この素晴らしい王女様に自由を (はるみゃ)
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プロローグ
ある日、私は異世界に……転生してしまった。
まぁ、流れはよくある転生モノと同じだ。
事故って死んで、目が覚めたら見知らぬ天井。剣と魔法、敵となるモンスターが存在する世界に参着してた。
転生したての当時は、それはもう大変だった。
まさか自分が転生するなんて夢にも思わなかったわけだし、そう言うのは創作の中でしか起こらない話だって信じて疑ってなかったからな。
しかも、自分の姿が年端もいかない少女と来た。
健全な男子高校生をやっていた身からすりゃ、そりゃパニックぐらい起こす。
それが一回目のパニック。
二回目のパニックは……自分が王族に転生してると知ったとき。
やけに豪華な部屋だったし、外にも全く出して貰えなかったから、もしかして貴族なのかなぁ、とは思っていたけど、まさか王族だとは思いもしなかった。
故に、王冠を被った男が目の前に現れ、父を名乗った時には、驚いたものだ。
開いた口が塞がらなくなって、驚愕って言葉の意味を真に理解したよ。
まぁ、そこまではまだ驚愕の範囲内だったんだけど。
その後の許嫁の話で、パニックになった。
まぁ、仕方ないよな。
今でさえ私の年齢はまだ十一才。当時の年齢なんて一桁だったのに、いきなり許嫁なんてさ。
日本とこの世界じゃ文化が違うし、いつか大きな苦難にぶつかるかも、なんて想像していたものだが。流石に許嫁は予想外だった。
今考えれば王族の娘として転生してる時点で可能性は十分あったわけだが、多分その頃の私は女になった現実から目を背けていたんだろうな。
その後は、確か一週間ほど寝込んだっけ。懐かしい思い出だ。
……あ、勘違いしないでくれ。
今でも男と結婚なんて断固として嫌だからな。
まぁ、もう六年近く女の子やってるから、自分が女だってことは認めつつあるんだが。一人称が昔と比べて俺から私に変わったのもそんな理由からだ。
だが、だからと言って男を受け入れるのか、なんて、話は別。
正直、無理。
いや、まだ無理……と言うべきか。
ぶっちゃけると、身体に釣られてか、男を異性として認識し始めてはいる。
だけど、まだ、愛することが出来るか? と聞かれたら即座にnoと言えるレベルだ。
一応この世界にも結婚出来る年齢が決まっているらしく、十四歳かららしい。
つまり後三年、後三年しか猶予がない。
三年で決意固めるなんて絶対無理ですね、ハイ。
だから私は結婚を避けるため家を出ることにした。
しかし、いざ王宮から抜け出そうにも、王宮の警備は厳重で、家出するにもタイミングが中々見つからない。
下手に行動して、逃げ出そうとしているのがバレたら……監視を付けられ、もう二度と逃げ出せなくなるのは目に見えている。
故に待った。とにかく期を待ち続けた。
待っている間暇だったので、本を読み、少しでも外の知識を蓄えて。
……そして遂に時が満ちた。
警備が緩んだのは私の誕生日前日。
明日のパーティーの準備が終わり、気が緩んでいたのだろう。
その夜だった。
私は胸がチクリと痛むのを感じながらも、王宮を抜け出した。
◇
「アイリス様――!?」
「駄目です! 王宮隈なく探しましたが、どこにもいません!」
「どこに行かれたんだ、あの方は……!?」
「いや、アイリス様は勝手にどこかへ行くような方ではない。きっと誰かに攫われたに違いない」
「あぁ……あはははは……あはは……」
「クレア、気を確かに!?」
その日、王都は大きな喧騒に包まれた。
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アクセル到着
「――おりゃっ」
代々魔王を倒した勇者は王族と契りを結ぶのが慣習らしく、王族である私は勇者の血を引き継いでいる所為か、ステータスがなまじっか高い。
「――えいやっ」
話が変わるが、この世界には冒険者という職業が存在するらしい。
一言で言えばモンスターを倒してお金を稼ぐ職業だ。
「――とりゃっ」
私は思った。
この無駄に高いスペックを活かすには冒険者になればいいんじゃないか? と。
「――せりゃっ」
故に、王都を抜け出した私が向かったのは駆け出し冒険者の町と呼ばれる、アクセルだった。理由は至極単純。冒険者になるため。
「――これで最後っ!!」
私はステップを踏みながら、城から持ち出した神器である『聖剣なんとかカリバー』という名の剣を、目の前に現れた巨大なカエル型モンスターに向かって振り下ろす。変な名前の剣だが、切れ味が非常に高い上に、装備するだけで専用の魔法が使える優れものだ。まぁ、威力がありすぎるのが玉に瑕だが。
そんなことを考えながら、振り下ろした俺の一振りは、一刀両断の文字の如く、カエルの体を真っ二つにした。
通算七匹目のカエルを倒したところで、ようやく辺りが静かになる。
…本来なら素材を回収するんだろうけど……今は無理だな。
勿体ない気もするが、死体を放置し、『聖剣なんとかカリバー』を鞘にしまうと、小さく欠伸が漏れた。
辺りはすっかり真っ暗で、もうとっくにいつもの就寝時間を過ぎていた。
それに肉体的には疲れはあまりないが、おそらく初めての戦いだったから、精神が疲労したのだろう。
眠気が漂い始めていた。
「うぅ…眠すぎる……」
あまりの睡魔に、野宿して朝になったら向かおう……なんて考えが浮かんできた時だった。
遠くにぼんやりとだが光が見えた。
間違いない、町明かりだ。
「……よし」
両頬を叩いて眠気を一時的に覚まし、やる気注入。
貴族以上の印である金髪を隠すため、予め用意していたフードを身に纏うと、私はそのまま明かり目掛けて歩を進めた。
「ようやく着いた……」
それから数十分でアクセルの町に到着した。
流石にこの時間帯は出歩いている人が少ないようで、ギルドも営業時間が過ぎたのか明かりが消えていた。
まぁ、冒険者登録は起きてからでもいいだろう。それよりも今は寝床を探さないと……眠すぎてヤバイ…
「とりあえず……宿屋に……」
眠気を堪えながら、宿屋に向かう。
「いらっしゃーーー」
幸いにも宿屋の店主はまだ眠っていなかったが、私の姿を認めると、険しい顔をした。
「嬢ちゃん、今何時だと……」
「すみません……どこでもいいので寝る場所ありませんか?」
心配して言ってくれてるのは分かるが、話が長くなりそうだったので途中で遮る。
「……訳ありか? まぁいい。馬小屋でもいいなら貸せるが」
「そこでいいです……」
寝れるならどこでも良い。
即座に了承して、 馬小屋へと向かった。
案外寝心地は悪くなかった。
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冒険者ギルド
「ふぁぁ……」
身に付いた生活習慣というものは中々抜けないもので、私の目は明け方に自然と覚めた。
睡眠時間は体感で五時間くらいだろう。
いつもは最低でも九時間程度睡眠をとっていたので若干眠たさが残ってはいるが、頬を軽く叩いて起き上がる。
そして、脱げかかっていたフードを被り直し、脇に置いていた『聖剣なんとかカリバー』を抱え、馬小屋を出た。
「おう嬢ちゃん、もう起きたのか。早いな。馬小屋じゃ上手く寝付けなかったのか?」
馬小屋と言えども宿屋で借りた部屋には変わりない。
チェックアウトをするために、宿屋に入ると、就寝する前と変わらず店主が立っていた。
「いえ、私はいつもこの時間に起きるようにしていまして……店主さんこそお早いですね」
城での厳しい教育で身に付けた、外面を貼り付けながら訊ねると、店主は首を横に振った。
「いや、俺は夜勤だからまだ寝てないんだ」
「そうですか…大変ですね。ところで……宿泊料金はおいくらでしょうか?」
「あー……千エリスでいい」
店主に提示された額に胸を撫で下ろす。一エリスは日本円で約一円。雨風凌げる場所で一泊千円と考えるとかなり良心的な価格だ。
「ちなみに普通に部屋で宿泊すると……?」
「六千エリスだ」
六倍……。
一応今まで貯めていたお小遣いを持ってきている為、一月くらいなら宿を借りることが出来るくらいは手持ちがあるが、それでも節約できるなら節約しておいたほうがいい。
別に寝心地も悪くなかったし、今後も馬小屋を利用させてもらおう……
そう決意しながら、千エリス支払い、私は冒険者ギルドへと足を進めた。
冒険者になるためにはギルドで冒険者登録を行い、冒険者カードを作る必要がある。
この作業は受付の人が優しく説明してくれるから、簡単に出来るらしい ……が、一つ問題があった。
それは、カードを作る際に、自分の名前が表示されることだ。
いくらあまり外に出ていなかったとはいえ、受付の人が王族のミドルネームやラストネームを知らないとは思えない。
どれだけ容姿を誤魔化したとしても、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスという名前がバレたら間違いなく王族関係として見られるだろう。
そうなればゲームオーバー。
噂を嗅ぎ付けた兵士たちに捕らえられ、城に連行されてしまう未来が簡単に想像できる。
では、策はないのか……? 否、そうでもない。
事前準備として以前に城の図書館で調べたところ、そのシステムだと名無しの人達に適応されない為、公にはされていないが、偽名を表示させる方法がある、のだとか。
それは、偽名として名乗りたい名前を心の中で念じること。
それだけ。
故に私が実名バレで騒がれることはなかった――――
「――ええええっ!!? イリスさん!? 何ですか、このステータスは!? すべて大幅に平均値を越えていますよ!? あなた何者何ですか!?」
「……ただの凡人です」
「謙遜は止めてください! 本当に凄いことなんです! 何せ最初から上級職と呼ばれる≪クルセイダー≫や≪ソードマスター≫≪アークプリースト≫とかも選べるんですよ!?」
――実名バレでは。
大声で叫ぶ受付のお姉さん。そしてざわめき出す施設内に、
私は、勘弁してくれと小さくため息を吐いた。
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職業
「――それで、イリスさんはどの職業になさいますか!?」
「えっと……少し考えさせてもらってもいいですか?」
興奮気味に聞いてくるお姉さんに少し恐怖を感じつつ、そう聞くと、二つ返事で了承をもらった。
私の会話に聞き耳を立てているのか、異様に静かな施設内が気になるが…………それは無視して今は職業について考えよう。
さてさて、何にするのが一番いいのだろうか……?
当初の予定では職業はナイトを選ぼうと考えていたのだが、それはあくまで選択肢が基本職のみだった場合のことだ。上級職からも選べるのなら話は別。優れている職があるのに、わざわざ基本職を選ぶ理由もない。
提示された職業を見ながら、私は思慮の渦へと飛び込んだ。
最高の攻撃力を誇るソードマスター。
高い知力を誇り強力な魔法を扱うことができるアークウィザード。
パーティーを組むとどうしても身バレの危険性が高くなる。
故に、ソロで活動していくことを考慮した結果、候補はこの2職に絞られた。
剣をとるか魔法をとるか、それによって戦い方が大きく変わってくる。どちらにすべきか……。
そして――
「……じゃあ、ソードマスターにします」
五分におけるシンキングタイムを終えた私は無難にソードマスターになることにした。
よく考えたら強力な魔法は『聖剣なんとかカリバー』の機能で使えるし、だったら別にアークウィザードじゃなくてもいいかなと思ったのだ。
「ソードマスターですね! ではそれで登録させていただきます……っと、では改めて。冒険者ギルドへようこそイリス様。スタッフ一同、これからの活躍を期待しています!」
お姉さんはそう言うと、にこやかな笑みを浮かべた。
瞬間、今までの静寂を打ち破るかのように歓迎の声が先輩冒険者達から飛ぶ。
……下手に活躍して関係者に目を付けられても困るから活躍するつもりはないんだけど…………
無論、それを口に出すことはせず、私は小さく頷きを返した。
「こちらこそよろしくお願いします」
冒険者登録を終えた後、私は酒場の席に座り、ミルクを飲みながら自分の冒険者カードを眺めていた。
冒険者イリス。
それが私の新しい肩書きと名前。
今日から私は王女アイリスではなく、只の一冒険者のイリスだ。
国のことなんて知ったことか。今の私には関係ない。私は冒険者らしく私のやりたいように生きる! 結婚なんてしないからな、絶対に。
そう決意すると、何となく肩が軽くなった気がした。
◇
一方その頃王城では
「相変わらず犯人とアイリス様の消息は不明のままです」
「くっ、どこの誰がアイリス様を攫ったんだ…! 見つけたらただじゃ済まさない」
まさかアイリス自身が家出したとは誰も思わず、存在しない敵へのヘイトが溜まっていた
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初クエスト
雲一つない、晴れやかな青空の下。
「えいっ」
俺は現在進行形で『聖剣なんとかカリバー』でアクセルの町までの道中でも何度か合間見えた巨大カエル――通称ジャイアントトートを斬り飛ばしていた。
ソードマスターになったこともあり、『聖剣なんとかカリバー』を装備した私とカエルとの力の差は以前と比べて更に開いていて。
カエル討伐はもはや剣を振るだけの作業と化している現状。
こうも力の差が激しいと弱いもの虐めしているみたいで罪悪感が沸いてくる。
――いやね、本当はもっと強いモンスターと戦おうと思ったんだよ。
――だけど、さすが駆け出し冒険者の町。討伐系クエストが異様に少なくてね。
――初心者殺しとかグリフォンとかマンティコアとか強そうな名前のモンスターの討伐か
――いくらハイスペックボディとはいえ私は初心者冒険者。しかも初めてクエスト。
いきなり高難易度クエストに挑む無茶はしたくなかったんだ。
――だから私は悪くない……
必死に言い訳を心の中で並べつつ、地中からのそのそと這い上がってきた蛙を斬り飛ばす。
十匹目の蛙が地に沈んだ。
請けたクエストはカエル十匹の討伐。
これにてクエストは完了した。
これ以上倒さなくてもいい。
そう考えると自然と安堵の息が漏れる。
もうカエル退治はこりごりだ。
今もなお、相変わらずのペースで地中からカエルが這い出てきているが無視して。
私はアクセルの町へと帰還した。
◇
「ええっ!? もうクエスト完了したんですか!?」
ギルドに戻った私は、受付のお姉さんに冒険者カードを見せ、クエスト完了の報告をすると、とても驚かれた。
何でも私が請けたクエストは初心者冒険者にはかなり厳しめの内容だったため五日以内に達成できればよかったらしい。
確かに厳しかったな、主に精神的にだが。
私がそんなことを考えているうちに、冷静さを取り戻したのか、お姉さんはコホンと軽く咳払い。先程は失礼しました、と謝罪を入れてから、言葉を続けた。
「確認致しますので、冒険者カードを見せていただけますか?」
冒険者カードには、倒したモンスターの種類や討伐数を記録していく機能があるらしい。
私は自分のカードを見せると、お姉さんはカウンターに置いてあった箱を操作して、頷いた。
「はい、確かに。ジャイアントトートを五日以内に十匹討伐。クエストの完了を確認致しました。ご苦労様でした。……ところで、その仕留めたジャイアントトートの場所を教えていただければこちらで移送して買い取ることが出来ますが、どうされますか?」
運ぶにしては一人じゃ重すぎるし、倒したモンスターをどうすればいいのか疑問に思っていたが、移送サービスがあるとは……。
「お願いします……」
断る理由はない。
即座に了承、場所を伝える。
「では、ジャイアントトート十匹の買い取りとクエスト達成報酬を合わせて二十五万エリスになります」
高っ!?
日当二十五万って……一日で私が貯めてたお小遣いの額を越えたんだが……
カエルって儲かるんだな……
………
……
…。
……前言撤回。
これからもカエルのお世話になりそうです。
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追手
「また……ですか……」
初クエストから一週間後のこと。
細道を歩いていた私は足を止めると、息を殺して近くの物陰に身を潜めた。
十秒と経たないうちに二人の男が目の前を横切る。
「――やはり人目の着くところにはいないか……どこ行かれたんだ、アイリス様は」
「――だから何度も言っただろ、こんな辺鄙な町にはいないって。とにかく早いとこ引き上げようぜ……」
「――そうだな。あと少し滞在したら引き上げよう」
私に気づかないで二人の男は雑談を交わしながら通りすぎていく。
彼らは鎧を身に纏っていた。ベルゼルグ王国の紋様が刻まれた鎧を。
十中八九いなくなった私を捜索にきた王国兵だろう。
「ホントめんどくさいなぁ……早く諦めてくれればいいのに」
小さく嘆息。
この様子じゃ今日もギルドへ向かうのは無理そうだ。
二人の男が完全に立ち去ったのを確認してから、物陰から出た私は、そのまま踵を返して馬小屋へと歩を進めた。
こうしてアクセルで巡回している兵士達の姿を見かけるようになったのは、三日前からだった。
流石に兵士達がいるなかで、堂々と町を歩く度胸もなく。
兵士達が来てからは馬小屋に引きこもる生活を続けていた。
まさか温室で育てられた王女が馬小屋で寝泊まりしているとは思っていないのか、馬小屋にやって来ることがないのが唯一の救いだが……当然不満がいくつかある。
一つは馬小屋の宿泊料はただではないこと。寝るだけなら千エリスと安いが、ご飯やお風呂も合わせるならば値段は八千エリスと倍以上に膨らむ。かなり痛い出費だ。収入がない状態でこれは結構辛い。
兵士達が来るまでの間は毎日カエル討伐して荒稼ぎしまくっていたとは言え、減る一方の財布に少し頼りなさを感じ始めていた。
二つ目が引きこもっていても現代日本と比べて娯楽が少ないこの世界ではやることがないことだ。
馬小屋の広さ的にも、せいぜい素振りが出来る程度。
当然素振りなんて楽しいはずがなく、やっててもすぐ飽きる。
つまらない毎日だった。それこそ城にいたときよりも。
「はぁ……」
素振りをしていた手を止め、何度かも分からない溜息を吐く。
盗み聞きした会話的にもうすぐ居なくなるのだろうが、その時間が長く待ち遠しい。
私は鞘に入れたまま振っていた『聖剣なんとかカリバー』を壁に立て掛けると、藁の上に横になり、目を閉じる。
明日になればいなくなっている、そう淡い期待を込めて、私は眠りについた。
結局、王国兵がアクセルから去ったのはそれから二週間経った頃だった。
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転生王女と転生冒険者
「――ッ!!」
「――!」
「――ッ!」
久々に訪れたギルドの中は喧騒に包まれていた。その中心には見たことがない三人。
人の目を惹き付ける容姿をもった青色の髪の少女と、頭にトンガリ帽子を被ったいかにも魔法使いっぽい黒髪の少女。そして、どこか懐かしさを感じる容姿をした茶髪茶目の少年だ。
――って私、今なんで懐かしさを感じたんだろう……
「あ、イリスさん。お久しぶりです」
疑問を抱きながら遠巻きに三人の姿を眺めていると、私の姿に気づいた受付のお姉さんが声をかけてきた。
「どうもお久しぶりです」
「最近姿を見せないものですから心配しましたよ」
「すみません、所用でアクセルを離れていたんです」
まさか兵士達から逃げ隠れていた……など本当のことを言うわけにもいかず、適当にありきたりな理由をでっち上げた。
「あ、そうでしたか。……では、アクセルに戻ってきたということは所用は終わったのですか?」
騙して悪いとは思いつつ、ゆっくりと首を振って質問に答える。
「ええ……といってもまたいつかアクセルを離れる可能性はありますけど……」
兵士達が巡回しに来るのが、あの一回だけとは考えにくい。念のため、予めそう伝えておいて、私は本題を切り出した。
「――それで、あの三人は一体――?」
工事現場働いてた期間
「やっぱり気になりますよね。あの三人はめぐみんさんと、アクアさんと、サトウ カズマさんです。三人ともイリスさんよりも先に登録していたのですが、アクアさんとサトウ カズマさんは何らかしらの理由で最近まで――――」
お姉さんはまだ話していたが、それより先は耳に入ってこなかった。
サトウ カズマ。
明らかに日本人の名前だった。
よく見れば確かに日本人らしい顔立ちをしていた。初見で懐かしさを感じたのはその所為だろう。
――もしかして転生者か……!
同郷の者かも知れない。
その可能性が浮上した瞬間に、少年への興味が氾濫した。
「――――もしかしてイリスさん。彼らに興味を持たれたのですか?」
流石に凝視しすぎたのだろう。お姉さんがそんなことを訊ねてきた。
「ええ……」
「でしたら――確か最近まで、アクアさんとサトウ カズマさんは上級職のパーティーメンバーを募集していたみたいですし……一度同じクエストを請けてみてはどうですか?」
うーん……。どうしようかな。
パーティーは組まないと決めていたが、彼とは話してみたいし……
一度だけなら組んでもいいかな……
……そう思い、立ち上がろうとした時だった。
不意に、三人のそばにいた一人の女騎士に目がいった。
「え……」
何故今まで気づかなかったのだろう。
その女騎士は貴族以上の印である金の髪を持っていた。
それどころか、その女騎士の顔は見覚えがあった。
それは王城にいた頃、私によく話しかけてくれた大貴族の女性だった。
「ララティーナ……なんでここに……」
思わず漏れてしまった声。
しかし、その声は、誰にも届くことなく
『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』
運良く、街中に流れたアナウンスによって掻き消された。
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緊急クエスト
確かに呟きがアナウンスで掻き消されたのは幸運だった。
だが、同時にギルド内に王女としての知り合いがいると分かった今、不運でもあった。
正直今すぐにでも離れたかったが、アクセルにいる冒険者全員に呼び掛けたアナウンスをこうしてギルド職員であるお姉さんの前で聞いた以上、離れるに離れられない。
バレるかも知れない恐怖にギリギリと胃が痛むのを感じながら、私はお姉さんに緊急クエストについて問いかけた。
「ところで……緊急クエストって何でしょう?」
冒険者全員に呼び掛けるほどのクエストだ。余程の難易度に違いない。
近隣で暴れていたグリフォン、マンティコアがいよいよ街に襲撃に来たのか? ……いやもしかしたらドラゴンのような上位種が現れたのかもしれない。
――そんな強大な敵と戦うとして、私は存分にパフォーマンスを発揮できるだろうか……?
いつもみたく一人ならまだしも、正体バレの恐れがある観衆の前で、ララティーナの前で全力を発揮することが出来る……とは断言できなかった。
しかし、返ってきたのは思いもがけない言葉だった。
「キャベツの収穫ですよ。そろそろ収穫の時期ですし」
きゃ……べつ?
この世界に、緑の野菜である「キャベツ」があることは、王城にいた頃に何度も食卓に並べられたので知っている。
前世ではレタスと混合されがちだったのに対し、この世界では、なんか知らないけど皆がこぞって絶賛してた野菜だ。
曰く、食べると強くなるらしい……
まぁ、確かに前世でのキャベツと比べることが烏滸がましいくらいに美味だが……流石に食べるだけで強くなるのは信じがたい。
信憑性は食べて痩せるダイエット並みに低いと言えるだろう――
――と余談はさておいて、
この世界では絶賛されているそんなキャベツだが、流石に野菜の収穫を緊急クエストにはしないだろう。
となれば同名のモンスターか……――
そんなことを考えていると、お姉さんとは別の職員が、ギルド内にいる冒険者に向かって大声で説明を始めた。
「皆さん、突然のお呼び出しすいません! もうすでに気づいている方もいるとは思いますが、キャベツです! 今年もキャベツの収穫時期がやって参りました! 今年のキャベツは出来が良く、一玉の収穫につき一万エリスです! すでに街中の住民は家に避難して頂いております。では皆さん、できるだけ多くのキャベツを捕まえ、ここに納めてください! くれぐれもキャベツに逆襲されて怪我をしない様お願い致します! なお、人数が人数、額が額ですので、報酬の支払いは後日まとめてとなります!」
収穫? 一玉? 捕まえる? 逆襲?
ちょっと意味が分からない。
いや捕まえると逆襲だけなら分かる。同名モンスターなんだ、と。
けど収穫と一玉が分からない。それは野菜のキャベツに使う言葉だろ。
「「「うおおおおおおッ!!」」」
と、その時、ギルドの外で歓声が沸き起こった。
どうやら噂のキャベツがやって来たみたいだ。
――百聞は一見にしかず……。考えてても分かんないし、見てみた方が早いか。
「……」
そう考え、人混みに交ざった私の目に飛び込んで来たのは、空を悠々と飛び回る緑色の野菜だった。
――え、なにこれ……
開いた口が塞がらず、唖然としていると、私と同じようにキャベツを見に来たのだろう。いつの間にか近くにいた暫定日本人のサトウ カズマに語り掛けるように青色の髪の少女――アクアが口を開いた。
「この世界のキャベツは飛ぶわ。味が濃縮してきて収穫の時期が近づくと、簡単に食われてたまるかとばかりに。街や草原を疾走する彼らは大陸を渡り海を越え、最後には人知れぬ秘境の奥で誰にも食べられず、ひっそりと息を引き取ると言われているわ。それならば、私達は彼らを一玉でも多く捕まえて美味しく食べてあげようって事よ」
「俺、もう馬小屋に帰って寝てもいいかな」
呆然と呟くサトウ カズマの言葉に私は同感せざるを得なかった。
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