FateAccelZeroOrder--if-- (煽伊依緒)
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Act0-1

おおよそ二年ぶりの投稿ですー。
相変わらずつたないですが、読んでいただけると幸いです。


ーーーーこの物語はifのものだ。

一歩違えば全てが変わっていた。

そんな儚い物語。

 

「……」

「大きな声を出してはいけませんよ」

 

コクコクと無言で頷く少年。

暗い場所だが顔を見れば一目でわかる。怯えていた。

何とかしてあげたいと思うが、こればかりはどうしようもない。

当主様は必死に時間を稼いでいる。

そして明日から、おそらくこの子が当主になるのだ。

私は無言でその子を抱きしめた。

 

「×××××さん、大丈夫ですからね」

「……」

 

肩をがたがたと震わせ、私になされるがままの少年。 

こんな幼い子さえ巻き込まれる。

一体どうしてこんなことになってしまっているのだろうか。

私はそんな風に思い、ため息を吐こうとして止めた。

今吐いてはこの子が余計に苦しむだけ。

 

「行きますよ」

 

物音が聞こえなくなってからきっちり一分。

私は男の子を連れて歩き出す。

しかし、私のこの判断は間違っていたことをすぐに思い知らされた。

相手は魔術師であって殺し屋。

こんなことはすぐにでも分かるのだ。

 

「――――ッ!」

 

咄嗟にポケットに入れていた宝石に魔力を込め前方へ放る。

一瞬前まで感じられなかった気配が結界の網にかかった。

 

「チッ……」

 

あからさまな舌打ちが闇の中から聞こえてくる。

そしてそれに続く鉛玉。

一秒に数十発と言う勢いで吐き出されるそれを、放った宝石が膜のように広がり全てを受け止めた。

響き渡る乾いた鉄の音、宝石の盾もそうそう長く続くものじゃない。

 

「こっちです」

「……うん」

 

私は来た道を引き返そうとして――気付いた。

向こう側にもう一人いる――――。

 

「しまっ―――」

「させるかぁぁぁ!」

 

脇の道から飛び出てきた男が飛来する銃弾をその身で受け止めた。

相手からすればかなりの不意打ち。

だが、その撃たれた相手こそ彼らにとっての本当の目的であった。

 

「当主様!」

「構うな! 行け!」

 

私は震える手をしっかりと押さえて男の子を抱きかかえる。

呪文を唱え走り去る。

 

「……ケッ、魔術師殺しが」

「あいにく様、流石に見過ごせるレベルじゃなくなったってわけさ」

 

静かにその男は銃弾を装填しなおした。

 

「……なあ、息子だけは見逃してくれないか」

「断る。あの息子に変な細工をされていたら困るのはこちらだ」

「……なら、此処で精一杯足掻くしかねえか」

 

そんな声が走り去る通路に反響して私の方まで聞こえてくる。

振り返ってはいけない。振り返ってはいけない。

しかし、次に聞こえたのは絶叫だった。

 

「うがああああああああッッ!」

 

それ以後何も聞こえない。

―――いや、聞こえる。聞こえてしまう。

コツコツと反響する奴の足音が、妙に、鮮明に。

 

Time (固有時)alter(制御)double accel(二倍速)

 

私には、聞こえた。

 

「×××××さん! 逃げて!」

 

彼を押しやり、一人構える。

通すわけにはいかない。

なんとしてでも彼は、あの男の子だけは何としてでも守り通さなければならない!

 

「勇敢な女性だ、どうしてあんな奴の所で働いていたんだ」

「……あんたみたいな魔術師殺しには分からないわよ」

「そうか……そうだろうな」

 

男は銃を向ける。

その顔には見覚えがあった。

最近当主が注意しておけと言っていた男。

私にはこいつが有名なのかは知らない。だが、私たちに敵対することは分かっていた。

 

「衛宮切嗣ッ!」

「すまないが、終わらせてもらう」

 

 

========

 

 

体感的には一分。

実際には二倍速にしていたから三十秒と言ったところか。

 

「……マイヤ、そっちはどうだ」

「申し訳ありません。取り逃がしました」

「……そうか」

 

数日前とある場所から依頼を受けた。

人道に反する方法で急成長を続ける家系がある。

当主とその妻を殺害してほしいと。

 

「……まあいい、もとより依頼にあの少年は入っていなかった。それより早く戻って準備をしないと」

「はい」

 

僕は無線機を懐にしまうと靴音を立てて歩き出した。

 

「あんたが守りたかったもの、これで守れたのか?」

 

応えはない。

床に転がった女は今も無数の傷から血を流し、その場に倒れ伏している。

 

「こんなことになるなんて、僕も焼きが回ったかな……」

 

ふと脳裏に自分の妻の姿と、娘の姿を浮かべてほくそ笑む。

彼女たちのためにも自分にはなさなければならない事がある。

 

「……こんなことはもう、止めるんだ」

 

男は、一人の孤独な男はその場を立ち去った。

 

 

 

 




拙い文章ですか読んでいただきありがとうございました。
ちょくちょく更新していく予定なのでまったり待っていただけたら幸いです。


※Twitter始めたのでフォローいただけると作者は非常に喜びます。


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Act0-2

ストックがあるのでしばらくは毎日投稿できるかもしれないです。


逃げた。

 

 

逃げた逃げた逃げた逃げた逃げた。

 

 

放り出されたまま川を越え、ふらつく足で歩き続け、言われた通りに飛行機に乗った。

 

 

その間の記憶はほとんどなく、今の記憶すら薄かった。

 

 

そして気が付けば、俺はどこか遠い場所にいた。

 

 

「此処は……」

「――――――此処は日本。日本の冬木と言う場所に向かっています」

 

ふと隣を見れば椅子に座ったままの女性が一人、そこにいた。

しかし、よく見ればその女性の体が細かく震えていることに気が付く。

 

「……貴方のお父様からお手紙を預かっております。どうぞ足元のケースをお開け下さい」

「……?」

 

体を起こし、丸める様にして四角い箱を足元から取る。開けてみると、中には一通の手紙と宝石がいくつか入っている。

ペリペリと音を立てながら手紙を開封し、頭から読んでみる。

 

『息子へ

 

すまない。此処まで早く他の魔術師共に悟られるとは思っていなかった。

これは全て私の落ち度だ。本当にすまない。

本題だが、恐らく私は死ぬ。よって、私の魔術回路をこの宝石の中に封じ込めて置く。

冬木、ああ、冬木と言うのは日本のとある地方都市なんだが、まあこんなことは良い。

そこに遠縁の老夫婦がいるはずだ。少なからず魔術の知恵もある。まあほとんど魔術回路はないから普通の一般人として静かに暮らしているだろう。

そいつらに魔術回路の移植を頼め。そして、その地で魔術を磨き、いつの日か――

 

 

―――世界に復讐しろ。

それが我ら一族の願いだ。』

 

 

書いてあったのはそれだけで、そしてそれを父さんらしいと思ってしまった。

 

「あの」

「……なんでしょう……」

「後どれくらいで着きますか?」

「後二十分ほどかと」

「そうですか」

 

心中でため息を吐きながら、俺は眼下の景色を眺める。

色とりどりの光でコーティングされた街の景色はそこそこ綺麗に見えた。

 

(というか、一体どうやってあそこから魔術回路を移したんだろう?)

 

父は最後まで襲撃者――衛宮切嗣――と戦っていたはずだ。転写している暇などなかったはずだ。

 

(ああ、いや。そんなことどうでもいい。俺はただ……)

 

衛宮切嗣。

その名前を心の中でもう一度反芻する。

この男だけは絶対に許さない。

俺から全てを奪った男。

復讐してやる。

殺してやる。

 

 

この思いは冬木について更に一段と強くなるのだが、そんな事などまだこの少年は知らない。

なにせ少年はその怒りの感情以外に、ただ漠然と、十代の少年にふさわしくない将来への不安を胸に抱えていたからだ。

 

(……父さん、母さん……)

 

二極化された少年の心はしぼんでは開いてを繰り返す。

幼い心にふさわしい不安定な心は彼を苦しめる。

答えを求めて、探して、見つからない苦しみ。

だが、幼い心はすぐにその逃げ道を見つけ出した。

それは、初めて味わうその苦しみを全て(・・)衛宮切嗣のせいだとする道。

全てあいつが悪いのだと誤認する。

もしこの場で誰かが彼の不安という感情を埋めてあげられていれば、きっと……

世界はもっと変わっていた。

 

「衛宮……切嗣……ッ!」

 

幼い心は激情し、復讐の心が高まっていく。漠然とした不安と言う感情を燃料に。

 

 




作中でキャラ背景など異なる所があれば教えていただけると助かります。


※Twitterあまり投稿はしていませんが、せめて新しい話を投稿した時は呟こうと思いますので、どうぞよろしくお願いします。


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Act0-3

少し細かく切り過ぎかなと思ったりしています……。


冬木市にて、魔術回路の移植は滞りなく行われた。

少年は父親の魔術回路を完璧に受け継ぎ、その家系の正当な後継者になった。

世界に復讐しろという言葉を残した父親の跡継ぎになったのだ。

 

「……おはようございます」

「…………………おう」

「おはよう、×××」

 

何処にでもありそうな一民家のリビングで、寝間着のまま少年は席に着きトーストを齧る。

 

「いただきます」

 

コツコツと柱時計の音が鳴り響く中、俺は目の前に一応置かれている牛乳を口に含む。

何の味もしない、無機質な時間だけが過ぎていく。

 

「……」

 

学校には行けない。

家の外にも出られない。

そんな子供が一人。遠縁だからと言う理由で舞い込んできたのだ。

元々ここに住んでいた二人にとってすればそれは心地よいものではないだろう。

 

「……ごちそうさまでした」

 

食器を台所へ片した後、静かに部屋を出て行こうとした時。

 

「おい」

 

いつもは新聞に目を落としたまま微動だにしない老人がこちらに目を向けて言葉を発した。

そのこと自体に少し驚きつつ、俺は体を老人の方へ向けなおす。

 

「今日もまた籠るのか?」

「……うん」

「そうか」

 

会話はそれだけだった。

俺は再び新聞に目を落とした老人をしり目に部屋を後にする。

一階の隅の小さな四畳間。

そこが俺に貸し与えられた居場所だ。

いや、貸し与えられる予定で作られた俺専用の場所と言っても差し支えないかもしれない。

 

「……よっと」

 

四畳間のさらに隅。其処には小さな扉があり、それを開ければ地下に行ける。

初めてここに来た時、どうして地下室なのかと勘繰ったが中に入るとその理由にも頷けた。

非道な魔術が行われた痕跡、またそれらが何時でも行えるような環境。そして徹底した魔力の隠蔽。それらを加味すれば地下に作った方が楽なのだろう。

 

「……相変わらず暗い」

 

少年は一人、暗い道を歩いていく。

家から出られない以上、少年は毎日気を失うまで地下室で魔術の鍛錬、訓練を行っていた。

親から受け継がれた外道な方法で成長した魔術回路は並の魔術師を凌駕する性能をもっている。しかし、地下室に残されていた日記によるとまだ足りない。

世界に復讐するためにはまだ足りない。

 

「……まだ、足りない……」

 

少年は一人呟きながら鍛錬を開始する。

 

 

====================

 

 

――――ふと目を覚ます。

重たい瞼を開け、小さな明かりが灯った部屋を認識したところで自分が意識を失っていたという事に気が付いた。

 

「……はぁ…………」

 

いつまで続ければいいのかわからない、終わりの見えないことの繰り返しだった。

小さな部屋だと思ったその場所の壁。よくよく見てみればそれは魔導書が積み重なって出来た物だったのだ。

こんなに沢山の魔導書をいったいどこで仕入れ、そして何故こんな場所に保管していたのかなど少年には謎しか浮かばなかったが、それでも今はそれしかすることがない。

少年はひたすらに寝落ちするまで読み、そして読み切った魔導書を脇に寄せて新しい魔導書を取りだす。

 

「――――」

 

ふと、魔導書を読む意識が途切れた。できる限り思い出さないようにしているのだが、時たま意図しない時に思い出される。

父親が残した負の遺産。これは借金と言う意味ではなく、人間としての負の遺産だ。

なんてものを残してくれたんだとしか思いようがない。

 

「……」

 

頭をおさえながらチラリと後ろを覗く。

そこには謎の液体に浸された人体が眠っている様に浮かんでいた。

人造人間(ホムンクルス)だとは思えない。

しかし、だからと言って普通に生きている人間だとも思えない。

気になって調べてみたところ、どうやら死ぬ直前の人間を何とか生きながらえさせ、魔力を吸収している様で。

 

「此処に座っていると魔力が早く回復するのはそう言う理由か……」

 

そう気がついた時からある程度魔力を使ってから椅子に座るようにしている。

複雑な模様が描かれた椅子だとは思っていたのだが、それが何なのかは理解していなかったのだ。

そして、問題はまだある。恐らくこの人間だが一人ではない。

魔力の回復速度から考えても、恐らく百人程度が今自分の目の前にある人のようになっているだろうと容易に想像出来た。

 

「……ま、俺には何も出来ないんだけど」

 

そう、止める事が出来るわけでもなかった。

あれらの安全な取りだし方、また取りだした後の延命の仕方など少年は知らない。

出来る事といえば出来るだけ早く使い切ってあげることくらいだろう。

そう思い少年は頭に魔術の知識を埋め込んでいく。

この冬木と言う地でこれから一体何が行われるのかなど知りもせずに。

 

 

 

=====================

 

 

ゴポッ……

 

無理に擬音をつけるのならばきっとこんな音だろう。

あまりにも粘着質な液体が内部からの気泡によって持ち上がり、破裂したような音。

真っ黒いその液体は既に満ちていた。

その現実を誰一人として未だ知ることなく。

 



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Act0-4

「―――特異点反応?」

 

唐突にドクターに呼ばれたと思えば、そんな事を打ち明けられた。

この場にはドクターのほかにマシュと諸葛孔明――――ロード=エルメロイⅡ世――――が一緒にいた。

 

「ああ、つい先ほど新しく見つかってね、時期は1994年の冬木市。

丁度特異点Fと座標は同じだね」

 

慌ただしく喋るドクターは手元にある書類をペラペラと捲りながら矢継ぎ早に話を進めていく。

10分ほどのドクターの話を聞いていると、どうやら今回の特異点についてロード=エルメロイⅡ世は知りえる所があったために今回呼び出され、今すぐレイシフトしてほしいとのことだった。

 

「じゃあ藤丸君、いつも通りだけどよろしくお願いするよ」

「はい、任せてくださいドクター」

 

この時、カルデアは最善の行動、最速の速さで特異点へとレイシフトした。

だからこそ、このように言う事はおかしいかもしれない。

だが、あくまでも――――カルデアは遅すぎた。

 

悪魔はもう、その時には芽吹いてしまっていた。

 

 

================================

 

 

気が付けば、壁に掛けてあった時計は午後の六時を示していた。

 

「もう、こんな時間か」

 

およそ二か月になるだろうか。

彼はひたすらに、魔術の研鑽にいそしんだ。

朝起きて魔術を行い、魔力が切れれば、例の椅子へ座り、魔力を回復する。

そんな事を延々と繰り返し続けていた。

 

「よっと……」

 

ふらつく足を前に出し、椅子から這い上がると瞬間目の前にノイズが走った。

 

「つっ……」

 

チカチカと明滅する視界の中、足先を地下室の扉へと向けて、歩く。

おそらく上では今頃おじいさんとおばあさんが料理を作っているころだろう。

 

「……うっ……がっ……」

 

今度は右手が、まるで燃えるかのように熱を帯び始めた。

舐める様に、右腕だけでなくその熱は全身へと伝播していく。

立ち上がる力を一瞬で失った少年は、無音のままその場に倒れ込んでしまった。

自分の右腕に一体何が刻まれたのかなど、気が付くこともなく。

 

 

 

その数刻後、おじいさんは少年を呼びに来た。しかし部屋には姿がない。

だからといって家の外に出るはずもなく。

おじいさんは不審に思い、部屋のあちこちを探した。

そして、見つけた。

 

いかにも怪しげな薄い線が床についている。

こんなものおじいさんは知らなかった。

おじいさんはその薄い線を指でなぞり、端にあった小さなくぼみに指を触れた。

 

瞬間、今まで閉じていた扉はゆっくりと開き、そして地下への階段が姿を現した。

 

「なんと……」

 

他の魔術師から、存在を隠蔽するためにあえて魔力を使わずに作られ、隠れていた隠し扉。

その作り手からすれば、今回のこれは事故でしかないだろう。

 

「……」

 

おじいさんは意を決した。

中に入ることにしたのだ。

 

ここでもまた偶然が一つ。

ここで、もし、おじいさんが地下へ行かなければ――――結果は違ったかもしれない。

 

 

 




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Act0-5

「どういうことだ」

「……」

 

少年は口をつぐんだ。

というより、つぐむほかなかった。

 

少年は気絶してしまった。

よりにもよってあの地下室で。

そして、おじいさんが地下室への階段を見つけて、入ってきてしまった。

少年にとってそれは予想外の出来事であった。

 

「……あの人は誰なんだ」

「…………」

 

少年は口を堅く噛み締め、ただただうつむく。

魔術の知識を多少持つせいで人造人間(ホムンクルス)だと言い逃れる事は出来ない。

少年がこの場を切り抜けるには圧倒的に経験と、知識が足りなかった。

 

「……なにもいえないようじゃこの家に置き続ける事は出来ない」

「――おじいさん!?」

「――――――」

 

おじいさんの横で話を心配そうに眺めていたおばあさんは目を見開いておじいさんに食いついた。

 

「……分かりました」

 

少年は長い間熟考した末に結論を出した。

 

「二か月ですけど、お世話になりました」

 

少年は頭を下げた。

その姿におばあさんは涙を流し、おじいさんは依然とした態度でその姿を眺めていた。

 

 

少年はまず、読み切っていない本や魔導書を少しまとめ、そして地下室を焼却した。

燃え尽きない様に魔術での防御を絶やさない様に、痕跡だけは全て燃やした。

そうして、少年は路頭に迷った。

 

 

「ねえ、本当に良かったんですか、おじいさん……」

「あの子をうちでこれ以上育てていくのが無理のあることだってことくらい婆さんが一番分かっているんじゃないか」

「…………」

 

おじいさんは去っていく少年の背中を少し見ただけで家の中へと戻った。

 

「……あんな怪物を家で飼うわけにはいかないんだよ……婆さん」

 

おじいさんはおばあさんに地下室の内容をほとんど話していないし、見せてもいない。

唯一言った事といえば人型の生物が何かしらの方法で保存されていた、ということだけ。

恐らくおばあさんは得体のしれない親戚の子供より、自分の子供や孫を取ったと考えているだろう。

だが、事実はそれ以上の事だった。

 

「……あの魔導書、あの魔法陣……世界でも壊す気なのかあの馬鹿甥は……」

 

本当の事を思えば、あの場で少年を殺しておくべきだったかもしれないとおじいさんは思っていた。

だがそれは出来なかった。

 

「あんな子供……私には無理だ」

 

自室へ向かう廊下の最中、老人は一人、寂しそうに肩をすくめた。

そして廊下にある一つの鍵を手に取る。

 

「せめて老い先短い後少しの時間くらい、ゆっくりさせてくれ」

 

おじいさんはそう呟くと自室に消えた。

そして、その日におじいさんとおばあさんの記憶から魔術というものはすっかりと姿を消した。

 

 

=============================

 

 

とある日のロンドン。

その時計塔から一人の青年が旅行鞄を一つ抱えて足早に空港へと向かっていた。

 

「ふんふふーん」

 

青年は限りなく上機嫌に近く、またその姿は軽やかだった。

空港に着いて飛行機に乗り込み目的地である島国につく。

そのころにはほんの少しだが右手に痛みを感じ始めていた。

そして、当の青年本人も、その痛みについて心当たりがあった。

その事で青年はより上機嫌になっていた。

 

「まずは拠点からだな」

 

名をウェイバー・ベルベット。歳は十九。

そんな彼は景気よく極東の島国である日本という国に降り立ち、冬木という街に辿り着いた。

 

そして今現在、彼はこれからしばらくの間身を上手く隠していくことのできる場所を探していた。

金銭的にはホテルなどでも大丈夫なのだが、やはり上手く街の風景に溶け込むためには住宅地の中の方がよいだろうとウェイバーは考えていた。

探す事およそ三時間。

日ごろから運動しなかった彼にとってはそこそこの重労働であったが、おかげで青年にとって都合のよさそうな民家が見つかった。

 

子どもと孫とは別々に暮らし、今現在は老人と老婆が二人で暮らしているという家庭。

それに日本で見れば一般的な大きさの庭を持つ二階建ての建物であった。

 

「ウェイバーちゃん、良く来たねぇ~~」

 

老婆と老人には既に暗示をかけ終えている。

二人はしきりに久々に帰ってきた()という存在を嬉しがっていた。

 

「ささ、ウェイバーちゃん上がって上がって」

「久しぶりにチェスでもやるか? ウェイバーよ」

 

自身に一般的な祖父や祖母がいればこんな感じなのだろうか、などと柄にもないことを考えた頭を軽く振り、ウェイバーは手招きする老婆の後ろをついて行った。

 

その家が、つい先日にボヤ騒ぎを起こした家だとはついぞ知ることもなく……。

 




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Act1-1 開幕

ようやく一話のスタートです。



「…………」

 

少年は路地裏をぶらついていた。

ほんの少しの魔導書を抱え、食べるものもなく、頼る人もおらず、ぶらつくしかなかった。

おじいさんには帰り用の飛行機のチケットを貰ってはいた。

だが、飛行場に行きつくための交通費を、少年は持っていない。

おまけに、

 

「つっ……」

 

おじいさんの家を出てからというもの、少しずつだが右手が熱く、痛みを増していくのが感じられた。

それも常時痛みがあるのではなく、断続的に何度も襲ってくる。

それが少年の心をより深く抉っていく。

 

「痛い……苦しい……誰か……」

 

少年は気付かなかった。

おじいさんの所にいた時はまだ、おばあさんやおじいさんの優しさに救われていたのだと。

 

「……誰、か……」

「じゃあ、お兄さんと一緒に来る?」

 

茶髪の、若い男が、そこにいた。

 

少年がそう認識した時には既に、少年の意識はほとんど残っていなかった。

 

「よし、今日はこんなもんでいっかなーー」

 

男はそういうと腕輪の様なものを振るい、数人の子供を引き連れて先に進む。

もしも少年が、もう少し万全な状態でいればこの男の催眠術などへでもなかっただろう。

だが、もう少年は疲れていた。

 

「……やっと、眠れる……」

 

おじいさんの家を出てから少年は擦れていた。

父を殺した衛宮切嗣への復讐心など、二か月の間に薄れ、そして漠然としたものに変わっていたのだ。

それは偏に少年の心がまだ幼かった、おじいさんとおばあさんの優しさに心を温められた、の二点。

だが、その優しさも失われた。

 

「…………衛宮、きりつ……ぐ……」

 

少年の幼い心は再び『目的』を追い求めた。

自分が生きている理由を、対外的に求めた。

 

「殺……して……や…………」

 

少年の意識はそこで潰えた。

 

 

「旦那――今戻ったよ――」

 

とあるマンションの一室、若い茶髪の男は数人の子供を連れながら静かに帰宅した。

 

「あれ、旦那もしかして出かけてる?」

 

連れてきた子供たちを家の奥へと押しやる中、男は一つ一つ部屋を見て回る。

だが、どこにも男の探す人物は存在しない。

 

「あっれ――こんな時間にどこ行っちゃったんだろ旦那」

 

そう呟くと、男は先ほど連れてきた数人の子供たちをとりあえず居間に通した。

旦那――と呼ぶ人物が帰ってき次第、彼らを見せるためである。

 

「旦那、喜ぶかな――? 喜んでくれるよな――」

 

男が子供たちを座らせて待つことおよそ十分。

男の意識に一つの気配が浮かび上がる。

 

「あ、旦那お帰り――。それから見てくれよこの子たち!」

「おぉなんとみずみずしい命でしょうか!」

 

何とも言えない奇妙なローブの様なものに身を包み、目をぎょろりとさせた男が虚空からいきなり姿を現した。

そして現れるや否や、その男は一人一人の子供たちをよく観察していった。

 

「いやー大変だった大変だった。最近はどこの家もすぐに締まっててさ――探すのがめんどくさいったらないよ全く」

「そうでしたか、それは手間を取らせてしまいましたね龍之介……」

「なーに良いって事さ、おかげでこんなにも良い子たちを見つけられたわけだし!」

 

龍之介はまるで天を仰ぐが如く、両手を掲げるとその場でクルクルと回った。

だが、天を仰ぐ龍之介とは対照的にもう一人の男は金切り声を上げる。

 

「龍之介! こ、この子は……!」

「え? どうしたんだい旦那、飛び切りの美少年でもいた?」

「いいえ! この少年は――――

 

――――令呪をもっているではありませんか!」

 

その瞬間、龍之介のサーヴァントであるキャスターは少年の首筋を握りしめ、力を入れた。

 

「この子は危険です龍之介! 今すぐに殺さなくてはなりません!」

「ま、待ってくれよ旦那! そんな直ぐになんて!」

 

そこが居間であった事が災いした。

その場には龍之介がキャスターを召喚した召喚陣が残っていた。

龍之介の声かけで一瞬力が弱まってしまったキャスターの手元で、少年の目が輝きを取りもどす。

 

「ッガアア!」

「な……」

 

少年は覚えたての魔術でキャスターに対し火を突きつける。

だが、その魔術は発動と共に暴発、意図しない爆発が少年とキャスターの間を作り上げた。

 

「っ龍之介! よろしいですね! この子を殺しますよ!」

「だ、旦那ぁ……」

 

キャスターの魔法が少年を切り殺すよりも早く、少年は呟いた。

少年の令呪が輝いた。

 

「殺して、殺してやる‼ お前ら全員! 絶対に!」

 

令呪が、ひときわ明るく、燃える様に輝いた。

 

 

============================

 

 

「おかしい、こんなことがあるわけが……」

「どうしましたか、言峰さん」

「いえ……」

 

つい先ほど召喚を終えた遠坂時臣という男は、語尾を渋る言峰璃正にいぶかし気な目線を送った。

そのすぐそばには時臣の弟子である――今現在、公には袂を分かったとしていた――言峰綺礼も立っている。

 

「……今しがた八騎目となるサーヴァントの限界を確認したのですよ……」

「八騎目ですって⁉」

「……!」

 

いつもは寡黙な綺礼ですら驚きを隠せない。

聖杯戦争とは普通七騎のサーヴァント同士で覇を競い合うものだ。

八騎目など異例も異例である。

 

「まさか魔道具の故障などではないでしょう……であるならば本当に八騎目が現界したと考えるべきだろうか」

 

言峰璃正の歯ぎしりをしながらのセリフを真横で聞きながら、遠坂時臣もまた悩んでいた。

これが本当であるのか、ただの誤認であるのか、という疑問。

加えて、もしそれが本当だとするのであればそのマスターが一体どのようなマスターなのか。

疑問の種は尽きなかった。

 

「失礼ですがわが師よ、今すぐにでも動くべきなのでは?」

 

ただただ黙って考えていた時臣は綺礼のその一言でふと我に返った。

 

「八騎目が召喚された事は我々以外知らぬはず。今からでも探りを入れ、しばらくは戦況を見守る方がよろしいかと」

「……そうだな綺礼。君の言う通りだ」

 

時臣は口元から手を離すと綺礼の方へ体の向きを変えた。

 

「綺礼、予定を変更して今日はアサシンに街中を探らせてくれ。勿論、他の誰にも気取られぬように」

「分かりました」

 

綺礼はただ一言そう言うと、部屋を後にした。

残った二人はその場で黙って顔を付け合わせた。

 

この聖杯戦争は既に狂っていた。

 

 

==================================

 

 

「召喚に応じ参上しました。あんたが私のマスター?」

「……おま、えは……」

 

少年は急激に発生した魔力低下をその身で感じながら膝から崩れ落ちた。

 

召喚したサーヴァントは、短くきりこんだ白髪を翻し、キャスターと龍之介に会対した。

 

「そんで、あんたたちは―――」

 

不敵な笑みを二人に投げかける。

その場にいることがマスターとサーヴァントであることくらい、今しがた召喚された身でも分かる。

 

「私の敵?」

 

手のひらで火をもてあそびながら八騎目のサーヴァントは楽しそうにそう言った。




感想、不明点などは感想欄かTwitterのDMまでよろしくお願いします。


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Act1-2 集結

前話からだいぶ時間が空いてしまいました……


「って、ジルじゃないあんた」

「おおぉぉぉぉぉぉ! ジャンヌ! ジャンヌではありませんかああああ!」

「え、二人って知り合いなの?」

 

三者三様の返答を見せるが、一人、少年だけは三人全員を睨み付け、殺意を露わにしていた。

 

「お前等全員……俺の敵なのか」

「はああ? あんた何言っているわけ?」

 

くるりと白髪の女性は姿勢を変え、マントを翻しながら、少年に挑発的な笑みを見せる。

ガチャリと音を立てる鎧は漆黒の色に塗られ部屋の小さな明かりを反射し、鈍く光っていた。

 

「あんたが私を召喚した(呼んだ)んでしょう? その令呪は飾りか何かなのかしら?」

 

あくまで挑発的な態度を止めない女性。

その体が纏う漆黒の鎧は、部屋の明かりを受け鈍く光っていた。

 

「……令呪?」

「ええ、令呪よ」

 

少年は女性が指し示した右手を確認する。

そこには見慣れない赤々と輝く模様があった。

そして、散々自分が苦しんでいた痛みは、いつの間にか消えていた。

 

「その令呪がなくなんない限りは――、まあそうね、あんたのサーヴァント(奴隷)でいてあげるわ」

「……サーヴァント?」

 

少年の頭は錯綜していた。

気が付けば殺されそうになっていて、次の瞬間には自分の奴隷(サーヴァント)を名乗る女性まで現れた。

端的に言えば、理解の限界だ。

 

「おぉ……ジャンヌよ……我が救済の御子よ……」

「あージル、そんな風に呼ばないでくれる? 私はあいつとは違うんだから」

「あいつ……? あいつとはいったい誰の事なのでしょうか?」

「……あ、そ。分からないならいいわ」

 

理解できたのは一先ず命の危機が去ったということだけ。

少年は心拍数を落として、取りあえずの冷静さを取り戻そうとするが、

 

「少年よ!」

「ひっ……!」

 

突如として身を乗り出してきたキャスターに恐れおののき、心拍数が急激に落ちた。

 

「ちょっとジル、怖がられてるじゃない」

「……申し訳ないジャンヌ……怖がらせるつもりはなかったのですよ……」

 

目玉をギョロギョロと動かすキャスターはしょんぼりとしながらも少年の方に視線を戻した。

 

「少年、この世に再びジャンヌを呼び出してくれたこと、心より感謝申し上げます。

よくぞジャンヌを呼び戻してくれました」

「……」

「彼女こそが救済の御子! 生前と髪の色や風格が異なる気がいたしますが、確かに! 彼女はこの世に生を与えられた聖女なのです!」

 

心底嬉しそうに語るキャスターと、それを苦々しく見つめるジャンヌ。

八騎目のサーヴァントはこうして現界した。

 

 

=================

 

 

「……ここは……」

 

闇夜に包まれた世界で、一人のフードを被った男が何もない空間から現れた。

カチャ……小さく金属音を立てながら、男は周囲を確認する。

 

どこか見覚えのある様な雰囲気の世界。

いつか昔、きっと見たことがあるのだろうこの世界に、男はため息を吐きながら言葉を吐き出した。

 

「……仕事を始めよう」

 

男はそう言うと闇夜に溶け込んでいった。

 

 

==================

 

 

『アンサモンプログラムスタート!』

 

聞きなれた電子音がそう告げた後、一瞬の浮遊感と共に、光に包まれ少年は見知らぬ大地を踏みしめた。

 

「ここは……」

「先輩、レイシフト成功……です。ここは冬木――のはずなんですが」

「……違う、ドクターに聞いてはいたけど……燃える前はこんな町だったんだ……」

 

大きな赤い橋が見える岸辺に藤丸とマシュ、そしてエルメロイⅡ世は降り立った。

 

「マスター、感傷に浸るのは後だ。こちらはすぐにでも行動しなければ」

「あ、そうだね……」

 

そう答えた少年の顔は、それでも尚落ち着かない。

そんな少年の顔をエルメロイⅡ世は複雑な面持ちで見つめた。

 

「してレディ、何か感じないか?」

「え……何かと言われましても……」

「奇門遁甲、八門金鎖の陣!」

 

その場にいた全員とドクターがエルメロイⅡ世の突然の攻撃に虚を突かれたものの、周囲を警戒した。

しかし、何も起こらない。

 

「……先生?」

「……おかしい、今のでかからないというのか……?」

「どうしたんですか?」

「……本来ならアサシンが今の術にかかってもおかしくないはずなんだ……突然現れた私たちに対応しきれていない……? いや、あの遠坂がそんな失態を犯すはずが……」

 

エルメロイⅡ世はぶつぶつと独り言を続ける。

苦々しいように見える表情には若干の焦りさえ感じ取れた。

そう、まるで何時ものエルメロイⅡ世とはどこかが違うような。

 

「とりあえず、マシュ。サークルの設営をしてくれるかな?

 そうしないとこちらからも十分な支援をそちらに遅れないんだ」

「あ、はい……そうでした……」

 

マシュはそう言うとおもむろに盾を手に、サークルの設営に取り掛かる。

しかし、

 

「……上手く、いきません……」

「無理そう? マシュ」

「何か特殊な術式がこちらを拒んでいて――」

「ああ、それはそうだろう。ここは遠坂家の土地だからな」

「遠坂家?」

「此処の土地を独占している魔術師の名前だ。まあ、現当主の娘がのちに私の弟子になるんだが――

  ――今はそんな事を話している状況ではないな。

  そう言うことなら手っ取り早く管理者の要石を壊してしまおう」

 

あっさりとそう言い放つエルメロイⅡ世にDr.ロマンは慌てた様に反論する。

 

「いやいや、そんなことしたら管理者が本当に怒っちゃうのでは!?

 それにその管理者の娘が未来の貴方の弟子なのでは!?」

「この世界と私の世界はそもそも違う世界だ。私には関係がない。それに」

「それに?」

 

一拍、間を開けたエルメロイⅡ世は噛み締めた歯を開けた。

 

「急がないとまずいかもしれない。既にこの聖杯戦争は私が知っている物とはかなり異なっている可能性がある」

 

ろくな説明もないままに、マスターとマシュは走り出すエルメロイⅡ世に続いて走り出した。

 

 

 

 




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Act2-1

「ねえ、あんたの願いは何?」

「願い?」

 

龍之介とキャスターがアジトにしていた家を出て、ジャンヌと少年は夜の街を歩いていた。

外に出た理由といえば、キャスターが

「このような場所はジャンヌにふさわしくありません。ですが!

 私が必ずあなたにふさわしい居住地を見つけてまいりましょうぞ!」

 

などと言ったのが発端であった。

マスターのはずの龍之介は半分呆けた様子でキャスターを見ていたが、直ぐ後にキャスターから色々と説明され、納得した様子だった。 

 

「願い、ね……」

「ええ、さぞかしこの私が仕えるにふさわしい願いなんでしょうねぇ?」

「この世界への復讐」

「――――今なんて?」

 

ぼそぼそと言った少年の言葉は、聞こえなかったわけではないが聞き返された。

だから、少年はジャンヌの顔を見てしっかりと言い放った。

 

「この世界への復讐だ」

「復讐って、あんた何かされたの? 親でも殺された?」

 

場所は丁度住宅街。

人の気配はよるということもあってほとんどなく、街灯が弱々しく輝くだけだ。

 

「親は魔術師に殺された。それに書いてあったんだ『世界に復讐しろ』って」

「はあ? あんた正気?」

 

ジャンヌはガチャガチャと音を立てている鎧姿のままで、少年を上から見た。

 

「親に言われたから復讐する? そんなのあんたの『復讐』じゃないじゃない。いったい何に復讐するかも分からないのに」

「それでも、俺はそうするんだ」

 

少年は確かめる様にそう呟いた。

頷きながら、一歩一歩確かめる様に。

 

「ジャンヌ」

 

ほんの少しだけ前を歩く少年は、立ち止まったジャンヌに告げた。

 

「まず俺は、衛宮切嗣を殺す。俺の復讐はそこからだ」

「……」

「手伝ってくれ、ジャンヌ」

 

正気を抜かれた様に、ジャンヌは少年を見返した。

 

「ええ、良いわよ。さぁ、復讐を始めましょう?」

 

頭にノイズが走る。

復讐者(アヴェンジャ―)である自分の体が、まるで別の物であるかのようにひび割れる感覚。

ジャンヌはその感覚を不敵な笑みの下に隠し通した。

 

私はあいつじゃない。

なら私は誰?

私は――――――そう、

 

 

「私たちは復讐者なのだから」

 

 

そう言うと同時に、ジャンヌは虚空から旗のついた槍を出現させ、飛んできた小ぶりな黒一色のナイフを叩き落とした。

不敵な笑みは自然と彼女の頬に現れていた。

 

「そんなに殺気を出されたら気が付かないわけないでしょう?」

「……」

 

虚空から現れたのは全身がナイフと同色の体に、どくろの仮面をつけた男。

 

「クックック……何、この程度の殺気も気が付かないなら復讐者というのもそこが知れると思い、試しただけのことよ」

「へぇ? ねぇあんた、私たち舐められてるわよ?」

「……お前は誰だ」

 

距離にして十五メートル。

月光を背に受け逆光でよく見えない視界の中で、少年は相手の姿を視界の真ん中に捉える。

 

「真面目に答えると思っているのか?」

「ああ、俺もそう思うよ」

 

少年がそう叫ぶと同時、ジャンヌは槍を掴んで仮面の男目掛け突撃していく。

その速度は少年の目視できる限界を超え、まばたきの後には男の目前に迫っていた。

 

「死になさい!」

「フッ」

 

猛烈な勢いで振るわれた槍は男の薄皮を少しそぎ落とし、続く二撃目、三撃目が男の首筋を狙う。

 

「ハハハハハ! やはり復讐者とはこの程度であったか!」

「言ってなさい!」

 

言葉と同じタイミングで投擲されたナイフが、少年とジャンヌの二人を襲う。

だが、それをさも当然の様にジャンヌが全てを薙ぎ払った。

 

「あんた、戦えないならどっかに隠れていなさいよ!」

「俺だって戦える。お荷物になる気はない」

「あっ、そ。でもあんた今は凄く邪魔よ」

 

ジャンヌはそう言うと槍を手に再び男に刺突を繰り出す。

何度も、何度も。

刺突を繰り返す度、住宅街に破壊音が響き渡る。

これが真っ当な魔術師とサーヴァントの戦いであれば、人気のない場所を探して戦うのであろうが……。

当然の様に少年の頭に"神秘の秘匿"などという考えはない。

少年は復讐だけ出来ればいいのだ。

むしろ復讐こそが少年といえるだろうか。

 

「くうっ……!」

「ククク……どうした、私はこっちだぞ」

 

男は度々住宅の陰に身を潜め、まるで瞬間移動するかの様にジャンヌの背後に回る。

そして、そのままジャンヌを狙う――のではなく、マスターである少年を狙う。

 

「こんのぉ!」

 

ジャンヌの伸ばした槍が、飛来したナイフを弾き飛ばす。

カラカラと軽い音を立てて、ナイフはアスファルトの上で音を止める。

 

ドクッドクッと、頭に血が上る。

 

――主よ%&%$%#&&。

 

 

――主よ%&%$%げます。

 

「カアッ!」

 

一瞬ボーっとした頭が即座に現実へ引き戻される。

頬を掠めていくナイフが、赤い鮮血を散らし、通り抜けていく。

苦々しく表情を歪めるジャンヌ。

 

「チッ……」

「クク、やはり復讐者(アヴェンジャ―)など話にならんな」

「うっさいわね。あんたこそ、こそこそと闇に隠れてんじゃないわよ」

「ククク……何を言う。それこそが我が神髄。闇に隠れずして、どうして我と呼べようか」

「あっそ、じゃあやっぱりあんたはアサシンのサーヴァントって事ね」

 

呆れた様に言うジャンヌに、仮面の上からでも分かるほど笑いながら、アサシンは告げる。

 

「左様。我こそがアサシンのサーヴァントである」

「……まあいいわ。こそこそ動き回るような奴に負けるほど私は弱くないし」

「先程までの無様さを踏まえた上で言っているのか? あそこまで弱いと流石に笑ってしまっ……ククッ……」

「……」

 

ジャンヌのボルテージが上がるのを少年は感じた。

そして、こちらの準備も整った。

 

「ジャンヌ!」

 

こちらが術式を組んでいることをアサシンも気が付いているはずだ。

そして、ジャンヌは術式を組んでいる少年を守るように戦っていた。

ジャンヌ自身にそのような意思がなかったとしても、マスターを守るという行動は結果として少年の術式完成までの時間を稼いだ。

 

自動拘束(オート・バインド)

「ぬっ⁉」

 

少年の術式はいたってシンプルだ。

対象を動けなくする、もしくは動きを鈍くする。それを弾丸とし、追尾性能を与えただけ。

サーヴァントに人間の魔術では効果が薄いかもしれないが、ほんの一瞬でも動きが鈍ればこちらが勝利するだろう。

少年はそう考えた。

だが。

 

「ジャンヌ!、おい!」

「……くっ、うっさいわね!」

 

苦し気な表情を浮かべたジャンヌがそれでも尚少年に認知できない速度でアサシンに突撃する。

 

「甘いわ!」

 

バインドをまともに食らったはずのアサシンは、ほんの一瞬だけ動きが鈍っただけ。

既に元の状態に戻っている。

 

「クソッ……」

 

悪態を吐く少年の心とは裏腹に、ジャンヌの頭には声が響いていた。

 

――――――主よこの身$%げます。

 

もう一度、声が頭に響く。

数秒前まで襲っていた感触が、腕を鈍らせる。

 

「同じ芸しか出来ぬようだな、復讐者とやらは」

「うっっっっさいわね!」

 

横なぎに振るわれた槍を軽々と躱し、アサシンは住宅街の一角。

一つの民家の屋根の上に着地した。

 

「……ならば、ここで終わりだな」

 

アサシンはそう言うと、ナイフを手に取った。

 

 

=========================

 

 

冬木の聖杯は危険を感知した。

 

×××××という少年の存在。

 

あれは危険だと。

 

だからこそ、聖杯は裁定者(ルーラー)を召喚した。

 

召喚したはずなのだ。

 

ジャンヌ・ダルク。

 

救済の少女を。

 

ゴポッと音がする。

全てを飲み込む音がする。

だが、誰も気が付かない。

誰も――――――そう、たとえそれがジャンヌ・ダルクを召喚した聖杯だとしても。

 




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Act2-2

だいぶ遅くなりました……


「問おう、貴方が私のマスターか」

 

もうそれなりに『その言葉』を聞いてから時間が経過した。

計画も、それに必要な武器も、既に手元に揃っている。

 

衛宮切嗣は普段からまるで部下の様に扱っている舞弥という女性に武器の調達を要請していた。

スナイパーライフルや手榴弾、様々な鉄製の武器が切嗣の足元に並べられていく。

 

「それで、これからどうしますか」

「一先ずはアイリとセイバーに任せる」

 

ジャコッ、とそんな音を立てながら銃の感触を確かめる切嗣。

その横で舞弥は少し疑問を抱いていた。

 

「我々の出番は今しばらくない、と?」

「いや、戦場には出るさ。ただしばらくは様子見さ」

 

並べた武器からスナイパーライフルを手に取り、その感触も確かめる。

冷たい鉄は、切嗣に戦場を思い起こさせた。

 

「チャンスがあれば敵を狙ってもいいが、そんな簡単に敵は隙を見せてはくれないだろうからね」

 

切嗣はそれを肩に構え、スコープに目を落とした。

赤い十字が窓の外、はるか先へと視点を合わせーー燃え盛る炎に視線は釘付けにされた。

 

「舞弥、今すぐ外出の支度をしてくれ、五分以内だ」

「……! 了解しました」

 

彼女が横で武器をしまうのを音で確認しながら、切嗣は視線を火の手から離さなかった。

舞弥が横で作業を行っている最中も火の手は上がり、いくつもの火柱を立てている。

そして、

 

「っ……思ったより早いな……」

 

サイレンの音が切嗣の耳に届く。

火事が起きたことに町の住人が気が付いてしまったのだ。

 

「舞弥、準備は出来たか」

「はい、車も下に停めてあるので直ぐに出せます」

「よし」

 

切嗣の顔は冷めていた。

火の手を見た時からうすうす感じてはいたが、あの火の手は魔術的隠蔽がされていない火だ。

切嗣が思いついた考えは二つ。

この火事は魔術とは関係ない、ただの一般人によるものであること。

もう一つは神秘の秘匿という魔術師にとっての常識を守らない異端な魔術師がいること。

そのどちらかだった。

しかし――――

 

(……どちらにせよ、あの火柱を見ればサーヴァントが集まってしまう……)

 

火の手は凄まじかった。

何せ、遠くからでも家より大きな火柱が確認できたのだ。

マスターであれば不審に思うのが当然だろう。

 

ホテルの一階に降りた切嗣と舞弥は暗器を隠しながら車に乗り込み、火の手が上がった方向へ向かう。

そして一瞬の逡巡の後に、手元にあった携帯電話を握った。

その電話は数回のコールの後に言葉を返した。

 

「え……えっと……切、継……?」

「ああ、そうだ僕だよアイリ」

「そ、そうなのね……良かった……」

「すまないがアイリ、今は凄く時間がない。端的に話すよ」

「は、はい!」

 

切嗣は自分のここまで見た火事の状況を端的に説明すると、セイバーと二人で現場に向かうように指示した。

 

「構わないけど……本当に他のマスター達は来るのかしら……」

「大丈夫さ、たとえ誰もいなくてもセイバーの姿を見れば一目散に駆けつけるだろうさ」

「……そうね」

 

アイリと切嗣の会話はそこで途切れた。

これでセイバーとアイリは火事の現場に向かうだろう。

 

「舞弥、こっちは後どれくらいで着きそうだい?」

「……サイレンを鳴らして通った消防車のせいか、少し道が混んでますね……到着は十分後ほどになるかと」

「ありがとう」

 

切嗣は懐にしまっていた自分の銃に弾丸を詰める。

顔はますます冷たくなった。

 

 

===============================

 

 

「これで終わりだな」

 

そんな言葉が聞こえた直後、少年の耳には全く異なる野太い男の声が響いた。

 

「アーララララライ!」

「うわわわわわわああわあわ!」

 

どでかい馬に引かれた戦車に乗った大柄な男と、男性にしては小柄な青年が、突撃を仕掛けてきた。

 

「バカバカバカバカバカ! どうしていきなり戦場のど真ん中に行くやつがいますか!? まず最初は影からコッソリと―――」

「甘いわ! そのまま見ていたらどうなる! この町はこ奴らの炎で一面燃えてしまうわ!」

 

あまりの事態に状況を飲み込めない三人の中、一番最初に動いたのはアサシンだった。

 

「チッ……」

 

舌打ちだけを残し、アサシンは一瞬にして影へと消えた。

一目見ただけで現れた者の強さを図ったのか、マスターの指示なのかはわからなかったが。

 

「……まずい……ジャンヌ……」

「ええ……これは、ちょっとまずいわね」

 

いつもなら自信ありげに物事を語るジャンヌが、本気の顔で「まずい」という。

それほどに目の前の大柄な男には圧迫感があった。

こいつはまずい。

今まともにやり合えば、負けるのはこちらだ。

 

「して、そこの小僧。貴様がその女のマスターということでよいか? もう一騎おったのは……アサシンだとは思うんだがなぁ……逃げられたか」

「お前がいきなり割って入るからだろ馬鹿!」

「うるさいわ、坊主はとりあえずあの女サーヴァントの情報でも探っておれ」

 

ごくりと唾をのむ。

 

「ジャンヌ……逃げられるか?」

「今の状況じゃ厳しいわ。何とか隙を作らないと」

 

声を潜めて語ったそれも、大柄な男は笑みを浮かべてみていた。

余裕の笑み、強者の笑み。

一体その笑みがどのような意味を持つのか、俺にはわからなかった。

 

「まあよい、此度は戦をしに来たわけではないからな。余による宣戦布告をしに来たようなものだ」

「宣戦布告……?」

「おうとも! これほどな炎、音を響かせて、よもや誘われたサーヴァントが余だけなわけがあるまいて。

他にも居るのだろう? 闇に紛れて覗き見しておる輩が」

 

コツコツと音がした。

それも複数。

背筋が凍る。

この男の呼びかけに応じるような存在。

それも複数。

この男から逃げ切るなんて言う話ではない。

この場から生きて帰ることができるかという問題になりつつあった。

 

「ほう……? そなたらだけか? この場に居合わせた者は」

「ああそうだ。我々だけだ」

 

長髪の男は片手をポケットに入れたまま、イスカンダルを見つめてそう言い放った。

 

「我々だけだ」

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 




これからキャラ崩壊しそうな気がして心配です。
気になるところなどありましたら、感想か、TwitterのDMなどによろしくお願いします。


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