断章保持者(トラウマ持ち)でもヒーローになれますか? (カナーさん)
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断章保持者(トラウマ持ち)、決勝戦へ

なにも考えずに書いた。


 ジリジリとした熱さが実態を持たないのにも関わらず、ズンっとした熱気を叩きつける。

 足が重い。汗によって肌に纏わりつく服で気分も最悪。胃の中に魚が泳いでいるのか、腹がグルグルと掻き回されているような痛み。

 

 正直言って吐きそう。でももう吐くものは出尽くして、それでもおさまらず、胃液が喉を焼くくらい痛むから我慢してる。

 

 喉に逆流した物がこびりついているのか呼吸し辛い。鼻にも少しの入ったのか嫌な匂いが内から臭う。

 それがまた嘔吐を催促させるのを必死に我慢して歩む。

 

 自分のことで精一杯なのが幸いではないけど、外は外で酔いそうな歓声の熱気で包まれていた。

 

 声だけで空気が淀み、窓ガラスが割れるのではないかと疑ってしまう程の声。

 思わず流れるプールのように歓声の波に呑まれて漂ってしまうのでは、と思ってしまう。

 

 もし体調が万全でもこの波だと結局酔いそうだ。しかも内からではなく外からの波。何処に流されるかわかったもんじゃない。そっちじゃないだけ軽傷かな…。

 

 定位置につき、地面ばかりを映していた視界を上に上げる。

 

 『____________』

 

 今の肉体と精神の状態だと目の前の相手で一杯だからか、司会のプレゼント・マイクがなにか言っているが聴き取れない。

  

 『___決勝戦__爆豪_________!』 

 

辛うじてわかったのは決勝戦であることと、おそらくは相手の名前。

 

 ホッと一息。

 

 相手はそれを快く思わなかったのか"怒り"を示してくる。

 

 訂正する余裕もない。視界が眩む。望遠鏡を逆に見たときのように狭い。

 でもようやく終わる。ようやく一息つける。ようやく…トーナメントが終わって休める。

 

 そろそろ限界だった。これ以上〈断章〉を酷使するのは、後数分が限度。意識に至ってはギリギリといったところ。

 後数分までしか〈断章〉を制御できない。それ以降になると暴発のリスクが高くなる。

 

 主に轟とかいう奴のせいだ。奴の"炎"を目撃してしまってからどうも頭に靄が覆う。

 

 そんな愚痴を溢していると、相手がこちらに跳んできた(・・・・・)

 

 「…完膚なき一位、ね。ここで加減したら後が煩そうね」

 

 ぎちぎちぎちぎち…

 

 と親指をめい一杯に押しやり、カッターナイフから不吉な音を響かせ、少し欠けた刃が伸びてくる。

 

 そして、左腕の包帯に指をやり、掻き毟るようにほどく。

 

 包帯を止めていたピンが音を立てて弾け、髪留めがほどかれるように包帯をほどき_

 

 「〈私の痛みよ、世界を焼け〉っ!」

 

 今の姿に相応しい〈断章詩〉を叫ぶと共に腕にカッターナイフを滑らせた。

 

 「っ!」

 

 あまりの暑さからひんやりと感じる薄い刃が皮膚の上を走り、皮と肉を切り裂き筋まで切り込んでゆく。瞬間に、電気がその後を追いかけるように迸り、激しい痛みと切り裂く感触が混ざり腕を突き、指まで突き、脳まで貫いて、遅れて心臓の鼓動に合わせて痛みが広がり血が浮き上がる。

刹那

 

 

轟っ!

 

 その瞬間に空気が発火(・・)した。

 目の前を火炎と爆光が爆豪の声と体を覆い尽くし、髪と肉が焦げる猛烈な臭いが猛火と共に湧き上がった。

 

 血が引くいつもの光景。

 

 だがそれは今だけは別だった。

 

 「………くっ!」

 

 フッと蝋燭の火が消えるように爆豪をなめていた業火が消えた。

 

 「……う…………くっ…………」

 

 途切れそうな意識を引き留める。

 

 __駄目よ。今意識を手放したらロクでもない(・・・・・・)ことしか起きない。

 

 対戦相手(ばくごう)を切れかかった意識の中で見やる。

 

 最小限の加減をしたからか体の左側のみが焼けていた。焼かれた面は炭化しておらず炙られたように赤く腫れ上がっているだけで命に別状があるようには見えなかった。それでも相当の負荷だったのか荒い息で、痛みから動けないのか殺すような目でこちらを睨みつけていた。

 

 _限界ね。

 

 左腕を抑えていた右手を離し、そのまま小学生が先生にアピールするように手を上げた。

 

参った(・・・)わ。私の負けよ」

 

 それを聞き取ったのか爆豪は驚いたように目を見開き何かを言おうと口を開いたが、それは勝者が決まった歓声に呑まれ私には聞こえなかった。

 

 

 

 

 そのまま雪崩れるように保健室へ直行してベットに横になった。そのまま数時間休ませて貰おうとしたのだが、リカバリーガールが表彰式くらいでなよ、その後ならここを使っていいから、っと似た内容を延々と諭してくるので、仕方なく表彰台に立っている。

 

 服は着替えるのすら億劫だったので、ゴシックロリータのままだ。これは一応、サポートアイテムとして持ち込んでいる。ついでにカッターナイフも。個性を発現させるための道具として申請してあるし、問題はなかった。

 

 それでも普段から奇異の目には慣れていたがこの量の目には流石に少しばかり萎縮してしまう。

 

 しかも、テレビ放送されている上にオリンピック並み熱さを持ち合わせているので、これではただの公開処刑だった。

 

 その後、オールマイトがセリフ被りをしながら現れ、順々にメダルを渡していた。

 

 それを速く終わらないかと思いながら眩みぼやける視界で見つめていて、彼から私の名前を呼ばれてようやく私に話かけているのだとわかった。

 

 「…すいません。個性の影響で意識がはっきりしなくて…」

 

 それから彼は私を労り、ある質問をしてきた。

 

 なぜ、爆豪少年との試合を途中で諦めたのか、と。多分こんな感じの質問だったはず。

 

 「後一回が体の限度でしたので、あれ以上は勝負にならないかと思いまして」

 

 こんなニュアンスのことを発言したはずだ。

 

 それにオールマイトは言葉を投げかけてくれたようだが、辛そうな表情がわかったのか次に移った。

 

 そこで一位の爆豪が私になにか言っていたようだが理解する元気がなかった。

 そのまま観客一同とオールマイトがズレた締め括りを聞き流した後、ベットに意識を手放した。

 

 

 

 

 後日、丸一日をベットで過ごした後、リカバリーガールから帰ろうとしたところに、話があると言われ服装を戻した後、そのまま待機していた。

 

 待っていること一時間。現れたのはオールマイトを始めとした先生方が狭い保健室にやって来た。

 

 「…なんですか、面接でもするんですか?」

 

 「そうだね、似たようなものだよ。僕たちは今から君に質問する」

 

 よくわからない生物の校長先生がそれに肯定を示す。

 

 質問?コスチュームを着て?詰問の間違いじゃないかしら。

 

 「…なんでしょうか」

 

 「単刀直入に聞く、君の個性についてだ」

 

 「…なんのことです?」

 

 個性?なんだ、自傷行為についてお咎め…じゃあないだろうし、訳がわからない。

 

 「個性届けによると君の個性は"自傷"。自身を傷つけることで発火させることができる個性と記されている。だが君は初戦では自傷行為をせずに、対戦相手を場外に吹き飛ばしているね?」

 

 なんだ、そんなことか。

 

 「自傷といってもリストカットだけが自傷というわけじゃないです。トラウマを意図的に思い出すのも立派な自傷でしょう。体を傷つけなかったので実体を持たなかっただけですし、最近知ったので申請が間に合わなかったんです」 

 

 「本当かね」

 

 「…なんです、他にもなにかあるんですか?」

 

 「リカバリーガールから聞いたよ、君の傷は手当するまでもなく完治していたと」

 

 それを聞いた瞬間、無意識に左腕に巻いてある包帯を見た。確かに結びが少し違う。

 

 「本当のようだね」

 

 そこでハッと気付く。

 今の行動はまずい。今の行動は治癒することを私が認知していたことを裏付ける。あのまま包帯を剥がして入ればまだ、誤魔化せたのだろうが包帯の結びを見た瞬間に止まってしまった。

 もしハッタリであったなら完全に私は"黒"だろう。

 

 _この状況はまずい。

 

 「話してくれるかい?君の"個性"」

 

 _その瞳は辞めてくれ。

 

 「時槻(・・)少女」

 

 ______。

 

 「…私の個性は自身を傷つけることでそれに通ずる現象を引き起こす個性です。リストカットなら痛みを炎に。トラウマなら深度を衝撃に。鋏なら食い込み度で相手を切断しますね」

 

 私の言葉を受け止めて、皆が黙り込む。帰らせてもらえないだろうか。これ以上関わりたくない。

 

 「時槻__」

 

 「私に関わらないで。それ以上掘り下げると、暴発(・・)するわ。私を人殺しにするつもり?」

 

 誰かの言葉を遮り、素の言葉を紡ぐ。

 

 「問題ない、俺の個性で_」

 

 「それは発動する前の個性を打ち消せるだけで発動後の現象は無理でしょう?もう発動しているのよ(・・・・・・・・・・)。後は手綱を離すだけであなた達を襲うわ」

 

 その言葉に合わせるように近くの机がばんっ!と戦闘機のエンジンのような爆音が炸裂した。

 中から爆発したような歪な形に引き裂かれ、飛び散った。

 

 多分あの先生の個性は発動していた。目がカッと見開いていたし、髪の毛が少し上がっていた。

 

 その光景に皆が顔を驚かせ、険しくする。

 

 「帰らせてください。これ以上は保ちません」

 

 そう言って、ベットから立ち上がり、スタスタと扉へ歩いて行く。誰も止めなかった。

 

 

 

 

 休校が終わり教室に行くと波に捕まった。

 比喩でもなんでなくて、クラス全員が時槻に寄って来たのだ。

 

 時槻は基本的に来る者拒まずのスタンスで、クラスからは困った時に助けてくれる人という認識だった。

 

 この点はオリジナルの時槻雪乃(ときつきゆきの)のは違う点だろう。

 

 ので、私は全員を相手にしなければならず、朝からかなり疲れた。

 基本的にクラスではいい人を演じているが、こういう時はどう反応すればいいのかわからないので余計に神経を使った。

 

 ヘロヘロのまま昼休みまで席でぐったりしていた。クラスメイトはそれを疲れからだと思い、席に座っている間は話し掛けてこなかったのは幸いだった。

 

 だがその時間も昼休みに職員室に来るよう言われているので、名残惜しみながら職員室へ向かった。その時のクラスメイトの視線も時槻には馴染みないもので疲れがぶり返しそうだった。

 

 転入の話なら電話で済ませばいいのになんでわざわざ、呼び出すかな…。

 

 職員室に付き、そのまま会議室へ通された。

 そのままAとC組の先生の話を聞いた。ヒーロー科への編入と職業体験の話だった。どうやら私に指名があったらしくその話もあった。

 

 …単純に疑問なのだが私を呼ぶような理由がある場所とは何処だろうか…?少なくとも順位は二位だが、アピールできるようなものがあっただろうか。

 

 戦闘力?制圧力?…まあいいか。私が今考えるべきことじゃない。

 

 就職率はどちらがいいのかしら。この一点だろう。ヒーロー科のほうがいいなら考えるけど職種よね…。

 

 どっちかというとサポート科系統の会社に行きたかったのだけど…まあ、〈断章〉を使ってもいい職種というとヒーローぐらいだしほぼそこへ就職するとは思うけれど。

 

 そんなことを一日中考えていた。

 どうでもよいがA組らしい。よっぽど個性を脅威だと感じのでしょうね。

 

 

 

 

 数日後。

 なんかモヤがいる。

 モヤが喋りかけてきた。

  

 




断章のグリム、面白いよ。

誤字報告ありがとうございます。


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断章保持者(トラウマ持ち)、霧の不審者に会う

なにも考えずに書いてます。こういう展開が見てみたい!っていう要望があるなら下さい…


 

 

 スーパーへ買い物に向かっているときだった。いつもの如くショートカットで裏道を通っているときにそれは現れた。

 

 

 〈食害〉の影響ですぐ物事は忘れてしまうが、繰り返された事は比較的長く覚えられるのでスーパーへ裏道を使うルートは覚えていた。なのでいつもの調子で向かっていると突然モヤが行く手を阻むように現れた。

 

 私はそれを〈断章〉の幻視だろうとスルー、つまり堂々と正面衝突しそうだったのを〈目醒めのアリス〉によって、それが幻でも何でもなくて本当に活きている生物だとわかったので、急遽足を止めて、なんとかぶつかりはしなかった。

 

 とはいえ、後は三歩でモヤに当たりそうなくらい近いのだが。

 

 

 改めてちゃんと見る。

 

 モヤだ。

 モヤが居た。

 そんなあやふやな奴でも〈目覚めのアリス〉は発動する。

 

 〈目醒めのアリス〉

 この世界においての能力は見て、聞いて、触れて、感じたものを理解する能力。そして理解したものを拒絶すると消滅させる能力。

 寝てる時の夢を起きると忘れていることはないだろうか?もしくはしばらくすると忘れたり。

 つまりはそういう能力だ。名前の通り。アリスが目覚めてしまったが故に不思議の国は消滅してしまった。

 

 これのおかげで、もの覚えが良かった。高校が受かったのもこの能力のおかげである。だが危険性は本物で安易に人を拒絶出来なくなってしまった。その程度?と思うかもしれないけれど、嫌悪、不快などでもこの能力は発動してしまう。

 

 個性に問い詰められた時に暴発と言っていたのはこの能力で、あの時に見せた〈断章〉はまた別物。

 

 相澤先生の個性もこれで確認した。けど、あの時は暴発しかかっていたのを抑えるので精一杯だったので余裕がなかった。

 

 そんな訳で他人の個性すら"理解"してしまうこの〈断章〉はこんな不自然なモヤすら"理解"する。

 

 ちなみに気体などの手に触れられない、実体を持たない相手にも〈目醒めのアリス〉は猛威を振るう。再生系統も勿論。

 

 どうやらこのモヤ改め霧は個性による物体ではなく、個性によって変質した体らしい。

 

 台風とか大丈夫なのかな。プールとかもそうだけど、分散しないのかな。後毒ぽい色してるけど…汚染された?

 

 取り敢えず不審者だろう。迷子という訳ではないようだし、ちゃちゃっと終わらせよう。

 

 そう思い、耳から音の流れていないイヤホンを外す。確かあの娘はイヤーウィスパーだったようだけど、イヤホンのほうが違和感を持たれないので基本的にイヤホンをし続けている。

 

 「____勧誘し___」

 

なにか言っているがもう会わないのでいちいち覚えない。それに今耳はそんな音を拾えるような状況ではなかった。

 

 サーと砂時計の砂が流れるように、耳から蟲が滝のように溢れてくる。

 カサカサッと頬を喉を腕を足を辿って這っていく。

 それが流血のように地面に流れていき霧の人を包んでいく。どうやら蟲が見えていないよう。

 

 _まあ、そっちのほうが幸運でしょうね。

 

 蟻を体に登らせた人は居るだろうか。簡単に言えばそれがより悍ましいものになって数十体が耳に巣でもあるのかそこから溢れ出して、体を這いずり回っている。

 

 普通に聞いたらブルッとしてしまう。なんせ耳の中にゴキブリやムカデがいるだけで気持ち悪いのにそれが何匹も。

 

 …もっと不快感を煽るなら蚊が耳元に飛んでいる感覚。大体は顔をしかめるだろうアレ。あれよりも不快なのだこの蟲は。

 

 〈食害〉

 この世界では耳に記憶(・・)を喰らう蟲を宿す〈断章〉。しかもこの蟲は個性持ちでも見えないらしい。この蟲を宿しているせいで私は常時記憶を喰われ続けている。とはいえ〈目醒めのアリス〉などの〈断章〉を持っているからかその喰われるスピードはかなり遅い。姿は蟻を想像してくれるとわかりやすい。

 

 この〈断章〉は面倒なことが起こったときに重宝する。そう今のように_

 

 空間に毒ぽい霧が充満しそのまま霧の向こうへ消えてしまった。

 

 _記憶をある程度喰われると自分が何をしにここに来たのか忘れる。本当に便利だと思う、こういう時は有耶無耶にできるし。

 

 それにこういう記憶も喰ってくれるので、嫌な記憶処理としてはこれ程のものはないだろう。

 私はおそらく半日もしない内に霧の不審者に会ったことすら忘れるだろう。

 

 イヤホンを定位置に戻して__気付いた。

 私は何をやろうとしていただろうか。

 チッ不審者のせいで忘れてしまった。…本当になんで外に居るんだ?

 

 

 

 

 唐突だがこの肉体_時槻雪乃は美人だ。あの高校でもTOP3には入ると思うくらい人目を引く美貌。

 

 面倒だから結論からいうとヴィランに絡まれた。

 

 確かに華奢に見えるし美人だからか、話し掛けられることも多い。

 

 目の前をいる彼等を無視して周りを見渡す。近くに人もカメラも見えない。

 

 念の為にイヤホンを外す。

 それと同時に私にしか感じ取れない圧迫した空気の明度と温度が一気に白い息が出るのではないかというほど下がった。

 

 そして、近くの窓がバシンッ!と勢いよく閉まる。

 

 「ねえ」

 

 ピクッと窓の音に驚いたのか体を一瞬震え上げさせてたが、声が私だと気付くと彼等は言葉を掛けられたのがオッケーの返事だと思ったのか喜色に顔を染める。

 

 

 「〈一緒に死のうか〉」

 

 ペタ、

 

 と閉められた窓に絵の具のような白い手形が浮かぶ。

  

 ペタ、

 

 もう一つまた、一つ…

 

             ペタ、

    ペタ、

 

 

 ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタ、ペタペタペタペタペタペタペタペタペタペタ。

 

 手形が太鼓のように窓の表面を浮かぶ上がり、白い手形がびっしりと朝顔カーテンのように覆い尽くした。

 

 ぴしっ

 

 そんな音が窓から嫌に耳に残り、辺りが静寂に包まれた。…それが均衡を破った合図だった。

刹那

 

 バンッ!!

 

 耳がはちきれるほどの轟音と共に窓が炸裂して砕けた。それは窓のみにおさまらず床や壁を同時に亀裂が走り破裂し、その瞬きに満たない時間になにもかもが破裂し、炸裂し、引っ張られ、クラッカーのように飛び散った。

 

 それは彼等にも及んでいて、辺り一帯の隙間から

 

 ズルッ

 

 っと何十本もの手が這いずり出して、ガッシリと指が皮膚にギチッと食い込むほど掴んだ。

 

 そして轟音と共にひねり潰され、引き裂かれた。

 

 辺りは災害があったように、荒れに荒れて原型留めず一瞬で崩壊しきっていた。

 

 残ったのは、私と、破壊され歪んだ廃墟の様な有様な通りと、それらを包み込む本来の静寂だけだった。

 

 __どうしよう、また、なんで外出したのか忘れてしまった。買い物袋は持っていないようだから買い物ではない…よね。

 

 …よしとしよう。〈断章〉のための定期的な贄がここで賄えたとプラスに考えよう。

 

 〈軍勢(レギオン)

 先生方から〈目醒めのアリス〉を騙す時に使用した〈断章〉。この世界では、この〈断章〉によって彼女の周りには彼女の家族と、その家族によって殺された新しい家族たちが亡霊として漂っている。

 そして、活性化するとその場の周囲にいるものを亡霊の一員として加える。

 彼女が言っていた贄というのは定期的に補充しないと彼女が制御しきれないため必要だった。

 

 幼いころ、それを理解しておらず街中で意図しない発動で大量に死人を出した為、そこで理解して、勝手に発動しないように贄を与えていた。

 

✟ 

 

 

 「ねえ雪乃知ってる?最近神隠しが頻繁に起こっているみたいだよ」

 

 「知らないわ。神隠し?」

 

 「そう突如としてヴィランばかりが失踪する事件が各地で起こってるみたいなの!しかも何処にも共通するのが拠点だったり、そこへの通りだったりがめちゃくちゃに破壊されているんだよ。警察は一連の失踪事件が共通の犯人だと思っているみたいだね」

 

 「へえーそうなんだ。ヴィランばかりだけど怖いね。気をつけないとね」

 

 「そうだねー」

 

 そんな他愛もない話をしている。

 

 その事件の被害者、あなたの隣にいるわよ(・・・・・・)、なんて冗談でも言えないわね。

 

 その子は新しい家族じゃないわよ。だから隣に立つのは辞めて。

 …そんなこと言っても無意味なのだけどね。口に出すと言うのは存外大事で、意識しないとこの〈断章〉は見境なしに周囲の人間を巻き込む。

 

 だからこうやって襲っていい相手とそうでない相手を区別しないと私は…また(・・)クラスメイトを無意識のうちに亡霊の一員に迎え入れてしまう。

 

 

 




お気に入りが登録され困惑の作者…。
しかも結構チラ見している方も多い模様で…。
なにより嬉しかったのは断章のグリムを知ってる方からの感想ですね。


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断章保持者(トラウマ持ち)、再勧誘。

誤字報告などとても助かっています。
初めて報告貰ったかな…?
そして、増えていくお気に入り登録。
ヒロアカって偉大なんだなぁ。


 

 

 …今日はリカバリーガールに放課後来るようにお達しがあったので向かっている。

 

 思うのだけど最近先生に呼ばれ過ぎではないだろうか。それに今回に限っては理由が検討つかない。普通、事前に目的を伝えるべきでしょう。

 

 

 

 

 ズカズカと大股で通りを歩いていく。

 最悪だった。

 カウセリングだって?巫山戯ないで。私が何年この〈断章〉と過ごしてきたと思っている。

 

 自身の限界くらい把握している。私がなんのために観衆の面前でゴシックロリータの服を着たり、リストカットしたりしていると思っているのよ。

 

 …ここまで、先生が生徒に介入してくるならヒーロー科への転入はもう少し待ってもらおうかしら…。

 

 私は本当はサポート科に入りたかったのだけど…よく考えて、私になにか作れるだろうか…と。うん、無理でしょう。

 

 それならサポート科とコネを作ったほうが有意義だと気付いて、普通科に決めたわ。

 だって、その頃はまだ、今より〈断章〉が不安定だったので死人を出す可能性が高かったしね。

 

 そんなわけで私は、私の〈断章〉には細心の注意を払って生活している。そんな私にカウセリングなんて喧嘩を売っているようなもの。

 

 神話生物の制御を一般人にできる?クトゥルフ神話技能なんて習得されても困るわ。

 

 それに、私が寝ている時に悪夢に魘されていた?…知ってるわよ。姉さんから聞いているわ。

 

 

 

 

 「時槻雪乃さんですね?」

 

 「…どちら様でしょうか」

 

 私よりも大きいモヤが喋りかけてきた。

 毒のような紫色のモヤを頭巾のように纏って喋ってきた。なんで名前が割れているのかは…考えても仕方のないとして、誰だこの人?

 

 「付いて来て下さい、ボスがお待ちです。勿論、拒否権はありません」

 

 「姉さん」

 

 『なあに、雪乃?』

 

 ボソッとモヤの人にも聞こえない声量で呼びかける。

 それを笑みを含んだ少女の声が応えた。

 同時に周囲の明かりが劣化したように、さらにそのうちの一角が明度を下げて(かげ)り、その中を黒いゴシックロリータの衣装を纏った少女が立った。

 

 「心当たりある?」

 

 なにが、は必要なかった。

 

 『うふふ。えぇ、あるわ』

 

 耳元に囁く、雪乃にそっくりな顔に浮かぶ退廃的な笑み。

 

 やっぱりっと思った。

 今までの経験上、雪乃に話し掛けてくる知らない人は二つに別れる。

 

 少数か多数か。

 

 少数の対処は楽で〈食害〉に記憶を喰わせればそれでいい。

 

 問題は多数の時だ。それは基本的に揉み消した面倒事の再来がほとんどだ。しかも規模が拡大している事が多い。

 

 今回の様に周りを仲間達が囲み逃げられないような状況はとても、とても面倒だ。

 

 なんせ、この人数が動いている、となると揉み消すのが大変になるからだ。なんだったら揉み消せ切れずに、新たな問題が舞い込んでくることもある。

 

 〈名無し(アノニマス)〉は使えないからね。使えれば、もっと楽に…いや、やっぱりいいです。これ以上トラウマをふやさないでください。

 

 止めようの無い〈チェシャ猫〉や〈アンデルセンの棺〉のこともあるし、これ以上負担を増やさないで…。

 

 「…要件はなに?そのボスと私はなにをするの?それくらいは答えてくれるわよね。人を呼び寄せるってことを理解しているなら答えれるわよね」

 

 「…我らはヴィラン連合あなたを勧誘しに来た」

 

 「……は?」

 

 思わず目を見開いて呟いた。

 勧誘…?

 

 「モルモットの間違いじゃなくて?」

 

 「我々はあなたの境遇を知っています。ヴィラン連合はあなたの隠れ蓑となる」

 

 …。

 出たよ。勘違い。

 〈アンデルセンの棺〉の弊害がここでも起こっている。…別に私は率先して問題を起こしたいわけではない。おもむろ、問題がやってくるか、問題に連行されるかなのに…。

 

 〈アンデルセンの棺〉

 …面倒なので問題点だけをあげよう。

 この〈断章〉、死人と一緒に私を棺に閉じ込めようとする。そしてこの棺は近くにある死体の元へ私を無意識に連れて行く。

だから…とても、とても誤解されるのだけどその死体はしっかりと処理している。

 

 …おそらくこいつらは私をヴィランとかそんな感じの同類だと思っているのだろう。

 

 …まあ、処理数に関してはトップクラスだと自負しているけれど…まさか死体処理とかで勧誘している…?

 

 …私は死体を解体するのが趣味でもいたぶることが快楽の狂人でもないのだけど。

 

 …仕方ない。

 

 「〈一緒に死のうか〉」

 

 ……。

 

 

 

 

 大地震が起きたような亀裂や瓦礫が辺りに散乱している。

 

 私はその傷跡が刻まれた場所から離れる。

 路地裏への道のその先に視線を向ける。

 

 少女が立っていた。

 口から血が溢れさせ、折れた首に滴った血が制服を染めて、ある方向へ指差していた。

 

 ………。

 

 〈軍勢(レギオン)〉の断章を使い、数名が逃げ出した。

 

 人間もよくやる手法。わざと逃して巣をあぶり出す。

 霧の人は即座に逃げた。空間に吸い込まれるように消えたし、〈目醒めのアリス〉によってどういう個性なのかはわかっている。だから、あえて逃した。

 

 あの個性は貴重だろう。当人もそれは理解しているはず。

 

 最初に逃走が成功するのも霧の人だろうと予想していた。じゃあ考えてみよう。

 

 何処に行く?

 

 失敗にしろなんにしろ、報告はするだろう。あれ程の個性、手元に居るはずだ。

 

 

 表情は険しくなるばかり。〈アンデルセンの棺〉も死体がなくなったので効力を失った。

 

 ようやく追跡できる。

 

 _正確には"導かれる"の間違いだけど。

 

 『私の出番かしら?』

 

 …そうね。

 

 

 




勿論、断章のグリムも偉大です。


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断章保持者(トラウマ持ち)、鬱る

連日できず…遅れてすいません。
感想もこのあと返信します。
表現を少し凝るとこのザマで…内容も帰宅して十分で考えましたし、これからは一週間に二回が良い方になるかなっと思います。


 

 「はあはあ…」

 

 「…あ?おいおい、なんで黒霧だけがここにいるんだよ」

 

 薄暗い静寂が沈黙を生み出し、薄い絨毯と机、バーのような客と店員で分けるテーブルの形式がうっすらと見える、がらんどうの部屋。

 少しばかり高級感が漂い、優雅な印象を受ける。

 けれどもそれは使われる部分だけのようで、隅のほうには湿った空気が淀んでいた。

 

 ソファにドカッと腰掛けた、"手"を顔に貼り付けた男が疑問を突然現れた黒霧に向ける。

 

 「死柄木…彼女は危険です。今すぐ_」

 

「今すぐ__どうするの?」 

 

 カランっと軽快な鈴を鳴らせて扉がゆっくりと開く。鈴がなければ音すらなかっただろう、それは鈴により無理やりにでも意識を持っていかれた。

 

 扉を開けたのは一人。黒いゴシックロリータの服を身に纏い、白い手袋をした右手にカッターナイフを持ち、腰に数本の不釣り合いな肉厚な鉈をぶらさげていた高校生の少女だった。

 

 いや、本当に一人なのか?

 

 黒霧はなぜかそんな不安を覚えた。

 

 少女の背後は黒闇だった。本来外から入る蛍光灯や看板の瞬く灯火の一切が見えず、まるで少女の背後に満員電車のように人が詰められていて、その全てからギョロッと魚のような目を一旦に向けられたように感じた。

 それだけではない。鈴の音を受け取った瞬間、"なにか"がすぐ横をそよ風のように通り抜けた。それを薄気味悪いと感じた。

 なんてことはない扉を開け閉めした時に生じる程度の微風といっても差し支えないものなのに、なぜか気味が悪くてしかたなかった。

 

 そこにあまりに不気味で動けない黒霧の横を死柄木が高速で通り抜ける。

 

 拘束系統の個性の術中に嵌った。そうでなくとも土足で入ってきた黒い少女に死柄木は同じ判断を、個性を使用しようと近付いただろう。

 

 愚か者を破壊しよう、と。

 

 それは成功して、ガシッと少女の左手首を握り締めた。

 

 すぐに崩壊は始ま__ることはなかった。

 

 

 ぐしゃっ!

 

 という肉を叩き切る、重い湿った音が部屋を響かせた。

 

 右手にあったカッターナイフを歯で咥え、新たに手にしたのは腰に下げていた不釣り合いな鉈だった。

 それを素早く振りかぶり少女の細腕からは想像できないような凄まじい勢いで死柄木の手へ自身の手首ごと鉈を振り下ろした。

 

 死柄木はそれに驚きはすれど怪我を負うことはなかった。

 少女が振り下ろした鉈は少女を完全に寸断するほどの威力はないらしく、骨の半ばに埋まり

 

 ずる

 

 と死柄木と黒霧が居るのにも関わらず目の前で嫌な音を立てて引き向いた。

 

 少女はたった今拷問から解放されたように、ぞっとするような狂気と虚ろな目で、無表情に彼等を見下ろしていた。

 

 「…………………………………………………………………」

 

 

 滴る血液に見向きもせず、陽炎のように、幽鬼のように、クラクラと立ち尽くす少女。

 

 「…………………………姉さん」

 

 重たい圧迫感のある空気を壊したのは、この状況を作り出した少女だった。

 

 「〈あげるわ(・・・・)〉」

 

 なにかを少女が虚ろのように呟いた。

 その瞬間に、プチプチと卵が潰れるような音を火切りに少女の左腕にまるで何十何百回と切り刻まれたように、噴水から滴る水のように血液が流れる手首から二の腕まで刹那の間に駆け巡った。

 

 そして

 

 轟っ!!

 

 一瞬にして、視界が点滅するほどの爆光と部屋をなめるように、火炎が辺りを伝い蹂躙し、ソファを机をグラスを燃え上がらせて、瞬く間に(まばゆ)く悍ましい灼熱地獄に様変わりした。

 

 

 

 

 独り。焼け落ちた廃墟同然のバーに腰をおろしていた。

 

 空虚。

 燃え尽きといってもいいかもしれない。スポーツ選手などに起こるやる気が失せるあの状態。…新たに表す言葉が思い付いた。放心。これが一番近いだろうか。

 

 そんな自問自答を繰り返していた。

 

 …彼等には逃げられた。

 

 最後に彼等側から聞こえた言葉は「個性強制発動」というあの場に居ないはずの第四の声だった。

 

 それは気になることではあるが、「非常に」という言葉はつかなかった。

 

 新たな声に興味はなかった。

 

 重要なことは個性に干渉したという事実。

 〈目醒めのアリス〉はそれを少し捉えていた。支配でも霧男が自発的に使ったわけではない。奴は個性を意図的に奴のタイミングで使わせた(・・・・)

 

 「……………決めたわ。ヒーロー科に転入する。企業に就職するにだってアピールポイントがないとね」

 

 そんな様子を風乃はクスクスと雪乃の内心を見透かしているように婉然と笑みを浮かべていた。

 

 

 

 〈雪の女王〉

 一言でいうなら痛みを炎に変える〈断章〉。

 唯一加減できる〈断章〉で、この身体の本来の持ち主である少女の〈断章〉でもある。

 姉である風乃が亡霊として憑いている。

 

 

 「もしもし、えぇ。私よ。そろそろ期間で様子見なのだけど…一つ頼まれてくれないかしら」

 

 …十分後。

 

 夜の車があまり通らない道に車が雪乃の側で止まっていた。運転手は席に座ったままで、雪乃は窓を挟んで会話していた。

 

 彼はヴィランによって子供を亡くした親だ。

 スーツを着た中年くらいの男性。髪のトコロドコロに白髪が混じり、顔に皺を刻んだ、ひどく疲れ切った印象を受ける。精神的な負荷を溜め続けたならこうなるだろうなっという不健康さを気付いていないのか感じとれる。

 

 「じゃあお願いするわ」

 

 「あぁ…よろしく頼む」

 

 後ろの席に座り男に囁くように言うと男は緊張したおもむきで車を走らせた。

 

 会話はなかった。いや、厳密にはあったのだがそれは事務報告のようなもので走りだしてそうそうに終わり、その後話す内容もないので雪乃は黙っていた。

 

 男はというと仕切りに背後にいる雪乃をチラチラっと雪乃が前を見て運転しなさいっと注意したくなるような様子で、事故が起こってないほうが奇跡だと雪乃は思っていた。

 

 雪乃は男の自宅に向かっている。

 これから彼の子供(・・)の定期検診をするためだと雪乃のお願いを叶えるために。

 

 雪乃は基本的に独り暮らしをしている。それは自身の〈断章〉のこともあるし、他人がいるというのは予想以上に雪乃にとって負担であったからだ。

 

 高校では養子ということになっているがそれは面倒事を避けるため男に頼んで保護者に仕立てていた。

 もちろん、気付かれるとさらなる面倒事が舞い込んでくるがそれも〈断章〉があればどうにかなる問題だった。天秤にかけ、独りを選んだ。

 

 雪乃は男の様子は見慣れているので特に思うことはないが、それでもよぎってしまう。

 …その態度はどうにかならないのか?っと。

 

 男が雪乃を恐怖、畏怖している訳ではないのは知っていた。どちらかというと、ご機嫌取りというのが男の中を埋め尽くしているのだろう。

 

 失礼なことをしていないか、とかそんな事が頭を乱回転して男から余裕を奪っていた。

 なのでいつもの言葉を口にする。

 

 「…よほどの害がない限り私は見捨てないわ」

 

 その言葉を聞いて安心したのかしっかりと前を見据えて車は走っていく。ゆらゆらっと飲酒運転のような蛇行運転から正常に戻ったことに拳を作ったり開いたりしている左手(・・)を視界に収めながら、呆れの溜息を吐いた。

 

 夜はまだ続く。




雪乃視点

 『〈愚かで愛しい私の妹。あなたの身と心と「〈あげるわ〉」…もぅ〉』


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断章保持者(トラウマ持ち)、うつつを抜かす

誤字報告助かっています。


 

 

 …………………………。

 

 『あら、可愛らしい』

 

 いつの間にか現れた、私の使っている学校机の端に腰掛けて座っている風乃の姿。

 幻影のように体を透かせ、慈愛に満ちた様な笑みを浮かべて、それにもかかわらず産毛が逆立つような強烈で冷たい存在感を放って囁いている。

 

 『ふふ、でもだめね。この子は私のなの』

 

 風乃の視線の先には隣の席の子が行儀よく座っていたが風乃はその子を見てはなかった。

 そう。私達以外には知覚することすらできない亡霊にその言葉を向けていた。

 

 机と机の間にできる小さな通路。普段ならそこには机を中心として子供達がわらわらと集まっているような場所に、西瓜を叩き割られたように頭の割れた女の子が立っていた。

 叩き割られた影響からか目玉が漫画のように飛び出そうと盛り上がり、口などの穴から潰されたレモンのように鮮血を撒き散らしていた。割られたであろう頭はぱっくりと開き、その中身を露出させていた。

 

 「…………………………」

 

 姉さんは〈軍勢(レギオン)〉の亡霊達とこうやって、私にはわからないが会話しているように見える。

 

 クラスメイトを迎え入れようとする亡霊を抑えているっていう希望観測はしない。

 

 タイミングか…。

 

 そうなのだろう。でも…雪乃じゃない私はそんな彼女を愛おしく思ってしまう。恐怖の対象であることに変わりない。

 その姿を見ているとあの赤い光景(・・・・)を思い出してしまうことも変わらない。

 

 

 

 紅魔館と見間違えるほどの赤い床に壁にドアノブに照明。

 

 子供が虫の体を引き千切った遊んだように欠損し、壊れた二体の玩具がリビングに投げ捨てられたように、飛び散っていた。

 

 ペットボトルのポイ捨てのように鎮座する、腕時計をした腕。

 (セミ)の抜け殻のように落ちた、結婚指輪が薬指にはめられたままの指。

 服が雨に濡れたような感触の真っ赤の絨毯(じゅうたん)

 使い終わってそのまま放置されたように置かれた(のこぎり)、包丁、(はさみ)、カッターナイフ。

 

 そのどの道具にも刃が欠け、血と脂が付着しており、この解体ショーに本来の用途ではない無理な方法で使用されたことがいやでも認識させられる。

 

 極めつけは解体された者の血で描かれた壁を埋め尽くす、大きな魔法円のような図形とそれを背に座る雪乃によく似た(かお)の少女_風乃が部屋の一部のように血と脂で汚れていた。

 

 風乃語る真髄。

 

 そして

 

 ポトッと風乃の手元からこぼれた小さなマッチの火は消えることなく、その役割を十全に果たした。血に混じった灯油へ火種は落とされた。

 

 

 痛々しい彼女ではあるが…いつ途切れてしまうかわからない糸のような儚い女の子だけど、なんといえばいいのか…ほっとけない?そうほっとけないのだ。

 

 …蒼衣君の気持ちがわかる…えっまさか蒼衣君の__いや、ないよね?混ざりあった結果が私だってこと…うん。ないよ…こんな〈断章〉を抱えているのに蒼衣のいた普通(・・)の生活を送れているなんて…ねえ。

 いやまあ、〈断章〉のインパクトで薄れたり、〈断章〉に喰われたり、削られたりしているからもう過去の…いや前世か。前世の記憶はないんだよなぁ。

 

 弾丸(言魂)を打ち出して論破するゲームとか知ってるし…それ関係で洗脳されたときのグルグル目になってないよね?輪廻眼みたいなあれ。

 

 そういう知識はあるから他人であるのは確定なんだけど…じゃあ私は誰なんだろう。誰だったんだろう。

 

 教えてくれる人はいないでしょうし、この問題は忘れよう。忘れることは大得意だし〈食害〉さまさまだなぁHAHA。

 

 脳内が鬩ぎ合っているがそんなことをおくびにも見せず、あくまで平然に振る舞う。

 意識を入れ替えようとゆっくりと息を吐き出して、そこで風乃が私を見ていることに気付く。

 

 「…………なによ」

 

 『……………』

 

 風乃はなにも語らない。

 普段にしては温い悪意と狂気を含んだ笑みを浮かべて、ただ佇むだけだった。 

 

 …本当にグルグル目になってないよね?

 …いや精神的にはめっさグルグル目ですけど。

 輪廻眼も驚きの波紋を描いてますよ?

 パッチールより渦巻いていますよ?

 

 

 …そんな安心院さんみたいに座らないでよ…あのキャラクター好きだからさ…だからそんな風に教卓に座らない!好きなキャラクターと似たような動作したりしないで…なんか悲しくなるから…忘れているかも知れないキャラクターが居るかもしれないからさ…。

 

 ぶっちゃけ家族とかは完全に喰われたから一番親密な記憶がアニメなどの創作系統なんだよね。

 だからそれを侵食しないでほしい。

 絶対に似合うから。

 

 

 

 

 

 

 ガシャっという音と共に体が少し浮いた。それを縛り付けるようにシートベルトが体を押し付けて座らさせられる。

 

 …一瞬思考が止まったが瞬時にここが移動中の車の中だと把握して…急速に意識が覚醒する。

 

 ゴンッ拳を車のドアに叩きつけようとしてぶつける前に留まる。

 

 今の私には求められている自分の役割と演じなければならない職務がある。

 こんな状態で平然と寝てしまう自身の体たらくが許せなかった。何より夢うつつにほだされた、自身の油断にぐつぐつと煮えるほど腹が立った。

 

 ぎりっと噛み締める奥歯が音を立てる。

 

 「〈蘇生屋〉さん…着きましたよ」

 

 ガチャっとこちらまで男性が周ってドアを開ける。

 先程ほぐれた顔をより一層険しくさせて見つめてくる。おそらく私の顔を見て深い後悔の念にでもかられているのだろう。

 

 男性に声を掛けずに降りて、男性はドアを閉めると私を先導するように年季の入ったマンションへ歩いていく。

 

 ここはよく通っている為、わざわざ先導しなくとも良いのだが、こうでもなにかしらをしてないと落ち着かないという人はかなりいるので私は慣れっこだった。

 

 じゃないと狂乱するまで精神が安定しなかった輩が何度か居たのでこの〈蘇生屋〉を初めたと同時にそういう立場なのだと認識した。腫れ物を扱うような態度は何処も同じだがここはまだマシなのだ。

 

 顕著なのが富裕層。

 

 一例を出そう。依頼主は母親。亡くなった二人の子供の蘇生。もちろん止めようするけど、それで諦めるならそもそも依頼なんてしない。

 

 生き返らせた子供を見た母親はそれはそれは盛大な俳優なんかもびっくり来るほどの涙を流して子供のように喜んだわ。

 

 感動の再会のつかの間。用が済んだと思いそのまま帰ろうとするとその母親は、このまま娘たちの様子を見る専属になれと言ってきた。

 

 説明で定期的に様子を見なければならないと伝えていたので、赤ちゃんが産まれそうな動物の飼育員のようになれと、専属の医師になれということだった。

 

 説明の真意を知らなかったので当然といえば…当然の言葉だわ。

 

 でも私が定期的に様子を見るのはそんなちゃちな理由じゃない。

 いつその"死体"が依頼主を殺して依頼主の檻から抜け出すかを監視しているの。だから時々依頼主の様子を確認しに行っているの。"死体"の確認じゃないわ。

 

 それに考えるまでもないけど、そんなものが依頼主の手から離れてみなさい。普通のヒーローや一般人じゃ手に負えないわ。なんせ体の限界を無視して暴れるし、滅茶苦茶になっても〈葬儀屋〉の〈効果〉は継続するから簡易的な脳無ってところかしら。

 

 それを露知らない母親は様々な好待遇を引き合いに出して私を囲おうとしたけど、それでも首を縦に振らない私に、とうとう金で雇った者達で私を拉致しようとしたわ。正気じゃないわね。だって私に害を加えれば、私が娘たちをただの死体に戻すかもしれないって正気なら考え付くはずでしょう。

 

 そんな人達を〈食害〉で記憶を喰わせたのは依頼主も雇われた彼等も表の人間だったから。

 結果的に二次被害は起こらなかったから、それは正しかったと今でも思う。

 

 私に傲慢な姿勢をする輩から学んで相手の心遣いは無関心が一番だと知った。やらせたきゃやらせればいい。当初はそれが面倒だったので断っていたがその姿勢が新たな大きな面倒を呼ぶので今に落ち着いた。

 

 男性に連れられマンションが管理している花壇を通り過ぎいく。

 

 そして〈蘇生屋〉を始めるまで思い至らなかった、もう一つ学んだことがあった。

 

 花壇のどこにも花は咲いていない。私が花は嫌いだと進言したからだ。少なくともこれで〈断章〉の暴発は抑えれる。

 

 私だって嫌だわ。誕生日やお祝い事に花を贈られた人が死ぬのを目の前で見るのは。

 

 

 




皆さん、体育祭で見たい組み合わせありますか?
作者はとしては全員でも構わないのですが、これが特に見たい!というトーナメント戦があるならそちらに力を入れたいですね。
飯田と切島戦は書きやすそうと個人的に思ってます。

〈蘇生屋〉…勝手に作りました。〈葬儀屋〉は違うなと思いまして。


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断章保持者(トラウマ持ち)、仮染めの家族

 見慣れた玄関が開かれる。

 

 全体的に古びたマンションは比較的一般家庭よりも玄関は広く、キャリーバッグが置かれていても不自由しない広さが取られていた。

 

 しんっと葬式のような静けさが玄関から室内へ入った瞬間包まれた。

 

 こげ茶のフローリングは埃はなく、最初の頃に見た傷もないことから掃除と整備はしっかりと行われていることがわかる。

 

 男性はそのままリビングへと進む。

 ぎぃとフローリングが男性と私の体重で音を立てる。そしてリビングには行かずある扉の前に立つ。

 

 その扉は歪んでいた。内側から車がぶつかったように外側へ凹み、廊下から窺うことをができていた。

 

 垣間見える中はあまりに狭いものだったが玄関と比べると杜撰だった。

 

 ひしゃげて倒れた棚。シロアリ喰われたりような床。

 それらが薄い光に照らされ、たった今"事"が起こったような緊張感を孕んでいた。

 

 けれどもそれに怯える人物はここには居ない。

 

 ___ぎぃ

 

ゆっくりとドアノブを回し、押すと軋む音を立ててゆっくりと慎重に開かれた。

 

 中は悲惨だった。

 ライオンでも放ったような抉れた傷痕がところ(せま)しと刻まれている。窓にはダンボールが貼り付けられ、壁には穴が穿たれ、クローゼットはサンドバッグにされたのか壁と同様に穴が穿たれ、枠は外れて歪みに歪みまくっていた。

 

 そして壁に打ち付けられた、大きなごつい鉤《かぎ》とそれに縛られた黄色と黒色の警戒色のロープが部屋の中心へ伸びていた。

 

 中心にポツンと座る少女へ腰を一周するようにきつく結ばれていた。

 

 少女は入ってきた私達を虚ろな表情で見上げていた。

 なんの感情も窺えないワンピースを着た人形のような死体。

 

 「今日は服は乱れてないのね」

 

 「えぇ、最近は暴れることも少なくなってきまして…」

 

 「いい傾向よ」

 

 俯きながら受け答えする男にそう告げるとバッと驚いたように顔を上げる。

 

 「…本当ですか?」

 

 ほそぼそと縋り付くようなかろうじて聞き取れるような絞り出した声。今まで私が"彼女"の状態に「そう」と済ましていたからこそ疑問を口にしたのかもしれない。

 

 「私はむやみに希望を与えたりしないわ。そうね、あと数年したら会話と行かずとも…最低でも彼女からなにかしらのアクションはしてくれるんじゃないかしら。彼女の意志でね」

 

 診ているから行ってきなさいな、と教えてやると男は慎重に開けなければならない歪んだ扉を乱暴押してリビングへ転がった。

 

 男にああ言ったのも話を円滑に進めるためとかではなく(ならしないほうが楽)、単純の彼女の状態がいいものと判断したからだ。といってもこの世界で会話が成立するとこまで到った例がないため手探りなのだが可南子さんを例にして判断している。

 

 戸塚 可南子

 〈葬儀屋〉の助手というような立場の女性。主に意思疎通が困難な〈葬儀屋〉に変わって彼女が受け答えする。ネタバレになるが彼女は"死体"だ。だがそれをあの普通をこよなく愛する蒼衣君が気づかないほど、平然と、平凡としていた。正直彼女を"死体"と見抜ける人はいないと思う。そんな彼女は最低でも五年はかかっている、と言っていた。

 彼女の場合でも数カ月に一度フラッシュバックが起きているようだった。

 

 意思疎通できる例が彼女しかおらず、他は動物のようだったり、発狂こそしていないようだったが返事が期待できなかったり、参考になるのが可南子さんしかいない。

 

 だから手探り状態が続いている。私は知識はあるが経験がない。故に制御しきれない〈断章〉もあるし___

 

「あう?」

 

 ___これが本当に良好なのか判断できない。ただ前に進めていることは確かなのだろう。

 

 息を呑むようなハッと緊張を孕んだ空気を後ろから感じる。

 後ろへ顔だけを向けるとこの少女の母親である女が口に手を当て、体はプルプルと震えているのを男に支えてもらって、口元に持ってきた手の甲に涙が伝っていく。

 

 何度も「今喋りましたよね!!?」と言おうとしているがどもってしまってい、いとかしゃ、しゃべっ、で止まっているので

 

 「喋りましたよ」と告げて私は立ち上がって扉へ向かう。それと同時両親が少女へ駆けていく。

 

 歪んだ扉をゆっくりと音をたてないように閉めて料理が並べられたリビングへ向かう。

 

 

 

 

 「…すみません。女房と一緒に出迎えなくちゃいけないのに」

 

 「気にしなくていいわ。舞い上がっているんですものしょうがないわ。それでなのだけど」

 

 「あ、あぁ…それについては話は通してあります」

 

 「ならよかったわ。よろしくね」

 

 「あぁ、あ、いえ。はい…お願いします」

 

 引き気味の男。まあ無理もない。

 

 私のお願いというのが数週間私を匿ってほしいというものなのだから。

 昔の感覚なら…そうね。有名人がお泊りにくる感じかしら。

 

 …あの霧のヴィラン共々建物事焼き払ったけれどおそらくは逃げられた。

 そしてそれが意味することはまた、私に接触してくるっということ。

 ヒーローがヴィランと関わりもっちゃ不味いでしょ…確かに最近ヒーローという職業に〈断章〉が使える、しか利点がなくて魅力を感じなくなってきた。なんならヴィランのほうが楽そう、とまで思い始めてくる始末。

 

 それでも関わりを持つならせめて私がヴィランになると決めた後にしてほしいわね。

 

 そんな訳で私の住処は特定されているものと考えてここに邪魔になることにした。

 過度に干渉しないし、姿は隠しながら通学する予定なので大丈夫だと思うが…。

 

 …黙らせるためにヴィランになるのも本格的に視野に入れようかしら。そのためにヒーローになるのもよし。そのままヒーローになるもよし、スパイとしてヴィランになるもよし。うん。これで行こう。

 

 翌日、相澤先生にヒーロー科への転入の返事をした。

 クラスはAらしい。

 …私を御せると思っているのかしら。個性がなければただの少女だと。なめられたものね。

 AとBなら確かに私でもAを選択するけど、それは私だから。奴らはおそらく"抹消"という点のみだろう。もしくは彼の人を見る目かしら。

 

 『うふふ。そんな回りくどいことなんて考えなくていいのに。そんなもの関係ないでしょう?害するものは魔女の窯に放り込めばいいのよ。自分達がなにを突いているのか思い知らしめてあげましょう?』

 

 関係ないってことだけは同意しとくわ。

 

 

 




次回からはA組に。
ヒーロー殺しとはどう関わるんだろう。
…血舐めるなよ


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断章保持者(トラウマ持ち)、出端を挫かれる

なんでこんなに観覧数が多いのか、と疑問でしたがランキングに載っていたんですね。


 

 編入はどうやら職業体験の後のようでまだこのクラスでやるようだ。

 

 そうそう。指名してきた事務所は跳ね除けた。本来のヒーロー事務所なら問題なかったがそれが私のトラウマ…〈断章〉を刺激するものだったので個性の関係で無理です、と断った。

 なので普通科と同じ待遇を受けると思ったのだが…どうやらそこはヒーロー科と同じ扱いだった。

 

 

 

 で、ここどこ。

 

 ビルのように断崖絶壁のように反り立つ建物に囲まれ、日がほとんど遮られた意図的に行動を制限するような上空から見れば実に滑稽な場所。

 この感覚だとおそらくは〈アンデルセンの棺〉。どうやら上等な死体が生まれそうだから私ごと仕舞おうとしているようだ。

 で、どこの路地裏よここ。

 

 それにこのどんよりとした空k__

 

ピキピキッ

 

____えっ。

 

 

 

 

 その頃、緑谷達はステインと交戦中だった。

 

 初撃の轟の氷結を回避したステインとそのまま戦闘は続行していた。だが

 

 ピキッ

 

 回避され標的をなくした氷はステインがいた地点より奥の場所まで届いていた。その氷から突如罅割れるような音が一つ聞こえると

 

 ピキピキビキビキバリバリ

 

 とそれを火切りに氷に限界を迎えたように線が走っていく。遠足で木の葉を踏み続けられるように音は途切れず、流石に両者とも動きを止めた。

 それでも動きは止まろうとも氷からの亀裂音は止まらず、と思えばジェンガのように支えがなくなったように氷は崩れ去った。粉々になった氷塊がボロボロと落ちる。

 

 それはボロボロと落ちる氷の中に氷の中から現れた。細長い樹木だ。細長い樹木が生えていた。

だがよく見るとそれは違うことがわかる。樹木の枝はまち針のように細くて、光沢もあり、何より先端が尖っていた。それは間違いなく針の樹木だった。

 

 針の樹木が氷の中から生えていた。

 針の樹木が建物の壁から毛のように生えていた。

 

 理解すると一瞬、思考の停止した。その悍ましさに。あれが氷でなく人体なら、と。あの氷を破壊する針の枝なら容易に人体を刺すこともできるだろう。

 

 だがそれも一瞬のこと。

 物の正体はわかった。出現地も。なら次、発生源(ほじしゃ)はどこだ?

 

 流石は、ヒーローの卵とヒーロー殺し。即座に復帰し情報を整理して該当する人物がいないのを突き止めると次の介入に周りへ注意を向ける。

 

 するとコツッという小さなブーツの足音が耳に届く。

 足音はゆっくりとだがこちらに近付いるのにようやく気付いた。戦闘に掻き消されていた小さな足音。

 

 __あの位置から届くのかよ。

 

 それは誰の呟きだったか。足音はステインの後ろの二つある路地裏の道の一つで曲がり角であるためステインにも緑谷達にも、もちろん見えない位置だ。

 だが樹木が生えているのはその道からは見えない場所だった。

 

 つまり位置の把握も出来るということだ。

 

 轟には無理だった。伝わせ氷結させるのは他愛もないことだが、それが何一つ情報がない状態で見えない位置に正確に、というのは技術がまだなかった。

 

 足音が大きくなる。後数歩でこの状況を作った本人が現れる。

 

 実力は未知数。クラスメイトの可能性もあったが緑谷に今の個性に心当たりはなかった。故に敵かの判断も出来ない。

 

 コツンッ

 

 ……………。

 

 

 それは黒だった。

 薄暗い路地裏よりも黒い衣装に身を包んだ少女。

 少女が左腕を抑えながら、左足を引き摺るようにゆっくりとのっそりとこの場所に現れた。抑えられた左腕には見え隠れする包帯が覗いていた。

 

 この少女をステインは知らなかったが緑谷達には覚えがあった。

 

 「時槻さん!?」

 

 それは緑谷達に大きな驚きと印象を残した少女だった。例年ヒーロー科同士が戦う場で決勝戦まで勝ち抜いた普通科。その美貌と周りを近付けさせない空気。そしてその衣装。黒いゴシックロリータの服。決勝戦前の試合では着用していなかったその服を見たとき会場の客と同じように唖然としたのを覚えていた。

 

 「…………………………」

 

 呼ばれた時槻はまるでそんな声は聞こえてないようにユラユラと幽鬼ように現れた場所から動かず佇んでいた。立地上光が少なく、さらに髪に隠れて時槻の顔色は窺えない。

 

 とても助けに来たという雰囲気ではなかった。

 

 だがステインにはそんなことは関係ない。

 

 緑谷が彼女の名を呼び、それが仲間だと認識すると瞬時にナイフを時槻目掛けて投擲した。

 

 それらは寸分違わずステインが狙った髪を掻き分け左目へと。繊維を断ちながら右足、右肩に吸い込まれるように深々と突き刺さった。

 

 ステインはそれだけに終わらず、ナイフが刺さったことによって少し後ろへ退けずる時槻の無防備な首へその得物を滑らした。

 

 

 ゴロッ

 

 

 まるでボウリング玉のように地面に重い物が落ちて鈍い湿った音が緑谷達に届く。

 

 一拍後に変化に気付いたように体が倒れる。

 

 水の入ったバケツを倒すように玉と体から地面が真っ赤に濡れていく。 

 煙のように立ち昇る血の臭い。

 

 「…………!!?」

 

 顔見知りでもなんでもなかったが、それでも関わりがなかったとしても、知っていた人が目の前で殺された。

 この事実に緑谷達は大きな動揺が巡る。

 

 そのままステインのペースに呑まれるだろう__だがそんなことは起こらなかった。

 

 

 

 ズルッ

 

 

 

 直後、乾いた音を晒した頭に自身の血で真っ赤に濡れた手が磁石に吸い込まれるように伸びて、血に染まった髪を鷲掴みした。他でもない彼女自身の手だ。頭を切り落とされた時槻の、頭がない首なし体。その体から伸ばされた、地面に打ち捨てられた死体の血で染まった腕だった。

 

 「…………………………っ!!」

 

 誰もが目を見開いて凍りついた。触角を失った蟻のように這いずる四肢。小腸の絨毛のような突起物が切り落とされた首の断面からニュルニュルと蠢いていた。

 




誤字報告ありがとうございます


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番外編。崩壊ほぬたはたや

次の話、一文字も書いてない…
のにこっちは進む進む。
前回より少し加えた内容となっています。ので箸休め程度にご覧ください


 

 

 「ふふふ…くふ……ははは」

 

 唐突だった。

 午前の学校の授業中、少しばかり小腹が空いてくる時間帯。そんな中だった。私の友人である雪乃さんが唐突に笑い始めたのは。

 あの雪乃さんが抱腹絶倒したように嘲笑っていた。

 思い出し笑いのようにいきなりで更に言えばツボったのかその笑みを必死に手で抑えているが雪乃さんの意に反して口は閉ざされることはなかった。それは心霊現象のようで電源の入れてない音の鳴る玩具が突如、鳴り騒ぐ不気味さと悪寒が体をよじ登った。

 

 「ははは、あはははははは___」

 

突如として笑い始めた雪乃さんはこれまた唐突に電池の切れた玩具のように笑い止み

 

 「__〈一緒に死のうか〉」

 

 その言葉が私が最後に聞き取った雪乃さんの言葉でした。

 

 

 

 

 それは唐突だった。A組の生徒達はプレゼント・マイクの授業を受けていたときだった。

 

 それは校舎全体が揺れるような衝撃だった。

 窓ガラスは軋み、蛍光灯は瞬き、ドアは地震にあったようにガタガタとまるで誰かが鍵が閉まっているドアを無理やり抉じ開けようと力の限り引っ張っているようだった。

 

 もちろんそんな怪奇現象とも災害とも区別がつかないものに驚き怖がる者達はいたがそこヒーロー科。絶叫は誰を口にしなかった。

 

 チカチカと瞬く電灯が不安を煽る。

 なぜか昼にも満たない時刻であるはずなのに暗かった(・・・)。今日の天気予報は曇りではなくて快晴だし先程まで電気の光すらいらないほど明るかった筈なのだ。そのせいで余計電灯の瞬きの印象を強くする。

 

 この環境に非常に似た物を彼等は体験して知っていた。

 

 USJでのあの出来事に酷く似ていた。震えるほどの悪意と突発的な異常への緊張。

 体は自然と強張っていた。

 

 プレゼント・マイクはなにも出来ないでいた。いや行動は起こそうとしているのだが、それを躊躇されられていた。

 

 ガタガタと滑りが悪いのかドアが引っ張られようとも突っ掛かったようにビクともしない。

 

 それは問題であった。

 内側から誰一人として触っていない(・・・・・・)のにも関わらずドアはひとりでに開こうと模索していかのように何度も必要に蠢いていた。

 それは建物内で火災が起きたときに防災システムによって扉が閉まったのを何度も助けを求めるような殴りつけるように何度も叩いているようにこちらに気付いてもらおうとしているようだった。

 

 迂闊に動けなかった。

 

 なんせすりガラスの向こう側には誰もいない(・・・・・)のだから。

 

 ドアの動き的にそれはあり得なかった。ドアの中心であるドア同士が重なるところからギシギシと負荷のかかる音が小さく響いていた。おかしいのだ。鍵なんてかかっていないのにそんな音がするのは。

 

 時間にして数分。だがその数分はA組の生徒達にとってはとても長い緊迫した時間だった。

 

 ピタッと音が止んだ。

 

 「………………………………………………………………………………」

 

 不気味で理解不能の現象。

 音が止んだことで今度は皆の息遣いが音の割合を締めた。過呼吸気味の子、息が荒い子、深い子、様々だ。だがそれが夏の虫の大合唱のように絶えず流れ続けた。精神を摩耗され、床が傾いているようなそんな感覚。平衡感覚すら滅茶苦茶だった。

 

 さっきまでプレゼント・マイクが授業していたとは思えない空気の変質。

 白い息が見えるんじゃないかと思ってしまうほど急激に下がった温度。太陽が隠されたように明度が(かげ)った教室。

 

次の瞬間、教室内を取り巻いていた闇が、爆発的な炎に塗り潰され、塡まっていた窓ガラスの悉くは耐えきれず破裂して砕け散った。

 

 真っ赤に照らされた暗い教室に粉々になった窓ガラスが雨のように降り注ぐ…生徒達へ。

 

 

 

 

 …数人の軽傷者を出したが全員無事のA組。

 突如噴き出した炎も轟が対処し、壁に氷を這わせることでバリケードを築いていた。

 

 だが学校の防災システムが機能していないことを見るにただの気休めでしかないのだろうことは、誰もが周知だった。

 

 ガラス片が刺さった者達は八百万の個性によって創造された包帯で処置していた。酷い怪我を負った者はいなかったのでそれで充分だった。

 上鳴のような者達は個性で連絡しようとしたり、教室の外の状況を察知しようとしたり、と奮闘していたがどれもが希望になるような成果はなかった。

 

 わかったことは現在この校舎は火災が発生しているのにも関わらずシステムは起動していないことと、かれこれ数十分以上経っている筈なのに一向に救助や人の喧騒がない(・・・・・・・)のだ。なんなら野次馬やテレビ局がヘリを飛ばしていても不思議ではないのに。

 

 救助なら声を張り上げるだろうし、野次馬も聞きつけたヒーローの声が飛び交っている筈なのに。それらが一切音沙汰ないのだ。

 

 いや、音自体はあるのだ。隣のB組からのみ。

 

 それがかえって不安の煽る。

 他の組はどうなった?他のヒーロー達は?

 そんな思考が何回も振り払っても浮かんでくる。

 

 それにB組にも疑問が残る。

 どうやら足音こそあるが壁を叩いたりといった連絡をしてこないのだ。この非常時、そういった重要な生存者の確認を取らないのは可笑しい。だが居るのは確かのようだ。障子目蔵の個性で足音があるようで焦っているように歩き回っているのではなく、今のA組のように、固まって動かず体力を温存しているような感じらしい。

 

 謎が多すぎる。そもそもあの業火をどうやって防いだのか。そしてなぜアクションを起こさない?

 本当にB組は無事なのか(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 そんな思考の海に沈んでいると__

 

 

 「……………うぐっ!?」

 

 左腕の二の腕から皮膚が剥がされる様な予期しないまち針を深く刺したような痛みが走り、抑えるように(うめ)き、右手で走った箇所を咄嗟に掴んだ。

 

 そこはガラス片で傷付いて包帯を巻いた所だ。

 

 痛みを感じ箇所に、指を這わせると指にコリッ(・・・)としこりの感触。触れた塊を爪でいじると中の塊が筋肉に引っ張り、押される痛みにピクッと腕が痙攣する。

 

__な、なにがどうなっているんだ?

 

 包帯の端を掴み、スルスルと解いていく。

 周りはそんな様子を不思議そうに眺めている。焦燥にかられ、けれどもどうすることも出来ない手持ち無沙汰の者達は少なからずいた。

 

 「…………………………」

 

 腕から何かが生えていた。

 

 理解出来なかった。頭が理解することを拒んだ。

 それでも思考は異常に回転した。

 

 死骸から生える(きのこ)のように腕から緑色の葉が開いてすらない未熟な芽が生えていた。

 

 

 




お気に入り500!ありがとうございます。


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断章保持者(トラウマ持ち)、本○が…

私がこの作品を書くきっかけの作品が更新されてました!!番外編の投稿日と同じでしたが力尽きていたので…遅くなってすいません。


 

 

 誰一人として絶叫はしなかった。

 事態を飲み込めず身体が息を止めた。事態に付いて行けず肺が麻痺したように動かず、臭いと蠢く"死体"にむせそうエクッとえずいていた。

 

 それでも"死体"は動くのをやめない。

 

 落としたコンタクトを探しているように這いずりながらドス黒い血液を垂れ流しにしていた。だがその血は底が尽きたのか滴る音が少なくなりやがて聞こえなくなった。

 

 

 

 違った。そうではなかった。

 尽きたのではなく、絨毛のような突起が生えた断面が血を啜るように吸い取っていた。

 這いずっていたのは、掃除機のように口をつけて犬のようにすすり上げていたのだ。頸の断面へ口からすするように吸い込んでいた。

 無音で、ドクッと脈打ちしながら断面に吸われるときにこぽっと沸騰しているように泡立ちながら呑み込んでいた。

 

 「……………………………………………………………………………っ!!!」

 

 やがて蟻が虫の死骸を巣へ運んでいくように、吸い込まれていく血液に流されるように頭部がゆっくりと断面へ引かれていく。

 

 繊維のように細い筋が絡み、みちみちと筋肉が千切れる音。絨毛のような突起が頭を捉え、引き摺り混んでいた。

 突起が頭を、頭が突起を交互に引き摺り、啜り合いながら蛸のように絡み合っていく。

 

 

 

 

 気づくとそこにはちょこんと地面に座り込んでいる少女が一人。

 頭が落ちてからこの状態になるまで数分もかからなかった。

 ゆらっと少女が身じろぐ。病床から立ち上がるように時槻がゆっくりと立ち上がった。

 

 首に力を入れゆったりと顔を上げ、髪の間から垣間見える目を見た。

 魚のような虚ろな瞳。脳無のような瞳。死んだような…瞳。

 ぞわっと冷水を浴びさせられたように体に悪寒が駆けた。

 死んだような瞳に血色の良くない死体のような肌。それが先程の光景に重なった。

 

 心が悲鳴を上げた。

 

 さっきの光景は幻でも何でもなく現実だと嫌でも認識させられる。

 

 よろめいて現れた、まだ血色が良かった彼女。

 ステインに串刺しにされ、落とされる頭。

 犬のように血を啜る、悍ましい何か。

 脳無のような感情を感じさせない、戻された頭。

 

 連想が連鎖をうみ、もうグチャグチャで脳の整理が追い付いていなかった。

 

 ただこれだけはなぜか唯一確固たる考えがあった。

 

 なぜか戻された頭を見ても彼女が死体であるという認識が頭から離れなかった。

 それが肌のせいなのか表情から感じるのかはわからなかった。

 辿々しく動いている彼女を見ても頑として生き返ったと思えなかった(・・・・・・・・・・・・)

 

 そんな混乱をしている間にステインは動き出した。

 個性を発動しようと刀を口に近付けてそこで一瞬止まった。明らかに不自然な挙動に全員の視線がステインに向いていた。ステインの視線は刀に向いている。そちらに向くと…なかった。

 一滴や痕跡ですら形も残っていなかった。荒れに荒れギザギザと欠けている刀には一切の血液が付着していなかった。

 ステインは更に付着している筈の返り血が自身に一切ないことに気付いた。首を斬ったのに、地面に拡がる鮮血を踏んだのに、どこにも汚れていなかった。

 疑問、考察、把握。

 

 

 

 

 その隙を彼女は見逃さない。

 

 元々忍ばせておいたポケットの物を右手から引き摺り出すと同時にステインのいる位置にその刃先(・・)を向ける。

 

 カツンっと何かが落ちた音がした。

 

 

✟✛

 

 緑谷達はその後、自分達同じように倒れていたステインを発見。その時に出血が多かったため応急処置も含め轟の氷結とその辺のゴミを使い拘束。

 

 その後無事サイドキックが到着。ひと悶着…脳無とステインに若干弄されたが警察へ引き渡すことができた。

 

 そのまま病院へ搬送されることになった。一つの違和感を残した次の日。

 

 「なあ、緑谷。それに飯田も。思い出したか?倒れる前の記憶を」

 

 昨日から何度か交わされた質問。そうなのだ。飯田、緑谷、轟はステインと対峙していた記憶がある時からプツっと途切れていた。下手なカット編集のように飛ばされていた。

 とはいえそこ以外ではとくに記憶の錯誤は見られず病院でも極度の緊張によるものと考えられていた。

 

 「ごめん。なにひとつ」

 

 「すまない。僕もなにも思い出せない」

 

 「いや、いいんだ。俺もなにも覚えてねぇから」

 

 ただ僕らはそんな考えは持っていなかった。

 歯に挟まった野菜のように胸の奥に違和感がずっと残っていた。

 

 警察も捜査をしているみたいだが、めぼしい成果はなかった。

 この記憶を消す個性の持ち主はステインと対峙して倒した可能性が高く、また周辺に記憶に関する個性がいなかったことを考えるに新規のヴィランの可能性もあった。

 ただ、なぜステインと戦ったのか、なぜ僕達は転がされているだけで放置されたのか、疑問は残るばかりだった。

 

 

 

 

 「あの狂人め…無駄に抵抗しやがって」

 

 口調が荒々しい。雪乃には気遣わしくないな。でも愚痴が溢れる溢れる。

 

 「第一あの小僧…なんで私の脚を凍らせてんの。お陰で無駄に疲れたし皮膚が剥がれるし」

 

 冗談抜きで数日バックれてようかな…。

 

 それでも全てが全て悪いことでもなかった。

 正直な所、私は近接戦が苦手だ。針にしろ炎にしろほとんどが中距離の〈断章〉で近距離となると鋏と亡霊になんとかしてもらうしかない。

 それに〈断章〉は基本、目標を定めないといけない。近距離パワー型の敵…オールマイトが一番わかりやすいか。ああいう目で追えない敵に対しては無力だ。

 …まあ、目標を定めないならいくらでも方法があるがそれは(主に私の)被害が大きすぎる。

 予想はしていたが、〈聖女ギヨティーヌ〉は近接戦で力を発揮するが封殺はできないかった。

 

 〈聖女ギヨティーヌ〉

 能力は単純。相手を切断する。

 そのためには鋏の刃先を相手に向けなくてはならない。

 ステイン戦では一発目は成功したがそれ以降は素早いので効力を発揮できなかった。近くに人間がいたのも大きかったけれど、さすが鋏を持った途端の出来事だから警戒させていたのだろう。

 無闇矢鱈にこの〈断章〉を使うとノッてしまう(・・・・・・)ので側にいた四名はかなり邪魔だった。

 

 ので四人を処理しても良かったのだが、後片付けは結局私がするので面倒だったのでやめた。そうなると手段が限られるので、あの四人に刃先が向かないように注意しながらとにかく鋏を振り回してみた。

 

 〈断章〉とは本人の悪夢。なら別に私自身が認識してなくとも私が持ってさえいればが鋏を持っていれば惨劇は作れるだろうと思い…結果は予測通りで出鱈目でも〈断章〉は効力を発揮した。

 これがオールマイトレベルだとおそらく躱されていた。それでもそんなレベルはそうそういないから〈聖女ギヨティーヌ〉で今後も近接は対応しよう。私が視認できる範囲なら充分なはず。ステインのおかげで心配事がひとつ消えたのはよかった。…そこしか良くなかったけど。

 

 …オールマイトレベルかぁ。それはもう亡霊になんとかしてもらうしかない。数発は食らう覚悟さえあれば問題はないだろう。持久戦は…肉体的には得意だ。

 

 

 それよりも学校の用意をしないといけないわね。職場体験の後に教室が変わるのだから今の内に接し方を考えて置かないと。席も…名前順は面倒でしかないから後ろの空いている場所にしましょ。

 

 …そういえばコスチュームの案を提出しないといけないだっけ?もちろんあの服なんだけど…耐熱性とかどのレベルまでなのだろう?

 




ただでさえ面倒なことがまさか同時期に重なるなんて…遅れた理由はそれです。
予定が合えば今週にもう一話かけるかも…(なお一文字も書いてない)。


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断章保持者(トラウマ持ち)、強制暴発(試)

わかっていましたが、主人公以外を喋らそうとすると、口調がコレジャナイ感ハンパない。


 ステインは〈聖女ギヨティーヌ〉によって体に大きな傷を追ったがそんなことを感じさせない三次元的な動きで私から逃れようとしていた。

 増強型の個性等ならそれも理解できるが素の身体能力で壁を足場にするって…。

 ぶっちゃけどうやってんの?

 〈アリス〉によると隙間だったり、刀で支えていたり…ってDIOじゃないし、ここは忍びの世界ですか?えなに、この世界では鍛えれば超人的な動きは可能なの?

 

 でもやってることは私でも一応可能ぽいけど…そんなことよりまず、どうするかを考えないと。

 

 考えることに気を取られているとザシュ、グシュと私を凍らせたやつと同じように私は右腕にでっかいナイフが二本突き刺さった。

 それだけではなかった。

 〈黄泉戸契(ヨモツヘグリ)〉の影響で痛みに無頓着になってしまって、よく見ると体中に欠けて刃こぼれした刀で斬りつけられていたり、ナイフも腕だけでなく脚や胴体にもそれなりに刺さっていた。

 

 おかげで調達するのが面倒くさいこの服がかなりボロボロになっていた。

 …雪乃さんの美貌にあったこの服はこのご時世だからか少しの苦労で手に入ったがそれでも結構お気に入りなのだ。(同時にトラウマでもあるけど)

 

 

 

 

 時槻の頭上を勢いよく炎が通過する。

 

 「おい時槻。一人で突っ走ってんじゃねぇ。こいつは一人でなんとかなる相手じゃない」

 

 「そうだよ時槻さん。こいつは…」

 

 

 先程からステインを相手にしてきる彼女は緑谷達の声が聞こえていないのか振り返る身振りすらせず、一方的に傷つけられていた。

 それでも、鬱陶しくなったのか一瞬だけこちらに視線を向けた。

 ステインはそんな彼女を頭上から斬りかかろうとするが、轟が炎でそれを防ぐ。

 それを距離をとって躱したステイン。その間に緑谷と轟は声を届かせる。

 彼女への恐怖はなくなった訳ではないが、それでも彼女がこちらの動向を気にしながら、わざわざ緑谷達を庇うような彼女に不利な状況に持ち込んでいるのはわかった。

 自己犠牲の、あるいはその姿勢にヒーローとして何かを刺激されたか、恐怖は薄まっていた。

 だからこそ、声を掛けながら彼女の側に立つように彼女と一緒に戦おうと足を向けていた。

 

 

 

__________________________________________________

 

 

 

 

 

 「_________うるさいわ」

 

 絞り出すようゆっくり呟いた。辺りに冷気がブワッとドライアイスのように足元を拡がり、駆け巡った。瞬時に空気に緊張が走った。

 

 時槻さんは苦虫を噛み締めたようなダラダラと汗を流し苦渋に耐えているようだった。

 

 

 

 「〈こうなったら何回だって白雪姫を殺してやる〉』

 

 その言葉は、時槻さんから発せられた言葉だった。そのはずだ。

 最初は間違いなく時槻さんの言いたくもないといった声色だった。なにかに耐え忍ぶ、前までの轟君のような、そんなことを思い出す表情だった。

 

 それが途中で人が入れ替わったように、全てを見下す妖艶で無慈悲な女王のような…短期間しか時槻さんを見てないけど、あんな表情を…ヴィランのような表情を…。

 

 

 

 

 ………………なにかがあふれる

 うちがわから…こころからなにかがおしよせてくる

 かさをあげて…こころのかさをふやしてあふれてもれでてくる

 しんからあつさをうばわれていく

 なかからしんまでゆっくりのなめとるように

 

 こころからかさをあげてなにかがこえて…はれつした

 

 

 

 それは当人達のもっとも直視したくない現実

 

 兄に母に師

 

 ほんの一瞬だ。

 

 飯田天晴に轟冷にオールマイト

 

 その姿が飯田に轟に緑谷にヴィジョンのように写し出された。

 

 体中の毛が逆立った。地震が起きたように手足の震えが止まらず、瞳の焦点は定まらない。

 空気が変質した。水中にいるように纏わりつきローションのような粘着質なヌメリが全身の肌を撫でた。

 不快なヌメリ。取り除こうとヌメリを掴むと指にヌチュっと音が聞こえそうなほどの不快感に、猛烈な血臭いに背筋が凍った。

 

 

 

 轟は強烈な臭いが鼻腔届き、喉の奥から溢れてくるものを抑え込もうと反射的に右手で口を抑えようとして、そこで右手に感じる感触に気がついた。

 

 右手を見ると白い毛(・・・)に覆われていた。

 ちょうど白髪カツラを手で掴んだときのように指の隙間から毛が鬱蒼とはみ出していた。

 不思議に思い、半開きの状態の手を少しだけ握るとさらさらっと触り心地いい、透き通るような、羽毛のような不思議と懐かしいと思う感触が指を撫でた。

 

 そして、ふにゅっと低反発するやわらかな抵抗が指に伝った。まんじゅうくらいの低反発。力を入れればぷちっと潰してしまうような弱い反発。

 クセになるのがわかるような飽きない感触。それは轟も例にもれず、何度も押しては押し返される感触を楽しんでいた。

 そして、その感触に直に触りたくなったのか、手を開いた。

 

 それは白の綺麗な円形で中心黒い瞳孔をもった轟の母の瞳(・・・)だった。

 

 「___ああああああああああああっ!!」

 

 目を見開いて絶叫した。喉から吐き出された絶叫は無機質な路地の無音を破壊するように響いた。

 絶叫により力んだ指がべったりと血に濡れ、強烈な生臭い生命の臭いが爆発したように立ち昇った。指先の髪から赤く、白い母親の髪を赤く染めていき羽毛のようだった毛はしっとりと血を含んで指に絡みついた。

 父親のように。

 

 「__________っ!!」

 

 

 

 

 オールマイトの悲惨な光景の中、夢から醒めたように唐突に目の前が切り替わった。そこには苦痛に耐え、歯が折れそうなくらいに力を入れている時槻さんの姿が。

 

 「……だから、いやなの…よ」

 

 掠れた時槻さんの声。

 

 「チーム…なん…て…どこの、世界でも…私に、は、あわないわね」

 

 嘲笑うような自傷地味た表情と言葉。言い終わるとタイミングをはかったようにドバっと口から大量の血液を撒き散らした。

 体にある血を残らず絞り出すように流れる血は止まらず、ボロボロの服と傷だらけの体を上書きするように汚していた。

 

 オエッ

 

 グチョッと生々しい音が鮮血の水溜りに落ちた。

 それは陸に上げられた魚のようにビクビクの痙攣して水溜りに波紋を作っていた。

 パクパクと口を開閉していた。

 …それは魚ですらなかった。それは細い腕のような太さで歪な円柱な形で人参のような色合いだった。

 

 形の崩れたロールケーキのような、鎮座する、時槻さんの口から痰のように吐き出された物体。

 

 それが何なのかようやく霧がかった頭でようやくわかった。

 

 あれはソーセージだ。加工される前のソーセージ大にカットされた腸だ。喉を通る時に捻れて千切れたその一部だと。

 

 だが曇ったようなどんよりとした頭には本来感じるはずの悍ましさを理解せずただ呆然の眺めていて、やがて耐え切れなくなった体はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

 

 

 朝、いつもより早めに学校へ向かい、会話しているとこっちまで気が滅入りそうな教師に会い、そのまま教室へ連行された。 

 

 どうやら顔合わせらしい。教室も移動で今日から本格的に全て変わるようだが、どうせ一時的なものだろう。

 

 私はそのうち普通科へ逆戻りだ。

 

 

 

 「……今日からA組でお世話になる時槻雪乃です。…これでいいですか?これ以上は無駄だと思うのですが」

 

 雪乃さんのデフォルトである不機嫌さすら消した無表情で挨拶する。

 なんとなく内心でみんな同じことを言ってそうね。

 席に関しては事前に話を通してあるし、その他諸々も済ましてある。

 

 担任から許可っぽい言葉が貰えたので空いている一番後の席へ歩いていく。

 視線が私を射抜いているのがわかる。爆発したみたいな髪は攻撃的な視線を。背が低い子は…。………………。

 

 内側にいる白野君の信条が渦巻く。なんというか相変わらず目立つことは彼にとって嫌らしい。精神との分離を引き起こしそうだ。

 それでもこの体になってからは慣れた視線しかなかったので気にせず向かって中学校に比べて綺麗な椅子を引いて座る。

 

 そのまま流れるようにポケットから一般に比べて小さい本を取り出してページを捲る。

 

 よくある閉じた子の関わらないでといった雰囲気を作り出す。

 

 普通科では白野君スタイルを全うしていたがここでは雪乃さんスタイルのほうが何かと都合や良さそうだ。なんせ大抵空気を読んでくれるからだ。

 

 …それでもそういう意図を理解した上で関わろうとしてくる輩がいるがそれは問題ない。

 

 キョロキョロと何名かが人を探すように辺りを見渡して、なぜここにいるのだろうかっと疑問に頭を傾げて、思い当たらずそのまま席に戻っていった。

 

 成功してよかった。いや正確には失敗か。

 

 最近…というかあの狂人と対峙した日以降にある〈断章〉の多少コントロール出来始めた。

 不安定ではあるが扱えるようにはなったその〈断章〉の〈効果〉によって彼女達は私を見ることが出来なくなっている。

 

 〈名無し(アノニマス)

 物事の名前を喰うことでその物事を認識させない能力。

 

 これが最近暴発し始めている。私がほかごとにかかりきりになるといつの間か悪さしているようで困っている。私は忙しいのに。とはいえこの状態は悪くない。

 無駄な接触をどうするべきかこの〈断章〉で解決したのだから。

 といっても結局の所〈断章〉であることに変わりはない。原作で描写があった記憶がないのでコントロールは絶望的だ。使いこなせれば完璧な隠蔽が可能になるのだから、非常に惜しい。…最悪の場合は〈目覚めのアリス〉で壊すけど、ん〜〜惜しい。せめてオンオフくらいは出来るようにしたい。

 いまのところ発動条件は外側へ意識が向くこと。

 私は基本、内側の〈断章〉に頭を悩ましていて、そのときは何もないようなのだ。それが今のように本を読んだりしていると浮き出てくる。この〈断章〉を発動するには〈断章〉から気を逸らさないといけないのね…。

 

 いや無理だから。アホちゃう?だって今本を読んでいるだけで〈断章〉が働いているのに意識するなって無理無理。

 

 …それでも〈断章〉としてはこの上なく楽な部類ね。

 なんせ意図しない暴発はないってことだから安全性はかなりいい。〈断章〉の大変なところってやっぱり暴発だから、それを簡単に抑制できるというのはかなり嬉しい誤算だ。…これが他の〈断章〉なら良かったのに…いやでもその場合、最悪の時はどうやって私を見つける?

 

 

 

 何でもありません。そのままの君でいて。

 私が頑張るから!!暴発やめて!!!

 

 

 

 

 

 

 そういえばヒーローなんちゃな授業あるけど、コスチュームは来るのかしら。

 というかどんな感じの扱いを受けるだろうか。

 救助とかやなのだけど。

 

 

 

 

 

 




前回の刃先を向けた後のカツンっという音はイヤホンが落ちた音です。

誤字報告ありがとうございます。


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断章保持者(トラウマ持ち)、初授業

TSタグを付ける予定はありません。なんせ主人公が性別を忘れていますし。(裏設定ではちゃんと性別は決まってる)



 

 「救助訓練ってどうすればいいのかしら八百万さん?」

 

 「時槻さんは初めてですものね。安心してください、いつもの授業と変わりありませんわ」

 

 「"いつもの"を知らないのよ。その辺り教えてくださる副委員長?」

 

 「はい、お任せください!」

 

 「そう、頼りにしているわ」

 

 なんでこんな面倒くさそうな奴に絡まれて嬉しそうなのかしら。とくに最後の。こんな奴に頼りにされるとか嫌悪の一つ合ってもいいのに…一番喜んでいたわね。

 それとやっぱり移動なのね。さも当たり前のように移動するけど、場所知らないからね?まあ、そこ等は副委員長もわかっているのか誘導してくれるから問題ないけど。念の為体操服持って行こ。

 

 待って副委員長。体操服を持ってくるわ。

 

 

 

 

 「ここが女子更衣室ですわ時槻さん。ヒーロー基礎学などの時はここで着替えます。時槻さんはそこの空いているロッカーをお使いください」

 

 「わかったわ」

 

 言われたとうりロッカーで着替える。自前の服しかないのだけど…これでいいか。

 

 …なんか視線を感じる、左腕にとくにあつい視線が集まっているけど。どうしたのよ副委員長。その目は?他の人も。なんで少し思い詰めたような表情してるのよ。包帯くらいしか無いわよ。…その下にリストカットはあるけど。

 

 

 

 派手なコスチュームの中、一人だけ体操服ってのも逆に目立つわね。

 

 とはいえ、救助訓練ならコスチュームはどちらでもいいらしい。

 私はずっと体操服ぽいけどね。救助に〈断章〉は使えないからね。

 

 「時槻少女すまないね。コスチュームは今すぐに、とはいかないようだ」

 

 「構いません。私が早く申請しなかったのがそもそもの原因ですから、製作陣にはゆっくりで構わないと伝えてください」

 

 「了解。必ず伝えるよ___さて!今回のヒーロー基礎学は職場体験直後と言う事で、やや遊びを含んだ救助訓練レースだ!」

 

 どうやら今回の救助訓練はゲーム要素を加えて、競争らしい。私を配慮してだろうか。

 

 救助訓練はUSJでやるべきではないかっと真面目そうな印象を受ける眼鏡が質問していたが、まず、USJで訓練しちゃ駄目でしょ。一般の客に手伝ってもらうの?

 

 そんでもってね先生。規模が小さいってどゆこと。ネズミーランド規模じゃなきゃいけん?どっちも相当広いと思うのだけどそれを一年の頃に訓練で使うって感覚麻痺というかなんというか…。

 

 

 結果のほどだが、予想の通りいい結果ではなかった。

 〈断章〉は別に身体能力を上げるわけでもワープのような便利な超能力でもない。最下位でなかったのは喜ばしいがそれは単純に痛みを無視して無理矢理動くからで、個性と比べるとどうしても劣ってしまう。つまり素の身体能力にものをいわせただけ。増強型個性には負けるが本来の人間としての力ならば大抵は負けないだろう。

 

 原作の彼等も移動は自動車だったのを考えれば私の弱点は機動力のなさだろう。

 これがペイン六道のように能力を与え動かすことが出来ればカバーできるのだが、あいにく〈断章〉はそんな便利なものじゃない。ペインはよく機動力をカバーしたと思う。勉強になる。

 "死体を動かす"ことなら出来るが操作が聞かないのが難点。

 

 救助で死体を働かせるってなんか冒涜的ね。

 

 

 そんなこんなで割とあっさりと終わった救助訓練に肩抜かしを食らいながら彼女は八百万の少し後ろに一人で付いて更衣室へ戻っていった。

 仲良くしたい、という意図はないが程よく疑問に応えてくれる八百万の存在はなにかと有り難く、それでも群れたいわけではないのでこの微妙な立ち位置を彼女は気に入っていた。

 

 日光の照らす中、長時間運動していたせいで生じた頭痛に機嫌が悪く、誰も近づかなかったというのもある。

 

 

 そのまま一人で着替えていると左腕の包帯に血が滲んでいるのに気付いた。

 痛みはなかった。触って見ると血は止まっており、恐らく訓練中に何処かに引っ掛けたのだろう、と当たりを付け、周りの目がまた変わるのを無視しながら、平然と着替えを再会する。

 

 「時槻ちゃん左腕大丈夫?」

 

 「………傷は塞がっているようだから大丈夫よ」

 

 そんな中挨拶した覚えのない人からいきなりとちゃん呼びに一瞬、眉をひそめるが淡々と返事をする。

 それで相手は回れ右するものだと思っていた彼女に反して話掛けてきた少女は話を聞いていなかったのか着替える彼女から目を離さずその場に留まっていた。

 

 

 「……それでなにかしら。そこの…梅雨って名前の」

 

 「ケロ。蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと読んで頂戴」

 

 「名前なんかどうでもいいでしょう…要件は?」

 

 彼女は先よりも苛立っていた。さっさと話を切り出さないし、ましては覚えれない名前のことなんてどうでも良かった。なによりチラチラとこちらを伺うような視線と態度は無性に腹がたった。それも周囲を覆うようにこの部屋にいる全員から感じ、それがまた苛立たせていた。

 クヨクヨして…言いたいことはズバッとハッキリとしてほしかった。

 

 「唐突なのだけど、私達何処かで会ったことないかしら?」

 

 「覚えないわ」

 

 バッサリ切り捨てる。

 嘘は言ってない。元々覚えないし、〈食害〉で反芻、反復しない記憶は喰われていく一方。何処かなんて曖昧なものはかっこうの餌なのだから。

 

 「そうね、勘違いかも。でも何故かあなたの近くにいると懐かしいって感じちゃうの」

 

 「人違いでしょ。私に似た人物に重ねているだけじゃないの?」

 

 う〜ん。と私の言葉を整理しているのか目を細め、口元に指を当てて唸っている…えぇっと……梅雨、そう、梅雨さん。

 噛み砕くような内容はないはずだから、納得が言ってないって感じね。遡っている最中かもだけど、私からしたら昔会ったことない?はオレオレ詐欺と同一視しているので基本取り合わない。その相手がただの人間ならね。

 

 「……………………………」

 

 私が早々に去らないのは彼女から発せられるこの嫌悪感を見極めるため。恐らく私しか感じない彼女が無意識に発している…というよりは私が一方的に受信している感じかしら。なんというか鏡を見た気分ね。もしくは姉の亡霊を見た最悪の気分。

 

 

 

 

 「…………………」

 

 

 

 

 悩んでいる蛙吹を尻目に、彼女はポケットに入れておいた目立つような装飾のないメモ帳を取り出した。

 

 そのメモ帳にはいくつもの付箋と切り抜き記事達がところ狭しと貼られていた。その数はメモをとる紙のサイズを有に超え、メモ帳が二倍に膨れ上がるほどで、付箋と記事が刃のようにメモ帳から溢れていた。

 

 その辞書のように膨れ上がったメモ帳をパラパラと捲っていく。

 よく見れば捲られていくページには辞書などにあるような端の方に文字が振り分けられていた。

 

 現在のページは"あ"。丁度"浅田"という文字を通り過ぎたところだった。

 そして端の方にある"明日香"という名前を見つけると、"浅田"と"明日香"の間を何度も視線で循環する。

 執拗に、過剰と言えるほど見直して彼女はようやく止まった。

 

 「…やっぱり知らないわね」

 

 彼女には珍しく執拗に、過剰と言えるほど見直して、ようやく止まった。

 

 それもそのはずで、彼女にとって嫌悪、拒否は〈断章〉のトリガーとなる。それが初対面の()の相手から最大級の嫌悪に似たなにかを感じるのだ。

 警戒もするし、慎重にもなる。

 

 そういう個性ならいい。関わらなければ済む話だからだ。だが、そうでない事は訓練で見た身体能力を見れば明らかで、ならばこの拒絶したくなるような悍ましさはなんだ?

 

 

 

 

 初めての事に混濁しそうだった。

 

 

 

 

 「…話は後日時間に余裕がある時にしてもらえないかしら。初日で色々参っているのよ」

 

 鬱陶しそうに吐き出す柔らかな拒絶。

 もう彼女は蛙吹のことを見ていなかった。

 

 「副委員長、着替え終わったから教室に戻ってるけどいいわよね?」

 

 「え、えぇ……時槻さ_」

 

 「副委員長。私疲れちゃったのよ。今からじゃないといけない?」

 

 彼女は八百万の方すら顔を向けず、その言葉を遮った。向けられた背は言外に、これ以上踏み込むなっと語っていた。

 

 「__なんでもありませんわ」

 

 ガタンっと扉が閉まる。

 大して強く力を入れた訳でもないその音は更衣室を包んでいた静寂にはよく響いた。

 

 「なあ、梅雨ちゃん。皆も。時槻さんって」

 

 「えぇ。隠すように着替えていましたけど腕の他に胴や脚に包帯、それに脚には火傷…それもかなり重度のもの」

 

 「私気になってモニターを見てるときに時槻ちゃんの側にいたんだけど少しフラフラしていたのよ。息も荒かったし疲れているってレベルじゃなかったわ」

 

 「確かに訓練の時もよく立ち止まってた」

 

 皆、思い思いに彼女のことを話していく。

 総じて彼女のことを心配する声色が多く、左腕の包帯に隠されたリストカットが不安を大きくしていた。

 

 彼女達としては仲良く接したい思いが強いが、それ故現状、どう接していいのかわからなかった。

 

 「親睦会とか開催したいわね」

 

 当面は仲を深める方針のようだ。

 

 

 

 

 予想よりもあっさりと終わった初日。ヒーロー基礎学も思っていたほど負担ではなかった。

 とはいえ気を引き締めなければならないだろう。無意識に発症させてしまう可能性があった。あの少女には。

 あのちゃん付けしてきた少女は。

 

 副委員長に個性を聞いたところ個性は蛙。蛙ぽいことなら大抵出来るらしい。

 

 彼女は手で口元を隠しながら、煙草を吸うような姿勢で考えていた。

 もしかしてあの少女ならば複合に、象徴としての役割を押し付けられてしまうのでは。

 彼女が懸念していたのはいばら姫だった。

 

 あの話では〈泡禍〉の舞台となった家の主人が飼っていたペットの躰から"芽"が生えていた。そのペットの中に蛙がいたのだ。

 

 つまりはあの少女が〈泡禍〉に巻き込まれるしまう可能性が高かった。

 そして植物に覆われるというのもまた駄目だった。

 人が植物に包まれる___それは弔いの花。

 弔いの花を贈られる___それはつまり〈お花の王子様〉の誘発を意味する。

 

 〈お花の王子様〉の説明は省くが蛙というだけで〈泡禍〉と〈断章〉の影響を連続的に受けてしまうかもしれないのだ。

 

 芽が芽吹くのはまだいい。すぐに死にはしない。だが

〈お花の王子様〉は駄目だ。あれに花を置かれると死ぬことが確定してしまう。

 

 理解できない嫌悪はあるが理由もなく人を巻き込みたくなかった。

 故に彼女に気が抜ける日はついに来なくなった。

 

 これは未来の話だが、B組に茨という個性の少女がいるという情報を得て、ガックリと崩れ落ちた彼女は以前よりも過酷な状態へと陥るのだった。

 

 

 




 番外編の展開が少しネタバレしましたね。
 はたして続きはいつになるやら。


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断章保持者(トラウマ持ち)、ほんの昔

オリジナル作品は口調を気にしないで楽…いやまあ、私が友達だったら大丈夫か、と聞きますけど。


 ピチャッと水滴の音がした。

 その音を拾うと目の前が真っ暗で自分は目を閉じているのに気が付いた。

 なのでゆっくりと瞼を上げる。そこに意味なんてなかった。閉じているなら開かなくては、という熱い物を触ったら体が勝手に離す、反射のようなものだった。

 

 瞳に映るのは知らない場所。記憶にない部屋。

 しかもおかしな事に自分は()に寝ていた。

 宇宙ステーションのような直立ではない。体の一部が無機質なコンクリートの壁に埋まっていた(・・・・・・)。左腕は完全に埋まり指だけが不気味に残され、両足はくるぶしから膝まで埋まっており、左足に至っては腿まで皮膚が埋められていた。

 右腕はなにもされていなかった。

 

 グッと力を入れて見るが動く気配がない。とはいえ感覚はある。左腕の指は思い道理に操作できるため融合しているのではなく、本当に埋められているようだ。

 足は靴ごと埋められたのか足首からしたは少しだけうごかせた。

 だがそんなことがわかったからといって根本的な解決には繋がらなかった。

 わかったのは右手以外完全に拘束されているという絶望的な状況だけ。

 

 どうしたものかと部屋に目を向けると、天井に二台、黒いレンズを光らせたカメラがこちらを覗いていた。

 

 そしてその下に、両開きの灰色の扉が鎮座していた。なんの装飾のない扉に黄金色の取手が目立つ無機質な扉だった。

 

 

 

 

 

 「___それが俺の"個性"。物と者を繋げるっていうのが俺の個性だ。まあ、物と物、者と者もいけるが。

 

あぁ安心してくれ。君に傷は付いていないよ。

正確には傷付いたけど治ったね。

 

気になるかい?さっきまで其処に点滴があったんだ。君の血を採取するための、ね。

 

必要量は一先ず取れたから片付けたんだ。

 

いやはや驚いたよ。成分自体は変わりないのに輸血した人間が突然、体の不調を訴えて、そのまま体が変異したんだから。鱗が生え、皮膚の下から魚が押し上げる、なんてね。君はなんなんだい?

 鱗が生えるのはわかる。過去魚系統の個性の血を輸血したら体が変異した事例は少ないけどある。体内から魚が食い破って来るのも血を作り変えたなら、まだ説明が付く。そういう個性ならね。でも君はそのどれでもない。個性が魚類系統でもないし、ましては個性でなにかを作ることさえ出来やしない。

 

 個性"自傷"。これは嘘だ。

 

 なんせ、これだけ話しているのに君は驚いたり表情を変えたりせず淡々と話を聞いているだけだ。

 つまり識っていた。個性がそんな不出来なものではないと。もっと悍ましいものだと。

 

 実際に試して見たんだよ。君が寝コケている間にね。カッターナイフで切っても、鋏を握らしても何ら変化はなかった。これで発動系の個性だと考えたがすぐに間違いだと気付いたよ。傷は再生はした。本人に意識がないのにも関わらず。

 

 発動型の個性ってのはね一定の動作や決まりで発動するものもあれば、本人の意思によって有無を決めてるものもある。

 まあ、複合型なんてものもあるがそれでも君は異質過ぎた___」

 

 

 

 そいつは扉をハリウッド映画ばりに蹴破り、一直線にやってきて自己紹介に始まり、ペラペラと一方的に私に言葉をぶつけてくるだけだった。最初は私のこの状況に茶化しながら何をしても無駄だと回りくどく大袈裟に語っていた。

 そして、唐突に私の身体の安全性に語りだし、それが個性の話に繋がった。

 ここまで自身を狂人と探求者だと押し出してくる輩も珍しい。

 話が学生の雑談のようにコロコロと脈絡なく変わり続け、なおかつそれを自慢するように語る彼は実に活き活きしていた。

 

 「話は聴き飽きたわ。それでなに?」

 

 容赦無く長文に疑問の一文を捩じ込んだ。それに彼はピタッと不調を起こしたように停まり

 

 「あぁそうだった」

 

 と薄い笑みを浮かべた。

 

 「なんてことはない、ただの取引だよ。

  君は身体を、僕はそれ以外を

  ね?なんてことないでしょ?」

 

 それは破錠した理屈だった。取引が通ることを疑わない、自己完結した彼の中では正当な取引だった。

言葉足らずに、抽象的な表現。

 

 それを聞いていた身体は至って無音だった。

 熱くなるような激情もなく、芯から凍える冷たさもなく、波立つことのない水面のような、無色で寂しい、ただの無。何一つ響かなかった。

 

 そんな内心を知らず悩んでいると勘違いをしたのか彼はまた繋げた口を開く。

 

 「あぁ!それ以外の例がありませんでしたね!生きていく上での最小限ならいくらでも提供しますよ。個性に関連するなら制限はありません」

 

 〈アリス〉は言葉の端々から意図を正確に汲み取っていた。取れていなければ今頃、彼との会話を諦めていただろう。

 

 それは死亡しない程度の飢餓状態の生命の提供。

 個性が安定して扱える環境の提供。

 それがどんな生活か想像は難しくない。

 彼はその環境に糞尿が撒き散らされていても構わないと言っているのだ。ただ死なず、ただ個性の提供。それだけを彼は欲していた。それ以外を求めていなかった。

 

 「狂っているわね」

 

 「それほどでも。あなたほどじゃないですよ」

 

 沈黙が流れる。それは友達との間に流れる心地良い沈黙だった。彼女は〈アリス〉で理解し、彼は直感で内包されたモノを察し、垣間見た。

 

 __こいつは同類だ。

 

 そんな思いが二人には宿っていた。だからかお互いにあまり見せない、素の自分らしさを偽ることなく対峙していた。

 

 だからお互い、先は見据えていた。

 

 動き出したのは彼女の方が圧倒的に素早かった。

 

 「〈焼け〉っ!」

 

 轟!っと火焔が彼を瞬くに舐める。

 髪と脂が瞬時に焦げ、強烈な臭いと炎が部屋を焼いた。炎は瞬く間に男に舐め、体中を真っ黒に染め上げた。

 

 炭のように黒くなった男の体を見て、スッ目線を逸らす。すると陽炎のように炎は消え、そこには彼の焼死体だけが残った。…彼女はそう思いどうやって抜け出そうかと考えようとして

 

 ガリッ

 

 という掻き毟る音に逸していた視線を急いで戻す。

 

 「驚いた、リストカットするのが発動条件と思っていましたが実際は単語を口にするのが本命だったって訳ですか」

 

 んなわけないでしょっと内心はがみする。彼は燃えていた。だが燃えきっていなかった。燃えていたのは男から離れた皮膚だった。

 

 「そっちも嘘を教えたわね」

 

 「いえ、私は皮膚と炎を繋げたまでのこと。あなたのように嘘に塗れてないですから」

 

 なるほど、繋げる方にも干渉できる訳ね。つまり炎と繋げたのは皮膚数ミリ何センチってとこでそれ以上とは独立させられるわけね…。

 

 「なら何度も消し炭にしてあげるわ」

 

 「怖いなあ。でもそれも無意味だよ」

 

 手を見せびらかすように掲げた。炎を受け止めた腕は筋肉が見えていたがグチュグチュと肉も咀嚼するような音がしていた。

 それは彼女にも身に覚えがあった。肉ほどなく内側から迫り上がって腕は肌色を取り戻した。

 

 「あなた、まさかっ!?」

 

 「初めて君の驚いた顔を拝見したよ。そうさ君の血を取り込んだ。凄まじいよこいつはぁ」

 

 彼から感じた同類の香り。

 同類も同類だった。理由がはっきりした。こいつは私になっていた。

 

 「はは、どうだい?君はこの体を燃やし尽くすことが出来るのかな?どうしたんだい?じゃないと家畜のそれ以下に成り下がりますよ!」

 

 高揚でもしているのかやけにテンションが高い。

 

 だから私はそでの内側に留めておいた安全ピンを外して口に咥えて、そのまま刺した。〈断章詩〉とともに。

 

 「〈自由を奪うモノは檻に〉っ!!」

 

 床から生えた針が彼の靴を突き破り右足の中に潜り込んだザラザラな針は膝の関節まで一瞬で届き一気に増殖し膨れさせて、大量の針を詰め込んだ肉袋に様変わりした。

 

 彼は痛みのあまり声が出せずまた、床に縫い付けられよろけた。

 

 無数の鉄の針が彼の足の中に侵入して、樹木のように分けられながら増殖していったのだ。ふくらはぎは歪に膨れ、筋肉を血管をズタズタしながらサボテンのように針が飛び出した。挽肉に様変わりした足は激しい内出血で変色した塊となり、恐ろしいまでの激痛の熱が脳天を突いた。

 

 「ざまぁみなさい。これであなたの機動力を削いだし、痛みで真っ白でしょう?そのままでいなさい、灰になるまで何度も燃やし尽くしてやる」

 

 安全ピンを服に刺してカッターナイフに手を伸ばす。

 

 その一瞬彼から彼女は視線を外してしまった。

 

 __いっぎ………!

 

 彼は一瞬で膝下を溶かして(・・・・)針と繋げ、膝を外した。

 そのまま倒れ込むように彼女に両手を向ける。

 

 片手は首に。もう片手は壁に。

 

 そしてグチャと壁が溶け、体重が乗せられた片手に溶かされた壁に押し込まれる。

 

 彼女は完全に四肢を壁に埋められてしまった。

 

 男が手を離すと溶かされた壁は元の硬質なコンクリの壁に戻り彼女は顔と胸だけが浮き上げられていた。

 

 彼女を壁に埋めた彼は彼女の左の脇の下と胸に手を当てた。

 

 彼は息が荒い。それもそうだ、足は落としたが突かれた痛みは幻視痛のように彼を蝕んでいた。

 

 彼は先程と同じように体重を掛けるとゴポッと体が溶け、手が体内に侵入する。そのままガシッとナニカを鷲掴みにする。

 

 「うっ…あ……」

 

 ぎちぎちと感触を確かめるように何度か握りしめ、ズルッと彼はそのまま後ろに倒れた。

 

 体は彼の手が離れたことに元に戻ったが雪乃(・・)は痛みに震えていた。今まで味わったことのない、表現のしようのない痛み。

 

 「うっ……ぅぅ…………」

 

 「ハ…ハ…」

 

 呻く雪乃の違い彼は笑っていた。彼の両手にあるのは心臓と脾臓だった。どちらも血がつまった臓器だった。

 どちらも抜き取る時に管は全て繋いで塞いだので一滴も血は溢れていない。心臓はドクドクと持ち主を失ってもなお動き脈打っていた。

 

 彼はその両手収まった物を一瞬だけ見つめ意を決したように自身との体に押し当てた。

 

 ゴポッという沸騰したような音とともに手を離し、雪乃の臓器は()に完全に繋がった。それはあまりに歪で心臓が胸に露出し、心臓の動きが逐一見えていた。

 

 痛みが引いていく。もしかしてと思い、繋げた右足の断面に手を当て無理やり繋げた部分溶かして手に繋げる。すると噴火したように筋肉が溢れた。

 

 「ハ、ハハハ。これはスゴイ!凄まじすぎるぞ!」

 

 あっという間に足を形成し、感覚を確かめるようにゆっくりと男は立ち上がる。

 

 「なんだこれ!体中の痛みが魚に喰われたように痛みがなくなった」

 

 その間、雪乃の無言で虚ろな瞳で男を眺めていた。

 

 「おい反応しろよ!どうせ死んでないんだろ!」

 

 ボコッ!と動けない雪乃の顔面を力任せに殴った。

 それでも雪乃は反応しない。

 

 「あぁ?なんだ心臓が個性の核だったのか?やったなぁ…でもどうでもいい!この湧き上がるような高揚感の前じゃ全てがどうでもいいことだ!」

 

 「___」

 

「あっ?」

 

 雪乃が唇を動かした。だが自身の声で雪乃の声が聞こえなかった。

 

 「なんだよ死んでねぇじゃねえか」

 

 雪乃の声を聞き取ろうと耳を近付ける。

 

 「あなたは……可哀…想にな…ぅ……わ」

 

 男は無言で雪乃を殴った。

 

 「可哀想ねぇ。そうだな、お前にいいことを教えてやる。俺はお前が心臓が抜かれようと死なねぇ事を上に報告する。これでお前は苗床決定だ、良かったな。雌として存分に働けるぞ。最悪自身の子供と目交う(まぐわる)かも知れねえが、切磋琢磨頑張ってくれ。まあ、そうなるのは今すぐって訳じゃない。そうだな一ヶ月くらいか。それも俺が報告してからだけどな。

何が言いてえかっていうとお前には産んでもらう、俺のな。お前の個性の影響か俺はお前に、そうだな…帰巣本能みたいなものか。それが溢れ出てくる。単純な興味だよ。何が起きるのか見てみたくなった」

 

 雪乃はその間黙って聞いた。グチュグチュと肉が勝手に蠢き、男が喋り終わる頃には全快していた。

 

 「おら、なんか言えよ。治ったんだろ?最後まで聞いてやるよ、意識が保てんのは今しかないだろうしな」

 

 「…………あなたを見ていると可哀想になるわ。苗床決定?そんなのよくある事よ。帰巣本能?それはもうあなたが碌でもないことになっている証拠よ。

 本当に可哀想な子。あなたはもう自由に活きることも自由に死ぬことも出来なくなったのよ。もうあなたの体はあなたの物ではなくなったわ」

 

 「…………もう終わったか?」

 

 

 

 

 

 

 「時槻さんっ!!」

 

 「っ!あっ…えっ………ふぇ……?」

 

 「時槻さん大丈夫ですか!真っ青で、涙で顔がぐちゃぐちゃですよっ!」

 

 彼女は辺りを見渡すとみなが心配そうに数名を除き見つめていた。

 八百万は心配そうに雪乃の体を支えている。

 

 「保健室まで__」

 

 「いらないわ」

 

 「でも__」

 

 「うぅぅ…」

 

 ポタッと雪乃の左腕から血の雫が机に落ちたが、次の瞬間には蒸発したように煙を上げ、血痕は表面を焦がした。

 

 「__っ!!?」

 

 「わかったんなら離しなさい。私に人殺しをさせるき?」

 

 ボソッと八百万にだけ聴こえるように雪乃は呟く。

 八百万はゆっくりと支えていた体を離した。

 

 「先生、帰宅します」

 

 

 

 

 

 帰りのSTが終了するとクラス内の話題は時槻雪乃という少女に集約された。

 

 「ヤオモモなんか言われたの?突然時槻さんを離したりしてさあ」

 

 「時槻さんは出血していたようで…その、血が机に付くと蒸発したんです。それに驚いて視線を戻したら…時槻さんは発火していました」

 

 「発火?発火って轟みたいにか?」

 

 「そうですわね。それに近いです。それに私に人殺しをさせるのか、ともおっしゃっていました」

 

 八百万はこの問題は一人で抱え込むには急を要する事態と考え皆に話をしていた。

 

 「なあ、緑谷や飯田もさっきの時槻見て…なんか胸騒ぎしないか?」

 

 「轟君もか。実は僕もだ。頭に霞かかったような…緑谷君?」

 

 ガタガタと震え顔は血の気を引いて汗をダラダラと流していた。

 

 「デク君っ!?」

 

 その後緑谷は保健室に運ばれ、雪乃の話は中途半端に終わってしまった。

 

 

 

 

 




本編が進まない?
安心してください。もうクラスに話が描かれることはないでしょう。だってこのクラスで原作の雪乃さんのクラスみたいに虐めが起きないでしょうし、風乃さんも出しづらい…口調も…今更てますけどね…。


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断章保持者(かのじょ)がいたからこそ

今回は文字数が7000以上で長い。


 事態は急変した。

 

 それは下校中。緑谷を保健室に運ぶ者もいれば、この後の予定を組み立てる者。

 

 ただ総じてヒーロー科A組は皆一同にスマホと携帯に目線を向けていた。

 

 そこにはただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 助けて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たった一言。蛙吹からの一斉メールだった。

 過去緑谷のメールの件も有り行動は迅速だった。

 

 

 

 

 集まれる者は皆蛙吹を囲むように下駄箱に集まっていた。

 他のクラスはそんなの彼等を怪訝そうに見つめるが関わろうとする者はおらず、街なかのティッシュ配りを避けるように退けて歩いていた。

 

 蛙吹は膝を抱えて、顔を埋めていた。発見したのは芦戸だった。

 

 そこから女子が先に集まり、ほどなくして男子が集まった。ここに居ないのは緑谷と飯田、麗日だけだった。

 

 芦戸や葉隠は蛙吹の背中を擦ったりしているが、他はいたたまれない空気だった。

 というのも蛙吹は見えた限りだが、怪我を負っている様子はないのだ。

 精神的なものかと思ったが、蛙吹と別れたのはついさっきなのだ。さっきまで普通に談笑していたし、変わった様子も見受けられなかったのだ。

 

 「み…みんなには見えないて……ない…の?」

 

 それは短い言葉だったが、蛙吹はそれを噛み締めるように呟いた。

 病人のように弱々しく腕を上げ、震えながら校門を指差した。

 

 何の変哲のない何時もの校門だ。過去マスコミが詰め寄り、ヴィランが破壊した校門。

 修繕されたそれを生徒達は普段通りに通っている。先程怪訝そうな表情をした生徒も同様だ。そこに不自然な所は見つけられない。

 

 「見えて…いないのね……」

 

 ポタポタと雫がスカートに落ちる。

 初めてだった。あの蛙吹がポタポタと涙を溢れさせて、頬を引き攣り、口は痙攣して小刻みに震えていた。

 極端に居うと…絶望したように顔を蒼白にさせていた。

 

 

 

 

 皆の瞳には映らない、ラグドールのサーチでも捉えられないモノをこの場で蛙吹だけが認識できていた。

 

 校門の柱にゴミのように黒い塊が置かれていた。その物体を薄っすらと注視しないわからないほど、全体を包むように燃えていた。

 

 そして注視してわかった。その塊は蠢いていた。カサカサと表面を大量の生き物が這いずり回っていたのだ。死骸に群がる蟻のように。

 それだけなら蛙吹は動揺しなかっただろう。

 

 その(たか)られていた塊は虚ろな表情をした時槻でなければ蛙吹はここまで動揺することはなかった。

 

 その蟲が時槻の耳から這い出て、時槻自身を喰らって居なければ、恐怖に顔を染めることもなかった。

 

 ポトッと時槻の小指が落ちた。ガサガサと蟲が騒がしくなる。蟲は落ちてきた指をあっという間に覆い、爪を剥がし、皮膚を剥がし、筋肉を剥がしながら骨をさらに寸断し、解体していく。そして解体された部位はバラバラになりながらものっそりの一点を目指して運ばれて行く____()へ。

 

 心が絶叫を上げた。

 人が蟲に解体され、その部位が体内に運ばれて行く。

 あっと言う間に手は蟲に喰われ、喰われた断面から骨が見え、そこを切り拓くように蟲が体内に侵入していく。

 

 また、彼女が喰われている(・・・・・・・・・)

 

 ポロポロと大粒の涙が溢れ落ちる。顔は青ざめ、バイブのように震える体を必死に抱き締める。それでも震えも涙も止まらなかった。口からはごめんなさいごめんなさいごめんなさい、と壊れたレコーダーのように溢していた。

 

 謝罪の言葉を怨念のように呟き始めた蛙吹の様子に流石にこのまま落ち着くまで寄り添う事は出来ず、無理矢理でも保健室へ連れて行こうとする。生徒の手にあまる事態であったし、この場に蛙吹に精神攻撃をしている個性がいるなら離れさえすれば解けるというのもあった。

 

 だが蛙吹は自身に蟲が纏わり付いたわけでもないのに連れて行こうとする手を引き剥がそうとする。

 異形型、常人の筋力では敵わない故に生徒達は個性を使って拘束して連行しようとするがあらゆる手段を使って抵抗する。

 

 蛙吹にとって目の前の光景は自身にとっての悪夢ではあったがそこからまた(・・)逃げるのはどうしても嫌だった。忌むべき記憶だが逃れたい記憶ではないのだ。

思い出しからこそ手放したくないのだ。それが自身を喰い尽くす蟲であっても、命の恩人を見捨てたくない。

 

 「うぅ〜駄目!全然駄目!浮かせても引っ張ってもびくともしないよ!」

 

 強靭な舌を柱に巻き付けているので引っ張り過ぎると千切れてしまう可能性もあったので生徒達は加減に気を取られて内心ヒヤヒヤだった。

 

 「なあ、蛙吹はこれだけ引き剥がそうとしても俺達に目線すら向けねえ。ずっと同じ所を凝視してる」

 

 「それがどうした轟!お前も引き剥がすの手伝ってくれよ!」

 

 「もし、敵の個性が目線を合わした相手を操る個性なら、敵はずっとそこ其処にいることになるよな。蛙吹は遮蔽物があっても視線は変わらなかった」

 

 ボッとコンロから火を吹くように掌から火が吹き上がる。

 

 「_______________っ!!」

 

 それがいけなかった。

 轟は時槻が炎にトラウマを持っていることを知らなかった。ここで轟が炎ではなく氷結なら事態はより悪化しなかったがそれは後の祭りだった。

 

 ガシャッ!と雄英バリアが誰も近付いていないのにも関わらず作動した。

 A組の生徒達が奮闘しているた間に人は疎らになっていたので奇跡的に誰も巻き込まれる事はなかった。

 

 だが轟達の動きを止めるには充分だった。

 

 誰一人状況が理解出来なかった。誤作動など天下の雄英ではありえない。だが目の前では今なおバリアが戻らず無人の門を閉ざしている。

 

 「雪乃ちゃん…」

 

 蛙吹はただ一人この状況が見えていた。

 

 時槻を覆っていた蟲が更に増えサァーと風呂の湯が溢れるように蟲が土砂崩れのように流れ出していた。

 

 ユラユラと陽炎のように淡かった炎は轟の炎に呼応するように勢いを増し、時槻を薪にして燃え盛っていた。

 ガシッと取り合うように虚空から伸ばされた手が首を足を腕を時槻を掴む。万力に匹敵する力で牛裂きのように引っ張られるが時槻は気付いていないように、処刑を待つ罪人のように成されるがままだ。

 

 そこで生徒達も空気の変化に気付いた。血管が凍りつくような、ケツに氷柱を突っ込まれるような、辺りを包む異常を感じ取った。

 

 同じ場所なのになぜか違和感が拭えない。否、本当に同じ場所なのだろうか?疎らにいた他の組の生徒達が一人も見えない。

 

 ぎちぎちと鳴き声のような不可解な音が木霊する。

 

 緊張に包まれるA組。全方位に蛙吹を守るように並ぶ。皆視線を忙しなく動かしている。敵の奇襲を警戒しているのだろうがそれは無駄なことだ。蛙吹の目にはくっきりと白い眼が蟲に包まれた時槻から覗いているのが見えていた。その眼が轟を炎を捉えているのも。

 

 「轟ちゃん炎を消して。じゃないと時槻ちゃんが保たない」

 

 「あっ?なんでそこで時槻の名前が_」

 

 「いいから早く!」

 

 普段では想像できないような感情の籠もった強い物言い。

 

 それに若干威圧されてスッと炎を鎮める。

 

 炎が消えたのを確認すると蛙吹は轟から目線を外し時槻へ向け、轟もそれにつられるように見てしまった。

 

 「_____っ!?」

 

 運河のように鳴動する蟲の群れを。

 

 いつのまに、なぜ、さっきまでいなかった、なんのこせいだ、頭が疑問と覚えのある恐怖に埋め尽くされる。

 

 ゴォーと機械が動く音が門の方から聞こえてくる。

 その音が響き渡ると運河は羊の群れのように一点を目指して逆流していく。それと共にこの場所が孕んでいた違和感が小さくなっていく。異常な空気も薄まるように翳っていた明度を上げていく。

 

 そこに残ったのは通常の夕暮れの紅い空と門の柱に蹲る、大粒の汗を流しながら呼吸を整えている時槻とA組だけだった。

 

 

 

 

 時槻雪乃は通りをゆっくりと歩いていた。

 

 彼女は八百万を振り撒くとあの場所まで歩き、そのまま先の異常が収まるまで〈食害〉を展開しながら柱にもたれ掛かっていた。

 

 それ故誰にも気付かれることなく〈断章〉が安定するまで休んでいるつもりだった。しかし〈雪の女王〉は暴発に感化されほかの〈断章〉までもが暴走していた。

 

 彼女はしっかりと自身を体が解体されていくのを認識していた。その〈断章〉の名前や〈効果〉を把握していなかったが何に使われていたかは覚えていた。それは〈葬儀屋〉と同じく猟奇的な手段で殺された、脳にこびりつくような死体を処理するために使われていた。

 

 おそらく、このまま〈断章〉が自身を処理し尽くされるのだろうが彼女は〈断章〉によって死ぬことが出来ないので落ち着くまで堪えるしかなかった。

 

 意識があるうちに解体されるなどそれほど珍しいものでもなかった、というのもある。

 

 彼女の頭にあったのは〈断章〉による恐怖と〈断章〉によって被害を出さないように気を引き締めることだけだった。

 

 〈食害〉を展開していた彼女は、まさかその悲惨な状態を見られるなど思ってもいなかったのだ。 

 

 それに加え、自身に向けて炎を向けられることを予想していなかった。

 

 動揺に、〈断章〉を刺激する炎。

 

 もし、あの時で早急火が消えなければ…。それは考えたくない現実だ。彼女が意識を失っている間に世界は混沌に堕ちていただろう。シャボン玉が弾けるように世界は破滅しただろう。

 

 …それも悪くないかも知れない。

 

 何十年と悪夢に身を削り続けた彼女は限界を迎えていた。今回がそのいい例だろう。比較的安全な〈食害〉すらも他の〈断章〉と複合して暴走した。一時的とはいえ現実を侵食して異界化したのだ。

 

 世界を巻き込んで自殺するのも悪くないかも知れない。

 

 そんな考えが過った。少なくともこんなありさまが日常なのは彼女ぐらいだろう。

 

 彼女が足を進める。すると左足から濡れた靴下のような音がした。上半分が皮膚が硬く膨らんだケロイド状になっていたおり、下半分がそれをより酷くし原型を留めていなかった。

 一歩進むと辛うじて繋がっている肉が地面に引きずられる背筋が凍る感触と引っ張れる痛みが雪乃を燃やす。

 

 ずる、ずる…ずる…

 

 「雪乃ちゃん」

 

 残骸を破壊し、ベルトサンダーで削られるような痛みに堪えながら、歩いていると声を掛けられた。

 自分のことを雪乃ちゃんなどと気安く呼ぶのは覚えている限り一名しかいない。

 

 「丁度よかったわ…蛙吹梅雨」

 

 ぎちぎちとカッターナイフを取り出し目一杯刃を伸ばす。

 

 「見えているのでしょう?この〈食害〉が。ならあなたも私と同じ溢れる〈断章(あくむ)〉を持っているということ…。よくノコノコと私の前に出て来れたわね」

 

 雪乃はすでに戦闘態勢をとっている。

 雪乃にはすでに蛙吹梅雨を殺す気でいた。彼女を見ていると憎悪と嫌悪が渦巻き、感情に歯止めが効きにくくなり、共鳴するように神狩屋の感情が露見してくる。

 

 

 神狩屋

 雪乃の死ねない〈断章〉の発現者。

 恋人を〈泡禍〉で亡くしており、誰よりも〈泡禍〉を憎んでいる、人間として欠如してしまった人魚。

 〈泡禍〉を憎んでいるというよりは神を憎んでようだが雪乃には喰い荒らされ過ぎたせいで違いの区別がつかない故、この〈泡禍〉に対する強い憎悪は神狩屋の感情だと思い込んでいる。

 

 「…見せなさい、あなたの〈断章(きず)〉を」

 

 梅雨から感じた感情はそれだったのだ。彼女が自身が気付かないほど呪い憎んでいる〈断章〉の気配だったのだ。蟲に喰い荒らされた中残った彼女の彼女だけの思い。彼女の残滓。

 

 「………私の傷は………。…………傷はあなたを置いてってしまったこと。残して……逃げたこと」

 

 「…なんの話」

 

 「あなたの顔を、もっというならあの決勝戦を見たときからずっとしこりが残っていたわ。私はあの服と炎を知っている…距離からして聞こえない筈のぎちぎちってカッターナイフの刃が押される音が耳に残ったの」

 

 雪乃は呑気に語り始めた梅雨を襲わなかった。なんの〈断章〉か見極める必要があった。そうしなければむやみに活性化させ、被害が拡大する恐れがあったからだ。〈アリス〉なら被害など気にせず相手を破滅させれるがその為には相手を理解せればならなかった。

 相手が〈断章〉を使えば話は速かった。記憶に同じものがないか探し、あるならば速攻でカタをつける。ないのならば〈雪の女王〉で焼き尽くすだけだ。その間に〈アリス〉で理解して不死身だったとしても完全に殺す。

 

 だが、雪乃の予想と違い相手はただ一人語りをしている。

 それが〈断章〉に必要なら理解できる、だが相手はただの言葉だ。〈アリス〉がそう理解した。

 

 「そして校門で見た炎と蟲が私の昔が封じた記憶を呼び起こしてくれた。体から漏れ出る炎と蟲を見てね」

 

 

 

 「昔、身を呈して私を護ってくれたお姉ちゃんだって…あの施設から私を助けてくれた紅いお姉ちゃんだって」

 

 「_____っ!?」

 

 雪乃が驚愕の表情に埋もれる。

 紅い、紅いと言った。記憶にあるそれは雪乃が自身の血に濡れていた時期……あの記録に残した最初のページ、拉致された研究所のことだ。

 

 

 

 

 …子供?

 

 それは一番最初の記録。雪乃が〈食害〉の少女のように忘れたくないことをメモし出すきっかけ。

 

 繋げる個性を負かし、そのまま破壊するように〈断章〉を撒き散らしながら歩いていた雪乃。悠々と歩いていた。慢心していると思われて奇襲した敵を屠るのが目的だった。経験上この手の輩は一名でも逃してはならない。一人逃せば数十人が、二人逃せば数百人が動く。そんなことを何回もこの身で体験してきたのだ。

 

 雪乃は本気だった。この研究所を異界化して逃さないようにするレベルには。

 

 そんな時だった。子供も啜り泣く音が蠢く蟲の足音に紛れ聞こえてきたのは。

 

 音のする方へ足を進めるとそう歳の変わらぬ…少女がいた。体を弄られ異形になったのかと思ったがどうやら元々が異形型のようだった。

 

 普段着を涙に濡らして息を殺して泣いている少女。

 

 〈食害〉を鎮めると少女の前に姿を見せる。

 

 コトっとブーツの音_ここの人達と同じ音に身を飛び上がらせ恐る恐る少女は顔を上げる。

 

 「…もう大丈夫よ」

 

 努めて優しい声色で語り掛ける。

 

 少女は雪乃にそのまま抱き着き、雪乃も振り払うようなことはせずにゆっくりと落ち着くことを願って撫でていた。土台無理な話だが少なくとも雪乃の指示には従って貰わなければ〈断章〉で命を落とすだろうことは目に見えていた。〈断章〉を抑えればいい話だが雪乃にそんな気はなかった。逃がすつもりなどないのだから。

 

 雪乃は少女のしたいことを暑苦しいかったが受け入れた。

 

 鼻を啜る音が少なったのを見計らって雪乃は少女を連れて歩きだした。

 少女は抵抗することなく雪乃の右手を握って付いてきた。

 

 そこからは記憶が虫食い状態で雪乃は覚えていない。

 

 

 

 

 不安からかギュっと雪乃の手に伝わる少女の力が強まり、

 


 

 ミチミチとふくらはぎが意思を持ったように勝手に動き出した。そして

 

 「_____っ!?!!?」

 

 左足のふくらはぎの筋肉は元々別の生物だったかのように完全に分離した。そのまま崩れるように倒れるが柔道で掴まれたように左肩から腕までがピンッと上に伸びていた。雪乃は力を入れていない。

 

 メリメリっと腕の筋肉が貼られた両面テープを剥がすように骨から引き剥がされていた。バナナの皮のように垂れ下がる筋肉、骨がバナナの身のようだった。そのまま骨だけを残して身を損壊されている悍ましい音と奥歯を噛み締める堪える音だけが鼓膜を震わしていた。

 

 残ったのは関節とその周辺だけを残し、辛うじてつながっている骨とホースのように噴き出す血。骨付き肉の食べ残しが雪乃の骨を繋ぎ留めていた。

 

 雪乃は完全に〈断章〉を扱えていなかったため激痛が彼女を蝕んでいた。未来の雪乃は〈断章〉によって痛みすら感じなくなっていたが、〈断章〉のものによっては痛みが必要であるため切り替えを出来るようにしていた。が今の雪乃にはそれが出来なかった。

 

 少女は潜んでいた敵の人質にされ、傷から噴火する激痛に悶えていた。

 

 敵は少女を左腕で締め上げ、盾にしていた。

 


 

「私を信じて」

 

 敵の腕の中で暴れていた少女は雪乃の言葉でジタバタするのを辞めた。

 

 「よっぽどこの子供が大事なんだな。ならそれ以上近づかないことだ。近づいたら体が強張って首を圧し折ってしまうかもしれないからなぁ?」

 

 敵の言葉を聞いて雪乃は

 

 ポトッ ポタッ

 

 と出血が治まりつつある鮮血を垂らしながらゆっくりと近づいて行く。

 

 「お前話を聞いていなかったのか!?こいつを殺すぞ」

 

 「やってみなさい。私はその娘を殺してでも生かして見せる」

 

 地面を汚す水滴の音が近付いてくる。ゆっくりと、焦らせるように。

 

 「…やっと安全圏内に入った」

 

 雪乃はポケットに入っていた裁ち鋏を取り出すとそれを敵に向けて

 

 ショキッ

 

 という金属の噛み合う音。

 一泊おいて

 

 バシンッ!

 

 と音を立てて敵が盾にしていた少女諸共敵の体が切断された。

 


 

 

 

 

 覚えていない記録された少女だと最早疑いようがなかった。

 

 嫌悪を感じはずだ、憎悪が渦巻くはずだ。

 

 蛙吹梅雨は正真正銘の雪乃の同属(きず)だったのだから。

 

 「あなたに助けてもらった後、大勢のヴィランが押し寄せてきたわ。あなたはそれを私が逃げ切れるまで食い止めてくれたの」

 

 この表情を見る限り、そこまではおぼえていないようだ。

 

 「私がここに来たのはあなたにお礼を言いに来たのよ…ありがとう」

 

 「…………そうあの時の少女ね。無事で良かったわ。それじゃあね。自分の身は自分で守りなさい」

 

 雪乃は一瞬だけ小さく微笑むといつもの表情に戻る。

 会話をしている間に脚は元に戻っており、あの夫婦の元へ帰ろうする。

 

 「雪乃ちゃん!私はなにがあってもあなたの味方よ」

 

 踵を返す雪乃に梅雨は叫ぶように声を上げた。

 

 「………………いつか責任を果たすまでは信じているわよ、梅雨ちゃん(・・・・・)

 

 

 

 

 すっかり暗くなった夜を雪乃は一人で歩いている。

 雪乃は時々パトロールをしていた。〈泡禍〉が起きていないかという無意味に等しい行為を続けていた。

 

 この世界に生を受け一度たりとも、雪乃が原因を除いて起きていない。その雪乃が原因となるのも雪乃が引き起こしているのではなくて、雪乃に引き起こさせようと無理矢理させられた結果である。客観的みれば雪乃は被害者だが、事情の知らない世間から見れば雪乃はヴィランであった。

 

 「久しぶりですね、雪乃さん」

 

 物思いにふけっていると常闇から男が一人雪乃に近付く。

 

 「それ以上近付けば殺すわよ」

 

 「おお怖い怖い」

 

 ピッと止まり手を上げ降参の意を示す男。

 

 「なんの用よ」

 

 不機嫌そうな雪乃。それもそのはずで雪乃はこの男が嫌いだった。

 

 「用ってほどでもないんですが、私の近況報告です。今はサポートアイテム系で働き始めまして、真っ当な生活を送れています」

 

 「そう、良かったわね」

 

 興味がないような態度だが、しっかりと相槌打ったりしてなんだかんだでちゃんと聞いていた。

 

 「給料の少しですが…どうぞ。それでは」

 

 男は雪乃に封筒を渡すと常闇に溶けるように沈んで行った。

 

 「あの夫婦の子供に梅雨ちゃん…責任は増えていくばかりね。梅雨ちゃんに関しては身を護れるのかしら…モルモットにならないといいけど」

 

 そうして彼女もまた常闇に潜っていきながら考える。

 

 私が死ねば、彼女達も死ぬのだろうか

 

 




誤字報告ありがとうございます。
感想もありがとうございます。ニヤニヤしながら読んでます。


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断章保持者(トラウマ持ち)の関係者

演習試験…みたい?戦争痕が残ると思うけど
ちなみに前回、人質のなった少女事刻んでましたが最初の案では素手で心臓をブチ抜いていました。


 学校の演習試験を無事(?)終わらせ時槻は合宿へ向かうバスの前でAとB組の集結した場所のぼんやりと立っていた。

 

 世間では夏休みらしいが時槻には関係ない。

 日頃仕事の事を考えている人間に急に休みを与えたとして、その人間は休めるか?否である。

 むしろ、脳内は仕事のことで頭を埋め尽くし休めれない。そういう人間に休息を与えたいなら午前中だけとかある程度仕事をさせるのが一番安心する。

 

 では時槻の場合だが、彼女の場合はそれもない。

 彼女の場合生き方そのものが直ちに帰結するため休まるということはありえない。

 寝れば死ぬ。気を抜けば〈断章〉が暴れる。目を開けると知らない場所にいる。

 時槻は極端にいえば世界のため生かされている社畜だった。安寧の日などありはしない。

 

 ボ〜っと眠たそうに虚空を見つめていると、なにやら馬鹿にした声色が朧げな時槻の意識に紛れた。物間である。

 

 A組はB組より優秀…?知らないわよ。私は勝手に決まったんだから

 

 その言葉に若干意識が覚醒して、小声で不満そうに言葉を漏らした。

 

 時槻の〈断章〉は日に日に制御しきれなくなっていた。神の悪夢を制御するなどそもそも間違いではあったが、せめて強弱くらいは振れ幅を弄れないと見境なく悪夢がこの世に現出してしまう。

 全知全能の神と呼ばれる存在が見て、そして切り離した悪夢が溢れ出せば人間が耐え切れるものではない。

 

 〈断章〉とは簡単に言えばトラウマを能力にする。これにつきる。故に総ては時槻の悪夢を内包したものなのだ。時槻の精神は比較的落ち着いている。それなら通常は〈断章〉も同じように安定する筈なのだ。

 

 なのに安定しない。むしろ発狂していた頃に近付いているくらいだ。

 

 今回時槻が眠たそうになのは〈チェシャ猫〉が原因だ。

 

 本来〈チェシャ猫〉はこの世界に存在する様々な『リカ』の人生を寝るたびに体験する。そしてその『リカ』は大抵酷い死に方をする、というのが本来の姿。

 

 だがこの世界で生を受けてから数年で時槻は『リカ』の夢を見なくなった。

 代わりにこの世界で死ぬ人間ならところ構わず対象にして時槻に夢を見させる。

 

 この世界では『リカ』というのは一種の呪われた名前に数年前からなっている。彼女せい…とは断言できないが連日して惨い『リカ』の死体が発見されれば無理もないことだろう。この世界の『リカ』を〈チェシャ猫〉は喰い尽くしてしまった。

 

 その頃の時槻は発狂状態だったのでその事実を知らない。一日に何十人もの『リカ』を体験して尽くが悲惨な死。その頃の時槻にとって夢と現実の境界はなくなっていて安寧の日もなく、休まる刹那すら存在していなかった。

 

 では今の時槻の状態といえばちょうど殺された。蛙吹と話している最中に殺された。

 発狂状態の時は夢と現の境界線がなくなっていたので〈チェシャ猫〉は起きていても悪夢を見せるようになった。

 今はエピタフのように前髪の内側にその視界の映像がゲーム画面のように映っている。発狂状態の時と同じように。

 

 鏡、窓、影、水面、隙間、瞳

 

 別世界を暗示させるものならなんでもそれを媒介にして体験させようとする。

 正直時槻の手に余っていた。

 

 暴走状態というか、あまりに乖離しているのだ。これが精神が不安定なら説明もつく。

 だが明らかにこれは外部からの干渉があった。意図的に〈断章〉を暴発させようと、そう感じるのだ。

 

 そんなもの〈断章〉に干渉する〈断章〉である〈グランギニョルの索引ひき〉。不安定にする点に関しては〈黄泉戸契(ヨモツヘグリ)〉くらいか。

 

 だがどちらも時槻が保持している。この世界で保持者になるには〈泡禍〉に遭遇する必要があるため他の保持者という可能性はない。

 

 他の可能性は一つだけあったが、それはそうでないで欲しいという考えで目を逸らしていた考え。

 

 〈泡禍〉が浮かび上がった可能性

 

 それなら〈断章〉が不安定なのも説明がつく。ほか全ての理由が纏まってしまう。それは最悪の可能性でしかも対策のしようがなかった。だから時槻はそうそうに諦めていた。

 

 話を戻すが不安定の〈チェシャ猫〉が時槻に悪夢を見せる昨晩はかなり酷かったようで何十人分を見てしまった。

 

 「眠たそうね雪乃ちゃん」

 

 「夜更かしはしてないわよ。今日はなかなかアグレッシブ夢だったから疲れているの」

 

 寝惚けながら蛙吹と取り留めない雑談をしていると飯田が席順に並んでバスに乗るようにと声を張っていた。

 

 

 

 

 バス内はガヤガヤと流石高校生というべきか。かなりうるさく会話が飛び交っていた。

 時槻は、というと相澤先生の反対側の席で寝ていた。

 

 〈チェシャ猫〉の面倒なところはそれを夢だと気付けないことで時槻が耐性を得る前の、素の少女だった頃の感受性で体験されられるためかなり精神的にきつかった。とはいえ睡眠時間が短ければ見る人数も減るようでほんの少しの仮眠をとっていた。短いと見ないことを時槻は付き合ってきて把握していた。

 

 ちなみに蛙吹がその寝ている姿を写真で撮っているのを窓に写った時槻にそっくりなゴシックロリータの服を着た少女が見つめていた。その少女を時槻が宥めていたの蛙吹は知らない。

 

 蛙吹が女子グループに「寝ているから少し静かにしましょう」という言葉と共に付随されたその写真を、何名かが密かに保存したことを時槻は知らない。

 

 

 

 バスが停止すると時槻は目を開いた。終始騒がしかったのもあるがなんやかんやで彼女も合宿を楽しみにしていたのだ。

 人は楽しいことがあるとスッと目を覚ます。彼女も例外ではなかった。

 

 どうやら一旦休憩のようで、時槻も含め全員バスから降りた。

 外に出て「んー」と体を伸ばす。雪乃は一時廃墟で生活していたがやはりこういうのは馴れないと心の中で愚痴る。

 

 伸ばしている間にも見えていたがどうやらここは崖の上にある空き地のようだった。辺りには森が茂っていて、時槻は少し萎えていた。

 

 時槻が少し萎えていると、近くに停車していた一台の車から四人が降りてきた。女性二人に子供が一人、男が一人(・・・・)

 

「ご無沙汰しています」

 

 相澤が女性二人に頭を下げて挨拶していた。

 その言葉を聞くや否や、アニメの猫のような笑みをすると

 

 『(きらめ)めく(まなこ)でロックオン!キュートにキャットにスティンガー!ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!』

 

 とビシッと口上も噛まずポーズも決まっていた。

 

 

 

 

 「………………………………………………」

 

 

 

 

 いい大人が恥ずかしくないのだろうか

 

 猫の手に猫の耳、猫の尻尾…猫尽くしね。猫の手を借りたいとかそういうのから派生した感じかしら。救助らしいし。

 

 

 

 でも恥ずかしくないのかしら

 

 

 

 やね。一番の理由は猫ってだけで〈チェシャ猫〉が(よぎ)るからだけど。

 

 結構失礼なことを考えているとボサボサ髪が興奮したように彼女達のことを説明する。

 やはり救助で間違いないようで山岳救助などが得意らしい。キャリア、ランキングから見ても凄いらしい。

 

 …それより先生。この葡萄みたいな頭の人、トイレ行きたがっているんだから行かせたら?

 

 などと思っているとスタスタと男が近付いてきた。サラリーマンのようにスーツ姿の男は暑さを感じさせない足取りで悠々と進む。

 

 雪乃はその男は見るや目を少し広げ、驚きの表情をする。

 

 

 そして男は雪乃の前で跪いて彼女の左手をとり

 

 

 

 

 そのまま彼女の包帯で隠れた左手首へ唇を落とした。

 

 

 当然プッシーキャッツを含め全員が固まる。

 

 「…また会ったわね。人繋(ひとつなぎ)(みつる)。なんの真似かしら」

 

 「お久ぶりです雪乃さん。なにってただのキスですよ。童話をよく読んでいるので憧れがあると思ったんですけどね…」

 

 騒然

 全員に挨拶させようとした相澤すら止まってしまった。

 そんな中、気にした様子もなく二人は会話を進めていく。

 

 「…童話なら手首じゃないわ。あなた手首にする意味わかっているの?」

 

 「童話は手の甲ですね。えぇわかっています。欲望でしょう?」

 

 なら尚更わからない。いやわかりたくない。

 態々〈雪の女王〉のためリストカットしている左手首に落としたのだから自ずと理解できる。

 

 …焦がれているのか。

 

 そんな考えが出たが雪乃はこの男が嫌いだった。引ったくるように腕を戻して相澤へ視線を向ける。

 

 「今回お世話になるプロヒーロープッシーキャッツの皆さんだ。お前ら挨拶しろ」

 

 流石相澤先生。この状況で紡ごうとしていた言葉を出せるとは。もちろん挨拶のその前に阿鼻叫喚。

 

 この男に至ってはプッシーキャッツの青い方に詰問されてた。

 

 

 

 

 全体が落ち着くまで数分を要し

 

 「挨拶」と短く相澤が催促して皆が挨拶すると赤い方が説明をする。そして途中からなにかを察し、バスへ駆け出す。そんな必死の様子を雪乃は見ていた。雪乃はまだ相澤先生をよく知らないが故静観していた。

 

 「雪乃ちゃん早く!」

 

 「悪いが諸君。合宿はもう始まっている」

 

 青い方が生徒の前に立ちはだかるように現るとそのまま地面に触れる。

 

 その瞬間、雪乃は意図を察した。

 

 予想どうり土が蠢き中で爆発したように盛り上がり、生徒たちを押し出した。それはまるで土砂崩れのような勢いで生徒達だけを押し流した。

 

 「私有地につき個性の使用は自由よー。今から自分の足で施設までおいでませ。この魔獣の森を抜けて!」

 

 「魔獣ね…片腹痛いわ」

 

 「そう言ってやらないでください。初見じゃ魔獣としか言いようがないんですし。それに彼女のことを馬鹿にしないでください」

 

 生徒達だけ…正確には雪乃を除いたA組生徒達だ。

 

 魔獣と聞いて雪乃は一瞬〈異形〉が脳裏をチラついたがあんなものをヒーローが留めているなんてありえないことに気付き自嘲も含め笑っていた。

 

 脳裏に浮かんだのもそれを一瞬考えてしまったのもヘラヘラしているこの男のせいだ。

 

 雪乃の関係者であり、森という『異界』で、魔獣という単語。

 

 これだけ条件が揃っているならば雪乃が警戒するのも無理なかった。

 

 『森』というのはヘンゼルとグレーテル、ラプンツェルなど童話や昔話によく登場し、不思議なことや危険なことが起きる場所として描かれる。

 

 確かそんなことを原作で説明していたよう気がする。

 だから本物の魔獣というのは可笑しくない…そう思ってしまった。

 

 この男がいなければ考えすらしなかったことだ。

 

 「イレイザー、この子平然と回避して満さんと話しているんだけど」

 

 「おい時槻、お前も下の奴らと一緒についていけ」

 

 「そういえば鍛えるのが第一目標でしたね…わかりました。申し訳ないですが"道"を作ってくれませんか?」

 

 流石に飛び降りるのはその…自殺みたいで嫌なんです。

 

 

 

 ピクシーボブの個性で運んで貰うと邂逅一番に梅雨ちゃんに心配された。

 確かに土砂崩れで一人だけ見つかんなかったらこんな反応か、と呑気に考えていた雪乃。

 

 その後女子全員に囲まれあの男のことを説明することになる。それが想像以上に疲れるとはこの時の彼女は思っても見なかった。

 

 

 

 

 

 

 その後目的地に16時半に着いた。

 本来なら17時20分が約一時間縮まったのはひとえに時槻がいたからだ。

 

 時槻雪乃は着いても全員がヘトヘトで戦意喪失といった形相なのに対し平然一人普段と変わらない様子を見せていた。

 

 七時間以上動き続けただけ、というのが彼女の感想だった。

 軽く散歩しただけというような態度で、事実それくらいにしか思っていなかった。

 

 彼女が使ったのは〈聖女ギヨティーヌ〉という〈断章〉

 

 この〈断章〉は本当に使い勝手がいい。裁ち鋏を向けて刃を落とすだけでいい。そうすればギロチンで飛ばされた頭のように指定したものが切り飛ばされる。

 近距離においては無類の強さね。唯一の欠点を上げるなら〈断章〉であること、と興が乗ってしまうこと。

 どちらも気にしていればさほど問題ないから〈断章〉の中では破格ね。

 

 そうこの発動条件の簡略さ。その効力。

 

 それが約一時間短縮することに繋がった。

 

 その後ボサボサ髪改め緑谷が子供に挨拶すると子供が緑谷の股ぐらに拳を叩き、燃え尽きさせていた。

 

 しかしあの子供…ヒーローに家族でも殺されたの?怒りが明確に奥に宿っていた…哀悼と悲痛も一緒くたに混じっていたけど。

 

 荷物下ろしてそのままご飯だけど…〈断章〉(トラウマ)のせいで一緒に食えないので非常に憤慨だがあの男と一緒にマイプシの手伝いをしていた。

 

 悪いわね梅雨ちゃん。気持ちはわかるけど肉の類が食えないのよ。代わりに楽しんでちょうだい。

 

 …後あなた後でしっかり彼女を説得しなさいすっごい目で見てるわよ

 

 

 

 

 

 

 -食事の時間が終わり入浴-

 

 「壁とは越えるためにあるPlusUltra!」

 

 「ヒーロー以前に人として学びなおせ」

 

 「クソガキィィィィイ!」

 

 いつもどうりの峰田、注意する飯田。そんな声が一枚挟んで聞こえてくる。

 

 「いやー青春してますねぇ!」

 

 と腰にタオルを巻いた人繋満が入っていく。

 

 「人繋さんっ!?なんでここに」

 

 「おう!これから一週間顔合わせるから交流のためにな。後その小僧よろしくな。おーい早くしてくださいよ雪乃さん」

 

 『えっ…』

 

 彼の一言で男子だけでなく壁の向こう側の女子までもが言葉を失う。

 

 「…うるさいわよ」

 

 ギギッと錆びついた重厚な扉のようにゆっくりと脱衣場のほうへ顔を向ける。

 そこには後ろに髪を纏めたTシャツにショートパンツといったラフな格好の雪乃がいた。

 

 

 

 

 態々明記する必要はないと思うが此処は男湯である。"男湯"である!断じて秀吉風呂とかではない。

 

 

 そしてこれもわかりきっていることだが時槻雪乃は女性である。男の娘などでは決してない!股ぐらには何も付いていない!!

 

 

 

 皆が絶句しているが男は平然と雪乃を呼ぶ。そしてこちらも平然と男の隣に並ぶ。

 

 「ここの石鹸はけっこう品質がいいですよ」

 

 「ふ〜ん。そっ」

 

 「興味ないですね」

 

 「石鹸を使えることに喜びを噛み締めてから出直しなさい」

 

 雪乃は服を着たままであるが男と同じように体を洗っていく。その表情は男に呼ばれたときより険しい。

 

 「あぁ気にしているんです?大丈夫ですよお互い(溶けても)直ぐ治るんですし」

 

 「服を(血で)濡らしたくないわ」

 

 「なら頑張ってください」

 

 男はそのまま体を泡立たせ、頭を泡立たせて一気に頭から洗面器に貯めた湯を浴びる。

 

 「あ〜こうドバっとくるのが好きなんですよ」

 

 「興味ないわね」

 

 ドバっと男の浴びた湯が地面に叩きつけられるとようやく頭が回転した。

 

 が、

 

 「な、なんで時槻君が男湯にはいってきているんだっ!!?」

 

 今度は恥ずかしさ頭が回らなくなる。

 

 「時槻ぁ、そういうことなんだな!?男湯(こっち)に来たってことはそういうことでいいんだなっ!?」

 

 「うるさいわよ葡萄。文句があるならこの男に言いなさい」

 

 「いやだってこっちに入るって言ったの雪乃さんですよね?」

 

 『っ!?』

 

 「それはあなたが風呂まで一緒についてくるから私が犠牲になったのよ。女湯に男一人より男湯に女一人の方からダメージ少ないでしょ」

 

 『まずこの人女湯にまで入るつもりだったの!?』

 

 「だってどうせ一人で入るつもりでしたでしょ」

 

 「当り前でしょ遺体を作る気?」

 

 『どういうことっ!?』

 

 足だけを湯につけ話す雪乃のその隣で肩まで潜らせる男。

 

 この二人の会話はピクシーボブが怒り狂うまで続いた。

 

 

 結果、体を癒やす温泉がむしろ活き活きし過ぎて逆に疲れることになる。

 

 

 

 ある少年は、首に滴れる汗と湯の温度で高揚した頬に対抗するような雪のような肌。足もまた……。普段の凛とした表情からは連想出来ないくらいラフな格好でボディラインが………。ギャップが…と語っていた。

 

 ちなみにこれで百分の一である。

 

 

 

 

 

 

 一方教師陣は重い空気に包まれていた。

 話の中心はラグドールのことだった。

 

 

 

 

 

 何処かでサイコロの音と退廃的な少女の嘲笑うような聲が聞こえたような気がした。




まさかの名前持ちで再登場するとは…しかもかれしとして。
そしてこの適当感。ちな最初はバスタオルだけでした。



最初の案-if
ガシッと男は雪乃の前髪を掴むとそのまま湯舟に引き摺り込む。
バシンッと顔面に熱い湯が叩きつけられるが段に手を滑らせこれ以上引き込まれないようにした。雪乃はそれを条件反射で無意識のうちに行っていた。

 男はこれ以上は引き込めれないの悟ったのかすぐに晒されている首に腕を巻き付け

 その瞬間鈍い音と共に雪乃の首が男を支点としたように傾いた。

 だが雪乃はギョロっと魚のように瞳を男に向け

 「〈自由を奪うモノは檻に〉」

 ズルっと注射針のように樹木のような針が体内に侵入していく。男の腕は中で増殖した針によって元のサイズより肥大し、裁縫セットの針山のように針が腕から飛び出す。
だがそれは腕だけだった。

 彼は個性で腕だけを囮に針に繋げ、体を切り離した。
 なにをどの程度繋げるを選べれるため体を犠牲に緊急脱出に使えた。

 「…最悪の気分ね。服が息が詰まるわ、二重の意味でね」

 スッと服に忍ばせた裁ち鋏を持とうとして

 グズゥっと僅か隙に男と切り離された筈の腕が雪乃の首に食い込んだ。

 グンッ!と風切り音と共に雪乃はトラックに轢かれたような衝撃を受けそのまま男湯と女湯を隔てた壁を粉砕し浴槽に叩きつけられた。

 「あぁ最高だなお前の血はよぉ、それに懐かしいなぁこうやって俺が立ってお前が這いつくばっているのは」

 「黙りなさい…」

 「あぁそうそれ懐かしい。狂気に囚われていた時に一生懸命お世話してたもんなぁ。何度もグチャグチャのシェイクしてされたのに、それでも献身的に面倒見ていたもんなぁ」

 「殺すわよ」

 「いいね。やってみろ後悔するのはあなただ」

 オチが見つからずここで打ち切りに。 


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断章保持者の血

 

 可哀想な子。
 あの子の狂気の一旦を垣間見てしまったのね。
 でもそれはあなたが招いたことなのよ。
 サーチして、それで留まっていればあの子が抑えて内に留めていた惨憺なモノを見なくてすんだのに。
 好奇心は猫を殺す。
 あなたは案山子を突っいただけのつもりなのでしょうけど触れたのは地獄の魔女窯。
 あなたはその表面を扉にこびり付いた汚れしか見ていないのよ。
 あなたはまだその染み付いた恐怖と絶叫と__〈悪夢〉を扉越しに曝されただけなのよ。

 でも無意味ではなかった。これで長年謎だったあの子の"個性"がわかったんですもの。

 代償はあなたが火葬場の葬列になることだけど。




 

 時槻雪乃の個性_"悪夢"

 抱えている悪夢を共有し、それを泡として汲み取り、意識より現実へと浮かび上がらせる。

 

 能力だけを見るなら架空の存在すら、彼女の知識にある超人、人外すらも現実に呼ぶことができる。

 

 だがそれは彼女に知識にあった強大で規格外な悪夢を彼女が知っていたため、この世界で"それ"を知覚してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうしたんですか皆さん集まって」

 

 この男に連れられるまま玩具のように引っ張られて職員室のようなこの場の大人が集まっていた所まで連行された。

 

 彼女が未だに彼の説明に納得がいってないようで私のほうから彼女の方に説明してほしいと頼まれここまで来たが…なんだ、この夏休み最終日に宿題が真っ白のような空気の重さは。

 

 「満さん…明日の強化合宿の打ち合わせをしようと思ってただけど…」

 

 「そういえばラグドールさんと虎さんがお見えにならないですね…」

 

 「虎にはラグドールの様子を見てもらっている」

 

 「…なるほど大体わかりました。いいんですよ生徒がいるからって詳しいことを避けながら話さなくとも。ラグドールさんがどうしてそうなったのか、その原因がこの生徒なんですから」

 

 こいつ…通常は私のことそういう風に言っているのか。出来ればその風体のままを維持してほしいわ。

 

 それであんたのせいで私に視線が集まっているのだけど。

 

 「そういえばどうしてもその子がここに?」

 

 「ピクシーボブの誤解を解いてもらおうと連行してきました」

 

 「半ば強制的ですね。といっても一週間近くお世話になるので、誤解はないほうがいいと思ったので今回は付いてきました」

 

 "今回は"ね。

 

 「それでその子が原因ってどういうこと?」

 

 「確かラグドールさんの個性"サーチ"は個性に関する情報も見れましたよね?なら簡単です彼女の個性を見てしまった。たったそれだけです」

 

 明らかに全員の目の色が変わった。物理的じゃなくて目に灯った思いが一気に暗くなった。

 

 「先に明言しておきますが私は彼女の個性は知らない。けれど彼女が起こしてきた超常は嫌というほど身を持って体験しました。だから断言できます。ラグドールは彼女の異常性を見てしまったっと」

 

 「私以外の可能性を考慮してくれないかしら」

 

 「私はあなたの核の一端に触れた。もしあの生徒達の中にあなた以上の逸材がいるならこの世はとっくに滅びてた…あなたならラグドールの狂気を取り除けますか雪乃さん」

 

 ここで私に振る?狂気ね…昔、"心を読む"個性の子供が私を見てしまって発狂していたけど〈食害〉で一応なんとかなった。ただその日から悪夢に魘されるいるようだったから恐らく心に欠片が残ってしまう。〈断章〉の、欠片の欠片が。

 

 「…狂気だけ、というのは無理よ。起きている時は問題ないけど一度夢に潜ってしまえば何度でも_」

 

 「出来ない訳ではないんですね?」

 

 「確証はないわ。後遺症もないけど」

 

 「ならお願いします。いいですねマンダレイ」

 

 そう言って赤い服のマンダレイの手を握る。アレは…なるほど個性と合わせれば会話できるのか私に聞こえず。

 

 …いいわ。話されて困ることなんてあり過ぎてどれを横流しされても痛くないもの。

 

 「但し、私達の目の前で行ってもらうわ」

 

 会話が抜けているからわからないけど別にいいわ。見えるのはあの男くらいなのだから。

 

 

 

 

 …なるほど言葉を発することがない上、自ら動こうとしない…失語と脱力かしら。というか私を見ても反応ないから欠落?

 

 なんでもいいか。やることは変わらない。既に記憶を食らっているけど、私も自身の情報は欲しい。なので〈名無し〉を使って一部を揉み消してみる。使い方はよくわからない。なんとなくの感覚で……………こんなものか。

 

 割と適当にやっているとズキっと下瞼の下。頬の上辺りが急に痛みだした。

 

 〈黄泉戸契〉の副作用とでもいえばいいのか自分の意思に関係なく体が勝手に作り変わっているのだ。

 以前気になった私はどうせ治るからいいやとこの突然起こった不可解な痛みを感じる部分を抉ったことがある。

 そこに埋まっていたのは小さい、BB弾のような丸いなにかと、その丸いなにかから飛び出した幼魚。

 

 思考が停止した。

 寄生虫のような埋め込まれた丸いもの。それがなにか一瞬で理解してしまった。

 

 その時は反射的に拒絶したので〈アリス〉によってそれらは一瞬で活動を停めたが、しこりのような違和感を体中から感じた。

 麻酔を射たれたような体の感覚の一部が消失した。

 

 その日は体中から丸い卵と魚の死骸を体から掘り起こしていた。

 

 傷は治るがこの孵化は月一ほどの感覚で起こる。その時期がちょうど重なったのだろう。けれどこのタイミングは悪かった。

 

 教師陣にはこの〈食害〉の蟲は見えないので、ただ彼女の頭に触れているようにしか見えてない。そんな中で急に眉をひそめたらあまりいい状態とは思えないだろう。

 

 「…これで多分大丈夫だと思います……個性の副作用で体が痛いので休ませてもらいます」

 

 なにかしら声を掛けられた気がするが聞き取る余裕はなかった。さっと部屋を出る。

 気分はリゾット戦のドッピオ。

 殻を破った魚はそのまま辺りの筋肉を喰らい、ずぶっと皮膚を喰い破りその頭を覗かせピチピチと蠢く。

 

 それを乱暴に掴み引っ張るとブチブチと中で筋肉が引っ張られ千切れる音が体内を通して聞こえた。

 恐らくまだ、他の無事な筋肉と癒着していて根のように絡み合い抜け出すの阻止していた。

 

 「…………」

 

 それでも一切加減せず辺りの筋肉や神経を巻き込みながらブチッと手の平より少し大きいサイズの魚とそれに巻き付いた自身の肉であったであろうものが絡まった網のようにゴミみたいに付いていた。

 

 それでもまだ皮膚と筋肉の間に針金を無理矢理通されたような違和感を抱きながら皆とは違う寝床に向かう。

 

 

 

 

 「恐らくラグドールさんが見たのは死亡回数や蘇生回数などの彼女に刻まれた傷の数々でしょう。

 雪乃さんの場合、個性に関する情報全てを網羅したならそれは人の皮で作った悍ましい魔導書に匹敵する。そう彼女が言ってましたし、その一端を私も体験しましたがアレは人の狂気の集約と言っても過言ではないです。ラグドールさん彼女はどういう"個性"だったんですか?」

 

 「…"悪夢"。悪夢。他人の恐怖を共有してそれを現実に顕現させる。それが例え空想の生物でも」

 

 「…なるほどやはりそういう類ですか。…相澤さん彼女が…………。…………………………!!

 ガブッ!アッグア!」

 

 「満!?」

 


 

「………なぜ私があなたに大人しく従っていたと思う?

 私は弱っている奴には優しいことは知っているだろう。昔のお前はそうだった。油断だったとはいえお前は私の同属になったのだから。私がいたせいで。お前は望んでいた力とは真逆のものを取り込んでしまった。私の責任だ。だから私は世話をしたのだ。

 何度コンクリと融合しようが。何度人体を粘土のように捏ねくり回されようが私は投げ出さなかった。お前が世間一般でいう普通の生活が送れるまで。

 

 では今のお前はどうだ?食事にありつけ、就職でき、彼女もいる。これを弱っているとは考えない。むしろ充実しているくらいだ。

 そんなお前になぜ私がまるで弱っていた頃のお前ぐらいの接客をしていると思う?

 

 

 

 

 …簡単よ。お前の意識が持つ最期の日(・・・・)くらい充実させてあげようという私の慈悲、餞別。

 言ったでしょう。私は弱い奴には優しい。今のお前にその優しさは施しようがないから前借りさせてもらったけどね。

 

 〈アンデルセンの棺〉は死体になりそうな者がいるならば問答無用で私を呼び寄せ、そこに閉じ込める。

 〈アンデルセンの棺〉は今日お前の死ぬことを教えてくれたよ。私でさえ知らなかったビンの崩壊を。生きる屍と化すお前のことを。

 

 あの時、あのタイミングは絶妙だった。部屋を出る体裁になったし、あの時でなければ私もあの部屋ごと閉じ込められていただろう。私がいる目の前で。私の話をしている目の前で。私がお前を口封じするか如く個性を使い異形にしたとな。"悪夢"ならそれも出来るだろう。そう思われて仕方のない状況だった。

 だがそうはならなかった。私はここにいる。タイミングかま良かった。お前には前々から消えて欲しいと考えていた所に。

 

 

 ……そしてお前はあろうことか私のことを喋ろうとした。お前ほど私のことを知っている者はいない。私に見殺しにする権利を与えてしまった。

 

 "雪乃"のことを知っているのはお前だけだ。

 だからお前さえ消えてくれれば_」

 

 『ゔぎのざ_』

 

 「_私の血が詰まったビンは既に破壊されている。もう救えないな」

 

 チミチミと皮膚の、人体の強度に耐え切れず体内(なか)から溢れ出す、脂と筋肉と臓器と血の混ざった河。それ泳ぐ魚の群れ。その音が屋根にいる私には響いてきた。

 

 「…悍ましいな。いつかああなると思うと昔は怖気づいたものだが…なにも感じないな。とりあえず〈食害〉の展開と屍の回収…久しぶりに〈葬儀屋〉を使うわね。

ええっとバケツと灘を準備しないと…バケツは"創造"してもらおうかしら。なにかしら理由がいるわね…それと想起しないように注意しないと。最近〈断章〉が暴走気味だからね…」

 

 

 

 その日、あの男の身体と記憶は彼女達から消え去った。

 

 

 

 

 しかしどうやってこの屍を処理しようかしら。

 運んでいる側から再生しだすからもう〈アリス〉で拒絶したいのだけど。それするとこの男の力の源である私にも影響がでるのよね。

 ただでさえ最近〈断章〉が安定していないのに安易に拒絶して暴発しないだろうか。

 

 周囲が『森』だからというのもあるけどね。

 

 ……こうなんか煙草が吸いたい気分。気を紛らわせるモノがほしい。ないな。なら適当に言葉を放てばいいか。

 

 「_心せよ亡霊を装ひて戯れなば、亡霊となるべし」

 

 どこの言葉だったか。

 

 「群青なる世界は決して朱に染まることはなかった。その輝きは蛍火のように儚い煌めき…なんの言葉…ないのかな。世界にない言葉。私だけの言葉…でも言葉すらも私のじゃないのよね。私は時槻雪乃なのだから」

 

 

 

 「本当の私はなんだ?私の好きにすればいい。私の本当の形は私しか知らない。誰も私の形を縛ってなんかいない。変われ――――変えてくれないかな。誰でもいいから__縛ってくれないかな。

 

 

 

 

 

 

 ……なにかしら姉さん。首に腕を絡めてきて」

 

 『__私に触れられるはあなただけよ雪乃』

 

 「…………?そうね。亡霊なのに体温を感じるし感触もある。霊の定義を見直したいわね」

 

 『_こうやってあなたに抱きつけるのも私だけ。実体をもたない私じゃ不服かしら』

 

 「………………えっ慰めてくれてるの?」

 

 

 

 

 次の日は肝試しが行われるまで〈名無し〉の練習も兼ねて姿を消していた。

 

 "サーチ"という個性は雪乃を相当悩ませ結局そのままでいいか、と達観して早数時間。

 

 "サーチ"の個性を持つラグドールが離れるまでずっと姿を晦ましていた。その間、誰一人として時槻雪乃の名前を口にした者はいない。〈名無し〉の能力だ。

 

 ちょうど緑谷がペアがおらず確認のためもう一度数え直しているときに彼女が姿を現したものだから彼は大声を上げて腰を抜かすほど驚いていた。

 

 「ペアがいないのなら私と組まない?」

 

 緑谷にそう提案したら葡萄頭がまた騒ぎ出したが「次の行事の時にペアをお願いするわ」と呟いたら引いてくれた。

 なお緑谷のことは意識になかった。余り者に人権がないという何処で身につけたかわからない染み付いた考えの元、行動していたからOK以外は考えてすらなかった。ウズウズというかモジモジしていたがそんな奇行はそれほど気にならなかった。

 

 「その、時槻さん。よろしければ私とペアになりませんか?」

 

 「どうしてかしら八百万さん。ペアの人が嫌いなの?」

 

 「いえそういう訳ではなく」

 

 「ならいいじゃない。私は余っていたから彼とペアを組んだの。例えそれが爆豪君や相澤先生…満でも私は一向に構わないわよ。今回は彼だったというだけ」

 

 「みつる…?」

 

 ピクシーボブがその言葉に反応した。

 

 どうやら彼女さんは引っかかってるみたいよ。流石じゃない。深い思いでもない限り〈名無し〉の影響を受けた者は違和感すら持たれず忘れられるのに…どうやら彼女は本気でお前のことを好いていたようだよ。

 

「それにあなたのペアの人が可哀想でしょ。嫌ってないならそのままが一番よ。それに言うじゃない。余り物には福があるって」

 

 

 

 梅雨ちゃんと麗日さんペアが出発して少しした後、バッと体操服をあのゴシックロリータの服に一瞬で変え、時槻さんはそのまま森へ走り出してしまった。突然のことだった。

 

 すぐ追い掛けようとするも時槻さんの姿は急に消えて見えなくなってしまい、時槻さんと入れ替わるように焦げ臭い匂いが鼻孔を擦った。

 

 そして、ピクシーボブが見えない手に引っ張られるように飛ばされ__長い夜が始まった。

 

 

 

 …感じる。悍ましい気配が動いているのを。

 …感じる。解体したあの男の同じ空気を纏っているのを。

 

 一瞬だけ木の影に〈軍勢〉の亡霊が現れた。

 ならば奴がいる。この〈軍勢〉から逃れた霧のヴィランが。そして指が指した方向は今まさに向かっている方向と一致する。

 

 いた。オールマイトのような皮膚を越しあげるような筋肉と太い腕。全身が黒く、頭には脳が覗いてしまっている。

 

 ブワッと足元から風が脳天まで突き抜けた。パサァとスカートが靡く。凍り付いた風が釘のように肌を突き刺す。懐かしい感覚。

 

 「霧のヴィランに、異界の空気を纏ったこの場所。そこに立つ明らかに人間を辞めた生物。

 

 

 

 一体何処でその遺品を見つけたっ!!

 何故私の心臓がそこにあるんだっ!!?

 

 答えろ化も_」

 

 グシャっと時槻の頭上から脳無の拳が叩きつけられ、時槻は電車に轢かれたように体が損壊した。

 

 頭はひしゃげ、体は地面と拳にサンドされ、収まりきらなかった部位は衝撃で滅茶苦茶に折れ曲がり、臓器を撒き散らし、血の臭いが熱さに膨張したように一瞬で周囲に充満した。

 

 

 

 

 

 

個性で普遍性の泡を呼び、それを個々の悪夢の形に変えていく。個性は蛇口。水が泡の原料。




誤字報告、感想ありがとうございます。


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断章保持者は不明

Q一週間くらい?
A誠に申し訳無いです。
 事故病気病院納期台風等に追われておりました。死にそうでした。次の投稿の予定日も確定出来ないです。

 日常的な話ならネタがあるので二話くらいなら…。本編は終わりを見据えているのでそこに到達するまでの過程を何度か見直したりラストをどう締めようか伏線をどうするか、なにも考えずスタートさせた頭を捻らせています。

 完結はさせます。番外編はわかりません。筆者が現実で痛かったら進むと思います。一話の時も痛みがきっかけでしたし。





 

 異界と化した『森』。または冥界。

 その冥土を踏み入り、彷徨い、取り戻せた(さいかいできた)者はラプンツェルの王子だけ。

 

 冥界の食べ物を口にしてはいけない…だがこれは食べることだけに留まらない。

 

 例えば、杖として持ち出そうとしたり、溶接するように体に引っ付けたり。

 

 この個性が蔓延った時代。通常では考えつかないような手段で異界のものを口にする(とりこむ)可能性は大きい。

 

 あぁ。だからお願い。

 

 そう願わずにはいられない

 

 私の内から浮かび上がる〈泡禍〉を抑え込んでいる間に。

 

 どうかどうか。まだ森であるこの場所から。

 

 久しく喚き希う

 

 まだ形相が変わらぬうちに。王子が渡り歩いた『森』の舞台にならぬうちに。帰ること叶わぬイザナミになる前に。

 

 ただの茶番だ、決して叶うはずのない願いをそれでも

 

 

 流れる風景に混ざる八百万とその横にいる男。そして瞼の裏に写るゆったりとした風景のなか、彷徨う男に伝えようと必死に腕を伸ばして…

 

 

 …踏切を横切る特急列車のような速さで迫る剛腕に全てを遮られた。

 

 

 

 

 

 ズンッ

 

 

 と特急列車が通るように目の前を大質量のナニカが横切った。それはあまりに速く目線を追っても木々に隠れ、姿は見えることはなかった。

 

 ぶちゃ

 

 っとワンテンポ遅れて、鳥の糞が落ちたような音がした。一つだけではないような、一度に何匹もの鳥が同時にしたように異様に少し大きめな音だった。

 

 そちらに目線を戻すと黒い物が所々を赤く染めて落ちていた。

 

 それがなにか、八百万は思い至ってゾォと熱を奪われていくのを感じる。

 あれを着ているものは八百万は一人しか知らなかった。

 喪服のような黒さで端のほうにフリルがあしらわれた服。そのフリルに隠されるように八百万も羨むような白い肌の美しい手が。

 

 緩く閉めた蛇口から漏れ出る水のようにゆったりと手の反対側から紅い滴がゆっくりと溢れ、あっという間に地面は紅い絨毯のようになり、まるで紅い絨毯に王冠を載せたように血の上にその腕が横たわっていて、血の濃淡が白い肌を際立たせていた。

 

 

 

 

 トラック、或いは電車に轢かれた感覚に似た衝撃が雪乃を襲っていた。

 進路にある木々をへし折りながら、それでも雪乃は止まらない。一本、一本っと折る度に体の何処かが折れ、潰れ木片が体に突き刺さる。

 

 近くして速度が揺らぎサッカーボールのように跳ねながら階段を転げ落ちるようにして…ようやく地面に停まった。

 

 

 四肢欠損を覚悟にしていた雪乃はボロボロの肉体の感覚に少しだけ安堵した。

 まだ抗える。まだ消さなくていい。

 

 雪乃の腕、部位は必ず他者に渡ってはならないのだ。誰が決めたでなく雪乃一人が定めた、雪乃自身を縛る法。

 

 雪乃の肉体は長い間〈断章〉に晒されたおかげで〈レリック〉の側面さえもっていた。

 雪乃の肉体は〈断章〉を内包するまでに発展していた。〈断章〉とは心の傷。それが肉体にまで及ぶ。

 

 いってしまえば雪乃の体は本来存在しない常識を携えた物質に果てていた。とある魔術なら第二位の未元物質に似たようなものか。

 つまるところ回収されてはマズイのだ。

 

 存在しない常識といってもせいぜい人の悪夢を誘発させることだが、かなしいことに雪乃はそれを〈泡禍〉まで昇華させ、被害を拡大させてしまう(・・・)ので____パチッと意識が途切れた。

 

 

 そして勝手に(・・・)再起動する。理解出来なかった。

 停電したように唐突に意識が途切れた。まるで状況がわからないので動こうと筋肉に力を入れると圧迫されるような違和感が腹部と頭部から生じた。

 目線を下げると腹から人の腕ほどある先の尖った木の枝が露出していた。後ろから突かれたように腹を貫通して飛び出していた。

 そして下げていた視界に滔々と見慣れた液体と固体の果てが伝い落ちていく。

 

 老廃物のように流れ落ちていく中身であったものを俯きながら他人事のように眺めていると太陽が雲に隠れたように急激に影が雪乃を覆う。

 

 目線を上げ、確認することはなんて愚は雪乃はしなかった。

 

 焼かれるような痛みに耐えて、カッターナイフを持った腕を振り上げるとその握った手ごと巨腕にビンタのように叩きつけられ、手が接触した時点で雪乃の手は粉砕して、けれどもそれがクッションとなったのか運悪く、カッターナイフは壊れることなく、襲いかかってくる巨腕に押されるように雪乃の耳へその刃を向けていた。

 

 視界の見切れるか否かの境。しかし朧げでも捉えた物を非情にも〈アリス〉は明確に理解した情報を送る。

 

 耳掃除をされた時の痛みとは比べようもない熱い痛みが直に脳に噴く。

 不幸にも〈雪の女王〉のために痛みを感じられるようにしたため鼓膜にカッターナイフが刺さるという異質な痛みを味わうことになった。

 

 それだけではない突き刺さったまま転がるように地面を跳ねたため耳の中で暴れるように無事な部分を抉り、より奥へ深く刺さった。

 痛みで点滅する視界に梅雨ちゃんが写った。

 ゾッとした。熱い体が青くなった。

 〈チェシャ猫〉で見た光景と似ていた。

 

 「__っ」

 

 

 

 

 

 コンっとトガの頭に何かが当たった。

 確認のため、飛んできた方向に目線だけを送ろうとして__実体をもった質量の激流が激突した。

 

 目線を動かすなんて出来やしなかった。そも体が命令を拒否した。

 

 

 

 

 

 マンダレイ達の戦場。

 進行のない諍いは停滞の中、漸く次のステップへ移行を始めていた。

 

 微睡みから覚醒した、寝坊を認識した学生のように瞳を閉じた(・・・・・)ピクシーボブが起き上がった。

 

 棺から引っ張りだされるパペットのように不完全で蘇ったアンデットのようにそれは機敏に動かず、辿々しく、さながらからくりのようで要領えず、起き上がるのさえ苦戦したというようで、ギギッとオノマトペが付きそうくらい異様で異常な風貌だった。

 

 起き上がったピクシーボブは戦闘中のマンダレイ達に目はくれず、それどころか自身の怪我すら気付いていないようにボオと黄昏れるように森の方を見つめていた。

 

 その姿は新婚の旦那の帰りを待つ主婦のような初々しさで、愛人の墓の前にいるような儚さで、ともかくそんなことを同時に抱かせる表情で「………」と小さく何度もそれを呟いていた。

 

まるで誰かの名前でも呼んでいるようだがマンダレイ達自身に狙われた風切りと打撃と金属音に挟まれ聞こえやしなかった。

 

 「ちょっと!ピクシーボブ!!」

 

 マンダレイが声を荒げた。個性で自分の言葉を無差別に届ける彼女はわざわざ声を大きくする必要ない。相手の意識が薄い場合は別だが、その場合は状況によるが並列させる。

 

 今だって彼女は個性とその喉を使って沈みかけている意識を浮上させようとしている。

 一つでも処理させる工程が多ければそれだけ意識の突っ掛かりが増える。

 

 ピクシーボブはやはりというべきか体を起こすのすらぎこちなく、リハビリ数日目のガタガタした危うやを保持しながら、ゆらゆらと幽霊のように歩き、誰かに引っ張られるように手を前に出して__一本一本の木が淀んでいる、異様な空気を放っている森に吸い込まれるように瞼を閉じたまま、足を踏み出していた。

 

 

 

 

 近く断続的で規則性のない物音に目をさました。

 さました…そのはず。けど目の前は真っ暗でただただ少し離れた場所から音が聞こえ続けるだけだった。目隠しかと思ったけど圧迫感がなく、それじゃなにが覆っているのだろうと頬付近に触ったときの感触。

 それに触発されるように頭部から鈍い痛みが包みこむ。

 

 痛みでどうにかなりそうだったがそれと共に直前の記憶付随してきた。

 

 森が燃えて、浮遊感そして痛み。

 

 ギッと痛みが鼓動した。

 

 推測…敵に頭部を強打され、そのまま意識不明。

 

 なら私は敵に連れ去られたのか。肌に感じる地面の感触。暗雲の意識、盲目の視界。

 

 人質と無力化なら視界を潰されるのも納得はできる…認めたくはないが。それならこの途切れない音は…?

 

 「ピクシーボブッ!!

 

 小さな声だった。ただ私のヒーローネームを呼ぶだけの声を。

 それを聞いて私はわかった。

 私を呼んでいる。

 

 

 ヒーローを呼んでいる。

 

 

 そう意識した途端この手を包む感触とその声がはっきりとして、そして語りかけてくる声を聞いていると知らないはずなのに、なぜか涙が溢れそうになる。

 もっと触れ合いたいってもっと話を聞きたいって。そんな思いが空虚だった胸から漏れ出てくる。

 私を呼んでいる場所があるって言ってた。ならそこにいこう。そうすればこの空虚の穴を埋めれる気がするんだ。失ったものを取り戻せると思うんだ。ヒーローとしてそれはどうかと思うけど、そんなWin-Winの関係でいいんだよね

 そうだよね〇〇〇。

 

 

✝ ✝

 

 グチュグチュと沸騰して全身の皮膚が溶け、肌に空気に触れている、この刹那も異常が針を突き刺すように脳に届いていた。

 

 起き上がろうとするも支える筈の腕は痙攣しているのか異物のような感触で動きやしなかった。

身体がだるい。四六時中運動したように体が動くことを拒否していた。

 身体には疲れに無数の傷や異物が入り込んでいて瞳からはなんだかよくわからないものを流していた。涙じゃないなにか、痛みを発するものだ。

全身が鉛を入れられたように重い。それに〈泡禍〉が。いやその再現がこの森で起こっていたし、ロクな状況じゃなかった。

 

 だがこの状況は都合が良かった。両腕が上がらず目を閉じれば眠ってしまいそう。

 

 いやなことは寝るに限る。悪夢を見なければだが、現在どこも悪夢が開演中で休めそうな拠り所はどこにもなかった。

 

 こういうときはとても危ういことは過去の経験で身に沁みていた。

 

 この時ほど芯を持たなければならない状態、だけど過去と明確に違う点がある。

 よりどころ、つまり_依存先が今回はないのだ。

 

 寝れればこれが悪夢だと微睡み、狭間にいる間はそう断じることができる。その先は本物の悪夢だがそれでもいっときの和らぎであればそれだけで充分だった。

 

 が、今の私にはどこが微睡みでどれが現実で何処が悪夢なのか見分けがもう出来ない。

 

 不完全な〈猫〉の模倣。

〈泡禍〉と〈断章〉が私の悪夢であり、私はそれを再現してしまう。

 私はあれ以上の悪夢を知らぬがゆえ、そして私はそれに立ち会った訳ではないゆえ、〈断章〉が再現するのは〈泡禍〉と〈断章〉の陰のみ。それが私の精神を擦り減らさせ、さらなる悪夢が再来する。簡単な話、悪夢が増大し続けるループ。

 

 壊れてしまえば楽なのでしょうが…私は一際頑丈だったらしい。

 

 

 悪夢の再現にまさか当人達の容姿や人格まで含まれ…そのせいでもうすぐで壊れそうだった私の精神は再現されたモノと混じりあって__結果現在の『私』が産まれた。

 

 だから私は自分という個がない。

 

 さらにいえば混じりあった弊害でなかで暴れ、せめぎあって余計に私は不安定。そのせいで〈断章〉が不完全なのに不安定というどうしようもないことになっている。だから〈猫〉も不完全で不安定の結果私は現実が見えてない。

 

 だから目の前で私を追っていた狩人が串刺しにされていても、その周囲を霧が覆っていても私を眺めているだけ。

 疲れたら遊戯を休む。その先のことを今は考えない。

 

 現であれ幻であれ、碌でもない未来が待ち受けているのは必然なのだから。

 

 夢の中で頑張るのは馬鹿らしいでしょ?

 それと同じよ。

 夢の中で必死こいても瞳をあければ唯の泡。なにも残らない。決してね。

 

 

 

 

 林間合宿の被害は甚大でプロヒーロプッシーキャッツの二人が行方不明。爆豪が拐われ、残りのクラスは十九名は命に関わる傷もなかった。あくまで"傷"はだが。

 

 

 ……ある一名の生徒の安否は確認されていなかったがヒーロー、警察、ともに生きてはいないと見解だった。死体こそ確認されていないが、針にこびりついた血や臓器、腕などの部位がソーセージのように括られた物が無数に落ちている森。それを目のあたりにすれば誰もがその結論に至るのは自明の理だった。

 

 例え生きていたとしても痛みで…両者はその事実を伏せ、生徒達には爆豪と同じようにヴィランに拐われたとしか説明出来なかった。

 ヒーローの卵だとはいえ、いや卵だからこそ子どもに身近な死を教えることなど大人には出来なかったのだ。

 

 肥大化した体から雪乃の反応が出たのは両者とも疑問に思ったが雪乃の個性のことを考えればそれぐらいできるだろうと両者納得していた。

 

 雪乃がヒーロー科に入ってきたときから個性届の変更をよくしていたので最近知って遅れたのだろうと。

 

 だが、ある生徒にはそうは映らなかった。

 

 

 

 

 暗闇。

 夢から戻れば、目隠しをされているようで更に体は自由に動かなかった。縛られている…というのもあるが明確に体から異物感を感じるからおそらく椅子なにかに磔にされた上に、棒かなにかを標本のように突き刺している感じかしら。

 

 痛みを感じないのは〈黄泉戸契〉のせいか。

 

 なにも出来ない訳ではないけど動かさないようにしているなら無理矢理動く必要もないし、暇ね。

 

 珍しく〈断章〉も安定しているし暫く休憩しよう。

 

 夢の中で後処理に奮闘していたし、こんな暇も悪くない。暗闇が少しチクリとするのが不満だけどそれくらいは許容する。固定するためと思われる無数の棒も今の私なら気にならない。

 

 我ながらロクでないとこまで来てしまった。けど今はこの和らぎに浸っていよう__

 

 

 

 

__無理、やっぱり気になるわ。

 

 この囲まれているような圧迫感。〈軍勢〉ね。私が過去、逃した記録があるのは霧の男らしいから多分そいつはヴィランね。

 

 私が逃がすくらいだもの(ツキ)はなかなかね。まあ、標的にされた時点で安らかな眠りは消失した訳だけど、ヴィランはそんな未来はなかったか。

 

 取り敢えず姉さんに話を聞こう。悪夢の張本人だけど犯人に同情してしまう…なんて言ったかしら。あんな感じでむしろちょっと安心する。会話するのは至難だけど最近気に掛けてくれるから多分大丈夫でしょ。

 




個性届の変更という名の追加。
発火
+衝撃波、切断
+再生
+刀山
主に傷付けたものが現象として起きているので大人の腕とか、多分そういう発想に至ったんじゃないんですかね。

余談ですが雪乃さんがよく怪我をするのは筆者が痛かったところが主です。当時は耳と節々だったんでしょう。
最近は眼です。次回は眼が犠牲になるのでしょうか。


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