葛木さん家のお子さん (ぴんころ)
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第一話
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」
その呪文を唱えるのは未だ幼い少年。後ろにはスーツ姿の男性と紫のローブを纏った女性。見る人が見れば、その女性と呪文を唱える少年の間に霊的な経路が生まれていることはわかるだろう。
少年の眼前に広がる魔法陣はその女性が描いたものであり、神代の魔女である彼女による魔法陣というだけで、少年は詳しいところはまるでわからないがすごいものなんだ、と理解していた。
「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
少年の魔術師としての力量はそこまで高いものではない。
たった数日間、キャスターという女性が、彼が父親とともにお世話になっている柳洞寺にやってきてからの短い期間修行を受けただけだが、それだけでも師匠が神代の魔術師であるためにある程度は形になっていた。
「
今から少年がやるのはちょっとした不正。キャスターとは彼を拾い、育ててくれた父親である葛木宗一郎が契約をして少年が魔力を供給する間柄。彼が知る由も無いが、第四次聖杯戦争でランサーのマスターが行なっていたことと同じようなこと。
そうした契約をしている上で、少年がさらなる英霊召喚を行う。それが、最弱と呼ばれるキャスタークラスで召喚されたメディアによる不正、勝つための戦略。
幸いなことに、そんな不正を行ってもあまりある潤沢な魔力を少年は有していた。それが不可能であれば、キャスターは自分が召喚することも視野に入れていたから、その場合はこの世界の依り代になれないキャスターによる不正召喚なので『触媒の近くに縛られる』という縛りが生まれるために、そんな縛りもなく召喚できるのはアドバンテージとしか言いようがなかった。
「告げるーーー」
彼の右手には参画の令呪が、そして舌にも参画の令呪が刻まれている。柳洞寺近くの大空洞にある大聖杯にキャスターによる干渉が行われ、結果として彼には二つ目の令呪が発現した。
今回の召喚に際しての触媒は大聖杯そのもの。普段であれば聖杯に関するサーヴァントなど召喚に応じてくれるはずもないだろうが、これに関しては
「ーーー告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
キャスターは、今の葛木宗一郎とともに過ごす生活をずっと続けたいと願っている。
彼女の弟子として魔術を習っているタイミング以外では、彼女は少年にとっては母のようだった。
だから万が一にも消えて欲しくはなくて、こんな言葉を口にした。
『聖杯を持ったサーヴァントは呼べないの?』
キリストとか、と少年はメディアに告げた。
聖杯戦争に勝たなければ聖杯が手に入らない、と思っていて、さらには聖杯を持ったサーヴァントが聖杯戦争に呼び出しを受けて返答をするわけがないと思ったから放り投げていた可能性だった。
キャスターが勝ち抜く可能性と比べても低いものだが、触媒となりうるものがなかったために、聖杯を触媒にするのはそうおかしなことではなく、今に繋がっている。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
何が出てくるのかはほとんど博打のようなもの。
それでも、わずかな聖杯を所持しているサーヴァントの召喚の可能性にかけて、それが叶わなくとも願いの強さならば誰にも負けないと少年は信じて、豊富な魔術回路、潤沢な魔力量に任せて強引に流し込んでいく。
あまりにも雑な魔力行使に、背後で見守るキャスターはハラハラとした表情の中、一部の魔術師然とした思考でそれに対してのダメ出しを出している。
「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よーーーッ!」
全ての思いを乗せた
誰もが目を開けていられないほどの眩さ。それと同時に巻き起こる暴風。
それらは召喚時に付随する代物ながら、少年の踏ん張る力では耐えきれずに重量増加の魔術を、召喚に際して魔力を強制的に抜き取られながら行使しようとして失敗し、キャスターがそれをかけて少年を助ける。
少年が視線を魔法陣の中心に向けると一人の少女の姿がそこには見える。どこかの民族衣装のような服で身を包んだ、白銀の御髪に紅の瞳を持つ少女。
腰元に佩びた剣は、どちらかといえば鉈のような、狩をするための代物。
「サーヴァント、アルターエゴ。真名はシトナイにしたわ。外観に一番現れているのがシトナイのようだから。よろしくね、マスターさん」
「……」
その言葉に、けれどアルターエゴを名乗った少女を目にしている少年はぼうっとしている。
その頬は赤く、傍目から見ていたキャスターはなんとなく少年の抱いた感情を察したが、今はそれについては気にするタイミングではなかった。
「マスターさん?」
「え、あ、う、うん! 僕が、君のマスターだよ。アルターエゴ、でいいんだよね?」
「ええ。それで、そっちは……」
敵意は向けられない。
自らのマスターである少年が背中を向けて召喚をしていた以上、少年の敵ではない、と察したのだろう。
「それで、そっちのサーヴァントについて聞かせてもらえるかしら?」
それでも、未だ完全には信頼できないのか、マスターたる少年に向けたものよりも冷たい声で、アルターエゴはそう言い放った。
初回は短め。イリヤとシトナイのコンビとイチャイチャすることが目的。
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第二話
「ふーん、なるほどね」
状況を聞かされたアルターエゴの言葉はたったそれだけ。
キャスターも、アルターエゴの真名であるシトナイという名前から聖杯に関わる逸話が見られなかったために『聖杯を触媒にする』というのは失敗したと思っていた。
「いいわ、そういうことなら聖杯を作っちゃいましょう?」
「は……?」
だから、アルターエゴのその言葉は理解できないものだった。
彼女は、アルターエゴ・シトナイの成り立ちを語る。
「私は、聖杯戦争の時に聖杯の器となった少女を依り代に三柱の神霊を下ろしたことで生まれたちょっと特殊なサーヴァント。だから、そういう意味では私の肉体以上に聖杯と関わりの深いものはないし、そうじゃなくても聖杯を作るために使われた『ラインの黄金』は、大聖杯の周囲に溢れかえってる魔力で、私の召喚につられて実体化してるもの。神代の魔女なら、実物もある以上は新しい聖杯を作るぐらいできるでしょ」
「言ってくれるわね……!」
彼女の言葉通り、ラインの黄金はすでに実体化している。
故にあとは、『ラインの黄金を手にした者に無限の力を与える』という、呪いがかけられる前の性質を利用できるだけの魔術師がそれを加工するだけで聖杯は完成する。
幸いにも、目の前に実物があるために小聖杯程度であれば作ること程度では何も問題なく作れるだろう。
「それで、マスターさん。あなたの名前は?」
「えっと、僕は葛木純って言います」
まだ顔を赤くしていた少年……純だったが、アルターエゴの言葉に名前を名乗る。
「うん、よろしくね純」
その言葉とともに向けられた笑顔に、純はもう一度顔を赤くして、それを見ていたキャスターはこのままだと純は使い物にならないかもしれないわね、と心の中で思った。
「純、今日はもう遅いから寝なさい。アルターエゴも、純の護衛は頼むわよ」
新しく聖杯を作ってしまえば、この周囲に満ちる魔力を吸収して受肉程度であれば叶えられるようになるだろう、というキャスターの予想。それが完成するまでの間に純が死んでしまえば一巻の終わりなので、それまでの間の護衛、という役割もアルターエゴは持たせている。
聖杯を作るのにラインの黄金の伝承が使われているというのなら、ジークフリートあたりが呼び出されてくれれば楽だったのだが、という思いがキャスターにないわけではないが、あんなに可愛らしい女の子が来てくれたから結果オーライという思考もあった。
全部終わったら色々と着せ替えをさせましょう、と決めて、キャスターのやる気がさらに上がったところで純のその日の聖杯戦争は終りを告げるのだった。
純は、眠ることができなかった。
その理由は至極単純、アルターエゴがそばにいたから。
けれどそれは自分を殺し得るほどの力を持った存在が側にいるから、なんてことでは断じてなく。
ただ単純に一目惚れするほど綺麗な少女が側にいたから。
さらにそこに自己紹介に変なところはなかっただろうか、なんてことをはじめとした諸々の感情を抱いてしまって自己嫌悪に陥り、眠ることができなかった。
彼が自覚する中で最も醜い感情は、『聖杯なんて完成しなければいい』というもの。
アルターエゴの願いを彼は知らないが、その願いが叶ってしまった時点できっと彼女はここからいなくなるだろうという予感があった。
だから、完成しなければいいと思っていた。
母親代わりのメディアは、彼の父親である宗一郎といい感じの仲なのできっといてくれるだろうと思っていたが、アルターエゴに関してだけはそうは言えなかったから。
「そんなに怯える必要はないわ」
「え……?」
アルターエゴの言葉。
それに思わず、純は自分の気持ちがバレたのかと怖くなった。
「ちゃんとあなたのことは守ってあげるから」
「……うん、ありがとう」
そういうことではないのだが、それを口にすればどういうことなのかを語らなければならなくなる。
そのことを理解していたから、純はそういうことにしておいた。
彼女が安心させるために抱きしめてきたのが心地よかったので、そういうことにしておいた。
「それで、今日はどうするの?」
翌日、アルターエゴの言葉を受けて純は考え込む。
正直なことを言えば、ここにこもるという選択肢もないわけではないのだが、それはそれで理由が必要。
アルターエゴと一緒にいたい、というのが彼にとっては十分に理由なのだが、そんなことを当の本人に言えるわけもなく。
「んとー、まずはアルターエゴについて教えてもらえる?」
結果として、昨日聞きそびれたアルターエゴについての情報を知りたい、としか言葉にできなかった。
シトナイという英雄はアイヌの英雄であり、そこまで世界的にメジャーな英霊ではないので、その存在について純はほとんど知らなかったから。
「ええ、もちろん」
英霊としての能力だけではなく、純はどんな魔術を使って援護できるのかという話をしていれば時間は一気に過ぎて行く。
気がつけば夜になっていて、そのままうつらうつらと純がし始めたところで。
「マスター、敵よ」
静かにキャスターが部屋の扉を開いた。
その言葉に眠気を振り払って純は立ち上がった。
「敵はバーサーカー、真名はヘラクレス」
まだ聖杯戦争は開始していないが、開始前から動かない陣営なんて基本はいない。
先に準備をしておくのが基本となる。
その中でもバーサーカーはやることがわかりやすく、相手の準備が整う前に圧倒的な暴力で叩き潰すことだけ。
キャスターの根城が柳洞寺だというのはその工房としての完成度の高さからしてわかりやすいものだったために、そこを狙うのは当然のことだったと言えるだろう。
「アルターエゴ、今代のバーサーカーのマスターは、この時代のあなたということでいいのかしら?」
「ええ、その通りよ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、アインツベルンが作った最後の聖杯。今回の聖杯戦争における
「なら、どうにかしてヘラクレスを倒して彼女を確保する必要があるわけね……
とりあえず、今回は追い返すことをまず第一に考えましょう。まだ召喚されていないセイバー、あるいはアーチャー。……その辺りがトップクラスのサーヴァントであることを祈りましょう」
キャスターの宝具でそれを奪い、そしてキャスターが援護しながらヘラクレスを打倒する。
それだけが、彼女の思い描ける勝ち方。受肉だけが目的である以上、そこまで大量にサーヴァントを倒す必要はない。
キャスター、アルターエゴ、そしてセイバーかアーチャーのどちらか、それだけ生き残っていたとしてもキャスター一人の受肉程度であれば容易いし、そうでなくても聖杯を用意するという反則に成功すれば戦う必要すらもない。
だからこその今回限りの逃げの一手。
「あら、そんなことをする必要はないわよ?」
そこに、アルターエゴが待ったをかけた。
作者の書くssでは毎回最初の戦いはイリヤちゃんなのだ。
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第三話
「さあ、終わらせましょう。バーサーカー」
聖杯戦争開始前に脱落させるつもりで、イリヤスフィールはキャスターの根城にやってきていた。
バーサーカーが最強だと信じる気持ちは強く、たとえ工房が完成していたとしても負けるとは思わないが、それでも面倒になるところは早く終わらせてしまいたい気持ちもあった。
衛宮士郎という男を殺すことを個人としての目的で来日したイリヤスフィールは、そちらにたっぷりと時間をかけるためにも潰せる輩は先に潰す予定だった。
そんなつもりで彼女は柳洞寺の門をくぐり、正面の階段から山門を見上げる。
「え……なんで……」
そこで、見るはずもない存在を目にした。
そこにいたのはバーサーカー。彼女が乗っているのもバーサーカー。
つまりバーサーカーが二騎存在しているというわけで、彼女はたったそれだけで混乱の極地に至った。
彼女は知らないことだが、山門で構えるバーサーカーはアルターエゴによって呼び出された彼女の守護者。
”イリヤスフィール”という少女に対して傷をつけることをせず、”イリヤスフィール”という少女を傷つけようとするのであれば、それが自分であったとしても許すことはない。
『■■■■■■■■■■■ーーー!』
二人が同時に咆哮し、全く同じ軌道で飛びかかる。
先手必勝、やらねばやられる。
全く同じ思考を持つ鉛の巨人は、真正面から全く同じ拳を叩きつける。
同一の英霊、同一のクラスともなれば、そのぶつかりあいを制するのは間違いなくマスター同士の力量差。
そういう観点で言えば、間違いなくイリヤスフィールは最強。
”マスターとしての性能”だけを見るのであれば、間違いなくこの二人のコンビは最強だった。
「バーサーカー!?」
けれど押し負けたのはイリヤスフィールのバーサーカー。
なぜ、ありえない、そんな気持ちで彼女は叫ぶ。
「ふふっ、これも当然よね」
それを彼女の視界に映らない程度には遠くから眺めていたキャスターは、アルターエゴの能力に思わぬ副産物があったことに余裕を持って微笑む。
アルターエゴの持つ魔術で召喚された”守護者”は彼女の依り代がもっとも信用していたバーサーカー。
純は豊富な魔力を持つために、この霊脈の恩恵を受けられるようにキャスターの手で調整されている現状、バーサーカーのスペックをイリヤスフィールと同等にまで押し上げられる。
よって、マスター同士の力量差はほとんど存在しない状態であり、さらに”マスターによる援護”という点も、今動けないマスターの代わりに
「頼んだわよ、アルターエゴ」
「わかってるわよ、キャスター」
アルターエゴから念話が返ってくる。
彼女はキャスターからも少し離れた場所からその光景を眺めている。
バーサーカーが一切の遠慮なく戦うにはそうする必要があると今の彼女は知っていて、そして何よりも今の彼女であればバーサーカーの援護をすることもできたから。
あそこのイリヤスフィールのようにただ呆然と眺めるだけしかできないわけではなく、サーヴァントとしての力をも従えてきた今のシトナイならばバーサーカーを勝たせるための援護ができる。
その事実が、彼女を少し離れたところに導いていた。
そんな彼女の絶対の信頼を受けて、バーサーカーは吼える。
全く同一の技術と思考を持つために純粋なステータス差と援護が明確なまでの効果を持つ状況まで来ているために、所詮はマスターとして最高峰でしかないイリヤスフィールでは魔術師として最高峰のキャスターには敵わない事実が、はっきりと見て取れる。
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
「バーサーカー!」
拳が、Aランクを超える威力を叩き出してイリヤスフィールのバーサーカーの心臓を打ち抜く。
『
彼女は、バーサーカーを最強だと信じていたが、信じていたからこそ全く同じヘラクレスという英霊と戦うことになったこのタイミングで疑問を抱いてしまった。
それゆえの悲痛な叫び。その叫びの根底はバーサーカーへの信頼だからこそ、彼女の言葉に奮起してイリヤスフィールのバーサーカーも吼えた。
「アオォォォォォン!」
そこに、さらなる介入者が。
誰の瞳にも明らかな乱入者はシロクマ。
バーサーカーの瞳はそれが宝具だと看破して、同時にそのシロクマもキャスターの強化を受けてバーサーカー同士の取っ組み合いに対して肉弾戦車となりながら特攻する。
ランクEXの精霊宝具。その全力をアルターエゴのバーサーカーが蹴り出す形でさらに勢いをつけてイリヤスフィールのバーサーカーの体に突撃させる。
ヘラクレスの耐性は、元々の威力ではなく最終的な威力によって抜けるかどうかが変わってくる。
彼一匹の全力+キャスターの援護魔術+バーサーカーの蹴り出しによって、その一撃は十二の試練を抜く程度には強力に、一回分の命を奪い取った。
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
そうして一回死んだために完全蘇生までの間、わずかに動きの緩んだイリヤスフィールのバーサーカーにアルターエゴのバーサーカーが絡みつく。
それは彼が師匠から習った世界最古の格闘技、拳闘と組技を組み合わせた『
全力で押さえ込めという命令を実行するための動きは、彼の体が覚えていた。
宇宙一の腕力で抑え込まれたイリヤスフィールのバーサーカーは、その視界にキラリと光った何かを見た。
その先にいるのはイリヤスフィールとまるで同じ容姿の、けれどイリヤスフィールとは似ても似つかぬ戦闘能力を内包した少女。
それがイリヤスフィールのバーサーカーに対して、わずかに哀悼の意が混じった視線を向けていたために反応に遅れた。
「バーサーカー!」
直後、突き刺さったのは歪な形をした短刀、その真名を『
本来ならば十二の試練によって刺さるはずもない武器なのだが、刺した相手に対して能力を発揮する関係で、その武器に対する強化魔術そのものは不可能ではない。
さらにそこにアルターエゴの宝具『
それら後付けの強化によってバーサーカーの肉体に刺さるようになった、ありとあらゆる魔術を初期化する能力を持ったその短刀の効果によって、バーサーカーとイリヤスフィールの間に結ばれていた契約が解ける。
「ダメェェェ!!」
言葉は遅く、イリヤスフィールとバーサーカーの間の契約は完全に解けた。
バーサーカーが生き残る道はたった一つ、その魔力で編まれた肉体が完全に消失するよりも先に再契約を果たすこと。
けれど、そんなことをされてはバーサーカーとイリヤスフィールの間の契約を絶った意味がない。
キャスターが『高速神言』によって転移魔術を完成させる。
その対象はイリヤスフィールであり、バーサーカーがその転移の魔術から連れ出すことは抑え込まれている現状不可能。
数秒後イリヤスフィールはその場から消失し、バーサーカーも完全消滅するまでの間、アルターエゴが召喚したバーサーカーによって抑え込まれたままなのだった。
いやー、
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第四話
「マスター、この子はどうしましょうか」
アルターエゴも聖杯と言えるとはいえ、この世界の聖杯とは形式が違う可能性もあった。
そのためにイリヤスフィールも確保したのだが、確保して眠らせたイリヤスフィールの肉体についてはすでに解析済み。
新しい聖杯を作るのに際して、聖杯の形式を理解したことはかなりの進歩なのだが、この後イリヤスフィールをどうするのかについてはまだ決まっていなかった。
一応、殺さないことに関しては確定している。
彼女の利用価値としては豊富な魔力を利用しての魔力タンク、という程度しかないのだが、魔術回路を移譲しようにも彼女は全身が魔術回路である以上、下手なことをしてしまった場合には死んでしまい、全く利用できなくなってしまう。
だからと言って性行為によるパスの作成をしようにもまだマスターである純は幼いためにそういう行為についての知識はない。
ついでに言えば、アルターエゴに一目惚れした彼に全く同じ顔の少女を犯させることは彼女の良心が断じた。
特に、彼の父親である葛木宗一郎に懸想している身としては、彼はあるいは自分の息子になるかもしれない存在、まともに育てたいと思うのは勝手ながらもすでに自分が親になった後のことを妄想していたキャスターとしては当然のことだった。
そして、それに比べれば小さいが、お人形のようなイリヤスフィールを着せ替えしたい気持ちがキャスターにないわけがない。
正直、イリヤの持つ特性である『願いを過程をすっ飛ばして叶えられる』というのも彼女からすればそこまで惜しいものではない。
これが特異な、例えば宝具投影なんてことができる存在であれば礼装にするのも当然だったが、イリヤを使ってできることは、正直キャスターレベルの魔術師としての力量があればなくても問題ないものだった。
「え、えっと……ひどいことしないでほしいな」
「ええ、それは当然よ。そんなことをしても意味がないものね」
その言葉に純はホッとした様子。
魔術師としての心構えなども教えられていたために、必要とあらばどんなこともしでかしてしまえる人物と認識していたために。
「ただ、彼女のことは逃しちゃダメよ? こっちの情報が誰かに漏れないとは限らないんだから」
この寺の
逃してはいけない理由を明確にすることで、純にあの少女の管理をさせる。
ついでにその中で二人がお互いに惹かれあって、なんてことになってくれればそれこそ幸いかしら、とメディアは母親面して考えていた。
ストックホルム症候群に関しては考えないことにした。
「それじゃ、まずはこの子をあなたの部屋に運びましょうか」
「ええっ!?」
「あら、当然でしょう? これからはあなたがこの子を管理することになるんだから」
息子の恋愛模様を後押しする母親はこんな気持ちなのかしら、と思いながらキャスターはイリヤスフィールを少年と同じ部屋に放り込んだ。
「キャスター……!」
後ろから聞こえた助けを求めるような声は無視することにした。
そうして部屋に残された純と、今もまだ眠っているイリヤスフィール。
一応魔術の効果が切れればすぐにでも目覚めるだろうし、その辺りの実力に関しては疑っていなかったが、それでも実際に目覚めるまでは安心しきることはできなくて。
「う、ううん……」
だから、目を覚ました時に純はとてもホッとしていた。
その心配の感情が消えたことで軽くなった気持ちで、イリヤスフィールに話しかける。
「よかった、目が覚めたんだね」
「あなた、誰……?」
イリヤスフィールからすれば目を覚ませば見知らぬ場所で、見知らぬ男の子がこちらを覗き込んでいたという状況。
少しすればキャスターに敗北したのだと頭が働いてわかるのだろうが、今の彼女にはわからなかった。
「僕? 僕は純。葛木純。一応、キャスターのマスターをやってます」
「マスター……!?」
その言葉で目を覚ましたらしく、とっさに起き上がって後ろに下がる。
そしてバーサーカーを呼ぼうとして、すでにそのラインがどこにもつながっていないことを把握する。
殺意を込めた視線を向けそうになって、そこで一旦思い直す。
それは別に自分から攻め込んだからとかそういうわけではなく、城の方に残している二体のホムンクルスのことが気がかりだったから。
殺してしまっては脱出が難しくなる。そう思ったからこその、怒りの飲み込みだった。
「ねぇ、ジュン」
声は、異様に甘えたもの。
それには多少の魔力が乗っていて、魔術体系の中では
それを利用して、マスター自身の手でイリヤスフィールの脱出を手引きさせようとした、今の彼女ができる精一杯。
それにしっかりとかかったのか、純の瞳から光が消える。
あまりにも簡単に魔術がかかったことにイリヤスフィール自身疑問を抱きながら、それでも効果を発揮したのならそれでいいかと考えることをやめた。
「私、家に帰りたいなぁ……?」
「……うん、わかった」
それで茫洋とした瞳でイリヤスフィールの言葉に従うようにして純が部屋の扉を開いて、彼女が逃げるのを後押ししようとして。
「ダメに決まってるでしょう」
部屋の前にいたキャスターによって昏倒させられた。
その姿に、一度も見たことはなかったが彼女が何者なのか気がついたイリヤスフィールは吠える。
「キャスター……!」
「ええ。全く、油断も隙もない。気がついてよかったわ」
サーヴァントのステータスはEランクであったとしても人類最高峰。
キャスターもその例には漏れずに、イリヤスフィールの抵抗を強引に押し切って彼女に腕輪をつけさせる。
魔封じの腕輪、彼女がさっと用意した二日間程度しか保たないであろう魔術師を魔術師として機能させないための礼装。
『
それだけの時間があればもっと強力な魔術回路の活動を停止させるための礼装を作ることができるために、一時だけ防げればそれでいいと作ったもの。
それが、イリヤスフィールの腕につけられた。
「
メディアは、愛の神によってイアソンを愛させられた存在である。
そのため、魔術によって強制的に愛させることは大嫌い。それを行なっていたイリヤスフィールに対して冷たい視線を向けるのも仕方ないことだと言えるだろう。
そして同時に、アルターエゴに一目惚れした純がイリヤスフィールに対しても好意の色を向けているのはわかっているので、それを利用したことも許せなかった。
高速神言によって紡がれたのは理性を蕩かせる魔術、それが純にかけられた。
誰かのことが好きという感情、誰かのことを愛しているという感情が最終的に男女の惚れた腫れたに行きつけば結婚に至り、そして最終的には子供を作ることになる。
彼女が、弄んだ純の恋愛感情で身を滅ぼすのは少しばかり痛快なことになりそうだったので、その方法を選んだ。
あとで純が悲しむだろうな、ということも、自分が彼女がやったこととまるで同じようなことをしていることも理解していて、自分のいっときの怒りに身を任せた。
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第五話
「キャスター、なんのつもりかしら」
純の理性を溶かして獣慾に身を委ねさせた後、キャスターはその部屋から出て聖杯の作成に戻ろうとしたのだが、その道すがらにアルターエゴが待っていた。
その瞳はとても冷たい。今、己のマスターが何をしているのか、そしてそれがキャスターの手によって行われたことだと理解していたから、
「あら、魔術師としては弟子に色々と仕込むのはおかしなことではないでしょう? そうでなくても目的はちゃんとあるわよ。……まずはイリヤスフィールから反抗する気を奪うことでしょ」
それに、と告げる。
少しばかり今の状況は面白いことになりそうだと思ったから。
自分が息子のように思っている相手に
だから、ちょっとしたことを暴露することにした。
「あの子も叶わぬ恋心を抱き続けるよりも、同じ時間を歩めそうな女の子相手に責任を取らざるを得ない状況に追い込んですっぱり諦めさせてあげたほうがいいでしょう?」
「え、何、マスターさん恋愛してるの」
やっぱり気がついていなかったのか、と端から見ればわかりやすすぎた恋心が、当の本人には未だに気がつかれていなかったことにキャスターはため息をつく。
誰々、と女の子らしく恋バナは好きなのかアルターエゴはそれに食いつき、キャスターは意地悪く笑う。
まさしく魔女としか言えないような笑みだった。
「あら、気がついてなかったのかしら? どこからどう見てもあなたに一目惚れしてたじゃない」
「…………え?」
アルターエゴの笑顔が固まる。
それはまるで予想外だったと言わんばかりに。
ただ、彼女の依り代のイリヤスフィールがこの第五次聖杯戦争に使われているイリヤスフィールと同型機であるのなら、それも仕方ないことなのかもしれない。
そもそも第五次聖杯戦争のためにチューニングされている彼女は、そこまで長くは生きられない。
よって恋をするようなことも、恋心を向けられるようなこともなかったと見ていいのだろう。
だから、近しい人物が自分に対して恋愛感情を抱いていると言われてどう反応すればいいのかまるでわからなくなった、というのがキャスターの読み。
「聖杯を手に入れた後にあなたが何を願うのかまでは知らないけど、どうせその願いを叶えて消えるか、受肉して何かしたいんでしょう? そこに純が介在する余地なんてないじゃない。それがわかってるんだから、多少強引にでも純の気持ちの矛先を変化させておくのはそこまで悪いこととは思わないけど?」
けれどそんな言葉はアルターエゴには届いていないらしい。
「あー、うん、そっかー、そうなんだー」
顔を赤くして、明日からどのようにして顔を合わせればいいのかと悩み、ついでに”イリヤスフィール”相手に性行為をしている現状に、なんとなく恥ずかしくなっていたために。
そういうものだと割り切れない様子に、これは脈ありかしら、と余計なことを考え始めるキャスター。
ここでさらに介入したらまた拗れそうではあるのだが、それでも脈ありなのを潰してしまいそうになっているのはまた事実なので、その最後の一線程度は残しておいてもいいかな、と思っていた。
「あなたが望むなら、彼に盛る薬を用意してあげるけど?」
間違えないで欲しいことだが、キャスターは別に事態を混乱させたいわけではない。
イリヤスフィールを襲わせているのは、アルターエゴに対する恋心が多分叶わないだろうから早めに吹っ切って欲しいという親心も結構大きいのだ。
そしてそれと同時に、アルターエゴに対しての恋心が叶う可能性があるのなら、できることなら彼の恋心を成就させてあげたいとも思っている。
それが、全て純にそこまでいい影響を与えないだけなのだ。
「……うん、そうね。お願いできるかしら?」
別にアルターエゴはまだそういう目で見ているわけではないが、少し冷静になってくるとそれがキャスターの魔術の影響とはいえイリヤスフィール相手に性行為をしているのに自分を相手にしては抑えるというのが納得がいかなかった。
とりあえず、無理矢理に理性を溶けさせて近くにいる女を本能だけで襲う状態にするのではなく、少しばかり理性による縛りを緩くして自分から襲わせないとなんだか納得がいかなかった。
そこから先のことは何も考えていない、ただ自分が気にくわないために行うだけの予定だった。
そんなことを考えている時点で冷静ではないだろう、というツッコミを入れる人物は誰一人としていなかった。
夜は更けていく。
キャスターとアルターエゴは密約を交わし。
宗一郎は何が起きたとしても問題ないように、すぐにでも起きることができるようにしながら眠っていて。
純とイリヤスフィールは性行為を行い。
アルターエゴが呼んだバーサーカーは、山門で他のサーヴァントが攻めて来た時のために鎮座していた。
「ん……」
そして翌朝、イリヤスフィールは目覚めた時に目の前にあった純の顔に、ここはどこだ、こいつは誰だと頭がパニック状態になったが、自らが裸だということと無理矢理に破かれた己の服、そしてジンジンと痛む股から昨晩の出来事を思い出した。
「あー……」
今も横で眠っている少年に対して怒ろうか、とも思ったが、よくよく考えれば彼はキャスターによって操られたようなものだから彼に対して文句を言うのはおかしい。
キャスターの言葉では、この少年は普通にイリヤスフィールに対して恋心を抱いているかのような様子が見て取れた。
それなら、普通に籠絡してしまった方がいいかもしれないと考えて少年の目覚めを待つことにした。
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第六話
その日の朝、食卓は地獄と化していた。
イリヤスフィールがいきなり追加されたために、そんな彼女がいてもおかしくはないようにキャスターが柳洞寺全体に対して暗示を使い、さらには宗一郎に対して謝りながらも聖杯戦争についても話し合うためにアルターエゴも現界していたのだが。
「……」
「……」
その二人がニコニコと笑いながらも無言で見つめ合っている光景に宗一郎以外の誰もが恐ろしいものを感じていた。
いや、宗一郎も感じているのかもしれないが、少なくとも表には出していなかった。
『ちょ、ちょっとキャスター! これどうなってるの!?』
『さあ、どうなってるのかしらね?』
キャスターはそれでも冷静を装って、戸惑っている純相手に平然とした様子を見せる。
そんな中、この空気を作り出した原因である二人は機嫌が急降下している。
純の昨晩の記憶は、イリヤスフィールが部屋に連れ込まれて自己紹介をした直後から全くないのだが、なぜか今朝目を覚ませばイリヤスフィールは裸で純と同じ布団の中にいて機嫌が良さそうに純のことを眺めている、というような状況。
性的なものに興味を抱き始める年齢なのでなんとなくやらかしたことには察しがついていたのだが、それ以上はわからない。
さらにそこにいきなり機嫌が急降下しては、もはや彼の頭では全く理解できない。
「ねえ、ジュン。この女、誰なの?」
「あら、
イリヤスフィールは、自分に対して恋愛系統の感情を抱いてくれているのか、と見た目にはそこまで変わらない年齢の少年に対して少しだけ心を許しかけていて、けれどアルターエゴを見たことでこっちと見た目が似てたから気が緩んでいただけなのではないか、と。
アルターエゴは、自分に対しては特にそういう劣情を向けていないのに、(キャスターの補助ありとはいえ)イリヤスフィールにだけそういう感情をぶつけていたことに対しての怒り。
特にアルターエゴは、イリヤスフィールが自分と同一の存在であることを知っているために、彼女に対してぶつけているくせに自分にはぶつけられないというのが納得がいかない。
相手が自分だからこそ負けられない、女の魅力的な部分での問題があった。
イリヤスフィールはそんなことはわかっていないが、他人と似ているから襲われたでは納得がいかないので因果を逆転させることにした。
最終的に自分じゃなくてはダメだという状況にしてしまえば、最初に襲われた時のこともイリヤスフィールでないとダメだったということの片鱗が見えていた、ということにしてしまえる。
『惚れた女に似ていたから犯された』ではなく、『その時点でイリヤスフィールに惚れていたから犯してしまった』ことにしてしまえば、この
二人のイリヤスフィールによる女のプライドを賭けた戦いが静かに始まっていた。
「ねえ、マスター」
朝食を終え、キャスターが聖杯の作成に戻り宗一郎が学校へ向かった後、アルターエゴが純に話しかけた。
それが開戦の合図。
「今からちょっと私の部屋まで来てくれないかしら? ちょっと聖杯戦争について話し合いたいことがあるんだけど」
「あ、うん。わかったよ」
アルターエゴの誘う声。
純はそこにどことなくこれまでのお姉さんっぽい様相とは何か違うところを感じ取ったが、その正体にまでは気がつかない。
忘れてはいけないことだが、彼女は『イリヤスフィールでもある』のだ。
その子供っぽさもしっかりと持っていて、されど純は未だ『魔術師』であるイリヤスフィールとしか話をしたことはないので、そのことには気がつかない。
ついでにアルターエゴがイリヤスフィールに向けて勝ち誇ったような笑みを向けたことにも気がつかなかった。
「マスター」
「ア、アルターエゴ……?」
部屋に連れて行かれると、そこでようやくアルターエゴの雰囲気がおかしいことに気がつく。
気がつけば、純は押し倒されていた。
「イリヤスフィールとエッチなことをしたのよね」
「いぃっ……!?」
いきなりの言葉に驚く。
その瞳はどこか楽しそうなものであるにも関わらず、純は責められているような気がしてしまう。
特に、姿形は同じ少女だっただけに。
「大丈夫、別に責めてなんてないわ。
ただ、あの子に対してしたことに思うところがないわけではないけど……」
「せ、責めてないならなんで……」
「思うところはあるって言ったでしょう?」
アルターエゴはちろりと舌で純の鎖骨のあたりを舐める。
純はパニックになって気がつかなかったが、アルターエゴも顔を赤くしている。
普段であれば取らないような行動を取れるのは、自分にだけは負けられないという思いゆえか。
「ねえ、マスターさん。私ともエッチなことしましょ?」
その言葉は大層甘く、心地よく純の心の中に響いて。
前日にアルターエゴの言葉を受けてキャスターによって用意されていた、少しばかり理性を緩くする薬を盛られた料理を食べていたことで純の心は揺らぎ。
昨晩の、出会ったばかりのイリヤスフィールに対して行った性行為はきっと襲ったのだろう、と予感できていた純には相手から誘われている、それも一目惚れした相手からという状況は我慢が効くようなものではなくて。
「あ……」
気がつけば、押し倒していた。
誰かに負けるのはいい。でも自分には負けられない(女の魅力的な意味で)な状態の二人のイリヤちゃん。
間違えてはいけないのは、負けたくないだけで今の所は別に恋心はないということ。
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