代打の彩さん」

 

「いぇい♪」

 

「みなさんでショッピングですか? いいなぁ」

 

「戸山さんもどうかしら?」

 

「え、いいんですか。やったぁ」

 

 私から離れると友希那さんの手を取って喜ぶ香澄ちゃん。

 香澄ちゃんには割と甘いよね、友希那さん。

 髪型が猫耳を連想させるから、という噂も。

 

「蘭ちゃん、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫です!」

 

 少しふくれっ面だった蘭ちゃんの顔を下から覗き込む。

 今度は赤くなった。

 

 

「じゃあ色々と回ろうか」

 

「ワンコ、見つけたわ!」

 

 声のした方を見上げれば――飛び降りた!?

 三階から吹き抜けを飛び降りたと思ったら着地、そして側転からの目の前停止、ピース。

 ニンジャ?

 

「あー、こころん♪」

 

「香澄! 奇遇ね」

 

 香澄ちゃんと熱い抱擁を交わす弦巻こころちゃん。

 ……今の超人的挙動に誰か突っ込んでくれないの?

 

「薫の言ってた通りね! あたしも一緒に回るわ!」

 

 助けを求めるように香澄ちゃん以外の三人を見るも目を逸らされた。

 

「うん、じゃあ他のお客さんに迷惑を掛けないように静かにね」

 

「分かったわ!」

 

 これは前途多難だ。

 

 

 

 

○アクセサリーショップ

 

 

「へー、猫耳ヘアバンドとかあるんだ。友希那先輩、どうですか?」

 

「私には似合わないわよ」

 

「怖気づいたんですか?」

 

「私付けてみる」

 

「じゃあ私も」

 

「あたしも付けるわ!」

 

「……しょうがないわね」

 

 何故か猫耳少女六人組が誕生していた。

 

「地球の未来にご奉仕するわよ!」

 

 ……取りあえず全員買う事になった。

 最初から出費が激しいが、貴重な画像が手に入ったので良しとする。

 私のガラケーでは解像度がいまいちなので、友希那さんのスマホで撮影し他の面々にも送っておく。

 スマホが欲しくなってきた。

 

 

 

○本屋

 

 

「こころちゃんはどんな本を読むの?」

 

「絵本よ! 楽しい気分になれるでしょっ?」

 

「絵本か……読んだことが無いからお勧めを教えてほしい」

 

「じゃあ、これとこれとこれね!」

 

「うっ、結構高い」

 

「それなら今度貸してあげるわ!」

 

「うん、ありがとう」

 

 そう言えば前は懐具合の関係で図書館によく通ってたけど、絵本コーナーに入ったことは無かった。

 今度行ってみるか。

 

 

「湊さんもその音楽雑誌、読んでいるんですね」

 

「ええ、必要な情報が揃っているわ」

 

「分かります」

 

 

「わ~、このスイーツ美味しそう♪」

 

「そうですね♪」

 

「今度一緒に食べに行こうか?」

 

「はい、是非!」

 

 

 

○服屋

 

 

「ワンコ先輩には次こそロック系を着てもらいます!」

 

「燐子とあこはゴスロリ系を推していたわ」

 

「ガーリー系の方が似合うと思うな~」

 

「動きやすい方がいいわ!」

 

 私よりも自分の服を選んでね。

 

「う~ん、ワンコ先輩って何を着てもそこそこ似合いますよね?」

 

「それだ」「それね」「そうね」「そうね!」

 

 香澄ちゃんの言葉に息ピッタリの反応。

 見ていて飽きないね。

 結局全系統の服を試着する羽目に。

 

 

 

○映画館

 

 

「あ、友希那先輩、今度『子猫ねこねこ』やりますよ!」

 

「そ、そのようね。気が向いたら見に行くわ」

 

「……湊さん、猫好きなのバレバレですよ」

 

「本人的に譲れない一線があるっぽい」

 

「麻弥ちゃんなんて語りだしたら止まらないのに」

 

「まあ、友希那は猫が好きなのね! 美咲達にも教えてあげなくちゃ!」

 

 ……ユキと遊んでいる時の蕩けきった顔はお見せできない。

 

 

 

○通路

 

 

「ちょっと待って」

 

 微かに聞こえる泣き声の方へ駆け出す。

 通路の陰で泣いている少女……山吹紗南ちゃん。

 

「紗南ちゃん、どうしたの?」

 

 腰を落とし優しく話しかける。

 

「ひっく……ワンコお姉ちゃん?」

 

「うん、ワンコお姉ちゃんだよ」

 

 安心させるように抱きしめる。

 

「迷子に……なっちゃった……」

 

「そっか、お姉ちゃんは一緒に来てる?」

 

「うん」

 

「じゃあ迎えに来てもらうね」

 

 なら話は早い。

 そこに他の面々も追いついてきた。

 

「ワンコ先輩、あれ、さーなん?」

 

「香澄ちゃん、沙綾ちゃんに連絡して」

 

「は、はい!」

 

 後は引き渡しておしまい。

 今のうちに涙を拭いておこう。

 ……うん、笑った顔の方が断然いい。

 

 

「美竹さん、泣き声聞こえてた? 私は全然気づかなかったわ」

 

「いいえ。よくこの雑踏の中聞き取れましたね」

 

「本当ね。これで音感さえあれば……」

 

「無いんですか?」

 

「本人曰く『音楽とは無縁の人生』だったらしく、良いか悪いかの判断しかできないそうよ」

 

「それは……勿体無いですね」

 

 後ろで盛大にため息をつかれているが気にしないでおこう。

 

 

 

○フードコート

 

 

「結構歩いたね~」

 

 彩さんの言葉に全員が頷く。

 紗南ちゃんを沙綾ちゃんに引き渡した後、食事時ということでフードコートで夕飯を取ることに。

 一応飲み物分だけは私の奢り。

 

「こうして皆さんの顔を見ると……また合同ライブしたいです!」

 

「次はパスパレも参加するよ、香澄ちゃん!」

 

「はい!」

 

「まあ、それは素敵な考えね! 友希那も蘭も参加よね!」

 

「完璧な音楽を見せるわ」

 

「いつも通りやる」

 

 何かいいよね、互いにライバルとして認め合ってるのって。

 

 

 

「そう言えば、ワンコの『中』にいる子はいつお目覚めかしら?」

 

 突然の発言。

 覗き込んでくるこころちゃんから目を逸らせない。

 意味の分からない質問だと答えようとも言葉が出てこない。

 嫌な汗が頬を伝う。

 

「……こころん、何言ってるの?」

 

「香澄には見えないかしら? 幼稚園児位の女の子!」

 

 激しい頭痛に襲われる。

 意識が飛びそうになる。

 

「弦巻さん、その話はやめて」

 

「あら、友希那には分かるのね?」

 

 限界だった。

 止めようと伸ばされた手を振り払って駆け出す。

 

 

 ショッピングモールから飛び出して我武者羅に走る。

 

 

 今どこを走っているのかすら分からない。

 

 

 気付いたら最初に友希那さんと行った公園に着いていた。

 

 

「げほっ、げほっ」

 

 少し冷静になって水飲み場で喉を潤そうとしたら、逆に酸っぱいものが込み上げてきてぶちまけた。

 仕方がないのでベンチで横になる。

 混乱した頭で先程のこころちゃんの言葉を整理しようとするも、全然考えがまとまらない。

 

「にゃー」

 

 しばらくして仰向けに寝ている私の上に黒猫が乗ってきた。

 もみもみしても母猫じゃないから母乳は出ないよ。

 

「これからどうしようかなぁ」

 

「にゃ」

 

 黒猫を撫でながら呟く。

 頭の中がぐしゃぐしゃのまま湊家には帰りたくない。

 

「友希那さんも何か知ってる感じだったし」

 

「そうね。少しはね」

 

「えっ」

 

 いつの間にかベンチの横に友希那さんが立っており、息を整えていた。

 

「横、座るわよ」

 

「うん」

 

 黒猫を抱え私も座りなおす。

 

「取りあえず、手を繋ぎなさい。次に逃げられたら負う体力は無いわ」

 

 右手を差し出すと左手で握りしめてくれた。

 

「最初に謝っておくわ。一子ちゃんの事を黙っていてごめんなさい」

 

「…………」

 

「私の考えでは……間違っていたらごめんなさい、ワンコは二重人格」

 

 友希那さんの言葉に心臓が掴まれたような衝撃。

 

「一子ちゃんの意識が表出したのは私の知る限り三回。全てワンコが寝てからよ」

 

「なるほど……」

 

 確かにそれなら私が知りようもない。

 友希那さんならつまらない嘘をつく事も無いだろうし。

 

「本当はもっと落ち着いてから話そうと思ったのだけれど……」

 

「気を使わせちゃってごめん」

 

「それにワンコの布団で一緒に寝たのも、一子ちゃんに頼まれたからだわ」

 

「……なんて羨ましい。ちなみに幼稚園児というのは本当?」

 

「多分そんな感じだったかしら。次は映像を残しておくわ」

 

 記憶を無くす前の私、というか記憶喪失というのが間違いで、一子という人格からワンコという人格に切り替わっただけ?

 

「どんな感じの子?」

 

「そうね。臆病で純真で今にも消えてしまいそうな子だったわ」

 

 危険な人格でなくてなにより。

 

「最後に……ワンコという人格が消えても一子を大事にしてくれる?」

 

「消えるなんて言わないで!」

 

 我ながら卑怯な質問、だけどその返答に勇気が湧く。

 

「ありがとう。ワンコは消えない」

 

 衝動のままに友希那さんの唇を奪う。

 すぐに離すと今度は友希那さんからしてくる。

 付き合いきれなくなったのか、黒猫はいつの間にか姿を消していた。

 

 

 

 

「やっと見つけたわ! まあ、友希那が一番乗りだったのね!」

 

「こころちゃん……」

 

 こころちゃんの次の言葉が怖くて、友希那さんと繋いだ手に思わず力が入ったら握り返してくれた。

 

「もう一人のワンコに急に話しかけてごめんなさいね。でもみんなで笑いあいたいわ!」

 

 ……百パーセント善意なのが辛い。

 それでも私が返事をするしかない。

 

「一人ずつしか起きられないみたい。会わせてあげられなくてごめん」

 

「あら、そうなの! じゃあ次のお楽しみね! 全員に会えるのが今から楽しみだわ!」

 

 サラッと爆弾発言、流石の友希那さんもこれには引き気味。

 

 

 一体何人分の人格があるのか……まあ、この温もりがあるうちは消えてやるものか。

 

 

「あ、そういえば他の三人は?」

 

「知らないわ!」

 

「……発見の連絡をするの忘れていたわ」

 

 Afterglow、パスパレ、ポピパが全員捜索に動員されているとは夢にも思わなかった。

 

 

 

「まあ、ワンコはみんなに愛されているのね! 次はハロハピとRoseliaも加えて鬼ごっこね!」

 

「うん、無事に終わる気がしない」




次からは番外編2です。

感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

戸山香澄:鳴かぬなら一緒に歌おう時鳥

美竹蘭:鳴かぬなら別にいいけど時鳥

丸山彩:鳴かぬなら努力あるのみ時鳥

湊友希那:鳴かぬなら鳴かせてみせるわ時鳥

弦巻こころ:鳴かぬなら笑えばいいわ時鳥


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番外編2(シーズン1春)
番外編2-1:麻弥さんがみてる


アンケート1位Roselia(15/34)は番外編2の最後の方で書きます。


「――というのがジブンの見解です」

 

「流石は大和さんね。その見識には恐れ入るわ」

 

「フヘヘ……湊さんにそう言っていただけると光栄です」

 

「それに引き替え、どこぞの店員ときたら……」

 

「これがモンスタークレーマーかな、『明石』?」

 

「にゃー」

 

 ある日の放課後、ジブンは湊さんと一緒にワンコさんのアルバイト先の一つである猫カフェに来ていました。

 薄々感づいていましたが、湊さんもジブン同様かなりの猫好きで話題が尽きません。

 ワンコさんは普通の店員以上の知識はあるものの、湊さんにとっては物足りないようです。

 

「まあまあ、ここまで話が弾んだのも湊さんが初めてなので、勘弁してあげてください」

 

「大和さんがそこまで言うなら仕方ないわね」

 

「ありがとう、麻弥さん」

 

「いえいえ。それにしても猫と意思疎通出来ているようで羨ましいです」

 

 実際、ワンコさんが呼びかけると必ず鳴いて反応しますし、困ったことがあるとワンコさんに知らせているようです。

 

「うん、みんな賢いから」

 

「にゃう」「にゃー」「にゃん」「にゃう~ん」

 

 ワンコさんの呼びかけに一斉に答える猫達……流石です。

 

「……にゃーんちゃん、かわいいねー」

 

 猫がこぞって鳴く様子を見た湊さんの蕩け顔が想像以上です。

 ライブでの圧倒的なオーラを放つ彼女と同一人物とはとても思えません。

 

「……はっ! 何でもないわ」

 

「お気になさらずに続けてください」

 

 我に返って顔を真っ赤にする湊さん、あーワンコさんがぞっこんな理由がよく分かります。

 普段気を張っている分、気を抜いた時のギャップが激しいのでしょう。

 イメージを大事にするアイドルに近いものを感じます。

 

「そ、そう言えば、一年生の頃のワンコは演劇部を手伝っていたらしいわね?」

 

「はい、その節はお世話になりました」

 

 急な話題転換、突っ込むのは野暮でしょう。

 

「本人は『指示待ち犬なんで適当に使って』なんて言ってましたけど、毎回こちらの指示以上の結果を出してくれました」

 

 今からでも正部員に欲しい人材です。

 

「そう、ワンコらしいわね」

 

 優しく微笑む湊さん、まるで保護者のようです。

 

「何の話?」

 

「あら、もう仕事はいいの?」

 

 ワンコさんがやってきて腰を下ろします。

 

「雨のせいでお客さんの入りが悪くて暇」

 

「にゃう」

 

「それは仕方ありませんね」

 

 ワンコさんに抱っこされている猫を撫でると目を細めます……最高に可愛いです。

 他の猫達も暇を持て余しているようでジブン達の周りに集まってきました。

 ……湊さんの表情がまた凄いことに。

 

 

 

 

「大和さん、ワンコの面白い話はないかしら?」

 

「そうですね……」

 

 ここは一発、湊さんがワンコさんに惚れ直す位のエピソードを披露しますか。

 

「あれはとあるホールでの出来事でした。初めて使う会場だったため、どことなく普段とは違う緊張感が漂っていましたね」

 

 今更ですが割と設備が老朽化していたもちょっと気になっていました。

 

「上演中に突然、舞台袖から伸びていた照明を吊っている金属製のワイヤーが解けかかり、あわや大惨事というところでした」

 

 あれ以来安全確認はかなり厳しくなりましたね。

 

「ワンコさんは解けかけてトゲトゲになったワイヤーを軍手のまま掴むと、ジブン達が応急修理を完了するまで呻き声一つ上げることなく支えきりました」

 

「……やるわね」

 

「実はあんまり覚えてない。気付いたら両手に巻かれた包帯が真っ赤に染まってた」

 

「まるで別人のように凛々しかったですね。あ、普段も格好可愛いいですけど……まさか多重人格だったりして」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ジブンの発言に黙り込むお二人。え? え?

 

「ワンコ、バレバレじゃないの!」

 

「ふぃだいでふ、ふきにゃしゃん」

 

「私の悶々とした日々を返しなさい!」

 

 ワンコさんの両頬を左右に引っ張ってお怒りの湊さん。

 ジブン、何かまずいことを言っちゃいました?

 

 

「もう麻弥さんに話しても良い気がしてきた」

 

「そうね」

 

 解放された頬をさすりながらワンコさんが呟きます。

 

「何の事ですか?」

 

「実は――」

 

 

 

「――なるほど、本当に多重人格でしたか」

 

 当てずっぽうの発言が当たっていてごまかし笑いしかできません。

 

「信じてくれる?」

 

「勿論です。……という事は日菜さんとの剣道で見せた最後の動きも」

 

「そうかも。記憶飛んでたし」

 

 考え込むワンコさん、自分でも気付いていなかったようです。

 比べると失礼かもしれませんが、好きな話題になるとつい語りすぎてしまうジブンと結果的にそんなに変わらないような気もします。

 どちらのワンコさんにも助けていただいたわけですし。

 

「大和さん、申し訳ないのだけれどワンコの様子が変だった時は、フォローを手伝ってくれないかしら?」

 

「ええ、ジブンで良ければ」

 

「麻弥さんがそう言ってくれると心強い。彩さんも麻弥さんが気を配ってくれるおかげで、今のパスパレがあるって言ってた」

 

「フヘヘ……言い過ぎだと思いますけど、そう言ってもらえると感激です」

 

 パスパレに入る決意を後押しした内の一つ、少しでも恩返しをしないといけませんね。

 

 

「二年生、というより湊さんと知り合ってからワンコさんは変わりましたね」

 

「そう?」

 

「前までの危なっかしさ、というか行き過ぎた前のめり感が薄まった気がします」

 

「そうなの?」

 

「……温かい家庭に拾われて、周りを見る余裕が出来たのは確か」

 

「なら良かったわ」

 

「まあ、手の掛かるご主人様のお世話で手一杯」

 

「ちょっと躾が足りなかったようね。覚えていなさい」

 

「うん、楽しみにしてる」

 

 お二人の掛け合いに頬が緩んでしまいます。

 ワンコさんとこんなに心の距離が近いのは湊さんくらいでしょう。

 

「やっぱり麻弥さんの笑顔は可愛い。パスパレに勧誘した千聖さんに感謝」

 

 その言葉と共にワンコさんの陽だまりのような香りに包まれます。

 

「ちょ、いきなり抱きつかないでください! 湊さんもいつの間にか猫に夢中になっていないで何とかしてください!」

 

「ん……あと三十分は動けないわ」

 

 膝の上猫を乗せてご満悦の湊さん、こちらのことは興味が無いようです。

 

 

 

 

「そうだ、麻弥さんへプレゼントが」

 

「ふへ?」

 

 ようやく放してくれたワンコさんがそう言うと、私の頭に何かを被せました。

 

「あら、イリオモテヤマネコの猫耳ヘアバンドね」

 

「ちょ、ジブンには似合いませんって!」

 

 こういうのは彩さんか日菜さんの担当でしょうに。

 

「沖縄の方言で『マヤー』とは猫の事、つまり大和麻弥さんは大和猫さん」

 

「ワンコさん、何言ってるのか分かりませんよ!」

 

「それは気付かなかったわ。大和さん、撫でてもいいかしら? むしろ撫でさせなさい」

 

「湊さん、目が怖いです!」

 

 ジリジリと迫りくる湊さん、このあと滅茶苦茶撫でられました。

 

 

 ……芽生えた感情にはそっと蓋をしておきます。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

大和麻弥:猫と一緒に狭いところに収まるのが好き。

湊友希那:猫を前にすると他の事はどうでもよくなる。

ワンコ:猫は大事な同僚。

猫達:接客のプロ。


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番外編2-2:レイニーブラック

女の子の結婚は16歳、選挙は18歳、飲酒は20歳から。


「中々弱まりそうにないね」

 

「はい、帰るタイミングが難しいです」

 

 羽沢珈琲店の窓ガラスに激しく打ち付ける雨は、先程から一向に弱まらず逆に強まっている気すらする。

 時刻的には帰宅するべきなのだろうが、腰を浮かす気にはなれない。

 もっともワンコ先輩と二人きりという現状を維持したいというのが理由の大半だ。

 

「店長もつぐみちゃんも帰ってこないし、私だけでごめんね」

 

「い、いいえ、そんなことありません!」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 心を読まれたような発言に声が裏返る。

 悪戯っぽい笑顔に胸の鼓動が少し早くなった気がした。

 落ち着きを取り戻すために店内を見渡す。

 

「あれ、そんなコーヒーメーカーありましたっけ?」

 

 いつの間にかカウンターの奥に、見慣れない巨大なコーヒーメーカーが置かれていた。

 ……入店してから先輩ばかり見てたせいで、全然気付かなかったとは言えない。

 

「店長にお願いして導入したダッチコーヒー用……つまりウォータードリップ」

 

「へー、本格的な物は結構大きいんですね」

 

「一分一滴なので数量限定で販売予定。よければ試飲する?」

 

「はい! ありがとうございます」

 

 本格的なウォータードリップは初めてなので、いやが上にも期待が高まる。

 

「冷蔵庫に冷やしたのがあるから、ちょっと待ってて」

 

 そう言うと先輩は店の奥へ。

 しばらくして出されたのは小さめのグラスに入れられたコーヒー。

 色はそんなに変わらないかな?

 

「……あ、香りが全然違う」

 

 十分に香りを堪能した後、ゆっくりと味わう。

 

「香りもそうだけど雑味が減ってコクが際立っている気がしますね」

 

「なるほど。蘭ちゃんがそう言うなら質は問題無さそう。後は値段か……」

 

 何かをメモしながら考え込む先輩。

 その横顔に年齢以上の風格を感じた。

 

「こうしてコーヒーを淹れてもらうとあの日の事を思い出します」

 

「あー、途中までしか覚えてないやつ」

 

 先輩はばつの悪そうな顔で頬を掻く。

 

「ふふっ、意外な一面でしたよ」

 

 今思い出しても可笑しな一夜、しっかり覚えているのはあたしだけ。

 いつかの銭湯でも湊さんには話さなかった思い出。

 ……これだけは譲れない。

 

「あれは今日みたいに雨が強かった日――」

 

 

 

 

「……寒い」

 

 公園の東屋のベンチに座っているものの、振り込んでくる雨は容赦なくあたしの服を濡らす。

 父さんとバンドの事で揉めて家を飛び出してきたが、夜になり一段と強まった冬の冷気と強烈な雨に体は芯まで冷え切った。

 Afterglowのみんなを頼ることも考えたが、家族の問題に巻き込みたくないという意地がその考えを捨てさせた。

 ……このままだと確実に風邪をひくね。

 

「夜遊びとは感心しないよ、中学生」

 

「誰っ!?」

 

 驚いて振り向くと先日マンホールから助けてもらった人がいた。

 つぐみの珈琲店でたまにバイトをしていると知ったのは割と最近の事。

 

「ワンコ先輩……」

 

「うん、蘭ちゃんだったね。帰らないの?」

 

「…………」

 

「そっか……じゃあ、うちに来ない?」

 

「えっ」

 

 一体この人は何を言っているんだろう。

 会話をしたのはこの前のお礼を除けば二言三言。

 明らかに訳有りなあたしを助ける義理は無い筈だ。

 

「びしょ濡れの中学生を流石に放っとけないでしょ。もし嫌なら警察に補導してもらうけど」

 

「……ずるいですね」

 

「目的は手段を正当化する、って誰かが言ってた」

 

「分かりました……お世話になります」

 

 物騒な事を言う割にさわやかな笑顔を浮かべる先輩に白旗を上げる。

 元々先輩に救われた身、何があろうとも甘んじて受け入れようとやや投げやりに決めた。

 

 

 

「はい、到着」

 

 公園から歩いて十数分、やや古びたアパートに着いた。

 

「とりあえず風邪ひく前にシャワー浴びちゃって。下着は一応新品があるから。服は体操着とジャージで我慢して」

 

「えっと、すみません」

 

 先輩に追いたてられるように浴室に直行する。

 熱めのお湯が冷え切った体と心を解していく。

 

 ……冷静に考えるとかなり際どい状況だ。

 あたしはノーマルだけど先輩の嗜好は想像もつかない。

 モカが隠し持っていた漫画に、後輩女子が先輩女子に美味しく頂かれてしまう内容のものがあった事を今更思い出した。

 

 もしそうなったら、どうしよう……。

 

 

 

「あ、サイズは問題ないみたいだね」

 

「……ありがとうございます」

 

 色々と考えているうちに少し時間が経ってしまった。

 シャワーを浴び過ぎたせいか体の火照りが続く。

 

「インスタントコーヒーしかなかったんだけどいいかな?」

 

「あ、はい」

 

 手渡されたのは飾り気のないマグカップに入ったホットコーヒー。

 火照りを誤魔化すように慌てて口を付ける……熱っ!

 

「熱いから気を付けてね」

 

「……遅いです」

 

 軽く先輩を睨む。

 ポツンとあるコタツに足を入れる。

 既に電源は入っていた。

 

 

――カリカリ

 

「お、来客かな?」

 

「えっ」

 

 微かな物音に先輩がベランダのカーテンを開けるとそこには一匹の黒猫。

 ドアを開けて黒猫を抱き上げる。

 その間一言も鳴かない。

 

「雨で濡れちゃったか。ちょっと洗ってくるね」

 

 そう言うと浴室に消えて行った。

 何て言うか……自由な人だ。

 手持無沙汰になり改めて辺りを見回すと実に殺風景。

 教科書位しか入っていない本棚とクローゼット、冷蔵庫、洗濯機、流し、ガスコンロが一つ。

 あたしの家と比べると必要最低限しかない感じだ。

 勝手に部屋の物を触るわけにもいかないので、熱々のコーヒーを冷ましながらチビチビと飲む。

 

 

「お待たせ」

 

「いえ……って、何で裸なんですか!?」

 

 タオルに包まれた黒猫を抱えて出てきた先輩は裸だった。

 思わず顔を背けてしまう。

 これってもしかして……。

 

「ああ、この部屋に私以外がいるのって滅多にないからいつもの癖で。ちょっとこの子よろしく」

 

 有無を言わさずタオルごと黒猫をあたしに手渡すと急いで服を着始める。

 ……何事も無くて良かった。

 何故か衣擦れの音にドキドキさせられる。

 

「はい、着替えたよ」

 

「部屋着はジャージなんですね」

 

 なんでも特待生特権で制服等は無料支給らしいので、上限まで注文したそうだ。

 素材はそんなに悪くないからもう少しお洒落すればいいのに。

 

「さて、ちょっと宿題片付けちゃうから本でも読んでて。図書館で借りた本か教科書位しかないけど」

 

「分かりました」

 

 本棚を見ると歴史小説に少女小説、星座図鑑、マッサージ書等々……ちょっとよく分からない。

 先輩が勉強に集中していることを確認して、少女小説をペラペラとめくる。

 ……カトリック系のミッションスクールを舞台にした女の子同士の恋愛?もの。

 素直で前向きな下級生と不器用な上級生、逆にしたらまるで……。

 

 

「んー、勉強終了。集中力は一時間が限度」

 

「お、お疲れ様です」

 

 気が付けば熟読していた少女小説を慌てて本棚に戻す。

 

「あ、そうだ」

 

 何かを思いついたように先輩はクローゼットの中を漁る。

 

「はい、合鍵」

 

「えっ!?」

 

 投げ渡されたのは鈍い銀色の鍵。

 突然のプレゼントに頭の中が真っ白になる。

 

「夜の公園よりは安全だと思う。好きに使って」

 

「……どうしてここまでしてくれるんですか?」

 

「うーん」

 

 あたしの質問に腕を組んで考え始める。

 

「一番、お節介。二番、打算。三番、気まぐれ。四番、同情。どれだと思う?」

 

「……分かりません」

 

「うん、私にも分からない。最善だと思ったことやってるだけ」

 

 臆面もなく言い切る先輩に開いた口がふさがらない。

 

「まあ背負うものが無い人間の思考なので、参考にはしない方が良いかも」

 

「……そうですね。不用心すぎて心配です」

 

 口ではそう言ったものの、あたしの頬は緩んでいた。

 

 

 

 

「蘭ちゃんも飲む?」

 

「それ、お酒ですよね」

 

「ノンアルコール飲料だから大丈夫」

 

「いや、それ成人向け、あー、一気飲みしちゃった……」

 

 一気飲みした直後コタツに突っ伏す先輩。

 いや、弱すぎでしょう。

 

「……ツンデレ美少女を肴に一杯は最高だにゃーん」

 

「復活早っ、というかキャラ違いません?」

 

 顔を上げた先輩は獲物を見つけた肉食獣のような雰囲気をまとっていた。

 気が付くと先程までコタツで丸くなっていた黒猫は本棚の上に避難していた。

 

「身の危険を感じるんですけど」

 

「大丈夫、中学生相手には自重するにゃん」

 

 言葉とは裏腹に吐息の掛かる距離まで顔が近づく。

 

「ち、近いです」

 

「蘭ちゃんって気品があるにゃー。大切に育てられた高嶺の花って言うきゃ」

 

「……別に嬉しくないです」

 

「そういう刺々しい花も魅力的にゃん」

 

「ひゃん!」

 

 いきなり鼻を指で撫でられ声を上げてしまう。

 

「可愛いにゃー。ずっと手元に置いておきたい気持ちも分かるにゃ」

 

「それって」

 

 目を細めて笑う先輩から目が離せない。

 

「どこで咲こうが花の勝手なんだけどにゃ……ベッドの上とか」

 

「最後にオチをつけないでくださいよ」

 

「……ぐぅ」

 

「って、寝てるし」

 

 コタツに突っ伏したまま寝てしまった先輩を横にして、部屋の隅に置いてあった布団を掛ける。

 言いたいことだけ言って勝手に寝てしまう酷い先輩だ。

 ……悪くないけど。

 

 布団が一つしかなかったので先輩の横で寝たのは仕方がないこと。

 

 無邪気な少年のような先輩の寝顔を見たら、久しぶりに熟睡できる気がした。

 

 

 

 

「あの後、蘭ちゃんが『夜明けのコーヒー美味しかったです』とかみんなに言っちゃうから一騒動」

 

「そういう意味があるって知りませんでしたし!」

 

 インスタントにしては美味しかったけど。

 結局何事も無く朝を迎えたあたしはコーヒーをいただいた後家に戻った。

 激怒されると思っていたが特に何も言われなかった。

 後で知ったけど先輩があたしのシャワー中に連絡を入れていたらしい。

 

「そう言えばあの合鍵ってまだ持ってるの?」

 

「はい、家に置いてあります。返した方が良いですか?」

 

 嘘だ、片時も離さず持ち歩いているし返したくもない。

 

「別にどっちでも。部屋燃えちゃったし」

 

「じゃあ記念に取っておきます」

 

 先輩にとっては気まぐれでも、この合鍵はあたしにとってのいつも通りだから……。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

美竹蘭:年上から誘惑されてドキドキ。

ワンコ:不器用すぎる照れ隠し。

黒猫:自主避難。


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番外編2-3:チャオ 氷川ソレッラ!

サブタイトル詐欺。

ソレッラ※姉妹


 コン、コン、コン。

 

「どーぞー」

 

「失礼します」

 

 あたし以外滅多に人が来ない天文部の部室にワンコちゃんが入ってきた。

 読みかけの先輩達の日誌を脇に置き、ワンコちゃんの方へ向き直る。

 

「で、あたしに話って?」

 

 昼休みに言われた「放課後、部室で話がある」の言葉を思い出す。

 ワンコちゃんに着席を促してじっと見つめた。

 多分、あの事だよね、ライブ。

 ちょっとお節介かもって思ったけど、Roseliaが成長すればおねーちゃんの為にもなるし。

 

「うん……その前に部室の掃除をしようか」

 

 少し声のトーンを落として周りを見るワンコちゃん、あたしは気にならないけど日誌やら備品やらが乱雑に置いてある。

 しょうがないから片付けるかー。

 

 

 

 

「おー、綺麗になったね」

 

「うん、上々」

 

 十分程度で部室が見違えるようになった。

 ワンコちゃんってこういうの得意だよね。

 まるでおねーちゃんみたいだ。

 

「じゃあ、改めて……私を見捨てないでありがとう」

 

「えっ」

 

 予想外の言葉と優しい笑顔にあたしは言葉を失う。

 

 おねーちゃんから避けられ、何もかもがつまらなかった日々。

 誰かから聞いたワンコちゃんの存在に少し興味を持ったので、近付いて色々と勝負を吹っかけた。

 普通の人よりは出来るけど、あたしには届かない。

 それでもワンコちゃんは逃げ出さなかった。

 その事がどれだけ凄いのかは、前よりは話せるようになったおねーちゃんから長々と説教された。

 

「あたしはあたしがしたい様にしただけだし」

 

「うん、でも途中で勝ち逃げしなかった」

 

「だってワンコちゃんが……あたしから逃げなかったから」

 

 他人なんてよく分からない上に、結局離れていくか距離を取るだけだし。

 近付いてくるのはあたしを利用したい人だけ。

 ……そんな風にその時は思ってたから、逃げ出さないワンコちゃんに少しるんっ♪ ってきた。

 

「ようやく振り返る余裕が出来たので、感謝の気持ちを伝えたかった」

 

「意外だなー、今でも嫌われてるかも、って思うし」

 

「嫌いじゃないよ、苦手なだけ」

 

「あはは~、また言われた♪」

 

 嫌いじゃないのに苦手とか意味が分からなくて面白いよね。

 普通の人は面と向かってそんなこと言わないだろうし。

 

 

 

 

「一つ聞いていい?」

 

「どうぞ」

 

 ひとしきり笑った後、ある質問をしてみようかと思った。

 ワンコちゃんならこの質問にどう答えるかな?

 

「人と人って理解しあえると思う?」

 

「……完全には無理かな。私は私、他の人じゃないし」

 

「そっか」

 

 割と即答、あたしと似た考えかな?

 

「でも好きな人を理解しようと思いを巡らせると、ここが温かくなる」

 

 ワンコちゃんは自分の胸に手を当てると、はにかんだような笑顔を見せた。

 その笑顔は二年生になってから見られるようになった笑顔で。

 

「あー、友希那ちゃんの事考えてるー」

 

「ふふっ、だから理解しようと努力する事は大事。私はそう思うな」

 

 前におねーちゃんにも同じような事を言われたよね。

 取りあえずあたしも真似て胸に手を当てる。

 千聖ちゃん、イヴちゃん、麻弥ちゃん、彩ちゃん……そして、おねーちゃん。

 

「本当だ! みんなの事を思うとぽかぽかしてきた♪」

 

「……日菜ちゃんって、パスパレに入ってから良い笑顔が増えた」

 

「そう、かな? ……うん、そうかも♪」

 

 ワンコちゃんの指摘にるんっ♪ ってする。

 こんな笑い合える関係になるとは思わなかったなぁ。

 もしかして二人で理解しようと努力したから?

 

 

 

 

「で、これからも勝負は続けるの?」

 

「うん、まだ二年近く学園生活があるんだから逆転の目はある」

 

「へー、まあ頑張ってよ。負けないけどね」

 

 部室を後にして校門へ向かう途中でも、会話は途切れなかった。

 二人きりでこんなに話すのって初めてかも。

 

「ワンコ、遅いわよ」

 

「え、友希那さん?」

 

 遅い時間帯で人もまばらな校門には、友希那ちゃんと……おねーちゃん!

 

「もしかして心配で待っててくれたとか?」

 

「か、勘違いしないでよ。ハンバーガーのワンニャンセットの要員確保の為に待ってただけよ」

 

「おねーちゃんも?」

 

「そ、そうよ、日菜。早く行くわよ」

 

 いつも必死で隠そうとしているのに、照れ隠しに使うなんてあたし達愛されてるなー。

 ワンコちゃんと顔を見合わせ思わず笑っちゃった。

 

「あなた達、そんなに仲が良かったかしら?」

 

「心配して損、いえ何でもないわ」

 

 怪訝な顔の二人を見て、悪戯心から思わずワンコちゃんに有無を言わせず腕を組む。

 驚く三人をよそにこれからのるるるんっ♪ ってする筈の日々にあたしは思いを馳せていた。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

氷川日菜:少し気が楽になった。

ワンコ:ようやく言えた。

氷川紗夜:妹の突飛な行動に頭を痛めつつも満更でもない様子。

湊友希那:半分はガチでワンニャンセットの為。


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番外編2-4:バラエティクールギフト

主要人物出し切るまで番外編2は続きます。

※誤字報告ありがとうございます。


 ワンコ先輩と初めて会ったのは休日の満員電車だった。

 

 イベントが重なったのか普段からは想像できない混み方!

 体の小さいあこは四方から押され息苦しかった。

 だんだんと気分も悪くなる。

 そんな時。

 

「ちょっと失礼」

 

「え、あ」

 

 急に抱き寄せられたかと思ったら壁際に移動させられた。

 移動させた張本人はあこを守るように壁に手を付き隙間を確保してくれる。

 

「後何駅?」

 

「ふ、二駅です」

 

「頑張れる?」

 

「はい!」

 

「うん、頑張ろう」

 

 眼帯が特徴的なおねーさんは目的地に着くと人混みをかき分けあこを扉まで誘導、そのまま電車で行ってしまった。

 お礼、言えなかったなぁ……。

 

 

 

 

 再会したのはそれから数日後、これが運命石の扉の選択!? とか思っちゃった。

 

 お姉ちゃんに連れられて行った羽沢珈琲店、そこでつぐちんと一緒に働いていた。

 

「こ、この前はありがとうございました!」

 

「ああ、巴ちゃんの妹だったの。あの後大丈夫だった?」

 

「はい、何とか」

 

「それは良かった」

 

 優しく微笑むと共にこっそりクッキーをおまけしてくれた。

 

 小声で「練習で作ったものだからあんまり期待しないで」と言われたけどとっても美味しかった。

 

 おねーさんはワンコ先輩というらしい。

 心の中で「地獄の番犬」の称号を付けちゃった。

 

 

 

 

 ある日クラスメイトにあこの言動が子供っぽいと馬鹿にされ、その愚痴をワンコ先輩にこぼした。

 

「……あこって子供っぽいのかなぁ」

 

「逆に聞くけど、どんな人が大人っぽいかな?」

 

 ワンコ先輩は掃除の手を止め静かに尋ねてきた。

 

「う~ん、おねーちゃんとかワンコ先輩とか?」

 

「巴ちゃんはともかく私はまだ子供だよ。将来やりたいことも見つかってないし、毎日何とか生きてるだけ」

 

「えー、そんな事ないと思うけどな~。こう、バリバリに生きてるオーラがバーン!」

 

「ありがと」

 

 あこの言葉に素っ気ない返事と共に微かに笑みを浮かべる。

 

「あこもカッコイイ大人になりたいな~」

 

「自分の理想を追い求めるあこちゃんは十分カッコイイよ」

 

「本当!?」

 

「うん、私も見習わないと」

 

「えへへ、ワンコ先輩にそう言ってもらえると嬉しいよ!」

 

 嘘偽りを感じさせないその言葉に、さっきまでのモヤモヤした気持ちは飛んで行った。

 

「それとは別に勉強も頑張ろうね。巴ちゃんが心配してた」

 

「あっ、はい……」

 

「時間が合えば見てあげるから」

 

「ありがとうございます!」

 

 ワンコ先輩って教え方が丁寧だから好き……分かるまで解放してくれないけど。

 

 

 

 

「それでおねーちゃん達は反対だって!」

 

「流石にネットで知り合った相手と一人で会うのは危険」

 

「むー、RinRinは大丈夫だよ!」

 

 あこの熱弁にグラスを磨きながら困ったような表情を浮かべるワンコ先輩、絶対分かってくれると思ったのに。

 

「私達はあこちゃん程その人の事を知らないしね」

 

「それはそうだけど……」

 

「何かあったら悲しい」

 

 直接会った事は無いけど、大切な戦友が疑われて悲しい。

 じっとワンコ先輩を見つめると「やれやれ」といった感じで店の奥に行きすぐに戻ってきた。

 

「……最終的に決めるのはあこちゃんだから、私にできるのはこれを渡す位」

 

 そう言ってあこの目の前に置かれた黒い重量感のある物体。

 

「スタングレネード、所謂閃光手榴弾」

 

「えっ、えー!」

 

 思わず椅子から転げ落ちそうになった。

 映画やゲームでしか見たことのない存在が目の前に。

 

「使い方は簡単、ピンを抜くだけ。抜いたらすぐに目と耳を塞いで」

 

「……本物?」

 

「前のバイト先で貰ったコピー品だけど威力はそれなり。大の大人でも無力化できる」

 

 ゴクリと唾を飲み込む。

 嫌な汗が流れる。

 

「頑張れ」

 

「…………」

 

 幸運な事にそのスタングレネードは使われることなく、あこの家のインテリアの一部になっている。

 

 

 

 

「色々……あったんですね」

 

「うん、ワンコ先輩はとってもカッコイイ!」

 

「ありがと」

 

 羽沢珈琲店のカウンターで思い出話に花を咲かせるあこ達。

 りんりんも興味深そうに聞き入っていたみたい。

 

「その時の相手が燐子さんで本当に良かった」

 

「ほら、あこの言ったとおり問題なかったでしょ?」

 

「わたしも……あこちゃんと出会えて良かった」

 

 りんりんの言葉に胸がキュンとする。

 あの時のあこの選択に花丸をあげたい。

 

「そう言えばダンス部の方にはもう顔出さないんですか?」

 

「あれはリサさんに助っ人を頼まれただけ。毎日だとバイト中に体力が尽きる」

 

「えー、ダンスなら三人で同じステージに立てると思ったのに~」

 

「あこちゃん……私の体力も考えて……」

 

 りんりんの笑顔が引きつってる。

 

「体力とか抜きにすれば、燐子さんは社交ダンスとか似合いそう」

 

「あこもそう思う! ドレス姿のりんりんとタキシード姿のワンコ先輩とか超カッコイイ!」

 

「…………あり、かも」

 

「私としては男装した燐子さんとあこちゃんが踊っても絵になると思う」

 

「あ、それいい!」

 

「その時は……わたしが衣装を作るね」

 

 超超カッコイイりんりんの衣装で優雅に踊るあこ達……血がたぎるっ!

 きっとりんりんが本気を出せば体力だってダンスだって何とかなる、筈。

 

「まあ、その為にも」

 

「勉強……再開だね」

 

「うー、追試なんてー!」

 

 数日後に迫った追試対策の勉強。

 追試が終わるまで紗夜さんにはバンド練習への参加が禁止された。

 

 ……あこが超超超カッコイイあこになれるのはいつになるのかな?




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

宇田川あこ:まずは追試から。

白金燐子:まずは体力作りから。

ワンコ:まずは常識から。


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番外編2-5:リサ・カニーナ

次の友希那さん回で番外編2は終わりの予定です。

カニーナ※犬


「ワンコと二人きりでクッキー作りなんて久しぶりだね~」

 

「うん、師匠のリサさんに成果を見せる時」

 

 腕まくりをしてやる気満々のワンコ……すっかり丸くなっちゃって。

 去年初めて見た時は一匹狼みたいだったのに。

 

 

 今日はワンコにお願いされてアタシの家でクッキー作り。

 確かに最初に教えたのはアタシだけど、バイト先の羽沢珈琲店でもつぐみと一緒に作ってるって話だし。

 そんなに教えることは無いかな~。

 

 

「どうかした?」

 

「弟子の成長っぷりに感無量ってね。そう言えば友希那は?」

 

「作曲してるからクッキーが出来たら呼んでとのこと」

 

「あはは、相変わらずだね~」

 

 最近色々な事に興味を持って行動しているみたいだけど、料理はまだ苦手かな?

 まあアタシとワンコの腕前を信頼しているから、と思えば悪い気はしないけどね。

 

 

 

 

「後は冷蔵庫で休ませてオーブンで焼くだけかな?」

 

「リサさんのクッキーのレシピは奥が深い。友希那さんへの愛を感じる」

 

「いやー、そう言われると照れるね」

 

 ワンコの言葉はストレート過ぎて時々胸がざわつく。

 アタシには真似できないから、かな?

 

「ちょっとレシピを撮らせて」

 

「オッケー♪」

 

 最近ガラケーからスマホに乗り換えたワンコ。

 友希那から友希那のお父さんにお願いしたら、即携帯ショップに連れて行かれたらしい。

 もう完全に湊家の一員だね。

 

 ……連絡とかスムーズにできるしアタシ達にとっても良かったかも。

 

 

 

 

「さて、リサさんに質問、いい?」

 

 使い終わったスマホを机の上に置くとワンコはアタシの方に向き直る。

 

「改まって何かな? 他のお菓子のレシピとか?」

 

 ワンコの普段と変わらない声色にアタシは何にも考えずに言葉を返す。

 

「それはそれで聞きたいけど、今日は別の事」

 

「何だろう?」

 

「麻弥さんや日菜ちゃん達に私に繋がりを持たせたのはリサさん、で合ってる?」

 

「……そっか、気付いたんだ。余計なお世話だった?」

 

「全然。むしろ今では感謝しかない」

 

「そっか……良かった」

 

 我ながらお節介が過ぎると思い言われなければ黙っていよう、と考えていただけに胸のつかえが取れた気分。

 当時のワンコは今と全然違って近寄りがたかったし苦労したよ。

 

 

「でも、本当に救いたかったのは私じゃないでしょ?」

 

「っ!?」

 

 その言葉に一瞬胸がつまる。

 

「私は代替物?」

 

「違うよ! ……と言いたいところだけど、アタシにもよく分かんないや」

 

 いつの間にかかいていた汗を拭い、静かに見つめるワンコに改めて向き合う。

 頭の中はぐちゃぐちゃだけど胸の内を全て話そう。

 一年の時に止めようと思ってたベースを細々とだけど続けていたのも、ワンコの一言が切っ掛けだったし……。

 

「放っておけない気がしたから……友希那に雰囲気が似ていたのは認めるけど」

 

「そっか。ちなみにワンコの愛称は?」

 

「昔、友希那と一緒に可愛がってた近所の犬から」

 

「やっぱり友希那さん絡み……大好きなんだ」

 

「あーっ、恥ずかしさで殺す気!? アタシ今井リサは湊友希那の事が大大大好きです!」

 

 口に出したら後から後から思いが溢れだしてきた。

 

「音楽の事で疎遠になってからもずっと見てきたよ。ワンコには友希那を変える力になって欲しいとも思ったよ。これでいい!?」

 

 

「そうね。リサには辛い思いをさせてきたわね」

 

「ゆ、友希那!?」

 

 

 背後からの声に振り向くとそこにはアタシの最愛の人が。

 

「スマホって便利。盗み聞きにはもってこい」

 

「そうね。安心してリサ、合鍵は事前に借りておいたわ」

 

「え、ちょ、まさか今までの会話」

 

「リサの思い確かに受け取ったわ」

 

「いやーっ!」

 

 思わず顔を抑えてしゃがみこむ。

 よりにもよって友希那に筒抜けだったなんて!

 

「ごめんなさい、リサさん。こうでもしないと本音を聞けないと思って」

 

「ごめんなさい、リサ。ずっと見守ってくれていたのに本当の思いに気付かなくて」

 

「う~、二人の優しさが恥ずかしさを倍増させるよ……」

 

 何とか立ち上がると友希那が背中に手を回してきた。

 

「ゆ、友希那!?」

 

「若宮さん直伝の親愛のハグよ」

 

 そう言うと友希那の腕に力がこもる。

 よく見ると耳が少し赤い……アタシも頑張らないと。

 友希那の背に手を回し抱きしめる。

 アタシより華奢な体に愛しさが溢れてくる。

 

「友希那~」

 

「ふふっ、リサったら涙が零れ落ちそうよ」

 

「えっ」

 

 友希那がアタシの涙を……舐め取った!?

 

 

「おー、良い画が撮れた」

 

「ワンコ何撮ってるの!?」

 

「リサまだハグ中よ」

 

「取りあえずグループチャットに投稿」

 

「ちょまま!?」

 

 震えだすアタシのスマホ。

 ハグ中の友希那をそのままにして画面を覗くと。

 

 

『(*ノノ)キャ』

『友希那さんカッコイイ!』

『今井さんおめでとうございます』

 

『キラキラドキドキです!』

 

『悪くない、です』

 

『るん♪ ってきた!』

 

『二人とも素敵だわ!』

 

 その後もしばらくはみんなからのメッセージが止まらなかったよ……。

 

 

 

 

「『FUTURE WORLD FES.』に出たい?」

 

「駄目かな?」

 

 Roselia揃っての練習前、アタシはそう切り出した。

 

「半分は私情、半分はRoseliaとして頂点を目指すために通らなければいけない道だから」

 

 アタシの言葉に他の五人は顔を見合わせる。

 アタシと友希那と友希那のお父さんの人生に大きく影響を与えたあの舞台に立ってけじめを付けたい。

 

「私からもお願いするわ」

 

「友希那……」

 

 友希那はアタシの横に立つとそっと頭を下げる。

 アタシも慌ててそれに倣う。

 

「私に異論は有りません。ギターを続けている中で一つの目標でしたし」

 

「そこでカッコイイ演奏が出来たら最高にカッコイイって事だよね、りんりん?」

 

「うん……一緒に頑張ろう」

 

「紗夜、あこ、燐子……」

 

 三人の迷いの無い言葉に胸が熱くなる。

 

「全力でサポートする。最高の音楽を届けて」

 

 ワンコの言葉に力強く頷く。

 

「みんな……ありがとう」

 

 胸に続いて目頭が熱くなる。

 最近、涙腺が緩みっぱなしかな。

 

「リサ泣いている場合じゃないわよ。それともまた舐め取ってほしいの?」

 

「その事は忘れて~!」

 

「お二人ともいちゃつくのは練習の後にしてください!」

 

「りんりーん」

 

「うん……後でいちゃつこう」

 

「大団円?」

 

 相変わらずステージ上の姿からは想像できないRoseliaのドタバタな日々。

 友希那、いや彼女達とバンドを組めたことは幾つもの偶然と幸運が重なった結果かもしれない。

 でも……それに甘えず確かな絆としていきたい。

 

 

 だってアタシはRoseliaのみんなが大好きだから、ね。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

今井リサ:何気に重要人物。

湊友希那:リサルート突入?

ワンコ:筋を通した。


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番外編2-6:子猫たちの休暇

歌詞の転載はアウトだけど、普通の単語を組み合わせた曲名はセーフらしいです。

※2019/10/13規約変更


 最初に一子ちゃんの人格が現れたのは、ワンコが湊家に居候を始めてから数日後。

 その日もいつも通りワンコに勉強を見てもらっていた。

 

「ワンコ出来たわよ……って寝てるわね」

 

「すーすー」

 

 人が必死に勉強しているというのにいい気なものね。

 そんな事を思いつつも安心しきった寝顔に頬が緩んでつい頭を撫でてしまう。

 車に撥ねられそうだったユキを救ったあの行動力と決断力、今の彼女の寝顔からは想像できないわ。

 未だに幾つものバイトを掛け持ちしてるらしいから、今だけは休ませてあげよう。

 

「ん、あれ?」

 

「あら、起きたの?」

 

「……おねえちゃん、だれ?」

 

「えっ!?」

 

 先程の寝顔とはうってかわって不安気な表情、さっきまでとはまるで別人。

 私が狼狽えている間に部屋の隅へ逃げ縮こまって震えている。

 

「私は……あなたのお姉ちゃんよ!」

 

 混乱が収まらないながらも、私は彼女を安心させようと咄嗟に変な事を口走ってしまう。

 

「おねえちゃん? おねえちゃんはいちこのことぶたない?」

 

「ええ、こんなに可愛い妹を打つわけないわ」

 

 ゆっくりと彼女に近付き、しゃがんで視線の高さを合わせ微笑みかける。

 

「……えへへ」

 

 ワンコの笑顔とは違う儚い笑顔。

 ……しばらく様子を見ることにしましょう。

 

 

 

 

「にゃーんちゃん♪」

 

「にゃーん」

 

 幾分表情の和らいだ「いちこ」ちゃんはリビングでユキとじゃれ合っている。

 その様子を眺める私と両親。

 

「完全に別人だね」

 

「そうね」

 

「……どうしたらいいの?」

 

 このままワンコが戻って来なかったらと思うと胸が苦しくなる。

 

「幼少時の過酷な体験で別人格が生まれるとは聞いたことがあるが……」

 

「友希那、私達で支えてあげましょう」

 

「うん……」

 

 戸惑いはまだ残っているけれど、今まで感じたことのない感情が湧きあがってきた気がする。

 

 

 ちなみに翌日には元に戻ったようで、早朝から元気にバイトへ行っていたみたい。

 別に心配して家の中を探し回ったりしてはいないわよ。

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ、あ、友希那さん!」

 

「こんにちは、羽沢さん、若宮さん」

 

 色々と考えてみたものの、良い考えが浮かばなかったので羽沢珈琲店を訪れてみた。

 バンド名が決まったのもここだったから、何かヒントが得られる筈。

 

「ケーキセット、ハチミツティーでお願い」

 

「先刻承知です!」

 

「イヴちゃん、使い方が違うよ!」

 

 見事なボケとツッコミね。

 

「……友希那さん、何か悩み事ですか?」

 

「ええ……今度小さな子供を預かるのだけれど、どうしたら仲良くなれるかしら?」

 

 私の漠然とした質問に対して真剣に考える二人……本当に良い人達ね。

 

「友希那先輩だったら一緒に歌う、とかどうでしょう? うたのおねえさんは子供達の憧れですし」

 

「っ! そうね、私の一番誇れるものと言えば歌……ありがとう、羽沢さん」

 

「どういたしまして」

 

 考えすぎて目の前の答えが見えなくなるのは悪い癖ね。

 それでも人に相談できるようになったのは成長の証かしら?

 

「ハグです!」

 

「ハグ!?」

 

「ハグといって愛情、友情、信頼等色々ありますけど、お勧めは互いに背中に手を回す『信頼と愛情のハグ』です!」

 

「なるほど……教えてもらってもいいかしら?」

 

「はい!」

 

 私が立ち上がると若宮さんが背中に手を回す。

 

「友希那さんも私の背中に手を回してください。頭は左側に傾けて」

 

「こ、こうかしら」

 

 若宮さんの方が上背があるから、包み込まれる感があるわね。

 微かに香るフレグランスが心地いい。

 

「はい、もうちょっと強めでも大丈夫です」

 

「分かったわ」

 

 確かに無防備な背中を相手に触れられるというのは勇気がいる。

 でも若宮さんから伝わってくる熱がそんなことを忘れさせ、優しい気持ちにさせてくれる。

 

「……免許皆伝です」

 

「ありがとう、若宮先生。ふふっ」

 

 満足気な若宮さんと何故か顔を真っ赤にしている羽沢さん。

 取りあえず今度「いちこ」ちゃんの人格が現れたら試してみよう。

 駄目だったら次の手を探すだけよ。

 

 後日ハグを求めるお客さんが急増したためハグ禁止令が出たとか。

 

 

 

 

「いちこちゃん、お姉ちゃんとお歌歌ってみる?」

 

 次に人格が入れ替わった夜、早速羽沢さんから教わった事を試してみた。

 

「でも……いちこがうたうとうるさいって……」

 

「そんなことを言う人はこの家にはいないわ」

 

「じゃあ…………きらきら星がいい」

 

「ええ、分かったわ。せーの」

 

「♪~」「♪~」

 

 最初はたどたどしかったけれど段々と整ってきた。

 そう言えばワンコの歌声は聞いたことが無かったわね……。

 

「おねえちゃんじょうず!」

 

「ふふ、いちこちゃんも素敵だわ」

 

 満面の笑顔で抱きついてきた彼女の頭を優しく撫でる。

 

 ……この流れなら。

 

「ふぁっ!?」

 

 背中に手を回し若宮さん直伝のハグを決める。

 

「……いちこ、きたないよ?」

 

「そんなことないわ」

 

「いちこ、いらないこだよ?」

 

「そんなこと絶対にないわ」

 

「いちこ、んっ!」

 

 咄嗟に悲しい言葉を紡ぐ唇を私の唇で塞いでやった。

 ……我ながらどうしたのかしら?

 

「……ふぅ、私の大事な妹の悪口はそこまでよ」

 

「いちこでいいの?」

 

「あなたじゃなきゃ駄目よ」

 

「……うれしい」

 

 泣きじゃくる彼女が眠りに落ちるまで抱きしめ続けた。

 

 

 

「お父さん、お母さん、お願いがあります」

 

 口にしたからには行動しよう、彼女達を本当の妹にするために。

 

 

 

 

「……色々あったわね」

 

「んー、何か言った~?」

 

「何でもないわ」

 

 洗い場で髪の毛を洗っているリサに対して素っ気なく返事をする。

 また一緒に湊家のお風呂に入るなんて思わなかったわ。

 

「Roseliaのみんなでお泊り会が出来て嬉しいよ」

 

「そうね、悪くない」

 

「あはは~、ちょっと蘭入ってた」

 

 余計な事を言うリサに湯船からお湯を飛ばす。

 

「も~照れちゃって……」

 

 二人ずつ入浴という事でくじ引きを行い、ワンコと燐子、紗夜とあこ、そして私とリサという順番になった。

 広めの浴室にした両親に感謝ね。

 

 体まで洗い終わったリサが私の身体をじっと見つめる。

 

「な、何よ……」

 

 幼馴染といえど気恥ずかしさを感じて手で胸と大事な場所を隠す。

 

「友希那……太った?」

 

「はぁ!?」

 

 思わず声が裏返ってしまった。

 ……確かにワンコのご飯は美味しいし、リサは頻繁にクッキーの差し入れをしてくれる。

 最近は紗夜までお菓子作りを始めたようで、毎回感想を求められるわね。

 ブラックコーヒーに砂糖は必須よ!

 

「……見苦しい体かしら?」

 

「元々痩せ気味だからまだ問題ないけど、このままだと、ね」

 

 無遠慮に脇腹を摘まんでくるリサ。

 ……不味いかもしれない。

 

「夏に向けて燐子が露出の多い衣装を考えているみたいだし、アタシも気を付けないとだね~」

 

 そんなことを言いながらも、リサのプロポーションは同性の私から見ても魅力的だ。

 少しムッとしてきた。

 

「えい」

 

「ちょ、そんなところ突かないで!」

 

「えいえい」

 

「駄目だってば!」

 

「……憎たらしいほど引き締まってるわね」

 

「ダンス部で鍛えてるからね~。友希那も入る?」

 

「……初日で挫折する未来しか見えないから遠慮しておくわ」

 

「残念。まあワンコに相談すれば何とかしてくれるでしょ?」

 

「そうね」

 

 嬉々としてダイエットプランを考えるワンコの姿が目に浮かぶ。

 ……まあ悪いようにはしないでしょう。

 

 

 

 

「わ~、友希那さん、ちっちゃい!」

 

「この頃は髪が短めですね」

 

「可愛いだろう?」

 

「はい……とっても」

 

「…………」

 

 私とリサがお風呂から上がると何やら盛り上がっている様子。

 ……あれは、アルバム!?

 

「ちょっと父さん! 昔のバンドの話をするんじゃなかったの!?」

 

「ああ、話の流れで昔の友希那が見たいという事になってね」

 

「ちょ!」

 

「まあまあ。あ、アタシも写ってる。先代ワンコも」

 

 リサに羽交い絞めにされてアルバムの奪取に失敗した。

 覚えてなさいよ。

 

「先代……ワンコ?」

 

「そこに写ってる黒い大型犬のことだよ。友希那の命の恩人、いや恩犬?」

 

「そうね、私を庇って車に……お蔭で私は検査入院だけ」

 

 私の言葉に悲しげな表情を浮かべる一同、もう十年位前の話なのに……。

 

「……ワンコ、顔が真っ青よ」

 

 よく見るとワンコの顔がこの前の逃走劇並に悪い。

 

「うん……友希那さんが検査入院したのってこの近くの総合病院?」

 

「ええ」

 

「屋上で歌とか歌ってた?」

 

「そうね」

 

「喋れない包帯ぐるぐる巻きの子供に会った?」

 

「良く知ってるわね……えっ!?」

 

 頭の中で過去の記憶が呼び起され、目の前のワンコと繋が……りそうで繋がらない。

 

「もしかしてワンコだったの!?」

 

「うん、お互い変わったね。写真を見るまで全然気付かなかった」

 

 弱弱しい笑みを浮かべるワンコ。

 胸がざわつく。

 

「あまり嬉しそうじゃないわね?」

 

「……先代ワンコの件もそうだけど、私って他人の不幸でしか生きられないのかなって」

 

 指折り数えるワンコ。

 確かにアクシデントが切っ掛けだったことは多いけど……。

 

「ふざけないで!」

 

 咄嗟にワンコを強く抱きしめる。

 頭に血が上って言葉が溢れてくる。

 

「不幸なんてどこにでもあるわ! あなたが全部生み出しているとでも! 調子に乗らないで!」

 

「友希那さん……」

 

 ワンコを抱きしめる力が更に増す。

 気付くと涙が溢れていた。

 

「もがきながら必死に生きてるあなたの何が悪いの! 自分で自分が許せないのなら私が許すわ!」

 

「……ありがとう」

 

 胸の内を吐き出して少し冷静になる。

 一人で抱え込み過ぎなのよ……以前の私も同じ、か。

 もう一人にはしてあげないわよ。

 

 

 

「いや~、完全に二人の世界に入っちゃったね」

 

「まあワンコさんのしこりが解消されたようで良かったのでは?」

 

「感情的になる友希那さんもカッコイイ!」

 

「……ゆきンコ」

 

「友希那、立派になったな」

 

 お父さん、うるさい。

 

 

「そう言えばお見舞いに来たリサが泣きべそをかいていたわね」

 

「あ、茶髪の女の子が私を見て腰抜かしてた」

 

「あの包帯人間、ワンコだったの!?」

 

「漏らした?」

 

「漏らしてないよ!」

 

 立ち直りが早いのもワンコの美徳ね。

 その後もしばらくワンコを抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 意外と盛り上がった父さんのバンド時代の体験談を聞き終え、リビングに人数分の布団を敷く。

 まさか燐子がワンコと協力して人数分の猫パジャマを作ってくるなんて。

 やるわね。

 

「燐子、素晴らしい出来だわ」

 

「ありがとう……ございます」

 

「日菜に画像送るね~」

 

「はぁ、仕方ありませんね。可愛く撮ってください」

 

「くくく、わらわは闇の妖精猫ケット・シー、ニャニャーン!」

 

「うん、あこちゃん可愛い」

 

 みんなも気に入っているようでなによりね。

 

「にゃーん」

 

「ふふっ、ユキも仲間がいっぱいで嬉しいのかしら?」

 

 大人数が押しかけても動じないユキって意外に大物なのかも。

 

 

 

 

 ――見渡す限りの白い靄。

 先程まで布団の上でお喋りをしていた筈。

 試しに頬を抓ってみる……痛くないわね。

 夢の中で夢だと自覚できる現象、明晰夢だったかしら。

 曲作りの参考になるかもしれないからちょっと進んでみよう。

 

 

 最初に出会ったのは長い黒髪の女の子――どう見ても幼少時の燐子よね。

 

 手を差し出すと恐る恐る握り返してきた。

 伝わってきたイメージは……色欲!?

 意外ね。

 

 次に出会ったのはあこ、そして紗夜、最後にリサ、全員幼い姿だ。

 それぞれ憤怒、嫉妬、強欲のイメージが流れ込んでくる。

 随分悪趣味な夢ね。

 

「どうかしら、Roseliaのメンバーの本性は?」

 

 そう言って目の前に現れたのは小さい頃の私。

 やけに自信満々ね。

 

「さしずめあなたは七つの大罪の一つ、傲慢かしら?」

 

「ふふっ、流石私ね。物わかりが良い」

 

 意地の悪い笑い方に「あんな表情も出来るのね」と我ながら感心する。

 思わず撫でてしまう。

 

「な、撫でるな!」

 

 シャー、という威嚇音が聞こえてきそうな小さな私。

 

「ごめんなさい。可愛くてつい」

 

「自分の事を可愛いとか言うな!」

 

「でも今の私より猫っぽくて可愛いわよ」

 

「そ、それなら仕方ないわね」

 

 腕を組んで顔を赤らめる姿も可愛い。

 

「まあ私の夢なのだから現実と一緒とは限らないでしょう?」

 

「うっ」

 

「それに……色欲は純潔、憤怒は忍耐、嫉妬は感謝、強欲は慈善、そして傲慢は謙虚に変えていけるわ」

 

「随分前向きな発言ね」

 

「近くに見本がいるのはあなたも知っているでしょう? それに伊達に青薔薇を掲げていないわよ」

 

「……はぁ、付け入る隙が全く無いわね」

 

 やれやれとため息をこぼす彼女をそっと抱きしめる。

 

「私が不甲斐なかったら叱りに来なさい。それから次は猫耳を付けてくれると嬉しいわ」

 

「ちょ、調子に乗るな、バーカ!」

 

 彼女の怒鳴り声と共に意識が薄れていった。

 

 

 

 

「……変な夢ね」

 

 目を覚ますと見慣れたリビング、そう言えばみんなで雑魚寝したわね。

 体と体が複雑に絡み合って動けない。

 そしてこちらを見つめているワンコと目が合う。

 

「眺めてないで助けなさいよ」

 

「もうちょっと友希那さんの寝惚け顔を堪能したかったのに、残念」

 

 そうは言いつつも私に絡みついた手やら足やらを丁寧に外す。

 

「良い寝顔だったけど良い夢が見れた?」

 

「さあ、どうだったかしら?」

 

 時間が経つにつれて薄れていく夢の内容。

 それでも奇妙な満足感だけは胸に残った気がする。

 

 

 

 

 Roseliaの絆強化お泊り会は上手くいったのかしら?

 でもあなた達への理解が深まったこの夜の事は大切な思い出になったわ。

 

 さあ、不可能を成し遂げにいきましょう。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

伏線も大体回収しました。

次はアンケート1位Roselia回です。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

湊友希那:新米姉妹のふたりうた。

いちこ:おねえちゃんだいすき。

羽沢つぐみ:羽沢珈琲店の風紀が乱れがちなので紗夜さんを呼ばないと。

若宮イヴ:若宮流抱擁術創始者。

【傲慢】友希那:ちっちゃかわいい。


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番外編2-7:ろぜキャン(アンケート1位)

アンケート1位Roselia(15票/34票)

安定の支離滅裂回です。


「キャンプ、ですか?」

 

「ええ、そうよ」

 

 CiRCLEでの練習が終わり片付けをしている時に、湊さんから発せられた言葉は意外なものでした。

 

「『FUTURE WORLD FES.』への出場権を賭けたコンテストまであまり時間は無いと思いますが」

 

「そうね。でも集中して毎日長時間練習している分、あなた達も疲労が溜まっているんじゃない?」

 

「……そうかも知れませんね」

 

 反射的にここ数か月酷使し続けた右腕を見てしまいます。

 確かに怪我でもして本番に支障をきたしてしまっては目も当てられません。

 

「それに一泊二日の短いものだから」

 

「まあそれなら……でもキャンプの経験者は?」

 

「あ、アタシならちょっと分かるよ。ワンコも経験あるけどバイトだっけ?」

 

「うん、昔のバイト先からの呼び出し」

 

 ワンコさんがいないのは痛いですが、今井さんがいれば何とかなる、かしら。

 

「あこはおっけーです!」

 

「わたしも……頑張ります」

 

 恐らく一番疲労が溜まっているだろう宇田川さん、最近積極的になってきた白金さんも参加の意思を示しました。

 たまには自然に囲まれて過ごすのも良いかも知れません。

 

「初心者歓迎なところで探すから問題ないわ」

 

 自信満々に言う湊さん、小型犬みたいでちょっと可愛いですね。

 

 

 

 

「……で、一体どういう状況でしょうか?」

 

「……さあ?」

 

 キャンプ当日、始発で最寄駅まで向かいそこからバスに乗りました、けれど。

 

 

「テメェ、アフロなんて略しやがったなぁ!」

 

「アフグロよりマシだろ、オラァ!」

 

 

「パスパレは千聖様でもってるんや!」

 

「ハァ? 麻弥さんディスったらケツドラムやぞ!」

 

 

「今、友希那の悪口言ったよね? よね?」

 

「アイエエエ!? リサ!? リサナンデ!?」

 

 

 女性のみの車内は罵声が飛び交っています。

 というか今井さん、知らない人の頸動脈にヘアピンを突き立てようとしないでください。

 ……これが大ガールズバンド戦国時代の到来でしょうか?

 

「りんりん、怖いよ~」

 

「わたしも……」

 

 あまりの恐怖に抱きしめあう白金さんと宇田川さん。

 流石にこれ以上は教育上よろしくありませんね。

 

 

 パンッ!

 

 

 柏手を一つ打ちます。

 車内が水を打ったようになりました。

 

「車内ではお静かに」

 

 なるべく凄みを感じさせる笑顔、伊達に風紀委員をやってはいないのでこれくらいは造作もありません。

 

「紗夜、やるわね」

 

「湊さんは今井さんを抑えてください」

 

「どうどう」

 

「友希那どいて! そいつ△せない!」

 

 Roseliaの中で一番狂暴なのは今井さんなのでは?

 まあ、私も日菜の事を馬鹿にされたら、それ相応の落とし前はつけますけど。

 

 

 

 

 バスに揺られること数十分、着いたのは山の中腹の山小屋でした。

 着替えを渡され更衣室で着替えると迷彩服の集団に。

 

「あれ?」

 

「湊さん、本当にキャンプに申し込みましたか?」

 

「ええ、これよ」

 

 プリントアウトしたものを見ると。

 

「『初心者歓迎♪ お試しブートキャンプ』?」

 

「ブートキャンプは新兵訓練プログラム……普通のキャンプとは別物」

 

「りんりん詳しい~」

 

 白金さんの言葉にクラクラしてきました。

 

「ごめんなさい」

 

「アタシも確認しなくてゴメン」

 

 頭を下げる湊さんと今井さん。

 果たしてこれからどうなることやら……。

 

 

 

「訓練教官のブラックドッグだ。話しかけられた時以外は口を開くな。口で糞垂れる前と後に“Ma'am”と言え。分かったか、蛆虫ども!」

 

「貴様ら雌豚どもが俺の訓練に生き残れたら――各人が星四となる。イベントに祈りを捧げる死の司祭だ」

 

「その日までは蛆虫だ! 地球上で最下等の生命体だ。貴様らは人間ではない。星二の糞をかき集めた値打ちしかない! 」

 

「俺は厳しいが公平だ、人種差別は許さん。ボッチ、ヘタレ、ヒス、根暗、厨二病を、俺は見下さん。すべて――平等に価値が“ない”!」

 

 黒いガスマスクとアーマーを付けた教官の罵声の嵐に身がすくみます。

 というか昔の戦争映画のようで頭が痛くなってきました。

 湊さんにいたっては顔面蒼白です。

 ……宇田川さんは何故か瞳を輝かせていましたが。

 

 

「ふざけるな! 大声出せ! コンボ切れたか!」

 

 

 その後も参加者に向かって怒鳴り散らします。

 返事が小さいと何度も復唱させられ、反抗的な態度を取った大柄な女性は瞬く間に組み伏せられました。 

 

 

 私達の傍を通りかかった教官は、いきなり白金さんの豊満な胸を鷲掴みにしました。

 

「お前はどこ出身だ?」

 

「んっ……マム、東京です、マム!」

 

「まるでそびえ立つプリンだ。東京出身には腐女子と百合豚しかいない。腐女子には見えんから百合豚だ!」

 

「マム、イエス、マム!」

 

「正直なのは感心だ。気に入った。家に来て姉をフ○ックしていい」

 

 白金さんあんなに顔を真っ赤にして。

 なおも感触を楽しむかのように揉みしだく、なんて羨ま……破廉恥な!

 

 

 

 

 その後柔軟体操を終えた後に待っていたのは、障害物コースのランニングでした。

 今井さんと宇田川さんは何とか付いていけたものの湊さんと白金さんは……。

 

「……」「……」

 

「ケツの穴を引き締めろ! 無償スターを捻り出せ! さもないと課金地獄だ!」

 

 罵倒された挙句バケツで水を掛けられていました。

 

 

「湊さん、リタイアしませんか?」

 

「紗夜、不甲斐ないところを見せてごめんなさい。でもやり遂げたいの」

 

「わたしも……です」

 

「お二人がそう言うなら……頑張りましょう」

 

 こういう意地の張り方、嫌いではありません。

 私にも似たようなところがありますから。

 

 

 

 

 簡単な昼食の後は銃の分解・組立と応急処置の講座がありました。

 手先が器用な今井さんと白金さんは問題ありませんでしたが。

 

「おかしいわね。部品が一つ余ったわ」

 

「りんりん、部品が無いよ~!」

 

「今度はお前達か! お放置厨か? それともお切断厨か?」

 

 何と言うか……教官もお疲れ様です。

 銃の分解・組立は実生活で使う機会は無いと思いますが意外と面白いですね。

 応急処置は次の合同体育祭で役に立つかも知れません。

 次は……内臓が飛び出た時の対処法ですか。

 

 

 

 

「今日のラストは楽しい楽しいランニングだ。終わった班からママのオッパイにありつけるぞ!」

 

 手渡された荷物は十数キロ位、普段背負っているギターに比べれば少々重たいけれど何とかなるでしょう。

 問題は……。

 

「……結構重たいわね」

 

「……はい」

 

 不味いかも知れませんね。

 リタイアするという選択肢は無いわけでして。

 

「今井さん、宇田川さん、お二人にお願いが」

 

「私が友希那の分を手伝って」

 

「あこがりんりんの分ですね!」

 

「ええ、話が早くて助かります」

 

 湊さんの半分を今井さんにお願いして、白金さんの半分を私、四分の一を宇田川さんにお任せしました。

 後は状況に応じて再配分しましょうか。

 

 

 

 

「貴様の班でラストだ! 熊の餌にならずに完走とはフルコンボものだな!」

 

「マム、ありがとうございます、マム!」

 

「よし、飯は自分たちで作れ! キャンプの醍醐味だ!」

 

 どうやらラストの班には食事は用意されていないみたいです。

 

「う~ん、この材料だとカレーでいいかな?」

 

「そうね。リサのカレーは絶品だわ」

 

「リサ姉のカレー楽しみ~」

 

「カレーは飲み物……」

 

 カレーと聞いた途端元気になる皆さん。

 まあカレーが嫌いな人はいないと思いますが。

 

「私も手伝いますね。……私の分は人参抜きでお願いします」

 

 

 湊さんの言うとおり今井さんのカレーはとても美味しかったです。

 玉ねぎの炒める時間がポイントだとか……今度試してみましょう。

 余ったカレーを他の班におすそ分けしているあたり、今井さんのコミュ力は侮れません。

 

 

 

 

 食後の片付けを終えるとシャワータイムでした。

 一日でかなり土と埃にまみれたので嬉しい限りです。

 着替えのジャージと一緒に筋肉痛緩和のスプレーが置いてありましたので、ありがたく使わせていただきました。

 

 

 

 

「紗夜も外に出てみない?」

 

「はい?」

 

 宿泊所で横になっていると湊さんに呼ばれました。

 既に外には他のメンバーもいて空を見上げています。

 

「…………綺麗」

 

 見上げれば満天の星、圧倒されて月並みな感想しか出てきません。

 

「……これが星の鼓動、でしょうか」

 

「そうですね……ギターがあったら掻き鳴らしてしまいそうです。これも湊さんが間違えたおかげですね」

 

「ふふっ、紗夜からそんな軽口が聞けるようになるなんて思わなかったわ」

 

 湊さんの言葉に自分の変化を改めて実感しました。

 下を向いてばかりいたあの頃、今では…………。

 

「雨……ですね」

 

「えっ?」

 

 いつの間にか流していた涙を白金さんがハンカチで拭ってくれました。

 ちょっと恥ずかしい、です。

 

「紗夜さん、カンキワマリですね!」

 

「おや~、紗夜も意外と乙女かな~」

 

「今井さんだけには言われたくありません!」

 

 

 

 

 二日目は一日目の逆で荷物を持って中腹へ戻り、昼食後に送迎バスで駅へと向かいました。

 流石にその日は個人練習のみで翌日の月曜日放課後に全体練習です。

 スタジオの扉を開けると先客が二人いました。

 

「……お二人は何を」

 

「……制裁」「制裁され中」

 

 白金さんが背後からワンコさんの胸を揉んでいます。

 

「公衆の面前で……酷い」

 

「ちょっとバイトに気合が入りすぎて。揉むには申し訳ない大きさですが、気が済むまでどうぞ」

 

 やっぱりブラックドッグ教官はワンコさんでしたか。

 白金さんが嫌がっていなかった時点で何となく想像はついていましたが。

 

「宇田川さんが来たら止めてください。教育に悪いので」

 

「はい」「うん」

 

「おまたせ~」

 

 次の瞬間、残りの三名が入ってきました……普段とは違い機敏な動作で離れる白金さん。

 

「ワンコ先輩、聞いて! 聞いて! 一昨日と昨日のキャンプでブラックドッグ教官って超カッコイイ人がいたの!」

 

「ぶっ」「ぶはっ」

 

 湊さんと今井さんが吹き出します。

 宇田川さんだけが正体に気付いていないようですね。

 

「へー、そうなんだ」

 

「次があったら蛆虫から卒業したいな!」

 

「うん、きっと大丈夫」

 

 

 今日も変わらず賑やかなRoselia。

 だけど今まで以上の演奏が出来そうな気がします。

 だってあの時感じた星の鼓動が、私の胸の中でまだ収まってくれないのだから。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

次は本編3です。

アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

氷川紗夜:雨女返上かと思いきや。

湊友希那:ワンコのブックマークから申し込んだのが事の発端。

今井リサ:胃袋の支配者。

白金燐子:公衆の面前で揉まれて新しい扉が。

宇田川あこ:カッコイイの幅が広い。

ワンコ:仕事中は全力。


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番外編2-8:ユキの日

本編の筆の乗りが悪いので代わりに書きました。


「にゃーん(また夢かしら)」

 

 私の発した言葉は猫の鳴き声となって見慣れた私の部屋に響いた。

 自分の手を見ると肉球が付いていて爪が出し入れ出来る……まあ猫の手ね。

 首を捻れば白い毛並み、まるでユキね。

 

 「夢は抑圧された潜在的な願望」という説もあるけど、まさか猫になる夢を見るとは思わなかったわ。

 どうせならサーバルキャットやスナネコを撫でてみたかったけど、具現化するだけの情報量が足りなかったのかしら?

 

「にゃん?(もしかして、友希那おねえちゃん?)」

 

 トコトコと白い毛並みの猫が近づいてくる。

 まあ普通に考えれば。

 

「にゃん(そうよ。あなたはユキね)」

 

「にゃにゃ!(うん、おねえちゃん猫になれたんだ!)」

 

 どうやら猫同士意思の疎通は出来るようね。

 ユキは嬉しくてたまらないようで私の鼻に鼻をくっ付けてきた。

 鼻チュー……まあ普通の挨拶ね。

 

「にゃ?(何か不便な事は無いかしら?)」

 

「にゃん(ううん、いつも楽しいよ。……ちょっと撫で過ぎな時もあるけど)」

 

「にゃー(善処するわ)」

 

 頬を摺り寄せてくるユキ。

 飼い主として、姉として、嫌われていなかったことに安堵する。

 ……まあ夢だけどね。

 

 尻尾同士を巻きつけ合うなんて人間の身体では出来ない行為に少し興奮した。

 

 

 

 

「にゃあ?(さてこれからどうしようかしら?)」

 

 遊び疲れたユキはベッドの下で寝てしまったので暇になった。

 このまま寝てしまえば夢から覚めてしまいそうで勿体無いわね。

 

 

 コンコンコン!

 

 

「失礼します」

 

「にゃあ(あら、紗夜じゃない)」

 

「こんにちは、ユキさん」

 

 どうやら私の事をユキと間違えているようね。

 猫に造詣が深い私からすれば猫になり切るなんて造作もないことよ。

 

「ワンコさんに聞いたのですがユキさんは猫が出来ているという事で……撫でてもよろしいですか?」

 

「にゃん(構わないわ)」

 

 真剣な顔をして何事かと思えば……紗夜のそういう所、嫌いじゃないわ。

 私はカーペットの上に正座をしている紗夜の膝の上に乗る。

 ふふっ、不思議な感じだわ。

 

「それでは失礼します」

 

 

 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ

 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ

 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ

 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ

 モフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフモフ

 

 

 情け容赦なく全身を弄られた。

 逃げようとしても抑え込まれる。

 一気呵成、阿鼻叫喚のモフリタイム。

 

 

「ふうっ、やはりふわふわした動物は最高ですね!」

 

「…………にゃ、にゃあ(そ、それは……良かったわ、ね)」

 

 艶々した笑顔の紗夜とぐったりした私。

 何回か意識が飛びかけたわ。

 

 

 あの紗夜がこんなになるなんて……本当に私の夢なのかしら?

 

 

 

 

「こんにちわ~、モカちゃんで~す」

 

「にゃあ(ゆきにゃよ)」

 

 私の疑問にはお構いなく紗夜が出ていくと新たな訪問者が。

 次にやって来たのは青葉さんのようね。

 

「え~と……それでは失礼して」

 

 私を優しく抱っこする青葉さん。

 捉えどころのない印象に反して抱っこの仕方は完璧。

 伊達ににゃーんちゃんがプリントされた服を着ていない、というわけね。

 

「おー、可愛いですねー」

 

「にゃあ(ありがとう)」

 

 紗夜とは違い安心して身を任せられそうね。

 と、思ったら。

 

 ポタ……ポタ……

 

「にゃ?(あら?)」

 

 何かが当たる感触に上を見ると青葉さんの目から涙が。

 

「蘭……置いてっちゃやだよ……」

 

「にゃ、にゃ!?(どうしたの!?)」

 

 普段の飄々とした彼女からは想像できない悲しげな表情。

 

「もう一緒に……歩いていけない……のかな」

 

 幼馴染同士気の置けない関係であろう美竹さんとの間に何が……。

 いつも私を見守ってくれていたリサだったら何て言うのかしら?

 

 スリスリ

 

 もっとも今の私にできるのは頭を擦りつける事ぐらい。

 

「……慰めてくれるのー?」

 

「にゃー(当然でしょ)」

 

「うん……モカちゃんもう少し頑張れそう」

 

 ……先輩として何かしてあげないとね。

 

 

 

 

「やあ、子猫ちゃん」

 

「にゃあ(今は正真正銘子猫よ)」

 

 今度は瀬田さんか……正直よく分からない人ね。

 

「ああ……何という美猫なんだ、儚い!」

 

「にゃーん?(ありがとう、でいいのよね?)」

 

「避けることができないものは、抱擁してしまわなければならない。つまり……そういうことさ」

 

「にゃん!(にゃーんちゃんの可愛さから逃げることが出来ないのならば抱っこするしかない。つまりそういうことね!)」

 

 抱き方も優雅、流石は羽丘のトップスターなだけあるわね。

 

「……はぁ、ちーちゃんとももっと仲良くできればいいのに」

 

 私の顎の下を撫でながら呟くその表情は酷く苦しげだった。

 ちーちゃんって確か白鷺さんの事だったかしら?

 

 それにしても猫相手だとみんな本音をさらけ出すわね。

 

 

 

 

「花園たえです」

 

「にゃあ(湊ゆきにゃよ)」

 

「好きなものはポピパ、香澄、兎、香澄、肉、香澄」

 

 ……戸山さんの事を三回言ったわね。

 

「最近香澄が構ってくれないんだ」

 

 首根っこを掴まれ持ち上げられる。

 母猫が子猫を運ぶ時と同じ状態なので体から力が抜け動けなくなる。

 

「兎って寂しいからって死なないけど、餌を貰えないと死んじゃうんだよ?」

 

「…………」

 

 目と目が近づく……ハイライトの消えた目で見つめないで欲しいわね。

 リサなら確実にお漏らしよ。

 

「ふふっ、あなたのご主人様はそんな事無さそうで良かったね?」

 

「…………」

 

 誰か助けて。

 

 

 

 

「日菜でーす!」

 

「…………」

 

 先程の恐怖体験で力を使い果たしたので、寝そべったまま尻尾を少しだけ振って挨拶をする。

 姉に続いて妹まで激しいスキンシップは勘弁してほしいわね。

 

「ありゃー、お疲れだね~」

 

 そう言うと優しく撫でてくる。

 これなら一安心ね。

 

「あれ……これっておねーちゃんの匂い」

 

 

 クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ

 クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ

 クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ

 クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ

 クンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカクンカ

 

 

 情け容赦なく全身の匂いを嗅がれた。

 猫の身体とはいえ大事な部分までは嗅がないでほしい。

 ワンコにも嗅がれたことは無いのに……。

 

 

「るんっときたよ~♪」

 

「……にゃあ(もうやだこの姉妹)」

 

 死と隣り合わせの野良猫に比べたら飼い猫は恵まれていると思っていたけれど、大いに認識を改める必要があるわね。

 

 

 

 

「にゃ~(あ~よく寝ちゃった)」

 

「……にゃあ(……おはようユキ)」

 

「にゃ、にゃ!(おねえちゃんがゲッソリしてる!)」

 

「にゃあ(いい経験になったわ。これから立派な姉を目指すからもう寝かせて)」

 

「にゃー(それじゃあ寝る前におトイレ行こう)」

 

「にゃ!?(にゃ!?)」

 

「にゃん、にゃん(大丈夫だよ、お母さんの代わりに私がお尻を舐めて出やすくするから)」

 

「にゃあ!(遠慮するわ!)」

 

「にゃ(おまかせ、だよ)」

 

 

 

 

「はっ! 元に戻ってる。良かった……本当に良かった」

 

 目を覚ますと見慣れた私の部屋、手を見るとちゃんと人間の手だ。

 ……お尻に手を当てて確認、大丈夫漏らしてはいない。

 ユキもケージの中で大人しく寝ている。

 ワンコも私の横で寝息を立てている。

 

 この前のお泊り会といい変な夢を見ることが増えた気がするわね。

 

 とりあえず美竹さん、白鷺さん、戸山さんには後で連絡を取ろう。

 頭がおかしいと思われるかもしれないが、何となく行動した方が精神衛生上良い気がするわ。

 

 氷川姉妹に関しては……ふれあえる動物園のペアチケットでもプレゼントしようかしら?

 それと絶対にユキと二人っきりにはさせないわ。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

湊友希那:新たな扉を開きかける。

ユキ:皮つまみマッサージが好き。

氷川紗夜:ギターのやべーやつ、このままだと警察沙汰。

青葉モカ:ギターのふつーのやつ、このままだとヤンデレ化。

瀬田薫:ギターのふつーのやつ、このままだとドM化。

花園たえ:ギターのやべーやつ、このままだと警察沙汰。

氷川日菜:ギターのやべーやつ、このままだと週刊誌沙汰。


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本編3(シーズン1春)
本編3-1:九牛の一毛(前編)


UA9,000&お気に入り70件突破ありがとうございます。

合同体育祭の準備編です。


「それではこれで合同体育祭の打ち合わせを終わります。お疲れ様でした」

 

『お疲れ様でした』

 

 紗夜さんの言葉で羽丘の一室で行われた打ち合わせが終了した。

 早速配布された資料について横にいるつぐみちゃんと確認を行う。

 どうなるかと思った合同体育祭も実行委員会の面子を見ると心強い。

 

「流石紗夜さん、分かりやすい資料ですね」

 

「うん、特に問題は無さそう。細部の詰めもすぐに終わるね」

 

 風紀委員の筈が何故か体育祭実行委員も兼任、仕事は仕事のできる人に集まる法則。

 根を詰め過ぎなければいいけど。

 

「はあ~、凛々しいおねーちゃんもるん♪ ってするな~」

 

 横では日菜ちゃんがうっとりとした表情で机に突っ伏している。

 

「日菜、何故あなたがここにいるの?」

 

 あ、紗夜さんが来た。

 

「おねーちゃんが花女の代表って聞いたから手伝いたいなって」

 

 日菜ちゃんのキラキラとした瞳に頭を抱える紗夜さん。

 学校行事に興味の無さそうな日菜ちゃんに、紗夜さんの事を聞かせたのは私なのでちょっとだけ後ろめたい。

 

「……ワンコさん、羽沢さん、妹が確実に迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします」

 

「うん、逆にこき使う」

 

「いいえ、大変助かります!」

 

「もー、おねーちゃんは心配性だなー!」

 

「花咲川にいてもあなたの奇行は伝わってきているわ」

 

「えへへ、照れちゃうな」

 

「褒めてないわよ!」

 

 そっか花咲川にまで……。

 落ち葉で焼き芋やろうとして消防車が来そうになった時は現場に居合わせたし。

 ……焼き芋は美味しかったけど。

 

 

「それではワンコさん、このまま練習に行きましょうか」

 

「うん、ちょうどいい時間」

 

「ずるいな~。そうだ、つぐちゃんデートしよ?」

 

「ふぇっ、日菜先輩とですか!?」

 

「日菜!?」

 

 これは予想外の展開。

 紗夜さんも気が気ではない様子。

 

「えっと……嬉しいんですけど、今日はお店の手伝いが」

 

「そっかー、じゃあ暇してる彩ちゃん呼んで羽沢珈琲店でお茶にしよっと」

 

「ご、ご利用ありがとうございます」

 

 悪意は無いんだろうけど、流石に現役アイドルの彩さんにその言い様はどうかと思う。

 普段の彩さんの心労が容易に想像できる。

 ……まあ、日菜ちゃんらしいけど。

 

「ん、ワンコちゃんどうしたの?」

 

「日菜ちゃんは日菜ちゃんだな、って」

 

「あはは、そんなの当たり前じゃん♪」

 

 全く……良い笑顔しちゃって。

 アイデンティティがこれほど強固な人間を他には知らない。

 

「その顔、さてはあたしに惚れちゃったかな?」

 

「んー、紗夜さんの次には好き、かも」

 

「おねーちゃんの方が可愛いから当然だよ!」

 

 力説する日菜ちゃん。

 今までで見た表情の中で一番真剣だった。

 紗夜さん愛されてるな。

 

 

「羽沢さん……羽丘では普段からあのような会話が飛び交っているのですか?」

 

「あ、あはは、流石にあの二人位じゃないんでしょうか?」

 

 

 

 

「わざわざ教室まで付き合ってもらってありがとう」

 

「いえ、普段ワンコさん達が授業を受けている場所に興味があったので」

 

 二年B組の教室へ紗夜さんを伴って鞄を取りに向かう。

 何だか不思議な気分。

 

「ここが私の教室」

 

 自分の席に座り中から教科書を取り出し通学鞄に入れる。

 

「二年B組……私と白金さんも二年B組ですよ」

 

「それは驚き。『湊さん、何度も言いますが授業中に作詞は止めてください』」

 

「私の物真似ですか? 『大丈夫よ、紗夜。ワンコに後で教えてもらうから』」

 

「意外と上手。『友希那さん……授業態度で留年の可能性も……』」

 

「『友希那さん。流石にそこは頑張って』こんな感じでしょうか?」

 

「『おねーちゃん、遊びに来たよ!』『友希那、調理実習で作ったクッキー食べる?』」

 

「……ぷっ」「ふふっ」

 

 物真似合戦に思わず吹き出してしまう。

 

「……そんな日常もあったかもしれませんね」

 

 私の机を指でなぞりながらしみじみと呟く、どこか寂しそうな紗夜さん。

 日菜ちゃんとの間に溝が無ければ羽丘に進学していた、とか考えてるんじゃないかな。

 

「うん、紗夜さんと日菜ちゃんが姉妹でアイドルデビューしている日常も」

 

「それはありません」

 

 良いと思うんだけど。

 ……今以上に振り回される光景が見えるのは確定。

 スケジュール管理とか紗夜さんに丸投げしそう。

 

「残念。……今回の合同体育祭は紗夜さんの発案?」

 

「いえ、弦巻さんが現生徒会に進言したらしくトントン拍子に」

 

「あ、納得」

 

 恐るべしこころちゃん。

 弦巻家ってやっぱやべー。

 

「……実行委員には立候補しましたけど」

 

 顔を背けてぽつりと漏らす、耳が赤いのは隠せてない。

 

「ワンコさんこそ日菜を巻き込みましたね」

 

 あ、ばれてる。

 

「『やりたい様にやりなさい』が湊家の家訓。私は面白くなるように動くだけ」

 

「ふふっ、そういう事にしておきましょう」

 

 夕日が差し込む教室で微笑む紗夜さん、それを見れただけで生徒会の手伝いを買って出た甲斐があると感じる単純な私。

 最初に会った時の彼女からは想像できない表情。

 どれだけの葛藤や苦悩があったのか私には想像もつかないけど……良かった。

 

「さあ行きましょう。湊さんに怒られてしまいます」

 

「うん」

 

 差し出された手を取り立ち上がる。

 

「合同授業は厳しいかも知れないけど、他にも一緒にできたらいいね」

 

「そうですね。両学園の生徒が楽しめるような企画を考えてみます」

 

 

 過ぎ去った過去にさようなら、これからの未来にこんにちは。

 

 

 

 

「遅いわよ」

 

「ごめん、ところでなんで柔軟してるの?」

 

 何故かジャージ姿になって床で前屈をしている友希那さん。

 リサさんは背中を押す係だ。

 

「より良い歌を歌うためのトレーニングよ」

 

「チアの練習であまりの身体の固さにドン引きされてたしね~」

 

「ちょっと、リサ! んっ!」

 

 顔を紅潮させて睨みつける友希那さんと黙らすように背中を抑えて前屈させるリサさん。

 最近は周りへの気遣いそのままに、友希那さんへの遠慮が無くなって小悪魔っぷりが上がったような。

 友希那さんも満更ではなさそうなので微笑ましく見守っている。

 

「続きは家でやろう、夜の柔軟体操」

 

「えっ」「あっ」

 

 私の言葉に赤くなるリサさんと燐子さん。

 特に深い意味はないのに。

 

「りんりん、何で赤くなってるの?」

 

「な、何でもないよ……あこちゃん」

 

 こっちを恨みがましい目つきで見ないで燐子さん。 

 

「早く練習しませんか?」

 

 いつの間にか準備を終えている紗夜さんが急かす。

 あのキャンプ以来、今までより楽しんでギターを弾いている気がする。

 

「ええ、頂点を目指すわよ」

 

 ジャージ姿での発言でも友希那さんだと何故か様になる。

 燐子さんが毎回衣装を張り切る理由がちょっと分かった気がした。

 生半可な衣装だと何を着ても一緒、実にデザイナー泣かせ。

 私も裁縫技術を磨いて燐子さんのイメージ通りに仕上げないと。

 

 

 

 

「……良かったわ。今日はこれで終了」

 

 満足気な友希那さんの言葉で緊張が解ける。

 各々が私の用意した飲み物とタオルを取り体を休める。

 

「あこちゃん、ちょっといい?」

 

「う、うん」

 

 まずは手首、次に足首を揉む。

 

「痛いところある?」

 

「んー、特に無いかな」

 

 続いて腰を揉む。

 

「ここら辺は?」

 

「ちょっと痛いかも……あこ怪我してる?」

 

「まだ大丈夫。念の為に帰ったら巴ちゃんに相談してみて」

 

 不安げな表情のあこちゃんの頭を撫でて安心させる。

 一応私から巴ちゃんにもメッセージ送っておこう。

 

「『あこさんは成長期なんだから気を付けるッス!』って麻弥さんが。ドラマーって腰を痛める人が多いって」

 

「そう言えばお姉ちゃんもそんな事言ってた。まやさんにお礼言っておいて!」

 

「うん。Roseliaのメンバーは痛みを隠しがちだから気を付けてね」

 

 私がそう言うと他の四人が目を逸らす。

 自覚あるのか。

 

「そんなわけで帰ったら体のケアを怠らず、夜更かしせずに早めに休んでください」

 

 

 

 

「さっきと言ってる事が違わない?」

 

 仕方がなくといった感じで宿題をしている友希那さんとユキを膝に乗せパソコンで柔軟体操を調べている私。

 宿題が終わるまで寝かせない方針。

 

「学生の本分は勉強」

 

「むぅ……」

 

 この前の中間テスト以来どうも気分が乗らないみたい。

 このままじゃ効率も上がらないか。

 

「ちょっとベッドの上にうつ伏せになって」

 

「分かったわ」

 

 うつ伏せになった友希那さんの上に馬乗りになる。

 まずは肩甲骨らへんを――。

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ、はぁ」

 

 何度やってもやり過ぎてしまう。

 だって友希那さんの必死に耐える声って……理性が持たない。

 

「全く……やり過ぎよ」

 

「じゃあ今後止めます?」

 

「……嫌とは言ってない」

 

「嬉しい」

 

 上半身を起こして身だしなみを整えている友希那さんに抱きつく。

 勢い余って押し倒してしまった。

 

「もう……甘えん坊ね」

 

 口ではそう言いつつも優しく背中をさすってくれる。

 甘える相手なんていなかったし。

 人には偉そうなことを言っても所詮これが本性。

 

「ワンコはスキンシップが大事」

 

「……『Roseliaのメンバーは痛みを隠しがち』全くその通りね」

 

「私の場合は情緒不安定」

 

 友希那さんの香りに包まれると安心する。

 いつからこうなったのだろうか……。

 汗ばんだ友希那さんの部屋着に顔を押し付けて存分にグリグリしてから顔を上げる。

 目の前には真剣な表情。

 

「約束しなさい。私の前では弱音を吐き出すことを」

 

「……うん」

 

 差し出された小指に自分の小指を絡める。

 何だかドキドキする。

 

「にゃー」

 

「そうね、あなたもいたわね」

 

 頭にユキの重さを感じる。

 偶然が重なって助かった命、私も変わらないか。

 

「友希那お姉ちゃんにユキお姉ちゃん、か」

 

「あら湊家三女でいいの?」

 

「多頭飼いのコツは先住猫へのリスペクト」

 

「にゃん」

 

「ふふっ、あなた達がそれでいいなら構わないわ」

 

 優しくて意地っ張りな長女、空気を読むのが得意な次女、強がってるけど寂しがりな三女。

 ……凸凹姉妹、悪くないかな。

 

「それはそれとして宿題の続き」

 

「え、ええ」

 

 友希那さん分を補給した私は容赦しない。

 だって一緒に三年生になりたいし。

 

 

 

 

「紗夜ちゃんの代わりに来ました丸山彩です♪」

 

「同じく……白金燐子です」

 

 風紀委員の方で外せない仕事があるとかで、紗夜さんの代わりに来たのがこの二人。

 顔見知りな分やりやすい。

 

「それでは彩さんは日菜先輩と一緒に書類チェック、燐子さんはワンコ先輩と一緒に備品チェックをお願いします」

 

「うん、了解!」「はい……」

 

 つぐみちゃんの的確な指示。

 普段から私やイヴちゃんを使いこなしているだけあって流石の貫録。

 私と日菜ちゃんが付いていると言い含めてあるから無理はしない筈。

 もし無理したらミニスカメイド姿で一日接客、とは日菜ちゃんの提案。

 

「じゃあ燐子さん、備品チェックに行きましょうか」

 

「はい……」

 

 昨日の紗夜さんに続いて今日は燐子さんと一緒に学園内を歩く。

 不思議な感覚。

 

 

 

 

「さて、この屋外体育用具倉庫で最後ですね」

 

「ここまでは……特に問題なしです」

 

 私が備品の個数と状態を確認して燐子さんがタブレットに入力する。

 入力されたものとデータベース上のものが合致すれば問題無し。

 元々管理がしっかりしているので、燐子さんの言うとおりここまでは特に問題は無かった。

 不足があったり状態が悪かったりすると、弦巻家が用意しそうな気がするので出来れば避けたい。

 

「ちょっと奥まったところに」

 

「……大丈夫ですか? あっ!」

 

「えっ?」

 

 燐子さんの声に振り向くと何かに躓いた燐子さんが倒れかかってきた。

 それと同時に飛んでくるタブレット。

 咄嗟にタブレットは掴んだものの、燐子さんの制服の上からでも分かる豊満な胸に押し潰された。

 テニスのネットがクッションになったおかげで後頭部は守られたけど。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「うん、大丈夫。燐子さんは?」

 

「わたしも……大丈夫」

 

「良かった」

 

 手伝いに来てもらった人に怪我をさせたら大問題。

 それ以前に大事な仲間だし。

 置きあがった燐子さんにタブレットを返すと燐子さんの制服に付いた砂埃を払う。

 これで大丈夫かな?

 

「し、叱ってください!」

 

「え!?」

 

 全然大丈夫じゃなかった。

 何を言っているのかちょっと理解できない。

 

「一歩間違えば……ワンコさんが大怪我を」

 

「特に怪我もしてない上に燐子さんに悪気があったわけじゃないし」

 

「そ、それでも……」

 

 強い決意を秘めた目。

 引き下がってはくれないみたい。

 タブレットを置いて何でもこいの姿勢だ。

 

「じゃあ失礼して……ていっ」

 

「あうっ」

 

 ハイパー手加減したデコピン。

 デコピンなんていつ振りだろう……施設の悪餓鬼を教育した時以来か。

 

「これでいい?」

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 デコピンして感謝されるとか初めて。

 さて備品の確認の続きを。

 

「……ごめんなさい」

 

 今度は抱きしめられた。

 うわっ…………良い匂い。

 

「わたしの震えが収まるまで……このままで」

 

「うん、気の済むまで。……今日はありがとう、手伝いに来てくれて」

 

「っ! でもあまり……役に立っていないような」

 

「そんな事ないよ。私みたいな人見知りにとって相棒が仲間で僥倖」

 

「ワンコさんが……人見知り?」

 

「強がるのは得意。へいきへっちゃら、ってやつ?」

 

「ふふっ……知りませんでした」

 

「燐子さんも成長できてる。私が保証する」

 

「ありがとう……ございます」

 

 震えが収まってきた。

 大丈夫、燐子さんの頑張りは私が傍で見てきたから……もっと胸を張って。

 

 時間にして数分、燐子さんには悪いが私にとっては幸福な時間を過ごした。

 

 

 

 

 

「ワンコちゃん達遅いよ~」

 

「日菜ちゃんが凄すぎて、何のお役にも立てなかったよ……」

 

 委員会室に戻ると暇してる日菜ちゃんと項垂れている彩さん。

 彩さん、落ち込まなくていいよ。

 日菜ちゃんが予想通りの仕事をしてくれただけだから。

 

 万事順調、だと思いたい。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<嘘予告>ボト△ズ風

鉄の結束で染めた黒。
地獄の部隊と人の言う。
ハザワの街に、課金戦争の亡霊が蘇る。
ハナサキガワの高原、ハネオカの宇宙に、無敵と謳われた弦巻家特殊部隊。
情無用、命無用の鉄騎兵。
この命、三十億スター也。
最も高価なワンコアーミー。

次回「黒服」。
サヨ、危険に向かうが本能か。


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本編3-2:九牛の一毛(後編)

UA10,800&お気に入り85件突破ありがとうございます。

合同体育祭の本番です。


「ワンコ、そろそろ時間だよ」

 

「うん、後はよろしく」

 

 出来上がった料理の数々をリサさんに任せるとエプロンを外しジャージを羽織る。

 今日は待ちに待った合同体育祭、当然お弁当にも気合が入る。

 実行委員の当日準備があるため早めに起き、今井家でギリギリまでリサさんとお弁当作り。

 結構な量になったが友希那さんと二人なら運べる、と思う。

 

「また後で」

 

「頑張ってきな♪」

 

 行ってきますのキスの代わりに頭を撫でられる。

 ただそれだけで昨日までの準備の疲れが吹き飛ぶ、我ながら単純だ。

 

 

 

 

「……うわぁ」

 

 登園早々昨日までは無かったはずの仮設スタンドを見て変な声が漏れる。

 事前の打ち合わせには無かった筈だけど……。

 

「あらワンコじゃない! おはよう、絶好の運動会日和ね!」

 

「おはよう、こころちゃん」

 

 まあ考えるまでもないか。

 あと運動会じゃなくて体育祭なので。

 

「凄い立派なスタンドだね、驚いた」

 

「そうでしょ! これならみんなの顔が良く見えるわ!」

 

「うん、良いアイデアだね。でも段取りがあるから実行委員会には教えて欲しかったな」

 

「それはごめんなさい、次は気を付けるわ!」

 

 善意に水を差すのは野暮かもしれないがつい言ってしまう。

 不快には思われなかったようなので一安心。

 

 まあ出来上がった物は有効活用させてもらうとして、選手の入退場とか用具の搬入搬出とか変更点を確認しないと。

 

 

 

 

「この度の事、誠に申し訳ございません」

 

 実行委員が揃ったところで開口一番紗夜さんが頭を下げる。

 それに続いて花女の人達も頭を下げる。

 

「いいえ、こちらこそなんとお礼を言ったらよいやら」

 

 困惑する羽丘の委員長を筆頭に誰も花女側を責めようとはしない、まあ思考が追い付いていない部分が大きいけど。

 

「るんっ♪ っと。これで良し。ワンコちゃん?」

 

「うん……多分大丈夫、送信。お話し中失礼します。変更点を担当のタブレットに送りましたのでご確認ください」

 

 日菜ちゃんが神懸かった早さで直した資料を、私とつぐみちゃんで確認・微修正をして最後に送信。

 事態発覚から一時間、つぐみ班全員が全力でツグったお蔭で何とかなった。

 ……開会式が始まる前から割と疲労困憊。

 

「花女問題ありません」

 

「羽丘大丈夫です」

 

 花女、羽丘双方の担当から確認完了の返事。

 こちらを見た委員長に引きつり気味な笑顔を返す。

 

「問題無さそうですね。それでは皆さん今日も一日頑張りましょう」

 

『はい!』

 

 羽丘の委員長の言葉と共に一斉に動き出す面々。

 全員が同じ方向を向いているのって心強い。

 

「おねーちゃん、褒めて!」

 

「はいはい、よく頑張ったわね。ワンコさんも羽沢さんもありがとうございました」

 

 紗夜さんの笑顔に思わずつぐみちゃんとハイタッチ。

 ……ちょっと気分が高揚してるのかも。

 

 

 

 

「遅かったわね」

 

「まあ色々と」

 

 何とか開会式が始まる前に整列しているクラスの列の最後尾に並ぶと友希那さんに声を掛けられた。

 青色のハチマキで猫耳を作り後ろ髪はポニーテール、やるなリサさん。

 私は額に巻いてるけど見回しても同じ巻き方がイヴちゃんしかいないという、ブシドーショック。

 こういうところで女子力の低さが露呈する。

 

 ちなみにチームごとの色はこんな感じ。

 

 花女一年:黄

 花女二年:白

 花女三年:緑

 

 羽丘一年:赤

 羽丘二年:青

 羽丘三年:紫

 

「「それではここに第一回合同体育祭の開会を宣言します!」」

 

 うちの生徒会長と花女の鰐部生徒会長の息の合った開会宣言……え、今第一回って。

 

「来年も合同でやるつもりかしら?」

 

「そうみたい。つぐみちゃんが生徒会長にでもなったら可能性大かも」

 

 そのためにはまず今回を成功させないと。

 

 

 

 

○徒競走(百メートル)

 

「それでは位置について、よーい」

 

 パンッ!

 

 スターターピストルの合図で六人が一斉に走り出す。

 第一種目はおなじみの徒競走、私の役目は一位の走者に金色のラバーバンドを渡す資材係。

 二位の銀色、三位の銅色はそれぞれ日菜ちゃん、つぐみちゃんが受け持っている。

 何で私が一位担当か聞いたら「ワン(コ)」だからとのこと、解せぬ。

 

「わーくん!」

 

「おめでとう、はぐみちゃん」

 

 一位一番乗りはハロハピの北沢はぐみちゃん。

 商店街の絡みで何度かソフトボールに参加してバッテリーを組ませてもらったけど圧巻の一言。

 それでいて繊細で女の子らしいところもあるので少々可愛がった。

 

「全力全開、優勝ははぐみ達花女一年が貰うよ!」

 

「宣戦布告ありがとう。こっちも全力で相手をさせてもらうから」

 

「うん!」

 

 一点の曇りもない笑顔、折角の合同体育祭はこうでなくっちゃ。

 ラバーバンドを渡しつつそんな事を考えていたら無意識にはぐみちゃんの頭を撫でていた。

 

「優勝したらもっと撫でて欲しいな……」

 

「ワンコ、一位よ!」

 

「ごふっ!」

 

 油断していたら二レース目の勝者こころちゃんに抱きつき、というかタックルされた。

 真横だったから何とか踏ん張れたけど、後ろからだったらやばかった。

 

「お、おめでとう」

 

「はぐみみたいにあたしも撫でて!」

 

「はいはい」

 

 気持ち良さそうに目を細めるこころ。

 この後、日菜ちゃんとつぐみちゃんに説教される事になるとは……。

 

 

 

 

○綱引き

 

『ソイヤ! ソイヤ! ソイヤ!』

 

 綱引きとは思えない掛け声、いつからお祭り会場に?

 圧倒的早さで既定のラインを越えたので赤旗を揚げ羽丘一年の勝利を示す。

 よく見たら巴ちゃんだけねじりハチマキにして頭に巻いてある。

 

「えいえいおー!!」

 

『……………………』

 

 またひまりちゃんの不発の大号令が発動している……。

 

 

 

 

○パン食い競争

 

 ようやく私の選手としての出番。

 

 パンッ!

 

 合図とともに走り出す。

 警戒すべきは左右のモカちゃん、りみちゃん、パン好きは侮れない。

 今回の吊るされたパンは伝統のあんパンで統一されているのでりみちゃんには少し不利か?

 

 走りながらパンまでの距離・歩幅を計算しジャンプする場所を定める。

 後ろ手に縛られていようが姿勢はぶれない。

 後は勢いを維持したまま飛び上がり包装した袋をがっちり咥えてゴールまでひた走る。

 

 その様子を見ていた友希那さんは後日「ワンコの前世はサーバルキャットじゃないかしら?」と麻弥さんに言ったとか。

 

「おめでとうございます」

 

「あ、紗夜さん。ありがとうございます」

 

 私が出場する代わりに一位担当になった紗夜さんから金色のラバーバンドを貰う。

 これで最低限の仕事は果たした。

 

「それと……」

 

 なでなで。

 

「……ありがとうございます」

 

 紗夜さんのサプライズなでなで。

 この後他の一位獲得者もなでなでをお願いしたとか。

 

 

 

 

○棒倒し

 

 三メートルの棒の先端についている旗を取れば勝利のこの競技。

 

「美咲!」

 

「こころ行けー!」

 

 美咲ちゃんの肩を足場にしたこころちゃんの跳躍で、防御陣形が機能しないまま旗を取られて終了する事態が多発。

 

「儚い……」

 

『キャー、薫様よー!』

 

 まあこっちの薫さんも儚すぎて誰も手が出せずあっさり旗を獲得しているわけだけど。

 

 花女一年四勝、羽丘二年四勝で迎えた全勝対決。

 

「ワンコちゃんちょっといい?」

 

「日菜ちゃん、何か作戦?」

 

「ごにょごにょっと」

 

「……頑張る」

 

 ルール的には問題ない筈。

 流石日菜ちゃん、悪魔的発想。

 

 

 

 

 パンッ!

 

「行くよ!」

 

 合図とともにこころちゃん目掛けて駆け出す日菜ちゃん。

 いかに相手のエースに仕事をさせないかが今回の勝負の分かれ目。

 

「あら日菜、あたしを止めるつもりかしら?」

 

「止めさせてもらうよ!」

 

 真正面からの日菜ちゃんタックルを頭上を越えて回避するこころちゃん。

 

「……ワンコがね」

 

「え!?」

 

「捕まえた」

 

 日菜ちゃんの作戦通り追走していた私に飛びかかる形になったこころちゃんを抱きしめる。

 勢いを殺しきれずに私が押し倒される形になったが、抱きしめる力は意地でも緩めない。

 打撃以外は特に禁止されていないので、後はうちの二枚看板が旗を取るまで拘束し続けるだけだ。

 

「んーんー!」

 

 何とか脱出しようともがいているけど柔道で日菜ちゃん用に鍛えた寝技は健在。

 少し力を強めれば壊れてしまいそうな華奢な体……どこにあれだけの超人的な運動能力が秘められているのか疑問。

 

「あっ」

 

「んっ」

 

 もがいた拍子に重なる唇。

 こころちゃんの顔が赤くなっていき、それと共に抵抗が無くなっていく。

 吸い込まれそうな金色の瞳が熱っぽく潤む。

 唇から伝わる熱で理性が融解しそうになる。

 

「いつまで抱きついてるのかな?」

 

「ああ、終わったの」

 

 少し機嫌の悪い日菜ちゃんが手にした勝利の証の旗で脇腹を突いてくる。

 指示通りに行動したのに理不尽。

 

「あう……」

 

 すっかり力が抜けてしまったこころちゃん。

 とりあえず救護所まで運びますか。

 

 

 救護所では何故か白衣を着た燐子さんが忙しそうに怪我の手当てを行っていた。

 

「似合い……ますか?」

 

「毎日保健室に顔を出したい位には」

 

 羽丘も花女も勝負に手が抜けない生徒が多いらしく、大怪我はないものの軽傷は多いとか。

 花の女子高生なんだから自重してよ、って私が言えた義理じゃないか。

 

「弦巻さんは……軽い疲労ですね。……破廉恥」

 

 燐子さんに軽く睨まれる。

 いやあれは事故だって。

 

 

 

 

○借り人競走

 

 出場予定の種目は全部終わったので資材係に復帰。

 次の借り人競争には友希那さんが出るから本当はスタンドから応援したかったけど。

 まあ雄姿の撮影(機材は湊父提供)はリサさんにお願いしてあるから後でじっくり見よう。

 本当は麻弥さんにお願いしたかったけど実行委員の撮影係に引き抜かれた。

 

 パンッ!

 

 走者が一斉にスタートを切るが友希那さんだけ明らかに遅い。

 借り人が書かれた紙が置かれた台に辿り着いた時には、既に他の走者は探しに向かっていた。

 紙を見て周りを見回し私を見つけると一目散に駆けてくる友希那さん。

 

「ワンコ!」

 

「うん」

 

 ゴールテープを迂回して私の所に来ると手を繋ぎぐるっと回ってゴールする。

 

「確認します。はい、問題ありません」

 

「当然よ」

 

 微笑む判定係の紗夜さん。

 その表情が気になってお題を見せてもらう。

 

『眼帯を付けている人』

 

 狙い撃ちか!

 

「さあバンドを付けて頂戴」

 

「うん、おめでとう」

 

「……撫でるのは家に帰ってからにして」

 

 左腕に付けた金色のラバーバンドを嬉しそうに見つめながらボソッと言う友希那さん。

 耳が真っ赤なのは黙っておこう。

 

 

 

 

○昼食

 

 午前中の種目も終わりようやくお弁当タイム。

 仮設スタンドの外のフリースペースに大きめのレジャーシートを広げ重箱を並べる。

 

「作り過ぎよ。重かったんだから」

 

「その分味は保証するよ♪」

 

「ありがとう、友希那さん、リサさん」

 

 リサさんと合作のお弁当の中身はご覧の通り。

 

・小さめのおにぎり(梅、鮭、おかか、昆布、ツナマヨ、明太子)

・サンドイッチ(玉子、レタス、トマト、きゅうり、チーズ、ハム、ベーコン、ピーナッツバター、イチゴジャム、チョコ)

・ナポリタン

・ポテトフライ

・から揚げ

・エビフライ

・コロッケ

・ミートボール

・ハンバーグ

・ウィンナー

・焼肉

・卵焼き

・オムレツ

・筑前煮

・枝豆

・野菜スティック

・ミニトマト

・クッキー

・たい焼き

・果物各種

 ──等々

 

 ……あれ、当初の予想より増えてる。

 重箱四つの筈が五つになってるし、私が今井家を出た後増やした?

 

「ほら、四だと縁起が悪いでしょ?」

 

「うん」

 

 まあ多いに越したことはない、か。

 リサさんの手料理は美味しいし。

 

「全く子供好みのおかずばっかりね」

 

 とか言いながら既に食べ始めている友希那さん。

 リサさんは微笑みながらポットから緑茶を注いでいる。

 いつも通りのその光景に何だかホッコリした。

 

「あー、もう食べてる!」

 

「日菜、待ちなさい」

 

「お待たせ……しました」

 

 日菜ちゃん、紗夜さん、燐子さんがそれぞれのお弁当を持って合流。

 紙の取り皿だけ配ればいいかな。

 あこちゃんがいればRoselia集合だけど、中等部から呼んでくるわけにもいかないし来年に期待。

 

「ポピパ参上!」

 

「お待たせしました」

 

「美味しそうね」

 

「来たわ……よ」

 

 ポピパ、Afterglow、パスパレ、ハロハピのみんなが合流。

 仕事で多忙な千聖さんも来れたようでなにより。

 ……こころちゃんがしおらしいのはちょっと気になるけど。

 

「あー、あんまり気にしないでください。一晩経てば治ると思うので」

 

「何かごめん」

 

 背中にこころちゃんがしがみ付いている美咲ちゃんがフォローしに来た。

 何品か皿に取り箸と一緒に渡す。

 

「うわー、どれも美味しいですね。まるでピクニックのような」

 

「美咲……あたしも」

 

「はいはい、ウィンナー」

 

「もぐもぐ……美味しいわ」

 

「良かったね」

 

 二人のやり取りを見ていると、失礼かもしれないけどまるで親子か姉妹。

 ついいつまでも眺めていたくなる。

 

 

 

 

『応援合戦に参加される方は準備をお願いします』

 

 デザートまで食べ終え寛いでいるとアナウンスが流れてきた。

 何人かが立ち上がる、当然友希那さんもだ。

 

「最高の応援を届けるわ」

 

「うん、期待してる」

 

 ライブ前に見せる気負いもてらいも無いスッキリとした表情。

 音楽と猫以外にここまで本気になるって……何だか嬉しいな。

 

 

 

 

○応援合戦

 

 チアのユニフォームを着た友希那さん、エモい。

 ノースリーブ、ミニスカートから伸びる白くほっそりとした手足。

 動く度に見え隠れするおへそ。

 一呼吸遅れて宙を舞うポニーテール。

 終わった後の上気した晴れやかな笑顔なんて尊すぎて胸が苦しい。

 短期間でよくここまで動けるように……。

 

 

 花女はまさかの学ランで紗夜さん・たえちゃん・イヴちゃんの凛々しい姿が印象的だった。

 彩さんは……その……学ランに着られてる感が。

 

 

 

 

○玉ころがし

 

 おかしい、確かに大玉を用意した筈なのに巨大なミッシェルの頭部に入れ替わってる。

 凹凸あるし難易度上がってない?

 

「ソイヤ! ソイヤ! ソイヤ!」

 

「あたしが一番、ミッシェルをうまく使えるんだ!」

 

 意に介さない人達。

 

「ふええ~」

 

 約一名あらぬ方向にミッシェルごと転がっていく……。

 場外に出る前に止めないと!

 

 

 

 

○障害物競争

 

 知り合いからは燐子さん、麻弥さん、ひまりちゃん、有咲ちゃんが参戦……推薦者がいたらちょっとお話ししようか?

 

「く、苦しい……です」

 

 予想通りネットで絡まって酷い光景に。

 まるで燐子さんの部屋にあった蜘蛛の糸に絡め取られる凌辱ゲー、モザイク必須。

 凹凸が無くて髪も短い私なら圧勝……言ってて空しくなってきた。

 

 

 

 

○騎馬戦

 

 四人一組で各チーム三組の計七十二人十八組の壮観な光景。

 如何に自分をハチマキを守りつつ相手から奪い、制限時間まで生き残るかが問われる。

 当然最初は睨み合いが続くかと思った。

 

「蘭ちゃん行くよ!」

 

「ちょ、香澄!」

 

「悪くない」

 

「行くぜ、蘭!」

 

 有咲ちゃんを乗せた香澄ちゃん、たえちゃん、沙綾ちゃんが蘭ちゃん目掛けて単騎突撃。

 蘭ちゃんを乗せた巴ちゃん、モカちゃん、つぐみちゃんも応じて迎え撃つ。

 

「天は自ら行動しない者に救いの手をさしのべない。つまりそういうことさ」

 

「まあ薫もこう言ってるし、アタシ達も行くよ」

 

「座して見ているのは士道不覚悟です!」

 

「はぐみも全力で行くよ!」

 

 熱は伝染するようで他の組、他のチームも攻勢に出る。

 全チーム入り乱れての大乱戦に横にいる日菜ちゃんはウズウズしっぱなしだ。

 

 

「ひなちゃんワールド大勝利!」

 

 勝者はまさかの花女三年チームグリグリだ。

 流石三年生、乱戦での勝負の駆け引きを心得ている。

 

 

 

 

○リレー(四人×百メートル)

 

 騎馬戦の興奮冷めやらぬまま最後の四百メートルリレー。

 ちなみにサプライズという事で走者が誰かは本人にも実行委員にも知らされていない。

 春の体力測定のタイムで均等になるようにはすると言っていたけど……あれって五十メール走だったよね?

 

『羽丘二年は今井リサさん、氷川日菜さん、瀬田薫さん、湊友希那さん』

 

 ……そもそも友希那さんは百メートル走れたっけ?

 

 

 

 

「声掛けに行きたいんでしょ?」

 

「……うん」

 

「じゃあ一緒に行こ♪」

 

 走者の日菜ちゃんと一緒に集合場所へ向かう。

 既にチアの衣装から体操着に着替えた友希那さんとリサさんがいた。

 

「日菜、足を引っ張ることになると思うけどよろしくね。それとワンコ、そんな不安そうな顔しないでよ」

 

 軽くおでこを突かれる。

 

「大丈夫よ。必ずバトンは繋げるわ」

 

「……がんば」

 

 過保護だったかな。

 安心感を与えてくれる微笑。

 私の想像以上に彼女は成長している。

 それが嬉しくもあり寂しくもある。

 

「それにしても薫くん遅いね」

 

『連絡です。瀬田薫さんが先程の騎馬戦で負傷したため、羽丘二年の走者を変更します。走者は──』

 

「あ、私だ」

 

 どうやら後片付けの前に大仕事が出来たらしい。

 各チームの得点差は僅か、最後の大勝負といきますか。

 

 

 

 

「ワンコすまないね」

 

「いえいえ、怪我の具合は?」

 

 集合場所に薫さんが千聖さんを連れてやってきた。

 右手首には湿布が貼られている。

 

「軽く捻っただけさ」

 

「何が『軽く捻っただけさ』よ。ワンコちゃんにまで迷惑をかけて」

 

「おや、千聖は心配してくれるのかい?」

 

「耳までおかしくなったのかしら?」

 

 目の前で繰り広げられる夫婦漫才。

 一体何をしに来たのだろう?

 

「おっと話が逸れてしまったようだね。私も気持ちだけは一緒に走りたくてね」

 

 差し出された青色のハチマキ。

 こういう行為が絵になるのがずるいよなぁ。

 

「全く一々格好付けなのよ、失礼」

 

 千聖さんが横からハチマキを取ると私のラバーバンドに巻きリボン結びにする。

 

「千聖さんも負けず劣らず格好いいですよ」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

「儚い……」 

 

 気合は十二分に乗ったかな。

 

 

 

 

「走る順番はリサさん、友希那さん、私、日菜ちゃんでいい?」

 

「オッケー」

 

「構わないわ」

 

「あたしがアンカーでいいの?」

 

「あれだけアピールされるとね」

 

 チラリと花女二年チームを見ると紗夜さんが指を四本立てている。

 わだかまりも無く純粋な姉妹対決、それが優勝をかけた勝負とか私が見たい。

 

「分かった! 絶対に勝つからちゃんとバトン繋いでよ?」

 

「任せて~」「ええ」「うん」

 

 これで後は走るだけ……昂ぶってきた。

 

 

 

 

「あら、あたしの相手はワンコね!」

 

「よろしく」

 

 そこにはすっかり回復したこころちゃん。

 美咲ちゃんのお蔭かな?

 

「今度は抱きつき無しだからね!」

 

「うん、分かってる」

 

 まあ反則になるし。

 

「辛かったら言ってね。救護所まで運ぶから」

 

「っ!」

 

 気を使ったつもりなのに何故か可愛く睨まれた。

 やっぱりさっきの敗北が悔しいのかな?

 

 

 

 

「それでは位置について、よーい」

 

 パンッ!

 

 第一走者のリサさんが綺麗なスタートを切る。

 足の速さは、

 

 日菜ちゃん>私>リサさん>>>友希那さん

 

 なので私が友希那さんからバトンを受けてからが勝負。

 第三、四走者は花女一年はこころちゃん、はぐみちゃん、花女二年は陸上部っぽい人、紗夜さんの順番。

 他のチームはよく知らないけど五分の勝負は出来そう。

 

「友希那!」

 

「リサ!」

 

 三位で友希那さんにバトンを渡したリサさん。

 友希那さんも必死に走るが六位にまで落ちてしまう。

 大丈夫、タイム差を考えると今は何位でも問題無い。

 

「お先に行くわ!」

 

「後で追いつく」

 

 美咲ちゃんから二位でバトンを受け取ったこころちゃんが先にスタートする。

 友希那さんが最後の直線に入る。

 

「はぁはぁ、ワンコ!」

 

「友希那さん!」

 

 最後の力を振り絞ったバトンパス。

 しっかりと思いの詰まったリボンが巻かれた左で受け取ると右手に持ち替える。

 三秒差以内なら日菜ちゃんで勝てる。

 遥か前方のこころちゃんの背中を目指し地面を蹴る。

 

 

 

 全力を振り絞っても差は少ししか縮まらない。

 でもここで諦めたくはない。

 

『はー、そんなんじゃ駄目駄目にゃー』

 

 え、何この声、イラッとする。

 

『友希那ちゃんの歌を初めて聞いた時の事でも思い出したら?』

 

 ……あの時の事か。

 初めて聞いた時、あまりの衝撃に頭が真っ白になった。

 圧倒的な充足感。

 幼いころに聞いた私の原点。

 

 

 ああ……そうか……まるで心と体が一つになるような。

 

 

「日菜!」

 

「ワンコちゃん!」

 

 気付いたら日菜ちゃんにバトンを渡していた。

 フラフラになりながらも何とかコースの内側に入るとリサさんが肩を貸してくれた。

 

「いやー、魅せてくれるね♪」

 

「はぁ……はぁ……一位とのタイム差は?」

 

「四秒かな」

 

「むー、後一秒縮めたかった」

 

「良くやったって。さあ、日菜の応援しよう。日菜ー!」

 

「日菜ー!」

 

 先行する二人を追いかけ、日菜ちゃん、いや羽丘二年の反撃が始まった。

 

 

 

 

「負けちゃった」

 

「お疲れ様」

 

 フラフラになった日菜ちゃんをタオルで包んで抱きしめ座らせる。

 紗夜さん、日菜ちゃん、はぐみちゃんの三つ巴の争いは最終的にビデオ判定にまでもつれ込んだ。

 

 一位:花女二年、二位:羽丘二年、三位:花女一年

 

「ごめんなさい」

 

「友希那が謝る事じゃないって!」

 

「うん、本当は私が後一秒縮めるはずだった。友希那さんは体力測定の時よりも早くなってたし」

 

「あたしもおねーちゃんに追いつけなかった……」

 

 二位とは言え薫さん達の期待裏切っちゃった。

 ……応援席に戻りたくない。

 

 

「全く……あなた達はいつまで座り込んでいるのですか?」

 

「紗夜……」

 

 左腕にリレーの分のバンドを付けた紗夜さんが腰に手を当てて、やれやれといった表情で見下ろしている。

 

「さっさと立ちなさい、日菜。良い走りだったわ。それと総合優勝おめでとう」

 

「えっ」「あっ」「そっか」「へっ」

 

 リレーのショックが大きくて総合順位の事をすっかり忘れていた私達。

 

「お、おねーちゃん!」

 

「ちょっと日菜! 抱きつくのは二人きりの時だけでしょ!」

 

「涙でおねーちゃん以外見えないもん!」

 

 紗夜さんに抱きついて号泣する日菜ちゃん。

 走りを褒められて優勝を祝われて……泣いても仕方ないか。

 

「友希那~泣くならアタシの胸貸そうか?」

 

「いいえ結構よ。愚妹の前でそんなこと出来ないわ」

 

「じゃあワンコ、おいで」

 

「うん、ありがたく借りる」

 

「ちょっと外で見っともないことしないで頂戴!」

 

「青春っぽくて良いと思うんだけどね~」

 

 最後がグダグダなのは実に私達っぽいと思う。

 

 

 

 

○閉会式

 

 優勝トロフィーを手にしたのは最後の激走が印象的だった、日菜ちゃん。

 本当は薫さんだったらしいけど怪我で辞退したとか。

 

「今日はるん♪ ってきたよ、来年もまたやりたいねー」

 

 この優勝スピーチには盛大な拍手が起きた。

 

 今年の雪辱の機会があるかもしれない事に喜ぶ者。

 

 お祭り騒ぎをまた楽しめるかもしれない事にワクワクが抑えきれない者。

 

 自分達の代で新たな学園の歴史の誕生に立ち会えた事に感動する者。

 

 紗夜さんの方を盗み見ると微笑みながら拍手をしていた。

 

 来年はもっと大事になりそうな予感がしたけど今だけはこの多幸感に浸ろう。

 

 

 

 

 さて次はFWF.出場に向けて頑張っていきますか。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

ワンコ:あんパンはすぐに食べた。

湊友希那:後日チア姿の画像が父のスマホの待受けになっているのを知る。

今井リサ:コレクションが充実してウハウハ。

氷川日菜:ご褒美に姉妹で同じベッドで寝た。

弦巻こころ:感染。


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本編3-3:十分はこぼれる(前編)

UA11,700&お気に入り90件突破ありがとうございます。

前回の反動で短めです。


「あこ、走り気味よ」

 

「はいっ!」

 

「リサ、もっと激しく」

 

「おっけー♪」

 

 体育祭の熱が冷めず、筋肉痛が治まらない翌日もRoseliaの練習は激しい。

 一人参加できなかったあこちゃんは、ここぞとばかりに演奏に思いを込める。

 ……込めすぎな気もするけど。

 

「一旦休憩、水分しっかりとってね」

 

 切りの良いところで声を掛けペットボトルとタオルを渡す。

 夏が近付き最近暑くなってきたので体調管理はしっかりと。

 

「FWF.のコンテスト前に一度ライブをしておきたいわね」

 

「そうですね。修正点が見つかるかもしれませんし」

 

「そう言うと思って、いくつか捻じ込めそうなステージをリストアップしておいた」

 

 友希那さんと紗夜さんに候補を表示させたタブレットの画面を見せる。

 まりなさんとか麻弥さんとかの人脈をフル活用させてもらった。

 

「手が早いわね……ここなんてどうかしら?」

 

「そこそこ大き目ですし良いのでは?」

 

「他の三人はどう?」

 

 二人の反応に胸を撫で下ろし、残りの三人に意見を求める。

 

「りょーかい♪」「おっけーです!」「がんばり……ます」

 

 息はピッタリ流石Roselia、向いている方向は一緒だ。

 物理的な意味だと演奏中は私だけ逆だったりするけど。

 

「それじゃあ連絡入れてくる」

 

 私はスマホを手にウキウキしながらスタジオの外へ向かった。

 練習は練習で聞き応えはあるけど、やっぱり本番の独特な雰囲気は格別。

 数か月前までは音楽なんて殆ど縁が無かったけど今ではご覧の通り、だ。

 ……悪くない、ってね。

 

「あ、麻弥さんすみません。例のステージの件ですが」

 

『お、もう決まりましたか、早速進めておきますね。詳細は後程メールします』

 

「よろしくお願いします」

 

『フヘヘ、任せてください!』

 

 

 

 

「で、これはどういう事?」

 

「……これは予想外」

 

 当日会場入りすると控室に案内されたが、部屋の入り口には「Roselia」と「Pastel*Palettes」の名が。

 

「へー、このシークレットゲストってパスパレなんだ!」

 

「すごい……ですね」

 

 パンフレットを楽しげに眺めるあこちゃんと燐子さん。

 その時扉が開く。

 

「まんまるお山に「あ、おねーちゃん♪」」

 

「日菜、またあなたの仕業!?」

 

「う~ん、半分くらい?」

 

 紗夜さんに飛びつこうとするもアイアンクローで抑え込まれる。

 ……ダメージは受けていないみたいだけど。

 挨拶を途中で遮られた彩さんの方がダメージは大きそう。

 

「Roseliaの皆さん、本日はよろしくお願いします」

 

「白鷺さん……ええ、こちらこそ」

 

 友希那さんに会釈すると私の方へ向かってくる千聖さん。

 残り半分ってまさか……。

 

「先日は薫の代走ありがとう」

 

「結果はちょっと残念でしたけど」

 

 その時の事を思い出して思わず微笑む。

 まあ数日で薫さんの湿布も取れたのは、代わったお蔭と自惚れたい。

 

「最近テレビで見ない日は無いですね」

 

 まあ昔はテレビ自体持ってなかったけど。

 今では食後に家族の誰かとリビングで見てたりする。

 この前のサイコパス役なんて、漏らしかけるくらいリアリティーがあってやばかった。

 

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。でもワンコちゃんに会える時間が減って寂しいわ」

 

 どこまでが社交辞令か分からないけど、上目遣いで寂しげな言葉を呟かれるとドキッとさせられる。

 誰が言ったか「微笑みの鉄仮面」……言い得て妙。

 三枚くらい引き剥がさないと素顔は見せてくれない。

 

「ご来店心よりお待ちしております。まあ犬笛でも吹いて呼び出してくれてもいいですけど」

 

 スカートの端を持ちお辞儀、我ながらドッグカフェというよりメイド喫茶の店員ぽいと思う。

 下手なウインクを決めて明るく振る舞うと千聖さんの表情も和らぐ。

 

「そうね、今度花音とカフェに行く時に同行してもらおうかしら?」

 

「喜んでお供します」

 

 噂に聞く乗換音痴と方向音痴の最恐コンビ、これは腕が鳴る。

 女子力の高そうなお二人なら、きっと行くのも素敵なお店だろうね。

 羽沢珈琲店の参考になるかも。

 

「白鷺さんも苦労するわね」

 

「ワンコって敵意とか殺意とかには敏感なんだけどね~」

 

「……ふんすっ!」

 

 ぼそぼそとよく分からない事を言ってる友希那さん達。

 燐子さんにいたっては謎の奮起。

 心の機微って難しい。

 

「みんなるるるんっ♪ って感じだね」

 

 遺憾だけど日菜ちゃんの方が事態を分かってそう。

 思考と伝達が突飛なだけで認知はまとも、だと思う。

 

「ワンコ師匠『仁に過ぐれば弱くなる』です!」

 

「ああ、独眼竜の遺訓。偏らないように頑張るよ」

 

「はい!」

 

 イヴちゃんの言葉は意図してか正誤の境界線に転がしてくるから面白い。

 全然関係ないけど彼女の三つ編みって撫でると凄く安らぐ。

 私よりも犬力が高い気がするし……髪、伸ばそうかな。

 

 

 

 

「どうかしたの?」

 

「うーん、何と言うか胸騒ぎが」

 

 どうもRoseliaの順番が近付くにつれ嫌な予感がビンビンしてきた。

 

「緊張しいのリサ姉がミスるとか?」

 

「日菜、いえパスパレの直前だからお客さんにトイレ休憩の時間にされる心配とか?」

 

「今井さん……お漏らし……」

 

「さり気にアタシディスられてない?」

 

 みんなは程よい緊張を維持しつつ油断も見当たらない。

 なのに何故か胸の不安は消えてくれない。

 

「なるようになるだけよ」

 

 そう言うと友希那さんが私の少し震える手を両手で優しく包む。

 色白の小さな手。

 私の大好きな手だ。

 

「練習は裏切らない。私達を一番傍で見てきたのはワンコでしょ?」

 

「……うん、そうだね。いつも通りの最高の音楽を期待してる」

 

「ええ、当然よ」

 

 その言葉と毅然とした表情にようやく手の震えは収まった。

 まだ頂点への入口、私が尻込みしてどうするんだ。

 

 

 

 

「Roseliaの方、ちょっとよろしいですか?」

 

「私が行ってくる」

 

「頼んだわよ」

 

 ライブに向けて準備をしている友希那さん達に代わってスタッフさんの所へ向かう。

 話によるとパスパレ出演はギリギリまで緘口令が敷かれていたらしく、その所為で機材スペースの開放とかでてんてこ舞いとか。

 ……パスパレ恐るべし。

 まあそんなわけで捌けた後の動きに変更があると伝えられた。

 後人手が足りないとも。

 

 

 

 

「動きについては分かったわ。全く……」

 

「まさか日菜さんと千聖さんが出演したいと言うなんて……本当に申し訳ないです」

 

「いいっていいって、麻弥も調整大変だね~」

 

 ちょっと拗ねたポーズをする友希那さんに、恐縮しっぱなしな麻弥さんのフォローをするリサさん。

 本気で拗ねているわけじゃないので安心して見ていられる。

 密かに一緒に猫カフェ巡りをしている程に仲良しだとか。

 

「まあいいわ、ワンコ手伝いに行ってきなさい」

 

「うん、ありがとう」

 

 手伝いたくてウズウズしている私に呆れるように許可をくれる友希那さん。

 まあじっとしているのは性に合わないので。

 それにもし準備が遅れたら待ち遠しいライブまでの時間が延びてしまう……。

 

「終わったら……戻ってきてください。みんなで記念撮影……したいです」

 

 燐子さんにそんな事を言われたら超特急で戻ってくるしかない。

 

 

 

 

「いやー、すみませんね」

 

「いえいえ、こちらも出させていただいている身なので」

 

「手際良いっすねー」

 

「大抵のバイトはやったことありますよ」

 

 不要な機材を物置に運びながらスタッフさん達と雑談を交わす。

 Roseliaの一員として半端な仕事は出来ない。

 力仕事なので事前の打ち合わせもいらないしすぐに取り掛かれて良かった。

 

「……ちょっと入りきらないですね」

 

 物置はかなり乱雑で片付けるにはかなり時間が掛りそう。

 元々全部が収まっていたのかすら怪しい。

 

「一旦通路の端に寄せときましょう」

 

「……そうですね」

 

 片付けたい本能が刺激されまくりだが今日は断念する。

 撮影に間に合わなかったら燐子さん悲しむだろうし。

 

 

 

 

「ライブ楽しみだな」

 

 控室へ向かう道すがらつい独り言を言ってしまい、浮かれている自分が気恥ずかしくなる。

 友希那さんにこんな事を言ったら臍を曲げてしまうかもしれないけど、今日はパスパレも出演するから更に高め合う事だろう。

 紗夜さんは日菜ちゃん意識しちゃうのかな……それともそれすら力に変えるのかな?

 キーボードと一緒の燐子さんは絶対強者、ドラムを叩いている時のあこちゃんは無敵戦姫。

 リサさんは――

 

 

 ブーブーブージシンデス――

 

 

 スマホが震え初めて聞く音声を脳が理解する前に、私は天井に押し潰された。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

次回で本編3終了です。


<備考>

ワンコ:社畜根性。

大和麻弥:電話する時は背後に気を付けよう。

月島まりな:それなりに頑張ったけど出番無し。

丸山彩:不発の決めポーズ。

白鷺千聖:溢れる国民的女優感。


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本編3-4:十分はこぼれる(後編)

UA12,500&お気に入り100件到達ありがとうございます。

アニメ的には1クール12話終了という事で第一部完(第二部は未定)です。


 ブーブーブージシンデス、ブーブーブージシンデス、ブーブーブージシンデス

 

「机の下に隠れて!」

 

 皆のスマホが一斉に鳴ったと同時に紗夜から指示が飛ぶ。

 次の瞬間、激しい横揺れが襲い掛かり棚が倒れ天井の一部が落下した。

 私が隠れた机も激しく揺れたが、Roseliaの皆が机の脚を抑えたお蔭で落下物から身を守ることが出来た。

 

「友希那、大丈夫?」

 

「ええ、リサ。あなた達のお蔭で傷一つないわ」

 

 机の下から這い出すと全員無事だったようでホッと……えっ!?

 

「ワンコは!?」

 

「あっ、湊さん連絡を!」

 

 紗夜に言われて急いでスマホに連絡するも繋がらない。

 段々と血の気が引いていく。

 

「湊さんはそのまま連絡を取り続けてください。日菜、出られそう?」

 

「駄目だよ、おねーちゃん。扉が何かで塞がれてる!」

 

「くっ……皆さん、取りあえず動きやすい服装に着替えてください」

 

 紗夜の冷静な指示も日菜の焦ったような声も……どこか遠くの世界の出来事のように聞こえる。

 

 お願い……早く出て!

 

 

 

 

 ピッ!

 

 繋がった!

 急いでスピーカーに切り替える。

 

『……みえ……ない…………ち……さと…………ガシャ』

 

 耳障りな音と共に通話が途切れる。

 どう考えても不味い状況。

 

「千聖ちゃんの名前呼んだよね?」

 

「千聖、何か心当たりない? ワンコから貰ったものとか?」

 

「そんな事を言われても……」

 

 日菜とリサに詰め寄られ必死に考え込む白鷺さん。

 

「お願い……ワンコを助けて」

 

 気付けば私も涙を流して懇願していた。

 

「もしかしたら! イヴちゃん、扉の明かり窓ぶち抜いて!」

 

「合点です!」

 

 白鷺さんは若宮さんに指示を出すと自分の鞄を漁りだした。

 若宮さんは運悪く天井の破片で壊れた机から脚を引き抜くと、扉の上の方に付いた小さな明かり窓を貫いた。

 

「あった! イヴちゃん交代よ、皆は音を立てないで!」

 

 何かを見つけた白鷺さんは近くにあった椅子を扉まで持っていきその上に乗る。

 外と繋がった部分に何かを咥え突き出す。

 

 

 ピー!

 

 

「犬笛……」

 

 紗夜が聞こえるか聞こえないか位の声で呟く。

 

 お願い、届いて!

 

 柄にもなく手を組んで祈ってしまう。

 

 

「白鷺さん、代わります。吹き方は知っていますので」

 

「お願い……します……」

 

 酸欠寸前まで吹き続けた白鷺さんに代わり紗夜が吹き始める。

 何も出来ない自分がもどかしい。

 

「……大丈夫」

 

 リサが後ろから抱きしめてくれる。

 今も昔もリサには助けてもらってばかりね……。

 

 

 

 

「見つけ、た」

 

「ワンコさん!」

 

 紗夜の言葉に顔を上げる。

 

 ……良かった……本当に良かった。

 

「今瓦礫をどける、離れてて」

 

「はい」

 

 しばらく扉の外で鈍い音が続きついに扉が開く。

 その先にいたワンコに思わず抱きついてしまう。

 我に返ると……血塗れだった。

 

「あっ……」

 

「無事で、良かった……じゃあ外、へ」

 

 急にワンコの体から力が抜け倒れかかってくる。

 隣にいた紗夜が支えてくれなければ押し倒されていた。

 

「っ! 酷い怪我ですね。止血するタオルか何かを」

 

「はい……」

 

 紗夜の言葉に予め用意していただろう燐子がタオルを手渡す。

 目立つのは頭部からの出血と血塗れの左腕、他にも全身のあらゆる場所で服が破れ出血している。

 手際よく止血していく紗夜、それに引き替え私は……。

 

「早く、逃げ、て」

 

「そうですね。日菜、先にパスパレの皆さんと脱出路を確保して」

 

「おっけー♪」

 

「今井さん、ワンコさんを背負っていただけますか?」

 

「任せて」

 

 紗夜の指示で一斉に動き出す。

 私もいつまでも泣いている場合じゃない。

 

「応急処置は済みました。パスパレの後を追いますよ」

 

「ええ、必ず全員で外に出るわよ」

 

 

 

 

 何とか外に出たものの外は避難する人でごった返していた。

 その中を何とか抜け出し救急隊にワンコを引き渡し搬送してもらう。

 付き添いで私が同乗することになった。

 

「う~りんりん、ワンコ先輩大丈夫だよね?」

 

「うん……きっと……」

 

 泣きじゃくりながら燐子にしがみつくあこに対して、私は何も声を掛けられないまま救急車に乗り込んだ。

 酸素マスクやチューブを繋がれるワンコ、私に出来るのは比較的無事だった右手を握る事だけ。

 病院に着くまでの時間が何時間にも感じられた。

 

 

 

 

「友希那!」 

 

 ワンコの手術が今まさに行われている集中治療室の前で無事を祈っていると両親が駆け寄ってきた。

 

「ワンコが……」

 

「うん、頑張ったな」

 

 言葉にならずお父さんの胸でまた泣いてしまう。

 

「大丈夫、友希那の自慢の妹でしょ?」

 

「……うん」

 

 お母さんに撫でられるなんていつ以来だろう。

 本当に撫でられるべきはワンコの方なのに……。

 

 深夜まで及んだ手術は無事終わったが、面会謝絶という事で会えないまま家に帰った。

 

 

 

 

「お、友希那、お帰り」

 

「リサ!?」

 

 家の前ではリサが待っていた。

 明るく振る舞っているが泣いた後の目の腫れは誤魔化せない。

 

「こんな夜遅くに……」

 

「親が交通が麻痺してて今日は帰れないって」

 

「そうか、もう遅いから泊まっていきなさい」

 

「ありがとうございます!」

 

 何故か私の家に泊まることになった。

 だけど不安に押しつぶされそうな今の私にはとてもありがたかった。

 

 

 

 

「あー、さっぱりした♪」

 

 風呂上がりのリサが私の部屋に来る。

 私は先に済ませてカーペットの上でユキを撫でていた。

 

「そう……」

 

「にゃあ」

 

「ユキ……ごめんなさい、役に立たないお姉ちゃんで」

 

「友希那……そんな事言わないで」

 

 後ろからリサが抱きしめてくる。

 思い出される遠い昔の記憶。

 無力なのはあの時から変わっていない。

 

「……先代のワンコが死んだ時もこうして慰めてくれたわね」

 

「そうだね。でも同じじゃないよ?」

 

「えっ!?」

 

 言葉の意味を捉えかねてリサの方を向くと悪戯っぽい笑み。

 

「今度のワンコはしぶといからね。友希那の知らない一年間を知ってるアタシが言うんだから間違いないよ♪」

 

 その言葉とは裏腹に抱きしめる腕が少し震えているのに気づく。

 ……私には勿体無いくらいの幼馴染ね。

 

「私が一番信頼している人間が言うのだから間違いはないでしょうね。ありがとう、リサ」

 

 

 その夜、二人で私のベッドで眠った。

 

 目を閉じると痛々しいワンコの姿が脳裏に浮かび震えが起きたが、リサが温もりを伝えてくれたお蔭で何とか眠ることが出来た。

 

 

 

 

 地震の翌日、人的・物的被害が限定的という事もあり世間的には普通の月曜日だった。

 ワンコのいないリサと二人での登校、全然頭に入ってこない授業、ワンコがいないだけで火の消えたような昼休み、そして放課後。

 FWF.のコンテストが近いこともあり私の意見で練習は強行した。

 

 そんな日が……三日続いた。

 

 

 

 

「……湊さん、はっきり言いますが時間の無駄です」

 

「紗夜!」

 

「いいのよ、リサ。……お願いもう一度だけ」

 

 私の不甲斐なさに紗夜が厳しい視線を向ける。

 自分でも分かっているが歌声が響かない、心が込められない。

 

「……分かりました」

 

 仕切り直して曲の始めから。

 心を落ち着け燐子のキーボードに歌声をのせて――

 

「く……ら……い……けほっ」

 

 声が出ず喉を抑えてうずくまる。

 駆け寄るリサ達に「大丈夫」と告げようとするも声がかすれる。

 悔しさに涙が止まらない……。

 

 

 

 

「落ち着きましたか?」

 

「ごめんなさい、紗夜、それにみんな」

 

 少し休み、飲み物が飲める状態になった頃には会話ができるようになっていた。

 

「まだ続ける気ですか?」

 

「だけど……このままだとコンテストに」

 

 Roseliaの目標であるFWF.に私のせいで出場出来ないなんて許せない。

 みんなの頑張りを私のせいで、なんて。

 

「まだ分かりませんか……湊友希那! 目を瞑って歯を食いしばれ!」

 

「は、はいっ!」

 

 突然の紗夜の豹変に言われた通り目を瞑って歯を食いしばる。

 きっと打たれるのだろう。

 情けない私にはお似合いの結果だ。

 

 

 びよーん

 

 

「ふええ!? ふぁにふるの!?」

 

 頬を掴まれ左右に延ばされる。

 

「ちょ、紗夜……ぷぷぷ」

 

「ゆ、友希那さん面白い顔!」

 

「くすくす……可愛い」

 

 よっぽど私の顔が滑稽らしく、他の三人は笑いが抑えきれないようだ。

 痛い。

 

 

「全く……そもそもRoseliaは湊さんの歌声に魅せられて集まったんですよ」

 

 何故か正座をさせられて、腕を組んで仁王立ちの紗夜から見下ろされている。

 延ばされた頬はまだ少し痛い。

 

「貴女が苦しんで歌うくらいならコンテストなんて出る意味がありません!」

 

「……でも」

 

「いいんだよ、友希那。心に嘘をついて歌ったら同じ事の繰り返しだよ」

 

 リサの言葉にお父さんの事が脳をよぎる。

 

「今の友希那さん、超カッコワルイよ!」

 

 今にも泣きだしそうな顔であこが叫ぶ。

 

「先に進むためにも……今は立ち止まってください」

 

 燐子に後ろから優しく抱きしめられる。

 

「みんな……ありがとう……」

 

 顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら礼を言う。

 立ち止まっても見捨てないでくれるみんなに心から感謝する。

 

「でもさー、友希那ほどじゃないけどここ三日間のアタシ達の演奏も微妙だったんじゃない?」

 

「……否定はしません」

 

「いつもなら友希那さんに叱られてたよねー、りんりん?」

 

「うん……友希那さんが……一番周りが見えてなかった」

 

 ……あれ、実は私って叱られ損?

 紗夜を睨むと顔を逸らされる。

 

「こほん、ワンコさんには妹共々お世話になりましたし」

 

「こうやって友希那と話せるようになったし」

 

「何を隠そう、あことりんりんが会えるよう周りを説得してくれたし」

 

「みんなワンコさんの事が……大好き」

 

 みんなの言葉に胸が熱くなる。

 平常ではいられないくらいワンコが想われているなんて。

 

「会いたい、わ」

 

 つい本音が出てしまった。

 まあ面会謝絶だから流石に無理よね。

 家族の私にも連絡はきていないし。

 

「会いに……行きましょう」

 

「え?」「はい?」「っ!?」「やったぁ!」

 

「病院にいる知り合いから……先程意識が戻ったと」

 

 燐子のスマホの画面を見ると確かにその文言が。

 どうして家族である私には……。

 急いで自分のスマホを見ると――

 

「……電池切れてる」

 

 リサのスマホでお母さんに連絡を取ると涙声で怒られた。

 

 

 

 

「で、何故ナース服を着なければいけないの?」

 

 燐子の知り合いの手引きで裏口から病院に入ると更衣室でピンク色のナース服を渡された。

 Roselia全員のサイズを把握している燐子ならではの手際の良さね。

 

「家族以外の面会が……出来ない時間帯なので」

 

「だったらあなた達だけが着ればいいじゃない?」

 

「まあまあ、一人だけ制服だと目立つって」

 

 リサに押し切られ着る羽目に。

 ……本当は夜の病院が怖い筈のリサが、空元気で頑張っているから仕方なくよ。

 

「……裾が短いですね」

 

「あこ一度着てみたかったんだ♪」

 

 意識が戻ったとの報からみんな元気になったみたいでいつものノリが戻りつつあるような。

 

 

 

 

 コンコンコン

 

「回診です」

 

「はい」

 

 聞きなれた声に胸の鼓動が高まるが、何とか平静を装って個室の扉を開ける。

 ベッドの上には全身を包帯で巻かれ左腕が吊られているワンコの姿が。

 

「……最近の死神は身内に変身してからのコスプレサービスもやってるの?」

 

「残念ながら本物よ。言っておくけれど好きで着ているわけじゃないから」

 

 ワンコの引きつった表情に毅然とした表情で返す……つもりが限界だった。

 

「馬鹿ぁ……心配したんだから」

 

「うん、ごめんなさい」

 

 ベッドにしがみ付く私の頭に包帯の巻かれた右手が乗せられる。

 それはここ数日で一番私をホッとさせた。

 

「御取込み中……すみません」

 

「あ、燐子さん。輸血の手配ありがとうございました。それにしてもよくありましたね」

 

「蛇の道は……ヨルムンガンド」

 

「りんりん、カッコイイ! あ、ワンコ先輩、退院祝いの宴は羽沢珈琲店で、ってナイショのやつだった!?」

 

「うん、聞かなかったことにしておく」

 

「ワンコさん……また助けられました」

 

「こちらこそ。お医者さんが紗夜さんを褒めてましたよ、適切な応急処置だったと」

 

「ワンコがいないと友希那の夜泣きが酷いんだから早く元気になること♪」

 

「ちょっとリサ、赤ちゃんじゃないんだから!」

 

「ごめんね、リサさん。手の掛かる湊家長女で」

 

「もうっ!」

 

 待ち望んでいた和やかな雰囲気に私の中で一つの決意が固まる。

 しがみ付いていたベッドから離れ四人に向き直る。

 

「みんな……ごめんなさい」

 

 そして深々と頭を下げる。

 

「今回はあなた達に相談もせず一人で抱え込んで落ち込んで本当に迷惑をかけたわ」

 

 頭を上げ一人一人の顔を見ていく。

 こんな私でも見捨てないで傍にいてくれた大事なメンバーの顔を。

 

「改めてお願いするわ……明日もう一度セッションしてコンテストへ出場するかどうかを決めさせて!」

 

 私の言葉に息の飲む四人。

 これは私なりのけじめだ。

 

「もし駄目だったら……駄目だったら……」

 

 続きを言うのが怖い、でも。

 甘えるわけには……。

 

「駄目だったら自主練に励むだけですよ。すぐに先走る癖がまた出ています」

 

「そうそう、解散も休止も認めないんだからね♪」

 

「あこ秘密の特訓しちゃいますね!」

 

「新しい衣装……作っちゃいます」

 

 

「みんな……ありがとう」

 

 再び頭を下げる。

 また涙が溢れてきて中々頭を上げられない。

 

 

「うーん、私がいない間に絆が強まってる……名場面を見逃したみたいで悔しい」

 

 

 

 

「ちょっと家の事でワンコに確認したいから先に更衣室に行ってて」

 

「分かり……ました」

 

 燐子達が部屋を出て少し経ってからワンコの耳元へ口を近付ける。

 

「本当は辛いんでしょ?」

 

「……痛み止めが効いてなかったらやばいかも」

 

「もしあの時「別の場所にいたから助けられた。良かった」」

 

 私の後悔は優しくさえぎられた。

 

「……ゆっくり休んで頂戴。そのうちトロフィーを持って見舞いに来るわ」

 

「うん、待ってる」

 

 

 

 自然に唇が重なる。

 

 力が湧いてくる。

 

 ああ……この気持ちを歌に込めて早く歌いたい。

 

 

 

 それから数週間後、病室に置かれた大量のお見舞い品の最前列にトロフィーを置いた。

 

 

 

 

「それにしても驚異の回復力ね」

 

「病院食って薄味すぎる。体が早く退院しようと頑張った」

 

 ワンコの退院は予想よりも早く、危うくコンテスト前に病室が空になる所だったわ。

 額に残った傷と左腕のギプス以外は目立った外傷は見当たらない。

 

「そう言えば何で左腕が一番酷かったの?」

 

「あー、崩れてきた天井に左片手突きを放ったら致命傷は避けられたけど潰れた。日菜ちゃん用に用意してた切り札の一つ」

 

「…………はぁ。日菜に感謝すべきなのかしら?」

 

 よく分からない問題に頭を悩ませていると病院の玄関に着いた。

 見送りの職員・入院患者がかなりいることにちょっと誇らしげな気持ちになる。

 ……ちょっと女性看護師相手にデレデレし過ぎじゃないかしら?

 

 

 玄関を出て振り返る。

 両親に確認したら昔検査入院した病院との事。

 十年位前に私とワンコが初めて会った場所。

 思えばあそこからすべてが始まった。

 

 深々とお辞儀をする。

 

 私の気持ちを察したのかワンコも隣に並びお辞儀をした。

 

 

 

 

「全く……ワンコといると退屈しないわね」

 

 私達の家への帰り道、色々と心配させた腹いせに少し皮肉っぽく言ってみる。

 その言葉に少し先を歩いていたワンコは振り返り透き通った笑顔を私に向けた。

 リサの様にお節介で、紗夜の様に誠実で、燐子の様に芯が強くて、あこの様に明るい大事な家族。

 気付けば一挙手一投足を目で追っている。

 さあ、次はどんな言動で私を振り回すのかしら?

 

「『犬も歩けば棒に当たる』ってやつ。これからも退屈させない」

 

「ええ、望むところよ」

 

 

 だって私はあなた、いえ、あなた達のお姉ちゃんなのだから。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

次回から番外編3の予定です。


<備考>

ワンコ:寝ている間に主役陥落。

湊友希那:泣きすぎて目が真っ赤。

今井リサ:おばけじゃないから血塗れでも余裕。

氷川紗夜:台本の読み合わせを手伝ううちにイケメン度アップ。

白金燐子:ナース服でご奉仕。


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番外編3(シーズン1春)
番外編3-1:プラチナは砕けない


UA13,200&お気に入り110件突破ありがとうございます。

時系列的にはワンコ入院中です。


 コンコンコン

 

「ワンコさん、失礼……します」

 

「はーい」

 

 少し緊張して扉をノックすると中からは心待ちにしていた声が。

 はやる気持ちを何とか抑え静かに扉を開閉する。

 扉をきっちり締めて振り返ると彼女は自由になる右手を小さく振ってくれた。

 お見舞いの蜂蜜クッキーを鞄から取出し、既にたくさん置かれているお見舞い品の山に加える。

 

「お見舞いありがとう、燐子さん」

 

「いいえ……ようやく終わったので……」

 

 コンテストが終わるまでお見舞いは自粛という友希那さんの提案。

 勿論全員が一も二もなく賛成したが、会いたい気持ちは燻り続けた。

 先日これくらいは良いだろうとタブレットを病院にいる知り合い経由で差し入れたが。

 

「面白い本がたくさん読めてすごく良かった。ただ……」

 

「……ただ?」

 

「燐子さんの魅力が余すことなく発揮された……コスプレ画像フォルダが」

 

「ふふっ……」

 

 頬を少し赤らめる彼女にしてやったりの感情を抱くわたし。

 かなり際どい画像もあるけど頑張って良かった……。

 

「……実物はもっと凄いです……よ?」

 

「うん、流石に病院では遠慮しておく」

 

 含みを持たせた笑顔に胸がざわつく。

 そんなところがずるい……けど気になる。

 

「そのかわり、と言っては変だけど体拭いてもらってもいい?」

 

「……喜んで」

 

 多分わたしが犬だったら全力で尻尾を振ってたと思う。

 

 

 

 

 彼女が入院着の上と肌着を脱ぎ素肌をさらす。

 ブラはつけていないため右手で胸を隠している。

 じっくりと観察すると……。

 

「火傷の痕が……」

 

「古いし諦めてたのに目立たなくなってるよね?」

 

「はい……」

 

 まるでどこぞの小説の主人公。

 何年間も完治しなかった火傷痕が良くなるなんてありえるのだろうか?

 

 ペロッ

 

「んっ!? 何で舐めるの?」

 

「何となく……です」

 

 実は以前友希那さんがやっていたのを見て羨ましかったので機会を窺っていた。

 ……犬が仲間や飼い主の傷口を舐めたがるという話を何故か思い出した。

 

「まあ、燐子さんにならいいけど」

 

「うれしい……です」

 

 今度はおしぼりでしっかり拭いていく。

 氷川さんより引き締まった体には薄くなった火傷痕以外にもうっすらと細かい傷が幾つもあり、彼女の歩んできた人生の過酷さを表している。

 

「……燐子さんみたいに魅力的な体じゃないので見ても面白くないよ?」

 

「そんなこと……無いですよ?」

 

 そう言って指先で古い傷跡をなぞる。

 

「好きです……だってワンコさんの体だから」

 

「そう言ってくれてありがとう、でも前は自分で出来るからもういいよ」

 

「…………ちぇっ」

 

 後少しで小ぶりな胸の谷間を拭けたのに。

 渋々おしぼりを片づけると彼女はもう服を着終わっていた。

 

 

 

 

「改めてコンテストお疲れ様、そして優勝おめでとう」

 

「ありがとう……ございます」

 

 そう言うと病室に置かれたトロフィーに目を向ける。

 昨日Roselia全員で届けに来て一番目立つところに置いた。

 一時は出場すら危ぶまれたけれど、終わってみれば絶賛の嵐。

 見事優勝してフェスへの出場を決めた。

 

「口さがない連中曰く……弔い合戦」

 

「まだ生きてるのに酷いね。それに私がピンピンしててもRoseliaなら優勝してたよ」

 

 わたしの膨れた頬を優しく撫でてくれる。

 思わずその手に縋り付いてしまう。

 その温もりに暗い感情が消えていくようだ。

 

「来年三月の本番は必ず傍にいるから」

 

「はい……約束です」

 

 その時は絶対に今以上の演奏と最高の衣装を披露しよう。

 

 

 

 

「そう言えば輸血の手配のお礼してなかったね」

 

「親戚が頑張ったお蔭で……わたしは何も……」

 

 前に血液のサンプルを採った時に血液型は分かっていたので迅速に手配出来た。

 未だに彼女の体液で興奮する仕組みは分からないけど、普通の血液で輸血ができて本当に良かった。

 

「それに……命の恩人はあなた」

 

 もし扉が開かなかったらRoseliaもパスパレも最悪な結末を迎えていたかも知れない。

 でも……必ず来てくれると信じていた。

 

「じゃあお相子か」

 

「ふふっ」

 

 事も無げに言う彼女に思わず笑いが漏れる。

 そこに危うさを感じている人間が果たして何人いるのだろうか?

 それでも彼女ならやってくれそうという思いが湧いてくる。

 それなら、せめて――

 

「あなたの陽だまりに……なりたい」

 

「……ワンコは日向ぼっこが好きだから、ね」

 

 わたしの想い……伝わったら……嬉しいな。

 

 

 

 

「ふぁ……」

 

「燐子さん、おねむ?」

 

「ごめんなさい……コンテストが終わるまでゲームを自粛していたので」

 

「終わった反動で徹夜プレイ?」

 

「はい……」

 

 もうすぐ面会時間も終わり、名残惜しいけど帰らないと。

 

「そんな状態で帰ったら危ないから泊まってく? なんて「はい……許可を取ります」」

 

 個室での通話は許可されているので直ぐに病院にいる知り合いに連絡を取り宿泊の許可を貰う。

 服を脱ぎ下着姿になるとワンコさんの予備の入院着を着る。

 胸の辺りが少しパツパツだが一晩くらいなら問題ないだろう。

 念の為に歯磨きと入浴は来る前に済ませておいたので後はもう寝るだけ。

 

「失礼……します」

 

 彼女のベッドに体を潜り込ませる。

 濃厚な彼女の匂いに全身が包まれていく。

 途端に体から力が抜けていく。

 

「燐子さんのその行動力好きだよ」

 

「えへへ……ありが……とう」

 

 眠気が限界に達し彼女の言葉に何と返したのか分からないまま眠りに落ちた。

 

「おやすみ」

 

「おや……ちゅ……み」

 

 

 

 

 ガラガラガラ

 

「ワンコ、お見舞いに来たわ」

 

「!?」

 

 友希那さんの声に意識が一気に覚醒した。

 とても不味い状況、混乱した頭では言い訳も思いつかない。

 

「あ、おはよう、友希那さん」

 

「おはよう。ところでその布団の膨らみは何かしら?」

 

 微かに怒気を孕んだ声に恐怖し、思わず布団をかぶったままワンコさんに強く抱きつく。

 安心させるかのように頭に手が置かれる。

 

「ちょっと猫が迷い込んだ」

 

「そう、にゃーんちゃんが……病院に猫が迷い込む訳が無いでしょ!」

 

 勢いよく掛布団を捲られ、友希那さんと目が合う。

 互いに気まずいが目を逸らせない。

 

「にゃ、にゃーん」

 

「……はぁ、何をやっているのよ、燐子。猫耳まで付けて」

 

 その言葉に驚いて頭に手をやるとモフモフしたものが付いている。

 さっき頭に手を置かれた時に付けたのだろうか?

 

「お蔭でよく眠れた」

 

「ごめん……なさい」

 

 あっけらかんと言うワンコさんとは対照的に、私は友希那さんに申し訳ないような気がして謝ってしまう。

 

「そんな泣きそうな顔をしないで、燐子」

 

 猫耳の上から優しく撫でてくれる友希那さん。

 思わず喉を鳴らしてしまいそうな感覚に襲われる。

 

「友希那……さん」

 

「さあ他の見舞い客が来る前に着替えなさい。それと顔も洗ってきなさい」

 

「はい……」

 

 友希那さんの言葉に従いベッドから降り着替え始める。

 

「病院で変な事はしていないでしょうね?」

 

「変な事って~? あ、ごめんなさい、トロフィーで殴られたら壊れちゃう。してないしてない」

 

「最初からそう言えばいいのよ」

 

 持ってきた鞄から化粧ポーチを取り出すと、ベッドの上で正座させられているワンコさんを尻目に扉を開け廊下に出る。

 早くトイレで昨日の痕跡を消さないと。

 

「あ、りんりんだ!」

 

「あこちゃん!?」

 

 廊下の角であこちゃんに鉢合わせる。

 不味いことに後ろには今井さん・氷川さんもいる。

 

「ちょっとおトイレに」

 

 気付かれる前に通り過ぎようとするが――

 

「あれ~、りんりんからワンコ先輩の匂いがする!」

 

「へ~、それは聞き捨てなりませんなぁ、紗夜先生?」

 

「詳しくお話を聞く必要がありますね、今井先生」

 

 純粋な興味に瞳を輝かせるあこちゃんと明らかに面白がっている二人。

 ……終わった。

 

 

 このあと無茶苦茶尋問された。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

白金燐子:まだヤンデレではない。

ワンコ:生き方は不器用だけど手先は器用。

湊友希那:ペットが自分以外からも餌を貰っていると知った時の心境。

宇田川あこ:あの女の匂いがする……なんちゃって♪

今井リサ・氷川紗夜:支柱コンビ。


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番外編3-2:ファントムブレッド

いつも本文を書いた後のサブタイトル決めで悩むので、先にサブタイトルを決めたら……どうしてこう(ry

おたえ、モカ、日菜あたりを違和感なく書けるようになりたいです。


 コンコンコン

 

 

「……蘭です。モカとお見舞いに来ました」

 

「来ました~」

 

 蘭ったら緊張しちゃって。

 平静を装っているけど手が震えてるし。

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

 先輩の元気そうな声に明らかに表情が明るくなった……。

 

「ひゅーひゅー」

 

「モカ、煩い!」

 

「うん、いつも通りだね」

 

 入室早々のあたしと蘭との騒がしいやり取りに笑顔を返す先輩。

 全身至る所が包帯ぐるぐる巻きなのに、そんな表情されたら――

 

「す、すみません。ワンコ先輩!」

 

「さーせんしたー」

 

 あーあ、蘭が赤面して赤メッシュとの境界が分かんなくなった。

 先輩に椅子を勧められベッドの横に座る。

 

「ありがとうね。平日の午後なんて忙しいでしょ?」

 

「それがですねー、蘭がソワソワして全然練習に身が入らなくてー」

 

「ちょっと、モカ!」

 

「ふふっ」

 

「ワンコ先輩まで笑わないでくださいよ!」

 

「ごめんごめん」

 

 膨れっ面の蘭だけどそんなに怒ってないのはあたしにはバレバレ。

 先輩も当然分かっているようで謝りながらも笑ってる。

 

「蘭~」

 

「あ、ワンコ先輩、お見舞いの品のフラワーアレンジメントです」

 

 蘭が取り出したのは淡い色の花の中に五本の赤い薔薇を配したフラワーアレンジメント。

 意味は確か「あなたに出会えて本当に嬉しい」だったかな~?

 もっと情熱的な意味の本数もあったのに。

 

「ありがとう、とても綺麗。蘭ちゃん作?」

 

「はい!」

 

 先輩は右手で受け取ると顔に近付けて匂いを嗅いだ。

 

「……蘭ちゃんの匂いがする」

 

「ちょっ!?」

 

 先輩の言葉にまた真っ赤になる蘭……。

 

「先輩~、それ以上やると蘭が呼吸困難で死んじゃうよ~」

 

「それは困る。また情熱的な歌声を聞かせてもらわないと」

 

「ま、前より熱い歌を約束します!」

 

「お~、蘭が燃えてる。モカちゃんからは――」

 

「お、山吹ベーカリーの袋。モカちゃん、お主も悪よのう」

 

「いえいえ、お代官様ほどでは」

 

「……なんで悪代官みたいなやり取り?」

 

 あたし達の即興劇に少し落ち着いて呆れ顔の蘭。

 鉄板の山吹ジョークなのに。

 

 

 

 

「怪我の方は大丈夫なんですか?」

 

「二、三週間で退院できるって。左手は暫くギプスかな?」

 

「おでこも包帯グルグルですな~」

 

「流血で視界が塞がれてやばかった」

 

 軽い感じで話す先輩にあたしは引き気味だけど蘭は瞳がランラン……。

 

「流石あたしの命の恩人ですね! 湊さん達も助けて生還だなんて」

 

「私が言っても説得力に欠けるけど『いのちだいじに』、一番悲しむ人が身近にいるなら猶更」

 

 ……モカちゃんの方を見て言わないで欲しいなー。

 

 

 

 

「先輩と二人っきりになるのってコンビニバイト以外だと初めて?」

 

「かもね」

 

 蘭は飲み物を買いに行ったので先輩と二人きりに。

 あたしとしては気まずいなー。

 先輩は全然気にせずもうパンを食べ始めてるし。

 椅子に座ったあたしの胸の中にモヤモヤとした感情が生まれる。

 

「……もしそのパンに毒を入れた、って言ったらどうします?」

 

「それはないかな」

 

 あたしが口走った物騒な言葉に即答し、気にした様子もなくパンを食べ続ける。

 

「……どうして?」

 

「モカちゃん程のパン好きがパンに毒を盛るわけないから。パンを買う時のモカちゃんの笑顔、好きだよ」

 

「っ!」

 

 思わず両手で顔を覆った。

 過去に蘭を救ってくれた恩人に何を言ってるんだろう……。

 

「モカちゃんも蘭ちゃんも可愛い後輩なんだから遠慮せず頼って。役に立つかは分からないけど」

 

 頭に乗せられた包帯で巻かれた手。

 凄く……安心する。

 

「お騒がせしました~」

 

 何とかいつも通りのモカちゃんに戻った、つもり。

 いや~、蘭が惚れるわけだ。

 

「若気の至りってやつでしてー、ちょっと先輩をからかってみました」

 

「別にいいけど。辛い時は辛いって言うのも強さだよ?」

 

「ですよね~。モカちゃんか弱いのでー」

 

 蘭とか幼馴染を前にするとつい自分の立ち位置を気にして、心の内をさらけ出すことが出来ないな~。

 

「その歳まで疎遠にならないで幼馴染続けられたのって凄いよ」

 

「ですかね~」

 

「私はモカちゃん達みたいな努力をしてこなかったから旧友なんていないし」

 

「…………」

 

「正直、羨ましい」

 

 先輩の嘘偽りを感じさせない言葉に胸が締め付けられた。

 

「だからもし私の存在が不和の原因になるなら――」

 

「ごめんなさい!」

 

 自分でも驚くぐらいの大声が出た。

 

「勝手に嫉妬して勝手に落ち込んで……先輩は何も悪くないのに。蘭の世界がどんどん拡がって取り残されていくみたいで」

 

「……うん、そんな時もあるさ。ちょっとおいで」

 

「はい……わっ!?」

 

 椅子から立ち上がりベッドに近付いたところで急に引っ張られ右腕で抱きしめられた。

 

「私もただ前だけ向いて生きてきたから心の機微には疎いけど……さらけ出して素直に甘えるのも大事」

 

「……ですかね~」

 

「生傷の絶えない人生送ってると躊躇する時間が勿体無く感じる。恥も外聞も割と気にならなくなるし」

 

「説得力あり過ぎ」

 

 もしあたしが被災時の先輩と同じ状況になったら生きて戻れないだろうなー。

 でも想いを告げずに永遠の別れは流石に嫌だよ。

 

「つまりそういうことさ。少しは参考になった?」

 

「ぷっ、最後の薫先輩の物真似で台無しですよ~」

 

 先輩への苦手意識は完全に消えたわけじゃないけど、優しさは伝わってきた。

 凶暴そうな大型犬に懐かれた気分?

 

 

 

 

「で、素直じゃない可愛い後輩に先輩からプレゼント」

 

 先輩はそう言うと枕の下から二枚の紙を取り出した。

 

「『世界のパン展』の食べ放題チケット!」

 

「ちょっと他の患者と賭け事で、ゲフンゲフン。蘭ちゃん誘って行ってきたら?」

 

「いいんですか~?」

 

「退院が間に合いそうにないから。ただし現地で必ずツーショット写真を撮ること」

 

「了解で~す♪」

 

 見た目は完全に漫画の悪役なのにずるいなー。

 

 

 コンコンコン

 

 

「蘭です」

 

「どうぞ」

 

 三人分の缶飲料を持って入ってくる蘭。

 ちなみに先輩の奢り、太っ腹~。

 

「ワンコ先輩、ストレートティーです」

 

「ありがとう」

 

「モカは本当にブラックでいいの?」

 

「ふっふっふ~、モカちゃんも大人の味が分かるようになったのです」

 

「なーに、言ってるんだか」

 

 口ではそう言う蘭だけどブラック派が増えて満更でもなさそう。

 ……先輩ニヤニヤ顔でこっち見ないでよ~。

 

「蘭~、先輩から『世界のパン展』のチケット貰ったから一緒に行こうよー」

 

「……別にいいけど。ワンコ先輩いいんですか?」

 

「うん、私の代わりに二人で楽しんできて」

 

「ありがとうございます。……それでは遠慮なく」

 

 その言葉に本当は先輩と二人で行きたかったのかな、と思ってしまう。

 でもここで尻込みしたら折角の好意が無駄になるよね?

 

 

「わ~い、蘭とデートだ♪」

 

 

「ぶふっ!? ちょっと、モカ!」

 

 コーヒーを吹き出しかけて慌てる蘭。

 だけどまだ終わらないよ。

 

「……本当に楽しみだよ、蘭。大好き」

 

「!?」

 

 あたしに出来る最高の笑顔を蘭に向ける。

 

 蘭は赤面して口をパクパクさせた後そっぽを向いてしまった……耳まで真っ赤だよ。

 

 先輩の方を見ると……実に嬉しそうな表情。

 

 ちょっと手のひらで踊らされてる感があるけど構わない。

 

 

 だってずっと抱いていたこの気持ちは本物だから、ね。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

特に感想急募!


<備考>

青葉モカ:幼馴染の関係から一歩先へ進みたいお年頃。

美竹蘭:色々挑戦したいお年頃。

ワンコ:後輩の世話を焼きたいお年頃。


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番外編3-3:銭闘漂流

UA14,800&お気に入り120件突破ありがとうございます。


「戦いの中で戦いを忘れた……」

 

「ふえぇ~!」

 

 目の前のおじさんはテーブルに凄い音を立てて突っ伏した。

 はぐみちゃんとワンコちゃんのお見舞いに来た筈だったんだけど……どうしてこんな事に?

 

 

 

 

「わーくん、喜んでくれるかな?」

 

「大丈夫だと思うよ。はぐみちゃんのお店のコロッケ美味しいし」

 

 今日ははぐみちゃんと一緒にワンコちゃんのお見舞い。

 お見舞いに持っていくのはお花にしようか悩んだけど、お気に入りの銘柄の紅茶のティーパックにした。

 長い入院生活、少しでもリラックスしてもらえたら嬉しいな。

 

「今日は奮発して五十個持ってきたんだ」

 

「流石にそれは多いかも……」

 

 体育祭で見せた健啖振りでも五十個はきつそう。

 想像しただけでも胸焼けが……。

 

「食べきれないようだったらかのちゃん先輩も食べてね」

 

「え、ええ~!?」

 

 お願いワンコちゃん、頑張って!

 

 

 

 

 そんなこんなで病院に着いたものの……ここどこ~!?

 気付いたらはぐみちゃんはいないし取り合えず歩いてみたらどんどん薄暗く。

 人の気配がしてそっちに向かうと――

 

 

「いい目をしているな、それにここに来るとは度胸も良い」

 

「ふえぇ!?」

 

「一勝負願おうか」

 

 青色の入院着を着ているダンディなおじさんに促され奥へ。

 病院なのにすごく煙ったい……あ、これお香だ。

 不思議な香り。

 

 たどり着いたのは談話室のような場所。

 

 

「謀ったな!」

 

「やらせはせん!」

 

「圧倒的じゃないか!」

 

 各テーブルから怒号が聞こえてくる、怖いよ~。

 

 

「この席を使わせてもらうぞ」

 

「はっ!」

 

 おじさんに敬礼して席を譲る患者さん。

 一体何者なんだろう?

 

「闘茶の準備を。ちなみに闘茶の経験は?」

 

「あ、闘茶なんですね。部活で少々」

 

 雰囲気的に麻雀とかポーカーだと予想してた。

 闘茶のルールは五種類のお茶を飲んで銘柄と産地を当てるんだったかな?

 

「結構。こちらも本気でやらせてもらう」

 

 おじさんの顔が凄みを増す。

 だけど私も覚悟を決めた。

 現役道部員として負けられないよ。

 

 

 

 

 ――そして冒頭に至る

 

 

 今回は略式ということで解答用紙に答えを書き最後に答え合わせ。

 おじさんは四種類、私は五種類正解だった、えっへん。

 

「青いのがやられたか」「次は俺達と」「闘ってもらおうか!」

 

「ふえぇ!??」

 

 今度は黒い入院着の三人組。

 どうみても堅気の人には見えないよー。

 

 

 その後も勝ち続け戦利品の山が出来ちゃったけど お茶の飲みすぎでお手洗い行きたい……。

 

 

「あ、かのちゃん先輩!」

 

「どうやったらこんな所に……」

 

「はぐみちゃんにワンコちゃん! ふえぇ~、やっと会えた~」

 

 包帯だらけのワンコちゃんの乗った車椅子を押すはぐみちゃんを目にしたら、嬉しくて思わず涙ぐんじゃった。

 駆け寄ったら漏らしそうなのでゆっくりと近付く。

 油断したら零れちゃいそう。

 

「やはり一つ目の知り合いか」

 

「連絡ありがとう、赤いの。まさか手は出してないよね?」

 

「ははっ」

 

「女子高生に母性を求めるな」

 

 ……聞かなかったことにしよう、うん。

 あと出来るだけ早くお手洗いまで案内してもらおう。

 

 

 

 

 無事お手洗いを済ましワンコちゃんの病室へ。

 私の戦利品は大部分がそのままお見舞い品に……持って帰りづらい品も多いし。

 既にお見舞い品は幾つか置いてあり中には見事なフラワーアレンジメントもあった。

 紅茶にしておいて本当に良かった。

 

「入院中で暇を持て余している大人達の息抜き場なので、ご内密に」 

 

「うん、分かったよ」

 

「はぐみも何かやりたかったなぁ~」

 

 さっきの出来事は忘れた方がいいみたい。

 ……ちょっとスリルがあって楽しかったけど。

 

「ちょっと髪梳かすね」

 

「うん、ありがとう」

 

 ワンコちゃんの髪の乱れが気になってポーチからブラシを取り出して梳かす。

 髪質自体は凄く良いし香りも良い……友希那ちゃん家のヘアケアブランド聞こうかな?

 

「あっ」

 

 余計な事を考えていたせいでブラシに紐が引っ掛かり眼帯が外れる。

 瞳が露わになったワンコちゃんの右目。

 白く濁ったそれはまるで――

 

「クラゲみたいで可愛い……」

 

「えっ!?」

 

 私の言葉に目を丸くするワンコちゃん。

 変なこと言っちゃったかな? 気を悪くさせちゃったなら謝らないと。

 

「あ、あの」「クラゲ……クラゲ……ぷぷっ!」

 

 謝ろうとしたらお腹を抱えて大爆笑。

 その様子に頭が真っ白になっちゃう。

 

「ふえぇー!」

 

「ご、ごめん。怖いとか気持ち悪いは聞き慣れてるけど、クラゲみたいに可愛いって言われたのは初めてで」

 

 泣き笑いのような状態のワンコちゃんに胸が締め付けられる。

 

 

「怖いとか気持ち悪いなんてそんな事ないよ!」

 

 

 クラゲに似ているかどうか以前に人の体を貶す言葉なんて!

 自分でもびっくりする位の大声が出た。

 呆気にとられる二人。

 いち早く我に返ったワンコちゃんから笑顔が向けられる。

 

「怒ってくれてありがとう。花音さんみたいな人がいるから人生楽しい」

 

 その言葉に心が満たされる。

 

「かのちゃん先輩は凄いんだから!」

 

 はぐみちゃんが自分の事のように自慢するとちょっと面映ゆいな。

 

「ちなみにはぐみちゃんは何て言ったと思う?」

 

「……かっこいい、とか?」

 

「温泉卵、ぷっ」

 

「ふふっ、はぐみちゃんらしいね」

 

「二人して笑わないでよ~」

 

 拗ねた素振りのはぐみちゃんに笑いが止まらない私達。

 

「そんな意地悪な二人にはコロッケあげないんだから!」

 

「ごめん、ごめん。早く食べさせて」

 

「私、給湯室で紅茶淹れてくるね」

 

「わーい、かのちゃん先輩の紅茶大好き♪ お砂糖多めでね」

 

「うん」

 

 給湯室へ向かう私の足取りは今日一番軽かった。

 今度は私の紅茶で笑顔にしてあげるんだから。

 

 

 

 

「……という事があったんだよ、美咲ちゃん」

 

「色々と突っ込みどころはあるけど……危険物がある場所で迷子にはならないでください」

 

「ご、ごめんね。気が付いたら……」

 

 CiRCLEのテラス席で疲れたような笑みを浮かべる美咲ちゃん。

 私は気まずそうにコーヒーを口に含む。

 

「悪気がないのは分かってるんだけどね。一緒にいる人と常に手を繋いでおくとか?」

 

「うん、ワンコちゃんにもそう言われたよ。だから」

 

 ぎゅっ

 

「えっと……」

 

「私から目を離さないでね、美咲ちゃん」

 

 お見舞いに行った日からどうも親しい人の温もりを求めてしまうみたい。

 包帯だらけのワンコちゃんを見たせいかな?

 それとも……。

 

「あ、はい……」

 

 私の言葉に赤面する美咲ちゃん。

 

 繋いだ手が熱くなる。

 

 迷い犬の私には首輪でも嵌めて貰おうかな?




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

特に感想急募!


<備考>

松原花音:強い。

北沢はぐみ:車椅子押しで病院レコードを叩き出す。

ワンコ:笑いすぎて入院期間延長。

奥沢美咲:最近友人達の別の意味での奇行が悩みの種。


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番外編3-4:アイアンオーシャン(アンケート1位)

たくさんの投票ありがとうございました。

千聖さん回です。


 そっと病室のドアを開ける。

 

 袖口に隠したナイフを手に持ちベッドに眠る彼女の心臓目掛けて突き立てる。

 

 一本、二本、三本……。

 

 

「はっ!? ナイフのヴァイスシュヴァルツ、じゃなかったシュバルツバルトや!」

 

「彩ちゃん突っ込みが遅い」

 

「ご、ごめん、千聖ちゃん。つい迫真の演技に見入っちゃって」

 

 全く、彩ちゃんも芸人としての自覚を持ってほしいものね。

 取り合えず刃が引っ込んだ状態で立っているマジックナイフを回収する。

 隠し持って服から出すのは慣れたけれど逆は改善の余地ありかしら。

 

「……えっと、この茶番は?」

 

「あら、起きていたのね。お見舞いのついでに今度出るお笑い番組の練習よ」

 

「ワンコちゃんごめんね。次は突っ込みのレベルを上げるから!」

 

「あー、うん、期待してる」

 

 ごまかし笑いをするワンコちゃんの頭を撫でる。

 やっぱりレオンの次に癒されるわ。

 イヴちゃんも捨てがたいけれど。

 

 

 

 

「もうそろそろ退院かしら?」

 

「うん、来週には。ギプスは着けたままになりそうだけど」

 

 愛おしそうにギプスを撫でるワンコちゃん。

 やけに黒い……と思ったらびっしりと寄せ書きが。

 仕事が忙しすぎて完全に出遅れたわ!

 

「あ、私も書きたい」

 

「はい、マジック」

 

 彩ちゃんが早速書き始める……って普段色紙に書くような謎生物サイン!

 

「早く元気にな~れ、と」

 

 チュッ♪

 

 サインした後にギプスにキスなんてあざとさにも磨きがかかってきたわね……。

 

「千聖ちゃんも書く?」

 

「そうね」

 

 何て書こうかしら?

 他の人に劣らないようなインパクトのある文言。

 特に友希那ちゃんの「早く帰ってきなさい」には負けたくない。

 というか寄せ書きをするタイプには見えなかったけれど、やるわね。

 

「……こんな感じかしら」

 

「『月見れば 千々に物こそ 悲しけれ』……千聖ちゃん、これってどういう意味?」

 

「小倉百人でしたっけ?」

 

「ええ、大江千里の歌」

 

「ちさと……千々……秋……千秋……」

 

「ふふっ、私の気持ちはご想像にお任せするわ」

 

「もー、二人共私にも分かるように話してよ!」

 

「ごめんね。これでも食べて機嫌直して」

 

 会話についていけずに膨れっ面の彩ちゃん。

 ワンコちゃんからお見舞い品のお菓子を渡されてすぐに機嫌は直ったみたい。

 ……いつも間食には気を付けろと言ってるけれど今日は見逃そう。

 

 

 

 

「お礼が遅くなってごめんなさいね。地震の時はありがとう」

 

「いえいえ、千聖さんが犬笛を持っていなかったら危なかった」

 

「音の届く範囲で良かったわ……流石地獄犬耳ね」

 

 ワンコちゃんの耳たぶを指でふにふにする。

 屋内、しかも地震による雑音が激しい中良く聞こえたわね。

 

「はい、お見舞い品のスキンケアセット。少しは肌にも気を使いなさい」

 

「うん、気を付ける」

 

「リサちゃんにも言っておくから必ず使いなさいよ? 素材は悪くないんだから」

 

「……千聖ちゃん、お母さんみたい」

 

「彩ちゃん、何か言ったかしら?」

 

「ひっ、何でもないです! 飲み物買ってきます!」

 

 全く、現役女子高生アイドルをつかまえてお母さんとか失礼ね。

 あと病院内では走らないように。

 

「でもパスパレのお母さんみたい」

 

「もう! ワンコちゃんまで」

 

 腹いせにベッドに腰かけ入院着の中に手を入れお腹を撫でる。

 レオンみたいにモフモフという事はないけれど何となく落ち着くわ。

 ただ以前と比べると違和感が。

 

「……もしかして太ったかしら」

 

「リハビリだけだとカロリーが消費しきれなくて」

 

 ワンコちゃんの視線の先にあるのは大量のお見舞い品の果物、ジュース、スイーツ、茶葉、缶詰、パン等々。

 おい、生ハム原木とか巨大ジャーキーとか誰が持ってきた。

 悪ノリなのか競争意識なのか……人望だと思いたいわね。

 

「このまま入院してたら病気になりそうね」

 

「そういう意味でも早く退院したい」

 

 切実な発言。

 義理堅いワンコちゃんの事、お見舞い品を捨てるなんて出来そうにないわね。

 

「退院したらパーティーでも開いて一気に消化しましょう。羽沢珈琲店を貸切るくらいなら、うちの事務所の経費で落とせるわ」

 

「流石千聖さん、頼りになる」

 

 ワンコちゃんの笑顔にドキッとする。

 この笑顔に去年の私は救われたのだから。

 

「……去年の私から成長できたかしら」

 

 頭を撫でながらポツリと漏らす。

 着実に女優としてステップアップしつつも、あの時の選択の是非を問い続けている。

 

「勿論、一段と素敵な女性になった」

 

 右手で頬を撫でられる。

 自分より仕事を選んだというのに優しい表情、胸が締め付けられる。

 

 

 ああ、この人はいつも私が欲しい言葉をくれる。

 

 

「……頭を抱きしめてもらえるなんてレオンくんに悪い気が」

 

「いいじゃない……たまには……」

 

 こんなに触れ合えたのはいつ以来かしら。

 でもこれでまた頑張れる。

 

 

 日本中、いえ世界中の人達を魅了する役者になるから、その目でしっかり見ていなさい。

 

 

 

 

「紅茶買ってきた……って、千聖ちゃん何してるの!?」

 

「何ってワンコちゃん分の補充よ。彩ちゃんも試しに如何?」

 

「そんな試食販売みたいなノリで……」

 

「ちなみに補充後の私のオーディション合格率は百パーセントよ」

 

「やるよ!」

 

 何故か靴を脱ぎ捨てベッドの足元の方に乗りにじり寄る彩ちゃん。

 ワンコちゃんは若干引き気味……あ、真正面から頭を抱きかかえたわ。

 

「んっ、良い匂い」

 

「彩ちゃんもね」

 

 何だかんだ言ってワンコちゃんも彩ちゃんの腰に手を回して抱きしめている……。

 自分で煽っておきながら面白くないと感じている私。

 ちょっと長すぎじゃないかしら。

 

 

 はむっ

 

 

「ひゃっ!?」

 

 ワンコちゃんの右耳を甘噛みする。

 中々良い噛み応えだわ。

 

「あ、千聖ちゃんずるい! 私も!」

 

「ちょ!?」

 

 負けじと彩ちゃんも抱きしめていた腕を解き、左耳に噛みついたようね。

 それならこちらも負けてられないわ。

 自慢の舌テクで耳の中――

 

 

 バーンッ!

 

 

「おねーちゃんとお見舞いに来た、よ……」

 

「ちょっと日菜、病院では静かに……お二人とも一体何を?」

 

 病室の扉が勢いよく開き現れた氷川姉妹。

 二人とも私達の状態を見て固まっている。

 

 いち早く我に返った私はワンコちゃんの耳から口を離し、備え付けのティッシュで唾液を拭う。

 そして入り口の二人に向き直りスカートの裾を摘み

 

 

「ごきげんよう」

 

 

 会心の演技も紗夜ちゃんには通用せずワンコちゃん、彩ちゃん共々正座する羽目になった……。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

白鷺千聖:仕事を優先させた結果拗らせた。

丸山彩:奉仕するリーダー。

ワンコ:欠陥フラグ。

氷川紗夜:現行犯には容赦ない。

氷川日菜:帰宅後に姉の耳でるんっ♪


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番外編3-5:スターダストクマセイダース

折角アンケート二位になったので出番増です。

※またアンケートやるので投票お願いします。


『ワンコさん、問題ないですか?』

 

「うん、麻弥さんありがとう」

 

 Webカメラから送られてくる映像とマイクを通して聞こえてくる音声は良好。

 これでベッドの上でも授業を問題なく受けられる。

 発案から先生の説得、配線、設定等を率先してやってくれた麻弥さんには感謝しかない。

 

『大和さん、これって音声だけじゃなくて向こうの映像は見えないの?』

 

『流石に病室の映像を外から見えるようにするのは問題があるそうで……』

 

『ちょっと不公平ね』

 

 友希那さんが不満げな顔でカメラ越しにこっちを見る。

 入院するまでは毎日見ていた顔だけにちょっと感慨深い。

 

「友希那さん、ちゃんと勉強してますか? 一年留年したら蘭ちゃん、二年留年したらあこちゃんと同学年ですよ」

 

『わ、分かっているわよ! そっちこそ期末テストで酷い点だったら許さないんだから』

 

『あ、それってワンコちゃんと繋がってるの? おーい、日菜ちゃんだよー♪』

 

『ちょっと日菜さん持ち上げないでください!』

 

『ワンコ、何という儚い姿に』

 

『いや薫、義体化したわけじゃないから』

 

 ……相変わらず賑やかなことで。

 私も早く治して加わりたいな。

 

 

 入院中は暇、そう思っていた時期が私にもあった。

 Roseliaの雑用もできないし、バイトにも行けないし。

 

 

 完全な杞憂だったけどね。

 授業が受けられるようになったので予習復習もきっちりやる。

 燐子さんから差し入れられたタブレットは本読み放題に映像見放題。

 お見舞いの品々を眺めているだけでも心が温かくなる。

 それに――

 

「おねーちゃん、遊んで!」

 

「はやく! はやく!」

 

「談話室行こう」

 

 何故か入院中の子供達に懐かれた。

 

 

 

 

「はい、あがり」

 

「えー、そんなー」

 

 子供相手の七並べでも割と容赦しない。

 勝負の世界は厳しいので。

 

「アイコンタクトは上手くなったけど、まだバレバレかな」

 

 子供にお見舞い品のお菓子を配りながらアドバイスする。

 

「フェイクも混ぜるといいかも。あと相手の枚数は常に把握しておくこと。重ねて持たれることもあるから」

 

「はーい!」「うん!」「了解」

 

 素直な態度は結構。

 この短期間でここまで読みやイカサマの精度が上げられる吸収力。

 まったく、小学生は最高。

 

 

「子供相手に何教えてるんですか!?」

 

 あ、ピンク色の熊、じゃないミッシェル。

 

「勝つための方法。トランプなら子供でも大人に勝てる」

 

「いや、まあ、そうでしょうけど!」

 

 少しお怒りの様子。

 何が不満なんだろう?

 

「あー、ミッシェルだ!」

 

「抱き着け!」「わ~!」「もふもふ」

 

「ちょ、タックルはやめて!」

 

 流石人気者、ちょっと嫉妬した。

 

 

 

 

 子供達に揉みくちゃにされて力尽きたミッシェルを車椅子で牽引して私の病室へ運んだ。

 頭を外し冷蔵庫から取り出したキンキンに冷えたスポドリのペットボトルを美咲ちゃんの頬に当てる。

 

「冷たっ!」

 

「お疲れ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 キャップを開け勢いよく中身を飲む。

 その間にタオルで汗を拭く。

 昔着ぐるみのバイトもやったけどきついんだよね、暑いし臭いし。

 

「はー、何から何まですみません」

 

「こちらこそありがとう、みんな喜んでた」

 

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 照れ笑いを浮かべる美咲ちゃん。

 あまり接点がなかったから知らなかったけど、気だるげな表情だけじゃなくてこういう表情もできるのか。

 

「今日は何でまた」

 

「前にこの病院で色々あってライブして、それ以来時間があったらミッシェルの格好で来てくれってお医者さんに」

 

 病院でライブ!

 ハロハピも中々ロックだ。

 そしてセラピードッグならぬセラピーベアか。

 

「つまり小さな子供大好き」

 

「微妙に語弊がある言い方はやめてもらえません!?」

 

「それは失礼」

 

「……まああたしにも妹がいるので、困ってる年下は放っておけないというか」

 

「そっか……私も施設にいた時は下の子達の面倒を見ていたから分かるよ」

 

「……っ」

 

 言葉を詰まらせる美咲ちゃん。

 余計な事言っちゃったか。

 

「一つお願いがあるんだけど」

 

「あ、はい、なんでしょう?」

 

 ちょっと強引でも話題を変えようか。

 

 

 

 

「これが普段美咲ちゃんが見ている景色」

 

「……傍から見ると病室に熊の着ぐるみってシュールを通り越してホラーですね」

 

 私のお願いは少しの間ミッシェルになること。

 最初は渋っていた美咲ちゃんも根負けして、どこかに電話をかけ許可を取ってくれた。

 着るのを手伝ってもらい今はベッドに腰掛けている。

 隣には美咲ちゃん。

 

「その……汗臭くないですか?」

 

「ん、良い匂い」

 

「恥ずかしいこと言わないでください!」

 

 多分私の方が体臭きついし……そう考えるとこの後美咲ちゃんが着るとなると申し訳ない。

 ちなみに美咲ちゃんには私の予備の入院着を着てもらっている。

 

「この姿で散歩したいな」

 

「車椅子に収まらないんで勘弁してください」

 

 一応松葉杖でも少しなら歩けるけどミッシェルの体だと辛いか。

 

「……ワンコ先輩ってよく分からない人ですよね」

 

「そうかな?」

 

「そうですよ。ミッシェルになりたいなんて初めて言われましたし」

 

 さっきの私の発言を思い出しているようでちょっと笑いを堪えている様子。

 そんなにおかしなこと言ったかなぁ?

 

「『切り結ぶ 太刀の下こそ 地獄なれ 一足踏み込め そこは極楽』だったかな?」

 

「はっ?」

 

「とりあえずやってみることを心掛けてる」

 

 まあ毎回上手くいくとは限らないわけで。

 私一人の力で解決できたことってレアだし。

 

「……凄いですね。あたしには真似できないや」

 

「そうかな? 花音さんがべた褒めしてたけど」

 

「ちょっと花音さん何言ってるの!」

 

 この場にいない花音さんに対しての見事なツッコミ。

 やっぱりハロハピの大黒柱かな?

 

「自分の行動が直接結果に結びつかなくても誰かの何かの糸口になれば……ごめん、格好つけ過ぎたかも」

 

 似たようなこと前に麻弥さんが言ってたっけ。

 

「つまり……私が凄いなら美咲ちゃんも凄いってこと」

 

「強引にまとめましたね」

 

「強引なのは嫌い?」

 

「……まあ誉め言葉として受け取っておきます」

 

 言葉とは裏腹に澄み切った笑顔、普段隠されているだけに貴重。

 

 

 

 

「じゃあそろそろ脱がせますよ」

 

「お願い」

 

 十分にミッシェルも堪能したしそろそろお返ししないと。

 

「あれ……留め具が外れない……」

 

「えっ」

 

「だ、大丈夫ですよ。っと、このっ!」

 

「……ベッドに座ったままだとやりにくいようだったら体勢変えるけど?」

 

「すみません……ベッドにうつ伏せになってもらえますか?」

 

「うん」

 

 うつ伏せになった私にまたがり奮闘する美咲ちゃん。

 私は特に問題ないけど美咲ちゃんは息が切れてきた。

 

「はぁ……はぁ……すみません」

 

 

 バーンッ!

 

 

「ワンコ先輩! お見舞いに……」

 

「おい、香澄、ノック位……奥沢さんがミッシェルにまたがって息切れしながら首を絞めてる……」

 

「ちょ、二人とも、これは違うの!」

 

「……見えてないけど何となく状況は分かった」

 

 

 この後美咲ちゃんが香澄ちゃんと有咲ちゃんの誤解を解いている間に、黒服さんが何とか脱がせてくれた。

 着心地は割と良かったのでまた着る機会があったら着たいかも。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

活動報告上げました。


<備考>

奥沢美咲:「熊殺し」として病院七不思議に加えられる。

ワンコ:ご満悦。

大和麻弥:何でもできる舞台監督。

戸山香澄:トラウマになってしばらく妹と寝た。

市ヶ谷有咲:トラウマになってしばらくばあちゃんと寝た。


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番外編3-6:湊さんは動かない

湊さん分が不足してきたので。


 カタカタカタ

 

 燐子さんから新たに借りたノートパソコンにRoseliaについて色々と打ち込んでいく。

 

 

 友希那さんが作詞・作曲したものの権利は燐子さんから詳しい人を紹介してもらい確保。

 

 並行してネット配信の準備も進めている。

 

 活動費についてはチケットの売り上げが好調なので当面は問題なし。

 

 衣装代は紗夜さんに指摘されて燐子さんを問い詰めて白状させたら結構な金額だったので保留、いずれ払いたい。

 

 ファンの要望で制作の決まったCDとグッズは業者のサンプル待ち……個人的にも欲しい。

 

 フライヤーは無くなることが多いので次は部数を増やす方針。

 

 ミュージックビデオは……砂漠で演奏とか物理的に無理だから合成かな。

 

 そろそろ公式ファンクラブとか視野に入れた方がいいかもしれないけど既存の方との棲み分けが問題。

 

 公式サイトは「高貴なる闇の騎士団」のイメージ、とのあこちゃんの希望。

 

 

 他にも色々、数か月で一気に駆け上がった関係で未着手が多い。

 最優先、優先、保留……さてどれに分類しようか?

 

 比較的自由にできるアマチュアバンド、みんなと相談しながら納得のいくものに仕上げよう。

 

 

 コンコンコン

 

 

「はーい」

 

「入るよ、ワンコくん」

 

「どうぞ」

 

 入ってきたのは湊さんのお父さん、まあ私のお父様にもなる予定だけど。

 パソコンを閉じ居住まいを正す。

 お父様はベッド横の椅子に腰を下ろすと胸ポケットから何かを取り出した。

 

「気の利いたお見舞いの品が思い浮かばなくてね」

 

 渡されたのはUSBメモリ、はて?

 

「片付けをしていたら昔の歌の音源が出てきた。データにしたから良かったら聞いてほしい」

 

 どこか遠くを見るような目。

 何故か胸が締め付けられる。

 

「友希那さんに聞かせても?」

 

「好きにしたらいい。もう君のものだ」

 

 少し突き放すような言い方だけど声音は優しい。

 友希那さんが素直じゃないのは父親譲りかな。

 何にせよ宝物がまた増えた。

 

 

「中々見舞いに来れなくて悪かったね」

 

「いいえ。それに友希那さん達に遠慮してたんですよね?」

 

「お見通しか。本人には秘密だけど、前に私だけでお見舞いをしたと知った時の友希那の拗ねた顔は可愛かったよ」

 

「わぁ……いいなぁ」

 

 拗ねた顔の友希那さんを想像しただけで胸が温かくなる。

 早く毎日会えるようになりたいな。

 

 

「何かしてほしいことはあるかい? 友希那を救ってくれたお礼らしいお礼が出来ていなかったから」

 

「う~ん」

 

 居候どころか養女にしてもらうというだけで感謝しきれないのに。

 さらに珠玉の音源までもらったばかり。

 すごく悩む。

 

「じゃあ……ご褒美に撫でてもらえますか?」

 

「撫でる? それだけかい?」

 

「はい、父親に撫でられた記憶が無いので」

 

「そうか……頭をこっちに」

 

「はい……」

 

 お父様の方へ頭を傾けると抱きしめられ頭を撫でられる。

 大きくて温かな手が安心感をくれる。

 

 ……これが父親。

 

 

「書類上はまだだが君はもう娘だ。これからはいくらでも甘えなさい」

 

「……はい」

 

 

 

「……お父様はもう音楽はやらないんですか?」

 

「っ!?」

 

 私の唐突な発言に抱きしめてくれている腕の強張りを感じた。

 

「気に障ったらごめんなさい。でも……友希那さんも……」

 

「……ああ、分かってるさ」

 

「家族の為に大切なものを諦めた辛さ、私にはとても想像できませんが……」

 

 気付けば私も動かせる右腕でお父様を抱きしめていた。

 いつの間にか涙が溢れる。

 

「……友希那がね、馬鹿なバンドマンの無念を晴らそうと動き出してから今まで何もしてやれなかった」

 

「…………」

 

「娘の必死に頑張る姿を見てしまうと、その先に苦難や危険が待っていたとしても動けなくてね」

 

「…………」

 

「ははっ、父親失格だな」

 

「信じていたんでしょ、友希那さんなら乗り越えられるって?」

 

「……そうかもしれないな。道半ばで挫折した父親を乗り越えてほしいと期待しているのかな」

 

「大丈夫ですよ。貴方の娘には何度でも立ち上がる信念と最強の仲間、最高の両親がいますから」

 

「……そうだな。それに……素敵な妹もいるからな」

 

 そう言うと頭を抱きしめていた腕を放し真正面から向き合う。

 栄光と挫折を味わった男の顔、娘を見守る事しかできなかった男の顔、家族を何よりも愛する男の顔……。

 

「素敵な顔ですね。私もそんな顔が出来るようになりますか?」

 

「大丈夫さ」

 

 お父様は短くそう言うと私の髪をかき上げ、おでこに口づけ。

 

 顔が火照る。

 

 体の奥が熱い。

 

 狂い咲いてしまいそう。

 

 

 

 

「私、決めました」

 

「何をだい?」

 

 火照りが治まるまで待ってからお父様に向かって言い放つ。

 もう大丈夫……正気に戻った、筈。

 

「いつか友希那さんとお父様が同じステージに立てるように全力でお節介します!」

 

「!? ははは、それは面白いな」

 

 私の独善的な宣言に一瞬キョトンとしたお父様は大爆笑。

 私自身明確な道筋や方法が見えているわけじゃない。

 でも……やり遂げなければいけない気がした。

 

 過去と今が交差する未来。

 

 義理や恩義もあるけど、それ以上にその光景を私が見たい。

 

 きっとそれは今感じた胸の熱を凌駕するものだから……。

 

「だから……それまで腕を磨いて待っていてくださいね♪」

 

 

 

 

 コンコンコン

 

 

「美竹だが」

 

「どうぞ」

 

 今度のお見舞い客は蘭ちゃんのお父さん。

 華道の家柄という事もあり和服を普段着として着こなしている渋いおじ様。

 ……入院してからモテ期を無駄に消費している気がする。

 羽沢店長や山吹店主も来てくれたし。

 あ、お見舞いのお花ありがとうございます。

 

「やあ美竹さん」

 

「どうも湊さん」

 

 何気に二人とも娘さん達のライブ会場で一緒になったりする間柄。

 悪い虫対策という名目で友希那さんと蘭ちゃんには何とか黙認してもらっている。

 

「RoseliaのFWF.出場決定おめでとう」

 

「ありがとう。Afterglowも最近どんどん注目を集めているね」

 

 ……私そっちのけで会話が弾んでいる。

 他に話せそうな人がいないからかも。

 いっそのことガールズバンド保護者懇親会とか企画しようかな?

 学校が分かれていると会う機会がない人達もいるだろうし。

 

 

 

 ガラガラガラ

 

 

「ワンコ、お見舞いに来た、わ!?」

 

「ちょっと湊さん、ノックくら、いっ!?」

 

 相変わらずノック無しで入ってきた友希那さんが父親二人を見て固まる。

 後に続いた蘭ちゃんも同様。

 

「奇遇だな」

 

「やあ二人とも」

 

 父親二人は特に気にせず娘達の話題で盛り上がり続ける。

 これだから男って……。

 

「次のライブこそ蘭はやってくれますよ?」

 

「いやいや、うちの友希那も更に進化しますから」

 

 何この空気。

 目の前で親馬鹿っぷりを発揮する両名、娘さん達は居たたまれない。

 

「ワンコ、外の空気を吸いに行くわよ」

 

「そうですね。屋上にでも行きましょう」

 

「うん……」

 

 

 

 

 その日見た夕焼けの赤さは筆舌に尽くしがたかった。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

ワンコ:為せば成る精神。

湊父:職業不詳。

美竹父:おやばかどう家。

湊友希那:赤いわね。

美竹蘭:湊さんこそ。


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番外編3-7:黄金の髪

UA22,000&お気に入り140件突破ありがとうございます。


「……やまぶきベーカリーはすげーな」

 

「ふふ、ありがと有咲」

 

 今日はワンコ先輩のお見舞いという事で沙綾と病院に来ていた。

 病室に行く前に沙綾のお願いで売店に寄ると何故かやまぶきベーカリー特設コーナーが。

 

「前にワンコさんと話してた時に『小麦アレルギーの友達にも食べて欲しい』って言っててね」

 

「なるほど、それで米粉パンが多いのか」

 

「うん、お父さんも張り切っちゃって。ワンコさんが燐子先輩経由で販売スペースも押さえてくれたんだ」

 

 定番のチョココロネやあんパン、メロンパン等が米粉で作られている。

 普通に美味そうだし。

 やべーな、やまぶきベーカリー。

 

「店舗の方の分もあるから毎日は販売できないのがネックかな」

 

「それは仕方ねーな。店の方の商品が減ったらりみやモカちゃんが暴動起こしそうだし」

 

「あはは、確かに」

 

 熱烈なファンが多いよな。

 まあ、私も嫌いじゃねーし。

 ばあちゃんのご飯の次位には認めてる。

 

「有咲が嫁に来てくれると嬉しいんだけどな~」

 

「ばーか」

 

 冗談でもそんなこと言われたら意識しちゃうだろ。

 

「でも、二号店を出す時になったら資金援助を考えなくも……やっぱ今の無し!」

 

「ふふっ、パンで世界を笑顔にする位に頑張らないとね」

 

 

 

 

 コンコンコン

 

「はーい」

 

「沙綾と有咲です。失礼します」

 

「失礼します」

 

 沙綾に続いてワンコ先輩の病室に入るとワンコ先輩と燐子先輩がいた。

 若干引き気味の表情のワンコ先輩と心なしか楽しそうな燐子先輩。

 手には小瓶っぽい何か。

 ……嫌な予感しかしねーし!

 

「お土産のパンここに置きますね」

 

「ありがとう。退院したら全力でバイトするから」

 

「期待してますね。あれ、燐子先輩の持っているのって香水ですか?」

 

 おい沙綾、そこに触れるな!

 全力でスルーしようと思ってたのに。

 

「はい……ワンコネスフレグランス、通称『ONENESS』……です」

 

 ……燐子先輩のドヤ顔って初めて見た。

 どこにドヤるポイントがあったのかは謎だけど。

 

「燐子さんその名称は流石に恥ずかしい」

 

「ワンコさん由来なんですね」

 

「へ、へ~」

 

 興味津々の沙綾とは反対に生返事な私。

 いやどう考えてもやべー香水だろ!

 

「山吹さんも……使ってみます?」

 

「え、いいんですか? ありがとうございます」

 

 喜んで受け取る沙綾。

 どうなっても知らねーぞ……。

 

「えいっ♪」

 

 プシュ、プシュ、プシュ

 

「はぁ!?」

 

 何を思ったのか沙綾は私の髪に三噴射。

 ちょまま!?

 

「う~ん、あんまり香りませんね」

 

「おい、自分で試せよ!」

 

「相変わらず仲良いね」

 

「……ふふっ」

 

 私達の掛け合いを微笑ましく見つめるお二人。

 あー、恥ずかしいな!

 

 

 

 

「全く、香澄じゃあるまいし悪ノリし過ぎだろ」

 

「有咲、ごめんってばー」

 

 病院からの帰り道愚痴をこぼす私。

 ポピパの面倒枠は香澄とおたえで間に合ってるんだよ!

 

「で、なんで沙綾は私と腕を組んでんの?」

 

「何となく~」

 

 誰だお前状態。

 こんなに甘えてくる沙綾なんて見た事ないぞ。

 というか左腕に当たる感触が柔らかくて……。

 

「有咲照れてる~」

 

「照れてねーし!」

 

 まじで香澄かおたえと入れ替わってるんじゃないか!?

 

 

「あら、あなた達」

 

「ありさやだ!」

 

 ばったり氷川姉妹と遭遇。

 ありさやとか言うなー!

 

「この香り……」

 

「るんっ♪ ってきたー!」

 

 いきなり両方のツインテールを氷川姉妹それぞれに持たれ匂いを嗅がれた……えっ!?

 何してんのこの人達!?

 

「ちょっと止めてください、有咲は私のものですよ!」

 

 沙綾まで何言ってるの!?

 カオス過ぎんだろ、この状況……。

 

「……失礼したわ。日菜、さっさとお見舞いに行くわよ」

 

「うん。じゃーねー」

 

 足早に去っていく氷川姉妹。

 思い当たる事って……あの香水か!

 

「大丈夫だよ、有咲。安心して」

 

 安心できる要素が見当たらねー。

 早く帰りたいと心底思った。

 

 

「その香り、悪くないね」

 

「ブシドーを感じます!」

 

「フヘヘ……いい匂いです」

 

「あーちゃん、少し食べていい?」

 

「わん♪」

 

「にゃー♪」

 

「ぽっぽー♪」

 

 

 色んな人(+動物)に追いかけられ銭湯「旭湯」に逃げ込んだ……ホラー映画か!?

 香澄とおたえとりみに出会わなかったのが唯一の救いだな。

 沙綾ですらこの状態なのに……想像しただけで頭が痛い。

 

 ……流石に洗い流せば効果も消えるだろ。

 

「大丈夫だよ、洗い流しても有咲への思いは変わらないから」

 

「ちょ、髪位自分で洗えるし!」

 

「悪い虫が付かないように念入りに、ね」

 

「どさくさ紛れて前も洗おうとするんじゃねー!」

 

「ふふ、有咲かわいい♪」

 

 

 この後無茶苦茶洗髪した。

 

 

 

 

「……有咲ごめん」

 

「いいって」

 

 念入りに洗い流したお陰か効果は消えた模様。

 我に返った沙綾は休憩所の隅で体育座り姿で項垂れている。

 

「でも……」

 

「あー、うぜー!」

 

「きゃっ!?」

 

 問答無用で頭を抱きしめる。

 ……シャンプーに混じった微かな沙綾の香り。

 折角入浴で火照った体を冷ましていたのにまた熱くなるじゃねーか。

 

「香澄やおたえでこれ位慣れっこなんだから落ち込むなよ」

 

「…………うん」

 

「沙綾は抱え込みやすいんだから少しはあの二人を見習えって。……見習い過ぎても困るけど」

 

「……ふふ、やっぱり有咲は優しいね。それに胸も大きい」

 

「胸は関係ねーだろ!」

 

 沙綾だって大きいじゃねーか!

 

 

「青春ね~」

 

「いいわね、若いって」

 

「キース! キース!」

 

 ちょ、そこのご老人方、煽るのやめてくれませんか!

 

 

「有咲……しちゃおっか?」

 

 潤んだ瞳で見つめてくる沙綾。

 まだ効果が残ってんのか?

 雰囲気に呑まれそうになるけど、彼女の両肩に手を置いて一言。

 

 

 

「私そんなにチョロくない!」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

市ヶ谷有咲:おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。

山吹沙綾:愛が深い。

白金燐子:改良の余地あり。

ワンコ:静観。

氷川姉妹:残りを購入。


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番外編3-8:ツグリオン

アンケート三位にようやくメイン回が。


「ワンコちゃん? さっき談話室でゲームしてたわよ」

 

 

「ワンコ? 小娘らを引き連れて食堂に向かったぞ」

 

 

「ワンコおねーちゃんなら、ほすぴすにいくって!」

 

 

「あら健常者がこのフロアに来るなんて珍しい。ワンコ? 屋上に行くと言っていたわ」

 

 

 全くあの人は!

 いくら退院間近だからといってちょっと歩き回り過ぎたと思う。

 病院だからスマホも持ち歩いていないし、探す方の身にもなってほしいな。

 

 エレベーターで屋上階まで上がり屋外に出ると庭園が広がっていた。

 患者さんの気持ちを和ませるためか色とりどりの花が植えられている。

 その先に目的の人がフェンス越しに遠くを眺めていた。

 その光景は酷く儚げで声を掛けるか躊躇ったけど、深呼吸をして意を決した。

 

「ようやく見つけましたよ、ワンコさん」

 

「あぁ、つぐみちゃん」

 

 久しぶりに見る彼女……額に巻かれた包帯と左腕のギプスが胸を締め付ける。

 できるだけ顔に出さないようにしないと。

 

「何を見ているんですか?」

 

「……湊家」

 

 聞こえるか聞こえないか位の小声。

 いつもの凛々しい表情とは違う、何とも言えない切ない表情。

 ……うん、私だって大事な人と引き離されたらそんな表情をしちゃいそう。

 

「病室に戻ろうか」

 

「もういいんですか?」

 

「うん、もう十分」

 

 そう話すワンコさんの顔はいつものワンコさんだった。

 

 

 

 

「はい、羽沢珈琲特製ブレンドです」

 

「ありがとう」

 

 ワンコさんの病室で自家製コーヒーの入ったステンレスボトルを差し出す。

 モールで一番良いボトルを買ったので劣化は少ない筈……でも緊張する。

 

「ふぅ……美味しい」

 

 満足げな表情に心の中でガッツボーズ、お父さんやったよ!

 伊達に喫茶店の娘はやってないしね。

 

「紗夜さんも褒めてたでしょ?」

 

「はい! じゃなくて何で紗夜さんの名前が出てくるんですか!?」

 

「……あれだけ付き合ってる感を出しておいて何を今更」

 

「う~」

 

 呆れた表情をするワンコさんに思わず両手で顔を覆ってしまう。

 あれ、もしかして他の人にも……バレバレ?

 Afterglowの仲間達にも……。

 

「別に誰が反対するわけでもないし……あっ」

 

「『あっ』って何ですか!?」

 

 ワンコさんの何かに気づいたような発言に心拍数が上がったみたい。

 

「日菜ちゃんに刺されるかも。『殺るんっ♪』とか言って」

 

「そんなこと言わないよ!」

 

「ひ、日菜先輩!? 刺さないで!」

 

 いきなりベッドの下から這い出てきた日菜先輩に驚いて尻餅をつく。

 ついでに変なことまで口走っちゃった。

 なんでここに先輩が!?

 

「おねーちゃんの大事な人にそんなことしないって」

 

「……はい」

 

 手を差し伸べられ立たせてもらった。

 うん、日菜先輩は変わったところもあるけど基本的には優しい。

 ……でもさっきまでの会話も聞かれてたんだよね。

 

「もー、ワンコちゃんが変なこと言うから」

 

「人のベッドの下に隠れる方が悪い」

 

「やっぱり気付いてたか。でも徘徊が大好きなワンコちゃんに会うならここがいいかなって」

 

「大人しく椅子にでも座ってて」

 

 ……病院のベッド下に隠れる発想も凄いけど、それを見破るのも凄い。

 これが去年から一部で噂になってた「天才」と「狂犬」の「才狂コンビ」かあ。

 焼き芋事件とか花女殴り込み事件とか銀行強盗制圧事件とか色々と噂になってたし。

 普段人当たりの良いワンコさんが日菜先輩相手だと容赦が無いのが却って想像を働かせる。

 

「もー、これでもワンコちゃんの代わりにつぐちゃんの手伝いしてるんだから!」

 

「えっ!?」

 

「あ、はい、助かってます」

 

 日菜先輩の自慢気な表情とワンコさんの驚愕の表情の対比が面白い。

 体育祭だけの助っ人だと思っていたのに。

 毎日というわけではないけど気付いたらそこにいて、瞬く間に仕事を終わらせて帰っていく。

 アイドルのお仕事もあるのに凄いなあ。

 

「凄いんですよ。日菜先輩のお陰で帰るのも早くなりましたし」

 

「えっへん♪」

 

「……ふんっ」

 

 

 クシャクシャクシャクシャ

 

 

 ワンコさんが日菜先輩に近付いたと思ったら、いきなり髪をくしゃくしゃし始めた。

 日菜先輩はされるがまま、上機嫌に目を細めている。

 ……不思議な関係だよね。

 

 

 

「それでねー、最近おねーちゃんがあたしの分までお弁当作ってくれるんだ♪」

 

「味付けは羽沢家と同じ」

 

「ちょ、そういうこと言わないでください! 確かに一緒に料理しますけど」

 

「つぐちゃん苛めるとおねーちゃんに言いつけるよ」

 

「苛めてないよ。それに恥ずかしがってるつぐみちゃんを見られるのも今の内」

 

「あー、その内手繋ぎデートとか普通にしそうだしね♪」

 

「あう~」

 

 二人に冷やかされて顔が熱くなる。

 からかい半分だけど祝福されているのは分かっている、けど流石に恥ずかしいよ。

 紗夜さん助けて!

 

 

 

「随分賑やかですね?」

 

 

 

「紗夜さん!?」「あ、紗夜さんだ」「おねーちゃん!?」

 

 ノックも無くいきなり登場した紗夜さんに驚く私達。

 気が付くと紗夜さんに抱きついていた。

 背中に回される腕に安心感を覚える。

 

「もう大丈夫ですよ、羽沢さん」

 

「紗夜さ~ん」

 

「さて……私の大事な人を困らせた二人にはどうお仕置きしましょうか?」

 

 愛しい人から発せられたその言葉は、とても冷たくとても格好良かった。

 私の体はどっぷり浸かってるみたい……氷川だけに。

 

 

 

 

「これは拍子抜けです」「つまんな~い」

 

「怪我人と実の妹にきついお仕置きなんて出来るわけありません」

 

「ふふふ、紗夜さん優しい」

 

 病院の食堂でポテトフライを奢るというお仕置き内容に不満げな二人。

 もしかして紗夜さんのお仕置きを楽しみにしてたのかな?

 私も紗夜さんにだったらお仕置きされたいし……っ、私はいったい何を想像して。

 

「それにしても薄味ですね」

 

「まあ一応病院なので塩分控えめ」

 

「今度私が作りますから」

 

「っ! それは楽しみですね」

 

「あたしも食べたいな~」

 

「私も」

 

「はい、腕によりをかけて作りますね♪」

 

 

 

 

 偶然が重なって出会えた人達。

 尊敬する人、大好きな人、目が離せない人。

 彼女達を見ていると時々自分のちっぽけさが嫌になり立ち止まりそうになる。

 

 でも、彼女達もそれぞれ悩んで傷ついて落ち込んで……それでも歩き続けていることを私は知っている。

 

 だったら私も立ち止まるわけにはいかない。

 一歩ずつ確実に、急ぎすぎて転ばないように。

 

 それでも挫けそうになったら……会いに行きます。

 ツグミは海だって越えちゃうんだから。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

羽沢つぐみ:羽沢珈琲店のポテトメニューが充実しつつある。

ワンコ:生きること=食べること、つまりそういう(太った)ことさ。

氷川日菜:SNSに姉とのポテト食べ歩き画像を上げたらCMのオファーが。

氷川紗夜:彩のフライドポテトに駄目出し。


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その他1(シーズン1)
その他-1:今井リサ誕生日(シーズン1-8/25)


思いつきです。

お誕生日おめでとうございます。


『Happy birthday, dear LISA.Happy birthday to you.』

 

 ライブ会場が一つになって歌ってくれたアタシへのバースデーソング。

 ライブ前にそわそわしていたあこや燐子の様子から、何かあるとは気付いていたけど想像以上だった。

 

「誕生日おめでとう、リサ」

 

「あ、ありがとう……ぐす」

 

 友希那から手渡された青薔薇の花束。

 もう涙腺が限界。

 ついに溢れ出た涙を友希那が優しく拭き取ってくれる。

 

「次の曲、いけるかしら?」

 

「……もちろん。皆にお返ししないとね♪」

 

「当然よ」

 

 微笑を浮かべる友希那。

 友希那が離れると入れ違いにワンコが近づいてくる。

 

「預かるよ」

 

「よろしく」

 

 花束をワンコに預けるとベースを構え直す。

 

 さあ、Roseliaのベース今井リサここにありってね。

 全力で楽しませちゃうんだから♪

 

 

 

 

「お疲れ様。リサさんがボロ泣きだったけど良かった」

 

「ちょっとボロ泣きじゃないって!」

 

 タオルと飲み物を受け取りながらワンコに抗議する。

 

「そうですよ、チョイ泣き位です」

 

「紗夜まで何言ってるの!」

 

「……今井さんの泣き顔、可愛い……です」

 

「うん、あこもそう思う!」

 

「もう、みんなまで!」

 

 最近弄られ役が板についてきた気が……。

 バンド内の空気が良いのは良いんだけどね~。

 

「あなた達早く着替えなさい。この後羽沢珈琲店で打ち上げでしょ?」

 

「え、何それ、初耳なんだけど」

 

「おかしいわね。……まあいいわ。バンドメンバーで貸切にしたから早く行くわよ」

 

 相変わらずマイペースな幼馴染に微笑みを浮かべるとアタシは衣装を脱ぎ始めた。

 

 

 

 

「……真っ暗だね」

 

「おかしいわね」

 

 羽沢珈琲店に着いたものの明かりは点いてなかった。

 

「もしや暗黒空間にガオン!」

 

「あこちゃん……懐かしい」

 

「ちょっと羽沢店長に連絡する」

 

「私はつぐみさんに」

 

「頼んだわ」

 

 それにしても何だか変だよね。

 貸切の札は掛かってるし……サプライズかも!

 ここは引っかかった振りをして乗っかってあげるか~。

 

「ちょっと入ってみるね」

 

「あっ」

 

 後ろで何か聞こえたけど構わずドアノブを回す……やっぱり鍵は掛かってない。

 

「お邪魔しまーす」

 

 一応声を掛けて入ってみるも中は暗いまま。

 暗さに目が慣れてくると床に誰か寝ているのが見えた。

 

「ちょっと、大丈夫!」

 

 嫌な予感がして急いで抱き上げる。

 

 ゴロン……ゴロ……ゴロ。

 

 頭が、もげた。

 

「あ……あ……」

 

 声にならない、逃げなきゃ、立ち上がれない。

 もう……やだ……。

 

 

 パン! パン! パン! パン!

 

 

「ひっ……」

 

 破裂音が四回鳴ると同時に明かりが点いた。

 周りには見知った顔ぶれ。

 

『ハッピーバースデー、リサ(さん)(先輩)(ちー)(ちゃん)』

 

 

 

 

「……つまり、全部サプライズだったの?」

 

「ええ、ごめんなさい。まさかこんな事になるなんて」

 

 腰を抜かしたアタシは友希那に膝枕をしてもらい、繋げた椅子の上で横になっている。

 目の間には床に正座したワンコ、ヒナ、こころ。

 

「私は日菜ちゃんにリサさんが店に入ったらクラッカーを鳴らして明かりを点けてとお願いした」

 

「あたしはそれだけだとるんっ♪ てしないからこころちゃんに人体模型をお願いしたよ」

 

「お誕生日会と肝試しを一緒にできたら素敵じゃない?」

 

 ……アタシにとって最悪の組み合わせになったわけだ。

 

「リサさんにお漏らしさせてごめんなさい」

 

「リサちーお漏らしごめんね」

 

「まあリサったらお漏らししちゃったのね、ごめんなさい」

 

「アタシは漏らしてないって!」

 

 しっかり間違いを訂正しておかないと新学期になったら物笑いの種だね。

 

「うん……まあ……アタシの為に色々考えてくれたのは嬉しいけど」

 

 視線を横にずらせば二十五個の誕生日プレゼント。

 こんなに祝ってもらえるなんてアタシってなんて幸せなんだろう。

 ……友希那に膝枕してもらってるし。

 

「バースデーソング歌っていい」

 

「お、嬉しいね」

 

 ワンコは立ち上がるとアコースティック・ギターを手に椅子に座る。

 アタシも体を起こして集中する。

 

「付け焼刃なのでみんなの歌声でカバーして」

 

 

 ♪~♪~♪~

 

 

 確かに上手ではないかもしれないけど優しい旋律。

 それに二十五人分の歌声が重なる。

 あ、また涙腺がヤバい。

 

「……お誕生日おめでとう、リサさん。で、選手交代」

 

「「え!?」」

 

 ワンコの言葉と共に登場した人物にアタシと友希那は驚いた。

 

「ギター借りるよ」

 

「お願いします」

 

 

 ♪~♪~♪~

 

 

 先程とは……失礼だが段違いの力強い旋律と歌声。

 アタシの世界で二番目に好きな歌声……。

 そしてアタシの原点。

 

「お誕生日おめでとうリサちゃん。これからも娘達、いやRoseliaをよろしく」

 

「あ、はい、頑張ります!」

 

 涙腺はもう営業時間外だ。

 

「何でお父さんがいるのよ! ワンコ、あなたね!」

 

「リサちゃんの誕生日を祝っちゃ駄目かい?」

 

「だって面白、いやリサさんが喜びそうだったし」

 

 怒られている二人はどこ吹く風。

 その様子に思わず笑ってしまう。

 

「それにいきなり知らない男性が来たら他の人が混乱するでしょ?」

 

「そうでもないですよ、湊さん。この招待状……一生の宝物にします」

 

「え、美竹さん、これって……!?」

 

「どれどれ~あ、懐かしい♪」

 

 蘭が持ってきたのはいつの間にか関係者に配られていたらしい招待状。

 そこには昔三人でセッションしていた時の写真が印刷されてた。

 

 蘇るあのころの記憶。

 

 あの頃からアタシは成長できたのかな?

 

 来年の誕生日までの一年きっと色々あると思うけど、胸を張って友希那達と一緒に歩いて行けたら……いいな。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

今井リサ:今回の騒動も笑って許す慈愛の女神、漏らしてない。

湊友希那:サプライズを仕掛けるつもりが仕掛けられてぷんぷん丸。

ワンコ&氷川日菜&弦巻こころ:混ぜるな危険。

湊父:その後数日間は娘に無視される事に。

美竹蘭:大勝利。


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その他-2:紗夜視点(一寸の光陰軽んずべからず)

雨が激しかったので紗夜さん視点で振り返ります。


 いつからだろう、双子の妹の日菜の顔を直視できなくなったのは。

 

 昔はそれなりに仲は良かった筈……その奔放な性格によく振り回されていたけれど。

 

 私が何かを始めると直ぐに真似をして瞬く間に追い抜いていく。

 始めの頃は可愛い妹の優秀さが自分の事のように誇らしかったけど……。

 周囲の賞賛を一身に集める日菜、私に向けられるのは憐憫と落胆。

 

 それに耐えきれなくなり高校は別の学校へ進学した。

 

 

 それでも家では顔を合わせるわけで……いくら風紀委員や弓道部に必死に取り組んでも気持ちは晴れなかった。

 

 

 ギターなら自分自身を正しく見てもらえる。

 藁にもすがる思いで練習に明け暮れたけど、その日はついに体が限界を迎えてしまった。

 

 

 

 

「……っん、はぁ……はぁ……」

 

 春休み最後の日、スタジオ練習の帰りに突然意識が朦朧としふらつく。

 大事なギターだけは守ろうと地面にケースを下ろす、がそれが限界だった。

 服の汚れを心配する余裕もなくその場にうずくまる。

 

 少し休めば……そう思っていたが体の倦怠感は増すばかり。

 

 日菜の影に怯え、自分を見失った挙句、路上でうずくまる。

 自分の惨めさに涙が出そうになった時──

 

 

 ペロッ

 

 

「きゃっ!?」

 

「わん!」

 

 手に生温かいものを感じ顔を上げるとゴールデンレトリバー、そして少女。

 

「あのー、大丈夫ですか?」

 

「……はい」 

 

 全然大丈夫ではなかったけど、私の矮小なプライドが邪魔をする。

 でも……お願い、見捨てないで。

 私を見て、私を助けて。

 

「ちょっと失礼」

 

「あっ」

 

 首に細い指が当てられる。

 脈でも測っているのだろうか?

 

「気持ち早いかな……とりあえず水分でも、ゆっくり飲んでください」

 

「……ありがとうございます」

 

 既に開栓されているペットボトルを渡される。

 断ってしまうと善意を踏みにじるようで嫌だし、何より体が水分を欲していた。

 

 むせてしまわないようゆっくりと飲んでいく。

 段々と頭が意識が明確になってくるとともに、何故か下腹部に熱を感じた……。

 

 

 

 

「帰れそうにないならお家の方を呼んだ方がよろしいかと」

 

「それは……ちょっと……」

 

 私の体調が多少良くなるのを待って彼女が提案してきた。

 普通に考えれば妥当な案だけど、家族、特に日菜には知られたくない。

 決して日菜に心配をかけるのが嫌というわけではなく、姉としての面子の問題。

 

 そんな私を見て何かに感づいたような彼女は携帯電話を取り出し話し始める。

 その様子をゴールデンレトリバーを撫でながらぼんやりと眺めていた。

 初対面の私に対しても気遣いをみせる優しいわんちゃん。

 きっと飼い主さんも私とは全然違う、慈愛に満ちた優しい人なのだろう。

 

 

 

 

「それでは一休みできるところまで運びますね。拒否権はありません」

 

「えっ」

 

 彼女は私のギターケースを背負うと今度は私を……お姫様抱っこ!?

 これには驚いたけれど私にとやかく言う権利はない。

 せめてバランスを取りやすいようにと彼女の首に腕を回す。

 意識過剰かもしれないけれど通行人の視線が気になり顔を伏せると、彼女への密着度が上がる。

 急に恥ずかしくなり話題を探す。

 

「……見ず知らずの私にどうしてここまで?」

 

「泣きそうな人は放っておけないので。それに犬に好かれる人に悪い人はいませんから」

 

「わん!」

 

 少し照れながら話す彼女と元気よく吠えるわんちゃん。

 まるで意思疎通が出来ているかのような関係に心が温かくなる。

 私も……。

 

「次は笑顔を見せてくださいね」

 

「……はい」

 

 果たしてそんな日が来るのだろうか?

 

 

 

 

「つぐみちゃん、後の事お願いね」

 

「はい、任せてください!」

 

 目的地である羽沢珈琲店に到着し店員──羽沢つぐみ──さんに引き渡される。

 連絡先を交換した彼女──ワンコ──さんは店長さんへの挨拶もそこそこに散歩に戻った。

 仕事中だったのに……申し訳なさでいっぱいになる。

 

「まだ調子が悪そうですね。家の方で休みましょうね」

 

「え、あ……」

 

 店舗から居住スペースへ少し強引に連れていかれる。

 可愛らしい見た目に反して客商売仕込みの押しの強さ備えているようだ。

 

「洗濯しちゃうのでそこに脱いで、シャワーを浴びてください」

 

「流石にそこまでしていただくには」

 

「結構汚れてますよ?」

 

 自分の服を改めて見ると確かに汚れている……地面に座り込んだりブロック塀に寄りかかったりしたから当然か。

 このまま帰宅したら絶対追及されるだろう。

 

「それではお言葉に甘えます」

 

「はい♪」

 

 

 

 

 頭から熱めのお湯を浴びる。

 少し気怠さの残った頭がスッキリする。

 下腹部に手を当てるが先ほどの熱はすっかり治まっていた。

 

「酷い顔ね……」

 

 鏡に映った自分の顔を見て思わずそんな感想を漏らす。

 双子なのに日菜のような愛らしさも可愛げもない。

 その上才能も無いなんて……。

 

 ふとワンコさんの言葉を思い出し、両手の人差し指を頬に当て口角を押し上げる。

 ……笑顔とは程遠い気がした。

 

 

 

 

「着替えまで用意していただいてありがとうございます」

 

 用意されたスウェットを着て脱衣所を出ると羽沢さんがアイスティーを淹れてくれていた。

 

「いえいえ。あ、まだ髪が濡れてるので乾かしちゃいますね」

 

「何から何まですみません」

 

 ソファーに隣り合って座ると羽沢さんはドライヤーとタオルで手際良く私の髪を乾かしていく。

 その光景に昔の事を思い出す。

 

「ふふっ」

 

「どうかしました?」

 

「いえ、昔は私も妹の髪をこんな風に乾かしてあげていたので」

 

 あの頃は私も今のように歪んでいなくて……。

 

「じゃあ今日は私がお姉ちゃんですね♪」

 

「えっ!?」

 

 羽沢さんの言葉に目を丸くする私。

 そんな私の表情を見てくすくすと笑い声を漏らす彼女。

 

「ご、ごめんなさい。私ひとりっ子で姉妹に憧れてて……それに憧れの人と話せて舞い上がっちゃって」

 

 ドライヤーとタオルを置き、ばつの悪そうな顔でシュンとする彼女。

 

「驚いただけで責めてるわけではありませんよ。それに私の事を知っているのですか?」

 

「は、はい。私もバンドでキーボードをやってて、以前ライブハウスでお見掛けして……一目惚れです!」

 

「一目惚れ!?」

 

「あ、変な意味じゃなくて、その、どれだけ真剣にギターに向き合ったらこんな素敵な演奏が出来るのかなって」

 

 私の手を取り指先に出来た女の子らしくないタコを愛おしそうに撫でる彼女。

 こんなに私の事を想っていてくれる人がいたなんて……。

 

「やっぱり……あの音色から想像していた通り素敵な指先です。……えっ!?」

 

「あ、れっ?」

 

 驚いたような彼女の視線の先、私の顔を指でなぞると濡れていた。

 彼女の賞賛の言葉に知らず知らずのうちに涙が零れていたようだ。

 

 今までずっと堪えていたのに……。

 

 一度零れ始めた涙は止まることなくスウェットに染みを作り続ける。

 

「ご、ごめんなさ「え、えい!」」

 

 汚してしまった事に対する私の謝罪の言葉は、彼女の控えめな胸によって遮られた。

 彼女に抱きしめられる形になった私の頭。

 甘い香りが鼻孔をくすぐり、下腹部がまた熱くなる。

 

「今日はお、お姉ちゃんに甘えなさい!」

 

 彼女の申し出に顔が熱くなった。

 もし、この申し出を断ったらまた自分に嘘をつく事になる。

 それでは同じ事の繰り返し──

 

「……そうさせてもらいます」

 

「えっと……続きは私の部屋でいいですか?」

 

 顔を真っ赤にした彼女。

 

 彼女の抱きしめから解放された私の顔も似たようなものだろう。

 

 私は一も二もなくその言葉に同意した。

 

 

 

 

「あ、お帰り、おねーちゃん♪」

 

「……ただいま」

 

 帰宅早々日菜と出くわす。

 もしかしたら私を待っていたかもしれないが目は合わせず挨拶だけ返す。

 

「甘い香り……るんっ♪ てきた!」

 

「……そう、良かったわね」

 

 相変わらず言っている意味はよく分からない。

 気にせず通り過ぎようとするも袖を掴まれる。

 

「何?」

 

「…………」

 

 私の問いには答えず泣き笑いのような表情を向けられる。

 胸が締め付けられるが言葉は出てこない。

 

 ……まだ私には日菜に応えるだけの勇気は持てない。

 

 だから──

 

「んっ♪」

 

 日菜の頭に手を置く、それだけで満足そうな表情に変わる。

 ……たったこれくらいの事さえしてこなかった自分の狭量を恥じる。

 

 

 必ず向き合うから……それまで待っていて、日菜。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

特に感想急募!


<備考>

氷川紗夜:覚醒<序>。

ワンコ:キャリア。

羽沢つぐみ:ツグりMAX。

氷川日菜:嗅覚は犬並。


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その他-3:白金燐子誕生日(シーズン1-10/17)

燐子さんメイン回だと微エロに引きずられる……ごめんなさい。

お誕生日おめでとうございます。


「ハッピーバースデー、りんりん!」

 

「あ、ありがとう……あこちゃん、みんな」

 

 パチパチパチパチ!

 

 わたしがあこちゃんから青薔薇の花束を受け取ると他のRoseliaのメンバーから拍手が起きた。

 本当は今井さんの時のような大掛かりな誕生会を提案されたけど、誕生日当日は家族で食事に行く予定だったので遠慮した。

 その代わり誕生日の近い友希那さんの時に併せて行うという事で納得してもらった。

 ……ふふっ、Roseliaメンバーは本当に義理堅い。

 思い返すと高校生になってから、特に二年生になってから色々あった、な。

 

「りんりん嬉しそうだね♪」

 

「……うん、去年のわたしが見たら何て言うかなって」

 

 去年の誕生日は家族以外だとあこちゃんくらいしか祝ってくれる友達がいなかった。

 勿論不満というわけではない、あこちゃんは今でも一番の友達。

 だけど今年はたくさんの友達に祝ってもらえて……嬉しい。

 

 

 

 

 家族での食事会の後帰宅して直ぐシャワーを浴びる。

 昔は男性の視線が嫌で仕方なかったこの体も、今では好いたり羨ましがったりする友達がいる。

 それ自体は問題ないけれど――

 

「ちょっと……食べ過ぎたかも」

 

 お腹周りを撫でるといつもよりぽっこりしている気がする。

 それを差し引いても確実に一年前より……。

 バンド練習の後にファミレスに寄る事が多いから気を付けないと。

 少し前にあこちゃんに後ろから抱き着かれたときに

 

『りんりんは抱きしめがいがあるね♪』

 

 と言われて地味に傷ついた。

 本人に悪意は無いのだろうけど……。

 ワンコさんに相談したらダイエット計画を考えてくれるかな?

 

 

 

 

 寝間着に着替えPCを立ち上げる。

 日付が変わる前にNFOのデイリークエストを終わらせないと。

 

「ふぁ……」

 

 ログインしたあたりで眠気が最高潮に達した。

 不味い……意識が……。

 

 

 

 

「――りんりん、そろそろ着くよ」

 

「はっ、あこちゃん!?」

 

 聞き慣れた声に目を覚ますとあこちゃん……何故かNFOのネクロマンサーの格好をしている。

 

「突入前でもリラックス、流石はフライクベルト大陸一のウィザードね」

 

「ええ、私達も見習わなければいけません」

 

「そろそろ転移ゲートが開く時刻だね~、じゃあ冥界の入り口までひとっ飛びしよっか♪」

 

 バード、タンク、ヒーラーのハイレベル装備をそれぞれ纏った友希那さん、氷川さん、今井さん。

 ちょっと理解が追い付かない。

 自分の姿を見てみると胸の谷間が強調されたウィザードの衣装、スカートのスリットも再現度が高くかなり際どい。

 

 

 普通に考えると夢かな。

 

 

 でも数年前からの流行でゲームの中という可能性も思い浮かんできた。

 うん、ちょっとラノベの読みすぎかもしれない。

 

「友希那さん、リサ姉、紗夜さん、りんりん……そして、聖堕天使あこ姫。最強Roselia相手に冥界の番犬ごとき何するものぞ!」

 

 呼び方は現実世界準拠なんだ。

 親切設計で助かる。

 

「あこ、油断は禁物よ。燐子を見習いなさい」

 

「はい!」

 

「頑張ろうね、あこちゃん」

 

「うん!」

 

 気を引き締めるあこちゃんが装備も相まって凛々しく見える。

 わたしも心を落ち着かせると頭の中にいつものゲーム画面が浮かんできた。

 使える魔法も装備も同じ、だったらいつも通りにやるだけ。

 

 

 冥界の番犬と言えばケルベロス、恐らくは闇属性の攻撃をしてくるはず……ゲームによっては火属性も。

 光属性の魔法を放つタイミングが重要。

 神話通り友希那さんの竪琴で眠ったり、山吹ベーカリーのパンで懐柔できれば楽だろうけどそれはないか。

 

 段々余裕が出来てくるとゲームと同様にはきはきと喋れている事に気付いた。

 彼女ともこれ位普通に会話出来たらいいな。

 そして彼女もこの世界にいるのだろうか?

 

 一抹の不安を残してわたし達は冥界へ続くゲート前のベースキャンプを後にした。

 

 

 

 

「標的はあいつらかわん!」

「ボッコボコにしてやるわん!」

「さーて、お仕事がんばりましょ♪」

 

 ゲートを抜けた先、恐らく冥界の入り口に彼女――ワンコさん――がいた。

 ワンコさんがケルベロスか……もうちょっと捻ってよ。

 両手にはポメラニアンを模したような犬のパペットを嵌め、赤を基調としたビキニアーマーとフサフサの犬耳を装備している。

 もしかしたら犬耳は自前かもしれないけれど。

 最初の二つの台詞はパペットが喋ったのか腹話術だったのか少し気になる。

 だけど敵対するからには容赦しない。

 

「いつも通りいくわよ」

 

「オッケー」「分かりました」「はい!」「任せてください」

 

 前衛の氷川さんが今井さんの補助を受けつつ敵の攻撃を防ぎ、後衛のあこちゃんとわたしで魔法を叩きこむ、友希那さんは状況に合わせて歌で支援を行う。

 現実世界でもやった事のない連携だけど何故かすんなりと頭に浮かんだ。

 

「開幕地獄の業火<ヘルファイア>!」

 

「『FIRE BIRD』で受けさせてもらうわ」

 

「追っかけヒール!」

 

 ワンコ……ケルベロスの火属性魔法を友希那さんの歌で軽減し、すかさず今井さんが回復魔法を使う。

 その間にあこちゃんと私は呪文の詠唱に入る。

 

「させないよ」

 

「それはこっちの台詞です」

 

 後衛を狙った突撃を氷川さんが盾で防ぐ。

 パペットを付けたままの激しい殴打で盾が悲鳴を上げるが進ませない。

 

「ミニRoseliaいっけー!」

 

 先に詠唱を終えたあこちゃんから放たれたRoseliaのメンバーをディフォルメした五体の死霊。

 ケルベロスに纏わりつき動きを制限する。

 

「何するわん!」

「邪魔だわん!」

「冥界勢相手に死霊とか面白いね」

 

 数秒と経たずにかき消されるミニRoselia。

 だけどわたしの詠唱が終わるまでの時間稼ぎには十分だった。

 

「パラダイス・ロストッ!!」

 

 無数の聖なる光がケルベロスに降り注ぐ。

 わたしの光魔法の中では最強だけどまだ油断はできない。

 

「『Ringing Bloom』紗夜、今よ!」

 

「はい!」

 

 友希那さんの補助を受けた氷川さんの青白く輝く聖剣が、わたしの魔法でよろめいたケルベロスを穿つ――

 

「残念賞、景品はこちら」

 

 バンッバンッバンッ!

 

「そんな!? きゃぁ!」

 

 聖剣が穿つまで後少しというところで、逆に黒い何かが三回氷川さんを貫く。

 ケルベロスの手には禍々しい小銃らしき武器が。

 

「リサ回復を、きゃ!?」

 

「ちょ、友希那っ!? ぐっ!」

 

「容赦しないわん!」

「血祭りわん!」

 

 いつの間にかケルベロスの手から離れていたパペットが、友希那さんと今井さんを頭突きで弾き飛ばした。

 

「あこちゃん、わたしが魔法でけん制するから死霊でみんなを下がらせて」

 

「う、うん」

 

「おっとそうはさせないよ。ミーくん召喚」

 

 いきなり足元に出現した魔法陣から多数の大蛇が現れわたし達五人に絡みつく。

 気持ち悪い。

 でも、これ位なら無詠唱魔法で

 

 

 カプッ

 

 

「んっ!?」

 

 大蛇に噛まれた途端力が抜ける。

 魔法発動に必要な魔力が失われていくと共に体が熱くなっていく。

 それでも何とか立ち続けるが、これって……。

 

「生命力をいただくわん!」

「魔力もいただくわん!」

「代わりに感度を六百六十六倍にしてあげたから♪」

 

 そんな……体の至る所を大蛇に蹂躙されている状態で感度を無理やり上げられたら!

 

「あっ……だめ……とってぇ……にゃぁ……」

 

「ゆ、きな……にげ……あんっ!」

 

「ら、らめぇ……ひなぁ……つぐみぃ……」

 

「りん……りん……あそこ、が……せつないよぉ」

 

 他の四人を助けるためにも快楽に負けるわけには……んっ!

 蕩けそうになりながらも打開策を考える。

 

「へ~、まだ頑張るんだ。それじゃあこんなのはどう?」

 

 

 パチンッ!

 

 

 ケルベロスが指を鳴らすと装備が解除され初期状態のボディスーツに。

 露出が増え大蛇から受ける刺激が。

 

「そん、な……」

 

「更にサービス」

 

 

 パチンッ!

 

 

 今度は現実世界で今日身に着けていた下着に。

 当然大蛇の蹂躙は止むことはなく……くっ。

 

「どこまで頑張れるかな?」

 

 大蛇に加えケルベロスの人差し指が体中をなぞる。

 耳、首、腋……精神が限界まで追い詰められる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「しぶといなぁ。まだ逆転出来ると? ……ん、髪の中に」

 

 ケルベロスはわたしの後ろ髪の一部を編んで隠してあった小瓶を取り出す。

 

「かえ……して……」

 

「エリクサーの類か。おっと顔色が悪くなったね」

 

 邪悪な笑みを浮かべるケルベロス。

 わたしの限界も近付く。

 そして……小瓶の蓋が開けられる。

 

「君の絶望した顔を肴にいただくよ」

 

「ああ……そんな……」

 

 わたしは涙を流し項垂れる。

 これで勝負あり、だ。

 

 

 

 

 バタン!

 

 

 

 

 ケルベロスが倒れ大蛇が霧散する。

 わたしは直ぐに装備を元に戻しアイテムボックスから以前フェンリル討伐で使ったグレイプニルを取り出し縛り上げる。

 次はあこちゃん達を回復させないと。

 事後処理は大変だ。

 

 

 

 

「つまりエリクサーに偽装した睡眠薬入りのお酒で眠らせたと」

 

「はい。睡眠薬入りの酒に浸したパンで眠らせたという神話もあるので念の為に用意しました」

 

「流石りんりん!」

 

「で、この気持ち良さそうに寝ている駄犬はどうするの?」

 

 種明かしも終わりケルベロスの処遇に頭を悩ませる。

 恥ずかしい目に遭わせられたので最初は殺意を抱いたけど。

 

「……もう目は覚めていますよね?」

 

「あららバレてたか」

 

 簀巻きにされながらも居住まいを正すケルベロス、やはり侮れない。

 

「お聞きしたいのですが、あなたを殺した場合冥界の入り口の番は誰がしますか?」

 

「あー、別のケルベロスが湧く事になってるよ」

 

「拉致した場合も?」

 

「そうだね」

 

「ではネクロマンサーのあこちゃんと主従契約結んでもらえませんか?」

 

「そうきたか」「りんりん!?」

 

 一本取られたという顔のケルベロスと理解が追い付いていないあこちゃん。

 冥界の住人ならネクロマンサーが使役してもいい筈、多分。

 

「前衛が欲しいと思っていたから私は構わないわ」

 

「友希那がそう言うならアタシも賛成かな」

 

「銃撃でわざと急所を外された身としてはどちらでも」

 

「う~、じゃあ、あこと契約してもらうからね!」

 

「うん、楽しい冒険を期待するよ」

 

 結果的に仮初の世界であってもワンコさんに似た存在を助けられた事に安堵する。

 ……よく考えるといつでも私達を全滅させられたのにわざと勝ちを譲られた気が。

 気のせい、気のせい!

 精々こき使ってやることにしよう、うん。

 

 

 

 

『――りんりん! りんりん!』

 

「……あこちゃん?」

 

『りんりん寝落ちしてたよ、数分だけど』

 

 あこちゃんからのボイスチャットでの呼びかけで現実に引き戻される。

 どうやら安定の夢落ちだったようだ。

 だけど……。

 

「……あこちゃんごめん……汗かいちゃったみたいだから……離席するね」

 

『うん、その間ソロでやってるね♪』

 

 WEBカメラとマイクのスイッチを切り浴室へ向かう。

 悲惨な状態になってしまった下着を脱ぎつつ、明日必ずワンコさんに嵌める首輪、もといチョーカーを買うことを誓う。

 夢の中とはいえ散々に弄んでくれたのだから。

 

 白金家の家訓は百倍返し、覚悟してくださいね。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

白金燐子:決意を新たにした誕生日。

宇田川あこ:わたしの、最高の友達。

湊友希那&今井リサ&氷川紗夜:悪夢にうなされた。

ワンコ:日頃の行い。


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その他-4:今井リサの弟

リサ姉の弟が矛盾なく存在できる可能性

①最近弟が生まれた。

②最近生き別れの弟が見つかった。




「あーあ、天気予報の嘘つき」

 

 コンビニバイトからの帰り、アタシはビニール傘に激しく打ちつける雨に思わず愚痴をこぼした。

 油断して折り畳み傘を持っていなかった為、バイト先で傘を買う羽目になった。

 夕方までは晴れてたんだけどな~。

 

 威張って言う事じゃないけどアタシは浪費家だ。

 ベースの消耗品の弦とかオイルとかは必要経費という事でRoseliaのお財布から出るけどそれ以外にも出費は多い。

 最新のファッションは押さえておきたいから雑誌は買うし、当然それを見て衣類も買う。

 化粧品も女子高生には必須だ。

 スイーツも興味を持ったら必ず食べてみる。

 テニス部とダンス部でもそれぞれ用具代がかかるので。

 ……うん、お小遣いとバイト代がいつも消えるわけだね。

 というわけで、コンビニの傘でもできれば節約したい。

 

 軽く心と懐にダメージを受けた帰り道。

 家の門の所に濡れた雑巾みたいなものが落ちている。

 

 ――違った、猫だ。

 

 服が濡れるのも構わず抱き上げると見知った猫。

 

「ユキ!?」

 

 ぐったりしたユキは返事すらしない。

 もしかしたら隣の湊家から逃げ出して迷っちゃった?

 急いで湊家のインターホンを鳴らす。

 

『リサ? こんな時間にどうしたの?』

 

「友希那、ユキが大変なの! 開けて!」

 

『……意味がよく分からないけど入って』

 

 アタシの必死さが通じたのかすぐにドアが開いた。

 そこには友希那とワンコ……そしてワンコに抱かれているユキ!?

 

「あれ!?」

 

「ユキならここにいるけど……その猫は?」

 

「取り合えず拭こう」

 

 冷静なワンコのお陰でアタシは落ち着くことが出来た。

 そして赤面した。

 

 

 

 

「全くそそっかしいわね。でも小さな命が守られて良かったわ」

 

「流石リサさん」

 

「いやー、照れるよ」

 

 蒸しタオルで汚れを落としタオルで水気を取ったらユキそっくりの白猫だった。

 そこまで猫に詳しいわけじゃないし仕方ないよ!

 

「でも男の子」

 

「えっ……」

 

 ちょっと失礼して股を開いてみると二つの膨らみががが。

 

「いやそこで赤面されても」

 

「ギャルっぽい見た目なのに相変わらず純情なのよね」

 

「う、うるさいよ、二人とも! こんなにまじまじと……を見る機会なんてないでしょ!」

 

「えー、癒されるのに」

 

「猫に恥ずかしい部分なんて無いわ」

 

 うん、この二人の価値観はアタシとはかけ離れてるから参考にならない。

 でもよく見ると……いいや何でもない!

 

 

 

 

「にゃーん♪」

 

 乾かした後に温めたユキのミルクをあげたら元気になって良かった。

 アタシにすり寄ってくる姿はとっても可愛い♪

 ちなみにユキは病気とかがうつるといけないから別室に隔離、ごめんね。

 

「にゃーんちゃ「シャー!」」

 

「にゃー「シャー!」」

 

 何故か二人が近づくと威嚇してる。

 相性なのかな~。

 あ、友希那が結構凹んでる、可愛い。

 

 でもこんなに猫に懐かれるのって初めてかも。

 友希那がメロメロになるのもわかる気がする。

 

 ……こんな小さな体で危険だらけの外の世界を生きてきたんだ。

 

 

「で、リサはこの子にすべてを賭ける覚悟はある?」

 

「え、いきなりそんな重たい話!?」

 

 友希那のどこかで聞いたような台詞にびっくりした。

 

 ……そうだよね、つい助けちゃったけど軽々しく扱っていい命じゃないし。

 首輪もしてないから野良の可能性が高いけど……。

 

「里親探すとか去勢して地域猫って手もあるけど」

 

 ワンコの助け舟、でもこの子を見ていると手放したくないと思っちゃう。

 

 

 そっか……友希那とワンコに何となく似てるからか。

 

 二人とも変なところで意地っ張り、どんなに辛くても中々人に頼らない。

 

 二人を間近で見てきたお節介なアタシはこの子に二人を重ねてしまう。

 

「もしアタシがこの子の面倒を最後まで見たいって言ったら手伝ってくれる?」

 

「当然よ」「勿論」

 

 アタシの問いに間髪を入れずに答える二人。

 あー、アタシが飼いたいって言うのを予想してたな~。

 

 飼うとしてとりあえず外出中の親に許可をもらわないと。

 

 

「あ、お母さん、猫飼いたいんだけど」

 

『世話が出来るなら、いいわよ』

 

「うん、ありがとう」

 

 

 物分かりが良すぎて涙が出そう。

 後は……。

 

「動物病院の予約は任せて。必要なもののリストアップも」

 

「今日明日の食事とトイレと寝床は用意するわ。飼育マニュアルもね」

 

 息ぴったり過ぎて怖いって。

 どんだけ猫好きなの!?

 

「後は名前ね」

 

「リサさんの弟。格好良いやつで」

 

「う~ん」

 

 名前か~、命名なんて滅多にしないし迷うね。

 取っ掛かりを二人に求める。

 

「最初の文字はやっぱり『リ』よね」

 

「リサさんの好きなものから取るとか」

 

 友希那もワンコもノリノリだね、採用。

 となると二文字目は好きなものから……。

 

「……『リユ』『リキ』『リナ』、男の子なら『リキ』かな?」

 

「『リキ』良い名前じゃない。そうよね、ワンコ?」

 

「え、あ、うん、ユキとも響きが似てるし良いと思う、よ」

 

「そっか、じゃあこれからリキって呼ぶよ、マイブラザー♪」

 

「にゃーん♪」

 

 抱き上げ名前を呼んでやると嬉しそうに鳴くリキ。

 アタシの弟になったからには絶対に幸せにしてあげるんだからね。

 月一着服を買うのを我慢すればきっと大丈夫、多分!

 

 

 

 

 弟になった記念にマフラーとかセーターとか編んであげようかな。

 こう見えてもお姉ちゃんは手先が器用なんだぞ。

 

 ……目の前の二人とユキにもついでにね♪




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

今井リサ:世話焼き大好き今井さん。

湊友希那:必ず懐かせてみせる、Roseliaの名にかけて。

ワンコ:某エロゲ主人公の名前と同じだと気付いたがスルー。

ユキ:お姉ちゃん達大好き。

リキ:お姉ちゃんだけ大好き。


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その他-5:湊友希那誕生日(シーズン1-10/26)

歌詞使用の規約改定に今更気付いたので使ってみました。

お誕生日おめでとうございます。


「まずは忙しい中集まってくれた事に感謝するわ」

 

 場所は羽沢珈琲店の奥まった席。

 羽沢さんにお願いしてこちらから呼ぶまでは注文も待ってもらっているわ。

 そして集まったメンバーをじっくり見る。

 奥沢美咲(10/1)、白金燐子(10/17)、上原ひまり(10/23)、市ヶ谷有咲(10/27)、そして私、湊友希那(10/26)。

 全員が十月生まれ、つまり――

 

「ここに十月会の結成を宣言するわ」

 

「まんまじゃねーか! ……です」

 

「ふふっ、良いツッコミね、市ヶ谷さん」

 

 流石は花咲川にその人ありと言われるだけあるわね。

 リサも見習ってほしいわ。

 

「じゃあオクトーバーフェストとかセイントオクトー「ストップ!」」

 

 私の発言を奥沢さんが遮る。

 彼女もまた「ポピパの有咲」と双璧をなす「ハロハピのミッシェル」として有名なツッコミ職人ね。

 

「ちょっと権利関係がやばそうなのでそれはちょっと……」

 

 何だか難しい話ね。

 

「皆の名前から一文字ずつ取るとかどうですか?」

 

「ナイスアイデアよ、上原さん」

 

 その発想、Afterglowのリーダーだけあるわね。

 さっそく広げたノートに全員の名前を書いてみる。

 

 

 うえはらひまり

 いちがやありさ

 みなとゆきな

 おくさわみさき

 しろかねりんこ

 

 

 なんという偶然かしら……。

 

「『まりなさん』、悪くないわね」

 

「どうしてそうなった……んですか?」

 

「あ、縦読みだ」

 

「海外の指揮者に……マリナーさんという方が」

 

「博識ね、燐子」

 

「光栄……です」

 

「いやそういう問題じゃ」

 

「でも、まりなさんにはとってもお世話になってるし、いいんじゃない?」

 

「ひまりちゃんがそう言うなら……」

 

「あたしもそれでいいです」

 

 どうやら全員の同意が取れたようね。

 では改めて――

 

 

「弦巻邸で行われる十月生まれ合同誕生日会で『まりなさん』として何かするわよ」

 

 

 パチパチパチパチ!

 

 

「それにしても友希那さんがそういう事を言い出すなんて意外ですね」

 

「そうね……着ぐるみで空を飛んだり、盆栽コンテストに出品したり、水着コンテストに出たり、大食い大会に挑戦するあなた達に勇気をもらったからかしら」

 

「……う、頭が」

 

「ちょま!?」

 

「……恥ずかしかった……です」

 

「ダイエット……もう嫌……」

 

 あれ? 何故か皆意気消沈しているわね。

 

「と、に、か、く、何をするか決めるわよ。まずは市ヶ谷さん」

 

「わ、私ですか!? 普通に感謝の言葉を言えばいいんじゃ」

 

「へ~、三大ツンデレの市ヶ谷さんがねぇ」

 

「ちょ、奥沢さん!」

 

「……真っ赤な市ヶ谷さん……食べちゃいたい」

 

「感謝の言葉は大事よね。次、上原さん」

 

 燐子が小声で何か言っていたようだけど気にせず話を進めるわ。

 

「はいっ! ハロウィンも近いので皆でお菓子を作って渡したいです」

 

「料理は苦手だけど……やってみる価値はあるわね」

 

「奥沢さんは妹さんにいつもおやつ作ってあげてるんで大丈夫ですよ」

 

「そう、頼りにさせてもらうわ。リサを唸らせてあげましょう」

 

「ちょ、ハードル高すぎです!」

 

 やるからには頂点を目指さないと、ね。

 

「わたしは……多分友希那さんと一緒……演奏したい……です」

 

「そうね。私も最高の歌を届けたいわ」

 

 改めてを担当を確認する。

 DJ、キーボード、ベース、キーボード、そしてボーカル。

 

「ギターは僭越ながら私がやるとしてドラムが足りないわね。最悪打ち込み」

 

 

 ガタッ!

 

 

「話は聞かせてもらいました!」

 

「あ、あなたは……大和さん!?」

 

 私達のテーブルに近付いてきたのは、クラスメイトで私も一目置くドラマーの大和麻弥さんだった。

 彼女がどうしてここに……もしかして!

 

「ワンコの仕業かしら?」

 

 もしそうならお灸をすえなければいけない。

 今回の事は私達でやり遂げなければいけないからだ。

 

「フヘヘ、それは違いますよ」

 

「……わたし……です。十一月生まれの大和さんなら……セーフかなって……」

 

「燐子、あなただったのね……まさか、この展開を予想してたなんて」 

 

「……はい……友希那さんのおし、後ろ姿を……いつも見てますので」

 

「ふふっ、頼りになるメンバーね」

 

 最初はあんなに引っ込み思案だったのに。

 他校の生徒にお願いできるようになるなんて自分の事の様に嬉しいわ。

 

「奥沢さん、今不穏な発言が」

 

「市ヶ谷さん、聞かなかった事にした方がいいと思う」

 

「燐子さん素敵!」

 

 他の人達も問題無さそうね……。

 

「しまったわ!」

 

「どうしました!?」

 

「……大和さんを加えたから新しいバンド名を考えないと」

 

『………………』

 

 

 結局「まりなさん×まやさん」に決まった。

 演奏する曲は時間がないので一曲のみ、合同ライブでやったアレよ。

 基本それぞれのバンドのボーカル部分を担当、私と燐子はパート分けしないと。

 キーボードも分けないと、DJは……奥沢さんなら何とかするはずね。

 

 さあ張り切っていくわよ!

 

 

「……ところで奥沢さんは何かしたいことはなかったの?」

 

「あー、凄い個人的な事なんですけど、ミッシェルにならずに演奏したいなって」

 

 座ったまま困ったような笑みを浮かべる彼女を後ろから抱きしめる。

 そうね、自分を自分として見てもらえないなんて辛すぎる……。

 

 ますます気合が入ったわ。

 

 

 

 ――そして当日。

 

 

 

 黒服さんにイブニングドレスに着替えさせられ皆の祝福を受ける「まりなさん×まやさん」のメンバー達。

 流石弦巻家ね、サイズがぴったりだわ。

 青薔薇をモチーフにした紺色のドレス、赤薔薇の赤いドレスの燐子と並ぶと更に映えるわね。

 でも……

 

「奥沢さん、何と言うか、その」

 

「大丈夫です、友希那さん。あの四人が大きすぎるだけなので!」

 

「そ、そうね、私達が平均サイズよね!」

 

 口ではそう言ってみたものの自分の胸に手をやりつつ四人を盗み見ると引け目を感じてしまう。

 

「友希那さん、美咲ちゃん誕生日おめでとう」

 

「あら、ワンコありがとう」

 

「ワンコさんありがとうございます」

 

 少しおめかししたワンコ、燐子からもらったチョーカーが何となく犬の首輪に見える。

 控えめな胸に詰め物をしないのは良い事よ。

 

「奥沢さん、元気が出てきたわ」

 

「そうですね。流石ワンコさん」

 

「……視線が生温かい気がするけど、誕生日なので聞かないでおく」

 

 相変わらず無駄に察しがいいわね。

 

 

 

 

 そうこうしているうちに私達が演奏する時間が来た。

 準備期間は短かったけど私達なら……出来るわ。

 まりなさんも見に来てくれていることだし。

 

 

「『ピコっと!パピっと!!ガルパ☆ピコ!!!』いくわよ!」

 

 

「ぴぴっ! ぴっ! こーん!」

 

 

「はじめのはじめのジャンプで」

 

 良い出だしよ、市ヶ谷さん。

 

 

「君との距離を縮めて」

 

 持ち味を出しているわね、上原さん。

 

 

「照れくさいお顔ヘグッと接近戦♪ ハグっとギュっとしちゃうよ!」

 

 

「年中無休の絆で」

 

 歌もいいわね、大和さん。

 

 

「心配事はサヨナラ」

 

 素敵よ、燐子。

 

 

「史上最強の笑顔で開幕だ! 始めよう」

 

 

「あんびりぃ~ばぼ~!」

 

 素顔のあなたも輝いているわ、奥沢さん。

 

 

 

「好き!好き!大好き~!!!!!」

 

 普段なら絶対口にしない言葉でも歌でなら。

 

 

「ぴっ! こーん! ぴっ! こーん!」

 

 

 

 

「やりきった……わね」

 

 肩で息をする私の言葉にメンバー達が最高の笑顔を返す。

 Roselia以外でこんなに気持ちよくやれるなんてね。

 

「友希那さん、アレやっていいですか?」

 

「アレね。いいわよ」

 

 上原さんが燃えているわね。

 アレと言えばAfterglow名物の――

 

「はい、それじゃあ……えい、えい、おー!」

 

『………………』

 

「え、何で誰も言ってくれないんですか!?」

 

「美竹さんが『言うなよ、言うなよ』ってアイコンタクトしてきたからよ」

 

「ちょ、湊さん何勝手な事を! ……まあいつも通りで面白かったからいいですけど」

 

「蘭も酷いよ~」

 

 上原さんのがっかりした声に会場が沸く。

 

 ふふっ、悪くない、わね。

 

 

 

 

「夜風が気持ちいいわね」

 

「うん」

 

 合同誕生日会の後、帰り道をワンコと歩く。

 はしゃぎ過ぎて火照った体、十月の風が丁度よく感じる。

 

「どうだった……かしら?」

 

 流石にやり過ぎてしまったかと少々不安になった。

 ライブとは別にお菓子も配った……出来はリサ曰くまあまあ。

 久しぶりに人前で演奏したギター、紗夜は私の努力次第でツインギターも夢じゃないと。

 ちょっと大人びたデザインのドレスもあこには大絶賛された。

 

 

 ちゅっ

 

 

「……言葉に出来ない位良かった」

 

「……ありがとう」

 

 頬が熱い。

 私の顔は真っ赤になってそうね……暗い夜道で良かったわ。

 

 

「ちょっと寄り道してく?」

 

「? まあちょっとなら」

 

 ワンコの提案に賛成すると手を繋がれる。

 普段通る事のない路地裏をどんどん進んでいく。

 怖さはない、むしろ何が待っているかというドキドキだけね。

 

「到着」

 

「ここは!?」

 

 たどり着いたのは空地、だけどそこには――

 

 

「にゃー」「にゃーん」「にゃにゃ」

 

 

 二桁に届きそうかというにゃーんちゃん達、ここは天国!?

 

「猫の集会を見れるなんて……」

 

「そろそろ開催時期かなって。友希那さんツイてる」

 

 ワンコに倣い少し離れた場所にしゃがむ。

 驚かせたりしたらいけないわ。

 

「……素敵な誕生日プレゼントだわ」

 

「それは何より」

 

 意外と近くにあった非日常。

 十七歳になった私を何が待ち受けているのか、全くもって予想できない。

 でも私には信頼できる大事な人達がいる。

 

 独りだった頃と比べると弱くなった、と言われるかも知れない。

 

 だけど弱くなった以上に強くなったという確信があるわ。

 今日だって一人じゃ為し得なかった事を皆で成し遂げたのだから。

 

 

 さあ、今まで見た事の無い新しい景色を見に行きましょう。

 

 

 

 

 存分に猫の集会を見学したせいで帰宅が遅くなり、二人揃って両親に怒られたのも新しい景色かしら?




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。

<備考>

湊友希那:ワンコがユキの抜け毛で作ったミニユキを贈られご満悦。

奥沢美咲:こころから羊毛フェルト用の羊一頭を贈られたが丁重に断った。

白金燐子:あこから際どい下着を贈られた。

上原ひまり:Afterglowのメンバーからスイーツ詰め合わせを贈られまた太った。

市ヶ谷有咲:香澄からプラネタリウムのペアチケットを贈られる。

大和麻弥:後日ワンコに猫の集会に連れて行ってもらった。


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その他-6:クリスマス(シーズン1-12/25)

燐子さんルートという事で。


『戸締りには気を付けるのよ?』

 

「分かってる。それより楽しんできてね」

 

『そうね。可愛い娘達からのクリスマスプレゼントを楽しませてもらうわ』

 

 

「はい、コーヒー」

 

「ありがとう」

 

 お母様との電話を終えソファーに座った友希那さんに特製激甘コーヒーを渡す。

 好みの分量は把握しているので前に自分でも飲んでみたけど悪魔的甘さ。

 将来病気にならなければいいけど。

 

「親にディナー付き宿泊券を贈るなんて考えもしなかったわ。ありがとう」

 

「うん、友希那さんもバイト頑張ってくれたおかげ」

 

「……良い経験には……なったわ」

 

 私の代わりに羽沢珈琲店でバイトをした友希那さんの仕事振りは……。

 フォローしてくれたつぐみちゃんには頭が上がらない。

 それでも最後には接客も掃除も皿洗いもこなせるようになった友希那さんは凄いと思う。

 曲作りにも生かせるといいな。

 

「ワンコの方が大変だったでしょ?」

 

「う~ん、どうだろ」

 

 私はその間弦巻家のバイト。

 飛んだり、潜ったり、打ち上げられたり、熊は東に狗は西に。

 ……美咲ちゃんなら使いこなしてくれる筈。

 

「何にせよお疲れ様」

 

「♪~」

 

 優しく撫でられると疲れが一気に吹き飛ぶ。

 我ながら単純な性格だとは思うけど、悪くない。

 

 

 ピンポーン

 

 

「リサが来たみたいね」

 

「ですね」

 

 立ち上がり玄関に向かう友希那さんの後に続く。

 さあクリスマスはまだ終わらない。

 

 

 

 

「お邪魔します♪」

 

「にゃー」

 

 リサさんと抱きかかえられた猫のリキが入ってくる。

 さっき別れたばかりだけど直したメイクは気合十分。

 

「にゃん♪」

 

「お、ユキもお出迎えありがとう」

 

「にゃ」

 

 降ろされたリキにいつの間にか来ていたユキが早速じゃれつく。

 子猫同士可愛いな。

 

「じゃあそろそろ私も出かける」

 

「全く、今日位休めばいいのに」

 

「稼ぎ時なので。今日は帰らないから戸締りお願い」

 

「ワンコ、がんば~」

 

「リサさんも、ふふっ」

 

「ちょ、何笑ってるの!」

 

 出際にリサさんを煽る。

 まあこれ位は許されるでしょ。

 二人と二匹に祝福を。

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 自動ドアからお客さんが出ていき店内は私一人になる。

 今日のコンビニバイトはリサさんもモカちゃんもいないのでちょっと寂しい。

 まあクリスマス手当が出るので文句は言えないけど。

 

「んーっ、はー」

 

 軽く伸びをして体を解す。

 先程まではひっきりなしにお客さんが来てかなり忙しかった。

 飲み物、お菓子、弁当、雑誌、電子マネー、下着……避妊具。

 クリスマスを満喫している人もそうでない人も色々だ。

 

 まあ私もここ数日色々あったか。

 先週末は弦巻邸で五バンド合同クリスマスパーティー。

 昨日二十四日はRoseliaと湊家のクリスマスパーティー。

 今日二十五日は終業式の後でクラスの打ち上げ兼クリスマスパーティー。

 ……キリスト教徒でもないのこれだけ騒ぐとイエスさんに申し訳なさを感じる。

 

 バイト終了の二十二時まで後少し。

 とりあえず目の前の仕事を全うするだけ。

 

 

 ガー

 

 

「いらっしゃいませ……燐子さん!?」

 

「来ちゃい……ました」

 

 新たなお客さんは燐子さんだった。

 確かにこの後燐子さんの家に泊まりに行く予定だったけど、迎えに来たのは予想外。

 悪戯っ子のような笑顔に思わず口元が緩んでしまう。

 

 

「お待たせ」

 

「はい……」

 

 店長に仕事を引き継ぎ店を出る。

 買ったミルクセーキをお迎えのお礼に渡す。

 

「はぅ……」

 

 吐息を漏らし缶に頬擦りをする漆黒の髪に純白のコートを纏った美少女。

 ……何かエロイな。

 

「寒かったでしょ?」

 

「はい……でも待ち遠しくて」

 

 その言葉に思わず抱きしめてしまう。

 凄く愛しい。

 この場で押し倒したくなる衝動が生まれる位に。

 

「つ、続きは……家で」

 

「そ、そうだね」

 

 ……かなり恥ずかしい。

 多忙の所為でたがが外れかかってるのかも。

 

 

 左手で燐子さんの右手を取り歩き出す。

 もうすぐクリスマスも終わり。

 雪が降ったらロマンチックなのかもしれないけど、こうして歩く分には晴れてる方が良い。

 燐子さんが風邪をひいても困るし。

 

 

「ワンコさんの手……温かいです」

 

「ありがとう。燐子さんの手はすべすべ」

 

「ふふっ……」

 

 

 道中の会話は少なかったけど気まずい感じはしなかった。

 むしろ心が休まったというか。

 一緒にいると安心できる。

 

 

 

 

「お風呂……入りましょう」

 

「あ、はい」

 

 白金邸に着くなりドアップで迫られた。

 たまにアグレッシブに攻めてくるのが楽しい。

 

 先に脱衣所で服を脱ぎ浴室へ入ると見慣れた大きな湯舟。

 アレも大きいけどコレも大きい。

 

「お背中……流します」

 

「ありがとう」

 

 自分で洗おうとすると悲しい顔をされるのでされるがままに。

 お返しに後で念入りに洗ってあげるから。

 燐子さんの長い髪を洗うのって傷つけないように注意が必要だけど楽しいな。

 

「傷……増えてます」

 

「どこかで引っ掛けたかな?」

 

「………………」

 

「ごめん、気を付けるから」

 

「……絶対……ですよ」

 

「うん」

 

 後ろにいるから顔は見えないけどきっと悲しい表情。

 何とかしないと、ね。

 

 

「ふぅ、生き返る」

 

「お疲れ様……です、ふふっ」

 

 ちょっと年寄り臭い発言だったのか笑われてしまった。

 湯船の中で肩を寄せ合う。

 幸せ。

 

「友希那さんはリサさん、紗夜さんは日菜ちゃん、あこちゃんは巴ちゃん、燐子さんは私。見事にばらけたね」

 

「わたしで……良かったんですか?」

 

「燐子さんがOKしてくれなかったら最悪野宿」

 

「……馬鹿」

 

 私の発言がお気に召さなかったのか左の耳たぶを噛まれた。

 

「友希那さんの方が……」

 

「相変わらず恋心なのか家族愛なのか友情なのか分からないし。燐子さんもリサさんも紗夜さんもあこちゃんも好きだよ」

 

「…………」

 

「恋愛なんて本とかテレビとか別の世界の出来事って割り切ってたツケかな。優柔不断系主人公の気持ちがよく分かった」

 

「…………大馬鹿」

 

「ちょ、痛いって」

 

 痕が残りそうな位強く噛まれる。

 燐子さん、たまに情熱的。

 

「私がワンコさん……を攻略します」

 

「……うん、受けて立つよ」

 

 引っ込み思案な彼女からの宣戦布告。

 返事は平静を装ったけど心臓が早鐘を連打。

 除夜の鐘には早いし百八じゃ足りそうにない。

 

 

 

 

「……どうぞ」

「いただきます」

 

 お風呂上がりに燐子さんが用意してくれたおにぎりに手を付ける。

 ここ数日チキンとケーキばかりだったけど、ここにきてまさかのおにぎり。

 

「お口に……合います?」

 

「うん。丁度お米が食べたかったから嬉しい。もしかして燐子さんお手製?」

 

「はい……冷めているので自信が」

 

 真っ赤になって俯く彼女。

 もう十一時過ぎなので冷めていて当然。

 それに嫌いじゃない。

 

「パリパリの海苔に熱々の白米もしっとりとした海苔に冷えた白米も好き」

 

「ありがとう……ございます」

 

 具の鮭も良い塩加減だし梅干しも良い浸かり具合。

 それに私だけの為に握ってくれたと思うと猶更。

 

「お茶……です」

 

「ありがとう」

 

 絶妙のタイミングで出された緑茶も嬉しい。

 熱すぎず温すぎず適温。

 茶葉の香りがさらに食欲を誘う。

 

「ご馳走様」

 

「お粗末様……です」

 

 私の食べっぷりを見て控えめなガッツポーズ。

 私がそれに気付くとまた真っ赤に。

 

「で、では……私の部屋に」

 

「うん」

 

 腹ごしらえは十分。

 さあ熱い夜の始まりだ。

 

 

 

 

「ギリ凌いだ。次の大技まで三十」

 

「大丈夫……これで」

 

 深夜の一室に少女が二人きり……ネトゲだよ。

 燐子さんの部屋にはいつからか私専用のゲーミングPCが設置。

 いつもなら紗夜さんとあこちゃんもログインしている時間帯だけど今日は流石にいない。

 

「やりました……鎧袖一触」

 

「流石燐子さん。安定して狩れる」

 

 私の前衛職「サムライ」で敵を引き付け、燐子さんのウィザードで一網打尽。

 シンプルだけど真横でプレイしている分連携は完璧。

 燐子さんと私の仲だしね。

 

「ふあぁ……失礼」

 

 ちょっと眠気が。

 明日、いや日付が変わったから今日から冬休みだから徹夜も辞さないつもりだったのに。

 

「ふふっ……今日はここまで」

 

「……うん」

 

 ちょっと意識が朦朧としてきた。

 PCの電源を落としてベッドに向かう。

 

「今日は……一緒」

 

「……うん」

 

 誘われるまま燐子さんのベッドに。

 良い匂い。

 それに柔らかい。

 

「んっ……もっと優しく」

 

「……うん」

 

「ワンコさん……可愛い」

 

 薄れていく意識の中、聖母を見た気がした。




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<備考>

ワンコ:今年の恩は今年の内に。

白金燐子:たまにアグレッシブ(意味深)

湊友希那:リサ、こんなものじゃないでしょう?

今井リサ:トーゼン♪ まだまだ行くよ、友希那!

湊夫妻:ワンチャン授かり。


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その他-7:年末(シーズン1)

今年最後の投稿です。

来年もよろしくお願いします。


「と、と、よっと」

 

 既に昼過ぎ。

 臨時で呼ばれた神社のバイトから解放され石段を駆け降りる。

 冬のこの時期はインフルやらノロやらであちこちで欠員が出るので大忙し。

 朝一でやまぶきベーカリーを手伝いその足で神社、次は羽沢珈琲店。

 猫の手も借りたい気分。

 

 

 

 

「ワンコ先輩~」

 

「ワンコ師匠!」

 

「悪い遅れた」

 

 後ろ髪を一つ結びにしてエプロンを着けホールに入る。

 既につぐみちゃんもイヴちゃんも疲労困憊のようだ。

 

「五分休んで」

 

「はい」「承知です」

 

 ランチタイムを乗り切った二人を一旦バックヤードに下がらせる。

 五分間を一人で凌げば回復した二人が復帰する。

 後は交替で休みを取りつつ万全の状態でティータイムを迎えるだけ。

 今年の集大成といきますか。

 

 

 

 カランカラン

 

 

「ワンコ先輩!」「ワンコちゃん!」

 

「いらっしゃいませ」

 

 扉が開くと同時に競い合うように入ってきたのは蘭ちゃんと日菜ちゃん。

 後ろにはAfterglowとパスパレの面々が見えるので、働いている二人と合わせて二バンド揃い踏みで超豪華。

 ティータイムには少し早いので席は……大丈夫そう。

 

「忙しそうね」

 

「お陰様で。ところで何かの集まりですか、千聖さん?」

 

「たまたまよ」

 

 意味深な笑みを浮かべる千聖さんにドキッとさせられる。

 最近は直接会う機会が減ったけど元気そうで何より。

 まあテレビとか広告とかで見かけない日は無いので寂しくはないけど、うん。

 

「ワンコ先輩、いつもの」

 

「あたしも!」

 

「蘭ちゃんはブラックコーヒーにビターチョコレートケーキだね。日菜ちゃんは毎回注文違うでしょ?」

 

「そうだっけ? じゃあるんっ♪ とするやつ」

 

「はいはい。……季節のケーキセットかな?」

 

 今ある商品の中だと私が一番好きだし。

 春の苺も良いけど冬の苺も特別感があって好き。

 紅茶は……ダージリンがいいかな?

 

「私は――」

 

「ヒマリさんはフューチャーワールドパフェですね!」

 

「ひーちゃん、かっこいー」

 

「お、流石ひまり。ソイヤっ! なカロリー量だな」

 

「軽く成人男性二日分はあるっすね」

 

「ひまりちゃん、写真だけ撮らせて」

 

「何で頼む前提なの!」

 

 ……頑張れAfterglowのリーダー。

 ちなみに一人で完食できたのはモカちゃんとまりなさんだけらしい。

 私はその時いなかったのでどんな食べっぷりだったか興味あるけど。

 

 

 

 

「お先に失礼します」

 

 二バンドが帰った後ディナータイムの仕込みが終わる夕方まで働き羽沢珈琲店を後にした。

 みんな出会った時より色々な意味で確実に成長してる。

 私も負けてられない。

 

「あ、ワンコ先輩!」

 

「おっと」

 

 抱き着いてきたのは香澄ちゃん。

 毎回抱きつかれているような気がするけど、悪くない。

 髪型的には猫だけど犬属性。

 

「これからハロハピと合同ライブやるのでどうですか?」

 

「へー」

 

 辺りを見ると数時間前には無かった筈のステージが駐車場に組み立てられていた。

 よく見るとあちこちに黒服の人達がいるし。

 

「ちなみに決まったのはいつ?」

 

「ついさっきまでCiRCLEで練習してて、外に出たらこころん達も丁度終わったっていうから――」

 

 あ、これ、その場のノリで決まったやつだ。

 黒服さん達毎回お疲れ様です。

 ステージの横で有咲ちゃんと美咲ちゃんが頭を抱えながらも何とかしようと頑張ってる。

 なら答えはひとつ。

 

「うん、私も手伝う」

 

 

 

「ライブやるよ~♪」

 

「わーい!」

 

 青いミッシェル(通称:ミッシェル妹)の着ぐるみを黒服さんに用意してもらいライブ告知のビラを配る。

 ライブ内容については手伝いようがないし、関係各所への根回しは黒服さん達がやってくれている筈。

 なら私のする事は一人でもお客さんを集める事。

 

「あ、ミッシェル妹だ」

 

「ああ、なんて儚い青さなんだ」

 

「まあ、あなたも手伝ってくれるのね。ありがとう!」

 

 誰が言ったか「ハロハピの3バカ」登場。

 この顔ぶれを見るとつい笑顔になってしまうあたり私も毒されていると思う。

 

「ワンコちゃん、だよね?」

 

「うん、出来る限り協力するから」

 

 小声で聞いてくる花音さんを安心させるように頭を撫でる。

 着ぐるみ越しだと力加減が難しい。

 

「私も一枚欲しい」

 

「おたえちゃんが配ってるのと同じだよ」

 

「お疲れ様です」

 

 ポピパのみんなも元気そうで。

 たえちゃんの安定っぷりに安心する。

 

「みんな、有咲と美咲ちゃんがセトリ出来たって」

 

「さすが美咲と有咲ね! それじゃあ世界を笑顔にするわよ」

 

 私とハイタッチを交わしステージに向かう面々。

 何かやってくれそうなハラハラとドキドキがたまらなく気持ち良い。

 着ぐるみも中身も目がキラキラ。

 

 

『ポピパ』

 

『ピポパ』

 

『スマイル』

 

『イエーイ!』

 

 

 ポピパとハロハピ、演奏者と観客の声が入り混じった開幕の合図。

 さあビラ配りも終わり、存分に楽しもう。

 

 

 

 

「遅かったわね」

 

「お帰り~♪」

 

「お邪魔してます」

 

「おかえり……なさい」

 

「地獄の番犬の帰還ぞ!」

 

「にゃー」

 

 一時間程度のライブを堪能し片付けを少し手伝ってから帰宅したところ、何故か私の部屋にはRoseliaの面々が。

 ちなみにユキは友希那さんの膝の上で丸くなっていた。

 とりあえず湊家で唯一の長方形炬燵の空いている場所に入る。

 暖かい。

 

 

  リ友

  ――

ワ|  |紗

  ――

  燐あ

 

 

「友希那、みかんの白い筋は栄養豊富だから食べなきゃ駄目だよ」

 

「分かってるわよ」

 

「はい、お茶」

 

「ありがとう、リサさん」

 

 かいがいしく働くリサさんの淹れたお茶で喉を潤す。

 今日も忙しかったな……。

 

「で、なんでみんな集まってるの?」

 

「……別にいいでしょ」

 

「もう、友希那ったら。今日が年内の最後の練習だったのにワンコがいなかったからご機嫌斜めなんだよね?」

 

「ちょ、リサ!?」

 

「ごめん、友希那さん」

 

「……別にいいわよ」

 

 拗ねた顔も可愛い。

 ……口にしたら怒られそうだけど。

 

「はい、みんなに」

 

 アレの存在を思い出し鞄の中を漁る。

 そして数時間前に私が作ったものを取り出す。

 

「無病……息災」

 

「お守りですか?」

 

「うん、正式な作法で私が心を込めて作ったものだから普通のより良いと思う」

 

 まあ中身の木片は印刷っぽいけど。

 鰯の頭も信心から、って言うし。

 種類は何にするか悩んだけど努力で何とかしちゃいそうなやつと関係ないやつを除いたら無難な結果に。

 ……病気や怪我でメンバーが欠けるのは嫌だし。

 

「そうですね。修羅場を潜り抜けてきたワンコさんだけにご利益がありそうです」

 

「あこ一生の宝にしますね!」

 

「本当は一年毎に新しくした方が良いんだけどね」

 

 効力が切れるとか、穢れが溜まるとか。

 

 

「一年かぁ……来年は何してるのかな、友希那?」

 

「当然頂点を目指して研鑽を続けているわよ」

 

「来年度で高校卒業ですし。進学、就職、またはプロデビュー……今のままとはいきませんよね?」

 

「そうだよね~。友希那はRoselia以外でやりたい事はある?」

 

「そうね……音大に進んで真摯に音楽と向き合うのも……いえ忘れて頂戴」

 

 そっぽを向く友希那さんの顔は赤い。

 将来の事を色々と考えているみたいで何か嬉しい。

 一般科目なら手伝うから。

 頑張れ、自慢の姉。

 

「紗夜は何かやりたい事はあるかしら?」

 

「いえ……今まで日菜に負けたくないの一心でギターに打ち込んできたので」

 

「にゃーん」

 

 ユキが起き上がり表情の陰った紗夜さんに擦り寄る。

 湊家で一番優しく行動的な女の子。

 

「大丈夫ですよ、ユキさん。必ず自分の道を見つけますから」

 

「にゃ」

 

 優しくなでられてユキもご満悦。

 紗夜さんは回り道をした分報われてほしい。

 笑顔にさせたいおねーちゃん。

 

「白金さんはどうですか?」

 

「私は服飾関係を……Roseliaの衣装作りが……楽しかったので」

 

「りんりんならランナウェイ間違いなしだよ!」

 

「あこちゃん、それだと逃亡。ランウェイね」

 

 確かに燐子さんが作った衣装って抜きん出ている気がする。

 着る人への愛も感じられるし、素敵。

 その溢れ出る情熱を持ち続けて。

 

「ワンコ……さんは?」

 

「私? 卒業したら就職するつもりだったけど、湊夫妻に『学費は出すから大学に行って見聞を広めなさい』って言われて」

 

「そうね、ワンコなら高みを目指せるわ」

 

 経営学を学んで個人事務所の立ち上げ……そんな単純なものでもないか。

 とりあえず自分のやれる事を増やさないと。

 「狂犬」を卒業したら何になるのかな?

 

「リサさんは調理師学校?」

 

「それもいいんだけどね。最近は看護とか保育とかにも興味がね~」

 

「流石Roseliaの母」

 

「ちょっと現役JKに向かって酷くない!?」

 

「リサなら問題ないわ」

 

「事実ですしね」

 

「今井さん……オカンスキルマ」

 

「リサ姉じゃなくてリサ母?」

 

「にゃ~」

 

「ちょっとみんな、ユキまで!」

 

 リサさんのお腹をふみふみするユキ。

 ちょっと羨ましい。

 私の……憧れ。

 

「も~、ちなみにあこは高等部に入ったら何したい?」

 

「あこは……自分の想いを言葉に出来るようになりたいかな」

 

「……素敵」

 

 あこちゃんの手を取り嬉しそうな燐子さん。

 今は語彙力不足を擬音語で補ってるし、姉は「ソイヤっ!」だし。

 もし言葉で正確に表現出来たら……楽しみ。

 最年少で青薔薇の一人、ある意味一番可能性を秘めている存在、見守りたい存在。

 

 

「ではまず冬休みの宿題ですね。湊さんは大丈夫ですか?」

 

「と、当然よ」

 

「へー」「ほー」「にゃー」

 

 言い淀む友希那さんに疑いの目を向けるリサさんと私とユキ。

 まずい、最近忙しくてチェックが漏れてた。

 

 

「将来の事よりまずは進級しないとね」




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<備考>

湊友希那:買ってきてもらう。

今井リサ&ワンコ:サーチケ入場で手分けして買う。

氷川紗夜:綿密な計画を立て始発。

宇田川あこ:おねーちゃんとのんびり参加。

白金燐子:通販。


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その他-8:新年会(シーズン1)

今年最初の投稿です。
本年もよろしくお願いします。

※ベースはイベストです。


「ふぅ……間に合った」

 

「遅いわよ、ワンコ」

 

 CiRCLEの入り口で待っていてくれた友希那さんからお叱りの言葉。

 もっとも表情は穏やかなので本当に怒っているわけではない様子。

 

 年末から正月三が日に掛けて巴ちゃんと一緒に神社で巫女のバイト、あ、バイトじゃなくて助勤か。

 助勤と言うと何故か新選組の副長助勤を思い出して血が騒いだり。

 イヴちゃんと時代劇を結構見たからかな?

 

 ちなみにその神社で麻弥さんとイヴちゃんがお仕事で今年の抱負を初詣の人達にインタビュー。

 あと、こころちゃんと美咲ちゃんとあこちゃんと燐子さんが初詣に来たり。

 

 イヴちゃんが巾着袋をなくした事件はこころちゃんの活躍で解決。

 スマイルパワー恐るべし。

 ……私は仕事でてんてこ舞い。

 

 

「ワンコさん、料理をどうぞ」

 

「ありがとう、紗夜さん」

 

「ワンコちゃん、飲み物貰ってきたよ♪」

 

「ありがとう、日菜ちゃん」

 

 こころちゃんが用意したホテル並みの御馳走とリサさんや有咲ちゃんが持ってきた手料理。

 まりなさんのお雑煮とか星四級のレアさかも。

 どれもこれも美味しくて食べすぎ注意。

 

 

「はい、それでは! ただいまより!」

 

「ガールズバンドパーティーメンバーによります。お正月かくし芸大会――」

 

「「開催しまーーーす!」」

 

 お、楽しみにしていたかくし芸大会が始まった。

 最初はリサさんと宇田川姉妹とはぐみちゃんのヒップホップダンス。

 結構本格的でビビる。

 

「……誘いを断って良かったわ」

 

「で、ですね……」

 

 誘われたらしい隣の友希那さんと燐子さんが渋い顔をしている。

 私も誘われたけど多忙を理由に断ったし。

 巴ちゃんも結構働いていたけどまだ体力余ってるんだ……。

 

「血が騒ぎますね」

 

「うん、来年はおねーちゃんも一緒に踊ろうよ」

 

「……考えておくわ」

 

 うわ、氷川姉妹の闘志に火がついてる。

 まあ紗夜さんも結構情熱的なダンスを踊るから見てみたいかも、ついでに日菜ちゃんも。

 来年はダブルソイヤ姉妹?

 

「当然ワンコちゃんも踊るんだよ?」

 

「それは良い考えね」

 

 ……巻き込まれてるし。

 

 

 

 

「手裏剣風船割りです!」

 

 イヴちゃんのかくし芸は手裏剣で風船を割るというもの。

 そう言えば前に投げ方を一緒に話し合ったような。

 

 結果は三連続成功。

 忍者から武士になった人もいたしイヴちゃん的には武士道なんだろうね。

 

「師匠やりました!」

 

「おめでとう。ちょっと手裏剣見せてもらっていい?」

 

「はい! シコウサクゴしました」

 

 手渡された木製の手裏剣を手に取って眺める。

 ……なるほど、苦心の跡が見て取れた。

 

「良い出来だね」

 

「よろしければお一ついかがですか?」

 

「いいの?」

 

「はい、いつでも私で感じてください!」

 

 ブフッ!

 

 何人か飲み物を噴き出してる。

 誰の影響か知らないけどアイドルなので発言には気を付けてもらわないと。

 

 そう言えば巫女仲間から冬の新刊を頂いたので、読んだらイヴちゃんか蘭ちゃんに回そう。

 

 

 

 

「はい、ワンコちゃん。コップが空だよ」

 

「ありがとう日菜ちゃん」

 

 

 

 

「うさぎのモノマネします」

 

 次はたえちゃんのうさぎのモノマネ。

 前歯でカリカリしてるのは確かにニンジンを食べてるっぽい。

 だけど……うん。

 

「はは、ははは……」

 

 有咲ちゃんが乾いた笑いをしている。

 頑張れ保護者。

 

「あははは! おたえちゃん、おもしろーい!!」

 

「すごいわ、たえ! たえは間違いなく、うさぎの末裔よ!」

 

 一部には大受けの模様。

 私も犬か猫のモノマネだったら負けない。

 

 

 

 

「次はモカちゃんの『目隠し利きパン』でーす!」

 

 ……利きパン?

 利き酒みたいな感じかな。

 準備するのも大変そう。

 というか近所に十軒もパン屋さんある?

 

 結果は十問全問正解、やるなモカちゃん。

 色々なパンが食べられて羨ましかったり。

 

「……で?」

 

「モカがパン好きなのってみんな知ってるし……」

 

「おめでとうモカちゃん!」

 

「すごかったね、モカ!」

 

 幼馴染の蘭ちゃんとひまりちゃんは微妙な感じだったけど、りみちゃんと沙綾ちゃんは大興奮。

 流石はチョココロネ愛好家とパン屋の娘。

 

 

 

 

「次のかくし芸は……Pastel*Palettes、日菜さんでーす!」

 

 うーん、何をするか予想できない。

 

「はーい! それじゃあ行こ! おねーちゃん!」

 

「え、私も!?」

 

 日菜ちゃんに指名された紗夜さんはフライドポテトを持ったままフリーズ。

 サプライズか……どうする紗夜さん?

 

「どうしてもおねーちゃんと一緒に出たかったから」

 

 その言葉に紗夜さんの口元が緩む。

 まあやるしかないよね。

 

「全く……で、何をするつもりなの?」

 

「ありがとうー! 昔、よく二人でやってたテーブルクロス引き!」

 

 やべー、凄く楽しみ。

 幼い氷川姉妹がなぜテーブルクロス引きに興味を持ったのかは謎だけど。

 そう言えば前に見せてもらった昔の写真とても可愛かった。

 

「二枚同時!?」

 

「ドキドキしてきました……」

 

 リサさんとつぐみちゃんは本人達よりも緊張している。

 

「あの二人が同じステージに立っているのを見るのは感慨深いわ」

 

「はい……」

 

「紗夜さんもひなちんも頑張れー!」

 

 温かく見守るRoseliaの面々。

 私も初対面時の辛そうな表情を憶えているだけにジーンとくる。

 

「あははっ、そんなしみじみすることじゃないってばー!」

 

 明るく笑い飛ばす日菜ちゃん。

 その裏に長い葛藤と愛憎……他人の私が推し量れることじゃないけど、それでも。

 少し涙もろくなったかな?

 

 

「それじゃあ、いくわよ――」

 

「「せーーーのっ!」」

 

 

 

 

「紗夜も日菜もやるじゃん♪」

 

「私感動しました!」

 

「今井さんも羽沢さんも大袈裟ですよ」

 

「そーそー、あたしとおねーちゃんなら余裕だって」

 

「日菜、次からは事前に言いなさい」

 

「はーい♪ あれ、ワンコちゃん無言でどうしちゃった?」

 

「そう言えばさっきから静かね。ワンコ、大丈夫?」

 

 友希那さんに答えようとするも声にならない。

 あれ、もしかしてまずいかも。

 

「日菜、さっきワンコさんのコップに飲み物注いだわね?」

 

「う、うん。確かこのゴミ袋の中に……あった!」

 

「ノンアルコールカクテル……あ、アルコール分が0%じゃない」

 

 えっ!?

 疑いもせず普通に飲んでた。

 昔からアルコールとは相性が。

 

 

「もう一度こころんと美咲ちゃんに盛大な拍手をお願いしまーす!」

 

 

 私の異変とは別に進行するかくし芸大会。

 あ、ジャグリング見逃しちゃった。

 録画映像後で見せてもらわないと。

 

「ちょっと何してるんですか!」

 

 騒ぎを聞きつけて蘭ちゃんが来た。

 大丈夫、と伝えようとしても言葉が――

 

「何でもないにゃーん♪」

 

『えっ!?』

 

 辺りが騒然とした。

 私も何が起きたのか分からない。

 口が勝手に。

 

「蘭ちゃん、お久しぶりにゃん」

 

「え、あ、もしかしてあの時の!?」

 

 体が勝手に動いて蘭ちゃんの鼻を指で撫でる。

 ちょっと何してるの!?

 

「あなた、誰?」

 

 友希那さんの困惑した表情が辛い。

 何とか体の主導権を取り戻したいが何もできない。

 

「ん~説明しにくいにゃ。お、まりなさんのギターが始まるみたいだしそっちに注目にゃ」

 

「あなた!」

 

「大丈夫、『吾輩』も『私』だにゃん♪」

 

「……そうね」

 

 不安げな友希那さんをそのままに、体は蘭ちゃんの肩に顎を載せステージの方を見る。

 心なしか蘭ちゃんの顔が赤い気がした。

 ちょっといい匂い……。

 

 

 まりなさんの超絶ギターテクに圧倒され、香澄ちゃんと彩さんの手品に手に汗を握った。

 

 

「吾輩も何かやりたいにゃん。あ、そうだ、香澄ちゃん」

 

「はい、ワンコ先輩……雰囲気違いません?」

 

「まあまあ、ちょっとステージ借りていいかにゃ?」

 

「歓談タイムなのでどうぞ!」

 

「ありがとにゃん♪」

 

 不安げな表情を浮かべる面々をよそに嬉々としてステージに上がる私の体。

 頼むから余計な事は――

 

「飛び入りでモノマネやるにゃ~♪」

 

 

 パチパチパチパチ

 

 

 事情を知らない人達から疎らな拍手が起こる。

 

「先ずは……『にゃーんちゃん、かわいいねー』」

 

「っ!?」

 

「あはは、似てる似てる!」

 

 顔を真っ赤にする友希那さんとお腹を抱えて笑るリサさん。

 大多数の人は誰の真似か分からず呆気に取られているけど……後が怖い。

 

「次は……『私には妹しかないの! 放っておいて!』」

 

「わ、私はそんな事言いません! 日菜、そんな目で私を見ないで!」

 

「おねーちゃん、そんなにあたしの事を……るんっ♪ ってきたー!」

 

 照れと怒りが混ざった表情の紗夜さんと瞳のキラキラっぷりがない半端ない日菜ちゃん。

 おい後先考えて。

 

「続いて――」

 

 

 そこからは地獄絵図?

 有咲ちゃんの顔が今日一番赤くなったり。

 薫さんが八つ当たりで千聖さんに殴られたり。

 蘭ちゃんとモカちゃんの間にピンク色の空間が出来たり。

 どう収拾つけるの?

 

 

「――じゃあ最後に『戸山さん、あなた達の音楽からは勇気を貰ったわ』」

 

「え……ありがとうございます!」

 

「『美竹さん、あなた達の音楽からは進み続ける情熱を貰ったわ』」

 

「悪くないですね」

 

「『丸山さん、あなた達の音楽からはプロとしての責任と矜持を感じたわ』」

 

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいな♪」

 

「『弦巻さん、あなた達の音楽からは音楽だから出来る無限の可能性を感じたわ』」

 

「まあ、素敵な感想ね!」

 

「そしてRoseliaは……おっと、後はゆきにゃんよろしく♪」

 

 マイクをステージ下の友希那さんに向けると、最初は困惑顔だったけれど覚悟を決めた表情で上がってきた。

 ごめんなさい、巻き込んで。

 でも友希那さんの言葉は私も聞きたい。

 友希那さんはマイクを受け取ると適度に表情を緩めた。

 

「はぁ……全く手の掛かる妹ね。Roseliaは全員で頂点のさらに先を目指して歩んでいくだけよ」

 

 そこで一旦区切ると会場の一人一人と目を合わせる。

 

「今年も一年切磋琢磨していきましょう」

 

 

 

 盲目的ではなく周り見る、それでいて前よりも先を見据えた言葉。

 他者を尊重し高めあえる競争相手として認めた言葉。

 その言葉で私の意識は途切れた。

 

 

 

 

「……あれ」

 

「起きたのね」

 

 気が付けば見慣れた天井に使い慣れた布団。

 横になったまま声のした方を見ると、友希那さんが炬燵で勉強を……思わず二度見。

 

「全員の前であんな事言って留年は不味いでしょ?」

 

「ふふっ、流石友希那さんだ」

 

「という事は最後まで記憶があるという事ね」

 

 あ、墓穴掘ったかも。

 まあ私の体がやった事だし仕方ないか。

 デコピンの一、二発は覚悟しよう。

 

「ワンコがいなくなったと思って怖かったんだから」

 

 布団の上から覆い被さってきた友希那さん。

 私の胸辺りに顔をぐりぐりと当てる。

 ……布団越しに微かな震えが伝わってきた。

 胸が締め付けられる。

 

「ごめんな――」

 

「なんてね。冗談よ」

 

 上げた顔はしてやったりの表情。

 子供のような悪戯っぽい笑顔にこちらも顔がほころぶ。

 全く……敵わないよ。

 

「いつでも私の所に戻って来るって約束したでしょ?」

 

「うん、勿論」

 

 その言葉で満足したのか起き上がり私に手を差し出す。

 

「さあ起きなさい。数学で解けない問題があるの」

 

「任せて」

 

 

 今年一年、とりあえずは全員無事進級出来るよう頑張りますか。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。

<備考>

湊友希那:結果的に親しみ度がアップした。

氷川姉妹:次は一緒におせちを作るかも。

ワンコ(酔):Afterglow推し。

戸山香澄&丸山彩:やりきった。

月島まりな:私物を冷蔵庫に置いておいたら手違いで会場に。


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その他-9:冬休み(シーズン1)

誰得なアノ人が再登場です。

そろそろ本編0を進めませんと。


 カリカリカリ

 

 ペラッ

 

 カリカリカリ

 

 ペラッ

 

 無音の部屋にシャープペンの筆記音と問題集を捲る音だけが響く。

 炬燵の反対側の友希那さんを盗み見ると真剣な表情。

 ステージ上の格好良さとは別の趣がある。

 

「……私の顔を見ている暇があるの?」

 

「うーん、そろそろ終わりにしない?」

 

「あら、もうそんなに経ったかしら」

 

「飲み物持ってくるね」

 

 立ち上がり一階へ降りる。

 

 夜も遅いしカフェイン入り以外だと……牛乳でいいか。

 冷蔵庫から取り出しマグカップに入れ電子レンジで温める。

 ……この時間帯だし流石に砂糖無しでもいいよね?

 

 

 二階の自分の部屋に戻る。

 友希那さんは猫頭型猫用クッションの中で丸くなっているユキを眺めて幸せそう。

 買って良かった。

 掃除したり天日干したりする手間はあるけど。

 

「……にゃあ」

 

「起こしちゃったかしら」

 

 目を覚ましたユキは座っている友希那さんの足に体を擦り付ける。

 そんなユキの背中を優しく撫でる友希那さん。

 両者とも可愛い。

 

「はい、ホットミルク」

 

「ありがとう」

 

 両手でマグカップを持ち「ふぅふぅ」と冷ます友希那さん。

 離乳期を過ぎたユキはお皿の浄水器で濾過した水道水をちびちびと飲んでいる。

 水分が足りないと病気になるので気を付けないと。

 

「来て」

 

「うん」

 

 友希那さんは炬燵から少し体を離し隙間を作ると私に手招きする。

 私は隙間に頭を……つまり膝枕。

 華奢な友希那さんの太ももに横から頭を載せた。

 目と目が合い互いに微笑む、幸せ。

 

「眼帯取るわよ」

 

「ん」

 

 外される右目の眼帯。

 瞼を開けるが私の視界に変化は無い。

 濁って用をなさない眼球はあんまり人に見せるものじゃないけど。

 

「悔しいわね」

 

「ん?」

 

「半分しか私の事を見てもらえないなんて」

 

 ちょっと拗ねたような言い方。

 言葉とは裏腹に優しく頭を撫でられた。

 

「左目で二倍見るので許して。それにワンコの耳は良いから」

 

「許すわ」

 

 即答すると友希那さんは細い指先を耳に侵入させてきた。

 人差し指で内側を親指で外側を。

 丹念に丹念に、何だか不思議な気分。

 

「……何か困っていることは無い?」

 

「全然」

 

「そう……」

 

 表情に少しの翳り。

 自惚れかもしれないけど、多分私だけに見せる弱さ。

 寝ころんだままそっと片手で友希那さんの頬を撫でる。

 

「こんなところに迷える子猫。人生相談ならいつでも受け付けてるよ?」

 

「……ふふっ、そうね。じゃあ今の私はワンコから見て『間違ってない』かしら?」

 

 私を見つめる真剣な眼差し。

 その奥に隠された微かな不安。

 本当は熟考した方が良いかもしれないけど言葉が抑えきれない。

 叫びたがってる。

 

「ワンコ的には『間違ってない』よ。だって友希那さんも私も毎日笑えてるし」

 

「……単純ね」

 

 少し呆れたような表情。

 それでも安堵したような空気を感じる。

 

「うん、私は単純だからこの瞬間の幸せを一番享受できる」

 

「羨ましいわ」

 

 髪をくしゃくしゃされる。

 狂犬も今やすっかり愛玩犬だ。

 

「間違ったらRoseliaのみんなが止めてくれるって知ってるくせに」

 

「当然よ」

 

 あ、ドヤ顔可愛い。

 こうやってコロコロと変わる表情を楽しめるのも妹の特権。

 

「で、質問の意図は?」

 

「……私の一年生の時の事ってリサから聞いてる?」

 

「少しだけ」

 

 つれなくされても話しかけ続ける様子を本人から聞かされてたし。

 嬉々として語るその様子にちょっとマゾかもと若干引いてた。

 まあこうして友希那さんの傍にいると理解できた。

 放っておけない、傍にいたくなる。

 

「闇雲に一人で突っ走って。少しは実力もついて有名になったけど危ない目にも遭って……」

 

「でも今は私達がいる」

 

 辛そうな表情につい言葉を遮ってしまう。

 私も甘くなった。

 

「一人で頑張ることも大事。でも一人だけだと限界がある」

 

「……そうね。これからRoseliaがどこまで行けるか私が一番楽しみにしてる」

 

「うん、私も楽しみ」

 

 自信に満ちた表情。

 いつもの友希那さんに戻ったみたいだ。

 弱さを見せてもらえるのも信頼の証。

 このポジションは譲れない。

 

「にゃー」

 

 私もいるよ、とユキが私の胸の上に乗り鳴く。

 平らな胸に感じるそこそこの重量。

 多分生後一年くらいなのでこれ以上重くはならない筈。 

 

「あら、ユキも楽しみにしてくれるの?」

 

「にゃん♪」

 

「ふふっ、任せなさい」

 

 本日最高の笑顔でユキの顎を撫でる友希那さん。

 ……ちょっと悔しいかな。

 

 

 

 

「今日は一緒に寝ない?」

 

 寝返りで潰さないようにユキをケージに入れた後、友希那さんにそんな事を言われた。

 ちょっと胸が高鳴ったけど冷静に振る舞う。

 

「……リサさんに悪いような」

 

「それはそれ、これはこれよ。一緒に寝るだけだし」

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 炬燵を端に寄せ布団を敷く。

 布団は一つ、枕は二つ。

 ……ちょっと刺激的な絵面。

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 気にした様子もなく布団に入り眠りに就く友希那さん。

 信頼されているからだろうけど、ちょっと無防備すぎる。

 ……別に何もしないけど。

 

 

 

 

 ユサ、ユサ

 

「――起きて」

 

「……ん、あれ?」

 

 体を揺すられて目を開けるとどこかで見たような銀髪の幼女。

 確か……。

 

「私よ。友希那よ」

 

「えっ!?」

 

 思い出した。

 確かに前に見たアルバムの幼少期の友希那さんだ。

 それに十年位前に病院の屋上で私の為に歌ってくれた――

 

「可愛い」

 

「えっ、ありがとう……。そうじゃなくて」

 

 体の前で腕をバタバタさせる子供っぽい仕草で否定の意を示す幼い友希那さん。

 今も昔もそれぞれ魅力的。

 

「夢って事でいいの?」

 

「理解が早くて助かるわ。まあ私も自分が湊友希那だという認識があるから、ワンコが私の夢の一部かも知れないけれど」

 

「そっか。じゃあ取り合えず」

 

「えっ!?」

 

 幼女友希那さんの小さな体を抱きしめる。

 今よりももっと華奢な体。

 私を救ってくれた恩人。

 

「急に何?」

 

「十年前は体が自由に動かせなかったから出来なかった事。私に光をくれてありがとう」

 

「……お礼なら前にも聞いたわ」

 

「うん、でも今の姿を見て、また言いたくなっちゃった」

 

「……好きにすればいいわ」

 

 そっけなく言う幼女友希那さん、だけど顔は赤い。

 嗅ぎ慣れた優しい香り。

 

 

「いつまでいちゃついてるの、いい加減にしろ!」

 

「ん……友希那さん?」

 

 怒鳴り声のした方を見ると二人目の幼女友希那さん。

 何故か猫耳と尻尾を付けている。

 

「あら、前にも会ったわね。なんでそんな愉快な格好なの?」

 

「あなたが言ったじゃない!」

 

「……そう言えばそうね。可愛いわ」

 

「可愛いって言うな!」

 

 二人の幼女友希那さんが言い争う光景。

 リサさんが見たら鼻血出して倒れそう。

 カメラが手元にないのが悔やまれる。

 

「あのー」

 

「何よ!?」

 

「何て呼べばいいの?」

 

「ふぇ……白友希姫」

 

「ぷっ!」

 

 思わず噴き出す幼女友希那さん。

 それに対して顔を真っ赤にした白友希姫。

 完全に赤友希姫かも。

 

「何笑ってるのよ! 私はあなたの無意識から生まれたのよ!」

 

「あら、私って意外と少女趣味なのかしら?」

 

「ぐぬぬ」

 

 幼女友希那さん自分相手に容赦ないね。

 むしろいつもより生き生きとしてる。

 

「なるほど、友希那と白雪姫を掛けたのか」

 

「変なタイミングで分かり切った解説をするな!」

 

 怒られちゃった。

 

「怒りっぽいなぁ。友希那さん、ストレス溜めすぎ?」

 

「おかしいわね。毎日ユキを撫でてストレス解消しているのに」

 

「……自分でも気づかない内に溜まってるのよ」

 

 少し辛そうな表情で語る白友希姫。

 本人が言うのならそうなんだろうね。

 やっぱりこの子も友希那さんだ。

 

「ありがとう、私」

 

「なっ!?」

 

 白友希姫に正面からハグを敢行する幼女友希那さん。

 

「じゃあ私も。いつも友希那さんの心を守ってくれてありがとう」

 

「ちょっ!?」

 

 白友希姫の後ろからイヴちゃん直伝のハグ。

 

「新年で浮かれてると思って説教しに出てきたのに何なのよ!」

 

「あら私はいつでも通常運転よ」

 

「まあまあ。白友希姫さんも今年一年よろしくお願い」

 

 感謝と親愛の意を込めて首筋にキス。

 まあ夢だしいいよね。

 表に出すのが苦手なだけでリサさん並みに優しい天使に祝福を。

 

 

 

 

「……覚えてる?」

 

「二人とも可愛かった」

 

「忘れ……いえ、何でもないわ」

 

 翌朝の空気は実に微妙なもの。

 折角忠告しに出てきてくれたので気を引き締めていこう。

 Roseliaに油断や慢心は不要。

 

 

 

 あとキスマークがばっちり残っていたので怒られた。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。

<備考>

湊友希那:自分を省みる程度には余裕がある。

ワンコ:バイトは一段落。

ユキ:日中は窓辺、夜は炬燵の傍かクッション。

【傲慢】友希那→白友希姫:割とメルヘンな無意識さん。


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その他-10:湊友希那誕生日2(シーズン1-10/26)

お誕生日おめでとうございます。


「その他-5:湊友希那誕生日(シーズン1-10/26)」の後の話です。


「今度は私が子供の番かしら」

 

 気が付けば以前にも経験した白い霧の中。

 鏡はないけど手の大きさや触れた髪の長さから昔の私の姿だと分かった。

 全く……ワンコと一緒に暮らすようになってから変な夢を見る機会が増えたわね。

 

 

 十月生まれ合同誕生日会の帰りに猫の集会を堪能していたせいで帰宅してから両親のお説教。

 その後、ワンコと一緒にいつもより遅めの入浴。

 確かさっきまでワンコに髪を拭いてもらっていたから……もしかして寝落ち?

 

 

 まあ……ワンコが風邪をひかないようにしてくれるから肉体の方は問題ないわね。

 

 

 この夢も前みたいに進んでいけばそのうち目も覚める筈。

 

 今度は何が待っているのか、少し楽しみね。

 

 

 

 

「あら、燐子じゃない」

 

「えっ……もしかして友希那さん……?」

 

「そうよ、こんな姿だけど」

 

 いつも通りの燐子の姿に少し安心感を覚えながらスカートの端を少し持ち上げる。

 近付くと身長差もあって下から見上げる形になったけど……凄い迫力ね。

 

「……もしかして……夢?」

 

「多分そうね。私の夢か、燐子の夢か、あるいはその両方か」

 

「……なるほど」

 

 私の仮説に瞳を輝かせている燐子。

 こういう現実離れした話は好きなようね。

 前に曲作りの参考に小説を薦めてもらったけどファンタジーやSFだったし。

 

「……少し……試してもいいですか?」

 

「? ええ、いいわよ。夢なんて目が覚めればすぐに忘れるわ」

 

 何か良いことを思いついた表情の燐子に許可を出す。

 Roselia結成当初よりも積極的になってきたのは感慨深いわね。

 

「……では」

 

「んっ」

 

 抱きしめられ、その豊満な胸に私の顔が埋まる。

 少し息苦しさは感じるけど窒息する程じゃない。

 そして何故か頭を撫でられる。

 

 

「……世の理を変え我が意に従え」

 

 

 燐子の芝居がかった声と共に私の頭、撫でられている部分に熱を感じる。

 

 

「あっ、何なの!?」

 

「ふふふ……大丈夫です……わたしの想像通りなら」

 

 それは甘美な刺激となり全身を何度も電流が走る。

 このままだとおかしくなりそうだと思って燐子から逃げようとするも放してくれない。

 逆に胸への密着度が増してしまう結果に。

 

「次は……ここ……」

 

「ひゃんっ!」

 

 次に燐子が触ってきたのは服の中、お尻のあたり。

 さっきのことで全身が敏感になっている私は思わず恥ずかしい声を上げた。

 

「や、なに、この感覚!?」

 

「えらい、えらい……もう少しの辛抱……」

 

 涙目の私をあやすように優しい声色の燐子。

 ……一瞬サディスティックな笑みを浮かべたように見えたのは見間違いね、きっと。

 

 頭とお尻からむず痒さを感じ不安に思っていると――

 

 

「な、なに、この感覚は!?」

 

「……成功♪」

 

 

 私を解放した燐子がいつの間にか手にしていた鏡を見ると、頭の上にはにゃーんちゃんのような白い耳。

 お尻を向けて首だけ振り向けばにゃーんちゃんのような白い尻尾。

 

 ……まったく、夢の中は最高ね!

 

 

 

「すみません……つい調子に……」

 

「別にいいわよ。むしろお礼を言いたいくらいだわ」

 

 冷静になって恐縮しきりの燐子。

 この耳と尻尾の為だったら多少のことは水に流すわ。

 

「でも……」

 

「だったらしばらく間おんぶしてくれない? この体ならそんなに重くないと思うし」

 

「……はい♪」

 

 歩幅が違って燐子が歩きにくそうだから丁度いいわね。

 自分の歩幅で……逆に教えられた気分だわ。

 

「ふふっ」

 

「……何か……良いことでも?」

 

「良いこと、そうね。あなた達といると毎日が発見の連続だから良いことだらけね」

 

「……私も……同じです」

 

 現実世界では言葉にすると少し恥ずかしい台詞でもここでは、ね。

 

 

 

 

「あ、りんりん! それと……友希那さん!?」

 

「あこちゃん……」

 

「よく私だと分かったわね」

 

 次に出会ったのはあこ。

 その姿は――

 

「ネクロマンサー……かっこいいよ……」

 

「ありがとーりんりん♪ ドーン! バーン! って願ったら変身できたんだ♪」

 

 前にNFOで見た衣装ね。

 私服やライブ衣装にどことなく似ているから違和感はない。

 

「似合っているわよ、あこ」

 

「あ、ありがとうございます! 友希那さんも……かっこ可愛いです!」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

「その耳と尻尾どうやったんですか!?」

 

「燐子が生やしてくれたの」

 

「おおっ、流石我が…………相棒!」

 

「うん……そうだね……」

 

 あこの順応力は流石ね。

 それに――

 

「触りますよ~」

 

「んっ! 良い気持ちよ」

 

 尻尾の付け根というデリケートな場所に対する絶妙な力加減。

 普段のスティック捌きが見事に生かされているわね。

 思わずマーキングしかけたわ。

 

「とってもフサフサ、りんりんの魔法も友希那さんの猫力も最高!」

 

 喜んでくれたのなら幸いね。

 

 

 

 

「へー、これって夢なんだ」

 

「……多分」

 

「順番的に次は紗夜かしら?」

 

 ひとしきりあこに撫でられた後再び歩き始めた。

 あこがどうしてもというので今はあこに背負われている。

 筋力増強魔法で私程度の重さは問題ないなんて羨ましいわね。

 回復魔法で喉を回復できればいくらでも歌い続けられそうだし。

 でもリサやワンコに止められるかしら?

 

 

「あ、大きな犬!」

 

「……うん……ふさふさ」

 

「奇麗な水色ね」

 

 

 

「紗夜さん!?」「氷川さん!?」「紗夜?」

 

 

「……くーん」

 

 

 

 か細く鳴くわーんちゃん、中身はおそらく紗夜。

 何があったのかしら?

 

 

「あ、友希那ちゃん、燐子ちゃん、あこちゃん♪」

 

「日菜ね」

 

「うん!」

 

 紗夜犬の陰から飛び出してきたのは水色のにゃーんちゃん、まあ日菜よね。

 Roseliaのメンバー達しか出てこないと思っていたからちょっと意外だったわ。

 

「おねーちゃんの布団に忍び込んだらこんな夢が見れるなんてるるるんっ♪ ってきた!」

 

「わんわん!」

 

 日菜猫に向かって吠える紗夜犬。

 多分忍び込んだことを怒っている、と思う。

 

「日菜は喋れるのに紗夜は喋れないのね」

 

「んーなんでだろう?」

 

「くーん……」

 

 流石にこのままでは紗夜が可愛そうよね。

 解決するかは分からないけれど、ここが私たちの夢の中なら。

 

「紗夜、私の耳と尻尾はどうかしら?」

 

「わん!」

 

「そう、ありがとう。ここは夢の中、私がこの姿になれたのだからあなたも喋れるはずよ」

 

「…………」

 

「固定観念なんて捨てちゃいなさい。あなたは私が最も信頼するギタリスト、できるはずよ」

 

 思いを告げるとそのフサフサの頭を撫でる。

 にゃーんちゃんも良いけどわーんちゃんも良いわね。

 

「……全く、そんな風に言われたら何とかするしかないじゃないですか」

 

 溜息混じりの言葉が紗夜犬の口から発せられた。

 流石は紗夜ね。

 

「流石おねーちゃん♪」

 

「あなたは少し反省しなさい!」

 

 日菜猫にぴしゃりと言い放つ姿がいつもの光景とダブり奇妙な安心感を覚える。

 姿は変わっても安定の双子ね。

 

「湊さんの姿も素敵ですよ」

 

「ありがとう」

 

 

 

 

「なるほど、つまり後は今井さんかもう一人の湊さんを見つければ夢から覚める、と」

 

「多分ね」

 

「えー、じゃあもっと遊ぼうよ~」

 

「……少しだけよ」

 

 私たちの周りで追いかけっこを始める紗夜犬と日菜猫。

 日菜ほどじゃないけど紗夜も意外とアクティブなのよね。

 クールに見えてソイヤ、まさに青い炎。

 

「私達は少し休憩ね」

 

「では……えいっ☆彡」

 

 燐子が指を鳴らすと瞬く間にガーデンテーブルとチェアが現れた。

 もう使いこなしているわね。

 

「もう一つ……えいっ★彡」

 

 もう一回鳴らすとアフタヌーン・ティーのセットが現れ、ティースタンドには色鮮やかなケーキとフライドポテトが並んだ。

 もしかして今なら糖質を気にせず食べ放題かしら?

 

「味は……再現できていないかも……」

 

「じゃあ試しに食べてみるね。あっ、美味しい!!」

 

「そうね、このハチミツティーもとても上品な甘さだわ」

 

「良かった……」

 

 心底ホッとした表情の燐子。

 クリエイターとして夢の中でも半端な出来では満足しないみたいね。

 

「あー、あたしも食べたい!」

 

「……ポテトを取っていただけますか?」

 

 いつの間にか走り回っていた二匹が戻ってきていた。

 人間の食べ物を食べさせるのは良くないけれど……ここは夢の中だから。

 両手を使い器用にポテトを食べる日菜猫と地面に置いたお皿の上のポテトをポロポロこぼしながら食べる紗夜犬。

 ……犬の口だと仕方ないわね。

 

 

 

 ダダダダッ!

 

 

 

「もー、お茶会するならアタシ達も呼んでよ!」

 

「友希那さん酷い」

 

 地響きと共に現れたのは黒い喋る犬に乗ったリサ。

 

「遅いわよ、リサもワンコも」

 

「だって口の悪い猫耳友希那にいきなり襲われたんだよ! ……まあ可愛がってあげたけど♪」

 

「うん、存分に可愛がった」

 

 意味深な表情を浮かべる二人。

 全く私の分身に何をしたのやら。

 

 …………変なことはしていないでしょうね?

 

 これだと目覚めの条件は達成――

 

 

「あ、みなさんの姿が」

 

「うわっ、合流したばっかりなのにもう終わり~!?」

 

 紗夜の言葉通り全員の姿が段々と薄くなっていく。

 燐子やあこが全力で念じているが薄くなる早さは変わらない。

 こういうところは融通が利かないわね。

 

「続きは現実世界ね。忘れたら承知しないわよ」

 

 私の無茶な要求に笑顔で答える面々。

 折角見えたみんなの新しい一面、事実なのか答え合わせしてみたくなったから。

 

 

 青薔薇を宿す者ならこの程度簡単でしょ?

 

 

 

 

「……変な夢だったわね」

 

「うん、確かに」

 

 カーテンの隙間からの光に目を覚ますと、そこにはベッドに腰かけてメモを取っているワンコの姿。

 夢の内容を忘れないようにしているようね。

 そういう几帳面さも好きよ。

 

「友希那さんもメモる?」

 

「そうね。ある意味貴重な体験……曲作りにも使えそうだから」

 

 ふふっ、もし他のみんなも同じ夢を見ていたら楽しいことになりそうね。

 

 

「それと折角だからもう一回。友希那さん、お誕生日おめでとう。あなたが生まれてきたお陰で今の私がある」

 

「ありがとう、ワンコ。あなたの存在が私の歌に力を与える」

 

 嘘偽りのない言葉。

 

 そんなことを言われたら、今にでも歌いたくなってしまうわ。

 

 

 

 

 私の歌がこれからもあなたや他のみんなの心に届くように。

 

 …………ずっと傍にいてね。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

<備考>

湊友希那:無意識に尻尾があったあたりを触る癖が。

白金燐子:思い出して悶絶、でも白猫衣装は作る。

宇田川あこ:お茶会したいな~。

氷川紗夜:思い出して悶絶、でもポテトは食べる。

今井リサ:次の夢はいつかな~。

ワンコ:リサさん、それ以上いけない。


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その他-11:犬の日(シーズン1-11/01)

大遅刻ですが書いておきたかったので……。

ハロウィンは別の機会に。


○白金燐子の場合

 

 

 

 

 興味本位だった。

 

 

 彼女と同じ景色を見たかった。

 

 

 ただ、それだけだったのに……。

 

 

「はっけよい……残った!」

 

 

 ……何でわたしはお相撲なんてしてるんだろう。

 

 

 

 

「人……多過ぎ……」

 

 今日はRoseliaとコスプレの衣装の材料を買いにショッピングモールへ。

 普段の休日なら開店直後はそれほど混まない、なのに。

 何かのイベントとぶつかったのか気付けば人混みに流されている。

 一人で来るんじゃなかった……。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 何とか抜け出して壁際の観葉植物の横に座り込む。

 Roseliaのみんなや他のガールズバンドの人達に出会って少しは成長したと思ったのに……。

 全然変われていない今の自分の姿に涙が出そうに。

 

「あれ、燐子さん?」

 

「えっ……」

 

 顔を上げると目の前には柴犬、いや柴犬の着ぐるみの顔が。

 それにこの声は――

 

「ワンコ……さん……?」

 

「うん、あなたのワンコさん」

 

「っ!」

 

 思わず抱き着いてしまった。

 

「よしよし」

 

 優しく背中を撫でられると必死に耐えていた涙が溢れてしまった。

 駄目だな……わたし……。

 

 

 

 

「そっか、材料を買いに」

 

「……はい」

 

 バイト中にもかかわらずワンコさんが気を遣ってくれて控室で休ませてくれると。

 それはとてもありがたいことだけど……。

 

「揺れる?」

 

「……大丈夫……です」

 

 見事なお姫様抱っこをされている。

 周りの視線が痛いけれどこれが最速で最短で安全な方法だと言われてしまえば断れない。

 

「首に手を回してみて。もっと安定するから」

 

「……はい」

 

 優しい声でそんな事を言われたら……ずるい。

 でも……密着度が上がって嬉しかったり。

 着ぐるみ越しだけど。

 

 

 

 

「私はバイトに戻るからゆっくり休んでて」

 

「はい……ありがとうございます……」

 

 私に軽く手を振り控室を後にするワンコさん。

 それを見送った後に並べられた丸椅子の上で横になるわたし。

 暫くそのままでいると先程までのどきどきもその更に前の息苦しさもまるで夢だったように消えていた。

 

 周りを見回す余裕が出てきて始めに目についたものは……ワンコさんが着ていた柴犬の着ぐるみ。

 どうやら予備が置いてあるみたい。

 

 これを着たら人混みでも大丈夫になるかも。

 それにワンコさんと同じ景色が見れたり……。

 

 そう思うと体が勝手に。

 ロングスカートは邪魔になりそうだから脱いだ方がいいかな。

 胸当てを付けその上から体の衣装を着て背中のファスナーは……壁に引っ掛ける出っ張りがあるのでそれに引っ掛けて。

 もふもふの靴を履き頭をつければ完成、えっへん。

 前にワンコさんの着替えを見ていて良かった。

 

 

 でも……ちょっと息苦しいし視界も悪い。

 こんな状態でわたしを見つけて運んでくれたなんて。

 ……敵わないな。

 

 

 

 

「あれ、まだここにいたの?」

 

「っ!?」

 

 扉が開き入ってきたのは恐らくイベントスタッフさん。

 返事をする間もなく腕を引っ張られる。

 そして連れて来られたのはイベントスペース……そこにあるのはマットの土俵!?

 

 そしてそこに立つのは……体操服に廻しを締めた若宮さん!?

 

 気付けば私にも着ぐるみの上から手際良く廻しを締められていく。

 

 

「はーいお待たせしました♪ 今から特別イベント『犬の日場所』の取り組みを始めます。ひが~し~若宮島~」

 

「相撲は武士の嗜み、全力で行きます!」

 

「に~し~柴犬山~」

 

「わ……わん!」

 

 何故か犬の真似をしてしまった。

 顔が隠れていて本当に良かった。

 

 引くに引けない今の状況。

 こうなったらワンコさんの代役を務めるしかない。

 

 

「構えて」

 

 

 腰を落として視線を合わせる。

 若宮さんも本気のようだ。

 わたしも全力で挑まないと。

 

 

「はっけよい……残った!」

 

 

 行司の掛け声と共に組み合うわたし達。

 剣道部と茶道部、それに喫茶店でのバイト、そしてアイドルのお仕事で鍛えているだけあって凄い足腰。

 対してわたしは……何も浮かばない。

 着ぐるみのお陰で体格はわたしの方が有利だけどじりじりと土俵際まで追い詰められていく。

 

 

 このままじゃ……でも、負けたくない!

 

 

「わん!」

 

「えっ!?」

 

 咆哮と共に重心移動、そして右手を引っ張る、と。

 

 

「勝負あり!」

 

 

 不思議な顔をしたままの若宮さんがマットの上に寝転がっていた。

 多分怪我はしていない筈。

 

「合気ですね! 感動しました!」

 

 全力で抱き着いてくる若宮さん、少し苦しい。

 前に護身術としてワンコさんから教わった合気道がこんなところで役に立つなんて。

 

 ふふっ、人生って不思議。

 

 

 

 

「ごめんね、私が迷子をセンターに連れて行ってる間に」

 

「いいえ……勝手に着てごめんなさい……」

 

「まさかリンコさんだったとは。流石大和撫子です!」

 

 

 お相撲の後駆け付けたワンコさんに平謝りされて、若宮さんには絶賛されて。

 最低限の役目は果たせた、かな?

 

「若宮さん……次の相手は……」

 

「はい、ミッシェルさんです! 熊に勝ってこそブシドーですから頑張ります!」

 

「うん、頑張れ。勝てば今金太郎」

 

 ワンコさんと一緒に若宮さんを撫でて勇気づける。

 普段のわたしならできないことでも着ぐるみなら……。

 

 

 

 今度本格的な着ぐるみでも作ってみようかな。

 

 

 

 

○氷川紗夜の場合

 

 

 

 

「お手」

 

「わふ♪」

 

「ふふっ、良い子ね」

 

 私の言葉に見事なお手を返してくれたラフ・コリーの頭を撫でご褒美のおやつをあげます。

 犬の飼えない身としてはこうして犬と触れ合えるカフェが近くにあるのは嬉しいですね。

 元は保護犬らしいのですが躾も行き届いていますし、こんなにも人懐っこいなんて……。

 お持ち帰りできない我が身を呪うばかりです。

 

 

 今日は11月1日の犬の日。

 犬についての知識を身につけ、犬をかわいがる日です。

 当然私も一般的な国民としてこうして床に座り犬と触れ合っています。

 

 

 ……とても可愛いですね。

 このフサフサとした毛並みはずっと撫で続けられそうです。

 きっと愛情たっぷりにお世話をしてもらえているからですね。

 

 

「おねーちゃん、あたしもお手するから撫でて!」

 

「何であなたが犬と張り合うのよ」

 

 妹の方が犬よりも我がままで少し頭が痛いです。

 少しは姉離れ――

 

「えー、家では撫でてくれるのにー」

 

「そ、外でそういうことを言うのは止めなさい!」

 

「うふふ、相変わらず仲良しね」

 

 隣でゴールデンレトリバーを撫でていた白鷺さんに笑われてしまい少しばつが悪いです。

 とても美しい姿勢でのお座り、流石はPastel*Palettesの飼い主である白鷺さんの圧ですね。

 

「紗夜ちゃん、今失礼なことを考えなかった?」

 

「いいえ」

 

「本当?」

 

「はい」

 

 ポーカーフェイスには自信がありますが、策謀渦巻く芸能界を生き抜いてきた千聖さんにはお見通しのようですね。

 微笑みが怖いです。

 

「やっぱりそっくりだ♪」

 

「分かるように言いなさい」

 

「おねーちゃんと千聖ちゃん! 普段は口煩いけど本当は優しいところとか♪」

 

 

「それはあなたが問題を起こすからでしょ」「それは日菜ちゃんが問題を起こすからでしょ」

 

 

「あはは♪」

 

 見事な白鷺さんとのハモり、日菜に笑われてしまいお互いに渋い表情です。

 白鷺さんと似ていると言われたことに関しては……どうなんでしょうね?

 

 

「楽しそうだね」

 

「あ、ワンコちゃん♪ お仕事はもういいの?」

 

「うん。ラストオーダーも終わったしお客さんもこの三人だけだから」

 

 ワンコさんが私と白鷺さんの間に腰を下ろすと数匹の犬が彼女に体を預けました。

 羨ましい……です。

 

「で、何の話で盛り上がってたの?」

 

「えっと、おねーちゃんと千聖ちゃんが似てるって……あ、ワンコちゃんもそうかも!」

 

「それは光栄」

 

 日菜の発言に満更でもなさそうなワンコさん。

 私はともかく千聖さんに似ていると言われれば嬉しいのでしょう。

 

「くぅ~ん♪」

 

「甘えん坊さんですね」

 

 私の膝の上に頭を乗せ甘えられては口元が緩んでしまいます。

 言葉の通じない相手だけに……いえ、言葉が通じない相手だからこそ本心が伝わってきているようで。

 そんなところも私が犬に惹かれる理由かも知れません。

 頭で考えすぎてしまいがちですからね、私は。

 

 

「るんっ♪」

 

「想像以上ね」

 

「流石紗夜さん」

 

 

「な、なんですか!?」

 

 気付けば三人が私を見つめて微笑んでいました。

 とても気恥ずかしいです。

 

「おねーちゃんの表情にドキッとしちゃった♪」

 

「ねぇ、日菜ちゃんと一緒に双子写真集出さない?」

 

「お店のポスターにしたい」

 

 

「か、からかわないでください!」

 

 

 三人の発言に顔が熱くなります。

 こういう時の息の合い具合は異常です、全く。

 それにあなた達の方がこんな私よりよっぽど魅力的――

 

「わん!」

 

「えっ、何かしら!?」

 

 撫でていた子に突然吠えられたので軽く混乱してしまいます。

 撫で方を間違えたのでしょうか?

 

「暗い気持ちに犬は敏感だから」

 

「うっ」

 

 ワンコさんの静かな言葉に胸が詰まります。

 

「おねーちゃんはもっと自分の可愛さを自覚した方が良いと思うよ?」

 

「そうね、私は友人相手に心にも無いことを言うほど性格は悪くないわ」

 

「そういう事なので自分を卑下しないで」

 

「わんわん♪」「くぅーん♪」「わふー♪」

 

 三人の言葉に犬達も同意しているようで……認めるしかありませんね。

 自惚れたくはありませんが自分への過小評価も皆さんに失礼ですし。

 

 でも言われっぱなしというのも癪ですので――

 

 

「日菜、もうすっかりアイドルね。とても輝いていて姉として誇らしいわ」

 

「えっ」

 

 

「千聖さんは同い年の私から見ても大人びて洗練されていて素敵ですね。秘訣を教えていただきたいくらいです」

 

「あら」

 

 

「ワンコさんは私の心にいつも寄り添ってくれますね。……心強いです」

 

「……ありがとう」

 

 

 私の言葉に顔を真っ赤にしてプルプル震えている日菜、口元を押さえ上品に笑う千聖さん。

 ワンコさんは穏やかな笑みを浮かべています。

 

「お、おねーちゃん、急にどうしちゃったの!?」

 

「この子達の前くらい素直になろうと思っただけよ」

 

 気持ち良さそうな表情で撫で続けられる犬達。

 

 いつか私も……。

 

 

 

 

「花咲川の掲示板にも譲渡会のポスターを貼りたいので一枚頂けませんか?」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

<備考>

白金燐子:寝技の方が得意だったり。

若宮イヴ:ブシドー系アイドルとして評判。

氷川紗夜:犬がいると色々と緩む。

氷川日菜:一睡もできなかった。

白鷺千聖:犬部作ろうかしら?

ワンコ:迷子発見器。


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本編0(シーズン0春)
本編0-1:犬が西向きゃ尾は東


アンケートで票が入ったので書いてみました。

本編1の前の話なので平穏な日常?です。


コンコンコン

 

「……起きてる?」

 

 控えめなノックと弱弱しい呼びかけ。

 半分寝ている頭をお仕事モードに切り替えベッドから飛び起きる。

 すぐに部屋の明かりをつけ最低限の身嗜みをする。

 

「マスターですか? 今開けます」

 

 扉を開けるとそこには数日前から私の雇用主になった赤毛の少女。

 普段の自信に満ちた態度は鳴りを潜めている。

 

「良かった……じゃなくて外の音が煩いのよ!」

 

「それは困りましたね」

 

 私の顔を見た途端表情が明るくなった、可愛い。

 確かに吹き付ける雨風の音は大きい。

 時々地震かと思うくらい建物が揺れる。

 

「一応避難準備は出来ていますが」

 

 寝る前に大雨洪水注意報が出ていたので念の為に準備はしておいた。

 まあ流石にこの風雨の中外に出るのは自殺行為だろうけど。

 

「そこは大丈夫よ! ここをどこだと思っているの?」

 

 控えめな胸を張るマスター。

 確かに最新のタワーマンションの最上階なら避難所よりも安全――

 

 

 プツンッ

 

 

「あ、停電」

 

「Why? 何が起こったの!?」

 

 一瞬にして暗闇に包まれる住み込みメイド用の部屋。

 恐らく送電線か地下の電気設備がやられたのだろう。

 十階以上の階段昇降は勘弁願いたいが。

 

「行動するにしても朝にならないと危険なので寝ません?」

 

「……随分のん気な発言ね」

 

 暗闇で見えないけれどマスターが呆れた表情をしたのは分かった。

 まあ焦っても仕方がないので努めてのん気に振る舞う。

 

「一緒に寝ません? いざという時に守れるように」

 

「し、仕方ないわね。しっかり給料分働きなさいよ!」

 

「了解」

 

 素直じゃないマスターと一緒にベッドに入る。

 布団の中でしがみ付いてくる様はまさに子猫。

 成績優秀な飛び級才女らしいけどこういうところは年相応みたい。

 

 ……私とは大違い。

 

 夜が明けたらお仕事が山盛りだろうからしっかり眠らないと。

 

 

 

 

「お仕事ご苦労」

 

「次は?」

 

 一か月の住み込みメイド生活を終え再び施設に戻った。

 天災に襲われたり、マスターが殺人現場を目撃して襲撃されたり色々あったけどそれなりに楽しかった。

 

 手渡された茶封筒の中の紙幣を数えながら次の指示を待つ。

 火事で死んだ親がやばい方面からした借金を肩代わりしてもらった手前、施設長には逆らえない。

 まあ借金返済分と食費以外は懐に入るので特に不満はないけど。

 

「そろそろ中学卒業か」

 

「まあなんとか」

 

 部活も友達付き合いも無いので、教室で授業か図書室で読書の彩の無い学校生活。

 出席日数もこの分なら問題ない筈。

 

「高校は行きたいか?」

 

「出来れば」

 

 即答、流石に中卒だと就ける職業も限られるし。

 でも先立つものが……。

 

「ここに特待生で入れば学費諸々は無料だ」

 

 渡された案内の冊子、「羽丘女子学園」と印刷されている。

 ぺらぺらとページを捲ると綺麗な校舎に充実した設備、お洒落な制服……。

 

 勉強は苦手じゃないし狙ってみようかな。

 

 

 

 

 時は移って四月、私は無事特待生枠を勝ち取り羽丘に入学した。

 住居は六畳一間のアパートに決まり、生活費は当面貯金の切り崩し。

 早くバイトを見つけないと。

 

「今井リサでーす! よろしく♪」

 

 入学式の後、移動した一年B組の自席でバイト情報誌を眺めていると後ろの席から肩を叩かれた。

 

「犬神一子、よろしく」

 

 振り返り簡潔に返すと再び情報誌に視線を戻す。

 私の反応がお気に召さなかったのか今井さんは席を立ち私の横に来た。

 漂う香水の良い匂い。

 逆さに吊るされた兎の頭部のピアスには軽く衝撃を受ける。

 

「高校生になるとバイト解禁になって嬉しいよね」

 

「うん」

 

 まあ既にバイトしまくりなわけだけど。

 労働基準法さんごめんなさい。

 

「アタシはコンビニバイトでもしようかな?」

 

「業務は多岐にわたるけど仕組みも学べるし良いと思うよ。無理なシフトには気を付けて」

 

「……経験者みたいなこと言うね」

 

「気のせい、本に書いてあっただけ」

 

 本当は経験済みだったけど適当に誤魔化す。

 廃棄品をこっそりくれた店長は私にとっては良い人。

 

「一子はどんな基準で探してるの?」

 

「時給かな。後はまかない付きとか」

 

「へー、何か欲しいものとかあるの?」

 

「単純に生活費、それとコイツの治療費」

 

 そう言って右目の眼帯を指さす。

 原因不明だし諦めて義眼にしてもいい気がしてきた。

 それはそれでお金がかかるけど。 

 

「そっか……何かあったら力になるから。お金以外の事で」

 

 その言葉に思わず今井さんの方を向くと、ただの同情とは思えない優しい表情。

 改めて彼女の全身を見ると私には無い華やかさと明るさを醸し出している、ちょっと派手だけど。

 ……悪意も敵意も感じないし信じてもいいかな?

 

「これからよろしく」

 

「うん♪」

 

 私が右手を差し出すと満面の笑みで握り返してくれた。

 不思議な感触、ほっそりとしているのに何かに打ち込んできた力強さを感じる。

 

 これからの学園生活が面白くなりそうな予感がした。

 

 

 

 

「これからクラスの親睦会でカラオケ行くんだけど一子も行かない?」

 

 簡単なホームルームが終わり今日は帰るだけとなったところで今井さんに声を掛けられた。

 

「ごめんバイトの面接。それと歌うのが苦手で」

 

「分かったよ。それじゃあカラオケ以外で今度誘うね♪」

 

「ありがとう」

 

 私の断りの返事にも嫌な顔をしない彼女、こちらに手を振ってカラオケ組に合流した。

 もしかして断れ慣れているのかな?

 

 バイトの面接も歌うのが苦手なのも事実だけどちょっと心苦しい。

 歌おうとすると吐きそうになるのは何とかしたいけど……聞く分には問題ないのが救い。

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 そう言って面接が行われたハンバーガーチェーン店の事務所を後にした。

 感触は……微妙。

 面接官の口ぶりから察するに他にもバイト希望者がそこそこいるみたい。

 器用さには少し自信があるけど笑顔はちょっと、いやかなり心許ない。

 うん、バイト探しは続けよう。

 

 面接が意外に早く終わったので時間を持て余す。

 引越しのドタバタであまりこの辺を見る機会がなかったからちょっとぶらつくか。

 何やら良い匂いも漂ってきたし。

 ちょっと遅めの昼飯でも調達しよう。

 

 

 精肉店の可愛らしい店員さんから揚げたてのコロッケを買う。

 どうやらその場で食べるのがここの作法らしく、二種類の制服がちらほら。

 羽丘以外にも学校があるみたい。

 

 先ずはソース無しで、はむ……サクサクの衣、ホカホカのジャガイモ、あふれ出る肉汁……はっ、つい完食してしまった。

 

「コロッケもう一つ」

 

「はーい!」

 

 新たに購入。

 今度は最初からソースをかける。

 ソースの酸味がコロッケの旨さを引き立て……あ、もうない。

 ここにいると財布が空になるまで食べそうなので早々に退散。

 今度近くに来たらまた買おう。

 

 

 パン屋、床屋、喫茶店、クリーニング屋、お好み焼き屋等々、思っていたより色々あるみたい。

 中々探検し甲斐がありそうな町で結構。

 

 何となく歩き続けると公園に着いた。

 ちょっと一休みしていくかな。

 

 水飲み場で喉を潤しベンチに腰掛ける。

 鞄から取り出したのは引っ越し前から読みかけだった恋愛小説。

 素直になれない幼馴染のガールズラブ。

 私には幼馴染なんていないから何となくでしか理解できないけど。

 でも……切ない感じはよく分かる、つもり。

 私にもそんな人が見つかるかな――

 

 

 ドンッ!

 

 

 ペロペロ!

 

 

 何かに押し倒されて顔を舐められる。

 敵意も殺意も感じない行動には相変わらず無防備。

 直感頼りの悪癖も何とかしないと。

 

「す、すみません! こら、レオン!」

 

「くぅーん」

 

 少女の声とともに重さが消える。

 体を起こすとそこにはゴールデンレトリバーを羽交い絞めにしている金髪で眼鏡の少女。

 

「リードが切れてしまって」

 

「大丈夫、ちょっと驚いただけですから」

 

「やんちゃな男の子でごめんなさい」

 

「ふふっ、可愛いですね」

 

「わん!」

 

 思わずレオンくんの頭を撫でる。

 毛並みや毛艶もしっかりしていて飼い主の愛情が感じられた。

 それに凛々しい表情にキュンとした。

 

「自慢の家族です。あ、顔に涎が、ちょっとトイレまでいいかしら?」

 

「あ、はい」

 

 これ位大丈夫と答えようとしたが謎の圧力で従ってしまう。

 

 公衆トイレに入るとウェットティッシュで涎を拭きとられる。

 それで終わりかと思ったら何故か化粧道具が取り出された。

 

「えっと私にはそういったものは不要かと」

 

「高校生にもなってノーメイクなんてありえないわ」

 

 そう言われても……。

 化粧品を買うなら食費に回す女子力の低さ。

 

「それにこの私がメイクしてあげるなんて滅多にないんだから」

 

 眼鏡を外しドヤ顔の彼女……誰?

 

「えっと……もしかして有名人ですか?」

 

「……えっ!?」

 

「ごめんなさい、そういったの全然詳しくなくて」

 

「はぁ……私もまだまだね」

 

 盛大にため息をつかれた。

 何となく罪悪感が。

 

「分かりました。可愛すぎる愛犬家ですね?」

 

 彼女をすり抜け、トイレの入り口で待っているレオンくんに抱き着きながら何となく思いついた答えを言う。

 半分はメイクから逃げるためだけど。

 

「ぷっ、なんですかそれ」

 

「『自慢の家族です』って言った時の笑顔が素敵だったので。私も犬だったら貴女に飼われたい」

 

「…………もう、恥ずかしいことを堂々と」

 

 的外れな発言で怒らせてしまったのか少々顔が赤い。

 どうしよう……レオンくんに助けを求めると。

 

「わんわん!」

 

 レオンくん、打開策は日本語でお願い。

 

 

 後で渡された名刺をネットで調べると有名な子役出身の女優らしい。

 「白鷺千聖」今度出演作でも見てみようかな?

 

 

 

 

 案の定ハンバーガーチェーン店のバイトは不採用だった。

 次だ、次。

 

「一子、アタシの方はバイト決まったよ♪」

 

 今井さん……これが女子力の違いか。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

よろしければ活動報告もご覧ください。

アンケートにご回答をお願いします。

<備考>

犬神一子:目指せ採用。

マスターC:当分出番は無い。

今井リサ:幼馴染は別組。

白鷺千聖:ストレス解消は犬の散歩。

レオンくん:イケメン。


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本編0-2:論より証拠

こんなクラス編成を考えました。

1年A組 氷川日菜
1年B組 今井リサ 犬神一子 大和麻弥
1年C組 瀬田薫
1年D組 湊友希那


「待ちやがれ!」

 

 赤髪の少女に追いかけられ商店街をひた走る。

 単純な足の速さには自信があるがこの地域はまだ不慣れ、それに人も多く中々逃げ切れない。

 このまま体力勝負に持ち込もうか……いや時間を掛けて騒ぎが大きくなると後が不味い。

 

 何かやり過ごせそうな場所は……工事現場見っけ。

 

 

 建設中のビルの工事現場、私はH形鋼の隙間で息を潜める。

 割と危険な賭け。

 日頃の行いは……可もなく不可もなく。

 

 誰かが近付いてくるのが足音で分かった。

 距離は数メートル、どうなるかな?

 

 

「やっと見つけたぞ! って、誰!?」

 

「フヘヘ……こんにちは」

 

 資材の隙間から顔を出したのはクラスメイトの大和麻弥さん。

 狭い場所が好きらしい。

 

「ジブン犬に追いかけられてここに逃げてきました。もういませんでしたか?」

 

「あー、うん、見ませんでした。ところで、眼帯の女は見ました?」

 

「隠れていたので見てはいませんけど足音は聞きました。駆け抜けて行った感じですね」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 そう言うと赤髪の少女は反対側の出口へ向かって駆けて行った。

 

 念の為もうしばらく待つか。

 

 

 完全にいなくなったのを確認すると、天井になる予定のH形鋼から大和さんのいる床に降りる。

 敵機直上急降下、頭上注意。

 

「あれで大丈夫でしたか?」

 

「うん、ありがとう。女優になれるよ」

 

「フヘヘ、持ち上げすぎですよ」

 

 嬉しさと恥ずかしさが入り混じった笑顔、可愛い。

 

「それにしても何をやらかしたんですか?」

 

「……不幸なすれ違いというか」

 

 匿ってもらった手前、大和さんにこれまでの経緯を話すことにした。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「……はぁ」

 

 ガラケーに届いたバイトの不採用通知を見て溜息を漏らす。

 ハンバーガーチェーン店を皮切りにファミレス、居酒屋、カラオケ店も不採用という結果。

 ちなみに今井さんのコンビニは既に募集を打ち切っていた。

 

 施設時代は強制的に仕事をあてがわれていたから知らなかったけどバイト探しって難しい。

 新高校生が一斉にバイト戦線に投入された時期だしなぁ。

 本当は引っ越しを早めて入学式前に決めたかったけど施設の方も色々あったし。

 

「あ、美味しい」

 

 気分転換に奮発して喫茶店に入り注文したコーヒーはいつもの缶コーヒーの数倍美味しい。

 つい一気に飲み干してしまった。

 

「おかわりいかがですか?」

 

「うん、ありがとう」

 

 可愛らしい店員さんがすぐにコーヒーを注いでくれた。

 熱々のコーヒーから立ち上る香りが心を癒す。

 ……こういう気配りが私には足りないのかも。

 

 カランカラン

 

「いらっしゃいませ」

 

 新しいお客さんが来たようで行ってしまった。

 ちょっと残念。

 

 さて、またバイト情報誌と睨めっこでも――

 

「こ、困ります!」

 

「うるせー、俺はお客だぞ!」

 

 酔っぱらいおじさんが店員さんに絡んでる。

 ランチタイムが終わりティータイムまでの人が疎らな時間帯、ホールには彼女一人しかいない。

 ……美味しいコーヒーのお礼はしないとね。

 

「きゃっ!」

 

「おっと」

 

 酔っぱらいに突き飛ばされた彼女をすんでのところで抱きとめる。

 店員さんの顔はすっかり青ざめて見えた。

 ちょっとこれは……。

 

 力の入らない店員さんをその場に座らせると酔っぱらいにゆっくり近付く。

 久しぶりにムカついたけど何とか冷静さを保とうとする。

 先に手を出したらいけない。

 

「コーヒーを飲む時はね、誰にも邪魔されず自由で「何言ってやがる!」」

 

 予想通り私が話している途中で掴みかかってきた。

 

 回避と同時に足を払う。

 

 

 ガシャン!

 

 

 予想以上に見事に決まりテーブルに突っ込んだ。

 その衝撃で食器が床に落ち砕ける。

 ……これは不味い。

 

 

 カランカラン

 

 

「つぐみ、今大きな音が……って、あんたつぐみに何したの!?」

 

 騒動の中入店してきた女子四人組。

 先頭の赤いメッシュを入れた女の子が怒りに満ちた瞳で拳を握り締め近付いてくる。

 店員さんを見るとまだ座り込んだまま。

 それの原因が私だと……まあ半分当たっているか。

 

「ヘイ、パス」

 

「はっ!?」

 

 現金しか入っていない財布を赤メッシュさんに投げる。

 呆気にとられた瞬間に駆け出し、半開きになっていたドアから外に転がり出る。

 後は逃げるだけ。

 

「と、巴、追って!」

 

「任せろ!」

 

 そして四人のうちの一人の赤髪ロングの少女に追われ今に至った。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

「……逃げないで事情を説明すれば良かったのでは?」

 

「まあそれが理想なんだろうけど、とてもそんな雰囲気じゃなくて」

 

 店員さんは回復まで時間がかかりそうだったし、赤メッシュさんは殴る気満々だったし。

 意図しない相手から憎悪されると無条件で逃げたくなる。

 

「機械オタクなジブンの長話にも付き合ってくれる良い人なのに……」

 

「それは大和さんの話が面白いから。あとB組で話しかけてくれるのは大和さんと今井さんくらいだし」

 

 入学式から数日経ったけど避けられ感が半端ない。

 苛められているわけではないけど、なんだかなぁ。

 

「多分醸し出す雰囲気が……ジブン、バンドのサポートとかやってるので多少は人馴れしてますから!」

 

 凄く気を遣われている。

 うん、頑張ろう。

 

 

「ジブンはそろそろ行きますけど、犬神さんはどうしますか?」

 

「んー、もうちょっと暗くなってからにする。今日はありがとう」

 

「いえいえ、ではまた教室で」

 

 遠ざかる大和さんに手を振る。

 さてバイト探しでも……あ、情報誌は喫茶店に忘れた。

 財布も失うし今日は散々。

 

 

 

 

 日が落ち灯りもまばらな裏通りをとぼとぼと歩く。

 流石にもう探してはいないと思うけどさっさと家に帰ろう。

 気休めにフードを被っておく。

 

「ちょっと放してよ!」

 

「いいじゃん、少しくらい」

 

「そーそー」

 

 聞き慣れた声がしたのでそちらに向かうと今井さんと男が二人。

 表通りから少し入った脇道で大胆なことで。

 これ以上揉め事は避けたいけど足が言うことをきかず向かってしまう。

 

「そんな派手な格好で誘ってないとか嘘でしょ?」

 

「ち、違うよ!」

 

「俺達と楽しもうぜ」

 

 嫌だ嫌だ、こういう場面はイケメンヒーローの出番でしょ?

 か弱い女子高生には無理だって。

 

 

 ……でもここで見捨てるのはもっと無理。 

 

 

 算段を立てつつ落ちていた鉄パイプを拾う。

 眼帯を外す。

 

 後は……まあなるようになるだけ。

 

 

 腹を括った私は「北沢」と書かれた金属製のごみ箱を男に向かって蹴り転がした。

 

 

 

「やめて!」

 

「大人しくしないとこの場で犯すぞ? 痛っ! ゴミ箱!?」

 

「待て~♪」

 

 男に当たって止まったゴミ箱に笑いながら鉄パイプを振り下ろす。

 

 見る見るうちにひしゃげていく。

 

「あは、楽しい~」

 

 アドレナリンのお陰か手に痛みはない。

 

 男達の顔が引きつるのを盗み見て、止めに鉄パイプをゴミ箱に突き立てる。

 

 中身が臓物だったのか引き抜いた鉄パイプに肉片が付着していた。

 

「綺麗……あ、三匹もおかわりがいる。ボーナスステージだ♪」

 

「はぁ、ふざけんな!」

 

 男の一人が折りたたみナイフを取り出したが鉄パイプですぐに跳ね上げる。

 

 数秒後少し離れた場所に乾いた音を立てて落下した。

 

「いいよ、いいよ。もっと抵抗してくれないと詰まらないからね~」

 

 白濁した右目を過剰な程見せつける。

 

 ……さあ手札は全て切った。

 

 これで逃げないなら退学覚悟で素敵なパーティーだ。

 

 

 …………。

 

 

「くそっ、化け物が!」

 

「おい一人で逃げるなよ!」

 

「きゃっ」

 

 今井さんを突き飛ばし逃げる二人。

 

 ……助かった。

 

 そう思ったもののあたりに散らばった臓物やら金属片やらを見て途方に暮れた。

 流石に片付けないとなぁ。

 

 

 

 

「今井さん、ありがとう」

 

「それはこっちの台詞だって」

 

 あの後二人でゴミ箱の所有者である北沢精肉店に謝りに。

 事情を正直に話すべきという今井さんの意見に素直に従った。

 弁償して手打ちにしてもらうつもりが何故か褒められて、何故かお土産にコロッケまで持たされたのは謎。

 ……また何か買おう。

 

 そして本来ならそのまま帰るはずが、お礼という事で今井家で夕食を食べることに。

 その前に「臭い」という事で風呂場に叩きこまれた。

 思い返せば走ったり潜り込んだり暴れたり……臭くもなるわけだ。

 

 

 一時間も経たずに食卓に並んだ筑前煮、サラダ、干物、みそ汁、白米、漬物、そして温めなおしたコロッケ。

 ギャルっぽい見た目とのギャップが激しいけどしっかりとした献立で嬉しい。

 ご両親は不在という事で二人で食卓を囲む。

 

「たくさん食べてね♪」

 

「ありがとう、いただきます」

 

 言うが早いか早速食べ始める。

 見た目に劣らずどれも美味しい。

 おかわり三杯目はそっと出したがニコニコと大盛りにしてくれた。

 

「ふう……ご馳走様でした」

 

「お粗末様でした」

 

 せめて洗い物でも、と申し出るもやんわりと断られ緑茶とお煎餅を出された。

 一緒に暮らしたら確実に骨抜きにされる。

 

「横いい?」

 

「うん」

 

 洗い物を終え自分の分の緑茶を持った今井さんがソファーの私の横に座る。

 

「今日はごめんね」

 

「もういいって。今井さんは美人なんだからこれから気を付けてね」

 

「あはは、ありがと♪」

 

 人のことをとやかく言えるほど真っ当には生きていないので釘を刺す程度に留める。

 誰にだって言いたくないことの一つや二つあるだろうし。

 

「ちょっと甘えていい?」

 

「どうぞ」

 

 両腕で頭を抱きしめられた。

 胸の感触は柔らかいが震えの方が気になる。

 

「おかしいね。今になって怖くなってきた。一子は怖くなかったの?」

 

「今井さんが傷つくのと傷害事件になって退学になるのは怖かったかな」

 

「ふふっ、強いんだ」

 

「守りたいものが今回は今井さんだったから。今井さんもそういう相手がいるんじゃない?」

 

「!? そうだね……ちょっと距離は出来ちゃったけど」

 

「じゃあ強くなれるよ、絶対」

 

「そっか……ベース続けよっかな。いつか力になれるかもしれないし」

 

「力ならいつでも貸すよ。入学してから初めてできた私の友達」

 

 陽だまりのような匂いに包まれていつしか私は眠りに落ちていた……。

 

 

 

 

「セ、セーフ……」

 

 翌日今井家で目を覚ました私は急いで帰宅して全速力で登校した。

 入学早々遅刻は避けたい、一応特待生なので。

 

「犬神さん、ちょっと……」

 

 自席で呼吸を整えていると大和さんに呼ばれ教室の隅へ移動する。

 

「商店街で眼帯の少女を探しているという噂が」

 

 大和さんの話す眼帯以外の特徴も見事に私と一致。

 噂になるの早すぎない?

 

 

 ……当分商店街には近寄らないでおこう。




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<備考>

犬神一子:得物によって属性が変わる。

大和麻弥:犬に好かれる。

今井リサ:突っ込まない優しさ。

羽沢つぐみ:ホールにいるかいないかで売り上げが違う。

宇田川巴:アフロ一の快足。


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本編0-3:掃き溜めに鶴

UA20,000&お気に入り130件突破ありがとうございます。

一人称が「私」でS寄りな性格にすると書き分けが怪しくなってきます。


「――――――」

 

 ぼやけた視界に映ったのはあの日の少女。

 

 少女の背丈が変わっていないことから夢だと判断できる。

 

 ……お久しぶり。

 

 こっちは元気でやってるよ。

 

 また会えたら――

 

 

 

 

 ぶおおー♪ ぶおおー♪

 

 

 

 

 法螺貝の着信音に無理やり起こされ、布団から手を伸ばして携帯電話を取る。

 目をこすり画面を見ると……何の用だろう?

 

「……もしもし、まだ夜明け前なんですけど」

 

「日雇いの力仕事よ。後十分で迎えに行くから動きやすい服装で待ってなさい」

 

「はい」

 

 仕事と聞いて瞬時に頭が覚醒した。

 結局バイトが決まっていないので臨時収入は嬉しい。

 とりあえず学校ジャージに着替えようか。

 

 

 

 

「お待たせ。早く乗りなさい」

 

「はい」

 

 アパート前で待っていると時間通りに車が来て後部座席の千聖さんに乗車を促された。

 

「相変わらず化粧っ気が無いわね。それに学校ジャージ……」

 

「力仕事に化粧は不要でしょ? それに十分じゃそこまで手が回りませんよ」

 

「それもそうね、ふふっ♪」

 

 楽しそうに笑う千聖さん。

 ……まあ、いいか。

 

「あなたを呼んだ理由知りたい?」

 

「ええ、まあ」

 

 私の訝しげな視線に気づいたのかそう問われる。

 前の運転手をちらりと見て控えめに答えた。

 

「色々あって芸能事務所の社員がかなり減ってしまったの」

 

「つまり猫の手も借りたいと?」

 

「あらワンコのくせに控えめな言い様ね」

 

「ワンコ?」

 

「駄目かしら。あなたの愛称にぴったりだと思ったのだけれど」

 

「……気に入ったかも」

 

「それは良かったわ」

 

 抱き寄せられ頭を撫でられる。

 完全に犬扱い。

 初対面時に「私も犬だったら貴女に飼われたい」と勢いで言っちゃったしなぁ。

 千聖さんの耳には「私も犬だったら」の部分が聞こえなかったみたいで。

 

「レオンを抱っこして私の家まで運んだワンコなら大丈夫よ」

 

「頑張ります」

 

 伊達に幾つもの現場を渡り歩いてきたわけではないところを見せないと。

 

 

 

 

「――それにつきましては担当から折り返させますので、はい、申し訳ございません」

 

 十から先は数えていない謝罪の言葉とともに受話器を置く。

 電話内容をパソコンに入力して保存、そして鳴り続ける電話を取る。

 おかしい……力仕事と言われたのに電話応対とか、しかもバイト契約結ぶ前にパソコン使ってるし。

 やべー事務所に来ちゃったのかも。

 ……明らかに社員さん足りてないし。

 

「お疲れ様、もうここはいいわよ」

 

「はい」

 

 千聖さんに呼ばれ執務室から抜け出す。

 残された社員さん達のすがる様な視線を振り切って。

 

 

「悪かったわね。まさか他所の部署に持っていかれるとは思わなかったわ」

 

「着いた瞬間拉致られるとか勘弁してください」

 

「お詫びにワンコの分のお弁当も貰ってきたからお昼にしましょう」

 

「うわ……もうそんな時間に」

 

 そう言えば朝から何も食べてない、お腹が空くわけだ。

 

「場所は……そこの会議室でいいわね」

 

 お弁当とお茶を持っている千聖さんの代わりに、ラベルが空室となっている部屋を開ける。

 そこにいたのは銀髪にエメラルドグリーンの瞳の少女……まるで精巧なお人形のような。

 

「あ、失礼」

 

「イヴちゃんじゃない、お疲れ様」

 

「お、お疲れ様です。白鷺さん!」

 

 部屋の隅でパイプ椅子に座って読書をしていた少女は瞬時に立ち上がると千聖さんに向かって最敬礼。

 ベストオブお辞儀を強いる千聖さんって……。

 

「ちょっとそこは会釈で十分でしょ。それに千聖でいいのよ」

 

「で、でも……」

 

 困ったようにオロオロと視線を泳がせる彼女。

 千聖さんの方が十センチくらい背が低いのに……不思議な光景。

 

「千聖さん、何かしたんですか?」

 

「何もしてないわよ。ただ私の方がこの事務所長いから」

 

「年功序列です!」

 

 あれ、そういう意味だっけ?

 ん、私の方を不思議そうに見ている。

 

「事務所の方ですか?」

 

「えっと、私はワンコ、千聖さんの「友達よ。今日はバイトに来てもらったの」」

 

 最後まで言い終わらないうちに千聖さんに被せられる。

 そっか、友達でいいんだ。

 

「なるほど、若宮イヴと申します。以後お見知りおきを」

 

「これはご丁寧に」

 

 自己紹介とともに会釈されたので私も会釈で返す。

 西洋人ならてっきり握手でもすると思ったけど。

 

「イヴちゃん、ここでお昼をとっても大丈夫かしら?」

 

「はい、どうぞ」

 

 千聖さんと私の為に部屋中央の長机の椅子を引いてくれる。

 私にまで気を遣わせちゃって何か悪いなぁ。

 

「イヴちゃんのお昼は?」

 

「あ、もう食べました」

 

「そう。午後から撮影だったかしら?」

 

「はい、頑張ります!」

 

 二人の会話に耳を傾けながら黙々と食べる私。

 冷めてるけど結構美味しい。

 ペットボトルのお茶は普通だけど。

 

「あら、何かしら?」

 

 着信があったようでスマホを取り出す千聖さん。

 二言三言交わすと立ち上がる。

 

「ちょっと打ち合わせに行ってそのままドラマの撮影に行くから残りは食べておいて」

 

「あまり食べていませんけど」

 

「大丈夫よ、朝はしっかり食べたから。悪いけど二時になったらワンコは午前中と同じ仕事をやって頂戴」

 

「……はい」

 

 電話応対の続きか、クレーム多めの。

 

 颯爽と出ていく千聖さん。

 頑張れ。

 

 

 

 

 で、若宮さんと二人きりになったわけだけど。

 

チラッ、チラッ

 

 うん、見られてる。

 

「眼帯の事?」

 

「ご、ごめんなさい。つい気になりまして」

 

 ここはひとつ小粋なジョークでも。

 

「木に登った時にちょっとひっかけて取れちゃったので食べちゃった」

 

「まさに独眼竜!」

 

 身を乗り出して目を輝かす若宮さん。

 予想外の反応。

 

「まあそんな逸話があるわけじゃなくてただの病気。勿論天然痘じゃないけど」

 

「す、すみません。興奮しちゃって」

 

 顔を赤くして恥ずかしそうにする若宮さん。

 可愛い。

 

「もしかして戦国武将とか好き?」

 

「はい! ブシドー大好きです!」

 

 容姿からは想像できない発言にちょっと驚いた。

 でも最初の硬かった表情に比べるととても生き生きとした笑顔。

 

「うん、いいと思うよ」

 

「ありがとうございます! でも、他の人に言うと変な顔をされて……」

 

「あー、確かに普段使わない言葉だしね。私みたいな読書が趣味で歴史小説好きとかじゃないと厳しいかも」

 

「でも……日本にはこんな素敵な文化があるんだって伝えたいんです!」

 

 真剣な表情で語る彼女。

 つい応援したくなってくる。

 自分の国の文化に興味を持ってくれるって、責任のある立場じゃなくても何か嬉しい。

 

「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候」

 

「朝倉宗滴! そうですね……何と言われようとも貫くのがブシドー初心を思い出しました!」

 

「流石に詳しいね。ここで会ったのも何かの縁。力になれそうなことがあったら言ってね」

 

「ありがとうございます!」

 

 いきなり抱き着かれた。

 不思議な香りが鼻孔をくすぐる。

 千聖さんとか今井さんとか私の友達って良い香りの人ばっかりだ。

 

「ご、ごめんなさい、カンキワマってハグを」

 

「ふふっ、若宮さんって面白い人だね」

 

「……イヴって呼んでください、ワンコ師匠♪」

 

 師匠って……まあそんな満面の笑みで言われると断りづらいわけで。

 

「うん、頑張れ愛弟子」

 

 師匠らしく、か分からないけど撫で撫で。

 何となくレオンくんのことを思い出したり。

 

 

 

 

「早速ですが、モデル撮影の時に表情がいまいちだと」

 

 素人に無茶振り来た。

 そもそも若宮――イヴちゃんってキュート系だしあんまり喜怒哀楽の差がない気がする。

 こういう時はアレでいくか。

 

「今から私の言う内容をイメージしてなりきって」

 

「はい!」

 

 

「三方ヶ原の戦い、徳川軍の誘引に成功した武田信玄」

 

 勝ちは貰ったという喜びの表情。

 

「本能寺の変、短刀を腹に当てる織田信長」

 

 志半ばで果てる憤怒の表情。

 

「会津黒川城、実弟を誅殺する伊達政宗」

 

 哀れみの入り混じった複雑な表情。

 

「小田原城の戦い、弾丸飛び交う門前で酒を飲む長尾景虎」

 

 薄っすらと笑みを浮かべ楽しんでいるような表情。

 

 

「……百面相。イヴちゃん凄いよ。ナイスブシドー」

 

「本当ですか!? ご指導の賜物です!」

 

 いや殆ど何もしてないし。

 たまたま趣味が一致したおかげかな。

 表情筋を普段から鍛えていないと今みたいな表情は出来ないし。

 流石プロ。

 

 

「ところで師匠は何でジャージなんですか?」

 

「あー、力仕事と言われて準備してきたんだけどね」

 

「なるほど、常在戦場ですね。私も見習います!」

 

 どう見習うか謎だけど本当に良い子だ。

 つい千聖さんにされたように撫でてしまう。

 

「えへへ♪」

 

 良い子過ぎて少し不安だけど彼女なりのブシドーを貫いてほしい。

 

 

 今度改めてお礼がしたいという事で連絡先を交換しイヴちゃんは撮影に出発した。

 ……私も電話応対に戻るか、愛弟子に後れを取るわけにはいかないし。

 

 

 

 

 日が落ちた頃千聖さんが戻ってきてお仕事終了。

 諭吉が二枚入った茶封筒、実にありがたい。

 ……結局契約書とか書いてないんだけど。

 

 

「次は撮影にも同行させてあげるわ」

 

「お金がもらえて千聖さんの役に立つならどこへでも」

 

 

 

 

「珍しいっすね。犬神さんが青年誌読んでるのって」

 

「へ~、どれどれ」

 

 後日イヴちゃんが載ってるという雑誌を見かけたので、買って教室で見ていたら大和さんと今井さんに突っ込まれた。

 

「知り合いが載ってて。あ、これ……えっ!?」

 

「えっと『北欧から来たスク水サムライガール!』……」

 

 何故かスク水を着て日本刀を振るイヴちゃん。

 

「何々『イヴチャンバラにご用心!?』……」

 

 所々破れピンク色の液体が付着したセーラー服姿で日本刀を振るうイヴちゃん。

 

「白鷺ーッ!」

 

 

 

 

 急いで千聖さんに連絡を入れたところ全く知らなかったとのこと。

 今後如何わしい仕事はイヴちゃんに回さないように何とか掛け合ってくれるそうだけど……。

 あの事務所本当に大丈夫かなぁ?

 

 

 

 

「模造刀でも日本刀を振るえる撮影で楽しかったです!」

 

 両親とかフィンランドの親友とかに見せたら泣くよ!?




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<備考>

ワンコ:図書館は無料なので暇な時は入り浸ったり。

白鷺千聖:計算外も計算通り、みたいに振る舞ったり。

若宮イヴ:理解者が現れてウキウキ。

今井リサ:幼馴染にコスプレでアタックするか検討中。

大和麻弥:夏でも涼しくスク水ドラマー、流石にないっすね。


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本編0-4:握れば拳開けば掌

登場人物の言動がアレなのは多感な時期という事で勘弁してください。


「愛称?」

 

「そうそう、一子ってクラスで浮き気味でしょ? だったら親しみ易いような呼び名が必要かなって」

 

 いつもは大和さんと食べる昼飯に今日は今井さんも加わった。

 人気者の今井さんは日替わりで食べるグループが違うようで女子力が凄い。

 

「ジブンも人の事を言えた義理ではないですけどそんな気はするっす」

 

 あいまいな笑みを浮かべながらも同意する大和さん。

 まあ大和さんもそう言うなら。

 

「じゃあアタシから『犬神一子』でイニシャルは『I.I.』……『あいあい』とかどう?」

 

「……何となく恐れ多い感じが」

 

 背筋がゾクッとした、なんでだろう。

 

「名字的に『スケキヨ』とかどうです?」

 

「末路がアレなのでちょっと」

 

 逆立ちするとネタにされた思い出が。

 

「いちこだから……『チコちゃん』」

 

「もっとアウト!」

 

 何故か頭がボーっとして嫌な汗が出てきた。

 ごめんなさい。

 このままだとやべー愛称になりそう。

 

「『ワンコ』じゃ駄目?」

 

「「あっ!?」」

 

 私の提案に顔を見合わせる二人、悪くはなさそうな感じ。

 そんなに凝った愛称じゃないけど、捻り過ぎて思い浮かばなかったパターンか。

 

「この前友人が付けてくれたんだけど……どうかな?」

 

「うん、良いよ」

 

「良いと思います」

 

「じゃあワンコでお願いします」

 

「ついでにアタシのことは『リサ』って呼んで」

 

「じゃあジブンも『麻弥』でお願いします」

 

「リサさん、麻弥さん……おおっ、親友っぽい」

 

「いちいち大げさだなぁ。麻弥もそう思うでしょ?」

 

「フヘヘ、ジブンも嬉しいですよ。リサさん」

 

 名前で呼び合う同級生なんていなかったしちょっと感動。

 

「そう言えばこの前のテストの結果が張り出されてるから見に行く?」

 

「おっ、ワンコさんの見せ場ですね」

 

「まあ特待生なのでそこそこ」

 

 答案用紙は先に戻ってきたけど順位はどんな感じなんだろう?

 まあ満点さえ取られなければ学年一位もあり得るけど。

 

 

 

 

「……満点取った人いるんだ」

 

「ヒナ、『氷川日菜』中等部からずっと満点だったかな」

 

「ワ、ワンコさんも二位なんて凄いっすよ!」

 

「麻弥さん、フォローありがとう」

 

 二位なら特待生の資格を剥奪されることも無いので問題はないけれど。

 ちょっと対抗心は湧いたかも。

 

 

「はーまた一位かつまんないのー……」

 

 

 凄く聞き捨てならない台詞を聞いた気が。

 声のした方を見ればミントグリーンの髪の少女。

 

「あ、リサちーだ」

 

「ヒナじゃん。一位おめでとう」

 

「んーいつも通りだしねー」

 

 この人が一位の氷川さんか、リサさんとは仲が良さそう。

 そして……どこか浮世離れした感じを受けた。

 

「相変わらずだね。ついでだから紹介しておくよ、ワンコに麻弥」

 

「どうも」

 

「よろしくっす」

 

「よろしくー。へ~」

 

「?」

 

 何故かジロジロと全身を見られる。

 

「ふ~ん、くんくん」

 

 臭いまで嗅がれた。

 

「変なの~♪」

 

「喧嘩売ってる?」

 

 初対面の人間に見られて嗅がれて酷い言われよう。

 流石にイラっときた。

 

「ちょっとヒナ! ワンコも抑えて、この子変わってるから!」

 

「……リサさんがそう言うなら」

 

「悪気はないんだけどなぁ」

 

 一触即発の状況にリサさんが割って入った。

 周囲はざわつき注目を集める。

 またクラスで浮きそう。

 

「ワンコさん、次の体育の準備が!」

 

「うん」

 

 麻弥さんに腕を引かれその場から離れる。

 流石親友、ナイスタイミング。

 

 前に背中の火傷痕でドン引きされてからトイレで着替えているので急がないと。

 

 

 

 

「40-0。ゲームセットアンドマッチ、ウォンバイ氷川。スコアイズ4-0」

 

 A組B組合同体育は今日からテニス。

 曇り空の下、基本練習に続いて試合形式。

 氷川さんは運動もできるらしくテニス部のリサさんが為す術もなくストレートで負けた。

 

「お疲れ様」

 

「あはは、みっともないところ見せちゃったね」

 

「最後まで全力だった。みっともなくないよ」

 

「ありがと♪」

 

 私から受け取ったタオルを顔に当てた。

 ……悔しくないわけはないよね。

 

「あーあ、るんっ♪ ってこなかったなー。つまんなーい」

 

「何しに来たの?」

 

 私を不快にさせる言葉を放ちながらやってきた氷川さん。

 私の軽く怒気を込めた視線を意に介さず笑みを浮かべている。

 

「友達とお喋りするのは駄目なの?」

 

「友達に掛ける言葉には聞こえないんだけど?」

 

「つまらなかったのは事実でしょ?」

 

「事実だったら何でも口にしていいと思ってるの?」

 

「嘘をつくよりは良いと思うけど?」

 

「その言動で何人傷つけて、何人離れて行ったのかな?」

 

「っ!」

 

「そんなんじゃ親兄弟も苦労してるんじゃない?」

 

「…………」

 

「私だったら願い下げ」

 

 

 泣きそうな顔になる氷川さん。

 …………図星なの?

 

 

「……あたしだって……あたしだって」

 

 うん、完全に私が悪者だ。

 二クラス分の非難の視線を感じる。

 もしかしたらリサさんや麻弥さんにも嫌われたかもしれない。

 

「お前たち何をやってる?」

 

 騒ぎすぎたせいか教師まで来た。

 怒らせなくても見た目が怖い女の先生。

 

「揉め事はコートで解決しろ。氷川と犬神、準備しろ」

 

「……はい」「はい」

 

 

 

 

「はっ!」

 

「…………」

 

 技量はリサさん以下の私とメンタル最悪な氷川さんによる決定打に欠けるラリーが続く。

 やるからには本気で挑んでいるが、むこうはただ適当に返しているだけ。

 それでようやく互角という情けなさ。

 

 ポツ、ポツ、ポツ

 

 雨粒が地面に染みを作る。

 そして一気に土砂降りに。

 天気の方が持たなかったようだ。

 

「ここで中止だ。もうチャイムも鳴るから片付けが終わったクラスから終わっていいぞ」

 

 女教師の言葉に急いで片づけを始めるクラスメイト達。

 私もネットを緩めて着替えに行こうとするが、氷川さんはコートに立ったまま動こうとしない。

 

「早くしないと風邪ひくよ」

 

「…………」

 

 反応がないので腕を掴んで引っ張っていこうとしたけれど――

 

 

 バシッ!

 

 

 振り払われた。

 

「……放っておいてよ」

 

「いやだ」

 

「何でよ! あたしのこと嫌いなんでしょ!?」

 

 泣いているのか怒っているのか分からない表情で睨まれる。

 胸が痛む。

 

「リサさんを侮辱したことは許せないけど、明確に嫌いって言えるほど氷川さんのこと知らないし」

 

「えっ」

 

「さっきの言葉が氷川さんの事を深く傷つけたなら、ごめんなさい。許せないなら憎んでくれてもいい」

 

「…………」

 

「とりあえず判断材料が出揃うまで、元気でいてもらわないといけないので着替えよ?」

 

「……うん」

 

 我ながら詭弁というか支離滅裂というか、勢いで捲し立てる。

 こんな表情見ちゃったら放っておけないと思うのも本心なわけで。

 

 

 ピカッ!

 

 

 次の瞬間目が眩むほどの光。

 

 

 審判台を直撃する雷。

 

 

 咄嗟に氷川さんを抱きしめ伏せる。

 

 

 次の瞬間背中に衝撃。

 

 

 ……生傷が絶えないなぁ。

 

 

 

 

「はーい。沁みるわよ~」

 

「痛い」

 

 無事保健室にたどり着き保険医から治療を受ける。

 幸いなことに落雷の直撃は受けなかったものの、落雷で破損した審判台の部材が飛来して背中に命中した。

 打ち身と軽い裂傷で済んだのはまさに僥倖。

 

「終わり。まあ元の火傷痕に比べれば目立たないでしょ」

 

「ありがとうございます」

 

「あと、落雷の時はしゃがんで爪先立ちよ。腹這いは地面との接地面積が大きくなるからだ~め」

 

「……気を付けます」

 

 マジか。

 一歩間違えれば二人ともホットドッグとか洒落にならない。

 

「じゃあ戻っていいわよ」

 

「失礼しました」

 

 深々と頭を下げ退室する。

 

 

「どうだった?」

 

「うん、軽傷」

 

 廊下にはリサさん、麻弥さん、そしてリサさんに隠れるように氷川さん。

 

「ほら、ヒナ」

 

「う、うん。ごめんね、ワンコちゃん」

 

「こっちこそ。氷川さんは大丈夫だった?」

 

「全然へーき」

 

「それは良かった。じゃあ次は負けないから」

 

「えっ!?」

 

「絶対に勝ってリサさんに謝らせる」

 

「ちょっとワンコそれはもういいって!」

 

「そうですよワンコさんが手を汚さなくても!」

 

「麻弥もちょっと黙ってて。そもそもヒナがこういう性格だって説明しなかったアタシが悪いんだし……」

 

「えっと……リサちーがテニス部なのにものの見事に圧勝しちゃってごめんなさい!」

 

「…………」

 

 氷川さんのお辞儀と畜生発言のハッピーセットに絶句するリサさん。

 どうやら教育が必要のようだ。

 

「よし、埋めよう」

 

「ジブンもお手伝いするっす」

 

「???」

 

「ちょっと二人とも落ち着いて、アタシは気にしてないから!」

 

 

 

 

「つまり……コミュ障?」

 

「え~酷いなぁ」

 

 放課後の食堂、何故か四人で簡単な親睦会をすることに。

 氷川さんも大分持ち直したようでなにより。

 

「ジブンもそのカテゴリーなのでなんとも」

 

「麻弥は人を傷つけないから問題ないって」

 

「フヘヘ」

 

「麻弥ちゃんの笑い方面白いね。あ、褒めてないけど」

 

「……はぁ。確かに悪気はないんだろうけど」

 

「あたしも好きで傷つけたいわけじゃないんだよ?」

 

「とりあえずリサさんを観察して研究したら?」

 

 思考とか感性とかは中々矯正できるものでもないし。

 とりあえず見て覚えて。

 

「ア、アタシ!?」

 

「そうですね。リサさんはジブンにも普通に接してくれた恩人ですし」

 

「そっかー、よろしくね、リサちー♪」

 

 これで一件落着……なのかな?

 

 

 

 

「あ、見つけた!」

 

「巴、声大きいって!」

 

 聞き覚えのある声がしたと思いそちらを見ると……いつぞやの赤髪とピンク髪。

 中等部の制服、羽丘だったのか。

 まだ追ってくるか。

 

「後はよろしく」

 

「ちょっ!? 待って」

 

 身の危険を感じて即座に逃げ出す。

 リサさんが何か言おうとしていたが無視する。

 

 さてどう切り抜ける?

 

 

 

 

「いた?」

 

「ううん、でも外には逃げてないはずだし確実に追い詰めてるよ」

 

 校舎内の至る所に中等部の制服が。

 相手もかなりの本気のよう。

 徐々に上層階に追い詰められている。

 

 正門と裏門にも雨の中人を配置していて恐れ入る。

 裏の林を突っ切るか、下水道を逃げるか……考える時間も限られてきた。

 

 

 屋上まで誘い込んで配管を伝って一気に地上まで下りるか。

 

 

 そう思い屋上までの階段に足を掛けたところで上に人の気配。

 しまった。

 

 

「私の話を――」

 

 

 ピカッ!

 

 

「きゃあああああ!」

 

 本日二度目の落雷とともに悲鳴を上げ階段から降ってくる少女。

 当然抱きとめるが、勢いを殺しきれずに背中を廊下に打ちつけた。

 

 ……日頃の行いかなぁ。

 

 

 

 

「またなの~?」

 

「すみません」

 

 再び保健室で治療を受ける。

 何やってるんだか……。

 

「そのうち病院行きよ?」

 

「気を付けます」

 

 半分本気で言ってるんだろうな。

 もう入院生活には戻りたくないし、本気の本気で気を付けないと。

 

 

「失礼しました」

 

 保健室から出ると土下座した中等部生が五人とさっきまで一緒にいた三人。

 

「先輩すみませんでした!」

 

「もういいから」

 

「二回も助けていただいてありがとうございます!」

 

「あー、結果的には。とりあえず立って」

 

 私の言葉に立ち上がる五人。

 遠くからチラチラ見られてるしまた悪評が。

 

「ワンコちゃん大人気だね。るんっ♪ ってきたよ」

 

「氷川さん、煩い」

 

「話を聞かないワンコもワンコだけどね。あ、巴はダンス部の後輩だよ」

 

 だからさっき引き留めようと。

 でもいきなり大声出されたら逃げるって。

 

「あの……お財布です」

 

「食器とかの弁償で使ってよかったのに」

 

 羽沢つぐみちゃんから財布が返ってきた。

 

「ちゃんと酔っぱらいさんから徴収したので大丈夫です」

 

 良い笑顔、流石看板娘。

 

「元はと言えばあたしの早とちりで……すみませんでした!」

 

「ビビって逃げた私も悪いって。お相子お相子」

 

 赤メッシュの美竹蘭ちゃん。

 見た目に反して礼儀正しい。

 

 残りの二人――青葉モカちゃんと上原ひまりちゃん――は完全に巻き込まれただけに掛ける言葉が見つからない。

 

「とりあえず誤解が解けて良かったという事で」

 

 商店街で手配書が出回っているという噂も単に謝罪したいという事だったので一安心。

 また商店街で美味しいコーヒーを飲めたりコロッケが食べられると思うと本当に良かった。

 商店街でバイトも探せるし。

 

 そんな事を考えているとつぐみちゃんが一歩前に出る。

 

「リサ先輩に聞いたところまだバイト先を探しいるとの事なので、うち、いえ羽沢珈琲店で働いてみませんか?」

 

 

 ……どうやら問題が一気に解決したみたいだ。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

ワンコ:義理と嫉妬で不安定。

氷川日菜:姉と疎遠で不安定。

羽沢つぐみ:天候次第で不安定。

今井リサ:幼馴染と疎遠だけどそれなりに安定。

大和麻弥:安定。


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本編0-5:惚れて通えば千里も一里

ガールズラブ要素がどんどん薄くなっているような。


『ちょっと調子に乗ってるんじゃないかな~?』

 

 

『ジブンは他につるむ相手がいなかっただけなので』

 

 

『凡人のくせに説教なんて偉そうだね♪』

 

 

『お情けで雇ってるんですよ?』

 

 

 ああ、これか。

 現実だと本人達からはまず言われないであろう言葉。

 好事が続くと夢の中で凹まされる。

 きっと心の奥底で彼女達を信じ切れていないから……。

 

 

『僕がいるよ』

 

 

 えっ!?

 聞いたことのない優しい声が頭に響く。

 ふわりと包まれるお日様の匂い。

 凄く安心できる。

 

 

 ペロッ

 

 ペロッ

 

 

「ひゃん!」

 

「あ、起きたわね」

 

 頬に受けた生温かい感触に目を覚ますと眼前にはレオンくん。

 その向こう側には台本らしき物を読んでいる千聖さんがいた。

 何この状況。

 

「……とりあえず、このアパートはペット入室不可なんですけど」

 

「入口で掃除していた大家さんに許可は貰ったわ」

 

 どんな話術を使ったのやら。

 まあレオンくんなら私は反対しないけど。

 相変わらずふわふわで温かくて癒される……抜け毛の事は今は忘れよう。

 

「それと合鍵を渡した覚えが無いのですが」

 

「この前メーカーと鍵番号をチラ見して作らせてもらったわ」

 

 事も無げに言う千聖さん、怖い。

 まあ今回みたいな心臓に悪いドッキリ以外デメリットは無いからいいか。

 

 とりあえず顔が自分の涙とレオンくんの唾液でべとべとなので洗顔する。

 ……眼帯付けてなかったけど何も言われなかったね。

 

「怖い夢でも見たの?」

 

 台本から顔を上げずに発せられたその言葉に息を呑む。

 

「飼い主に隠し事は無しよ」

 

「まあ……その……言葉にし難いというか」

 

「そう。こっちに来なさい」

 

「……はい」

 

 台本を置いて手招きする千聖さんに近付くと――

 

 

 ぎゅー

 

 

「ひ、ひゃい!」

 

 思いっきり両頬を引っ張られた。

 

「落ち込んだり泣いたりするのは私の前でしなさい。いくら飼い主でも夢の中までは行けないわ」

 

「ふぁ、ふぁい!」

 

「よろしい」

 

「くぅーん」

 

 引っ張られて赤くなった頬をレオンくんが舐めてくれる。

 お礼に頭を撫でると多分笑顔になった。

 ああ、そういう事か。

 

 ……うん、私も千聖さんに最高の笑顔を返したい。

 

 

「ところで今日は何用で?」

 

「懇意にしているペットホテルでバイトの募集があったから知らせに来たの」

 

 その為にこんな朝早く……嬉しいなぁ。

 もっともメールでも良かったんじゃないか、という思いは口にしないでおく。

 おかげで痴態を見られて絆が深まった気がするし。

 

「喫茶店のバイトと時間の調整がつけば直ぐにでも」

 

「そう。履歴書はあるかしら?」

 

「一応書いたストックは」

 

 羽沢珈琲店だけだと時間が余るので、他のバイト面接用に履歴書は用意してある。

 

「じゃあ行くわよ」

 

「あ、はい」

 

 服装は……無難に羽丘の制服を着ていこうかな。

 他にフォーマルっぽい服持ってないし。

 

 

 

 

「はい、では来週からお願いします」

 

「お願いします」

 

 ……三分で決まった。

 これも千聖さんのコネのお陰か。

 

「それでは今日もレオンをお願いします」

 

「わん!」

 

「はい、承りました」

 

 午後から仕事があるそうなのでレオンくんはペットホテルに預けられた。

 朝夕一時間ずつの散歩が必要らしいけど家の人は時間が取れないそうで。

 そんな大事な時間を私の為に割いてくれた千聖さん……。

 

「本当に面倒見がいいですね」

 

「そう? 飼い主としては当然の義務よ」

 

 そう言って私の頭を撫でる。

 ……溺れて依存しそう。

 

「でも、飼われる側も十二分に責務を果たしなさい」

 

「……はい」

 

 飴と鞭、立派な犬の訓練士になれそう。

 

 

「ちょっと仕事まで時間があるわね。どこかでお昼にしましょうか」

 

「手前味噌ですが、羽沢珈琲店のランチをお勧めします」

 

「ワンコのバイト先ね。私も前に友達とお茶をしてとても良かったわ」

 

 流石羽沢店長、千聖さんを満足させるなんて。

 私も早くあの店の一員として恥ずかしくないレベルの仕事をしたい。

 

 

 

 

「いらっしゃいませ――ワンコ先輩!?」

 

「こんにちは。二名だけど入れる?」

 

 いきなり現れた私に驚く看板娘のつぐみちゃん。

 今日もお店のエプロンが似合っている。

 店内はランチタイムが始まったばかりにもかかわらずかなりの混雑っぷり。

 諦めた方が良さそうかな?

 

「あ、ワンコ! こっち空いてるよ」

 

「リサさん」

 

 声のした方を見るとリサさん、それに麻弥さんもいた。

 四人掛けのテーブルに二人、相席できそう。

 

「お友達?」

 

「……クラスメイトで親友です」

 

「そう」

 

 私の返事に嬉しいような寂しいような表情を作った千聖さん。

 一瞬でいつもの笑顔に戻ると――

 

「紹介してもらえないかしら?」

 

「はい」

 

 ……気付かなかったことにしておこう。

 

 

 

 

「初めまして、今井リサです」

 

「大和麻弥っす……もしかして白「しっ」」

 

 麻弥さんの言葉を口に指を当て遮る千聖さん、ドラマみたい。

 

「千聖です。よろしくね」

 

 小声で話す彼女にコクコクと頷く二人。

 やっぱり有名人なのか。

 

「私はランチセットで今日のパスタと紅茶で」

 

「ランチセットのハンバーグとコーヒーをお願い、つぐみちゃん」

 

「はい、復唱します。ランチセット今日のパスタと紅茶、ランチセットハンバーグとコーヒー以上になります」

 

「うん、よろしく」

 

 早速注文を済ませる。

 興味津々の二人が早く千聖さんと私の関係を教えろと目で催促してくるので、今までの出来事を掻い摘んで話した。

 

 

「へー、そんなことが。ていうかワンコの命名者って千聖なんだ」

 

「そういうことになるわね」

 

「でも良かったですよ。『狂犬犬神』から『狂犬ワンコ』になりましたし」

 

「え、なにそれ私初耳なんだけど」

 

「襲撃してきた中等部を返り討ちにして、首謀者を土下座させたことになってるしね」

 

 何それ怖いし、恥ずかしい。

 

「ふふっ、楽しそうな学校生活ね」

 

 これ以上恥ずかしい事実が明らかになる前に話題を変えないと。

 

「二人が休日に一緒って珍しいね。麻弥さんがギャルデビューでもするの?」

 

「ち、違うっすよ!? 楽器店でたまたま出会って……」

 

「麻弥はドラム、アタシはベースを見にね。麻弥ほどレベルは高くないけどアタシもベース歴自体は長いよ」

 

「何言ってるんですか。リサさんなら引く手数多っすよ」

 

 そういや二人とも楽器やってるんだっけ。

 音楽センスが壊滅的な私からすれば尊敬の対象。

 

「リサちゃんベースやってるの!?」

 

「う、うん」

 

 千聖さんが食いついてきた。

 ガサガサと鞄を漁ると出てきたのは台本。

 さっきは気付かなかったけどかなりボロボロで読み込んでいるのが分かる。

 

「今度撮影の始まる軽音楽部のドラマでベーシストの役に決まったの……」

 

 絞り出すように発せられた言葉。

 次の言葉が良くない事であるのが容易に察せられる。 

 

「でも全然ベースには詳しくなくて。事務所に相談しても演奏シーンは合成になるから、どうでもいい事に時間を割くなって」

 

「……」「……」

 

 真剣に聞き入る二人。

 

 

 ぎゅっ

 

 

 テーブルの下で私の手を握る千聖さんの手。

 

 

 ぎゅっ

 

 

 私も握り返す。

 多分この人は誰かに努力している姿を見られたくないんだと思う。

 その信念と仕事に掛ける思いを天秤に掛けて悩んでいる。

 

 

 どっちを選んでも私は応援するよ。

 

 

「でも、弾けるようになりたいの! 中途半端な仕事はしたくないの!」

 

 普段の営業スマイルとは別人のような決意を込めた表情。

 私達三人は圧倒され、思わず顔を見合わせる。

 こうなったらやるしかないでしょ。

 初対面?

 運命の出会いだよ。

 

「アタシの指導は厳しいよ~♪」

 

「機材なら任せてほしいっす! 江戸川楽器店にも伝手はありますから!」

 

「私は……とにかく応援する!」

 

「みんな……ありがとう……」

 

 涙ぐむ千聖さんを抱きしめるリサさん。

 謎の熱気でチーム千聖が結成された。

 

 

 

 

「あのー、ちょっと声を抑えていただけると」

 

「ごめん、つぐみちゃん」

 

 看板娘には怒られました。

 

 

 

 

「ごめんなさい」

 

「いいよ、午後探す予定だったバイトは午前中に決まったし」

 

 食後のコーヒーを飲み終わっても店は大盛況。

 順番待ちの列は店外にも。

 千聖さんが仕事に行くというので解散することに。

 リサさんと麻弥さんの楽器巡りも気にはなったけど、つぐみちゃんが大変そうだったので臨時でバイトをすることになった。

 

 とりあえず接客と皿洗いは任せて。

 

「三番さんにコーヒーのお替りと五番さんにお冷のお替りお願いします」

 

「了解」

 

 一緒に働いてみるとつぐみちゃんの指示の的確さがよく分かる。

 バイトを始めて日の浅い私が気付かないことを指摘してくれるのは頼もしい。

 

 でも……。

 

「あっ」

 

「おっと」

 

 ランチタイムが終わる間際、よろけたつぐみちゃんをギリギリ支えた私。

 疲労の蓄積かな……。

 

「後は私一人でも回せるからお昼休憩にして」

 

「で、でも!」

 

「早く仕事に慣れたいしお願い」

 

「……はい」

 

 不承不承といった感じの彼女を店の奥に下がらせた。

 

 

 さあ、言ったからには最高の仕事をするよ。

 

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

「お疲れ様です」

 

 店の奥の休憩スペースでぐったりしていると、つぐみちゃんがお冷を持ってきてくれた。

 一気に飲み干す、美味しい。

 

「何でランチタイムが終わっても人が途切れなかったんだろう……」

 

 私の言葉に何か気付いたのかスマホを弄りだす彼女。

 

「ありました。多分、これですね」

 

「あー、千聖さんいつの間にか盗撮されてる上に店の名前付きで拡散されてる」

 

 売り上げが上がったのは喜ばしい事だけど、千聖さんを勝手に利用しているみたいでなんか嫌だ。

 そもそも事務所も黙っていないだろう。

 

「それと『羽丘の独眼竜が真面目にバイト? チョーウケる!』って話題も」

 

 ……また謎の異名が付いてるし。

 確かに女子高生くらいのお客さんにチラチラ見られてたような気はしたけど。

 ウケる要素ないでしょ!?

 

 

 カランカラン

 

 

「ねー、ワンコちゃんいる? 日菜ちゃんが来てあげたよ♪」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

ワンコ:噂だけが独り歩き。

白鷺千聖:ペットは飼い主に似る、飼い主はペットに似る。

今井リサ:麻弥の女子力上げるよ。

大和麻弥:リサさんを機材沼にハメるっす。

羽沢つぐみ:バイトが増えて楽になる筈がお客も増えて(ry


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本編0-6:下手があるので上手が知れる

犬に好かれるのって難しいです。


「40-15。ゲームセットアンドマッチ、ウォンバイ氷川。スコアイズ4-2」

 

「よゆーでしょっ♪」

 

「……お疲れ様」

 

 まだ余裕がありそうな氷川さんとネット際で握手をしてコートから出る。

 直ぐに麻弥さんが濡れタオルを持ってきてくれたのが嬉しい。

 酷使した左目に瞼の上から当てると気分とは裏腹に実に気持ち良い。

 

「ワンコ、お疲れ」

 

「リサさんごめん。今日でテニスの授業が最後だったのに勝てなくて」

 

「だからもういいって」

 

 まだ目は開けられないが穏やかに笑っているのは想像に難くない。

 ……意地になっているのは私だけ、かな。

 

「そうっすよ! ワンコさん十分頑張りましたって」

 

「ありがとう」

 

 まあ、負けたところで失うものは無いし潮時かも。

 ……でもここまで悔しく思ったのって久し振り。

 

 きっと、氷川さんとの相性が最悪という事だと思う。

 

 

 

 

「ねえ、放課後暇?」

 

「はっ?」

 

「ふへっ!?」

 

 麻弥さんとランチタイム中に話しかけてきたのは、よりにもよって氷川さん。

 なんでわざわざ別のクラスから?

 

「私は夕方までバイト」

 

「ジブンは夜までスタジオに籠りっきりです」

 

 私にアイコンタクトをする麻弥さん。

 千聖さんも頑張っているみたいで嬉しい。

 

「ふ~ん、じゃあワンコちゃんがバイト終わるまで待ってるからショッピング行こ?」

 

 いきなり何を言い出すのやら。

 こっちは特に買いたいものは無いし。

 

「来週一年生全体でハイキングあるでしょ? 色々と買い揃えたいなぁって」

 

「シューズ、雨具、リュック、帽子、水筒、行動食、以上。日焼け止めとかはそっちの方が詳しいでしょ?」

 

「もー、そんな普通のものじゃなくてるんっ♪ ってした物が欲しいの!」

 

 うわ、面倒臭い。

 そもそも「るんっ♪」って何?

 日本語でお願い。

 

「ワンコさん、付き合わないと引き下がらないと思いますよ」

 

 麻弥さんの納得できるけど納得したくない小声でのアドバイス。

 食らいついたら離さない猟犬か。

 

「というか、何故私? クラスにも友達いるでしょ?」

 

「ん~、変、じゃなかった不思議な匂いがしたから」

 

 初対面の時のアレか。

 「変」を「不思議」に言い直したのはリサさんの教育の賜物かな?

 

「……お好きなように」

 

「うんっ♪」

 

 関係が良好とは言えない私に対するこの笑顔……胸がざわざわする。

 

 

 

 

「可愛い~♪」

 

「そうでしょ?」

 

 放課後、バイト先である犬カフェに氷川さんと向かった。

 羽沢珈琲店だと思っていたらしく当初は困惑気味だったものの、直ぐに自慢の同僚犬の虜になりめろめろ。

 むしろ犬の方が何かを感じて困惑気味。

 

「……おねーちゃんならもっと喜ぶだろうなぁ」

 

「お客としてならいつでも歓迎」

 

「……うん」

 

 少し沈んだ声には気が付かないふり。

 今の私はただの店員、そう自分に言い聞かせた。

 

 というか、システム説明やら飲食物の提供やら会計やらが大忙しで氷川さんに構っている余裕はあまり無い。

 前に千聖さんが来店したのが話題になってから一気に認知されたようだ。

 店自体は変わっていないだけに広告宣伝の重要さを思い知る。

 遅番の同僚がシフトに入るまでの辛抱。

 

 

「ワンコ君、店は落ち着いてきたからペットホテルの方の散歩行ってきて」

 

「はい。氷川さんも行く?」

 

 このままバイト終了まで延長料金を払わせ続けるのも気が引けるので。

 まあこれ位のサービスなら店としても許容範囲の筈。

 

「うん、楽しみ♪」

 

 

 

 

「今日はセント・バーナード三匹」

 

「よろしくね!」

 

「ワン!」「ワンワン!」「ワンワンワン!」

 

 ……百キログラム近い巨体が三匹。

 食べる方も出す方もやべー奴。

 三匹同時は初体験。

 

「では出発つつつっ!?」

 

「ワンコちゃん!?」

 

 いきなり三匹が駆けだし引きずられる私。

 踏み止まろうとするも一度バランスを崩したため、スニーカーの底がアスファルトで削られていく。

 

「うりゃ!」

 

「氷川さん!?」

 

 何を思ったか三匹の前に出て止めようとする氷川さん。

 当然大相撲の力士並みのタックルを耐えきれるはずもなく吹っ飛ばされ地面を転がる。

 

「ちょっと!?」

 

「……えへへ、失敗、失敗」

 

「くぅーん……」

 

 三匹は急停止し申し訳なさそうに彼女の擦りむいた手や膝を舐める。

 

「あはは、くすぐったい♪」

 

 

 

 その様子に無性に腹が立った。

 

 

 

「馬鹿! 大怪我でもしたらどうする!」

 

「え、あ、ごめん……」

 

「……謝るのは私の方、本当にごめんなさい」

 

 散歩は中止にして直ぐに店に戻って手当てをしないと。

 とりあえずおんぶして――

 

「これ位なら大丈夫だって」

 

「でも……」

 

「ワンコちゃんのバイトの邪魔してこれ以上嫌われたくないからね」

 

「……馬鹿」

 

 なんで私相手に格好つけるのかなぁ。

 これだけ邪険にしてるのに。

 普段は空気読まないくせに……。

 

 

 

 

「ちょっとヒナ、どうしたのそれ!?」

 

「あ、リサちーだ」

 

「丁度良かった。リサさん氷川さんの手当てをお願い」

 

 そのままというわけにもいかないので、最寄りのコンビニでリサさんがバイト中という事を思い出し手当てをお願いした。

 千聖さんの特訓に行く寸前だったので際どいタイミング。

 私はこの三匹が暴走しないようにするので手一杯。

 

「はい終わり。もう無茶しちゃダメだよ?」

 

「うん、ありがとう」

 

 手際よく処置を済ますリサさん格好良い。

 大聖母ギャルナース……。

 

「ワンコも気を付けてね」

 

「うん、気を付けるよ。リサお母さん」

 

「ちょ!?」

 

「あはは、それいいね。リサおかーさん♪」

 

「せめてお姉さんにして!」

 

 段違いな包容力を感じたのでつい。

 リサさんには失礼だけど、こんな人が私の母親だったら良かったのに。

 全く覚えていないのに借金だけはしっかり残ってる実の両親なんて、知らない。

 

 

 

 

 その後はつつがなく散歩も終え、バイト終了後は予定通り氷川さんとショッピングに。

 品揃えの豊富なショッピングモールは夜遅くまで営業中。

 でも十八歳未満は二十三時までに家に帰らないと。

 

「ねー、この犬のぬいぐるみ可愛いよね?」

 

「……ハイキング関係無いよね?」

 

「いいじゃん、いいじゃん。あ、こっちのパンダ面白~♪」

 

「はいはい」

 

 先程やらかした手前強くは出られない。

 ……まあ無邪気にはしゃいでるのを眺めるのは悪くないけど。

 子犬というか子猫というか……多分そんな感じ。

 

 

 結局ぬいぐるみ屋では何も買わずに次の店へ。

 

 

 アロマオイル作りが趣味という事で原料となるハーブの種を買いに園芸店へ。

 アロマの効能ってリラックスとか心の落ち着きだと思っていたけど普段の言動を見るに謎。

 ああ見えて実は結構ストレス抱えているとか?

 ……もしかして私のせい?

 

「どうしたの? いつも以上に変な顔して……あっ」

 

「後ろから刺されても知らないよ?」

 

「え~、悪い意味で言ってるんじゃないんだけどなぁ」

 

 考え過ぎか。

 むしろ私の方がストレス抱えてる。

 

「お金払うから今度一番リラックスできるやつ頂戴」

 

「えっ……う、うん! 一番るんっ♪ ってくるやつあげる!」

 

 いい加減人の話を聞いて。

 というか、その表現だと危ない脱法的な代物にしか聞こえない。

 ……え、もしかしてそのやべー性格の一因って。

 まさか、ね。

 

「今失礼なこと考えてた?」

 

「全然」

 

 今後はあまり触れないでおこう。

 

 

 

 

「奢ってもらっていいの?」

 

「怪我させちゃったお詫び」

 

「あたしが勝手にした結果なのに」

 

「私の気が治まらないから大人しく奢られて」

 

「うん、ありがとう♪」

 

 モール内のフードコートで氷川さんが選んだのはハンバーガーのセット。

 まあここには変な店は無いし無難か。

 私も同じ物を頼んだ。

 

「嫌いな食べ物ってあるの?」

 

「うーん、嫌いというか味が薄いものってるんっ♪ ってしないかな~」

 

 なるほど、今度リサさんや麻弥さんに暴言を吐いたらギムネマ茶でも飲ませてみるか。

 アレ飲んだ後で甘い物食べたら味しないし。

 

「ワンコちゃんの嫌いな食べ物って?」

 

「野草かなぁ。山で遭難して仕方なく生で食べたけど調理しないと流石にきつい」

 

「……全く解らない」

 

 微妙な表情の氷川さん。

 これは一本取ったという事?

 全然嬉しくないけど。

 

「ワンコちゃん、今度のハイキングで遭難しないでよ?」

 

「学校レベルのハイキングでそうそう遭難しないって」

 

 その時はそう思ってた。

 

 

 

 

「待て、氷川っ!」

 

 ハイキング中、急に道を外れ木々の間を駆け抜ける氷川さんを追いかける。

 そもそも自分のクラスの列を抜け出して私達に合流した時から胸がざわついていた。

 

 ……あれ、何で私追いかけてるんだろう?

 遭難覚悟で追いかける義理なんてないのに、放っておけばいいのに。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも体は幹や枝を避け続ける。

 

 

 追いついたら答えは見つかるのだろうか?

 

 

「……馬鹿」

 

「痛っ、ワンコちゃん!?」

 

 ようやく追いついたので息を整えながら氷川さんの後頭部に軽い手刀をお見舞いした。

 

「何で道を外れたの?」

 

「この子が……」

 

「くぅーん」「…………」

 

 視線の先には柴犬が二匹、片方はくくり罠により右前足が締め付けられ血が滲んでいた。

 もう片方は氷川さんに助けを求めるように弱弱しく鳴いている。

 

「その……えっと……」

 

「……助けたいんでしょ?」

 

「うん!」

 

 私の言葉に目をキラキラさせてこっちを見る彼女。

 一般的に飼い主以外には警戒心が強い犬種、多少危険だけどやるしかないか。

 

「とりあえず軍手してそっちの子押さえておいて」

 

「りょーかい」

 

 軍手をはめて拘束されていない方の犬を抱きしめる彼女。

 ……その体勢だと軍手の意味が無いけど大人しくしているからいいか。

 

「あなたのおねーちゃんはもう大丈夫だからね」

 

「わん!」

 

 勝手に姉妹だと決めつけてるし。

 まあ否定する根拠もないけど。

 こっちも準備しますか。

 厚手のグローブをはめ、首筋を守るため気休めのネックウォーマーを付ける。

 

「痛かったらごめんね」

 

「…………」

 

 静かに見つめてくる柴犬。

 首輪はしているから予防接種はしているだろうけど……。

 耳は食いちぎらないでほしいな。

 

 くくり罠に届く範囲まで近づき腰を下ろす。

 これ以上深く食い込まないように静かにワイヤーを持つ。

 確かワイヤーについているこのつまみを回せば……。

 

 ゆっくりとつまみを回すと次第にワイヤーが緩んできた。

 足が抜けるまで拡げると自分で足を引き抜いた。

 

「……ふぅ」

 

「やったね!」「わん!」「……わん」

 

 緊張を解き地面に座ったままだらんとしていると、氷川さんに押し倒され二匹には頬を舐められた。

 全く……毎回トラブルに巻き込んでくれる。

 

「あ、ワンコちゃん笑ってる♪」

 

「笑ってないよ」

 

「えー、素直じゃないな~」

 

「わん!」

 

 ……さて引率の先生達にはどう謝ろうか?

 

 

 

 

「罰として二人とも生徒会の手伝い」

 

「はい」「え~」

 

 先生から告げられた罰は思っていたのより軽いものだった。

 あの後怪我をした犬を抱いて集合地点まで行ったところ、飼い主がいて礼を言われたため情状酌量。

 飼い主によると妹犬が脱走してそれを姉犬が追いかけて罠に嵌まったという事らしい。

 姉犬……お前……。

 

「わん」

 

「うん、お互い頑張ろうか」

 

 姉犬に励まされて少し気持ちが軽くなった、そんな春の日のこと。




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<備考>

ワンコ:放課後はバイト。

氷川日菜:放課後はたまに部活。

大和麻弥:放課後は部活とバイトと特訓。

今井リサ:放課後は部活とバイトと特訓と幼馴染の見守り。

犬姉妹:散歩。


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本編0-7:桃李言わざれども下自ずから蹊を成す

一か月以上放置されてた本編0の続きです。


「あ、その角材こっちにお願いします」

 

「うん」

 

 麻弥さんの指示に従い大道具用の角材を運ぶ。

 米俵を運んだ事があるのでこれ位なら一人で十分。

 

「ここに置けばいい?」

 

「はい。組み立てちゃいますね」

 

 傷防止の保護シートの上に置いた角材に対して、麻弥さんが手際よく部品を電動ドリルで結合していく。

 実に鮮やかな手並みで見入ってしまう。

 

「フヘヘ、ワンコさんが手伝ってくれるお陰で良いペースっす!」

 

「力仕事ならいくらでも。まあ今は生徒会の強制奉仕だけど」

 

 この前のハイキングで犬助けとはいえ勝手な行動を取った罰としての奉仕活動。

 今日は人手不足の演劇部の手伝い。

 他にも色々と押し付けられているのでバイトは当分控えめな感じ。

 羽沢珈琲店は新規で何人か増えたのが不幸中の幸い。

 新人教育とかでつぐみちゃんの負担が増えなければいいけど。

 

「演劇部は人気の部活だと思っていたのでちょっと意外」

 

「……実は今の部長が結構スパルタでして」

 

「成程」

 

「そんな中一年で早くも存在感を見せているのが大和と瀬田だな」

 

「ぶ、部長!」

 

 麻弥さんの後ろに立って凄みのある笑顔を浮かべているのが部長か。

 確かに風格を感じる。

 

「犬神も奉仕ご苦労。だが中途半端な仕事なら帰ってもらう」

 

「お役目果たします」

 

「よし、励め」

 

 そう言い放つと他の部員に声を掛け指示を飛ばす部長。

 無駄口即鉄拳制裁じゃないだけ優しいと思う。

 ……怒らせたらやばそうだけど。

 

「私も手伝おうじゃないか」

 

「薫さん! あ、ワンコさんこちらが瀬田薫さんです」

 

「初めまして」

 

「よろしく、ワンコ」

 

 この人が麻弥さんと双璧をなす演劇部期待の新人か。

 長身に整った顔立ち、確かに華がある。

 大勢の取り巻きを引き連れて歩いている姿を何回か見た気がするけど本人は意外と気さくそう。

 思い込みは良くないね。

 

「すみません、大道具の制作が遅れちゃって」

 

「麻弥はよくやっているさ。それに『天は自ら行動しない者に救いの手をさしのべない』つまりそういうことさ」

 

 芝居がかった発言。

 内面を悟らせない立ち居振る舞い。

 うーん、似たような人を知っているような。

 

「さあ、儚くいこうか」

 

 

 

 

「お、やってるねー」

 

「あ、氷川さん」「日菜さん」

 

 私とは別の奉仕活動を受け持っている氷川さんが顔を出した。

 

「今日は花女にお使いだっけ?」

 

「うん。……おねーちゃんに会えると思ったんだけどな」

 

 少ししょんぼりした様子の氷川さん。

 相変わらず「おねーちゃん」絡みになるといつもの騒がしい雰囲気が一変する。

 一体どんな人なんだろう?

 

「暇なら手伝って」

 

「えー、演劇部はワンコちゃんの担当だよね?」

 

「元はと言えば――」

 

「で、ではそろそろ立ち稽古が始まるので見学とかどうっすか?」

 

 私の不平の言葉を麻弥さんが遮る。

 本当に頼りになるね。 

 

「何それ面白そう!」

 

「ワンコさんもその塗装で今日のノルマは達成なので見学しません?」

 

「うん、ありがとう」

 

 乾くまで一晩はかかりそうだからここまでか。

 刷毛を洗ったら立ち稽古とやらを見学させてもらおう。

 

 

 

 

「るんっ♪ てきたー!」

 

「……凄い」

 

 立ち稽古とはいえ演劇初心者の身にも迫力が伝わってきた。

 上級生はもちろんだけど瀬田さんも同等かそれ以上。

 一年生で唯一役を貰っているのも頷けた。

 

「私の演技どうだったかい?」

 

「薫くん凄いね♪」

 

「まるで別人になったかと」

 

「フフ、また子猫ちゃん達を虜にしてしまったようだね」

 

 演技を見てからだと瀬田さんの大仰な発言にも納得がいく。

 常に役者の様な立ち居振る舞い。

 常在戦場、イヴちゃんならそう言うかも知れない。

 

 それなら彼女の本質は一体どこに?

 

 ……隠されると見つけたくなるのが私の悪い癖。

 手伝いの身なので大人しくしていないと。

 それでも――

 

「よし今日の部活はこれまで。部室閉めるからとっとと帰れ!」

 

 私の思索は部長の大声に遮られた。

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

「麻弥さん、お疲れ様」

 

 校門の脇で立っていると部室の鍵を職員室に返しに行っていた麻弥さんが来た。

 この後千聖さんと羽沢珈琲店で進捗確認会議という名のお食事会。

 リサさんはバイトで不参加なのが残念。

 

「へー、薫くんって中一から演劇部なんだ」

 

「『何もしなかったら、何も起こらない』つまりそういうことさ」

 

「あははー、面白♪ みんなでもっと話したいな」

 

 ……余計な二人もいるけど。

 この後もついてくる気満々だし。

 氷川さんだけなら問答無用で追い返すけど瀬田さんは麻弥さんと関りがあるわけで。

 穏便にご帰宅いただける言葉が思いつかない。

 

「ワンコさん……」

 

「ごめん、捕まっちゃった。どうしよう?」

 

「ちょっと確認を」

 

 麻弥さんが少し離れた位置でスマホで千聖さんに確認を取り始めた。

 秘密特訓の事が広まるのは本人のプライド的に避けたいし。

 二人とも千聖さんと面識は無い筈、さてどうなる事やら。

 

「構わないそうです」

 

 ……これで一件落着かな?

 

 

 

 

「薫……」

 

「千聖……」

 

 全然一件落着じゃなかった。

 羽沢珈琲店に入って千聖さんと瀬田さんが顔を合わすなり重苦しい雰囲気に。

 つぐみちゃんなんてオーダーも取れずに固まってるし。

 面識があるどころか由々しい関係みたいだ。

 

「失礼、用事を思い出したわ」

 

 一万円札をテーブルに置き私達をすり抜け店の外に出ていく千聖さん。

 

 誰も動けない。

 

「……ワンコさん!」

 

「うん、任せて」

 

 最初に硬直の解けた麻弥さんの言葉で私も硬直が解け店を飛び出す。

 すぐに辺りを見回すけど見当たらない。

 既にタクシーを拾った?

 急いで携帯に電話してみたけど電源が切られている。

 

 

 ……よし、賭けてみるか。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……ただいま」

 

「っ!? ……お帰りなさい」

 

 賭けは的中、全力疾走で戻った我が家には予想通り千聖さん。

 まあいなかったら自宅に突撃してたけど。

 プロ意識の高い千聖さんなら暗くなってから闇雲に徘徊しないというなんちゃって推理。

 

 取り合えず水道水で喉を潤すとシャワーで汗を流して部屋着に。

 麻弥さんに発見の報告も入れておく。

 あっちは麻弥さんが何とかしてくれると信じて。

 

 

 

 

「……何も聞かないのね」

 

「私はワンコなので。話すも話さないのも千聖さん次第」

 

「そう……」

 

「で、私は瀬田さんに対してどんな態度を取れば? 噛みつくのはちょっと気が引けますけど」

 

「別にいいわよ、普通で。ただ……」

 

「ただ?」

 

「困っていたら手を差し伸べてあげて」

 

「うん、必ず」

 

 

 

 

「昨日はすまなかったね」

 

 翌日登校すると一年B組の前に人だかり、その集団の中から声が掛かる。

 

「いえいえお気になさらず」

 

 普通を心掛けて返答しすぐに教室に入る。

 言外の「これ以上巻き込まないで」の意を汲んでくれたのか、それ以上話しかけられることは無かった。

 

 まあ取り巻きに睨まれたけど。

 

 

 

 

「いよいよ来週っすね!」

 

「うん、楽しみ」

 

「良いのかな、アタシまでチケット貰っちゃって」

 

「楽しみだな~♪」

 

「リサさんにはいつもお世話になってるし。え、氷川さんも来るの?」

 

「え、なにそれ酷い!」

 

 あれから演劇部の手伝いが続き、なんと麻弥さんからチケットが手渡された。

 部長からの手伝ったご褒美らしい。

 氷川さんも瀬田さんの練習に付き合っていたので当然行く権利がある。

 余ったのでリサさんもご招待。

 

「冗談だよ」

 

「んぐ!」

 

 最近お気に入りのチョココロネを氷川さんの口にねじ込む。

 

「ワンコ仲直りしたの?」

 

「別に喧嘩してないよ。仲が良いかは微妙だけど」

 

「フヘヘ、相変わらずっすね。……ところでワンコさんお願いが」

 

 いつもの朗らかな笑顔から一転、麻弥さんが神妙な顔つきになる。

 どう考えても厄介事。

 

「これを千聖さんに」

 

 取り出したのはファンシーな封筒。

 受け取り中身を見ると……まあ公演のチケットだよね。

 

「瀬田さんから?」

 

「はい……出来ればでいいそうなので」

 

 前に言われた「困っていたら手を差し伸べてあげて」が完全にブーメラン。

 何とか良い案は無いかな……。

 

 

 

 

「千聖さん、今度の羽丘演劇部の公演のチケット――」

 

「行かないわよ。とんだお節介ね」

 

 言い終える前ににべもなく断られる。

 白鷺家に乗り込んでの真っ向勝負、予想通りまずは黒星。

 だけど約束は守らないと。

 

「瀬田さんが困って――」

 

「私に関わることは対象外よ」

 

 う、条件追加とは。

 言質が役に立たない。

 こうなったら――

 

「……私の渾身の大道具見てくれないんだ」

 

「えっ!?」

 

 瞳を潤ませ上目遣いでの必死の懇願。

 私的女の子の最終奥義。

 女の子相手に効くかは分からないけど。

 

「麻弥さんも頑張ったのに……」

 

「ず、ずるい言い方ね。麻弥ちゃんの名前まで出すなんて」

 

「くぅーん」

 

「レオンまで!?」

 

 いつの間にか私の横に来ていたレオンくんも切なげに鳴く。

 思わぬ援護射撃に最後の一言を続ける。

 

「……駄目?」

 

「はぁ、分かったわ」

 

 観念した様に頭を振る千聖さん。

 心の中でガッツポーズ。

 

「あくまでも大道具の出来を見るだけでそれ以上は期待しないでよ?」

 

「うん、ありがとう。千聖さんはやっぱり優しい」

 

「わんわん♪」

 

「全く……嘘泣きなら私に匹敵するわね」

 

 優しく私とレオンくんを抱きしめる千聖さん。

 多分心のどこかには観に行きたいとの思いがあった筈。

 そうでなければ私の言葉だけでは動かないと思う。

 

 チケットを手渡すと微笑を浮かべ、チケットをじっと見つめる。

 

「良かったわね。『たまたま』スケジュールが空いていて」

 

「あっ!」

 

 多忙な千聖さんなので下手をすれば仕事が入っていて行けない恐れもあった事に今更気付く。

 当然仕事の方が優先なわけで……。

 

「……試した?」

 

「あら、心外ね。あなた達の懇願に折れただけよ。まあ次はもっとよく考える事ね」

 

 悪戯が成功した子供のような笑顔。

 私の行動も思考も読まれていたという事か。

 

 

 ……君のご主人様は意地悪だよ、レオンくん。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

白鷺千聖:(ほんの少し)楽しみ。

氷川日菜:るんっ♪ てくる位楽しみ。

大和麻弥:問題なく終わるか不安。

瀬田薫:儚い。

ワンコ:楽しみ。


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本編0-8:提灯に釣鐘

二か月以上も感想が付かないと流石に不安になってきたので
今後の方針決めアンケートします。


「さて、今日は何をしてもらおうかしら?」

 

 場所は羽丘女子学園生徒会室。

 中央に置かれた大きな机とそれとは独立した生徒会長用の机。

 壁際には賞状やトロフィーの数々が鎮座している。

 

 そして目の前には現生徒会長。

 ある意味今の雇用主。

 雰囲気的には……千聖さんが一番近いかな。

 微笑みの仮面被りと怒らせたら怖そうなところが、特に。

 

「るんっ♪ てくるのがいいなあ」

 

 物怖じしない氷川さんには素直に感心する。

 生徒会の手伝いを通達された当初は不平を言っていたのに、驚いたことに今では熱心に取り組んでいたりする。

 

「演劇部の方は良いんですか?」

 

 まあ私も楽しんでるけど。

 バイトとの兼ね合いで毎日フルタイムで参加できないのが心苦しい。

 

「あら、演劇部がお好みかしら? じゃあ園芸部を手伝った後に行ってちょうだい」

 

 ……サラッと追加されたし。

 人使いの荒さもそっくりだ。

 

 

 

「おまたせ、麻弥さん」

 

「あ、ワンコさんお疲れさ……って髪湿ってません?」

 

「氷川さんにやられた」

 

 園芸部の手伝いということで花壇の植え替え。

 夏花壇だと五~六月にやるらしい。

 田植えの時期と大体同じかな?

 

 作業自体は今日の花壇は小さめという事もあって順調に進み苗の植え込みまで終了。

 最後に水を撒く段階で氷川さんが何を思ったか散水ノズルを最大出力に。

 折角整えた花壇の土を抉る気か!

 で、花壇を庇ったらこの有様、ジャージがびしょ濡れになったので制服で演劇部に。

 

「……大変っすね」

 

「うん、全く」

 

「だからごめんってばー」

 

 流石に反省している様子。

 

「あ、プール掃除だったら全力全開でやっちゃってもいいよね?」

 

 ……反省しているよね?

 

 

 ファサッ

 

 

「えっ」

 

 上から何かが被せられ優しい手つきで水気が吸われていく。

 

「濡れている子猫ちゃんも魅力的だけれど、そのままでは髪が痛んでしまうよ」

 

「瀬田さん」

 

 チケットを千聖さんに無事渡すことが出来てから微妙に距離が縮まったような。

 だけどワンコなので子猫ちゃん呼びには慣れない。

 

「制服が汚れしまうから私のジャージを使うといい」

 

「サイズが大きくてぶかぶかになりません?」

 

「ああっ、そんな姿も実に儚い……」

 

 多分褒められているんだよね?

 氷川さん共々会話が成立しているのか時々怪しい。

 

 ……ちなみに瀬田さんのジャージはとても良い香りがした。

 

 

 

 

 そして、公演当日――

 

 

「うわー、満員御礼だね~」

 

「るるるんっ♪ って感じ!」

 

「千聖さん騒がしい面子でごめん」

 

「ふふっ、楽しそうでいいわね」

 

 浮かれるリサさんと氷川さんにちゃんと来てくれた千聖さん。

 瀬田さんとの関係は未だに謎だけど約束を守ってくれてうれしい。

 

「もし大道具が不甲斐ない出来だったらお仕置きよ」

 

「……多分大丈夫」

 

 出演するわけでもないのに緊張してきた。

 

 

「あ、麻弥さんから着信」

 

 マナーモードのガラケーが震え画面には麻弥さんの名前。

 開演間際にどうしたんだろう?

 

「もしもし」

 

『あ、ワンコさん! 控室に来てもらえますか!? 出来れば他の人も一緒に!』

 

「分かった」

 

 普段冷静な麻弥さんの焦りを抑えきれない声。

 電話を切ると聞き耳を立てていた三人は心得たとばかりに立ち上がる。

 全く頼りになる……私は三人を連れすぐに向かった。

 

 

 

 

「季節外れのインフルエンザ!?」

 

「はい、それでヒロインが不在になってしまって」

 

 瀬田さんとヒロインとの恋愛がメインなのに片方がいないなんて。

 これで中止……今まで頑張ってきた麻弥さんや瀬田さん、部員のみんなの努力が。

 

 

「あたしがやろっか?」

 

 

 氷川さんの発言に騒然とした控室が静まり返る。

 言った本人は普段と変わらない表情。

 

「出来るの?」

 

「まあね。台詞も動きも稽古見てて覚えちゃったし」

 

 多分言っている事は本当、悪ふざけはするけどこういう場で嘘はつかない筈。

 だけどそれが部員に伝わるかは――

 

「何と言う儚い提案だ。是非演じてもらおうじゃないか」

 

「ジブンからもお願いします!」

 

「瀬田、大和……」

 

 熟考する部長、他の部員も判断を迷っている。

 

「生徒会の指示は公演の成功なので、氷川さんがやらかしたら責任は取ります」

 

「犬神もか」

 

 便乗して私も……半分はハッタリだけど。

 乗り掛かった船、勝算はある。

 

 

「部長さん、お客様を待たせては駄目ですよ」

 

 

「君は白鷺千里!? ……そうだな、やるか。急いで氷川に衣装を着せて整えろ。十分押しで行くぞ」

 

 千聖さんの言葉で覚悟を決めた部長の言葉で各々が動き出す。

 そこにはもう迷いは無い。

 

「アタシも手伝うね」

 

「ありがとう、リサちー♪」

 

 氷川さんが纏ったヒロインの衣装をフィットするようにリサさんが直していく。

 あ、胸パッド入れてる。

 

「……ここはもう大丈夫そうね。客席に戻るわよ」

 

「うん」

 

 細工は流流仕上げを御覧じろ、ってわけで後は見守るだけ。

 手伝えることがない以上いても邪魔なので戻りますか。

 

「ワンコさんに千聖さん、一瞬も見逃しちゃ駄目っすよ?」

 

「任せて」

 

 麻弥さんの言葉にモヤモヤが吹き飛ぶ。

 しっかり目に焼き付けないと。

 

 

 

 

「……あれで代役?」

 

「まあ……氷川さんは規格外なので」

 

 心配は杞憂に終わり拍手の嵐、千聖さんも私も氷川さんの想像以上の名演ぶりに釈然としない気持ちで手を叩く。

 当然ながら瀬田さんの演技の方が素晴らしかったけど。

 リサさんは不測の事態に備えてか戻ってこなかった。

 

「……ちょっと気になる人材ね」

 

「能力は一流ですけど協調性とかがアレなので取り扱いに注意です」

 

「憶えておくわ」

 

 少し気に食わないけど千聖さんも認める程。

 ……やっぱり私じゃ敵わないのかな?

 

「嫉妬したかしら?」

 

「別に」

 

「ふふっ、レオンがいじけた時の表情にそっくりよ」

 

「むぅ……」

 

 頬をつままれる。

 やっぱり千聖さんの目は誤魔化せない。

 

 

 

 

「それでは公演の成功を祝して乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 打ち合わされるグラスの音が響く、中身はソフトドリンクだけど。

 

 公演の後のファミレスでの打ち上げには私達も呼ばれた。

 開始早々私の友達・知人は連れ去られてしまいぼっち。

 

 まあこんなもの。

 少し胃袋に入れたらちょっと外の空気でも吸ってこようかな。

 

 

 外に出ると日はまだ沈んでおらず綺麗な夕焼け。

 

 これで演劇部の手伝いは一段落、次はどこの手伝いだろう?

 ……あれ、奉仕活動っていつまで続ければ?

 

 

「な~に、黄昏てんの?」

 

「ひゃ、リサさん!?」

 

 肩に手を回され耳に息を吹きかけられた。

 心臓に悪いのでいきなりは勘弁してほしい。

 

「もういいの?」

 

「まあ連絡先の交換は終わったしね」

 

 なにそのコミュ力、流石リサさん。

 それに引き換え……。

 

「大成功に終わったのにそんなに暗くならない! まあ美味しいところはヒナに持ってかれたけど」

 

 カーテンコールでは瀬田さんにお姫様抱っこされて現れた氷川さん。

 会場からは悲鳴がちらほら。

 ……別に羨ましくはないけど。

 

「……二人で抜け出しちゃおうか?」

 

 私を気遣ってそんな言葉を掛けてくれるリサさんはやっぱり優しい。

 でもここで甘えてはいけない気がする。

 

「後で千聖さんにお仕置きされるので無理」

 

「あはは、ありそー♪」

 

「申し訳ないけれど二人っきりはまた今度。今日はリサさんのコミュ力を学ばせてもらう」

 

「ふふっ、しっかり学びたまえよ?」

 

 やっぱり小悪魔っぽい表情も似合うリサさん。

 

 ちょっと頑張ってみるか。

 

 

 

 

「ワンコちゃん、水泳で勝負しよ!」

 

「まだ無理」

 

 初回水泳授業の前の休み時間、一年B組に飛び込んできた氷川さんの発言を切って捨てる。

 近くの総合病院での右目再検査は結果待ち。

 感染症じゃないことが分かればプールも温泉も堂々と行けるけど。

 

「つまんないのー」

 

 不満顔の氷川さん、こういう時は放置すると厄介。

 だけどここでクラスの水泳部員に振ったら恨みを買いそう。

 気持ちを切り替えて脳をフル回転させる。

 だったら――

 

「クロールより速い泳ぎ方でも発明したら?」

 

「え……」

 

「自由形がクロールだけっていうの面白くないしね」

 

 まあそう簡単に発明出来るわけないよね、多分。

 私の思い付きの発言に段々と氷川さんの瞳の輝きが増す。

 

「るんっ♪ てきたー!」

 

 教室から走って出ていく氷川さん。

 ……これで当分は大丈夫だろう。

 

「……ワンコ、アタシ嫌な予感しかしないんだけど」

 

「奇遇ですね、リサさん。ジブンもです」

 

「困るのは日本水連とか世界水連だから大丈夫」

 

 自由形に「ヒカワ」なんて泳法で金メダルが取れたら羽沢珈琲店で何でも奢ってあげる。

 

「二人は先に行ってて。私はここで体操着に着替えていくから」

 

 

 

 

「お疲れ、もう戻って良いぞ」

 

「はい、お疲れさまでした」

 

 水泳の時間はてっきり見学かと思ったら、梅雨の晴れ間ということで屋外体育用具倉庫の片付け。

 かなり雑多だったので授業時間丸々片付けに費やしてしまった。

 でも、まあ、綺麗に片付いて良かった。

 

 さて、教室に戻って昼食。

 やまぶきベーカリー全種類制覇まで後少し。

 ランキング表でも作ってみるかな?

 

 

 

 

「どうなってるの?」

 

「あ、ワンコちゃん、お帰り」

 

 教室に着くと私の席の周りに人だかり。

 掻き分けていくと中心には氷川さんと見知らぬ女生徒、いや以前廊下での瀬田さんへの塩対応で睨まれたか。

 そしてぶちまけられた私の机と鞄の中身。

 

「……説明してもらえる?」

 

「この子がね、あたしがおねーちゃんとお揃いで買ったボールペンをワンコちゃんが盗んだって言ったんだ」

 

 胸倉を掴まれた女生徒は青くなって震えている。

 潰れたパンを見て私の手も震えている。

 

「あたしが信じなかったから証拠を見せるとか言ってこの有様。しかも見つからないとか笑っちゃうよね?」

 

 駄目だ頭に血が上る。

 元凶の女生徒、蛮行を許した氷川さん、スマホで写真を撮る野次馬、誰に噛みつけばいい?

 

 でもここで暴力沙汰になればリサさんや麻弥さん、千聖さんにも嫌われちゃうか。

 暴力沙汰にしなければいいじゃん。

 みんな大好き話し合い。

 

「さーて、どんな落とし前を――」

 

「氷川さんちょっと黙って」

 

 発言を遮られて不満げな氷川さんから女生徒を解放し正面から目を合わす。

 ……眼帯を外して。

 

「ひっ!」

 

「どうして嘘をついたのかな?」

 

 顔を逸らそうとするけど両手で固定して逸らさせない。

 白濁した眼球からは逸らさせない。

 さて、少し頭が冷えてきたから丁寧に話を聞いていこうか。

 

「質問を変えるね。共犯者はここにいる?」

 

「っ!?」

 

「あ、そこの四人反応したよ♪」

 

「ありがとう、氷川さん。じゃあ次は犯行動機、話して楽になろうよ」

 

「あ……ん……」

 

 女生徒の脈がどんどん速くなっていく。

 その程度の覚悟で喧嘩売ってきたの?

 もうちょっと頑張ろうよ。

 がんばれ、がんばれ。

 

「そこまでだよ、子猫ちゃん達」

 

「……瀬田さん」

 

 瀬田さんに肩を叩かれ仕方なく女生徒から手を離す。

 バランスを失い倒れ掛かった女生徒は瀬田さんに抱きかかえられた。

 

「『敵のため火を吹く怒りも、加熱しすぎては自分が火傷する』つまりそういうことさ」

 

「……うん、後はお任せしても?」

 

「ああ、お安い御用さ」

 

 図ったようなタイミングでの登場に少しモヤっとしたけど、息を切らせている麻弥さんを見て納得。

 瀬田さんを呼びに行ってくれたのか。

 

 となるとリサさんは。

 

 

「あら、私が出向くまでもなかったかしら」

 

 

 生徒会長まで登場、視界の端には親指を立ててドヤ顔のリサさん。

 

「薫、この前の公演良かったわよ。日菜もいきなりの代役ご苦労様。ワンコの大道具も良い仕事をしてたわ」

 

 現状には触れず公演の話題。

 ここら辺が落としどころか。

 

 

 昼飯は取り巻きの不始末という事で瀬田さんに奢ってもらった。

 

 犯行動機は私と氷川さんが瀬田さんにベタベタし過ぎ……そんなつもりは無かったけど。

 

 

 

 

「これかしら?」

 

「あ、あたしのボールペン!」

 

「落とし物入れに入っていたわ。大切な物なら肌身離さず持ち歩きなさい」

 

「はーい♪」

 

 放課後の生徒会室、ボールペンが手元に戻ってきてるるるんっ♪ な氷川さん。

 思わず生徒会長に不審げな視線を向けると人差し指を口の前に立てた。

 ……この人が入れたのを抜き取ったか。

 

「じゃあ今日は飼育部ね。あ、ワンコは話があるから残りなさい」

 

 昼休みの事かな。

 氷川さんが出て行った後、居住まいを正す。

 

「今回の件、よく耐えたわね。流石だわ」

 

「えっ?」

 

 開口一番褒められて拍子抜けした。

 てっきりお小言をもらうとばかり。

 

「壁に耳あり障子に目あり、生徒会長はなんでもお見通しよ」

 

 盗聴・盗撮を仄めかす発言に緊張が走る。

 通りでボールペンを抜き取ったり状況を把握していたわけだ。

 ……いやこの人も授業中だった筈じゃ。

 怖いので聞かないけど。

 

「何がお望みで?」

 

「生きづらそうな生徒を助けるのも生徒会長の役目よ」

 

 生徒会長席から立ちあがり私に近付くと躊躇なく眼帯を外す。

 私の白濁した目を見ても嫌悪どころか慈愛に満ちた目を向ける。

 

「正式に私の下で働きなさい。卒業する三月までは力になれるわ」

 

「……随分評価してくれますね。生徒会長自身も凄いと思いますけど」

 

「あら、嬉しいわね。でも一人じゃ限界もあるしコレなのよ」

 

 見せられたのは様々な薬が詰まったピルケース。

 一日何錠飲むのだろう……。

 

「これは二人だけの秘密よ。それに私の下に付けば鉄パイプ片手にやんちゃしてもある程度は何とかするわ」

 

 リサさんを助けた時の事まで把握済みとか。

 ……これは断れないな。

 

「お世話になります」

 

「ふふっ、素直な子は好きよ」

 

 そう言うと眼帯を元に戻してくれた。

 

 

「後は人生の先輩から一つだけ、視野を広く持ちなさい、耳をそばだてなさい、最後まで考えなさい」

 

「……はい」

 

 実感のこもった言葉を胸に刻む。

 今回の件も注意深く行動していたら氷川さんに迷惑を掛けずに済んだかもしれないのだから。

 

 

「つまりそういうこと、よ」

 

 会長が勢いよく生徒会室の扉を開くと――

 

「おっと」「きゃ」「フヘッ」「るんっ♪」

 

 見慣れた四人が倒れてきた。

 全く頼もしいことで……私も負けてられない。

 三月までに絶対生徒会長から認められるくらい、みんなを守れるくらい成長してみせる。

 それが自分との約束。

 

 

「本当に今年の一年生は面白いわね」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

瀬田薫:儚い

白鷺千聖:少しは勉強になったわ

氷川日菜:次やったら殺るんっ♪

大和麻弥:次の公演も成功させます!

ワンコ:食い物を粗末にするんじゃねぇ

生徒会長:番外編3で登場済みよ


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本編X(シーズン0~2)
本編X-1:生徒会長選準備(シーズン1冬)


Rausch(LV)→BDP9th→いつも通りの放課後デイズ(LV)で力尽きてました。


個別ルート的何か、です。


<イベント発生条件>

(キャラ:好感度)
日菜:MAX
紗夜:中以上
つぐみ:中以上
Roseliaの中で紗夜の好感度が一番高い


「見て見て、このおねーちゃんとのツーショット。るんっ♪ ってするでしょ?」

 

 アルバムを手にした日菜ちゃんの呑気な発言に眉間を指で押さえる紗夜さん、ごまかし笑いのつぐみちゃん、スルーする私。

 場所は氷川家、紗夜さんのお部屋。

 この四人が集まった目的とは――

 

「日菜、そんなふざけた態度で本当に生徒会長になる気があるの!?」

 

「うん♪」

 

 ……日菜ちゃんを生徒会長にするための集まりだった。

 

 

 

 

「二人ともつき合わせてごめんなさい」

 

「乗りかかった船なので気にしないで」

 

「日菜先輩には普段からお世話になっていますし」

 

 紗夜さんの謝罪に襟を正す。

 一度引き受けた以上全力を尽くさないと。

 

「特にワンコさんはもう一人の立候補者からもお誘いを受けたそうですね?」

 

「……何故か立候補する現副会長からも応援演説の依頼が」

 

「ふふっ、ワンコ先輩って生徒会で頼りにされていますからね」

 

 頼り……というか面倒な案件を優先的に割り振られているだけのような。

 先代の生徒会長からの申し送り事項に「こき使え」とでも書かれているのかな?

 お世話になった分恩返しはするけど。

 

「あたしが立候補しなかったら副会長の応援してた?」

 

「そうだと思う」

 

「そっか♪」

 

 何故か嬉しそうな表情の日菜ちゃん。

 こっちは断るのに苦労したというのに。

 日菜ちゃんが当選した場合は三役に就かないと提案したけど「そうじゃない!」って怒られるし。

 むしろ副会長が当選した場合にはこれまで以上にこき使う宣言をされた、解せぬ。

 

「……話を戻すとパスパレ、Roselia、Afterglowファンの票を見込むとして」

 

「生徒会一年は五分、二年と三年は相手が優勢ですね」

 

「少々気が引けますが、日菜のクラスメイトの瀬田さんにお願いするというのは」

 

「一応当たってみましたけど薫さんは中立を保つそうで」

 

「まとめると日菜先輩25%、副会長35%、浮動票が40%、みたいな感じでしょうか?」

 

「劣勢ですか、ですがまだ巻き返せる範囲ですね」

 

「副会長には申し訳ないけど、生徒会の外から見たら役職柄そんなに目立ってなかったのが大差がつかなかった理由」

 

「事務方としては優秀なんですけどね……逆に日菜先輩はイベント毎に参加者として目立ってましたし」

 

 色々やらかした割に敵が少ないのは、アイドル活動を通して裏表の無さが知れ渡っているお陰か。

 紗夜さんの言う通りまだ勝ち目はある。

 

 

「うーん、そういうのってるんっ♪ てこないなー」

 

 

「っ!」「!?」「あっ」

 

 日菜ちゃんのつまらなさそうな発言にギョッとする私達。

 こういう時の日菜ちゃんの発言は悔しいことに正鵠を射ている場合が多い。

 

 考えろ、私。

 

 何故日菜ちゃんが生徒会長に立候補したのかを。

 

「ちょっと、日「ごめんね、日菜ちゃん」」

 

 紗夜さんの発言を遮り頭を下げる。

 多分、これが正解かな。

 

「ちょっと票数を意識し過ぎてたかも。ちゃんと生徒一人一人に目を向けるよ」

 

「あはは、流石ワンコちゃんだ♪」

 

「えっと……日菜先輩の『学校全体を面白くする♪』という目標に賛同してくれる人に投票してもらわなければ意味がない、と?」

 

「羽沢さん、解説ありがとうございます。……だったら何故二人を呼んだの?」

 

 それは私も疑問に思った。

 てっきり選挙戦略を練るために呼ばれたのかと思ったのに。

 

「だってこの四人で一つの事に取り組んだらるんっ♪ ってくるでしょ?」

 

「全く……あなたって子は」

 

 ため息混じりに言う紗夜さん、口元が緩んでるけど。

 相変わらず日菜ちゃんに振り回される私達だけどそれも悪くないかな、って。

 

「選挙ポスターとかビラとかは後で私とつぐみちゃんで何とかするから、今日は候補者演説と応援演説を考えるよ」

 

「うん♪ 得票率100%よゆーでしょ!」

 

 傲慢とも天真爛漫とも受け取れる発言。

 昔はそれがとても苦手だった。

 それが今では……私も丸くなったという事かな?

 

 

 

 

「はい、羽沢珈琲店特製カレーと」

 

「スペシャルフライドポテト、召し上がれ」

 

「るるんっ♪」

 

「これはっ……ありがとうございます」

 

 氷川夫妻が不在という事で、事前の打ち合わせ通り夕飯は台所を借りてつぐみちゃんと私で作った。

 ちゃんと香辛料を用意してくるあたりつぐみちゃんは抜かりない。

 他所のお宅で油料理とか私は節操がない。

 

・カレーライス(トッピング各種)

・フライドポテト

・サラダ

・チーズケーキ

・ラッシー

 

「おねーちゃん、美味しいね♪」

 

「ええ、そうね」

 

 カレーに舌鼓を打つ日菜ちゃんと山盛りのフライドポテトに無表情を装いつつも喜びが隠しきれていない紗夜さん。

 そんな二人を見て満面の笑みを浮かべるつぐみちゃん。

 どういうわけか泣きそうになってくる。

 香辛料が目に染みたかな?

 

 

 

 

「お風呂上がったよ」

 

「うーん、風呂上りなのに色気を感じない」

 

「放っておいて」

 

 日菜ちゃんの無礼な発言を無視してリビングのソファーに座る。

 すぐにハーブティーが出され横に日菜ちゃんが座った。

 

「紗夜さん達は?」

 

「もうおねーちゃんの部屋に行ったよ。明日も朝から早いからね」

 

「それを言ったら日菜ちゃんもでしょ?」

 

 相変わらずの売れっ子アイドル。

 本屋に立ち寄ると必ず目にする。

 

「うん、これ飲んだら寝るよ」

 

 そう言いつつテレビを点けると丁度パスパレが出演していた。

 

「あ、この前収録したやつだ。いつも通り彩ちゃんが噛んだんだっけ」

 

「ネタバレ禁止。まあいつも通りだけど」

 

 演奏を終え司会者からマイクを向けられ楽しそうに話す日菜ちゃん。

 ……真横にいるのに酷く遠い存在。

 何考えているんだろう、私。

 

「んー、えいっ!」

 

「えっ!?」

 

 いきなり顔を横に向けさせられると唇に柔らかい感触。

 眼前には悪戯っぽい笑みを浮かべる日菜ちゃん。

 

「浮気禁止♪」

 

「何言ってるの、寝るよ」

 

 動揺を隠すように急いで日菜ちゃんの部屋に向かう。

 ……の前に歯を磨かないと。

 

 

 

 

「ふんふーん♪ どう日菜ちゃんの新作アロマ?」

 

「普通」

 

「部屋は寒くない?」

 

「普通」

 

「お布団の硬さは?」

 

「普通」

 

「……日菜ちゃんの唇は?」

 

「……柔らかい」

 

「でしょ!」

 

 布団の上から覆い被さってくる日菜ちゃん。

 甘い香りに段々と思考が麻痺してくる。

 

「アイドルなんだから軽はずみな行動は止めて」

 

「酷いなー、ワンコちゃん以外には……おねーちゃんとパスパレの皆と」

 

「自重!」

 

 何か頭が痛くなってきた。

 もしバレて傷が付くのは日菜ちゃんなのに……。

 胸のモヤモヤが溢れだしそう。

 

「……我慢するからそんな顔しないでよ」

 

 真剣な表情の日菜ちゃんから目を逸らせない。

 

 自分で言っておいて唇を重ねたい欲求に襲われる。

 

 どうしちゃったんだろ、私。

 

「……あはは、今度こそ嫌われちゃったかな?」

 

 

 

 その言葉に何かが壊れる音を聞いた気がした。

 

 

 

「えっ!?」

 

 布団から強引に出ると逆に日菜ちゃん両腕を掴み布団に押さえつける。

 苦痛に歪む日菜ちゃんの表情にどす黒い感情が溢れる。

 このまま感情に身を任せてしまいたい。

 早く解放しないと。

 思考がまとまらない。

 

「いいよ……来てよ……」

 

 苦痛と怯えを抑えつけながら、それでも笑おうとする日菜ちゃん。

 

 何でそんな表情が出来るの!?

 

 

「こんなの……嫌だ……本当は……好きなのに…………」

 

 

 ポタポタと涙が押さえつけた日菜ちゃんの顔に落ちる。

 言葉とは裏腹に腕を押さえつけたまま。

 

 誰か、助けて!

 

「そっか……ありがとう、ワンコちゃん。おねーちゃん、よろしく!」

 

「!?」

 

 予想外の言葉と同時にドアが開きマスクをした紗夜さんが入ってきた。

 アロマオイルの受け皿を手に取ると窓を全開にして下に投げ捨てる。

 入り込んだ冬の冷たい風が私の狂った熱を奪い取っていく。

 私から解放される日菜ちゃん……良かった。

 

 

 

 

「……はぁ、紗夜さんまでグルだったとは」

 

「ごめんなさい。断り切れなくて」

 

「いやーまさかあそこまで効果があるなんてね。もしかして欲求不満?」

 

「日菜ちゃん黙ってて」」

 

 どうやら日菜ちゃんの新作アロマオイルには理性を弱める効能があるようで。

 私の本音を知りたいが為に紗夜さんを巻き込んで一芝居打ったとか。

 ……私があそこまで狂暴化するとは思わなかったらしいけど。

 

「……私だけ仲間外れですか」

 

「っ!? 羽沢さん、ごめんなさい。日菜が急に決行しようと言い出したので巻き込んだ形になってしまって」

 

「つぐちゃんがいるからワンコちゃんも油断してたしね♪」

 

「けれど、私の部屋に泊まってほしいと思ってたのは事実です。今日は一緒の布団で寝ましょう」

 

「紗夜さん……」

 

 見つめあう紗夜さんとつぐみちゃん、こっちは問題なさそう。

 というか完全に二人の世界に。

 で、私はというと――

 

「ワンコちゃん、もう一回好きって言って♪」

 

「はいはい、好きだよ」

 

「もー、雑過ぎるよ~」

 

 またたびをあげた猫みたいになった日菜ちゃんに絡みつかれている。

 ここまでくると可愛いを通り越してうざい、かも。

 まあ私も気づかなかった本音が暴露された以上、以前の関係には戻れないわけで。

 

 

 一年生の頃から中々勝てなかった。

 一方的に噛みつき続けたけど軽くあしらわれ続けた。

 気が付くと傍にいた。

 偶然助けた人の妹だった。

 競い合う中で奇妙な絆が生まれた。

 いざという時は誰よりも頼もしかった。

 

 

 まさかこんな関係になるなんてね。

 

 

「さっさと当選してこの四人でダブルデートでもしようか?」

 

「頑張ります!」

 

「ええ、頑張りましょう」

 

「るるるるんっ♪」

 

 

 高校生活残り一年一寸、これまで以上に刺激的になりそうな予感がした。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

氷川日菜:攻略した。

ワンコ:攻略された。

羽沢つぐみ:攻略した。

氷川紗夜:攻略された。


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本編X-2:バレンタイン(シーズン1冬)

バレンタインに間に合いませんでした。


<イベント発生条件>

(キャラ:好感度)
全キャラ:中以上
全キャラの中で???の好感度が一番高い


「物言わぬ相手を刻んで溶かして固める。流石リサさん、容赦ない」

 

「ちょっと~、変な言い方しないでよ。ワンコだってブートキャンプでもっと酷い事してたじゃん!」

 

「お二人ともお静かに……手先が狂います」

 

 私と軽口をたたき合いながらも、手際よくチョコと生クリームで作ったガナッシュを団子状に丸めていくリサさん。

 そして計量作業に思いの外時間が掛かっている紗夜さん。

 

 ここは今井家のキッチン。

 明日のバレンタインデーに向けて私達三人はチョコ作りに勤しんでいる。

 全く乙女というのはつくづくイベント事に弱い、私も含めて。

 

「紗夜、数滴レベルで計量しなくても大丈夫だってば」

 

「いえ……大切な人達に日頃の感謝の気持ちを伝えるものですから……」

 

 紗夜さんの気合の入り度が段違い。

 リサさんの方を見ると慈愛に満ちた表情、聖母がかってる。

 

「私のはそろそろ固まったかな?」

 

「そうだね。出してみたら?」

 

 ポリエチレン手袋をはめ冷蔵庫からシリコンの型を取り出しリサさんに見てもらうとオーケーのハンドサイン。

 注意深くペーパーの上に型から外していき、リサさんが用意してくれたチョコレート用着色料で色をつける。

 

「うわ~、造形凝ってるね」

 

「本当ですね。特にこの犬……もしかしてレオンくんですか?」

 

「流石紗夜さん。それは千聖さん用」

 

 二十五種類の特注シリコン型……材料のチョコの金額の何倍だよ、って感じ。

 値が張った分出来は上々、二人からも高評価の様子。

 味じゃリサさんに勝てないから差別化という事で。

 

「Roseliaの分だけ湊家で作ってサプライズとか期待しちゃうよ♪」

 

「そうですね。私も楽しみです」

 

「代は見てのお帰り、ってね」

 

 かなり物議を醸しそうな形なのでまだお見せできない。

 

 さて、後は三人でショッピングモールの雑貨屋で買ったリボンと袋でラッピングをすれば完了。

 湊家に戻ってRoselia分の方の仕上げをしないと。

 

 

 

 

「三、二、一、ハッピーバレンタイン♪」

「……ハッピーバレンタイン」

 

「ありがとう、二人とも」

 

 日付変わって二月十四日、恥ずかしがる友希那さんを強引に伴ってお父様に手作りチョコを渡す。

 友希那さんと私の合作……あんなにチョコを刻む時に飛び散るとは思わなかったけど何とかなった。

 思い切ってハート形にしたけど、序盤でお役御免になった友希那さんには勿論内緒。

 後の認識の齟齬が楽しみ。

 

「良かったわね、あなた。はい、私からも」

 

「……ありがとう。ホワイトデーは期待してても良いぞ」

 

 湊家の女性陣からチョコを贈られて嬉しさが滲み出ているお父様。

 たまにはこんなのもありかな。

 

「にゃー」

 

「猫にチョコは毒だからユキに手伝ってもらうのは来世かな」

 

 湊家次女からは熱意だけ頂いておく。

 

 

 

 

「おっはよー、友希那、ワンコ♪」

 

「おはよう、リサ」

 

「おはよう、リサさん」

 

 夜が明けていつも通りの登校風景。

 Roselia内のチョコの受け渡しは練習後ということでリサさんとはいつも通りの挨拶。

 ……かなりウキウキしてるのが分かる。

 逆さに吊るされた兎の頭部のピアスがピョンピョンしてるし。

 

 

 

 

「もー、遅いってば!」

 

「いや、普通に始業前だし」

 

 チョコで溢れかえる薫さんの下駄箱をスルーしたら、お次は日菜ちゃんが私の席で待ち構えていた。

 そして机の上には巨大なハート形の箱、明らかに日菜ちゃんの顔より大きい。

 え、これ持ち帰るの?

 

「……貰っていいの?」

 

「勿論、その為に手作りしたんだから♪ で、ワンコちゃんからは?」

 

「はいはい、どうぞ」

 

 ライトブルーのリボンが付いた袋を渡すと即座に開封。

 うん、何となくそんな気はしてた。

 

「もしかして……太陽系の惑星?」

 

「そう。まあ縮尺合わせると酷い事になるで大きさは揃えてあるけど」

 

 悪いね冥王星ちゃん。

 

「好きでしょ、みんな違う個性豊かな惑星達」

 

「うんうん、流石天文部副部長のワンコちゃん!」

 

「サラッと嘘をつかないで」

 

「え、ジブンもそういう認識だったのですが」

 

 申し訳なさそうな顔の麻弥さん。

 最近学園内で指をさされてこそこそ何か言われているのってまさか……。

 

「言いたい事はあるけど、とりあえずチョコをどうぞ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 緑のリボンが付いた袋を大事そうに受け取る麻弥さん。

 ついでに今日会えそうにないパスパレメンバーの分も預かってもらう。

 

「既製品で申し訳ないですが、ジブンもワンコさんに……」

 

「うん、ありがとう」

 

 パス〇ル某……これ結構有名なやつだよね。

 

「フヘヘ、普段立ち入らない売り場だったので緊張しました」

 

「麻弥さんが一生懸命私の為に選んでくれたなんて嬉しいな」

 

 バレンタインのチョコ売り場という女の戦場。

 オロオロする麻弥さんが勇気を振り絞り、人波にも店員のトークにも負けず吟味した至高の一品。

 嬉しいに決まっている。

 

「ひゃっ!」

 

 思わずハグしてしまう。

 いつもイヴちゃんにやられているみたいだから大丈夫の筈。

 

「えー、麻弥ちゃんだけずるいー!」

 

「はいはい、日菜ちゃんもこっちおいで」

 

「うん♪」

 

 麻弥さんと日菜ちゃんをまとめてハグ……両手に花かな。

 日菜ちゃんの手作りチョコも普通に嬉しい。

 二人の関係を言葉にするのは難しいけれど、嫌いじゃない。

 ……箱の大きさ通りの中身だったら結構なボリュームだけど。

 

「ふんっ!」

 

 後ろから友希那さんにハグされて珍妙な光景に。

 一年近くこんな光景を見せられ続けてきたクラスメイトは基本スルーだから助かる。

 息を荒くしてデッサンしている人もいるけど。

 

 

〇Pastel*Palettes(相手:チョコの形、「文字チョコ」)

 

丸山彩:花束

氷川日菜:太陽系の惑星

白鷺千聖:レオンくん詰め合わせ

大和麻弥:猫詰め合わせ

若宮イヴ:「義」「勇」「仁」「礼」「誠」「名誉」「忠義」

 

 

 

 

「やあ、子猫ちゃん」

 

「あ、薫さん。丁度、んぐっ!」

 

 休み時間、二年B組に現れた薫さんに言葉の途中で口に何かを押し込まれた。

 ビターなチョコ、美味しい。

 

「『愛は万人に、信頼は少数に』つまりそういうこと、んっ!?」

 

 つい差し込まれた指に舌を這わせてしまう。

 勿体ないから。

 

「はむ……ぺろぺろ……」

 

 お返しに手首を掴み逃がさないようにして舌テクを披露。

 さくらんぼの茎を結ぶのも余裕なレベルなので。

 段々と薫さんもポーカーフェイスを保つのが難しく……潮時か。

 

「ご馳走様」

 

「……ああ、どういたしまして」

 

 長細くて綺麗な人差し指を解放してウェットティッシュで拭く。

 爪ケアやらスキンケアやら一番女子力の高い人は薫さんかも知れない。

 努力の跡を見せない努力、メリット・デメリットはともかくその姿勢は恰好良いと思う。

 ……同じ傾向の人間が私の周りに多い気がするけど。

 

「『ぼんやりしている心にこそ恋の魔力が忍び込む』」

 

「ふふっ、ワンコも儚さが分かってきたみたいじゃないか」

 

「ありがとう。ついでにハロハピのみんなにもチョコ作ってきたのよろしく」

 

「お安い御用さ」

 

 

〇ハロー、ハッピーワールド!

 

弦巻こころ:向日葵

瀬田薫:「儚い」

北沢はぐみ:マリー

松原花音:クラゲとペンギン

奥沢美咲:ミッシェル

 

 

 

 

「おまたせ」

 

「あ、ワンコ先輩!」

 

 昼休みの屋上、陣取るはAfterglowの面々。

 事前に連絡があったのでチョコはしっかり準備。

 ……風が吹くと普通に寒い二月の屋上。

 

「えっと……」

 

「蘭~、頑張れ~」「えいえい」「ソイヤ!」「蘭ちゃん!」

 

 四人の声援を受けて覚悟を決める蘭ちゃん。

 眩しいよ。

 

「あ、Afterglowのみんなで作りました!」

 

「うん、ありがとう。開けても?」

 

「はい!」

 

 綺麗なラッピングを慎重に解くと中からは夕焼けをイメージしてアイシングされたクッキー。

 口にすると軽やかな歯ごたえ、それにこの微かな香りは――

 

「薔薇の香り?」

 

「はい」

 

 力強い眼差し。

 視野を広げ、向上心を持ち、貪欲に吸収していく。

 そして……これはRoseliaへの挑戦の意も含まれてるのかな?

 全くこれだから後輩は。

 

「蘭ちゃん、いつも通り格好良い」

 

「ちょっ、先輩!」

 

 思わずハグ。

 メッシュと区別が付かない程赤くなっても逃さない。

 蘭ちゃんっていつもお花の匂いがするよね。

 

「ひゅーひゅー」

 

「モカ、茶化してないで助けて!」

 

 

美竹蘭:蘭詰め合わせ

青葉モカ:パン

上原ひまり:「え」「い」「え」「い」

宇田川巴:太鼓

羽沢つぐみ:コーヒーカップ

 

 

 

 

 放課後、少し生徒会の仕事をしてから市ヶ谷家へ。

 万実さんに挨拶をして蔵の地下へ。

 

「チョコ~♪」

 

「おい、先に挨拶しろ!」

 

 抱き着いてくる香澄ちゃんと即座にツッコミを入れる有咲ちゃん、いつもの光景。

 

「あ、兎だ」

 

「おたえも勝手に開けるな!」

 

 元気が良くて結構。

 この割と自由なバンドの空気といざという時の団結力が彼女たちの強み。

 同学年のAfterglowとは別の意味で楽しみなバンド。

 その屋台骨と言えば――

 

「有咲ちゃん、がんば」

 

「きゅ、急に何ですか!?」

 

 ハグするとひまりちゃんと双璧を為す柔らかさ。

 天は二物を与えたみたいだ。

 

 

戸山香澄:☆

花園たえ:兎詰め合わせ

牛込りみ:チョココロネ

山吹沙綾:「やまぶきベーカリー」

市ヶ谷有咲:盆栽

 

 

 

 

「ごめん、遅れた」

 

「遅いわよ。待たずに始めるところだったわ」

 

「とか言ってずっと時計と睨めっこしてたのは誰かな~」

 

 コンビニのバイトが長引きようやくRoseliaのみんなが待っている羽沢珈琲店へ。

 少しむくれている友希那さんとそれをからかうリサさん。

 他の三人はNFOの攻略について議論しているようだ。

 

「そんなにコンビニ忙しかった?」

 

「リサさんもモカちゃんもいなかった上に義理チョコサービスの所為か大混雑。そんなに欲しいかな?」

 

「ワンコさんから……貰えるなら嬉しいです……」

 

「燐子さん、ありがとう」

 

 私も席に着きつぐみちゃんからお冷を貰う。

 一応隔離席になっていてチョコの持ち込み許可も羽沢店長に貰っている。

 

「チョコレート交換、行くわよ」

 

 いつものメンバー紹介のノリで友希那さんが宣言した。

 

 ちなみに友希那さんだけ既製品で他のメンバーは手作り。

 猫ラベルの某有名チョコ……帰ったら一緒に食べるか聞いてみよう。

 

 

「……ワンコ、この形は何なの?」

 

「今度発売予定のRoseliaグッズの試作SDイラストからシリコンの型を作ってもらった」

 

「羽沢さんと日菜が混ざっているのですが」

 

「ついでに作ってもらった」

 

「うひゃ~、友希那のチョコとか勿体なくて食べれないよ~」

 

「型はあげるから駄目になる前に食べて」

 

「あ、りんりんのあこだらけだ!」

 

「うん……こっちのあこちゃんも食べちゃう……」

 

 ちょっと変な空気になったけど何とかなった、かな?

 この甘さならブラックコーヒーが最適かも。

 

 

湊友希那:リサさん詰め合わせ

氷川紗夜:つぐみちゃんと日菜ちゃんの詰め合わせ

今井リサ:友希那さん詰め合わせ

宇田川あこ:前にやったNFOのSDキャラ六人

白金燐子:あこちゃん詰め合わせ

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

「お、待ってました!」

 

 既に出来上がっている部屋の主、鍵をかけないとか不用心すぎる。

 机の上の酒瓶を片付けて持ってきたウイスキーボンボン、円を描くように並べられていてCiRCLEっぽい。

 

「飲みすぎですよ。まりなさん」

 

「うるさい! バレンタインに縁の無い女を舐めるな! ぐすっ」

 

 うわ、駄目だこの人、半泣きだ。

 仕事もできるし綺麗だしギターも上手いし……普通にモテそうなのに。

 

 まあ考えても仕方ないから、なるようになれ、だ。

 

 

 ウイスキーボンボンを食べ自分の意識を朦朧とさせる。

 さあ、もう一人の私、まりなさんを悦ばせてあげて。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

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<備考>

氷川日菜:日付が変わった瞬間に姉の部屋に突撃。

大和麻弥:購入時はTV出演並みに緊張した。

瀬田薫:前年比200%、去年に続き最多記録更新。

美竹蘭:チョコ作りを提案した。

市ヶ谷有咲:ツッコミは年中無休。

Roselia:勿体なくて当日は誰も食べられず。

月島まりな:起きたら記憶が飛んでおり、同衾に気が付いて血の気が引いた。


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本編X-3:修学旅行(シーズン1秋)

本編Xはそれぞれ独立しているので思いついた順に書いています。


<イベント発生条件>

(キャラ:好感度)
麻弥:高
友希那:中以上
Pastel*Palettesの中で麻弥の好感度が一番高い

不幸度:中以下
性欲:中以上


「――さん! ワンコさん、起きてください!」

 

「……麻弥さん? あれ、ここって」

 

 聞き慣れた声で目を覚ますと目の前に焦っている麻弥さん。

 仰向けに寝ている事を認識したので、ゆっくりと上半身を起こし辺りを見回す……浜辺?

 そして右目に違和感、いつも着けている眼帯が無い。

 

「体は大丈夫ですか!?」

 

「ん」

 

 立ち上がり全身を見て確認、触って確認、動かして確認。

 

「大丈夫。ちょっと記憶が飛んでるから説明してもらってもいい?」

 

「はい。あ、その前に湊さんも起こさないと!」

 

「友希那さんも!?」

 

 見回すと少し離れた位置に友希那さんが倒れていた。

 駆け寄って脈を取り、呼吸を確認……大丈夫そう。

 

「友希那さん、朝ですよ」

 

「ん……後五分……」

 

 いつも通りの返答に少し脱力しつつ安心した。

 まあいつまでも可愛らしい寝顔を見ているわけにもいかないので……鼻を摘まむ。

 

「……っぱ! 何事!?」

 

「おはよう、友希那さん」

 

「……ええ、おはよう……ワンコ」

 

 起き上がり辺りを不思議そうに眺める友希那さん。

 近付いてきた麻弥さんと挨拶を交わすもまだボンヤリしている。

 取り合えず日差しが厳しいので日陰に移動。

 

「麻弥さんお待たせ。修学旅行中という事は思い出したけど、何があったか説明してもらっていい?」

 

「はい。といっても完全ではないですけど」

 

 

 

 羽丘二年の修学旅行先は花女三年が春に訪れた沖縄。

 湊班は友希那さん、麻弥さん、私の三人。

 友希那さんの希望はイリオモテヤマネコ一択、麻弥さんも同じ。

 那覇空港から石垣島へ飛び予約していた西表島ツアーに参加。

 羽丘の修学旅行は私服なので長袖長ズボンで準備万端。

 そして念願のイリオモテヤマネコ! には全く会えず。

 失意のまま帰りのフェリーで暴風雨に遭遇。

 急いで救命胴衣は着けたものの転覆して海に放り出された。

 私が二人の手を離さなかったおかげで離れ離れにはならなかったけど、気付いたら浜辺に打ち上げられていた。

 他の乗客と船員は不明。

 

 まとめるとこんな感じ。

 

 

 当然ながらスマホは三人ともお釈迦。

 海での遭難は初めてだから少し不安かな、サバイバルキットでもあれば良かったのに。

 

 

 

「……ごめんなさい。私のせいで」

 

「そ、それを言ったらジブンもツアーに賛成しましたし!」

 

 落ち込む友希那さんと慌ててフォローする麻弥さん。

 うん、ここは私が頑張らないと。

 

「友希那さん、何か問題でも?」

 

「えっ?」

 

「三人とも無事。なら後は救援を待って帰るだけ、でしょ?」

 

 私の言葉にキョトンとする二人、ちょっと可愛い。

 

「……フヘヘ、流石ワンコさん。どこまでも前向きですね」

 

「ほら、麻弥さんも『フヘヘ』言ったし勝利フラグは立った」

 

「あなた達……そうね。Roseliaの狂犬とパスパレのサバイバルマスターがいるのに弱音は吐けないわね」

 

 あれ、まだ狂犬の仇名生きてたんだ。

 そして麻弥さんが大活躍だったパスパレ特番は確かに湊家全員で見てた。

 やっぱり麻弥さんは凄かった。

 

「それでこそ友希那さん。それに暴風雨なんて自称雨女の紗夜さんでも呼べないよ」

 

「……帰ったら紗夜に言っておくから覚悟しておきなさい」

 

「うん、期待しておくね」

 

「お二人の掛け合いを見てるといつもの教室みたいで落ち着きます」

 

 そう言ってもらえると嬉しいな。

 

 

 

 

「まずは島を一周でしょうか?」

 

「うん、その前に捜索隊が来た時に分かるように目印を残しておきたいな」

 

「漂着物が結構あるわね」

 

「では、それで『SOS』を作りましょう!」

 

「容器類は使えそうだから確保、と」

 

 ゴミ問題について考えたり。

 

 

 

「大和さんの言った通り直射日光を避けて森伝いに移動すると日差しが防げていいわね」

 

「あ、あの果物、彩さんの図鑑に載ってた食べられる果物です!」

 

「ちょっと取ってくる」

 

「脱水症状は怖いですからね。湊さんもこまめに水分補給お願いします」

 

「ええ、ありがとう」

 

 食糧問題について考えたり。

 

 

 

「あら、一周したわね」

 

「大体一時間なので四キロ前後?」

 

「そうだと思います」

 

「大和さんが見つけた果物のお陰で喉は乾かないけど、汗と海水で服が……出来れば髪も洗いたいわね」

 

「少し休憩したら森の奥に行ってみる?」

 

「そうですね。水源があればいいんですけど……って、曇ってきてません?」

 

「降りそうね。というか降ってきたわ」

 

「流石友希那さん、持ってる」

 

「たまたまよ。天然のシャワーなんて贅沢ね」

 

「ついでに容器も満タンにしておきましょう」

 

 水不足について考えたり。

 

 

 

「岩場で貝を捕獲」

 

「濡れてない流木を拾ってきたわ」

 

「お二人ともありがとうございます。丁度ペットボトルで火が起こせました」

 

「おお、理科の実験みたい。これで貝も蛇も蛙も焼いて食べられる」

 

「……」「……」

 

 価値観の違いについて考えたり。

 

 

 

「♪~♪~」

 

「寝ころんで湊さんの歌声を聞きながら星を見るなんて最高ですね」

 

「リサさんとか香澄ちゃんとか絶対に悔しがると思う」

 

「ギャーウ」

 

「あ、イリオモテヤマネコ」

 

「にゃーんちゃん!?」

 

「どこっすか!?」

 

「うん、おいで。いいこ、いいこ」

 

 絶滅危惧種について考えたり。

 

 

 

「寝心地はどう? 漂着物の網で作った簡易ハンモック」

 

「虫除けの草を組み込んだので安眠できると思います」

 

「ええ、快適よ。じゃあ見張りの交替の時間になったら起こして頂戴」

 

「ギャウ」

 

「うん、お休み」

 

「良い夢を」

 

 睡眠の質について考えたり。

 

 

 ……全く、修学旅行は色々と考えさせられる。

 悪くないけど。

 

 

 

 

「……湊さんは眠ったみたいですね」

 

「うん」

 

 微かに聞こえてくる安らかな寝息、いつもと同じで安心する。

 森と浜辺との境界、森寄りで眠る友希那さんと浜辺寄りで焚き火をする麻弥さん。

 軽く見回った感じ肉食獣はいなかったけど蛇や虫が怖いので少し枝を落とし見晴らしを良くした場所にハンモック。

 一応周囲の森には拾った釣り糸で作った簡易鳴子を設置してあるのでもし何か来たら分かる筈。

 あまり浜辺の方だと大波が怖いので焚火の位置は海岸線から離した。

 ここらへんは分かる人がいなかったので完全に手探り。

 

 さて、と――

 

「麻弥さん、ありがとう」

 

「あっ」

 

 小声での感謝の言葉と共に唇を重ねる。

 それだけで緊張の糸が切れたのか麻弥さんの両目から涙が零れた。

 心細い状況の中での気丈な振る舞いと行動力、やっぱり麻弥さんといると安心できる。

 

 髪を撫で、体をさすり、出来るだけ落ち着けるように。

 いつしか舌が絡み合い互いの唾液が混じり合う。

 淫靡な音が波の音、風の音、虫の音に混じる。

 

「……フヘヘ、ワンコさんみたいにはいきませんね」

 

「ううん、私は鈍感なだけだから真似しない方が良いよ。それに麻弥さんが一緒で心強かった」

 

 私の唾液の影響からか顔を赤らめる麻弥さん。

 新鮮なその表情に私の体も火照り、疼く。

 アイドル活動やバンド活動で引き締まっているものの、女性らしさを全く失っていない魅力的な肢体。

 服の上から豊満な胸に手を当てつつ、耳に吐息がかかる距離で囁きかける。

 

「続き……しちゃう?」

 

「はう……是非、と言いたいところですが、これ以上やると湊さんの顔をまともに見れなくなるので」

 

「友希那さんは気にしないと思うけど……うん、続きは帰ってから」

 

「……はい」

 

 続ける代わりに麻弥さんの頭を膝の上に。

 最初は驚いていた麻弥さんも観念して目を閉じた。

 頭を撫でているうちに聞こえてくる寝息。

 

 今日は徹夜で見張り、かな。

 

 

 

 

 バラバラバラバラバラ

 

 

 

 

 早朝、ヘリのプロペラ音に急いで火を消し麻弥さんを抱え木陰へ……って、こんな過剰反応は私も疲れている証拠。

 改めて捜索隊のヘリだと確認し浜辺へ出て手を振る。

 無人島生活は一日で終わりのようだ。

 

 帰る前にハンモックとか鳴子とか片付けないと。

 

 

 

 

「ゆ~ぎ~な~!」

 

「あら、リサ」

 

 沖縄本島の病院で軽い検査を終え外に出ると、リサさんが顔をぐしゃぐしゃにしながら友希那さんに抱き着く。

 カンキワマリなリサさんだが友希那さんの反応は薄い。

 朝起きたらイリオモテヤマネコがいなくなっていたとかで、救援の安堵より喪失感が勝っている様子……やはり大物。

 

 

「麻弥ちゃん♪」

 

「日菜さん!」

 

 抱き合う麻弥さんと日菜ちゃん。

 こちらは感動の御対面、少し取り乱している日菜ちゃんが可愛い。

 

 

「フフ、お帰り」

 

「薫さん、ただいま」

 

 いつも通りの薫さん、信頼の証だと受け取っておこう。

 麻弥さんを日菜ちゃんに取られて手持無沙汰というわけではない筈。

 そして――

 

「なんでつぐみちゃんまで?」

 

「生徒会長から現地に飛んで対応に当たれって……心配、したんです、から……ぐすっ」

 

「ごめんね」

 

 私の顔を見て安堵したのかつぐみちゃんの瞳から涙が。

 ……釣られて私も泣いちゃいそう。

 これ以上見ないようにハグして背中をさする。

 無事帰ってきたことを実感した。

 

 他の乗客と船員も無事だったので一安心。

 

 

 

 

「じゃあ、これから友希那も修学旅行の続きを」

 

「歌いたい……いえ、歌うわ!」

 

「えぇ!?」

 

 友希那さんの爆弾発言にリサさんの声が裏返る。

 無人島生活によって友希那さんの中で変化が生まれた?

 力強い眼差しにワクワクしてきた。

 

「ジブンも同感です。この近くにパスパレのロケでお世話になったライブハウスがあるので行きましょう!」

 

 麻弥さんもやる気満々だ。

 今にも「ソイヤっ!」とか言いそうな位に。

 ドラマーって根本は一緒なのかな、良い意味で。

 

「おー、麻弥ちゃんからるんっ♪ な発言が。あたしも!」

 

「元気なお姫様達だ。喜んでお付き合いしよう」

 

「ちょ、ちょっと皆さん!」

 

 思わぬ流れに慌てるつぐみちゃん。

 ……うん、観念してもらおう。

 

「友希那さん、丁度ここに気鋭のキーボーディストが」

 

「えっ!?」

 

「あら、それは好都合ね。羽沢さんも行くわよ。大和さん、早く案内して」

 

「フヘヘ、了解です!」

 

 ライブハウスに向かって歩き出す一同。

 つぐみちゃんだけはその場に止まり私を恨みがましく見つめている。

 

 我ながら無茶なお願いだとは分かっているけど……。

 つぐみちゃんの右手を取り両手で包み込む。

 

「つぐみちゃん、お願い。後は私が対応するから。それにきっと良い経験が出来る」

 

「もう……後で埋め合わせはしてもらいますからね!」

 

「うん」

 

 覚悟を決めたような表情のつぐみちゃんを送り出す。

 さあ、後は私の仕事。

 

 引率の先生が戻ってきたらどう丸め込もうか?

 つぐみちゃんを派遣した生徒会長にはどう対処しようか?

 湊家と大和家にも直接連絡しておきたい。

 

 

 

 

 さあ、甘えた分だけ頑張ろう。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

大和麻弥:目覚めた。

湊友希那:一皮剥けた。

ワンコ:発情した。


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本編X-4:猫の日(シーズン1冬)

今回も間に合わず。


<イベント発生条件>

(キャラ:好感度)
友希那:高
リサ:高
Roseliaの中で友希那の好感度が一番高い


 ねえ、しあわせ?

 

 

 もちろん。

 

 

 ほんとうに?

 

 

 ほんとう。

 

 

 ……よかった。 

 

 

 …………うん、よかった。

 

 

 

 

「――起きて」

 

「……うん、おはよう」

 

 何か夢を見ていた気がしたけど、友希那さんの声で一気に意識が覚醒した。

 私より先に起きるとは珍しい、とそこまで考えて今日は「アノ日」だと気付いた。

 なるほど、私も急いで準備しないと。

 

 

 

 

 まだ寒い早朝の空気の中歩いて辿り着いた場所は商店街が管理している空地。

 監視カメラも設置され防犯にも配慮されていたりする。

 そんな場所に何の用かと言うと――

 

「にゃん」

 

「にゃ~」

 

「にゃ~ん♪」

 

 私達の来訪に気付き姿を見せる猫達。

 つまり……友希那さんにとっての天国。

 

「ふふっ、お待たせ」

 

 猫を前に満面の笑みを浮かべる友希那さん。

 先ずはレジャーシートを敷き鞄を下ろす。

 次いで取り出した水皿を並べ、家で沸騰させ冷やした水をペットボトルから注ぐ。

 最後に餌皿を並べると手際良くドライタイプのキャットフードを入れていく。

 

 全般的に器用とは言い難い友希那さんだけど、特定の事に対しては目を見張るものがある。

 コレに関しては日本代表レベル、かも。

 

「さあ、召し上がれ」

 

 友希那さんの柔らかな声に物陰に隠れていた猫達も姿を見せ水を飲み餌を食べる。

 終わった猫はその場に寝転んだり友希那さんに頬擦りしたり。

 

「……なんて可愛いの。友希那、LOVE、にゃーんちゃん!」

 

 恍惚とした表情で仰向けになった猫のお腹を撫でる友希那さん。

 思わず本音が漏れてしまっている。

 うん、友希那さんも可愛い。

 

「ほら、ワンコも座りなさい」

 

「それでは失礼して」

 

 友希那さんの横に腰を下ろすと早速何匹かが寄ってきた。

 それぞれ耳の先端が桜の花びらの様にカットされた去勢済みの地域猫達。

 友希那さんも私も手術代の寄付をして、月に数回の餌やり当番にも参加している。

 次代へ繋げる可能性を断つ事が本当に正しいのか、割り切ったつもりでも胸の奥に燻り続ける。

 

「……難しい問題ね」

 

「……うん」

 

 放っておけば野良猫は増え、器物破損や媒介するノミ・ダニによる疾病、糞尿による悪臭等人間の生活に悪影響を与える。

 それを防ぐための殺処分に人間社会の恩恵を受けている私は異を唱えることは出来ない。

 全てを生かすには足りな過ぎるから。

 

 だから無責任に繁殖させたり捨てたりする行為には、ね。

 

 ……人間がいなくなったら食物連鎖の関係で増えたり死んだりで一定数には落ち着くだろうけど。

 

「ただ……この子達が旅立つ時に『生まれてきて良かった』と思ってもらえたら、いいな」

 

「そうね。迷いなく割り切れる程私は大人じゃないけれど、その考えには賛成よ」

 

 私の手をぎゅっと握りしめる友希那さん。

 歌とRoselia以外でこんなに真剣になるなんて。

 

「『猫は淑女よ。人間の天国ではなく、猫の天国に行きたい』つまりそういうことよ」

 

 ……友希那さん語録に追加しておこう。

 素で間違えたのかアレンジしたのかはこのさい問題じゃないよ。

 

 

 

 

「さて、こんなものかしら?」

 

「うん、完璧」

 

 猫達との時間が終わり後片付けを済ます。

 食べかす一つ残さず、お皿は袋に入れ後で庭で洗う。

 商店街の好意で場所を貸してもらっているので不義理は許されない。

 

「にゃーん」

 

「……また今度ね」

 

 断腸の思いで別れを告げる友希那さん。

 だけどライブハウスに猫を持ち込もうとした前科があるだけに最後まで油断できない。

 

「大丈夫よ」

 

「いや、思いっきりチラ見してるので信用できない」

 

「にゃん♪」

 

 付いて来ようとした猫達にはお帰りいただいた。

 伊達にペットホテルで働いてはいないので。

 

 

 

 

「終わったら羽沢珈琲店で」

 

「ええ、英気を養った分いつも以上に練習するわ」

 

「テンション上げてくよ♪」

 

 帰宅し手洗いうがいを済ませ着替えた後、今度はCiRCLEへ友希那さんとリサさんと向かった。

 私はこの後つぐみちゃんとバイト、っとその前に。

 

「リサさん、例のアレ」

 

「任せて」

 

 私の耳打ちに自信満々な回答、これは期待できそう。

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

 笑顔でお客さんを送り出すとテーブルの片付け、はもうイヴちゃんが終わらせているか。

 コーヒーとお冷のおかわりは、つぐみちゃんがやっている。

 多少の忙しさでも私達三人なら問題ないね。

 

「ワンコ先輩……可愛いです」

 

「ありがとう。蘭ちゃんも可愛いよ」

 

 突然お客さんとして来ていた蘭ちゃんに褒められ思わず頬を撫で撫で。

 そこへモカちゃんが割り込む。

 

「……この泥棒猫! なんちゃって~」

 

「モカ、抱き着くなら後にして」

 

「は~い」

 

 冗談めかしているけど一瞬敵意を感じた。

 いい度胸。

 

「モカちゃんも可愛い」

 

「!? びっくりしたなーもー」

 

 首筋を一撫ででこの反応、やっぱり敏感。

 やる事やってるみたいで一安心。

 

「モカ……あたしの時より反応良いね」

 

「嫌いになった~?」

 

「今夜憶えておきなよ」

 

「蘭大好き~」

 

 後輩が仲良くしてるのを見るって良い気持ち。

 青春だね。

 

「流石ワンコ師匠、一件落着です!」

 

「う~ん、元はと言えばワンコ先輩が原因のような」

 

 

 

 

 カランカラン

 

「いらっしゃいませ。あ、友希那さん」

 

「謀ったわね」

 

 入店して私に気付くと早歩きで眼前まで来て私を睨みつける友希那さん。

 残念ながら全く怖くない、小柄な上に頭には――

 

「お、お似合いですよ、猫耳の湊さん……プフー!」

 

「蘭、笑いすぎ~」

 

 怒りでプルプルしている猫耳の友希那さん。

 入口の方を見ると手を合わせて謝罪の意を示す猫耳を付けたリサさん達Roselia一同。

 ちょっとしたサプライズだったんだけどなぁ。

 

「二月二十二日の猫の日にちなんで商店街で猫耳の人にはサービスする企画、駄目だった?」

 

「……全然駄目よ」

 

 そう言うと店内を見回してから再び私を睨みつける。

 

 

 

「あなた達、猫にすべてを賭ける覚悟はある?」

 

『!?』

 

 呆気にとられる蘭ちゃん達、名言台無し。

 

 

 

「……つまり単に猫耳を付けただけで猫へのリスペクトが足りない、と?」

 

「そうよ」

 

 サービスメニューの白猫ロールケーキを食べて少し機嫌が良くなった友希那さん。

 今回のお怒りは流石に私も読めなかった。

 ちなみに店員を含め店内全員猫耳だったりする。

 

「井伊直孝を雷から救った招き猫は尊敬しています。ハンネにも送りました!」

 

 フィンランドに招き猫……異国の地でも頑張ってほしい。

 あっちは法整備と環境が過酷な所為で野良猫がいないとか。

 

「若宮さんは良い子ね。それに引き換え美竹さんは……まあいいわ」

 

「それって、あたしのことは眼中にないって意味ですか?」

 

「ら、蘭ちゃん落ち着いて!」

 

「あたしは落ち着いてるよ!」

 

 猫耳を着けた女の子達が言い争ってるというシュールな光景。

 つぐみちゃんが蘭ちゃんを宥めようとしているものの厳しめ。

 友希那さんは我関せず、な感じでコーヒーに砂糖を優雅に入れ続けてるし。

 どう収拾をつけたら……。

 

 

 カランカラン

 

 

「蘭、そろそろ時間だぞ。って、あこ?」

 

「あ、おねーちゃん! 時間って?」

 

「ああ、実は――」

 

 来店した巴ちゃんの話に何人かが閃いたような顔をする。

 私もその内の一人。

 そう言えばこの後アレがあったか……よし、これならいけるかも。

 

 ここはRoselia渉外担当の腕の見せ所。

 

 

 

 

「――ありがとう。Roseliaでした」

 

 練習の疲れを感じさせないRoseliaの演奏が終わり、控室代わりのテントに帰ってきた。

 猫耳を着けて演奏というRoselia史上初の試み。

 飛び込み参加の野外ステージでも圧倒的存在感を見せつけた。

 

「どうだったかしら?」

 

「うん、猫のしなやかさが表現出来てた」

 

「そう」

 

 あ、嬉しそう。

 頬が少し赤い。

 

 で、次はAfterglowの番。

 こちらも全員猫耳を着けてやる気満々。

 蘭ちゃんがこちらを一瞥、友希那さんとの間で火花が散るのを見たような。

 

「まるで黒豹ね」

 

「うん、蘭ちゃんらしい」

 

 そして始まるいつも以上に熱を持った演奏、闘争心の塊と言っていいのかもしれない。

 それでいてギリギリのラインで冷静さを保っていたりする。

 うん、いつも通りの彼女達だ。

 

「良い音ね」

 

 隣で真剣に演奏を聴く友希那さんがポツリと漏らす。

 楽しそうで何より。

 

 

「Afterglowでした! これから募金活動するので協力できる方はお願いします」

 

 演奏が終わりステージを下り募金活動を始めるAfterglowの面々。

 

「行くわよ」

 

「ええ」

 

 友希那さんの言葉に紗夜さんが答え私を含めたRoseliaの面々も手伝いに向かう。

 猫の保護活動にも結局先立つものがいるわけで。

 商店街の猫の日イベント、締めのライブが急遽対バンになったけどこれで無事終了かな?

 

 

 

 

「どうでしたか湊さん、あたしの演奏と猫っぽさ?」

 

 羽沢珈琲店に戻り打ち上げが始まって早々、蘭ちゃんが友希那さんに絡む。

 頭には黒猫耳を着けたまま。

 

「いつも通り良かったわよ」

 

「はぁ!? さっきは眼中にないって」

 

「それは美竹さんが勝手に言った事よ。そもそも普段から十分に猫っぽいわ」

 

「ど、どうも……」

 

 赤くなってトーンダウンする蘭ちゃん。

 誉め言葉として受け取ったらしい。

 これで一件落着かな?

 

 ……友希那さんの言葉不足は何とかしないと。

 

 

 

「ツグミさん、お店に看板猫として保護猫は引き取れませんか?」

 

「う~ん、許可がいると思うしアレルギー持ちの人が来れなくなるから難しいかも」

 

「無念です……」

 

 

「氷川さんは……ペットは飼いませんか?」

 

「いずれレオンくんみたいな犬は飼ってみたいですね。猫は……もう間に合っています」

 

「ふふっ……姉妹仲は良好ですね……」

 

 

「巴は将来何か飼いたい?」

 

「やっぱりライオンだな」

 

「ライオン!? 私富豪になるから一緒に海外に住んで飼おう!」

 

 

 

 ……普段興味のない人も一年に一回今日ぐらい猫の事を考えてもいいかな。

 

 

 ちなみに犬の日は十一月一日だけど商店街のイベントは特に無いので提案しておこう。

 

 

 

 

 

「……で、もう日付が変わろうとしているのに何事?」

 

「にゃーん♪」

 

 布団に入った私の上に覆いかぶさるのは下着姿に猫耳と猫尻尾を着けた友希那さん。

 まるで発情した猫みたいに息が荒い。

 

「リサさんに構ってもらったら?」

 

「リサなら力尽きて私のベッドで寝てるわ」

 

 いつもなら友希那さんが真っ先に寝てるというのに……まさかこれが猫の日パワー?

 圧も増している気がする。

 

「だからワンコが相手しなさい」

 

「んっ」

 

 有無を言わさず舌を口の中に侵入させてきた。

 いつもより情熱的に絡ませてくると同時に器用に布団を剥ぎ取っていく。

 

「はむ」

 

 さらに私の首筋に甘噛み。

 全く……困った事に私の体もやる気に、体が熱い。

 友希那さんの華奢な指先を私の――へ誘導。

 

 

 今日ばかりは私がネコかな……。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

湊友希那:身体能力が222%向上。

美竹蘭:敏感なのと咄嗟に出る大声が最近の悩み。

ワンコ:犬キャラとしてのアイデンティティーの喪失。


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本編X-5:風紀委員(シーズン2春)

UA30,000&お気に入り180件突破ありがとうございます。

感想が貰えるくらい面白い話が書きたいです(迷走中


<イベント発生条件>

(キャラ:好感度)
紗夜:高
燐子:高
さよつぐが一線を越えていない


「来ていただいてありがとうございます」

 

「こちらこそ情報交換が出来て良かった」

 

 桜舞う年度初めの四月、新入生はもちろん在校生も浮かれる傾向にあるようで。

 羽目を外しすぎないよう羽丘と花女の両風紀委員で協力していこうという方針。

 二駅しか離れていないので移動も楽だし。

 今日は私が羽丘を代表して花女の風紀委員の会合にお邪魔させてもらった。

 

「それにしても羽丘の風紀委員がワンコさんになるとは」

 

「うーん、ガラじゃないような」

 

「いいえ、お似合いですよ」

 

 花女の風紀委員の紗夜さんからお褒めの言葉、ちょっとむず痒い。

 紗夜さんのキリっとした貫禄ある雰囲気に比べると私は……取り締まられる側?

 実際、前年度は日菜ちゃん共々目をつけられていたし。

 

 対立候補の選挙協力に最初に誘われた手前三役辞退を公言していたら、日菜ちゃん当選後に押し付けられて。

 副会長並みの権限を持たされたら辞退した意味が無いというのに。

 選挙後の組閣で対立陣営の取り込みをしようとしたら私の風紀委員就任が条件とか。

 どれだけ日菜ちゃんの首輪役を待望しているのやら。

 

「日菜の事で何かお悩みですか?」

 

「うっ、するどい」

 

「何となく、です。羽丘でのあの子の事はお任せしますので厳しく躾けてください」

 

 悪戯っぽく笑う紗夜さん。

 日菜ちゃんの言葉を借りるなら「るんっ♪」な感じ。

 昔の事は……詳しくは知らないけど今の姉妹仲は良好で何より。

 

 

 

 

 コンコンコン

 

 

 

 

「変ですね。この時間は白金さんがいるはずですが」

 

 不審げな顔をしながら生徒会室の扉を開ける紗夜さん。

 中に入るが燐子さんの姿は見えない。

 

「……こちらです」

 

 紗夜さんに呼ばれ書類棚の奥に回り込むと……通路の一番奥の机に突っ伏す燐子さん。

 安らかな寝息を立てている。

 

「どうします?」

 

「お疲れの様なのでそのままで」

 

 私のブレザーを眠る燐子さんに掛ける。

 こういう時は羽丘の制服って便利、ワンピースタイプの花女には出来ない芸当。

 デザインは好きだけど。

 

 やっぱり生徒会長ともなると色々と大変だよね。

 うちの生徒会長が特異なだけで。

 

「では風紀委員の過去の活動記録を出しますね」

 

「うん、よろしく」

 

 音を立てないように机の上に活動記録を並べていく紗夜さん。

 パイプ椅子に腰かけた私はそれに目を通しながら参考になりそうな箇所をノートに書き留めていく。

 学園外秘なのでコピー不可、撮影不可なので面倒だけど仕方がない。

 役を引き受けた以上全力で全うするのが信条。

 

「直近三年はそんなところです。お茶でも淹れますね」

 

「ありがとう」

 

 お茶を淹れるために部屋を出ていく紗夜さん……優しい。

 頼み事も断られた記憶は無いし、気配りもできるし。

 帰りを遅らせるのも気が引けるので一気に片付けてしまおう。

 

 

 

 

「あ、この香り」

 

「白鷺さんから良い茶葉を貰ったので」

 

 暫くしてトレイを持った紗夜さんが帰ってきた。

 配膳をして机の反対側に座る。

 私も一旦作業を止め、紅茶、そして一緒に出されたクッキーに手を伸ばす。

 

「美味しい……カップも温めてあるし抽出の温度・時間も完璧。クッキーもまた上達してる」

 

「ふふっ、ワンコさんにお出しするのに気は抜けませんから」

 

 優しい笑顔、初めて会った時からは想像もできない。

 この一年でRoseliaの中で一番変わったのは彼女かも知れない。

 勿論、良い意味で。

 

「手書きを強いてしまってごめんなさい。うちも電子化すればいいのですが」

 

「全然、要点がしっかりまとめてあるので読みやすい」

 

「……数少ない取り柄ですから」

 

 昔の事を思い出したのか少し表情が曇る。

 胸がざわついた。

 

「適材適所、うちの生徒会長に書類を書かせると翻訳が必要になるし」

 

「あの子ったら……」

 

「それに……紗夜さんの字、好き」

 

「っ!?」

 

 私の言葉に顔を赤らめる。

 親友と呼んでいいくらいに仲良くなったというのに初々しい反応、ついつい弄りたくなってしまう。

 

「わ、私も嫌いではありません!」

 

「うん、ありがとう」

 

 

 

 

「う~ん、花女も不登校がゼロってわけじゃないか」

 

 活動記録を読み終え一番気になった事を言葉にした。

 伝統校のイメージが強いお陰か素行不良的な意味での問題児は稀。

 一部校舎を飛び降りてショートカットするお転婆さんもいるけど今回は無視。

 

「……そうですね。個人の事情等もあるので残念ですが」

 

「日菜ちゃんが羽丘全体を楽しいところにしようと頑張ってるから、風紀委員の方でも何かしたいけど」

 

「なるほど」

 

 紗夜さんの綺麗な顔を眺めて考える。

 私の場合特待生なので出席するのが当たり前だったから参考にならない。

 紗夜さんもサボるなんて発想は無さそうだし、日菜ちゃんは授業聞かずに紗夜さんの事考えてそうだし。

 ……確か有咲ちゃんも昔は不登校気味だったような。

 

「……お悩み相談室」

 

「うん?」

 

「お悩み相談室等はどうですか? 先生方に相談するよりハードルは低いですし」

 

 少し顔を赤らめながら紗夜さんが提案してくれた。

 意外な提案にあの日の光景が脳裏に浮かぶ。

 

「私も皆さんに出会うまで、一人で思い悩んでは堂々巡りを繰り返していましたから……」

 

「紗夜さん……」

 

 寂しげな言葉に思わず机の上で組まれた手に手を重ねてしまう。

 

「もう大丈夫ですよ。あなたと出会えた季節の所為で少し感傷的になったみたいです」

 

「お悩み相談室、頑張るよ。行き場を失くしてうずくまっている子は見逃さない」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

 たとえ直接救えなくても何かの切っ掛けになれば。

 

 あの日のレオンくんと私のように。

 

 

 

 

「……っと、これで要点は書き出せたかな」

 

「お疲れ様です。では白金さんを起こして帰りますか」

 

「その前にうちの生徒会にきた投書を読み上げるね」

 

「はいっ!?」

 

「『おねーちゃんの甘えるところが見たい!』」

 

「それ日菜ですよね?」

 

「『紗夜さんの甘え下手なところを直してほしいです』」

 

「羽沢さんまで……」

 

「というわけで今日はこれから紗夜さんを甘やかす」

 

「ちょっと言っている意味が――」

 

「話は……聞かせてもらいました……」

 

「白金さん、いつの間に起きて」

 

「おはよう燐子さん」

 

「おはよう……ございます……失礼」

 

 寝起きで喉が渇いていたのか私の飲みかけの紅茶を一気飲み。

 普段の彼女なら絶対しない行動、ゲップまでしてるし。

 うん、寝惚けてる。

 

「ふにゅ……」

 

 仕舞いには座っている私の背後から覆い被さり頬を激しく擦り付けてくる。

 友希那さんが猫、紗夜さんが犬だとすると……パンダ?

 白金燐子、面白い、尾も白い、燐燐、悪くない。

 

「白金さんがこんなに乱れるなんて……」

 

「紗夜さんはこれ位アグレッシブに甘える事ある?」

 

 私の質問に眉間に皺を寄せて考える紗夜さん。

 十秒……二十秒……三十秒……六十秒、長いっ!

 

「……甘え方ってどうでしたっけ?」

 

 これは重症。

 

 

 

「そもそも妹がいる手前、昔から姉として相応しい振る舞いを心掛けていましたので」

 

「あー、うん、何となく想像できる」

 

 三つ子の魂何とやら、幼いながらも凛とした紗夜さんが容易に想像できた。

 しかしそうなると問題の根はかなり深いという事に。

 

「私が甘え下手なのは納得しましたが、それを言うならワンコさんも甘えているイメージが無いのですが?」

 

「私? 友希那さんには寝付けない時に子守唄を歌ってもらったり、リサさんには服を選んでもらったりしてるよ」

 

 どうだ私の甘えスキル。

 絵面的にどうかという問題については触れないでいてほしいけど。

 

「やりますね……でも、日菜や羽沢さんに甘えるには姉や年上として抵抗感が。それに怖いんです。一度甘えてしまったら引き返せなくなりそうで」

 

「じゃあ試しに私に甘えてみたら?」

 

「……普段から十分お世話になっていますが」

 

「そういうのとは違うと思う。紗夜さんからは我がままらしい我がままを聞いたことないし」

 

「キューキュー」

 

「はいはい、燐子さんは飴でも舐めててね」

 

 常備している友希那さん用の喉飴を袋から出し燐子さんの口元に持っていく。

 ……私の指まで舐めないでほしいな。

 

「大分極端だけどこんな感じ」

 

「なるほど……では私にもください」

 

「うん」

 

 二つ目を取り出し紗夜さんの口元に喉飴を運ぶ。

 身を乗り出し髪をかき上げ真剣な表情で口を近付け……咥えた。

 おまけに飴を口内に移動させた後も、舌先で恐る恐るといった感じで私の指に触れてくる。

 

 うわぁ……これは、凶悪。

 

「……もう離れても良いよ」

 

「ふぁい……」

 

 不安げな表情で座りなおす紗夜さん。

 唾液で濡れた口周りが艶めかしい。

 

「どう……でしょうか?」

 

「うん、良いと思う」

 

「( ̄∇ ̄*)oグッド」

 

 これには燐子さんも親指を立ててのドヤ顔。

 まだ寝惚けてるのか。

 

 

 しかし……まあ……何と言うか、夕焼けに染まる生徒会室で顔を赤らめた紗夜さん。

 

 

 

 

 ガチャ

 

 

 

 

「鍵……かけました……」

 

「白金さん!?」

 

「生徒会長のお許しが出たようなので、今度は私が甘えます、全力で」

 

 パイプ椅子から立ち上がろうとする紗夜さんの両肩を抑えつける燐子さん。

 徹夜で裁縫が出来たり数時間で弓を的に命中させた筋力は伊達ではない。

 

 それなら、私も。

 

 机の下に潜り込み紗夜さんの両膝に手を乗せ見上げる形で視線を合わせる。

 ぴっちり合わさった両膝、それでも私なら簡単にこじ開けられる。

 

 

「嫌なら蹴飛ばして。許してくれるなら力を抜いて」

 

 

「……馬鹿」

 

 

 

 

 

 

「本当に信じられません! まさか生徒会室で……うぅ」

 

「私もまさかここまでヒートアップするとは」

 

「すーすー」

 

 すっかり暗くなった道を歩く私達。

 燐子さんは疲れてまた眠ってしまったので私が背負っている。

 寝る子は育つ……今度、麻弥さんやひまりちゃん、有咲ちゃん達にも睡眠時間を聞いてみよう。

 

「全く、一歩間違えれば犯罪ですよ!」

 

「だから決定権は委ねた。それに甘えさせてくれる度量の大きな人を見定めるのも大事な人生スキル」

 

「はぁ……誉め言葉として受け取っておきます」

 

「うん、前向きに行こう」

 

 ため息は吐かれたものの紗夜さんの表情は明るい。

 ウインウイン?

 

 

「わんわん!」

 

 

 この声はレオンくん。

 少し先にレオンくんを連れた千聖さんが……こんな時間に散歩?

 

「こら、レオン静かに。きゃっ!?」

 

 千聖さんを振り切り駆け寄ってくるレオンくん。

 近付くと立ち上がって私の顔を舐めてくれる。

 

「う、羨ましい……流石ですね」

 

 紗夜さんが羨望と賞賛の眼差しで私を見る。

 過去最大級のリスペクトがそれだとちょっと複雑な気持ち。

 

「紗夜さんにもやってあげて」

 

「わん……くぅーん?」

 

「えっ!?」

 

 レオンくんを紗夜さんにけし掛けても舐めるどころかスカートの……の部分の匂いを嗅ぐだけ。

 時折こちらを見ては困ったような表情を見せ再び匂いを嗅ぐ。

 

「ワンコちゃん、今日変な事があったのよ」

 

 可憐な笑顔と凄まじい怒気を同居させた千聖さんが話しかけてきた。

 こちらも過去最大級。

 

「今日のレッスン中、急に日菜ちゃんが不調を訴えたのよ」

 

「日菜が!?」「日菜ちゃんが?」

 

「『千聖ちゃん……アソコが変なの……おねーちゃん……良かった』だそうよ」

 

 思わず顔を見合わせる私と紗夜さん。

 紗夜さんは心当たりがあるようで顔が真っ赤に。

 いや、まさか、そんな……双子で感覚を共有なんて都市伝説じゃないの!?

 冷汗が止まらない。

 私の顔は多分真っ青。

 

 言い訳が思いつかない。

 

 

「ねえ……その時刻に紗夜ちゃんと何してたのか聞いていいかしら?」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。

<備考>

氷川紗夜:食べ物を差し出されたら指までしゃぶる癖がついた。

白金燐子:お疲れ。

ワンコ:調子に乗ると大体正座END。

白鷺千聖:事前申請を徹底させた。


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本編X-6:風紀委員2(シーズン2春)

書いている途中に内容が二転三転した結果無難なお話になりました。
初期案だとガチバトル(謎


<イベント発生条件>

(キャラ:好感度)
あこ:高
お悩み相談室開設フラグ有


「こんなところかな?」

 

 私しかいないこの部屋で独り言。

 最近はいつも誰かと一緒にいたので、一人きりの作業で寂しさを感じていたからかも。

 我ながら可愛い事で。

 

 紗夜さんから提案された「お悩み相談室」の開設について、上申書にまとめて日菜ちゃんに提出したら即採用。

 ただし生徒会のメンバーは年度初めで多忙なので、人手が欲しかったら自分で集めろとの事。

 ふざけている様でたまに正論を吐くから腹が立つ。

 ……だから信頼できるんだけど。

 

 というわけで日菜ちゃんが生徒会長権限を発動し、物置になっていた空き部屋を接収。

 部員一人の部でも活動実績次第で存続できる位羽丘に余裕があるのは知っていたけど放置されてる部屋があるとは。

 中には大量の段ボール。

 本やらアクセやらCDやら謎の機材やら……まるでちょっとした流星堂状態。

 教員、生徒、誰に聞いても持ち主不明、生徒会で処分してくれて良いと。

 つぐみちゃんに確認したら売却益が出た場合、一旦生徒会の収入として処理してから活動費として支給されるとか。

 質屋、フリマアプリ、フリーマーケット、リサイクルショップ、廃棄……どれを選んでもこの量を捌くのは骨が折れそう――

 

「ワンコ先輩♪」

 

「お久しぶりです、先輩」

 

 お、この元気いっぱいな声と落ち着いた声は――

 

「あこちゃんと明日香ちゃん、とそちらは初めまして?」

 

「あ、朝日六花です!」

 

 片付け中で開けっ放しだった扉から姿を見せたのは緑のネクタイとスカートが初々しい一年生三人。

 一年以上の付き合いになる「世界で二番目に上手いドラマー」の宇田川あこちゃん。

 お姉さんがPoppin'Partyの戸山香澄ちゃんなので顔見知りな戸山明日香ちゃん。

 そして――

 

「あ、思い出した。六花ちゃんって特待生枠で入学した子だよね」

 

「はい! 入学式でのスピーチ……感動しました」

 

「ありがとう」

 

 生徒会長の日菜ちゃんが紗夜さんとつぐみちゃんとで形にした原稿を「るんっ♪ ってしよー!」とばら撒いた衝撃入学式。

 アイドルとして奇行、もとい型破りな行動が世間に知られているため新入生の過半数は大盛り上がり。

 まあ昔の私みたいにアイドルに興味の無い生徒達は呆気に取られていたけど。

 フォローすべき副会長のつぐみちゃんは、あわあわしたり散らばった原稿を拾い集めたりでそれどころではなく。

 そんなわけで風紀委員として軽く学生生活上の注意を話す筈がそれっぽい話をする羽目に。

 

「私もどんなに苦しくても自分だけのキラキラドキドキ目指して笑顔で走り続けます!」

 

「うん、頑張って」

 

 …………あれ、そんなスピーチだっけ?

 

 普段耳にする五バンドの歌詞をとっさに繋ぎ合わせて話した記憶しかなかったり。

 式の終了後、日菜ちゃんには大笑いされつぐみちゃんには感謝されつつも笑いを堪えている様子が見て取れた。

 まあ、元ネタを知っていると丸パクリだとバレバレなわけで。

 

 …………スピーチもうしたくない。

 

「とりあえず一年間よろしく」

 

「は、はい!」

 

 手を差し出すと両手でしっかり握りしめてくれた。

 ん? この感触って――

 

「もしかしてギタリスト?」

 

「えっ!?」

 

「ギターだこだっけ? 知り合いに何人かギタリストいるから」

 

 紗夜さんは女の子らしくないから触ってほしくないみたいだけど私は大好き。

 積み重ねてきた時間と努力、格好良い。

 

「受験でギターを封印してたので柔らかくなっちゃいましたけど……」

 

「じゃあこれからまた固くなるね」

 

「が、頑張ります!」

 

 眼鏡の奥の強い煌めき。

 今年の一年生も私の胸を熱くしてくれそう。

 高校生活の残り一年、寂寥感は門前払いかな?

 

 

 

「言い忘れてたけど三人とも入学おめでとう。で、何か用事?」

 

「ひなちんから『ワンコちゃんを手伝って』ってメッセが」

 

 相変わらず変なところで手回しが良い。

 まあ、折角の助っ人なので手を借りようか。

 

「それじゃあ――」

 

 

 

 

「うん、これで片付け終わり。ありがとう」

 

「我が人生に……つ、疲れた」

 

「「…………」」

 

 乱雑に置いてあった段ボールの中身を出して分類して再び段ボールに詰めて廊下の端へ並べる作業の繰り返し。

 結構な数になったけど一応部屋は片付いた。

 二人ほど声も出せないほどぐったりしてるけど。

 

「お礼がしたいけど何か希望はある?」

 

「このドラゴンの置物がいいです!」

 

「あこ、流石にそれは高いんじゃ」

 

「別にいいよ。元々廃棄予定だし」

 

 こっそり値が付きそうなものは流星堂用、気に入って部室に残しておきたいものは分けてあったりする。

 独眼でも目利きには自信があったり。

 

「じゃあ……私は星のネックレスを」

 

「……少女漫画でお願いします」

 

「うん、了解」

 

 ……物の価値も人によってそれぞれ、ね。

 元々羽丘の物だし処理方法は決まった。

 早速上申書を作って今日中にメールしておくか。

 

 

 

 

「あら、こんなところでこのCDに出会えるなんて」

 

「ちょ、湊さん、それはあたしが目をつけていたやつです!」

 

 

「へ~、センスの良いアクセが揃ってるね。アタシ本気出しちゃうよ♪」

 

「リサ先輩、是非私に似合うのも選んでください!」

 

 

「ふへへ、この機材は掘り出し物ですよ!」

 

「ああ、なんて儚い」

 

 

「お、モカ、そのパーカー似合うな!」

 

「ふっふっふー、パーフェクトモカちゃん誕生~♪」

 

 

 

 

 生徒会主催の不用品オール百円売り尽くしセール。

 まさか昨日の今日で放課後に開催されるとか羽丘生徒会やべー。

 場所は食堂、机の上にどこからか調達してきた布を敷き昨日の段ボールの中身を並べただけ。

 通知はお昼の放送だけだというのにまさかの大盛況。

 流石は敏腕生徒会長、この調子なら今日中に売り切れそう。

 

 

 で、本日開催を聞いて急いで作った室員募集ポスターも貼らせてもらった。

 

 

『お悩み相談室開設につき室員募集。口が堅ければ誰でも可』

 

 

 

「ワンコちゃんのポスター地味だよね」

 

「そもそもどの程度需要があるか分からないし最初はこんな感じで」

 

「でも手伝ってくれる人は絶対いるから安心して♪」

 

 

 

 

 翌日、掃除して綺麗になった相談室で応募のあった人達を割り振る作業。

 ノートに編成案を書き出してみる。

 まあ、こんなところか。

 日菜ちゃんの言った通り人は集まった……全員顔見知りだけど。

 

 

①湊友希那、今井リサ

 

②美竹蘭、青葉モカ

 

③宇田川巴、上原ひまり

 

④瀬田薫、大和麻弥

 

⑤宇田川あこ、戸山明日香、朝日六花

 

 ……意外と悪くなかったり?

 発言内容は悪くなくても上手く伝えられない口下手さんとフォロー役が大体セットになった感が。

 後は如何に私が相談者から悩みの核心を引き出せるか。

 一年生トリオは少し不安だけど挑戦させてみたい。

 

「あ、人集まったんだ。あれ、あたしの名前が無いよ?」

 

「生徒会長なんだから生徒全体を見ててよ」

 

 神出鬼没な生徒会長。

 そもそも生徒会のメンバーが使えないから募集掛けたのに。

 もっともあからさまに匂わされたので分かってた、付き合い長いし。

 

「でもアイドルだったらみんな向けのイベントも個人向けの握手会もやるよ?」

 

「はいはい、つぐみちゃんと事務所に迷惑を掛けない範囲で参加して。疲れない程度に」

 

「はーい♪」

 

 元気良く相談室を出ていく日菜ちゃん、数秒後今度はあこちゃんが入ってきた。

 

「こんにちはー」

 

「いらっしゃい。今日はまだする事が無いけど」

 

「あ、編成表出来たんですね」

 

 興味深そうに覗き込むあこちゃん。

 そうそう、忘れないうちに『ランダム:氷川日菜』と書き足しておく。

 

「ひなちんも……人気者ですね」

 

「そうだと嬉しいけど、それとは別にみんな恩返しがしたいんじゃないかな?」

 

「恩返し?」

 

「うん、この一年間だけでも『悩んで』『ぶつかって』『考えて』『助けられて』『行動して』……色々あったんじゃない? 私もそうだけどあこちゃんも」

 

「…………うん」

 

 じっくり考えてから返事をするあこちゃん。

 大切な妹分が私の知らないところで壁を乗り越えてきた事を感じてつい口元が綻ぶ。

 

「あこちゃんも心のどこかでそう思ってたから志願してくれたんじゃないかな?」

 

 頭を撫でようと手を伸ばすが身を引かれ躱された。

 これにはちょっと驚いた。

 流石に子ども扱いし過ぎだったかも。

 

「……あこ、そんなに良い子じゃないです」

 

「そう?」

 

「恩返しなんてこれっぽっちも考えてないです。ただ、ワンコ先輩の役に立ちたい、認めてもらいたい、愛して……」

 

 あこちゃんの頬を伝う涙に思わず立ち上がり逃げる間も与えず抱きしめる。

 

 大事な後輩になんて顔をさせて……。

 

「ごめん……勝手な考えを押し付けて」

 

「あここそ自分勝手な考えで明日香と六花も巻き込んで……」

 

 いつもの活発な声は鳴りを潜め、今にも消えそうな弱々しい声。

 彼女の想いに気付かなかった私の罪。

 ……私が責任取るしかないよね。

 

 涙を舐め取り耳元に口を近付ける。

 

「悪い子にはお仕置きが必要だと思わない?」

 

 耳を甘噛みし宴に誘う。

 これではどちらが悪い子なのか。

 模範解答が無いなら私の流儀でやるだけ。

 

「えっ……んっ! あ、あこに罰を与えて……ください……」

 

 私の意を察し顔を赤らめるあこちゃん、緊張してきたのか息も荒い。

 それに、凄く……煽情的。

 直ぐにでも攻め立てたくなるが。

 

 落ち着け私、まずは扉の鍵をかけてからだ。

 

「私がRoseliaで二番目に好きな歌声、聞かせてもらうから」

 

 

 

 

 

「少しは追いついたと思ったのになー」

 

「二年前の私よりカッコイイから大丈夫。それにちゃんと成長してるよ、私が保証する」

 

「えへへ♪」

 

 お仕置きされてすっきりしたのか、憑き物が落ちたように上機嫌で私の膝の上に乗り体を預けてくるあこちゃん。

 お悩み相談室なのに大切な人の悩みに気付かないなんて先行きが不安。

 

「……あこ不安だったんです。高校生になってからワンコ先輩やひなちんの凄さが前よりもっと分かって」

 

 まあ、確かに。

 同じ生徒会に所属していても日菜ちゃんの行動力と突破力は毎回驚かせられる。

 生徒会長になってからは私もつぐみちゃんも息を切らせて付いて行くのがやっとだし。

 

「それで何か新しい事をしなきゃって」

 

「その心意気、好きだよ。まさにRoseliaの先駆け、Vanguard of Roselia」

 

「おお、カッコイイ! ふっふっふー、わらわこそは異世界より顕現せし『ヴぁんがーど おぶ ろぜりあ』!」

 

 私の思い付きの命名に瞳をキラキラとさせる。

 勝手な思いだけど成長してもこういう表情はそのままでいてほしい。

 あんまり姉貴面すると巴ちゃんに怒られそうだけど。

 

「もしかして、あこが相談者第一号?」

 

「みたいだね。解決した?」

 

「うん! これからは大人の階段をのぼったカッコイイあこがワンコ先輩を支えるからね♪」

 

 

 

 

「最後に……相談内容は?」

 

「秘密厳守!」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。

<備考>

宇田川あこ:恋する聖堕天使は止まらない。

戸山明日香:察したので協力。

朝日六花:ポピパへのリスペクトを感じたので協力。

氷川日菜:直感で行動。

ワンコ:中学生は×、高校生は〇。


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本編X-7:双子の誕生日(シーズン0春)

氷川姉妹お誕生日おめでとうございます。


だけど本文に紗夜さんは出てきません。


<イベント発生条件>

(キャラ:好感度)
日菜:中以上


「ありがとうございました」

 

 会計を終え店を出るお客さんに深々と頭を下げる。

 この一年請われるままに色々なバイトを経験したけれど、やっぱり羽沢珈琲店が一番しっくりくる。

 

 優しい店長、頼りになる看板娘、個性的な常連客達。

 

 ピーク時は目が回る忙しさだけど、それも含めて嫌いじゃなかったり。

 今日はランチタイムも無事乗り切れたから、店長にコーヒーの淹れ方を指導してもらおうかな?

 考えただけでもワクワク。

 

 

「ワンコちゃん、やっほ~♪」

 

 

 あ、終わった。

 

 

 

 

「仕事中に話しかけないでよ」

 

「もー、そんなに怒らなくてもいいじゃん!」

 

 お昼休憩に入り賄いの特製ナポリタンを食べつつ氷川さんの言葉を聞き流す。

 いつもはバックヤードで済ます賄いだけど店長の許可を得て氷川さんと相席。

 バイトが終わるまで放置すると煩そうだし。

 

 それにしてもこのナポリタン……家庭の味って言うのかな?

 そんな記憶はないけれど懐かしい感じがする。

 

「るんっ♪ てする味だね」

 

 私の友達という事で店長の厚意により氷川さんも同じものを食べている。

 どうだ、美味しいだろ。

 

「で、何か用?」

 

「あたしに双子のおねーちゃんがいるって憶えてるよね?」

 

「うん」

 

 結構な頻度で自慢されるので嫌でも憶えてる。

 断片的な情報から推測すると姉妹仲は微妙。

 こんな破天荒な妹を持ってさぞかし苦労を……友達になりたいな。

 名前すら知らないけど。

 

「で、春分の日が誕生日なんだ」

 

「ふーん……誕生日プレゼント選びに付き合えと?」

 

「そう!」

 

「リサさんとか麻弥さんとかの方が適任じゃない?」

 

「一応お願いしたけどるんっ♪ てくるものが見つからなくてねー」

 

 その二人で駄目となると厳しいような。

 そもそも「るんっ♪」の定義が難しい……。

 となると返事は――

 

「やるだけやってみようか」

 

「やったぁ♪」

 

 そんな不安げな顔をされたら断れないって。

 優しい人達に囲まれているせいかどんどん甘い性格に。

 昔の私が見たら何て言うかな?

 

「あー、その顔、るんっ♪ てきたー! 何考えてたの?」

 

「別に。ほら、頬っぺたにケチャップ付いてる」

 

「んっ」

 

 顔を突き出してくる氷川さん。

 仕方が無いので紙ナプキンで拭いてあげると……そんな笑顔、私じゃなくて「おねーちゃん」に向けて。

 

 

 とりあえず「おねーちゃん」について好きな物とか改めて聞いてみようか。

 

 

 

 

「先ずは『やまぶきベーカリー』」

 

「おー、るるんっ♪ てくるパン屋だね♪」

 

「ワンコさん、いらっしゃいませ」

 

 ランチタイムの片付けを終えバイトを上がると、最初に訪れたのは「やまぶきベーカリー」。

 丁度沙綾ちゃんが店番をしている。

 去年はバンドで色々あったみたいだけど前みたいな笑顔が戻って嬉しい。

 

「でも、誕生日プレゼントにパン?」

 

「うん。お、まだ残ってた。これを見て」

 

「これって……犬のパンだ!」

 

 そこには犬を模したパンや焼き菓子が。

 チョコやシュガーで可愛く犬を表現したものから犬の顔の形に焼き上げた手の込んだものまで。

 当然味はお墨付き。

 

「沙綾ちゃん、春分の日もここら辺のパンって作る?」

 

「勿論です。結構人気なんですよ♪」

 

「というわけで候補に入れてほしいな」

 

「うん♪」

 

 犬派、ということで選んでみたけど中々高評価で安心。

 

 

 

 

「次はここ『北沢精肉店』」

 

「コロッケで有名だよね♪」

 

「わーくん、いらっしゃい!」

 

 はぐみちゃんは今日も元気、笑顔が眩しい。

 明るいだけじゃなく壁にぶつかってもちゃんと向き合って答えを出せる強さを持っている。

 

「ポテトフライある?」

 

「揚げたてがあるよ!」

 

 紙袋に包まれて出てきたポテトフライ。

 一口大に切ったジャガイモに衣をつけて揚げたもの。

 ハンバーガーチェーン店のフレンチフライとは違った美味しさがある。

 

「あ、この味好きかも♪」

 

 早速爪楊枝で口に運ぶ氷川さん。

 肉屋の揚げ物ってコンビニで買うより美味しい気がする。

 ジャンクフード、特にポテトが好きならいけるはず。

 

 

 

 

 ギターをやっているそうなので江戸川楽器店で消耗品でも、と一瞬思案。

 だけど弾いているところを見せたがらないのって……地雷だと思い除外。

 

 

 

 

「泣く子も黙る質屋『流星堂』」

 

「へー、色々あるね♪」

 

「ちょ、なんで来てるんですか!?」

 

 商品の掃除をしていた有咲ちゃんが驚いて高そうなお茶碗を落としかける。

 あぶねー。

 多分私の一か月のバイト代じゃ買えない額。

 

「弓道やってるなら掛け軸、と思ったけど安直だったかな?」

 

「う~ん、悪くはないんだけど値段がねー」

 

「まあそこそこ有名な人達の掛け軸なんで」

 

 ちょっとドヤ顔の有咲ちゃん、可愛い。

 少しの間家庭教師のバイトをしたけどチョロ、いや優秀で手が掛からなくて助かった。

 内弁慶ならぬ蔵弁慶だけど時間があったら外に連れ出したい。

 高校入学で連れ出してくれる人と運命的な出会いがあるかも知れないけど。

 

「あ、犬の置物だ!」

 

「モチーフは早太郎、狒々退治の悉平太郎か。命を賭して恩に報いる姿、私もかくありたい」

 

「今のご時世、命懸けの場面って滅多にありませんよね!?」

 

 有咲ちゃんに突っ込まれちゃった。

 まあそれなりに修羅場は乗り越えてきたのでスルーするけど。

 

 

 

 

「時間的に最後だけど本当にここで良いの?」

 

「うん♪」

 

 最後は風紀委員的に私も愛用していた特殊警棒、と思ったけど却下された。

 結局着いた先は私のバイト先でもある犬カフェの横のペット用品店。

 

「どう、この首輪私に似合う? 名犬ヒナちゃんをおねーちゃんにプレゼント♪」

 

「……流石に犬の首輪をつけて自分をプレゼントは無いと思う」

 

「えー、良い案だと思ったのになぁ」

 

 ちょっと待って、どういう判断?

 普通の姉だったら間違いなく無視するかキレるよ。

 

「マンション住まいだから犬飼えないんだよね。おねーちゃん犬飼いたいって前に言ってたから」

 

「その代わりに自分を犬だと思って……いやいや流石に無理がある」

 

 四つん這いで散歩する氷川さん。

 四つん這いでドッグフードを食べる氷川さん。

 四つん這いで――

 

 うん、絵面的に通報レベル。

 完全に十八禁の世界。

 鬼畜調教系のエロゲとかAVによくあるやつ。

 

「面白い会話をしているわね」

 

「千聖さん」「千聖ちゃん!」

 

 そこに現れた千聖さん。

 手には幾つかレオンくん用と思われる玩具を持っている。

 どうせならとここまでの流れをかいつまんで話すと――

 

「誕生日プレゼントからそんな発想が出るなんてあなた達面白いわね」

 

「氷川さんと一緒にしないでほしいです」

 

「えー、いいじゃん。一緒に褒められようよ」

 

「今の『面白い』に褒められる意って入ってる?」

 

「ふふっ」

 

 私と氷川さんのやり取りに思わず笑い声を漏らしてしまう千聖さん。

 ちょっと恥ずかしい。

 

「話を戻すと犬好きが犬と一緒に暮らせないのは辛いわね。私も実家を出る時には絶対レオンを連れて行くわ」

 

 レオンくん愛されてるなぁ。

 私もいつか動物と一緒に暮らしたいかも。

 そんな余裕当分無さそうだけど。

 

「あ、思いついた!」

 

 唐突に氷川さんが叫び店内を物色、お目当ての物を見つけて駆け戻ってきた。

 

「これに決めた♪」

 

 差し出された銀色に輝く物体。

 

「犬笛だ」「犬笛ね」

 

「これならおねーちゃんが何処にいても駆けつけるし、将来犬を飼った時にも使えるよ!」

 

 瞳を輝かせる氷川さん。

 納得のいくものが見つかって良かったね。

 手伝った甲斐があった。

 

 脳内有咲ちゃんの「どう見てもお前は猫だろ」とか「数キロ離れたら聞こえないだろ」というツッコミは内に留めておく。

 私は空気くらい読むし。

 

 

「ねえワンコ、私の誕生日にも犬笛が欲しいわ」

 

「あー、考えておきます」

 

 こっちの笑顔は心臓に悪い。

 尻尾が生えていたら股に挟んでしまいそう。

 犬笛の用途は……私の躾け、かなぁ。

 

 

 

 

「でねー、日付が変わった瞬間におねーちゃんの部屋に突撃して渡してきたんだ♪」

 

「やったじゃんヒナ」

 

「日菜さん、おめでとうございます」

 

「まあ、おめでとう」

 

 昼休みにリサさんと麻弥さんと教室で食事をしていると氷川さんが顛末の報告に来た。

 ……突然入ってきたと思ったらいきなり誕生日プレゼント、困惑している様子が目に浮かぶ。

 騒々しくてごめんなさい、と心の中で謝っておく。

 

「そんなお姉ちゃん想いなヒナに私達三人から誕生日プレゼントだよ♪」

 

 リサさんが代表してラッピングされた箱を渡す。

 氷川さんは唖然としたまま受け取った。

 こんな表情もするんだ。

 

「え……そっか、私も誕生日だった!」

 

 おいおい、忘れないでほしい。

 らしいと言えばらしいけど。

 双子の「おねーちゃん」の事で頭がいっぱい、ちょっと可愛い。

 

「早速開けるね……有名ブランドのリップスティック! しかも『HINA』って刻印してある♪」

 

 流石リサさん、安定の女子力。

 ちなみに麻弥さんの案は自作の盗聴機能付き発信機。

 私の案はアロマオイル用の法律には触れないけど一般には流通していないハーブ。

 両方ともリサさんに激しく却下された。

 

「リサちー、麻弥ちゃん、ワンコちゃん、ありがとう♪」

 

 氷川さんのこの笑顔を見るとリサさんの案で正解みたい。

 世界で一つだけの誕生日プレゼント、私ももっと学んで選択肢の幅を増やさないと。

 

 

 

 

 誕生日は誰もが主役になれる日。

 

 

 

 氷川さんの「おねーちゃん」も笑ってくれているといいな。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。

<備考>

氷川日菜:放課後パンと焼き菓子とポテトフライを大量購入して姉に渡す。

山吹沙綾:癒される笑顔で接客。

北沢はぐみ:元気に接客。

市ヶ谷有咲:猫を被り接客。

白鷺千聖:笑顔で調教。

ワンコ:当初に比べるとマシになった笑顔で接客。

早太郎:氷川家の玄関に置かれる、いつも綺麗。


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本編X-8:双子の誕生日2(シーズン1春)

書き足りなかったのでシーズン1版を書きました。

どうしてこうなった。

<イベント発生条件>

(キャラ:好感度)
紗夜:高
日菜:高
友希那:高
?の残念度が中以上


「んっ……」

 

 ここは私の癒しスポット白金邸、のトイレ。

 思わず安堵の吐息が漏れてしまう。

 

 Roseliaとか生徒会とかバイトとか三月も目まぐるしい日々。

 好きでやっている分どれも中々力が抜けなくて、結果疲労が抜けていない。

 

 今日はRoseliaとPastel*Palettes合同の氷川姉妹誕生日会。

 仕事が終わり次第駆けつけてくれるパスパレの分まで準備は完璧にしないと。

 ……祝われる本人も精力的に準備しているので猶更。

 

 妹の為に生真面目な顔で飾りつけをする紗夜さんの顔を思い出すとほっこりする。

 

 うん、私も気合を入れて準備しないと。

 

 

「紗夜さん!?」

 

「氷川さん!」

 

 

 あこちゃんと燐子さんの叫び声に急いで後処理を済ませトイレを飛び出した。

 

 

 

 

「どうしたの!?」

 

 リビングに入り目にしたのは床に倒れ顔を赤くし呼吸も荒い紗夜さん。

 傍には必死に名前を呼び続けるあこちゃんと燐子さん。

 

「ちょっと失礼」

 

 紗夜さんの額に手を当てると微熱。

 口元に鼻を近付けるとコーヒーの香りとアルコール臭。

 辺りを見回すとテーブルの上には空になったグラス。

 匂いを嗅ぐと同じ……。

 

「このグラス持ってきたのは?」

 

「……氷川さんが喉が渇いたと言ったので……手が塞がっている私の代わりに友希那さんが」

 

 あ、分かったかも。

 

「騒々しいわね。紗夜がどうかしたの?」

 

 騒動を聞きつけキッチンから現れた友希那さん。

 取り敢えず――

 

「友希那さん、正座」

 

「えっ!?」

 

 

 

 

「そんな……」

 

 紗夜さんの状態を聞き呆然とする正座友希那さん。

 対する私は立ったまま、見下ろす形。

 応急処置として吐瀉物を喉に詰まらせるといけないので、ボタンを外して服を緩め回復体位を取らせた。

 横にして上側の膝を九十度に曲げ寝返りを防ぎ、上側の手の甲を顔の下に入れ気道確保。

 居酒屋バイトの経験が役立った。

 

「飲み物のラベルに何て書いてあった?」

 

「『Coffee』と書いてあったわ」

 

「『Liqueur』とか『ALC』とか『%』書いてなかった?」

 

「……ごめんなさい。そこまで確認していなかったわ」

 

 私の質問に泣きそうになる友希那さん。

 泣かせたいわけではないんだけど……。

 

「もし紗夜さんの様態が悪化したら救急車呼ぶよ。そうなったら」

 

「……未成年の飲酒……Roselia活動休止」

 

「そんな! Roselia無くなっちゃうの!?」

 

「いや……そんなのいや……」

 

 ポロポロと大粒の涙を流す友希那さん。

 私も泣きたいけど表情を崩さないように努力する。

 

 

「駄目ですよ。《ゆきな》を泣かせては」

 

「え!?」

 

 突然後ろから優しく優しく抱きしめられた。

 聞き慣れた声の筈なのに全く違う印象。

 

「氷川紗夜、復活です♪」

 

「紗夜!?」「紗夜さん!?」「氷川さん!?」

 

 

 

 

「本当に大丈夫なの?」

 

「はい! 大丈夫ですよ《ゆきな》」

 

 え、なにこのポテト食べている時以上のハイテンション紗夜さん。

 サラッと名前呼びしてるし。

 

「今日は私達の誕生日会という事で先にRoseliaのメンバーにお礼を」

 

 いきなりの発言に戸惑う私達。

 紗夜さんのお礼の言葉って個人個人にはどうか知らないけれど、全員の前だとあまり言わないイメージが。

 

 迷いの無い眼差し、いつもとは違う柔和さ、思わず緊張してしまう。

 

「《ゆきな》と会ってRoseliaを結成したお陰で今の私があります。ありがとう《ゆきな》」

 

「さ、紗夜!」

 

「よしよし♪」

 

 包容力溢れる言葉に思わず紗夜さんに抱き着いて頭を撫でられる友希那さん。

 とてもRoseliaのクール担当の二人とは思えない。

 

「《あこ》」

 

「は、はい!」

 

「いつも厳しい事を言ってごめんなさい。《あこ》ならもっと格好良くなれるからつい口を出してしまうの」

 

「ざ、ざよざ~ん!」

 

 あこちゃんが号泣して紗夜さんに抱き着く。

 この流れだと――

 

「《りんこ》」

 

「……はい」

 

「この一年融通が利かない私を学校でもバンドでも支えてくれてありがとう。《りんこ》なら素敵な生徒会長になれるわ」

 

「…………氷川さん…………ぐすっ」

 

 うっすらと涙を浮かべ燐子さんも抱き着く。

 エモい。

 

「ふー、料理の方は一段落したよ♪ って何この状況!?」

 

 ここにきて一人キッチンに籠っていたリサさんが登場。

 いや、まあ、いきなりこの状況を見せられたら混乱するよね。

 

「《りさ》」

 

「え、名前呼び!?」

 

「《りさ》のクッキーからは愛を感じるわ。何度もRoseliaを救ったその愛でこれからも私達を包んで」

 

「あはは、紗夜からそんな風に言われると照れるね。お、私も抱き着くね♪」

 

 流石リサさん、見事な対応力。

 ……耳が真っ赤だけど。

 

「《わんこ》」

 

「うん」

 

「《わんこ》が脇道で私を見つけてから、いえ《ひな》と出会ってから運命が回りだしたのかしら? ありがとう」

 

「私も紗夜さんに出会えて良かった」

 

 この場面なら堂々と抱きつける。

 流石に五人も抱き着くとぎゅうぎゅうだけど。

 

 何だろう……この感じ……とても温かい。

 

 

 

 バーンッ!

 

 

 

「おねーちゃん!」

 

「ちょっと日菜ちゃんノックくらいしようよ!」

 

 ドアを勢いよく開け放って入ってきた日菜ちゃん。

 おいそのドア高級品だぞ。

 ……彩さんがまた引きずられてる。

 

「《ひな》!」

 

「えっ、むぎゅ」

 

 Roselia勢が空気を読んで離れると同時に紗夜さんがダッシュして日菜ちゃんを抱擁。

 最初は呆然としていた日菜ちゃんだったが我に返ると恐る恐る抱きしめ返す。

 

「ごめんなさい《ひな》。あなたに嫉妬して疎んじて……それでも私を姉として見続けてくれてありがとう」

 

「ううん、あたしこそおねーちゃんの痛みに気付かなくて。今までも、これからも、おねーちゃんの妹で幸せだよ♪」

 

 

 ……やばい、視界がぼやけてきた。

 姉妹間の葛藤なんて部外者の私には何割理解出来ているのか怪しいけれど、それでも。

 肉親の情ってある所にはあるんだ。

 

 気付くと後で入ってきたパスパレ含めほぼ全員が嗚咽を漏らしている。

 体を震わせながらも何とか笑顔を浮かべている千聖さん凄い。

 

 

 

 

「じゃあ氷川姉妹の誕生日を祝して、かんぱ~い♪」

 

 

『乾杯♪』

 

 

 気を取り直してリサさんの音頭で始まった誕生日会。

 白金邸のリビングにはRoseliaのメンバーで作った料理とパスパレが手配したバースデーケーキが並んだ。

 え、三段重ねってまるでウェディングケーキ。

 ……残ったら各々持って帰ってもらうか。

 

 

「これからも《ひな》をよろしくね《あや》」

 

「うん、紗夜ちゃんの分まで芸能界の闇から守るから!」

 

 

「《いヴ》には失われつつある武士の魂を感じるわ」

 

「感激の極みです! これからもヒナさんや皆さんと乾坤一擲です!」

 

 

「《まや》は凄いわね。私以上に《ひな》の言葉を理解しているわ」

 

「フヘヘ、ありがとうございます。でも根っこの部分で繋がっているのは紗夜さんだけですよ」

 

 

「《ちさと》……レオンくんをください」

 

「駄目よ」

 

 

 ……紗夜さんの豹変をスルーしてくれるパスパレのメンバーに感謝。

 もしかして双子の片割れの破天荒な言動で慣れているからかな?

 

「ワンコちゃん、今失礼な事考えてたでしょ?」

 

「別に。誕生日おめでとう」

 

「ありがとう♪」

 

 ソファに座ってまったり紗夜さんを眺めていたら左側に日菜ちゃんが座ってきた。

 相変わらず勘が良い。

 取り敢えずテーブルの上のポテトを取り日菜ちゃんの口に押し込む。

 

「今日の紗夜さんは偶然の産物。明日には元に戻ってると思うから」

 

「どんなおねーちゃんでも大好きだよ♪ 何年妹やってると思ってるの?」

 

「……それもそうか」

 

 キラキラとした瞳で臆面もなく言い放つ日菜ちゃん。

 本人は気付いてないと思うけど一年前より確実に魅力的。

 

「正直日菜ちゃんの才能より紗夜さんという姉の存在が羨ましい」

 

「へへーん、いいでしょ♪」

 

 自信満々、敵わないなぁ。

 

「……ワンコ、私より紗夜の方が良いの?」

 

「あ、友希那さん……」

 

 先程の件を引きずっているのか、表情に陰りの見える友希那さんが右側に座った。

 また私の言い方の所為で……。

 

「もー、友希那ちゃんはワンコちゃんの『おねーちゃん』なんでしょ? 駄目だよ、そんな顔しちゃ」

 

「日菜……」

 

「ごめんね、友希那さん。私って気を許した相手には口調が強くなるかも。でも日菜ちゃんよりはマシだから」

 

「え、酷くない!?」

 

「……ふふっ、姉って大変なのね」

 

 私と日菜ちゃんとのやり取りで友希那さんの顔に明るさが戻る。

 もう狂犬じゃないんだから気を付けないと。

 

「そうなんです。姉って大変なんですよ《ゆきな》!」

 

「さ、紗夜……」

 

 グラス片手に私の膝の上に腰を下ろしたのはまだアレな状態の紗夜さん。

 元気そうだからいいか。

 

「妹が優秀過ぎると姉は親からも周りからもがっかりされるんです!」

 

「おねーちゃん……」

 

「でも妹が活躍すると自分の事以上に嬉しいんですよ♪ ハグしてキスして高い高いしたい位に!」

 

 こ、これが姉馬鹿……。

 リミッター解除した紗夜さんやべー。

 

「分かるわ、紗夜。私もワンコがテストで学年二位だったり生徒会で活躍しているのを見ると思わず作曲したくなるわ!」

 

 え、そんなに喜んでくれてたの!?

 多分いつも通りの名曲になると思うけど、ライブで演奏されたら恥ずかしてくて耳塞いじゃいそう。

 

「流石は我らがリーダー《ゆきな》! 二人で姉道を極めましょう!」

 

「ええ、頂点へ狂い咲くわ!」

 

「頂点へ狂い咲くわ!!」

 

 これ、紗夜さんは酔ってるけど友希那さん素面なんだよね……。

 日菜ちゃんですら若干引き気味。

 リサさん、撮影してないで助けて。

 

 

 

 

『頂点へ狂い咲くわ!!』

 

「な、なんなんですか、この動画は、今井さん!?」

 

「え、昨日の誕生日会のだけど」

 

 結局宴は深夜まで続きそのまま全員白金家にお泊り。

 早起きしたリサさんとイヴちゃんと日菜ちゃんと私で昨日の余り物で簡単な朝食を作った。

 折角なので昨日撮影した動画を見ながらの朝食。

 そんな中、元に戻った様子の紗夜さんが起きてきて動画を見て絶叫。

 

「紗夜さん、覚えてません?」

 

「えっと、その、てっきり夢かと」

 

 眉間に皺を寄せて考える紗夜さん。

 残念ながら現実です。

 

「ふぁ……おはよう。あら、ワンコ達が朝食を作ってくれたのね」

 

「おはよう、友希那さん」

 

「おはよー、友希那。ハチミツティー淹れるね♪」

 

「ええ、お願い。どうしたの紗夜、そんなところにしゃがみ込んで?」

 

「み、湊さん……」

 

 すがるような視線を向ける紗夜さんに対して友希那さんはにっこりと微笑む。

 

「さあ、妹達が作ってくれた朝食をしっかり食べて今日も頑張りましょう。音楽も姉も一日にして成らず、よ」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

アンケートにご回答をお願いします。

<備考>

氷川日菜:姉の本音を知り姉妹愛を更にこじらす。

氷川紗夜:口にした手前両校合同の姉部を設立する羽目に。部長。

湊友希那:姉妹をテーマに作曲中。副部長。

ワンコ:食べきった。

丸山彩、白鷺千聖:入部検討中。


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本編X-X:エイプリルフール(シーズン2春)

勢いだけで書いたので短いです。


「バーン!」

 

 可愛らしい声と共に自室の扉が勢いよく開かれた。

 私は指立て伏せを止めタオルで汗を拭う。

 

「あこちゃん、扉は優しく開けて」

 

「ご、ごめんなさい! じゃなくて、あこついに超魔姫に覚醒したの!」

 

「そう」

 

「む~、信じてないでしょ!?」

 

 むくれるあこちゃん

 仕方なく右目の眼帯を外す。

 

「私の魔眼は節穴じゃないよ」

 

「えっ……黒い…………」

 

 後ずさるあこちゃん。

 仕込んでおいた白目部分も黒い義眼は効果抜群。

 自分でも鏡を見てビビった程。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 あ、逃げちゃった。

 ちょっと罪悪感。

 

 

 

 

「全く、大人げないですね」

 

「申し訳ない」

 

 次に部屋に入って来たのは紗夜さん。

 二人して正座で向かい合う。

 

「それはそれとして、ワンコさんに話しておきたいことが。実は……私は日菜なんです」

 

 苦悩の色を浮かべ言葉を絞り出す紗夜さん。

 私は無言で続きを促す。

 

「昔は髪型も背格好も全く同じでよく入れ替わってました。でも六歳の誕生日、氷川家の長女しか着ることが許されない着物をどうしても着たくて……」

 

「もういいよ」

 

 続きは言わせず抱きしめる。

 そして体を離し目を合わせる。

 

「私が大好きな『氷川紗夜』は目の前の貴女だけ。話の真偽はともかくそれじゃ駄目?」

 

「……ふふっ、ずるい言い方ですね」

 

 私の切り返しがお気に召したのか先程の辛そうな表情とは打って変わって優しい笑み。

 うん、この方がずっと良い。

 

 

 

 

「…………妊娠…………しました」

 

「……」

 

 燐子さんから渡されたエコー写真。

 呆気にとられる私と頬を紅潮させる燐子さん。

 

「私達、女同士だよね?」

 

「寝ている間に……ワンコさんの細胞を……それにわたしの細胞を掛け合わせて……」

 

 うっとりとした表情。

 燐子さんならやりかねない、という凄みがある。

 

「確実に非合法な上に燐子さんの体に負担が掛かりそうな方法を私が喜ぶと思う?」

 

「…………駄目…………ですか?」

 

「心意気は嬉しいよ。でも本当にやる時は相談して」

 

「………………はい」

 

 演技か本気か分からないけど泣きそうだったので額に口づけ。

 これで我慢してくれればいいけど。

 

 

 

 

「いやー、大変だね♪」

 

「次はリサさんか」

 

「大丈夫、私のは軽いから……ワンコが一番好き。それじゃ」

 

「……嘘つき」

 

 

 

 

「万馬券が当たったわ」

 

 最後は友希那さん。

 普段と変わらないクールな口調。

 

「どこで買いました?」

 

「お父さんに買ってもらったわ」

 

「参考にしたのは?」

 

「好きなボーカルの予想よ」

 

「買い方は?」

 

「三連単!」

 

 ドヤ顔が可愛い。

 まあ最低限調べてあるようだけど。

 

「もし本当だったとしても未成年の馬券購入は禁止なので外で言わないでね」

 

「むぅ……」

 

 

 

 

「何時から気付いていたの?」

 

「日付が変わった瞬間NFOのエイプリルフールイベントが始まったので。誰か仕掛けてくるとは思ってた」

 

 全員終わったという事で私の部屋にRoselia集合。

 普段から見ているので些細な違和感も見逃さない、つもり。

 

「で、誰の嘘が一番本当みたいだったの?」

 

「んー、同率で紗夜さんと燐子さんかな? 重めの話で突っ込み辛かったし」

 

「ふふっ、やりました」

 

「……良かった」

 

「あこちゃんは奥の手があれば良かった。友希那さんは競馬するイメージが全くないし」

 

「頑張ります!」

 

「他に浮かばなかったのよ」

 

「リサさんは卑怯」

 

「せめて小悪魔って言ってよ~」

 

 

 うーん、Roseliaが愉快な集団に……って今更か。

 実力派面白バンド、悪名は無名に勝るって言うし。

 批判は実力で抑え込んで今までやってきたしね。

 

 

「ところでなんでワンコは筋トレをしているの?」

 

「ちょっとレスリングの助っ人に呼ばれたので」

 

「ふふっ、ワンコも言うわね。何でもいいけど日が変わる前には帰ってきなさいよ」

 

 

 嘘は言ってないんだけどなぁ。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

<備考(大嘘)>

宇田川あこ:打楽器の音により覚醒が阻まれる。

氷川紗夜:氷川神社の流れを汲む退魔の血筋。

白金燐子:白金製薬の闇は深い。

今井リサ:這い寄る魔性。

湊友希那:予想屋ゆきゆき。私は馬が好き。

ワンコ:ミスブシドーとの日芬コンビは以心伝心。


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本編X-9:温泉前編(シーズン1夏)

長くなったのでまずは前編です。


<イベント発生条件>

(キャラ:好感度)
燐子:高
あこ:高
紗夜:高
Roseliaの好感度が中以上


「温泉に……行きましょう……」

 

「唐突ね、燐子」

 

 夏休みでも妥協は許さないRoseliaの練習が終わりファミレスでの反省会、開始早々燐子さんの爆弾発言が飛び出した。

 他のメンバーの表情を盗み見るが事前に聞かされてはいなさそう。

 私も初耳だ。

 

「Roselia結成前に……温泉旅行しようってワンコさんとあこちゃんと氷川さんと約束していたので……」

 

 思わず紗夜さんの方を見ると眉間に皺を寄せて考え込んでいた。

 確か日菜ちゃんの件で悩んでいた紗夜さんの気を紛らわす為に咄嗟に私が提案したような。

 まあ、結果的に姉妹仲は修復方向にあるので忘れていたけど。

 どうしてこのタイミングで言い出したのか。

 

「……それに一学期色々あって……リフレッシュした方が良いと」

 

「うん、それには同感。私は賛成」

 

 家が焼けたり、居候したり、死にかけたり、入院したり等々。

 最高の出会いもあったけど、少し旅行でもして気分転換したい気持ちもある。

 それにRoseliaの練習は素人の私から見ても厳しいし息抜きは必要。

 普段は気配り上手なリサさんも燃えてくると若干周りが見えなくなるし。

 

「アタシも賛成♪ スタジオに籠ってばっかりだと友希那も良い曲作れないでしょ?」

 

「はーい、あこも温泉で回復してもっと上手くなりたいです!」

 

 ノリの良いリサさん、あこちゃんが予想通り賛成派に回る。

 後は友希那さんが賛成すれば紗夜さんも……。

 

「湊さん、楽器と一緒で私達にもメンテナンスは必要だと思います」

 

「……そう。各々がRoseliaの為に必要だと思うのなら私も賛成よ。燐子、当てはあるの?」

 

「はい……大丈夫です……」

 

「任せたわ」

 

 意外にもすんなり決定。

 予想外だった紗夜さんの言葉、真意を問おうと思ったけど既にポテトに夢中だったので断念。

 星四スマイルの無駄遣い、日菜ちゃんが嫉妬するレベル。

 

 それならと提案者の方を向けば既に燐子さんはあこちゃんとドリンクバーへ。

 魔界味のドリンクは作られないと思いたい。

 

「まさか燐子からこんな発言が出るなんてね~」

 

「そうね。でも悪くないわ」

 

「うん、『 随処に主となれば立処皆真なり』流石燐子さん」

 

「ワンコそれはどういう意味?」

 

「要約すると、どんな時でも主体的に行動する事が大事。国語の授業でやったでしょ?」

 

「……憶えてないわ」

 

 友希那さんには夏休みの宿題の前に一学期の復習をやらせないと。

 相変わらず目を離すと音楽と猫にしか目が行かなくなるし。

 ……そんなところも魅力的に見えるあたり、リサさん程ではないけど私も重症。

 

 

「みなさん、反省会という事を忘れていませんか?」

 

 一皿目のポテトを食べ終えた紗夜さんが冷静なツッコミ。

 ポテトの追加オーダーをしていなければもっと格好良かったけど。

 常識的な色のドリンクを持ってきた二人が腰を下ろし、ようやくRoselia反省会が始まった。

 

 

 

 

「まりなさん、本当にありがとうございます」

 

「CiRCLEが消防設備の定期点検日だしお安い御用だよ。でも私まで泊めてもらっていいの?」

 

「はい……丁度七人部屋が空いていましたので……」

 

 あれから数日後、燐子さんが予約した旅館までの移動手段をCiRCLEのロビーで話していたところ、まりなさんが運転手役を買って出てくれた。

 当日は各人の家まで迎えに来てくれるというありがたさ。

 助手席に座った私はカーナビに燐子さんから聞いた目的地をセットした。

 高速を使って一時間半もあれば着くかな。

 

「じゃあ最速で、最短で行くよ!」

 

『えっ!?』

 

 カーオーディオから流れる軽快なユーロビートと共にホイルスピンからの急加速。

 体がシートに押さえつけられる。

 まだ市街地の一般道なのに迷いも容赦もない運転。

 操作を誤れば横転しかねない速度でのカーブ突入でタイヤが悲鳴を上げる、やるなまりなさん。

 

「いやー!!」

 

「きゃー!!」

 

「………………」

 

「まりなさん、カッコイイ!」

 

「ええ、ロックだわ」

 

 ……後ろの席は楽しそうだ。

 

 

 

 

「はー、すっごく楽しかった~!!」

 

「ええ、刺激的で面白い体験だったわ」

 

「ふふっ、ありがとう♪」

 

 ホテルに到着し各々車から降りる。

 あこちゃんと友希那さんはまりなさんを褒め称え、残りの三人はその場に声もなくしゃがみ込んでいる。

 一時間半掛かるところを一時間で走破した代償。

 荷物は私達で持つとしてさっさとチェックインして部屋で休んでもらおう。

 昼前にチェックインできるとか燐子様様。

 

 

「にゃあ」「にゃーん」「なー」

 

「にゃんーちゃんのお出迎え!?」

 

 ホテルに入った途端ウェルカムドリンクならぬウェルカムキャット。

 友希那さんは思わず荷物を放り出し駆け寄った。

 流石リーダー、ぶれない。

 

 ちなみにウェルカムドリンクは炎が描かれた缶ジュースだった。

 ライブブーストが回復しそう……。

 

「白金さん、チェックインの手続きをお願いします」

 

「はい……」

 

「友希那、私も撫でて!」

 

 飲んだ途端ダウンしていた三人が元気になったので深く考えないでおこう。

 

 

 

 

「わー、畳だ!」

 

「宇田川さん、行儀が悪いですよ」

 

 部屋に入った途端畳の上で寝そべるあこちゃんとそれをたしなめる紗夜さん。

 何となく姉妹っぽい。

 猫に夢中の友希那さんと付き添いのリサさんはロビーに置いてきた。

 

「かぁ~っ! キンキンに冷えてるね!」

 

「……お茶……淹れました」

 

「ありがとう、燐子さん」

 

 早速部屋の冷蔵庫からビールを取り出して飲んでいるまりなさんを尻目に、燐子さんが淹れてくれた緑茶と置いてあったお菓子を頂く。

 あ、この最中美味しい。

 みんなへのお土産に後で買っておこう。

 

「あら、この近くに犬をレンタルして散歩が出来るテーマパークがあるみたいですね」

 

 観光案内を読んでいた紗夜さんがいかにも今気付いた様に切り出す。

 犬派を公言しているだけに事前に知ってそうだけど。

 

「NFOとコラボしてるところですよね。みんなで行きません?」

 

 実は調べてたであろうあこちゃんは上手く乗った感じ。

 それも良いかな、と返事をしかかったところで燐子さんから服を引っ張られる。

 となると――

 

「今日は温泉を堪能するのでパス」

 

「……私も……パスかな」

 

「よーし、そこだ! 仕事しろ!」

 

 燐子さんとスマホで競馬中継を見ているまりなさんも行かない模様。

 日頃のストレスの一因になっているだけに何も言えない。

 

「仕方ありませんね。宇田川さん、行きますよ」

 

「はーい!」

 

 嬉しさをあまり表に出さない紗夜さん、全身で表現するあこちゃん。

 対照的だけど良いコンビだと思ったり。

 紗夜さんに言うと軽く流されそうだけど。

 

「先に……着替えてきます……」

 

「うん」

 

 まりなさんがいるから燐子さんは部屋の浴室で着替える模様。

 私は暫く待つか。

 

「あっち向いてるからそこで着替えても良いよ」

 

「あ、はい」

 

 別に見られて困るほどのものでもないからいいか。

 ……ちょっと釈然としないけど。

 

 

「お待たせ……しました……あれ?」

 

「こっちも準備万端」

 

 髪をアップにして浴衣を着た燐子さん……。

 縞模様の入った浴衣に赤い羽織というオーソドックスなスタイルなのに目が離せない。

 胸の無い私より絶対に似合っている。

 

「……変……ですか?」

 

「全然。見とれてた」

 

「…………もう」

 

 小さく抗議の声が聞こえたが顔は笑っているので良しとしよう。

 

「まりなさん留守番お願いします」

 

「はーい。おつまみあったらよろしくね」

 

「もう少ししたら昼飯なので我慢してください」

 

 

 

 

「では、お先に」

 

「…………うん」

 

 手早く体を洗い早速温泉に浸かる。

 右目が失明のまま安定したのと火傷痕が薄くなったお陰で眼帯もラッシュガードも無しの入泉。

 

 

 とろけそう。

 

 

 早い時間帯という事もあって他にお客さんがいないので、貸切状態で気分は更に高揚。

 少し遅れて体を洗い終わった燐子さんも温泉に浸かる。

 ……水面に浮かぶひょうたん島からはそっと目を逸らす。

 

「……眼病や火傷に……効くそう」

 

「もしかして今回の旅行って私の為?」

 

 見えない右目を瞼の上から撫でながら聞くと少し困った顔を浮かべた。

 ちょっと自意識過剰な意地悪な質問だったかも。

 

「半分は……純粋にRoseliaのみんなの疲労が気になったから……。……残り半分は……私の我儘、かな?」

 

 蠱惑的な表情を浮かべる燐子さん。

 口調も仕草もえっちなモードに。

 

「そっか。何にせよ主体的に動く燐子さんが見れて私は嬉しい」

 

「……ありがとう」

 

「こちらこそ」

 

 横に並んで座ったまま温泉の中で手を重ねる。

 荘厳な旋律を奏でるこの手、指を絡めると優しさが伝わってくる気がした。

 

 

 ちゅっ

 

 

「……えへへ」

 

「大胆さもレベルアップ……」

 

 頬に触れた柔らかい感触。

 二人きりになると甘えん坊さんになるから困る、いや困らないか。

 

「んっ…………」

 

 お返しに柔らかな唇を塞ぐ。

 着いて早々、盛りのついた犬か、私。

 

「実は……貸切風呂も予約しちゃった……」

 

「手回しの良い子は大好き」

 

 さて二人で軽く汗を流しますか。

 

 

 

 

「紗夜さん、大丈夫ですか?」

 

「はい……お見苦しいところ……」

 

 温泉でのぼせて布団の上で横になっている紗夜さんを扇ぐ。

 

 燐子さんとの入浴後、全員でホテル内のレストランで昼食を取りまた温泉へ。

 入泉後しばらく経って紗夜さんがダウン。

 私が申し出て部屋まで運び布団を敷き寝かせた。

 

 弱っている紗夜さんを見るのは久しぶりだけど、症状も軽そうだし前とは原因が違うのであまり心配はしていない。

 羽目を外せる位みんなと絆を深めたと感じているから。

 

 ……犬達と全力で戯れてきたんだろうね、体力を使い切る位。

 

「全然。貴重な紗夜さんを見れて役得」

 

「…………日菜には内緒ですよ」

 

「うん」

 

 上気した顔に潤んだ瞳、いつもの凛々しい表情も好きだけどたまにはこんな表情も。

 ……でもちょっと刺激が強すぎる。

 

「このまま安静にしていれば治りますので……付き添わなくても大丈夫ですよ?」

 

「私がしたいから、じゃ駄目?」

 

「…………いいえ」

 

 額のおしぼりを洗面所で冷やしまた額に。

 何だか施設にいた頃に年下の看病をした時の事を思い出した。

 元気にしてると良いな。

 

「私は……『仲間』という言葉が嫌いです。同じ物事をする集団、それだけで『仲間』という単純なくくりになってしまう」

 

 熱に浮かされたのか唐突な発言だけど、実に紗夜さんらしい考え方。

 そんなところが毅然とした生き方に繋がっているのだろう。

 

「最近悩むんです。ワンコさんと私、いえ私達の関係を何と呼べばいいのか」

 

 私はステージに上がるわけではないから厳密な意味だとバンドメンバーとは呼べないか。

 こんな時でも眉間に皺を寄せて考える真面目な紗夜さんが可愛らしい。

 

「『同志』でも『群れ』でもお好きなように。立つ位置は違っても見続けるから」

 

「……はい」

 

 ほっとした表情になる紗夜さん。

 妹の気楽さを半分くらい分けてやりたい。

 

「『群れ』……良いですね。ワンコさんが姉犬なら私は妹犬です」

 

「まあ、誕生日的にはそうかもね」

 

 確か狼の群れだと血縁関係が多いから姉妹でも間違いじゃないか。

 今まで考えたこともなかったけど紗夜さんが妹……可愛い。

 姉と妹の面倒を甲斐甲斐しく見つつも自分を律する頑張り屋さん。

 たまに姉に甘えたくなるけど中々言い出せずに抱え込んでしまったり。

 そんないじらしい姿を見つけて思わずハグしてしまったり。

 

 

 ……自分勝手な妄想に巻き込んでしまい反省。

 

 

「姉犬は妹犬が病気の時は寄り添うらしいですよ」

 

「うん、分かった」

 

 紗夜さんの言わんとしている事が分かったので私も布団の上に寝転ぶ。

 アイスグリーンの長い髪を手に取り弄ぶ。

 サラサラで良い触り心地。

 

「気に入りましたか?」

 

「うん、すっごく紗夜さんだな、って」

 

「ふふっ、何ですかそれ」

 

 

 

「あー、ワンコ先輩ばっかりズルい!」

 

 障子を勢いよく開いて現れたのは浴衣姿のあこちゃん。

 髪を下ろしている姿も中々似合う。

 少し大人っぽく見えるし。

 

「ドーンッ!」

 

「おっと」

 

 私の上にダイブしてきたので咄嗟に受け止める。

 抱きしめたあこちゃんの体から伝わってくる質感。

 体の方も順調に成長している様で何より。

 

「宇田川さん!」

 

「まあまあ。あこちゃん、ちゃんと髪拭かなきゃ駄目」

 

「はーい!」

 

 こんな時でも注意を欠かさない紗夜さんを宥めつつ、あこちゃんの首からタオルを取る。

 身を起こし私の股の間に座らせて丁寧に水気を奪っていく。

 姉妹だけあって巴ちゃんの髪と似ている。

 

「さっきの紗夜さん凄かったんですよ! 犬の種類は鳴き声だけで全部当てちゃうし、獰猛な犬も躾けちゃうし」

 

「あ、あれくらい当然です!」

 

「そう、流石紗夜さん」

 

 片手で髪を拭きつつ片手で紗夜さんの頭を撫でる。

 犬好きに磨きがかかっている……将来は犬関係の仕事、とまではいかなくても犬を飼ったら大事にしてくれそう。

 犬を大事にする人は信用できる。

 

「あこも躾けたいなぁ……。紗夜さん、コツとかあります?」

 

「……信頼関係ですよ。そうですよね、ワンコさん?」

 

「うん、まずは相手を理解する努力。それでも無理なら……秘密」

 

「えー、教えてよ!」

 

「私も知りたいですね」

 

 何で二人揃ってノリノリなのか。

 ドン引きするような答えしか用意してないのに。

 ……まあさっきの燐子さんとのやりとりで既に私も羽目を外しているので。

 

「こうする」

 

「えっ!」

 

「なっ!」

 

 髪を乾かし終わったあこちゃんを紗夜さんの横に押し倒す。

 

 そして、覆い被さる。

 

「さて、どうする聖堕天使あこ姫?」

 

「あ…………くっ、殺せ! 魔犬風情に屈しない!」

 

「止めなさい! 彼女に手を出すなら私にしなさい!」

 

 ……何この流れ、落としどころが見えない。

 とりあえず――

 

「あんっ……」

 

「一舐めしただけで可愛い声。聖堕天使様は首筋が弱点かな?」

 

「くっ、彼女から離れなさい。このケダモノ!」

 

 やばい、あこちゃんの嬌声も紗夜さんから罵声も気持ち良い。

 旅先で身も心も開放的に。

 こうなったら――

 

「……そこまで……です!」

 

「「「RinRin!」」」

 

 ここにきて名うてのウィザードが参戦。

 私も体を起こし身構える。

 

「……体は汚せても……心までは汚せません」

 

 するすると服を脱いでいく燐……いや、RinRin。

 温泉で上気した肢体は先程十分に堪能したというのに飽きさせない。

 それではお望み通りに。

 

 

 ガシッ!

 

 

「三対一なら負ける道理はありませんね」

 

「あこ達のチームワーク見るがいい!」

 

「……ふふふ……油断しましたね」

 

 紗夜さんには羽交い絞めにされ、あこちゃんには足首を押さえられ、燐子さんには正面から迫られる。

 

 

 ……温泉旅行一日目、どんな時でもRoseliaは元気いっぱいだ。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>犬について

白金燐子:……お可愛いこと。

氷川紗夜:愛です、愛ですよ。

月島まりな:犬はエサで飼える。人は金で飼える。


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本編X-10:温泉後編(シーズン1夏)

UA34,000&お気に入り200件突破ありがとうございます。

温泉行きたいです。


「……何があったの?」

 

「まあ色々と」

 

 白いお肌が赤く染まるまで温泉を堪能した友希那さんが部屋に戻って来るなり一言。

 紗夜さん、燐子さん、あこちゃんは体力を使い果たしてぐっすりお昼寝中。

 一人で事後処理をした私はうつらうつらしてた。

 

「三人とも気持ち良さそうだね~♪」

 

 元気の有り余ってそうなリサさんは三人をスマホで撮影。

 素早い対応。

 

「で、友希那さんが抱っこしている子は?」

 

「ひなこ、よ。レンタルしてきたの」

 

「ひにゃ~」

 

 ……エメラルドグリーンの瞳とグレーの毛皮のロシアンブルー。

 何となく何処かの誰かさんを彷彿とさせる。

 

「ひにゃ!」

 

「あっ」

 

 突然友希那さんの抱っこから逃れると眠っている紗夜さんに頬擦り。

 紗夜さんは眉間に皺寄せてるけど。

 

「友希那さん、振られた」

 

「煩い」

 

 つい口を滑らしたら指で額を小突かれた。

 頬を膨らます友希那さん可愛い。

 

「仕方ないわね。ひなこは紗夜に譲るとして何をしようかしら?」

 

「じゃあ、ホテルの中を散策しない? 色々あるみたいだし♪」

 

「そうね。ワンコもそれでいい?」

 

「うん、楽しみ」

 

 ちなみにまりなさんは温泉で出会った女性と意気投合してバーで飲んでいるらしい。

 一番エンジョイしてない?

 しばらく戻ってこなそうなので施錠しても良いか。

 

「ひにゃー!」

 

「うん、お留守番よろしく」

 

 

 

 

「あ、温室だって」

 

「青薔薇はあるかしら?」

 

「うーん、あった」

 

 青薔薇を前に感慨深そうな友希那さん。

 Roseliaのアイコンでもある青薔薇。

 青薔薇の下で歌ってきた日々を思い出しているのかな。

 

「……不思議ね。去年までは花の色なんて気にしていなかったというのに」

 

「それだけ友希那が成長したってことだよ♪」

 

 ずっと見続けてきた幼馴染だからこそ言える言葉。

 私の行動も少しは友希那さんの成長の手助けになったと思いたい。

 

「家でも育ててみる?」

 

「そうね……でも棘でユキが怪我をしたら困るわ」

 

「過保護だね~」

 

 おりこうさんと言ってもまだ子猫。

 もう少し大きくなるまで鉢植えは我慢かな?

 

「むしろ友希那が植物の世話をするのってアサガオ以来で不安だよ」

 

「水のあげ過ぎでお母様に叱られそう」

 

「あなた達言いたい放題ね」

 

「ユキが肥満気味なのは誰の所為?」

 

「…………ごめんなさい」

 

 

 

 

「お、スポーツジムもあるんだ♪」

 

「友希那さん、汗でも流す?」

 

「興味無いわ」

 

 相変わらず運動は不得意のようで。

 

「リサさん、採寸」

 

「おっけ~」

 

 私の言葉にリサさんが友希那さんの後ろから腰に手を回す。

 

「きゃっ! ちょっとリサくすぐったいわよ」

 

「ん~増量気味かな?」

 

「お昼を食べ過ぎただけよ!」

 

「夏バテよりは良いけどあまりステージ衣装の腰回りのサイズを大きくすると見苦しい」

 

「分かったわよ! 旅行が終わったら毎朝ジョギングするから二人とも付き合いなさい!」

 

「りょーかい♪」

 

「うん、任せて」

 

 音楽か猫に関わる事ならストイックなので一旦大丈夫かな。

 サイズが元に戻ったら直ぐに止めそうだけど。

 

 

 

 

「へ~美術館もあるんだ」

 

「見ていきましょう」

 

「うん」

 

 色々あるね、このホテル。

 

「五色絢爛、羽に五色の紋、声は五音を発す……」

 

 鳳凰の銅像、前に京都で見た物と似てる気がする。

 

「死と蘇生を繰り返し永遠の時を生きる……」

 

 フェニックスの銅像、鳳凰に比べると西洋的な顔つき。

 

 やっぱり芸術方面の能力が低いな、私。

 カッコイイという感想が精一杯。

 

「潰えぬ……燃え上れ……」

 

 友希那さんが何やらぶつぶつと呟いてる。

 曲のイメージでも浮かんだのかな。

 

「………………」

 

「リサさん、ダビデ像の下腹部凝視してどうしたの?」

 

「ちょ、言わないで!」

 

 ギャルっぽい見た目なのに彫刻を見て赤面とか乙女ギャル。

 まあ性的な意味での興味は無さそうなので単純な好奇心だと思うけど。

 私もパンダの性行為動画は何回も見たし。

 

「あ、あっちにワンコの好きそうな刀剣コーナーあるよ!」

 

「楽しみ」

 

 露骨な話題逸らしに乗り刀剣コーナーへ。

 流石に国宝級の物は無いけどそれの写しはある模様。

 

「え、なにこの大きさ!?」

 

「布都御魂剣が271センチメートル、祢々切丸は337センチメートル。一度振ってみたい」

 

「……長い方だとアタシと友希那の身長足しても届かないじゃん」

 

「重さ的にはリサさん一人より軽いから大丈夫」

 

「体重には触れないで!」

 

 怒られちゃった。

 まあ友希那さんと違って別の部分が増量中だし気にしてるのかな。

 

 

 

 

「あなた達……にゃんて可愛いの!」

 

『にゃー』

 

 友希那さんの自制の利かなさに磨きが。

 ウェルカムキャット以外の猫は猫カフェで働いている様で、さっきのひなこもそこでレンタルしたとか。

 というわけで猫カフェに入店。

 

「友希那じゃなくても動けなくなるでしょ?」

 

「うん、人懐っこい子が多いね」

 

 リサさんも私も相性の良い猫が寄ってきて膝の上に乗られてしまい動けない。

 ユキもバイト先の猫達も勿論可愛いけどこの子も中々。

 

「みゃーや」

 

「うん、凄く可愛い。おやつ買っちゃうね」

 

「みゃん♪」

 

 元々は保護猫だったこの子達。

 条件を満たせばお迎えすることもできるとか。

 今はまだ無理でもいつかは……。

 

 

 

 

「お騒がせしました」「……しました」「しました!」

 

 夕食の時刻が近付いたので友希那さんとリサさんをバーにいるだろうまりなさんを呼びに行ってもらい私は宿泊部屋へ。

 部屋に入るなり三人が土下座でお出迎え。

 

「元気になったみたいで良かった」

 

「あっ……」

 

 念の為紗夜さんの額に私の額を当て確認、大丈夫そう。

 

「わたしも……」

 

「あこも!」

 

「うん、任せて」

 

 Roseliaの体調管理は私の役目だしね。

 

「ひにゃー!」

 

「君も元気いっぱいだね」

 

「あの……この猫は?」

 

「友希那さんがレンタルしてきた。紗夜さんが大好きみたいだからよろしく」

 

「はぁ……」

 

 自体がよく呑み込めていない様子だけど私もそれ以上の説明は出来ない。

 食事に連れて行く時はハーネス必須だというので取り付け。

 紐の反対側に付いているバンドを紗夜さんの手首に巻いてもらい準備完了。

 

 さあ全力で狂い食べるだけ。

 

 

 

 

「まさか……これ程とは……」

 

 それを口にした紗夜さんが驚きで目を見張る。

 もはやフライドポテトと言ってよいものか。

 目の前の凛々しい女性の板前、先程まで天ぷらを揚げていた彼女が新しい鍋で揚げたのは細長くカットしたジャガイモ。

 油遣いのプロが料理したフライドポテト、美味しくない筈がない。

 ……紗夜さん涙流してるし。

 

「リサさん、真似できそう?」

 

「いやー、このレベルになると流石にね」

 

「流石燐子が手配しただけあるわね」

 

「りんりんどれも美味しいよ♪」

 

「うん……良かった……」

 

 猫連れでホテル内の日本料理店に入るとかちょっと怖かったけど良い意味で衝撃を受けた。

 人を感動させる料理……これがプロか。

 Roseliaの目指すレベルもこの領域なのかも。

 

 

「くーくー」

 

「静かだと思ったらひなこは寝ていたのね」

 

 私達の食事中はケージの中で猫用の食事を食べていた筈がもう食べ終わって寝ている様子。

 この自由さ、ますます誰かさんそっくり。

 

「あー、これもお酒に合うね!」

 

 ……まりなさん、良かったね。

 

 

 

 

「はー、美味しかった。ありがとね、燐子♪」

 

「白金さん、今以上の演奏で感謝の言葉とします」

 

「は、はい……」

 

 リサさんと紗夜さんに詰め寄られて頬を染める燐子さん。

 私も何か恩返ししたいな。

 

「燐子さん、この後は?」

 

「展望室で……星でも見えたら……」

 

 おお、青春っぽい。

 デネブ、アルタイル、ベガの夏の大三角。

 天の川、彦星、織姫。

 

「でも空は曇ってるわね」

 

「あー、降ってきちゃった!」

 

 あこちゃんの言う通り窓に水滴が……。

 これだと星は見えない。

 

「……ごめんなさい。私が雨女の所為で」

 

「ひにゃ……」

 

 うなだれる紗夜さん。

 そう言えば雨が降るたびに気にしている節があったような。

 ひなこもそんな気持ちを察してか元気無さそう。

 

「雨なら雨の楽しみ方をすればいいだけよ」

 

 先陣を切って歩き出す友希那さん。

 いつもは突っ走る私でも友希那さんの背中を追いかけるのは嫌いじゃない。

 

 

 

 

 サー

 

 

『………………』

 

 露天風呂に浸かり目を閉じ静かな雨音に耳を澄ます。

 屋根の下にいるので直接雨は当たらないから音だけで雨を堪能する。

 夏の雨なんて不快でしかない筈なのにここではまるで別物。

 

「紗夜どうかしら、悪くないでしょ?」

 

「ええ……そうですね……」

 

「ひにゃー♪」

 

 貸切の家族風呂、レンタル猫も入浴可能だというのでひなこも連れてきたら紗夜さんの肩に乗ったまま湯船に浸かった。

 今まで何十匹の猫の世話をしてきたけどここまで水に抵抗の無い猫は初めて。

 

「温泉の匂いと……雨の匂い……」

 

「風流だね~」

 

「同感、冬になったら雪でも降らせてもらおうかな?」

 

「そうなったら紗夜さんは雨雪の魔女ですね!」

 

「宇田川さん、それでは霙です」

 

「全く、騒がしいわね」

 

「そういう友希那さんだって頬が緩んでる」

 

「今日は休養日だから問題ないわ……あら、雨脚が弱まったわね」

 

 友希那さんの言葉通り雨脚が弱まり、完全に止んだ。

 ということは、もしかしたら。

 

「……綺麗」

 

 雨雲が過ぎ去り現れたのは夏の星々。

 照明が抑えられているお陰で割と見える。

 無数の星が川のように連なった天の川。

 

 あー、柄にもなく視界がぼやけてきた。

 

 

「ねーりんりん、あこ達もあの星座達みたいになれるかな?」

 

「うん……わたし達ならきっと大丈夫……」

 

「当然ですよ、宇田川さん。私達はRoseliaなのですから」

 

 

 

 

 

 

「ふー」

 

 あの後は大人しく部屋に戻りまりなさんを加えた女子会。

 色々と大人な話を聞かせてもらった。

 ……ちょっと他言無用な話題もあったけど。

 

 

 そして、気が付いたら全員寝落ち。

 

 

 目が覚めたら朝だったので簡単に身支度を済ませスポーツジムへ。

 折角なので使わせてもらおう。

 着替えも一式揃っていてありがたい。

 

「お、やっぱりいた」

 

「おはようございます」

 

「おはよう」

 

 軽くウォーミングアップを済ませたところで現れたリサさんと紗夜さん。

 昨日の疲れもなく元気な様子。

 むしろ二人とも元気が有り余っているような。

 

「勝負しませんか?」

 

「紗夜!?」

 

「うん、楽しそう」

 

 アップを済ませた紗夜さんからまさかの申し出。

 二人とも運動神経は良さそうだし良い勝負が出来るかも。

 

 使うのは……エアロバイクでいいか。

 

「どうせなら賭けない? 私は友希那さんが期末テストの結果を見て小さくガッツポーズする画像と日菜ちゃんが天文部の部室で寝ちゃった画像」

 

「賭けとは風紀違反ですね。日菜が私の為に一生懸命食事を作っている画像と私の自主練に付き合ってくれた湊さんが新曲を閃いて一心不乱にノートに書きこむ画像」

 

「紗夜もノリノリじゃん♪ 昔友希那とお医者さんごっこをした時の画像とヒナが剣道でワンコに負けた後抱き合った画像」

 

 私も二人もやる気満々。

 ペダルに足を掛け集中力を高める。

 

「十五分で走行距離が一番多かった人が総取り」

 

「オーケー。友希那に自転車の乗り方を教えたアタシの実力見せちゃうよ♪」

 

「日菜より先に自転車に乗れた私だって負けませんよ」

 

「では、よーい……どん!」

 

 唸りを上げるエアロバイク。

 最初からトップギア、血がたぎる。

 目の前のデジタル数字がどんどん加算されていく。

 

 

 さあ白黒つけようか。

 

 

「友希那友希那友希那友希那友希那友希那友希那友希那友希那友希那!」

 

「日菜日菜日菜日菜日菜日菜日菜日菜日菜日菜日菜日菜日菜日菜日菜日菜!」

 

「怖い」

 

 

 

「悔しー!」

 

「想像以上ですね……」

 

「いや結構ギリギリだったし」

 

 何と言うか……後ろから猛獣に追走されるような嫌な汗をかいた。

 友希那さん級の圧を感じたし、怖いよRoselia。

 

 それはそれとしてお宝画像ありがとう。

 

 

 

 

「一つ質問いい?」

 

「何ですか?」

 

 疲れ果てて休憩している紗夜さんにスポドリのペットボトルを渡しながら聞きそびれていた事を尋ねる。

 

「燐子さんの提案に賛同したのが意外だったんだけど」

 

「その事ですか……バンドでも学校でも自分を変えようと頑張る彼女の姿を見ていたらつい応援したくなって」

 

「そっか。うん、納得した」

 

「それに白金さんには学校でも助けられていますし……」

 

 頬を染める紗夜さん。

 何となくこれ以上聞いてはいけないような。

 多分、きっと、深い意味はないんだろうけど……流石に学校だしね。

 

「逆に私も質問していいですか?」

 

「うん」

 

「…………歌や楽器をやるつもりはありませんか? 素晴らしい耳をお持ちなのに」

 

「友希那さんに言われたんだけど、耳が良すぎる所為で余分な音まで拾っちゃって音楽には向かないんだって」

 

「そんな…………」

 

「まあ脳の処理の問題なので鍛えればアカペラ、並以下なら弾き語りも出来るようになるとか」

 

「…………ごめんなさい」

 

「いやいや紗夜さんが謝る事じゃないって。でも、もし出来たら褒めてほしいかな?」

 

「……はい、必ず」

 

 言った手前やるしかない。

 まずはそこでぶっ倒れているリサさんの誕生日、間に合うかな?

 

 

 

 

 一泊二日の温泉旅行、課題、目標、疑念……各々思うところもあった筈だし私も頑張らないと。

 

 

 

 

 この後まりなさんの華麗な運転が待ってるから朝食は控えめにしておこう。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

湊友希那:新曲が閃いた。メンバーへの理解が深まった。

氷川紗夜:色々とスッキリした。

今井リサ:友希那と旅行が出来てハッピー♪

宇田川あこ:すっごく楽しかった。

白金燐子:無事帰宅出来て一安心。

ワンコ:これがリア充の旅行……。


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番外編X(シーズン0~2)
番外編X-1:友希那な日々(シーズン1)


アンケートで票の集まったヒロイン視点開始です。

使いどころに困っていた小ネタを4つ繋げてみました。


〇洗濯物(シーズン1)

 

 

「♪~」

 

 作曲作業も一段落しユキを引き連れて一階に降りると、リビングでワンコがRoseliaの楽曲の鼻歌を歌いながら洗濯物を畳んでいた。

 丁寧でありながら無駄のない動き、手慣れているわね。

 

「ご機嫌ね」

 

「あ、友希那さん。コーヒーでも淹れる?」

 

「水が飲みたいから自分でやるわ」

 

 キッチンへ行き冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しグラスに注ぐ。

 最近ウェスト周りを指摘される事が多いから自分なりに気を遣っていたりする。

 

 リビングに戻りソファーに座るとすかさずユキが膝の上を占拠した。

 当然、私は撫でるわ。

 

 

「何だか悪いわね」

 

「ううん、全然」

 

 ワンコが来てから私も少しは家事を手伝うようになったけど精々一割程度。

 それでも両親からは褒められ複雑な気持ち。

 野菜の皮むきをすれば食べる部分が異常に少なくなり、お風呂掃除をすれば全身びしょ濡れ。

 リビングの掃除をすれば危うく物を壊しそうになったり、買い物は……つい余分な物を買ってしまう。

 認めたくはないけど、私は不器用。

 

 それでもユキの世話だけは完璧。

 グルーミング、食事、ケージやトイレの掃除、毎日の健康チェック。

 

「にゃー」

 

「今日も異常は無しね」

 

「優しいお姉ちゃんで良かったね」

 

「にゃん♪」

 

 私も可愛い妹達が出来て良かったわ。

 

 

「それってお父さんの……下着よね?」

 

「うん、そうだけど」

 

「よく触れるわね」

 

 小さい頃は何とも思わなかったけれど中学生になった頃から何となく抵抗が。

 洗濯する時は分けて、と言ったら悲しい顔をされた。

 

「私は別に気にならないけど。施設の年少組のとか老人ホームのご老人のとかに比べたら綺麗」

 

「…………お父さんが泣いちゃうから今の話は秘密よ」

 

「うん」

 

 

「うーん」

 

「どうしたの、私の下着なんか見て?」

 

 いくら家族(仮)でもあまりジロジロ見られると恥ずかしいから止めてほしい。

 

「前はシンプルなのが多かったのに最近凝ったものが増えてきたような」

 

「……最近リサや燐子と買い物に行くと全力で勧めてくるのよ」

 

「成程」

 

 二人に比べたら貧相な私の体をいくら着飾ったところでどうしようもないというのに。

 一人で歌っていた頃は気付かなかったけれど、控室であの二人の着替えが目に入ると差を感じてしまう。

 

「友希那さんは西洋人形みたいに綺麗なので気持ちは分かる」

 

「そう。じゃあ、あの二人は?」

 

「……フィギュア?」

 

「……確かに」

 

 あこの部屋で見かけた一部を強調したフィギアを思い出して納得してしまった。

 流石にあそこまで巨大だと日常生活に不便だろうけど。

 

「ワンコは大きい方が好き?」

 

「…………ノーコメントで」

 

 豆乳でも飲んでみようかしら。

 

 

 

 

〇お小遣い(シーズン1)

 

 

「はい友希那、お小遣いよ」

 

「ありがとう、お母さん」

 

 月に一回のお小遣いの日、お母さんから茶封筒を渡された。

 食事代や洋服代は別途申請すれば貰えるので主な使い道は音楽関係だけど、大体はワンコがRoseliaの経費で落としてくれるので使われず貯金に回る。

 CiRCLEでライブをする分には集客の問題が無いのでチケットノルマも無いし……むしろステージに立ち始めた時の方が大変だった記憶が。

 当然最初は無名だったし……。

 

「ワンコちゃんは本当に良いの?」

 

「はい、バイトの方が順調なので貯めておいてください」

 

「分かったわ」

 

 ワンコは今月も貰わないようね。

 ……少し申し訳ない気が。

 

「にゃあ」

 

「ユキちゃんにはこれね」

 

 ユキに液状スティックのおやつをあげるお母さん。

 子猫にやり過ぎは良くないので一日一本に抑えているだけにずるい、私があげたいのに。

 

「友希那さん、落ち着いて」

 

「べ、別に私は冷静よ」

 

「あらあら、友希那お姉ちゃんはやきもち焼きね」

 

「にゃーん」

 

 あんなにユキが嬉しそうに……卑怯よ!

 

 

「ところでワンコはどれ位稼いでいるの?」

 

「金額的に確定申告が必要になるペース」

 

「……その割には質素な生活ね」

 

 ワンコの部屋には毎日行くけど必要最低限の物しか置いていない。

 一番高価な物は燐子から借りたノートパソコンだったような。

 一体何に使っているのかしら?

 

「使い道は聞いても良い?」

 

「特に面白い話じゃないよ。借金返済とか仕送りとか貯金とか」

 

「そう……今度クレープでも奢ってあげるわ、姉として」

 

「うん、楽しみ」

 

 これくらいならお節介を焼いてもいいかしら?

 

 

「友希那さんは欲しいものとか無いの?」

 

「そうね、特には無いけど……アルバイトはしてみたくなったわ」

 

「歌の為の体験?」

 

「それもあるけど……自分で稼いだお金であなた達に誕生日プレゼントを贈ってみたい、から」

 

「………………」

 

「何よ、その顔は?」

 

「ちょっと感動してた」

 

 全く……私の事を何だと思っているのかしら?

 ちょっと柄にもないことを言った自覚はあるけど。

 やはりお小遣いと自分の労働の対価とではプレゼントに込められる思いも違うだろうし。

 問題は今までアルバイトの経験が無い事だけれど。

 

「羽沢珈琲店、やまぶきベーカリー、北沢精肉店、銀河青果店……どこでもすぐに連絡する」

 

「ちょっと、急ぎすぎよ!」

 

 やるのは私なのにどうしてそこまで乗り気なの……。

 取り合えずその四つから選べば問題無いわね。

 ……でも全部接客業、口下手な私で大丈夫かしら?

 

「にゃ、にゃ」

 

「あら、ユキも応援してくれるの? ありがとう」

 

 妹二人からの応援、向き不向き関係無しにやるしかないわね。

 

 

 

 

〇パソコン(シーズン1)

 

 

 ワンコの部屋に入るとノートパソコンでゲームをしているようだった。

 ヘッドセットのマイクに向かって喋っている。

 

「NFOかしら?」

 

「うん。あ、紗夜さん、私がヘイト集めるから下がって回復して」

 

『了解しました』

 

『あこちゃん、詠唱始めるよ(oゝд・o)ノ』

 

『おっけー♪ 牽制は任せて!』

 

 邪魔をしては悪いのでクッションに座り置いてあった文庫本を手に取る。

 相変わらず恋愛小説が好きみたいね。

 ……これだけヒロインから好意を向けられているのに、全然気付かない女主人公ってどれだけ鈍感なの?

 

 

「お疲れ様。また明日」

 

『お疲れ様でした』

 

『乙~(*^▽^*)』

 

『ふっふっふ、大儀であった。お休みなさい♪』

 

 

 私が部屋に来てから十分位経った頃終了の挨拶、どうやら終わったみたい。

 

「待たせてごめんね、友希那さん。何か?」

 

「遅くに悪いわね。数学の宿題のここの部分が分からなくて」

 

「ここは先に公式を使って分解してやると……」

 

「あ、なるほど。気付かなかったわ」

 

「でもここまで独力でこれたなんて成長著しい」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 今まで課題なんて最低限しかやらなかったし、分からない箇所は白紙で出してた。

 私には音楽があるから、そんな風に考えて逃げていたのかも。

 でもそれだけでは駄目みたいね。

 試練に自ら立ち向かっていくRoseliaのみんなを見ていたらそんな気がした。

 

 

「機会があったらまたみんなでNFOをやるのも悪くないわね」

 

「うん、みんな喜ぶと思う」

 

「でも、操作が難しいわ。まあゲームに限った事ではないけれど」

 

 正直パソコンもスマホも最低限の機能しか使っていない気がする。

 困ったらワンコやリサに聞けば何とかしてくれるし。

 

「でも作曲とか作詞とかはパソコンでやってるよね?」

 

「そうね……お父さんがやっているのをよく見てたから」

 

 まだお父さんがインディーズだった頃、悩んで、苦しんで、そこから名曲が生まれたのを何度も間近で見てきた。

 あの時の笑顔は未だに忘れられない。

 その笑顔を取り戻すために……。

 

「ふーん」

 

「何よ」

 

「友希那さんの中にしっかりとお父様の歴史が受け継がれているんだなって」

 

「っ!」

 

 ワンコは時々臆面もなく私を赤面させる事を言ってくる。

 そういう時は――

 

「くすぐりの刑よ」

 

「ちょ、友希那さん、脇腹は反則!」

 

「心苦しいけど生意気な妹の躾けは姉の責務よ」

 

「嘘だ、顔が思いっきり笑ってる」

 

 

 夜だという事を忘れて騒いだので、その後二人してお母さんに叱られた。

 

 

 

 

〇ベランダ(シーズン1)

 

 

「麻弥さん、そっちの長さ足りてる?」

 

「はい、設計図通りです」

 

 ある日の事、ワンコと麻弥さんが私の部屋とリサの部屋のベランダを行き来する梯子を設置していた。

 事の発端はリサが私の部屋に来るために、ベランダからベランダに飛び移っているのが両家にバレた事。

 流石に落ちたら危険だという事で禁止されそうになったが、ワンコが安全に行き来できる梯子を設置すると名乗り出た。

 普通に考えたら却下される筈が……何故か許可された。

 理解のあり過ぎる両家に感謝するべきなのかしら。

 

 そんなこんなで舞台装置作りに定評のある大和さんを巻き込んで工事が行われている。

 ……そもそも普通の業者に頼めそうもない案件だし。

 あ、もう出来上がったのね。

 

「それでは使用方法を説明します。防犯上常設は出来ないのでハンドルで毎回設置するシステムです。具体的には――」

 

 熱心に聞き入るリサ。

 まあ私が使う事は無いだろうけど……ちょっと地面から高いし。

 でも折角二人が設置してくれたわけだから覚えておこうかしら。

 

「本当にありがとう、ワンコ、麻弥♪」

 

「私からもお礼を言わせてもらうわ、ありがとう」

 

「いえいえ」

 

「お二人のお役に立てて光栄です」

 

 ベランダとベランダの距離は変わっていないのに……不思議ね。

 リサとの距離が少し縮まった気がするわ。

 

「さあ、アタシ特製クッキーでお祝いしよっか♪」

 

 

「また腕を上げたわね」

 

「流石リサ師匠」

 

「リサさん、お店が開けるレベルです!」

 

「あはは、ありがとね~」

 

 いつもながらリサのクッキーは美味しい。

 ワンコ曰くRoseliaが迷った時はこれがあれば問題ない、確かにそうね。

 心安らぐ懐かしい風味を残したまま進化し続ける味わい。

 リサのクッキーへかける情熱が伝わってくる。

 私の歌への情熱に匹敵するかもしれないわね。

 

「リサ、あなたのクッキー作りへの情熱を支えているものは何かしら?」

 

「えっ、そんな事考えてもみなかったけど……今みたいにみんなが笑顔になってくれる瞬間が嬉しいから、なんてね」

 

 自分で言っておいて赤面するリサ、実に可愛らしい。

 

 でも……そうね、その純粋な気持ちをいつまでも持ち続けることは私にとっても必要な事だと、今はそう思える。

 

 私は未熟、でもお父さんだって誰だって未熟な時期はあった筈。

 

 だったら私も一歩ずつ着実に進んでいくだけ、素晴らしい仲間と共に。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

取り合えずRoselia5名を書いたら各バンド1名書く予定です。

アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

湊友希那:日々成長中。

ワンコ:家事は得意。

ユキ:湊家の癒し。

今井リサ:日々工夫中。

大和麻弥:恩返し。


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番外編X-2:紗夜な日々(シーズン1)

今回も小ネタを4つ繋げてみました。


アニメ三期は終わりましたが来年、再来年に映画があるので健康に気を付けていきましょう。


〇ものもらい(シーズン1)

 

 

「……氷川さん……病気ですか?」

 

「ええ、ものもらいになってしまって」

 

「お大事に。でも眼帯の紗夜ちゃんもカッコイイね♪」

 

「丸山さん、宇田川さんみたいな事を言わないでください」

 

 登校後、自席に着くなり声を掛けてきた白金さんと丸山さん。

 流石に眼帯を着けていれば目立ちますね。

 仕事の関係で朝早くに家を出た日菜に見られなかったのは不幸中の幸いでしょうか。

 あの子の事ですから看病するとか言い出しそうですし。

 

「自己管理がなっていないようで恥ずかしい限りです」

 

「そんなこと……ありません……」

 

「うんうん、紗夜ちゃん程自分に厳しい人なんて花女にいないよ!」

 

 お二人からの温かい言葉、以前の私だったら素直に受け取ることはできなかったでしょう。

 胸が温かくなります。

 

「よーし、こうなったら二人で紗夜ちゃんをサポートしちゃうぞ、おー!」

 

「…………お、おー」

 

 丸山さんは楽しんでません?

 それと白金さんは赤面してまで付き合わなくても良いと思います。

 

 

 

 

「う~、授業中はサポートできる機会が無かったよ」

 

「そうですね」

 

 多少ノートの取り辛さはあったものの特に授業では問題はありませんでした。

 体育は見学にしてもらいましたし。

 

 

 

 

「はい、紗夜ちゃん、あーんして♪」

 

「…………あーん」

 

 妙に嬉しそうな丸山さんの箸から卵焼きをいただきます。

 本当は恥ずかしくて勘弁してもらいたいのですが、二人揃って泣きそうな顔をしてきたのでやむを得なく。

 過保護すぎる気もしますが。

 

「……次はわたしの番……あーん」

 

「あーん」

 

 ……自分のお弁当なのにいつもより美味しい気がします。

 

 

 パシャ!

 

 

「ちょっと、何撮ってるんですか!?」

 

「日菜ちゃんが喜ぶかなって♪」

 

「直ぐに消してください!」

 

「ごめん、もう送っちゃった」

 

 

 ブー、ブー、ブー

 

 

 その直後震えだす私のスマートフォン。

 日菜の名前を確認すると直ぐに電源をオフにしました。

 

「出なくていいの?」

 

「仕事に集中して欲しいですから。丸山さんの方から私は問題ないと連絡してください」

 

「はーい♪」

 

 少し心苦しいですが、一度電話に出てしまうと長電話になってしまい仕事に支障が出てしまうかも知れないので。

 それに姉として妹に弱みを見せたくはないという意地もありますから。

 

 

 

 

「連絡事項は以上です」

 

 担任の先生の言葉でショートホームルームが終わり私も帰る準備をします。

 今日はCiRCLEでRoseliaの練習があるので遅れるわけにはいきません。

 

「おねーちゃん!」

 

「日菜っ!?」

 

 鞄を持ち立ち上がったところへ突然の衝撃、何とか踏み止まりました。

 そこには何故か私服で仕事に行った筈の日菜が制服姿でいました。

 

「日菜、あなた仕事は?」

 

「しっかり終わらせてきたよ! 超特急で!」

 

 確か今日はグラビアの撮影……スタッフさん達に無理を言ってなければいいのですが。

 

「ほら日菜ちゃん、離れて」

 

「えー」

 

 続いて現れたのはワンコさん、何故?

 

「燐子さんから聞いたので。日菜ちゃんに保険証を取りに一度家に帰ってもらって、ついでに校内に入るから制服に着替えてもらった」

 

「保険証?」

 

「医者に診てもらうまで練習は禁止との友希那さんからの伝言、私も同意見」

 

 痛いところをついてきますね……。

 白金さんの方を見ると小さくガッツポーズをしています。

 

「分かりました。日菜と二人で行ってきますのでRoseliaの方はよろしくお願いします」

 

「うん、任せて。伊達に隻眼の先輩じゃないから」

 

 

 頼りにしていますよ、先輩。

 

 

 

 

〇公式サイト(シーズン1)

 

 

>依頼されてました原稿をメールで送りましたので確認してください。

 

>うん、了解。

 

>おっけー♪

 

 一仕事終えすっかり冷えてしまったホットミルクだったもので喉を潤します。

 Roseliaの持ち回りで書いている公式サイトのコンテンツの一つ「素顔の青薔薇」……要は雑記でしょうか。

 各々が好きな事を書くという提案に最初は戸惑いましたが今では納得しています。

 今井さんはメイクやコーデについて、白金さんはお薦めの本について、一部マニアックな内容もありますが人となりが窺えて私も楽しみにしています。

 

 私は何を書くか……凄く悩みました。

 サイトを見に来てくれた方々に自信を持って伝えられる事とは。

 他の誰でもない自分にしか書けない文章、考え過ぎてRoseliaのメンバー達や日菜からも心配されました。

 

 

「間に合いそうになかったら順番変えるから心配しないで」

 

 

「おねーちゃんの文章楽しみだな~♪ でも無理はしないでよ?」

 

 

 私の好きな犬、フライドポテト、NFO、お菓子作り……でも一番『氷川紗夜』を形作ったものと聞かれたら?

 日菜から逃げるように花女に進学してからの日々を思い出しました。

 

 ……やはり、あなたとの日々でしょうか。

 

 そう考えたら一気にキーボードに思いを叩きつけました。

 ちょっと感情的過ぎる文面だったかもしれませんが、やりきったという達成感が生まれました。

 

 

>とっても紗夜さんらしいと思う。

 

>アタシも!

 

>ありがとうございます。

 

 

 二人の良好な反応に思わず口元が緩んでしまいます。

 そして、そんな文章を書かせてくれた相棒のギターを手に取り優しく撫でます。

 

 日菜と比べられるのが嫌で自分だけの何かを探し続けた日々。

 あなたと共に歩んできたお陰で今の『氷川紗夜』があるのよね。

 何時間も弾き続けて弦を切ってしまったり、疲労からバランスを崩して床にぶつけてしまったり……。

 私はあまりいい相棒じゃないかもしれないけど、できればこれからも一緒に音を奏で続けていきたいと思います。

 

 

 だってあなたはもう私の一部なのですから。

 

 

 

 

〇選択(シーズン1)

 

 

「ねー、おねーちゃんとあたしが崖から落ちそうだったらどっち助ける?」

 

「紗夜さん」

 

「即答!?」

 

 暇を持て余している日菜の質問をあしらいつつ問題を解き進めるワンコさん。

 目指せ両校でRoselia一位独占、ということで私の部屋で勉強会をしています。

 ……イベント出演で一日不在の筈の日菜がイベント中止で帰宅したのは想定外ですが。

 

「えーなんでー?」

 

「紗夜さんを助けて独り占めしようとしたら、地の底からでも這い上がって来そうだから」

 

「あはは、なにそれー♪」

 

 ワンコさんの回答が面白かったのか大声で笑う日菜。

 地の底から這い上がってくる日菜を想像したら、私も思わず笑ってしまいそうに。

 

「それにしても羽丘の問題は捻ってあるのが多いですね」

 

 ワンコさんからこの前の試験問題を借り試しに解いているもののすんなりは解けません。

 学習範囲は学校毎に違いが無い筈なのに試験問題は羽丘の方が難しいです。

 流石は進学校、私がもし羽丘に入学していても……今の勉強量では二位にすらなれませんね。

 

「日菜ちゃんが毎回満点を取る所為で先生も必死になって難問作りに励んでるから」

 

「それは何と言うか……」

 

「えへへ、すごいでしょ♪」

 

 日菜が得意げに頭を差し出してきたので仕方なく撫でます。

 ……ワンコさん、恥ずかしいのであまりこちらを見ないでください。

 

「おねーちゃんも学年トップのあたしに聞けばいいのに」

 

「あなたの説明はいつも分かりにくいでしょう?」

 

「えー」

 

 不満げな日菜、実際分かりにくいから仕方ないじゃない。

 

「日菜ちゃんは私と違って一足飛びで正解まで行けちゃうから。その割に人付き合いが不器用すぎる」

 

「勉強と違って正解が無かったり人によって違うからねー。でも成長したでしょ?」

 

「うん、だからこの場に三人でいられる」

 

 二人の会話に自分の不甲斐なさを痛感します。

 本来であれば姉である私が傍にいて向き合っていくべきだったのに……。

 

「だからそんな日菜ちゃんを私達の世界に繋ぎとめておいてくれた紗夜さんには感謝している」

 

「そうだねー。おねーちゃんがいなかったら海外留学してたり世界るんるん滞在記してたかも♪」

 

「あなたならどこへ行ってもやれてたでしょうけど、ワンコさんからの感謝は受け取っておきます」

 

 二人の優しい眼差しに一人悩んでいたあの頃の私が報われた気がします。

 今の私も負けていられませんね。

 

 妹、そして大事な人達と歩んでいくために。

 

 

 

 

〇バースデーライブ(シーズン1)

 

 

「これはどういうことですか!」

 

 今日は日菜のバースデーライブ、特別ゲストとして一曲参加する事になっています。

 何度かPastel*Palettesのみなさんと練習も行い万全の態勢で迎えた当日、用意された衣装が日菜とお揃いのステージ衣装。

 仕方なく着てみたものの物凄く違和感があります。

 Roseliaの衣装に比べて露出が多めというのも気になりますが、何よりパステルカラーでフリフリというのが……。

 

「あなたの言いたいことは分かるわ、紗夜」

 

「湊さん……」

 

「燐子の衣装じゃないと落ち着かないのよね、分かるわ」

 

「全然違います」

 

「……氷川さん……今日だけは浮気しても良いので」

 

「白金さんも人の話を聞いてください」

 

「紗夜さん、カッコイイです!」

 

「宇田川さん、ブレないのは好感が持てますがこの場面だと貴女の感性を疑います」

 

「いーじゃん、紗夜。似合ってるって♪」

 

「ありがとうございます。私はそうは思いませんが」

 

「♪~」

 

「ワンコさん、楽しそうに私の髪を日菜に合わせて三つ編みにしないでください」

 

 ひとしきりRoseliaのメンバーに突っ込みを入れると肩の力が抜け気が楽になりました。

 ……ここまできた以上腹を括るしかありませんね。

 

「よし、完成。日菜ちゃんより可愛いよ」

 

「ありがとうございます。……主役の座、奪っても構いませんよね?」

 

「うん、自分で自分の誕生日をお祝いしてあげて」

 

「勿論です」

 

 改めてRoseliaのメンバーと一人ずつ目を合わせます。

 結成からもうすぐ一年、我ながら難儀な性格の私と共に歩んでくれた最高のメンバー達。

 彼女達にも今の私の最高の「音」を聴いてもらいましょう。

 スタッフさんに呼ばれ相棒を手にステージに向かいます。

 

 

 ゆら・ゆらRing-Dong-Dance氷川姉妹ver.……全力で楽しませていただきます。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

氷川紗夜:色々振り回された所為で更に逞しく。

丸山彩:妹系だけどリアル姉という微妙さ。

白金燐子:弱っている人を見るとキュンとする模様。

氷川日菜:海外ロケでも物怖じしない安定感と予測不能の不安定感。

ワンコ:万年二位。


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番外編X-3:燐子な日々(シーズン1~2)

燐子さんに毎回アレな役回りを押し付けている気が……。


〇出会い(シーズン1)

 

 

 最初の出会いは偶然だった。

 ……の痛みが強かったのでお医者さんに診察してもらった後のエレベーター。

 閉じ始めた扉の向こうに少し怖そうな眼帯の少女が近付いてくるのが見えたので咄嗟に「開」ボタンを。

 普段のわたしだったら逆だったのに、不思議。

 

「きゃっ」「おっと」

 

 エレベーターの急停止にバランスを崩した私を抱きしめるように支えた彼女。

 間近で見るその顔は意外と涼やかで、怖さより凛々しさを感じた。

 暫く待ってエレベーターがそれ以上動かない事を確認すると、わたしの体を離しテキパキと外に連絡を取った。

 

 わたしを心配させない為の明るい振る舞い、お陰で人見知りで怖がりなわたしでもパニックを起こさずに済んだ。

 何故かしりとりをする事になったけど。

 

 驚く事に彼女も明日から高等部二年生、でも学校が違うから会う事はもうないかも知れない。

 それがたまらなく嫌だったので本を貸すという名目で連絡先を交換した。

 アドレス帳の名前が増えるのはあこちゃん以来、かな。

 

 

「……はぁ……はぁ」

 

 今までに感じた事の無い感覚。

 彼女とのしりとりの途中から感じていた違和感、下腹部が熱い。

 帰宅早々冷たいシャワーを頭から浴び続けたけど中々収まってはくれなかった。

 

 

「……犬神……一子」

 

 ベッドの上に寝転びながらアドレス帳の文字を読み上げる。

 

「……ワンコ……さん」

 

 恩人に付けてもらった愛称だとか。

 そう言った彼女は一瞬寂しげな表情を浮かべたけど直ぐ元の表情に戻った。

 何故か胸がざわざわする。

 

 彼女の事をもっと知りたい。

 早速メッセージを送る?

 ううん、それはちょっと恥ずかしい、それにガツガツしていると思われたくない。

 

 こういう時はネットの力に頼ろう。

 急いでパソコンを立ち上げ彼女の名前を打ち込む。

 SNSは……やっていないみたい。

 それならと羽丘の学校裏サイトを見つけパスワードを解析し閲覧開始。

 去年の四月あたりは彼女に対する誹謗中傷がたくさん書き込まれていたけど急に減少、ついには完全に消滅した。

 ……凄い、何をしたんだろう?

 その事には興味を持ったけど、残念ながら彼女自身の情報は全く得られなかった。

 

 そうだ、羽丘中等部のあこちゃんに聞けば何か分かるかも。

 

 

 翌日あこちゃんと一緒に彼女のバイト先のコンビニに行ったら、クラスメイトの氷川さんと遭遇。

 そして何故か全員で友希那さんのライブに行く事に……人生って本当に不思議。

 

 

 でも、悪い予感は全然しなかった。

 

 

 

 

〇図書委員(シーズン1)

 

 

 遠ざかるRoseliaのメンバー達。

 必死に伸ばすわたしの手は届かなくて、振り絞っても声は出なくて。

 

 わたしの何がいけなかったのだろう……何が足りなかったのだろう。

 

 気が付くと足から真っ黒な地面に沈んでいく。

 何とかして逃れようと藻掻くけど沈む早さは変わらなくて。

 

 ああ……このまま……一人で…………。

 

 

『私がいるよ』

 

 

 その言葉と共に手を掴まれ引っ張り上げられる。

 よく知っている感触。

 

 ふふっ……夢の中まで手を差し伸べてくるなんて本当にお節介、だね。

 

 

「…………あっ」

 

「うん、おはよう」

 

 気が付くとそこは学校の図書室。

 夢の中と同じようにワンコさんの手を握り締めていたので直ぐに離す。

 

 記憶を辿ると確か図書室のカウンターで受付をやっていて……寝落ちしたみたい、恥ずかしい。

 確かワンコさんは羽丘の生徒会の手伝いで花女に来ていて、ついでにわたしに会いに来た筈。

 それなのに寝ちゃうなんて……。

 

「受け付けは代わりにやったから大丈夫」

 

「……えっ!?」

 

「そこに燐子さんのマニュアルがあったから」

 

 受付で緊張しても問題なく業務をこなせるように作ったマニュアルがまさかこんな形で役に立つなんて。

 過去のわたしを褒めてあげたい。

 

「うなされてたけど怖い夢でも見た?」

 

「…………はい……沈む夢を」

 

 ハンカチで目尻に軽く触れられた。

 もしかしたら泣いていたのかも……。

 

「沈む夢は不安の表れ。でも心の持ちようで逆転出来るから。燐子さんを信じてる」

 

「…………」

 

「昔読んだ本の受け売りだけどね」

 

 悪戯っぽく笑うワンコさん、すっと胸が軽くなる。

 ああ、この笑顔を前にすると自分が抑えきれなくなってしまう

 あこちゃんに抱く感情に似ているけどもっと直接的な……。

 

 見つめ合う彼女の片目と私の両目、ああ、吸い込まれそう。

 

 体が自然と動き唇同士の距離が縮まって――

 

 

 ガラッ!

 

 

「っ!?」

 

「あ、紗夜さん」

 

 開く音が聞こえてきた扉の方を見るとこちらの状態を察して気まずそうな顔の氷川さんの姿が。

 わたしも……気まずい……。

 

「まだ残っているようでしたら白金さんと帰ろうと思って……」

 

「は、はい……」

 

 微妙な空気、立場が逆だったら同じ反応しそうだし。

 助けを求めてワンコさんの方を向くと――

 

「私も一緒に帰って良い?」

 

「え、ええ、私は構いません」

 

「わたしも……」

 

「じゃあ、そろそろ下校時刻みたいだし戸締りして帰ろう?」

 

 何事も無かった様な見事な対処。

 ……手慣れているみたいでちょっとモヤモヤする。

 

 

 流石に氷川さんの前だと恥ずかしくて手を繋いでは帰れなかった。

 でも、寄り道して買ったクレープの食べ掛けを二口三口食べれたので大満足。

 

 

 

 

〇就任祝い(シーズン2)

 

 

「……羽織……ですか?」

 

「はい! ワンコ師匠が羽丘の風紀委員になったのでお祝いの品に羽織を贈りたいです。つきましてはご助力を!」

 

「若宮さんは相変わらずですね」

 

 生徒会室に現れた若宮さんの申し出に困惑するわたしと氷川さん。

 確かにRoseliaの衣装担当はわたしだけど和服はあまり仕立てた事が無い。

 でもわたしが生徒会長に就任した時にパンダのぬいぐるみを貰ったからお返しはしたい。

 

「サヨさんもお揃いの羽織を着れば『羽丘の狂犬』『花女の狂犬』の二頭体制です!」

 

「誰が狂犬ですか!」

 

「う~、おかしいですね。前にそんな噂が」

 

「……氷川さんは……忠犬」

 

 可哀そうな氷川さんの頭を撫でる。

 そんな酷い事を言う人は見つけ次第……。

 

「ちょっと白金さん、人前で」

 

「おお、生徒会長のリンコさん、王者の風格です! お手伝いできる事があれば是非!」

 

 恥ずかしがる氷川さんと何故か感動している若宮さん。

 二人とも犬っぽいかも。

 

 羽織…………。

 ステージ衣装に和のテイストを取り入れたら面白いものが出来上がるかも知れない。

 その為の腕試しだと思えば十分に意味がある。

 勿論やるからには今のわたしの全力で挑むつもりだけど。

 

 

「分かりました……若宮さんも一緒に頑張りましょう……」

 

「合点承知!」

 

 元気の良い返事に顔が綻んでしまう。

 うん、わたしも頑張ってみよう。

 

 

 

 

「……で、これがその羽織?」

 

「はい! お似合いです!」

 

「私まで着る必要はありますか?」

 

「二つで一つ……なので……」

 

 羽丘の生徒会室で制服の上から羽織を羽織ったワンコさんと氷川さん。

 見た目は新撰組のものとほぼ変わらないけど、背中の文字を「誠」から「羽」と「花」に変えてある。

 

「着心地は中々、得物を持っての動きも問題無し。でも燐子さんの事だからそれだけじゃないでしょ?」

 

「はい……某ルートから入手した素材を使って防刃と防弾に優れます……」

 

「あははー、燐子ちゃんも面白いね♪ やっぱりRoseliaだね~」

 

「ちょっと、日菜。それだとまるでRoseliaが面白集団の様に聞こえるんだけど?」

 

「え、ああ、うん」

 

「大丈夫です、サヨさん! サヨさんも十分面白いです!」

 

「……くっ」

 

 無邪気な若宮さんにそう言われると反論を飲み込むしかない氷川さん。

 わたしは……誉め言葉だと思っておこう。

 だって当のワンコさんがまんざらでもなさそうな顔だから。

 

 

「問題は浅葱色が日菜ちゃんのイメージカラーに似てる点」

 

「そうですね……これだとまるで氷川日菜親衛隊のような」

 

 

 

 

〇初体験(シーズン2)

 

 

「…………緊張……します」

 

「力を抜きなさい燐子。とても美しいわ」

 

 友希那さんの言葉に握りしめた手を解くと酷い手汗。

 もしかしたらライブの時より緊張しているのかも。

 深く息を吐きリラックスしようとしても中々上手く行かない。

 それに引き換え横の友希那さんも初めての筈なのに自然体、流石リーダー。

 

「……時間です」

 

「さあ、私たちの手作りマーケットを始めましょう」

 

 

 最初の切っ掛けは今井さんが奥沢さん達と手作りマーケットに参加したとRoseliaのみんなに話した事。

 自作の羊毛フェルトや編み物、詩集等が驚くほど売れたという話。

 そしたらあこちゃんもわたしの作品で参加したいと言い出して……。

 結局全員で参加する事になったけど、一部不安なメンバーもいるのでペアで製作する事に決まった。

 

 

 わたしはあこちゃんのイメージにアレンジを加えたヘアアクセサリーやコサージュ、ブローチ。

 

 氷川さんと今井さんは一冊丸々ポテトに焦点を当てたレシピ本。

 

 ワンコさんと友希那さんは羊毛フェルトの猫。

 

 

 どれもみんなの努力が伝わる作品達。

 用事で開始には間に合わなかった四人の為にも頑張らないと。

 設営は経験者の今井さんが細かく指示書を作ってくれたおかげで問題無し。

 後は……友希那さんとわたしの手腕に。

 

 

「あ、ネコちゃん!」

 

「良かったら触ってみてね」

 

「ポテト神かよマジパネェ……オネーサンこれくださーい!」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 初対面の相手ばかりなのにさっきから友希那さんの応対が凄い。

 わたしは女の子ならともかく男性相手は……。

 

「この青薔薇のコサージュは貴女が?」

 

「いいえ。こちらの者です」

 

「は、はい! ……何か問題が?」

 

 突然話を振られて声が裏返る。

 お客さんに変に思われてないかな?

 

「とても丁寧なつくりだと思ってね。じゃあ、これを頂くわ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 代金を受け取り深々と頭を下げる。

 売れたんだ……嬉しい……。

 

「やったわね、燐子」

 

「……はい」

 

 わたしの手を取り、まるで自分の事の様に喜んでくれる友希那さん。

 思わず泣きそうに。

 

「本物は必ず誰かの目に留まる。当然の結果よ」

 

「ありがとう……ございます……」

 

「さあ、Roseliaはステージ上だけでじゃなくても輝ける事を示すわよ」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

「あ、友希那、みーつけた♪」

 

 しばらくして今井さんを筆頭にこちらに向かってくるRoseliaの残り四人の姿が見えた。

 

「遅いわよ、あなた達。丁度燐子が燐子とあこの作品を売り切ったところよ」

 

「やったね、りんりん!」

 

「うん……」

 

 喜びのあまり飛びついてきたあこちゃんを抱きとめる。

 あこちゃんにも見てほしかったな……。

 

「燐子ならトーゼン♪」

 

「おめでとう、白金さん」

 

「流石は燐子さん」

 

 口々に褒めてくれるのでちょっと恥ずかしい。

 

「さあ店番は交替、燐子一緒に回るわよ」

 

「はい……友希那さん……」

 

 わたしの手を取り猫グッズ目掛けて今にも走り出しそうな友希那さん。

 きっと彼女、いや彼女達となら何処までも駆け続けていけそう。

 

 

 だってRoseliaの青薔薇は「不可能を成し遂げ、更にその先へ進んでいく」ものだから。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

白金燐子:着実に一歩ずつ成長。

ワンコ:経験に学ぶ系。

氷川紗夜:巻き込まれ体質。

若宮イヴ:我以外皆我師。

湊友希那:不器用さを猫愛でカバーして何とか完成。


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番外編X-4:あこな日々(シーズン1)

UA36,000&お気に入り210件突破ありがとうございます。

小ネタの筈が意外と長くなったので2つです。


アンケート途中結果:

Poppin'Partyで読みたい視点は?

(4) 戸山香澄
(4) 花園たえ
(0) 牛込りみ
(9) 山吹沙綾
(8) 市ヶ谷有咲

Afterglowで読みたい視点は?

(12) 美竹蘭
(3) 青葉モカ
(3) 上原ひまり
(0) 宇田川巴
(6) 羽沢つぐみ


〇同人誌即売会(シーズン1)

 

 

「ここが聖地、凄い……人がゴミのようですね!」

 

「うん、はぐれないように気を付けて」

 

「はい!」

 

 夏真っ盛りの臨海エリア、鉄道を乗り継いでやってきたのは逆さにしたピラミッドをくっ付けた様な建物。

 今日はワンコ先輩に付き添ってもらって聖地に降臨!

 目指すは日本最大級の同人誌即売会!!

 別に一人でも大丈夫なんだけど、おねーちゃんが許してくれなかったから。

 おねーちゃんの方はお祭りの準備で忙しそうだったのでワンコ先輩にお願いしてみたらオッケーの返事。

 

「わざわざごめんね、ワンコ先輩」

 

「私も行こうか悩んでたので踏ん切りがついた」

 

「それなら良かった♪ りんりんも来れば良かったのに~」

 

「……この人混みは酷だと思う」

 

「…………そうですね」

 

 始発なのに激混みの鉄道、前みたいに押しつぶされそうになってワンコ先輩に守ってもらっちゃった。

 ようやく待機列の最後尾に並んでも……先頭が全く見えない。

 気付くと列がどんどん増えて周りが全部、人、人、人!

 人混みが苦手なりんりんだったら倒れちゃうかも。

 

「今の内に日焼け止めを塗りなおして。あと水分補給」

 

「ラジャですよっ!」

 

 待機列は遮るものが無い炎天下の駐車場。

 携帯椅子に座ったあこを日差しから守ってくれるように座るワンコ先輩。

 まるでおねーちゃんみたい。

 帽子と日焼け止めとワンコ先輩のトリプルガード!

 

 でも気温が高いのはしょうがないので、扇子で扇いでもらいながらしりとりで時間を潰した。

 

 

 

「そろそろ動くみたい」

 

「ふっふっふー、いざ聖堕天使の……えーと?」

 

「収奪?」

 

「聖堕天使の収奪の時ぞ!」

 

 

 

「うーん、流石企業ブース」

 

「ここでも待機列ですね」

 

 あこの目的はNFOの企業ブースでキラぽんのぬいぐるみを買うと付いてくるシリアルコード!

 超カッコイイ装備がゲットできると思うとワクワクが止まらない♪

 

 

「キラぽん完売しました!」

 

 

「え……嘘だよね?」

 

「あー、残念だったね」

 

 ……うなだれるあこの頭を撫でるワンコ先輩の手が優しくて……余計に泣きたくなる。

 お願いして同行してもらったのに……。

 

「うん、気を取り直してNFOのエリアで同人誌でも見ようか?」

 

「……ワンコ先輩の用事の方は?」

 

「私の方は午後だからまだ時間がある」

 

「そっか……じゃあお願いします!」

 

 そうだよね。

 折角の即売会、あこのカッコイイ欲を満たしてくれる本があるかも知れないしね♪

 

 

 

「ご、ごくり……」

 

「18禁って書いてあるからそれは駄目」

 

 際どい恰好のネクロマンサーとウィザードが絡み合っている表紙の本に手を伸ばそうとしたらワンコ先輩に遮られた。

 あことりんりんのキャラに似てたので興味があったのに残念!

 

「こっちの本は全年齢なので良かったら読んでね」

 

「ありがとう!」

 

 こっちの方は問題ないみたい、ちゃんと服着てるし。

 世界の秘密を知ってしまい命を狙われるウィザードを異端のネクロマンサーが助ける物語。

 

 ……カッコイイ!

 

 思わず出てる分全部買っちゃった。

 あこもこんな風にカッコイイ台詞を言いたいな。

 

「黄泉路の供はノーライフレギオンだけで十分、君は君の為すべき事を為せ」

 

「あこちゃんは難しい言葉を使わなくてもカッコイイよ」

 

 

 

「丁度五分前、間に合った」

 

「うわ、ステージ前の人だかりすごっ!」

 

 同人誌購入を終えワンコ先輩の目的のステージイベントへ。

 人だかりの後ろの方に着いたけど全然ステージが見えない。

 ジャンプしても微かに見える程度……ちょっと残念かも。

 

「肩車するよ」

 

「えっ!?」

 

 見かねたワンコ先輩があこを肩車してくれた。

 ばっちり見えるようになったけど……少し恥ずかしい。

 スカートの中が見えないようにしっかり押さえないと。

 

 

「悪い子には特大お注射! 病院船『氷川丸』、まるっ♪ ってきたー!」

 

「英国生まれも心はブシドー! 水上機母艦『若宮』、推して参ります!」

 

「ご存じ大和型戦艦一番艦『大和』、みなさんの手で活躍させてほしいです!」

 

 

 ナース服のひなちんに鷹を手に乗せた武士の格好をしたいぶ、水着姿で大砲を担いでいるまやさん。

 

 ……パスパレってやっぱりカッコイイ!

 

 

「ゲームの宣伝でコスプレしてミニトーク、Roseliaも負けてられない」

 

「うん! あこ達もコスプレしてライブしましょう!」

 

 あこ達が遊びに来ている間にもお仕事してるなんてすごいなぁ。

 前に行ったライブも最強に盛り上がったし、テレビで見かける日も多いし。

 特に同じドラマーのまやさんには悔しいけどまだ敵わない。

 

 

 でも……いつか、きっと!

 

 

 その時、一瞬だけまやさんと目があった気がした。

 いつでも受けて立つという自信に溢れた眼差し……。

 まやさん、ひなちん、友希那さん、リサ姉、紗夜さん、りんりん、そしてワンコ先輩……やっぱり二年生は凄い!

 

 あこも聖堕天使からさらに進化しないと!!

 

 

 

「そろそろ帰ろうか?」

 

「うん」

 

 パスパレのイベントの後遅めの昼飯を取り、色々なエリアを回った。

 あるとは思わなかったRoseliaのエリアに行った時は本人だとバレかけたけど、ワンコ先輩が何とか誤魔化してくれた。

 あこはバレても良かったけど後々問題になるから他人の空似にしておいた方がいいって。

 ……ワンコ先輩の目を盗んでたまたま手に取った紗夜さんが表紙の本を読んだけど衝撃的だった。

 早く十八歳になりたいな♪

 

 

「ワンコちゃん♪」

 

「……大声出しちゃ変装した意味ないでしょ?」

 

 いきなりワンコ先輩の背中に誰かが飛び乗ってきたと思ったらひなちん!

 思わず名前を呼びそうになったけど、口元に人差し指を当てられたので何とか抑え込んだ。

 

「この後三人で打ち上げなんだけど一緒に行かない?」

 

 ひなちんの後ろから来たのはまやさんといぶ。

 三人とも帽子とサングラスで変装しているお陰で周りの人は気付いてない。

 

「私は良いけどあこちゃんは?」

 

「あこも問題ないです!」

 

「じゃあ焼肉でもいっちゃいますか!」

 

「だから声が大きい」

 

 ひなちんに対してだけいつも口調が強いワンコ先輩。

 でも表情はそんなに怖くないし、ひなちんも分かってふざけてるみたい。

 これが心が通じ合ってるって事なのかな?

 でもあことりんりんだって負けないんだから!

 

 

「あこさん、ちょっといいですか?」

 

「え?」

 

「これなんですけど」

 

 そう言ってまやさんが渡してきた布袋の中を見るとピカピカしたウサギの様なぬいぐるみ……キラぽん!?

 

「ど、どこでこれを!?」

 

「スタッフさんに貰ったんですけどジブンは興味ないものでして。受け取っていただけると嬉しいです」

 

「あ、ありがとう!」

 

「わ、わっ!」

 

 嬉しさのあまり思わずまやさんに抱き着いちゃった。

 

「ずるいです! ハグハグハグハグ~♪」

 

 いぶも負けじとまやさんに抱き着く。

 ……まやさんもりんりんみたいに柔らかいね。

 

 

「日菜ちゃんは参加しないの?」

 

「ん~、今はあの二人に譲ろうかな」

 

 

 

 焼肉はとても美味しかった。

 ワンコ先輩の耳の良さで焼き加減はばっちりだったし、ひなちんのタレの調合は完璧だったし。

 今日はワンコ先輩、まやさん、ひなちんの奢りだったから、今度はあこといぶで奢るんだ。

 

 

 いつまでも背中だけ追いかけてるわけにもいかないしね。

 

 

 

 

〇NFO(シーズン1)

 

 

『あれ、あこちゃんだけ?』

 

『はい、りんりんと紗夜さんは別の町でやり残しのクエストしてます』

 

 NFOにログインしたワンコ先輩をギルドハウスでお出迎え。

 他には誰もいないから二人だけ。

 

 ワンコ先輩のキャラは黒髪ツインテールの二刀流サムライ、前にありさからアカウントごと貰ったって聞いた。

 あんまり外見には興味がないみたいでそのまま使ってるとか。

 

『あこは暇潰しに荷物整理してるので、二人が戻ってきたら素材クエスト行きましょう!』

 

『うん、了解』

 

 さーて、色々道具も増えてきたから要らないものは倉庫に――

 

 

≪緊急クエスト「モンスター襲来」≫

 

 

 全体チャットに見た事の無いクエスト名が表示され、突然BGMが緊迫したものに変わった。

 これって……。

 

『りんりんにチャット送ったけど返信が来ない……』

 

『ちょっと待って…………紗夜さんに電話したけど向こうも同じ。あっちはモンスターの襲来は無いけど、こっちに転移できないみたい』

 

『そんな……どうします?』

 

『初の市街戦。このエリアにいるPCは……お、あこちゃんが最高レベル』

 

『あ、本当だ……って、あこが!?』

 

 もしかしたらあこがこの大規模クエスト攻略の鍵を握ってる、と思うと緊張してきた。

 数十数百のPCを率いた事なんて無いし、最近は四人でクエストに挑む事が殆どだったし。

 そう思ってたらスマホに着信が。

 

「あこちゃん、チャットだとモンスター側に見られる可能性が需要な話は電話で」

 

「そんな事あるんですか?」

 

「エリア内外の転移不能だけじゃなくてチャットも制限されてるから念の為」

 

「今から中央広場の教会に立て籠もるって宣言して。幾つかのギルド長には同調のお願いしておいたから」

 

「分かりました、籠城戦ですね」

 

「行く途中のPCはなるべく助けて連れてって。やられてもリスポーン出来ないかも知れないから貴重な戦力」

 

「了解です」

 

「後はひたすら耐えて。オブジェクト破壊が無ければ入り口と屋上を固めればいいけど、最悪壁と窓に穴が開くから」

 

「え……それって教会自体破壊されません?」

 

「それまでには何とかするつもり。出来なかったらごめん」

 

「はぁ……ラジャですよっ! ワンコさんの背中を守るのはあこの仕事ですからね♪」

 

 一か八かの大勝負、あこ達に喧嘩を売った事を後悔させてあげるよ!

 

 

 

『ふっふっふー、深淵の闇より出でし悲哀の翼。混沌の戦場に舞い降りた聖堕天使、あこ姫! これより仮初の神の塔にて悪鬼どもを迎え撃つ! 勇あるものはわらわに続け!!』

 

 うわー、エリアチャットで大口叩いちゃった!

 本当に大丈夫だよね、ワンコ先輩?

 

『ギルド≪BLOOM RIVER≫合点承知です!』

 

『ギルド≪FEATHERS≫承りました』

 

『ギルド≪Mondwald≫了解したわ』

 

 即座に三つのギルドからエリアチャットが。

 もう向かっても良いよね。

 

 

 ギルドハウスの外に出たらそこは戦場だった。

 町の外どころかダンジョンにしかいないようなモンスターが町中に。

 中堅クラスのレベル帯だときつい相手、あこのネクロマンサーでも一人だと辛い。

 

 じゃあ行こうか……あこだけの不死の軍団、もといノーライフレギオン!

 

 竜の牙を蒔き竜牙兵を生成、教会への道すがら苦戦しているPCを助け付いてくるように促す。

 そんなPCが二桁に到達しようかというくらいに教会へたどり着いた。

 普段なら綺麗な噴水、手入れされた花壇、屋台が軒を連ねる素敵な場所、なのに……。

 

 

『……少し頭に来たかな』

 

 

 気付けば手近なモンスターの魂を粉々にしていた。

 MPが尽きる度にアイテムで回復、集まってくるPCも増えたけどそれ以上にモンスターも。

 

 だけどワンコ先輩の作戦をあこの失敗で駄目にするわけにはいかないから!

 

 

「あこちゃん、三十秒後にボスを目の前に追い立てるからアレの詠唱始めて」

 

「りょ、了解!」

 

 

『定命の円環を逸脱せし――』

 

 あこの詠唱開始と同時に文字通り体を張って敵の攻撃を防いでくれるPC達。

 ヒーラーの数が足りず次から次へと力尽き倒れていく。

 三十秒がとても長い、早く……早く……。

 

 

「行った」

 

『デッドリィーー!!』

 

 

 ジャストのタイミングで現れた魔人にあこのとっておきが命中。

 

 落とし前、つけさせてもらったよ。

 

 

 

『あー、大赤字だー!』

 

『お疲れ様、こっちもかなりアイテム使った』

 

『大勝利ワーイヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノワーイ』

 

『お二人ともお疲れ様でした』

 

 協力してくれたPC達にお礼を言ったり言われたりでようやくギルドハウスに帰ってきたらもう遅い時間。

 りんりんと紗夜さんは転移制限が解除されたようで無事帰還。

 どうやら運営の予想より遥かに早く攻略してしまったせいで報酬の支給が遅れるみたい。

 

『次は全員で参加したいな』

 

『私とあこちゃんは運営にマークされたかも知れないから二人に頑張ってもらう』

 

『ワッショイヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノソイヤ』

 

『望むところです』

 

 二人ともやる気満々みたいで嬉しい。

 それにしても今までプレイしてきた中でもトップクラスの緊張感だった。

 いつもは一緒にいる人達と離れ離れ、でも自分のできることをして信じて待ち続ける。

 

 

 そっか、ワンコ先輩の期待に応えられたのか……イベント報酬よりもそっちの方が嬉しいかな?




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

宇田川あこ:燐子からデッドリィマスターの衣装を渡される。

ワンコ:燐子からブラック★ドッグシューターの衣装を渡される。

氷川日菜:燐子から晴れ女の衣装を渡される。

大和麻弥:燐子から黒猫の衣装を渡される。

若宮イヴ:燐子から海防艦の艤装を渡される。


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番外編X-5:リサな日々(シーズン0~1)

今回も2部構成です。


アンケート途中経過:


Poppin'Partyで読みたい視点は?

(4) 戸山香澄
(4) 花園たえ
(0) 牛込りみ
(10) 山吹沙綾
(8) 市ヶ谷有咲

Afterglowで読みたい視点は?

(14) 美竹蘭
(3) 青葉モカ
(3) 上原ひまり
(0) 宇田川巴
(8) 羽沢つぐみ


〇手当(シーズン0)

 

 

「いい加減バイト変えたら?」

 

「まあそのうち」

 

 ワンコの住処の六畳一間、そこでアタシは簡単な手当をしている。

 最近は傷口を乾燥させないタイプの絆創膏が良いらしいので、単純に張り替えて溢れた滲出液を拭き取るだけ。

 場所によっては上から包帯をまいておく。

 背中の傷とかは一人だと処置が難しいからと強引に受け持った。

 

 一体どんなバイトをしたらこんな傷だらけに……ワンコは絶対に教えてくれないけど。

 

「リサさんは面倒見良すぎ」

 

「マブダチは助ける、これギャルの鉄則ね♪」

 

「今日日聞かない言葉かも」

 

 流石に包帯ぐるぐる巻きで登校してきたら無視できないって。

 きっとアタシの知らない誰かの為に負った傷だろうけど。

 

 

 それで本当に良いの?

 

 

「怪我ばっかりしてると、ますます『狂犬』の悪評が広まるよ?」

 

「理解者は片手で数えられる位で十分だから」

 

「馬鹿……」

 

 気付くと後ろから抱きしめていた。

 誰かこの馬鹿犬の陽だまりになってあげられないかな……。

 

 

 

「私の事よりリサさんは…………何でもない」

 

「あはは、そっちは大丈夫だって。前よりは距離も縮まったと思うし♪」

 

 逆に気を遣わせちゃった。

 アタシこそ頑張らないと。

 幼馴染に昔の笑顔を取り戻す事ができるのはアタシだけだと自負してるし。

 

 

「昔みたいな関係に戻れたら紹介するから期待しててね」

 

 

 

 

〇忘れ物(シーズン1)

 

 

「わーーー!!! やだやだっ!!」

 

 どこからか聞こえてきた悲鳴に思わずワンコの腕にしがみ付く。

 みんなはおばけなんていないって言うけど……いないっていうなら証明してよ、馬鹿!

 

「リサさん落ち着いて。ただの不法侵入者の悲鳴だから」

 

「それはそれで怖いよ!」

 

 どこまでも冷静なワンコの言葉に無性に腹が立つ。

 アタシはこんなに怖がってるのに!

 

「やっぱり私が一人で取りに行った方が良かった」

 

「流石にそれは……忘れ物をしたのはアタシだし、ワンコだって一人の女の子だし」

 

「うん、ありがとう。変に義理堅いところもリサさんらしい」

 

 よしよし、と頭を撫でてくれるワンコ。

 少し悔しいけど落ち着く事ができた。

 

 

 

 そもそも、何でアタシが夜の羽丘校舎にワンコと二人きりでいるかと言えば――

 

 

 自宅でのベースの自主練時間を増やすために、夏休みの宿題を登校日に学校で進めようと思ったのが発端だった。

 

 

 空き時間を利用しイイ感じに進めてそのままRoseliaの練習に参加、ファミレスでの反省会を終え帰宅してから軽く自主練。

 そろそろ宿題の続きを、と思ったら鞄の中に宿題は無かった……え、マジで!?

 

 学校以外で宿題を取り出した記憶が無いからあるとすれば教室の机の中!

 でも最終登校日、つまり今日から始業式までは完全閉鎖されるから今夜がラストチャンス。

 急いで取りに――

 

 

 

 そこでアタシは気付く……夜の学校ってメチャクチャ怖くない?

 

 

 

 一人では無理だと思ったアタシは直ぐに隣の湊家に、何とかワンコの協力を得る事ができた。

 友希那には動物番組を見るのに忙しいからと断られたけど。

 危険な目に遭わせたくはないのでそこは我慢しなきゃね。

 一応校舎に入るので湯上りのワンコには悪いけどまた制服に着替えてもらった。

 

 

「落ち着いた?」

 

「……何とか」

 

「ていうか、ワンコはおばけは怖くないの?」

 

「うーん、襲われたことが無いので何とも。銃で武装した人間の方が現実的に怖いし」

 

「それはアタシも怖いよ!」

 

 本気なのか冗談なのか分からない返答に思わず突っ込む。

 もしかしてビビりっぱなしのアタシをリラックスさせようとしているかも知れないけど。

 灯りは進む先を照らす懐中電灯しかないので、ワンコの表情はよく分からないや。

 

「さっさと回収して警備員室に戻らないと」

 

「そうだね。頑張れアタシ! よろしくワンコ!」

 

 最初は普通に昇降口から入ろうとしたけど鍵が掛かっていてダメだった。

 そこでワンコの言う通り警備員室に行ったところ、警備員さんに軽く注意されたけどそこから校舎に入れてもらえた。

 警備員室があるなんて知らなかったな。

 

 

 

 ♪~♪~♪~

 

 

 

「ピアノの音!?」

 

「Afterglowの『That Is How I Roll!』か」

 

「な、なんでー!?」

 

「成程、中々上手い。燐子さんと良い勝負かも」

 

「冷静に評価しないでよ!」

 

「音色的に悪い人じゃないよ、多分」

 

 ワンコの腰にしがみ付きながらふと思い出しちゃった――羽丘七不思議。

 

 一つ、夜な夜な聞こえるピアノの音

 二つ、動き出す人体模型

 三つ、鏡に映る知らない人

 四つ、一段増えてる階段

 五つ、体育館から聞こえるドリブルの音

 六つ、覗き込むと中に引きずり込まれるグラウンドの井戸

 七つ、夜な夜な遊び相手を探してウロついている生徒の幽霊

 

 夜になっても茹だる様な暑さで既に汗だくだったけど、違う汗も掻き始めた。

 それと……アッチの方も……。

 

「………………ワンコ、ごめん。先にトイレ行かせて」

 

「うん、了解」

 

 

 

「ぜ、絶対に扉の前から動いちゃダメだからね!」

 

「ちゃんといるから早くして」

 

「あと……できれば音は聞かないで」

 

「……善処する」

 

 

 

「あ、あった~!」

 

「おめでとう」

 

 何とか2年A組に辿り着きアタシの机から宿題を発見した。

 途中で人体模型が動いていたり、鏡に何かが映ったり、階段で変な声が聞こえたり、体育館の方から物音が聞こえた気がするけど――全部気のせいだよ、うん。

 

 宿題を鞄に詰め込んだまさにその時、

 

 

 スッ

 

 

「え……」

 

 いきなり暗くなった懐中電灯、辺りは一瞬で真っ暗に――

 

 

「わあああああああああ!!!!!」

 

 

 限界だった。

 悲鳴を上げてその場にへたり込むアタシ。

 生きた心地が全くしない。

 もう友希那と二度と会えないのかな?

 そう考えたら涙が溢れてくる。

 思考がネガティブな方へどんどん加速――

 

 

「はい、灯り」

 

「眩し!」

 

 

 灯りの正体は――ワンコのスマホのライト。

 ……普通に考えればアタシでも思いつきそうなのに。

 優しくハンカチで涙を拭き取ってくれるワンコ。

 

「やっぱり私じゃ頼りない?」

 

「今のは違うよ……アタシがビビりなだけ」

 

 ワンコの手を借り立ち上が――れなかった。

 足に力が入らない。

 

「あ、あれ?」

 

「……リアルに腰を抜かす人って珍しい」

 

 ワンコの冷静な意見に恥ずかしくて顔が熱くなる。

 じっくり見ないで~!

 

「はい、さっさと背負われて」

 

「……うん、ごめん」

 

 差し出された背中に体を預けて腕を首に回す。

 十分に固定されたことを確認して立ち上がるワンコ。

 

「重くない?」

 

「スタイルが良い分、紗夜さんよりは重たいかも」

 

「う~複雑だよ~」

 

 アタシの鞄を持って警備員室へ向かうワンコ。

 昔遊んだ黒い大型犬、友希那もアタシも背中に乗せてもらったっけ。

 安心するなぁ。

 

 

 安心したのはいいけど、こんなに密着したらアタシの汗とか体臭とかが!

 

 

 今は降ろしてとも言えないし…………無心になるんだアタシ!

 

 

「相変わらずリサさんは良い匂い」

 

「言わないで!!!」

 

 

 

 

 

「あー、外の空気が美味しい!」

 

「そう? 蒸し蒸しして微妙だけど」

 

「校舎内よりはマシだって! ……流石にもう何もないよね?」

 

 警備員室から外に出て校門へ。

 もう何も起きませんように、と心の中で祈り続ける。

 

 神様、仏様、友希那様! ついでにワンコ様!

 

「あ、誰かいる」

 

「ひっ!?」

 

 恐る恐る見た先には――

 

「蘭!?」

 

「あれ、蘭ちゃんどうしたの?」

 

「リサさんにワンコ先輩!?」

 

 

 そこにいたのは蘭をはじめとするAfterglowの面々だった。

 

 話を聞くとひまりが参考書を忘れたので取りにきたと……アタシと一緒じゃん!

 

「リサさんもですか。ところでなんでおんぶを?」

 

「暗がりで足首を軽く捻ったみたいなので大事をとって」

 

「……相変わらず優しいですね」

 

 アタシが答えるより早くサラッと嘘を。

 全く……何でもかんでも背負い込むんだから。

 って、現在進行形で背負われてるアタシが言える立場じゃないか。

 

「ワンコ先輩の方は変な事は起きませんでした?」

 

「まあそこそこ」

 

 やっぱり蘭達の方も……やばっ、また怖くなってきた。

 早く帰りたい。

 

 

「んー、犯人はアレかな?」

 

 

 ワンコの向いた方を見ると……屋上に人影。

 あの髪型、もしかして――

 

「ヒナ!?」「日菜さん!?」

 

 アタシと蘭の声が重なる。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花……はぁ、怖がって損しちゃった。

 呑気に手なんか振っちゃって。

 

 今日はお風呂に入ってさっさと寝ちゃおうかな。

 

 おばけなんていなかったんだから!

 

 

 

 

「お、蘭じゃん。オハヨー♪」

 

「あ、リサさん。おはようございます」

 

 翌日Roseliaの練習の為に少し早めに家を出たアタシはCiRCLE前のカフェテリアで蘭と遭遇。

 昨日の事を思い出して互いに微妙な表情。

 と、そこへ紗夜もやってきた。

 

「おはようございます。美竹さんも練習ですか?」

 

「はい。といっても夏休みの宿題が終わってないひまり抜きですけど」

 

「それはいけませんね。そもそも長期休みは計画を立てて規則正しい――」

 

「ストーップ! ほら、紗夜も練習する為に早く来たんでしょ?」

 

 アタシの方にも矛先が向けられそうな予感がしたので話を遮る。

 流石に朝一で説教は勘弁だし。

 

「あ、紗夜に言うべきこと思い出した。昨日の夜に羽丘の校舎でアタシも蘭達もヒナにビビらされて散々だったんだから叱っといてね!」

 

「あたしは怖くなんてなかったですけど!」

 

 忘れないうちに紗夜に告げ口。

 電車以外ワンコにずっと背負われてたのはかなり恥ずかしかったし!

 ヒナには紗夜のお叱りの餌食になってもらわなきゃ。

 

「……おかしいですね。昨晩、日菜は私とずっと動物番組を見ていましたが」

 

「え……それって…………」

 

「ちょ、ちょっと紗夜さん……え……」

 

 顔を見合わせるアタシと蘭。

 紗夜がこんな事で嘘を吐くわけはないし。

 …………ということは。

 

 

 

 薄れゆく意識の中、蘭も同じように気を失うのが見えてちょっとおかしかった。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


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<備考>

今井リサ:器用で不器用。

ワンコ:日菜本人ではないと気付いていたけど思いやり沈黙。

氷川日菜?:悪戯好き。

美竹蘭:最初からひまりに参考書を貸していれば……。

氷川紗夜:ポテトを用意されたので仕方なく(?)一緒に視聴。


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番外編X-6:???な非日常(シーズン1)

試しに書いてみたものの……。


〇語りたい(シーズン1)

 

 

「はぁ……」

 

 みんなから疎まれたり嫌われないように優等生を演じる毎日。

 本当は大好きなパスパレさんについて朝まで語り合いたい。

 でも……そんな「私」はみんなが求めている「私」じゃないから……。

 

 夜、溜息をつきながら窓から外を見ているとキラリと光るものが。

 流れ星かな?

 秘密を打ち明けられる友達、が無理ならパスパレさんの次のライブのチケットが当たるようにお願いでも。

 

 

 でもその光は一直線に夜の海へ落ち水柱が!

 

 

 更に数秒後、さっきよりも数倍大きな水柱が!

 

 

 

「……私のお願いの所為じゃないよね?」

 

 

 あまりの出来事に意味の分からない事を呟いた私は、心の赴くままに海岸目掛けて家を飛び出した。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息を切らせて浜辺まで下りてきたものの特に異常は無し。

 懐中電灯で海を照らしても飲み込まれそうな夜の海しか見えない。

 何かが落ちたのは沖合、それなのに何を期待してたんだろう。

 

 さあ、早く帰ってパスパレさんの録画した番組をまた見よう。

 明日からの鬱屈とした日々を乗り切るために――

 

 

 バシャッ、ザッ、ザッ

 

 

「え……何…………」

 

 家に向かい歩き出してすぐ後ろから水音と砂の上を歩く音。

 急いで振り返るとウェットスーツの様なものを着た人物、顔は暗くてよく見えない。

 ナイトダイビングにしてはシュノーケルや酸素ボンベといった装備が見当たらない事に違和感を覚える。

 

 流れ星に見せかけた宇宙船でやってきた宇宙人、ということは流石に無いだろうけど。

 何かの工作員だったり犯罪に関係する人だったら……。

 

 恐怖で足がもつれ尻餅をついてしまう。

 

 

 こんな事になるなら我慢しないでオタクな私をみんなに曝け出せば良かった!

 

 

 授業をサボってパスパレについて語り合えば良かった!

 

 

 手芸部に入部するんじゃなくてアイドル同好会を立ち上げれば良かった!

 

 

 距離が縮まり最後の時が近付く。

 喧嘩なんてしたことがない私が抵抗しても無意味だろうと目を閉じる。

 せめて来世ではパスパレさんが着る衣装になりたい、な。

 

「あのー」

 

「ひっ!!」

 

「怖がらせてごめんね。電話貸してもらえないかな?」

 

 思いもよらない言葉に目を開けると困り顔の女の子がそこにいた。

 

 

 

 

「ごめんね。電話だけじゃなくてシャワーと着替えまで借りちゃって」

 

「いえいえ、困った時はお互い様ですから」

 

 冬の海でびしょ濡れの彼女をそのままにしておくことは出来なかったのでこっそり家に連れ帰った。

 人も集まって来そうだったので。

 

 ……「私」の事を全く知らない彼女だったら素の「私」で接しても問題無いから、そんな打算もあったかもしれない。

 単純に突然の来訪者という非日常に興奮していたのも大きいけど。

 とりあえず彼女の事情については聞かないでおこう。

 真っ当じゃない事は確かだから。

 

 

 あ、シャワーを終えた彼女をオタク趣味、というかパスパレ一色の自室にそのまま入れちゃった。

 壁どころか天井まで貼られたポスター、棚に鎮座する初回盤CDとぬいぐるみ、カーテンに切り抜きを貼り付けて作った巨大なハートマーク。

 変に思われませんように!

 

「お、パスパレだ」

 

「知ってるんですか!?」

 

「うん、一応ライブにも何回か行ったよ」

 

 良かった~。

 パスパレ好きに悪い人はいないからね♪

 少し残っていた恐怖心も払拭された。

 

「あれ、このぬいぐるみって……もしかして手作り?」

 

「はい! 公式のが手に入らなかったので見様見真似で。良かったら手に取って見てください」

 

「それじゃあ遠慮なく……おお、細部まで丁寧に。愛を感じる」

 

「ありがとうございます♪」

 

 ぬいぐるみを見つめる優しい表情、この人もパスパレが大好きだと確信させるには十分。

 やっぱり凄いアイドルグループなんだな。

 

「パスパレさんの曲だと何が好きですか?」

 

「難しい質問だね。しゅわどりは基本としても――」

 

 

 こんな夜中に自分の部屋でパスパレさんの話ができるなんて……数時間前の私に言っても信じてもらえないと思う。

 

 

 ……っと、大事なことを聞き忘れていた。

 

 

「遅くなりましたが、私の名前は鳰原令王那です」

 

「犬神一子。友達からはワンコって呼ばれてる」

 

 愛称! 可愛くていいなぁ。

 ……愛称を付けて呼んでくれる友達がいない事を思い出して軽く泣きそうだけど。

 同じパスパレさんのファンでもこんなに差が……。

 

「……こんな私でも友達になってくれますか?」

 

「…………ちょっとこっち来て」

 

「あ、はい」

 

 彼女に呼ばれ近付くといきなり抱きしめられた。

 咄嗟の事に頭がボーっとしてしまう。

 いつも使っているシャンプーの香りにちょっとだけ混ざった彼女の匂いが鼻孔をくすぐる。

 

「イヴちゃん直伝の親愛のハグ。今のわたしにできるのはこれ位」

 

「……温かいです」

 

 久しく感じていなかった他人の温もりに気持ちが楽になっていく。

 今まで誰ともちゃんと向き合ってこなかったから……。

 

「令王那ちゃんが行動したから私が今ここにいる。それに麻弥さんも言ってたよ。『こんな私』なんてどこにもいない、いるのは、なにかに向かって毎日少しずつ成長していく『私』だけ、と」

 

「そんな発言が……」

 

 ワンコさんのハグもだけど、ファンとして発言を網羅できていなかった事の方にも軽くショックを受ける。

 でもパスパレのメンバーなら言ってもおかしくないと思えた。

 最初は見ていてハラハラドキドキだったけど、支え合い高め合い今では立派な人気アイドルグループに成長。

 

 ……たまたまテレビで見かけてから目が離せなかった。

 私には無いものを持っていて、不可能な事を成し遂げていったから。

 彼女達の成長物語に感動すると共に自分の不甲斐なさに泣きたい時もあった。

 それでも……何時か……私も……。

 

 

「お、良い表情になった」

 

「えっ……」

 

 私の頬を優しく撫でるワンコさん。

 黒の左目と義眼と言っていた金の右目でじっと見つめられると不思議な感じに。

 

「幸か不幸か何度か女の子が自分の殻を破る瞬間に立ち会ってきたけど今がそんな感じ」

 

「…………」

 

「ダイヤモンドの原石、そのままじゃ勿体無いと思うけど?」

 

「……分かりました。少しずつでも成長してみせます」

 

「うん、それがいい。人生挑んで楽しまないとね」

 

 燻っていた私の心に火が着いた瞬間だった。

 

 

 

 

「で、第一歩がこれ?」

 

「はい! 夢だったんです。パスパレさんの映像を見ながら語り明かすのって♪」

 

「まあいいけど。あ、このおにぎり美味しい」

 

「お茶もどうぞ」

 

「ありがとう」

 

 両親は全国干物総会に行っていて不在だったので、夜食のおにぎりを用意してTV画面の前へ。

 発売されている映像類は勿論、テレビの特番も可能な限り録画してある。

 いつも一人で見ているのに今日は二人……嬉しいな。

 

「日菜ちゃんの演奏いつ聴いても凄い」

 

「ですよねー。あ、アイドルダンスきました!」

 

「彩さん……まあオンリーワンと言えばそうだけど」

 

「これぞアイドル! ですね♪」

 

 

 

 そんなこんなで楽しい時間は過ぎ……。

 

 

 

「…王那ちゃん、令王那ちゃん、ごめん迎えが来た」

 

「……はっ! ごめんなさい、落ちてました」

 

 テンションが上がり過ぎて法被を着てブレードを持ってはしゃいでいたらまさかの寝落ち、不覚です。

 ワンコさんは既にウェットスーツ姿に着替えて帰る様子。

 

 楽しい時間ももう終わり……。

 そう思うと胸が締め付けられるようで。

 

「ちょっとスマホ貸して」

 

「は、はい」

 

 ロックを解除したスマホを渡すと高速で何かを入力。

 

「私のアドレス入れておいたから気が向いたら連絡頂戴」

 

「はい、絶対にします!」

 

 

 見送りは結構という事で玄関でお別れ。

 遠ざかる車の音……残ったのはスマホの中のアドレスだけ。

 

 

 でも……一緒に過ごした一夜は夢でも幻でもない。

 走り出すには十分な理由だ。

 

 

 

 

「ふぁ……」

 

「鳰原さん眠そうだね」

 

 結局ワンコさんと別れてから殆ど寝ないまま学校へ。

 折角クラスメイトが話しかけてくれたんだから返事をしないと。

 でも、駄目……眠くて頭が回らない……。

 

「……パスパレさん……大好き…………」

 

 

 

 

「起きて鳰原さん。次は移動教室だよ」

 

「はっ!?」

 

 体を揺すられて覚醒、周りを見回すとみんな移動を始めている。

 私も急がないと。

 

「ありがとう、起こしてくれて」

 

「ううん。同じパスパレファンなら当然だよ」

 

「あはは……えっ!?」

 

 彼女の言葉に頭が真っ白になった。

 クラス内で一度もファンであることを言ったことは無かったのに。

 

「寝言でパスパレ愛を語るなんてなかなかできないよ」

 

「流石は鳰原さんです」

 

「え、私何か言っちゃいました?」

 

 私の発言に顔を見合わすクラスメイト達。

 賞賛と困惑が混じったような複雑な表情。

 

「まあ、ね。続きはお昼休みにでも」

 

「そうそう、じっくり聞きたいしね♪」

 

「う~、気になります」

 

 

 どうやら、決意を固める前に本当の私がフライングしてしまったみたい。

 

 …………よし、こうなったら全部曝け出そう!

 

 パスパレファンとしての矜持、見せてあげます!!

 

 

 

 

 

 

〇おまけ(鴨川駅≠安房鴨川駅)(シーズン1)

 

 

「おかしいわね、花音。乗換案内通り電車に乗ったのに鴨川シーワールドが見当たらないわ」

 

「ふえぇ~! 千聖ちゃん、無料送迎バス乗り場があるのは鴨川駅じゃなくて安房鴨川駅だったよ……」

 

「……折角だからうどんでも食べていきましょう」

 

「うん!」

 

 

 

 

「私のフラグ力が迷子力に負けた気がする」

 

「ワンコさん、言っている意味が分かりません」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

鳰原令王那:後の房総トップヲタ。

ワンコ:お礼に全員のサイン入り色紙とチケットを送る。

白鷺千聖&松原花音:驚異の行動力。

高機動型ミッシェル(MC-06R-1):試験飛行中にアンノウンと遭遇、攻撃を受けやむなく海面に叩きつけるも自爆に巻き込まれ喪失。


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番外編X-7:沙綾な日々(シーズン0~1)

投票ありがとうございました。
今回は山吹沙綾さんのお話です。


アンケート結果&途中経過:

Poppin'Partyで読みたい視点は?

(4) 戸山香澄
(4) 花園たえ
(0) 牛込りみ
(10) 山吹沙綾 ☆
(8) 市ヶ谷有咲

Afterglowで読みたい視点は?

(14) 美竹蘭
(3) 青葉モカ
(3) 上原ひまり
(0) 宇田川巴
(8) 羽沢つぐみ

Pastel*Palettesで読みたい視点は?

(6) 丸山彩
(10) 氷川日菜
(8) 白鷺千聖
(5) 大和麻弥
(1) 若宮イヴ


〇ファーストライブ(シーズン0)

 

 

「げ、親ホントに見に来てるし!」

 

 商店街の秋祭りがファーストライブになる私の所属するバンド「CHiSPA」。

 他の三人は控室から外を盗み見て家族の存在を確認して更に緊張してるみたい。

 でも、私の家族――母さん達も来る筈なのに全然連絡がつかなくて……。

 

 思い切って電話をしたら聞こえてきたのは――

 

 

「姉ちゃん……姉ちゃん!!!」

 

 

 弟の悲痛な叫び。

 

 

 

 私は……ナツ、マユ、フユカの三人を裏切った。

 

 

 

 三人に言われるがまま自宅へ。

 幸いな事に病院に搬送された母さんの症状は軽く当日中に帰宅できた。

 三人はライブの後に自宅に駆けつけてくれて「また一緒にやろう!?」と声を掛けてくれたけど……私は……。

 

 

 

 

「あれ……今何時?」

 

 昨日は確かナツ達に謝罪した後自分の部屋へ。

 泣き疲れて眠っちゃったみたい。

 いつの間にか掛けられていた布団をどけて時計を見れば既にお昼近く。

 

 あ、今日はお母さんの検査があるから病院に行かないと!

 

 急いで階段を下りるとそこには――

 

 

「おはようございます」

 

 

「……誰?」

 

 

 眼帯をしたエプロンドレス姿の少女がいた。

 

 

「えっと……」

 

「お風呂を沸かしてありますので、先にお入りください。詳細は後程ご説明します」

 

「う、うん」

 

 有無を言わせぬ圧を感じて言われるがままにお風呂場に向かう。

 昨日はシャワーも浴びずに眠ってしまったので正直ありがたいけど。

 

 でも……あの少女は一体誰だろう?

 微かに見覚えが……。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 湯船に浸かると僅かだけど心が休まった気がする。

 

 でも……昨日の事を思い出してまた涙が。

 

 私が母さんの体調に気を使っていればこんな事には。

 私が上手く立ち回っていればCHiSPAのファーストライブも全員でできた筈。

 純や紗南も辛い目にあわしちゃった……。

 

 

 全然駄目だな……私。

 

 

 

 って、落ち込むよりもまずは状況を整理しないと!

 

 お母さんの検査は!?

 

 純や紗南は何処へ行ったの!?

 

 そしてあの少女は誰!?

 

 

 

 

「湯上りにアイスハーブティーは如何でしょうか?」

 

「あ、どうも」

 

 火照った体に染みわたる……じゃなくて!

 

「どちら様ですか?」

 

「申し遅れました。商店街の紹介で来ました家政婦の犬神です」

 

「えっ」

 

「他のご家族は千紘様の検査の為病院へ行かれましたが、沙綾様はどうされますか?」

 

「ええっと……」

 

 ぐ~~~

 

「少しお時間を頂ければ何かお作りしますが」

 

「あ、はい、お願いします」

 

「承りました」

 

 盛大にお腹が鳴ってしまい恥ずかしかったけど、母さんが無事検査に向かったと聞いて一安心した。

 検査が終わるまでしばらく掛かるだろうし……しっかり準備してから向かえばいいかな。

 

 

 あれ……何でこんなに落ち着いているんだろう。

 

 

 食卓の上には見覚えのないアロマポット、そこから香る不思議な香り。

 これのお陰だったりして。

 まさか、ね。

 

 

「そう言えば犬神さんって前に羽沢珈琲店でバイトしてた事あります?」

 

「ええ、春先に少し。色々ありまして最近はたまにですけど」

 

「やっぱり! つぐから聞いていますよ。頼りになる一個上の先輩だって」

 

 直接接客を受けたわけではないけど店の外からチラッと見た記憶が蘇る。

 

「それは光栄ですね」

 

「それと、私の方が年下だから敬語じゃなくていいですよ。私もその方が落ち着きますし」

 

「…………了解、沙綾ちゃん。じゃあ私の事もワンコって呼んで」

 

「はい、ワンコさん♪」

 

 

 

 

「……美味しいです」

 

「うん、ありがとう」

 

 ワンコさんが作ってくれたのはフレンチトースト。

 ふんわりしっとりとした食感と控えめな甘さ、特別な要素は無い筈だけど優しい味。

 昨日の昼食から何も食べていないのを体が思い出したみたいで直ぐに完食しちゃった。

 

「良かった……寝顔がとても辛そうだったから」

 

「えっ、もしかして私の部屋に!?」

 

「亘史店長から時間があったら様子を見てくるように言われてたので」

 

 酷い寝顔を見られたと思ったらまた恥ずかしさで顔が熱く。

 髪の毛もボサボサだったし……。

 うん、忘れよう。

 

「ところで今回の事どれくらい聞いてます?」

 

「一通りは。ライブは残念だったけど、急いで戻ったおかげで千紘さんも無事病院へ搬送できたと」

 

「でも……弟と妹に怖い思いをさせてバンドメンバー達には迷惑をかけて。もっと私がしっかりしていたら!」

 

 言葉を発する毎に昨日の事を鮮明に思い出す。

 お姉ちゃんである私、バンドの要であるドラマーの私、どちらも失格だ。

 自分の無力さが嫌になる。

 

 

「気負い過ぎ」

 

「ふぎゅ!?」

 

 

 両頬をつままれ変な声が出ちゃった。

 いきなり何するのこの人!

 

 

「私も昨日のライブ観たけど三人とも何とか全力でやりきってた」

 

「っ!?」

 

 つまんでいた両頬を放され吐息のかかる距離まで顔を近付けられる。

 

「今日の山吹家の人達も落ち込んで眠っている沙綾ちゃんを気遣ってそのまま病院へ行った」

 

「……それって、私がいなくてもいいって事じゃ」

 

「そうじゃないでしょ」

 

 静かに片目で見つめられる。

 

「本当は分かっている筈、沙綾ちゃんがみんなを大切に思っている以上に大切に思われている事を」

 

「…………」

 

 分かっているよ……。

 でもそれでみんなに迷惑を掛けるなんて!

 

「と、ほぼ初対面の人間が憶測で言ってみた、ごめん」

 

「えっ」

 

 ぱっと離れたと思ったら深々と頭を下げられた。

 突然の行動に呆気にとられる私。

 

「まあ関係者に確認した上なので百パーセント当てずっぽうってわけじゃないけど」

 

「はぁ……」

 

 何と言うか……行動が全然読めない。

 そう言えばつぐも「ある意味『狂犬』だから気を付けてね」とか言っていた気も。

 

「謝りついでにもう一つ、お姉ちゃんだからって抱えすぎは良くない。周りを頼って」

 

 言われてみて自分の言動を振り返ってみる。

 

 もしかして無意識のうちに長女という立場に縛られていたのかも。

 でも私がしっかりしないと……。

 

「家族のいない私が言うのもあれだけど、思いは言葉にしないと伝わらないよ」

 

「…………」

 

 家族がいないという言葉に息を呑む。

 

 そして父さん、母さん、純、紗南の顔が頭に浮かんだ。

 

 会いたい……会って自分がどれだけ家族を好きなのか伝えたい。

 そしてもうこんな思いをしなくて済むように一緒に考えたい。

 

 

 その為にも早く会いたい……けど。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 大きく息を吐いて私から視線を逸らさないワンコさんを改めて見つめる。

 

 

 私に何かを強いるのでもなく求めるのでもなくただ言葉を発するのを待ってる、という穏やかな表情。

 

 

 忠犬、もとい姉的、と言えばいいのかな?

 

 

 あの「つぐ」が頼りにするくらいだから……うん、私も頼っちゃおう。

 

 

「お店の方はどうなってます?」

 

「戻り次第開けるそうなので焼きあがったパンの陳列まで完了」

 

「ありがとうございます。ちなみにパン屋の仕事を手伝ってもらっても?」

 

「勿論。でも、いいの病院は?」

 

「はい! 私が……パン屋の娘として今すべき事は店を開ける事だと思いますので。言いたい事は今夜にでもぶつけます!」

 

「うん、良い表情。私も全力でサポートする」

 

 今やるべき事は決まった。

 解決しないといけない問題はあるけどまずはできる事から。

 

 

 取り合えず頼りにしますよ、ワンコさん?

 

 

 

 

〇試食会(シーズン1)

 

 

「どう……かな?」

 

「さーや、すごーい!」

 

「いいんじゃねーの?」

 

「商品化したら私絶対買うよ♪」

 

「名付けてヤマブキパン」

 

「あはは、ありがとう」

 

 フライドポテト、ゆで卵、薄切り肉、ハンバーグ、チーズ……ポピパの好きな物だけを集めたポッピンパン19号。

 今までの中で一番高評価かも。

 でも――

 

 

「巡り巡ってハンバーガー?」

 

「ですよねー」

 

 ワンコさんの冷静なツッコミにがっくりと肩を落とす。

 やまぶきベーカリーの新商品を作るべく数々の失敗作を経てようやく完成した、と思ったのに。

 

「そのままだと既存のチェーン店に勝てないだろうし」

 

「う~ん」

 

 彩先輩や花音先輩がバイトをしている某バーガーチェーンとハンバーガーで正面からやりあっても勝てないよね。

 また考え直しかぁ。

 

「例えばだけど同じハンバーガーでもあっちの客層に含まれない層を狙ってみるとか。はい、コーヒー」

 

「ありがとうございます」

 

 ワンコさんのコーヒーは羽沢珈琲店仕込みというのもあって中々美味しい。

 初めて会った時と比べても成長してるんだね。

 私も負けてられないな。

 

 閑話休題、チェーン店が想定していない客層となると……。

 

「ワンコ先輩のコーヒー凄く美味しいです! あ、有咲のおばあちゃんの淹れてくれる緑茶も美味しいから安心して♪」

 

「誰も心配してねーよ!」

 

 相変わらず香澄と有咲の掛け合いは面白いね。

 最初は水と油だと思ってたけどハンバーガーとコーヒーみたいに相性ばっちり。

 

 ……ん?

 

 それって、つまり……!

 

 何か閃いたかも。

 

 

「みんな、ポッピンパン20号のコンセプトが決まったんだけど」

 

 

 

 

「やったね、沙綾ちゃん」

 

「ありがとうございます」

 

 ポッピンパン20号のコンセプトは緑茶に合う高齢者をターゲットにした和風ハンバーガー。

 食べやすい小さめサイズで高齢者に不足しがちなたんぱく質も摂れるというセールスポイント。

 歯が弱っていても食べられるように父さんには頑張ってもらった。

 これならチェーン店と正面からは競合しなくてすむかな?

 

「でも似たような商品って調べたらそれなりにあるみたいですね」

 

 画期的なアイデアを思いついた! と思ったのになぁ……。

 

「まあね。でも食べ比べたら緑茶に一番合うと思ったのは確か」

 

「あはは、そう言ってもらえると嬉しいです」

 

「それに、『あのやまぶきベーカリーが自分達高齢者の為に開発した』なんて聞いたらご老人方みんな買うよ」

 

 悪ぶった笑みを浮かべつつ新たなポッピンパン20号に手を伸ばすワンコさん、かなり気に入ったみたい。

 

 

 分かりやすい時は有咲並だけど分かりにくい時はおたえ以上、本当に面倒な人。

 でも……一緒にいると肩の力が抜けるというか…………ふふっ♪

 

 

 さーて、ポッピンパン21号はどんなのを作ろうかな?




気が付けば初投稿から1年経ってました。
誰にも読まれなかったら本編3で終わっていたのに凄いですね。
内容の重複とマンネリ化に怯えながらこれからも頑張ります。


感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

山吹沙綾:アンリミテッドサンライトイエローブレッドワークス。

ワンコ:年下には甘い。純と紗南を甘やかして沙綾に怒られる事も。

アロマポット&中身:日菜からのやべーもらい物。


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番外編X-8:蘭な日々(シーズン0~1)

投票ありがとうございました。
今回は美竹蘭さんのお話です。


アンケート結果&途中経過:

Afterglowで読みたい視点は?

(14) 美竹蘭 ☆
(3) 青葉モカ
(3) 上原ひまり
(0) 宇田川巴
(8) 羽沢つぐみ

Pastel*Palettesで読みたい視点は?

(6) 丸山彩
(10) 氷川日菜
(9) 白鷺千聖
(5) 大和麻弥
(1) 若宮イヴ

ハロー、ハッピーワールド!で読みたい視点は?

(4) 弦巻こころ
(1) 瀬田薫
(1) 北沢はぐみ
(8) 松原花音
(7) 奥沢美咲


○マンホール(シーズン0)

 

 

「ひゃ……水!?」

 

 首筋に掛かった水に目を覚ますとそこは闇の中。

 下からは激しく流れる水の音。

 

 意味分かんない。

 

 必死に記憶を遡ってみると、確か学校帰り。

 家族やバンドの事を考えて憂鬱な気分でぼんやりと歩いていて……車をを避けようとしたら足元の感触が無くて、数秒後には頭に衝撃。

 もしかしてマンホールか何かに落ちたってこと!?

 

 

 冷静になると下からは下水の匂い……やば、落ちたら死ぬかも。

 

 

 何とか心を落ち着けて状況を確認、落ちないようにゆっくりと。

 梯子に体が引っ掛かってるみたいで直ぐに落ちることは無いと思うけど慎重に。

 体勢を立て直しスマホを取り出してみたけどバッテリー切れ……あたしの馬鹿。

 連絡は諦めて上へ、容赦無く落ちてくる水で制服が濡れて重くなってく。

 そう言えば今日の予報は雨だったか……。

 意識を失っても手放さなかった鞄に折り畳み傘は入ってるけど上手く差せそうにない。

 

 弱気になったら駄目だ、泣いたら駄目だ。

 

 気力を振り絞って一番上まで辿り着いた。

 だけどそこには重たいマンホールの蓋。

 押してもびくともしない。

 更には雨音が強くて外の音が聞こえない……これってあたしが叫んでも誰も気付かないんじゃ……。

 

 

「……やだよ…………そんなのやだよ……」

 

 

 まだ十五年しか生きてないし、バンドも華道も全然やりきってない。

 

 それに幼馴染のみんなともずっと一緒にいたい……。

 

「お願い……誰か……」

 

 

 カーン! カーン! カーン!

 

 

「えっ!?」

 

 マンホールの蓋を叩く音が三回、絶対に偶然じゃない!

 急いであたしも叩き返す、気付いて!

 

「蘭ちゃん?」

 

「はい!」

 

 雨音が激しくて誰かは分からないけど、マンホール越しにあたしの名前を呼ぶ声。

 助かった……。

 

「工事の人呼んで。傘貸して。雨水避けの土手作るからタオルも。……蘭ちゃん、もうちょっとの辛抱だから」

 

「は、はい!」

 

 外にいるだろう人達に向かってテキパキと指示を出す彼女。

 

 

 それから十数分後(あたしにとってはもっと長く感じたけど)マンホールの蓋は外された。

 

 

 聞いた話によると私を見つけてくれたのは四月に一悶着あったワンコ先輩だった。

 でも……助け出された頃にはもうその場にはいなかった。

 つぐみの話だと犬の散歩のバイト中だったので、工事の人に後を引き継いで仕事に戻ったとか。

 救出されてからはモカ達に抱き着かれたり父さんに病院へ連れて行かれたりで、その日の内にお礼を言う事はできなかった。

 

 後日つぐみにワンコ先輩のバイトのシフトを教えてもらってお礼を言ったら、逆にコーヒーをサービスしてもらう始末。

 

 なんでこんなに優しくしてくれるんだろう?

 

 

 

 

○捨て猫(シーズン1)

 

 

「それじゃあ昼休みに」

 

「じゃーねー」

 

 一緒に登校してきたAfterglowの面々と別れ自分の教室へ。

 ずっと同じのクラスになれなくて、少しだけ、ほんの少しだけ寂しい。

 

 寂しい理由はもう一つ。

 自分でも愛想がないのは自覚、なので入学して二か月以上経ってもクラスに友人はいない。

 

 変えなきゃいけないんだろうけど……ワンコ先輩ならどうするのかな?

 

 自分の席に着き鞄から教科書類を机の中に移しつつ溜息を漏らす。

 今日も憂鬱な学園生活――

 

 

「っ!」

 

「きゃっ!?」

 

 

 突然横から何かが飛び掛かってきて椅子から転げ落ちそうになったけど何とか耐えきる。

 恐る恐る目を開けると腕の中には灰色の猫。

 一体どこから?

 

「よいしょっと」

 

「ワンコ先輩!?」

 

 聞き慣れた声がした方を見ると窓から教室内に入ってくるワンコ先輩。

 ここって二階なんですけど……。

 

「あ、蘭ちゃん。そのままその子押さえてて」

 

「は、はい」

 

 言われた通り灰色猫を抱きかかえるようにして押さえる。

 温かい……けどこの時期だと気温がそこそこあるから長時間は遠慮したい。

 

「~~~」

 

「うーん、嫌われちゃったかな?」

 

 ワンコ先輩が撫でるといやいやをするようにあたしに頭を擦り付けてくる。

 ちょっと可愛いかも。

 それに……何となく馴染みがある様な。

 

「そもそも誰の猫ですか?」

 

「生徒会の人が今日拾った捨て猫。そのまま連れてきたけど脱走したとかで探し回った」

 

「それにしたって外壁登らないでくださいよ。下からだと中見えちゃいますよ?」

 

「大丈夫、短パン穿いてるから。ほら」

 

「み、見せなくていいですから!」

 

 スカートをめくり上げ短パンを誇示してきたので急いで顔を背ける。

 あたしの心臓にも配慮してほしい。

 

「朝のホームルームまで時間がないしどうしよう」

 

 困り顔のワンコ先輩。

 いつもお世話になってるし協力したいけど……。

 それとは別に腕の中の命の重さに言葉に出来ない感情が湧いてきた。

 

 

「どうしましたか?」

 

「あ、先生」

 

 

 いつの間にか担任の先生が来ていた。

 というか見回せばクラス全体から見られてるし……少し恥ずかしい。

 

 

 でも、今あたしがすべきことは恥ずかしがることじゃなくて!

 

 

「先生、お願いです。今日一日この猫と一緒にいさせてください!」

 

「え!?」

 

 驚きの声を上げる先生。

 ワンコ先輩はじっとあたしを見つめる。

 

「いいの?」

 

「はい。あたしがそうしたいから、です」

 

「そう。じゃあ先生、生徒会からもお願いします」

 

 深々と頭を下げるワンコ先輩、急いであたしも立ち上がり灰色猫を落とさないように頭を下げた。

 

「先生、私からもお願いします」

 

「アタシもー」

 

 予期せず上がるクラスメイト達からの賛同の声。

 ……ありがとう。

 

「はぁ……分かりました。今日だけですからね」

 

「ありがとうございます」

 

 なんとか許可は下りた。

 後でクラスメイト達にお礼を言わないと。

 

 

 

 

「美竹さん、撫でても良い?」

 

「うん、一人ずつ優しくね」

 

 休み時間の度にクラスメイトから声を掛けられる。

 今までこんな事なかったのに。

 

 ちなみに灰色猫はあたしの机の上に寝そべってる……くつろぎ過ぎでしょ。

 

「実はAfterglowのファンなんだ、私。でもプライベートで話しかけたら迷惑かなって」

 

「そんな事ないよ、クラスメイトだし。そんな風に思われてたなんて意外かも」

 

 そっか、こんな人もいるんだ。

 Afterglowのファンだと言われると素直に嬉しいし。

 

「あと羽丘でメッシュ入れてる人って少ないから声掛け辛いかも」

 

「うっ……」

 

 薄々そんな気はしてたけど……そんなにアレかなぁ?

 恥ずかしくなって思わず赤メッシュを触ってみたり。

 

 

 

 

「失礼するわ」

 

「失礼します」

 

「湊さんに麻弥さん!?」

 

 何で二年生の二人が一年生の教室に?

 

「ここ一年の教室ですけど、もしかして階間違えました?」

 

「馬鹿にしないで頂戴」

 

 腕を組んでいつも通り強めの口調、でも灰色猫を見つめる視線は柔らかい。

 やっぱりガチの猫好きなんじゃ……。

 

「ジブン猫が好きなので湊さんに付き合ってもらいました」

 

「……そうなんですか、是非撫でてあげてください」

 

「では失礼して……おぉ流石ロシアンブルー、惚れ惚れする手触りっすね!」

 

 機材の話をするときみたいに生き生きとしてる麻弥さん。

 変、いや個性的な人が多い二年生の中でも存在感を発揮してるし、ワンコ先輩が信頼しているのも納得できる。

 

「じゃあ私も……」

 

 

 プイッ

 

 

「あっ……」

 

「ちょ、ちょっと、湊さん、ライブ中に大勢に出ていかれたような表情しないでくださいよ!」

 

「別に気にしてないわ…………くすん」

 

「お前も少しは忖度しろ!」

 

「なー」

 

「ほ、ほーら湊さん今が撫でるチャンスですよ!」

 

「…………にゃーんちゃん、ふふふ」

 

 ……見なかった事にしよう。

 麻弥さんも普段から苦労してそう、パスパレには日菜さんもいることだし。

 何となくつぐみと話が合いそうな気がする。

 

 

 

 

「きゃーカワイイ♪」

 

「お、目元が凛々しいな!」

 

 Afterglowの面々との屋上ランチタイム。

 ワンコ先輩から渡されたハーネスを灰色猫に付けて連れて行った。

 早速夢中になるひまりと巴、それを温かく見守るつぐみ。

 モカはいつも通りパンに夢中だ。

 

「ねー蘭、この子って名前無いの?」

 

「まだ飼い主が決まってないし、情が移ると別れが辛くなるから」

 

 甘いだけじゃなくて冷静なところもあるワンコ先輩からの忠告。

 あたしの家は華道をやってる関係で猫には有毒な植物もけっこうあるし……無理だよね。

 

「名付けるなら『ココア』がいーなー」

 

「モカ、人の話聞いてた?」

 

 一番マイペースな幼馴染にいつも通りツッコミを入れる。

 ……この灰色猫に既視感があるのは自由奔放なところがモカそっくりだからかも。

 

「ココア……モカちゃんらしいネーミングだね」

 

「おー、流石つぐ」

 

 あたしとモカに意味深な視線を送るつぐみ。

 ココア、モカ……もしかしてカフェモカに使うココアに掛けてる?

 はぁ……面倒な性格、嫌いじゃないけど。

 

「気まぐれな猫はモカだけで間に合ってる」

 

「えへへ、素直じゃないな~」

 

 呆れを含んだあたしの言葉に笑顔を返すモカ。

 素直じゃないのはどっちだか。

 

 

 

 

「蘭ちゃん」

 

「あ、はい」

 

 放課後の教室、灰色猫をワンコ先輩に返す。

 観念したのかあたしに飽きたのか今度は抵抗もなくすんなりワンコ先輩に抱かれた。

 

「……引き取り先は見つかりました?」

 

「お昼の放送で募集したけど申し出は無し。近場の保護団体も空きは無いって」

 

「それじゃあ」

 

 最悪の結末が頭をよぎる。

 あたしは飼えないにしても花女や商店街で募集すれば見つかるかも。

 それにはどうしても時間が。

 

「というわけでスクールキャット(仮)として生徒会で預かる事になった」

 

「はぁ!? 何ですかそれ?」

 

「職場で猫を社員として採用するオフィスキャットの学校版」

 

「……今日の今日でよくそんな案が通りましたね」

 

「生徒会に猫好きが多かったお陰かな。猫アレルギーの調査とか先生方への根回しとかあるから、しばらくは旧兎小屋で暮らしてもらうけど」

 

 ……呆れるほどの行動力。

 嫌いじゃないけど、あたしの知らない間に話が進んでいたのを知って胸がざわざわした。

 

「本当は誰かの家に引き取ってもらうのが一番だから飼い主探しも並行して続けるけど……手伝ってくれる?」

 

 期待を込めた眼差しが向けられる……あたしが断わるわけが無いのに。

 ずるい先輩だ。

 

 

 

「猫とはいえあたしの後輩(仮)ですから、それくらい当然です」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

美竹蘭:結果的にぼっち解消。

灰色猫:こころぴょんぴょん。

ワンコ:波に乗ると強い。


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番外編X-9:日菜な日々(シーズン0~1)

投票ありがとうございました。
今回は氷川日菜さんのお話です。


アンケート結果&途中経過:


Pastel*Palettesで読みたい視点は?

(6) 丸山彩
(10) 氷川日菜 ☆
(9) 白鷺千聖
(5) 大和麻弥
(1) 若宮イヴ

ハロー、ハッピーワールド!で読みたい視点は?

(5) 弦巻こころ
(1) 瀬田薫
(1) 北沢はぐみ
(8) 松原花音
(11) 奥沢美咲


○看病(シーズン0冬)

 

 

「テストが終わったからといって羽目を外しすぎないように」

 

 

 先生のそんな言葉で帰りのホームルームが終わり、教室は一気に解放感による明るい喧騒に包まれた。

 今日で二学期の期末テストも無事終了、多分満点だけどね。

 テスト期間中は出入り禁止にされてた一年B組にでも行きますか♪

 

 さーて、ワンコちゃんのテストの出来はどうだったかな?

 

 

 

 

「やっほ~♪」

 

「やっぱり来た」

 

「だね~♪」

 

「ですね、フヘヘ」

 

 あたしが来る事が分かってたみたいで、ワンコちゃんの席で、リサちー、麻弥ちゃん共々待っていてくれた。

 何だか嬉しいね。

 

 一応今回もテストの点で勝負することになってるけど、それはそれ。

 今は解放感に溢れたこの雰囲気をあたしも楽しまないと。

 

「学食で昼食をとったら演劇部の手伝いに行くけどどうする?」

 

「薫もアタシの幼馴染も学食に来るって♪」

 

「へ~、るんっ♪ てするね。もちろ――」

 

 言葉の途中で急に力が抜けてく……あれ、おかしいなぁ……。

 近くの机に手を突こうとしたけどそれすらも無意味で。

 あ……まずいかも。

 

 

「氷川っ!?」

 

 

 ……ぼやけた視界の中で椅子を跳ね飛ばすように立ち上がるワンコちゃん。

 慌てちゃって……どうしたの、かな…………。

 

 

 

 

 気が付けば辺り一面真っ黒な世界。

 そこにあたしは這いつくばっている、多分。

 でも起き上がろうとしても起き上がれなくて。

 

『………………』

 

『おねーちゃん!?』

 

 突然目の前に現れたおねーちゃん。

 でも無言で見下ろすだけであたしの言葉に何の反応も示さない。

 

 必死に手を伸ばそうとするけど体は動かない。

 

 

 ああ……もう昔みたいに仲良くはなれないんだ……。

 

 

 そう思うと涙が溢れてきた。

 おねーちゃんと仲良くなれないなら生きてたって……。

 

 

『……馬鹿』

 

『えっ』

 

 

 あたしの頭を優しく撫でるおねーちゃんの手。

 理由は分からないけど……るるるんっ♪

 あはっ、さっきとは違う意味で涙が止まらないや。

 

 

 

 

「おねーちゃん!」

 

「残念、私」

 

 周りを見ると……どうやら保健室。

 あたしはベッドで寝ていたみたい。

 ベッドの横にはワンコちゃんが丸椅子に座って本を読んでいた。

 

 なんだ、さっきのは夢だったか……残念。

 

「はい、体温計。服緩めてあるから検温して身支度したら呼んで」

 

「はーい」 

 

 無理して元気良く返すと微かに口元を緩めて間仕切りのカーテンの向こう側へ行くワンコちゃん。

 あ、本当にスカートのホック外れてる。

 上着とネクタイはハンガーに掛けてラックに吊るしてあるからワイシャツ姿なわけで。

 特に何かされたような形跡はなかった。

 

 ……何かしたい程には魅力的な体じゃなかったかー。

 

 手鏡でチェックすると微かに涙を拭いた後が。

 もしかしたら夢の中で撫でてくれたのも……。

 

 

 

「三十七度……微熱?」

 

「そうだね。ちょっとボーっとする感じ」

 

「心当たりは?」

 

「うーん、昨日湯上りで空を眺めてた位しか」

 

「どう考えてもそれでしょ。馬鹿なの?」

 

「ひっどーい! あたしに一度もテストの点で勝ったことないくせに」

 

「知性と学力は別物。ほら、もうすぐ下校時刻だから念の為にお家の方呼んで迎えに来てもらって」

 

「それなんだけど……今日泊めてもらえないかな?」

 

「……は?」

 

 うわ、凄く嫌そうな顔!

 普段おねーちゃんがあたしに向ける表情の数倍酷い。

 

「実は今日親が帰ってこないからおねーちゃんと二人きりなんだ」

 

「良かったね。看病してもらえば?」

 

「こんな状態で帰りたくないよ。おねーちゃんに迷惑かけたくないから……」

 

 これ以上おねーちゃんの負担になりたくない。

 でもワンコちゃんに無理を言って嫌われるのも、嫌。

 友達の家か最悪24時間営業の店か何処かで……。

 

「…………分かった。明日は土曜だし一晩だけなら泊めてあげる」

 

「本当!?」

 

「この後何かあったら気分悪いし。それと覚悟しておいてよ、私の部屋の狭さ」

 

 ワンコちゃんの言葉に一も二もなく頷くとおねーちゃんに急いでスマホでメッセージを送った。

 そう言う事は早く言いなさい、と叱られちゃったけど単純に友達の家に泊まるという認識で済んで良かった。

 

 

 

 

「で、いきなり氷川さんが倒れたから私が保健室まで運んだ。荷物やら後始末やらを引き受けてくれたリサさんと麻弥さんには今度お礼言ってね」

 

「………………」

 

「本当は直ぐに氷川家に連絡したかったけど『連絡しないで』って熱に浮かされながら何度も言うから」

 

「………………」

 

「あ、夕飯は何食べたい? 食材切らしてるから商店街で何か買わないと」

 

「………………」

 

「返事が無いけどもしかして悪化した?」

 

「おんぶが恥ずかしいだけだよ!」

 

「耳元で大声出さないで。仕方ないでしょ、ふらふらしてるんだから」

 

「う~~~」

 

 確かにまだふらふらするけど、丁度部活帰りの羽丘生とかち合ったせいでジロジロ見られたりコソコソ言われたり。

 好意的なものだと捉えたいけどそれはそれで恥ずかしいかな。

 

 あと、この密着状態だと絶対に体臭が……。

 

「で、何が食べたいの?」

 

「味が濃いもの!」

 

「……おかゆに梅干しと大根おろしでも乗せとけばいいか」

 

「えー、ジャンクフード食べたいよ~!」

 

「そういうことは平熱に戻してから言って。……なめ茸も追加してみるか」

 

 元気になったら絶対ジャンクフード祭りやるんだから!

 

 

 

 

「はい、到着」

 

「へ~、年季が入っててるんっ♪ てするね」

 

「そう? ありがとう」

 

 商店街から少し外れた場所に立つワンコちゃんが住むアパート。

 外装は大分傷んでるけど古いもの特有のワクワク感があった。

 

「取り合えずシャワー浴びちゃって。下着は……この前まとめ買いした新品がまだあった筈」

 

「いいの?」

 

「後日請求するから安心して」

 

「あはは、りょーかい♪」

 

 これでようやく寝汗で臭っているだろう状態から解放される!

 臭いなんて言われたくないしね。

 

「脱いだ服は洗濯する?」

 

「うーん、流石に悪いから持って帰って洗うよ。ビニール袋頂戴」

 

「うん、分かった」

 

 ワンコちゃんよりは大きいけどリサちーに比べたら全然。

 ブラを見られなくて良かった。

 

 新品の下着と一緒に用意された羽丘の体操服とジャージ。

 柔軟剤の匂いしかしなかったのはちょっと残念だったかも。

 

 

 

 

「ご馳走様、意外と美味しかったよ♪」

 

「お粗末様」

 

 ワンコちゃんが作ってくれたみぞれ粥を食べ終え、保健室でもらった風邪薬を白湯で飲む。

 これで明日には全快、だといいなぁ。

 

「ちょっと失礼」

 

「えっ!?」

 

 あたしの前髪をかき上げるとワンコちゃんがおでこを当ててきた。

 吐息のかかる距離に近付かれて鼓動が早まる。

 

「大丈夫みたい。どうしたのボーっとして?」

 

「な、何でもないよ!」

 

 こんな恥ずかしい事を平然とやるなんて!

 今までのいざこざから好かれてるとは思ってないけど、それはそれでイライラする。

 ……なんでイライラするんだろ?

 

「じゃあ寝ようか」

 

「ええっ、もう!?」

 

「一応病人でしょ?」

 

 あたしの抗議の視線を無視してコタツ机を端に寄せ布団を敷いていくワンコちゃん。

 あれ、布団が一組……え、嘘!?

 

「こ、これって!?」

 

「お布団どうぞ。流石に客人だしね」

 

 用意された布団におずおずと入る。

 も、もしかして、寝ている間に間違いが起きたりとか!?

 

 

「……それ、何?」

 

「寝袋だけど。記憶にある限り風邪は引いたことないけど、念の為。もしかして同じ布団で添い寝してほしかった?」

 

「べ、別に~」

 

 意地の悪い笑みを浮かべるワンコちゃん、人の気も知らないで!

 そもそも勘違いしてるし!

 

「まあ……うなされていたらまた撫でてあげるから。ゆっくりお休み」

 

「!?」

 

 夢の中で撫でてくれたのって……。

 おねーちゃんとワンコちゃん、背格好と真面目なところは似てると思うけど、逆に言えばそれ位。

 どうして夢の中でおねーちゃんだと認識しちゃったんだろう?

 今度夢についての学術書でも読んでみようかな?

 でも、まずは。

 

「今、撫でてほしいんだけど?」

 

「うん、了解」

 

 寝袋から腕を出して優しく撫でてくれるワンコちゃん。

 いつもこれ位優しければいいのに。

 きっと今のあたしが病人だから……。

 

 

 

「ここからは独り言……ごめんね、氷川さん」

 

「?」

 

「最初は嫌悪から始まった勝負だけど、今では心から楽しんでいるよ」

 

 ワンコちゃんの突然の発言に耳を澄ますあたし。

 

「今まで対等な立場で競い合える相手がいなかったから凄く嬉しいんだ」

 

 ……そんな風に思ってくれてたんだ。

 

「でも……これ以上仲良くなったら馴れ合いになると思って、一線を引いてた」

 

 そっか……悩んでたのはあたしだけじゃなかったんだ。

 

「ごめんね。面倒臭いワンコで」

 

 悲しげな言葉があたしの胸を締め付ける。

 だけどワンコちゃんの事が前よりも分かった気がして少し嬉しい。

 あれ、あたしが他人の事を「分かった」なんて変なの♪

 

「大丈夫だよ、あたしも成長中だし面倒臭さじゃ負けてないし! それにそういう発言はあたしにカンペキに勝ってからにしてほしいな。あ、今のは独り言ね」

 

「…………ありがとう」

 

 そう言うとワンコちゃんはあたしから手を放し寝る態勢に入った。

 あたしも早く元気になって家に帰らないと。

 おねーちゃん分が不足しちゃうからね♪

 

 

 

 

 会話を重ねる事による相互理解、直感とあたし理論で話すからちょっと難しいかも。

 でも大好きなワンコちゃん達と絆を深める事ができたなら、きっとおねーちゃんとも……。

 

 

 いっちょやってみますか♪

 

 

 

 

○ご褒美(シーズン1冬)

 

 

「はぁ……んっ! あたしのアソコがるんっ♪」

 

「しなやかな筋肉、シミ一つない肌、そして敏感な部位、まったく日菜ちゃんは最高」

 

 賞賛の言葉と共にあたしの体の隅々まで触れていくワンコちゃん。

 気持ち良すぎて気を失っちゃいそう。

 そのままもっとあたしの深くまで――

 

「あ、あなた達、何やってるの!」

 

「あ、おねーちゃん! おねーちゃんもマッサージ受ける?」

 

 あたしの部屋のドアをノックも無しに開けたおねーちゃん。

 いけないんだー。

 

 

 

「すみません……早とちりでした」

 

「ううん、日菜ちゃんが変な声を出した所為」

 

「えー、気持ち良いから仕方ないでしょー」

 

 少し赤い顔をして謝るおねーちゃんもるんっ♪ てするね。

 

「私も何度か受けているから気持ち良さは分かるけど……声は抑えなさい」

 

「えーなんで?」

 

「ご、ご近所迷惑だからよ!」

 

「あんまり紗夜さんを困らせないで。アイドル業で鍛えた日菜ちゃんの声はよく通るから」

 

「そっかー、次からは彩ちゃんのタオル噛みながらマッサージしてもらうね」

 

「……丸山さん、ごめんなさい」

 

 

 

「ドラマ主演決定のご褒美ですか?」

 

「うん。今回はオーディションにも気合が入っていたから祝ってあげたくて。日菜ちゃん、台本借りるよ」

 

「いいよー」

 

 ストレッチをしながらオーディション用の台本のページをめくるおねーちゃんを盗み見る。

 驚きの色に染まっていくのがるるるんっ♪

 

「いつも一回読んだら覚えるので台本は綺麗なままだと思っていましたが」

 

「書き込みで真っ黒」

 

「パスパレのみんなや薫くん、燐子ちゃん達にも聞いて色々考えたんだ」

 

 あたしじゃないドラマ用のあたしをみんなで作り上げてく。

 あたしだけでは奏でられなかった音を全力で響かせて。

 それは虚構だけどドラマの中には確かに存在することになる。

 

 そんなのもアリかなって♪

 

 

「日菜!」

 

「は、はい!」

 

 おねーちゃんの言葉に思わず正座。

 何か悪いことしちゃった!?

 

 

 手の届く距離に座りなおすおねーちゃん。

 怒られると思って緊張したあたしの頭におねーちゃんの手が触れ優しく撫でられる。

 

 

「次は私にも聞きに来なさい。役に立てるかもしれないから」

 

「えっ、いいの?」

 

「当然でしょ。私はあなたの『おねーちゃん』なんだから」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


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<備考>

氷川日菜:「姉さまは魔法少女」で姉デビュー、新規ファンも獲得。

ワンコ:フィジカル一流、メンタル二流、ラブ三流。

氷川紗夜:妹の出演番組は必ず録画、ベッドの下には各種グッズも。


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番外編X-10:ゆりな日々(シーズン0~1)

UA40,000&お気に入り230件突破ありがとうございます。

今回は資料があまり見つからず、何時にも増して解像度が低めでごめんなさい。


ステータス異常:感想欠乏


○特訓(シーズン0夏)

 

 

「……はぁ」

 

 先輩方の最後の夏が終わり、私を部長とした水泳部の新体制がスタートした。

 花女の部活だとダンス部と剣道部とかが全国を狙えるレベル……水泳部もそれに続きたい。

 

 それで誰もいない夏休みのプールで自主練に励んでみたけど、自由形・平泳ぎ・背泳ぎ・バタフライの四泳法のどれもしっくりこない。

 グリグリの活動や夏休みの課題でちょっと体が鈍っちゃったかな?

 

 

「お疲れ様」

 

「七菜?」

 

 

 プールから上がり持ってきたペットボトルに入ったスポーツドリンクで水分補給、そこにやって来たのはグリグリのメンバーであり生徒会の一員でもある親友の鰐部七菜だった。

 今日も眼鏡とおさげが可愛らしい。

 

「ちょっとこの子に泳ぎ方の指導をしてほしいの」

 

「はぁ!?」

 

「よろしくお願いします、牛込先輩」

 

 七菜が連れてきたのは右目をつぶり他校の水着の上から半袖のラッシュガードを着た少女。

 見覚えは……無かったと思う。

 

「羽丘一年の犬神一子、ワンコちゃんって呼んであげて」

 

「羽丘の生徒?」

 

「色々あるのよ」

 

 七菜必殺の悪い笑顔、追及するのは止めておこう。

 誰かに迷惑を掛ける話じゃないし、多分。

 

 改めてワンコちゃんと向き合う。

 何か運動をしていそうな引き締まった体、教えがいはありそうね。

 私に対して深々と頭を下げるあたり、外見と違って礼儀正しそうだし。

 

「水泳部部長の牛込ゆり、よろしくね」

 

「はい!」

 

 うん、良い返事♪

 

 

 

 

「じゃあ、高校に入るまで水泳の授業受けてこなかったんだ」

 

「はい。一応水泳の映像教材で泳ぎ方は頭に入れてありますけど、実際に泳ぐとなると……」

 

「そうね。確かに上半身と下半身の動きがちぐはぐね」

 

 試しに泳いでもらった後、プールサイドに上がったワンコちゃんにペットボトルを渡しながら率直な感想を言う。

 一つの存在としての違和感、力強いけど筋力頼りの歪さ、バランスの悪さ。

 でもコツさえ掴めば一気に伸びそう。

 

 幾つかアドバイスしたけど言葉だけだと上手く伝えられないなぁ。

 こうなったら――

 

「私が泳いでみるからプールサイドと水中の両方からしっかり見ててね」

 

「はい!」

 

 ワンコちゃんが見学位置に着いたのを見計らい、スイムキャップを被りなおしゴーグルを着け壁を蹴る。

 基本に忠実にゆっくりと。

 いつもはタイムばかり気にしているけど、今は形を意識して。

 

 

 

 ワンコちゃんのキラキラとした片目を見てたら、ふと泳ぎ始めた頃を思い出してしまった。

 

 あの頃はフォームもダメダメでタイムも全然で。

 でも、今よりもっと自由な気持ちで泳いでいたっけ。

 

 久しぶりに人の声の聞こえない、水の音しかしないプール。

 そこにあるのは見果てぬゴール。

 昔はその先にある景色が見たくて泳いでいたような。

 

 

 やりきらないとね♪

 

 

 

 

「どうだった?」

 

「自然体というか洗練されているというか……とにかく感動しました」

 

「感動!? 大袈裟ね、でもありがと♪」

 

「あう……」

 

 りみが私に向ける熱い眼差しに似ていたせいかつい撫でてしまった。

 でも満更でもなさそうな紅潮した顔。

 油断したのか閉じていた右目が開き白濁した目が見えたけど、不思議と嫌悪感は感じなかった。

 

「よし、次はワンコちゃんの番。私みたいに泳いでみて」

 

「は、はい!」

 

 ワンコちゃんをプールへ送り出し私はペットボトルに口を付ける。

 ……よし、今日は徹底的に鍛えてあげよう。

 泳ぎ始めた頃を想い出させてくれたお礼にね。

 

 

 

 

「………………」

 

「ごめん、やり過ぎた」

 

 プールサイドでぐったりしたワンコちゃんを膝枕。

 つい楽しくなって手取り足取り教えているうちに、水泳部の特訓メニュー(大盛り)以上に泳がせてしまった。

 ……ギブアップしない方も悪いって!

 

「それにしても良い筋肉ね」

 

 無抵抗なのをいいことにあちこちを撫でまわす。

 水泳用に鍛えたわけじゃないだろうけど、今日の特訓で結構バランス良く泳げる様になったと思う。

 本人もしごかれて体で覚えるタイプって言ってたし。

 羽丘の水泳部に入られたら強力なライバルになるかな?

 そうなったら……ふふっ、それはそれで楽しそうね。

 

 

「なんで泳ぎを教わりたかったの?」

 

「……負けたくない人がいるから、です」

 

 色々な感情が入り混じった複雑な表情。

 だけどそんな表情も一瞬だけ、一転して澄み切ったものに変わった。

 

「でもこんなに気持ち良いなんて思いませんでした」

 

「そうね。私も久し振りに気持ち良く泳げたわ」

 

「部長ともなると大変でしょう?」

 

「まだ引き継いだばかりだけど大変大変。でも、『やる事やって、やりたい事もやる』そう胸を張っていきたいから、ね」

 

「恰好良いです……」

 

「惚れちゃってもいいんだよ?」

 

 ワンコちゃんの頬をぷにぷにしながら冗談めかして言う。

 部員達には絶対に見せられない光景ね……りみにはたまにしてあげてるけど。

 

 

 それにしても暑いわ。

 ペットボトルに口を付ける度に何故か体が火照って……。

 

 

「そろそろシャワー浴びて帰るわよ」

 

「あ、はい」

 

 ワンコちゃんの顔をぺちぺちと叩き帰宅を促す。

 膝の上の重さが消え私も立ち上がろうとしたら――

 

「あっ」

 

「おっと」

 

 足が痺れていたせいでバランスを崩しワンコちゃんを押し倒す形に。

 そんなに身長差は無いので――

 

 

 顔が……近い……。

 

 

 十センチも離れてないよね?

 

 

 ワンコちゃんの吐息を感じる度に体が熱く、疼く。

 

 気付けば体を擦り付けていた。

 

 何度も、何度も。

 

 

「牛込先輩?」

 

「んっ……ゆりって呼んで」

 

「えっと……ゆり先輩、体調悪いんですか?」

 

「…………馬鹿」

 

 私の悪態に不思議な顔をすると何を思ったのか、左腕で抱きしめ右手で私の頭を撫で始めた。

 

「きっとお疲れなんですね。施設にいた時、年下の子にこうやると落ち着いてくれたんです」

 

「……はぁ」

 

 鈍感な彼女に思わず溜息。

 まあ出会って数時間しか経ってない他校の下級生に劣情を催してるなんて知ってほしくはないけど。

 

 そっちに関してグリグリのメンバーとはご無沙汰だったから溜まってるのかな?

 

 でも……もうちょっとだけ遊んでみよう、と邪な感情が生まれる。

 

 

 ペロッ

 

 

「ひゃん! いきなり首筋舐めないでくださいよ」

 

「期待の新人には唾を付けておかないと。それにマーキングだから問題無いし」

 

「うー、スキンシップじゃ負けませんよ」

 

 そう言うと抱きしめていた左手を放し、指先で腰から首まで撫でてきた。

 ゾクゾクっとした快感を感じ声が漏れそうになる。

 

「ん……くっ……」

 

「我慢は体に毒ですよ」

 

「べ、別に……」

 

 さらに水着の中に手が入ってきて腰を撫でられ始める。

 撫でられた箇所から熱が伝播していく。

 触れてほしいところに触れてくれないもどかしい感覚に思わず自分で――

 

 

「そろそろ下校時刻よ」

 

「七菜!?」

 

「鰐部先輩、了解です」

 

 

 七菜の言葉に手を止め、私の下から事も無げに這い出るワンコちゃん。

 体に力の入らない私を抱き上げシャワー室へ。

 ナチュラルにお姫様抱っこしないでよ……。

 

「続きはまた今度ということで」

 

「…………次は負けないから」

 

 私が発した負け惜しみの言葉は自分でもびっくりするくらい艶っぽかった。

 

 

 

 

○引退(シーズン1夏)

 

 

「紗夜さん頑張って!」

 

「日菜ちゃん負けるなー!」

 

 急遽決まったバンドメンバーによる花女VS羽丘の水泳リレー対決。

 声援からも分かるように違う学校の泳者を応援していたり割と自由……実に私達らしい。

 泳ぎ方も参加するもしないも自由、それでも良い勝負になっているあたり調整に奔走した人達の努力が分かる。

 多分その中心人物は――

 

「で、アンカーの私の相手がワンコちゃん?」

 

「そうなりますね。微妙な立場ですが、やるからには全力で行きます」

 

 一年前に比べて確実に成長が見て取れる強い眼差し。

 彼女の活躍? は時々耳にするし。

 少しだけ手助けをした身としては素直に嬉しい。

 

 だからこそ、こっちも全力で泳がないとね♪

 

 

「日菜ちゃんがリード、お先に行きます」

 

「うん、直ぐに追い抜いてあげる」

 

 

 日菜ちゃんの壁タッチと共に綺麗に水面へ飛び込むワンコちゃん。

 

 そして数秒遅れて紗夜ちゃんの壁タッチで飛び込む私。

 

 

 数日前に引退したけどこっそり泳ぎに来てたりするので鈍ってはいない。

 一掻き毎に僅かずつ縮まるワンコちゃんとの距離。

 

 

 そして並んだ。

 

 

 勝負はここから……さあ、あなたの全力を見せて!

 

 

 

 

「引き分けか~」

 

「お疲れ様です」

 

 有終の美を飾りたかったのでちょっと残念。

 でも手加減なしの全力勝負、乱れた呼吸とは裏腹に気分は清々しい。

 

「お手をどうぞ」

 

「うん」

 

 先に上がったワンコちゃんに引き上げられプールサイドに上がる。

 勢い余ったふりをして頬に軽い口づけ。

 数人から鋭い視線を感じたけど受け流す、まさに先輩特権。

 

 指定された場所に立つと三十人を超える女の子達から拍手、そして――

 

「お姉ちゃん、水泳部引退お疲れ様でした」

 

「ありがとう、りみ。それにみんなも」

 

 大切な妹のりみから手渡された花束、感極まって思わずハグしちゃった。

 りみも香澄ちゃん達とバンドを始めてから立派になったよね。

 部員による引退式とは別の感慨深さを感じちゃった。

 

 見渡せばポピパをはじめとした大ガールズバンド時代の最前線を行くバンドのメンバー達。

 来年には海外の大学に進学するからグリグリは活動休止、なので彼女達とステージで共演できるのも精々あと半年。

 

 

 ちょっと残念だな……。

 

 

「お姉ちゃんが留学中はメールや動画、一杯送るからね」

 

「ふふっ、ありがとう。でも気が早いよ♪」

 

 私の内心を察してくれた優しい妹の頭を全力で撫でる。

 まったく妹は最高。

 おかげで不安が一つ減ったわ。

 

 

 

 

 残された時間、やる事、やりたい事、しんみりしている暇は無さそうね♪




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<備考>

牛込ゆり:花女で姉にしたい人グランプリ優勝。

鰐部七菜:ワンコと繋がりをもつ陰の実力者。

ワンコ:海で遭難しても大丈夫な体に。

牛込りみ:仲良し姉妹(意味深)

ペットボトル:濃厚接触。


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番外編X-11:イヴの誕生日(シーズン0)

お誕生日おめでとうございます。

※6/28加筆修正


○誕生日(シーズン0)

 

 

「……よし、これで終了。もう帰っていいよ」

 

「ありがとうございました!」

 

 カメラマさんに深々と頭を下げて感謝の意を表します。

 そして壁際で私を待っていてくれていたワンコ師匠に小走りで駆け寄ります。

 

「お疲れ様、最後まで良い表情だったよ」

 

「えへへ、ありがとうございますっ!」

 

 ダークスーツ姿に眼帯のワンコ師匠はちょっぴり威圧感がありますが、いつも通りとても優しいです。

 差し出された麒麟のロゴのアイスティー、まさに勝利の美酒です!

 

「タクシー呼ぶから着替えてきて」

 

「はい!」

 

 無駄のないその動きはまさに『兵は拙速を尊ぶ』ですね♪

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 更衣室で一人になると急に疲労感が襲ってきました。

 機材トラブルや撮影スケジュールのミスにより、大分待たされましたのも一因ですが……。

 事務所の担当さんがコロコロ変わった挙句、アルバイトのワンコ師匠に押し付けた形になったのは師匠に失礼です!

 慣れないながらも必死に仕事をこなすワンコ師匠にはブシドーを感じます。

 

 ……本当にこの事務所で大丈夫でしょうか?

 『忠臣は二君に仕えず』と言いますが『七度主君を変えねば武士とはいえぬ』とも言います。

 

 むむむ、ブシドーは複雑怪奇です!

 

 

 

 

「なるほど、招き猫で有名な豪徳寺も一時間くらいで行けるのですね!」

 

「うん、予定が合えば一緒に行きたいけど」

 

「うー、中々難しいですよね。ワンコ師匠は常にトーホンセーソ―してますし……」

 

「そういうイヴちゃんも仕事は順調だしね」

 

 タクシーの中での会話、友達の少ない私にとっては至福のひと時です。

 運転手さんが間者かもしれないのであまりプライベートな事は話せませんが、日本の事やフィンランドの事について話すのはとても楽しいです!

 シートベルトは絶対なのでハグできませんが、手を握ってくれているだけでとても安心できます。

 そう言えば昔読んだ本によるととある浄土では手を握る事が房事だとか…………。

 

「顔が赤いけど大丈夫?」

 

「は、はい、イヴは大丈夫です!」

 

「? 大丈夫ならいいけど。体調管理も私の仕事だからね」

 

「ありがとうございます! ところで私の家へ向かう道とは違う気が」

 

「ちょっと寄り道。家の人には言ってあるから大丈夫」

 

 あ、分かりました。

 今日はアノ日ですからね!

 私も時代の移り変わりに思いを馳せましょう。

 

 

 

 

『ハッピーバースデー、イヴちゃん(さん)!』

 

「え…………キートス!?」※ありがとう

 

 羽沢珈琲店に入った瞬間盛大に祝われました。

 

 ……あ、そう言えば今日は私の誕生日でした!

 

「もしかして気付いてなかった?」

 

「……はい、てっきり戊辰戦争の終結日(グレゴリオ暦)の事だと思っていました。若しくは伊達政宗公の命日」

 

「今時そんな勘違いする人……まあそれだけイヴちゃんが日本が好きって事か。ありがとう」

 

 少し複雑な笑顔でワンコ師匠が頭を撫でてくれました、えへへ。

 

「イヴちゃんらしいわね。改めておめでとう」

 

「ありがとうございます、チサトさん!」

 

 事務所の先輩であるチサトさんが『本日の主役』と書かれたタスキを掛けてくれました。

 まさに日本のパーティーの風物詩です!

 

「あはは、イヴは相変わらず面白可愛いね♪」

 

「チサトさんとリサさんとジブンからの誕生日プレゼントです」

 

 前に数回お会いしただけのリサさんとマヤさん、祝っていただけるなんて凄く嬉しいです!

 渡されたのは短刀くらいの大きさのラッピングされた棒状の物。

 

「ありがとうございます! 早速あけてみても!?」

 

「もちろん♪」

 

 包装紙を破かないように慎重に。

 中から姿を現したのは扇子、広げてみると紫陽花の描かれた薄い紫を基調としたデザイン……素敵です。

 

 でも、何故か故郷フィンランドの風景が脳裏をよぎりました。

 

「だ、大丈夫ですか!? 涙が!」

 

「あ……本当ですね」

 

 目尻に指で触れると確かに涙が……。

 

「多分、ちょっとしたホームシックです。心配しないでください」

 

 慌てるマヤさん達ににっこりと微笑みます。

 主役が泣いていては駄目ですからね。

 

「フィンランド料理ならリサさんが作ってくれるから」

 

「ちょ、いきなり無茶振り!? うーん、マッシュポテトとかニシンの塩漬けとかのイメージしかないけど調べてみるかな」

 

 真剣に悩むリサさん、見た目は傾いていてもやはり心優しき大和撫子です!

 でも、伝統的なフィンランド料理はイギリス料理並みに評判が……。

 むしろ和食が食べたいです!

 

「ほら、寂しかったらハグしなさい。フィンランドのお友達に似ているのでしょ?」

 

「ありがとうございます!」

 

 ハンネに雰囲気が似ているけど大分小柄なチサトさんにハグします。

 優しくて、友達想いで、しっかり者で……。

 そう言えば日付が変わった瞬間に彼女からお祝いの電話をもらっていました。

 多忙とはいえ一生の不覚です!

 『忙』という漢字は心を亡くすと書きますし……もっと精進しないと!

 

「私からは誕生日ケーキとホットコーヒーだよ。フィンランドってコーヒー大国って聞いたけどうちのコーヒーはどうかな?」

 

「はい、みんなよく飲みます。それでは失礼して……とても美味しいです! フィンランドにお店を出しても絶対繁盛します!」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 急に故郷を思い出したのも羽沢珈琲店に香るコーヒーの匂いと優しい雰囲気が共通しているからかもしれません。

 ハンネがもし来日したら絶対に連れてきたいです。

 

「モデルを辞めたくなったら羽沢珈琲店で雇ってもらったらいいよ」

 

「ちょっとワンコちゃん、大事な後輩を引き抜かないで頂戴」

 

「イヴちゃんと一緒にお仕事かぁ……お父さんに相談してみよう」

 

 私の事で三者三様、まさに修羅場ですね!

 

 

 

 

「そう言えばワンコに言われたやつ持ってきたよ。重いし職質されないか心配で大変だったんだから」

 

「ありがとうリサさん。はい、私からの誕生日プレゼント。昔私が使っていたやつ」

 

「恐悦至極……うっ」

 

 ワンコ師匠から渡されたのはズシリと重たい木刀でした。

 私が既に持っている物が玩具に思えるくらいの業物です!

 

「無駄に重たいから気を付けてね。今のイヴちゃんが素振りしたら確実に肘と肩を壊すから」

 

「……振れるようになりますか?」

 

「少しずつ慣らしていけば一年くらい、覚悟はある?」

 

「はい!」

 

「うん、良い返事。特訓メニューは今度渡すから」

 

 木刀といえども刀は武士の魂、それを贈られたという事は……実際の木刀の重さよりも重たく感じます。

 必ずや使いこなせるようになります!

 

 

「女子中学生に木刀って昔の不良じゃないんだから……」

 

「変に筋肉がついたらモデルができなくなるわね」

 

「なるほど……今度の舞台の小道具は金属バットよりも木刀の方が良いですね」

 

「店内に危険物は持ち込まないでくださーい!」

 

 

 

 

「とても楽しかったです!」

 

「それは良かった」

 

 私の誕生日会が無事終わり、家まで送っていただいたワンコさんを引き留め今夜泊っていってもらう事に……。

 お風呂は別々でしたが今は同じベッド、同じ布団の中にいます。

 ……はしたなく思われていないか不安です。

 

「撫でてもらっていいですか?」

 

「うん、勿論」

 

 触れられた部分からワンコ師匠の優しさが伝わってきます。

 幸せ過ぎて言い知れぬ、先程とは別の不安が……。

 

「……こんなに優しくしてくれるのは仕事だからですか?」

 

「否定はしないけど……今はそれ以上の感情の方が大きいかな」

 

「えっ!?」

 

「異国で一人戦場に赴く青い目のサムライ。日本人離れした美貌と誰よりも日本人らしい内面、そんな子が苦境に立っていたら優しくしたいと思うのは当然」

 

「あぅ……」

 

 ストレートな誉め言葉に顔が熱くなり思わず布団の中に頭まで潜り込んでしまいます。

 

「それに犬っぽくて可愛いし」

 

「コイラ、犬ですか!?」

 

「うん、優しくて賢くてみんなが大好きな大型犬かな?」

 

「う、嬉しいけどちょっと複雑です……」

 

「ふふっ、布団に隠れて見えないけど困った顔もきっと可愛いよ」

 

「……そんな事言う師匠はハグの刑です!」

 

 布団の中で思いっきり抱きついてやります!

 絶対に離しませんよ!

 

 ……お風呂上がりの良い匂いです。

 

 

 

「ちょっとお節介な発言してもいい?」

 

「っ? はい、喜んで!」

 

 布団に潜ったままワンコ師匠の発言に耳を澄まします。

 真面目な声色に少し緊張します……。

 

「……人の目に映る仕事をする以上、辛い事や悲しい事、身に覚えのない非難を受ける事もあると思う。もう合ってるかもしれないけど」

 

「………………」

 

「最悪な選択をする前に私を呼んで。私を呼べなかったら千聖さんや他の誰かでもいい」

 

「………………」

 

「忠臣蔵はそんなに好きじゃないんで」

 

「………………」

 

「うん、こんなところかな。相変わらず説教臭いな、私」

 

「そんなことありません! 忠言痛み入ります!」

 

「う、うん」

 

 私を想っての言葉に思わず布団から顔を出しワンコ師匠の顔を覗き込みます。

 私の行動が予想外だったのか声が上擦っています。

 してやったりです!

 

 

「ワンコ師匠も何かあったら私を呼んでください! 池田屋でも薩摩藩邸でも斬り込んで見せますから!」




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<備考>

若宮イヴ:サムライガール。

ワンコ:色々と多忙。

白鷺千聖:色々と暗躍。

今井リサ:和食を振る舞ったら今井筑前守と崇められる。

大和麻弥:こっそり雑誌でイヴが着た服を買うも箪笥の肥やし。


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番外編X-12:あこの誕生日(シーズン?)

二日遅れでお誕生日おめでとうございます。


○誕生日(シーズン?)

 

 

「それでは、あこの誕生日を祝って」

 

『かんぱーい!』

 

 友希那さんの合図で五つのワイングラスが軽くぶつかり合い綺麗な音色を奏でた。

 そのまま『わたし』の生まれ年のワインを一気に飲み干す。

 葡萄の甘味と渋味、じんわりと頭が痺れる感覚……成程、これがお酒なんだ。

 

「あこちゃん……大丈夫?」

 

「平気だよ。ちょっと渋かったけど美味しかった♪」

 

 初飲酒を心配してくれるりんりんに笑顔を返す。

 お酒でほんのり赤くなったりんりんは普段とは違う魅力に溢れている。

 ストレートに言えば官能的。

 このままお持ち帰りしたい位に。

 

 

「へ~、あこってばやるじゃん。友希那なんて未だに」

 

「リサ、黙りなさい」

 

 相変わらず苦いものが苦手らしい友希那さんは、一口だけ飲んだワイングラスをリサ姉に押し付けた。

 リサ姉はくいっと飲み干すとバーカウンター行き、友希那さんの為に甘いカクテルを作り始める。

 本職のバーテンダーみたいに小気味良い音を立ててシェイクするリサ姉、カッコイイ!

 軽やかな手つきで作られた淡い緑色のカクテルを美味しそうに飲む友希那さん、『わたし』も後で作ってもらおう。

 

 

「空腹のままだと悪酔いするわよ」

 

「ありがとうございます、紗夜さん」

 

 紗夜さんが大皿から取り分けてくれた、紗夜さん畑で育った野菜で作られたサラダやフライドポテトが載った取り皿を受け取る。

 こういう時でも姉力を発揮する紗夜さんは心強い。

 それに紗夜さんが作った野菜は美味しいので大好き……ピーマンはみじん切りにしてハンバーグにしてもらえれば何とか。

 

 

 

 今日は『わたし』の二十歳の誕生日。

 

 

 

 そしてここはりんりん所有のタワーマンションの最上階にして一部屋のみのゆったり仕様。

 

 みんなで忙しい中何とか集まって料理を作って飾りつけを行った、Roseliaによる『わたし』だけの為の最高の会場。

 バースデーライブを無事終わらせて急いで戻ってきてからの乾杯。

 

 興奮で闇の波動がバーンバーンと飛び出そう♪

 

 

 

 

「いやー、あこのバースデーライブ最高だったね♪」

 

「当然よ。大切なRoseliaのメンバーの為のライブ、最高じゃなくてどうするの?」

 

「リサ姉……友希那さん……」

 

 二人の言葉に目頭が熱くなる。

 演奏中は二人の背中しか見えないけど心はいつも一つ。

 Roseliaのドラマーは自分じゃなきゃ務まらない、って自負はあるし。

 今までも……これからも……。

 

 

「飲酒が可能な年齢になったからとは言え、飲み過ぎには注意してください」

 

「アル中は……カッコワルイから……」

 

「も、勿論だよ!」

 

 ワイングラスを空にした後リサ姉にカクテルをオーダーしようと思ったけど、慌ててウーロン茶のグラスを手に取る。

 演奏が走りそうになった時、二人の音がそれを抑えてくれる。

 いつも本当に頼もしい……少しずつでも恩返ししていきたいな。

 

 

「あこ、今日の主役から一言貰えるかしら?」

 

「はい!」

 

 友希那さんの言葉にグラスを置き、全員が見渡せる位置に移動する。

 

 友希那さん、リサ姉、紗夜さん、そしてりんりん。

 全員と順番に目を合わせるとRoselia結成の日の光景が脳裏をよぎった。

 

 

「……最初は友希那さんに憧れて始まったRoseliaでのバンド活動、本当の意味でRoseliaの一員に成れたあの日の事……」

 

 思い出が溢れてきて視界が滲む。

 心配そうなりんりんを手で制して言葉を続ける。

 

「不可能に挑み続けるのがRoseliaだから……更に進化した挑み続ける『わたし』から目を放しちゃダメなんだから♪」

 

 後半涙声だったけどみんなから温かい拍手を貰えた。

 りんりんには情熱的なハグをされたけど。

 

 言葉で語れなかった分は演奏で語るから許してね。

 

 

 

 

 バタバタバタバタ

 

 

「あ、この音は!」

 

 乾杯から一時間位経った頃、聞き慣れたローター音を耳にして急いでグラスを置きエレベーターで一人屋上に向かう。

 漆黒の空からヘリポートに舞い降りたのは『わたし』のイメージカラーでもあるローズピンクのヘリコプター。

 

 

 その名もデスガルーダ!

 

 

 ローターの回転も止まらないうちに扉を開き駆け寄ってきたのは――

 

「あこ!」

 

「おねーちゃん!」

 

 愛しのおねーちゃんだった。

 久しぶりにがっしりと抱き合う。

 ずっと見上げる身長差だったけど、今では『わたし』の方がちょっと大きかったりする。

 

「ごめんな、遅れて」

 

「ううん、予定より早い位だよ。ライブお疲れ様」

 

「あこもな! 改めて誕生日おめでとう!」

 

「ありがとう♪」

 

 Afterglowも今日は離れた場所でライブをしていた。

 おねーちゃんとしては『わたし』のライブの方を優先させたかったみたいだけど、涙を呑んでAfterglowの方を優先してもらった。

 だっておねーちゃんのドラムを楽しみにしていた人達をガッカリさせちゃうからね。

 

 

 おねーちゃんに続いてヘリから降りてきた蘭ちゃん達Afterglowの面々とハイタッチを交わし先に会場に行ってもらう。

 二回目の乾杯に『わたし』も行かないと。

 

 でもその前に……『わたし』はヘリのパイロットが降りてくるのを待つ。

 

 

「お誕生日おめでとう、あこちゃん」

 

「ありがとう、ワンコ先輩♪」

 

 

 満員電車での運命の出会いから数年、ますますカッコ良くなったワンコ先輩。

 身長以外も釣り合いが取れるくらい『わたし』も成長できたかな?

 

 

「素敵なドレス、良く似合ってる」

 

「うん、りんりんの自信作なんだ」

 

 

 その場でくるりと回転、闇夜に純白のドレスがふわりと舞う。

 聖堕天使に相応しい装い、流石りんりん!

 ワンコ先輩の表情からも花丸合格みたい♪

 

 

「一曲踊ってほしいな」

 

「私、こんな格好なんだけど」

 

「問題ないよ♪」

 

 漆黒のフライトスーツ姿で困った笑みを浮かべるワンコ先輩の手を引き強引にワルツを踊り始める。

 最初はぎこちない動きだったけど『わたし』のリードに合わせ次第にステップが軽やかになる。

 ボンヤリとだけどずっと夢見てた光景。

 

 

 大人になった『わたし』をその片目に焼き付けてもらうんだから♪

 

 

 

 

○誕生日(シーズン1)

 

 

「――ってのはどうかな?」

 

 あこが考えたカッコイイ二十歳の誕生日(案)をスタジオ練習の終わったRoseliaのみんなに話す。

 まだ中学三年生だけどお酒をお洒落に飲んだり、大人っぽいドレスで踊ったりするのは秘かな夢だったりする。

 ちなみに今年はライブ日程を考慮してお誕生日会は後日、プレゼントは練習前に家に届けてもらった。

 まだ開けてないのですごーく楽しみ♪

 

「良いんじゃないかしら? 五年後だろうとこの全員で更なる高みを目指している自信はあるわ」

 

「アタシは料理の腕を上げてカクテルの作り方を憶えれば良いんだよね、任せて♪」

 

「私は野菜作りですか。今度日菜がテレビ番組で農作物を育てるので聞いてみましょう」

 

 友希那さん、リサ姉、紗夜さんは大丈夫みたい。

 でも、りんりんとワンコ先輩は――

 

「……ヘリポート付きの……タワーマンション……」

 

「六人乗りだと中型ヘリか。そもそもヘリの免許が必要だし、いや隻眼だと条件が……」

 

 二人して頭を抱えてた。

 ちょっと欲張りすぎたかも……ちょっと反省。

 

「む、無理しないでね!?」

 

「大丈夫……あこちゃんの為なら……一山当てるから」

 

「角膜移植から始めれば……バイト増やさないと」

 

 あこの言葉に逆にやる気を漲らせる二人。

 嬉しい反面、無理し過ぎないかちょっと不安。

 Roseliaの中でも二人はあこに対して特に優しいから。

 

 

 ……本当に実現してほしいのは、その時に全員揃っていることなんだけどね。

 特にワンコ先輩はこの前まで大怪我で入院してたし。

 あこも非常事態に備えておねーちゃんみたいに筋肉付けて、いざとなったら『ソイヤ!』って解決できたらな~。

 ワンコ先輩が紗夜さんをお姫様抱っこしたって噂を聞いたことがあるから、あこはりんりんをお姫様抱っこするのが当面の目標にしよっと。

 

 また友希那さんがブートキャンプに申し込んでくれないかな?

 

 

 

 それとは別に……身長伸びろ~!

 

 

 

 

「お休み、あこ」

 

「お休み、おねーちゃん♪」

 

 帰宅して家族でのお誕生日会を終え、おねーちゃんとお休みの挨拶を交わし自室へ。

 

 みんなからたくさんお誕生日プレゼントを貰ったけど、一番大きかったのはワンコ先輩から貰った黒犬の抱き枕。

 なんと一メートル以上あってとっても抱き心地が良い。

 大きいのに眠たげな表情で全体的にゆるっとしてて……気を抜いた時の本人みたい。

 何だか良い香りもするし……。

 

 うん、さっそく今夜から抱いて寝よう♪

 

 

 

 

 その夜、不思議な夢を見た。

 

 

 明らかに現実とは違う絵具を全色ぶちまけた様な光景。

 そして奏者が見えないのに和太鼓が鳴り響く異質な世界。

 

 

 そんな中あこの傍らには五人、いや五匹の仲間。

 

 

 絶世の歌声を披露する猫。

 

 器用にクッキーを作る兎。

 

 芋を掘る誇り高き狼。

 

 丸太を振るう優しい大熊貓。

 

 そして……あこを背中に乗せる黒い犬。

 

 

 あこ達の前に立ち塞がるのは無数の敵や分厚い壁、不毛な砂漠、険しい山々。

 

 

 でも歩みは止めない……何故ならあこは聖堕天使にしてRoseliaのドラマーだから!

 

 

 

 支離滅裂な内容だけど、あこ的にはカッコイイと思う。

 

 

 前はおねーちゃんみたいなカッコイイ人達の真似をしていればカッコ良くなれると思ってた。

 

 でも今は、Roseliaのみんなと出会ってからは、それだけじゃ物足りないと感じた。

 

 あこだけのカッコイイ、見つからなければ作り上げればいい。

 

 青薔薇の誓いと誇りはいつもこの胸に。

 

 

 

 誰が呼んだか『ちいさな魔王』、野望も欲望も魔王級なんだからね♪




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

宇田川あこ(?):スーパーアコ。

湊友希那(?):世界の歌姫兼猫保護活動家。

今井リサ(?):友希那の世話の傍らトップモデル。

氷川紗夜(?):農業機械を使いこなすポテトクイーン。

白金燐子(?):あことリサをモデルとして雇用するファッションデザイナー。

ワンコ(?):スーパーパイロット。


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番外編X-13:美咲な日々(シーズン1)

投票ありがとうございました。
今回は奥沢美咲さんのお話です。


アンケート結果&途中経過:

ハロー、ハッピーワールド!で読みたい視点は?

(5) 弦巻こころ
(2) 瀬田薫
(1) 北沢はぐみ
(9) 松原花音
(12) 奥沢美咲 ☆


Roseliaで読みたい視点は?

(6) 湊友希那
(5) 氷川紗夜
(4) 今井リサ
(2) 宇田川あこ
(12) 白金燐子


本編4を始めるとしたら?

(1) シーズン0夏
(5) シーズン1夏
(3) シーズン2春
(11) どれでも


○羊毛フェルト(シーズン1秋)

 

 

「うーん、迷うな~」

 

 ハロハピの活動もテニス部の練習も無い麗しき休日、あたしはショッピングモールの手芸店に来ていた。

 お目当ては羊毛フェルトの材料、前のを作り終わってから大分経つしそろそろ新作に取り掛かろうかなー。

 最近はこころ達の所為で毎日がお祭り騒ぎ……たまには心置きなく創作活動に没頭――

 

 

「あ、美咲ちゃん」

 

「本当ね、こんにちは」

 

「げっ」

 

 振り向けばワンコさんと友希那さんの羽丘犬姫コンビ。

 

 ……さよなら、あたしの平穏な休日。

 

 

「今、『げっ』って言わなかった?」

 

「いいえ、全然」

 

「そうよ、ワンコ。奥沢さんがそんな事を言う筈ないわ」

 

 二人に自然に距離を詰められ逃げ道を塞がれるし。

 というか友希那さんのあたしに対する信頼の高さは何なの?

 

「おっ、もしかして羊毛フェルトの材料選び?」

 

「ええ、まあ。……あれ、あたしが羊毛フェルトやってるの言いましたっけ?」

 

「花音さんとかはぐみちゃんとかから聞いた。売り物と遜色ないレベルだって」

 

「えー、買いかぶり過ぎですって」

 

 直ぐに反論、趣味でやってることなのでそこまで褒められると恥ずかしいって。

 ……ちょっとは嬉しいけど。

 

「赤面する美咲ちゃんも可愛い」

 

「わざとですか!?」

 

「?」

 

 うわー、この天然たらしが!

 羽丘二年だと薫さんやリサさんは花女でも人気だけど、スペック的にはこの人も結構侮れないと思う。

 日菜さんと一緒に奇行に及んだって噂もあるし。

 そういうのはこころ達で間に合ってるから勘弁して。

 

「あ、あれ、友希那さんも羊毛フェルトに興味ありますか?」

 

「……少しね」

 

 熱心に店内を眺めている友希那さんに気付いたので強引に話題を変える。

 矛先逸れろ。

 

「色々あるね」

 

「そうね」

 

 友希那さんに寄りそうワンコさん……やっぱり犬だ。

 悪い意味じゃないけど。

 

「……美咲ちゃん、この後時間ある?」

 

「え、まあ……特には」

 

 ハロハピで鍛えた脳内アラートがけたたましく鳴り響くも、嘘のつけないあたしは正直に答えてしまう。

 あたしって、ほんとバカ……。

 

 

 

 

「第一回湊家羊毛フェルト祭り」

 

「よろしくね、奥沢さん」

 

「あ、はい」

 

 結局手芸店で材料を買い、湊家のワンコさんの部屋へ。

 あー、あたしって流され過ぎ!

 

 ……まあ、飲み物も出してもらったし自分の作業も進められるからいいか。

 こころだったら最悪牧場に拉致られて羊の毛を刈るところからやる羽目になったかも知れないし。

 これ位だったら許容範囲だよね。

 ワンコさんが淹れてくれたハーブティーも美味しいし、飾り気はないけど心休まる部屋、癒されるなー。

 

 

 ……はっ、いきなり他校の先輩の家に連れて来られたのに寛いじゃった。

 恐るべしRoselia!

 

 

 

 始める前に飼い猫は誤飲すると危険なのでケージに入れたもらった。

 大人しそうな子猫だったから後で撫でさせてもらおうかな。

 

 

「こんな感じ?」

 

「そうそう、ニードルの使い方が上手いですよ。そのまま続けてください」

 

「固くて刺さらなくなったわ」

 

「ちょっと深く刺し過ぎましたね。ハサミでカットして羊毛を追加で被せましょう」

 

 時々質問に答えながらチクチクとニードルを突き刺し羊毛の形を整えていく。

 ただの毛玉があたしの手で目的の姿に変わっていく……ちょっと不思議で凄く楽しい気持ち。

 

 まあ、中々共感は得られないと思うけど。

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 

 って、会話が無いと思ったら二人とも凄く真剣な表情!

 流石意識の高さで定評のあるRoseliaの二人……進捗の度合いは全然違うけど。

 

 

「痛っ!」

 

「大丈夫? 羊毛に血が付く前に手当て」

 

 

 あー、友希那さんって意外と不器用なんだ。

 そう言えば勉強の方も紗夜先輩が愚痴を漏らしてたし見た目とのギャップが。

 ちょっと失礼だけど親近感が湧いたかも。

 

 同じ155cmでもこころと友希那さんとじゃ真逆のイメージ。

 太陽と月というか……。

 でもこうして失敗しながらも熱中する彼女を見ると真っ直ぐなところは同じかも。

 

 

 少し捻くれてるあたしからすれば……眩しいな。

 

 

 

 

「完成」

 

「お、早いですね」

 

 二時間も経たずにワンコさんの方は完成、出来も初めてとは思えない程綺麗だ。

 あたしのはそこそこの難易度なので半分程度、友希那さんの方は……先は長そうだ。

 

「そろそろ休憩しない?」

 

「あー、そうですね。あたしも賛成です」

 

「分かったわ。ワンコ、お茶を頼めるかしら? 戸棚にクッキーが残っていた筈だからお願い」

 

「うん、了解」

 

 あたしも手伝います、と言う間もなく取り残され友希那さんと二人きりに。

 ちょっと気まずい……。

 

「それにしても流石奥沢さん、伊達にあの格好でステージに上がっていない器用さね」

 

「あ、はは……練習の賜物というか」

 

 音楽への向き合い方がストイックなRoseliaのリーダーに言われると冷汗が。

 そんなつもりはないけど、傍から見ればふざけていると思われかねないハロハピのパフォーマンスだし。

 ……いや飛んだり跳ねたりはともかく着ぐるみって時点でアウトな気も。

 

「去年までの私だったら到底受け入れられなかったわ」

 

「へっ!?」

 

「でも今は違う。『音楽は自由』ハロハピはまさにその体現ね。次はどんな驚きをくれるのかしら?」

 

 友希那さんの予想外の言葉と悪戯っぽい笑みに呆気にとられた。

 えーっと褒められたって事でいいんだよね?

 こころにも教えてあげようっと。

 

「それに弦巻さん達のイメージを楽曲に落とし込むなんて、他に出来そうな人を知らないわよ?」

 

「あー、そこは波長がたまたま合ったというか、偶然の産物で」

 

「更に言えば――」

 

 本心からの賞賛の嵐に顔が熱くなる。

 この人ってこんなに素直な人でしたっけ!?

 

 

 

「お待たせ。あれ、美咲ちゃん悶えてどうしたの? 友希那さん、何かした?」

 

「別に。思っていた事を言葉にしただけよ」

 

 しれっと言う友希那さん。

 昨日までとは別に意味で苦手になったかも……。

 

 

 

 

「遅くまでありがとう」

 

「にゃー」

 

「いえいえ、あたしも楽しかったです。ユキちゃんとも遊べましたし」

 

 結局休憩後もチクチク、間に夕飯を挟んでチクチク、ごちそうさまでした。

 羊毛フェルト指導のお礼ということで二人(ほぼワンコさん)の手作りカレーは美味しかった。

 少し甘めだったけど普通に美味しかったので、貰ったレシピを基に今度妹に作ってあげよう。

 

 それにしても出来はどうであれ白猫を作り上げた友希那さんの執念は凄かった。

 次があったら一段階難易度の高いキットを薦めてみようかな?

 

 

 

 玄関で別れを済まして我が家へ向かう。

 暗くなったのでワンコさんに送ってもらう事になったけど……彼女も一学年しか違わないような。

 まあ彼女に喧嘩を売る様な命知らずがいない事を祈ろう。

 

「どうしたの?」

 

「あー、ワンコさんって信頼されてるんだなーって」

 

「送り狼の心配?」

 

「そっちじゃないです! ……まあ、狼並に心強いですけど」

 

 相変わらず冗談なのか本気なのか分かり辛い……。

 悪い人じゃないんだけど天然だったり気が利きすぎたり。

 ハロハピだと薫さんに近い感じかな。

 

「何か困ったことは無い?」

 

「何ですか急に?」

 

 突然の質問に思わず質問で返してしまった。

 いや、唐突でしょ?

 

「身近で苦労してそうな年下の上位ランカーだし」

 

「……否定できないのが悔しいです」

 

 市ヶ谷さんも上位に入ってそうな予感が、主にバンド関係の苦労で。

 

「確かにハロハピの活動には苦労させられっぱなしですけど、最近はそれを心待ち……って何言ってるんだ、あたし!?」

 

 口をついて出たのは普段なら絶対に言わない言葉。

 やっぱりワンコさんといるとペースが乱される。

 

「『楽しんでやる苦労は、苦痛を癒すものだ』つまり――」

 

「薫さんの真似は禁止でーす」

 

 手で大きく×を作る。

 ミッシェルの時のくせでたまにオーバーアクションを取ってしまう。

 ……もしかしてミッシェルに侵食されてたりして。

 

「『奥沢美咲』と『ミッシェル』、二つの顔を持つ美少女って格好良いよね?」

 

「……取り合えず美少女は恥ずかしいんで止めてください」

 

 全くこの人は。

 恥ずかしい事でも照れずに言っちゃって。

 でも……二つの顔、か。

 どっちが本当の自分なんだろう?

 

「そういう言い回しってどこで習うんですか?」

 

「うーん、リサさんとか麻弥さんとか薫さんとか。一緒にいると勉強になるよ?」

 

 確かにその三人には出会い頭に褒められたことがあるし……。

 でも褒めるには褒める相手の事を良く知らないといけないわけで。

 更に相手との関係性や羞恥心とかも関係してきて……結構難しくない?

 

「私みたいに取っつきにくい外見だと誤解されやすいから、積極的に話しかけろってリサさんが」

 

「リサさんすげー」

 

 いくらワンコさん自身の為とは言っても嫌われるかも発言を……。

 それを素直に聞き入れるワンコさんも器が大きい。

 というかこんな話あたしなんかにしていいの?

 羞恥心とか無いの?

 

「話を戻すと困ってる事は特に無いです。これでいいですか?」

 

「うん、大丈夫そうだね。半日一緒にいても問題なかったし」

 

 今日一番の優しい笑みに思わず足が止まる。

 胸の内まで覗かれそうな隻眼、本当に一学年違い?

 

「…………もしかしてそれを確認するために家に呼んでくれたんですか?」

 

「それはたまたま。今日の目的はあくまで羊毛フェルト作り、ごめんね」

 

 ちょっとがっかり……でも、まあいいか、今は。

 気に掛けてくれただけで嬉しいし。

 

 

 だけど、もう一人のあたしはそれだけじゃ物足りないみたい。

 

 

 気持ちの赴くままにガードレールの上に飛び乗ると、体を一回転させてワンコさんに向き直る。

 少し驚いた彼女の目を見つめると言いたい言葉が自然と浮かんできた。

 

 

「『奥沢美咲』と『ミッシェル』、両方のあたしで最高の笑顔にしてあげますから覚悟しておいてください♪」

 

 

 月明かりの下、あたしは最高の笑顔で挑戦状を叩きつけた。

 

 

 あたし達はあたし達のままで、あなたの前に立ち続けてみせる。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

奥沢美咲:身体能力向上。

ミッシェル:侵食?

湊友希那:不器用ながら頑張った。

ワンコ:元祖多重人格。


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番外編X-14:燐子な日々2(シーズン1)

投票ありがとうございました。
今回は白金燐子さんのお話です。


アンケート結果&途中経過:

Roseliaで読みたい視点は?

(6) 湊友希那
(5) 氷川紗夜
(4) 今井リサ
(2) 宇田川あこ
(13) 白金燐子 ☆


本編4を始めるとしたら?

(1) シーズン0夏
(6) シーズン1夏
(5) シーズン2春
(12) どれでも


○挑戦(シーズン1秋)

 

 

「燐子さん、本当に大丈夫?」

 

「……はい……頑張ります」

 

 ドア越しにわたしを気遣うワンコさんへ可能な限り力強く言葉を返す。

 これは自分からお願いしたこと。

 逃げるわけにはいかない。

 

 意を決してドアを開け更衣室の外に出る。

 

「……お待たせしました」

 

「うん、良い感じ」

 

 服装に乱れが無いか全身をチェックされたけれど問題は無いみたい。

 ……サイズ、特に胸の辺りがきつくて見っともなく見えてないか心配だったけれど。

 

 でもじっくり見られると……恥ずかしい。

 

「ほら、笑顔笑顔。背筋を伸ばして堂々と歩くだけでも燐子さんは華があって最高に可愛い」

 

 このタイミングでそんな事言わないでほしい。

 顔が真っ赤になっちゃう。

 ……ばか。

 

「勇将の下に弱卒無し、なんてね。基本的には羽沢珈琲店と同じだから私の指示に従って」

 

「……はい」

 

 以前に羽沢珈琲店をお手伝いした時の事を必死に思い出すも手の震えは止まらない。

 

「あっ……」

 

 それに気付いたワンコさんがわたしの手を取り、お祈りするような形で優しく包み込んでくれた。

 

 一秒、二秒……きっかり十秒、震えは止まった。

 

「それじゃあ我らが戦場へ赴こうか、リンリン後輩?」

 

「はい……ワンワン先輩」

 

 クラシックな白黒のメイド服に身を包んだワンコさんとわたし。

 メイドネームはワンワンとリンリン、胸の名札にでかでかと書いてある。

 響きが少し似ていて嬉しい。

 

 不安は完全には消えてないけれど……やるしかない。

 

 

 

 

 ――事の発端は愛用のPCキーボードが壊れた事だった。

 同じ型の物をネットで探したけれど見つからなくて。

 どうせ別のを買うならしっくりくるものが良いけれど、品揃えのありそうな電気街の大型店舗だと人も多そう……。

 そこでワンコさんに相談したら一緒に行ってくれる事に。

 本当はあこちゃんとも一緒に行きたかったけれど部活があるから駄目だった。

 

 買い物当日、一時間位で納得いくものが見つかって目的達成。

 人は多かったがワンコさんが傍にいてくれたおかげで耐えられた。

 そのまま解散というのも勿体なかったので、近くにあるワンコさんの昔のバイト先で昼食を取る事に。

 

 ……メイド喫茶で働いていたんだ。

 ワンコさんのメイド服姿、見たかった。

 そんな風に考えながらお店に入ったら――修羅場だった。

 

 後で聞いたら店員の半分が病欠、悪い事にフロアリーダーもその中に含まれていて。

 当然お店は回らず、店長が臨時休業の決断をしようとした時にわたし達が入店してきた、と。

 

 わたしの事を気にして「手伝う」と言い出せないワンコさんの背中を押すために、つい「二人で手伝いましょう」と言ってしまった。

 ……Roseliaに入る前よりは多少改善したけれど引っ込み思案はまだ直らないのに。

 どうして手伝うなんて言っちゃったんだろう?

 

 

 

 

「クロちゃんは二番テーブル片付けて、香子ちゃんは五番テーブルのオーダー取り」

 

「ウィ」「了解どす」

 

「あ、お帰りなさいませ、お嬢様♪」

 

 フロアの指揮を引き継いだワンコさんが次々に指示を飛ばし、本人も普段とは違うご奉仕モードで接客に当たっている。

 その間にわたしは皿洗いをしつつキッチンの調理の様子やフロアの状況を観察して自分以外の仕事の流れを把握する。

 入店、誘導、着席、水出し、注文、伝達、調理――羽沢珈琲店と同じ、手順通りに。

 フロアからキッチンが丸見えなのでお客様と目が合ったりするけれど、その頻度が多いのは何故?

 頑張って笑顔を返すようにしよう。

 

 

 ここでのわたしはメイドのリンリン。

 地元ではないので知り合いに会う心配はいらない、筈。

 うん、きっと大丈夫。

 

 

 暫くして店内が満席になり、わたしは調理まで手伝うように。

 調理は苦手ではないけれど知らない人の口に入るものを作るのは緊張する。

 

 

 

「リンリン、フロア入って」

 

「は、はい……」

 

 ランチタイムが一段落した頃、ついにフロアデビューの時が来た。

 休憩に入るメイドさんとハイタッチを交わし一礼してフロアへ。

 ワンコさんに導かれ入店してきたお客様の元へ、お母さんと幼稚園くらいの娘さんかな?

 

「……お帰りなさいまふぇ」

 

 いきなりかんじゃった……。

 丸山さんでもこんなミスしないだろうし、恥ずかしい。

 

「おっぱいのおおきなおねーちゃん、おもしろい!」

 

「こら、失礼でしょ!」

 

「……すみません……こちらです」

 

 逃げ出したい気持ちを堪えて胸を隠しながら席に誘導、続いて何とか溢さずにお水を出す。

 でも、注文を聞きキッチンに伝えたところで安堵からか躓いてしまい――

 

 

「…………きゃっ」

 

「おっと」

 

 

 床に倒れるところだったのをワンコさんに抱きしめられるように受け止められた。

 それだけでも恥ずかしいのに何故かお客様から拍手が起こり顔がさらに熱く。

 

「少し休む?」

 

「……まだ……いけます」

 

 冷静さを装ってワンコさんから体を離し一人で立つ。

 来店を告げるドアベルが鳴ったので今度は転ばないように背筋を伸ばし堂々と向かう。

 もうミスは許されない、今度こそ完璧に。

 

 

「お帰りなさいませ、お嬢……えっ!?」

 

「燐子ちゃん!?」「白金さん!?」「るんっ♪ ってきたー!」

 

 

 入店してきたのは丸山さんと氷川さん姉妹。

 地元じゃないから遭遇しないと油断していたわたしは、彼女達の困惑と好奇が入り混じった視線に頭が真っ白に……。

 

 

「…………もう無理」

 

 

 意識を失う寸前、大好きな匂いが鼻孔をくすぐった気がした。

 

 

 

 

「…………えっ!?」

 

「あ、燐子ちゃん、もう大丈夫?」

 

「……丸山さん……はい」

 

 目を覚まし辺りを見回すとそこは先程着替えを行った更衣室。

 わたしはソファに寝ていた。

 丸山さんは傍の椅子でスマホを弄っている様子。

 

「あの後ね――」

 

 丸山さんの話によると気を失ったわたしをワンコさんが受け止め、ここまでお姫様抱っこで運んできてくれたとの事。

 原因の一端が自分にあると思った丸山さんはわたしの付き添い、氷川さんはお店の手伝い、日菜さんは……売り上げで貢献だとか。

 事務所所属のアイドル二人は気軽にバイトもできないそうで。

 氷川さんは金銭を受け取らない事を条件にして、学校への無届バイトという事態を回避したとか。

 こういう時でもとても氷川さんらしい。

 

「……メイド服姿の燐子ちゃんも素敵だね」

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 スマホをしまいわたしの姿をまじまじと見つめる丸山さん。

 気恥ずかしくなり思わず胸を手で隠す。

 

「それだとこっちが無防備だよ♪」

 

「あっ!」

 

 ソファの横に座った丸山さんにタイツの上から太ももを指でなぞられた。

 いきなりの事に思わず大声が出てしまう。

 

 学校でもたまにあるスキンシップ。

 パスパレだと普通だからと言われ受け入れてしまっているけれど。

 

 

 でも……こんな所でされたら…………。

 

 

「あ、彩ちゃんずるーい!」

 

「日菜ちゃんか」「日菜さん!?」

 

 音も無く開かれたドアから入ってきた日菜さん。

 何を思ったのか丸山さんとは反対側に座ってきた。

 

「へー、おねーちゃんと同じサイズのメイド服なのにまるで別物だね♪」

 

「……氷川さんに……失礼です」

 

「あはは、別に悪い意味じゃないから。ところで、触ってもいい?」

 

「えっ……」

 

 突然の発言に真意を測りかねる。

 拒否しようと思ったけれど先程は目の前で気絶するという醜態をさらしたし。

 それにあこちゃんみたいな純粋な瞳には逆らい難く……。

 

「……す、少しなら」

 

「やったぁ♪ じゃあ早速」

 

 揉みしだかれたり肌に直接触れたりはされなかったけれど……。

 弾力を確かめるように指で押されたり、重さを量るように下から持ち上げられたり。

 大事な部分をわざと外すように撫でまわされた。

 

 それと呼応するように丸山さんも上は足の付け根、下はふくらはぎまで手を動かしてきた。

 恥ずかしくてきつく股を閉じるもそこに割り込んでくる丸山さんの細い指。

 普段よりも積極的なスキンシップに声を押し殺す。

 

 

 そんな……状況は氷川さんが様子を見に来る直前まで続けられた。

 

 

 

 

『行ってらっしゃいませ、お嬢様♪』

 

 

 最後のお客様が退店して店内の空気が一気に緩んだ。

 最後の方はわたしも氷川さん達も目まぐるしく働いて、更衣室での事とか恥ずかしいとか考える余裕なんてなかった。

 結局暇を持て余した日菜さんが丸山さんを巻き込んで、仮面メイド一号&二号として参戦してかなり混沌とした状況だった。

 

 

「はい、お疲れ様」

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 ワンコさんから大好きなホットミルクを手渡され勧められるままに席に着く。

 全員分の賄い料理を用意するからと氷川さん達共々出来上がりを待つ。

 ……メイド服姿のワンコさんは勿論素敵だけどメイド服姿の氷川さんも格好良いな。

 パスパレの二人は……いつもとそんなに変わらないと思う。

 

「それにしても意外でしたね。白金さんがこういった仕事をするなんて」

 

「……成り行きで……その……」

 

「別に責めてませんよ。苦手な事に挑戦する姿勢は大切ですから」

 

「へー」

 

「何よ、日菜?」

 

「食事の時にニンジン抜きにしてもらってるのは誰かなーって」

 

「日菜っ!」

 

「そうなんだ~、紗夜ちゃんって可愛いところあるね♪」

 

「ま、丸山さんも乗らないでください!」

 

「……ふふっ」

 

 赤面する氷川さんが可愛くてつい笑ってしまう。

 それに気づいた氷川さんに軽く睨まれたけれど、そんな態度も今の流れでは可愛く見えてしまう。

 

 

 

「はい、お待たせ」

 

 ワンコさんが持ってきてくれたのはオムライス。

 ……だけどケチャップが掛かっていない。

 

「そしてここからが特別サービス」

 

 大きなケチャップの容器を持つと目の前でお絵描きが始まった。

 わたしのはパンダ、氷川さんのは犬、日菜さんのは猫、丸山さんのは……山。

 絵は苦手だと聞いた事があるけれど単純な物なら造作も無いみたい。

 オムライス自体もふわふわでとろとろなのは勿論、隠し味に何かが入っているみたいでとても美味しい。

 

「ワンコちゃん酷いよ!」

 

「うーん、じゃあこれで」

 

 ワンコさんが追加で花丸を描いたら納得した模様。

 相変わらず丸山さんのセンスは計り知れない。

 

 

「なるほど、紗夜さんは楽器を見に御茶ノ水に」

 

「はい。と言っても良さそうなのはことごとく予算オーバーだったので試奏だけでしたが」

 

「で、『たまたま』秋葉原でイベントをやってたあたしと彩ちゃんと合流してお茶をする事になったんだ♪」

 

「全く……本当はそのまま帰る筈だったのに」

 

 言葉とは裏腹に氷川さんの表情は楽しげ。

 ……日菜さんがどうやって氷川さんの所在地を把握していたのかは気になるけれど。

 

「それで『たまたま』私と燐子さんが働いていた店に来たと?」

 

「そう♪ 『たまたま』ね」

 

 ワンコさんの疑惑の眼差しにも平然と笑みを返す日菜さん。

 九割九分嘘だとは思うけれど確証が……。

 

「燐子ちゃんごめんね。驚かせちゃって」

 

「……いいえ……日菜さんが悪いわけでは」

 

「日菜ちゃん、今度燐子さんが被害を被ったら容赦しないから」

 

「……はーい」

 

 ワンコさんの強めの発言に渋々反省の態度を見せる日菜さん。

 釘を刺してくれたのにはホッとしたけれど、少し日菜さんが可愛そうな気も。

 

「……手伝ってくれた事に関しては感謝してる、ありがとう」

 

「るんっ♪」

 

 わたしが心配する事でもなかったみたい。

 

 こうしてわたしのメイド喫茶体験は終わりを告げた。

 バイト代は逆に迷惑をかけたので固辞したけれど、どうしてもという事だったので今日着たメイド服を貰った。

 何に使うかと言えば――

 

 

 

「ワンコさん……今日はわたしの部屋に……泊っていきませんか?」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


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<備考>

白金燐子:本人的には満足。

氷川日菜:麻弥さんと比較。

丸山彩:リーダーは伊達じゃない。

氷川紗夜:今回は被害なし。

ワンコ:ある意味元凶※番外編3-4で噛みつかれている。


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番外編X-15:湊さんな日々(シーズン0~1)

四連休でも執筆は(ry


○出会い(シーズン0夏)

 

 

『助けて』

 

 

 久し振りに届いた娘からのメールにソファから瞬時に立ち上がった。

 いくら最近は微妙な関係とは言え、冗談でこんな文章を送る子ではない。

 すぐにスマホのアプリで娘の居場所を特定すると車の鍵を持って家を飛び出す。

 

 無事でいてくれ!

 

 

 

 スマホが指し示したのは商店街から少し離れた雑居ビル。

 

 危ない橋は何度も渡ってきたからこそ分かるキナ臭さ。

 

 念の為に車に積んであったバールを手に取り正面から乗り込む。

 

 娘の為だったら何でもやってやるさ。

 

 

 

 

「増援……じゃないか」

 

 

「…………っ!?」

 

 

 

 この場の不穏な空気にそぐわない明るい声。

 発したのはエレベーター横の階段から降りてきた狐面を被った、恐らくは少女。

 パーカーの左肩が赤く染まっている。

 

 思わずバールを持つ手に力が入る。

 

「少女達なら無事ですよ」

 

 こちらの心を読んだような優しい言葉。

 普通に考えたら信用できない、が。

 

「何階へ行けばいい?」

 

「四階です。そのうち警察が来ると思うのでそれまでならお好きにどうぞ」

 

「ありがとう」

 

 

 怪しい狐面の少女をそのままにしてエレベーターで四階へ向かう。

 

 微かに甘い匂いが漂う廊下を進むと扉が開いたままの部屋に辿り着いた。

 数人の気を失い縛られた男達を踏み越えて奥に進むと、目隠しをされベッドに縛り付けられた三人の少女達が見えた。

 

「友希那!」

 

 その内の一人に駆け寄り目隠しを外し拘束を解く。

 

「……お父……さん?」

 

「よしよし、もう大丈夫だ」

 

 起き抜けの様なトロンとした眼差しの友希那を抱きしめる。

 一旦離して友希那の全身を確認するも着衣の乱れも目立った傷もない。

 無事で良かった……。

 

 

 数分後に到着した警察に事情を聞かれたが、娘のメールで駆けつけた事だけを話し仮面の少女については話さなかった。

 

 

 その後の捜査で犯行グループは某芸能事務所と繋がりがあり、それを利用して少女達を集め裏で流通させるAVの撮影を行おうとしていたらしい。

 遠慮せず殴っておけば良かったな。

 

 

 

 

○発覚(シーズン1春)

 

 

「少し付き合わないかい?」

 

「喜んで」

 

 数日前から居候させている火事で家を失ったワンコくん。

 風呂上がりで何故か今は体操着姿の彼女にソファへの着席を促す。

 決して変な意味ではない。

 

「学校での友希那はどうかな?」

 

「制服姿も可愛いです」

 

「当然だな……ってそうじゃなくて」

 

「授業もほぼ真面目に受けてますし、交友関係も問題ないですよ」

 

「そうか……」

 

 去年は色々あったから心配していたが進級して好転したらしい。

 隣でホットミルクを美味しそうに飲んでいる彼女と、ケージの中で寝息を立てている子猫のユキのお陰で家庭内の雰囲気も良くなった気がする。

 

「体育の授業の剣道で直ぐに息切れするのはちょっと不安ですけど」

 

「……音楽ばかりじゃなくてスポーツもやらせた方が良かったか」

 

 子供の頃から一緒にやった事と言えば音楽だけ。

 幼馴染のリサちゃんがあんなに多才な現状を見ると……。

 

「でもあの歌声は友希那さんにしか出せません」

 

「それは……嬉しいな」

 

 急に真剣な表情で話すワンコくん。

 最初は冷めた印象を受けたが、意外とコロコロ表情が変わって飽きない。

 まあ、何を考えているのか読めない時もあるが。

 

「駄目なところは私とリサさん達でビシバシしごいていくので安心してください」

 

「ははっ、それは心強いな」

 

 嘘偽りない言葉、過去に騙されて自分の音楽を失った人間がそう言い切れるかは疑問だが。

 だけどこの少女達ならきっと友希那が自分の道を歩けるように……。

 

「ちなみにリサさんが友希那さんの写真を撮り溜めてます」

 

「今度リサちゃんも湊家に呼んでくれないかな?」

 

 

 

 

「もしかしてワンコくんとは前にどこかで会ったかな?」

 

「うーん、記憶に無いですね」

 

 その言葉が嘘とは思えないが確かにどこかで。

 顔を憶えているというより……そうか、声か、伊達にバンドマンをやっていたわけじゃない、耳は確かだ。

 目を閉じ過去の記憶からワンコくんの声と合致するものを探す。

 顔を見ずに言葉を聞いた相手となると電話や音声メモ、デモテープ……思い当たらない。

 

 

 …………そうか、狐面の少女!

 

 

「変な事を聞くようだが狐のお面は持ってたりするかい?」

 

「よく分かりましたね。火事で焼けちゃいましたけど」

 

 普通に驚いた様子の彼女。

 何かを隠している様子ではないが。

 

「左肩を見せてくれないか?」

 

「いいですけど」

 

 体操着を捲ると何かを抉ったような傷跡。

 どうやら間違いなさそうだが。

 

「この傷は?」

 

「去年の夏頃に気付いたらできてました。バイト三昧で記憶が飛び飛びだったので、多分どこかで引っ掛けたと思います」

 

 恥ずかしそうな表情、嘘とは到底思えない。

 というか嘘を吐くならもう少しマシな言い訳になるだろうし。

 ……やはり「いちこ」ちゃんのような別人格、か。

 

 

 全く……去年から友希那が世話になっていたとは。

 

 

 

「ワンコとベタベタして……変態」

 

「友希那!?」

 

「あ、友希那さんだ」

 

 ワンコくんの傷口に触れながら物思いに耽っていると、友希那に蔑んだ表情で罵倒された。

 慌ててワンコくんから距離を取ると間に友希那が座った。

 

「変な事されなかった?」

 

「古傷を見てもらっただけで別に」

 

「女の子の傷を見て喜ぶなんて最低ね」

 

「いや、友希那さん違」

 

「可哀そうなワンコ、一緒に寝てあげるから先に私の部屋で待ってなさい」

 

 ワンコくんから「どうしましょう?」という視線が送られてきたので頷いてやると、コップを片付け歯を磨き階段を上って行った。

 それを確認してから友希那が口を開く。

 

「……過去を聞くのはまだ早いわ」

 

「聞いていたのか。すまん……つい点と点が繋がりそうだったから」

 

「ああ見えて私より繊細なんだから気を付けて」

 

「……分かった」

 

 友希那の慈愛に満ちた表情に思わず息を呑む。

 他人の為にこんな顔ができる子だったのか……。

 

「随分とワンコくんの事がお気に入りなんだね」

 

「ええ、足がすくんで助けに動けなかった私の代わりにユキを助けた時から目が離せなくなったの」

 

 ケージの方を見て軽く微笑む友希那。

 

「まあ危なっかしいというのもあるけど」

 

「……そうだね」

 

 狐面の少女を思い出し相槌を打つ。

 何か策を用いたのかは知らないが、大の男数人相手に単身で乗り込むのは非常識だ。

 

「いきなり居候させたいと連絡を貰った時は驚いたよ」

 

「ごめんなさい、でも許可してくれてありがとう。言葉にするのは難しいけれど……彼女を一人にはしたくなかったの」

 

 娘からの素直な感謝の言葉にあの時の自分を褒めたくなる。

 

「友希那」

 

「何?」

 

「大事にしろよ」

 

「当然よ。もう好きは隠さない」

 

 迷いのない笑みを浮かべると友希那は立ち上がり階段を上って行った。

 

 

 さて、ここからは大人の仕事だ。

 彼女をどうするかは情報を集めてから。

 少し気が引けるが知り合いの興信所に過去を洗ってもらおう。

 

 

 どんな結果が出ても結論が変わらないような気がするのは、娘の泣き顔が見たくないからかもな。

 

 

 

 

○手料理(シーズン1夏)

 

 

「楽しみね」

 

「ああ」

 

 今日は友希那達が晩御飯を作ってくれる日。

 娘の手料理は父親にとって憧れなのだが……。

 

 

「友希那さん、にゃんこの手は抑える方!」

 

「こ、こう? にゃーん」

 

「友希那、包丁がまな板に刺さってる!」

 

「力加減が難しいわね」

 

 

 不安しかない……三人とも頑張れ。

 

 

 

 

「出来たわ、湊友希那渾身のカレーよ!」

 

 本来は和食だった気がするが細かい事は言うまい。

 ワンコくんとリサちゃんがげっそりしているのは見なかった事にする。

 

 食卓に並んだのはカレーライスとサラダとコーヒーというオーソドックスな組み合わせ。

 まずはサラダ……流石に生野菜をちぎってドレッシングをかけただけだから安心。

 

 ではなかった。

 

 皿の下の方に溜まっていたのは野菜から出た水分ではなくオリーブオイル、追いオリーブか?

 サラダにしてはかなり辛い仕上がりとなった。

 

 

 一旦コーヒーでリセット。

 流石に自分の分以外には砂糖を投入していなかったようで助かった。

 

 

 そして主役のカレー……本当は肉じゃがになる筈だったもの。

 緊張しながらルーとライスをスプーンですくい口へ。

 

 甘い、そして甘い。

 

 林檎やら蜂蜜やらチョコレートやらが隠し味どころか前面に出てきている。

 それでいて不味いかと聞かれたら返答に困る微妙なライン。

 甘いものが好きな子供にだったら喜ばれるかも知れないが……。

 

 友希那は平然と食べているがワンコくんとリサちゃんは困惑した表情。

 想定した味とは違った様子。

 

「友希那、美味しいわね」

 

「そう? ありがとう。最後にこっそり隠し味を入れてみたの」

 

「次はもう少し辛いのを食べてみたいわね」

 

「分かったわ」

 

 流石母親、傷つけないように言葉選びが慎重だ。

 こちらも続くとしよう。

 

「お父さんはどう?」

 

「ああ、美味しいよ」

 

「♪~」

 

 友希那の嬉しそうな顔を見たら甘すぎるなんて言えるわけが無い。

 手伝った二人が申し訳なさそうな顔をしているが大丈夫だとウインクする。

 

 よし、ラストスパートだ。

 一気に完食――

 

 

「おかわりはたくさんあるから遠慮しないで食べてね」

 

 

 ……どうやら父親の意地を見せる時が来たようだな。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


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<備考>

湊父:インディーズ時代はギターとバールの二刀流。

湊友希那:独特な料理センス、健康診断に喧嘩を売る系。

湊母:娘と料理したい。

今井リサ:シャッターチャンスを逃さない為にスマホはカメラ性能で選ぶ。

ワンコ:歯磨きは大事。


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番外編X-16:???な日々(シーズン1)

折角投票してくれたのでアンケート二位のキャラも書いた方が良いのかな?


〇ある日町の中(シーズン1冬)

 

 

「…………くそっ」

 

 夕暮れの帰り道、あたしの気分は最悪だった。

 原因は……今日のライブも不完全燃焼だった事。

 あたしが本気を出すとステージ其の物が破綻する、そう言われたからかなり抑えた。

 それで結局中途半端な演奏……満足できる筈がねぇ。

 

「痛ッ!」

 

「あっ、わりぃ」

 

 怒りを押し殺して下を向いて歩いていたら誰かの肩とぶつかった。

 とっさに謝ってやり過ごそうとしたら――

 

「それで謝ってるつもり?」

 

「反省してる顔に見えないんだけど?」

 

「痛いんですけどー」

 

 囲まれた、相手はタメ位の女三人。

 ていうかこの顔は生まれつきだから文句を言われてもどうしようもないだろ。

 だけど、通ってるお嬢様学校の手前大ごとにはできねぇ。

 

「……土下座でもすりゃいいのか?」

 

「なっ、舐めてるの!?」

 

 どういうわけか相手は怒り心頭。

 いっその事、強行突破して逃げるか?

 

 

「はーい、そこまで♪」

 

 

「「はぁ!?」」

 

 

 いきなりあたしの視界が青いものに遮られた。

 何かが近付く気配は無かったぞ!?

 

「誰よ、あんた!」

 

「通りすがりの熊さん、かな?」

 

 横にずれて改めて見ると……熊の着ぐるみだった。

 一瞬、秘かに注目してるハロハピのミッシェルかと思ったけど色が違う、濃い青色。

 

 

 でも……こいつもかわいいな。

 

 

 

 

「悪かったわね」

 

「こっちもすみませんでした」

 

「うんうん、一件落着♪」

 

 場が白けた上に通行人が集まってきたので、あっちも毒気が抜かれたみたいだ。

 あたしは目の前のモフモフに心を奪われてそれどころじゃないが。

 

「ありがとよ」

 

「どういたしまして♪」

 

 着ぐるみ越しだから表情は分からないが多分笑顔だな。

 あたしのかわいいセンサーにビンビンきてるし。

 

「なぁ……抱き着いても良いか?」

 

「勿論♪」

 

 許可が出たので遠慮なくいくぜ。

 

 

 …………やべぇ…………まじやべぇ…………。

 

 

 全身を包み込む感覚にささくれ立った心が癒されて………………ぐぅ。

 

 

 

 

「…………あれ?」

 

 気付けば自分の部屋。

 もしかして今までのは夢だったのか?

 

 ……悪くねぇ。

 

 妙に頭はすっきりしてるし。

 だけど逆に腹はペコちゃんだから……ラーメンでも食いに行くか。

 時計を見ると夕飯にしちゃちょい遅めだけど。

 

「あ、ますき」

 

「父さん」

 

 部屋の扉を開けたところで父さんと鉢合わせ。

 

「さっき熊の着ぐるみがお前を連れてきてくれたぞ」

 

「はぁ!?」

 

「あとこれを渡された」

 

「ライブのチケット?」

 

 ……夢じゃなかったか。

 それにしてもライブのチケットとか皮肉かよ。

 

 

 

 

「……結局来ちまった」

 

 行こうか行くまいか悩んだが、恩人に貰った以上行かないのは失礼だと思い行く事にした。

 あのRoseliaも出るし、シークレットゲストも気になる。

 場所はCiRCLE、うちのGalaxyの五倍のキャパはある。

 

 それにしても……かわいい少女ばっかりであたしはかなり浮いている。

 目が合うと逸らされるし。

 

「あ、ますきちゃん、あの後大丈夫だった?」

 

 誰だ、この人?

 あたしに眼帯の知り合いなんて……。

 

「路上で寝ちゃうなんて、ちゃんと寝ないと駄目だよ」

 

「もしかして着ぐるみの!?」

 

 人差し指を口の前に立て悪戯っぽい笑み、間違いないな。

 

 それにしても……着ぐるみを脱ぐと一気に縮んだ感じが。

 口調も大人しめになってるしオンオフの切り替えってやつか。

 

 

 

 

「ワンコさんって銀河青果店でバイトしてたんですか!?」

 

 衝撃の事実に売店で買った紅茶を吹き出しそうになった。

 あたしがライブハウス内で居心地が悪そうにしているのを見かねて冬空の下でティータイム。

 お陰で周りに人はいないけど……寒い。

 ラーメンが欲しくなってきたぞ。

 

「うん。店長にますきちゃんの写真を見せてもらったことがあるから知ってたけど、中々直接会う機会が無くて」

 

「あー、うちの学校が遠い上に放課後もあちこちでドラム叩いてたんで」

 

 その所為で商店街の連中ともつるむ機会が無くて、商店街の応援ソングがいつの間にかできてたのには驚いた位だし。

 学校じゃ下級生に慕われてても地元じゃ……。

 

「今日は着ぐるみじゃなくてごめんね」

 

「とんでもないっス! 改めてあの時はありがとうございました!」

 

「ビラ配りしてたらたまたま見かけてね。私も『狂犬』なんて呼ばれてよく突っかかられたから見過ごせなくて」

 

「『狂犬』っすか……あたしと一緒だ。ただ全力でぶつかりたいだけなのに……」

 

 ポツリと漏らす。

 妥協せず自分の演奏を追い求めた結果付けられた仇名。

 理不尽だとも自業自得だとも……でも、このままでいいのか?

 

「私の知っているギタリストは、一年以上自分の全てをぶつけられるバンドを探し求めて幸運にも巡り合った」

 

「……………………」

 

 ワンコさんの突然の言葉に困惑する。

 一体どういう意味が?

 

「別のギタリストはメジャーデビューした後に不運にも他人の音楽を強制されて……結局音楽を諦めた」

 

「……………………」

 

「努力が実を結ばないかも知れないこの世界、それでもドラムに全てを賭ける覚悟はある?」

 

 ワンコさんの真剣な眼差しがあたしを射抜く。

 ほぼ初対面の相手なのに半端な答えじゃ許されない気がする。

 それなら全力でぶつかるだけ!

 

「当然! あたしには……音楽しかないから!」

 

「……はぁ、何で私の周りには音楽馬鹿しかいないんだか。微力だけど必要なら手を貸すよ」

 

 張り詰めた空気が一気に弛緩した。

 ワンコさんも言葉とは裏腹に満足そうに笑う。

 あたしも釣られて笑ってしまう。

 

「『狂犬』じゃなくて『馬鹿犬』って名乗りますか?」

 

「もう犬はいいよ……」

 

「今、犬って言いましたか!?」

 

 いきなりギターを背負った少女が会話に割り込んできた。

 どこかで見た気が。

 

「紗夜さん落ち着いて、本物の犬はいないから」

 

「そうですか……」

 

 しょんぼりするギタリスト。

 叱られた大型犬みたいでかわいい。

 

「あー、こちらRoseliaのギタリスト氷川紗夜さん」

 

「初めまして、佐藤ますきっス!」

 

「初めまして、氷川紗夜です。もしかしてドラマーの?」

 

「紗夜さん知ってるの?」

 

「ええ、バックバンドのドラマーの中でも屈指の腕前ですが、正式なメンバーとして迎え入れるには相応の実力が無いとバンドが瓦解するとか」

 

「光栄っス!」

 

 ガールズバンドでも有名なRoseliaのメンバーに名前を憶えられているのか。

 今までの努力が少し報われた気がした。

 

「ごめんますきちゃん。釈迦に説法だった」

 

 両手を合わせ謝罪するワンコさん。

 逆にこっちが慌てる。

 

「そんな事ないっスよ。こういう話ができるのって中々いないもんで」

 

「そう言ってもらえると助かる。でもそれだけ有名なのに引く手が無いとすると」

 

「動画でも上げますか?」

 

「令王那ちゃん」

 

 今度は長髪をピンクと水色で染めたインパクトの強い少女が。

 こいつも……かわいいな。

 

「お、今日はあやひなカラー?」

 

「はい♪ 丸山彩ちゃんに氷川日菜ちゃんのカップリング、私の一押しです!」

 

「こちら鳰原令王那ちゃん、パスパレの熱狂的なファン」

 

 熱狂的……ああ、うん。

 そんな言葉じゃ済まない気がするけどな。

 

「妹の応援ありがとうございます」

 

「まさか日菜ちゃんのお姉さんご本人!? こちらこそありがとうございます!」

 

 うちの学校でも通用するような綺麗なお辞儀、侮れねぇ。

 エキセントリックな見た目とのギャップが激しいな。

 

「話戻すけど動画を上げるって、ますきちゃんの演奏を録画してネット上で公開するって事?」

 

「はい、もしかしたらますきさんのドラムの腕を必要としている人に見てもらえるかも知れませんし」

 

「……だといいな」

 

 あたし一人では思いもつかなかった方法。

 何か良いよな……こうやって一緒に考えてくれる人がいるのって。

 

「撮影なら任せて。演劇部で鍛えた撮影テクニックがあるから」

 

「私もお手伝いします。他人事と思えませんので」

 

「私もエレクトーンで参加しようかな?」

 

 へへっ、何だか楽しくなってきたぜ。

 

 っと、まずは今日のライブを楽しまないとな!

 

 

 

 

「次のパスパレで最後か」

 

「はい♪」

 

「はぁ、はぁ、楽しみっス」

 

 正直、今終わったRoseliaの演奏で膝はガクガクだ、横の二人は余裕そうだけど。

 一人一人の技術もすげぇがそれが一つにまとまった時の破壊力。

 頂点を目指すってのは伊達じゃねぇな。

 確実にあたしの知らない世界を見てやがる。

 

 

 羨ましくて流した涙を汗と一緒にこっそりタオルで拭った。

 

 あたしもいつか最強の仲間と一緒にステージに立てたら……。

 

 

「まっ、間に合いました……」

 

「紗夜さん、お疲れ。汗拭いて水分取って酸素吸って」

 

 え、この人ついさっきまでステージ上にいたよな?

 どうやってこのドミノ倒し一歩手前の最前列まで?

 

「紗夜さん、変装は?」

 

「そうでした。今日はこのサングラスで……完璧ですね」

 

「素敵」

 

「大物歌手みたいです♪」

 

 おいおい全然変装できてねー!

 でも何て言うか――

 

「……かわいい、っス」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

「みなさん、トイレは済ませました? ケミカルライト折りは? 最前列で命をすり減らす心の準備はオーケー?」

 

「当然」

 

「当たり前」

 

「えっと……常識! 常識!」

 

 令王那に合わせ謎のやりとり。

 意味が分からないが、すげぇ楽しい。

 

「ようこそ、ソイヤの世界へ」

 

「おうっ!」

 

 手がライトで塞がっているのでワンコさんと腕タッチ。

 スタジオミュージシャン時代から憧れてた麻弥さんのステージ。

 全力でやり切るしかねぇ!

 

 

 

 

「父さん……ただいま」

 

「おかえり。その様子だと楽しめたみたいだな」

 

「ああ!」

 

 パスパレの演奏で燃え尽きた後まさかの控室訪問。

 実際の麻弥さんも演奏と同じで丁寧で気配りが上手で感激した。

 あたしの演奏を褒めちぎってくれた時には思わず涙が溢れた、畜生!

 後サインまで貰っちまったし、額縁買ってこねーと。

 

 令王那の奴は興奮しすぎて鼻血出しやがったな。

 あいつも普段は色々と溜め込んでたりするのか?

 意外と似た者同士だったりかもな。

 

 他にもRoseliaとか色々いたけど、どのバンドも「やり切った」感じで表情が明るかったのにも驚いた。

 あたしにもあんな表情ができるのか?

 

 

 うし、あたしもバンド探し頑張らねーと。

 ワンコさんも紗夜さんもRoseliaという居場所を得たのが高二の春だって言うから、諦めるにはまだ早いよな。

 

「良い顔になったな」

 

「そうかな? それよりも父さん、もしかしてワンコさんにあたしの事お願いした?」

 

「…………」

 

「……ありがとう」

 

 あたしの口下手なところは絶対父さん似だよな。

 

 

 そしてドラムの腕も……だけど絶対超えてやるからな。

 

 

 ドラマーとしても、バンドとしても!




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<備考>

佐藤ますき:ソイヤの世界に入門。

氷川紗夜:ソイヤな変装。

鳰原令王那:イエス、ソイヤ♪

佐藤父:苗字の通り娘に甘い、元ソイヤ。

ワンコ:半分はソイヤ任せ。


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番外編X-17:友希那な日々2(シーズン1)

相変わらずアレな内容です。


○猫(シーズン1夏)

 

 

『この珈琲店では現在コピ・ルアクフェアを行っており――』

 

 食後にリビングでくつろごうとテレビをつけたら気になる単語が。

 確かにゃーんちゃんの――

 

「ジャコウネコが出した未消化コーヒー豆から作るコーヒー、だっけ?」

 

「ありがとう」

 

 ワンコが用意してくれた、いつも飲んでいるコーヒーに砂糖を入れかき混ぜる。

 羽沢珈琲店でバイトしているだけあって相変わらず美味しいわね。

 

「ワンコは飲んだことあるの?」

 

「無いかな。一度飲んでみたいけど高いし」

 

 私の横に座りコーヒーにミルクだけ入れるワンコ。

 一杯五千円という言葉がテレビから聞こえてくる。

 Roselia六人のファミレスでの一食分に匹敵、そう思うと高いわね。

 

「にゃー」

 

「あら、ユキが作ってくれるの? でも駄目よ、お腹を壊してしまうわ」

 

 私の膝の上に乗りアピールしてくる愛しの義妹(猫)のお腹を撫でる。

 相変わらずふかふかで温かくて安心できる撫で心地。

 

 確かにゃーんちゃんを撫でると脳内に幸せホルモンが分泌されるとか。

 全くもって当然の調査結果ね。

 羽丘にもアニマルセラピーとして保健室に導入されないかしら?

 実現したら保健委員にでも飼育委員にでも立候補するわ。

 

 

 

 

『ジャコウネコを見られる動物園は――』

 

「どう見てもにゃーんちゃんじゃない」

 

「ハクビシンに近いかな?」

 

 テレビに映ったジャコウネコは……私の知っているにゃーちゃんとは別物だった。

 愛嬌のある顔立ちと言えなくはないけど……。

 命名者に抗議したいわ。

 

 

 

 

○イニシャル(シーズン1夏)

 

 

「それでですね、さーや、おたえ、有咲、りみりんのイニシャルを繋げると『STAR』になるって気付いたんですよ!」

 

「それは素敵ね」

 

 興奮気味に話す戸山さんに思わず笑みがこぼれてしまう。

 たまたま同じ時間にスタジオ練習を終えたRoseliaとPoppin'Party、折角だからとファミレスに誘われてしまった。

 メンバー達、特に紗夜が行きたがっていたからあえて反対する理由もない。

 

「完全に偶然だろ……」

 

「もー、そこは運命だと言ってよ有咲~。キラキラドキドキだよ♪」

 

「夏なのに人前で抱きつくな!」

 

 相変わらず戸山さんと市ヶ谷さんは仲良しね。

 ……リサ、真似したいオーラがだだ漏れよ。

 

「友希那さん、Roseliaも負けてないよ」

 

「えっ?」

 

 ワンコの発言に首を傾げる。

 Roseliaにイニシャルに関係する事なんてあったかしら?

 私の疑問を他所にテーブルに置いてあった紙ナプキンにアンケート記入用意の鉛筆を走らせるワンコ。

 

「燐子さんのR、紗夜さんのS、リサさんのL、あこちゃんのA、ついでに私のI」

 

「あ、本当だ!」

 

 興奮し身を乗り出して覗き込む戸山さん。

 私はそんな事を考えもしなかったのでワンコの閃きに感心した……二文字足りないけど。

 

「…………奥沢さん、イヴ」

 

「市ヶ谷さん、何か言ったかしら?」

 

「いえ、何でもありません!」

 

「そう?」

 

 何かぶつぶつ言っていた気がするけど。

 

 

 ……もしこの六人から誰か欠けたら、私はどうするのかしら?

 

 

 

 

「紗夜さん、またポテト頼むんですか? 太りますよ?」

 

「宇田川さん、ここの店はヘルシーな油を使っているうえに高温で揚げているから実質ゼロカロリーよ」

 

「ゼロカロリー!? さ、流石紗夜さん、あこももっと食べますね♪」

 

「……純真無垢なあこちゃん……天使」

 

 

 

 

○よくあるRoselia最大の危機(シーズン1夏)

 

 

「――――今のは良い感じだったわ」

 

「うんうん♪」

 

「異論はありません」

 

「あこも感激です!」

 

「……胸が……熱いです」

 

 ある日のスタジオ練習、休憩前の最後の一曲に私もメンバー達も手応えを感じていた。

 

 

 一歩ずつ確実に頂点を目指して。

 

 

 それが未熟な私、いや私達にできる最良の方法だと信じているから。

 

 

 

「それじゃあ休憩にしよっか? 外のカフェで新作スイーツ始まったって♪」

 

「わー、あこ楽しみ~。ね、りんりん?」

 

「……うん……楽しみだね」

 

 張り詰めた空気が一気に緩む。

 休憩が大事なのはバンドを組んでから痛感した。

 パフォーマンスの落ちた状態で練習しても意味が無いから。

 自分一人だと気付けない事でも指摘してくれるメンバー達がいるからもう間違えない。

 

 

 

 フッ

 

 

 

「え、停電!?」

 

 いきなり照明が消え暗闇に包まれた。

 

 落ち着いて深呼吸。

 

 まずは内線電話で受け付けのまりなさんに連絡を――

 

「きゃあっ!」

 

「友希那!?」

 

 暗闇の中、何かに足を引っかけて転んでしまった。

 しまった、この辺にマイクのシールドを束ねて置いていたのを忘れていた。

 

「友希那、どこ!?」

 

「今井さん落ち着いて、無闇に動いては」

 

「きゃっ!」

 

「あっ!」

 

 体を起こしシールドを外そうとしたところ上から圧し掛かられ再び床に突っ伏す。

 この感触はリサね。

 

「ごめん、友希那。大丈夫?」

 

「え、ええ。それよりあまり動かないで……ひゃん!」

 

 衝撃そのものよりリサの手が会心の演奏で火照り、敏感になった私のあそこに制服越しに触れてしまい……。

 不覚にも気持ち良さを感じてしまい顔が熱くなるけど暗闇だから大丈夫、多分。

 

「私の鞄からスマートフォンを出してライトで照らしますから待っていてください」

 

 こういう時冷静な紗夜がいると助かるわね。

 大人しく待って――

 

「きゃっ!?」

 

「えっ!?」

 

「あんっ!」

 

 足に巻き付いたシールドが引っ張られリサの下腹部に顔が密着してしまう。

 息苦しい。

 

「ちょ、友希那、息が……」

 

「ん……我慢して。紗夜、ライトは?」

 

「シールドが解けなくて、このっ!」

 

「んっ!?」

 

 絡みついたシールドが股の間で前後に動く。

 感じた事の無い金属による強い刺激。

 それ以上されると……私……。

 

 

 

「ありがとう、燐子」

 

「……無事で……良かったです」

 

 結局四つん這いで自分の鞄からスマホを取り出した燐子が照らしてくれたお陰でシールドからは解放された。

 どう動いたら三人が緊縛される状態になるのかしら?

 何はともあれ早くまりなさんに伝えないと。

 

「あー、内線電話は通じないみたい」

 

「あれ~、りんりんドアも開かないよ?」

 

「えっ……」

 

「どいてください、宇田川さん」

 

 ドアの窓ガラスから明かりが漏れているという事は停電はこの部屋だけみたい。

 スマホで足元を照らしながら慎重にドアに向かう紗夜。

 一番最初に私がシールドに躓いた時に盛大に蹴飛ばしたようで広範囲に広がってしまったらしい。

 

「ふんっ! ふんっ! ……駄目ですね。前々から調子は良くありませんでしたがまさかこんな時に」

 

「スマホも……圏外です……」

 

「困ったわね。予約時間は後三時間、ワンコのバイトも大体それ位に終わると言っていたし」

 

「まりなさんも今日はワンオペって言ってたから、地下の一番奥のこの部屋まで様子を見に来るのは期待薄かな」

 

「あのー、エアコン止まってません?」

 

「…………暑い」

 

 かなり絶望的なみたいね、色々な意味で。

 

 

 

「各自の飲み物は……各々ペットボトル半分位ですか」

 

 紗夜の提案でドアの傍に集まり残った水分の量の確認をする。

 最悪これを分け合って三時間耐えなければいけない。

 リーダーとして何か良いアイデアを出さないと。

 大切なメンバー達を熱中症にするわけにはいかないから。

 

「あなた達、今日水泳の授業はあったかしら?」

 

「湊さん何を……まさか!?」

 

「制服のままより熱中症になるリスクは下げられるはずよ。それとも下着姿の方が良い?」

 

「わ、わかりました。白金さん、着替えますよ!」

 

「……はい」

 

 

 使用済みの湿り気のある水着を着るのは少し抵抗があったけど、制服より露出が多い分過ごしやすいわね。

 

 

「プールでもないのに水着を着るなんて……」

 

「大丈夫だって、紗夜。暗くて良く見えないし♪」

 

 

「りんりん、触ってもいい?」

 

「……少し……だけだよ」

 

 

 

 

 それから一時間位、停電が復旧することは無く誰かが扉の前まで来ることは無かった。

 

 

 体力を温存するため床に横になる私達、清潔さはともかく冷たくて気持ち良いわね。

 

 

 

 

 だけど次の問題は……。

 

 

 

 

「友希那、もしかして調子悪い?」

 

「そうなのですか、湊さん?」

 

「ええ……できれば言いたくないのだけれど」

 

 流石幼馴染、暗闇でも私の異変に気付いたらしい。

 だけど……いくら大事なメンバー達だと言っても口に出すのははばかられる事。

 女の子なら誰でもそう思う筈。

 

「友希那さん、あこ達を信じてください! Roseliaはイチレンチクショーです!」

 

「あこちゃん……一蓮托生だよ……」

 

「今更何を。恥ずかしがるような仲ではないのでは?」

 

「そうそう。何があっても友希那は友希那だよ♪」

 

「あなた達……」

 

 メンバー達の言葉に目頭が熱くなる。

 そうね……『Roseliaにすべてを賭ける覚悟はある?』と聞いておきながら私が怯んだら不誠実よね。

 分かったわ、たとえどんな結果になっても後悔しない。

 あなた達を信じているから。

 

 

 

「……漏れそうなのよ」

 

 

 

『…………………………』

 

 

 

「ドラムぶつけて開かないかな?」

 

「マイクスタンドで……蝶番を破壊した方が……」

 

「今井さん、ライターで火災報知機を炙りたいのですが」

 

「見た目はギャルでも煙草は吸わないから! メンテ用のスプレー吹き付ければワンチャンあるかも」

 

 

 私の為に必死になってくれるメンバー達。

 

 ああ、恵まれているわね、私。

 

 

 

 

 ガチャガチャ、ドンドンドン!

 

 

 

 

「友希那さん無事?」

 

「ワンコ、どうして!?」

 

「話は後、蹴り破るから下がってて」

 

「分かったわ!」

 

 そうよね、Roseliaにはもう一人いたわよね。

 

 頼りになる忠犬が。

 

 

 

 

「本当にごめん!」

 

 頭を下げるまりなさんに困惑気味の私達。

 今日使用した部屋は故障中で元々週末に修理が入る予定だったとか。

 昨日のスタッフが引継ぎを忘れたのが原因らしい。

 これでは怒るに怒れないわよ。

 普段お世話になっているし。

 

 

 私としては間に合ったので今の気分は爽快の一言。

 さっきまでは空のペットボトルを使うべきか真剣に悩んでいたのに、ね。

 

 

「まりなさんにはいつもお世話になっていますから、ワンコが壊したドアの修理費で相殺していただければ」

 

「うんうん、それは勿論だよ。それとは別にオーナーに掛け合って絶対埋め合わせはするから!」

 

 

 誠実なまりなさんの事だからきっと大丈夫よね。

 とりあえず今日練習できなかった三時間分をあの部屋以外で予約しよう。

 

 

 

 

「はー、今日は危なかったね♪ 特に友希那――」

 

「リサ、忘れなさい。それにしてもワンコ、予定より二時間位早かったわね」

 

「うん、胸騒ぎがしたから早めに上がらせてもらった」

 

 全員へとへとだったので今日は反省会無しで解散。

 リサとワンコと一緒に家路についている。

 

「助かったわ。……下手をすれば全員熱中症になっていたから」

 

「どういたしまして。で、何で二人ともそんなに離れてる?」

 

「……汗臭いから」

 

「流石にね~」

 

 一緒にいて同じくらい汗をかいているリサならともかくワンコには嗅がれたくない。

 本当なら走って帰りたいぐらいだけど……多分倒れるわね。

 

「二人とも良い匂いだと思うけど」

 

「相変わらずデリカシーが無いわね」

 

「そういうとこだぞ♪」

 

「難しい」

 

 私とリサの言葉に困り顔のワンコ。

 そんな様子が可笑しくて私もリサも笑ってしまう。

 それにつられてワンコも笑顔に……。

 

 

 

 

 すっかり日も長くなりまだ夕日に染まったままの世界。

 

 

 

 

 去年とは違いもう一人じゃない、横には大切な存在達。

 

 

 

 

 来年の春に花を咲かせるため、今は一歩ずつ確実に頂点を目指して。

 

 

 

 

 それが私の見つけた答えだから。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

湊友希那:猫を撫でて癒される。

今井リサ:友希那と同じ空気を吸って癒される。

氷川紗夜:犬の番組を見て癒される。

宇田川あこ:燐子を撫でて癒される。

白金燐子:あこを撫でて癒される。


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番外編X-18:紗夜な日々2(シーズン1~2)

とりあえず十票入ったので。


○勧誘(シーズン1春)

 

 

「ねえ、紗夜ちゃんってギターやってるんだよね?」

 

「一応は」

 

 始業式から数日、自席で次の授業の準備をしていると丸山さんに話しかけられた。

 それほど親しいというわけでもない彼女に、意図がつかめない質問をされ不審がっていると――

 

「このチラシ見てみて」

 

「これは……アイドルバンドのギター担当のオーディション?」

 

「うん、うちの事務所の新しい企画なんだけど紗夜ちゃんギターが上手って聞いたからどうかなって?」

 

「……ギターの腕には多少自信がありますがアイド――」

 

「授業始めるぞー、席に着けー」

 

「あ、時間だ。そのチラシあげるね♪」

 

「えっ!?」

 

 先生の言葉にチラシを私の机の上に置いたまま自分の席に戻る丸山さん。

 ……興味は無いので後で返すことにしよう。

 

 

 

 しかしタイミングが合わず、その日のうちに返す事はできなかった。

 

 

 

「アイドル…………」

 

 結局家に持ち帰ってきてしまったチラシを自室で改めて眺めじっと考える。

 アイドルに重点が置かれているならば、自分以外のメンバーの演奏技術には期待できないかも知れない。

 もしそうなら自分の成長も見込めないし、それに――

 

「ギター担当氷川紗夜です♪ 好きな物はわんちゃんとジャンクフードだよ~……くっ、絶対無理よ!」

 

 アイドルっぽい自己紹介をしただけで顔が熱い。

 この体たらくではとてもやっていけないと思う。

 そもそもアイドルをやるなら明るい日菜の方が適任だろうし……。

 

 

 また道端でうずくまって運ばれないように今日はもう寝よう。

 でも……うずくまっていたらワンコさんや羽沢さんに助けてもらえるかも……。

 

 そんな後ろ向きな考えが浮かび涙がにじむ。

 

 

 駄目よ、こんな事ではいつまでたっても日菜と向かい合えない!

 私を見捨てないでいてくれている人達にも失礼だ!

 

 

 そんな時、私のギターが視界に入った。

 アルバイトをしていない私にとっては決して安くはない金額で購入した物。

 物に縋りつくなんて……でもこれしかないと思った。

 

 

 ギターを構えピックを手にする。

 私に残された最後の道。

 弱い私が再び歩き出せるように力を貸して……お願い……。

 

 

 

 

 ピピピ! ピピピ! ピピピピピピピ!

 

 

 目覚ましに意識が覚醒し体を起こすとベッドの上、掛け布団も掛かっていた。

 確か昨日はギターを弾き続けたまま……記憶が途切れている。

 急いで見回すとギターはスタンドに置かれていて一安心、落としたり踏んでたりしたら目も当てられない。

 

 

 今日も学校があるので釈然としない思いを抱きつつ制服に着替え部屋を出た。

 

 

 

 

 そう言えば丸山さんから貰ったチラシは何処へ?

 

 

 

 

○嘘つき(シーズン1夏)

 

 

「お手」

 

「わん♪」

 

「あはは、お利口さんだ♪」

 

 私の部屋で双子の妹が四つん這いになった私のバンドメンバーにお手をさせています。

 

 

 夏ですね。

 今年の夏は猛暑日が多いので水分塩分の補給はしっかりしないといけません。

 風紀委員として周知徹底をしませんと。

 

 

 …………はっ、思わず現実逃避してしまいました。

 まずは現状を確認しましょうか。

 

「あ、おねーちゃんお帰り。ワンコちゃんに催眠術を掛けたら犬になっちゃった♪」

 

「わん!」

 

 妹の発言に思わず人差し指で眉間を押さえます。

 周りからはよく「天才」と呼ばれる妹ですが、何時の間に催眠術まで……。

 普通ならば疑うところですが、苦手と公言している相手にべったりなワンコさんを見ると信じるしかありません。

 妹の破天荒さは今に始まった事ではないですし。

 

 私の後追いではない事に安堵と少しの感傷、いえそんな事を考えている場合ではありません。

 

「日菜直ぐに元に――」

 

「あ、これからお仕事の打ち合わせだった。おねーちゃんに可愛がってもらってね、ワンコちゃん♪」

 

「わん♪」

 

 止める間もなく私の横をすり抜けて行った日菜。

 少しして玄関ドアの勢いよく閉まる音が聞こえてきました。

 

「はぁ……一体何なのかしら」

 

「くぅーん?」

 

 私が立ったまま腕を組んで唸っているとワンコさんが足に頭を擦り付けてきました。

 典型的な犬が甘えている時に見せる行動ですが、人間にやられると何と言うか……。

 取り合えずその場に座るとワンコさんはお腹を上に寝転びました。

 俗に言う「へそ天」……スカートが捲れ短パンが露わになっていますが、犬なので仕方ありませんね。

 

 何かを要求する眼差し……撫でて、ということでしょうか?

 

 仕方ありませんね、妹の不始末ですから。

 

「よしよし」

 

「♪~」

 

 ワンコさんのお腹を制服のベストの上から円を描くように撫でます。

 どうやら正解のようですね。

 目を細め彼女の表情が普段見ない位にリラックスしています。

 

 

 ……本当に犬みたいですね。

 

 

 いつかはここを出て別の場所に住むと思いますが、一人暮らしで働きに出た場合は大型犬を飼うのは難しいでしょう。

 在宅ワークならあるいは……。

 

 

「わんっ!」

 

「すみません。考え事をしていました」

 

 いけませんね、撫でる手が疎かになっていたようです。

 犬(仮)相手でも不誠実な態度は良くありません。

 

「くーん」

 

 今度は顎を私の膝の上に載せてきましたか。

 これも甘えたい時やリラックスしたい時にする仕草の筈ですね。

 

 

 ……勘違いしますよ?

 

 

 なんて、少し自惚れてしまいました。

 ワンコさんの周りには私なんて比較にならない程に魅力的な女性ばかりですし。

 

 

 歌に対して真っ直ぐに向き合い全ての経験を貪欲に吸収しながら歩み続ける湊さん。

 

 見た目通りの快活さと器用さ、そしてきめ細やかな気配りのできる今井さん。

 

 一歩引いた立ち位置から全員を見守り、時には叱咤して正解へ導く白金さん。

 

 どんな状況でも明るさを失わず、知らず知らずのうちに周りに勇気を与えている宇田川さん。

 

 

 Roseliaだけでもこんな逸材揃いなのに他のバンドにも……。

 しかも私と彼女の共通点は日菜に負け続けたことくらいですし。

 

 

「きゃん!」

 

「あ、すみません。何故か涙が……駄目ですね、日菜以外とも自分を比べてしまって勝手に落ち込んで」

 

「……………………」

 

「大丈夫ですよ。直ぐに立ち直ってみせますから」

 

「……………………」

 

「なぜなら……私もRoseliaの一員ですからね」

 

 意外と手触りの良い彼女の黒髪、弄んでいる内に元気が出てきました。

 犬化している相手に弱音を吐きだしたお陰……他の人には言えませんね。

 

 

 

 

「ただいまー、打ち合わせの日にち間違えちゃった♪」

 

「ひ、日菜!?」

 

「痛っ、あれ?」

 

 日菜がいきなりドアを開けたため思わず立ち上がってしまい……ワンコさんは床に顎をぶつけてしまいました。

 

「ご、ごめんなさい、ワンコさん」

 

「……あれ、確か日菜ちゃんに無理やり紗夜さんの部屋に連れ込まれて」

 

「もー、ワンコちゃん勝手に寝ちゃうんだから~」

 

「え、そうだっけ……」

 

「そーだよ、ね、おねーちゃん?」

 

 目配せをする日菜、犬化している時の言動を聞かれたら困るのでここは乗るしかありません。

 

「ええ、お疲れのようでしたから僭越ながら膝枕を」

 

「紗夜さん優しい……覚えていないのが残念だけど」

 

「私の膝で良ければいつでもお貸ししますよ?」

 

 私の発言に目を丸くする二人……変な事を言ったかしら?

 

「おねーちゃん、あたしも!」

 

「あなたには昔散々したでしょ?」

 

「えー、今もしてほしいの!」

 

「全く……」

 

 日菜の駄々っ子の様な言葉に昔を思い出して口元を緩めてしまいます。

 あの頃からこの子は変わっていないわね、いつも真っ直ぐで。

 

 

 ふとワンコさんの方を見ると透き通るような笑顔…………。

 

 

 本当に優しいのは、こんな面倒な双子に付き合ってくれているあなたの方ですよ?

 

 

 

 

 ……日菜に催眠術を習おうかしら?

 

 

 

 

○映画(シーズン2春)

 

 

>バイト先でチケットを貰ったので、来週の水曜の夜に映画に行きませんか?

 

 自室でギターを弾いているとスマートフォンにワンコさんからメッセージが届きました。

 来週の水曜……放課後は風紀委員の定例会があるだけでRoseliaの練習は無かった筈ですね。

 そもそも練習スケジュールは彼女も把握していますし。

 

>問題ありませんが私でいいのかしら?

 

>紗夜さんが良いんですヾ(*´∀`*)ノキャッキャ

 

 即答ですか。

 ……断る理由もありませんね。

 

>分かりました。待ち合わせ場所と時刻を教えてください。

 

 映画のタイトルもジャンルも聞かずに決めてしまいました。

 少し浮かれているのかもしれません。

 

 

 

 

 想定外でした。

 まさか電車の車両トラブルでこんなに遅れてしまうなんて。

 改札から映画館まで全力疾走、体育祭のリレーの時より速いかも知れません。

 普段ギターを背負っているお陰か通行人をかわすのも余裕です。

 飛び乗ったエレベーターの中で息を整え汗を拭きながら時刻を確認、何とか間に合いそうですね。

 ……周囲の視線はこの際無視します。

 

「紗夜さん」

 

「お待たせして申し訳……えっ!?」

 

 エレベーターから降りたら聞き慣れた声、思わず開始時刻ギリギリになってしまった事を詫びようとしましたが――

 

「もしかして似合ってないかな?」

 

 いつもの彼女なら着ないであろう水色のワンピース、ロングウィッグで右目を隠しているので眼帯を着けているようには見えません。

 そしてナチュラルメイク……今井さん直伝かしら?

 普段の彼女とのギャップで鼓動が早くなった気がしますが、可能な限りポーカーフェイスを心掛けます。

 

「こんな可愛らしいワンコさんは初めて見るので驚きました」

 

「うん、やればできる子だから」

 

 純真無垢という言葉が当てはまる笑顔、折角着飾ったのにいつもより幼く見えますよ?

 

 

 

 

「試写会だったんですね」

 

「うん、チケットはコンビニで発券済みだから後はポテト」

 

「まずは飲み物ですよね? まあ、ポテトを買うのはやぶさかではありませんが」

 

「ふふっ、了解」

 

 最近の映画館はポテト一つとってみても複数の味付けがありますからね。

 一般教養として実際に食べてみるのは当然だと思います。

 

 

 

 

『五人揃ってアイドル戦隊パスパレV(ファイブ)!』

 

 

 最初は見知った人達の登場で思いっきりむせてしまいワンコさんを睨みつけましたが、素知らぬ顔で口元に人差し指を立てたので黙って見続ける事にしました。

 意外な事に話の内容はしっかりしていて、単純な勧善懲悪ヒーロー戦隊物ではなく笑いあり涙ありの見応えがある映画でした。

 

 ……闇堕ちしたパステルブルーの姉との和解の件は思わず、いえポテトが目に染みただけです。

 

 何にせよ時間の無駄でなかった事は確かです。

 

 

 

 

「騙しましたね?」

 

「何の事?」

 

 映画館のロビーで余韻に浸る……ではなく、ワンコさんを問い詰めます。

 恐らく日菜に頼まれた事だとは思いますが、何となく嵌められた気がして悔しかったので。

 

「チケットはバイト先からではなく日菜からですよね?」

 

「残念、バイト先から貰ったのは事実。私も今の映画に出ててギャラの一部って事」

 

「はぁ!?」

 

 額に手を当てて考えますがワンコさんみたいな登場人物は……あっ!

 

「日菜に蹴り飛ばされて崖下に落ちた戦闘員ですか!?」

 

「流石紗夜さん。ちなみに五人それぞれに最低一回やられてるから、次見る時はそこも注意して見てみて」

 

「はぁ……次も付き合ってくださいよ?」

 

「うん、勿論♪」

 

「あ、おねーちゃん見っけ!」

 

 嬉しそうに笑うワンコさん、私を見つけ駆け寄ってくる日菜、どうやら私はこの二人にこれからも振り回される運命のようね。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

氷川紗夜:潜在的姉力の高さゆえに振り回される。

氷川日菜:暗躍力に磨きをかける。

丸山彩:鍛えられた度胸力。

ワンコ:安定の犬力。


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番外編X-19:リサの誕生日(シーズン0)

お誕生日おめでとうございます。
去年書いたのでスルーするつもりが……急いで書いたので短いです。


※8/27(木)追記


○誕生日(シーズン0)

 

 

「またねー、リサ」

 

「うん、またね~♪」

 

 

 アタシの誕生日祝いという事で少し羽目を外して遊んだクラスメイトに手を振り家路につく。

 

 高校一年生の夏休み……うん、十分楽しいよ?

 

 まあ、一部の友人達と中々会えないのはちょっと寂しいけど。

 ワンコはバイトの掛け持ち、麻弥はスタジオミュージシャン、日菜は音信不通、薫は演劇部、千聖とイヴは撮影、友希那は……最近見てないな。

 部屋の電気が夜遅くまで点いているのは確認済みだから、部屋に帰ってきているのは間違いない。

 メールを送っても返事がないのは慣れちゃったけど。

 

 

 

 

「ただいま……あれ、この靴って」

 

「リサお客さんよ」

 

 ある筈のない二組の靴に頭が混乱したままリビングに向かうと――

 

「やぁ、お邪魔しているよ子猫ちゃん」

 

「お帰りなさい、リサちゃん」

 

 ソファに腰掛け優雅に麦茶を飲む薫と千聖、放たれるオーラに自分の家とは思えなくなってくるよ。

 

「お久しぶり~、もしかしてアタシの誕生日祝い?」

 

「勿論さ、私からはリサに相応しいピンクの薔薇を八本」

 

「私からは最近気に入っている紅茶の茶葉よ」

 

「えっ、ありがとう!」

 

 思いもよらないプレゼントに頬が緩むのを止められない。

 忙しそうな二人と会えただけじゃなくて素敵なサプライズまで……あー、嬉しいな♪

 

 

 少しの雑談の後、二人は仲良く? 帰っていった。

 千聖の容赦ない言葉も薫との奇妙な信頼関係の上で成り立っていると思うと微笑ましいね♪

 やっぱり時代は幼馴染かも……。

 

 

 

 

「御用改めです!」

 

「イヴさん使い方が違いますよ!」

 

「うわー、まさかの追いサプライズか~」

 

 夕食後くつろいでいると玄関のチャイムが鳴り、開けたらそこにはイヴと麻弥が。

 またしても意表を突かれたけど凄く嬉しい。

 

「センスが大事といわれたので私からは扇子です」

 

「お、イヴらしいね。使い勝手も良いから夏にはピッタリだし……あれ、どこかの家紋?」

 

「はい! 今井家といえば茶人今井宗久、今井宗薫。その家紋『井桁に花菱』の花菱は由緒ある甲斐武田家の――」

 

「ストーップ! イヴさん、リサさんが唖然としていますよ」

 

「う~、失礼しました……」

 

「あはは、ありがとねイヴ♪ お、麻弥からは音楽用品?」

 

「はい、ベースのメンテ用にジブン一押しのオイルやクリーナーの詰め合わせです」

 

「丁度欲しかったんだ。絶対上手くなるからね♪」

 

「フヘヘ、その意気っス!」

 

「流石はリサさん、マヤさんです!」

 

 

 二人からもアタシへの温かい思いを感じたよ。

 選んだ物は全然違うけど両方とも二人が一生懸命選ぶ姿が目に浮かぶよう。

 アタシも負けていられないね。

 

 

 二人に残っていた誕生日ケーキをご馳走し夏休みの出来事をそれぞれ披露し合った。

 麻弥はどんどん音楽関係者に認められていってるし、イヴも撮影に引っ張りだことか。

 アタシは……普通の女子高生だし!

 ベースだこのあるギャルだっていいじゃん♪

 

 

 

 

「ふう……あー涼しい」

 

 お風呂上りに自室でさっそくイヴからもらった扇子で仰ぐ。

 長時間仰いだら疲れそうだけど、それもまた修行なのかも。

 

 変な事を考えながらもスマホをチェック……メールは無いか。

 

 これで友希那から一言でもあれば、なんて欲張りだよね。

 

 

 カーテンの向こう、数メートル先にいる筈の幼馴染の事を思う。

 

 もっとアタシのベースの腕が上達したら前みたいに…………なんてね。

 

 

 

 コンコン♪

 

 

「えっ!?」

 

 

 ベランダのガラス戸が叩かれる音。

 もしかして友希那が!?

 勢いよくカーテンを開けると――

 

 

「やっほー、リサちー♪」

 

 

「日菜かよっ!?」

 

 

「リサさん、ナイスツッコミ」

 

 

 ノックの主は日菜、横には何故かワンコも。

 ……あー、思いっきり素で突っ込んじゃった。

 

 

「で、普通に不法侵入なんだけど?」

 

「氷川さんが絶対リサさんが喜ぶからって」

 

「おかしいなぁ? あたしの計算だと喜んでハグしてくれる筈だったのに」

 

「はぁ……」

 

 とりあえず二人をアタシの部屋に入れて床に正座させてベッドに腰掛ける。

 この二人が羽丘一年の学力ワンツーだと思うと溜息しか出てこないよ。

 

「はい、あたしからは必殺アロマオイル。寝る前に使うと見たい夢が見れるよ、多分」

 

「見たい夢……」

 

 文字通り夢のような言葉に喉が鳴る。

 ……神様、仏様、日菜様!

 早速使わなきゃ♪

 

「私からは……猫模様の便箋と封筒」

 

「……意外とファンシーなプレゼントに驚きを隠せないアタシであった」

 

「真顔で言われると困るけど一応私も女の子なので」

 

「あはは、ごめんごめん♪」

 

 少し不満そうなワンコの頭を撫でたら日菜にも要求された。

 ぶっ飛んでるこの二人だけど意外と可愛いんだよね~♪

 お説教は短めにしてあげようかな?

 

 

 

 

「あれ、スマホが光ってる」

 

 二人を玄関で見送ってから部屋に戻るとスマホが点滅していたので確認すると――

 

 

『おめでとう』

 

 

 ……あと一分で誕生日が終わっちゃうのに、遅いんだから。

 

 

 

 

 

 

 さっそく便箋と封筒の出番かな♪

 

 

 

 

●X時間前

 

 

「二人とも突然の招集に応じてくれて感謝しているよ」

 

「フヘヘ、ジブンも演劇部の一員ですから」

 

「私も……幽霊部員?」

 

 夏休みも残すところ後僅かという日に瀬田さんに呼び出されてみれば演劇部のお手伝い。

 諸々の事情で人手が足りなくなったという事で大道具作りに精を出した。

 嫌いじゃないから別にいいけど。

 そんなわけでパン屋と質屋のバイトは今日はお休み。

 

「この後千聖と一緒にリサに誕生日プレゼントを渡しに行くが一緒にどうかな?」

 

「「!?」」

 

 麻弥さんと顔を見合わせる――誕生日を忘れるどころか聞いた事すらなかった。

 

「どどど、どうしましょう!?」

 

「何を渡せばいいか思いつかない」

 

 友人に誕生日プレゼントを渡した記憶がない人間になんという難問。

 夏休みの課題の方がよっぽど簡単だ。

 ……持ち合わせもそんなに無いし。

 

「困った子猫ちゃん達だ。『輝くもの、必ずしも金ならず』つまりそういうことさ」

 

「成程、分かりました! 早速買いに行きます」

 

 えっ、麻弥さん凄い。

 私は――っと電話か、相手はイヴちゃんか。

 用件は――

 

「……麻弥さん、ちょっとお願い。イヴちゃんもリサさんにプレゼント渡したいみたいだから一緒に行ってあげて」

 

「了解です」

 

 うん、ここは波状攻撃でいかせてもらおう。

 私がプレゼントを選ぶ時間を稼ぐ為に。

 

 

 

 

「……難しい」

 

 ショッピングモールを物色するもこれといったものが見つからない。

 衣類はファッションセンスのない私には選べないので却下。

 同じ理由でコスメ・小物類も却下。

 花は瀬田さん、紅茶は千聖さんが渡すと言っていたので却下。

 日持ちするスイーツあたりなら……一旦保留。

 

「あ、ワンコちゃん!」

 

 ぬいぐるみはちょっと重いかも。

 

「無視しないでよ!!」

 

「ぐふっ!?」

 

 背中に強い衝撃を受けたけど何とか踏み止まる。

 殺意なき一撃とかやってくれる。

 

「……って氷川さん?」

 

「おひさ~♪」

 

 神出鬼没の野良猫か……そう言えばリサさんの仲直りしたがっている幼馴染って猫が好きだったっけ?

 

 一か八か賭けてみるか。

 

「ありがとう、氷川さん」

 

「え、ああ、うん、どういたしまして」

 

 私の言葉に急に大人しくなる氷川さん、まあいいか。

 

 

 羽丘で初めてできた友達の誕生日、心を込めて祝いに行こうか。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

今井リサ:便箋にびっしりと思いの丈を。

瀬田薫:羽丘トップクラスの王子力と女子力。

白鷺千聖:あくまでも迷わない為よ。

氷川日菜:星を見に行ったりアロマの素材を集めたり。

湊友希那:今日はやけに騒がしいわね、あらそう言えば。

ワンコ:来年は頑張る。


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番外編X-20:燐子な日々2(シーズン1)

八月ももう終わりですね。


※こっそりとあらすじに挿絵追加、便利な世の中になったものです。


○夏祭り(シーズン1夏)

 

 

「わー、りんりん綺麗~♪」

 

「そ、そうかな……あこちゃんも格好良いよ……」

 

「でしょー! 闇の僕たる蝙蝠を……」

 

「……宿した衣」

 

「宿した衣を纏い、いざヴァルハラへ!」

 

「ふふふ……」

 

 黒地に白い蝙蝠を配した浴衣でポーズを取るあこちゃん、いつもより格好良い気がする。

 今すぐにでもお持ち帰りしたいくらいに。

 

「お、二人とも決まってる~♪」

 

「そのままステージに立てそうなくらいよ」

 

「あ、リサ姉に友希那さん!」

 

「お二人とも……素敵です……」

 

 薔薇の友希那さんと椿の今井さん、Roseliaへの熱い思いが伝わってきた。

 きっと二人で色々と話し合ったと思う。

 胸圧、じゃない胸熱。

 

「……本当はにゃーんちゃん柄が良かったのに」

 

 聞かなかったことにする。

 

 

 

 

 今日はRoseliaのうち四人で近所の神社の夏祭りに来ている。

 残りの二人はというと、氷川さんは仕事終わりの日菜さんを駅で待っていてそのあと合流する予定。

 ワンコさんは――多分そのうち会える筈。

 

「でも燐子、そこそこの人出だけど本当に大丈夫?」

 

「……はい……皆さんと一緒ですから」

 

「りんりんはあこが守るから大丈夫だって♪」

 

「あこも立派になったわね」

 

 しっかりとわたしの右手を握りしめてくれるあこちゃん、凄く心強い。

 夏の暑さよりも熱くなりそう。

 

「そっか、でも無理しないでね。友希那も」

 

「勿論よ」

 

 いつになくやる気の友希那さん。

 今日行く事を決めたのも「リアリティこそが歌に生命を吹き込むエネルギー」だと言っていたし。

 …………どこかで似たような台詞を聞いたような。

 でもわたし程ではないけれど人混みは苦手だと今井さんが。

 それでも挑戦する姿勢にわたしの心も奮い立つ。

 

 

「あなた達、行くわよ!」

 

 

 

 

「いやー、友希那と一緒に夏祭りに来れるなんて思わなかったよ♪」

 

「これくらいではしゃがないでよ、リサ」

 

「えー、テンション上がりまくりだって♪」

 

 いつになく楽しそうな今井さん。

 友希那さんと手を繋ぐどころか腕まで組んで……流石コミュ力の申し子。

 わたしも見習いたい。

 

 日は落ちたけれどここは昼間のように明るい。

 神社の参道の両側には金魚すくいや輪投げといった遊技系から、りんご飴やわたあめ等の飲食系の屋台があって賑わっている。

 事前の情報だとそんなに混雑しない筈だったのに……。

 

 

「あ、猫のお面――」

 

「行くわよリサ」

 

「ちょ、ちょっと友希那~」

 

 自分より少し大柄な今井さんを引きずっていく友希那さん。

 流石Roseliaのリーダー……って早く追いかけないと。

 

「あ、りんりん射的があるよ!」

 

「え」

 

 あこちゃんに引っ張られ今井さん達とは別の方向へ。

 もしかして今井さんと友希那さんを二人っきりにする為?

 いつの間にそんな気遣いができるように――

 

「ふっふっふー、今宵の魔弾は……ドーン! バーン!」

 

 ……考えすぎかな。

 一応集合場所と時刻は決めてあるからそのまま自由行動にしよう。

 

 

 

 

「えー、今ので落ちないなんて!」

 

「……惜しかったね」

 

 あこちゃんのコルク銃の最後の一発もドラゴンのぬいぐるみを撃ち落とすには至らず。

 多分客寄せの為の景品だから正攻法だと難しいと思う。

 あこちゃんは諦めきれないようだけど……。

 

「ここにいましたか白金さん、宇田川さん」

 

「あー、射的楽しそう~♪」

 

「紗夜さんにひなちん!」

 

「……こんばんは」

 

 氷川姉妹は揃いの犬柄で少し色が違う浴衣、一度家に帰ったのかな。

 わたしがじっと見つめていると「日菜にお願いされたから仕方なく」と少し照れながら答えてくれた。

 満面の笑みの日菜さん、良かった。

 

「紗夜さん、あのぬいぐるみ取ってくださいよ~」

 

「全く……一筋縄ではいかないみたいね。日菜手伝いなさい」

 

「うん♪」

 

 一瞬で攻略法を考えると二人分の料金を屋台主のお姉さんに渡す氷川さん。

 片方のコルク銃を日菜さんに渡し二言三言話し構える。

 

「三」

 

「二」

 

「一」

 

「「零!」」

 

 全く同時に放たれた二つの弾丸はドラゴンの首のほぼ同じ場所に命中、見事台座から奈落へ撃ち落とした。

 ……数か月前まで不仲だったとか信じられないコンビネーション。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「これくらい当然よ」

 

「良かったね……あこちゃん……」

 

 ぬいぐるみをもらってご機嫌なあこちゃんの感謝の言葉にすまし顔で答える氷川さん。

 だけど続けて撃ち落とした犬のぬいぐるみを抱きかかえ頬が緩みかけている。

 そんな氷川さんをこっそりスマホで撮影している日菜さん。

 後でRoseliaの活動中に撮影した氷川さん画像と交換してもらおう。

 

「お礼にたこ焼きをご馳走しますよ♪」

 

 ……あ、最後の一人を忘れてた。

 

 

 

 

「ワンコ先輩大繁盛ですね――って一人ですか!?」

 

「うん、店主が挨拶回りから帰ってこない」

 

 Roselia最後の一人――ワンコさんは屋台でたこ焼きを焼いていた。

 ねじり鉢巻きに法被姿、相変わらず何を着てもそこそこ様になっている。

 わたし達と雑談を交わしながらも金型に生地を流し込み各種食材を入れ生地で蓋、そして二本のピックで一つ一つひっくり返していく。

 手先は本当に器用なのに。

 

「はい、特製肉かす入りたこ焼き青のり抜き」

 

「るんっ♪ ってきたー!」

 

「……良い匂い」

 

 早速机と椅子のある食事エリアに移動して食べ始める。

 いつの間にか氷川さんが烏龍茶を買ってきてくれていた。

 こういうところに姉力を感じる。

 

「美味しい~♪ ところでりんりん、肉かすって何?」

 

「豚の背脂をこして……ラードを作った時に残ったもの……だったかな」

 

「へ~、つまりソイヤ! なんだ」

 

「……そうなの……かな?」

 

 こういうところはやっぱり巴さんの妹だなって思う。

 弾けるような笑顔に思わず自分の分のたこ焼きを口で冷ましてあこちゃんの口元にもっていく。

 一瞬キョトンとしたけど少し照れ笑いを浮かべながら食べてくれた。

 

「おねーちゃん、あたし達も――」

 

「やりません」

 

 日菜さん、そんな恨めしそうな目でこちらを見ないで。

 

 

 

 

「さて、では私はワンコさんを手伝ってきます」

 

「あ、あたしもー。燐子ちゃんとあこちゃんはお祭り楽しんでね♪」

 

 返事を待たずにワンコさんの元へ向かう氷川姉妹。

 本当はわたしも手伝いたかったけれど、作業スペースが限られているからこれ以上はかえって邪魔になるかも。

 ……あと一歩が踏み出せないわたし。

 

「……りんりん、次は絶対あこ達が手伝おうね」

 

「……うん」

 

 やっぱりあこちゃんは格好良い、な。

 握られた手がさっきよりも熱い。

 

「……今日は……お祭り楽しもう?」

 

「勿論!」

 

 今日はいつもより食べちゃおうかな。

 ライブまでに元の体形に戻せばいいし。

 

 

 

 

「あ、燐子さんこっちこっち」

 

「は、はい……」

 

 集合場所の芝生にはレジャーシートが敷かれわたし達以外の五人とたくさんの食べ物が載っていた。

 色々屋台を回っていたからわたしとあこちゃんが最後。

 ワンコさんの屋台は完売したとの事で。

 

「挨拶回り先で酔いつぶれていた店主のお詫び、良かったら食べて」

 

「わーい♪」

 

 早速焼きトウモロコシに噛り付くあこちゃん。

 わたしの方は限界が近かったのでベビーカステラをゆっくり食べる。

 氷川姉妹はポテトに夢中、友希那さんと今井さんはかき氷を食べていた。

 ワンコさんは……フランクフルト、焼きそば、唐揚げ、お好み焼き、焼き鳥、じゃがバター、とにかく手当たり次第に。

 夏バテとは無縁そうで何より。

 

「どうかした?」

 

「……ワンコさんは元気だなって」

 

「うん、大好きな人達と夏祭りに来ることができてかなり浮かれてる」

 

「ふふっ……」

 

 ストレートな言葉に思わず笑いが。

 勇気を出して参加して良かったな。

 

 

「皆さん、時間です」

 

 氷川さんの言葉に一斉に夜空を見上げる。

 

 

 

 ドーン! バーン! ドーン! バーン!

 

 

 

 夜空を彩る大輪の花。

 普段は気が向いたら自宅から一人で見る程度だけど今日はみんながいる特等席。

 空気が肌にまとわりつくような蒸し暑さも今は気にならない。

 

 

 

 …………綺麗、こんなに綺麗だったんだ。

 

 

 

 新しい衣装のイメージも浮かびそう。

 それに――

 

 

「燐子さん」

 

「えっ」

 

 横に座っているワンコさんからハンカチを手渡された。

 目を指さすジェスチャー……気づいたら涙が流れていたみたい。

 動揺を押し殺して受け取り何でもないように拭う。

 

 

 花火より わたしを見つめる ワンコさん

 

 

 何故か一句浮かんだ。

 ……今夜くらい浮かれてもいいかな。

 

 

 

 

「……すみません」

 

「ううん、全然」

 

「ごめんね、りんりん」

 

 祭りも終わりRoseliaプラス日菜さんとの帰り道。

 慣れない下駄で歩き回った所為で鼻緒ずれを起こしてしまいワンコさんに背負われている。

 残念だけど入浴は無理かな。

 折角みんなでわたしの家にお泊りだというのに。

 

「元々燐子さんの家に泊まる予定だから問題なし」

 

「あこも今日の為に夏休みの宿題終わらせたんだから!」

 

「湊さんも当然終わってますよね?」

 

「……リサとワンコが無理やり」

 

「いやー、今年は憂いなく新学期を迎えられるね♪」

 

「あたしは課題なんて初日に終わらせたけどね~」

 

 

 賑やかな一団、その中にわたしも含まれているなんて不思議。

 

 

 だけどもうわたしの日常になりつつある。

 

 

 来年のわたしに笑われないように成長しないと、ね。




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<備考>

白金燐子:舐めてもらったら翌日には完治。

宇田川あこ:筋トレを始める。

氷川紗夜:ほとばしる姉力。

氷川日菜:焼き方をマスター。

今井リサ:緩みっぱなし。

湊友希那:頑張った。

ワンコ:背負うのは希望か絶望か。


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本編4(シーズン1夏)
本編4-1:七夕作戦第一号(シーズン1夏)


質問文:
本編4を始めるとしたら?

回答:
(2) シーズン0夏
(7) シーズン1夏
(6) シーズン2春
(17) どれでも

というわけで「シーズン1夏」を始めていきたいと思います。


「はい、そこまで」

 

 

 先生の試験終了の言葉に教室の空気が一気に緩んだ。

 一学期の期末試験もこれで終了、夏休みまで大きな行事はないから少しは気が楽に。

 でも、一つ気がかりなのは――

 

「友希那さんは赤点は回避できそう?」

 

「……分かる問題は全部答えたわ」

 

 振り返って後ろの席の友希那さんに尋ねると机に伏したままそう返してきた。

 今回は私が入院してたこともあって少し不安。

 リサさんが指導役を買って出てくれたけど……友希那さん相手だと甘々だし。

 

「友希那にワンコ、テストどうだった?」

 

「問題ないわ」

 

「そこそこ」

 

 そんなことを考えていたら野生のリサさんが現れた。

 相変わらず隣のクラスから来るのが早い。

 こういう場合高確率でもう一人も。

 

「……はぁ」

 

「他のクラスまで来て溜息つかれても困る」

 

 私の机に顎を乗せる日菜ちゃん。

 少し髪が乱れていたので整えてあげる。

 

「あ、ワンコちゃん……今回も勝たせてもらうよ?」

 

 いつも通りの勝利宣言、だけどどことなく元気がない。

 

「紗夜さん絡み?」

 

「あはは、お見通しか」

 

 いつも無駄に元気な日菜ちゃんがこんな表情をするなんてそれ以外ありえないし。

 私じゃなくても気付くって。

 

「今週末に七夕祭りがあるんだけど……」

 

「ああ、商店街の……紗夜さんと行きたいとか?」

 

「え、何で分かったの!?」

 

 わからいでか。

 

「復縁したんでしょ?」

 

「言い方! そう……だと思うんだけど。バンドとかギターで忙しいかもしれないし……」

 

 歯切れの悪い言葉、もし断られた時のことを考えると躊躇してしまうのは少し分かる。

 私くらい面の皮が厚くなれば気にならなくなるけど。

 

 日菜ちゃんがこれだけ気を使っている現状を見ると紗夜さんの方も――

 

 

『七夕祭り? いいわね、勿論行くわよ! 屋台でポテト買ってあげるわ♪』

 

 

 とは絶対にならなそうだし。

 と言うかそんな紗夜さん逆に怖い。

 こころちゃんあたりなら違和感ないけど。

 

 うーん、何か良いアイデアは浮かばないかな。

 そもそも紗夜さんの予定を確認しないと。

 

「友希那さん、今週末のRoseliaの練習って休みだよね?」

 

「そうよ。私もリサと七夕祭りに行く予定だから」

 

「友希那~♪」

 

「暑いから今は抱き着かないで頂戴……日菜、先ずは直接言いなさい」

 

「友希那ちゃん!?」

 

「今日のCiRCLEでの練習が終わったタイミングで入室して紗夜にお願いするのよ」

 

「で、アタシ達がフォローするんだね♪」

 

「あー、確かにその状況だと断りにくそう」

 

 少し卑怯だけど一緒にお祭りに行ったという実績を作れば次の機会のハードルは下がるだろうし。

 最低でもRoselia+日菜ちゃんでお祭りに行ければ……。

 紗夜さんには悪いけど今回はこれでいかせてもらおう。

 友希那さんが乗り気なのは少し意外だけど。

 

「というわけで日菜ちゃん、この作戦で行くけど問題ない?」

 

「う、うん! ありがとうみんな♪」

 

 今日一番の笑顔で答える日菜ちゃん。

 この笑顔は曇らせたくないな。

 

 

「あなた達、『七夕作戦第一号』行くわよ」

 

「お~♪」「おー♪」「おー!?」

 

 

 …………友希那さん、楽しんでない?

 

 

 

 

「……そろそろ時間ね。今日の練習はこのへんにしておきましょう。ワンコから何かある?」

 

「備品購入のレシートは早めに出すこと、くらいかな。後は――」

 

 スタジオ練習が終わりいつも通り私が業務連絡、そしてドアを開け日菜ちゃんを中に入れる。

 

「日菜!?」

 

「おねーちゃん……今週末あたしと……七夕祭りに行ってください!」

 

 困惑している紗夜さんにお願いを口にした日菜ちゃんは最敬礼を意味する四十五度の奇麗なお辞儀。

 相変わらず覚えるのが早い。

 

「わ、私は……」

 

 対する紗夜さんは……複雑な表情。

 前の犬カフェの時とは違って本当の意味で二人でのお出掛け。

 そこには多分双子にしか分からない葛藤。

 

 ここまでは想定内。

 次の策としてリサさんが――

 

 

「紗夜、自分に素直になりなさい」

 

「湊さん!?」「友希那さん!?」

 

 そう言うと友希那さんはまだ包帯の巻かれた私の左手を取り軽く口付け。

 想定外の事態に混乱、仕掛けようとしていたリサさんは口をパクパク。

 

 

 こうなったら……友希那さんを信じる。

 

 

「あの地震の時ワンコに救われて思い出したの……命の儚さを」

 

「儚さ、ですか?」

 

「ええ、先代ワンコとの別れも唐突だったし、運が悪ければ今のワンコともこうして一緒にいられなかったかもしれない」

 

 声を少し震わせながら私を抱きしめる友希那さん。

 ……ちょっと泣きそう。

 

「だから……できるだけ素直になろうと思ったの」

 

「友希那さん……ありがとう」

 

 リサさんの前だけど友希那さんの背に手をまわし抱きしめ返す。

 私より小柄なのに今は頼もしく感じる。

 

「……分かりました。日菜、今週末七夕祭りに行くわよ」

 

「う、うん、ありがとうおねーちゃん!」

 

「良かったね、ヒナ。よしアタシも素直になろうかな?」

 

「えーっと、あこも欲望に忠実に生きます!」

 

「……そうだね、あこちゃん……ふふっ」

 

 何はともあれ目的は達成したし口下手な歌姫の思いがみんなに伝わってめでたしめでたし、なのかな?

 何となく一部のメンバーからピンクなオーラを感じるけど。

 

 

 

 

「じゃあ今頃紗夜さんは日菜先輩と一緒に回っているんですね」

 

「うん。つぐみちゃんも回りたかった?」

 

「流石に今日は遠慮しますよ。お店も大盛況ですから」

 

「そうだね」

 

 七夕祭り当日、私は羽沢珈琲店で働いていた。

 入院中シフトに穴を開けてしまった埋め合わせ、というのが建前。

 つぐみちゃんと同様に今年くらいは姉妹水入らず、幼馴染水入らずにさせてあげたい気分だったので。

 

 その代わり後でここに集まって夜のお茶会でも、と。

 あこちゃんと人ごみの苦手な燐子さんも来る予定なので楽しみ。

 

 

 さて、それまではお祭り効果で大混雑の店内を捌き切りますか。

 

 

 

 

 プルル♪ プルル♪

 

 

「あ、私が出ますね」

 

 お客さんの第一波が落ち着いた頃、一本の電話がお店に掛かってきた。

 宅配の依頼じゃありませんように。

 

「え、日菜先輩? あ、はい、ワンコ先輩ですか?」

 

 つぐみちゃんに手招きされ電話を代わると――

 

『短冊が持ってかれちゃったの!』

 

 耳がキーンとした。

 流石アイドルの声量。

 受話器から少し耳を離し通話再開。

 

「分かるように説明して」

 

『だから、あたしが書いた短冊が――――』

 

 ツーツーツー。

 

 突然切れた電話に不穏なものを感じ、バイト中は電源をオフにしていたスマホから日菜ちゃんに掛け直す。

 

 

『お掛けになった電話は、電波の届かない場所にある、または電源が入っていないため掛かりません』

 

 

 ……おい。

 ただのバッテリー切れならいいけど……とりあえず一緒にいるであろう紗夜さんに架電。

 

 

『お掛けになった電話は、電波の届かない場所にある、または電源が入っていないため掛かりません』

 

 

 こっちもか!

 毎日フル充電しそうなイメージの紗夜さんだけに不安になってきた。

 だけど今はバイト中だし……。

 

「行ってください」

 

「えっ?」

 

「紗夜さん達がピンチなんでしょ? 早く行ってあげてください!」

 

「……ありがとう」

 

 エプロンをつぐみちゃんに預けて店の外へ。

 

 

 ……で、何処へ向かえば?

 

 とりあえずグループチャットで聞いてみる。

 並行して聞き込み。

 人出はそこそこだけど障害物競争はお手の物。

 裏道、脇道も把握済み。

 

 

「紗夜先輩と日菜ちゃん? 見てないよ。あ、はぐみ特製フランクフルト持ってって!」

 

「う~ん、見てないな。良かったらお祭り限定のチョコバナナコロネをどうぞ♪」

 

「さっき雨宿りしてたけど……もういないみたいだね。あっ、今ポテトの増量キャンペーンやってるの!」

 

「水色の髪の双子姉妹? 見てないな。りんご飴持ってけ」

 

 

 手当たり次第に聞いてみるも戦果無し。

 そしてどんどん渡される食べ物の数々。

 緊急事態でも貰いものを断れない貧乏性な自分が憎い。

 

 

「あ、それなら何かを追いかけてる感じであっちの方に行ったよ」

 

「ありがとう」

 

 まりなさんが示した方向だと……公園だ。

 絶対に間に合わせる。

 

 

 

「見つけた!」

 

「ワンコちゃん!?」「ワンコさん!?」

 

 公園に飛び込むとそこには日菜ちゃんを羽交い絞めにした紗夜さん。

 他には……ベンチに座り短冊のついた笹を食べてる――

 

「パンダ?」

 

「うん、パンダ」

 

「パンダだと思います」

 

 ネコ目クマ科の正式名称ジャイアントパンダ……絶滅危惧種がなんで住宅街のど真ん中に?

 その前に――

 

「何で羽交い絞め?」

 

「あのパンダから短冊を取り返すの!」

 

「止めなさい、日菜。相手は雑食性よ!」

 

 把握した。

 パンダから笹を取り返すミッション、流石に初体験。

 身長的には私と同じくらいかな。

 氷川姉妹を襲ってないから好戦的ではなさそうだけど……。

 

「ちょっと待ってて」

 

「えっ、どうするつもりですか!?」

 

「犬猫の相手は慣れているので」

 

 まあ……なるようになるだけ。

 ヒグマよりは弱そうだし。

 

 

 

「よいしょっと」

 

 目を合わせずにパンダが座っているベンチの横の横のベンチに腰を下ろす。

 距離は五メートル、こちらが風上、良い塩梅。

 貰いものが詰まったポリ袋を開け中をごそごそ。

 取り出したのは、はぐみちゃん特製のフランクフルト、凄く太い。

 まだ温かく暴力的な香りも健在、しばらく香りを堪能した後に一口。

 

「うん、美味い」

 

 思わず声に。

 さて二口目を――

 

「キュー!」

 

「おっと」

 

 右頬に生暖かい吐息。

 ちょっと臭い。

 

「欲しい?」

 

「キュ♪」

 

「分かった」

 

 フランクフルトを棒から引き抜いて口元に持っていくと口で挟んだので手を放す。

 両手を使い起用に食べていく。

 育ちは良いのかも。

 

「キュー」

 

「はいはい」

 

 次に取り出したのは銀河青果店のりんご飴。

 木の棒を引き抜いてから……っと二つにねじ割って片方を渡す。

 

「キュッ、キュッ♪」

 

 バリバリと気持ちの良い食べっぷり。

 甘いのもいけるのか。

 

 そしてやまぶきベーカリーのチョコバナナコロネ。

 今更だけど食べさせても大丈夫なのか不安になってきた。

 

「キュー!」

 

「おっと流石にただじゃあげられない。それと交換」

 

 コロネと地面に置かれた笹を交互に指差して交換の意を伝える。

 辛抱強く繰り返すとパンダも分かったらしく笹を拾い手渡してくれたのでコロネを食べさせる。

 

「日菜ちゃん」

 

 パンダがコロネに夢中になっている間に日菜ちゃんを呼び短冊の付いた笹を渡す。

 

「ありがとう、ワンコちゃん!」

 

「肝を冷やしましたが見事な手際ですね。……この後はどうしましょうか?」

 

 流石に絶滅危惧種を夜の公園に残して帰るわけにもいかないか。

 でも真っ当な方法で連れて来られたとは思えないし。

 公権力に頼るのが普通だけど奇麗事だけじゃ済まないのが世の常。

 

「キュ~♪」

 

 私のことを気に入ったのか体を密着させてじゃれつくパンダ。

 どこかの誰かさんみたい。

 

 ……まぁ、氷川姉妹が関わった以上四の五の言ってられないのも事実。

 スマホを取り出し連絡先一覧から目的の名前を選ぶ。

 

 

「こころちゃん、迷子がいるんだけど――」

 

 

 

 

「ごめんね、急なお願いで」

 

「大丈夫よ、パンダさんは絶対おうちに届けるわ!」

 

「キュー♪」

 

 パンダにまたがったまま公園前に停められた大型トラックに乗り込むこころちゃんと黒服さん達。

 多分彼女の傍が日本で一番安全だから心配はしていない。

 私個人としても結果的に弦巻家と繋がりが……いや流石に打算的過ぎるか。

 だけど今後何かあった時の為に使える手札は多いに越したことはない。

 

「もしかしてワンコちゃん、お別れして寂しい?」

 

「えっ」

 

「しょんぼりしてるように見えたから。えいっ♪」

 

 日菜ちゃんに背中から抱き着かれる。

 二人とも雨上がりの道を全力疾走したまま着替えていないわけで。

 まあ……振り払うのも面倒なのでそのままにしておく。

 

「ワンコさん、お疲れ様でした。折角みなさんに背中を押してもらったのにとんだ七夕に……」

 

「私としては最後に紗夜さんが笑ってくれれば満足なんだけど」

 

「…………ずるいですよ」

 

 その瞬間見えた紗夜さんの笑顔で心のモヤモヤは一気に吹き飛んだ。

 どっちがずるいんだか。

 

 

「あっ! あのパンダちゃんがカササギだったんだ!」

 

「ごめん、意味が分からない」

 

「分かるように言いなさい」

 

 何かを思いついたように素っ頓狂な声をあげた日菜ちゃん。

 紗夜さんも分かっていないようで私の方が普通だと確認できて一安心。

 

「ほら、カササギって七夕の日に織姫と彦星が会えるように橋渡しをするでしょ?」

 

「この前の合同部活動でこころちゃんに教えてもらった……ああ、白と黒」

 

「そうそう♪ カササギもパンダも白と黒だからきっとそうだよ! おかげでおねーちゃんとるるるんっ♪」

 

「……まあ、日菜と一緒に走り回ったのは子供の時以来だけど」

 

「それにこの公園! おねーちゃんと小さい頃よく遊んだ公園なんだ」

 

「そうね……」

 

 おそらく過去を思い出して正反対の表情を浮かべる二人。

 心配になって紗夜さんを見つめていると目を閉じ……開いた時には力強い眼差し。

 うん、大丈夫そうだ。

 

 

「そういえば日菜ちゃんの書いた短冊ってどれ?」

 

「あ、これこれ『おねーちゃんと七夕祭りを回れたよ。ありがとう♪』」

 

「願い事じゃないじゃない」

 

 頭を抱える紗夜さん、私も一本取られた気分。

 

「だってこんなに幸せなのにこれ以上願い事なんてできないよ」

 

 困惑する織姫様の顔が目に浮かぶ。

 相変わらず破天荒だ。

 

 

 

「あら、あなた達こんな所で何をしているの?」

 

 公園に現れたのは手を繋いだ友希那さんとリサさん。

 頼りない電灯しかないけどリサさんの顔の赤さはよく分かる。

 普段からは想像できないほど大人しいし。

 

「色々あって。友希那さんの方は?」

 

「小さい頃七夕祭りで疲れたらここでリサとおしゃべりしてたの。思い出して寄ってみたわ」

 

「そうなんだー。もしかしたら小さい頃に友希那ちゃんとリサちーとニアミスしてたのかもね♪」

 

 その言葉に顔を見合わせる四人。

 浮かべる表情はバラバラだと嫌な雰囲気じゃない。

 

 

 過去があるから今があって未来がある。

 当然のことだけど大切な人達のそれを想像するだけでワクワクしてくる。

 できれば最後まで、見届けたいな。

 

 

 

 

「遅い……です……」

 

「ごめん」

 

 羽沢珈琲店に戻ったら一瞬で燐子さんに詰め寄られた。

 普段の彼女からは想像できない素早さで。

 

「それに……獣臭い……」

 

「あー、ちょっと野良猫に懐かれて」

 

「…………心配…………させないで」

 

「うん、気を付ける」

 

 心配させたお詫びに今度丸一日付き合うことに。

 逆にご褒美かも。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

湊友希那:素直クール度上昇。

氷川紗夜:ポテトは責任をもって完食。

氷川日菜:織姫ちゃんに自動織機をプレゼントしたい。

パンダ:時速三十kmで走る肉食系の女の子。

ワンコ:眼帯に包帯が加わってやべー制服姿。


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本編4-2:チャンスを狙い撃て(シーズン1夏)

UA47,000&お気に入り250件突破ありがとうございます。


 速く、速く、速く。

 

 頭からそれ以外は消えていく。

 

 歓声も水の音も先行する彼女の存在も。

 

 さあ、ゆり先輩直伝の泳ぎで最後まで。

 

 

 

「はぁっ……すー、ふぅー」

 

 プールの壁に手が触れ楽しい時間が終わってしまった。

 顔を上げゴーグルを外し呼吸を整えながら横を見ると――

 

「るんっ♪ てする泳ぎだったよ」

 

「そう、ありがとう」

 

 先にゴールしていた日菜ちゃんがコースロープに掴まってにこにこしていた。

 こちらを見る余裕があったということか。

 言い訳したい事柄はあるけど負けは負け。

 大人しく敗北を受け入れよう。

 

「で、今回の『お願い』は?」

 

「うーん、ワンコちゃんの怪我が治ったばかりだから今回は別にいいよ。この前の七夕の件もあるし」

 

「……私が羽沢珈琲店でバイトしてる時に来たら一品サービスする」

 

「本当っ! 絶対おねーちゃんと行くね♪」

 

 姉妹仲は順調に良くなっているようで胸を撫で下ろす。

 ……口出し手出しが過ぎて関係悪化とか目も当てられないし。

 

 リサさんですらそのあたりの匙加減は難しいと言っていたくらい。

 薫さんや麻弥さんはその辺スマートにやりそうだけど。

 

 

「儚い泳ぎだったよ」

 

「それはどうも」

 

 差し伸べられた手を取りプールから上がる。

 文字通り水も滴る良い女、濡れた薫さんの色気がやべー。

 水滴も三割増しでキラキラしてる。

 

「腕の方はもう良さそうだね」

 

「治りが早いのが取り柄なので」

 

「『時というものは、それぞれの人間によって、それぞれの速さで走るものだ』つまりそういうことさ」

 

「う、うん?」

 

 駄目だ、今回のは意味が分からない。

 こういう時は麻弥さんに通訳を――

 

「麻弥さんがいない!?」

 

「……ワンコ、あそこだ!」

 

 薫さんが指差した先に見える水面から少し出た手、まずい。

 

「薫さん、ビート板を」

 

「心得た」

 

 薫さんの返事を聞き終える前に駆け出しゴーグルをして飛び込む。

 目指す先には水中でもがく麻弥さん。

 プールの底を蹴りつつ後ろから抱きかかえ浮上。

 水中から顔を出すと、そこにドンピシャのタイミングで投げ込まれたビート板を掴んだ。

 薫さんのコントロール凄い。

 

「とりあえず上がるから水を飲まないように気を付けて」

 

 

 

 

「申し訳ないです……」

 

「大丈夫、私も休めて役得」

 

 麻弥さんは足がつっただけだったのでストレッチと水分補給からの採暖室。

 今は私の膝枕で横になっている。

 

「アイドル活動忙しい?」

 

「……そうですね。演奏以外にもやることが多くて。ラジオに出るなんて思いもしませんでした」

 

「でも楽しんでるみたい」

 

「フヘヘ、そう見えましたらパスパレのみなさんのお陰です」

 

「良かったね、良い仲間と出会って。あ、裏方も演者もこなせるんだったら次は表方かな?」

 

「ええっー!?」

 

「大和支配人とか強そう。丁度二刀流だし」

 

「……モギリから始めます」

 

 他愛無いやり取りをしながらどさくさに紛れて麻弥さんの頭を撫でる。

 まだ湿気は含んでいるけど……それはそれで良い撫で心地。

 

「私の膝ならいつでも貸すから。まあ麻弥さんを膝枕させたい人ならごまんといるか」

 

「そ、そんなにいませんって!?」

 

「触り放題だし」

 

 麻弥さんの見事な体に指を這わせる。

 学校指定の水着越しに伝わってくる弾力、私とは大違い。

 こういうの肉感的って言うのかな?

 

「ちょっとそこは……だ、駄目っす!」

 

「んー流石にお腹スリスリからのお臍は駄目か」

 

「ここ学校ですからね!」

 

「はーい」

 

 怒られちゃった。

 でも、これで少しはリラックスできたらいいけど。

 

 

「何やってるのよ、あなた達」

 

「友希那さん」「湊さん!」

 

 採暖室の扉を開けて現れたのは呆れ顔の友希那さん。

 

「声が漏れていたわ」

 

「それは迂闊」

 

 外からは見えない位置になるように気を付けていたのにうっかりしていた。

 麻弥さんの方を見ると……顔を真っ赤にして俯いている。

 悪いことしちゃった。

 

「ごめんね」

 

「……はぁ、ワンコさんだから許します」

 

「大和さんは寛容ね。終わりの号令だから行くわよ」

 

「麻弥さん歩けます?」

 

「もう平気ですよ」

 

 しっかりとした足取りで採暖室を出ていく麻弥さん。

 アイドルを始めてから歩き方も凛々しくなった気がする。

 私も頑張らないと。

 

 

 

「友希那さんはしっかり泳げた?」

 

「…………日常生活で泳がないから問題ないわ」

 

「豪華客船でのライブ中に沈没したら困る」

 

「ありえ……なくもないわね。大和さんと一緒に特訓しようかしら」

 

「ジブンもですか!?」

 

「アイドルと言えば水着で飛んだり跳ねたり泳いだりするものでしょ?」

 

「な、ないとは言えないパスパレの立ち位置が悔しいです……」

 

「私ならいつでも付き合うよ」

 

 

 

 

「もー、しっかり乾かさなきゃダメじゃん!」

 

「別にいいじゃない」

 

 プールの授業の後の恒例のやり取り。

 短い休み時間なのにリサさん出張ヘアケアお疲れ様。

 私は友希那さん程長くないので乾くのは早いから楽。

 

「昔みたいに短くしようかしら?」

 

「そんな……でもボブカットの友希那も絶対カワイイし。ワンコどうしよう!?」

 

「ライブ中ふわっとなった時とか神々しい」

 

「そうそう! 思わずネック握りつぶしちゃいそうになるくらい興奮するし!」

 

 熱弁をふるうリサさん。

 ネック交換の費用については確保しておこう。

 

「騒がしいわよリサ。あら、お母さんからメッセージが来たわ」

 

「あ、私も」

 

 内容は遠縁の親戚がお亡くなりになったので今夜通夜に行くとのこと。

 明日の朝一で帰ってくるので今夜の私はどこかホテルにでも……ってもったいない!

 

 友希那さん自身は故人との接点が皆無だったので、特にショックを受けてはいないとのこと。

 不謹慎だけど……心の中では一安心。

 

「一人で留守番くらいできますよ?」

 

「普段のワンコなら問題ないけど……その」

 

 言葉を濁す友希那さん。

 あー、もし幼女人格が表に出てきたら怖くて一人にはできない。

 

「でもホテルはもったいないので誰かの家にでも――」

 

「その話乗ったー!」

 

 座ったままの私に後ろから抱き着く人物なんて一人しかいない。

 

「……そうね、氷川家なら紗夜もいるし安心ね」

 

「えー、あたしも頼りにしてよー」

 

「絶対玩具にするじゃない」

 

 友希那さんの的確なツッコミ。

 多分正しい。

 

「じゃあアタシも立候補しようかな。家が隣だから便利でしょ?」

 

 本命のリサさん参戦。

 普通に考えれば今井家で問題ないんだけど。

 

「……ジブンも立候補していいですか?」

 

「大和さん!?」「麻弥ちゃん!?」「麻弥!?」

 

 まさかの麻弥さん参戦に色めき立つ。

 

「受けた恩を返さないとイヴさんに怒られちゃいますからね」

 

「Oh、大和魂……」

 

 貴重な麻弥さんのキメ顔に変な声が出た。

 

 

 決定方法はじゃんけん。

 

 手の読めなさが圧倒的な日菜ちゃん。

 

 一番じゃんけんの経験が多そうなリサさん。

 

 冷静かつ大胆な手も期待できる麻弥さん。

 

 

 誰が勝つか予想ができない。

 ……何で私が一晩何処で過ごすかでこんなに白熱した戦いが。

 

 

 

 

「湯加減はどうでした?」

 

「うん、丁度良かった」

 

 十数回に及ぶあいこの末勝ったのは麻弥さん、ナイスブシドー。

 

 美味しい夕飯からの一番風呂、至れり尽くせりとはまさにこのこと。

 初対面なのに……これが大和家の懐の深さか。

 

「ユキまで泊めてもらってありがとう」

 

「にゃー♪」

 

 ユキをそのまま湊家に置いておくか今井家に預かってもらうか悩んでいたら一緒に泊めてもらうことに。

 抜け毛は後でガムテープで取るとしてハーネスを着けて運動会防止。

 ポータブルケージとポータブルトイレを持参したけど不安は尽きない。

 

「大人しくて良い子ですね、フヘヘ」

 

 ユキを抱きかかえ興奮気味の麻弥さん。

 そういえば友希那さんと語り合えるくらい猫好きだっけ。

 基本的に誰にでも懐くユキだけど麻弥さんに撫でられて嬉しそうなのは良く分かる。

 

「それにしても……緑って落ち着く」

 

 布団、カーペット、壁の半分が緑色、麻弥さんらしくて素敵。

 部屋の隅には音楽機材、スネアドラムの他にギターケースもある。

 ドラムセットは別の部屋かな?

 

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 うん、アイドルになってもその優しい笑顔は変わってない。

 心のどこかで麻弥さんが別人になっちゃうかも、と恐れていたけど。

 

「どうかしました?」

 

「ううん、なんでも。あ、膝枕してもらっていい?」

 

「よ、喜んで! ……の前に先にお風呂入ってきます」

 

 ユキを私に渡し急いで部屋を出ていく麻弥さん。

 そのままでも良かったのに。

 

 

 

 

「お、お待たせしました……」

 

「うん、麻弥さんらしい寝間着」

 

 体操着にジャージ姿の麻弥さん。

 入浴で赤みを増した肌との組み合わせが面白い。

 

「ど、どうぞ」

 

「うん」

 

 ユキをポータブルケージに入れベッドに腰かけた麻弥さんの太ももの上に頭を置く。

 友希那さんともリサさんとも違う質感。

 そして視界には……お山が二つ。

 

「やべー」

 

「ちょ、何がですか!?」

 

「ごめん、ちょっと同じ生物なのか自信が無くなって。試しに私の胸を触ってみて?」

 

「……では失礼して、えっ、ノーブラじゃないですか!?」

 

「垂れるほど無いし」

 

「駄目ですよ、形が崩れます!」

 

 熱く語る麻弥さん。

 まあ、確かに、形だけでも……。

 

「うん、分かった。上位の麻弥さんを前にしたら従うしかない」

 

「ちょっと引っかかる言い方ですがお願いします」

 

 

 

 

「本当にいいの?」

 

「大丈夫ですよ。ジブン寝相は良い方なので」

 

 持参した寝袋で寝ようとしたらまさか同じベッド、同じ布団で……。

 暗闇の中感じる麻弥さんの吐息、少し緊張。

 

「……チャンス到来」

 

「今不穏な発言を聞いた気が」

 

「気のせいですよ、フヘヘ」

 

 ここまで浮かれ気味の麻弥さんを見るのは、リサイクルショップでレア機材を発見した時以来かも。

 

「麻弥さんが日菜ちゃんやリサさんに対抗して立候補したのは意外だったかも」

 

「そうですね……ジブンも衝動的に」

 

「それにしても二人きりになるのは久しぶり」

 

「ですね。一年の時の休み時間はリサさんが来ないと二人きりでしたしね」

 

 あの頃は当然友希那さんもいなくて日菜ちゃんも今ほど親密ではなくて。

 そう考えると――

 

「よし、今日は麻弥さんに甘える」

 

「えー!?」

 

 いきなり抱き着いた私に驚いた麻弥さんが絶叫、ユキも驚いたのかごそごそしだした。

 抱きしめた麻弥さんからは蕩けるような甘い香り。

 

「駄目?」

 

「……では眼帯を外してください」

 

「うん」

 

 起床時に麻弥さんに見られないためしていた眼帯を外す。

 物好きな。

 そして麻弥さんの抱き心地と匂いを堪能。

 うん、やっぱり麻弥さんだ。

 

 

「ジブンも寂しかったんだと思います……ワンコさんが遠くに行ったみたいで」

 

 ひとしきり堪能した後、麻弥さんから発せられた言葉に目を丸くした。

 

「それはこっちの台詞……まあいいか、今こうしてお互いの熱を感じ取れるんだから」

 

「そうですね。これくらい単純な方が自分達らしいっす♪」

 

 私を抱きしめ返してくれる麻弥さん。

 他の誰とも違う安心感。

 去年知り合えて本当に良かった。

 

 

 アイドルでもない、演劇部員でもない、ただの大和麻弥。

 

 優しくて、気が回って、人を支えるのが上手くて、機械オタクで、猫が大好きで、少し運動音痴で。

 

 そして、私の大切な――。

 

 

 

 

 

 

「ずるい……です……」

 

「あこもじゃんけんしたかったなー」

 

「ごめん、急に決まったことだったから」

 

 後日、どこから漏れたのか私が大和家に泊ったことが燐子さんとあこちゃんに伝わり抗議を受けた。

 何か埋め合わせをしないと収まらないな、と思いつつもちょっと嬉しかったり。

 ……調子に乗らないように気を付けないと。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


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<備考>

大和麻弥:充電完了。

湊友希那:世話焼かれ体質。

今井リサ:友希那専属。

氷川日菜:他のパスパレメンバーに報告。

ワンコ:充電完了。


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本編4-3:生徒会出撃せよ(シーズン1夏)

シーズン1羽丘生徒会のブラック疑惑。


「では夏休みだからといって羽目を外さないように」

 

 担任の先生の言葉を深く胸に刻み夏休みに突入。

 長期連休は生活のリズムが乱れがちだから規則正しい生活と規則正しい労働を。

 稼げる時に稼ぐのが私の主義、湊家にお世話になっていても譲れない。

 

「ジブンこれから仕事なのでお先に失礼しますね」

 

「うん、頑張って」

 

 足早に教室を後にする麻弥さん。

 廊下で日菜ちゃんが手を振っていたので振り返す。

 人気急上昇中のパスパレ、夏休みの間も忙しそう。

 ……またお泊りしたいな。

 

「ワンコはこの後どうするの?」

 

「ちょっと生徒会の方に顔を出しておこうかな」

 

 一時期つぐみちゃんに仕事が集中して大変そうだった時には手伝ったけど最近はあんまり。

 つぐみちゃんの様子がおかしかったら教えてと蘭ちゃん達にはお願いしてあるけど……。

 

「そう。なら私も行こうかしら」

 

「友希那が!?」

 

 当然のように友希那さんの横に立っていたリサさんから驚きの声が上がる。

 馴染みすぎ……というかいつの間に入ってきたのか謎。

 

「ワンコの仕事ぶりを見たくなったの」

 

「うーん、仕事あるのかな?」

 

 

 

 

「あっ、ワンコさん丁度良かった。手伝ってください!」

 

「う、うん?」

 

 ノックをしたけど返事がなかったので扉を開けて生徒会室に入ると修羅場の様相を呈していた。

 いつの間にか増設された電話機で電話を掛けていたり、書類を作成していたり、ヒートアップしながら打ち合わせをしていたり。

 てっきり夏休み突入で一段落だと思っていたのに……お、Afterglowの他のメンバー達も手伝ってる。

 

 そんな喧騒の中、興奮気味なつぐみちゃんの言葉に気圧された。

 

「リサ先輩に友希那先輩まで連れてくるなんて流石ワンコさんです!」

 

 このツグり具合、休日のランチタイム以上かも。

 イヴちゃんよりもテンション高いし。

 頼もしさと危うさが混在した状態。

 

 でも……ワクワクしてきた。

 

 

「お願いしたいのは――」

 

 

 つぐみちゃんの話を要約すると現在行われている各部活の夏の大会で、運動部文化部問わずどの部も予想以上に健闘中だとか。

 地区大会を勝ち進み本大会へ駒を進める部活がたくさんありそこで問題になってきたのが遠征費。

 関東近郊で個人種目なら可愛いものだけど、本大会が関西で集団競技だったりすると……。

 というわけで急いでOGやら関係者やらに電話で緊急寄付のお願い。

 連絡先が電話番号しかない人も多いので仕方がない。

 生徒会役員の上級生達は毎年多額の寄付をしていただいている方の御宅に出向いているので、ここの指揮はつぐみちゃんが執っているとか。

 ……入学して一学期しか終わっていないのに三学年統率とかやべー。

 

「ワンコさん、リサ先輩にはこちらの名簿に電話をお願いします。プロフィールと過去の寄付履歴はそこのパソコンで見れるのでご参考に」

 

「うん、了解」

 

「オーケー♪」

 

 うわ、もろに個人情報。

 それだけ信頼されているってことか。

 可愛い後輩の前で無様な姿は見せられない。

 

「友希那先輩はお礼状を三つ折りにして封筒に入れてください。折る時は定規で測って空き缶で奇麗に折り目を付けてくださいね」

 

「分かったわ」

 

 あれはRORSIAアックスコーヒーの空き缶、友希那さんが使うのには打って付け。

 きっと大丈夫……多分。

 

「湊さん、教えてあげましょうか?」

 

「あら、美竹さんもいたのね。よろしく頼むわ」

 

「えっ…………調子狂うよ」

 

「?」

 

 軽く挑発するつもりで素直な友希那さんに面食らった蘭ちゃん、うちのリーダー可愛いでしょ?

 これで友希那さんの方は大丈夫。

 

「素直な友希那も素敵……キャッ♪」

 

「リサさん戻ってきて」

 

 恍惚とした表情のリサさんの肩を揺さぶり現実世界へ連れ戻す。

 気持ちは分かるけどもう少し自重してほしい。

 

「ゴメンゴメン、それじゃあアタシらも始めようか」

 

「うん、二年生の実力を披露しよう」

 

 羽丘の看板を背負ったお願い電話、バイトで培った技術がどこまで生かせるかな?

 

 

 

 

 

 

「――はい。よろしくお願いします」

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 

 フックを押してからゆっくり受話器を置くと同時に下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。

 ……あれ、気付けば見慣れたRoseliaとAfterglowのメンバー達しかいない。

 つぐみちゃんが出してくれたインスタントコーヒーとお菓子が結果的に昼飯代わりに。

 

 戦果は……多分上々。

 進学校だけあって稼いでいる人もそれなりにいるのが幸いした。

 ネット入金で手間いらず。

 平日の昼間に電話なのでアポ電詐欺を何回か疑われたけどそこは腕の見せ所。

 逆に防犯や熱中症の注意喚起をしてみたり。

 

 

「あはは、熱中しちゃったね~♪」

 

「流石Roseliaの皆さんですね!」

 

 良い笑顔のリサさんと巴ちゃん、他の人はというとつぐみちゃんとひまりちゃんはぐったりでモカちゃんは夢の中。

 友希那さんと蘭ちゃんは封筒の山の横で何やら書き物をしている。

 

「やりますね」

 

「美竹さんの歌詞も熱が伝わってくるわ」

 

 ああ、二人とも仕事が終わったから作詞をしてたのか。

 やりきった表情の二人、歌詞が楽しみ。

 私のことも書かれていたら嬉しい。

 

「……すみません、こんな時間まで」

 

「つぐみちゃんもお疲れ様。この後予定がなければみんなでファミレスでも行かない?」

 

「そうですね……是非♪」

 

 ここで羽沢珈琲店を選ぶとつぐみちゃんの気が休まらなそうなので。

 たまにはファミレスもいいよね。

 

 

 

 

「先輩方もみんなも今日は最後まで本当にありがとう……乾杯♪」

 

 つぐみちゃんの乾杯の音頭でソフトドリンクが入ったグラスを軽く当てる。

 数年後には中身がアルコールになっているかも。

 

「今日はつぐみちゃんの活躍が見れて良かった」

 

「うんうん、つぐみ会長って感じだったしね~♪」

 

「生徒会の活躍が見れて良かったわ」

 

「……えへへ」

 

 私達の言葉に顔を赤くするつぐみちゃん。

 こういうところには初々しさが残っていて少し安心。

 

 

「まー元はと言えば先輩方が発端なんですけどね~」

 

「モカ!」「モカちゃん!」

 

 モカちゃんの言っている意味が分からず首を傾げる。

 

「どういうこと?」

 

「悪い意味に捉えちゃったらごめんなさい。ワンコ先輩が入院中の出来事なんですけど――」

 

 

 私が入院している間に部活間でいざこざがあって、生徒会がそれの仲裁に乗り出したけど担当の一人がつぐみちゃんだった。

 一年生なので中々話を聞いてもらえず困っていたところ助けに入ったのがなんと日菜ちゃん。

 持ち前の才能を発揮して相手の得意種目でフルボッコ……文字通り実力で黙らせて問題解決。

 

「それじゃあ日菜ちゃんがかなり恨み買ってない?」

 

「そこは同じクラスのリサさんや薫先輩が上手い具合に収めたって聞きました」

 

「そうなのリサ?」

 

「うーん、アタシは薫のサポートをちょっとしただけだからね」

 

 曖昧な笑みを浮かべるリサさん……いや、かなり助けになってそう。

 日菜ちゃんも薫さんもたまに言動がアレなので。

 でも二人が事後処理をしてくれたなら一安心。

 残る問題は。

 

「まー、そのお陰各部活が発奮して好成績を収めているんで結果オーライなんですけどね~」

 

 含みのある言葉。

 でもモカちゃんにしか言えない言葉。

 本当に一見可愛げのない可愛い後輩なことで。

 

「ワンコ先輩がいなくなった途端問題が起きるなんて……ソイヤの風上にも置けねえ!」

 

「つぐの困った顔なんて見たくないよ~」

 

 怒りが抑えられない巴ちゃんと泣きそうな顔のひまりちゃん。

 

 大事な幼馴染が辛い目にあえば当然の反応。

 ああ、モカちゃんの言う「先輩方」ってここにいる私達三人じゃなくてもっと大きな意味か。

 わざと紛らわしい言い方を。

 

「……ワンコ先輩、あたし達の目の届かないところでつぐみが傷つくのは嫌なんです」

 

「蘭ちゃん……」

 

 蘭ちゃんの真剣な眼差しとつぐみちゃんの潤んだ瞳。

 頼りにされたら応えるしかない。

 前に「頼って」とか言ったこともあるし。

 

 チラッと友希那さんを見ると微かな笑み。

 以心伝心、だと自惚れていいかな。

 

 

「先代会長の少数精鋭主義の踏襲で最低限の人数しかいない現状、ひっくり返してみる?」

 

 

 私の言葉に期待の眼差しを向ける面々。

 現会長との仲はアレだけど直談判でもしてみるか。

 嫌な顔をされようがつぐみちゃんの為にもこのまま黙っていることはできないから。

 

 

 

 

「今日は色々すみませんでした」

 

「ううん、手助けになれたら良かった」

 

 ファミレスの女子トイレでつぐみちゃんと二人きり。

 普通の女子っぽい。

 去年だと私がトイレに入った途端に雑談中の女の子達が怯えた顔で逃げ出した記憶が……。

 

「……モカちゃんのこと誤解しないでくださいね。普段はあんな態度――」

 

「大丈夫、気難しい猫の相手は慣れてるから。それに友達思いの幼馴染は素敵」

 

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいです……あっ!」

 

「おっと」

 

 日々の疲れが出たのかふらついたつぐみちゃんを抱きとめる。

 

 軽い、そして華奢……生徒会や実家の手伝いや町内会の仕事、そしてバンド。

 

 本人が好きでやっている以上、余計な口出しは控えたいけど……。

 

 

「私、いえ私達が間違えそうになったらリードを引っ張ってくださいね♪」

 

 私の不安を払拭する力強さと引き込まれそうになる艶めかしさを併せ持った瞳。

 三日会わざれば何とやら、全く誰の影響やら。

 

「うん、任せて」

 

 私もうかうかしてられない、かも。

 

 

 それにしても今日のつぐみちゃんっていつにもまして良い匂い。

 思わず抱きしめて貪欲に匂いを求めてしまう。

 …………やべー。

 今度バイト終わりにも嗅がせてもらおう。

 

 

 

 ガチャ

 

 

 

「紗夜さん!?」「あ、紗夜さん」

 

 トイレの入り口から現れたのはまさかの紗夜さん。

 うーん、つぐみちゃんを抱きしめて匂いを嗅いでいる今の姿は流石にまずいかも。

 

「さ、紗夜さんこれは違うんです!」

 

「そうそう、私がつぐみちゃんの魅力的な体臭を堪能しているだけ」

 

「変な言い方しないでください!!」

 

「………………」

 

 必死に弁解する私達を無視して個室に入る紗夜さん。

 

 つぐみちゃんと頷きあい個室の壁に耳を当てると、小声で『風紀』と連呼している様子……怖っ。

 

 

 

 一緒に来ていた燐子さんと彩さんの席に山盛りのポテトを持っていきその場は乗り切った、と思う。

 

 後は……氷川邸につぐみちゃんを送り込んだら許してくれるかな?




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<備考>

羽沢つぐみ:小さくツグる→大きくツグる。

青葉モカ:積極的に動く。

今井リサ:友希那の世話にワンコの穴埋め。

氷川紗夜:混ざりたいという葛藤を鋼の自制心で抑えつけた。

ワンコ:奇行も忌避される原因。


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本編4-4:大激突五秒前(シーズン1夏)

B級映画のノリなので頭を緩くしてお楽しみください。


「…………ふぁ」

 

 体が海中から浮上するような感覚と共に目が覚めた。

 頭は少しぼやけているものの先ずは体を起こ……動けない、何かに押さえつけられてる。

 顔を動かして状況を確認すると真横には気持ち良さそうに眠る燐子さんのご尊顔。

 寝息まで控え目なので気付かなかった。

 布団の隙間から見える白い肌が眩しい。

 

 抜け出そうとするも柔道の寝技のように脱出不能。

 無理やりしたら怪我しそうだし、こうなったら――

 

 

 ペロッ

 

 

「ひゃん!」

 

 頬を舐められたことで目を覚ました燐子さん。

 何が起きたか分からず慌てる表情が可愛い。

 

「おはよう、燐子さん」

 

「……おはよう……ございます?」

 

 混乱しながらも礼儀正しく挨拶を返してくれた。

 拘束が緩んだので上半身を起こす。

 今度は布団に覆われた下半身にも何かがしがみついているようで立ち上がれない。

 布団を捲ってみると――

 

「すーすー」

 

 下着姿のあこちゃんが熟睡していた。

 髪を下ろしているのでいつもより大人びて見える。

 それでも今だけは「かわいい」扱いしてもいいかな。

 

 というわけで撫でる。

 右手でひたすら撫でる。

 ……巴ちゃんが自慢するのがよく分かる撫で心地の良さ。

 

 

「んーんー」

 

「あ、ごめん」

 

 

 燐子さんが私の脇腹に頭を擦りつけてくるので左手で彼女の頭を撫でる。

 朝から可愛いと可愛いのコンボ、まさに両手に花。

 

 

 

 さて、撫でながら状況を整理してみよう。

 確かにここは私の部屋、いるのは私と燐子さんとあこちゃんと――

 

 

「く、苦しい……」

 

「えへへ……日菜ちゃん可愛い……」

 

 うなされている紗夜さんと布団の上から彼女に覆い被さって頬ずりしている寝惚け彩さん。

 いやその人日菜ちゃんじゃないから。

 あと流石アイドルだけあって引き締まってる体。

 千聖さんが間食に目を光らせているだけのことはある。

 

 

 なお全員下着姿。

 エアコンが省エネ運転で助かった。

 風邪をひかれても困るし。

 

 

 

 ……いや、どういう状況?

 

 

 落ち着け、私。

 学力だけは羽丘二年ナンバーツー。

 やればそれなりにできる子。

 がんばれ、がんばれ。

 

 

 ……先ずは昨日のことを思い出してみよう。

 

 

 

 

『あこ、急に悪かったわね』

 

『全然ダイジョーブです! Roselia全員集合♪』

 

 ファミレスで紗夜さんと燐子さんとばったり会ったので、どうせならとあこちゃんも呼ぶことに。

 Roselia+Afterglow+彩さんという大所帯。

 パスパレから単独参戦の彩さんだけど普通に馴染んでるのは流石。

 音楽に対して突っ込んだ話のできない私の為に、さり気なくそれ以外の話題を振ってくれたりと気遣いも。

 日菜ちゃんが気に入るのも頷けた。

 

 

 

『湊さんと話してたら新曲作りたくなった。みんな、あたしの家で曲作りするよ』

 

『Roseliaも負けていられないわね。あなた達、行くわよ』

 

 ヒートアップした蘭ちゃんと友希那さんが作曲宣言。

 まあ、明日から夏休みだから少しくらいは。

 やる気満々の友希那さんには弱い私。

 そういうわけで湊家で突発作曲合宿……何故か彩さんも一緒に。

 各々一旦家に戻りお泊りの準備をして湊家に集合。

 

 

 

『キミが噂のユキちゃんか~。はい、チーズ♪』

 

『にゃーん♪』

 

 Roselia全員で新曲について意見を戦わせる中、彩さんはユキと遊んだり自撮りしたり。

 

 

 

『二人きりで入浴するのは久しぶりですね』

 

『うん、紗夜さんは相変わらず奇麗』

 

 くじ引きの結果、紗夜さんと一番風呂に入ったり。

 

 

 

『これなら次のライブで披露できそうね』

 

『アイスティー淹れたよ』

 

 折角なので千聖さんからもらったハーブティーをみんなに……あれ、そのあたりから変な気分に。

 

 

 

『それじゃあリサさんとごゆっくり』

 

『気を遣わせて悪いわね』

 

 確か友希那さんの部屋に友希那さんとリサさんを残してみんなで私の部屋に。

 床一面に布団を敷いてまるで旅行気分。

 ……心なしかみんなの顔が赤い。

 

 

『りんりん……触ってもいい?』

 

『……うん……いいよ、んっ』

 

『ちゅっ♪』

 

 

『……紗夜ちゃんって良い匂いするよね♪』

 

『ま、丸山さん!? そういうことは日菜に……あっ』

 

『お肌もすべすべ~』

 

 じゃれ合う二組の子猫ちゃん達をぼんやり眺めていると次第に意識が遠のいて……。

 

 

 

 

 うん、私は何も覚えていない。

 

 起きた燐子さんに後は任せてバイトに行こう。

 

 

 

 

 出掛ける前に友希那さんの部屋をこっそり覗くと……。

 二人とも同じベッドで気持ち良さそうに寝ているので音を立てないように静かにドアを閉めた。

 

 

 友希那さんからは週に一回演奏を聞いて問題点を指摘してくれれば、後は基本自由にしていいとのお達し。

 合宿やライブの手配は一通り終わっているので間近になるまであまりすることはない。

 なので……念願のRoseliaマスコットキャラ作成の為に使おう

 そのために参考になるバイトといえば――

 

 

「ミッシェル隊にようこそ」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 これしかない。

 ミッシェル運用のノウハウを学びつつお給料まで貰える理想的なお仕事。

 美咲ちゃん経由で黒服さんにミッシェルのバイトをお願いしたら何故か直ぐに採用が決まった。

 今度美咲ちゃんにお礼しないと。

 仕事内容の詳しい説明は当日って聞いていたけど、ミッシェルランドのキャストくらいしか思いつかない。

 美咲ちゃんのピンチヒッターでDJやれとか言われても困るけど。

 

 

「ではこちらにお着替えください」

 

「はい」

 

 

 おー、ウェットスーツみたいな服。

 美咲ちゃんはタンクトップだったけどこっちが正式なのかな?

 体のラインがもろに出て少し恥ずかしい……主に控え目すぎる部位が。

 

 

「機体の最終調整が終わるまでマニュアルをご確認ください」

 

「分かりました」

 

 

 表紙に『極秘』と書かれた冊子を渡され目を通す。

 ……『上上下下左右左右BA』とか『下R上LYBXA』とかどこかで見たことのある文字が。

 いやそれ以前に操縦方法とか緊急脱出方法とかとても着ぐるみのマニュアルとは思えない文言が。

 

 

「準備が整いましたのでこちらへどうぞ」

 

「あ、はい」

 

 

 困惑しつつもマニュアルを一読したタイミングで呼ばれた。

 黒服さんに続いて入った場所は様々な機器が並んだ格納庫らしきところ。

 そこに鎮座するのは……青いミッシェル。

 そして――

 

 

「ワンコちゃん、今日はよろしく♪」

 

「え、日菜ちゃん!?」

 

 

 いきなり抱き着いてきたのは昨日も普通に顔を合わせた日菜ちゃん。

 その後方には麻弥さんの姿も。

 理解が追い付かない。

 

「実はジブン達、弦巻エレクトロニクスの一部門を手伝っていまして」

 

「こころちゃん達には内緒なんだけどねー」

 

「うん、分からないけど分かった」

 

 ……こういう時は深く考えないようにするのが私の処世術。

 突っ込んでも疲れるだけなのは目に見えてるし。

 それに、二人とも楽しんでそうだから。

 

 

 

 

「どう? 試験的に水平・垂直三百六十度モニターを搭載してみたけど」

 

「視界良好、見えすぎて何も身に着けてないみたい」

 

 モフモフの機体各所にこっそり搭載されたカメラのお陰で鮮明な映像。

 指の操作で振り向かないで後方も確認できる。

 

「動き辛さはありませんか?」

 

「軽快そのもの。よっと」

 

 片足で立ちくるっと回ってみる。

 うん、良い感じだ。

 

「じゃあグラウンド十週走ってきて♪」

 

「はぁ!?」

 

 

 

 

「流石に……辛い……」

 

「走ってて何か問題あった?」

 

「エアコン……付けて…………」

 

「お、お疲れ様です」

 

 炎天下を着ぐるみで四百メートルトラック十週……。

 何で高機能なのにエアコン付いてないの!?

 頭部ユニットを外して麻弥さんから渡された携帯扇風機で意識を保つ。

 

「というか、これって何のバイト?」

 

「え、ミッシェルの新装備のテストパイロットだよ? 聞いてないの?」

 

「……想像していたのと違った」

 

「あはは、大丈夫次は涼しいから♪」

 

 あー、この日菜ちゃんスマイルは絶対に信じちゃいけないやつだ。

 給料分はしっかり働くけど。

 

 

 

 

「確かに涼しい……って外気温マイナス五十!?」

 

「エベレストより高いんだから当たり前でしょ?」

 

 表示された数値に驚いていると日菜ちゃんから冷静な突っ込み。

 特製スーツと機体のお陰でそこまで寒くはないけど……穴でも開いたら凍死しそう。

 

 ここは高度一万メートル、飛行機で来たことはあっても着ぐるみで来るのは初めて。

 弦巻驚異のメカニズムで上りのみのジェットコースターみたいな装置で打ち上げられたけど詳細は不明。

 日菜ちゃんもこころちゃんも天文部だしもしかしたら宇宙進出の為の技術かも。

 

「で、普通に落ちてるんだけど」

 

「ハッピーフライトモードやっちゃって」

 

「はいはい」

 

 マニュアルに書かれていた通りに『上上下下左右左右BA』と入力……脚部にロケットが内蔵されているとか技術レベルおかしくない?

 

 ……燃料が切れるまでに帰るとしますか。

 

 

 

 

「お疲れ様、良いデータが取れたよ♪」

 

「それは何より」

 

「流石ですね、ワンコさん」

 

 帰りは黒服さんが車で送ってくれるそうで日菜ちゃんと麻弥さんと一緒に帰ることに。

 Roseliaのマスコット作成の参考になったかと聞かれると微妙だけど、個人的に良い経験になったのは確か。

 それに……目の前の二人の手伝いが出来て嬉しい。

 更に付け加えると……バイト代がおいしい。

 続ければ燐子さんがお金を気にせずに思う存分着ぐるみ制作に取り組めそう。

 

 

「あ、馬だ」

 

「そんな馬鹿な……馬」

 

「馬ですね」

 

 日菜ちゃんの言う通り誰も乗せていない馬が反対車線を駆け抜けていく。

 

「あ、薫くんだ」

 

「今度は流石に……薫さん」

 

「薫さんですね」

 

 今度は白馬に乗った薫さんが駆け抜けていく。

 

「運転手さん追って!」

 

「ジブンからもお願いします!」

 

「かしこまりました」

 

 日菜ちゃんと麻弥さんの言葉に見事なドライビングテクニックで応える黒服さん。

 ドリフト走行で一瞬で車の向きが変わり反対車線に入り加速。

 みるみる先行する二頭に近づいていく。

 

「取りつくので並走してください」

 

「かしこまりました」

 

「ジブンのサスペンダーで作った簡易投げ縄です」

 

「効くか分からないけどハンカチに熟睡するアロマオイル垂らしたよ」

 

「ありがとう」

 

 二人から渡されたものを見て算段をつけ、シートベルトを外し窓を開け車の上にしゃがんで待機。

 薫さんを追い抜く寸前アイコンタクト、やるだけやると。

 

 

 まるでカウボーイ……相手は馬だけど。

 

 

 そんなことを考える程度には余裕がある。

 高度一万メートルから落ちるよりは気が楽。

 

 

「今っ」

 

 

 私の言葉に黒服さんが車を馬に寄せ、そのタイミングで麻弥さん製投げ縄を投げる。

 

 首に掛かると馬は全力で振り切ろうと速度を上げたので、その勢いを利用して飛び移る。

 

 何とか取りついたものの鞍も鐙も付いていないので投げ縄だけが頼り。

 

「ヒヒーン!」

 

 もらった。

 

 私を振り落とそうと急停止からの立ち上がり、予想済み。

 

 左手に巻き付けた投げ縄に力を籠めそれを起点に飛び上がり馬の鼻先に日菜ちゃんのハンカチを押し付ける。

 

 一、二、三……暴れる馬にしがみ付きながらその時を待つ。

 

「ブル……」

 

 ようやくアロマオイルが聞いたのか動きが鈍重に。

 あれ、これってどうやって降りよう。

 下手をすれば下敷きに。

 

「お疲れ様、子猫ちゃん」

 

「どういたしまして」

 

 丁度到着した薫さんに馬上で抱きかかえられる。

 馬体を馬体で押し怪我の無いように寝かせる薫さん……これで一安心。

 

「ふふっ、じゃじゃ馬な子猫ちゃんも魅力的だね」

 

「幕引きありがとうございます」

 

 炎天下馬で駆けてきたのにその疲労を表に出さない役者魂、恐れ入る。

 私は……早くどこかで涼みたいかな。

 

 

 

 

 夏休み初日からドタバタ騒ぎ、今年の夏は忘れられないものになりそう。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

丸山彩:深まるひなあや疑惑。

氷川紗夜:クラスメイトは野獣系。

氷川日菜:いつか宇宙へ。

瀬田薫:偶然馬脱走の現場に遭遇して協力を申し出る。

ワンコ:念願のミッシェルだけど何か違う。


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本編4-5:パスパレの秘密(シーズン1夏)

UA50,000突破ありがとうございます。


 曲が終わり体から力が抜ける。

 

 早朝とは言え夏真っ盛りこの時期、既に汗ばんでいて服が肌に張り付いている。

 

 それでも風が吹く度に一時の清涼を感じる。

 

 っと、余韻に浸っている場合じゃない、お仕事お仕事。

 

 

「スタンプ押すからカード持ってきてね」

 

『はーい!』

 

 

 元気でよろしい。

 今日は、というか今日も商店街朝のラジオ体操のお手伝い。

 場所は公園、参加者は主にここら辺の子供達、可愛い。

 青年部の沙綾ちゃん、巴ちゃん、はぐみちゃんに混じって前で模範の体操をして、その後子供達のスタンプカードにスタンプを押すお仕事。

 仕事とは言っても無給だし、いつもお世話になっている分の恩返し的意味が強いけど。

 

「はい、ワンコおねーちゃん♪」

 

「うん、頑張ってるね」

 

 参加している幼稚園児や小学生は朝から元気で圧倒されそう。

 こっちも負けていられない。

 

「はい、ワンコ」

 

「うん、友希那さんも頑張ってるね」

 

「当然よ」

 

 ……小柄とは言え小学生よりは身長があるので否応なしに目立つ友希那さん。

 スタンプを溜めても高校生には特に景品もないけど、バンドの為の体力作りという名目で参加中。

 しかして、その実態は――

 

「ふふっ、にゃーんちゃんのスタンプがまた増えたわね」

 

 スタンプカードに押された猫スタンプに満面の笑み。

 周りの子供達からも微笑ましく見られている。

 本人は気付いていないようだけど。

 

 

「はぁ……ラジオ体操をする友希那も素敵……」

 

 友希那さんとラジオ体操に通うのは小学生以来ということでカンキワマリなリサさん。

 表情はもう少し自重してくれても。

 

 

「まあ、お利口な子ですね」

 

 犬連れで来ている保護者さんや犬の散歩をしている人達に、積極的に話しかけて撫でさせてもらっている紗夜さん。

 コミュ力アップの特訓だそうで。

 

 

「りんりん、お水!」

 

「ありがとう……あこちゃん……」

 

 ベンチで横になっている燐子さんに水の入ったペットボトルを渡すあこちゃん。

 ……夜更かしして衣装作りでもしてたかな?

 ラジオ体操に参加しないでRoseliaの練習まで寝てればいいのに。

 

「はい、濡れハンカチ」

 

「……すみません……ワンコさん」

 

「あこちゃん、膝枕してあげたら」

 

「あっ、ワンコ先輩頭良い!」

 

「えっ……」

 

 私の言葉に素直に従ってその華奢な太ももに燐子さんの頭を載せるあこちゃん。

 いつもとは逆の絵面が新鮮。

 燐子さんの顔がさっきより赤いのはこの際無視で。

 

 

 

「相変わらずRoseliaは楽しそうですね」

 

「あ、巴ちゃん。お疲れ様」

 

「うちの香澄も大概ですけどRoseliaの方々も中々……」

 

「沙綾ちゃん、やべーって続けても良いよ」

 

「わーくん、これが有頂天を目指すバンドなんだね!」

 

「頂点だよ、はぐみちゃん」

 

 その言い間違いは色々と危険なので即行で訂正。

 どうやら三人のスタンプ押しも終わった模様。

 私の列が一番早く終わったのは……他の三人の方が人気があったという事で。

 

 

「それじゃあ、いつも通り軽く公園のゴミ拾いをしたら帰るね」

 

 来た時よりも美しく。

 直接のポイ捨てはなくても風で飛んできたり、落とし物もあったりするから私的には重要。

 怪我猫や病気猫もいるかもしれないし。

 

「あ、ちょっとワンコさん、というかRoseliaにお願いが」

 

「ん?」

 

「実は――」

 

 

 

 

「商店街の夏祭りで野外ライブ、ね」

 

「はい! 今週末なんですけど都合がつかなくなったバンドがあって……でも急には」

 

「別にいいわよ」

 

「えっ!?」

 

「あなた達も問題ないわよね?」

 

「オッケー♪」「問題ありません」「あこやっちゃうよ!」「……頑張ります」

 

 友希那さんの言葉にやる気満々の四人。

 さっきまでの愉快な姿とは別人過ぎる。

 ……そんなところも魅力なんだけど。

 

 元々週末はスタジオ練習だったからスケジュール的にも問題ないか。

 

「ワンコはバイトだったかしら?」

 

「うん、野球場の売店」

 

「終わり次第駆け付けなさい」

 

「了解」

 

 デーゲームだから多分間に合うでしょ。

 

 

 

 

 

 

「ソーセージテラ盛で」

 

「ありがとうございます」

 

 大量のソーセージを袋から鉄板の上にまき散らし加熱。

 焼きあがったものから提供係が容器に盛って手渡し。

 ケチャップとマスタードはセルフサービス。

 

 ここは野球場の場内売店。

 そして試合開始前の一番混む時間帯。

 

 焼いても焼いても終わらない。

 二軍戦なのに売店にこの行列、原因は――

 

 

「へいラッシェーイ!! なに握りやしょーか!」

 

「イヴちゃん、それ違う」

 

 

 パスパレコラボデーという事でメンバーそれぞれが売店で笑顔を振りまいている。

 ソーセージ店担当のイヴちゃんなんか普段バイトで鍛えているだけあって、会計も提供も完璧にこなしている。

 一部不安なメンバーもいるけど……多分大丈夫、きっと。

 

「イヴちゃんかわいー♪」

 

「ありがとうございます! 『腹が減っては戦はできぬ』です!」

 

 戦……まあ応援も体力使うし間違ってはいないか。

 

「イヴちゃんこっち向いて」

 

「はい?」

 

 メイクが崩れないよう気を遣いながらイヴちゃんの額の汗をタオルで拭き取る。

 何だか羽沢珈琲店で働いている感じ。

 イヴちゃんも楽しそうだしピッタリなイベントだと思う。

 

「ふふっ、ありがとうございます!」

 

「どういたしまして」

 

 

 それにしてもよく売れる。

 このペースなら完売して早上がりも……。

 

 

 ♪~♪~♪~

 

 

「あ、はい……若宮さん、スタッフが迎えに来るので犬神さんと一緒に控室に向かってください」

 

「はい! ……えっ」

 

「私もですか?」

 

 内線を受けた店員さんの言葉に顔を見合わせ首を傾げる。

 何か用がありそうだけど、書き入れ時に店を抜けちゃって大丈夫かな?

 

 

 

 

「待っていたわ、ワンコちゃん」

 

「何用ですか?」

 

 控室に着くと圧迫感のある笑みを浮かべた千聖さんが出迎えてくれた。

 嫌な予感しかしない。

 

「実はね、マスコットの着ぐるみの人が熱中症で搬送されちゃったの」

 

「……それは大変ですね」

 

「それで適任な人が近くにいるのを思い出したの」

 

「売店に戻っていいですか?」

 

「だ、め、よ♪」

 

 回れ右で退室しようとするも肩を掴まれる。

 この人こんなに握力あったっけ?

 

「今日は花音と美咲ちゃんを招待しているのよ。マスコット不在なんて花音が悲しむわ」

 

「うっ……」

 

「あなただけが頼りなの」

 

 半分演技だとは分かっていても千聖さんの真剣な表情。

 逆らえるはずもなく――

 

「分かりました。バイト代弾んでくださいね」

 

「そう言ってくれると思っていたわ」

 

 今度は嘘偽りのない笑みを浮かべた千聖さん。

 そういうところがずるいんだから……。

 

 

「へー、そうやって頼めばいいんだ~♪」

 

「ちょっと日菜ちゃん!」

 

「駄目ですよ!」

 

 雰囲気を壊す日菜ちゃんの発言に慌てる彩さんと麻弥さん。

 やっぱりチョロいよね……私。

 

「せ、清濁併せ呑むこともブシドーです!」

 

「ありがとう、イヴちゃん」

 

 イヴちゃんの必死のフォローが逆に胸に刺さる。

 千聖さんなりの友情表現だから気にしてない、と自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 マスコットのペンギンの着ぐるみに着替えてグラウンドに出る。

 ミッシェルの方が暑かったからこれならいけそう……適度に水分を補給すれば。

 

 そして最初の仕事はプレゼントバズーカ。

 ガス式のバズーカでTシャツの入ったカプセルを観客席に打ち込む簡単なお仕事だけど――

 

「絶対に花音に届かせなさいよ」

 

「(コクコク)」

 

 横でカプセルの装填をしてくれている千聖さんの、ドスの利いた小声が着ぐるみ越しに耳に突き刺さる。

 外したら後が怖い。

 

「ライトスタンド、一塁側スタンド、バックネット裏に一発ずつ、花音がいるのはバックネット裏よ」

 

「(コクコク)」

 

 

 一発、二発と撃ち飛距離と風の影響を確認、そして問題の三発目。

 バックネットが厄介……高めに打ち上げて垂直に落とす感じで。

 

 

「あ、風で!」

 

「!?」

 

 

 千聖さんの言葉通り突風でカプセルの軌道がずれる、やべー。

 

 

「ソイヤ!」

 

 

「美咲ちゃん!?」「!?」

 

 まさかの美咲ちゃんの横っ飛びからの回転受け身。

 完全にソイヤの世界の住人、ありがとう。

 

「まぁ……結果オーライよね。スタッフに怒られているけど」

 

「(コクコク)」

 

 今度何か奢るよ、美咲ちゃん。

 

 

 

 

「さーて、次のコーナーは『こんなパスパレは嫌だ!』です!」

 

 スタジアムDJのお姉さんに呼ばれ日菜ちゃんに手渡されたスケッチブックを持ってグラウンドへ。

 何が書いてあるのか知らないけど捲ればいいんでしょ?

 ちゃんと捲りやすいように端が折ってあるし。

 

 ……スケッチブックなのにフリップ芸とはこれ如何に。

 

 

「先ずは『飼い犬の前だと赤ちゃん言葉になる白鷺千聖』……あはは、流石にこれはないでしょ」

 

 ノーコメント、というか着ぐるみは喋ってはいけないので次を捲る。

 

「『撮影で段ボールに入ったまま熟睡してしまい国外に送られそうになった大和麻弥』」

 

「『先輩アイドルにサルミアッキを持って行ってノックアウトした若宮イヴ』」

 

「『たまに双子の姉と入れ替わっている氷川日菜』」

 

「『台詞を噛んでいるのは実はキャラ付けな丸山彩』」

 

 どう考えても日菜ちゃんがノリノリで書いたとしか。

 DJお姉さんからは困ったような表情を向けられたのでお手上げのポーズ。

 

「(フリフリ)」

 

「…………以上『こんなパスパレは嫌だ!』でした~」

 

「(パチパチパチ)」

 

 おお、無理やり締めた。

 お仕事お疲れ様。

 

 スタンドからも拍手と怒号が飛んでいたから、盛り上げ的には成功なのかな?

 

 

 

 

 始球式は五人同時、あの千聖さんですら山なりながらもノーバンとかなり練習してきたのが分かって嬉しい。

 ……打者に当たらなくて本当に良かった。

 それじゃあそろそろソーセージ焼きに戻るかな。

 

「あ、ホームラン打った後の出迎えとかイニング間のパフォーマンス、勝った時のヒーローインタビューもあるから待機で」

 

 ……マジですか。

 ごめん、店長。

 

 

 

 試合はまさにノーガードの乱打戦。

 ビールの売り子だったら稼げただろうね。

 酔っぱらいを軽くあしらうテクニックが必要だけど。

 

 

 

「これは長引きそうね」

 

「えー、こっそりおねーちゃんのライブ見に行きたかったのに~」

 

「試合後のトークショーの時間を考えると無理そうですね」

 

「代わりに見てくるから任せて」

 

「その事なんだけど……代わりの人の手配が間に合いそうにないから最後までいてくれない?」

 

「えっ…………美咲ちゃんが代わりじゃ駄目?」

 

「花音を一人にする気かしら?」

 

「…………迷子確定」

 

 

 

 

 

 

「遅かったわね」

 

「ごめんなさい」

 

 夏祭りのライブ出演者控えテント、友希那さんと目が合った瞬間地面に額を打ち付ける勢いで土下座。

 これ以上の謝罪の方法を私は知らないから。

 

「そこまでしなくていいわよ。ほら……顔を上げなさい。額に土が付いてるわ」

 

「友希那さん…………」

 

「あなたが来るまでに白鷺さんから謝罪の電話を貰ったわ。私の歌を聞かせられなかったのは残念だけど最善を尽くしたんでしょう?」

 

「うん……でも」

 

「私が許すと言ったんだから問題ないわよ。ね、あなた達?」

 

「勿論♪」「当然です」「おっけーです!」「……はい」

 

「みんな……」

 

 Roseliaみんなの温かい言葉に目頭が熱くなる。

 約束を破った私なのに……。

 

「落ち着いたら白鷺さんに電話してあげてください。丸山さんから彼女も相当負い目を感じていると送られてきたので」

 

「紗夜さん……分かった、絶対」

 

「湿っぽい話はこれでお終い! 商店街の人から差し入れ貰ったから早速食べよ♪」

 

「紗夜さん、ポテトもたくさんありますよ!」

 

「仕方ありませんね」

 

「ふふふ……飲み物注ぎますね……」

 

 明るく振舞ってくれるメンバー達のお陰で心が軽くなる。

 

 良かった、この人達で。

 

 ここが私の居場所だって自信を持って言える。

 

 そして……こんな事は二度と起こさないように。

 

 

 

 

「それから、ワンコ」

 

「何、友希那さん?」

 

「埋め合わせはしっかりしてもらいなさいよ。あなたに聞かせる機会を一回奪ったのだから」

 

「うん、それは必ず」

 

 悪戯っぽい笑みの友希那さんに思わず私も笑ってしまう。

 

 千聖さんに誰に借りを作ったのか思い知らせてあげないと。

 

 

 

 

 

 

 ちなみにテントの外にいたポピパとAfterglowの面々には聞かれていたとか。




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<備考>

白鷺千聖:プロ意識を優先させるも自己嫌悪。

若宮イヴ:羽沢珈琲店のメニューにソーセージ盛を提案。

奥沢美咲:後方から跳ね返ってきたファールボールもキャッチ。

松原花音:マスコットのペンギン目当てに来るもメガホン叩きに目覚める。

湊友希那:コーヒーに砂糖を入れ忘れるほど動揺。

ワンコ:パルクールを駆使するも間に合わず。


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本編4-6:アイドル警備命令(シーズン1夏)

更新頻度が……。


『――以上、Roseliaでした』

 

「……友希那さん素敵。ね、ユキ?」

 

「にゃー♪」

 

 真夏の午前中、エアコンの効いたリビングで膝の上に乗せたユキと共に夏祭りのライブ映像をテレビで視聴。

 夏の暑さに負けないRoseliaの音楽、そして友希那さんの歌声。

 前のライブよりも力強くなっていて嬉しい。

 

 生で堪能したかった、との思いはまだ燻ぶっているけど。

 

「にゃ」

 

「うん、大丈夫」

 

 気を遣ってくれているような仕草をするユキの頭を撫でながら未練をコーヒーで飲み下す。

 

 今日、明日の予定はないのでのんびりモード。

 休める時に休んでおかないと。

 バイトはたくさん控えているし。

 

 

 

 さて、そろそろお昼の準備。

 今日は友希那さんと私、とユキしかいないから素麺、付け合わせはサラダでバランス良く――

 

 

「ワンコ、キャンプ場に行くわよ」

 

「うん……えっ!?」

 

 

 二階から降りてきて言い放った友希那さん。

 

 私とユキは困惑して顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

「全く、突然過ぎます!」

 

「いいじゃない紗夜。元々今日明日は休養日に充てていたわけだし」 

 

「そーだよ、おねーちゃん。あ、ポテト買っておいたから食べて♪」

 

「……仕方ないわね」

 

 パスパレ写真集の撮影で予約していたコテージで空きが出たという事でRoseliaがお呼ばれ。

 夜はバーベキューからの花火でお代は無料という……。

 この前の埋め合わせについてはまだ千聖さんとは話ができていないけどいいのかな?

 旅行と気持ちの準備もそこそこにマイクロバスに乗せられた。

 

 

 

 【燐】【あ】 通 【紗】【日】

 

    【ユ】

 【リ】【友】 路 【千】【彩】

 

 

    【麻】【ワ】【イ】

 

 

 

 うん、何気に凄い面子。

 こんなバスツアーだったら幾らでも払える。

 

 っと、浮かれる前に千聖さんに事実確認をしないと。

 

「これってこの前の埋め合わせですか?」

 

「埋め合わせとは別よ。高校二年生の夏は一度きりなんだから……思い出作りをしては駄目かしら?」

 

 少し不安げな表情……多分半分は本心だと思う。

 逆に言えば半分は演技、付き合いが長いのも善し悪し。

 

「それにあの後パスパレのみんなに叱られて大変だったわ」

 

「!?」

 

「……」「……」

 

 隣の麻弥さんとイヴちゃんの顔を交互に見るも顔を背けられた。

 ……千聖さんを二人が叱る光景なんて想像できない。

 

「えっと……思い出作りなら薫さんや花音さんの方が相応しいのでは?」

 

「あの二人とは連絡が付かないの。美咲ちゃんも音信不通だから、ハロハピのみんなで南極にペンギンでも見に行ってるんじゃない?」

 

「……あり得るかも」

 

 冗談のような事でも容易に想像できるのがハロハピの恐ろしいところ。

 美咲ちゃんの全てを諦めたような顔が目に浮かぶ、強く生きてくれ。

 

 

「にゃあ」

 

「車酔いは大丈夫みたい」

 

 友希那さんの膝の上にいたユキが私の膝の上に飛び乗ってきた。

 猫用ハーネスを着けているとは言え一緒に旅行なんて千聖さんに感謝。

 

「ユキさんはふわふわですね!」

 

「お世話が行き届いている証拠ですね」

 

「ゴロゴロ」

 

 普段から友希那さんのスキンシップを受けているお陰で、こんな状況でも喉を鳴らして気持ち良さそう。

 良くできた猫さんだ。

 もし過去の私もこれくらいフレンドリーだったら……。

 

 

「お弁当配ります」

 

 スタッフさんがお弁当とお茶を配り歩く。

 Roseliaの分まで用意してくれるなんて至れり尽くせり。

 後で改めてお礼を言わないと。

 

 

 

「――師匠、ワンコ師匠、お疲れですか?」

 

「……あぁ、イヴちゃん。ごめん、ちょっと意識飛んでた」

 

 お腹が膨れてちょっとウトウトしていたらしい。

 いけない、いけない。

 

「まだ先は長いです! 横になりますか?」

 

「……ん、ありがとう」

 

「イヴさんの膝枕。フヘヘ、良い写真が撮れそうです」

 

「にゃ~」

 

「ふふっ、ユキさんもお眠ですね」

 

「ジブンの膝の上にどうぞ」

 

「にゃん」

 

 

 

 

 

 

「まんまるお山に~」

 

「青薔薇を!」

 

「るんっ♪ ってきたー!」

 

 バスを降りるなり、彩さん、あこちゃん、日菜ちゃんが元気そうに飛び跳ねた。

 一時間以上バスに乗っていたのに元気すぎる。

 彼女達三人と熟睡していた私とユキ以外は大なり小なり疲れが見えるのに。

 特に――

 

「う~、未熟でした」

 

「ごめんね、イヴちゃん」

 

「い、いえ、私の精進が足りなかったせいです!」

 

 私の重たい頭を載せていたせいで足が痺れている模様。

 歩き辛そうなので責任は取らないと。

 

「ちょっと失礼」

 

「えっ」

 

 前に紗夜さんにしたように抱き上げる。

 うん、モデルだけあって良く引き締まってる。

 

「あぅ……」

 

「迷惑?」

 

「きょ、恐悦至極!」

 

 寝汗が臭うとか言われないでよかった。

 逆にイヴちゃんの匂いは……仄かに香る香水に隠れたイヴちゃんらしい匂い。

 表情が緩みそうになるので引き締めておかないと。

 

 

 バスから降りてしばらく歩くとコテージのあるキャンプ場に着いた。

 都会の喧騒も暑さも忘れる、湿度も高くなくとても過ごしやすい。

 夏でもこんな気候だったらエアコン代が節約できるのに。

 そうなると喫茶店のメニュー的には――

 

「……ワンコちゃん、そろそろイヴちゃんを降ろしてもらってもいいかしら?」

 

 千聖さんの冷たい笑顔に思考を中断して我に返った。

 抱きかかえたままのイヴちゃんの顔は少し赤い気がする。

 バイトの犬散歩で帰りたがらない大型犬を抱っこして帰るイメージが重なって注意不足だったか。

 

「ごめんイヴちゃん。私と密着してたから熱かったよね?」

 

「だ、大丈夫です! シントウメッキャク!!」

 

 私を気遣ってくれる優しい弟子、という名のバイトの後輩。

 これ以上赤くなる前に降ろして水分補給をさせないと。

 

 

 

 

「じゃあパスパレは撮影頑張るぞー♪」

 

「Roseliaは撮影の邪魔にならない範囲で自由行動ね」

 

 リーダー二人の言葉に各々頷き移動を開始する。

 さて、Roseliaのみんなは――

 

 

「ユキ散策するわよ」

 

「にゃ」

 

「アタシも行くよ♪」

 

 

「りんりんあっちに闇のオーラをバーンな洞窟があるって!」

 

「うん……あこちゃんにぴったりだね……」

 

 

 さて、私は――

 

「……ワンコさん」

 

「うん?」

 

「その……」

 

 いつもの凛々しい紗夜さんとは違い、何かを言い淀んでいる可愛らしい紗夜さん。

 チラチラと視線を向けている先は――日菜ちゃん。

 ああ、なるほど。

 

「折角だから撮影の見学でもしない?」

 

「……はい」

 

 控え目な返事。

 それでも平静を装った表情の裏に喜色が隠れているのは分かった。

 

 

 

 

「はーい、目線こっちで」

 

 カメラマンの女性の指示に従ってポーズをとり順調に撮影を進めていくパスパレのメンバー達。

 多少ぎこちなかった麻弥さんも千聖さんと彩さんが二言三言アドバイスしたら格段に表情が良くなった。

 驚いたことに日菜ちゃんがカメラマンさんやスタッフさんに積極的に改善点を伝えていたこと。

 

 ……立派にアイドルしてるじゃん。

 

 

「おねーちゃん、ワンコちゃん、どうだった?」

 

 自分の撮影が終わったのかこちらへ駆けてくる日菜ちゃん。

 笑顔満面ぶりに私と紗夜さんは顔を見合わせ軽く微笑む。

 

「問題を起こさなくて安心したわ」

 

「紗夜さんに同じ」

 

「もー! もっと褒めてくれてもいいんだよ♪」

 

 冗談めかした膨れっ面、はいはいあざと可愛いよ。

 

「撮影で汗をかいたでしょ? しっかり拭きなさい」

 

「はーい♪」

 

 何だかんだで日菜ちゃんの世話を焼く紗夜さん。

 空気を読める私はバーベキューの準備でも手伝ってくるか。

 

 

 

 

「ゲストなのにすみません」

 

「いえいえ、お世話になりっぱなしでは申し訳ないので」

 

 スタッフさんに許可を貰いお手伝い。

 食材を切ったり、薪を割ったり、灯油ランタンに給油したり……色々バイトをしているとこういう時に役に立つ。

 

 ついでに良い機会だから聞いてみるか。

 

「答えられたらでいいのですが、パスパレを傍で見ていてどう思います?」

 

「……アイドル好きが高じてこの仕事をしていますが、一緒に仕事ができて最高です!」

 

「私も~♪」

 

「全力で推せます!」

 

「それを聞いて安心しました」

 

 熱い称賛の言葉、去年バイトした時とは違い全員目が生き生きとしている。

 これなら安心、かな?

 きっと千聖さんの頑張りが実を結んだ証拠。

 

 

 安堵と共に豚肉を切っていると撮影に参加していたスタッフさんがこちらに駆けてくる。

 あんなに慌てて……嫌な予感が。

 

 

「猪が出たから屋内に避難して!」

 

 

 ……安堵したらこれか。

 パスパレも紗夜さんも戻ってきていないから行くしかないよね。

 

 

 

 

「ブシドー!」

 

「プギッ!」

 

 

 木刀を手に大きめの猪と対峙するイヴちゃん、後ろには千聖さんと彩さんか。

 他のメンバーやスタッフさんはじりじりと後ずさり中、良い判断。

 ……残りのRoseliaのメンバー達もそこにいたのは幸か不幸か。

 

 

 

 さあ、ここからは私の番だ。

 

 

 

 ゆっくりと鉈を左手に横から猪に近づくとあちらもこっちに気付いて向きを変えた。

 嬉しいことに私の方を脅威に感じてくれた模様。

 興奮しているがまだ理性は残っている……ならやりようはある。

 

 ほぼ無風の理想的な条件。

 

 

「フゴッ!」

 

 

 猪の突進を右に跳んで躱し振り向いたところへ――

 

 

「プハッ!」

 

「ッ!?」

 

「火!?」「トゥリ!?」「アゴーニ!?」

 

 

 眼前を覆いつくす炎。

 右手に握りしめていたライターで口から吐いた灯油に着火させたもの。

 当然猪を丸焼きにする程の火力は出せないけど熱を感じさせ――目論見通り焼かれる恐怖を与え戦意は削げた。

 

「ピギーッ!」

 

 再び向きを変えた猪は全速力で森の中に消えていった。

 鉈でやり合うなんて御免こうむりたいから上々の結果かな?

 

 

「うわ、灯油臭っ! これでうがいして」

 

 いち早く駆け付けたリサさんから渡されたペットボトルの中身を口に含み、口内に残った灯油と共にその場に吐き出す。

 甘い、凄く甘い。

 

「ありがとう、リサさん。アックスコーヒーじゃなかったらもっと良かったけど」

 

「文句言わないの。とりあえずお疲れ様?」

 

「師匠、お怪我はありませんか!?」

 

「うん、大丈夫。イヴちゃんもよく持ちこたえた」

 

 続いて抱き付いてきたイヴちゃん、半泣きが不謹慎ながら可愛い。

 あやす様に頭を撫でる。

 

「お見事でした。とりあえず警察には連絡しましたよ」

 

「ありがとう、麻弥さん」

 

「……本当に怪我してないわよね?」

 

「大丈夫ですよ、千聖さん」

 

 さて、猪が戻って来ると不味いから早くコテージに入らないと。

 同じ手は多分効かないから再戦は勘弁。

 狩猟免許も無いから色々と面倒だし。

 

 

 

 

 

 

「お肉美味しい~♪」

 

「彩ちゃん食べ過ぎは駄目よ。ごめんなさいね、リサちゃんに調理を任せてしまって」

 

「パスパレは撮影とかで疲れてるんだから任せてって。それに料理は好きだからね♪」

 

 リサさんがコンロ三台を駆使してバーベキューで使う筈だった食材を調理していく。

 相変わらずの手際の良さ、配膳が捗る。

 

 猪の危険があるので屋外のバーベキューと花火は中止、残念。

 更にテント客の安全確保の為Roseliaの方のコテージを提供することになったので、今はパスパレの方のコテージに全員集まっている。

 折角食材があるということでリサさんがスタッフさんに調理を申し出て許可を貰ったので、招待のお礼に夕飯はRoseliaが担当することに。

 

 まあ、リサさんが調理を譲ってくれないので他のメンバーが交代で配膳する形になったけれど。

 一番料理上手のリサさんには流石の紗夜さんも異議申し立てはできなかった。

 

「ふふっ、良い食べっぷりね」

 

「にゃん♪」

 

 ……友希那さんはアレなのでユキのお世話をしてもらっている。

 お気に入りのキャットフードまで用意してるなんて今のスタッフさんは優秀、麻弥さんあたりに聞いたのかな?

 

「ワンコ、スペアリブ焼きあがったよ♪」

 

「うん、テーブルに運ぶね」

 

 バーベキューコンロ用のポークスペアリブもカットしてフライパンで焼き上げ。

 絶妙な火加減で美味しそう。

 置く場所は勿論――

 

「はい、頑張ったイヴちゃんに今井筑前守からのご褒美」

 

「かたじけないです! ……でも、もしワンコ師匠が来なかったら」

 

「木刀一つで猛獣から仲間を守り通した、古の侍にも劣らない武功。さあもっと食べて私より強くなって」

 

「ガッテンショウチノスケです!」

 

 元気を取り戻し勢い良くスペアリブにかぶりつくイヴちゃん。

 うんうん、ワイルドな君も可愛いよ。

 

「ワンコちゃん、あまり焚きつけないで頂戴。ただでさえ素振りで筋肉が付きすぎなのに」

 

 千聖さんの小言は頭の片隅に入れておこう。

 

 

 

 

 

 

「……熱い」

 

 あまりの熱さに目を覚ますとあたりはまだ真っ暗。

 確か……食事の後お風呂に入って湯上りのフルーツ牛乳をキメてトランプやボードゲームで遊んで。

 ベッドの数の関係でパスパレは洋室、Roseliaは和室で就寝した筈。

 目が暗闇に慣れてきて横を見ると――

 

「ブシドー……」

 

「フヘヘ……」

 

 二人とも寝言まで可愛い、じゃなくてなんでイヴちゃんと麻弥さんが?

 

「……うーん」

 

「……るんっ♪」

 

 うん、日菜ちゃんが紗夜さんに夜這いするのは予想してた。

 うなされているからどいてあげて。

 

 ……他に大きな布団の膨らみが二つあるけど見なかったことにしよう。

 

 

 すっかり目が冴えちゃったから何か飲もうかな?

 

 

 

 

 リビングに行くとソファーには先客が。

 

「あら、ワンコちゃん」

 

「千聖さんも起きました?」

 

「ええ、気付いたら部屋には彩ちゃんしかいなくて驚いたわ」

 

「……和室に三人います」

 

「ふふっ、旅行は人を開放的にさせるわね」

 

「ですね」

 

 キッチンでグラスに水を注ぐと千聖さんの対面のソファーに……座ろうとしたけど、手招きされたので横へ。

 水で乾いた喉を潤し静寂に身を任せる。

 

 

「……ごめんなさい。偶然とはいえ今回も巻き込んでしまって」

 

「千聖さんの所為じゃないですし、いつものことですよ」

 

「っ! そうやってあなたはいつも笑って!」

 

「『犬も歩けば棒に当たる』つまりそういうことです」

 

「…………馬鹿。狡いわよ。そんな風に言われたら突き放せられないじゃない……」

 

「人生シロサギ、クロサギだけじゃないですから」

 

「全然上手くないわよ。罰としてベッドまで私を運びなさい」

 

「運ぶだけでいいんですか?」

 

「…………意地悪」

 

「レオンくんの代わりに添い寝しますね」

 

「言わなくていいから!」

 

 

 

 

 翌朝一騒動あったけど……他言無用とのこと。

 墓場まで持っていく事が多過ぎるね。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


アンケートにご回答をお願いします。


<備考>

白鷺千聖:もう一度、向き合いたい。

若宮イヴ:若宮イヴもかくありたい。

今井リサ:諦観からのフォロー専念。

大和麻弥:こんなこともあろうかと不発。

丸山彩:朝起きたら……見なかった事にして二度寝。


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その他2(シーズン1~2)
その他-12:初夢(シーズン1冬)


明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


真冬に真夏の話は書けなかったので。


「――起きて、ワンコ。起きて」

 

「う~ん、ちょっと待って」

 

 聞きなれた大好きな声に意識を覚醒させ体を伸ばす。

 

 ――あれ、何だか違和感が。

 

 とりあえず目を開けるとそこには艶やかな薄紫色の毛並の美猫さんが。

 このパターンは――

 

「もしかしなくても友希那さん?」

 

「そうよ。毎回夢に出てくるなんてそんなに私の事が好きなのかしら?」

 

 猫の姿をしていても分かる悪戯っぽい笑顔。

 どんな姿になっていても可愛いんだから。

 

「うん。なのでモフモフさせて……あれ?」

 

 友希那さんを撫でようと差し出した自分の手に違和感。

 毛深い上に肉球があったりする。

 

「ふふっ、ワンコもわーんちゃんになっているわ」

 

「!?」

 

 急いで首を回らせば黒い毛並。

 それに視界に違和感……犬の鼻か!

 優しく手、いや前足で触ると確かに自分のものだという感触がある。

 

「分かったかしら?」

 

「うん。で、なんで友希那さんは私の毛を舐めてるの?」

 

「仕方ないでしょ。グルーミングは猫の習性なんだから」

 

 ペロペロというかゴシゴシ。

 不快ではないけど少しこそばゆい。

 親愛の証だと思えば悪い気はしないけど。

 

 気の済むまでさせてあげよう。

 

 

 

 

 

 

「待たせたわね」

 

「満足できたみたいで良かった」

 

 友希那さんの唾液で少し湿ったけど彼女が満足げな表情なので私も嬉しい。

 普段表に出てこない無意識に隠している感情だったりして。

 

「で、この後はいつも通りRoseliaのみんなを探せばいいのかしら?」

 

「多分」

 

 どういうわけか私、というか私達の夢は全員集合すれば目を覚ますパターンが多い。

 夢の続きは現実で何とかしろってことなのかな?

 

「それじゃあ、行くわよ」

 

「うん、了解」

 

 子猫と大型犬の珍道中。

 さてはてどうなることやら。

 

 

 

 

 

 

「友希那~♪」

 

「きゃっ……もう、リサったら急に飛び出してこないで」

 

「ゴメン、ゴメン♪」

 

 草むらから飛び出してきたのは野生のリサさん、じゃなくて茶色の兎。

 どう考えてもリサさんだけど。

 兎が猫を組み敷いているのって下剋上過ぎる。

 

「リサ……ごめんなさい」

 

「えっ!?」

 

 友希那さん(猫)が謝罪の言葉を口にしたらと思ったらリサさん(兎)を振りほどき耳に噛みついた。

 

「甘噛みしちゃらめぇー!」

 

「ふふっ、兎になっても耳が弱点のようね」

 

「そんなこと言われたって~」

 

「友希那キャットはアグレッシブなのよ」

 

 ……私は何を見せられているんだろう。

 ただの猫と兎のじゃれ合いにはどうしても見えない。

 

 

 とりあえず二人とも楽しそうで良かった。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……友希那……激しすぎ」

 

「猫だから仕方ないわ」

 

 満足したのかリサさん(兎)を解放し、しれっと自分の前足を舐めている。

 その姿は完全に猫だ。

 

「リサさん、お疲れ」

 

「……あっ、黒犬の方はワンコか」

 

「この扱いの差」

 

「しょうがないじゃん! 友希那にあんなに激しくされたら……」

 

 自分で口にして赤面するリサさん(兎)……面白い。

 

「冗談。次は私がリサさんを」

 

 

「えー、私もー」

 

 

「誰?」「誰っ!?」

 

 聞いたことのある声に振り向けば兎がもう一羽。

 この不思議な雰囲気の兎は――

 

「たえちゃん?」

 

「おー、流石ワンコ先輩」

 

 どうやら当たったみたいだ。

 兎関連だと兎ピアスのリサさんと兎大好き花園ランドのたえちゃんのイメージが強い。

 

「たえちゃんも兎なら別にリサさんを可愛がらなくても」

 

「可愛い兎がいたら愛でるのが花園家の掟です」

 

「そっか、じゃあしょうがないね。お先にどうぞ」

 

「え、アタシの意思は!?」

 

 夢の恥はかき捨てって言うし……言わないか。

 まあ年下のお願いだから仕方ない。

 

 

 

 

「……ワンコ、起きたら覚悟してよ?」

 

「まあまあ」

 

「落ち着きなさい、リサ。それに収穫はあったでしょ?」

 

「……一応」

 

 新たな兎を求め私達と別れたたえちゃん。

 別れ際にお礼としてビニール袋に入った茄子をくれた。

 多分自然分解する袋だから無料。

 

「これが初夢だとすると後は富士山と鷹かな?」

 

 縁起の良い一富士二鷹三茄子。

 四以降もあった気がするけど忘れた。

 

「そうね」

 

「その前に残り三人を見つけないと」

 

 目標が定まれば後はそれ目掛けて邁進するだけ。

 私達Roseliaにとってはいつもの事だ。

 

「さあ、先に進むわよ」

 

 

 

 

 

 

「…………紗夜、あなた何をしているの?」

 

「ち、違うんですこれは!」

 

 歩き始めて少し、直ぐに紗夜さんらしきアイスグリーンの狼っぽい犬が見つかった。

 ……ポテトフライを咥え、前足がくくり罠に嵌った状態で。

 恋は盲目、色気より食い気。

 

「あはは、ポテト好きすぎでしょ♪」

 

「とりあえず外すのでじっとしてて」

 

「…………すみません」

 

 

 

「っと、外れた」

 

「ありがとうございます」

 

 犬の手なので大分手こずったけれど何とか解除完了、夢補正万歳。

 舐めて確かめてみたけど紗夜さんの前足に異常が無いようで何より。

 

 

 でも、何故か紗夜さんはモジモジと。

 

 

「……迷惑ついでに……お尻の匂いを嗅いでもよろしいですか?」

 

「紗夜っ!?」

 

「そんな願望があったのね」

 

「い、犬の習性です! 決して現実でそんなことを願っているわけではありません! そもそも犬の肛門には――」

 

 赤面して早口で犬の習性についてまくし立てる紗夜さん。

 流石に可愛そうなので紗夜さんにお尻を向け尻尾を立てる。

 

「犬の散歩をしてれば割とよくあることだから別にいいよ」

 

「ワンコさん……ありがとうございます!」

 

 クンクンと紗夜さんが私のお尻の匂いを熱心に嗅ぐ。

 たまに鼻息がこそばゆい。

 もし今おならしたら……頑張れ私。

 

 

 基本的には初対面の犬の情報を得る為にすることだった気がするけど……彼女の名誉の為に黙っておこう。

 

 

「ふぅ……ありがとうございました」

 

「満足した?」

 

「はい。では次はワンコさんの番ですね」

 

「えっ」

 

 紗夜さんがお尻を向け尻尾を上げた。

 そしてチラチラと期待に満ちた視線を送ってくる。

 

 友希那さんとリサさんは生暖かい目で見守って……絶対楽しんでる。

 特にリサさんは先程の仕返しとばかりに。

 

 

 でも……私も女だ。

 

 覚悟を決めて犬としての責務を全うしよう。

 

 

 

 

 

 

「さーて、次は誰が出てくるかな~♪」

 

「ええ、楽しみですね」

 

「はしゃぎ過ぎよ、二人とも。ふふっ」

 

 上機嫌の三人の後を首に茄子の入ったビニール袋をぶら下げて歩く私。

 人間として大事なものを失った気がする、夢だけど。

 結構惹かれる匂いだったのが逆に辛い。

 

「あれ、なんかこっちに向かって飛んできてない?」

 

「本当ですね」

 

「流れからして鷹かしら?」

 

「でも黄色くない?」

 

 黄色い鷹ってまさか――

 

 

「ワンコー!」

 

「こころちゃん!?」

 

 こころちゃん(鷹)の体当たりを仁王立ちになり何とか受け止める。

 流石四年連続日本一の威力、ただの犬だったら吹き飛ばされてた、流石私。

 

「慌ててどうしたの?」

 

「燐子が全然起きないの! これじゃあ遊べないわ!」

 

 流石こころちゃん、展開が早い。

 

 

 

 

 

 

「あれってパンダだよね?」

 

「パンダですね」

 

「パンダね」

 

「燐子さん……立派になって」

 

「ね、燐子でしょ?」

 

 こころちゃんの案内で先に進むと燐子さん(パンダ)が大の字になって眠っている。

 いつもの小動物のような繊細さを微塵も感じさせない王者の風格。

 普段でもこうだったら……あこちゃんを中ボスに押しやるラスボス感が。

 

「全然起きないのよ」

 

 こころちゃんの羽が飛び散るくらいの勢いで叩いても目を覚まさない燐子さん。

 流石に噛むわけにもいかないしどうすれば。

 

「あ、お姫様は王子様のキスで目を覚ますよね?」

 

「それよ、リサ! 絵本にもそう描いてあったわ!」

 

「となると」

 

「ワンコでいいんじゃない?」

 

「女子度を否定された上に投げやり感が酷い」

 

 拒否権があるわけでもないのでリーダーの指示通り燐子さんに近づく。

 

 まあ夢だし……いいよね?

 

 

 寝ている燐子さんの横に行き口付けを……犬の構造上人間のようにはし辛い。

 こころちゃんの前だし軽く触れる程度許してもらおう。

 

 

 チュ♪

 

 

 傍から見れば犬とパンダの軽い口付け、の筈だったけど――

 

「!」

 

「!?」

 

 いきなり燐子さんの舌が私の閉じた口を割り中へ。

 そして私の舌に絡みついてきて――

 

 

「キスってこんなに激しいものなのね! 今度美咲に試してみるわ!」

 

「友希那~」

 

「全くリサは欲しがりさんね」

 

「…………羨まし、はっ、破廉恥です!」

 

 外野は何やら盛り上がっているようだけど私は逃れるのに必死。

 笹食いで鍛えた舌に燐子さんのテクニックがユニゾン。

 自分でも何を言っているのか分からないけれど油断すれば蹂躙される。

 

 ……夢の中で何やってるんだ私?

 

 

 

 

 

 

「……ご迷惑……お掛けしました」

 

「目が覚めて良かった」

 

 何とかしのぎ切ったものの疲れ果てた私は燐子さん(パンダ)に膝枕してもらっている。

 我ながらユニークな光景。

 

「弦巻さんが落としていった鷹の羽が手に入りましたので最後は富士山ですね」

 

「富士山は……あの山かしら?」

 

「うっひゃー! 結構距離あるよ!?」

 

 遠くにそびえ立つ雪化粧の富士山。

 前に登山した時は…………夢の中でリベンジとはね。

 流石にゼロ合目スタートは勘弁してほしいけど。

 

「五合目行きのバスなら……そこの停留所から……」

 

 ……夢は便利。

 

 

 

 

 

 

「もー、遅いよー!」

 

「ごめん、あこちゃん」

 

「ごめんね……あこちゃん……」

 

 富士山五合目で待っていたのはあこちゃんだった……姿はユキヒョウだけど。

 

「その姿ってもしかして」

 

「えへへっ、多分この前新宿のファッションビルで買った服の影響!」

 

 ガールズバンドとコラボしてたやつだっけ。

 あこちゃんに良く似合ってる耳・尻尾付きのコート。

 実年齢より若く見えるあこちゃんにはとても似合っていたりする。

 

「まさに雪山の支配者感」

 

「格好良いよ……」

 

「ありがとう♪」

 

 私の言葉が嬉しかったのか長い尻尾をマフラーのように首に巻き付けてくれた。

 ……とっても暖かいよ、これ。

 そう言えば残りの三人は――

 

「寒いわ」

 

「野生の兎じゃないんだからむーりー」

 

「私も室内犬ですので」

 

 バスから降りてこない。

 意外なRoseliaの弱点。

 まあ寒いと演奏も難しいから仕方ないか。

 

 てっきり登頂すれば夢から覚めると思ったんだけど……どうしたものか?

 

「ワンコ先輩、暖かくなればいんですよね?」

 

「うん。何か方法が?」

 

「えーっと、おねーちゃん顕現せよ!」

 

「!?」

 

 いきなり吹雪に見舞われたと思ったら直ぐに止んだ。

 そしてそこには数十体の巴ちゃんを模した雪だるまが整列。

 

「ソイヤ!」

 

『ソイヤ!!』

 

 あこちゃんの掛け声と共にジャンプして着地、それにより起きる地響き。

 

「まさかこれって」

 

「活を入れたら温泉が湧き出るかと思って♪」

 

 あこちゃんが言い終わるのと同時に立っていられないほどの振動。

 ツッコミを入れる暇もなく私達は湧き出たマグマに飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

「まさかのデッドエンド!? ……あ、夢か。というか足が熱い」

 

 どうやら炬燵に足を入れたまま寝落ちしていたらしい。

 そういえばRoselia全員で私の部屋で夜更かしをしていたっけ。

 過去の事、今の事、未来の事、中々話題は尽きなくて。

 

 時刻は……零時を過ぎてるから一月二日か。

 ということは今のが初夢?

 ……途中までは良かったけど流石にオチが酷い。

 

「熱い……」

 

「う~ん、う~ん」

 

「ひにゃ……」

 

「助けて……」

 

「ソイヤー」

 

 あー、何かの拍子で炬燵の温度調節ツマミがマックスになってる。

 先ずは電源を切って、と。

 後は五人を起こさないように布団に寝かさないと。

 

 

 まだ夢の中ならいい夢にできるかも知れないし。

 

 

 さあ悪夢からの大逆転、決めちゃいますか。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

湊友希那:人間時より運動能力は高い。

今井リサ:愛され系。

氷川紗夜:本能と理性が喧嘩。

白金燐子:策士。

宇田川あこ:魅惑の尻尾。

ワンコ:脱ぼっちで幸せ。


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その他-13:初売り(シーズン1冬)

最新話が一番下に来るようにした方が読みやすいでしょうか?


 飛び交う咆哮、迸る血潮、そして乱れ舞う紙幣。

 

 飢えた獣の博覧会、百花繚乱の夢舞台。

 

 年の初めの総力戦……そんな戦場、初売り中のショッピングモールに私はいる。

 

 

 

「お待たせ―、見事ゲットしたよ♪」

 

「おめでとう」

 

 両手に買い物袋を提げてご満悦のリサさん。

 既に私の足元にはたくさんの戦利品、また増えた。

 壁際に立っているので通行の邪魔にはなっていないけど、これ以上増えたらこの限りではない。

 

「お財布は大丈夫?」

 

「勿論♪ 二人と一緒に勉強してたら期末試験で自己最高位! お年玉も増額ってわけ」

 

「なるほど」

 

 勉強嫌い、というか基本的に赤点を回避すれば良いというポリシーをお持ちの友希那さんを、二人と一匹で監視した余波がそんなところに。

 ……一石二鳥?

 

「あれ、友希那は?」

 

「待ちくたびれたから本屋に行ってくるって」

 

「うーん、初売りのこの人混みで大丈夫かなぁ?」

 

「スマホ持ってるし流石に……多分大丈夫、きっと、恐らく」

 

「そ、そうだよね……」

 

 リサさんと各々微妙な表情で顔を見合わせる。

 良くも悪くも予想の斜め上の行動をするのが我らがリーダーだし。

 花音さんレベルの迷子ではないけど気付くといないことも少々。

 

「ところでワンコにお願いした分は全部買えた?」

 

「うん、ミッションコンプ」

 

 少し得意げに依頼された戦利品を指差す。

 リサさんの目利きを必要としない福袋、それなら私でも買い回れる。

 事前に紗夜さんや燐子さんと攻略法を考えたのも大きいけど。

 モールにあるバイト先から入手した人の流れのデータと店の位置と販売量、後は私の身体能力で何とかできた。

 二人には何かお礼をしないと。

 

「ありがと♪ お礼に似合いそうなのがあったらあげるから」

 

「私より友希那さんを着飾ってあげて」

 

「大丈夫、そっちはちゃんと別に確保してあるから♪」

 

「流石」

 

 相変わらず友希那さんラブを発揮していて心強い。

 リサさんの所為で友希那さんのクローゼットは満員御礼だけど。

 

「ワンコの方は買いたいもの無いの?」

 

「うーん、特に無いかな」

 

 身の回りで不足しているものは無いし、これといって欲しいものも。

 衣服は湊夫妻が面白がって色々買ってくれるので実は供給過多。

 

 友希那さんとユキと合わせて三姉妹コーデは流石に恥ずかしかった……。

 

 

 

 

「あ、ワンコ先輩!」

 

「ちょ、香澄!」

 

 リサさんがお手洗いに行ってすぐポピパの香澄ちゃんと有咲ちゃんに話しかけられた。

 相変わらず良いコンビっぷりを発揮している。

 問答無用で抱き着いてくるのも慣れているので、星形の髪型を崩さないように頭を軽く撫でる。

 

「お、香澄ちゃんも有咲ちゃんも初売り狙い?」

 

「はい! お目当てのコレも買えました♪」

 

 香澄ちゃんが首から下げた星の付いたペンダントを本当に嬉しそうに見せてきた。

 香澄ちゃんの大好きな星、だからそんなに――

 

「有咲とお揃いで買ったんですよ!」

 

「ほほう」

 

 有咲ちゃんの方を見ると真っ赤になって胸元を押さえている。

 しっかり付けているみたい。

 ……付けるまでに恥ずかしさで一悶着あったのが窺い知れる。

 

「有咲ちゃん」

 

「な、何ですか?」

 

「並んでるところスマホで撮るからペンダント出して」

 

「はぁ!?」

 

「流石ワンコ先輩! 有咲~早く~」

 

「だー、分かったから人前で抱き着くな!!」

 

 真冬なのに真夏のような熱々っぷり。

 おずおずとペンダントを胸元から取り出す有咲ちゃんが初々しい。

 

 そして撮影の瞬間に香澄ちゃんが有咲ちゃんの頬にキスをキメてやべー画像ができあがってしまった。

 

「香澄っ!!」

 

「え~、あっちゃんにはいつもしてるし有咲にだって――」

 

「それ以上喋るな!」

 

 ……うん、聞かなかったことにしよう。

 さっさと二人に送らないと。

 

「くしゅん! ……あっ」

 

「『あっ』って何ですか!?」

 

「ごめん、ガールズバンドのグループに送っちゃった」

 

「はぁ!?」

 

「も~、ワンコ先輩ったらおっちょこちょいなんだから~」

 

 途端に鳴り出す三人のスマホ。

 

 三人ともそっと電源を切った。

 

 

 

 

 

 

「お、ワンコさん!」

 

「ワンコ先輩、さっきの画像見ましたよ♪」

 

 足早に去っていったポピパの二人と入れ替わるように、今度はAfterglowの巴ちゃんとひまりちゃんが登場。

 巫女仲間の巴ちゃんは自慢の筋肉を生かして大量の荷物を抱えている。

 実に男らしい、ん、何か違ったか。

 

「それってひまりちゃんの?」

 

「はい。ひまりったらあれもこれも欲しいって」

 

「だって~。ワンコ先輩の方こそ大量じゃないですか」

 

 ひまりちゃんに指を差された大量の荷物。

 

「いや、どう見てもワンコさんのじゃないだろ」

 

「そうだよね。明らかに買わなそうな店の袋だし」

 

 分かってらっしゃる。

 

「そうそう、全部リサさんの」

 

「……お互い大変ですね」

 

「お姫様から頼りにされるのも誉ってことで」

 

 同じ境遇に親近感が湧く。

 まあファッションセンスは雲泥の差だけど。

 

「きゃー巴、お姫様だって!」

 

「はいはい、とっとと買い物済ませてラーメン屋に行こうぜ」

 

「もー分かったってばー。あ、ワンコ先輩、私達も有咲みたいに撮ってもらえますか?」

 

「任せて」

 

 ひまりちゃんからスマホを受け取り撮影体勢に。

 おー、背伸びしたひまりちゃんが巴ちゃんの肩に頭を乗せ満面の笑み。

 巴ちゃんも心持ちしゃがんでいるあたり息もぴったり。

 

 これも良い画になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

「探したわよ」

 

「ふふーん、まんまるっとお見通しだよ♪」

 

 ドヤ顔の千聖さんと相変わらず珍妙なキメポーズを取る彩さん。

 お願いだから人気アイドルが目立つことしないで。

 変装ばっちりな千聖さんと違って彩さんなんか逆に目立ってるし。

 

「何か用ですか?」

 

「香澄ちゃんやひまりちゃんの画像がアップされたから私達も撮ってもらおうと思って」

 

「買い物袋と背景から場所を特定したのは私だからね♪」

 

 ガールズバンド内で謎のブームが。

 まあ、いいけどね。

 快諾して千聖さんからスマホを受け取る。

 

「彩ちゃん、令和ポーズでいくわよ」

 

「任せて♪」

 

 あー、はいはい逆ピースのあれ――

 

 

「令」「令」

 

「「和」」

 

 

「お笑い芸人の方か!」

 

 思わずツッコミを入れてしまったけど、何とか手ブレなしに撮影。

 見事に決まってるけど……パスパレの将来が不安になってきた。

 日菜ちゃんはアレだし、イヴちゃんはブシドーだし……麻弥さん、頼んだ。

 

「ち、千聖ちゃん、バランスが……きゃっ!」

 

「えっ!?」

 

 彩さんがバランスを崩して千聖ちゃんを押し倒す。

 あー、この角度だとがっつりキスして見える……もちろん撮影して先程の「令和」と一緒にアップ。

 

「全く……体幹は私よりしっかりしているのに何やってるのよ」

 

「えへへ、ごめんね♪」

 

 誤魔化し笑いを浮かべる彩さんのおでこをつつく千聖さん。

 微笑ましい光景だけど周りから注目浴びてるからね?

 

 

 

 

 

 

「あ、わーくん見っけ!」

 

「はぐみステイ! 花音さんこっちですよ」

 

「ふえぇ~!」

 

 まさかのハロハピからは三人。

 美咲ちゃんが新年早々お疲れ様になりそうな組み合わせ。

 

「わーくんに写真を撮ってもらうと良いことが起きるんだって♪」

 

「初耳なんだけど、美咲ちゃん?」

 

「……実は戸山さんペアが福引でお米一袋当てたり、上原さんペアがスイーツ食べ放題券を当てたとかで」

 

 ……偶然というか当人達の運のような。

 金額的にそこまででもないのが微笑ましい。

 

「はぐみちゃんは何か欲しいの?」

 

「ううん、みーくんとかのちゃん先輩が幸せになったらなーって」

 

「はぐみ……」

 

「はぐみちゃん……」

 

 相変わらず良い子過ぎて涙腺が緩みそう。

 天使がここにいた……少しパワフルだけど。

 

「ちゃんとこころんと薫くんも呼んだからそのうち来ると思うけど」

 

 ……うわ、カオスな予感しかしない。

 とっとと帰りたいけどリサさんも友希那さんも戻ってこないし。

 ……まさか、ね?

 

「美咲ちゃん、えっとね――」

 

「――分かりました」

 

 美咲ちゃんと花音さんがはぐみちゃんに聞こえないように小声で相談。

 ……うん、終わったみたい。

 

「それじゃあ三人寄って」

 

「は~い」「うん!」「はい」

 

 美咲ちゃんから渡されたスマホを構える。

 はぐみちゃんを真ん中にスタンバイ。

 

 

「ハッピー、ラッキー、スマイル」

 

「チュッ」「イエーイ!?」「チュッ」

 

 

 ……二人ともやるなぁ。

 天使が真っ赤になってる。

 

 思わずアップしちゃった。

 

 

 

 

 

 

「お、お待たせ……」

 

「待たせたわね」

 

「お帰り」

 

 ヨレヨレのリサさんとばつの悪そうな友希那さん。

 本屋で迷子に懐かれた友希那さんが迷子センターに行こうとしたら人混みに流されて。

 それを見かけたリサさんが頑張って……。

 更に迷子センターにいた子供達が不安そうだったから、友希那さんと一緒に笑顔に……慈愛の女神か。

 

 数十メートル先でそんな面白、大変なことが起きていたのに参加できなかったのは無念。

 年が明けたからといって浮かれていないで、気を引き締めていかないと。

 

「ワンコもワンコだよ、スマホの電源切っちゃって連絡付かないし! グループにはイチャラブ画像の投稿が引っ切り無しだし!」

 

「ごめん、操作ミスで」

 

 あー、着信がやばかったから電源切りっぱなしだった。

 そろそろつけても大丈夫かな?

 

「……ガールズバンドのほぼ全員の着歴が」

 

 特にポピパの残り三人からの着信が多い。

 有咲ちゃん、がんばれ。

 

「リサ、ワンコ、私達だけ画像が無いのは問題よ」

 

「友希那~♪ しょうがないから三人で撮ろっか?」

 

「私も?」

 

「当然よ」「勿論♪」

 

 ノリノリのリサさんと満更でもない友希那さん。

 

 それなら私も最高の表情で……。

 

 

 

 さてさて新年早々騒がしい私達、今年はどんなことが起きるのかな?

 

 ぼやぼやしてるとリードごと引き摺っていくからね。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

湊友希那&今井リサ:ファッションショーin今井邸。

戸山香澄&市ヶ谷有咲:ポピパ緊急招集でお米一袋完食。

宇田川巴&上原ひまり:ラーメン。

白鷺千聖&丸山彩:ネタ出し。

北沢はぐみ&松原花音&奥沢美咲:カレーセットが当たったので弦巻邸でカレーパーティー。

ワンコ:午後は巫女助勤。


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その他-14:初仕事(シーズン1冬)

何とか一月中に投稿。


『ワンコちゃん助けてー!』

 

「彩さん落ち着いて。まずは深呼吸して」

 

 正月早々電話口から聞こえる彩さんの必死の叫びを聞きつつユキを撫でる。

 私の股の上、正確には炬燵の掛け布団の上が丁度良い温度なのかすっかりお寛ぎ。

 出会った頃と比べると見違える程大きくなったとは言え、まだまだ軽い軽い。

 

 隣では友希那さんが届いた年賀状を一枚一枚興味深そうに眺めている。

 今回は私と連名で年賀状を出したので、人生で一番多くの年賀状が届いたのだとか……私もだけど。

 紗夜さんとか薫さんとかはそれぞれに送ってくれたので律儀だな、という感想。

 ……直接手渡してきたリサさんみたいな剛の者もいたけど。

 

 

『すーはーすーはー……ご、ごめんね、急に』

 

「うん、事情を話してみて」

 

『実はね――』

 

 

 事の発端は彩さんが個人で配信している動画の『まるやま*チャンネル』……私も欠かさず見ているやつ。

 今回は正月という事でそれにちなんだ内容で撮ることに。

 ところが、

 

・駒回し……絶対何か壊すからと親御さんから却下

・凧あげ……転んだり電線に引っ掛けるからと千聖さんが却下

・餅の早食い……絶対危険なので事務所が却下

 

 ……ちょっと面白そうだけど却下されたらしょうがないか。

 個人配信でも周囲が全力で止めに入るってある意味凄い。

 

 だけど何で私に白羽の矢?

 

「他のパスパレメンバーは?」

 

『みんな用事があるんだって』

 

 ……あのメンバーなら喜んで参加しそうだからきっと残念がっている筈。

 それなら私が彼女達の分も頑張らないと。

 

 

「うん、協力するよ」

 

『ありがとう!』

 

「それで何処へ行けば?」

 

『それじゃあ――』

 

 

 

 

 

 

「こんにちは、ワンコちゃん、友希那ちゃん、ユキちゃん♪」

 

 何故か湊家の私の部屋に来た。

 

「環境を変えた方が良いアイデアが浮かぶかなーって」

 

「そうね、でも炬燵の誘惑に耐えられるかしら?」

 

「ううっ、頑張るよ!」

 

 何故かドヤ顔の友希那さん。

 まあ私の部屋とは言え炬燵を一番使っているのは友希那さんだけど。

 

「友希那さんも彩さんの動画に興味あるの?」

 

「ええ、アイドルの頂点を目指す丸山さんのファンを楽しませる為に全力を尽くす姿勢、学ぶべきものはある筈よ」

 

「照れちゃうな~♪」

 

 嘘偽りのない友希那さんの言葉は心に響く。

 肝心の動画は……千聖さんが頭を抱えるものが多いけど。

 

「丸山さんの動画はオチがついてなかったり意味不明だったりするところが魅力的だわ」

 

「うっ!」

 

 千聖さんのダメ出しとは真逆だけど彩さんにダメージを与える言葉、賞賛の一撃。

 事実だからフォローしようがない。

 

「そう言えば他のパスパレメンバーも彩さんに倣って動画上げてたよね?」

 

「うんうん、みんなの動画も個性が出てて面白いんだ! 再生数と登録者数は私より多いけど……」

 

 落ち込んじゃった彩さんをよそにノートパソコンでお気に入りからパスパレメンバーの動画を再生。

 

 

 

『今日のちさ散歩は地元の商店街に来てみました』

 

 まずは千聖さんの散歩動画『ちさ散歩』

 最初は電車の乗り換えを克服するため途中下車の旅にしようとしたらしいけど事務所から止められたとか。

 ……本州から出たりきさらぎ駅に行きそうなレベルで苦手なので英断だと思う。

 内容は持ち前のトーク力を生かし地域住民と触れ合ったり、地域の新たな魅力を再発見したりと高評価。

 番組化のオファーも来ているという噂も。

 

 

 

『それじゃあ今日は冬の星座について話すね♪』

 

『ちょっと日菜。しっかりマフラーを巻きなさい』

 

 次に日菜ちゃんの星空動画『日菜のるんるんるーんっ♪』

 豊富な星にまつわる知識と軽快なトーク、そしてたまにゲスト参加する紗夜さん。

 見ているこっちまで楽しくなってくるけど、たまに意味不明な表現……まあそこも魅力だったりするんだろうけど。

 寒い中紗夜さんお疲れ様です。

 

 

 

『それでですね。このシリーズのセールスポイントとしては――』

 

 麻弥さんの楽器解説動画『まや*チャンネル』

 毎回楽器や機材に関してひたすら麻弥さんが語りつくすという。

 緩いタイトルとガチな内容のギャップが激しいけど音楽関係者からの評価は高いらしい。

 友希那さんもお気に入りみたいだし。

 

 

 

『いざ……キェーイ!』

 

 イヴちゃんの日本文化挑戦動画『ブシドーイッチョクセン!』

 様々な日本文化に挑戦するというコンセプトだった筈が……見事な猿叫。

 事務所的にコレはオーケーなの?

 フィンランド語字幕付きのこの動画の影響か母国でも剣術がブームになってきたとか。

 

 

 

「……改めて見るとみんな凄いね」

 

「現状に甘んじない姿勢、流石だわ」

 

「うん……それぞれ持ち味を生かしてる」

 

 これらと比肩し得る動画ってかなり難しいのでは?

 パスパレ恐るべし。

 でも一番初めの投稿者としては意地を見せたいところだろうし。

 

「丸山さんの特徴と言えば……どんな時も笑顔を忘れないアイドル精神かしら」

 

「うん、彩さんの笑顔に救われたってよく聞くし」

 

「そ、そうかな、えへへ♪」

 

 約一名ドジっぷりにるんっ♪ てきたとか言ってたけど黙っておこう。

 さて、それをどう動画に生かすか。

 

「路線的には『何々してみた』でいい?」

 

「うん、いきなり路線変えちゃうと今の登録ユーザーに申し訳ないし」

 

「……良いことを思いついたわ」

 

「!」「!?」

 

 自信満々の友希那さんが私達に突き付けたのは……こころちゃんの年賀状。

 独特のセンスで描かれたイラストは、富士山の周りを鷹と茄子に乗ったハロハピメンバーが飛んでいるもの。

 ……こんなライブをしたいとせがまれる美咲ちゃんの姿が目に浮かぶ。

 

「富士山の頂上でいつもの決めポーズを取るのはどうかしら?」

 

「友希那ちゃん……天才なの!? それいいかも!」

 

 滅茶苦茶乗り気の彩さん。

 ボーカル同士相通じるものが……蘭ちゃんだけは全力で否定しそうな気がするけど。

 

「でも冬の富士山は危険。登山のプロでも遭難するレベル」

 

「えー、残念!」

 

「夏になったらやりましょう?」

 

「うん!」

 

 友希那さん諦めてないんだ。

 まあ日本の頂点から見る景色ってのはRoseliaに必要かもしれない。

 ……ちょっとソイヤ気味かな?

 

「ワンコは何か思いつかないの?」

 

「う~ん」

 

 私も年賀状にヒントを求めて炬燵の上に並べてみた。

 

 

 餅つき……つくのが彩さんだと合いの手担当の手が心配

 羽根突き……アイドルの顔に墨を塗るのはちょっと

 福笑い……絵的に微妙

 ポテト……おい氷川日菜

 空飛ぶポピパ……やっぱりボーカルって

 

 

 一部フリーダムな年賀状。

 彼女達らしさが出ていて悪くはないけど。

 

 

「いっそのこと余ったおせちの美味しい食べ方でもやろうかなぁ……」

 

「興味はあるけど丸山さんの新年一発目の投稿としてはどうかしら?」

 

「そうだよね~インパクトがね~」

 

 頭を抱える彩さん。

 さてはてどうしたものか。

 

 

 

 ♪~♪~♪~

 

 

 

「あ、電話だ。ちょっと失礼」

 

 炬燵から出て部屋の外へ。

 非通知の電話、ちょっと嫌な予感が。

 

「……もしもし」

 

『Happy New Year! 元気にしてたドッグ?』

 

「ああ、マスターお久しぶりです。あけおめ」

 

『あけおめ? ああ日本のスラングね』

 

「もしかして日本に?」

 

『それはもう少し先ね。気が向いたから連絡しただけよ』

 

「ありがとうございます。優しいマスター」

 

『フンっ!』

 

 電話の向こうで照れているであろう彼女を想像して口元が緩む。

 

『こほん、日本だと新年に目上の者が目下の者にプレゼントするって言うじゃない。何か欲しいものはある?』

 

 普段口は悪いのにそういうところは律儀。

 大物になる予感しかない。

 

 

 あ、もしかするともしかするかも。

 

 

「そういえば撮影会社に伝手ってあります?」

 

『唐突ね。面白そうな話なら聞かせなさい』

 

「実は――」

 

 

 

 

 

 

『えっと……本当に飛ぶんだよね?』

 

「勿論。彩さんはカメラに向かっていつものポーズを取るだけで大丈夫だから」

 

 通信機越しに聞こえる彩さんの声は緊張からか上擦っている。

 

 彩さんがいるのは高度四千メートル、セスナ機の中。

 マスターが電光石火の早業で手配してくれたおかげであっという間に準備万端。

 天候にも恵まれてうまい具合に背景に富士山も入りそう。

 若鷹軍団のユニフォームと茄子のブレスレットと合わせてギリ正月要素も確保。

 

 マスターにアイドルの配信動画を撮りたいって言ったら大笑いされたけど。

 日本のアイドルはコメディアンなのかって……まあ、彩さんは二刀流という事で。

 

 あ、千聖さんへの確認は忘れたけど……まぁ、これ位なら。

 

「丸山さんならできるわ」

 

『あ、ありがとう、友希那ちゃん』

 

 私と友希那さんは地上から応援。

 二人一組のダンデム・ジャンプなので彩さんとインストラクター、カメラマン、パイロットが搭乗。

 次があったら私も友希那さんと一緒に飛びたい。

 

『よ、よろしくお願いしまふ! ……ううっ、噛んじゃった~』

 

「あ、飛ぶみたい」

 

「映像が楽しみね」

 

 彩さんならきっと面、インパクトのある動画にしてくれる筈。

 

 さあアイドルのきらめきを見せて。

 

 

 

 

 

 

『みゃんまるおやまにーいりょどりうおぉぉぉぉっ!!』

 

 

 

「あはは、彩ちゃんの顔面白っ♪」

 

「流石です、アヤさん!」

 

「彩さんの髪が逆立って唇が捲れて……ブフッ」

 

「………………」

 

 数日後の私の部屋。

 そこで『まるやま*チャンネル』の最新話上映会が行われていた。

 

 感想は……千聖さん以外はまあまあと言ったところかな。

 ……日菜ちゃんは笑いすぎ、麻弥さんを見習って。

 

 

「彩ちゃん、ワンコちゃん、正座!」

 

「……はい」「うん」

 

 

 立ち上がって私と彩さんを見下ろす千聖さん。

 圧がやべー。

 

「彩ちゃん! アイドルがして良い表情じゃないわよ!」

 

「でも頑張ったんだよ!」

 

「努力の方向性の問題よ! ワンコちゃんもやり過ぎよ!」

 

「彩さんの全力に答えないわけにはいかないから」

 

「っ!」

 

 これだけは譲れないと千聖さんの瞳から目を逸らさない。

 千聖さんも普段の営業スマイルとは違う迫力の眼差し。

 

 そんな状態が数十秒続いた。

 

 そして――

 

「はーい、そこまで。あくまでも個人の動画なんだからあたし達にとやかく言う権利は無いって」

 

「まあ著しくパスパレのイメージを損なうわけでもないですし、フヘヘ」

 

「次は私達も飛びましょう! 鯉の滝登りです!」

 

「もう……みんな彩ちゃんに甘いんだから」

 

 やれやれと腰を下ろして炬燵に入る千聖さん。

 話は終わりとばかりに蜜柑を剥き始めた。

 

 

 だけど……一言言わずにはいられないのが、私。

 

 

「……本当は彩さんが心配だったとか?」

 

 

「っ!? ち、違うわよ!」

 

「え、そうなの!? ……ぐすっ、ごめんね千聖ちゃん」

 

「きゃっ、だから違うって言ってるでしょ!」

 

「うわーん!」

 

 

 カンキワマリで泣きながら千聖さんに抱き着く彩さん。

 それを優しく見守る他の三人。

 

 

 今年もパスパレからは目を離せそうにもない、かな。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。


<備考>

丸山彩:目指せ高評価!

湊友希那:にゃーん*ちゃんねるとかどうかしら?

白鷺千聖:誰も私を知らない所を散歩しようとしたら樹海だったわ。

マスター:アイドルのプロデュースも悪くないわね!

ワンコ:頼られると弱い。


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その他-15:輪(シーズン2春:アンケート1位)

引越しが終わったので再開です。


投票ありがとうございました。

アンケート結果:

偶然出会ったのは?

(13) ボーカル組
(2) ギター組
(5) ベース組
(3) ドラム組
(14) キーボード+DJ組 ☆


「本当にありがとうございました」

 

「お安い御用、かな」

 

 市ヶ谷万実さんの依頼で有咲ちゃんと一緒に流星堂の倉庫整理。

 春先とは言え午前丸々の肉体労働、軽く汗もかいたし少々疲れた。

 まあ、結構なお値段の物もあって精神的疲労の方が大きいかもしれないけど。

 

 常々体を動かすことは苦手と公言している有咲ちゃんが頑張っているのを見ると私も負けていられないと思う。

 店番も普通にこなしているし本当に立派になって……何目線だ私。

 相変わらず年下には甘い気がする。

 

 ……いや、そもそも私の周りは甘い、当然Roseliaも。

 友希那さんは香澄ちゃんやこころちゃんの無茶振りに文句を言いつつ応えているし、紗夜さんも日菜ちゃんは勿論のこと暴走しがちなはぐみちゃんやイヴちゃんの面倒も見ているとか。

 燐子さんは……少しあこちゃんの将来が心配になるレベルの甘やかし。

 あこちゃんも小学生にダークネスファイヤーなるものを教えてたから私の甘さも標準レベル、うん。

 

「シャワー浴びていきます?」

 

「ごめん、次の用事があるから」

 

 有咲ちゃんの言葉に思考を中断しこれからの予定を思い出す。

 シャワーは行った先で浴びさせてもらおう。

 

「そうですか……また今度ばあちゃんのご飯食べに来てくださいよ」

 

「うん、必ず。蔵練も見学したいし」

 

「は、はい!」

 

 良い笑顔になった有咲ちゃんに微妙に後ろ髪を引かれつつ流星堂を後に。

 ……素直で可愛い有咲ちゃんも素敵だけどキレの良いツッコミを連発する有咲ちゃんも捨てがたい。

 やっぱり「ポピパは5人でポピパ」だよね。

 

 

 

 

 

 

「ワンコ師匠!」

 

「あ、イヴちゃん」

 

 目的地を目指して気持ち早めに歩いていると仏具店の前で呼び止められた。

 

 ……え?

 

「このお店に日本文化を感じました!」

 

「う、うん?」

 

 満面の笑みを浮かべるイヴちゃん。

 確かに寺社巡りをした時もとても興奮してたけど……仏壇でもいいの!?

 ……まあ個人の嗜好の問題か。

 

「ただ……自室に置くにはお値段が少々」

 

「まあそうそう売れるものじゃないから高いよね」

 

「はい……」

 

 しょんぼりするイヴちゃん。

 お土産屋で売っている安い仏像じゃないからしょうがない。

 アイドルでそれなりに稼いでそうだけど金銭感覚が変になっていなくて少し安心。

 

 

 ……そもそもフィンランドってキリスト教だったような。

 

 

「あ、そうだ」

 

「?」

 

 さっき倉庫整理を手伝った時に廃棄予定だったので貰ったものが鞄の中に……あった。

 

「はい、檜扇」

 

「見事なヒオウギです!」

 

 その名の通り檜で作られた扇子。

 平安時代には和歌を書いて贈ったりした雅な一品。

 経年劣化で表面は剥げ落ちて解読不能だけど。

 

「私よりイヴちゃんが持っていた方がこの子も喜ぶかなって」

 

「きょ、恐悦至極!」

 

 私から慎重に受け取ると優しく胸に抱きしめる。

 ほんのり頬を染め潤んだ瞳。

 予想外の反応にちょっと罪悪感。

 

 

 ……ごめん、なんか軽率な振る舞いだった気が。

 

 

「あー、ちょっとこの後用事があるので失礼」

 

「はい! あ、そういえば──」

 

 

 

 

○有咲(檜扇)→イヴ

 

 

 

 

「ワンコさん、助けて!」

 

「あ、ミッシェル」

 

「ワンワン!」

 

 ミッシェルがリードを引きずりながら走るジャーマンシェパードに追いかけられてる。

 流石美咲ちゃん、軍用犬相手に見事な走り。

 ……じゃなくて。

 

 

「わんっ!!」

 

「っ!?」

 

 

 私の大声で動きを止めるシェパード。

 ゆっくり近付きリードを道路標識の鉄柱に縛る。

 これで一安心。

 犬の相手は慣れているので。

 

 

「す、すみません」

 

「ミッシェルは犬にも人気だから仕方ない」

 

「人間だけで間に合ってますって……」

 

 ぐったりした美咲ちゃん。

 何か元気の出るものは、と。

 

「これイヴちゃんから貰ったからお裾分け。フィンランドの有名なキャンディらしいよ」

 

「ありがとうございます。それじゃあ、私からも」

 

 人助けは気持ち良いね。

 

 

 

 

○有咲(檜扇)→イヴ(サルミアッキ)→美咲

 

 

 

 

「えーん! おかーさん、どこー?」

 

「……困ったわね」

 

 ……お次は泣いている幼女と少し困った表情の黒髪ショートクール系美少女。

 今日はよく棒に当たる日らしい。

 

「お困りですか?」

 

「泣いているこの子を見かけたので声を掛けたのですが、その……どうしていいのか」

 

「なるほど……」

 

 確かに、先ずは泣き止んでもらわないと変な騒ぎになりかねないし。

 でも初対面だし私の不器用スマイルでは荷が重い。

 

「……あ、ミッシェルだ!」

 

「えっ」

 

 少女の視線の先にさっき美咲ちゃんに貰ったミッシェル風船がぷかぷか。

 とりあえず紐を幼女の手首に結ぶ。

 

「これでミッシェルと一緒だよ」

 

「うん♪」

 

「じゃあ、あなたのお名前を教えてくれるかな?」

 

 

 

「はっぴー、らっきー、すまいる、いえーい!」「イエーイ!」

 

 何度かお世話になった最寄りの交番へ連絡したら、丁度幼女のお母さんがいるとのことだったのでおんぶして連れて行く。

 ハロハピのファンらしく泣き止んだら元気いっぱいに歌ってくれた。

 改めて思う、ミッシェル達は凄いなって。

 私も同じ着ぐるみ仲間として負けていられない。

 

 

 

 交番で親子の再会を見届け婦警さんの簡単な事情聴取を終えると外へ出た。

 

「瑠唯ちゃん、ありがとうね」

 

 改めて自己紹介したら彼女の名前は「八潮瑠唯」で今年から高校一年生ということが判明。

 落ち着いた雰囲気、気品のある態度、何となくピアノ演奏中の燐子さんを思い出した。

 

「感謝されることはしていませんが」

 

「瑠唯ちゃんがあの子の傍にいてくれたから最悪の事態が防げたって思うよ?」

 

「……そうですか、私の方こそ助かりました。でも、あの風船は良かったのですか?」

 

 あー、確かにミッシェル風船は惜しかったかも。

 まあ幼女の笑顔の為なら仕方ないか。

 

「元々貰いものだしね。経緯を話したら贈り主も喜んでもらえるから大丈夫」

 

「素敵な方ですね……では代わりと言っては何ですが」

 

 

 

 

○有咲(檜扇)→イヴ(サルミアッキ)→美咲(ミッシェル風船)→瑠唯

 

 

 

 

「ワンコ先輩、待ってました!」

 

「盛況だね」

 

 羽沢家でシャワーを借り、仕事着に着替えて羽沢珈琲店のホールに入る。

 ランチタイムも後半戦だというのに客足は途切れていない。

 午後からのシフトだったけどもう少し早めに来ればよかったかもしれない。

 

「つぐみ、洗い物を頼む」

 

「はい! ワンコさんホールの方は」

 

「任された」

 

 店長の指示でつぐみちゃんがホールから退場、後は私の戦場だ。

 伊達に二年近くバイトしているわけじゃないところを見せてあげる。

 

 

 

 頭を冷やし、耳を澄ませ、心を熱く……私のステージが幕を上げる。

 

 

 

 

「お疲れ様でした」

 

「…………毎回つぐみちゃんのコーヒーで生き返る」

 

「大袈裟ですよ。……少しは上達した自信はありますけど」

 

 いつものごとくティータイム終了と共に休憩に入る。

 バックヤードで「えっへん」と胸を張るつぐみちゃんの可愛さにむせる。

 

 Afterglowのキーボーディストとしてより存在感を増し、生徒会でもバリバリ仕事をこなし、家でもコーヒーの研究に没頭。

 

「つぐってるな~」

 

「ええ、つぐってますとも!」

 

「また倒れない?」

 

「だ、大丈夫です……多分……きっと」

 

 ……不安だ。

 周りの人も気に掛けているだろうけどそもそもその人達も多忙であることが多いし。

 

 あー、これが早速役立つのか。

 

「はいプレゼント」

 

「あ、ありがとうございます……これって!?」

 

 さっき瑠唯さんから貰った入浴剤を渡すとつぐみちゃんの顔が驚愕の極みに。

 もしかしてやべー代物?

 

「い、いいんですか!? 海外でしか買えない高級品ですよ!」

 

「いいんじゃない? それだけ喜んでくれるなら私も嬉しい。ただししっかり休むこと」

 

 

「はい! うわ~、凄いな~、紗夜さんと一緒に入ったら……きゃっ♪」

 

 

 ……喜んでくれて何より。

 

 

「はっ、そうだワンコさんに渡す物が……これです!」

 

「クッキー?」

 

「はい、私と日菜先輩で作ったんですけどちょっと作りすぎちゃって」

 

「……業務用?」

 

「……もっともな感想です」

 

 つぐみちゃんから手渡された紙袋はずっしりと重かった。

 限度を知らないのか、あのアイドルは。

 

 

「本当はもっと上手になってから渡したいみたいでしたけど……口が滑りました」

 

「了解。次作る時はこっそり呼んで」

 

「はい♪」

 

 

 私は意地悪だから、ね。

 

 

 

 

○有咲(檜扇)→イヴ(サルミアッキ)→美咲(ミッシェル風船)→瑠唯(高級入浴剤)→つぐみ(クッキー)

 

 

 

 

「お邪魔します」

 

「待って……ました……」

 

「お先にお邪魔してます!」

 

 今日の最後は白金邸。

 既に令王那ちゃんは来ており燐子さんと一緒に衣装制作に励んでたようで。

 

「進捗は?」

 

「鳰原さんから……たくさんアイデアをいただいたので……」

 

「今更かもしれませんが燐子さんって凄いんですよ! パスパレのカワイイとRoseliaのカッコイイのハイブリッド! プロ級です!」

 

「……恥ずかしい……です」

 

 令王那ちゃんの力説に顔を真っ赤にする燐子さん。

 色々あって知り合った二人だけど仲は良好そうで安心した。

 

 二人とも内に秘めるタイプだったから共感できたのかな?

 

「そうそう、これお土産」

 

「持ちますね、重っ! 何ですかこれ!?」

 

「日菜ちゃんとつぐみちゃんお手製のクッキー」

 

「ひっ、日菜ちゃん!? て、手が震えちゃいます!!」

 

「飲み物……淹れてきますね……」

 

 テンション爆上げのパレオちゃんに冷静な燐子さん。

 意外と見ていて面白い組み合わせ。

 

「ふー、危うく尊死するところでした」

 

「お疲れ様。相変わらず大好きなんだ」

 

「はい! パスパレの皆さんは私にとって星ですから!!」

 

 力説する令王那ちゃん、目が星のように輝いてる。

 出会いの大切さを改めて感じたり。

 

 私にとっては……思い浮かぶ姿が多すぎて困る。

 それでもRoseliaのみんなは別格、かな。

 

 

「あ、燐子さんにも渡したんですけどうちの干物どうぞ♪」

 

「嬉しい。ありがとう」

 

 干物の鳰原と書かれた紙袋。

 実はファンで通販で湊家に届いているから……うん、市ヶ谷家にお裾分けしよう。

 

 

 

 

○有咲(檜扇)→イヴ(サルミアッキ)→美咲(ミッシェル風船)→瑠唯(高級入浴剤)→つぐみ(クッキー)→令王那(干物)→有咲

 

 

 

 

 

 

「……色々あった……みたいですね」

 

「うん、色々と」

 

 互いにベッドを譲り合った結果、何故か床に布団を敷き雑魚寝。

 終電を逃して千葉に帰り損ねた令王那ちゃんは既に幸せそうに寝息を立てている。

 

 流石に今日は自重かな。

 

「ふふっ……相変わらず不思議……」

 

「まあ自分でも不思議な感じだけど」

 

 布団の中手探りで燐子さんの手を探し指を絡める。

 細長くて柔らかいけれど……絶世の調べと至高の装束を作り上げる指。

 

「みんなで手を繋げば、大抵のことは何とかなりそうじゃない?」

 

「……はい」

 

 

 燐子さんの嬉しそうな声。

 思いが伝わったようで私も嬉しい。

 私一人では進めない道もみんなとなら……。

 

 

「それと……私が眠れるまで離さないでほしい」

 

「……はい♪」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

特に感想をいただけると喜びます。

<備考>

市ヶ谷有咲:恩義

若宮イヴ:憧憬

奥沢美咲:意識

八潮瑠唯:興味

羽沢つぐみ:信頼

鳰原令王那:同志


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その他-16:散歩(シーズン2春:アンケート2位)

二桁得票でしたのでボーカル組も書きました。


アンケート結果:

偶然出会ったのは?

(13) ボーカル組 ★
(2) ギター組
(5) ベース組
(3) ドラム組
(14) キーボード+DJ組 ☆


「大丈夫よ、私は信じてる」

 

 

 微かに震える私の手を取り微笑む友希那さん。

 伝わるってくるのは彼女の体温以上のもの。

 それだけで私の怯えは消えていく。

 

 そして気付く他のみんなの思いがこもった視線。

 

 ああ……尊敬する歌姫達に見守ってもらえるという幸福。

 

 

 是非もない、この三分五十三秒に私の全てを────

 

 

 

 

 

 

 それはある春の日のこと。

 

 今日は白鷺家にレオンくんを迎えに行き、多忙な千聖さんの代わりに散歩の相手を務めるお仕事。

 ちゃんとバイト代はもらっているので不平不満は無いんだけど……妹さんに今日も会えなかったのは残念。

 どうも避けられているみたいで、千聖さんに理由を聞いても意味深な笑みを浮かべるだけで答えてはくれなかった。

 ……卒業までに会えるのかな?

 

「で、本当に良いんですか?」

 

「勿論よ。新曲のヒントが掴めるかもしれないわ」

 

 何故か今日は友希那さんも同行の模様。

 新曲作りで悩んでいるのは知っているけど──

 

「ただの犬の散歩ですよ?」

 

「あら、『犬も歩けば棒に当たる』と私に言ったのは誰だったかしら?」

 

「……私は過去を振り返らない女なので」

 

 過去の自分の恥ずかしい台詞に思わず顔を背ける。

 退院して浮かれてたからって何てこと言ったんだ、私。

 

「冗談よ。たまにはいいでしょ?」

 

「好きにしてください」

 

 リードを持っていない左腕にいきなり腕を組まれ少しドキドキ。

 一つ屋根の下で暮らしているといっても、家の外での彼女からのスキンシップはまた別なので。

 

「リサさんに教わりました?」

 

「さあ? どうかしら」

 

 微笑んではぐらかす友希那さん。

 最近また可愛く、美しくなったその笑顔、ちょっと反則。

 またリサさんのYドライブが捗ってそう。

 

「わん!」

 

「待たせてごめん。行こうか」

 

 解放された左手でレオンくんの頭を軽く撫でつつ散歩コースを頭の中で組み立てる。

 さて、どこに行けば面白いことが起きるかな?

 

 

 

 

 

 

「あ、ワンコ先輩♪」

 

「先ずは香澄ちゃんか」

 

「そのようね」

 

「わん♪」

 

「?」

 

 開始早々ポピパのギターボーカルの香澄ちゃんとばったり、というか抱き着かれた。

 こういう場合慌てて引き剥がしにかかる相方の有咲ちゃんを探してしまうけどいない模様、残念。

 二人の掛け合いはいつ見ても面白いのに。

 更に他の三人が加わると話が何処へ飛躍するか予想がつかなくて楽しい。

 

「レオンくんのお散歩ですか?」

 

「うん。香澄ちゃんは……キラキラドキドキ探し?」

 

「はい! 春のキラキラドキドキを歌詞にできたら、って思ったら外に飛び出してきちゃいました♪」

 

「素敵な考えね」

 

「わん!」

 

「ありがとうございます!」

 

 友希那さんとレオンくんに褒められて弾けるような笑顔の香澄ちゃん。

 釣られて私も表情が緩む。

 この笑顔を向けられる度に赤面して、照れ隠しに走る有咲ちゃんが思い浮かんだり。

 やはり女の子の笑顔は正義、そして正義。

 

「私も一緒にお散歩していいですか? キラキラドキドキな予感がするので!」

 

「ええ、構わないわ」

 

「やったー♪」

 

「わん♪」

 

 私が答えるよりも早く返事をした友希那さん。

 私に向けた悪戯っぽい笑みが「ほら、当たったでしょ」と言っているように見えた。

 

 

 

 

 

 

「あ、蘭ちゃんだ。おーい!」

 

「香澄……それにワンコ先輩!?」

 

「じっと桜を見上げる儚げな美少女、花の妖精かと思った」

 

「は、恥ずかしいこと言わないでください!」

 

 むぅ、事実なのに怒られた。

 実際余分な力が抜けて真っ白な心で桜と向き合っているように見えた蘭ちゃんは神々しくさえあったけど。

 これ以上言うとメッシュより赤くなりそうだから自重。

 

「美竹さんも曲作りかしら?」

 

「いえ……今度の華道の作品で悩んでいて」

 

「そう……」

 

 予想が外れて少し残念そうな友希那さん。

 まあ裏を返せば美竹家の親子仲が良好ということなので勘弁して。

 

「邪魔しちゃってごめんね」

 

「ワンコ先輩が謝ることじゃないですよ。今日はお揃いでどうしたんですか?」

 

「レオンくんの散歩プラスα」

 

「わん!」

 

「プラスαが気になるんですが……まあ悪くない面子ですけど」

 

「美竹さんも一緒にどう?」

 

「えっ」

 

 友希那さんによるまさかの勧誘、蘭ちゃんも驚いてる。

 私から見ると二人の仲は悪いわけではないけど、微妙に意識し合っているライバルの様な。

 進んで遊びに誘うような間柄ではない筈だけど。

 当然蘭ちゃんも素直に参加するとは──

 

 

「別にいいですけど」

 

 

 ……素直に参加した。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり春らしく新しいドキドキを込めた方がいいですよね♪」

 

「そうね。春は様々な花が咲き乱れる季節、新鮮さと力強さが欲しいわ」

 

 後ろでは香澄ちゃんと友希那さんが新曲のイメージについて意見を交わしている。

 曲作りに関しては相変わらず素人だけど、こうして友希那さんがRoseliaのみんな以外とも曲について話せているのは進化だと思う。

 特に色々と対照的な香澄ちゃんとなら……どんな化学反応が起こるのかな?

 

「……嬉しそうですね」

 

「うん、とっても」

 

「はぁ……何というか相変わらずですね」

 

 左隣を歩く蘭ちゃんからは溜息がこぼれる。

 感心なのか呆れなのか曖昧な感じ。

 うーん、こういう時は。

 

「腕組まない?」

 

「はぁ!?」

 

「あー、彼女に嫉妬されちゃうか」

 

「今モカは関係な、あっ」

 

 嘘のつけない性格だなぁ。

 私の中の「吾輩」がちょっかいを出したがるのもよく分かる。

 不本意だろうけど普段のクールで大人びた表情が崩れてあわあわしてる様子も魅力的。

 やりすぎると拗ねちゃうから気を付けないといけないけど。

 

 

「それじゃあ、あたしが組むわ!」

 

「おっ」「はぁ!?」

 

 

 私の左腕に生じた柔らかな感触──金髪の天使か。

 

「まぁ、ワンコの腕は頼りがいがあるわね! ミッシェル妹みたいだわ!」

 

「うん、鍛えてるから」

 

 腕を組む、というか腕に抱き着いてきたのはこころちゃん。

 近付く気配を全く感じなかったのは流石。

 そしてミッシェル妹の中身が私なのはまだ気づかれていない……のかな?

 元祖ミッシェル共々クールな立ち回りが求められる日々。

 

「あら、レオンは今日も素敵ね!」

 

「わん♪」

 

 腕に抱き着いたままレオンくんの頭を撫でるこころちゃん。

 自由奔放というか天真爛漫というか……とりあえず予測不能。

 美咲ちゃんも大変だ。

 

「こころちゃんも一緒にお散歩する?」

 

「それはとっても楽しそうね!」

 

 即答。

 ただの散歩にそこまで期待に満ちた笑顔を向けられても困るけど。

 ……まあこころちゃんは何でも楽しさに変える天才だから大丈夫か。

 

 

 

 

 

 

「うーん、もうちょっと角度を付けて……ここ!」

 

「あら、彩が美味しそうな物を持っているわ!」

 

「……彩さん、そのサイズのタピオカはカロリー的にちょっと」

 

 こころちゃんがキッチンカーの傍に見つけたのは、前にリサさんに選んでもらった「バリバリ芸能人オーラ出てるお忍びコーデ」の彩さん。

 ……凄いよリサさん、下手したらアイドル衣装の時より芸能人っぽい。

 血統書付きのトイプードル飼ってそうなイメージ、何となくだけど。

 左手に持っているのは大ジョッキ、中身はぱっと見タピオカミルクティーにアイスやらプリンやら小豆やらのトッピングマシマシ。

 美味しさもカロリーも凶悪そう。

 右手には愛用の自撮り棒、ああなるほど。

 

「こころちゃんにワンコちゃんにみんな!?」

 

「スマイルお散歩隊よ!」

 

「イエーイ!!」

 

「わん!」

 

 いつの間にか隊名が決まっていた。

 こころちゃんも香澄ちゃんもレオンくんも楽しそうだからいいか。

 ……友希那さんと蘭ちゃんは微妙に距離を取っているけど。

 

「ち、違うの、これは……ほ、ほら、一緒に自撮りしたら小顔に見えるかなって!」

 

「まあ、彩は賢いわね!」

 

「うう……」

 

 こころちゃんの賞賛の言葉にばつの悪そうな彩さん。

 全肯定の彼女に下手な言い訳は御法度だよ?

 

「彩さんお薦めのタピオカで休憩しません? レオンくんにもおやつあげたいし」

 

「そうね、私は構わないわ」

 

「あたしも甘さ控えめなやつがあれば」

 

 友希那さんと蘭ちゃんに話を振り彩さんに目配せ。

 

「っ! だったら私のもシェアするね。ちょっと多いかなって思ったんだ……あはは」

 

「彩は本当に優しいわね!」

 

「やったー!」

 

 笑顔が引きつっているけど、後で千聖さんに怒られるよりはいいかと。

 さて、白鷺家で預かった犬用クッキーの出番。

 

「あら、美味しそうね!」

 

「レオンくん用なので食べちゃ駄目」

 

「それなら仕方ないわね」

 

「今度クッキー焼くけど食べる?」

 

「まあ、それならミッシェルがいいわ!」

 

 ……ミッシェルの型を用意しないと。

 商店街の長老さん達に金型製作の伝手があるか聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「あれ、レイちゃん?」

 

「丸山さん!?」

 

 休憩を終え散歩を再開してしばらく、交番の前でうなだれる少女に彩さんが声を掛けた。

 背負っているのは……ベースケース?

 この子もバンドマンか。

 

「あ、この子は和奏レイちゃん。事務所の他のアイドルのバックバンドを担当したんだ♪」

 

「初めまして、和奏レイです」

 

「『Poppin'Party』の戸山香澄です!」

 

 流石香澄ちゃん、ぶれない。

 

「『ハロー、ハッピーワールド!』の弦巻こころよ!」

 

 続くお嬢様。

 

「『Roselia』の湊友希那です」

 

「『Afterglow』の美竹蘭です」

 

 何この流れ。

 

「まんまるお山に彩りを! 丸山彩でーす!」

 

 いや、彩さんは自己紹介しなくてもいいでしょ。

 交番の婦警さんも笑ってるし。

 ……これがアイドル魂ってやつなのかな?

 

 私は無難に済ませるけど。

 

 

「で、レイちゃん暗い顔してどうしたの?」

 

「実は財布を落としてしまって交番に遺失届を……あれが無いと今月の生活が」

 

 割と重大だった。

 公園の水道で飢えをしのいだ経験者としては見過ごせない。

 

「失くしたのはどこら辺?」

 

「改札を出る時まではあったので、駅からライブスタジオの間だと思います。でもさっき探しましたが見つかりませんでした」

 

 なるほど、これならワンチャンある。

 とりあえずみんなの了解を──

 

「探すわよ」

 

「当然です」

 

「宝探しね!」

 

「頑張るぞー!」

 

「SNSで拡散希望しとくね♪」

 

 みんなの意気込みに私もやる気が湧いてくる。

 本当にみんなカッコイイんだから。

 

「みなさん初対面なのにどうして?」

 

「バンドマンのよしみってことで。あ、この名犬に少し匂いをかがせてね」

 

「わん!」

 

 困惑しながらもレオンくんに手を差し出すレイちゃん。

 頼りにしてるよ、レオンくん。

 

 

 

 

 

 

 とりあえずレオンくんを先頭に私とレイちゃんがその後を歩く形で捜索するも──

 

 

「レイのお財布どこかしら~♪」

 

「まんまるっとお見通しだ♪」

 

「ピコっと! パピっと!! 見つけちゃうぞ♪」

 

 

 ……うん、予想通り後ろが騒がしい。

 一応本人達は真面目に探しているけど周りからの視線は温かい。

 レイちゃん、なんかごめん。

 

 

「あなたは知らないかしら?」

 

「にゃー」

 

 友希那さん、流石に野良猫は知らないと思うけど。

 

「あー、つぐみ忙しいところごめん」

 

『任せて蘭ちゃん』

 

 つぐみちゃん経由で商店街ネットワークを使う蘭ちゃん、流石。

 

 

「いつもこんな感じなんですか?」

 

「まあ普段はね。でもステージ上だとみんな凄い」

 

「なるほど」

 

 半信半疑だろうと予想したけどレイちゃんは信じてくれたみたい。

 分かる人にはわかるのかな?

 

「くぅーん」

 

「どうしたの?」

 

 突然座り込み上を向いて鳴くレオンくん。

 上というと街路樹……もしかして。

 

「レイちゃん、リード持ってて」

 

「は、はい」

 

 レイちゃんにリードを預けて木登り。

 こういう時パンツスタイルだと肌を擦り剥かずに済む。

 三、四メートルくらいであまり太くなければ器具無しでもスルスルと。

 多分枝の付け根らへんに──あった、鳥の巣。

 中を確認すると、

 

「あった」

 

「カァ!」

 

「っと!?」

 

 財布を見つけ手を伸ばした瞬間襲い来る黒い影。

 この巣の主のカラスか。

 片手両足は木から離せない上に法律上手出しができない。

 ちょっと不味いかも。

 

「任せて!」

 

「こころちゃん!?」

 

 垂直の木を駆け上り瞬く間に財布を掴むと勢いそのままに躊躇なく宙返り落下──そして華麗な五点着地。

 流石のカラスも呆気に取られたのでその隙に私も降下。

 

「はい、レイ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「流石こころちゃん」

 

「ワンコもレオンもよく気付いたわね!」

 

「わん!」

 

「以心伝心、かな」

 

 後で千聖さんにレオンくんの大活躍を報告しないと。

 

 

 

 

 

 

 ……で、レオンくんを白鷺家に送り届けてお散歩自体は終わったものの──

 

「それじゃあ『ガールズバンドカラオケパーティー』はっじまっるよー♪」

 

「「イエーイ!」」

 

 何故かカラオケに来ていた。

 お礼代わりに第一線で活躍するレイちゃんの歌を聞きたいという友希那さんの提案で。

 まあ、聞く分にはいいんだけど。

 

「ワンコも歌うのよ」

 

「いや人前で歌うとか無理」

 

「前にリサさんの誕生日に歌ってませんでしたっけ?」

 

「蘭ちゃん、それは忘れて。あれも割とギリギリだったし」

 

 どうも人前で歌うと吐き気が。

 リサさんの時は短めだったので決壊寸前で何とかなったけど。

 というかボーカル陣の前で歌えとか公開処刑過ぎる。

 

 

「大丈夫よ。ここにはあなたの歌を咎める人なんていないわ」

 

 

 友希那さんの真剣だけど優しい眼差し。

 

 それでも歌を禁止された過去の呪縛から解放されるには──

 

 

「思いっきり暴れてください。音楽は自由なんですから」

 

「レイちゃん!?」

 

「会って間もないのにすみません、つい。でも昔の自分を思い出しちゃって」

 

 ……今日会ったばかりの人にまで励まされるなんて、ね。

 これ以上渋ると他のみんなからも応援の言葉が飛んできそう。

 

 怖がってる場合じゃない、か。

 

 それに、これじゃあ狂犬の名が廃るし。

 

 

「後悔しても知らないから」

 

 

 可能な限り不敵な笑みを浮かべてタッチパネルから曲を選んだ。

 

 さて、一年近く聞いてきた曲なんだからやりきらないと。

 

 

 

 

 

 

 そして歌い切った。

 振り付けも多分完璧。

 心地良い疲労感、もう思い残すことは──

 

「って、何で『しゅわりん☆どり〜みん』なんですか!」

 

 蘭ちゃんに突っ込まれた。

 

「いや、この面子全員が知ってて私が歌えてカラオケに入ってるのってパスパレの曲しかないし」

 

「じゃあ『Y.O.L.O!!!!!』にしてくださいよ!」

 

「あー、ごめん。じゃあ一緒に歌ってくれる?」

 

「は、はい!」

 

 本当に嬉しそうな笑顔。

 やっぱり自分達が手掛けた曲を愛してるんだね。

 

 

「全く……心配し過ぎだったかしら?」

 

「あら、友希那はワンコのことが大好きなんだからいくらでも心配していいのよ!」

 

「こころん、おっとな~♪」

 

「うぅ……ワンコちゃんの方が動きにキレが……」

 

「丸山さんの方が華がありますから!」

 

 

 何か外野は外野で盛り上がってるけど……まあいいか。

 折角血反吐を吐かずに歌えるようになったんだ。

 今この瞬間を全力で楽しもう。

 

 

 

 

 

 

「──透子ちゃん、飲み物持ってきた……ひぃ! 間違えました!」

 

 扉が開いて一瞬少女が入りかけたけど直ぐに出ていった。

 部屋を間違えたからといって悲鳴を上げるなんて……あぁ、確かに。

 

「みんな寝不足なのね! さあ、ワンコ次の曲を歌いましょ!」

 

「うん、何にしようかな?」

 

 私とこころちゃん以外力尽きて倒れていた。

 まさに死屍累々。

 私は声を張り上げる系のバイトで喉が鍛えられているからまだいけそう。

 

 それに……いつの間にかここにいるみんなの曲が選べるようになっているので全部歌わないと。

 

 

 ありがとう、黒服の人。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに閉店まで延長手続きが済んでいたと知ったのは終了五分前だった。




JASRACメンテで歌詞は使えませんでした。

感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

特に感想をいただけるととても喜びます。
半年以上感想ゼロだと流石にアレなので……。


<備考>

湊友希那:新曲ヒント獲得

戸山香澄:キラキラドキドキ獲得

美竹蘭:新作ヒント獲得

弦巻こころ:スマイル獲得

丸山彩:いいね獲得

和奏レイ:生活費獲得

???:トラウマ獲得


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その他-17:イヌ娘プリティードッグパーティー(シーズン?)

迷走した末こんなお話になりました。

アサリリの方も進めないと。


「……子、一子起きなさい」

 

 

 聞きなれた愛しい声と共に体を揺らされる感覚。

 急に意識が覚醒させられた影響かどことなく違和感を感じながら目を開ける。

 眼前には……大人っぽいパンツスーツ姿の友希那さんと燐子さん。

 ばっちりきまっている。

 

「朝……ですよ……」

 

「流石の一子も緊張して寝坊かしら?」

 

 ああ、そうか今日はついにあの日か。

 待ちに待った始まりの日。

 私も急いで着替えないと。

 

 

 運命の出会い……ありそうな気がする。

 

 

 

 

『イヌ娘! プリティードッグパーティー!』

 

 

 

 

 イヌ娘、それは人間と異なる種族。

 フサフサの耳と尻尾を持ち人間以上の身体能力を発揮する。

 まれに人間の両親から生まれる彼女達は時に友人として時に伴侶として人間と関わってきた。

 そんな彼女達の憧れの舞台とは──

 

 

 

「────以上で説明を終わります。イヌ娘達と信頼関係を築き頂点を目指して頑張ってください」

 

 

 

 理事長秘書の温かい言葉に胸が締め付け、いや身が引き締まる思い。

 トレーナー専門学校に通って三年、ついになれたんだ……。

 

 日本イヌ娘トレーニングスクール、通称ドッグスクール。

 イヌ娘達がその走りで頂点を目指す国民的娯楽『ランドリーム・シリーズ』、その為にイヌ娘を鍛える学校。

 そのイヌ娘達と共に歩んでいくトレーナー、それが今日からの私の肩書だ。

 友希那さんとお揃いの紫がかった銀髪をアップにしたスーツ姿、そして左胸にトレーナーバッジ。

 うん、見た目は立派なトレーナーだ。

 

 後はイヌ娘達の選抜レースを見て信頼できる相手を見つけて契約を交わしてもらわないと。

 

 

「午後から選抜レースがありますので、希望される方はレース場にお願いします」

 

「行くわよ、一子、燐子」

 

「うん」

 

「はい……」

 

 見た目は平静を装っていても興奮を隠せないでいる友希那さんと燐子さん。

 二人とも昔からイヌ娘のレースがある時はテレビの前に釘付けだったし。

 よくレースの真似事もしたっけ……。

 そういうわけで幼馴染の私の目は誤魔化せないよ?

 

 

 

 

『今井リサ着差以上の実力を見せつけました!』

 

『宇田川あこ見事に逃げ切ってゴールイン!』

 

 

 次々に行われる選抜レース。

 どのイヌ娘も真剣に走っているし秘めた素質を感じさせるし、なにより可愛い。

 これは選ぶのに苦労しそう……相手の了解を得るのも大変そうだけど。

 

 

「あら、次は『コースのアマデウス』氷川日菜の出番ね」

 

「ついに彼女もデビューですか。フヘヘ、楽しみですね」

 

 他のトレーナーの声が耳に入る。

 デビュー前にフタツナ持ちとか凄さが分かる。

 アマデウス……天才か。

 

「気になる?」

 

「まあ……人並みには」

 

 気を遣ってくれる友希那さん、さり気なく手を握ってくれる燐子さん。

 私もいい大人だというのに過保護すぎる……けど、ありがとう。

 

 

『終わってみれば圧倒的大差で勝利の氷川日菜! 二位の氷川紗夜も途中までは善戦しました』

 

 

 ……確かに次元が違った。

 全ウマ娘の挙動すら計算したような最適なコース選択、低速から高速への流れるようなギアチェンジ。

 現段階で既に完成されている感がある。

 ここから更に鍛えれば無敗の三冠イヌ娘だって──まぁ、それよりも気になるイヌ娘がいたけど。

 

 

「話しかけないで!」

 

「おねーちゃん……」

 

 

 そんな天才に犬歯を剥き出しにして拒絶の意を示すイヌ娘。

 二位の氷川紗夜……理事長秘書から配布された資料には氷川日菜の双子の姉とある。

 うん、普通に考えて色々ありそう。

 

「是非私と契約を!」

 

「絶対活躍させますから!」

 

「あ、おねーちゃん待って……」

 

 空気を読まない、いやある意味険悪な空気を吹き飛ばすかのような勧誘合戦。

 トレーナー達に囲まれ身動きの取れない氷川日菜、それを横目に一人寂しくその場を後にする氷川紗夜。

 

 私が向かう先は──

 

 

「二人ともごめん、ちょっと行ってくる」

 

「期待を裏切らないわね」

 

「でも……らしいです……」

 

 二人の温かい視線を受けて私は駆けだした。

 

 

 

「はぁ……私ったら何を……」

 

「うん、イヌ娘失格だね」

 

「だ、誰ですか!?」

 

 建物の陰で地面に腰を下ろし壁に背を預け四肢をだらんと、そしてうなだれる氷川紗夜に声を掛けたら全力で驚かれた。

 足音を消したわけでもないのに気付かないとか、鋭敏な聴覚を持つイヌ娘としてはかなりの落ち込み様。

 

「はい、タオルと水分。しっかりケアしないと後で大変だよ」

 

「すみません……そのバッジを付けているという事はトレーナーさんですか?」

 

「今日からトレーナーとしてここで働く湊一子。よろしくね」

 

「はぁ、氷川紗夜です。よろしくお願いします」

 

 ペットボトルで水分を取りタオルで汗を拭きながらも困惑の眼差し。

 まあ新米トレーナーだから貫禄が無いのは仕方ない。

 

「……妹の日菜を勧誘したいなら私に同情していないで早く行った方が良いですよ」

 

「何故?」

 

「何故って……あの子は思い付きで行動するので、すぐトレーナーを決めてしまうかもしれませんし」

 

「うーん、紗夜さんを勧誘したいのに日菜さんは関係ないと思うんだけど」

 

「わ、私ですか!?」

 

 うおっ、紗夜さんのアイスグリーンの毛並みの耳と尻尾が驚きのあまりピンっと立った。

 可愛いな。

 

「あのレースの体たらくでどうして私を!?」

 

「えいっ♪」

 

「ひゃん!」

 

 私が無造作に投げ出されたふくらはぎを突くと可愛らしい悲鳴が上がった。

 やっぱり……。

 

「何をするんですか!」

 

「レースで全力を出して立てない程疲れてるんでしょ?」

 

「うっ……」

 

 やっぱり。

 資料に風紀委員と記載されていたし、本来なら他人とあった瞬間居住まいを正す筈。

 それすらもできないのは全力を出し切って疲れ果てているということ。

 

「本当はレースが終わった瞬間倒れこみたかった筈なのに。妹さんの前だから意地を張った?」

 

「…………お見通しなんですね。そうです、私は弱くて意地っ張りな不出来な姉です」

 

 自嘲するような薄笑い、先程の日菜さんを一喝した彼女とはまるで別人。

 でも、だからこそ。

 

「意地っ張り上等。それに……」

 

「あっ……」

 

 紗夜さんの吐息がかかる距離まで顔を近付け奇麗な緑系の瞳をのぞき込む。

 その奥に微かだけど確かに燃える青い炎。

 私のすべてを賭けるに値する煌めき。

 

「お願い。私と契約して一緒に歩んで。紗夜さんに私の全てを捧げたい」

 

「わ、私は──」

 

 

 

 

 

 

「まさか一子が逃げられるなんてね」

 

「……よしよし」

 

「うー」

 

 返事はまさかの逃走、顔を真っ赤され体力が僅かに回復した途端逃げられてしまった。

 運命、感じたと思ったのに。

 

「紗夜はあれで結構初心だからね~」

 

「折角契約できたのにもったいないなぁ」

 

 友希那さんと契約した今井リサさん、燐子さんと契約した宇田川あこちゃん。

 二人とも良い笑顔、幸せそう。

 そしてこれからどんどん成長して活躍する予感。

 私も……。

 

「だけど一回断られただけで諦めるあなたじゃないでしょ?」

 

「勿論」

 

「昔から……情熱的……」

 

「えー、何その話面白そう!」

 

「アタシも興味あるな♪」

 

 あこちゃんもリサさんも馴染むの早いね。

 二人の追求に満更でもない燐子さん達を残して私は情報集めでもするか。

 資料だけじゃ分からないこともあるだろうし。

 

 

 

 

「え、紗夜先輩ですか? 困っている時に相談に乗ってくれる優しい先輩ですよ♪」

 

「紗夜はとっても頭が良いのよ!」

 

「バイト先のファストフード店の常連……今の無しで!」

 

 

 

 

 イヌ娘達に聞きまわること数日、好意的な意見だらけでちょっと驚き。

 ……問題なのは妹さん絡みか。

 一朝一夕に解決できる問題じゃないけど手助けぐらいは。

 

「あ、いたいた!」

 

「この声は、っと」

 

 振り向きざまに体当たりを受けるが何とか踏みとどまる。

 犯人は──

 

「氷川日菜さん!?」

 

「日菜ちゃんって呼んで♪」

 

 元凶だった。

 

 

 

 

「でねー、おねーちゃんの走る姿ってるんっ♪ てするんだ」

 

「なるほど」

 

 何故かファミレスに連行されて日菜ちゃんのおねーちゃん自慢を聞かされている。

 ポテト代は私持ちだけど。

 

「それでね、それでね!」

 

 矢継ぎ早に紗夜さんの良い所や思い出が語られ私は相槌を打つ。

 本当に楽しそうに話す日菜ちゃん。

 聞いていて私もどんどん紗夜さんに好意を持っていく。

 やっぱり姉妹仲が拗れた原因って……。

 

「……いつもおねーちゃんの真似をして簡単に追い抜いちゃって。どうしたらいいのかな?」

 

「それは──」

 

 優秀過ぎるゆえの苦悩。

 何でも簡単にできてしまう、という言われた側にとっては傲慢ともとれる発言。

 価値観の違い、と言ってしまえばそれまでだけど割り切るには若すぎる。

 私も未だに割り切れないこともあるし。

 

 

「何で……」

 

「あ、おねーちゃん!」

 

「えっ?」

 

 

 日菜ちゃんの視線の先には入り口で顔面蒼白の紗夜さん。

 ……不味い、これは勘違いされた。

 

「……嘘つき」

 

「おねーちゃん!」

 

 踵を返し店外に出ていく紗夜さん。

 日菜ちゃんは立ち上がったまま固まる。

 この場で追いかけられるのは私しかいない。

 

 

 

 

 久しく味わっていなかった全身の血液が沸騰する感覚。

 

 最低限の運動しかしていなかったからいつ壊れるか分からない。

 

 それでも今の紗夜さんに追いつかなきゃ。

 

 ここで終わらすわけにはいかない、から。

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ……何で追いかけて」

 

「…………片思いの相手が泣きそうな顔してたら、ね」

 

 二人とも高台までの全力疾走、坂路トレーニングか。

 まあ紗夜さんが本調子だったら振り切られてたけど。

 今は仲良く力尽きて芝生の上で横になっている。

 

「泣きそうだなんて……」

 

「先に誤解を解いておくけど、日菜ちゃんからは紗夜さんの情報を仕入れていただけ」

 

「えっ!?」

 

「それに日菜ちゃんのトレーナーは大和麻弥さんが内定してるから」

 

「~~~~!」

 

 思わず顔を押さえて悶える紗夜さん。

 気持ちは分かる……うん。

 

「不安にさせたらごめん。紗夜さんを口説き落とすために情報を集めてた」

 

「……いえ、一度逃げ出したのは私ですし……本当に私でいいんですか?」

 

「勿論、紗夜さんじゃなきゃ駄目」

 

 即答したものの紗夜さんの表情は晴れない。

 そうだよね……まだ私は覚悟を示せていない。

 

 気付けば辺りは薄暗く、振り出した小雨が火照った体に気持ち良い。

 ここからだと学生寮は遠いか。

 それなら──

 

「ホテル行こうか?」

 

「はい……えっ!?」

 

 

 

 

 

 

「……お風呂お先にいただきました」

 

「うん、私も入ってくる」

 

 バスローブ姿の紗夜さん、色っぽい。

 二人で入ったのは普通のホテルのツインルーム。

 こういう時トレーナーバッジが物を言う。

 ちゃんとスクールにも連絡済み、デビュー前の大切な時期にスキャンダルとか勘弁だし。

 

 さて、ここからが正念場。

 

 曝け出すのは今。

 

 

「お待たせ」

 

「あ、はい……えっ」

 

 

 紗夜さんが驚くのも無理はないと思う。

 銀髪のカツラを外して露わになった私の黒い地毛、そしてイヌ耳、それと全裸。

 

「ちょっと待ってください……色々と頭が混乱してしまって」

 

「うん、それとこれも見て」

 

 そう言って指の間から私を見る紗夜さんに背中を向け腰の下辺りを指し示す。

 

「はい……これって!?」

 

「事故で失った尻尾の痕。スクールの規約で耳も隠してたけど。まあそういうわけで元イヌ娘の一子さんでした」

 

「…………ごめんなさい、何と言えばいいのか」

 

 我ながら卑怯な一手だとは思う。

 紗夜さんとの契約を引き寄せるには有効だとは思うけど後味は良くない。

 

「幻滅されたかもしれないけどこれが私の誠意。今言葉を重ねても届かないと思うから……一晩よく考えて」

 

「………………はい」

 

 

 翌朝目が覚めると紗夜さんの姿はもうなかった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 トレーナーの控室で盛大に溜息をつく私。

 既に友希那さんも燐子さんもリサさんあこちゃんを連れてトレーニングに行ってしまった。

 今から紗夜さん以外のウマ娘に声を掛ける気もないし。

 次アタックして駄目だったら最悪二人のどちらかにサブトレーナーとして──

 

 

 コンコンコン!

 

 

「はい!」

 

 力強いノックの音に失くした尻尾が疼く。

 そして扉から入ってきたのは待ち焦がれた想い人。

 クールな表情だけど瞳の煌めきは今までで最高。

 一皮剥けた気がする。

 

 

「さあトレーニングに行きましょう。私達にしかできない走りをする為に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────どうだった?」

 

「最新のVRゲーム凄い」

 

「でしょー♪ まあシナリオ自体はAI=HINAちゃんの自動生成だけどね」

 

 今日は日菜ちゃんが弦巻エレクトロニクスで開発したVRゲームのテストプレイ。

 試作品のフルフェイス型ヘッドマウントディスプレイは没入感が尋常じゃなくて完全にキャラになりきってた。

 記憶が上書きされる感じだったし。

 

 ……言動を思い出すとちょっと恥ずかしい。

 

「ちなみに別室でおねーちゃんもプレイしてたから出番多かったでしょ?」

 

「え……聞いてないし」

 

「言ってないよ。言ったらゲーム感薄れるからね♪」

 

 

 この後紗夜さんと顔を合わせてお互い気まずい思いをすることに。

 

 

 日菜ちゃん、覚えておいてね?




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

特に感想をいただけるととても喜びます。


<備考>(名前:脚質/フタツナ/固有スキル)

氷川紗夜:差し/不屈の追跡者/ブルーローズメトロノーム

氷川日菜:全部/コースのアマデウス/るるるんっ♪

今井リサ:先行/約束の女神/ゆ~き~な!

宇田川あこ:逃げ/超音速の先導者/荒れ狂う闇の波動


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その他-18:イヌ娘プリティードッグパーティーS(シーズン?)

前話の別視点版というかキャラ崩壊回というか。


『最終直線、ここで上がってきてのは漆黒の魔王だ!』

 

 

 記憶にある最初に見たレースはテレビ越しでした。

 たくさんのイヌ娘達を突如画面に現れた黒尽くめのイヌ娘が颯爽と抜き去ってそのままゴール。

 その圧倒的強さに心を奪われた瞬間、朧気ながら一つの目標ができました。

 私もあんな風に走りたいな、と。

 

「おねーちゃんがやるならひなも!」

 

 ……ついでに妹の目標も決まってしまったのかもしれません。

 

 

 

 テレビで見た彼女が事故に遭い引退したと知ったのはそれから暫くしてからのことでした。

 

 

 

 

○朝帰り

 

 

 昨日は散々な一日でした。

 スカウトを受けるべきか受けないべきか悩んで練習していたらオーバーワークだとグラウンドを追い出されました。

 仕方ないので気分転換にポテトを求めてファミレスに行ってみれば……楽しそうに日菜とポテトを食べているトレーナーさんを目撃。

 裏切られた気分になって無我夢中で走れば知らない高台、そしてトレーナーさんに捕まりました。

 そして告げられた真相……あまりの恥ずかしさに穴を掘って隠れたい気分でした。

 

 ……その後トレーナーさんの秘密を知り、眠れぬ一夜を過ごし、夜が明け彼女が起きる前に花咲川寮の自室に戻ったところ──

 

 

「おねーちゃん!」

 

「なんであなたが私の部屋にいるの!?」

 

 昨日の今日で出来れば会いたくない相手──双子の妹の日菜が居ました。

 

 

「あなたは羽丘寮でしょ!」

 

「だって……心配だったから!」

 

「まあまあ紗夜ちゃん、ちゃんと寮長の許可も取ったから許してあげてね」

 

「丸山さん……」

 

 同室の丸山彩さんにそう言われてしまうとこれ以上怒りにくいです。

 牛込寮長の許可を取るという発想も日菜からは絶対生まれないから丸山さんに感謝です。

 

 ただ、日菜が私のことをどれだけ大事に思っているとしても……。

 

「で、どうだったの憧れの人との一夜は?」

 

「な、何を言っているの!?」

 

「もしかしてデートからの朝帰りだったの!? 紗夜ちゃんやるー♪」

 

「ち、違います、丸山さん! 彼女とはこの前会ったばかりで──」

 

「あれ~、おねーちゃん気付いてないの? 昔一緒にテレビで見たじゃん」

 

「えっ……」

 

「走る切っ掛けになって一緒にファンレターも書いたのに酷いなぁ」

 

 日菜の言葉に思わず膝をつきました。

 確かに彼女を見た時、いえ声を聞いた時に不思議な感覚を覚えました、が。

 ウイニングインタビューで聞いた声と同一だとは想像もできず……。

 私の人生に大きな影響を与えた相手だというのに全く気付かず、それどころかあんな醜態を晒してしまうなんて。

 

「おねーちゃんってしっかり者だけど時々鈍感だよね♪」

 

「ひ、日菜ちゃん!」

 

 平常運転の日菜に返す言葉もありません。

 ……こういうところも苦手意識を持つ一因なのですが。

 

「で、どうするの?」

 

「…………」

 

 即答できない私。

 あなたみたいに迷いなく生きられたら……いえ、これはただの愚痴。

 弱くて決断力のない私。

 

 

 

 でも、決断して走り始めないといつまで経ってもあなたに追いつけない…………。

 

 

「真剣に悩むおねーちゃんも素敵♪」

 

「日菜ちゃんは言葉を選ぼうね…………」

 

 

 

 

 後日、憧れの彼女にトレーナー就任をお願いして無事スタートを切りました。

 

 

 

 

○事後

 

 

「それじゃあ、力抜いて」

 

「は、はい……」

 

「こういうの初めて?」

 

「他の人にしてもらうのは……いつもは自分で処理してますので」

 

「そっか。じゃあ私が初めての人か」

 

「へ、変な言い方しないでくだ、ひゃん!」

 

「お、良い反応。次はここを」

 

「んんっ!」

 

「大分溜まってるね。一人では出来ないこともどんどんするから覚悟して」

 

「お、お手柔らかに……あぁ!」

 

 

 

 

「やり過ぎよ」

 

「……でも……気持ち良さそう」

 

「つい熱中しちゃって」

 

 湊さんと白金さんと楽しそうに話すトレーナーさん、私の方はというと──

 

「紗夜大丈夫?」

 

「うわー、練習後より汗だくですよ」

 

「……問題ありません」

 

 力尽きてトレーニングマットの上に突っ伏していました。

 尻尾どころか耳を動かすのすら億劫です。

 

 トレーナーさんとの初練習はグラウンドでの徹底した走り込みでした。

 まだ体が成長期なので基礎練習で徹底的に追い込み自主練は当分禁止、違反したらポテト禁止と言われてしまったので大人しく……いえポテトは関係ありません。

 その後トレーナーさんによるマッサージを受けましたが想像以上に上手でした、想像以上に。

 お陰で確かに蓄積していた疲労はかなり回復しましたが……少々恥ずかしい声を上げてしまったので取り繕うのが大変です。

 

 今井さんには本当に隠したいことを気付かれているかもしれませんが。

 

「次は入浴だね」

 

「はい……えっ!?」

 

 いきなりトレーナーさんに抱き上げられるとそのまま浴場へ運ばれました。

 俗に言うお姫様抱っこ、本来なら断固拒否ですが昔憧れた相手だと思うと……流されやすいです、私。

 

 

「じゃあ脱がすよ?」

 

「それくらいできます!」

 

 

 ……折角思い出した記憶が別のもので上書きされてしまいそうです。

 初日でこれでは先が思いやられます、本当に。

 

 

 

「し、尻尾位自分で洗えますから!」

 

「付け根近くとか見えないでしょ?」

 

「ですが……はうっ!」

 

「尻尾の状態で勝負が決まることもあるんだから任せて」

 

 元イヌ娘の言葉だから重みはありますが……他のイヌ娘達の視線が気になります。

 こんなことをするペアなんて私達位──

 

「友希那~、アタシも洗って欲しいな♪」

 

「頂点を目指す為なら当然よ」

 

「りんりん、あこ達は?」

 

「大丈夫……任せて……」

 

 ……おかしいですね、昨日までの光景とはまるで別物です。

 未だトレーナーのいないイヌ娘同士でも洗い合っていますし。

 

 

「お姉さん痒いところはありませんか?」

 

「耳は自分で洗えますから!!」

 

 

 

 入浴後、ドライヤーでしっかり乾かしてもらったら耳も尻尾も髪も見違えるほど奇麗に。

 心なしか体の状態も絶好調になりました。

 

 これでは断る理由がありません、別に次回も期待しているわけでは。

 

 

 

 コーナリングが上手くなりました。

 

 

 

 

○発情(ヒート)

 

 

「……すみません」

 

「生理現象だから仕方ないよ」

 

「デビュー戦が近いというのに……」

 

 普段ならトレーニングで汗を流している時間帯ですが、今は布団を被り必死に──な衝動を抑えています。

 イヌ娘なら誰もが定期的に経験する発情、いつもならそれ用の薬で抑えられる筈なのですが……。

 

 

「はぁ……んっ……」

 

 

 今回は彼女と出会ってしまったせいか薬では抑えきれません。

 掛け布団の上から私の頭を撫でる手に今すぐにでもしゃぶり付きたいですし、押し倒して首を甘噛みしたいですし、いっそのこと……いけません、淫らな妄想をしてしまいました。

 いくら発情期用の個室で二人きりとは言えトレーナーさんに手を出すにはいけません。

 折角選んでいただいたのに信頼を裏切るわけには……。

 

「ちなみに私が現役時代は半数以上がデビュー戦前にデビュー済み」

 

「えっ……」

 

 彼女の言っている意味が分からず思わず布団から顔を出したところ──

 

「はむっ」

 

「ひゃん!」

 

 耳を唇で挟まれました。

 

「そ、そんな場所汚いです!」

 

「紗夜さんに汚い所なんて無いから」

 

 臆面もなく言ってのけるその態度に吹っ切れました。

 人がこんなに思い悩んでいるというのに。

 

「意地悪……お返しです!」

 

「おっ」

 

 仕返しに彼女を押し倒して頬を舐めます。

 薄い化粧の味より濃厚な彼女の味……頭がくらくらしてきました。

 最後に残った理性と本能のせめぎ合い、それでも体は彼女を求めます。

 

「ちなみに当時のトレーナーの麻弥さんがタートル率高めだったのは私の所為」

 

「……分かりました。私も全力でいきます」

 

「かかってこい♪」

 

 

 

 

 デビュー戦は大差で勝利しました。

 

 

 

 

○反省会

 

 

「──という感じでゲームとは言え現実と見紛う程の出来栄えでした。体感時間の調整を行えば何倍もバンド練習が出来そうですね」

 

「流石紗夜さん、色々と考えてる」

 

「ふふっ、もっと褒めてくれても良いんですよ?」

 

 VRゲームを終えてワンコさんとファミレスに行こうとしたら湊さん達も近くにいるということで合流しました。

 湊さんと今井さんはショッピング、白金さんと宇田川さんはイベント帰りということでそれぞれ大荷物を抱えていました。

 そういうわけで行き先を羽沢珈琲店に変更して、羽沢さんには申し訳ないですが空きスペースに置かせてもらいました。

 

「いやー、何て言うかねー」

 

「……ええと……その」

 

「ううっ、淫魔のオーラが」

 

 三人が困ったような視線を投げてきます。

 はて、何か可笑しな事を言いましたか?

 

「外なのに二人ともべったりね」

 

「ちょ、友希那!?」

 

 湊さんの少し呆れたような言葉。

 ああ、確かにワンコさんに寄りかかってポテトを食べさせてもらっていますね。

 ゲーム終了直後は気恥ずかしさを感じたものの、今は特に違和感を覚えませんが。

 

「紗夜さん、人参も食べないと駄目」

 

「うー、そんなものは日菜にでも食べさせておけばいいです」

 

「そんなんじゃ強くなれないよ」

 

「……鼻をつまんでいるので食べさせてください」

 

「うん、はいあーん」

 

「あーん……んぐんぐ」

 

「はい、よく食べられました」

 

「このくらい当然です!」

 

 ご褒美に優しく撫でてくれるワンコさん。

 頑張った甲斐がありますね。

 思わず頬を彼女に擦り付けてしまいます。

 

「重症ね」

 

「紗夜の方が犬っぽいよ……」

 

「あこのカッコイイ紗夜さんが……」

 

「……羨ましい……あっ、そう言えば」

 

「?」

 

 何かを閃いたような燐子さんが荷物を漁り取り出したものは──

 

「犬耳カチューシャと犬尻尾ですか?」

 

「はい……狂戦士装備です……」

 

 慣れた手つきで私にその二つを着ける白金さん。

 犬尻尾はベルトで腰に固定するタイプなので服を脱ぐ必要はありません。

 つけ終わると何故か顔を赤くした羽沢さんがスマホで撮影してくれました。

 画像を見てみると……二つとも私の髪の色に近いアイスグリーンなので違和感はありませんね。

 

 それに……何となくしっくりくるというか。

 

 

 その時脳裏に浮かんだのは芝を吹き抜けていく一陣の風。

 

 

 すぐにでも走りだせそうです。

 

 遥か先を走る妹の背中を追って。

 

 そしてその先の光景を見る為に。

 

 

「紗夜さん、一段と凛々しくなったね」

 

「ええ、一緒に頂点を目指しましょう!」

 

 

 

 

○帰宅

 

 

「ただいま」

 

「お帰りおねー……えぇ!?」

 

 帰宅早々日菜が叫びました。

 全く、騒々しいのは昔から変わりません。

 

「えっと……その耳と尻尾って」

 

「ああ、白金さんに着けてもらってそのままだったわ。変かしら?」

 

「ううん、凄く似合ってる! ……後で写真撮ってもいい?」

 

 珍しくしおらしい態度の日菜、たまには姉らしくお願いを聞いてあげてもいいかもしれません。

 ……今日は気分が良いですから。

 

 

「手洗いうがいをしてくるから先に私の部屋で待ってなさい」

 

「うん! 早く来てね!」

 

 

 全速力で私の部屋に向かう日菜。

 集合住宅で騒音は厳禁だというのに。

 

 

 外ではライバルでも家の中では双子の姉妹。

 

 ここは姉らしくしっかりお仕置きしてあげないといけません、ね。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

特に感想をいただけるととても喜びます。


<備考>

氷川紗夜:34時間後に元に戻る。

氷川日菜:朝チュン大勝利。

ワンコ:八大競走を制覇すると隠しボスとして登場するとか。

AI=HINA:オリジナルよりやべー、大体こいつの所為。

白金燐子:小規模イベントなら余裕。


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その他-19:Roselia四方山話(シーズン1)

UA57,000突破ありがとうございます。


○君の名は(シーズン1夏)

 

 

「っと、これで完成」

 

「ワンコ先輩何作ったの?」

 

 とある昼下がり、午前中の練習を終えたRoseliaのみんなは白金邸で昼食を取り、その後ネットで猫動画を見たりSNSをチェックしたりNFOをしたりしている。

 私はというと床に置かれたクッションに座りローテーブルに置いたノートパソコンで――

 

「各々の呼び方表作ってみた」

 

「……ワンコ先輩って時々不思議なことするよね」

 

 口ではそんな事を言いながらもあこちゃんは私の右肩に顎を乗せノートパソコンの画面を覗き込む。

 表計算ソフトで作った簡単な表だけど流石に二十六人分だと骨が折れた。

 私が見聞きしていない部分は本人に聞いたりして補完。

 

「へー、こう見ると呼び方って性格出るね」

 

「うん、『さん』『ちゃん』『先輩』『あだ名』『呼び捨て』……興味深い」

 

「えへへ、『りんりん』を『りんりん』って呼ぶのはあこだけなんだ♪」

 

 嬉しそうなあこちゃん。

 確かに似たような響きの『りみりん』は何人か使っているけど『りんりん』はあこちゃんだけ。

 特別な存在というのがよく分かる。

 

「……呼びました?」

 

「あ、りんりん。これ見て!」

 

「……失礼します」

 

 当然といった感じで私の左肩に顎を乗せる燐子さん。

 背中に柔らかいものが押し当てられる。

 ちょっと羨ましい。

 

「……なるほど」

 

「面白いよね♪ あ、ひなちんだけみんなから名前呼びされてる」

 

「あー、姉妹だと呼び分けないといけないからね」

 

「日菜がどうかしましたか!?」

 

 私の頭に顎を乗せ画面を覗き込む紗夜さん。

 ……双子の妹のことになると我を忘れがち。

 三人分の体重が掛かって少し重い。

 

「逆にリサ姉を名字で呼んでるのがりんりんと紗夜さんだけ……リサ姉嫌われてるの?」

 

「ちょ、何の話!?」

 

 いきなり話を振られて驚いた様子のリサさん。

 あこちゃん、その聞き方はやめてあげて。

 

「べ、別に嫌われてないし……」

 

 うわ、リサさん露骨に落ち込んでるし。

 いや露骨過ぎて演技かも知れないけど。

 

「りんりんは友希那さんの事を名前で呼んでるよね?」

 

「……えっ……えーと」

 

「宇田川さん、呼び方なんて些細な事です。どれだけ相手の事を――」

 

「あー、紗夜さんっておねーちゃんと一緒の時じゃないとあこの事名前で呼んでくれませんよね?」

 

「そ、それは」

 

 色々と触れてはいけない部分に。

 紗夜さんからの助けての視線が痛い。

 この話題は理屈というより感覚的なものだけに紗夜さんだと説明が難しいかも。

 

「あこちゃんは十年後、二十年後もあこちゃんって呼ばれたい?」

 

「うーん、それは相手によるけどちょっと微妙かも」

 

 チラチラっと燐子さんの方を見るあこちゃん可愛い。

 

「最初に呼んだ呼び方って中々変えにくいけど、変えたくなるくらいカッコ良くなれば解決」

 

「おー、流石ワンコ先輩! 紗夜さんの『宇田川さん』呼びも嫌いじゃないけど、おねーちゃんに負けてる気がするんだよね」

 

「私の事も呼び捨てにしても良いよ?」

 

「……それはちょっと早いかな」

 

 満更でもない表情、一応納得してくれたのかな?

 何年か後にはお互いに名前は呼び捨てでお酒を酌み交わしたりしてるかも。

 更にカッコよくなったあこちゃんを見てみたいな。

 

「ちなみにリサさんと二人っきりになると呼び方が変わって『仲良し』する人がいるとか」

 

「そうなんですか、紗夜さん!?」

 

「ち、違います! 私には――」

 

「全くうるさいわよ」

 

 絶妙なタイミングで会話に加わる友希那さん。

 危うく紗夜さんが自爆するところだった。

 

「友希那さんってRoseliaのメンバー以外だとひなちんだけ名前呼びですよね?」

 

「そうだったかしら?」

 

 あこちゃんの質問に首を傾げる友希那さん。

 きっちり線引きをしてるかと思いきや、クラスメイトの麻弥さんですら苗字呼びなのに……。

 

 あれ、ちょっと変な気持ちかも。

 

 

 

 

 

 

○NYAON(シーズン1夏)

 

 

 

「今日の支払いは私がするわ」

 

「よろしく~♪」

 

 Roselia恒例のファミレスでのポテトタイム、いやディナータイムを終えて支払いの時。

 自信満々でスマホを持ちレジに向かう友希那さん。

 ついにアレを……

 

 

『にゃおん♪』

 

 

「お支払いありがとうございます。こちらレシートです」

 

「ごちそうさま」

 

 スマートにキャッシュレス決済をして外へ出る友希那さんに続く私達。

 そして夜の街を颯爽と髪をかき上げ歩く友希那さん。

 でも――

 

 

「口元緩んでる」

 

「うるさい」

 

 

 怒られた。

 

 

 

 

「意外でした。あの湊さんが電子決済を使えるとは」

 

「それはどういう意味かしら、紗夜?」

 

「まあまあ、友希那も現役JKなんだからこれくらいは――」

 

「ワンコ、残高が心許ないんだけど」

 

「じゃあコンビニでチャージしてから帰ろう」

 

「……友希那さん……可愛い」

 

「あ、ついでにNFOのコラボアイス買いましょ!」

 

 今食事を終えたばかりなのにアイスと聞くとつい心がウキウキと。

 ちょっと心もお腹周りも緩み気味かも。

 

 

 

「ん~、美味しい!」

 

「そうだね……あこちゃん……」

 

 コンビニ前のベンチでアイスを食べる私達、青春してるっぽい。

 そんな中紗夜さんだけが何かを考えているようで。

 

「スイートポテト味外れだった? 私のデッドエンド醤油味と交換する?」

 

「い、いえ、また予定外の出費をしてしまったと」

 

 全力で拒否する紗夜さん。

 意外と美味しいのに。

 

「あー、紗夜さんバイトしてないんだっけ」

 

「はい、不器用なので今やってることで手一杯です」

 

「バンド、風紀委員、部活……十分凄いけど」

 

「それでも日菜はアイドルの仕事で収入を得ています。お小遣いをもらう必要がないほどに」

 

 アレはかなり特殊な例だと思うけど。

 姉としては思うところがあるのかな。

 

「私だってアルバイトはしていないわ」

 

「あこもでーす」

 

「わたしも……」

 

 お小遣い組が紗夜さん含めて四人。

 ……紗夜さん以外はお小遣い無制限な

 

「バイト組はアタシとワンコだけか~」

 

「リサさんはRoselia、いや羽丘のおしゃれ番長だから出費が激しい」

 

「まーねー♪」

 

 バイト組が二人。

 ……ガールズバンドパーティーの面々だと家業の手伝いを含めると働いている方が多数派かも。

 

「無理のない範囲でやるならバイト探し手伝うよ? 働く事でお金以外にも得られるものはあるから」

 

「……そうですね。見聞を広める為にも経験してみたいです」

 

「紗夜さんのそういう真っ直ぐなところ好きだけど仕事は選ぼうね?」

 

「は、はい?」

 

 将来ブラック企業に就職して異世界転生しそうなイメージが大変失礼ながら浮かぶ。

 仕事を終わらす為なら徹夜とか休日出勤も厭わなそうだし。

 万が一Roseliaが無くなると二番目に不安なメンバーかも……。

 

「紗夜がやるなら私もやるわ」

 

「あこもあこも!」

 

「……わたしも……やります」

 

 う、うーん、やる気があるのは良いんだけどとてつもなく不安な組み合わせ。

 あこちゃんにいたってはまだ中学生だし。

 

「みなさん……ありがとうございます」

 

「Roseliaとして成長する為ならこれくらい当然よ」

 

 みんなの成長とそれを成す為に生じる困難を心の中で天秤に掛け、食べ終えたアイスの袋をコンビニのゴミ箱に入れた。

 

 

 

 

 

 

○少女☆家出(シーズン1秋)

 

 

 

「――で、二人とも家出してきたわけ?」

 

「はい」

 

「はーい!」

 

 人を猫にするクッションに体を預けた友希那さんが深い溜息。

 私は家出少女の紗夜さんとあこちゃんそして残りの仲間達に緑茶を淹れる。

 あこちゃんが心配になって湊家に来た燐子さんと何故かいるリサさん、これで私の部屋は満員御礼。

 

 紗夜さんは犬の置物を日菜ちゃんが誤って壊したから。

 あこちゃんは隠し持ってたちょっと過激なNFO同人誌を巴ちゃんに捨てられたから。

 ……物の価値は人それぞれだから仕方ない。

 

「あこはともかく優等生の紗夜が家出って……ぷぷっ」

 

「今井さん笑わないでください! そもそも日菜が!」

 

「『あこはともかく』ってリサ姉酷いよ!」

 

「ゴメンゴメン♪」

 

 あえて明るく振舞っているように見えるリサさん、不安げな燐子さんに気を遣ってるのかも。

 まあ理由が理由なだけに……。

 私も解決方法を考えてみるか。

 一緒の部屋で寝泊まりは嫌じゃないけど、家出された方は気が気じゃないだろうし。

 

「でも家出先が湊家で良かった」

 

「ワンコは甘いわ」

 

「でも家出少女が犯罪に巻き込まれるとかよく聞くよ?」

 

「まあ……そう言われたら追い返すわけにはいかないわね」

 

「流石アタシの友希那♪」

 

 どさくさに紛れて友希那さんに抱き着くリサさん。

 部屋は十分暖かいのでこれ以上部屋の温度を上げないでほしい。

 

「勿論手ぶらというわけではありません」

 

「紗夜さんと一緒に選んだよ♪」

 

 紗夜さんとあこちゃんが取り出したのは一辺が二十センチ程度の正方形の箱。

 突発的な家出なのに手土産持参とは……義理堅いというか何というか。

 

「ワンコ先輩開けてください!」

 

「え、私?」

 

 友希那さんの方を見ると首を傾げながらも頷いてくれた。

 家主じゃないけど、それじゃあ、遠慮なく――

 

 

「『湊家ハーフアニバーサリー♪』……えっ?」

 

 

 箱の中身は立派なイチゴのケーキ。

 その上にチョコレートで書かれた文字の意味が分からずみんなの顔を見ると……してやったりの笑顔、友希那さんを除いて。

 困惑のあまり思考が追い付かない。

 

「ワンコが湊家に住み始めてからそろそろ半年でしょ?」

 

「サプライズですよ、ワンコ先輩♪」

 

「たまには驚かされる側になってください」

 

「……ふふっ……大成功」

 

 あー、やっと事態が飲み込めた。

 家出自体狂言だったか。

 姉妹喧嘩が嘘でホッとした。

 

 …………私も友希那さんも忘れていた事に気付いてくれてありがとう。

 ちょっと涙腺がやべー、かも。

 

 

「何で私には教えてくれなかったのかしら?」

 

「えー、友希那に言ったら直ぐ態度に出ちゃうじゃん」

 

「……まあいいわ。一周年には私がもっと盛大なサプライズを仕掛けてあげるから」

 

「うん、待ってる」

 

「湊さん……それはサプライズになっていないのでは?」

 

「ねー、早く食べようよ」

 

「……お皿持ってくるね」

 

 

 この半年で私の心の中の多くの部分を占めるようになった目の前の仲間達。

 

 半年後、一年後、そしてずっと先の未来……大切にしていきたいな。




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<備考>

湊友希那:導入の決め手はタッチ音。

今井リサ:友希那がいればひょっこリサとか言われるレベル。

氷川紗夜:犬の置物は無事。

宇田川あこ:同人誌は無事。

白金燐子:演技か本気か区別が難しい。

ワンコ:お陰で湊夫妻にお礼ができた。


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その他-20:ましろファンファーレ(シーズン2)

ましろ回です。


「ブシドー!」

 

「笑止」

 

 あれはライブを見にCiRCLEに通い始めた頃だった。

 どこかで見たことのある西洋彫刻のような整った顔立ちの美少女が、ライブハウスに場違いな竹刀で眼帯の少女に斬りかかった。

 危ない、と思った瞬間眼帯の少女は紙一重で斬撃を交わすと同時に美少女の首元に人差し指を押し当て――

 

「踏み込みが甘い」

 

「……参りました」

 

 背筋が冷えるような声、今にも首が飛びそうな恐怖が私を襲う。

 

「二人とも何をやっているのかしら?」

 

 その時一瞬の攻防を繰り広げた二人の元へ、私でも知っている大女優の白鷺千聖さんがドスの利いた声を響かせながら近付いていく。

 別の意味で怖くなった私は一目散にトイレに逃げ込む……あの迫力は絶対裏社会と繋がっているに違いない。

 きっと色々な秘密を握っていて事務所を裏から支配、芸能人やばすぎだよ……。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 トイレの個室で恐怖が収まるの待った。

 千聖さんも怖かったけど逃げる途中に一瞬振り返った時に目が合った眼帯少女……私を見て嗤った、多分。

 もしかしたら千聖さんよりも怖い存在だったりして。

 ……だ、大丈夫、関わり合いになるようなことはきっと無いから!

 

 ついでに漏らさないように小さい方も済まし、そろそろ出ようかと思ったその時――

 

「へー、特別な紐なんだ」

 

「ウッス。アレで豚を雁字搦めにするのがポイントです」

 

「じゃあ今度はそれにしようかな」

 

「大将共々お待ちしてます!」

 

 ひぃ、何か物騒な話をしてる。

 勇気を出してトイレの扉の下からコンパクトミラーで発言者を確認すると……さっきの眼帯少女とバイクで暴走してそうな金髪のヤンキーさん!

 きっと対立するギャングのメンバーを拘束して見せしめに。

 ライブハウスって怖いよぉ……。

 

 

 

 

「ふふふん♪ ふふふん♪」

 

 ポピパの曲を口ずさみながらぬいぐるみを物色する休日、今日はどの子をお迎えしようかな?

 あ、このユニコーン可愛いな。

 蹄が割れているからこの見た目でもお馬さんじゃないんだよね。

 

「これとか?」

 

「いやこっちの方が」

 

「うーん」

 

 ひっ、この声はライブハウスで私を恐怖のどん底に陥れた眼帯少女、早く隠れなきゃ!

 隠れる場所は……ぬいぐるみの中!

 

 ふぅ、ぬいぐるみに囲まれると安心できて少し余裕が。

 隙間から観察するとどうやら大人の男性二人と一緒みたい。

 片方は上から下まで黒尽くめなジャケットの人……堅気には見えないし武闘派の部下を率いてそう。

 もう片方は和服の人……あ、小指を詰め詰めする職業の人だ。

 そんな二人に平然と接するどころかダメ出しをする眼帯少女、何者なの!?

 

「仕込むならこれくらいの大きさじゃないと」

 

 そんな可愛い猫のぬいぐるみに何を仕込むの!?

 もしかして中に白い粉でも入れて密輸するの!?

 

 あまりの恐怖に私は気を失い、閉店作業の店員さんに発見されるまで眠ってしまった。

 

 

 

 

 その後、紆余曲折、艱難辛苦、東奔西走、諸々あってMorfonicaを結成して少し経った頃――

 

 

『シロー、明日動物見に行かね? ルイがチケット貰ったからモニカで行こうって事になって』

 

『いいけど随分急だね?』

 

 土曜日の夜にお気に入りのユニコーンを抱きしめて作詞をしていると透子ちゃんからメッセージが。

 彼女の強引さは少し苦手だけど私の狭い世界を広げてくれるので感謝もしてる。

 るいさんがバンド活動と関係ない事で誘ってくれるのは意外だけど動物園……楽しみだなぁ。

 ミッシェルさんみたいにモフモフな動物さんがいるといいな。

 

『じゃあ待ち合わせは――』

 

 

 

「つくしちゃん、ここで乗り換えるの?」

 

「大丈夫、私に任せて!」

 

 

「ななみちゃん、この電車で女子高生って私達だけなんじゃ」

 

「広町的には気にならないかな~」

 

 

「るいさん、動物園に行くんですよね?」

 

「……桐ケ谷さん、倉田さんに何て説明したの?」

 

「え、競馬場に行くって」

 

「言ってないよ! 動物を見に……はっ」

 

「馬だって動物じゃん。ミクロンミクロン!」

 

「だ、騙された……」

 

 競馬場の正門で膝をつく私。

 服装は制服って言われた時点でおかしいと思うべきだった……。

 学校行事じゃないので制服って。

 

「透子ちゃん酷いよ!」

 

「まあまあ、折角ルイがVIP席に招待してくれたんだから」

 

「知人からのもらい物よ」

 

 ……競馬場って怖いイメージしかないからもう帰りたい。

 

 

 

「うわぁ……」

 

 広々とした空間に大きなモニターに高そうな絨毯、本来だと一生縁のなさそうな空間だ。

 来賓室と呼ばれるだけあってどの人も身分が高そう。

 私が持っていた競馬場のイメージとは真逆でみんなフォーマルな恰好。

 あ、もしかして正装を持ってない私の為にみんな制服だったとか?

 

 あれ、あの見慣れた制服の人達って――

 

「紗夜さん! リサさん!」

 

「こんにちは、桐ケ谷さん」

 

「お、透子じゃん」

 

「白金さん、本日はお招きありがとうございます」

 

「八潮さん……こちらこそありがとございます……」

 

 Roseliaの紗夜さん、リサさん、燐子さん……という事は。

 

 

「そこよ、差しなさい!」

 

「いっけー!」

 

「まだまだ諦めるな!」

 

 

 ……ベランダ席には友希那さん、あこちゃん、そして眼帯少女改めワンコさんが大人の人に混じって叫んでる。

 ステージ上の迫力に負けてない。

 

 やっぱりワンコさんだけは苦手。

 過去の出来事は私の勘違いぽかったけど、それでも何と言うか、オーラが怖い。

 生徒会長がライオンならワンコさんは……氷狼フェンリル?

 噂だと一言で新年会を凍り付かせたとか。

 なるべく関わらないようにしないと。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 飲み物を貰い端っこの席でモニターを眺める。

 お馬さんは嫌いじゃないけど詳しくないので叫んでる人達みたいに熱くはなれない。

 モニカの他のメンバーはRoseliaの人達と話してるし……私だけ独りぼっち。

 時間はまだあるみたいだしどうしよう?

 

「ましろちゃん」

 

「ひぃ!」

 

「そこまで驚かれると傷つく」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 ボーっとしていたのでワンコさんが目の前に立っているのに全然気付かなかった。

 あれ……前は近付くだけで総毛立ってたのに。

 

「暇ならパドック行ってみない?」

 

「パドック?」

 

「うん、レース前の馬が見れる場所」

 

 う、そんなキラキラした目で見つめられると断れないよ……。

 

 

 

 

「ふふふーん♪」

 

「うう……」

 

 結局断り切れずにパドックへ向かって移動中。

 人が多くて迷子になったら困る、という事で手を繋がれた。

 思ったより恐怖も緊張もしなかったけど、子供扱いみたいで少し不満……けど直ぐに考えを改めた。

 入場した時以上の人混み、迷子になったら絶対みんなの所に戻れなさそう。

 

「大丈夫?」

 

「だ、大丈夫です」

 

 意外と気を遣ってくれて……繋いだ手も私が痛くならないように加減してくれてるみたいだし。

 周りが殺気立ってるからか妙に心強い。

 段々と彼女の熱が伝わってくるようで……。

 

「ワンコさんって……いえ何でもないです」

 

「言いたいことがあったらいつでも言って。飲み込んだままだと苦しいでしょ?」

 

「……はい」

 

 少し胸が締め付けられた。

 でも流石に思ったより優しいんですね、とは失礼過ぎて言えない。

 それに盛大に誤解していたとは恥ずかしくて言いたくないし。

 

 

 

「うーん、やっぱりこれ以上近づけないか」

 

 パドックの周りは今まで以上に人が密集していて、私なんかじゃとても入り込めなさそう。

 人の熱気に思わず後ずさり……。

 でも、せっかくここまで来たんだから、連れて来てくれたんだから。

 

「あ、あの橋の上から見えません?」

 

「うん、行こうか」

 

 私の提案に柔らかい笑顔を返すワンコさん、こんな表情ができるんだ。

 

 

『え、普通にウケる人っしょ』

 

『正統派とは言えないけど立派な風紀委員ね』

 

『広町的にはUMAかなって』

 

『悪い人ではないわ』

 

 

 モニカのみんなのワンコさん評を思い出す。

 微妙に褒めているのか分からないけど……実は結構良い人なの、かも。

 

 

「あ、今目が合いましたよ!」

 

「良かったね」

 

 奇麗な白馬さんと目が合った気がして思わず橋から身を乗り出して手を振った。

 周りのお馬さんと比べると一回り小さい体格だけど私にはとても輝いて見えて。

 初めて現実のお馬さんに興味を持ったかも。

 

「あっ」

 

「危ない」

 

 落ちかけたところ腰を掴んでもらった……恥ずかしい。

 熱中すると周りが見えなくなることがあるみたいなので気を付けないと。

 

「一番近い場所でレースを見たくない?」

 

「見たいです!」

 

 

 

 

「ましろちゃんって意外と根性あるね」

 

「そうですか? きっとみんなのお陰です」

 

 閑散とした一般席最前列で出走を待つ私とワンコさん。

 それもその筈、傘が役に立たない程の豪雨。

 私はワンコさんが用意していたレインウェアのお陰で何とか雨を防いでいる。

 それでも容赦なく降り注ぐ雨が次第に体温を奪っていく。

 

「あの子も雨に打たれていますし」

 

「うん、見届けよう」

 

 芝の上に現れたお馬さんの中からあの子を探す。

 折角の白毛が雨に打たれ泥が跳ね黒茶色に……でもそんな姿も素敵だと思う。

 あの子についモニカのこれまでの道のりを重ねてしまったから。

 

 勝手だよね、でも頑張って一番で帰ってきて。

 

 

 

 ガコン!

 

 

 そしてゲートが開き一斉に十八頭が駆けだした。

 あの子は真ん中位、他のお馬さんに囲まれて窮屈そう。

 最初のコーナーを回る頃には見えなくなってしまったのでコースの内側に設置されている大きなテレビ、ターフビジョンに目を移す。

 二つ、三つとコーナーを回っても中々順位は上がらなくて――

 

「大丈夫、チャンスを狙ってるから」

 

「は、はい!」

 

 ワンコさんの言葉に祈るように組んでいた手に力が戻る。

 自分達を重ねてしまったあの子に祈りを。

 絶対勝てるって信じてるから……お願い!

 

「来た」

 

「頑張って!!」

 

 自然と口から出た応援の声。

 自分でもびっくりする程の大声、視界の端のワンコさんも少し驚いている。

 そして彼女も声援を送ってくれた。

 

 

 最後のコーナーで針の穴を通す様に他のお馬さんの間を抜けていくあの子。

 

 今までの我慢はこの為に、と言わんばかりに順位を上げていく。

 

 そして三頭がもつれる様にゴールへ。

 

 写真判定に持ち越される決着。

 

 それもあの子は……全力疾走の疲れも何のその、勝利を確信して雨の中堂々と歩を進めている。

 

 固唾を呑んで見守る着順掲示板、そして――――

 

 

「勝ちました! 勝ちましたよ!」

 

「うん、お見事」

 

 

 土砂降りでレインウェアにも拘らずワンコさんに抱き着いて大はしゃぎ。

 レースの熱気に当てられたのかワンコさんも少し興奮気味、な気も。

 私が離れると今度はワンコさんが私の腋の下に手を入れ持ち上げ……えっ!?

 

「そーれ、ソイヤ! ワッショイ!」

 

「ちょ、まっ!?」

 

 親が子供にするような高い高い、この歳でやられると恥ずかしい。

 その上回り始めたりするし!

 も、もう十分だから!

 いつの間にか増えたお客さん達も見てるから!

 

 

 

 

「何でレインウェア着ててびしょ濡れなの?」

 

「面目ない」

 

「ううっ」

 

 来賓室に戻ると友希那さんの呆れたような表情。

 ちょっとはしゃぎ過ぎたかも。

 

「倉田さんごめんなさいね。頼りにならない年長者で」

 

「い、いいえ、楽しかったですし……」

 

「そう」

 

 口調とは裏腹に柔らかな笑顔。

 何となくワンコさんと似ているような。

 

「……拭きます」

 

「倉田さんは私が」

 

 ワンコさんと私は揃って高そうな椅子に座って、燐子さんとるいさんに後ろから頭をタオルで拭かれる。

 視線が合うと悪戯がバレたような子供っぽい表情、多分私も同じような表情だと思う。

 何だか……今日一日で大分距離が縮まったような。

 ちょっと底が知れないところがあるけど……良い人かなって。

 誘ってくれたるいさんには感謝しないと。

 

「……良かった……ですね」

 

「はい」

 

 後ろの燐子さんとるいさんの会話が耳に入った。

 ……あっ、もしかして今日私が誘われたのって――

 

「ふふっ」

 

「どうかしたの?」

 

「るいさんは優しいなって」

 

「……そうかしら」

 

「うん、ありがとう」

 

 後ろにいるから正確な表情は分からないけど……クールな表情にうっすらと笑みを浮かべていると思う。

 そんな想像だけで胸が温かくなるのを感じた。

 ワンコさん、あの子、るいさん、今日だけで三つも収穫があるなんて。

 今日は本当に良い日――

 

「シロ着替え買ってきたよー」

 

「あ、透子ちゃん、ありが……えっ!?」

 

 透子ちゃんが買ってきたのは黄色と青色と黒色の派手な服。

 これなら遠くからでも見分けがつくから安心だね。

 気合も入るし――

 

「って、ジョッキーさんが着る服でしょ、それって!」

 

「勝負服のレプリカなんてマジアガるじゃん♪ はいワンコさんの分」

 

「ありがと」

 

「着る気ですか!? その前にここで着替えないでください!」

 

「私とペアルックは嫌?」

 

「うっ……そういう問題じゃないです!」

 

 本気なのか冗談なのか分からない寂しそうな表情。

 少し理解できたと思ったのに……また分からなくなったような……。

 何故か有咲さんの顔が頭に浮かんだ。

 

 

 

 

 結局ワンコさんにあの子のぬいぐるみを買ってもらったので、帰りの電車にはレプリカ勝負服で乗った。

 少し……いやかなり恥ずかしかったけど我慢我慢。

 一つ心配事が増えたけど。

 

「透子ちゃん、SNSに画像アップしないでね?」

 

「え、絶対流行るって♪」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

特に感想をいただけるととても喜びます。
※アンケート回答も嬉しいです。


<備考>

倉田ましろ:蹄鉄アクセを付け始めたとか。

八潮瑠唯:モニカの保護者ポジへ。

白金燐子:親戚がシロカネフクキタルの馬主。

湊友希那:猫と遊ぶナイスネコチャン動画がお気に入り。

ワンコ:真剣勝負大好き。


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その他-21:雨の日、氷川家にて(シーズン1)

日菜回です。


「ただいま~♪」

 

 下校途中に雨が降ってきたけどあたしの気分はるんっ♪

 なんてったって今日はおねーちゃんが持たせてくれた折り畳み傘があったから。

 おねーちゃんのお陰で濡れずに帰ってこられたと思うと……。

 早くお礼を言って感謝のハグをしたいな!

 

「あれ?」

 

 よく見たら玄関にはおねーちゃんの他にずぶ濡れの革靴が。

 これって……ワンコちゃんのだよね、傷の位置が一致してるし。

 おねーちゃんの靴があんまり濡れてないから車の水飛沫からおねーちゃんを庇ったってところかな。

 彩ちゃんみたいにうっかり水溜りに突っ込む事は無いしね。

 

 耳を澄ますと微かにシャワーの音。

 責任感の強いおねーちゃんの事だから絶対先にワンコちゃんにシャワーを使わせてる筈。

 そしてワンコちゃんの他人の家でのシャワーの短さと玄関タイルに靴から垂れた雨水の広がり具合から計算すると……おねーちゃんの部屋にワンコちゃんが一人でいる可能性大!

 

 これは……突撃するしかないでしょ!

 

 今日は体育が無かったから体操服やジャージは持ってない筈。

 優しいおねーちゃんならワンコちゃんに新品の下着を出してるだろうし、勿論その上に着る物も。

 さてさて、どんな格好をしているのかな?

 撮影したら当然みんなにシェアしないとね!

 

 

 そーっと、音を立てないようにおねーちゃんの部屋の扉を開ける。

 中にいるのはワンコちゃんだからノックする必要は無いってあたし判断。

 こーいうのはサプライズが大事なんだから。

 手に持ったスマホはいつでも撮影オーケー。

 ……おねーちゃんの服を着てるところをあたしに見られて少しは恥ずかしがってくれるかな?

 

 

「えっ」

 

 

 ベッドの上に仰向けで寝ていたのは、おねーちゃんお気に入りのペールラベンダーのワンピースを着たワンコちゃん。

 眠ってるようで控え目な胸が規則正しく上下してる。

 最初に会った時のどこか影のある表情とも最近の優しい表情とも違う……神々しさ?

 っていうか胸元と裾が捲れて下着が見えてる、キャミソール着ようよ!

 部屋に充満するワンコちゃんの匂いとおねーちゃんの服を着ているその姿に頭がくらくらしてきた。

 

 

 ……ゴクリ、と唾を飲む音が自分のものにしてはやけに大きく。

 

 

 鞄をそっと床に置くとゆっくりベッドに乗る。

 ワンコちゃんの伸ばされた足の上にまたがり、ふくらはぎから太股へ指を這わせる。

 彩ちゃん以上に引き締まったその肉体。

 触れているうちにどんどん変な感情が湧いてくる。

 本人に無断でこんな事をしてるのがバレたらどんな事になるのか、おねーちゃんには軽蔑されるかな?

 そんな考えを持っても手が止まらない。

 遂には両手を使ってワンコちゃんの太ももを堪能する。

 美肌というわけじゃないけど程よく弾力があって心地良い。

 

 あたしおかしくなっちゃったのかな?

 いっその事このままもっと上に、そして直接味を──

 

 

「こーら♪」

 

「ふぇっ!?」

 

 ワンコちゃんの下半身に意識を集中していた所為で、彼女が起きてこっちを見ている事に全然気づかなかった。

 白濁した右目と漆黒の左目、その両目で見つめられると体が痺れたように動かない。

 

「悪戯っ子なんだから……えいっ」

 

「きゃっ!」

 

 いきなり上半身を起こすとあたしの頭を胸に抱きしめる。

 密着するあたしの顔とワンコちゃんの胸、服越しに心臓の鼓動が伝わってくる気がする。

 そして優しく後頭部を撫でられる度に不思議な感覚に。

 

「よしよし、寂しかった?」

 

「……少し」

 

 本音が口から漏れた。

 半日も大好きなおねーちゃんと一緒にいられないのはやっぱり寂しい。

 ……その穴埋めがワンコちゃんとは思いたくないけど。

 

「彼女は幸せね。こんなに想われて」

 

「そうかな?」

 

「そうよ」

 

 迷いの無い言葉。

 普段なら根拠を聞くのに何故か信じられる。

 少しワンコちゃんに酔っちゃったかな?

 

「『わたし』の時間はもうお終い。少し寝ましょう?」

 

「うん」

 

 いつもとは違うワンコちゃんの胸に顔を埋めたままおねーちゃんのベッドに寝そべり、眠りの世界へ落ちていった……。

 

 

 

 

「──起きなさい日菜、ワンコさんもお茶の準備ができましたよ」

 

「うーん、良く寝た♪」

 

「……あれ、何時の間に」

 

 おねーちゃんの優しい声で意識が覚醒、ワンコちゃんはまだぼんやりしてる。

 普段の表情に戻ったので安心したような、残念なような。

 

「ワンコちゃんさっきの──」

 

「あ、紗夜さんすみません。寝ちゃって服に皴が」

 

「風紀委員の仕事を手伝っていただいてお疲れですから仕方ありませんよ。日菜、帰ったら制服は脱ぎなさい」

 

「えー、扱いが酷いよー」

 

「ワンコさん、新品のキャミソールを持ってきたので着てください」

 

「ありがとう」

 

 あたしの抗議を無視して用事を済ませるとさっさと部屋を出ていくおねーちゃん。

 もう、こんなに想ってるのに!

 

「日菜ちゃん、タオルケット掛けてくれた?」

 

「え、あたしは直ぐに寝ちゃったし」

 

「じゃあ紗夜さんか」

 

 気付けば掛けられていた犬柄のタオルケット。

 流石おねーちゃん!

 

「良いお姉さん」

 

「でしょでしょ!」

 

「じゃあ紗夜さんに迷惑かけないでよ?」

 

「うっ、これでも成長したんだからね!」

 

 疑わし気なワンコちゃんの表情。

 心当たりは全然無い……わけじゃないけど。

 最近はそれなりにアイドル活動も──

 

「ちなみに千聖さんから掛かってくる愚痴電話の半分は日菜ちゃん絡み」

 

「……反省します」

 

「よろしい」

 

 あたしの返事に満足して着替え始めるワンコちゃん。

 スラっとした体形はまるでおねーちゃんみたいで……って、人の事とやかく言えないよね!?

 デリカシー身につけなよ!

 

 

 

 

 リビングに移動すると既にティータイムの準備ができていた。

 昨日作っていたおねーちゃんお手製のクッキーと淹れたての紅茶、香り的に千聖ちゃんに貰ったやつかな?

 それだけでも踊りだしそうなくらい嬉しいけど怒られちゃうのでおねーちゃんの左に座る。

 ワンコちゃんはおねーちゃんを挟んで反対側に。

 そして促されて最初にクッキーをぱくり……あ、笑った。

 

「紗夜さん、美味しい」

 

「でしょ?」

 

「なんで日菜が得意げなのよ。お口に合ったのなら羽沢さんや今井さんのお陰です」

 

 そっけなく言ったけどおねーちゃんの口元が少し緩んでるのを真横のあたしは見逃さなかった。

 ワンコちゃんも見ていたみたいでアイコンタクト。

 やっぱり可愛いよね?

 

「…………」

 

「…………」

 

「二人の仲が良いことは分かったので言葉にして会話してください」

 

「あれ、もしかしておねーちゃん嫉妬してる?」

 

「日菜っ!」

 

「ちょっと紗夜さんが可愛かったのでからかってみたり」

 

「ワンコさんまで!?」

 

 あたしとワンコちゃんの悪ふざけに慌てるおねーちゃん。

 ちょっと意地悪だったかな?

 あー、膨れっ面に……勿論可愛いけど。

 

「お詫びに。はい、紗夜さん」

 

「自分で食べられます!」

 

「はい」

 

「ですから!」

 

「はい」

 

「…………全く」

 

 髪をかき上げ遠慮気味にワンコちゃんの手からクッキーを食べるおねーちゃん、まるで映画のワンシーンみたい。

 差し出した艶っぽい唇も少し赤らめた頬も咀嚼に伴って動く筋肉もあたしを魅了してやまない。

 へー、そういう風にすればいいんだ♪

 

「はい、おねー「やらないわよ」」

 

 即行で拒否された。

 酷いよ。

 でも今度は二人っきりの時にやってみよ。

 

「それにしてもおねーちゃんってワンコちゃんに甘いよね?」

 

「っ……そんなことないわよ」

 

 露骨に目を逸らすおねーちゃん。

 自分以外の人の気持ちに疎いあたしでも流石分かるよ。

 ちょっとモヤモヤするな。

 

「ふーん、そういう態度取るならワンコちゃんに聞いちゃうから」

 

「日菜!?」

 

 慌てるおねーちゃんからワンコちゃんに視線を移すと我関せずといった感じで紅茶を飲んでる。

 でも……少し気にしているような気も。

 

「というわけでワンコちゃん教えて♪」

 

「紗夜さんが優しいから」

 

「そんな当たり前の理由じゃなくて!」

 

 その回答にあたしは納得できない。

 だってあたしよりワンコちゃんの方が優しくされてるもん!

 

「おねーちゃんと出会って数か月しか経ってないのにずるいなー」

 

「……確かにワンコさんと直に顔を合わせたのは数か月前だったけどもっと前から知ってたわ」

 

「えっ、嘘!?」

 

 おねーちゃんの意外な発言に頭が真っ白に……。

 あたしの知らないところで一体。

 

「はぁ……一年の時からあなたが聞いてもいないのにワンコさんの事を私に話してたでしょ?」

 

「あっ、そう言えば」

 

 羽丘でみんなあたしから距離を取る中、ワンコちゃんだけは挑み続けてきたのが嬉しくてついおねーちゃんに。

 てっきり聞き流されてたと思ってたけど、しっかり聞いてくれてたんだ……。

 

「私も日菜ちゃんから聞いてもいないのに紗夜さん自慢されてた。話に違わず実物も素敵だったけど」

 

「日菜っ、何を話したの!?」

 

「えーっと、おねーちゃんが恰好良くて可愛くて厳しいけど時々優しくてポテトと犬が大好きで人参が嫌いな事だったかな?」

 

「~~~!」

 

 顔を両手で隠してプルプルするおねーちゃん可愛い。

 

 でもそれだけだとワンコちゃんに優しくする理由には弱いかも。

 

「つまり二人とも日菜ちゃんの被害者」

 

「それ酷くない!?」

 

「……否定できないわ。聞かされる度に日菜に翻弄される少女を想像してシンパシーを感じてたわ」

 

「えー」

 

 そこは否定してよ、おねーちゃん!

 ワンコちゃんを翻弄してなんて……無いとは言い切れなかった。

 あたしってどうしても今楽しい事を優先しちゃうから。

 我慢してる時間はもったいないし、楽しまないと。

 

「うーん、面倒な事だらけで生きるって難しい……んぐっ!?」

 

 あたしらしくない言葉が口から出た、と思ったらクッキーを口に押し込まれた。

 

 あはは、やっぱり優しいや。

 

「いざという時は誰かの手を掴みなさい。あなたを大事に思ってる人がいるから。ワンコさんとかパスパレとか──」

 

「それって……おねーちゃんでもいいの?」

 

「……他に人がいない時はね」

 

 少し複雑な表情を浮かべるおねーちゃんだけど凄く嬉しい。

 去年までだったら絶対出てこない言葉だし。

 おねーちゃん……も私も変われたのかな?

 

「あ、おねーちゃんがいない時はワンコちゃんに頼むから」

 

「お手柔らかに」

 

 やれやれといった感じの言葉がワンコちゃんから返ってきた。

 基本あたしの扱いは雑だけど約束の類は今のところ破られたことは無いから安心かな?

 

「誹謗中傷の類は全力で追い詰めるから」

 

「……法律に触れない程度でね」

 

 全然安心できなかった。

 そう言えばあたし以上にソイヤだったっけ。

 発言には気を付けよっと。

 

 

 

 ピカッ!

 

 ドカーン!

 

 

 

「!?」「!」「えー」

 

 外から差し込んできた強烈な光と間を置かず鳴り響いた轟音。

 落雷だと認識した瞬間に部屋の灯りと見ていた録画してあったパスパレの映像が消えた。

 停電かー、折角あたしのギターソロだったのに。

 

「紗夜さん……痛い」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 何も見えなかったのでスマホで横を照らすと、おねーちゃんがワンコちゃんに抱き着いてた。

 ワンコちゃんずるい。

 バンドと弓道で鍛えた筋力での全力抱き付き……あたしもされたいな。

 

「おねーちゃん怖いの?」

 

「驚いただけよ!」

 

「そっかー。あ、そう言えば数日前から変な甲高い声がするって上の階で話題になってたよね」

 

「えっ」

 

「へぇ……って紗夜さん痛い痛い」

 

「日菜っ! 変な事言わないで!」

 

「えー、でも夜中に『アッー!』とか『ウー!』とか聞こえたとか」

 

「えっ…………」

 

「後は何かをかじる音とか引っ掻く音とか走り回る音とか」

 

「…………………………」

 

「ちょっと前には廊下に血痕があったとか」

 

「………………………………」

 

「日菜ちゃんストップ。紗夜さんがちょっと涙目」

 

「あ、うん」

 

 おねーちゃんに悪い事しちゃったかも。

 いつも幽霊なんていないって言ってたし平気かなって思ってたけど。

 でも涙目のおねーちゃんもるんっ♪

 

 

 

「アー」

 

 

 

「ひ、日菜、悪ふざけはいい加減に!」

 

「あたしじゃないよ。ベランダの方からかな?」

 

「確認頼める?」

 

「うん♪」

 

 おねーちゃんに抱き着かれて動けないワンコちゃんの代わりにベランダへ。

 雨が吹き込みそうだけどベランダドアを開けないと原因は分からない。

 ゆっくりと開けるとそこには──

 

 

「にゃぁ……」

 

「あ、猫だ」

 

 

 ずぶ濡れの猫……の親子。

 普通サイズの親猫が一匹と子猫が二匹いた。

 幽霊騒動の原因はこの子達かな?

 侵入経路は見える範囲だとベランダの隙間か配管。

 

「ね、猫なの?」

 

「おねーちゃん怖がり過ぎだって」

 

「うっ……」

 

 まだ怖いのかしがみ付いたままお姫様抱っこの状態でワンコちゃんに運ばれてきたおねーちゃん。

 ちょっとくっつき過ぎかな?

 

「このままだとまずいかも……紗夜さん、一時保護する?」

 

「それは……」

 

 ワンコちゃんの言葉に表情を曇らすおねーちゃん。

 昔から決まり事をしっかり守ってきたから、一時的とはいえ決まりを破って室内に動物を入れる事に躊躇してる。

 本当は直ぐにでも助けたいと思ってる筈なのに……それならあたしが。

 

 

「おねーちゃん、お願い!」

 

「日菜……」

 

 

 おねーちゃんと目を合わせ全力のお願い。

 お願いだから私の手を──

 

「……分かったわ、今はこの子達を助けるのが最優先ね。ワンコさん指示を」

 

 流石おねーちゃん!

 覚悟を決めたおねーちゃんの凛々しさに目が潤みそう。

 

「多分停電でポンプが止まってるから……紗夜さん、いらないタオルと段ボール、それとホッカイロある?」

 

「はい、直ぐに持ってきます」

 

「日菜ちゃん、逃げないように優しく室内に入れてあげて」

 

「うん♪ おいで~」

 

 あたし招きに母猫が子猫の首を加えて運んできてくれた。

 信頼してくれてるみたいでちょっと嬉しい。

 受け取るとすごく冷たくて……微かに動いているから、頑張って!

 

「日菜ちゃん、こっちに」

 

「うん」

 

 おねーちゃんから渡されたタオルで手際良く子猫を拭いていくワンコちゃん。

 あたしもそれを真似して別の子を拭いていく。

 拭き終わるとタオルを敷き詰め季節外れのホッカイロで温められた即席の寝床に。

 おねーちゃんお手製だからきっと快適♪

 これで大丈夫、かな?

 

 

 

 

「ふふふっ」

 

「えへへっ」

 

 床に置いた段ボールの中で眠る猫達を上から覗き込んで優しく見守るおねーちゃん、を優しく見守るあたし。

 停電が早めに復旧したお陰で猫達も奇麗に洗えて一安心、ありがとう電力会社の人。

 

「紗夜さん、日菜ちゃん、この子達の今後についていい?」

 

「は、はい」

 

「うん」

 

 緩んだ顔を引き締めソファに座るおねーちゃん。

 まるでイヴちゃんみたいな表情の切り替え。

 

「一応迷子届が出ていないか確認して出てなかったら里親を探す、て感じだけどいい?」

 

「はい……このまま飼う事はできませんから」

 

 辛そうな顔のおねーちゃん。

 責任感とモフモフ愛の強いおねーちゃんのことだからずっと気に病みそう。

 だったら──

 

「あたしがペット可マンション借りるから!」

 

「日菜!?」

 

「また突拍子もない事を」

 

「えー、良い考えだと思ったのに」

 

「日菜ちゃんと猫の面倒を見ながら学生とRoseliaやってたら紗夜さん過労死するよ?」

 

「同居前提ですか!?」

 

「おねーちゃんはあたしが一人暮らしできると思ってるの?」

 

「自信満々に言わないで!」

 

「にゃぁ……」

 

「あ、起こしてしまってごめんなさい」

 

 あたふたと子猫に謝るおねーちゃん。

 良い考えだと思ったのになー。

 

「この後どうすればいい?」

 

「先ずは親御さんに一週間の保護許可を貰って。貰えたらマンションの管理会社にも許可を貰えるようにお願いして」

 

「正攻法で行くんだ」

 

「筋を通さないと後が面倒。断られるにしても数日は稼ぎたい」

 

「了解♪」

 

 こういう時はワンコちゃんの言う通りにした方が上手くいきそう。

 何となくだけどね。

 

「私は何をすればいいですか?」

 

「落ち着いてきたから一度動物病院に連れて行きたい。猫を乗せられるタクシー呼ぶから同行して」

 

「分かりました」

 

「お願い。あとは──」

 

 チラッとワンコちゃんがこっちを見た。

 何か意味がある筈、考えろあたし。

 ……あ、そうか。

 

「はい、おねーちゃん。これでタクシー代と診察代、それと挨拶回り用の菓子折りでも買ってきて」

 

「日菜……ありがとう。そうね、ご近所さんにも言っておかないとね」

 

「千聖ちゃんに楽屋挨拶行く時は持たされてるから♪」

 

「流石アイドル」

 

 現金を渡すのが正解だったみたい。

 妹からお金を受け取るのって去年のおねーちゃんなら嫌がったかもしれないけど……。

 何にせよおねーちゃんの力になれて良かった♪

 

 

 さあ、おねーちゃんとついでにワンコちゃんとの共同作業、頑張らないとね!

 

 

 

 

 

 

「あとで半額返すわ」

 

「えー、デートしてくれるだけでいいのに♪」

 

「はぁ……あなたもアイドルなんだからお金の管理はしっかりしなさい」

 

「はーい」

 

「ペット可の家に住むのは私が稼げるようになってからよ」

 

「えっ、それって……」




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

特に感想をいただけるととても喜びます。
※アンケート回答も嬉しいです。


<備考>

氷川日菜:意外と世話はきっちり。

氷川紗夜:花女で里親を募集。

ワンコ:紗夜服装備で姉力アップ?


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その他-22:今井リサ誕生日おかわり(シーズン1)

2年前に書いた話の後日談です。
日付が変わりそうなので端折り気味……。


「夏だー!」

 

「海だー!」

 

 あことワンコの元気のいい叫び声、そしてアタシに向けられたキラキラとした視線、あーこれは続かないといけないやつだ。

 友希那と紗夜は我関せずのスタイル、燐子はというと脇を締めて両手はグーの応援スタイル。

 えーい、旅の恥は掻き捨てだ!

 

「Roseliaだー!」

 

 アタシの大声はアタシ達以外誰もいない砂浜と青く澄んだ海に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 発端は先日のアタシの誕生日、ワンコ&日菜&こころによるサプライズで少し怖い思いを……。

 まあその後は色々楽しかったから気にしてなかったけど、何故か一泊二日で燐子の親戚の別荘にRoselia一行で行くことに。

 諸費用はワンコ持ちという謝罪旅行の名目だけど、バンド内でしこりが残らないように燐子や紗夜も気を遣ってくれたのかな?

 本当に良い仲間達なことで♪

 

 それはそれとして、夏休み最後の思い出にはもってこいだね♪

 

 

 

 

「昼食の支度は私達でするからリサさんは散歩でもしてきて」

 

「えー、アタシも料理したいのに!」

 

「リサは私の料理が食べたくないの?」

 

「ゆ、友希那の手料理……りょーかい、散歩してくるね♪」

 

 到着早々ワンコと友希那に別荘を追い出され浜辺へ。

 友希那の手料理かぁ、最近練習しているみたいだし他の四人もいるから大丈夫だよね?

 

 期待半分不安半分でアタシは燐子が持たせてくれた日傘を手に浜辺へと向かった。

 昼食の後はみんなで海水浴、しっかり下調べでもしますか。

 

 

 

「うわー、実質プライベートビーチだけあって砂浜奇麗!」

 

 普通なら空き缶とかプラゴミとか落ちてるしね。

 ここに落ちてるなんてあそこのイルカくらい……ってイルカ!?

 

「……キュー」

 

 へー、イルカってこういう鳴き声なんだ……って、そうじゃないでしょアタシ!

 このままだと干からびて死んじゃうかも!?

 

「ちょっと待っててね。今助け――」

 

 でかっ!

 近付いたら予想以上に大きかったよ!

 大きさはアタシ以上、どう考えてもアタシ一人じゃ動かせないって!

 それに――

 

 

『無暗に野生動物に近づくのは危険、病気がうつるかもしれないから』

 

 

 あー、この前紗夜がフラフラと野良犬だか野犬だかに近づこうとした時ワンコが止めてたしね。

 このイルカちゃんも何か病気を持ってるかもしれないか……。

 

「キュ……」

 

 グッとこらえて先ずはワンコに連絡、ってスマホは別荘だ。

 でも見るからに弱ってるし何か応急処置をしないと。

 今手元にあるのは――

 

「日傘しかないじゃん!」

 

 しょうがないからこの日傘に海水を汲んで……あ、秒で壊れそう。

 とりあえず地面に刺して少しでも日除けに。

 他に身に着けてて使えそうなものは…………ううっ、これしかないか。

 お気に入りだけど仕方ない、生命優先だからね。

 

 

 

 

「ワンコいる!?」

 

「リサさん……流石に下着で泳ぐのはどうかと思う」

 

 別荘に駆けこんだアタシの姿を見て溜息をつくワンコ。

 強い日差しと全力疾走でぱっと見濡れてるから普通はそういう反応するよね、下着姿だし。

 一応気合を入れてちょっと大人な下着を選んだんだけど溜息はちょっと傷つくよ。

 

「違うの! イルカが打ち上げられていて――」

 

「流石リサさん、自分の服を濡らせてイルカに掛けて乾燥を防ごうとしたんだ」

 

「あ、うん、理解が早くて助かるよ」

 

 最後まで言ってないのに良く分かったね。

 こういう時の頭の回転は紗夜や日菜より早いから助かるよ。

 

「みんなちょっと聞いて」

 

 手早くワンコが仕切りみんなそれぞれ指示通りに動き始めた。

 現場を見たアタシが消防に連絡、他のみんなはバケツや日除けのテントを用意。

 こういう時に心を一つにして行動できるRoselia、だからアタシは大好き。

 

「……………………」

 

 あれワンコ、その視線は何?

 気付けば他のみんなも……。

 

「リサさん、いい加減服着て」

 

「あ、あはは……着替えてくるね」

 

 すっかり忘れてた……。

 

 

 

 

 

 

「あー、リサ姉の料理美味しかった♪」

 

「そうね」

 

「結局今井さん頼みに……」

 

「……ごめんなさい」

 

「いいっていいって、みんなが喜んでくれたんだからね♪」

 

 結局イルカ救助が長引いて昼食が後ろにずれ込んだ。

 その後思いっきりはしゃいだら……みんなばてちゃってアタシとワンコで手早く夕食を作っちゃった。

 洗い物はワンコがやるというのでアタシはみんなに食後のお茶を淹れている。

 うーん、やっぱりこうしてる方がしっくりくるし楽しいね♪

 

「家からこんなに離れた場所に来たというのに……リサのお陰でとてもくつろげるわ」

 

「あ、友希那さんの言うこと分かります! 畳の上に寝転ぶ感じですね♪」

 

「今井さんはRoseliaのお母さんですからね」

 

「……慈愛の聖母」

 

「ちょ、ちょっとみんな~」

 

 少し気になる表現もあったけどすっごく嬉しいな。

 時々自分でも重いとかお節介焼きとか思われてないか不安になることもあるし。

 こうしてみんなの率直な感想を聞けるとホッとする。

 

 

 カシャ!

 

 

「えっ!?」

 

「リサさんの満更でもない笑顔を撮影。いつものグループチャットに送っておくね」

 

「またこのパターン!?」

 

 震えだすアタシのスマホ。

 ……どうせしばらく収まらないだろうから無視してお風呂に入ろうっと♪

 

 

 

 

 

 

「ん……まだ夜かぁ」

 

 お風呂→トランプ→お喋り、といつもの食後を過ごした後にみんなで雑魚寝。

 月明りが丁度顔に当たって目が覚めたみたい。

 あれ、たしかカーテンは閉めて寝た筈だけど。

 

「あら、ごめんなさいリサ。ちょっと夜空を眺めていたの」

 

「東京より星が良く見えるよ」

 

 窓辺で夜空を見上げる友希那とワンコ。

 どことなく神秘的な印象……まあ友希那はいつも神ってるレベルで可愛いけどね♪

 

「へぇ……どうせなら外で見ない?」

 

「そうね……折角だから」

 

「うん、了解」

 

 他の三人は――

 

「……日菜ったらいつのまにこんなに……生意気……」

 

「……んっ、あこちゃん、いつもより激しい……」

 

「……りんりんがしぼんじゃった……」

 

 アタシは何も見なかった、何も聞かなかった、うん。

 

 

 

 

「夜風が気持ち良いわね」

 

「友希那、風邪ひかないでよ?」

 

「リサさんのスケスケな寝間着の方が問題」

 

 アタシ達三人以外誰もいない夜の砂浜。

 昼間も非日常だったけど夜はもっと。

 まるで夢の続きの様な。

 

「友希那、ワンコ、アタシの頬つねって」

 

「えい」「おりゃ」

 

「痛っ! 二人とも躊躇無さ過ぎ、手加減してよ!」

 

 多分赤くなってる頬をさする。

 痕が残ったら責任取ってもらうんだからね!

 

「夢じゃないわよ。はむ」

 

「ゆ、友希那~♪」

 

 突然耳たぶに友希那の柔らかい唇の感触。

 思わず持っていた懐中電灯を取り落としそうになった。

 幼馴染の愛情表現は過激すぎて困る、けど嬉しい。

 

「うわ、リサさんの顔の緩みっぷりが放送事故レベル」

 

「ワンコはしてくれないの?」

 

「はいはい」

 

 口ではそう言いながら優しくアタシの耳を……両手に花だね♪

 でもそれは一瞬だった。

 

「……あっちから何か聞こえる」

 

「えっ!?」

 

 アタシの耳から唇を離し海の方を見つめるワンコ、そして歩き出す。

 何かって何?

 また怖がらす気なの!?

 

「歌ね」

 

 ワンコに続いて友希那も桟橋の先の方に……一人にしないでよ!

 急いでアタシも追いかけるとそこには――

 

「キュッ♪」

 

「昼間のイルカかしら?」

 

「うん、こんばんは。リサリサ」

 

「勝手に変な名前付けないでよ!?」

 

 いやもう少し可愛い名前にしてあげようよ!

 今井ルカとか……ないかー。

 

「良い名前じゃない。優しそうな名前よ」

 

「そ、そうかなぁ……じゃあ君はリサリサだ」

 

「キュー!」

 

 友希那にそう言われたらしょうがないね。

 元気に育つんだぞ。

 

 二人が誘われたのはこの子の歌だったか。

 怖がって損しちゃった♪

 

「こういうのはどうかしら。♪~~~」

 

「キュ~♪」

 

 突然始まった友希那とリサリサの『せっしょん』に心を奪われた。

 隣のワンコも同じようで目を閉じ優しい表情で聞き入ってる。

 その表情のお陰で少し胸が軽くなったかも。

 

 

 アタシの幼馴染、いや世界で一番大好きな人はいつもアタシを魅了しちゃうから困るな。

 最高のプレゼントが直ぐに更新されちゃうからね♪

 

 

 

 

 

 

「リサ、リサリサがプレゼントみたいよ」

 

「へーどれどれ」

 

「キュ!」

 

「貝?」

 

「へー、阿古屋貝か。後で開く時中身を落とさないように気を付けてね」

 

「う、うん?」

 

 その時はまだ知る由もなかった。

 初めて宝石を貰った相手はイルカだったことに……。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

特に感想をいただけるととても喜びます。


<備考>

今井リサ:周りに振り回されることが多いのでたくましく。

湊友希那:料理を始めてリサの偉大さを改めて認識。

氷川紗夜&宇田川あこ&白金燐子:朝起きたらお見せできない姿に。

ワンコ:役に立てて嬉しい。

リサリサ:後に歌うイルカとしてダイバーに愛される。


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その他-23:湊友希那誕生日(シーズン2-10/26)

気付けば99話目、本当にありがとうございます。


※活動報告にお題箱を作ってみたりしました。


「3!」

 

「2!」

 

「1!」

 

「「0! ハッピーバースデー友希那(さん)♪」」

 

「……わざわざ日付が変わった瞬間に祝わなくても」

 

 誕生日を迎えた私――湊友希那――よりも浮かれているのはリサとワンコ、もう夜も遅いのに二人とも元気過ぎる。

 まあ……悪い気はしないけれど。

 三人並んで私のベッドに座るのは何となく落ち着く。

 普段は私の膝の上が定位置のユキは今頃夢の中ね。

 

「だって、一生に一度しかない友希那の十八歳の誕生日だよ!」

 

「二回あっても困るわよ」

 

「そりゃそうだけどさ~」

 

 口を尖らすリサの頭を撫で宥める。

 いつも大人びていて周りに気を配れる彼女が私の前だと子供っぽくなるのは面白い。

 こういうところは昔から変わっていないわね。

 

「リサさんの言うことも分かる。一期一会、この二度とない一瞬を大切に」

 

「そうね……ライブでもいつも心掛けているわ」

 

 ワンコの方はパッと見普段通りだけど嬉しさが漏れ出ているのが分かる。

 大事な家族の一人だから、ね。

 それに真面目な言葉で照れ隠しをしているのも分かるから。

 

「それじゃあ誕生日プレゼントしちゃうよ♪」

 

「ありがとう。これは……暖かそうなマフラーね」

 

 リサから受け取った紙袋の中身は手編みのマフラー。

 既に何枚も貰っているけど、どれも私のことを想って編まれているのでとても嬉しい。

 ……マフラーどころから上から下まで数セットはリサお手製で揃っているけれど。

 

「新作なんだ♪ ちょっと広げてみて」

 

「ええ……にゃーんちゃん!?」

 

 広げたマフラーにはさり気なく白猫の刺繍が!

 私の名前も入っているのも嬉しいわ。

 

「全体的なデザインも良くて見事な完成度」

 

「でしょー?」

 

 その出来にお世辞は言わないワンコも感心している。

 手触りもいいし流石ね、リサ。

 

 ……あれ、この色の組み合わせって。

 

「バイオレット、カーマインレッド、ターコイズブルー、マゼンタパープル、シルバーグレイ、そしてブラック」

 

「お、気付いちゃったか♪」

 

「決めてから一年以上も経ってるイメージカラーに気付かない訳がないでしょ?」

 

 ライブでオーディエンスが私たちに振るペンライト、それにどれだけ力を貰ったことか。

 そうねリサ、改めて全てに感謝しないといけないわね。

 例え頂点に立ったとしてもその時周りに誰もいなかったら意味が無いわ。

 

「私のブラックも入ってる」

 

「当然だって♪」

 

「簡単には抜けさせないわよ?」

 

「……うん、了解」

 

 あなたも大事なメンバーよ、ワンコ。

 必ず頂点に連れて行くから。

 もう絶対に、一人にはしない。

 

「それじゃあ、私からはこれ」

 

「何かしら……あっ」

 

 ワンコから渡された木の小箱、中には銀色に輝く精巧な猫のキーホルダーが。

 裏側には『Y.M.』と私のイニシャルが刻まれている。

 それにしても見た事のないキーホルダーね。

 猫製品に関してはそれなりに詳しいつもりなのだけど。

 

「美術部に教わってユキをモデルに銀粘土で作ってみた」

 

「最近放課後忙しそうにしてると思ったらこれだったのね」

 

 相変わらず神出鬼没な風紀委員で色々な部活に関わっているみたいね。

 その姿は……『カッコイイ』とでも表現すれば良いのかしら?

 リサ同様忙しすぎじゃないかと心配になったりもする。

 

「鞄にでも付けておくわ」

 

「ありがとう」

 

 また大事なものが増えたわね、二つも。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「友希那、朝よ」

 

「……はーい」

 

 お母さんのドア越しの声に目を覚ます。

 今日も学校……小テストは嫌ね。

 リサが待ってるだろうから早くシャワーを浴びて朝食をとらないと。

 さあ、今日のおかずは何かしら。

 

 

 

「おはよ、友希那♪」

 

「おはよう、リサ」

 

 いつも通り自宅の門の前で私を待っていたリサ。

 最近寒くなってきたと言うのに律儀ね。

 

「あれー、昨日、いや今日渡したマフラーじゃないんだ?」

 

「……去年貰ったマフラーのままだったわね」

 

「早速使ってほしかったんだけどなぁ」

 

 リサの言葉には答えず歩き出す。

 使うのが勿体無いとは恥ずかしくて言いたくないし。

 あれは特別だから。

 

 

 

「おはよー、友希那ちゃんとリサちー!」

 

「おはようございます、友希那先輩、リサ先輩」

 

「おはよう」

 

「二人ともおはよー♪」

 

 生徒会の挨拶当番らしく日菜と羽沢さんが校門で登校する生徒に朝の挨拶をしている。

 早起きしないといけないから大変ね。

 

「友希那ちゃん」

 

「なに日菜?」

 

 珍しく真面目な表情で私を呼び止めた日菜。

 紗夜絡みかしら?

 

「う~ん、何を言おうとしたのか忘れちゃった♪」

 

「そう、思い出したら教えて頂戴」

 

 相変わらず自由ね。

 紗夜が猫に例えるのも分かるわ。

 

 

 

「よし、描けた♪」

 

「私もよ」

 

 今日の3年A組の美術は二人一組で相手の顔の写生。

 いつものようにリサと組んで何とか描き終えた。

 音楽以外はそんなに得意じゃないから出来は不安。

 

「どうかしら?」

 

「……友希那がアタシの絵を描いてくれるだけで最高だよ♪」

 

「引っ掛かる言い方ね。リサが描いた絵は……誰?」

 

「友希那が美人過ぎて一万分の一も表現できてないかも……」

 

 そこに描かれていたのは漫画にでも出てきそうな美少女。

 美化しすぎじゃない?

 まあ……悪い気はしないけど。

 

「……返却されたら貰ってもいい?」

 

「う、うん、勿論! 交換しよっ♪」

 

 いや、私の描いた方は直ぐにでも処分したいのだけれど。

 粘土細工とかだったらもう少しまともに…………猫なら。

 

 

 

「相変わらずリサのお弁当は美味しいわね」

 

「ありがと♪」

 

 外で食べるには少し辛い時期になってきたので、教室で机を繋げリサが作ってきてくれたお弁当を食べる。

 相変わらず冷めても美味しいわね。

 私の味の好みにぴったりで三食食べても飽きないと思う。

 

「こうやってリサと毎日食べるなんて二年前は思いもしなかったわね」

 

「急にどうしたの? まあ誕生日を迎えて少しおセンチな友希那も可愛いけどね♪」

 

「そんなんじゃないわよ、多分」

 

 感傷的な気分なのは季節の所為かしらね。

 佳境を迎えつつある『Girls Band Challenge!』に影響が出ては困るというのに。

 相手が誰であろうと頂点を取るのは私たちRoseliaよ。

 

 

 

「それじゃあ友希那、アタシ部活行ってくるから♪」

 

「ええ、頑張ってね」

 

 放課後テニス部に向かったリサを見送り私も席を立つ。

 Roseliaの練習までは時間もあるし何をしようかしら?

 こんな空き時間久しぶり過ぎてどうにも落ち着かないわね。

 

「あ、友希那さん」

 

「あら、大和さん」

 

 3年B組の大和さんとはクラスが変わってから話す機会が減ったわね。

 アイドルの仕事が忙しそうなのもあるけど。

 友人が一線で活躍しているのは嬉しいし励みにもなる。

 

「時間があればちょっと演劇部見ていきませんか? 音響関連でちょっと感想を聞きたくて」

 

「私で役に立てるのなら構わないわ」

 

「ありがとうございます!」

 

 大和さんに頼りにされるなんて光栄ね。

 

「『物事に良いも悪いもない。考え方によって良くも悪くもなる』つまりそういうことさ」

 

「っ!?」

 

「ちょ、薫さん、急に現れて脅かさないでくださいよ!」

 

 瀬田さんにも困ったものね。

 思わず悲鳴を上げるところだったわ。

 でも……その言葉はたまに真理をつくことがあるから疎かにはできない。

 

 

 

「……そろそろ時間ね。片付けを始めるわよ」

 

 Roseliaの五人全員が揃ったCiRCLEでの練習も気付けばもう終わり。

 常温のペットボトルで喉を潤し、自分で取り出したタオルで汗を拭き終えると片付けを始める。

 

 何故か他の四人は心配そうに私を見ている。

 

 やはり、ね。

 

「ゆ、友希那……その」

 

「何かしらリサ?」

 

 覚悟を決めて話し掛けてきたリサに平静を装って尋ねる。

 

「ええっと、その……」

 

「これのことかしら?」

 

 制服のポケットから出した猫のキーホルダー、ワンコからの誕生日プレゼントを見せつけた。

 呆気に取られたリサの表情に平静を装うのが難しくなる。

 にやけちゃいそう。

 

「えー、気付いてたの!?」

 

「勿論よ」

 

「いつから?」

 

「朝起きて直ぐ」

 

 私の言葉に膝をつくリサ、やれやれといった感じで首を振る紗夜、両手を合わせて喜ぶ燐子とあこ。

 

 私を起こしに来るのはワンコとユキ、それは大事な儀式。

 ……まあ全てを理解したうえで気付いていないふりをしたのはちょっと意地が悪かったかもしれないけど。

 仮想のリサとはいえ誤魔化せたのだから意外と私にも演技の才能があるかも、何てね。

 

「少し物足りないから早く出てきなさい、ワンコ」

 

「うん、友希那さん大好き」

 

 突然空中から現れ抱き着いてきたワンコに押し倒されたところで私の意識は途切れた。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「どうだった友希那ちゃん?」

 

「……そうね、中々リアリティはあったわ」

 

 寝起き特有のだるさを感じながらヘッドマウント……なんとかを外す。

 ベッドから降りて体を伸ばすと急速に体が覚醒していく。

 実時間だと一時間も経っていないというのは不思議な感覚ね。

 

 日菜が開発したVRゲームでワンコのいない生活を体験してみたけど予想通り物足りなかった。

 依存、とは言いたくないけどあの子がいるからこそ感じられること、経験できることがあるのは確か。

 それは私、私たちにとって得難いこと、大切なこと。

 

 

 それに……放っておくと何をしでかすか分からない大事な『妹』は目の届くところにいないと、ね。




感想、評価、誤字報告などありましたらよろしくお願いします。

特に感想をいただけるととても喜びます。


<備考>

湊友希那:普通免許を取ると言ったら全員に反対された。

今井リサ:気を付けないと親目線で友希那の成長を喜んでしまう。

ワンコ:可愛い系の小物を作るのは苦手。


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