。ケ咲イ狂テウ狂リルク (サボテンダーイオウ)
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01『対価とはこういうもの』

皆に言っておきたいことがあるの。

ずっと黙ってた、内緒にしてた事。今言わないともう終わりだから私、さ。

そういったら、皆シンと黙った。口を噤んで私を見つめた。

 

『私の対価はすでに次元の魔女に支払い終わってた、貴方達と出会う前から』

 

そう言ったら、愕然した皆の表情。普通ありえないよね?だってまだこうなるなんて予想できなかったはずでしょう?普通は。でも私は普通じゃなかった、状況は定められたものだった。過去から未来へと。最初に出会った時のことを覚えている?

 

サクラを助けようと小狼は世界を渡った。

ファイは彼から逃れようと世界から逃げた。

黒鋼は世界を見てこいと知世から締め出された。

そして、私は狗楽を救う為、三国からやってきた。

 

三国って私の最初の世界ね。そこであの子は自分の体を投げ打ってまで次元の魔女に対価を差し出した。私を家族を助ける為にあの子は身を差し出した。

でも私は狗楽がいなくなるなんて考えられなかった。

呼吸を奪われたも同然よ、だって私が今まで生きてきた理由って『狗楽』の為だったんだもの。あの子がいたからあの子がいるから私は生きてこようと決めた。

なのに、あの子が死ぬなんて考えられなかった取り戻したかった何を犠牲にしてでも救いたかった。だからあの時願った。

寝床で冷たくなった幼い狗楽を見て、医者があの子は死んだと言って

私は紅く紅く輝く三日月に願った、泣きながら衣の裾を踏んづけながら走って走って願った。

 

『私の元から居なくならないで!なんでもするから助けてよ!助けてよ!助けて!誰か助けてぇ!』

 

声が枯れ果てても枯れ果てても叫び続けた。

 

『私の妹、狗楽を生き返らせて…助けて……』

 

縋る者が異形だろうが死者であろうが悪魔であろうが何でも良かった。

誰か応えてくれれば私はそれでよかった。

 

『ねーちゃん』

 

その声は確かに狗楽だった。生きて微笑む私の妹。顔を上げて尚更理解できた、アレハ違う。狗楽ではない、そう頭で理解できていたのに、分かっていたのに私は手を差し伸ばした。

 

「……狗楽…」

 

彼女は当たり前のように笑って、私に手を差し伸べていた。小さい頃の二人に戻ろう、そういっているように見てたんだ。

 

【思い出の中に還ろう、そうすれば何もかも捨てて一緒にいられるよ】

 

そういっているみたいで、私は夢中になって、彼女の元に走った。その時の私はたとえそれが偽物の映像であったとしても縋り付きたかったの。先ほどの出来事は全て夢なんだと言って欲しかった。だから彼女に縋ろうとした。

でも違ってた、当たり前よね。狗楽は確かに死んだもの。死者が生き返るはずがない、何かを犠牲にしない限り。『対価』とはそういうもの。

その声が、見たことのない女の姿が、彼女を遮るように前に立ち、私の手を乱暴に取った。グイッと引きちぎるみたいに痛みが走った。

 

『対価はこれで払って貰ったわ』

 

女は否応なしに私を包んだ。

そして、心を引き裂かれるような鋭い痛みと共に頭に直接叩き付けられる『映像』を視た。

君たちと出会う事、色々な世界で『色』を感じ『温かさ』を感じ『悲しみ』を知り『憤り』を感じ、そしてこの旅を終え三国の世界に戻った後に起こる宴で『曹夏輝』を暗殺し神男とラビットによって『私』は抹殺される。そこで『今』の私が終わるの。

勘違いしないで。やんでる訳じゃないし、死にたがりなわけじゃない。

ただ必要なものが私自身なだけだから、の全てを対価にしてあの子を救うと決めた。

たとえ狗楽でなくなったとしてもあの子は私の大切な妹。『人形』として生まれたんだとしても何よりも大切なの。

 

私はあの両親にとって『人形』としてでしか愛されなかった。

私の代わりが見つかったから簡単に捨てられた。

私のようになって欲しくない、狗楽には『人』として歩んでほしい。

今度こそ、成長してほしい、あの子なりの考えを持って。

『私』に縛られないように、ワタシ』から逃れられるように、あの子なりの幸せを見つけて欲しい。そして、出来るならば『私』を忘れて欲しい。

もう、あの子の人生に私は必要ない。あの子は守られるだけの『子供』じゃなくなった。

私の存在理由に値する『子供』じゃなくなった。

もう『大人』なのね、そう感じたらスッとした。今まで執着してた分、こうアッサリ感じられるとは思わなかったけど。

 

目をえぐられようが耳を斬られようが鼻を削がれ口を引き裂かれ四肢を切り落とされ臓器を引っ掻き回されようが心臓を喰われようが何をされても私はあの子を救う為なら全てを捧げる。大切な仲間たちとの思い出さえも全てくれてやる。

 

侑子は言ってくれたわ。

 

『時が満ちるまで傍に置くわ』と。

あの子に必要なものをじっくりと与えてあげられる、の子が大切だと思えるものをかんじさせてあげられる。侑子だから託せた、あの子を傍に置いてくれる。

今の私が消えてもあの人が覚えていてくれている。私は本当に最後の意味で貴方達と共に歩めない。脱落しちゃう。でもどうか悲しまないで 苦しまないで。私は最後の瞬間、こういうわ。

 

『貴方達の終わりなき旅路に『光』あれ』

 

もし貴方達がどこかの世界でどこかの国のどこかの場所で記憶がない私と出会った時、笑ってこう言って。

 

『君は、ホントに破天荒だね。お嬢さん』

 

そう言って無理やり笑った。でも皆笑わない、唇を噛んだり泣きそうに口元を覆って必死にこらえていたり、瞼を伏せて苦しみを隠したりしてた。

 

小狼、サクラ、黒鋼、ね笑って?ね、笑ってよ。

じゃないと私も笑えないだから、ね?ファイ

 

震える口から洩れたのはその言葉。今、私震えてるみたい、その理由、ね。

別れがつらいからじゃない思い出が消えるからじゃない

君への想いを忘れてしまうから

貴方の手が私の頬に触れて吐息が混じりあうほど近くなって

 

『君って残酷だね』

 

彼は絞り出すみたいに言った。私はそれに目を細めて彼の手にすり寄るようにして両手を添えて『だってこれがワタシだもの』と言った。

そう、神崎天姫は残酷で酷い女なのよ。

 

(終わりの始まり)




設定

神崎 天姫

19歳
黒髪に紅い瞳を持つ少女。
自分の妹の為『対価』を支払って『旅』に同行する。必要以上の馴れ合いを嫌う。
武器は日本刀『月光』。
何らかの形で次元の魔女と繋がりがある。妹の名前は『狗楽』。


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02『大っ嫌いな嘘ついた』

天姫side

 

眩しい光に包まれて私は移動したのを感じた。蒼龍が手助けをしてくれた。ここまで運んできてくれたのだ。私は内にいる蒼龍に礼を言いつつ徐々に慣れつつある空気を感じる。

複数の気配。「派手な登場ね」と呟かれた気がする。顔を上げると黒衣の魔女がいた。眼鏡の少年がいた。気を失った少女を抱きとめる異国の少年、ひょろっとした軽い印象の青年に目つきの悪すぎる男。何とも風変わりなメンバーである。さて偉そうに立ってるのは、私の契約相手。

 

「………こうして逢うのは初めてかしらね…。蒼龍姫」

 

確かに彼女の言う通りだ。あの時はただの形としてしかあっていない。

正確に今回が初対面であっている。わかっているが確認を込めて言った。

 

「…貴女が次元の魔女、か」

 

「ええ」

 

彼女は即答した。

 

「私の対価は」

 

今払うのかと続けようとした言葉は遮られた。

 

「既に払ってもらっているわ」

 

そうだった、私としたことが忘れてた。だって生きてるあの子をみれたなんだから。

想いは深い、とてもとても。自然に頭は垂れ懇願していた。

 

「……どうか、あの子を頼む……」

 

あの子を傍に置いてあげて。私が傍にいれない分を。どうか補って欲しい。

 

「わかっているわ」

 

侑子は言ってくれた。ああ、良かったこれで行ける。

そして最後に愛しい妹を見た。元気に肉まんを食べれるくらい妹は食欲にわいているようだ。彼女の足元には転がり落ちたのだろうか、食べ掛けの肉まんがあった。

今はこれだけしか言えない。いや、これ以上必要のない言葉だ。

 

「………かならず、また逢えるよ。『狗楽』」

 

顔が歪んでしまうのを無理やりに笑顔に変え作り笑いする。

上手く笑えたかな、あ、だめかもしれない。

 

「………っ!」

 

だって、狗楽は何かいいたそうにしてるもの。記憶がないのに、何か言おうとしてる。

ちょっとだけ嘘を言った。だって私は逢えるとは思ってないから。

この先の私は。自信がないんだ。

もう一度逢えるっていう確証がないから。

だから嘘ついた。私の大嫌いな嘘をついた。大切な妹である君に。

 

「その時まで、さようなら」

 

『狗楽』

 

モコナに吸い込まれるまで私は狗楽を見続けた。

瞳にしっかりと焼き付ける為に。

最後に見た妹の姿は私に手を伸ばしているかのように見えた。

 

◇◇◇

 

畳の感触で目が覚めて呟いた。天井にあるのは、あの子じゃなくて木目の板ばかり。

なぜか自分の体は冷え切っていて冷たかった。服も濡れていてまとわりついて仕方がない。雨にでも濡れたのかしら。別にどうでもいいやと思う自分がいた。

それにしてもあの光景はまやかしだ。

願望が頭の中で再現されただけに過ぎないみたい。

 

「…馬鹿、みたいね。そんな事あるわけないのに」

 

あの子は何も『覚えてはいない』のだ。そう、あの子は今からっぽなはず。

 

「何が馬鹿なの?」

 

にへらと笑う男が私の視界いっぱいに現れた。数秒その男と見つめ合う形でいた。

 

「………」

 

とりあえず、指でデコピンをしてみた。

 

「イタ」

 

額を抑えるにへら男。隙だらけすぎでおかしく思うが今はそれどころではない。

彼が痛みをこらえているその隙に体を起こし、状況確認。

暗い室内に人数と危険がないか即様確認する。無論、いつでも刀は出せるよう準備してある。今は収納してあるだけでいつでも私の意思一つで出現させられるのだ。

人数はこのにへら男に、大切に守るように眠る少女を抱きかかえて眠っている少年。

それに目つきの悪い大男。視線が合い一瞬だけお互いに殺気をぶつけ合う。

だがそれも一瞬の事。私はどうでもいいと判断して殺気をしまう。

危険ではないと判断したからだ。

にへら男はやぱりへらへらしながら声をかけてきた。

小さい声で、たぶん眠る少年少女らを配慮してのことだろう。

 

「濡れてるからタオルで拭いてあげようとしてたのにー」

 

「それは申し訳ない、だが自分の事は自分で出来ますので」

 

だからタオル寄こせと手でジェスチャーした。

にへら男は「え~?」と不満そうな顔をしたがほいっとタオルを投げてよこした。

少ししめりっけがあるタオルで髪をわしゃわしゃと拭き彼等に一瞥しながら

不揃いなメンバー、しかもそれぞれが何かしら抱え込んでいる

前途多難な『旅』になりそうだな、と一抹の不安を感じられずにはいられなかった。

 

(モコナのふわふわには多少癒されたかも)



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03『彼の者、『必然』を憎む者』

天姫side

 

私は一切なれ合うつもりはない。長く険しい旅をする以上、仲間との友好関係、普通なら気を配るとことであろう。映画とかなんかで未知なる地にて、それまでは全然喋ったこともない他人みたいな関係だったドキドキハラハラの体験を通じ仲良しこよしに。

晴れて絆を深めた仲間たちに、強敵などなんのその。無敵状態なのだ。

なんてことは私には必要ない。意味ないのだ。私は私の目的の為、必要最低限の行動しかとらんと決めた。私の目的は仲良しこよしじゃない。

ただ、あの子の為。そう、全てはあの子の為なんだ。少年が、腕に抱く少女の名を叫んだ。それが彼の目覚めとなる。

 

「さくらっ!」

 

文字通り飛びあがった彼の視界いっぱいに、

 

「ぷぅ、ちょりーす?」

 

なんとも可愛くない言い方をしたモコナが出張る。

というか邪魔している。そのモコナをひょいっとどかしてあげるのが、へらへら男。

 

「目が覚めたみたいだね~。御姫様は無事だよ」

 

「え、…さくらっ!?」

 

「一応拭いて置いたんだけど、オレたち雨に打たれてたみたいだから」

 

いきなりずぶ濡れになるとは思わなかった。窓から見える景色は、一応『日本』に近い世界というのはなんとなく理解できた。だって今私が座っている場所、畳だしね。

 

「ねぇねぇ~?」

 

視線を外に向けていればいつの間にか、ちょこんとモコナが私の肩に乗っかっていた。

 

「何」

 

完結に一言で聞いてみれば

 

「なんでもな~い」

 

と言うモコナ。思わずむぎゅっと絞めてやろうかと思ったが、ここは無視。

何やら、あちらさんは自己紹介を始めたようだ。私は加わる気は毛頭ないので、無言を貫く。モコナをてぃっと放り投げた。

 

「いや~ん」

 

何がいや~んじゃと思ったが、少年が抱く、少女が気になった。

気配が、弱弱しいのだ。男はどうでもいいが、少女がどうしても気がかり。

 

「そういえば、キミの名前ってなんていうーの?」

 

変に印象が決まってしまうのを承知で、私に自己紹介を求めるへらへら男を無視し、

少年の前で膝をつき、そっと少女の頬に触れた。冷たい、氷のようだ。体温が低すぎる。

 

「その子は何を失くしたの」

 

と問う。すると少年は切なそうに顔を歪め「記憶(こころ)です。たくさん飛び散ったんです。『羽根』として」と教えてくれた。

記憶=羽根、となるとまず、一番最初の羽根となるのは、

 

「マント」

 

「え?」

 

「マントの後ろを探してみなさい。そこに彼女の『羽根』があるから」

 

「!?」

 

ごそごそと少年は自分が身に着けているマントを探しはじめた。すると、彼の手に一枚の綺麗な羽根が。

 

「これ、さくらの?」

 

「器は記憶を求めている。…入れてあげなさい。多少体温も上昇するはず」

 

「はい」

 

少年の手から羽根はふわりと舞い上がり、溶け込むように少女の胸に入っていった。

 

「…体が、温かくなりました。…良かった」

 

心底ほっとした顔。私もほっとした。なんだか放っておけない気がしたから。ここでへらへら男が感心したように、私に声をかけてきた。

 

「へぇ~、『魔力』あるんだ」

 

「別に貴方に関係ないでしょう」

 

無駄話をする気はない。なれ合うつもりもない。自分が無益と感じた会話はしたくなかった。

 

「オレはファイって呼んで~?」

 

「呼ばない」

 

「あっちの黒いのは黒鋼で」

 

「だから呼ばない」

 

「彼は小狼で、この子はさくらちゃん。それでコレがモコナ」

 

へらへら男にコレ呼ばわりされたのがムカついたのか、モコナは「むきー」と怒っているのか怒っていないのかわからない鳴き声?を発した。私は「はいはいお黙り」とモコナをむぎゅっと抱き込んで強制的に黙らせることにした。実は抱き心地最高なんだよね。

 

「ご丁寧に説明どうも。でも頼んでませんから余計なおせっかいです」

 

「その余計なおせっかいをさっきしたのは何処のダレでしょう~?」

 

「ぐっ」

 

痛いとこつきやがるこの男。おせっかいはした。が、それは仕方なく無視することにした。が、無視できない状況が生まれた。これ、だ。

 

「魔女も言ってたでしょ?この世に偶然なんかない。あるのはひ」

 

認めない

その先の言葉を聞きたくなくて、私は瞬時に出現させた『月光』を奴の喉元ギリギリまで添わせる。くいこむか、くいこまないかの瀬戸際ギリギリまで。

少年が何事かと警戒心露わに、少女を抱きしめ、距離をとる。

黒いのも同じように、いつでも斬れるよう立ち位置は決めている様子。

だが、関係ない。今、この男の言葉を否定することが私の最大の行動理由だ。

理性は荒れた。

 

「それ以上言うな」

 

視線は険しく、声は押し殺し殺気を含ませ

 

「私は認めない」

 

へらへら男の視線が、すぅっと細くなった。私の心を、見向くかのように。

 

「全てが決まっているなど私は認めない」

 

だって、この運命が決まっているのならあの子は最初から死ぬことを定められていたということではないか。そんなの、誰が認めるか。あの子は『生きる』のだ。その為に、私は自らの命を差し出したのだ。その『理由』を奪わせは、しない。決して誰にも何者にも

 

「『必然』など、認めはしないっ!」

 

私の目的はただ、あの子を生かすこと。自分の身がどうなろうが知ったこっちゃない。

ああ、簡単に捨てられる。自分の身など命など全て捨てる。なのに、この目の前の男は私の存在意義を否定しようとするのだ。

 

『必然』

 

ひつぜんヒツゼンひつぜんひつぜんヒツゼンひつぜんヒツゼン

ひつぜんヒツゼンヒツゼンひつぜんヒツゼンひつぜんヒツゼンひつぜん

 

誰が認めてやるか。私にとってそれは禁句で、私にとってそれは絶対的に認めたくないもので、私にとって、それは潰すに値するモノ。

旅がどうとか、仲間だとかの前に敵だ。だから、この男の首を切り落とすことになぞ、なんの躊躇いもない。月光の煌めく刃がへらへら男の喉元に食い込む。

 

「無駄口叩けぬようにその御喋りな口、裂いてやろうか」

 

「…………」

 

「やめてくださいっ!」

 

少年には悪いがやめるつもりはない。首ごと飛ばしてやろうか。

 

男の態度は、何も変わらず、ただ私を見る。冷静に、狂っている私とは真逆な瞳で。

忌々しい……見透かすかのようなそれは、私の神経を逆なでするだけの理由を備えていた。

だが、月光を握りしめた手に更に力を込めようとした、その時!

ある気配が突如ドアの前に接近しガバリっと開く。

 

「ちょっと待ったーー!」

 

関西弁の男の乱入と共に私に向って一振りの攻撃が仕掛けられるが、私はそれを難なく避け一歩後ろへ後退。

 

「!」

 

小狼たちは私を警戒してか動く気配はない。なんだこれでは私が悪者扱いか。

それで向こうの関西弁の男と、いかにも綺麗なおねーさんは味方?

 

「ワイのハニーの愛の巣で殺傷沙汰なんて許さへんで」

 

「………」

 

睨みつけられても何とも動じない私。別に許して欲しいとも何とも言っていないし。けど綺麗なおねーさんから

 

「どうか刀を収めていただけませんか」

 

と言われて気がそがれた私は

 

「…………」

 

無言のまま月光を収めることにした。

 

「ありがとうございます」

 

「物騒なねーちゃんやな、よう侑子さんが許したわ」

 

呆れ半分、警戒心半分。なんかギスギスしてて居心地悪い。

仲良しこよしはする必要がないから一緒にいても意味ないよね。そう判断した私はモコナに声を掛けた。

 

「モコナ、その女の子の羽根が見つかるまでは異世界に飛ばないんでしょ」

 

「うん」

 

「そう、わかった」

 

私は一つ頷いて彼らに背を向けて窓辺へと歩いた。

 

「悪いがここで単独行動とさせて頂く。そこな男といるとどうにも血が騒ぐのでな。勢い余ってひねってしまいそうだ」

 

この場を汚してしまっては、後に目が覚めるであろう、あの少女を怖がらせることに繋がる。それは可哀想な事なので私は二階の窓ガラスを開け、足をかけた。

さっさとこの場を去りたいから私は二階から飛び降りることにしたのだ。

皆が私の突如としての行動に驚きを隠せないらしい。少しだけ顔を後ろへ向けておねーさんにだけわかるように自分の胸をトントンと指で突いて

 

「そこのおねーさん。【コレ】については内密に願う。余計な情報を彼らに与えられるのは困るのでな」

 

彼女の返事を聞くことなく窓から身を滑らせるように降りて行った。そして夜の闇に溶け込むように走って町の中へと向かった。

 

◇◇◇

 

後に残された関西弁の男は

 

「なんや、巧断の説明も聞かんと行ってしもうた」

 

と肩をすくめた。

 

「あの方に説明など不要でしょう」

 

「嵐?」

 

「あの方の内には、すでに……」

 

そこで嵐は、口を噤んだ。顔を青くさせどこか怯えた様子で嵐の夫である有洙川空太が

慌てて気遣う。それでも嵐の様子は変わらなかった。

何が彼女をここまで追い込ませたのか。

言葉にすることはできないのだ。

 

(人の身でありながら【神】を宿すことなどできはしないはず…それをあの方は…)

 

人の領域を超えた存在だから、こそ。恐ろしいと思ってしまったのだ。

 

神崎天姫という少女を。余りにも恐れ多い事ゆえ。

 

(阪神共和国の始まり始まり~)




◇◇◇

なんか妖精が似合いそうな少女を助けてしまった。

「アナタ気に入ったわ」

「私は気に入ってません」

プリメーラ、天姫。
さっきから押し問答を繰り返しています。
飛び出した時は時計の針は真夜中を示し、来たばかりの異世界で行先などたかが知れている。さてどうするかと悩んだ時に熱狂的なファンに追い掛け回されてブチ切れ寸前のプリメーラを成り行きで助けた天姫はなぜかプリメーラに気に入られ

「いいわよ、あたしの付き人にしてあげる♪」

とアイドルからのキュン!とくるお願いを受けていた。だが天姫はさらさらそんな気などないので

「いや、誰もそんな事頼んでないんだけど」

と断った。がアイドルはまったく人の話を聞かないで嬉々として

「遠慮なんてしなくていいんだから」

と言う。天姫も負けじと

「遠慮してないから」

と言うがアイドルは聞く耳持たないので強制的にプリメーラちゃんの付き人?になった。天姫はため息をついたが前向きに考えようとした。

「ま、いっか。金づるゲット」

「何ブツブツ言ってるのよ?さぁ!行くわよ。笙悟君に逢いにいくの♪」

「ハイハイ」

笙悟君って誰?と首傾げつつも成り行き任せでプリメーラの後に着いてく天姫。
この後笙悟君とやらと知り合いになるまで数十分前の出来事。


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04『三十六計逃げるにしかず』

天姫side

 

あの巫女殿は私が異形のモノと視ただろう。そう、まさにそうだ。

 

神崎天姫という少女の中には『蒼龍』という混沌と破壊をもたらす蒼い龍が棲んでいる。こんなチッポケな器の中に壮大すぎる存在があるなんて信じられないでしょう?

彼の本体ではないけれど、コピーのような存在。私もいずれ死す身なれば、お似合いな相棒だ。人に理解されない身だからこそ、余計な争いを生む前に距離を作りひっそりと過ごす。どうかこのまま何事もなくあの子の為、死ぬためには旅をし続けなければならない。

要は私が妥協してただ我慢して過ごせば何もこうして単独行動とらなくてもいい問題なのでは?とか考えるけどそれは無理な話。

人に合わせて生きるってすごく大変な話。

人が決めたルールに縛られたらそれで固まってがんじがらめになってしまう。

でも私が歩いている道は『人』が決めたルールの上に敷かれているものではなくて私が決めた私自身を対価にして進めていく道。

社会の常識などない。世間的な、なんて言葉もない。

私が神崎天姫が決めた道だからこそ私が折れてはいけないのだ。

折れてしまったらゴールは一瞬にして消えてしまうから。

私の妹は死ぬという未来を生んでしまうから。

だからそれを阻むものは何であれ排除する。

あの子の為にあの子が生きる未来の為だけに私は進む。

 

「天姫?行くわよ」

 

声を掛けられ尚且つ、肩を軽く揺さぶられ私は閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

プリメーラの仕事先へ向かう為移動中の車の中。どうやら少し寝ていたようだ。

車はすでに止まっている。私は軽くあくびをして先にドアから降りていくアイドルの後を追った。

 

「はいはい」

 

何やら、コンサートの準備だとか?歌って踊れるアイドルは忙しいらしい。

私にはまったく縁のない職種だからさして興味ないけどね。

 

 

浅黄笙悟なる青年となぜか会話することになった。

どうやらプリメーラ経由で私の事を知った彼が女だてらに軽々と男どもをのしたことにより興味を抱いたらしい。ゴーグルをかけた彼はそれを上にずらす。

 

「お前がプリメーラを助けた女か?神崎…天姫…だったか」

 

「成り行きで助けただけです、ファンとかじゃありませんから」

 

ぱたぱた手を振って答えた。

今の動作で何が面白かったのか、彼は目を細めて笑った。

 

「へぇ、…面白いな。お前巧断は何だ?」

 

「クダン?」

 

なんじゃらほい?まったく私が理解していないのをわかって彼は至極驚く。

 

「なんだ、知らないのか?海外から来たのか?」

 

「まぁ海外みたいなもんですね」

 

異世界って海外みたいなもんだよ。私にとってはね。

 

「巧断っていうのはこの阪神共和国の人間にはからなず一つ憑くというぜ」

 

「……ふぅん…。まぁ私には関係なさそーですけど」

 

「は?」

 

「いえいえこっちの話ですのでお気になさらず」

 

またぱたぱたと手を振ってスルーしてくださいとお願いした。訝しんだ彼だがそれ以上突っ込むような会話はせずにドタバタやってきたプリメーラとわいわい騒ぎだした。(プリメーラが一方的に浅黄笙悟に絡んでいるだけ)

私はそれを傍観しつつ、先ほどの巧断とやらについて考えてみた。

要は一人一つの守り神というものか。

誰であれ必ず巧断というものは憑くらしい。

が、まったくもって私には関係ない話である。

既に彼が私の内に棲んでいるのだから、これ以上増やすことなどできないだろうし、蒼龍が憑かせることなど許さないだろう。彼は独占力が激しい。私と同じ気質だから。

 

『  』

 

ああ、蒼龍が唸ってる。

私が他のものに現を抜かすとでも思っているのかしら。

そんなことあるわけないじゃない。

大丈夫よ、私は貴方だけを信用しているわ。

この世界で誰よりも貴方だけが私を信じていてくれているもの。

他は、いらない。そう、心から語れば彼は

 

『          』

 

と嬉しい言葉を返してくれた。

 

(この後私たちと別れた浅黄笙悟はなかなかに見どころある少年と出会うらしい)

 

◇◇◇

 

これは小狼とファイと黒鋼の一部のやり取りに過ぎない。

夜が明けた次の日、空汰からお昼代と渡されたカエル型の財布から抜き取ったお金で買った林檎をかじりながら一同はなんとなく昨夜の出来事を思い返していた。

いきなり別行動をとった少女。黒い髪に紅い瞳を持つ印象に残る少女は夜の闇夜に身を滑らせ消えていった。ファイを忌々しげに睨みつけて。衝撃的な出来事があったというのに小狼はこういった。

 

「あの、俺はあの人は悪い人じゃないって信じてます」

 

あの人と言っているのはまだ彼女の名前を教えてもらっていないから。

それに返答を返すのは首を刎ねられそうになったファイ本人。

 

「へぇ~…なんで出会って数時間の人間を信じられるの~?」

 

「はっきり言えないんですけど…でもあの人はさくらの羽根を見つけてくれました。さくらの事を心配してくれたんです。あの時の表情は本当の心配してくれてました。だから、俺は信じます」

 

ふーんと適当な相槌をうったファイは林檎をひょいっと宙に放りなげて自身の手の平に落として一言漏らす。

 

「オレはあの子は脆いと思うよ」

 

「………相当腕は立つようだがな」

 

黒鋼の頭の上ではモコナが大口開けて林檎を口の中に放り込んでいた。

 

「あーん(ぱくん!)」

 

その林檎は空間を通って侑子の手に送られる品物であろうことは向こう側が分かること。

ファイは黒鋼の言葉の真意を理解していた。あの少女の刀さばきは刀の鞘から刃を抜く瞬間を肉眼で確認できないほど素早い動きであり、一言でいうなれば『経験持ち』ということ。何の経験か、それは彼女自身がファイに行ったことこそが全てを語っている。

 

「そうみたいだね~。でも……それはある一面の部分でしかないのかもしれない」

 

ファイの手の中で林檎は弄ばれる。コロコロと、右手に行ったり左手に行ったり。

次元の魔女に縋り願いを叶える為、旅に加わったはずなのに次元の魔女が言う『必然』を認めたくないなどと。矛盾だらけ。最後には

 

『シャク』

 

甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。みずみずしい熟した林檎。

 

「ぽっきり折れそうで…なのに強がった瞳を持った怖い子、だよね」

 

小さな幼子が大切にしていたぬいぐるみを誰かに盗られそうになって

それを必死に守り抜こうする精一杯の虚勢。何が彼女をそこまで駆り立てるのか。

 

『『必然』など、認めはしないっ!』

 

あの言葉をオレにぶつけてきたときの怒気を含んだ顔付。ぽっと浮かんだ感情。

 

『知りたい』

 

彼女がどうしてあんな顔をしたのか知りたい、と思ったんだよね。

どうしてそう思ってしまうのか。オレにはさっぱりさっぱり。

ファイはまた林檎をかじった。

 

(興味は最初の出会いからスタートしていた)

 

◇◇◇

 

天姫side

 

プリメーラはアイドルだから忙しいはず。

ドラマの撮影に雑誌の取材CMの撮影間近に控えたコンサートの準備etc.etc.……。

だってぇのに、彼女はなぜか自分のファンを使って少年を誘拐させてきた。

阪神城なるてっぺんに縄でふんじまって宙づり状態で。

 

「うわーん!」

 

可哀想に。少年は泣いてしまっている。私はそれを遠目から腕を組んで見守っている。

 

「あんな高い所に縛り付けなくてもいいだろうに」

 

見晴は最高だろうがいかんせん、状況が悪い。私なら御免こうむる。隣でプリメーラがぷりぷりと怒っている。

 

「ちょっとぉ~、天姫の知り合いなんでしょ!?シャオランって言うの」

 

指で上を指し示しながら問いかけてくる彼女に私は頭を振った。

 

「いや、知らん。悪いが知り合いでもなんでもない」

 

「えぇ~~!?じゃあこの子シャオランじゃないの!? 笙悟君に今更違うなんて言えないじゃない」

 

「さぁな、私の知る所ではない」

 

「むぅ~、薄情者」

 

「何とでも」

 

私はそう言い残して少年の所へ行ってみることにした。

足先にちょいと力を籠めて一気に上の方まで跳躍する。

なぜなら少年だけでなく、めっちゃ知ってるぬいぐるみがぶらぶらと楽しそうにしていたからだ。

ぴょーん、ひょいひょい!

 

「なんでモコナまで連れてこられてるんだ」

 

「天姫だー!お久しぶりぶり♪」

 

「ぶりぶりじゃねぇよ、ぬいぐるみ」

 

「ぬいぐるみじゃないもーん!」

 

「じゃあ白い物体」

 

「それいや~ん」

 

何がいや~んだ。私はモコナの口を塞ぎつつ、泣きべそかいている少年に声をかけた。

 

「もう黙れ……少年。君小狼君の知り合い?」

 

少年は私の存在に驚きつつも恐る恐る返事をかえしてくれた。

 

「は、はい…」

 

「そっか、頑張れ!」

 

「!助けてくれないんですかぁ!?」

 

「え?私が?うーん、私より…ホラ!下に来てるよ。小狼君たち」

 

まさに私の言葉通り、城の真下でうじゃうじゃと溢れかえりそうなほどのプリメーラのファンをかき分けて三人組が疾走してきた。偉いね小狼君。友達を助けにでも来たか。私はプリメーラの隣に戻る為下に降りた。小狼君は声を張り上げて一枚の紙を広げながら大声を上げた。

 

「この手紙を書いたのは誰ですか!?」

 

「あたしよーぉ♪」

 

それに応えるは隣の我儘アイドル。

 

「モコナと正義君を返してください!」

 

「あれ『シャオラン』じゃないの?やっぱり違うじゃない!なんで教えてくれないの!?天姫!」

 

「だから勝手に連れてきたプリメーラが悪いんだろうが」

 

「教えてくれない天姫が悪いっ!もう!頭キタんだから」

 

「ハイハイ、適当に頑張れ。私は傍観してるから」

 

「ムキー!」

 

プリメーラは自分の巧断で小狼君たちに攻撃を仕掛ける。

彼女の巧断はどうやらマイクらしい。

それに向って叫ぶと自分が言った言葉がそのまま大きな文字として出現し相手に高速で襲い掛かるという、可愛らしい攻撃だ。

まさにアイドルに相応しい巧断と言えよう。

だが、あのヘラヘラ男の巧断はそれを難なく避け、あまつさえ空を飛んでコチラ側に向って目指して飛んでくる。

あ、視線があった。何へらへら笑ってんだよ…。気安く手まで振ってきやがる…。

 

「なんで私目指してきやがるかな」

 

私は慌ててプリメーラの腕を掴んで逃げようとする。

 

「ちょっと!今良い所なのにっ!」

 

「良くない、向こうがこっち狙ってきてるでしょーが」

 

ぎゃーぎゃーと喚くプリメーラを何とか引きずろうとするも彼女はまだまだ叫び足りないらしい。そうももめている間に、アイツは目の前まで来ていた。

 

「やぁ、元気にしてた?」

 

「その張り付けた笑みを私の前で見せるな」

 

プリメーラを背後で庇いつつ、視線は外すことなく睨み続ける。

 

「えぇ~?オレ心配してたんだよ?君の事。あの後、突然出ていくからちゃんと生きてたかな~って」

 

「生存確認できただろう、良かったな。だったらサッサと消えてくれ」

 

「うーん、そのお願いは聞けないな。だってオレ女の子と闘いたくないもん」

 

さぶっ。

背中がぞくっとした。台詞に拒絶反応が出たのだ。

…ハッ!?そうだこれは私に向って言ったわけではなくプリメーラに向って言ったのだろう。だって私攻撃とか今は一切していないわけだし!

そう結論出した私は

 

「プリメーラ、アイドルならちゃんと責任取りなさいっ!」

 

「え?」

 

プリメーラを彼の前に差し出して、一気に逃げた。

 

「あれ?」

 

「ちょっ!天姫!?」

 

三十六計逃げるにしかず。犠牲はつきものなのさ。

 

「薄情者ぉぉおおおおおお!」

 

プリメーラの怒号は、この際聞こえないふりしました。

 

(逃げ足は速いんです私)



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05『雨は涙の隠れ場所』

プリメーラを犠牲にして逃亡した結果、彼女は涙目になって暴走。

ドでかい文字がモコナと小狼の友達に襲い掛かるもその危機を救ったのが浅黄笙悟。正義のヒーロー登場だ。それからまた色々ハプニング発生しまくり。

浅黄笙悟は小狼君に闘いを申し込んだり小狼君の友達の巧断にさくらちゃんの羽根が存在することがわかったりその巧断が主人を守ろうとして暴走した結果巨大化して阪神城をぶっ壊す勢いで動いたり?でも小狼君の踏ん張りでそこはクリア。

強き心の持ち主であればなおのこと巧断はその力を強く発揮する。

一件落着と言うにはお城が燃えてるいるので私は彼にお願いしてみた。

自分の胸に手をあてて意識を集中させる。

 

(蒼龍、あの火、消せる?)

 

『たやすき事よ、其方が望むのであれば』

 

(じゃあ、お願い)

 

『姫御の望むままに』

 

大量の雨雲が突如頭上に出現し、ザァザァと大量の雨粒を振り落す。

お城の火はあっという間に鎮火していった。

でも私の服は濡れ鼠。

 

「……あーあ、ずぶ濡れ……」

 

呟いた言葉は、雨音にかき消されて誰にも聞こえない。

 

「まだまだ、遠い…なぁ」

 

あの子の顔が見たい、あの子の笑顔が見たい

踏み出した一歩が泥にハマって動かせなくてゆっくり、ゆっくりもがいてみせるけど結局はドンドン沈んでいって足元さえおぼつかないほどゆれてしまう。

もがいたってもがいたって私にはどうすることもできないんだって言われてるみたい。

 

(イツデモ君に会いたい症候群)

 

◇◇◇

 

小狼くんがずっと待ち焦がれていた少女は

 

「あなたはだぁれ?」

 

どこか眠たそうに小狼君に尋ねた。

さくらちゃんは小狼君を覚えていなかった。

小狼君は、言葉を飲み込んで無理やり笑顔を作ってこう言った。

 

「俺は小狼、貴方は桜姫です」

 

と。その姿は、まるで私と神崎のように見えて思わず視線を逸らしていた。

見ていたくなかった。けれど自己紹介していく面子の横で最後に私の番になった時、私とすれ違いでそっと外に出ていく小狼君の顔を一瞬だけ見てしまったら

意地貼ってても仕方ないと思った。まだぼんやり状態のさくらちゃんの横に膝をついて失礼ながら手を伸ばした。彼女の手は温かくて、でもどこか欠けていた。

 

「申し遅れました、桜姫。私の名は神崎天姫と申します」

 

「………神崎、さん…」

 

「天姫、とお呼びください。今は記憶も少なく不安定かと思われますがどうかご安心くださいませ。貴方が小狼君を知らなくとも思い出せなくとも、貴方はちゃんと覚えていらっしゃいますよ」

 

『絆』までは奪えない。今までの二人の『絆』は対価でさえ奪えない。その証拠に彼女はちゃんと感じていた。

 

「…………さっきまで温かったんです…。手が温かくて……」

 

「嬉しいと感じていらっしゃいますよ、その御顔は」

 

「……そう、なんでしょうか…?」

 

「ええ、ちゃんと」

 

にっこり微笑んで私は確信込めて返答した。私とは違う。確かに小狼君を覚えていないというサクラちゃん。けど、こうして彼女は断片的に思いだそうとしている。この先もそれがちゃんと形としてわかるはずだ。私と神崎とは違うのだ。彼等はまだ未来がある。

仮に記憶が無くなったとしても、生きている限り話もできる。触れあうこともできる。笑いあって喧嘩して慰め合って生きていける。

だから、最初の一歩を踏み出したと思えばいいんだよ。

雨の中一人佇む、少年に言葉として出すことはしないけれどそう、心の中で告げるだけにとどめた。

 

(雨で誤魔化す少年に光あれ)

 

◇◇◇

 

へらへら男とキレ気味少女。

 

「神崎天姫ちゃんっていうんだね」

 

「ファイ・D・フローライト。気安くちゃん付けするな」

 

「モコナが君はちゃん付けしたほうが喜ぶって言ってたんだけどな~」

 

「あの白まんじゅうめ……」

 

「はい♪」(手を差し出しつつ笑みを浮かべる)

 

「なんだこの手は」(眉をしかめて距離を取る)

 

「握手しよ」

 

「断る」

 

「しようよ」

 

「断る」

 

「じゃあ強制的に捕まえた」(目にも止まらぬ速さで天姫の腕を掴む)

 

「っ!?この離せっ」(振りほどこうとするがかなわず)

 

ぎゅぅぅぅぅうう。

 

「宜しくね」

「宜しくなんかしないからな」

 

ある意味、似てるような二人。

 

◇◇◇

 

『うわぁー!すごいよ!おねーちゃん』

 

大きなガラス越しに色とりどりの魚が大中小とのびのびと泳いでいるのをみて彼女は目をキラキラさせて喜んでいた。

ああ、あの頃の記憶だ。二人で行った水族館。周りは親子とかカップルとかで賑わってた。

姉妹二人。他の人間から見れば仲の良い姉妹。

本当は狗楽はおとーさんとおかーさんが一緒なのが良いって知ってた。

けど、私たちにはいないから。やせ我慢して、私で我慢してくれて。

人一番はしゃいで楽しんでいたけど、私には見ていて辛いものだった。

 

『ねぇー、聞いてる?』

 

聞いてるよ、狗楽。おねーちゃん、頑張るから。頑張ってるからさ。

 

『おねーちゃん?』

 

後悔なんてしてないよ。むしろ嬉しいくらい。

狗楽がいない人生なんて生きててもつまらないんだもん。

私だけ生きていたってしょうがないんだもん。君がいて私がいれる。

台詞だけ聞いたらすっごい恥ずかしいものだし、他人が聞けば度がいきすぎで気持ちがられるかもしれない。

けど、別にいいんだ。他人が私を決めて動かすんじゃない。私が道を決めたんだ。

後悔はない。これが私の生きる『理由』だもの。

その理由は決して誰にも奪わせはしないから。

 

『アハハ、おねーちゃんってば変な顔!』

 

うん、そうだね。私、変な顔だよね。

泣きそうになってるのを無理やり我慢して笑顔になりきれてない顔だね。

想い出の妹はおかしそうに笑う。それでいい。泣き顔は君に似合わない。ずっと笑ってて欲しい。くるくると喜怒哀楽が激しく、姉妹で漫才でもやってるのか?って周りに思われるくらいボケとツッコミばっかりな会話だけど楽しかった。

それが私と狗楽のコミュニュケーション。

 

『また来ようね?一緒に、さ』

 

水族館からの帰り道、妹は若干照れながらも言ってくれた。

ゴメンね、狗楽。おねーちゃん、約束破っちゃうよ。一緒に行けないんだ。

もう、狗楽の手を繋いで歩けないんだ。ゴメンね、ゴメン。私がいない分

 

(君は一人で歩いて行って欲しいから)

 

◇◇◇

天姫side

 

なんて忙(せわ)しない旅だろうか。もしかして今後もこんな風に移動はバタバタするのだろうか?ガヤガヤと大勢の人が行き交う音と、存在の数。

と認識する間に、私の躰は一時的に浮遊し、瞬く間に落ちた。

 

ドサッ!

「どぇっ!?」

 

変な声が出てしまうのは仕方ない。不意打ちと言う奴だ。

 

「………はて、ここは何処……?」

 

パチクリと瞬いた世界は、まったく見知らぬ場所。

ということもなく、我が故郷によく似た世界観だった。中国風と言った所か。

痛む体を起こしてみると屋台の上に落ちてしまったらしい。

じゃがいもがゴロゴロ転がっている。

 

「天姫ちゃんだいじょーぶ?」

「ちゃん付けするな」

 

このヘラヘラ男懲りない。奴が私に向って差し出した手は無視した。

周りを見れば他の連中も一緒のような状況だ。

サクラちゃんは……良かった、大丈夫のようだ。

 

「なんだこいつら!?どこから出てきやがった!?」

 

男の怒鳴り声がするが無視である。私だって何処から出てきたかなんて知らないのだ。

答えてやる義理もなし。私はサクラちゃんに近づこうと体を起こしかけた。

その時、あろうことか変顔男がサクラちゃんの細い腕を乱暴に掴みあげたではないか!

思わず腰の刀を抜きかけたが、タイミングよく彼が飛んだ。

 

ガッ!

 

「ぐぇっ!」

 

「お」「あ」「アラ♪」「さすが」

 

小狼君の見事が飛び蹴りが変顔男の顔にクリーンヒット!

私たち一同してやったりと口をそろえ感心の眼差しで小狼君を見やる。

だが、取り巻きというか吹っ飛んで行った奴の部下連中がわらわらと私たちの周りを囲み

「誰を蹴ったと思っている!」とか怒鳴ってきた。

ウザい、ウザすぎる。どうしてこう騒ぐのだ、人間と言う奴は。

私は立ち上がり襲い掛かってきそうな雰囲気の奴らにむけて低い声を出した。

 

「知るか、蛆虫共」

 

「なっ!?貴様っ」

 

怒りに顔を染める一部。が、怒り狂おうが何しようが構いやしない。

逆にこの苛立ちを沈めさせてくれるならお相手して欲しいと思う。

 

「命惜しくば即刻消えろ、そこの豚共々な」

 

穏便に穏便に済まそうとしているんだ。素直に引いてくれよ。

じゃないと、どうにかしたくなるってものだ。どうにかって?

ニヤリ、と笑ってやった。場違いな笑みを。

 

「でなければ、その首。斬りおとしてくれるわ」

 

「ひっ」と恐怖に顔を歪ませ男たちは我一目散にとへっぴり腰で逃げて行った。

ヘラヘラ男、ファイがたしなめるように私に一声かけた。

 

「天姫ちゃ~ん。脅しはいけないよ~?」

 

「脅しじゃないし正当防衛だ、だからちゃん付けするなっての!……あら?サクラちゃんと小狼君がいない?」

 

なんてこった。

もしかして何かあったのだろうか?

と焦る気持ちが生まれた。

だがファイの言葉によってそれはすぐに引っ込んだ。

 

「さっきちっこい女の子がサクラちゃんの腕引っ張って走って行ったよ。モコナ乗っけた小狼君も追いかけて行ったし。黒ぴーも先に行くって。オレは天姫ちゃんに声かけ担当♪」

 

「……………」

 

取り残された。

この男、余計なおせっかいをしやがってと腹立たしいと同時に最後まで私のやり取りをみられていたのかと思うと、羞恥心からカアッと頬が熱くなった。

恥ずかしくてとにかく逃げたい一心で駆け足になる。

が、この男私と同じスピードで横についてまた暢気そうに口を開く。

 

「つれないな~。取り残されてたのオレが教えてあげたのに~」

 

「うっさい!」

 

サクラちゃんを連れて行ったという女の子の家付近に着くまでこの攻防は続いた。

 

(高麗国【コリヨコク】にいらっしゃ~い!)



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06『悪役の鉄則』

天姫side

 

少女一人で住むには大きな家だと思った。

随分と元気よさそうな黒髪のポニーテールの女の子がこの家の家主らしい。

この家にはほかに人の気配はまったく存在していない事は外から見えた時にわかっていた。

彼女がサクラちゃんの腕を引っ張って自宅まで連れてきたらしい。

後から遅れてやってきた私とファイがくるまで彼女は、ウズウズと質問したいのを我慢して待っていてくれていたらしい。

さっきから『らしい』という単語を繰り返しているがこれはモコナがわざわざ!丁寧に教えてくれた。余計なおせっかいだっちゅーの。

お家に上がらせてもらった際、黒鋼と視線が

 

『ばちっ!』

 

と交錯した。そうしたら

 

「……ハッ……」

 

と鼻で笑われた。

あ、これキレていいんだ。キレていいんだよね?

だってコイツ笑いやがったよ、鼻先で嗤いやがったんだよ?

瞬間、私の手は刀に動いていたが、ガシッと腕を掴まれた。

誰に?勿論、おせっかい野郎に決まっている。

私は極力笑顔を作りながらぎぎぎっと振り返り

 

「………邪魔しないでいただけますぅ~?」

 

とお願いした。だが、奴は「し~」と内緒のポーズをとって

 

「ダメだよ。女の子の前なんだから」

 

と釘をさす。確かに、ここにはサクラちゃんとまだ名前も聞いていない少女がいる。

殺傷沙汰を彼女らの前で行うのはよくはない。ならば

 

「だったら誰もいないところに呼び出してやるからお前さっさときやがれ!」

 

だが、黒鋼は私の方を見向きもせずに己が今夢中になって読んでいる雑誌『マガニャン』片手に

 

「邪魔すんじゃねぇ」

 

と一蹴された。私はその場で脱力し両手を床につけて肩を落とす。

くぅ~、なんてこった。

私は『マガニャン』よりも格下ってことかい…!!

私がショック状態な事を良い事にモコナがくるりとリズムを取りながら踊る。

 

「天姫は格下~下の下の下~♪」

 

「この白まんじゅうめっ!」

 

「いや~ん!」

 

この白まんじゅうめ、首絞めてやろうとしたけどどこが首なのかわからない。

今だ名前がわからなぬ少女が控えめだがやかましく言いあいを続ける私とモコナを一瞥して、ぼそっと告げてきた。

 

「もう、いいか?」

 

「どうぞ、長らくお待たせいたしました」

 

反射的に私は土下座していた。

めっちゃ空気読めてない息苦しさとここまで黙って見守っていてくれた彼女に感謝と謝罪の気持ちを含めて。

 

(土下座は得意のような……気がする)

 

◇◇◇

 

少女の名前は春香[チュニャン]。春の香り、可愛らしい名前だなと思った。

少女のとやり取りは他の人物に任せ、私は静かに観察することにした。

…別に、もうヘマをしたくないから黙っているというわけではないのだ。

情報を集めることも必要と判断したまで。

 

……決してヘマをしない為ではないことだけ言っておこう。

さて、話を戻すが春香はどうやら私たちが暗行御吏だと思って声をかけてここまで連れてきたらしいのだが違うと否定されればわかりやすいほどに小さな肩を落とした。

 

「暗行御吏[アメンオサ]なわけないか…」

 

御気の毒としか言いようがないが、情報を集める面で言えば勘違いされた事は幸運だったかもしれない。これが見た目も中身も低能な屑が最初の出会いだとしたら今後の展開に期待できないだろう。やっぱり最初の出会いというのは大切である。うんうん。

その期待していた暗行御吏[アメンオサ]というのは私利私欲に溺れる領主[リャンパン]達を退治し監視する役目を持つ国から派遣される隠密だそうだ。

モコナが嬉しそうに叫んだ。

 

「黄門様だー!侑子が好きなドラマみたい」

 

「渋すぎ」

 

思わずツッコミしていた。

このネタが理解できるのは私とモコナくらいのようで、他の四人は首を捻って頭上にクエスチョンマークを浮かべている。

……これが異世界とのギャップか。

遠く来てしまったなとちょびっと胸が痛んだ。

…ハッ!?今重要なのは『控えおろぉー!この紋所が目に入らぬかぁぁぁー!』という話題ではない。今の所のこの旅の目的は散ってしまったサクラちゃんの羽根を捜す旅。

その羽根を所有していそうな人物を捜すことだ。

 

「俺達は暗行御吏っていうのじゃないんだけどさー。彼が小狼君であの子がサクラちゃん、それでこの白まんじゅうがモコナでー、オレがファイ。そいでもってあれが黒ぷーで「黒鋼だっ!」そして最後に、この子が」

 

「神崎天姫です、さっきはごめんなさいね?変なところを見せてしまったようで」

 

「天姫ちゃん、作り笑顔上手いね~」

 

自己紹介は勝手ファイがやってくれたが私は彼の台詞を遮り自分で自己紹介。ホント最後に一言余計なんだよ、この男は。舌打ちしたいのを押し隠していると、私の胸の内で『鈴』が鳴る。

 

シャラン……シャラン……。これは警告だ。蒼龍からの、警鐘。

 

「…くる……皆伏せなさいっ!」

 

「え?」

 

理解できずとも危険は迫っているのだ。

私は怒鳴りながらも

 

「いいから、春香っ!」

 

「うわっ」

 

呆ける春香を胸に抱き込んで床に伏せた。

突如襲う台風のような風。轟々と耳をつくような音に胸に抱く春香が息を呑む音がした。

私はぎゅっと抱きしめて風が行くのをひたすら待つ。

 

明らかに自然のものではないそれは

 

「筒抜けってわけね……のぞき見だなんて野蛮な連中…」

 

タイミングが良すぎるのだ。粗方、怪しい術とかで監視していたのだろう。

悪役決定。根性が腐ってる奴には死あるのみ。これが私の鉄則である。

春香は小さく呟いた私の台詞に違和感を感じ取ったのだろう。疑問をぶつけてきた。

 

「お前、風が来るのわかってたのか?」

 

「うーん、勘みたいなものね。怪我はない?春香」

 

「う、うん」

 

「そっか、良かった」

 

話題をすり替えつつ無事で良かったとふんわり微笑みかければ春香も可愛らしい笑顔でお礼を述べてきた。

 

(悪い事したら懲らしめられちゃうんだから♪)

 

◇◇◇

 

ファイside

 

一宿一飯の恩義って大事だよねー。たぶんというか十中八九領主の仕業だと思うんだけど春香ちゃんのお家の屋根はものの見事にお家の中から御空が丸見え状態。

強風により飛ばされた屋根の木材は遠くの彼方だねぇ。

 

今黒鋼がトンテンカントンテンカンと屋根に上って修理中。小狼君とサクラちゃんは春香ちゃんと一緒に街に行ってもらった。沈んでいた表情だった春香ちゃんにもいい気分転換だと思ったし。街を案内してくれるって言ってくれた春香ちゃんの申し出を天姫ちゃんはやんわりと断った。オレと黒鋼がサクラちゃんの記憶について話している間も、他愛のない会話にさえも反応することなくぼんやりと壁によっかかっていただけ。

沈黙を守っていた彼女が小さく蚊が鳴くような声で喋った。

 

「天姫ちゃん、お茶して待ってよ~?」

 

黒りんに修復はお任せしてお茶タイム。オレの誘いにも天姫ちゃんはしばし、黙ったままだった。

あらら、オレ無視されちゃった?とか感じたけどそうじゃなかった。

天姫ちゃんは最初から、誰も見てなかったんだ。

 

「思いだせない…事ってそんなに辛い事なの?」

 

「天姫ちゃん?」

 

突然どうしたんだろう。

名前を呼んだけど彼女は外を見つめてただ口を動かすだけ。

 

「だって二人は一緒にいられてる。ちゃんとお互いが確認できる、息遣いを感じられて鼓動を確かめられる距離で、手を握れる位置にいる。それはとても幸せな事だわ」

「記憶がないからって忘れられたからってその人がいないわけじゃない、目の前から消えるわけじゃない。自分の目の前で守れる位置にいる、手が届いて傍にいる。……死ぬわけじゃない………生きてるんだ」

 

自分に言い聞かせるみたいに

 

「生きてるんだから」

 

どこか羨ましそうに切なそうに

 

「生きてればなんでもできる、死ねばそこでおしまいなのよ…」

 

『誰かの終わり』を知っているからこそ言葉にするみたいで

 

「あの二人は…生きている…」

 

ぎゅっと胸元の服を握って苦痛に耐えているかのように瞼を閉じて、また開いた。

その時、オレと一瞬だけ視線があった。

溺れそうなほど深い深い、闇を宿した瞳。隠された心の叫び。

 

「『本当の辛い』って、目の前から……いなくなっちゃう事よ」

 

手が届く距離にいて取り戻せないことを嘆いてオレに言う訳じゃなくて

黙って聞いていた黒鋼に向けてもでなくて彼女は、自分に語り掛けていたんだ。

自分で自分に現実を伝えていたかのように思えた。

 

(胸に響く彼女の瞳)



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07『他人のキミと私』

天姫side

 

街で何か騒ぎがあったらしい。帰って来た春香たちの顔が曇っていたことが何よりの証だった。詳しい話など聞かなくてもわかりきっていた。

 

「春香…」

 

「アイツは、アイツは…私の母さん[オモニ]を殺したんだ……!」

 

「……そう、だったんだね…」

 

悔し涙を浮かべる小さな少女。力がないから、子供だからと彼女は言う。

ぽんぽん、と頭を撫でるくらいしか私にはできない。まるで昔の自分を映しみているようで辛かった。力に固執していた時期の私。力さえあれば幸せになれる、なんて馬鹿な事考えてた私。でも力を求めずにはいられないんだ、私も春香も。

領主による圧制と法外ともいえる重税。自分たちの私利私欲の為に民を虐げ、金を巻き上げる。好き放題やりたい放題の毎日に民が黙っていられるわけがない。皆決起して立ち上がったが強大な力の前には歯が立たず、泣き寝入りするしかなかった。平穏からかけ離れた日々の中、わずかな希望である暗行御吏の到着を心待ちにして耐え忍んできた。

春香が私たちで問いかけたので何人目になるんだろうか?

『お前は暗行御吏じゃないのか?』と。

これが世界。これが、現実、か。世界とは、かくもなんと不平等にできていることだろうか。両天秤から落とされるのはいつも罪の無き者ばかり。平等、だなんて理想の上での言葉だけでしかないな、と思った。

 

領主を倒しに行く。

そう決意した小狼君。彼が動いたのには理由がある。一年前から妙に強大な力を持つようになったという噂。これにピンときたのがファイであった。

彼曰く、サクラちゃんの羽根が関わっているんじゃないかと。私もそう思う。あの妙な力…、人が持つ上で不相応すぎる。身の丈に合わない力は人に不幸を呼ぶものだ。力に溺れ己を見失い、果てにまつのは破滅のみだ。

しかし、簡単にお城に入れる訳ではない。腐った輩の考えそうなことだ、罠か何か張っているに違いない。行き詰まりかけたかと思いきやここでモコナの提案が発生。

 

「侑子に聞いてみよう!」

 

妙案である。モコナの額が光だし壁に映像を映し出す。

 

『あら、モコナ。どうしたの』

 

それを見た小狼君、サクラちゃんそして春香が驚愕していた。

そりゃ普通は驚くよね。ファイがかくかくしかじかと説明をすると、侑子はふうん、と意味ありげに一つ頷くとファイに向けて妙な台詞を言った。

 

『あたしが対価にもらった刺青はアナタの魔力を抑える為のもの。魔力そのものではないのよ』

 

「オレ魔法は使わないって決めてるんで」

 

ファイは笑顔できっぱりと言い切った。

その言動に違和感を感じなかったと言えば嘘になるが、別に他人の事情に首を突っ込むほどトラブル好きでもなし。自分の事で精一杯の私には至極どうでもいい事だ。

興味はすぐに失せた。結局二人のやり取りはうやむやに終わり侑子はファイの魔法杖を対価に黒々とした丸く手のひらに収まるくらいの球を寄こした。

よし、これで一歩前進できる。そう思った矢先、侑子が予想外の行動を取りやがった。

 

『元気にしていた?天姫』

 

「侑子、…なんで…呼ぶんだ……」

 

すぐに終わると思った。声を掛けられるなんて思わなかったんだ。

ちょっと待て、狗楽は傍にいないだろうな?

まずそれが気になって、徐々に怒りがこみ上げた。

この女、何考えてやがる!?

早く逃げなくちゃいけない、と思うが躰の自由がキカナイ。

 

『アラ?心外。アナタが心配だから声を掛けてあげたのに』

 

「頼んだ覚えはない、サッサと切れ」

 

『い・や♪』

 

この魔女、聞き捨てならん言葉に顔が歪む。歪んで焦った。メッチャ焦った。

 

「何だと!?…サッサと切れと言っているだろう!?というかそこにあの子はいない事を前提で私に声を掛けたんだろうな?」

 

『いるわよ、あっちで無邪気にモコナと戯れているわ。呼んであげましょうか?』

 

良かった、元気なんだと沸いた安堵感に顔が緩む。

そして流されそうになった、今侑子が言った重大な台詞を。

 

「そうか安心…ハッ!?いい、呼ばなくていいっ!?だからサッサと通信を切りやがれっ」

 

問題はそこなんだよ!

 

『だからい・や♪』

 

「貴様ァァアアアアア!というかなんで私の躰が動かないんだ!?侑子謀ったな!?この意地悪大酒のみ性悪女!」

 

『オホホホホホホ』

 

「この、毒牙一発女め!」

 

『やかましい』

 

こんな無駄なやり取りの間に、彼女が近くに来ていることを私は知らなかった。

焦っていたんだ。

逢いたいけど、逢いたくないっていう矛盾した気持ちを抱えていたから。

 

ぐいぐい

『ちょ、コラくー』

にゅっ

「っ!」

 

『狗楽!』と声に出して叫びたかった。喉元まで出かかった言葉は

 

『あ!、あのわたしくーって言いますっ』

 

緊張からか少々震えた言葉で、ハタリと我に返った。

私は動揺を悟られないよう平静を装った。落ち着け、落ち着くんだ。私。

 

「………そう、『くー』と言うの。良い、名前ね」

 

良かった、元気みたいだ。でも敬語なんだね。昔の狗楽と目の前のくーが重なってダブる。無邪気な笑顔はソックリなのに、違う。

この子はあの頃の妹ではないのだと気づかされる。

 

『ありがとうございます!……あの、アナタの名前は?なんていうんですか?』

 

「…私は、…狗楽、…天姫。よろしくね、『くー』ちゃん」

 

『ハイ!天姫さん!』

 

ファイに言った言葉。

 

『思いだせない…事ってそんなに辛い事なの?』

 

あはは、自分で言っておいて墓穴掘った。確かに辛いね、辛いよ。

妹の瞳には『赤の他人』の私が映っているんだ。妹は、何も覚えてはいない。私を、覚えていない。突き刺さる現実。目を背けていた事実。狗楽なのに、狗楽じゃない。

私に会えて嬉しそうな顔して、どうしてなのって聞きたくなった。

けど、引っ込んだ。そんな言葉掛けたところで狗楽には理解できないって思ったから。

目の前にいるけど、やっぱり遠い、ね。

 

「……っ……」

 

「…天姫ちゃん…」

 

ファイが私の名を呼ぶ。私は逃げるように、まだ喋りたりないに妹に背を向けて

 

「………侑子、…礼は、言わないからな…」

 

とだけ残して一方的にモコナの前から移動した。逃げたんだ。私は……あの子から。

 

『ええ』

 

侑子の言葉で通信は途絶えた。

消える直前、あの子の寂しそう顔を見てしまった。

シン、と静まり返った室内に気まずい雰囲気が漂っていて居心地は最悪。

小狼君が戸惑いの声をあげる。

 

「天姫さん、瞳が…赤い…?」

 

ヤバい、見られた。感情の高ぶりによって現れるソレは、他人からみれは異常そのもの。

私はすぐに顔を背け視界を手で遮った。

みられたくないからだ。こんな血のような紅い瞳など。早口で謝罪し部屋を出ようと足を動かした。

 

「ゴメン、気味悪いよね。すぐに元に戻るから!」

 

「天姫ちゃん」

 

だがファイに止められた。

ファイの手が肩に置かれたけど私はそれを振り払う。

 

「構うな、……私に…構わないで……アンタには関係ない…」

 

気遣い込められた声に、一瞬だけ反応してしまう。

だが、彼に関係ない。気休めの同情なんかしてほしくない。

いらないものだ、そんなの。一時の感情だけなんだからやめてほしい。これは私の道なんだから。

 

「お城に乗り込むのだろう?私は先に行く」

 

逃げるようにしてその場を駆けだした私。実際、逃げたんだ。臆病者だから。

いっその事、全ての事から目を背けられたら

(どんなに『楽』だろうか)



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08『ちょっとズレてる彼女』

冷静な自分に戻れ戻れ戻れ戻れ戻るんだ。じゃないと崩れる私が崩れる。

『強い自分』を演出する壁が、壁が脆くなってしまう。

亀裂が生まれてしまう前に仮面を創り被れば大丈夫。壁がなくなっても仮面で隠せる。

何事にも動じない鉄壁の仮面を被れば平気、感情乱れることだってないし嫌われたって何も感じることはない。恐怖を抱くことだってない。

無関心になればいいんだ、周りなんか気にするな。

何を言われたって構わないじゃないか。

ああ、でも。あの子との距離を感じ取ってしまったのは正直、まいった。

 

「くる、…しい……なぁ……」

 

言葉に出すことでなおさら実感する。

苦しい、苦しい、悲しい、切ない、もどかしい。

呼吸するやり方を忘れたみたいに、呼吸が出来なくて苦しい、ただ苦しいのだ。

 

あの子は覚えていなくて、私だけが覚えていて。

あの子には私が他人で、私にはあの子だけしかいなくて。

 

どうして一思いに奪ってくれないの?私の命を。

最終的に無くなる命ならさっさと奪ってしまえばいいのに、私はいつだって差し出す覚悟はあるのに。

残酷すぎるよ、侑子。貴女のその優しさが私には辛い。

 

(頬から零れ落ちていく水滴は幻じゃない)

 

◇◇◇

 

サクラちゃんと春香ちゃんはお家で待つ事になったらしい。どういう風に言い止めたかは分からないが彼女らの姿がいないのが何よりの証拠であろう。私も内心安堵である。

足手まとい云々より先に危険な場所であることは確か。復讐したい気持ちも理解できるが、状況が状況である。

弱い立場の者を連れて行けば隙を突かれ盾として使われる可能性もあるのだ。

できるだけ危険は回避したいし、何より領主にケンカ売ったという事実は春香にとっては不味い事実として後々に面倒事に巻き込まれるかもしれないのだ。

彼女を気遣っての事も含まれているのだ。さて、長々語ったか今は目の前の片づけるべき現実が先である。

胸糞領主の城の中に無事に突入成功した。

小狼君の見事かつ豪快な蹴りで黒い球は遥か上空へ飛び上がり城の秘術を見事、打ち破ることに成功したのだ。それは良好で何より。旅を続ける為に悪者退治と参りますか。

が、無事城に潜入できるというのに少年らの気づかわしげな視線が私の歩みを止める。

小狼君が遠慮がちではあるが声を掛けてきた。私はそれをチロリと顔を少しだけ向けた。

 

「天姫さん…」

 

「気にしないで?小狼君には関係ない事だから。それよりもサクラちゃんの羽根を取り戻す事でしょう、アナタにとってもっとも大切なのは。それを優先させなさい、ね?」

 

微かに微笑んで無理やり納得させた、強引ではあったが本当の事だ。

彼もハッと気づかされたように重く頷いた。

 

「………はい…」

 

納得はしていないようだがこの際気にしない。ファイと黒鋼も話しかけてきたが

 

「天姫ちゃん、大丈夫?」

 

「人並み以上に人間らしい面があったとはな」

 

「………言ったはずよ、私のことは気にするなって」

 

一切拒絶して私は歩み出す。後ろの突き刺さるsideがヒシヒシと伝わってくるがスルー。

ここで心打ち明けることなど私に必要ない。ましてや心配される筋合いもない。

拒んで拒んで、私は尚更孤立して強くなる。

余計なものを背負わずに、最後の時を迎えなくてはいけないのだ。

 

「天姫~、力抜いて抜いて!」

 

「モコナ」

 

ぴょんと肩にモコナが乗っかってきた。

ぺしっ!と小さな手で私の頭を軽く叩く。いきなり何を?と驚いたがモコナの言葉でハッっとさせられた。肩に力が入り過ぎていたのだ。緊張、していた。

敵を前にしての武者震いとか未知なる敵に対しての恐怖、とかではない。

自分の領域に他人を入れさせまい為の虚勢。突っぱねて冷たくさせて自分に関心を向かせまいとする意地なのだ。

 

「……ありがとう、ちょっと緩んだかも」

 

「どーいたしまして♪」

 

モコナにだけ聞こえるように小さく礼を言った。どうしてかこの白まんじゅうは人の心の敏感なんだろうか。まぁ、嬉しかったのだけれど。

 

◇◇◇

 

ファイside

 

さっきから彼女が気になって仕方ない。

オレの後ろを数歩距離を置いて歩いてきている彼女はずっとだんまり。

時折モコナとは会話しているけどそれ以外はオレが話しかけても無視。酷い。

考え事してるって言う事じゃないね、あれは。

一線を引いてオレたちとなれ合わないようにしているかも?

お城に潜入してから長い廊下をひたすら歩いたけど全然入口という入口が見つからないんだよね。これはひょっとしてアレかな?なんてある答えが浮かんだ。

それにしても天姫ちゃんの態度が気になる。

どうしてそこまでオレたちを拒むのか。

どうして小狼君とかサクラちゃんには優しいのかな~?と心で考えても意味がない。

黒りんのぼやきにオレも付き合ってあげた。

 

「ったく、いつまで続いてんだよ。この回廊は」

 

「世界の果てまで~だったりして」

 

そうしたらオレの肩に乗っているモコナがにゅ!と頬を頬を挟んで遊んでいる。

 

「いや~ん!モコナ歩き疲れちゃうかも~」

 

「オメェーは全然歩いてないだろうっ!?」

 

黒りんがすかさずモコナの口をみょーん!と伸ばしにかかった。

ホント二人は仲良しだね~。

小狼君が碁石?だっけ、それを入口近くに落としておいてくれたおかげでオレたちは回廊をずっと回って回って歩いていただけに過ぎないことを理解させられた。

うーん、この状況は良くないかな~。

俺は一つ思案して魔力が一番強い場所を探して、ある場所を見つけた。

壁に近寄って手を当ててみる。うん、ここかな?

 

「たぶんこの辺かも」

 

「お前魔力使わなかったんじゃないのかよ」

 

「これは魔力じゃなくて勘かな、それよりここ割ってみて。ストレス発散になるよ」

 

「俺かよ!」

 

黒りんはツッコミ屋だね。

でも理由はちゃんとあるんだよ。

 

「だって力仕事はオレの専門じゃないし~可愛い天姫ちゃんに割ってもらうなんて酷いこと頼めないし~」

 

話聞いてないかもしれないけどオレは彼女に話しかけた。

そうしたらなんと予想外の言葉が返ってきた。

 

「やる」

 

「え?」

 

一瞬呆けたオレと小狼君。黒りんも顔が歪んでる。

信じられないから?

オレもなんだけど、そうこうしている間にも天姫ちゃんはオレ達の前にスッと歩いてきて壁の前に移動。

トントンッと軽く交互に足で跳んで調子を見ているかと思うと、左足を軸にして右足を高くあげて素早く振り下ろした。

 

「ハァァァアアアアァアアア!」

ドゴォォオォォオオ!

 

気合込められた声と分厚い壁に穴が開き煙が舞いガラガラと瓦礫が崩れていく。

オレたちは三者三様の反応になった。

 

「ひゅー」

 

「………すごいですね…」

 

「怖ぇ女」

 

オレたちに強烈なインパクトを与えた彼女は一人はしゃいでいる感じ。

真剣に悩む姿にちょっと可愛いと思った。

 

「よし!ストレス発散になるわこれ……全部の壁壊しちゃ駄目かしら…」

 

「天姫怖っ!」

 

「煩い白まんじゅう」

 

「天姫怪獣だったって侑子に教えてあげようっと」

 

「やめぇーいぃ!」

 

必死に逃げるモコナを捕まえようと奮闘するも逃げられてるところが間抜け。見てて飽きない。もしかしてさっきまでだんまりだったのは機嫌が悪かったからだったのかな?

天姫ちゃんの隠された一面をちょっとだけ知ることができたオレも気分が上昇。

 

「天姫ちゃーん、全部壊しちゃったら見栄え悪くなるよ~?もしかしてお城崩れちゃうかもだし」

 

「………ハッ?!そうか……残念……って別にアンタに関係ないでしょ!?」

 

「え~?そんなことないよ。だってオレたちも巻き添え食っちゃうもん」

 

「………………クッ……」

 

どうしてか、こうコロコロと表情が変わるのかな。

ホント気になって仕方ない。オレは彼女にばれないように苦笑気味になって

 

「さぁ、行こう?」

 

御姫様、御手をどうぞと王子様みたいに手を差し出したら

 

「結構!」

 

とプンスカプンスカ!怒ってスルーされちゃった。

やれやれ、と肩を上げて俺も歩き出した。

(彼女のあたり所は破壊行為)



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09 『その呼び名で呼ばないで』

天姫side

 

大体展開は想像できていた。だって筋金入りの悪党の考えることだ。

素直に城に潜入されて『はい!私が悪役です』なんて目の前に出てくるわけがない。

それなりの障害、もとい罠は予想の範囲内である。

だが、まったくこれは予想していなかった。

相手が私が『誰』であるかを知っていたという事を。

私たちを出迎えた人物は人間ではなかった。

天上に吊るされた長い天蓋の下で優雅に座っていた女性。

気配だけで相当な手練れであることは間違いないその女性はゆっくりと顔を上げて私たちを見た。妖艶な佇まいに潜む気配は人間の類ではない。

 

『ようきた、童共よ』

 

私も童扱いかいと言いたかったが余計な事は言うまいと開きかけた口を閉じた。

彼女はどうやら相当長生きしている人物らしい。小狼君が丁寧に領主の居場所を尋ねるとスラスラと色々喋ってくれた。

気に食わない領主に掴まって色々命令されてるとか?羽根は領主が持ってるとか?

春香のお母さんと知り合いだとか?まー色々。一人で鬱憤溜まってるのかも。

……それは置いといて。

重要なのはコレではない。この後のことだ。

秘妖の彼女の視線にあたらないように目立たないようにひっそりひっそりしていた私。

そう、影のように黒鋼の背に隠れるようにしていたのだ。

鬱陶しそうな顔をする黒鋼は基本無視だ。

なぜかって?だって私正義の味方じゃないもん!

戦えるけど基本自分の事じゃないもん。これは小狼君の闘いであって私が関与していいものでもないし。極力距離を作る必要があるのだ。

仲良くなる必要など、ないのだ。無駄に力を使う事もあるまい。究極のお人よしなら話は別だが私は基本お人よしではないし、自らやっかいごとを抱え込む性分でもない。

 

『童だけかと思えば……龍の娘御まで共におられるとはのぅ。珍しいものじゃ』

 

空耳であって欲しいと思った。

『龍の娘御』このキーワードに当てはまるのはこの中で…たった一人。

だって性別男ばかりの中で唯一女の私一人。これで龍の男とか言われたら誤魔化せたけどご丁寧に娘御とつけてくれたもんだから視線がビシビシ刺さる刺さる。

私は眉間に皺を寄せ不機嫌を現すと同時に黒鋼の背からゆっくりと動いた。勿論、牽制も込めてだ。

 

「……その言い方はやめて頂けると嬉しいのだが」

 

というか私は貴方を知りませんと言いたい。

『ほぅ、私の敬意はお気に召さぬか』

「ああ、非情に不愉快だ」

 

というか早くここから逃げたい去りたい瞬間移動したいです。

約三名からの視線が突き刺さる。いや別に痛くないよ?

痛くないけど何となく気になる。

 

「天姫言っちゃえば?恥ずかしいならモコナが代わりに『がばっ』むぎゅっ!」

「白まんじゅうは口閉じろっ!」

 

風の如く動き小狼君の肩に乗っているモコナの口を塞いで血走った眼で怒鳴った。

 

「…………」

 

小狼君の視線が尚更強くなったというか、ちょっと変なモノを見るような感じで私は無言で秘妖に向き直ると月光を抜いて戦闘態勢をつくる。

 

「……さっさと道を開いてもらおうか、秘妖【キイシム】殿」

 

状況はさきほどとは一変した。私を知る人物をこれ以上ベラベラ喋らせる訳にはいかない。別に何とも言えない空気をごまかしたわけではない。

『じとー』とした視線から逃げたわけじゃない。

私の道を阻む者、それすなわち旅が進まない=私の敵!これは私の闘いなり!

 

『それがそうもいかぬのじゃ、たとえ龍の娘御の願いでも容易にきける立場ではない故な』

「だからそれ言うなっつーの!」

 

ホント人の話きかない人だよ。…おっと人じゃなかった。

うにゅ、メンドクサイ。とにかく戦じゃ!

なんだかんだで戦闘start。

 

(気になる気になるあの人の視線)

 

 

◇◇◇

 

ファイside

 

『龍の娘御』ってどういう意味なのかな。

次元の魔女が天姫ちゃんに向けて喋った『蒼龍姫』っていう名前も気になる。

まったくもって天姫ちゃんの謎はまったくもって深まるばかり。

小狼君と白モコナを見送ってオレ達だけで秘妖の彼女のお相手をすることになったんだけどー。状況は芳しくないみたい。

火傷さえ負ってしまう水が最初は跳んでくる球だったのに最終的には雨に変更。

うん、秘妖の彼女はオレたちを骨さえ残さず溶かしてしまうぞー!と軽く脅しているんだね。

そんな危機的状況ではあるけれどオレの興味は目下彼女に集中しちゃっている。

 

「所で、龍の娘御ってどういう意味?」

「今そんな事どうでもいいだろ」

 

ぶっきらぼうにオレと視線合わせる事無く間髪入れずに喋る天姫ちゃん。

彼女は自分の武器を構えてはいるけれど解ける水を切っても意味はナシと考え防衛の為に構える姿勢でいる。あー、白いほっぺが軽い火傷状態になってるみたいで痛々しいな。

火傷ってジクジクするんだよね。水ですぐ冷やさないとダメなんだけどこの場の水は遠慮したい所。

オレは自然な動作で彼女の頭を引き寄せようとした。

彼女の雨宿りになれればって意味だったんだけど天姫ちゃんはご丁寧にパシッとオレの手を跳ね除けてすっごく嫌そうな顔をする。

 

「良くないよ、オレ気になるもん♪」

「私はまったく気にならないので問題なし」

「え~?ぶーぶー、けちんぼだな天姫ちゃんって」

「けちんぼで結構!ってかあーくそっ!服がやばっ!?」

「うーん、それヤバいよね?天姫ちゃんってスタイルいいねー」

 

イイ感じに服が溶けてきてる現状。

男のオレとしてはどうしても彼女の今の状態は嬉しい展開な訳で、オレの視線に天姫ちゃんはバッと顔色を変え所々解けてきている服を腕で庇いながら必死に叫ぶ。

「見るなっ!じっくり見るなじろじろ見るな触るな寄るな近寄るな!」

 

見るなって言われても胸とか鎖骨とか腰とかお尻とか?見えちゃうものは見えちゃうし。

いい具合に服が溶けてるしスタイルいいねー。出るとこでて引っ込むとこは引っ込むってタイプ?人を狼さんみたいに言うし、ああ。隠さないで欲しーな。

 

「えーいいじゃない」

「良くないっ」

 

可愛いな、顔赤面しちゃって。オレが一歩踏み出すと天姫ちゃんはぎょっとして一歩後退する。でもここは不安定な場所の上おまけに下には全部綺麗さっぱり溶かしちゃう水がいっぱい。自分の足元の地面の一部がガラガラと崩れてしまい天姫ちゃんはギョッと慌てて身体を前に戻す。当然オレがいるからそうしたら天姫ちゃんは条件反射でまたオレから距離を置こうとする。でもまた足を一歩後ろの後退させると落ちちゃうよね。

わかるはずだろうにどこか抜けてる天姫ちゃんにオレは「ハイ」と手を差し出すと案の定露骨に嫌そうな顔して「結構!」と弾き返すからバランスを崩しかけた。

 

「ぎょえぇぇぇ!?」

「もう危ないよぉ~?」

 

背中から落ちそうになる寸前彼女の腰に腕を回して無事落ちることだけは回避できた。

その代わりお互いの密着度はググッと増すばかりでオレはここぞとばかりに彼女の感触を楽しむことにした。

 

ふにふに……

「お肉とかちゃんと食べてる?好き嫌いとかしないほうかな?」

もみもみ……

「胸おっきいねぇ~Dカップぐらい?」

 

にへらと笑いかけたら天姫ちゃんは口をぱくぱくさせてお魚みたいだと思った。

のもつかの間、高速で彼女の右手が動いて

 

「へ、変態ィィィイイイィイイイイイイイイィイイイイイ!」

バチンっ!

「イタっ」

 

ぷんすかぶーぶー怒った天姫ちゃんも可愛いなー。

でもオレのほっぺに紅葉が出来ちゃった。

黒りんには叱られるし

 

「お前ら黙れ」

『最後まで仲が良くて結構だ。ではさらばじゃ、童達と龍の姫御よ』

 

秘妖のおねーさんには褒められるし。うーん、今日は得した気分だな。

この後ちゃんと秘妖のおねーさんに勝って小狼君があくどい領主を追い詰める所まで駆けつけることができたのでした、ちゃんちゃん。

 

(オレはこの後ずっと天姫ちゃんから殺気を送り続けられたのでした)

 

◇◇◇

 

ずっとずっと前のお話です。仲の良い腐れ縁の二人が仲好く縁側でお酒を飲んでいました。

一人は自分が攻略できない男(好きな人)の愚痴ばかり言ってもう一人はあーハイハイと耳かっぽじりながら他人事のように流してはお酒をグイグイ飲んでいました。

どこかの誰かが散々愚痴を言って気が済んだのか隣でお酒ぐびぐび飲んでいる親友にお願いをしました。目をうるうるとさせてわざとらしがむんむんです。

 

 

「私のお願い聞いてくれる?」

「対価がいるわよ、アンタの場合は高いから」

「御代官様お願いしますー!」

 

どこかの誰かは一生懸命へこへこしてこびへつらってお酒注いだり親友の肩もんだりご機嫌どりに大忙し。親友はウフフと意地悪い笑み浮かべてご満悦。

散々こき使うだけ使ってようやっと親友から

 

「よし聞いてあげるわ」

「その言葉待ってましたー!」

 

どこかの誰かはやっと来たわこの瞬間!と歓喜に満ちた表情を浮かべそのお願いを伝えようとしました。

 

「よしあのね「言っておくけどアンタの旦那落とすって類はナシよ」…………えーん!そんなーーー!?」

 

「わざわざあたしに頼まなくてもアンタ自身の力で落とせばいいじゃない。まぁそこにアンタが憧れる本物の愛があるかどうか知らないけど」

 

けど親友が先回りして駄目だしをするとショックで泣き出しました。

 

「えーんえーん!親友が鬼だ!悪女だ毒牙一発女「うるさい」イダッ!?叩いた……幼気な女の子を本気で叩いたっ!?……だってだってあの人ったら自分の部下にナイスバディ女子置いてんのよ!?こ、この私が目の前にいるってのにこれ見よがしに部下はべらせて『何用だ、私は乳臭い娘に興味はないぞ』って嘲笑いやがって!しかもその部下女子も横でぷっと吹き出しやがって『まぁそんなまな板に縋り付く男がいるなら見てみたいものですわ、ねぇ~お館様?』とかほざきやがってあからさまにわかりやすく彼に縋りついちゃってさ誰の胸がまな板だって!?私か!?私なのか!えぇどうせまな板ですよぺっちゃんこですよ大根摩り下ろせるくらいぺったんこですよ!それの何が悪いって!?胸がないからって何が悪いっ世の胸ぺったんこ女子に謝れ地面におでこひっつけて謝れ永久に土下座しやがれぇぇぇえええええええええええええええぇええ!」

「気は済んだかしら」

「全然!もっと喋らせて」

「ダメ」

「だったら私の胸でっかくしてっ!こうぼいーんとでっかくネ?ネ?さっきたくさん働いたじゃない?」

「脂肪取りなさい。その方が早そうだから」

「それじゃ太るわッ!私にやけ食いしろというか!?……侑子は昔から胸デカい癖に脂肪取らないで酒ばっかりじゃんか」

「光は昔からちっさいわね」

「うぐぐぐぐ……」

「酒のつまみ無くなった、マル―モロー追加持ってきてー」

「はーい!」「はーい!」

 

似てるようで似ていない女の子二人が元気よく返事をかえしました。

すぐにやってきた追加のおつまみに手を出す親友の横でどこかの誰かは声高らかに決意宣言をしました。

 

 

「よし決めた!生まれ変わった私はナイスバディにするっ!こう世の男共が放っておけないほどダイナマイトボディにしてやるの!」

「変態にモテそうね」

 

親友はぴしゃりと指摘。けどどこかの誰かは親友の意見に食ってかかりました。

 

「私の彼は変態じゃないわ、ただ怪しい仮面つけて若い女子高生に怪しく微笑んでは『お前は私の物だ』と耳元で囁くだけよ。ただそれだけなのよ。素敵よね?そんなねじまがった思考を正してあげたくなるわ。つまり私色に染めてあげるって意味で」

「それが変態というのよ、ついでにアンタもね」

 

親友はまたぴしゃりと指摘。

 

「もう侑子っては長生きしてるから性格歪みすぎよ」

「アンタは大分おつむが低くなったわよ」

「「………………」」

 

両者無言で睨み合いが続くも先に根負けしたのはどこかの誰か。

ハァ~とわざとらしいため息を吐いて

 

「仕方ないわね、今回は譲ってあげるわ。だって私大人の女だから?酒ばっか飲んで人の純粋な悩みを嘲笑うような冷たい意地悪女じゃないから?」

 

とわざとらしく負けを認めました。けど親友は鼻先で笑いました。

 

「胸小さい癖に」

「………ムキィィィイイイイイィイイイイーーーー!」

 

余計な一言がきっかけでまた二人はくだらない言い争いをし出す結果に。

果てには、殴り合い…という花がない争いはしませんが地味にババ抜きでどちらの言い分が正しいか決着させようと勝負をし出すまであと30分くらい口喧嘩は止まらない模様です。

(生まれ変わりはナイスバディ女子に決まり!)

 

◇◇◇

 

天姫side

 

小狼君の見事な戦いぶりによりあくどい領主とその息子は仲良く秘妖の彼女が棲む世界へ最高のもてなしをうけにいってらっしゃーいした。

 

てれってって~♪

小狼君とその一向は悪者をやっつけたー。

経験値と仲間の絆(一部を除いて)がレベルアップしたー。

悪者のお宝『羽根』を手に入れたー。

 

ってな感じで高麗国とはこれでお別れ。

ぐーんと伸びをして着慣れた自分の服の感触にひたりやっぱいいもんだと思う。

異世界では異端者とみられるかもしれないが私は自国のものが一番お気に入りだ。

だって遠い彼の地と繋がっている気がするのだ。

サクラちゃんも3枚目の羽根を手に入れて若干ぽやっとしていてこっちがハラハラしてしまいそうな雰囲気ではあるがちゃんと起きていられる様子。

良かった良かった。彼女の様子をいつも気にしてしまうのはやはり遠い世界にいる狗楽の面影を感じ取ってしまうからだろう。

おせっかいではあるだろうが出来るだけ気を配ってあげたい。

自分の状況を理解するにはまだ彼女の羽根は足りないだろうから。

 

「ねー天姫ちゃん、まだ怒ってる?」

「……………」

「ねーねー」

「……………」

「天姫ちゃーん」

「…………………」

「ごりごりしちゃうぞー。えーい、ごりごりごりごり」

 

我慢の限界地突破!

 

「黙れ変態話しかけるな」

「あはは。やっとオレの方見てくれた」

 

見たわけじゃない。このへらへら男がしつこいくらいに人の視界に入ろうとするのだ。

さっきまで私が無言だったのは必死の攻防をしていたまで。

あっち向けばにゅっと目の前に現れるしこっち向けは背中に重い感触が発生し「無視しないでよー」と人の頭の上に己の顎を置いてきやがる。クソ私より背が高いから防ぎようがない。それでもあのような所業、いち乙女として許せるはずがない!

だというにこの男は罪悪感の欠片ほども謝る気がないようだ。うん、殺したい。というか殺したい。

 

「永遠に葬り去ってやりたいわ」

「うーんオレ死ぬわけにはいかないから、ダメ」

 

とほざきやがって急に私の前に動いて何するかと思えばツンと人差し指で私の鼻を軽く突いた。

フレンドリーかましてくんじゃねぇよ!?

私の怒りの右ストレートパンチを奴はひらりと軽やかにかわす。生意気な!?

避けられて余計に苛立ちが募った。

 

「ダメじゃねぇよ!?アンタ私が傷ついていない鋼の魂でも持ってると思ってんの!?」

「可愛いからやっちゃった。えへ」

「『えへ』じゃねぇぇぇぇえええええぇええ!」

 

私の絶叫とにへら男とのやり取りも

 

「痴話喧嘩にしかみえねぇ」

「黒鋼ツッコミ屋だー黒ツッコミ炸裂だー」

「うるせぇ白まんじゅうが!」

「いやーん」

 

白モコナと黒鋼の仲良し漫才も

 

「元気でな、小狼、さくら」

「春香も元気で」

「うん、春香ちゃんも」

 

小狼君とさくらちゃん、そして春香ちゃんは華麗にスルーしてしっかりとさよならの握手をしておりましたとさ。

モコナが次なる世界に向けて羽根を広げ私たちを吸引するまで私は声を張り上げて

 

「ごめんねー!最後までこんな流れでホントゴメンねー!」

 

と謝ってばかりいました。

(この流れは定番化するか?)

 



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10 【過去話】

妹はもぐもぐとおいしそうによく食べる子だっだ。

だが極度の大食いというわけじゃない。あくまで常識の範囲という意味だ。

 

『おねーちゃんこの野菜炒めおいしい!』

 

お肉入ってないのに文句ひとつ言わず頬張る姿になんど心痛め申し訳ない気持ちで締め付けられそうになったことか。

正社員と言えど学歴が中卒な私にそう高い給料は望めず、けれど現実的に高校へ入る気持ちなどなく早く働きたい一心で夜な夜な勉強し苦労して入った会社は小さいがそれなりに人間関係も良好で社長自身も私の家の事情を察してくれたりした。

家計はいつも火の車で築40年というオンボロアパートの2階で出来る内職とか、ホントはいけない事だが副職として夜の居酒屋でアルバイトとかしたりして生計を立てていた。

 

『狗楽、バイトまだ続けてるの?勉強に支障が出るようならそんなに頑張らなくてもおねーちゃんがその分頑張れば済む話だから無理しなくていいんだよ?』

『これも社会を知る為のいい経験だよ、それともおねーちゃんはわたしの成長を妨げようってわけ?』

 

逆に凄みきかせられてこちらは何も言えなくなってしまうくらい言葉に説得力があった。

社会勉強などと言ってはいるものの、狗楽はバイト代のほとんどを使わずに、生活費だと私に寄越す。最初の頃は慌てて自分の為に使えばいい!と突き返すが、彼女は別に今のとこ買いたい物とかないから別にいい、とまた私に無理やり持たせるほど頑なに生活費にあてろと口すっぱくしていっていったものだ。

私は申し訳ない気持ちと、段々と成長してきた妹の後姿を見ては、ああ、ちゃんと成長してんだなと思うと同時に、少し寂しさを覚えたりした。

ちょっと自分のご褒美に、そして妹の為にと中古のパソコンを買ってネット環境を整えてさぁいざインターネットの世界へ!

なんて大はしゃぎしたけど、それがそもそもの間違いの始まりだった。

 

あの神男との契約を結ばなければ、私は妹を巻き込むことはなかったはず。

いや、自分へのご褒美なんて考えたのがまずかった。

ただひたすらにあの子を大学へ行かせることだけを考えて真面目に働いていれば、こんなことにならなかった。

夢の世界に浸って違う自分になれたらってそんな願望を抱いた挙句、訳もわからん展開に巻き込まれてラビットに心臓を長剣で躊躇いなく刺されて契約は終了したとか意味わからん事言われた結果、揚羽たちの世界に叩き落されていらない権力争いに巻き込まれて狗楽を失いかけて今の私がいて

 

ああ、私ってなんて馬鹿。全部、私が原因じゃんか。

 

『君は思った以上に馬鹿なんですね。決めました、君は今日から猪娘です。わかりましたか?ふぅ、馬鹿なのはその頭だけにしてほしいものです』

 

…そういえば、以前、とある理由で世話になったある男の言葉を思い出した。

その男は、ことあるごとに人を馬鹿馬鹿と言いまくってはいつも縁なし眼鏡を指でくいっと押し上げては冷めた視線で私を見下ろしていた。

私はいつかこの偏屈男を見返してやると何度思った事か。

数えても数えたりないほどそう繰り返し思った。

幼少期、少しの間だが施設で過ごした経験を持つ私と狗楽を迎えに来たという男。

 

『だれ?』

『まず人の名を知りたければ自分から名乗りなさい。それが常識というものです』

『………神崎、天姫。この子は狗楽』

『……まずはいいでしょう。言葉づかいがなっていませんがこれから直してさしあげます。精々感謝なさい』

 

その男、私が中学を卒業するまで世話になった男で名は……確か、どこにでもいる名字で……そうだ。思い出した。

 

その男は一風変わった男だった。

バリバリの黒のスーツに銀色の縁なし眼鏡、容姿はまぁそれなりに整っていたと思う。

だが、好印象は持てなかった。

だって何だが事務的に彼は行っているように思えたのだから。

 

『私は山田一族の山田(メガネ)と申します。いいですか、一度しか言わないのでその単細胞にしっかり焼き付けなさい。私は貴方がた姉妹を引き取りにきました。ですが私は貴方がたの親になるつもりはありません。あくまで後見人として貴方がたの暮らしをサポートします。わかりましたか?ではさっさと車に乗りなさい。一応私の住まいに案内します。貴方達の部屋も用意してあります。気に入らなければ出て行って構いませんしどうぞご自由になさい。詳細はマンションについてからお話します。…なんですか、呆けた面をして。まさか、私の話を理解していないと?言ったでしょう、一度しか言わないと。さぁさっさと車に乗りなさい。置いて行きますよ』

 

その時の私の年齢、7歳、狗楽は4歳だった。

この山田という男は徹底的に礼儀や作法に厳しく、それはそれはまったくなっていないとネチネチ言われたものだ。

名字が山田なんて変だと言い返してやれば、彼はさして気にした様子もなく

 

『でしたら勝手になんとでも呼びなさい。私は気にしませんので』

 

と言いのけた。私は半分驚くしかなかった。

だが山田さんなどと呼びたくもないので、私が勝手にあだ名をつけた。

奴は私がいうあだ名にとことん文句をつけて挙句の果てに

 

『君のネーミングセンスは最悪で手の施しようがないほども壊滅的です』

 

と真顔で言った。思わず私は『山田一族の方がおかしいわっ!』と突っ込んでいた。

ふむ。今だに山田一族とか意味わからない事ばっかりだったけど、あの男の存在にそれなりに感謝している。今の私と狗楽がいるもの、おそらく彼のお蔭であると言えるのだから。

たとえ、彼がどんな目的で私たち姉妹に近づいたとしても今更どうでもいい過去話だ。

今、こうして私が生きているのも、この旅で、狗楽を救えるのも、結果的に、彼のお蔭なんだから。

 

◇◇◇

 

私たちが次に辿り着いた先はなんと大きな湖が広がる世界でした。

霧が視界を覆い、広大に遠くの彼方まで広がっている森。うーん、こうも霧が発生しているとは。まさに霧ワールドって感じですな。

何処を見回しても近くに人がいる気配は見当たらない。

 

「おい、ここはどこなんだよ」

「うーん。お家とかは見当たらないね~」

 

黒鋼とファイの言う通り、どうやら次の世界にしては人の気配その者がないというのは怪しい。というかこんな場所に羽根などあるのだろうか。

 

「モコナ、サクラちゃんの羽根は?」

「うーん、【強い力】は感じるけど…わかんない」

 

私の問いかけにモコナはむーんと唸るが、どうやらいまいちわからないらしい。何かに邪魔されている、もしくはあやふやな存在ということか?

【強い力】という点にはいささか気にはなる。どうせモコナの事だ。

確かめるまでは次の世界に渡るつもりはないのだろう。

とにかく考えても仕方あるまい。場所さえ特定できてしまえば後はこちらのものだ。

 

「それでその【強い力】とやらは、何処から?」

「そこの湖から」

 

モコナの小さな手が指し示した先は、大きな湖の、下である。

つまり湖の底だ。

一同私を含めて、皆無言になった。

 

「「「………」」」

 

なぜか、それはつまり誰かが潜って探して来いってことですから。

いや潜らなきゃ話は進まないのだろう。だがかなりの深さはあると見た。

だって底が見えないもの。

どうしよう、私…犬かきしかできない……。

べ、別に泳げないってわけじゃないからね!

ただ海へ行く機会がなかったというか!そういう遊びをする暇がなかったというか!

と、ここで誰が潜るか話し合いになろう、その時!サクラちゃんが名乗りを上げた。

 

「わたしが潜りま!……すぅ……すぅ…」

「おっとっと」

 

だが、言いかけて彼女は睡魔に襲われてそのまま夢の中へ。

ふらふらと倒れ込みそうな瞬間、黒鋼がサクラちゃんの背中を支えたので危機一髪。

サクラちゃんを地面に寝かせて、さぁどうするか!と再度話し合いへ。

結局、一番乗りに「俺がやります!」と意気込みをみせた小狼君が潜ることに決定した。

その間、寝ているサクラちゃんは私が見ている事に。

黒鋼とファイ、そしてモコナは一応探索へ。

もしかしたら、近辺に人が住んでいるかもしれないからだ。

小狼君が潜るのを見送って、私は木の幹に寄りかかってすやすや眠るサクラちゃんの横に腰掛け、彼女の顔を覗き込んだ。

 

「可愛い顔して寝てるなぁ……」

 

なんか癒される……。男ばっかりという状況に彼女の存在は一種の花だ。

夜も更けてきた。焚き木の炎がパチパチと音を出す。

静かな、静かな夜。

 

「……う、ん………」

「おっと…」

 

小さく呻いて身動ぎしたので寒くないようにとファイがかけた上着がずれてしまった。

私はそれを直しながら、ちょっとだけ乱れたサクラちゃんの髪を撫でて整えた。

あ、髪がさらさらしてる。

ついでにほっぺも触ってみた。

ぷにぷにしてて気持ちいい。

……なんだか、妹と重なって見てしまう。

本当はそんな感情移入しちゃいけないんだろうけど、どうしても助けてあげたくなるというか、構いたくなるというか。それがサクラちゃんの魅力なのかもしれない。

ついつい、手助けしてしまうほど周りの人々に愛される少女。

 

ざばぁ――。

「ぷはっ!」

 

そうこうしている間に、小狼君がひとまず探索を終えたようだ。湖から上がってきた彼に、私は思わずこう反射的に言ってしまっていた。

 

「お帰りなさい」

「え、あ、その、ただいま…です」

 

戸惑いつつも律儀に返事をかえしてくれた小狼君。言い終わってから自分の醜態に気がついた。

あ!ついついいつもの癖が出てしまった……。

こう、サクラちゃんの顔見てていつもの地が出てしまったというか、狗楽がバイトから帰ってきた時のノリというか…。

いかんいかん、ここは異世界で私の知る世界じゃないんだ。

このままでは私の調子がくるってしまう。

私は丁度ポケットに入っていたハンカチを彼に渡す為、場笑みをつくり立ち上がった。

 

「騎士さんのお出ましね。コレ、ハンカチだけと使って?私もこの辺りを調べに行ってくるわ。小狼君はとりあえず火に温まりなさい。ずっと潜ってて寒かったでしょうし」

「え、でも、天姫さん一人じゃ危ないんじゃ」

「大丈夫、自分でいうのも何だけど強い方だから」

 

そうです、たぶん強いほうだと思うので。

それにこの場に敵はいないだろう。

無理やりハンカチを手に握らせて小狼君を焚火の近くに引っ張った。

触った時彼の躰は思ったよりも冷えていて、どれだけサクラちゃんの羽根を探すのに必死なのか、伝わってきた。

尚更、今は状況を作ってあげなくては、という気持ちにもなった。

 

ぽん!

私に肩を叩かれて、小狼君は不思議そうな顔になった。

 

「?」

 

そんな彼にウインク一つ飛ばし、彼に耳打ちをした。

 

『ゆっくり話し合いなさいな、サクラちゃんと。もうちょっとで彼女も目を覚ますはずだから。……積もる話もあるでしょう?邪魔者は退散するわ』

 

と小狼君の反応を見ないまま、私は森の方へと足を動かした。

 

「!?」

「ちょっとその辺ぶらっとしてくるだけだから。じゃ!ちゃんと躰温めてね~?」

「天姫さん!?」

 

言うが早いが私は手を振ってその場から退散した。

【もしくは、逃げたとも言う】

 

◇◇◇

 

天姫side

 

気を利かせたつもりだった。けど本当は違う感情も入ってた。

たとえサクラちゃんが思い出せなくても、二人は手の届く距離にいるから。

面と向かって話せているから。私はそれが羨ましくて眩しくて、同時に妬ましいとも思ってしまった。こんな汚い感情を持ったまま、二人の邪魔をしてはいけない。

何より、私自身が耐えられなかった。湖から少し離れた森の中で、私は独り立ち尽くした。

 

なんだ、結局私は嫉妬してたんじゃないか。小狼君に。

優しく接してる裏で、メラメラと嫉妬心を燃やして、笑顔繕って、巧みな言葉で仮面作って、好印象与えて?…馬鹿みたい、馬鹿みたいだよ。あまりの馬鹿さに反吐が出る。自己嫌悪か。くしゃっと自分の髪を掴んだ。

なんて嫌な女だ。なんて、最低な奴だ。と自分を愚かさを嘆いて。

 

「だから君は猪娘なんですよ、君は。まったくあの時から進歩していませんね」

 

……耳に聞き覚えるのある声が、背後からした。

この声はたぶん一生忘れない。

忘れられないほど、インパクトを与えるに相応しい人物の声だからだ。

いるはずない、こんな場所に。

そう思いたくても、声は私を呼ぶ。

 

「………なんで、アンタ、が……?」

 

その男は姿形変わらずに、あの頃のまま存在していた。

年も取らず、まるでその男自体の【時】が止まっているかのように。アリエナイ、ありえない在り得ない。

この言葉ばかり脳内は埋め尽くされて思考停止。

私があだ名をつけた男。【ウサ男】はあの頃と変わらない毒舌さと、よくもまぁ舌が回る口達者で私に数年ぶりの挨拶をする。勿論、彼なりの方法で。

 

「私は仕事が忙しいんですよ。君に逢いにくる暇などないというのに、口うるさい上司が貴方の様子を見て来いとしつこくいので仕方なく来てしまいましたが。……また君は相変わらず突っ走りの人生を歩んでいるようですね。さすがです。見事なまでの君の空回りに盛大な拍手をしたい所ですが、君の為に仕事で忙しい私は拍手を送る暇がないで代わりと言ってはなんですがヘソで茶が沸かしてあげしょう」

「……アンタ、神出鬼没ってわけ?」

 

昔から歳も取らない見た目で若い若いと思っていたが、今私の目の前にいるウサ男は以前とまったく、何も変わっていない。

 

「アンタとはなんですかアンタとは。まったく口の利き方に気をつけなさいとあれほど頭スリッパで叩きながら教え込んだでしょう」

「えぇえぇ!今でも思い出せますわ。きったねぇトイレのスリッパで叩きやがってこの野郎!後から知った時何回、いや頭皮はげるんじゃないかってぐらい髪洗いまくった今でも私の中で最悪の出来事ワースト10の中に入ってるって事ぐらい感謝してますよぉ?ああこの陰険野郎が」

「猪娘が今だにそんな些細な事を鮮明に覚えているとは、根暗なのもその性格ぐらいで大概にしておかないと周りの人間がひきますよ。いやすでにもうひいているのか。良かったですね。これ以上ないくらいもっと変人扱いされればその内ギネス扱いにされますよ」

「はははその程度の悪口で私がへこたれると思ったら大間違いだぞ鬼畜眼鏡こちとら壮絶な人生歩んでんだぞコラおう?半分以上はアンタの所為だどう責任取ってくれるんじゃコラぁ」

「まったく汚い言葉使いを堂々と使い込んで君はそれでも女性ですか?……一応女性ですね」

「私が男だっていうんかい」

「いいえ。貴方は男性にしては小柄でしょう。まぁ、頑張って可愛い女装少年って所でしょうか」

「んな回答求めてねぇよ!」

「しかし、君も無駄な事をわざわざ選択しましたね」

「……どういう事よ。わざわざ妙な現れ方までして、何がいいたいのよ」

 

もう疲れた。この際奴の素性などどうでもいい。

不思議な奴だから、不思議人間ということで無理やり納得させた。問題なのは奴が、どうして私に逢いに来たか、だ。

 

「ただ、真実を知らぬまま死ぬのはあまりに不公平のような気がしまして。どうせだ。もうすぐ死を迎える君の冥土の土産にでもなれば、と思ったまでですよ」

「………アンタ、人を馬鹿にするのも大概にしなさいよ…」

 

そんな、軽々しく言うな。

言われたくない、何も知らないくせに。

私の死を、まるでゴミ箱に捨てるごみのようにあっさりというな。

私の死は、あの子を救う唯一の手立て。他に方法なんかない。あったらとっくにそっちを選んでる。私だって死にたいわけじゃない。けど死ななくちゃあの子は助からないんだ!

あの子を侑子に託す事で、【対価】として自分の命を差し出したんだ。

それを、この男はっ!

 

「おやおや、感情を高ぶらせるのは良くないですよ。只でさえ君は、蒼龍をコントロールする術を持たない。それは自身の身を危険にさらすだけです」

「五月蠅いっ!!今ここでアンタを抹消してやる事だってできるんだからっ!!……私の前から消えるか、その命無駄に散らすか、選びなさい」

 

蒼龍の事まで知っているとなると、もはやアイツと関連を持っているとも考えられる。

腰に装備した月光を鞘から引き抜き、奴を標的に構えを取った。

いつでも、飛び出せるように。

 

「私を殺めますか。君にそれができますか、神崎天姫」

「できるわよ、私は私の道を否定する者を許しはしない。逃しも、しないわ」

「そうですか。それが君の決意ですか……。わかりました、お望み通り消えましょう。私はもう二度と【君の前】には現れませんし会う事もありません。ただ一言だけ、君に送ります」

「君は―――――」

 

『ぷつっ』

 

まるでテレビのコンセントの線を抜くみたいに、私の中から何かが抜かれた。

その言葉が、一体なんだったのか。

その時の私にとって相当ショックを与えたというのは間違いないのだ。

カシャン!

月光が、手から滑り落ちて地面で音を立てたのも覚えている。急に力入らなくて握っていることもできなくなったのだ。どうしてか、理由が思いつかない。ただ、なんとなくだが、何もかもが止まったように思えた。私の中で、何かが止まった感覚がある。

ウサ男は自分の言いたい事だけを私に言い放って勝手に消えた。あっさりと。

 

「では。お元気で」

 

奴は、消えた、んだと思う。

 

断定できないのは、覚えていない。一切記憶がないのだ。

気がついた時、地面に座り込んでいてすぐそばにファイが顔をのぞき込んでいた。

私は「ぎゃあ!?」と乙女らしく悲鳴を上げ、立ち上がり慌てて彼から距離を取った。

 

「ななななな、アンタァ!何してんのよっ。ハッ!?まさか闇夜に紛れてまた変な事しようと!?」

「………天姫ちゃん、本当にオレと一緒にいたさっきの事、何も覚えてないの?」

 

ファイが膝をついたままの形で妙な質問をしてきたけど、私は自分の躰を守りながらじりじりと後ろに下がった。

 

「はぁ?何言ってんの?ちょっと一人でぶらぶらしてたけど、気がついたらアンタがいたんじゃないの。言っときますけどそう何回もひっかかると思ったら大間違いよ!?」

「……………」

「…………何よ、じろじろ見て……」

 

へにゃり。

いつもの緩み切った顔になり、ぱんぱんと手で膝についた土を叩いて立ち上がった。

 

「……ううん、なんでもない♪さぁ、サクラちゃんたちも心配してるから行こう」

「言われなくても行くわよ……」

 

私に向って差し出された手は、やっぱりスルーして先頭を歩いた。

後ろからファイは間を作って歩いてきた。

なんだか、誤魔化されたような気がしたのはきっと気のせいだと自分に言い聞かせて。

【霧の国よ、さようなら】

 

◇◇◇

 

ファイside

 

黒りんと楽しく探索中に、突然湖方面からの大きな光にオレたちはすぐに何かあったと察知して元の場所に戻った。その間に目も眩むような光は消えつつあり、サクラちゃんはサクラちゃんでぐっすりとよく眠っていて、一緒にいたはずの天姫ちゃんの姿は何処にもなかった。

何かあったのか、と妙な焦りが生まれてオレは心配になり探しに行こうと足を動かした。

黒鋼は別にどっか言ってんだろ、と軽く言うけど、オレはどうにも気持ちが騒めいてしかたなかった。

 

なんだろう、この感覚。初めて、かなー。自分以外の他人をこんなにも心配してるオレがいるなんて。でも戸惑うとかそういうのは全然ない。むしろ納得してるかも。だって、なんだか放っておけないもん。あの子は見た目以上に危なっかしくて、脆すぎだから。

 

その時、ちょうど湖に潜っていた小狼君が大きな光る魚の鱗を一枚持って上がってきた。

どうやら湖の中で見つけたらしいけど、さっきの光は湖の大魚が発する光だったみたい。

おっきなおっきな魚だったって小狼君はちょっと嬉しそうだった。

冒険心を擽られたのかも。

小狼君が天姫ちゃんがいない事に気がついて、まだ戻って来てないんだと呟いたのを聞いてオレはあ、もしかして小狼君とサクラちゃんに気を遣って二人っきりにさせたのかな?って考えが生まれた。

だって、天姫ちゃんが眠ってるサクラちゃんを放置して勝手にどこかに行くほど無責任だとは到底思えない。

彼女がサクラちゃんを見る時の視線は、とても優しいもので、まるで自分の家族にするように接しているし、何より天姫ちゃん自身がサクラちゃんに過保護のような気もする。

 

大切に大切にしたい。

そういう気持ちが傍で見ているこちらにもビシビシ伝わるくらい。

それは小狼君にだって同じことだ。

彼の置かれている状況に同情していない素振りをみせて、冷たくしてる風を装っているけど、彼と会話するたびに接している度にわかる隠しきれていない彼女の優しさと不器用さ。

オレは、ここまで素直で不器用すぎる女の子に出会った事がない。

 

「ちょっと天姫ちゃん探してくるね。だって次に行かれなくなっちゃうしー」

 

次なる世界に旅立つ為には彼女がいないと始まらない。

そう言葉ではいうものの、実際はただ心配だから捜したいって気持ちの方が勝ってた。

 

 

湖からそれほど遠くない場所で天姫ちゃんの姿を見つけたのは、数分ぐらい捜し回ってからだ。暗い森の中、ゆっくりとこちらに歩いて来る彼女。

一体何をしていたんだろうか。

訊いてみたいものの、また天姫ちゃんは『関係ないっ!』って怒鳴るんだろうなと勝手に予想。

 

「天姫ちゃん随分と遅かったね~」

「………………」

 

オレの脇を素通りして、天姫ちゃんは歩いて行く。あれ?また機嫌が悪いのかな。

無視されちゃったみたい。まー、いっか。無事な様子だしオレは後ろから彼女の後に続くことにした。けど様子が変なのは一目でわかった。

 

まず彼女の足取りがおかしいのだ。ふらっ、ふらっとした安定性のない歩き方。右へ行ったり左へ行ったり。まるで夢遊病者のように意識がないまま目的もなく歩いているみたいで様子がおかしい所の話じゃない。オレは彼女を止める為肩を掴もうと腕を伸ばした。すると天姫ちゃんは、急にへにゃりと力無くその場に座り込んだ。

 

「天姫ちゃん!?」

 

オレはすぐに天姫ちゃんに駆け寄った。大丈夫?そう、訊ねるつもりだった。

けど、言葉にできなかった。彼女はオレを見ていないから。彼女の表情は生気が抜け落ちたかのように、無表情で、瞳からは光が消えていた。

 

 

「……………」

「私が、私が………」

「……私の、生きてきた意味って何」

 

オレがいることすら彼女は気づかずに、両手で顔を覆いながらブツブツと独り言を繰り返す。

 

「私が生きてきた意味って何なの」

「天姫ちゃん」

「私は死ななきゃならないのよ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃ死ななきゃじゃあアレはなに???」

「私が死ぬのは決まっているんだ。なのに、どうして私が存在するっての?私が死んだ後にどうして【私】が存在できるっていうの?何で私が【   】存在なの?」

 

彼女は正気じゃなかった。狂っていた、とも表現できる。両耳を抑えて抑えて体を丸めて首を小刻みに振り続ける。

 

「天姫ちゃん!!落ち着いてっ!!」

「………嫌イヤイヤ嫌いやいや信じない信じない信じない信じない!!」

「全部ゼンブ全部嘘よ、嘘よ嘘よぉぉぉおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ――――――――!!」

 

彼女は誰にいうでもなく狂ったように叫んだ。息継ぎさえ忘れてしまったかのように、ただ叫ぶ。オレの声は彼女に届かない。その後、天姫ちゃんはいつもの天姫ちゃんに戻った。オレの前で豹変していた事、オレと会うまえにあったと思う記憶、その間に起こっていた出来事を天姫ちゃんはすっぽりと覚えていなかった。

【心の傷】



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