バンドリ世界に転生したからオリジナルバンド組もうぜ! (霜降りまいたけ)
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Afterglowとは別の夕焼け

マイクに歌声がしっかり乗っている。

ギター・ベースの2人ともアイコンタクトを交わす。最初に仲間になってくれた友人たち。悩んだ時も楽しい時も、必ず一緒にいてくれた相棒たちだ。

ドラムも普段は走りがちなリズムを、今日はバッチリのタイミングでリズミカルに叩いている。華奢な身体に似合わず力強く、メロディの屋台骨を担ってくれている。

キーボードはいつも通りの曖昧な笑みでいつも通りの演奏だ。こいつは良くわからん。

 

そうこうしている内に最後の曲。全力を出してるからか喉はカラカラ、汗でびっしょり、肩で息をしている。

会場は盛り上がってる。熱気十分。東京の片隅にあるライブハウスには、これ以上入らないくらいパンパンにロックファンたちが集まっている。

ラスサビの半音上がる部分で興奮はピークに差し掛かり、そして……。

 

 

「■■■■でした!ありがとう!!お前らこの後も盛り上がって行けよ!」

 

 

ワッ、と湧き上がる歓声を背に、仲間たちとハイタッチ。今日も最高のライブだった。

俺がバンドを始めたきっかけ。それは3年前まで遡る。

 

 

 

 

 

--------------

 

 

 

 

 

突然だが俺は転生者である。

とは言っても、別に異世界に転生したとか、不思議な力があるとか、そんなことは一切ない。前世も今世もあらゆる意味で一般人。何かスポーツで賞を取ったりだとか、前世の知識を活かしたチート知識で一儲けとか、そんなこともなく2度目の中学校生活をしている身だ。

 

俺も最初は株やら勉強やらスポーツやらで良い人生にしようと目論んだものの、前世はFラン大出の無趣味底辺営業マンだったわけで……結局すべてそこそこで終わってしまい、生前の焼き直しをしているかのようだ。

 

ってかマジで前世の知識とかろくに役立たないからね!?

社会人になって2年もすれば学校の勉強とか忘れるし、そもそも前世はあったガ●ホーとかナム●とかの有名企業が無いし、漫画やアニメ・ゲームも見たことないのばっかり!

事前知識がないからせっかく現代東京に転生したのに普通に「ニューゲーム」状態だよ!

 

だから普通の、ちょっと違った現代世界に転生したんだなと思ってたわけ。

そんなとき、友達たちとボーッと見ていた文化祭のバンド演奏で見た名前には、まさに目ん玉飛び出るほど驚いた。

 

 

『あー、あたし達”Afterglow”……今日は盛り上がって行くよ!』

 

 

そんな拙いMCもそこそこに、ノリの良い音楽とパワフルな歌声が鼓膜を震わせた。先ほどまで気怠そうにくっちゃべってた友人AとBも、無言でステージに目をやり、終盤には周りとともに盛り上がっていた。

アンコール!と叫ぶ友人たちをしり目に、俺は思わず口を突いて出る言葉を、飲み込むことができなかった。

 

 

「この世界、バンドリの世界かよ……」

 

 

アプリやってましたとも。アニメも見ましたとも!でも普通の日本だと勘違いしていたよ!

まさか創作物の世界だとは今更思っていなかったから驚きだ。現在は別にガールズバンド一色って感じでもなかったから、完全に思い当たらなかった。

 

 

「そういや音楽は今までやって来なかったな……」

 

 

前世で好きだったバンドやアイドルはこの世界に存在しておらず、あの名曲たちを聴くことができないと嘆いたのはもうだいぶ昔のこと。立身出世も今の今まで諦めていたが、バンドリ世界に来たからには音楽やるしかないんじゃないかな!

 

まずは自分の楽器からだ。そして仲間を募り、前世の好きだった曲をこの世界に蘇らせる!

年甲斐もなくワクワクしてきたが、第一目標は自分の好きな曲をいつでも聞けるようになること。

よっしゃ、さっそく練習始めるぞ!

 

 

 

その後、お袋にものすごく呆れられながらお年玉貯金の引き出しと、ついてきた友人AとBと共に楽器店へ。

奴らもAfterglowの曲に当てられたようで、目をキラキラさせながらギターやベースを眺めている。お前ら金あるのかよ。

今まで特に楽器に触れて来なかった俺は、何を練習するべきか迷う迷う。そんな時目についたのが、渋い木目調のどっしりとしたギター。派手な色のものよりも、落ち着いた色合いが渋カッコいい……。

 

 

「あ、EpiphoneのSGですね!初心者にも悪くない、使いやすい型ですよ!良かったら試しに弾いてみますか?」

「じゃあ、ちょっとだけ……」

 

 

若い眼鏡の店員さんがスッと近づいてきて、簡単に説明してくれたので、思い切って試してみることに。もちろん知識もないのでジャラーンと音を鳴らしてみるだけだが、アンプから流れてくる音圧に、身体の芯からゾワゾワしたものが上がってきた。

思えば一目ぼれだったんだろう。帰り道、なぜか手にギターとベースを持つ友人たちと共に、俺は木目調のギターを持って歩いていた。

 

 

「最初はコピーバンドみたいな感じかな~」

「そうだな、そうそう作詞作曲なんて出来るもんじゃないし」

「あー、早く練習してぇ!」

 

 

空を見上げれば綺麗な茜空。そういえばAfterglowも夕焼けって意味じゃなかったっけ。文化祭後にググった覚えがある。

音楽を始めるきっかけになった夕焼けか。ちょっと感傷的で良い雰囲気だ。

楽器初心者3人並んで見上げる夕焼け。ふと、前世で好きだった歌のフレーズが頭に浮かんできた。

 

 

「溜め息の訳を聞いてみても 自分のじゃないから解らない」

 

 

”真っ赤な空を見ただろうか”

有名バンドの夕焼けをモチーフにした曲。まだメロディを乗せられてはいないが、練習して必ずこの曲を……いや、色々な曲をこの世界に蘇らせよう。

最後のフレーズまで歌い終わると、友人AとBの2人が飛び掛かって肩を組んできた。動物園の猿かというくらいに、大興奮して口々に何事か言ってくる。

 

 

「おいリュウ!お前めちゃくちゃ歌上手いじゃん!」

「感動した!なんて人の曲だよ?」

「あ、いや……昔聞いたような聞いてないような曲を思い出して」

 

 

俺が作ったと言おうものなら、この猿どもは作曲しろしろ煩くなるだろう。もちろん事実として俺が作ったわけではないので、空想の足長作曲おじさんに作ってもらったことにする。

あ、ついに呼ばれた今世の俺の名前はリュウで通っています。以後よろしく。

 

 

「お前もうボーカルした方が良いだろ!」

「いや、そこまででは無いだろ」

「俺も普通に聞いてて上手いと思ったぞ!」

 

 

褒められ慣れていないからか、嬉しくはあるが素直に認められない。

しかし、この時の俺には着実と、”ギターボーカル”という選択肢が頭に根付いていった。

卒業までの残り半年、俺はその間友人たちと集まったり、自宅に引きこもったりして、ギターと歌の練習をして過ごしていった。

時は、高校入学に進む。




ネタバレ:友人AとBは3年後のバンドメンバーではありません。


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イケメン爽やかリア充って大抵アンチされるよね

ギターケースを背負い、耳につけたイヤホンからはこの半年撮り溜めた前世由来の曲が、プレイリストを組んで流れ続けている。桜が満開の中、俺は地元の中でも中堅どころの”星見ヶ原高校”に入学した。

あやふやな記憶だが、原作キャラたちは”羽丘女子学園”や”花咲川女子学園”に在籍するはずなので、接点はまるで無しだ。まあ俺の性別が男である以上、女子高には絶対に入れないんだが。

 

星見ヶ原は偏差値も良くて55程度で、一応公立高校の部類に入る。そのため特徴が出やすいブレザーではなく、目に馴染んだ学ランだ。男女共学で女子はセーラー服。正直なところ俺はセーラー服が嫌いじゃない。全く持って嫌いじゃない。いやどうでも良いぞそんなこと。

 

中学時代ずっとつるんでいた友人AとBは、それぞれ別の高校に進学した。Aは同じく近くにある”夕立商業”、Bは電車で1本の少し離れた場所にある私立”朝日学園”に行った。3人それぞれ「お前らと対バンする」を目標に、これからもバンドを続ける誓いを立てた。

なんだか前世でできなかった青春というものを、俺は今世でしていると思う。柄にもなく卒業の日は3人で抱き合って号泣してしまった。

 

 

「今 私が泣いていても あなたの記憶の中では」

 

 

最後の最後に3人で演奏しながら歌った”友達の唄”を口ずさみながら駅に向かって歩いている。俺は学校の軽音部などには入るつもりがなかった。部活になるとどうしても自由には活動できないし、バンドメンバーは自分で集めたい。

そこでまずは、星見ヶ原の生徒たちがよく利用する駅前で、演奏をしてみることにした。幸いなことに俺が歌う曲はこの世界でもオリジナルになるため、人目を惹きやすいはず。

 

駅前でアンプとギター、マイクを準備していると、俺と同じ学ランのやつがいつの間にか目の前に立っていた。

 

 

「よ!同じクラスの奴だよな?俺トモキ、よろしく!」

「あ、あぁ、よろしく。俺のことはリュウって呼んでくれ」

「リュウだな。HRの時からギターケース気になってたんだよ!なに、歌うの?」

「バンドメンバー探しててな。ここで弾いてたら声かけてくるかなって」

「それで入学初日から駅前で弾き語りかよ!度胸あんなぁ」

 

 

確かにクラスでちらっと顔を見た気がする。公立なのに明るい茶髪で、リア充臭さを存分に発揮していた明るいやつだったような……。顔もイケメンの部類に入る、スクールカースト上位に入りそうな外見だったから、印象に残っている。さすがのコミュ力で物怖じせずに話しかけてくるあたり、見立ては間違ってなさそうだ。

 

 

「やっぱ俺以外は見物居ないな」

「今日から弾くわけだし、そりゃな。物珍しさで弾いてたら見てくれるかもしれないけど」

「まあそっか。何歌うの?」

「一応オリジナル。っても、昔聞いたような曲を思い出しながら形にした感じだけど」

「意外と本格的じゃん!楽しみにしてる!」

 

 

そこからは少しの間、俺が準備する音とトモキが携帯を弄る音しかしなかった。邪魔にならないタイミングで話を切り上げることもできる、空気の読める奴みたいだ。

準備完了、チューニングも済ませて「あー、あー」声も大丈夫だ。始める雰囲気に気付いたのかトモキもこちらをじっと見ている。あわよくば楽器やってる知り合いとかに、俺のことを広めてくれればと思う。

準備が整ったからか、他にもちらほらと足を止めて見てくれる人が居るみたいだ。

 

 

「初めまして、リュウです。今日星見ヶ原に入学したので、これからちょくちょくここで歌っていこうと思います。」

 

 

反応はない。まあ当たり前だ。ファン0、知り合い1(たった今出来た)の状況で盛り上がると思うほうがおかしい。

MCはどうも苦手だが、歌だけは多少自信がある。ここは新しいスタートラインに立ったという意味も込めて、この曲を最初にしよう。

それでは聞いてください、シグナル。

 

 

「不確かなまま はじまる今日は 変わらない いつも通り」

 

 

 

 

 

「……ありがとうございました!」

『おぉ、良かったぞ!』

『これからも頑張れ!』

 

 

全部で4曲歌い、そろそろ良い時間になったので終了する。反応を聞く限り概ね良い反応で安心した。

好きな歌・バンドのごった煮なので、曲調とかバラバラだから少し心配だったんだが……。まあ、結果オーライだろう。

 

三々五々に散っていく観客を眺めて少しだけボーッとしていたところ、いつしか真剣な目で見ていたトモキがやってきていた。

さっきまでしゃべっていた時に見せていた人好きのする笑顔はなりを潜めていて、密かに酷評を覚悟した。

 

 

「リュウ!ちょっちギター貸してくんね?」

「……お、おう。良いけど」

「サンキュ!」

 

 

何言われるかと思ったが、ギターを貸してくれとは……?ひとまず言う通りに貸してみると、ジャカジャカ、と手慣れた手つきで鳴らした後、あるメロディを奏で始めた。

途中つっかえつっかえではあるが、それは確かに1曲目に演奏した”シグナル”だった。目が点になった。いや、1度聞いただけでメロディラインをコピーするって、マジかよ!?

 

 

「……っと、こんな感じか。良いなこの曲!」

「え、いやもしかして聞いたことあるのか……?」

「いやいや、今初めて聞いた!でも俺もギターやって長いから、ある程度大筋は聞いたらコピーできるんよ」

「すげーな、いや本当すげーわ。」

 

 

正直、こんな簡単にコピーされるとへこむんだが……。

 

 

「まあ完璧にしようとするともっと練習しないとだけどな!」

「なるほど……?」

「それで、どうよ。俺はお眼鏡に叶ったか?」

「ん、何がだ?」

「お前の作るバンドだよ!俺ひと目ぼれ、いやひと聞き惚れした!」

「!?」

 

 

マジか!?

耳を疑う。いやそんな初日でメンバー見つかるとか思ってなかったし!まあ、さっきのコピーでこいつがギターに関して、俺より上手いだろうことは分かってる。だが、こんなに簡単に一人目が決まるのか、少し上手く行き過ぎてないかと疑ってしまう。

 

 

「いやいや、それだけ腕があれば軽音部とか入るんじゃないのか?それか既にバンド組んでるとか」

「あー、もちろん軽音部には入ろうと思ってたぞ。バンドは中学の頃に組んでたけど、メンバーが進学先みんなバラバラになっちゃって!」

「なるほどな」

「でも、なんかお前と組んだほうが楽しそうって感じた!オリジナル曲、全部で何曲あるん?」

 

 

全部で……。一度スマホのプレイリストを確認してから答える。

 

 

「今のところ13曲だな。」

「オリジナルで!?やっぱお前と組みたいわ!スマホに入ってんだろ?聞かせろよ~!」

「うおっ」

 

 

なんでリア充ってパーソナルスペース狭いんですかねぇ……。

繋がったままになっていたイヤホンをスッと取って、至近距離で曲を聞き出すトモキを見てため息をつく。だがまあ、目標へと早々に一歩目を踏み出すことができたのは、良しとしよう。悪い奴じゃなさそうだし、ギターの腕も良さそうだ。

 

あとはベース、ドラム、キーボードを集めたい。トモキにも手伝ってもらえたら、もしかしたらこの調子でバンド結成まで進めるかもしれない。

半年前、新しいことを始めることにワクワクしたあの感じが、また俺の体を揺さぶっていた。

 

 

「あ、ちなみに俺の幼馴染でエグいベーシスト居るけどどう?」

「会わせてくれ」

 

 

トントン拍子に進んでいく。流れが来てる気がする。

トモキの幼馴染であるベーシストに会えるのは、今週の土曜になった。




バンドメンバー揃うまでテンポ良く行きます


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凄腕ベーシストは口下手ベーシスト

入学して最初の土曜日はけたたましい着信音から始まった。

寝ぼけ眼を擦りながらスマホの画面を見ると、トモキの名前が表示されている。時間は9時、休日の学生からするとまあ早くも遅くもない時間だろう。

 

 

「あ゛-、もしもし?」

『よ!リュウ!起きてるか~?』

「寝てた」

『おいおい今日忘れてないだろうな!?』

「だいじょぶだいじょぶ……」

 

 

約束の時間は昼過ぎの13時だったはずだ。トモキが紹介してくれるという”エグいベーシスト”に会わせてくれるというのだから、もちろん覚えている。

学校最寄りの駅前にある、楽器持ち込みOKなカラオケ店。そこに各々楽器を持ち寄って会おうということになっている。

 

正直、ものすごく楽しみだ。改めて時間と場所を確認して通話を切る。窓の外をふと見ると、心地いい春の柔らかな日差しが目に染みた。

 

 

 

 

 

トモキと合流して、もう既に部屋に入ってるというベーシストの元へ。扉を開けると、トモキをして”エグい”と言わしめた音が耳に飛び込んできた。

何の曲かは分からないが、響く低音は腹の奥底にズンと振動を伝える。存在感のある音を出すなぁ、というどこかボンヤリとした感想が浮かぶが、よく見るとそれを奏でているのは小柄で華奢な少女だった。

 

長い黒髪を肩甲骨あたりでゆるく結び、カーディガンを羽織った女の子。キリッとした目が特徴的で、可愛いが取っ付きにくそうな印象を持たせる。

 

曲調はゴリゴリのハードロック。ピックを持つ手のストロークも早く、それでいて雑に聞こえないのはこの子の力量だろう。

一通り音を鳴らし終えた後に、こちらをチラリと一瞥する。キツそうな子だな、なんて考えていたからか一瞬ドキリとした。

トモキはそんな俺の様子を歯牙にもかけず、いつもの陽気な感じで声をかける。

 

 

「相変わらず上手いなぁメグ」

「トモキ遅い」

 

 

返事をした彼女はクールな外見に反して可愛らしい声だった。あまり感情の乗らない声だが、透き通っていてボーカルもできそうだな、なんて感想が浮かぶ。

 

 

「悪い悪い!で、こいつが紹介したかったギターボーカルのリュウだ!」

「初めまして」

「ああ、初めまして。上手かったな」

「ありがと」

 

 

声が小さいわけではない。が、いかんせん無感情かつ短文の言葉だ。陽気で黙っててもペラペラ喋ってるトモキとは正反対のようで面白い。

さて、力量としては正直、このメグという子はもちろんトモキも俺より数段上にいる気がする。バンドを組むならぜひとも参加してほしいが、俺がついていけるかが問題か……。

 

 

「えっと、トモキから聞いてるかもしれないが……」

「うん。バンド」

「そ、そう。メンバーを集めてて、トモキが参加してくれることになってな。それで、メグさんを紹介してもらうことになったんだ」

「メグでいい」

「お、おう。俺もリュウでいい」

 

 

や、やりづらい……。

表情も声色も読めないから、メグの温度感がわからない。ただ、別にコミュニケーションを取るのが苦手とかではなさそうだ。応対もしっかりしてくれるし、会話はできる。

単純にこれまでこういうタイプの人間がいなかったからか、俺のほうが対応に少し困っている状況だ。

と、じっと俺のほうを見ていた彼女が、不意に自分から口を開いた。

 

 

「歌って」

「ん?」

「オリジナル曲あるって。聞きたい」

「あ、俺がメグにリュウの歌とか色々喋ったんだよね。それで興味沸いたみたいで。」

「……了解。何にすっかな」

 

 

さて、簡易的なオーディションってことか。メグのお眼鏡に叶うかどうか、試されているらしい。まずは何曲か歌って、彼女に品評してもらおう。

メグは何が好きそうだろうか。さっき弾いてた感じからしても、ハードロック系だろうか。ただ、まだ激しいロックは俺のレパートリーにない。いずれはそういうのも蘇らせたいが、大衆受けするポップスを優先的に復元していたので、現状手元にないのだ。

いよいよ何をやろうか……。少しの間考え込む。

 

 

「……」

「わくわく」

 

 

トモキ、口で言うな。力が抜ける。

メグの無言ガン見もなかなか焦るが、ここは努めて無視だ。

そうだな、あれで行こうか。ハードではないがノリの良いロックの曲。”内秘心書”

 

 

「犯した罪の数が 寂しさを物語ってんだよ」

 

 

 

 

 

いくつかアップテンポな曲をチョイスして歌い切る。トモキはイェーイ!なんて普通にカラオケで盛り上がってるようなテンションだが、今気になるのはメグの反応だ。

変わらず無表情でこちらをガン見していて、緊張する。どうだろう、気に入らなかっただろうか。

 

 

「ほら、良かっただろメグ!リュウの曲は天才だ!」

 

 

やめろトモキ!

 

 

「……ギターは並」

「ヴッ」

「歌はまあまあ」

「う、うむ……」

「曲は……」

 

 

そこで溜めるな!

そう、技術面での未熟さは自分自身重々理解している。中学時代の友人たちは歌も上手いと絶賛してくれたが、自己分析では多少誇れる程度だと分かっていた。

もしかしたら認めてもらえないかもしれない。不安が胸に去来するが、気張ってメグの目を見つめる。

 

 

「……変態」

「「何が!?」」

 

 

いや本当に何が!?

なぜかメグは無表情のまま顔を赤らめてしまっている。な、なんかセクハラでもしてしまったかのような罪悪感が……。

 

 

「だって、リュウの曲全部感じが違う」

「あ、それは俺も思ってた」

「色んな人がそれぞれ作ったみたい。だから変態」

「いやそれにしても変態はおかしくない!?」

「ん。でも良い変態。色んな顔があって面白い」

 

 

ま、まあ事実、作詞作曲はてんでバラバラなわけだし、それは俺も自覚済みだが……。ともかく、曲に関しては気に入ってもらえたみたいだ。俺は作詞作曲はしてないが、復元している者としてやっぱり嬉しく感じる。

メグはひとつ頷くと、再び口を開いた。

 

 

「入ってもいいよ。バンド」

「お、おおお!マジか!よろしく頼む!!」

「やったなリュウ!これで3人だ!」

 

 

なんとか……メグの判断基準はクリアできたようだ。

いつの間にかピックを握る手にびっしょりと汗をかいていた。よかった、本当によかった。

確かな技術を持つメグが加わってくれることの実感が、ジワジワと沸いてくる。

 

 

「でも、メグはあれだけ上手いのにバンド組んでないのか?」

「ん、基本はソロ」

「メグは弾いてみた系の動画投稿者だからな」

「え、ニヤニヤ動画とか!?」

「うん。まあまあ人気」

 

 

確かに、動画サイトの人気投稿者たちは、それこそ変態的な腕を持っている印象がある。

一息つきつつ、息抜きに普通にカラオケで歌うことに。メグはまさかのNH●系歌謡曲を歌い始めるわ、トモキが実は絶望的音痴だったりするわ、カオスな雰囲気で幕を閉じた。

 

 

「毎日毎日僕らは鉄板の~」

 

 

う、上手い……。




設定:メグの腕はRASにスカウトされるレベル


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見た目は小動物、中身はヤンキー

すっごい難産


メグとの出会いから1か月。相変わらず駅前の路上ライブでメンバーを探しながら、徐々に高校生活にも慣れてきた5月。トモキに引っ張りまわされながら、俺もだいぶ顔が広くなった。校内では”駅前で歌ってる奴””トモキとよく一緒に居る眠そうな奴””ダウナーだけど割とノリの良い奴”などなど好き放題言われている。

 

メグは俺たちと同じ星見ヶ原高校ではなく、羽丘女子学園の生徒だった。俺にこの世界の原作を思い当たらせた、Afterglowのメンバーたちが居る学校だ。さりげなく聞いてみると、上原ひまりと仲が良いようだ。事あるごとに構ってくるらしい。メグも無表情ながら、満更でもなさそうな顔をしていた。

 

さて、そんなわけで俺たちが集まるのは放課後か土日ということになる。悪戦苦闘しながらベース用の楽譜を書き出して、3人で何曲か練習しているのが今の日常だ。

 

 

「なあリュウ、次の曲はピルグリムみたいなオシャレ系にしようぜ!」

「冗談。リュウ、次はサムライハートみたいなの」

「お前ら本当に趣味合わないね」

 

 

幼馴染ズは実は、曲の嗜好が全く反対方向を向いている。爽やかイケメンのトモキは、お洒落でおとなしめな曲調。鉄面皮美少女のメグは、ガンガンに鳴らすアップテンポな曲調。よくよく聞いてみるとどうやら、この音楽性の違いで、今までこいつらは幼い頃から一緒に居たにも関わらずバンドを組んだことがなかったらしい。

 

もはや日課となった駅前での路上ライブ。3人とも慣れた手つきで準備を進めていると、様子を見ていた通行人たちがちょっとずつ集まってきた。俺たちも認知されてきたのか、前の路上ライブの時に見た顔も観客にチラホラと見当たる。

常連、みたいなのが付いてきたみたいで少し嬉しい。いくつか歌っていくうちに観客も増えていき、過去最高の人数になったのではないだろうか。今日はいつもより多少、長めに演奏しようか。

……最後はベーシストのメグお気に入り。聞いてください、”罠”。

 

 

「絶望は甘い罠 鎖されたその扉」

 

 

 

 

 

”罠”を演奏し終えると、今までより大きめの拍手が聞こえてきた。お気に入りの曲を弾けたメグが、アドリブを入れたり頭をぶん回したりと、テンション上がりすぎて大暴れしたからだ。

トモキもメグに引きずられてか、いつもより速弾きを入れたり、暴走気味だった気がする。歯を剥き出しにして悪そうな笑顔をしてもイケメンだから、この世は不平等だ。

まあ、そんなこと言ってる俺も普段より声出てたし、楽しかったんだが。

 

と、今日のところはこれでお終いだ。楽器やアンプを各々で片付ける。帰りにファミレスでも寄って飯食ってこうか、なんて話していると後ろから聞きなれない声が話しかけてきた。

 

 

「おい、あんたら。ちとツラぁ貸してくれよ」

 

 

ひやり、と冷や汗。自慢じゃないが俺は喧嘩とか強くないし出来れば避けたい。かかった声は低く、言葉遣いはガラが悪い。自然に、俺とトモキで紅一点のメグを庇いながらギギギ、と振り返る。絡まれたことなんて今世では無かったのに、今日は厄日か……。

 

背後を見ると、そこには小動物チックで人畜無害そうな男の子が立っていた。目に鮮やかな赤髪が、か弱い体形とはミスマッチな気がする。クリクリとした目が俺たちを見つめる。……あれ、ヤンキーは?

 

さっき声をかけてきたガラの悪そうなヤンキーらしき人物の姿はどこにもない。3人そろって目が点になったまま、目の前に立つ少年と見つめ合っていると、おもむろに彼は口を開いた。

 

 

「まぁここじゃあパンピー共の視線がウザッてぇ。僕の行きつけのスタジオまで来てもらうぜ?」

 

 

どう見ても中学1,2年生にしか見えない少年の口から出たのは、ドスの利いたひっくい声。見た目からは想像できないガラの悪い口調。ああ、さっき声をかけてきたヤンキーは、目の前の男の子で間違いないみたいだ。

 

 

 

 

 

「な、なあ君。いきなりスタジオに来て、一体何をするつもりなんだ?」

「んなの決まってんだろ。ケンカだよケンカ」

「いや、暴力はちょっと……」

「はぁ?何言ってんだ根暗野郎」

 

 

心底バカを見るような目で見られてしまった。いや、現にトモキも目を白黒させてるし、俺がおかしいんじゃないよね……?

ってか根暗野郎って。そりゃ人当たりが良いほうではないけど、根暗とまではいかないはずだ。そうだよねトモキ?おいこっち見ろ。

 

やってきたのはアプリ版バンドリの舞台でもあるライブハウス”CiRCLE”。

こんな状況じゃなければ、感動して色々見て回りたいものだが……。

 

しかしケンカとは。未だに話の流れについていけない俺とトモキを置いて、ヤンキー少年とメグはそれぞれスタジオに用意されていた楽器の元へ足を進める。

メグは自分のベースをセッティングし始め、少年はドラムの方へ。

 

 

「ケンカって言ったら、こっちだろうが」

 

 

どこからか取り出したスティックを構えて3カウント取り、猛烈な勢いで叩き出した。

上手い。どこか型破りでめちゃくちゃに叩いてるように見えるが、耳に入ってくるのは眠気を根こそぎ吹き飛ばすような爽快なリズム。徐々にテンポアップしながら、音数をどんどん増やしていく。

 

と、しばらく聞き惚れているとそこに、ドラムとは質の違う重低音が合流した。

メグは少年の作るリズムに乗りながらも、存在感をこれでもかと出すように、全身を前後に揺らしながらベースを奏でていく。

 

しばらく2人で競うように音出しをしていたが、ふとドラムが音を止めてベースのソロに。次はドラムのソロと、交互にまるで「お前について来れるか」と言っているかのように、挑発しあう。

異種格闘技戦のように、リズム隊のプライドをかけて2人がぶつかり合う。

熱い勝負だ。見ているこっちも、思わず手に汗握り、胸が熱くなる。

 

 

「なんでこんなことになってんだろ……」

 

 

1人だけ冷静なトモキが置いてけぼりだが気にしない。

目の前でバトルを繰り広げる2人もラストスパート。ダンッダダダダダンッ!とリズムが噛み合って終わったとき、俺は思わずつぶやいていた。

 

 

「Groovy……」

「いやリュウ、お前キャラ崩壊してるぞ!?」

 

 

キャラが崩れるほど素晴らしい時間だった。ヤンキー少年の勢いに引き上げられて、たぶんメグも俺たちと弾いてるときよりイキイキしていた。なんか怖いけど、彼の腕は本物だ。

 

 

「やるじゃねえか人形女。僕に張り合う奴なんてここ何年も見てなかったぜ」

「あなたも、結構やる」

「ハッ、いいねえ。跳ねっ返った女は好みだ。俺のことはゼンと呼びな」

「私はメグ。よろしく」

 

 

ヤンキー少年改めゼン。おとなしそうな顔に派手な赤髪、華奢な体に攻撃的な態度。全てがアンバランスなドラマーが、4人目のメンバーに加わった瞬間だった。

 

 

「……えぇー。なんか納得できないの俺だけ……?」




この後ゼンはリュウとトモキもそれぞれ認めたというエピソードがあったりなかったり。


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青もやしは場を荒らす(前編)

ラストのメンバーなので前後編です。
くっそ腹立つキャラ注意。後編までお待ちを。


最近の俺の趣味として、Yeahtube(イェーチューブ)の「弾いてみた」など、演奏系の投稿動画を見漁ることだ。メグもアカウント名「meGu_bAse(メグベース)」で弾いてみた系動画を投稿しており、その特徴的な綴りからファンたちはGAの愛称で親しんでいる。

 

なぜ俺が唐突にこんな話をし始めたかというと、楽器問わず色々見漁っている動画の中で、気になるピアニストを見つけたからだ。”しゅがーすぽっと”という名前で投稿している投稿者で、よくゲリラライブとして「都庁おもいでピアノ」の演奏をUPしている。

これがまた面白い奴で、常にヒーロー物のお面を被っているイロモノでありながら、演奏はプロも評価するレベル。弾く曲は毎回変わり、荘厳なクラシックを弾いたかと思えば有名なご長寿アニメの主題歌アレンジを弾いて周りをコケさせたりと、結構好き放題やってる人だ。

 

さて、長々とこの話をしたわけなんだが、その”しゅがーすぽっと”本人が俺たちのライブハウスでの練習風景を観察していたことに端を発する。

 

 

 

 

 

「……っふぅー」

「ドラマーも入って、ようやくバンドしてる感じになってきたな!」

「最低限体裁が整った」

「ハッ、まだまだシゴキが足りねぇと思うけどなァ」

「ま、テクはゼンとメグが突き抜けてるし」

 

 

トモキの言う通り、メンバーが増えてきて俺の技量不足が浮き彫りになったことに焦りを覚えてきている。ギターはリズムギターだからかまだついていけてるが、迫力のあるバンドサウンドに声が見劣りすると感じてしまっているんだ。

反面、トモキは自分で言うほど2人と差があるわけではないのだが、恐らくリア充特有の空気読みスキルが発動してるんだろう。俺が最近焦ってることも勘付いてるみたいだしな。

 

 

「リュウは経験が足りない」

「こればっかりは仕方ねえよ!駅前でいきなり路上ライブ出来るクソ度胸があるんだし、経験はそのうち追いつくだろ」

 

 

度胸っていうか、ミュージシャン=路上ライブっていう印象があっただけなんだけど……。

メグとトモキが口々に言うものの、ゼンはやっぱり納得いってないみたいで。

 

 

「てめえの曲は認めてんだ。さっさと見合った声出せるように気張れや」

「うい……」

「何だその腑抜けきったツラぁ!」

「すんませんっ!」

 

 

ゼンは厳しいこと言うしガラも悪いが、メンバーの空気をしっかり引き締めてくれる。それでいて言ってることもちゃんと納得できるから、実はめちゃくちゃ助かってるんだよなぁ……。

だからこそ、こいつがまだ中3ってことに驚きだ。見た目通り一番年下だが、多分この中で一番しっかりしてる。人生2週目って言われても信じるぞ。

 

まあ、そんな感じでここ最近のいつも通りにスタジオで練習をしてると、突然ゼンが立ち上がってバンッ!と勢いよく入口のドアを開けた。何事!?

 

 

「誰だゴラァッ!」

「え、えええぇー……」

「チラチラこっち覗いて何してやがった!カチコミかァ!?」

 

 

ちなみにゼンはぶっちゃけファッションヤンキーだ。ここ何日か一緒に過ごして分かったが、ケンカ・カチコミなどはそのままの意味じゃなく、音楽を通してのことらしい。

 

さて、そんな初心者には酷な洗礼を浴びたのは、ヒョロっと背が高い青みがかった髪の男だった。

ゼンの勢いに目を白黒しているものの、俺たちが見てることに気付いたそいつは、気を取り直すように”へらっ”と緩い笑みを浮かべた。

 

 

「やぁやぁどうも。お宅らの曲聞いてて面白かったからさー」

「何ヘラヘラしてやがんだァ!」

「はいはい。ゼン、とりあえず奥に行ってようぜ~」

「んだてめっ、トモキいいぃぃ!」

 

 

このままゼンが対応してると話が進まないので、トモキに任せて俺とメグが応対する。それにしても、ジッと中を覗き込むのは流石にマナー違反じゃないだろうか。

俺のそんな訝しげな視線に気づいたのか、緩い笑みを少しだけ引っ込める。

 

 

「あー、覗き込んだのは謝るよ。ごみんね?」

「お、おう……。で、改めて聞きますけど何か用です?」

「なんかチグハグな音が聞こえてきたから気になっちゃって。じ~っと見てたら気付いてくれるかなってねん」

「…………覗き?」

 

 

まあ、間違ってはいない。チグハグって言うと、メンバーそれぞれの技量だろうか?とはいえ、初対面の人にとやかく言われる筋合いはないって考えてしまう。ライブで金取ってるならまだしも、スタジオの練習を見て言われるのはもやもやしてしまう。

 

 

「あ、ごめんよ。あっしはこういう者でさぁ」

「ん?スマホ?」

「手っ取り早いかなって。いやあ、改まってこういうの自分から見せるのって恥ずかしいね」

 

 

そうして見せられたのは”しゅがーすぽっと”の動画。見せられたのはベートーヴェンの「月光」をアレンジした曲を、都庁おもいでピアノで演奏しているものだった。ちょうど最近見たことのある動画だ。

しかし、こいつが”しゅがーすぽっと”?本物だとしたら、いよいよ何しに来たんだ。

 

 

「あい、お面もあるよ」

「動画のと同じ」

「証拠ならそこのキーボードで一曲プレゼントしちゃったりしちゃうかも~」

「いや、とにかく要件が聞きたいんだけどね?」

 

 

なんか独特な雰囲気のやつだな……。何を考えてるか分からない顔で、へらへらしながら回りくどい言い回しで翻弄する。あんまり付き合いたくないタイプであることは間違いない。

トモキとは別ベクトルでお喋りなこいつは、「んー」なんて考えるような素振りで溜めを作った後、口を開いた。

 

 

「最近動画もマンネリ気味でさぁ。ぶっちゃけ都庁で弾いてるだけだし。んで、なんか無いかなってライブハウスで色んな音聞いてたんだけど、君らの曲にピピピン!と来ちゃったわけ」

「……あぁ、そんで楽曲を動画に使わせてほしいって感じ?」

「いぐざくとりぃ!」

「だめ」

 

 

勢いよく男が同意したところに、これまた勢いよく申し出をぶった切ったのはメグだった。珍しく無表情の中にも怒りのようなものが見える。

 

 

「ん~、理由教えてくんなぁい?」

「リュウが私たちのために作ったから」

「ほほう、そこの旦那がこれを?」

「いやまぁ、一応……」

「ほほーん」

 

 

……メグ。

不覚にもちょっと感動した。確かに俺もこいつの言い分には少しだけ、腹が立っていたところだ。自分のマンネリ解消のために、楽曲を渡せと要求する面の皮の厚さもそうだし、そもそもモノを頼む態度じゃない。

話はこれで終わりかと、さっさと追い返すことにする。そろそろ練習再開したいし。

 

 

「すまんがメンバーもこう言ってるしな。断らせてもらう」

「うーん、残念無念。」

「そろそろ練習も再開したいし、もういいか?」

「……しゃあない、ここは引くか~。んじゃあ旦那、また会いにくるぜぃ」

 

 

勘弁してくれ。

とにかく場をかき乱すだけかき乱して去っていった。残ったのは、一体何だったんだという困惑だけ。引くときはあっさり引いたし、そんなに本気ではなかったのかもしれないな。

ひとつため息をついて、未だにギャースカやってるトモキとゼンの方へ戻る。

 

このとき俺は、”しゅがーすぽっと”の執念を甘く見積もっていたことを、後に後悔することになる。



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青もやしは場を荒らす(後編)

大変遅くなって申し訳ございません…。
エタらないように亀更新ですが、頑張ります…!


"しゅがーすぽっと"の猛攻は、定期的に行っている駅前の路上ライブや、練習中のスタジオにまで及んだ。曲を動画で撮ったり、キーボードを持ち込んで勝手に合わせようとしたり、そのたびにゼンが突っかかってトモキと俺が抑えたり、しれっとメグがボディブロウを決めたり……。

正直この1週間で俺たちはあいつへのイライラをため込んでいた。何がヤツをそこまでさせるんだか、もはや狂気と言っても過言ではないほどの執着だ。

 

本当に勘弁してくれと伝えても何のその。へらへらと受け流して、変わらず俺たちに付きまとっている。いやマジで何なの?ストーカーなの?メンバーもなんとなく疲労が出てきて、練習や路上ライブにも集中できないからやめて欲しい……。

 

 

 

「がぁーっ!何なんだよあの青もやしは!!」

「流石に邪魔だよなぁ……」

「端的にウザい」

 

 

 

ついにゼンがキレて吠える。トモキやメグも心なしかしんなりしてるし、どうにか状況を変えなければならない。"しゅがーすぽっと"の目的は明確だが、ここまで俺たちに執着する理由はなんだろうか?この世界に無い曲たちを復元しているからなのか、それともそれ以外に理由があるのか。

 

 

 

「やぁやぁみなさんお揃いで。楽曲提供の件、考えてくれました?」

「いやもうお前のしつこさとウザさに参ってるよ」

「はっはー旦那辛辣ゥ!」

「なんでそんなしつこいの?もう俺たちのことは放っておいてくれよ」

「そんなこと言わずにぃ、たった1曲だけでいいですからぁん」

「何こいつ超ウザい」

 

 

 

ほら今日もいつも通り、練習中のスタジオに勝手に入ってきやがった。もう他のメンツも対応したくないのか、睨むだけ睨んで対応を俺に投げてきている。ちょっとは手伝ってもいいのよ??

と、そこでベースを弄っていたメグが、いつもよりも気持ち不機嫌そうな無表情でこちらに近づいてくる。スマホ画面をこちらに向けながら近寄ってきて、その迫力に"しゅがーすぽっと"も多少気圧されたような珍しい表情を浮かべた。なんだなんだ、どうしたメグ。今日はちょっと殺る気があるのか?誤字じゃないよ、やる気はいつもあるもんね。

 

 

 

「これ見て」

「……どうしたい姐さん!今日はおれっちと遊んでくれるのかい!?」

「いいから」

「メグ?何が……ってこれは」

 

 

 

スマホの画面には"しゅがーすぽっと"がこれまで俺たちにしてきた迷惑行為の数々、その動画が収められていた。時間や場所を問わず付きまとい、こちらがやめてくれと懇願しているにもかかわらず付きまとう、その一部始終だ。上手いことゼンの似非ヤンキー語録は入っておらず、主に俺の疲れたような声と、それに取り合わずに礼儀を失した態度で楽曲提供をするように迫る"しゅがーすぽっと"の動画。

どうしたのメグちゃん!キミそんな出来る子だったのか!!

これには流石の空気読めない"しゅがーすぽっと"も真っ青になった……っていや、お前真っ青になりすぎじゃない?顔色が髪の色に寄って来てるけど大丈夫?

 

 

 

「勝訴」

「あー……しまったな、流石にやりすぎたかー……あー……」

「投稿、『実録"しゅがーすぽっと"の迷惑行為』」

「…………」

 

 

 

すみませんでした。言葉少なにフラフラと出て行った"しゅがーすぽっと"は、これまでの様子と全く違う。消沈した雰囲気で、これまで一切発しなかった謝罪をつぶやき、スタジオを出て行った。メグはふんす、とどこか満足気な顔でベースの元に戻っていったが、確かにこれが初勝利だもんね。

ようやくこれで他2人も溜飲が下がったのか、気持ち明るめの表情で練習を再開しだした。まぁ、あれだけやれば今後は出現しないだろう。迷惑行為もなりを潜めると考えれば、俺も安心して練習に励める。

 

ただ、去り際の彼の表情が少し気になった。

この世の終わりかと言うくらいに暗い表情。確かに迷惑を被ったし、良い感情はないんだが。"しゅがーすぽっと"も年の頃は見たところ、せいぜい高校1,2年生程度だろう。そんなまだ大人になり切れない彼が、どんな理由で俺たちの曲に異様な執着を見せたのか、どんな理由であんな暗い表情を見せたのか。

 

その理由は、翌日意外な形で知ることとなる。

 

 

 

 

 

「ぺぎゃんッ!」

「りゅ、リュウうううぅぅ!」

「だ、誰か保健室!」

 

 

 

と、言うわけで。

体育の授業中、全力疾走していた俺は転んで頭を打ち、血がダラダラ流れて止まらなくなり、急遽近隣の総合病院に運び込まれることになった。幸い数針縫う程度で済んだが、結構派手に転んだことでトモキを筆頭に、クラスメートたちが大騒ぎだった。うちのクラス温か過ぎない……?

お大事に。と穏やかなおじいちゃん先生に見送られ、待合室に座っていると、窓の外にはここ数日で嫌というほど見慣れたヤツの姿が。

 

 

 

「よ、どうしたこんなとこで」

「…………旦那?」

 

 

 

お騒がせ野郎の"しゅがーすぽっと"が、1人でぼんやりと病院のベンチに座っているところだった。中庭に位置するここは、ちょうど良い風が入ってサワサワと木の葉が揺れる癒しポイントだ。

散々迷惑をかけられた身ではあるが、どうにも昨日と今の静かな様子が気になり、思わず声をかけてしまった。

ヤツも昨日のことを気にしてか、多少ためらいつつ、口を開く。

 

 

 

「こっちのセリフでさぁ。旦那も見ないうちに随分良い男になっちまったじゃねーですかい」

「うるせぇ、事故だ」

「さよで。まぁあっしは妹の見舞いですよい。聞くも涙、語るも涙な不憫な奴なんでさぁ。……もしかして聞いてくれるんですかぃ?」

 

 

 

おっとこれは。思いのほか重そうなのが来てしまったなと、少し薄情なことを考えてみる。昨日までの迷惑行為や豹変した態度に関わっていそうで、これ以上掘り下げるべきか躊躇う。まぁ、前世20代後半の大人だった以上、ここは若人の悩みを聞いてみようかなんて、仏心を出してしまったから、聞く以外にないんだが。

しゃあねえ、クラスメイトの温かさに触れた今日は、何だか他人に優しくしたい気分だ。何ができるとも限らないが、首を突っ込んでみることにした。

 

 

 

「妹さんは……その、何でここに?」

「ちぃと難しい病気でしてね、声が出なくなる病気らしいです」

「邪推かもしれないが、もしかしてその……俺らに付きまとっていたのは?」

「……まぁ、はい。悪ぃとは思いましたが、広告収入が必要なんで」

 

 

 

ぽつりぽつりと話してくれたのは、ここ最近急激に症状が悪化していること。そして母が女手ひとつで育ててきてくれたが、入院費用ですでに家計は火の車。決定的に悪くなるまでに声帯の手術に必要な金額を用意しなければ、妹は声を失うであろうこと。そのために短期間でなんとか、再生回数とチャンネル登録者数を確保しなければ、費用を工面できないであろうこと。

想像よりも数倍重い事情を話してくれた。

十万単位で稼ぐということになると、どうしても通常の方法では厳しいだろう。聞けば親戚もおらず、母も朝から晩まで働いており、その上借金までとなると、兄妹共に高校に通う費用も無くなってしまうのではないかと。

妹と母は話し合って、高校に通えるなら声は諦めようかと考えているようだが、2人が夜中に泣いている場面を見てしまい、どうにかしなければと暴走していたらしい。

 

 

 

「流石に炎上してチャンネル閉鎖とかになったらとか、そもそも付きまといが原因でバッシングにオカンたち巻き込んだらって考えたら、流石に冷静になったっすねー……」

「まぁ……うん……」

 

 

 

あぁぁ、聞くんじゃなかった。一時の感情で余計な事に首を突っ込むんじゃなかった。

言い訳するなら前世の感覚で、社会人なら何か行動しても自分の責任になることから、自分以外への影響などは考えないようになっていた。特に1人暮らしで実家と疎遠なサラリーマンとかなら、金銭関係や対人関係の失敗は、全て自分に降りかかる。今世は自分の資産とかもないし、そもそもまだ未成年、親のスネかじりだ。問題解決なんてできようもないだろう。

……んぎゃー!変な仏心出さずにスルーしとけばよかった!知っちゃったらそのまま「それは大変だ!あっ、そろそろ僕は行きますね」なんて出来ない……!しかも精神的には年下なこいつの窮地に、有効な手立てを持っている状況!

もうこれ内緒でやるか……?

 

 

 

「……これは偽善なんだろうけどさ」

「?」

「もう聞いちゃったからには、何かしなきゃだし……」

 

 

 

 

 

「"しゅがーすぽっと"初弾き語り、オリジナル曲『スパークル』」

「……」

 

 

 

ジトッとした目でこちらを見つめてくるメグから目をそらすと、こちらもジト目で見てくるトモキに遭遇。ゼンは特に思うところはないようで、黙々と目の前のお菓子を頬張っている。ハムスターみたいで可愛いなぁ。

病院での邂逅から1か月。とっくに俺の頭の縫い糸も取れて、今日も今日とて練習するぞ!と意気込んだはいいものの、休憩時間に滝のような汗を流すことになるとは……いや、まだバレへんバレへん。

 

"しゅがーすぽっと"に楽曲提供したのは、俺たちのバンドにまだ下していない、RADの"スパークル"。今までただピアノを弾いていた"しゅがーすぽっと"にとっては初の弾き語り楽曲は、早々にミリオン再生を超えた。

SNSで話題を呼び、今や時の人だ。なんとなく、彼の抱えていた問題もクリアできたんじゃないかと根拠なく思っていたが、ここからが問題。

内緒だって言ったのに、あいつ動画の説明欄で「楽曲提供:リュウの旦那」とか書きやがったんだよ!サイトに動画がUPされた時に発見したが、多分そのとき俺目が飛び出てた。

 

その部分が見られてなければバレないと思うのだが、果たして……!

 

 

 

「楽曲提供……」

「すいませんでしたっ!」

「即堕ちィッ!」

 

 

 

まぁバレるよね(泣)

めっちゃいい曲がメグのスマホから流れてきている。あ~^、やっぱあいつピアノ上手いな~。

 

 

 

『運命だとか未来とかって 言葉がどれだけ手を』

「スパークル……私たちでやりたかった」

「それな」

「本当に本当に申し訳ない」

 

 

 

メグ様がとっても拗ねていらっしゃる……。

トモキは乗っかってきてるだけっぽいが、まぁなんというか、罪悪感だ。

確かに同じバンドでやっている以上、復元した曲はまずみんなに見せるのが筋だよな。

と、頬張っていたお菓子をごくりと飲み込んだゼンから一言。

 

 

 

「どのみち曲作ってるのはリュウなんだ、俺らがその使い道とやかく言うのはちげぇだろ。まあ、テメェも何かするならこっちに話持って来て欲しいっていうこいつらの気持ちは蔑ろにしちゃあいけねぇよな」

「全く持ってその通りです」

「じゃあこれで手打ちにしとけ。引きずらずに切り替えるのも上手くやるには必要だろうが」

「「「はい……」」」

 

 

 

やだ、ゼンきゅん前世持ちの俺より大人……!?

と、ようやくいつも通りの空気が戻った時に、スタジオの入口扉をノックする音が。返事をすると、渦中の"しゅがーすぽっと"と、その後ろから青みがかった髪をショートボブにした中性的な少女が現れた。

多分、話に出ていた妹なのだろう。退院しているということは、上手くいったのだろうか。

 

 

 

「やぁやぁ皆さん。そして旦那」

「ややこしいタイミングで来ちゃったなぁ」

「まぁーそう言わずに。今日はお礼で来たんでさぁ」

 

 

 

と、相変わらずのウザい態度で"しゅがーすぽっと"が口上を述べた後、少女が前に出てくる。事情を知らない他の面々が事態を見守る中、少女は俺の前に出てきて……。

 

 

 

「ぁりがとぅ……ござ……した……だんな……」

「お!」

「お察しの通り、妹のアゲハでさぁ。まだリハビリ中で声が出にくいんですが、徐々に良くなっていくそうで」

「よかったなぁ」

 

 

 

たまたまではあるが、良い結果になってよかった。ってか、この子も俺のことは旦那呼びなのか。なんとなく、アゲハは兄に大きな影響を受けている感じがする。もしかして妹も同じようなウザい喋り方なんじゃないかと、ちょっとこの子の将来が不安になった。

 

 

 

「だん、な……バンド、キーボぉド……」

「旦那たちのバンドに、アゲハを入れてやってはくれやせんか。こいつはあっしに似てピアノは得意なんで」

「ぉ礼……と、兄貴に……対抗ぅ」

「旦那たちがキーボード探してるのを話したら、すっかりその気になっちまいやしてね。……今回は本当に迷惑をおかけしたんで、良かったらと思いやして」

「お礼と、兄貴に対しての対抗心か。面白ぇ」

 

 

 

と、成り行きを見守っていたゼンが出てくる。お礼はともかく、動画配信者として成功を収めている兄に対する対抗心。これがゼンにとって刺さったようだ。

俺としては本人にやる気があるなら問題ない。他2人の意見を聞きながらだが、実力次第になるだろう。

 

こうして、ここ数か月の騒動は幕を閉じた。

精神的にも疲れる出来事だったが、結果的に新しい出会いにも恵まれた機会ではあったな。

 

 

 

 

 

次の曲は、新しくキーボード担当になった"アゲハ"がメインの演奏で、聞いてください。「スパークル」!




今回、死ぬほど難産でした…。
大筋は決まってましたが、多少強引な展開に…医学とかYoutubeの広告収入とかはにわか知識ですので、頭空っぽにして読んでくだしあ。
矛盾があったら「この世界ではこうなんだよォ!」って思ってください…。


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産声を上げる

爽やかイケメンギターの『トモキ』、無表情エグベーシスト『メグ』。

ヤンショタ鬼ドラマー『ゼン』、アルカイックちょいウザキーボード『アゲハ』。

そこにダウナー無個性ギタボ『リュウ』を加えて遂に、バンドメンバーが全員そろった。

バンド名は"BAND GROOVE(バンド グルーヴ)"。メンバーの総意でシンプルなものにしたいという要望から、かなり素早く決まった。メグから唯一、方針としてグルーヴ感を存分に出したいというものがあり、じゃあもうバンドグルーヴみたいなのはどう?と聞くと、全員から「いいよー」って……それでいいのか?

 

とはいえ、うちのバンドの方針というのもあまり定まってなかったし、原作で言う主要ガールズバンドたちのようにキャラ立ちしたいのは事実。グルーヴ感(以前メグよりグルーヴ講座を受けた)というのもなかなか渋みが出て良いし、間奏のアレンジは今後トモキとメグに任せてもいいだろう。俺はまだそこまで上達してないから、しっかり弾き込むことを念頭に置いている。

 

各メンバーの状況としては、トモキは今ある曲の中でところどころアレンジをする作業をしている。メグはピック弾きより指弾きの方が表現の幅を広げられるからと、スラップなどの練習をしている。既に形になってるのはどういうことなの……。

ゼンは常から疾走感はあるものの走り気味なので、グルーヴを際立たせるためにリズムキープを鍛えなおしている。めちゃくちゃ真面目でこのバンドで最も真剣かもしれない。新加入のアゲハは、なんと歌も上手い使いやすい人材だった。コーラスやツインボーカルみたいな曲もできるようになり、選択肢が広がりまくりだ。

かねてよりやりたかった曲なんかも再現できるとなると、いよいよ夢が広がっていく。

 

「ところでリュウよー、ライブとかは考えてるん?」

「もちろんやっていきたいな。今してる特訓が一区切りついたら、出来てる新曲3つくらい練習してバンドに臨むのも良いかも」

「え、もう3つも出来てるのか!?さすが!」

 

まあ、元々前世にあった曲を書き起こしてるからなぁ……。驚くトモキの声をバックに、既存曲の弾き込みをし続ける。ライブをするってなると、この調子なら1か月後くらいには形になってるだろうし、その辺りでうまくイベントをやっているライブハウスがあれば良いが……。欲を言えば、それこそCiRCLEで出来れば嬉しい。

 

「まぁライブに関してはウチに任せてくだせぇや旦那ぁ~」

「ん、どういうことだ?」

「これでも顔は広いんで、合同ライブ開催の予定がある箱にいくつか心当たりがありやすぜ。時期的に多分夏休み前なら、ちょーど良い規模のがあると思いやす」

「なら、スケジュールはアゲハにお願いしようかな。俺は曲仕上げとくよ」

 

いい具合に役割分担が出来てきている。アゲハもあのユルい感じで早々にメンバーに溶け込めたし、BAND GROOVE本格始動と言ったところだろうか。

 

--------------------

 

というやり取りがおよそ1か月前。展開が早いが、今日は7月の第一日曜日。俺たちの初ライブ当日だ。ライブに参加するためのオーディションもすんなりいき、いつもの路上ライブでチケットを多少売ることが出来たり、クラスの友人らに売りつけたり。

非常に慌ただしい日々だっただけに、初ライブの緊張感はどこへやら。なんとなく疲れている、という気分で当日になってしまった。いやまあ、ちょうどよく力も抜けてるし、良いことではあるよな。

 

この世界の住人ならいざ知らず、前世持ちの俺からすると聖地と言っても過言ではないCiRCLE。なんとここで、俺たちBAND GROOVEはステージに立つ。参加バンドは俺たちを入れて4組で、うち1組はなんとあの『Afterglow』だ。俺の音楽への道のルーツとも言えるバンドと共演できるなど、あってもまだまだ先だと思っていた。

トモキが感慨深げに、ポツリとつぶやく。

 

「俺たちが一発目かぁ……」

「実力的にはトリでもおかしくないはず」

「いやいやメグ、俺らこれが初ライブだからね?」

 

そう、今回のライブで俺たちは先発スタートだ。知名度なんてライブハウスでガンガンやってる奴らと比べたら天と地の差だし、こんなもんだろうと考えていたんだが……メグは正直納得いってない様子。

 

「流石に初イベでトリは無理ですぜ姉御」

「今更ぐだぐだ言っても始まんねぇよ。俺らが初っ端からガツンとやって、後発の奴らを捲っちまえばいいんだよ」

「ゼンは過激……。でも、うん。悪くない」

 

おっと、なんだか皆さん過激なミッションを課し始めましたよ?トモキまで苦笑いで何も言わない。お前はこんな時まで空気読むんじゃないよ!

 

「い、いやまあ最初だし場を温めるくら「BAND GROOVEさーん!準備OKです!」」

「ッしゃ行くぞお前らァ!」

「「「おう!」」」

 

ちょっ。

 

 

 

はい。というわけでぬるっとステージに上がりました、現場のリュウです。改めて壇上からみると、そんなに大きな箱でもないのに、すごい人数が居るような気がする。未だザワつく会場内で、初参加の俺たちは言わばアウェーだ。出てきたことでパラパラと拍手が上がるが、まだまだ熱気は足りていない。

……大丈夫だ。意外に落ち着いている。メンバーの視線を背中に感じつつ、事前に決めていたセトリの1曲目をコールしよう。

 

『BAND GROOVEです、よろしく!』

『フィクション』

 

MC抜きにまずは曲名だけ告げる。

ゼンのスティックでのカウントから、アゲハがメロディラインを奏でる。幼馴染ズも演奏に入り始めたのを見て、俺はスッと息を吸い込んだ。

 

『さあ 今日も始めましょうか

 昨日挟んだ栞の続きから』

 

FUN。トモキが好きなオシャレ系の曲だ。

リズムも独特でなかなか難しいが、トモキは好みの曲調ということで、かなり熱心にアレンジのクオリティ上げに勤しんでいた。

 

『ひらりひらり めくりめくる

 ストーリーストーリー 喜怒哀楽忙しい』

 

サビで大きく盛り上がる部分、俺も夢中で歌声を響かせた。いつもより声が伸びる、リズムが取りやすい。自然、口の端が上がってきた。

いつの間にか間奏に入り、トモキが一歩前に出る。ソロでの見せ場、メグと一緒に勉強してグルーヴィに、お洒落に弾きこなしていく。

「おぉッ!」と観客のノリも良くなってきた!

 

そのまま歌い切り、1曲目を終えると「ワッ!」と歓声が沸いた。うん、掴みは上々だ。このまま熱を下げないよう、どんどん行こうか!

 

『2曲目、Survivor』

『まわりまわって さぁ今

 重なり合った未来

 We are最後の サバイバー』

 

間髪入れず、グンッとテンポを上げる。今度はゼンが暴れまくる曲だ。加速度的にテンションを上げるにはうってつけで、俺自身も歌いながら鳥肌が立つ感覚がしてきた。

周りを見渡すと、今度はメグがステップを踏みながら指弾きで超絶技巧を魅せる。ゼンは言わずもがな頭を揺らしながら楽し気に打ち込み、アップテンポな曲はやはりウチのリズム隊に受けがいいと感じた。

 

2曲目を終えて大きく歓声をもらって簡単なMCを挟み、3曲目へ。最初のアウェーな雰囲気は今はもうなく、ライトを振ってくれるまでに。MCは俺と主にトモキ。やはり流石陽キャで上手く観客を巻き込むトークをしていく。ただメンバー紹介で各メンツを面白おかしく紹介したことで、メンバー内からのヘイトは買ってそうだが。

 

『まだまだ盛り上がってくぞ3曲目!声!』

『遠い夏光の中で 燃えていた季節が過ぎる

 俺たちは出会った日から 探してる本当の声を』

 

出だしはゼンの連打が目を引くが、この曲ではハモリでアゲハが輝く。しっかり要所要所でユニゾンしてくれて、歌っていて気持ちいい。俺は手拍子を煽り、会場のボルテージを上げていく。汗が目に入ってしみるが、拭っている暇すら惜しいとピックをかき鳴らす。サビのコーラスは俺以外の全員が叫び、心地よい一体感が曲を彩っていった。

 

 

途中MCも挟みつつ、全体的にアップテンポな曲でまとめてみた。今日参加するバンドはロック系のところが多いので、激し目の曲も2、3曲目に入れた。あっという間だったが、ラストの4曲目は少し落ち着ける曲で行こうかという話も出たが、これは俺の好きな曲を入れさせてもらった。締めにふさわしい、明るくアップテンポだがどこか寂しさも感じる曲。

 

『短い間だったけどありがとう、次の曲がラストになります』

『最後まで全力で歌うぞ!TRACE!』

 

少し枯れ始めた喉は奇跡的に声質を、この曲にピッタリのものにしている。盛り上がるサビでは、眼前の観客全てが人差し指を天に差しリズムに乗っていた。どうやら先ほど感じた一体感を、ライブハウス全体に広げられたようだ。

 

『あなたがいれば(それだけで)

 いつだって思い出す声

 何度ふり返って見ても…

 呼び続ける声が(届いたら)

 泣かないで涙拭き笑みで

 また逢えたらあの頃のまま…』

 

ラスサビを歌い終え、息切れしたまま前を見据える。一瞬静まったと同時に、今日1番の歓声が爆発した。よかった、やり切れた。始まる前とは比べ物にならないほど心臓がバクバクしている。

なんだかこの瞬間、ああ、新しい人生を始めたんだと自覚することができた。

 

袖で次のバンドとすれ違いつつ、いつまでも会場から聞こえる拍手と歓声を聞きながら、俺たちは笑顔で楽屋に戻っていった。

 

 

 

--------------------

 

「へぇ、やるじゃん」




亀更新にも関わらず、相変わらず趣味満載の選曲……。


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