遠回りするユキ (苺ノ恵)
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1.始まりのユキ

 

 

 

「___あれ?友希那~?こんなトコでなにしてるの?」

 

バイトを終えた帰り道の橋の上。

 

川の水面に移る夕陽の色に染められた鮮やかな銀髪が視界に靡き、そんな儚さを孕んだ情景は無造作に私の心臓を跳ねさせる。

 

此方に視線を寄越した幼馴染の瞳には、困惑に似た疲労の色が何時もより濃く見えるように感じる。

 

「リサ、今日は六時までバイトじゃなかったの?」

 

「店長が早めに来たから今日はもう上がっていいってさ。それよりどうしたの?なんだがいつにも増してお疲れみたいだけど?」

 

友希那は隠し事があると目を逸らすから分かりやすい。

 

「別に…なんでもないわ」

 

「んー…友希那がそう言うならそういうことにしておくけど、辛くなる前にアタシ達に相談してね?」

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

「ならよし。それじゃ、ちょっと早いけどCircleに行こっか?」

 

今日は新曲の音合わせの日だ。

 

友希那のことだから、きっと夜遅くまで音の調整をしてたんだと思うけど。

 

歩調を合わせ、目的地までの道中、雑談に興じる。

 

とは言っても、私がお喋りして友希那が相槌を打つだけだから雑談ではないのかな?

 

そこまで考えて、不意に悪戯心が芽生えた私は先ほどの話を掘り返してみる。

 

「___で?あんなとこでまた歌詞でも考えてたの?」

 

「なんでもないって言ったじゃない」

 

途端にそっぽ向いてしまう友希那。

 

歌詞のことに触れてない…つまり、音楽以外のことで悩んでるわけね。

 

そのくらいの考えを読み取れる程度には私は湊友希那という女の子を理解しているつもりだ。

 

伊達に十数年、彼女の幼馴染をやってない。

 

「なるほど、音楽は関係ナシか~………じゃあ、恋煩いとか!?なんてね?」

 

友希那に限ってそれはないか。

 

四六時中バンドのことを考えていて(猫に関する事象を除く)、ストイックの権化みたいな私の幼馴染が異性に興味を持つということ自体考えづらい話だ。

 

(…あれ?)

 

返事が返ってこない。

 

それどころか、いつの間にか足音が私のものだけになってることに気付く。

 

「友希那?」

 

また、道端の野良猫にでも目を奪われているのだろうか?

 

そんな可愛らしい彼女の姿を予想して振り向くと___私が見たことのない顔をした幼馴染がそこにいた。

 

耳まで真っ赤にして、顔を隠すように手の甲を唇に当てて、弱弱しく顰めた眦に浮かんだ恋慕の色。

 

同じ性を持ってる私は本能的に理解した。

 

彼女は人生で初めて、誰かに恋をしてるんだと___

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「___優希夜。ちょっと楽譜打って欲しいんだけど…何してんのアンタ?」

 

モカ達バンドメンバーと話し合って浮かんだフレーズとメロディを一刻も早く楽譜に残したかった私は、コンピューターの操作に長けてる弟の美竹優希夜(みたけゆきや)の部屋に返事も聞かずに入室する。

 

ちょっと前までノックがどうとか言ってたけど、襖をノックするのってどうなの?と問うてからあの子は何も言わなくなった。

 

優希夜は基本優秀だけど肝心なところでポンコツになる節がある。

 

根が優しいのだろうが、他者からの押しに異常に弱いのはどうかと思う。

 

姉として弟の将来を心配している今日この頃だ。

 

そんな弟を顎で使ってる自分のことは大いに棚に上げて私は現状を整理する。

 

先ず、弟が布団に包まってなんかクネクネしてた、気持ち悪い___以上だ。

 

「……姉さん」

 

「何?」

 

布団に包まったままの弟が何か言ってる。

 

聞かないと楽譜打ってくれなさそうだから黙って話を聞いてみる。

 

「初対面の女の子の頭を撫でるのって犯罪かな?」

 

「死刑だね」

 

我が弟ながら、それは一回死んだ方がいいと思う。

 

「そうだよねー…はは………ああ、死にたい…」

 

「__そんなわけないからさっさと出てこい愚弟」

 

いい加減、苛々が沸点寸前になった私はウジウジしているミノムシの外郭である布団を剥ぎ取るため、シーツを持つ手に力を籠める。

 

「ちょっ!?やめてよ姉さん!!」

 

「どうせアンタの悩みなんて一晩寝れば忘れる程度のものだから。それより早く楽譜打て」

 

「最低だよこの女!?それが人に物を頼む態度かよ!」

 

「…人?」

 

「最早姉さんにとって僕は人ですらないの!?__ちょっとホントで、今だけは勘弁して下さい!お願いお姉ちゃん、いや蘭様!!」

 

「ウザい」

 

「イヤ――!!」

 

布団をはぎ取ると、一人の女性が映ったスマホを抱える弟の姿。

 

「__え?」

 

その画面に映った女性のことは私も良く知っている。

 

彼女は___

 

 

 

 

 

 




どうも、苺ノ恵です。

性懲りもなくBanG Dream!のssに手を出してしまいました。

他の作品と同時進行で亀更新なのは明白ですが、評価が良ければモチベが上がり執筆速度も上がる単純な作者なので、ぜひぜひ感想・評価の方よろしくお願いします。

それではまたの機会に


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2.浸透するユキ

 

 

 

 

 Circleにて、何事も無かったかのように新曲の音合わせを行う友希那に対して、私は傍目から見ても分かるくらいに挙動不審だった。

 

 案の定、紗夜に「真面目にやって下さい」と怒られてしまった。

 

 かと言って、メンバーのみんなに「友希那に彼氏できたんだけど私はどうしたらいい!?」なんて言えない。

 

 確実に友希那に嫌われる。

 

 そしたら私、もう生きていけないかも…。

 

 そんなこんなで私は翌日、やまぶきベーカリーのチョココロネを口止め料に、バイト仲間の食いしん坊な女の子であるモカに事の顛末を伝え、休憩中のロッカールームにてお悩み相談をしていた。

 

「ふむふむ~なるほど~。湊さんに春がきたと~。それでリサさんは大好きな人を取られてご機嫌ななめなんですね~?愛ですな~?」

 

「!?ちょっと、違うからねモカ!!私と友希那はそんなんじゃ…!私はあくまで友希那の親友として、その相手を知っておく必要があるなって__」

 

「もちろん~、私もそういうつもりで言ったんですけど~…アレアレ~?リサさん顔赤いですよ~??」

 

「うう…!!モカの意地悪…!!」

 

「でも~、湊さんに聞いても教えてくれないから八方塞がり~?」

 

「そうなの…他のメンバーに伝えて変に動揺させたくないし…何よりも友希那に悪い気がするし…」

 

「それなら~、こっそり~陰ながら~?湊さんの恋路を応援するのが~、モカちゃん的にベストな選択だと思う訳ですよ~」

 

「でも、もし友希那が騙されてて…酷い目にあってたりしたら…!どうしようモカ!?私どうしたらいいの!!?」

 

「……もう面倒だから、さっさと湊さんに告白して玉砕して来て下さい」

 

「何かモカが辛辣!?お願いだから投げやりにならないで!!チョココロネあげたじゃん!?」

 

「たった三個程度でモカちゃんの胃が満たされると思ったら大間違いなのですよ~」

 

「モカの場合、冗談に聞こえないからホント不思議なんだよね…」

 

「___つまり~、リサさんは湊さんの恋人を秘密裏に見つけて暗殺したいと~?」

 

「流石にそこまでする気は無いよ?」

 

「…それに近しいことはし兼ねないと~?」

 

「………という訳で、モカも何か分かったら連絡頂戴。情報次第で追加報酬を渡すから」

 

「例えば~?」

 

「最近私、エクレア作りに凝ってて___」

 

「直ちに捜査に入ります~。犯人の特定は、この探偵モカちゃんにお任せあれ~」

 

 そうして私は協力者を手に入れた。

 

 待っててね友希那。

 

 私が絶対に友希那を守るから!

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 ここは羽沢珈琲店~。

 

 バイト終わりにモカちゃん行きつけのお店で親友の蘭とおデート中で~す。

 

 でも、どうしてか蘭に元気がないのはモカちゃん気になりますな~?

 

 まあ、どうせユキちゃん(優希夜)がらみのブラコン拗らせた悩みだろうけどね~。

 

 話を聞いてるうちに~、何故か汗が止まらなくなりました~。

 

 え~と、つまり~?

 

「どうしようモカ…優希夜が…優希夜が湊さんに取られちゃう…」

 

(リサさ~ん。犯人見つけました~!)

 

 

 

 

 

 

 




二人(外野)の蛮行を止める役目を担うのは___モカちゃん!!君に決めた!!

百合ギャルvs.ブラコン赤メッシュ  核心を先に掴むのは果たしてどちら!?

…というか二人は協力関係になれるのでは?

それではまたの機会に


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3.錯誤するユキ

 

 

 

 

「はあ!?優希夜君に彼女!?しかも相手は湊先輩!?」

 

「ちょっと…!声が大きいよ、ひまりちゃん…!」

 

「へー、あの女々しい優希夜がな~。こりゃ赤飯炊かなきゃな?なははっ」

 

「巴ちゃんも!ボリューム下げて…!」

 

 昼休憩、生徒会室に二人を呼んで昨日モカちゃんと蘭ちゃんが話し合っていた内容を伝えると、案の定、恋バナが大好物なひまりちゃんが暴走し始めた。

 

「でも、それなら蘭の大スランプも頷けるよね?」

 

「蘭があそこまで音を外すなんて珍しいもんな?つぐは理由知ってたんだよな?」

 

「うん…。一応モカちゃんにもカマかけてみたら『……今日の蘭はきっと女の子の日なのですよ~』ってはぐらかしてたから、多分確定だと思う」

 

「モカがそれっぽいこと言う時は隠し事がある時だもんな」

 

「それでそれで!!優希夜君と湊先輩、実際のところどこまで行ってるの!!?もしかしてチュー以上のことも…キャー―――!!!」

 

「それで?つぐはこのことアタシたちに相談してどうするの?」

 

「分からない…。でも、蘭の不調の理由を共有しておいた方が、変なすれ違いも起こらないかなって思って」

 

「なるほどなあ。まあ、人の色恋沙汰に首を突っ込むほど無粋なことはないしな。あたし達はあたし達で優希夜が恋が上手くいくよう応援したらいいんじゃないか?」

 

「そう…なんだけどさ…」

 

「?つぐ?」

 

「えっ…もしかしてつぐみ………三角関係展開キターーーーー―!(//‘∀‘//)」

 

「ひまりちゃんはちょっと黙ってて。…考えてみて。あの湊先輩だよ?純粋に誰かに恋をするなんてあり得るのかな?」

 

「それはちょっと湊先輩に失礼過ぎない?それと今日のつぐみ私に冷たくない?」

 

「それはいつものことだから気にすんなひまり。__つまり、湊先輩が惚れてるのは優希夜っていう男にじゃなくて、優希夜の持ってる才能の方ってことか?」

 

「考えたくないけど…奥手の優希夜くんが湊先輩に告白したっていうのは考え辛いの。なら、湊先輩の方からアプローチがあったって考えるのが自然で、その目的が優希夜君の才能…作詞・作曲にあるんだとしたら__」

 

「素直に頷けるってわけか?」

 

「……うん…」

 

「なるほどな…」

 

 優希夜君は私たちにとって弟も同然の関係だ。

 

 そんな大切な家族が、恋心を利用されて弄ばれているのだとしたら…私は湊先輩を絶対に許せない。

 

「つぐの言いたいことは分かった。でも、結論を出すのは早くないか?もう一度思い出せ。蘭は『優希夜が湊先輩と付き合ってる』って、確かにそう言ったのか?」

 

「………」

 

「もしかしたら、優希夜の片思いをブラコンの蘭が、もうデキてると誤解して、話が飛躍してるのかもしれないぞ?」

 

「あっ、確かに!巴すごい!名推理!!」

 

「でも…もしかしてって思うと…」

 

「つぐの推測が正しいのかもしれない。でも、今は待とう。分からないまま動くのが一番危ないから」

 

「と、巴が正論言ってる…!今日は雨かな?」

 

「___よし!つーことで今日の放課後もいつも通り練習頑張ろうぜ!今日はひまりが駅前のたい焼き奢ってくれるらしいから気合い入れてくぞ!!」

 

「ちょっと巴!?私そんなこと言ってないんですけど!!?こら、待てー!」

 

 巴ちゃんを追ってひまりちゃんも退出する。

 

「そうだよね…考えすぎだよね…」

 

 私も一旦、今回の話は忘れていつも通りの私でいようと思う。

 

 モカちゃんと蘭ちゃんが屋上で待ってる。

 

 私も行かないと。

 

「いつも通りに___ね」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

(?生徒会室に誰かいる?……この声は…つぐみちゃん?とAfter glowのみんな?)

 

「___ユキヤ君____湊先輩____キス以上___キャー――!!!」

 

「湊先輩___惚れて___ユキ___」

 

「___自然で___るんだ___」

 

「もしかしたら____デキてる____」

 

(え…えっ?えっ?…友希那ちゃんが…シちゃって………デキちゃってる!!!?)

 

「____今は待とう」

 

(やばっ!!)

 

 私は廊下の陰に隠れる。

 

「今日はひまりが駅前のたい焼き奢ってくれるらしいから気合い入れてくぞ!!」

 

「ちょっと巴!?私そんなこと言ってないんですけど!!?こら、待てー!」

 

 物陰から声の主を確認すると、やっぱりAfter glowのみんなだった。

 

 少しして、つぐみちゃんが出てくる。

 

 つぐみちゃんは生徒会室のドアに鍵を掛けながらそっと呟いた。

 

「いつも通りに___ね」

 

(これって…!)

 

 つぐみちゃんが生徒会室を去っていく姿を見ながら、私の脳はある結論を導き出す。

 

「ユキヤ君って子と友希那ちゃんが付き合ってて、友希那ちゃんが妊娠………お姉ちゃんに報告しないと!!もう!!こんなの、るんってこないよーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 物語は加速していく___

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ___誤った方向に

 

 

 




みんなお願いだ…!私は早くユキ×ユキを書きたいんだ…!外野のみんなは大人しくしてて…!ちょっと日菜ちゃん待ってお願い!

キャラを御しきれない作者の末路です。

この先、一体どうなるの?(震)

それではまたの機会に


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4.直面するユキ

お久しぶりです。

Dr.STONEとロード・エルメロイ二世の事件簿にハマってる苺です。

突然のラブコメを描きたい衝動に駆られたので投稿です。

案外早かった主人公の出番


 

 

 

 

 

 

 

 あれから二週間の時が過ぎ去った。

 

 その間____特に何もなかった。

 

 これが夏休みだからとか、彼女が転校してとかならまだ分かる。

 

 ただ、平日は学校に通い、休日は曲作りに勤しむ、そんな毎日に特別なイベントなんて起こるはずも無かった。

 

 そう、現実なんてこんなもんだ。

 

 どういうわけか姉さんの元気がなくて、パシられる回数が減ったのは僥倖なわけだが。

 

 そのためか、趣味の作詞・作曲が驚くほどに進んだ。

 

 しかし、何故か曲のテイストが全て失恋になってしまっているあたり、僕の音楽観はもう終わっているのかもしれない。

 

 僕がいきつけの猫カフェで出会ったあの運命の女性の名前は湊友希那さんといって、Roseliaというガールズバンドのボーカルをしている人らしい。

 

 この一か月で、何度Roseliaの練習場所であるCircleに足を運ぼうとしたか分からない。

 

 でも、それってもしかしなくてもストーカーだよね?って思ったらもう家から一歩も出る気が無くなった。

 

 それどころか、行きつけの猫カフェに通う気すら起きなくなった。

 

 店長から安否確認のメールが来て泣きそうになった。

 

 ミルク、マドラー、ボス(お気に入りの猫の名前)…みんな元気かな…?

 

 ふとした瞬間、ついつい足があの楽園の方に向いてしまう。

 

 しかし。

 

 もし、万が一、那由他分の一にも湊さんと鉢合わせることになったとする。

 

 恐らく僕の心臓は生命活動を投げ出すことになる。

 

 これが姉さんやつぐみ姉さんなら話してても何ともないのに…。

 

 それだけ僕は湊さんに惹かれてしまっているというこのなのだろうか?

 

 好きな人に会いたい気持ちは募るばかりだけど、会ってからのことを考えると心臓が握りつぶされるような悪寒に襲われる。

 

「…もう、諦めた方が楽になるのかな…?」

 

 そんな若干センチメンタルな気分でモップを惰性のように動かしていると、関係者以外立ち入り禁止の扉から見知った人物が顔を覗かせた。

 

「___お?優だ。おつかれさまー」

 

「お疲れ様です。花園先輩。…珍しいですね、先輩が時間ギリギリに来るなんて」

 

 花女の制服を携えて訪れたのは花園たえさん。

 

 僕が中三の時にバイトのカラオケ店で指導係として師事を仰いだのがこの花園先輩だ。

 

 基本の仕事を教わる上で問題はないけれど、ちょくちょく先輩は僕の理解に苦しむ発言をしては僕を困らせる。

 

 ただ、今日の先輩はどこか余裕が無い様子だ。

 

 肩で息をして頬が若干朱くなっていることから、走ってここまで来たことが窺える。

 

 先輩の長くて綺麗な黒髪が少しだけ乱れており、肩から胸の前にサラリと落ちる髪の束の滑らかさを見て、何となく居た堪れなくなった僕はモップを握る手に少しだけ力を込めて視線を外した。

 

「うん。ちょっと香澄達と新曲のアイディア出し合ってて。ごめん、すぐ着替えてくる。__あっ、残りの準備は私がやるから、優はのんびりしててよ」

 

 ロッカー室の扉から顔だけ覗かせて、思い出したように先輩が開店準備の交代を提案してくる。

 

「いえ、あとは掃除くらいなんで先輩こそ時間までゆっくりしててください。あんまり寝てないんでしょ?」

 

「え?何で分かるの?」

 

 僕が目の下をなぞりながら理由を示すと先輩の細い指も自然と眦に伸びる。

 

「隈。先輩、普段は化粧をあんまりしないので目立ってます」

 

「………優のえっち…」

 

 バタンッ。

 

 蝶番が悲鳴をあげそうな勢いで閉じられた扉は、僕の困惑した感情など預かり知らぬように静観を貫いていた。

 

「なんでさ…」

 

 女の子は難しい。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 お客さんが入り、徐々に忙しくなるにつれて余計な思考をせずに済むようになったおかげか幾分の心のゆとりができた僕は、シフトの時間通り出勤した後続に仕事をパスして、休憩室の椅子に腰かけたタイミングでスマホを起動する。

 

 そして、それまでに思いついた脳内のフレーズを片っ端からメモ帳に打ち込んでいく。

 

 作詞・作曲は僕の数少ない趣味の一つだ。

 

 音楽というのは案外気分屋なもので、いいものを作ろうと意気込んで作るよりも、普段の生活で感じることをなんとなしに音楽へ落とし込んだ方が意外と凄いものができることが多い。

 

 僕だけかもしれないけど、音楽が人間によって生み出されている限り、人間の心が譜面に滲み出てしまうのは避けようがないと思う。

 

 だからこそ、音楽は人の心を激しく揺さぶってくるんだと僕は信じてる。

 

「…擦り切れた小さな手…隙間を埋めるまで…色の消えた記憶…拾い集めた…」

 

 あの日、湊さんと会った時の衝動を、色を、呼吸を。

 

 溢れ出てくる詩を音に乗せる。

 

 そして____

 

 

 

「___中二病?」

 

「すいません花園先輩。僕の内情知ってるんですから邪魔しないでもらえますか?」

 

 いつの間に忍び寄ったのか。

 

 先輩は僕の肩口からスマホの画面を覗きこんでくる。

 

 健全な高校生である僕は、そんな状態に耐えられず机を挟んで向かい側の椅子に腰を落ち着ける。

 

 先ほどまで僕の座っていた椅子に腰かけた先輩は机に置かれたお茶請けを摘まみつつ独り言ちる。

 

「優は椅子取りだね」

 

「何の話ですか?」

 

「サルって人が草履取りなら、イスを温める役割の優は椅子取りだなって」

 

「何ですかそのクソ使えない現代の木下藤吉郎。というかいつから僕の役割が椅子を温めることに?」

 

「天下統一までもうすぐだよ、ガンバレ」

 

「椅子温めて天下がとれるならパチ屋の客なんてもれなく全員天下取りですね」

 

「おお…、このチョコレート美味なり」

 

「そうですか。良かったですね」

 

「褒美をとらす」

 

「それ持ってきたの店長ですけどね」

 

「__って優が言ってた」

 

「さり気なくキラーパス送ってくるのやめてもらえます?」

 

 そんなどうでもいい雑談をして暫く。

 

 不意に先輩が問いを溢す。

 

「そういえば優に一個聞きたいことがあるんだけど?」

 

「何ですか?」

 

 作曲のこととかだろうか?

 

 そんな予想をしていた僕は、スマホの画面に目を落としたまま返事する。

 

 

 

 

 

「子供の名前はどうするの?」

 

「何を口走ってるんだ?この天然ポンコツクール美女は?」

 

 おっと、思わず考えたことがそのまま口に。

 

 やらかしたと思いつつ視線を上げると、ワザとらしくしおらしい表情を浮かべた花園先輩がこちらに流し目を送る。

 

「優の気持ちは嬉しいけど…私にはオッちゃんがいるから」

 

「何で僕が先輩に告白してフラれたみたいになってるの?というか今僕、もしかしなくてもウサギに負けました?」

 

 何故だろう。

 

 思ったよりもショックだ。

 

 でも仕方がない。

 

 オッちゃんの可愛さの前では、核ミサイルの発射ボタンに指を置いた軍人でさえ破顔すること間違いないのだから。

 

 可愛いは正義だ。

 

 因みにオッちゃんはオッちゃんであっておっちゃんではない。

 

 これを間違うと先輩はキレるから要注意だ。

 

 僕が妙な独白をしていると更なる爆弾発言が先輩の口から飛び出す。

 

「男の子?女の子?」

 

「先ず前提が間違ってます。僕にはまだ子供なんていませんから」

 

「まだ?」

 

「揚げ足をとらないで下さい。それとも僕、生涯独身なの?」

 

「強く生きろよ、少年」

 

「やかましいわ___そもそも先輩?どうしていきなりそんな話を?先輩らしくないですね?」

 

 サムズアップする先輩の指にチョコレートがついており、ティッシュペーパーを渡す。

 

 先輩は指を舐めようとチロリと舌を出して、寸前のところで思いとどまったのかそのまま指を拭きながら舌をしまう。

 

「だって優、花女じゃあ有名人だから。最近は優の話題で持ち切りだよ?」

 

 折角綺麗にしたてでまたお菓子の包みを開け始める先輩。

 

 太るぞという禁句は胸の奥底に押し込んで、僕は別の言葉を返す。

 

「は?………ふん。騙されませんからね?花園先輩。僕程度の人間の話が話題になるほど世間は甘くないんです。また僕のことをからかうつもりですね?そうはいきません。暴君(姉さん)の圧政から解放された今日の僕は一味違うんです。先輩の虚言に一々動揺する僕じゃな___」

 

 

 

 

「優と湊先輩が赤ちゃん作ったって」

 

 

 

「話を聞こう___どんな事件だ??」

 

 

 

 

 

「優、キャラ変わってる」

 

 いや、これ大事件だよ。

 

 

 

 

 

 




セリフの多いキャラは私の推しである可能性が高いです。

皆さんの推しもできるだけ出演して頂きたいので、感想欄で推しへの想いを熱く語っていただけると推しのセリフの量も増えるかも…?

今日はこの辺りで。

またの機会に


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5.悟り誤るユキ

注意:これはラブコメです。決してシリアスなお話ではありません。


 

 

 

 

 

『湊さん、今日の放課後少しお時間頂けますか?』

 

 紗夜からそのような連絡を受け、指定されたファストフード店へ足を運ぶと、いつも通りポテトのLサイズを二つ机に置いた彼女が神妙な面持ちで一点を見つめていた。

 

 彼女がポテトに手を付けずに待っていることに違和感を覚えつつ、どうでもよいことかと頭を振り対面の席を引く。

 

「ごめんなさい。待たせたようね」

 

 彼女は少し考えが纏まらないといったような焦りを見せつつ、いつも通りの凛とした雰囲気で応える。

 

「いえ…こちらこそ急にお呼び立てして申し訳ありません」

 

「それで?話っていうのは?」

 

 紗夜が私にアイスティーを渡してくる。

 

 集るつもりのない私はメニュー表から確認した料金分を彼女に渡す。

 

 しかし、それは彼女の唐突な問いによって遮られた。

 

「___湊さん、貴女は今井さんのことをどう想っているのですか?」

 

「…いきなり何?」

 

「返答によっては、私は貴女への評価を改めなければなりません」

 

 彼女が冗談の類を吐く人間でないことはこれまでの経験からよく知っている。

 

 だからこそ、私は嘘偽りのない答えを提示する。

 

「私にとってリサはリサよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

 

 私の答えに、彼女は少しだけホッとしたような、でも悲しそうな、複雑な表情を浮かべた。

 

「そうですか…そうですね。それが湊さんですもの」

 

「リサに何があったの?」

 

「貴女にも心当たりがあるのでは?」

 

「あったらもう解決してるわ。無いから私は…」

 

「私は?」

 

 零れかけた言葉をちっぽけな自尊心で飲み込み、言い訳染みた弁明を垂れる。

 

「………こんなこと初めてなのよ。私の悩みを消してくれるのはいつだってリサだったから」

 

「それで、初めて逆の立場になって貴女は困っているんですね?」

 

「………」

 

 私はストローを加える。

 

 沈黙は金というが、沈黙こそが雄弁に人の心情を物語っているのではないかと私は顔も知らぬ偉人に嘆いた。

 

「単刀直入に伝えます。今井さんが調子を崩している理由、それは____貴女ですよ、湊さん」

 

 何となく分かっていた。

 

 でも、気付いたからといってもどうしようもなくて。

 

 そんな現実と向き合うのは怖くて。

 

 無意識に知らないふりをしていた自分を赦せなくて。

 

 私はストローの飲み口を噛み、苛立ちをぶつける。

 

 紗夜はそんな私に追い打ちをかけるかのように話す。

 

「Roseliaのギター担当としてではなく、一人の人間、氷川紗夜として貴女に伝えます。湊さん、貴女はもっと自分を大切にするべきです。貴女は目標のために犠牲にしてきたものが多すぎる。同じ女性として、私はそれを看過できない」

 

 目標のための犠牲…。

 

 それは時間?交友関係?お金?それとも、もっと別の何か?

 

 だとしても___

 

「紗夜、それは違うわ。貴女の言う犠牲は私にとって正当な対価よ。貴女がどう思おうと自由だけど貴女の価値観に私を巻き込まないで」

 

「そのせいで、今井さんが苦しんでいるとしてもですか?」

 

「………リサなら…あの子なら、きっと分かってくれる。私はそう信じてる。これまでも、これからも」

 

「そうですか…なら、もう私からは何も言いません」

 

「…ありがとう、紗夜」

 

「何のことですか?」

 

「私たちのこと、心配してくれて」

 

 そして、独り言のように呟く。

 

「ごめんなさい。湊さん…。ごめんなさい…!」

 

 彼女の涙がなんの贖罪を表しているのかは私には分からない。

 

 私は彼女の頭を撫でようとした手を寸前で引く。

 

 こんな時、リサならどうするのか。

 

 そんな、人として簡単な答えすら、私には分からなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「湊さん、今日の放課後少しお時間頂けますか?」

 

 日菜から最初に湊さんがお子さんを身籠っていると聞いた時、最初に浮かんだ感情は呆然だった。

 

 呆れてものも言えない。

 

 そんな視線を向ける私に日菜は強い口調で言った。

 

【私の勘違いで済むならそれでいい。

 

 私が呆れられるだけならそれがいい。

 

 でも、友希那ちゃんは今苦しんでるのかもしれないよ?

 

 リサちゃんが調子を崩してるのもそれが原因じゃないの?

 

 今しかないんだよ、お姉ちゃん!

 

 あの二人を助けられるのはお姉ちゃんだけなんだよ!

 

 今なんだよ!お姉ちゃん!今なんだ!!】

 

(あの子のあんなに必死な顔…初めて見た)

 

「ごめんなさい。待たせたようね」

 

 対面の席が動いたことで、目的の相手が到着したことを悟った私は、いつも通りを意識しつつ声を上ずらせないよう気を付けながら挨拶を返す。

 

「いえ…こちらこそ急にお呼び立てして申し訳ありません」

 

「それで?話っていうのは?」

 

 アイスティーを差し出しつつどのように口火を切るか考えるよりも早く私の口は動き始めた。

 

「___湊さん、貴女は今井さんのことをどう想っているのですか?」

 

「…いきなり何?」

 

 怪訝な表情を浮かべる湊さん。

 

 そうですよね。

 

 誰だってこんな聞かれ方をしては戸惑います。

 

 寧ろ誤解を与えかねません。

 

 ここは慎重に言葉を選ばないと。

 

 公共の施設で隠語など言語同断です。

 

 私は好物のポテトが冷えていくことにも気づかず言葉を紡ぐ。

 

「返答によっては、私は貴女への評価を改めなければなりません」

 

 よりにもよって湊さんが不純異性交遊。

 

 しかも、バンドとしてようやく夢に手が届きかけているこの時期にそのような噂が聞こえる。

 

 そんなこと、私は認めないし、認めたくない。

 

 私が真相を突き止めて彼女の言われなき汚名を晴らす。

 

 私は湊さんの言葉の裏に潜んだ感情を読みとるように、ジッと彼女を見つめる。

 

「私にとってリサはリサよ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

 

 嘘偽りのない真っすぐな瞳。

 

 同性の私ですら惹かれそうになる、強い意志の光。

 

 でも、だからこそ私は余計に不安になった。

 

「そうですか…そうですね。それが湊さんですもの」

 

「リサに何があったの?」

 

 湊さんはきっと、自分にとって大切なものを捨ててでも、志を曲げない人だから。

 

「貴女にも心当たりがあるのでは?」

 

「あったらもう解決してるわ。無いから私は…」

 

「私は?」

 

「………こんなこと初めてなのよ。私の悩みを消してくれるのはいつだってリサだったから」

 

 初めて…。

 

 いつも何気なしに使っているこの言葉に、彼女はどれだけの想いを込めているのだろうか?

 

 それは、そういった経験のない私には計り知れないことで。

 

 だからこそ私は次の言葉を___選択を間違えた。

 

「それで、初めて逆の立場になって貴女は困っているんですね?」

 

「………」

 

 私は、はっきり言って貴女のことが羨ましい。

 

 貴女の気高さが。

 

 真っすぐな心が。

 

 美しい志が。

 

 でも____

 

「単刀直入に伝えます。今井さんが調子を崩している理由、それは____貴女ですよ、湊さん」

 

 湊さんの表情に初めて陰りと動揺が生まれる。

 

 その姿を見て私は悟った。

 

 ああ、そうなんですね…。

 

 間違いであって欲しかった。

 

 私と日菜の勘違いであって欲しかった。

 

 でも、そんな思いは幻想だった。

 

 現実とはこんなにも私たちに冷たくするものなのか。

 

「Roseliaのギター担当としてではなく、一人の人間、氷川紗夜として貴女に伝えます。湊さん、貴女はもっと自分を大切にするべきです。貴女は目標のために犠牲にしてきたものが多すぎる。同じ女性として、私はそれを看過できない」

 

 愛し合うことは素晴らしいことだ。

 

 浮いた話に疎い私でもそう思っている。

 

 それでも、貴女はまだ高校生です。

 

 貴女の選択はとても尊いものかもしれない。

 

 でもその選択はきっと、未来の貴女を不幸にしてしまう。

 

 話してほしい。

 

 相談してほしい。

 

 正直に伝えて欲しい。

 

 一緒に悩ませて欲しい。

 

 私は今井さんのように貴女のことを多くは知らない。

 

 共に過ごした時間もほんの僅かで。

 

 音楽でしか私たちはお互いのことを語れない不器用な人間だ。

 

 でも、だからこそ。

 

 私は貴女の友人で在りたいと、いえ、もっと親しい存在になりたいと心の底から思っている。

 

 だから、湊さん。

 

 お願い____

 

「紗夜、それは違うわ。貴女の言う犠牲は私にとって正当な対価よ。貴女がどう思おうと自由だけど貴女の価値観に私を巻き込まないで」

 

 お願いだから私の言葉を否定してよ。

 

 言いがかりだって。

 

 何を馬鹿なことを言っているのって、怒ってよ。

 

 私は縋るような想いで最後の問いを投げかける。

 

「そのせいで、今井さんが苦しんでいるとしてもですか?」

 

 私を、仲間を頼って、信じてはくれないのですか?

 

「………リサなら…あの子なら、きっと分かってくれる。私はそう信じてる。これまでも、これからも」

 

 彼女の強い意思、覚悟に圧倒された私に、彼女の隣に立つ資格なんてないと思った。

 

「そうですか…なら、もう私からは何も言いません」

 

 これが湊友希那という女性。

 

 私たちRoseliaのボーカル。

 

 孤高の歌姫。

 

 彼女の選んだ道だ。

 

 今の私にできることは、そんな彼女の想いを精一杯応援すること。

 

 そして、願わくば、いつかは私も貴女にとって____

 

「…ありがとう、紗夜」

 

「何のことですか?」

 

「私たちのこと、心配してくれて」

 

 ___親友と呼べる存在にして下さい。

 

「ごめんなさい。湊さん…。ごめんなさい…!」

 

 涙は止まらない。

 

 何も声を掛けてくれない彼女の冷たさに、どうしようもない安心感を憶える。

 

 気付いてあげられなくて。

 

 頼りない仲間で。

 

 ごめんなさい。

 

 雫が落ちては消えていく。

 

 私はこの日、初めてポテトのことを美味しくないと感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと日菜ちゃん!?君のせいで紗夜さんがとんでもない勘違いしちゃってるよ!?黒歴史大量生産しちゃってるよ!?もう顔合わせられないよ!!どうすんのこれ!?

波乱の展開に苺は大満足であります。

ダレカタスケテ――――(涙)!!

それではまたの機会に


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6.リアル割れするユキ

 

 

 

 

 

『___リンリン、次どのクエストに行く?』

 

『あこちゃんの好きなところでいいよ』

 

 ネオ・ファンタジー・オンライン___通称NFO

 

 リリース当初から絶大な人気を博し、数々のゲーマーを虜にしてきた壮大な世界観は、ただでさえバンドの練習で時間のない私たちの休日という休息の時間を容赦なく消費させるコンテンツに成長していた。

 

 ある程度このゲームをやり込んでいる私とあこちゃんは既にイベントのメインストーリーをクリアし、周回と言われる同一クエストを何度も繰り返しクリアするという苦行へと乗り出していた。

 

 先ほどドロップ率0.5%の紅蓮華の種子をゲットし、新しく武器を新調したところで、新たなスキルを試しながら次なるレアアイテムゲットのため攻略サイトの情報を確認し、あこちゃんに提案する。

 

『じゃあ…snowの欲しがってたアイテム取りに行く?』

 

『え?Snowさんと連絡ついたの?』

 

『ううん、あれから全然。ここ2週間ログインもしてないし…』

 

 Snowとは私たちがNFOを始めたころからのパーティーメンバーで、いつもタンク…壁役としてモンスターの攻撃から私たちを守ってくれていた仲間だ。

 

 いつもメッセージを飛ばせば、快くクエストに参加してくれていたsnowはなぜかここしばらくNFOの世界に来ていない。

 

 何かあったのかと思ったけど、ゲーム内でプレイヤーのリアルについて詮索するのはマナー違反なため、どうすることもできなかった。

 

『snow…NFO飽きちゃったのかな…?』

 

 あこちゃんが落ち込んでる。

 

 無理もない。

 

 最近は今井さんの調子が悪くてバンドメンバー全員が集まっての練習ができず、個々で練習していても、今井さんのことが心配で身が入らず、少しモヤモヤした空気が漂っているのだ。

 

 その気晴らしでやっているゲームでも、仲間と会えない事実。

 

『あこちゃん……。きっと大丈夫だよ。Snowさんだって何か事情があってログインできてないだけかもしれないし…、あこちゃん?』

 

『      』

 

『あこちゃん?どうかした?』

 

『____来た』

 

『え?』

 

『snowからメッセ来た!』

 

『ホント?!』

 

『うん!このめちゃくちゃ固い文章はsnowで間違いないよ!でも何この文章!?』

 

 喜んでいるかと思っていると戸惑った声音で取り乱すあこちゃん。

 

 すると、私のメッセージボックスにも一通のメールが届く。

 

 受信したメールを開封する。

 

__拝啓 聖堕天使あこ姫様 RinRin様

 

  お元気ですか?

 

  私はもうダメかもしれません。

 

  お二人と冒険できて私は幸せでした。

 

  暫く私はNFOから離れると思いますのでそのご連絡を。

 

  願わくば貴女方とまたどこかで会えることを願ってます。

  

 

                敬具 Snow___

 

 なにがどうしたの?

 

 私も困惑してると、あこちゃんがキャラの表情を据わった眼にしながら言った。

 

『___りんりん…』

 

『な、何?あこちゃん?』

 

『オフ会やろう!!』

 

 この時はまだ分からなかった。

 

 この選択が、図らずして例の噂の流布に拍車をかけることになるなど。

 

 私たちには、知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「りんりん、準備はいい?」

 

「うん…ちょっと怖いけど、が、頑張ります!」

 

「よし…行こう!!」

 

 意気揚々とドアを開けて漂う珈琲の香り。

 

 オシャレで落ち着いた内装の店内で、私たちに掛かる店員さんの声。

 

「いらっしゃいませー。久しぶり。あこちゃん、白金さん」

 

「お久しぶりです!」

 

「羽沢さん…今日は無理言ってごめんなさい」

 

 あこちゃんがオフ会の会場に選んだのはカラオケ店。

 

 だったのだが、お互いの素性が分からないままでは、もし何かあっても対処できないため、一時的な集合場所としてここ、羽沢珈琲店を指定した。

 

 Snowさんは随分ゴネたみたいだけど、最後は折れてオフ会への参加を了承してくれた。

 

 そうして、急いで羽沢さんに連絡して、ボックス席の一つを予約してもらったのだ。

 

 どうやらsnowは既に到着しているようで、ただでさえ人見知りの私は緊張から既に膝が震え始めている。

 

 そんな私をリラックスさせようとしてか、羽沢さんが朗らかに話しかけてくれる。

 

「そのくらい大丈夫ですよ。その変わり、優希夜君にあんまり意地悪しちゃだめですよ?」

 

「?ユキヤ君?」

 

「あれ?知り合いじゃないの?優希夜君は___」

 

 スミマセ~ン。注文お願いしま~す。

 

 他のお客さんから注文がかかり、羽沢さんは駆け足で私たちから離れていく。

 

「あ、はーい。ただいま。___ごめんね。席は一番奥だから。ごゆっくり__」

 

「は、はい、ありがとうございます」

 

「ユキヤ…ユキ…snow………どうしようりんりん。snowの本名知っちゃったよ…」

 

「今のは仕方がないよ、あこちゃん。とりあえず、snowさんを待たせちゃってるから早く行ったほうがいいかも…?」

 

「あ!ホントだ!えーと、一番奥一番奥…ってアレ?美竹さん?」

 

 羽沢さんが行っていた一番奥の席には美竹さんが座っており、どこかソワソワしている様子だった。

 

 しかし、どこかいつもの彼女と違う感じがする。

 

 服装はボーイッシュなものを好む彼女だが、今回に限って言えば完全に男装だ。

 

 トレードマークの赤いメッシュの入った髪も黒く染め直している。

 

 私が違和感を覚えていると、既にあこちゃんが美竹さん?に話しかけていた。

 

「美竹さん!こんにちは!」

 

「え…?」

 

「あれ?美竹さん?」

 

 美竹さんは心底驚いたような表情をしている。

 

 あこちゃんも、違和感に気付いたようだ。

 

 そうこうしていると、目の前の美竹さんが戸惑いながらも口を開く。

 

「えーと、こんにちは…。もしかして、あこ姫さんとRinRinさんですか?」

 

「え!?なんで美竹さんがあこたちのアバター名知ってるんですか!?」

 

「…それは僕のセリフですよ」

 

「僕!!?どうしちゃったんですか美竹さん!?」

 

 私たちが混乱していると、羽沢さんがお絞りとお冷を持ってきた。

 

「あはは…やっぱりこうなってた」

 

 苦笑いする羽沢さんに、ジトっとした眼を向けながら美竹さん?が、縋りつくあこちゃんから距離を取ろうとする。

 

「つぐみ姉さんなの?僕のこと二人に話したの?」

 

「つぐみ姉さん!!?え!え!?」

 

「あこちゃん落ち着いて…!」

 

 間反対にいる二人の顔を往復で見るたびに、あこちゃんのツインテールがピョコピョコと跳ねる。

 

 そんなあこちゃんを見かねて羽沢さんが仲介に入る。

 

「この子は美竹優希夜君、蘭ちゃんの弟ね。それで、ツインテールの彼女が宇田川あこちゃん。そして、綺麗な黒髪の女性が白金燐子さん。二人ともRoseliaのバンドメンバーだよ」

 

「「「え~~~~~!!!!?」」」

 

 三人揃って羽沢さんのお父さん(店長)に怒られた。

 

 ごめんなさい…。

 

 

 

 

 




優希夜君と蘭ちゃんの容姿はそっくりです。

蘭ちゃんをもうちょっとだけイケメンにした感じ。
(蘭ちゃん既にイケメンだから優希夜君の顔面偏差値ヤバいかも…鼻血)

でも身長は男性にしてはちっちゃいです。

蘭ちゃんよりちっちゃいです。

精々、バンドリキャラの彼女たちに弄られて泣いてくれ。

それではまたの機会に


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7.オフ会を始めるユキ

バンドリ3rd seasonはじまりましたね。

マスキングかっこ良すぎる…。

RASのメンバーも本作に登場させられたらなと思ってます。

久々の投稿で恐縮ですが暇つぶしに読んでいただけたら幸いです。




 

 

 

 

「___よし、こんなもんかな」

 

 あこが用事で出かけている間に、ドラムを叩いて音の感触を確かめようと、椅子などの位置を調節を始めて早数分。

 なんとなく目を凝らしてみると小さな傷のある箇所や汚れが気になったため、掃除しながらドラムの手入れに熱中した。

 太鼓にくらべると金属で作られているドラムの方が、湿気などの影響を受けやすい木製と異なり、手入れは楽だと思っているがそれはどうやら私だけの意見らしい。

 妹のあこも、ポピパの彩綾も、ハロハピの花音もドラムの手入れには難色を示していた。

 パスパレの摩耶は…なんていうかその、すごかったな、うん。マスキングさんはまだあまり面識ないからなあ。また今度聞いてみようかな。

 そんなこんなで、いざドラムを叩こうと意気込んでいた時、私のスマホから着信音である太鼓の音が鳴り出した。表示を確認すると連絡の相手はあこだった。

 何か忘れ物でもしたのかと思いつつ、通話アイコンに親指をフリックしてスピーカー部分に耳をあてる。

 

「もしもし、あこ?どうした?」

 

 ドラムのスティックを2本とも左手の指に挟んだ状態で椅子に体重を預けてリラックスする。足は組まない。ドラムは姿勢が命だからだ。妙な所で意識高いのが私の短所だと少し反省する。

 

『繋がった!!!』

 

 そんな私の耳に妹の良く通る高い声が脳裏を突き抜けた。驚いてスティックを片方落としてしまったが、私は悪くないと心の中で言い訳しつつ腰を屈めて落としたスティックに手を伸ばす。勿論、可愛い妹の声を聞き逃したりはしないが。

 

『お姉ちゃん!!どういうこと!?美竹さんに弟さんがいるなんて、あこ今の今まで聞いてなかったんだけど!?』

 

 スティックを拾い上げて先程あこが言った内容を噛み砕く。あこと優希夜が遭遇。いや、噛み砕く必要はなかった。少し心が納得する時間が欲しかっただけだな。

 

「ん?………ああ、そういうことか。なんかやけにつぐのやつ、さっき電話した時に優希夜が店に寄ること気にしてるなと思ったらそういうことだったのか」

 

『つぐみさんも知ってたんだよね!?美竹さんの弟さんのこと。なんであこには黙ってたのさ!?』

 

「うん?そりゃあだって、優希夜のやつ、顔だけは一丁前に男前だからな。間違ってもあこに手は出さない様に私と蘭が存在を秘匿してたからだよ」

 

 本当はサプライズで蘭と優希夜を入れ替えてバンド演奏とかしてみたいと思い立ち、そんなこんなしてたら奇跡的に今まで優希夜のことを隠し通せてしまっただけだ。決して狙っていたわけじゃない。何よりめんどくさいからな。因みに蘭のやつはガチだった。

 

『え、何そのちょっと寒気がするような理由…』

 

「まあ、半分は冗談だけどな」

 

『半分は本気なの!?それってお姉ちゃんの方が冗談ってことだよね?ねえ!?』

 

「まあ、細かい事はいいじゃんか」

 

『細かくない!あこにとっては滅茶苦茶重要事項!』

 

 うん。今日もあこは可愛いな。…私も蘭のブラコンをバカにできないなと思う今日この頃である。

 

「取り敢えず優希夜には、あこに変なマネしたら切り落とすぞって私が言ってたって伝えとけばいいから」

 

『お姉ちゃんこれスピーカー!優希夜さんやばいくらい顔真っ青にして震えてるよ!冗談だよね?お願い冗談っ

て言って!?』

 

 大丈夫大丈夫。優希夜がヘタレなのは私たちが良く知ってるから。そんな度胸ないしな。

 

「じゃあな」

 

 私はあこの返事を待たずに通話を切り、代わりにある人物の連絡先に指を走らせた。相手は3コール以内に電話を取った。

 

『___もしもし?』

 

「悪い。あこが優希夜とエンカウントしちまった」

 

 少し間を開けて辛うじて納得したような、無理やり理解を示すような、妙な落ち着きを孕んだ声音でスピーカーが空気を震わす。

 

『…そっか。まあ遅かれ早かれこうなってたでしょ?巴のせいじゃないよ』

 

 …その言い方だと非があるのはつぐってことになるんだが…つぐからの連絡を深読みしなかった私のミスでもあるから、このことを伝えるのは筋が通らないよな。左手のスティックが行き場をなくし、左手の指の間をクルクルと往復する。私は仲間にブラコンのイライラが飛び火しないよう注意して言葉を選ぶ。

 

「そう言ってもらえると有り難いが、これからどうするよ?」

 

『別に。あこが優希夜の友達でいる分には構わないから』

 

「私も同感。でもまあ、あの優希夜だからな…。今回も無事に終わるとは到底思えないんだが」

 

 たえも若干、粉かけられつつあるし…。正直なところあいつの女性関係なんて怖くて知る気にもならないしな。

 

『あの愚弟…いつか刺されればいいのに…』

 

 そうそう、こういう奴がいるからだよ。

 

「まあそう言ってやるなよ。本人はあれが素なんだからな」

 

『それが余計に許せない』

 

「でも狙ってやってたらもっと許せないんだろ?」

 

『その時は私が刺す』

 

「頑張れ優希夜。強く生きてくれ」

 

 暴君の圧政は今日も顕在だ。

 

『___それで巴?モカから何か情報引き出せた?』

 

 私は今日、モカとコンタクトを取った覚えはない。連絡した相手はつぐだけだ。そういえばモカから情報引き出して来いって、若干据わった目でお願いされてたな。…やばい、忘れてた。こういう時に当たり障りのない言葉で切り抜けられる能力が欲しいと心底思う。

 

「いんや、これといって目ぼしい情報は何も。…まあ、なんとなく予想はつくけどな」

 

『教えて』

 

「仲間の私達にも答えを渋って、誰かに義理立てしてるあの感じ。湊先輩の近くにいて、尚且つモカとの接点の多い人…誰か思い当たらないか?」

 

『…なるほど、二重スパイってこと?』

 

「仲間をスパイ扱いって酷いな」

 

『それはそれ。これはこれ』

 

「さいですか」

 

『モカは懐柔させられてるって認識でいいのかな?』

 

「あの人ならクッキーとかのお菓子類片手間で作れるだろ?その線で間違ってないと思うぞ?」

 

『じゃあ、今は泳がせておく。それで最後にちゃんと吐かせる』

 

 我らがボーカル様は、こと弟のこととなればどこまでも非情になれる。

 

「すまんモカ。強く生きてくれ___ところでさ、蘭?」

 

『何?』

 

「今どこにいるんだ?」

 

『猫カフェ』

 

 敵の陣地のど真ん中じゃねえか。

 

「ああ…そっか。まあ、程々にな?」 

 

『気づかれないように注意してるから大丈夫。じゃ、切るね』

 

「………そういう意味じゃないってのは、今更なんだろうな…」

 

 そもそも、なんで私は蘭の奇行に肩入れしてる形になってるんだ?こういうのはバンドリーダーの役目だろ?…ダメだ。ひまりが介入したら場が混乱するだけだった…。わかり切っていることだった。

 

 私はスティックを置いて部屋を後にする。どうにも今は気持ちよく叩けるような感じじゃない。私はジャケットを羽織って玄関に向かう。行き先は言うまでもなかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「___あれ?お姉ちゃん?お姉ちゃんってば!?…切れた…」

 

 あこちゃんが呆然とする中、一応年長者である私がこの混沌と化している場をなんとかせねばと思い、メニュー表を開いて飲み物の注文をみんなに促す。

 

「えっと…先に飲み物を、頼みませんか?あこちゃんも」

 

 先ほどまで震えていた優希夜くんがようやく顔を上げて私の開いたメニュー表に視線を落とす。

 

「あ、はい。すみません。ありがとうございます」

 

「あこはココアをアイスで」

 

「じゃあ、私は…ブレンドをお願いします。ゆ、優希夜くんはどうしますか?」

 

「えっと…では、僕もブレンドを」

 

「畏まりました。少々お待ちください」

 

 羽沢さんが伝票を持って厨房に入っていく。

 

 取り残された、というよりもボックス席に腰を落ち着けた私たちはなんとも言えない雰囲気の中、妙な沈黙に悩まされていた。こういう時はいつもあこちゃんが場の空気を変えてくれるのだが、お姉さんに隠し事をされていたショックと優希夜くんを美竹さん(お姉さん)と間違えた気恥ずかしさからか、先ほどから優希夜くんの方を向こうとしない。かと言って、人見知りの私に場の雰囲気を変えられるような会話力などあるはずもなく、この空気に耐えること以外の手段が見当たらなかった。

 

 どれくらいの時間そうしていたのか。口火を切ったのは意外にも優希夜くんだった。

 

「あの…まずは改めて、オフ会へのお誘いありがとうございます。今更ですが、snowの美竹優希夜と言います。よ、宜しくお願いします」

 

「RINRINでお世話になってます…白金燐子です。こ、こちらこそ宜しくお願いします」

 

「宇田川あこです。よろしく…」

 

「お二人はRoseliaのドラムとキーボード担当でしたよね?先日のライブでは姉がお世話になりました」

 

「え?優希夜さん、あこたちのこと知ってたの?」

 

「ライブハウスには姉の手伝いで何度か顔を出してるので、その時に皆さんの演奏を見て衝撃を受けたのは良く憶えています。…まあ、まさか宇田川さんが巴姉さんの妹だとは思わなかったので…そっちの方が驚きましたけど」

 

「うちのお姉ちゃんが迷惑かけてすみません…」

 

「いえ、こちらこそ姉の蘭がご迷惑をおかけしてます」

 

 謎の謝罪を始めた2人に完全に置いてけぼりを食らった私は、極力この場の空気に溶け込めるよう気配を消す。そんな全く意味のない努力をしていると、羽沢さんがトレーに注文した飲み物を乗せて歩いてきた。

 

「お待たせしました。アイスココアとブレンド2つになります。ごゆっくりどうぞ」

 

「つぐみ姉さん、ちょっといいかな?」

 

「え?何?」

 

「いいから早よ」

 

 優希夜くんがつぐみさんを連れて私たちの死角になる壁の向こうまで移動する。声が聞こえなくなったのを見計らって私はあこちゃんにここぞとばかりに相談する。

 

「あこちゃん、これからどうしよう?」

 

「ごめんリンリン。あこ、優希夜さんの目を見て話せない…」

 

「だ、大丈夫だよ。優希夜くんも気にしてなさそうだったし、あこちゃんと同い年なんだから話もきっと合うよ」

 

「で、でもあこ…男の子とどんな話したらいいかわかんないよぉ…」

 

「え…?」

 

 衝撃の事実。あこちゃんは男の子に耐性がなかった。確かに幼稚園以降は学校に女の子しかいない環境で育ってきたから同年代の男の子との接点は皆無だ。

 

「でもあこちゃん、それならどうしてオフ会しようなんて…」

 

「snowってもっと年上だと思ってたから…」

 

「あ…同年代だから恥ずかしいんだ」

 

「うぅぅ…りんりんが苛めるぅ…」

 

「いつも通りのあこちゃんで大丈夫だよ。ほら、ココア飲んで落ち着こ?」

 

「ん…」

 

 こんなにしおらしいあこちゃんはじめて見た。

 

 私は親友の新しい表情を知れたことに心を躍らせつつブレンドのティーカップを傾ける。うん、砂糖はいらないかな。これが俗に言う砂糖吐きそうっていうのかな?

 

 

 

 

 




男女とも恥じらう姿は実に良きですね。

最近衝動的に購入した漫画「性別モナリザの君へ」を拝読しましたが、控えめにいって最高でした。

興味のある方は是非、書店にてお求めください(これは案件ではありません。ただの布教です)

それではまたの機会に


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