原題:白雪姫 (Leni)
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原題:白雪姫

-スノウ ホワイト-

 

《しらゆきひめ》

 

「このりんごをおたべ」

 

 りんごうりのすがたで おうひはしらゆきひめに どくのりんごをわたしました

 

「まあ おいしそう」

 

 しらゆきひめは どくのりんごをたべて たおれてしまいました

 

 

 

 

 7にんのこびとたちは しらゆきひめをたすけようとしましたが

 

 しらゆきひめは めをさましません

 

 こびとたちは しらゆきひめを がらすのはこに ねかせて

 

 よるがおわるまで なきつづけました

 

 

 

 

 あるひ ねむりつづける しらゆきひめのもとに おうじさまがやってきました

 

「ああ ぼくのしらゆきひめ めをさましておくれ」

 

 おうじさまが しらゆきひめに きすをすると

 

 なんと しらゆきひめが めをさましました

 

 

 

 

 おうじさまは どくのりんごをたべさせた おうひにおこり

 

 おうひに ひでまっかになった てつのくつをはかせて

 

 しぬまで おどらせつづけました

 

 

 

 

 しらゆきひめは おうじさまと けっこんして

 

 こどもたちに かこまれ すえながくしあわせにくらしました

 

 めでたし めでたし

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひどい、ひどいお話です」

 

 白い入院着に身を包んだ少女が、一冊の絵本を両の手で開き、両の目に涙を浮かばせながら言った。

 雪のような白い肌、血のように染まった赤い唇、黒檀のような艶やかな黒い髪の少女。年のころは十と少しほどだろうか。

 彼女が読む絵本に出てくる姫のように美しい少女だ。

 

「そうかい? まあそうだろうね」

 

 少女が横たわるベッドの横で、青年が曖昧に相づちを返した。

 こちらは二十歳後半ほどの背の高い青年。髪の色は少女とは対照的で輝くような金色である。

 その長身の青年は、個室に据え置かれたパイプ椅子に窮屈そうに座っている。

 周囲は清潔そうな白い壁に囲まれており、ベッド脇にはナースコールのボタンが備え付けられていた。ここは入院患者のための個室。少女は病人であり、青年は見舞い客であった。

 

「じゃあ次はこんな本はどうだい」

 

 青年は膝の上の鞄から新しい本を取り出すと、少女に向かって差し出した。

 少女の持つ絵本より小さく、そして絵本とさほど厚さの変わらぬ薄い文庫本だった。

 ページの中ほどに紙製の栞が挟まれている。

 

「読んでみるといい。君の年では少し難しいかもしれないけどねぇ」

 

「これは……」

 

「私が歴史の学者さんだということは言ったね? これは僕が自分の実家にまつわる歴史上の出来事をまとめたものだよ。全然売れてないけどね」

 

 おどけたように青年が言った。

 それでも冗談を言っているふうでもなく、この軽い態度が普段通りの彼であるようだった。

 少女はその青年の言葉にうなずきを返すと、絵本を閉じて新たに文庫本を受け取った。

 くたびれて角がつぶれてしまっている、何度も何度も読み返されたであろう、小さな本。

 少女はゆっくりと栞の挟まれたページをめくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

-サナトリウム オブ ホワイト-

 

 ある西の小さな国。その国の中心にある城に新たな命が生まれました。

 雪のように白い肌、血のように赤い唇、黒檀のように艶やかな頭の産毛。その国の王と王妃の間に生まれた第一王女です。

 王妃は自らが望んだとおりの可愛らしい姫の姿に喜び、白雪と名づけたいそう可愛がりました。

 

 姫は王妃の愛情を受け美しく育ち、国民達からも白雪姫と呼ばれ愛されるようになりました。

 

 

 

 

 白雪姫が七歳になった年のある日の事です。

 かつて隣国の宮廷魔術師だった王妃は、昔覚えた魔術を使い占いを行っていました。

 

「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」

 

 鏡を使って世界の真理に答えを聞く魔術です。王妃はこの魔術を使ってこれまで政に従事していました。

 

『それは白雪姫です』

 

 その答えを聞き、王妃は心から喜びました。

 

「愛しい愛しい私の子。どうか美しく健やかに育ってちょうだい」

 

 王妃の望みの通り、白雪姫はとても美しく育ちました。それは鏡の占いの通り、世界で一番とも言われるほどに。

 王妃にとって、白雪姫の成長だけが数少ない心のより所でした。この国は神への信仰が強く魔術が嫌われていたため、周囲からの風当たりが強く辛い日々を送っていたのです。

 

 

 

 

 ――しかし、王妃の願いは叶いませんでした。

 白雪姫が、国に広がっていた難病にかかってしまったのです。

 白雪姫は肺を病み、その顔は苦しさにひどく歪みました。

 

 王妃はそれを見て嘆き悲しみました。

 

「ああ、私の白雪。私が貴女を助けてあげる」

 

 王妃は大急ぎで国で一番の猟師を呼びつけました。

 そして、猟師にある物を狩ってくるように命令します。

 

「イノシシの肝ですか」

 

「ええ、それも西の森に住む真っ白なイノシシのね」

 

 王妃が狩猟を命じた白い種類のイノシシは肉が筋張っており毛皮も加工が困難で、さらには人里に近づこうとしない臆病な性質もあって、猟師達が率先して狩ることはまずありません。事情が察せずに猟師は頭をひねらせました。

 しかし、王妃直々の命令とあっては断れません。

 猟師は大急ぎで西の森へと向かいました。

 

 狩りの開始から三日経ち、臆病で人の臭いを感じ取り森中を逃げ回るイノシシに、猟師は罠をはってひたすらに待ちながらじっと考えていました。

 王妃の真意は何か。魔女と騒がれる王妃の不思議な命令に、猟師は思いつきました。

 

「そうだ、あの美しい王妃様のことだ。白雪姫の美しさに嫉妬して、姫の美しい白い肌のごとく毛皮が真っ白なイノシシを殺して、気をはらそうというんだ」

 

 あまりにもおぞましいその考えに、猟師は全身が震えあがりました。

 イノシシを狙うのも止めようかと考えますが、王族の命令には逆らえず、猟師はイノシシを罠と矢で仕留めて城へ肝を持ち帰りました。

 王妃はその美しい顔でにっこりと笑うと、猟師から奪うようにしてイノシシの肝を手に取ります。

 

「これで白雪も……」

 

 王妃は猟師の前でそう呟き応接の間を後にすると、王妃は自室の魔術工房へとこもりました。

 肝を塩茹でにし、細かく刻み、数々の薬草を混ぜて薬を作りました。王妃は白雪姫の薬を作るために、猟師にイノシシ狩りを命じていたのです。姫の白い肌とイノシシの白い毛皮には実のところ何の関係もありません。

 王妃は完成した薬を寝室で咳を続ける白雪姫へと渡します。

 

「さあ、この薬を飲めば楽になるわ」

 

「苦いのは嫌いです……」

 

「大丈夫、ほら、蜂蜜をかけてあげる」

 

 白雪姫は蜂蜜のたっぷりかかった甘い薬を美味しそうに飲みました。

 

「わあ、お胸が苦しくないです」

 

 薬を飲んだ白雪姫に美しい笑顔が戻りました。

 王妃はそれを見て我が事のように喜びました。しかし、それでも王妃はどこか悲しげでした。

 王妃が作った薬は痛み止めであり、白雪姫のかかった流行り病は未だに治す方法が見つかっていないのです。

 

 

 

 

 その後、白雪姫の病は治ることはなく、城の者への伝染を防ぐために白雪姫は西の森の奥深くに移ることになりました。

 森の奥には、王妃が隣国の協力を得てまで大急ぎで作らせた白雪姫のためのサナトリウム、「七人の小人の家」が建てられています。

 

 白雪姫の病は伝染病のため、小間使いを置けずサナトリウムには魔術で動く七体の人形が置かれました。

 七体の人形には、それぞれ白雪姫の闘病生活を助ける仕組みが付けられていました。

 白雪姫以外に人が居ないサナトリウムで、彼女は自分のために働いてくれる人形の手入れをしながら過ごしました。

 

 そんな中、病の伝染を恐れず王妃だけが白雪姫の元へたびたび訪れました。

 王妃は白雪姫の小さな体を膝の上に乗せて、二人で日が暮れるまで話をしました。

 琥珀で出来た櫛で、白雪姫の黒檀のように黒く艶やかな髪を丁寧に梳いています。

 

「お母さん、ちょっと痩せました?」

 

「そうね、白雪が居なくなって皆寂しがってお仕事がはかどらないから、私がお手伝いしてあげてるの」

 

 本当は、森へ姿を消した白雪姫を不信に思った城の兵や国の民から魔女と蔑まれ、今まで以上に辛い思いをしてやつれているのです。

 魔女を弾圧するその勢いは、最早全てを知る王とその腹心達ですら止められないものになっていました。流行り病をもたらしたのは王妃だと主張する者まで現れています。

 

「でも大丈夫、白雪が私に元気をくれるから」

 

 白雪姫が王妃の唯一残った心のより所でした。

 王妃は流行り病も恐れず、サナトリウムへの訪問を続けました。白雪姫と同じ病にかかるならそれでもかまわないと思っていたのでしょう。

 

 

 

 

 流行り病は収まりを見せず、国中で民が死に絶えていきました。

 国民は口々に魔女の仕業だと叫びますが、王妃はそのような言葉に耳を傾けるほどの余裕も最早なくなっていました。

 流行り病は不治の死病。このままでは白雪姫も死んでしまうでしょう。

 

 王妃は決心しました。白雪姫に別れを告げることを。

 ガラスで出来た棺を作り、黄金林檎の木の屑を敷き詰めたその中へ白雪姫を寝かせて、王妃は優しく語りかけました。

 

「ごめんなさい白雪。貴女はこの病の治る方法が見つかるまで、しばらく眠ることになるの」

 

「嫌です、お母さんと別れたくありません」

 

「子供はいつか親から離れるもの。小人の家から見えた小鳥の巣からも雛が飛び立って行ったでしょう? 大丈夫、貴女は遠い未来できっと幸せになれるわ」

 

「そんな、お母さん、お母さん!」

 

 泣き続ける白雪姫に黄金林檎の蜂蜜酒を飲ませると、白雪姫の時間がゆっくりと止まっていきました。

 人の時間を止める大魔術に王妃は疲労で膝をつくと、一つ小さく咳をしました。

 

 

 

 

 ガラスの棺で眠る白雪姫は、魔術への理解の深い隣国の王族へと引き渡されました。

 王妃は姿を消した白雪姫について国民に「隣国の王子への元へ嫁いだ」と説明します。

 しかし、事の真相は城から国の民へ歪んで伝わっていました。

 白雪姫の美しさを妬み、我が子を森へ捨て毒で眠らせた魔女。病を撒き散らした死の魔女。

 人々の憤怒は膨れ上がり、怒れる民は城へ押し寄せ王妃を広場へと引きずり出しました。

 王妃に石を投げつけ、人々は口々に叫びます。

 

 魔女に神罰を!

 魔女に火刑を!

 

 怒り狂った人々を最早誰も止めることができません。怒りの熱は国の兵士まで伝わっており、王にすらどうすることもできなくなっていました。

 国中の民が見つめる中、王妃は火に焼けた石の上へ投げ出され、踊り狂うように飛び跳ねやがて死に絶えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この、本は……」

 

「僕のご先祖様は、まあその本に出てくる国の隣国の王族でね? 家の蔵を漁っていたら、その時代の歴史資料が大量に出てきたんだ。ああ、その後は小難しい歴史解説だから読まなくていいよ」

 

 本の内容に驚きを隠せず絶句する少女に、青年はそう言葉を投げかけた。

 少女は聞いているのかいないのかただうつむき、本の最後の文章をじっと見つめている。

 

「王妃様は自分を魔女と蔑む自国の民じゃなくて、さっきの絵本に出てきた王子様に全てを任せたんだ」

 

 でもまさか本当にお姫様がいるなんてね、とおどけるようにして言葉を続けた。

 青年が言葉を止めると、しばしの沈黙が室内を満たした。

 青年はその雰囲気に居心地が悪いのか、姿勢を崩して軽くため息をつく。

 

「……君の病気は肺結核というものだった。君の生きていた時代どころか、つい数十年前まで不治の病とされていた難病だよ。全く、どこから王子のキスなんて出てきたんだろうね。空気感染する病気なのに」

 

 言いながら、青年は少女の手にある本のページを一つ二つとめくっていった。

 そしてあるページで手を止めると、その様子をじっと見ていた少女の目が大きく見開かれた。

 青年は本から手を引くと、パイプ椅子の背もたれに大きく体を寄せ、

 

 少女は小さな本を胸に抱いて、母と別れたときと同じように涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

-我が子へ 隣国の王子に預けた未来の白雪姫への手紙より-

 

 白雪、遠い未来で貴女は救われたのでしょうか。

 私の愛したその可愛らしい笑顔と美しい心でまた皆に愛されているでしょうか。

 

 その姿をもう見ることが出来ないことを残念に思います。

 貴女には秘密にしていましたが、私も貴女と同じ病を患っています。そう長くは生きられないでしょう。

 貴女と同じ病で共に死ぬ、あるいは共に未来で生きることも考えました。

 

 しかし、私は王妃として病に苦しむ人々を導いていかねばなりません。

 私は貴女を愛したように、この国の全てを愛しています。

 例え魔女と憎まれようとも、懸命に生きるこの国の人々を愛し続けています。

 私は貴女と共に在ることを選びませんでした。私はこの国と共に生き、そして国を蝕む病と共に死ぬでしょう。

 愛すべきものを多く持てたとこを幸せに思います。

 

 ただ、最後の別れのとき、貴女と笑顔で過ごせなかったことが唯一の心残りです。

 ですが悲しみはもうありません。

 私の美しさは貴女へと引き継がれました。

 私の心は貴女へと引き継がれました。

 いつの日か貴女も愛する人を見つけ、子を産み、私と同じ喜びを感じてくれれば幸いです。

 

 そして、貴女が子供達に囲まれ末永く幸せに暮らせることを、心から願っています。

 




Arcadiaに2008年頃掲載した白雪姫の二次創作小説です。シナリオギミックの元ネタは悠久幻想曲のローラ。


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