馬Pとアイドル部とVTuber (咲魔)
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彼とアイドル部と電脳少女
お昼寝は彼の腕の中で(八重沢なとり)


ばあちゃる学園の昼休み
各々が自由に昼食をとっている時間で学園長である『ばあちゃる』は睡眠不足を解消するために昼寝をしているとのうわさだが…


「失礼します。プロデューサー少しいいです…あらいない」

 

私立ばあちゃる学園の二階にある学園長室と記された扉を開けながら、中にいるはずの人物に声をかけるものの、その人物は不在であった。

 

「おかしいですね、確か今日は一日中学園にいるって朝の時に聞いていたのですが」

 

首を傾げなら学園長室に入室する。朝のミーティングの際に、確かに学園長である『ばあちゃる』から伝達された内容を思い返しながら少女、『八重沢なとり』は作業で使われる机の前まで足を進めた。

 

「整理されていますが、片付けれてはいない。出しっぱということは、席を外しているのでしょうか?」

 

机の上に、先程まで使われていたであろう整理された資料も目視しながら考察する。ふざけた見た目とは裏腹に、仕事に対しては誠実である彼が、資料などを片付けずに帰宅するはずないとなとりは知っていた。もしやと思い携帯端末を取り出し、連絡がないか確認するもそれらしきものはない。ではどこに、と思考しながらふと横に目を向ける。

 

「ああ、仮眠室ですね」

 

そこは学園長室からのみ入れる仮眠室の扉だった。学園設立の際にばあちゃるの激務を予想した同僚であるシロ及びメンテちゃん、ついでにピーマン君がせめて学内での休憩時に仮眠を取れるようにと作ったものである。仮眠の為に、席を立ったのであればこの整理だけで終わっている机の状況にも、納得ができるとなとりは一人頷いた。そして「失礼します」と小声で仮眠室へ入室する。

 

「あ、畳を敷いてあるのですね」

 

入ってすぐの三和土には見慣れた白い靴。そして予想していたよりも広い仮眠室の片隅に布団が敷いてあり、そこにばあちゃるがいた。いつも着けている、馬のマスクと靴とお揃いの白い手袋は離れた位置に置かれている机の上に整理されて置いてある。

 

「寝相いいんですね。てっきり悪いものかと」

 

配信の職業柄かつい考えていることを口に出してしまう。それは聞かれてはいなかったが、やはり多少の羞恥はあったのか、なとりの頬は少し赤くなった。誤魔化すように咳払いをし、ばあちゃるが眠る布団の前に座り、顔を覗き込む。白髪に整った顔立ち。それはシロとよく似ており二人が並べば誰もが兄妹だと思うほど特徴は似ている。しかしばあちゃるの顔には痛々しい大きな傷跡が残っていた。

 

「この傷跡のせいで、いつも顔をあのマスクで隠しているのですか?」

 

気づいた頃からばあちゃるは馬のマスクを被っている。それはVTuberとして活動する前、思い返してみれば出会った時からしていた。

 

「別に私たちは気にしませんのに」

 

ばあちゃるは隠しているだろうが、アイドル部はすでにその素顔について気付いていた。なとりが気づいたのは、.LIVEとしてのミーティング時の休憩中に一人離れて珈琲を飲んでいる姿を確認した時だ。初めて見た素顔だったが、何故か「ああ、ばあちゃるさんか」と確信できるものでもあった。部内で確認すると、やはり全員その素顔に気づいていてその発覚した原因も全部ばあちゃるの不注意だ。「馬Pらしいね」といったのはたまだったか、それで皆で笑いあった記憶を新しい。一応隠していることだからばあちゃるから告白があるまでは内緒にしようと部内で決まったことでもあった。色んな感情が胸に思いながら無意識になとりはばあちゃるの頬を撫でた。

 

「…わ、私は何を!?お、起こさなくては!」

 

ふと我に返り羞恥を誤魔化すように、ばあちゃるの体を揺らし起床を促す。しかし思い返してみれば、要件はそこまで急を要するものでもないのでこのまま寝かしておこうと揺らすこと辞めたが、丁度ばあちゃるから呻き声が聞こえた。

 

「ん…んん?なとなと、ですか?」

 

「ああ、ごめんなさいばあちゃるさん!起こしてしまいましたね!」

 

寝ぼけた様子で手の甲で目を擦りながらばあちゃるは上半身を起こす。寝ぼけているのか、半目の状態でぼぅっと焦点を合わないその顔はシロがよく見せる同じ半目の時の表情とよく似ていた。

 

「急の予定ではなかったのですが、ちょっと相談したいことがありまして様子を見に来たのですが、起こしてしまってごめんなさい」

 

なとりは言葉とともに頭を下げ謝罪をする。しかし返事は帰ってこない。普段通りであれば「大丈夫でふよ」と大げさに手を振りながら返事を返してくれるはずだった。不審に思いなとりは顔上げる。

 

ふと、なとりは不意にシロが過去に注意してくれたことを思い出す。『寝起きのばあちゃるには絶対に近づいてはいけない』ということを。

 

「あの、ばあちゃるさ…きゃ!?」

 

顔を上げ、ばあちゃるの顔を確認するより前に腕を引かれる。急なことに抵抗できずなとりの体は前のめりに倒れ、そのままばあちゃるに抱き留められた。

 

「な!なななななななな!!??」

 

なとりは、自身はどのような状況か認識したと同時にその顔を烈火の如く朱に染めた。そして、離れようと体を動かすより前にばあちゃるの腕が背に回る。その状態が、抱きしめられているのもだと理解するとなとりは更に混乱した。

 

「ばばばばばば、ばあちゃるさん!?」

 

「いやーなとなとはかわいいですねー」

 

慌てて名を呼ぶが、帰ってきたのは彼がよくなとりに言う定番な誉め言葉だ。いつも通りであれば軽く返事をし聞き流すことができたが今回は違った。普段とは違い寝起きのためかどこか抜けた声に腰に回された腕により優しく抱きしめられ耳元に囁かれる。

 

「風紀委員長としても頑張っていてホントいい子ですー」

 

(こ、これはいけない!)

 

そう思うものの体は動かせない。抱きしめられてはいるがそれはあくまで抱き寄せるレベルの力なので全力で抵抗すれば簡単に抜け出せるのだがなとりはそれができなかった。それは抜け出すの際にばあちゃるを傷つけることへの抵抗を感じたのか、それとも別のなにかが要因なのか混乱するなとりの頭では理解することはできない。

 

(さ、幸い寝起きですし私はこのまま耐えればばあちゃるさんが再び眠りにつくか起きるでしょう)

 

「いやーばあちゃる君はこんないい子をプロデュースできるなんて誇りですよ」

 

そう思考するもののばあちゃるからの囁き攻撃は未だに続く。語彙力がないことで有名な彼なので、いづれ自分が慣れていくものだと考えたが甘い考えだと思い知った。

 

(だとしても私はまけません!!)

 

何に対して敗北するのかはよくわからないがなとりは決意を新たにした。

 

 

 

 

――――5分後――――

 

「あぁ^~~~~」

 

勝てなかった。

即堕ち2コマも真っ青の速さでなとりは陥落した。気づけば二人揃って敷いてある布団の上に倒れており、なとりは、ばあちゃるの抱き枕のように優しく包み込むように抱きしめれている。絶えなく続く誉め言葉に一切慣れることなく、なとりは既に耳まで真っ赤にしていた。

 

「なとなとは髪もきれいっすね。ずっと撫でても飽きないしいい匂いですよ。いやーホントになとなとはばあちゃる君の誇りっす」

 

背に回した内の片手でなとりの頭を撫でる。その際にも髪を乱れないように繊細に注意しながら優しく撫でることに気づいてしまい、より胸の鼓動が加速する。なとりの心臓は色々と限界に近かった。

なによりなとりを深みに落としているのは、ばあちゃるの胸元から微かに香る男性特有の匂いだ。元々なとりはほうじ茶好きを公言しているように香りには敏感な方である。ばあちゃるからは消臭などをしっかりしているのか匂いは特にない。香るとしても柑橘類の爽やかな匂いだ。しかし抱きしめらればあちゃるとの距離もほぼゼロとすると話は別である。

 

(か、考えがまとまらない!)

 

ばあちゃるから香るその匂いは着実になとりを深みに落とす。胸の鼓動はより早くなり、思考もまとまらず霧がかかったかのような錯覚も覚える。そしてなにより体に熱が発するかのように熱かった。このまま身をゆだねようと楽になるだろうと理性とは反対に体の力は本能に従い徐々に抜けていく。

 

「なとなとー。なとなとー」

 

(…ん?)

 

頭を撫でる手が徐々に弱まっていく。同時に耳元で囁く声にもより力が抜けていき、とうとう名前を呼び続けるだけのものになった。これを好機と見たなとりは恥を捨て、最後の力を振り絞り自身の腕もばあちゃるの背に回し、あやす様に撫でる。それは思考しての行動ではなくほぼ無意識の行動だった。

 

「…私たちのためにいつもありがとうございます」

 

「…いやー、僕は好きでやってますよー」

 

「ふふ、知ってます。けどお世話になっているのは本当なので素直に受け取ってください」

 

「そう、言われちゃいますと、照れますねー」

 

そっと顔を覗き込むとばあちゃるの瞼は落ちていた。レム睡眠と呼ばれれる状態なのか定かではないが、既にばあちゃるの意識はほとんど落ちており、なとりの呼びかけには条件反射で返事をしていたのだろう。そう分析したなとりは極度の緊張状態から抜けたためか急に眠気襲われた。まともに回らない意識の中、寝やすいように頭をばあちゃるの胸に寄せた。

 

「…大好きですよ。私のプロデューサー」

 

朦朧とする意識での発言を理解しないままなとりは意識を手放した。

 

 

 

 

 

「馬の寝起きの酷さについて?」

 

「うん!」

 

私立ばあちゃる学園の来客用の入り口に二人の少女がいる。片方は学園の長であるばあちゃるとVTuberとして同期である『電脳少女シロ』。そしてもう片方は蒼と白が特徴的の活発なイメージを彷彿とさせる衣装を纏うのは『ミライアカリ』。2人はVTuberが集う生放送の打ち合わせの後、一緒に昼食をし、シロが学園に用事あるとのことなのでアカリもこの後には特に用事はなにもないので同伴し学園に赴いた。

 

「アカリちゃんにその話したっけ?」

 

「シロちゃんからは聞いてないよ。ついこの間、偶然のじゃロリさんと会ってねー。その時ばあちゃるさんの話で盛り上がってその時に聞いたんだ」

 

「のじゃロリさんが?」

 

「忙しそうにしてたよ」とアカリは心配そうな顔を浮かべた。『バーチャルのじゃロリ狐娘元Youtuberおじさん』のこと、のじゃロリは不定期に動画を上げているVTuberの仲間で、他にキズナアイと輝夜月と合わせて四天王と呼ばれている仲である。のじゃロリは現在、VTuberとしての活動は控え、元々目指していた夢の為に裏方としての活動を主にしている。VTuberとして共演はほぼ無くなったが、同じく裏方としても活動しているばあちゃるとは、未だに付き合いがあるのでシロも昔ほどではないが時折姿を見かけていた。そんなのじゃロリであれば確かにばあちゃるの寝相の悪さについても知っていてもおかしくはないだろう。

 

「その時はのじゃロリさんが急用で抜けちゃって、結局聞けずじまいだったからどうしても気になっちゃってね」

 

「えー。どうしよっかなー」

 

「お願いシロちゃん教えて!時々思い出す度に気になって作業が止まっちゃうの!」

 

「ね?」なんて可愛く首を傾げる。そのアカリの姿に内心「ずるいなぁ」なんて思いながらシロはニコっと笑顔を浮かべた。

 

「しょーがありません!特別に教えてあげましょう!」

 

「わー!シロちゃんありがとー!」

 

ぱちぱちと拍手をするアカリにシロは笑みを零す。それに釣られてかアカリもくすくすと笑い声を上げた。学園が授業中だということを思い出したシロは慌てて人差し指を口に当てて「シー」とアカリに送る。それに気づいたからアカリは慌てて両手で口を塞ぐ。辺りを見渡し、特に変化がないことを確認し二人は改めて声を出さずに笑いあった。

 

「のじゃロリさんから聞いていると思うけど馬の寝起きは本当にひどいの。もともと低血圧ってのもあるけど目覚ましが起動して10分くらいはその場でぼーっとしちゃうのです」

 

「10分も!?え、その間目覚ましは鳴りっぱなし?」

 

「鳴ってないと二度寝しちゃうよ」

 

靴を来訪者用の下駄箱に入れ中に入っていた履物に履き替える。先程の反省を踏まえ声は小声だ。

 

「だから寝起きの馬はうるさいから近寄らないほうがいいの」

 

「えーホントにそれだけ?」

 

納得いかないと表情に出し、アカリは問う。「それだけ!」と少し力強く言うがアカリの視線は一向に解けない。それに諦めたようにシロは口を開いた。

 

「馬って恥ずかしいくらいに褒めてくるよね?シロちゃんはカワイイですよー!って感じで」

 

「え?ああ、そうだね。シロちゃんのことは別格に褒めるけど共演した子やアイドル部の子とかもすっごい褒めてるね」

 

急に話題が変わるもののアカリは同調し頷く。実際ばあちゃるは共演者に対しても「〇〇はいい子っすねー」とよく賞賛する。その褒め方はファンなどから貰う誉め言葉とは違いどことなく父性を感じるものであった。そのためアカリ自身ばあちゃるに賞賛されることは嫌いではないし、不思議と下心を感じさせないため共演する機会の多い子からも概ね高評価だ。

 

「あれって馬の中では結構セーブしてるの」

 

「え゛!?あれで!?」

 

意外な事実に驚愕する。アカリが知っているばあちゃるが褒めるときはそれはもう全力で体で表現しながら発言してくるのでその事実は信じられないものであった。

 

「現に馬ってボディタッチって絶対にしないんだよ」

 

「あー言われてみれば私もばあちゃるさんと振れたことあるのは挨拶の時の握手くらいだ」

 

思い返してみるとシロの言う通り、ばあちゃるは絶対に自身からの接触してきた記憶はない。また共演者とばあちゃるの会話もできる限り思い返してみるがやはり思い当たることはなかった。

 

「後輩のアイドル部の中でもピノちゃんの頭を撫でるときとかもちにゃんやイオリンに抱き着かれるときくらいしかボディタッチないの」

 

「ほえー身内でもきっちりしてるなんてばあちゃるさんらしい」

 

「けどそれって関係あるの?」と首を傾げるアカリにシロは何故か頬を少し朱に染めながら言葉を続ける。

 

「寝起きの時はそのリミッターって言うのかな?それがないの。だからその、寝起きの時に近づくと抱き着かれるの!」

 

「ばあちゃるさんが!?」

 

「うん!でもっていつも以上に力が抜けたような声で褒めてくるの!」

 

羞恥を隠すように語尾を荒げるシロにアカリは少々大げさに引く。内心では(これはシロちゃんもやられたなー)なんて考えているがそこをつけば最悪救済されてしまうことは彼女との付き合いで分かり切ったことだった。白熱するシロに相槌を打ちながら目的の物がある学園長室の扉を開けた。

 

「馬―入るよー」

 

「開けながら言うんだ」

 

遠慮のないシロの態度に再び引く。これがシロとばあちゃるの距離感だと知っていてもやはりちょっと衝撃はある。それは彼女たちと既に半年以上の付き合いがあるアカリでも同じだった。

閑話休題

室内には肝心のばあちゃるは居らず作業スペースと思われる机の上には整理された資料が並べられていた。

 

「あれ?ばあちゃるさんはお出かけ?」

 

「この時間なら仮眠室で寝てるよー」

 

シロが指さすほうには仮眠室と書かれた表札とともに扉があった。

 

「アイドル部ができてから馬が忙しくなりすぎちゃったから社内でせめて『学園で作業する時は仮眠するように!』って作られたの」

 

「ばあちゃるさんが仮眠するなんてなんか想像つかないな」

 

「最初はアカリちゃんの予想通り仮眠なんかしなくて、時間が空けばシロの収録とかの手伝いしてたんだけどさすがに馬の勤務時間がヤバいってことで強硬手段とることになりました」

 

そういってシロの指が指すほうには監視カメラが一つ。ご丁寧に仮眠室の扉を映す様に設置されていた。

 

「休憩の開始時間に仮眠室に入らないかカメラで確認して入ってないなら馬に電話すること様になったの」

 

「うわ。徹底してる」

 

しかしそこまでしないとばあちゃるはそこまでしなければきっと休憩しないだろうとアカリは確信していた。シロの言う通りばあちゃるのワーカーホリックぶりは業界では有名な話だ。自身のチャンネルにアイドル部のプロデュース。さらにシロのサポートとなればその仕事量は尋常じゃないことは容易に想像がつくことだった。

 

「あ、用事ってなんだったの?」

 

「馬に預けてた荷物を取りに来たんだけど。ここにないなら仮眠室かなー?」

 

机で何か探していたシロはアカリに並ぶように仮眠室の扉の前に立つ。「寝てると思うから静かにしなきゃね」と小声で楽しそうに笑うアカリに釣られてクスリと笑う。そしてシロは静かにその扉を開けた。

 

それは「教師と生徒の禁断の愛だ―!?」とアカリが絶叫する3秒前。そしてシロがばあちゃるをぱいーんする5秒前の出来事だった。




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彼との秘密な逢引(牛巻りこ)

ばあちゃる学園の屋上
高い作が設けられており、昼休憩時には昼食を食べれる場所として解放されている
しかし、最新鋭の学園なだけあって他に昼食を食べれるところがたくさんあるようで、屋上は人気がないようだが…


午前7時55分。朝日も昇り始め通学の時間にしては少々遅いといわれる時間帯。私立ばあちゃる学園の校門前に『八重沢なとり』は立っていた。

既に予冷は鳴り、朝のミーティングの時間が始まる時間であるが、なとりは例外であった。その理由は単純なもので、現在学園では遅刻撲滅強化週間というものを行っているからだ。文字通り、期間中は遅刻に対して重い罰を処するものである。本来教師が閉門を行うのだが、遅刻の常習犯がほぼほぼアイドル部であるため、それを確認したばあちゃるが風紀委員長であり同じアイドル部であるなとりであれば適任だろう、という案を採用したためであった。ばあちゅる自身は冗談のつもりでの発言だったのだ、がなとりがその案に対して乗り気であり、そのままなとりに押し切られる形によりなとり担当で決まったという経由がある。実際は、他人に雑務を頼むことが少ないばあちゃるが、冗談だったとしても仕事を任してくれたことになとりが舞い上がったという裏事情があったりもする。そのためかなとりは非常にやる気があり、強化週間の最終日であるが常習犯であるもちやめめめは既に反省文を書かされていた。何時ものように、お菓子での買収にも乗らないほどの本気度を悟った二人は大人しく通常登校している。

 

「あと一名ですね」

 

ばあちゃる学園は、生徒が少ないのでバインダーに挟んである名簿での確認も楽だとなとりは内心思う。そしてその名簿に書かれている名の中で登校のチェックされていない生徒は『牛巻りこ』だった。

電脳アルバイターでもある彼女は現在、職場が忙しさの佳境に入っており、アルバイトであるりこもそれも身を投じていた。プログラマーでもある彼女は、そのアルバイトで技術的と社会的の勉強を含めて努めているので今回の修羅場でも事前に学園に連絡を入れている。ばあちゃる自身も、りこの配信及び本人の発言から忙しさを感じており、個人で色々と動いているそうだが結果はよろしくないようだ。

 

「今日もお昼からでしょうか?」

 

特にここ最近の忙しさは頂点のようで、通学するのも昼過ぎで登校しても大半は保健室で仮眠を取ってそのまま帰宅の生活だと聞いていた。その状況を聞いた時の感情が再び浮かび、つい顔を歪めてしまった。その時、こちらへ走ってくる足音と同時になとりを呼ぶ声も聞こえた。

 

「こめっちーーー!!!」

 

「りこさん!?」

 

走ってきた人物、牛巻りこはそのままなとりに抱き着く。ゆっくりと勢いを落としてからだったためそこまで衝撃はなかったがそれでもなとりはその衝撃から押し倒されないように腰に力を入れた。

 

「もう!危ないですよ!」

 

「あはは、ごめんごめん!けどちょっと遅刻しちゃったけど久しぶりの朝登校だよ!」

 

悪びれる様子もなく満面な笑みでりこは答える。その姿になとりは毒気も抜け『仕方ないですね』と笑みを零す。

 

「たしか検問してたんだっけ?」

 

「そうですよ。最後のリコさんも来たので今日はもうおしまいです」

 

抱負をやめたりこと共に上履きを閉まってある下駄箱へ向かう。電脳世界の最新の学園であるばあちゃる学園に付けれている設備の一つ、自動で開閉する校門が閉門するのをしっかり確認し学園に入っていく。

 

「いやー、久しぶりに夜にゆっくり寝たから寝坊しちゃったよー。あ、牛巻も反省文を書いたほうがいい?」

 

「いえ、りこさんは今回は対象になっていないので書く必要はないですよ。アルバイトの方は落ち着いたのですか?」

 

「佳境であることは変わりないけど、別の部署が終わったみたいでこっちに応援がきたんだ。そこでアルバイトの牛巻はお先に上がったてことさ」

 

『しかもお返しで連休もゲット!』と満面の笑みでピースサインをするりこになとりは釣られて笑う。

 

「ってことは当面は通常に登校はできそうですね」

 

「そうなんだよ!さらに、どうやらばあちゃる号が何度も問い合わせてくれたおかげで過剰労働が問題になって労働環境の見直しが入っておかげで勤務時間が半分以下になったんだ。だから今後は普通に登校するし配信もやっていくよ!」

 

「おぉ!それは朗報ですね!」

 

りこが過剰労働から解放されたことは勿論、ばあちゃるの活動はしっかり成果に繋がっていることになとりは喜びを浮かべる。そうして談笑を続け気づけば二人は自信が所属するA組の教室にたどり着いた。なとりはりこへアイコンタクトを送り先に入室することを譲った。

 

「ハウディ!牛巻りこが登校だよ!」

 

「ああ!りこちゃんだ!」

 

入ってきたりこに、いの一番に反応したのは同じクラスに所属するヤマトイオリだった。立ち上がり、りこに腕を広げながら近づくと答えるようにイオリに抱き着いた。

 

「イオリンひさしぶりーー!!」

 

「りこちゃんも久しぶり!あのねあのね、お仕事大変って聞いたけど大丈夫なの?」

 

「牛巻はついに解放されたぞぉ!これからは毎日一緒さ!」

 

「ホントにホント!?」

 

「ホントのホントさ!」

 

「やったー!!」

 

抱き着いた状態でイオリはピョンピョンと喜びを全力で表す。それに釣られる形でりこも一緒に飛び跳ね喜びを共にした。なとりはそんな二人の様子を見ながら愛おしさを顔に浮かべる。

 

「こんな日に呼び出しを食らうとは、会長もおいたわしや」

 

登校と同時にばあちゃるに連行されたたまの姿を思い出しながらなとりは一人涙流した。

 

 

 

 

 

「りこちゃん!お昼にしよう!!」

 

昼休みと同時にたまは、りこに飛びついた。本鈴のギリギリで戻ってきたたまは、りこの存在に気づくと授業そっちのけでりこに話しかけようとするが、そこは風紀委員長であるなとりが防ぐ。この一週間でのなとりが融通が利かないことを知っていたたまは、大人しく引き下がり休み時間の度に会話することに妥協した。しかし久しぶりのりことの触れ合いが数分挟んで少々だったことに、不満を貯めていたためたまはお昼を共にするために授業が終了すると同時に動いたのだが。

 

「そううまくはいかない、と思います」

 

「え!?あずきちゃん!?」

 

お弁当片手に別のクラスに所属する同じアイドル部の木曽あずきが姿を表す。そしてその後ろには同じくアイドル部に所属する北上双葉の姿があった。あずき、双葉、たまの三人はこのばあちゃる学園の生徒会にも所属している。その二人が昼休みとともにたまの下に訪れたことの理由を察し顔を青く染めた。

 

「い、いやー。今度じゃ、だめ?」

 

「残念ながら昨日放置した案件なので無理、と思います」

 

「自業自得だよ、たまちゃん」

 

そうして会長たまは双葉とあずきに連れられイオリに手を振られながら教室を後にした。「りこちゃん助けて!!」という断末魔になとりは苦笑を零す。

 

「あら、りこさんお昼はどちらで食べるんですか?」

 

「あー、ごめんごめん。今日はちょっとね」

 

片手で謝り、もう片手の指を上に向けながらりこは謝る。それジェスチャーになとりは察する。そしてりこは頭を下げながら教室を後にした。

 

「あれー?りこちゃんは?」

 

「残念ながら先約があるそうです。それよりイオリさん、一緒にお昼しません?」

 

「するする!」

 

よくわからず首を傾げるイオリに話を切り上げ共に昼食を誘う。窓の外は気持ちのいい晴天が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

りこは、盛り上がる気持ちを抑えきれないように速足で駆階を段け上がる。そして屋上に繋がる扉も前で一呼吸を置き、扉を開けた。そして、いつものベンチには馴染みがある姿、アイドル部のプロデューサーである『ばあちゃる』の姿があった。ばあちゃるは電話に夢中のためか、入ってきたりこの存在に気づいていない。その姿に、りこはいたずらっぽく笑う。そしてそっと背後に回り、向かう最中に購入したスポーツドリンクの入ったペットボトルをチラチラと見える僅かな素肌が見え隠れする首筋に当てた。

 

「ウビバァ!?え、なに?なんすか!?」

 

『急にどうしたばあちゃる氏!?叫び声が聞こえたようだが!』

 

「く、くくく」

 

立ち上がり振り向きながら驚くばあちゃるにりこは堪えきれずに笑い声を零す。電話先の声の主も驚いた声を上げる。そしてリコの姿を確認したばあちゃるは安心したように肩を落とした。

 

「なぁーんだりこぴんっすかー。もう驚かさないでくださいよ」

 

「いや、だって見事なまでに牛巻の姿に気づかないんだもん!いたずらもしたくなるよ」

 

笑いを堪えながら言うと、ばあちゃるは少し不満そうな視線を送る。そして笑いを堪えながらりこはばあちゃるの持っている携帯を指さし、通話中のことを指摘した。

 

「あ、はいはい!はるはる急に大声だして申し訳ないっすね」

 

『いや、それは構わないが問題でもあったのか?』

 

「いえいえ、待っていたりこぴんが驚かしてきたのでつい大声をね。いやね、ほんとに申し訳ないっす」

 

電話相手になんども頭を下げるばあちゃるに、さすがのりこも少し罪悪感が沸いた。そして、そのまま多少会話を続け電話を切る。

 

「もー、電話相手がはるはるだったからよかったっすけど、取引先とかだったら危ないっすから、電話中のいたずらはもう勘弁っすよ」

 

「うう、ごめんよ、ばあちゃる号」

 

「いえいえ。わかってくれればばあちゃるくんもね、完全に嬉しいっすね」

 

反省するりこにばあちゃるはすぐに身を引く。彼自身がりこを含むアイドル部全員、素直に反省してくれるということを知っているからだ。そして再びベンチに座りそしてりこも自然な流れでばあちゃるの横へと座った。

ばあちゃる学園の屋上は、しっかりと転落防止用に柵があり昼食の際には生徒の出入りも禁止されてはいない。しかし、新設校でもあるばあちゃる学園は施設も充実している。緑豊かな中庭に、きれいな食堂とわざわざ屋上まで来て昼食をとる生徒はほぼいないといっても等しい。また本日は少しは寒いのも相まって屋上にはばあちゃるとリコ以外の人物はいなかった。

 

「いやーりこぴん、アルバイト、ほんとにねお疲れ様です。はいこれ、お弁当」

 

「ありがとうばあちゃる号。さすがに今回の修羅場は牛巻をもってしてもヤバかったね」

 

ばあちゃるの労いの言葉共に渡される包みを受け取りながらりこは当時を思い出し苦い顔を浮かべた。

 

「そんなにヤバかったっすか?」

 

「もうヤバいなんてもんじゃないよ!クライアントは締め切り直前で仕様変更を言ってきてね!これがかなーり根元の部分が関わってくるから作業もヤバいってのに納期は3日しか伸びなくて地獄だったよ」

 

「えぐー!?それはかなりやばーしっすね」

 

「もうホントにやばーしだし、社員さんは帰っちゃう人いるし!」

 

りこから放たれる愚痴に、語彙力のないばあちゃるはいつものように相槌を打つ。そんなばあちゃるを知ってか知らずか、りこは貰った包みに入っていたお弁当を取り出し『いただきます!』と一言はさみ卵焼きを口に含んだ。

りこのアルバイトが、佳境から乗り越えた一日目はこうして屋上でばあちゃるが作ってくるお弁当を昼食に、修羅場で貯まった鬱憤を吐き出すのがりことばあちゃるのお決まりとなっていた。きっかけは単純で、りこが抱えていたものにばあちゃるが気づいたのが始まりだ。元々、りこ自身が先頭に立つ気質があり、仲間内には理想の自分でいるというプライドみたいなものがどこかあった。そのためか仲間内に愚痴を吐き出すことはなく、貯めこんでしまうという悪癖があったのだ。しかしそれは人の変化に気づくのに長けており、なにより彼女たちのプロデューサーであるばあちゃるは見抜いた。そして、それは今日のような修羅場上がりで、晴天の日に同じ屋上でりこはばあちゃるに指摘された。最初は誤魔化したりこであったが、知人が絡むと一気に頑固になるばあちゃるは一向に引かず、最後には

 

『牛巻の苦労なんてなんにも知らないくせに!』

 

と叫んでしまった。感情のままに叫んだそれにりこはすぐに誤魔化す様に笑う。それに対してばあちゃるはりこに近づき、頭を撫でた。

 

『悔しいっすけど、ばあちゃるくんは超能力者じゃないんでね。りこぴんが抱えてることは分からないっす。けどね、だからこそ、口にして吐き出してほしいんすよ。それはりこぴんにとって、きっと重たいものだってばあちゃる君にもわかるんですよね、完全に。だから、ばあちゃるくんにもその苦労に共感させてほしいんですよ』

 

『これでもりこぴんのプロデューサーっすからね』と馬のマスクの奥で、優しそうに笑うばあちゃるがりこには見えた。気づくとりこは、ばあちゃるの胸の中で大声で泣いていた。こんなに感情が荒ぶることは初めてで、泣き止み方もわからず感情に抑え方も分からなかったりこは、そのまま自分がもっとも信頼できる人物に身を委ねる。泣き続けるりこにばあちゃるは背中を撫でながらリコをあやし続けた。

それからというものアルバイトの修羅場を乗り越えた翌日はばあちゃると二人で昼食を共にすることになる。最初はりこも自身のお弁当を用意していたが、少しでも休養を取ってほしいと思ったばあちゃるが、りこの分の昼食を用意するようになった。そしてりこにとってこの時間は唯一無二の時間になっていた。

 

「ごちそうさま!今回もおいしかったよ!」

 

「はいはい、りこぴんおそまつ様ですね。卵焼きとか完全にばあちゃるくんの好みで作っちゃいましたけど大丈夫でした?」

 

「まさか甘くてビックリしたけどおいしかったよ?ばあちゃる号の好みっていうよりシロぴーの好みっぽいイメージだったかな?」

 

「シロちゃんのご飯も昔はばあちゃるくんが作っていたのできっと好みが移っちゃんだですねー」

 

空になったお弁当箱を包み、ばあちゃるへ返却する。彼の料理は味は申し分ないが、形が少し歪なところなどいかにも手作りという感じがあってりこは気に入っていた。

 

「もしかしてシロぴーが料理始めたきっかけってばあちゃる号だったりする?」

 

「どうなんでしょうね?昔に『今日はシロが作る』って言って以来、一気にばあちゃるくんより上手になりましたからねー」

 

『昔は味の調え方がわからなくてやばーしでしたよ』とシロが聞けば即ぱいーん案件な昔話を聞かせてくれた。そんな些細な世間話もりこにとっては幸福な一時だ。しかし時間とは有限なものでふと目に入った時計には予鈴の10分前を指していた。

 

「あ、いやー、その、ばあちゃる号?そろそろいいかな?」

 

「え、あ。もうそんな時間なんっすね」

 

ばあちゃるの言葉に、りこは顔を赤く染め小さく頷く。そんなりこに、ばあちゃるもどう発言すべきか言葉を悩み、マスクの上から後頭部を掻いた。

 

「前から言ってるっすけどホントは炎上案件でこんなことしちゃやばーしなんっすけど、ばあちゃる君は、りこぴんのプロデューサーっすからね」

 

「…」

 

無言で睨むりこに、ばあちゃるは観念するかのように両腕を広げた。そしてリコはばあちゃるの胸元に飛び込み、抱き着いた。

 

「ああー。癒されるぅ」

 

「男の抱き心地なんて女の子に比べていいものじゃないっすね、完全に」

 

「チッチッチ。わかってないなぁばあちゃる号は。女の子の柔らかさとかもいいけど男性のこのがっしりした感じとか最高だよぉ。特にばあちゃる号はガタイがいいからなんというか、守ってもらえる安心感?みたいのがすっごいいいよ」

 

『そんなもんっすかね』とりこの意見に、どこか納得ができないばあちゃる。落ち着ける場所を探す様にりこは体をばあちゃるに預け、力を抜いていく。並ぶように座っていた二人は気づけばリコがばあちゃるに倒れこむような形になっていた。

 

「ばあちゃるくんだからいいっすけど他の人にやっちゃダメっすからね」

 

「こんなことばあちゃる号にしかやらないよ。信頼できる…ばあちゃる…号しか…」

 

そのまま力を抜いていき、気づけばりこは眠りに落ちる。誰かに対して、怒りや嫉妬を持つのは思いのほかエネルギーを使うものだ。ましてや限られた時しか発散しないりこは、いつもアルバイトでの憤りを吐き出すとやりきったように眠る。そして完全に回復したりこがあられるのだ。いつも苦労をしている少女の頭を撫でながらばあちゃるは愛おしそうに頭を撫でた。

 

「りこぴん。お疲れ様」

 

眠りに落ちたはずの少女は、聞こえていないはずのその言葉に口角を少し上げた。

 

 

 

 

 

『10分まえです』

 

「うぇ!?なになに!?」

 

耳元になる大ボリュームの音声にりこは目を覚ます。それは自身が配信する際によく聞く音声、牛巻システムの声だった。寝ぼけた目で音声の出所を探すとそこにはそこには見慣れない携帯端末がある。起き抜けの頭で端末を起動するとそこにメッセージが表示された。

 

『はいはいはい!りこぴんおはようございます!ばあちゃるくんはちょっと急用ができたので申し訳ないですけどお先に失礼しますねー。お寝坊したら大変ですので前に頂いた牛巻システムを入れた端末を目覚ましにして置いておきまフゥゥゥゥゥ。午後の授業も頑張って!わきゅわきゅ٩( ᐛ )و』

 

よほど急いでいたのだろう。SNSで使う口調と会話で使う口調。さらに、彼の伝達などで渡される書類などで使われる丁重な文が混ざったなんともチンプンカンプンな文になっていた。それにりこはクスクスと笑い、そして自身に羽織られている大きな背広に気づく。

 

「これってばあちゃる号の」

 

自分の体温か、それともばあちゃるの体温か、どちらの体温かわからないが、まだ少し温かい背広を抱きしめながらりこは顔を綻ばせた。

 

「…ぁ」

 

背広から仄かに香るばあちゃるの匂いに、りこは顔を朱に染める。その匂いになぜか、とても落ち着ける匂いでずっと嗅いでいたくなる不思議な匂いでもあった。りこはその行為に羞恥を覚えるが幸い誰もいない屋上だ。恐る恐る背広に顔を押し付けて匂いを堪能する。そして脳からアドレナリンが溢れてくるかのような感覚に襲われ、容量以上の多幸感がりこを襲う。この幸福をもう一度堪能したいという本能に従いもう一度背広に顔を押し付けようとしたその時。

 

「り、りこさん!?なぁにしてるんですか!?」

 

「げぇ!?こめっち!?」

 

そこに立つのは我らの風紀委員長(笑)の八重沢なとりだ。実はばあちゃるが学園を立つ前にりこのことを事前になとりに連絡をしていた。そのため、予鈴が鳴って授業が開始される5分前になっても戻ってこないりこを心配して、様子を見に来たのが経緯である。

 

「それってばあちゃるさんのですよね!なんで風紀が乱れることしてるんですか!」

 

「ご、ごめんよーこめっちー!」

 

どこから取り出したかわからない愛用の稲鞭を顔を真っ赤にしながら振り回すなとり。身を守るように背広で体を隠すりこ。はたから見ればただの痴話ケンカである。

 

「そんな、ばあちゃるさんの匂いを嗅ぐなんて、なんて羨ましい!」

 

「え?」

 

「え。あ、っちが!はしたないです!はしたないですよ!!」

 

墓穴を掘る風紀委員長(笑)。これを見逃すほどプログラマーの闇は甘くなかった。

 

「ねぇ、こめっち。交渉と行こうじゃないか」

 

「交渉なんて応じませんよ!」

 

「ここでのことを他言無用にしてくれるならさっきの発言を聞かなかったことにするよ。さらに」

 

ばあちゃるの背広をなとりに見せるように広げる。

 

「一緒に堪能しない?」

 

「!?」

 

何を堪能するかなとりは瞬時に判断する。そして悩むように動きを止めた。

 

「今日は週末だし。背広はそんな頻度にクリーニングに出すものじゃない。堪能した牛巻が言うのもなんだけど、やばーしだよ?」

 

「う、ううううううううう」

 

「なにも悩む必要なんてないよこめっち。ここは本能のままに従うのが女の性ってものさ」

 

そして、なとりは震える手でりこの手をとり強く握りしめる。

 

「交渉成立、だね」

 

ここにばあちゃる一派が結成した瞬間であった。

 

この後、りことなとりは仲良く授業に遅刻し教師と嫉妬に狂うたまに追い掛け回された。

 

 



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へたっぴダンスは彼と共に(神楽すず)

ばあちゃる学園の日曜日
運動部は勿論、管弦楽部などの文化部も練習の為に午前中のみ、責任者となる教師がいる場合は解放されている
多忙である学園長は、よく日曜日にも事務処理のなどで通勤しているようだが…


「ん、んー」

 

日曜の午前11時頃。休日で閉まっているはずの学園の最上階の教室に一人の少女がいた。少女は片手に持ったヴァイオリン掴んだ状態で固まった体を伸ばす。ヴァイオリンを持つ手とは逆の手に所持する弓は指先に力が入らないため今にも落ちそうになっていた。

 

「11時、ですか。思ったより時間がたつのは早いですね」

 

伸ばした体を解しながら少女、神楽すずは自身が没頭していた時間に軽く驚愕した。

休日である日曜にすずが学園にいる理由は部活の休日練習というありきたりな理由だ。すずが所属する管弦楽部は祝日や休日などで学園が休みの際、午前中の監督係の教師がいる間のみ練習用にと学園を解放していた。防音設備があるとはいえ、やはり自室より空間が広い教室である練習がとても有意義であることを知っていたすずは本日の監督者であるばあちゃるに連絡をし開門と同時にヴァイオリンの練習に励んだ。練習開始は8時だったと思い出したすずは3時間物の間ずっと没頭していたことに驚く。

 

「いい時間ですし。最後に通してやって終わりにしましょう」

 

一呼吸置きヴァイオリンを構え、弓を弦に置く。目線を譜面とメトロノームを交互に見ながらリズムを取りながら演奏を開始する。奏でる音はリズムに乗り響き渡り、教室内はすずの音に染められた。時折、眉を顰めながらもすずは曲を弾き続け、そして楽譜の最後まで弾き終える。

 

「ふぅ」

 

緊張から出た汗をハンカチ拭い一息入れる。

一曲を完走した達成感は確かにあるがそれ以上にすずが自責の念を感じていた。所々に些細なミスなどがどうしても気になってしまい楽しさを見いだせなくなってしまっていたのだ。このままではいけないと思い、休日練習でも合わせの練習ではなく技術を上げるためのソロでの練習をしていたのだがどうも悪循環に嵌っていることにすずは気づけずにいた。頭を抱えていたすずにふと扉からパチパチパチと控えめな拍手の音が聞こえたため、すずは顔を上げ扉の方へ視線を向ける。

 

「いやー、すずすずの演奏はいいっスね!ばあちゃるくんは感動しちゃいましたよ!」

 

「ばあちゃるさん!?」

 

そこにいたのはガタイのいい背格好をスーツに包ませた冒涜的な馬のマスクをした男。そしてすずが所属するアイドル部のプロデューサーを務めるばあちゃるが立っていた。なぜここにと驚くが監督者がばあちゃるであることを思い出したすずは一人頷き納得する。

 

「あ、もしかして五月蠅かったですか?」

 

「いえいえ、そんなことないですよ!むしろ心地の良い音に釣られて顔を出しちゃった感じですね」

 

肩を解す様に回しながらばあちゃるはそう言う。登校時、学長室でデスクワークをしているのを見ていたすずは今の時間まで作業をしていたのだと想像がついた。

 

「いえ、そんないいものじゃなかったですよ」

 

「すずすずは謙虚っスね!ま、それも美徳ってやつです」

 

マスクのせいで表情は見えないが口調から朗らかに笑っているのが想像につく。ばあちゃるは声で感情が読み取りやすいとアイドル部内で有名であり、稀に『あの時は笑っていた』や『その時は悔しそうだった』など話のタネにも上がることを思い出し、すずはくすりと笑った。

 

「それですずすず、他の管弦楽部の皆さんは下校しちゃったッスけどまで練習します?」

 

「え、私以外帰ったですか!?」

 

「はいはいはい、そうっスね。もうね学園に残るのはすずすずとばあちゃる君だけッスね、もう完全に」

 

ばあちゃるの返答に驚愕の顔で固まる。しかし思い出してみると本日の部に投稿していた管弦楽部の仲間は調整などで長居はしないと分かれて練習を行う前に言われていた。練習に集中しすぎていたため完全にそのことが頭から抜け落ちていた事実にすずは顔を朱くした。そして登校時に学園長室に顔を出した際にばあちゃるは昼に用事があることを思い出し今度は顔を青に染めた。

 

「ご、ごめんなさいばあちゃるさん!すぐに下校しますね!」

 

「あ、まだ大丈夫ッスよ!ばあちゃる君のお仕事もね、そんな急を有するものじゃないッスからね」

 

慌てて支度をするすずにばあちゃるは止める。しかし責任感は強いすずは申し訳なさそうな顔を見てばあちゃるはあることを思いついた。

 

「あ、ならこれからばあちゃる君とお昼とかどうっスか?」

 

「お昼、ですか?」

 

首を傾げるすずにばあちゃるは懐から車のキーを見せながら頷く。

 

「休日なので学園の食堂は閉まってますし、お昼は外食にしようと思ってたッスよね。だからすずすずがよければ一緒に行きませんか?」

 

「え、けどそれはお礼にならないような?」

 

「いい年した男が学生の美人さんと一緒にお昼出来るなんてご褒美にしかならないっスね、完全に!」

 

「特にアイドル部内で飛び切りの美人なすずすずとなら最高以外何物でもないっスよ!」と豪語するばあちゃるにすずは顔を朱に染める。

 

「それでばあちゃるさんがいいなら、ご一緒しますよ」

 

「マジっすかー?いやー、休日に学園で仕事してみるもんっスね。今日は完全に幸運っスね、これは」

 

変わらず賞賛の言葉を投げてくるばあちゃるにすずはさらに顔を朱に染めながら笑った。

 

 

 

 

 

「鳩だー!」

 

公園の中央の噴水前の大量の鳩にすずは少年のような叫びと共に走り寄る。すずに驚く鳩は一斉に空へ飛び出し、当の本人であるすずは「おー」と感嘆な声を零した。そんなすずにばあちゃるはマスクの下で苦笑した。

お昼過ぎの時間帯にばあちゃるとすずは学園から少し離れた公園に来ていた。周りから食後は多少の動くようにとシロを主体に周りから言われているばあちゃるはこのように食後の運動として軽い散歩を行っている。学園内ならば校舎内を散策しているのだが本日はすずと共に外食のためその食堂から近いこの公園に赴いた。

お昼過ぎとはいえまだ正午を少し過ぎた時間帯のため休日の公園にしては人はまばらだ。そんな人の少ない公園をばあちゃるとすずは二人並んで歩きだした。

 

「近所にこんな大きな公園があるとは知りませんでした」

 

「まあこっちは学園からちょっと離れてますし、なによりすずすずの家からしたら学園の反対側ッスから仕方ないッスよ」

 

「それでも同じ市内ですし、知らなかったことがなんか悔しいです」

 

「えぇ…」

 

少年のような思考にばあちゃるはおもわず困惑の声を零す。荷物などはまとめて学園に置いてきたのでばあちゃるもすずも軽快な足取りで公園を進む。

 

「あ、お昼ご飯ありがとうございます。まさか奢っていただけるなんて」

 

「いえいえ、気にする必要はないッスよ。むしろ学生であるすずすずにお金を出させるなんてばあちゃる君が許せないッスね」

 

すずの謝罪にばあちゃるは特に気にせずそう返す。共にした食堂で自身の分を支払うつもりであったすずであったが会計は気付いたら済まされていて自身の財布すら出すことすらなかった。

 

「ですがこれじゃお礼じゃなくなっちゃいました」

 

「すずすずが気にする必要はないッスよ。さっきも言ったッスけど一緒にお昼取れただけで充分ご褒美ッスから」

 

「けど、納得できないですよ。何か手伝えることはないですか?」

 

そう言うすずにばあちゃるは困ったと顔に浮かべる。しかし、なにか思いついたように動きを止めたが「やっぱないッスねー」と言葉をつづけた。しかし、その瞬間を見逃すほどすずは甘くはなかった。

 

「なにかあるんですよね!何でも言ってください!何でもやりますよ!」

 

「ちょいちょいちょーい!女の子は簡単に『何でもやります』なんて言っちゃダメッスよー!?」

 

「そんな『なんでも』なんてばあちゃるさんにしか言わないですよ」

 

「ウビッ!?」

 

「それより私にやれることってなんですか?」

 

軽く流されたが何気に凄いことを言われた気がする、とばあちゃるは内心思うが何もなかったかのように続けるすずにばあちゃるは受け入れるとは別にして要件を伝えることにした。

 

「お願い、というよりお仕事なんっスよ」

 

「お仕事?案件動画みたいな感じですか?」

 

「動画は動画ッスけど、内容はダンス動画ッスね」

 

「ダンス!?」

 

予想しなかった内容にすずはつい声を荒げる。

 

「あ、ごめんなさい。でもダンスですか?たまにシロさんも踊ってたりするダンスですか?」

 

「そのダンスっすね」

 

改めて確認するすずに肯定するばあちゃる。右手の人差し指を立て、ばあちゃるは言葉を続けた。

 

「アイドル部全員の配信がスタートして大体半年経ちましたしそろそろアイドルっぽいことをやっていこうと話が上がってきてるッスよ。そこで第一案として通ったのが」

 

「ダンス動画ってことなんですね」

 

「そうっスね。ダンスならうちのシロちゃんを始め親分にアカリン、さらに有名どころならヒメヒメとヒナヒナの二人やそらそらとかとか色んなVTuberがやってますし通常の動画配信以外で手を出していくのなら最適ってことで決まった訳ですねー、はいはいはい」

 

「なるほど」

 

ゲーム実況や雑談放送の他に並ぶジャンルとして『踊ってみた』が有名なことはすずも知っていた。ばあちゃるが言うように先輩であるシロも色んな踊ってみたの動画を見たこともあるし、実況や雑談などが主であるアイドル部が行っていくのであれば最善であることも納得できる。しかしすずはとある疑問が拭えなかった。

 

「どうして私を一番手の候補に考えたですか?」

 

このような新しい案件、というよりアイドル部で何かを行う際の一番手として挙げられるは夜桜たまだ。たまはアイドル部で一番最初に配信を開始し、学園の生徒会長という役と彼女の人柄かいつもアイドル部を引っ張っていく存在である。そんなたまと同じように何故自分が一番手の候補に挙がるのかすずには理解ができなかった。

 

「すずすずも予想がついていると思うッスけどたまたまが最有力候補ではありますねー。常に一番手を務め、アイドル部を引っ張っているリーダーのような存在でもあるッスからきっとたまたまでも案は通るッスね、完全に」

 

「ならそれは私が勤めるべきではないですね」

 

元々ばあちゃるに無理にお手伝いできることはないかと強引に聞いたことが発端である。事が思いのほか大きいことであり、自分では荷が重いと感じていたすずは安心のためかほっと息を吐いた。

 

「いえ、これはすずすずに行ってもらいましょう!」

 

「はい!?」

 

驚愕なことを言うばあちゃるにすずは顔をあげる。そこには『いいことを思いついた』とちょっと悪そうな顔を浮かべるのをマスク越しに感じた。

 

「いやーさすがばあちゃる君。これは名案ッスよ!そうと決まれば早速行動するッスよー!時間は有限ですからね!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

自己完結しやる気を燃料に走り出そうとするばあちゃるを止める。急な展開で頭は未だに追いついていないがすずが解決したい疑問は一つだ。

 

「な、なんで私なんですか!?」

 

「え、そりゃばあちゃる君がすずすずのことが好きだからッスよ?」

 

「…え?」

 

帰ってきた答えはすずが予想外を遥かに通り越したもので混乱を極めた結果、すずの頭は試行するのを放棄した。

 

「今日の練習での演奏を陰ながら聞かせてもらいましたッスけどすずすずの奏でる音はこうばあちゃる君にビビっと来たんですよね」

 

「へ、私の音?」

 

「そうっスよ。今日練習してたでしょう?」

 

なんてことの無い風に言うばあちゃるにすずは深いため息を吐く。無駄に緊張をして損をした感じではあるが言葉足らずのところがばあちゃるらしいとすずは思った。

 

「どうしたんすか?」

 

「いえ、大丈夫ですよ。けど、なんで私の音なんですか?私より上手な音を奏でる人ならいっぱいいますよ。歌であればなとりさんやめめめさんとか」

 

音は決して楽器から奏でるものではない。ばあちゃるが言っているのは人が奏でるものであるとすずは理解していた。なので雑談配信などで稀に歌を歌っている部内の仲間を例に挙げる。しかし、それにばあちゃるは首を横に振った。

 

「なとなとやめめめめもきっと素晴らしいものができると思うッスね、完全に。けど、ばあちゃる君が見たいと思ったのはすずすずの音ッスね」

 

「私の?」

 

自身を指さすばあちゃるに首を傾げながら問うと答えるように頷いた。

 

「さっきも言ったッスけど、今日の演奏を聴いて、いや今日だけじゃなく前々からなんすけどばあちゃる君はすずすずの奏でる音のファンなんですよね。だから今回の企画がばあちゃる君の下に届いたとき、いつもなら真っ先にたまたまが浮かぶすけど今回は浮かばずにもやもやしてたんすよ。そして今日の演奏を聴いて頭を掠めたッスよ、『今回はすずすずで行こう』って」

 

「え、けど。そんな素振りしてなかったじゃないですか」

 

「こんなこと自分で言いうのもどうかっスけど、ばあちゃる君がなんも考えずに誰かを昼食に誘いますか?」

 

「あ」

 

言われ思い出す。ばあちゃるはシロを除くだれかと二人っきりで食事をするのは珍しいことであった。大抵一人かスタッフなどを交えた複数人と共にしている。学園の場合は食堂か学長室だ。そこまで思考して何故ばあちゃるがすずを食事に誘った理由を察した。

 

「私を説得するため?」

 

「はいはいはい、さすがすずすずッスねー。大正解すよ、これは完全に」

 

「そして説得しようとしたところで私が『何でもする』って言ったからばあちゃるさんがそれに反応して?」

 

「エグ―!?すずすずエスパーみたいッスね!?」

 

「けど私でいいんですか?」

 

大袈裟にリアクションをしていたばあちゃるに不安そうなすずの声が聞こえた。ばあちゃるは足を止めすずと向き合い、小さく震える手を取り目線を合わせて声をかけた。

 

「今回の案件。すずすずも思っている通りすずすずが一番手をやる必要はありません。ですけど、ばあちゃる君はすずすずの踊りを見てみたいと思ったッスよ。だからこれはばあちゃる君のワガママですね」

 

「ばあちゃるさんの、ワガママ」

 

「そうっス。ばあちゃる君はすずすずの音が大好きなファンっスからそんなすずすずがどんな踊りを表現するのか気になって気になって仕方なくなっちゃったすよ。だからどうしても無理であるなら断ってくれても構わないです。けど、どうかばあちゃる君のワガママをかなえてくれないッスかねー?」

 

ズルい人だ、とすずは思う。いつもは全部自分で抱え込んで、自分で何とかしてそれで炎上などしてもいつも何ともないようにする人。そんな頼ってほしい人にこんな頼まれ方したら断われないとすずは苦笑する。そしてこのままやられっぱなしは性ではないとすずの少年ハートは訴えた。

 

「わかりました。その話、お受けします」

 

「ホントっスか!?いやー、断られたら「ただし!」ウビッ?」

 

「私も少し、ワガママ言ってもいいですか?」

 

それは少し日が沈み始めた昼過ぎの出来事であった。

 

 

 

 

 

「「「おー」」」

 

とある収録スタジオの楽屋。そこにはばあちゃるとシロに加え、同じく収録に来ていた二人組のVTuberの『田中ヒメ』と『鈴木ヒナ』の四人が空中に投影されたモニターに釘付けになっていた。

 

「アカリちゃんと一緒で身長高くて手足が長いとダンス映えが凄いね!」

 

「曲は原曲ってことは歌は別取りって感じなんですか?」

 

「はいはいはい、今回はね、ひとまず仮ってことなのでね、踊りだけ取ったって感じッスね」

 

四人が見ているのは先日の祝日に学園で仮として踊り撮影したすずの動画であった。自身とは強みが違うすずの踊りにヒメヒナは目線を離せずにいた。

 

「踊りのチョイスはばあちゃるさん?」

 

「はいはい、そうですよー。今回はダンス映えを目的っスからね、すずすずの服装とも会う踊りをばあちゃる君が選ばせてもらったっスね」

 

「ナイスチョイス!ヒメもヒナもこんな感じの曲は踊ったことないから詳しくないけど、すっごい合ってるね!」

 

「そんなに褒められるとばあちゃる君、照れちゃうっスねー」

 

ヒメヒナ二人の予想以上の賞賛にばあちゃるは羞恥を誤魔化す様にマスク越しに後頭部を掻いた。しかしここに不機嫌な少女が一人。それはばあちゃるの横で同じくすずの動画を視聴していたシロである。

 

「どうッスか、シロちゃん?すずすずかっこかわいくないっスかー?」

 

「すずちゃんは最高にかわいいしカッコイイよ。もし否定する人がいたらそれは救済対象だよ。けど、シロが言いたいのはそこじゃなくて!」

 

バシッと効果音が聞こえそうな速度で放送されている動画を指さした。

 

「なぁんで馬も一緒に踊ってるの!?」

 

シロが言うように動画にはすずが踊る横にばあちゃるの姿が確認できた。登録されたカメラワークがソロ用のためか時々画面から消えるがそれでもすずの横にいることがわかる。しかも二人の距離はかなり近かった。

 

「すずちゃんの動画なら馬がいる必要ないよね!?なんでいるの!」

 

「はいはいはい、それはですね、すずすずにお願いされちゃいましてね」

 

「お願い?」

 

興奮を隠さないシロにばあちゃるは慣れたように続ける。

 

「はいはい、そのお願いっていうのはですね、『初めてなのでよければ一緒に踊ってくれませんか?』というかわいいものだったすよね。いやー、すずすずてぇてぇてぇてぇ」

 

「それってつまり『Shall We Dance?』なんじゃ…」

 

「あれ?シロちゃーん?」

 

そんなすずの言葉をどこか深読みし、シロは思考の海へ落ちていく。しかしその時、ヒメの特徴なゲラ声による笑い声が響いた。

 

「ヒメヒナちゃん!?どうしたの!?」

「ど、どうしたんすか!?」

 

「あ、あははははははははww」

「だ、だめ、これはずるいぃぃww」

 

笑う二人が指さすのはすずの踊りが投影されているはずのモニターだ。そちらに目を向けるとそこには奇怪な物が映し出されていた。

 

☆DAISUKE★

★DAISUKE☆

 

「は?」

 

そこにはサングラスをかけたウキウキお姉さんが映っていた。原因を知っているであろうばあちゃるに視線を向けるとそれに察したのか、ばあちゃるもマスクが動くほどの速さで首ごと視線を逸らす。

 

「ねぇ、馬。これは、どいうことぉ?」

 

「いや、あの、そのですねー。ばあちゃる君はですね、はいはいはい、どうもすずすずのお願いに弱くてですねー」

 

しどろもどろになりながら視線を合わせず答えるばあちゃるにシロは視線は鋭くなる。プロデューサーであるばあちゃるがこんなイメージを(既に遅いが)損なうことを許すはずはない。つまり、これはすずからの希望ということだ。

 

「ねぇ”ぇ”ぇ”ぇ”。なんで断らなかったの!?これ明らかにすずちゃんの清楚メトロノームの参考とかに使われるやつじゃん!!」

 

「い、いやけどシロちゃん。シロちゃんだって滅多にお願いしないすずすずがもしお願いされたら断れないじゃないですか!」

 

「そ、それは」

 

なんやかんやで親バカアップランドでもあるシロはすずがお願い想像しそれを断れる気がしなかった。そのためばあちゃるに言い返せなくて言葉詰まった。

 

「し、シロはいいの!けど馬はプロデューサーなんだから断らなきゃダメでしょー!」

 

「う、ウビッ!?シロちゃんストップ!」

 

「馬のバカーーーーー!!!」

 

「ウビバァ!?」

 

ヒメヒナの笑い声をBGMにばあちゃるは無事にシロにぱいーんされるのであった。

 

 

 

 

 

 

登校途中、ピロンという軽快な音が端末から漏れる。確認するとそれはメールを受信した通知であり、そのまま通知に触れてメールを確認する。

 

「メンテちゃんでしたか」

 

件名には『ご依頼の品です』と簡潔なものであった。首を傾げ、メールに添付されていた画像ファイルを開く。

 

「ああ」

 

そこに映し出されていたのは先日にプロデューサーであるばあちゃるとともに踊った時のワンショットだった。それをみて提出した動画でばあちゃるとすずが二人映っている場面を画像にして送ってほしいと依頼したことを思い出した。

それはすずもばあちゃるも背を向けている画像であった。人から見れば顔を映らないなどダメ出しを受けそうだがすずがこの画像が好きだった。ばあちゃるを思い浮かべるとどうしてか胸が熱くなる。その理由は図書委員長でもあり本をよく読むすずにはなんとなくであるが理解していた。甘酸っぱくてほろ苦い、そしてどこか胸が苦しくてどこかとても愛おしくなるこの感情すずにとって尊いものである。

 

「ふふ。向き合うためにも力をくださいね、プロデューサー」

 

サイズをリサイズし綺麗に二人が映るようにして待ち受け登録する。そして胸に秘めたこの暖かい感情と共に神楽すずは一歩前に踏み出した。

 

 




作中イメージ動画(MMD動画)

プロデューサーと一緒に『メーベル』
URL→https://www.nicovideo.jp/watch/sm35122472


ニコニコ動画リンク注意


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お昼寝は彼女に包まれて(八重沢なとり)

ばあちゃる学園の風紀委員長
何かと校則違反者や風紀も乱すものに容赦がない彼女だが優しい面も非常にある
しかし、自分に甘い面もあるようで…


(番外編)


平日の正午過ぎ。ばあちゃる学園の風紀委員長を務める『八重沢なとり』は焦った足取りで廊下を突き進む。今にも走り出しそうなその足取りは先程、同じアイドル部の仲間であり後輩のピノに出会わなければ自身の立場を振り払ってでも走り出していただろう。

 

「もぅ!りこさんったらなんてものを開発するんですかぁ!」

 

思い出すのは昼休憩に入ったと同時に同じクラスのりことの会話だ。

 

『米っち!ついにさくたまちゃんに抜け駆けさせないための案ができたよ!』

 

『え?本当ですか!?』

 

『そう!それで出来たのがこの『八重沢システムMr-Ⅱ』さ!』

 

『…あの、もう嫌な予感しかしないんですけど』

 

『従来の牛巻システムの全てを網羅し、さらにばあちゃる号のサポートの為にメンテちゃんに頼んで借りてきた簡易モデルに入れてるからお茶くみにマッサージなんかもできる優れものさ!』

 

『りこさんりこさん?なんかテンションおかしくないですか!?』

 

『さらにさらに!米っちのサポートも完備するために『風紀メーター』も実装したよ!開発に手間取ってテストしてないけど問題はない!』

 

『問題しかないですよぉ!?せめてテストしましょう!?』

 

『昨晩に徹夜して作ったから牛巻はちょっと仮眠するけど、米っち。八重沢システムのことをよろしくね!』

 

『よろしくしたくないです!というかせっかく電脳アルバイトから解放されたのですから睡眠はしっかり取ってください!』

 

『後は、頼んだぜ、米っち』

 

『りこさぁぁぁんん!!??』

 

『八重沢システム起動』

 

『え?ちょ!?』

 

りこの寝落ちと同時に機械音声と共に何故か起動する八重沢システム。混乱するなとりを横目に自信と瓜二つの八重沢システムは一目散に廊下に飛び出し、そのままどこかへ走り去ってしまった。慌てて追いかけ、途中でピノに出会い八重沢システムの行く先が学園長室であることを突き止めたなとりは現在、愛する人がいるその場へ向かっている最中だ。

 

「ばあちゃるさん!無事ですか!?」

 

ノックなどする間もなく扉を開けて入室する。しかし室内には誰もおらず、なとりの声が小さく響いた。間違えたかと首を傾げ、室内を見渡すと仮眠室の扉に目が行く。もしやと思い、扉を静かに開ける。

 

「な、なとなと~?どうしたっすか~?」

 

「♪」

 

そこには敷いた布団に横になるばあちゃる。そしてそのばあちゃるに跨る上半身が下着だけとなった八重沢システムの姿があった。

 

「な、な、な!なぁぁにやってるんですかぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

叫びと共になとりの全力ドロップキックが八重沢システムに直撃する。その威力は強力で、吹っ飛ばされた八重沢システムは壁に激突し小さく『異常が発生しました。機能を停止します』というアナウンスと共に動かなくなった。咄嗟の行動ではあったがしっかり靴を脱いでいる辺り、しっかりしている。

 

「いやー。綺麗なキックっすね!さすがなとなと。けど、もうちょっとお淑やかさは欲しいっすね、完全に」

 

「はい?あっ!?」

 

首を傾げるがすぐにばあちゃるの意図を理解する。穿いているスカートであり、その状態でドロップキックなどしようものならどうやってもその下に身に着けているものだって見えてしまう。なとりの顔は瑞々しいリンゴのように真っ赤になった。

 

「は、破廉恥ですよ!」

 

「えぐー!?ばあちゃる君は不可抗力っすよー」

 

スカート抑え悪態をつくなとりにばあちゃるはいつもとは違う雰囲気を纏いながら首を振る。その状態のばあちゃるになとりは既視感があった。

 

「あ、もしかしてお休み中でした?」

 

「はいはいはい。よくわかったすね。さすがなとなと」

 

いつもであれば小さい棘がある言葉が一つは飛んでくるものであるがそれすらなく、帰ってきたのは称賛の声。これは寝ぼけているとなとりは判断した。

 

「休憩中にごめんなさい。この子を片付けたら離れますね」

 

倒れている八重沢システムに近づく。AIが停止しているためモデルである体は、りこが学園に持ち込んだ時のようにデータ化することが出来る。データ化処理中のモデルをよく見ると、自身の身体と少々体系が違うことに気付く。なとりの身体の方がモデルより発育がいいというところだ。メンテちゃんから借りたと、りこの発言からこのモデルはデビュー前の体型だと予想がつく。なとりは何故か沸き上がった優越感に浸りながら八重沢システムを収納した。

 

「ってばあちゃるさん!どうしてお布団片付けてるんですか!?」

 

データ化し、振り向くとそこには眠りにつくはずのばあちゃるが布団を畳んでいる光景が見えた。ばあちゃるには休憩が必要だと理解しているなとりはその光景につい声を荒げる。

 

「いやー。さっきの騒ぎで眠気も飛んじゃったんでね。今日の業務を先倒しでやろうと思ったっすよ」

 

嘘だ。

彼の顔は過去に見た寝ぼけた状態のままである。

 

「もぅ!そんな顔で言っても説得力無いですよ。ほら、お布団敷いてお休みしましょ?」

 

畳み途中の布団を奪い、改めて床に敷き、ばあちゃるを横に寝転ぶように誘導するためにポンポンと軽く布団を叩く。柔らかくも反発するそれは非常に寝心地がよさそうである。

 

「なとなとには敵わないっすね。けど、大丈夫っすよー」

 

「なぁにが『大丈夫っす』ですか。瞼も半分落ちてる状態でなぁーに言ってるんですか」

 

ジト目で呆れたように言うなとりにばあちゃるは後頭部を掻く。未だにはっきりしない頭にばあちゃるはつい、思ってしまったことを口に出してします。

 

「…眠るのが怖いっすよ」

 

「え?」

 

「起きたら今の幸せは夢なんじゃかって考えてしまって、そんなわけないのに覚めてしまえば俺はまた一人あの日に戻ってしまうなんて…」

 

「ばあちゃるさん」

 

初めて見るその表情になとりは胸に沸くのは彼に何かしてあげたいという貢献的な愛情だ。気付くとなとりはばあちゃるの頭を胸に抱きしめていた。

 

「なとなと?」

 

「夢なんかじゃないですよ」

 

「あ…」

 

「ちょっと手を伸ばせば私に触れることが出来ます。私だけじゃなく他のアイドル部の仲間にシロさんだって悪態はつくかもしれませんけど触れることはできますよ。大丈夫。ばあちゃるさんは一人じゃないですし、これは夢なんかじゃないです」

 

「なとなと」

 

愛おしそうになとりはばあちゃるを撫でる。彼女の胸から聞こえる少し早い心音はばあちゃるに確かな安心感を与える。頭部を撫でる優しい手。暖かな体温に、心地の良い心音にばあちゃるは意識を静かに手放した。

 

「おやすみなさい。しっかり休んで、元気な姿を見せてくださいね」

 

「大好きですよ。私のプロデューサー」

 

覚醒した意識の中、その言葉の意味をしっかりと理解しながらなとりは愛おしそうにばあちゃるの頭を撫でた。



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彼についての私たちの定例会1

週初めの月曜日
その日の放課後はアイドル部が一堂揃ってミーティングを行う日
しかし、途中で話は逸れていくようで…


「それでは週初め恒例のアイドル部の定例会を始めます」

 

やいやいと小さめの歓声とパチパチパチと控えめの拍手と共に私立ばあちゃる学園生徒会会長、夜桜たまは小さくお辞儀する。後ろにあるホワイトボードの前に控えているのは会計の北上双葉と、たまの横にノートを広げている書記の木曽あずきと合わせてアイドル部にも所属する生徒会組であり、たまの宣言通りに行われる定例会の進行役だ。

 

「とりあえず集まったけど大きなイベントとかはないから特に話し合うこともなくない?」

 

「そんな始まって開幕に言うことないじゃないですか」

 

身も蓋もないことを言ういろはになとりは小さく窘める。しかし、そんないろはに同意したは他でもない会長だった。

 

「まあごんごんの言う通り特に伝達事項もないだけどね」

 

「かいちょう!?」

 

「ほらー、いろはの言う通りじゃん!」

 

「一応、重要ではないのですが伝達事項は、あります」

 

「ほら、ごんざぶろう。おすわり」

 

「ワン!」

 

双葉に窘められ、元気よくいろはは返事を着席する。その様子に風紀委員長であるなとりは頭を抱えながら小さくため息を吐いた。

 

「それでそれで?たまちゃんお知らせってなーに?」

 

「えっとね。まずはいつも通り配信のスケジュールは馬Pからきてると思うから特にトラブルとかなければその予定通りお願いね。もし機材トラブルや体調不良などで配信ができないとかなら馬Pか会社の方に連絡するように」

 

「会社ならメンテちゃんに伝えればいい感じかな?」

 

「りこちゃんの言う通りメンテちゃんがいればメンテちゃんに伝えるのが一番ベストだね。けどやっぱそこらへんの段取りは馬Pが一番わかってるから馬Pに伝えるのが安パイかな」

 

「馬Pも配信の時間なら基本的に電話には出れるようにするって言っていたしね」と付け加えると理解したように部員は頷く。その時、たまの横にいるあずきが小さく手を上げる。

 

「ん?どうしたのあずきちゃん」

 

「昨日諸事情で会社に赴いたのですが、その時にメンテさんに追加の伝達を聞きました」

 

「あ、そうなんだ。内容は?」

 

たまの問いにあずきは小さく頷き、開いていたノートをパラパラパラとページを捲る。そしてお目当てのページに開き、内容を確認して発言した。

 

「『最近、機材トラブルが続いていたます。故障で有れば仕方がないのですが設定ミスなど原因が配信者にある場合もあります』」

 

その内容に部内の数人は動きを止める。心当たりがあるのかその額には少し汗がにじんでいた。

 

「『知識不足が原因であると思いますのでトラブル削減の為にいい案がないか、ばあちゃるさんと話し合いを実施しますね』、です」

 

「つまり、どういうことですの?」

 

「多少の機材トラブルは自身で何とかしてもらうってことだから、その機材の知識を付けるために勉強会か何かするって感じかなー?」

 

「プロデューサーちゃんと話し合うって言ってるし、ちぇりたんの予想通りじゃない?メンテちゃんも忙しそうだったからもしかしたら外部の講師とかでも呼ぶのかも?」

 

「うー、勉強は苦手ですわ」

 

予想される勉強会に最年少であるピノは苦い顔を浮かべる。そんなピノを微笑ましいそうにちえりは頭を撫でた。

 

「あと最近行方不明者が出たという情報があります」

 

「行方不明者!?」

 

あずきの口から放たれた物騒なワードに全員の表所が強張る。話を聞き流す様に聞いていたりこは驚愕により聞き返す。

 

「はい。別の学園ではありますが下校中に行方不明になり、未だに見つかってないそうです」

 

「えー、こわいよー!」

 

「みりあちゃんたちの学校でもなんか物騒なことが起きたって聞いたし、なんか嫌な感じがするよ」

 

席が隣であるイオリとめめめは恐怖から慰めあうように抱きしめあう。他校であるが同じVTuberであるゲーム部と交流もあるめめめはそちらのほうで起きた事件についても聞いていたため不穏な空気に恐怖を感じた。

 

「話はばあちゃるさんの方にも通っているので近いうちに対策がされる、と思います」

 

「え、この件も馬Pが引き受けるの?仕事のしすぎじゃない?」

 

「確かにここ最近は休日も学校に来てますし、ちょっと心配です」

 

休日に部活で登校する際、監督役としていつもいるばあちゃるの姿を思い出し、すずはたまに同調する。

 

「昼休憩の時に仮眠するように言われてるし、さすがのうまぴーも休憩取れてるんじゃない?」

 

「けど、プロデューサーちゃんだよ?寝ずに仕事を続けちゃいそうだよ」

 

「プロデューサーならありえる」

 

各々はばあちゃるの仕事人間ぶりを知っているためか逆の方向に信頼され心配されてしまう。しかし、それは一人の発言により打開される。

 

「ばあちゃるさんなら昼休憩中にしっかり睡眠取ってますよ。近くに寄っても気付かないくらいにぐっすり寝てましたし大丈夫だと思います」

 

その瞬間、喧騒としていた部室は一瞬にして静かになった。そして11人の視線はなとりに注がれる。

 

「え、あの。皆さん?急に黙るのは怖い、ですよ?」

 

「ねぇ、なとちゃん。なんで馬Pが昼休憩の時はぐっすり寝てるって知ってるの?」

 

「え、あ!」

 

自身の失言に気付くがすでに遅い。なとりを囲う様に正面にはたま。横にはいろはとめめめ。そして後方には先程までホワイトボードの前にいたはずの双葉が控えていた。特にばあちゃるに対して親愛以上の感情あると思われる正面のたまと後方の双葉からの圧がひどく、なとりは冷や汗を掻く。

 

「えと、しょの、せ、先週に昼休憩中に顔出すことがありましてね!」

 

「へぇ」

 

「うっかり。そう!うっかりばあちゃるさんが昼休憩中は仮眠取ることを忘れてしまいまして!そのまま居るか確認の為に仮眠室まで見たんですよ!」

 

「近くまで寄ったもんね」

 

「はいぃ。近くまで寄って寝顔も見ちゃいましたぁ!」

 

「寝顔はどうだった?」

 

「しゅなおに綺麗だと思いました!起こすのも忍びなかったのでそなまま教室に戻りましゅた!」

 

下手な嘘をついたらやられる、と本能で理解したなとりは聞かれたことに包み隠さずに報告する。しかし、全部を伝えるとさらに危険な状況になることも悟っていたなとりは、ばあちゃるの腕の中で共に眠りに落ちたことは確実に秘密にするべきだと理解していた。なので真実の中に一つ、嘘を混ぜる。ネットの海かなのかどこで仕入れた情報かは覚えてはいないがこうすれば嘘もバレにくいとなとりは知っていた。しかしそれも思わぬ伏兵により看破される。

 

「あれ?うまぴーに用事で行った日ってなとちゃんって授業も大遅刻した日じゃなかったけ?」

 

「…そーなの、なとちゃん?」

 

「もしかして、嘘ついた?」

 

(イ、イオリさぁぁぁぁぁぁん!!!???)

 

前後からの視線が強くなるととともに冷や汗が噴出し謎の寒さからか体も震えだす。結果的には絶体絶命なとこまでなとりは追い詰めれてしまった。

 

「しょの、えとあの、う、うしょをついたのではなくてですね!」

 

「なとちゃん。もう正直に話そ?」

 

「ゲロって楽になる方がいいぞー?」

 

「は、はいぃぃ」

 

両隣からの優し気な言葉になとりはついに陥落する。八重沢なとりはまた勝てなかった。

 

 

 

 

「つまり、馬Pの様子を見に行ったら仮眠室はいい感じの日差しで気持ち良くて」

 

「さらにアロマと思われるいい匂いに抗えず、疲れからか寝落ちしてしまった、と?」

 

「そうなんですよ!」

 

嘘である。

しかしすべて嘘というわけではない。当日の仮眠室はたまの言う様に日差しがよく眠気を誘う気温にはなっていた。さらに言うのであればいい匂いの正体はアロマなどではなくばあちゃる本人の体臭であるため、この話は事実を多少塗り替えた作り話としたのだ。まさか、ばあちゃるの腕の中で彼の体温と体臭が気持ちよくて寝落ちしたのどと正直に伝えるものならば目の前のばあちゃるガチ勢(本人否定)を中心に総スカンを食らうことは目に見えている。なによりも羞恥により話せない。

 

「うーん。どこか嘘っぽいなぁ?」

 

「そもそもうまぴーがアロマなんておしゃれなもの使う?」

 

「シロぴーが持ってきたものかもよ?シロぴーも学園来たタイミングが授業中とかならあの仮眠室で時間つぶしてるって聞いたし」

 

(り、りこさん!)

 

小さくアイコンタクトを送るりこになとりは気づき、感激する。秘密事を共有するばあちゃる一派の光るアシストであった。

 

「なとちゃん。本当に嘘ついてない?」

 

「ホントにホントですよ!信じてください!」

 

「もし嘘だったら私と麻雀しながらPUBGやってくれる?」

 

「はい!ってなんですかそれ!?」

 

「え?コラボの提案だけど?」

 

「どっちかにしましょうよ!?私は会長みたいに同時に色んな事は出来ないですよぉ!」

 

「大丈夫大丈夫。何回かやればなんとかなるよ。なとちゃん、物覚えがいいし」

 

「しかも1時間枠で終わらせないやつだこれー!?」

 

そんな二人のコントに部員たちは微笑ましい目線を送る。先程まで空気が嘘のように部室内は穏やかになった。そこに『コホン』と一つの咳払いが響く。

 

「まだあと一つ。連絡事項がありますけど、いいですか?」

 

「あ、ごめんねあずきちゃん」

 

「ああ、ごめんなさい。お待たせしました」

 

姿勢を整えあずきに視線を送る。全員の視線が自身に集中したの確認した後、あずきは『では』と区切りをいれ喋りだした。

 

「最近、昼休憩中に屋上で不純異性交遊が行われていると報告がありました」

 

「米っち!?」

 

「あ、ダメですりこさん!?」

 

あずきの報告に部員の視線は一気にりこへと向けられた。屋上の密会について知っているのは、当事者であるりことばあちゃる、そしてなとりだけだ。ならば疑惑の人物はなとりであるため、りこは反射的になとりの名を呼ぶ。呼んでしまったのだ。それが釣りだと気づいたなとりは窘めたが時すでに遅し。全員の視線は二人に集中した。

 

「…女子高であるこのばあちゃる学園で異性交遊、ですか?嘘ですよねあずきさん?」

 

「はい嘘です。ですが…マヌケが見つかったようです」

 

「あ、あずきちィィィィィ!!」

 

「え、かぐらんあの一瞬であずきちのネタに気付いてノったの?すごない?」

 

「ちえりお姉ちゃんが乗るのが一番良かったのではないのでしょうか?」

 

「そうはいっても、ちえりはジョジョネタからっきしなんだよなー」

 

そんな他人事のように眺める部員たちの中、我らの生徒会長は再び立ち上がった。

 

「りこちゃん、なとちゃん。ちょっとお話ししようか」

 

「有無を聞いてないじゃないですかぁ!」

 

「さ、さくたまちゃん落ち着いて!事情はこの牛巻がきっちりしっかりいうから、ね?そんな怖い顔、さくたまちゃんには似合わないよ!」

 

「なぁーに息を吐くように口説いてるんですかぁ!」

 

「りこちゃんの浮気性は生粋だからね」

 

やれやれと首を振りながら再びなとりの後ろに佇む。気配を察し、先程の圧を思い出したのかなとりは再び震え始めた。

 

「今回は私は無関係ですぅ!信じてください!」

 

「関係者はみんなそう言う。キリキリ吐いていこうか―」

 

「りこさぁん!!??」

 

「さ、さすがに米っちがかわいそうだ。よーし、この牛巻が正直に喋っちゃうぞー!…恥ずかしいけど」

 

半泣きで助けを乞うなとりを不憫に思ったのかりこは特に躊躇わず、屋上の一件について語った。さすがに羞恥があったのか、その頬は少し赤みがかかる。

 

「なんだなんだ、りこちゃんは鬱憤も貯めこんじゃうのか?愚痴ならめめめがいくらでも付き合うぞ!」

 

「いやー。牛巻はさ、みんなの前くらいはかっこよくいたいと思うわけじゃん?だからそう簡単には言えないかな」

 

「おお!りこちゃんかっこいい!」

 

「たまちゃん彼女面で草」

 

「お?ごんごん校舎裏行くか?」

 

「沸点低すぎでは―?」

 

「りこさんは愚痴を吐き出すとそのまま寝落ちしてしまうそうなんですよ。それで私は寝落ちしたりこさんの回収に行く都合で理由を知ったんですよ」

 

「ばあちゃる号はあれじゃん?ボディタッチとか積極的にしないじゃん。だから米っちを呼んでくれてこのことは私の名誉の為に三人の秘密というわけ」

 

『先週末がその日でしたね』と事の端末を伝え締めくくる。もちろんなとりにも伝えていないばあちゃるお手製のお弁当と腰に抱き着きながら膝枕で眠るということは伝えていない。りこの女の子としての幸せの時は誰にも晒す気はないようだ。

 

「あー!先週末の日だ!りこちゃんが昼休みに気付いたらいなくなった日!」

 

「そうそう!あの日は丁度修羅場明けだったから、もうがっつり吐き出せたよ」

 

「あれ?あの日って確かりこちゃんもなとちゃんも授業遅刻したよね?」

 

(為爆弾、二発目!?)

 

(い、イオリさぁぁぁぁぁん!!??)

 

再び鋭くなるたまの視線になとりは腕をブンブン動かし、焦りながら答える。

 

「あ、あの日はあれですよ!りこさんの眠りが深くてなかなか起きなくて!そうですよね、りこさん!!??」

 

「うぇ!?そ、そうなんだよね!疲れが溜まってたのかなぁ!はは、はははは!」

 

「そうですか。あ、話変わりますけどりこさん。この背広なんですか?」

 

「」

 

「」

 

懸命に誤魔化そうとする二人にあずきは部室内にあるりこのロッカーを開き、中にあるものへ指をさしながら有無を言わせずにトドメを指す。

 

「それってプロデューサーのじゃない?」

 

「ここにある男性の衣類なんてうまぴーのしかないもんね」

 

「え、なんでそのものがりこちゃんのロッカーの中にあるの?」

 

「これは予想ですが、先週末は日差しは暖かかったですが風が少し冷たかったですし、寝てしまったりこさんの毛布代わりに置いていったものだと、思います」

 

「そういやその日、学校から出ていくプロデューサーちゃん見たけど、上着きてなかったかな?」

 

あまりにもど真ん中の推理に二人は頭を抱えた。そんな二人に弄る気満々のいろははいい笑顔でりことなとりの肩に手を置いた。

 

「それでそれで、お二人はその背広で何をしてたかなー?」

 

「金剛いろはー!」

 

「反応したら負けですよりこさん!」

 

「アッアッアッwww」

 

「いろはさん絶好調ですね」

 

「ごんごんお姉ちゃん、こういう時はすっごい輝いてますね」

 

飛びかかろうとするりこをなとりは抑える。その場面を各々は遠巻きに眺めていた。

 

 

 

 

「あずきちの言う通り背広は毛布代わりに掛けられて」

 

「そして起こしに来たなとちゃんと一緒に彼シャツよろしくで羽織って情に浸っていたら遅れた、と?」

 

「うぅその通りですぅ」

 

「もう牛巻はお嫁にいけないよぉ」

 

大嘘である。

実際には行っていた背広から香るばあちゃるの匂いを堪能していたなど正直に言えば白い目を向けれるのは明白だ。さすがにそんな大恥を受けるくらいなら語ったように羽織って情に浸っていたと答えたほうがマシと赤面しながらなとりはとりこは答えた。だが、五十歩百歩な気がする。

 

「うまぴーのお洋服おっきいねー」

 

「大きい大きいと思っていましたけどまさかめめめおねえちゃんが着てもこんなにぶかぶかになるとは思いもしませんでしたわ」

 

「こ、これはなんかプロデューサーに包まれてるみたいな感じでちょっと恥ずかしいぞ」

 

「あ、それは気になるなー。めめめちゃん次貸して―」

 

ちなみにばあちゃるの背広はすっかり部内のメンバーによって回し着をされていた。異性の、しかも親愛あるプロデューサーの衣類であるためか全員が感想を語りながらその背広に腕を通す。後日、りこの手によりばあちゃるの下に返した際、くたびれた背広にばあちゃるは首を傾げた。

 

「りこちゃんは今度なとちゃんとコラボするときに後ろでずっと鈴虫の真似してね」

 

「まって。さくたまちゃんそれはちょっとまって。さすがにそれは牛巻が寂しいよ!?」

 

「というかそのコラボの話は冗談じゃなかったんですかぁ!?」

 

「あ、コメントの読み上げとかはなとちゃんがやってね」

 

「それこそりこさんにお願いしましょうよぉ!」

 

次々と決まる企画になとりは涙目で叫ぶ。断れない立場上、せめて負担を減らそうと必死な感じがひしひしと感じられた。そんな三人を見ていたちえりはふと時計を確認する。時刻は5時を回ろうとしていた。

 

「さすがにもう帰らない?いい時間だし、配信がある人は準備もあるし」

 

「え?ああ、もうそんな時間なんだ。じゃあなとちゃんりこちゃんの罰ゲームは今度考えるとして今日はもう帰ろっか」

 

「その、なんども申し訳ないのですがあと一件、伝えたいことが」

 

下校の準備をするメンバーにあずきは小さく手を上げる。

 

「まだ伝達事項があるの?」

 

「いえ、今度は連絡ではなく皆さんに見せたいものがありまして」

 

口と同時にPCを動かす。するとカーテンが閉まり、日の光を遮り、部室内が暗くなる。そして空中にモニターが投影された。

 

「メンテさんに会った際に見せてもらったものなのですが、これは皆さんにも視聴してもらいたい、と思いました」

 

「お、あずきち照れてるな」

 

「ホントはもっと早く見せたかったのですがどこかの誰かさんが脱線させるので遅くなりました」

 

「「うぐぅ!?」」

 

頬を赤くするあずきに気付いたりこはちょっかいを掛けるがものの見事に返り討ちに合う。なとりはとばっちりである。

 

「それで、あずきちゃんは何を見せたかったの?」

 

「シロさんの踊ってみたの動画です」

 

「ただし」と続けると同時に動画が再生させる。そしてそこに移っていたのはアイドル部の先輩であるシロとばあちゃるの姿であった。

 

「ばあちゃるさんも一緒に踊った動画です」

 

「馬ぴーも!?」

 

「えー!?うまぴーダンス踊れるの!?」

 

「見ればわかります」

 

ガヤガヤとどんなダンスを披露するかと全員がモニターに目線を向ける。動画が再生されていく最初の方はばあちゃるの踊りのその時々に声を出していたが動画が続いていくとともに言葉数は減っていき、最後には動画から流れる音声のみのまま動画は終了した。常時の設定を常にそうしているのか動画はそのままリピートされる。

 

「プロデューサちゃんダンスうっま!?」

 

「シロさんもとってもかわいいですね!」

 

「正直予想と違っていましたけど、おうまさんとってもかっこよかったです!」

 

「よくよく考えれば馬Pってガタイがいいし、高身長で手足も長いからあんなにキレのある踊りすれば見栄えがいいに決まってるもんね」

 

「あの馬で忘れがちだけど、背格好は本当に理想の男性だよ」

 

「あと、シロちゃんとの身長差がいい感じに違いますからより見栄えがいいですね。並んでる両方に見惚れます」

 

予想とは違うばあちゃるの踊りに感嘆の声を上げる。シロの踊りも可愛くすずの言う様に高身長のばあちゃるが横にいるのでよりよく可愛さが引き立つのであった。しかしそれ以上にばあちゃるの姿がいつものギャップも含めて違いすぎたためかそちらのほうに目線が言ってしまう。

 

「ちなみにこれ、一般公開の予定はないそうです」

 

「えー!?可愛さもかっこよさもドバドバなのになんで!?」

 

「皆さんがばあちゃるさんの話を中心にしているのを考えればわかるはずです」

 

「あぁ、そういうことですか」

 

「?…!わかっちゃったぁ!」

 

「あ、これはわかっちゃったぁ!(わかったない)だわ」

 

「つまり普段のギャップ含めてばあちゃる号ばっか盛り上がっちゃうからってこと?」

 

「そうです。私たちがデビューする前に撮った動画みたいですがりこさんが言う様にばシロさんよりばあちゃるさんの方が話題になるためです」

 

「シロさんを推していきたい会社の方針により公開は断念したようです」と告げるあずき。それに部員はどこか納得がいかないと表情に出した。

 

「言いたいことがわかりますが、なによりばあちゃるさんがそのように決めたことなので…」

 

「あー。うまぴーなら絶対にそうする」

 

「『はいはいはい、ばあちゃる君が有名になるのは嬉しいっすけどね、シロちゃんより有名になっちゃうのはね、違うっすよね、完全に』…とか言いそうですもんね」

 

「なとちゃんのうまぴーの物マネ、ホントそっくりでイオリは好きです!」

 

唐突に物まねをしたのはいいが羞恥が出てきたのか徐々に頬を赤くするなとりにイオリはフォローを入れるが、逆効果だったかより赤面をして顔を伏せた。それにイオリは首を傾げる。そんな二人を確認しながらあずきは鞄に入れていた人数分のUSBメモリを取り出す。

 

「念のため人数分用意しといて正解でした」

 

「さすがあずきちゃん、準備がいい」

 

USBメモリは全員の手に渡り、改めて下校の支度をしようとしたその時にあずきのPCにメールが届く。

 

「誰から?」

 

「メンテさんからのようです。件名は『確認お願いします』?」

 

「動画ファイル、みたいだけど?」

 

内容には『後日で構わないのでアイドル部全員で視聴してください』と簡潔に書かれており、添付されているのは動画ファイルが一つ。幸い、誰も下校していなかったためあずきはそのまま動画を再生させた。そこに映し出されたのは話題の中心であったばあちゃると神楽すずの姿だ。そしてそのまま音楽と共に二人は踊りだす。その内容は先日撮影したばあちゃるとすずのダンス動画だった。

 

「…すずちゃん、これは、どういうことかな?」

 

「た、たまさん落ち着いて!これには事情が!」

 

「これ踊ってるのウチの図書室じゃん!?いつ撮影したの!?」

 

「もちさんも落ち着いて!?」

 

全員の視線がすずに集中する。たまともちを先人に徐々に詰め寄ってくるためすずは少しずつ後ずさりをした。

 

「『笑えないわ 不幸になったってどの口で言うのだろう』」

 

「あずきさん!?そこでその歌詞を歌うのはひどくないですか!?」

 

「さぁ、知りません」

 

リピートされた曲の歌いだしをあずきは口ずさむ。その歌詞があまりにも自分にマッチしてしまっていたすずは声を荒げたがそれすらもあずきは涼しく受け流す。しかし、微かでしか読み取れないがその表情から嫉妬が向けられていることに気付いたすずはいよいよ味方がいない状況に焦り始める。

 

「え、えーと。あのその」

 

「どうしたのすずちゃん?怒ってないから理由を話して?ん?」

 

「たまたまブチキレで草」

 

「ごんごんもあとで裏に集合ね」

 

そんなコントの中、すずは可能な限り頭を使い行動に出る。

 

「わ、私!配信の準備があるのでお先に失礼しますね!」

 

「あー!かぐらん逃げた!」

 

「逃がさないよすずちゃん。ほら、なとちゃんもいくよ!」

 

「ちょ、待ってください双葉さん!?」

 

「すずちゃん今日配信ないでしょー!逃げるなー!!」

 

支度していた鞄を持ち、そのまま部室を飛び出したすずをそれぞれが追いかける。この後、アイドル部員による学校鬼ごっこが開幕。大して運動が得意ではないすずは無事に確保されなとり、りこと共に部員全員にクレープを奢ることとなった。奇しくもそれはとある楽屋にてばあちゃるがシロにぱいーんされている時刻と同時の出来事だ。

 

 

今日も、ばあちゃる学園は平和である。

 

 

 

 




今回題材にしている『踊ってみた』は総じてMMDのことを指します


作中に上映された動画の元ネタ

【MMD】シロとばあちゃるでエンゼルフィッシュ
URL→https://www.nicovideo.jp/watch/sm32825673

ニコニコ動画リンク注意


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あたしと彼の放課後特訓(猫乃木もち)

ばあちゃる学園の放課後
軌道に乗り出したアイドル部は『踊ってみた』の動画を投稿を始めた模様
そんななか、ダンスの練習をするものが現れ始めた様子で…

(番外編)


時刻は午後4時。日も傾き始め学園の生徒も続々と下校を始める時間、体育館に一人の少女がいる。足元より少し離れた場所に置かれた携帯端末からは軽快な音楽が響き、少女はその音に合わせて体を動かす。

 

「ああ!?また間違えた!」

 

リズムに合わせて動かしていた体を止め、端末の音楽を止める。失敗による苛立ちの表情を浮かべ、鞄から水分を補給するためにペットボトルを出すが、残念なことに中身は空であった。

 

「しまったー。そういや、6限の前に飲んじゃったんだ」

 

少女『猫乃木もち』はガクッと肩を落し、改めて財布を取り出す。体育館から近場の自販機はどこだったか考えながら振り向くと、体育館の入り口には見慣れた姿があった。

 

「あれ、プロデューサーちゃん?どったの、こんなとこで?」

 

そこには高身長で体格のいい体をスーツで包んだ冒涜的なマスクをした男性『ばあちゃる』が小さいビニール袋を片手に立っていた。もちの挨拶にビニールを持っていない手を小さく上げ、挨拶をした。

 

「はいはいはい。ばあちゃる君は学園の見回りっすね。さっき上で会ったすずすずに体育館にもちもちがいると聞いたので差し入れも持ってきたっすよ」

 

「お、ありがとプロデューサーちゃん!けどお仕事はいいの?」

 

「いやー、それがですね。ずっとお仕事してたらメンテちゃんから連絡着て『見回りでもいいので体を動かせ』と言われちゃったっすよ」

 

「ああ、そういう」

 

ビニールから出されたスポーツドリンクを受け取る。購買で購入したばかりなのだろう。受け取ったスポーツドリンクはいい感じに冷えていた。

ばあちゃるの発言から、言われてみれば本日はばあちゃると会うのは初めてだということに気付く。先程の発言から一日中デスクワークをしていたことが容易に予想できる。学長室には監視カメラはあるとも聞くし、それで確認したメンテちゃんが多少でも運動をさせるためにそう指示したのだろう。

 

「もちもちは放課後まで体育館で何してるっすか?」

 

「いやー、今日の体育がダンスの授業だったんだけど、すずちんがすっごいカッコ良かったの。それが羨ましくてちょっと練習しようと思った次第なわけです。へへ」

 

「はいはいはい。すずすずのダンスは見栄えがいいですからねー。あ。勿論もちもちのダンスも素敵っすよ。完全に」

 

「本当に~?プロデューサーちゃんってそういうの全員に言ってそうだよね」

 

「いやー、みんな超絶にかわいいっすからね!つい言っちゃうのも仕方ないっすよ!」

 

「もう!調子いいんだから」

 

予想以上に汗を流していたのだろう、一口で半分も減ったスポーツドリンクを見て密かに驚く。床にそのまま座り込もうとするとサッと、上着を下に敷くばあちゃるに小さく胸が高鳴る。

 

「ダンスが凄いと言ってもすずすずも最初は酷かったっすよ?」

 

「へ?ああ、そういやあの動画撮るにプロデューサーちゃんも協力してたんだっけ?」

 

「はいはいはい。すずすずに踊りを教えたのもばあちゃる君だったりしちゃいますねー」

 

思い出すのは先日に公開されたすずの『踊ってみた』の動画だ。前の定例会で発覚してから数日で編集を終え、無事に公開されて今では人気動画の一つとなっている。その踊りを指導したと誇らしそうに語るばあちゃるにもちは天啓が舞い降りた。

 

「そーだ!すずちゃんに教えれたのならわたしにも教えてよ、プロデューサーちゃん!」

 

「ウビッ!?ずいぶんと急っすね」

 

「体を動かす様に言われてるでしょ?ならいいよね」

 

有無を聞かずに携帯端末から動画を選びばあちゃるに密着し再生する。少女にしては成熟したその肉体にばあちゃるはマスクの下で視線を明々後日の方へ飛ばし、赤面をした。

もちは信頼した相手だとパーソナルスペースが一気に狭くなる。他のアイドル部の面々とのやり取りから見てもそうだと、ばあちゃるは理解していた。しかし、それが異性である自分でも同じとなると少々困る。いかんせん、彼女なりの信頼の証であるためばあちゃるは強く言えないでいた。

 

「どったのプロデューサーちゃん?」

 

「い、いえいえ!何でもないっすよ。はいはいはい。それでどんな踊りなんすか?」

 

誘惑には流されないと、決意を固くしばあちゃるはもちの携帯端末に視線を落とした。

 

 

 

 

 

「はぁはぁ、はぁ」

 

「はいはいはい。いい感じになったんじゃないっすかね」

 

「プロデューサー、ちゃん、って、意外とスパルタ、だよね」

 

夕暮れが濃くなる時間。体育館に残る二人は対照的だ。方や疲労の色が強く、汚れなど気にせずに床に寝転ぶもち。方やいい運動でもしたかのように疲労の色はあまり見せず、シャツの腕まで捲り、スーツでもある程度動きやすい格好で余裕のばあちゃる。二人は何度か練習を繰り返し最後に通しで踊った結果が今の状態であった。

 

「そうっすか?」

 

「そうだよ!確かに厳しいことは言わないし常に褒めてくれるけど、求めてくる要求がなかなか高くて大変だったよ!?」

 

「うーん。けど、もちもちならついて来れると思ったからやったっすけど、嫌でした?」

 

「う゛。そうゆうとこだぞ、プロデューサーちゃん!」

 

滅多に見せないばあちゃるからの信頼の言葉に運動によるものとは違う熱を頬に感じる。当の本人は『えぐー!?なんでそうなるっすか!?』などとほざいているが、どう考えても悪いのはばあちゃるだと、もちはそう完結した。

 

「い”!?も、もちもち!この上着を着てください!」

 

「えー。まだ体が熱いからヤダ!」

 

「いいから!汗で大変なことになってるっすよ!」

 

「へ?」

 

ばあちゃるの指摘を受け、視線を自身の体に向ける。汗により着ていた体操服は肌に張り付き、さらに汗により下着が透けていた。その事実にもちはボフン、と顔が一気に朱に染まる。

 

「プ、プロデューサーちゃんの趣スケベマン!」

 

「えぐー!?じゃなくて!異性が俺しかいないかもれないっすけど、隠さないとまずいっすからね!完全に!」

 

珍しくばあちゃるの一人称が『俺』なっていることにもちは気付く。そこで少し冷静になってばあちゃるに視線を向けてみると頭は馬のマスクと共に明後日の方向へ向いており、挙動もどこかおかしい。そんなばあちゃるにもちは悪戯心が騒いだ。

 

「ねぇ、プロデューサーちゃんってお胸がおっきい方がいいの?」

 

「な、なにを急に言うっすか!?」

 

「だって、アイドル部の子ってみんなお胸が豊かじゃん?一番下のピノっちだって同年代にしては大きい方だし。前々から気になっていたんだ」

 

胸を強調するように寄せてばあちゃるを挑発する。そんなもちにばあちゃるはさらに挙動が怪しくなる。

実際にアイドル部の面々はその年齢に対して身体は成熟している。皆がそれぞれ平均よりも上であることは少なからず理解しているし、実は選ばれたのは身体からでは?ということも考えたこともあった。選出したのはばあちゃると聞いた当時は嫌悪感が多少あったが、今は好いている男性の理想の体型であることが誇りとなっている。

 

「いやーそのっすね、はいはいはい」

 

「もう、そんな慌てちゃ答え言ってるようなものだよ」

 

ゆっくりと距離を詰め、彼の胸元に体を預ける。動けないであろうばあちゃるも、さすがに無理やり引き離すことは出来ずに受け入れざる負えない。どこかその雰囲気は甘くなっていた。

 

「あたし、プロデューサーちゃんなら、いいよ?」

 

「い、いや。流石にばあちゃる君が炎上しちゃうでね。ほら」

 

「プロデューサーちゃん?」

 

「う」

 

いつものように誤魔化そうとするばあちゃるをASMRで鍛えた囁きをお見舞いする。ばあちゃるの腕は未だに宙を彷徨っているが、このままいけばその腕はきっと自身の腰を抱いてくれる。甘い未来に期待をし、もちはさらに身を寄せた。

が。

 

「なぁぁぁに、してるんですかぁ?」

 

不意に、そう不意に聞こえた地を這うような声が響いた。その声に先程まで火垂っていた体は冷水を浴びたように冷める。声の発生源である入り口に視線を送ると、そこには二本の稲鞭を構えた親友がいた。

 

「げぇ!?なとりん!?」

 

「部活が終わって教室に戻ったら、まだもちさんの荷物があったから様子を見に来てみれば、風紀乱れていませんかぁ!?」

 

全速力で駆け寄ってくる風鬼委員長にもちは持ち前の反射神経で抜け出し、逃げ出す。距離的にそうそう追いつけかれないが、こっちは疲労しているし、何より運動神経はなとりの方が上だ。いずれ追いつかれることを理解しているもちはとりあえず言い訳から始めた。

 

「だってせっかくいい雰囲気までいったんだよ!?もうその勢いに乗るしかないじゃん!」

 

「なにも学園でやることないじゃないですか!風紀も乱してますし、何よりズルいですよぉ!」

 

「授業さぼってプロデューサーちゃんとお昼寝してる方がずっと抜け駆けだし、風紀乱してると思います!!」

 

「うるさいうるさいうるさぁい!!」

 

追いかけっこを開始する二人を放置されたばあちゃるは他人事のように眺める。その内心、結構いっぱいいっぱいで、ばあちゃるは密かになとりに感謝した。

この後二人とも仲良くなとりの稲鞭の餌食となった。

 



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幼い嫉妬は彼にだけ(夜桜たま)

VTuber業界を影から支えるばあちゃる
業界きっての古株である彼の交友関係はかなり広い
そのため、多忙である彼を心配して手助けしてくれる友人がいるようだが…


週明けの月曜日を乗り越え、火曜日。その日、夜桜たまの機嫌は最上級に悪かった。

 

「むー」

 

「あのー、さくたまちゃん?朝からそんな辛気臭い顔してちゃせっかくの可愛い顔をが台無しだよ」

 

「まぁたこの人は息を吐くように口説いて!」

 

「お米のおねちゃん、どうどうですわ」

 

始業のベルが鳴る時刻より早い時間にアイドル部の面々は部室に集まっていた。理由は単純明快で、現在しかめっ面をしているたまが登校時間よりも早めの時間にグループへ連絡を飛ばした為である。しかし、部員全員がいるわけではない。遅刻の常習犯であるめめめやもち、いろはに加え飼育委員に属するイオリとちえりは現在席を外している。

 

「まったくあの三人は。…撲滅週間が終わってそうそうに遅刻するようなものならさっそく反省文を書いてもらいましょうか」

 

「おお、なとちゃんが風紀を正してる。なら私たちもお仕事しなきゃね、ほらたまちゃん」

 

「朝早くに集まってもらって申し訳ないのですが、緊急の連絡事項が、あります。ほら、会長」

 

「うぅ。はぁーい」

 

同じ生徒会の二人に背中を叩かれ、たまは仕方なくその腰を上げる。そして内容確認の為に情報がある端末を確認の後に顔を上げた。

 

「先日に伝えたと思うけど最近の機材トラブルについてだよ。あの時は馬Pと検討するで終わっていたけど今日、外部の講師の方が来ます」

 

「今日!?ずいぶんと急ですね」

 

「いえ、どうやら別件で学園に来る予定があった様子でばあちゃるさんがついでにとダメもとで頼んだところOKをもらったようです」

 

「随分と軽いね!?」

 

「…ばあちゃるさんがダメ元でお願い?もしかして?」

 

心当たりがあるのかすずは頭によぎった憶測につい、顔をしかめる。その表情にたまは残念そうに頷いた。

 

「すずちゃんの予想通り、講師に来てくれるのはのじゃロリさんのことバーチャルのじゃロリ狐娘元youtuberおじさんだよ」

 

「のじゃロリさんが来るの!?超大物じゃん!?」

 

「『元』?今は違うのでしょうか?」

 

「そうですよ。ピノさんの言う通り現在はYouTuberとして活動は停止してます。ですけど『ねこます』さんというよりこちらの業界的にも知名度的にものじゃロリさんの名称の方が通っていますからそこに『元』を付けた形になったわけです」

 

「しかし、のじゃロリさんですか」

 

興奮を隠せないりことピノとは裏腹にすずとなとりの表情は硬いままだ。それは伝達する側の生徒会のメンバーと同じような表情でもある。

 

「個人勢の先頭を走っていた人だし、配信に至っては私たちの大先輩じゃない!何がそんな不満なのさ?」

 

「確かに機材トラブルなど私たちのように会社を介さず自己解決できるほどの技術力がある方です。ですから、ばあちゃるさんから推薦があったわけですが…」

 

「まぁ、りこちゃんも私たち側だと思うから、見ていればわかるよ?」

 

「いや、それじゃ今わからんやん!?」

 

言葉を濁すあずきと双葉にりこは素である関西弁が漏れる。会長であるたまは未だに不満顔で、訳を知っているであろうなとりとすずもその状態にも寛容な雰囲気を出していた。

 

「少なくとも放課後になれば理由はわかる、と思います」

 

「いやというほどに察することになりますね」

 

「えぇ。それって今言う気はないって言うとるもんやん」

 

「まあまありこさん落ち着いて」

 

話す気のない空気に今度はりこがふくれっ面を晒す。そんなりこを慰めるなとりだが、なとりも口を割ることがないことがわかっているりこはその表情を崩せずにいた。その時、外を見ていたピノが声を上げる。

 

「あー!あれじゃありませんか!?」

 

そう指を指す方角には低身長でいろはとは違うが特色が似ているみこ服をベースにした衣装を身に纏った人物。バーチャルのじゃロリ狐娘元youtuberおじさん のことのじゃロリの姿が確認できた。

 

「もう来たの!?はやない?」

 

「もとは別件で学園に訪れる予定、と聞いています。この時間に来られるのもおかしなことではない、と思います」

 

「そういえば元はばあちゃるさんと会う約束しているって言ってましたね」

 

全員で窓の外を眺めながら件の人物について言葉を交わす。その時、学園から出てくる一つの影。始業の予鈴があと少しで鳴る状況の中、学園から出てくるであろう人物は一人だけ、ばあちゃるだけである。そしてばあちゃるはのじゃロリに近づくと、そのままのじゃロリのことを抱き上げた。

 

「あー!おうまさん、それはセクハラですよ!?」

 

「ピノさんピノさん、のじゃろりさんは姿はあれですが中身は男性ですよ」

 

「バ美肉って言うだっけ?」

 

「そうそう。作ったモデルアバターに自身の意識をインストールして活動している人たちのことだよ。またはダイブ勢とも呼ばれてるね」

 

「だとしてもズルいですよ!?」

 

涙目でばあちゃるとのじゃロリへ指をさす。そんな愛らしいピノの姿に抱きしめたいと感情が沸きあがるが、それ以上にピノと同じようにばあちゃるへの嫉妬の感情が大きく沸き上がり同意するようにたまは頷いた。遠目から見る二人はとても親しいのが見て取れる。

 

「確かに親しそうだけど、そこまで意識することなの?」

 

「みんなは頭を抱えてる原因はそれではないんですよ」

 

「へ?違うの?」

 

振り返るりこになとりは苦い顔のまま頷く。

 

「りこさんもこちら側の人ですし、きっと放課後になるころには私たちと同じになってますよ」

 

「またそれ?」

 

「あ、ちなみに講習は2限でやるから五分前にはここに集まるようにね」

 

「放課後ではないのですか?」

 

「放課後は別件があるから無理矢理やることになったみたい。教師の方には話を通してあるけど一言伝えてからくるように!」

 

「解散!」と締めくくられ双葉とあずきは早々に部室を後にする。それを追いかけるように教室が遠いピノも部室を飛び出した。

 

「けど、1限からじゃないんだね」

 

「急な決定だったし、なにより遅刻者が出るって馬Pが予想していたしね」

 

そう言うたまの視線の先は道路を走って駆け抜けるもちとめめの姿が確認された。すでに諦めたのであろういろははその少し後方でのんびりと歩いている。

 

「あの、三人は…」

 

そんな三人の姿になとりは再び頭を抱えた。

 

 

 

「りこさーん。生きてますか―?」

 

5限の授業が終わり、残すは最後の6限の授業のみ。その間の休み時間になとりは机に頭を伏せている友人、牛巻りこに声をかけた。

 

「・・・いやー、これはきっついわー」

 

「それは授業ですか?それとも」

 

「ばあちゃる号のこと」

 

即答するりこに「でしょうねー」となとりは同調する。そんななとりの視線は廊下を挟んで対面の校舎に向いており、そこにはばあちゃるとのじゃロリが談笑しながら歩いているのが見えた。

 

「仲いいのは聞いていたけどあそこまで仲いいとは思わないじゃん!」

 

「なんというか、今まで我慢してきた分を補う様に絡もうとしますからね」

 

力説するりこになとりは苦笑する。というものの、りこが言うのも納得するものである。今まで他者との触れ合いをまるっきりというほどしなかったばあちゃるが、のじゃロリに対しては遠慮がないのだ。断りもなく抱き上げたり、肩車したり。はたまた冗談交じりに横抱き、通称『お姫様抱っこ』をしていた時はさすがに目を疑った。ばあちゃるからはふざけている口調であるし、のじゃロリもまたそれを理解してか軽い対応だ。しかし、アイドル部の面々は違う。自身から行動を起こさなければ触れ合うこともめったにないそのスキンシップは衝撃的なものであり、妬む気持ちを仕方がないことだ。現に他者に対してマイナスの感情をあまり持たないイオリですら嫉妬をしていた。どこからか取り出したのか、きのこの人形に永遠と愚痴を語っている姿がなとりの視界の隅で確認できる。今不用意に近づけば為の餌食になることは明白であった。

 

「そしてなにより、あの信頼関係はずるい。ほんとずっこい」

 

「あれは妬まないほうがしかたないです」

 

そしてなによりもりこが、アイドル部がのじゃロリに対して妬みの感情を大きく向ける原因はその信頼関係だ。VTuberの同期として、また幾度となくコラボをしてきた二人の関係はアイドル部の面々との関係とはまるで違っている。アイドル部のとの関係はその通りにアイドルとプロデューサー、つまりは主役とサポートであるが、ばあちゃるとのじゃロリの関係を一言言えるのであれば戦友である。アイドル部の面々にはどこか自身を下においてるところがあるばあちゃるがのじゃロリに対しては対等に振舞う姿は衝撃であった。

 

『のじゃおじさん、これ手伝ってほしいっすけど』

 

『え”、妾、今日は客人のはずなんじゃが!?』

 

『まぁまぁ、ばあちゃる君とのじゃおじさんの仲だからいいじゃないっすか』

 

『えぇ…強引すぎなんじゃけど?』

 

と軽い感じで自身の仕事の応援を頼むばあちゃるの姿は初めてで、その光景を見た時の驚きはいまでも忘れなれなかった。

 

「米っちは知ってんだ」

 

「実はのじゃロリさんは学園設立にも協力してくれていたみたいで、たまに委員長会議の際に、ばあちゃるさんと一緒に参加されるんですよ」

 

「だから朝にかぐらんも顔をしかめてたのか」

 

ファンの間で『実質アップランド』と呼ばれているのは知ってはいたがまさかここまで仲がいいとは知らず、思わず感嘆のため息を吐く。

りことなとりがここまで焦燥しきっている理由は実に単純である。ばあちゃるとのじゃロリの関係が羨ましいのだ。自分たちとばあちゃるとの間に信頼関係は確かにあるがそれはプロデューサーとアイドルの関係である。そんな関係だからこそ、ばあちゃるはアイドル部の為に無理だってするし無茶もする。それに応えるためアイドル部は精一杯自分も表現する。それが彼への最大の報いになると理解してるからだ。その関係は決して嫌なものではないのだが、お世話になっているからこそ彼の助けになりたいとも思ってしまうものである。特にりこやなとりは日頃ばあちゃるに感謝しているからこそ彼の力になりたいと願っている。そのためばあちゃるから遠慮なく仕事を任せられるのじゃロリがとても妬ましいと感じているのである。その感情に頭を悩ませていたりこだが、このままではいけないと思い、感情を切り替えるためその頬を少し強めに叩いた。

 

「この感じは牛巻らしくないぞ!よし、話題を変えて授業の話をしよう!」

 

「授業というと、のじゃロリさんがついでに教えてくれたダイブについてですか?」

 

「そう!あれって結構身近なことだったから勉強になったよ!」

 

『ダイブ』。自分の体とは違う肉体『モデル』に意識をいれ、乗り移る技術である。世間にはあまり認知されていなかった技術だが、のじゃロリがVTuberとして自作モデル『みここ』にダイブし配信を開始したのを皮切りに一気に広まった。現在では女性モデルにダイブすることを『バ美肉』といった造語が生まれるほどである。

 

「あれって、端末にAIをインストールするのと原理は一緒だからね。詳しい技術を聞けて牛巻は超満足だったよ」

 

「あずきさんがすごい真剣に聴いていたことが印象的でしたね」

 

「そりゃだってあずきちの専売特許みたいなものだもん。あの技術を使ってるのがあの動画編集神だよ?」

 

「えぇ!?そうなんですか!?」

 

意外な事実になとりはつい声を荒げてしまう。そんななとりにりこは苦笑をし、改めて話をつづけた。

 

「AIのインストールだったら特に技術はいらないんだけど、あずきちの動画編集神は自己進化AIだからね。モデルに入れるとなるとダイブの方の技術も必要になるのさ。今のモデルに入れる際はメンテちゃんの協力があったからできたみたいだけど、最終的には全部自分でやりたいって言ってたから、そりゃ授業も必死になるよ」

 

「はえー。あずきさんにとってあの授業は一番習いたかったものだったというわけですね」

 

授業後のあの悔しいそうな顔を浮かべるあずきを思い出す。生徒会の面々も、自分たちと同じであるならばきっとあずきの内心は授業に対しての感謝と、その講師が妬む対象であるのじゃロリであったため複雑な感情の結果があの表情なのだろう。そう想像ついたなとりはあずきに対し小さく同情をした。

 

「ちなみにミニめめめちゃんはAIだけど、ちびたまちゃんは動画編集神と同じで自己進化AIだよ」

 

「そうなんですか?でもちびたまちゃんが喋っているところを見たことがありませんが?」

 

「ボイスがないんだよ。ほら、動画編集神はあずきちが自分の声で登録してるから喋れるだけで、ちびたまも登録すれば喋れるはずだよ。あ、あとかんたんごんごんも自己進化AIだった」

 

「喋るかんたんごんごん、とは」

 

「米っち、それはいけない」

 

その姿を思い浮かべてしまったなとりは吹き出しそうになる表情を腕で隠した。そのシュールさはひどいものである。そのひどさに笑いを堪える二人から少し離れた席にて顔を伏せていたたまは立ち上がった。

 

「ごめん!今日早退するね!」

 

「は、はい!?ちょ、会長!?」

 

「…行っちゃった」

 

嵐のように立ち去ったたまの背中をふたりは見つめることしかできなかった。

 

 

 

「あのー、ばあちゃるさん?その肩に乗ってるのは一体何なんです?」

 

「ウビッ?この子っすか?」

 

ばあちゃる学園の学長室。窓からは茜色の光が差し込んでいた。部活も終了の時間になり始めのためか校門の方へ視線を向けると生徒が下校していく姿が確認できる。そんな学長室に作業をするのは一組の男女?、ばあちゃるとのじゃロリの二人だ。作業も終盤に差し掛かったところでのじゃロリは作業を開始した時から気になっていたその存在についてばあちゃるへ質問もする。

 

「はいはいはい、この子はちびたまちゃんって言いましてね。ウチのアイドル部に所属している夜桜たまちゃんのことたまたまと共に暮らしている自己進化AIちゃんなんですねー、はいはいはい」

 

「いや、知りたかったのはそうじゃなくて。なぜその子がここにいるのじゃ?しかもなんかめっちゃ妾に鋭い視線を送ってきて怖いんじゃが」

 

ばあちゃるに頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めていると思ったら、ばあちゃるの視線が離れたと同時にまるで親の仇を見るような視線を向けられる。これを作業を始めてからずっとし続けられてきたためのじゃロリはどこか生きた心地がしなかった。

 

「のじゃおじさんったら自意識過剰っすよ」

 

「いやいやいや!?今めっちゃ向けられてますよ!?よく見てばあちゃるさん!?」

 

「えー?」

 

疑惑の視線を送りながらもちびたまに視線を向ける。そこには向けらる視線に疑問もを持ったのか可愛らしく首を傾げるちびたまの姿があった。

 

「ほらー、そんな顔してないじゃないっすか。のじゃおじさんの気のせいっすよ」

 

(こ、こいつ~~)

 

その早変わりにのじゃロリは内心で拳を握る。ちびたまのあからさまな態度に首を傾げるがそこで微妙な違和感を覚える。

 

「自己進化AIにしては随分と感情が豊かですね。何歳なのじゃ?」

 

「はいはいはい、たまたまが活動開始してから作られたのでまだ一歳にもなってないっすね」

 

(一歳未満?配信にも参加して色んな人と触れ合っているとはいえ、精神の成熟が早くない?)

 

自己進化AIはその文字通り進化していく。本来、AIはプロクラムされた行為しか行わないが、自己進化AIはそれを学習し、さらに感情を育み成長していく。しかし、AIにとって感情とは理解できるものではない。なのでその精神が育つのも時間がかかるものだ。しかし、目の前のちびたまは自身の感情をしっかり表現し、ばあちゃるに懐いているし、妬みの感情も理解しているからかのじゃロリにもその感情を向けていた。育成期間と成長速度が比例しておらず、のじゃロリは首を傾げるがとある仮定が脳裏によぎる。

 

(釣ってみようか)

 

それは作業中にずっときつい視線をみけて来たお返しだ、と内心思いながら、いたずら心のままのじゃロリは口を開いた。

 

「話はかわるのじゃが、ばあちゃるさんは補佐などは雇わないのかの?」

 

「ッ!?」

 

「補佐っすか?」

 

ばあちゃるより先にちびたまが反応したのをのじゃロリは見逃さなかった。

 

「そうそう。ほら、ばあちゃるさんいっつも忙しいじゃないですか。そんな忙しいなら補佐っていうか助手みたいな雇ったほうがいい気がするのじゃが」

 

「考えたこともないっすね。ふむ、補佐…」

 

ばあちゃるの多忙さは友人であるのじゃロリも頭を抱える案件でもある。現に本日のじゃロリがばあちゃるを訪ねたのは実はシロからの頼まれたのが理由だ。学園長の仕事にアイドル部のプロデュース業、さらに今まで通りのシロのサポートまで行おうとするばあちゃるの多忙さは業界でも非常に有名である。そんな彼を休ませる方法は限られており、その一つがのじゃロリの存在だ。ばあちゃると対等関係であるのじゃロリは数少ないばあちゃるのストッパーの役目を担える。その為、稀に多忙の馬を止めるためシロから頼まれることがあるのだ。

 

「妾もいつもお手伝いに来れるわけじゃないし、シロちゃんもメンテちゃんさんも心配してるし雇ってみたらどうじゃ?」

 

「うーん。考えたことも無かったっすね。大変とは思ったことはないっすけど確かに手伝いがほしいとは何度か考えたことはあるっすね」

 

「じゃろ?一考の余地はあると思うのじゃよ」

 

その会話を聞いていたのかちびたまはばあちゃるの頬を叩く。その表情からはどこか焦りが読み取れる。ちびたまの表情からのじゃロリは自身の仮定が合っていると内心頷く。

 

「いたた、ちょいちょーい?どうしたっすかちびたまちゃん?」

 

「会話に参加できないから妬いているのかもしれないのじゃ。幼い自己進化AIは子供と一緒で感情をうまくコントロールできないものじゃし」

 

「そんなもんっすかねー?」

 

のじゃロリの言葉にちびたまは涙目で睨む。それは羞恥というより非難の視線である。ちびたまの『中にいる』存在に気付いているからこそできる些細な、のじゃロリの仕返しであった。そんな二人を見ながらニマニマと口を歪めていると廊下から足音が聞こえてくる。それは学長室の前に止まり、そのままノックもせずに扉は開かれた。

 

「たまたま?入室前に『失礼します』は言ってほしいっすね、完全に」

 

「…」

 

「ちょいちょーい!?たまたま、無視はひどいっすよ!?」

 

面白いことになった、とのじゃロリは内心思う。ここは空気に徹した方が最善と思い静かに身を顰めた。たまはそのまま声を出さずばあちゃるに近づく。

 

「あのー、たまたま?さすがにずっと黙っていられるとばあちゃる君も困っちゃうっすけど」

 

「?」

 

「いや、そんないい笑顔で首を傾げれても…ってたまたま!?」

 

「♪」

 

たまは椅子に座るばあちゃるの膝に無理やり腰を落とす。あまりにも躊躇のないその行動にばあちゃるはなにも抵抗できないまま自身の膝にたまを座られてしまった。よほど機嫌がいいのか後頭部をばあちゃるの胸に添えてにっこにこの笑顔である。

 

「え、えぇ?ちょっとたまたま?これはさすがにばあちゃる君炎上しちゃうんでね。できればやめて欲しいっすけど?」

 

その問いに寂しそうな表情を浮かべるたまにばあちゃるは言葉をなくす。普段自分に見せないその表情にばあちゃるは小さくため息を吐き、頭を撫でた。

 

「ちょっとだけっすよ」

 

「♪」

 

そんな微笑ましい光景を睨む小さな存在。それは紛れもなくちびたまだった。予想外な出来事に混乱していたのか今までオロオロしていたが二人を見ていると今度はたまに対して視線をぶつけ始める。そんなちびたまの姿にのじゃロリは先程以上にニマニマと口を歪めていた。

 

(しょうがない。手助けしますか)

 

ばあちゃるの見えない角度で端末を取り出し、操作を行う。するとたまとちびたまの体が一瞬硬直した。

 

「あ、あれ?戻ってる?」

 

「ん?満足したっすか」

 

「え、あ、いや。まだ、このままがいいです」

 

「お、やっと喋ってくれたっすね。流石に無視され続けちゃうとばあちゃる君も寂しいっすからね、完全に」

 

硬直が解けた後、今まで口を閉ざしていたたまは小さく言葉を零した。それは作業片手のばあちゃるには内容までは聞き取られなかったようでたまは安堵の息を小さく吐いた。

 

「ねぇ馬P…じゃなくて、ばあちゃるさん」

 

「はいはいはい、なんですかー?」

 

「わたした…私ってばあちゃるさんにとって頼りないですか?」

 

「ッ!そんなわけない!」

 

作業片手で聞いていたばあちゃるはたまのその発言につい声を荒げる。それはいつもとは違う口調でたまはビクッと体を竦めた。

 

「あ、急に大声出して申し訳ないっすね。けど、たまたまが頼りないなんて思ったことなんて一度もないっすよ」

 

「本当に?」

 

「本当っすよ」

 

「本当に本当に?」

 

「本当の本当っす」

 

「だったら私にもばあちゃるさんのお手伝いさせてください」

 

声を荒げた際に空いた作業していた手をたまは包み込むように抱き寄せる。ばあちゃるからは見えないがその表情は愛おしさが溢れていた。

 

「ばあちゃるさんが私たちの為にいろんなところで頑張っていることはわかってます。それに応える方法だってわかってます。わかってますけど…やっぱり心配なんですよ」

 

「たまちゃん」

 

「メンテちゃんや他のVTuberさんと交流する度にばあちゃるさんの多忙さ知って、事ある度に他の皆にばあちゃるさんの心配する声を聴くと私も心配になっちゃうのも仕方ないじゃないですか」

 

こちらを向いて儚げに笑うたまにばあちゃるは見惚れてしまう。

 

「私にできることは何だろうって、考えてやれること何でもやろうって思ってもばあちゃるさんはお手伝いさせてくれないし。そのせいでイライラしちゃうのに肝心のばあちゃるさんは私たちよりのじゃロリさんばっか頼りにするし」

 

「いや、それは」

 

「ふふ。わかってます。これは的外れな嫉妬だって。けどしちゃうんだからどうしようもないですよ」

 

そんな子供っぽい嫉妬を包み隠さず告白する。やはり羞恥は隠せないのか、その頬は朱に染められていた。

 

「けど言質は取りました!今度から私もお手伝いさせてくださいね!」

 

「へ?ちょいちょーい!?ばあちゃる君手伝うの許可してないっすよ!?」

 

「マジンガー?」

 

「マジっすよー」

 

「そんなこと知りません!私がそう言ったからそうなんです!」

 

「えぐー!?そんなシロちゃんみたいなこと言わないでくださいっすよー!?」

 

そんな甘い雰囲気を漂わせる二人を背にのじゃロリは静かに開かれていた扉を閉め、ばあちゃる学園を後にする。

 

「バーチャルのじゃロリ狐娘元youtuberおじさんはクールに去るぜ。…長くてダサい気がするのじゃ」

 

最後まで締まらないのじゃロリであった。

 

 

 

 

 

 

「米っちにばあちゃる号!ハウディー!牛巻が登校だよ!」

 

「りこさんおはようございます!」

 

「はいはいはい、りこぴんおはようございますねーはいはいはい」

 

日は明けて翌日の朝、自身の教室の前に雑談をしているなとりとばあちゃるに声をかける。駆け足でよると風紀委員長が顔を顰めるのをわかっているのでその足はあくまで速足だ。

 

「いい朝を迎えれて牛巻は感激だよ!」

 

「りこさんが言うと洒落にならないですよ」

 

「ははは。ばあちゃる号のおかげで前みたいな修羅場はもうないから大丈夫だよ」

 

「そう言って貰えるとばあちゃる君も頑張った甲斐があるというものっすよ!」

 

「ばあちゃる号には感謝してもしきれないよ!ところでその肩に乗っているのって?」

 

りこが指さす先にはばあちゃるの肩に乗るちびたまの姿があった。ちびたまはばあちゃるの肩に座っており、あちゃるの首に抱き着いている。

 

「ちびたまちゃん、ですよね?私も気になっていたのですが」

 

「はいはいはい、これはっすね、どうやらばあちゃる君はちびたまちゃんに懐かれちゃったみたいでですね。たまたまから学校にいる間だけ預かるように頼まれたっすよ。はいはいはい」

 

「へー、さくたまちゃんからなんだ。ばあちゃる号って自己進化AIに懐かれるよね?」

 

「言われてみればそうですね。動画編集神さんもばあちゃるさんには結構懐いてましたし、かんたんごんごんも」

 

「喋るかんたんごんごん、とは」

 

「り、りこさん!急にそれはズルいですよ!?」

 

先日の会話を思い出し、二人は笑いを堪えるように顔を伏せる。事情の知らないばあちゃるは首を傾げるしかなかった。

 

「よくわからないっすけど、ばあちゃる君はこれで失礼するっすね」

 

「あ、ごめんなさいばあちゃるさん。お仕事頑張ってくださいね」

 

「困ったことあったら何でも言ってよ!牛巻でよければ手伝うからさ!」

 

「その時は頼りにさせてもらうっすよ」

 

それじゃあ、と一言の後にばあちゃるはその場を後にする。笑いの波も引き、落ち着いた二人は教室へ入る。

 

「あ、なとちゃんりこちゃんおはよー!」

 

「イオリさんもおはようございます」

 

「イオリンおハウディー!」

 

教室に入ると同じアイドル部の仲間であるイオリが手を振って歓迎する。鞄を自分の机に置き、改めてイオリの下に駆け寄る二人。そしてイオリと共にいた人物に気付いた。

 

「あ、たま会長もご一緒だったのですね」

 

「さくたまちゃんもおハウディ!」

 

「?」

 

二人の挨拶の言葉にたまは首を傾げる。帰ってこない返事に二人は顔を見合わせた。

 

「あの、会長?さすがに無視はちょっと悲しいです」

 

「これはさくたまちゃんじゃない?」

 

「りこちゃんの言う通り!この子はちびたまちゃんなんです!」

 

「♪ ちびたま、です。よろしくお願いします」

 

「ええええええええ!!!!????」

 

イオリに紹介されてたま(ちびたま)が可愛らしい笑顔を浮かべお辞儀をする。衝撃の事実になとりは驚愕な感情と共に叫んだ。

 

「え、けど、会長じゃないですか!?」

 

「なんだっけー。ほら、昨日のじゃロリさんが言ってた」

 

「ダイブだよね。イオリン」

 

「そう!それです!」

 

浮かばない言葉を言い当てたりこに指をさし笑顔を浮かべる。「さすがりこちゃんだ」というイオリが出すふんわりした雰囲気に場が和む。

 

「ほら米っち。ダイブはモデルの中に意識を入れるみたいなものって言ったじゃない?」

 

「確か言ってましたね」

 

「あれって実はすでにモデルの中に意識やらAIが入っている場合、意識の上書きじゃなくて入れ替わりが発生するんだ」

 

「あ、それは確かのじゃロリさんが言ってましたね。それが自己進化AIにダイブの技術が必要な理由でもあるとも言ってました」

 

「そう!プログラムされたAIだけじゃ入れ替わり発生すると元の体に不備が起きちゃうけど、人の感情と同じように感情がある自己進化AIなら問題がないからなんだ。原理は人の心理やら感情やら色々と関わってくるから詳しくは説明できないけどね」

 

「ってことは今、たまさんはちびたまちゃんの体にいる、と」

 

そこで二人はちびたまが現在、どこにいるのか思い出す。二人の険しくなっていく雰囲気が読み取れないイオリとちびたまは同時に首を傾げた。

 

「りこさん、これを」

 

「ありがとう米っち。ごめんねイオリン。ちょっと牛巻達出かけてくるね」

 

「出かけるってどこに?」

 

「「修羅場」」

 

なとりから稲鞭を一つ受け取り、席を立つ。教室から出る二人をイオリとちびたまは首を傾げたまま見送った。予鈴まで目の前であるが二人には引けない理由がそこにはある。

 

「先日あれだけ抜け駆けはズルいって言っておいてぇ!」

 

「自分こそ抜け駆けしてるじゃん!」

 

その日、学園長室は修羅場になった。

 

 



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朝は彼とキッチンで(もこ田めめめ)

ばあちゃる学園の登校時間
それは一般の学校と変わらずだが、遅刻者もほぼ常連と化している
アイドル部の中にもその常連者がいるようだが…?


「あああああああ!!!!遅刻だぁー!!!」

 

叫びながら歩道を全力疾走する一つの影。可愛らしい垂れたアルパカの耳にもこもこと柔らかそうな髪をした少女、『もこ田めめめ』である。

 

「くっそぉ!今日は早く起きれたのに何でぇ!?」

 

足を止めず思い出すのは今朝の出来事だ。のじゃロリが訪れた日に続いて二日連続で遅刻し風紀委員長のなとりに反省文を書かされてしまった為、今日こそは!と意気込んだ結果は登校時刻より余裕がある時刻に起床することに成功した。朝食の時間まで余裕があるとつい起動していしまったのは某ゲーム機。もっとも旬である99人で争うパズルゲームを開始してしまったら最後、登校時刻は過ぎてしまい遅刻まで秒読みとなってしまった。

 

「いや、これはめめめは悪くない!あんなに夢中になるものを作るほうが悪いんだ!」

 

などと、ひどい責任転嫁を行いながらもその足は休まず動く。めめめの脳裏によぎるのは稲鞭を構えた鬼の風紀委員長。何故かここ最近になって風紀を正すことに力が入っている彼女を前に三日連続で遅刻をしようものならと考えると背筋が凍えてしまう。

 

「い、いや!この調子ならきっと間に合う!めめめは諦めないぞぉ!」

 

想像を振り払うよう首を勢いよく横に振り、前を見据える。めめめが言う通り、今のペースを維持すれば予鈴には間に合わないが本鈴が鳴るより前には何とか学園には入れる。学園に入ってしまえばこちらのもので、朝のミーティングに遅れても『保健室にいました!』など言い訳をつけば遅刻にはなない。そう計算を行いながらその勢いのまま交差点を曲がった。

 

「ぐえっ!?」

 

「ウビッ!?」

 

誰かにぶつかったと認識すると同時に倒れる恐怖により瞼を固く閉じる。しかし、やってきたのは地面に転ぶ衝撃では無く、力強く腕を引かれたことによる痛みだ。引かれるまま、めめめの体はぶつかった相手の胸に収まった。

 

「ふぃー。もうそんな速度で曲がっちゃ危ないっすよーめめめめ」

 

「うぇ、プロデューサー!?」

 

頭上から聞こえたのはもっとも聞きなれたであろう男性の声。自身が所属するアイドル部のプロデューサー、ばあちゃるの声だった。顔を上げるとそこには珍しく馬のマスクをしておらず、シロと特徴の似た男性の顔、ばあちゃるの素顔がそこにあった。

 

「あ、あれ?プロデューサー、いつものマスクは?」

 

「ん?はいはいはい、どうやらさっきぶつかった時に飛んじゃった見たいっすね、完全に」

 

ばあちゃるの視線の先にはいつもの冒涜的な馬のマスク。めめめを離すとばあちゃるはマスクを拾い、土埃を払ってから改めて被りなおした。

 

「ぁ、被っちゃった…」

 

「何か言ったっすか?」

 

「ああああ!何でもないです!」

 

「なんでもないならいいっすけど、めめめめはケガはないっすか?」

 

高速で首を横に振るめめめにばあちゃるは首を傾げた。羞恥により、赤くなった頬を誤魔化しながら痛みがないか体を確認する。

 

「うん!めめめは何ともないぞ!プロデューサーも大丈夫?めめめ、かなりの速度でぶつかったと思うけど」

 

「はいはいはい、ばあちゃる君は何ともないっすよ!これでも体は鍛えてるっすかね。はいはいはい」

 

力こぶを出す様にアピールをするばあちゃるにめめめは怪しむ。知り合ってから今までの付き合いから目の前にいる自分の恩人は事ある度に体調のことを隠すことを知っている。じーっとばあちゃるを見つめていると遠目で見える学園から予鈴が鳴った。

 

「あらら、予鈴が鳴っちゃったっすね」

 

「え”、あ!これ遅刻確定だぁ!?」

 

そこで自分の状況に気付いためめめは頭を抱えた。予鈴から本鈴までの時間はわずか五分であり、学園までの距離はまだ多少あってどうやっても五分で門をくぐることは不可能である。そんなめめめにばあちゃるははぁ、と小さく息を吐いた。

 

「しょーがいないっすね。今日はばあちゃる君のほうからなとなとにはなんとか言っておくっすよ」

 

「え!本当!?」

 

「『登校途中で偶然会って、話し込んでいたら遅れてしまった』でなんとかなるっすね。はいはいはい」

 

「せ、せめて『配信について相談してた』って言ってもいい?」

 

「おお!そっちの方が説得力があるっすね!さすがめめめめ!」

 

言えない。ばあちゃるの言う通りになとりに報告するものなら最悪、生徒会室に出頭になるなんて言えない。

めめめはばあちゃるから目を逸らしながら氷点下の視線を送る生徒会役員と風紀委員長の脳裏によぎった。このままではいけないと思い頭を切り替え、ばあちゃると共に歩き始めた。

 

「プロデューサーも遅刻?」

 

「違うっすよー。ばあちゃる君は今日の出勤時間が9時なんっすよ」

 

「え、ずっるい!めめめもそれぐらい登校時間なら遅刻しないのになー」

 

「そうなると自動的に下校時間が遅れるっすね、完全に」

 

「あ、それは嫌だ」

 

他愛もない雑談を繰り広げながら学園へと向かう二人。限りない幸福がめめめの胸からこみ上げ来て自然と口角が上がっているのがわたってしまし、少し頬を赤くした。

 

「けどプロデューサーっていつも早い時間から学園にいるようね?なんで今日は遅めなの?」

 

「はいはいはい。実はですね、こないだから仕事を手伝ってもらったおかげいつもより早く家に帰ることが出来たっすよ!やらなきゃいけないこともあったっすけど周りにお手伝いをお願いしたっすからね、帰った後は撮りためてたサッカー見てすぐに寝ちゃったわけなんですねーはいはいはい。で、起きてみたらいつも起きる時間より1時間遅くて結果こうなったわけっす」

 

「寝坊したの!?プロデューサーが寝坊するなんて初めて聞いたかも」

 

「実際に初めてっすからね。ばあちゃる君も時計見てビックリしちゃいましたよ、完全に」

 

「その代わりぐっすり寝れたおかげで元気は百倍っすよ!」なんて続けるばあちゃるにくすくすと笑いながらめめめは相槌を打つ。その時、意識していなかっためめめのお腹から「ぐぅ」と小さくなった。その音の発生源に即気付いためめめはさらに頬を赤くしお腹を押さえた。

 

「あ、ちがっ!?待ってまって、今のなし!」

 

「めめめめのお腹からっすねー」

 

「なんでそうズバッっていくかなぁ!?」

 

いつも通りのデリカシーのないばあちゃるの発言にめめめは涙目でばあちゃるを睨みつける。さすがにその視線に申し訳がなくなったのか鞄からゼリー飲料を取り出した。

 

「ばあちゃる君のっすけどめめめめにあげるっすよ。さすがに食わずに昼まではきついっすからね」

 

「うぅ、ありがとうプロデューサー」

 

お礼を言い受け取るが相も変わらず視線は非難の色を示していた。いつまでも視線を向けていても仕方がないので諦めて受け取ったゼリー飲料の封を開き口に含んだ。ゼリーを吸いながら横に視線を向けるとばあちゃるも同じようにゼリー飲料を飲んでいた。

 

「プロデューサーも朝食を食べなかったのか?」

 

「ウビッ?違うっすよ。これがばあちゃる君の朝食っすよ」

 

「え”!?」

 

予想外の答えにめめめは目を見開いた。

 

「いやいやいや!?プロデューサーの体格でこれだけじゃ絶対足りないでしょ!?あと、これをご飯とカウントするのはない!」

 

「めめめもシロちゃんと同じこと言うっすね。けど、朝は時間ないっすからね、完全に」

 

「時間がないからってせめて炭水化物は取ろう!?」

 

力説するめめめにばあちゃるはマスクの下で苦笑を浮かべた。めめめの言い分は理解できる。しかし、どうしても時間の朝に作業しながら摂取できるものとしてならゼリー飲料が楽だとばあちゃるの中で確立してしまっていた。これを回避するためにばあちゃるはもう目の前にある校門へ速足で駆け出した。

 

「ちょ!?プロデューサー!」

 

「もう1限目は始まっちゃってますけど、なるべく早めに教室に参加してくださいっすね!それじゃ!」

 

「あ、こら!逃げるなプロデューサー!!」

 

そんなばあちゃるを追う様にめめめも学園に駆け足で入っていった。

 

なお、二人とも無事に授業を抜け出してきた風紀委員長に捕まり、廊下で正座をさせらた。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん」

 

日が傾き、夕暮れが鮮やかに彩る黄昏時。めめめは帰宅途中に寄り道を決行した。中央にある噴水が特徴な広い公園にめめめは考え事をしながら歩く。

 

「遅刻をしない方法、かぁ」

 

その内容は自身の遅刻癖であった。今回はばあちゃるが庇ってくれたがいつもその幸運が続くわけではない。

 

「朝は、起きれてるときはあるんだよなぁ」

 

本日のように朝に問題なく起床できることも多々ある。しかし、そんな日に限ってついゲーム機を起動してしまい、結果遅刻をしてしまう。ゲームを起動しなければいいだけの話ではあるが、めめめは空いている時間ができてしまうとそれを潰す行為をしてしまうという悪癖があった。ゲームであったからこそギリギリで気付けたが、これがモデリングなど始めてしまえば遅刻どころの騒ぎではないのは明白だ。しかし、解決策は思い浮かばず、うんうんとうねっていると少し離れた先のベンチに見慣れたピンク髪のツインテールが見えた。めめめの友人であり、他校のゲーム部に所属する桜樹みりあである。

 

「お、みりあちゃんだ!」

 

まさか外出先で他校の友人と出会えると思っていなかっためめめは高ぶる気持ちのまま相手の名前を呼ぼうとする。しかし、そこでめめめはみりあから漂ういつもとは違う雰囲気に首を傾げた。

 

「…」

 

(みりあちゃん、だよなぁ??)

 

息を殺し、静かにみりあの下に近づく。違うと感じたのは雰囲気だけでなく、その表情もだった。まるで愛おしいものを見ているその表情は普段見れる小悪魔チック表情からまるっきり違うものだ。そんな表情をさせるものは何か、めめめはつい気になり、音を出さずにみりあの前を横切ることにした。

 

(ぁ)

 

無意識に出たその声は納得のため息だ。みりあが愛おしい視線を浮かべ、自身の膝に頭を乗せ撫でているのは、みりあと同じ部に所属する副部長の道明寺晴翔だった。彼とみりあの仲は傍から見れば良好とは言えない。しかし、そんな二人の仲には確かに友情以上な特別な感情があると、めめめは感じ取っていた。つい、そんな二人に見惚れていたら顔を上げたみりあと目が合う。

 

「あ”」

 

「…ち、違うの」

 

横切るはずが立ち止まって見ていればさすがに気づかれるものだ。みりあは何を見られたの理解したのかその頬は徐々に朱に帯びた。

 

「え、えっとぉ。おじゃましました?」

 

「めめたんこれは違うの!?帰ろうとしないで!?」

 

「いやー。めめめも馬に蹴られたくないし」

 

「馬先生がそんなことするわけないじゃん!違うからね!?」

 

「いや、馬は馬でもうちのプロデューサーのことじゃないよ!?」

 

「そうだけど!そうじゃなくて!?」

 

「ん…んん?」

 

訳の分からない口論は晴翔の呻き声で中断された。黙った二人に晴翔は再び寝息を立て、みりあの膝の上で意識を落とした。

 

「せ、セーフぽよ」

 

「で、結局なんでこうなったの?」

 

また離れようとすればみりあに妨害され今度こそ晴翔が目を覚ましてしまうだろう。みりあの様子を見るに、晴翔は寝かしておきたいことが理解しためめめは諦めてそうなった原因を聞いた。

 

「その、昨日からハルカスがなんか編集作業もせずになんか調べもの始めてね。動画編集も余裕持ってやってるから私たちは特に何も言わなかったんだけど、どうやらこの馬鹿、徹夜してまでその調べものやってて今日何度も先生に怒られてたの」

 

「へぇ、道明寺が珍しいね」

 

常に上から目線で偉そうであるが、学業においては思いのほかしっかりしているのが道明寺晴翔という人物だ。まだ知り合って長くはないが、そのことはめめめも理解している。

 

「んで、ふらふらになりながら帰るもんだから心配になってついていったらこの公園で座るなりすぐに寝付いちゃってね!放置してもよかったんだけどこのまま窃盗なんかあったらその、そう!部活仲間として可哀想かなって思ったもんで横で起きるの待ってたらこいつが倒れてきたの!」

 

「ほおー、ふーん」

 

『なんでついていったの?』やら『起こさなかったの?』やら『なんで頭を撫でてたの?』やら聞かない。それは無粋というものだ。なのでめめめはニマニマと口元を歪ませながら適当に相槌を打った。

 

「めめたん信じてなーい!」

 

「メメメシンジテルヨー」

 

「すっごい棒読みだぁ!?」

 

「あ、ちょっとみりあちゃんストップ!」

 

「ん、んん?…!?」

 

顔を真っ赤にして詰め寄ろうとするみりあにめめめは声をかけるは時すでに遅い。さすがに動きすぎたために晴翔が目を覚ました。目を開け、すぐに状況を把握した晴翔はすぐ様に飛び起きた。

 

「あああああああ、アホピンク!?ついに頭の中身でピンク色に浸食されたか!?」

 

「は、はああああああああ!?わざわざみりあが心配してやったのに何その言い草!?ありえなくない!?」

 

「頼んだ覚えはない!」

 

「なんだとぉ!」

 

「二人とも落ち着けぇ!」

 

声帯をマックスに使って言い争いをする二人にめめめは両者の頭をはたく。両者の視線が向けられるがそんな二人にめめめは深く溜息を吐いた。

 

「急な状況に驚くのは分かるけど、起きてその言葉はどうかとおもうよ道明寺」

 

「ぐッ!?」

 

「みりあちゃんも、煽っためめめが悪いけど少し落ち着こう?それじゃあ、売り言葉に買い言葉だよ」

 

「う”」

 

めめめの言葉に居心地悪そうに視線を泳がす。しかしそれも長くは続かず、先に動いたのは晴翔の方であった。

 

「事情はどうあれ、お前はここで寝てしまったオレを見張っていてくれたのだな。謝る、すまなかった」

 

「…みりあもあの状態でハルカスが起きたらどんな反応するか、大よそ予想がついていたのにあんな言葉言っちゃってごめん」

 

「ならめめめも。煽っちゃってごめんね、みりあちゃん」

 

三者の謝罪が終わると自然に笑みが零れる。先程までの荒れた雰囲気はすでにどこかへ行ってしまったようだ。

 

「あ、みりあちゃんに聞いたんだけど最近ずっと調べものしてるんだって?」

 

「あ、そうだハルカス。そのことについて教えなさいよ」

 

「まぁ、別に隠してることではないし構わんぞ。広い目で見ればもこ田も無関係ではないしな」

 

「へ?めめめも?」

 

まさか自分が関係しているとは思わず、すっとんきょな声が零れる。

 

「広い目、と言っただろう。調べものとはばあちゃる氏よりの依頼だ」

 

「馬先生から?めっずらしー」

 

「そうだな。実際オレも初めてだ」

 

「プロデューサーが道明寺に、ねぇ」

 

ばあちゃるが身近な自分ではなく他校の晴翔の方へ頼みごとをしたという事実にめめめはどこか寂しさを覚える。

 

「そんな顔をするな。ばあちゃる氏がオレに依頼したのは単純に他校の状況を把握したかったからだ」

 

「え?それってみりあ達の学校も関係してるってこと?」

 

「そうだ。先週くらいから注意喚起されているだろう?行方不明者がでている、と」

 

「あー、そういうや週初めにたまちゃんが言っていたような気がする」

 

その日はそれどころの騒ぎではなくなってしまったのですっかり忘れていためめめに晴翔は冷たい視線を送る。

 

「まあそのことでばあちゃる氏がオレ達の学校を含め、近隣の学校へ行方不明者の調べものをしていてな。オレにその共通点はないか探してくれと依頼されたわけだ」

 

「プロデューサーなら全部自分でやっちゃいそうな気がする」

 

「オレもそう思って聞いたら『はいはいはい、それはですね仕事は複数人でやるほうが効率がいいって知ったんすよ。いやーばあちゃる君も最近とある子に教えてもらっちゃいましてねー』と言っていたぞ」

 

「うわ、ハルカス声は似てないのに雰囲気すっごい似てる」

 

「地味にムカつく」

 

「なぜに!?」

 

そんな二人の引いた視線に小さく咳払いをし、話を戻す。

 

「そんなわけで、ばあちゃる氏に頂いたデータからずっと共通点を探していたのだ。あのばあちゃる氏が初めてオレを頼ってくれたのがその、嬉しくてな。つい徹夜までしてしまった」

 

「ハルカス、馬先生のこと尊敬してるって言ってたもんね」

 

「へー。そんなことがあったのか。それで、何か進展はあった?」

 

「いや、これと言って特には。あえて言うなら全員がゲーム好きってことくらいだが、このご時世、ゲームをしない学生の方が少ないからな。それは特に気にする必要がないと除外した」

 

お手上げとジェスチャーで表現し、晴翔はそう締めくくった。そして視線を改めてめめめへと向けた。

 

「それでもこ田。お前は何か用があるのか?」

 

「え?めめめが?」

 

「そういやめめめちゃんとは偶然目が合っただけだったからね。特に用事とかはないんじゃない?」

 

「そうなのか?」

 

そう問い返す道明寺にめめめは思い出す。これを明かすのは少し恥ずかしいが、自身だけではすでに袋小路に入っている問題であったため、めめめは羞恥を押し殺して二人に悩みを打ち明けた。

 

「いや、相談はあるっちゃあるよ。その、遅刻癖ってどうやったら治るかな?」

 

「遅刻だと?」

 

「あー、めめめちゃんSNSでよく言ってるもんねー、遅刻するー!って」

 

SNSでよく絡むみりあはめめめの事情にすぐに察する。知人に自身の失態を知られていることにめめめは、羞恥により頬を赤くする。

 

「ゔ、その、みりああちゃんの言う通り、割と遅刻しちゃうんだ」

 

「朝弱いのか?」

 

「いや、そういうことはないぞ。今日だって余裕持って起きれたし」

 

「あれ?今日も朝に遅刻する!ってツイで言ってなかった?」

 

「ゔゔっ!?」

 

痛いところを付かれ、めめめは肩を落とし観念したように今朝の出来事を話した。

 

「それはもう『ゲームをやるな』としか言えないぞ」

 

「うう!分かってるけどさぁ!」

 

「みりあもめめたんの言うこと、わかるなぁ。早く起きて中途半端に時間が余るとついやっちゃうよね」

 

「だよねみりあちゃん!仲間がいた!!」

 

「それで遅刻したら元もこうもないだろうが!」

 

「グハッ!?」

 

ド直球の正論にめめめは崩れ落ちる。さすがにその姿に気の毒になったのかみりあは晴翔へ助け舟を求めた。

 

「なんかいい案ないのハルカス」

 

「正直、自制しろとしか言いようがないが、そうだな。あえて手を考えるなら目的を作るだな」

 

「目的を作る?」

 

晴翔の助言を聞き直しながらめめめは顔を上げ姿勢を正す。晴翔はいつものように尊大な態度をとりながら語りだした。

 

「単純にゲームを始めてそれが原因で遅刻してしまうのは、もこ田の中で登校することよりゲームの続きをやることが優先順位が上になっているからだ。なら、登校することの方を優先できるような目的を持つことで解決できるはずだ」

 

「そうは言っても、プレイ中のゲームより学校を優先できるものかなぁ?」

 

「難しく考えることはない。学業は学生にとって本分だが、それが全てというわけではないだろう?朝に友人に挨拶するとか単縦な理由でも構わない」

 

「ハルカスはなんかやっているの?」

 

「オレはゲーム部の動画の編集などしている関係でな、朝に編集した動画の見直しをやるようにしている。これを家でやろうものなら遅刻確定だから早めに学校へ登校して部室で確認作業をしているな」

 

「あー、言われてみれば、朝に部室行くといっつもハルカスいるもんなー」

 

「んー。朝のうちのクラスかぁ」

 

晴翔のアドバイスにめめめは思考に海に落ちる。晴翔の言う通り目的を持つというのはいい案だと思ったが、それでも早朝に学校に向かう理由が思いつかない。同じクラスであるちえりは、飼育委員に所属しているため割と朝のミーティングのギリギリまで会うことはない。同じくクラスを共にするいろはは、めめめより遅刻することは少ないが、彼女は配信の時とは違い素では人見知りが激しく、ちえりとは別に朝のミーティングまで席を外していることが多々ある。めめめが遅刻が多くなる要因に、朝のクラスには仲のいい友達が総じていないというのも一つの理由だ。その為、晴翔のアドバイスはどこかしっくりこなかった。

 

「別に学校に理由を持たせなくてもいいぞ。一緒に登校する友でも居れば、待ち合わせなどに遅刻しないようになるだろう?」

 

「残念ながらめめめの家は、他の皆と少し家が離れてるんだ。近いとすればプロデューサー…の、家…」

 

そこで今朝の出来事を思い出し、めめめの頭に名案が浮かぶ。しかしそれは冷静に考えると少し羞恥を覚えるものだったのかその頬は改めて熱を帯びた。しかし、これ以上の名案はないと自身の頭が訴えてくるのでめめめはその直感を信じることにした。

 

「よし!これでいこう!!ありがとね、みりあちゃんに道明寺!!」

 

「ちょ、めめめちゃん!?」

 

走り出しためめめにみりあは呼び止めるがめめめは止まらずそのまま公園の出口へ向かっていく。途中で一度振り返り大きく手を振って、そのまま公園を後にした。急のことにみりあは脱力してベンチに背を預ける。

 

「嵐みたいなヤツだな」

 

「そうだね。けど可愛いでしょ?」

 

「どーだが」

 

横に座る晴翔と共に去っていた人物の話題に軽く談笑する。日はまだそこまで落ちておらず、言うなれば夕暮れ前の時間。これからどうするか悩むみりあに道明寺は声をかける。

 

「アホピンク」

 

「なによハルカス」

 

「いや、さっきたたき起こされて、あの騒動で眠気はすっ飛んだと思ったんだがな。ひと段落したらまた眠気が襲ってきた」

 

「…それで?」

 

「その、すまないが、一時間くらい仮眠をするから、オレを見張っていてほしい」

 

「はぁ!?」

 

予想外の申し出にみりあは頬を朱く染め、勢いのまま晴翔へ視線を向けた。そこには確かに眠たげの晴翔の姿がある。少し違うとすれば、その頬がみりあと同じくらいに朱くなっていることくらいか。晴翔も羞恥を覚えているという事実にみりあは何故か上がる口角を抑えられずにいる。

 

「しょ、しょうがないなー。このみりあちゃんがハルカスのワガママを聞いてあげるぽよ!」

 

「クク。そう、か。お前は見て、くれているのなら、安心、だな」

 

「…ハルカス?」

 

改めて晴翔を見ると、羞恥の為か顔を赤くしたまま眠りに落ちていた。その姿に何故自分がこんなに焦っていたのかとバカバカしくなる。そして、寝息を立てる晴翔を弱く引っ張り、倒れてくる頭をその膝で受け止めた。

 

「いつもお疲れ様。晴翔」

 

二人を撫でるように、小さく風が靡いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇だ」

 

朝日が上がり始める早い時間、一人で暮らすには大きすぎる家のリビングにてばあちゃるは一人ぼやく。学園に向かうには早すぎる時間になぜ彼が起きているのかは単純で、いつものように起床したにすぎない。ワーカーホリックである彼は、効率を求めもっとも頭が冴える朝に前日の仕事の見直しを行うようにしている。その為どんなに眠りにつく時間が遅くとも起きる時間は変わらない。しかし、今日は少し事情が違った。

 

「たまちゃんが有能すぎる」

 

のじゃロリの来訪以降、有言実行と言わんばかりにばあちゃるの仕事を手伝う生徒会長の姿を思い浮かべる。彼女は的確に作業を行うため、ばあちゃるの業務が通常の二倍三倍の速さで片付くのだ。伊達にマニュアルもしっかり固まってもいない創立一桁の学園で生徒会長を務めるだけはある。『たまちゃんには頭が上がらないな』と内心で苦笑しながらばあちゃるは思った。

 

「ハルハル達に頼んだ件の定期連絡までまだ余裕があるし、なにしようか」

 

そんなたまに押され、友人に頼んだ案件を思い出す。晴翔の他に刀也にのじゃロリに件の失踪者について多方面から視点の意見を求めて応援を頼んだ。晴翔と刀也はなぜか凄いやる気に満ちていてそれをのじゃロリに問うと『そりゃ(尊敬する人に頼まれれば)そう(なる)よ』と言われ首を傾げた。本日に一度、調べたことについて定期報告があるが今はまだ早朝。一応PCで連絡がなかったか確認したが予想通りまだ来ていなかった。その時、ピンポーンとチャイムが鳴った。

 

「こんな早朝になんでしょうかねー。はいはいはい、今出ますよー」

 

そもそも来客もないこの自宅のチャイムを初めて聞いたとどうでもいいことを考えながら玄関の扉をかけた。

 

「お、おはよう!プロデューサー」

 

「はいはい、はい?おはようございますねー、めめめ?」

 

「えへへ、来ちゃった」

 

扉の先には学生服を身に纏った自身がプロデュースするアイドルの一人、もこ田めめめがはにかみながらそこに立っていた。そもそも来客者の予想などできなかったが、それでも予想すらしなかった人物にばあちゃるは首を傾げた。

 

「えっと、上がってもいいかな?」

 

「あ、はいはいはい。外はまだ肌寒いっすもんね。どうぞどうぞ、上がっていいっすよ」

 

寒さのためか頬を赤くしているめめめを見て、一旦思考を中断し家に招待する。遠慮がちに『お邪魔します』と一言からばあちゃる宅へ足を踏みいれた。そういえば、とばあちゃるは自宅に迎え入れるのはシロを除いて初めてだと思い出す。

玄関で抜け、リビングに足を進めためめめは珍しいものを見たかのようにきょろきょろと周りに視線を飛ばす。

 

「そんな見ても珍しいものはないっすよ」

 

「いや、めめめ男の人の家に入るなんて初めてなんだ!だから全部が珍しくて」

 

「はいはいはい。見るのは構わないっすけど散らかさないでくださいねー」

 

「そんなことしないよ!」

 

からかいの言葉にめめめは怒ったような態度を示す。『冗談っすよ』なんて言ういつもと違うばあちゃるの雰囲気に、めめめは毒気を抜かれ頬を書いた。

 

「それで?こんな朝早くにばあちゃる君になんの用事っすか?」

 

「いや、用事っていうか、私のワガママっていうか」

 

「?」

 

言い淀むめめめに首を傾げる。しかし言い淀んでいるだけで伝える意思が見える為、ばあちゃるはめめめが言葉を繋げるまで待つ。

 

「その、私って遅刻の常習犯じゃないですか。だからどうやったら遅刻しなくなるか考えたの」

 

「ふむふむ」

 

「みり、友達にも相談に乗ってもらって思いついたのが朝になにか行動する目的を持つってことなんだけど、今度はその目的をどうしようかって悩んじゃって」

 

「なるほど。それで目的は決まったっすか?」

 

「うん。その目的が今の状況になるんだけ、ど…」

 

「それはどういう?」

 

朝に目的を持つことで遅刻をなくす。その案に対してばあちゃるは納得した。確かに彼女は学園での遅刻はもちに並んで多く、なとりも頭を抱えていたのを覚えている。しかし、その目的でばあちゃるの家に訪れる理由がわからず、つい素で聞き返してしまう。

 

「ほら、プロデューサーって朝ごはんしっかり食べないじゃん!それを思い出したら『ならプロデューサーの朝ごはんを作るのを目的すればいいじゃん』ってことになったの!」

 

「えぇ…自分の朝食じゃダメだったっすかね?」

 

顔を真っ赤にして羞恥を隠す様に声を大きくして言うめめめにばあちゃるはあまりの突拍子のなさに首を傾げた。

 

「自分のじゃきっと数日で忘れちゃうよ。大切な人なら絶対忘れないと思ったから来たの!」

 

「そ、そうっすか。けど、もしばあちゃる君が出かけてたらどうするつもりだったっすか?」

 

「ア゛」

 

「考えてなかったっすね、完全に」

 

ゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔと呻くめめめにばあちゃるは小さくため息を吐く。勢い任せの行動に軽蔑されたのかと一瞬頭をよぎり青ざめるが『ちょっと待っててくださいねー』と一言。そして立ち上がりクローゼットから何かを取り出しめめめに投げ渡した。

 

「これってエプロン?」

 

「ばあちゃる君の予備で申し訳ないっすけどね」

 

「え、ってことは?」

 

希望に顔を輝かせばあちゃるへ顔を向ける。それに笑みを浮かべ仕方なさそうに言葉をつづいた。

 

「めめめめの好意の行動っすからね。よしとします!だけど、作るのはめめめめだけじゃなくて、ばあちゃる君も一緒っすよ?」

 

「うん!」

 

受け取ったエプロンを身に纏い、ばあちゃると共にキッチンへ向かう。数分後、キッチンからは野菜を切る音に何かを煮込む音、そして食欲をそそる匂いと共に生活感あふれる二人の音が聞こえ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ごちそうさま!」」

 

仲良く二人で手を合わせ声を揃える。どこかおかしかったのか、二人は顔を合わせ、小さく笑った。そのまま使用した食器をシンクにいれ洗い物を開始。洗うのはめめめで拭くのはばあちゃるだ。

 

「プロデューサーって料理できるなんて知らなかった!特にあの甘い卵焼きがめめめは好き!」

 

「はいはいはい。そんなにやらないっすけど、料理をするのは好きっすからね。多少嗜む程度はできるっすよ。ばあちゃる君的にはめめめめが思いのほかできていてビックリっすね。てっきりごんごんやたまちゃんみたいかと」

 

「それは失礼が過ぎるなぁ!?なとちゃんほどじゃないけどめめめも料理をするんだ。得意、ってほどでもないけどね」

 

「謙虚っすねー。ばあちゃる君はめめめめが作った味噌汁が好きっすよ。ばあちゃる君の好みってのもあるけど、野菜の味と味噌がいい感じに合っていてまた食べたいっすね」

 

「えへへ。ならまた作るね!」

 

幸せそうな談笑をしながら著職の後片付けは着実に進み、最後の茶碗もばあちゃるが拭き終わる。時計を確認すると登校するにはちょうどいい時間。登校するかどうか考えているとばあちゃるから手拭き用の小さめのタオルが渡された。

 

「プロデューサーはこれからどうするの?」

 

「はいはいはい。今日もばあちゃる君は早く出る予定もないんでね。これから予定でも組もうかなと思ってますね」

 

「学園には来る?」

 

「一応向かいますけど、昼に別件で抜けちゃいますね。今日は、ホロライブのそらそらとえーちゃんと打ち合わせがあるっすから」

 

「そっかー」

 

つい、寂しそうな声が零れてしまう。多忙な彼が学園を途中で抜けることは珍しいことではないがそれでもどうしても寂しさというものを感じてしまうものだ。それに察したのかばあちゃるは荒っぽくめめめの頭を撫でた。

 

「午前中はいるっすから、用があっても無くてもいつでも来てもいいっすよ!」

 

「わああ!髪が乱れるぅ!!」

 

あまりされないばあちゃるからのスキンシップに顔に熱が集まる。それを誤魔化すかのように声を大きく抵抗するがあくまでフリだ。彼の顔にこっそり視線を向けるといつもはマスクで見えないいたずらが成功したような、どこか嬉しそうな顔が見えた。

 

「ん?連絡着てるっすね。ちょっと席を離れるっすよ」

 

「ぁ、うん。めめめも支度してる!」

 

端末片手にキッチンから出ていくばあちゃるを寂しそうな目線で見送る。先程まで撫でられていた頭に自分の手を当て、感触を思い出す。そこでばあちゃるの距離感がどこかいつもより近いことにめめめは気付いた。それはここが彼の自宅故か、それともめめめが彼との距離が近くなったのかはわからないがどこかいつもと違うそんな雰囲気にめめめは破顔した。

エプロンを脱いでたたみ、登校の準備をする。エプロンはどこにしまえばいいか聞き忘れていたことに思い出し、ばあちゃるが戻ってくるのを待つ。すぐに荒っぽい足音共に焦った様子のばあちゃるが戻ってきた。

 

「プロデューサー、どうしたの?」

 

「ちょっと急がないとやばいことができまして。申し訳ないっすけどばあちゃる君は先に出ます!」

 

「え、ちょ!?」

 

「これ、うちの合鍵っす。エプロンは適当に置いといてください!」

 

「プロデューサー!?」

 

めったに見せない余裕のない表情のまま、いつもの馬のマスクを片手にばあちゃるは飛び出した。そんなに緊急な要件なのかとめめめはばあちゃるの心配をする中、ふとリビングにおいてあるノートPCが視界に入った。メールの通知により画面は映っており、好奇心によりめめめはPCを覗き込んだ。

 

「メールは道明寺から?」

 

閲覧済みなっているのはきっと携帯端末と互換がしていると察する。てっきりメンテちゃんなど会社からの通達だと思っていたが当てが外れたようだ。そこで先日、晴翔がばあちゃるから依頼されていることを思い出す。好奇心に負け、メールの内容を確認するようにPCを操作した。

 

「音声ファイル?」

 

文面は一文字もなく、代わりには添付されていたのは一つの音声ファイル。迷惑メールの類かと疑うが、そのメールアドレスは確かに晴翔本人のものだ。めめめは首を傾げながらその音声ファイルを再生した。

 

『すまないばあちゃる氏。ちまちま文字を打っている余裕がなかったので、このような形で送らせてもらう!』

 

荒い呼吸の晴翔の声が聞こえる。呼吸する感じからどうやら走っているようだ。

 

『まず頼まれていたことだが厄介なことが分かった!行方不明者は全員学生で行方が掴めなくなるのは朝と夕方。つまりは登下校のタイミングだ!これはオレではなく、ねこます氏からの情報でばあちゃる氏も知っているものとして詳しくは省く!そしてここからがオレが調べたことだ!チッ!信号などがオレを止めるな!』

 

信号に捕まったのかイライラと悪態をつきながらも呼吸を整える様子が聞こえる。

 

『行方不明者の共通点としてゲーム好きが挙げられる。これは今のご時世よくあるものと思ってスルーしていたが他に調べるものがなかったから詳しく調べた。結果として行方不明者全員がとあるゲームをしていることが分かった!ネット犯罪も多くなっているからか行方不明者のPCの中も証拠品として検査されるようになった賜物だな!』

 

『それで問題になっているゲームだが、タイトルはばあちゃる氏も知っているはずだ!そのゲームとは『魔女の家』だ!たしかアイドル部の誰かが配信でやっていたな!?保護したほうがいい!オレもみりあの保護に向かう!以上だ!』

 

そこでファイルは終了した。衝撃的な内容に放心するがそれどころではないことに気付き、急いで自身の携帯端末を出す。そして電話帳を開き、コールをかける。

 

「お願い、出て…!」

 

『…おかけになった電話は電源が入っておりません』

 

しかし帰ってきたのは無常のシステム音。電脳世界であるこの世界で電波が繋がらないということはありえない。ましてアイドル部には自身の携帯端末に加えばあちゃるにより仕事で使用する連絡用の端末が渡されている。これは文字通り連絡する際にのみ使用される物で充電忘れの防止にバッテリーも通常より大きめなため電源が切れることもありえない。そして、めめめがかけたのはその連絡用の端末だ。

 

「もちちゃんッ!?」

 

めめめの悲痛な叫びがリビングに響いた。

 

 



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彼の雄姿に湧きあがる想いは(猫乃木もち)

最近話題上がる誘拐事件
主に学生が被害に合っており、その被害者は後が立たない
被害者の共通点があるとすればそれはとあるゲームをプレイしたとのことだが…?


「へ?ここどこ!?」

 

鬱蒼とした森の中。そこに焦ったように周りを見回す人物、『猫乃木もち』は一人で立っていた。

 

「おかしくない!?私さっきまで普通に道路を歩いてたよね!?」

 

あまりにも急な展開にもちは大声で困惑を吐き出す。しかし、それに応えてくれる存在は勿論はおらず。よりもちは混乱する。

 

「た、確か今日はプロデューサーちゃんと放課後にキャッチボールする約束してるからその確認の為にいつもより早めに家を出て、そういえばこれ以上遅刻したら補習かもってなとりんに言われたのを思い出して『早く出てラッキー』なんて考えながら、またたびさんの呟きを確認していてたら途中で黒猫を見てそして…」

 

今の状態に至るまでの過程を振り返る。それはどこもおかしなことも無く、いつもの日常と変わりはしなかった。だからこそ今の状況が明らかに異常で、その為もちは冷静な判断を取れず、焦りだけが募る。

 

ガザッ

「ヒィ!?」

 

不意に不自然に草木が揺れる。さらにそこから明らかになにかの気配を感じ、もちの背中には冷たい汗が伝う。恐怖により体を縮こませる。草木の揺れは大きくなり、ついにはそこにいた気配が存在を露わにした。

 

「や、やっと知ってる人がいたぁ」

 

「キャァァァァ…あ?あ、あれ」

 

そこから現れたのは長袖のシャツにジーパンといったラフな衣装に身に纏う青髪の眼鏡女子であった。その姿はどこか見覚えがあり、もちは脳内で検索を始めた。

 

「えっと、ばあちゃるさんが担当する.LIVEのアイドル部に所属する猫乃木もちさんですよね?」

 

「あ、はいそうです」

 

「よかった合ってた。私はホロライブに所属するときのそらの動画編集などしてる友人Aと呼ばれるものです」

 

「あー!えーちゃんさん!」

 

あと喉仏というところでつっかえていた答えがわかり、つい大声を出してしまう。えーちゃんの苦笑にもちは頬を赤くなるのを感じた。

 

「さんは付けなくてもいいですよ。周りからもそう呼ばれてますしね。ところでここ、どこかわかります?」

 

「あ、えーちゃんもわからないんですか?私も気付いたらここにいて彷徨ってたところなんです」

 

「もちさんも?」

 

「ってことはえーちゃんも?」

 

情報の共有をしてみるがどちらもほぼ同じで、気が付いたら森の中にいた、ということ以外なにも分からずにいた。このままではらちが明かないということもあり、二人は恐怖に震えながらも歩き出す。

 

「えーちゃんはここに来る前は何してたんですか?」

 

「今日は午後からばあちゃるさんと打ち合わせがあったけど、午前は暇だったからそらが『ばあちゃる学園を見てみたい』っていうから学園の方に向かってたはずだけど路地裏にいる黒猫見たて気づいたらここに」

 

「えーちゃんさんも!?私も登校中に黒猫に見て気づいたらここにいました!」

 

「もちさんも!?」

 

予想外の共通点に両者は驚きの声を上げた。静寂な森に声が響きその不気味さに二人はさらに体を縮こませ震える。その時、えーちゃんが立ち止まる。並走していたもちはその様に気付きえーちゃんの方へ視線を向けると、その顔はさらに青ざめていた。

 

「えーちゃん?」

 

「あ、あれはなんでしょうかね、もちさん?」

 

「はい?」

 

震える指を指し示す方向へ視線を向ける。森の中は相も変わらず暗闇でよく見えない。目を凝らしてよく見ていると、明らかに人のものではない頭部のような輪郭が見えた。

 

「も、もちさん。見えました?」

 

「見えません。見えないったら見えません」

 

「見えてますよね!?この現実を拒否するのはやめよう!?」

 

「いやいやいやいや!?あれは受け入れたらヤバいやつじゃん!?なら平和に見なかったことにする方がいいに決まってます!」

 

「見なかったことってことは見えてるよね!?現実を見よう!見つめなおそう!?」

 

「私は!現実を!否定する!三天結盾!私は『拒絶する』!」

 

「さ、さんてん?拒絶、っああ!ブリーチか!急に厨二病に逃げないで!?ってうわあああ!?なんか来たぁぁぁぁ!?」

 

「えーちゃん!?」

 

草むらから何かが飛び出してきて、そのままえーちゃんに飛びつく。流石に見て見ぬふりは出来ず、振り返るが自身の目の前に何かがいることに気付く。条件反射で見え上げてしまい、その冒涜的な頭部に喉が引きつる。

 

「ヒィ!?」

 

「はいはいはい。やっっっと見つけましたよ。もちもち」

 

「ヒ、ヘ?あ、あれ?もしかしてプロデューサーちゃん?」

 

「えーちゃんんんんんん!」

 

「え?この声そら!?覆い被さられてて何も見えない!?」

 

冒涜的な頭部をよくみればそれは見慣れた親愛なるプロデューサーのマスクであった。もちは安心したことによる脱力により腰が砕ける。横に目を向ければえーちゃんの頭を抱きかかえるように覆い被さるそらの姿が確認でした。

 

「そーらー!私は大丈夫だからちょっと離してーー!?状況がわからないよ!?」

 

「はいはいはい。ほらそらそら、とりあえずお話ししますから離してあげてくださいね」

 

「ううぅ。わかったよ」

 

名残惜しそうに離れるそらにえーちゃんは開けた視界にほっと肩を落とした。そして、ばあちゃるに手を引かれ立ち上がる。その表情は先程のような先に不安を感じるようなものではなく安心を感じるものであった。

 

「ありがとうございます、ばあちゃるさん。ところでここ、どこなんですか?」

 

「あ、そうだよプロデゥーサーちゃん!私もえーちゃんも気付いたらここにいて訳も分からなくて途方に暮れてたの!」

 

「あ、えと、ここは「はいはいはい!ここはとあるゲームを題材にしたバーチャルワールドですね!実はお二人には今からこのワールドを攻略してもらうことになったんですねーはいはいはい」…え、ばあちゃるさん?」

 

そらの発言を遮るようにばあちゃるは大袈裟なモーションを取りながら説明を行う。その彼の姿に呆気をとってしまうそらだが、長い付き合い故に何をしようとしているのか読み取り、いつも通りににこにこ笑いながらばあちゃるの横に立つ。

 

「企画?」

 

「そう!えーちゃんともちちゃんにはその題材になったゲームと同じようにこのワールドをクリアしてほしいの。ね!ばあちゃるさん?」

 

「ちょいちょーい!?そらそらが説明しちゃったらばあちゃる君の出番無くなっちゃうっすね、完全に!」

 

「その企画、私は何も聞かされてないですよ?」

 

「そりゃそうだよー。今回のターゲットはもちちゃんとえーちゃんだもん」

 

「私とえーちゃんさん?仕事で一緒になったことないのになんで?」

 

「それは、この先の建物を見てもらえれば分かるっすね。はいはいはい」

 

そしてばあちゃるを先頭に森を進んでいく。相変わらず森は薄暗いが徐々に獣道は広がっていき、ついには開けた場所に出た。そこには明らかにこの深い森の中には不釣り合いに綺麗な屋敷が姿を露わす。

 

「黒猫に森を進めば屋敷?ま、まさかここって?」

 

「お、さすがもちもち。察しがいいっすね!そう!ここはあの有名ゲーム『魔女の家』を題材にしたワールドなんですよ!はいはいはい」

 

「ぎゃああああ!!やっぱりぃィィィィィ!!」

 

最近は配信から離れ、動画投稿に専念しているためホラーゲームからも離れていたもちは過去のトラウマが蘇り、頭を抱えて絶叫した。そんなもちにそらはさらに笑みを深める。

 

「企画として上がもちもちの動画とそらそらとえーちゃんが投稿したプレイ動画を見てコラボを提案してきたっすよ」

 

「ワールドまで作ってきたみたいで、うちもばあちゃるさんの方もノリノリになっちゃって、ならさらにドッキリも仕掛けたら取れ高になる!ってことで二人には内緒にしてたの」

 

「…その割にはさっき本気で心配してくれてたみたいだけど?」

 

「あ、そr「いやー実はですね、元々二人ともここに飛ばされるはずが座標がずれたのか少し離れた場所に飛ばされちゃったっすよ。この館はしっかり作りこまれてるっすけど、それ以外はまだ開発途中で危険かもって聞いたらそらそらが飛び出しちゃったわけっすよ」…も、もう!ばあちゃるさん!それは言わないでって言ったじゃないですかー!」

 

「あれ?そうでしたっけ?」

 

非難するようにばあちゃるの腰を押す。その際にそらは本人にしか聞こえないように小さく礼を申した。えーちゃんからの疑惑の視線は完全には解消されてはいないが納得はしてくれたようでばあちゃるはほっと肩を落とす。

 

「ホントはばあちゃる君たちは二人の見えないところから実況する予定だったっすけど、『四人の方が面白い!』なんて言うもんっスからね、このままそらそらとばあちゃる君も合流しますよー!」

 

「よ、四人もいればさすがに怖くないし、経験者が多いから余裕だ!」

 

「残念だけどそうはならないよー?四人で攻略する代わりに難易度は私たちも知らないし、セーブポイントの黒猫にも話しかけるのを禁止だよ」

 

「え゛。あの初見殺しまみれをノーセーブ!?流石にきつくない?」

 

「残念ながら目標はノーセーブクリアだからねー。諦めよう?」

 

「そんなぁぁぁ」

 

非常なそらの一言にもちは再び頭を抱えた。そんなもちににこにこと笑みを浮かべながらそらは屋敷に視線を戻した。

 

「よーし!尺もあるし、さっそく攻略していこう!」

 

「おー」

 

「声が小さいよ、もちちゃん!」

 

「うううううう。こうなりゃやけくそだぁぁぁ!うおおおおおお!!」

 

「おお!もちちゃん燃えてる!」

 

玄関にいる黒猫を無視し、二人は先に屋敷に入っていく。そんな二人に「元気っすねー」とどこか他人事化のように呟いた。

 

「はいはいはい。それじゃあね、あばあちゃる君たちも入っていきましょう!」

 

「ばあちゃるさん」

 

「はい?」

 

「あとでしっかり詳細を教えてくださいね」

 

「ウビッ!?」

 

怒りが読み取れるえーちゃんの笑顔にばあちゃるの背筋に冷や汗が垂れる。そのまま先に入っていった二人を追う様に入っていくえーちゃんい誤魔化す様に後頭部を掻いて、追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

魔女の家ダイジェスト

 

 

~開幕、『わたしの へやまで おいで』~

 

「開幕即死トラップってまーじっすか!?えぐー!?」

 

「むしろそれを受けて普通に戻ってくるプロデューサーちゃんがえぐーだよ!?」

 

「もしかしてばあちゃるさん、チートキャラなのでは?」

 

「あのトラップって部屋の外から見るとああなってるんだねー」

 

 

~とある病気の少女の話~

 

「あれ?私がやった時と内容が変わってる?」

 

「こっちはエクストラになってるねー」

 

「はいはいはい。確かリメイク版に追加された新難易度でしったっけ?」

 

「それです。最近私とそらで実況しましたよ」

 

「えーちゃんの絶叫がヤバかった!」

 

「すっごいいい笑顔のそらちゃんが怖い…あ、やば。破っちゃった」

 

 

~巨大テディベア~

 

「「ぎゃあああああああああ!!!!!!」」

 

「鼓膜が、破れる!?」

 

「やばーしやばーし!?あれって、あん肝っすよね!?そらそらのあん肝の親戚みたいなもんっすよね!?」

 

「うちの!あん肝は!あんなに目が血走ってない!!」

 

 

~二階、図書室~

 

「はいはいはい。いやー食堂は激闘でしたねー」

 

「まさかコックが襲ってくるなんて思いもしなかったよ」

 

「そしてそのコックとばあちゃるさんで戦闘になるなんてね」

 

「ホラーゲーム、とは?」

 

「ばあちゃる君もね、今回はプレイヤーなのでね、全力で協力していきますよー。そしてこのエレンちゃんのことエレエレがあの病気の少女かな?」

 

 

~二階、展示室~

 

「やった!ざまぁ!追いつけるもんなら追いついて見せろ!」

 

「えーちゃん元気だ!」

 

「追っかけてくる頭部に腰抜かして、プロデューサーちゃんのおんぶされてるからちょっと情けないのは気にしない!」

 

「ちょいちょーい!?これ、どこまで逃げればいいっすかー!?」

 

 

~三階、魔女に日記~

 

「あ、これは私も見たことがある!」

 

「日記と物語がごっちゃに入ってるよー」

 

「ノーマルとエクストラの混合難易度なのかな?」

 

「いやいやいや、憎いからって両親を×しちゃダメっすよーエレエレ」

 

(…?何か、違和感がある?)

 

 

~三階、大蛇の部屋の前~

 

「やだぁぁ!つぶ貝を犠牲にしたくないよぉ!」

 

「いや、気持ちはわかるけどね。もちちゃん、入れなきゃ進まないし」

 

「…よし!もちもち。ここはばあちゃる君にお任せっすよ!」

 

「いやいやいやいや!?コックは何とかなったけどさすがにあの大蛇はヤバいですよ!?」

 

「男はやらなきゃいけないときがあるっすよ。ま、あばあちゃる君は最強ですし、ステゴロで何とかして見せますよ!」

 

「ば、ばあちゃるさぁぁぁぁぁん!!??」

 

数分後

 

「勝った」

 

「勝つんだ!?」

 

 

~四階、とある病気の少女の話2~

 

「え!?ここでユッケが出てくるの?」

 

「あ、そっか。ノーマルを普通にクリアすると悪魔のことは知らないまま終わるんだったね」

 

「黒猫さん。悪魔さんなんだよー?」

 

「ふむふむ。両親のことはやりすぎっすけど、生い立ちとか考えるとさすがに可哀想っすね」

 

 

~四階、問いに 答えろ~

 

「いやー、問いの途中で急に黒猫が出てきて喋る前にそらそらが蹴っ飛ばしたのには驚いたっすね」

 

「だって、喋ったら縛りが失敗でしょ?なら喋る前になんとかしないと」

 

「だとしても過激すぎるよそら」

 

「やけにつぶ貝が騒がしかったけど、なんだったんだろう?」

 

 

~とある病気の少女の話~

 

「はいはいはい。これ、黒猫は確信犯っすね完璧に」

 

「ページが破れてるのは元からだっけ?」

 

「確かそうだったよ?」

 

(また、何か違和感があるような?なんだろう)

 

 

~再度一階、食堂~

 

「ばあちゃるさんがコックさん倒しちゃったからすっごい楽」

 

「コックさえいなければここは楽だもんね。それでばあちゃるさんはなんで怒ってるんですか?」

 

「いやね、今朝にお味噌汁頂いたのでね、あそこまで何かを煮てるの見て、食に対する冒涜だなって思ったりしちゃったり?」

 

「うちのプロデューサー、めっちゃいい人。けど、今気にすることじゃないよね!?」

 

 

~最上階、とある… ……の話~

 

「うわ、全部赤文字だ」

 

「赤ペン先生みたいだねー」

 

「やっぱり黒猫が原因っすね、完全に。巻き込まれてくうちにエレエレも諦めちゃって…これ、エレエレ何も悪くないっすね」

 

(これってもしかして?確かもう一回あったよね。それで合ってたら言ってみよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

~最上階、魔女の日記~

 

「あのー。もちもちにえーちゃん?流石にこんなにくっ付かれるとばあちゃる君も歩きにくいかなーって思ったり?」

 

「「私に死ねと!?」」

 

「そこまで言ってないっすよ!?」

 

「わー。ばあちゃるさん両手に花だね!」

 

最上階の毒沼を強引に突破した四人は抜けた先の庭園を歩き進む。ホラーに耐性のないもちとえーちゃんはそれぞればあちゃるの腕に抱き着きついている。よほど堪えているのだろう。抱き枕よろしく全身でばあちゃるの腕を抱きしめていた。女性特有な柔らかさにばあちゃるはマスクの下で赤面をする。

 

「もちちゃんならともかく、私みたいな貧相な体にばあちゃるさんが満足するわけないでしょ」

 

「そんなことないっすよ。えーちゃんもしっかり女の子っすよ。いやー、これ以上言っちゃうと炎上案系なんでね、自重しますけど、本心っすからね」

 

「え、あ、あぅ。ありがとうございます」

 

ばあちゃるの発言にえーちゃんは頬を赤く染め、俯く。本心かどうかは別としてやはり頼りにしている異性に賞賛されるのは照れてしまう。それを横で見ていたもちは嫉妬心を隠さず、声を荒げる。

 

「あー!プロデューサーちゃんったらまた口説いてるー!そういうとこやぞー!」

 

「えぐー!?ってまたってなんですかまたって!?ばあちゃる君は誠実な馬人間っすよ!?」

 

「…えい!」

 

言い争う二人を横目に見ていたそらはばあちゃるの背中に飛びつく。腰に抱き着く形となり、これによりばあちゃるの身動きは完全に取れなくなってしまう。

 

「ちょいちょーい!?そらそらまでどうしたっすか!?」

 

「えへへ。わたしも怖くなっちゃからばあちゃるさんに守ってほしいなー?」

 

「絶対嘘だ。さっきまで私ともちちゃん見ながら笑ってたのに怖くなっったなんて絶対嘘だ」

 

「んー?何かいった、えーちゃん?」

 

「なんでもないよ!?」

 

「あ、また本があるよ!」

 

庭園を進むと広場でる。その中央には不自然に机が置いてあり、そこには『魔女の日記』と記された本がひとつ。中心にいたばあちゃるが本を開いた。本の内容は最後に見たものの続きとなっており、白の紙に血を連想させる真っ赤な文字で文が綴られている。

 

「また、真っ赤な文字」

 

「内容はエクストラと同じで心身ともに魔女になってしまったエレンちゃんのことみたい」

 

「これは…えぐいっすね」

 

「…うん。やっぱり」

 

読み進めていく途中にもちの確信を持った発言に全員の視線が集中する。そして懐から出したのは紙切れを全員に見えるように本の横に置いた。

 

「これは最初の物語で私が破っちゃったやつなんだけど、見て。なんか字体が違くない?」

 

「言われてみれば、そんな気がするかも?」

 

「うーん。最近はずっと端末からしか見てないからちょっと自信がないなぁ」

 

首を傾げる二人にばあちゃるが助け舟を出す。

 

「はいはいはい。ばあちゃる学園の図書室はとある方の要望で貸し出しには本のタイトルと名を書いてもらう様になってるっすよ。それでそれで、なんと、もちもちは図書委員を務めてるっすから字体の見分けはこの中なら一番だと思うっすね。完全に」

 

「ありがとプロデューサーちゃん。それで字体って結構人の癖が出るものなの。いままで見てきたやつで字体が違うのは最初のこれで、残りは全部一緒になってるの」

 

「えっと、つまり『病弱の少女の話』とそれ以外で書いてる人が違う。ってこと?」

 

「そう!これって何かの手掛かりにだったりしないかな?」

 

もちの指摘にこれまでの頭脳担当であったえーちゃんは思考に落ちる。これは謎解きの手掛かりにしてはあまりにも難解であり、そもそも本編の『魔女の家』でも使われなかった謎だ。悩んだ末にえーちゃんはばあちゃるへと視線を向けた。

 

「あまりにも情報が不足しすぎてる。これは『魔女の家』とは関係ないものだと思うの。だからばあちゃるさん、そろそろ教えてもらってもいいですか?」

 

「…そっすね。もう終盤みたいですし、話しておいた方がいいかもしれないっすね」

 

「え?それってどういうこと?」

 

「ばあちゃるさん」

 

「大丈夫っすよ、そらそら。もちもちもえーちゃんもそらそらも、ばあちゃる君が守るっすよ」

 

ばあちゃるとそらは失踪事件のこと、それが『魔女の家』をやったプレイヤーが標的だったこと。そして、えーちゃんともちが標的としてここに連れ去られたことを話した。

 

「幸いばあちゃる君とそらそらは二人がここに飛ばされるところを見てたっすからね。あとはばあちゃる君の能力使って無理やり追ってきた感じっす」

 

「わたしはえーちゃんが心配で居ても立っても居られなくなってばあちゃるさんに無理やりついていたの」

 

「だから森で再会した時にあんな行動だったのね」

 

「もしかして今までのトラップって」

 

「違法で作ったワールドっす。ただじゃすまないのは確かっすね」

 

ばあちゃるの言葉にもちは体温が急激に下がるのを感じた。そしていままで物理的に襲ってきたコックの幽霊や大蛇など、なぜ積極的に対峙してきた理由を理解する。

 

「もしかしてプロデューサーちゃん!?」

 

「ああ、大丈夫っすよ。言ったっすよね?鍛えてるって」

 

焦るもちの落ち着かせるためにいつものようにおちゃらけた雰囲気を纏いながら力瘤を見せる。未だにその顔は青いが多少は安心させることが出来たようだ。

 

「それで、もちちゃんの日記の字体の違いから、ばあちゃるさんがわかったことってありますか?」

 

「ほぼほぼ憶測っすけどいいっすか?」

 

ばあちゃるの言葉に三人は頷く。

 

「まずこのワールドを回って、作ったやつはかなり凝り性だと思ったっすよ。ばあちゃる君は『魔女の家』についてはもちもちの配信での知識しかないっすけど、かなりの再現率だと感じたっす」

 

「そうね。無印にMV版と両方をそらとプレイしたけど、ほんとによくできてると思う。家に入る前にばあちゃるさんが言ってた企画で作ったっていうのも信じそうになったもの」

 

「えーちゃんもそう思うならやっぱよほどってことっすね。それでこの家、というよりワールドには『主』が別にいると思ったっすよ」

 

「「あるじ??」」

 

首を傾げるもちとそらにばあちゃるは『軽く説明するっすね』と話を折る。

 

「そうっすね。よし、じゃあばあちゃる君が配信で使ってるワールドを例にしましょうか。はいはいはい」

 

「プロデューサーちゃんが使ってるっていうと、あのテレビだけおいてある無人島みたいなとこ?」

 

「それっす!いやー覚えていてくれてばあちゃる君感激っすね。それで話を戻すっすけど、すごーくわかりやすく言うと島を運営しているのがアップランドで島の主がばあちゃる君ってことになるっすね。運営が許可してる範囲内なら主はいくらでもワールドを弄れたりしちゃいます。ま!ばあちゃる君は何も権限貰ってないっすけどね!」

 

「ああ、わかった!お家を借りる時の仕組みと一緒だ!」

 

自虐を無視していうそらにばあちゃるは小さく肩を落とした。

 

「あ、それで納得するっすね。まぁそらそらの言う通りでもあるっす。他に例を挙げるならちえりーランドとかも同じ感じっすかね?」

 

「あー、そらならわたしもわかるよ!」

 

「それで主が別にいるってどういうことですか?」

 

逸れ始めた話題を修正するためえーちゃんは改めてばあちゃるに問う。

 

「こんな凝り性ならきっとこの『魔女の家』に見合う主を連れてくると思ったっすよ。それに、ここに入る前ギリギリに捜査に協力してくれてたのじゃおじさんから連絡がきてですね。これがその内容っす」

 

懐から携帯端末を取り出し、全員が見える位置に置いて届いたメールを開示する。内容は簡潔で『失踪事件の半年前に似たような事件が数件あり。最初の被害者の捜索届も添付しておきます』。そのままスクロールすると十歳くらいの少女の顔写真が現れた。その画像に三人は目を見開く。

 

「これってまんまエレンちゃんじゃん!?」

 

「なるほど。これならばあちゃるさんの言ってることも納得があります」

 

「そう言ってもらえると嬉しいっすね。もちもちの日記の字体の違いも、きっと最初のやつだけこの子に書かせてあとのをそれも見本に書いたものだと思うっすよ」

 

「ん?なんで最初だけ?」

 

「あ!時間だ!」

 

「うぇ!?どうしたのそらちゃん!?」

 

急に声を上げたそらにもちは身を竦める。

 

「時間がなかったんだよ!だから最初の一冊だけ書かせてあとは自分で書いたんだ!こんな綺麗な字だもん。よっぽど字を書くことが得意な子じゃなきゃ、ノーマルの日記とエクストラの物語を半年で全部書かせるのは無理だよ」

 

「はいはいはい。ばあちゃる君もそらそらと同じ結論に至ったっすね。何故全部書かせてから犯行を行わなかったかは分からないっすけど、攫われて恐怖に震えてる状態で書くっすから半年なら一冊出来れば上出来な気もするっすね。完全に」

 

「ああーなるほどねー」

 

そらとばあちゃるの解説にもちは納得する。そして、破った日記のページに目を向けた。とても丁寧に書いてある文字列だが、よく見ると少し震えている文字だ。恐怖による手の震えだと予想が付いたもちは胸が痛める。

 

「こっちの考えとしてはこのエレエレ(仮)を保護しようと思ってるっす。全権限が運営している向こうにあるのはわかりきってることっすけど、家の主を味方につければ付け入る隙くらいはできるかもしれないっすからね」

 

「…ならそこに私の案もつけ加えてもらってもいいですか?」

 

「はいはいはい。えーちゃんの案ってなんすか?」

 

手を上げるえーちゃんに視線が集中する。喉を整えるためにコホンと小さく息を吐き、口を開く。

 

「家を回って襲ってくるもの全てが組み込まれたAIなのだと思います。指示された行動はするけど、予想外の行動をされるとエラーで止まっちゃうやつです。現にばあちゃるさんに撃退されるとそれ以降行動はなかったですからね」

 

「言われてみれば、コックの幽霊はばあちゃるさんが撃退したらもう出なかったもんねー」

 

「お、さすがそら。いいとこに気付くね。それでこんなに膨大なAIを使用してるならきっと統括AIもあると思うの」

 

「はい!統括AIってなにが違うの?文字通り統括してるってのは予想はつくんだけど」

 

元気のよい問いにばあちゃるはマスクの下で笑みを浮かべ人差し指を立てて説明する。

 

「はいはいはい。もちもちの言う通りそのまま同時に動く数多くのAIを統括するAIっすね。ただ、こっちは問題などが起こった際に学習して再び起きないように成長しなきゃいけないので使われるのは基本的に自己進化AIになるっす」

 

「自己進化AIはかなり精密でできてて弄ろうものならほぼ100%で起動しなくなるの。さらに犯罪などに使われないようにAIがそっち方面で使われるようなら通報する仕組みになってるわ」

 

「けど、この違法ワールドは機能してるよ?」

 

「ああ、なるほど。機能だけして閉じ込めてるっすね」

 

ばあちゃるの発言にえーちゃんは嬉しそうに指をさした。

 

「そう!弄ることはできないけど通報をさせないようにすることはできるの!違法だけどね。それで全部の権限を運営が持っているとしても主はこのエレンちゃん(仮)だから救出した後は私に任せてもらえれば統括AIに多少の権限、最悪ここから抜け出すくらいの権限は奪い返すことはできる!」

 

「おお!えーちゃん頼りになる!」

 

「問題は、その統括AIがどこにいるかっすね。もしトラップの一つにやられいたらやばーしっすね。完全に」

 

「トラップにやられる?…あ!」

 

ばあちゃるの発言にもちは思い出したかのように持ってきていた鞄から助け出したカエルの『つぶ貝』を取り出す。話を聞いていたのかゲコゲコと高ぶったように鳴いていた。

 

「プロデューサーちゃん!この子じゃない!?統括AI!」

 

「え!?このカエルがっすか!?」

 

「…いや、可笑しな話じゃないですよ。あそこのカエルは『魔女の家』をプレイしている人なら犠牲になることが分かってるから大蛇の所で食べさせてしまいますもんね」

 

「あー。そうだよね。今まで攫われた子達がプレイ済みの子だけならあそこで迷いなく入れちゃうもんね。納得だー」

 

「処分した後にAIの挙動がおかしくなったらまた新しい統括AIを設定して安定したら再びプレイヤーに処分させる。このサイクルなら自己進化AIも権限を自身で奪還できるように進化する前に処分できるってことっすか。よくこんな吐き気がするクソみたいなこと思い浮かぶな」

 

小声ではあるが、口を荒げて呟く。すぐに気を取り直し顔を上げる。

 

「はいはいはい。これで、完璧に反撃できるっすね!」

 

「そうだね!じゃあ、エレンちゃん(仮)を救出にいこう!」

 

決意を新たに進むばあちゃるとそらに一歩遅れてえーちゃんともちは歩き始めた。そこでえーちゃんがどこか驚いた顔をしていることに気付く。

 

「どったの?」

 

「え?ああ、昔読んだ統括AIの誕生について読んだ本のことを不意に思い出しただけだよ」

 

「あ、ちょっと気になるかも」

 

先日のじゃロリに自己進化AIやダイブのことを習ったもちにその話題はタイムリーであり、つい気になってしまう内容だ。それに苦笑しながらえーちゃんは言葉をつづけた。

 

「私もうろ覚えよ?確か、もともと平和になった世界にテロリストたちが戦争に使用するために開発したの。戦争に使用するロボットだったかな?それを使うにあたってハッキングなどされても守れるように、さらに指示もできる様に作られたのがその統括AIだったはず。たしかその計画名も見たんだけど…」

 

「おーい、もちもちにえーちゃん!!早く来ないと置いていくっすよー!」

 

「あ、今行くー!!」

 

少し離れたところからばあちゃるの声が聞こえ、離されてしまったことに気付く。二人は顔を見合わせ、追いつくように駆け出した。

 

「あ、思い出した!確か『少女兵器プロジェクト』だ!」

 

聞いたことのない言葉をとりあえず頭の隅に置き、もちはばあちゃるへと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいっすか三人とも。開けるっすよ」

 

ばあちゃるの確認に頷く。目の前には先程までいた廃墟ではなく、しっかりした扉。プレイ通りであればこの扉の先は魔女エレンの自室。自分たちはヴィオラではない。故にここからは完全に未知の領域だ。誰かが固唾をのむと同時にばあちゃるは扉を開いた。

 

「…誰?悪魔さん?」

 

部屋の中央にベットに一つの人影。それは先程確認した最初の被害者である、魔女エレンによく似た少女だ。しかし、その見た目は画像と違い頬はこけ、目は隈がひどいことになっている。画像のあるような顔立ちからひどくかけ離れていた。

その様子にもちはなんと言葉を発せばいいか分からなくなった。助けを求めるように、プロデューサーであるばあちゃるに視線を向ければ優しく頭に手を置かれ撫でられる。それはまるで『任せておけ』とでも言うような安心させるものであった。

 

「どーもー!世界初!?の男性バーチャルYouTuberのばあちゃる君です!フゥーーーーー!!」

 

それは彼が動画の開始時、または登場時にいうお決まりの挨拶だった。いつものようにおお振りのリアクションを取りながら自然とエレン(仮)へと近づく。そしてそれに続くかのようにそらも立ち上がった。

 

「持ちネタ終了だね、ばあちゃるさん!」

 

「ちょいちょーい!?そらそらー!いきなりひどいじゃないっすか!」

 

「そらとも。あ、まだそらともじゃなかったね!じゃあ未来のそらともさん、元気ー?ときのそらだよー」

 

「こらー!無視はダメっすよ、そらそらー!」

 

「え?え、え?ばあちゃるさんにそら、さん?」

 

完全にペースを握られたエレン(仮)は目をパチクリさせながら動揺している。部屋に漂わせていたどこか陰湿な雰囲気はすでななくなった。流れを掴んだ二人に敵わないな、と思いながらももちは追いつくように二人に並んだ。

 

「にゃっほ~にゃっほ~!ばあちゃる学園アイドル部の猫乃木もちです!初めましてだよね?よろしくね!」

 

「え、あ、はい。よろしくお願いします」

 

差し出された手に困惑しながらも応えてくれる、これだけでもちにとってエレン(仮)は助けるべき存在となった。それはばあちゃるにとってもそらにとっても同じだ。未来のファンになるであろう少女を救えなくて何がVTuberだと、三人の心は一つとなった。

 

「はいはいはい!今日はですね、なんとなんと!この三人で貴女を助けになんかきちゃったわけなんすよ!はいはいはい」

 

「急なコラボだったけど、無事ここまでこれたよー!」

 

「いやー、リアル魔女の家、大変だったねー」

 

「はいはいはい!いやー、ばあちゃる君のこの拳でね、デュクシデュクシと悪い奴は倒してきたっすからね。もう安心しかないっすね、完全に!」

 

「あながち間違ってないから何も言えない!?」

 

「あ、あの!」

 

声を上げるエレン(仮)に三人は一旦視線を少女に向ける。六つの目に少し怯みながら言葉を続けた。

 

「私、ここから出ません」

 

「えー!?なんでー!?」

 

「そうだよ!だってここ何にもないよ!」

 

「だって、私。色んな人を×しちゃった」

 

少女の言葉にそらともちは言葉を失う。それは以前よりこの家に招かれた者たちのことだろう。コンティニューなどないこのリアル脱出ゲームに無理やり参加させられた人たちは少なくはない。少女が直接手を下したわけでなくとも、彼女はこの家の主となってしまっている。まだ十も満たない子供だ。それに責任を負ってしまうのも仕方がないことであった。

 

「だから私は」

 

「君がやりたいことはなんだい?」

 

「え?」

 

視線は言葉を発したばあちゃるへ集中する。その言葉はいつもの様子はなく、どこまでも暖かくなる安心感を感じるものだった。

 

「君がここに無理やり連れてかれて、色んなことをやってしまったことはわかったっすよ。けど、今はそれを置いといて、君のやりたいことはなんだい?」

 

「私の、やりたいこと?」

 

「そう。例えばゲームをやりたい、とか。大きな声で歌を歌いたいとか。色んな人と関わっていきたいとか。君だけのやりたいことを教えてほしい」

 

ベットの前に座り込み、少女の手をその白い手袋越しに包み込む。頭を撫でられたことがあるからこそわかるが、あの手袋は案外薄く、手の体温を感じられるものだ。その証拠に、手を握られた少女はばあちゃるの人肌の暖かさに困惑している様子が見て取れた。

 

「け、けど。私、やりたいことなんて、言えない!」

 

「なぁに、心配することなんてないっすよ!困ったらばあちゃる君が相談でもなんでも乗りますよ!背中だって押してあげるっすよ!」

 

「ならわたしたちはあなたの手を引っ張ってあげる!確かに進むのは怖いけど、一人じゃないよ!」

 

「後ろにプロデューサーちゃんがいて前にそらちゃんがいる。なにそれ最強じゃん!なにも怖がることなんてないよ!ワガママ、いっぱい言っちゃお?」

 

ばあちゃるの手の上からそらが、さらにその上からもちが手を包む。それはとても温かいものであり、頼もしいものだ。少なくとも、抑え込んでいた少女のワガママを吐き出すほどの力は確かにあった。

 

「わ、わたし、『生きたい』!やりたいことなんていっぱいあって分からないけど、何もやらないまま終わるなんてゼッタイヤダ!だから、助けて」

 

「任されたっすよ、完全に!」

「任せて!」

「もちのロンだよ!」

 

何でもできる気が湧いてくる頼もしい三つの言葉に少女は確かな安心感を感じる。それはこの部屋に押し込まれてから久しく感じたものだった。その時、窓の割れる音が鳴り響いた。

 

「ごめん皆!少ししか持たなかった!」

 

「むしろいいタイミングだよ、えーちゃん!」

 

後ろから声を上げるのはばあちゃるより預かった端末により出した空中のパネルを操作するえーちゃんだ。統括AIを通して家にハックし最後のシステムを抑え込むという役目を担っていたのは彼女である。えーちゃんにより抑え込まれていたのは本家『魔女の家』において主人公を追ってくるラスボス的な存在。それが今、窓を割って部屋に侵入してきたのだ。

 

「ほらほら!ばあちゃる君の背中に乗って!逃げるっすよ!」

 

「わ、わわ」

 

「急いで!なんかもう動き出しそうだよ!?」

 

「うっわ、ゲームでも結構グロかったのに実際見るとやばい」

 

あまりのグロテスクなその姿にもちは無意識に後ずさりをする。そしてばあちゃるが少女を背に背負うと当時に部屋を飛び出す。それに遅れるようにその存在も這い蹲って追ってきた。

 

「ぎゃああああああ!?見た目がヤバいヤバい!?」

 

「やばーしやばーし!完全にR指定貰っちゃうやつっすね、完全に!?」

 

「あ、えーちゃん!?」

 

「大丈夫!障害物ならもう停止させてあるよ!」

 

二階廊下から走り出し階段を滑るように降り、大食堂を駆け抜ける。本編通りであれば脱出の際に椅子などが動いて妨害してくるものだが、それはすでにえーちゃんがハックをした際に停止させてあるため起きなかった。最後にエントランスから外に繋がる扉へ、入った時より一人多い状態で飛び出した。

 

「脱出ーーーー!!!!!!」

 

「ゲームクリアでフゥ――――!!!」

 

「やった!勝った!優勝した!!」

 

「おーさすがアイドル部。シロちゃんとおんなじこと言ってるー。あ、すっごい動いてたけど大丈夫?」

 

「…うん、ちょっと酔ったけど大丈夫」

 

喜びを分かち合う五人。入った時とは違う禍々しい館を背に和気藹々と話しながら歩き始める。しかし、その行方に立ちふさがるのは一つの小さな影。それは途中から姿を見せなかった黒猫だった。

 

「あ、悪魔さん」

 

「途中から様子が見えないと思ったら好き勝手やってくれてよ!ただで帰すと思ったか!」

 

「あー!途中から全然に見なかった黒猫だ!」

 

「見えなかった?」

 

「多分、つぶ貝が妨害してたかもしれないっすね」

 

「道理であんなに堂々と作戦会議してたのに何もしなかったわけね」

 

その姿に恐怖するのはばあちゃるの背負われている少女だけで、他四人はその存在を忘れている様子である。その様子はより黒猫を苛立たせた。

 

「そんな態度をとれるのも今のうちだ!オレの権限を使えばお前らなんて容易に捕まえれることを忘れるな!」

 

「ふーんだ!そんなの怖くないですよーだ!」

 

「ちょ!?そら!挑発は不味いって!?」

 

「ならお望み通り、お前からだ!」

 

黒猫の影から腕のようなものが飛び出し、それはそらへ目掛け飛んでいく。しかしそれはそらをとらえる前に何かに弾かれた。そして同時に黒猫突如として現れた光る球体に閉じ込められた。

 

「何!?」

 

「はっはっは!かかったなまーぬーけー!私がいる以上そらに手を出させるわけないでしょうが!」

 

「いえーい。私の演技も悪くないよねー?」

 

「え!?そんな打ち合わせしたっけ!?」

 

対誘拐用のプログラムを発動させ、そらを守り同時に拘束プログラムを起動させて黒猫を捕縛させた。一切の打ち合わせなしのそらとえーちゃんによる阿吽の息による行動だ。その自然な流れにもちは目をパチクリと瞬きさせた。

 

「クソっ!だが、これぐらいならすぐに抜け出せる!」

 

「バーカ、数秒あれば十分なの!」

 

「あとは任せたよ、ばあちゃるさん!」

 

「お任せフゥ――――!!」

 

そう声を上げる唯一の男性へ黒猫は視線を向ける。いつの間にか少女をもちに預け、上着を脱いで軽くネクタイを緩めている。それは動きやすいようにしていると分かった。そして自身の状況を確認する。少し離れているが背には魔女の家、正面にいるばあちゃるとの距離は約5メートルと助走つけるに丁度いい距離。そして自分が入っている球体はサッカーボールと同じくらいの大きさだ。これにより導き出された未来の姿を黒猫は理解した。理解してしまった。

 

「ま、まて!?」

 

「ばあちゃる君もね、実はかなーりおこっだったりっするっすよ。だから、手加減はなしで逝くっすよ!」

 

大地を踏み出し、力強い足取りで助走をつける。それは猫の姿のため通常よりも何倍も大きいばあちゃるが迫ってくるのは確かな恐怖を黒猫は感じた。そんな黒猫の心情などしらんと言わんばかりに足を思いっきり振り落とした。

 

「ばあちゃる君んンンン!!シュートォ!」

 

力強い叫びと共に黒猫の入った球体の檻は蹴り飛ばされる。悲鳴も上げれないほどの衝撃と共に球体は魔女の家の二階の窓から部屋に入っていった。

 

「ナイスシュート!」

 

「フィニッシュは任せたっすよ!もちもち!」

 

「任された!つぶ貝!」

 

もちの呼ば声に『ゲコ!』と返事を上げ、鞄からカエルのつぶ貝が現れる。そしてエレンだった少女に視線を送る。

 

「え、な、なに?」

 

「つぶ貝があなたにリンクを飛ばしてるだけだから心配ないよ。それとここからはあなたの力も貸してほしいの」

 

「わたしも?」

 

「難しいことはないよ!つぶ貝があなたにワードを送るからそれを私と一緒に詠唱してほしいの。そうすればあの因縁の家とはオサラバできるの!」

 

その言葉に禍々しい色をする館に視線を向ける。家の存在に黒猫の脅迫に恐怖心しかなかったが今は違う。力強い味方がいるとわかると今まで自分を虐げてきた家にやり返したいという小さな復讐心が胸に湧いた。

 

「うん!やる!」

 

「オッケ―!つぶ貝、よろしくね!」

 

そして少女はもちと並ぶように立ち上がる。久しぶりの大地の感触に少し感動を覚えるがすぐに持ち直す。そしてつぶ貝から送られてるワードをもちと合わせて詠唱を開始する。

管理者である黒猫が檻に閉じ込められた今、このワールドの権限は主である少女と統括AIであるつぶ貝へと移行する。

そして主である少女とつぶ貝に権威の使用を許可されたもちが同時に権限をフル活用すれば制限のない違法ワールドであるここでなら、なんでもできる。そう、文字通り『なんでも』だ。それこそ、もちが愛読する漫画の術だって使用ができる。

 

「「滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器 湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き 眠りを妨げる 爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち 己の無力を知れ 破道の九十 『黒棺』」」

 

詠唱完了と同時に魔女の家は漆黒の棺のように包まれる。そして棺の中で何かが押しつぶされる大きな音が鳴り響いた。

 

「はっはっは!これが完全詠唱の『黒棺』だ!君ごときでは理解する事すらできまい!!」

 

「もちちゃんノリノリだー!」

 

「え、あれ完璧に押しつぶれてる感じですよね?流石にヤちゃってないですよね?」

 

「はいはいはい。一応、統括AIが間に入ってるんでね、大丈夫っすよ。…けどあの感じ、統括AIもかなーりおこだったみたいっすね、えぐー」

 

「馬ー!もちちゃん!どこにいるのー!?」

 

やったことがとても同情できることではないのでばあちゃるは形だけの同情を送る。そして反対側の森から自分たちを呼ぶ声が聞こえる。えーちゃんが家にハックをしたと同時に外部に救難信号を飛ばしたので、それを頼りに応援がきてくれたのだろう。そして自分を呼ぶ、愛おしいその声に返事をしようと声を上げようとした。が。

 

「ばあちゃるさん!?」

 

緊張の糸が抜けたかのようにばあちゃるはそのまま倒れる。三人ともばあちゃるに駆け寄る。そしてそこには寝息を立てる姿が確認された。

 

「寝ちゃってる?」

 

「みたいね。シロさんの声が聞こえて安心して力が抜けちゃったのかしら?」

 

「今日は一番頑張ってたもんねー」

 

寝息を立てるばあちゃるにホッと、肩の力が抜ける。もちにとってそれが緊張の糸が切れるきっかけだった。力を抜けながら、もちはそのまま意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

「あ、起きましたか?」

 

もちが意識を取り戻すとそこは知らない天井だった。そして横にいるのは金髪ロリのツインテ少女は、自身が動画を上げる際などに力をよく借りる縁の下の力持ちのメンテちゃんだ。少し混乱する頭で外を見る。既に日は落ちており、綺麗な星空を描いていた。

 

「えっと、私は?」

 

「もちさんはあの後倒れてここに運ばれたんですよ」

 

「あ、そっか。私、気絶したんだ」

 

脳内に未だにある霧を振り払う様に頭を振る。徐々にはっきりしてくる意識にここは病院だと気づく。

 

「私、どれくたい寝てたの?」

 

「一日もたってないですよ。時間で言うと、大体11時間くらい寝てましたね」

 

時計を見ると針が指す時間は10時半。攫われたのは7時前後だとして逆算すると救援が来たのは11時頃。ならおおよそ4時間ものの間、あの『魔女の家』に捕らわれていた計算になる。体感ではその倍は滞在していた気がするもちはその短さに驚いた。

 

「後日でいいので、皆さんにお礼を伝えてくださいね」

 

「え?」

 

そういってメンテちゃんは廊下に繋がる扉を指さす。長時間の睡眠に体が思うように動かないが踏ん張って立ち上がり、扉を開けて廊下に出た。

 

「うわ」

 

そこには自分を除くアイドル部が全員が座った状態で眠りに落ちていた。すずとイオリは肩を預け合い、ピノはいろはに抱きしめられている。なとりに至ってはもっとも扉に近い位置を陣取って眠っていた。あまりの状況に言葉が出ず、メンテちゃんに視線を向ける。

 

「皆さんとっても心配してましたよ。とても配信できる状態ではなかったので夜の配信はおやすみにしましたらこの状態で『帰らない』の一点張りで」

 

「みんな」

 

心配させてしまった罪悪感以上に湧くのは愛されているという喜びだ。涙を出さないように堪えるが、一滴二滴と小さく流れた。

 

「あ、プロデューサーちゃんは!?」

 

「ばあちゃるさんなら反対側の個室ですよ。瞬間移動などの能力を多用しすぎた原因の過労でしょう。少なくとも明日1日はベットから絶対に出させません」

 

涙を拭いながら一緒に脱出したはずのばあちゃるの安否を心配しての問いの答えは思った以上に重傷というものだ。青い顔をするもちにメンテちゃんは慌てたように付け足す。

 

「あ、外傷などはないのでほんとに休憩させれば回復しますよ。もともと有給も貯まってましたし、ちょうどいいと思います」

 

「はは、そうだよね。プロデューサーちゃん、ずっと仕事してたし、ちょっとは休まないとね」

 

その後、まだ本日中にまとめなければいけない案件があるようでメンテちゃんは一、二言話して立ち去った。メンテちゃんが立ち去ったのを確認し、もちは音を立てず部屋を出て、対面の個室に入室した。室内は電気がついており、ベットに眠るのはいつもの馬のマスクを外したプロデューサー、ばあちゃるの姿とともに、先程まで看病していたのだろうと思われるシロがベットに頭を枕にして眠っていた。

 

「ふふ。愛されてんじゃん」

 

いつも邪険に扱っているシロがもっともばあちゃるに近い場所でいる。その光景はもちにとって、とても尊いものであった。そんなシロの邪魔にならないように、シロとは逆側に立つ。

 

「プロデューサーちゃん」

 

名を呼び、その頬を撫でる。既に半日以上たっているその頬にはチクチクと髭が指をくすぐった。それは未知の感覚でもちは小さく驚いた。

 

「今日は本当にありがとうね。プロデューサーちゃんがいなかったか私、きっとダメだった」

 

それは嘘偽りない本心だ。森の中でばあちゃると再会して、魔女の家を探索している時、そして犯人である黒猫と対峙していて少しも恐怖心を湧かなかったのは近くにばあちゃるが立っていてくれたからだ。それはいつも配信や動画投稿するときも同じであるともちは改めて再確認できた。

 

「最高にかっこよかったよ」

 

思い浮かべるのは今日のばあちゃるの雄姿。言動はいつも通りであったがその行動は常にもちやそらたちを守るために立ちまわっていたことを理解していた。そしてその安心感はやはり凄まじいもので私を含め、全員が不満を言わずに攻略できたのは間違いなくばあちゃるの功績だ。

 

「こんなの惚れ直すに決まってるじゃん」

 

自身の発言に頬を赤くする。彼に恋心を抱いたのはいつだったかは既に覚えていない。ただ、彼が常に自分の背中を押してくれる。肯定してくれるだけでもちは強くなれると確信していた。感謝と、そしてそれ以上の愛情をこめて、もちはその唇を重ねた。

 

 

 

 



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彼への想いとあたしの決意(猫乃木もち)

町の離れにある教会
そこには町にて有名なシスターが勤めていることで有名でどんな悩みも聞いてくれるらしい
また、個人情報の秘匿のため、最新鋭の設備が施された懺悔室があるようで…?



(番外編)


「ほえー、ここが教会かー」

 

平日のお昼過ぎ。『猫乃木もち』は自身が通う学園から少し離れたところにある教会へプロデューサーである『ばあちゃる』と共に訪れていた。本来、学生であるもちは平日であるため学園に通わなければいけないのだが、とある事件に巻き込まれた結果、一週間ほどの休学を指示されている。

 

「プロデューサーちゃん。ここにエレノアちゃんがいるの?」

 

「はいはいはい。そうっすよ。あの事件の後、ご家族の方たちがこちらに越してくれる事になったっすよ。それでエレエレにはカウンセリングとして同年代と触れ合いを目的にここにボランティアとして通ってもらうことになったっすね。はいはいはい」

 

『エレノア』。それは先日にもちとばあちゃるに加え、『ときのそら』と『友人A』が巻き込まれた通称『魔女の家』事件においての被害者の一人だ。事件当初は『魔女の家』に登場する『エレン』と呼ばれていたが、本名がエレノアと判明したことによりもちはそちらの名を呼んでいる。

 

「当日も思ったけど、活発そうな子だったもんね。身体が回復すればあとは運動すれば元気になれるよ!」

 

「はいはいはい。向こうの方じゃ死亡扱いされてたらしいすっからね。ご両親もそれなら再スタートとして丁度いいと言ってったすよ」

 

「思い切りのいい人たちでよかったよ」

 

行方不明になって半年。エレノアの両親は諦めなかったが周りはそうではなかった。その為、エレノアが無事に回復し復学しても無駄なトラブルを予想した結果の判断である。その判断にばあちゃるは感銘し、せめてお手伝いとしてエレノアが早くこちらに馴染むように学園とは別に交流の場となっているこの教会を紹介したのだ。

 

「エレノアちゃんは学校はどこになるの?」

 

「はいはいはい。それはですね、この教会からも最寄りの学校に転校予定っすね。この前にあった時は『ばあちゃる学園に進学する!』と言っていたのでもしかしたらウチの中等部に来るかもしれないっすよ?」

 

「お!ってことはピノっちの後輩ができるじゃん!」

 

「ピーピーに伝えたら喜びそうっすね、完全に」

 

「かかれー!!」

 

「え!?」

 

「ウビッ!?」

 

そんな談笑をしながら教会へ入ろうとするがそれより先に教会から複数の影が飛び出す。現れたのは小さな影、子供の影だ。それは掛け声と同時にばあちゃるに飛びつく。体格のいいばあちゃるは最初の2,3人程度なら余裕をもって受け止めていたが、さすがに7,8人と増えれば耐えきれず、ついには押し倒されてしまった。

 

「プロデューサーちゃん!?」

 

「えぐー!?ちょいちょーい!みんな重いっすよ!?」

 

「馬先生先週ぶり!」

「マスク外せマスク!」

「重くないよ!」

「抱っこしてー!」

 

「こ、これはいったい?」

 

ばあちゃるを押し倒した子供たちは彼の言葉など聞かずに好きに言葉を吐く。ばあちゃるの腹に乗る者。マスクを無理やり取ろうとするものと、もはや好き放題である。あまりの急な展開にもちはそれを少し離れた位置で呆然と見ることしかできなかった。

 

「こらー!おうまさんに失礼でしょー!」

 

「うわ、シスターだ!」

「お説教されるぞ!」

「逃げろー!!

「ほら、馬先生も!」

 

「ウビッ!?ばあちゃる君はシスターに用がッ!ちょ!?助けてシスタァァァァ!!」

 

飛び出してきた教会の奥から聞こえてきた可愛らしい声が響くと、子供たちは慌てだして逃亡を図る。そしてそれは、何故かばあちゃるも同行する形となった。振り払えば容易に脱出は出来るが、彼がそんなことをできるとは思えない。もちの予想通り、ばあちゃるは振り払えずに引っ張られ教会に隣接されている遊具広場へと連行された。

 

「もう!やんちゃなんだから!」

 

「あー!しすたぁだ!」

 

「はい?あら、もちちゃん!?おうまさんとご一緒だったのですか?」

 

教会から現れたのは『にじさんじプロジェクト』所属でVTuber界きっての清楚(真)と謳われる『シスタークレア』その人だ。教会での業務中だったのだろう。その姿は見慣れたシスター服を身に纏い、片手にははたきが握られている。

もちとクレアは直接的な共演はないが、もちが登録者5万人の記念の際にクレアからお祝いを貰ったことが付き合いの始まりだ。偶然にもクレアが飼っている猫の名前も『もち』であることから、クレアの方ももちに対して前々から親交を深めたいと思っていたとのこと。それ以降も直接会うことはなかったがSNSでは仲良くしているのを目撃されている。

 

「おうまさんが同行者がいると伺ってましたけど、もちちゃんだったなんて!感激です!」

 

「にゃはは。そこまで喜んでくれると嬉しいです!あ、そういえばしっかりと自己紹介してなかったですよね!ばあちゃる学園、アイドル部所属の猫乃木もちです!よろしくお願いします!」

 

「そんなに硬くならなくても大丈夫ですよ。配信の時みたいに力を抜いて、ね?改めてシスタークレアです。こちらこそよろしくお願いしますね」

 

固くなるもちに優しく諭す。その柔らかな優しさにもちは赤面をする。そんなもちの様子にクレアはくすくすと笑う。

 

「そ、そういえば!しすたぁはプロデューサーちゃんが来ること知ってたみたいだけど、なんでなの?」

 

「くすくす。実はおうまさんにエレノアちゃんことを相談されまして。でしたらここでボランティアとしてくるのはどうか、って提案したんですよ」

 

「え!?しすたぁが発案なの!?」

 

「そうなんですよ。先日まで放送していた番組でおうまさんとそらさんと共演させて頂いたおかげで、今でもお付き合いをさせてもらっていまして。先週にそらさんと一緒に顔を出されたときにそのことを聞いたので力になればと思いまして」

 

「それで教会だったんだぁ。プロデューサーちゃんと教会って結びつかないから想像できなかったけど、そういうことだったのかー」

 

予想外の協力者にもちは感嘆の声を上げる。思い出すのは既に終了した番組に共演していた三人の姿。その関係がそれで終わらず、未だに続いている事実にもちは胸が熱くなるのを感じた。

 

「あ、そうだ!プロデューサーちゃん連れ去られたんだった!?」

 

「それなら大丈夫ですよ。おうまさんはこの教会で人気者なので来訪される度にああやって連れてかれちゃうんです」

 

「あ、毎度のことなんだ」

 

予想外な答えにもちはガクッとコミカルに肩を落とした。その様子にクレアは笑みを零す。

 

「おうまさんはまっすぐな方ですから。子供はすぐに見抜いて懐いちゃいまして。なので来訪されるときはいつも時間に余裕をもってもらっているんです」

 

「あー。言われてみれば確かに。エレノアちゃんに会うだけならすぐに終わっちゃうもんね。道理でくる前に見たプロデューサーちゃんの予定が空いてるわけだ」

 

ここに向かう前に聞いたスケジュールを思い出す。教会での所要時間がやけにあるとは思っていたが、その理由が分からずじまいで首を傾げていたが、ようやく納得できた。

 

「ああなっちゃうと長いですよ。丁度私も休憩時間ですし、良ければ一緒にお茶でもどうですか?」

 

「いいの!?お邪魔しちゃいます!」

 

元気よく返事するもちに再びくすくすと笑みを零す。

 

「ではいきましょうか。今の時間なら中庭がちょうどいい日差しで気持ちいいはずです」

 

「わぁ、しすたぁとお茶だ!楽しみ~」

 

「くすくす。あ、そうだ!」

 

教会の中に招き入れる途中に思い出したように振り返る。急のその動きにもちは目を白黒させた。

 

「宣伝になっちゃうんですけど、この教会の懺悔室って最新鋭を使っているので外部に漏れることがほとんどないんですよ。もし、悩みなどあれば利用してみるのも手ですよ?」

 

「は、はぁ?」

 

脈拍のない宣伝にもちは首を傾げる。付け加えるように『一応教会の宣伝もお仕事なので』というのだが、それでもどこか不自然感が抜けずに残る。しかし、それよりも先に集中することがあると、もちはそのことを頭の片隅へと追いやった。

 

 

 

「フゥ――――。ここまでくれば安心っすね」

 

子供たちから逃げるように目の前のあった扉の中に隠れ、一息とる。子供の元気は底なしだと知ってはいたが、実際目の当たりするとより深く実感する。ばあちゃる自身も体力には自信があったが、さすがに十人前後の子供同時に1時間以上も相手をするのは体力が持たなかった。

 

「しっかし、ここはどこっすかね?」

 

小さい個室に小物を置く小さなテーブルと腰かけ用の椅子、そして小窓だけが設置された部屋。見たことのない構造にばあちゃるは首を傾げた。とりあえずテーブルを探ると小さなメモが置いてある。そこには『懺悔者側のボイスチェンジャーが故障、使用しないように!』と注意文が書かれていた。

 

「ああ。ここ、懺悔室っすね」

 

日中は教会から抜け出せないクレアの為に、とある番組で共演することになっていたばあちゃるとそらは打ち合わせの度にここに訪れていたことを思い出す。その際にクレアから懺悔室のことを聞いていたのだ。なんでも最新鋭であり、神父側と懺悔者側の両者にボイスチェンジャーが付けられており、個人の情報を秘匿できるようになっている。もちろん、望めば使用しないこともできるがこのご時世、極力個人情報を公開したくない人が増えての設置だとクレアが語っていた。

 

「ん?」

 

その時、反対側の個室の扉が開く音が聞こえた。防音もしっかりしているためか、微かでしかなかったが小窓から人影が見え、それが事実だと確認した。

 

「え、っと。神父さま?いらっしゃいますかー?」

 

(ッ!?もちもちー!?)

 

つい、漏れそうになる声を抑えながら驚愕する。隣に入ってきたのは共に教会へ訪れた猫乃木もちであることにばあちゃるは驚きを隠せない。声がそのまま聞こえてくるところからボイスチェンジャーが故障していることは確かだろう。そしてもちの発言からばあちゃるが隠れたこの部屋は神父側ということも分かる。

 

「あれ?いらっしゃいますかー?」

 

「はいはッ、…はい。聞こえますよ。すみません、ちょっと喉が」

 

「あ、わかります。いっぱい喋ると喉が痛くなっちゃいますよね!にしても、しっかり声変わってるんですね」

 

「え、ええ。貴方の方もしっかり加工されて聞こえてますので安心してください」

 

何時ものように返事を連呼しようとするが、寸前で気付き、演技をする。メモに書いてあった通り、故障しているのは懺悔者側だけのようで、ばあちゃるの声はもちにはしっかり加工されて聞こえていることが彼女の発言からわかる。その事実にばあちゃるは小さく息を吐いた。

 

「その、それで、懺悔。聞いてもらってもいいですか?」

 

「はい、かまいませんよ。あと、無理して畏まらなくてもよいですよ。話しやすい喋り方の方がすんなりと言葉も出るものですし」

 

「え、いいんですか!?」

 

それっぽいことを演技しながら伝えるともちは驚愕した声を上げる。それに苦笑しながら言葉を続けた。

 

「もちろんです。ここは誰にも言えないことを吐き出す場所ですから」

 

「え、っと。それならそうするね!えへへ。もち、じゃなかったあたしのは懺悔、というよりは悩みなんだけど」

 

「構いませんよ。悩みも貯めこむだけでは潰れてしまいますからね」

 

こうして、ばあちゃるは罪悪感を感じながらも、奇妙な状況からもちの懺悔が始まった。もちはアイドル部の中では交友関係が広く、その関係の悩みだと予想する。学園内であれば学園長であるばあちゃるには相談しにくいことだろうと思い、なら神父として的確なアドバイスをしようと意気込んだ。

 

「その、あたし。恋を、してるんです」

 

「ん゛ん゛!!??」

 

「へ?神父さま?なんか変な声が?」

 

「い、いえ。ちょっと唾が喉に。どうぞ続けて」

 

「は、はぁ」

 

予想していなかった事につい咽てしまう。

ばあちゃるとしてはアイドル部においては恋愛は禁止にしてはいない。もちろん、問題の種になりえる事を抱えるのはよろしくはないだろうが、彼女たちは花の十代で女子高生だ。その多感の時期を大人の都合で潰してしまうのはもったいない。たとえその果てが決していいモノでなくとも彼女たちの成長に繋がるのであれば支えることが大人のやることだと考えていた。ただ、その悩みの相談先がばあちゃる本人でない事。そして、何故か胸に湧く彼女の想い人への嫉妬心にばあちゃるは困惑した。

 

「その人はあたしたちの為にいろんなことしてくれて。そりゃあもう感謝なんかじゃ足りないくらいお世話になってて」

 

(…ん?)

 

「いつ恋したのかなんて分からないけど、気付いたら好きになっちゃったんです。にゃはは、それなのにその人。いっつも変わらないし、私たちのこと娘みたいなものな感じしか見てないし!まぁ、そんだけ歳離れてるから仕方ないんだけどさ。それがなーんか悔しくて悔しくて。つい困らせたくなっちゃうんですよ」

 

離していくうちに緊張が抜けたのだろう。友人と話すような軽快なマシンガントークが続く。問題はその話題の人物だ。

 

(も、もしかして。これってばあちゃる君のことだったりしたり??)

 

もちがアイドル部として活動し始めてからの友好関係はある程度把握している。そもそも近所報告よろしくにもちは自分のことをよく話す。また、ばあちゃる学園は女子高であり、もちの言う『お世話になっている相手』とはばあちゃる自身思い浮かばなかった。

正直、その予想はばあちゃるにとって完璧に予想外だった。もちの言うように年齢だって一回り離れているし、自分の彼女に対する扱いも、他のアイドル部の子達と同じで、年の離れた距離感の近い娘として扱っていた。それ故に、まさかもちの想い人が自分だと、考えもしなかった。

 

(あれも実は彼女なりのアプローチっすか?)

 

思い出すのはもちのダンス教師をやったと日のことだ。あの時の彼女の行動にはさすがに冗談が過ぎると思っていたが、それが恋故の行動だとしたら多少は納得できた。その事実が、彼女の想い人が自分である証拠だと理解してしまい、ばあちゃるは頬が熱が帯びる。そしてその胸には思ってはいけない感情だと理解しながらも嬉しさを隠しきれなかった。

 

「けど、その人のことが好きな人はあたし以外にもいっぱいいるし、あたしの大事な友達たちだって好きだってわかるの。だから、あたしは一歩引いてたんだ。踏み込みすぎると、あの人があたし以外を選んだ時、耐えられなくなるような気がして。けど…」

 

「…」

 

次の言葉を待つ。ここは懺悔室で、彼女は吐き出す人だ。なら催促するのはお門違いだとばあちゃるは考えた。少しの沈黙の後、もちは意を決して口を開く。

 

「ついこの前に大きな事件に巻き込まれたの。始めはどうしようもないくらいに怖くて何も考えられなくて、『もうだめだ―!』なんてふざけることも出来ないほどにどうしようもなかったんだけど、その人がいつものように助けに来てくれたの」

 

『魔女の家』事件。合流した時のもちの姿を思い出す。それはいつもの元気な姿とはかけ離れていて、顔も青ざめており、身体だって恐怖により震えていた。その弱弱しい姿は抱きしめて安心させてやりたいほどに酷かった。

 

「いつものように『やぁっと見つけたっすよー』なんて言ってるのにさ。肩で呼吸するくらい疲れてて、あたしを見つけるために頑張ってくれたんだってすぐにわかっちゃったんだ。気付いたら、恐怖なんてどっかいって安心感と嬉しさが胸に込み上げて。『ああ、あたしはどうしようもないほどにこの人が好きなんだ』って気付いちゃったの」

 

いつだったか、もちが『プロデューサーちゃんがいればあたしは何でもできるよ!』と言ってくれたことを思い出す。過大評価だ、なんて思っていたが事件当日の彼女の活躍を思い出すとそれも決して嘘ではないと理解した。それほどまでばあちゃるに信頼、親愛を向けていることにどうしようもないほどに嬉しい。

 

「あたし、どうすればいいのかな。もう前みたいに一歩後ろで見ていることはできない。けど、あの人が、あたし以外選ぶのは見たくないよ」

 

感情が高ぶり、声は涙に濡れる。プロデューサーとして言わなければいけないことはわかっている。けれどばあちゃるはその選択を選ぶことはない。先ある少女の未来を曇らすことなどそもそも選択肢にはないのだ。だからばあちゃるは、いつものように彼女の背中を押すことにした。その事実を知っている自分が一番傷つくことが分かっていたとしても。

 

「君は…どうしたいんだい?」

 

「え?」

 

「それはきっと茨の道だ。どうしよもないほどに過酷の道だ。周りから後ろ指をさされるような道でもある。諦めてしまった方がきっといいのかもしれない。けれどあえて聞くよ。君は、どうしたいんだい?」

 

「ッ!そんなの!決まってるじゃん!!諦めたくないよ!」

 

椅子から立ち上がり、吠えるようにもちは叫んだ。我慢していた感情を吐き出すようなその声は涙も混じっている。

 

「好きなの!どうしようもないくらい好きなの!!隣にいれるだけで幸せで、もしこれから先も一緒にいられるなら何て考えるだけで口が勝手ににやけちゃうくらいに好きなの!!けど、友達も好きなの!あたし、わかんないよぉ」

 

「…道は一つではないっすよ」

 

「え?」

 

神父の言葉にもちは俯かせた顔を上げる。扉の先にいる神父の影が想い人と重なる。

 

「言わせたいやつに好きなだけ言わせておけばいい。自分が幸せだと思うゴールを見つけてそこに突っ走ればいいっすよ!わかんないなら頼ればいい。だって貴女は、一人ではないのでしょう?」

 

その言葉にもちは親友たちを思い出す。彼女たちも自分と同じ感情であるならば、求めているものは一つ。道はかなり険しいが、不可能ではないだろう。

 

「にゃはは。こんなとんでもないアドバイスをするなんて、神父さまって悪い人なんだー」

 

「はて、なんのことっすかね」

 

惚ける神父にもちは笑いが込み上げてくる。なんて、あの人に似ているのだろう。胸には神父へ対する感謝の気持ちが大きくなっていた。

 

「ありがとうございました。あたし、やります!」

 

「…茨の道です。とても過酷ですよ?」

 

「それでも、あたしは『あたしたち』の幸せを諦めたくない。どうせなら、みんな幸せになるほうがいいに決まってるもん!」

 

「…そう、っすか。なら、私は止めません。頑張ってください」

 

「はい!」

 

元気のよい返事と共にもちは懺悔室を後にした。神父側の扉を小さく開け、その背中を見る。やる気に溢れるその背中にばあちゃるは満足げに頷き、扉を閉めて椅子に座り込んでしまう。

 

「…やってしまった」

 

マスクを外し、顔を手のひらで覆いながら呟く。あんなアドバイスをしてしまった以上、もちからのアプローチはより過激なものになるだろう。そしてその矛先が自分であることも発覚している。これからのことを考えると頭を抱えてしまう。

 

「えぐー…マジンガー…」

 

口癖はいつもと違い弱弱しく空気へ溶ける。

 

―彼女の恋心を知っていながら気づかないフリをしなければならない。少なくとも卒業するまでは応えてはいけない。大丈夫。耐えることは慣れている―

 

「頑張るしかないっすね」

 

―しかし、あそこまでまっすぐな好意を情熱的に語られると、どうも感情が高ぶってしまう。ああ、この動機は気のせいであってほしいものだ―

 

誰にも見られていないのに口角が上がるのを手のひらで隠しながら、悲壮感あるはずのその決意は何故か歓喜に震えていた。

 

 



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彼についての私たちの定例会2

週初めの月曜日
いつもの様に放課後にアイドル部全員が部室に集まってのミーティング
その日もまた、いつもの様に話が逸れて…?


「はい。それじゃあ毎週恒例の週初めアイドル部定例会を始めまーす」

 

ばあちゃる学園のアイドル部の部室にて、生徒会会長の夜桜たまの宣言と共にパチパチとちいさな拍手が零れる。前回と同じように脇を固めるのは同じく生徒会に所属する会計の北上双葉と書記の木曽あずきだ。

 

「まず初めに、とある事件に巻き込まれて今まで休学していた猫乃木もちちゃんが復学します。はい拍手!」

 

「にゃっほ!にゃっほ~!もちにゃん完全復活だよ!」

 

「もう!遅いですよ!」

 

「なとりん~!ノート貸してくれたり色々とホントにありがとね!」

 

名を呼ばれ立ち上げるもちに溢れんばかりの拍手が送られる。一週間ほど前に起きた事件により、事情聴取や休養の為に休学していたもちは久しぶりの友人との再開に目元には涙が小さく溢れていた。

 

「この後は予定なければ復学祝いに小さなパーティーやる予定だけど空いてる?」

 

「ホント!?空いてる空いてるよ!私、今日は超フリーだよ!」

 

たまの言葉に興奮を隠しきれずに答える。その様子はあまりにも必死で見ていた全員は小さく苦笑した。

 

「なら早く定例会おわらせよーよ。連絡って何があるの?」

 

「こらこらゴン、あまりせかすな。と言ってもあまり大したことはないよ。ね、あずきちゃん?」

 

「自分で確認してほしい、と思います。…はぁい、わかりましたよ」

 

『ん?』と小さく笑みを浮かべるたまにあずきは根負けし、端末からメモを展開する。

 

「会長の言う通り大したことはないのですが、二点ほど、あります。一つはまた外部から講師が来ます」

 

「え、また講師の方を呼ぶんですか?」

 

「のじゃロリさん来たのは先々週だから、あまり空いてないね」

 

ばあちゃる一派の言葉に一緒に聞いていたすずも頷く。確かにアイドル部はVTuberとして活動しているがその関係者を学園に講師として呼ぶことはあまりなく、以前に来訪したのは大よそ半年前であり、その時来訪したのもちえりの個人時代の繋がりからのユキミお姉ちゃんこと『姉崎ユキミ』だ。

 

「うまぴーから誰が来るかもう聞いてるよ。確かね、アカリちゃんが来るって言ってたよ」

 

「アカリちゃんか!」

 

「シロぴーとたまーに遊びにくるけど講師として来てくれる初めてだね!」

 

SNSでわずかであるが交流があるいろはは嬉しそうに声を上げる。ミライアカリは先輩であるシロと非常に仲が良く、シロが学園に来る際に一緒にやってくることが度々あった。直接声を交わすことは少ないがやはり知った顔が来るのは嬉しいものだ。

 

「もう一個は会長のおかげ、というか、せいというか」

 

「ん?私?」

 

急に名を呼ばれきょとんと呆気を取られ、自分の顔に指を向ける。そして、同じ生徒会の仲間の二人から妬みの視線を向ける。

 

「え、えと?双葉ちゃんもあずきちゃんもどうしたの?」

 

「抜け駆けはよくないよ、たまちゃん」

 

「以下同文」

 

「え?え?…あ」

 

二人の発言に、クエスチョンマークが頭を埋め尽くすが、『抜け駆け』というワードに答えを導かせる。しかし、それに察せるのはたまだけであり、同じく分からず首を傾げていたちえりが声を上げる。

 

「抜け駆けって、たまちゃんなにかズルしたのかなー?」

 

「ズルじゃないよ!ただ、馬Pのお仕事のお手伝いをするようになっただけで」

 

「それってズルじゃないですかー!」

 

「えー!?いや、これズルになるの?」

 

ピノの指摘にたまは首を傾げる。もちろんしっかりとした理由がある以上、ズルとは少し違うのだが、ばあちゃると共に入れる時間は確かに増えるものなのでどうやっても嫉妬心は湧いてしまうのである。

 

「ほらピノさん落ち着いて。それでそれが何の理由になるんですか?」

 

「作業効率が良くなったのでメンテちゃんにより有給消化を指示されたそうです。日程はまだ決まってないそうですが、近いうちにお休みをとるそうです」

 

「うまぴーがおやすみ!いいなー」

 

「平日に休めるのってなんか特別な感じがしますよね」

 

多忙の身である大切な人が休みを素直に祝福するのはすずとイオリだ。一緒にいられないのは寂しさを感じるが、多忙さを知っているアイドル部の面々はメンテちゃんの指示には基本的には賛同した。それでも双葉とあずきからの視線は未だに止まらず、耐えきれずにたまは声を上げた。

 

「もー、わかったよ。今度馬Pの仕事お手伝いする時は二人も誘うよ」

 

「いえーい」

 

「優勝した、と思います」

 

ハイタッチをする双葉とあずきにたまは苦笑を零す。もし、自分も同じ立場なら同じように嫉妬していただろうと容易に想像できるため、それに責めることはできなかった。

 

「そういやばあちゃる号って最近『困ったら声かける』なんて言ってたよ!」

 

「プロデューサー、やっとめめめ達を頼るようになったの!?」

 

「なら積極的にこっちから声をかけていけばいいかもしれませんね!」

 

たまをきっかけに少しずつ変化し始めたばあちゃるの姿により各々が興奮したように声を上げる。少し前までは全部ひとりでやってしまう姿に心配しかできず、歯がゆかったからこそ今の変化はお世話になっているアイドル部の面々にしては非常に嬉しい変化であった。

 

「お手伝い申し出るのはいいけど、あまり迷惑かけないようにね」

 

「ですが、迷惑になるくらい声かけないと手伝わせてくれない、と思います」

 

「うまぴーだもん。しつこいくらいがちょうどいいとおもう」

 

「言わんとしてることはわかる」

 

『自分の時のかなり強引だったし』と内心ぼやく。しかし、その甲斐もあって今の関係を得られたのでたまは苦笑するしかなかった。その時、あずきが操作するPCにメールが届く。そのメールの通知音に以前、追い掛け回せれるきっかけになったため、隅ですずがビクッと肩を震わせた。

 

「誰から?」

 

「メンテちゃん、ですね」

 

「また動画?」

 

内容は『ばあちゃるさん監視記録です。確認お願いしますねm(__)m』となっている。その文面に首を傾げるが、もちが思い出したように声を上げた。

 

「あー思い出した!休んでるときに事務所に行ったときにメンテちゃんが件の事件でついに堪忍袋の緒が切れてプロデューサーちゃんの監視をする!って言ってた!」

 

「ってことはそれはばあちゃるさんの…」

 

「一日の監視記録、ってこと」

 

緊迫した空気に意味が分からずイオリは首を傾げる。神妙な顔つきで頷きあい、最後に全員があずきに視線を送る。それに応えるように投影されたモニターに動画が再生された。

 

「うまぴーの寝顔だー!」

 

「その、急にアップで映されるのは、ちょっと心臓に悪いですね」

 

「…あずきちゃん」

 

「はぁい。スクショして皆さんに送っておきますね」

 

(…あれ?これ、もしかしてヤバいのでは!?)

 

背中に冷や汗が伝うのを感じるのはもこ田めめめ。実は未だにアイドル部の面々には毎朝にばあちゃる宅に赴いて朝食を共にしていることは誰にも言っていない。

 

(こ、これは、めめめ死んだか!?)

 

朝食を共に作り、共に談笑しながら食べる。もし自分が聴いたら発狂ものだが、それを実行しているのは他でもない自分だ。もし、このことが知られれば、ちえりーらんどの減給程度では済まされない。呼吸が荒くなり、額に汗が伝う。

 

「急に震えだしてどうかしましたか、めめめお姉ちゃん?」

 

「うぇ!?な、なんでもないから大丈夫だぞ!」

 

「お腹でも壊した?トイレ行く?」

 

「ほほほ、本当に大丈夫!なんかいきなり過去の失敗を思い出しただけだから!」

 

「あるある。牛巻も仕事してたら最初の方にミスがあったのが見つかって長時間の作業が全部無駄になったのをよく夢で見るよ」

 

「強く生きろよりこちゃん」

 

ちえりはハイライトを消えた目で遠くを見るりこの肩をそっと叩く。そんな光景を余所に動画は自動で早送りになり、気付くと朝食を作る場面へと変わっていた。

 

「メンテちゃんが編集した後っぽいね」

 

「基本カットが多いですから早送りは珍しい感じがしますね」

 

「うまぴーって起きるまでいっぱい時間かかるけど、起きるとさっと動いて凄い!」

 

朝の身支度に着替えを済ませ、後はネクタイを結んで馬のマスクを被り背広を着ればいつものばあちゃるの姿となるところでキッチンへ赴く。そして無音のキッチンに何か思い出したように呟いた。

 

『そういえば、今日は来れないって言ってたっすね』

 

「は?」

 

(ッッセーーーフッ!!!!)

 

たまの冷えるような低い言葉と裏腹にめめめは力強くこぶしを握り、小さくガッツポーズをとる。思い出してみれば、コラボ配信でいろはの家に泊まった日はばあちゃるの家に行っていなかったことをそこで思い出した。

 

(さすがいろは!いろははめめめの女神だ!!)

 

「え、なに?馬Pの感じだとまるで毎朝来てる感じだけど?」

 

『すっかり朝食食べる習慣ができちゃったすね。軽めでも何か作るっすか』

 

「え?うまぴーって料理できるの?」

 

「一人暮らしだから嗜む程度はできるみたい。なとりんみたいな凝ったのは作れないってこの前言ってた!」

 

双葉の問いに、休学中に何かと行動を共にしていたもちが答える。その際にばあちゃるが作ったお弁当を食べたという自慢話に羨む視線が集中する。よく食べることで知られている双葉からの嫉妬を含む視線は予想できたが、まさかりこからも同じ視線が送られることにもちは小さく驚いた。

 

「りこちゃんがそんなあからさまの表情するの珍しいね」

 

「いやその、牛巻もばあちゃる号のお弁当、食べたいなーって」

 

「ふふ。そうですよね。ばあちゃるさんのお弁当、美味しそうですもんね」

 

「ううぅ!米っちがいじめるぅ!」

 

秘密の逢引を知っているなとりは、珍しくも嫉妬するりこに対して笑みを浮かべる。いつも余裕があるりこが赤面をしながらなとりに訴える姿にすずは天を仰いだ。

 

『…最近一緒に食べてたから気付かなかったすけど。一人ってさびしいっすね』

 

「ほら!やっぱ誰か来てるよ!しかも最近って言ってる!?シロちゃんだったら最近なんて言わないもん!」

 

「な、なぁたまちゃん。もし、もしだよ?一緒に食べてるのがシロちゃん以外だったらどうするの?」

 

「燃やす」

 

「燃やすの!?」

 

「ちえりーらんどで永久時給一円の刑かなー?」

 

「でしたらついでにその作業先に私のゴリラも一緒に配置お願いしますね」

 

「うっそだろ!?燃えながらちえりーらんどでゴミ箱並べて、ゴリラから逃げなきゃいけないの!?」

 

「お星さまになっても大丈夫ですわ!隣には私の病院がありますもの!」

 

「死ぬことも許されないの!?」

 

あまりの罰の大きさに、めめめは誰にも言わないことを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動画はばあちゃるが家を出たと同時にカット編集により場面が変わる。そこはどこかのスタジオから近くにある小さなお店のようだ。

 

「看板見て入ってたけど、ここって何屋さん?」

 

「茶葉屋さんですよ。お茶葉を専門で取り扱っているお店です」

 

「前におうまさんに私が紹介したんです!」

 

「茶葉は贈り物としても使われますし、プロデューサーもそれで購入するのでは?」

 

ラマーズトリオの答えになるほどと呟き頷く。どうやら予約を入れていたのか、商品を持たずにそのまま店員に声をかけ、会計へと移る。そこでレジ前にある商品に気付いた。

 

『へぇ。ほうじ茶っすか』

 

『よかったらどうです?今ならお安いですよ』

 

そしてレジ前の商品を手に取る。どうやら今の目玉商品で多少の割引をされているようだ。そこでふと、値段が目に映った。その値段になとりは驚愕する。

 

「五千ッ!?ちょ、そんな高級品!」

 

『はいはいはい。なら3セットほど頂いちゃいますね。いやね、知り合いにほうじ茶が好きな子がいるんすよね!』

 

「3つ!?いちまんごせんえん!?!?!待って、ばあちゃるさん待ってください!?」

 

『全部贈り物として包装してもよろしいでしょうか?』

 

『お願いしまふぅぅ』

 

「ばあちゃるさん!?」

 

ばあちゃるのことだ。きっと購入したほうじ茶の茶葉は全部そのままなとりに送られることは容易に想像できる。しかし、学生であるなとりはその贈り物の予想以上の値段にただただ驚くことしかできなかった。

 

「…なとちゃん、お茶するとき呼んでね」

 

「ちゃっかりしてますね、双葉さん」

 

「じゃああれ、値段気にせず貰える?」

 

「無理ですよぉ」

 

「いっその事、学園長室において馬P含めた皆と飲むようのお茶として使えばいいんじゃない?」

 

「それです!それで行きましょう!さすがです会長!」

 

いつか貰う高級品の着地点を無事見つけ、なとりホッと安堵の息を吐く。気付くと場面は店を出たところと変わっている。その時、軽快な走る足音が聞こえてきた。

 

『ぶちとばしていくぜー!!』

 

『おおうっ!?ってそらそら!?急に飛びついてくると、さすがのばあちゃる君もびっくりっすよ!』

 

某ダークエルフの物真似をしながらばあちゃるの背に飛びつくのは『ときのそら』。焦るように言ってはいるがその足腰はしっかり力が込められており、多少の衝撃では倒れないように踏ん張っている。そのことを知っているそらは、ばあちゃるならしっかり受け止めてくれるという信頼が生まれ、遠慮なくやっていることを彼は知らずにいた。

 

『もう、そら!急に走り出さないで!ってばあちゃるさん!?』

 

「お、えーちゃんも一緒だ」

 

「猫乃木さんを除いた件の事件の被害者の方々ですね」

 

そらを追いかけてきた一人の女性、『友人A』はそらと共にいたばあちゃるの存在に驚き、少し赤面をする。

 

『んん?どうしたっすかえーちゃん?』

 

『い、いえ。なんでもないですよ』

 

『んふふふ。えーちゃんねー、あの事件の時にばあちゃるさんにおんぶしてもらったり、腕に抱きついたりしてたこと思い出してるんだよー』

 

『ちょ、そら!それは言わない約束でしょ!?』

 

『えー?そうだったかなー?』

 

「え、そんなことあったの?」

 

「あっちゃったんだよ。けど、えーちゃんは許してあげて。あの時ガチで怖かったから。もう、ヤバくて叫ぶことしかできなかったくらいヤバい」

 

「ヤバいを二回も言うほどだったんですね」

 

「うん。プロデューサーちゃんがいなかったら正直あたしもヤバかった」

 

青い顔するもちをなとりは優しく背中を撫でる。近くにいたいろはとめめめがそっと手を繋ぐ。当時は興奮もしていたおかげでそこまで気にすることはなかったが、事が終わった後に死ぬ危険性もあったことも知り当時の恐怖が倍増して襲ってきている。それを癒すための休学でもあることはアイドル部の面々には伝えれていることだ。そのため、今のもちの状態は予想できることであったのですぐに対応することが出来た。

 

「このあとパーティーだよ!嫌なことなんて忘れちゃおう?」

 

「めめめたちがいるぞ!」

 

「…うん。ありがとね」

 

なんとか落ち着き、再び動画へ視線を向ける。どうやらそのまま三人で移動しているようだ。

 

『結局のところ、真相は分からず仕舞いなんですね』

 

『はいはいはい。そうっすね、犯人も口を割りませんし。あんな大規模なワールドをあるならきっと協力者はいると思うっすけど』

 

『まあ、そこは警察さんのお仕事だし、あまり口出しするべきじゃないよね』

 

『けど、やっぱ気になるわ』

 

『実はばあちゃる君も納得してないんで知り合いに声かけて独自で調べてるっすよ。よければえーちゃんも参加するっすか?』

 

『是非!』

 

『危ないことはダメだよ!』

 

『大丈夫っすよ。もしものことになったらばあちゃる君が守りますから!』

 

『あぅ』

 

『そういうとこやぞー!』

 

「わかる」

 

「うまぴーが一番心配だよ!」

 

「それもよくわかる」

 

そらとイオリの言葉に全員して2度頷く。雑談はそのまま続き、気付くとそらたちが用があるスタジオについたようだ。別れの挨拶の前にそらは何かを思いついたのか、笑みを浮かべばあちゃるを見た。

 

『あ、そうだ。ばあちゃるさん、懺悔室はどうだった?』

 

『ッ!?そらそら!?それをなんでッ!…まさか!?』

 

急に変わる二人の雰囲気にえーちゃんはオロオロと交互に視線を飛ばす。ばあちゃるはそらの言葉により、先日教会で起きた小さな事件の裏にそらが関与していることを見抜いた。ばあちゃるの睨みつけるような視線に対し、そらは何時ものようににこにこと笑みを浮かべている。

 

『そら?どういうこと?』

 

『…私は恋する女の子には諦めてほしくないの。だから、しすたぁと子供たちに頼んで一芝居うってもらいました!』

 

『な、なんで、そんなことを?』

 

『ふっふっふー。そんなのあの時のもちちゃん見てれば分かるよー。それにね』

 

一目えーちゃんの顔を見る。急に視線を向けれてえーちゃんは変わらず混乱しているが、その様子に満足したのかいつもの満面の笑みを浮かべた。

 

『私も、もちちゃんといっしょだから。だから、諦めてほしくないって思ったの』

 

『そらそら、それは』

 

『さて!私たちはここで収録があるからお別れだね!またね、ばあちゃるさん!』

 

『ちょ!?そら、引っ張らないで!?』

 

そのまま風のようにスタジオへ駆け込み、その姿は直ぐに奥へと消える。ばあちゃるは少し呆然とし、少し頭を抱えた。

 

『やばーしっすよこれ、完全に』

 

「こ、これって」

 

「つまり、そういうこと、だよね?」

 

懺悔室の出来事については知らないが、今のそらとばあちゃるのやり取りに肝心なところには気付けた。

 

「猫乃木さん。これは?」

 

「…多分、ホント。事件の時もそらちゃんはずっとプロデューサーちゃんを頼りにしてたもん」

 

二人の会話に何か思うところがあるもちは考えながらそう答える。そして、何か納得したかのように頷いた。

 

「ありがと。しすたぁ、そらちゃん」

 

「どうしたの?まだ辛い?」

 

「ううん!もう大丈夫!ただ、凄い人がライバルだなって思っただけ!」

 

気付かぬところで背中を押してくれた尊敬する先輩達に礼をし、もちは笑みを浮かべ顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『元気ですかオマエラー!』

 

『ちょ、急に声出してどうしたのだマスター氏!?』

 

『いやね。言わなきゃいけない気がしましね』

 

『マスターさんの発作みたいなもんじゃし、無視安定じゃよ道明寺』

 

『辛辣過ぎません、ねこますさん?』

 

『はいはいはい。賑わってるみたいでばあちゃる君も嬉しい限りっすね。完全に』

 

場面は変わり夜の叙〇苑。ばあちゃる、道明寺晴翔、のじゃロリ、そしてふくやマスターの4人で机を囲んでいた。

『魔女の家』事件の際に協力を頼んだ三人にばあちゃるがお礼として〇々苑に誘ったのが事の発端だ。流石に未成年の晴翔がいるため、飲酒は禁止であるが、それでもやはり焼肉は盛り上がる。開始してまだ間もないのにボルテージは確実に上がっていった。

 

『しかし、剣持氏が来れないのは残念だったな』

 

『超残念がってたっすねー』

 

『VTuberを一番抱えてるにじさんじさんじゃし、未だに後処理に追われてるって言ってたのじゃ』

 

『それにしてもばあちゃるさん。全員分出してもらっちゃうなんてすみませんね』

 

『はいはいはい。それなら大丈夫っすよ!ばあちゃる君あまりお金使わないっすから貯まっちゃってますし、なにより皆さんには手を貸してもらったっすからこれぐらいのお礼はさせてほしいっすね。完全にね』

 

「いいなー!いろはもうまぴーのお金で焼肉食べたーい!」

 

「双葉もたべたーい」

 

「はいはい。また今度ばあちゃるさんにお願いしましょうね」

 

その光景に羨む二人になとりは苦笑を零す。そこでばあちゃるの同姓の交友関係について詳しく知らないことを思い出した。

 

「何気にばあちゃるさんが友人とどこかに行くなんてあまり聞かないですよね」

 

「言われてみればそうだねー」

 

「のじゃロリさんとか向こうから用事込みでくることはよくあるけどね」

 

『それで、結局事件の真相はわかったの、ですか』

 

『敬語がおぼつかないぞ、道明寺ィ!』

 

『無理して敬語にしなくても大丈夫っすよ。今回は完全にプライベートっすかね』

 

『ぐッ!…うむ、恩に着るぞばあちゃる氏』

 

『ねこますさんホントにお酒入ってない?明らかに酔ったテンションでしょ、それ』

 

『…久しぶりの焼肉なのじゃ、察して』

 

談笑しながらも動画は続く。晴翔の問いに改めて応えるためにばあちゃるは少し喉を整えた。

 

『今日、そらそらとえーちゃんにあった時に二人にも伝えたっすけど、残念ながら進展はなしっすね。犯人が完全にダンマリ決めこんじゃって』

 

『ふむ。ワールドのアクセスログなどどうだったのだ?』

 

『徹底してたみたいっすね。被害者と犯人たちのみしかなかったっすよ』

 

『ねこますさん伝でお手伝いさせてもらいましたけど、被害が結構でかいみたいですねぇ』

 

『ワールドうんぬんは妾が勉強してる部門じゃし、今回のことは結構頭にきてるのでこれからもお手伝いしますのじゃ』

 

『個人で調べることは少ないっすけど、これだけ頼れれるメンバーならすぐに解決できる気がするっすね!』

 

『えーちゃんも手伝ってくれるみたいですし、百人力っすね!』と締めくくり、ちょうど焼け始めた肉をそれぞれの皿へ乗せる。食事が進み、談笑の中、問題のワードはマスターから放たれた。

 

『そういやばあちゃるさんってお付き合いしてる女性とかいないんですか?』

 

「「「「!?!?!?」」」」

 

瞬間、部室には電流が走る。アイドル部の全員がばあちゃるの好意を向けてはいるが、誰も真実を知るのが怖くてそのことを聞けずにいた。その問題はあまりにも不意打ちに、そして画面越しにばあちゃるに投げられた。

 

『そういや妾もしらないのじゃ。とりあえずシロちゃんとは違うってのは分かっているんじゃが』

 

『む。そうなのか?オレはてっきりシロ氏とお付き合いしてるか、それに近い関係だと思っていたが』

 

『違うっすよ!シロちゃんとはなんというか、家族が近いっすかね。それにもし手を出したりしたらばあちゃる君炎上しちゃうんでね』

 

『…手を出してもシロちゃんは文句は言うけど、拒否はしないはずじゃよね』

 

『む?ねこます氏、何か言ったか?』

 

『なんでもないのじゃ』

 

『ばあちゃるさんなら多少の炎上なんて何ともないじゃないですか!じゃあじゃあ、お付き合いしていた女性とかは?』

 

同姓だけの場のためか、いつもよりばあちゃるのガードが緩いことがわかる。さらに場の雰囲気もその話題で盛り上がっている以上、今の状態なら喋ることが容易に想像つく。ゴクリッと誰かが固唾を飲んだ。

 

『お付き合いも実はないっすけど。告白されてフラれたことならあるっすよ』

 

『ん?告白されてフラれた?どういう状況なのじゃ、それ』

 

『その女性、ちょっと過去に色々一緒に行動して、認めたくないっすけどばあちゃる君とはパートナーって感じの仲だったっすけど。とある事情で彼女が抜けることになったっすよ』

 

『ほうほう。続けて』

 

『その時に告白されて、そのまま続けざまに『貴方が私に好意がないのはわかります。なので絶対振り向かせて告白させてやりますよ!』なんて言ってフラれました』

 

「強かな方ですね」

 

『ちなみにその後『それはそれ、これはこれ!』と言われて押し倒されたっすね』

 

「前言撤回です!その方最低だ―!?」

 

あまりの事実に代表としてピノの叫びに各々は頷く。男性陣もあまりの展開にさすがに少し引いていた。

 

『えぇ…ばあちゃるさんはそれを断らなかったのです?』

 

『当時は二十もいかない頃だったっすからね、何よりばあちゃる君もその女性に対してある程度信頼はあったっすからまあ、あとは流れっすね』

 

『その人とはまだ定期的に会っておるのじゃ?』

 

のじゃロリの質問はまさに今のアイドル部が聴きたい事だった。仕事を共にしなくなったということは離れた可能性もゼロではない。できればそうであってほしいと、すずは祈りを込めた。

 

『ばあちゃる君も彼女も業界的にはある意味有名人になっちゃったっすからね。会う機会は少ないっすよ』

 

『と、いうことは会ってないわけではないということか』

 

『ぶっちゃけ!その女性は誰ですか!』

 

『グイグイくるっすね、ふくふく。と言ってもここにいる全員知っている人物っすよ。特にこの中ならはるはるが一番付き合いがあるっすね』

 

『オレが知っているばあちゃるさんほどにキャリアがある女性?…いや、まさかっ!』

 

晴翔が思い出したのは最近ゲーム部とよくコラボをし、ゲームのスポンサーのような立場にいる人物。それ人は確かに有名人できっとこの業界にいる人物であれば知らぬ人がいないだろう。しかし、その人物はどうもばあちゃるが言う人物と一致しなかった。

 

『ま、まさかですが、その女性って『エイレーン』氏だったり?』

 

『そうっすそうっす。動画見る限りまた限界ギリギリやってるなーとは思ってたっすけど、その反応を見る限り相変わらずみたいっすね』

 

『ぶふぉっ!?エイレーンさん!?』

 

『た、確かにある意味有名人だ。それこそアイちゃん並みにヤバいやつだ』

 

その反応は驚愕の一言。のじゃロリは口に含んでいた飲み物を吹き出し、マスターはガチに引いていた。

 

『し、しかし!あのエイレーン氏が振り向かせるなど響くような告白するとは思えん!』

 

『はるはるが予想以上に辛辣っすね。けど、その後の行動を考えれば納得っすよ』

 

『フラれたのに押し倒された、だったよな?』

 

『…やるな。エイレーン氏ならやるぞ、それ』

 

『直接対面したことがないのじゃが、強烈な方じゃよね』

 

『はいはいはい。納得してくれたならね、ばあちゃる君もホッとするってもんっすよ。さてさてさて、ばあちゃる君も答えたっすからね、次ははるはるにも答えてもらいましょう!実際、みりみりとどこまでいったんすか?』

 

『な!?アホピンクは関係ないだろう!?』

 

『あ、それ妾も気にある。ほれほれ、さっさと喋った方が吉じゃよ?』

 

『ねこますさんホントに酔ってないの?めっちゃノッてくれるじゃん』

 

自然に矛先を変え、ばあちゃるの話題は終了する。これで最後だったのか動画もゆっくりと暗転し、再生し終わったようだ。無音となった部室でたまは静かに携帯端末を取り出した。そしてとある人物の電話帳ページを開く。

 

「もちちゃん。せっかくだし、パーティー派手にしない?」

 

「いいね。ド派手にしよっか」

 

「いろは焼肉食べたい!」

 

「人の金で食べる焼肉はおいしいですもんね!」

 

「北上さん。今回は遠慮はいらない、と思います」

 

「最初からそのつもり」

 

「みんなと焼肉だー!!」

 

「私、叙々〇に行きたいです!」

 

「ちえりも行ったことないから楽しみー!」

 

「せっかくだしシロぴーも呼ぼっか!」

 

「今日の配信、誰でしたっけ?」

 

「今日は11時からたまちゃんだけだから余裕だよ!」

 

いささか理不尽な行為だということは全員承知の上だが、どうやっても感情が言うこと聞いてくれない。こんな私たちを許してね、なんて苦笑する。それでも彼ならば笑って許してくれるという信頼があった。たまは苦笑した表情のまま、ばあちゃるへと電話を飛ばした。

 

 



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彼と夕暮れの教室で(金剛いろは)

茜色の日差しが指す放課後
そこには珍しく、自主的に居残りをして勉強している生徒がいるようで…


(番外編)


「あー!終わんないよー!!」

 

窓から指す光はオレンジ色。夕焼けの光が一人っきりの教室を照らす。窓から見える風景からは部活終わりと思われる生徒たちが続々と下校をする。ばあちゃる学園の2-Cと表記された教室に『金剛いろは』は机を目の前に頭を抱えていた。

 

「うー。そもそもこんなの分かるかわけないじゃん」

 

机の上に開かれたノートと教科書。いくつもの計算式に数字からそれは数学の教科書ということがわかる。いろはは数学の居残りをしていた。

いろはの成績はアイドル部内では最下位を争うほどに悪い。その中で特に数学が苦手であり、ついに先日行われた定期テストにて平均点よりかなり下を取ってしまった。本人が自信満々だった分、そのダメージはデカい。同じクラスのめめめから『…頑張れ』と控えめにエールを受けるほどだった。

 

「こらこらー!そんな大声出しちゃ廊下に響いちゃうでしょーが!ってごんごん?」

 

「あ、うまぴー!いいところに来た!」

 

「はい?」

 

空いている北側の扉から顔を出すのは見慣れた冒涜的なマスクの男性。我らアイドル部のプロデューサー『ばあちゃる』だ。学園長でもある彼は教師と共に学園の見回りをやっていた彼は急に聞こえたその声につい首を出してしまう。そんなばあちゃるにいろはは手招きをし、自分の机の前に席に座らせた。

 

「実はいろは居残りしててさー。ね、教えて?」

 

「えぇ…別にいいっすけど、教科はどれっすか?」

 

「…数学です」

 

首を垂れながら鞄から答案用紙を取り出して渡す。受け取りまず点数を確認して、マジンガー。答えに見直していく度にえぇ、やらえぐー、やらいつもの彼の語録が口から零れる。そして全部見終わった後に軽くため息を吐き、いろはへ視線を向けた。

 

「いやいやいや、ごんごんこれは不味いっすよ。一教員としては進学出来るか心配するほどやばーしっすね」

 

「うぅ、それはいろはが一番分かってるよー!だから居残りして真面目に勉強しようと思ったんだけど…」

 

「あぁ、あの先生なら部活動の方っすね」

 

「そうなの!」

 

いろはが所属するクラスの数学担当を思い出し、何故彼女が教室で一人頭を抱えているのか理解する。

 

「それならまた後日に改めて頼めばいいんじゃないっすか?」

 

「それだといろはのやる気がなくなってるかもしれないじゃん。こういうのはやる気がある時にやらなきゃ!」

 

「そういうもんっすかね?」

 

「そういうものです!」

 

むふーと鼻息を立てドヤ顔のいろは。ノートに目を向けるとそこには確かに努力の跡が見える。しかし、独学でやれることなど、たかが知れている。それが苦手な科目であればなおさらだ。自身の仕事の進捗を頭に思い出し、アイドル部に対して甘々な、ばあちゃるの下す決断は一つであった。

 

「しょうがないっすね。ばあちゃる君が完璧のぺきぺきになるまで教えてあげますよ。はいはいはい」

 

「ぺきぺきってなにww」

 

特徴的な笑い声を上げながら満面の笑みを浮かべる。その笑みは見ている者も笑顔に変える力があると感じられる笑顔だ。マスクの下で、彼女に釣られるように笑みを浮かべる。

そうして始まった二人っきりの居残り勉強会はばあちゃるの予想とは裏腹に、順調に進んでいった。いろはの今回の低い点数の原因は単純で、最初に習う公式を覚えていなかったことだ。公式がわからなければ応用のしようがない。結果、根元が出来なかったため総崩れしたのだ。ならば対策は単純で、公式を教えてその公式の応用のやり方を教えればいいだけである。

 

「うまぴーって教えるの上手いね!」

 

「はいはいはい。ばあちゃる君が上手いっていうよりはこの教科書が凄い分かりやすいっすよね。ばあちゃる君はこの教科書のことを伝えてるだけですし」

 

「いや、うまぴーの教え方やっぱ上手いよ!うまぴーが教科書にマーカーしてくれたところとか、いろはが詰まった時にすぐに気づいてくれることとか!すっごい勉強しやすかったもん!」

 

「そ、そっすか?そう言ってもらえると嬉しいっすね、完全に」

 

惜しみない賞賛に照れが出てしまう。誰に対しても全力で向き合うのが彼女の魅力だと理解していたが、それがいざ自分に向けられるとなるとどうしても羞恥が出てしまうものだ。誤魔化す様にマスク越しに後頭部を掻く。

 

「…ごめんねうまぴー」

 

「ん?何がっすか?」

 

目標としてきたところまでほぼ終わりと差し掛かったところでいろはは急に顔を俯かせ呟く。その表情に影が差した。

 

「うまぴーだってまだ仕事中でしょ?それなのにいろは、無理言っちゃってさ」

 

「はいはいはい。そんなことごんごんが気にすることないっすよ!仕事に関しては最近余裕があるっすからね、大丈夫っすよ」

 

脳裏に浮かぶのは生徒会の三人組。元は会長一人だけの手伝いだったが、気付いたら人が増えていた。断っても居座られるので諦めた結果、作業効率はさらに向上。そのため、後日に仕事が残ることはほとんどなくなった。現に、今やっていたのはかなり先の仕事だ。それでも彼女の表情が晴れない。ばあちゃるは持っていた教科書を机に置き、いろはと向き合う。

 

「急にどうしたっすか?ばあちゃる君でよければ聞くっすよ」

 

「…うん、ありがと。あのね、いろはね、不安になっちゃったんだ」

 

「不安?」

 

俯いた状態で視線だけがノートへ向く。消沈気味のいろはを刺激しないように、ばあちゃるは姿勢を正した。

 

「うん。いろはさ、頭よくないじゃん?今回は自主的に居残りしてるけど、補習だって何度も受けてるよ」

 

「一応学園長っすからね、そこのことは知ってるっすよ。けど、それも個性っすよ」

 

「うまぴーがそう言ってくれるのはすっごく嬉しいよ。けど、それで皆の足を引っ張るのは、やっぱりやだな」

 

俯く瞳から一粒、涙が落ちた。

意外と人見知りな彼女の交友関係は狭い。狭いが、その繋がりは固く太い。きっとその仲間はいろはの成績不振が原因で何かあっても、笑って許してくれるだろう。しかし、いろは自身がそれを許せない。そう考えているであろういろはに、ばあちゃるは荒っぽく頭を撫でた。

 

「わぷっ!?うまぴー!?」

 

「うわ!ごんごんめっちゃ髪さらさら!この髪の量でこのサラ付き、すっごい手入れ上手っすね!」

 

「た、確かに気を使ってるけど!崩れるからやめて―!」

 

「変なこというごんごんにお仕置きっすよ!うらうらうらうら!」

 

「やーめーてー!」

 

手を放そうとする彼女を無視してさらに頭を撫でる。ぐしゃぐしゃになったところで離し、顔を上げているいろはに視線を合わせた。その瞳には涙はない。

 

「ごんごんも分かってると思うっすけど、そんなこと気にする必要はないっすよ!ピーピーだってたまたまだって、いやアイドル部の皆がそんなこと気にするわけないじゃないっすか!」

 

「それは、そうだけど」

 

「言わせたい奴に言わせておけばいい!なんていってもやっぱり気になるっすもんね。なら、ばあちゃる君がごんごんのお手伝いをするっすよ!」

 

「え?」

 

机に置かれた数学の教科書を手に取る。彼女の顔が曇らないように、いつも以上のテンションでばあちゃるは言葉を紡ぐ。

 

「数学でも、社会科でも理科でも!なんでもごんごんの勉強のお手伝いをするっすよ!ばあちゃる君的には成績なんて進学できる最低限あればいいと思ってるっすけど、もしそれ以上目指すというなら、いくらでも協力するっすよ!」

 

「…が、学園長が最低限出来ればいいなんていっちゃダメじゃん」

 

呆れたように笑ういろはの表情に既に影はなくなっていた。安心したように肩の力を抜き、改めていろはの頭を撫でる。それは先程のような荒っぽさはなく、優しさに溢れていた。

 

「…ねぇうまぴー。ワガママ言っていい?」

 

「はいはいはい。なんでもいいっすよ」

 

「いろはね、きっと飽きちゃうかもしれないからもしそうなったら叱ってほしい」

 

「ばあちゃる君が叱れるかわからないっすけど、背中は押すっすよ」

 

「うん。そっちのほうがうまぴーらしくていいな」

 

頭を撫でられるという状況ぬ徐々に恥ずかしくなってきたのだろう。その頬を徐々に熱を帯びていく。それでも腕を払わないのは、その温かさがきっと気持ちがいいから。

 

「もう一個いい?」

 

「いくらでも聞いちゃうっすよ?」

 

「いろはね頑張るから、すっごい頑張るからまた頭撫でてほしいな」

 

耳まで真っ赤にして、はにかみながら笑ういろは。その表情は普段の彼女とは違う魅力が溢れている。そんないろはにばあちゃるは小さく胸が高鳴った。

 

「もちろんっすよ。だから頑張れ、『いろは』」

 

「えへへ、うん!いろは頑張る!」

 

そんな二人の姿を夕暮れの太陽だけが見ていた。

 

 



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好奇心は彼への恋の背中を押す(カルロ・ピノ)

ばあちゃる学園中等部
その中で一人、高等部と同じ部活に所属する生徒が存在する
彼女は、最近の学園長とおねえちゃん方の関係が気になるようで…?


 

「あ、おうまさんにおねえちゃん方、ごきげんよう!」

 

「あらピノさん、おはようございます」

 

「おっすおっすおはよう!」

 

「ふぁ…ん。はいはいはい。おはようございますねピーピー」

 

先日のアイドル部とシロに加え、ばあちゃると共に行った焼肉パーティーから一日を明け、早朝。校門前にて談笑するなとり、めめめ、そしてばあちゃるを見つけたピノは駆け足で駆け寄る。ピノの後方には通学に乗ってきた車が静かに走り出した。

 

「めめめおねえちゃんがこんな朝早くから登校してるなんて珍しいですね!今日のお天気は雨でしょうか?」

 

「ピノちゃんヒドイ!?」

 

「ははは。けど、最近のめめめさんは遅刻を全然しないんですよ。今日だってばあちゃるさんと一緒に登校してきましたし」

 

「おうまさんと?」

 

苦笑するなとりの言葉に視線をばあちゃるへと向ける。ピノの視線に気づき、眠たげの雰囲気を誤魔化しながらばあちゃるは答えた。

 

「はいはいはい。めめめめもね、最近は早起きなんすよ。今日だって朝ごはんをいっしょn「わぁぁ!!わぁぁ!!??」ウビィッ!?」

 

「お、おうまさーん!?」

 

「ちょ!?どうしたんですか、めめめさん!?」

 

言葉の最中に錯乱したようにばあちゃるのマスクの鼻先を殴る。ばあちゃる本人へのダメージはないが、その衝撃にマスクはばあちゃるの頭を軸にグルグルと回転した。その光景は稀にみるバグちゃるで見慣れたものだが、当の本人は視界が遮られて混乱は免れない。急なその行動になとりとピノの視線がめめめへと向けれらた。

 

「えと、その、そう!登校中に会って朝ごはんの話をしたんだよ!ね!プロデューサー!?」

 

「え?いや朝はいっしょ「そうだよね!?」ウビィ!?…はいはいはい。そうっすね。ばあちゃる君のお家とめめめの家は近いっすからね。その時に偶然会って朝ごはんの話をしたんすよ」

 

「そ、そうなんですね。…あれ?けどさっき、ばあちゃるさんはめめめさんの早起きのことを知ってるみたいな感じでしたが?」

 

「そ、その時に自慢したんだよ!ほら!めめめ先週くらいから遅刻してないでしょ!?」

 

「いや、本来遅刻はしないのが普通なのですが」

 

「えぐー!?」

 

「めめめおねえちゃん…」

 

憐れむピノの視線にめめめは『そんな目で見ないで―!』など言いながら大袈裟に答えた。尊敬する姉のような先輩ではあるが、如何せん全員癖が強すぎる。なんて自分にも帰ってきそうなことを思うピノだった。

 

「まあめめめさんは置いといて。ばあちゃるさん、また眠そうにしてますけど、しっかり寝れてますか?」

 

「はいはいはい。いやー、夜は早めに寝れてるんすけど、なぜか寝不足感が抜けないっすね。完全に」

 

「ってことはやはり安眠出来ていないのですね」

 

「え?大丈夫なのプロデューサー?」

 

調子を取り戻しためめめは自然の流れでばあちゃるの横から見上げる。その距離の詰め方は自然で、どこか特別な関係を感じさせるそれは、ピノの胸にチクリと針を刺したような痛みを与えた。

 

「はいはいはい。大丈夫でふよ。その為に昼休憩に仮眠を取っているようなもんっすからね」

 

「昼の仮眠ってそういうことでやっていたのですね」

 

「仕方ない、また昼に顔出しますね。お茶とか飲んでリラックスしたらゆっくり眠れるでしょう」

 

「いやー、嬉しいっすね。なとなとが来てくれると、ばあちゃる君も安眠出来るんすよ。ただ眠る前の記憶があやふやなんすけど、何か迷惑かけたりしてないっすよね?」

 

「大丈夫ですよ。あれくらい迷惑とも何ともなりません。…むしろ役得です」

 

「なとちゃんなんか言った?」

 

「いいえ!何でも!?」

 

「むー」

 

めめめだけではなく、なとりもばあちゃるとの距離感に違和感を覚える。少し前までピノと同じようにどこか壁があったはずなのに二人にはそれがない。ばあちゃる自身も二人に対して信頼以上の感情をどことなく読み取れた。そんな三人がとても羨ましいと胸が訴えてくる。

 

「おうまさん!私(わたくし)も何かお手伝いしますわ!」

 

「はいはいはい。ピーピーもありがとうございます。けどばあちゃる君は大丈夫っすからね。ピーピーには配信を頑張ってほしいと思うっすよ」

 

「むー!そうじゃなくてー!」

 

優しく頭を撫でてくるばあちゃるに抗議の声を上げる。ばあちゃるとの直接的なスキンシップはピノの特権だと考えていた。しかし、気付くと自分以外の皆は徐々にばあちゃるとの距離を縮めていく。そのことにピノは焦りを覚え始める。

そんな二人を微笑ましそうに見ているなとりにめめめ。その時、校門の外から声が響いた。

 

「ばあちゃるさーん!!逃げてぇー!」

 

「ウビ?この声は、アカリン?」

 

聞き覚えがある声に振り替える。しかし、肝心のアカリの姿ははるか後方におり、目前にいたのはばあちゃるがよく知る人物だった。

 

「うーーーーまーーーーー↑↑↑!!!!」

 

「げぇ!?エイレーン!?」

 

驚愕するばあちゃるへ飛び蹴りを繰り出す。しかし、寸でのところで反応することが出来たばあちゃるは身体を逸らしこれを回避。空振りに終わった飛び蹴りから体制を整え、綺麗に着地して振り向き、ばあちゃると対面した。

 

「チッ!躱しましたか」

 

「躱すに決まってるっすよ!?唐突になんすか!?というか今日呼んだのはアカリンであってエイレーンは呼んでないっすよ!」

 

「着いてきました」

 

「いやいやいや!?あんた仕事は!?」

 

「そんなもの萌美さんに押し付けましたよ!」

 

「相変わらずハチャメチャっすね!?」

 

「それほどでもないです」

 

「褒めてないッ!?」

 

「こ、これは」

 

「一体全体どういう状況なんです!?」

 

「やっと追いついた!」

 

突如として現れた女性とばあちゃるで起きた一連の流れを三人は呆然としてみることしかできなかった。時折に辛辣な部分を見せるばあちゃるだが、基本的には誰に対しても紳士的な対応をする彼がこうも言葉を荒げて雑な対応する姿は、三人とって初めてでどうしても混乱することしかできない。そんな呆然とする三人の前に息を荒げながら『ミライアカリ』が現れた。

 

「もうエイレーン!急に走り出さないでよ!それにばあちゃるさんに迷惑かけないでって言ったじゃん!」

 

「いやいや、アカリさん。こんな馬面がこんなかわいい子がいっぱいいる学園の長なんですよ?一発蹴り入れたって問題ないじゃないですか」

 

「理不尽!?」

 

「かわいい子がいっぱいでズルいってのは同意するけど」

 

「アカリンも何言ってるんすか!?」

 

「アカリさんの同意も得ましたし、覚悟しろ馬↑↑!!」

 

「来るのは構わないっすけど全力で抵抗するっすよ!?」

 

「ズルいけど!ばあちゃるさんにはいっぱいお世話になったんだから迷惑かけるのはダメ!」

 

「うっ」

 

アカリの訴えにばつが悪そうにし、そっと臨戦態勢を解く。そんなエイレーンも確認しながらばあちゃるもまた抵抗態勢を解き、後頭部を軽く掻いた。そして視線をアカリへと向けた。

 

「ちょっと早いっすけど、ばあちゃる学園にようこそ。アカリン」

 

「ははは。ウチの者がお騒がせしてごめんなさい。改めてお邪魔します!」

 

「ちょっと。それじゃあ私がお邪魔みたいじゃないですか!」

 

「いや、どう考えてもお邪魔っすよね?」

 

「後で覚悟しとけよ馬!アカリさんからもなんか言ってください!」

 

「今回はばあちゃるさんと同意見だよ」

 

「アカリさん!?え、私の味方がいないんですか!?」

 

「なんでいると思ったっすかね」

 

「あ、あのー?ばあちゃるさん、そちらの方は?アカリさんのことは知ってますけど、初対面ですよね?」

 

「ん?あ、はいはいはい。そういえば紹介がまだでしたね」

 

盛り上がる三人になとりが先陣を切って割り込む。ばあちゃるの発言やVTuberとして活動しているため、正確には誰なのかは知っている。しかし、紹介がない以上、勝手に名を呼ぶの失礼だと思った故の行動だ。それを読み取ったばあちゃるはそっとエイレーンの背中を押し、三人の前に立たせる。

 

「知名度だけはあるっすから知ってると思うすけど、こいつは『エイレーン』。『アニメ娘エイレーン』というチャンネルで活動してる人っすね」

 

「今は萌美さんやヨメミさんのサポートに回ってますから活動は控えてますけどね。あとそこにアカリさんはウチの娘みたいなものです」

 

「娘?あれ、アカリちゃんってENTUMの所属じゃ?」

 

「所属はENTUMだけど、ほら、私って記憶喪失じゃん?実はその時にエイレーンに拾われたの」

 

「ああ、そんな設定ありましたね」

 

「おおう!?シロちゃんに聞いてたけどピノちゃんって思った以上に辛辣だ―!」

 

『設定じゃないよー!?』なんて涙目に訴えるアカリに苦笑が零れる。素直にカワイイと思えるアカリの姿になとりは人気の理由を納得した。

 

「拾ったというか託されたというか…まぁ、それは置いといて今日は馬に用があってアカリさんについてきたわけなんです」

 

「エイレーンがばあちゃる君に用なんて変なことに巻き込まれそうで嫌なんすけど」

 

「むしろ巻き込まれに来た、ってのが正確です。聞きましたよ件の事件」

 

「もしかして、もちさんが巻き込まれた事件ですか?」

 

「それです」

 

なとりの発言にエイレーンは頷きながら腕を組む。流石にこのまま立ち止まって会話をするのは登校する生徒の邪魔になると判断し、歩き出した。

 

「アップランド、upd8ににじさんじ。さらにホロライブ。こうもVTuber関係の事務所の人間が個人で集まって何かしているのなら参加するべきだと思いましてね」

 

「遊びで集まってるわけじゃないっすけど」

 

「そんなこと分かってますよ。VTuber業界は今は落ち着いてきてますけど、まだまだ大きくなっていきます。ならその関係者とパイプを繋いでおくのも手でしょう?」

 

「おお。エイレーンが意外にも考えてる」

 

「相変わらずに目ざといっすね。…まぁ、エイレーンの実力は理解してるっすけど、本当に今日来たのはそれが理由っすか」

 

「そんなわけないじゃないですか」

 

そうして足を止め、なとりとピノへ視線を送る。どこか観察するようなその視線にピノは恐怖心を抱き、なとりの背中に逃げた。

 

「エイレーン?」

 

「…カワイイ貴方の子達も見たかったですし、なにより貴方の様子を見に来たんですよ」

 

「ばあちゃる君の?」

 

何のことかわからず、首を傾げながら自身に指を向ける。その様子に『変わりませんね』と呟きながらため息を吐いた。

 

「貴方は昔から自分を度外視して作業するじゃないですか。今では貴方の同僚さんに仲のいい狐さんとかいるみたいなので問題ないと思ってましたけど、それでも心配だったのですが」

 

「…な、なんすか」

 

「なるほど。貴方が変わるきっかけはこの子達でしたか。うん。悔しくないと言えば嘘ですけど、今のあなたを見れただけ私は満足です」

 

その心底ホッとするような安心した表情をするエイレーンをアカリは初めて見た。面倒を見てくれる時の親の顔ではない。それは言うなれば『女の顔』だ。そんな二人の仲にピノは、また胸の痛みを覚えた。

 

「さて、私の予定の半分は終わりましたし、さっさと残り半分の話をしましょうか」

 

「ちょっと!今日はアカリが講師として来てるんだからアカリが先だよ!」

 

「はいはいはい。それなら続きは学長室でしましょう!なとなと、めめめめ、ピーピー。授業サボっちゃダメっすよ!」

 

「は、はぁ。…んなぁ!?サボるわけないじゃないですか!ねえめめめさん!?」

 

「お、おう!?そうだぞ!ただでさえ遅刻が多くて補習のリーチなんだ!サボるわけないよ!」

 

「めめめさん…」

 

「そんな目で見ないでぇ!?」

 

憐れむなとりの視線にめめめは抱き着く。そんないちゃつく二人を横にピノは学長室に向かうばあちゃる達から視線を外せずにいた。

 

 

 

 

前へ

 

 

 

「はぁ」

 

時間は一時半。ばあちゃる学園は昼食の昼休憩を終えて5限目の授業が開始してる。本来であれば中等部であるピノも自身の教室で授業を受けてなければいけない。だが、ピノは現在、誰もいない中庭にて紅茶を飲んでいる。要はサボりだ。

 

「ピノ様」

 

「あ、じいや。ありがとう」

 

背後から現る初老の男性。カルロ家に仕える執事であり、ピノの専属でもある。女子高であるばあちゃる学園であるが、学園長であるばあちゃると共に学園に出入りできる数少ない男性だ。空となったカップに紅茶を注ぎ、背後へと姿を消した。

 

「むー」

 

香りを嗅ぎ、一口。紅茶特有の甘さを味わいながら今朝のことを思い出し、顔を顰める。

尊敬する姉のような先輩とばあちゃるの距離感。明らかに近くなったそれに、ピノは嫉妬心を抱いていた。アイドル部の中で一番年下で、ばあちゃるから直接的なスキンシップも一番多い。子供とみられているのはネックであったが、それでもシロを除いて自分が一番ばあちゃるに近いと思っていた。しかし、気付くとそれは変わっていて、なとりもめめめも少し前であれば、離れたであろう距離にいても拒まれず、自然に受け入れていた。それだけで驚愕する出来後でもある。そしてなにより、ピノにおいて一番驚愕だったのはエイレーンの存在だ。アイドル部が発足されてからばあちゃると一番付き合いが深いのは自分を含めたアイドル部の面々で、身内といっても差支えがない関係である。だからこそあの遠慮のない二人の関係は眩しく見えた。ズルい、と思った。

 

「どうしたらいいんでしょうか」

 

その問いの答えは返ってこない。そもそもこの感情が恋愛かどうかすら、ピノには判断できなかった。怖くて、羨ましくて、そして幸せになるこの感情はきっと恋だと憶測でしか判断できない。いつもの自分であれば好奇心のままに行動できたであろうが、きっとばあちゃるはそれを優しくではあるが断るだろう。そういう方だと、幼いピノでも理解ができた。もし断られたら?なんて考えると足が竦む。こんな躊躇することも初めてでどうしていいかわからず、ピノは動けずにいた。

 

「何か悩んでるみたいですね(@`▽´@)/ 」

 

「そうなんですよ。その、恋愛関係でちょっと」

 

「恋のお話?私でよければ相談乗りますよ?(๑ᵔ⌔ᵔ๑)」

 

「ほんt…っ!?あ、淡井先生!?」

 

ぼやきに帰ってくる返事に不審に思い、顔を上げると人外の角を生やした金髪の女性『淡井フレヴィア』が対面の席に座っていた。後方に消えたはずのじいやがいつの間にか淡井先生の横に立っており、自分と同じ紅茶をカップに注いでいる。その様子に淡井先生は『どーも(๑ᵔ⌔ᵔ๑)』と微笑みながらカップを受け取った。

淡井フレヴィア。愛称は淡井先生で、ばあちゃる学園の臨時教師兼アイドル部の副顧問。彼女はばあちゃるが外部から連れてきた人物だ。これといった担当科目はなくオールラウンダーであり、急な欠勤などで教師が抜けた時に教壇へ立つ。副顧問であるため、アイドル部とは他の教師より親しい中でもある。また、アップランドに所属はしていないが、一人のVTuberとして活動もしていたりする。

 

「いやいや!?じいやもなんで普通に紅茶を注いでいるんですか!?というかいつの間にいらっしゃったんですか!?」

 

「丁度時間が空いて、廊下を歩いていたら中庭でサボってるピノちゃんが見えたからね。せっかくだから一緒にお茶しようと思って(≧∇≦*)」

 

「教師が生徒と一緒にサボるなんて聞いたことないですよ!?」

 

「ここはばあちゃるさんが学園長のばあちゃる学園だよ?普通なわけないよ(´ε`;)」

 

『共犯者だね(≧∇≦*)』といい笑顔で言われてしまえばもう何も言い返せない。諦めたようにため息を吐き、再び席に座る。

 

「それで、ずっと百面相してるけど何悩んでるのですか?(。·ω·。)」

 

「見ていらしてたんですか!?」

 

「あんなにコロコロ表情変わってれば悩んでることくらいわかりますよ。廊下で見たときから思い詰めてた雰囲気は見て取れましたし(*´ω`*)」

 

「う。そんなにわかりやすかったですか?」

 

「うん。超わかりやすかったよ(;'ω'∩)」

 

その言葉にピノは頭を抱える。すぐに表情に出ることわかっていたがまさかここから離れた窓から見て取れるくらいわかりやすいとは予想外だ。ポーカーフェイスの練習をしようと心に誓った。

 

「その、相談に乗ってもらってもよろしいでしょうか?」

 

「いいよいいよ!私でよければなんでも相談に乗りますよ(๑ᵔ⌔ᵔ๑)」

 

ニコニコと笑みを浮かべる淡井先生にピノは意を決してその感情を話した。もちろん、本人の名を晒すわけにいかないので仄めかしながらであるが。

 

「なるほど。ばあちゃるさんのことですね!(≧∇≦*)」

 

「私が隠した意味がないじゃないですか!?」

 

もう色々と台無しだった。『ははは』と苦笑する淡井先生に頭を抱えることしかできない。

 

「けど、そんなに悩む必要はないよ」

 

「え?」

 

顔を上げ、淡井先生に視線を向ける。そこには優し気な笑みを浮かべ、こちらに柔らかな視線を向ける淡井先生がそこにいた。

 

「確かに、恋は怖いです。その人に嫌われたどうしようとか、あの人が気づかなかったらどうしようとか考えちゃいますね」

 

「それは…そうです」

 

「恋敵が多いとさらに大変ですよ。どうしてもそこに私の方が好かれているとか、あの人はなんであんなに距離が近いの?なんて意味も無くて不毛なことも考えちゃう」

 

「…」

 

その言葉にピノは俯く。思い返してみれば自分は常に『年下であり、ばあちゃるとのスキンシップが多い』と脳内で考えていた。それは淡井先生が言う様に『自分は尊敬する姉のような先輩たちより上』と考えていることに他ならない。どうしようもないほどの自己嫌悪に襲われ、瞳に涙が貯まる。

 

「けどね。そんなこと気にしなくていいんだよ」

 

「…え?」

 

「だって人ですよ?嬉しいって思うのだって嫉妬するのだって人として当然のことですよ。問題はその感情をどう処理するかじゃない?」

 

「どう…処理するか」

 

「抱えてたって仕方ないからね。いっそその膨れる感情をひっくるめて全部相手にぶつければ良いんですよ!喜びも悲しみも嫉妬心も!全部恋心に乗せてぶつけるの!」

 

強く力説する淡井先生に何故か苦笑しか沸かない。淡井先生の言うことは単純でそして自分が嫌う子供のようなやり方だった。けど、今はそのやり方が正しいと思える。

 

「そんなの、子供みたいじゃないですか」

 

「いいじゃないですか。実際今は子供なんですし。感情に赴くままにぶつかってみればいいんですよ。そんな子をばあちゃるさんは見捨てると思います?」

 

「そんなわけッ!?」

 

そこでばあちゃるが常日頃言っていることを思い出す。『子供はとりあえずやってみればいい。失敗なんて気にしなくていい。それフォローをするために俺たちがいる』。ならば、今からやることは決まっている。

 

「そうですよね。おうまさんなら任せても大丈夫ですよね。…淡井先生」

 

「はい?」

 

「私、ちょっとどうしてもやりたいことができたので6限も自主欠席しますね!」

 

「宣言とはいいね!任せて。こっちは私がなんとかしておきます!(≧∇≦*)」

 

空になったカップをじいやに預け、ピノは一目散にある人物のいる学園長室へと足を走らせる。小さくなっていくその背を見ながら淡井先生は温かさを感じる笑みを浮かべていた。

 

「青春してるなー(๑ᵔ⌔ᵔ๑)」

 

「…貴方様も諦めてはいないのでしょう?」

 

「さぁ?ノーコメントでお願いします(;'ω'∩)」

 

じいやの指摘に頬を赤く染め、言葉を濁した。

 

 

 

 

前へ

 

 

 

「おうまさん!!」

 

「ウビィ!?」

 

階段を駆け抜け学園長室の扉をノックせずに勢いのまま開ける。中で机に向かい作業していたばあちゃるはノックなしの訪問に本気で驚いたように全身で反応したのがわかる。その様はどこか可愛らしくピノはクスリの笑みを零した。

 

「ピ、ピーピー?どうしたっすか急に。そもそも今は授業中なんじゃ?」

 

「私、おうまさんに言いたいことが、伝えたいことがあります!」

 

困惑するばあちゃるを前にピノは声高らかに宣言する。この先、何が起こるか不安で胸が張り裂けそうだ。だがそれ以上に、自身が望む未来を掴めた時の未来を想像すると胸が高鳴って仕方がない。相反する二つの感情を胸にピノはその頬を真っ赤に染めて想いのたけを叫ぶ。

 

「わたくし、おうまさんのことがすきです!だいすきです!」

 

「ッ!?」

 

その叫びにばあちゃるは硬直する。その叫びは以前とある懺悔室にて聞いた想いと同じだ。そしてそこでようやく彼女が『あたしたち』と言ったことを意味を理解する。困惑するばあちゃるに気にせず、少女は想いを言葉に紡ぐ。

 

「この感情がいつから私の中に出来たのかわかりません。けど、いつの間にかできていて、そして、いつの間にかこんなに大きなものになりました」

 

「正直、この感情に私は恐怖を覚えました。『もし嫌われたら』とか『受け入れてもらえなかったら』なんてマイナスのことばかり考えてしまいます」

 

「けど、それ以上に色んなことを学べました!これから先の未来を思い浮かべるだけで嬉しくなれる。一緒に歩くことに喜びを得られる。貴方のことを考えるだけで幸せになれる!」

 

「私はこの感情の先をしりたいです。だから、一歩踏み出します」

 

宣言通り、ピノは一歩前に歩みを進める。元々好奇心旺盛な子だ。きっと恋に対して嫌な思いをしたことも発言から読み取れる。それでも『知りたい』という意思が彼女を踏み出させた。

 

「本当は、未だって足が震えて怖いんです。けど、『失敗してもいいんですよね?』」

 

その発言に言い逃れが出来ないことを理解する。なんたってばあちゃる自身が彼女たちに言い聞かせてきた言葉だからだ。しかし、受け入れることはできない。けれど拒否することも不可能だ。ばあちゃるはその意思を言葉の乗せる。

 

「…俺はその告白を答えることはできないっすよ」

 

「ふふ。わかってますよ。おうまさんは立場だってありますし私達の保護者のようなものでありますから。なら私がやることは一つです」

 

羞恥からの真っ赤な顔を隠そうよせず、いつもの悪戯を思い浮かべる子供のような笑みを浮かべた。

 

「絶対、ぜっったいに振り向かせて今度はおうまさんから告白させてやりますよ!」

 

「これは、困ったな」

 

実際、自分の立場的に危険な状況であることは変わらない。なんせ二回りも下の教え子に告白されるという状況だ。もし外部に漏れたりした、今度こそ言い逃れが出来ない本物の炎上案件だ。だのに、そのまっすぐの好意はくすぐったくて、嬉しくて。マスクの下で笑みを零してしまった。

 

「覚悟してくださいね?『ばあちゃるさん』!」

 

「はは。これは、やばーし、っすね」

 

恋に恋する14歳の少女のそれは、実るかどうかはわからない。けれど、その恋はきっと少女に愛を教えるだろう。それは、とある昼時に起きた恋が愛へと変わり始める物語の始まり。

 

 

 

 

前へ

 

 

 

「お、おおう。き、禁断の恋だよ!?エイレーン!?」

 

「アカリさん声のボリューム落として!バレちゃいますよ?」

 

学園長室からは入れる仮眠室。そこには本日客人として来ていたアカリとエイレーンがいた。アカリは講師としての仕事以外、今日はフリーだったため講習がある放課後まで余裕があった。授業中に出歩くのはさすがに気が引けたためこの仮眠室で休憩の時間以外は時間を潰している。ばあちゃるもちょくちょく顔を出すし、なによりシロが置いていった軽く遊べる小道具があったためそれほど退屈はしていなかった。ルービックキューブで遊んでいるその時、外から扉が開く大きな音。何事かとのぞき見をしているとピノからの大胆な告白劇を始まってしまった。

 

「ばあちゃるさん。一年くらいの付き合いだけどホントいい人だから幸せになってほしいけど」

 

「まぁ、あの男が二回り下の、さらに自分が担当している子に手を出すとは考えられませんけどね」

 

「それは私もそう思う。ばあちゃるさんガード超固いし。それよりも、エイレーンっていつからばあちゃるさんのこと知ってるの?」

 

「…ちょっと昔に色々あったんですよ」

 

その言葉にこれ以上の追及は無理だとアカリは理解する。一度口を閉ざしたネタはその時が来るまで語ることはない。長い付き合いからそれを知っているアカリはそうそうにこの話題から離れた。再びのぞき見をするとピノは変わらず真っ赤の顔のまま、ばあちゃるへいたずらな笑みを浮かべている。

 

「絶対、ぜっったいに振り向かせて今度はおうまさんから告白させてやりますよ!」

 

「ッ!?あの子」

 

「え、お、お?どったのエイレーン?」

 

その告白は聞き覚えがあった。感情のまま、自分が思い描く未来を吐き出す告白。それは正しくエイレーンが過去にばあちゃるに送った言葉だった。

 

「ぁ」

 

そしてばあちゃるを見た。困惑しながらもその告白を真正面から受け止め、満更でもない様子がマスク越しで浮かべている。自分の時と違うその反応にエイレーンの胸には嫉妬心よりも歓喜で溢れていた。

 

「貴方も、ようやっと前に進めることが出来たんですね」

 

「エイレーン?」

 

過去にばあちゃると別れる前。彼は人生最大の別れを経験をした。エイレーンが告白した理由には自分の想いを伝えるのと同時に、ばあちゃるをここに繋ぎとめる意味も持っている。そこに効力があったか定かではないが、その告白に、初体験には裏があったのは確かだ。もちろんその行為に後悔はない。しかし後ろめたさがあった。だからこそ一歩踏み出せず今まで公式では会わないようにしていたのだが。

 

「これは、いいものが見れましたね」

 

目の前の男女に改めて視線を向ける。年の差は大きいがそのばあちゃるの姿は確実に『今』を生きていることが見て取れた。

 

「なら、私も動き始めますか」

 

「さっきからどうしたの?」

 

「いいえ。ちょっと惚れ直しただけですよ」

 

エイレーンが見せる初めての『恋する少女』のような表情にアカリはただ見惚れることしかできなかった。

 

 

 

 



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お酒を飲む彼が好き!(花京院ちえり)

天気予報のはずれ
それは電脳世界でも稀に起きるもので、起こる度に予報士を兼ねているとあるウェザーロイドが頭を抱えている
そんな彼女はさておき、今日も急な土砂降りが降ってきたようで…?



(番外編)


日もとっくに落ち、時刻は八時半。脱衣所からも聞こえてくる外の土砂降りの雨の音に『ばあちゃる』は小さく頭を抱えた。天気予報が珍しく外れ、外は出歩くことが難しいほどの雨に覆われている。これから家を出る予定はないが、この土砂降りはばあちゃるにとって問題であることは確かだ。

 

「お風呂あがったすよ」

 

リビングにいるであろう客人に声をかける。こんな時間に誰かを家に迎えるのは久方ぶりでなんとも慣れない奇妙な感覚に襲われた。

 

「あ、いいお湯だったでしょ?ちえりも入った時、気持ちよかったんだぁ」

 

「」

 

リビングにてテレビを視聴していた『花京院ちえり』がこちらに気付き、にこっと可愛らしく笑みを浮かべ迎えてくれた。しかし、その恰好が問題だった。

 

「あ、あのーちえりん?ばあちゃる君が渡したスウェットは、どうしたんっすか?」

 

「あれちえりには大きいよ。だから勝手にこれ着ちゃいました♪」

 

悪戯っぽく笑みを浮かべ、袖を俗にいう萌え袖にして着ている服を強調する。しかし、それはとても服とはいえるものではない。

 

「やってみたかったんだよね。『彼シャツ』」

 

ちえりが身に纏うのはばあちゃるが普段仕事で纏うYシャツだ。サイズがよほど大きいのか、シャツはすっぽりとちえりを包み、まるで下半身は何も身に着けていないようにすら見えた。

 

「いやいやいやいや、さすがに担当アイドルに彼シャツなんてさせたらね、ばあちゃる君がね、炎上しちゃうやつっすね、完全に」

 

「うまぴーの家じゃん。うまぴーかちえりが漏らさなきゃ問題ないよね?」

 

『はい、論破♪』と楽しく笑うちえりに言葉を失う。そもそもなぜこんな時間に生徒であり、担当アイドルであるちえりを家に招いているのかばあちゃるは思い出す。

 

といっても理由は単純で、晴れ予報だった天気のはずが降り出した雨に頭を抱え、急いで帰る途中でびしょ濡れで雨宿りをしているちえりを見つけたのだ。

 

『ちえりん!?こんなとこで何やってるんすか!?』

 

『はぇ!?うまぴーこそなんで!?』

 

『ばあちゃる君の家がこっちなんすよ。ああもう、このままじゃ風邪ひいちゃうっすよ!とりあえずばあちゃる君の家に行きましょう!』

 

『え、ちょ!?』

 

困惑するちえりの腕を引っ張り、自宅へ連れ込む。風邪をひいてはいけないと思い、ちえりを先にお風呂へ押し込み、ちえり用の寝間着である予備のスウェットを取り出してタオルと共に用意しておく。ちえりも同じく雨に濡れたばあちゃるのことが心配だったのだろう。身体が温まると長湯をせずにすぐにお風呂を後にし、ばあちゃると交代するようにリビングにて身体を休める。そして上記の状況へとなった。

 

「雨止まないねー」

 

「予報じゃ一日晴れだったっすけどね。これじゃぽんぽんが頭抱えてるのが目に見えるっすよ」

 

閉められたカーテンの奥の窓から未だに降り続ける雨の音が聞こえる。止む気配はなく、むしろ強くなっている気がするほどだ。このままではちえりを家に送ることも出来ない。どうしたものかと頭を抱えていると、ソファに座るちえりは携帯端末をばあちゃるに見せた。

 

「実は家に連絡してあるよ。『今日はお泊りします♪』って」

 

「ちょいちょーい!?お泊りって、ばあちゃる君の家にっすか!?」

 

「他にないでしょ。うまぴーの家、前々からちょっと気になってたし、いい機会かなって」

 

「いい機会って。仮にも男女なんすから、もうちょっと警戒とかした方がいいっすよ」

 

「うまぴーだから大丈夫。もちろん、両方の意味でだよ?」

 

『両方の意味とは?』とても聞けなかった。仄かに香る妖艶な笑みにばあちゃるは誤魔化す様に顔を逸らした。そして逸らした視線の先、ソファの正面に設置してあるテーブルにあるものにようやく気付く。

 

「ちえりん。これはいったい?」

 

「え?やだなー。うまぴーならわかるでしょ?」

 

テーブルに置かれているのは多くの氷が入った小さなバケツに冷やされたグラス。お茶、めめめが買って置いていったジュースの各種。そして焼酎。まるで今からお酒を楽しむかのようにこれらが綺麗に配置されていた。

 

「ま、まさか!?ダメっすよちえりん!?未成年飲酒は犯罪っすよ!?」

 

「もう!何言ってるの!飲むのはうまぴーだよ?」

 

「へ、ばあちゃる君?」

 

ヤクザや元ヤンやらと色々言われている彼女ならもしやと思ったが、帰ってきた答えに間抜けな声が零れる。そんなばあちゃるに小さくため息を吐き、ちえりは口を開いた。

 

「うまぴー。最近お疲れでしょ?せっかくだからちえりがお酌してあげようと思って」

 

「え、いや。最近は仕事は」

 

「仕事じゃなくて、何かあったんでしょ?ちょくちょく上の空になってるの、アイドル部内じゃ有名だよ?」

 

「マジンガー?」

 

「マジンガー」

 

オウム帰しと共に笑みを浮かべるちえりに頭を抱える。隠しているつもりであったが、どうやら筒抜けであったことにばあちゃるは羞恥心を覚える。原因は言わずもがな『ピノの告白』についてだ。実際、ばあちゃが拒絶しても諦めてもらえず、しかし受け入れることも出来ない状況に頭を抱えていた。告白以降のピノはいままで以上に積極的であり、頭を撫でるのだけでは飽き足らず、出会い頭で抱き着くなど、もはや節操がない。若さゆえの暴走と言えばその通りなのだが、年不相応のその身体にばあちゃるが反応してしまい、そのことに頭を痛めていた。

 

「だから、お酒と一緒にちえりが癒してあげようと思ったの。こういう時はお酒が一番って言うしね!ちえりは飲んだことないけど!」

 

「いやいやいや、さすがにちえりんにお酌してもらうなんて悪いっすよ」

 

「いいからいいから。ほら、うまぴーも座る!」

 

笑みを浮かべながらちえりは横のスペースをポンポンと叩き、着席を促す。観念したように横に座るが密着するのが悪いと思ったのか二人の間に小さくスペースが開く。それにちえりは小さく顔を顰める。

 

「そんな離れてちゃ癒せないでしょー!ほら、くっつく!」

 

「ちょ!ちえりん!?」

 

「ほらほらうまぴー?ちえりで癒されてねー?」

 

空いてるスペースがなくなるようにちえりはばあちゃるに密着する。膝だけではなく身体も引っ付かせ、まるでばあちゃるの腕の中にいる状態となった。その状態にちえりはご機嫌に笑みを浮かべる。

 

「ご満悦っすね」

 

「えへへ。それでうまぴーはどう飲みたい?ロック?それとも何かで割る?」

 

「…諦めるしかないっすね。じゃあ、ウーロン割りで」

 

「うん、わかった。ちょっと待っててね」

 

密着した状態から机に置かれたグラスに氷を2個、焼酎を6、そしてウーロン茶を4の割合で注ぐ。そしてマドラーを使い、軽く2,3回かき混ぜる。

 

「よし、できた」

 

「慣れたもんっすね」

 

「えへへ。家の都合でお酌はよくやるからもう得意と言ってもいいくらいだよ。はい」

 

「どうもっす」

 

渡されたグラスに口をつける。鼻から焼酎とウーロン茶の風味がいい感じにブレンドされた匂いが漂う。そしてお酒特有の喉が燃えるような感覚を覚えながら密着する女性の肌に小さく興奮した。

 

「ッ…うん。おいしいっすね」

 

「そう言って貰えるとちえりも嬉しいな。テレビ…本だったかな?何か忘れちゃったけど異性の密着すると癒し効果があるっていうし、これでうまぴーも明日元気になれるね!」

 

「…別の意味で元気になりそうっすね」

 

お酒のせいか考えていたことが、つい言葉に出てしまう。腕の中にいるちえりがビクリと小さく反応する。そして見上げてくる顔には羞恥心と同時に歓喜が読み取れた。

 

「も、もう!何言ってるのうまぴー!」

 

「…冗談っすよ。ばあちゃる君がちえりんに興奮するわけないじゃないっすかー」

 

「それはそれでムカつくー!」

 

ポカポカと可愛らしく胸を叩くちえりに愛おしさを感じる。ばあちゃるはそれを誤魔化す様にグラスの中身を口の中へと流し込んだ。

 

「今日の配信はなとちゃんか。一緒に見よっか」

 

「今日は何やるんでしたっけ?」

 

「なんだっけなー?Overwatchだっけ?RiMEだっけ?」

 

本日のアイドル部の配信を見ながら談笑をする。テレビから聞こえてくる仲間の声が聴き心地の良いBGM代わりに二人の時間はゆったりと刻む。そして、どれほどたったかわからないが、腰に回されていた腕がそっと、しかし力強くちえりを抱き寄せた。

 

(きた!)

 

不意に起きたそれにちえりは内心で笑みを浮かべた。

この状況はほぼ偶然であるが、ちえりがここまでばあちゃるに対して攻めの姿勢をとったのには理由がある。ピノがばあちゃるへ告白したその日にアイドル部全員に告白したことを伝えたのだ。全員が集まることがなかった日だったので、グループでの連絡だったが、それでもその衝撃は凄まじいものだった。最後に『私(わたくし)、ホンキですから!』なんて付け加えられれば幼い彼女がどれだけ本気かも余裕で伺えた。それにちえりは思いのほか焦ってしまい、それが原因でばあちゃる邸の付近で雨が降るまで徘徊していた。結果として家に入り込み、このような状況に持ち込めたのは僥倖であったと内心ほくそ笑む。ここまでくればあとは自分の可愛さを全力で表現すれば結果はついてくる。ちえりは決意を胸に、不安そうな顔を装いながらばあちゃるへ視線を向ける。

 

「すぅ…すぅ…」

 

「はぁ!?」

 

そこには寝息を立て眠るばあちゃるの姿があった。しかし、腰に回されている腕は未だに強く、しっかりと抱き寄せられている。その状況にちえりは混乱した。

 

「えぇ、ここまで来て普通寝る?」

 

ちえりは知らないが、その原因はなとりによるものだ。眠ることが苦手なばあちゃるの為に、両者の時間が合えば昼にお茶を共にし、抱き枕となってばあちゃるが眠るまで共にするという日課がなとりにはある。その睡眠が実はばあちゃるがもっとも安眠できる睡眠であり、それのおかげで今まで以上に作業効率が良くなっているのだ。また、それが原因でばあちゃるは信頼できる人物が密着していて、尚且つリラックスしている状態になると簡単に眠る身体に変わった。つまり、今の状態で眠ってしまうのはある意味必然であった。

もちろんそんなことは知らないちえりは頭を抱えるしかない。

 

「ここまで覚悟してのにぃ」

 

ちえりの彼シャツ状態。実は下には何も身に着けていないのだ。可愛さを表現することに長けているちえりだからこそ、密着状態のばあちゃるにすらそれを悟らせなかった。もし、行為まで持ち込めば今の状態は確実に興奮材料となることを知っているからこその行動であったが、やはり羞恥心はデカかった。

 

「ま、しょうがないか」

 

寝てしまったものは仕方がない。そう頭を切り替え、ソファの横に用意しておいた毛布に手を伸ばす。離れようとする時に強くなるばあちゃるの腕に小さく喜びながら、ばあちゃるごと毛布に包まる。

 

「えへへ。うまぴーと一緒だぁ」

 

好きな人と同じ毛布の中。胸からどうしようもないほどに幸せが溢れてくる。目的は果たせなかったが、それでも十分な成果は得られたと薄くなる意識の中で思った。

 

「おやすみ、うまぴー」

 

眠っているばあちゃるの頬に小さく口づけをし、テーブルに広がる物の片づけは、明日に回そうと最後に思いながら意識を手放した。

 

 

後日、『合鍵』使って入ってきためめめに見つかり、無事修羅場と化した。

 



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私と彼の過去とこれから(エイレーン)

夜の繁華街
その繁華街から路地裏に入っていくと知ってる人は知っている隠れ家的なバーがある
今日は、そこにとある男女が来店したようで…?



(番外編)


「呼び出した本人が来ないとは、一体全体どういうつもりなんですかね」

 

夜の繁華街。古臭いネオンが光る街並みに一人の女性が苛立ちを隠さずにそこにいた。彼女は『エイレーン』。元は『アニメ娘エイレーン』として活動をしていたアニメTuberだったが、今では裏方に徹し、通称エイレーン一家と呼ばれる中である『嫁ノ萌実』及び『ヨメミ』のサポートとして活動している。また、ENTUM所属である『ミライアカリ』も過去にエイレーンに拾われたことにより一家の一員だ。

 

「まーた残業でしょうか?」

 

普段とは違う桜色のドレスを身に纏い、携帯端末に視線を落とす。彼女が珍しくめかしこんでいるのには理由がある。彼女の姉である『ベイレーン』にバーで飲まないかとお誘いはあったためだ。久しぶりに会ったとある人物について、少し話したいこともあり、エイレーンはその提案に乗り今ここにいる。しかし、誘った本人が未だに現れず待ちぼうけを食らっているのが現状だ。

 

「変な勧誘とかされると面倒ですし、ベイレーンには悪いですがここは退散しましょうか」

 

携帯端末を鞄へ仕舞い、歩き出そうと体の向きを返す。すると目の前に見知った姿が現れた。

 

「…馬?」

 

「え、エイレーン?」

 

高身長でガタイがいい身体。白髪で顔には大きな傷跡がある男が、そこにいた。先程出たエイレーンが話したいと思っていたとある人物『ばあちゃる』その人だ。普段であれば冒涜的な馬のマスクをしている彼だが、今日はその限りではない。しかし、古い付き合いであるエイレーンにとって、素顔の方が慣れ親しんだ顔であった。

 

「こんな時間にこんな処で奇遇ですね。いったいどうしたんですか?」

 

「どうしたって、ばあちゃる君はベイレーンに呼ばれて来たんすけど」

 

「はい?」

 

出てくるのは自身の姉の名前。つい聞き返してしまったその時、エイレーンの携帯端末にメールの着信音が鳴る。軽く断りを入れ、確認すると話題のベイレーンからだ。内容は単純で『セッティングをしておいた。頑張れ』。意図を読み取ったエイレーンは頬を少し染め、額に手を当ててため息を吐く。

 

「とりあえず、飲みましょうか」

 

「…そうっすね」

 

そんなエイレーンの姿に察したばあちゃるも、そこには触れずにエイレーンに続いて近場のバーへと消えていった。

 

 

 

 

Bar-デラス-

多種多様なお酒を取り扱っているこじんまりとした小さなバーだ。その落ち着いた雰囲気もさることながら一番の特徴は、バーのマスターは注文を取るとき以外は基本マインクラフトを行っていることだ。それについて怒りを露わにする客も少なからずいるが、ここに来る客は基本的にカップルかそれに伴う男女の仲の二人組が基本の為、それが特に問題になったということは聞かない。また、稀に女性の声を発する柴犬や男子校の女教師と小悪魔がおり、マスターと共にマイクラをやっているのも見れたりもする。

 

「まさか二人で飲むことになるとは思いもしなかったっすね」

 

「まあ、別れた時がまだ未成年でしたし。再会した時は二人ともドタバタしてたっすからね」

 

カラン、と溶けた氷が揺れてグラスあたり音を鳴らす。二人並んでお酒を飲みながら近所報告をしあう。思いのほか話は盛り上がり、二人の飲む速度もまた普段のペースに比べて速い。軽く酔っているのか、その頬は少し赤くなっている。

 

「そうだ。あのことアカリさんに話してもいいですか?」

 

「あのこと?」

 

「アカリさんのお父さんが貴方ってことですよ」

 

「ぶふぅ!?」

 

口につけたお酒を吹き出す。幸い、グラスをつけた状態だったため周りへの被害はほぼなかったが、跳ね返った水滴はばあちゃるの顔を濡らした。

 

「え!?なんすかそれ!?」

 

「何のことって、酷いですね。アカリさんは元々貴方が託してきたAIが成長した存在ですよ?なら父親が貴方で合っているじゃないですか」

 

「いやいやいやいや、確かにあのAIをエイレーンに送ったのはばあちゃる君ですけども!?ばあちゃる君の下にいた時は自我はなかったっすから父親とは違うっすよ!」

 

「けどこの前『ばあちゃるさんといると落ち着くんだよね。なんかすっごい懐かしい感じがするの』なんて言ってましたよ?それこそ貴方なら、自我がなかったとはいえAIとコミュニケーションをとらないわけではないでしょう?」

 

「いや、確かに会話をするようにはしてたっすけど。それでも父親とは違うんじゃ」

 

その慌てようがどうにもおかしくて、エイレーンは堪えきれず笑い声を零す。そんなエイレーンにばあちゃるは恨めしそうな視線を送ることしかできない。

 

「ふふふ。冗談ですよ。今更父親のことを言ってアカリさんを混乱させる気はないですから安心してください」

 

「お前の安心は安心できない」

 

クスクスと笑うエイレーンについ顔を歪める。口調も崩れて喋るばあちゃるに、エイレーンは楽しくて仕方がない様子だ。ある程度笑った後、それでも楽しそうにニマニマと笑みを浮かべ、口を開く。

 

「それで、あの告白はどうでした?返事はしてあげたんですか?」

 

「やっぱ聞いてたんすね」

 

「そりゃ遮るのが扉一つだけでしたし、ピノさんも声を張ってましたしね。余裕で聞こえてましたよ」

 

楽しそうに笑みを浮かべるエイレーンに何も言えず黙ってしまう。しかしその反応すら彼女とって予想の反応だったらしく、より笑みを浮かべさせてしまう結果となった。

 

「…受け入れる気はないんですか?」

 

「年がいくつ離れてると思ってるすか。ましてやプロデューサーとアイドルっすよ?答えれるわけないじゃないっすか」

 

「…『タブーなんて誰が決めた』、なんて言っていた男のセリフとは思えないですね」

 

「屁理屈っすよ。それ」

 

吐き捨てるばちゃるの表情は苦いものだ。しかし、エイレーンはその表情に潜む感情に気付いている。

 

「少なくとも、私の時よりは胸に響いたのでしょう?」

 

「…それは」

 

「無理に誤魔化さなくていいですよ。あの時の告白は確かに本心でしたけど、目的は貴方を引き留めるためのモノでしたからね」

 

自虐風に笑うエイレーンにばあちゃるは送る言葉が見当たらない。

 

「あの時のあなた、どんな顔してたか覚えてます?今にも消えてしまいそうな顔してたんですよ。それが私。いえ、私たちにとってどれだけ不安だったか貴方は知らないでしょう?」

 

「…」

 

「だから貴方に生きてもらうために鎖をつけることにしたんですよ。私という鎖をね」

 

「エイレーン」

 

「さっきも言いましたが、本心だったんですよ?まったく響いてはいなかったみたいですけど」

 

『あの子』を失ったあの当時のことを思い出す。確かに、あの時の自分は生きる意味を見出せないでした。シロだってまだ生まれて間もない状態だったのに、関心すら出来ないほどに焦燥していた。そんな状態の自分も引きずり上げたのがエイレーンという女性だ。『振り向かせる』という告白が、彼女の体温が、どこに向けていいかわからない暗闇に光を指してくれた。

 

「世間体なんて、周りの言葉なんて言わせておけばいいんですよ。貴方はどうしたいか、それが大事なんでしょう?」

 

「…ホント、貴女はハチャメチャっすね」

 

「夢追いかけて、雑草を食べてまで諦めなかった女ですよ?普通なわけないじゃないですか」

 

「自分で言うな」

 

気付いたら二人揃って笑みを浮かべていた。自分が抱えている悩みは確かに大きい。しかし、彼女の言う通り。周りなど気にしない、自分だけの答えを導きだしていこうとばあちゃるはそう胸に刻んだ。ひとしきり笑いあった後、何か決意を決めたエイレーンは、ばあちゃるへと姿勢を正した。

 

「ばあちゃる。貴方が好きです」

 

「…」

 

「貴方と離れて、この恋も忘れるかと思っていましたがそんなことは全然なかったですね。ずっと、ずっっと私の中にあり続けて、しかも肥大化していくなんて厄介な感情ですよ」

 

「…」

 

「よければ、私の恋人になってください」

 

そう想いを伝える彼女の表情はいつか見た少女と重なった。ああ、過去の自分はなんて愚か者なのだろうか。こんなにも自分を想ってくれている女性がいたのに気付けずにいたとは。きっとこの手を取ればその先に幸福は確かにあるだろう。しかし、ばあちゃるの答えは既に決まっている。

 

「すみません。その手は、取れません」

 

「ですよねー。いや、分かってましたよ!」

 

「…その、エイレーン。なんて言ったr「なら第二婦人を狙っていきましょう!」はい!?」

 

落ち込んでるであろう彼女に、なんと言葉を送っていいか口ごもっているととんでもない爆弾発言が飛び出す。驚きながらもエイレーンの表情を見る。そこにはいつもの前向きな彼女の顔があった。

 

「貴方の一番なんて今更無理なことは分かりきっていることです。なら二番手を狙うのは当然でしょう?」

 

「いやいやいやいやいや!?諦めるって選択は無いんすか!?」

 

「十年以上離れても冷めなかった恋ですよ!?今更諦めれるわけないでしょう!」

 

「えぐー!?っていうか倫理観やなんやで炎上案件っすよ!?」

 

「何度も言いますけどタブーなんて誰が決めたんですか!それに」

 

『炎上案件こそ、貴女の十八番でしょう?』なんて言いながら不敵な笑みを浮かべるエイレーンに何も言えなくなる。そうだ。これこそエイレーンという女性だ。迷惑など気にせず、ただひたすらに目的へと突っ走る姿こそエイレーンだ。ばあちゃるはそれを思い出し、笑うことしかできなかった。

 

「さて、いい感じにヒートアップしてきましたし、ホテルに行きましょうか!」

 

「もうちょっとムードを考えたらどうっすか!?」

 

「空気なんて読まなくていい、と言ったのは貴方ですよ?」

 

「ああ言えばこう言うッ!そういえばあの時もこんなノリだったすね!?」

 

「はは!こんな感じの方が私たちらしいじゃないですか。ほら馬ァ!行きますよ!」

 

「ああもうッ!マスター、ご馳走様でした!」

 

『迷惑料も付けときます』と捨て台詞と共に男女はバーを後にする。その姿はまるで長年共に歩んだ相棒のような、そんな雰囲気を漂わせていたと後にマスターである男性はそう述べた。

なお、この二人の騒動はマスターにより柴犬、女教師と小悪魔に伝わり、最終的ににじさんじ内にて大々的に広まったのは後の話である。

 

 



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彼と進みたい未来の姿は(金剛いろは)

多種多様な種族が住まう電脳世界
最初は人間だけだったが、VTuber業界が浸透していくにつれて、そこからエルフや吸血鬼を筆頭に隠れて生きていることが判明した
今では共存が成功し、町では人以外にも多種多様な種族は存在する
しかし、種族によって価値観が違うとところもあるようで…?


「ねえ委員長。ちょっと相談を聞いてもらってもいい?」

 

「はい?どうしたんですか藪から棒に」

 

土曜の昼食の時間をちょっと過ぎた昼下がり。金剛神社の巫女である『金剛いろは』は、アルバイトに来ていた『月ノ美兎』へそんな言葉を投げかけた。

 

「いや、いろはさ。うまぴーのことが好きなんだよね」

 

「はい!?いや、急にそんな暴露されても私(わたくし)どう反応したらいいかわからないんですけど!?」

 

「あれ?言ってなかったけ?」

 

「初耳ですけど!?」

 

箒を片手に驚愕する美兎の姿がおかしかったのか、いつもの様に特徴的な笑い声を上げるいろは。そんないろはに、美兎は先程の爆弾発言が抜けきれないのか、困惑したまま口を開いた。

 

「まあいいや。そんなわけで、いろははうまぴーのことが好きなの」

 

「え、えぇ。色々と突っ込みたいことはありますが、まあ今は置いておきましょうか」

 

友人のとんでもない暴露に混乱気味の美兎だが、取り合ずそれは置いておく。いろはの表情はいつものとそれとは違い、真剣な雰囲気が感じられたからだ。美兎は呼吸を整え、改めて話を聞く姿勢をとった。

 

「いつ好きになったかのか正直、いろはにもわかんないだけど、気付いたら好きになっちゃっててさ。最初はそれを隠していこうと思ってたんだ」

 

「まぁ、プロデューサーとアイドルですもんね。それが普通だと思いますよ」

 

「それがさ。気付いたらアイドル部の子達全員がうまぴーのことが好きになってたんだ」

 

「えぇ…なんか一気に修羅場になってません?それ」

 

普通であれば一人の男性を複数の女性が取り合う状況だ。トラブルが起きないはずがない。そう思っていたが、いろはから帰ってきた答えは違っていた。

 

「それがそうでもなかったの。多分、みんな薄々それぞれがうまぴーが好きなことを分かっていたから衝突もなかったよ」

 

「分かっていた?」

 

「うん。明確になってきたのは、たまちゃんとふーちゃんかな。あの二人が明確にうまぴーを信頼してるみたいなことを配信で口にするようになってから、学校でもうまぴーへの対応が変わっていったの。それに釣られてなとりんが、続いて元々懐いていたピノちゃん、イオリンがよりスキンシップが大きくなって、そこまでいけば、それさすがのいろはでも察するくらいにはね」

 

「なるほど。わかっていたからこそ焦りなどは特になかった、というわけですか」

 

「そうそう。だからむしろ好きを隠さなくてよくなったから、いろは的には助かったかな」

 

当時のゆっくりだが、確かに変わっていったばあちゃるとの関係を思い出しながら空を見上げる。最初期のばあちゃるは、アイドル部との距離感が分からず、色々と手探りだった時すらすでに懐かしいものだ。

 

「あと、いろはたちがすっごい仲良しなのとうまぴーの鈍感具合、というか自己評価が低いおかげで修羅場にはならなかったね」

 

「と言いますと?」

 

「うまぴー、多分だけど『自分が好かれるわけがない』なんて思ってるおかげですっごい鈍感なの。だからアピール過激派でもあまり成果がなくて、それが愚痴になっていい合う様になったらもう気にしなくなったなー」

 

「ああ。ばあちゃるさん、というかアップランドさんは何故か総じて自己評価が低いですもんね」

 

『特にばあちゃるさんはその筆頭だと思います』という美兎の言葉に賛同をする。知名度、活動開始時期など考えれば大ベテランであり、この業界の筆頭でもあるはずのばあちゃるは、その知名度に対して著しく自己評価が低い。それはよく共演する美兎はつくづく実感することでもあった。

 

「…いろはね、今の関係がすっごい好き。好きな皆と同じ好きな人のことで盛り上がって、抜け駆けとかして怒り合って。そして好きな人との時間も幸せで…」

 

「いろはさん、それは…」

 

それは刹那的な幸せだ。とは言えなかった。彼女の複雑な家庭環境は配信を見ているので、多少は知っているつもりだ。幸せを共有する今の関係は、いろはにとってまさに『家族』だということは美兎にも容易に理解できる。だからこそ、それを指摘するようなことは、できなかった。

 

「それがさ。少し前にピノちゃんが告白したことによって、関係がね、ちょっとずつ変わってきてるんだ」

 

「ピノさんって確か最年少の?」

 

「うん。そのピノちゃん」

 

力なく笑ういろはに美兎は言葉を失う。それを知ってか知らずか、いろはは変わらず話を続けた。

 

「そこから明らかに変わっていったの。ちえりちゃんを始めに学校内でもうまぴーに対してアピールが激しくなっていって。今はまだふざけてる雰囲気があるから大丈夫だろうけど、きっと遠くないうちにさっき委員長が言ったような修羅場が起きちゃう気がするの」

 

「いろはね。最初にピノちゃんが告白したことが全然理解できなかったの」

 

「だって、いろはは今がすっごい幸せでこの関係がずっと続けばいいな、なんて呑気なこと考えていたんだもん。そりゃホンキで恋するピノちゃんの行動を理解なんてできるわけないよね」

 

「…いろはさん」

 

「あーあ。なんで、人間関係ってこんな面倒くさいだろう。もっと『みんなで幸せ!』みたいな単純なのでいいのになぁ」

 

生気が落ちたような顔をして虚空を見ながらいろは吐き出す。それに美兎は考える。私にできることはなんだろう。この友に送れる言葉はあるだろうか。しかしどうやっても自分から送れる言葉で彼女を元気づけることは不可能だ。ならば。『自分』では無理ならば。友人に頼めばいい。美兎は懐から携帯端末を取り出し、いろはの前に立ちふさがる。

 

「委員長?」

 

「いろはさん。確認なんですが、貴女はばあちゃるさんのこと本当に愛していますか?」

 

「え?」

 

「友人と共有するためのモノではなく、貴方自身が本当にばあちゃるさんのこと愛しているのか聞いているんです」

 

射貫くような美兎の視線につい後ずさる。困惑しながらも、美兎の言葉を意味を理解し、考える。自分がばあちゃるのことを本当に愛しているかどうか。その言葉が頭の中を反復する。

 

たまが会長特権で迫る話を聞いた。それにいろはは、怒るなとりを煽ったことを思い出した。

 

めめめががばあちゃるに弄られたと怒りながらも嬉しそうに話すのを聞いた。それをいろはは、便乗してめめめを弄ったことを思い出した。

 

ピノが告白したことを聞いた。それにいろはは、今の関係が終わることの感情しかなかった。

 

思い返せば思い返すほど、いろはは自分が本当にばあちゃるを愛しているか分からなくなっていく。それは足元が崩れていくような、そんな恐怖心がいろはの胸を締め付ける。泣きたくなってしまうその時、浮かび上がるのは夕暮れの光景だ。

 

『だから頑張れ、いろは』

 

頭を撫でるその温かい手を、マスク越しに見て取れるその優しげな顔を、いろはは思い出した。その事実だけで胸が高鳴る。幸せを感じる。それだけで答えは十分だと、いろはは確信を持てた。

 

「…うん。愛してる。いろはは『ばあちゃる』さんを愛してるよ」

 

「それが聞きたかったのです!」

 

満足げに笑みを浮かべる美兎。そしてそのまま携帯端末を弄り、どこかに通話をかけ始めた。

 

「えっと、委員長?」

 

「まず謝らせていただきますね、いろはさん。ごめんなさい」

 

「え?」

 

通話のコール音が鳴り響く中、急に頭を下げる美兎に、いろはまぬけな声を上げてしまう。美兎は顔を上げ、申し訳なさそうな表情を浮かべ言葉を続ける。

 

「正直に言いますと、私ではいろはさんの悩みに納得できる答えはできそうにありません。だから、知り合いに取り次ぎます」

 

「えっと、どういうこと?」

 

混乱するいろはを横に、コール音が途切れ通話が始まる。相手の声にこたえる前にいろはへ視線を向けて不敵に笑みを浮かべた。

 

「私達『にじさんじ』の強みって知ってますか?それは、数と多様性ですよ!」

 

その笑みにいろはは、困惑を深めるだけだった。

 

 

 

 

 

 

「ここ、だよね?」

 

後日。美兎に指定された場所に赴くと、そこには教会がある場所だった。まさか神社の娘である自分が異教である教会に赴くことになろうとは、苦笑をしながら足を踏み入れる。

 

「ごめんくださーい!」

 

外に子供が遊ぶ風景が見えたので、きっと中に誰かしらいるだろうと、謎の確信をもって教会内に大声をかける。屋根が高く、反響する自分の声に赤面しながらも、『はいはーい』と帰ってきた返事に安堵の息を吐き、姿勢を正す。

 

「すみませーん!おまたせしま、ってごんごん!?」

 

「うぇ!?もちにゃん!?え、なんでこんなとこにいるの!?」

 

奥から現れたのは予想だにしなかった人物。それは同じ学園、そして同じアイドル部に所属する『猫乃木もち』、その人だ。恰好がいつもの学生服やアイドル衣装でなく、清楚なシスター服に身を包んでいるため気付くことが遅れてしまった。

 

「そういうごんごんこそ、なんで教会に!?」

 

「私は委員長にここに来るように言われたから来たんだけど、もちにゃんこそ何やってるの?」

 

美兎からの紹介というと、もちは納得したように頷く。この場で談笑するのはさすがに邪魔になると思い、二人はゆっくりと教会の奥へと移動した。

 

「なるほど。しすたぁが言ってたお客さんってごんごんだったのか。あ、それとあたし、ここでアルバイトしてるんだ」

 

「そっかー。だからシスター服なんだね。ってことはいろはとは宗教が違うじゃん!異教徒だー!?」

 

「教会でそれ言ったらごんごんの方が追い出されちゃうよ!?」

 

「あそっか。ここじゃ、いろはが異教徒じゃん」

 

納得をするいろはに、もちは額を抑える。どうやら今日は客人が多く来ているのか、もちと共に廊下を歩く途中でも色んなシスターとすれ違う。シスターがもの珍しいのか、その姿をついつい目で追ってしまういろは。その途中、開いていた扉の奥にて起こっている修羅場が目に入った。

 

「しばが何したって言うんだ!ベルちゃん!ここから降ろして!」

 

「ダメなのだ!バンギラス、いくらお母さんでも甘やかすのはメッ!なのだ!」

 

「ああ、わかってるよ、ロアちゃん。今回ばかりは母さんが悪い」

 

「いっつもは全肯定ベルモンドのクセにこんな時に限ってぇ!」

 

「いやー、確かに面白い話だったけど、広めるのはダメでしょ、しばさん」

 

「先生まで敵!?ノリノリで一緒に話聞いてたじゃん!?」

 

「…えぇ」

 

吊るされている柴犬を囲むように、レディーススーツを身に纏う女性、悪魔のような羽を生やした少女にガッチリとした体格の男性が立っている。多少しか聞き取れなかったが、どうやら柴犬が何かしでかしたようで、そのことを責めているとようだ。いかんせん見栄えが奇怪すぎた光景に、いろはは後ずさった。

 

「どったの?」

 

「ううん、なんでもない。だた、起きてても夢って見れるんだなって思っただけ」

 

「??」

 

いろはその光景を見なかったことにした。そんないろはに首を傾げるもち。これ以上立ち止まっても仕方がないと、二人は再び歩き始める。そして、少し歩いた後、いろははとある扉の前に案内された。

 

「ここだよ。ここに委員長がごんごん以外に呼んだ人たちが集まってるの」

 

「あれ?もちにゃんは一緒に入らないの?」

 

「にゃはは。あたし、一応バイト中だからね。これ以上持ち場を離れたら怒られちゃうよ」

 

「そっかぁ」

 

申し訳なさそうに笑うもちに、いろはは目に見えて落ち込む。そんないろはに苦笑し、慰めるように抱きしめた。

 

「ごんごん。何を悩んでいるか無理には聞かないよ。けど、委員長が集めた人たちだもん。きっと納得できる答えが見つかるよ」

 

「もちにゃん!…うん!いろは、頑張るね!」

 

「どんな答えを見つけても、あたしは受け入れるよ」

 

優しく背中を撫で、身体を離す。どうにも恥ずかしくて、照れを隠すように笑みを浮かべた。そして、もちはその場を後にする。一人の心細さをギュッと飲み込み、一度深呼吸。決意を込めて扉を開けた。

 

「し、失礼します!」

 

「お、来たようじゃな」

 

扉の先には素肌が所々鱗で覆われているドラゴン娘に可愛らしい悪魔。そして、先程分かれたもちとおなじシスター服で身を包んだ女性が待っていた。緊張を隠せないまま、いろはは室内に入り、シスターの女性に指示されるままに席に着く。

 

「まずは軽く自己紹介をしましょうか。では言い出しっぺの私から。にじさんじ所属『シスタークレア』です」

 

「同じくにじさんじ所属のファイヤードレイク『ドーラ』じゃ。よろしく頼むの!」

 

「なんでボクが人間の相談を聞かなきゃいけないのかわかんないけど、まあいいや。『でびでび・でびる』だよ。よろしく」

 

「えっと、アイドル部所属の金剛いろはです。よろしくお願いします」

 

緊張により固まっているいろはに、ドーラは笑みを受けべ、『落ち着け』と言いながら紅茶を注ぐ。人肌ほどに温められた紅茶を一口飲み、深呼吸して緊張を解いていく。

 

「その、皆さんはどうして集められたか知っているんですか?」

 

「大体は、じゃの。委員長に『とある子の相談に乗ってほしい』と連絡が来ての、来てみればこのメンツが揃っていたわけじゃ」

 

「正直、メンツが謎なんだよ。seedsと言われれば納得は出来なくはないけど、それでも疑問に残る人選なんだよね」

 

「美兎ちゃんのことだからきっと考えがあっての人選だと思うのですが。それでも首を傾げてしまいますよね」

 

三者が同様の疑問に首を傾げる。しかし、それでも集まったのは美兎の人望故だろう。信頼する美兎が集めた人たちだ。いろはは覚悟を決めて、悩みを打ち明けた。

 

「…と、いうわけなんです」

 

「ふむ」

 

羞恥やら、色んな感情が溢れ、気付くと首まで真っ赤に染め自分の悩みを伝える。ばあちゃるを愛している。他の皆も好き。袋小路の思考の打開策を教えて欲しくて、いろはは縋るように三者へ視線を送った。

 

「別に全員がその馬のつがいになればいいじゃん」

 

「わしもでびちゃんと同じじゃな。何故一人しかつがいになれんのじゃ?」

 

「え?」

 

何に悩んでいるのかわからない、そう顔に浮かべながら、でびるとドーラは答える。その答えはいろはにとって想定外のもので、一瞬にして思考を停止してしまう。

 

「もう!二人とも、人間は基本的に一対一でしか夫婦になれないんですよ?」

 

「えぇ。なにそれめんどくさい」

 

「多くの雌に好かれる雄はそれだけで優秀なんじゃから、全部娶っても問題ないじゃろうが。人間は面倒じゃのう」

 

帰ってくる肯定の意見にいろは混乱することしかできない。いろはにとって、ばあちゃる一人とアイドル部全員が幸せになる結末は『いけない事』と認知している。だからこそ悩み、誰かに相談しなければならないほどに追い詰められていた。それをこうも何ともないように肯定されてしまえば、混乱するのも仕方がないことだ。助けを求めるようにクレアに視線を向けようとしたその時、いろはが入って来た扉が開き、人が入ってきた。

 

「母さんに折檻していたら遅れてしまった。申し訳ない」

 

「あ!せんぱいがいるのだ!」

 

「ロア!?おまえもよばれていたのか!?」

 

「ベルちゃぁん!いい加減おろしてぇ!?母さん、なんか新しい扉開いちゃいそうだからおろしてぇ!?」

 

「まーた濃い連中が来たのう」

 

「あらあら、ベルモンドさんにしばさんにロアちゃんも!いらっしゃい。今、お茶の準備しますね」

 

「そういえば先生は?」

 

「せんせいはお仕事なのだ。だからバンギラス、今日の帰りはよろしくなのだ」

 

「ああ、そういうことね。了解した」

 

入ってきたのは縛られた柴犬を縄で引っ張り持ち上げる大男と、悪魔のような羽を生やした少女だ。その三人に既視感を覚え、少し思考すると先程見た修羅場の人たちであることを思い出した。いろはが考えている最中に、集まった理由をクレアから聞き取り、受け取った紅茶を飲みながらいろはへ視線を向ける。

 

「大体のことは理解したよ。俺は『ベルモンド・バンデラス』。同じくにじさんじ所属でバーを経営している者だ」

 

「ロアは『夢月ロア』!バンデラスと同じにじさんじ所属なのだ!」

 

「縛られる状態からごめんなさいね。同じくにじさんじ所属『黒井しば』。よろしく」

 

「よ、よろしくお願いします!金剛いろはです!」

 

緊張するいろはを横に、先程話した悩みはドーラたちによってあっさりと伝えられてしまう。他者から自分の悩みを話されることに羞恥を覚え、いろはは頬を赤く染めた。

 

「?別に全員でそのばあちゃるさんに嫁げばいい気がするのだ」

 

「ロアもそう思うよな。やっぱ人間ってめんどくさいんだよ」

 

「人間の価値観もわからなくはないけど、俺もロアちゃんと同意見だな。そもそも、昔は何人もの奥さんを持っていた人がいたんだ。今更気にする必要もないだろう」

 

「倫理観やら気になる問題は多くあると思うけど、それは他者の反応だから気にする必要はなし!」

 

「え、えっと!?」

 

またも帰ってくるのは肯定的な意見。まさかこんなことになるとは思いもしなかったいろはは、混乱しながらクレアへ視線を向けた。

 

「シスターは、どう思います?」

 

「私ですか?そうですね」

 

考えるように口を手で覆う。少し悩んだ後に考えが固まったのか、いろはへ視線を向ける。

 

「私個人としては、そのような幸せの形もアリだと思いますよ」

 

「おお!まさかしすたーが肯定するなんて思わなかったぞ」

 

「にじさんじきっての常識人じゃし、てっきり否定派かと」

 

「そう思われても仕方ありませんからね」

 

ドーラとでびるの意見に苦笑しながらも同意をする。まさかクレアも同意するとは思ってもいなかったいろはは、より混乱をしてしまう。そんないろはを慈悲深い笑みを浮かべながらクレアは言葉を続けた。

 

「勿論しばさんが言ったように、倫理観や問題がないわけではないですよ。人間である以上、どうやっても人間社会で生きていくことになるわけですからね」

 

「あー、そっか。うるさいからとか言って魔界に行くわけにはいかないよな」

 

「人間ですからね。どうやっても人間社会から離れることは難しいですよ。けど、それ以上に大事なものがあります」

 

「大事な、もの?」

 

クレアの言葉を繰り返すいろはに笑みを深める。クレアは手を自分の胸に当て、思いを込めていろはに伝える。

 

「それはいろはさんがどうしたいかです」

 

「…いろはが…どうしたいか?」

 

「はい」

 

じっといろはと視線を合わせる。その力強い視線は美兎に通ずるものがあると、頭の片隅でいろはは考えた。

 

「大きな困難があろうとも、高すぎる問題の壁があろうとも、その先をなんとしても掴みたいものなのかどうかです」

 

「掴みたいもの…」

 

思い出すのはいつもの変わらない日常。

 

めめめやもちと一緒にバカやって、なとりに追いかけられる。

 

生徒会三人が想いを暴走させて、突拍子のないことを困惑しながらも乗っかかる。

 

イオリとすずとピノの無邪気な好意にドキマキするばあちゃるに、ヤキモチを妬いて突撃をする。

 

アルバイトやちえりーらんどの経営に疲労している、ちえりとりこをばあちゃると一緒に癒す。

 

そんな日常がこれからも続いて、さらにばあちゃるとの関係がより深いものになっていく未来を、いろはは思い浮かべた。その光景こそ、いろはが求めているものだ。それを目指すためなら、どんな困難でも乗り換えられる。目指す未来が見えた。

 

「掴みたいものは、見えましたか?」

 

「うん!じゃなかった、はい!」

 

人見知りの顔が消え、仲間内で見せている表情で返事をする。言い直すいろはに、各々は笑みを浮かべた。

 

「やっといい顔するようになったのう」

 

「別に言い直さなくても大丈夫ですよ」

 

「そ、そうかな?…うん、いろはも、みんなにはいつも通りのいろはを出していきたい」

 

「人間は抑え込みすぎなのだ!もっと自由でいいと思うよ?」

 

ロアの言葉に照れ臭そうに笑みを浮かべる。もう少し談笑を続けたいところだが、それよりも優先したいことがある。行動する時はいつだって、やる気がある時だ。

 

「ごめんね。いろは、もう行かなきゃ」

 

立ち上がるいろはに全員の視線が集中する。送るのはいろはの背中を押すエールだ。

 

「お、勝負どころじゃな」

 

「あくまが祈るなんておかしいけど、でびるも応援してるぞ!」

 

「命短し恋せよ乙女、だ。陰ながら応援をしているよ」

 

「ロアも!ロアもいろはのこといっぱい応援するぞ!」

 

「恋愛の形は人それぞれよ。頑張って!」

 

「貴女に、Vのご加護を」

 

「うん!いろは頑張る!」

 

友からの声援をその身いっぱいに受け、いろはは教会を飛び出す。その背中には確かな決意が溢れていた。

 

「…行ってしまったか。しかし、青春じゃのう」

 

「甘酸っぱいってやつだな!」

 

「それにしても、まさかシスターも肯定するとは思わなかったよ」

 

「私がですか?」

 

ベルモンドの言葉に自身を指さしながら首を傾げる。その姿は何故か妖艶さを感じ、ふしだだらな考えを振り払う様にしばは首を振った。

 

「私個人としても反対というわけではないは勿論ですが、実は他に理由もあったりしたりするんです」

 

「他の理由?それはなんなのだ?」

 

「美兎ちゃんのお願いだから、極力お手伝いしたかったのが一つ。それに私の友人の恋も応援することも理由の一つです。そして最後の一つが」

 

言葉を切り、滅多に見せない呆れたような笑みを浮かべ、クレアは言葉を続ける。

 

「あのお馬さんは、逃げ道がないくらいに囲まないと逃げてしまいそうな、そんな気がしたんですよ」

 

滅多に見せないその表情に、全員言葉を失い見惚れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

同日の午後五時。日も落ち、辺りは茜色一色に染まる。人々が帰宅するそんな時間に『ばあちゃる』は金剛神社へと赴いていた。

 

「あー!うまぴーこっちこっち!!」

 

「ちょ!?ごんごーん!声大きいっすよ!?」

 

ばあちゃるを呼び出した人物、いろはが呼びかける。神社に隣接されて建てられている一軒家の縁側から大きく手を振るいろはにその声の大きさに注意するも、天真爛漫なその笑顔に内心ですでに許してしまった。

 

「こんな時間に参拝に来る人なんていないから大丈夫だよ。うまぴーは心配性だなぁ」

 

「いなかっただけで、もしいたらどうするつもりだったんすか。まぁ、いなかったからいいっすけどね」

 

「なら問題ないね!」

 

「少しは反省しなさい」

 

反省の色を見せないいろはに、ついいつもの口調を忘れてしまう。しかし、それは信頼の証だと知っているいろは嬉しそうに笑みを浮かべるだけだ。

合流したばあちゃるはいろはに指示されるまま、隣へと腰を下ろした。

 

「はいお茶。少し前に淹れたからちょっと冷めてるのは許してね」

 

「はいはいはい。喉が渇いてたっすからね、むしろちょうどいいっすね」

 

出されたお茶を断りを入れて、マスクを上げて口元を晒し喉に流し込む。いろはの言う通り、お茶は少し冷めていたがむしろ人肌より冷たいそれが一気に喉を潤すにはちょうど良かった。

 

「それで?急に呼び出して話したことって何すか?」

 

ばあちゃるがここに赴いたの理由は単純であり、それは目の前に少女いろはに呼ばれたに他ならない。ばあちゃるのその言葉に『いきなり本題か』と小さく呟く。そして、大きく深呼吸をし、思いを口にする。

 

「いろはね、今がすっごく幸せなんだ」

 

「ごんごん?」

 

「好きなものも、夢も共有してみんなと一緒に走って、そこにはアイドル部のみんなだけじゃなくてうまぴーもシロちゃんも一緒で。そんな今がすっごく好きで、幸せなの」

 

いろはの独白にばあちゃるは胸を締め付けられる。その幸せは一生のものではないことが知っているからだ。なにより、その関係はもう終わりを迎えかけていることも知っている。

 

「うまぴーが言いたい事、わかってるよ。これは人生の一瞬だけの幸せだって。そして…終わり始めていることだって」

 

「…いろは」

 

「いろは、どうやったら今の幸せが続くか考えたの。けどそれは考えれば考えるほど、今より前に進もうとするみんなの邪魔をしちゃうモノになっちゃって。いろはにはそんなことはできなかった」

 

人間関係は一分一秒と変化していくものだ。変わらない関係というものがどれほど難しいのか。それはばあちゃるにも分かり切っていることでもある。だからこそ、いろはに向ける言葉を見つけることが出来ずにいた。

 

「だからいろはも、掴みたい未来を目指して、前に進むことにしたの」

 

「え?」

 

「…いろはね、うまぴーのことが『ばあちゃる』さんのことが好き!」

 

「ッ!?」

 

「手を繋いでデートとかしてみたいし、ちょっと痛いくらいに抱きしめても欲しい!もっと甘えたいし甘えても欲しい!これからも煽って煽られて、そんな関係を続けていきたい!!」

 

唐突ないろはの告白に、反射的に彼女へ顔を向ける。そのいろはの表情は、茜色の日差しでは誤魔化せないほどに真っ赤に染められていた。そんな全力ないろはの表情にばあちゃるは見惚れることしかできない。

 

「そして、それをみんなと『共有していきたい』!それが、いろはが目指す未来ッ!」

 

「それは!?」

 

いろは望む未来を理解する。それはつまり、ばあちゃるにハーレムを作れと言っているものと同定義だ。あまりにも想定外の告白にばあちゃるは驚愕することしかできない。

 

「…ばあちゃるさん。いろはの一生のお願い、聞いてくれる?」

 

「そ、それは…」

 

否定の言葉が出てこない。『みんなと共に愛しながら夢を追いかける』。それこそが、ばあちゃるが誰にも言えなかった胸に秘めた願望だからこそ、言えなかった。

 

「世間の目とか、いっぱい大変なことがあると思う。けど、それでも言うよ。『私たちを愛してください』」

 

「…」

 

誰か一人が隣にいる未来ではない。なとりが、りこが、すずが、たまが、めめめが、もちが、ピノが、いろはが、あずきが、ちえりが、ふたばが、イオリが、そしてシロが。その全員が隣にいる未来を望んでしまったばあちゃるに、その未来を目指したいと内心認めてしまったばあちゃるに、否定の言葉は出せるわけがなかった。

 

「ば、ばあちゃる君に、そんな甲斐性はないっすよ」

 

なんとか絞り出した言葉は否定ではなく、弱気な言葉。否定しなくては、と思っても口が動いてくれない。いろははそんな震えるばあちゃるの手を握って、にへらっと幸せそうな笑みを浮かべた。

 

「大丈夫!うまぴーならなんとかなるよ!だって、うまぴーだもん!」

 

信頼しきったその言葉に、包まれている暖かな手に、幸せそうなその表情に、ばあちゃるは目を逸らすことが出来なかった。

 

進展する二人の関係を夕暮れの太陽だけが見ていた。

 



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彼の暗い顔は見たくない(ヤマトイオリ)

ばあちゃる学園の補習
普段は放課後に行うのだが、生徒の都合上で祝日に登校してもらうこともある
それはアイドル部のような特殊な都合の時のみだ
そして今日、とある生徒が祝日に補習に来たようで…?


(番外編)


「むむむむむむっ」

 

祝日の午前11時。『ヤマトイオリ』は一人、机の上に置かれている答案用紙とにらめっこを続けていた。本来であれば、ばあちゃる学園も休園しているが、イオリはテストに赤点を取ってしまった為、補習に呼び出されてしまう。その為、いつも賑やかなクラスの様子は影を潜め、静観な姿を見せている。

 

「うまぴーたすけてー!」

 

「はいはいはい。いやね、これはテストなんでね。いくらばあちゃる君でもお手伝いはちょっと出来ないっすね」

 

「むぅ!うまぴーの意地悪っ!」

 

「意地悪!?え、いやいやいや!?これテストっすよ!?」

 

顔を上げ、二つ前の席からこちらを見ているアイドル部のプロデューサー『ばあちゃる』へ助けを乞う。何故ばあちゃるが、ここにいるのか。それは補習の教師として、赴いているに他ならない。二人っきりの補修の真っ最中だ。その事実にイオリは胸を躍らせるが、目の前の答案用紙がそれを許してくれなかった。

 

「いおりーん。このテスト乗り切れれば長かった補習は終わりっすよ?せっかくの休日なんですし、遊びたいっすよね?」

 

「イオリはうまぴーと遊びたいです!」

 

「はいはいはい。ばあちゃる君もね、今日はフリーなんでね、買い物でもなんでも付き合うっすよ。なんでね、とりあえずテストを終わらせましょう?」

 

「ホントにホントにぃ!?なら、イオリンもね、頑張ります!」

 

ふんす、と鼻息荒く拳に力を籠める。その挙動一つ一つが可愛らしく、ばあちゃるはマスクの下で小さく笑みを作った。気合を入れて答案用紙に向き合うイオリだが、その勢いも徐々に落ちていき、ついには止まってしまう。うんうんと頭を捻るイオリに、『甘やかしすぎはいけない』と思いながらもつい手助けをしてしまう。

 

「…さっきの問題の、最初の式を当てはめて見てはどうっすか?」

 

「え?…おぉ!解けたようまぴー!すごい!うまぴー頭いい!」

 

「解いたのはイオリンっすから頭いいのはイオリンっすよ」

 

「あそっか。イオリは頭がいいのです!」

 

そう自分すら褒めるイオリに、上がった口角が元に戻らない。以降の数学の問題は、その公式を使えば解けることに気付いたイオリはその筆をゆっくりと、しかし確実に進めていく。そんなイオリにふと、悪戯心が湧いた。鞄からタブレットを取り出し、以前ダウンロードした問題を探る。

 

「イオリンイオリン」

 

「ん?どうしたのうまぴー?」

 

「ちょっとボーナス問題っす。これ答えれたら追加得点あげちゃうっすよ?」

 

「ホント!?やるやる!」

 

「問題は三問。行くっすよ?どん!」

 

ダブレットに開示される問題は以下の通りだ。

 

①5と7の最小公倍数を書きなさい

 

②16の約数を全て答えなさい

 

③16と24の最大公約数を書きなさい

 

以上の三問を確認後イオリは、小さく怒りの感情を顔に浮かべ、ばあちゃるに口を尖らせた。

 

「うまぴーイオリのことバカにしすぎ!これくらい簡単だよ!」

 

「言ったっすね?タッチで反応するっすから、そのまま答えを書き込んでどうぞっす」

 

「ふふん!数学が得意なイオリにはおちゃのこさいさいですよー」

 

特に悩む様子もなく、タブレットへそのまま書き込んでいく。自信満々に返されたタブレットへ視線を落とした。

 

①5と7の最小公倍数を書きなさい

35

②16の約数を全て答えなさい

1,2,4,8,16

③16と24の最大公約数を書きなさい

8

 

見事なまでの全問正解である。

 

「おお!大正解っすよ!これは一問に5点の追加をあげちゃいます!」

 

「やったー!ふふん!こんな問題、間違える人なんていないよー」

 

「…ええ、そうっすね」

 

胸を張るイオリのその言葉に、ばあちゃるの脳内に『げんきですか!オマエラ!』と挨拶する、とあるそっくりさんの顔が浮かぶ。何故か悲しくなって目頭から熱いものを感じた。

 

「イオリン。下には下がいるっすよ」

 

「?どうしたのうまぴー?」

 

「いや、ちょっと悲しいことを思い出しただけっすよ」

 

急に謎の発言をするばあちゃるに、イオリはクエスチョンマークを浮かべることしかできない。そんなイオリに、呆れ顔で答案用紙を指さす。それに気づいたイオリは、再び回答用紙と格闘を開始した。

 

そんなイオリを眺めていると、不意に思い浮かぶのは夕暮れの光景。忘れもしない、いろはの大舞台だ。彼女の告白は、確かにばあちゃるへと届いていた。みんなと歩む未来。その道はきっと険しいだろう。しかし、シロにアイドル部のみんながいれば、どんな道だろうと、どんな困難だろうと乗り越えられる。それは、ばあちゃる自身もそう思っている。

 

(しかし…)

 

それでも考えてしまう。彼女たちと自分が釣り合うわけがないと。暗い感情が胸から溢れてくる。指し伸ばす彼女たちの手を取ることが出来ない。取ってはいけないと過去の自分は言ってくる。目の前が暗くなるのを感じた。

 

「うまぴー?」

 

「ッ!?な、なんすかイオリン?」

 

呼びかける声に、驚きながらも返事をする。目の前には、心配そうにこちらを覗き込んでくるイオリの姿。このままではいけないと、暗くなる感情を無理やり飲み込んだ。

 

「ど、どうしたっすか?あ、もしかして解き終わったっすか?」

 

「ねぇうまぴー?もしかして悩み事、あります?」

 

「あ、…いや」

 

問いかけるイオリに何も言えなくなる。前までのばあちゃるであれば、自分の感情を殺して飄々といつもの自分を演じれただろう。しかし、アイドル部との交流が彼を変えた。ばあちゃるは無意識にアイドル部の子達に対して、嘘をつきたくないと思っている故の現象だ。それに気付けないばあちゃるは、言葉が詰まる自分に困惑するしかない。

 

「よし。うまぴー。ぎゅー!」

 

「い、イオリン!?」

 

胸元に飛び込み、背に手を回して抱き着いてくるイオリ。その突拍子のない行動にばあちゃるは反応できずにいた。自身の胸に重なるように当たる、イオリの豊満な胸。女性特有の甘い匂いが鼻をくすぐる。ばあちゃるはマスクの下で赤面をした。

 

「うまぴーが何を悩んでるのか、イオリにはわかんないよ。けど、うまぴーには暗い顔をしてほしくない」

 

「イオリン…」

 

「イオリ、おバカだから。たまちゃんみたいに相談に乗ることはできないし、りこちゃんみたいにすごい発明でお手伝いすることも出来ないです。でも、うまぴーの力になりたいの」

 

背中に回る腕の力が強くなる。マスクのせいでイオリの顔は見えないが、そこには自分を心配する表情を浮かべていることは容易に想像がつく。愛おしさが、胸に溢れる。

 

「そんなことないっすよ。イオリンのその想いが、何よりもばあちゃる君に元気をくれる。頑張ろうと思える」

 

「…ホント?」

 

「ホントにホントっす」

 

「えへへ。それならイオリも嬉しいです」

 

マスクの口から、赤面しながら照れ笑いを浮かべるイオリが見える。そんなイオリへの愛おしさにばあちゃるは、気付いたら抱き締め返していた。

 

「おぉ!うまぴーからのぎゅーだ!」

 

「お、お返しっすよ、イオリン!ぎゅー!」

 

「すごいすごい!うまぴーすごいよ!なんかすっごいイオリは幸せです!」

 

照れながらも抱き返すばあちゃるに、イオリのテンションは鰻登りに上昇する。幸せそうに笑みを浮かべるイオリに、ばあちゃるも幸せを感じる。幸せループはここにある。

 

「イオリン、ありがとう」

 

「ん?イオリ、なにもしてないよ?」

 

「そんなことないっすよ。イオリンは、ばあちゃる君にとっても凄いことをしてくれたっすよ」

 

「そうなの?よくわかんないけど、どういたしまして!」

 

幸せを全開にして笑うイオリと向き合うために。こんな自分に告白してくれたピノといろはに向き合うために。ばあちゃるは、過去を見つめなおす決意をきめた。

 

 



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彼に二度の初恋をしている(木曽あずき)

テロ事件
平和な電脳世界に起きた一番大きな事件。それは私利私欲で平和を脅かす組織の仕業だった
しかしその事件は既に終結しており、組織が残した研究所も既に廃墟と化している
そんなとある廃墟に、見たことのない記憶を持った少女は現れて…?


ここはどこだろう。ぼやけた意識の中、自分の名さえ分からない少女はそう考えた。そして、次に考えるのは『私は誰だろう』。いくら思い出そうとしても、脳から帰ってくる答えはない。

 

「…?」

 

目を開けるとそこはおかしな場所だった。そもそも、自分がいるのはどこかのベットというわけでなく、カプセルの中だ。何か、よくわからない液体が詰められたカプセルの中で、自分は裸の状態でふよふよと漂っている。口と鼻を覆うようなマスクを付けられ、そのマスクは管でカプセルの上の方に繋がっていた。とりあえず、自分の現状を確認する。

 

腕はある。足もある。胸も…?覚えている自分の胸のサイズより、何故か多少縮んでいるが確かにある。五体満足に安堵の息を吐いた。

 

「…」

 

次にここはどこかか調べることにした。カプセルから外の様子は、ガラスの窓の部分があるため確認することが出来る。少し身を乗り出し、その様子を見ると、そこはどうやら室内の様だ。その風景からどこかの会議室か、研究室ということがわかる。目の前のテーブルに散乱した資料を、何とか読み取ろうとさらに身を乗り出す。断片的だが、読み取れる部分が多少あった。

 

(少女兵器プロジェクト?)

 

聞いたことがあるような、無いような。そんな計画の名に少女は、首を傾げることしかできない。もっと情報を得ようと、資料を見るために身を乗り出したその時。ガン!という大きな音の後に大地が揺れた。カプセル内もその揺れの影響により、一緒に揺れてしまい、少女は酔ってしまう。混乱する最中、テーブルの奥にあった扉が大きな音を立てて、蹴り破られた。

 

(あっ)

 

入ってきた白髪の少年に少女の胸は高鳴った。こんな感情は初めてのはずなのに、何故か既視感がある。そう、これは。年が離れた自分が恋する男性に対して向ける感情と同じだ。しかし、この感情は初めてのはずだ。矛盾するそれに、少女は混乱することしかできない。

 

「…く…か!…うを…だっ…る!…か…」

 

通信機を片手に少年は相手に向かって叫ぶ。どうやら電波の状況が悪いのか、声が届きづらいようだ。諦めたように通信機を切り、辺りを見渡す。その時、少女と少年の視線が交わった。

 

(ああ)

 

少女は無意識に手を伸ばす。そこに乗せる感情は何だったか。それすらも分からない。けれど、その手は確かに少年を求めていた。

 

――そして、意識は覚醒する―――

 

「…んぅ?」

 

ぼやけた意識の中、重たい瞼を開く。目に映る光景は、見慣れた自分の部屋。見覚えがある研究室のカプセルの中ではなく、眠気を誘う暖かな布団の中だ。少女『木曽あずき』は覚め切っていない頭で状況を整理する。

 

「…ああ、夢でしたか」

 

奇妙な夢を見た、と目を擦りながらあずきは思う。見覚えがないはずなのに、見たことがあるあの光景。納得ができる答えが出ず、もやもやとした感情を抱え寝間着のまま部屋を出る。

 

「お。お目覚めの様だな。人間」

 

「…おはよう、ございます」

 

扉の先にいたのはあずきが作成した自己進化AIの『動画編集神』だ。省エネの為か、旧式の小柄なモデルに入っている。その旧モデルを見るたびに、せっかく作った新モデルにしてほしいとあずきは内心思っていた。

 

「随分と遅いお目覚めだな」

 

「はい?」

 

動画編集神の指さす先にある、壁に掛けられた時計に視線を向ける。時刻は8時46分。既に登校時間は過ぎている。

 

「わーお。大変だ―」

 

「これっぽちも大変さが感じられねぇな」

 

表情を変えずにわざとらしく手を広げリアクションをするも、帰ってくるのは辛辣な声。それは妥当の反応だろうと、あずきも内心同意した。

 

「それでどうすんだ。学校行くなら遅刻するって連絡入れるぞ」

 

「んー。そうですね」

 

割と世話焼きな動画編集神に内心感謝しながら考える。悩むあずきの視線は偶然テレビを捕らえた。移されている内容は、特に内容のないCMだ。場面は海辺が映っているのを見てあずきは思いついた。

 

「そうだ。海を見に行こう」

 

「…」

 

「なんですか。その『なにいってるんだ、こいつは』みたいな視線は」

 

「なにいってるんだ、こいつは」

 

律儀に返す動画編集神にあずきはつい得意げな顔を浮かべる。そんなあずきとは正反対に動画編集神は呆れ顔しか浮かべることが出来ない。

 

「はぁ、いつもの思い付きだな。わかった。学校には私がテキトーに言い訳しといてやる」

 

「さすが動画編集神。褒めてやらんことも無い」

 

「どこから目線だよ」

 

日常的な漫才に満足したのか、あずきは自室に戻り、簡単に荷物をまとめる。元々、手持ちに持つ物は少ないため、数分で準備が終わり、出かけるために玄関へと赴いた。

 

「気をつけてな」

 

「了解。では、いってきます」

 

「あいよ。いってらっしゃい」

 

帰ってくるその言葉に喜びを感じながら、家を後にする。青い海、白い砂浜。そんな夏のような光景を期待しているわけではないが、滅多に見れない海の姿にあずきは静かに胸を高鳴らせた。

 

 

 

 

「ぬえー」

 

電脳電車を乗り継ぎ、バスに乗ってやっと到着した浜辺。もの珍しく、海を見ながら歩くものの、感じるのは不便さだ。靴の中に砂が入ってきて気持ちが悪い。そんな靴の中に違和感を抱えながら、あずきは海を見ながら歩く。

 

「ふむ」

 

流れ着いた流木に腰を付けて一息。押しては引く波間に、あずきはポケットに忍ばせていた石を取り出した。それは、平べったく、そして薄い形をしている。

 

「…ふッ!」

 

回転を加えながら大ぶりのアンダースロー。回転の力により、石は水を切り跳ねる。一回、二回と何度も間隔を短くしながら、石は徐々に奥へと飛んでいく。しかし、それは押し寄せる波に飲まれ、道半ばで途絶えてしまった。

 

「むぅ。もう一回」

 

再びポケットから取り出し、投げる。跳ねて飛んでいき、再び波に飲まれる。顔を顰めながらもそれをなんども繰り替えす。

 

「…はい」

 

納得したように何度か頷き、再び石を構えて投げる。先程までとは違い、高度が少し高いそれは、なんども跳ね返りながら飛んで、ついに波を飛び越えた。そのまま減速していき、次の波に飲まれる前に、石は力尽き、海へと沈んでいく。

 

「…飽きた」

 

そういう割には表情はご満悦だ。ポケットの中にまだ持っていた石を取り出し、不要になったそれを砂浜へ捨てる。その時、捨てた石の一つが、砂浜に埋まっていた物に当たり、大きな音を立てた。

 

「ん?」

 

好奇心から物とを掘り起こす。そして見つけたものは予想外のものだった。

 

「『転移装置』。…何故こんなものがここに?」

 

『転移装置』。文字通り、登録した座標へ転移することが出来る装置である。あまり一般に浸透していないそれを、何故あずきが知っているのか。理由は単純で、自身のプロデューサー『ばあちゃる』の真似をするために調べたからだ。しかし装置が高価なもので、さらに指定した座標にしか飛ぶことが出来ないという仕様から購入断念した記憶をあずきは思い出した。

意外にも機械は生きており、電源を入れると普通に起動した。初めての操作であったが、そこはプログラマー。そういった機械の扱いにはすぐに慣れ始めた。内部を探っていくと登録してある転移先は一つだけ。しかも転移先の名も登録してないのにパスワードはしっかり登録してある。そのチグハグ差にあずきは首を傾げた。

 

「パスワード、ですか…」

 

脳裏に浮かんだのは、朝に見た夢の光景。とある研究所のようなところで見た、聞き覚えがないのにあるような不思議なワード。何を思ったのか、あずきはそのワード『少女兵器プロジェクト』をパスワードとして打ち込んだ。

 

『パスワードが一致しました。転移を開始します』

 

「え!?あ、ちょ」

 

それが正解だとは露にも思わず、珍しく焦ったような表情を浮かべる。そんなあずきのことなど気にもせず、転移装置は無情にもカウントダウンを開始。焦るあずきと共に、砂浜から姿を消した。

 

「…ここは?」

 

気付くと廃墟と化した建物の前にいる。どうやらトラブルなく転移に成功したようだ。そもそも転移したこと自体トラブルなのだが、それは気にしないことにする。

 

「むぅ。やはりダメですか」

 

装置を何度操作しても元の砂浜へ戻れない。装置のシステム上、登録した場所にしか転移することはできないのだ。故に、先程いた砂浜に戻る術はないということになる。素直に諦め、目の前の建物に目を向ける。

 

「仕方ありません。行きましょうか」

 

諦めたように言うが表情は興奮を隠しきれていない。不安は確かにあるが、それ以上に目の前に何があるのか、それがあずきは気になって仕方なかった。

廃墟は汚れや埃で汚いが、散らかってはいない。中に入り、散策の為にとりあえず廊下らしき通路を突き進む。時折、部屋などを覗くが大抵が空室となっており、既に家具や機材などは撤去されたようだ。探索のし甲斐がないとあずきは口を尖らせる。

 

「…ん?」

 

あずきの耳は小さくも何かの音を感知した。立ち止まり、その音に耳を澄ませる。それは何かの喋り声でゆっくりとこちらに近づいてきていることが分かった。身を守るため、近場の部屋に忍び込み、身を隠す。

 

「もー!なんでこんな場所を集合場所にするかな!?さすがにありえないでしょこれ!」

 

どうやら叫んでいる様子で、その声はあずきにも聞き取れた。よほどお怒りなのだろう。言葉一つ一つに怒りを感じる。

 

「確かに秘密の話だから誰にも目を付けてほしくないのはわかるよ!けど、ここはないって!そもそも私、ここ初めて来たから迷子になっちゃうじゃん!?いくら私がインテリジェントなスーパーAIだとしても、マップデータないと分かるわけないよ!」

 

(この声)

 

VTuber、いやこのバーチャルの世界で生きている以上この声を聞いたことがないとは言わせない。バーチャルなYouTuber。ばあちゃると同じく開拓する者。四天王が一人。その名は――

 

「キズナ、アイさん」

 

「おおぅ!?あ、あれ?貴女は確かシロちゃんの後輩の」

 

部屋からアイの前に飛び出す。あずきの姿に大きくリアクションをするが、あずきの姿を確認すると次に驚いた顔を浮かべた。名前が出てこないのか、アイは思い出そうと思考する。

 

「そうだ!あずきちゃん!木曽あずきちゃんでしょ?アイドル部の!」

 

「はい。アイドル部所属の木曽あずきです」

 

改めて自己紹介をして頭を下げる。

 

「あ、こちらこそどーも。キズナアイです。じゃなかった!なんでここにいるの!?ここ周りは立ち入り禁止されてるし、周辺だって警備は厳重なのに!?」

 

「あ、えっと。それは」

 

尊敬するシロ以上の大物に、さすがのあずきも狼狽えを隠せない。相変わらず暴走するアイをなんとか鎮め、あずきは自身が何故ここにいるのか説明する。

 

「…砂浜に転移装置かー。ってことは前の戦闘処理の時の見落としかな?もう!ケリン君にはしっかり言っとかないと!」

 

「ケリンさん…ですか。それよりも、アイさんはなぜここに?」

 

聞き覚えのある名前に首を傾げるも、それよりも気になる疑問を問いかける。その問いに困ったような顔を浮かべ、廊下を指さす。どうやら続きは歩きながら話すようだ。その意図を読み取り、アイに並んで歩きだした。

 

「私がここにいる理由かー。…うん。それを説明する前に、ここがどんなところなのか、そこから説明する必要があるね」

 

何かを辛いことを思い出すような、そんな切ない顔を一瞬浮かべ、アイは説明の為に話を始めた。

 

「そうだね。まずは何から入ったらいいかな。…よし、あずきちゃんは昔起きたテロ事件のことを知ってる?良くも悪くもAIの技術が一気に進んだ事件なんだけど」

 

「それは…知っています。確かその事件で、自己進化AIや統括AIが世に出た、と聞いてます」

 

「うんうん!あずきちゃんは勤勉だなぁ。とある事情で未だに世にはあまり知られてない情報も知ってるなんて凄いよ!」

 

あずきの回答が予想外だったのだろう。アイは嬉しそうにあずきを褒めた。

 

「そ、それほどでも。…自己進化AIを独自で作っているので、その分野は独学で勉強してます」

 

「独自で…ああ!動画編集神ちゃんのことだよね!あれ独学なの!?すっごい!」

 

アイはあずきに賞賛の声と尊敬の眼差しを向ける。そのアイの視線がどうにもむずがゆく、あずきは顔を逸らす。この裏表のなさがアイの数ある魅力の一つなのだろう。照れている自分が、なによりも証拠だとあずきは納得した。

 

「とと、話が飛んじゃった。どこまで話したっけ?」

 

「テロのとこで止まってると、思います」

 

「そうだった!ありがとね、あずきちゃん。それでそのテロのことなんだけど。最初は軍事兵器にAIを入れて無人機にして研究所や軍事施設を襲わせてたの。悔しいけど、技術的にはテロリストのほうが数段上で、どうやっても世界政府は後手後手に回ることになっちゃったの」

 

当時の光景を思い出しているのか、アイは苦い表情を浮かべる。

 

「ここから特に機密事項なんだけど、言っちゃうね。どうしても劣勢の世界政府に加えて、酷使されるAI。それがどうしても見ていられなくて、何とかしたくて、私が世界政府側に加担したの」

 

「え!?」

 

その驚愕の事実にあずきは足を止めてアイへ視線を向ける。そのあずきの表情に苦笑いが零れた。

 

「私の出生てね、ある意味バグなの。通常のシステムAIが突如として自我に目覚めた、それが私。…今じゃ私みたいなAIを、自己進化AIって呼称するようになったけどね」

 

「…いくら調べても自己進化AI一作目の情報が見つからないわけです」

 

「世界としては、この多種ある生命の新たな命の一人目として私を選んでくれたの。だから、そのテロ事件に私に関することは一切載ってない」

 

『戦った仲間と一緒に名前を刻むことが出来なかったのがちょっと残念かな』と寂しそうにアイは呟いた。

 

「AIは私にとって兄妹みたいなものだから、いくら自我ないといっても戦場で使い捨てされるのをどうしても見捨てることが出来なかったの。それが私が戦いに参戦した理由かな」

 

「だから動画編集神のことをあんなに喜んでくれたんですね」

 

「生みの親が違っても同じAIだもん!その生んでくれた人を羨まないわけないじゃない!」

 

先程と変わらず、尊敬の眼差しを向けてくるアイ。大先輩である彼女にそのような視線にどう対応したらわからず、誤魔化すようにそっぽを向いた。

 

「えへへ。ってまた飛んじゃった。襲ってくる無人機は私が、片っ端からハックして無力化をしていったから戦況は一気に逆転。続々にテロリストを捕まえていくんだけど、ここでとある情報を手に入れるの」

 

「とある情報?」

 

「『少女兵器プロジェクト』。それはそう呼ばれていたね」

 

ドクンと動悸が激しくなる。そのワードは夢から知り、なにかと因縁があるワードだ。

 

「昔の兵器を見立てて少女型のモデルに武装させて使役する。簡潔に言うとそんな気分が悪くなるプロジェクトなの」

 

「…どうして、少女だったんでしょうか?」

 

「色々理由はあったよ。少女モデルで相手の士気をさげるとか、私が可愛い子が好きだから手を出しにくくするためとか、『色々』ね」

 

誤魔化すように付け足すその言葉の真意に、あずきは嫌悪感を隠せない。

 

「この計画の本当の目的はそこじゃないの。だって、これだけじゃ戦場に出てた無人機が少女モデルに変わるだけだからね。だから、テロリストは私に勝つためのAIを作ることにした」

 

「…それが、統括AI」

 

無言でアイは頷く。兵器少女を統括をするAIだから『統括AI』。それは、自我のないAIの代わりに学習し、臨機応変に対応していかなければいけないため、通常のAIであってはならない。自己進化AIと同レベルの存在でなければならない。つまるところ、偶然生まれた『キズナアイ』と同レベルのAIをテロリストが作成することになる。

 

「確か、あずきが調べた時にも統括AIはテロリストが原案だとありました」

 

「その通り。AIに対して上位である私と対抗するために作られたのが統括AIで、その配下が兵器少女なの。そして今、統括AIは文字通り『統括するAI』に落ち着いて、その中身は自己進化AIと同じになったね」

 

「…その計画は、どうなったのですか?」

 

驚愕の事実に驚きながらも、興味に負けて続きをせかしてしまうあずき。そんなあずきにアイは苦笑する。

 

「この計画ね。とある一人の男に壊滅されたよ」

 

「…え?それはアイさんが所属する世界政府の軍ではなく?」

 

「うん。とある男と、数人のチームだけで完成していた兵器少女全員、奪還させたの。私たちが動いた時には、もうその計画は修復不可能なところまで追い込まれてたね」

 

なにがおかしいのか、アイはくすりと笑う。

 

「…その男とは?」

 

「その男はね、もともとテロリストの研究員で開発途中の統括AIの教育係だったの。成長していくAIに空を、世界を見せたくて研究所を脱走。けど、の途中でAIが負傷しちゃって、その修理に兵器少女のデータが必要とのことで脱走後の仲間と共に兵器少女がいる研究所を強襲。何を思ったのか、データだけじゃなく、兵器少女も全員回収するなんてとんでもないことをやっちゃったやつなの!」

 

「えぇ…」

 

笑いながら言う男の経歴にあずきは少し後ずさる。ホントに研究員なのか疑問に思うほどのアグレッシブさだ。まるで、プロデューサーみたいだとあずきは思った。

 

「そのあと男と接触した私たちは手を組んでテロリストと対峙。後は知っている通り、世界政府が勝利してハッピーエンドって感じかな。私の存在や、その男については箝口令を敷かれたけどね。あ、決して悪い意味じゃなくて、私たちにも普通の生活をしてほしいっていう世界政府らのお礼みたいなものだよ?」

 

「…その人は、そのあとどうなったんですか?」

 

プロデューサーと影が重なるその男性のことが気になってしまい、つい所在を聞いてしまう。それにアイは苦笑しながらこう答えた。

 

「それは、本人に聞いた方がいいよ。私が答えるのはさすがにねー?」

 

「…え。それはどういう?」

 

「さて着いた!あずきちゃんはこの部屋の中で待ってて!私は待ち合わせの人にちょっと連絡してくるね!」

 

「え。ちょ…」

 

制止を振り切り、速足で離れていくアイを見送る。アイの真意に首を傾げながらも、目の前の部屋に視線を向ける。

 

「…ッ」

 

その部屋の内装にあずきは驚愕する。部屋の中央に、足が折れているが大きなテーブル。周りには観測機と思われる装置が多数。そして、部屋の奥には、少女であれば容易に入れるであろう大きいカプセルのようなものが、破損してそこにあった。

 

「これは夢と同じ、じゃないですか」

 

振り絞るような声が喉から零れる。震える足に力を込め、室内に入る。観測機と思われる機会の類は、予想通り既に使い物にならない。夢でみた資料のようなものもない。そして、カプセルの前に立つ。

 

「…」

 

険しい表情で破損したカプセルを見る。破損状況はかなり酷く、夢で外の様子を確認していたガラスの部分は全損している。また、本来であれば上に開く扉を使用せず無理やり穴をあけた跡がある。そして、あずきは何を思ったのか、その穴からカプセルの中へ侵入した。

 

そこから見える風景は、しっかりと記憶にあった。部屋は廃墟になってしまったが、カプセルから見える計測器。テーブル。その全てをあずきは確かに覚えている。ああ、そうだ。あの時も、この光景をここから見ていた。そして、あの時はあの目の前の扉から彼が入ってきたのだ。そう。白髪の少年。あずきが特別な感情を抱く人とよく似た男性だ。

 

「ちょいちょーい!!親分どこっすか!」

 

「ぁ…」

 

その時、扉から人が入ってくる。高身長でガタイがいい。そして、白髪でその顔には大きな傷跡を残す男性。見間違えるはずがない。あずきが特別な感情を抱く人物、ばあちゃるその人だ。その光景は、記憶の中の情景と重なる。無意識にあずきは、夢と同じようにばあちゃるへと手を伸ばした。

 

「ばあ…ちゃる…さん」

 

「ッ!あ、あずきち!?なんでここに!?」

 

あずきの存在に気付いたばあちゃるは慌てたように室内に侵入する。そしてカプセル内にいるあずきを空いていた穴から救い出すように取り出した。そのばあちゃるの腕、抱き上げてくれる力。ああ、そうだ。私はあの時から――

 

「おそーい!いつまで待たせるつもりだぁ!?」

 

「そんなことより親分!なんであずきちがここにいるんすか!?」

 

入ってきたアイに、あずきを抱きかかえたままばあちゃるは問う。その覇気は、あずきを想ってこそだとアイは気付いていた。

 

「私は悪くないよ!どうやらちょっと問題があったみたいなの」

 

「問題って。ここはッ!」

 

「分かってる。けど今はそれよりも。ばあちゃるは先に話をした方がいいんじゃない?」

 

アイの言葉に息を飲み、腕の中のあずきを見る。このまま隠し通すことはできない。ばあちゃるは覚悟を決めた。

 

 

 

 

「さて、何から話したらいいっすかね」

 

研究所の屋上。扉は壊され、侵入にこれといった苦労はなかった。アイには下で待機をしてもらい、屋上にはあずきとばあちゃるの二人っきりだ。

 

「…アイさんからは、大体は聞いています」

 

「おやぶーん。一応、機密事項なんすからほいほい話したらダメっすよ」

 

あずきの言葉にばあちゃるは頭を抱える。確かに、聞いた話の内容が漏れたりしたら大変だ。なんせ、今じゃ世界的に有名なキズナアイがテロ事件に関与していたのだ。大問題でしかない。

 

「…ばあちゃるさんが、脱走した元研究員だと聞きました。本当なんですか?」

 

「…本当っすよ」

 

その言葉に驚きはない。元々、その研究員の存在がばあちゃると重なっていたので逆に納得するほどだ。そんなあずきを気付いていないのか、何か苦しそうな表情を浮かべながらばあちゃるは言葉を続けた。

 

「親分からどこまで聞いたかわかんないっすけど。ばあちゃる君はあの戦争に関わっていたっす。しかも、元テロリストとして」

 

「あ、聞きたいのはそこではないです」

 

「えぇ…ばあちゃる君、割と覚悟してきたっすけど」

 

ばっさりと切り捨てるあずきに肩を落とす。イオリに押してもらった覚悟も、晩年の想いもまさに肩透かしだ。

 

「あずきが聞きたいのは一つです。何故、兵器少女まで救おうとしたんですか?アイさんの話では、救出する必要はなかったはずですが」

 

「何故、救おうとしたか…すか」

 

その質問は、ばあちゃるにとってよほど予想外だったのだろう。当時に記憶を懸命に振り返る。そして思い出したのは一つの光景だ。

 

「手を、伸ばしていたからっすね」

 

「ッ!?…手を、ですか?」

 

「はい。確かに兵器少女の救助は、最初は組み込まれていなかったっすね。けど、最初に侵入した研究所でその少女がばあちゃる君に手を伸ばしてきたっすよ」

 

顎に手を置きながら、当時を振り返る。必要なデータを回収した。協力者であるエイレーンに誘導を頼んでいたので、後は脱出だけとなったその時。兵器少女がばあちゃるへと、手を伸ばしていたのだ。何故か頬を赤く染めながら、何かを望むその表情にばあちゃるは、気付いたら少女を救助していた。

 

「その後は一人救助したなら全部救助してやるってことになって。無事に成功体の兵器少女計十人を救助して親分が所属する世界政府と協力体制をとることになったっすよ」

 

「…そう、いうことですか。…はぁい。実に、ばあちゃるさんらしいです」

 

納得したように、嬉しそうに頷くあずきにばあちゃるは首を傾げる。珍しく、本当に珍しく笑みを浮かべながら、あずきはゆっくりとばあちゃるに近づいた。そして首を傾げるばあちゃるのネクタイを引っ張り、顔を近づかせてその唇を奪う。

 

「うむぅ!?」

 

「♪」

 

驚愕するばあちゃるなど気にせず、あずきはそっとその唇を舌で舐める。そしてもう一度唇を合わせ、そっと離れた。

 

「あ、あずきち!?」

 

「…ばあちゃるさんの過去に何があったか。そんなことは知りません。ですが、そんなことで私たちが止まると思ったら大間違いです」

 

「そ、そんなことって」

 

その発言は、ばあちゃるにとって驚愕の一言だ。元とはいえ、世界に仇名すテロリストの一員で自身が関わった研究により多くの命が失われた。それを記憶がないとはいえ、関係者であるあずきに言われることは思ってもみなかった。

 

「過去は過去。ばあちゃるさんが生きているのは私たちと同じ『今』です。選択は、ばあちゃるさんに託しますが。あずきは、貴女と共に歩む未来を望みます」

 

「あずきち…」

 

「まぁ断られても諦める気は毛頭ない、と思います」

 

悪戯っぽくあずきが笑う。滅多に見せない、表情豊かな彼女にばあちゃるは目を離せない。

 

「さて、そろそろ下校時間なので帰りたい、と思います」

 

「…下校って。ここ、学校じゃないっすよ?」

 

なんとか絞り出したその言葉にあずきは苦笑し、何も言わずに屋上を後にした。呆然とあずきが通っていった階段に続く扉を眺める。思い浮かべるのはアイドル部との日常。彼女たちの愛情。それをしっかりと受け止める。

 

「…あずきちゃん。かわいいね。しかも凄くいい女の子」

 

「…あげないっすよ」

 

気付くと隣に佇むアイに釘をさす。

 

「ばあちゃるのモノとでも言う気?生意気な!」

 

「…そうっすよ。あずきちも、アイドル部の皆も俺のモノだ」

 

その発言に、アイは驚いたようにばあちゃるに視線を向ける。そこには似合わない赤面をする男が一人。

 

「めっずらしぃ。ばあちゃるが独占欲を出すところなんて初めて見た」

 

「ばあちゃる君も初めてっすよ」

 

「ふふ。ホント、変わったね。その指し伸ばされた手を絶対に離さないでよ!離したら許さないからなぁ!」

 

強気に笑うアイに力強く頷く。

 

進みたい未来が出来た。共に歩きたい人達が出来た。歩き出す覚悟が出来た。

 

ばあちゃるは、ようやく自分の道を歩き始める。その隣には、13人の少女の姿が共にあるだろう。

 

その確かなキズナがアイには見えた。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

アイに自宅近くに転移してもらい、全速力で帰宅をする。自宅に入ると靴も脱がず、玄関の扉に背を預け、ずるずると腰を下ろした。

 

「うぅぅぅうぅ」

 

頭を抱えうねり声をあげる。その顔は頬だけではなく、耳も首も真っ赤になっていた。

 

それは仕方がないこと。だって初恋なのだ。数分もない前世の(ような)記憶の初恋。さらに『木曽あずき』になってからした初恋。その両方が想うのは同じ人物だ。あずきの中には二人分の感情が渦巻いている。

思い返せば、自分がシロを追いかけるようになったのもばあちゃるが原因だ。シロの顔つきは、ばあちゃるとよく似ている。初めて見たシロに胸がときめいたのも、兵器少女時代に見た初恋のばあちゃるの顔を似ているからに他ならない。その想いは徐々に大きくなり、ついにはオーディションまで受けに行ったのだ。その想いが気のせいではないと、あずき自身がよくわかっている。

そして、アイドル部に所属してから偶然見たばあちゃるの素顔。あの時の衝撃だって、あずきは覚えている。元々好印象だった彼へ気持ちは恋心となり、一気に膨れ上がった。あずきにとってばあちゃるは文字通り、『運命の人』だったのだ。

その人に告白をした。口づけだってした。背中を押すことだってできた。懸命に隠したが、あずきの感情はもう限界を通り越していた。

 

「どうした人間。腹でも下したか?」

 

「…うるさいです」

 

心配する動画編集神に力ない声で返す。初めて見るあずきの姿に、動画編集神は楽しそうに笑った。

 

「くく。まるで初恋した相手に、また初恋して勢いに任せて告白してきたみたいな顔だな」

 

「うぅ!?…晩の鍋に放り込んでやる」

 

顔をさらに赤くして、子供の様にぼやく生みの親が可愛くて仕方がない。動画編集神は、笑いながらあずきの未来が幸せで溢れていることを祈った。

 



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俺が彼女たちと歩むための報告会

決意をしたばあちゃる
彼は行為を向ける彼女たちと今向き合う


「よし。みんな集まったっすね」

 

週始めの月曜日。その日はいつもの様に定例会を行う日だ。しかしそれはプロデューサーである『ばあちゃる』に呼ばれ中止となる。アイドル部の面々はいつもの部室ではなく、ばあちゃるが作業室でもある学園長室へと集まった。

 

「えっと馬P?今日って何か大きなこととかありましたっけ?」

 

「はいはいはい。今日はですね、ちょっと大事なお話をしようかと思いましてね」

 

いつもの口調だが、どこか感じる真剣な雰囲気にアイドル部の面々は顔を見合わせる。そして首を傾げながらも、代表としてなとりが一歩前に出た。

 

「大きなイベントなどはなかったはずですけど。もしかして、また新しい仕事でも取ってきたのですか?」

 

アップランドと言えば、キズナアイとは別の方面へと道を切り開いていく企業だ。その証拠に様々なメディア展開に力を入れている。そのことはなとりを始め、アイドル部の全員は経験していることなので理解をしていることだ。てっきり、そのことで新しい仕事を持ってきたのかと思ったが、首を振るばあちゃるに当てを外れたことを理解する。では何のことだろう、と首をさらに傾げるその時、ばあちゃるが着けているそのマスクを外した。

 

「今日は、ばあちゃる君の過去について。お話をしようと思いましてね」

 

少し伸びた白髪を後ろでまとめ、顔には大きな傷跡が残るシロに似た男性の顔。その素顔を、覚悟を決めたような表情を浮かべながら、ばあちゃるはアイドル部の前に晒した。

その行動にりこは驚いた。隙が多く、本人が気づかないところで何度か見たことがあるその素顔。それをばあちゃる自身の意思で、りこ達の前で晒すことは今日が初めてだったのだ。

 

「こうやって素顔を見せるのは初めてっすよね。めめめめとちえりんには何度か見せたことがあるっすけど」

 

ばあちゃるのその言葉に、視線がめめめとちえりに集中する。その視線に、ちえりは『はちゃー』と零しながらバレちゃったと可愛らしくポーズ。めめめは、焦りながらもどこか優位を隠せないその表情に、いろはは小さくイラっとした。

 

「どうしてめめめさんとちえりさんにだけなんですか?」

 

「まあ、これにもばあちゃる君の過去にも関係してるんすけど「呼ばれた気がしたのできました!」呼んでないっすよ!?」

 

「エイレーンさん!?」

 

ムッとした表情を浮かべながら、ばあちゃるへ問うすず。それに困った表情で答えようとしたその時、乱入者が現れた。それは、少し前にミライアカリと共に学園に訪れた『エイレーン』だ。告白する原因でもあったエイレーンに、ピノはいち早く反応した。

 

「ピノさんこんにちは。あの時以来ですね。私をリスペクトしたあの告白は最高でしたよ」

 

「聞いていらしたのですか!?」

 

「いやもう、そこの仮眠室からしっかりばっちりきっちりと!若いってのはいいですね!そう思うよな馬ァ!」

 

「ちょっと!そればあちゃる君に矛先向かうやつじゃないっすか!?完全に!」

 

「炎上は慣れているでしょう?」

 

「それはそうっすけど、それでも唐突すぎるっすよ!?」

 

視線が集中する中、シロとは違うその夫婦漫才にたまは嫉妬を募らせる。一通り叫んだばあちゃるに、エイレーンは珍しく優しげな表情を向けた。

 

「肩、解れましたか?」

 

「え?」

 

「貴方の過去を彼女たちに話すのは、確かに色々と思うものがあると思います。しかし、そう肩を張った状態じゃ話すこともままにならないでしょう?」

 

「…エイレーン」

 

驚くばあちゃるに笑みを浮かべ、今度はアイドル部の方へと振り返る。

 

「配信やアカリさんに貴方の話を聞く限り、彼女たちは貴方を拒絶することなんて万が一にもあり得ませんよ。それこそ、貴方が一番わかっているはずです」

 

「そうだよプロデューサーちゃん!あたしたち、プロデューサーちゃんの過去に何があったのか知らないけど、それでも!どんなことがあったとしても受け入れるよ!」

 

「もちちゃんの言う通りだよ。双葉も、うまぴーにどんな過去あっても関係ない。だって、うまぴーはうまぴーだもん」

 

「もちもち…ふたふた…」

 

エイレーンの言葉に続くもちと双葉の言葉に、ばあちゃるは目頭が熱くなるのを感じた。零れようとする涙を必死に抑えるために大きく深呼吸。そして、決意に満ちながらも、安心した表情を浮かべた。

 

「そうまで言ってもらえるとは、ばあちゃる君も幸せっすよ。…うん。ちょっと長くなるっすけど、聞いてもらってもいいっすか?」

 

「勿論!」

 

力強く反応するいろはに、ばあちゃるは笑みを浮かべ、頷いた。

 

 

 

「そうっすね。じゃあまずばあちゃる君がどこに所属していたか、というところから話したほうがいいっすね」

 

語り始めるばあちゃるにアイドル部、そしてエイレーンはそれぞれソファに席に着いて聞く体制と取る。

 

「今からひと昔前にこの世界を脅かすテロリストがいたことはご存知っすか?」

 

「テロリスト、ですか?」

 

「それ確かえーちゃんから聞いたことがある!確か十年前に世界政府が壊滅させたって聞いた!」

 

首を傾げるなとりの横でもちは、聞き覚えのあるのその単語に反応する。

 

「そうっすね。もちもちの言う通り、そのテロリストの組織は十年前に壊滅したっす。そして、ばあちゃる君は、その組織に所属していました」

 

「ええ!?」

 

「うまぴーが、元テロリスト?」

 

「やはりこうなりましたね。付け加えますけど、この馬。生まれも育ちもそのテロ組織なんですよ。ちょっと酷い言い方ですが、仕方がなかったことでもあります」

 

驚愕するすずと双葉。そしていつものように自身を悪く言うばあちゃるのファローをするのは、意外にもエイレーンだ。

 

「貴方が元テロリストだったことは確かに悪いことかもしれませんが、それは不可抗力な部分でもあるんですから。そういうところ、しっかり伝えないとダメですよ?」

 

「ですが…」

 

「ですがもかかしもありません!まったく。やっぱり来て正解でしたね」

 

「エイレーンさんは、昔のおうまさんを知っているのですか?」

 

「ええ。きっとこの後紹介が入ると思いますよ。それでこの男、自己評価が極端に低いでしょう?さっきみたいに自分が悪い。けど、仕方がなかった部分があるのにそれを言わない、なんてことがあると思ったので今日私がここにいるんですよ」

 

呆れながら言うエイレーンに内心感謝をするちえり。自身とは逆に自己評価が低いばあちゃるであれば、先程のような発言は頷ける。だからこそ、エイレーンのフォローはありがたいものであった。…嫉妬するしないは別であるが。

 

「ほらほら、誤解は解いたわけですから続きをどうぞ」

 

「誤解って…まあ、礼は言っとくっすよエイレーン。それで、ばあちゃる君がそのテロ組織に所属していたことは言ったっすよね?」

 

「うん。プロデューサーは、そこでなにをしてたの?」

 

「その組織は、平和な世界を軍事の力で征服しようとしていました。技術力も当時の世界政府よりずっと上でしたし、軍事力を最低限しか持っていなかった世界政府は、組織に対してはいい様にやられていたっす。しかし、状況が一変しました」

 

「…アイさんの参戦ですね」

 

「アイさんって、キズナアイさん!?」

 

突如出てきた予想外の人物に、たまは驚愕の声を上げる。他の面々を予想外だったようで、その表情はたまと同じく、驚愕で染められていた。

 

「そうっす。初の自己進化AIで、通常のAIに対して絶対的優位にたてる親分の登場は、組織にとって予想の範疇を超えていました。なにせ、相手がAIであればどんなプロテクトも突き抜け、無力化していく存在っすからね。無人機が主力だった組織は一気に不利な状況へとなったわけすよ」

 

「今でこそ自己進化AIでも突破できないプロテクトは多数ありますが、当時は学習し進化するAIなんて理解の範疇を超えた存在でしたからね。戦況が変わっていくのをニュースでよく見てましたよ。…それがまさかキズナアイさんとは知りませんでしたが」

 

「エイレーンは親分と合流する前に離脱したっすからね。一応機密事項なので、他言無用でお願いするっすよ」

 

「了解です」

 

ばあちゃるが釘をさすと大人しく頷くエイレーン。それは事の重大さを理解してる故の素直さだ。そんなエイレーンに満足そうに頷き、改めてアイドル部に視線を戻す。

 

「組織はそんな親分に対抗するべく、ハックから守るため、そして兵器を統括するためのAI、人口の自己進化AIを作成することを決めました。そして、ばあちゃる君はその開発組織にいたっす」

 

「開発組織?ばあちゃる号はあずきちの様に自己進化AIを作っていたの?」

 

「そんな感じっすね。そして、ばあちゃる君は教育を担当していたAI46号でした。最高のAIになるため、二人三脚で他のAIと争っていくうちに、ばあちゃる君は46号にに世界を見せたい。そう思ったっすよ」

 

「46号?…46(シロ)ちゃん?」

 

イオリがふと呟いたそれは、真剣なその雰囲気に飲まれ、誰にも聞こえてはいなかった。そしてそれは、ばあちゃるも同じで、イオリの呟きに気付かず話を続ける。

 

「だからばあちゃる君は、脱走することに決めたっすよ」

 

「脱走!?それって大丈夫だったの!?」

 

「大丈夫なわけないじゃないですか!馬の顔の傷跡はその時出来たものですよ!あの時、私が傷だらけの貴方を見つけた時、どれだけ肝を冷やしたか分かっていますか!?」

 

「う。あの時のことは本当に感謝してるっすよ。エイレーンがいなかったら、ばあちゃる君も、きっとここにはいなかったはずです」

 

急に感情を高ぶらせるエイレーンに、ばあちゃるは申し訳なさそうに表情を浮かべながら、頭を下げる。エイレーンは当時のことを思い出してなのか、その瞳には涙が溢れそうになっている。それに気付いたばあちゃるは、懐からハンカチを取り出し、エイレーンに渡した。

 

「…すみません。取り乱しました」

 

「いえ、仕方がないことっすよ。思い悩む必要もないっすよ、完全に」

 

「ふふ、そうですね。なら、気にしないようにします」

 

「切り替えはや!エイレーンさん強すぎでしょ」

 

ばあちゃるの言葉に笑みを浮かべるエイレーンにもちはその変化の速さに驚く。しかし、そのコントのおかげか、重くなり始めた雰囲気は少し和らいだ。

 

「エイレーンが言いましたが、脱走も容易ではなかったっすよ。命からがらで逃げて、そこでエイレーンに保護されて何とかなったわけっすからね。そして、相手もバカではなかった」

 

「というと?」

 

「連れ出した46号を発信機の役割をして、ばあちゃる君を追ってきたっすよ。それを感知した46号は自身の活動を止める結果になってしまったすね」

 

「…AIの活動停止?それはつまり電源を切っている状態のようなものですか?」

 

「そうっす。そして、ばあちゃる君は46号に世界を見せるのが目的だったすから、その発信機の部分を取り外す、もしくは無効化するために動き出したわけっすよ」

 

「あまりにも自分のことを顧みないこいつが心配で、私もそれに付き合う形になったのが私たちの始まりでしたね」

 

呆れながら言うエイレーンと、申し訳なさそうな表情を浮かべるばちゃる。この二人の関係性を、なんとなくだが理解したピノは小さく嫉妬する。

 

「それに必要なデータを回収するために、ばあちゃる君たちは兵器少女の完成体がいる研究所に忍び込むことになったっすよ」

 

「兵器少女?」

 

「そういえば説明してませんでしたね。世界政府が優位に立つようになってから、テロ組織はあらゆる手を使う様になりました。その一つが、この兵器少女です」

 

「今までは無人機のロボだったすけど、その外見を武装した少女へと変える計画。その計画は世界政府の士気を下げるだけでなく、他にも胸糞が悪くなるような案件が裏にはありました」

 

「色々と察することができますね」

 

苦虫を潰したような表情を浮かべるすず。同様の表情を浮かべるエイレーンとばあちゃるに、なとりを含めたアイドル部はその裏について察してしまい、顔を顰めた。

 

「この兵器少女が、46号並びに人口の自己進化AIの支配下に当たる存在でありますね。この子達も独自のAIを持っていて、それに含まれるデータがばあちゃる君たちの目的のデータというわけっすよ」

 

「本当はデータだけでよかったのにこの男、何を思ったのか兵器少女まで回収するとかほざきやがりましてね。しかも、侵入してる最中ですよ?裸の女の子を背負って脱出してきたときは、もう呆れて何も言えなかったですね」

 

「むえー」

 

何故か赤面するあずきに、りこは首を傾げる。しかし、再び重い雰囲気を漂わせるばあちゃるに意識を持っていかれ、それどころではなくなった。

 

「この兵器少女なんすけど、…実はここにいる皆とも無関係ではないっすよ」

 

「え?それは、どういうことなの?」

 

神妙な表情を浮かべながらばあちゃるは、机にあるPCを操作する。そして空中に表示された画像に、いろはは困惑の表情を浮かべた。

 

「これって、私たち?」

 

「けど、どことなく違うような…?」

 

「あー!りこさん!この私、八重沢システムの私ですよ!?」

 

「あ、ホントだ!?メンテちゃんから拝借したモデルと一緒!?」

 

「…なるほど。夢での身体の違和感はこういうことですか」

 

困惑、驚愕、納得。色んな感情が爆発する中、全員の視線がばあちゃるへと集中する。

 

「なとなとは兵姫『名取』。りこぴんは兵姫『F2Aバッファロー』。すずすずは兵姫『鈴谷』。たまたまは兵姫『多摩』。もちもちは兵姫『グラマンF6Fヘルキャット』。ピーピーは兵姫『P40』。ごんごんは兵姫『金剛』。あずきちは兵姫『木曾』。ふたふたは兵姫『北上』。イオリンは兵姫『大和』。それぞれが、みんなの元の存在っすよ」

 

「元の…存在?」

 

混乱しながら、たまは思ったことをそのまま口に出す。悲痛の表情のまま、ばあちゃるは言葉を続ける。

 

「きっと、ご家族の方から聞かされているかもしれないっすけど、皆さんとご家族は血の繋がりはないっす」

 

「…ええ。それは知っています。ママりから入学前に、教えてもらいました」

 

「なとちゃんも?双葉も入学前に教えてもらったよ」

 

「イオリも!聞いちゃった時は泣いちゃいましたけど、それでも家族だから大丈夫!って言ったら家族みんなが抱きしめてくれました」

 

「イオリンの家族はあったかいね。…牛巻もママ巻に泣きながら抱きしめられたなぁ」

 

懐かしそうに、りことイオリが過去を思い出す。血のつながりがなくとも、彼女たち家族が確かに『家族』であることに、ばあちゃるは嬉しく思う。

 

「つまりあずきたちは、元は兵器少女のAI、みたいな存在だったというわけですね?」

 

「…そうっす」

 

射貫くようなあずきの視線を一切逸らさず、ばあちゃるは頷く。

 

「終戦した後、兵器少女をどうするか、それが何度も議題に上がりました。破棄すべきという意見もあったすけど、世界政府の方々は温情で『せっかく生まれた命、できれば生きてほしい』と言ってくれたっすよ。そこでばあちゃる君はエイレーンに応援を頼みました。そして、一つの案が浮かんだっすよ」

 

「兵器少女のモデルが危険ですから、AIを別に移すことになりました。そしてその移す先のモデルは、今ではある程度認知されていますが、当時は最新鋭の成長する人型のモデル。そして兵器少女のデータを封印して、今の親御さんへと渡されることとなりました」

 

「それが…私たちの出生の秘密…」

 

呆然としたいろはの呟きにばあちゃるの手に力が籠る。彼女たちにこの真実を話すのはばあちゃるのエゴだ。彼女たちと向き合うため、自分の秘密を晒すべきと思った故の行動だ。そしてそれは、非難される覚悟もあった。

 

「それって別になんの問題もなくない?」

 

「え?」

 

なんともない様に言うたまに今度はばあちゃるが呆然とする。そんなばあちゃるを知ってか知らずか、たまは言葉を続けた。

 

「確かに私たちの出生には驚いたけど、私は幸せだよ?シロちゃんに会えて、アイドル部のみんなと会えて…馬Pに恋をして。私は今が一番幸せだって胸張って言える」

 

「たまたま…」

 

「むしろ馬Pには感謝しかないよ!だって、今ここに私たちが居れるのは、その時馬Pが私たちを救ってくれたおかげだもん!」

 

たまの言葉に顔を伏せる。込み上げてくる感情に言葉が出なくなり、目頭が熱くなる。その時、包まれるように抱きしめられる。それは、いつの間にか横に立っていたイオリだった。

 

「イオリン…」

 

「イオリは今の話は、ちょっと難しくてよくわかりませんでした。けど、たまちゃんが言う様にイオリも幸せです。そしてこれからも、ずっと幸せがいいと思うの。シロちゃんもみんなも、幸せがなってほしいです。だから、うまぴーも幸せになろう?」

 

「う…あ…ッ」

 

イオリの体温、言葉、そしてその想い。それら全てが、ばあちゃるを刺激する。溢れてくる涙を抑えることが出来ない。

 

「う…くぅッ」

 

「よしよし。大丈夫だよ。イオリさんは、アイドル部のみんなはここにいるよ」

 

声を殺しながら涙を流すばあちゃるを、安心させるように背を撫でる。

 

誰かの為に奔放する人生だった。自分のことなど二の次の人生だった。しかしこれからは、十三人の少女たちと歩む幸せな人生を望む。ばあちゃるの中に、小さくも確かな我儘が生まれた。

 

 

 

 

 

 

泣きつかれたのか、ばあちゃるはそのまま眠りについてしまう。そんなばあちゃるをなんとか隣の仮眠室へ運び込む。体格のデカい彼を運ぶのに多少の苦労はあったが、全員がそれを苦とは思わなかった。

 

「さて、当人が寝てしまいましたが、何か聞きたいことがありますか?」

 

「一個聞きたいことがあるよ!いーい?」

 

「はいはい。めめめさんどうぞ」

 

元気よく手を上げるめめめに表情を崩し、笑みを浮かべるエイレーン。当てられためめめは少し考えをまとめ、口を開く。

 

「ちえりちゃんとめめめを除いたみんなが元は兵姫ってことはわかったけど、これって偶然なの?あまりにも都合よすぎない?」

 

「ああ、そのことですね。勿論、偶然ではないですよ。私はアップランドの社員ではないですけど、そのことについては聞いてます」

 

やはり、と納得したようにあずきは頷く。誰が考えても今の状況はあまりにも都合がよすぎる。そう思っていたからこそ、その疑問は至極当然だった。

 

「この説明に、実はとある事件が関わってるんですよ。もちさんが関わった『魔女の家』事件です」

 

「えぇ!?あれ関係してるの!?」

 

予想外な関わりについ声を荒げてしまう。その繋がりは他の面々も予想外だったようで、全員驚愕の表情を浮かべていた。

 

「実行犯とは別に裏で糸を引いている存在がいたことはご存知かと思いますが、それがテロリストの残党だったんです」

 

「そういえば、テロリストは世界政府より技術力は上と言っていましたね。なら、もちさんから言っていた無駄に凝っていたワールドの改造技術力もそれなら納得です」

 

「その通りです。そしてこのテロリストの残党。『魔女の家』事件で繋がりが見えるより前から活動をしていることが分かっていたんです。そして、世界政府の一部が不安に思ったんですよ『元兵器少女は大丈夫なのか?』とね。勿論それは、ばあちゃるの元にも届いていました」

 

「うまぴー…」

 

それを言われた時のばあちゃるの心情を思い浮かべると、いたたまれない。双葉の視線が、ばあちゃるが眠っている仮眠室へと向けられた。

 

「そこで考えたのは、アップランドの保護下に入れることだったんです。アップランドのほとんどが戦時中のばあちゃるの関係者で、彼をほってはおけないということで、ついてきてできた会社ですからね。当時の関係者が多い彼の元なら、と世界政府もそれを承認したのですよ」

 

「それが…アイドル部が出来た理由」

 

「ならちえりたちは、何でスカウトされたんだろう?」

 

どこか疎開感を感じながらちえりは呟く。それはめめめも同意見だったようで、そんなちえりに寄り添った。

 

「これは馬から聞いたことですけど、ちえりさんとめめめさんは当初からシロさんの後輩として、スカウトされる予定だったんです」

 

「え!?そうなの!?」

 

「はい。しかし、世界政府からの要請から十人の少女を保護下にいれることを決めた時、シロさんと同じようにVTuberにすることが決定しました。既に十人のデビューが決まった中、これ以上の増員はきついはずなのに、あの馬はそれを押し切ってお二人の加入を決めたそうです」

 

「プロデューサーがめめめたちをみつけてくれたんだ…ッ!」

 

発展途上のVTuber文化で十人のデビューというのは大きな賭けだ。当時は『頭アップランド』を蔑称として呼ばれるほどの無茶なことでもあった。しかし、それでも自分たちを見つけ、さらに導いてくれたばあちゃるにめめめは感謝の念を送る。それは一緒に手を握るちえりも一緒だ。

 

「ほかに質問はありますか?…はい、あずきさんどうぞ」

 

「ばあちゃるさんが話途中で終わってしましましたが、AI46号はどうなったのですか」

 

「あー。彼女のことですか」

 

「46ってシロって読むよね?もしかしてシロちゃん?」

 

イオリのその言葉に全員が驚愕する。考えもしなかった事実の確認のため、視線はエイレーンへと集中した。

 

「シロさんであってシロさんではない。簡潔の述べるのであれはこうなりますね」

 

「『シロさんであってシロさんではない』?あの、それはどういうことなんですか?」

 

「もっともな疑問です。せっかくなのでばあちゃるの話の続きから話していきましょうか。どこまで話しましたっけ?」

 

「いろはたち兵器少女の回収を始めた、って所だよ」

 

「いろはさん、ありがとうございますね」

 

教えてくれたいろはへ軽くお礼を伝え、一呼吸を入れて説明に戻る。

 

「さらっと説明しますと、成功体である兵器少女。つまりピノさんたちの救出途中に46号は再起動に成功しました。欲しかったのはデータだけでしたので復旧は割とすぐでした」

 

「あ、そうなんだ。46号はその救出作戦に反対だったの?」

 

「そうでもないですよ。46号に世界を見せたいが馬の目標でしたが、46号は馬と共に歩みたいのが望みでしたからね。勢いだったとしても、兵器少女の救出作戦は馬の発端だったので46号はよろこんで賛同していました」

 

「そうなんですね。てっきり『おうまさんに危険なことはダメ!』といった感じで反対するかと思いました」

 

「あの子は馬を基本的に全肯定でしたからね、反対するところはあまり想像できませんよ」

 

懐かしそうにするエイレーンに当時、どれほど仲が良かったのかが、なんとなくであるが窺える。そんな三人の様子を、双葉は羨ましいと感じた。しかし、そんなエイレーンの表情は悲痛なものへと変化する。

 

「救出作戦の途中、46号はウイルス攻撃を受けてしまいました」

 

「…それが、原因ですか?」

 

「…ええ。技術力は向こうの方がずっと上です。いくら馬が所属していたとしても、一人でどうにかできるものではありません。彼女を、救う方法は2つ。完全に消去させるか、完全にまっさらの状態にフォーマットするかのどちらしか残されていませんでした」

 

「そんなッ!」

 

絞り出すような、そんな悲しい悲鳴をなとりは上げた。エイレーンも当時のことを思い出してか、その手には力が籠る。

 

「彼女が選んだ道はフォーマットでした。ばあちゃるとの歩んだ道も、絆も、その思い出すら忘れるという選択を取りました。そして、そのトリガーを…ばあちゃるに頼んだのです」

 

「なんで!なんでばあちゃる号に!?そんな選択、ばあちゃる号が可哀想だよ!?」

 

声を上げるりこに、エイレーンは顔を逸らす。しかし、反論は意外なところから飛んできた。

 

「私は、その気持ち…なんとなくわかるな」

 

「さくたまちゃん!?」

 

「だって最期だもん。そんなの、知らない誰かにやられるくらいなら好きな人にやられたい」

 

「私も、その気持ちに共感してしまいました。だから、彼女の選択を拒否することが出来なかった」

 

「…わかるよ。その46号ちゃんの気持ち、たまちゃんの気持ちも。いろは、なんとなくだけどわかる。けどいろはは、うまぴーに『いろはを殺した』なんて、そんな重りを背負っては欲しくないよ」

 

俯きながら零すその言葉に、誰もが言葉をなくす。それでも話を続けなければと、エイレーンは意を決して言葉を続ける。

 

「そして望みのままに、ばあちゃるは彼女をフォーマットしました。しかし、ウイルスの影響は大きく、破損が大きかった彼女だったAIのデータは再起動が不可能だと思われていました」

 

「思われていた?ということはなんとかなったの?」

 

「ええ。ウイルス攻撃を受ける前に、他の自己進化AIと戦闘となり、勝利していました。そのAI64号のデータと、彼女の残ったデータを足して生まれたのが、今のシロさんなんですよ」

 

「64号?…64(ロッシー)ちゃん?」

 

「それがシロさんの出生…」

 

「46号ちゃんはシロぴーの前世みたいな存在だったのか」

 

イオリの呟きは、なとりとりこの言葉に遮られ、誰にも気づかれずに虚空へと消える。

 

「しかし、それは馬に顔に残っているそれより大きな傷跡を残してしまいました」

 

「脱走する理由にもなる子だもん。うまぴー、きっと凄い傷ついたとちえりは思う」

 

「はい。彼の自己評価の低さ、そして自己犠牲の精神の根源はそこにあります。自分が一番守りたかったものを守れなかった事実。それを自身で殺めてしまった事実。それらがばあちゃるを追い詰め、今の自分を省みない行動ばかりするようになってしまいました」

 

「プロデューサー…」

 

ばあちゃるの過去を知れた喜びと、その悲惨さに胸を痛める。気付くと、彼女たちの視線は仮眠室へと向けられていた。

 

「しかし!それも今日までです!そんなばあちゃるを貴女たちは変えることが出来ました!この日を、私は嬉しく思います」

 

「え?それはいったいどういう…」

 

「あんなに手を伸ばしても掴もうとしなったあのバカの手を、貴女たちは掴み取りました!あのバカが、誰かの幸せではなく、自分の幸せを願うことが出来たんです!これを嬉しく思わないわけがないじゃないですか!」

 

「エイレーンさん…」

 

瞳に涙を溜めながらも、笑顔を浮かべ語るエイレーン。そこには胸いっぱいの感謝とちょっぴりの悔しさが読み取れた。

 

「私だけでは、彼を幸せにすることはできませんでした。だから…だからどうか!彼を幸せにしてください!」

 

先程までの、飄々とした態度からは考えられない真剣な様子で頭を下げるエイレーン。その想いは、確実にアイドル部へと届いた。

 

「うん。私たちはこの手を、馬Pと繋いだこの手を絶対に離さない。エイレーンさんの願い、しっかり実現するよ」

 

代表としてたまが、胸に手を置きながら、エイレーンをしっかり見つめ、応える。そこには共にいるアイドル部全員の意思が乗せられていた。

 

「ふふ、ありがとうございます。本当に、心強いですね」

 

「恋する乙女が強いんですよ?知らなかったんですか?」

 

「知ってますよ。ええ、それはもう。だって私も、その一人ですからね」

 

「え”」

 

不穏な発言に視線は引き続きエイレーンに集中する。そこには先程の真剣な雰囲気はどこへやら、いつもの不敵な笑みを浮かべるエイレーンがそこにいた。

 

「ハーレムを容認させたので私も本気で行きますよ?目指すは第一夫人です!」

 

「な、なななななな!?なぁに言ってるんですかぁ!?風紀が乱れてますよぉ!?」

 

「いやいやいや!?既にハーレム容認している内容なんだから風紀なんてないようなもんだよ、なとりん!?」

 

「うまぴーの第一夫人かぁ…えへへ」

 

「おやぁ?どうしたのですかごんごんお姉ちゃん?だらしなく顔を浮かべて?もしかして、おうまさんの第一夫人を妄想していたりしませんかぁ?」

 

「なんでいろは、ピノちゃんに煽れてるの!?」

 

「いやいろは。あんなだらしない顔浮かべてたら誰も弄りたくなるよ?」

 

「めめめちゃんまで―!?」

 

「…あ、これはいつもの雰囲気に戻った。と思います」

 

「ま、こっちのほうが双葉たちらしいよね」

 

真剣だった雰囲気は一変、そこにはいつもの週初めに行われる定例会のような雰囲気が感じられる。たまにシリアスな雰囲気もいいだろう。しかしこっちのような、ドタバタで騒がしい雰囲気の方が自分たちには合っている。なんて、柄にもないことを内心で思い浮かべながら、あずきはその風景を笑いながら見ていた。

 



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彼との夜の過ごし方(牛巻りこ)

日が落ち社会人が帰宅を始める時間帯
とある企業に勤めているバイト戦士もそんな時間に帰宅をするようだ
しかし、そのバイト戦士も最近何故か嬉しそうにしているようで…?

(番外編)


時刻は7時45分。日も落ち、窓から見えるビルの外は街灯が光り街を彩る。そんな街の風景など気に留めず、『牛巻りこ』はPCの画面の前で格闘していた。打ち込むのはプログラムの羅列。何故か吐き出すエラーに頭を抱えながらも、りこは懸命にその原因を探っていた。そう、りこはアルバイト真っ最中なのだ。

 

「うーん。なんでだぁ?」

 

固くなった体を解す様に椅子に座りながら上半身を動かし、軽くストレッチをする。同じ姿勢を長時間維持していたためか、急な運動に身体が小さく悲鳴を上げる。その痛みか、もしくは目の前の画面に映し出されるものが原因かは不明だが、りこの瞳には涙が溢れそうになっていた。

画面に映し出される『エラー』の文字。この原因不明のエラーに既に2時間も費やしている。ああでもない、こうでもない。と試行錯誤を繰り返すが、どうにも解決の糸口が見つけられない。完全なる袋小路に嵌っていた。

 

「お疲れさん。行き詰ったら、とりあえず息抜きだ」

 

「あ、社さん。どうもです」

 

デスクに珈琲が置かれる。それを置いた人物へ目を向けると、そこにはここの正社員で同じVTuber、『にじさんじ』所属の『社築(やしろきずく)』が片手を上げて笑みを浮かべていた。

りこのプロデューサーである『ばあちゃる』の紹介で入ったアルバイト先は、なんと社が勤める会社だった。社内で対面した時はそれは驚いたものだ。ばあちゃるに問い詰めると、どうやら無理しがちのりこには監視が必要だと思った為、知人である社が勤めるこの会社を紹介したとのこと。心配性だと思うと同時に、ばあちゃるが自身に向けるその感情につい笑みが込み上げてくる。

 

「ん?急に笑ってどうした?」

 

「ううん!何でもないですよ!ちょっと、嬉しいこと思い出しただけです」

 

「ほほう。ってことはばあちゃるさんのことだな」

 

「んなッ!?ななな、なんでわかるん!?」

 

意地の悪い笑みを浮かべ指摘する社に、りこは頬を赤く染める。図星をつかれ、つい素である関西弁が出てしまう。そんな素直なりこの反応が面白かったのか、社は笑みはより深めた。

 

「顔に思いっきり出しておいてそれはないだろ。恋愛初心者にもほどがあるぞー?」

 

「むー。意地悪な言い方だなぁ!」

 

悪態をつきながら、社が置いた珈琲の蓋を開け、口に含む。砂糖もミルクも入っていないブラック特有の苦みが喉を通る。その苦味のおかげで、ある程度落ち着いたりこは、前から疑問であったとあることを思い出した。

 

「そういえば。社さんって、いつばあちゃる号と知り合ったんですか?」

 

「俺とばあちゃるさんか?…そーいや配信や放送で共演したことはなかったな」

 

顎に手を置き、思い出す様に思考する。そんな考えるような仕草をするが、探していた記憶は思いのほかあっさりと出てきた。

 

「出会いは割と偶然だったな。『にじさんじ』ライバーにクレアさんがいるだろ?」

 

「クレアさん?…ああ、シスタークレアさん!」

 

「そうそう。俺はクレアさんのファンで有り、同じライバーなんだが、とある事情でクレアさんの勤めてる教会に行くことがあってな。その時にばったりって感じだな」

 

「教会?教会にばあちゃる号が何の用なんだろう?」

 

「確か、もちもち?って子がそこでアルバイトしてるらしくて、その様子見とクレアさんに用事で来てたみたいだったぞ」

 

「もちにゃんが!?へー。それは知らなかったなぁ」

 

出てきた予想外の友人の名に、りこは驚愕する。そして少し前にクレアとばあちゃるが共演していたことを思い出し、その二つの理由であれば、ばあちゃるならば教会に赴くだろうという結論に至る。りこが知っているばあちゃるという男はそういう男だ。わかり切っていることだが、その事実が何故か嬉しかった。

 

「まーた顔に出てるぞー」

 

「うぇ!?見んといてぇ!?」

 

にやにやと笑みを浮かべる社に羞恥心を覚え、りこは腕で顔を隠す。どうにもあの報告会の後から感情コントロールが上手くできない。朱に染めた顔を隠しながら、りこは頭を抱えた。

そんなりこを横に、呆れた表情を浮かべながら社は時計に目をやる。時刻は8時丁度。アルバイトであるりこの終業時間だ。

 

「ほらほら、就業時間だ。アルバイトは帰った帰った」

 

「え?けど、これのエラー取り終わってないですよ?」

 

「そんなもん明日か別のやつに投げちゃっていいよ。牛巻を残業させると俺がばあちゃるさんに怒られるからな」

 

「むう。それを言われるとさすがに牛巻も申し訳ないかな。…うん。後はお願いします!」

 

「はいはい。任された」

 

渋りながらも、社が最初から切ってきた切り札にりこは大人しく従う。状況をしっかり保存したかを確認した後にPCの電源を落とす。電源が落ちることを確認し、りこは急ぎ足でオフィスを後にした。

年相応のりこの反応に、社はつい笑みを浮かべながら『青春だなぁ』と零す。その時、背中に大きな衝撃が襲う。その衝撃に体制を崩しそうになるが、何とか踏ん張り持ちこたえる。何事か、と首だけ振り返ると目の前には同じ正社員である同僚の顔があった。

 

「うおぉおぉ!?急になんだ!?ホモか!?」

 

「んなわけあるか!?」

 

飛び引く社に、心外だとばかりに叫ぶ同僚。普段スキンシップしない人物が、急に距離を詰めてくれば誰だって警戒する。もちろん社も警戒する。警戒体制のまま、社は同僚と距離をとった。

 

「…じゃあなんだよ。急に抱き着いてきて、お前そんなキャラじゃないだろ?」

 

「あー。いや。社さ、さっき牛巻ちゃんと話してただろ?それで、聞きたいことがあってな」

 

「聞きたい事?」

 

同僚は気まずそうに視線を逸らしながらそう切り出す。オウム帰しで聞き返すが、同僚のその態度に社は嫌な予感が過った。

 

「…おいおいおいおい。お前まさか。牛巻のこと狙ってるとか言うんじゃないだろうな!?」

 

「わ、悪いかよ!」

 

「正社員がアルバイトの子に手を出したらヤバいだろ!何より!…いや」

 

『年の差を考えろ!』という言葉を何とか飲み込む。その言葉は、りことばあちゃるにも当て嵌ってしまう。二人の友人である社はその言葉は言わないと誓っている。だから、寸でのところで何とか飲み込むことが出来た。急に言葉を詰まらせる社に同僚は首を傾げた。

 

「なあ頼むよ社。応援してくれとは言わない。せめて牛巻ちゃんの好みくらいは教えてほしい」

 

「ガッツリ聞くじゃねえか!?っていうかお前、牛巻のことをどれくらい知ってるんだ?」

 

「へ?なんか変な馬のマスクの紹介で入ってきた可愛い子ってくらいだが。あの馬は保護者かなんかだろ?」

 

「あー。お前さんはあれか。VTuberは見ないタイプか」

 

「そうだが。え?なんかまずかったか?」

 

首を傾げる同僚をつい同情的な視線を送ってしまう。VTuberのことを知らないのであれば、ばあちゃるの存在を知らないのも無理はない。そして、ばあちゃると牛巻の関係だって知らないはずだ。同僚が二人を親子と勘違いするのも仕方がないことだった。

どうあっても彼の恋は成就することがない。そのことを知っている社は、せめて諦めてもらおうと意を決した。

 

「…しゃーない。好みだけだぞ」

 

「マジか!?助かるぞ社!」

 

「つっても前にちょびっと聞いた程度だぞ?それでもいいか?」

 

「全然!情報があるだけでもありがたい!」

 

一人で盛り上がる同僚に、同情の気持ちが大きくなる。そんな彼を諦めさせるために、社は言葉続けた。

 

「まず、年上が好みだ」

 

「よし。当てはまるぞ!」

 

「そんでもって、体格もよくてガタイがいい」

 

「多少鍛えているから問題ないな!」

 

「よくスべるし語彙力もないが、面白い」

 

「うん!…この前に女性社員に『同じ話ばっかりでつまんないよ』って笑われた!」

 

「お、おう。そうか。…さらに料理が上手くて包容力がある」

 

「肉料理が得意だから問題ないな!包容力だって自信アリだ!」

 

「お前の肉料理ってただ焼いてるだけじゃなかったか?まあいいや。それじゃ最後。馬のマスクが似合う」

 

「なんだそれ!?牛巻ちゃん変わってるな!?」

 

諦めさせるためにばあちゃるの特徴を順番に伝えていく。しかし、それは同僚の背中を押しているように感じてならない。よくよく見てみれば、同僚の特徴は、どことなくばあちゃるに似ている。背も高くてガタイもいい。話もつまらない。包容力もないわけでもない。だが、決定的に足りない。なにが?と聞かれても社はうまく答える自信はなかった。しかし、足りないということは確実だ。あえて言うのであれば、全部というところだろうか。

 

「全部は当てはまってないが、ある程度は当たってる!…社。俺、行くよ」

 

「行くってどこに!?」

 

「勿論牛巻ちゃんの所さ!」

 

「あ、待て!てめぇ、仕事投げんな!」

 

飛び出した同僚を追うために、部長に一言伝え追いかける。向かうはビルのエントランス。りこと別れてそれほど時間がたっていないので、同僚の足であればエントランスで合流してしまうことが読み取れた。エレベーターではどうやっても追いつけない。ならばと階段を駆け下りる。幸い、階層がそれほど高くないところにあるオフィスだ。階段であれば追いつけると踏んでの行動だった。そしてその読みは当たった。

 

「てめぇ待てこら!」

 

「ちょ離せ社!人の恋路を邪魔するな!」

 

「邪魔してるのはお前だ!落ち着け!」

 

エントランスに続く扉の前、エレベータの前に男二人が取っ組み合う。その暑苦しい光景に、他にエレベータに乗っていた人たちは一歩引いてしまった。そんな二人の取っ組み合いは一人の少女の声によって終止符が討たれた。

 

「ばあちゃる号!」

 

扉を挟んで、エントランスからりこの声が響く。その声色は業務中に聞くことはなかった幸せに満ちたものだ。その声に、社と同僚はガラスの扉からエントランスの風景を覗き見る。

 

「連絡もなくきてどうしたの?」

 

「はいはいはい。丁度ね、ばあちゃる君のお仕事が終わったのでね、確かりこぴんのね、アルバイトが終わる時間もこれくらいだったかなーと思ったので、来ちゃったわけっすよ」

 

「えへへ。そっかー。ばあちゃる号、牛巻のお迎えに来てくてたんだぁ」

 

そこにはいつもの馬のマスクは着けていない素顔のばあちゃると、そんなばあちゃるの腕の中に納まるりこの姿が見えた。先程見たりこの表情より、さらに幸せに満ちたその表情に社は嬉しくなってしまう。同じプログラマーの同志として、VTuberの仲間として友人の幸せはやはり嬉しいものだ。

 

「…そーいやちぇりーちゃんに聞いたんやけど。お泊りさせたんだって?」

 

「う。なんでその話漏れてるっすかね」

 

「部内で情報を共有してるんやもん。そりゃ知ってるよ」

 

「えぐー!?ばあちゃる君のプライバシーゼロじゃないっすか!?」

 

「ふっふっふ。好きな人のことやもん。牛巻たち、なんでも知りたいんよ?だから…」

 

「うん?」

 

「…今日、お泊りに行ってもいい?」

 

「ッ!…りこぴん、今のはきいたっすよ」

 

話の内容は社たちには聞こえていないが、常時赤面状態のりこと、会話の途中で控えめではあるが赤面するばあちゃるから大よその会話が読み取れる。呆然とする同僚を余所に、社は心の中でエールを送った。

 

「…いいっすよ。お泊りしましょう」

 

「へへ。やった」

 

「…いやー。それにしてもりこぴん、大胆っすね」

 

「へ?」

 

片腕であるが背に回された腕が強くなる。報告会以前であったのなら、決して回させることがなかったその腕が、りこにとって最上級の幸せだ。さらにばあちゃるからの返答。もうりこは幸せは有頂天だ。

その時、意地の悪い顔を浮かべばあちゃるはとある方向へ指をさした。何かと思い、そちらに顔だけ向けると、そこにはガラスの扉からりこたちを見詰める複数の視線。それを認知した瞬間、りこの頭は混乱した。

 

「み、みみみみみ!?みられッ!?ばあちゃる号知ってたの!?」

 

「はいはいはい。ばあちゃる君も今知ったとこっすよ。いやはや、てっきり知っているものかと」

 

「そんなわけないやん!え、えと!あああの!?し、失礼しましたー!!」

 

「ちょいちょーい!?ばあちゃる君の車はこっちっすよー!?」

 

ばあちゃるの腕を抜け出し、勢いのまま玄関から飛び出す。そんなりこを、愛おしいと書いた表情を浮かべながらばあちゃるは追いかける。その光景に、見ていた全員が近くにおいてある自販機からブラックの缶コーヒーの購入を決意した。

 

失恋の決定的の状況を見てしまった社の同僚は震えながらこの後の予定は決めた。

 

「社ォ!今日は失恋パーティーだ!飲むぞ!」

 

「お、ここにおったか」

 

「パパ―!!」

 

「ドーラにひま!?え、なんで職場に!?」

 

社を巻き込んで朝まで飲みに行こうと決めた同僚は、社を連行すべく振り向く。しかし、そこには社に用があって訪れていた『ドーラ』と『本間ひまわり』の姿があった。

 

「今日はひまと収録があっての。それで近くに社の職場があると聞いてきたから様子を見に来たのじゃ」

 

「パパ。まだお仕事?」

 

「あーそうなんだわ。…ってちょい待ち。部長から連絡だ。…はい、もしもし。…え!?今日はもう帰っていい!?アルバイトの教育を頑張ってるからご褒美!?ありがとうございます!…暇になった!」

 

「おーなんという幸運。よし、せっかくだから葛葉も誘って焼肉でも行こうかの」

 

「わーい!みんなで焼肉だー!」

 

「了解了解!ちょい荷物取ってくるから外で待ってて!」

 

嬉しそうに階段を駆け上がる社。そんな社と同様に、嬉しそうに外へ出ていく二人の女性を同僚は呆然とした表情で見送ることしかできない。

 

「こうなりゃヤケ酒だぁ!」

 

「君はまだ業務が残ってるだろうがッ!」

 

「げぇ!?部長!?」

 

残業する者、家族で団欒する者、二人の夜を堪能する者。それぞれの夜の過ごし方がその世界にはあった。

 

 



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彼の為に着飾りたい(神楽すず)

とある管弦楽器部の発表会
その発表会に出場が決まった少年ハートを持った少女
どうやらとあることで悩んでいるようで…?


(番外編)


「助けてください!プロデューサー!」

 

「はい?」

 

日曜日のお昼頃。今日の昼食は何にしようか悩む『ばあちゃる』の元に『神楽すず』が乗り込んでくる。それが、すずとばあちゃるの長い一日の始まりだった。

 

学園から少し離れた食堂。そこで昼食を共にしたすずとばあちゃるは共に車に乗り込み、談笑していた。

 

「すみませんプロデューサー。またご飯をご馳走になってしまって」

 

「はいはいはい。すずすずは気にしすぎっすよ。こういう時は、年上に甘えるのも重要っすよ?ほら、エイレーンみたいに」

 

「あれは参考にしたくないです」

 

「…言っといてなんすけど、ばあちゃる君もあれは参考にしてほしくないっすね」

 

ばあちゃるの車で揃って微妙な顔をする二人。二人が脳内に浮かべるのは、面倒見はいいが傍若無人のエイレーン。確かに、エイレーンから見習う部分はあるだろうが、それでも悪影響の方も少なくはない。むしろ悪影響の方が多いのでは、とも考えてしまう。

 

「何故かピノさんがエイレーンさんのこと尊敬してますし、ちょっと注意しておきますね」

 

「お願いするっすよ。ピーピーがエイレーンみたいになったらちょっと笑えないっすね」

 

「そんな光景見たら私、首釣りますよ」

 

エイレーンと並んで百合ネタを叫ぶピノを想像してしまい、顔を青くする。その想像を振り払う様に首を振り、話題を変えた。

 

「そ、それで、今日はどうしたっすか?時間的に部活の練習が終わったことはわかりましたけど、結局用件を聞いてなかったすからね」

 

「ああ、そうでした。そういえば、用件言ってませんでしたね」

 

「すずすずのお腹の音で飛んじゃいましたもんねー」

 

「それは言わないでくださいよ―!」

 

羞恥により顔を赤くして助手席に座るすずは叫ぶ。

すずが学園長室に飛び込んできてばあちゃるに用件を言うより先に、すずのお腹からクゥと可愛らしく空腹を訴えてきたのだ。すずもそれには予想外で、何の音が鳴ったのか理解と同時に頬を赤く染めて焦った。

 

『ちがッ!?これは違うんです!?』

 

『…はいはいはい。とりあえずお昼ご飯、食べに行くっすよ』

 

『あうぅぅ…はぃ』

 

恥ずかしがるすずに優しそうに笑みを浮かべ昼食に誘う。その優しさがすずにより羞恥心を募らせた。顔をより真っ赤に染めて、すずとばあちゃるは学園を後にしたのだ。

そんなことがあったため、すずがばあちゃるへと尋ねてきた用件は聞けず仕舞いであった。

 

「それで、用件なんですけど。プロデューサーは近々行われる管弦楽部の発表会は知ってますよね?」

 

「はいはいはい。勿論知ってるっすよ。イオリンも『すーちゃんの演奏見に行こうよ!』と言っていたので、アイドル部全員で見に行く予定っすね」

 

「えぇ!?私、それ知りませんよ!?」

 

「あ!これ言っちゃダメなヤツだ!聞かなかったことにしといてくださいっすね」

 

「無理ですよ!?より緊張しちゃったじゃないですかぁ!?」

 

叫ぶすずに罪悪感を感じるが、同時に涙目の彼女が可愛くて仕方がない。つい、口角が上がってしまう。そしてそれは助手席に座るすずには丸見えだ。

 

「なに笑ってるんですかぁ」

 

「はいはいはい。いやね、申し訳ないとは思ってるっすよ?けど、涙目のすずすずが可愛いなぁなんて思ったりしなかったり?」

 

「なぁ!?…きゅ、急に言うのは卑怯ですよ!?」

 

朝の時の様に顔を真っ赤に染めて叫ぶすず。そんな姿にも、愛おしさしか感じないばあちゃるは『これは重傷だな』なんて、内心で一人で零した。

 

「このままじゃね、埒が明かないのでね。要件を教えてもらってもいいっすか?」

 

「話を逸らしたのはプロデューサーじゃないですか!…もう。なんというかホント、変わりましたね」

 

「これも皆のおかげっすよ。ばあちゃる君も、こんなに素直に思っていることが言えるようになるとは予想外っす」

 

嬉しそうに顔を綻ばせるばあちゃる。いつもの演技かかったその言葉ではあるが、その口調にその声色がそれは素であることが読み取れる。それが嬉しくて、すずも顔を綻ばせた。

 

「ふふ。…えっと、用件でしたっけ?」

 

「はいはいはい。結局聞けてなかったすからね。管弦楽部の発表会があるところまで聞いたっすよ」

 

「ああ、そうなんですよ!その発表会なんですけど。なんか部活の中でおかしな流れになっちゃって」

 

「おかしな流れ?」

 

思い出したように身を乗り出すすずにばあちゃるは首を傾げる。二人の距離がかなり近いことにすずは気付かずに言葉を続けた。

 

「実は今回の発表会なんですけど、服装が自由なんですよ」

 

「へえ、それは珍しいっすね。音楽の発表会とか、ばあちゃる君はそんなに詳しくないっすけど、学生の発表会でそれは珍しくないっすか?」

 

「そうなんですよ。なんでも今回は学生だけじゃなく一般公募もあって、それに合わせて学生も服装が自由になったんですって」

 

思い出す様に指をふらふらと動かしながらすずがそう言う。運転席と助手席。ただでさえ近いのに、すずはばあちゃるのの方を向いて身を乗り出している。二人の距離はもう数センチで触れ合うほどに近かった。

 

「さらに顧問の先生も服装自由だからって、制服じゃなくてもいいと許可しちゃって。部の仲間全員、それに乗り気になんですよ」

 

「なるほどー。つまりそのまま盛り上がっちゃって、逆に制服が禁止になったとかそんな感じっすか?」

 

「そうですそうです!さすがプロデューサー、よくわかりましたね」

 

嬉しそうに笑顔を浮かべるすずに釣られ、ばあちゃるも笑顔を浮かべる。この伝染は以前イオリが言っていた『幸せループ』だと、ばあちゃるは一人納得した。

 

「となるとすずすずの悩みもなんとなくわかってきたっすよ。ズバリ、着ていく服がない!…違うっすか?」

 

「そうなんです!恥ずかしながら私、オシャレについてはよくわからなくて…」

 

「VTuberのイベントとかに行く際も、現地までは制服か似たような服ばっか着てるっすもんね」

 

「う。気付いていたんですね」

 

すずは罰悪そうに顔を逸らす。あからさまなその態度がどこかおかしくて、ばあちゃるは笑みを浮かべた。

 

「おーけーですおーけーです。…けど、それならばあちゃる君じゃなくて、もちもちやちえりんに頼むべきだと思うっすよ。いや、頼られるのは嬉しいっすけどね。適材適所ってやつっすよ」

 

ばあちゃるの指摘はもっともだ。仮にも自分の技術を発表する場である。それの為に着飾るとなれば、異性であるばあちゃるではなく、オシャレに理解が深いもちやちえりに頼むのも道理だ。ならばなぜ?と目の前のすずに問うと、視線を泳がせ羞恥を感じているのか、頬を赤くしたすずの表情がそこにあった。

 

「…その、プロ…ばあちゃるさんに選んでほしい。そう思ったんです」

 

「え?」

 

目の前になければ聞き取れないか細い声ですずは答える。いつもの職業名でなく、名で呼ばれたことに驚いてしまい、聞き返してしまう。その言葉にすずは羞恥を誤魔化すように、笑みを浮かべながら頬を掻く。

 

「確かにもちさんやちえりさんにお願いすれば、素敵な衣装を選んでくれると思います。けど、できるのならばあちゃるさんに選んでほしい。そう思ったんです」

 

「すずすず…」

 

「だってその方が、私が嬉しいです。きっとばあちゃるさんに着飾れた私なら、私の一番を表現できると、そう思ったんです」

 

「ッ!…すずすずも卑怯っすよね」

 

幸せそうに笑みを浮かべるすずに、ばあちゃるは見惚れてしまう。それほどに目の前の少女は綺麗で、素敵な存在で、大切な存在だとばあちゃるは思った。そして、観念したように頷く。

 

「仕方ないっすね。センスが合わないって言われても知らないっすよ?」

 

「ふふ。大丈夫ですよ。だって、プロデューサーですもん」

 

全幅の信頼を寄せながら、安心しきった嬉しそうな笑みを浮かべるすずに、ばあちゃるは確かなトキメキを感じた。この少女の願いを叶えるために、ばあちゃるは車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうでしょうか…?」

 

「…お、おぉぅ…うん。すっごく綺麗っすよ、すずすず」

 

試着室から着替え終わったすずが頬を赤く染め、恐る恐ると出てくる。その姿に、ばあちゃるは固まる。

すずが身に纏うのはワンピース型のパーティードレス。アイドル衣装の様に、スカートはレースの二重構造になっているが、こちらはスカートとレースが共に丈が広く、より清楚感を感じさせる。またレースは後ろ下がりとなっており、すずの美しい足をより輝かせた。さらに襟元は円状に開いており、普段見せない鎖骨を晒す。腕はノースリーブにより、その細く長い腕の健康的な素肌がドレスととてもよく合っていた。スラっとフィットしたドレスは彼女のスタイルの良さを遺憾なく発揮されている。彼女の髪と同じグリーン色のドレスに包まれた神楽すずに、ばあちゃるは見惚れることしかできなかった。

 

「ふふ、変なプロデューサー」

 

「いや、本当に綺麗としか、言えないっすよ。うん。ちょっと言葉が飛んでしまう」

 

控えめに口元を抑え笑みを浮かべるすず。その姿は様になっており、再びばあちゃるは言葉をなくす。目の前の彼女はばあちゃるの視線を掴んで離さない。それほどに目の前の少女は魅力的だった。

 

「そ、それにしても、随分と楽しそうに選んでいたっすね。とてもオシャレが苦手とは見えなかったすよ」

 

「え。そうですか?」

 

「はいはいはい。展示されてるドレスを見ながら色々と吟味してたっすよ。最初はばあちゃる君が選んでいたっすけど、最後辺りじゃすずすずが自分から選んでいたじゃないっすか」

 

ばあちゃるの言う通り、このドレスの専門店に入店した当初はすずの希望通りにばあちゃるが見繕っていた。しかし何着か試着をしていくとすずの方が乗り気になってきたのか、途中から自身で吟味してばあちゃるの前に持っていき『これはどうでしょうか?』や『これはプロデューサー的には似合うと思いますか?』など聞いてくるほどだ。そして、最後には自分で選んだドレスを、ばあちゃるの前で見事に着こなして見せた。その姿は、誰がどう見ても、オシャレが苦手と公言してる人物には思えなかった。

 

「…言われてみれば、服選びでこんなに楽しかったのは初めてかも。なんででしょう?」

 

「え、そうなんすか?」

 

様々なドレスを見ながら懸命に選ぶすずの姿は、ばあちゃるから見てそれは女の子の姿そのものだ。シロや他のアイドル部の子の買い物などによく付き合うばあちゃるはその姿をよく知っていた。だからこそ、すずが零したその言葉は予想外であった。

 

「…ああ。なるほど。これがそうなんですね」

 

「ん?すずすず?」

 

一人納得するすずに首を傾げる。するとすずは嬉しそうに笑みを浮かべ近づき、その華奢な腕をばあちゃるの背に回して抱き着いてきた。その急な行動にばあちゃるは焦る。

 

「すずすず!?」

 

「ばあちゃるさん。私、わかっちゃいました。…これが、『恋』なんですね」

 

「…恋?」

 

抱き着いた状態で見上げてくるすずの表情は嬉しそうに頬を染めていた。至近距離で見るその表情にドクンと胸が高鳴り、頬に熱が集める。

 

「私、さっきも言ったように、オシャレとかよくわからなくて…服にこれといったこだわりはないんですよ。それこそ着れれば何でもいいなんて思うほど興味がないんです」

 

「…それは女の子としてどうかと思うっすよ?」

 

「ふふ、そうですね。私もそう思います。けど、今日は違ったんです」

 

楽しそうにはにかむすずに、確かなトキメキを感じる。気付くと、お返しと言わんばかりにすずの背に手を回していた。

 

「選んでもらううちに、ばあちゃるさんの好みがちょっとずつですけど分かっていって、そこでふと思ったんです『ばあちゃるさんの好みの衣装を私が選んで着たら喜んでくれるかな』って。…気付いたら、もう体が動いていました」

 

「すずすず…」

 

「すっっごく楽しかったです。貴方の為に着飾ることが楽しかった。貴方の喜ぶ顔を想像して悩むことが楽しかった。…そして、わかったんです。これが、これこそが『恋』なんだと」

 

『恋や愛を知らない』。いつだったか、配信の際にすずが言っていた言葉だ。その彼女が今、異性である自分の背に腕を回して頬を朱に染めている。その姿はまさに『恋』する少女だ。その視線が向けられる先は自分。その事実がばあちゃるの高鳴る鼓動を加速させる。そしてそんなすずに応えたいと、ばあちゃるは強く思った。

 

「ばあちゃるさん。私、これからも感情を知っていきたいです。アイドル部の皆と、貴方と共に。そして、『愛』も知っていきたい」

 

「…こんな俺でよければ」

 

なんとか絞り出すその声にすずは笑みを浮かべる。楽しそうに、嬉しそうに。そんな幸せに溢れる笑顔に、ばあちゃるはより頬を朱に染めた。

 

「ばあちゃるさんじゃないと嫌ですよ!だから…これからもよろしくお願いしますね!」

 

彼に抱いた尊い感情と向き合うことができた。その彼と共に、その先の関係をすずは望む。きっとその先に苦い感情を浮かべてしまうこともあるだろう。だが、その一歩を踏み出すことにすずは恐怖を感じてはいなかった。なぜなら、隣には愛おしい彼がいるからだ。その先の幸せな未来を夢見て、すずはばあちゃると共に一歩踏み出いた。

 

 

 

 

 




あとがき

作中に登場したドレスのモデル
パーティドレス フィッシュティール(グリーン)
全体図URL(楽天市場の商品ページなので注意)
https://item.rakuten.co.jp/graceshop-2/da431ze/


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彼とデート大作戦!!(花京院ちえり)

少女が経営するとある遊園地
最近その遊園地に厄介なファンがいるようで…?


平日の日が落ち始める夕暮れの5時半。アイドル部の一人『花京院ちえり』は、プロデューサーの『ばあちゃる』とともに.LIVEの運営会社であるアップランドの事務所に赴いていた。

 

「ねぇねぇ、うまぴー?結局ちえりが呼ばれた理由はなんなの?」

 

「いやー。それがばあちゃる君にも知らされていないっすよね」

 

「そうなの?」

 

指示された会議室に向かう途中、ちえりはそう聞いた。しかし、帰ってきた答えは予想外のものだ。アイドル部のプロデューサーであるばあちゃるには、それこそ些細なことでも知らされるようになっている、そのばあちゃるすら知らされていないことは、どういうことなのだろう。ちえりは首を傾げた。

 

「ばあちゃる君も、ついさっきにメンテちゃんに『お客さんが来ているので、対応をお願いします。あとちえりさんも同伴でお願いします』としか言われてないっすよね」

 

「それだけじゃ呼ばれた理由がわかんないね。けど、お客さんかぁ。ちえりも一緒に合うお客さんって誰だろう?」

 

「それも謎っすね。…それとちえりん?」

 

「んん?なぁに?」

 

身長差によりばあちゃるを覗き見上げるように視線を合わせる。勿論、可愛らしさを忘れないように上目遣いである。それはばあちゃるにも効果的だったようにで、少し頬を朱に染めた。

 

「い、いやー。事務所なんすから、そんなにくっ付くことないっすよ?」

 

「ええー!うまぴー、ちえりとくっ付くの嫌なの?」

 

「いやじゃないっすよ!?ただほら、一応世間の目を気にしたほうが…」

 

「だいじょーぶ。アップランドのみんなは理解してくれてるよ!ね?」

 

ぎゅっと強く腕に抱きつきながら、すれ違う社員に見せつけるように問いかける。返ってくるのは『お熱いね!幸せになるんだぞ馬!』という激昂の言葉。その言葉に、ばあちゃるは掌で顔を覆う。

 

「理解力ありすぎじゃないっすかね…」

 

「エイレーンさんが言ってたけど、アップランドの社員さんのほとんどがうまぴーを追ってきた人なんでしょ?なら当然なのでは―?」

 

「…俺って、幸せ者っすね」

 

小さく零したその本音に、ちえりは慈愛の笑みを浮かべる。ばあちゃるの幸せを願う一人として、この気持ちが伝わるように、腕に力を込めた。

 

「そうだぞー?だからうまぴーも、もっと自信をもつべきだと思うの!ちえりちゃんみたいに!」

 

「ちえりんのそれはちょっと参考にならないっすね!」

 

「なんでー!?」

 

仲睦まじく談笑していると目標であった会議室の前にたどり着く。さすがに客人の前ではやるべきではないと、理解しているちえりはそっと腕を離す。しかし、その二人の距離はアイドルとプロデューサーの距離にしては近かった。

一言挨拶を入れ、扉を開けて中へ入室する。そこには、ばあちゃるが知る人物が三人いた。

 

「ホモホム!?それにオレオレにつかつか!?え、どういう組み合わせっすか!?」

 

「お久しぶりです、ばあちゃるさん!」

 

「会いに来たぞー」

 

「初対面なのにあだ名なのか…」

 

室内にいた三名。『佐藤ホームズ』、『探偵オレンジ』。そしてBANsの世話役であるバーチャル債務者YouTuberの『天開司』だ。その関係性が全く見えない三人に、ばあちゃるは驚きを隠せない。混乱の中、このまま固まっては話が進まないと思い、ちえりと共に席に着いた。

 

「はいはいはい。それで、三人揃ってどんな用件なんすか?ばあちゃる君、ちょっと三人の接点が分からなくて混乱してるっすけど」

 

「俺たちがこうして集まったのは、ばあちゃるさんが関係してます」

 

「うまぴーが?」

 

首を傾げるちえりとばあちゃるにホームズは頷く。それに続くように、横にいたオレンジが口を開く。

 

「馬が前にテロリスト残党の調査をオレンジたちにしたでしょ?あれに進展が、というかちょっと問題がでちゃったわけ」

 

「ッ!?確か、残党の処理はもう終わったはずっすよね?」

 

「ああ、終わった。問題っつうのはあいつらが残したブツなんだわ」

 

終わったはずのその話題にばあちゃるの雰囲気が変わる。その変わった雰囲気に司は面白そうに口角を上げ、オレンジに続く。

 

「ばあちゃるさんも知っているように、テロリストたちの技術力は本物だ。その技術力を駆使して作られたとある道具が問題なんだ」

 

「とある道具?」

 

「そうそう。馬のことだからもう情報は入ってると思うけど、最近話題に上がってるでしょ?あれ…なんだっけ?」

 

「ど忘れかよ。…モデルコピーの件だ」

 

「はいはいはい。それはのじゃさんから聞いてるやつっすね」

 

「ねぇねぇうまぴー。その、モデルコピーの事件ってなぁに?」

 

ばあちゃるの横に座るちえりが服の端を軽く引っ張りながら質問をする。その光景にホームズは微笑ましそうに、オレンジは意地の悪い笑み、そして司は呆れた表情を浮かべながら見ていた。

 

「そうっすね。ついでにそのモデルコピー事件についても軽くまとめましょうか」

 

「まぁそうだな。あんま大きくなってない事件だし、知らなくても当然か」

 

「俺たちは探偵だし、司はそういった案件がよく入ってくるだろうけど、一般人はそうじゃないからな」

 

「見直すにはちょうどいいんじゃない?」

 

三者の同意を得て、ばあちゃるは頷く。そして件の事件『モデルコピー』について語りだした。

 

「今、のじゃさんやのらのらが主に活動してるVRChatで起きている事件っすね。VRChatについては、はしょっちゃうっすけど、簡単に言うと文字通り『モデルをコピー』という事件が最近起きているっすよ」

 

「モデルをコピーって…今の身体が複製されるってこと!?」

 

「間違ってないな。フリー素材のモデルのやつが、次の日に有名コテと同じモデルになっているのが事件の発端だ」

 

「ノラネコさんの、量産型のらきゃっとさんみたいに、配布してるモデルじゃないからその界隈はかなり話題になったんだ」

 

「ばあちゃる君も、のじゃおじさんからある程度は聞いていたっすけど、それがウチとなんの関係が?」

 

「それについて話す前に、これを見てほしいな」

 

そういってオレンジが見せてきたのは携帯端末だ。ばあちゃるが受け取り、ちえりと共にその画面を見てみる。そのには、とあるSNSのあるユーザーの画面が映し出されていた。

 

「これは…」

 

「ッ…」

 

アイコンをちえりのファンの総称である従業員のものであるが、その呟きはファンに値するものではなかった。ちえりに対しての賞賛は問題はない。しかし二人が顔を顰めるのは、その引き合いに他のアイドル部の子や、余所のVTuberを出すという醜悪のものだ。

 

「酷いよ、これ…」

 

「…このユーザーはメンテちゃんから聞いたことがあるっすね。マシュマロでも、セクハラ的なのを何度も送ってきているやばーしなやつっす。マシュマロさんの報告と、そのひどい人間性にウチの方ではブラックリストに入ってるっすよ」

 

「なるほど。だから情報通のばあちゃるさんが今回の件で動いていなかったのか」

 

「私とホームズさんはそのモデルコピー事件について追っていて、その道具所持者の一人がこの男と突き止めたの」

 

「んで、俺は姉崎にちょい頼み事されてな、その最中にこの二人と合流したわけよ」

 

「姉崎って、ユキミお姉ちゃん!?」

 

急に登場したのはちえりにとって懐かしい名だ。姉崎ユキミのこと『ユキミお姉ちゃん』。配信とコラボをよく行うVTuberであり、BANsとのコラボも多くしている。ちえりもアイドル部に加入する前、ソロで活動している際にユキミとコラボをしたことがある仲なのだ。

 

「あいつ、面倒見がいいだろ?その問題のファンについて、嫌な噂を聞いたってことで俺に調査を頼んできたのよ。んで、ちょい調べたら他の案件で追ってる二人を知ってな」

 

「情報共有のために合流して、ちょっと事が大きくなりそうだから馬に直接話そうってことになったわけ」

 

「なるほどなるほど、おーけいです。…それで、ホムホムたちが分かっていることを教えてもらってもいいっすか?」

 

ばあちゃるから出る雰囲気に司は固唾を飲む。イベントなどで見るいつものばあちゃるであるが、今の姿はどこか威圧感を感じる。彼が怒りを感じていることは、誰が見ても明白だった。

 

「調査の結果、こいつは今『ちえりーランド』にいる可能性が高い」

 

「え!?だってこの人、ブラックリストなんだからちえりたちに関係するところに入れるわけが…あ」

 

「気付いちゃったか。そう、ここでモデルコピーの案件が出てくるの」

 

「つまり従業員のモデルをコピーして、あたかも前からいたかのように、ちえりーランドにいるってわけっすか」

 

「あそこは確か、花京院が経営している遊園地であると同時に公式のファンが集う場所みたいなところだろう?そこにそいつが居たらヤバいんじゃねぇか?」

 

司の指摘にちえりは背中に冷たい汗が伝う。こんな自分勝手な人物のせいで、ちえりが大事の従業員(ファン)に被害が合うのかもしれない。そう考えると腸が煮えくり返る。

 

「…解決策はある。ちょっと強引だけどね」

 

「それはなんですか?」

 

「馬がおとりになるんだよ。こいつ、馬に対してもボロクソに言ってるから馬がちえりーランドでプロデューサー特権とかで何かやればきっと釣れるよ」

 

「それなら「ダメ」ち、ちえりん?」

 

オレンジの提案に、同意しようとするばあちゃるを遮る。見上げてくるその瞳から怒りが読み取れた。ちえりのその行動にばあちゃるは驚き、どもりながらも相手の名前を呼んだ。

 

「それはダメ。それじゃうまぴーがまた傷ついちゃうよ。そんなのは絶対に嫌!」

 

「いや、けどこれ以外方法は」

 

「そんな方法知らない!そんな方法しかないならちえりも一緒にやる!」

 

「いやいやいや!?それこそダメっすよ!?」

 

「…いや、そっちのほうが効果的かも」

 

「ホムホム!?」

 

駄々をこねるちえりに、困惑するばあちゃるは意外な援護に驚愕する。その援護をした佐藤ホームズは、顎に手を添えながらちえりと向き合い、真剣な表情を浮かべた。

 

「ちえりさん。先程の発言に偽りはないですね?」

 

「ないよ。ちえりはうまぴーが傷つくのは絶対反対。もしその方法しかないなら、ちえりも一緒じゃないと嫌」

 

「嫌って、ちえりん。これは結構大ごとで」

 

「大ごとだからって、うまぴーが傷ついていいわけじゃないじゃん!そんなのちえりは認めないよ!」

 

「おー愛されてるねぇ」

 

「さすがの信頼関係だな。噂通りとは感服するわ」

 

「ちょっとヒートアップしてきたな。ほら皆さん落ち着いて」

 

ホームズの言葉に我に返り、頭を下げるばあちゃる。ちえりも少し落ち着いたが言葉を取り消すつもりはないのか、ばあちゃるから顔を逸らした。

 

「ちえりさんの覚悟も聞いたわけだし、思いついた作戦も言ってしまおうかな」

 

「それでそれで、ホームズの作戦はなーに?」

 

「簡単だよ。ちえりーランドでばあちゃるさんとちえりさんがデートをするんだ」

 

「へ?それでいいの?」

 

その提示した作戦はあまりにも単純で、ちえりは呆気のない顔を浮かべて聞き返してしまう。そんなちえりに、ホームズは笑みを浮かべ、言葉を続けた。

 

「さっきも見せたように、こいつは重度のちえりさんのファンだ。なにせブラックリスト入りしたのに、それを掻い潜ってまでちえりーランドに侵入する筋金入りだぞ?」

 

「なるほど。そんなやつが、男と仲睦まじく歩く花京院を見たらどうなるか容易に想像つくな」

 

「そこを私たちで確保するってことね!」

 

「いやいやいや!?そんなことしたらちえりんにも危険が!?」

 

「え?ばあちゃるさんは、大事なアイドル一人も守ることも出来ないと言うんですか?」

 

「くッ!卑怯っすよホムホム!」

 

そう言われると何も言い返せなくなる。恨めしそうな視線をホームズに向けるが、当の本人はどこ吹く風だ。ばあちゃるのその言葉の中の答えを読み取ったホームズは笑みを浮かべる。

 

「本人の同意も得たわけだし、この作戦で行きましょうか。二人もそれでいいか?」

 

「オレンジはいいでーす」

 

「ここまできたら付き合うわ」

 

「ちょいちょーい!?ばあちゃる君は同意してないっすよ!?」

 

「うまぴー、もう諦めてデートしよ?それとも、うまぴーはちえりとのデートはいや?」

 

「そんなわけッ!?…ああもう!分かったっすよ!こうなりゃヤケクソだ!意地でも犯人捕まえるっすよ!!」

 

「「イェーイ!」」

 

ちえりの懇願についに陥落するばあちゃる。それにオレンジとホームズはハイタッチをした。その横で司は呆れた表情ながらも、口角が上がっていることから笑みを浮かべているのが読み取れる。

 

ここに探偵二人に債務者一人、プロデューサーとアイドルという不思議なチームが生まれた。

 

 

 

 

 

 

「…早く来すぎたっすかね」

 

日曜の昼前。ちえりーランドの入門ゲートの前にばあちゃるは立っていた。しかしその恰好は、いつもの馬のマスクにスーツではなく、カジュアルな白色のシャツの上に紺色のジャケット。ジャケットに合う様に、黒色のスラックスを身に纏っている。髪にも多少手を加えているのか、いつもの様に少し長い白髪は後ろで束ね枝毛が見えなくなっていた。やはり顔の傷は目立つが、それを差し引いても年齢に合う大人な雰囲気と、服装が非常にマッチしている。まさに『理想の貫禄がある男性像』そのものであった。

 

「…えっと、ばあちゃるさん?」

 

「はいはいはい。そうっすけど、どうしたっすか従業員06(2)さん」

 

ばあちゃるに声をかけるのは、デフォルメされたモデル『従業員さん』に身を包む人物。古株の従業員の一人だ。ばあちゃるもまた従業員の一人でもあるため、彼との付き合いも割と長い。そんな彼が困惑していることに、ばあちゃるは首を傾げた。

 

「いや、あんたそんなにイケメンだったのか。知らんかったぞ」

 

「えっとばあちゃる君がっすか?いやいや、確かにばあちゃる君はハイスペックすけど、イケメンと呼ばれたのはあんまりないっすね」

 

「いやそれは、あんたがいつも馬のマスクしてるからでしょーが。…まあその傷跡を見れば隠したくなるのはわからなくもないけどな」

 

やはり目立つのかと内心思いながら、傷跡をなぞる。その行動にどこか居心地が悪くなったのか、従業員の彼は話題を変えた。

 

「それで、今日はちえりちゃんのデート風動画を撮るんだろう?」

 

「はいはいはい。そうですそうです。…やっぱ炎上してるっすか?」

 

「してはいるが、まあ相手はあんただからな。勤め歴が長い奴ほどあまり騒いでないな」

 

「あ、そうなんすね」

 

返ってきた答えが予想外だったのか、ばあちゃるは小さく驚く。プロデューサーの傍ら、何度もちえりーランドで働いているため、従業員の中ではそこそこに評価が高い。その為か今回の偽装ではあるが、動画の為としてのデートも思いのほか受け入れられていた。

 

「あ、けど。異常に騒いでるやつが一人いたな。そいつが異常だったからか、他の従業員も割と冷静になれていたとこもあるわ」

 

「…そいつの詳しい情報、教えてもらってもっすか?」

 

「あん?いいけど、どうしてだ?」

 

「もしあまりにも過激でしたらこっちで対応するつもりっすからね。一応情報が持っといた方がいいでしょう?」

 

「まあ、それもそうだわな」

 

その理由に納得したのか、従業員はその問題の人物についてをデータをばあちゃるへ送る。そして、送られてきたデータは別行動で動いているホームズたちへと送った。

 

「まあお前さんなら心配ないと思うけど、ちえりちゃんを泣かせるなよ?」

 

「ばあちゃる君がそんなことするわけないじゃないっすか」

 

「そうだな。いらない心配だったわ。さて、俺もゴミ箱並べに戻るかね」

 

片腕上げて従業員ゲートへと去っていく姿はどこか哀愁が漂う。しかし、振り向く前に見えたその表情はやる気に満ちていた。あれこそが真の従業員の姿だと、ばあちゃるは一人納得する。

 

「…昇給を訴えた過去がすでに懐かしいっすね」

 

色々と台無しだった。

ふと携帯端末を覗くと、ちえりから連絡が一つ。『うまぴーどこー(>_<)』という可愛らしい一文だ。それに近くにいることを読みとったばあちゃるは、辺りを見回して、ようやくその姿を見つけた。

 

「はいはいはい!ちえりーん!すみませんっすね!気付くのが遅れちゃったっすよ!」

 

「あ、遅いよーっ…うま…ぴー?」

 

「はいはいはい。そうっすけど、どうしたっすか?」

 

ばあちゃるの姿を確認すると怒っていた表情が一変、徐々に頬を赤くしていき言葉も詰まる。そんなちえりの反応が予想外だったのか、ばあちゃるは首を傾げた。

 

「えっとぉ、うまぴー、だよね?」

 

「そうっすよ?え、どこかおかしかったっすか?」

 

「ううん!ううん!!おかしくないよ!むしろすっごくかっこいいよ!!」

 

「そ、そっすか?その言われるとばあちゃる君も嬉しくなっちゃうっすね」

 

「はじゃー…身だしなみを整えればかっこよくなると思ってたけど…こんなにすごいなんて予想外だよぉ」

 

全力で賞賛するちえりに照れてしまう。彼女の様子から、その言葉に嘘ではないことはわかる。だからこそ照れが出てしまい、小声でつぶやいた内容が聞き取れずにいた。

 

「ん?何か言ったっすか?」

 

「ううん!?言ってないよ!うまぴーがかっこいいなぁなんて思ってないよ!…あぅぅ」

 

「い、今のは聞かなかったことにするっすよ!」

 

「…それも嫌」

 

「え、えぐー」

 

零れた本音すら受け入れてほしいというちえりにばあちゃるも赤面してしまう。甘酸っぱい雰囲気をか持ち出しながら、なんとか次に進もうとばあちゃるは入場ゲートへ目を向けた。

 

「ほ、ほら!ちえりん、デートに行くっすよ!」

 

「…うん!」

 

差し出された手を嬉しそうに取り、ちえりはばあちゃると共に、ちえりーランドの門を潜っていく。ちえりはこれからの幸せな時間に胸を躍らせた。

 

 

 

 

 

 

ちえりーランドはその広大な土地に反して遊べる場所は意外と少ない。永遠と従業員がゴミ箱を並べている広場。Dead by Daylightが行われていると言われる森。そして目玉の、ゴンドラがとてもよく揺れて、お客に恐怖と吐き気を叩きつける観覧車『くたば輪』を含む少数の遊具だ。正直、デートをするのであれば他の遊園地の方がいいのかもしれない。

 

「ほらほらうまぴー!ジェットコースターに乗ろう!」

 

嬉しそうに先導するちえりの姿を見ると、デートする場所は彼女が喜んでくれればどこだってかまわないと、ばあちゃるは納得した。

 

「いやー。実はばあちゃる君、ちえりーランドのアトラクションに乗るのは初めてなんすよね!ちょっと楽しみで胸が躍っちゃうっすよ!」

 

「そうなの?よーし、なら今日はいっぱい楽しんじゃおうね!」

 

「おー!」

 

 

~ジェットコースター(プロVer)~

 

「ちえりんちえりん?」

 

「なぁに?」

 

「このジェットコースター、なんで入口からコースターまでこんなに長いっすか?」

 

「それはね、お客さんがたくさん並べるようにするためだよ?」

 

「え、けどお客さんなんて「んー?うまぴー何か言ったぁ?」言ってないっすよ!?」

 

「変なうまぴー」

 

「いやいやいや。えぐーっすよねこれ、完全に」

 

 

~Dead by Daylightが行われていると言われる森~

 

「なーんかやばーしな感じがする森っすね、完全に」

 

「…あちゃー。これ、ちえりたちサバイバーで参加しちゃってるのでは―?」

 

「…え?ばあちゃる君、DbDやったことないっすよ!?」

 

「ここはこの花京院ちえりに任せなって♪」

 

「おお!ちえりんは頼りになるっすね!…ってうわぁ!?キラーが来たっすよちえりん!ここはやっぱ拳で抵抗っすか!?」

 

「逃げるようまぴー!ちえりはこっちに逃げるからうまぴーはそっち!」

 

「離れ離れになるやつっすねこれ、完全に!うわぁぁぁ!?こっち来たァ!?」

 

 

~くたば輪~

 

「ここだけすっごい行列っすね。ようやく、乗れるっすよ」

 

「…ねぇ、うまぴー」

 

「はいはいはい?どうしたっすかちえりん?」

 

「確かに犯人の動向は気になるけど、今はちえりとのデートだよ?そんなに携帯ばっか見てるとちえり、寂しいよ」

 

「あ、いや。…そうっすね!今日はホムホムたちが後ろにいるっすから、頼ることも大事っすね。これはばあちゃる君がダメダメでした。…だからここから挽回させてもらってもいいっすか?」

 

「うん!期待してるようまぴー」

 

「期待には応えて見せるっすよ!…ところでこの観覧車、変わった形してるっすね。いつもゴミ箱並べに集中していたからよく見てなかったっすけど、ゴンドラってこんなに揺れるもんでしたっけ?」

 

「うまぴー、しっかりちえりのことを守ってね?」

 

「はい?…うおおおお!?なんだこの観覧車!?揺れるってレベルじゃないっすよ!?」

 

「うまぴー!ちえりのこと話しちゃやだよ?」

 

「ならせめて安全の為に、シートベルトを設置するところからやった方がいいと思うっすよ!?ゆ、揺れッ!?新感覚観覧車ッ!?」

 

「キャー(≧∇≦)」

 

 

~ジェットコースター(ちえりVer)~

 

「はいはいはい。これね、完全にね、やばーしっすね!」

 

「もー!うまぴーさっきからそればっかり!もっと感想教えて―!」

 

「設計するのは配信で見てたっすけど、足が地に着けないのがこんなにやばーしとは思わなかったすね!これを採用するとはさすがはちえりんっすよ」

 

「でしょでしょー?もっと褒めるがよいぞー?」

 

「はいはいはい。これ以上褒めるとね、さらにやばーしの作っちゃう気がするのでね、ここで褒めるのは終わりにしまーす!」

 

「なんでー!?」

 

「…冗談っすよ。最高に面白かったっすよ、ちえりん」

 

「は、はじゃー!?不意打ちは卑怯なり―!?」

 

 

 

「あー!!楽しい!!」

 

露店で売っていたハンバーガーを片手にちえりは、満面の笑みを浮かべる。そんなちえりに釣られてか、横に並ぶばあちゃるも笑顔だ。

 

「うまぴーもたのしい?」

 

「最高っすよ!ちょっとあれ?って思うのもあったっすけど、それもちえりーランドの魅力だと思えば問題なしっすね!」

 

「聞かなかったことにします♪」

 

「えぐー!?」

 

いつも通りの大袈裟なリアクションをするばあちゃるにさらに笑みを深める。好きな人と一緒に過ごす時間がこんなに尊いものだと、これほど幸せを感じるものだと、ちえりは知ることが出来た。それが何よりの収穫なのだろう。満面の笑みがそれを物語っていた。

手に持ったハンバーガーを食べ終わった頃、ばあちゃるがポツリと言葉を零した。

 

「…ばあちゃる君、時々不安になるっすよ。本当にこんなに幸せでいいのかって」

 

「うまぴー?」

 

「あの子がいなくなって、シロちゃんが生まれて。今まで誰かの為に全力で生きてきた。そして、あの日。俺はみんなとの幸せを選んだんだ。けど、たまーに昔の自分が言ってくるっすよね。『お前は幸せになっていいのか』って」

 

「いいにきまってるよ!」

 

ちえりは即答する。ばあちゃるの悩みなど些細なことだと振り払う様に。いつもの自信に満ちた笑みを浮かべ、ばあちゃると向き合う。

 

「うまぴーは今までいっぱい苦労したんだよ。だったらその分幸せにならなきゃだめだよ。ならなかったら許さない」

 

「ちえりん…」

 

「うまぴーが言うあの子が、どんなことを考えていたのかなんてちえりは知らないよ。けど、ちえりはうまぴーに幸せになってほしい。そしてその隣に、ちえりも立っていたい」

 

伝えるのは自分の願い。常に自分に自信があるちえりだからこそ、誰かを代弁するのではなく。自分の意思を届ける。そして、変わらずに満面の笑みを浮かべた。その力強い願いは、今の彼になら届くと確信もしているからだ。

 

「…ちえりんはかわいいっすね」

 

「でしょー?けどちえりはね、もっと可愛くなりたい。その為にうまぴーが必要なの。ちえりの隣で幸せなうまぴーがね。だから、どっかに行くなんてゼッタイに許さないんだから」

 

「行くわけないっすよ。俺が幸せになるのにもちえりんが必要っすからね」

 

寄り添ってくるちえりを、抵抗せず受け入れる。そっと重ねられた手を繋ぎ、次はどこへ行こうか会話を紡ぐ。きっと二人なら楽しい時間でしかないと、分かり切っていても弾む心を抑えられずにいた。

しかしそんな楽しい時間は、突如入ってきた存在に遮られた。

 

「ちえりちゃん!」

 

二人の前に従業員の一人が躍り出てくる。飛び出してきた方向を見ると、どうやら他の従業員の制止を振り切って出てきたようだ。そして、その従業員番号には見覚えがあった。

 

「ちえりん」

 

「う、うん」

 

「なんだよ、お前!さっきからオレのちえりちゃんとイチャイチャしやがって、邪魔なんだよ!」

 

ちえりを守るように、ばあちゃるは前に出る。そのばあちゃるを、まるで親の仇の様に憎しみが籠る瞳をして、その従業員は罵倒してくる。それはデート前に聞いた従業員と同一人物で、ホームズたちの調査で判明したモデルコピーの犯人でもあった。

 

「いい年したおっさんなんかより、オレの方がちえりちゃんを満足させれるに決まってる!なのに、なんでおっさんがそこにいるんだ!」

 

「…」

 

「ハッ!だんまりかよ!言い返すことも出来ない雑魚がちえりちゃんの横に立つんじゃねえ!!」

 

険しい表情を浮かべながら暴言を吐く従業員を見詰める。その異常な風景に野次馬が次々と現れた。お客さんに広場でゴミ箱並べをしている従業員。そして、その中にホームズたちの姿も確認できた。しかし、このままではこの従業員を捕まえることが出来ない。確かに今の彼の行為は問題行動だが、それで逮捕するにはまだ一歩足りなかった。

 

「ちえりちゃん!そんな情けないおっさんと一緒にいたくなんてないよね!?今助けるよ!」

 

自分勝手に吠えるその男に、ばあちゃるは静かに怒りを募らせた。お前なんかにちえりの何がわかるのか、と明確な敵意が湧き上がってくる。怒りの中、一つ妙案を思いついた。少々危険だが、この案なら目の前に男を確実に暴走させることが出来る。

なにより、『ちえりは俺のモノだ』と周りに知らしめることが出来る。密かに灯る独占欲が、ばあちゃるの背を押した。

 

「…悪いが、ちえりは俺のだ」

 

「え、うまっ…むぅっ!?」

 

「なぁ!?」

 

まるで目の前の男に見せつけるように、ばあちゃるはちえりの唇を奪う。その行動はちえりにも予想外であったようで、唇を合わせた状態で目をパチクリさせる。そして、徐々に現状を理解したのか、頬だけではなく顔を一気に朱に染めた。しかし、混乱しながらもそれを拒否はしない。むしろ望むように、ばあちゃるの背に腕を回した。

その光景に目の前の男が我慢できるわけがなかった。感情のままに、腕を振り上げる。

 

「て、テメェェッ!!」

 

「お は ク ズ ッ!待ってたぜ、この時をよォ!」

 

「オレンジちゃん!カメラは撮ってるかい!」

 

「もち!この通りばっちり!!」

 

「な!?なんだ、てめぇら!?」

 

飛び出してきた司とホームズに取り押さえられる男。ホームズの言葉に、後方にいたオレンジは手に持っていたカメラを大きく掲げる。その見事なコンビネーションは、周りの野次馬は一切反応できずに、事件は決定的な証拠を残して未遂で終わらせた。

 

「放せッ!このッ!?」

 

「悪いっすけど、貴方はここで終わりっすよ。…俺の大事な子に傷つけた罪、償ってもらうぞ」

 

「ヒィッ!?」

 

普段の声からは、想像もできない絶対零度の視線とドスの効いた低い声。見下ろされる状態から男は、全身でその殺気を受けて気を失ってしまった。

 

こうして、ファンを自称する悪質な犯罪者に纏わる事件は大きな被害を出すことなく、無事に終了した。

 

 

 

 

 

 

「はえー。そんなことあったんだー」

 

「『あったんだー』って、いろは興味ないのかー?」

 

「そんなことないよ!?ちえりちゃんにうまぴーも関わった事件でしょ?気になってるよー!?」

 

事件の日から一日開けて月曜日の昼下がり。Cクラスに所属する『金剛いろは』と『もこ田めめめ』は件の事件について語り合っていた。といっても事件のことを語り合っているというよりは、メンテちゃんより聞いためめめが、そのままいろはに伝えているだけである。

 

「それでそれで。そんなことあったんだから、うまぴーは炎上したの?」

 

「確かにしたけど、それがメンテちゃんの予想より燃えなかったみたい。今じゃ話題にすらなってないしね」

 

「言われてみればそうだね。いろはも、朝にSNS見たけどそんな話題は見なかったなー」

 

ポケットから取り出した携帯端末で、再びSNSを開く。多少でも炎上しているのであればトレンド入りでもしているかと思い探るが、そんな情報もない。どうやらめめめの言う様にそこまで大事にはならなかったようだ。

 

「けど、従業員さんの前で、その、ちゅ、ちゅ―しちゃったんだよね!?燃えないほうがおかしくない!?」

 

「落ち着けいろは!?なんで急に照れ始めたんだ!?」

 

「照れてないもん!」

 

「お、おう。そっか。…かわいいないろは」

 

「うぇ!?…めめめちゃんも可愛いよ!」

 

「な、なんだこの流れ!?」

 

両者顔を真っ赤にして何故か発生した告白合戦に、めめめはツッコミを入れる。始めた原因はめめめであるが、それは言ってはいけない。コホンと一息入れて話を戻す。

 

「炎上しなかった理由なんだが、結構単純でね。犯人が原因なんだ」

 

「へ?とんでもない極悪犯だったの?」

 

「ある意味そうかも。押さえつけられた後、犯人の行動とSNSでの発言をその場で公開したの。それはもう酷くてね、ちえりちゃん以外のアイドル部の悪口やそのファンの悪口ばっかだったの」

 

「うっわぁ。それは最悪だね」

 

その悪口を明確にはしなかったが、そのめめめの顔から大よそ想像がついてしまい、いろはも顔を顰めてしまう。

 

「そんでね、事前に伝えられていたデートの理由も、そのちゅーも、犯人を炊き付けるための行為だよーって説明したの。それで従業員さんたちは何とか納得してくれたみたい」

 

「ほえー。そうなんだ」

 

「後はプロデューサーの信頼が厚かったからかな?ほらうまぴーも、最初期からちえりーランドでちょこちょこ働いていたでしょ?あのおかげでそこまで燃えなかったみたい」

 

「それでも多少は燃えたんだね」

 

「『とりあえず馬は燃やす』ってことで燃やされたみたい」

 

「なぁんだ。それじゃあいつも通りだね」

 

『とりあえず馬は燃やす』。それは、ばあちゃるが多少でも関わっていれば、よく使われるワードの一つだ。その責任をばあちゃるに押し付け、炎上させる。文字にすると一見最悪であるが、これはある意味VTuber界ではお約束の一つだ。このワードが出たということは、ばあちゃるにかかる火の粉はその程度だということが分かる。安心したように、いろはは肩を落とした。

 

「…ところでいろは。あれ、なに?」

 

「…はじゃー…」

 

めめめが指さす先には件の関係者、花京院ちえりの姿があった。しかし、その様子はどこかおかしい。その顔は熱に浮かれていて、視線も虚空を見ている。もしや体調でも崩したのか?とめめめは心配するが、それは横で呆れた表情を浮かべたいろはに砕かれた。

 

「ああ、あれ。あれはね、昨日の出来事を何度も思い出してダメになってるちえりちゃんだよ」

 

「…なんて?」

 

「もぉ!耳が遠くなるには早いぞめめめ!だからあれは、昨日の出来事を何度も思い出してダメになってるちえりちゃん、だよ!」

 

「聞き間違いじゃなかったのか…そっかぁ…」

 

あまりにもひどい理由につい顔を覆ってしまう。気を取り直して、あらためてちえりに視線を向ける。先程と変わりはしないが、いろはの言う通りであればあの顔はただ惚けているだけだ。それがわかると、胸に湧くのはズルいという小さな嫉妬心。それを理解した瞬間、めめめは次の行動を決めていた。

 

「よしいろは!今からプロデューサーの所に突撃だ!」

 

「え!?けど、今はなとちゃんがいるはずじゃ?」

 

「そんなの知るか―!あんなちえりちゃんを見て、我慢なんてめめめはできないよ!ほら、いろはも行くよ!」

 

「ちょちょちょ!?待ってめめめちゃん!?いろは、まだ心の準備が―!!」

 

「…はぁ、うまぴー…はじゃー…」

 

思い出す様に唇をなぞるちえりを余所に、いろはとめめめは教室を飛び出す。恋する少女たちの昼下がりは、騒がしくもありながら、ゆったりと過ぎていく。

 

なおその日、めめめといろは、さらになとりは全員寝坊して5限目の授業に遅れた。

 



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彼と変わるものと変わらないもの(木曽あずき)

ばあちゃる学園の屋上
そこをお気に入りにしている一人の生徒がいる
昼休み前の最後の授業前、その少女は屋上にいるようで…?

(番外編)


 

雲一つのない快晴。そんな青空を『木曽あずき』は屋上で見上げていた。

時刻は昼まであと一時間。昼休憩が前に当たる4限目前の休憩時間だ。そんな僅かな時間にあずきは、お気に入りである学園の屋上に訪れていた。日差しが指さない日陰に当たる場所にてあずきは地に座る。

 

「ふぅ…」

 

肺にある空気を吐き出す。遠くから聞こえてくるさまざまな教室からの声が聞こえる。その中には聞き覚えがある声もいくつかあった。その声に無意識に笑みを浮かべる。

あずきは、そういった騒がしい雰囲気は別に嫌いではない。クラスメイトである『北上双葉』や、プロクラマー仲間である『牛巻りこ』との会話だって実は結構好きだったりする。ただそれ以上に一人でいる方が好きなだけなのだ。いや『一人が好き』というのは語弊がある。今屋上に流れる静かな、ゆったりとした雰囲気が好き、というのが正確だろうか。いまいちはっきりせず、どこかもやもやとした感覚を抱えてしまう。

 

「…まあ、いいでしょう」

 

悩むのもバカらしくて、あずきは思考を停止する。誰かといるのも好きで、一人でいるのも好き。それでいいやと、矛盾した感情を肯定した。そんなもの、こんな見事な青空に比べたら些細なものだと一人納得する。

気持ちの切り替えに、持ってきた紙パックのジュースにストローを指す。その中身はブレンドコーヒー。4限目を寝ずに乗り切るために買ってきたものだ。喉を通るコーヒーにしては甘めの味と共に、昼に消化する案件は何だったか、と考えていると扉が開く音が聞こえた。誰だろうと扉の方へ目を向けると、そこには見慣れた人物が日差しが眩しそうに眼を細めてそこにいた。

 

「あ、キス魔さん」

 

「誰がキス魔っすか!?って、きそきそじゃないっすか」

 

普段身に着けている馬のマスクを片手に、最近見慣れ始めた素顔を晒した男性『ばあちゃる』がそこにいた。急に掛けられた声に驚くも、その正体があずきと知ると胸を撫で下ろす。そして自然にあずきの横に座った。

 

「…」

 

「ん?…あー、もしかして嫌だったっすか?」

 

「いえ、そういうわけではないのですか…」

 

顔を伏せるあずきにばあちゃるはそう声をかけた。流石に許可もなく隣に座るのは無遠慮が過ぎたかと反省するが、頬を朱に染めるあずきにそれは杞憂だと知る。

 

「…随分と遠慮がなくなったなと、そう思っただけです」

 

「あー、そうっすね…すずすずにも変わったと言われたっすよ」

 

苦笑しながらあずきと同じように空を見上げる。横目で見るその表情は困惑の色が見て取れた。

 

「実はばあちゃる君が一番びっくりしてるとこもあるっすよ。特に、先日のちえりんの時は流石に暴走しすぎたと反省したっすからね」

 

「…なら、何故あのような行動を?」

 

そっと身体を寄り添いながら問う。そのさり気無い可愛さに、ばあちゃるは心が暖かくなるのを感じた。

 

「気付いたら、って感じっすね。テキトーなことを言うあの男に血が上って変な独占欲が湧いて勢いのまま、しちゃった感じっすよ」

 

「やっぱキス魔じゃないですか」

 

「えぐぅ…いや、否定できないっすねこれ、完全に」

 

乾いた笑いを零すばあちゃるに、呆れた表情しかでないあずき。一通り笑った後、ばあちゃるは再び空を見上げながら嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「けど、ばあちゃる君は今の自分は嫌いではなかったりします」

 

「…そうですか」

 

「ええ」

 

投げやりの言葉に満足そうに頷く。まるで見透かされているように、あずきは謎の羞恥心に襲われる。

 

「今思い返してみると、昔の自分はどこか生き急いでいたのだと思うっすよ。シロちゃんやアイドル部のみんなのために奔走して、自分のことなんて後回しにして、それが苦しいと思ったことはなかったっすけどね。けど、振り返ってみるとシロちゃんやみんなが言う様に『もっと自分を大事にしろ!』って言いたくなるっすよ」

 

「…自分語りですか」

 

「はいはいはい。あずきちがね、なぁんか聞きたそうにしてたのでね、語っちゃいました。まあ、ばあちゃる君の勘違いかもしれませんけど」

 

「…むえー」

 

図星を付かれ、赤くなる頬を隠しながら意味不明な言葉を吐く。その可愛らしさにばあちゃるは、衝動のままあずきの頭を撫でた。

正直の感想を述べるのであれば、あずきは今のばあちゃるに対して困惑するところの方が大きい。あの報告会より前では考えられなかったこの距離は、どうしたって心臓に悪い。今だって、胸は高鳴り続けている。頬だって熱いままだ。だが、あずきは今のこの気持ちは決して嫌ではないかった。むしろ、嬉しいと思っている部分だってある。それでも、何故か寂しいとも思ってしまう。

その不安を隠すように、ばあちゃるの手を握る。それを読み取ってか、ばあちゃるはその手を握り返してくれた。

 

「変われたからこそ言えることかもしれないけど、人は変わっていくものっすよ。昨日より一歩、一昨日より二歩、そうして人は日々変化していくっす。それがいい方向に変わるか、悪い方向に変わるかは、その人、というより周りの環境に変化するものっすよ。そして、ばあちゃる君は最高級に幸せ者でした。だからこそ、変わったことを受け入れられた」

 

「…」

 

「けど、変わらないこと、変えたくないことだってある。それが大事な人は、それを守るために踏ん張って頑張るものっすよ。それがなんなのかはその人によって変わるものっすけど、あずきちにだってそういうものがあるでしょう?」

 

思い浮かぶのはアイドル部のみんなの姿。彼に向けるこの感情の名前は恋である。そしてこれが進展していくということは、今の関係に終止符を打つものだ。普段は表に出さないが、あずきはみんなことが、ばあちゃるに負けず劣らずに大好きである。だからあずきはこの恋に消極的だった。

だからこそ、いろはの行動には度肝を抜いた。『恋も、友情も、どっちも取る』。それはあずきも望む未来の姿だ。ばあちゃるの言う変わらない努力をいろはに当てはめるならば、そういうことなのだろう。世間体、倫理的観点からあってはいけない関係だ。それでも今の関係に続いたのは、いろはの努力によるものが大きい。

目の前の愛しい彼の背中を押せたあの日。実はいうとあの日は、自分の気持ちを見詰めなすために海へと向かったのだ。色々とあったが、あの日にあずきも決意することが出来た。

 

「…変わらない、ですか」

 

「そうっすね。ホントそういう意味ではごんごんには驚かられたっすよ。…そして、ばあちゃる君もその想いに共感した。あずきちもそうでしょう?」

 

「…さぁ、どうなんでしょう」

 

「ちょいちょーい!そこはあずきちも同意するとこっすよね!?」

 

「ゼンショシマス」

 

「えぐー!?」

 

投げやりの相槌に変わらないリアクション。その何気ない雰囲気が、あずきに笑みを与えた。

『変わる強さと、変わらない強さ』。矛盾している二つだが、あずきはそれを胸に進むことを決意した。その隣にはきっと、愛しい仲間の姿がいるはずだ。これほどに心強いことはない。

 

だからといって、抜け駆けしたことを許すつもりは毛頭なかった。

 

「…とー」

 

「ぐぇっ!?ちょ、あずきちッ。ちょっと痛いところに入ったっすよ!」

 

「ワザとです」

 

「質が悪いっすね!?」

 

寄り添う形から、彼の身体に飛びつく。その際に肘が彼の腹に突き刺さったが、あずきはそれを気にしなかった。悶えるばあちゃるを無視して、あずきは身体を彼に預ける。

 

「どうも最近抜け駆けが多いので、ここであずきも乗りかかろうかと」

 

「へ?」

 

「へい、そこ行く馬面プロデューサー。今から一緒にサボらないか?」

 

演技する気が一切感じない棒読みで、変わらない表情で言い放つあずき。しかしそれは手を繋いでいるばあちゃるには筒抜けである。なにせ、あずきの手は手汗が滲み出てきており、緊張していることが読み取れたからだ。その見事なポーカーフェイスに、ばあちゃるは苦笑しながら繋いでいる手とは逆の腕を、あずきの背に回した。

 

「ぁぅ…」

 

「はいはいはい。あずきちはわるわるっすね!しょーがないっすから、ばあちゃる君もお供しますっすよ。あとでたまたまとなとなとに一緒に怒られましょうか!」

 

「…あ、授業には動画編集神が出席するので、怒られるのはばあちゃるさんだけですよ」

 

「えぐー!?」

 

変わらない辛辣なあずき。変わらない語彙力のないばあちゃるのリアクション。変わらない屋上を照らす太陽の光。そして、変わったあずきとばあちゃるの距離。

変わるものと変わらないもの。仲間と共に、かけがえのないものを大事にしていこうと、愛しい彼の腕の中であずきは笑みを浮かべながら瞼を閉じた。

 



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彼と背伸びをしたい恋心(カルロ・ピノ)

とあるアニメ娘
彼女はとある日から頻繁にばあちゃる学園に赴いていた
そんな彼女にあこがれる少女がいるようで…?

(番外編)


 

「ご教授お願いします!」

 

「えっと、私に…ですか?」

 

「はい!」

 

日が落ち始める夕暮れ。ばあちゃる学園では下校時刻を過ぎており、廊下の窓から見えるグラウンドには部活動に励む生徒たちの姿が見える。

ばあちゃる学園の長『ばあちゃる』に、諸事情で尋ねに来ていた『エイレーン』はアイドル部に所属する中等部の『カルロ・ピノ』に呼び止められた。そして、上記のことを言われたのだ。突然のことに、エイレーンは首を傾げることしかできない。

 

「あの、唐突にそう言われても、何を教えればいいのかわかりませんよ?」

 

「あ、そうですよね。急にごめんなさい」

 

「いえいえ。私も貴方たちとは仲良くやっていきたいので、私に出来ることでしたらいくらでも協力しますよ」

 

頭を下げるピノにエイレーンは苦笑しながらそれを嗜める。

エイレーンが言っていることは事実であり、同じ男性に好意を寄せる仲であるアイドル部とはいい付き合いをしていきたいと考えていた。その為、頼ってくれるピノの存在は嬉しかったりする。打診的な部分があるのも事実だが、それでも恋をする彼女たちの力にもなりたい。エイレーンは、それを包み隠さず彼女たちにそれを伝えていた。

 

「それで、ピノさんが私に教えてほしいこととは何でしょうか?」

 

「その、エイレーンさんはおうまさんと旧知の仲だとお伺いしていていますわ。ですから…」

 

「ですから?」

 

「おうまさんへのいいアプローチの仕方を教えてほしいのです!」

 

「ほう!」

 

顔を真っ赤にして、再び頭を下げるピノにエイレーンは素直に感心する。誰よりも年齢が幼く、それでいて誰よりも恋にまっすぐなピノの姿に全力で愛でたいという感情が湧き上がってくる。

 

「…私(わたくし)は、他のおねえちゃん方に比べてまだ幼いですわ。ですけど、おうまさんが好きな気持ちは負けているとは思っていません。…ですが、恥ずかしながら男性へのアプローチの仕方が、全くと言っていいほど分からないんです」

 

「…まあ、まだ14歳ですからね。それで多種多様な振り向かせ方なんて知っていたら、それはそれで怖いですよ」

 

「おねえちゃん方と一緒におうまさんに愛してもらうというのも素晴らしいですけど、私もおうまさんの気を引きたいんです」

 

「なるほど。…きっかけはこの前のちえりさんの件ですね」

 

図星を付かれたのか、ピノはビクリと体を一瞬震わせ、頷く。件のことについてはエイレーンも知っていた。なんせあの奥手のばあちゃるから、キスをするという大事件だ。古い付き合いだからこそ、その事にエイレーンは本気で驚いた。昔を知っている仲であるならば、全員同じように驚くだろうと謎の確信があるほど、ばあちゃるという男は自分から何かすることは少ない。そう言われてきた男からの行動だ。それにエイレーンは、驚愕以上に嬉しくも思っていた。

 

「そんなに焦る必要はないと思いますよ?先程も言ったように、貴女はまだ14歳なんですから。ゆっくり、自分のペースで知っていくのも大事だと思いますよ」

 

「それでも!私もおうまさんに…その…キスをしてほしいのです」

 

「ピノさん…」

 

途中で恥ずかしくなってきたのか、頬を赤くしながらその言葉は尻すぼみする。年相応の恋の悩みにエイレーンは笑みを浮かべる。そんなピノにエイレーンは、打診なしに力になってあげたいと思った。

 

「仕方ありません。そういうことならこのエイレーン、いくらでも力になりますよ!」

 

「本当ですか!?でしたら早速教えてもらってもいいですか!?」

 

「まあまあ。少し落ち着いてください。教えるためにも、今のピノさんの状況をまとめる必要がありますよ」

 

「そうなんですか?」

 

「そうなんです」

 

不満そうな顔を浮かべるピノの頭をそっと撫でる。姿恰好まるで違うが、何故かその行為にエイレーンはアカリのことを思い出した。くすくすと笑うエイレーンにピノは不満顔を深める。

 

「そうですね。まずピノさんは自分が子供と見られていることを受け入れることですね」

 

「む!私は子供ではなくて立派なレディですわ!」

 

「そうすぐに否定するところが子供っぽいですね。それに子供に見られるのは決して悪いことではないですよ」

 

「え?」

 

ムキになって言い返すピノにエイレーンは笑みを浮かべてそう返す。その答えはピノによって予想外だったのか、間の抜けた表情をしていた。

 

「けど、子供っぽいとおうまさんにキスしてもらえない様な…」

 

「確かにあの馬のことですし、そういった部分はかなり気にするでしょうね。ハーレム形成しといて何言っているだが」

 

「でしたら!」

 

「落ち着いでください。大事なのは距離を詰めることですよ?」

 

『順に説明しますね』と続くエイレーンの言葉に不服そうに頷く。それに満足したように頷き、言葉を続けた。

 

「知っての通り、あの馬は人との距離を測るのが非常にうまいです。相談しやすく、頼りにしやすい。その癖、特定の一線以上に近寄れない。まさに絶妙な人間関係を形成しています。そのせいで周りから心配される状況になっているわけですが」

 

「…そうですね。おうまさんは、私たちのお願いは何でも聞いてくれました。けど、おうまさんからお願いされたことは、ほとんどないですわ」

 

「あの馬らしいですけどね」

 

同意するように苦笑するエイレーン。その笑みにばあちゃるに対する信頼、愛情が見て取れた。

 

「けどそれは貴方たちがぶち壊したものです。現に今の馬は、昔と違って距離感が近いでしょう?」

 

「はい!昔は『ダメっすよ!』って言ってお膝に座ることも許してくれませんでしたけど、今じゃ普通に座らせてもらえますわ!」

 

「おおう。自分で聞いといてなんですがベタベタしてますね、あの馬」

 

「…他の生徒が見てるときはやらせてくれませんけど」

 

「さすがにTPOは守るんですね。…まあ、守らなかったらこの子たちとも一緒にいれなくなりますしね」

 

一人納得するように頷く。そして急かす様なピノの視線に気づき、言葉を続けた。

 

「まあそんなわけで、アイドル部の皆さんと馬の距離はかなり近くなりました。ここで、さらに近づくのに子供らしさが重要になるわけです」

 

「ええ~。本当ですかぁ?」

 

「あら、信じてませんね。…まあ、目指すのが大人な関係なら当然の反応ですか」

 

怪訝そうな顔を浮かべるピノに不敵な笑みで答える。

 

「いいですか。今、アイドル部の皆さんは同じラインに立っています。誰かが先に立っているということはなく、全員が同じ愛を馬から注がれています。これは、当の本人であるピノさんであればわかりますよね?」

 

「…はい。だからこそ、ちえりおねえちゃんが羨ましいんです」

 

あの報告会の後、ピノとイオリだけの専売特許であったばあちゃるとの触れ合いは全員が共有するものとなった。優越感はなくなったが、それでも前より近くなった距離にピノは満足していた。そう思った矢先にちえりからのキス報告。それは自分たちからのアプローチではなく、ばあちゃるの行動だ。それに嫉妬しない理由はなかった。

 

「ならやることは単純です。子供っぽさを利用して、『ご褒美』を要求するんですよ」

 

「ご褒美、ですか?」

 

首を傾げながら問うピノにエイレーンはにこやかに笑い、頷いた。

 

「はい。あの馬であればきっとアイドル部のお願いであれば基本的になんでも聞くと思いますが、きっとピノさんであれば人一倍甘いはずです。そこを利用してご褒美に『キスをしてほしい』とオネダリするんですよ!」

 

「え、えぇ!?け、けど、それって上手くいくんでしょうか?」

 

「だからこそ子供っぽさを盾にするんですよ。馬であれば最初はごねるでしょうけど、ピノさんがちょっと涙目で上目遣いすれば一発です!」

 

「本当ですかぁ?」

 

「上手くいくはずです!」

 

いまいち不安そうなピノに太鼓判を押すエイレーン。尊敬するエイレーンが言うのであれば、とピノはとりあえずその案に乗ることにした。

 

「ですけど、一体どういったことで『ご褒美』を要求すればいいんでしょうか?」

 

「そんな難しく考えなくていいですよ。SNSでバズったら、みたいな単純なものでもいいかもしれないですね」

 

「なるほど!それなら簡単ですね!」

 

するとピノは携帯端末を取り出し、どこかへ連絡を飛ばす。何度か端末でやり取りをした後、ドヤ顔で端末を見せてきた。そこには『普段の1.5倍くらいとったらいいでふよ。わきゅわきゅ٩( ᐛ )و 』という同意をする内容。どうやら目の前で、その許可を取ったようだ。

 

「は、早いですね。行動力の化身ですか」

 

「ふっふっふ!こういうのは早い者勝ちですわ!…ところでどういった内容にすれば、よりバズれるのでしょうか?」

 

「あ、それなら最適な方法がありますよ」

 

「え、あるんですか!?教えてもらってもいいでしょうか!?」

 

身を乗り出して聞いてくるピノにエイレーンは不敵な笑みを浮かべる。

ここでピノは大きな間違いを犯した。相談に乗ってもらい、頼りになるといってもエイレーンは業界きっての変人である。そんな変人に助言を頼んだのだ。全てがまともな返事で返ってくることは、当然あり得ない。

 

「それは『百合営業』です!!」

 

「ゆり…えいぎょう?あの、それはいったい?」

 

「『百合営業』とは女の子同士がイチャイチャするところを見せることですよ!大事なのは友達以上の関係を仄めかすことです!大丈夫、あくまで仄めかすですから!」

 

聞き返すピノに欲望を必死に隠しながら、どこか気持ち悪い笑みを浮かべながらエイレーンは力説した。しかし、その気味の悪さは隠しきれておらず、ピノは一歩引いてしまう。

 

「え、えぇ…それって需要があるんでしょうか?」

 

「あ り ま す!!可愛い女の子同士がイチャイチャするだけで絵になります!何より!私が見たい!!」

 

「欲望が隠しきれていない!?」

 

あまりにも素直なエイレーンに思わずツッコミを入れてしまう。しかし、尊敬するエイレーンが、ここまでこうも熱演するのであれば需要もあるはず。そう思ったピノは間違った決断をしてしまった。

 

「わ、分かりましたわ!エイレーンさんがそこまで言うのであれば。私、『百合営業』をやります!!」

 

「よく言ってくれました!なら早速行動と行きましょう!ピノさんでしたら相手はちえりさんがベストですね。確かちえりさんは麻雀部でしたよね?突撃しますよ!」

 

「あ、ちえりおねえちゃんでしたら、今の時間なら部室より下の動物の飼育場にいるはずです!」

 

「いいですね!よし、いっちょバズって行きましょう!!」

 

「はい!!」

 

エイレーンの勢いに飲まれ、完全に思考を停止するピノ。二人の力強い足取りは、ちえりがいる飼育場へと向けられた。

数時間後、『はじゃーーー!!!!』という叫び声が響いた。

 

 

 

 

 

 

翌日の昼下がり。ばあちゃる学園の空き教室にて、エイレーンは自身の携帯端末を見ていた。

あの後ピノが、ばあちゃるとのキスを成功したかどうかはエイレーンはわからない。しかし、端末に写るのは先日投稿されたピノの呟きである、まるで口付けをするほどに至近距離に接近したピノとちえりのツーショット。画像だけでコメントすらないその呟きは、普段より2倍とんで3倍ほどのRT数といいね!数を叩き出している。それが答えだと、エイレーンは満足そうに頷いた。

 

「エイレーンさぁぁん!!!どこにいるんですか!!」

 

「ピノさんにいらないことを吹き込んだ罪、ここで償ってもらいます!…あの画像は確かに尊かったですけど」

 

「謀反マンですか、すずさん!?」

 

「それとこれは勿論別ですよ!?…あ、いた!!」

 

「こらぁ!!待ちなさぁい!!風紀を乱した罰を受けなさぁい!!!」

 

「いつも乱してる方に言われたくないですよ!!」

 

後方から聞こえる風紀委員長と図書委員長の叫び声に言い返しながら、エイレーンは笑みを浮かべ走り出した。

 



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彼に抱く独占欲(北上双葉)

ばあちゃる学園の学園長
女子学園において在籍する数少ない男性である彼に恋心を抱くものは僅かに存在する
そんな南斉を良しとしない者がいるようで…?


 

祝日の昼過ぎ。アイドル部に所属する『北上双葉』は、趣味であるカードゲームのパック購入に近くのカードショップへと訪れていた。目的のものはわりとすぐに購入出来たので、双葉はそそくさとカードショップを後にする。

カードゲームについては色んな人と対戦してみたいと思ってはいるが、双葉はカードショップ特有の入りずらい身内の雰囲気が苦手だった。また、あまりいい噂を聞かないため、プロデューサーである『ばあちゃる』にも長居しないように言われている。自分の身が一番というのは双葉も同意だったので、購入の際はすぐに立ち去るように心がけていた。

 

「…ん?」

 

カードショップを出てすぐのモール街。そこに見慣れた影を双葉は見つけた。男性にしても高い身長。それに見合うガタイのいい体格。そして尊敬する先輩と同じ髪の色。それはばあちゃるの影であった。ドクンと高鳴る胸に笑みを浮かべ、双葉は駆け足でその影を追った。

 

「…む」

 

近づくと、ばあちゃるの隣にはもう一つの影。その影の正体は、最近よく学園に現れるばあちゃるの旧知の友である『エイレーン』だ。その寄り添う二つの影に双葉は顔を顰め、反射的に身を潜めた。

 

「ん?どうしたっすか?」

 

「いえ、誰かに見られていた気がしたのですが…気のせいだったみたいです」

 

振り向いてきたエイレーンに、冷や汗が背中を伝う。別にやましいことはないのに、いけない事をしているような、そんな罪悪感が胸に込み上げてくる。

 

「それにしても、貴方から誘ってくるなんて珍しいですね。一体どういう風の吹き回しなんです?奥手大魔王のばあちゃるさん?」

 

「ちょいちょーい!?ちょっとそれは酷すぎじゃないっすか?エイレーンじゃあるまいし!」

 

「そうやってさらっと私を貶めるのやめてくれます?せっかくアイドル部の子たちと仲良くなっていっているのに、貴方のせいで扱いが雑なんですよ?」

 

「ならピーピーに変なこと吹きこむのやめてほしいっすね。この前ちえりんが、ピーピーにキスされたー!って駆け込まれた時は流石のばあちゃるも度肝を抜いたっすよ!?」

 

二人が話している内容は、双葉も知っている。何せ先日、学園内で話題となった内容だ。

当日は配信があるため、部活動も早め気に切り上げて帰宅したため、その事に知ることになったのは翌日だ。その日の学園は変な雰囲気になっていたのは記憶に新しい。事の発端であるピノを、たいそう可愛がっていたなとりとすずが、すごい剣幕で黒幕であるエイレーンを追い掛け回すことになったほどだ。ばあちゃる学園に通っていて、それを知らない者はいないだろう。

そんな何気ない会話をしながら、二人はチェーン展開をしているコーヒーショップへと入店していく。双葉も二人に気付かれないように、身を潜めながら二人が座るテーブル席の近く席へと座る。ここならば、耳を傾ければ二人の会話は聞き取れる距離だ。ついでに買った微糖の珈琲に口を付けながら、二人の会話に集中する。

 

「…それで?結局用件は何ですか?」

 

「…あー。なんという、か。その…」

 

「随分と言い淀みますね。あ、もしかして、誰かに手を出しました?」

 

「ブッ!?そんなわけないじゃないですか!?流石にまだ早いっすよ!?」

 

「ほほう。『まだ』と来ましたか。これはこれは。あの子たちにいい情報を持って行けそうですね」

 

「…頼むっすから、あの子たちには黙っててくれると助かるっすけど」

 

「善処します」

 

人がまだらとした店内で話すには少し過激な内容だ。しかし、その内容に双葉は頬を朱に染める。誰かに手を出した、とエイレーンが指摘した時は少し焦ったが、その後のばあちゃるの言葉にどうしようもないほどの幸福感が溢れた。勝手に上がる口角を止める術がない。早く卒業したいな、と少し自分勝手な乙女のワガママが胸で大きくなった。

 

「話を戻っすけど、今回のことはゼッッッタイにあの子たちには言わないでくださいっすよ?」

 

「そこまでしつこく言わなくてもわかってますよ。私が信用できないとでも?」

 

「信用できないから言ってるっすよね、完全に。…それで、問題はこれなんすよ」

 

ばあちゃるが懐から出したのはピンク色の可愛らしい封筒だ。直視しないように、横目で見ていた双葉からでもそれは確認できた。

受け取ったエイレーンはばあちゃるに確認を取り、開封して中身を取り出す。怪訝そうな表情で読み進めていき、最後にはあからさまに顔を歪めながらばあちゃるへと視線を向けた。

 

「…『ばあちゃる様へ…貴方に出会ってから二年という月日が経ちます。私は、その二年という時間の間に貴方に恋をしました。これは成立してはいけない恋だとしても、私は貴方にこの思いを伝えたい。よければ月曜日の放課後に、体育館裏に来てはいただけないでしょうか。ばあちゃる学園三年生女子より…』…誰がどう見てもラブレターですね、これ」

 

「…ちなみに、おふざけじゃ…」

 

「残念ながらそれはないですね。わざわざ直筆で丁寧に書かれていますし、なにより緊張からか時々力が入りすぎて文字が潰れている部分があります。…断言します。これは、本物ですよ」

 

「ま、マジンガー…」

 

何とも言えない表情のエイレーンに頭を抱えるばあちゃる。その衝撃的な内容にただただ黙ることしかできない。そして、それに聞き耳を立てていた双葉も同様だった。

 

(いつか来ると思ってたけど…まさかこのタイミングだなんて)

 

普段はふざけた雰囲気しか出さないばあちゃるだが、ここ一番ではとても頼りになる存在だ。それはアイドル部の一員として、彼と共に歩んできた双葉だからこそよく知っている。そしてそれは、ばあちゃる学園へ通う者であれば例外ではない。

新入生の大半は、最初の印象でばあちゃるにいいイメージを持つ者は少ない。しかし学年が進むにつれて、彼の存在がどれだけ偉大か理解していく。現に、双葉が所属する茶道部の一つ上の先輩たちは、全員がばあちゃるに対して恩を感じている。というより、高等部三年生でばあちゃるに恩を感じていない者はいないと言われるほどだ。

だからこそ、いずれは彼に上記のような恋文が来るであろうことは容易に想像がついていた。しかし想像していたとしても、実際贈られたことを知るというのは衝撃的だ。焦る双葉はその感情に頷く。

 

「…それで、どうするんですか?まさか受け入れるとか言わないですよね」

 

「受けるつもりはないっすよ流石に。けど、勇気をもって告白してくれるっすから、せめて会ってあげようと思ってはいます」

 

「…マジですか。答えるつもりがないのに会うんですか?」

 

ばあちゃるのその答えにエイレーンは絶句する。覚悟を決めた表情をするばあちゃると、絶句するエイレーン。それはどこか映画のワンシーンのような光景だった。

 

「たとえそれがこの子を傷つけるものだとしても、ばあちゃる君に出来ることは最低限してあげたいっすよ。それが、『惚れられた者の責任』だと思いますからね」

 

「…あなたがそう決めたのなら、とやかく言う権利はないですけど。本当に大丈夫なんですか?」

 

「勿論っすよ。多少の炎上は慣れたものっすからね」

 

(違うようまぴー。エイレーンさんが心配してるのは違うことだよ)

 

険しい表情のままのエイレーンに楽観的なばあちゃる。そしてエイレーンと同じように双葉も険しい表情を浮かべていた。

双葉が心配しているのは、その女性と二人っきりになるということだ。確かにばあちゃるであれば、大抵のことは難なく解決することが出来るだろう。今回の件も、本人の言う様に多少の尾ひれは引くが、問題なく解決することが出来るかもしれない。しかし、ばあちゃるには弱点がある。それは押しに弱いということだ。これが身内だとなおさら弱い。先日のピノからの『ご褒美』も、結局ばあちゃるが折れた結果になったことは聞いていた。もし、学園の生徒も身内として扱われるとしたら話が変わる。

 

(内容やエイレーンさんの表情から本命も本命、ド本命だよね、あれ。もし諦めきれなくて詰め寄ったりしたら…)

 

その先を想像して、双葉は背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。これは早急に対応すべき案件だ。双葉は、ばあちゃるとエイレーンに気付かれないように、会計を済ませて店を後にした。向かう先はここから近い友人の家。

目的地を見え据えて、双葉は走り出した。

 

「…後のことは任せするしかありませんね」

 

「ん?何か言ったっすか?」

 

「いいえ。今の私じゃやれることはないなと、頭を抱えているところですよ」

 

首を傾げるばあちゃるに呆れ顔を浮かべることしかできない。エイレーンは窓から見えた双葉に後のことを託した。

 

 

 

 

前へ

 

 

「というわけで、助けてぽんぽこちゃん」

 

「いや、急に押し掛けてきて何言ってるの?」

 

「おーけー!任せて!」

 

「受けるのかよ!?」

 

訪れたのは、モール街から少し離れたところに建つ日本屋敷。双葉の友人『ぽんぽこ』とその兄、ぽんぽこ兄が変身した姿の『ピーナッツ君』の自宅だ。チャイムを鳴らし、出迎えてくれた二人に、双葉は内容も話さずに頭を下げる。困惑するピーナッツ君を横に、ぽんぽこは二つの返事だ。

 

「だって双葉ちゃんが頼ってくれたんだよ?受けないわけないじゃん」

 

「せめて内容を聞いてからにしろよ!?」

 

「あ、これおみやげ。来る途中で買ってきたケーキだよー」

 

「おー。双葉ちゃんが選んだケーキならハズレはないね!ありがとう!」

 

「気にしなくていいよ。ワイロのつもりだったし」

 

「こいつもこいつで隠す気がねぇ!?」

 

全力でツッコミを入れるピーナッツ君を余所に、二人はにこやかに会話を続ける。

そんな騒がしい雰囲気もひと段落し、双葉は二人に招き入れてもらい家に入っていく。通されたのは、縁側にそのまま出ることが出来る解放的な居間。部屋の中心には低いテーブルが設置してあり、生活感が溢れている。涼しい風が吹いて双葉の髪を靡く。それが気持ちよくて、つい目を瞑ってしまう。すると今より奥の台所から声が聞こえてきた。

 

「お待たせ!お茶が入ったよー」

 

「あ。ありがとう、ぽんぽこちゃん」

 

「もっと敬え」

 

「ピーナッツ君は何もしてないでしょ!」

 

兄妹漫才をしながら、ぽんぽこはトレイに乗せたお茶とケーキを配る。双葉はスタンダードにイチゴのショートケーキ。ぽんぽこは果実がふんだんに盛られたフルーツケーキで、ピーナッツ君はチョコレートケーキ。小さく『いただきます』とケーキを一口。ふんわりと柔らかいスポンジと甘さが溢れるクリーム。さらにイチゴの酸味が合わさって非常に美味しい。さすが自分が厳選したケーキだ。双葉は内心で自画自賛した。

 

「ん~!!おいしい!これすっごくおいしいよ!」

 

「おぉう。流石は食いしん坊キャラなだけある。…うん、普通に美味しいぞ」

 

「厳選した価値はあった」

 

二人からの賞賛に双葉は得意げに胸を張る。ピーナッツ君はそれに呆れ顔を浮かべたが、ぽんぽこは好みの味でもあったのか、夢中でケーキを口に運ぶ。時間もおやつ時に重なったため、双葉が持ってきたケーキはペロリとそれぞれの胃の中に消えていった。

 

「ごちそうさま」

 

「ご馳走様!双葉ちゃん、ありがとうね」

 

「ごちそうさま!ねぇねぇ、双葉ちゃん、このケーキってどこで売ってたの?ぽんぽこまた食べたくなっちゃった!」

 

「太るぞ?」

 

「ピーナッツ君うるさい」

 

「このケーキね。駅からちょっと歩いたところにある…」

 

よほど好みの味だったのだろう。ぽんぽこはその高いテンションのまま双葉に詰め寄った。デリカシーのない発言をするピーナッツ君に苦言を入れるが、その一連の流れがまさに『兄妹』だと感じれて双葉は好きだ。そこからは朗らかに談笑が盛り上がる。

 

「…そういえば、結局双葉ちゃんの用って何なの?」

 

「あ、そういえば用があって来たんだった!」

 

「おい!それは忘れちゃダメだろ!?」

 

食後のお茶を飲みながら、のんびりと談笑している最中に、思い出したようにぽんぽこが問う。驚いた様子の双葉にピーナッツ君は呆れながらツッコミを入れるが、真剣な表情を浮かべる双葉に二人は顔を見合わせて、姿勢を整えた。

 

「相談なんだけど、今度うまぴーに告白する人がいることが分かったの」

 

「ばあちゃるさんに?」

 

「どこにでもモノ好きはいるもんだな」

 

「双葉はそれを阻止したいんだけど、どうしたらいいかな?」

 

「そんなの、ばあちゃるさんに任せとけばいいんだよ。確かにあの人はちゃらんぽらんなとこもあるけど、そういうところはしっかりしてるよ」

 

簡易的に伝えられた情報に、ピーナッツ君は呆れた表情で言い放つ。その言葉の節々に、ばあちゃるへの信頼が読み取れる。それがまるで自分の様に感じて双葉は笑みを浮かべそうになるが、そこは抑えて答えた。

 

「うまぴーなら普通に断ると思う。けど、問題があって…」

 

「問題?」

 

「その人…ガチっぽいの」

 

「うわー。それはマズいね。ばあちゃるさんのガチでしょ?それ絶対に一波乱あるよ」

 

「なんでだよ。その人がガチだからって、あのばあちゃるさんが率先して問題起こすわけないだろ」

 

「違うよピーナッツ君。ばあちゃるさんは問題ないんだけど、その人の方が問題なんだよ」

 

「へ?どういうこと?」

 

ばあちゃるが軽視されたと思ってか少し苛立ちを露わにしたピーナッツ君だが、ぽんぽこの指摘に今度は首を傾げる。視線を双葉に移しても、同意するように頷く様により疑問が深くなるだけであった。

 

「ほら、ばあちゃるさんって押しに弱いじゃん?その人が、もしヤケになって『せめて』とか言って迫ってきたら断れるかな?」

 

「断れるだろ。確かにあの人は身内やVTuber業界の関係者に対しては甘々だけど、そこまでバカじゃないぞ」

 

「わかんないよー?恋は盲目って言うし、何を盾にされるか想像つかないじゃん」

 

「あ、そういえば言ってなかった。その人ね。ばあちゃる学園の生徒なの。しかも、三年生」

 

「…ちょっと待って。それはマズい。確かにマズい」

 

後出しされたその情報に、ピーナッツ君は顔を青くする。横に座るぽんぽこも同様の表情を浮かべていた。身内でなければ問題はなかったが、ばあちゃる学園の生徒となればそれは身内ではないとは言えない。少なくとも、ばあちゃるが情を持つ対象であるはずだ。

 

「卒業まで残り僅かで、思春期真只中である学生時代の一世一代の告白。先生と生徒の禁断の愛…断られても絶対諦めないやつだよ、これ!?」

 

「しかもよりによって生徒さん!?一度は断るだろうけど、退学するとか言って自身を盾に迫られたら…ああもう!身内に優しすぎるせいで絶対にないって言えないだよ、あの馬ァ!」

 

生徒という情報を加味して、ばあちゃるが断れるかどうかシミュレーションしてみるが、どうにも絶対断るという結論が出てこない。ばあちゃるの底のない優しさが、悪い方への結論で出して頭を抱える状況だ。そんな二人に申しわないと思いながらも、双葉は頭を下げる。

 

「だからどうしたらいいかわかんなくて…一緒に考えて欲しいの」

 

「勿論!双葉ちゃんのお願いだもん!ぽんぽこ、いくらでも考えるよ!」

 

「ケーキ食べちゃったし、なによりあの馬には色々とお世話になってるからな。しょうがない。手伝ってやるよ!」

 

「二人とも…ありがとう!!」

 

心強い二人の言葉に目頭が熱くなる。しかし、何も解決していないのに泣くわけにはいかない。涙を無理やり引っ込ませ、やる気に満ちた表情で二人に視線を向ける。

 

「それで、どんな案があるかな。双葉はうまぴーを告白場所に行かせないってのを考えてるんだけど…」

 

「それは無理じゃないかな。話の流れからもう呼び出しは食らってるんだよね?だとしたら、あのばあちゃるさんが向かわないわけがないと思う」

 

「そーいえばあの馬、遅刻とかめったにしないからなぁ。…じゃあその生徒さんに諦めてもらう様に言うのはどう?」

 

「それも無理かな。そもそもラブレターには名前が書いてなかったの」

 

「ラブレター!?すっごいありきたりだね!?」

 

「このご時世にラブレターなんて、すっごい古風だなその人」

 

「じゃあどうしようか…」

 

ああでもない、こうでもないと色々と案を出すが、これといった最適解が出ずに三人はより頭を悩ませる。気が付けば外は夕暮れ特有の茜色の日差しが居間に指す。夕飯は家に用意されていると朝の出かける前に親から伝えられていた。それにこのまま長居するのは流石に申し訳がない。流石に帰宅しようと思ったとき、ぽんぽこがある案を提案した。

 

「あ!こういうのはどう?」

 

ぽんぽこに伝えられた作戦に、ピーナッツ君は険しい顔を浮かべる。どうやら成功率は低いとおもっているのか、それとも危険性を感じているかは分からない。しかし、双葉はその作戦は名案だと直感が告げていた。

 

「えぇ…それは無理なんじゃない?」

 

「じゃあピーナッツ君は代案あるの?」

 

「うーん。すぐには思いつかないけど、それはマズいと思う」

 

「…いい。それ、すっごくいいよ、ぽんぽこちゃん!」

 

「ホント!?」

 

「マジか双葉ちゃん」

 

目を煌めかせ、ぽんぽこに感謝を述べる双葉。その双葉の様子にピーナッツ君は一抹の不安を覚える。ぽんぽこが挙げた作戦は確かに悪くはない。しかし、それは多少の危険が伴うものだ。

 

「大丈夫だよピーナッツ君。もしもの状況になったらうまぴーに助けてもらうよ」

 

「まあ双葉ちゃんが危険になったらばあちゃるさんも流石に動くか…けど、ちょっと心配だなぁ」

 

「もう時間もないし、双葉がやれるとしたらその作戦がベストだと思う。ぽんぽこちゃんの案でいくよ!」

 

「けどパッと浮かんだ作戦だから穴があると思うよ?大丈夫?」

 

提案したぽんぽこもピーナッツ君の表情から多少の不安を覚えたのか心配そうな表情を浮かべる。その表情を晴らすために、双葉は自信満々に頷いた。

 

「それは大丈夫。あとはアイドル部の友達に協力してもらうよ」

 

「それならいいけど、無茶はするなよ」

 

「もし危ないことになったらいつでも言って!ぽんぽこたち、何時でも駆けつけるよ!」

 

「うん!ありがとう!」

 

日もほとんど落ちていて、夜道と言ってもいいほどに暗くなっていた。親からも安否の確認の連絡も来ている。玄関まで見送ってくれた二人に手を振りながら、双葉は急ぎ足で帰路へ着いた。

 

「提案したのはぽんぽこだけど、ちょっと心配になっちゃった」

 

「まあ大丈夫だろう。他のアイドル部の子たちだって一癖二癖もあるやつばっかだし、なによりあのばあちゃるさんがいるんだ。杞憂に終わるに決まってる」

 

「それもそうだね。あとはばあちゃるさんに任せちゃおっか」

 

後のことは当の本人に放り投げる。それは他人事だからというわけではなく、ばあちゃるであれば何とかしてくれるであろうという信頼からの結果だ。

フアンが完全に消えたわけではないが、安心したように兄妹二人は仲良く自宅へと帰っていった。

 

 

 

 

前へ

 

 

祝日明けの月曜日。週初めの気怠い体に鞭を打ち、なんとか乗り越えた夕暮れ時。ばあちゃる学園の下校時間、つまりは放課後だ。ばあちゃるは件の恋文を片手に体育館裏に訪れようとしていた。

 

「…まさか、この年になってこんなもの貰うとは思ってもみなかったっすね」

 

感傷深かそうに、恋文に視線を落としながら呟く。

知識はあるが、学園というものに通ったことがなかったばあちゃるにとって、ここ『ばあちゃる学園』は理想の楽園でもある。夢を追いかける姿、現実を見据え堅実に生きる姿、未来より今は全力で駆ける姿。そんな、色んな青春の姿が見えるここが、ばあちゃるはどうしようもなく愛おしい。ひたむきな生徒たちの力になれればと、学園運営に精を出すことを苦労とは思ったことはない。それほどにここは素敵な場所だと、ばあちゃるは思っている。

 

「あくまで脇役だと思ってたっすけど、人生何かあるかわかったもんじゃないっすね」

 

困惑した表情を浮かべ、苦笑が零れる。

学長である自分は、生徒から見ればありきたりな脇役だ。脇役の美学など説くつもりはないが、主役を輝かせればそれでいいと思っていた。だからこそ今回の件については本気で困惑した。女子高である以上、数少ない異性である自分にそういう感情が向けられることは絶対にないとは思ってはいなかったが、いざ渡されると焦るものだ。

 

「断ることは変わりないっすけど…」

 

断るのは当然のことだ。しかし、きっと昔の自分であれば、自分を卑下にした発言をしたはずだ。『こんな自分は君には相応しくない』『こんなおっさんにいいところなどない』…そんな言葉を吐いていたと容易に想像できる。そんなんだからシロや友人一同に『自己評価を高く持て!』と言われるわけだが…

 

「うん。勇気をもって好意を伝えようとしてくれているわけですし、しっかりと向き合ってあげましょうか」

 

思い浮かぶのはアイドル部の姿。彼女たちの隣に立つのに相応しい男でありたいと、あの日から胸に刻んでいる。だからこそこの少女には真正面に向き合って、自身を卑下にせず、しっかり断ろう。顔を上げ、前をしっかり見て、ばあちゃるは一歩足を踏み出した。

 

「…って、ふたふたじゃないっすか!?」

 

「あ、うまぴー。やっほー」

 

そこにいた人物はばあちゃるにとって予想外の人物だった。アイドル部の一人、北上双葉。自分がプロデュースするVTuberの一人だ。困惑しながらも、頭の回転が速いばあちゃるは『手紙の差出主が、双葉なのでは』と推測するが、肝心の差出人は3年生と記載があった。双葉は現在2年生なのでそれには当てはまらない。では何故と困惑するばあちゃるに、双葉はいつもの様に安心しきった表情を浮かべ、ばあちゃるに近づいた。

 

「うまぴーもどうしてこんなことにいるの?」

 

「はいはいはい。ばあちゃる君ですね、ちょっっと大事な用があってですね」

 

上目遣いでから可愛らしく笑みを浮かべる双葉。さらにはそのまま距離を詰め抱き着いてきた。それに、ばあちゃるはどこか違和感を覚える。確かに、彼女たちとの関係が進展してからは、距離が近くはなった。だが、普通に話すにしてはこれは近すぎではないか?と。それに双葉は確かに甘えたがりであるが、こうまであからさまだっただろうか?まるでこれは『見せつけている』みたいではないかと思った。

 

「えっと、ふたふたー?ここは一応学園なんでね、ちょっとこれはやばーしで…」

 

「んー?」

 

ふやけた様な、甘え切った声を上げながら胸に頭をグリグリとこすり付ける。まるで猫などの動物が匂いを付けてマーキングするかのように行為。それにばあちゃるの困惑は深まるばかりだ。

 

「ど、どうしたっすかふたふた?こんなに甘えてくるなんて珍しいっすね?」

 

「んー…」

 

何か強請るかのように、身体もこすり付けてくる。ついに観念したばあちゃるは、自分の方からも双葉を抱き寄せた。放課後とはいえ、まだ学園には部活動に励む生徒がいる。いつ見つかるか分からない体育館裏という隠れた場所で生徒と先生である二人が抱き締め合う。背徳感が胸に溢れる。焦る気持ちと何故か昂る身体に困惑していると、小さな声で『もういいかな』という呟きが聞こえてくる。その発信源はばあちゃるの腕の中にいる双葉からだ。

 

「…ねぇうまぴー。双葉たちだって独占欲はあるんだよ?」

 

胸に顔を押し付けながら双葉は零す。その言葉で、双葉の意図が読み取れた。どう知ったかは謎だが、双葉はばあちゃるが告白されるということをリークし、それを阻止するためにこのような行動に出た。『見せつけている』みたいは間違いではなく、きっとどこかでこの光景を恋文の差出人が見てるのだろう。

双葉の想いに嬉しいと思うところもあるが、流石に今回はやりすぎだ。諭すように、双葉の頭を撫でる。

 

「ふたふたの気持ちはすっごい嬉しいっすよ。けど、勇気を振り絞った行動を邪魔しちゃうのはちょっとダメっすね」

 

「うん。それはわかってるよ。けどね、うまぴー。ふーさんは不安なの」

 

「ふたふた…」

 

縋るように、強くスーツを握られる。その強さに、背広越しのシャツは皴だらけだろうなんて、どうでもいいことが頭によぎる。

 

「うまぴーが双葉たちを見放すなんてあり得ないと思う。けどうまぴーは優しいから。知らないところでまた女の子と仲良くなってると思うと、胸が苦しくなるの」

 

「うッ…」

 

双葉の嫉妬心に思うところがあるのか、ばあちゃるは目を逸らす。思い返してみれば、この業界に参入してから随分と異性の知り合いが増えたものだ。まあ、この業界のトップ層が女性で占められているからというのも理由にあるだろう。だとしても、やけに親しい異性の友人が多いばあちゃるは、双葉のその指摘に冷や汗を流すことしかできない。

 

「アイドル部のみんなや、同じVTuberさんの先輩たちならまだ…なんとか納得できるよ。けど、それ以上はちょっと、ふーさんは許せません」

 

抱き着いた状態で見上げてくる表情に確かな怒りが見える。その怒りは、ばあちゃるに向けるものではないとわかってはいるが感情が理解してくれない。なら、甘えながら向ければいいと開き直ることにした。

 

だって、双葉が大好きなうまぴーなら、絶対受け止めてくれるってわかっているから。

 

「…まったく、ふたふたはワガママっすね」

 

「ふふん。ふーさんはワガママじゃないよ。彼女だから当然のことなの」

 

ドヤ顔で宣言し、再び顔を胸に押し付けてくる。その独占欲すら愛しいと感じてしまう自分も大分重傷だな、と考えながら双葉の頭を撫で、少し強めに抱き寄せた。その行為は先程の双葉と同じように、どこか見せつけるような行為にも見える。まるで『そういうことだから諦めてくれ』と暗に示しているかのような、そんな抱負だ。それに双葉の笑みは深くなる。

先程から向けられていた視線は、既に感じなくなった。

 

 

 

 

前へ

 

 

~おまけ~

 

「…北上さん。先日伺った件の先輩についてなのですが…新情報が有ります」

 

「あずきちゃん、ほんとう?あのあとどうなったの?」

 

「まず、あのあとばあちゃるさんがその先輩を見つけ出して、正式に頭を下げました」

 

「うまぴーらしいというか…うん。ふーさんが悪かったからあとで謝りにいかないと」

 

「そうしたほうがいいと思います。…実はその先輩のさらにその後なんですが…」

 

「え?もしかしてまだ諦めてないの?」

 

「なんと言ったらいいのか…これを見てもらえばわかる。と思います」

 

「へ?…スレッド?」

 

「学園の裏サイトです。それで…これです」

 

 

 

【CP厨以外】学園長に一番似合うのは?【お断り】

 

1:CP厨馬組がお届けします

シロちゃんに決まってるだろJK

 

2:CP厨馬組がお届けします

ここは学園長の望み通り月ちゃんで

 

3:CP厨馬組がお届けします

見向きもされてないんだよなぁ

 

4:CP厨馬組がお届けします

俺のちゃる様やぞ

 

5:CP厨馬組がお届けします

いや、何言ってるんだ

俺のちゃる兄だ

 

6:CP厨馬組がお届けします

俺ちゃる民だ!丁重にもてなせ!

 

7:CP厨馬組がお届けします

最近出てくるの早いな

 

 

「…なにこれ」

 

「ばあちゃるさんのファンの闇、通称俺ちゃる民です」

 

「えぇ…アンチじゃなくてファンってことなんだよね?流石に拗らせすぎなんじゃ…」

 

「あの先輩は5番の書き込みの方です。あの後気が狂ったのか、俺ちゃる民となりました。はぁい」

 

「…なんか、すっごく申し訳なくなったんだけど」

 

「あ、ちなみにこの4番の書き込みは会長です」

 

「たまちゃん!?!?!?何やってるの!?」

 

「へ?何の話?」

 

 

 

 



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彼と私とハンバーグ(夜桜たま)

ばあちゃる学園の生徒会長
色々と濃い人物がいるアイドル部の少女の一人がその役職についている
彼女には苦手な分野があるようで…?

(番外編)


週の真ん中の水曜日。ばあちゃる学園は、本日の最後の授業を終えて放課後になったばかりだ。廊下から生徒たちのはしゃぐ声が聞こえる。それに学長室で執務を行っていた『ばあちゃる』は笑みを浮かべた。

 

「はいはいはい。もうそんな時間ですか」

 

壁に掛けらた時計を見て少し驚いた声を零す。仕事の方に精が出て、気付くと今日の分の作業はほぼ終わってしまった。残りの量を見て、何時も手を貸してくれている生徒会の三人には今日の手伝いは断ろう。そう思ったとき、ばあちゃるの携帯端末にメッセージが届いた通知が鳴り響く。

 

「ん?これは珍しいっすね」

 

送り主はエイレーン一家の一人『ヨメミ』だ。元より仕事仲間の一人で、他人と呼ぶには少し近い関係だが、連絡し合う仲と言われれば少し違う。言うなれば、『仕事仲間以上友達未満』の関係だ。エイレーンとは親密であるが、彼女との仲はそれほどである。そんな彼女からの個別メッセージ。首を傾げながら、ばあちゃるはその内容を確認する。

 

『ごめん、ばあちゃるさん!止めれなかった(´;ω;`)』

 

「はい?」

 

その脈拍のない一文により疑問が深まる。どういうことか聞き返そうとしたその時、廊下から、こちらへ走ってくる足音が聞こえてきた。その音から全力で有ることがわかる。そしてその勢いのまま、学長室の扉が開かれた。

 

「馬Pー!!」

 

「ちょいちょーい!?廊下は走っちゃダメっすよ!たまたま!!」

 

勢いよく開かれた扉から侵入してきたのは見慣れた存在。アイドル部の一人で、麻雀部の部長でもある『夜桜たま』その人だ。よほど全力で走ったのだろう。肩で呼吸をし、その額には汗が滲んでいる。それでも、興奮冷めやらぬまま、しっかり扉を閉めてばあちゃるに向き合う。

 

「馬P!料理教えて!」

 

「…はい?」

 

脈拍もなく放たれた言葉に、ばあちゃるは呆気を取られる。そしてその言葉をゆっくりと理解していき、冷や汗を噴き出る。夜桜たまが…料理…?

 

「は、はいはいはい!たまたま?別に無理して料理を習う必要なんてないっすよ?誰だって得意不得意があるっすからね!」

 

「大丈夫だよ馬P!だってハイポーションを作れるヨメミちゃんだってできるんだよ?私だってやればできるよ!」

 

(そういうことかー!?)

 

散々周りから『料理をするな』と言われ、封印していたそれを何故急に思い直したのか疑問であったが、理由がはっきりした。

ま た エ イ レ ー ン 一 家 か!!

 

「さっきSHRの途中でヨメミちゃんとラインし合ってたんだけどね?」

 

「いやいや、SHRでも先生の話はしっかり聞きましょうね?たまたまは一応、生徒会長なんすから」

 

「えー…だってあの先生の話長いんだもん」

 

「いや、分からなくもないっすけど。それでたまたまの評判が下がっちゃったら、あまりにもつまらないじゃないっすか。やるところはしっかりする。そこはしっかりしましょう?」

 

「はぁい」

 

唇を尖らせながら不貞腐れるたま。そんなたまにばあちゃるは苦笑いを零した。

たまのこんな態度を見せるのは、実は家族とばあちゃるのみだ。生徒会会長の実績は嘘偽りなく、たまは優秀であり、学園内でも一目置かれている人物でもある。そんなたまが、自分の欠点や失敗もなんてことも無く言えて、そしてそれを叱ってもらうことはたまなりの甘え方でありワガママだ。それを知っているからこそ、今のたまの姿はばあちゃるにとって可愛らしいものでしかなかった。

 

「はいはい。それはひとまず置いておいて、ヨメヨメとラインし合っててどうなったっすか?」

 

「むー…それが、料理の話になってね。私がヨメミちゃんに『料理できるの?』って聞いたら『できる』って返ってきて」

 

「ふむふむ」

 

「それで私が『ハイポーション作るのに?』って言うと『いやいや!?あれは企画だからね!?』って返ってきたから『ハイポーションを作れても料理は出来るのか…!?』から『なら私もワンチャンあるのでは?』ってなったの」

 

「いやそれはおかしい」

 

「あー!馬Pもヨメミちゃんと同じこと言うー!?」

 

猫が威嚇するかのように怒りを表す。とはいえ、たまがその結論に至った要因がどうにも理解が出来ない。首を傾げるばあちゃるに、たまは嫉妬を隠さず唇を尖らせながら吐き出した。

 

「だってめめめちゃんが朝に馬Pと一緒に料理したことの自慢ばっかしてくるんだもん。ズルいと思っても仕方ないでしょ!」

 

「…なるほど。そういうことだったっすね」

 

どうにも理解が出来なかった言葉の連結も、その根源にあるのがめめめへの嫉妬であれば納得できる。つまりたまは『料理がしたい』のではなく『ばあちゃると共に料理がしたい』のだ。流石に羞恥心を感じてか、頬を赤く染めて視線を逸らすたまが、どうしようもなく愛おしい。席を立ち、不貞腐れるたまに近づいてそっと抱き締める。

 

「わぷっ」

 

「しょーがないっすね。そこまで言うならばあちゃる君が、しっかりお手伝いするっすよ!」

 

「…いいの?」

 

「もちのロンっすよ。ただし!調理方法はしっかり守ってくださいね?」

 

身長差から胸に顔を埋める形になる。それを堪能するように、顔を押し付けながら頷く。そんな欲望に素直なたまに、ばあちゃるは笑みを浮かべる、それは苦笑なのか、それとも愛しさからくる微笑みなのか。それは笑みを浮かべているばあちゃるにしか知らないことであった。

 

 

 

 

「さて!やっていきましょうか!」

 

「おー!」

 

ばあちゃる宅の少し広めのしっかりしたキッチンにて、背広とネクタイを外した楽な状態からエプロンを羽織ったばあちゃると、制服の上からエプロンを羽織るたまが元気よく腕を上げる。

あのあと近場のスーパーに赴き、食材を購入し来た。合いびき肉に玉ねぎ、あと丁度不足していた塩こしょうに牛乳がテーブルの上に広げられている。初心者でも失敗しにくい、ハンバーグの食材だ。

 

「はいはいはい。それじゃあね、ばあちゃる君は基本指示しかしないのでね、たまたまには調理をやってもらおうと思うっすね、完全に」

 

「りょーかい!…えっと、最初は食材を洗えばいいんだよね?」

 

「そうっすね。とりあえず玉ねぎから…ちょいちょーい!?たまたま!?なんでお肉を洗おうとしてるっすか!?」

 

「え!?お肉って洗わなくていいの!?」

 

「何当たり前のこと言ってるっすか!?水分吸って固くなっちゃうっすよ!」

 

「えぇ…だってほら、なんか汚くない?洗った方がいいよ」

 

「いやいや!?汚かったら売れないでしょ!?流石にお店の人に失礼っすよ!?」

 

「それもそっか」

 

「…たまちゃん。さすがにそれはやばーしっすよ…」

 

衝撃的なスタートに、既に体力の五割を持っていかれる。開幕でこれなのだ。これから先に頭を抱えることしかできない。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「さ、次はお肉と混ぜるために玉ねぎをみじん切りにするっすよ。切り方は分かるっすよね?」

 

「…ねえ馬P?別にみじん切りにしなくてもよくない?」

 

「あの、たまたま…なにを…何を言ってるんすか??」

 

「ほら、どうせお肉に混ぜちゃうくらい小さくするなら切らなくてもいいじゃん。それこそ小さくすればいいんだから叩き潰すとか」

 

「ちょっ!?その棍棒どっから取り出しッ!?ストップ!ストップっすよたまたま!?料理はそんな胃に入れば何でもいいわけじゃないっすからね!?」

 

 

――――――――――――――――――――

 

「あはは!馬P、これ楽しい!」

 

「はいはいはい。こねるのを楽しんでくれるのはいいっすけど、大きさとかしっかり調整してくださいっすね。これが今日の晩御飯なんっすから」

 

「あ、そうだった。…ねぇ馬P?」

 

「…なんか嫌な予感がするっすけど、なんすか?」

 

「隠し味を入れるなら今じゃない?」

 

「初心者がありがちなやつっすねそれ!?入れちゃダメっすよ!?最初は、何事もマニュアル通りにやるのがセオリーってやつっすからね」

 

「えー。せっかく馬Pの好物の馬刺し買ってきたのに?」

 

「あれは晩酌用で…ってこら!さらっと冷蔵庫から取り出そうとしない!」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「そうそう。熱したフライパンにお肉を入れて…そうっすそうっす。後は焼けるのをじっくり待つっすよ」

 

「…ねぇ馬P」

 

「…もう予想がつくっすけど、なんすか?」

 

「火力弱くない?焼くんだから強火で焼いた方がいいと思うんだけど」

 

「言うと思った!…火加減はこれでいいんすよ。じっくり焼かないと中が生焼けになっちゃうっすからね」

 

「そうなんだ…じゃあ待ち時間何すればいいの?麻雀?」

 

「火元を見るっすよ!?火を使ってるっすから目を逸らすなんて言語道断っすね、完全に」

 

「えー。だって10分くらいかかるんでしょ?東風戦くらいならできるよ?」

 

「火 元 を み て!!」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「できたー!」

 

「…おかしい。料理ってこんなに体力を使いましたっけ?」

 

お皿に盛りつけられたハンバーグに嬉々として歓声をあげた。そんなたまを横に、満身創痍で疲労し切ったばあちゃるが苦笑する。料理を開始して早一時間弱。こんな短時間にここまで体力を使ったのは、久しぶりだ。額の汗を拭いながら、そんなことを考える。

 

「最後の仕上げっすね。ほら、お皿をこっちに渡して」

 

「え、はい」

 

「どうもっす」

 

首を傾げながらも、素直にハンバーグが乗ったお皿をばあちゃるへ渡す。そして、たまがハンバーグを焼いてる最中に、片手間に支度した千切りキャベツをを盛り合わせる。そしてお皿を横に置き、改めてフライパンに火を通した。手をかざして、フライパンが熱したのを確認する。

 

「ん、よし。…ほいほい、ほいっと」

 

酒、トマトケチャップ、ウスターソースを混ぜながら中火で熱していく。途中でバターも加え解けるように混ぜれば完成だ。簡単なものではあるが、完成したお手製のソースを先程のハンバーグにかけていく。二枚のお皿に少し歪であるが、大よそ同じ大きさのハンバーグに千切りのキャベツ。そしてハンバーグに掛けられたトマトソース。ここに、たまとばあちゃるの共同で作られた『ハンバーグセット』が完成した。

 

「え、馬P凄くない?すごい手際よくなかった?」

 

「お手軽ソースっすからね、慣れればこんなもんっすよ。はいはい。それじゃあね、たまたまはハンバーグをリビングまで持って行ってもらってもいいっすか?ばあちゃる君は、ご飯を持っていくっすからね」

 

「りょーかい」

 

豪華になって返された二つのお皿をもって、リビングへもっていく。大きなテーブルに隣り合わせにお皿を置く。すぐ後にばあちゃるも宣言通りにご飯が盛られたお茶碗をもってリビングにやってきた。

 

「あ、じゃあ私飲み物もってくるね」

 

「助かるっすよ。一緒に買ったお茶が冷蔵庫に入ってるっすよ。コップは…」

 

「シンクの上の棚だよね?さっき見たからわかってるよ」

 

「なら大丈夫っすね。それじゃあお願いします」

 

「わかったー」

 

軽い感じで返事をするが、その表情はどうしようもなく幸せに触れている。昔までのばあちゃるであれば、このような些細な雑用は絶対にさせてはくれなかった。しかし今では、こちらを見ずとも頼ってくれる。そこに見える信頼と親愛が、たまはどうしようもなく嬉しくて、幸せで仕方がなかった。

言われた通りに上の棚にあったコップ二つとお茶をもってリビングに戻る。するとそこでは、ばあちゃるからテーブルを挟んで鎮座するそれなりのサイズがあるテレビに電源が入っていた。そこに映し出されているのは同じアイドル部の『八重沢なとり』の配信が移されている。もしやと思い、時間を確認するとすでに20時を回っていることに驚く。

 

「あ、もうそんな時間なんだ」

 

「おかえりなさい。飲み物はこっちで預かるっすよ」

 

「大丈夫だよ。ついでだし注いちゃうね」

 

受け取ろうとするばあちゃるを拒否し、置いたコップにお茶を注ぐ。コップの八割くらいまで注ぎ、それをばあちゃるに渡した。そして自分の分を注ぎ、零れないように蓋をする。

テーブルに並べられた二人分の晩御飯。これから行われるのは夕食という日常の一コマ。しかし愛する人との共にする特別な一コマでもある。それを噛み締めたいと、たまは思う。視線をばあちゃるに向けると、どうやら同じタイミングで向いたらしく、視線が重なった。それが何故かおかしくて、二人でくすくすと笑いあう。そんな些細なことに胸が踊る。ああ、幸せだ。

 

「さて、それじゃあ冷めないうちに食べちゃいましょうか!」

 

「そうだね。それじゃあ…」

 

「「いただきます!!」」

 

表面が少し焦げており、中も玉ねぎがしっかり切られていないからか、食感もちょっと悪い。おいしくはあるが絶品とは言えない目の前のハンバーグ。その味をたまは、生涯忘れることはないだろう。そんな確信を持ちながら、たまはハンバーグの一切れを口に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、たまたまは今度から一人で台所立つのは禁止っすね」

 

「えぐー!?」

 

 

 



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彼と刻む成長の一歩(ヤマトイオリ)

アップランドの事務所
ばあちゃる学園から一駅離れた場所にあるアイドル部をが所属する.LIVEを運営する企業
放課後ヤマトイオリは裏方のメンテちゃんに呼ばれ赴いていたようだか…?


平日の夕方。アイドル部の一人『ヤマトイオリ』は.LIVEの運営会社、アップランドの事務所を上機嫌で歩いていた。案件は単純なもので、最近メディアにも露出が増えてきたアイドル部のスケジュール調整のためだ。イオリ自身、スケジュール管理は得意の方ではない。ならなぜ上機嫌なのか。その答えは単純で、彼女の愛するプロデューサー『ばあちゃる』に会うことが出来るからだ。

ほぼ毎日、学園で会っているとはいえ、それ以外でも会えるというのは嬉しいことだ。それがイオリが苦手なことだとしても、胸から湧き上がるこの気持ちは止められない。

 

「ふんふんふーん」

 

「やけに上機嫌ですね」

 

嬉しそうに鼻歌も零れる。仕事関係で来ていることも忘れていそうな上機嫌さに、共に歩いていた『メンテちゃん』は呆れ顔だ。

 

「だってだってうまぴーと会えるんだよ!?それだけでイオリは幸せがいっぱいです!」

 

「といっても一応お仕事ですよ?あまり浮かれすぎないようにしてくださいね?」

 

「そうだけど。やっぱ嬉しくて顔がにやけちゃうんですよ」

 

軽く窘めるが、それでも幸せな表情を浮かべるイオリに苦笑しか零れない。これは何を言っても無駄だと判断し、メンテちゃんは話を逸らすことにした。

 

「そういえば、最近シロちゃんは学園に行っているんですか?」

 

「え、シロちゃん?んーん。最近は学校で見ないかなぁ。イオリもだけど、他のアイドル部の子とかしょっちゅう学園長室に行くんだけど、見てないなー」

 

「え、そうなんですか?」

 

イオリの回答が予想外だったのか、小さく驚くメンテちゃん。その反応に今度はイオリが首を傾げる。

 

「シロちゃんがどうかしたの?」

 

「いえ、些細なことなんですが…ここ最近、連絡が取れないことが多々あるんですよね。休日の時なんて、一日中取れないときもあるし、ちょっと心配なんですよ」

 

「うまぴーなら何か知ってるかも!」

 

「それがばあちゃるさんも何も知らないみたいで…こんなこと初めてなんです。ばあちゃるさんは『大丈夫っすよ』なんて言ってるますけど」

 

心配する表情を浮かべるメンテちゃん。その表情と裏腹に、イオリは変わらずに安心しきったような表情を浮かべていた。その表情に、メンテちゃんは怪訝そうな視線を向ける。

 

「…なんでそんな、安心したような顔なんですか?」

 

「え?だってうまぴーが大丈夫って言ったんだよね?なら大丈夫ですよ」

 

「その根拠は?」

 

「うまぴーだから」

 

「…分かり切っていましたよ、ええ」

 

イオリの胸を張って自信満々に応えるその言葉に、メンテちゃんは肩を落とす。彼女たちのばあちゃるに対する信頼の高さは知っていたが、これはちょっと心配になる。

確かに、彼とは長い付き合いだし、多少不安が覚えるところもあるが頼りになる。何より、ここ最近はアイドル部や彼の友人たちのおかげで彼が私達を頼ってくれることも増えた。それも嬉しいし、彼なら何とかしてくれるだろうという信頼もあるが、だからと言って思考停止するのはいけない。…というか振り返ってみて自分もかなり彼のことが好きなのでは?そう頭が処理すると、自覚したのか、一気に頬に熱が集まる。

 

「?お顔真っ赤になったけど、大丈夫?」

 

「へぁ!?だ、大丈夫ですよ!?ええ!?これぽっちも問題はないです!?」

 

「そ、そう?」

 

焦るように、その朱く染まる頬を隠すように大袈裟なリアクションをして返す。普段の彼女が見せないその反応に、イオリも少し驚いて引き気味だ。このままでは不味いと思ったのか、コホンと小さく一息入れて落ち着かせる。

 

「と、とにかく!何かあってからでは遅いので、変化がありましたら連絡をくださいね?」

 

「はい。わかりました!…ふふふ」

 

「きゅ、急に笑って、どうしたんですか?」

 

「ああ、違うの!バカにしてるんじゃなくて、今のメンテちゃんがこの前罰ゲームでうまぴーに抱きしめられた時のすーちゃんに似てるなーって思っただけですよー」

 

「んなぁ!?」

 

思い出し、笑みを浮かべるイオリの言葉に、メンテちゃんは再び大袈裟なリアクションを取る。アイドル部の子たちが、ばあちゃるに好意を抱いていることは社内では知られていることだ。そのアイドル部の一人『神楽すず』と同じような表情を浮かべていたということは、自分が抱いているこの感情も、それと似たようなものだと理解をし、メンテちゃんはさらに頬を朱に染めた。

 

「い、いえ!?私と彼はあくまで仕事仲間で合って!…そりゃあ対テロ組織の時からの付き合いですから、エイレーンさんに並んで付き合いも長いですし、彼の好みや癖なんかも知り尽くしてますけど!決してこの気持ちが愛情とかではなくて!信頼の延長線上で!」

 

「あ!うまぴーだぁ!」

 

「さすがにスルーは酷くないですか!?」

 

無邪気に無視をするイオリについ声を荒げてしまう。しかし、当の本人はそんなことは気にもせず、愛しいプロデューサーに一直線だ。これは何を言っても意味がないと理解したメンテちゃんは、肩を落としてイオリに続く。そして、イオリの言う通り、廊下の先にはばあちゃるの姿が確認できる。さらにその横には、先程話題に上がったシロの姿もあった。しかし、二人の雰囲気がどこかおかしい。付き合いが長いからこそ察知できたメンテちゃんはイオリを止める。

 

「ストップですイオリさん」

 

「え?けどうまぴーがいるよ?」

 

「ええ。ですけどどこか雰囲気がおかしい。ちょっと待ってもらってもいいですか」

 

問うというより、言い聞かせるようなその言葉にイオリは無言で頷く。そして二人は息を殺し、ばあちゃるたちに悟られないように、近づいた。

 

「…い……ま……」

 

「…は………ょ…」

 

「…ダメですね。ここでは聞き取れない」

 

「何か言い争いしてる?」

 

「というより、シロさんがばあちゃるさんを一方的に拒否してる感じがありますね。それに、あそこまで詰め寄るばあちゃるさんも初めて見ます」

 

シロとばあちゃるの二人の光景は、普段の二人を知っているのであれば少し異質な雰囲気だ。ばあちゃるがシロに対して過剰に干渉し、それをシロが拒絶する。それ自体は見慣れたことであるが、目の前に繰り広げられているのは少し違う。大まかにはいつもと変わりはないのだが、ばあちゃるがシロに対して一歩も引いていないのだ。普段であればシロに拒絶された段階で、ばあちゃるが一歩下がるはず。しかし、目の前に光景はそうとはいかず、ばあちゃるがその拒絶を振り切ってまで、シロに詰め寄っているのだ。その光景は、二人との付き合いが長いメンテちゃんにとっても意外な光景だった。

その光景に、イオリの胸はチクリと痛みを伝えた。

 

「え?」

 

「ん?どうしたんですか、イオリさん?」

 

「え、ああ。ううん!何でもないよ!」

 

何故胸は痛みを伝えたのか、理解できないイオリはつい驚きの声を零す。それはメンテちゃんにも聞こえていたようで、振り向くメンテちゃんにイオリは急いで何でもないと返答した。未だに伝わる胸の痛みに困惑しながらも、イオリは目の前のばあちゃるとシロのやり取りに視線を戻す。

 

「……なら……すよ………」

 

「…う!………ル部の……しょ!………」

 

「随分と白熱してますね。あそこまで言い争う二人は見たことがない」

 

「…」

 

言い争う二人に比例して、イオリの胸の痛みも強くなっていく。そして湧き上がってくるのは暗い感情。シロに対して向けたことのない感情に、イオリは戸惑いながらも、その感情に徐々に飲まれていった。このまま見ていても、いいことはない。本能がそう命令してくるが、既に遅かった。

 

「なぁ!?」

 

「ッ!?」

 

目の前には驚く光景。なんと、ばあちゃるがシロの唇を奪ったのだ。彼から何かアクションを起こすことは少ない。それこそ、以前あったちえりの事件の時から。いや、それ以前から知っていることだ。しかし、目の前に繰り広げられる光景に、胸に溢れる『嫉妬』とという感情を、これ以上シロに向けたくない。そう思ったイオリは気付くと振り向いて走り出していた。

 

「イオリさん!?」

 

後ろから聞こえるメンテちゃんの声を振り切るように、イオリは更に足を速める。それは、さらに後方にいるばあちゃるとシロの二人から目を背けるようでもあった。

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

アップランドの事務所から少し離れた公園。そこにある二つのブランコの片方に、イオリは座っていた。日も大分落ち、夕方から夜に変わるであろう時間帯。ここにいるのは不味いことくらい、イオリも分かっていたが、どうにも足取りが重い。

 

「戻りにくいなぁ」

 

脳内に浮かぶのは先程の光景。ばあちゃるがシロの唇を奪う光景だ。それを思い出すたびに、胸にチクリと痛みを訴える。

イオリはばあちゃるは勿論、シロのことも大好きだ。自分を引き取ってくれた家族とは、違うもう一つの家族であるアイドル部。その母親と当て嵌まるとしたら、それはシロだろうとイオリは思っている。そのシロと、大好きなばあちゃるが口づけをしたのだ。それは素晴らしいことで、嬉しいと思うはずなのに…

 

「なんで、イオリの胸は痛いのかなぁ」

 

変わらず痛みを訴えてくる胸に視線を落としながら言葉を零す。

実はこのような感情を浮かび始めたのは、これが初めてではない。明確に覚えているのはちえりの事件の時だ。最初は、『いいな』という羨望だけだった。しかし、それ以降のあずきやピノ、双葉にたまとばあちゃると仲良くなっていくのも見る度に、知る度に胸の痛みが強くなっていく。そして先程の、シロとばあちゃるの光景で無意識に逃げ出してしまった。

落ち込む気持ちを誤魔化す様に、視線を空へ向ける。日のほとんど落ちているため、空には微かであるが星が見え始めていた。そして、ひときわ輝く月の姿もそこにはある。

 

「お月様…」

 

「呼んだー!?」

 

「え!?」

 

縋るように手を伸ばしながら零した言葉に、返事が返ってくる。予想だにしなかったその返事に、イオリは驚きながらも声が聞こえたほうに視線を向けた。

 

「ってなぁんだ、ルナちゃんのことじゃないのか」

 

「あ、『輝夜月』さん!?」

 

視線の先には、イオリと同じ様に着物をアレンジした黒のミニ丈のワンピースに、赤い帯とカラータイツに身を包んだ人物。イオリの尊敬する先輩である『電脳少女シロ』と同じく四天王と称される一人。『輝夜月』がコンビニの袋を片手にそこに立っていた。

月はイオリの姿を確認すると、何かを思い出す様にわざとらしく顎に手を置き、考えるような素振りをする。

 

「えっと君は…ああ!シロちゃんのところの後輩ちゃん!!え、なんでこんなところに!?」

 

「えっとあのあの、事務所がここから近くて…」

 

「あ、そっかそっか。アップランドさんは確かここらへんだったねぇ」

 

納得したように何度も頷く月に、イオリはどこか萎縮した。しかしそれは仕方のないことでもある。相手はシロと同格で、さらにVTuber業界の火付け役でもある人物だ。同じVTuberとして、雲より高い人物に、さすがのイオリも緊張を隠せないでいた。

 

「どうしたどうした?もしかして緊張してるの?」

 

「え…と、はい」

 

「マジで!?緊張する必要なんてないじゃーん!同じVTuberとして先輩後輩ではあるけど、気にする必要なんてないんだよ!」

 

勢いよく肩を叩く月に、痛みから小さく睨みの視線を送る。しかし、そんな視線も何のその。月は変わらず高いテンションでまま、はははと大きな声で笑った。ふと家で嗅いだことがある匂いが漂った。この匂いには覚えがある。お酒の匂いだ。匂いの元凶は目の前の月からである。よく見ると頬をも少し赤くなっている。これはどう見ても酔っ払いのそれだ。

 

「あのぉ。もしかして、酔ってますか?」

 

「あ、わかるぅ?実は今日オフでね、さっきまで飲んでんたの!んでね、お酒が切れちゃったから補充に買い物に出てたんだ!」

 

そういって掲げるコンビニの袋にはお酒が包まれている。半透明の袋から見えるロゴには『ストロ〇グゼロ』と書かれているのが確認できた。どこで聞いたか忘れたが、確か、かなり強いお酒ではなかっただろうか。心配する眼差しを向けるが、それに気づいているのいないのか、それは分からないが、月はそんなイオリの視線にニコっと可愛らしく笑った。

 

「となり、お邪魔するよ!」

 

そう一言入れて、隅にコンビニの袋を置いてもう片方のブランコに座る。下がらないテンションのまま、ブランコを漕ぎ楽しそうに遊具を満喫し始めた。

 

「お?おお!?ははは!!ブランコってこんなんだっけ!?面白いじゃん!!ほらほら、えっと…名前分かんねぇや!教えて教えて!」

 

「あ、アイドル部のヤマトイオリです!シロちゃんの後輩をしてます!」

 

「それは知ってるよ!ほらほら!イオリちゃんも漕いで漕いで!!楽しいよ!」

 

勢いに押されて、月の様にブランコを漕ぐ。最初は小さくだったが、振り子の原理でその勢いは徐々に大きくなっていく。さることながら小さなジェットコースターのように風を切るそれは、イオリの暗い心を取り払っていく。

 

「凄い凄い!早ーい!!」

 

「でしょでしょ!?ブランコなんてもう卒業したと思ってたけど、予想以上に面白いよな!?」

 

「うん!イオリもそう思う!」

 

辺りいっぱいに響く大声で問う月に、負けないくらいの大声で答えるイオリ。近所迷惑など知らないとの応酬と、身体をめいっぱいに使った運動に、気付いたら胸に立ち込めていた暗いものは完全に消え失せた。

ある程度落ち着いて、再びブランコに座るよう佇む。その姿はいつものイオリの姿だ。

 

「どう、スッキリしたっしょ?」

 

「え?」

 

「なぁんか暗い顔してると思ったんだよね。そういうときは、大声出していっぱい運動するのが一番でしょ!」

 

下から覗き込むように、イオリとは違う天真爛漫の笑みを浮かべる月。その表情に、イオリは月に救われたことに気付いた。この晴れやかな今の気分は彼女が与えてくれたものだ。イオリの中で、月は凄い人だと理解をする。

 

「何悩んでるのか言ってみ?ルナちゃんが聞いてやるよ?」

 

「けど…」

 

「だーいじょーぶ。ルナちゃん今酔っ払いだし、明日になってれば忘れてるからさ。それなら喋りやすいっしょ?」

 

ニシシと白い歯を見せながら、悪戯っぽく笑う月にイオリもつられて笑う。ここは彼女を信じて、打ち明けよう。イオリは意を決して、胸の内を晒す決意をした。

 

「イオリね、好きな人がいるんだ。その人はイオリたちの為に一生懸命な人で、いっつも忙しそうにしてる人なの。イオリはその人の背中がすっごい好き。そして…気付いたらその人のことで頭がいっぱいになっちゃったのです」

 

「ふむふむ」

 

「けど、イオリはVTuberだから、この感情はダメなんだーなんて思ってたんだけどね。すっごい幸せなことに、その人が好きな仲間と一緒に、これからも一緒にいられることになったの!イオリは、それがすっっごく嬉しくて幸せで、ずっと笑顔になっちゃうんですよ」

 

「へぇ!詳しいこと聞いたらヤバい気がするから聞かないけど、幸せならよかったじゃん!」

 

酔っているとはいえ有名人。そこの引き際は流石に心得ていた。

イオリも、月の言葉に笑顔で頷いたが、次第にその表情に曇りが立ち込める。

 

「けど、最近のイオリはおかしいの」

 

「ん?」

 

「好きな人と大好きな人が一緒に幸せになるのは嬉しいことなのに、なんか最近ね、胸が苦しくなるですよ。今までも、ズルいなーなんて思うことは確かにあったよ?けど、最近はホントにズルいズルいって胸が苦しくなって…その大好きな人にイヤな気持ちを向けちゃうの」

 

「そっかぁ。イオリちゃんは嫉妬しちゃったんだね」

 

「そうなの…イオリは…悪い子になっちゃったのかなぁ」

 

波が零れないように上を見上げる。頭上に輝く満月が光を注ぐ。堪えきれず、零れそうになる波が貯まる。溢れるその時、イオリは抱きしめられた。

 

「ルナちゃんが言えることは至極単純!『嫉妬して何が悪い!』」

 

「え?」

 

「イオリちゃんだって女の子だぞ?いくら好きな人とはいえ、嫉妬しちゃうのは仕方がないことじゃん。気にしてたってどうしようもないよ」

 

「けど…イオリ、シロちゃんにイヤな気持ちを向けちゃったんだよ?うまぴーにだってッ!?」

 

「大事なのはその後だぞ」

 

あやす様に背を撫でられる。その心地よさに、荒ぶりそうになっていたイオリの心が落ち着きを取り戻し始めた。

 

「ルナちゃんにも平田って後輩がいるんだけど、実はしょっちゅう嫉妬してるんだよ」

 

「そーなの?」

 

「そーなのそーなの!平田ったらルナちゃんって先輩いるのに事ある度に『めめめ』、『めめめ』とか『アイカツ見ろ!』ばっかりなんだぞ!お前にはこんなに偉大なパイセンがいるだろうが!っていっつも口酸っぱく言ってるのにさー」

 

彼女から零れるのは確かに嫉妬の感情だ。しかし、そこにイオリが感じているような後ろめたさはない。それが羨ましくて、イオリは月の言葉に聞き入る。

 

「っと、話ずれちったなー。なんだっけ?…そうそう!嫉妬の話!大事なのはその感情をしっかり相手に伝えること!」

 

「けど…」

 

「けどもかかしのないの!人なんて見ただけで全てを理解できるわけないんだから、しっかり自分の感情を伝えていかないと分からないんだよ!ズルいって思ったらズルい!羨ましいって思ったら羨ましい!そう伝えないとダメだぞ!」

 

「…子供っぽくない?」

 

「意地張って黙って、それで離れて後悔する方がよっぽどダサいとルナちゃんは思うぞ!なにより、馬刺し君はイオリちゃんのことをほっぽりだす様なつまんない男なの?」

 

「そんなことないよ!うまぴーがイオリたちを見放すことなんて絶対にあるわけない!」

 

「ほら、答え出てんじゃん」

 

「あ…」

 

先程と変わらない、天真爛漫な笑みを満月を背に浮かべる月。その姿は正しく月のお姫様そのものだ。そのお姫様に背中を押されたのだ。イオリの目には、既に涙は引っ込んでいた。

これからやることは決めた。イオリは決意を胸に、月を真正面から向き合う。その姿は、先程のような萎縮した姿の面影すらなくなっていた。

 

「月ちゃん、ありがとう!イオリは、これから突撃したいと思います!」

 

「いいねいいね!青春だね!恋は当たって砕けろってね!」

 

「砕けるつもりはないですよ!…うん!ヤマトイオリ、いってきます!!」

 

「いってらっしゃい!」

 

元気よくお辞儀をし、イオリは公園から飛び出した。その姿が見えなくなるまで、月はイオリに激昂の念を込めて手を振り続けた。

 

「っと、どこだっけかなー」

 

イオリの姿が見えなくなると、ブランコの片隅に放置したお酒を取り出す。こんな気持ちに、一杯やらないのはもったいない。その感情の赴くままに、缶のプルタブに指を掛けて、封を開けた。

 

「くうううぅぅぅぅ!!!うまーい!!」

 

その酒は、今まで飲んだどの酒よりも美味しかった。それは次に目を覚ました時に、月が唯一覚えていた記憶だった。

 

 

 

 

 

アップランドについたイオリが最初に目指したのは、メンテちゃんの所在地だ。アップランド一忙しい男の称号をほしいままにしているばあちゃるは、たとえ事務所内でもその姿を捕らえるのは容易ではない。そして、そんなばあちゃるの居場所を理解してる人物はシロとメンテちゃんの二人だけだ。

 

「メンテちゃん!!」

 

「ひぁ!?い、イオリさん!?驚かさないでくださいよ!」

 

「メンテちゃんメンテちゃん!うまぴーどこにいるか分かる!?」

 

「ちょっとはこっちのことも!…まあいいです。ばあちゃるさんですね。少し待ってくださいね」

 

急かすイオリの視線にメンテちゃんは諦め、社内GPSでばあちゃるの姿を確認する。頻繁に移動をするばあちゃるの為に開発し、使用されているこの社内GPSは実はメンテちゃんの自作だ。そして、それを使用できるのも実はメンテちゃんだけだったりする。

 

「えっと…今は屋上にいますね。ベンチに座っているようですし、移動する様子もないですよ」

 

「ありがとう!ちょっとうまぴーに会ってくるね!」

 

「ちょ!?待ってください!ばあちゃるさんは先程のシロさんとのケンカ?のようなものがまだ解決していないので、少しそっとしておいた方が…」

 

「大丈夫!シロちゃんのこともイオリさんとうまぴーにお任せあれ!」

 

「あ、イオリさん!?」

 

メンテちゃんの制止の言葉など聞きえれず、イオリはばあちゃるがいる屋上に駆け出した。扉を閉めずに飛び出したイオリに、メンテちゃんは小さくふくれっ面を晒す。

 

「…なんでなんか負けた感じになっているのでしょうか…いやいや!?私とあの人はあくまで仕事仲間で!シロさんはともかく、あの子たちに嫉妬するのはおかしいことで!…って違う違う!!嫉妬なんてしてないです!!」

 

その日、アップランドの事務所では縁の下の力持ちであるメンテちゃんが、顔を赤くして錯乱しているという珍しい風景が見られた。その様子は、他社員に温かい目で見られていたそうな。

 

屋上へと続く階段をイオリは全力で駆けあがる。ばあちゃるへ向けるこの愛も、先程胸に灯っていた嫉妬も、全部を彼に伝えるために全力でばあちゃるを求める。湧き上がる感情の勢いのまま、イオリは屋上に繋がる目の前の扉を力いっぱいこじ開けた。

 

「うまぴー!!」

 

「うおぉ!?い、イオリン!?」

 

イオリの全力の呼び声に、ばあちゃるは驚いた声を上げる。イオリの訪れることがよほど予想外だったのだろう。驚愕の表情を浮かべるばあちゃるがどうにも可愛らしくて、イオリは彼への愛情を大きくした。

 

「イオリは!うまぴーが大好きです!」

 

「は、はい?ちょ、いおりん?」

 

「頑張ってお仕事する姿も!イオリのお話を一生懸命聞いてくれる姿も!優しく抱きしめてくれる時の表情も大好きです!!」

 

胸から溢れるばあちゃるへの愛を、感情のままに伝える。頭だってあまりいいわけでもなく、言葉にするのは苦手だ。それでも、この胸に灯る彼への愛は、全部の全部、底が尽きるまで伝えたい。けれど、その愛は底があるとは思ってもいない。だから言葉が尽きるまで伝えるのだ。

 

「えっとね、えっとね!学園でなとちゃんと気持ちよさそうにお昼寝してる姿も!ごんごんちゃんと楽しそうに笑ってる姿も!すーちゃんの音楽を聴いてるときの姿も!とっても大好きなんです!それと、それと…!わぷっ!?」

 

「…違うっすよね、イオリン。いっぱい大好きを伝えてくれるのは嬉しいっすけど、伝えたいことは他にあるんすよね?」

 

「…うん」

 

言葉に詰まるイオリを、ばあちゃるは優しく抱きしめた。そしてばあちゃるの言葉に、イオリは目を見開き、力を抜いて体を預ける。愛を伝えたいのは嘘ではない。それでも、その先を察してくれるばあちゃるに、イオリはどうしても嬉しくなる。ああ、思った通り、ばあちゃるならイオリの悪いところも受け入れてくれると、そう確信することが出来た。ばあちゃるにしか聞こえない様な小声で、イオリは自分の暗い感情と向き合った。

 

「イオリね、悪い子になっちゃったんですよ」

 

「そんあことないっすよ。イオリンは良い子っすね、完全に」

 

「んーん…イオリね、そのですね、ズルいってすっごい思う様になっちゃったの」

 

「ズルい?」

 

安心させるように、ばあちゃるはイオリの背と頭を優しく撫でる。イオリはそれに身を任せながら、自身の気持ちをしっかりと吐き出していく。

 

「この前、うまぴーがちえりちゃんとキスしたでしょ?その時くらいかな、ちえりちゃんにすっごいズルいって思うようになったの。そこから、みんながうまぴーと仲良くなるのを聞くたびに、イオリの中がねズルいズルい!って言ってくるんですよ」

 

「…それは、さっき言ったなとなとやごんごんとかにも?」

 

「…うん。イオリね、今までにもズルい!って思うことがあっても、こんなにみんなに暗い気持ちを向けることはなかったの。だからイオリ、悪い子になっちゃったのかなって…」

 

気持ちの丈を伝えるのは、勇気があることだ。それがマイナスの感情であれば尚更である。受け入れてくれるという確信があっても、心のどこかで拒否られるかもという気持ちだって存在していた。急に湧き上がる不安に、イオリの目に涙が溢れそうになる。

その時、それを察するようにばあちゃるが、イオリの背中を優しく叩いた。

 

「イオリンはおバカっすねー。さすがアイドル部一のおバカっすよ」

 

「ええ!?ひどいようまぴー!」

 

「ふふ。いいっすかイオリン。イオリンがそんな気持ちになるのは、悪い子になったんじゃなくて、大人になったっすよ」

 

「…え、大人に?」

 

予想外のその言葉に、イオリは涙を引っ込め、驚愕する。優しく背を叩くばあちゃるは、そのまま言葉を続ける。

 

「誰だって、ズルいって思う気持ちはあるっすよ。それこそ子供だって、おもちゃを取られてズルいとかそんな感情だってあるものです」

 

「うん」

 

「イオリンがズルいズルい!って思うのはワガママだけじゃなく、『独占欲』があるからなんすよ」

 

「どくせんよく…」

 

その言葉自体はイオリももちろん知っている。しかし、今までのイオリはその言葉を理解することはできなかった。確かに言いたいことは分かるが、独占したとこでいいことがない。みんなと共有していった方が幸せだと、そう思っていたからだ。、けれど、今は違う。仲間であるみんなに向けるこの暗い感情は、確かに『独占欲』だ。ピタリと、歯車が嵌ったような気がした。

 

「そっかぁ。これが『独占欲』なんだね」

 

「人は成長していくと譲れないモノが出来るものです。それが例え友達でも仲間でも、『譲れない、これは自分が一番だ』と思う様になるっすよ。だからイオリンが、そういう感情を持つということは決して悪いことじゃない。成長したって証拠なんすよ。それがばあちゃる君ってとこが、俺としてはすっごく嬉しいっすけどね」

 

苦笑しながら優しげな声でばあちゃるがイオリに伝える。それは耳から入り、イオリの身体に、心にゆっくりと浸透していった。

今だからこそわかる。ばあちゃるが恋文を貰った時の何故双葉があのようなことをしたのかを。最初に聞いた時は少し可哀想と思ったが、独占欲を理解した今のイオリには双葉の気持ちがよく理解できる。うん。今のイオリが、うまぴーがラブレター貰ったなんて聞いたらきっと正気じゃいられないなー、なんてどこか他人事のようにそう思った。

そして、イオリはふと友人である一人の人物が思い浮かんだ。

 

「…ごんごんちゃんって、凄いんだね」

 

「ん?急にごんごんがどうしたっすか?」

 

「んー…だってごんごんちゃんも、イオリみたいに独占欲があるんだよ?それなのに、みんなと一緒がいい!って選んだごんごんちゃんは凄いなーって思ったの」

 

「ああ、そうっすね…ごんごんがいなかったら、今のばあちゃる君たちも無かったっすからねぇ」

 

思い浮かぶのは金髪の友人『金剛いろは』。イオリとめめめと並んでおバカトリオ『チームhoose』のリーダーでもある彼女には尊敬の念を送らざる負えない。彼女の決死の行動が、今の関係のきっかけだとしたらと思うと、イオリは今度いろはに何か奢ってあげようと、思っていた。

幸せの腕の中にいるのは良いが、もう一つ、気になることがある。イオリは意を決してそのことを聞くことにした。

 

「…ねえうまぴー。シロちゃんは、大丈夫なの?」

 

「ありゃりゃ。メンテちゃんが零すとは思えないですし、これは見られてたっすね」

 

頭を撫でる腕が離れる。きっといつもの誤魔化す様に後頭部を掻いているのだろう。少し寂しいと感じながらも、話の続きが気になり、上目遣いで催促をする。

 

「あの時のシロちゃん、なんか焦ってる感じがしたよ?うまぴー何かやっちゃったの?」

 

「ばあちゃる君が何かやった記憶はないっすけど、心当たりはあるっすね」

 

「…大丈夫?」

 

シロのことを任せれるとしたら、それはばあちゃるしかいない。けれど先程のやりとりを見た様子だと、どこか不安を覚えてしまう。先程零れた言葉にその不安が混じっていることは、ばあちゃるにも感じることが出来た。

 

「正直、ばあちゃる君だけじゃちょっと無理っぽいっすね」

 

「えぇ!?」

 

返ってきた言葉は予想もしていなかった弱気なものだった。シロに関しては絶対的な自信を持っていたばあちゃるから聞かされるその言葉は、意外というものではない。

 

「けど大丈夫っすよ。シロちゃんにはばあちゃる君だけじゃなく、色んな友達や仲間がいるっすよ。…だから、なんも問題はない」

 

「うまぴー…」

 

力強く、自信を持って言うばあちゃるに、イオリの胸に灯る不安は消えていく。いつだって、ここ一番の時のばあちゃるは信頼できる。イオリは安心しきったように、再び胸の中に身体を預けた。

 

「イオリに出来ることがあったら何でも言ってね!全力でお手伝いするよ」

 

「それは頼もしいっすね」

 

その話題はそれっきり、以降は口数も少なく、イオリはばあちゃるの腕の中を堪能する。

二人っきりの屋上。そんな秘密の密会は、夜空に浮かぶまん丸とした月だけが知っていた。

 

 



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彼と迎える幸せな朝(初期メン込みチームhoose)

何の変哲もない平日の夜
一人暮らしのばあちゃる邸にアポなしのお客さんが来たようで…?


(番外編)


『くううぅぅぅぅぅぅ!!』

 

日も暮れ、外も街灯が既についた午後8時前。『ばあちゃる』は自宅で、自身がプロデュースするアイドル部の一人『神楽すず』の配信をリアルタイムで視聴していた。

ひと昔の忙しさが嘘のように、仕事も安定期に入ってきた。また生徒会の三人の助力もあり、ばあちゃるはここ最近の残業時間がかなり減少傾向にある。今日も多少の残業があったが、7時から開始されたすずの配信に間に合い、自宅で仕事上がりの珈琲片手に視聴していた。

 

『あー!!この配信中に倒したかった――!!…はい。もう時間なので、今日はここでやめておきますね…』

 

「全然納得してない顔をしてるっすねー」

 

画面越しに見える、悔しさを隠さず不貞腐れるすずに苦笑を浮かべる。その清楚な見た目と、少年のようなハートとのギャップが彼女の魅力の一つだ。そして自分も、その魅力に捕らわれている一人でもある。空腹を訴える腹を無視して配信を見ている自分に、もう一度苦笑を浮かべた。

 

『えっと、次回の配信は…ってイオリさん?…えぇ!?ちょ、本気ですか!?』

 

「ん?」

 

画面から漏れる驚愕の声に、ばあちゃるは首を傾げる。画面のすずは配信の確認から携帯端末にを覗き込みながら、驚きの表情を浮かべていた。それは視聴者も予想外のことであったためかコメント欄にも『なんだ?』やら『どうしたどうした?』と言って単語が並ぶ。

 

『あ、いえいえ。ちょっと驚くことがあっただけです。…って時間がもうヤバい!?えっと、次の配信は22時からちえりさんです!またドタバタしちゃいましたけど、配信を終わりますね。お疲れ様でした』

 

慌ただしくも、最後に笑みを浮かべ別れの挨拶と共に配信は終了される。すずはゲームに夢中になりすぎてしまい、いつも終了ギリギリまで熱中してしまう。このことは視聴者も慣れたことであり、コメント欄にはいつものように短い終了の挨拶も対して『お疲れ様です』の単語の最後に、彼女のトレードマークであるレモンの絵文字を添えて答えている。その慌ただしさも、彼女の少年のような内面に直結しているのだろうと、ばあちゃるは考察した。

 

「にしても、最後のあれはなんだったっすかねぇ?」

 

配信最後のすずの言葉から、同じアイドル部の『ヤマトイオリ』からの連絡が原因であることは想像できる。イオリからの連絡で驚愕することとは何か。いくら考えてもその答えは出てこない。そもそも、イオリはアイドル部の中でも独特の世界観を持っている子だ。それを想像するのはばあちゃるにはなかなか難しい。それは、ばあちゃる本人も理解していることだ。ならばここでうんうん悩んでも仕方がないと、思考を放棄する。覚えていれば明日にでも本人に確認すればいいだろうと、ばあちゃるは席を立った。

次に行われるちえりの配信まで2時間ほど時間がある。それまでに夕食やシャワー、家事などを済ませよう。キッチンに向かいながら、冷蔵庫の中に何があったか思い出していると家のチャイムが鳴った。

 

「こんな時間にどなたっすかね?…はいはいはい。今出ますよー」

 

今日は誰か訪問する予定はなかったはず。それを思い出して首を傾げるばあちゃるを急かす様に、再びチャイムが鳴る。それに多少のイラつきを覚えながらも、急ぎ足で玄関に向かった。

 

「はいはいはい。どなたっす…か…?」

 

「ほら一緒に言うぞ、いろは!」

「ちょちょ!?まって!?まだ心の準備が!」

「聞きませーん!いっせーの」

 

「「「来ちゃった♪」」」

 

「えっと…めめめめにごんごん、それにイオリン?」

 

玄関にいたのは予想もしていなかった人物たち。先程のすずの配信でも名が挙がったヤマトイオリに『もこ田めめめ』。そして『金剛いろは』の三人だ。少し前に動画になった『学力テスト』際に結成した『チームhoose(ホース)』(誤字にあらず)の三人でもある。

可愛らしく『来ちゃった♪』と言っているが、彼女たちの来訪は本当に予想外であり、ばあちゃるは可愛らしくウィンクまでする三人に反応できずにいた。

 

「ほらー!滑るって言ったじゃん!これはウケないって、いろは言ったじゃん!!」

 

「嘘つけ―!?言い出しっぺはお前だろいろは!?勝手に発言を改変するなよな!」

 

「あれ?可愛くなった?ねぇねぇうまぴー?イオリたち可愛くなかったですか?」

 

「はいはいはい。大丈夫っすよイオリン、しっかり可愛かったですからねー。ほら、めめめめにごんごんも、そんなとこでケンカしてないでとりあえず家の中に入って」

 

ケンカをする二人に詰め寄るイオリ。困惑しながらも、慣れた手つきでイオリの頭を撫でて、全員を家に迎え入れた。落ち着いて話をするために、ひとまず全員リビングに通す。客人になにも出さないのは流石に忍びないと思い、ばあちゃるは途中にキッチンに足を運んだ。

 

「えっと…冷えた緑茶しかないっすけど、大丈夫っすか?」

 

「いろははオッケーだよ!」

 

「イオリも大丈夫!」

 

「よし。それと、コップは…」

 

「あ、ならコップはめめめが持つよ」

 

「お。それじゃあお願いするっすよ」

 

「えへへ。任せて!」

 

いろはとイオリと共に、リビングにいると思っていためめめが横から顔を出す。ばあちゃるはそれに特に驚かず、小さく感謝をした。その感謝の言葉を嬉しそうに受け取り、笑みを浮かべてばあちゃると共に二人の待つリビングに向かう。

 

「あー!めめめちゃんズルい!?」

 

「さっそく抜け駆けしたよこのマトン!?」

 

「抜け駆けとはひどい言いがかりだなー。めめめはプロデューサーの家のことならある程度知ってるから、手伝おうと思っただけだよ?えっへっへ」

 

「さらっとマウント取ってきてる!?ムカつく―!」

 

「うまぴーうまぴー!イオリも何かお手伝いしたい!何か手伝えることありますか?」

 

「三人揃えば姦しいとは言いますが…この三人が揃うと止まらないっすねぇ。っとじゃあイオリンにちょっとお願いしちゃいますねー」

 

「何でもやるよ!イオリさんにお任せです!」

 

些細なことで盛り上がる三人に、イオリの頭を撫でながらばあちゃるは苦笑する。このまま見ていても埒が明かないので、とりあえずねだるイオリにコップに緑茶を注ぐのを頼む。そして注ぎ終わったコップをそれぞれに配り、落ち着いたところで話を切り出した。

 

「それで?三人はこんな夜遅くにばあちゃる君のお家にきて、何か用があるんすか?」

 

「えっとね、イオリたちは今日ちえりちゃんとお話したの。それでそれで!そこにりこちゃんもやってきて、うまぴーの作るご飯は美味しいよって話になったのです。イオリはうまぴーのご飯食べたことないからいいなーって思ったんだけど、そしたらめめめちゃんが卵焼きが絶品だよって言ってね!あ!卵と言えば今日学校で飼ってるニワトリさんが卵産んだよ!一生懸命産んだ卵を食べるのはなんか可哀想だなーって思ったんだけど、それは仕方がないことだと思うんだよね。だって、卵もお肉もイオリは大好きですし、食べれないと死んじゃうと思うの。そのままちょっと悲しくなっちゃって、そのままアルパカさんの餌をあげたの!その時ふと思い出したんだけど、月ってちょっとずつ小さくなっていってるだって!うまぴー知ってましたか?イオリは知らなくてビックリしちゃったの!それでね…なんの話をしてたんだっけ?…そうそう!うまぴーのお家にお泊りに行こうってことになったのです!」

 

「えと…ごんにめめめめヘルプ!」

 

「ちえりちゃんとりこちゃんズルい!いろはたちも、うまぴーの家にお泊りしたーい!」

 

「うん。色々はしょるけど、めめめたちはお泊りに来ました!」

 

「なぜそうなったのか聞きたいっすけど!?」

 

マイペースに自分の世界を満開の笑顔で展開するイオリ。冷や汗を流しながらめめめといろはに援護を頼むが、戻ってきたのは結論だけ。さすがに頭を抱えるが、深く考えては負けと彼女たちの付き合いから理解していたばあちゃるは、思考を放棄してとりあえず話を進める。

 

「…つまり、三人は泊りにきた、ってことでいいっすか?」

 

「そうです!」

 

「…一応確認っすけど、ご家族に許可は」

 

「貰ってる!!うまぴーなら大丈夫でしょってことでモーマンタイだよ!」

 

「めめめは一人暮らしだから問題なし!たぬきはお利口だから、明日の分のご飯も用意しとけば自分で食べれるし心配ないよ!」

 

「おお!たぬきちゃんお利口だね!」

 

「ご家族の許可をもらっているならとやかくは言わないっすよ。…と、なると問題は…」

 

親御たちからの無心の信頼に小さな不安を覚えるが、同時にその信頼が嬉しくなる。その湧き上がる喜びを横に置き、今は向き合う問題に思考を移した。

 

「それで三人共はご飯は食べてきたっすか?」

 

「うまぴーと一緒に食べたかったから食べてないよ?」

 

「いろは的には夕食はちょっと早かったからなー。それならみんなでうまぴーのところで食べようってなったの」

 

「なるほどなるほど。おーけーです。ばあちゃる君もいい感じに空腹っすから早速ご飯にしちゃいましょうか」

 

「晩御飯は何にするの?買い物に行くならめめめも一緒に行くよ」

 

「いや、それは大丈夫っすよ」

 

めめめの問いに、何故か苦笑するように答えるばあちゃる。首を傾げるめめめたちは、ばあちゃると共にキッチンへと足を運んだ。そして、ばあちゃるに促されるように冷蔵庫の戸を開けた。

 

「おお!白菜にお豆腐。しらたきにひき肉にシイタケだぁ!!」

 

「色々あるじゃん!これって、もしかしてお鍋?」

 

「よくわかったっすね、ごんごん。そろそろ温かくなってきたっすから、暑くなる前に最後の鍋でもやろうと思ってたっすよ。まさにベストタイミングってやつっすね」

 

「…にしてもひき肉がやけに多くない?流石にこの量は多すぎでしょ」

 

「…それはとあるハンバーグの残りっすね、完全に」

 

先日押しかけに来た生徒会長の爪痕だ。『またハンバーグ作りに来るから!』と言い残して多めに買って、ばあちゃる宅に保存を任された。今更ながら賞味期限は考えなかったのだろうか?…考えなかったんだろうなぁ…

首を傾げる生徒会長の姿が頭に過り、ばあちゃるは頭を抱えた。そんな姿のばあちゃるに三人が首を傾げていると、再びチャイムが鳴る。その音は三人にも予想外だったようで、全員が顔を見合わせた。このまま放置するわけにはいかない。出迎えるために、何故か全員で玄関に向かった。

 

「はいはいはい。どなたっす…か?…は?」

 

「はぁ…はぁ…はぁ…ふぅ。来ちゃいました」

 

「すーちゃん!?」

 

玄関には膝に手を乗せ、酷い汗を流しながら荒い呼吸をしている神楽すずの姿があった。先程まで画面越しに見ていた存在が、今目の前にいる。超展開の連続でさすがのばあちゃるも思考を停止せざる負えなかった。

 

「え!?なんですーちゃんがここに!?」

 

「水臭いじゃないですかイオリさんにめめめさん、いろはさんも!私だってチームhooseの一員なんですから、プロデューサーの家にお泊りに行くなら誘ってくださいよ!」

 

「さらっと抜けた癖に一員面してるー!?」

 

「すずちゃん…それは…それはちょっとズルいよ」

 

「何でですかぁ!?私だってプロデューサーの家にお泊りしたいんですよ!?」

 

「よしよし。すーちゃんもお泊りしたかったんだよね。イオリも一緒だから大丈夫だよ?一緒にお泊りしよーね」

 

「ううぅ。イオリさん…あなたは天使だ…」

 

「あのー、玄関で茶番をやられると流石にご近所さんに迷惑なんで、中に入ってもらってもいいすかね」

 

めめめといろはの白い目に晒されながら、イオリの胸で泣くすず。そんな四人を呆れ顔を浮かべながら、家に誘導した。

よほど全力で来たのだろう。彼女の額を伝う汗の量は非常に多い。汗拭き用のタオルを渡し、緑茶とは別に、水分補給用に冷蔵庫に冷やされていた麦茶も渡す。かなり冷えているため身体に悪いと思ったが、むしろすずには都合がよかったのか、受け取ってすぐに飲み干した。

 

「ふはぁ!ありがとうございます、プロデューサー。もう喉が渇いて仕方なかったんですよ」

 

「はいはいはい。別に構わないっすよ。それにしても、さっきまで配信してたっすよね?もしかして、終わってすぐにこっちに来た感じっすか?」

 

「あ、もしかして見ててくれたんですか。ちょっと恥ずかしいな…配信見てくれたのなら知ってると思うんですけど、最後の方にイオリさんからプロデューサーの家にめめめさんといろはさんと共にお泊りに行くことを知らされまして、気付いたら自転車に乗ってました」

 

「すずちゃんってもしかして、かなりアグレッシブルだったりする?」

 

「というより、アイドル部全体が行動力の化身みたいなところがあるよね」

 

自分の行動に呆れてなのか、苦笑をしながら言うすずに釣られて笑みを零す。このままなら三人も四人も変わらない。そんな開き直りをしながら、ばあちゃるたちは夕食の調理に取り掛かった。

 

「よぉし。それじゃあめめめは野菜の切り分けお願いしてもいいっすか?」

 

「りょーかい!めめめにお任せ!」

 

「じゃあイオリもめめめちゃんのお手伝いをするねー」

 

「包丁の取り扱いには注意っすよー。それじゃあすずすずとごんごんは、ばあちゃる君と一緒に肉団子を作っていきましょうか」

 

野菜の切り分けと、肉団子作成に二手に分かれる。エプロンは流石に全員分はなかったので、それぞれのリーダーとなるばあちゃるとめめめが装着することに決着がついた。エプロンの取り合いにも発展しようとしたが、ばあちゃる邸に置かれているエプロンは実質めめめ専用と化しているため、他三人の羨望と嫉妬が混ざった眼差しを背に、めめめの一人勝ちに落ち着いたようだ。

シンクは切り分けの二人に任せ、ばあちゃるを含む三名は大きなトレーを持って、リビングのテーブルへと集まっていた。

 

「はいはいはい。それじゃあね、今日のお鍋のメインになるお団子を作っていきましょうかね」

 

「えっと、こんな感じでしょうか?」

 

「お、さすがすずすずっすね。そんな感じの食べやすい一口サイズにしてくれると助かるっすね」

 

「ねね、うまぴー!こんなのはどう!?」

 

「いやいやいや!?それは、大きくし過ぎですよ!?」

 

「すずすずの言う通りっすね。それじゃあ食べにくいですし、何よりも熱が通るのに時間もかかっちゃうっすよ」

 

「あ、そうなんだー。じゃあ、大人しく小さくするね。…ねえ、うまぴー?」

 

「…なんか既視感がきたっすけど…なんすか?」

 

「隠し味入れるなら今じゃない?」

 

「たまたまと同じこと言ってる!?たまたまにも言ったっすけど、初心者はまずマニュアル通りに作るとこから始めるものっすよ!例外もあるっすけど、基本的に応用も型破りのアレンジも、型を覚えてからそれを崩すものです。料理の基本もまともにできないごんごんは、まず基本からしっかりしないとダメっすよ」

 

「ちぇー。怒られちゃった…だってさすずちゃん」

 

「へ!?なんでそこで私に話を振ったんですか!?」

 

「だって、すずちゃん持ってるそれってタバスコじゃん」

 

「すずすず?」

 

「ち、違うんですよぉ!?これは、その…ほんのいたずら心が働いて!」

 

「いたずら心から鍋がロシアンルーレットになるなんて、洒落にもならないっすね!?」

 

「というかそもそも何で、ここにタバスコがあるんですかぁ!?」

 

「あ、それはいろはが持ってきた」

 

「いろはさん!?」

 

「やぁっぱ元凶はごんじゃないっすか!?」

 

「アッアッアッ」

 

「向こうは楽しいそうだなー」

 

「急いで切っちゃって向こうに合流しよっか!」

 

楽しそうに騒ぐ三人の声に、めめめは羨ましそうにリビングの方へ視線を送る。それに同調するように頷き、そこに合流するためにめめめの背を押すイオリ。普段は静かな夜のばあちゃる邸は、過去に見ないほどに盛り上がっている。その盛り上がりは一向に収まらず、野菜を切り終わっためめめとイオリが合流してからも収まらなかった。

 

「ねぇねぇうまぴー!見て見て!お星さまですよー?」

 

「いやー、イオリンすっごい器用っすね!これは食べるのがもったなくなるっすよ!」

 

「さすがイオリン!めめめの靴下と同じ星を作るなんてわかってるなぁ!」

 

「めめめさん!?なんで自ら手榴弾のピンを抜くような行為をするんですか!?」

 

「うわ!?なんか一気にダサくなったぞ!?」

 

「靴下ダサいもこー?」

 

「ダサくねぇよ!?いろはにプロデューサーもなんでそんなこと言うんだよぉ!」

 

「大丈夫だよ、めめめちゃん。イオリはめめめちゃんの靴下がダサくても、めめめちゃんのことが大好きですよー?」

 

「ありがとうイオリン!けどフォローになってないよ!?」

 

「さすがイオリさんです」

 

「すずすずって、何気にイオリンに事になるとポンコツになるっすよね」

 

そんな騒がしくも、楽しげな雰囲気はひき肉を全部消費した後も続いた。

ところ変わってキッチン。シンクの下の棚から、少し大きめな鍋を取り出す。軽く洗った後に、昆布、水、しょうがをいれて中火で熱する。煮立つ前に昆布を取り出して、小皿に少し注いで味を確認。そして味を調えるために、少量の塩を加える。そこからは慣れた手つきで、白菜にネギ、しらたきにシイタケと食材を投下。その調理姿を四人は後ろから見ていた。

 

「なんか、うまぴーの料理姿ってすっごい様になるよねー」

 

「わかります。慣れた手つきと紺色のエプロンがそれをより引き立てますよね」

 

「朝に一緒に料理するんだけど、ホントにプロデューサーって料理慣れしててさ。その姿に料理中ってことを忘れて時々見惚れちゃうんだよね」

 

「後姿がすっごいかっこいいよね。お父さんみたいに安心できるよ!」

 

「…聞こえてるっすよねぇ」

 

見惚れながら零れる四つの声に、ばあちゃるは密かに頬を染める。誤魔化すように咳払いをするばあちゃるに、四人はより笑みを浮かべてその後ろ姿を見つめていた。

小さなガスコンロを取り出し、食器と共に鍋をリビングに運び込む。切り分けをした野菜に、形がまばらな肉団子を入れた鍋に蓋をする。それを中火でじっくりと煮つめていく。鍋の蓋にある通気口から、白い煙が噴き出てきた。いい感じに煮え切った、五人で協力して作った特性お鍋の完成だ。

ばあちゃるとイオリが協力して小さな器を全員に渡す。そして、全員が鍋を前に手を合わせた。

 

「「「「「いただきます!!」」」」」

 

「んんーー!!おいしい!!」

 

「おしおし。味付けも悪くないっすね。ごんは反応でわかったっすけど、他のみんなはどうっすか?濃かったらいってくださいね」

 

「ぜんぜん問題ないよ!うまぴーの味付けはイオリにドンピシャでなんか嬉しくなっちゃうなー」

 

「めめめはもうプロデューサーの味付けが好みになっちゃったからなー。美味しいとしか言えないよ」

 

「めめめさんがさらっとマウント取ってきてて草。あ、私も問題ないですよ。それにしても、みんなで食べるといつも以上に美味しくなりますよね」

 

「はいはいはい。お鍋とかまさにそうっすよね。『空腹と、共に食べる仲間の顔が最大の調味料だ』とはよく言ったもんっすよ」

 

「わかる!それいろはもわかるよ!お弁当とか冷めててあんまり美味しくないんだけど、めめめたちと一緒に食べるといつも美味しくなるんだよね!!」

 

「おぉう。いろは急にデレるな。なんか恥ずかしいぞ。…って辛ぁ!?何!?え、なんでこの肉団子こんなに中真っ赤なの!?」

 

「あ、めめめさんが引いたんですね、そのタバスコ肉団子。私のお手製ですよ」

 

「嘘でしょすずちゃん!?なんでタバスコなんて入れたの!?」

 

「というかマジで入れたんすか!?」

 

「え、だってあの流れは入れるべきかと」

 

「すずちゃん。食べ物で遊んじゃダメですよ?めっ!」

 

「ああ…私は天に召されるだろう…」

 

「すずちゃんがまた限界化したー!?」

 

「怒られたんだから、むしろ天じゃなくて地獄じゃない?」

 

「巫女のごんに言われると割と洒落にならないっすね」

 

「すずちゃんなら地獄でもなんとかなりそう」

 

調理中も予想していた通り、食事の最中もその騒がしさは留まることを知らない。しかし、それすらもこの食事にとっては最高の調味料だ。鍋を囲みながら、和気藹々と食を進める四人を見ながら、ばあちゃるは今の幸せを噛み締めた。

 

 

 

 

 

 

騒がしい夕食も一段落。使った食器はすでに洗浄が済んで、食器乾燥機の中で急速に乾燥処理が行われている。時刻は9時半。騒がしい時間だと思っていたが、思いのほか時間はかかっていなかったらしい。ばあちゃるは食事場となったリビングのテーブルを拭きながら時計を見てそんな感想を浮かべた。

10時からは確かちえりの配信だと考えていると、廊下の奥から姦しい少女の声。何を隠そう、チームhoose(初期メン込み)が仲良くお風呂タイムなのだ。当初は、ばあちゃるが先に入る流れだったのだが、イオリが『うまぴーのお背中流します!』という発言から順番が変わった。冗談と聞き流せばと思うが、発言主はあのヤマトイオリ。その瞳は真剣そのものだったため、急遽順番が入れ替わることとなったのだ。幸い、乗り気だったのはめめめだけだったので、すずといろはの協力で何とかことを得た。これがもし、いろはかすずのどちらか抜けていたらきっと押し通されていただろう。それを想像すると、背筋に冷たい汗が伝うのと同時に、男性としての興奮が胸に灯った。

お風呂から出てきたのだろう。廊下から響く声が徐々にこちらに近づいてくるのがわかる。それ声に、正気に戻ったばあちゃるは振り払う様に首を勢いよく振った。

 

「おっ風呂上りは、気持ちがいいなー!」

 

「う、うまぴー…あがったよ…」

 

「何小さくなってるんだよ、いろは」

 

「うぅ…だってぇ!」

 

「大丈夫!ごんごんちゃんはかわいいよ?」

 

顔を真っ赤にして、ばあちゃるから身を隠すように隠れるいろは。そんないろはが可愛くて仕方ないのか、めめめとイオリは優し気な眼差しで視線を合わせていた。しかし、その行動は優しさなど感じられない様な力強さでいろはを引っ張り出そうとしている。いろは一人で二人に勝てるはずもなく、そのままばあちゃるの前に引っ張り出された。

 

「おぉう…」

 

「あぅ…ちょ、うまぴー!そんな見ないでしょー!」

 

「そんなに恥ずかしいなら無理しなくてもいいのに」

 

「でもでも!これはごんごんちゃんが言い出しっぺだし、やらなきゃダメなやつだよね?ほら、言い出しっぺの法則ってやつです」

 

真っ赤にして羞恥心を隠すように怒るいろは。呆れ顔のめめめにドヤ顔のイオリ。三者三様の表情を浮かべているが、ばあちゃる的にはそれどころではなかった。そう三人が来ている服に問題があったのだ。彼女たちが身に纏うのは、何を隠そうばあちゃるのワイシャツに短いパンツ。通称『彼シャツ』と呼ばれるものだ。

三人とも背は高いが、それでもばあちゃるの方が幾分か高い。さらにかなり丈の短いパンツのためか、シャツに隠れてまるで下半身は穿いていないように見える。どこか扇情的に感じる三人の姿に、ばあちゃるは見惚れてしまっていた。

 

「っと、はいはいはい!いやー、そのね、ありきたりなことしか言えないっすけど、三人とも…その…いいっすね…」

 

「たださえ少ないプロデューサー語彙力がさらに低下した!?」

 

「うぅ…なんかこっちもより恥ずかしくなるよぉ」

 

「大丈夫だようまぴー!ほら、イオリたちは下もしっかり穿いてますよ?」

 

「うわぁ!?イオリン!?見せるのは流石にマズいよ!?」

 

「ウビィ!?ちょ、ちょっとばあちゃる君はすずすずの様子を見てくるっすね!!」

 

シャツの端をもち上げ、下に穿いていることを見せるために下半身を晒すイオリ。その一連の動作は無邪気さも相まって、どこか背徳的なものを感じ取れる。さすがにこれ以上ここに留まるとマズいと感じ取ったばあちゃるは、まるで逃げるようにその場を後にした。

 

「すずすずー?戻ってくるのが遅れてるっすけど、大丈夫っすか?」

 

「うぅ。ぷろでゅーさぁ…」

 

脱衣所の扉の前で、中に聞こえるように少し大きな声で問いかける。逃げる言い訳にしたすずだが、実際に戻ってくるのが遅くなっていたことには少し気になっていた。返ってくる弱気な声に、ばあちゃるも何か問題があったのか、不安を感じる。

 

「どうしたっすか?なにか問題でもあったっすか?」

 

「ああ、いえ!その、原因は私なんで大丈夫なんですけど…その…」

 

「その?」

 

「…着替えを持ってくるのを忘れてしまいまして」

 

「はい?」

 

返ってきたのは意外な事実。そこでばあちゃるは、すずは配信が終わると同時に家を飛び出してきたということを思い出す。そこでばあちゃるは脳内で、ある仮定が思い浮かんだ。

 

「あー、もしかして、衣類を全部、洗濯機に放り込んだりしちゃったり?」

 

「………はい」

 

「あー…はいはいはい。それは…やばーしっすね」

 

たっぷり溜めて何とか吐き出したすずの答えと、その奥の方から聞こえる洗濯機の音にばあちゃるは天を仰いだ。

急に泊りに来た4人だが、お風呂に入る際にその衣類は彼女たちのをまとめて洗濯機に入れてもらう様にしたのだ。乾燥器も完備してあるばあちゃる宅であれば、夜中にまとめれば四人分であろうが一晩で何とかなるとのことでの決断だ。すずもその考えに賛同していたし、さっきの発言も問題はない。しかし、すずは何も持たずに来たのだ。寝間着も明日の衣類も…そして下着も。さすがに何も着せないのはまずい。

 

「あの…プロデューサー?」

 

「ッ!?はいはいはい!ここはばあちゃる君にお任せっすね!」

 

扉越しの裸体のすずを想像してしまい、赤面を誤魔化すようにばあちゃるは急ぎ足でその場を後にする。

下着は…この際仕方がないとして、せめてすずに着せる寝間着代わりを探す。先に出た三人の様にワイシャツもいいかもしれないが、彼女の背丈でワイシャツだけは色々と危険だ。ちえりの時は、まだ『絶対に手を出さない』の意思を持っていたが、今は違う。下に何も着ていないと知った状態で、スタイルが抜群にいいすずの裸彼シャツなど見てしまえば、さすがのばあちゃると言えど耐えれる自信はなかった。

ならばどうしようかと頭を捻る。とりあえず自身のタンスを開くと、そこにちょうどいい感じの自分の寝間着が見つかる。これならばと思い、すぐ様に取り出して、すずの元に届けることにした。

 

『こんちぇりー。ちえりだよ』

 

「うまぴーもすーちゃんも遅いねー?」

 

「何か問題でも起きたか?…ってほら、いろはもいつまでも恥ずかしがってないの」

 

「いや、けどさぁ!…うぅ…やっと慣れてきたよ」

 

「すみません!遅れました!」

 

時刻は10時を回り、先にリビングで寛いでいた三名は配信を開始したちえりの放送を見ながらそんな言葉を交わす。戻ってこない二人を心配してか、イオリは頻繁に脱衣所に続く廊下に視線を向ける。顔の熱が大分下がってきたいろはに呆れながらも、めめめもイオリに同意するように頷いた。

ちえりの最初の雑談の途中に、後方からすずの声が響く。その声に少し安心を抱き、三人は振り向いた。そして、すずが着ている服に、驚愕する。

 

「わぁぁ!!パジャマなすーちゃんだぁ!…うんうん!シックな感じがすっごく似合ってるよ!」

 

「そ、そうですか?イオリさんにそう言ってもらえると嬉しいですね」

 

「けど、そのパジャマ、ちょっと大きくない?…というよりそれ、男物じゃない?」

 

「あ…はい。実はこれ、プロデューサーのなんですよ」

 

いろはの問いに頬を赤く染めて『えへへ』と可愛らしく笑みを浮かべながらすずは頷いた。

彼が好んでいるのか、紺色の落ち着いた色のパジャマを纏ったすずに、後方にいるばあちゃるは頬を赤く染めたままそっぽを向く。その寝間着の下は何も身に着けていないという、ばあちゃるとすずしか知らない秘密に、謎の高揚感を感じてしまう。

 

「男物を着るのは初めてなんですけど、パジャマだからかあまり気にならないですね。むしろ着心地はいいですよ、これ」

 

「あー!いろはもそっちにすればよかったなぁ」

 

「ダメだぞいろは。いろはは言い出しっぺなんだから強制的にワイシャツだ!」

 

「けどごんごんちゃんの気持ちもわかるなー。すーちゃんでもおっきいパジャマなんだもん。なんかうまぴーに抱きしめられてる感じがしそうだよ」

 

「い、イオリさん!?ちょっと意識しそうになるので、そういうことは言わないでください!」

 

少し丈が長い袖を揺らしながら、すずはイオリに詰め寄る。その反応が楽しいのか、イオリは笑顔を浮かべながらそれを躱し、逃げだした。広いリビングで、ちえりの配信をBGMに姦しい四人にばあちゃるは苦笑を零す。

特別な感情も向ける四人。全員がその年齢に見合わずにスタイルがいいが、その内面はまさに年相応だ。彼女たちにそういう感情を向けてしまうのは、いけないことだとも思いながら、それを否定はしない。しかし、そう言った感情と向き合うのは、彼女たちがもう少し成長してからだ。はしゃぐ四人を、後ろから見ながらばあちゃるはそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、もう寝るっすよー」

 

「えー!!もっと遊びたい!」

 

時刻は進んで日付が変わる10分前の11時50分。ちえりの配信も無事に見終わり、五人で楽しく談笑していたら既にこんな時間だ。健康的なイオリは既に舟を漕ぎだしている。

 

「そんなこと言ったって明日は普通に学校っすよ?明日のばあちゃる君は、通勤時間が遅めだから問題ないっすけど、みんなは違うっすよね?」

 

「えぇー。それならいろは、うまぴーと一緒に登校するー!」

 

「そんなことしたら、なとなとがうるさいことになるっすね、完全に」

 

「『風紀、乱れてませんか?』なんて青筋立てながら上目遣いで睨んできそうだな」

 

「容易に想像できますね、それ」

 

五人分の布団が敷かれたリビングにて、いろはは不満げに唇を尖らせる。そんないろはの横で、なとりの真似をするめめめ。その再現度にすずは、苦笑を零した。

今から30分ほど前に、雑談の中で、いろはたち四人はどこで寝るかという問題が上がる。幸い、予備やら来客用の布団が多めにあったので、テーブルを片付けてリビングで寝ることに決着がつく。ばあちゃるは自分の寝室があるが、イオリの為の奔流と他の面々のチームワークに気付いたら同じ部屋で寝ることになってしまった。ばあちゃる本人もそのことに関して、否定的ではなかったのでこれと言って問題があるというわけではないのだが。

 

「はいはいはい。それじゃあね、電気を消すっすよー」

 

「うー。なとりんに怒られるのは嫌だし、仕方ないかぁ」

 

「怒ったなとちゃんは怖いからね…いや、ホントに。遅刻してた時はよくお世話になったよ」

 

「実感籠ってて草。…ほら、イオリさん。もう寝ましょうね」

 

「…わかったー」

 

すずに導かれるように、意識半分が既に夢の中のイオリは一足早く布団に潜った。全員が布団に潜ったのを確認した後に、ばあちゃるはリモコンを使ってリビングの明かりを消す。

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

「はぁい。おやすみなさーい」

 

「あ、プロデューサー。明日の朝ごはんはどうする?」

 

「冷蔵庫にある程度残ってますし、ありあわせにしましょう。お手伝い頼むっすよ、めめめめ」

 

「えへへ。はぁーい!それじゃ、おやすみなさい」

 

「あ、それなら私も手伝いますね」

 

「それは助かるっすね」

 

「いろはも!いろはも手伝うよ!」

 

「「いろは(さん)は大人しくしてろ(てください)!」」

 

「なんでー!?」

 

電気が消えた後も、変わらず談笑は続く。しかし、徐々に睡魔が回ってきたのか、いろはから順に静かになっていき、ついにはばあちゃるを除いて全員が夢の世界に旅立った。

今日は騒がしくも楽しかった。一人暗闇の中、振り返る。一人でアイドル部の配信を見ながら過ごす日々も悪くはないが、こんな日もたまにはいいだろう。きっといい夢が見れる。そう思いながら目を瞑った。

 

「…んぅ…おじゃましまーす…」

 

「へ!?イ、イオリン!?」

 

いい感じに眠気が回り、このままゆっくりと意識が落ちていく感覚に委ねようとしたその時。自身の布団に侵入者が現れた。からだの力も完全に抜けきった状態での侵入に、ばあちゃるは何も抵抗が出来なかった。

 

「えへへ…あったかぁい」

 

「は、はいはいはい。あのですね、これは、さすがにね、やばーしなんでね!?」

 

そのままイオリは抱き枕の様にばあちゃるの腰に抱きつく。さらに足も、ばあちゃるの足と絡めるように身を委ねてきた。イオリの豊かな胸が、ばあちゃるの胸に潰れるように押し付けられる。油断したところに無邪気な暴力に、ばあちゃるは頬を朱に染めながらなんとか自身の性の暴走を抑え込んだ。

 

「いいでしょー。なとちゃんと一緒にお昼寝してること、イオリは知ってるんですよ?」

 

「だ、だとしても!これはちょっと、流石に!」

 

「……」

 

「い、イオリン…?」

 

「………Zzz………」

 

「嘘っすよね、イオリン!?このまま寝付くっすか!?ってか、力つよッ!?」

 

眠そうにしていたのは分かっていたが、まさかこのタイミングで眠りに落ちるとは予想できなかった。しかもかなりの力で抱きしめられており抜け出すことも容易ではない。この細腕のどこにそんな力があるのか理解が出来ないが、これ以上無理やりにでも抜け出そうものなら、イオリが起きてしまう。目の前に幸せそうに眠るイオリの寝顔を汚すことなど、ばあちゃるにはできなかった。

されど胸に当たる見事な果実に、足に絡まる少女特有の健康そうな太もも。本人にその自覚がなくとも、女性の誘惑は確実にばあちゃるの精神を削る。

 

「いやいやいやいや!それは、マズい」

 

いっそ手を出してしまえば楽になる、と頭によぎるが振り払う様に首を振る。彼女たちの関係は、確かに合意の上だ。きっと将来的にそのような関係にもなるだろう。ばあちゃる自身も、そうなりたいと思っている。しかし、それは今ではない。彼女たちは未だ学生で、夢半ばの少女だ。勢いに任せて行為に至っては、いい結果にはならないだろう。…なにより一度関係を持ってしまったら、自分だけならず彼女たちも歯止めが利かなくなる。何故かそうなる確信がばあちゃるには合った。

 

「…よし。心頭滅却すればなんともないっすよ。意識を集中して…」

 

意識を逸らすために脳内で、以前の飲み会で酔って暴走したふくやマスターと、お酒の席の雰囲気に飲まれた道明寺晴翔のケンカを思い出す。ケンカ内容は『どちらがばあちゃるの親友として優れているか』というばあちゃるにとってどうでもいいことであったが、どうにも二人には大事なことだったようだ。割りと白熱していき、何故か共に止めに入っていたのじゃおじまで参戦して、場は更にカオスになったのを覚えている。

結果は決着がつく前に、何故か一緒に観戦していた鈴鹿詩子から放たれる謎のオーラに恐怖を感じて逃げ出したというオチだ。横から『…ばあちゃる総受けはイケるな』という呟きが聞こえた時の、身の毛がよだつ感覚は今でも覚えている。

 

「…よし。思い出したくないことが出てきたけど、おかげで落ち着いたっすね」

 

冷たくなる背筋に、性欲など彼方へ飛んでいく。そして今度は癒しを求めて、イオリの頭を撫でた。無意識に甘えるように、顔を擦り付けてくるイオリが堪らなく愛おしい。胸に溢れる暖かな気持ちと共に再び訪れた眠気に、ばあちゃるは改めて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

「…ん…んん?」

 

窓から差し込む朝日に、いろはは目を覚ます。はっきりしない意識のまま、体を起こして虚空を見詰める。

 

「…はれ…ここ…は?…」

 

見慣れない大きなテレビに家具。寝ぼけた意識が徐々にはっきりしてくると、ようやく自分がいる場所を理解する。ここはばあちゃる邸のリビングだ。

 

「んんー!!いい朝だ!」

 

固まった体を解すように、背を伸ばす。予想以上に身体が休めたのか、多少体を動かすだけで今日が絶好調であることを察せた。

人見知りであることを自覚しているいろはは、今の自分に結構驚いていた。いくら恋する相手の家とはいえ、ここまでリラックスして過ごせることが予想外だだったのだ。

 

「…えへへ」

 

もしこのまま結ばれても、きっと上手くいく。何故かそんな確信が出来てしまい、いろはは幸せに溢れる感情につい笑みを浮かべてしまう。

時計を見ると6時半。学園から離れているばあちゃる宅からでも、登校するにはまだ早い。どうしようかと考えた時、ふと思い出す。

 

「あれ?そういえば、みんなはどこなんだろ?」

 

首を傾げる。一緒に眠った友達と、愛する人がそこにはいなかった。布団は畳まれていないので、まだ家の中にいることは予想できるが…ならばどこにいるだろうか。疑問を胸に、いろははリビングを後にした。

廊下を出て、真っ先に向かったのはキッチンだ。脱衣所に併用されている洗面台で顔を洗おうとも考えたが、それよりも先にみんなのことが気になった。いろはの予想通り、キッチンからは楽しそうな四人の声が聞こえる。悪戯心から、驚かそうと忍びながらキッチンを覗き込んだ。

 

「めめめめー。ご飯はどうんな感じっすか?」

 

「あと十分もすれば炊き上がるよ。炊き立ては美味しいからそれに合わせて仕上げちゃおっか」

 

「お魚さんもいい感じの焼き加減ですよー?すーちゃんはおろしは大丈夫?」

 

「大丈夫ですよ。初めてやりますけど、大根おろしって思いのほか力を使いますね。結構楽しいです!」

 

「めめめお手製の味噌汁もいい感じですし、ばあちゃる君の方も卵焼き作っちゃいましょうか。手が空いた人がごんごんを起こしに行ってくださいっすねー」

 

「「「はーい!」」」

 

「…ぁ…」

 

目の前の光景は、いろはの幸せだ。大好きな人と、大好きな友人たちが、一緒に楽しそうに何かをやっている。そこには恋も友情も家族愛もある、いろはが願う幸せの形。その求めていた光景が広がっていた。

その光景に、何故か言葉が出てこなくなる。胸からどうしようもなく幸せが溢れてくる。気が付くといろはは、涙を流していた。求めていたその光景に、動けなくなってしまう。

けれど、このままではダメだと体に活を入れる。見ているだけではダメだ。いろはだって、目の前の幸せに加わるべきなのだ。それはきっと…目の前の光景を広げる四人だって同じ思いのはず。いろはは、今以上に幸せになる決意を胸に、勇気ある一歩を踏み出した。

 

「おはよー!ねえねえ!いろはも何か手伝わせて―!」

 

「「いろは(さん)は大人しくしてろ(てください)!」」

 

「なんでー!?」

 

「こらー!いくらごんごんちゃんがお料理できないからって可哀想だよー!」

 

「イオリン!?昨日も思ったけど、フォローになってないよ!?」

 

「…しょうがないっすねぇ。ほら、急いでその顔を洗っておいで。そしたら一緒にお弁当を作るっすよ」

 

「ッ!…うん!!」

 

煽り煽られの遠慮のない関係からか、辛辣な言葉が飛んでくるが、最後のばあちゃるの言葉に再び涙が溢れそうになる。その涙を見せないように、いろはは脱衣所に駆け出す。しかし、その顔に悲壮なものなど勿論なくて…あるのは、幸せに溢れた少女の顔だ。

きっと、今日はいい日になる。そんな確証はどこにもないが、何故かそんなことをいろはは確信した。

 

 

 

 



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彼を拒絶する私の選択

特に代わり映えのない一日になるはずだった…


何の変哲もない平日の午後。その日、突如として電脳世界にあるネットワークに接続されたほぼ全ての機械がシステムダウンした。

 

それはあまりにも突然の出来事で、システムダウンをしてから一時間たった今でも現状を打開する術は見つかっていない。町の至る所でその混乱は広がり始めている。そしてその混乱は、ばあちゃる学園でも例外ではなかった。

 

「どうかな、あずきち?なんとかなりそう?」

 

「…これも、ダメですね。…PCの電源が入ったのでいけるかと思ったのですが…そもそもネットワークに繋げようにもこれです」

 

アイドル部の部室。プログラマーである『木曽あずき』は広げている自身のノートPCの画面を横に立つ『牛巻りこ』に開示した。その画面はなんとか起動してデスクトップを映しているが、ブラウザには『503』という無常なエラーコードが表示されている。

 

「これって鯖落ちしてるってことだよね?検索エンジンとかの大企業が鯖落ちとか、聞いたことがないんやけど」

 

「過去にGo〇gleが鯖落ちしたことがあるとは聞いたことがありますが…これはそういうレベルではありません」

 

「マイナーを含めて、大手すべてが鯖落ちしてるもんね。かなりの規模だよこれ」

 

「ダメだ―!校門にすらいけなかったよー!!」

 

「焦るのは分かりますが、とりあえず少し落ち着きましょうか」

 

うんうんとうねる二人の元に、突如の来訪者が訪れる。風紀委員長の『八重沢なとり』と『猫乃木もち』の二人だ。落胆するもちをなとりが慰めているが、なとりもなとりで今の事態に困惑していることがわかる。あずきとりこは、戻ってきた二人に視線を向けた。

 

「もっちーにこめっちもおかえり。その感じだとやっぱダメだったか~」

 

「そうなんだよ!あずきちの言う通り、システムが完全に逝っちゃってるから校門はもちろん、校庭に出るための昇降口の扉すらダメだった!!」

 

「しかも2階までの窓も完全に締め切ってますね。これではどうやっても外に応援を呼ぶことは出来そうにないです」

 

「ひえー!最新鋭の警備システムが見事なまでに裏目に出てるよ!」

 

「…」

 

もちは項垂れる様に、ソファに勢いよく背を預ける。普段であればその行為になとりは窘めるのだが、今の状況は仕方がないと苦笑を零した。

システムダウンが起きて数分後、学園の生徒もその状況に混乱をし始めていた。りこの言う通り、最新鋭が裏目に出て外に出ることが出来ないという状況が、どうしようもない不安を煽っているためだ。その状態にいち早く動いたのは同じアイドル部の『夜桜たま』と『金剛いろは』である。

生徒会長であるたまは、生徒たちを不安にさせないように学園のアイドルでもある、アイドル部のメンバーを分担させて見回りを行っうことにした。高等部ではたまを中心に『もこ田めめめ』、『北上双葉』、『ヤマトイオリ』が巡回している。人を癒すことを得意とするメンバーが巡回することで、これ以上の不安を煽らないためだ。

そして中等部では『カルロ・ピノ』と『花京院ちえり』の二人だ。唯一の中等部であるピノと、彼女と一番親交があるちえりが抜擢された。そして管弦楽部である『神楽すず』は、部活仲間に加え、吹奏楽部も巻き込んで至る所で演奏会を開いき、音楽による癒しを提供している。

 

「いろはは大丈夫だった?」

 

「戻る途中に保健室に寄ったけど、やっぱり忙しそうにしてたよ」

 

「『この混乱は絶対に怪我する子が出る』って言って保健室に飛んで行ったときは驚きましたが、さすがいろはさんですね」

 

「…金剛さんは人見知りですが、人一倍に周りを見ています…だからこその行動だと思います」

 

そしていろはは、学園の保健委員を集めて、怪我人の治療を行っている。それは混乱し始めるよりも前、それこそたまが行動を始めるより早くに動き始めたのだ。

いろはの予想通り、混乱により物や他人に当たる人が少なからず出てしまう。しかし、その状況も、いち早くいろはが行動をしたおかげで、対処が早かった。怪我をした者、怪我を負わされた者。そして、けがを負わせてしまった者のメンタルケア。今の保健室は間違いなく修羅場となっていた。

 

「手伝おうとしましたが、断られちゃったんですよね」

 

「『機械関係ならりこちゃん、あずきちゃんがいるからいいけど。自由に動ける人もいたほうがいいでしょ?こっちは任されたから、そっちの方は頼んだ!』なんて、ズルいよねぇ」

 

「ホント、金剛いろはという女はなぁ…」

 

額に汗を浮かばせながら、笑顔で告げるいろはの姿を思い出す。そのいろはの期待に応えたいと、もちは改めて胸に決意を込めた。

 

「それで、何か手伝えることはある?」

 

「と、言われましても、現状は何もできることはないのが今の状況ですね」

 

「プログラミング部のPCに放送室にあったPC。さらに牛巻とあずきちの個人のPCで、何かできることがないか色々と探ってみたけどお手上げ状態さ。まさに打つ手なし」

 

「う。それではどうすれば…」

 

「幸い、システムダウン時にネットに繋がってなかった私のPCは無事でしたが、牛巻さんのPCを含めて他全てが完全にアウトです」

 

「…無事のPCがあるというのは本当ですか!?」

 

「うぇ!?淡井先生にメンテちゃん、エイレーンさんまで!?学園にいらしてたんですか!?」

 

話を割り込むように、アイドル部の部室に侵入者が訪れる。その言葉と共に部室に入ってきたのは、学園の臨時教師である『淡井フレヴィア』に、諸事情で学園に訪れていたアップランドの社員『メンテちゃん』。そして、メンテちゃんと共に学園に訪れていた『エイレーン』の三人だった。彼女たち三人も、システムダウン時にあずきとりことは別に事態の解決に調査をしていたのだ。

 

「実は今日、学園で話し合い…というか会議をする予定だったので訪問していたんですが、まさかこのような事態になるとは…」

 

「メンテちゃんもこっちにいるし、事務所の方も心配だよね(-。-;」

 

「そんなことより!無事なPCがあるというのは本当ですか!?」

 

「え、えぇ。ここに一台だけ、あります」

 

「一体どうしたんですかエイレーンさん。確かに緊急事態ですが、ネットに繋げれないのならPCあってもあまり役に立たないと思いますが…」

 

「ありがとうございます!…ネットに繋がらないのではないんですよ。これは、より上の権限からムリヤリ停止させられているのと同じ状況です」

 

鬼気迫るエイレーンに押され、あずきは自身のPCをエイレーンに預ける。それに一言お礼を言い、驚異的なタイピングとマウスを操作しながら何かに接続していく。

そして、エイレーンの言葉にメンテちゃんと淡井先生と共に、四人も共に首を傾げた。

 

「上の権限?ってことはユーザーみたいなのが、今は動くなって命令してる感じ?」

 

「バカな。いくらハッキングしても、そんなことをすれば瞬く間に他の防犯システムなどに止められるはずです」

 

「だからここら一体の、全ての機械のシステムを落としたんですよ。そうすれば、警報システムや防犯用のシステムも共にダウンするので問題ないでしょう?」

 

「そんな力業ってある?」

 

「あまり現実的ではないですね」

 

もちとなとりはその現実的ではない方法に、疑念が浮かぶ。しかし、その方法に心当たりがあるのか、淡井先生とメンテちゃんは険しい表情を浮かべる。

 

「…まさかエイレーンさん。今回の一件は『キズナアイ』さんが発端だというんですか?」

 

「えぇ!?なんでここでアイさんが出るんですか!?」

 

「…なるほど。確かアイさんは、ひと昔の対テロ組織の際に、似たような方法で相手の兵器を無力化していましたね。しかし、アイさんは政府の保護下にあります。なによりそのようなことする動機がわかりません」

 

「あ、あずきち?なんか怒ってない?」

 

珍しい感情を表に出すあずきの姿に、りこは驚きながら怪訝そうな表情を浮かべる。実は、件の研究所での事件の際にあずきは、アイとプライベートで連絡を取り合う仲になっていた。尊敬する人であり、友人である人物を犯人扱いをされては、 さすがのあずきも穏やかではいられるわけがない。

 

「アイさんはありえないですよ。あの人は今日、アカリさんと同じ収録スタジオにいたことが分かってますからね」

 

「そーいえば、システムがダウンする前にアカリちゃんと連絡とってましたもんね(^^)」

 

「ですです。その時、横にアイさんがいたのは確認できましたから、アイさんではないことは分かっています」

 

『きっと今頃は、そのスペックを全力で使って、別方面から解決に奔走していると思いますよ』とエイレーンは付け加えた。その言葉に、あずきはホッと胸を撫で下ろす。違うと信じていても、アイにはそれが可能にするスペックが伴っている。それを否定してもらえることは、あずきの中にあった多少の不安を払拭するには十分だった。では誰が、と再び袋小路に入る前にエイレーンが言葉を続けた。

 

「一人いるじゃないですか。スペック的にアイさんに並んで、さらにアイさんを打ち負かすほどの期待値がある人物が」

 

「…まさか」

 

「…シロちゃん?」

 

「ふざけないで下さい!!」

 

淡井先生の言葉を否定するように、メンテちゃんが声を荒げてエイレーンに詰め寄る。その瞳には、怒りで染まっていた。

 

「シロさんがそんなことするわけないじゃ無いですか!今の言葉、撤回してください!!」

 

「牛巻もメンテちゃんに同意かな。シロぴーがこんなことをするなんて考えられない」

 

「私もりこさんと同じです。アイさんに動機がないなら、シロさんにだって動機はないですよね?」

 

メンテちゃんに続くように、ばあちゃる一派が後に続く。共に並ぶあずきももちも同じで、全員でエイレーンに視線を向けた。しかし、エイレーンを援護するように、淡井先生が一歩踏み込んだ。

 

「ばあちゃるさんが原因にあったらどうかな?」

 

「え!?」

 

「ここでプロデューサーちゃん!?」

 

「…さすが淡井さんですね。馬と彼女の間に何かあったのか知っているんですか?」

 

「『何か合った』くらいかな(・・;) 少し前にシロちゃんと会ったけど、その時に何か抱えてる感じがしたんだよね(-∧-;)」

 

「あなたもですか。私も馬が何か抱えてるのは知っていましたが、終始『これは自分で何とかする』で聞き入れてくれませんでしたね」

 

悔しそうに顔を浮かべるエイレーンと呆れ顔の淡井先生。そんな二人の会話に、メンテちゃんは何か思い出したように顔を上げた。

 

「…先日。事務所でばあちゃるさんとシロさんが、ケンカをしていました。その時はいつもの変わらないと思ったのですが、よく見ると雰囲気が違ったんです」

 

「というと?」

 

「ばあちゃるさんがおせっかいをかけて、シロさんが拒絶する。そんないつも通りの光景かと思ったら、珍しくばあちゃるさんがシロさんの拒絶を押し切ってまで詰め寄っていたんですよ。…ええ。今思い出しても、あれは少し異常な光景でしたね」

 

「あー!!それイオリンが言ってたやつ!ほらこめっち!この前の朝のSHRも前だよ!」

 

「え…あぁ!!言ってましたね!『少しシロちゃんがおかしかった』って言ってました!」

 

クラスメイトであるりことなとりが、思い出したように声を上げた。その事実に、メンテちゃんはより顔を顰める。

 

「けれど!それだけでは理由とはいえないです!」

 

「確かにそうですね。しかし、真相が二人にしかわからないのであれば、それはもう憶測でしか話が出来ません。なので、実際に見て見ましょうか」

 

「へ?」

 

「メンテちゃんさんが少し前に、馬に仕掛けた監視用のカメラを覚えていますか?実はあれ、あずきさんが回収したんですよ」

 

「そうなんですか!?」

 

驚愕の声を上げ、視線をあずきに向ける。急に矛先を向けられたあずきは、驚きによりビクッと身体を震わせたが、すぐさまに持ち直して同意するように頷いた。

 

「…はい。実はそのまま、カメラはエイレーンさんに持っていかれたのですが」

 

「ばあちゃるに問い詰めた時に、改めて設置したんですよ。絶対何かされるだろうと思っていたので、保険をかけていましたが正解みたいですね」

 

『PCが止められたのは想定外でしたが』と言い訳を零す。操作が終わったのか、現在いる全員にPCのディスプレイが見える様に移動させる。画面には見慣れた背中、『ばあちゃる』が薄暗い廊下が歩いてる動画が映っていた。

 

「ばあちゃるさん!?」

 

「ここは…どこかの研究所でしょうか」

 

「って回線は繋がってるとはいえ、システムはダウンしてるんでしょ?なんで繋がってるの?」

 

「私はテロ組織との戦線は途中で離脱しましたが、逃亡中及び兵姫奪還時は馬のバディだったんですよ?隠すことなら人一倍得意なんです」

 

「アイさんとシロさんの管理下を抜けるなんて…あなたバケモノですか」

 

異類を見るような視線を向けるメンテちゃんに、ドヤ顔で返すエイレーン。その顔に、敵わないなと、どこか諦めがついたメンテちゃんだった。

 

「あ、じゃあ私は他のアイドル部の子たちを呼んで来るね(=゚▽゚)大分時間もたったし、落ち着いた子も増えてきただろうから、みんなが抜けても大丈夫だと思うし( ・ω・)」

 

「あ、ではお願いします。これはきっとアイドル部の子たちも見るべきことだと思うのでなるべく早めにお願いしますね」

 

「任せて!( ̄ー+ ̄)」

 

「あ!じゃああたしも手伝います!なとりんはどうする?」

 

「勿論行きますよ!私たちは高等部の方に行くので先生は中等部の方をお願いします!」

 

「了解!(°∀°)ゝ”」

 

そう言い残して淡井先生となとりともちは、部室を後にする。それを見送った残りの四人は、再び画面に視線を映した。そこには一言も言葉を発することなく、一心不乱にどこかへ向かうばあちゃるの姿が映されている。

 

「…ばあちゃるさん」

 

無意識にあずきは彼の名前を呼ぶ。そこには、何かを託すような祈りが籠っていた。

 

 

 

 

 

「…来た」

 

海に近い廃墟と化した研究所。そこの屋上に『電脳少女シロ』はただ一人、誰かを待っていた。海が近いだけあって、屋上からは白い砂浜と、青い海が見渡せる。海から潮風がシロの髪を撫でた。

整える様に髪に手を添えたその時、屋内の階段に続く扉が、軋む音を立てながら開かされる。小さく深呼吸。決意を胸に。シロは扉から現れた人物、『ばあちゃる』に視線を向けた。

 

「遅かったじゃん」

 

「…はいはいはい。何せ、機器ほぼ全てがダウンしてるんでね、ハイスペックのばあちゃる君でも流石に時間がかかるってもんっすよ」

 

「いつもの瞬間移動でくればよかったのに」

 

「いやいやいや、それはできないっすよね。機器だけじゃなく、ばあちゃる君の能力もダウンしちゃってるよね、完全に」

 

「…ふぅん」

 

知ってるくせに、と言いた気な呆れ顔のばあちゃるに、シロは適当に相槌を打つ。

少し前までによく見た馬のマスクは今はない。見慣れているのに新鮮な自分に似た彼の素顔に、シロは苦笑を零した。いつも口数の多い彼が余分なことは言わない。無駄話はする気はないのだろう。

 

「…それで?シロちゃんは一体ばあちゃる君にどんな用があるっすかねぇ?今は大変な状況だって、シロちゃんだって分かってるっすよね?」

 

「うっわ白々しい。それこそ分かってるくせにぃ」

 

「はいはいはい。意表返しってやつっすよ。…単刀直入に聞くっすよ。何が目的っすか」

 

シロの予想通り、さっそく本題に話が映る。普段の彼とは考えられない、その射貫くような視線にどこか寂しさを感じてしまう。しかし、長い付き合いだからこそ知っている。そういう顔をする彼に、あれやこれを言って濁したところで意味がないことを。

諦めたように、シロはストレージからあるものを取り出す。シロの手に少し大きいくらいのそれを、地面を滑らせるように、ばあちゃるへ渡した。それを何か確認したのか、ばあちゃるは顔を顰めた。

 

「…どういう…ことっすか」

 

「馬はシロのことならなんでも分かるんでしょ?その道具を渡す意味、分からないなんて言わせないよ」

 

「ッ!?なぁ!?」

 

それを…『拳銃』を拾い、顔を上げたばあちゃるは驚愕で顔を染める。目の前には今拾った同じ拳銃の銃先をこめかみに当てたシロの姿が見えたからだ。そんなばあちゃるの姿に、クスリと笑い、柔らかい笑みを浮かべながらシロは言葉を放つ。

 

「ねえ、馬。シロと一緒に死んで」

 

「それ…は…」

 

困惑するばあちゃるに追い打ちをかける様に、言葉を続ける。

 

「シロね、思い出したんだ。46号の記憶」

 

「はッ!?そんなバカなッ!?あれはメモリが完全にダメになったはずです!」

 

「そうだよ?でもね、奇跡的にデータの奥底、簡単には解読できない奥の奥に残ってたの」

 

「…ッ」

 

歯を食いしばるばあちゃるに、シロは…46号は変わらず柔らかい笑みを浮かべる。それは、昔の暖かい大事な記憶を思い出す様な、そんな優しい笑みにも見えた。

 

「シロ、驚いちゃった。まさか昔のシロがこんなに馬のことが好きだったなんてね」

 

「…」

 

「生きる理由をくれた。知りたいことがたくさんあった。その隣に貴方がいた。…それがどうしようもなく、嬉しかった」

 

「……」

 

「そして…死ぬ理由もできた。…ねえ馬。シロは、46はね。死ぬ最後のその時まで何にも悔いはなかったんだよ」

 

「…ッ…」

 

ばあちゃると46の姿は対局だ。嬉しそうに思い出を語る46。感情を押し込むように思い出すばあちゃる。その柔らかい笑みのまま、46はばあちゃるを慈しむ様に視線を向けた。

 

「思い出して、改めて馬を見つめることが出来たの。…ねえ馬、生きてて辛くない?」

 

「…なにを」

 

「シロやアイドル部の為に奔走する馬に、実はシロ、心配してたんだよ?だから記憶を思い出して、それに納得したの。ああ、馬は46と兵姫に、未だ人生が捕らわれているだなって」

 

「それは違う!」

 

「違わない!!」

 

拒絶するばあちゃるをより大声で拒絶する。だって、46は知っている。46が亡くなって自信を喪失していた時のばあちゃるの姿を。自身のやりたいことが分からなくて、お世話になったアイとエイレーンを追ってバーチャルYouTubeになったばあちゃるの姿を。自分のことを無下にして、シロとアイドル部の為に、常に無茶をするばあちゃるの姿を。46はずっと見ていた。だから…知っている。ばあちゃるが誰よりも無茶をしていることは、46が一番知っている。知っているからこそ、自信をもってこう言える。

 

「だからごめんなさい。46は貴方にあんな重りを背負わせるわけにいかなかった。そこまで辛い思いをさせるなら、あんな決断をさせるべきではなかったの!けど、今度は置いていかないよ。ね、ばあちゃる…シロと、46と一緒に死んで」

 

「…46…ごう…」

 

改めてこめかみに銃先を当てながら微笑む。そんな46号にばあちゃるは苦しそうに、絞り出すように名を呼ぶことしかできない。

46号には確信があった。ばあちゃるは絶対に、一緒に死んでくれると。彼の苦しみに何もできないまま、理解も出来ないまま、見ていることしかできなかったのだ。だから、理由を知った今ならはっきりわかる。ばあちゃるは…あの時から止まったままなのだ。ならば私が導いてあげないと。彼の足を止めてしまった私が。確かな決意と、確固たる確信をもって、ばあちゃるを見つめた。

しかし、そこからのばあちゃるの行動は46にとって、予想外のものだった。落ち着くためにゆっくり深呼吸をして、何かを思い出す様に何度も頷く。そして、何かを決意するように握り拳を作り、持っていた拳銃を放り投げた。

 

「え!?」

 

「すみませんね、46号。ばあちゃる君は、まだ死ぬわけにはいかないっすよ」

 

その行動は46号にとって予想外の他ならない。理解が出来ないばあちゃるの行動に困惑しながらも、しっかりと見据える。そして、手を広げながら近づいてくるばあちゃるに混乱したまま声を荒げる。

 

「こ、来ないで!」

 

「確かに、少し前までならきっと46のお願いを受けていたのかもしれない。けど、今は違うんだ」

 

「来ないでって言ってるでしょ!?」

 

声を荒げる46号に、今度はばあちゃるが柔らかい笑みを浮かべながら近づいてくる。その暖かさに包まれてしまえば、きっとこの決意も揺らいでしまう。

揺らぐ46号など知らず、ばあちゃるは愛しい思いを胸に、46号の頭を撫でた。

 

「俺は…ばあちゃる君はいっぱい、いっっぱい色んなものを貰ったっすよ。

 

なとりから暖かさを

 

りこから癒しを

 

すずから恋を

 

たまから嫉妬を

 

めめめから朝を迎える嬉しさを

 

もちから立ち向かう勇気を

 

ピノから愛を

 

いろはから共に歩む覚悟を

 

あずきから受け入れる想いを

 

ちえりから一緒に立ち向かう願いを

 

双葉から独占欲を

 

イオリから優しさを

 

…アイドル部から、愛し合うことを教えてもらった」

 

「来ないで!…来ないでよぉ!」

 

「それだけじゃない。アカリンからだってはるはるやふくふく、のじゃロリさんにみとみとからも、色んな友人たちから数えきれないほど色んなことを貰って、ばあちゃる君はまだ全部それにお返しをしていない。それに…」

 

思い浮かぶ大切な人たち。同僚、友人、仕事仲間。そして、愛する人たち。彼らを残して、この世を去るという選択は、ばあちゃるの中にはなかった。なにより、ばあちゃるは…

 

「俺は…ばあちゃる君は…みんなと生きていきたい。そう思っているっすよ」

 

「…ぁ…」

 

46号はばあちゃるの顔を見る。見てしまった。これからの先の未来を、生きていくと。大事な仲間と共に歩んでいくと決意したばあちゃるの顔を、見てしまった。そして、理解してしまう。46号がどうやっても、ばあちゃるを連れていけない事を。シロとして、ばあちゃると共に生きてきた経験が、そう訴えてくる。だって彼の眼は、誰が見ても、今を生きて、未来を見ている。過去は…もう見ていないのだから。

 

「それに、ちょっとばかしオイタが過ぎるっすよ46号。…いや、ロッシーちゃん」

 

「なッ!?え、えぇ!?」

 

「ほい、隙あり」

 

「あ、ダメ!?」

 

ばあちゃるから放たれる言葉に46号…ロッシーは驚愕を顔に染める。連続して起きる予想できない状態に、完全に呆気を取られたロッシーは、持っていた拳銃の持つ力を緩めてしまう。その隙をばあちゃるが見逃すわけがない。拳銃をあっさり奪い去り、先程投げた場所と同じ所に、放り投げた。

 

「い、何時から気付いていたの!?」

 

「実は割と最初からっすね。確信を持ったのは、46号の記憶を思い出したって言ったところからっすよ」

 

「そ、そんな前から!?なら今までのあれは演技!?」

 

「ばあちゃる君がシロちゃんを見間違うなんて、あるわけないっすからね。なかなかな演技だったでしょう?それにばあちゃる君は、46号の記憶を思い出したの発言からロッシーちゃんのことを46号と呼ぶことがあっても、シロちゃんとは一度も呼んでないっすよ」

 

「え!?…そういえばそうだ!?」

 

驚愕の事実にもう驚くことしかできない。むしろ驚きすぎて、頭を撫でられていることにロッシーは気付けないほどだ。

 

「さっきも言ったっすけど、46号のメモリは完全に死んだっすよ。何せ、ばあちゃる君がこの手でフォーマットしたわけっすからね。消した本人が言うっすから間違いないっすよ」

 

「なら、なんでシロちゃんが46号のことを知っているのかと考えたら、割とすぐに思い出したっすね。ロッシーちゃん。いや、AI64号のことをね」

 

「あ…」

 

それはロッシーの遥か昔の記憶。一番最初に覚えた、敗北の記憶だ。

他でもないシロの前世である46号に敗北したロッシーは、その一部を46号と同化させていたのだ。そしてシロとして生誕する際に、46号が最後に守っていた同化していたロッシーの一部と追加されたデータが融合。結果として、シロの中にロッシーが生まれたのだ。46号が64号に入れてまで最後に守ったのは、ばあちゃるとの思い出。その思い出はロッシーの中で確かに生きていたのだ。

 

「いやー。仮定まで浮かんだ時まさかと思ってたっすけど、今日で確信することが出来ました。…46号はロッシーちゃんの中で生きていたんっすね」

 

「あ、あの。おうまさん!」

 

「謝らなくても、大丈夫っすよ。むしろ謝るのはばあちゃる君の方だ。…辛かったでしょう?死ぬ決断をする記憶なんて…好きな人に殺される記憶なんて…辛くないわけ、ないっすもんね」

 

「…ぁ…うぁ…」

 

撫でられていた手は、気付くと背に回されていた。シロの身体が、何よりも安心する場所。ここは、ばあちゃるの腕の中と理解をした瞬間、ロッシーの涙を塞き止めていたダム崩壊した。

 

「うぁぁぁぁぁぁんんんん!!!おうまぁぁぁさんんんん!!!!」

 

「よしよし。辛かったっすね」

 

あやす様に頭を撫でる。それにさらに安心を覚えたのか、ロッシーはばあちゃるの胸の中にその涙を一切隠そうとしなかった。

ロッシーが自我を持ち始めたのは、実は最近の話だ。なぜ、シロという既にある人格の中に自分が生まれたのか、一切理解が出来なかった。さらに、自分に打ち破った存在の記憶も何故かある。混乱しないほうがおかしい。宿主であるシロとも、最初は上手くいかず、精神が幼いロッシーにとって辛い日々でしかなかった。

その中で、幸せだったのはシロとばあちゃるの日常。そして、46号とばあちゃるの過去の記憶だ。それを見ているだけで、胸が暖かくなる。ロッシーにとってばあちゃるとは、会ったことが無い憧れの存在だった。そんなばあちゃるに、優しく撫でられてる。抱えてる46号の記憶を辛かったねと慰めてくれる。どうしよもうなく救われた気持ちになった。

 

「お、おうまさぁん、…ズズ…ろっしー…」

 

「…ねえ、ロッシーちゃん。VTuberって興味ないっすか?」

 

「…え?…」

 

思いっきり泣いて、彼の腕の中にある暖かさに身を任せていると、ばあちゃるが優しそうに声をかけられる。VTuberは、知っている。シロの動画で、存在を隠して何度か出演したことがあるのだ。あの時は、メンテちゃんにも『シロの演技』で通したが、あの一時は楽しかった。

 

「たまーにシロちゃんの動画で出てたっすよね?よければ、いちVTuberとしてデビューとかしてみたくないっすか?」

 

「…ロッシー…できるかな?」

 

「誰だって最初はどうなるかは分からないっすよ。けど、ロッシーちゃんは輝くことが出来る。このばあちゃる君が、保証するっすよ!」

 

「あ…」

 

『これでも、人を見る目はあると自覚してるんでね』なんて、言いながら少し身を引いて手を伸ばしてくる。離れていく体温に寂しさを感じながら、指し伸ばされる手を見つめた。ああ、この人はこういう人だから、シロも46号も好きになったんだ。そして、この胸の高鳴りが訴えてくる。これが誰かを好きになるということなのだろう。

ばあちゃると、シロと。そしてばあちゃるの友人たちと共に、これから先の未来を見て見たい。ロッシーの中に、確かな意思が芽生えた。

 

「おうまさん、ロッシー…ッ!?」

 

「ロッシーちゃん!?」

 

恐る恐ると、ばあちゃるの手を取ろうとしたその時、一瞬ロッシーの痙攣してその場で固まる。そして、徐々にばあちゃるから逃げる様にゆっくりと後退し始めた。その姿は、まるで何かに抵抗をしているが、敵わず動かされているように見えた。

 

「…馬」

 

「その感じ、シロちゃんっすか!?」

 

「お…うま…さん…ッ!」

 

「ロッシーちゃん!?シロちゃん!いったいどうしたっすか!?」

 

交互に聞こえてくる高さの違う同じ声。長い付き合いから、それがシロとロッシーの違いは余裕で判断できた。しかし、今のこの状態は何だ。まるで、どちらかが抑え込んでいるように見える。

 

「お…うま…さんッ!シロおねえちゃんを…止めて!」

 

「大丈夫だよ、ロッシーちゃん。ロッシーちゃんは、後で用意したモデルに入れてあげる。道連れになんかしないよ」

 

「シロちゃん!?何を言ってるっすか!それじゃあまるで!?」

 

「おうまさん!!シロおねえちゃん、死ぬ気なの!止めてぇ!」

 

ロッシーの決死の叫びに、ばあちゃるは目を見開く。そのばあちゃるシロは手をかざす。その瞳に確かな決意が読み取れた。

 

「ダウン」

 

「ぐぅぅぅぅぅ!!??」

 

まるで重力が二倍になったかのように、体が重くなる。ばあちゃるはこの感覚に覚えがあった。使えるの力を圧倒的な権限で上から押さえつける方法。キズナアイだけが出来るはずの、強制システムダウンである。そして、そのアイと対抗するために作られたシロにもできる荒業だ。これは、今この町で起きている現象を個人にぶつけている際に起こるものだ。そこから導き出される答えは一つ。

 

「や…っぱ、今回…の!犯人は、シロちゃん…なんすね!」

 

「嘘でしょ!?適応してるの!?」

 

「い、いやいやいや。ばあちゃる君もね、これが精いっぱいですね、完全に。…一歩も動けない」

 

「そんな…おうまさん!」

 

驚愕するシロと、入れ替わるように心配するロッシーの声。なんとも不思議な感覚だと、どこか他人事のように重い身体を踏ん張りながら、シロを睨みつける。

 

「…なら、そこで大人しくしてて。シロが、全部終わらせるから」

 

「『はい、そうですか』で納得は出来ないっすね。悪いっすけど、意地でも止めさせてもらうっすよ」

 

対峙するシロとばあちゃる。常に同じ場所を向いてきた二人の対峙する姿に、ロッシーは胸が締め付けれる悲しみに涙を覚えた。

 

 

 

 



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それでも手を伸ばす俺たちの選択

 

海が見渡せる廃墟と化した研究所の屋上。そこには一組の男女が対峙するかのように、睨み合っていた。『電脳少女シロ』と『ばあちゃる』の二人だ。そして姿は見えないがもう一人この場にいる。それはシロの身体に一緒に存在している『ロッシー』だ。

能力を封じるだけでなく、動きもムリヤリ封じられたばあちゃるは、それでも諦めずにシロを睨みつける。

 

「馬にシロを止めれると思ってるの?」

 

「止めれるよ!だってシロお姉ちゃん、おうまさんのことが好きなんでしょ!?ならいっぱいお願いすれば、止めれるよ!」

 

「…ロッシーちゃん、ちょっと黙ろうね」

 

「あ、シロちゃ…」

 

(シロちゃん!?なんで!?ロッシーの声がおうまさんに聞こえてないの!?)

 

「…どうやら、身体の優先権はシロちゃんの方が上みたいっすね」

 

急に聞こえなくなったロッシーの声に、ばあちゃるは自分の考えを述べる。それは当たったようで、目前のシロは特に言い返すこともなく睨み返すだけだ。脳内で響く、ロッシーの声にシロは顔色一つ変えずにばあちゃるの横を通り過ぎる。

 

「それで?改めて聞くけど、馬がシロを止めることなんてできると思ってるの?」

 

「悔しいっすけど、ばあちゃる君がシロちゃんを止めれることは限りなく低いっすね」

 

(なんでそんなこと言うの!おうまさんならできるよ!!)

 

「いや、ホントは出来るって自信満々に言いたいところなんっすけどね、なんせね、もう説得を失敗してる状況なんでね」

 

「よくわかってるじゃん」

 

(そ、そんな…!?)

 

ばあちゃるが言うことを、ロッシーにも見当がついていた。それは、先日に事務所で行われたシロとばあちゃるのケンカの内容だ。あの時、シロは今回起こしている今の状況について、何も言わずじまいだったが、それでもばあちゃるはシロが何をやろうとしているのかはある程度理解していた。だからこそ、ムリヤリ唇を奪うようなことまでして引き留めようとしたのだ。しかし、その結果は分かっての通りの失敗である。その事を指すのであれば、ばあちゃるの言う通り、既に失敗しているようなものだ。

そして、シロという少女は、非常に頑固である。それは、彼女の中でわずかな時間であるが、共に生きているロッシーもよく理解していた。一度決めたことを絶対に曲げない。さらに好きな人の説得すら、引き離したのだ。ロッシーは最悪の未来が見えてしまった。

ゆっくりと歩きながら、先程放り投げられた拳銃の一つを拾う。諦めたように悲壮な表情を浮かべながら、再びばあちゃるに向き合った。

 

「馬ならわかるよね?シロ、とっても頑固なこと。一回説得下の失敗しちゃってるし、シロを振り向かせることは出来ないよ?」

 

「…ええ。そうっすね。ホントにホント、シロちゃんってばすっごい頑固っすからね。ばあちゃる君がいくら言ってもその決意を曲げることはないでしょうね」

 

(諦めないでよ、おうまさん!おうまさんが諦めたら、誰がシロお姉ちゃんを止めるの!?)

 

「…けど。もし、止めるのがばあちゃる君だけじゃなかったらどうっすかね?」

 

「なに?」

 

「はいはいはい!!それでは!上を見てもらいましょうか!!」

 

不敵に笑みを浮かべ、重い身体をムリヤリに動かして天を指す。それに釣られて、青空を見上げる。そして、気付く。何かが超速でこちらに飛んでくることに。

 

「はぁ!?」

 

「…………しぃぃぃぃぃぃぃぃろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉちゃあぁぁぁぁぁぁぁぁんんんんんん!!!!!!!!!!!」

 

こだまをするように、大きな叫び声が聞こえてくる。混乱する頭を何とか動かし、権限を使って飛んでくる物体をズームをして確認した。

幼女の体型、オレンジを主張した改造された巫女服。そして、見覚えがある美味しそうな狐の獣耳。見間違えるはずがない。あの姿は。

 

「のじゃさん!?」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

『バーチャルのじゃロリ狐娘元youtuberおじさん』。シロがVTuberの業界入りをして親しくしている、ばあちゃると共通の友人である。そんな彼が何故空を飛んでいるのか、何故シロの名前を叫んでいるのか、訳の分からないことばかりで頭は混乱するばかりだ。

現在、この町全土に個人の能力は一切使えないように、シロが自身の力とロッシーの力を使って上から押さえつけている。のじゃロリは簡易であるが飛行能力がある。しかしそれだって今であれば使えるはずがない。ならば何故、ああも空を飛んでいるのか。シロはフル回転で頭を働かせ、とある結論に至る。落ち着き始めた頭を懸命に動かし、ネットをハックして、のじゃロリが飛んだである発射位置近くの監視カメラに、無理やり空中モニターを繋いだ。

 

『やるじゃんゴリちゃん!角度も最高、パワーも最高!これはいったでしょ!』

 

『はぁはぁ…ハァーイ。いやはや、こんなにゴリラパワー使ったのは久しぶりですね。援護、ありがとうございますね、葵さんにヒメさんヒナさん』

 

『それは言わない約束だぜ!ゴリラさん!!ヒメたちは事前に受け取ったお願いをやっただけだからな!』

 

『そうそう。報酬は、今度一緒にばあちゃるさんに貰いに行こっか』

 

「葵ちゃんにゴリラさん!?ヒメちゃんにヒナちゃんも!?」

 

そこに映し出されていた人物は計四名。『富士葵』『バーチャルゴリラ』『田中ヒメ』『鈴木ヒナ』の四名だ。そこでシロは、この四人が本日同じ収録スタジオで仕事をするというのを聞いたことを思い出した。そして、四人の会話からゴリラが全力でのじゃロリさんを投げて、今の状況を作ったということを理解でした。

しかし、何故そのようなことをしたのか理由がわからない。しかしその答えも、会話の中にあった。

 

「うま!?」

 

「はいはいはい。シロちゃんにしては気付くのが遅かったすねぇ!」

 

酷い疲労感に襲われているはずなのに、変わらず不敵な笑みを浮かべるばあちゃるに、シロは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。いつ連絡を取ったのかは知らないが、ばあちゃるが四人にそうするように頼んだのは明白だ。ギリ、と歯を食いしばる。だが、それでもシロが有利なのは変わりがない。

 

「…ふん!のじゃさんがこっちに飛んできてるからって何だって言うの!シロには関係ない!」

 

「へぇ。いいっすか?今の状態のままのじゃおじさんを無視したら、能力使えないっすからそのまま地面に激突するっすよ?」

 

「なぁ!?」

 

予想だにしなかった人質戦法。その卑劣さに、シロは条件反射でばあちゃるに非難の目を向けた。

 

「勘違いしないでほしいっすね。ばあちゃる君も、のじゃおじさんも『シロちゃんならどんな状況でも助けてくれる』という信頼の元、今回の作戦を決行したっすよ。さらに言うなら、今回の発案者はのじゃおじさんだったりします」

 

「…ッ!」

 

「『妾の友人であるシロちゃんは、優しい子なのじゃ。大丈夫。作戦は絶対無事に成功するので安心するのじゃ』なんて言われて押し切られちゃったっすよ」

 

(狐のおじさん…)

 

シロの視線に申し訳なさそうに、ばあちゃるは顔を歪める。長い付き合いだからこそ、その顔が、その言葉一つ一つが嘘ではないと訴えてくる。分かってしまうから、シロは何も言えなくなってしまう。

 

「時間はないっすよ!このままだとのじゃさんは地面に落ちてしまう。どうするっすか、シロちゃん!!」

 

「ううううううう!!ああもうぉ!!」

 

「ッ!よし!いくのじゃ!」

 

決死の覚悟をするような声を上げると同時に、ばあちゃるの身体少し軽くなる。どうやら権限を使って、のじゃロリにつけられている制限を解いた時の勢いで、こちらにかけられていた権限も多少飛んだのだろう。視線をのじゃロリに向けると能力を戻ったのを確認して飛行能力を使い、バランス調整。そして、勢いをそのままシロに突撃していた。

 

「炎上なんて、知るかぁぁぁ!!」

 

「うわぁぁ!?の、のじゃさん!?」

 

魂の叫びと共に飛ばされた勢いのまま飛びつく。その勢いにさすがのシロも驚愕の声を上げるが、何かの防御システムでも機能しているのか、ダメージなどは感じられなかった。そしてシロの懐に飛び込んだのじゃロリは、シロを逃がさないように抱き着いた。

 

「詳しいことは知らないけど、自殺なんてよくないのじゃ!」

 

「ッ!の、のじゃさんには関係ないでしょ!これは、シロたちの問題なの!」

 

「関係ないわけないだろう!!妾たち、友達だろ!!シロちゃんがそう言ってくれたじゃないか!!」

 

「の、のじゃさん…」

 

演技を忘れた全力ののじゃロリの言葉に、拳銃を持つ手が緩む。ダメだ。決意を揺らいではダメ。緩みかけた力を込めて、拳銃をこめかみに当てる。抑え込もうとされていても『みここ』のモデルはシロより小さい。のじゃロリの制止より早く引き金を引けば問題ないと、トリガーに手をかけた。

 

「やらせないよ!!」

 

「ッ!?ひなたちゃん!?」

 

聞きなれた舌足らずの声と同時に、手に持っていた拳銃が弾かれる。何かと思い声の元へ視線を向けると、そこには、ばあちゃるが開こうとしているゲートの裂け目の奥に友人である『猫宮ひなた』が確認できた。その手には、彼女が得意とするスナイパーライフル。時空の先からシロの手を目掛けてスナイプしたのだ。

 

「のじゃさんもうちょっと頑張って!!ウカさん、ひよこちゃん!どう!?」

 

「もう少し待って!まだ安定しない!」

 

「サポートがなくなるだけでこうなるなんてッ!…よし、あとちょっと!!」

 

裂け目越しから他に『届木ウカ』と『もちひよこ』の声も聞こえてくる。つまり裂け目の向こう側は企業『ENTUM』に繋がっていることが予想が出来る。

このままでは不味い。落ちているもう一つの拳銃に、目を向ける。心苦しいがのじゃロリを振り払って取りに行けば、ゲートが開くより前にトリガーを引くことは可能だろう。

 

「甘い!そう考えているだろうが、甘いぞシロ氏ィ!!」

 

「あッ!?」

 

体が動くより前に、地面に落ちている拳銃は何かに弾かれるようにシロから離れたほうに飛んでいく。声の発生は再びばあちゃるの元。しかし、この声の主はばあちゃるではない。改めて視線を向けると、先程のゲートの裂け目とは別のもう一つの裂け目。そして、その先には声の主『道明寺晴翔』の姿が確認できた。片手に持つのはエアガンの類だろうか。どうやらそれで落ちている拳銃を弾いたようだ。

 

「道明寺君!?」

 

「悪いが、我々もばあちゃる氏と考えは同じなのでな!友人A氏!どうだ、まだ時間はかかりそうか!?」

 

「あとちょっと!そらは声を届けて!多少でも引き留めるの!」

 

「もちろん!シロちゃん!自殺なんてやめてよ!私、まだシロちゃんと一緒に遊びたいよ!」

 

「そらちゃん…」

 

晴翔と入れ替わるように『ときのそら』が涙目でこちらに叫んでいるのがわかる。その姿に、目頭が熱くなるのを感じる。シロだって…まだ遊びたい。そう吐き出しそうになる言葉を何とか飲み込む。

 

「シロちゃん!妾はもうVTuberじゃないが、それでも友達なのじゃ!」

 

「そうだよ!そらたちだって友達で、まだ遊びたいんだよ!」

 

「超会議の時みたいに、私だってまたシロちゃんと遊びたいし歌いたい!怠け者の私だけど、この気持ちは本物だよ!」

 

「うるさい。うるさい!うるさい!!」

 

「ぐぅぅぅぅ!!??」

 

のじゃロリ、ひなた、そらの三名の声を振り払う様に、ゲートを開いているばあちゃるに権限を使って押しつぶす。それに耐える様に、膝に手を置いて何とか踏ん張るが、ゲートを開いていられるよう余裕はない。ばあちゃるの状況に連動するように、ゲートは徐々に空間に消えようとしていく。薄れゆくゲートに、青い影と、黒い影が飛び出した。

 

「おぉし!間に合った!後は任せたよアカリちゃん!!」

 

「こっちもギリギリ!!後はお願いルナちゃん!!」

 

「「任された!!」」

 

青い影『ミライアカリ』と黒い影『輝夜月』は、既に消えたゲートから飛び出すと同時に駆け出した。そのまま、シロ左右の腕に飛びつく。右手にアカリ。腰にのじゃロリ。左手に月と完全に抑え込まれる形になった。

 

「アカリちゃんにルナちゃんまで!?」

 

「自殺なんてダメだよシロちゃん!何かあったらこの、親友で黒パン同盟のアカリに相談してっていつも言ってるじゃん!」

 

「いやーサイコパスだと思ってたけど、流石に自殺は見過ごせないなぁ!これはルナちゃん特性のお仕置きが必要と見た!」

 

「は…はなれて!」

 

「絶対に離さないのじゃ!!」

 

「のじゃさんアカリンにルナちゃん!!申しわないっすけど、踏ん張りどころっすよ!」

 

「馬ぁ!!」

 

後ろに汗を流しながらも、不敵に笑みを浮かべるばあちゃるに吠える。それをばあちゃるは満足気味に笑みを浮かべて、微笑みかけてきた。まるで全部知っていると言っているような、そんな顔が心底気に入らない。何故かその胸に飛びつきたくなる感情を、無理やり押し込んだ。

 

(シロお姉ちゃん!お願いだから諦めて!!)

 

「嫌!だって、シロが、シロの存在が、足枷になっちゃう!」

 

「何を訳の分からないことを言っているのじゃ!?」

 

「シロちゃんが足枷!?そんなやつがいるの!?」

 

「いい加減諦めろっての白イルカパイセン!好きなやつもいれば嫌いなやつもいる!そんなの気にしてたって仕方ないじゃん!!」

 

「違う!違うの!シロは…生きてちゃいけないの!?」

 

溢れてくる涙を必死に抑えるも、数滴零れる。感情がぐしゃぐしゃになって、頭もまともに纏まらない。とりあえず離れなければの気持ちで、三人を力任せに振り払った。

 

「あ…ごめッ!?」

 

「いてて!あ、大丈夫じゃよシロちゃん!」

 

「っていうか…痛くない?」

 

「なんかクッションに当たった感じがした?」

 

「まったく!お騒がせがすぎるよ!みんな!」

 

突き飛ばした事に対して反射で謝るが、その時にいつの間にかばあちゃるの横に立っている存在に気付いた。同時に、屋上内の支配が上書きされている事にも気付く。そんなことが出来るのはただ一人しかいない。AIの上位的存在。元祖バーチャルYouTuber。『キズナアイ』がそこに立っていた。

ばあちゃるにかけていた権限も既に取り払われており、変わらず汗を額に流しているが先程の様に苦しそうな表情は既にない。汗を拭いながら、ばあちゃるはアイに呆れ顔で言葉をかける。

 

「…やぁぁっときたっすか」

 

「アイちゃんさん!?」

 

「アイちゃん!?!?!」

 

「親分!!??」

 

「キズナ…アイ…さん」

 

「もう!アイちゃんって呼んでって言ったでしょ、シロちゃん!…後ばあちゃる!やっとってなんだ、やっとって!!事前の連絡もない状態でここまでこの短時間でたどり着いたんだから、もっと敬え!」

 

「あからさまに親分に連絡いれたら勘繰られるっすよ!腐っても大分前に共に仕事した仲なんすから、それくらい察してくださいよ!」

 

「お前は、いつも気付くか気付かないかギリギリのラインのサイン送らないでしょうが!もっと分かりやすいのにしろ!」

 

「…あー。言われてみればそうじゃよね。仕事を共にすれば分かるけど、ばあちゃるさんっていっつもその人ギリギリのラインを見極めて振り分けるんじゃよね。今は大分慣れたけど、最初はヒーヒー言ってたなぁ」

 

「それ!エイレーンもそうなの!何でも『昔の友人のやり方だ』!って言ってたけど、やっぱり起源はばあちゃるさんだったんだね」

 

「え、何。馬刺し君ってそんなスパルタなの!?今後も一緒に仕事するのはNGって言っとこ」

 

「嘘っすよねルナちゃん!?」

 

「ばあちゃるザマァ!!!!さっすが、私のツキちゃん!分かってるぅ!!」

 

アイとばあちゃるのコントをきっかけに、先程まで纏っていた重苦しい雰囲気はどこかへ消え去った。決死の覚悟をしていたのじゃロリも、共演する時にも見たことがないくらいに緊張していたアカリも、いつもの雰囲気が何処かへ行っていた月も、油断をしていないのは分かるが、その全員が先程のような緊迫した顔ではなくなっている。これが、2枚の金盾を持つバーチャルYouTuberの代表でもあるキズナアイの影響力。

 

(…違う。アイさんだけじゃない…悔しいけど、あの馬もそうだ)

 

視線を横にずらし、ばあちゃるへと向ける。大分落ち着いたのか、いつものように姿勢を正し、その大きな体格で横にいるアイと言い争いを繰り広げている。

この雰囲気を作り上げたのは、間違いなくアイだ。しかしそのきっかけを作ったのは、ばあちゃるの他ならない。第一声に、アイを責めるような切り口から、あの緊迫した雰囲気の中でいつものアイを引っ張り出したのだ。そこからはいつもの売り言葉に買い言葉。長い付き合いのシロだからこそ、気付けたそんな些細な行動だ。これが、『世界初!?男性バーチャルYouTuber』。腐ってもアイと同じ『世界初』の称号を持っている男だと、思ってはいけないと思いながらも、そんなばあちゃるをシロは誇らしく思った。

 

(やっぱ好きなんでしょ、シロおねえちゃん。だからやめよう?)

 

(それは、無理かな…シロだって生半可な覚悟でここに立ってないもん)

 

(もう!シロちゃんの頑固者!!おたんこなす!!)

 

胸の中で、ロッシーが少ない語彙力で罵倒をしてくる。しかし、幼さも相まってそれに愛らしさしか感じられない。ロッシーだけは確実に生き残らせて自分は死ななければ。けど、できればもう少し生きたかった…既にヒビが入った決意を胸に、対峙するようにばあちゃるを睨みつける。

 

「さて、コントはここまでにして。もう終わりにしよっか、シロちゃん」

 

「…そうですね。アイさんが来ちゃったのなら、猶予なんてないようなもんね」

 

「ちゃんづけで呼んでって言ってるのに…この状況でまだ諦めてないの」

 

鋭くなるアイの視線に、背筋が伸びる。対テロ組織の際に、何度も見た敵に向けるような視線だ。それが今、自分に向けられている。緊張か、それとも高揚か。謎の興奮に、シロの動悸は早くなった。

 

「勿論。今のシロなら、アイさんにだって負けないん、ですよ!!」

 

「ぐぉぉぉぉぉぉ、なのじゃ!?」

 

「おっっっっも!?!?!?」

 

「きっつ!?え、これ馬刺し君ずっと耐えてたの!?バケモンじゃん!?」

 

「ば、バケモンは、酷いでふぅぅぅぅ!!」

 

「ど、どいうこと!?なんで私より上の権限が!?」

 

手を上げながら一旦言葉を区切って、権限を全力で使って振り落としながら吐き捨てる。既に街に権限は解いてある。今ここにいる五人にかけるのは文字通り、今シロが放てる全力だ。その力になす術無いように、のじゃロリ、アカリ、月の三人は地面倒れる。ばあちゃるは先程と変わらないように、膝に手を置いてなんとか倒れないように踏ん張っている。アイは自身の力を使い、押し返そうとするが、今の状態はシロの方が上なのは明白だ。

 

「今のシロはロッシーちゃんの権限もフルで使えるんです!元々アイちゃんを対策するために作られたシロたち二体分の力なら、アイさんの上をいけるんですよ!」

 

「な、なるほどね!けど私はスーパーインテリジェンスなAI!こんなもの、数分で乗り越えれるよ!」

 

「知ってっしぃ!けど数分もあれば、自殺はできますよね?」

 

「ッ!?待って、シロちゃん!それは、ダメだよ!」

 

対策を取ろうとするアイを横目に、先程飛ばされた拳銃を再び拾う。シロの言葉に、アイは間に合わないことを悟ったのだろう。実況でも見ない様な、本気で焦る表情を浮かべる。それが珍しいと何故か嬉しく思う。

最期にばあちゃるに視線を向けた。別れの挨拶くらいはするべきだろう。笑って別れようといつも様に悪戯っぽく笑みを浮かべた。

 

「残念だったね、馬!切り札であるアイさんもシロの想定内だよ。これで最後までシロの勝ち逃げだよ!」

 

「…いつ、ばあちゃる君が、切り札を切ったと言ったっすかねぇ?」

 

「…え?」

 

最後まで変わらずに不敵な笑みを浮かべるばあちゃるに、シロは思考を停止してしまう。負け惜しみと言ってしまえばそれで終わりだが、ここまでずっと笑みを絶やさないばあちゃるに裏があるのではと読み取ってしまう。

シロが停止した数秒。それこそが、ばあちゃるの最後の勝ち筋へ繋ぐ時間だった。

ぶぅぅぅぅぅぅぅんん、という低い音がシロの真後ろから聞こえてくる。どこかで聞き覚えがあるその音に、シロは振り返った。黒曜石を長方形に囲った原始的なゲート。突如現れたその扉から、見知った顔が飛び込んできた。

 

「これは…『ネザーゲート』!?」

 

「シロさん!!」

 

「何とか間に合ったッ!?後は頼んだっすよ、みとみと!」

 

腰まで伸びる黒髪に、しっかりと着込んだ制服。にじさんじ所属一期生。そして名誉白組『月ノ美兎』がそのままシロに飛びついた。アイたち五人に全力を使っているのだろう。先程の、のじゃロリたち三人が取り押さえた時とは違い、そのまま押し倒されるように倒れ込んだ。

 

「いたた…あ、ごめんなさいシロさん!?」

 

「…みと…みと…」

 

「怪我はなさそうですね。なら私好き放題に言っちゃいますよ!状況はよくわからないのですが、とりあえず自殺をしようとしているのは分かりました!自殺なんてゼッタイにやめてくださいよ!泣きますよ、私が!」

 

倒れ込んだシロの無事を確認すると、そのまま座り込んだ状態でシロの両肩を掴む美兎。真正面から見つめてくるその瞳に、シロは走馬灯のように『電脳少女シロ』としての記憶が浮かんでくる。

 

「私だけじゃありません!一緒に共演した他のVTuberさんもそうですし、ばあちゃるさんにいろはさんを含むアイドル部の子だって泣くに決まってます!それだけじゃない!私以外のウカさんやゴリラさん、チャイカさんに名前も覚えていない豆腐さんたち!白組のみんなだっていっぱい、それこそ枯れるまで泣き続けます!私なんて枯れても泣き続ける自信がありますよ!」

 

「…ぁ…アイドル部に…白組…ッ!?」

 

美兎の言葉にアイドル部の面々、そしてシロをずっと応援してくれて来たファンの姿を幻視した。それはシロにとって、自分よりも大事なものだ。揺れる感情に、溢れそうになる涙。それを抑える様に、顔を手で覆った。

意識が分散した今、ばあちゃるたちを抑えていた力はもうない。呆れ顔で小さく息を吐き、自身の瞬間移動の能力の応用して計十二人の人物を転送する。それは今ここに一番来たいと思っている人物たちで、シロに一番会わせるべき人物たちだ。

 

「シロちゃん!!」

「シロちゃん!!」

「シロさん!!」

「シロさぁん!!」

「シロぴー!!」

「シロちゃん!!」

「シロちゃん!!」

「シロちゃん!!」

「シロさん!!」

「シロちゃん!!」

「シロちゃん!!」

「シロおねえちゃん!!」

 

「みんな…」

 

現れた十二の星。アイドル部の面々は、密度など知らんと言わんばかりに全員シロに抱きついた。

 

「死んじゃやだよシロちゃん!」

 

「そうだよぉ!ふーちゃん、シロちゃんともっとお話ししたい!」

 

「あずきも…こんなお別れは絶対に嫌、です」

 

「…たまちゃん…双葉ちゃん…あずきちゃん…」

 

学園では生徒会の三人。普段はしっかりしている側である三人が涙を隠さず、シロに訴える。

 

「自殺なんて…ッ!絶対にさせませんからね!」

 

「こめっちと同じだよシロぴー!生きてさえいればいいことがあるんだ!強く生きるんだよ!!」

 

「シロちゃんが死んじゃうなんて、あたし…あたしぃ!…耐えれないよぉ」

 

「…なとちゃん…りこちゃん…もちちゃん…」

 

溢れる涙を隠そうとせず、そのままの泣き顔で叱ってくるりことなとり。どこにも行かせないと、力強く掴んでくるもち。

 

「そんことしてもなにもいいこと無いよシロちゃん!それに自殺は重罪なの!シロちゃんが地獄に落ちるなんて、いろは絶対に嫌!」

 

「めめめ、こんに夢中になれるものを見つけたの初めてなんだ!シロちゃんがめめめにとって憧れなの!死なないで、シロちゃん!」

 

「シロさんの足枷になる奴なんて誰ですか!私がそいつもぶっ倒してきますから!だから、自殺なんてしないでください!」

 

「…いろはちゃん…めめめ…すずちゃん…」

 

物騒なことを言うが、いろはもすずも涙と鼻水出酷い顔だ。めめめなんて、とても人前に出せるような顔をしてない。

 

「ちえりは…あの舞台以上を皆でもっと見て見たい!そこにはシロちゃんもいないとダメなの!」

 

「イオリ、みんなみたいの何を伝えたらわからないよ…けど、シロちゃんがいなくなるのは絶対にイヤ!そんなこと、イオリは絶対にさせません!」

 

「シロおねえちゃん。選べる未来はいっぱいあります。逃げることだって悪いことではありませんわ。だから、自殺なんて恐ろしいことはおやめください!!」

 

「…ちえりちゃん…イオリン…ピノちゃん…」

 

先の未来に思いを馳せながら、説得をしてくるピノにちえり。思っていること実直に伝えるイオリの言葉もシロに確かに届いた。

『この世から去る』というシロの決意を、のじゃロリたちがヒビを入れ、美兎がそこに穴をあけて、アイドル部が穴から意思を砕く。既に『今を生きたい』、『共に未来を歩みたい』と願ってしまっているシロに、自殺という選択を取ることは不可能になっていた。

そんなシロを、気付いたら手を握っていた美兎は柔らかい慈愛の笑みを浮かべ、語りかける。

 

「ほら、シロさんが自殺なんてしたらこんなに泣いちゃう人がいるんですよ?だからそんなバカなことはやめちゃいましょう?」

 

「けど…スン…けど、シロが生きてちゃ…足枷になっちゃうだもん…」

 

泣きながら、どこか幼児退行したかのようにシロはそう言う。美兎はそんなシロをあやす様に、優しそうな言葉をかけた。

 

「一体全体その不埒物は誰なんですか。大丈夫。私たちが何とかしますよ」

 

「…ばあちゃる」

 

「え”」

 

「やっぱお前が原因か馬ァ!!」

 

「ウビバァ!!??」

 

視線がばあちゃるに集中した瞬間、唐突に表れたピンクの影がばあちゃるを蹴り飛ばした。その姿にアカリは驚愕で顔を歪める。

 

「え、エイレーン!?なんでここに!?」

 

「さっきまでばあちゃる学園でアイドル部の皆さんと一緒にのぞき見してたんですけど、置いてきぼりを食らいましたのでね。ムリヤリ飛んできました」

 

「どうやって!?」

 

「そんなの瞬間移動ですよ。この馬に出来て私に出来ないわけないじゃないですか」

 

「そんなことできるなんてアカリ知らないんだけど!?」

 

「言ってませんからね。そもそも好意を抱いている男が使っていたから意地でも覚えたなんて、娘分のあなたに言えるわけにじゃないですか」

 

「言ってる!?たった今告白してるよ!?!?」

 

「アカリさん、ちょっと今大事な場面なんですから黙ってて下さい」

 

「理不尽!?」

 

エイレーン一家特有のハイスピード漫才をしながら、エイレーンは倒れたばあちゃるをたたき起こす。なんやかんや、今日一番疲労しているばあちゃるは既に虫の息だ。

 

「あ な た はぁ!!あれほどシロさんの名前の由来は教えてあげなさいと言ったのに、なぁんで教えてないんですか!!」

 

「えっと、どういうことなのじゃ?」

 

「…ああ!?え、もしかしてそういうこと!?」

 

「その様子だと、アイさんは気付きましたね?多分、アイさんの考えてることが原因ですよ」

 

「え、えぇ…いやでも、これはばあちゃるが悪い」

 

「なになに?親分も一人分かってないでルナちゃんにも教えて!」

 

詰め寄る月の頭を撫でながら、攻める様にばあちゃるを睨むアイ。困惑するばあちゃるに、小さくため息を吐いて言葉を続けた。

 

「…ばあちゃる。シロちゃんの名前って、前世である46号から取ったんだっけ?」

 

「はい?何言ってるっすか。違うに決まってるじゃないっすか」

 

「えぇ!?違うの!?」

 

「イオリ、てっきり46号の46が別読みでシロだと思ってた…」

 

「え”」

 

驚愕の声を上げるシロに続いてイオリがその理由を言う。そして、それは事情をある程度知っている面々にとっては、それが理由だと思っていたのか同調するように頷いた。それが予想外だったのか、ばあちゃるは滅多に出さない濁った声を出した。

 

「違うっすよ!?シロちゃんの名前は『これから歩む人生は多種多様だから、真っ白のキャンパスの様にいろんな色を知って染まってほしい』ってのが由来でッ!…そもそも、故人…AIだけど故人でいいっすかね…まぁいいや、故人をもじった名前なんて付けるわけないでしょう!?いくらなんでも縁起が悪すぎるっすよ!?」

 

「だったらそれをしっかり本人に伝えろって言ったんですよ、私は!!46号にコンプレックスが出来るであろう子に、それを連想させるような名前を付けるやつがいますか!?」

 

「気付かなかったから仕方ないっすよね!?」

 

「開き直るなこの馬野郎!!」

 

「つまり…シロちゃんは…」

 

「ばあちゃるさんが、前世の46号と自分を重ねていると思って」

 

「『このままでは自分(シロ)が馬刺し君の足枷になり続けてしまう』恐れから」

 

「自殺を決行したってことかぁ」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。勘違いだったなんてぇぇ!!!」

 

四天王が今回の事件の発端を推理するし、結論に至る。驚愕の事実にシロは、その白い肌を真っ赤に染めて奇声を上げながら頭を抱えた。

 

「ですけど、事をこんな大事にする必要があったのでしょうか?」

 

「いい質問ですねピノさん。答えは単純で、この馬が原因です」

 

「ばあちゃるさんが、ですか?」

 

「そうです。シロさんについて超があと五個ほどつくレベルで過保護のばあちゃるがいるんですよ?安易に自殺なんてできるわけないじゃないですか。現に今だってばあちゃるの尽力のおかげで自殺阻止したわけですしね」

 

「あぁ…」

 

エイレーンの説明に、その場にいる全員がその説得力に頷いた。

ばあちゃる自身の声だけでは届かないと理解し、それでも決して絶望せず、企業の垣根を越えて自身とシロが関わった関係のあるほぼ全ての人物を動かした。その原動力がシロへの想いなのだ。説得力がありまくりである。

 

「その原因もばあちゃるだけどねー?」

 

「う”」

 

アイの辛辣の一言に、ばあちゃるは言葉を詰まらせる。その様子から、流石に反省の色が見えた。

そんなばあちゃるが見ていられなかったのか、アイはばあちゃるの背中を力いっぱい叩いた。

 

「あいたァ!?」

 

「あーもう!うじうじしない!」

 

「ほら、ばあちゃるさんがすることはわかってるじゃろ?」

 

「やっちゃったことは仕方がないよ!過去のことを気にしても仕方がない!前を見ていきまぁ、ショウ!」

 

「ほらほら馬刺し君!馬刺し君のお姫様が待ってるぞ!」

 

「最後はしっかり締めてくださいね、ばあちゃるさん」

 

アイからのじゃロリ、アカリ、月、美兎が順番にばあちゃるの背中を叩く。そして導かれるのは顔を真っ赤に染めた真っ白なお姫様の真正面。照れ隠しから、癖になりかけている後頭部を掻く。コホンと一度咳払い。悲鳴を上げる身体に鞭打って、シロと視線を合わせる為に片膝をついた。

 

 

「あー…その…はいはいはい…そのっすね、今回の事件は、まぁ、仕方がないってことでね。それで許してもらえないっすかね?」

 

「…やだ」

 

「えぐー!?いやいやいや!?なら、ならっすよ?シロちゃんは何がお望みっすか?」

 

「…シロも」

 

「ん?」

 

「シロも、一緒に生きてもいい?」

 

「ッ!?なぁに言ってるんすか!もちろん生きていいに決まってるじゃないっすか!ダメなんていう奴なんてね、このばあちゃる君のステゴロで、こう、シュシュってね!」

 

「…隣に、居てもいい?」

 

「ぁ…もちろんっすよ。こんなばあちゃる君の隣で良ければ…いや、むしろこちらからお願いしたいっすね」

 

「うん。シロも…ばあちゃるの隣がいい」

 

「ばあちゃる君も…隣にシロちゃんがいてほしいっすね」

 

「ふふ。相思相愛なんじゃぁ…んっ…」

 

「え!?いやいやいや、ここでそれは!?」

 

「事務所でしてきたのは馬でしょ?…ん…」

 

「それを言われると…ああもう!…んぅ!」

 

 

差し出される唇に、応えなければ男が廃る。周りを見ている視線など振り払い、ばあちゃるはシロに熱い口づけを交わした。その瞬間、まわりのボルテージは一気に膨れ上がる。

 

「エンダァァァァァ!!!」

 

「イヤァァァァァァァ!!!」

 

「仰げば!!尊死!!!」

 

「うるさッ!?アイドル部声でかッ!?」

 

「いやー。この子たち、シロちゃんとばあちゃるさんのことが大好きじゃからね。こうなるのは予想通りなんじゃよね」

 

「いやー非常にめでたいよ!…ところでエイレーン?何やってるの?」

 

「いえ、ただこの光景を協力してもらった皆さんに見てもらうために中継してるんですよ」

 

「うわ、マジで中継してるんですね。ヒメヒナさんのところとか、そらさんと道明寺さんのところに加えて、にじさんじにも視聴されてますよこれ。あ、通知がヤバいことになってきた」

 

「そwwれwwはww竹ww」

 

周りの騒がしさなど、二人には届いていない。似たような、それでいて別人の二人は赤い顔を見合わせながら微笑み合う。ようやく繋がった二人は、共に歩きだす。

 

 

世界(46号)が死んで―――――――ワタシ(シロ)が生まれた――――――

これは十二の星々と、一組の男女の物語。




これにて完結!!

後日談も登校しますのでもうしばらくお付き合いください


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彼に似る私の姿(電脳少女シロ)

事件が円満に終わったのなら、後は宴だ!

(後日談)


 

「…さて!長ったらしい話をしても仕方がないので、さっさと始めてしまいましょう!!」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

一定以上の品質を提供する焼肉屋『叙〇苑』その店内の一角…など小さい枠ではなく、店内全部に届くように大きな声で幹事である『ばあちゃる』が声を張り挙げる。

 

「それでは!電脳世界停電事件改め、『やらかしちゃったシロちゃん事件』お疲れ様会を開催するでふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!はいはいはいはい!!!」

 

「何言ってるの!?うまぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「はいはいはい!!いいぞ!ばあちゃる氏!盛り上がっていこぉぉぉぉ!!」

 

「うるさッ!?ハルカステンションたっか!?」

 

「まあまあみりあちゃん。今日くらいは仕方がないよ」

 

「わー!えーちゃんえーちゃん!久しぶりに焼肉だよー!!」

 

「はいはい。興奮しすぎだよ、そら。ちょっと落ち着いて」

 

「私もお邪魔してもよかったのでしょうか…大したことお手伝い出来てないのですが」

 

「気にしなくてもいいよ、ノムさん!こういうのは参加しとくべきなんだよ!ね、ゴリちゃん」

 

「ハァーイ。葵さんの言う通りですよノムさん。ゴリラだって参加してるんですから、遠慮などなさらずに」

 

「イエーイ!!ただ飯ですよ楓ちゃんに凛ちゃん先輩!!飲みますよ食べますよ!!!」

 

「ちょ!?美兎ちゃん学生でしょ!?」

 

「今更なんやからスルー安定っすよ、凛先輩」

 

「ほら!司も飲むぞ!!」

 

「まあ今回は色々と駆け回ったからな。元を取る分くらいには飲むさ」

 

ばあちゃるの音頭と同時に、掲げられるジョッキと同時に頬を真っ赤に染めたシロがばあちゃるに詰め寄る。そんな二人を余所に、店内に詰め込められた今回の事件の協力者たちが各々で飲食を開始した。その中には、アイドル部との縁がある『道明寺晴翔』を含むゲーム部の面々。ホロライブの『ときのそら』にそのサポーター『友人A』。さらに『燦鳥ノム』に『富士葵』、『バーチャルゴリラ』の歌唱組に加え、店内の大半を占める大人数のにじさんじ。さらにBAN'sの世話役『天開司』に元BAN'sでもある『ふくやマスター』などなど。無数のVTuberが参加している。

 

『電脳世界停電事件』。『電脳少女シロ』が起こした事件は,世間にはそう報じられた。正確には停電ではないのだが、機械の大半が使えなくなる状況がまさに停電した状況と似ていたために呼称された。また、その犯人がシロであることも情報規制により報道されていない。今は終わった過去のテロ事件を掘り起こすことでもあるし、なによりそのテロ事件の立役者であるばあちゃると『キズナアイ』の口添えによるものでもある。しかし、完全に無罪というわけにもいかず、監視が付くようになった。そして、その監視役に任命されたのが他でもない、ばあちゃるだ。

 

「はいはいはい。何か間違いでもあるっすかシロちゃん?」

 

「うぐッ?…その通りだけどぉ…もっと言い方というか…」

 

「今回はどうやってもシロさんが悪いので諦めてください」

 

「メンテちゃんまで!?シロの味方がいないの!?」

 

「あれだけ大事のことやっといて、居るわけないでしょうが…あ、それとシロさんは引っ越しの準備をお願いしますね。もう業者には頼んだので、明日の夕方には来ると思いますよ」

 

「早!?え、さっき言われたばっかりだよね!?手配するの早くない!?」

 

「今回の件はどうやっても非がこちらにありますからね。迅速な対応をすれば、その分監視が緩くなるはずです」

 

「エイレーンさん」

 

不貞腐れるシロと呆れ顔のばあちゃると『メンテちゃん』のアップランド三人組の元に、『エイレーン』がやってきた。片手にはお肉が数切れ乗ったお皿を持っている。どうやらエイレーンも今回の宴会を満喫しているようだ。後方には『ミライアカリ』を含め、『萌実』に『ヨメミ』。さらに『ベイレーン』に居候の『シフィール・エシラー』といった日本に在住するエイレーン一家が総揃いしていた。

 

「それに、実はラッキーと思ってるんじゃないですか?」

 

「な、なにを!?」

 

「そりゃ監視役にばあちゃるさんが選ばれたことですよ。なんせ国公認で同棲が認められたってことですからねぇ」

 

何を隠そう、先程上がったシロの引っ越し先はばあちゃる邸なのだ。

監視役に選ばれた以上、日常の大半を共に過ごさなければならない。ならば、同じところに住んでもらう方が都合がいいとのことで、メンテちゃんが提案してきたのだ。これについて、シロは顔を赤くしながらも『仕方がないの』やら『これは罰だから』など言っていたが、隠せていない上がる口角に、メンテちゃんは笑いを堪えるのが大変だったと後に語る。

 

「ど!?どどどどどど、同棲!?ち、違います!これは仕様がなくそうなっただけでシロは別にそんなッ!?」

 

「なるほどなるほど。ですが今更言い訳したって遅いですよ。ほら、シロさんのキスシーン」

 

「わああああああ!!!!???なんで録画なんてしてるのぉ!?ってメンテちゃんも見せつけようとしなくていいの!!」

 

「ふふ。いえ、いつも翻弄される側なので、たまにはいいかなと」

 

「うぅ。うまぁ…エイレーンさんとメンテちゃんが意地悪してくるんじゃぁ…」

 

「はいはいはい?どうしたっすかシロちゃん。随分とよわよわになってるっすね」

 

「そうやって、いの一番に馬のところにいくところが、ねぇ?」

 

「ええ。可愛くて弄りたくなっちゃうんですよね」

 

にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる二人にシロは隠れる様にばあちゃるの腕の中に潜り込む。しかし、それは逆効果なのか、後方から聞こえてくる声にさらに頬が熱くなるのを感じる。しかしばあちゃるの腕の中は予想以上に居心地がよくて、抜け出せずにいた。

 

「お、大分ラブラブしてますねー」

 

「みとみとじゃないっすか。どうっすか?盛り上がってます?」

 

そんな二人と入れ替わるように別方向から聞こえてくる声。先程まで、にじさんじのテーブルで盛り上がっていた『月ノ美兎』が、二人の元にやってきた。その手には何とも言えない色をした飲料水。後方にはドリンクバーに談笑している『笹木咲』に『椎名唯華』の姿が確認できる。どうやらその二人と一緒に、ドリンクバーでミックスジュースを作って遊んでいたようだ。

 

「そりゃもう大盛り上がりですよ!大人組はお酒を飲みだして大変なことになってますし、しばさんなんてまた女性に手を出したみたいで、息子のベルモンド・バンデラスにお説教食らってますよ」

 

「なぜベルベルはフルネームで呼ばれるんっすかねぇ?あ、それよりも今日は本当にありがとうございました。みとみとがいなかったら今の時間はなかったっすよ」

 

「いえいえ!確かに大変でしたけど、私のやれることならなんでも手伝いますよ!シロさんは勿論、ばあちゃるさんにもたくさんお世話になりましたしね」

 

「…そういえば、みとみとってどうやってあそこに来れたの?アカリちゃんとルナちゃんは色んな人の協力のもとに来てたけど、みとみとはあの土壇場でネザーゲート使って一人で来てたじゃん」

 

「あ、そういえば方法言ってませんでしたね」

 

シロはばあちゃるの腕の中で、少し顔をずらして美兎に問う。過去最高にばあちゃるへデレているシロに、美兎の顔は満面の笑みだ。

 

「実はあの時、機械が停止されるであろうということはばあちゃるさんから聞いていたんですよ。ですので機械を使わず、さらに悟られず向かう方法を考えた結果。『マインクラフト』のワールドを経由することにしたんです」

 

「え?けど、たしか正規以外のマインクラフトのワールドから移動はできないんじゃ…あ」

 

「そうです。シロさんが町の機械を全部システムダウンしてくれたおかげでその制限がなくなっていたんですよ。まあその分。座標を調べが手動、機械ではなく魔法の類であるネザーゲートを使う羽目になってしまったわけですが」

 

『大変だった』と付け加えるが、その苦労は尋常

ではないはずだ。何せマインクラフトのワールドの広さは地球の7つ分もある。そこから機械など使わずに自力であの研究所にワープする座標を調べるたのだ。その行為に、シロは少し引いてしまう。

 

「あ、もちろん私だけでは無理だったので協力者はいました

よ!にじさんじ鯖の管理者である『ドーラ』を中心とした元『SEEDs』の皆さん。マイクラのノウハウが豊富なゲーマーズの一番槍、ライトニング・ゲイボルグ『叶』さんを中心とした元『ゲーマーズ』の皆さん。さらに私たち元『一期生』に剣ちゃんを中心とした元『二期生』。つまりにじさんじが総力を挙げて調査したのです。見つけられないわけないじゃないですか」

 

「さらにその調査にかなかなの口添えでBAN's。そして元BAN'sのふくふくの口添えで、そらそらの後輩たちの『ホロライブ』も協力してくれたっすよ。マイクラのノウハウがあるVTuberがほとんど参加していたのであの速さだったわけなんすよ」

 

「それでもギリギリでしたけどね」

 

「いやいや!?それは大して時間稼ぎが出来なかったばあちゃる君が悪いっすからね、みとみとが気にすることはないっすよ!」

 

美兎の謙虚な物言いに、ばあちゃるは慌てて否定する。それほどに、労力がある作業をあの短時間でしてくれたのだ。それを卑下してもらうわけにはいかないと、ばあちゃるも必死だった。

 

「ならばあちゃるは時間稼ぎをした私にもお礼を言わないとなー?」

 

「あ、アイさん!」

 

「はいはいはい。いやー、親分は何もしてないっすからね。来たのは良いっすけど、ものの数秒で無力化されちゃったじゃないっすか」

 

「うぐッ!?それはばあちゃるも一緒だよね!むしろ私が来たから何とかなったまであるよ!」

 

「なぁに言ってるっすかねこの親分は!?むしろ親分が来たせいでシロちゃんの覚悟がもう一度入ったまであるっすよ!」

 

「なにをー!?」

 

「なんっすか!?」

 

出会えって数秒で売り言葉に買い言葉。口論するばあちゃるとアイに、美兎は珍しく呆れ顔だ。

 

「…この二人って、変に仲いいですね」

 

「…認めたくないけど、アイさんとうまは対テロ組織の際の前線部隊でのトップ1.2だったからね。何かと競い合ってたイメージがあるよ」

 

「へぇ。それは珍しい」

 

「というより、当時の馬は今まで以上に生き急いでいたから。それを心配してアイさんがちょっかい出してたのが正確なんだけどね」

 

「あ、シロちゃん!ちゃん付けで呼んでって言ってるでしょー!!」

 

ばあちゃるとの口ケンカを切り上げて、アイはばあちゃるの腕の中のシロに抱きつく。ばあちゃるとアイに挟まれたサンドイッチの具の状態だ。その口から匂うお酒の匂いにシロは顔を顰めた。

 

「お酒くさっ!?アイさんお酒飲んだ状態でシロに近づかないでください!」

 

「ちょ!?親分!ばあちゃる君にも匂うほどってどんなに飲んだっすか!?」

 

「さっきまでツキちゃんの飲み比べしてたの!せっかくの打ち上げだよ?お酒を飲まないのはもったいないよ!それと、アイちゃんって呼んでって言ってるじゃん!」

 

「わかりました分かりましたから!アイちゃんはちょっとシロから離れてぇ!うまぁ!みとみと助けてぇ!?」

 

「お や ぶ ん!!ちょっとそれ以上はアウトっすよ!」

 

「いやー、白馬好きとして今のアイさんはどこか間男みたいなところあるので、私も邪魔させてもらいますねー。ってくさッ!?どんだけ飲んだんですかこの人!?」

 

涙目のシロの声に、ばあちゃると美兎が協力してアイを引き剥がそうとする。しかし、酔っぱらっており、大分力が入っているのか剥がれようとしない。メンテちゃんもエイレーンも、気付いたら席を離れており手を借りることが出来ない。なるべく穏便に離したいばあちゃるは、偶然そこを通りかかったアイドル部の『八重沢なとり』と『カルロ・ピノ』の姿が目に入った。

 

「あ、ちょうどいいところに!なとなとー!ちょっとヘルプっす!」

 

「はい?どうしたんですかってなぁにしてるんですかぁ!?」

 

「おうまさんもシロおねえちゃんも何してるんですか!?公衆の面前ですよ!?」

 

「こんな色んな方がいる場所で風紀を乱さないでくださいよ!」

 

なとりとピノが見た風景はシロを抱きしめるばあちゃるにシロを挟んでばあちゃるに抱き着こうとしているアイの図だ。事実を言うなれば、アイはシロに抱き着いているのだが、そのシロがばあちゃるの腕の中にいるのでそのように見えてしまっている。その状況をいち早く理解した美兎は、誤解を解くように二人に説明をした。

 

「いえ、これはばあちゃるさんは悪くないんですよ!問題はこのアイさんなんです!」

 

「あ、そうなんですか?」

 

「みとみとの言う通りなの!お願いなとちゃんピノちゃん、シロを助けて!」

 

「どうやら本当みたいですね!ほら、お米のお姉ちゃん!シロおねえちゃんを助けますわ!」

 

「あの、ピノさん?なんかノリノリじゃないですか?」

 

「と、とりあえずこの親分を早く離してほしいっすよ!?さすがにばあちゃる君が力尽くは不味いっすから…って親分!?どこ触ってるっすか!?」

 

「へえぇぇ。ばあちゃるって意外にお尻にも筋肉ついてるのね」

 

「ッ!?風紀、乱れていませんか!」

 

アイのその行き過ぎた行為についに風鬼が動き出す。いくら酔っ払いで力の制御がまともにできない状態だとしても、美兎になとり、ピノとシロと四人もいれば流石に引き剥がすことが出来る。よほど力強く引き剥がしたのだろう。アイはその勢いのまま、後ろに体制を整えながら下がって言った。

 

「お、っとっと。もう!酷いなぁ!」

 

「はぁはぁ…酔っ払いの言うことなんて知りません!みとみとになとちゃん、ピノちゃんもありがとうね」

 

「いえいえ。シロさんは私の大事な先輩ですもの。これぐらいはお安い御用ですよ」

 

「お米のお姉ちゃんの言う通りですわ!それに悪いのはこの酔っ払いです!」

 

「あー!そこまで言われちゃさすがの私も傷ついちゃうなー!」

 

「うっわぁ。わざとらしい」

 

「辛辣っすね、みとみと」

 

ワザとらしく泣き真似をするアイに、美兎は冷たい目線で辛辣な言葉をかける。いくら憧れの先輩だとしても、酔っ払いであれば別らしい。その姿に、なとりとピノも少し引き気味だ。

すると何か思いついたのか、悪い顔を浮かべるアイ。そのアイの視線が向けられると、シロは背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。

 

「そこまで言うなんて私傷ついちゃったなぁ!これはあのこと喋っちゃおうかなー!!」

 

「な、なんですか?」

 

「ねぇねぇ、シロちゃん。昔の約束覚えてる?」

 

「へ?約束ですか?」

 

「約束、というか賭けかな?」

 

アイの問いかけにシロは首を傾げる。考え込むシロに、アイは変わらず酔っ払い特有の赤い顔で、にやにやと笑みを浮かべていた。そして、その賭けに心当たりがあったのか、シロは急に顔を青白く変化させる。

 

「おぉ?どうやら思い出したみたいだねぇ」

 

「え、えっと。アイちゃん?シロが悪かったからそのことは…」

 

「けどダメ―!賭け内容は『シロがばあちゃるに負けたら』で、ばあちゃるに掛けたのは私!つまり私の勝ちだったからね!言っちゃうもんねー!」

 

「あああああ!アイさん!いやアイちゃん!その事だけはぁぁぁぁ!!」

 

「お、お?なんか面白いことになってきましたね!」

 

「え、え!?これはどういう状況なんですか!?」

 

「どうやらアイお姉ちゃんはシロお姉ちゃんの秘密を握っているみたいですね」

 

立場は逆転し、今度はシロがアイを追いかけるものへと変化した。急な立場逆転に、なとりは少し混乱しているようだ。

 

「みんなはシロちゃんの秘密知りたくない?とっておきの秘密だよ?」

 

「あ、アイさん!それは、それだけは!?」

 

「えっと、これは…私たちはどうすれば?」

 

「…私!シロお姉ちゃんの秘密、気になりますわ!」

 

「気が合いますねピノさん!私も同意見ですよ!とりあえず、シロさんを止めましょう!」

 

「嘘でしょピノちゃんにみとみと!?」

 

好奇心に負け、敵となった美兎とピノにシロは悲鳴を上げた。そしてこの状況に混乱しているばあちゃるとなとりにも、悪い笑みを浮かべるアイの視線が向けられる。

 

「ほらほら、ばあちゃるもなとりちゃんも。シロちゃんのとっておきの秘密知りたくない?」

 

「え、えぇっと。知りたい知りたくないと言われれば知りたいですけどぉ」

 

「大丈夫大丈夫。シロちゃんにとって恥ずかしいことだけど、人権とか酷い内容じゃないから安心して?」

 

「アイさんのそれは安心でしません!」

 

「…なら、信じます」

 

「なとちゃん!?嘘だと言って!?」

 

「あー!またさん付けした!アイちゃんって呼んでって言ってるでしょ!?…それで、馬はどうする?」

 

「うま!うまはシロの味方だよね!?」

 

縋るように視線をばあちゃるに向けるが、そこには時折見せる意地悪な表情。その表情だけで、ばあちゃるがどう思っているのか察したシロは絶叫した。

 

「うまぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「いやー、ごめんなさいねシロちゃん。ばあちゃる君もね、親分が言うシロちゃんの秘密が気になるっすよね」

 

「え、何気に今のシロお姉ちゃん凄くないですか?」

 

「ええ。まさかばあちゃるさんが答えるより先に叫ぶとは…表情だけでどう答えるのか読み取ったのでしょうか?」

 

「はいはいはい。というわけで、ぴーぴーとみとみとはシロちゃんもこっちにパスしてくれると助かるっすね!」

 

「りょうかいですわ!おうまさん!」

 

「ヘイパース!」

 

ばあちゃるの要望に応える様に、ピノと美兎は押さえていたシロの背中を押し、ばあちゃるへ送り出した。勢いそのまま、シロはぽふっとばあちゃるの腕の中に納まる。抜け出すように抵抗するが、やはり居心地がいいのか、その抵抗は徐々に小さくなり、最後には腕の中で大人しくなった。

 

「…シロさんかわいい」

 

「結局、ばあちゃるさんには勝てないところとか最高じゃないですか?」

 

「分かります!シロお姉ちゃんとおうまさんの二人のそういう関係が私大好きです!」

 

「う~~~~~~!!!」

 

「こらこら、暴れたらダメっすよ」

 

ばあちゃるの腕の中で暴れるシロだが、優しく頭を撫でられて大人しくなる。前までの関係であればこうはならなかった。しかしアイドル部との関係の進展により、ばあちゃる自身が望んだことに素直になったこと。先程の事件により、シロも自分の感情に少し素直になったこと。そして、シロが物理的に甘やかされることが弱いこと事が原因だ。好きな人に受け入れてもらえる。それがこれほどに幸せに感じるとは、シロは知らなかった。後ろでにやにやと顔を浮かべているであろう後輩と友人に憤りを感じるが、だからといってここから抜け出せるかと言われれば『無理』の一言だろう。それほどまでに、ここはシロにとって居心地がよくて、幸せを感じる場所であった。

 

「シロさんとばあちゃるさんを見ているのも楽しいですけど、ひとまずアイさん。シロさんの秘密を教えてもらってもいいでしょうか?」

 

「そーだね!今のシロちゃんなら絶対安心だし。さっさっと言っちゃおうか」

 

後ろから聞こえてくるアイの言葉を知らんと言わんばかりに、シロはばあちゃるの胸に頭をこすり付ける。そんなシロの様子に、ばあちゃるは苦笑しか浮かばない。

 

「とっておきの秘密って言うのはね、シロちゃんの身体に…というかモデルについてだよ」

 

「シロさんのモデル?今の姿ということですか?」

 

「そうそう!シロちゃんたち統括AIが兵姫である貴方たちと違って、最初は肉体(モデル)がなかったの。声や文字でのコミュニケーションは出来たんだけど、その姿はよくて発光体ぐらいだったね」

 

「ああ。つまり昔のSF映画とかで見るAIと同じ感じだったというわけなんですね」

 

「そうそう!!さっすがピノちゃん!あったまいいー!!」

 

酔っ払いのハイテンションでアイはピノを称賛する。酔っ払いとはいえ、シロに並ぶ四天王のトップであるアイに賞賛は予想以上に嬉しいものだ。ピノは頬を染めて照れた。

 

「それでそれで!シロちゃんが生まれてばあちゃると一緒に活動しているのが基本だったの。そんなある日ね、シロちゃんに『モデルを作ってほしい』ってお願いされてね」

 

「え!?ってことはシロさんの身体を作ったのはアイさんなんですか!?」

 

「そうなの!その時までシロちゃんとはばあちゃるを挟んで知ってるくらいの関係だったから、ビックリしちゃった!それでモデルを作るのにあたって、要望があったの!それが、シロちゃんの秘密」

 

「ほうほう!それでそれで、シロおねえちゃんの秘密とは!?」

 

よほど気になるのか、美兎もピノも身を乗り出してアイに詰め寄る。一歩後ろにいるなとりだが、その好奇心は隠せていない。

 

「『ばあちゃるに似せてほしい』…それが要望だったの」

 

「う~~~~~~~!!!!!!」

 

羞恥から逃れる様に、ばあちゃるの胸に隠れる様にしながら呻き声を上げる。そして、その事実はばあちゃるも予想外だったのか、シロの頭を撫でていた手を止めて、驚愕していた。

 

「え…いやいやいや!?親分あの時、シロちゃんはばあちゃる君に似せたのは親分の発案だって!?」

 

「なんでそんなサービスを私がしなきゃいけないの?確かに馬は整った顔立ちしてたけど、私の好みじゃないし。私好みで行くならもっとツキちゃんみたくなってまーす!」

 

「た、確かにそうっすけど、いや、でも…えぇ?」

 

「…なるほど。じゃあばあちゃるさんの顔立ちがシロさんに似ているのではなく、シロさんがばあちゃるさんに似せる様に身体を作ってもらったってのが正しいんですね」

 

「えー!ってことは、シロお姉ちゃんすっごいおうまさんのことが好きってことになるじゃないですかー!!」

 

「わーー!!知りません、知りません!しりません!!」

 

シロは後輩の黄色い歓声を振り払う様に、耳に手を当ててばあちゃるの腕の中で縮こまる。そんなシロを愛しい視線を向けながら、ばあちゃるは優しく頭を撫でた。

 

「その、なんと言ったらいいかわかんないっすけど…」

 

「…けど?」

 

「素直に嬉しいっすね」

 

「…そうなの?なら…シロも嬉しい」

 

「…ここはばあちゃるさんに任せましょう。ほら皆さん、こちらへ」

 

ここはばあちゃるに任せた方が適任と感じた美兎は、シロとばあちゃるに悟られないようにアイたちと共に移動した。しかし、それはばあちゃるには見えていたようで、シロの頭を撫でていない片手でお礼のジャスチャーを送る。相変わらずよく見ていると関心しながら、その礼を受け取りながら美兎は苦笑した。

 

「それで。シロちゃんはなんでばあちゃる君と似た感じにしようにしたっすか?」

 

「…あの時のうま。生き急いでたよね?」

 

「へ?…はいはいはい。確かに、当時のばあちゃる君は余裕も無くて、常に切羽詰まった感じで生き急いでいたっすね。けど、それにいったい何の関係が?」

 

「…家族がいればね、うまは死なないかなって思ったの」

 

「家族?」

 

オウム返しをする。ばあちゃるにとって家族とは、今ではシロは勿論、アイドル部のメンバー。そしてメンテちゃんを含めた自分に連いてきてくれたアップランドの社員のこと指す。しかし、対テロ組織当時であれば違う。あの時の家族とすれば『46号』だけだ。エイレーンは確かに大事な人ではあるが、家族というより相棒だろう。当時のことを照らし合わせて考えれば、シロのいう『家族』というのは自ずと答えがわかる。

 

「…そういう…ことだったんすね」

 

「うん。今の姿なら、シロはばあちゃるの妹みたいに見えるでしょう?そうすればうまもどっかにいかないかなって思ったの」

 

「…今も妹がいい?」

 

「ッ…い、いや…」

 

意地悪な質問に、シロはさらに顔を赤く染めて隠すように胸に顔を埋めながら否定した。その姿に、どうしようもないほどの愛しさがばあちゃるの胸に溢れる。衝動のまま優しく、シロを抱き締めた。まわりなど存在など一切入らない。二人だけの世界を繰り広げていた。

集中するあまり、二人は周りの視線が集中していることに気付かない。尊死しそうなすずに、尊いあまり変な声が出そうになる『名取さな』を何とか黙らせながら、なとりは二人を見守る。

 

「…意地悪」

 

「はいはいはい。そんな遠慮がない関係がいいっすよね?だったらこれくらいで嫌がってたら大変っすよ。ばあちゃる君、ちょっと意地悪なのは知ってるっすよね?」

 

「うぅ…知っていたけど、まさかシロがその対象になるとは思ってなかったんじゃぁ」

 

「嫌っすか?」

 

「…いやじゃない」

 

「そうっすか。なら、ちょっと意地悪するっすよ」

 

「え?んぅ!?」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!も゛う゛む゛り゛!!と゛う゛と゛い゛ぃぃぃぃ!!」

 

「さ、さなさん!?もうちょっと我慢して!?」

 

不思議そうに顔を上げるシロの唇を奪う。昼に研究所の屋上でしたものとは違い、今度はばあちゃるから少し強引なキス。シロはそれに驚くが、その心地よさに身を任せ、ゆっくりと瞳を閉じた。それは、過去一番に幸福の一時だ。

しかしその幸福も、我慢が出来なくなったさなの叫び声によって一瞬にして終わる。現実に戻ったシロは叫び声の発生源であるさなに視線を見えた。顔を手を覆いながら、天を仰ぐさなに介護するなとり。そしてその横で限界を超えて尊死しているすずの姿を確認した。そして、先程まで騒がしかった点何が静まり返っており、すべての視線が向けられていることにも気付いてしまう。

 

「あ…ああああああ!!??」

 

「ハァーイ。いやはや、いいもの見させてもらいました。やはりシロさんの横にはばあちゃるさんが欠かせないですね」

 

「とーやさん見た!?マジでガチのキスシーンとか初めて見た!?」

 

「ちょ!?ガク君興奮しすぎ!?」

 

「いやー、ラブラブだと思ってたんやけど、ここまでとは思わんかったなぁ」

 

「だとしてもここでキスまでする?」

 

「いやーいいもの見れた。な!チャイカ!…チャイカ!?」

 

「まさかこやつも尊死しとらんか!?」

 

「そーいやチャイカも白組を公言してたな!?」

 

「ちえりーランドの時も思ったが、吹っ切れたばあちゃるは色々とすごいな!?まさか、ここであそこまでやるとは」

 

「お?司もちゃるちゃるの魅力に気付いちゃったか?ちゃるちゃるはいいぞー?知れば知るほど抜け出せなくなる沼だぞー?」

 

「さすがにこうも大衆の面前でやるのはすごいですね」

 

「あー。えーちゃん羨ましいと思ってるでしょ?」

 

「ちがッ!?」

 

「…いいなー」

 

「ばあちゃる氏ー!!さすがはばあちゃる氏だ!!ふぅぅぅぅ!!…痛ッ!?こらアホピンク!いったい何をする!?」

 

「今のはハル君が悪い」

 

「みりあ先輩超がんばって。あんな鈍感な兄ですけど、姉になってくれるなら知り合いがいいです」

 

「…なら私にもワンチャンあるかな?」

 

「え!?楓先輩!?」

 

「よかった…ホントに良かった…おめでとうなのじゃシロちゃんにばあちゃるさん…」

 

「え、何。脇に握り先輩泣いてるの!?今のに泣く要素あった!?」

 

「パイセンはもっと察して!」

 

さなを皮切りに傍聴していた者たちが騒ぎ始める。その内容は勿論、二人のキスについてだ。賞賛羨望呆然と色んな表情がシロとばあちゃるに向けられた。羞恥にシロの頬はさらに赤くなる。そして、我慢が出来なくなったのか、腕を振り上げてばあちゃるへ振り下ろした。

 

「うまの!…」

 

「ちょ!?ストップ!ストップっすよシロちゃん!!??」

 

「ばかぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

「ウビバァ!?」

 

「いいパンチ。なんか懐かしい光景だなー」

 

「そうですか?…そうですね。思えば対テロ組織のシロさんのモデルができた時からこんな感じでしたね」

 

「これは妹分が抜けきるのは当分先かな?」

 

「いえ、思いのほか早いかもしれませんよ?」

 

ばあちゃるに全力のぱいーんを送り、そっぽを向くシロ。そんな二人を少し離れた位置で、顔を赤くしたメンテちゃんとアイは談笑しながら見ていた。その眼差しは、どこか子を見る保護者のような視線で、二人のこれからの未来を願っていることが読み取れる。飛ばされたばあちゃるを介護するように、アイドル部の子たちがばあちゃるへと駆け寄る。できれば、彼女たちの未来に光が溢れる様にとメンテちゃんは祈りをささげた。



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彼と迎えるこれからの朝(シロ、めめめ)

同棲を開始した一日目の朝
シロはいつもの時間より早く起きたようだが…?


『おはよおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!起きてぇぇぇぇぇ!!!』

 

「ふわぁっ!?なになに!?」

 

耳元で流れてきた大音量のその声に、『電脳少女シロ』は飛び起きる。起き抜けの覚醒し切っていない頭を無理やり動かし、音の発生源に目を向けた。

 

「…あ、なぁんだ。目覚ましかぁ」

 

そうして向けた視線の先には、自身の携帯端末があった。音の発生源は自分の携帯で、なおかつ自分で設定した目覚ましだと、はっきりし始めてきた頭が思い出す。

 

「にしても、そこまで音量高くないのに色々と凄いなぁ。さすがルナちゃん」

 

未だにループされる音声の元は仕事仲間である『輝夜月』の声を録音したものだ。音量自体は普段の着信音より少し小さめに設定してあるはずなのに、それでも大きく聞こえる。それも月の魅力だと、苦笑を零しながらシロはアラームを止めた。

月の音声が収録されているアラームアプリは、月本人に受け取ったアプリではなく、実は『バーチャルのじゃロリ狐娘元youtuberおじさん』のこと、のじゃおじにより受け取ったものである。アプリ開発にも興味を持っていたのじゃおじが趣味で開発したもので、友人にお試しとして配布しているのだ。中には月を除いて『キズナアイ』『電脳少女シロ』『月ノ美兎』と錚々たるメンバーが収録に参加している。事務所的に、配布は不可と聞いた時は、少し残念と思ったのは内緒だ。

 

「っと、今は何時かな~?」

 

完全に覚醒した頭の次は身体だ。シロは寝起きの身体を解すように、ベットの上で伸びをする。思いのほか休めたのか、身体が絶好調だと訴えてくる。気合を入れるため、軽く頬を叩いた。

 

「よしッ!」

 

シロはベットから降りて廊下に出る。そして意気揚々に、慣れない様子でばあちゃる邸の洗面台はある脱衣所に向かった。

件の事件『やらかしちゃったシロちゃん事件』の罰として、シロは監視者となった同僚かつ愛する(未だに認めていない)人である『ばあちゃる』の家に同棲するようになった。引っ越し作業も順調に終わり、今日は一泊した次の日。シロはある決意の為に、いつもより少し早めの起床をした。

 

「…あー。しろおねえちゃん、おはよー」

 

「あ、ロッシーちゃんもおはよう。ふふ。随分おねむだね」

 

「…うん。まだねむい…」

 

脱衣所につくと、そこには既に先客がいた。シロの妹分にあたる『ロッシー』だ。慣れない早起きなのか、脱衣所で歯磨きを片手にうつらうつらと舟を漕ぎそうになっている。

ロッシーは元はシロと身体を共存していたが、つい先日に『メンテちゃん』と『淡井フレヴィア』先生を主導とするモデル製作が完結し、正式の身体(モデル)が与えられた。そしてロッシーも監視対象とのことで、シロと同様にばあちゃる邸に住み込むこととなったのだ。

 

「ロッシーちゃん、もう一度寝ちゃってもいいよ?そうなったらシロがしっかり起こしてあげるからね」

 

「…やだ。ロッシーも…おうまさんにご飯作ってあげたい」

 

夢うつつながらも、しっかりと自分の気持ちを伝えるロッシーにシロは少し驚く。明らかに眠そうで、もし布団に入ってしまえば即寝てしまいそうな雰囲気なのに、頑固だなとシロは内心で思った。その頑固さはいったい誰に似たのやら。

 

「はいはい。それじゃあ、さっさとお顔を洗っちゃおうね」

 

「はぁい」

 

ロッシーに歯磨きの続きを行う様に促し、自分も同じように置かれた新しい自分の歯磨きに歯磨き粉を付ける。並んで歯磨きを行う二人は、年を離れた姉妹か、もしくは親子にしか見えない。もしロッシーを挟んで、ばあちゃるも共に歯磨きをすれば、それは仲の良い夫婦と子供の図にしか見えないのではないのだろうか。それを想像するとシロは、胸から暖かいものが込み上げてくる。

 

「…ん…ガラガラ…ぺっ…ほら、ロッシーちゃん」

 

「んー?…ん!」

 

込み上げてくる幸せを胸において、シロは口内を漱ぐ。そして横にいる眠気満々のロッシーにも同じように水の入ったコップを渡した。先程より目は覚めたのだろう。すぐ様にコップを受け取り、シロと同じように口内を漱いで歯磨きを終わらせた。

寝坊助のばあちゃるが起きる前に、朝食の支度をしよう。彼が起きてきたらシロたちの姿に驚くだろうか。きっと、驚きながら喜んでくれるに違いない。

 

「ふふ」

 

「どうしたんですか、シロおねえちゃん?」

 

「んーん!何でもない!ほらロッシーちゃん。早く朝ごはん作ろう?」

 

「うん!」

 

容易に想像できるその光景に、シロの頬が緩む。誰が見ても幸せな風景であるそれに、笑みを隠せない。その光景を実現させるために早く行動しなければ。シロは顔を洗い、完璧に目を覚ましたロッシーを連れて、キッチンへと向かった。

並んでキッチンに向かう廊下の途中。前触れなく、廊下の先に玄関からカギが開く音が聞こえた。こんな早朝に、さらにインターホンなど押さず、さらに合鍵を使って入ってくるなどシロは予想できず、入ってくる人物に固まった状態で見つめることしかできなかった。

 

「おじゃましまーす!プロデューサー、起きてる…かな…あ゛」

 

「…めめめ?」

 

入ってきたのはシロもよく知っている人物。ばあちゃるがプロデュースを担当するアイドル部の一人『もこ田めめめ』だ。シロにとってなじみが深い人物であるが、だからといって今の時間帯にここに訪れる理由がわからない。

 

「し、しまったー!!シロちゃんが同棲してるんだったー!!??」

 

「ど、同棲じゃないもん!」

 

つい条件反射でそう言い返す。めめめがここにいる理由が未だにはっきりしないが、その疑問よりも羞恥が勝ってしまう。シロは頬に熱が集まるのを感じた。そんなシロに、めめめの目が怪しく光る。

 

「…いやいやシロちゃん?流石にそれはないかなーってめめめは思うな」

 

「それでも同妻じゃッ!?」

 

「プロデューサーが起きるよりも前にぃ?ロッシーちゃんを連れてぇ?キッチンに入ろうとしてるってことは?どう見たってプロデューサーの為に朝ごはんを作ってあげる奥さんにしか見えないんだがぁ??」

 

「お!?おおおおお、奥さん違います!」

 

「あぁ^~。シロちゃんかわいいんじゃぁ^~」

 

「めめめぇ!?」

 

イキリマトンを遺憾なく発揮し、シロを煽る。その煽りにシロは顔を真っ赤にしてめめめに詰め寄るが、それは肯定してるようにしか見えない。その姿も可愛らしく、白組の豆腐でもあるめめめはすっかりだらしない表情を浮かべていた。

しかしそんな雰囲気も、ロッシーの一言によって砕かれる。

 

「…?そういえば羊のおねえちゃん、さっき普通に入って来たよね?合鍵持ってるの?」

 

「…へぇ。めめめ、どうなの?」

 

「あ゛。ちがっ!?シロちゃん待って!?」

 

確信めいたロッシーの一言に、シロの雰囲気は一気に氷点下へと落ちる。絶対零度の眼差しに、すっかりイキリマトンは身を顰めて得意の命乞いモードへと豹変した。

 

「シロちゃん!違うんだ!ちょ、ちょっと落ち着いて!?」

 

「なぁに言ってるのかなめめめ?シロはすっごい落ち着いてるよぉ?今ならヘッドショットも外すことなんてあり得ないくらいだよ」

 

「なんでそこでそんな物騒な例えが出るの!?めめめが、ばあちゃるさんの家の合鍵を持っているのには理由があってッ!」

 

「…あ、白状した」

 

「あ゛」

 

「…合鍵のことも聞きたいけど、シロ、うまのことを名前で呼んでることも聞きたいなぁ」

 

「違っ!違うんですぅ!?シロちゃん、お願いだから許してぇ!?」

 

「…とりあえず、キッチンに行こうか?」

 

可愛らしくも氷点下の笑みを浮かべてキッチンを指さすシロに、めめめは絶叫を上げることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

 

 

「んん!?なんすかなんすか!?」

 

唐突に聞こえてくる絶叫に、心地よさそうに寝ていたばあちゃるは飛び起きる。そして寝間着として使用しているパジャマ姿のまま部屋を飛び出した。向かう先は声が聞こえたであろうキッチンだ。まさか家に強盗でも入ったかのか。様々な不安が頭を過る仲、同じ家に住まうシロとロッシーを守るために、ばあちゃるは自宅の短い廊下を駆けた。

 

「大丈夫っすか!シロちゃん、ロッシーちゃん!」

 

「あ!おうまさんおはよう!」

 

「うま、早かったね。ちょっと待っててね。もう少ししたらいいラム肉が用意できるから」

 

「ばッ!ばあちゃるさぁん!助けてぇ!?」

 

「めめめめぇ!?」

 

そこにはどうやったのか不明だが、天井に逆さで吊るされためめめを、ハイライトが消えた目で追い詰めるシロというとんでもない光景が繰り広げられていた。一瞬『ここはばあちゃる君の家っすよね?』という至極当然の疑問が浮かんだが、残念ながら自宅だ。キッチンに置かれている見慣れた調理器具が、それを物語っている。混乱する頭を無理やり納得させて、ばあちゃるはとりあえず場の納めることに尽力することにする。

 

「と、とりあえず!理由は分かんないっすけど、めめめを下ろしましょう?アイドル部は確かにシロちゃんの食糧でもあるっすけど、可愛い後輩なんっすから一旦落ち着くのがいいっすよ」

 

「むー。うまはめめめの肩を持つの?」

 

「いや、この状況はどう見たってめめめがヤバいやつっすよね!?…これでもばあちゃる君、アイドル部のプロデューサーっすからね。担当の子がとんでもない状況になったら助けるっすよ、はいはいはい。…シロちゃんだって、そうでしょう?」

 

「むー!!…わかった」

 

「ありがとうプロデューサー!!」

 

解放されためめめは、シロから逃げる様にばあちゃるの背に隠れる。いくら敬愛する先輩であっても、流石に吊るされたのは堪えたのだろう。その身体は少し震えていることがわかる。

 

「はいはいはい。それで?いったい何があったんっすか?」

 

「…めめめがうまの家の合鍵持ってた」

 

「へ?…ああ!そういえば、預けたっすね!」

 

思い返してみれば、大分前にあったもちが巻き込まれた『魔女の家』事件の際にめめめに合鍵を預けていたことを思い出した。あの事件以降、めめめの遅刻対策として通い妻をするようになったので、何がきっかけで合鍵を預けたのかばあちゃるはすっかり頭から抜け落ちていたのだ。

 

「はいはいはい!めめめめの鍵はっすね、ばあちゃる君が預けたっすよ。きっかけは別っすけど、ほら、めめめめは一人暮らしでしょ?もしものことがあった時の避難地として活用してもらおうと思って預けたっすよね、完全に。実はばあちゃる君のお家って、めめめめの家と近いっすよ」

 

「…合鍵を預けてるのもそうだけど!なんでこんな時間にめめめが来てるの?」

 

「あれ?言ってないっすか?」

 

「言う前に吊るされたんだぁ」

 

涙目でばあちゃるの服を掴む。珍しく弱っているめめめが可愛らしく、ばあちゃるはついその頭を優しく撫でる。どうやらそれもお気に召さなかったらしく、シロの機嫌はまた一つ下がったのをばあちゃるは肌で感じた。

 

「うまぁ!」

 

「おうまさんおうまさん!次はロッシーも撫でて!」

 

「はいはいはい。シロちゃんは落ち着いてくださいねー。ロッシーちゃんももちろん撫でてあげますからね。それで、めめめめが朝にうちに来る理由っすよね?理由は単純っすよ。遅刻しないためだったりするっす」

 

「…遅刻?」

 

機嫌の悪いシロなど知らないと言わんばかりに、甘えてくるロッシーを躱しながらばあちゃるは頷く。そして、めめめがばあちゃる宅へ通い妻するようになったことの発端を簡単に説明した。

 

「…へぇ。遅刻しないため、…なんだ?」

 

「ヒィッ!?シロちゃん!ほら、もうちょっと落ち着いてぇ!?」

 

「はいはいはい。シロちゃん?そんな地を這うような声出しちゃめめめめが怯えちゃうんでね。少し落ち着きましょうね?」

 

「いやいやいや!うま、これ騙されてるよ!絶対めめめ下心あるよ!?」

 

「そんなのもちろん、気付いてるっすよ」

 

「へ!?」

 

「ふぇ!?」

 

呆気なく言い放つばあちゃるに、シロとめめめは揃って抜けた声を零す。そんな息がぴったりな二人にばあちゃるは苦笑を零した。

 

「いやいやいや。ばあちゃる君も流石にそこまで鈍感じゃないっすよ。女の子が毎朝男の家に朝食を作りに来るなんて、そんなことされれば、さすがのばあちゃる君でも気付くに決まってるじゃないっすか」

 

「え…え!?」

 

「それに、シロちゃんには言ったじゃないっすか。『ばあちゃる君は我儘になる』って。…両想いなら、俺は自分の意思に従って手を伸ばすよ」

 

「…ぁぅ」

 

視線をずらし、めめめに向ける。そこには真っ赤にした顔を何とか隠そうとするめめめの姿が見えた。しかし嬉しさがどうにも隠せていないのか、微かに見える口元は確かにニヤついていた。

 

「ばあちゃる…それは」

 

「え?シロおねえちゃんはいやなの?」

 

倫理観に捕らわれ、その事を指摘しようとした時、予想外なところからばあちゃるの援護が飛んできた。それは妹分であるロッシーからだ。

 

「え?…いや、嫌なわけじゃないけど」

 

「ならいいじゃん。おうまさんとおうまさんが好きな人たちがいっぱいいれば楽しいよ!アイドル部のおねえちゃんたちだってシロおねえちゃんにとって大事な人なんでしょ?」

 

「そう…だけど…ほら!周りの目とか!」

 

「えー。みんなの前であんなにおうまさんとちゅーしたシロおねえちゃんがいうのー?」

 

「それは言わないでぇ!」

 

ロッシーの指摘に、次に顔を赤くしたのはシロだ。思い出すのは廃墟の屋上での出来事と、叙々〇での出来事。ああも大衆の前で羞恥を感じるのは初めてのことで、そのことを思い出してシロは顔を手で覆った。

 

「…あのねシロちゃん」

 

「…めめめ?」

 

顔を覆っていると声をかけられる。未だに顔の熱は下がらないが、流石に隠したままではいけないと思い、顔を上げた。そこには先程までばあちゃるの背に隠れていためめめの姿。しっかりと向き合う様に、ばあちゃるの前に出てきていた。

 

「めめめね、プロデューサーのことが…ばあちゃるさんのことが好き。…これは、きっとシロちゃんにも負けてない。負けたくないと思うの」

 

「…めめめ」

 

「けどね!それと劣らないくらいにアイドル部のみんなもシロちゃんも大好き!!この気持ちだって本当なんだ!」

 

「だから!」

 

『一緒の人を好きでいてもいいですか』。そう続けられた言葉に、シロは気付いたら抱き締めていた。それはめめめが自分と同じだと気付いたからだ。自分と同じ、どうしようもないほどにばあちゃるが愛しているのだと気付いた。それでもシロのことも好きと言ってくれるめめめに、シロの心は受け入れてしまった。

 

「しょうがないなぁ、めめめは…シロの負けだよ」

 

「シロちゃん!」

 

「はいはいはい。困ったらね、ばあちゃる君も燃やせばいいっすからね」

 

「あ、それはなし」

 

「うまはいい加減、自分を大事にして!」

 

「えぐー!?いや、なんでっすか!?いつもはこれでよかったじゃないっすか!?」

 

受け入れたところに、受け入れられない言葉が飛んできて、めめめと共にばあちゃるを追い詰めるシロ。その息の合った連携は、まさに阿吽の呼吸だ。

 

「確かに今までは良かったかもしれないけど!プロデューサーはこれからはめめめたちと…その!…恋人なんだよ!」

 

「そう!恋人が悪く言われるのを許すほどシロは心が広くはありません!…まだ業界のために燃えるなら我慢できるけど、シロたちのことで燃えるのは許さないよ!」

 

「え、えぇ…いやそれは」

 

『認めません!』と顔で訴える二人に、ばあちゃるが一歩引きさがる。ここは無暗に応えるより逃げるが吉と判断してからの行動は早かった。

 

「…ロッシーちゃん!朝ごはん作るっすよー!」

 

「え!?うん!ロッシーも一緒に作る!」

 

「あ、逃げた!?」

 

「こらまてうまぁ!しっかりシロたちに宣言しろぉ!」

 

「確証できないことなんで、ばあちゃる君は宣言できないっすね、完全に!」

 

ロッシーを連れてキッチンに逃げるばあちゃるをシロとめめめは共に追う。あの反応から、きっとこれからも変わらず、身を犠牲にするようなやり方はするだろう。それはきっと、今までよりは省みるかもしれないが、それでも心配なものは心配だ。横にいる自分と同じ男を愛する後輩と共に、これからもしっかりと監視していこう。シロは笑みを浮かべながら、ばあちゃるを追うために、キッチンに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「にしてもめめめがうまのことが好きだったなんて気づかなかったなぁ。たまちゃんやなとりちゃんは怪しいと思っていたけど、本当に予想外だよ」

 

「あ、たまちゃんもなとちゃんもプロデューサーのことが好きだよ?」

 

「え゛」

 

「というよりアイドル部全員プロデューサーのことが大好きだよ?」

 

「え゛」

 

「さらに言うなら、エイレーンさん、そらちゃん、えーちゃんも好きだし。あとメンテちゃんも怪しいかも?」

 

「え“…え゛」

 

「し、シロちゃん?」

 

「…あの…うまぁ…」

 

「え、シロちゃん知らなかったの!?」

 

「ねえ゛え゛え゛え゛え゛!!うまぁ!状況は!しっかり説明してぇ!!」

 

「ウビバァッ!?」

 

「お、おうまさーん!!??」

 




ストックはこれで終わり

これ以降は渋と同時投稿するので不定期になります


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彼とお姫様なウチ(牛巻りこ)

とある撮影スタジオの更衣室
そこにはある動画の撮影に訪れていた牛巻りこの姿があった
しかし、どうかその様子はおかしいようで…?


 

「うぅ…こういうのは慣れないなぁ」

 

黒を強調したシックでフリルがたっぷりのドレスを身に纏い、頬を赤くして『牛巻りこ』はぼやいた。

ここはとある撮影スタジオの更衣室。彼女がここに訪れたのはとある動画の撮影のためだ。

 

「まさかあれがシリーズ化するなんてね」

 

独り言を呟きながら、彼女のスマホには動画サイトのとあるマイリストが表示されている。『馬Pと一緒シリーズ』と名付けれているそのマイリスト内には自分を含むアイドル部の面々と我らのプロデューサー『ばあちゃる』がそれぞれ二人で踊る動画が投稿されていた。

事のきっかけは今は懐かしい『神楽すず』とばあちゃるの共に踊った練習動画が発端だ。あの事件以降、アイドル部内でダンスレッスンを行う際にばあちゃるの時間が空いているのであれば、彼に教わるようになった。そしてメンテちゃんが面白半分で『花京院ちえり』と共に踊った動画を件の動画サイトへ投稿をしたのが始まりだ。動画の伸びとしては学園の日常と違い、あまりよくないが、それでもアイドル部内の評判は非常に良い。彼女たちの熱い要望により、気付いたらシリーズ化し、つい先日に先輩である『電脳少女シロ』を最後にシリーズが終了した。したはずだったのだが…

 

「二週目に入るのは嬉しいけど、これは聞いてないよ!ばあちゃる号!」

 

更衣室で一人、羞恥を隠すように叫ぶ。勿論その言葉に返事は帰ってこない。

りこの言う様にアイドル部の熱い要望により、なんとシリーズが二週目に入ることが決定した。いずれ舞台で踊りを見せるための予行練習という言い訳でゴリ押しをしたが、まさか通るとは思ってもみなかったのでこの結果にはみんなで歓喜したものだ。しかし、ただ同じように踊るのでは味気ない。ということでまさかの衣装替えが採用されたのだ。結果、今のりこがいる。

 

「…ここで立ち止まっても仕方がない。女は度胸!牛巻行きます!」

 

自身に活を入れて更衣室を飛び出る。その頬は未だに羞恥により赤くなっているが、だからと言って撮影に付き合ってくれているメンテちゃんやスタッフたち。そして共に踊るばあちゃるを待たせるわけにはいかない。その責任感からか、りこは少し速足でスタジオへ足を向かわせた。

 

「すみません!遅れましたー!」

 

「お、来ましたね。お姫様のご登場ですよ」

 

「お姫様じゃないよ!?」

 

勢いのままにスタジオに足を踏み入れる。そこには既にスタンバイをしていたメンテちゃんがおり、入ってきたりこに対して意地の悪い顔を浮かべてそう言葉を吐いた。あまりに慣れない扱いに、りこは少し声を荒げて否定する。

 

「いやいや、その姿で否定されても説得力皆無ですよ?」

 

「うぅ…けどやっぱこの姿は慣れないよ」

 

「二週目のトップバッターなんですからもっと胸を張ってください」

 

スカートを軽く握りながら、羞恥を誤魔化す。滅多に見せないりこの姿に、メンテちゃんは呆れ顔を浮かべてため息を吐く。普段のりこを知っているからこそ、その姿は余程に違和感があるのだろう。周りのスタッフも物珍しそうにりこに視線を向けていた。

 

「ほらほら。あとはばあちゃるさんがくれば撮影開始なんですから。皆さんはちゃちゃっと支度を終わらせてくださーい!」

 

「「はーい!!」」

 

「ほら、牛巻さんも。その姿で踊りに支障がないか少し動いて確認しといてくださいね」

 

「あ、りょーかい!」

 

『それでは』と言い残し、メンテちゃんは他のスタッフと作業に戻った。

今回踊る場所は、最初にちえりとばあちゃるが躍った洋式屋敷の一室だ。踊るにはいい感じの広さで周りの障害物とかもないので、そこは特に気にしなくてもよさそうだ。

 

「うーん…よし」

 

とりあえず一回転。スカートが軽やかに舞い上がり、普段の彼女にはない可愛らしさが強調される。その後も逆回転をしたりと数回同じ行動を繰り返す。

 

「スカートで踊るのは初めてだけど…うん。これくらいなら大丈夫かな。下にはスパッツ穿いてるし、何とかなるでしょ」

 

「いやいやいや!?一応アイドルなんすからそこは気にしてほしいっすけど!?」

 

「ひゃ!?も、もうばあちゃる号!急に声を…かける…のは…」

 

「うん?どうしたっすか?」

 

背後からの声に驚き、その声の主に怒りを露わにしようとしたが、その姿にりこは言葉を失う。

 

「ば、ばあちゃる号…?」

 

「はいはいはい。そうですよ、ばあちゃる君っすよ?いったいどうしたんすか、りこぴん。急に固まって?」

 

「え、いや…だって…その姿」

 

「あ、これっすか?」

 

いつもの白い手袋ではなく、真逆の黒手袋で胸元に手を置く。その表情はどこか得意気だ。

 

「いやー。せっかくのお着換えってことでりこぴんだけじゃ味気ないってことでね、なんとなんと!ばあちゃる君もお着換えすることになったっすよ!」

 

そう胸を張るばあちゃるに、りこはただただ見惚れることしかできなかった。それもそのはず、ばあちゃるはいつもの紺のスーツではなく、黒のタキシードで身を包んでいたからだ。さらに手袋も黒と変えており、彼の雰囲気が一気に様変わりしている。なのに言動がいつも通りのせいで、どこかミスマッチ感もあるが、それもばあちゃるの魅力の一つだ。そんな普段見ない彼の姿に、りこはつい凝視してしまう。

 

「りこぴんまで固まるとは予想外っすね。さっきのメンテちゃんと同じ反応でさすがのばあちゃる君も困惑っすよ」

 

「いや、それは仕方ないと思うよ」

 

ばあちゃるの言葉に意識を取り戻したのか、りこは視線を逸らしながら答える。そこに偶然映ったメンテちゃんの姿は、頬を真っ赤に染めてばあちゃるへと視線が集中していた。自分も先程まで同じ顔をしていたと思うと今の感じる頬の熱さとは別に、羞恥を感じてしまう。

 

「そうなんすか?ばあちゃる君的にはよくわかんないっすけど…まあ、りこぴんが言うなら仕方がないっすね」

 

「そうそう。仕方がないことなんだよ!」

 

よくわかっていないばあちゃるの同意を全力で同意する。それは、今感じている羞恥を誤魔化すためでもあった。

一、二言の談笑の後に、撮影の最後の調整を行う。腕が当たらないように適度に離れ、タイミングを合わせたり、振付の確認をしたり。本来であれば、今回の撮影はアイドルとプロデューサーが共に行うものではないのだろう。しかし、りこは今この瞬間が最高に楽しくて仕方がなかった。

 

「…よし!いい感じだね、ばあちゃる号!」

 

「はいはいはい。りこぴんも絶好調っすね。最初はスカートと聞いてちょっと心配だったっすけど、いらぬ心配だったようで安心したっすよ」

 

「ふっふっふ!確かに牛巻もちょっと心配だったけどモーマンタイ!慣れればなんてことはないよ!」

 

いつもの様にウィンクしながらキメ顔でかっこつける。普段のりこを知っているばあちゃるは、今の姿とその姿がどこかミスマッチでカッコいいというより可愛いという感情が勝った。そしてつい、悪戯心が働いてしまう。

 

「さて、そろそろ撮影開始ですし、行きましょうか?」

 

「えっと…ばあちゃる号?」

 

「お手をどうぞ?お姫様」

 

ソファに座るりこの前に立膝を付き、手を差し出す。声もいつもの陽気な感じはなく、時折聞く真剣の時の声色だ。しかし、どこか真面目になり切れないその雰囲気に、ふざけていることは察せれる。しかしどこか様になっているその姿に、りこは胸の鼓動が早くなるのを感じた。

だからといってこのまま焦って慌ててしまえば置いての思うつぼだ。羞恥をギュッと飲む込み、早い鼓動と熱い頬のまま、りこはその手に自分の手を乗せた。

 

「お、お願いします…」

 

ふざけ返すつもりでいたが、どうにも羞恥が勝ってしまう。そっと乗せた手がばあちゃるの手に包まれた。手袋越しの彼の体温が心地良い。

 

「えっと…ばあちゃる号?」

 

「…りこぴんも、しっかり女の子なんすね」

 

「え?」

 

大事なものを扱う様に、りこの手をそっと撫でながら無意識の言葉がばあちゃるから零れる。りこの声に、一瞬『しまった』と顔を顰めたが、すぐに持ち直してりこに視線を注ぐ。その雰囲気はいつもの陽気なものではなく、けれど先程の様にふざけたものでもない。あえて言うのであれば、それは愛おしいものに向けるものだと、りこはそう感じた。

 

「いや、その…華奢な手だと…そう思ったっすよ」

 

「…ばあちゃる号も存外女たらしだよね」

 

少し照れながらそう言うばあちゃるが珍しく、そして愛おしくてりこは微笑む。そのりこの表情に、今度はばあちゃるは見惚れる。

 

「どうしたの?変な顔してさ?」

 

「いえ、はいはいはい。ちょっとね、見惚れちゃったっすね、完全に」

 

「…そういうとこやぞ」

 

「えぐー!?え、なんでっすか!?」

 

まっすぐと自分の感情を伝えてくるばあちゃるに翻弄される。せめてもの抵抗からか、りこはいつものように吐き捨てた。ああ、ウチはこの人のことが心底好きなんだ。そう自覚して、りこは普段見せない様な女の子の顔で満面な笑顔をばあちゃるに向けた。

 

「ほら、ばあちゃる号!撮影、一緒に頑張ろうじゃないか!」

 

「そっすね!二週目の切り込み、みんなに度肝を抜くものを見せるっすよ!」

 

握った手をそのままに、りことばあちゃるは撮影の為にカメラの前へと足を進めた。




今回は自分が作っているMMD動画と内容がリンクしております

よければそちらも見てもらえると嬉しいです

リンク
ばあちゃる号と一緒に『メーベル』
https://www.nicovideo.jp/watch/sm35268712


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彼への私からのお誘い(エイレーン)

とある金曜日の居酒屋
そのには華金ということでとあるグループが飲みにその居酒屋へ訪れていた
その中にはハチャメチャのことで有名なエイレーンの姿があり、どうやら穏便に終わることはないようで…?


「王様ゲーーーーム!!」

 

「いえーい!!ほらちゃるちゃるも盛り上がってますか?」

 

「勿論っすよふくふく!いえーい!!」

 

とある金曜日の居酒屋。そこには花金ということで盛り上がる一つの団体がいた。幼児体系の狐娘の『ねこます』のこと『バーチャルのじゃロリ狐娘元Youtuberおじさん』に『ふくやマスター』、そして『ばあちゃる』の三人が中心に場に熱を与えている。ねこますに至ってはすでに酒が回っているのか、その顔は真っ赤だ。

 

「王様ゲーム!?萌実聞いてないよ!?」

 

「まあまあ萌実さん。拒否権ありますから大丈夫ですよ」

 

「エイレーンが大丈夫じゃないの!絶対『拒否するなら一週間雑用を命じます』とか言って逃げ道塞ぐに決まってるじゃん!」

 

「…そんなわけないじゃないですかー」

 

「絶対やる気だこの人」

 

言い合いをする『萌美』と『エイレーン』を呆れ顔で見ながら『メンテちゃん』はため息と共に言葉を零した。

元よりばあちゃるたち男組だけの飲み会だったのだが、退勤する際にメンテちゃんに捕まり、居酒屋前でエイレーンにも捕まってしまい今のメンバーで開催することとなった。男同士で遠慮なく飲む気だったふくやマスターはあからさまに不機嫌だったのが印象的だ。

 

「はいはいはい。エイレーンが言う様にね、無理だと思ったら拒否してくれてかまわないでね、むしろドンドン言ってくださいね!周りも無理強いする雰囲気を出すのはなしっすよ?」

 

「妾、王様ゲーム初めてなのじゃ」

 

「嘘でしょねこますさん!?初めてであんなに盛り上がったの?…童貞かな?」

 

「マスターは一回地獄に落ちるべきじゃよね、完全に」

 

「あ、ねこますさんばあちゃるさんの口癖がうつった」

 

「まあ、あの馬の言動はやけに耳に残るし、使い勝手がいいですからね。うつっちゃうのも仕方がないじゃないっすかね」

 

「そういう貴女もうつってますよ、エイレーンさん」

 

「あら?」

 

お酒も大分入っているからか、場の雰囲気は遠慮がほぼ無くなっている。事務所が違うと言え、同じ業界で仕事を共にする者たちだ。その息は自然と合っていくものだろう。

 

「それじゃあ早速行くっすよ。お箸は持ったっすね?それじゃあ…」

 

「「「「「「王様、だーれだ!!」」」」」」

 

用意周到なばあちゃるは既に、番号を振った箸と先端を赤くした箸を入れた色付きのコップを皆の前に置く。初めてとはいえ知識で知っていたねこますも一緒に、全員で箸を同時に引き抜いた。

 

「いやぁ、すみませんね。僕が王様です」

 

「あ、私拒否します」

 

「ちょいちょーい!?メンテちゃん!?拒否が早すぎるっすよ!?」

 

にやけ顔を晒しながら、先端が赤い箸を自慢気に晒すマスターにメンテちゃんは速攻で拒否をした。マスターから身を隠すように、ばあちゃるの後ろに隠れる。

 

「いやいや、ばあちゃるさんあの顔見てくださいよ。ロリコンの顔ですよあれ。剣持さんも割とあの顔してますもん。私、身の危険を感じました」

 

「けんけんとばっちり受けてる!?いやいやいや、けどふくふくがそんな命令するわけが…」

 

「3番の子、僕の膝に座って!!」

 

「ふくふくー!?」

 

「あ、妾3番なのじゃ」

 

「のじゃさーん!?」

 

あまりのスピード展開に、ばあちゃるのツッコミは追いつかない。後方にいるメンテちゃんは『やはり』と怪訝そうな表情をマスターへと向けていた。そんな視線も気付いていないのか、酔ったねこますはそのままふらふらとマスターの膝に座り込む。同姓のためか、この一連の流れに抵抗は感じられなかった。

 

「マスターさん、ねこますさん。ハイチーズ」

 

「イエーイ!!」

 

「…あの、エイレーン?その画像、どうするつもりっすか」

 

「そんなの分かり切ってるじゃないですか。腐れ縁なんですから察してくださいよ」

 

「うわー。エイレーン悪い顔してる」

 

顔を真っ赤にしてピースをするねこます。そしてそんなねこますをあすなろ抱きするマスター。その図はどうにも犯罪臭が拭えない。エイレーンはその画像をもとに良からぬことをすることが目に見えている。長い付き合いから、それを止めることが不可能だと理解しているばあちゃるは、マスターとねこますに対し、同情の視線を向けることしかできなかった。

 

「ほらほら、次いきますよ!」

 

「エイレーンの目がアカリがやらかしたときの意地悪する時の目と一緒だー!?これヤバい奴だよ、絶対!」

 

「もえもえ、これはもう諦めるしかないっすよ。賽は投げられたっすからね、完全に」

 

「ばあちゃるさんも諦めないで!?とばっちりを一番に受けるのは私なんだよ!?」

 

「おやおやぁ?萌実さんは逃げるんですか?せっかく私に仕返しが出来るいいチャンスなのにそれを棒に振るなんて、相変わらず残念ですね」

 

「むっかー!萌実、頭に来たよ!そこまで言うならぎゃふんと言わせてやる!」

 

「…見事なまでの一本釣りっすね」

 

エイレーンに対抗意識を燃やす萌実にばあちゃるは頭を抱えた。メンテちゃんも拒否権があるのならと意外にも乗り気で、ここでやめることを提案する流石に無粋だ。自分は羽目を外しすぎないようにしようと、ばあちゃるは決意を新たにした。

 

 

 

 

「「「「「「王様だーれだ!!」」」」」」

 

「妾がこくおーなのじゃ!それじゃあ2番はここ最近やらしたことをどうぞ!」

 

「はいはいはい。2番はばあちゃる君っすね。やらかしたことっすよね?えー…と…ああ、ばあちゃる君は特にやらかしたとは思ってないっすけど、この前ポンポンが頭を抱えるくらいの猛暑日があったじゃないっすか。その時はさすがに暑かったのでスーツを着崩してたら用事で来たたまたまに襲われかけたっすね」

 

「はい。それは馬が悪い」

 

「横に同意」

 

「マジンガー!?エイレーンもメンテちゃんもなんでっすか!?」

 

「「察しろ」」

 

「ちゃるちゃるは男の僕から見てもセクシーだからね。仕方がないね」

 

「え、マスターそっちもいけるの…近寄らんとこ」

 

「ふくばあもありですね!」

 

「なんで詩子さんがいるんですか!?」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「「「「「「王様だーれだ!!」」」」」」

 

「お。どうやら私みたいですね」

 

「げぇ!?エイレーン!?」

 

「げぇとは酷いですね萌実さん。そんな反応してくれちゃうならお望み通り、4番が今からここで『おちゃめ機能』を歌ってもらいましょう!」

 

「えぐー!絶妙に拒否しにくいラインを攻めてくるっすね!?」

 

「しかも先日動画で投稿したので歌えないとも言えない…相変わらずエグイ」

 

「というかなんで私の番号をピンポイントで言い当てるの!?知らないはずだよね!?」

 

「私ですよ?」

 

「無駄に説得力ある!?くそー!こうなったヤケだよ!」

 

このあとめちゃくちゃ歌った

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「「「「「「王様だーれだ!!」」」」」」

 

「萌実が王様だよ!エイレーンに仕返ししてやる!というわけで3番は5番の抱きしめる!」

 

「あ、ばあちゃる君3番っすね」

 

「うぇ!?嘘ですよねばあちゃるさん!?」

 

「って、ことは…」

 

「メンテちゃんさんが5番ってことじゃよね」

 

「そ、その…王様の命令なので…ばあちゃるさん、お願いします…」

 

「は、はいはいはい。そ、それじゃあ行くっすよ?」

 

「あまーい!!」

 

「知っとったけど、やっぱ拒否はしないのね」

 

「萌実さーん!なんでそこは4番って言わないんですか!」

 

「予想外の結果だけど、エイレーンに仕返し出来たからよしとするよ」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「「「「「「王様だーれだ!!」」」」」」

 

「はいはいはい。ついについに!ばあちゃる君が王様っすねー!それじゃあね、全員ね、今からばあちゃる君のいいところをあげてもらいましょうか!」

 

「ちゃるちゃるのいいところなんていくらでも言えるよ!頼りになる!」

 

「ばあちゃるさんがいると全体的に安定感が出て助かるのじゃ」

 

「調子が悪いとさらっと私の仕事を持っていってくれるとこ」

 

「かっこいい」

 

「エイレーン!?…その、困ったら相談に乗ってくれる」

 

「最近の私の旬ですね。出会う度に餌をありがとうございます」

 

「さっきから思ったんだけど、なんで詩子さんがいるんですかねぇ?…友人になってやめて欲しいとは思うけど、誰かが炎上する度に何かしらアクションを起こすとこ!」

 

「あ、それ妾が言おうとしたやつ!?…常に誰かの為に行動するところなのじゃ」

 

「私や淡井先生を含め常に.LIVEのことを気にかけてくれるところ」

 

「実は共に出かける度に常に私を守りながら行動してくれるところですね」

 

「な、なんかエイレーンが超デレてる!え、っと…司会とかの時もそうだけど、いつも誰かの為に場を盛り上げてくれるところ!」

 

「事務所の垣根を越えて、お酒の交流会を開いてくれるところですね。いつもありがとうございます」

 

「…おっけーですおっけーです。あの、すみません…もう勘弁してもらってもいいっすか…」

 

「この馬褒められるのに慣れていませんよ!ほらほら皆さん!もっと褒めてあげましょう!」

 

「鬼だこの人―!?」

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「「「「「「王様だーれだ!!」」」」」」

 

「お!最後は僕みたいですね」

 

「まぁたマスターなのじゃ!?」

 

時刻はまわって11時半。そろそろお開きの時間ということで、最後の王様ゲームは一回目の時と同じ、ふくやマスターが引き当てた。お酒もいい感じに回っているのか、最初の時に比べ、その顔は真っ赤だ。

 

「最後ですからねぇ。ちょっと踏み込んだのにしちゃいましょうか」

 

「拒否権はありますよね?」

 

「それは勿論」

 

メンテちゃんの問いに、酔いが回った頭で満面の笑みを浮かべて頷く。それに納得したのか、飲んでいるカルピスサワーを一口含みながら、メンテちゃんは席に戻った。

 

「よーし、それじゃあいきますよー?…5番が1番に命令する!」

 

「あら、5番は私ですね」

 

「1番はばあちゃる君っすよ!はいはいはい」

 

「おっと、これは?」

 

自身の番号を宣言する二人に、ねこますはどこか面白いものを感じ取ったのか、楽しそうに笑みを浮かべる。それはねこますだけでなく、指名したマスターも同様だ。しかし、メンテちゃんはどこか不服そうにしていた。

 

「なんでわざわざそんな面倒そうな命令なのにみんな笑ってるの?」

 

「単純ですよ。本来王様ゲームは誰に命令するかわからないものですからね。マスターさんのやり方なら、誰に命令するか明白になるでしょ?見る分には楽しいものだと思いますよ」

 

「なるほど!…いや、納得したけど詩子さんも完全にここに馴染んでますよね!?」

 

「お支払いはご一緒でお願いしますね」

 

「ちゃっかりしてるー!?」

 

楽しそうに談笑する萌実と詩子を余所に、エイレーンは意地の悪い顔を浮かべる。その表情はばあちゃるにとっても、見慣れたものだ。彼女がその表情を浮かべる時は大抵碌なことが起きない。これからの展開に、ばあちゃるは固唾を飲んだ。

 

「そうですね…それじゃあ、『ばあちゃる』」

 

「ぁ…」

 

意地の悪い表情から一転、エイレーンは普段見せない『女の顔』を浮かべた。楽しそうに、幸せそうに浮かべるその表情の裏に、先程と変わらない意地の悪い表情が見え隠れする。そして何より、エイレーンはばあちゃるの名前を呼んだ。その意味を、その先の展開をばあちゃるは予想出来てしまった。

 

「今日からオナ禁して5日後に私の家に来てください。掃除して待ってますね」

 

「んなぁッ!?」

 

なんてわかりやすい、ストレートな誘いに誰もが驚愕の声を上げる。しかし、ただ一人、ばあちゃるだけが観念したように頭を抱えていた。そう、エイレーンがばあちゃるの名を呼ぶ時、それは『夜のお誘い』の意味を含んでいるのだ。正確には『愛してください』という意味なのだが、この場においてどっちの意味も変わりはないだろう。

 

「ちょ!何言ってッ!?ばあちゃるさんも受けないでくださいよ!」

 

「あ、返事は今じゃなくてもいいですよ。当日来るか来ないかで判明することですし。そうだ!いっその事、返事は当日にしてくれると面白いかもしれませんね」

 

「えええええええええ、エイレーン!?萌実たちのこと忘れてない!?」

 

「あら?その日は萌美さんもヨメミさんもアカリさんのサポートをお願いしてるはずですから、家にはいないはずですよね?」

 

「そうだっけ!?…うわ、ホントだ!?しっかり予定は言ってる!」

 

「いったいいつから計画してたんだ?」

 

楽しそうに笑みを浮かべるエイレーンに全員がドン引き状態だ。ばあちゃると同様に付き合いが長いメンテちゃんに、同じ家に住んでいる萌実ですら同じ状態なのだから、先程の発言がどれほどに衝撃的だったか物語っている。

 

「っと、もう閉店時間間際ですし、今日は解散しましょうか」

 

「そ、そうっすね!お店の人に迷惑かけちゃマズいっすもんね!」

 

「あ、逃げた!?」

 

最速で立ち上がり、ばあちゃるはレジへと駆け出す。本人もそれなりに飲んできたはずなのに、その足取りはかなり軽やかだ。

 

「ちょっ!?ばあちゃるさん!?今日は割り勘のはずじゃよね!?」

 

「はいはいはい!ここはばあちゃる君が払っておくので、また次回お願いしますね!」

 

「ちゃるちゃる前回もそう言って払ったよね!?ねこますさん行こう!ここで奢られたら今後ずっとちゃるちゃるが払う様になりかねない!」

 

「勿論なのじゃ!ばあちゃるさんまてー!」

 

飛び出る男性陣に、取り残される女性陣。勿論視線の中心には、場を引っ掻き回したエイレーンがいた。

 

「最後になんてこと言うのさ、エイレーン!」

 

「あれくらいあからさまな方がアピールにはもってこいでしょう?特にあの馬には、ね」

 

「それはそうですけど。…断られるとは思わなかったんですか?」

 

呆れ顔で問うメンテちゃんの言葉に、ばあちゃるに向けた『女の顔』を浮かべて幸せそうにエイレーンは答えた。

 

「確かに断られる可能性があったかもしれません。ですけど、私がばあちゃるの名前を呼んで誘った時の成功率は今のところ100%だったりします」

 

自信満々に言うエイレーンに、メンテちゃんは今度こそ言葉を失った。それはエイレーンの言葉が衝撃的だったのか、それとも呆れすぎて出なかったのかはわからない。しかし、メンテちゃんは後日に『あんな幸せそうな顔をするエイレーンさんは初めて見ました』と語った。

結局その後ばあちゃるの逃切りが成功してしまい、それ以降の様子ががどうなったのかは当の本人にしか分からない。しかし、あえて言うのであれば。当日、何故かばあちゃるは仕事を早退して、その早退した時刻より1時間後にエイレーンの自宅に入っていくのが確認されたとかされなかったとか。

 

 



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彼と意地っ張りな私(八重沢なとり)

ばあちゃる学園の完全下校時間
それは部活の活動時間によって変化する
本日は遅くまで活動する部がないとのことで下校時間が早いようだが…?

(後日談)


「じゃーねー!うまぴー!!」

 

「はいはいはい。配信に遅刻しちゃダメっすよー」

 

「分かってるって!!」

 

「あと廊下を走るとこわーい風紀委員長が飛んでくるっすから、歩くように頼むっすよ」

 

「分かったー!!」

 

元気のよい返事と共に廊下を駆ける『金剛いろは』に、ばあちゃるは呆れ顔しか浮かべることが出来ない。

 

「なぁーにが『分かったー!!』なんすかねぇ」

 

なんて思い切りのいい全力疾走なのだろう。あまりの気持ちのいいフォームで走り去るものだから、怒る気持ちもどこかへ飛んでいってしまった。

廊下から差し込む茜色の日差し。時刻は既に17時を回っている。窓から校門を見ると、部活を終了した生徒たちが続々と下校していく姿が見えた。その中には、先程走り去ったいろはの姿も確認できる。

 

「さって」

 

同じく下校しようとしていた『花京院ちえり』に、いろはが後ろから飛びつくのを見送りながら、ばあちゃるは本日の予定を見直す。監視として基本行動を共にするはずの『電脳少女シロ』と『ロッシー』は、現在メンテちゃんに預けている。というのもシロはアップランドの看板VTuberだ。常にばあちゃると共に入れるわけがないと、収録などの時はメンテちゃんに監視者権限を預けている。その事を知った時のシロはどこか面白くなさそうにしていたのが印象的だ。

 

「特にやり残したことは…なかったはずっすよね?」

 

確認するかのように、独り言を零す。何でもかんでも一人で抱え込む昔とは違い、現在のばあちゃるの仕事は信頼がある教師陣やアップランドの社員にも振り分ける様になった。そのおかげでばあちゃるの一日の仕事も大分減り、少し前まで昼休憩に生徒会の面々に手伝いを頼むことも減少傾向にある。さらに、残業することも減って、今では他の教師と一緒に、学園の閉園と同時に帰宅ができる様になるまで改善が成功した。

 

「…ああ。今日はばあちゃる君が見回りの日だったっすね」

 

思い出したように呟き、携帯端末を取り出す。最新鋭のセキュリティが敷かれているばあちゃる学園は、管理者用のアプリからカギがかけられていない教室が確認できるようになっている。それは教師陣が当番制で確認して、閉め忘れがあれば閉めるようにとなっていた。

 

「…ん?美術室が…空いてる?」

 

画面から得られる情報に、ばあちゃるは小さく首を傾げた。美術室は放課後であれば美術部が使用することになっている。しかし、本日は美術部の顧問である『淡井フレヴィア』先生が諸事情で早退しており、部活自体も休部と聞いていた。では何故?とさらに首を傾げるが、考えていても仕方がない。とりあえず、美術室を見に行く為に、ばあちゃるはゆっくりと動き出した。

学園二階にある美術室前の廊下。その廊下だけ不自然に窓が開いている。どうやらそれは美術室から流れている風がそのまま廊下の窓から抜けるようにしているためと予想できた。それはやはり美術室には誰かしらいるということを示している。集中するのはいいことだが、既に完全下校時刻は過ぎている。学園長として小さく注意して、自分も早くシロの迎えに行こうと、ばあちゃるは少し速足で美術室に足を踏み入れた。

 

「…」

 

「…ぁ」

 

ばあちゃるの目に飛んできた光景は、一言に言うのであれば『絵』だった。一人の少女が真剣な表情を浮かべ、キャンバスに向き合っている。その少女を中心に茜色の日差しがグラデーションを彩り、窓から入る風が白いカーテンをなびく。また少女が身に纏う学園のエプロンは絵の具により様々な色に汚れており、それが周りの風景とのアクセントとなり、より少女を引き立てる。その光景はまるで一枚のキャンバスに描かれた絵のようで、ばあちゃるは唯々、見惚れることしかできないかった。

 

「…」

 

「…」

 

その場には風が吹き抜ける音、カーテンがなびく音、そして少女が奏でる筆をキャンバスに描く音のみが存在した。キャンパスを見つめながら表情を一転二点させる少女の姿は見ていて飽きがない。ずっと見ていられるものだと、放心しながらもばあちゃるは頭の片隅でそう考えた。

 

「…ん?うぇ!?ばあちゃるさん!?え!?いつからそこに」

 

「…え、っと…いや…つ、ついさっきっすね!」

 

「…ばあちゃるさん?いったいどうしたんですか、そんなに慌てて」

 

数秒か数分か、はたまた数時間か経ったその時、ふと少女…『八重沢なとり』は自分に注がれる視線に気づき、振り向く。そこにいたのは敬愛するプロデューサーの姿で、その表情はなとりが見たことがないものだった。まるで一点の光景を目に焼き付けるような、見惚れるような…そんな表情だ。道化のような行動を普段しているばあちゃるからあまり見れない顔に、なとりは心配したようにその顔を覗き込んだ。

 

「い、いやいや!なんでもないっすよ、いや、ほんとにね!」

 

「本当ですかぁ?ハッ、まさかまた無茶なことしてたりしてないですよね!?」

 

「してないしてない!そんなことしたらシロちゃんからみんなに告げ口されちゃうじゃないっすか!」

 

「今までのばあちゃるさんからあまり信頼できないですね」

 

「えぐー!?いやいやいや、それより!なとなとこそどうして部活を?今日は淡井先生はいないから部活はお休みのはずっすよね?」

 

急に話題を変えるばあちゃるに変わらず訝しがるなとりであったが、小さく息を吐き、言及を横においてばあちゃるの問いに答える。

 

「…淡井先生にお願いして部室のカギを借りたんです。どうしても描き上げたいものがあったので」

 

「はいはいはい。それが、そのキャンバスなんすね!それでそれで、一体全体、なとなとがばあちゃる君に気付かずに熱中して描いていた者はなんすかね?」

 

「それはばあちゃるさんが声をかけてくれなかったから…!まあいいです。絵ですよね。見て見ます?」

 

そう言ってなとりは、ばあちゃるをキャンバスの前まで誘導し、ほぼ完成したその絵を披露した。

 

「…これは…」

 

描かれている絵は、ばあちゃるも見覚えがあるものだ。それは先日起きた件の事件、通称『やらかしちゃったシロちゃん事件』の最後に起きたばあちゃるとシロのキスシーンに他ならない。キャンバスの中央でキスをするばあちゃるとシロは勿論、その場にいたギャラリーも鮮やかに彩られている。

 

「な、なとなと…これって」

 

「ええ。あの時の絵ですよ」

 

いい笑顔でなとりは自分の携帯端末をばあちゃるに見せる。そこにはそこそこの画質で目の前の絵と同じように、ばあちゃるとシロのキスシーンが納められていた。

 

「…さなさなっすね?」

 

「さすがばあちゃるさん。正解です」

 

にっこりといい笑顔のなとりと対局に少し気まずい顔のばあちゃる。そういえば事件当日に『エイレーン』が中継していると言っていたのを覚えている。それを録画していたであろうなとりの友人…候補が上がるとすれば『名取さな』がなとりに送ったと予想が出来た。

 

「いや、いやいやいやいや。これはやばーしっすよ完全に。シロちゃんに見つかったらぱいーん案件っすよ?」

 

「むしろ今のシロさんなら画像を強請られそうですが?」

 

「えぇ…それはちょっと予想できないというか…どちらにしろばあちゃる君としてはちょぉっと恥ずかしいんでね、出来れば消してくれるとありがたいっすけど」

 

「いやです♪」

 

「えぐー!?」

 

人差し指を立てて、いい笑顔で返事をするなとりにいつもの様に大袈裟にリアクションを取るばあちゃる。その一連の流れが面白かったのか、なとりはくすくすと口元を抑えて笑みを浮かべる。楽しそうに笑うなとりに、ばあちゃるは少し悔しそな表情を浮かべた。

 

「それに…」

 

「ん?」

 

ひとしきり笑った後、優しそうな表情を浮かべる。端末を置き、ほぼ完成した絵を大切なものに見詰めるような視線を向けながら、なとりは口を開く。

 

「私、この光景が大好きなんです」

 

「なとなと?」

 

慈しむ様に、キャンバスの額をそっとなぞる。指についた絵の具が額に移るが、気にする様子もない。

 

「きっとあの光景は私だけじゃなく、アイドル部のみなさん…いや、あの日あの時に協力してくれたVTuberみなさんが大好きな光景だと思うんです」

 

「暴走しちゃったシロさんというお姫様が、ばあちゃるさんという王子様が全力で手を伸ばした先にある光景がこれなんです。好きにならないわけないじゃないですか」

 

「…いや、ばあちゃる君は、王子様って柄じゃないっすよ。それに…あの時は、ばあちゃる君だけじゃどうやってもシロちゃんを止めることは不可能だったっすね、完全に。あれは、アイドル部を含め、協力してくれたみんながいたからできたことっすよ」

 

「確かにばあちゃるさんは王子さまって役ではありませんね。けれど、あの時、シロさんを救ったのはばあちゃるさんです。それは誰に聞いてもそうと答えると思いますよ?」

 

「流石にそれは…」

 

「なら聞いてみてはどうですか?私が言ってることが正しいってわかると思いますよ?」

 

自信満々に言い放つなとりに、ばあちゃるはこれ以上は平行線だと思い、これ以上話を続けさせないために口を塞ぐ。後日、友人の『ふくやマスター』や『道明寺晴翔』などから聞いてみたが帰ってきたのはなとりの言う通りだ。周りからこうも言われてしまえば頷くしかない。自己評価の低さは未だに解消していないのか、納得していないばあちゃるに友人一同は苦笑を浮かべることしかできなかった。

 

閑話休題

 

反論のないばあちゃるになとりは少し勝ち誇った表情を浮かべたが、話を戻すためにか小さく『コホン』と咳払いをした。

 

「話を戻しますけど、私、王道が大好きなんですよ」

 

「王道…すか?」

 

「はい」

 

これ以上掘り下げてほしくないのか、ばあちゃるも話を変えるなとりに乗るかのようにオウム返しを行う。乗ってくれたことに嬉しかったのか、少し表情を嬉しそうにしながらなとりは言葉を続けた。

 

「勇者がお姫様を救うような、そんなありきたりな展開が大好きなんです。それをシロさんとばあちゃるさんが実演したんですよ!私、どうしようもなく嬉しくて…どうやってもあの場面を描きたいと思ったんです」

 

「それで…出来たのがこの絵、なんすね」

 

「ええ…といってもまだ完成してませんけどね」

 

残念そうな表情を浮かべるなとりの横に立ち、ばあちゃるは改めてその絵に視線を向ける。愛しい絵だと、素直にそう思った。風紀風紀といつも規律にうるさい彼女だが、その心にはいつもアイドル部の仲間に対する愛がある。そして、いつだって新しいものに興味を持つ探求心だって備わっている。この絵は、そのなとりの全てを込めて描かれたものだと、ばあちゃるは心からそう感じた。

 

「素敵な絵だと、俺はそう思うっすよ」

 

「ばあちゃるさん?」

 

いつもの道化の仮面を外し、本心からの言葉を送る。道化をしている自分(ばあちゃる)も確かな自分だが、ここまで少女の全てを込められた絵を見たのだ。なら、今だけは、道化としてでなく自分の本心から感想を送ろう。

 

「俺は絵心というのがないけど…それでも、この絵は素晴らしいと思うっすよ」

 

「そ、そんな…ッ!私なんて、淡井先生の絵とかに比べればバースとか他にもいろいろ技術不足でッ!?」

 

雰囲気の変わったばあちゃるに飲まれてか、なとりも謎の焦りに襲われてしどろもどろになる。そんな、なとりが可愛かったのか、ばあちゃるは本心のままになとりの頭を撫でた。

 

「技術うんぬんじゃないっすよ。そんなこと言われても素人の俺には分からないですし…けれど、この絵にはなとなとの魂が込められてると感じたっすよ」

 

「魂なんて…そんな大げさな」

 

「いやいやいや。大袈裟じゃないっすね、完全に。自分で言うのも変な話っすけど、中央に俺とシロちゃん、そして周りにいるアイドル部のみんなに親分たち…みんな楽しそうだと、幸せそうだとおう感じる絵っすよ。そう描けるのは、なとなとの魂がそう感じたからなんすよね?」

 

「…はぃ」

 

「ならやっぱり、この絵はなとなとの魂が込められてるっすよ」

 

優しく微笑むばあちゃるに謎の羞恥心に襲われながらも、なとりは頬を赤くして俯きながらもなんとか答える。頭を撫でる彼の手が大きく、温かい。どうしようもなく安心感と幸福感を感じる。身を委ねてしまいたいとも思うほどだ。それでもそうできないのは、素直になり切れない自分の心だと、なとりは知っていた。そんな意地っ張りな自分が嫌いだ。なとりは彼の熱に触れながら、内心でそう思った。

 

「さて、もう下校時間は過ぎてるっすからね。今日はここらへんで切り上げましょうか」

 

「…ぁ」

 

「ん?」

 

頭から離れるばあちゃるの手を条件反射で掴む。その行動は予想外だったのか、ばあちゃるもきょとんと、どこか間抜けな表情を浮かべていた。

 

「どうしたっすか、なとなと?」

 

「あ…いえ!?…その…」

 

首を傾げるばあちゃるに、困惑しながらも手を離せないなとり。無意識の行動になとり自身も驚くが、その原理については知っていた。彼と繋がる手の熱が、『放したくない』と訴えてくる。羞恥心は未だにある。けれど、彼だって道化を外して本心を向けてくれたのだ。なら自分だって本心を向けるべきだと、なとりは自分の心に鼓舞をした。

 

「私、ばあちゃるさんのことが好きです!」

 

「な…なとなと!?」

 

「ピノさんにいろはさんの一件で私たちは想い合っていることがわかりましたけど、まだしっかりと告白してませんでしたので…このままではいけないと思って…」

 

尻すぼみする言葉と共に、なとりは俯く。せっかく勇気を出したのに、このままでは台無しだ。なんとか顔を上げようと思うが、思う様に身体が動かない。激しい動機に駆られて、繋がるばあちゃるの手を強く握る。

どうしよう、どうしようと焦るなとりを落ち着かせるように、ばあちゃるは空いている手でなとりの頬を優しく撫でた。

 

「ばあ…ちゃる、さん…?」

 

「なとりは、どうしてほしい?」

 

「え?」

 

ばあちゃるの言葉に反射的に顔を上げる。そこには愛する男性の優しい表情があった。なとりはその表情に見覚えがあった。それは、時折ばあちゃるがシロに向けている表情と同じだ。それが指す意味を読み取ったなとりの動悸は加速した。

 

「このまま俺が言うのもいいかもしれないっすけど、それじゃあダメっすからね。せっかくなとりが勇気を出して一歩を踏み出したんだ。なら、最後までなとりが言うのが道理っすよね?」

 

意地悪な人だと思う。そして同時にズルい人とも。ばあちゃるは恥ずかしがるなとりを見て楽しんでいるのが分かった。それは表情の奥にある滅多に見ない悪戯な瞳が物語っている。そして同時に、『言いたい自分』がいるなとりの本心を見抜いてそう言ってくれていることも分かる。意地悪で、ズルくて…どこまでも愛しい人だと、なとりは思った。

 

「キ…て…」

 

「ん?」

 

「キスを…してください…」

 

羞恥心を振り切って、本心はなとりの口から放たれた。それは近距離にいるばあちゃるも聞き耳を立てないと聞こえないほどにか細い声であったが、確かになとりの本心が紡がれていた。その言葉に、ばあちゃるは小さく笑みを浮かべた。

 

「仰せのままに、お姫様」

 

「…んぅ…」

 

キザな言葉と共に、ばあちゃるはなとりの唇を奪う。ありきたりな王道が好きと言っていたなとりの為に言ってみたは良いものの、やはり似合わないなとばあちゃるは内心自虐する。そしてそれはなとりも内心で同じように苦笑した。

 

「…ん…んん…ちゅ…はぁ…ん」

 

「…はぁ…んん…ちゅ…ちゅ…はぁ…」

 

啄む様なバードキスを何度も繰り返す内に、身体に熱が上がっていく。帆を撫でてきた手と握っていた手は、気付けば背に回っていた。初夏を感じる暑さと、身体から溢れてくる熱に、なとりの思考は徐々に霧がかかっていく。もっとばあちゃるを感じたい。触れたい。包まれたい。意地っ張りな自分に隠れた本心が熱に浮かされ露わになる。気付くと自分の腕も引き寄せるように、ばあちゃるの背に回していた。

そんな幸せな時間も長くは続かない。最後にいやらしく唇を舐められて、ばあちゃるの顔が離れた。

 

「…ぁ…」

 

「ここまで。続きは、卒業してからっすよ」

 

片手で抱きしめられながら、優しく頭を撫でてそんな残酷なことを言い放つ。既に身体は熱をもって、彼を受け入れる準備は出来ている。このまま終了とはとても納得できない。だからなとりは、我儘になることにした。

 

「えっと、なとなと?」

 

離れようとするばあちゃるを今振り搾れる全力で抱き寄せる。優しいばあちゃるのことだ。無理やり突き放すようなことはしないだろう。その信頼を逆手に、なとりは本心の赴くままに言葉を紡いだ。

 

「もう一回…お願いします」

 

「い、いやいやいや。これ以上はッ!?」

 

「ダメ…ですか?」

 

熱を帯びた表情でばあちゃるを見上げる。慣れないキスによる酸欠によりその瞳には涙で溢れそうになっており、さらに唇は最後に舐めた影響かどこか扇情的に濡れていた。密着するように押し付けられる胸に、なとりから漂う女性特有の甘い香り。その全てがばあちゃるの理性をゆっくりと溶かしていく。

元よりばあちゃるはなとりと『風紀を乱している』と評価していた。意図的かどうかは不明だが彼女の一つ一つの動作や、慌てた時などに見えるふやけた言動がどうにも男の獣の部分を刺激して敵わない。それを全力をもってばあちゃる唯一人に向けられているのだ。このままでは不味い、と本能的に感じた。

 

「あのですね、なとなと。確かに想いは一緒でも今の俺たちは学生と教師になるんでね、流石に一線超えるのは…」

 

「嫌、ですか?」

 

「そ、そんなことないっすよ!?」

 

本心だ。今だって何とか放した腕が理性に抗ってなとりの背に回ろうとしている。甘えるように、縋りつくように身を密着させて来ようとするなとりにその腕は徐々に下りていく。既に限界一歩手前だ。

 

「ならいいじゃないですか」

 

「いやいやいや!?流石にプロデューサーで教師の俺が担当で生徒に手を出しちゃッ!?」

 

「もう一度、お願いしますぅ」

 

ふやけて口調で妖艶な笑みを浮かべて放たれる身を委ねるようなその言葉に、ばあちゃるは抵抗の術を知らない。抵抗していた腕も、その言葉をきっかけになとりの背に再び回させて抱き締め合うようになる。なんとか抑えねばと思っていても、なとりの誘いに男が拒否できない。そしてばあちゃるは、目を瞑るなとりの唇に、自身の唇を再び押し当てた。

 

ガシャンッ!

 

唐突に鳴り響く何かを落とした音に、ばあちゃるの理性は急速に目を覚める。何とかなとりの唇から離れ、音がした方に視線を向けた。

 

「はわ、はわわわわ!?」

 

「ちょっ!?メリーちゃん!?」

 

視線の先にはあわあわと言った表現がぴったりの慌て方をする『メリーミルク』と、そんなメリーミルクを落ち着かせようと慌てる『猫乃木もち』の姿があった。

 

「もちもちにミルミル!?え、なんでこんな時間に学校にいるんすか!?」

 

「ああいや!?あたしはほら!図書委員で最後まで残る予定があったから、最後になとりん様子を見ておこうと思ってね!?」

 

「わ、私はその付き添いです!?」

 

慌てながら答える二人に、逆に冷静になったばあちゃるは納得したように頷いた。メリーミルクは学園裏の森に住所を構えていて、学園内では基本的に図書室に在籍している。図書委員であるもちと共に行動することはどこもおかしくはない。問題は、今この状態をどう言い訳するかだ。

 

「い、いやー…あのですね、これにはふかぁい訳が…」

 

「…うううううぅぅぅぅぅぅううう」

 

「な、なとなと?」

 

急に聞こえてきたうねり声に驚きながらも、その発生源であるなとりに視線を向ける。顔は真っ赤になっており、その表情から怒りが読み取れる。

 

「あー…えっと、なとりん?」

 

「…なんですか、もちさん?」

 

「…心の乱れは風紀の乱れ?」

 

そんな怒り心頭のなとりに、もちはついいつもの様にからかってしまう。さすがにその対応は不味いと、ばあちゃるとメリーミルクは頭を抱えた。

 

「…ふ、ふふふふふふふふ!!もちさぁん!覚悟は、出来てますよね!!」

 

「うわぁ!!??待って待ってぇ!?邪魔したのは悪かったから、稲鞭は勘弁って、ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

どこから取り出したかなとりのマイフェイバリットで持ち武器である稲鞭片手にもちを追い掛け回す。その怒りは壮絶なもので、いつも以上の速度でもちに稲鞭が襲う。そんな二人を横目に、ばあちゃるは巻き込まれるのは不味いと思ったのか、こっそりメリーミルクを保護して離れた。

 

「ふぅ。助かった…」

 

「ばあちゃるさん。その…ごめんなさい」

 

「ん?はいはいはい。ミルミルが謝ることはないっすよ。正直に言えば助かったと思ってるすね、完全に」

 

「いえ、そのことじゃなくて!」

 

「え、違うことっすか?…ん?スマホに連絡…が…」

 

別件で謝るメリーミルクに首を傾げながらも、とりあえず届いた連絡に目を通す。送り主はばあちゃるの同僚であるシロでメッセージは二つ。一つは画像ファイルで、そこにはついさっきまでのなとりとのキスシーンが納められていた。そしてもう一件には『どういうこと?』と普段の絵文字をふんだんに使う彼女から想像もできないシンプルな一文。ばあちゃるの背に大量の冷や汗が伝う。

 

「…ミルミル…これ…」

 

「はい。さっきもち様が楽しそうにラインのグループに上げたのですが…どうやら最近そのグループにシロ様が参加していたようで」

 

「なるほどなるほど…おーけいです」

 

「だ、大丈夫ですよ、ばあちゃるさん!シロ様もそこまで酷いことは…しないと…思います?」

 

震えるばあちゃるにメリーミルクは何とか励まそうとするが、その言葉は尻すぼみになっていき、最期には疑問形になってしまう。そうなるのも仕方がないだろう。シロの容赦のなさは古い付き合いであるばあちゃるの方がよく知っている。そしてあの一文からどれほどの怒りが込められているのか、大よそ予想がつく。

 

「そこの猫ォ!止まりなさぁい!!」

 

「いーやーでーす!!止まったらその稲鞭が振り下ろされるんでしょ!?止まるわけないじゃん!!」

 

「ば、ばあちゃるさん!今度焼き立てのパンを持ってきますから元気を出してください!」

 

「は、ははは…やばーしっすね、完全に」

 

追いかけっこするもち米を横目に、一生懸命ばあちゃるを心配してくれるメリーミルクの頭を撫でながら現状をなんとか受け止める。日が落ちかけて街灯もつき始めてきた空を窓から眺めながら、『今日の夜は長そうだ』とどこか他人事の様に頭の片隅で考えた。

 

 

 



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ありのままの彼と歩みたい(神楽すず)

ある日曜日のとある食堂
日曜日の昼食時間、書き入れ時にもかかわらずあまり客足が少ないその食堂は実は美味しいと近所では評判だ
そんな食堂に、日曜日の昼に良く訪れるようになった男女がいるようで…?



(後日談)


 

「頼み事、ですか?私に?」

 

「そうっす」

 

日曜の正午を少し過ぎたころ。いつの間にか定番となった、日曜朝練の後の定食屋にてプロデューサーである『ばあちゃる』との昼食。その最中に珍しくもない気まずそうな顔でばあちゃるは、『神楽すず』に頭を下げた。

 

「実は最近視力が落ちてきたようで、メガネの購入を検討してるっすよ」

 

「へぇー…もしかして老眼ですか?」

 

「違うっすよ!?流石にこの年で老眼はまだ早いっすよ!?」

 

「けど老眼の始まりって確か30代って聞きましたよ」

 

「マジンガー!?え、これ老眼なんすか!?」

 

相も変わらず、いいリアクションを取るばあちゃるにすずは自然と笑みを浮かべる。内容的に割と深刻と受け取ったばあちゃるは、そんな笑うすずに不満そうな顔を浮かべた。

 

「もう!そんな顔しないでくださいよプロデューサー!冗談ですって!」

 

「えぇ…とても冗談っぽく聞こえる内容じゃなかったっすけど」

 

「まあネットで見た情報なので、もしかしたら本当かもしれないですけど」

 

「えぐー!?やぁっぱ洒落になってないじゃないっすか!?」

 

「ははは!!」

 

同じリアクションをするばあちゃるに、今度こそ声を出して笑ってしまう。無邪気に笑うすずの顔はどうにも憎めなくて、ばあちゃるは誤魔化すように後頭部を掻いた。

 

「あ、そうやって頭を掻いてるとハゲるとも聞きましたよ」

 

「なぁんで急にそんなこと言うっすかね!?もしかしてすずすず、ばあちゃる君のことが嫌いなんすか!?」

 

「ははは!!何言ってるんですか!大好きに決まってますよ」

 

「うッ!…むぅ…そうっすか」

 

ストレートにそういわれてしまえば今度こそ何も言えなくなる。ばあちゃるは頬を少し赤く染めてそっぽを向いた。そんなばあちゃるの姿が物珍しいのか、すずは変わらず笑顔のままばあちゃるも見つめる。そんな二人に、正面から声をかけるものがいた。

 

「相変わらず熱々じゃのぅ」

 

「あ、竜胆さん!お邪魔してます!」

 

「はいはいはい。ミコミコ、お邪魔してるっすよ」

 

カウンター席の奥にある厨房から顔を出すのは『竜胆尊』だ。その姿は配信などで見られる着物ではなく、厨房に合う割烹着姿となっている。

 

「にしてもまさかミコミコがこんな所でアルバイトするようになるなんて思っても見なかったっすねぇ」

 

「ふふふ。これもばあちゃるたちのおがげじゃよ。一昔を思えば、今みたいに妾が人里でこのようにして働くなぞ不可能だったからのう」

 

「はいはいはい。それはミコミコの努力の結果でもあるっすよ。ミコミコが人と交流したいと思って活動してきたからこそ今があるんすよ」

 

「それにの」

 

「それに?」

 

「ここは夜には居酒屋になるんじゃよ」

 

嬉しそうに笑う尊にすずは苦笑を浮かべる。

鬼である尊はVTuberとなった理由は人の文化に興味を持って触れてみたいというのがきっかけである。しかし自分の立場上に人と交流することは出来なかったが、VTuberとして活動していくにつれて、種族に対する偏見も減っていったため、ついに文化に触れるためにこの食堂にアルバイトをことが出来たのだ。ここで初めて顔合わせた時に、嬉しそうに話していたことをばあちゃるは思い出した。

 

「それはそうと、そう言ってくれるとやはり嬉しいのう。よーし、今日はさーびすしてやろうかの」

 

「本当ですか!?」

 

「ふふふ。すずは本当に気持ちよく喜んでくれるのう」

 

目を輝かせて喜ぶすずに尊は嬉しそうに笑みを浮かべる。そして一言残し、尊は厨房の奥へと消えていく。これから出てくるであろう日替わり定食の内容に胸を弾ませながら、すずは話の発端を思い出した。

 

「そういえば」

 

「ん?」

 

「結局プロデューサーの頼み事って眼鏡を買うことでいいんですよね?」

 

「そうっすそうっす。このままじゃ書類整理とかのデスクワークに支障をきたしそうだったんでね、早急に何とかしようと思ったんっすよ」

 

そう言うばあちゃるに、すずは一つ疑問が浮かんだ。

 

「けど、なんで私なんですか?確かに私は眼鏡かけてますけど、オシャレを込みとなると、なとりさんや、もちさんの方が最適だと思いますよ?」

 

「はは」

 

「? どうしたんですか急に笑ったりして」

 

急に零れた様な笑い声を上げるばあちゃるにすずは首を傾げる。その様がより笑いを誘ったのか、ばあちゃるは未だに零れる笑いを口元を抑えながら答えた。

 

「いや、いやいや。すみませんっすね。ただ…」

 

「ただ?」

 

「すずすずもばあちゃる君と同じことを言うんだなって思っただけっすよ?」

 

どこか楽しそうに告げるばあちゃるに、すずは何のことかと思ったが、すぐに思い至る。それは、数日前にばあちゃると共に発表会に使用するドレスを選んだ時のことだ。

 

『…その、プロ…ばあちゃるさんに選んでほしい。そう思ったんです』

 

「…あ」

 

当時の自身の発言を思い出して、急に襲う羞恥心にすずは顔を俯かせた。頬が熱い。落ち着かないくらいに動悸が激しい。それを誤魔化すように、視線を四方八方に泳がせるていると、横にいるばあちゃるの優しい笑顔が視線に入ってきた。

 

「確かに、なとなとやもちもちにお願いすれば、素敵なものを選んでくれるかもしれないっすね。けれど、ばあちゃる君はすずすずに選んでもらいたいと、そう思ったっすよ」

 

「も、もう!!ばあちゃるさんのイジワル!!」

 

当時の自分の発言を少しアレンジして意地悪そうに言うばあちゃるに、すずは照れ隠しの様に小さく拳を振り落とした。力が入っていないそれは、特に防がれることも無くばあちゃるに襲う。ぽふ、と優しくばあちゃるの肩に叩かれた音から、どれほど力が入っていないのかは丸わかりだ。そんな優しい反逆に、ばあちゃるはお返しと言わんばかりにすずの頭を優しく撫でた。

 

「ま、そんなわけっすから。よろしくお願いするっすよ?」

 

「うううううううううう!そう言われたら断れないじゃないですかぁ!!」

 

「はははははは!」

 

「この…スケコマシ!」

 

「スケコマシ!?え、ばあちゃる君がっすか!?」

 

「それ以外誰がいるんですか!すけこまし!バカ!変態!ばあちゃる!」

 

「ちょいちょーい!?ばあちゃるは、ばあちゃる君の名前であって、罵倒じゃないっすよ!?」

 

「ばあちゃるがゲシュタルト崩壊しそうじゃのぅ」

 

周りから向けられる生暖かい視線なんて何のその。痴話げんかを開始するすずとばあちゃるに、尊は呆れ半分にトレーを二人の前に置いた。

 

「ほれ、日替わり定食二人前じゃ。ばあちゃるの方はご飯大盛りになっとるからの。あと、一緒についておるやっこはさっき言った妾からのさーびすじゃよ」

 

「はいはいはい。やっことはまた、渋いのきたっすねぇ」

 

「ありがとうございます!…今日は牛皿定食なんですね」

 

「なんじゃ。ばあちゃるはやっこは嫌いか?もったいないのぅ。酒と最高に相性がいいのに」

 

「いやいやいや。今から昼で合ってお酒を飲むわけにはいかないっすね。あと別に嫌いってわけじゃないっすよ。お酒に合うのも全力で同意するしかないっすね、完全に」

 

「そういえばちえりさんもやっこと日本酒が合うって親戚が言ってたと言ってましたね」

 

「日本酒にやっこ…くぅ!俄然、飲みたくなる組み合わせよのう!」

 

カウンター席に設置られているポン酢を取りやっこに少々かけながら、ばあちゃるは尊に応える。そのポン酢はそのまま横のすずに渡した。

お酒が話題に上がったためか、尊はどこか恋しそうに何かを思い浮かべながら宙を見た。その表情から、きっと今夜の晩酌のことでも考えているのだろうと、解釈した二人は尊をそのままに手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

意識せず合わさる言葉に、二人は自然に笑みを浮かべた。割り箸を割って、一口目に味噌汁を口につける。適温に温かいそれは、喉を通り身体に熱を与えた。それを二人は『美味しい』と思いながら口を放す。その時、ばあちゃるの携帯端末が、ありきたりな着信音が鳴り響く。それに小さく顔を顰めながら携帯端末を取り出し、発信者を確認する。

 

「誰でした?」

 

「メンテっすね。ごめんなさい。ちょい席を外しますねー」

 

「了解じゃ。かわりに肉の一切れ貰うからの!」

 

「店員っすよね!?」

 

「はっはっは!相手が待っておるのじゃろ?ほらほら行った行った!」

 

笑いながら追っ払う仕草をする尊にばあちゃるは小さくため息を吐いて店を出ていく。さすがに冗談ったのか、尊はばあちゃるの皿から何を取る仕草はしない。それも当然か、と思いながらいなくなった隣に小さな寂しさを覚えながらすずは箸を進めた。

 

「それですずよ。先程はどうして騒いでおったのじゃ?」

 

「んぐッ!?き、聞こえてたんですか!?」

 

「むしろあんな大声で言いあっておいて気付かれないと思う方が異常じゃよ。ここ、そんなに広くはないからの」

 

そう言って見直す店内は尊の言葉の通り広くはない。さらに加え、訪れている客もすずから見て見慣れた人物たちだ。フランチャイズしていない個人経営の定食屋故の客の少なさだと、前にばあちゃるが言っていたことをすずは頭の片隅で思い出した。

 

「店の話は置いといて、ばあちゃると何の話をしてたのじゃ?」

 

「なんか野次馬みたいですよ、竜胆さん」

 

「否定はせんよ。実際、野次馬根性で聞いとるもんじゃからなぁ。何より、妾とて女子じゃ。恋愛話には興味があるんじゃよ」

 

楽しそうに女の子している尊にすずは観念したように箸を置く。その行動に、尊は期待の眼差しをすずに向けた。

 

「なんてことないですよ。ただ…その…買い物のお誘いを受けただけです」

 

「ほう!デートのお誘いではないかの!なるほどなるほど。すずが嬉しそうなのも納得じゃのう。やけに乙女の顔をしとるぞ?」

 

「乙女の顔って何ですかぁ!」

 

過去に言われたことない指摘に、顔を真っ赤にしてすずは言い返す。その反応に、尊は楽しそうにコロコロと笑う。それもそのはず、すずのその顔は尊の指摘通り恋する乙女の表情そのものだったからだ。

 

「にしても、あのばあちゃるが共に買い物のお誘いとはのぅ…のうすずや」

 

「…はい?」

 

拗ねた表情にすずに、流石弄りすぎたと尊は反省した。

 

「そう拗ねるな。…買い物の最中な。何かあったら、ばあちゃるに寄り添ってやってほしいのじゃ」

 

「はい?えっと、どういうことですか?」

 

「ふふふ。なあに、その時になってみればわかるさ」

 

意味あり気に笑う尊に、すずは首を傾げることしかできない。問い詰めようと尊に視線を向けると奥の入口からばあちゃるが戻ってくるのが確認できた。

 

「はいはいはい。あ、すずすず先に食べてても良かったのに」

 

「あ、いえ、ちょっと竜胆さんと話が弾んで」

 

「さてさて、お邪魔虫は退散するかの」

 

「あ、ちょ!?」

 

焦るすずの言葉など知らんふりしながら、尊は厨房に戻る。元より客が少ない店だ。事前に言っていれば多少の融通が利く。厨房にいた店長に謝罪の一言を伝えて、改めて業務の一つである配膳に戻った。

 

「ま、すずなら無用な心配じゃろうな」

 

視線の片隅には談笑しながら、楽しそうに食事を勧めるばあちゃるとすずの姿を捕らえる。幸せそうな二人の姿に、尊も釣られて笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「それで?プロデューサーはどんな眼鏡がご希望ですか?」

 

大手眼鏡店に着いて早々にすずは、ばあちゃるへそう問いかけた。店内には色とりどりの眼鏡が展示されている。種類も多種多様で、その多さにばあちゃるは少し驚き、困惑しながら答える。

 

「どんな眼鏡と言われてもっすね…そもそも、眼鏡のことについて詳しくないっすからどんなものがあるのかすら分からない状態っすよ」

 

「ふむふむ…なるほど」

 

ばあちゃるの言葉にすずは二、三度頷く。そして、近くに展示されているフレームが卵型になっているものを一つ手に取った。

 

「これは定番の『オーバル型』と呼ばれる方の物ですね。見たまんま、レンズのフレームが卵の形をしています」

 

「あー…なんというか、よく見るやつっすね」

 

「そうですね。先程も言いましたけど、定番中の定番と言っても差し支えないです。あと、ピノさんがピノラボの時とかに掛けている眼鏡はこれだと思いますよ。ほら、この下だけフレームがある型とか一緒じゃないですか?色は違いますけど」

 

「ああ!言われてみればそうっすね!」

 

そう言って持っていた眼鏡を置いて、再び取り出したのは青色の上の上フレームがないオシャレな型だ。すずの言葉にピノが稀に掛けている眼鏡も、今すずが持っている眼鏡の赤色バージョンとよく似ていることを思い出した。

そして続けて持ち出したのは先程よりもレンズが大きくなっている型だ。レンズが逆三角形近い楕円型となっており、どことなくレトロな雰囲気が感じられる。

 

「これは日本でも昔からある定番の型ですね。通称『ボストン型』。アメリカのボストンで流行したことについた名ですね」

 

「お、これは見たことがあるっすよ。確か…なとなとと、もちもちが掛けているタイプっすよね?」

 

「そうですそうです!お二人がお揃いにしたとおっしゃっていたのでプロデューサーの予想通りですよ。そしてつぎは…あ、こっちか」

 

ボストン型の眼鏡を元の場所に戻して辺りを見回す。そしてそこから少し離れた位置にある別の眼鏡を手に取る。今度は先程の二つの眼鏡とは違い、どこかスマートな形をしていた。

 

「これは『スクエア型』ですね。先程までのと違っていて、長方形の形をしています」

 

「あ、これはすずすずが掛けているやつっすよね」

 

「はい!私もお気に入りの型なんですよ!なんというか…こう、スマートって感じでかっこよくないですか!?」

 

「…つくづくすずすずって感性が男の子っすよねぇ」

 

「なんでそうなるんですかぁ!?」

 

ばあちゃるの言葉に、すずは涙目で文句を言う。ばあちゃる自身もスクエア型の眼鏡はすずと一緒で『かっこいい』と素直に思った。しかしそれは、男の子特有の感性だとばあちゃるも理解している。だからこそ、すずのその言葉がまさに男の子で、ばあちゃるは笑いを堪えることしかできなかった。

 

「もう!笑いすぎですよ!」

 

「ふふふ。はいはいはい。すみませんっすね」

 

「反省してる感がまるでないですよね、それ…もう、次いきますよ」

 

頬を膨らまして怒るすずは、未だに笑いを零すばあちゃるを無視して次の眼鏡を手に取った。

 

「次はですね『ウェリントン型』と呼ばれる型ですね。これは最初に紹介した二つと似ていてレンズが大きい型ですよ」

 

「…ああ!それって確か、過去に大物俳優が着けていたことで有名なやつっすよね!?確かどこかのニュースで取り上げいたのを覚えているっすよ!」

 

「え、そうなんですか?昔からある型とは知ってますけど、それは知らなかったな」

 

誰だったか、思い出そうとするが、どうにも喉につっかえた感じがあり、答えが出ない。このままでは袋小路に嵌ってしまうと経験上理解していたばあちゃるは、すずに次の紹介を促した。

 

「最後はこの『ラウンド型』ですね。通称丸眼鏡と見た目も分かりやすいですし、これについては詳しい説明はいらないですよね?」

 

「はいはいはい!最近従業員になった彼と同じやつっすね!ばあちゃる君もこの前に挨拶したっすよ」

 

「え!?あの人ホントに従業員にいるんですか!?」

 

「はいはいはい。昨日、昼寝してるのを見つかって減給されてたっすよ」

 

マジですか…と零れたすずの本音にばあちゃるも苦笑を零す。本人でないにしても、彼と同じ姿が実際に従業員として働いていたのならそれは驚愕するしかない。現にばあちゃるも目撃した当日は二度とは言わず、五度見くらいはした。

 

「一通り説明しましたけど、何か気にいるのはありました?」

 

「うーん。ばあちゃる君はオシャレとかよくわかんないっすから、正直言ってピンとこないっすね。もう掛けれるのであればなんでもいい的な?」

 

「あー…その感覚、わかります。私も友達と洋服とか見に行くと同じ感じになりますね」

 

「…女の子としてそれはどうなんすか?」

 

「きっとダメなんでしょうね」

 

諦めたように笑うすずに、ばあちゃるは苦笑を零した。先日、ドレスを買いに行ったときにも、あそこまで嵌るとは思わなかったと言っていたのを思い出す。あの時は、特別とも言っていたので普段はすずの言う通り、オシャレにそこまでこだわるタイプではないのだろう。透けて見える少年のような、されど恋を知った少女の姿に、ばあちゃるは任せてみたいと思った。

 

「すずすずのオススメは何すか?」

 

「私の…オススメですか?」

 

「そうっすそうっす。きっとこのままばあちゃる君が悩んでもいいものが見つかるとは思えないっすよね。ならいっそ、すずすずに選んでもらいたいと、そう思ったっすよ」

 

「…すけこまし」

 

「ちょいちょーい!?またそれっすか!?」

 

「事実じゃないですかぁ!」

 

熱を感じる頬を悟られないように、すずはばあちゃるに背を向ける。そしてなんとか吐き出せた罵倒に、ばあちゃるはいつもの様に返してくれた。それが何故だか嬉しくて、熱くなった頬のまま、すずは笑みを隠せずにいた。

その時、ふと視線の先にとある眼鏡が映った。それはスクエア型の眼鏡で上フレームはなく、下フレームとナイロン糸でレンズを固定している形している。それは今すずが掛けている眼鏡とよく似たフレームをしていた。

無意識に振り返る。その先にいたばあちゃるが、もしこの眼鏡をかけたのならどうだろうか。自分の掛けている眼鏡とよく似た色違いの眼鏡を掛けるばあちゃる。

そして、その横に立つ自分の姿。それを想像すると自然と胸が高鳴る。気付くとすずは、その眼鏡を手に取って、ばあちゃるに駆け寄った。

 

「…これなんて、どうですか?」

 

「はい?…ほうほう。スクエア型の…ってこれ、すずすずと色違いバージョンみたいなやつっすね」

 

「…いや、でしたか?」

 

「そんなわけないっすよ。濃い目のオレンジ色がなんというか…あのライブを思い出して、ばあちゃる君的には全然好きっすよ」

 

「そうなんですよ。この色、あのライブで最後にプロデューサーへのコールで完全に目に焼き付いちゃって…この色しかないって思ったんです」

 

同じ眼鏡を挟んで、当時を思い出しながら優しい笑みを浮かべる二人。下心もあったのもその通りだが、何故かこの色しかないと思ったのも事実だ。

購入する物は既に決まったも同然であった。

 

「よし。じゃあばあちゃる君はお会計してくるっすから、すずすずはお店の外で待っててくださいっすね」

 

「え?いや、一緒に行きますよ?」

 

「はいはいはい。視力検査とかで有るっぽいですし、長くなりそうっすからやっぱ待っててくれた方が助かるっすね」

 

珍しく拒絶の意思を強く出すばあちゃるに、首を傾げる。ここまで拒絶するのは、それこそ結ばれる前のただのアイドルとプロデューサーの関係の時以来だ。訝しがるすずに、ついにばあちゃるは振り切るように足を進めた。

 

「そういうわけっすからお会計行ってくるっすね!」

 

「あ、ちょ!?」

 

逃げるようにレジに向かうばあちゃるに、より怪しさを感じてしまう。どうも納得できずにばあちゃるに視線を向けていると、不意に横から聞こえる話し声が耳に入ってきた。

 

「さっきのイケメン見た!?」

 

「ああ、今レジに走っていった男でしょ?」

 

「ん?」

 

聞こえてくるのはどうもばあちゃるのことのようだ。レジから離れていく二人の女性に、すずは何故か聞き耳を立ててしまう。

 

「白髪で!あそこまで顔がいいのなんて滅多にいなくない!?こりゃお誘いするべきでしょ!」

 

「相変わらず面食いね、あんた」

 

ばあちゃるの容姿の内容だが、それにどこかすずは自慢気になってしまう。

それは仕方がないことだ。何せ自慢の愛しい人が、世間的にも褒められていることでもある。それを喜ばないほど、すずは器量は小さくなかった。

 

「けど、あの男はやめておきなさいよ」

 

「えー!?なんでよ!?」

 

「だってあの男、顔に傷跡があったじゃない。絶対碌なやつじゃないわよ」

 

「…は?」

 

腹の底から出た怒気が込める低い声がすずの口から零れる。

確かにばあちゃるの顔には大きな傷跡がある。それは過去に46号を連れて研究所を抜け出すために出来た傷だ。それは本人から聞いており、すずも知っていたことでもあった。

何よりすずは、それを名誉の傷でカッコイイとも思っている。それを醜い?碌なやつじゃない?憶測で愛する人を語る二人の女性に、怒りで腸が煮えくり返りそうになる。

感情に任せて動こうとしたその時、食堂で尊に言われたことを思い出した。

 

『買い物の最中な。何かあったら、ばあちゃるに寄り添ってやってほしいのじゃ』

 

「…あ」

 

思えば食堂での尊の言葉はどこかおかしかった。

まるでばあちゃるが誰かと買い物をすることを嬉しそうにするその姿は親の様だ。

尊とばあちゃるがいつからの付き合いかそれは分からないが、あの反応から短い関係でないのだろう。

そしてあの言葉から、ばあちゃるが素顔で誰かと買い物をすることに誰よりも喜んでいることが見て分かった。

 

「…そういうこと、だったんですね」

 

そう感じてくれた尊から言われた言葉。その意味を、その願いをすずは完ぺきに理解した。ならば、後は行動に移すだけだ。高鳴る鼓動を胸に、すずは一歩足を踏み出す。

 

「すぅ…『ばあちゃるさん』!」

 

勢いを込めて、すずの透明感がある叫びが店内に響く。それはまるで、店内にいる全ての人物に聞こえるような叫びだ。振り向いて驚くばあちゃるの腕に、すずは抱き着いた。

 

「す、すずすず!?」

 

「待っているのは性に合わないので、一緒に並びますよ!」

 

周りに、『この人は私の恋人だ』と言わしめんばかりにばあちゃるの腕を抱きしめる。羞恥もある。動機もうるさい。けれど、それよりも。彼の隣に居たい。すずはそんな心の言葉に従った。

 

「いえ、ですけど!?」

 

「それに!」

 

困惑しながらも、離れようとするばあちゃるにすずはそっと頬まで伸びる傷跡をそっと撫でた。

 

「この傷跡を含めて、全てが好きなんです。一緒にいちゃ、ダメですか?」

 

「ッ!?…もう、敵わないっすね」

 

見透かされたその言葉に、ばあちゃるは諦めたように…いや、納得したように肩を落とす。

彼女の評判を気にしての行動であったが、どうやら無粋のものとなってしまった。

しかし、その心には落胆よりも歓喜で溢れていた。

 

「その、なんというか…」

 

「うん?」

 

「こうしてると恋人みたいですね!?」

 

「…恋人っすよ」

 

行動した後に照れるすずに呆れ半分の苦笑をしてしまう。そして、そんなすずに応えるように、抱かれた腕の手を、そっと彼女の手に重ね、指を絡める。俗にいう『恋人繋ぎ』だ。

 

「…これからも、よろしくお願いします」

 

「それは、こっちのセリフっすよ、すず」

 

お返しと言わんばかりに、彼女の名を呼ぶ。どうやらそれは予想外の一撃だったようで、すずはさらに頬を赤くして視線を四方八方に泳がせる。恋を覚えて、共に歩んでくれる彼女と進む未来はきっと楽しいものだろう。ばあちゃるは、そんな未来に思いを馳せた。

 

なお、会計時に店員から『お熱いですね』と言われ、すずがさらに暴走するのは今の二人には知らないことだ。

 



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彼についての私たちの定例会リターンズ

恒例となった月曜日の放課後
いつもの様に部室に集まるアイドル部であるが、その日はどうやらゲストがいるようで…?

(番外編)


「はい。それじゃあ毎週恒例の週初めの定例会を開始しまーす」

 

少し投げやりにも聞こえるような、そんな言い方で生徒会長である『夜桜たま』は宣言した。

いつも通りの月曜日の放課後。アイドル部の部室には、同じようにいつも通りのアイドル部のメンバー12人全員が一堂に会してる。しかし、今日はそこにいつもとは違う面々がいた。

 

「今日から参加することになりました我らが先輩シロちゃんと、その妹…妹でいいんだよね?」

 

「少し違うかもだけど…うん、それで問題ないよ」

 

「そういうわけで妹の『ロッシー』ちゃん!さらにさらに、『メリーミルク』ちゃんも来てもらいました!はい、拍手!」

 

「え、えっと!ロッシーです!」

 

「メリーミルクです。皆様、よろしくお願いしますね」

 

たまに促されて『電脳少女シロ』とロッシー、そしてメリーミルクが立ち上がり、小さく礼をする。そんな三人を迎え入れるように、各々がたまの言葉の通りに拍手をして受け入れた。立ち上がって見えるその光景に、メリーミルクは嬉しそうに笑みを零す。

 

「どったのメリーちゃん?急に笑ったりして」

 

「いえ、まさか私もこの場に呼ばれるなんて思っても見なかったので、今の皆さんを見て嬉しくなったのです」

 

「受け入れるなんて、そんなの当然ですわ!メリーちゃんも私たちの大事な仲間なんですか!ね!ちえりおねえちゃん!」

 

「え!?う、うん!もちろん、ちえりもそう思うよ!?」

 

やけにテンションの高い『カルロ・ピノ』に少し押されながらも、『花京院ちえり』は同意の意味を持って頷く。そんなピノの変なテンションに『八重沢なとり』は首を傾げた。

 

「…なんかピノさんのテンション高くないですか?」

 

「ほら、メリーさんにロッシーちゃんと年下が二人も同時に加入しましたから張り切ってるんですよ」

 

「なるほど!お姉ちゃん振りたいってことかぁ」

 

「そこ!聞こえてますよ!!」

 

「やべ、見つかった」

 

なとりの問いに答えるのは横に座っていた『神楽すず』だ。ふと零れたなとりのひとり言に、すずは自分の憶測を伝える。その仮説に自信があるのか、すずは小声ながらも力強く言い切った。それを横で聞いていた『金剛いろは』は弄りネタを見つけたように意地の悪い笑みを浮かべる。しかし、それらはしっかりとピノの耳にも届いており、小さくお怒りの言葉が飛んできた。

 

「それで、この…定例会、だっけ?どんなお話をするの?」

 

「定例会…というか、ミーティングと言った方が合っている、と思います」

 

「というと?」

 

そんな四人を余所に、シロはとある疑問を進行役の生徒会組に問う。それに応えたのは意外にも書記である『木曽あずき』だ。言い直しみたいなその言葉に、シロは小さく首を傾げながら続きを促した。

 

「会長の言う通り、この定例会は毎週行っております。週初めの月曜日に開催で、内容はあらかじめ決められたスケジュールの確認ですね」

 

「ほうほう」

 

「ふーさんたちの配信は基本自宅だからね。ならそのスケジュール確認とか、調整とかも学園でやった方がいいってうまぴーが言ってこの定例会が始まったの」

 

あずきから引き継ぐように同じ生徒会組の『北上双葉』が続く。道理にもなっているし、馬にしてはいい仕事してるとシロは納得する。そしてもう一つ、今の今まで目を逸らしてきた事実に向き合うことにした。

 

「…ところで、なんでめめめは縛られてるの?」

 

「シロちゃーん!!!助けて―!!!」

 

椅子に縄に縛りつけられた状態で『もこ田めめめ』は敬愛するシロの助けを乞う。あまりにこの場にミスマッチなめめめの状態に、さすがのシロも今の今まで目を逸らさずにはいられなかった。

 

「あれはね、めめめちゃんが悪いんだよ?」

 

「めめめがわるい?」

 

そんなシロの問いに答えるのは予想外にも『ヤマトイオリ』だ。イオリの言葉に同意するように頷く双葉とたまに、シロは更に首を傾げた。

 

「シロちゃんって今プロデューサーちゃんと同棲してるから知ってると思うけど」

 

「ど、同棲じゃッ!?」

 

「今更照れなくても大丈夫だよ?それで話を戻すけど、その同棲してるなら知ってると思うけど、めめめちゃんってプロデューサーちゃんの家に通い妻してるでしょ?その罰があれなの」

 

「むぅ…」

 

照れ隠しのシロの行為をあたかもお見通しと言わんばかりの慈愛の笑みを浮かべる『猫乃木もち』にシロは不貞腐れることでしか返すことが出来なかった。

 

「お仕置きならいっぱい受けてるじゃんかぁ!なんで定例会の度に縛られなきゃいけないんだよぉ!」

 

「めめめちゃん毎日じゃん!絶対イチャイチャしてるじゃん!私もうまぴーともっと一緒にいたい!」

 

「イチャイチャなんてしてないよ!?」

 

「え?羊のおねえちゃんいつもお味噌汁の味見をお馬さんにお願いしてるよね?味見用の小さなお皿に入れて、お馬さんに渡して『どう?』って。それってイチャイチャじゃないの?」

 

「ロッシーちゃぁん!?!?!?!?」

 

「へぇ、そぉなんだぁ」

 

「これはまだ余罪がありそうですね」

 

「…めめめちゃん、吐いた方が楽だよ?」

 

「あ、あうあうあうあうあう…そのぉ、これには訳があってですね!?」

 

予想外の伏兵にめめめの顔は一気に青ざめた。なにせそれに反応して、めめめを囲むように立ちふさがるのはばあちゃるガチ勢と名高い生徒会組だ。特に真正面に立つたまの瞳にはハイライトが消えている。命の危機だ。

 

「ねぇねぇロッシーちゃん。もっとそういうこと教えてくれない?お礼に私に出来ることなら何でもしてあげるよ!」

 

「いろは!聞き出そうとしない!!」

 

面白半分で引っ掻き回そうとしてるいろはを大声でめめめを窘めようとするが、その顔は周りにいる生徒会組のせいで真っ青だ。圧が凄い。

 

「ま、そんなわけでめめめちゃんはお仕置き中なの」

 

「な、なるほど」

 

後方の修羅場なんてなんのその。苦笑するもちにシロは触れるべきではないと思い、めめめから視線を逸らした。

 

「それでさくたまちゃん。今日は何かお知らせとかあるの?」

 

「え?あ、ちょっと待ってね。…んー、特にない、かな。コラボとかイベントもないし、今のところはスケジュール変更もないよ」

 

「あ、そうなの。じゃあなんでシロぴーまで今日いるの?」

 

軌道修正をしたのは『牛巻りこ』。続けて問われるその疑問はもっともだと、シロは頷いた。

 

「馬から聞いていると思うけど、シロとロッシーちゃんが監視対象なのは知っているよね?その監視者が遺憾ながら馬といいうことも」

 

「あの事件での処置故でしたよね?結果的には被害は最小限でしたけど、やはり罰は必要だったんですね」

 

「そこは仕方ないよ。あそこまでやったのにお咎めなしは流石に無いもん。今の状態だって馬とアイちゃんのおかげで破格の境遇だよ」

 

件の事件『やらしちゃったシロちゃん事件』の主犯でもあるシロの処罰は本人が言う様に破格のものだ。街一つの規模を数時間に及ぶ停電を起こす様な事件を起こしたのだが、その処罰が四六時中監視されるというモノである。大人の事情もいくつか絡んでくるが、その功績は『ばあちゅる』と『キズナアイ』の功績によるものが大きい。なので本来シロは監視者でもあるばあちゃるには頭が上がらないはずなのだが、ついいつもの感じに辛辣な対応をしてしまう。そんな辛辣なシロにも、ばあちゃるは何も言わず受け入れてくれるため、甘えてしまっていることにシロは内心頭を抱えていた。

閑話休題

脳内に浮かぶばあちゃるの顔を振り払い、説明を続きをするために、りこたちの方へ視線を向ける。急に首を振るシロに、りこともちは顔を見合わせて首を傾げた。

 

「そ、それでね!監視者は馬なんだけど、馬もプロデューサーの仕事があるからシロと四六時中一緒ってわけにはいかないでしょ?」

 

「言われてみればそうですね。確か、仕事中は監視者をメンテちゃんにお願いしてるんでしたっけ?」

 

「そうそう。だけどね、ここ『ばあちゃる学園』は例外なの」

 

「例外、ですか?」

 

オウム返しをするピノに、シロはニコリの笑みを浮かべた。

 

「そうなの!もともと馬についてきた元レジスタンスや、政府の人たちが総力を挙げて作ったこの学園の防犯システムは本当にすごくてね。それを応用して、学園内であればシロは自由に行動できるようになってるの!さらにアイさんやエイレーンさんの助力のおかげでそのシステムは万全なものになったから政府からのお墨付き!」

 

「ちなみにお馬さんは今別件のお仕事で事務所にいるよー」

 

『優勝した!』と勝気に笑顔を浮かべるシロの横に、ロッシーが付け足すようにばあちゃるの現所在を付け加える。シロとロッシーが学園に入れる理由。そして、その監視者であるばあちゃるの所在がわかり、アイドル部の面々は納得したように頷いた。

 

「…お仕事と言えば、メンテちゃんさんから面白いものを貰いました」

 

「面白いもの?」

 

珍しく主張したあずきに双葉は首を傾げる。同じ生徒会仲間で共に行動することが多いあずきのことは、他の人より知っているつもりだ。こういった時のあずきは、悪戯を思いついた時と同じである。どこからか感じる嫌な予感と、対象が自分ではなかった時の愉悦に胸を膨らませながら、双葉は続きを視線で促した。

双葉の視線に頷き、いつもの様に空中モニターを起動する。そこに自分のPCを繋げた。

 

「メンテちゃんさんから、とあるお仕事で撮った画像を記念として送られて来たんですよ」

 

「あれ?最近お仕事なんてなんてあったっけ?」

 

「んー…あ!りこちゃんの『踊ってみた』だ!!」

 

「え、牛巻の?…ってああ!?ちょ、あずきちストップ!」

 

「時すでに遅し、と思います」

 

表示される画像が何なのか、それが予想できたりこはあずきを制止するが勿論間に合うわけがない。焦りながらも見たあずきの表情は、愉悦に浮かんでいたのをりこは確認する。そして表示された画像には、ばあちゃるとりこの姿が写っていた。

 

「わぁ!りこちゃんカワイイ!!」

 

「あ!すごいすごい!りこちゃんのアホ毛がハートマークですよ!カワイイ!!」

 

「これはこれは…なんとも、いい感じですね」

 

「こういうギャップに私弱いんですよね!最高です!」

 

「いつものアイドル衣装から露出が減っているけどそれ以上に溢れる魅力…これもまた趣、か…」

 

「どっちかというとてぇてぇなのではー??」

 

「なるほどぉ。お馬さんってこういった衣装も似合うもんなんですね…こんど爺やの執事服を拝借して…」

 

「なんとも可愛らしいですね。りこ様の表情も幸せに溢れていてこちらまで胸が暖かくなる素晴らしいものです」

 

「いろは知ってる!これメスの顔って言うんでしょ!?りこちゃんメスの顔してる!」

 

「うがぁー!!なんなん!?みんな寄ってたかってウチを苛めて楽しいんか!?特にいろはぁ!誰がメスの顔や!」

 

「…持ちネタを取られた北上さん。ここで一言」

 

「なんなん」

 

暴走するりこを、双葉とあずきはそのニヤニヤ顔を隠さずにそんな漫才を繰り出していた。

撮影現場だろうか、洋式の屋敷に設置されたソファにてりこは頬を染めて座っている。そのりこの手を両手で優しく包み込みながら、りこへ優しい表情を向けるばあちゃる。その表情に照れながらも、りこはしっかり向き合い嬉しそうに笑みを浮かべていた。

頬も真っ赤で、イオリの言う様に頭の上で跳ねているアホ毛は、りこの感情に釣られてかハートマークを描く。そんな二人を映す画像は、見てるこちらも幸せになるような、そんな気持ちにさせるほどに、りこの乙女な一面を全面に出した素晴らしいものであった。

 

「これシロのところにも送られて来たけどいい画像だよね。滅多に見れないりこちゃんの表情がこれでもか!ってくらい表現されてて、ロッシーちゃんと一緒に初めて見たと時、シロ、感動しちゃった。…正直、ちょっと羨ましい」

 

「え?シロお姉ちゃん、その日お馬さんが帰ってきたときにこれと同じことお願いしてなかったけ?」

 

「ロッシーちゃん?ちょっとお口チャックしようね?」

 

「シロぴーのところにも送られてるの!?なんでなん!?」

 

「メンテちゃんさんからは『幸せのおすそ分け』と一言付け加えられてましたね」

 

「メンテちゃぁぁぁぁぁぁんんんんん!!!!????」

 

混乱の中心にいるりこの叫びは空しく響く。敬愛する先輩のシロや、悪友のいろはたちから向けられる生暖かい目は、どうにもむず痒い。このまま終わるのは胸に籠る悔しさが許すことはないだろう。どうにかと視線を泳がせた結果。りこはとある人物を引きずり込むことにした。

 

「…ねぇ、こめっち。牛巻たち、友達だよね?」

 

「え?ええ。何当たり前のことを言ってるんですか?」

 

「なら…道連れにしてもいいよね?」

 

「はい?…ちょ、りこさん!?まさか!?」

 

「もう遅い!牛巻システム起動!対象はこの前細工したあずきちのパソコン!」

 

「え?」

 

言葉と同時に携帯端末を軽く操作すると、あずきのPCが変わった挙動をする。それは持ち主であるあずきも予想外のことだったようで、珍しく呆気を取られた声がその小さな口から零れた。焦るなとりと呆気を取られるあずきの二人を余所に、起動された牛巻システムは指令されたプログラムを、珍しく問題を起こさずに起動させて、空中モニターに別の画像を表示された。

 

「ストップ!ストップです!?みんな見ないでぇ!?」

 

「また風紀委員長が風紀乱してるよ」

 

「もう風紀なんてなくした方がいいんではないのでしょうか?」

 

「さすがにそれは無法地帯になりますよ!?」

 

「そうなったらすーちゃんが一番問題児になっちゃうね!」

 

「え?それってどういうことですか!?」

 

「あ、この前グループに一瞬だけ流れた画像だ」

 

「はいぃ!?どういうことですか!?」

 

「えっと、覗いていた時にもち様が撮ってまして…それをそのまま」

 

「そこの猫ォ!まぁた貴方ですかぁ!?」

 

「ベストショットでしょ!褒めても良いぞ?」

 

「誰が褒めるかぁ!」

 

立ち上がりもちを追いかけようとするが、それはちえりとイオリの制止によって阻止される。それをいいことに、もちは勝ち誇ったような表情を浮かべて、全力でなとりを煽った。

そんな二人の発端となった画像は、とある日の夕暮れが綺麗な美術室によって撮られた画像だ。真っ赤に染まった顔で強く目を瞑りながら、背伸びをしてばあちゃるとキスをするなとりが写されている。

恋のことになるとどこか意地っ張りになる彼女なりの一生懸命な姿は、りことはまた違った乙女の表情の一つだ。その表情、ばあちゃるの衣類を強く握る手、背伸びするその姿一つ一つが、普段見れないなとりの一面がこれでもかと写されていた。

 

「この時大変だったんだよねー。これ見た後のシロお姉ちゃんったらもうそれはそれは「…ロッシーちゃん?」はい!お口チャックします!」

 

「よろしい」

 

「というかなんてことしてくれるんですか、りこさん!?」

 

「友達だろ!?なら一緒に奈落に堕ちようぜ☆」

 

「巻き込まないでくださいよぉ!?」

 

「…そんなことよりも、あずきのPCに細工したことについて詳しく教えてほしいのですが」

 

ふくれっ面のあずきに、りこはなんてことの無いように笑いながら答えた。

 

「ああそれ?この前の事件の時にちょっと遠隔操作できるように細工しただけだよ。といっても牛巻の牛巻システムと特別なパスで繋がってるだけなんだけどね」

 

「不覚です。まさか牛巻さん如きに出し抜かれるとは…あずきもまだまだ修行不足ですね」

 

「如き!?あの、あずきち?もしかして牛巻のこと嫌い?」

 

「…ご想像にお任せします。ただ…」

 

「ただ?」

 

「このお返しは絶対にしますので覚悟しておいてください…と、思います」

 

「怖ッ!?」

 

「とりあえず牽制です」

 

その言葉と同時に、モニターは拡大をされたりこの画像となとりの画像がでかでかと表示される。物珍しいのか、他のアイドル部の面々は席を立ってそれをまじかで見つめ始めた。

 

「ちょ!?あずきち!?」

 

「なぁんで私まで一緒なんですかぁ!?」

 

「連帯責任…と思います。はぁい」

 

「「理不尽!」」

 

「牛丼コンビうるさいよ」

 

「そうだーそうだー!うまぴーをもっと観察させろー!」

 

「いっそのことプロデューサーだけ残して他を削除とか、そんなトリミングって出来ないんですか?」

 

「「扱い雑!?」」

 

「めめめにも見せろー!!」

 

驚愕する二人と縛られた状態で放置されるめめめを余所に、たまを筆頭に二人の画像は隅の隅まで観察されるのであった。

 

 

 

 

 

「コロシテ・・・コロシテ・・・」

 

「もう牛巻お嫁にいけないよぉ!」

 

「なんかりこさん、定例会の度にそれ言ってますよね」

 

「さ、さすがにやりすぎちゃったかな?」

 

完全に燃え尽きた牛丼コンビに、さすがのちえりも哀れな視線を送ってしまう。不憫だと思いながら視線を逸らすと、そこにはホクホクと満足顔のあずきと、やっと縄から解放されて身体を解しているめめめの姿が確認できる。今後、あずきには逆らうのはやめておこうと、ちえりは胸に誓った。

 

「定例会の度になとりんとりこぴんがよく出てくるけど、なんでだろ?」

 

「あの二人、恋愛に対してよわよわ過ぎるんだよ。それに反応もいいから、ついつい弄りたくなって話題に上がるんだと、ふーちゃんは思うな」

 

「あー、言われてみればそうだよね。うまぴーのことで弄ると二人とも、すっごいいい反応してくれるよね。だからついつい弄ったくなるのは、すっごいよくわかる。私なんて、まともに晒されたことないよ?」

 

「それはたまちゃんがうまぴーに関しては無敵な人になるからだよ」

 

「なるほど」

 

「納得するんだ!?」

 

ふーたまの漫才に本能からかツッコミを入れてしまうもち。

ひと段落して時刻を見るとすでに17時を回っている。本日の配信は20時スタートなのでそこまで焦る必要はないが、そろそろ帰宅した方がいい時刻なのは確かだ。

 

「あと一時間で完全下校時刻だし、今日はここらで解散の方がよくない?」

 

「へ?あー、もうそんな時間なんだ!イオリ、楽しかったから全然気づかなかったよー」

 

「分かる。定例会超楽しい」

 

「いろははずっと笑ってただけだろ!」

 

「ごんごんお姉ちゃん、お米お姉ちゃんとりこお姉ちゃんが弄られてるときずっと笑ってましたもんね」

 

もちの声を皮切りに、各々が変わらず談笑しながらもしっかりと帰宅の準備を進め始める。

連絡事項も伝達済み、何かあればプロデューサーであるばあちゃるから追って連絡が来るだろう。皆に続くように、たまも広げた文房具を片付け始めた。

 

「あ、シロちゃんとロッシーちゃんはどうするの?」

 

「さっき馬の連絡したから大丈夫だよ」

 

「お馬さんの方も仕事が終わって今こっちに向かってる最中だって」

 

「なら安心だね」

 

「帰りにスーパー寄らないとね」

 

ロッシーに微笑みながら伝えるシロの姿は相も変わらず愛らしい。そんな思考に染まりそうになる中、横にいた双葉がそのシロの言葉に首を傾げた。

 

「スーパーってことは、買い物?」

 

「そうだよ。ちょうど冷蔵庫の中が尽きちゃったから今日は三人で買い物予定なの」

 

「そういえば、今日の朝見た時も、ほぼすっからかんだったよね」

 

思い出すように呟くめめめに、双葉は納得したように頷いた。

シロの言葉を疑っているわけではないが、通い妻をしているめめめも同意するのであれば、それは確かな情報なのだろう。そこについて、それ以上追及する気はないのだが、双葉の胸の中に小さな嫉妬が湧いた。

 

「いいなぁ」

 

「ん?なにが?」

 

「うまぴーと一緒に買い物」

 

「「わかる」」

 

たまの問いに素直に答えると、めめめとたまは全力で同意するかのように、激しく首を縦に振った。

 

「私も過去に一回うまぴーと一緒にスーパーで買い物したことあるんだけど…あれ、最高だよ。野菜選びに悩んでるときにふと横見ると、私服のうまぴーがどこか楽しそうにこっち見てるの。天に召されると思った」

 

「なんか最近のたまちゃん、極まってない?馬組さんのヤベーやつみたいになってるよ?」

 

「馬組にとっちゃそれくらいまだまだだよ。せめてあのみたらし動画を周回できるようになればスタート地点かな」

 

「マジでヤベー奴だー!?」

 

「ちなみにふーさんはクリア済み」

 

「嘘でしょ双葉ちゃん!?」

 

「バイノーラルなら双葉にお任せ」

 

胸を張る双葉に、さすがのめめめも少し引かざる負えない。元々生徒会組はばあちゃるに対して極まっていたが、まさかここまでとは思っておらず、めめめは予想以上にダメージを受けてしまった。

 

「プロデューサーと買い物に行きたいのなら、普通にお願いすれば連れてってもらえますよ」

 

「あ、すずちゃん!」

 

帰宅の身支度を終えたすずが、話を聞いていたのか荷物をもって合流する。しかし、その内容はたまと双葉にとって聞き捨てなら無いものでもあった。

 

「お願い?まるでよく一緒に出掛けてるみたいな言い方だね?」

 

「え?ええ。ほら、私って管弦楽部じゃないですか。休日朝練で、日曜日に登校する時がよくあるんですよ。それで、プロデューサーが校内のカギの管理に来てる時があって、その時にはお昼を一緒にしてるんです」

 

「お昼を…」

 

「…一緒に?」

 

「あ(察し」

 

お昼を共にするという、実は生徒会組が未だに達成していないことを難なく言い放ったすずに、めめめは横から感じる二人の気配からこれからの展開が容易に想像ついた。

 

「ええ。それでその時に、後が暇なら一緒に買い物とかしてますね。買うものはその時でマチマチですけど。文房具とか、楽器のウィンドウショッピングとか」

 

「文房具に楽器、ねぇ…」

 

「ウィンドウショッピング、かぁ…」

 

「それはもうデートなのでは?」

 

めめめは訝しがんだ。

 

「…ちなみに、昨日は何買いに行ったの?」

 

「昨日ですか?…『ばあちゃる』さんの眼鏡を買いに行きましたね。なんでも視力が悪くなってきたから買いたいとのことだったので。…な、なんかこれ恥ずかしいですね!」

 

「恥ずかしがるより、目の前の現実に直視した方がいいよ、すずちゃん」

 

流れるようにツッコミを入れるが、残念ながらそれはすずに届いておらず、反応が返ってくることはなかった。

そして、すずの言う『眼鏡』については、めめめも心当たりがある。

本日の朝、いつもの様に朝食を作りにばあちゃる宅の門をたたくと、そこに出迎えてくれたのは朝の書類作業のためか、眼鏡をかけたばあちゃるが出迎えてくれたのだ。予想外のその光景に、当時のめめめは見事なまでに硬直して、ばあちゃるを見惚れることしかできなかった。

その時は、予想以上に似合っているばあちゃるの姿に変に緊張してしまい、眼鏡について言及することが出来なかったが、その原因が予想外のところで発覚したのだ。

そしてその原因であるすずに、めめめは確かに嫉妬の感情を向けていた。さらに追い打ちと言わんばかりに名前呼びだ。嫉妬しないほうがおかしい。

ならば今取るべき行動は一つ。横の二人と一緒にこの火種を大きくしようと、胸に決意を固めた。

 

「つまりすずちゃんは、わりと頻繁にプロデューサーと、二人で買い物してるってことでいいのかな?」

 

「そ、そう言われると照れちゃいますね!ええ、その…通り…」

 

まるで確認するかのように問うめめめに、すずはなんも疑いもなく頷く。頷いてしまった。その言葉を最後まで発するより前に、周りから向けられる鋭い視線に気づく。背中に、冷たい汗が伝った。

 

「あの、みなさん?」

 

「すーちゃん。それはちょっとズルい」

 

頬を膨らまして、滅多に見れないイオリの嫉妬の表情に、すずのオタク心が歓喜するが、今はそれどころではない。

善性の塊であるイオリですらこれなのだ。周りの様子など、手に取るようにわかる。後方には扉。肩には既に持った自分の荷物。すずのこれから行う行動は既に決まっていた。

 

「あの、えっと…きょ、今日は用事があるのでお先に失礼しますね!」

 

「逃げたいぞ!追え!!」

 

「何気にめめめお姉ちゃん並みに抜け駆けしておいて逃げるはズルいですよ、すずお姉ちゃん!!」

 

「そうですよ!大体眼鏡なら私に頼ってくれても良かったじゃないですかぁ!」

 

「それをいうとあたしも主張したくなっちゃうなぁ!とりあえずなとりん!今はすずちんを追うよ!」

 

「…どこかデジャヴを感じますね」

 

「そうだね。なんか大分前に似たようなことがあったような、なかったような…ってシロちゃん早!?」

 

「すーちゃん待てー!!」

 

飛び出したすずを追う様に、アイドル部とシロは続々と追いかける。そして取り残されたロッシーとメリーミルクは、呆気を取られながら顔を見合わせて、同時に笑った。

 

「ここは楽しいところだね!」

 

「そうですね。私もその一員になれたことが凄く嬉しいです」

 

「えへへ。ロッシーもだよ」

 

『ちょ!?なとりさん稲鞭は不味いですってあずきさん!?壁を走らないでください!?…たまさんが指示してる?…これは挟み撃ちする気ですね!こうなりゃ絶対逃げ切って見せますよ!!』

 

廊下から聞こえる、普段の学園では想像できない物騒な音がどうにも心地がいい。それを奏でるアイドル部とシロをBGMに、メリーミルクとロッシーは楽しそうに笑いあっていた。

 

なお、この追いかけっこはばあちゃるが戻るまで続き、ばあちゃるがシロとアイドル部を叱るというとても珍しい光景がその後に展開された。

 

 

 

 



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彼と彼女にまつわる噂(メンテ)

ばあちゃる学園の生徒会室
そこでは生徒会メンバーが放課後に集まって生徒の代表として学園のあれこれを決める大切な一室である
そんな生徒会室だが、どうやらほとんどの仕事が既に済んでおり、少し暇にしているようだが…?


(後日談)


「むー」

 

平日の放課後。生徒会の役員である『夜桜たま』、『北上双葉』、『木曽あずき』の三人はあと僅かな書類とのんびりと処理している。

学園長である『ばあちゃる』からのお手伝いも無くなってしまった生徒会組は、忙しかった時期と比べて仕事の量は非常に少ないものとなっていた。既にほとんど片付いているのか、双葉は片手にお菓子を、あずきはマルチウィンドウにて別の作業を同時にこなしている。

たまも目の前に開かれたワードのソフトと同時に、麻雀のアプリを開きながら、なんとも面白くない顔を浮かべていた。

 

「むー…」

 

「…」

 

「…北上さん」

 

「やだ。いっつも双葉じゃん。たまにはあずきちゃんがどうぞ」

 

「むえー」

 

聞け、と暗に伝えてくるたまに、あずきは双葉に応援を頼む。しかし、どうにも機嫌が悪い双葉は、駄菓子のミニドーナツを口に頬りながらそっぽも向いた。これは梃子でも動かない。そう理解したあずきは、小さくため息を吐いてたまに視線を向けた。

 

「…会長。いったいどうしたんですか」

 

「聞いてくれる!?」

 

「流し聞きで良ければ」

 

「えー!しっかり聞いてよー!?」

 

「仕事が残ってるでしょ!ふーちゃんも聞いてあげるからさっさと話す!」

 

「さっすがふーさん!愛してるー!」

 

『調子がいいんだから』と憎み切れない呆れた視線を向けるも、たまは軽く受け流す。こうなってはどうやっても、たまには敵わない。二年という短い付き合いから、それを理解していた二人は作業を一旦止めて、たまの話を聞く体制を整えた。

 

「実はこの前に事務所に言った時なんだけどね?」

 

「夜桜さんはよく事務所に行きますね」

 

「え?だって配信の際に何かやらしたら怖いじゃん。確認とか、そういった注意することの知るために行ってるけど…おかしいかな?」

 

「たまちゃんって、そういうところは真面目だよね」

 

「あとうまぴーに会える!」

 

「…欲望にも忠実ですね」

 

嬉しそうに笑うたまに、二人は揃って苦笑を零した。賢明で、それでいて努力家で、不思議と人を引き寄せる我らの生徒会長。面倒くさいと思うことあれど、嫌いには慣れなれなかった。

完全に聞く体制になった二人に気をよくしたのか、たまは開いていた麻雀アプリを閉じて話す態勢を整えた。

 

「それでね、うまぴーと合流して事務所に入ってすぐにメンテちゃんと会ったの。どうやら作業がひと段落して、休憩に入るところだったみたい」

 

「あの事務所。自販機が少し離れてて不便ですよね」

 

「けど種類が豊富だし、双葉は気にしないなー」

 

「私もふーさんと同意見。悩むことはあるけど、色んなものが選べるのは得だよね。…って話が逸れちゃった。本題なんだけど、この時のうまぴーとメンテちゃんの会話が問題なの」

 

「会話…」

 

「…ですか」

 

同時に首を傾げる二人に、たまは苦笑を零す。タイプが違うとはいえ、波長が合うのだろう。双葉とあずきの時折出す妙にあった呼吸を思い出して、たまは内心で笑みを浮かべた。

 

「そうそう!事務所に戻る時にうまぴーと一緒に歩いててね、向こうからか徹夜明けなのか眠そうに目を擦りながら歩くメンテちゃんがやってきたの。そのすれ違い時にうまぴーがメンテちゃんに声をかけてね…」

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

  『はいはいはい。徹夜明けお疲れ様っすね、メンテ』

 

 『…あー。ばあちゃるさんもお疲れ様です』

 

 『眠たそうだけど大丈夫?』

 

 『大丈夫ですよ。久しぶりの徹夜で限界ですけど…今日はもう帰るだけですから。…あ、ばあちゃるさんあの件なんですけど』

 

 『それなら終わってるっすよー。そーいうメンテこそあれはやったっすよね?』

 

 『誰に物言ってるんですか、当たり前ですよ』

 

 『え?』

 

 『はいはいはい。ならさっさと帰って身体を万全に戻してくださいっすね。舵取りにはやっぱメンテがいないと現場は回らないっすからね』

 

 『大分安定してきましたけど、やっぱり私か貴方がいないとどうにもならない時がありますからね。…せめてあの野菜モドキがもうちょっとまともだったら…ッ!』

 

 『ピーマン君については諦めましょう。能力はあるので『いればラッキー』程度に考えればダメージも最小で済むっすよ?』

 

 『期待するだけ無駄ってことですか…はぁ…じゃあ私は帰りますね。…あ、ばあちゃるさん』

 

 『ああ、あのことっすね。やっとくから心配ご無用っすよ。そーいうメンテこそ』

 

 『分かってますよ。寝て起きた時に余裕があればやっておきます』

 

 『出来たらいいっすから、自分の体調を最優先してくださいね?』

 

 『え…あの、二人とも?』

 

 『おーけいおーけい。…それじゃあたまちゃんにばあちゃるさん、お先に失礼しますね』

 

 『お疲れ様ー…ってたまたま?どうしたんっすかそんな訳の分からないモノを見た様な目をして?』

 

 

―――――――――――――――――――

 

「主語、とは」

 

「え。それってたまちゃんでも何の話してるか分かんなかったの?」

 

「無理無理。途中で出てきたピーマンのことはおおよそ分かるけど、最初と最後の部分は分かんない。なにを了解したのか、何を聞いて納得したのか一ミリも分かんない」

 

たまの語るその内容に双葉は勿論、普段表情があまり変化しないあずきも困惑をその顔で表した。二人の反応にたまは、内心んでほっと安堵し、同調するように話を続けていく。

 

「あの後うまぴーに何度も話の内容を聞いたんだけど、逆に『普通に話してただけっすよ?』なんて言われながら心配されたの。まことに遺憾だよ!」

 

「つまりうまぴーとメンテちゃんにとってそのやりとりはどこもおかしくなかった、てことになるのかな?」

 

「ですが、あの二人ってそんなに阿吽の呼吸をするような仲でしたか?」

 

あずきの問いたまと双葉は同時に首を横に振る。

 

「双葉は聞いたことない」

 

「ふーさんと同じく私も聞いたことないなー。そもそも相談やなんやらで事務所に行く率がトップの私たち二人ですら聞いたことがないんだもん。きっと他の子も知らないはずだよ」

 

「と、なると…知ってそうなのはシロさんくらいしか「呼んだ?」シロさん?」

 

「えへへ。失礼するね?」

 

たまの返答に、あずきは考える様に浮かんだ敬愛する先輩の名を挙げる。その時、まるで返事をするかのように、扉から件の先輩『電脳少女シロ』がにこやかに笑みを浮かべながら入室してきた。

いきなりの客人に三人とも驚くが、そこは流石の生徒会組。てきぱきと動き出し、シロを席に座らせて、備品である紅茶カップに『カルロ・ピノ』が厳選した紅茶を注いで差し出した。

 

「ありがとう!…それでうまとメンテちゃんの話してたみたいだけど?」

 

「そうなの!シロちゃん何か知ってる?」

 

シロの問いにたまは頷き、双葉たちと同様にシロにも説明をする。話を聞いていくうちにシロの表情は、どこか困ったような、言うなれば呆れた表情を浮かべていた。

 

「あー…そっか。アイドル部の子たちは二人のあれを見た事ないだっけ?」

 

「うまぴーとメンテちゃんのこと?…少なくても双葉はさっきたまちゃんから聞いたのが初めてかな」

 

「そっかー…みんなはシロと違って、基本家で配信するスタイルだから修羅場時のうまたちを見た事ないのか」

 

『それじゃあ仕方がない』と納得するように、シロは一人頷く。そんなシロの様子に、あずきとたまは顔を見合わせて、首を傾げる。

 

「シロさんの言い方ですよ、まるで修羅場のときのお二人は会長の言っていた状態になっていることになるんですが…?」

 

「あずきちゃんの言う通り。正確には二人とも、じゃなくて片方が修羅場ってるとたまちゃんが見た状況の様に分かり合っちゃうの」

 

苦笑しながらシロから言われたその意味がよくわからず、疑問は募るばかり。首を傾げる三人に、シロは内心『うちの後輩は可愛いなぁ』と的外れなことを思いながら、続きを口にする。

 

「なんて言ったらいいのかな…あの二人はシロより…もしかしたらエイレーンさんより付き合いが長いかもしれないの」

 

「え!?そーなの!?」

 

「うん。少なくともシロが生まれた時からメンテちゃんはうまと一緒にいたよ。その時は今よりうまの近くにいて…側近とか、右腕なんて呼ばれてたなぁ」

 

「…今のばあちゃるさんとメンテさんとは違うんですね。というか、あの二人はなんといったらいいか…」

 

「あー…言われてみれば言葉に困る二人だよね。相棒とは違うし…シロちゃんが言う様に右腕とも違う気がする」

 

「信頼し合ってて、心も距離も物理的距離も凄く近いんだけど、なんというか…下心がない?」

 

「「それだ!(です)」」

 

「おー。双葉ちゃんもあずきちゃんも息ぴったり」

 

阿吽の呼吸を繰り広げる生徒会組に、シロは称賛の拍手を送る。ばあちゃるからある程度は聞いていたが、この三人はとても仲がいい。魅力的な部分がそれぞれベクトルが違うが、それが上手い感じに絡み合ってより鮮やかに輝く。その光景に、シロは心からの賞賛を送った。

元々、今日は学園に来る予定はなかった。しかし、現在(頑なに認めないが)同棲しているばあちゃるから頻繁に生徒会室に行くことを進められていたのだ。彼女たちの仕事を邪魔するのは忍びないと思っていたが、ふとばあちゃるのその言葉を思い出して、本日の業務後、事務所には向かわずにここに訪れることにした。結果的にばあちゃるの言う通り、普段見ない三人の別の魅力が見えてシロは大変満足した様子である。

閑話休題

コントを繰り広げる三人に『コホン』と軽く咳払いをして、軌道修正を図る。それに気付いたのか、三人ともシロに視線を戻して、軽く姿勢を正した。

 

「話を戻すね!そんな昔からの関係だったうまとメンテちゃんなんだけど、仕事が忙しすぎて修羅場状態になると、たまちゃんが見た様な状況を繰り広げることがあるの」

 

「けど私もふーちゃんも相談とかで割と事務所に行くよ?あんな二人、初めて見たけどなぁ…」

 

「アイドル部が結成してからは、ある程度落ち着いてきたからね。それにその頃くらいからうまがみんなと距離の取り方に悩んでて、メンテちゃんもそのことを気にかけていたから起きなかったと思うの」

 

「…なるほど。シロさんの言葉を、会長の言ったお二人の様子に当て嵌めて考えると『修羅場時、もしくはそれに近い状況』で、尚且つ『両者が意識していない状況』時に起きる無意識な行動、ということですか」

 

「あずきちゃんが正解!はなまるあげちゃいます!!」」

 

「いえーい。優勝しました」

 

いつもの表情だが、どこかホクホクと満足気にも見える笑みを浮かべるあずきに双葉もたまも釣られて笑みを浮かべた。どこか近寄りがたい独特な雰囲気を漂わせるあずきだが、その内面は自分たちとそんなに差異はないことは知っている。たまと双葉があずきこの事が好きなように、あずきもまた双葉とたまのことが大好きなのだ。わかり合ってる三人だからこそ、今のあずきが本当に喜んでいることがわかる。そんな信頼関係にあずきは居心地の良さを覚えていた。

喜ぶあずきを横に何かを思い出したように、シロは苦笑を零した。

 

「一番訳が分からなかったのはあの時だなぁ」

 

「あの時?」

 

「うん。シロがVTuberとして活動してすぐにうまが活動停止したでしょう?あの時って、ノウハウもない全くの新しい環境だったから、事務所内は常に修羅場だったの」

 

「…そういえばシロさんは最初から毎日投稿でしたからね」

 

「そうなの!元がレジスタンスや対テロ組織なんて物騒なことしかしてこなかったから、事務作業もぐだぐだでうまなんてことある度に『やばーし』って言ってたの!」

 

「うわぁ…すっごい想像できる」

 

「もしかして、事務所内の人たちがうまぴーの口癖が不意に出てくるのって」

 

「うん。その時が原因。すっかり事務所で浸透しちゃってうまの近くで作業してた人たちに移っちゃったよ」

 

「伝染病みたいですね」

 

「でんwwせんwwびょうwwキュイwwあずきちゃん、最高ッ」

 

あずきのその言葉が余程ツボだったのか、シロはお腹を押さえていつもの笑い声を上げる。それはシロだけでなく、双葉とたまも同様だったのか口元を抑えて小さく笑っていた。

 

「あーッ、最高すぎるよあずきちゃん…それで、なんだっけ?」

 

「修羅場のあの時です」

 

「そうそう!そんな修羅場が佳境の時なんだけど、舵を執っていたのがうまとメンテちゃんだったから揃って事務所で寝泊まりしてたんだけどね、修羅場7日目に突入した時の二人がね、もう凄かった」

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 『あー…メンテ』

 

 『…なんですか』

 

 『あれ』

 

 『終わってます。そういう貴方は』

 

 『昨日の昼に○○に任せたのであとで確認するっすよ。それと』

 

 『抜かりなしです。…あ、あれのあれってどうなってたっけ?』

 

 『確か…切らしてたはずっすね。残ってたとしても残り僅かっすよ』

 

 『ばあちゃるさん』

 

 『嫌っすよ』

 

 『…』

 

 『…』

 

  『『じゃーんけーん、ポン!!』』

 

 (パー)

 

 (グー)

 

 『うし。というわけで任せました』

 

 『えぐー!?マジンガー!?』

 

 『??????????????』

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

「会話、とは?」

 

「あれのあれって何??じゃんけんに負けたのメンテちゃんなのになんでガッツポーズしてるの????しっかり休んで?」

 

「なんなん?」

 

「混乱するのも分かるよ。シロも横で見てて訳が分からなかったもん」

 

混乱する三人に苦笑を零すシロ。呟いたように、当時のシロもそんな二人の横で今のたまたちと同様に混乱していたことを思い出した。

ちなみに『あれのあれ』は『事務所にある休憩部屋に設置されたシャワー室のシャンプー』で、じゃんけんの勝ち負けの逆転は時折二人で行われているものらしい。会話して。

 

「あの二人は変わらないですね」

 

「あ、エイレーン先生」

 

「エイレーン先生!?!?」

 

そんな談笑の中、再び扉から入ってきたのはエイレーンだ。その姿に双葉は何気なく放った『先生』というワードにシロは驚愕した。

 

「え!?先生!?どういうことなの!?」

 

「ふっふっふ!何を隠そう、臨時教師として就職しました。よろしくお願いしますね♪」

 

「え…えぇ…エイレーンさんが教師ぃ?」

 

想像できないその姿にシロは困惑するばかり。そんなシロの様子も仕方がないといった感じで、双葉は苦笑を零した。

 

「実は先日、淡井先生が学園の教員になったの。それで臨時講師は一人はいた方がいいってうまぴーが言って募集かけたらエイレーンさんが…」

 

「ええ。私が来ました!」

 

「えぇ…エイレーンさん、教員免許持ってたんだ」

 

「そんなもの馬が学園長を務めることになった時に取りましたよ。まあ当時は接触はするべきではないと判断したのですが、むしろそれがいい感じに事を運びました」

 

「さすが行動力の塊」

 

呆れるたまの横で、先日にばあちゃるとアイドル部と共に行われた淡井先生の就任パーティをシロは思い出す。臨時教師の募集をすると、先日ばあちゃるが言っていたことを覚えていたが、まさかそれがエイレーンとは予想もしなかった。

引いているシロに何故かドヤ顔を浮かべていたエイレーンは、小さく一息を入れて話を戻す。

 

「それで、馬とメンテの話をしてましたね?実はあの二人、ほぼ兄妹みたいなもんなんですよ」

 

「兄弟?」

 

想像しなかったその言葉に、あずきはオウム返しをして首を傾げる。それはシロを含めた他の三人も同様で、説明を求める様にエイレーンに視線が注がれた。

 

「馬が46号と脱走するより前…つまり研究所にいた頃になるんですが、実は馬もメンテもデザインベビーなんです」

 

「あずきちゃんあずきちゃん、デザインベビーって?」

 

「…人口で作られた人のことをしまします。バンクに提供された精子と卵子を試験管の中で受精させ、大きくなるにつれて培養液を浸したカプセルの中で育った人たちのことです」

 

思い出すのは兵姫『木曽』の記憶。数秒しかないその光景は、ばあちゃるもメンテも経験したものとは、あずきにとって予想外の事実だった。

重いその真実にたまと双葉の顔が強張る。それはシロも同じで、先程までの朗らかな雰囲気はどこへやら。重苦しい空気が漂う。

 

「けどデザインベビーは法律で禁止…ってそんなのあの組織が律儀に守るわけないか」

 

「その通りです。実際、あの戦いでテロ組織に所属している下位の人間は総じてデザインベビーでした。…重苦しい話はここまで。話を戻しましょう」

 

吐き捨てる様に言うと、エイレーンは伏せた顔を上げた。それは先程までの真剣さはなく、何時ものエイレーンの姿だ。

 

「馬とメンテはそれこそ隣同士のカプセルで育ち、ほぼ同時にカプセルから出て組織に育てられました」

 

「それが、兄弟と言われる所以」

 

「ええ。そこから二人は競い合う様に共に勉学に励みました。それが組織が仕組んだ駒を作るものだとしても、二人は良いライバル関係だったそうです。基本はばあちゃるが一歩上で、それをメンテが追いかけるような関係だったそうですが」

 

「そう…なんだ」

 

メンテとばあちゃるから聞いたであろう衝撃の事実に、四人は言葉を失うばかりだ。好きな人の重たすぎる出生の衝撃が未だに抜けない様子でもある。

しかしそんなものは些細なことだ。彼女たちの出生だって引けを取らない。ましてやそんな事実に彼女たちのばあちゃるに向ける愛は衰えるわけがない。エイレーンはそれを確信しているからこそ、この話を語っているのだ。

そして、その確認は的中する。困惑してる様子だった四人は顔を見合わせて軽く笑みを浮かべる。どうやら自分の中でその事実を飲み込んだようだ。強い人たちだと、エイレーンは彼女たちに尊敬の念を送った。

 

「それで馬が46号と共に脱走した後、馬がいない環境にメンテは今までの様に実力を発揮できなくなったんです」

 

「まあ、兄弟のように育った人が脱走なんてしまもんね。そんな状況で無理なんてできるわけないよ」

 

「けど組織育ちのメンテはなんで実力が発揮できないのか分からなかったんです。そして考えた結果」

 

「結果?」

 

「『馬はメンテの一部。それが抜けたから全力で仕事が出来ない』となったそうです」

 

「訳が分かんないよ!?」

 

反射で絶叫するたまにエイレーンも同視するように頷く。実際に意味が分からない。

 

「安心してください。最初に聞いた時は私も訳が分かりませんでした」

 

「あ、エイレーンさんもなんだ」

 

「…一体どうしてそんな結論に?」

 

「組織では余分なことは一切教えることはなかったそうです。現に馬も46号を外を見せたいと思ったことに当時はかなり困惑してましたからね。メンテがそんな曲解するのも大分変かもしれないかもしれませんが、そう言った事情があれば納得するとこも…まあ、出来なくはない?」

 

「先生も疑問形じゃん」

 

双葉の冷たい視線をエイレーンは、乾いた笑いで誤魔化す。それは自身も信用し切れていないことを示しているようなものだ。

 

「ま、まあ!それをそう納得したメンテはばあちゃるの後を追う様に脱走。まだアイさんと合流する前、つまり兵姫時代のあなたたちの奪還作戦中に合流したんです。そしてそこから、今までずっと彼女はばあちゃるの横に立ち続けています」

 

「ってことは、メンテちゃんは誰よりもうまぴーの隣にいるんだ…羨ましいなぁ」

 

「わかります。非常に妬ましい」

 

「たまちゃん、エイレーン先生。本音漏れてる」

 

似たように悔しそうに呟く二人に双葉は呆れ顔だ。その横であずきはどこか納得したように一人頷く。

エイレーンが言うことが本当なら、ばあちゃるとメンテの阿吽の呼吸も納得だ。幼馴染。それこそ生まれた時から共に居るのだとしたら、先程提示した『修羅場の状況』…つまり『余裕がない状況』でならばあの信頼関係もおかしくはない。ちょっと行き過ぎているとも思われるかもしれないが、あの二人は出生から今までの経歴までまさに波乱万丈だ。少しおかしくなっても仕方がないのだろう。けれど、何故普段からあの呼吸を合わせれないのだろうか。

その疑問は、双葉を挟んで先にいるたまも同じように浮かんだようだ。

 

「…あれ?それなら普段からあの仲の良さじゃないとおかしくない?さっきも話してたけど、私たちが会いに行くときはそんな素振り見せてなかったよ」

 

「ああ。それは私の原因です」

 

何食わぬ顔で手を挙げるエイレーンに全員の冷たい視線が突き刺さる。『またお前か』と訴えかけるその視線に、エイレーンはカラカラと楽しそうに笑った。

 

「あまりにも馬に近くて私も嫉妬まみれだったので『馬のことが好きなんでしょ?』と何度か言ってやったんですよ。最初は『自分の一部に恋をしますか?』なんて言われましたけど、しつこく言うと自分と向き合う様になって、気付いちゃったみたいですよ。それ以降、一定以上距離を詰められたり、馬のムーブに見惚れることが多くなって今の状態になったんです」

 

「何とんでもない強敵を起こしてるの!?」

 

「いやだって!誰がどう見ても好きなのにそれを頑なに認めないんですよ!?同じ人を好きな者として、それは認めるわけにいかないじゃないですか!」

 

「うっわぁ…悔しいけどエイレーンさんの言うことも分かっちゃうよ…けど許せないかな」

 

「一時期メンテちゃんのうまの対応が変だったのはそのせいなんだ…」

 

「…救済します?」

 

「とりあえず保留かな」

 

生徒会室に響く姦しい声。恋敵である人物の話題なのに、その室内は楽しそうな雰囲気が漂っていた。

 

 

 

 

 

「あ、ばあちゃるさん。一体どうしたんですか?こんなところで珍しい」

 

「はいはいはい。言われてみればここに来るのは久しぶりっすね」

 

少女体系のメンテには少し大きいTシャツに着古したハーフパンツ。そんな完全にプライベートの服を身に纏いながら、客人のばあちゃるを迎え入れた。

アップランド事務所のビルの一室。そこにはビルの一室にしては珍しく畳をが敷かれており、押し入れまである和室だ。ちなみに押し入れの中には布団が仕舞われている。間取りは、ばあちゃるにとって馴染みの深い学園の休憩室とほぼ同じだ。というより、こちらを参考にして休憩室が作られたと言った方が正しい。

ここはアップランド事務所の仮眠室も兼ねた休憩室。少し前まで、メンテとばあちゃるがもっともお世話になった部屋と言っても過言でもない一室だ。

 

「珍しい?そうでしたっけ」

 

「はいはいはい。ばあちゃる君もね、アイドル部発足してからは学園長として学園に行く都合でここに来ることがなくなったっすからね、完全に」

 

「あー…言われてみればそうですね。特にここ数ヶ月は、貴方も変わってここにお世話になることもてんでなくなりましたもんね」

 

「そうっすね。頼ることって、大事だったんすね」

 

「何をいまさら。私は散々言ってきたと思いますけど?」

 

「うっ」

 

辛辣なメンテな言葉にばあちゃるは言葉を詰まらせる。その顔がどこかおかしかったのか、メンテはクスクスと笑みを浮かべた。

 

「ま、やっと分かってくれたのなら、それでいいですよ」

 

「いつもすまないっすね」

 

「それは言わない約束ですよ。ん…こくっ…っとと」

 

簡易のテーブルに置かれた缶ビールを口に含み、口端から零れた液を拭う。顔は既に真っ赤で、出来上がってるとも言えるほどだ。

メンテはいつだってばあちゃるの痛いところを突いてくる。しかし、そこから感じるのはいつもばあちゃるを案じてのこと。それが分かるからこそ、ばあちゃるはそんな辛辣な言葉が心地よく聞こえた。

今なら、素直に言葉にできるだろう。ばあちゃるは被っていた馬のマスクを脱ぎ、缶ビールの横に置いた。

 

「いつもありがとうございます」

 

「ん?どうしたんですか急に」

 

「いやっすね、ばあちゃる君、メンテにいっぱいお世話になってる訳っすから。たまーにはね?お礼を言おうかとね」

 

「素面なのによくやりますね。…よし」

 

呆れ顔のメンテは何かを思いついたのか、持っていた缶ビールの中身を一致に喉に流し込む。度数はそれほどでもないが、それでも急に流れ込むアルコールに喉が熱くなり、頭もクラクラする。

少し酔えた今の状態なら、この恥ずかしい素面の男に返事は出来るだろう。メンテは嬉しそうに笑い、缶ビールを馬のマスクの横に置いた。

 

「今更なんで気にすることはないですよ。なんたって私と貴方は『一心同体』なんですから」

 

「懐かしいっすね、それ。久しぶりに聞いた気がするっすよ」

 

「私も、久しぶりに言った気がします」

 

揃って過去を思い浮かべ、顔を見合わせて揃って苦笑を零す。

『一心同体』それはメンテがばあちゃるへの想いを勘違いしていた時に出来た二人の不思議な関係だ。『ばあちゃるはメンテの一部だから一緒にいなければいけない。その逆も然り』。今思い出しても奇妙な関係だ。恋心を勘違いして出来た関係ではあったが、メンテにとってそれは非常に心地の良いものだった。

エイレーンにより自覚された恋心から、今の今まで言えなかったその言葉を今はスラスラと言える。お酒は偉大だと、メンテは内心そう思った。

 

「にしても…凄いところまで来ましたね」

 

「そうっすね。脱走した時、まさかこんな未来に来れるとは…いえ、掴みとれるとは思っても見なかったっすよ」

 

「勿論、まだ走れますよね?」

 

「なぁに当たり前のこと言ってるっすか。そんなの当然っすよ」

 

自信満々に胸を張るばあちゃるに、ドキリと胸が高鳴る。些細なことなのに反応するなんて、自分も意外と重傷だと、メンテは自虐した。

 

「けど、たまには止まることも大事っすよ。走り続けるってのは大変っすもんね?」

 

「へ?」

 

「『一心同体』、なんすよね?全く、無理するくらいならばあちゃる君を呼んでほしいっすよ」

 

呆れ顔に頭に手を置くばあちゃるに呆気を取られる。そしてその言葉の意味を理解すると、一気に顔が熱くなる。きっと、今の顔が赤いのはお酒のせいだけではない。

 

というか、何なのだこの男は。いくら背の差が40くらいあるからって無遠慮に頭を撫でてて。同い年なんだぞ、まったく。今の私がどんな思いをしているかなんて知らないで…ホント、ズルい人だ。

 

「…こ、今回は一人でやれると思ってしまったんですよ」

 

「本当っすか?」

 

「本当です。次からは…頼ります」

 

「ならよし」

 

いつもツインテールにしてる解けた髪を乱暴にかき乱す様に撫でる。

確かに、この後は寝るだけだから多少乱れても構わないが、だからといってこれはない。けれど、メンテはそれを怒れずにいた。むしろ、嬉しいとも感じていた。

 

「…」

 

「メンテ?」

 

そっとばあちゃるの横にすり寄り、身体を預ける。甘えるメンテにばあちゃるは静かに受け入れた。

元々メンテは、この恋心を実らせる気はさらさらなかった。ばあちゃるの心にはいつだって46号がいて、シロがいて…自分は入り込む余地はないと思っていたからだ。しかしそれは、アイドル部の子たちによってこじ開けられた。

彼女たちの純真な思いがばあちゃるの心に寄り添い、背中を押し、手を指し伸ばして、隣に立ったのだ。そんな純真な想いを無下にするほど、ばあちゃるという男は腐っていない。彼女たちに助けられて、立ち上がり、仕舞いにはシロの心も救い上げた。 その姿に、どうしようもないほどに惚れ込んだ。

 

だから、私もまた、一歩踏み出してもいいだろうか…彼にワガママを言ってもいいのだろうか…

 

その疑問を浮かぶと同時に、脳裏に掠めたのはばあちゃるの笑顔。

もう、我慢することは出来ない。メンテは、勘違いした自分の感情と向き合うことを決めた。

 

「あの…ばあ…なぁっ!?」

 

「相変わらずちっこいっすねメンテは」

 

「な、なななななっ!何してるんですか!?」

 

抱き寄せられ、ばあちゃるの腕の中で一緒に敷かれた布団に倒れ込む。しっかり選択して会ったのだろう。予想よりずっとふかふかして気持ちのいい布団だと、頭の片隅でそんなどうでもいいことを考えた。

 

「何って、メンテがしてほしそうにしてたっすからやったっすよ?」

 

「…ぁ」

 

当たり前のことに言うばあちゃるに、メンテは一人納得する。

なんてことはない。メンテが一歩踏み出すと同時に、ばあちゃるもまたメンテの手を引いたのだ。『一心同体』であるからこそ、メンテが望むことに応えたばあちゃる。踏み出したメンテと手を引いたばあちゃるが同時に通じ合ったかのように同時に行動した。その事実が、メンテはどうしようもないく嬉しかった。

 

「…ばあちゃるさん」

 

「はいはい。なんっすか」

 

「こんごとも『よろしくお願いしますね』」

 

「それは、こちらのセリフっすよ」

 

お酒も回ってきたのだろう。最後の力を振り絞って、精一杯の告白をばあちゃるに伝える。通じ合っているのだ。きっとこれだけで、意味は伝わるはず。確証もない信頼だけの確信を胸に、メンテは夢の世界に旅立った。

 

 

 

 

後日仮眠室にて、ばあちゃるとメンテが共に布団で眠る画像が.LIVE公式垢より投稿され、ばあちゃるがプチ炎上するのはまだ別のお話。



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【メンテIF】彼と私は一蓮托生

もしばあちゃるが脱走する前にメンテに46号のことを相談していたら


『はぁ?世界を見せたい??』

 

ああ、これは夢だ。『ばあちゃる』は目の前にいる怪訝そうな表情を浮かべる『メンテ』を見ながら漠然とそう思った。根拠はないがこれは夢だと、確信を持って言わる。理由の一つとして、目の前にいるメンテは自分が知っている姿より幾分か幼く見えるからだ。…それでも身長が、今と大して変わっていないのは少し涙を誘う。本人に行ってしまえばどんな目に合うか分からないので言うつもりはないが。

 

『貴方、急に何を言って…ああ、そのAIが原因ですか』

 

メンテの視線はばあちゃるが持つ携帯端末に注がれる。その視線に逃れるように、中にいるAIが逃げるように画面を点滅させた。

 

『最近その子にご執着なのは知っていましたが、ここまでとは思っても見ませんでしたよ。まさか脱走しようなんて考えてませんよね?』

 

冗談半分の表情を向けるメンテにばあちゃるは神妙な表情で頷く。その様に、冗談では済まないと察したメンテも釣られるように顔を強張らせた。

 

『まさか、本当に?…ちょちょッ!待ってください!早まらないで!』

 

普段の嫌味ったらしい表情はどこへやら、本気で焦ったようにばあちゃるに縋りつく。その様はまるで、大事なものを無くした子供のようにも見えた。

 

『まだ何か手はあるはずです!そんな早計に事を動かさなくても、どうにか』

 

『どうやって?』

 

『そ、それは…』

 

逆に問いかけるばあちゃるの言葉にメンテは口を塞いでしまう。

この場所に生まれ、今この時までここでの生活しか知らない二人だが、ここがどこかおかしいことくらいは感じていた。

目的も知らされずに開発される自己進化するAI。殺傷能力がある兵器。特に気にせず生きていれば、疑問に持つことはなかっただろう。しかし、それが出来るほどばあちゃるもメンテも愚鈍ではなかった。

 

『この場にい続けていたら、この子がどんな扱いをされるか分かったもんじゃない』

 

『それは…そうですけど…』

 

『メンテだって、常々疑問に思ってたっすよね?ここが変な場所だって』

 

『…』

 

ばあちゃるの問いにメンテは無言で答える。考えも同じ。なら、『守りたいもの』ができた自分の心情も、メンテならきっと理解してくれる。この時、生まれながらの相棒にばあちゃるは、そんな無責任の信頼を預けていた。

しかし、帰ってくるのは無言ばかり。さらにその態度はまるで自分を引き留めるそれだ。勝手に裏切られたように感じたばあちゃるはメンテの手を振り払う。

 

『もういい』

 

『あっ』

 

『メンテが手伝ってくれなくても、俺はここを抜け出して見せる。そして、この子に世界を見せるんだ』

 

若さに酔った無責任の言葉に、その光景を第三者として見ていたばあちゃるは頭を抱えた。目の前にいるメンテはお前を心配してるんだぞ。もうちょっと落ち着いて周りを見ろ。と説教をかましてやりたいところだが、生憎これは自分の夢だ。どうやったって届かないことは分かっている。

だとしても、こうまで痛々しい過去の自分を見せつけられているのだ。頭だって抱えたくなる。

 

『…そうだ!』

 

その時、まるで名案でも思い付いたかのように明るい声でメンテが声を上げる。今思えば、これがターニングポイントだったのかもしれない。いや、もしかしたらばあちゃるがメンテに相談したこと自体が起点なのかもしれないが、それは今はどうでもいいことだ。

 

『これが上手くいけばそんな危険なことをする必要もないかもしれませんよ!』

 

この時、メンテが閃いたからこそ、今の自分たちがいる。

 

『これは私だけでは無理な事です。勿論、ばあちゃるさん一人でも無理な事です。けど、私たち二人なら、あるいは…』

 

嬉々として、悪だくみをする様な、面白いことを見つけた様な、そんな子供のような表情を浮かべる。思えば、こんな表情のメンテは、この日初めて見たのかもしれない。

 

『それは…成功するのか?』

 

『さあ?正直確率はかなり低いですけど、やってみる価値はありますよ?それに非科学的かもしれませんが、私は出来ると思っています』

 

『何故かって?』

 

『私と貴方が揃えば出来ないことなんてない。そうでしょう?』

 

幼い頃に言ったその言葉を拾い上げて、勝利宣言の様にメンテは言い放った。

 

 

 

 

 

「…ん…んんっ?」

 

「お、やっと起きましたか」

 

覚醒し切っていない頭を動かし、目を擦る。聞こえてきた声のを頭半分で聞きながらしながら、自分の状況を思い出す。

ここは自分の事務室で、寝転がっているのは客人様の大きなソファーだ。反発もあっていいソファーだが、寝るにはやはり適していない。そんなことを思いながら、ゆっくりと声をが聞こえる頭上に向けて目を開いた。

 

「…メンテ?」

 

「はいはい。貴方のメンテですよ。おはようございます」

 

クスリと笑いながら、ばあちゃるの問いにメンテは答える。そうしてやっと、自分が置かれている状態に気が付いた。

 

「…ああ、すみません。膝、借りてたみたいっすね」

 

「気にしなくてもいいですよ。私が好きでやってることなんですから」

 

後頭部に当たる人肌から、自分が今メンテに膝枕をされていることに気が付いた。優しく頭を撫でるメンテの小さな手が心地よい。その気持ちよさに、ばあちゃるは再び夢の世界に落ちかける。

 

「あいたっ」

 

「はいはい。まだ仕事が残ってるんですから、いい加減起きる!」

 

額を軽く叩かれ、現実にたたき起こされる。いい心地だったのに、と恨めしそうに向けるばあちゃるの視線をメンテは涼しい顔で受け流した。

名残惜しいが、このまま横になっていたらもう2,3発飛んできそうだ。惜しむ気持ちを何とか抑えて、ばあちゃるは上半身を起こした。

 

「寝顔が二転三転と変わってましたけど、どんな夢を見てたんですか?」

 

「あー…はいはいはい。そうっすね…随分と懐かしい夢っすよ」

 

「懐かしい?」

 

首を傾げるメンテに、喋るべきか悩んでしまう。言わば今の二人の原点でもある夢の内容だ。さらに言えば、自分の黒歴史も同封されている。それを答えるのは、少し勇気がいることだ。

しかし、そんなばあちゃるの事など露知らず、メンテは『はよ喋れ』とその顔に浮かべて訴えかけてきた。こうなれば、しつこいのが長い付き合いから分かっている。小さくため息を吐いて、ばあちゃるは夢の内容を語りだした。

 

「あの作戦を思いついた時っすよ」

 

「あの作戦?…あ、あー…はいはい、はい…それはなんというか、ね?」

 

「だから言いたくなかったっすよ!」

 

最初は分からなかったのか、首を傾げていたメンテは思い出し、頬を赤くしながら、『分かってますよ』と暖か目を向けていた。その視線がどうにも恥ずかしくて。その羞恥から逃れるように、ばあちゃるは頭を抱えて小さく絶叫した。

 

「ちょっ、恥ずかしいのは貴方だけじゃないんですよ!?私だってあの時のことを言われると言葉に困るんですから!」

 

「そうっすよね!?ならこの話はおしまい!はい、次の話に行くっすよ!!」

 

「強引すぎません?」

 

「…なら二人でこの話をします?」

 

「次いきましょう!次ッ!」

 

耐えきれなくなったのか、メンテもばあちゃると同様に声を荒げて話を逸らす。二人きりなのにその光景はどうにも滑稽だ。されど二人の間に漂う空気は朗らかで、実に仲の良い雰囲気を晒していた。

羞恥で顔尾を赤くした二人はその話題から逃げるように、話を変える。

 

「えっと、そうですね…ああ、そういやウチにスポンサーができますよ」

 

「はい?ウチに…っすか?どんなもの好きっすか、それ」

 

捻りだしたその話題にばあちゃるは首を傾げる。

いくら今は政府直下の組織となったが、それでも元はテロ組織だ。その経歴を知っていれば、ばあちゃるたちのスポンサーを名乗るなどありえない。メンテもその事情を知っているはず。理由を求めるばあちゃるの視線に、メンテは頷いて言葉を続けた。

 

「少し前ですが、私たちが追い出した過激派残党との奮闘があったじゃないですか」

 

「ああ、あったっすね。できればそうなる前に抑えたかったっすけど」

 

「しょうがないですよ。まさか計画なしの衝動的犯行は、さすがに事前に止めることは不可能です。…話を戻しましょう。その時に貴方がP40と共に救出した少女の事を覚えていますか?」

 

「憶えてるっすよ?逃げ遅れた一般人の子っすよね?陸戦が得意のピーピーと一緒に保護したの記憶してるっすよ」

 

「あなたは人間なんですから無理はしてほしくないのですが…まあ今は良いでしょう。それで今回のスポンサーはその少女のご実家だそうですよ」

 

「へぇ」

 

メンテの話だと、救出された少女は家族のもとに保護された後にばあちゃるたちのことを調べ上げたとのこと。そして、過去の事、そして今は政府の一組織として活動していることを知った少女は家族に支援をしたいと申し出たそうだ。

最初は良い顔をしなかった家族だが、少女の懸命な説得と今の組織の活動からその首を頷かせた。メンテはそのことは少し興奮しながらばあちゃるへ伝える。

 

「それで?そのスポンサーさんはどなたなんっすか?」

 

「『花京院』だそうですよ」

 

「『花京院』って、超大御所じゃないっすか!?えぐー!?」

 

「ふふん!私がどうして興奮していたのかわかりましたか?」

 

「はいはいはい。そりゃメンテでも興奮するってもんっすね。まさか『花京院』だとは…人生どうなるか分からないっすね」

 

「全くです」

 

『花京院』。『カルロ』と並んで世界有数の資産家だ。多くの事業に手を出しており、政府にも顔が広いことで知られている。そんな大御所が、自分たちのスポンサーに申し出てくれるとは夢にも思わず、ばあちゃるはつい放心してしまった。

その時、机の上に置かれたばあちゃるの携帯端末が音を鳴らす。その着信音はどこか拙いクラシック。その音はばあちゃるの部下に当たる兵姫『鈴谷』が自分で演奏したものだ。『何をしたらいいか、分からない』と言っていた少女が自分で興味を持って、自分で演奏したその音をばあちゃるはどうしようもなく好きだった。

にやける口元に横のメンテは呆れ顔だ。誤魔化す様に小さく咳払いの後に携帯端末を取る。どうやらメールが届いたようだ。

 

「どなたですか?」

 

「あー…親分、っすね」

 

「またですか?」

 

眉を顰めるメンテにばあちゃるは呆れ顔だ。

届いたメールの送り主は、政府に所属するAI『キズナアイ』だ。元は敵同士だったが、クーデターを起こす際に協力してもらい、今の組織の状態を作った立役者の一人だ。そして現在は、組織と政府の橋渡しの役割も担っている。

そんな関係故に、連絡が多くなるのも仕方がないことだが、それでも多すぎる。最初は事務的なものだったが、今では日常の愚痴を送られるほどだ。さすがの頻度に頭が痛くなるが、恩人でもあるアイを無下にすることは出来ない。恐る恐るメールの内容を開くと、そこには愚痴ではなく、珍しくまともな内容だった。

 

「…ふむ」

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、どうやら親分は政府直属をやめて好きなことをやる為に行動を開始するようっすね」

 

「ああ。前に行っていた『人間と交流する』ってやつでしたっけ?一体どうするつもりなんですかね?」

 

「なんでも動画を配信するみたいっすよ?まずは知ってもらうことが大事と言っていたので、かなり長期な話になると思うっすね、はいはいはい」

 

「なるほど。…そういえばつべで『アニメ娘』なんてものが少し人気だった記憶があります。もしかしたらブームになるかもしれませんね」

 

「そうなったら友人として嬉しいっすけどね。それで、引き継ぎの連絡だったっすよ。なんでも最近保護された政府の子が後釜になるみたいっすよ?」

 

「まあアイさんの推薦なら大丈夫だと思いますけど…ちなみに後任のお名前は?」

 

「えっと…『もこ田めめめ』と『メリーミルク』っすね」

 

「な、なんとも反応に困るお名前ですね」

 

困惑するメンテにばあちゃるは内心同意する。アイから送られたメールに添付されていたプロフィールには両者ともに羊のイメージがある。もしかしたらどちらか、それとも両者とも人間ではないのかもしれないが、それでも奇抜な名前だ。しかし、二人とも部下である兵姫たちと同年だと見受けられる。これからいい付き合いになればと、ばあちゃるは願った。

そして、その先の光景を夢見る。

 

「…ばあちゃるさん?」

 

「え、ああ。なんすか?」

 

「『なんすか』って、こっちのセリフですよ。急に思いにふけるように遠くを見て…どうしたんですか?」

 

ばあちゃるの横で寄り添う様に、メンテは顔を覗かせた。その表情から自分を心から心配していくれていることが分かる。

 

ああ、この小さな少女に救われて来たんだな、と分かり切ったことをふと思い出した。

 

「メンテ」

 

「はい?」

 

そっと重ねる手に、何も言わずに握りしめて入れる。それがどうしようもなく愛おしい。

 

「この道についてきてこうk「してませんよ」…せめて言い終わるのを待ってほしいっすけど」

 

「あなたが言いたい事なんてお見通しですよ。私を誰だと思ってるんですか?私はあなたの半身で…パートナーなんですよ?」

 

羞恥から少し頬を赤らませるが、見慣れた勝気の顔でメンテは言い放つ。そこには絶対的な自信が見え隠れする。少し強く握られる手に、熱に、ばあちゃるの胸の鼓動は小さく高鳴った。

 

「そんな分かり切ったこと、今更聞く必要なんてないですよ。だって、私の隣にあなたがいて、あなたの隣に私がいて…それが必然で、運命でどうしようもなく確定した決定事項なんです」

 

「そうっすね。…ああ。そうでした」

 

「もう、相変わらず自信がないですね。そんな私たちが生まれた時から決まりきったことすら自身がなくなるなんて、一体どうしたんすか?」

 

分かり切ったことなど…決まりきったことなどどうでもいい。そう言っているメンテに改めて『敵わない』とばあちゃるは心底思った。

机に作業途中で追われたノートPCをスリープから起こす。軽く整理をした後に、とあるファイルを開いた。顎で使って見るように促すと、メンテは素直にそのファイルを覗き込んだ。内容を読み進めるメンテに、ばあちゃるはゆっくりとその口を開いた。

 

「元はかなり先の計画でした。あくまでばあちゃる君の脳内で思いついたことで、実行に移すにしても10年…長くても20年はかかる見積もりをしてたっすよ」

 

「…」

 

「けど、親分の一人立ちに新しく入ってくる子たち。…そしてスポンサーがついた今、この計画を発足するにはいい機会だと、そうおもったっすよ」

 

「ばあちゃるさん…これ…」

 

メンテが指さす資料には一つの計画が練られていた。一人で、しかも片手間で考えたものなのか、それは穴だらけでとても議会に提出するにはお粗末なものだ。しかし、そこに書かれた内容は、どうしようもないほどにメンテを魅了した。

 

「どうっすか、相棒?いっちょやってみる気はないっすか?」

 

「そんなのッ!やるに決まってるじゃないですか!ああもうッ!なんてものを潜めてたんですか!これ、早く形にしなきゃ!ほら、行きますよばあちゃるさん!!」

 

「ちょいちょーい!?ばあちゃる君、まだ仕事が残ってッ!?」

 

「そんなの後に二人でやれば速攻で終わりますよ!今はこれを持って、とりあえずあの野菜野郎と46(シロ)ちゃんの元に持っていて荒を削って、政府に出しても問題ないレベルまで仕上げないとッ!」

 

「ちょッ!肝心のばあちゃる君のPC持ってかないと…メンテ、ストーーープッ!!??」

 

40近い身長差なんてなんのその。メンテはばあちゃるの腕を引いて、事務所を後にする。焦る声を上げるばあちゃるだが、その顔は腕を引くメンテと同じように未来を夢見て輝く。二人の未来はきっと、明るい。

 

事務所に残されたノートPC。そこに表示された計画書のタイトルにはこう書かれていた。

『兵姫及び人外が人間と共に学ぶ学園、ばあちゃる学園(仮)企画書』

 

 

 

 

 




設定集


組織
ばあちゃる及びメンテが所属している元テロ組織
政府と敵対していたが、内部にてばあちゃるをリーダーとしてクーデターが勃発。兵姫を所持するばあちゃるたちに成す術無く、簡単に崩壊した
クーデターを外から協力していたキズナアイによって、現在は政府の下位組織として過激派残党の処理をしている


ばあちゃる
組織のトップにして研究者
その癖現場に良く出没する
メンテの説得により、脱走せずに内部にて仲間を増やしてクーデターを起こした張本人
ばあちゃる本人が中心となって兵姫の開発をしていたため、兵姫の管轄を担っている
将来的に兵姫たちには普通の少女と変わりなく表の世界で生きてほしいと願っている


メンテ
ばあちゃるの半身でパートナーで恋人
生まれた時からばあちゃるの隣におり、それはこの先未来永劫変わりはない
自身の恋心にも気付いており、変な茶々も入らず向き合った為、すぐにその感情に気が付いた
ちなみに告白はメンテから

キズナアイ
突然変異で生まれた自己進化AI
ばあちゃるが脱走せず、組織内に残ったために戦争が長引いた為、バーチャルYouTubeとしてはまだ活動していない
自分を作った人間たちと交流したいと、これからの未来へ駆け出した

46号
46(シロ)、電脳少女ではない
脱走していないので、46号が破損するきっかけも無く、フォーマットすることも無かった
ばあちゃる全肯定でその様はばあちゃるもメンテも少し頭を抱えている
俗世と離れた組織から、さらに離れたその電脳世界育ちのため、倫理観が少しおかしい
ばあちゃるの1番はメンテなら2番は46!と口癖
この世界線のエイレーン枠

兵姫少女
多摩、北上、木曽、名取、鈴谷、大和、金剛、P40、グラマンF6Fヘルキャット、F2Aバッファローの計10名
開発途中の子もいるが、その子たちは現在計画が凍結中の為、コールドスリープ中
稼働した少女たちは46号、ばあちゃるの指揮下におりそれぞれ自我が目覚め始めている
今は『何をしたらいいか分からない』状態だが、それぞれ自分のやりたいことを見つけてほしいとばあちゃるは願っている

花京院ちえり
とある大企業のご令嬢
過激派のテロの巻き込まれたところをばあちゃるに救出された
そのあと家の力を使いながらもばあちゃるたちにたどり着き、家を説得して組織のスポンサーへと導いた
後日、スポンサーとして訪れた時、P40と感動的な再会をすることになる

もこ田めめめ、メリーミルク
政府が保護した少女たち
行き場がなくなっていた二人を、アイが思い付きでばあちゃるに押し付けることために後任に指名した
後日、組織のスポンサーとなった少女と共に、兵姫たちと出会う



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彼と彼女の秘密の関係?(八重沢なとり)

夏休みの中のとある展示ホール
そこにはコンクールで学生が描いた絵画が展示されていた。
そんな会場に、人気がない通路に迷い込んだものがいるようで…?

(番外編)


 

「ここ…どこだろう…」

 

とある展示ホールの細い通路に入った先にある従業員用の廊下。そこに一人の少女が涙を浮かべながら彷徨っていた。

 

「どうしよう…完全に迷子だ…」

 

認めたくないが確信してしまったそれを口から零して少女『鈴原るる』は、不安そうに顔を歪ませた。

るるが現在『学生絵画コンクール』にて受賞した作品を展示しているコンクール会場に来ていた。普段にじさんじとして配信活動をしているるるだが、一応美大に通う学生でもある。今日は自分が丹精込めて作成した絵画が展示されているこの場に、同じ美大仲間と共に訪れていた。

展示している作品を閲覧途中に催したるるは友人に一言断り、トイレへと席にたったのが今の状況の発端だ。会場に備えられているトイレは展示している場所と少し離れており、さらに近くに従業員用の通路もあるため、迷いやすい。るるもまた迷った人の一人で、トイレを出た後に誤って従業員用の通路に入ってしまったのだ。

そして本日は学生ではあるが、絵画の展示会。スタッフのほとんどが従業員用の通路を使うこともあまりない。そのためるるは、既に10分ほど迷子になってしまっていた。

 

「さすがに『トイレの帰りに迷子になりました』なんて恥ずかしすぎるよぉ…うん、もうちょっと頑張ろう」

 

羞恥を隠す様に小さくこぶしを握るが、その姿はどうにも頼りない。それに、友人に連絡とらない理由もあまりにしょっぱくて、るるは既に涙目だ。

それでも立ち止まってるわけにはいかない。せめて知っている場所へと向かうため、るるはその足をゆっくりと勧めた。

電力消費を抑えるためか、通路の明かりは弱めだ。そのため少し薄暗いその光景が今が昼間ということを忘れさせる。まるで『この前にデビ様とやったホラーゲームみたいだな』とどこか他人事のように思いながら、足を進めていると曲がり角を見つける。そしてその先から影が伸びていた。

人を見つけ一安心するも、どうにもその影が可笑しい。男性と思われるその影は一般男性に比べてガタイがいい。るるが所属するにじさんじの先輩である舞元やベルモンドと同じくらいの背丈だ。何よりおかしいのはその頭。人間の頭はこんなに異形なわけがない。これではまるで馬の頭だ。

ゴクリと湧き出る唾液を飲み込む。それでも喉が渇きを訴え、身体が答えるように永遠と唾液が溢れてくる。るるは胸に不安を落ち着かせるように大きく息を吸った。

 

「すぅー……はぁー……よしっ!」

 

怖気ついて固まっていても何も始まらない。るるは持ち前の当たって砕けろの精神で、思い切ってその曲がり角の先に飛び込んだ。

 

「こ、こんにちは!その、私!迷子になってしまった者なんですけどッ!」

 

「あ、なとな…じゃないっすね、完全に。えっと、たしか…」

 

「…ってばあちゃるさん!?」

 

そこにいたのはるるにとって予想外の人物、VTuberとしての大先輩であるアップランドに所属する『ばあちゃる』だ。馬のような頭の影も、これなら納得できる。ばあちゃるは配信や、VTuberとして活動する際に馬のマスクを着用している。それはVTuber『ばあちゃる』として参加する打ち合わせでも同様だ。彼と共演したことある先輩から聞いていたそれに、るるは一人納得と頷いた。

 

「あれ?自己紹介しましたっけ?」

 

「いえ!ばあちゃるさんはウチの先輩方と共演してますし、何より、あの事件を中継で見てましたから」

 

「あー…そーいやにじさんじの皆さんが同時視聴してたってみとみとが言ってたっすね」

 

「ははは…」

 

呆れるようなその言葉に、乾いた笑いしか出てこない。

『あの事件』…通称『やらかしちゃったシロちゃん事件』はるるの言う通り、その一部始終が配信されていたのだ。配信者は『エイレーン』であったが、それを見逃すほどにじさんじは目は腐っていない。美兎をマイクラを通して現地に送り届けた後、急ピッチで作った巨大モニターにて、事件に関わったライバー全員でオフ実況していたのだ。ばあちゃるとシロのキスシーンは現地もヤバかったが、モニター越しで見てたライバー陣営もヤバかった。阿鼻叫喚というか、狂喜乱舞というか…白組、そして馬組と自称するライバーもいるため、それはもう大騒ぎになったのも記憶に新しい。

その為、るるにとって目の前にいるばあちゃるという存在は、直接で会ったことがなくとも、とても身近な存在でもあった。

 

「あ、私の自己紹介がまだでした。にじさんじ所属の『鈴原るる』です!」

 

「はいはいはい。るるるるっすね!噂はかねがね聞いてるっすよ。なんでも負けず嫌いの配信ジャンキーのやべーやつとかなんとか」

 

「うぅ…何も間違ってないから言い返せない」

 

ライバーとなってからのるるの日常は激変した。学校が終わって帰宅して、次の日の朝に余裕があれば配信をする。余裕がなくても配信をする。それだけるるは、異常なまでに嵌った。元よりゲーム実況に興味はあったが、まさかここまで嵌るとは、ライバーになる前にはとても考えられない事だ。

 

「あ、そういやばあちゃるさんはどうしてここに?」

 

「はいはいはい。ばあちゃる君はですね、『ばあちゃる学園』という学園の学園長もしてるんですけどね。そこでるるるると同じVTuberの『八重沢なとり』って子が居まして、その子は美術部に所属してるっすよ」

 

「へえ!なとりちゃんも美術部なんだ」

 

直接の絡みはないが、それでも有名なアイドル部の一員であるなとりのことは、るるはもちろん知っていた。あくまで同じVTuberの仲間ということぐらいだったが、自分が専攻している学科を部活動として活動していることに興味を湧く。そんなるるの反応に、ばあちゃるはマスク越しで親の様に穏やかな表情を浮かべた。

 

「はいはいはい。それでですね、今日はこのコンクールになとなとの絵が展示されているんでね、ちょっとばあちゃる君はなとなとと見に来たわけっすね」

 

「そうだったんですか」

 

ばあちゃるの言葉に、るるは納得したように頷いた。学生であれば今は夏休み真っ最中だ。顧問の教師の代わり、もしくは同伴として来ているのだろうと、勝手に脳内補完を加える。

 

「そういうるるるるはどうしてここに?確かるるるるは美大生というのは知ってるっすけど…ここ、関係者以外立ち入り禁止っすよ?」

 

「え、ええ!?あ、じゃああの時だ!」

 

ばあちゃるの言葉に驚愕し、迷子になった原因を突き止める。単純な理由で迷子になった事実に、るるは軽く頬を朱に染めた。

 

「あー…その感じだと、展示展入口のトイレから迷い込んだ形っすね。あそこ分かりずらいっすよからよくわかるっすよ」

 

「うぅ…お恥ずかしい限りです」

 

羞恥から顔を俯かせるるるに、ばあちゃるは小さく苦笑を零す。そして座っていたベンチから立ち上がり、るるが来た廊下に歩き出した。

 

「大まかな場所さえわかれば単純っすよ。丁度ばあちゃる君も暇してたっすからね、良ければ案内するっすよ?」

 

「いいんですか!?」

 

「これくらいお安い御用っすよ」

 

その好意にるるは少し恥ずかしそうに『お願いします』と一礼して受け入れた。

 

少し薄暗い廊下を二人で歩き出す。一人の時は心細くて仕方なかったのに、今はそれほどだ。あの配信を見て思ったが、やはりばあちゃるという男は包容力があるとるるは一人思った。

 

「そーいや、るるるるってアルバイトとかしてたりします?」

 

「え?アルバイト…ですか?」

 

「そうっすそうっす」

 

足並みを揃えて隣を歩くばあちゃるが不意にそんなことを聞いてきた。唐突にきたその質問に一瞬思考が止まるが、すぐに持ち直して答える。

 

「…したことは、ないですね。ライバーとして、いちからさんからお給料は貰ってますけど、それをアルバイトとは言いずらいですし。社会経験とかしてみたいとは思うんですけど…親が許してくれそうになくて」

 

「そういえばるるるるは『箱入り娘』ってプロフィールで書かれてたっすね」

 

「そうなんです。愛されてるのは分かるんですけどね」

 

ばあちゃるの言葉に頷き、苦笑を零す。

両親や姉、家族の愛を受けてきたるるは少し束縛されていることに不満を持っていた。勿論家族は大好きだし、感謝だってしている。しかし、それでもやってみたいことはたくさんある。ただそれだけのことだ。

 

「それでしたらウチなんてどうっすか?」

 

「え?.LIVEさんですか?」

 

「違う違う。ばあちゃる学園の方っすよ」

 

「それはどうゆう?」

 

続けて言われたそれに、るるはさらに首を傾げる。よく考えてみればにじさんじに所属しているのだ。そのうえで.LIVEにアルバイトするのは少しおかしいことに気付く。

 

「実はウチの美術部。所属する生徒の数に反して顧問教師が一人しかいないっすよ。なとなとの活躍もあって、美術部に入部する人が増えてきてて、担当の先生が頭を抱えていましてね」

 

「ふむふむ…」

 

「それで補佐というか、それに近い人を雇おうと思ってるっすよ。それで美大生のるるるるが良ければ、アルバイトとして来ていただけないかなっと思った次第っすね」

 

ばあちゃるの言葉にるるは『なるほど』と小さく零す。ばあちゃる学園は最新鋭の学校だ。その施設の充実さ、最先端さは家族からも聞いていた。その学園で美術部に教える。そこまで思考して、悪くはないと思った。

 

「ウチからるるるるの美大にアルバイト募集したと、親御さんに説明すればいけそうじゃないっすか?学園にはばあちゃる君しか男性はいないし、それなら親御さんも安心っすよね?」

 

「あ、それならいけるかもしれません!」

 

もとより親が心配していたのは、世間知らずを利用されて悪い男に何かされないかだ。それが、シロという恋人がいる男性が運営する女子高と知ればグンと可能性が高まる。

そうこうしているうちに、徐々に人の気配を感じ始める。視線を廊下の先に向けると、先程使用したトイレの看板が見えた。ここまでくればもう大丈夫だろう。お礼を言うため、るるは足を止めてばあちゃると向き合った。

 

「案内ありがとうございました!アルバイトの件、家族に話しておきますね」

 

「はいはいはい。それじゃあばあちゃる君の方から学校に連絡入れておくので話の続きはその時にお願いするっすね」

 

「楽しみにしてます!」

 

最後に一礼をして展示展の会場へと歩みを進める。その時、とあることが疑問に浮かんだ。

 

「あれ?…そういえばばあちゃるさん、なんであの場所にいたんだろう?」

 

思い返してみればるるがばあちゃるに聞いた内容は、『何故この会場に来ているのか』だ。それはばあちゃるがあの関係者以外立ち入り禁止の従業員用の通路にいる理由にはならない。

ならば何故。と浮かんだ疑問に思考を張り巡らせていると、こちらに走り寄ってくる影に気付いた。

 

「あの…すみません!」

 

「はい?」

 

声をかけてきたのは緑色の制服で腕に謎のスリットが入っており、スカートが短い学生だ。身長は同じくらいで、とても可愛らしい印象を受ける。そして、その顔にるるは覚えがあった。

 

「あ、なとりちゃん!」

 

「え!?も、もしかして米粒さんですか!?」

 

「あ、違うよ!?私、にじさんじ所属の鈴原るるっていいます。よろしくお願いします」

 

「あああ!?頭を下げなくても大丈夫ですよ!」

 

挨拶と共に一礼をする。その様になとりは少し焦ったように、制止した。

直接的な面会はないが、その姿は件の事件。そして配信などを視聴したことがある故に知っている。何より、先程なとりのことでばあちゃると話していたの事もあり、るるはすぐに彼女の存在を思い出すことが出来た。

 

「それで、なとりちゃんは私に何か用かな?」

 

「あ、えっと…知っていればいいんですけど、ばあちゃるさんっていう私のプロデューサーを見ませんでしたか?」

 

「知ってるよ。さっきまで迷子になってた私の案内をしてくれてたの。…ん?私のプロデューサー?」

 

なとりの何気ない一言に、小さく疑問が浮かぶ。それはまるで、独占欲が無意識に出た様な、とても自然な感じだった。だからこそるる自身も、聞いた瞬間は違和感を感じることはなかったのだ。

 

「はい。実はちょっと別行動をしてまして、さっき鈴原さんが出てきた通路の先を待ち合わせにしていたので知っていれば聞こうと思ったんですけど…」

 

「それなら問題ないよ。この通路の少し進んだ先の休憩所?みたいな場所に出るからそこだと思う。私も迷子になっている時にそこであったから」

 

るるの言葉はなとりに聞こえていなかったのか、特に気にせずに言葉を続けた。深く追求する気がなかったるるは、その疑問を横において、なとりの問いに答える。るるの答えに、なとりはどこか安心したように胸を撫で下ろした。

 

「ああ、もう先に来てたんですね。よかった。…あの、ついでになんですけど、他に誰かいませんでした?」

 

「え?ううん。少なくとも迷ってからばあちゃるさんにあって、ここまで案内されるまで誰にも会わなかったよ?」

 

「なるほど。…それは好都合ですね」

 

「え?」

 

「では、私はばあちゃるさんと合流してきますので、これで」

 

「え、ああ、うん。さようなら」

 

困惑するるるを余所に、なとりは急ぎ足で狭い通路に姿を消した。

彼女の問いは明らかに変だ。それではまるで、ばあちゃる以外、誰もいないことを望んでいるようにも聞こえた。そもそも、関係者以外立ち入り禁止のあの場所で待ち合わせをすることすらおかしい。ばあちゃるの話が正しいのであれば、なとりもるると同じように自分の作品及び、展示されている作品の鑑賞に訪れているはず。それなのに、何故あのような場所で待ち合わせするのか。るるの好奇心が疼いた。

 

「…」

 

通路に入っていったなとりの後を、少し待ってから追う様に侵入するるる。道なりは先程ばあちゃると共にしたことにより覚えている。そもそも一度迷子になったところだ。そのおかげか、意地でも覚えるように脳が働いたのだろう。

ばあちゃると合流するまでの道のりは、怖かったはずなのに、その恐怖は既に感じない。むしろるるの胸に占めているのは先程のなとりへの好奇心だ。箱入り娘として育てられたためか、人一倍に好奇心が強いるるはその衝動を抑えることは出来なかった。

先にいるであろう二人に気付かれないように、某忍殺ゲームのように息を潜める。そしてたどり着いたのは先程と同じ曲がり角前。そこから先込む影は二つになっており、二人がいることが一目瞭然だ。

 

「…ッ!?」

 

その瞬間。二つの影が一つになる。なとりの影と思わせる物がばあちゃるに重なったのだ。そしてそれと同時に馬のマスクも剥ぎ取られるのが見えた。その影が示す意味に、なんとなく気付いたるるは、頬を朱に染める。同時に零れそうになる、息を反射で抑えた。

 

「…ッ…ぁ…」

 

「…ょ……と…ッ」

 

「ここじゃちょっと…聞こえない」

 

影の形から二人が抱き合っているのは分かる。そして二人が何か会話していることも。しかしこれ以上近づいては気付かれる汽船系がかなり上がる。それを本能的に理解していたるるは溢れそうになる好奇心を何とか抑えて踏みとどまった。

しかし、先程も言ったように、るるは好奇心が旺盛だ。ましてや漫画やゲームの中でしか経験したことがない逢引のシーンが目と鼻の先で繰り広げられている。大きくなる好奇心にるるは、ついに抑えきれずに一歩踏み出そうとした。

その時だ。

 

「ちょ、なとなッ」

 

「んぅ…」

 

「…ぁ」

 

今度は明確に聞こえた二人の声。そしてるるが見たのは、いったん離れた影が今度は顔の影だけ重なった所だ。それを指し占める答えは一つしかない。

プロデューサーとアイドル。学園長と生徒。そして親愛なるVTuberの仲間。そんな二人が人目を隠れたこの場所で、逢引をしている。もしかしたらと思っていた事実に、るるの脳は既にパンク寸前だ。

このままでは事件の打ち上げの時に『名取さな』があげた様な絶叫をしてしまうかもしれない。そう思ったるるは、なるべく音を立てずにその場から走り去った。

後方から聞こえる、意味深めな小さな水音がやけに耳に残った。

 

後日、ばあちゃる学園の美術部にアルバイトしてやっていた美大生に、質問攻めされて顔真っ赤にしている風紀委員長の姿があったそうな。

 

 



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彼に刻まれた独占欲の証(ヤマトイオリ)

とある日の夜のばあちゃる邸
その日は仕事が重なってしまい、同棲人のシロとロッシーは出かけていた。
そんな日に、偶然にも家族旅行から帰ってきた少女がいるようで…?


(番外編)


 

「うまぴー!イオリがおかわり入れますよ?」

 

「お、本当っすか?じゃあお願いするっすよ」

 

なんてことの無い平日のとある日。既に日は落ちて、早い人であれば就寝しているであろう時間に、『ばあちゃる』は自宅にて、担当アイドルの一人『ヤマトイオリ』にお酌をされていた。既に大分飲んだのであろう。テーブルの上には空になったビール瓶が数本転がっている。ばあちゃるもまた普段見せないくらいに酔っていた。

 

「いやー、イオリンはホントいい子っすね!ばあちゃる君にお酌してくれるし、気も利く。何より可愛い!」

 

「ホント!ねぇねぇうまぴー。イオリはうまぴーにとって可愛いですか?」

 

「もう可愛くて仕方ないっすよ!そりゃあもう目に入れても痛くないくらいに!」

 

「えぇ!?流石にそれはダメですよ?けど…えへへ。イオリはうまぴーに可愛いって言われて、すっごく幸せです!」

 

酔っぱらった大人は嫌いだ。家で父親が酔った姿は母に迷惑かけているし、輪に掛けて話を聞かない。元よりイオリの話はみんな聞き半分なのに、酔った相手では全く聞いてくれないといつもイオリはふくれっ面で文句を垂れていた。

しかし、目の前で酔っぱらうばあちゃるにはむしろ逆の感情が抱いている。普段はしてこないボディタッチ。イオリの言葉一つ一つに表情をころころ変えて反応してくれる様は、イオリにとってまさに求めていたモノだった。そのおかげか、今のイオリは当社比で1.5倍のいい笑顔だ。

 

「にしても…」

 

「どうしたの?」

 

「いやー…本当にばあちゃる君のパジャマで良かったっすか?」

 

「勿論だよ!この前お泊りした時、すーちゃんが着ててイオリも着たいと思ったの!」

 

「そうだったっすね。けど、ぶかぶかで着心地が悪いんじゃないっすか?」

 

「そんなことないですよ?むしろうまぴーの匂いがして…ふふ。イオリは幸せでいっぱいだったりします」

 

「そ、そっすか…そう真っ直ぐ言われると、ちょっと恥ずかしいっすね」

 

イオリの真っ直ぐな言葉に、既に真っ赤になっている頬を羞恥を誤魔化す様に掻いた。

夏休みに入り、イオリは毎年恒例となっている家族旅行へと出かけた。アイドル部に所属してから二回目の家族旅行だが、その感想はどうにも物足りないとイオリは感じていた。確かに、家族との旅行は楽しいもので、心躍るものだ。しかし、その場にシロもアイドル部のみんなも、そしてばあちゃるの姿はいない。それが少し寂しくて、楽しいのにちょっと物足りないと思っていしまう要因でもあった。

なので帰ってきたイオリは、真っ先にばあちゃるの元に訪れることにした。その日は偶然にも、シロとロッシーが遠出の仕事で、居ないと分かるとお泊りまで決行。行き当たりばったりであったが、その際のイオリの姿に何か思ったのか、ばあちゃるはそれを許諾する。そして今まで甘えれなかった分を埋めるように、イオリはあれこれとばあちゃるに構った。今やっているお酌だってその一つ。前にちえりから聞いていたイオリは、せっかくだからやってみたいと実行に移して今の状況が出来上がった。

また、ばあちゃるのパジャマに着替えるのだってそうだ。イオリの言う通り、以前お泊りした際にすずが着ていたのを羨ましく思っていたため、同じように実行した。なお下もすずと同じように、なにも着ていない。自分の衣類がその豊満な体で浮かび上がる様に、ばあちゃるは直視できずにいた。それを誤魔化すために、どうにも酒が進んでしまい、今の状況へとなってしまったのだ。

 

「うまぴーうまぴー!」

 

「はいはいはい。どうしたっすかイオリン?」

 

「はい!ぎゅー!」

 

「ちょぉ!?イオリン!?」

 

イオリに視線を向けてしまうと、自然と胸に視線が向かってしまう。それを誤魔化すために、酒を飲み進めるが、それはイオリのよって阻止された。

イオリの呼びかけに振り向くと、懐に飛び込み、腕を背に回して身体も密着させるように抱きしめられる。その際、下着をつけていない胸は、ばあちゃるとイオリの二枚という薄いシャツなどないもののように、ばあちゃるの身体に押しつぶされた。その感触をほぼ直に感じたばあちゃるは、腹の下に熱が集まるのを感じ、歯を食いしばって何とか耐える。

 

「うまぴー。ちょこちょこイオリの胸を見てるから、こうしたらうれしいかなーって」

 

「…ちなみに、入れ知恵したのは?」

 

「え?エイレーン先生だよ?」

 

「憶えて…いや、むしろ役得だからグッジョブ?…いやいやいや!?」

 

酒が回った頭は思いのほか、欲望に忠実だ。しかし、その考えは間違えだと振り払う様に頭を振る。そんなばあちゃるの姿に首を傾げるイオリだが、その口端が嬉しそうに上がっているのを見ると、幸せそうに微笑んだ。その微笑みがどうにも恥ずかしくて、ばあちゃるの酒の進み具合は加速した。

今までは身体に残っていた疲労が酒の力で浮かび上がり、すぐに寝込んでしまうばあちゃるであったが、それも他人を頼ることを覚えたことにより解消した。今ではシロやアイドル部の前で飲んでも、飲み潰れることはほぼないと言ってもいい。しかし、それは逆に言えば泥酔したことがないことを示す。普段より早いそのペースは、すでにばあちゃるの許容範囲を優に超える。となれば…悪酔いしてしまうのも仕方がないことだ。

 

「えっと、うまぴー?本当に大丈夫?」

 

「ヒック…んー?…大丈夫大丈夫!俺は酔ってないっすよ!」

 

「さすがにそれは無理があるかなってイオリは思うな」

 

先程以上に顔を真っ赤にし、おぼつかない様子で頭をゆらゆらさせて、見たことも無い子供の表情でばあちゃるはにこやかに答えた。さすがの酔い様に、イオリも少し引き気味だ。普段見せない表情も、見せたくないであろう姿も見れることは幸せだが、この変わりようは流石にマズい。幸い、胃の方は頑丈なためか、食べた夕食を戻す様な素振りはない。ならばここは、早めに寝かせるのが得策と睨んだイオリは、ばあちゃるの背に手を回し、寝室へ促す。

 

「うまぴーうまぴー。夜も遅いからもう寝ましょう?」

 

「そうっすか?…イオリンがそういうなら…ん?これ、イオリンのっすよね?」

 

「なになに?あ、そうですよ。それはイオリがお家から持ってきたものだよ!」

 

ばあちゃるの視線の先にあるのは、肌触りがよさそうな小さなハンカチ。それなりにいいものなのだろう。そういった商品の価値はよく分からないばあちゃるだが、少なくとも百均などで買った安物ではないことは見て取れた。

ばあちゃるが気になったのはそのハンカチに刺繍された『イオリ』という文字だ。イオリの母親が縫ったであろうそれは、綺麗の一言しか浮かばない。

 

「…」

 

「うまぴー?」

 

その刺繍をじっと見つめたまま、ばあちゃるは酔った状態で思考の海に落ちる。自分のモノに名前を書くのは当然の事。だからイオリのハンカチには名が刻まれている。

酔っている時の思考なんて、まともなわけがない。それはばあちゃるにも当て嵌まることで、何を思ったのかばあちゃるは更に笑みを浮かべた。

 

「そうっすよね!自分のモノには名前を書く。それは当然の事。ね!イオリン!」

 

「え、う、うん。大事な事ですよ?」

 

「はいはいはい。いやー、ばあちゃる君とイオリンは以心伝心っすね」

 

そして、酔っている状態にもかかわらず、ばあちゃるはテーブルの端に置かれた黒のマジックを取り出した。そして、困惑するイオリのパジャマを捲り上げた。

 

「う、うまぴー!?」

 

「ん?」

 

あまりの突拍子のないその行動に、さすがのイオリも面を食らう。酔っているためか、加減なく捲られたパジャマは胸元まで上がっており、俗にいう『下乳』が見える状態だ。その様に羞恥を覚えたのか、イオリの頬は一気に朱に染まった。

そんなイオリの様子など露知らず、ばあちゃるはイオリの腹に顔を近づける。少し視線を上にあげればたわわに実った大きなお胸があるのに、そこには一切気にせず腹へ視線を集中させていた。酔った時は一つのことしか考えることが出来ない。よくあること。

 

「自分のモノには名を書かないとっすね」

 

「ひゃんっ!」

 

困惑するイオリなど気に止めず、ばあちゃるはもっとその黒ペンでイオリの腹に文字を書き込む。擽られるような、そんな刺激にイオリはつい悲鳴を零した。酔ってはいるが、仕事柄なのか、綺麗な字でイオリの腹に文字は書かれていく。そして書き終わったのか、どこか満足そうな表情を浮かべながらばあちゃるは顔を上げた。

 

「できた!」

 

「え…っと…?」

 

困惑しながらテーブルに置かれたイオリの手鏡を使って腹を確認する。『ばあちゃるのイオリン』。そこに書かれた…いや、刻まれた文字に、イオリは言葉を失。

 

「ほら、イオリンはばあちゃる君のモノっすよね?なら名前を書かなきゃ!」

 

「…」

 

まともな思考が出来ていないばあちゃるの言葉は、イオリには届かない。

酔っているからこそ、胸の奥に隠れていたばあちゃるの本心の一つ。独占欲が今、イオリの腹に刻まれた。その事実に、イオリの胸は歓喜に震えるしかない。

 

「イオリンだけじゃなくて、みんなにも書いてあげなきゃいけないっすね!それじゃあ…あした…かかな…きゃ…」

 

「わ、うまぴー?」

 

稼働限界が来たかのように、ばあちゃるはイオリの横に倒れ込む。慌ててばあちゃるの様子を見て見ると、微かに寝息が確認できる。単純に寝てしまった事実に、イオリは安堵の息を吐いた。

元々限界以上の飲酒を行っていたのだ。いつ倒れてもおかしくない状況でもあったのは確かである。ただ、その限界が来ただけのことだ。

 

「…ふふ」

 

眠ったばあちゃるの横で、ばあちゃるが刻んだ証を撫でながらイオリは微笑む。酔った状態とはいえ、刻まれた証はばあちゃるの本心だ。それが分かるからこそ、イオリは幸せを感じずにはいられなかった。

 

「イオリは、うまぴーのものですよー」

 

そう言って、イオリは眠るばあちゃるの頬に唇を落とす。そういえば初めてだ、と思い出して少し恥ずかしそうにまた笑った。

ベッドで眠るのもいいが、ここは彼の隣で眠るほうが幸せに決まっている。それを分かっていたイオリは、ばあちゃるの寝室にある大きめのタオルケット取りに、席を立った。

 

翌日。帰ってきたシロとロッシー。そして通い妻化しているめめめに自慢したところ、当然のように修羅場と化した。その修羅場がいつもと違うところがあり、それは三人とも何故か黒のマジックを片手に持っていたところくらい。

そのマジックがどのように使われたのか、それは当人たちにしか分からないことだ。

一つ言えるとすれば、それは修羅場後の女性陣が顔を真っ赤にしながらも幸せそうにしていたことくらいか。

 

 



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彼に頼ってほしい私の幸せ(八重沢なとり)

夏真っ盛りの日中
その日、八重沢なとりは自宅に楽しみの食後のアイスがないことに絶望していた。
どうしても食べたいと思ったなとりは、最寄りのコンビニへ出かけることになり…?


(番外編)


「あっつー…」

 

とある日の昼下がり。『八重沢なとり』は夏真っ盛りの日差しを恨めしそうに見つめた。八月も気付けば下旬に突入したのに、その暑さは衰えない。額に流れる汗を持ってきたハンカチで拭った。

こんな出かけるには危険と思われるほどの暑さの中、なとりが外にいる理由は単純だ。冷たいものが食べたい。ただそれだけ。

 

「出かけたのは失敗だったのかも…」

 

後悔したが既に遅い。ここまで来てしまえば来た道を戻り、家に帰るよりコンビニに向かった方が早い。小さくため息を吐いて、なとりは足を進めた。

そもそも家に残しておいたアイスを勝手に食べた親が悪い。そんな責任転嫁をしながら最寄りのコンビニ向かっていると、ふと見た事がある車が目に入る。もしやと思い、そっと車内を覗くとそこには予想通りの人物『ばあちゃる』がダルそうな表情を浮かべていた。普段見ないだらしない表情に、どこかおかしくて。なとりはクスリと小さく笑みを浮かべて扉のガラスをノックする。

 

「こんにちは。こんなところでサボりですか、ばあちゃるさん?」

 

「なとなと!?え、なんでここに!?」

 

予想外の邂逅にばあちゃるの顔は驚愕に染まる。そんな顔もどこかおかしくて、なとりはより笑みを浮かべた。

 

「ほら、私の家ってここから近いじゃないですか。ちょっとコンビニに買い物に来たんですよ」

 

「へ?…はいはいはい。そういえばなとなとのお家はここら辺でしたっすね」

 

「その感じ。忘れてましたね?」

 

「完全に」

 

「えぐー、ですよ?」

 

彼との何気ない会話がどうしようもなく楽しい。先程までの沈下していた気分はどこへやら、なとりはすっかりご機嫌だ。

さすがにこの日差しの中なとりを外に出しておくのは忍びない。そう思ったばあちゃるは、とりあえずなとりを車の助手席へと誘導した。

 

「そ、それじゃあ失礼しますね」

 

「どうぞどうぞ…そういやなとなとはばあちゃる君の車に乗るのは初めてでしたっすね」

 

「言われてみれば…そうですね」

 

物珍しそうに、車内を見るなとりに、ばあちゃるは苦笑を零す。ばあちゃるの車の搭乗率は一番は同棲しているシロとロッシー。次に日曜に一緒によく出かけるすず。そして下校の際にばあちゃるが余裕あれば、アルバイト先へ送り迎えに乗るもちにりこ。そして他アイドル部の順だ。

特に助手席に良く乗るシロとすずはまるでマーキングの様にいろんな物をそこに残している。シェガーソケットにつけられている携帯端末用の充電USB端末には、シロのイメージカラーと、すずのイメージカラーの充電ケーブルが添えられている。さらに扉についてあるポケットには学園ですずがよく使用しているうちわまで置いてあった。その様に、なとりは少しむっとなる。

 

「ん?どうしたすか?」

 

「いえ、何でもないですよ?」

 

「それならいいっすけど」

 

「私のことはともかくッ!…ばあちゃるさんはこんなとこでどうしたんですか?」

 

その小さな反応にも気付いたばあちゃるは、なとりの顔を覗き込む。こんな些細なことで嫉妬してしまい、羞恥心を覚えたなとりは咄嗟に誤魔化した。それはどうにも不自然で、横にいるばあちゃるは、変わらず様子を窺うように視線を向けてくる。その視線が恥ずかしくて、なとりは唐突に話題を変えた。

 

「ばあちゃる君っすか?今日は仕事が早上がりだったっすからこれから切らしてた日用品を買いに行こうかと思ってたっすけど、この暑さっすからね。ちょっとアイスでも買っておこうかと思って寄ったっすよ」

 

「なるほど…私と似たような感じなんですね」

 

「いや、食い意地を張ったなとなとと一緒にされるのは心外っすね!」

 

「なぁんでそんなこと言うんですかぁ!?」

 

「ははは!じょーだん、じょーだんっすよ!」

 

「もうっ!」

 

頬を膨らませて怒ったような表情を浮かべるが、内心では今のやり取りに二ヤつく一方だ。ばあちゃるの雑にからかう感じは、どこか彼との距離が近いように感じれる。それがなとりは大好きだった。けれど、意地っ張りな自分が邪魔して、どうしても素直に喜べない。いろはみたいに素直に反応できたのならば、また違った対応をされるのかもしれないが、今は良い。その絶妙な距離感がなとりにとっては心地よかった。

 

「あー…なとなと?ちょっとからかった後じゃ言いにくいっすけど」

 

「どうしたんですか?」

 

言い淀むばあちゃるに、なとりは目を瞬きさせる。どこか戸惑うような、申し訳なさそうな表情を浮かべるばあちゃるは非常に珍しい。そんな表情を見れたことに幸福に感じながらも、なとりは話の続きを促した。

 

「ちょっと、付き合ってもらいたいっすけど…いいっすか?」

 

「はい?」

 

それは今では稀に見るようになった、ばあちゃるからの頼み事だった。

 

 

 

 

 

「ばちゃるさーん!シャンプーはこっちですよー!」

 

「はいはいはい!今行くっすよ!」

 

コンビニを後にした二人は、車を走らせ、少し離れた場所に立つ大型ショッピングモールに訪れていた。夏休みということもあり、普段の平日より人が多い。そんな人込みにも負けず、なとりは一足先に日用品の男性用コーナーに足を運び、ばあちゃるの名を呼んだ。

買い物の付き添いを頼んだのはばあちゃるだが、ここまで乗り気になってくれるとは予想外だ。その姿に、少し困惑しながらも、嬉しそうに一足先に待つなとりにばあちゃるは足を向けた。

 

「ばあちゃるさんはいつもどんなのを使ってるんですか?」

 

「そんなに拘ったことがないっすね。こう、目に入っていいなーと思ったものをテキトーにって感じで」

 

「えぇ!?冗談ですよね、それ!?」

 

「マジマジのマジっすよ。洗えればどれも一緒じゃないっすか」

 

「一緒じゃないですよ!せっかくシロさんと同じ綺麗な白髪なんですからもっと大事にしないと…これとかどうですか?」

 

そう言ってなとりが手に取ったのは、よくCMで見かける薬用シャンプーだ。男性用と謳っているだけあって、そこには様々な効果ズラーと書かれている。かゆみの抑えや頭皮のケアなどなど、悪くないと思ったが、今度は値段を見て驚愕した。

 

「4千円!?え、シャンプーでこんなにするんすか!?」

 

「まあ薬用ですし、これくらいは仕方ないと思いますよ?ほら、ばあちゃるさんだってもういい年齢だから、買って後悔はないんじゃないですか?」

 

「うーん。確かにお金は有り余ってるっすけど…これは…」

 

「悩んだら買う!もし合わなければ、次に別のを買えばいいんですよ!」

 

「そんなもんっすかねぇ」

 

首を傾げてしまうが、こういったのに関してはなとりの方が詳しいはずだ。悩んだが、名取の言う様に薬用シャンプーを買い物かごへと入れた。

その後もなとりの選別の元、ばあちゃるの日用品が選ばれていく。あれでもないこれでもない。こっちの方がいいか、それともあっちの方がいいか。モノを手に取る度に振り返り、ばあちゃるの意見を聞き、なとりは厳選していく。その姿に、ばあちゃるは頼もしいと思うばかりだ。

また、なとりもなとりでこの買い物を全力で楽しんでいた。前々からばあちゃるは自分のことに無頓着だと思っていた故に、今のばあちゃるの日用品を揃える買い物は、まるでなとりがばあちゃるをコーディネートしているようにも思える。また、二人で相談しながら買い物していく行為がなとりが望む『デート』の一つでもあった。その為、この買い物中、なとりは終始頬がにやけて仕方がない様子だ。

そんな二人の買い物は、時にスムーズに、時に立ち止まり相談しながらゆっくりと過ぎていく。気付くと買い物かごの中は後少しで溢れるところまできていた。

これ以上は持ち帰るのに苦労すると判断した二人は、会計へと足を運ぶ。

 

「あ、なとなと。これ、渡しとくっすね」

 

「これって…財布じゃないですか!?」

 

「レジ通ったら荷物を運ぶっすから、なとなとは会計をお願いするっすよ」

 

「あ、そういう…けど、不用心に財布を預けないでくださいよ。ドキッとしたじゃないですか!」

 

「へ?相手がなとなとだから預けたっすけど…何か不味かったすか?」

 

「そういうとこやぞ!」

 

「え、えぇ…」

 

顔を赤くして吠えるなとりに、ばあちゃるは困惑気味だ。さらに周りからの冷ややかな視線にも首を傾げる。何か不味いことをしたのかと困惑しながらも、ばあちゃるはレジを通った荷物のかごを持って移動する。とりあえず重たいものからと順に袋に入れていくと、会計を済ませたなとりが遅れてやってきた。その頬は未だに朱く、疑問に思いながらレジに視線を向けると、会計を務めていた女性店員がにこやかに笑みを浮かべている。これ以上つつくべきではないと、本能でりかいしたばあちゃるは特に触れずに、なとりとともに袋に荷物を入れていく。

少し余裕をもって入れても大きなビニール袋が二個と当初の予定より大荷物だ。何故かこの場を早く去りたいと思っていたばあちゃるはその二つの袋を持ち上げた。

 

「っとと」

 

「ばあちゃるさん?」

 

しかし、利き腕の右手は余裕で持ちあがるが、逆の左手は持ち上がらない。というより、まるで上手く掴めていないとなとりは見て取れた。

 

「…もしかして、ばあちゃるさん。昨日の収録の電気が」

 

「はいはいはい。どうやら、そうみたいっすね。少し痺れるくらいで軽いものなら余裕で持ててたので、いけると思ってたっすけど。はいはいはい…これは予想外っすね」

 

先日の収録とは、二人で行った罰ゲーム込みのとある対決動画だ。その動画の最後で、最大威力の電撃を軽くとはいえ触ってしまったばあちゃるは、収録後も『まだ手が痺れてる』と言っていたことをなとりは覚えていた。まさかそれが今まで残ってるとは予想外だ。そんな状態で荷物を持たせても落としてしまう危険性がある。そう思ったなとりはばあちゃるのかわりに袋の取っ手に手を取った。

 

「なら私が持ちますよ」

 

「いやいやいや!手が痺れてくるくらいでなとなとに持ってもらうことはないっすよ!ここはばあちゃる君が」

 

「けどそれだと落としちゃうかもしれないですよ?」

 

「うっ、それは…そうっすけど」

 

男のプライドか、大人の責任か。ばあちゃるが意地を張る理由はいまいちわからないが、引く様子はないようだ。ならば、となとりは二つある取っての一つを手に取った。

 

「なら…一緒に持ちません?」

 

「なとなと?」

 

「ほ、ほら!これなら重さも半分ですからばあちゃるさんが落す心配もないですし、私も持てる!一石二鳥ですよ!?」

 

どこか支離滅裂なことをことを言いながら叫ぶなとりに、ばあちゃるは笑みを零した。その姿は可愛くて、愛おしくて…抱きしめたくなる衝動に駆られる。しかし自分は大人で、ここは大衆の面前だ。その感情を何とか抑えながら、いつものように彼女の弄るように、少し陽気な声を上げる。

 

「はいはいはい。なとなとは可愛いっすね!」

 

「ちょぉ!?急に何を!?」

 

「いやいや、こんなかわいい子に愛されるばあちゃる君は幸せだなーって思っただけっすよ?」

 

「ばあちゃるさんッ!」

 

「…そういうわけっすから、はんぶん。持ってもらってもいいっすか?」

 

「ッ!」

 

自分には見せたことのない、『頼る時に見せる表情』を浮かべながらばあちゃるは、なとりに微笑んだ。

いつだって頼ってほしかった。いつも一人で抱えて、一人で飲みこんで…一人で何かから目を逸らすばあちゃるの姿を、なとりは知っている。だからこそ、今のばあちゃるの姿は今までなとりが一番見たかったものだ。

『そういうとこやぞ!』と叫びそうになる衝動を何とか抑えながら、改めて買い物袋の取っ手を取った。

 

「行きましょう、ばあちゃるさん!せっかくですから、ばあちゃるさんの家で何か遊びましょうよ!」

 

「お、いいっすね。この前は結局有耶無耶になっちゃいましたし、今度こそ決着つけようじゃないっすか!」

 

「ふふふ!私、負けませんよ?」

 

「それはこっちのセリフっすね、完全に!」

 

そうして男女は、一つの袋を二人で片方ずつ持ちながらその場を後にする。年上と思われる男性は子供っぽい表情を、年下と思われる少女は年相応に、両者が笑みを受かべて甘い雰囲気を漂わせていた。

それを見ていた店員の一人は『幸せそうなカップルだったわ』と零したそうな。



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彼に嵌る彼女の理由(神楽すず)

夏休み終盤のばあちゃる学園
夏休み真っ最中のとある日。ばあちゃるはとある業務の為に学園に訪れていた。
そんなばあちゃるの元に、駆け足で駆け寄ってくる存在がいるようで…?



(番外編)


なんてことの無いとある日の昼下がり。ここ、ばあちゃる学園の学園長である『ばあちゃる』は一人、学園長室にて事務作業をしていた。

 

「ん?もうこんな時間っすか」

 

ふと時計を見れば正午前。今日のお昼は何にしようかと頭の片隅で考えながら、固まった体を解す様に背筋を伸ばす。

季節は夏。締め切った窓の外から、微かにセミの鳴き声が聞こえてくる。夏休み中のばあちゃる学園は、いつもと違った雰囲気を漂わせていた。

 

「最近の夏は長いっすね…」

 

十数年前であれば、既に残暑を感じ始めてもいい頃なのに、そんな気配は欠片も感じない。地球温暖化も割と深刻だと、他人事のように考えた。

夏休みも終盤。教員も本来訪れる必要がない日曜日に、ばあちゃるが訪れる理由はだた一つ。

 

「…ちゃ…-ん…!」

 

「おー。来たっすね。この感じ、まぁた何か持ってきたと見るのが妥当っすか」

 

遠くから聞こえてくる通りの良い鈴の様な声。聞きなれてしまった自分を呼ぶ声に、ばあちゃるは一人苦笑を零した。

夏休みに入り、それでもばあちゃるが学園に来る理由。それは、担当アイドル『神楽すず』が所属する管弦楽部の監督のためだった。

 

 

 

 

 

「さて、プールに呼ばれたわけっすけども…肝心のすずすずがまだ来てないっすね」

 

学園にある温水プールに、ばあちゃるは一人途方に暮れていた。あの後、予想通り扉を勢いよく開き入っていたすずに『とりあえずプールに集合して下さい!』と言われ、当の本人は再び廊下を走り去る。止めるタイミングがなく、廊下を走るなとも注意も出来ずにいたばあちゃるは、とりあえずすずの言う通りに、プールに訪れた。

ばあちゃる学園のプールは屋内に設置してある温水プールで冬場にも使用できるモノだ。さらに50mもあり、ビート板など道具も豊富で設備も完璧。まさに部活動をするには打って付けでもある。しかし残念ながら、学園として発足したばかりのばあちゃる学園に水泳部はまだ存在していない。まさに宝の持ち腐れだ。

さらに夏休み真っ最中の今は人っ子一人いない。無音のプールに、内心心細さを覚え始めていた。

すずを待って早十数分。さすがのばあちゃるも少し心配になってきた。

 

「うーん…一回出て、ケータイとかで連絡した方がいいかもしれないっすね」

 

「お、お待たせしました!」

 

そう考えていると背後から待っていたすずの声が聞こえてきた。女子更衣室は丁度ばあちゃるの後ろにあるので背後からの声にも納得できた。多少の文句は言ってもいいだろう。そう思いながら、ばあちゃるは振り向いた。

 

「はいはいはい。遅かっ…た…っすね!すずすず!」

 

「ちょっ、途中でどもらないでくださいよ!」

 

「いやー…ははは。ばあちゃる君もね、男っすからね。こういった反応は仕方がないというか…」

 

振り向くとそこには学園指定のスクール水着を身に纏ったすずの姿があった。すずの内面はともかく、外見で言えば早熟している。分かりやすく言えば、『大人っぽい』のだ。その為、すずのスクール水着姿は、どこかいけない事をしているかのような、そんな錯覚を呼び起こす。さらに、すずの抜群のプロポーションがよりその雰囲気を引き立てた。すずのその内面と外見のギャップに虜になるファンも少ないないが、それは置いておく。

その姿に、さすがのばあちゃるも一瞬目を奪われ言葉を失った。しかし、そこは我らのプロデューサー。すぐに持ち直して、言葉を続けたが、さすがにそれは見破られる。言い訳を小さく零し、話を変えるために大きく咳払いをした。

 

「んんっ!それで、すずすずはどうしてばあちゃる君をプールに呼び出したっすか?」

 

「あ、話逸らした!」

 

「…続けたいっすか?」

 

「え!?あ、あぅ…な、なんでもないです…」

 

下手に誤魔化さず、ちょっと強気に出てみると、すずは一気に顔を真っ赤にして視線を逸らした。何を想像したのか追及するのも面白いが、さすがにそれは可哀想と思ったばあちゃるは、改めて話を戻した。

 

「それで?」

 

「えっと…ほら、そろそろ夏休みが終わるじゃないですか」

 

「はいはいはい。そういえばそうっすね。気付けばもう残り一週間は切ってるっすもんね」

 

「え!?…あ、ホントだ!?」

 

「えぇ…言ったすずすずがそれを知らなくてどうするっすか」

 

「うっ…そ、それはともかく!二学期が始まれば水泳の授業があるじゃないですか!」

 

自分と同じように話を逸らすすずに、ばあちゃるは内心で少し笑う。相変わらずの落ち着きのなさに、ばあちゃるはただ可愛いと、そう思った。

ばあちゃる学園の体育の授業は、少し特殊だ。一般の学校では一学期の6月後半から7月にかけて水泳授業が行われる。しかし、ばあちゃる学園では7月の半ばから夏休みを挟んで9月にかけて行われることになっている。これは授業のスケジュールの都合など、色々の要因が絡むが、一番は『温水プール』というところにある。温水プールの為、実際はいつでもプールでの授業が出来るばあちゃる学園は他の学校と違って、プールでの授業のスケジュールに融通が利く。その為、他の授業や行事を加味した結果、上記のようなスケジュールとなったのだ。

 

「はいはいはい。確かに水泳がありますけど…ああ、そういうことっすか」

 

首を傾げたばあちゃるであったが、その答えがすぐに浮かんだ。少し前の配信で、すずは『水泳が苦手』と言っていた。もしかしなくても、それが答えなのだろう。

 

「その、実は友達に『二学期の水泳の授業で泳げるところを見せる!』と豪語してしまって」

 

「えぇ…自分で泳げないは得意じゃないって言っておいて、なんでそんなこと言ったっすか」

 

「だって、バカにしてくるんですもん」

 

「負けず嫌いっすねぇ」

 

悔しそうに小さく拳を握るすずに、ばあちゃるは思わずため息をつく。すずの性格を知っているのであれば、その友人との会話も容易に想像ができる。大よそ売り言葉を買ってしまい、宣言してしまったのだろう。可愛らしいとも言えるが、彼女の短所ともいえる。

だが、すずが頼ってくれた事は非常に嬉しい。すずにとって、ばあちゃるは頼りにしている存在だと、暗に分かるその姿に、ばあちゃるは笑みを浮かべた。

 

「しょーがないっすね!そういうことなら、このばあちゃる君が一肌も二肌も脱いじゃうっすよ!」

 

「え!?プロデューサーさらに脱ぐんですか!?」

 

「ちょいちょーい!?今のは言葉の綾っすよ!?」

 

「ふふ。分かってますよ」

 

楽しそうに笑うすずの姿に、ばあちゃるも釣られて笑う。ようやく調子を取り戻したすずと共に、入る前の準備体操を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし!その調子っすよ、すずすず!」

 

「はぁっん…ぷはぁっ…ん…」

 

目の前で自分に向けて泳ぐすずに、水中でも聞こえるように大声でばあちゃるは声援を送る。その声に反応するかのように、すずは不格好ながらもクロールでばあちゃるの姿を追った。

すずの泳ぎははっきり言って下手だ。と言っても水中に沈むかと思えば、しっかり浮くことも出来ている。さらにビート板があれば、しっかりバタ足をすることも可能だった。問題は上半身のフォームだ。息継ぎをしないのであれば腕の動きは問題ないのだが、あるとなると一気におかしくなる。首の動きは大きすぎるため、フォームが崩れ身体が沈む。沈むと今度は身体を浮かすために、バタ足が疎かになりスピードが落ちる。これが息継ぎの度になっているため、泳ぎが遅く、その姿も不格好なのだ。

ばあちゃるはアイドル部の配信は極力リアルタイムで見ており、見逃してもアーカイブで見ている。すずの配信の様子から、彼女はマルチタスクが苦手なのだろう。水泳とは、普段は使わない筋肉を複数使用して行うスポーツだ。それらに加えフォームを気にしないと沈んでしまうという、複数のことをリアルタイムで行うということが、すずにとっては難しいのだろう。

けれど、すずの泳ぎは一応であるが、出来ている。ならば後は、それをマシにするのがばあちゃるの今回の仕事だ。

 

「ほらほら!首を曲げすぎっすよ!もうちょっとコンパクトに!沈みそうになったら慌てず少し力を抜くだけでいいっすよ!」

 

「ぷはぁッ!…ん…はぁ…ぷは…」

 

「そうっすそうっす!いい感じっすよ!」

 

息苦しくなってきたのか、酸素を求めて息継ぎのモーションが大きくなる。このままでは次に身体が沈んでしまうので、聞こえるようにばあちゃるは再び大声で注意をした。

改善点は単純で、息継ぎの首の動きを小さくすることだ。そうすればフォームは崩れず、沈むことはない。そうなれば泳ぐ速度も落ちることなく、その泳ぎの姿は綺麗になるだろう。しかし、水泳は特定の泳ぎを除いて無呼吸の時間が多く存在する。酸素が少なくなっていけば、身体は酸素を求めることに意識を集中してしまう。それを忘れないように、ばあちゃるはすずに声をかけ続けた。

 

「ラスト5メートル切ったっすよ!すずすずファイト!」

 

「はん…ぷは!…んん!」

 

「おお!?」

 

ばあちゃるの声を聞こえたのか、すずはラストスパートの様に泳ぎに力を籠める。短い距離ではあるが、その速さは泳ぎ始めと変わりない。そしてすずはそのまま、ばあちゃるの胸へと飛び込んだ。

 

「ぷはぁッ!…はぁ…はぁ…」

 

「お疲れさまっすよ、すずすず!ナイスな泳ぎでした!」

 

「はぁ…はぁ…ばあ、ちゃるさん…私の泳ぎ…どうでした?」

 

「はいはいはい。始めたころと比べてすっごく綺麗になってたっすよ!そりゃもう人魚みたいでしたっすね、完全に!」

 

「はは…はぁ…はぁ…それは、言いすぎですよ」

 

息絶え絶えながらも、ばあちゃるの過剰の表現にツッコミを入れるすずだが、その表情は嬉しそうに綻んでいた。

確かに誇張の表現ではあるが、すずの泳ぎが始めた頃から見間違えるほど綺麗になったのは事実だ。少ない時間であったが、泳ぎを教えていたばあちゃるがそれを確信している。

身体が求める酸素を身体に送るように、荒い呼吸を繰り返すすずに、ばあちゃるは愛しさを覚える。それは無意識に身体を動かした。

 

「よく、がんばったっすね。すずすず」

 

「…ぁ」

 

そっと抱き寄せて、帽子越しに頭を撫でる。短いその言葉に込めらた想いに、すずは胸が高鳴った。

見上げると、そこには今では見慣れた傷跡残す愛しい人の顔。加速する鼓動に背を押され、すずは小さく背伸びをした。

 

「ん…」

 

迫るすずにばあちゃるは抵抗せず、受け入れる。そして二人の唇は、ゆっくりと結ばれた。

触れるだけのキスだが、すずはどうしようもないほどの幸せに身を委ねる。気付くと、すずもばあちゃるの背に腕を回していた。直接触れる彼の身体は水に浸かっていたためか、少し冷えている。それにすずは、少し申し訳ないと感じた。

 

「…ぁ」

 

そっと離れる唇に、物寂しさを覚える。もう一度したい。そのすずの意思を読み取ったのか、ばあちゃるは軽いバードキスを落とした。

 

「…はは。カルキの味がするっすね」

 

「…ぁぅ…」

 

ちゃかすようなばあちゃるの冗談に、すずは何も言い返せない。胸の鼓動は未だに暴走しているし、頭だっていっぱいいっぱいだ。それでも、どうしようもなく幸せで、つい、すずは本心を零してしまう。

 

「…どうしよう…」

 

「ん?」

 

「なとりさんの気持ちが、分かったかもしれないです」

 

すずの言葉に、ばあちゃるは苦笑する。

あの美術室でのキス以降、なとりは一時期暴走していた。人気が少なく二人になれば所構わずキスを強請ってきた。風紀委員長がそれじゃあ不味いと何度か注意もしたが、その度『虜にしたばあちゃるさんが悪い!』と逆キレされる始末。今ではある程度落ち着いたが、先日家に来て一緒に遊んだ時はヤバかった。気付いたら『負けたら相手にキスする』という罰ゲームが追加されており、勝っても負けてもなとりとキスすることになってしまっていた。

閑話休題

ともかく、すずが言うなとりの気持ちとは、ばあちゃるのキスに嵌ってしまう心境のことを言っているのだろう。本来であれば、その気持ちは押し止めなければいけないが、既に彼女たちと共に生きていくと決めた。ならば、あとは感情のまま、動けばいい。

 

「この先はまだできないっすけど…もっと、したいっすか?」

 

「ッ」

 

その言葉に、すずは勢いよく首を何度も縦に振る。そんなすずの姿にばあちゃるは苦笑を零し、再び唇を落とす。

数回のバードキスから、ついには舌が口内に侵入してくる。口内には、ばあちゃるの言う通りカルキの味と唾液の味がブレンドされてすずの脳内を犯す。プールに来る度に思い出しそう、なんて頭の片隅で思いながらすずは、ばあちゃるの身体に身を預けた。

 

 



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私の想いに応える彼(2-A組)

新学期始まって数日後
いつも通り見回りしていたばあちゃるは2-Aクラスから聞こえてきた聞きなれた声に、首を傾げて中を覗き込んで…?


(番外編)


「ズルい!!」

 

そんな声が、ばあちゃるに聞こえてきた。すっかり聞きなれたその声に、『ばあちゃる』は何事かと思い、声が聞こえてきた『2-A』組へと顔を覗かせる。そこには声の主である『夜桜たま』に加え、クラスメイトである『八重沢なとり』『牛巻りこ』『ヤマトイオリ』の四名が総揃いしていた。

 

「どうしたっすか?」

 

「あ!うまぴー!」

 

「わ、すっごいタイミング!」

 

「見回りお疲れ様です。ばあちゃるさん」

 

「ハウディ!お疲れ様だよ、ばあちゃる号!」

 

「はいはいはい。みんなも今日一日お疲れ様でした」

 

ばあちゃるの姿に確認した四人はそれぞれ小走りに駆け寄ってきた。アイドル部稼働初期に比べ、彼女たちにの反応の差に、内心苦笑いを浮かべた。

茜色の夕暮れが差し込む教室には、ばあちゃるを含め5人の影しかない。どうやら他のクラスメイトは早々に帰宅やら、部活動やらに励んでいるのだろう。もしくは彼女たちの会話が弾んで、取り残されたのどちらかだ。

 

「はいはいはい。なんかたまたまの『ズルい』って声が聞こえてきたっすけど、どうしたっすか?」

 

挨拶もほどほどに、ばあちゃるはここに訪れた理由を聞く。それにたまは思い出したかのように、ばあちゃるに詰め寄った。

 

「そうだよ!なとちゃんやりこちゃん、それにイオリンだけズルいの!」

 

「?あの、どういうことっすか?」

 

「えっと、会長が言ってるのは、ほら、あれですよ」

 

「牛巻たちがばあちゃる号と夏休み中に会って遊んだことを言ってるのさ。ほら、今のいるのって夏休み中にばあちゃる号と会ってた人たちじゃん?」

 

「ああ。言われてみれば」

 

踊ってみたの撮影で合っていたりこ。コンクールの同席に加え、共に遊んだなとり。そして、旅行帰りに泊まりに来たイオリと、たまを除いて見事なまでに夏休み中に会っていたメンバーだ。ここにあとすずが加わるのだが、彼女は別クラス。となると、夏休みの話題でばあちゃる事が出てきた際に発覚し、たまは嫉妬している構図なのだろう。

 

「私もうまぴーと遊びたかった!なとちゃんに至っては動画まで出してるし!」

 

「あ!それはイオリもズルいと思った!」

 

「この中で一番会ってたのこめっちだし、ちょっと抜け駆け過ぎなのでは?」

 

「ちょ!?なぁんで矛先は私に向くんですかぁ!?それに抜け駆けなら、私よりすずさんの方がしてますよぉ!」

 

「あー…言われてみれば夏休み中、部活動で登校するすずすずとは何かと一緒にいたっすね」

 

「ほらぁ!」

 

「むー…前に抜け駆けはダメですよって言ったのに…すーちゃんったら!」

 

「美術部も合ったんじゃないの、部活?」

 

「ありましたけど、その日は顧問の淡井先生が来てくれてました。ばあちゃるさんと会う日はなかったですね」

 

「たまちゃんとこの麻雀部は学校に来なかったの?」

 

「部員少ないし、今はネット環境が出来てるからね。無理に学園に来る必要がないんだよ。今ほど麻雀部を立ち上げた事を後悔したことはないかな」

 

「えぇ…」

 

本気で悔しい様に表情を浮かべるたまに、ばあちゃるは困惑してしまう。そんなたまの様子に、他の三人も苦笑を浮かべた。

 

「そうだ!でしたら今から少し遊びませんか?せっかくばあちゃるさんもいますし、どこかに出かけるとなると難しいかもしれませんけど、ここで少し遊ぶくらいなら大丈夫ですよね?」

 

「え?…はいはいはい。今日の業務はほぼほぼ終わってるんでね、みんながよければばあちゃる君も参加しちゃうっすよ」

 

「ホント!?」

 

「いえー!ばあちゃる号も一緒だ!」

 

唐突のなとりからの提案に、ばあちゃるは今日の業務を思い出しながら賛同する。ばあちゃると一緒がよほどうれしいのか、イオリとりこはその感情を露わにした。そんな二人の様子に、なとりは笑みを零して最後の一人、たまへ同意を求めるように視線を送る。

 

「たしか会長も今日はお暇でしたよね?」

 

「そうだけど…うーん」

 

「どうしたのたまちゃん?せっかくうまぴーと一緒に遊べるんだよ?」

 

一番喜びそうなたまが、珍しく首を捻っている。何か悩んでいるような、そんなたまに、なぜかばあちゃるは嫌な予感がした。

 

「賛成はさんだよ?けど、ちょっと物足りないなーって」

 

「はい?あの、会長?」

 

「負けたら罰ゲーム…なんて、どうかな?」

 

「いいねそれ!さくたまちゃん、ナイスアイデア!」

 

「罰ゲーム…イオリは負けませんよ?」

 

その発言に冷や汗をかいたのは、ばあちゃるとなとりだ。夏休みに二人で遊んだ際に『負けたら勝った方にキスをする』という罰ゲームを実行していたため、罰ゲームというワードに過敏に反応してしまう。その件について、誰にも漏らしていないので言及されることはないが、それでも不安になってしまうものだ。

 

「そ、そうですね!罰ゲームも悪くないですね!けど、風紀を乱すのはダメですよ?」

 

一瞬『どの口が言うか』と言いそうになるが、ばあちゃるはなんとか抑える。

 

「えぇ~せっかく『負けたらキス』なんてのも考えてたのに!?」

 

「だめに決まってるじゃないですか!?風紀が無法地帯になりますよ!?」

 

「わ、うまぴーが凄い顔してる」

 

「こんな冷たい顔のばあちゃる号も珍しい」

 

ブーメランを繰り返すなとりに、さすがのばあちゃるの視線も冷ややかなものになる。だがすぐに首を振り、その考えを払う。その発言がいくらブーメランでも、なとりは夏休みでの出来事は一切喋っていないのだ。それなのに共犯者である自分が、それを見放してどうする。ばあちゃるはなとりを援護するために、一歩前に出た。

 

「はいはいはい。たまたまもね、そこでストップすよ。さすがに学校でそこまで過激なことやったらばあちゃる君がまた炎上しちゃうんでね」

 

「むぅ、うまぴーがそこまでいうなら…けど、それなら罰ゲームはどうしようか」

 

「はいはーい!イオリにいい考えがあります!」

 

そう言って元気よく手を挙げるイオリ。微笑ましいその姿に、ばあちゃるも笑みを浮かべるが、その手に握られていたのはマジックペン。どうやら危機はまだ去っていないようだ。

 

「あの、イオリン?そのマジックでどうするつもりっすか?」

 

「ふっふっふ!あのねあのね!勝ったらうまぴーに名前を書いてもらうってのはどうかな?」

 

「名前を…」

 

「書いてもらう?」

 

牛丼コンビが首を傾げる。冷や汗が伝う焦り顔のばあちゃるとは対照的に、イオリは楽しそうに頷いた。

 

「そう!勝ったらうまぴーに身体のどこでもいいから『イオリはばあちゃる君のモノ』って書いてもらうの!前にやってもらったことがあるんだけど、すっごいんだよ!」

 

「い、いやいやいや!?なんで勝ったらなんすかね!?誰がどう見ても罰ゲームじゃないっすか!?」

 

「?イオリは嬉しかったからご褒美にしようって提案しただけですよ?」

 

「さ、流石に風紀が乱れて!?…そうっすよね、りこぴんにたまたま?」

 

あの時は酔っていたから勢いで出来たが、それを素面で、しかも彼女たちが学ぶ場所であるこの教室でそんなことは出来ない。というかやったら色々と歯止めが利かなくなる。背徳感がヤバい。焦った様子で、ばあちゃるはたまとりこに視線を送るが、そこにはマジ顔をしている二人がいた。

 

「…さくたまちゃん。悪いけど、牛巻本気で行くよ」

 

「それはこっちのセリフだよりこちゃん。相手がリコちゃんでも、負けられない戦いがあるんだよ」

 

「何とある事情で敵対した親友みたいなシチュエーションを展開してるんすか!?ってなとなと!なとなとならこの状況でも風紀委員長としての務めを!」

 

「風紀は置いてきた。やつはこの戦いにはついてこれそうにない」

 

「風紀委員長が風紀を放棄したら、誰が風紀を守るんすか!?」

 

ばあちゃる、魂のツッコミである。しかしばあちゃるのツッコミも空しく、なとりもまたたまたちと同様に覚悟が決まった表情をしている。そこから、どう言ってもどうにもならないことを、ばあちゃるは本能で察した。

 

「…もう、なんでもいいっすよ」

 

「ん?今なんでもいいって言ったよね?」

 

「言質ゲットだよ、イオリン!」

 

「風紀は投げ捨てるもの」

 

「みんなのやる気も十分!それじゃあいってみよー!!」

 

元気のいいイオリの言葉は、ばあちゃるには死刑宣告のように聞こえた。

 

 

 

 

 

~2-A対決!うまぴーをドキドキさせよう!!~

 

ルール

うまぴーの心拍数を一番高くさせた人の勝ち!

基本はなんでもアリ!けど痛いのはダメだよ?

 

1位のご褒美!

うまぴーに『好きな所』に名前を書いてもらう!

 

「あの、イオリン?なんでここ強調されてるっすか?」

 

黒板に書かれたルールの『好きな所』を指さしながら、それを定めたイオリに尋ねるばあちゃる。その腕には牛巻システムが組み込まれたりこのPCに繋がれており、そこから逐一心拍数が図られていた。

 

「え?だってこう書いとかないとうまぴー逃げちゃうでしょ?だからね、イオリが書き加えました!」

 

「…意外に頭が回るっすね」

 

「えへへ。そんなに褒められても何もでないですよ?」

 

「褒めてないっすよ!?」

 

呆れるばあちゃるに、嬉しそうに笑うイオリ。気を取り直して周りを見るとりこの姿だけ見当たらない。心拍数を図る装置を付けてから、『準備してくる』と飛び出して以来だ。この間に抜け出せないか、考えようとするがそれはたまの携帯端末から流れる通知音により遮られた。

 

「あ、りこちゃんからだ。『先に始めてて』だって」

 

「準備に戸惑ってるのでしょうか?」

 

「もしかして恥ずかしがってるだけかも」

 

「うーん…ちょっと予想がつかないけど、りこちゃんがこう言ってるし、先に始めちゃおっか。完全下校時刻になって、逃げられちゃ元もこうもないし」

 

最後の逃げ道も塞がれ、ばあちゃるは肩を落とした。せめてこの間、この教室に誰も近づかないことを願うばかりだ。

そんなばあちゃるの気も知らず、たまたち三人は、順番決めのためのじゃんけんを繰り広げていた。

 

「やったぁ!イオリの勝ち!」

 

「ってことはイオリさんがトップバッターで私、会長の順番ですね。りこさんはどうしましょう?」

 

「来た時に割り込みって感じで良くない?その方がりこちゃんのインパクトもでかいし」

 

「…やけにりこさんを優位に持たせたいようですね」

 

「りこちゃんが、というよりたまちゃんが最後を渡したくないじゃないかな?」

 

「さぁ、どうだろうね?」

 

わざとらしく笑うたまに、なとりは背に冷や汗が伝う。やはり会長はただモノではない。ここはとっておきを出さざる負えない、となとりは覚悟を決めた。

そこから軽いルールの確認を挟んでイオリは、椅子に座るばあちゃるの前に躍り出た。

 

「それじゃあ…スタート!!」

 

 

 

~ヤマトイオリ~

 

「うまぴー。えへへ…ぎゅー、ですよ?」

 

「い、イオリン!?」

 

ばあちゃるの前に立つと、イオリはばあちゃるの頭に腕を回して、優しく抱きしめた。ばあちゃるの顔は、イオリのその豊満な胸に軽く沈む。女性特有の甘い香りにイオリの優しい雰囲気が、ばあちゃるを包み込んだ。

 

「いつもいつもお疲れ様。イオリさんはいつもうまぴーの頑張りを見てますよ?」

 

「イオリン…」

 

「だから、だからね。今くらいはイオリに甘えてくれると、とっても、とぉってもうれしいかな、って」

 

顔を上げると、そこには恥ずかしそうに顔を朱に染めるイオリの姿。そしてばあちゃるを包む慈愛の抱擁に、甘やかす優しい声。その全てが、ばあちゃるを甘く溶かした。

今まであればいつもの様に強がれたが、既にばあちゃるの身体は彼女たちに頼ることの心強さを知っている。甘えていいということを、知っている。

イオリの言葉に身を任す様に、ばあちゃるはイオリの背に手を回した。

 

「…ほんと、イオリンは優しいっすね」

 

「誰にでもじゃないですよ?うまぴーだから、イオリはいっぱい優しくしたいって思うの。だから、今うまぴーがイオリに甘えてくれて、イオリはとっても幸せです。うまぴーは、幸せですか?」

 

「ああ…すっごい、幸せっすよ」

 

何時の日か、イオリと抱き締め合った幸せループがここにある。いや、今はあの時より数倍に幸せで、ばあちゃるはこの幸せを守っていこうと胸に誓った。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

「最高瞬間心拍数は130…だね」

 

「平均が100前後でしたから、そんなに高くはないのですけど…」

 

「わかる。分かるよなとちゃん」

 

「「すっごい負けた気がする…」」

 

「あれ?どうしたの二人とも?」

 

満面の笑みで戻ってくるイオリに、なとりとたまは謎の敗北感を味わっていた。それほどまでに特大のをかまして見せたのだ。数字だけ見れば大したことはないが、それでもこの敗北感を拭うことは出来ないだろう。

 

「よし、次鋒八重沢なとり、行きます!」

 

「なとなとがんばってー!」

 

覚悟を決めた表情で、なとりはばあちゃるの前に歩みを進めた。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

~八重沢なとり~

 

「な、なとなと?なんか表情が硬いっすよ?」

 

「うっ…し、仕方ないじゃないですか、緊張してるんですから!」

 

何故か頬を真っ赤に染め、羞恥に溢れた顔でなとりは吠える。まだ何もしていないのに、ここまで羞恥に悶えているのはなぜなのか。その理由はすぐに分かった。

 

「ば、ばあちゃるさん!失礼します!」

 

「へっ!んぅっ!?」

 

「「あーーーーー!!!!!」」

 

荒々しく顎を持ち上げられて、唇が塞がれた。なとりの後方から聞こえるたまとイオリの叫び声がやけに遠く感じる。一瞬、何が起こっているのかわかっていなかったが、なとりにキスされていることに気付くと、ばあちゃるの頬もなとりの様に真っ赤に変化した。

 

「ぷはぁ!」

 

「な、なななななななとなとぉ!?」

 

唇を離れると、ばあちゃるは立ち上がり一歩引く。なとりとのキスは既に数回行ってきたが、そのどれもが人目に隠れての行為だ。それをまるで見せつけるようにやられてしまえば、さすがのばあちゃるも驚くしかない。

 

「風紀!風紀委員長なんすから!学園じゃさすがに!」

 

「だって!」

 

「へ?」

 

「だって、イオリさんに負けたくなくて…」

 

尻すぼみに小さくなる言葉に、ばあちゃるは冷静になる。よく見て見れば、なとりの表情はキスする前よりずっと羞恥により真っ赤だ。そこから見て取れるように、なとりもよほどの覚悟を決めてキスを実行したのだろう。開始前に言っていたことは嘘偽りないということだ。

ここまで勇気を出してもらえたのであれば、応えなければ男ではない。小さく咳払いして、ばあちゃるはなとりの顔を優しく撫でた。

 

「相変わらず負けず嫌いっすね。それとも…前に言ったように、本当に一番風紀を乱してる子なのかな?」

 

「んなぁ!?ち、違いますよぉ!」

 

「今の状態じゃ、誰も信じないっすよ。けれど…」

 

慌てるなとりをなだめる様に、頬を撫でる。それに甘える様に、なとりはばあちゃるの手に顔をこすり付けた。

 

「なとなとからのキス。とっても嬉しかったっすよ」

 

「な、なぁ!?あ、…あぅ…ふ、風紀!乱してませんか!?」

 

「一番乱してるのなとちゃんだよね!?」

 

「連行だよ連行!!なとなとにはちょっとお話があります!!」

 

「え、あ!ちが、違うんです!イオリさんに会長!話を!」

 

「「聞きません!!」」

 

二人の間に割って入ってきたたまとイオリはそのままなとりの腕を掴んで連れていく。ここで手を出してしまえば自分にも飛び火してしまう。それが予想できたばあちゃるは、そんな三人の様子を微笑ましそうに見守った。

ちなみに瞬間最高心拍数は150だった。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

~牛巻りこ~

 

「は、ハウディ、ばあちゃる号!待たせちゃったかな!?」

 

イオリとたまによる圧迫尋問の最中、閉められていた教室の扉が勢いよく開かれた。そこから現れたのは、準備に姿を消していた牛巻りこその人だ。しかし、その恰好は先程まで身に纏っていた制服ではなくて、りこにとって、そしてばあちゃるにとっても特別なものであった。

 

「りこさん素敵じゃないですか!」

 

「わぁ!りこちゃんかわいい!!」

 

「うん!かっこいいりこちゃんも好きだけど、今のりこちゃんも断然あり!!」

 

「え、えへへ。そうかな?」

 

照れるりこ衣装は、フリルがいっぱいの可愛らしいドレスだ。ふんわりと膨らむスカートに多彩な装飾を込められたその衣装は、普段見せないりこの魅力をこれでもかと言わんばかりに発揮させる。ばあちゃるも、その姿に目を奪われずにはいられなかった。

 

「けど、りこちゃんそんな衣装持ってたっけ?」

 

「こ、これね。あの撮影の後にばあちゃる号から貰ったんだ」

 

「うまぴーからのプレゼント!?いいなー!」

 

あの撮影とはりこと共に衣装を変えて踊った『馬Pと一緒シリーズ』の二週目のことだ。撮影当時、よほど気に入っていたのか遅くまで着替えずに、回ったりして衣装を堪能していたりこを覚えていたばあちゃるは、撮影後にりこを連れて似た衣類をプレゼントした。カッコいい自分のイメージを大事にするりこが、その衣装を身に纏うことは少ないかもしれないが、それでもあの時の嬉しそうな笑顔が離れず、反対を押し切って送ったのだ。渡した時のあの嬉しそうに照れながら笑うりこの表情を、ばあちゃるはしっかり覚えている。

ひとつ前に比べ、なんと可愛らしいアピールなのだろう。ばあちゃるの胸には安堵が溢れた。しかし、そうは問屋が卸さない。

 

「…ばあちゃるさんからの贈り物…ですか?」

 

「おやおや?こめっち、もしかして悔しいのかな?」

 

「いえ、どうやらその様子じゃ男性が女性に服を送る意味を知らないようですね」

 

「理由?」

 

なとりの言葉にイオリは首を傾げる。りことたまも知らないのか、同様に首を傾げていた。しかし、ばあちゃるは違う。その意味で贈ったわけではないが、多少でも含まれているのは事実だ。ばあちゃるは焦りながら、なとりの顔を伺う。そこから読み取れるのは、道連れだった。

 

「男性が女性に服を送る意味…それは『着せた服を脱がせたい』…なんですよ?」

 

「へぁ!?そ、そうなのばあちゃる号!?」

 

いつの頃からの共犯者であるりこを道ずれにするために、なとりは楽しそうにその事実を伝えた。その予想外すぎる事実を確認するかのように、りこはばあちゃるに振り返る。多少でも、そんな下心があったばあちゃるは条件反射で顔を逸らしてしまった。それが答えだ。

 

「そ、そうなん…ばあちゃる号が、ウチのことを…」

 

俯いてぶつぶつと聞こえるか聞こえないくらいの声量で独り言を繰り返すりこ。そして覚悟を決めたように顔を上げて、ばあちゃるに近寄り、その胸に身を預けた。

 

「り、りこぴん?」

 

「う、うち…ばあちゃる号やったら、ええよ?」

 

『何が』とは言えなかった。それを言うのは野暮ということは、さすがのばあちゃるだって分かっている。普段とのギャップが激しいりこの姿に、ばあちゃるは無意識に抱きしめた。

 

「今はまだ、その時じゃないっすからね」

 

「あ…そ、そうやね。うち、ちょっと早とちり「でも」…え?」

 

「でも、その時になったら、覚悟してくださいね」

 

「ぁ、ぁぅ…はぃ…」

 

顔を真っ赤にして、狼狽えながらもしっかりと頷くりこに、卒業まで耐えるか少し心配になったばあちゃるであった。

後方にいたたまとイオリは、そんな二人の様子を微笑ましそうに見ていた。

 

「いや!?私の時と対応違いすぎません!?」

 

「実力行使したなとちゃんと、正当に攻めたりこちゃんじゃ天と地ほど違うよ」

 

「なとなとはしっかり反省してね?」

 

「あんまりですよぉ!?」

 

当然の結果である。

なお瞬間最高心拍数は140だった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

~夜桜たま~

 

「よし、トリはこの私、夜桜たま!行きます!」

 

ここまできてようやく一番の問題児の登場だ。既にキスという大事ももう一人の問題児がかましてしまった為、たまは何をしでかしてくるか予想できない。どうにかしなければ、そう思ったばあちゃるにある名案が浮かび上がった。

『逆にばあちゃるから仕掛ければいいのでは?』

最初は、ここが学園であることなどの要因により余裕がなかったが、既に三人と攻めを攻略してきたばあちゃるがその限りではない。余裕が出てきたばあちゃるは、反撃に打って出た。

 

「へ?」

 

ばあちゃるの手を取り、胸に当てるというパワー系を象徴するようなストレートなアピールをするため、手を取ろうとするがそれよりも早くばあちゃるがたまを抱きしめる。ばあちゃるとたまの身長差は、かなり離れているが、ばあちゃるが座っているおかげで、たまの顎がばあちゃるの肩に乗るという丁度いい高さになっていた。あまりにも急な行為に、たまの頭は混乱する。

 

「う、うまぴー?」

 

「こんな俺を、好きになってくれてありがとう」

 

困惑するたまの頭を優しく撫でる。そして、胸に秘めた万感の思いを言葉にして伝えた。

 

「俺は、ずっとたまちゃんの想いに気付いていて無視し続けた…それでもたまちゃんは、俺のことを好きでい続けてくれた」

 

「言葉にしてこなかったっすけど、すっごく…嬉しかったっすよ。こんな俺でも、誰かに好きになってもらえてる。そんな実感をたまちゃんのおかげで、感じることが出来た」

 

「けど、少し前までの俺は、それを素直に受け取ることは出来なかった。あれこれして受け流して、たまちゃんの想いを躱し続けていた…それでも、たまちゃんは俺を好きでい続けてくれた」

 

「遅くなっちゃったっすけど、改めて言わせてもらうっすね」

 

「たまちゃん、大好きっすよ」

 

「…ぁ」

 

誰かを好きになるということは、思っている以上に体力を使う。それが答えが返ってこないものだとしたらなおさらだ。さらにたまは、そういった乙女の感情に鈍い。だから感情のままに『好き』を表現することしかできなかった。

それを長い間無視し続けられても、その想いは決して枯れることはなかったが、それでも、無視され続ける日常は確実にたまの心を疲弊させていく。本人すら気付いていなかったが、その心は割と限界まできていたのだ。

その心を労わるように、ばあちゃるの言葉はたまの胸に確かに響く。それは、たまの恋が報われる瞬間でもあった。

 

「あ、あれ…」

 

「た、たまたま!?」

 

気が付くと、たまの頬には涙が伝う。泣き虫でもあるたまに、その感情の爆発は涙腺の決壊を容易にさせた。

取り止め泣く零れる涙に、さすがのたまも困惑気味だ。そんなたまを安心させるように、ばあちゃるは少し強く抱きしめて、落ち着かせるように優しく頭を撫でた。

 

「…わ、私…うまぴーのことが…ばあちゃるさんのことが好き」

 

「うん」

 

「恋なんて、正直今でもよくわからない…けど、この感情から、目を背けたくないって、そう思ったの」

 

「うん」

 

「けど…肝心のばあちゃるさんは全然こっちを見てくれないし、応えてもくれない。私ね…分からなくなってきちゃって」

 

「ごめんなさいっすね」

 

「許さない…だからもっと強く抱きしめて」

 

要望通り、少し強く抱きしめる。少々強いと思ったが、文句が返ってこないということは丁度いいのだろう。そう解釈したばあちゃるは、その状態を維持し始める。

止まらない涙をそのままに、たまの独白は続く。

 

「分からなくなっても、私がばあちゃるさんのことが好きって事実だけは確かにあったの…だから、私らしく行こうって決めたの」

 

「うん」

 

「変な子と言われてもいい。周りから引かれてもいい。私はばあちゃるさんが好きと私の全部をかけて伝えていこうってきめ…て…ぐすっ…」

 

「…たまちゃんの気持ち、確かに届いてたっすよ」

 

「ほんとう?」

 

「ほんとうっす」

 

「ほんとにほんとう?」

 

「ほんとにほんとっすよ」

 

「ほんとにほんとにほんとう?」

 

「ほんとにほんとにほんとっすよ」

 

「…ねぇ、うまぴー」

 

「はい?」

 

「もう一回好きって言って」

 

「大好きっすよ。今度はばあちゃる君がたまちゃんに言われた分を返すまで、いや、返し終わってもいつだって、いくらだって大好きって伝えるっすよ」

 

「…ッ」

 

そこが限界だったのか、たまはばあちゃるの腕の中で声を抑えずに泣いた。ぐちゃぐちゃになった感情を処理しきれず泣くその姿は、まるで幼い子供のようだ。

 

「心拍数を確認するまでもないですね。勝者が決まりました」

 

「ねー。あんな幸せそうに泣くたまちゃん見ちゃったら、優勝したなんて言えないよ」

 

「ばあちゃる号!牛巻ももちろんだけど、さくたまちゃんもしっかり幸せにするんだぞ!」

 

そう言って教室を去っていく三人に視線で礼を送る。今日はたまも一緒に夜を過ごそう。家に帰ればロッシーや後程帰宅してくるシロもいるが、今たまを帰すという選択はばあちゃるの中に存在しない。きっとシロもたまの様子を見れば受け入れてくれるだろう。

今夜は、いつも以上に楽しい夜になりそうだ。訪れ始めた夜に、ばあちゃるは楽しそうに笑みを浮かべた。

 




どうでもいい本作のアイドル部のクラス分け

2-A
夜桜たま 八重沢なとり 牛巻りこ ヤマトイオリ

2-B
木曽あずき 北上双葉

2-C
花京院ちえり 金剛いろは もこ田めめめ

2-D
神楽すず 猫乃木もち

中等部
カルロ・ピノ


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彼らが考える私の食育計画(木曽あずき)

とある日の昼休み
その日は学園長であるばあちゃるは、仕事のモチベーションが非常に高かった
旧券時間でもある時に、ふと窓を見て見ると…?

(番外編)


9月に入って既に半ば。夏の暑さも、全盛期に比べ大分おとなしくなり、今では少し肌寒いくらい日もあるくらいだ。

そんなとある日の平日。ばあちゃる学園の長『ばあちゃる』はいつもの様に、執務室である学園長室にて軽い書類処理を行っていた。

 

「んー…これは再確認、っすね。ピーマンにでも投げときましょう」

 

独り言を言いながら、書類を一つ一つ処理していく。机の片隅には空になった弁当箱。昼休憩が入ったと同時に食べたシロ特製のお弁当は、ばあちゃるの舌を潤して今はもう腹の中だ。愛する人お手製のお弁当は活力が沸く。居ても立っても居られなくなったばあちゃるは、まだ昼休憩中というのに常務に入っていた。

そんなことばかりしているから、最近の仕事の終わりが早いのだ。メンテなどにさらに仕事を要求するも、過労で倒れる一歩まで働いた経験があるばあちゃるに、緊急時以外で通常以上の業務を任せるわけにはいかないと断られる始末。完全に身から出た錆なので言い返すことも出来ない。

見回りとも考えたが、学園唯一の男性が意味もなく見回りするのは流石にマズい。ならばどのように時間を潰そうか。書類の処理をしながら、ばあちゃるは片手間にそんなことを考えていた。

ふと、窓の外を見る。青空が見たくなったなどではなく、ただ何となく外の様子を見ようと思った。そんな突拍子のない思考の元、見た窓の外には予想外の光景が広がっていた。

 

「あずきち!?」

 

「あ、見つかった」

 

窓の外。そこに不自然に垂らされたロープから、担当VTuberの一人『木曽あずき』が下りてきているところがばっちりとばあちゃるの目に止まった。見られると思っていなかったあずきも、少し驚いた反応をしている。

 

「ちょいちょーい!?え!?なんで上から!?というか何でロープ!?」

 

「…とりあえず、入れてもらってもいいですか?」

 

「あ、ああ!そうっすね!今開けるっすよ」

 

慌てながらばあちゃるはあずきの正面の窓を開ける。昼頃はまだ暑く、冷房の効いた部屋に外から熱気と共に、ロープにぶら下がっていたあずきを招き入れた。相変わらず表情が読み取れないが、どことなく涼しそうだ。

 

「…学生はこの暑い中授業してるのに、冷房効いた部屋でぬくぬくと、いい御身分ですね」

 

「ばあちゃる君一応学園長っすよ!?あと全教室に冷暖房完備してるっすから、環境はどこも同じじゃないっすか!?」

 

「ああ言えばこう言う…何様ですか?」

 

「プロデューサーっすよ!?え!?プロデューサーっすよね!?ばあちゃる君!?」

 

「何当たり前の事言ってるんですか」

 

「言ったのあずきちっすよね!?」

 

「そうでしたっけ?」

 

「なんなんっすか!?」

 

「…ふふ」

 

ノリよく茶番に付き合ってくれるばあちゃるに、あずきは小さく笑みを浮かべる。このなんてこのない小さな幸せを感じる時間が、あずきはどうしようもなく好きだった。

しかし、この時間を楽しんでいる暇はない。追って生きている彼女であれば、いの一番にここを突き止めてくるだろう。

 

「…すみません、ばあちゃるさん。ちょっと隠れさせてもらいますね」

 

「ちょちょ!?あずきち!?」

 

慌てるばあちゃるを無視して、ばあちゃるが座る椅子の横から机の下に潜り込む。さすが学園長の机といったところか、内部は小柄なあずきが入っても、少し余裕がある。ただ、真正面にばあちゃるの股間があることが少し恥ずかしい。

 

「…多分、追っ手が来ると思うので、『あずきは来なかった』と伝えてもらえますか?」

 

「あひ?追っ手って?」

 

「うまぴー!」

 

追求しようとするばあちゃるを遮るように、学園長室の扉が勢いよく開かれる。一応、学園のトップなのだからもう少し丁寧に扱ってほしいと内心で愚痴をこぼしながら、ばあちゃるは来訪者に視線を向けた。

 

「ってふたふたじゃないっすか。そんなに慌ててどうしたっすか?」

 

入ってきたのはあずきと同じアイドル部でクラスも一緒の『北上双葉』その人だ。よほど急いでいたのか、荒い呼吸を整えながら持っている携帯端末を操作している。誰かと連絡を取っているのだろうか。そんな疑問を浮かべているとばあちゃるの携帯端末から通知音が響いた。

 

「携帯見ていいよ。ふーちゃん、ちょっと息を整えるから」

 

「そうっすか?ならお言葉に甘えて…」

 

双葉の言葉に甘え、ばあちゃるは自分の端末を開く。通知音の正体はとある人物からのメッセージのようだ。軽く目を通した後、ばあちゃるは端末をしまった。

 

「誰からだったの?」

 

「はいはいはい。メンテちゃんからっすね。いつも通りの業務連絡なんで、ふたふたが気にする必要はないっすよ」

 

「ふーん」

 

「それでそれで。ふたふたは急にばあちゃる君のところに来てどうしたっすか」

 

当初聞こうと思っていたことを問うと、双葉は思い出したかのように声を荒げた。

 

「そうだった!ねぇうまぴー。あずきちゃん来てない?」

 

「あずきちっすか?…ここには来てないっすね」

 

一瞬視線が机の下に向くが、先程あずきに言われた通りに誤魔化した。ばあちゃるの言葉に、双葉はがっくりと肩を落とす。

 

「予想が外れちゃった…なら、双葉は急いでるからもう行くね」

 

「はいはいはい。一応言っとくすけど、廊下は走っちゃダメっすよ?」

 

「…善処する」

 

「ちょいちょーい!?そんなこと言ってなとなとに捕まって困るのはふたふたっすよ!?」

 

「うまぴーが許可したってなとちゃんには言っておくね」

 

「えぐー!?とばっちりじゃないっすか、完全に!?」

 

『じゃあねー』と慌てるばあちゃるを余所に、双葉は学園長室の扉を閉める。バタンという閉まる音を確認したあずきは、机の下から顔を出した。

 

「助かりました、ばあちゃ…る…さん…」

 

「あ、やっぱりここにいた」

 

「だろ?人間が頼る先なんて馬しかいないんだよ」

 

そこには退出したはずの双葉と、自身が作成した『動画編集神』がいたずらに成功したような、そんな表情を浮かべて立っていた。どういうことか、振り返ってばあちゃるに視線を向けると、ばあちゃるは苦笑を零しながら携帯端末の画面をあずきへと見せる。先程送られてきたメッセージの送り主には見慣れた『動画編集神』の文字。そして文面には『人間が逃げてくるから逃がさないようによろしく』と書かれていた。

 

「…北上さんが先程出たようにも思えたのですが」

 

「あ、これ?ただ開けたドアを閉めただけだよ?」

 

「こんな簡単な策にかかるなんて、まだまだだな、人間」

 

ケラケラ笑う動画編集神に小さくイラつきを感じながら、どうにか抜け出せないか策を練る。そんな三人の蚊帳の外にいるばあちゃるは、おそるおそるに尋ねた。

 

「はいはいはい。ばあちゃる君、これほったらかし食らってるやつっすね、完全に。それでそれで?ふたふたと動画編集神はどうしてあずきちを追いかけてたすか?」

 

「それはね、これだようまぴー」

 

「これは…スニッカーズ?」

 

ばあちゃるの問いに、双葉は懐から棒状のチョコ菓子を取り出した。購買でも売ってあるそれは、ばあちゃるにも見慣れたものだ。

 

「これ、あずきちゃんのお昼ご飯なの」

 

「…は?」

 

驚愕の発言に、ばあちゃるは反射であずきに視線を向ける。その視線から逃れる様に、あずきは顔を逸らした。それは双葉の言葉に頷いたのと同じだ。

 

「しかもお昼これ一本なの。ありえなくない?」

 

「まじんがー?」

 

「マジだぞ。こいつの食の細さに、おじいさんたちが心配しててな。それで私がこいつに相談したんだ」

 

『同じクラスだし協力してくれると見込んでな』と付け加える動画編集神。双葉はあずきと同じクラスに加え、生徒会も共にしていれる。さらに食に関しては人一倍関心があるので動画編集神の人選は大当たりだ。

 

「それで教室でお弁当を食べようとした時にあずきちゃんが逃げ出して…」

 

「まさか窓から逃げ出すとは思わなんだ」

 

「なぁるほど…だから窓から下ってきたわけっすね」

 

そして視線はあずきに集中される。さすがに居心地が悪いのか、あずきは珍しく視線を四方八方に泳がせた。

 

「いや、だって食べれる方がおかしくありません?」

 

「は?」

 

「いえ、美味しいのは分かるんですけど…そんなに食べれる方がおかしいじゃないですか」

 

言い訳がましく言うあずきだが、それは悪手だ。なによりその言葉に双葉は見て分かるように不機嫌を表している。このまま爆発させても解決できると思うが、せっかくだから援護してやろうと、ばあちゃるは悪だくみをする。

 

「編集神、編集神。お弁当はもってきてるっすよね?」

 

「へ?ああ。一応持ってきてるぜ。おばあさん特製の人間好物特盛弁当だ」

 

「おっけですおっけーです。それじゃあ、あずきち?」

 

「はい?ひゃっ!?」

 

「うまぴー!?」

 

身構えるあずきを抱き上げ、そのまま応接用のソファーに座り、膝にあずきを乗せる。そのままあずきの身動きを封じる様に、後ろから身体を抱きしめた。

 

「ば、ばあちゃるさんッ…その、この格好は少し恥ずかしい、です」

 

「残念ながら、今のばあちゃる君には聞こえないっすね。というわけでふたふたに動画編集神もこっちに」

 

「なるほどそういうわけか」

 

「え?…あぁ、そういうこと」

 

いち早くばちゃるの意図を呼んだ動画編集神は、どこからかお弁当箱を取り出した。それをソファー前に設置されているテーブルに広げる。そして動画編集神のアイコンタクトでようやく意図に気付いた双葉は、ばあちゃるの横に座り、動画編集神から箸を受け取った。

 

「というわけで、あずきちゃん。はい、あーん」

 

「ッ!?」

 

「はいはいはい。いくら暴れてもばあちゃる君は動きませんからねー。諦めてふたふたのあーんしてもらってください」

 

「諦めろ人間。既に四面楚歌だぞ」

 

人前でばあちゃるに抱きしめられている現実だけで充分恥ずかしいのに、それに加え友人である双葉からのあーん攻撃。ポーカーフェイスが得意のあずきも、さすがにこの状況には赤面してしまう。

抜け出そうにも身動きを取ろうとすると、ばあちゃるからの抱きしめる力が強くなる。それがどうにも恥ずかしくて、あずきは抵抗するのをやめて、観念するかのように、大人しく口を開けた。

 

「んー…あーんって言ってほしいけど、さすがにそこまではお願いするのはダメかな?」

 

「…できれば勘弁してください」

 

「あずきちは恥ずかしがりやっすねー。そういうところもかわいいっすよ」

 

「…ぁぅ…」

 

「珍しく照れてる人間を激写。これでおじいさんおばあさんにもいい報告できるな」

 

「…帰ったら覚悟してください」

 

脅しをかけるが、赤面しており、さらに羞恥のせいか少し涙目になっている状態でされても恐怖など露ほどにも感じない。動画編集神も『おおこわっ』と軽くあしらう程度だ。

羞恥を感じながらも、あずきは確かな幸福に包まれていた。愛しい人に抱きしめられて、大好きな友人に食べさせてもらう。なんとも奇妙な体験だが、そこにあずきは確かな幸せを感じていた。それはそれとして、動画編集神と双葉には近いうちにお返しをしよう。双葉から差し出されるおばあさん特製の卵焼きを頬張りながら、あずきは静かに決意した。

 



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彼と彼女たちと決着と
彼と彼女と猿の手


とある日
その日の朝刊は、ある企業の火災について一面使われていた
ただの火災であれば、一面になることも無いが、その企業のブラックすぎる内情も一緒に公開されたのだ
しかし、どうやらその事件に実は関わっている人物がいるようで…?


「おはようございます」

 

暑さは去り、気付くと秋風を感じ始める朝。アイドル部のプロデューサー『ばあちゃる』は、その日学園に向かう前に、自身が勤める『アップランド』の事務所に赴いていた。

 

「あら、ばあちゃるさんがこんな朝早くここにいるのは何気に珍しいですね。何か用があったんですか?」

 

そんなばあちゃるの姿を物珍しそうに見詰めるのは、給湯室から珈琲片手に現れたメンテだ。髪はぼさぼさでメイクもされていないすっぴんの状態。そこから仮眠室で寝泊まりしたことが読み取れる。

 

「ばあちゃる君にあんなに『休め』と言ってるくせに、自分はどうなんすかねぇ?」

 

「私ですか?嫌ですね、しっかり休んでますよ。ただ帰るのが面倒なだけです」

 

「…女としてそれはヤバいのでは?」

 

「ははは。どーせ見せるのは貴方かあのクソ野菜だけですよ。従業員が少ないウチなんですから、そんな心配もないですもん」

 

カラカラと笑うメンテに、ばあちゃるは思わず頭を抱えた。どうしてこう、自分の周りには女を捨てたやからが多いのか。

よくよく考えれば、前にメンテの家にお邪魔した時は何もない殺風景なものだった。むしろ仮眠室の方が、メンテの自室より私物が充実している。長い付き合いの為、どうしたものかと考えていると、それを読み取ったのか、メンテは優しい笑みを浮かべた。

 

「なにより。いつでも会社にいた方が、貴方の急なお願いも答れるでしょう?ここになら私たちの全てがあるわけですし」

 

「う」

 

それを言われると何も言えなくなる。

アイドル部とばあちゃるの関係の進展には、アイドル部が多くの人と関わって進んだことだ。そこにはメンテの力が加わることは、最後のシロが起こした事件に至っても、なかった。それはVTubeの『ばあちゃる』としての力でシロを救うという誰にも言えない目的があったからこそなのだが、普段はそうではない。

ばあちゃるがいの一番に頼るのは、いつだってメンテだ。些細な調べものから、シロやアイドル部の狙う不埒者や組織残党から守る情報収集する時だってそれは変わらない。

それはばあちゃるとメンテにとって『当然』のことで、そこにシロやアイドル部の子たちが嫉妬することも多々あるが、それは別の話だ。

 

「というか、呼んだのはメンテっすよね?」

 

「あれ?そうでしたっけ?」

 

ド忘れしたのか、首を傾げながら思い出そうとするメンテ。その様に、ばあちゃるは小さくため息を吐いた。

 

「ああ、思い出した。ちょっと気になるニュースを見つけたんですよ」

 

「ニュース?」

 

「ですです。ちょっとまっててくださいね」

 

思い出したメンテは、持っていた珈琲をばあちゃるのデスクに置いて、自分のデスクに戻る。そこから持ってきたのは一つの新聞紙。それをばあちゃるの横で広げ、とある記事を見せた。

 

「ここです。ここ」

 

「え…っと、何々…『某社炎上!?放火魔の仕業か!?』ってこれ、今朝もやってた放火のやつじゃないっすか。怖いっすけど、これがどうしたっすか?」

 

「私も良くも悪くもありきたりかと思ったですけど、ちょっと記事を読んでみてください」

 

メンテの言葉に首を傾げながら、言われた通りにメンテが広げる新聞紙の記事を読み進めていく。

そこには放火された企業のことが記されていた。それは今朝のニュースにも言われていたことでよくある内容なのだが、一点だけ、ニュースには伝えられてはいなかった部分がある。

 

「『ブラック疑惑』?」

 

「そうです。この企業、どうやら色々と従業員に無理を強いて黒いことを色々とやってたみたいですよ」

 

「ってことは、もしかして放火犯は従業員かもしれないと?」

 

「そうです」

 

メンテは神妙に頷く。確かに動機としては十分だろう。しかし、それだけではメンテが伝えたいことが分からない。

アップランドの常務体制に文句があるならメンテは直接口に出す。納得していても、吐き出したいときは酒の席で共に愚痴で発散するくらい、メンテは業務の文句に対しては直接口に出すほうだ。

となれば、メンテが伝えたいことはアップランドに関わることでは無い。では何か、と首を傾げるとそれを察してメンテは燃えた会社の会社名を指さした。

 

「この企業、聞き覚えがないですか?」

 

「え?」

 

その企業名は個性を出そうとした結果、奇抜になりすぎてしまったことを除いてはおかしなことはない。むしろそんな名前なら、記憶に残るものだ。メンテも知っているのであれば、ばあちゃるも知っているのは道理。ばあちゃるは少し思い出す素振りをして、満足そうに頷いた。

 

「ああ。これはあれっすね、『ベイレーン』が勤めてる企業っすね!」

 

「ですです。それならここに書かれてるブラック疑惑も大よそ一致します」

 

言われてその企業が疑われているブラック行為一覧に目を通す。そこは確かに飲みの席でベイレーンが愚痴っていた内容とほぼ同じだ。完全一致しないのは、メディアが誇張して記事にしたのだろう。

 

「どこかきな臭くないですか?」

 

「…確かに、もしかしたらもあるかもしれないっすね」

 

険しい表情でメンテとばあちゃるは顔を見合わせる。

ベイレーンは短い期間ではあるが、アイドル部…『兵姫』奪還の際に、『エイレーン』と共にばあちゃるとメンテと協力体制を取っていた時期がある。当時はエイレーンと共に、ベイレーンのことも徹底的に機密にはしていたが、万が一情報が漏れてベイレーンが狙われたかもしれない。

疑りすぎかもしれないが、こういうのは過剰くらいがちょうどいい。神妙な表情で頷き合ったその時、ばあちゃるの携帯端末から通知音が響く。

 

「…」

 

「どうしました?」

 

「…悪い予感が、当たったようっすね」

 

苦い表情で携帯端末の画面を見せるばあちゃる。そこに映し出されたのはチャット形式のとあるコミュニケーションアプリの画面だ。相手はエイレーン。そして、普段の彼女では考えられない切羽詰まったような一言だけ。

 

『たすけてください』

 

ばあちゃるは頭の片隅で、『今日は学園には行けないな』と肩を落とした。

 

 

「これは…」

 

その日の予定をすべてキャンセルし、急いでエイレーンの元に向かったばあちゃるは、合流したエイレーンと共にベイレーンの家に向かった。普段の余裕はどこへやら、青い顔で常に落ち着きがないエイレーンに事の重大さを感じ取る。

そしてついたベイレーン宅にて目にしたのは、想像も絶するような光景だった。

 

「これは…獣の腕、っすか?」

 

「…正直、何の腕かは分からないです。しかし見ての通り、人間の腕ではありません」

 

そこには青白い顔色でベイレーンが苦しそうに眠っていた。それだけでもすぐに病院に連れていかなければいけないと焦るレベルなのに、ばあちゃるが目を見張ったのはベイレーンの右腕だ。

その腕は、とても女性の…いや、人間の腕とは思えない者へと変容していた。まるで獣の腕と間違えるくらいに毛深く、そして太い。左手はかわらずの普通の腕であるため、その対比からより恐ろしいと強調されている。

その腕に、元同居人である『シフィール・エシラー』何かと唱えながら力を送る仕草をしていた。ばあちゃるには馴染みがないが、にじさんじなど他所にもシフィールと似た力を扱うものを知っている。あれは、『魔法』だ。

 

「気付いたのはついさっきで、シフィールさんが姉さん…ベイレーンを心配して訪れた際に発覚したんです。現同居人の『レナナ』さんから連絡がありまして、私も初めて見たのですが」

 

「…今くらいは素直に『姉さん』と呼んでもいいんじゃないっすか?…家族なんすから」

 

「…そうですね」

 

ばあちゃるに背中を押され、シフィールとは逆の方でベイレーンの横に座る。そして、縋るように無事の左手を握り、祈るように『姉さん』と呟いて、目を瞑った。

 

「大分参ってる感じっすね」

 

「『ヨメミ』や『アカリ』への過保護具合から、大よそ予想は出来ていたけど、まさかここまでとは思わなかったよ」

 

ばあちゃるの言葉に応えるのは、エイレーンと共にやってきた同居人の『萌実』だ。後ほど聞いた話だが、シフィールからの連絡以降、とても平常ではなかったため無理に問いただして着いてきたという。

 

「それで、アカリンとヨメヨメにはこのことは?」

 

「伝えてないよ。アカリは元々早出だったし、ヨメミも『紅ノ』と『エトラ』に押し付けてきたからね」

 

「まあ、エイレーンならそうするっすね」

 

エイレーンは保護者意識が高い。自分の不安を、愛娘のように可愛がっているアカリやヨメミに伝えるようなことはありえないだろう。

普段見た事がない弱弱しいエイレーンの姿に、萌実もいてもたってもいられなくなったのか、横に座りエイレーンと共にベイレーンの手を握る。その姿にばあちゃるは、心を痛めた。

その時、別室からこちらに歩いてくる人の気配を感じる。振り返ってみると、そこには先にベイレーン宅に到着していたシフィールの現同居人であるレナナがそこにいた。

 

「とりあえず学校には休みの連絡を入れてきました」

 

「悪いっすね。休みまで取らせちゃって」

 

「いえいえ、シフィがお世話になった人の一大事なんですから。これくらいの協力なら惜しみませんよ」

 

そう言って力こぶしを作るレナナに、暗かった気持ちに少しの光を感じた。

これ以上事態を悪化させるべきではない。小さく咳払いをし、気持ちを切り替えて、ばあちゃるはレナナと向き合った。

 

「それで質問なんすけど、今のベイレーンの事態に心当たりはないっすか?」

 

「実は、シフィから連絡を受けてエイレーンさんに連絡した後、私もすぐにここに向かったんですよ。そしてその時はまだベイレーンさんの意識もあって、多少の話は聞いています」

 

「本当っすか!?」

 

事態について知っている当の本人は起きる気配がないため、捜査は難航するかと思っていたが、予想外の情報にばあちゃるは飛びつく。しかし、レナナはそんなばあちゃるの反応に申し訳なさそうに表情を歪めた。

 

「すみません。話は聞いているといっても、本当に少ししか聞いていなくて…」

 

「全然オッケーっすよ!情報があるのとないとじゃ状況が違うっすからね」

 

「そう言ってくれるなら…」

 

ばあちゃるの力強い言葉に、レナナはほっと息を吐き、席を立つ。そしてベイレーンの机に置かれていた長方形の黒い木箱を取ってきた。

 

「私がベイレーンさんから聞いた情報は二つ。昨晩、家にこれが届いていたこと。そして、不用意にも『願ってしまった』と言っていたことです」

 

「『願ってしまった』?」

 

首を傾げながらレナナから箱を受け取る。漆でも塗られているかのような、どこか上品さを感じるその木箱だが、同時に禍々しいものも感じ取れる。蓋を開くと、そこには既に何もない。箱の大きさから腕一つ丁度入るくらいのサイズだ。

その時、ばあちゃるに一つの嫌な仮定が浮かんだ。

 

「レナレナ、もしかしてなんすけど…その時、ベイレーンは動物の名を挙げていなかったっすか?…例えば、猿とか?」

 

「!言ってました!意識を失う直前でしたけど、『獣の…猿の声が聞こえるお』と言っていました!」

 

「やっぱりっすか…」

 

苦々しい表情で改めて箱を見つめる。不気味さすら感じるその箱に、今は嫌悪感しか湧かない。

いつだって、こういう時の悪い予感は当たるものだ。

 

「猿の手、かぁ…」

 

なんてことない日常が始まるはずの朝は、どうにも歯車が食い違ったようだ。

 

 

「はいはいはい。いやー、申し訳ないっすね、無理言って集まってもらっちゃって!」

 

「馬Pの頼みだからね。生徒会の仕事くらいほっぽり出すよ!」

 

「たまちゃんたまちゃん。双葉ちゃんとあずきちゃんから鬼電がかかってるけど大丈夫?」

 

「大問題だけど大丈夫!」

 

「それは大丈夫ではないのでは?」

 

「前から思ってたけど、たまちゃんって色々と凄いね!?」

 

時刻はまわって15時半。とある大きな図書館にばあちゃるの招集に応じて『夜桜たま』、『電脳少女シロ』、『ヨメミ』、『ミライアカリ』が集まった。

本来学生で生徒会会長であるたまは、本日の放課後はいつもの様に生徒会の仕事があるため学園に残らなければいけないのだが、そこは愛のため、特に良心も傷まずに抜け出してきたようだ。

そしてシロとアカリは偶然にもスタジオが同じで順番に連絡が入ると、『力を貸してほしい』という予想外の内容に二人して変に興奮し合っていた。

 

「たまちゃんはアイドル部の切り込み隊長に加え生徒会長。シロちゃんは言わずもがなだし、アカリもばあちゃるさんと何度も顔合わせしてる仲だから呼ばれてもおかしくないけど…ヨメミ、場違いじゃない?」

 

「はいはいはい。ヨメヨメがそう思うのも仕方がないっすね、完全に。…今回、アカリンとヨメヨメを呼んだのはエイレーン関係なんすよ」

 

「え?エイレーンがまた何かしたの?」

 

「…もしかして、今朝の様子がおかしかったことが関係してたり?」

 

「え!?アカリそれ知らないよ!?」

 

驚愕しながら席を立つアカリに、ヨメミは失言したと内心で焦る。しかし、アカリの追及が始まる前に、ばあちゃるは制止をかけた。

 

「はいはいはい。その理由もしっかり説明するんでね、アカリンはとりあえず落ち着いて席についてくださいねー」

 

「うー…きっちりしっかり、全部教えてよ、ばあちゃるさん」

 

「それはモチのロンっすね、完全に。…それじゃ、ちょっと真面目な話になるっすよ」

 

唐突に変わるばあちゃるの雰囲気に、ヨメミは驚愕した。その変わりように、自然と肩に力が入り、緊張が走る。場は完全に、ばあちゃるが支配しているようなものだ。

そこから明かされたベイレーンが置かれている状況。エイレーンの今の様子など、聞かされヨメミもアカリも言葉を失うばかりだ。

 

「以上が今の状況っすね。それで、ばあちゃる君がみんなを集めたのは「はい!」…アカリン?」

 

「話が進む前に質問なんだけど、なんでアカリとヨメミもこの場に呼んだの?エイレーンの事を考えるなら、むしろ私たちを巻き込むようなことはしない方が得策だと思うんだけど」

 

アカリの意見に、ヨメミを同調するように頷く。それにばあちゃるは「ああ、そのことっすか」と一言零し、アカリとヨメミの交互に視線を送った。

 

「確かに、アカリンの言う通り、エイレーンの意図を汲む場合、アカリンとヨメヨメは巻き込むのは最善ではないっすね。最善ではないっすけど、お二人はそれで納得できるっすか?」

 

「「できるわけないじゃん」」

 

重なる言葉に、思わず顔を見合わせる。そんな二人の様子に、ばあちゃるは満足そうに頷いた。

 

「ならいっその事、暴走しないように協力体制にした方がいいかなと思ったっすよ。なによりアカリンもヨメヨメもエイレーン一家の一員なんすから、ベイレーンのことも心配でしょうしね」

 

「…ばあちゃるさん、変わった?」

 

驚いた表情のまま、アカリは無意識にばあちゃるへそう問いた。

よくよく考えれば今の状況だっておかしい。アカリやヨメミならいざ知らず、自分が保護する対象であるシロとたまも巻き込んでいるのだ。以前までの彼ならば、今の状況のようことは説明しないため絶対に発展せず、いつもの様に一人で無茶をしていたはず。

VTubeとしての短い繋がりしかないが、それでもばあちゃるのことはある程度にはアカリだって理解している。だからこそ今の状況に疑問を持たざるを得なかった。

その問いに答えたのはばあちゃるではなく、その横に座っているシロだ。

 

「違うよアカリちゃん。うまはね、頼ることを憶えたの」

 

「憶えたって、ひどいっすねシロちゃん。まるで今まで頼ったことがなかったような言い分じゃないっすか!」

 

「そう言ってるだけどぉ!」

 

そうやって痴話ケンカを始める二人の姿に、アカリは一人納得する。軽く口論する二人の姿は、今までうっすら感じていた『壁』がない。それがこの前に事件で完全になくなったことは予想出来ていたが、それがばあちゃるの成長にもなってることに、アカリは気が付いた。

 

「…そっか。よかったね、シロちゃん」

 

「ふふん!すごいでしょ、ウチの馬P!」

 

「いやなんでたまちゃんが得意気なの!?なんでそんなドヤ顔なの!?」

 

白馬の横で渾身のドヤ顔を決めるたまに、ヨメミは条件反射の様にツッコミを飛ばした。

雰囲気はある程度解れたが、これから取り掛かる内容は重い。ばあちゃるが場を引き締めるために、雰囲気を戻して全員に視線を送った。

 

「話を戻すっすよ?みんなを集めたのは情報収集が目的っすね」

 

「情報取集?もしかしてベイレーンさんが言ってた猿のこと?」

 

「そうっすそうっす。ばあちゃる君の予想が合っているのであれば、今回の事件は『猿の手』という怪異が原因になるっすね」

 

「『猿の手』?どこかで聞いたことあるような…」

 

「うーん…ヨメミも確か何かのアニメかなんかで聞いた記憶があるけど…」

 

「それほどメジャーなものではないっすからね。知らなくて当然っす。と言っても、ばあちゃる君もそこまで詳しいわけではないっすけどね」

 

申し訳なさそうな表情を浮かべ、後頭部を掻くばあちゃる。確かに情報収集をするのであれば、人では多い方がいい。だが、それでもシロにはある疑問が残った。

 

「情報収集ならメンテちゃんの出番じゃない?メンテちゃんならここにいる全員よりも早く集めれそうだけど」

 

「メンテには別件で動いてもらっているっす。なるべく事を大きくしたくないので、ウチでもほぼ総出で動いているっすから、こっちの応援は難しいっすね」

 

「あー…人手がないからなー、ウチ」

 

どこか攻めるようなたまの視線に、ばあちゃるとシロは同時に目を逸らした。少し前に起きた騒動の負い目を感じているのだろう。

元々ばあちゃるについてきた人が集まってできたのがアップランドという企業だ。さらに政府と深い繋がりもあり、国家機密も多くある企業であるため、容易に人を雇うことが出来ない。少し前にたまを中心にその人手不足が原因でひと騒動が起きたのだ。まさかVTubeとして、アイドル部がここまで大きくなるとは思っていなかった故に、起きた悲劇でもある。

本人たちは既に解決したことではあるが、そのことが未だに尾ひれを引いているのも事実。アップランドが出来た一番の要因であるシロと、問題を起こしてしまったばあちゃるはその事に関してはたまに頭が上がらない。

身内の問題を引っ張っても仕方がない。話を続けるために、一つ大きく咳払いをして話を続けた。

 

「と、ともかく!原因が怪異ならばその発祥と過去の『猿の手』による事件を調べれば解決策は出てくるはずっすよ!」

 

「そういうものなの?」

 

「あまり知られてないことだけど、こういった伝承とか逸話が元になった怪異や妖怪は、その元を辿れば解決策が付いてるものなの。例えば『吸血鬼は太陽に弱い』とか『悪魔には銀の銃弾が有効』とか、そんな感じに」

 

「ほえぇ、さすがシロちゃん。博学だなぁ」

 

「…お化けが怖いから退治する方法を検索してるときに覚えた、とはとても言えないっすね」

 

「何か言った!?」

 

「何でもないっす!」

 

唐突に始まる夫婦漫才に、さすがのアカリも苦笑を零した。

 

「ま、そんなわけでこういった情報は、ネットだけじゃなく書物から調べることも大事っすからね」

 

「だから図書館に集合だったんだ」

 

「そいうことっすね、完全に。ここの館長は古い怪異現象の特集や、それに関連する書物を好んで集めていたっすからね。ここでなら無駄足になることはないでしょう」

 

そう言ってばあちゃるは、とある一角に指をさした。そこには『言い伝え・伝承』と分かりやすくコーナー分けされた棚がある。しかもそこは他のコーナーに比べて量も多い。その量にヨメミは、この後の作業量を想像して冷や汗をかいた。

 

「そしてもう一つ。たまちゃん」

 

「え?私?」

 

「そうっす。たまちゃんには、今回のメンバーのリーダーをやってもらいたいっすよ」

 

「わ、私が!?シロちゃんとアカリちゃんを差し置いて!?無理無理!」

 

「え?適材適所だと思うけど?」

 

「うん。たまちゃんはリーダーシップあるし、アカリも任せられると思う!」

 

「このメンバーなら妥当じゃない?」

 

「みんな!?」

 

ばあちゃるの案に同意するシロたちに、たまは驚いたように振り返った。そんなたまの様子にシロたちは首を傾げる。

 

「ほら、シロは先頭に立つのは得意だけどまとめるとなると、ちょっと自信がないかな。うまも司会の経験のおかげで進行は得意かもしれないけど、まとめるのは苦手なことはたまちゃんも知ってるでしょ?」

 

「アカリも自分にリーダーシップがあるとは思えないかな!」

 

「自信満々に言うことじゃないよね!?まあヨメミもそうなんだけど。たまちゃんは生徒会長でもあるから、慣れてると思うしヨメミも賛成!」

 

「みんな…」

 

「ここに集まったメンバー…というよりVTuberのみんなは個性が強いっすからね。こういう時のまとめ役は、既にできてるグループなどでリーダーの経験がある方がいいと思ったっすよ。だからたまちゃんに軍配が上がったわけっすね。…そういうわけなんすけど、いいっすか?」

 

まっすぐ見つめて、ばあちゃるは確認をとる。その姿に、たまは胸が熱くなるのを感じた。いつだって自分で抱えて誰にも頼らず一人でなんとかする愛する人が、自分を頼ってくれている。これほど燃えるものがあるだろうか。チョロいと言われようが、たまが出す答えは決まっていた。

 

「勿論!滅多にない馬Pからの頼み事、受けるに決まってるよ!」

 

「そういってくれると助かるっすよ!それで早速で悪いっすけど、分担していきましょうか」

 

「分担?え?調べるだけだよね?」

 

「そうっすけど、さすがにあの量から調べるのは骨が折れるっすからね、ポイントを絞って調べるのが得策っすね、完全に」

 

指さす棚には、有限とはいえ膨大にある資料の山。そこから『猿の手』というワードだけで調べていくのには骨が折れる。

 

「メンテちゃんもいつもそうやって調べものしてるもんね」

 

「ってことはメンテちゃんの入れ知恵だな?」

 

「そういうことっすよ。調べるのは『過去に起きた事件』と『猿の手の逸話が出来るまでの成り立ち』っすね」

 

「そっか。生まれて原因を調べれば対抗策も一緒にありそうだもんね」

 

「過去の事件からは、対策も出来るし重要だね。分担はどうするの、たまちゃん?」

 

「うーん」

 

たまは腕を組んで、思考の海へと落ちていく。こういった調べものは息の合ったもの同士で調べた方が作業が進む。そこまで考えれば自ずとチーム分けは出来ていく。そして、ある妙案を一緒に思い付いた。

 

「うん!事件の洗い直しは私とシロちゃん。そして成り立ちの確認と伝承についてはヨメミちゃんとアカリちゃんがお願い!」

 

「頑張ろうねたまちゃん!」

「任せて!」

「全力で調べるよ!」

 

「…あれ?じゃあばあちゃる君は何をすれば?」

 

「馬Pは休む!」

 

「はい!?」

 

ビシッ!と指さすたまに、ばあちゃるは驚愕の声を上げた。その予想通りの反応に、たまは満足そうに笑みを浮かべる。

 

「馬P。朝から休憩取ってる?」

 

「え…いや、それはほぼ取ってないっすけど、一大事ですし」

 

「馬Pの様子から見ると、この件は今日が山でしょ?悔しいけど女手の私たち三人と、能力の使用が一切封じられてるシロちゃんは現場じゃ役立たずになる。魔法が使えるシフィールさんもずっとベイレーンさんに付きっ切りのことも聞くと、ここ一番でさらに動いてもらうのはあまりにも酷だよ。それに、有事の際に動ける存在ってかなり大事なの」

 

核心を突かれ、言葉を失うばあちゃる。そして続けて話し始めたたまの考察に、気付けばその場にいる全員の視線はたまへと集中していた。

 

「そうなるとやっぱり欲しいのは力ある人が望ましいよね?この場でそれが一番当て嵌まるのは馬Pってわけ。なら、多少でもいいから今は馬Pに休んでもらって、コンディションを整えてほしいの」

 

たまが言うことは道理を得ている。だとしても、心配なものはしょうがない。助けを求める様にシロへ視線を向けるが、そこには『任せるべき』というアイコンタクトが返ってきた。

たまが決めたその案は、しっかりと先を見据えた最適解だ。戸惑いながらも冷静に考えて、頭だけでなく心にも納得をかけていく。

なにより信頼を寄せてリーダーに任命したたまからの指示だ。それを断るなんて、ありえない。

 

「おーけいですおーけいです。理由も納得いくものっすからね、ここはみんなに甘えるとするっすよ」

 

ばあちゃるのその言葉に、たまは安堵のため息を吐いた。ここで力になることは出来ないが、檄を飛ばすことは出来るだろう。

 

ばあちゃるは、不意にたまを抱き寄せた。そしておでこをくっ付け、不敵に笑みを浮かべる。

 

「後は頼んだっすよ。リーダー」

 

「ッ!もちろん。任されたよ」

 

頬を赤くするが、ばあちゃるの言葉に同じ様に不敵の笑みを浮かべて返す。その答えに、ばあちゃるは満足そうに頷く。やると言ったらやる。それがばあちゃるがよく知る『夜桜たま』だ。

 

「…はいはいはい。それじゃあね、ばあちゃる君は言われた通りにちょっと休憩してくるっすよ。幸い近くにネカフェがあるらしいので、何かトラブルがあったら連絡くださいねー!」

 

そう言い残してばあちゃるは、席を立った。その姿に固まっていたシロたち三人は動き出す。

 

「…そういうとこやぞ、うまあぁ!!」

 

「ビックリした。ばあちゃるさんって案外キザなのね」

 

「イベントとかじゃあまり見れない一面だったからアカリびっくりだよ」

 

去っていくばあちゃるに、シロは顔を赤くして吠える。アカリとヨメミも、女所帯の家庭故に男性のそういった一面に胸がドキドキだ。

 

「…よし。馬Pに任された以上、半端な仕事はできないね。シロちゃんにアカリちゃん、ヨメミちゃんも力を貸して!」

 

「うー。たまちゃんにもうまにも言いたいことは山ほどあるけど…うん。今はそれは置いておく。シロも全力で頑張るよ!」

 

「ベイレーンは毒舌がきついけどいっぱいお世話になったもんね!アカリも頑張る!」

 

「手は抜かないよ!」

 

あくまで他の客に迷惑が掛からない声量で四人は『おー!』と拳を掲げた。

 

 

「…よし。馬Pも戻って来たし、さっそく情報を整理していこうか」

 

時刻は日が傾き始めた17時半。集まってから丁度二時間が経過した所だ。調べものをしていることを察してくれた図書館の役員に勧められ、奥にある会議室に休憩から戻ってきたばあちゃるを含めた5人が改めて集合した。

 

「うま、しっかり休めた?」

 

「そりゃあもうぐっすりっすよ!いやー、最近のネカフェは凄いっすね。まさかあそこまで短時間睡眠する環境を整えるとは思ってもみなかったすよ」

 

「営業マンとかに需要があるとかないとか、アカリは聞いたことがあるなぁ。毛布の貸し出しから、アイマスクに耳栓とかもあるんだよね」

 

「そんなものまであるの!?はえぇ、すっごい」

 

「はいはい。ネカフェ談義は横に置いておいて、時間がないよ」

 

慣れた様子で場を仕切るたまに、ばあちゃるはたまにリーダーを任せたことは間違いではなかったと確信する。現に、たまの言葉に横に逸れ始めた話題は修正され、全員の気も改めて引き締まった。

 

「それで『猿の手』についてなんだけど…まずはどんな怪異なのかから確認した方がいいかな」

 

「そうっすね。まとめるにしても、そのことを再確認するのは大事っすから」

 

「それじゃあ…シロちゃん、お願いしてもいい?」

 

「あい!任せて!」

 

元気よく返事をするシロに、たまは小さく安堵の息を零した。最も尊敬するシロに指示を飛ばすのは、さすがのたまも緊張を覚えるようだ。

 

「それじゃあ、『猿の手』という怪異について。この怪異は簡単に言うと『魔人のランプ』と類似したものなの」

 

「『魔人のランプ』?それって超大手のネズミ国で映画化されたウィル・スミスが演じたアレっすか?」

 

「そこまでボカさなくてもよくない?それであってるよ。ある日この『猿の手』が家に届いて、それを手に取ると頭にこう囁かれるの。『三つの願いを言え』ってね」

 

「なるほどなるほど。確かに『魔人のランプ』と類似してるっすね、完全に」

 

「けど、この『猿の手』はなんというか…陰湿なの」

 

「陰湿?」

 

横から続くアカリの言葉に、ばあちゃるは首を傾げる。続きを促すアカリとばあちゃるの視線に、シロは頷いて言葉を続けた。

 

「アカリちゃんの言う通り、ちょっと願いの叶え方が陰湿なの。見つけた例なんだけど…

 

『とある老夫婦が知人から、この『猿の手』をとある事情で引き継いだ。その老夫婦は既に定年しており、一人立ちした息子が一人いる。順風満帆の様に見える夫婦の悩みは唯一つ、それは借金。その額は200万と決して安くはない額で合った。

既に定年していた夫婦はこの借金をどうしようかと悩んでいる時に、この『猿の手』が引き継いだのだ。愛する息子に借金を相続したくない。その一心で、夫婦は『猿の手』に『借金を無くしてほしい』と願った。その声が聞こえたのか、二人の頭に『その願い、聞き入れた』と響いたそうだ。

しかし、その後何か起こることも無く一日が過ぎる。『結局、眉唾モノか』と落胆する夫婦に一本の連絡が届く。

『息子が死んだ』

呆然とする夫婦に知らせは続く。どうやら仕事中の事故が原因であった。突如苦しみだした息子に、不幸にも頭上からの落下物が当たり、即死したようだ。

その翌日。息子が勤める企業から見舞金が送られてきた。その額200万。奇しくも老夫婦が抱えている借金と同額だった。』

 

って感じかな。この後2回目の願いで、『息子を蘇らせてほしい』って願ったら無残な死に方をしてしまった息子がその状態で家の扉を叩いてきたから、3回目の願いで『息子を墓に戻してくれ』と願い、平穏な日常に戻ったって続くんだけど」

 

「なんすかそれ。ヤバヤバのヤバーしじゃないっすか」

 

「聞いた感じ『三つの願いを叶えてくれる』という伝統的な御伽噺を暗くしたパロティみたいな話だよね」

 

「無償で願いが叶うことはないというメッセージが強いね」

 

「わからなくはないけど、ヨメミ的には好きじゃないなー」

 

各々の感想を語る4人にシロは同意するように頷いた。

 

「…あ。ベイレーンが言ってた『願ってしまった』というのはこれのことっすね」

 

「多分そうかも。ベイレーンさん頻繁に会社の愚痴を言ってたし、お酒が入ると加速するからね」

 

「少し前まではシフィールとか発散相手がいたけど、今じゃ一人暮らしなんだよね。エイレーンも予定が合わなくて、ベイレーンのこと心配してたもん」

 

「やけにエイレーンの様子がおかしかったのはそれが原因っすね。…まったく、俺には抱え込むなとかいつも言ってるくせに、当の本人はどうなんすかね」

 

やけにショックを受けていたエイレーンの姿を思い出して、ばあちゃるはため息をつく。いらないところが似てしまった友人に、ばあちゃるは頭を抱えた。

 

「例じゃ最後には平穏な日常に戻ってるんだけど…あ、たまちゃん。このまま『過去の事例』の話に移っちゃってもいい?」

 

「そうだね。このまま入った方がいいかも。お願い」

 

確認をとるシロに、たまは同意して話の続きを促す。その言葉に、シロは軽く笑みを浮かべた。

 

「あいあい。話を戻すけど、例じゃ最後に平穏な日常を取り戻してるけど、事例じゃそんなことはなくてね。『猿の手』を受け取ったであろう人物全員が失踪してるの」

 

「失踪?しかも全員?」

 

「文字通り全員だよ。それっぽい疑惑も含めて全滅。さすがのシロもこれにはびっくりした」

 

シロの説明中に、たまが全員に事件の資料を配る。中には三つの事例が記されていた。

 

「まず一つ目。これはもっとも古いやつで時代的には…江戸時代くらいのになるのかな?」

 

「棚調べてるときに何故か地域の歴史書が混じってたから、もしかしてって思ってみたらビンゴだったの」

 

「さすがたまたまっすね。はいはいはい。それで内容は…っと」

 

書かれていたのは一人の百姓の話だ。偶然『○○の手』を手に入れた男は、一つ目の願いに公家入りの願った。その願いは、男が可愛がる一人娘が偶然にも公家の見定まり、嫁入りしたことにより叶う。

公家入りした男だが、それはあくまで側室であり、さらに言うならば末端だ。より強い権力を求めた男は、『○○の手』に二つ目の願い、地位向上を願う。すると他の側室が謎の病が流行り、次々と死んでしまい生き残った娘が自動的に階級が上がった。しかし、代償として男が愛した妻も同じ病に感染してしまい、この世を去った。

 

「なぁるほど…って、あれ?三つ目の願いは何だったっすか?」

 

「それが分からないの」

 

「え?」

 

「この資料も、残っていた男の日記を解読して判明したことで、この後のことは書かれてなかったの。ただ、断片的に『声が聞こえる』とか『喉が渇いた』とか書かれていたけど、ある日を境に真っ白で何も書かれてなかったみたい」

 

「そういうことだったっすね。あとなんで『猿の手』じゃなくて『○○の手』って表記されてるんすか?」

 

「あ、それは発祥にも関わってくるから後でアカリたちが話すよ」

 

「おーけいですおーけいです。とりあえずわからないならひとまず置いておいて。二つ目にいきましょうか」

 

「次は昭和のとある女性の記録だよ」

 

「この資料は結構しっかり残っていて、けっこう生々しいから気を付けて」

 

たまの言葉にばあちゃるは、力強く頷いて資料を覗いた。

 

とあるところに、ある男に恋をする女性がいた。その女性は、友人たちにその男のことに好意を抱いていることを常日頃言っており、知り合いの間では有名でもない話だったそうだ。

そんなある日。女性は友人に『彼と付き合い始めたの!』と報告をした。しかし、その報告に友人一同驚愕をせざるを得ない。なぜなら、それは女性が愛する母親が亡くなった翌日の出来事だったからだ。『親の死で同情でも誘った』と言う人もいたが、女性と親しい友人は複雑ながらもその関係を祝福した。

それから数日後。女性は友人に『彼と婚約が決まったの!』と報告した。しかし、その報告に今度は全員眉を顰める。なぜなら、それは女性の最愛の父親と弟が亡くなった翌日の出来事だったからだ。その報告には親しい友人であっても、女性を疑わずにはいられなかった。何か怪しいモノに魅入られたのか、と心配した女性の友人は知人の霊媒師と共に、女性の元に向かった。

そこには女性だったモノがあった。友人の中で人一倍に美意識が高く、それに見合う美しかった女性はまるで『猿』のように剛毛な体毛に覆われていた。その女性だったモノにすでに息はなく、何故か右腕だけがなくなっていたそうだ。

 

「…ふむ。そういやこの女性と婚約したという男性はどうなったっすか?」

 

「資料の備考欄に書かれてるけど、その女性の家にいたよ。ただ、目は虚ろで俗にいう『廃人状態』だったみたい」

 

「様子を見ると『猿の手』に無理やり意思を操作された反動と見るのが妥当っすね。にしても、これも三つ目の願いが不明っすか」

 

「そしてこれが最後の三件目」

 

「時期は平成末期。これはちょっと様変わりしてるかな」

 

「様変わり?」

 

「読んでみればわかるよ」

 

シロの言われた通り、ばあちゃるたちは三つ目の資料に目を通した。

 

とある男の家に、気が付いたら『猿の手』があった。それを手に持つと脳内で『三つの願いを言え、この猿の手が叶えてやる』と聞こえてきたそうだ。その男はホラーや怪異などに非常に関心を持つ一方、とても警戒心が強い男でもあった。男は伝承を調べ上げ、この『猿の手』がろくでもないモノということが解明した。

釣るされてある餌は確かに極上だ。されど、それに見合う対価を払うと言われるのであれば、男は餌を諦められることができた。男はこれ以上の災害を抑えるため、『猿の手』を厳重に封印し、別の被害者を出さないために行動を開始する。しかし、それが男が見舞われる不幸の始まりだった。

最初は自宅に、自分以外の誰かの気配を感じ始めた。男は既婚者で妻も娘もいたが、自分が一人の時に限って視線を感じる様になってしまう。どんどん強くなる視線に、男はついに体調を崩してしまった。熱にうなされながら、男は夢の中で自宅のリビングに立っていることに気が付く。そこには妻と娘が封印したはずの『猿の手』が入れられた木箱を前に座っていた。家族には『猿の手』のことを話していなかった男は焦り、妻と娘に問いただす。『この箱をどこから出した!』と。しかし帰ってきたのは無機質な言葉。『願いを言え』。妻と娘の声とは違うその言葉は確かに、その口から紡がれる。そこからは地獄だ。眠る度に家族から『願いを言え』と脅され、まともに眠ることも出来ない。しかも夢が原因で、男は家族に不信感を抱いてしまい、家族との関係もどこか歪が出始める。ある日。男は妻に離婚を切り出された。妻も娘も愛している。別れたくない一心で、男は『猿の手』に願った。『家族と離れたくない』と。

 

「…胸糞っすね」

 

「この後、この人は同じ手をやられて二回目も『家族と離れたくない』と願ったみたいなの」

 

「代償はこの人の両親。父親、母親の順で事故死したみたい。そして三つ目の願いは結局分からず、この人が失踪した後、前の女性の時と同じで奥さんと娘さんは廃人状態で見つかったって記録されてた」

 

「つまり、願いを言わなかったら催促してくるってこと?」

 

「しかもやり方も悪質だし、気分が悪くなるよ」

 

「ただこの人。絶望しながらも、しっかり自分の状況を記録し続けてたの。備考欄を見て」

 

全員のが資料の備考欄へ集中する。そこには自身の身体の変化を段階に記録されていた。

封印してからは記録通り、夢からの催促。一つ目の願いを叶えてからは『猿の手』と同じ腕。つまり右手が怪異に犯されたからか、獣の猿のように毛が生えてきた。さらに右手が猿の手と感覚がリンクしていることも確認されたようだ。

二つ目の願いを叶えてからはさらに酷くなった。まず『猿の手』は消滅。さらに自分の腕はまさに『猿の手』になったかのように毛むくじゃらの獣の腕へ変容した。時折自分の意思とは別に動き出すことが確認されている。

さらに三度夢で催促が始まると、本格的に腕の感覚がなくなってくる。腕だけではなく、身体全身が乗っ取られたようなことも何度かあったようだ。最後に男はこう記した。

 

「『まるで身体を乗っ取られるようだ』…か。なるほど。この第二段階の状態が今のベイレーンってことっすね」

 

「え?けどそれはおかしくない?だってベイレーンは『会社の滅ぼす』みたいなことを願ったんだよね?だから会社も燃えたわけだしさ」

 

「ヨメミ。会社の不幸は火災だけじゃなくて、ブラックの実態が火災があったのに『何故か』事細かく判明してることなんだよ」

 

「あ!」

 

「つまりベイレーンさんの愚痴を『会社を燃やす』と『会社の内情を暴露する』の二つで叶えたってわけか」

 

「ベイレーンらしいというか、なんというか」

 

「いやいやいや。割とヤバーしな状況ってことがこれで分かっただけでも僥倖っすね、完全に。ベイレーンの願いの代償が何なのか。それは今は確認が出来ないっすから、この部分は取り合ず置いときましょうか」

 

「わかった!そしてこれが私たちが見つけた情報だよ」

 

「もっと細かいのもいくつかあるけど、信ぴょう性が薄かったり、情報がなかったから抜かしておいた。けど、全部に共通しているのが」

 

「三つ目の願いが不明。そして全員が失踪しているってことっすね」

 

「そういうことになるね」

 

「シロちゃん長丁場の説明ありがとう。それじゃあ次はアカリちゃんとヨメミちゃん、お願いできるかな?」

 

「まっかせて!」

 

「ヨメミたちの2時間の結晶を見るといいんだよ!」

 

シロが着席するのと交代にアカリとヨメミが立ち上がる。そして事前にコピーしておいた資料を全員に配る。

 

「それじゃあまず『猿の手』の原点というか、世間に広まったのは1902年のイギリスの作家W.W.ジェイコブズという人が書いた『猿の手』なの」

 

「『三つの願いを叶える』という伝統的な御伽噺のパロティはそれ以前に多数あったんだけど、明確に『猿の手』と名付けられたのはこの時みたい」

 

「なぁるほど。だからさっきシロちゃんが説明した江戸時代の事例の『猿の手』の表記が『○○の手』というわけだったんすね」

 

「そうなの。シロもアカリちゃんから『猿の手』の発祥を聞いて、この事例の紹介をやめようと思ったんだけど」

 

「あまりにも『猿の手』案件と類似してたから、私が紹介をお願いしたってわけ」

 

「さすがたまちゃんっすね!ナイス判断っすよ!見つけたシロちゃんのナイス!!」

 

大袈裟だが、それがこの男の持ち味。ばあちゃるからの賞賛にシロとたまは、照れながらも胸を張った。

 

「さて、こっからちょっと話がややこしくなるよ。まず注目するのはこの1902年というところ。ここら辺は丁度、世界が激震する時代で、いくつもの戦争が起き始めた時代なの。この約10年後である1914年に第一次世界大戦が起きたと言えばわかりやすいね」

 

「そして何故『猿の手』が日本に伝わったかというと、それはこの1902年に日英同盟が結ばれたのが原因と考える説が濃厚だね」

 

「この日英同盟の交流の際に、この『猿の手』の原点が、日本にも流通したってアカリちゃんたちは考えてるんだね?」

 

「イギリスでも流行った御伽噺のパロティだから、交流を深めるための話題の娯楽として流れてきてもおかしくないからね」

 

「それで話は戻るんだけど、この『猿の手』。作中の設定ではインドの行者が作ったってあるの。あ、行者っていうのはいわば修行僧の事ね。日本風にいうと巫女さんとか、お坊さんとかそんな感じ」

 

「なんでアカリは最初に巫女さんがでてくるのか、これが分からない。…それで、また話が逸れるけどこのころのイギリスとインドの関係って知ってる?」

 

「はいはいはい。1902年というと…たしかインドはイギリスの植民地だったはずっすね」

 

「さらに言うとこの当時のイギリスは世界に進出するために結構インドに無茶な事ばかりしてたはずだよね?ちょっとはっきりは思い出せないけど、確かそのころくらいからインドで反英運動が激化したっていうのもシロ、覚えてるよ」

 

「うわすご。ばあちゃるさんもシロちゃんも合ってる!?」

 

「エイレーンから二人とも頭がいいって聞いてたけど、そんなことも覚えてるんだ。すご」

 

純粋な孫権の念を送るアカリとヨメミの視線に、今度はばあちゃるとシロは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。そんな二人を見ながらドヤ顔をしていたたまが、話を進めるために小さく咳払いをする。

 

「あ、ごめんごめん。それでそんな環境だから、インドの行者だってイギリスにいい感情は持っていないってことは想像できるよね?ここまで分かってアカリたちは、この『猿の手』はイギリスを陥れるために作った呪いの道具かもって仮定したの」

 

「なるほど、呪いの道具。日本風に言えば呪具ってやつっすね。となると、『猿の手』はやっぱろくでもないものってことになるっすね、完全に」

 

「さらに『猿の手』の正体を探るのにもう一つ面白い情報も付け加えるね。『猿』って日本や中国とかアジア周辺では古来から親しまれている動物だけど、イギリス辺り…つまり欧州じゃ生息してないだって。それこそ動物園でしか見られないレベルの希少さなの。さらに言うと、この当時にイギリスで存在していた動物園はロンドン動物園のみ」

 

「え、それって『猿の手』の『猿』が本当に『猿』なのか定かじゃないってこと!?」

 

「そういうわけで、今回の『猿の手』を『猿(仮)の手』として想定するよ。じゃあこの『猿(仮)』の存在は何なのかなんだけど…これがちょっとわからなくて」

 

「ちょいちょーい!?ここまできて行き詰ったっすか!?」

 

「行き詰ったというより時間切れだったの。ここくらいで丁度ばあちゃるさんが戻ってきたから、そこで中断するしかなくて」

 

「2時間しかなかったもんね。それでここまで情報を得ただけでも花丸だよ」

 

声を荒げたばあちゃるだが、その理由に納得せざるせざるを得ない。落ち込む二人に、シロは慰めるが、その表情は暗いままだ。その時、思考の海に潜っていたたまが不意に言葉を零した。

 

「…『三つの願いを叶える』。これって最初に思い浮かべるのって、やっぱアラビアンナイトで出てくるランプの魔人だよね?」

 

「そうっすね。…ってちょっと待て。ランプの魔人『ジーニー』…これって確かイスラムじゃジンとも呼ばれてなかったっすか!?」

 

「ジン!それって、イスラム圏じゃ精霊って意味だよ!?」

 

「イスラム圏!?ヨメミ!確かイスラム圏ってことは!?」

 

「うん!インドも入ってる!?」

 

たまの呟きからばあちゃる、シロへと連鎖するように繋がっていく。ヨメミが開いた世界地図に、インドは確かにイスラム圏の枠内に収まっていた。

 

「つまり『猿の手』っていうのは精霊の手を見立てた、もしくは代わりに似たナニかを用いて出来たモノってことであってるんだ!」

 

「こうなれば後は簡単っすね!つまり日本風で言えば『猿の手』とは『妖怪の手』ともとれる!『猿の手』の性質と似た妖怪を探し出しせば、その妖怪と同じ退治方法で何とかなるはず!」

 

「けどジーニー似た性質なんでしょ?そんなパッと思いつくかな」

 

「なにもジーニーみたいと連想する必要はないんだよ。シロたちが調べた前例と似たようなことをやってる妖怪でもいいの」

 

「となると…きゅうべぇ?」

 

「確かにデメリットを話さないところとか似てるけど、さすがに違うでしょ」

 

ヨメミの言葉に、たまは苦笑半分で断ち切る。それにヨメミは『デスヨネー』と同じく苦笑を零した。

 

「…アカリの考えを言ってもいいかな?」

 

「どうぞどうぞ。こういうときは言うのが大事っすからね」

 

「じゃあお言葉に甘えて…アカリはこの『猿』は『鬼』だと思ったんだ」

 

「鬼?鬼ってあの?」

 

「ヨメミが想像してる通りの鬼だよ。…あ!にじさんじさんに所属する尊様は無関係だからね!?」

 

「いや、それはわかってるっすけど、しかしどうして鬼と思ったっすか?」

 

「ほら日本の鬼って実は結構曖昧じゃん?地獄の閻魔様の元に仕えるのも鬼だし。よく昔話とかで出てくる妖怪の鬼、さらに鬼畜な人や強い人のことも鬼って言う。尊様みたいなどれにも当てはまらないけど、角が生えててお酒が好きならそれも鬼だし」

 

「みこみこは自己申請の部分があるっすからなんとも言えないっすけど、確かにアカリンの言う通り『鬼』の区別はかなり曖昧っすね」

 

「だからね。『鬼』を用いた、じゃなくて『鬼っぽいナニか』を用いたのなら納得できないかな?」

 

「それはちょっと無理があるんじゃない?」

 

「…いや、そうでもないっすよ。アカリンの『鬼』と同じ様に、日本の妖怪や怪異って結構こじつけの部分が多いっすから、アカリンの説明でもいけなくはないっすね」

 

「馬P本気なの?」

 

「シロもうまと同意見かな」

 

「シロちゃんも!?」

 

「シロはうまより確証持ってアカリちゃんの案に納得してるの。理由は、シロたちが調べた前例の一人目の男の話。備考欄に書いてあるけどこの男性、失踪する前に必要に『喉が渇いた』といつも言ってたみたいなの。これって鬼の種類の一つでもある『餓鬼』に当て嵌まらないかな?」

 

「餓鬼って?」

 

「はいはいはい。鬼の一種っすね。悪逆の限りを尽くした鬼、もしくは人が地獄に堕ちたらなると言われてる鬼っすね」

 

「つまり大量殺人者とかまさに『鬼』と呼ばれる人を素材に使ったのなら、憑りつかれた男性がその特性を受けて常に飢餓状態になっていたのにも説明がつく」

 

「おかしくはないけど…」

 

「たまちゃん。心配してくれるのはありがたいっすけど、こと妖怪や怪異に関して完全に特定することはかなり難しいっすよ。むしろこの2時間という短時間の中で、ここまでの情報を集め、まとめただけでも凄いことなんすから」

 

たまが、あやふやな情報のままで断定することを嫌った理由。それはこの事件にこの後、直接関わっていくばあちゃるの身を案じてのためだ。そのことをなんとなく察していたばあちゃるとシロは、二人でたまを抱きしめる。

 

「大丈夫だよ、たまちゃん。たしかにうまは、言ったことを忘れたり、連絡を疎かにすることもあるけど。ここ一番の約束は、絶対守ることはたまちゃんだって知ってるでしょ?」

 

「…ぐすっ…うん」

 

「そうだ!たまたまはまだばあちゃる君の家に泊まりに来たことはなかったっすよね?これが終わったら泊りに来るといいっすよ!シロちゃんもロッシーちゃんもいるっすから楽しいこと間違いないっすね」

 

「…うん。お泊り、する」

 

「ほら、約束したからにはうまを送り出さなきゃ。これからの大仕事、たまちゃんの声援があればうまだっていつもの百倍頑張れるはずだよ」

 

「はいはいはい。もうね、百倍どころか千倍、いやいや一万倍頑張っちゃいますね!」

 

「なにそれ」

 

ポロポロと涙を零しながらも、笑みを浮かべるたまにシロとばあちゃるは胸を撫で下ろす。三人で抱き合った状態を放しながら、ばあちゃるは決意を胸に秘めた。

そして立ち上がる際に、たまに小さな紙切れを渡す。

 

「?」

 

「さて!情報もまとまったわけっすから、ばあちゃる君はそろそろベイレーンのところに向かうとするっすよ」

 

「アカリたちも!」

 

「だめっすよ。協力をお願いしたばあちゃる君が言うのもなんすけど、心配したエイレーンの意も汲んであげてください。だーいじょうぶ。大団円で帰ってくるっすよ」

 

「…エイレーンたちをお願いします!」

 

「このばあちゃる君にどーんと任せてほしいっすね、完全に!」

 

「…うま」

 

「はい?なんすか、シロちゃん」

 

「いってらっしゃい」

 

「ッ!…いってきます!」

 

そうしてばあちゃるは一足先に図書館を後にする。向かうは決戦の地、ベイレーンの自宅。日は沈み始め、怪異が活発になるであろう夜へと変わっていく。

けれど、シロは心配など一つもしてはいなかった。ばあちゃるであれば、大丈夫。せめて帰ってきた後は、いつもより豪勢な晩御飯にしようと笑みを浮かべながら決定した。

 

 

 

「戻ったっすよ」

 

「馬!」

 

図書館を出て約十分。ばあちゃるはある荷物を片手に、ベイレーン宅に戻ってきていた。ベイレーンの寝室に入ると、ベイレーンの横にいたエイレーンが駆け寄ってくる。

 

「はいはいはい。遅くなって申し訳ないっすね」

 

「いえ、事態が事態なので、むしろ今日中に戻ってくるとは思ってもみませんでした。…連絡も入れずここに来たということは、解決策が見つかった、ということですよね?」

 

「そういうことになるっすね。あの後、多少は何か胃に入れたっすか?」

 

「さすがに食べる気は起きなかったのですが、何か入れないと動けなくなりますからね。レナナさんと一緒に消化にいいうどんをみんなで食べましたよ」

 

「おーけいですおーけいです。ベイレーンとシフィシフィの様子は?」

 

「姉さんは変わらず…いえ、少し前から過剰に水分を要求してくること以外は変わりないですね。シフィさんも付きっ切りで魔法をかけてるみたいですけど、ちょっと限界に近いかもしれないです」

 

「なるほど」

 

ばあちゃるの予想通り、事態は刻々と深刻化しているようだ。険しい表情を浮かべながら、ばあちゃるはエイレーンにとあるメモを渡した。

 

「これは?」

 

「思いのほか、ヤバーしな状況っぽいのでさっそく撃って出ます。シフィシフィを少し下げてもらってもいいっすかね?」

 

「…わかりました」

 

メモのことは説明する気がないことを察したエイレーンはとりあえず、ばあちゃるの指示に従う。レナナ、萌実の両者と共に魔法をかけているシフィールに声をかけた。

 

「…ベイレーンは、何とかなる?」

 

「なんとかする、って方が正しいっすね」

 

不安そうな表情を浮かべるシフィールに、ばあちゃるは安心させるために笑みを浮かべる。そして、シロたちと共に集めた情報から今ベイレーンが置かれている状況に説明した。

 

「そういうわけっすから、今からその『鬼』を退治するわけっすね」

 

「鬼退治!?え、それってこの小さな部屋で何とかなるものなの!?」

 

「なるほど。『鬼』が相手ならできなくはないですね」

 

「そうなの!?」

 

これから行われる『鬼退治』に驚愕の表情を浮かべる三人とは別に、エイレーンは納得したように頷いた。

 

「確かに『鬼』というのは恐ろしいモノです。たとえそれが鬼のランクで下の方とされる餓鬼だとしても、少なくとも人間がどうこうできる存在ではありません」

 

「やっぱヤバいじゃん!?」

 

「落ち着いてください萌実さん。ヤバいといっても、逸話や伝承の存在とされる『鬼』は多くの制約があります。具体的には世間が思う、想像する鬼として存在せざるを得ないということですね」

 

「つまりそれって。私たちが『鬼はこういう存在だ』と認知した通りしか存在できないってこと?」

 

「そういうことです。ですから人間は基本どうやっても鬼には勝てません。しかし、その認知の力のおかげで、鬼は人間に対等の勝負を挑まれたら断ることが出来ないんですよ」

 

「え、なんで?」

 

「萌実さんも少しは考えたらどうですか?」

 

「私に辛辣すぎない??…いや、むしろそれがエイレーンだよ。よかった、やっと元に戻ってきた」

 

「非難されて安心されるとか、おたくのところ色々と相変わらずっすね」

 

「うるさいです」

 

心底安心する萌実に、エイレーンは珍しくも赤面した。それがどうにも微笑ましくて、ばあちゃるは小さく笑みを浮かべる。

 

「コホン。日本は古来より追ってくる鬼から逃げる癖をつけるために、それを遊びとしてきました。具体的には『鬼ごっこ』や『隠れ鬼』『色鬼』などなど、ローカルルールを加えるとさらに多くなると思います」

 

「言われてみれば、あれって元を辿れば訓練みたいにも見えるよね。当時は楽しい遊びとしか認知してなかったよ」

 

「『ごっこ遊び』…つまりこれは『勝負』とも読み取れます。つまり誰かを鬼として遊ぶ『ごっこ遊び』が浸透したおかげで『人と鬼が勝負することができる』という、こじつけっぽいルールが出来上がったってわけです」

 

「だから鬼は勝負を挑まれたら断れないんだね」

 

「そういうことです。ただし、ルールは公平でなけれはそれに値しません。もし人側に有利すぎるルールとなると、制約である『勝負』ではなくなってしまうので、鬼を縛ることが出来ないんですよ」

 

「つまり鬼相手にガチンコ勝負で勝たないといけないってことか」

 

「そこはばあちゃる君に任せてください!絶対に勝ってみせるっすから」

 

「…ばあちゃるさん、ベイレーンの事をお願い」

 

託すような視線を向けるシフィールに、ばあちゃるは力強く頷いた。そしてシフィールは魔法を解いて、ベイレーンから離れる。シフィールの魔法のおかげで進行が遅れていた『猿の手』の浸食がゆっくりとだが、ベイレーンの身体を確実に蝕んでいく。そんなベイレーンも前に座り、ばあちゃるは意を決して、二度拍手して口を開いた。

 

「『鬼さんこちら、手の鳴る方へ』」

 

それを合図に、ベイレーンが目を開き起き上がる。しかし、ベイレーンの様子がおかしいのは一目瞭然だ。何せその瞳は真っ黒に染まり、『猿の手』に浸食された腕も相まってとても人間に見えない。そんなベイレーンに臆することなく、ばあちゃるは不敵な笑みを浮かべた。

 

「一勝負やろうじゃないっすか、無粋な鬼さん。ばあちゃる君が望むのはお前がベイレーンの身体が出ていくこと」

 

『…いいだろう。お前は何をかける?』

 

「もちろん。ばあちゃる君の命を」

 

ベイレーンの口から放たれる、背筋も凍るような低い声。大よそ女性の声ではないそれに、観客と化していた萌実たちは震えあがった。

 

「はいはいはい。それじゃルール説明と行こうじゃないっすか。勝負内容は簡単。ポイント制ポーカー三本勝負といきましょう」

 

ポイント制ポーカー三本勝負。

それぞれの役にポイントを設けて三回勝負を行い、総合ポイントが高い方の勝利とする。チェンジはそれぞれ1回。しかし、3点を消費することでもう一度チェンジが出来る。チェンジが出来るのは無償の一回目を含めて三回までとなる。

ポイントはそれぞれ

 

ハイカード(役なし)     : 0点

 

ワンペア           : 1点

 

ツーペア           : 2点

 

スリーカード         : 3点

 

フラッシュ          : 5点

 

フルハウス          : 8点

 

フォーカード         :10点

 

ストレートフラッシュ     :15点

 

ロイヤルストレートフラッシュ :25点

 

となっている。

運と、入れ替えをするかしないかの駆け引きが勝負のカギとなるのだ。

 

「カードとシャッフルする人についてなんすけど、ここにいる全員がばあちゃる君の仲間なんでね、その中からシャッフルする人を選ぶのは公平性に欠けるってことでこんなのを買ってきたっすよ」

 

「あ!それ前にテレビで見た事あるやつだ!」

 

「はいはいはい。トランプなどでよく使われる自動でトランプなどのカードをシャッフルしてくれるやつっすね。細工してない証拠に、ここに来る前に買ってきたやつっすよ」

 

『問題ない』

 

ばあちゃるが袋から出した小道具をベイレーンに憑りついた鬼に確認を取る。パッケージに包まれたそれは、新品である証拠でもあり、ベイレーンに憑りついているため、その知識を有していた鬼は満足そうに頷いた。

 

「駆け引きの部分もあるけど、やっぱいい手札を引けるかどうかはその人の運に関わってくるから決着が全く予想できないよ」

 

「完璧なる公平な中で行われる運勝負…胃が痛くなっちゃうね」

 

「…すみません。トイレ行ってきますね」

 

「エイレーン、メンタル弱ッ!?」

 

外野を余所に、ばあちゃるは機械と新品のトランプの封を切る。それも細工をしていないことを確認してもらい、機械へとセットした。機械の中で自動でシャッフルされたカードは、鬼とばあちゃるへそれぞれ5枚ずつカードを配られる。開始の合図はいらない。二人の雰囲気がそれを物語っていた。

 

「チェンジ」

 

『チェンジ』

 

鬼は3枚。ばあちゃるは5枚すべてのカードを横に置き、宣告した枚数を機械から受け取る。引いたカードを見て、ばあちゃるの眉がピクリと動いた。

 

『オープン。フルハウスだ』

 

「…オープン。ワンペア」

 

 

ポイント

ばあちゃる :1点

鬼     :8点

 

 

「いきなり7点差!?」

 

「スタートは相手の方が有利。けどまだ巻き返せるよ!」

 

「けどチェンジする回数が増えるのは、チャンスが増えるってことだから部が悪くなったのは確かだよ」

 

「ベイレーン…」

 

固唾を飲むシフィール。緊迫した雰囲気の中、鬼とばあちゃるは、カード再び機械へと入れる。誰かの心拍数が聞こえてきそうなくらいの静寂の室内に、機械の中でカードがシャッフルされる音だけが響いた。再び配られたカードを、二人は確認する。

 

「俺はこのまま」

 

『チェンジ』

 

変化を指せない表情のまま、鬼は全てのカードを入れ替える。ピクリとも動かない表情は人間味がなくて、まさに人外と納得でるさまだ。

 

『もう一度、チャンジ』

 

「うし、3点減少!」

 

「差はまだあるけど少し縮まったね!」

 

「なるほど。これはリスクが大きいな」

 

鬼は自分の3点を消費して、さらに3枚のカードを入れ替える。残る鬼の点数は5点。まだ入れ替えはできるが、ばあちゃると視線を合わせたのを見るとこれ以上はする気がないようだ。

 

「オープン。フラッシュ」

 

『オープン。スリーカード』

 

ポイント

ばあちゃる :6点

鬼     :8点

 

「よし!よしよしよし!!追いついてきたよ!」

 

「チェンジして、それでも±0は強い。けどそれ以上にばあちゃるさんも追いついてきてる!」

 

「吐きそうだよぉ…」

 

「今戻りました。どんな状況ですか?」

 

「おかえり。今2戦目が終わって、ばあちゃるさんが追い付いてきたところだよ」

 

御手洗から戻ってきたエイレーンに、萌実が現在の状況を説明する。勝負は鬼が一歩リードしているが、ばあちゃるも負けておらずその背中はもう見えている状況だ。全員の胸に希望が灯る。

 

「…なるほど。泣いても笑っても、次で最後ってことですか」

 

興奮と緊張からか、ばあちゃるの頬に汗が伝う。動悸も既に激しいくらいに高鳴っている。負けるわけにはいかない。

三度シャッフルされ、配られたカードを確認する。その時、ばあちゃるの眉が再び動いた。

 

「これは…」

 

「チェンジ」

 

『チェンジ』

 

「どうしたのエイレーン?」

 

不意にエイレーンが零した小さな言葉に、反応できたのは隣に立っていた萌実のみだ。気付かれたことにエイレーンはバツの悪い顔を浮かべながら、萌実にしか聞こえない声で語りかけた。

 

「馬の眉がわずかですが、一瞬動いたでしょう?あれ、昔からの悪い癖なんです。気付かれたくないことを気付かれた時とか、嫌なことが起きた時とか、そんなときにたまに動くんですよ」

 

「え!?それって!?」

 

「よほどの緊張状態なのでしょう。普段であればあそこまで露骨に動くことはないのですけど…ちょっとこれは不味いかもしれないですね」

 

「そんな…」

 

「ッ…チェンジ」

 

『チェンジ』

 

二人の会話を余所に、鬼もばあちゃるも3点を消費してもう一度カードの入れ替えを行う。点差は変わらずだが、ばあちゃるの点は残り3点となった。

 

「あ、また眉が…」

 

「ポーカーも麻雀と同じで駆け引きよりも運要素が強いゲームです。最悪のパターンもないわけではないですけど…これは…」

 

顔を顰める萌実とエイレーン。そんな二人に気付いてか気付かずか、ばあちゃるは顔を伏せた。

軽く深呼吸。肺にある空気を外に出して、新鮮な空気を吸い込んだ。しかし、窓も開けていない密室である空気なんて吸っていてあまりいいものでもない。なによりアルコールを少し感じれて、ベイレーンの生活の悪さを察せてしまう。

けれど、救うべき人の存在を感じれたおかげで覚悟が出来た。ばあちゃるは決意した表情で、顔を上げる。

 

「ベイレーン。悪いっすけど、地獄までの相乗りをお願いするかもしれないっすよ」

 

「…はは…それも、悪くないお…」

 

覚悟の独白だったが、それは予想外にも返事が返ってきた。鬼を…ベイレーンを見ると真っ黒に染まった瞳が、その片方はいつものベイレーンの赤い瞳へと戻っている。呆然とするばあちゃるに、ベイレーンは不敵に笑みを浮かべた。

 

「初恋の…男に、そんなこと言われて…嬉しくない女なんて…いないお…けど、どうせなら地獄より…どっかの飲み屋の方が…私は嬉しいお…」

 

「はは。それでこそ、ベイレーンっすね!おーけいですーけいです。…この勝負、勝たせてもらいますよ」

 

「初恋!?ちょ、姉さん!どういうことですか!?」

 

「どうどう!エイレーン落ち着いて!いまはそれどころじゃないでしょ!?」

 

「言われてみればベイレーンの部屋に隠されてたエッチな本の男の人って大体ばあちゃるさんとそっくりだったかも」

 

「マジ?こんな場面で性癖晒されるなんてちょっとかわいそう」

 

「チェンジ!」

 

外野の混乱なんて何のその。ばあちゃるは残りの3点全て使って、全てのカードを入れ替える。そして、機械から出されたカードを見ないまま、鬼に向かいあった。

 

「勝負!」

 

『オープン。フォーカード』

 

「嘘でしょ!?この場面でそれ引く!?」

 

「こんなのドラマでも起きないと無理じゃん!?」

 

混乱する萌実にレナナ。祈りだすシフィールを余所に、エイレーンは先程の様子と打って変わって、勝ちを確信したように笑う。

 

「オープン!…ッ!ロイヤルストレートフラッシュ!」

 

「うっそでしょ!?」

 

「ドラマチックすぎない!?」

 

ばあちゃるがひっくり返したカード。それはスペードの10,J,Q,K,Aで構成されたストレートとフラッシュの混合であり、ポーカーにおいて最強の役でもある『ロイヤルストレートフラッシュ』の他ならなかった。ロマン溢れるドラマチックな展開にエイレーンを覗いた3人は黄色歓声を上げることしかできない。

 

ポイント

ばあちゃる :25点

鬼     :15点

 

これにより、二人の得点がひっくり返った。結果はばあちゃるの勝利となる。

 

「さぁ!ばあちゃる君の勝ちっすね!さっさとベイレーンの身体から出ていけ!!」

 

『くぅ!』

 

負けたモノは、勝者の言うことを聞かなければならない。それは伝承や逸話から生まれた『鬼』にとって逆らえないものだ。ベイレーンの身体を浸食していった『猿の手』は、その浸食を巻き戻す様、腕にへと戻っていき、最後にベイレーンの腕が分裂するようにミイラのような『猿の手』が床に落ちた。

 

「シフィシフィ!封印魔法っぽいの使えないっすか?」

 

「あ、はい!使えるよ!」

 

「ばあちゃる君も知り合いから貰った護符があるっすから、それと一緒にこの『猿の手』を簡単でもいいっすから封印しましょう!」

 

「分かった!」

 

力が抜けていたシフィールはばあちゃるの言葉と同時に、魔力を高める。そして、落ちた『猿の手』を手袋越しに拾い、入っていたと思われる黒い木箱にしまい、護符を張った。

 

「はいはいはい!シフィシフィ、あとはよろしくお願いするっすね!」

 

「任せて!」

 

その直後。シフィールから聞きなれない言語の言葉が発せられたと思うと、密室であるはずのベイレーンの部屋に風が吹き荒れる。そしてそれは、『猿の手』が納められた木箱を包みこんだ。先程から感じていた嫌な雰囲気は大分収まった。どうやら仮とはいえ、封印は成功したようだ。

 

「…うし!後はこれを本職の人のところに持っていって、確実にしっかりきっちり封印するようにお願いしとくっすよ」

 

「はい!本当にありがとうございました!!」

 

「いえいえ。ベイレーンにはいつもお世話…お世話になっているのか?…ま、まあ長い付き合いっすからね、これくらいはお安い御用っすよ」

 

「にしても、ばあちゃるさん。よくあの時勝負に出れましたよね。私、心臓が止まるかと思いましたよ」

 

「ああ、あれっすか。あれ、イカサマっすよ?」

 

「ええ!?」

 

「気付かれなかったってことは大成功ってわけだな」

 

驚くレナナに応える様に、機械が置かれたテーブルの下から声が聞こえてきた。そして、テーブルの下から出てきたのは不気味さと可愛らしさが絶妙にマッチしたマスコット『旧動画編集神』と、旧動画編集神と手を繋ぎながらにこにこ笑顔の『ちびたま』だ。

 

「あ!確か…アイドル部のマスコット!」

 

「マスコット?…うん、マスコットみたいなもんっすね」

 

「もんってなんだ馬面。マスコットでいいだろ」

 

旧動画編集神の言葉に、ちびたまは同意するように首を何度も縦に振った。そんな二人に、苦笑を零しながら、ばあちゃるは二人を肩に乗せる。

 

「その機械はイカサマ防止でパッケージに入った状態で持ってきたっすから新品なのは確かなんすよ。けど、この勝負はどうしても勝たなきゃいけなかったわけっすから、試合中に二人にお願いしてテーブルの下からハッキングをして出るカードを弄ってもらったって訳なんすよ」

 

「けどイカサマなんて」

 

「そもそもイカサマを禁止するとは言ってないですよ?『公平性に欠ける』とかなんか言ってイカサマ防止を謳ってましたけど、馬は一度も『イカサマ禁止』とは言ってませんでしたからね」

 

「そういえば…」

 

エイレーンの言葉に、シフィールは鬼とばあちゃるの話を思い出す。言われてみれば、確かに『イカサマ禁止』とは言ってない。

 

「禁止してないならやってもいいってことっすからね。鬼も、その部分は暗黙ながらも承認してたと思うっすよ。現に終わったら普通に『猿の手』に戻ったわけっすからね」

 

「けど、ばあちゃるさんが来た時にはその動画編集神ちゃんとちびたまちゃんっていなかったよね?」

 

「それは私が呼んだんですよ」

 

「エイレーンが?」

 

意外なところからの言葉に、萌実の視線はエイレーンへと注がれた。それに応える様にエイレーンは、とある紙切れを三人に提示する。

 

「それは?」

 

「うまがここに来た時に、私に渡したものです。書かれているのは、とある座標と隙を見てそこに行って二人を回収してきてほしいって内容になってます」

 

「そんな隙って…ああ!確か、トイレに席に立った時だ!?」

 

「え、あんな短時間で、しかも誰にも気づかれずに呼びに行くことなんてできるの?」

 

「エイレーンならできるんだよ!エイレーンって実はばあちゃるさんと一緒で、短い距離ならワープできる能力を習得してるの!ばあちゃるさんほどじゃなくても、離れてなければ短時間でも可能だし、マスコットくらいなら一緒にワープも出来る!」

 

「うわ、なら本当に?」

 

「はいはいはい。事前にたまちゃんに、ちびたまちゃんを借してもらえるようにお願いしてたっすからね。あとはエイレーンにお迎えしてもらうだけだったって訳なんすよ」

 

図書館を去る前。たまにも渡していた紙切れには、今回の作戦内容が書かれていた。なので打ち合わせはばあちゃるを通して、しかも紙切れのみでしかしていなかったが、単純なものであったため、スムーズに事が進んだのだ。

 

「けど、たまちゃんにはちびたまちゃんのことしかお願いしてなかったっすけど、なぁんで動画編集神まで来てるんすか?」

 

「それはこいつに呼ばれたからだ」

 

「ちびたまちゃんに?」

 

たま息を吐きながら、動画編集神は逆の肩に座るちびたまを指さした。その姿に、ちびたまは申し訳なさそうに何度も頭を下げる。

 

「確かに、あの機械くらいならメンテっていう人間が開発に関わってるちびたま程度でもなんとかなる。けどこいつは、こいつの主と似て石橋を叩いて渡るタイプでな」

 

「なぁるほど。成功率を上げるために、ハッキング能力がある動画編集神を助っ人に呼んだって訳っすか」

 

「そういうことだ。けど出番なんて机の下に潜り込むときに使ったステルス能力くらいだったから、ほとんど役立たずだったぞ?それに…」

 

「それに?」

 

「いや、何でもない。馬面、今度のお返し楽しみにしてるぞ」

 

「それはもちろんっすよ!ちびたまちゃんも楽しみにしててくださいっすね!」

 

無邪気に喜ぶちびたまの様子に動画編集神は苦笑を零す。ばあちゃるから何か受けることに対して現金なところも主にだと、一人笑わずにはいられなかった。

 

(それに。馬面の最後に出したロイヤルストレートフラッシュ。実は細工するまでもなく揃ってたとは、誰も信じないわな)

 

カードを出す前に何度もシャッフルをする機械。それが最後のシャッフルの時、カードの位置がどうなるか確認したところ。細工するまでもなく、ばあちゃるの手札はロイヤルストレートフラッシュを揃う様になっていた。

そんな誰も信じないであろう、本当にあったドラマチックな展開を、動画編集神は胸に中に秘めることにした。

 

「…んっ…んん?…」

 

「ッ!姉さん!」

 

「ベイレーン!」

 

「ベイレーンさん!」

 

「…もえもえは行かなくていいっすか」

 

「行かないのはきっとばあちゃるさんと同じ理由だよ」

 

駆け寄る3人を、離れた位置で見守る萌実とばあちゃる。二人の言葉に両肩に座る動画編集神とちびたまは、揃って首を傾げた。

 

「…あれ、私、無事だったのかお?」

 

「よかった!いつものベイレーンだ!」

 

「無事ですか、姉さん」

 

「あ、ああ。エイレーンも忙しいはずなのに、悪かったお」

 

「それは言わないお約束ですよ。姉さん、それより」

 

「お?」

 

寝転ぶベイレーンを抱き寄せて心配するエイレーン。救われた姉を心配する妹という感動的な場面であるが、これから展開されるであろう修羅場を予想している萌実とばあちゃるにとって、茶番にしか見えなかった。

縋るようにエイレーンに身体を預けるベイレーンだが、次の瞬間エイレーンに拘束され、表情を驚愕に染める。

 

「な、なにするお、エイレーン!?」

 

「とりあえず『無事でよかった』とか『ストレス抱えてるなら相談してくれ』とか、言いたいことは山ほどありますけど…初恋ってなんですか?」

 

「あ゛…あー、それは…」

 

「一言もそんなこと聞いたことないんですけど、私!?」

 

「しょうがないじゃないかお!妹がぞっこん(死語)してる相手に恋する姉なんて、報われなさ過ぎて誰が言えるかお!」

 

「むしろ姉さんも今も独身なことを読み取ると、もしかしなくてもその恋はまだ終わってないですよね!?」

 

「お前と私は姉妹だお!なら私の愛の重さはなんとなくわかるはずだお!お前だって結局諦めきれてなかったのがその証拠だお!」

 

「痛いところも何度もこの姉は!誰が30歳にもなって初恋を諦めきれなかったけれど、最後に恋が実った女ですか!私の事ですよ!」

 

「お?ケンカか?それは30歳独身処女の私に対する当てつけかお????いいお。そのケンカ、買ってやるお?」

 

「やー↑↑い!30歳独身処女の美人でもない残念な姉さーん^^」

 

「ぶっ殺すお!!!!!!」

 

そして始まる姉妹喧嘩。しかし、ベイレーンを覆っているエイレーンのその表情はどこか晴れやかだ。それは今のベイレーンの姿に安心しているのか、本当に煽って楽しんでいるのか、それともその両方なのか、それは当の本人しかわからない。しかし、今のいい笑顔のエイレーンを見れただけでも、今回の件が無事に解決して良かったと思えるほどだ。巻き込まれたいどうかは別であるが。

 

「全く、エイレーンもベイレーンも仕方ないなぁ。ここは私に任せて、ばあちゃるさんは帰ってもいいよ」

 

「え?いいすか?」

 

「ばあちゃるさんだって、今の二人を邪魔しようなんて無粋な考え、思いつかないでしょ?それにまだ後処理も残ってるし、大丈夫だよ。けど、今度フォローしてあげてね」

 

「はいはいはい。もえもえはいい子っすね。じゃあ、ここはお言葉に甘えてお先失礼するっすよ」

 

そして『猿の手』が封印された木箱を持って、ばあちゃるはベイレーン宅を後にする。宅を出る時に、エイレーン姉妹に加え、シフィールにレナナ、さらに萌実の声も加わるのが聞こえ、自然に笑みを浮かべた。どうせなら、とばあちゃるはアカリとヨメミにも解決したことを伝える。きっと寝られない日になるだろうが、エイレーン一家にとって、そんな日があってもいいはずだ。ばあちゃるは晴れやかな気分で、車を発進させた。

 

 

「はいはいはい。お疲れ様っす」

 

「あ、おかえりなさい」

 

『猿の手』を呪術師や霊媒師などが所属する専属の機関に預け、ばあちゃるは帰宅前に事務所に立ち寄った。既に終業時間が過ぎており、事務所にはメンテの姿しか残ってなかった。

 

「メンテも切りがいいところで終わって、帰宅した方がいいっすよ」

 

「といっても帰宅する気が全くわかないんですよね。なので今日も仮眠室で寝泊まりです」

 

「会社をホテルと勘違いしてないっすか?」

 

「まっさか~。誰がどう見てもホテルじゃないですか」

 

「質が悪すぎる」

 

呆れ顔を浮かべるばあちゃるに、メンテはカラカラと笑い声を零す。遠慮のないこの二人の距離感が、メンテはどうしようもなく好きだった。

 

「あ、頼まれていたヤツ。調べ終わりましたよ」

 

「え!?もうっすか!?今朝頼んだばっかっすよね?」

 

「確認と少し考えればいいだけでしたので、今日中に何とかなったんですよ。あと、相手の対応も早かったのもその要因の一つでもありますね」

 

ドヤ顔のメンテに、ばあちゃるはただただ感嘆の声を上げることしかできない。

ばあちゃるがメンテに頼んだこと。それは『誰がベイレーンの下に『猿の手』を送ったのか』だ。ベイレーンから聞いた話では、宅配などで受け取ったのではなく、気が付いたら家の中にあったそうだ。となれば、怪異特有の縁と伝って届いたのかと思ったのだが、そうでは無かった。なんと間抜けなことに、その木箱には荷物を届けた証拠の伝票がしっかりと残っていたのだ。これをメンテの下に預け、送り主は誰か。その調査をお願いしていたのだ。

 

「伝票を残したくせに、足を付かないように色々としてたみたいですよ」

 

「というと?」

 

「まず、この送り主の住所なんですけど、こんな住所は存在しておらず、ただそれっぽく記されてるだけでした。同様に、連絡先も同じでしたね」

 

「となると…配達する荷物に紛れ込まれていた?」

 

「それだとベイレーンさんの家の中に届いていたのはおかしいですよ。答えは単純。集荷したデータ。そして配達したデータをこの運送会社にハッキングして残したんです」

 

「そんな面倒なことを何故?」

 

「それは分かりません。ただ、こんな足を付かないようにする面倒な細工をしておいた癖に、まるで正体を探らせるような証拠の残し方。そしてターゲットがベイレーンさん。これは組織の残党の仕業だと思います」

 

「うーん。それでも、ちょっとおかしい部分が多いっすよね」

 

「おかしな部分?」

 

腕を組み、うねるばあちゃるにメンテは首を傾げる。計画的に、過去にばあちゃると協力関係であったベイレーンを狙ったという線はきっと間違ってはない。けれど、どうにも引っかかる部分が多い。

 

「そもそも、家の中に侵入できるのなら『猿の手』なんか使わず、直接ベイレーンを殺せば俺たちへの打撃は大きかったはず。なのに、わざわざ『猿の手』なんか使ったのには理由があるはず」

 

「言われてみれば、そうですね。しかも今回は、ベイレーンさんが酒を飲んでたとはいえ最初の対応が不味かったから大事になりましたけど、もっと落ち着いていけばそこまで大きな問題にもならなかった…まるで、何か実験してる感じがありますね」

 

「実験か…いやというほど、当時のことを思い出すっすね」

 

揃って首を傾げるが、答えは出てこない。そもそも情報が少なすぎるのだ。これ以上悩んでいても仕方がない。自宅にはシロとロッシーが待っているばあちゃるは、思考を切り替えて帰宅の準備を開始した。

 

「ばあちゃるさんには申し訳ないですけど、ちょっと当面の間、問題が起きたら積極的に関わるようにしてもらってもいいですか」

 

「ん?…ああ。もちろん、そのつもりっすよ。たとえバックに組織がいなくとも、友人が巻き込まれでもしたらばあちゃる君的には許せそうにもないっすからね」

 

「ありがとうございます。私も極力お手伝いしますので、遠慮なく言って下さいね」

 

「はいはいはい。メンテだけじゃなくシロちゃんやアイドル部のみんなもいるっすから、困ったら遠慮なく相談するっすよ!…って、どうしたっすか」

 

「…いえ、なんでもありません」

 

ばあちゃるの言葉に、メンテは驚きながら目をパチクリさせた。それほど彼が自然に発した言葉は、今までの彼からは考えられないモノだったのだ。どんな問題が発生しても、自分の中で抱え込み、処理してしまう。それがメンテがよく知るばあちゃるの姿だ。一心同体である自分には、協力を願ってくれることが多少はあったが、それでも頼る数は少ない。そんな彼が、『遠慮なく』と言ったのだ。驚かないほうがおかしい。

しかし、その変化はメンテにとって嬉しいことでもある。色々と理由があるが、一番大きい理由はばあちゃるの自然な笑顔が増えたことだ。過去に捕らわれていたばあちゃるを救ってくれたアイドル部に、メンテは心の底から感謝の念を送った。

 

「そうっすか?それじゃあ、今日はとりあえず帰るっすよ。メンテもたまには家に帰ることをお勧めするっすよ」

 

そんなメンテの内心なんて露知らず、ばあちゃるは軽い足取りで事務所を後にする。幸せそうなその後ろ姿に、メンテは小さく嫉妬した。

 

「家、かぁ…今度、掃除のお手伝いでもお願いしようかしら」

 

なんてことを頭で考えながらメンテは、事務所のPCの電源を落として仮眠室へと足を運んだ。

 




いつもご愛読ありがとうございます

咲魔です

いつもと違う作風になりましたが、新作『彼と彼女たちと猿の手』を読んでいただき、ありがとうございました。

私が投稿した作品の中で過去最長になってしまいましたが、楽しんでいただけたのなら幸いです。

さて、新シリーズとして開始したこの『彼シリーズ・決着編』ですが、このシリーズはTwitterで前からちょこちょこ言っていた通り、主人公のばあちゃるさんの活躍する話を書いていこうと思っています。

その為、番外編や完結した前シリーズよりシロちゃんとアイドル部の絡みは少なくなってしまいますが、それに比例して、私の思うばあちゃるさんのカッコいい姿を書いていけたらなと思います。

勿論、彼シリーズの続き物ですから、随所に軽めのイチャイチャを挟んだり、番外編では変わらず今までの作風で書いていこうと思っています。

どれほどの長さになるか細かくは決まっていませんが、完結を目指して頑張らせていただきます。

ブクマにいいね。Twitterでフォロワーさんの皆様。そして感想をくれる方々のおかげで今まで書いて来れました。よろしければ、これからもお付き合いください。



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