TSホモ (てと​​)
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TSホモ 001

 

「……冬也(とうや)くん、起きて」

 

 中性的で澄んだ声が、俺の鼓膜を優しく震わせた。

 それと同時に、肩に手が置かれるのを感じる。ゆらり、と控えめに揺さぶられた俺は、意識を徐々に浮上させた。

 

「……あー…………」

 

 机にうつ伏せで寝ていた状態から、ふいに頭を上げる。ほかの生徒たちはもう教室を出て行ったり、あるいは弁当を取り出してグループに固まっていたりしていた。

 

 ――いつの間にか、授業が終わって昼休みになっている。

 思いっきり居眠りしてしまったことに、ばつが悪い気持ちになりながら、俺は隣に立っているクラスメイトを見上げた。

 

「……目が覚めた?」

 

 くすりと笑う表情はあどけなく、まるで幼い子供のようだった。背の低さもあってか、同い年のはずなのにずっと年下にも見える。

 その髪はやや癖があって、ふんわりとした印象だった。そして顔立ちは繊美で、たおやかさも感じられる。

 美少年とは、まさにこのことだろうか。女性服を着たら、普通に少女と間違えられそうなほど可愛らしい容姿をしていた。

 

「……だ、だいじょうぶ?」

 

 ぼんやりと無言でいる俺を心配したのだろうか。わが親友たるクラスメイト――玲利(れいり)は、不安げな色を瞳に浮かべていた。

 

「……ああ、いや。大丈夫だいじょうぶ」

 

 俺はそう言いながら、苦笑をした。

 

「高崎先生の授業、なんであんなに眠くなるんだろうなぁ。気づいたら意識がなくなってたし」

「……寝不足なんじゃない?」

「いや、睡眠時間は普通なんだけどな。……あの喋り方が、どうにも退屈すぎて」

「あー、ちょっとわかるかも」

 

 抑揚がなく淡々とした口調で授業を進める彼の授業は、生徒たちからの評判がすこぶる悪かった。まあ居眠りしたり別のことをしていても、けっして怒らず無視するという割り切ったスタイルは、ある意味で楽といえば楽かもしれないが。……そのぶんテストは容赦ないけど。

 

「授業の合間にコーヒーでも飲んだら? ほら、最近はペットボトルのやつ、いっぱい売ってるし」

「……そういえば、コンビニでやたらと見かけるようになったな。こんど試してみるかぁ」

 

 俺は玲利と、そんな他愛のない会話をしつつ。

 財布を持って、一緒に教室を出ていく。

 

 二人とも弁当派ではないので、いつもコンビニか学内購買でパンなどを買って食べるようにしていた。今日はどちらも通学時にコンビニへ立ち寄っていなかったので、購買で食料を確保しなくてはならない。

 

 昼休みの廊下を並んで歩きながら――ふと玲利を横目で見る。

 俺の目の位置と、彼の頭の位置は、ほぼ同じくらいだった。べつに俺が長身というわけでなく、たんに玲利の背が低いだけだ。こちらが170センチに対して、向こうが150センチ後半くらいだったか。男子高校生としては、かなりの低身長だろう。

 

 その外見も、そして声も。男性的な二次性徴が薄いことから、男性ホルモンの影響が少ないことは明白だった。センシティブな問題なので本人に尋ねたことはないが、もしかしたら何らかの性腺機能に関わる疾患を抱えているのかもしれない。

 まあ、日常を見るかぎりでは健康そのものなので、わざわざ気にする必要もないのだろうが。

 

「……出遅れたな」

「もう……冬也くんが寝ているから」

 

 購買所は生徒の並ぶ列が伸びていた。

 パンが全部なくなる、ということはないが、たぶんカウンターにたどり着く頃には人気商品は消え去っているだろう。並ぶのに遅れると、大抵はサンドイッチや総菜パンが売り切れて菓子パンだけが残るのだ。昼に甘いものだけ食べるのは、健全なる男子高校生にとっては少し物足りなさがあった。

 

 今日の昼食には期待できないな――

 

 そう思っていたのだが。

 並び待ったすえに、ようやく自分たちが買うタイミングとなり。

 ふと什器を覗くと、なんとコロッケパンが一つだけ残っているではないか。

 

 なんたる幸運か。これはもう運命である。このコロッケパンは俺に食われるために生まれてきたのだ。

 などと大袈裟に考えながら、手を伸ばした時――

 

 すっ……と隣の華奢な手が、俺のコロッケパンを奪っていった。

 

「おい」

「え? なに?」

「すっとぼけるなよ。そいつは俺のだ」

「ボクが先に取ったんだけどー?」

「うぐぐ……」

 

 子供っぽい口ぶりでわがままを通し、さっさと会計を済ませてしまう玲利。どことなく上機嫌な横顔を見ると、どうにも文句を言う気も失せてしまった。仕方なく、俺は残っていた菓子パンを適当に見繕って購入する。

 そして自販機で飲み物も買って、ようやく昼食の準備も整った形となった。俺たちは教室に戻るべく、また廊下を並んで歩く。

 

「…………」

「……怒ってる?」

「いやーべつにー」

 

 俺は口を尖らせて棒読みし、さも不機嫌なように装ったが、あくまでも冗談である。玲利もそれをわかっているので、おかしそうにクスクスと笑った。

 ふいに彼はコロッケパンを俺に見せると、少し上目遣いで若干はにかむような表情を浮かべて、ぽつりと言葉をこぼす。

 

「――はんぶん」

 

 呟きの意味が理解できなかった俺は、眉をひそめて彼の顔を直視した。その視線が(おも)はゆかったのか、玲利はぷいと顔をそむける。彼の柔らかな髪が、少し艶っぽく揺れた。

 

「………はんぶんこ、しよ?」

 

 それは、まるで恋人が食べ物を分け合う時のようなセリフだった。言葉を紡いだ玲利の口は、控えめで淑やかな笑みが浮かんでいる。男子高校生らしくない顔と雰囲気だった。

 こいつが女性だったら、さぞや男子から人気が出るだろう。そう確信してしまう程度には、玲利の容姿と振る舞いは可愛げがあった。

 

「……お前さぁ」

「え、なに……?」

「…………あー、なんでもない」

 

 迂闊にも、つね日頃から抱いている疑問を口にしそうになってしまい、俺は首を振った。なんとなく、そうではないかという臆見はあるが――確証はない。

 だから確認はしないほうがいいだろう。

 変なことを言って、意識させてしまっても嫌だから。

 

 どこか、もどかしさのようなものも感じつつ――

 俺は玲利に、自分の抱えているパンを見せた。

 

「――メロンパンとチョココロネ、どっちがいい?」

「んん……うーん、なやむ……! ……チョココロネの気分かなぁ?」

「おっけー。じゃ、半分ずつ分け合おうぜ」

「……うん。ありがと」

 

 やや照れたように、玲利は笑顔で頷いた。そもそも礼を言うべきは、もともとコロッケパンが食べたかった俺のほうなのではなかろうか。微妙に納得がいかない部分ではあったが、気にしたらいけないような気がした。

 

 ――そんなこんなで、教室に戻り。

 俺は自分の椅子を、玲利の机の横に移動させた。横着なやつは人の座席を勝手に使ったりしているが、玲利の四方はみんな女子生徒の席なので、さすがに椅子を借りる勇気はなかった。

 

 教室に残っている生徒は半数くらいだろうか。大人数の女子グループが空き教室に行ったり、部活グループが部室に集まったりしているため、昼食時の教室はそれほど混雑していなかった。

 高校二年の晩春ともなれば派閥がだいたい固まっているもので、教室で見かけるメンツはいつも同じだった。かくいう俺も、もうずっと昼は玲利とつるんでいる。ほかのクラスメイトからは、俺たち二人はお馴染みのペアとして見なされていることだろう。

 

 ――この一年ちょっとの間に、ずいぶん仲がよくなったものだ。

 去年から同じクラスである玲利との日常を振り返って、ふとそんなことを思ってしまう。

 

 最初に会話をしたのは、入学式の翌々日だったろうか。

 それまで午前で終わっていた日程と違い、その日は午後まで授業があるので、当然ながら昼休みがあった。学校生活の初動というやつは重要なもので、みんなぎこちないながらも必死にグループに入りこもうとしていたのが印象に残っている。そんな中で、俺はふとクラスメイトの動向を眺めて――困ったように佇んでいる玲利に気づいたのだった。

 

 まだほんの数日でしかなかったが、それでも彼が教室で少し浮いているのは知っていた。一年前の玲利は今よりもさらに幼い顔つきで、女子生徒が男子制服を着ているのではないかと勘違いしそうなくらいだった。その女性的すぎる外見ゆえに、彼に声をかけるのをためらう男子が多かったのも納得がいくところである。

 

 自分から積極的に行動するような性格には見えなかったし、ほかの誰かが声をかける様子もない。

 それを理解してしまった俺は、仕方なく玲利に話しかけていた。

 

『――こっち来て、一緒に食おうぜ』

 

 そう言った直後、玲利はどぎまぎした表情で、けれども嬉しさをにじませた笑顔を浮かべて頷いたのを覚えている。

 そんな感じで彼を気遣って過ごしていた結果、グループが細分化されていくにしたがって、俺は玲利と二人でいることが多くなった。それがずっと続き、今もこうしているというわけである。

 

「――でさぁ、昨日ようやくイベントのやつクリアしたんだよ」

 

 パンを食べおわり、自販機で買ったカフェオレを飲みながら、俺はスマホのゲームを起動して言った。

 玲利のほうが食事スピードが遅いので、まだ彼の手にはパンが残っていた。俺が買ったチョココロネのやつである。

 コロッケパンの時のように半分にちぎると、中のチョコがこぼれそうでどうしたものか――という問題に直面したのだが、俺が半分食べてから残りをもらう、という玲利の提案で“はんぶんこ”は解決した。ひとが口をつけたものでいいのかという思いもあったが、本人はまったく気にしていないようだ。チョココロネを食べる玲利の表情は、幸せそうに甘く緩んでいた。

 

「んー……あの、むずいやつ?」

「そう。敵がクソみたいにタフなチャレンジクエスト」

「……ボク、あれ諦めちゃった」

 

 もぐもぐ食べながら、玲利はそう肩をすくめる。

 一年ほど前からスマホのRPGをプレイしているのだが、どうやら俺がやっているのに興味が湧いたらしく、玲利も数か月前から同じゲームを始めていた。とはいえ、さすがに半年以上の差があるので、攻略スピードは彼のほうがいつも遅かった。

 

「復刻の時にでもやればいいかなぁ、って」

「何年後だよそれ? というか、お前の手持ちならクリアできるはずだぞ」

「えぇー本当にー?」

「あれは単体特化のキャラを先頭に入れてだな……」

 

 イベントで先行した俺がアドバイスする……などというやり取りも恒例行事である。俺の丁寧な解説を聞きながら、玲利はどこか楽しそうに相槌を打ったりする。

 ようやくチョココロネも食べおえた彼は、お茶を飲んで一息つくと――ふいに椅子を動かしてきた。

 俺の隣に、椅子をくっつけて。横からスマホを覗きこむように、体を近づけてくる。

 

「……ねえ、見せてもらっていい? 編成とか」

 

 ニッコリと笑みを浮かべる彼に、「ああ、いいけど……」と返す。手元のスマホ画面を、二人で共有して眺める。同じ角度からでないと見づらいので、必然的に顔同士の距離も縮んだ。

 

「俺が採用したのはこのキャラなんだけどさ――」

 

 言いながら、スマホを操作する。キャラ情報を表示した時、玲利はさらに身を寄せてきた。その華奢な肩が、少しだけ接触する。わずかに熱が伝わってくるような気がした。

 

「……それ、ボク持ってないや」

「べつにほかのキャラでも代用できるぞ。たとえば――」

 

 話を続けるにしたがい、徐々に玲利の顔が近づいていることに気づいた。画面を見ることに夢中になっているのだろうか。横目でうかがうと、彼の顔立ちが間近で確認できた。

 さっきお茶を口にしたばかりだからだろうか。玲利の唇は瑞々しく湿っていた。妙な色っぽさを感じて、あわてて俺は視線を逸らす。

 

 ――どうにも、最近は玲利の様子がいつもと違って見えることがある。

 それは彼の振る舞いが微妙に変化しているからか、それとも俺の意識の問題なのか――あるいは、両方によるものか。

 

 なんとなく、思っていることはある。

 俺はべつに鈍感な人間ではないので、他人の機微はそれなりに捉えることができる。相手が自分に対して、どんなふうな感情を抱いているのか。ある程度を察することは、難しいことではない。

 

 だからこそ――

 

「――冬也くん?」

「……あ、ワリぃ」

 

 止めてしまっていた手を動かす。こんな時に沈思すべきではなかった。今はただ、ありふれた日常を過ごすべきなのだ。

 そうやって自分を言い聞かせて、男子高校生らしい雑談に俺たちは興じる。いたって普通の、親友同士の姿。周りからはそう見られているはずだった。

 

 ……すぐそばで、幸せそうにほほ笑んでいる玲利を感じながら。

 はたして、こんな関係がいつまで続くのだろうか。

 ふと、そんなことを思ってしまうのだった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 ――その日の夜。

 課題のプリントを仕上げた俺は、うんと唸りながら大きく伸びをした。長時間の集中は、さすがに疲労が湧き上がっていた。

 

「……もうこんな時間か」

 

 机に置いた時計に目を向けると、日付が変わる少し前の時刻だった。

 今日に出された宿題を、当日のうちに終わらせる――なんと俺はまじめな高校生なのだろうか。世の学生諸君も見習ってほしいものである。

 

 ……などと言うのは冗談で。

 実際のところ俺は部活もアルバイトもしていないので、勉強くらいはできないと話にならないのだが。

 いちおうクラスの中では上位の成績なので、まあ及第点といったところではある。玲利からは「冬也くんって見た目のわりに、意外と頭いいよね」などと言われたことがあるが、はたして俺の顔はそんなにバカっぽく見えるのだろうか。ふと、そんなつまらないことを思い出しつつ――俺はゆらりと椅子から立ち上がった。

 

 なんとなしに、窓際に近寄って外を眺める。

 見上げた深夜の空は、めずらしく星が少し見えていた。月もはっきり映えていて、なかなかに綺麗な夜景である。課題を終わらせた達成感もあってか、心が洗われるような清々しい心持ちだった。

 体の疲れが眠気に少しずつ変わるのを感じながら、ぼーっと外の景色を眺めてつづけて――

 

 ふいに視界の上のほうで、何かが光るのが目に入った。

 

「……あ」

 

 なんだ、と数秒ほど思考が停止したが、ようやく俺は思い当たった。一筋の短い煌めきは、おそらく流星だったのだろう。都会ではめったにお目にかかれない、貴重な光景だった。

 

「あー」

 

 もったいない。

 願い事でもしておくんだったかな。

 

 そんなことを思ったが、しかし俺の願いとはなんだろうか。いつも強く願っていることなど、正直あまりなかった。日々の生活にも不満はない。

 しいて言えば……普段の生活が平穏無事に続けばいいな、ということくらいだろうか。われながら、つまらない性格の高校生だった。

 

「…………」

 

 玲利はどうなのだろうか、と疑問が湧いた。

 いつも仲良くやっている親友は、いったいどんな願いを持っているのだろうか。将来の夢だとか、卒業後の進路だとか。そういった真剣な話も、まだしたことがなかった。毎日、そばにいるわりには……プライベートを深く掘り下げた会話をしていないように思えた。

 

 ――意外と、俺は彼について知らないのかもしれない。

 そして、俺がそう思うのと同じように。玲利も俺について、じつはそこまで理解していないのではなかろうか。

 

 ……もっと、話してみようか。いつもは触れないような話題について。

 たとえば、家族のこととか。たとえば、中学校より前のこととか。たとえば――好みのタイプとか。

 興味がないと言えば、嘘になる。だから、どこかで語り合えたらいいなと思った。

 

 ――そんな思考の最中に、スマホの着信が鳴り響いた。

 

「おわっ!?」

 

 静寂の中でいきなりメロディが流れたせいで、俺はびくりと驚いてしまった。まさか、こんな時間に通話が来るとは。さすがに非常識すぎる時刻だった。

 机の上に置いてあるスマホは、まだ着信を知らせつづけている。仕方なく、俺は眉根を寄せつつも通話を取ろうと近寄った。

 その画面に表示されていた名前は――

 

「……玲利?」

 

 めずらしい。

 というか、初めてではなかろうか。こんな深夜になって電話をかけてくるのは。

 ……もしかして、何か緊急事態でも起こったのだろうか。簡単な用件だったら、メッセージアプリで済ませればいいだけのはずだ。わざわざ文字ではなく声での対話を求めたのは、相応の理由があるように思えた。

 

 ――液晶画面をフリックし、通話状態にする。

 

「……もしもし」

 

 向こう側から声が聞こえてきた。

 ――その瞬間、俺は強烈な違和感を覚えた。

 

 その澄んだ声色は、たぶん玲利のものなのだろう。だが、普段とはちょっと違うようにも感じたのだ。

 具体的には――声がわずかに高かった。もとから男性らしくない声の持ち主ではあるが、今の聞こえ方は完全に女性のそれだった。

 喉の調子でも悪いのだろうか、あるいは意図的に女声を出しているのだろうか。それとも――

 

「あー……こんな時間に、どうした?」

 

 とりあえず、応答しないことには始まらない。俺はできるだけ優しげに、そう尋ねた。

 ややあって、玲利はおそるおそる声を上げた。

 

「……あの、ね」

「おう」

「……その……」

 

 なんだよ?

 まるで恋の告白でもしようかというような語調に、俺は思わず頭を掻いてしまう。声の様子だけでなく、本人の精神もあまり平常ではないように感じ取れた。本当にどうしたんだか。

 早く言えよ、などと急かすこともできず、俺は困った表情のまま待った。玲利はもごもごと口ごもっていたが、やがて決心したのだろうか。はっきりとして、澄み渡った声が響いてきた。

 

「――明日」

「……あした?」

「学校で、よろしく――ね?」

「……お、おう……?」

 

 ……はあ?

 なんだそりゃ?

 

 と、呆れた時には通話が切れていた。意味不明だった。いったい玲利は何を伝えたかったのだろうか。

 明日よろしく、も何も――いつも会って、いつも話しているのだから。約束するまでもないことである。それとも……普段どおりにはいかないような、何かが起こったとでも言うのか。

 

「……わからん」

 

 やっぱり俺は、あんまり玲利について知っていないらしい。

 親友が少し遠い存在のように思えて、俺は一抹の寂しさを感じてしまった。

 

 ……もっと、彼と近づくことはできるのだろうか。

 玲利について今より理解できるようになりたい――そう願いながら。

 俺はベッドに体を預け、明日を待ち望むのであった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 いつもより早く登校しすぎた。

 ……わけでもなく、その席は空いたままである。ほかの生徒たちは、ほとんど揃っているというのに。

 つまり、今や朝のホームルームが始まる直前というわけである。遅刻など年に数回あるかどうかの玲利にしては、かなりめずらしかった。

 

「…………」

 

 昨日のことが思い出されて、俺は目を細めて玲利の席を見つめてしまう。じっとそうしている俺は、どこか不自然だったのだろうか。玲利の次には親しいクラスの男子――宮田が、後ろから笑って声をかけてきた。

 

「なんだよ、恋人が心配なのか?」

「……ぶん殴るぞ?」

「おー、こわいこわい」

 

 俺と玲利がつるんでいることは、わりとよくネタにされていた。玲利の容姿が容姿なので、“そういう仲”だと冷やかされることが頻繁にあるのだ。まあ俺はそういう冗談を気にしないのだが、玲利のほうはどうだかわからない。いつも黙っているだけなので、その手のからかいに不快感を抱いているのかは判別できなかった。

 

「…………」

 

 ……けっきょく遅刻か?

 いちおうスマホで確認を取ってみるべきだろうか。メッセージを送って既読になれば、少なくともベッドから起きているという情報にもなる。まあ試してみるのも悪くない。

 

 ――そう考えて、ポケットからスマホを取り出した時だった。

 

 ちょんちょん、と肩を指で突っつかれた。

 また宮田のちょっかいか、と思ったのは一瞬だけだった。体への触れ方があまりにも違ったからだ。その控えめなボディタッチは、まぎれもなく――

 

 れい……り……?

 

 振り向いた目の前に、立っているのは――

 

 ふんわりと、軽いウェーブがかかったセミロングの髪に。

 学校指定のブレザーとスカートという、女子の制服姿。

 その胸板には、平均よりも大きめの膨らみがあり。

 ややぎこちなく、はにかんだような笑みを浮かべていた。

 

 どっからどう見ても、女子生徒のその子は――知らない人物のはずなのに。

 俺は直感的に、それが誰なのか理解してしまった。

 

 彼は――

 いや……彼女は。いつもより少し高い、澄んだ声色で。

 

 

 

「おはよう……冬也くん」

 

 そう、艶やかに言葉を紡いだ。

 



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TSホモ 002

 

 ――最初は、“女装”をしているのではないかと思った。

 たとえば、カツラをかぶって胸パッドをつけて女性服を着たらどうだろう。俺のような野郎ならともかく、玲利の場合は見た目がほぼ女の子になるはずだ。声も高くして発すれば、もう見分けなどつかないレベルだろう。

 だから真っ先に、その可能性を考えたのだ。女子生徒としての外見を演じているのだと。

 

 だが――そうだとすると、おかしいことがあった。

 周りの反応である。ほかのクラスメイトたちは、玲利の姿を気にも留めていないようだった。まるで、その姿でいることがごく自然であるかのように。いつも目にしている玲利そのものであるかのように。

 彼が“男”であったことなど――誰も知らないように見えた。

 

「…………」

 

 先生の話す声が聞こえる。が、俺の耳にはまったく入っていなかった。残念ながら、今日の授業はすべて記憶に残ることはないだろう。

 頬杖をつきながら、俺はちらりと玲利の席を見遣った。彼――いや、彼女はノートをしっかりと取って、まじめに授業を受けているようだった。その様子からは、困ったり戸惑ったりしているような雰囲気が感じられない。

 

『あとで……昼休みで、説明……するね?』

 

 大混乱する俺に玲利がそう伝えたことを考えると、少なくとも彼女自身も“変化”については自覚があるらしい。ただ俺の記憶がおかしくなった、というわけではないことはいちおう保証されたことになる。

 異変を認識しているのは、今のところ俺と玲利の二人だけなのだろうか。

 だとしたら、どういう理由でこんな不可思議な現象が起きたのだろうか。

 考えても――答えなど出そうになかった。

 

「――じゃあ、今日はここまでにしましょうか」

 

 日本史の授業の終わりを告げる声が響く。これで午前の四教科はすべて終わった。つまり――ようやく、昼休みというわけである。

 

 俺は大きくため息をついた。

 ほかのクラスメイトにとっては、今日も変わらない日常の光景なのだろう。

 だとしたら――俺もそれを演じなければ、奇異の目で見られてしまうかもしれない。

 

 俺は教科書やノートを片付けると、すぐに立ち上がって――玲利の席まで赴いた。

 

「……よう」

 

 声をかけると、彼女は少し驚いたような表情を浮かべた。これほど早くやってくるとは思ってもいなかったらしい。

 俺はその顔を眺めたが、やはり玲利は玲利だった。髪が長くなっているし、胸も出ているが、顔立ちはほとんど変わっていないように見える。もともとが女性的な容姿だったので、女になってもあまり大差がなかった。

 

「――昼飯、買いにいこうぜ」

「……あ……うん」

 

 玲利はこくりと頷くと、財布を持って立ち上がった。

 俺が歩きだすと、彼女もその後ろをついてくる。廊下に出てから少しして、俺はちらりと後方に目を向けたが――玲利はやたら控えめで不慣れそうな歩き方をしていた。

 

「……どうした? 体調でも悪いのか?」

「そ、そういうわけじゃ……ないけど」

 

 俺が怪訝そうにしていると、彼女はどこか恥ずかしそうに、視線を斜め下に向けて言った。

 

「その……スカートが、慣れなくて」

「……あー」

 

 なるほど。

 もし自分がスカートをはいたら、と考えると納得だった。ズボンと感触が違いすぎて、人前で歩くのに妙な抵抗感があるのも頷ける。今の玲利が女であろうと、その感性や経験は男のもののままのようだ。

 俺は歩くスピードを緩めて、玲利と肩を並べた。隣り合うと先日との違いにも気づく。どうやら少しだけ背も低くなっているようだった。

 

 一夜にして肉体が変化するとは、どういう気分なのだろうか。

 本人から話してもらいたい事柄は山ほどあったが、とりあえずは――昼食の用意が優先か。

 

 昨日よりも早く購買所に着いたので、買い物で困ることはなかった。数分とかからず、俺たちは食べ物と飲み物を確保する。あとは、いつもなら教室に戻って食事をするだけだが――

 

「――こっち、行こうぜ」

「……え?」

 

 帰路の途中、俺は親指で階段のさらに上を指し示した。クラスの教室は二階なので、なぜ三階を提案したのか玲利にとってはわからなかったのだろう。

 

「――ひとがいない場所のほうが、いいだろ?」

「……ぁ、そっか。そうだね」

 

 その言葉で、彼女も理解が及んだらしい。

 昨今は少子化が社会の問題となっているが、その影響で生徒数が減っているのは言わずもがな。昔よりもクラスの数が減ったことにより、この学校にはけっこう空き教室が存在していた。

 が、まったく使われていないわけでもなく、生徒たちは休み時間の溜まり場や、放課後の部活動の場所として利用していたりした。わりと自由で便利な多目的室というわけである。

 

 三階を見て回った俺たちは、いちばん奥の教室が無人であることを確認した。半分物置のようになっている空き教室で、奥には机と椅子が積まれていた。この見栄えの悪さなら、さすがにほかの誰かがやってくる可能性も低いだろう。

 

「――で、だ」

 

 俺は手近にあった椅子に座ると、玲利に目を向けた。その瞬間、彼女の表情に緊張のようなものが浮かぶ。……なんだか尋問しているような気分になってしまう。

 

「座ろうぜ」

「……うん」

 

 前の席を指差すと、玲利はおずおずと頷いて、椅子を後ろに向けて座った。机を挟んで、正面から対峙する形である。こうして間近で向き合うと――なぜか、妙な気恥ずかしさが少し湧いた。

 体の距離はいつもと変わらないはずだが、相手が“女”というだけで心理的なプレッシャーが生まれるのだろうか。

 

 その柔らかそうなセミロングの髪と、ブレザー越しでもはっきりわかる胸の膨らみ、そして以前と変わらぬ華奢な姿かたちと、可愛らしい顔つき。美少女と呼ぶことに誰もが同意するであろう女の子だった。

 それが親友であると理解していても――さすがに、完全に普段どおり接するのは難しいのかもしれない。

 

「……えっと」

 

 玲利は少し困り気味の顔色で、おずおずと口を開いた。

 説明する、と言ったのは彼女だが、いざその場面になると話の切り出し方がわからないのだろう。うまい言葉が見つからなさそうな様子なので、俺は自分のほうから問題に迫ることにした。

 

「――昨日、電話くれたよな」

「……うん」

「あれは――その体の異変が起きたから、でいいんだよな?」

 

 玲利はやや上目遣いで、肯定するように控えめに頷いた。その挙動は、やたら女性らしい愛嬌がある。……もとから時折の振る舞いが男性的ではなかったが、体が変わった今は余計にそのしぐさが目立った。

 

「突然のことだったから……思わず、電話かけちゃった。ごめんね、あんな時間に」

「いや、いいさ。誰だって、んな超常現象に見舞われたら誰かと連絡を取りたくなる」

 

 もし俺が、たとえば朝起きて女になっていたりしたらどうだろうか。たぶん最初は夢なんじゃないかと、頬をつねったりするだろう。そして覚めない現実だと知った時、きっと誰かに相談をしたくなるはずだ。

 ……という想像を働かせたところで、いや待てよ、と俺は思いなおした。

 

 そもそも、昨夜の玲利はそこまで混乱していただろうか。肉体が不慮の怪異に襲われたというわりには――どうにも、声にネガティブな感情がなかったように思えた。というか……むしろ、喜びさえ(にじ)んでいるような語調だった気がする。

 まるで、“願い”が叶ったことを嬉しがるような。

 ……俺の私見に過ぎないが。

 

「――家族は?」

 

 無責任な思考を振り払いつつ、俺は彼女に尋ねた。

 どうやっても朝は家族と顔を合わせるだろうし、何か変わったところがあれば気づくはずだが……。

 そう思ったのだが、玲利は困惑したように首を振った。

 

「何も言ってこなかった」

「……何も?」

「そう、何も。ボクに変化が起きたなんて、思ってもなかったみたい」

「はあ……そりゃ……」

 

 考えが追いつかない俺に対して、玲利はさらに情報を口にする。

 

「あと、女子の制服を着てるからわかると思うけど……“持ち物”もぜんぶ変わっていた。クローゼットのズボンは、スカートになっていたし――」

「下着も、か」

「ぅ……うん」

 

 玲利は小声で頷くと、少し恥ずかしそうに自分の胸を抱いた。腕に圧迫された膨らみが、形を崩して服に浮き出る。

 その女性らしい部分がやけに目立つのは――たぶん、華奢な体型でアンダーバストが小さいわりに、トップバストが大きいからだろう。カップサイズには詳しくないので目算はできないが、見た感じでは明らかに巨乳の部類だった。

 ……などと、親友の胸を分析している場合ではない。

 

「――つまるところ」

 

 俺は思い出したように昼食のパンを手に取りながら、肩をすくめて言った。

 

「現在だけでなく、過去の事実さえ改変されている……ってことか」

 

 あるいは――じつは現実のほうが正しくて、玲利が男だった過去など夢に過ぎなかったのではないか。……胡蝶の夢のような話だ。どちらが“あるべき現実”なのか、今の時点では判断を下すことは無理だった。

 俺たちは食事をしながら、あれこれと語りあってみたが――この超常現象をまともに理解することなどできるわけもなく。今の状況をとりあえず受け入れることしか、残念ながら方法がなさそうだった。

 

 ――昼食が一段落ついたところで、俺はため息のような呼吸をしてから玲利に尋ねた。

 

「これから、お前はどうする?」

「どう……って?」

「あー、その……あれだ。体が変わったから、学校での過ごし方を変えたりするか――って話」

 

 玲利はよくわからなさそうに眉をひそめて、すぐに答えを口にする。

 

「べつに、とくに変えなくても……いい、かな?」

「以前と同じように、俺と一緒にメシを食うか?」

「う、うん。……ぁ……もしかして……冬也くんは嫌だったり――」

「いや、俺は気にしないが」

 

 要らぬ心配をしていそうだったので、きっぱりとそう伝える。俺自身に関しては、玲利が女であろうと仲良くしたいという気持ちがあるので、そこは問題ではなかった

 ……というか。問題なのは、当人同士の好き嫌い云々ではなく。

 

「俺は気にしないんだが……周囲から“そう”見られることが、玲利は嫌じゃないか、という話だ」

「……そう見られる?」

 

 きょとん、とした表情を浮かべたのも束の間だった。ようやく理解したのか、彼女は「ぁ……」と小さく声を漏らし、徐々に頬を赤くしていった。

 

 ――男子と女子が毎日のように一緒にいたら、周りはどう思うだろうか。常識的に考えれば、その二人は“そういう関係”なのだと見なされるに違いない。

 まあ……こうして今も二人っきりでいる時点で、今さらな感じもあるが。

 いちおう、その点についての意見だけ確認しておこうと思ったのだ。

 

「…………」

 

 よっぽど恥ずかしさがあるのか。

 玲利は俯きがちに、目線は横へ逸らして、どこか吐息には湿っぽさを含んでいて――

 まるで告白前の緊張に胸を高鳴らせているかのような、そんなしぐさだった。

 

「ぃ……」

 

 だが、口に出すことを決心したのか。

 胸の奥から、自分の気持ちを絞り出すかのように。

 玲利は小さな声で、おずおずと言葉を紡いだ。

 

「……いや、なんかじゃ……ない、よ……?」

 

 …………。

 その反応は、さすがにこっちまで小恥ずかしくなるんだが。

 

「……そうか。じゃ、これからもよろしくな」

 

 俺は努めて平静を装いながら、穏やかな声色で言った。あえて玲利の態度に言及しないほうが、この場ではいいだろう。茶化したら彼女が羞恥で死にかねない。

 

「う、うん、よろしく」

 

 玲利は真っ赤な顔で、ほほ笑んで頷いた。その初々しい態度は、まるで恋する乙女のようだ。昨日まで男だったとは思えない、可憐でいじらしい少女がそこにいた。

 

 ――前々から、振る舞いがあまり男らしくないと思っていたが。

 今や肉体が美少女のものになったせいで、その素振(そぶ)りと相まって女性的な魅力に満ちあふれていた。

 おそらく世の大半の男は、その可愛らしさに見惚れてしまうくらいに。

 

 どこか他人事のように、そんな考えを巡らせつつ。

 俺はふと、思ってしまった。

 

 ――はたして、俺はどう感じているのだろうか。

 今の玲利に対して、女性となった彼女に、俺が抱いている感情は。

 

 それを探ることは――少しだけ、もの恐ろしさがあって。

 答えは、すぐに出せそうになかった。

 



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TSホモ 003

 

 ――とくに何か事件が起こることもなく、その日の放課後は平穏無事にやってきた。

 

 体に解放感が広がり、俺は大きく息をつく。朝から玲利の件で、精神的な疲労が溜まっていたことは否めなかった。あんな非常識な異変を目の当たりにしては、平常心を保ってその日を過ごすのは難しいものだろう。

 

 おそらくは――玲利も内心では、かなりの心労があるのではなかろうか。スカートが慣れないと言っていたのもそうだし、とくに休み時間中にトイレへ行った際には、やたら挙動不審だったのが印象に残っていた。

 もし俺も女になったとして、女子用のトイレや更衣室などを平然と利用できるかというと……まあ、無理だろう。そういう日常の細かいところで、ストレスが蓄積するであろうことは容易に推察できた。

 

「……さて」

 

 ――帰るか。

 そう考えて、ちらりと玲利の席のほうを見遣る。

 

 登校はいつもバラバラなのだが、下校は途中まで帰り道が一緒なので、玲利とはよく一緒に帰っていた。

 俺は部活に入っていないし、玲利もほぼ同じようなもの――文芸部に懇願されて名義だけ貸しているらしい――なので、委員会やらなんやらの特別な用事がないかぎりは、肩を並べて帰路につくのが常例なのだ。

 

 そういうわけだから――

 昼休みに話し合ったとおり、“過ごし方を変えない”ほうがいいのだろう。

 

「――よぉ」

 

 できるだけ暗い雰囲気にならないように、気さくな笑みを浮かべ。

 鞄を持って彼女の席に向かった俺は、軽い語調で声をかけた。

 

「一緒に帰ろうぜ」

「……う、うん」

 

 頷く玲利の表情は、少し恥ずかしそうだった。周囲のクラスメイトたちの目もあるからだろう。まあ、このやり取りは明らかに――“そういう関係”の男女のものにしか見えなかった。

 とはいえ、本人は嫌がっていないし、俺もとくに不都合があるわけでもない。たとえ相手の性別が変わろうと、付き合い方に関しては昨日と同様だった。

 

 ……これから先は、もしかしたら変化があるのかもしれないが。

 そんなことを思いながら――俺は玲利とともに、いつもどおり学校を出た。

 

「――疲れたか?」

 

 歩道をゆっくりめに歩きつつ、俺はどこか元気がなさそうな彼女に尋ねた。

 幸いながら体育の授業はなかったが、それでも体を動かす感覚は以前と違うだろうし、肉体的な疲労もそれなりにあるのだろうか。足取りも少し重そうな感じだった。

 

「ちょっとだけ、疲れた……かなぁ」

 

 玲利は苦笑のようなものを浮かべつつ、自分の肩に手を当てた。その動かした腕は胸に当たり、制服の膨らみがわずかに形を崩す。何気ない身振りでさえ、彼女の女性的な部分が目についた。

 

 ……なるほど。

 それなりに重量もあるだろうし、なかなかに大変そうだ。

 言及すると思いっきりセクハラになるので、口には出さないが。

 

「……ま、明日は土曜だし。しっかり休めよ」

「……うん、そうするよ」

 

 今日が金曜日だったのは、不幸中の幸いと言うべきか。土日の二日間もあれば、いくらか慣れてくるだろう。着替えやら、トイレやら。……これも、会話には上げにくい話題だな。

 

 いったい何を話せばいいのか。どうにも悩ましく、俺は普段よりも口数が減ってしまう。

 玲利も俯きがちで、会話が見つからなさそうな顔色だった。結果的に、お互い黙って歩く時間が増えてしまう。あまりよろしくない、重々しい雰囲気だった。

 

 いつもの週末だったら――たとえば、カラオケやゲームセンターにでも寄って遊ばないかと誘うものだが。

 今日はさすがに二人とも疲れがあるし、その線はなしだろう。

 

 何かほかに話題がないものか、と頭を掻いた時――

 後ろのほうから自転車がやってくる音がした。

 

 この辺は歩道が狭いので、自転車が来ると歩行者側も避けないと接触事故を起こしかねなかった。まあ本来は、車道を自転車が走るものだが――この辺の交通ルールがうまく守られないのは致し方ないところもあるのだろう。

 二人並んでいたらどうやっても自転車が通れないので、俺は歩道の端に寄ろうとしたが――ふと隣を見ると、どうやら玲利は気づいていない様子だった。表情もぼーっとしている感じで、周りの音が耳に入っていないのかもしれない。かなり危なっかしい様子だった。

 

「――自転車」

 

 俺はぽつりと言うと――玲利の肩を抱くように、こちらへ引き寄せた。

 ほんの少し、ちょっとだけ力を入れたつもりだったのだが――俺の動作をまったく予測していなかったからだろうか。「ぁ……」と彼女は小さく悲鳴を上げると、俺にしなだれかかるように体を密着させてきた。

 

 ――二人の隣を、自転車が走り去っていった。

 

「……大丈夫か?」

 

 尋ねながら、そっと玲利の顔をうかがうと――その顔は、一目で恥ずかしさが伝わってくるほど真っ赤に染まっていた。

 唇は緊張したように震え、吐息は熱っぽさも帯びている。触れた彼女の体は、服越しなのに体温が伝わってきそうだった。

 

「だ……」

「だ……?」

「だい、じょう……ぶ……」

 

 いや、ぜんぜん大丈夫そうに見えないのだが。

 ここまで感情が揺れ動いているさまを見ると、逆にこちらは奇妙ほど冷静になってしまった。玲利が心理的に不安定なのは明らかだったので、当分は俺がいろいろと配慮すべきかもしれない。

 

 ……まるで恋人を気遣う彼氏だな。

 などと、たわけた思考をよぎらせつつ。俺はゆっくりと、玲利の肩に回した手を離した。

 

 彼女はまだ頬に赤い色を残しつつ――どこか名残惜しそうに、触れ合わせた体を遠ざける。その振る舞いと表情からは、何かを焦がれるような切なげな機微が感じられた。それはうら若い、恋慕する少女のような――

 

「――思い出した」

 

 歩きながら、俺は唐突に声を上げた。

 あまりに脈絡がなかったからか、玲利はびっくりしたように目を見開き、俺の顔を怪訝そうに見上げる。その表情にはさっきの接触の余韻がかすかに残っていたが、ひとまず落ち着きを取り戻しつつあるようだった。

 

「誕生日」

「へ……?」

「誕生日だよ、誕生日。お前、来週だろ?」

 

 玲利は呆けたような顔を一瞬したあと――すぐに驚きと喜びを混ぜ合わせたような感情を浮かべた。

 

「……覚えて、くれてたんだ?」

「まあ、な。一年生の時は、誕生日を聞いた時には過ぎてたしな」

 

 ――意外なことに、玲利は俺よりも生まれが早いのだ。去年、お互い仲がそれなりによくなってから、ふと生まれ月を尋ねた時には……玲利はとっくに誕生日を迎えていた。自分よりも明らかに幼げな容姿の相手が年上になっていた事実に、俺が驚愕したのは言わずもがなである。

 

 ちなみに、俺は12月22日の生まれだった。冬至の日に生まれたから、冬也。

 ……わが親ながら、安直なネーミングである。シンプルで悪くはないけどさ。

 

「――何か、欲しいものとかあるか?」

 

 誕生日といえばプレゼントだろう。去年の俺の誕生日には、玲利からちょっとお高めなクッキー缶を頂いたのが思い出として残っていた。食べ物なり、小物なり、なんらかのお返しをしなくてはならない。

 

 玲利は嬉しそうに「んー……」と悩んでいたが、やがて照れるようにほほ笑みながら、おもむろに口を開いた。

 

「……なん、でも」

「……なんでも?」

「うん。冬也くんがくれるモノだったら……。ボク……なんでも、いいよ……?」

 

 ――その伏し目がちの瞳からは、どこか色気のようなものさえ感じられた。

 

 なんでも。そこに含まれている意味は、べつに期待してないからなんでもいい――というような、適当さではないことは明白だった。

 相手が自分を想って選んでくれたモノであれば、なんでもいい。……そんなところだろうか。

 

「わかった。……じゃ、土日の間にプレゼントを考えておくかな」

「そ……そんなに、真剣に悩まなくてもいいよー?」

「いや、去年はお前からいいお菓子もらっちゃったし。あの手のクッキーって、たぶん千円くらいはするだろ?」

「ま、まーね……。でも、ボクには安いものでもいいからさ」

「それだと俺のほうが申し訳なくなる」

 

 俺は苦笑しながら答えた。

 誕生日という話題が見つかったおかげか、学校を出た当初よりも雰囲気は明るくなっていた。こんなふうに何気ない会話を玲利とするのは、やっぱり心地がよいと感じる。向こうも同じような感覚なのか、表情は柔らかく自然なものに変わっていた。

 

「――っと」

 

 大通りの歩道を歩んでいる最中、俺はふいに立ち止まった。玲利も気づいたように、あわてて足をとめる。

 ここから路地を曲がって住宅街に行くのが玲利の家路で、このまま駅に向かって電車に乗るのが俺の帰路だった。肩を並べて帰るのは、ここまでというわけである。

 

「……あ、えっと…………」

 

 離れるのを惜しむように、玲利はもの寂しそうな声を漏らした。毎日、同じような下校を繰り返していたくせに、今日に限っては人恋しい感じの態度である。まるでデートの別れ際のようだった。

 

 ――今から、やっぱりカラオケにでも誘おうか。

 そんな案も浮かんだが、やはり彼女には休んでもらったほうがいいだろう。そう思いなおして、俺はできるだけ穏やかに言った。

 

「――なんか悩んだり困ったりすることがあったら、気軽に相談しろよ」

「……う、うん」

「メッセージでも電話でも。いつでも応じるからさ」

「……うん、ありがとう」

 

 女になってしまったことに対する、フォローの言葉。独りで抱え込まないようにと、心配りとして口にしたつもりだった。

 これで少しは気が軽くなっただろうか、と思ったのだが――

 玲利はなぜか、曖昧で申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

 ――誕生日の話をしていた時とは、まるで真逆の浮かない顔である。

 非日常に関する気遣いの言葉よりも、日常に関するありふれた会話のほうが――はるかに嬉しそうだったことに、俺は気づいた。

 つまるところ。

 彼女が求めているのは、そういうことなのかもしれない。

 

「――あ、やっぱ俺から電話するわ」

「……えっ?」

 

 急すぎる話の転換に、玲利はびっくりしたように声を漏らした。困惑している彼女に、俺はかまわず言葉を続ける。

 

「電話。パソコン使って、ネットで誕生日プレゼントに合いそうなものでも探しながらさ。お前と通話して、贈り物の意見でも聞けたらなーって」

「…………」

「今日の夜にでも。まあ詳しい時間はメッセ送って決める感じで」

「…………」

 

 俺の提案に、玲利は沈黙したままだったが――徐々に、その顔に感情が広がっていった。

 喜色満面、とはまさにこのことだろうか。無垢な子供のように、嬉しそうな笑みを浮かべ。そして年頃の乙女のように、愛らしい笑みを浮かべ。

 彼女はニッコリと笑って頷いた。

 

「――楽しみにしてるねっ」

 

 馴れ親しんだ、男だった時とはずいぶん違った振る舞いの玲利。

 その変化について、いろいろと思うところはあるが――

 

 まあ、こんな玲利を見るのも悪くはないかな。

 ちょっとだけ、そう感じた。

 



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TSホモ 004

 

 ――じんわり汗ばむような陽気に、俺は目を覚ました。

 

 布団を払いのけて、まだ冴えない頭のままぼーっとする。部屋がやけに明るいのと、気温の高さから、おそらくもう昼に近いのだとなんとなく察した。

 

「…………寝すぎた」

 

 理由は二つ。単純に心身の疲労があったことと――夜更かしをしすぎたこと。

 昨夜、夕食や風呂を終えたあとに玲利と通話していたのだが、けっきょく相当な長電話になってしまった。最初は誕生日プレゼントがあーだこーだと、わりとまじめに話していたのだが、途中からスマホゲーのイベントがどうたらとか、最近読んだ漫画がどうだったとか、完全に話題が逸れて取り留めのない雑談と化していた。一時間以上は通話していたのではなかろうか。

 

 そして電話が終了したところで就寝すればよかったものを、そっからゲームをぽちぽちやっていたのがまずかった。いつの間にやら夜は更け、寝て起きたらこの時間というわけである。

 ……せっかくの休日の午前がまるまる潰れると、すごい損した気分だな。

 

 などと後悔をしつつ――

 俺はゆっくりと、上体を起こした。

 

「…………」

 

 なんとなく自分の胸に手を当ててみたが、そこにあるのは普段と変わらない自分の体である。朝、起きたら女になっていた――なんて非現実的なことは、どうやら俺には無縁らしい。じつに喜ばしいことである。

 もしかしたら、一日経って玲利も男に戻っているかも――と一瞬だけ思ったが、それなら向こうから連絡を入れてくるだろう。あまり期待はできなかった。

 

「あー……」

 

 とりあえず、洗面所で顔を洗って、朝食という名の昼飯を食って、それから着替えを済ませて――

 

 ショッピングモールにでも行って、いろいろ店を見てまわろう。

 

 ――今日の予定は、玲利の誕生日プレゼント探しと決まっていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 食べ物とそうでないものだったら、どっちがいい?

 と、尋ねた時は「どっちでも」という答えだったが――いろいろ候補を挙げたところ、玲利の反応としては“形に残るモノ”のほうが興味ありそうな感じだった。

 

 そして俺としても、思い出になりやすい贈り物のほうがいいんじゃないかと思っている。

 だって――その誕生日というイベントが、確かにあった現実なのだという証拠になるから。

 

 玲利が女となり、“男だった過去”がすべて書き換えられてしまった世界で。漠然とした不安があることは、どうしても否定しきれなかった。明日には、今日の出来事が変わってしまっているのではないか……と。

 ちゃんと未来にも残ってくれるようなモノが好ましい――という考えに至るのは、ごく自然なことだったのかもしれない。

 

 ――そんなわけで。

 キーホルダーとかアクセサリーとか、そんなプレゼントに適したものを探しているのだが。

 

「…………」

 

 わからん。

 こういう時に、どんなものを選べばいいのか。まったくわからん。

 

 とりあえずブランド物は予算的に無理だ。せいぜい千円から、高くても二千円くらいだろうか。その程度だと、選べる範囲も狭くなってくる気がする。

 漫然とアクセサリーなどを扱っている店を見てまわっているが、当たり前だが女性向けの品が多かった。今の玲利の性別が女であるとはいえ、贈るなら男女どちらでも似合うモノのほうがいい気がする。そうすると、あまり華美ではない感じの小物がいいだろうか――

 

 そんなことを考えながら、俺はふと足をとめた。

 目の前の売り場に並んでいるのは、イヤーアクセサリー系の商品だった。ピアスやイヤリング、イヤーカフなど、さまざまな種類がある。簡素でユニセックスなデザインも見受けられた。

 

 あー。

 意外といいかも。

 

 男にしろ女にしろ、玲利の顔はまごうことなき美形なので、こういう耳を飾るアクセサリーはさぞ映えることだろう。ピアスは穴を開ける必要があるので候補から外れるが、イヤーカフの場合は耳に挟み込むだけで済むので、着用の難易度も大きくなかった。

 問題は、そういう洒落たアクセサリーを玲利が好むかということであるが――

 

 たぶん、というか確実に彼女は喜ぶことだろう。

 親友というよりも恋人へのプレゼントに近いチョイスだが、むしろそれは玲利にとって望ましいものに違いなかった。

 

 だいたい、アイツの態度はわかりやすすぎた。肉体が変わって精神まで影響を受けたのかと考えたが、それまでの諸々の機微を考慮すると――単純に、男だった時に抑えていた感情が解放されただけなのだろう。

 つまりは――そういうことである。

 俺は鈍感ではないので、その程度を察することは容易だった。

 

「……なんだかなぁ」

 

 過去に思いを馳せながら、複雑な心境になりつつも。

 今さら悩んでも仕方なかった。大事なのは、これからなのだ。女になってしまった玲利と、どう付き合っていくか――それを考えていかなければならなかった。

 

 たとえ性別が変わっても、玲利は玲利である。

 だから俺は、彼女に対して抱く感情はそう変わらないのだが――玲利自身はどう思っているのだろうか。

 女になったことで、俺の恋愛対象になったと考えているのだろうか。女性らしい体つきに、俺が惹かれると信じているのだろうか。だとしたら……正直に言ってしまえば、それは彼女の勘違いだった。

 

 それを伝えるべきなのか。女になってしまった玲利に。恋する乙女のような彼女に。

 はっきりと言ってしまうことは――どうしても躊躇があった。あんなに感情豊かな反応を見たあとでは、とくに。

 

「――やめやめ」

 

 俺はくだらない思考を振り払うように、ぽつりと呟いた。

 少なくとも、いま必要なのは悩むことではない。俺がすべきことは――玲利への誕生日プレゼントを決めることだった。

 

 ――彼女に喜んでもらえるような、彼女にお似合いのプレゼントを。

 

 玲利の姿を思い浮かべながら、俺は一つのイヤーカフを選んだ。片耳用の、小さいシルバーのリング。地味なデザインだが、男がつけても格好よくて洒落てそうだった。

 今の玲利が身につけても容姿を引き立てるだろうし――もし彼女が男に戻ったとしても、きっと魅力的に映るだろう。

 

 誕生日はちょうど一週間後だった。つまり、次の土曜日。学校がないので、遊ぶ約束でもしてどこかで待ち合わせする必要があった。

 客観的に見れば、それは間違いなくデートと呼ばれるものだが――まあ、いいだろう。玲利が女であろうと、俺は接し方を変えるつもりはなかった。周りからどう思われようと、知ったこっちゃない。

 

 ――そんな俺の態度は、彼女の目にはどう映っているのだろうか。

 

 相手がどこまでこちらの内心を汲んでいるのか。どれだけ思考や感情が伝わっているのか。

 改めて問うてみると、それは難しい問題だった。彼女が俺の心中に気づいていないように、俺も彼女の隠れた想いに気づいていないのかもしれない。

 振る舞い、表情、声色。そういったものから推測することはできるが、それがすべて正しいかどうかは保証がなかった。

 

 結局は――

 

「……口にしなければ伝わらない、か」

 

 プレゼントを買った帰り道で、俺は快晴の空を眺めながら声を漏らした。

 いずれは俺の考えを、ちゃんと玲利に言うべきなのだろう。

 ――それが彼女にとって、もしかしたら嬉しくないことなのだとしても。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 性別が変わるなどという前代未聞の怪事が起こったわりには、大した問題もなく日常は進み。

 月曜に学校で再会した玲利は、いまだ女子生徒としての在り方に不慣れな感じがあったものの――週末に近づくほど徐々に、自然な様子になっていったのが印象的だった。

 金曜の下校時には、もはや彼女が男だった気配などほとんど見えなくなり。女性以上に女性らしい雰囲気さえ感じてしまうほどだった。

 

 そして、あっさりと土曜日はやってきて。

 事前に約束したとおり――駅前の待ち合わせ場所に、俺は遅れることなく足を運んだ。

 

 改札口を出てすぐのところにある、ファーストフード店の入り口付近。予定した時刻の五分ほど前に、そこに到着した俺は――こちらに顔を向けてほほ笑む少女を見つけた。

 

 一瞬ながらも、人違いではないかと思ってしまったのは――服装があまりにも女の子らしかったからだ。

 休日なので当然、制服ではなく私服だった。白い清楚なブラウスに、明るい水色のフレアスカート。清涼感のあるファッションは、徐々に暑くなってきた気候にもよく合っている。

 その姿は――清々しいほどの美少女っぷりだった。

 

「……待たせちまったか?」

「んんー。ボクも、いま来たところだったから大丈夫」

 

 信憑性のない返答に、俺は苦笑する。まだ予定の時刻にもなっていなかったが、玲利の性格だと十分以上前から待機していそうだった。まあ、あえて深くは聞かないが。

 

「――その服、もとから家にあったのか?」

「そっ、クローゼットに入ってたやつ。……なんか、不思議な感じ。自分の服まで、ぜんぶ変わっちゃってるのって」

 

 過去に買ったものが別物になっているというのは、なかなかに奇妙な感覚だろう。どれがいつ買ったものかさえ、今となっては不明になってしまっているに違いない。まあ……体が変わっているのに、持ち物だけすべて男物のままだったら、それはそれで困るかもしれないが。

 

 ――俺は改めて、少女然とした玲利の立ち姿を一瞥する。

 その視線が恥ずかしかったのか、彼女は少し照れたように顔を下向けた。この外見としぐさを見て、中身が男なのだと思う人間など一人もいないであろう。

 

「――似合ってるぞ、その服」

「……そ、そう……?」

「ああ。可愛いと思う」

 

 率直な感想を口にすると、玲利は頬を赤くして口元を緩ませた。恥ずかしさと嬉しさが入り混じった、乙女らしい表情である。こんなふうな玲利を見るのは、ここ一週間でだいぶ慣れてしまった。

 

「――とりあえず、店に入ろうぜ」

「う、うん……」

 

 突っ立って話を続けるわけにもいかないので、俺は玲利を促して二人で入店した。お互い昼食は済ませてあったので、注文はそれぞれ飲み物だけにする。昼時は過ぎていたため、休日といえど客の数はそこまで多くなかった。

 隅のほうのテーブル席に、俺と玲利は向かい合って座る。俺はコーラを、彼女はシェイクを頼んでいた。飲み物を口にしながら適当な雑談をしつつ、少し経ったところで――

 

 俺はバッグから、紙製の小袋を取り出した。

 中身はもちろん、用意したプレゼントである。もったいぶるような代物でもないので、先に渡しておこうという考えだった。

 

「ほれ、誕生日おめでとう」

「わっ、ありがと……! いま、あけても大丈夫?」

「もちろん」

「じゃーさっそく……」

 

 見るからにるんるん気分で、封を開けて中身を取り出す玲利。手のひらの上にプレゼントを乗せた彼女は――それが予想外だったのか、びっくりしたように目を見開いた。

 

「――イヤリング?」

「じゃなくて、イヤーカフ。イヤリングは耳たぶにつけるが、それは耳のふちとかに挟むアクセサリーだな」

「へー……!」

 

 玲利は興味深そうな表情で、シルバーの片耳イヤーカフを眺めている。が、俺のほうをうかがいながら、おずおずと尋ねてきた。

 

「……つけてみてもいい?」

「ああ。リングの隙間を耳のふちの薄いところに差し込んで、そっからつけたい位置にスライドさせるといいぞ」

「や、やってみる」

 

 玲利はどこか緊張した様子で、イヤーカフを右耳に持っていく。慣れない手つきながらも、リングを耳にはめて位置を調整し――そっと手を離した。

 耳のふちの上部外側にはめられたそれは、固定にも問題がなさそうだった。控えめなサイズとデザインの耳飾りは、清楚でさりげない魅力がある。おとなしめな性格の玲利には、思った以上に調和していた。

 

「ど、どうかな……?」

「バッチリ似合ってるぜ」

「えへへ……こういうアクセサリー、初めてつけちゃった」

 

 照れくさそうに、そして嬉しそうに、にやにやと笑みを浮かべる玲利。こうも喜んでくれると、プレゼント探しをした甲斐があったというものだ。俺も自然と、穏やかな笑顔になっていた。

 

 ――それから、しばらく雑談を重ねて。

 二人とも飲み物の中身をからにしたタイミングで、俺は立ち上がった。そろそろ店を出よう、という合図だった。

 もっとも、それはここで解散などという意味ではなく――

 

「んで、行きたいところは? お前の誕生日だし、好きなところに付き合うぞ」

「うーん……! そうだなぁ……カラオケの気分かな?」

「オーケー。……その声で歌うの、ちょっと楽しみだな」

「前より高くなってるからねー。ボクもいろいろ試してみたいな……!」

 

 そのやり取りは、以前とまるで変わらない感じで。

 ああ、やっぱり――と、改めて思った。

 

 俺が玲利に抱く感情は、きっとこれから変わることもないのだろう。

 





・小ネタ紹介

【片耳イヤーアクセサリーの位置】

 一昔前までは、右耳にだけイヤリング(ピアス)の類を付けているのは、同性愛者のサインであるとよく言われていました。これはとくに、アメリカなどで一般的な認識だったようです。
 1991年のニューヨーク・タイムズの記事には、すでにこのゲイシグナルについて記事で触れられており、90年代には「右耳ピアス=ゲイ」という認識はできあがっていました。

『Piercing Fad Is Turning Convention on Its Ear』 MAY 19, 1991
https://www.nytimes.com/1991/05/19/news/piercing-fad-is-turning-convention-on-its-ear.html

 もともとイヤリング自体が「女性がつけるもの」という認識でしたが、1960年代後半からヒッピーやゲイのコミュニティを通じて、男性にも広まりはじめたようです。
 そして、どういう経緯かわかりませんが、“left is right and right is wrong”(左が正しくて、右が間違っている)というルールが自然と浸透しはじめました。ピアスをつけたいがゲイと思われたくない、という人々の意識が、そうしたルールを作り出したのかもしれません。

 もっとも、男性のイヤーアクセサリーがありふれたものになってからは、ゲイを示す意味合いは薄れていっているようです。アメリカのBBSを覗いてみても、「そんなルールを知らずに右耳につけていた」という投稿がしばしば見られます。現代においては、あまり位置を気にする必要もないのでしょう。

 なお日本語で検索すると「中世ヨーロッパの男性は~」などという言説が出てきますが、英語で調べてもいっさい資料が見当たらないので、おそらくその説はただのデマでしょう。


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TSホモ 005

 

 非日常が日常になってゆくというのは、不思議な感覚であった。

 徐々に気候が暑くなり、学生たちの服装もそれに合わせて変わりはじめた、初夏の頃合い。

 季節は移り変われど、学校生活はとくに変化もなく。俺はいつもどおりの日々を繰り返していた。――たとえ玲利が、女の姿であろうとも。

 

 彼女との付き合いについても、何か特別なことがあるわけでもなく。男の時と同じように、休み時間は一緒に過ごしているし、放課後も二人で遊んだりしていた。言うまでもなく、周囲の知人からは「いつものカップル」と俺たちは見なされているようだ。

 然もありなん。これでただの友人と言うほうが無理がある。玲利との関係については、クラスメイトから何か言われても否定はしなかったので、もはや俺たちが恋人同士というのは公然の事実と化していた。

 

 ただ――

 玲利本人から、はっきりと想いを告げる言葉はまだ口にされていなかった。

 そして、それは俺も同様である。自分の考えや気持ちを、まだ彼女には伝えていなかった。

 

 要するに、なあなあの関係であった。客観的視点からすれば恋人同士であるが、当人たちの合意に基づいているわけではない。確たる言葉による保証のない関係であった。

 

 つまり否定の言葉を口にすれば、すぐに崩れてしまいそうな。

 そんな脆さのある、男女の関係でもあった。

 

 

 

「…………はぁ」

 

 雨粒が音を立てる外を眺めながら、俺は悄然とため息をついた。

 放課後の昇降口。ほかの生徒たちは、さっさと傘を差して外に出ていくが、俺は立ち尽くしていた。理由は簡単である。……傘を忘れた。

 

 たしかに朝の天気予報で、夕方から雨の可能性がどうたらと言っていたような気がする。なまじ早朝は晴れだっただけに、楽観視してしまったのがまずかった。せめて折り畳み傘でも持ってくれば良かったものを。

 

「――傘、わすれたの?」

 

 玲利が尋ねながら、こちらを心配そうに見つめてきた。俺のように忘れ物をするはずもなく――彼女の手には当然、雨傘が握られていた。

 

「降ると思わなくてな……」

「天気予報で言ってたのにー」

「うぐぐ……」

 

 返す言葉もなかった。まあ俺が悪い。今日は雨に濡れながら帰るか――

 そう思っていたところで、玲利はニッコリと笑って自分の傘を指差した。

 

「――入る?」

 

 一つの傘で一緒に――つまり、それは相合い傘を提案する発言にほかならなかった。

 

 ……いや、それはちょっと恥ずかしいんだが。

 と思いつつ、俺は玲利の顔をうかがった。さすがに男女の相傘の意味を理解しているからか、彼女も笑みの中にほのかな羞恥を混じらせていた。そして同時に、何かを期待するような色も含まれている。

 むしろ一緒に入ってほしい、という願いが透けて見えるような表情だった。

 

「…………」

 

 ここで断るのも、それはそれで……なかなかに気まずい。

 善意と厚意と、そして好意に対して、俺が出した結論は――

 

「……じゃ、お言葉に甘えて。お世話になります」

「えへへ……こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 なんだ、この改まった会話は。

 微妙な距離感のやり取りに(おも)はゆい感じになりながらも、外に出て傘を広げた玲利の傍らに俺は近寄る。幸いながら傘のサイズは大きめだったので、二人でもなんとか雨をしのげそうだった。

 周囲の生徒からは惚気ているように見えるんだろうな、と考えつつ歩きだしたところで――

 

「あっ、やっぱ俺が傘持つ。二人とも入るようにするの大変だろ」

 

 背が高くて力のある人間が持ち手を握ったほうがいいだろう。俺は傘の柄に、そっと手を伸ばした。わずかに接触した玲利の繊手が、緊張したようにこわばる。

 

「そ、そう? ……じゃー、お願い」

 

 目を伏せながら頷いた彼女と、持ち手を交代する。左に玲利、右に俺の位置関係だった。

 左手で傘を持ちながら、やや彼女のほうへ傘を寄せる。せめて持ち主が濡れないようにする配慮だった。

 

「……雨、大丈夫?」

「へーきへーき。むしろお前が濡れないか心配だ」

 

 二人ともとっくに夏服に切り替えていたので、上はブレザーを着ていなかった。ちらりと玲利の上半身に視線を向けると、長袖の白いブラウスが目に映る。真横から覗くと――その女性的な膨らみがやたらと際立っていた。

 

 健全な男子高校生には、さぞや目に悪そうな光景である。いや、目に良いのか。……まあ、どっちでもいいや。

 そんなバカげたことを考えながら校門をくぐり、しばらくしたところで――

 

 ひと気が少なくなってきたのを見計らったように、玲利はちょっとだけ体をこちらに近づけてきた。

 雨に濡れないため――という大義名分は、普段よりも玲利を積極的にしているようだ。傘を借りている手前、俺も受け入れるしかなかった。ポツポツと雨音が響くなか、俺たちは口数も少なめに隣り合って歩く。

 

 どこか、しんみりとした空気だった。雨だからか通行人の数も少なく、まだ夕方にもなっていないのに薄暗い。寂寥感のようなものさえ感じられた。

 

 そんな気分を紛らわせるかのように――

 玲利はそっと俺のほうへ、さらに身を寄せてきた。傘を持っている手の上腕に、彼女の肩が触れる。首もわずかにこちらへ傾けていて、まるで甘えるかのようなしぐさだった。

 

「玲利」

「なーに?」

「嬉しそうだな」

「うん」

 

 体をくっつけたまま、彼女は幸せそうに笑った。きっと以前から、こんなシチュエーションを願ってきたのだろう。男の時では叶わなかった夢が、女になって実現した――そう思っているのかもしれない。

 

「お前さ」

「んー」

「……いや、なんでもない」

「えぇー? なにー?」

 

 男に戻りたいか? と尋ねるのをやめた。さすがに、今のタイミングではまずいだろう。

 ……結局のところ、いまだに玲利の本心については理解できていなかった。

 男であることと、女であること。彼女自身はどちらを望んでいるかといえば、後者なのだろう。ただ――その“理由”が気になっている部分だった。

 

 なぜ、女でありたいのか。

 女であること自体が“目的”なら、話は単純だ。女性になりたいという願望が達成されて、今の玲利は幸福な状態といえるだろう。

 だが、女であることが“手段”に過ぎないなら――はっきり言って、玲利は男に戻るべきだった。

 ……まあ、本人の意志で戻れるのかどうかも、わからないのだが。

 

 ――いろいろと考えを巡らせながら。

 俺たちは体を触れ合ったまま、いつもの別れる場所まで到着した。

 

 ここから玲利は住宅街のほうへ、俺は駅のほうへと向かうことになる。傘はなくなってしまうが、まあ多少は濡れても大丈夫だろう。ここまで雨をしのげただけでもありがたかった。

 

「じゃ、これで――」

「あっ、あのさ」

 

 別れを切り出そうとした俺を、遮るように玲利が声をあげた。

 心細さと不安を含んだような、そんな表情を浮かべながら。彼女はおずおずと、言葉を漏らした。

 

「……うちに使ってないビニール傘があるからさ」

 

 そう言いながら――玲利はどこか切なげに、俺の腕に繊手を絡ませて。くい、と住宅街のほうへ向けて、俺の体を引き寄せた。

 

「ボクの家まで来て、傘を借りていくのがいいんじゃないかなー……って。五分もかからない距離だし……」

「…………」

「ど、どうかな……?」

 

 ――ここまでわかりやすい方便も、なかなかないだろう。

 もっと一緒にいたい、とはっきり言わないところは、なんとなく玲利らしい。少しでもそばに、肌を近づけていたいという想いが、その言葉と振る舞いから伝わってきた。

 

 ……それはともかく。

 

「……腕」

「うで?」

「当たってるんだけど」

 

 そう言うと、玲利は自分の胸元に目を向けた。引っ張られた俺の腕は、彼女の柔らかい膨らみに接触している。それを認識した瞬間――玲利は顔を真っ赤にして、あわてて身を離した。

 

「ごご、ごめんっ」

「いや、いいって。……それより」

 

 彼女が雨に濡れないように、俺のほうから歩み寄る。そして体の向きは――駅ではなく、住宅街の道へと変えた。

 

「……傘、借りようかな」

「ほんとっ? ありがとう」

「なんでお前が感謝するんだよ」

「えへへ……」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら、玲利はふたたび肩をしなだれかかるように寄せてくる。体を触れ合わせたまま、俺たちはゆっくりと歩きだした。――玲利の家へと。

 

 大通りから遠ざかる道を、彼女に案内されながら進む。当然ながら、住宅街の路地はほとんど人影がなかった。ひっそりとした空間で二人っきりの時間を、玲利は楽しそうに満喫している。

 

「ボクの両親、共働きだからさ……。仕事帰りに急に雨が降った時、コンビニでビニール傘を買って帰るみたい。そのせいで、傘が溜まるいっぽうなんだよね」

「あー、捨てるにしても面倒だからな……。俺んちも、傘立てにビニール傘が何本もあるなぁ」

 

 そんな雑談を繰り広げつつ、気づけば玲利の家もすぐそこに現れ。けっこうな広さで築年数もさほど経っていない住宅は、なかなかの邸宅っぷりだった。

 あまり玲利の家庭事情については聞いたことがないが、普段の学校生活で小遣いに困っている様子がなさそうなのを見ると、それなりに裕福な家であることはうかがえた。ブルジョアというやつだろうか。

 

「ちょっと待っててね」

 

 玄関の軒下でようやく傘を下ろしたところで、玲利はバッグを探りはじめた。そして、すぐに鍵を取り出してドアを解錠する。

 戸口は開いたままにして、玲利は中に入ると玄関の収納棚を開いた。そこから一本のビニール傘を取り出すと、「これでいいかな?」と俺に見せる。コンビニに置いてあるような変哲のないタイプで、とくに問題もなさそうだった。

 

「……ありがとな。わざわざ傘まで貸してくれて」

「ううん、気にしないで。……あっ、返さなくてもいいからね」

 

 むしろ返却されても、廃棄する手間が増えるだけで困るのだろう。俺は苦笑しながら「わかった」と頷いて――玲利の手から傘を受け取った。

 

 ――その瞬間、にこやかだった玲利の笑顔が、少し寂しげなものに変わった。

 

 傘の受け渡しが済んだ今、もう俺が留まる理由がなくなったからだろう。あとは帰るだけ……つまりお別れだった。

 毎日、顔を合わせているというのに。妙に玲利の情緒が感傷的なのは、陰鬱さのある天気のせいだろうか。あるいは、恋人のように相合い傘をした時との落差がつらいのかもしれなかった。

 

 切なさに堪えかねたように――

 玲利は俯きがちの顔で、こちらを上目遣いで見ながら、おずおずと口を開いた。

 

「ね、ねぇ……」

 

 声は少し震えている。緊張していることは明らかだった。言いにくい話なのだろう。

 俺はできるだけ穏やかに、「どうした」と聞き返した。玲利は言葉を紡ごうとして、迷って口を閉ざすのを繰り返す。それでも勇気を振り絞ったのか、ゆっくりと話しはじめた。

 

「さ、さっきも言ったけどさ……ボクのお父さんも、お母さんも……共働きでさ……」

「うん」

「……帰ってくるのが、夕方過ぎだから」

「うん」

「……ぃ……家に、遊んで……いかない? お、お茶くらいは、出すから……」

 

 …………。

 いや、それは。さすがに。

 

 そこまでの提案は予想していなかったので、俺は返事に困って無言になってしまった。

 家に寄って遊ぶ――そんなことは、まあ親友同士では普通のことだろう。だが……今の玲利が、俺のことをただの親友と見なしていないことは言うまでもなかった。

 

 年頃の男女が、屋根の下に二人っきりでいたら。その後の展開に何か不穏なものを想像してしまうのは、無理からぬことである。

 もし、万が一。何かを迫られた時に、俺は玲利を傷つけずに対応できるかと言われると、なかなかに微妙だった。関係が気まずいものになるのは絶対に避けたい。だから自信のない展開には持っていきたくなかった。

 

 そんなことを思いながら、ようやく思考の渦から抜け出した俺が口にしたのは――

 

「いや、やめとくよ」

 

 きっぱりと断る回答だった。

 それを言った直後、玲利の表情が悲しそうに曇った。見たくない顔だった。だから俺は、言葉を続けた。

 

「その代わりさ」

 

 これは代案だ。

 性急すぎる玲利に代わって、俺がほかの提案をするわけである。ただ彼女のことを拒絶するわけではないことを、ちゃんと伝えたかったのだ。

 

「空いている土曜か日曜に――デートしようぜ」

 

 平然と言ったからだろうか。

 玲利は驚いたように俺を見て、それから戸惑ったような感情を浮かべつつ、か細い声で聞き返してきた。

 

「ぁ……一緒に、遊ぶ……ってこと? うん……次の日曜なら……」

「いや、だから遊ぶんじゃないって」

「えっ……?」

「デートだよ」

 

 言葉を失くしてこちらを見つめる玲利の表情は、いまだに意味が呑みこめていない様子だった。だが、徐々に“デート”が男女のそれを指していることを理解しはじめたのだろうか。顔色には、普段の明るさが戻りつつあった。

 

「……デートって、そのデート?」

「そう、そのデート」

「…………」

 

 単語を咀嚼した玲利は、うぶな少女のように頬を赤らめた。百面相とは、このことだろうか。悲しんだり喜んだり、感情の起伏が激しいやつだった。

 ……そんな玲利を見るのも、楽しいものだけど。

 

「帰宅したあとで、連絡してもいいか? 計画を相談して立てたいし」

「計画……」

「デートプランってやつだ」

「デートプラン……」

 

 言葉を反復するだけの玲利は、頭の処理が追いついていないようだ。……自分から家には誘ったくせに、デートに誘われただけでのぼせ上るのか。やっぱり攻めに弱いタイプなのだろうか。

 さっきの沈痛な面持ちはなんだったのか。一転して嬉しさに満ちた表情の玲利は、もじもじと恥ずかしそうに赤面しながらも、俺に甘ったるい声を送る。

 

「た、楽しみにしてるね……。えへへ……初めてだね、デートなんて……」

「ああ、ちゃんと計画も練っておかないとな。行きたいところ、玲利も考えておいてくれ」

「うん……」

 

 すっかり元気そうな顔色の玲利は、いつにも増して嬉しそうな様子だった。“デート”という、友達以上の関係でおこなわれる行為の意味は大きいのだろう。俺自身も、ただの遊びではなく真剣なものとして、それを捉えていた。

 

 ――そろそろ、結論を出さなければならない。

 

 そう思っていた。だから、デートに誘うというのはタイミング的にもちょうど良かった。

 俺の考えに、そして言葉に。玲利がどのように感じて、どのように応じるのか。

 近いうちに、それは明らかになるだろう。その時、俺と彼女の関係がどう変わるのか。今はまだわからなかった。

 

「――じゃ、またあとで。傘、ありがとな」

「うん、気をつけてね。……夕方まで、ボクもお店とかいろいろ調べておこーかな」

「気が早いな。週末まで日があるってのに……」

「それだけ期待しているから……ねっ?」

 

 ニッコリと小首をかしげてアピールする彼女は、ずいぶんと可愛らしいしぐさだった。玲利がもと男だと知っていても、大半の男性はどきりとしてしまうのではなかろうか。

 俺はそんなことを思いつつも、玲利と別れてふたたび帰路につきはじめた。

 

 雨音だけが響く薄暗い道は、どこか物憂い気分にさせられる。湧き上がる孤独感のようなものは――隣に玲利の姿がないからだろうか。

 

「デート、かぁ……」

 

 どこか他人事のように呟いた。まさか俺が、女の子とデートをする日が来ようとは。しかも相手が、女になった親友などという……。

 複雑な心境になりながらも、俺は覚悟を決めつつあった。

 デートの最後には、きちんと本心を伝えようと。もしかしたら、それが玲利にとって望ましくないことだとしても。はっきりと言うつもりだった。

 

 ――はたして彼女は、どう思うのだろうか。

 

 ただ、悲しんだり嫌悪したりはしないでほしい。

 俺はせつに、そう願った。

 



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TSホモ 006

 

 ――人生でいちばん、身嗜みを整えた日なのではなかろうか。

 

 家族の誰よりも早く起きて、普段はしない朝のシャワーも浴びて、食事も余裕をもって済ませて、洗面台にこもって外見を整えた。

 大事な面接に行くかのような準備に、俺は苦笑を浮かべた。これだけ時間を費やしても、自信は満々というほどではない。デートという未知の行為は、思ったよりも俺にプレッシャーを与えているようだった。

 

 おそらくは、玲利も同じような心境でいるのだろう。

 ……いや、彼女の場合はもっと緊張しているのかもしれない。何気ない言葉でも赤面したりするほどだから、デートを目前にして抱く感情はさぞや平静とかけ離れていることだろう。何度も二人で遊んでいるというのに、今日にかぎってはお互い平常心でいることは難しそうだった。

 

「――よし」

 

 気合いを入れるように、俺は呟いた。

 デートプランは事前に話し合って決めたし、時間などもきっちり調べていた。頭にもぜんぶ入っている。問題はなかった。

 言いたいことも、考えていた。デートの最後には、駅の近くの都市公園で時間を過ごす予定にしてある。“告白”をするにはちょうどいい環境だろう。

 

 正直な気持ちを打ち明けたあとのことは――予想もつかない。

 だが、言わねばならぬことだった。本心を隠したまま付き合いつづけても、あまり良くないと思っているから。

 

「……行くか」

 

 まだ待ち合わせの時刻まではたっぷり時間があるが、それでも準備はすべて済んでしまったので、俺は早めに家を出ることにした。

 

 いつもどおり、落ち合う場所は駅にある店の前である。慣れた道を行くのにトラブルなどなかった。予定では午前九時に会うことになっていたが――目的駅に到着して時計を確認すると、三十分も前の時刻を指していた。

 いくら初めてのデートとはいえ、気が早すぎだろう。……他人からすれば、そう思われる行動だったかもしれない。

 だが、なんとなく俺はわかっていた。これくらいの時間が“ちょうどいい”と。きっと玲利なら――

 

「あっ」

 

 改札を出てすぐ見えてきた店先で、ぽつんと立ってスマホをいじっていた少女が、ふと目の前の影に気づいて顔を上げた。びっくりしたように目を見開いてから、すぐに焦ったように彼女は姿勢を正す。その油断しきっていた姿に、俺はおもわず笑みを浮かべてしまった。

 

「――これじゃ、集合時間の意味がないな」

 

 二人ともが半時も前に来てしまうとは、ある意味で時間を守れていなかった。似た者同士だな、と内心で思いながら――俺は玲利の佇まいを眺めた。

 薄いベージュ色のワンピースは軽やかさのあるデザインで、ややフレアなシルエットが可愛らしさを演出している。ワンピース服は初めて見たが、やはり玲利が着るとどんなものでも似合っていた。

 

「それもクローゼットにあったやつか?」

「んーん。……新しく買ったの」

 

 えへへ、と少し照れくさそうに彼女は笑った。どうやら相当に気合いを入れてデートに臨んているらしい。

 玲利の右耳には、俺がプレゼントしたイヤーカフもちゃんと装着されていた。私服で遊ぶときはいつも身につけているので、それだけ大事にしていることがわかる。こうも大切に扱ってもらえると、贈った側としても嬉しかった。

 

「――どうする? 店に入って何か飲みながら待つか、それともブラブラと歩くか」

 

 俺は腕時計をちらりと見ながら尋ねた。もともと最初は映画館に行く予定だったのだが、さすがに直行すると時間が余りすぎる。どこかで暇を潰さなければならなかった。

 玲利は少し迷ったような表情をしていたが、答えを出したらしい。一歩、足取りを駅の外のほうへ進めた。

 

「……歩こっか?」

「……ああ」

 

 俺が頷くと、彼女はニコリと笑顔を浮かべた。楽しそうな、嬉しそうな笑みだった。

 

 ――二人で並んで歩きながら、なんとなしに駅前の広場を眺める。

 休日なうえに快晴なこともあってか、普段よりも人の数は多かった。子供を連れた家族や、手を繋いでいるカップルの男女、あるいは同じ高校生らしき男子の集団。そんな日常的で平和な光景を目にすると、自然と口元が緩むのを感じた。

 

 ふいに、隣に並んでいた玲利が立ち止まる。

 どうしたのだろうか。そう思って振り向くと、彼女はやや顔を下向きにして、上目遣いで何か言いたそうにしていた。

 

「……玲利?」

「あ……あの……。もし、よかったら、なんだけど……」

 

 よっぽど恥ずかしいことなのだろうか。彼女の頬は赤くなっている。どんなことを提案したいのか――俺はなんとなく予想がついてしまった。

 

「て……手を――」

「――ほら」

 

 玲利が言いきるよりも先に。

 俺は自分の左手を、彼女のほうへ差し出していた。

 

 これはデートなのだ。

 だったら、手を繋いだって構わないだろう。気後れするようなことでもなかった。

 

「…………」

 

 玲利は緊張したように固唾を飲むと、おずおずと手を伸ばしてきた。大袈裟なやつだな、と俺は内心で笑いながら――ゆっくりと彼女の繊手を取り、手のひらと指を触れ合わせた。

 

 柔らかさと、ほのかな熱と、そして湿り気を感じた。

 その感触は、彼女がそれだけ俺と手を繋ぐことに特別な感情がある証だった。

 

「……恥ずかしいか?」

「ぅ……うん……ちょっと、だけ……」

「ま、しばらくすれば慣れるさ」

 

 あえて気楽な感じで言いながら、俺は繋いだ手をもう少し引き寄せた。腕も絡むような距離である。肌を触れ合わせる二人の姿は、誰が見ても仲睦まじいカップルそのものだった。

 ……これで同級生にでも鉢合わせしたら、陰でさぞや惚気だなんだと言われるんだろうな。

 

 そんなことを考えつつ、俺たちはのんびりと歩きはじめた。とりあえずは映画館の方面に向かって、適当に店を覗いたりしつつ時間を潰すとしようか。二十分くらい過ごしていれば、玲利もデートの距離感に馴染んでくれるだろう。

 

 初夏の晴天の日差しは、まだ午前中とはいえ少し暑かった。もっとも、くっついて歩いているからそう感じるのかもしれないが。あまり体力を使いすぎると夕方までにバテてしまうかもしれないので、早めに映画館に行って休むのも考えるべきだろうか。

 

 ――頭の中ではやけに思考が回転していたが、その反面、口はあまり動いていなかった。

 

 お互い、無言で手を握りながら街を歩いていた。こういう時に、いったい何を話すのが正解なのだろうか。“男女の恋人”などという存在に今まであまり意識を向けてこなかったせいで、どうしても知識が不足していた。

 

「――ずっと」

 

 ふいに、玲利は言葉を漏らした。手に籠る力も強まった気がする。俺はそれを受け入れるように、ぎゅっと彼女の手を握りかえした。

 

「……こうしたい、って思っていた」

「…………そう、か」

 

 それは、いつからなのだろうか。

 玲利が男だった時には、たしかに――なんとなく、それらしい感じはあったが。それでも、はっきりと俺を好いているという確信はなかった。いつの頃から、そういう感情を抱いていたのか。今さらながら、疑問が浮かんだ。

 

 ――もっと、早く気づいていれば。

 そんな思いが、やはり湧き上がってしまう。それはおそらく、後悔なのだろう。

 玲利が男だったうちに、ちゃんと俺が気づいて。そして、正直に言ってやれば。

 もしかしたら、こんなふうに、玲利が女になってしまうこともなかったのではないか。

 

 そんなことを、どうしても考えてしまうのだった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

「――映画の予約って、便利なんだね」

 

 隣で玲利が感心したように言う。

 ぶらぶら歩きつつ時間を過ごし、そして少し余裕をもって映画館に到着した俺たちは――発券機の前で機械を操作していた。

 

 事前にネットで座席予約をして、支払いも済んであるので、あとは購入番号などを入力してチケットを出すだけである。俺も初めての経験だったが、やってみればなるほど簡単だった。今回のようにカップルで行くときは、隣り合った座席を好きに選べるのでなかなか都合がいいシステムである。

 

「ほら、チケット」

「ありがとー」

 

 俺は片方の券を、玲利に手渡す。支払いはこっちが一括して済ませて、あとで彼女から代金を受け取る形だった。ちなみに親からクレジットカードを借りて決済したので、両親には今日のデートは把握されていたりする。……親からどんな言葉をかけられたのか、もはや語るまでもないだろう。

 応援しているのか茶化しているのかわからないような言葉を思い出しながら、俺は玲利と一緒に目的のシアターへ向かった。観る予定の映画は、以前に話題になったミステリー小説を実写映画化したものだ。デートのチョイスとしては少し渋い感じもするが、お互い原作を読んだことがあったので、じゃあこれで、となったのだった。

 

「えぇーと……Eの7……」

「あっちだな」

 

 売店でドリンクを買ったあと、シアターに入った俺たちは座席番号を確認しながら、自分たちの席へ向かう。映画自体は公開から少し経っているとはいえ、さすがに休日だからかそれなりの客入りだった。ミステリー小説が原作の映画なだけに、観客の年齢層はやや高いようだ。

 

 目的の席にたどり着くと、俺たちは椅子に腰を下ろして一息ついた。まだデートを開始してから一時間も経っていないが、やや気疲れがあるのは否めない。それはおそらく、玲利も同じことだろう。こうして座って時間を過ごせる映画館をデートプランに入れたのは、体力的にも精神的にも良かったかもしれない。

 

 ときおり飲み物で喉を潤しつつ、玲利と雑談を交わしているうちに――上映が開始される時刻になった。

 わりと作品自体にも興味があった俺は、真剣に鑑賞しようと思っていた――のだが。

 

 三十分くらい経って、姿勢を変えた際にひじ掛けに少し手を乗せた時。

 その機会を見逃すまいと言うかのように、玲利の手が俺の指の上にかぶさってきた。

 視線を横に向けると、玲利はやや下のほうに目をそらしている。無言ではあるが、“こうしたい”という要望がありありと伝わってきた。

 

 ……仕方ない。

 と、俺は内心で苦笑しながら、手の向きを変えた。手のひら同士を向け合う形にして、指の間に指を絡める。二人の手は、一つになって重なっていた。

 その状態のまま、玲利は指を揺り動かして、こちらの手をさするような行為を繰り返す。肌がこすれ合うたびに熱と、そして柔らかい感触が生まれる。どこか官能的な色っぽさもあるスキンシップだった。

 

 むかし、映画館で映画そっちのけでイチャついているカップルを見て、目障りだなと思ってしまった過去があるのだが――

 まさか、自分がこうして同じような立場になるとは。

 俺は微妙な心境になりながらも、玲利との手の愛撫を続けながら映画を見ることにした。

 

『ずっと――こうしたい、って思っていた』

 

 ふと、玲利の言葉を思い出してしまった。

 彼女はこうして、肌と肌をくっつけ合うような関係になりたかったのだろう。思い返してみれば、男だった時でも機会があれば体を近づけるしぐさをしていた。玲利なりにアピールをしていたのだろうか。

 俺は自分が鈍感ではないと思っていたが――本当はそうじゃなかったのかもしれない。

 自分に対する不甲斐なさと、相手に対する申し訳なさを感じながら、玲利の手を優しく握る。そこに込められている感情に、はたして彼女は気づいているのだろうか。いや――

 

 伝えなければならないのだ。

 身振りやしぐさ、表情などではなく。きちんとした言葉で。

 

 デートの最後に予定している告白。

 俺の意識は、今やはっきりとそこに向いていた。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 映画を観たあとの昼時。

 俺たちは少し歩いたところにある、パスタ店で食事を取ることにしていた。

 やや順番待ちがあったものの、無事に店内に入ることができ、注文も済ませて。料理が来るまでに話すことは、もちろん映画のことだった。

 

「面白かったな。原作を読んでいたからオチがわかっている……と思ってたら、かなりアレンジしていたし」

「うん……途中から展開が変わっていてビックリしたね」

 

 原作のミステリー小説自体に叙述トリック要素などがあったのだが、さすがにそのまま映像化すると演出が面白くなくなるので、独自のストーリー展開で魅せる作風にしたのだろう。事件の成り行きの変化も、序盤の伏線がきちんと影響していて納得できるものだった。

 

「中盤くらいにあった、警察署でのやり取りもさ。原作と話している内容が違うから気になってたんだけど、ちゃんと伏線になってたしな」

「えっ……そ、そーだったんだ?」

「おいおい……映画に集中してなかったのか?」

 

 俺は茶化すように笑った。玲利が手の触れ合いに意識を向けすぎていたのは明らかである。その自覚もあるのか、彼女は淑やかに頬を赤らめて、ごまかすように「えへへ……」と笑った。愛嬌の感じる反応である。

 

 そんなふうに、映画や原作について談義を楽しみつつ。食事もゆったりと済ませて。

 店を出た頃合いは、午後一時半といったところだった。ようやくデートも半分が経過したところである。

 

「疲れてないか?」

「だいじょーぶ!」

 

 はつらつと答えて、玲利は腕に抱きつくような勢いで、俺の手を握ってきた。午前にあれだけスキンシップを重ねてすっかり慣れたのか、恥ずかしがる様子はどこにもない。

 

 その自然な触れ合いは――穏やかで心地よさがあった。

 手を繋ぐという行為は、思っていた以上に……そう、悪くはなかった。

 

「…………」

 

 手のぬくもりに感じるのは、愛着というやつなのだろうか。そんなことを考えながら、俺は玲利と次の目的地へ向けて歩いた。

 最初に待ち合わせをした駅に戻り――電車を乗って、三駅となりの場所へ。

 その到着した駅の近くには、市立の水族館があった。それなりに規模も大きく、デートにもちょうどいいスポットである。午後はそこで時間を過ごすプランになっていた。

 

「……ボク、こういうところ久しぶりかも」

「俺もだな。去年に美術館とか行った覚えはあるけど……水族館は小学生以来か」

「なかなか機会がないと、足を運ばないよねー」

 

 そんな雑談をしながら、チケットを買って入館する。順路は決まっている造りなので、道にそって魚などを見てまわる形になるが――

 

「……冬也くん。説明文、ちゃんと読むタイプ?」

「読む。動物園も美術館も水族館も、ぜんぶ読む」

「ま、マジメだーっ! ……ボクも読むけどね?」

「団体で行った時なんかだと、自分だけ遅れるんだよな。一つ一つ、目を通すのに時間かかるし」

「あるあるー。……でも、今回はゆっくり見てまわれるね」

 

 そう笑うと、玲利は俺の左腕にそっと抱きついてきた。女性特有の柔らかい部分が、俺の腕と接触する。……手を繋ぐことよりも、もっと積極的なスキンシップだった。

 俺は咄嗟に周りに目を向ける。さすがにカップル客も多いからか、人からの視線は感じなかった。駅前ならともかく、デートスポットではこれくらい許容範囲といったところだろうか。

 

「……そうだな」

 

 俺は苦笑を浮かべて、腕を玲利の好きにさせることにした。今日はデートなのだから。

 そんなふうに。ほとんどの時間で密着しながら、俺たちは水族館を普通の客より遅いペースで巡ってゆく。有名な魚から、あまり聞いたことがない海の生物まで。解説板を一つずつ読んで、その情報を玲利と話題にしながら、のんびりと進んだ。

 

「――オキナワベニハゼ。……この、ちっちゃくて赤いのかな」

 

 サンゴ礁域に住む魚の水槽。その解説に、俺は軽い気持ちで目を向けた。

 その名前のとおり、鹿児島や沖縄、台湾などに分布するハゼ科の魚類らしい。特徴的なのは、環境の条件によって――

 

「……性別、変わっちゃうんだ」

 

 玲利が、ぽつりと呟いた。

 ――性転換。その群の中でオスがいなくなると、メスが性別を変化させてオスとなる特性を持っているようだ。サンゴ礁を棲み処としている魚の中には、性転換をおこなう魚類がいろいろいるのだと書かれていた。

 

 もっとも、それは魚の話で。

 哺乳類には、無縁な事柄――の、はずだが。

 

「……なんか、親近感」

「お前は魚じゃないだろ」

 

 俺は笑ってツッコんだ。

 性別が変わった人間。それは、今まさに隣に存在していた。学者に言っても、誰も信じないような現象だ。ただ知っているのは、俺と玲利の二人だけだった。

 

「なんで魚は性転換するのかな」

「子孫を残すための進化だろ」

「……ふぅん」

 

 玲利は今までよりずっと強い力で、俺の腕を抱きしめた。まるで不安を抱いている子供が、縋りつくかのように。ぎゅっと華奢な体を、こちらの腕に結びつける。

 

 魚が子孫繁栄のために性転換をするのなら、玲利も同様だというのだろうか。バカげた話である。そんなはずはなかった。

 人間は、そんな単純に生物学的なことだけでは語れない。あえて結婚をしない生き方を選ぶ人だっているし、同性の相手と人生をともにすることを選ぶ人だっている。規定された在り方など、ありはしないのだ。

 

「……そろそろ、次にいこうぜ」

「……うん」

 

 微妙な雰囲気を変えるために、さっさと先に進むことにした。今日はデートなのだ。必要なのは、楽しい時間を過ごすことだった。

 次の展示に行ってしまえば、興味も新しいことに向いて、俺も玲利もふたたび明るく会話をしはじめる。とくに海鳥やペンギンなどの場所に着いた時は、めずらしく玲利ははしゃいでいた。魚より、鳥類のほうが可愛くて好きらしい。女の子っぽいな、と俺は内心で笑った。

 

 そんな感じで、存分に水族館を満喫しながら――

 すべての展示を回りおえて、出口近くの売店に入った時。

 玲利は棚に置かれた、やたらデカいイルカのぬいぐるみを指差した。

 

「――こ、これ、買わない?」

「高いし、持って帰るの大変だろ……」

「む、むぅー……」

 

 物惜しそうに、ぬいぐるみを撫でる玲利。残念ながら、まだデートプランは残っているのだ。こんな大きな荷物を持っていたら……その、なんだ。雰囲気もちょっとぶち壊しである。

 

 玲利はどのグッズも興味ありそうに眺めていたが、キーホルダーの商品に目を留めたようだ。立ち止まった彼女は、いろいろ手に取りつつ、じっくりと吟味して――

 

「……これ、一緒にどう?」

 

 俺に見せたのは、イルカのキーホルダーだった。デザインは男性が持っていても違和感のない感じである。値段も高くはなかった。

 お揃いのアクセサリーとしては、ちょうどいいだろう。デート記念に購入するのにはピッタリだった。

 

「色は、どれにする?」

「ボク、水色がいいかなー」

「んじゃ、俺はこれにする」

 

 玲利は水色、俺は濃い青色にして、それぞれキーホルダーを購入した。

 付けるとしたら、スクールバッグがいいだろうか。二人とも学校に持っていくとなると、クラスメイトから惚気カップルのように見られてしまいそうだが……まあ、今さらな話か。

 

 もはや世間からの認識は、完全に恋人同士なことを自覚しつつ――

 俺と玲利は、キーホルダーを土産にして水族館を出た。

 

 ずいぶんスローペースで動いていたため、時刻は午後五時くらいになっていた。ただ夏の季節なので、空は昼と見間違えそうなほど明るい。まだ家路を急ぐ必要もなかった。

 つまり――デートには、時間が残されているということだ。

 

「うーん……! 楽しかった……!」

「疲れは大丈夫か?」

「うんっ、へーきっ」

 

 玲利は元気そうに答えて、手を勢いよく握ってくる。いくらでも歩きまわっていられそうな様子だった。あるいは、疲れを忘れるほどに夢中になっているのだろうか。

 ぶらぶらと散策をしつつ、俺たちは駅のほうへと戻り。ふたたび、玲利の自宅の最寄り駅まで戻ってきたのは、午後六時手前くらいだった。さすがにこの時間になると、空はかすかに宵の気配が漂ってきている。

 

「――公園のほうに、行くか」

「……うん」

 

 デートプランの、最後のスポットである。

 今日の終わりが近づいてきていることを理解しているからか、玲利の声色は少し寂しそうだった。そして、わずかに緊張も抱いているように感じる。これから、どんなやり取りを予期しているのだろうか。

 

 ――いろいろ、話したいことがある。

 事前に、そう伝えてはいた。ただ、内容については口にしていなかった。彼女は、俺が何を言うつもりなのだと考えているのか。はっきりとした愛の告白か、それとも――

 

 思考を重ねているうちに、都市公園の入り口が見えてきた。それなりの敷地がある場所なので、ここを利用する近隣住民は多いようだ。さっきまで公園で遊んでいたのだろうか、サッカーボールを持った小学生たちが帰っていく姿があった。

 子供にとっては帰宅の時間だが――俺たちは高校生だ。夜の公園にいたって、問題はないだろう。

 

 玲利と手を繋ぎながら、公園の中へ入ってゆく。休日なだけあって、ちらほらとカップルらしき男女が目に映った。きっと、ほかの人からすれば、俺たちもそういう関係の二人と見られているのだろう。

 

 公園の奥のほうへ、あまり目立たない場所を目指して歩き。ひと気のないベンチにたどり着いた俺たちは、ゆっくりと腰を下ろした。手は、繋いだままで。

 

「…………」

 

 無言だった。何をしゃべったらいいのか、少し迷うところもある。とりあえずは――何か話題を出そう。

 

「……どうだった? 今日の“デート”は」

「うん……最高だった」

 

 玲利はそう笑って答えて、甘えるように俺の肩へと身を寄せた。もはや体を触れ合わせることにも、お互いに慣れてしまっていた。そう……それは、本当の恋人のようだった。

 

 ――悪くはない。

 

 そう感じたのは、まぎれもなく本心だった。

 こうして玲利と、近くに、そばにいること。一緒に何かしたり、どこかへ行ったりすること。親密なスキンシップを取ること。何もかも――悪くはなかった。

 もっと、はっきりと言ってしまえば。

 好きだ――

 

「――好きだよ」

 

 言葉を口にしたのは、玲利のほうだった。

 彼女が俺を好いていること――そんなのは、百も承知である。ただ、こうしてはっきりと声に出して伝えてきたのは、これが初めてだった。

 

「……いつぐらいから、そうだった?」

「んー……はっきりした時期はわかんないなぁ。……でも、学校で一緒にいるうちに。少しずつ……かな?」

「……なるほど、ね」

 

 世の中には一目惚れなんていう言葉があるが、人がひとを好きになるのが、すべてそのパターンであるとは限らないだろう。日常生活の中で、相手の性格や趣味や振る舞いや考え方などを知って理解するうちに、徐々にその人に惹かれていくという場合もある。

 初めはとくにその気がなかったとしても――時間の経過とともに特別な感情を抱くようになるというのは、ごくごくありふれたことだった。

 

 自分の内心を振り返ってみれば。

 玲利と過ごしてきた時間は、たしかに俺の心に大きな影響を与えてきていた。

 一目惚れなどとはまったく異なるが、それでも間違いなく言えることがある。

 

「――俺も、玲利のことが好きだ」

「…………」

 

 反応は、手に返ってきた。強く握りしめられたそれは、嬉しさの表れだったのだろう。彼女の顔をうかがうと、どこか恥ずかしそうに緩んだ笑みを浮かべていた。

 

 ――俺の言葉に、嘘はない。

 

 だが、おそらく。

 玲利は勘違いをしている。

 俺の本当の考えや気持ちを、理解してもらう必要があった。

 

「…………」

 

 何から説明をすればいいのか。

 デートを決めてからさんざん考えていたはずなのに、いざその時になると切り出し方が見つからない。俺は口下手ではないし、伝えたいことも理解しているはずなのに――どうしてか、言葉を紡ぎだせなかった。

 

 ――胸が、高鳴っている。

 それは緊張の証だった。手を繋いだり、その胸に腕が当たったりしても動じなかった俺の精神が、今は平静を失いつつあった。

 なぜか。その理由はわかっている。俺は彼女に伝えようとしているからだ。俺が、玲利を好きと言った本当の意味を――

 

「ね、ねぇ……」

 

 沈黙を打ち破って、彼女はおずおずと口を開いた。その声色は、少し震えていた。

 玲利は上半身をこちらのほうへ向け、目線を斜め下にそらし、そして体をもう少しだけ近づけてくる。

 

「……その…………」

 

 何かお願いをしたいような様子だった。俺はすぐに気づいてしまう。彼女がどんなことを求めているのかを。

 デートで、日が沈みつつある公園で、ひと気のないベンチで座っていたら。カップルがする行為など、もはやお約束のようなものだろう。

 

 玲利は、頬を赤くしながら言った。

 

 

 

「き……キス、したいな……」

 

 

 

 もう、逃げられない状況だった。

 ここで流されれるままに、本心を伝えずに、恋人であることを完全に認める、玲利との口づけを交わしてしまったら。

 俺は絶対に、後悔をしつづけるハメになるだろう。

 

「――その前に」

 

 ようやく、口を開くことができた。

 

「玲利に伝えておきたいことがある」

 

 俺はいま、どんな表情をしているのだろうか。不安そうな顔をしているのか、それとも無表情なのか。言葉を声に出すのが精いっぱいで、感情表現まで気を配る余裕がなかった。

 

「……なに……?」

 

 せっかく恥ずかしさを呑んで提案したキスのことを、中断されてしまったからだろうか。玲利は心配そうに、恐れるかのように、俺の顔色をうかがっている。

 

「俺が玲利のことを好きだって、言ったのは……たしかにそうなんだけど……」

 

 口調がはっきりしない。自分の感情を、理路整然と説明するのは難しかった。どうしても……感情的な口ぶりになってしまう。

 

「あー……たぶんさぁ。玲利は……自分が女になったから、俺がお前のことを……こう……異性として好きになったんだと、思っているんだろうけど――」

「……違う、の?」

「まあ、はっきりと言ってしまえば」

 

 その瞬間、玲利は――すべてを失ってしまったかのような表情を浮かべた。今までの出来事が、みんな泡となって消えたかのような。そんな絶望的な顔だった。

 

 違うッ!

 そうじゃないって、俺が伝えたいのは。

 

「……そう、なんだ…………」

「いや、そうじゃなくて」

「……だって……ボクのこと、好きじゃないって……」

「だから、そういう意味じゃなくて! 俺はお前のことが好きなんだよ」

 

 俺は頭を掻きながら、思わず顔をそむけてしまった。どうも意思疎通がうまくいかない。俺はこんなに話が下手だったのか。

 

 まるで――自分の恋心を初めて告白するかのような心境だった。

 玲利が女になってから、ずっと。一歩引いたような視点で、彼女が俺に接するのを眺めていたが。

 これまでの彼女の心情は、きっと今の俺と同じような感じだったのだろう。

 

 そして、そんな彼女は。

 恥ずかしがったりしながらも、俺に好意を伝える言葉を紡いだり。勇気を振り絞って、俺と体を触れ合わせてきたり。ちゃんと気持ちを表現してくれてきたんだ。

 だったら――俺も、やらなくちゃいけない。

 

「俺は――」

 

 言葉が詰まった。

 ――息を、整える。

 大きく呼吸をして、心身を少しだけ楽にさせる。

 

 大丈夫。言葉は出る。

 顔はやけに熱かった。きっと、赤くなっているんだろう。

 玲利が恥ずかしがるのと同じように。

 

 顔をそむけたまま、固唾を飲んだ俺は――

 

「俺は、お前のことが――」

 

 ようやく。

 ――告白をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――男だった時から、好きだったんだよっ!」

 

 ――言った。

 言って、しまった。

 

 なんて恥ずかしいのだろうか。顔から火が出るような思いだ。女子に告白する男子の気持ちを、今になってようやく理解してしまった。

 ずっと、思春期を迎えても異性に興味を持っていなかった俺が。

 玲利と学校で日常を送るうちに、ああ、コイツともっと一緒にいたい、と想うようになっていた。

 それがはっきりと、好きなのだということだと知ったのは。玲利が女になってしまってからだった。

 

「いや、その……べつに、お前が女であってもさ。玲利は、玲利だから……好きって気持ちは変わらないんだけど、さ」

 

 たとえ今の玲利が、女性であったとしても。彼女と一緒に時間を過ごすことは、本当に楽しいと感じるし、これからも一緒にいたいと思える。だから、彼女とそういう関係になることは何も問題がなかった。

 ただ、それはそれとして。

 

「こう……俺としては、お前が男だった時のほうが……。その、なんだ。ええと……こう言うのもアレかもしれないけど……こ、好みだったっていうか……」

 

 告白に混乱しすぎて、言葉をはっきりと口にしすぎだった。目が回りそうな感覚だ。今の俺は、平常心からかけ離れていた。

 ――まあ、もとから女の子っぽい容姿をしている玲利ではあるが。

 それでも。髪が長くなって、胸が豊かになった彼女を見て、俺は自覚せざるをえなかった。

 髪が短くて、胸のない、中性的な玲利のほうが好きだったんだな、と。

 

「いや、その。俺が言いたいのは……お前が女になったから好きなったんじゃなくてさ。もとから、玲利という人間が好きだったっていう――」

 

 そこで、俺は初めて玲利のほうを向いた。

 はたして、彼女はどんな顔をしているのか。予想外すぎて、驚いているのだろうか。あるいは、男のほうが好きだったと言う俺に対して、あまり良くない感情を浮かべているのだろうか。

 不安に支配されながら、おそるおそる彼女の顔色をうかがった俺は――

 

「――自分が女の子だったら」

 

 玲利は真摯な瞳で、ゆっくりと語りだしていた。

 

「冬也くんと、恋人になれるんじゃないかって……そう思っていた」

 

 その声には、想いがこもっていて。

 

「だから……そんなふうに願った、けれど……」

 

 思わず抱きしめたくなるような、愛おしい玲利の姿があった。

 

「そんな、必要……なかったんだね」

 

 あはは……と、苦笑するような表情を浮かべる。

 俺は、そんな玲利の言葉を。ただ黙って聞いているしかできなかった。

 いや――というか。唖然としすぎて、声を発することもできなかった、というほうが正しいのか。

 俺の様子がおかしいことに、ようやく玲利は気づいたのだろうか。「と、冬也くん……?」と、名前を呼び、そしてようやく――自分の身の異変に気づいたようだ。

 

「あ――ぁ、あれ……?」

 

 玲利は愕然としたように。あるいは呆然としたように。口を半開きにさせながら、自分の胸に手を当てた。

 ――そこに、女性らしい膨らみはいっさいなかった。

 胸だけではない。髪も肩を越える長さがあったはずなのに、今は短くなってしまっている。

 なまじ服装が変わっていなかっただけに、理解するのに時間がかかってしまったが。

 つまるところ――

 

「も……戻っちゃった……」

 

 困惑したような笑みを浮かべながら、“彼”はぽつりと言葉を漏らした。その声も、まさしく男だった時の玲利そのものだった。

 咄嗟に、彼の右耳に視線を向ける。そこには、俺がプレゼントしたイヤーカフが変わらず付けられていた。どうやら玲利が女だった時に買ったモノは、“なかったこと”にされずに済んだようだ。

 ほっとしつつ、そういえば……今日の朝、玲利がデートの服を「新しく買った」と言っていたことを思い出す。なるほど、だから男に戻ってもワンピース姿のままだったのだろう。

 

 ということは、今日の俺は――

 女装した玲利とデートしていたことに、現実が変わっているようだ。

 ……うん。まあ、いっか。些細なことだし。

 

「――女だった時より、似合ってるぞ」

「えぇー!? 何それー! おかしくない?」

「おかしくない。今のほうが可愛い」

「か、か……かわいい……?」

「ああ」

 

 頬を赤らめながら、満更でもなさそうな表情で嬉しがる玲利。さっきまで女だったからか、振る舞いが妙に女の子っぽい。とはいえ、それはそれで愛らしさがあって素晴らしいのだが。

 

 脳みそが惚気に支配されている気がするが、まあ今日くらいは許されるだろう。

 なんと言ったって――初めてのデートの日なのだから。

 

 全身に湧き上がるような充足感が心地よかった。この満ち足りた気分は、幸福というやつなのだろう。いま目の前に、理想の恋人がいる。それは何よりも嬉しく、安らかな心境だった。

 俺はふっと笑うと、玲利の肩に手を置いた。それにビクっと、彼は緊張したような反応をする。

 

「な、なに……?」

「さっきの続き」

「あっ……ぅ、うん……」

 

 その言葉を理解したのか、玲利は恥ずかしそうな微笑を浮かべて――ゆっくりと目を閉じた。

 こちらに顔を向け、静かに行為を待っている彼は、淑やかで可憐な魅力があった。その唇は上品で艶っぽく、視線を向けているだけで胸が高鳴ってくる。……自分は思った以上に、玲利に惚れていたらしい。

 

 ――玲利が女になってくれて、よかった。

 今では、そう思えていた。あのまま、もし男のままだったら。お互いに気持ちを隠し、ごまかしたまま、付き合いつづけて。そして何事もなく、関係が進展しなかったかもしれない。

 だけど、“彼女”が俺に好意を伝えてくれたからこそ。俺はちゃんと、自分の想いを言葉にすることができた。そして、“彼”と大切な関係になることができた。

 

 秘めた感情は、この一瞬の間で回想するには短すぎる。

 またいずれ、玲利と話そう。

 彼が女の子になって、夜中に電話をかけてきた時のこと。翌日の学校で、初めてその姿を見せた時のこと。昼休みに、恋人に見られることが嫌じゃないかと聞かれた時のこと。帰り道で、体を触れ合わせた時のこと。誕生日プレゼントに、イヤーカフを貰った時のこと。家に寄らないかと誘って断られて、すぐ俺がデートを提案した時のこと。そして今日のデートの、数えきれないほどのやり取り。

 それを二人で思い返して、一緒に語り合いたかった。

 

 確かに存在した、女性としての玲利との想い出を。けっして忘れることなく。

 すべてに感謝しながら――いま、この瞬間を。

 大切に、幸せに感じよう。

 

 

 

 

「――お前のことが好きだ、玲利」

 

 そっと、やさしく、愛情を込めて。

 ――その唇に、柔らかくキスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ここまでご覧いただき、ありがとうございました。
 最初からすべての構成を考えてはいたものの、実際にオチまで書ききるのに少し時間がかかってしまいました。当初の想定よりも、やはり大幅に文字数が増えましたね。ですが、そのぶん物語の質も高くなったかなと思います。

 最初からタグで警告していたことから、おそらくこのオチを予想した方も多いと思います。個人的には叙述トリック的に見せたい気持ちもありましたが、やはり内容が完全にBLなこともあるので、あえてそれは周知させる形にしました。
 TSFが好きでも、男とくっつく展開は嫌い、というタイプの人もじつはけっこう多いので、その辺の配慮が難しいところですね。

 この作品に関しては、TSのジャンルとしてはちょっと異質な内容になりました。男に戻るまでは「適正化TSF(もともと女の子っぽい男性が、女性にTSするジャンル)」ですが、男に戻るとBL(+女装)というニッチな要素がてんこ盛りですね。
 TSをきっかけに男に戻って結ばれる、というジャンルをなんと呼べばいいのか。
 ……TSホモ?

 まあ、その辺は置いといて。

 TS娘が男に戻るなんて許せん! ホモじゃねえか!
 という方のために、男に戻らない短編も新たに執筆いたしました。よろしければ、そちらもご覧ください。

ハーメルン:
https://syosetu.org/novel/196431/
ミッドナイトノベルズ:
https://novel18.syosetu.com/n9227fp/



 ところで、いろいろとTS作品を眺めたりしていて思うのですが、どうして主人公がTSする作品ばかりなんでしょうね。
 にわかTSFファンとしては、TSヒロインのほうが好きなのですが……ううむ。流行らないものですかね(皆さん書いて)。

 さて。
 この作品は完結という形になりましたが、もしかしたらまた、オマケだったり何だったりを投稿するかもしれません。
 その時は、どうぞよろしくお願いします。

 今後も、ホモがTSしてホモするTSホモが流行ることを祈りつつ。


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