Fate/underLine1999英雄選定 (木浦)
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――準備談

とんでもなく筆が遅いですが、年単位で気長に待ってください
後日、口調・誤字・脱字などの微修正が入ります



 時計塔の魔術師であっても、ショッピングくらいする。

 それが、年頃の女子ともなれば尚更のこと。

 ファリパ=ファハルド=ティヘリナも、そんな一人だ。

 ファリパは、欲しいものを物欲しげに眺めるわけでもなく、かといって買い漁るわけでもない。

 彼女が、興味を惹かれるものは、ディスプレーの展示品の並びや謳い文句が、いかに自然体でそれでいて目を惹くものであるかだ。

 根源に近いものとしての自負からか大半の魔術師たちは、自分たちのほうがエリートであると大衆を侮る傾向があった。

 魔術にも種類があるが、魔術師からすれば、結局のところ根源に至るための手段でしかないはずだが、その研究結果の自慢話とお貴族的な地主稼業だけで食べていけない者、代の短い新参者も同様の扱いをされた。

 要するに、上下関係が生まれるのだ。

 そんな関係の渦にも例外は存在する。

 フェリパの一族は、そんな例外の一つだった。

 

 ファリパの魔術は、世界を一つの生命とし、その魂の根源を引き出すことで世界の根源に至ることができるという理論からなるものだ。

 その過程で、発達させたのが、人への暗示や催眠、誘導に関する魔術だ。

 焼きたてのパンの匂い、これは使える。

 艶やかな華の色とそれを鮮明にする沈みこんだ葉の緑、これも使える。

 これだから、五感を喜ばせることは止められない。

 にも関わらず、政治的な理由から根源の探究、神秘の追求とは無関係な法政科に無理やり籍を置くはめになった。

 法政科は、魔術師という枠を上から押さえつけ管理、監督する学科だ。

 法政科の関係者と聞けば、魔術師は誰であれ緊張する。

 学課派閥争いの手を出してはいけない部分。

 ロードは真祖であり、警備員から教師や生徒に至るまで全て私兵、死なない兵士だなどと噂されるほどだ。

 元々、根源に興味がない姉が入っていたのだが、そんな環境に耐えられなくなったのか、三年前に突然の失踪。

 親しかった親族やお付きのメイドにすら、なにも告げないでの失踪だった。

 そんな姉の代役として、一族の長は、フェリパを抜擢した。

 まったく、あの男は毎回めんどうばかり押し付けてくれる。

 根源への興味もあるが、ファリパ自身は、たとえ陰口を叩かれるようなものであっても祖先から受け継いだ魔術を向上させたかった。

 限られた期間に、限られた範囲で、いかに対象を誘導するかは、大衆相手でも魔術師相手でも根っこの部分では同じだ。

 対象が対象だけに、そう簡単に暗示に掛ってはくれないだけで理論としては間違えていない。

 しかし、個々人に作用させる魔術と違って、不特定多数を対象としているなら、その認識し辛い対象が引っ掛かる可能性も高くなる。

 ゆえに、大衆の向けキャッチコピーはファリパにとっては良き師であり良きライバルでもあった。

 そのため、他の魔術師より、市井のものを好ましく思っていた。

 

 眉間の皺を伸ばしながら歩いているうちに、おかしな文言を見つけた。

 それが、なにかの呪文とそれを唱えるべき条件であることはすぐに気づけた。

 これは誰かに宛てたメッセージ?

 往来に置くにしては稚拙な隠蔽。

 まるで、多数の目に曝されることを前提としているようにも思えるが、周囲の人間に気付いている様子は見当られない。

 ここは、魔術師たちの子女とその講師である魔術師が集うロンドンの学園都市だ。

 そこから誰かを外部へ誘導するということは、さすがに講師を狙っての仕業ではあるまい。

 しかし、こんなやり方では、逆に上から目線で笑われるのがオチだ。

 そんなものに、興味本意で近寄って魂を喰われては堪らない。

 しかし、フェリパからすれば、惹かれるものがないわけでもない。

 それは、『各自、触媒を用意せよ』という文言。

 神秘の秘匿は、魔術を扱う者にとって基礎中の基礎以前の心構えのようなものだ。

 それでも、隠しきれない事態が起きるとファリパような隠蔽に長けた一派に声が掛かる。

 その隠蔽の過程で入手した遺品も幾つか実家にあったはず。

 それは、撹乱とたった一度の本番のためのデータ収集と聞いてはいるが……手を出すべきか、出さざるべきか。

 

 日向烈火は悩んでいた。

 この土地で行われる聖杯戦争ならば、この土地に根付いた魔術師、その中心である八家の誰かに令呪が出現する確率は高かった。

 しかし、連絡を受けてすぐ令呪が現れたということは、すでにこの地で聖杯戦争を行う準備が整っているということだ。

 身内には、事前連絡もなしに我々の土地で好き勝手してくれると憤る者もいるが、戦う身としては自分たちに気付かれず準備を済ませた主催者の力量のほうが最重要であった。

 ベルノルト=スキットル=ダールマン。

 科学側でも魔術側でも相応の評判を得ている会社の社長で、烈火の祖父が経営する会社とも、数年前、少し離れた場所に建設した支社ビルや小樽に建てたホテルなどの資材に関して取引があった。

 あの無駄に広い緑地に囲まれた支社ビルも、おそらくこの時のために建てられ、いまは支社としての機能を排除して、まるごと魔術工房となっているはずだ。

 先方には、文句はあるものの日向家の顧客ならば無下にできないと商人らしい理由で土地の使用を許可すると伝えたが、本音としては聖杯戦争での勝利への期待がある。

 根源への到達を目指している魔術師は、ダールマンが真面目に根源を目指しているかわからず、どちらに味方するか決めかねて不干渉を決めたのに対し、地域に根差した伝統主義者の魔術使いはこぞって、その監視に回った。

 アイヌはともかく、ウェンペの連中は、どう動くか分からないが、おかげで多少は動きやすくなった。

 それでも、後のことは、考えると憂鬱になるので、考えないことにした。

 知名度補正を鑑みるなら、アイヌに纏わる英霊を選択すべきだが、自分の身を危険さらす危険は少しでも避けたいので除外した。

 それでも、触媒は良いものが用意出来た。

 それは、とある戦士が使っていたとされる戦車の車輪の欠片。

 本物であれば、基本クラス全てに適性があるサーヴァントを引くことが出来るだろう。

 しかし、アサシンとして引き当てた場合、魔術とは付いていないが、電話帳に載っている工場なのだから、いざというときには、ここを出る覚悟もせねばならない。

 アサシンやバーサーカーであれば意図的に引き寄せる方法があるらしいが、避けるには先に引いてもらうしかない。

 とはいえ、本物であれば、これだけの触媒を用いながら優位とされる三大騎士クラス、つまりセイバー・ランサー・アーチャーを先に引かれるのはおしい。

 ダールマン社長は、自らの陣営はバーサーカーを使う予定であると宣言してきたが、アサシンまで引いてくれる知り合いはいない。

 烈火と幻相手の駆け引きは、数日に及んだ。

 

 ミラナ=ガイダルは、気配を消すことが得意だ。

 元々、寒風を避けるために魔術を習得した魔術使いからできた一族で、風を操る魔術に長ける者が多いのだが、ミラナは加えて虚数魔術の素養もあった。

 希少さで点を取りたくないと教師にも黙っていたこの素養と風属性を合わせて使えないかと研究、脱線した結果、原理も解らないながら、気配の一部を虚数ポケットに出し入れ出来る魔術を独学で編み出すに至った。

 おかげで、時計塔内の噂は、教授から新入生まで、内容は対立から恋愛まで耳に入った。

 魔術協会は、此度の亜種聖杯戦争には不可解な点があるとして、ロストボイスという組織から魔術師を雇うことにしたらしい。

 ミラナは、その亜種聖杯戦争に少しも悩まず参戦することにした。

 本人としては、創造科の端で燻ったまま卒業したくはなかったし、両親は、有象無象だった魔術使いが魔術師としてまとまって、ようやく八代目と歴史の浅い一族に少しでも箔が着くならと承諾した。

 触媒に選んだのは、竜の因子を持つ男性の血管の切れ端。

 誰のものかは判別していないが、竜の因子を持つ男性の血管なので、姫騎士や騎士王は喚べないが、それでも候補に上がる竜の血により力を得た英雄ならば十分だ。

 ドラゴン種は、呼吸するだけでマナを発する幻想種だけあってそれだけ強力なのだ。

 どれを引いても、万全に扱えるだけの魔力もミラナは持ち合わせている。

 竜殺しの逸話がある英霊を相手にするには少々不安要素にはなるが、そこは踏ん張り所というやつだ。

 

 開催地は日本。

 魔術協会にとっては、神秘の秘匿もろくにできていない東の辺境だが、彼にとってはパリだろうがロンドンだろうが同じだった。

 魔術師を相手に出来る殺し屋。

 ドラゴンライダー、ロストボイス、トゥルドゥス公といった身近な者から不評な異名を持つ男の手駒。

 下卑た魔術使い。

 それが、オジェット=バーネンハという男の対外的な立ち位置だった。

 その前には、情報や骨董品など諸々の売買。発掘作業の手伝いに、悪魔退治やウェイターの真似事を請け負ったこともあった。

 おかげ様で、人脈はそれなりに太くなり、経歴は無茶苦茶になっているが、過去を隠すにはちょうどよかった。

 そんな人間だから、サーヴァントの選択も雑で、そこそこの知名度があり弱点がないサーヴァントであればどれでも同じに見えた。

 長寿国なら異国より現地での知名度の高い英霊のほうがいいだろうか?

 かの国で最強と唱われた剣士の残した作品、本物かは知らないが博物館の展示されている品か御刀の鍔を触媒にすればとも思ったが、それでは養子のほうを呼んでしまう可能性もある。

 それに、彼は誰が投げたか分からない石が原因で名を下げたらしい。

 いくら強力なサーヴァントでも、誰か投げたか分からない石で致命傷を負ったなら、誰が投げた石でも致命傷を負いかねない。

 本当にそうなるとは、思いたくないが、ないとも言い切れないのもサーヴァントの再現力だ。

 可能性があれば問題は起こり得ると考えなければならない。

 さすがに、それは勘弁願いたい。

 情報源が、サーヴァントに関して妙に詳しいルカフ=マリッジという偽名の少年がうっかり漏らしたことなので、信憑性もある。

 そもそも、何らかの方法を使えば、サーヴァントの複数契約ができる以上、宝具やスキルも重要だが、死傷歴も重要なのだ。

 管理局か礼装の密売屋に、用立ててもらうのもありではあるが、

「そのときは、そのときか?」

 仲良くやれることに越したことはないので、それくらいは考慮しよう。

 前回、終始自分たちだけで事を進め、協会その他には、小聖杯に穴が開いていて、魔力は霊脈に流れていったという事後報告で済ませ、事後処理も完璧で、現地の魔術師や住民からはなんの情報も得られなかったことがよほと腹に据えかねたらしく、依頼の内容には、企画者でありバーサーカーのマスターでもある失楽園の残滓の暗殺と触媒である焼け焦げた枝の回収も含まれる。

 資料によれば、兵士としてもなかなかなので、その点も視野に入れなくてはならない。

 

 この俺、ミケリーノ=コスタは社長婦人に手を出してしまった。

 いや、まだ出していない。いや、出したか?

 他の女の子にしているように、ほんのすこしアプローチしてCQC噛まされただけだ。

 そんな、彼女に近づくため、彼女の夫の会社に就職、そこまではよかった。

 当の彼女が、大好きなお医者と仲良くアフリカの地震で死んじまった。

 俺もお役ごめんでおさらばしようとしたが、そのまま居残るはめになった。

 そんなこんなで、早数年、社長から聖杯戦争に参加せよ、サーヴァントは、仲良くし辛そうなバーサーカーにせよと来たものだ。

 しかしだ!

 だが、しかしだ!

 もし、この戦いで勝利すれば好きな願いを叶えられるというのが本当なら、これは、千載一遇のチャンスなわけだ。

 それに、化け物軍団の戦いが始まりそうな国に帰るより、大昔からおおっぴらに化け物と戦い続け、六年前に化け物勢力が一つ増えて三つ巴になっている日本のほうが楽に生きられるはずだ。

 よし、そうと決まれば、早速日本語の勉強だ!

 

「今回は、すぐに熱が下がってよかったわ」

 彼女の母親が言う。

 下がったというより安定したというのが正しいと熱を出した当人も理解していた。

 しばらく前から魔力回路の活性化による発熱が続いていたのだ。

 痛覚への刺激もあっただろうが、そちらはうまく隠せたのか、言及されてはいなかった。

 魔術を知らぬ両親と医者は、これを通常の体調不良と診た。

 笑顔の娘と二三言葉を交わした後、母親は部屋から出ていき、部屋での会話が聞こえないこと確認したのか、彼女が口を開いた。

「ごめんね、わたしが不甲斐ないばっかりに、迷惑をかけちゃって」

 召喚された時から変わらぬ笑顔で放たれたその言葉に、私は霊体化したまま首を振った。

「私は武術指南を生業としていたが、必要な休息にまでとやかく言うほど厳しくはしない」

 此度のマスター、歌方スミレは正規の魔術師ではない。

 魔力の質が良くても魔術回路の本数は極まれに市井に現れる域を出ない。

 言うなれば、魔術使いの一代目のようなものだが、私を含め近くに魔術の知識があるものは居らず、彼女の人生は、すでに魔術師になるには捨てねばならないものばかりで出来ていた。

 余程のことがない限り、彼女の素養はこの彼女一代で終わることになる。

 そんな少女が、サーヴァントを引き寄せることは、本来の聖杯戦争で開始直前になってもクラスに空きがある時の補助システムが働きでもしないかぎりは起こらない現象だ。

 そして、彼女が召喚した時に言った言葉、

「わたしね、三年前にも聖杯戦争に参加したことがあるの」

 世界中で起きているとはいえ、子供の生活圏を考えば、巻き込まれ生き残り再び挑むことは、奇跡的な確率だ。

 真実であろう。

 そうでなくては、自らの令呪の形状を知ることも、それを描いた付箋が触媒として機能するなど思い付くまい。

 以前の聖杯戦争の優勝者に喧嘩を売って参加の優先権を得たという言葉も、偽りではなさそうだ。

 その令呪も、誰の言葉にも流されるという思考が、令呪を使っても数時間しか矯正出来ないと知るや、今後のためとニ画することに消費する思い切りの良さ。

 おかげで、宝具は使えないままだが、マスターがいなくなっても数回は戦闘をこなせるようにはなった。

 しかし、これは、こちらから打ってでるためではなく現界させて置くのに必要との判断で、必要がない限り、まずはマスターや霊脈、聖杯から供給される魔力を使うこととした。

 前回は、弱いサーヴァントであったことや使いどころを見極められず、使いそびれたので今回は早々に使ったというのが彼女の言い分だ。

 だが、この手のタイプは扱いに困る。

 彼女はウソを言っていない。聞けば詳細も話してくれよう。

 多くの弟子を見てきたおかげで、誰にどの武器が合うかを見抜く力はあるつもりだ。

 しかし、私には、情報を得ても相手の内面や言葉の真意まで見通す能力に欠けている。

 言葉を、そのまま受け取って行動してしまうタイプなのだ。

 他人の内面を正確に受け取ることが出来たなら、武術を教えたクシャトリアの中にも、彼女と同じ内面を持つ者がいたと気づけたかもしれない。

 いまとなっては、それもわからぬ話だ。

「マスター」

「なに、バーサーカー?」

 彼女は、笑顔で返事をした。

「あえて言っておく。マスターのサーヴァントの原動力となる魔力の量は三流にも及ばない。令呪の使い方も今後の展開によって愚策となるやもしれん」

「…………」

「念話も出来ず、パスも短いゆえ、戦闘時も傍に居てもらう必要がある。その代わり、マスターの声は聞き取り易くよく通る。思い込みの激しい私とはその点において相性がいい。魔力が足りない分は声援と期待をくれ。さすれば、私はこの聖杯戦争での勝利を約束しょう」

「ふふ」

 彼女は変わらず笑顔で、

「雰囲気はぜんぜん違うのに、前のランサーと同じことを言ってくれるんだね。わかったわ、バーサーカー。今度こそ、わたしは命を掛けて応援し続けることを誓います」

 彼女が今回と違う方法、令呪による補助を掛けないでの運用できたサーヴァントとなると、相当弱いサーヴァントだったのだろう。

 息子が生きているのなら、自身が聖杯に掛ける願いはない。

 ならば、私は実力を備えたサーヴァントとして彼女の望みを叶えることに全力を出すだけだ。

 

 用いる触媒は、かの円卓の騎士たちが使用した椅子の一つ、その欠片。

 キャメロットのエハングウェン、その中央十三席か顧問監督官の席か、はたまた宮廷魔術師の席かは不明だが、いずれも名だたる実力者ばかりで、誰が来てもアタリだそうだ。

 触媒を用いても、喚びたい英霊を喚びたいクラスで喚べるとは限らないが、すべてアタリなら、問題はあるまい。

 それでも、緊張は抑えられず、深呼吸をしながら、椅子の欠片を設置した。

 

「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ――誓いを此所に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 放たれた魔力に、空気と肌が振動した。

 白煙が晴れ、そこに立っていたのは白銀の鎧に赤い盾、そして聖剣を携えた騎士であった。

 ステータスも高く最優のセイバーと言っても過言ではない。

 彼は、一瞬驚いた表情をして、

「召喚により参上いたしました。クラスは……遺憾ながら、誠に遺憾ながらアサシンです。貴女が此度のマスターでしょうか?」

 彼は、ひざまづき、頭を垂れた。

 その、あまりに馴れた動きは、彼がまっとうな騎士であると理解させるに十分であった。

 

 召喚されたサーヴァントは、クラスこそアサシンではあったが、セイバーとしても十分通用するステータスを持っていた。

 事実、マスターが、仕えるべき相手ならばセイバー、守護すべき相手ならばライダーとして召喚されるのが本来の彼だという。

 しかし、クラスはアサシン。

 ライダー時に連れているべき馬が、役に立つかわからない程度の低い気配遮断に置換され、宝具の最大捕捉人数も大幅に減っている。

 真名も、アサシンとなった自分には名乗る資格がないという個人的なこだわりから名乗りたくないときた。

 真名に関しては、スキルを見れば、丸わかりだが、たしかに騎士王に仕えた彼ならばアサシンであることは汚点だ。

「ステータスは高いし、その姿でアサシンだなんて」

 セイバーやランサーの枠が既に埋まっている場合や三倍段をはじき返せない剣士、武器よりも騎乗や殺害、隠密に重点を置いていた者が、ライダーやアサシンに納められることはあるが、この場合、それはない。

「それは……」

 口ごもったアサシンに、彼のマスターとなった少女は、サーヴァントになっても人間くさいところがあると捉えた。

「たしかに、気にするような問題ではなかったわね。改めまして、私が此度の貴方のマスターとなります。貴方のことは便宜上、アサシンとは呼ばせてもらうけど、そもそもアサシンとして現界することになったのもやむを得ない事情があってのこと、日陰者の私で良ければ使い魔としてではなく、一人の騎士として仕えてもらえないかしら?」

「はい、こちらこそ。我が剣と誇りに掛けて、貴女を護り勝利へ導くことを誓いましょう」

「では、よろしく我が騎士。一緒に暗殺者の汚名を灌ぎましょう」

 

 アサシンの敬愛する王の下には、彼を始めとして優秀な騎士が数多く存在した。

 その中には、アサシンの父を討った騎士もいた。

 戦争だった。

 その父が、息子たちと敵対してまで戦を挑んだ原因が母と他ならぬ王にあったこと、致命傷を与えた騎士がほかにいたことを知ったときは、後の祭り。その騎士を手に架けた後だった。

 当時は、その騎士が他の騎士の尊敬を集めるほどに道徳的な騎士であったのなら自分も彼を手に架けることはなかっただろうと思っていたし、不貞を働いた彼の息子も討つことはなかっただろうとも思っていた。

 愚直な騎士は、最後に弟たちを殺した相手に挑み敗北、連鎖的に国を滅亡させる原因の一端を担ってしまった。

 義憤に駆られたと、自己正当も出来た。

 正当な理由の下に正義の鉄槌を下すという行為に酔っていたとも言えた。

 故に、彼は考えた。

 どのような正当な理由があっても激情に囚われず大局を見据え、優先すべき目的を見失ず、なぜを考え、解らねば恥を忍んででも問わねばならない。

 それは聖杯探索の最中に聞いた言葉でもある。

 此度のアサシンとして現界も、それを学ぶため与えた試練であると。

 出来ることならば、此度の聖杯戦争での経験が、どこかの自分の役に立つようにと。

 




裏で起きている事件も多いですが、この世界の情勢や技術レベルに対するフレーバーテキストで、今作の登場人物もカルデアに対して以外には特に関わることもなく、それらの事件に関与したり解決に動く予定もないので、「ああ、あれのことか」「あいつは、どこの世界でも変わらんのだな」と流してください
整合性のために多少の変わってはいますが、基本的に同じです

その中には、2003年6月12日の事件とかみたいに、年代も結末も変わってるものもあります、現在は揃って京都在中、存命です


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――1日目

思いの外、ステイナイトとかぶっている部分が多くて困ります

日常会話すらもガンガン削っていますから、完成度はこちらのほうがだいぶ低いですけど

名前や名称を間違えるポカをやらかしたので、修正
20/02/25



 初めて来た日本。

 気温は、ロンドンと差して変わらないらしいが、飛行機内との気温差もあって肌寒く感じた。

 これだけ寒ければ、夜間に外出する者も少ないだろう。

 そこから、アサシンの運転する車で移動すること数時間。

 現地に到着した時には、辺りはすっかり闇夜に包まれていた。

 

「さすが、車の運転も紳士のたしなみと言ったところかしら?」

「この程度のことであれば、いくらでもお付き合いいたしますよ」

 アサシンはスキルの関係上、日が昇っている時間のほうが戦闘力は上がるのだが、神秘の秘匿を考えるのならば、活動時間は自ずと夜間がメインとなってくる。

 神秘の秘匿は、怠るとこちらが討伐対象になりかねないし、なにより根源から遠ざかる。

 フェリパも催眠に関しては自信があるが、周囲の人すべてに影響を与えるのは楽ではなく、アサシンの真名隠しも兼ねてセオリー通りに夜間に行動し、日中との戦闘力差を比べられないようにしなくてはならない。

「ええ、次の機会も楽しみにしてるわ」

 お互い、その約束は果たせないと思いながらも約束した。

 そう思えるほど、彼の運転は心地よかった。

 

「マスター」

 霊体化しているアサシンが念話で話し掛けてきた。

「はい、どうかしました?」

「どうやら一騎目が、食いついたようです」

 アサシンは、フェリパに緊張感を持って告げた。

「そうですか、開幕一戦目は私たちになりそうですね?」

「おそらく。いずれ劣らぬ強者たちとの戦い、楽しみです」

 アサシンが自信のほどを覗かせた。

 フェリパのほうも、戦闘用の暗示の影響で至って冷静だ。

 ほかにも、無意識下で周囲の気配を察知し、サーヴァントによる奇襲も運が良ければ避けられるほどの強化な暗示も掛けてある。

 自分の意識が割り込めば避けられないだろうが、奇襲による初撃さえ避けられれば、後はアサシンがなんとかしてくれる。

 相手に、気配遮断系スキルがあればそれも難しいだろうが、その筆頭であるアサシンはここにいる。

 

 市街地から少しばかり離れた山の麓。

 ここなら、誰も通るまい。

 アサシンは、霊体化を解き、フェリパは、呼吸を整えた。

 振り返った先には、白波のような冠毛の兜を持った男が立ちっていた。

「オレなんかよりずっとセイバーらしく見えるな。ライダーか?」

 どうやら、セイバーはアサシンをライダーと勘違いしたらしい。

 無理もない。この見た目で、まさか、アサシンだとは思うまい。

 当のアサシンは、不快感を感じているようだ。

「まぁいい、我がマスターはそちらを最優先の討伐対象とした。早々に敗退してもらいたい」

 セイバーのマスターは、日陰者とはいえ、それなりに長い家系の生まれで、時計塔に籍を置く魔術師のサーヴァントを討ったとなれば、魔術師として箔が付くと考えたのかもしれない。

 セイバーが兜を被った。

 途端に圧迫感が増した。まるで嵐の海に放り出された気分だ。

「悪趣味な!」

 アサシンは、聖剣を構えた。

「では、これもどうかな!?」

 剣に構えたセイバーが踏み込んでくる。

「小細工を!」

 アサシンは手にした聖剣でセイバーの突きを受けた。

「見事な剣だ。そんなものを見せられては、血が疼いて仕方がない!」

 アサシンの剣は、その高名さゆえに真名を気取られ兼ねない。

 しかし、それを隠すスキルもアイテムも彼にはない。

 フェリパも、そのための礼装を調達する伝も自作する技術もなかった。

 セイバーのマスターや他のマスターもそれぞれの方法でもこれを見ているに違いない。

 しかし、フェリパは、それを確認することもできずにいた。

 まさに白と黒の戦い。

 とくに白銀の騎士は、闇夜に置いてもことさら鮮やかで、邪竜に挑む勇者のようで、聖剣はその主にふさわしく太陽のようであった。

「ちっ!」

 アサシンの剣が、セイバーを捉える。

 セイバーは、アサシンの剣による斬撃を受けても血の一滴も流さないほど頑丈だが、耐久が劣っていても、剣士としての技量はアサシンのほうが圧倒的に上だ。

「その程度の腕でセイバーとは、笑わせてくれる!」

 アサシンは、剣を構え直した。

 すでに何度か打ち込んでいるにも関わらず倒れる気配がない。

「たしかに、オレはセイバーよりアサシンやバーサーカーでいるほうがお似合いだろうさ」

 気配遮断で近づき、あの相手を威圧する能力で動きを封じ仕留める。

 彼がアサシンとして現界していたらと思うとゾっとする。

「だが、セイバーとして期待されている以上、意地くらい見せねばな!」

 セイバーは、突きの姿勢を取った。

 セイバーなら、剣もしくは剣技に纏わる宝具があるのだろうが、それこそ奥の手。

 真名も予測されていない初戦のうちに切り札を切るなど、愚策もいいところ。

 こちらを最優先ターゲットとしたからと言って、セイバーとマスターがともに聖杯を諦めるつもりでもないかぎりそれはない。

 それとも、真名がバレても構わないタイプか?

 いや、いかに優秀な英霊であろうとも、サーヴァントである限り、個々にできることには限りがある。

 万能などありはしないのだから敵に真名がバレて良いことなんて一つもない。

「チッ」

 しかし、セイバーは舌打ちをして消えた。

 どうやら、セイバーのマスターには、最低限の忍耐力はあったらしい。

 放たれていた圧迫感も一緒に消えてくれた。

「どうやら、撤退したようですね?」

「ええ、ですが」

 普通に撤退するだけなら、霊体化を使うはず。

 セイバーの消え方は、まるで瞬間移動したかに見えた。

 令呪を使えば、それも可能だろうが、そんなことに令呪を使うなら、セイバーを強化してアサシンを仕留めたほうがまだ効率がいい。

 まるで、状況が見えていないようだ。

「敵の事情を考えても仕方がありません。いまはあちらに居合わせてしまった一般人の対処が先決かと」

 不幸にもセイバーの能力範囲内に居合わせてしまった一般人がいたらしい。

「気配は一人。罠の可能性もなさそうです」

「そうですか、一般人相手ではちょっとしたものしか、お見せできませんけど」

 暗示そのものは、目立たないことが前提の魔術だ。

 さりげなく混ぜることも技術の一つだが、あれだけ派手な戦いを見せられた後では自分も派手なことをせねばならないという気にもなる。

 

 海藤秀は、体力に多少の自信がある一般人である。

 趣味は登山で部活は武道系、運動神経もある。

 それは疑いようもない事実だ。

 そんな一般人が運悪く聖杯戦争を目撃してしまった。

 本来は殺すのが筋だが、彼の場合、見つかった相手が良かった。

 そもそもサーヴァントたちが死闘を繰り広げていた場所は地元民も日帰りで足を運ぶ山の麓、つまり、これは人気のない場所と思っていたフェリパ個人の調査不足が原因なのだ。

「なんだってんだよ」

 秀は、登山が趣味なだけあって健脚であった。

 それでもサーヴァントから逃げるには遅すぎる。

 瞬時に追い付かれなかったのは、アサシンが後方のフェリパを気遣いながら走っていたからに過ぎない。

「痛っ!」

 勝手知ったるとはいえ、山の中を別け行ったため、枝でちょっと深めに頬を切った。

 腕で拭っても、血は、まだ流れている。

 それでも、立ち止まる気にはならない。

 命懸けで走った。

 こんな時間に下山したのは、眼鏡の美人二人に誘われるままお茶をしたせいなのだが、恋人のいない男子高校生からすれば断る理由もないのだ、理不尽というほかない。

 それに対し根を上げたのは、追いかけているフェリパのほうだった。

「アサシン!」

「了解しました」

 彼女は、枯れ枝や枯れ草で、もみくちゃになりながらも、自分のことはいいからとアサシンに先行するよう命じた。

 当人たちにその気がなくとも、秀には、始末しろという意味に聞こえた。

 いくら恐怖で足が速く動せようが、魔術なしでは、アサシンが気にするほどの速度は出せない。

 アサシンは、剣を切り上げた。

 しかし、その一閃は空を切った。

 力は加減しても剣速は加減していない。

 そのアサシンの剣を常人が避けるなどあり得ることだろうか?

 当の秀が一番驚いたことではあったが、奇跡は二度も続かない。

 即座に、降り下ろしが迫る。

「これで!」

 終わり。

 しかし、奇跡ではないことが起きた。

 軍配団扇が、アサシンの聖剣を受け止めたのだ。

「理由がなんであれ、丸腰に小僧相手に、剣を振り下ろすのは善行とは言えんな?」

 こうして、七騎目のサーヴァント、ライダーは現界した。

 

 此度、現界するサーヴァントの数を知っていたのは、監督役の教会、主催者、その情報を提供されていた陣営だけで、残りの陣営には知らない。

 しかし、目の前で現界されたアサシン陣営は当初の目的を嫌がおうにも変更せざるを得なくなった。

 なにせ、アサシンの聖剣を軍配片手に受け止め、余裕を見せるほどの力の持ち主だ。

 アサシンの戦友である片腕怪力の騎士でも、もう少しぐらつくだろうに、このサーヴァントは、それ以上に怪力なのか?

「そう急くな。我が軍配は剣に劣らず、だ」

 ライダーがアサシンの剣を弾き飛ばした。

 日本には、軍配で刀を受け止めた逸話のある英霊がいるのだが、英霊に疎いフェリパには、なにがなんだか解らない。

 アサシンは、自らのマスターに、念話で撤退を進言し、了承を得た。

「軍配で我が剣を受け止めた様は、見事としか言い様がない。此度の勝負は預けるが、いずれ我が剣を受けていただく。それまで、射撃には特にご注意をされるように」

 これは、軍配一つで真名を気取られるライダーに対しての礼儀だ。

「うむ、忠告痛み入る。が、某は個人で武を誇る武人ではないゆえ、再戦の約束はごめん被る。巡り合わせに期待するがよい」

「ならば、そうするとしましょう」

 アサシンは、秀を一瞥しフェリパとともに撤退した。

 

 アサシン組の気配が消えたのを確認し、ライダーは後ろの少年に向き直った。

「さて、間者の目がない場所で話したいところではあるが、仕方あるまい。我がクラスはライダー。聖杯の招きにより参上したサーヴァントである。貴殿が某のマスターで相違ないか?」

「マスター……この状況で違うと思うか?」

 赤法衣の武将がマスターだのサーヴァントだのといった横文字を使うというのは、奇妙な感覚ではあったが、ともかく、右手に浮かんだこの赤い痣が契約の印なのだろう。

「なるほど、これは一本取られたわい」

 なんとなくは理解できた。

 なぜ、選ばれたのかは解らないが、今さっき、自分はマスターというものにされた。

 先ほどの二人もマスターとサーヴァント。

 確認もせずに、いきなり襲いかかってくる危険なやつらだ。

「ほう、やつらが許せぬか?」

「そんな顔してるか?」

 目撃者は消す。というのはありがちな話だし、恐怖から解放されて怒りがこみ上げてくることもあるだろうが、いまの自分はそんな気持ちなのかと秀は疑問に思った。

「うむ、その義憤、大いに結構。後は足元への注意を怠らなければさらに良い」

「それについては任せろ、なにしろ趣味は登山だ」

「なるほど、我がマスターは、なかなかに愉快なやつのようだ」

 豪快に笑うライダー、釣られ秀も笑った。

 

 ひとしきり笑った後で、

「ライダー、おれは、この戦いを犠牲なしで納めたい。出来るか?」

「出来ぬ。これは我らを含めた七陣営の戦であり、敵もいずれ名だたる猛者ばかりである。平穏無事はなく最後の一組になるまでぶつかることになるだろう。貴殿にとっては厄介極まることではあろう」

 さっきの二組以外に、あんなのが四組もいるのかと思うと気が滅入る。

 ともわれ、情報は得たいところだ。

「なら、被害が出る前に終わらせることは? いや、そもそも、なにが目的の戦いなんだ?」

 ライダーは自らの髭を撫でた。

「ふむ、説明するのは良いが、そこからとなると、少しばかり長話になる。さすがに、腰を据えて話せる場所はないか?」

「……おれの家でいいが?」

 高校生の身分では、結局のところはそれほど選択肢がなかった。

 

 時間は、数日前に遡る。

 烈火は集まった一族の者たちの前で、サーヴァントを召喚した。

 ここでサーヴァントの機嫌を損ねて皆殺しにでもされたら目も当てられない。

「召喚に応じ、参上したわ。なんでこの格好でアーチャーなのかは私にもわからないけれど」

 現れたのは、木製の杖にローブの姿の、いかにもキャスターな女性だった。

 本人は好みではないようだが、武器制限がない上に、アーチャーでありながら、なぜか所持している陣地作成スキルは、現地に魔術的な拠点を持つ烈火にとってはそれほど悪くない。

 マスターの後ろから鳴り響く拍手にアーチャーはため息を衝いた。

「あなた、ボンボンなの?」

「立場的には、ボンボンかも知れないが、そう呼ばれるほど、資産があるわけじゃない。後ろの連中に関してはスルーしてくれ。悪のりのごっこ遊びなんだ」

 これが、烈火の部下がやっているなら否定できるが、両親と祖父母が面白がってやったことだから本当にお遊びとしか言えない。

「なんとまぁ、こんな僻地でご苦労様ですこと」

 他人から見れば、中小企業の跡取り息子なんてそんなものだ。

 後ろで、父と祖父がすごくダメージを受けているが、スルーした。

「まぁいいわ。ここに契約は完了しました。マスター、次はどうしたい?」

「そうだな。なら、工房の強化をお願いしたい。これがうちの敷地図なんだが、全体を工房にするにはどれくらい掛かる?」

 工場の地図を見せた。

 サーヴァントに与えられた現代知識に縮尺など地図の見方が入っているかは解らなかったが、幸いアーチャーは理解してくれていた。

「あなたねぇ、この敷地全部をチビチビと固めるくらいなら最重要な場所をガチガチにするべきでしょ? それだって凝ってしまえば、時間はいくらあっても足りないのに。聖杯戦争の開催期間がどれだけだか知ってる?」

 たしかに、聖杯戦争は長くてもニ週間程度で決着が着く。

 拠点に引きこもるにしても過ぎてしまえば、過剰な防衛装置にしかならない。

 戦う相手もいないのにそんなものを残して置いては、魔術協会からどんな難癖を付けられるかわかったもんじゃない。

 それでもだ。

「敷地内にってのは当然として、俺とアーチャーの最重要な場所が必ずしも一致するとは限らないからな。敵もどこからくるか解らないなら、網が広いに越したことはないだろう?」

 目の前の炉は代々伝わる炎の欠片を穂先に持つ槍を種火とした、一族にとって最重要の場所だ。

 その槍自体も、使いこなせれば、相応の魔術礼装となるだろう。

 最後の手段となれば、この槍をアーチャーに使わせることもやむなしだ。

 彼女ならば、アーチャーであっても、にわが仕込みの学生が使うよりマシなはずである。

「一理あるわ。私も、ここは悪くはないのだけど、最重要になるかは歩いてみないと解らないものね」

 当のアーチャーは、暗所好みかと思えば、そうでもないらしい。

 むしろ、逆位置。影を侵略する者としての属性があるようだ。

「じゃあ、敷地案内も兼ねて回るとするか?」

「ええ、面白いものを見せてちょうだい」

 アーチャーは、思いの外、子供っぽい笑顔を見せた。

 賑やかしの前で、アーチャーに聖杯に懸ける願いを言わせるなどという愚行を犯さなかったのは、アーチャーからは好印象であった。

 

 時間は進む。

 アーチャーは、霊体化が出来ない、金属を持っていると弱体化するという問題を抱えていたものの、紋章魔術に関しては一流で、石一つで気配遮断の真似事まで出来た。

 陣地作成を所持していることといい、まるで、キャスターになんらかの方法でアーチャーの霊基を付加されているようであった。

 

 二人は、召喚を行った炉の前と洗濯物を干すのに使われる寮の屋上を重点に、敷地の木々のいくつかに防犯と防火、それに敷地をぐるりと囲むサーヴァント避け。

 その後、街中にも網を張った。

 そうとは知らない、サーヴァントを連れた少女たちと霊体化したサーヴァントたち。

 着けているほうのサーヴァントとそのマスターとの距離がどんどん離れているが、様子見目的にしてもこの二組が激突するのは時間の問題だろう。

 問題は、それ以外の魔術師。

 サーヴァントは、マスターとそうでない魔術師は見分けが着くのだが、問題はその人数。

 地元の名主権限で聞き出した情報によると先日から外国からの観光客が、急に増加したらしい。

 電車で小樽中心街まで乗り換えなしで行ける穴場とはいえ、さすがに急過ぎる。

 地元民が互いを監視しあっている中、余所者や根なし草みたいな連中が幅を利かせているのは良くない。

「まさか、全員がそうだってことはないよな?」

「あまり、考えたくない事態ではあるわね」

 ごくごく希に、サーヴァントを失ったマスターに敗者復活のような形で令呪が再出現することがあるのだが、さらに稀に、他の魔術回路を持つものに令呪が発現することがあるらしい。

 もしかすると、マスターを殺し続ければ、いずれ自分が参加できると夢見ている愚か者が大挙して街に押し掛けてきているのかもしれない。

「どっちにしたって、このままだと、妨害には遇うし、そう上手く野良のサーヴァントや令呪が出るわけもない」

 そもそも、殺されないようにサーヴァントを失ったマスターは、早急に審判役の教会に保護してもらうのが通例である。

 保護されているマスターを狙って、教会へ突撃などすれば、相応の返礼が返ってくる。

 サーヴァントが控えていても、それをすり抜けてマスターを潰す方法くらい、教会側は熟知しているはずだ。

 自意識過剰な連中がいくら返り討ちにあっても構わないが、サーヴァントを相手にして山のように積まれた死体の片付けだって楽ではない。

 しかし、おろそかにすれば、なおのこと面倒なことにもなる。

 これは、教会へ伝えなくてはならない。

 

 セイバーがアサシン組に攻撃を仕掛けた頃、ミラナは、久方ぶりに感じた視線に機敏に反応していた。

 授業中に使っていると、授業を脱け出したと思われるので使わないが、それでも視線が気になることはなかった。

 それに、自分は顔もスタイルも大したことない。

 出っ張りも無ければへこみもない、人目を惹くような見た目ではないのだ。

 故に、これは、妙だ。

 かと言って、セイバーを呼び戻すには足りない。

 しかし、この感覚はいかんともし難い。

 セイバーが離れて心細くなった?

 まさか、そんなことはないだろう。

 それでもいまはまだ、慎重に事を運んでおくべきだ。

 ひとまず、人目は避けた方が良いだろう。

 そう思って、ミラナは裏路地へと入った。

 

 土地勘のない場所で女性が裏路地へ入るのは良くない。

 しかも、ミラナは自分が狙われる側とも思っていない。

 ようするに、カモなのだ。

 サーヴァントを警戒してすぐに襲われることはなかったが、そのせいでぐいぐい奥へ入っていった。

 屋上からは死角になっているため、狙撃されることはなかったが、サーヴァントがいないと勘づいた者に出会い頭にナイフを降り下ろされ、ようやく現実に気づいた。

 セイバーへ魔力を回し、自分の気配遮断が疎かになっていたらしい。

 さて、どうする?

 砂を掛ける程度のガンドなら使えるが、それ以上の戦闘技能があるというわけではない。

 それでも、とにかく射ちまくって逃げなくては。

 後ろから追いかけてくる男やら女やらを振り切れず、裏路地から出たにも関わらず、また通りを渡って裏路地へ入る愚策を何度か繰り返した。

「にっ、人数が増えて……」

 この辺りは、普段は夜でも治安はいいほうなのだが、いまは魔術師・魔術使い問わず獲物を狙って徘徊している。

 後ろからに聞こえる理解出来ない言葉に不快感を感じながらも、ミラナは走り続けた。

 追いかけているほうに追跡のプロがいなくても、これだけ単調な逃げ方をしていれば、次に選ぶ道が読まれてしまう。

「捕まえた!」

 追いかけてきた者たちの一人が、ミラナの腕を掴んだ。

「―――――!」

「なにを言ってるかわかんねぇが、離して欲しかったら、令呪とサーヴァントを寄越しな!」

 思わず、母国語が出たが、解らないとは無教養な魔術師もいたものだ。これだから僻地の人種は!

「あなたに譲るものなんてなにもないです!」

 仕方がないので、日本語で文句を言ってやった。

「なら、腕ごと貰うまで――」

 言い掛けた男の身体ごどミラナは倒れた。

 少年が、男を蹴り飛ばしたのだ。

 ミラナは、即座に男の手を逃れ、壁を背にした。

 そこへ防寒コートを着たサーヴァントが、ミラナを庇うように入ってきた。

 翻ったコートの下の衣装は現代風で、いつの時代のサーヴァントかは判別が出来ない。

「堪えろって言ったのに。貴女もこれ以上ひどい目に遭いたくなかったら、教会に行くか令呪でサーヴァントを呼び戻しなさい」

 やはり、サーヴァントにセイバーが近くにいないことは誤魔化せないが、敵に背中を見せるとは、よほどの自信家か、侮られているのか。

 彼女は、ミラナに見切れないほど素早く指を動かした。

 遠巻きに見ていた魔術師たちとの間に、氷柱が立ち上がった。

 ともあれ、サーヴァントが出てきたなら仕方がない。セイバーを呼び戻さなくては。

 

 此度のセイバーは、本来はセイバーとして現界できるほどの技量があるサーヴァントではない。

 しかし、肉体はとにかく頑丈な上、ジークフリートやアキレウスのように致命的な弱点があるわけでもない。

 加えて、持っているだけで作用する相手を威圧し、幸運と魔力以外のステータスをワンランク低下させる兜とランクに関係なくどのような護りも貫通しうる可能性がある剣。

 勝てはしないかもしれないが、負ける確率も低い、耐えて勝つタイプのサーヴァントなのだ。

 しかし、セイバーには、自らを打倒し、その返り血を浴びた者に新たな能力を授け、最終的に悪竜化を感染させる宝具を所持している。

 このセイバーにも制御出来ないこの宝具で授けられる能力は、個々に違うが、人間である以上は欲があり、悪竜は糧となる魂と宝物を得るために人を襲う運命に変わりはない。

 もし、その能力が受肉であった場合、その者は魔力の制限なく暴れる悪竜となる。

 受肉した時点で、魔力切れで弱体化することはあっても消滅することはない。

 現代の人間の科学や魔術でそれを打倒するには、かなりの犠牲を払う必要になるだろう。

 そうでなければ、相応の価値のある物品を抱えさせ、巣に誰も近寄らせないようにしておくか。

 それを防ぐには、勝ち残るもしくは令呪による縛りが必要だった。

 『どのような攻撃に対しても血を流すな』という縛りが。

 結果、ミラナは、気休め程度のことに令呪を消費し、使いきったも同然であった。

 

 サーヴァントが近くにいたのでは、いくら欲が深くても手を出す気にはならず、ほとんどの者は早々に引き上げていった。

 

 そして、彼の宝具は、残った者、逃げ遅れた者問わず、威圧を与えている。

 これでは、友好的にとはいくまい。

「キャスターか?」

「いいえ、あなたのクラスは?」

 アーチャーと烈火は、フェリパたちが感じていたものと同じ威圧感を感じてはいたが、もともとの性格からか暗示や該当する加護なしでも動けなくなることはなかった。

「さて、なんだろうな?」

 セイバーが、一刀を浴びせた。

 アーチャーはそれを、あろうことか素手で止めてみせた。

 いや、手と剣の間に、見えない力場があるようだ。

「アイデアを聞いたときは、まさかと思ったけど、うまくいくとはね」

 どうやら、本当に防げるかどうかは賭けだったようだ。

 つまり、本来は持つスキルや宝具の類いではないということだが、この時代にサーヴァントに能力を追加する技術があるのか?

 彼女自身が半信半疑だったとすれば、施したのは他のサーヴァントか令呪にほかならないのではないか?

 その証拠にマスターの令呪は一画消費している。

 果たして、令呪を一画と釣り合うだけの効果時間を得られているのか?

「その剣じゃ、私には勝てないわよ」

 女が笑う。

「私たちは、増えすぎのザコに消えてもらうために教会へ行くの。せっかく、あなたのマスターを助けてあげたのだから邪魔しないでくれる?」

「ほう?」

 彼女が本当にキャスターではなくとも、杖を持っているなら、戦闘は魔術主体としてくるだろう。それなら、セイバークラスが負ける道理がない。

 あの力場は厄介だが、剣の真名解放を使えば問題ない。

 しかし、ここは無理はするまい。

「状況は理解した。我がどんくさいマスターが手間を懸けさせた」

 セイバーは、剣を鞘に納めた。

「ッ!」

 ミラナは、憤慨した。

 セイバーに、様子見を提案しようとした矢先にこれだ。

 この男は、全くもって空気が読めない。

「落ち着け、あんたはこの辺りの地理に詳しいわけじゃないんだ」

 烈火は、ミラナに指摘した。

 セイバーからの威圧感とミラナの存在感の薄さが同時に下がって、妙な感覚ではあったが、返答を聞かねばならない。

 言われて、ミラナは一呼吸置いた。

 なんとか、どんくさいだけでも撤回させたいが、それはまた後にでもすればいい。

「貴方は、この辺りの地理に詳しいです?」

「ああ、地元民だからな」

「なるほどです」

 彼のサーヴァントは、文句があっても我慢するというタイプには見えない。

 教会へ行き、あの無用に集まった魔術師たちを離れさせることに手を貸してほしいのだろう。

 それに地元なら、近場に工房の一つや二つ持っていてもおかしくない。

 無下に扱っても損をするだけ。

 いまみたいに狙われなくなって恩も売れる。

 素晴らしい案だとミラナは思った。

「たしかに、あまり好ましい状況ではないです」

 ミラナは、努めて澄まして言う。

 三人には、虚勢で表情と言動が一致していないのが見え見えで、いきなりなに言い出してんだこいつとしか思われなかった。

「ですが、一組だけで教会に行っても門前払いにあうだけです」

「おっ、おう」

 烈火は、この言葉使いがおかしい残念美女が悦に入っていくのを、どっちか止めろと思った。

 アーチャーは、マスターであるお坊ちゃんを、男の子って単純と眺めていた。

 セイバーは、アーチャーから財宝の香りがしないのに安堵した。

「なので、わたしたちも一緒に行くです。二組からの進言なら監督役も動かざるを得ないです」

「協力してくれるのか、ありがとう」

 烈火はひとまず礼を述べて置いた。

「はい、どういたしましてです。では、エスコートをお願いしますです」

 ついでに、セイバーにも母国語で、それで構わない? と聞いた。

「ああ、おれも構わないが、マスターは一人の相手から持たれるイメージは、一つに統一したほうが良いだろう」

 それだけ言ってセイバーは霊体化した。

 ミラナは、意味はわからなかったが、妙にイラっとした。

「……消えてから言うのもなんだけど、私は霊体化が出来ないから見える場所で見張っててもいいわよ?」

 アーチャーは、マスター狙いではないことを証明するためなのか、少しでも魔力を消費させたいのかわからないが、霊体化出来ないとは理由としてはどうかなのか。

「そうか」

 とりあえず再び現れたセイバーの腹に、無言で一撃入れた。

 手は痛かったが、気は少し晴れた。

 

 ライダーとの戦闘から撤退したフェリパたちは、今日は、拠点へ向かうことにした。

 拠点の条件。

 それは、サーヴァントの魔力の回復に適していること。

 魔術工房を作成することができること。

 若い外国人が居ても怪しまれないこと。

 そして、なにより快適であること。

 いくつかの候補からマンションで一人暮らしをしている女性宅を選択した。

 その女性は、若い医師で金銭に余裕はないかもしれないが、暇もなければ恋人もいない。

 ある程度、距離があるほうが、干渉されずに聖杯戦争に集中できるというもの。

 後は、フェリパは外国の知り合いであり、聖杯戦争が終われば、疎遠になったと徐々に忘れるよう暗示を掛ける。

 同時に、帰宅すれば、他から受けた暗示が消えるようにして置いた。

 マンションのチャイムを鳴らした。

 すっぴんの家主と言葉を交わし、来客がいないことを確認した。

 その間、アサシンには霊体化したまま室内へ入り、安全を確認してもらった。

 しかし、弱者を守護する騎士である彼が、必要とあらばと家主を見捨てられるものか?

 そして、フェリパ自身も……。

 かくして、自分たちも気づかないうちに、拠点とともに弱点を抱え込むこととなった。

 

「あら、先客がいたのね?」

 教会に到着したセイバー・アーチャー組を待っていたのは、聖杯戦争の間だけの一時的に滞在している修道女と男がニ人。

 一人は、ニ槍の朱い長槍を持つ、右目の近くに傷跡がある東洋人。

 服装は、黒いスーツだが、こちらはサーヴァント。

 クラスは、ランサーだろう。

 そうなると、こちらの一般人が思い描く魔術師の格好をした男。

 西洋人のようだが、複数の人種の混血なのか人種までは解らない。

 ずいぶんとでかいバッグを背負っている、こちらが、マスター。

 後、目に着くのは円にパーツを後付けした、鈍器のようなケルト十字架が二つ立て掛けてある。シスターの自衛用か?

「要件はおそらく同じでしょうが、まずは、ご挨拶をさせてください。ようこそ、神聖な教会へ。ワタクシは、テヘーラ=グラニ=ルネア=メビ=ド=ヘルペテ。ここでは囗許武不、皆様、武力の行使はご遠慮願っておりますわ」

 名前は偽名くさく、雰囲気もシスターらしからぬものがあるが、聖杯戦争の審判役はこれくらいでないと務まらないということなのだろう。

 しかし、顔といい言葉使いといい、彼女はまるで、

「了解しています。シスターテヘーラ、此度の用件は街に溢れた余所者の魔術師のことです」

「余所者のですか?」

「はい、彼らの存在は、聖杯戦争の妨げとなります。即刻、退去するよう警告を」

「警告だけか? 魔術師にしては甘い考えだ」

 マスターの男は、なに食わぬ顔で烈火に言葉を返した。

「甘いか? 死体の後処理が面倒なだけで警告に従わない場合はサーヴァントによる排除も覚悟してもらうつもりなんだが」

「死体は事故、戦闘の跡は大方ガス爆発として処理される。神秘の秘匿に関わってくるからこの点については抜かりはなく手間も惜しまない。面倒だのなんだのというのは、自身の本心を隠す言い訳に過ぎない。もっとも自覚があるかどうかまでは知らんがね」

 烈火は男を睨み付けた。

 見透かされた上、嫌味を言われたことに対するささやか過ぎる抵抗だ。

「名乗るのが遅れた。おれは、オジェット=バーネンハ。何処にでもいる、至って普通の魔術師だ。サーヴァントはランサー、真名まで明かす義理なかったな?」

 何処にでもいる普通の魔術師に、協会が依頼などするものか?

 ミラナはそう言いたかったが、後ろに協会がいる彼に因縁を吐けられるのは避けたい。

 他陣営と衝突して早々に敗退してくれるのが理想だ。

「その槍の色、気に入らないわ」

 そう思っていた矢先、アーチャーが難癖をつけ始めた。

 セイバーが難癖を吐けるよりましだが、下手をすれば巻き込まれかねない。

 気になることはあるけど、いまは黙って置こう。

 

「おれは気に入ってるけど、姉さんは気に入らなかったかい?」

「ダメよ、ダメダメよ」

 ランサーからすれば、目立つからと生前から好んで使っていた色だ。

 もしかして血の色に見えたか? とも考えたが、サーヴァントでありながら、血が苦手だの嫌いだので、文句を言うのは対決時ならまだしも初対面するものか?

 うむ、わからん。

 そうして、ランサーは知能労働をあっさり放棄した。

 女心は、嫁の担当。でも、堂々と意見を言える女とノリのいい女は好きだ。

 一晩中、電撃マッサージをさせられたことを、ウソは言ってないのノリで言いふらして蹴り飛ばされありがとうございますしたのもいい思い出。

 アーチャーの真名を知る烈火からすれば解らないでもないが、ランサーからすれば、とばっちり以外のなんでもない。

 対して、ミラナには、ただワガママを言っているようにしか見えなかった。

「でも、マスターがせっかく用意してくれた槍だからな。じゃんじゃん使っていくよ」

「じゃんじゃんか」

 その言葉にオジェットは苦笑した。

 本来なら、咎めねばならない発言に、なぜオジェットが苦笑したのか四人にはわからなかった。

 実はこのランサー、武器は消耗品としてしか見ていないのだ。

 そろばんは弾けるが、貴重だ豪華だと使い渋るタイプではない。

 おかげで、ただの槍も宝具として使用できるようになったのだ。

 ついでに、惜しまず使い潰されてゆく槍の代金はオジェットが前金で支払っている。

「それより、いまは魔術師です。追い出せるです?」

 ミラナは、話を戻した。

「そうですね。通達は出しますが、あまり期待はしないで下さい」

 ミラナや烈火から見ても、彼らも遊びで来ているわけではないのはわかる。

 魔術師は、一般人から見て、無情で、傲慢で、人当たりが悪いだけなのである。

 その中でも、殺されるかもしれないとわかっていると言いながら、殺される直前まで自分は大丈夫と考えている愚か者ばかりが集まったのだ。

 術者としての実力や魔術回路がどれほどかに関わらず、油断や慢心が身を滅ぼすのは何事においても変わらない。

「戦争の妨げになる要因を排除するのも、我らの勤め。ワタクシも若輩者ではありますが、頑張らせていただきますわ」

「……あれこれ抱え込んで、身を滅ぼさんようにな」

「ええ、忠告痛み要ります。ですが、先ほども申した通り我らの勤めですので、動ける範囲で、やれるだけのことをやるだけですわ」

「そこまで繰り返すなら、好きにすればいいさ。こちらはもう帰らせてもらうよ」

 オジェットは席を立った。

「今日はもう戦うつもりはない。誰も後ろから切り掛かってこないことを期待している」

 そう言い残して、彼は教会から出ていった。

「おれは、なにもしてないからどっちでもいいんだけどマスターはいやなら仕方ない。それじゃ、姉さん方もご武運をだ」

 ランサーもそれに続いた。

「挑発されたわよ。お坊っちゃん?」

 彼は、襲わないとわかっている相手にわざわざ襲わない言い訳を先に用意していったのだ。

「言わせておけ。今日は俺たちも帰ろう」

 アーチャーもいまは襲うべきではないと判断して、マスターと呼ばず、あえてお坊っちゃんと呼んだ。

「帰るです」

 それにしても、彼女に発音は完璧なのに、日本語は語尾にですを付けるなんて吹き込んだのは誰だ?

 

「社長! 社長! 社長!」

 ミケリーノは、勢い良く社長室のドアを開けた。

「社長! 社長!」

「騒々しい、どうした?」

「あのキャスターだか、バーサーカーだかわかんないやつをどうにかしてくれよ!」

 ダールマンは、わがままな部下と話を聞かない上司を持った中間管理職の気分になった。

「なんだよ、あいつ苦行苦行って、メシアも仏陀も言ってたぞ。苦行は無駄だって! 心理学者も言ってたぞ、人間は苦労した分だけ見返りがあると思い込むって!」

 ダールマンは、どうなだめればいいものかと悩んだ。

「心理学については知らんが、あのキャスターは、苦行を乗り越えるたびに力を得ていった英霊だからな。苦行をしていないと落ち着かんのだ」

 こちらは、お前がノリノリで日本語の勉強をするのに付き合うという苦行を乗り越えのだぞ。と言ってしまおうかと悩んだが、もうしばらく待つことにした。

「にしたって、いくらオレが不死身だからってあいつのペースに合わせてたら死ぬっての!」

 それが、不死身でなくとも思いのほか死なんのだ。と言ってしまおうかと悩んだがしばらく待つことにした。

「会長はあの歳で美人秘書とデートなのに、なんでオレは……いや、オレたちは留守番なんだよ? この時間になっても帰らないってことはお泊まりで朝帰りコースだろ!?」

 下世話な。と言ってしまおうかと悩んだがしばらく待つことにした。

「父娘で街を散策するくらい良いではないか?」

「……あれ、会長とあの秘書さん父娘なの?」

「……大方、あんな美人と会長や私が血縁には見えないと言い出すのだろう?」

「ああ、わかるわけがない。三人に血の繋がりがあるなんて」

「まぁ、そう思えるのは、わからんでもない」

 そもそも、我らは養子だからな。と言いかけたが、話が振り出しに戻るので止めた。

「だろ?」

 ミケリーノは、ダールマンがなにを思っているかも知らず、かってに納得した。

「ともかく、二人とも、数日は帰ってこない。お前の活躍は記録して置くから見えないところでもサボらず努力している様を見せることだ」

「そうなると、アレに言うことを聞かせないといけなくなるんですけど?」

 そこへ、

「おお、ここにいたか、マスターたちよ。さぁ、苦行を続けようぞ!」

 片眼のキャスターが突入してきた。

「げっ、追い付いて来やがった!」

 キャスターは、キャスターでありながら、狂化によって修行が苦行へと変わり、それに付き合わせたがる男と化しているのである。

「やべぇぜ、社長!」

 断る方法はあるが、キャスターと耐えた苦行は耐えた分だけリアルラックとして反映されるから悩ましい。

 まぁ、しかし、なんだ、

「キャスター。貴殿には、いま我々が苦行に耐えているのが見えていないようだ。私にはそれが残念でならない」

「なんと!」

「少なくとも私は苦行だと感じているよ。ミケリーノ、君はどうかね?」

「そうそう、オレも絶賛苦行中!」

「しかし、私はこの苦行に慣れ始める頃合いだ。この慣れを取り除くため半日の有余を設けた後、貴殿とともに新鮮な苦行を行うとしよう」

 実際は、助けを求めて来た喧しい男との会話という苦行にはまったく慣れていないのだが。

「おお、新鮮な苦行! 実にいい響きだ!」

 無意味にポーズを決めるキャスター。

 ダールマンは、この男はどのクラスで召喚されても時もこの性格だろうなと思った。

「ゆえに、ミケリーノともう少し話をするから席を外してくれ」

「うむ、待っているぞ!」

 なにが、ゆえになのか言ってる本人にも意味不明であったが、キャスターは納得したらしく、高笑いをしながら、社長室から出ていった。

「明日は、社長業務を休まんといかんな。それはそれで有難くはあるが」

「なんだよ、さっきみたいにごまかせないのか?」

「できん。キャスターの苦行は断り続けると運気が下がる。おまえの場合は……そうだな、女を口説いている最中に雰囲気を壊すトラブルが連続するようになる、か」

「なに! それは困る!」

 ミケリーノもナンパ師の端くれとして雰囲気がいかに重要か知っていた。

「くっ、仕方ない。社長、あんたが出るならオレも付き合うぜ」

 拳を握り悔しがるミケリーノに対し、小賢しい。と言ってしまおうかと悩んだがしばらく待つことにした。

「ならば、明日に備えて寝るがいい」

「ああ、そうするぜ」

 ミケリーノは来たとき同様バタバタと出ていった。

「せめて、今しがた使った分の運気くらいは稼がんとな」

 ミケリーノも、自分がドアを開けっ放しにしていたおかげでキャスターにドアを破壊されずに済んだ幸運に気づかないとは、まだまだだ。

 

 街に集まっていた魔術師たちに、一通りの通達を出し自室に戻っていたテヘーラだったが、聖堂に明かりが灯されたのに気付き、様子を見るため、聖堂へ戻ってきた。

「あら、帰っていたのですね?」

「ああ、今しがたね。起こしてしまったなら申し訳ない」

 テヘーラが、礼拝堂へ出向くとバルズ神父代行が、動物たちに囲まれて一人でワインを飲んでいた。

 彼は、何らかの理由で聖杯戦争の参加者が何組か訪ねてくるだろうと言い残し一人で出かけていたのだ。

「貴方が留守の間、面白いことに三大騎士とそのマスターが同じ理由で訪ねて参りました。そちらはなにか収穫がありましたか?」

 理由は、予想済みというよりそもそも魔術師たちの情報を流したのは、このバルズ神父代行だとテヘーラは見ている。

「うん、今後も期待できる有望な人材が巻き込まれてくれたようだ。彼女も君が望んだ通りのスキルを持つサーヴァントを引き当てている。残念ながら、クラスがバーサーカーになったせいで、帳消しになってしまったけどね」

「まぁ」

 仮に、彼女の魔力の質とマスター適性が一級であったとしても、魔術回路の数は、多く見積もっても一桁を出ないし、魔力の総量も少ない。

 その上、自衛手段もサーヴァントと子供の足しかない。

 これでは、どのような方法を用いても、望みの成果も得られまい。

 そのために、せめてスキルでの補正をと期待したのだが、ダメだったようだ。

 困った。

 なにせ、本命の前には、スキルが使えない時間で令呪によるアシストも不要と見謝ったとはいえ、防御特化時は、ライダーの聖剣の真名解放に耐えきった相手を排除する必要があるのだ。

 一撃にすべてを掛ける戦い方では、彼女の目的を達成することはできない。

 いつカウンターガーディアンやルーラーの介入があるかわからない事案からは、さっさと手を引いてほしいのだが、知らない間に頭をいじられたのか、敵意が強すぎるのか、暗示を掛けても忘れてくれない。

 そもそも、魔術なんていう世界情勢が見えていない連中に関わるべきではないのだ。

 まったく、ディアナは余計なことを言ったものだ。

 いや、ディアナのせいなどと他人事のように言ってはいけないな、これは私事だ。

「戦闘力は、バーサーカー、アサシン、アーチャーが頭一つ上で拮抗しているね。といっても、バーサーカーは下手に動けないし、アーチャーも同等の実力はあるけど、マスターは初見にしか通じないような小細工を労したいタイプらしくて、セイバーとだって、あのまま戦っていれば、たぶん最初の脱落者になっていただろうさ」

 あの二組は、戦ったあとだったのか。昔からの知り合いのように見えたが、魔術師ならそういうこともあるか。

「最後に、ライダーを引き寄せたマスターは、命じられた通り一体目のサーヴァントが脱落する前まで放置するように」

「…………」

 命じられた通りか。

 誉められたものではないが、テヘーラは、彼と違ってその『命じた主』が嫌いであった。

 六年前に新宿に現れた歌う灰の母体のようにカウンターガーディアンに袋叩きに遭って消滅すればいいとすら思っている。

 偶然を装おって、命令回避ができないものか?

「……いろいろ調べ歩いたおかげで、明日は寝不足のまま、仕事をすることになりそうだ。来訪者があれば応対するけど、それ以外は寝過ごして、かまわないかい?」

 誘っているのか? それなら、それで構わない。

「なら、買い物に行っている間の来訪者の応対だけお任せします」

「ああ、任されたよ。好きなだけ楽しんでくるといい」

 去年の九月に勧誘した少女たちも、ようやく輪廻に還し終えたところだ。

 どうせ、バルズ神父代行たちに街全体を把握する能力はない。

 どこからどこまでが、アドリブなのか解らないが、楽しんでこいというなら楽しんでくるとしよう。

 



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――2日目

フェリパは、なんの病気にも呪いにもかかってません、人型止めたり、眼がギョロっとしたもしません
あと、ミラナの身長は170cmぴったりです
烈火が小さいわけではありません

こちらは、どこ直したか自分でも覚えてないけど、修正
20/02/25



 翌朝、フェリパは潜伏先である海藤明子宅のキッチンで朝食作りに励んでいた。

 家主はまだ寝ている。

 ならば、私がという殊勝な心掛けをしたわけではない。

 いつもの習慣で身体が動いたのだ。

 そこで、フェリパは一つの疑問にぶつかった。

 時計塔にいた頃は、いつもメイドに任せていた。

 時計塔にいた頃は、朝食はいつも自分で作っていた。

 明らかに矛盾しているが、少し考えれば自ずと答えが出た。

 その後、香りに誘われて家主が起きてきた。

「おはようございます」

「……前は、わたしとおんなじで料理なんて出来なかったのに、彼氏でも出来た?」

 前は?

「違います、それに来てたのは私ではなくて姉ですよね?」

 咄嗟に思い着いたことを口にした。

「あれ、そうだっけ?」

「そうですよ、違うところはありますよね?」

 なぜ、そんなことを思い付いたのかわからないが、結局のところ、自分と間違える年齢の女性なら姉妹か従姉妹だと言いくるめるしかない。

「言われてみれば、たしかに。違和感というかなんというか」

 明子は、フェリパの赤い目をじっと見ながら顔をムニムニと揉んだ。

「お姉さんより肌がキレイ、これは若さか?」

「さて、どうでしょう?」

「お姉さんとは逆でバリバリのインドア派?」

「インドア派かどうかわかりませんが、外を出歩くより掃除とか料理とか家事をしているほうが好きです」

「むむむ、良くできた妹さんだ。嫁にほしい」

「考えておきます」

「なんと、脈あり!?」

「だらしない異性に引っ掛かるくらいなら、気楽な同性の世話をしているほうが性に合ってますので」

「それは、言えてる」

「そういった意味では、お姉さんはわりと好みです」

「あらまあ」

 そうした世間話をしながら情報を集めた。

 

 やがて、家主は仕事に出掛け、フェリパと無言でいた男が残された。

「アサシン、貴方はいまの状況をどう思いますか?」

「それは、ライダーの真名に関してでしょうか?」

 確かにそれも重要だが、本心で言ったのか彼なりのジョークなのか、それとも話を逸らそうとしたのかは、解らないが、

「そうではないです。私が本物のフェリパお穣様ではないことです」

 右手に令呪はあるが、的外れというわけでもあるまい。

「……いつからお気づきで?」

「朝食を作っている最中に。お嬢様方は料理はできませんでしたから」

 咄嗟に姉と出たのも本物のフェリパの姉と面識があったからだろう。

 名前はなんといったか……やはり、思い出せない。

「なるほど、身体に染み付いたというやつですか?」

「そうですね。矛盾した状態で考えをまとめるのは大変でしたけど」

 精神とはデリケートなもので、壊れてしまえば暗示どころではい。

 そうならないためには、矛盾に出くわした場合は、問題をスキップさせるのが一番手っ取り早い。

 考えをスキップさせながらも、スキップしたことを気づかせたということは、気づくことは想定内ということだ。

 要するに、

「フェリパお嬢様の代役として恥をかかせないようにしないとなりませんね?」

 本物のフェリパ=ファハルド=ティヘリナも近くにいるのだろう。

 それを感づかれないよう、せいぜい派手に暴れて、ついでに一花咲かせてみせましょう。

 

 ミラナは、無料の街の地図が欲しかったが、そもそも、この街には観光ができる場所は山くらいしかない。

 それも、日帰りにちょうどいいやつ。

 つまり、無料の観光案内などはないのだ。

 ならば、することは一つ。

 足で調べる!

 ……のは、めんどくさいので使い魔を出すことにした。

 すべては、語学教師に紹介されたこのホテルのベッドの寝心地がいいのが悪いのだ。

「わたしは使い魔を使うのに集中するから見張りは任せた」

「了解した」

 セイバーが返事だけを返した。

 このホテルには、カジノがない。

 これでは、せっかくの黄金率を活用することが出来ない。それが、残念でならないのだ。

 

 ライダーは、マスターに問う。

 どんな願いも叶えられる方法があるならば、なにを願う?

 街のどこかにある術式が、英霊の座と呼称される場所から英霊のコピーとしてサーヴァントを引き寄せ、主にマスターを楔として現世に繋ぎ止める。

 楔がなくなれば、自動的に小聖杯にくべられる。

 そうして最後の一組になった時点で、溜まった魔力に見合った形で願いを叶える。

 相応の魔力をくべれば、聖杯はまさに万能の願望器として機能するだろう。

 そうでなくとも、勝者へのささやかな褒美くらいにはなるはずだ。

「わからない」

 ならば、聖杯自体に願いを視させ叶えるまで行ってもらうことになる。

 願いを拒否すれば、願いは叶わないという願いを叶えてしまうかもしれない難儀な爆発物。

 逆に、この世界の事象ならば、どんな願いでも叶えることができる奇跡の存在。

 それが、万能の願望器、魔術師たちの聖杯なのだ。

「ライダーは、どんな願いを叶えたいんだ?」

「聖杯に掛けるほどの願いはないが、個人としては、此度の戦がよき終わりを迎えることを望んでいる」

「よき終わり……勝ちたいってことか?」

「そうではない。無論、負け戦をするつもりは毛頭ないが、一つ目の願いであるよきマスターとの縁は叶ったようなのでな。後は他のマスター連中も含めて、此度の戦での経験がその後の人生に有益であれというのが、某の願いである。しかし、これも聖杯に叶えさせるべき類いのものではない。かといって、ほかの願いとなると思い付かんのだ」

「おれは、てっきり、天下を狙うもんだとばかり思ってたよ」

 当人にどれだけその気があったかはわからないが、ライダーの実力なら天下も十分に狙えた。

 しかし、ライダーは人ではなく、病に打ち負かされた。

「あやつらが部下として其に下に仕えるというのであれば、それも面白いが、残念ながら、それは、過去や現在を変容させてまで成すべきことではない。欲を出すならもっと別の場所で出すべきだな」

 別の場所。

「なんにしても、勝ち残ってからの話だ」

 ライダーの本分は、情報戦に勝利してからの行動であり、一対一で本領を発揮するタイプではない。

 それに、本気で人を殺しにくるやつらでも、サーヴァントが人ではないにせよ、殺すというのは、秀的には後味が良くない。

 それでも……という言い訳もしたくはなかった。

 勝たねばならないという意思の欠如が、この二人の共通性だった。

 

 うっかり転倒し右腕を骨折、二週間の安静が必要。

 医師に、そう診断してもらうために、烈火はアーチャーに右腕を折ってもらった。

 覚悟だなんだと言いながら、なんの処置もしないで悲鳴も上げず耐えたことには感心したが、同時に、この少年はとんでもないバカなんだと認識させられた。

 背伸びをしているのは、見え見えであったが、それはそれで好感が持てた。

 

「マスターは、てっきり同性愛者なんだと思ってたけど、違ったのね」

 アーチャーは、通販サイトで、気に入った服がないか物色しなが言った。

「いったい、なにをどう勘違いして、そうなった?」

「そりゃ、子持ちとはいえ、若い女が同じ寝室にいるのに、手を出さないどころか口説きもしない。かといって、ほかの女の匂いがするわけでもなし、なら、疑われても仕方がないでしょ?」

 ほかの女の匂い。していたら、していたで厄介なことになりそうだ。

「聖杯戦争に集中しているとか、自分がサーヴァントだからとは考えないのか?」

「まぁ、私はほかのサーヴァントとはちょっと事情が違うしね。襲われたいわけじゃないけど、男の子なんだし、こっちもウブな生娘でもないし、誘われた時はマスターのご機嫌取りだと思って諦めるわ。ああ、それと、スタイルには自信があっての発言です!」

 確かに、スタイルはいいし、言うことも一理あるのが逆に鬱陶しい。

「でも、ペッタン娘が好きなのか、ちょっと目付きが悪いのがよかったのか、棒切れ体型がよかったのか、口調がおかしくでバカっぽいところがよかったのか、ボーイッシュなのがよかったのか、変化球で赤毛や眼の色が好みだったのか……続けていい?」

「やめてくれ。それと、あれはボーイッシュとは言わない」

 烈火としては、よかった点は別として、否定しておくべき点は、そこだけだった。

 アーチャーが、どうやって、彼女のコートの下の凹凸なし体型を判別したかはまったくの謎である。

 自分との共通点に関してなにも言わないのは、スタイルに関しては本当に自信があるからだろう。

 

 アーチャーとしては、魔術師でありながら、術者としての血統より見た目を気にしてしまうあたりは、やはり年相応。

 向こうが、並んだら、目線の高さが同じになる男をどう思うかは知らないけど、こんな反応するなんて、お坊ちゃんは、やっぱりかわいいなぁなどと思っていた。

「自覚があるなら良し。でも、あえて言わしてもらうけど、こっちは後衛、あっちは前衛。戦って有利な相手ではないなら、同盟は組むべきではないわ」

「わかっている」

 あれをうまく誘導する自信は、烈火にはない。

 それに、魔術を科学のためのカンニングペーパー扱いしていることを魔術師に知られるのは怖い。

 サーヴァントだって、曲がりなりにも、最優のセイバークラスだ。

 アーチャーは、紋章魔術を主体にする魔術師のため、クラススキルである対魔力だって考慮しなくてはならない。

 もしものときは、魔術で強化して物理で殴り殺すくらいでいなくてはならない。

「後、組むなら、宝具で工房を消し飛ばさないやつにして頂戴」

 対軍以上の宝具だと工房ごと消し炭にされかねない。

 神秘の秘匿もなにもあったものではないが、アーチャー組が敗退すれば、それで良しとするならば、躊躇わないだろう。

「そもそも、組んだからって宝具まで教えるバカはいないだろう?」

「いや、存外いるかもよ? 宝具はサーヴァントにとって最大の、ですもの」

 誉もしくは、汚点。

 誉ならば、使えるときを待ち望むだろうし、汚点ならば、令呪で無理やり使わせるくらいはしなくてはならない。

 そんなことをすれば、サーヴァントとの信頼関係は間違いなく破綻する。

 逆に、現代の魔術師すら、どうにもできないサーヴァントでは聖杯戦争を勝ち上がるのは難しい。

 そうなると、やはり信頼関係は重要だとわかる。

 なのに、この女ときたら……、

「マスター、サーヴァントが来たわ。セイバー以外の、ね」

 まったく、次から次と。

 

 烈火とは、凝った名前だ。

 それが、日向烈火に対する第一印象だった。

 性格は、根暗だが、周囲をよく見ようとしているし、優し過ぎず甘過ぎず、かといって厳しいわけでもなく、真面目そうに見えてなんとなく片手間でしていると感じるところはあるものの、基本的に善人であることは、相手の死角は狙わないようにしていることからもわかる。

 そんな同級生だ。

 事件に巻き込まれているなら、助けたくもなる。

「其は、他国の術にも明るいというわけではないが、どうやらサーヴァント避けの結界は敷地をぐるりと囲むように張られているようだ」

「破れるか?」

「結界自体は、無理に押し通ったところで然したるダメージはないであろうが、さらに困った事態を招くことになるやもしれん」

 たしかに、飛び込んだ先で動けなくなっても困る。

「日向か日向の知り合いがマスターになったのか、巻き込まれないよう対策を取ったのか、どっちだと思う?」

「祖父に言われて住んだだけのお主と違って、霊場の上にこれだけの規模の工房を構えながら、聖杯は不要という魔術師はおらんだろうな」

 日向の家は、この土地に昔からある家柄らしい。

 なら、事情を知っているかもしれない。

「行ってみるしかないか」

 ネットでの情報収集を終え、さらに図書館でもと思い、そのついでに寄っただけなのに、まさかこんな事態になっていたとは。

 正門からいつものように守衛と話をし自らの来訪を知らせてもらい、正面から日向の自宅へ向かった。

 守衛に不自然な様子は見られなかった。

 道中でも、人からもサーヴァントからも妨害はなかった。

 魔術師からしてみれば、無用心以外のなんでもないが、秀なりに警戒もしていた。

「おっ、日向」

 右腕をギプスで固定した烈火の姿を見据え、片手を上げて歩み寄った。

 すると、彼は左腕を上げ、

「止まれ、マスター!」

 霊体化を解いたライダーに肩を掴まれた瞬間、秀の目の前で炎の壁が立ち上がった。

「なんで、魔術使いですらないやつが、サーヴァントを連れてるんだ?」

 炎の壁は消えたが、秀には烈火が怒っているのはわかった。

「なんでって」

「ああ、悪い。やっぱり、説明はしないでくれ。そいつになにを吹き込まれたか知らないが、令呪でさっさと自害させて教会に保護してもらえ。場所は把握してるか?」

「自害って、なに言ってるんだ。バカか、お前!」

「バカはお前だ。絶対に死なせないとかサーヴァント同士の戦いがメインだからとでも言われたのか? 無用心に近づいて、普通なら丸焼きにされてるところだぞ? 危ない目にあったから次は幸運がなんて思われちゃ隔離でもしなけりゃ護りきれないぞ?」

 烈火は、怒鳴りはしていないものの、早口になっている。相当、苛立っているようだ。

「ちょっとまて、別におれは次は幸運がなんて思ってないし、それに丸焼きってなんだよ!?」

「こういうことだ」

 烈火は、指で銃を真似、火球を放った。

 ライダーは、それを軍配で叩き落とした。

 火の粉が舞う。

「あっつ、危ないじゃないか!」

「いいか? サーヴァントってのは、今どきにの天才より優秀なやつばかりだ。だからサーヴァントよりマスターのほうが狙われる確率が高い。サーヴァントなんてマスターがいなけりゃ、かってに消えてくれるんだからな」

 場馴れしてやがる……これが、本物の魔術師ってやつか。

「ふむ、どうやら、ここが分かれ道のようだ」

「ライダー?」

「我がマスターよ。そなたは良き友を持った。敵対はしているが、頼りになる」

「それにしたって、やり方が強引すぎる! おれは降りないぞ!」

「いずれ、戦いを続けるか降りるかを問うつもりであったが、その必要はなかったようだ」

「ああ、まったくだよ……アーチャー!」

「黒雲!」

 ライダーは、愛馬を呼び出した。

 調教された馬の出だしは、人間に劣る。

 しかし、黒雲も武人の馬、そう易々と仕留められるわけではない。

「手綱を離すでないぞ!」

 ライダーは秀を愛馬に乗せ、自らは殿を勤めながら、二人の放った炎を叩き落としながら撤退した。

 

 アーチャーは、マスターに命じられた通り、距離を見計らって攻撃を止めた。

「うまく逃げきれたと思われそうで、いやなんですけど」

「あのサーヴァントなら、そうは思わないだろうさ」

 問題はマスターのほう。

 うまく諭してくれないと、サーヴァントという力を信仰することで自分が強くなったと勘違いしかねない。

 まったくどうして、こう回りくどいトラブルが起きる?

 戦わせて、勝ち負けを決める。それでいいじゃないか!?

「マスターがそう言うならいいけど、あのお友達さんの概念ごと抉り取られた右目を見てると、ろくでなしのことを思い出してイヤなのよね。あんまり関わりたくないわ」

「右目?」

 秀の祖父から代々幼年期に右目を潰すと聞き、現に義眼ではあるが、それは魔術に類するものではない。

 気にする要素はなにもないはずだ。

 しかし、祖先が魔術師で、目に呪いを受けて没落したのなら、霊脈の上にある一軒家に住んでいることやサーヴァントを扱えるだけの魔力を持っていることも筋が通る。

 問題は、身内を含めて、復興を狙っているか否かだ。

 こんなことなら、もう少し情報を聞き出して置けばよかった。

「まぁ、あいつが、死んだのは確かだからそっちは気にしないで置きましょう」

 優秀な部下を持った彼女と勇者を育てることに長けたその姉、二人の扱った槍は、大元をたどればそのろくでなしの槍をモデルにしているし、アーチャーほどの実力があれば、戦死者の選定に来ていた時に、面識があっても可笑しくない。

 姉妹の戦いにも当然のことのように介入していただろう。

 日陰で鍛えられた者が、脚光を浴びて、デビューすることへの比喩なのかもしれない。

 ともあれ、相手は主神だ。

 サーヴァントとして、召喚するには、神性が邪魔になる。

 もし、召喚したいならば、対象自身になんらかの方法で神性のランクを最低でもAに落としてもらわなければならない。

 死ぬことがない者を、召喚するよりかはマシだろうが、それでも難易度がかなり高い。

「いまさら死んだ神を気にする必要もないし、ライダーの馬の名前もわかったことだし、そっちを先に調べましょう」

 確かに、馬の寿命から考えれば、どんな名馬でも十分に候補は絞り込める。

 真名さえわかれば対策も立てやすくなる。

「そっちは、俺がやっておくから、アーチャーは、引き続き警戒のほうを頼む」

「了解したわ」

 

「危ないところだった。マジで、日向がマスターだったなんて」

 命からがら逃げ出した。あれだけのことが出来るなら、男薙刀も片手間になるわけだ。

 秀はそういう認識だった。

「危なくはなかった。あのマスターもアーチャーも余程の愚鈍でなければ当たらぬよう調整していたし、火の玉のほうも火傷をせぬよう温度を下げたものもあった」

「まさか、あの目は本気だった……いや、違うか」

 本気で心配された結果がこれである。

「くそっ、マスターはろくでなし揃いじゃなかったのかよ?」

 友人のなんと優しいことか。

「これが敵に塩を贈るってやつか?」

「残念ながら、塩を贈られたのは、正面から破るべしと判断されたが故だ」

「要するに、日向はおれたちを最優先で仕留めにくるってことか」

「秀よ。望むなら、あのマスターの言うように……」

「やめてくれ、ライダー。おれは、おれみたいに誰かが巻き込まれる前に、戦いを終わらせる。それには、お前の力を借りなきゃならない。方法は無茶苦茶にしかならないだろうし、やりたい連中からは水を注すなと言われるだろうけど、それでもだ」

 やめる気がない以上、速やかに、全員倒して戦い自体を終わらしてしまうのも手ではあった。

「宜しい。ならば、某はそれを助けよう。しかし、道中の安全については諦めよ。某より後ではあっても死ぬ可能性も忘れるでないぞ」

「ああ、わかった。この命は預ける」

 欲の出しどころは定まった。

 その上で、秀は自虐する。

 この戦いで一番無駄な駒は自分だと。

 なにせ、戦いたい理由はあるのに、戦わなきゃいけない理由がない。

 自分程度の信念で動いている者だってたくさんいるだろう。

 しかし、こうなったことに、なにかしらの意味があるとしたら、それくらいは見極めておきたい。

「そうと決まったら、まずは、マスター全員に会ってどんなやつがいるか見極めないとな!」

 会ったは、アーチャーにアサシン。

 残りは、セイバー、ランサー、キャスター、バーサーカー。

 どのマスターにも理解されないかもしれない。

 協力すると言って置きながら後ろから討たれる可能性もある蕀の道だ。

 それでもやると決めたからには、頑張らないといけない。

 

 お嬢様も気づくことが前提なら、もう少し記憶を残しておいてほしかった。

 違和感から自分の正体に行き当たったフェリパだったが、なにかを思い出せたわけでもなく、どのように振る舞えばそう見えるか悩んでいた。

 顔も思い出せない相手の仕草を真似るくらいなら、自然体でいたほうが偽装にはなるか?

 そもそも、お嬢様方は料理とは無縁だった。

 そんな、お嬢様が異国の図書館で料理本を読んでいる時点で、すでに不可解だ。

 メイドの仕事に料理は含まれていたが、図書館で調べるほど熱心だったのかは、思い出せない。

 しかし、この機会に日本の料理を修得してお嬢様方に振る舞うのもメイドの仕事ではあるのだろう。

 そこに、偽りはないはずだ。

 

 今朝のことです。

「はじめまして、お嬢さん。おれ、ランサー。今回は戦いに来たんじゃなくて、君におれの嫁になってほしいと頼みにきたんだ」

 生まれ初めてプロポーズというものをされました。

 相手は、サーヴァントでクラスはランサー。

 これって、自慢になりますか?

 なりませんね、ただの厄介事です。思わず、馬鹿らしい話をしました。

 膝まずいて、目線を合わさせていたランサーさんに、バーサーカーが父親のように立ち塞がりました。

「残念だが、ランサーよ。貴様が、どれほど彼女を愛していようが、彼女は貴様に構っている暇はないのだ」

 ランサーさんは立ち上がり、曲がりなりにも敵であるバーサーカーの肩に手を置き、

「わかってないな、おっさん。おれには才女を見抜く才能があるんだ」

 あまりに、自然な動きに攻撃かと警戒も出来なかった。

 にしても、才女を見抜く才能か、当たっているなら、ちょっと嬉しい。

「いまはまだ、ちょっとばかし経験不足だけど、将来は大物になるぜ。それに、おれの嫁も結婚したときも同じくらいの歳だった。年齢に関して問題ないなら、ほかのことだって問題にはならない」

「そうか、問題はないのか」

 問題大有りだ、この浮気者めっ! 奥さんに泣かれるぞ!

「バーサーカー。わたしはマスター、この人は敵サーヴァントだよ」

「ああ、そうだったな」

 バーサーカーは、逸話通りの流され易さだ。

 交渉事では役に立たない。

「ランサーさん、でいいかな? せっかくの申し出ですが、お断りさせていただきます。それにこれから学校です」

「おっと、そうか。そうだな、学業は大事だ。おれも、暇が出来た時にそろばんやってたおかげで、その後いろいろ役に立った。そんなわけなら、出直させてもらうぜ。また、後でな」

 ランサーさんは、現れた時と同様、あっという間に去って行きました。

「……あんなに聞き分けがいいなら、もっと話を聞いておけばよかった」

 少し勿体ないことをしました。

「私はむしろ、最後の言葉のほうが気がかりだ」

 いずれ殺し合うことになるのだから後でというのも、厳密には違ってはいない。

 そう言われなくとも、妙な感じではありました。

 

 そして、放課後。ランサーさんは再び現れました。

「またなって言ったからな」

「言いましたね」

「たしかに、ここは人目がない。しかし、サーヴァントは闇夜で戦うものだ」

 バーサーカーが、周囲を警戒しながら、もっともなことを言いました。

「たしかにそうだ。しかし、戦ってのは、単純な武の競い合い以外にもするだろう?」

「と、言いますと?」

「うちのマスターに共闘の推薦をしても構わないか?」

 共闘は前回もやったけど、ランサーもライダーもライダーのマスターも最後は揃ってバーサーカーには負けてしまった。

 居れば心強いのはたしかだけれど、信頼できるかわからない相手に、こちらの弱みである燃費の悪さがどれほどのものかバレてしまう。それは、まだ避けねばならない。

「バーサーカーは強いですが、燃費はあまりよろしくないので平等な共闘は出来ません。なので、せっかくの申し入れですが、辞退させていただきます」

 悪いとは思うが、事実なので仕方がない。

「たしかに、こちらもいきなり過ぎた。すまん、マスターにはバーサーカーのマスターは善良だったとだけ伝えておくよ」

 ランサーさんは、朝と同じく、さっと帰っていきました。

 なんだか、気になる言い回しだけど、まぁいいか。

 

 ランサーは、マスターが控えるホテルまで戻り、バーサーカーのマスターの印象を伝えた。

「なるほど、そう動いてきたか。しかし、お前自身のスキルで印象を操作してしまっているかもしれんぞ?」

 オジェットは、バーサーカーのマスターの暗殺を依頼されたにしては、興味が別にあるように見える。

 そもそも、魔術協会にとって彼女を殺すことになんのメリットがある?

 魔術師としては、三流にも満たない。

 固有結界などの希少な素養を持つなら、殺害より保護だ。

 いや、彼女の連れていたサーヴァントがバーサーカーであるという前提自体が間違っているとしたら?

 なんらかの理由でクラスが変わっているとしたら?

 あの杖を持っていたアーチャー。彼女は本来のキャスター。

 あの陰気なセイバーは、アサシンか。

 そして、あのバーサーカーはバーサーカーではない。

 そういう、前提でクラスを考えるなら、この反応の薄さも納得がいく。

 自分のステータスは、マスターによって上下している部分はあるもののランサー時の基準値とさほど変わらない。

 自分を抜いた六騎で?

 いや、自分のことは気にしなくてもいいか。

 マスターは、本来のバーサーカーを探っている最中か?

 律儀に忠を尽くしてほしい。というのが、マスターにサーヴァントとして希望された要件だった。

 しかし、このオジェットという男は、なにを隠している?

「そりゃないさ、おれにだって相手の本音くらい見抜ける」

 思案を他所に、ランサーは、自信を持ってマスターに告げた。

 たしかに、相手の敵意を削ぐスキルは持ち合わせているが、交渉ができるようになる、攻められにくくなるだけであって交渉事にも多少のプラスはあるが、本来は存続させることがメインだ。

「それとも、別に気になることでもあるのかい?」

 オジェットは、笑みを浮かべ、

「なに、この年齢で誘拐犯と間違われたくはないだけさ」

 どちらにせよ、オジェットからしてみれば、子供をいきなりホテルまで連れて来られるほうが困まる。

 むしろ、こちらから出向くくらいの気でいるほうがいい。

「はっはっはっ、そこはマスターの愛想によるさ」

 彼女は、愛想が良ければ手を貸してくれる。

 ランサーは、彼女の表情からそう感じた。

 もちろん、聖杯戦争に参加している以上、チャンスがあれば、あの不自然な笑顔をしながら仕留めにくるだろうが、問題がなければ協力は出来る相手だ。

「私は、愛想を振り撒くより謝罪をして回るほうが先になると思うがね」

 時計塔内の派閥争いもここまでは影響していないだろうが、この国独自の組織のすべてが、それを見逃してくれるとは限らない。

 そんなときは、まず謝っておくのがこの国での処世術だ。

「そんときは、そんときさ」

 ランサーは、頭を切り替えた。

「なぁ、マスター。俺が主の前で主のお気に入りを斬ったように、彼女を斬るとは考えなかったのか?」

 そうなっていれば、謝罪どころの騒ぎではない。

 暗に、情報の開示を求めているのだ。

「あのバーサーカーのマスターを殺す理由はない。お前なら、そこに気づくと踏んでいた。お前の言う主のお気に入りも、取り入るばかりの男だったと聞いている。ならば、マスターが不利になる動きはするまい。これが、お前に対する私の評価だ」

「それは、ありがたい話だわ」

 お見通しといえるほど、信頼してくれているわけか。

 しかし、一言足りないのは、たまに傷だな。

 

 足長坊主。

 諜報活動に長けたその男は、生前にそう畏怖された。

 その諜報活動を支えたのが、三ツ者や歩き巫女と呼ばれる旅をする神職たちである。

 ライダーが呼び出した、片目を隠した少女。

 現代風の衣装を持ち合わせていないため、いまは胴着のような忍装束を着ている彼女が、歩き巫女の筆頭だという。

「キャスターの所在について手間取りましたが、昨日、お館様より言い遣った件について報告に参ったしだいにごさいます」

「うむ。秀よ、寒空の下ではあるが、情報をまとめたい。構わぬか?」

「ああ、逐一家に戻るのも効率が悪い」

「うむ、では、報告を頼む」

「畏まりました。こちらが街の地図の写しにございます」

 それは、他のマスターの潜伏先やなんの役に立つのか解らないバーの場所までとずいぶん細かい。

 どうやら、ライダーは情報を元にもしもの時の逃走ルートなども思い描いているようだ。

「では、引き続き、情報収集を頼むぞ」

「御意」

 言い残し、少女は消えた。

 さすがは忍者と、秀は思った。

「ライダーの部下ってのは、あれが、普通なのか?」

「そうだとも言えるし、そうでないとも言える。忠実で優秀であるがゆえに筆頭なのだ。それに見目も性格も良い。気に入ったのなら側に置くが?」

「いや、いい」

「うむ、やはり其のほうが良いであろう? 知れば小言を言う者もいるが、マスターの命ならば仕方ない」

「いや、そっちも必要ない。おれが聞きたいのは」

「あれだけ動ける者を、其はなにゆえ戦力として使わぬのかか?」

「ああ」

 ライダーの性格からしてわざわざ使えるものを使わないとは思えない。

「簡単なことだ。其は呼んだ手勢に必要な能力しか持たせておらんからだ。魔術師程度なら、どうとでもなるが、そのままでサーヴァントを相手にするにはちと厳しい。魔術師が大挙して押し掛けてこない限りは戦力として数えてはいかんぞ」

 サーヴァントやその使いは、なにをするにも魔力を消費する。

 そしては、消費量は能力値に比例して上昇する。

 ならば、逆に、必要ない能力を削ぎ落とせばその分だけ消費は抑えられるわけだ。

 彼女もサーヴァントとして呼べば、相応の実力はあるものの、いまの状態では、サーヴァントの相手にならない。

「幸い、この街には金の買い取り場もあった。おかげで現金の入手には困らん。飲食代を工面してやれるというのはありがたいことだ」

 もちろん飲食のためだけ渡しているわけではないが、秀のことも考えれば、部下に金は必要だ。

 あまい相手には、とことんあまいのだ。

 ライダーは、手品のようにビー玉サイズの砂金を取り出した。

 正規の価格で売却できれば、あれ一個でも結構な額になる。

 黄金率というスキルのちょっとした応用だ。

「もちろん、金だけあれば、すべてうまくものでもないが、心を傾けるくらいは出来る。そもそも、世の中には、自らが傷つくことを好む者のほうが少ないのだ。争いを避け金も貰える。組織ならば腐敗を危惧するところだが、他人がすることなら、そう厳しくする必要もあるまいて」

 ライダーは、自らは僧侶や巫女を使う一方、家臣の家にそれらを泊めることを一切禁止したという。

 すべては、情報戦に勝つため、彼はその道に長けている。

「ここから、ニ番目の近場に住むのはバーサーカーか」

 場所も住宅地だ。奇襲から戦闘になった場合、被害を減らすことを優先で動いてほしいと通達しておいたほうが良さそうだ。

 

「なるほど、あれがライダーとそのマスターか」

 ミラナは、使い魔である黒ずんだ鳩を操りながら、ニヤニヤ笑っていた。

「あいつに着いていけば、ほかのマスターの情報も得られそうね」

 ミラナは、自画自賛する。

 これを見ていたセイバーは、マスターの使い魔は黒い鳩、鴉と似た鳥だと思えば、目先の欲に敏感なマスターが使い魔として使役しているのも頷ける。などと考えていた。

 会話はなく、ツッコミ役も不在であった。

 

 秀とライダーがバーサーカーのマスターの元へ向かっていると街中にも関わらず、人影が徐々になくなっていった。

 そして、すっかり居なくなると、その代わりには、一人の女性が待ち構えていた。

 両手を上げてはいるが、魔術師ならどんな攻撃をしてくるかわからない。

「はじめまして、ライダーのマスターさん。ワタクシは、此度の聖杯戦争の監督役の補佐をしております、テヘーラと申します。若輩の身でありますので、気軽にさん付けでもシスターテヘーラでも好きに呼んでくれて構いませんよ」

 秀も、街に教会があるのは知っていたが、こうしてシスターを見るのは初めてだ。

 そのシスターさんが、なんでこちらのことを知っているのか疑問だが、監督役の特権かなにかなのだろう。

 それにしても、アサシンのマスターに似ている。

「えっと、テヘーラさん? もしかして、参加を監督役に申告しないといけないとかあったんですか?」

 自分でもなんでマスターに選ばれたか解らないのに、いきなりそんなことを言われても困るだけだ。

 一方、申告を無視した魔術師を見ず知らずの眼鏡さんに片付けてもらえたシスターは、

「いいえ、申告は必要ありません。実際、バーサーカー組とアサシン組とは会っておりませんから。今回は、お見かけしたのに無視するのはいかがなものかと思い、挨拶と聖杯戦争について疑問があればお答えしようと思ったしだいです」

 妙な胡散臭さはあるが、言っていることに不自然な点はない。

「そうですか? それじゃ、質問なんですが」

「はい、なんなりと」

「聖杯戦争ってのは、参加したくないやつでも参加できるもんなんですか?」

「そうですね。基本的に、参加したい方とシステムが参加すべきと判断した方だけで行われるので、やる気は関係あるかと言われれば半々です」

「つまり、おれは、システムに選ばれた側?」

「儀式をしていなければ、そうなります」

 した覚えどころか、存在すら知らなかった。

「じゃあ、システムに選ばれる条件は?」

「前提としてサーヴァントを扱える素養があること。サーヴァントを連れて他所の土地へ行かないような開催地に縁がある方。それらのシステムが術式から削除されていないこと。こんなところでしょうか? ひとまず七騎のサーヴァントを揃えて、後はどうとでもなれと判断していた頃のなごりだそうです」

 要するに、サーヴァントを扱えるなら誰でもいいように聞こえる。

 実際、穴埋めのために選ばれたに過ぎないのかもしれない。

「主催者を問いただしたいのであれば、郊外にあるビルで寝泊まりしております。襲撃したいのなら、詳しい場所をお教えしますが、いかがします?」

「いや、各マスターの位置情報については把握しているゆえ、それには及ばぬ」

 さっきまで、霊体化していたライダーが現れた。

「あら、ライダーさん? はじめまして。なかなかの情報収集力ですね」

「うむ、それで主催者というのは、郊外のビルで寝泊まりをしているのなら、キャスターのマスターか?」

「ええ、そのとおりです。と、言いたいところですが、少し違います。キャスターのマスターは主催者の部下で、その……ノリが軽いと言いますか、乗せられ易いと言いますか」

 テヘーラは、眼を反らし頬を掻く。

 要するに、キャスターのマスターは主催者の口車に乗ってしまっているわけだ。

「サーヴァントも他の方のように、手を出さなければ、無害というわけでもなさそうです」

 キャスター組はキャスター組で要注意らしい。

「魂食いか?」

 キャスターは、術に長けたサーヴァントだ。

 クラススキルである陣地作成と組み合わせ、住人から魔力を吸い上げ自らの力にすることなど、雑作もないことだろう。

 加え、この街の人間の魔力の質は、聖杯戦争の舞台に選ばれるだけあって、他の地域より良い。

「手の内を明かされたわけではないので、なんとも言えません。たとえ、サーヴァントとマスターがなにも考えてないような方でも主催者の配下ではあるわけですし、魔術師である以上、いざとなれば、なにをしでかすか」

「うむ、気に留めておこう。しかし、今日はバーサーカーとそのマスターを見定めることに集中させてもらいたい」

 ライダーは、秀がテヘーラとの会話の違和感に慣れ始めるのを危惧し、会話を終わらせにかかった。

「そうですか。確かに、長く引き留めてしまいました。申し訳ありません」

 彼女は、伝えるべきことを伝えきったのか、それとも、強引なことが嫌いなのかあっさり引き下がった。

「バーサーカーのマスターには、ワタクシのことはご内密に、口が軽いシスターがいるとバレた日には、お二人を恨まなければならなくなります」

 それは、立場からなのか、バーサーカーのマスターの性格のことなのか、ご苦労なことだ。

「本来は、聖杯戦争なんかに参加できるような性格ではないのですけどね。だからこそ、静かに怒るタイプでして。年相応の穏やかさに義憤が混じるといいましょうか? ある意味、あなた方とは、同道異結な存在です」

 これまた、聞いたことのない四字熟語を使う。

「とにかく、ワタクシの存在は内密に願います」

 テヘーラは、念を押して去っていった。

 

 室内に行かれては、鳩には翼も嘴も出せない。

 しかしながら、バーサーカーとそのマスターの外見くらいはわかるかも知れない。

 まさか、バーサーカーが、アーチャーに続いて現代風の服装をしているわけはないだろう。

 ミラナの鳩は、少しだけ秀たちが進むと予想した方向へ羽ばたき、バーサーカーの矢に射抜かれて死んだ。

 

 不自然な動きをする鳩を射ち落としたバーサーカーは屋根から降りてきた。

「良かったのか? いまは一矢でも貴重なはずだが?」

 サーヴァントの武器も技もマスターの魔力を使用するものであり、その魔力自体が希少なスミレが安易に消費していいものではない。

 現に、スミレも立ち眩みを覚える。

 表情は、相変わらずの笑顔ではあるが、顔色も良くない。

「必要な時には回復していると思う。それにあんまり放置して力押しに持ち込まれても困るし」

 本来、持っている精密性、技量を下げ、身体能力を強化したクラスが力押しに弱いというのもなかなか皮肉な話だ。

「ひとまず、バーサーカーは、簡単に倒せる相手じゃないって伝わったと思う。少なくともランサーさんにはね」

 それに、このバーサーカーは、狂化されてはいるが、技量はまったく下がっていない。

 燃費が悪い点を除けば、このバーサーカーは、高い戦闘力に意志の疎通も容易。

 騙され易いが、それは本人も自覚している。マスターが、注意し続けられれば弱点にはならない。

「マスターは、ランサーを買っているな?」

「わたしには敵を低く評価できる余裕なんてないからね。敵の長所や癖はどんどん見つけていけていかないと」

 最強のサーヴァントに最弱のマスター。

 これが、スミレの自分たちに対する評価だ。

 ほかのマスターと組んでいれば、容易に勝者となれた。

 バーサーカーは、それほどに優秀なサーヴァントだ。

 ならば、自分に補える点、戦闘での援護や魔力に関してはどうしょうもないので、敵の戦術を読む、慎重に動くくらいは頑張らないといけない。

「それに、いま射ち落とした鳩の人にもなにか長所があるはずだよ」

 決断力と敵の長所を冷静に評価出来るのは、スミレの長所だとバーサーカーは考えている。

「その長所を使わせないで、バーサーカーが戦い易い環境に持っていくのが私の仕事なんだよ」

「ふむ」

 バーサーカーは、自分はよい指揮官に恵まれたようだと、つくづく思う。

 

「む、どこかの陣営の使い魔が落とされたぞ」

 バーサーカーが、ミラナの鳩を射落とすのを見てライダーが唸った。

「近寄るなってことか?」

「どうであろうな。こちらの諜報は見逃していまの鳩は落とした。相手の力量を計っておるのやもしれんぞ?」

「なら、合格ってことか?」

 攻撃もされなかったし。

「さて、我が臣下たちは曲がりにも諜報を生業とするもの。向こうに気づかれたこともわからんとは思えんが」

 マスターが、人型を射つのを、躊躇した可能性もある。

「なるほど」

 そもそも気づかれなかったという線もあるのか。しかし、それはそれでどうなのだ?

「さて、どうする? 進むか下がるか?」

 ライダーはマスターに決断を促す。

「……進もう」

 ここで下がったら、バーサーカー組と話す機会は二度と来ない、そんな気がする。

「よろしい。ならば、参ろう」

 

 バーサーカーたちが住む家は、言ってしまえば、普通の一軒家。そう形容するのが一番しっくりくる建物だった。

「家とあんま変わらないな。こっちはたまにじいさんがくる程度だけど。これだけ普通だと、逆に入り辛い」

「そうさな。どうにか、あぶり出すことができれば……」

「その必要はありませんよ」

 家から出てきたのは、顔色の悪い少女だった。

 笑顔ではあるが、体調が芳しくないらしい。

「今日はよく人が訪ねてくる日なのでしょうね。はじめまして、バーサーカーのマスター、歌方スミレです」

 彼女は、ドアに寄りかかりながら挨拶をした。

「ああ、辛そうなところ悪い。おれは海藤秀。こっちはライダー。少し話をしたくて来たんだ。いま大丈夫か?」

「はい、大丈夫なので出てきました」

 受け答えは、問題ない。顔色については、気にしてやらないほうが警戒させずに済みそうだと秀は思った。

「…………」

「ライダー?」

「サーヴァントはどこにいる?」

 サーヴァント同士なら、霊体化していても見ることはできる。

 しかしながら、周囲にはその姿は見当たらない。

「バーサーカーなら、いまからでも先手を取れる位置におります。スキルによる補正もありますので、わたしをここで殺すことは不可能と思ってください」

 年齢は、中学生ぐらいだろうか、堂々とした彼女の表情と言動。

 顔色の悪さと外見を差し引いても、本来は不似合いのはずのものが、妙に噛み合っていた。

「もしかして、魔術師なのか?」

「サーヴァントのマスターに、それを聞きますか?」

「…………」

「実は、ランサーさんからも共闘のお誘いを受けていまして……ですから、共闘のお誘いはお断りします。必要と判断した場合だけ、その場限りとしての共闘は有りなのですが」

「ああ、おれ達は共闘じゃなくて、一般人を巻き込まないようお願いして回ってるんだ」

「それは……立派ですね。見習うべきことなのでしょう。では、一つ質問させて下さい。いま一人を見捨てて自分が助かれば、後日、自分を含めて三人は救えるとなった場合、あなたならどうしますか?」

 いつくるかも解らない後日。

 言い訳になる理由。

 確実に一人を見捨てたという事実。

 前者を選べば、後者の二人を危険にさらすことになる。

 しかし、それでも、

「後悔したくないから一人を助けて、後の二人も助かるようあの世で祈るよ」

 

 模範的な自己犠牲、この人は早死にしそうだ。

「ライダーさんも同じ意見なのですか?」

「うむ、某が生きた時代は略奪が常であったが、この時代は我がマスターのような人間の時代。過去の人間がその理を乱すことは最小限にすべきであると某は考える」

 サーヴァントとも方針は一致している。

 仲違いする可能性は低そうだ。

「……お話は理解しました。お二人がそういう考えなら、常にとはいきませんが、一般人を巻き込まれそうになった場合、出来るだけ共同で対象する。もちろん、強制はしない。この条件で構いませんか?」

「ああ、それでいい」

「某も異論はない」

「では、バーサーカー。聞いての通りです」

 霊体化を解いたバーサーカーが、上空から落ちてきた。

 いや、家を飛び越えてきた。

「人的被害を出さぬようにというのは了解した。しかし、器物についてはさすがに、無傷とはいかんぞ?」

 ライダーには、バーサーカーと呼ぶには、いささか冷静過ぎに見えた。

「それについては、問題ないでしょう。キャスターは、かなり暴れていましたが、騒がれることもなく修理されてましたし」

「そうなのか?」

「そのために、あのシスターのような監督役がおる」

「シスター?」

「いや、えっと、とにかく、壊さないに越したことはない。そうだろ?」

 さっきからずっと、笑顔のままなのが逆に怖い。

「そうですね。思い切り暴れたいならキャスターの拠点あたりが広くておすすめですよ」

 シスターテヘーラとキャスター組には、なにかあるとは感じていたが、こちらも因縁があるようだ。

「ありがとう、辛いところホントごめんな。今回は、これで帰るよ」

「では、ご健闘を御祈りしております」

 スミレは、家の中へ戻って行き、それを見届けたバーサーカーも霊体化して家へ入っていった。

「他の陣営に見られるまえに我らも退散するとしよう」

「ああ、一旦、家に帰って次に備えよう。キャスター組と会うのはちょっと難しそうだけど、ランサー組は彼女と組んでるから上手くいきそうだ」

 秀は、スミレの引っ掛けに見事にはまっていた。

 

 トゥーエ=トリベール。

 本来なら戦犯として銃殺刑となっているはずの男。

 少し昔の話になる。

 彼は、軍に所属しているころ、自らが所属する隊の全員と他の部隊長ニ名を一人で殺害した。

 なぜ、そんなことをした? と裁判で問われ、

「命令書が偽造であると気づき、それを実行前に止めるには、この方法しかないと判断しました」

 命令書が偽造であるというのは正解でもあり不正解でもあり、その行動は正当であるとされたものの、いまだにそのことを飲み込めていない。

 気づけた理由もどうしてこの方法を取ったのかも、この命令書がどのような存在なのかも、当時は理解出来なかった。

 しかし、当時はそれを説明する知識もなく、成り行きに任せ処刑されることとなった。

 それを救った、いや、トリベールの身柄を自らの元へ横流ししたのは、魔術に通じる政治家の男であった。

 彼の手引きにより、彼と殺害した仲間たちは、友軍からの誤爆により死亡したとされた。

 自らを失った男は、彼の指示の下、魔術協会と世界各国に支部を持つとある組織のエージェント兼パイプ役となった。

 微弱な魔術回路に質の悪い魔力。

 当然のことながら魔術刻印もなく、魔術師としては重宝されないが、組織としては、トリベールのような魔術回路に加え、高い精神抵抗指数まで持つ人材は貴重だ。

 本人のいないところで一致した利害により、いくつかの事件に巻き込まれるはめになった。

 必要ならば、誰でも殺し、過去の経歴や素行が狂っていようが利用する。

 それが、トリーベルが組織に抱いている印象だ。

 抵抗力が無ければ、いまは同僚となった組織の人間に殺されたか記憶処理されていたか、はたまた自害か、やはり戦犯として処刑されていたか。

 しかし、幸福な人生を歩むのに必要だったのかと問われれば、疑問だ。

 

 なにせ、トリベールは、精神抵抗指数だけが突出しているだけのただの人間なのだ。

 これまでの戦闘経験も強化魔術を使えば、いくらでもひっくり返せるレベルだ。

 格闘に関しては、魔術の使えないロストマンに棒術でボコボコにされたばかりだ。

 そんな実力だからこそ、借り受けたスタッフは最大限活かすことを選択した。

 職務に殉ずる覚悟がある者が選ばれているが、この魔術協会その他との協定違反スレスレの状況で人命を消費することは、なるべく避けたかった。

 結果としての必要最低限の損害。それには、リーダーである自分のみ死亡という結果も含まれる。

 

 部屋がドアがノックされた。

「エージェント・トリベール。お時間、よろしいですか?」

 この声、たしか小美野といったか?

 口調からして火急の用事ではないようだが、少なくとも耳に入れておくに越したことはないだろう。

「ああ、なんの用かな?」

 返事を返した瞬間、ドアが蹴り開けられ、トリベールはその無粋な来訪者のほうへ向けて発砲し、壁に隠れた。

 日本での活動のために支給された、サブレッサー一体型のハンドガン。

 サイズが、中途半端なせいで取り回しが悪く、痕跡を残さないために、使い物にならなくなっても持ち帰らなければならない難物。

 励振火薬の通常弾ではなく気体爆薬のケースレス弾というのも慣れない。

 不意討ち対策で支給されたわけではないが、いい加減で扱い辛い武器だ、惜しむことはない。

 ここで壊してしまえば、回収の手間も省けるというものだ。

 音声封鎖が細かく施された、このホテル内での、発砲は許可されているが、銃の所持すら禁止されている国での発砲は極力控えたい。

 それに、この銃自体もほかのスタッフにも秘匿していた。

 魔術師なら、暗示で情報を盗ったり、いまのように死地へ突撃させるくらい容易なことだからだ。

 相手に組み付いたまま自爆させることも出来ただろうが、爆発音はなかったから、彼女の身体はまだ原型を留めていると思いたい。

 撃ったことについては申し訳けないが、用件を告げる前にドアを開けるはめになったことを悔やんでほしい。

 元々が低料金ホテルのため、L字型の手狭な部屋であったが、おかげで素早く隠れることができたし、装備も手が届く位置にある。

「ごめんなさい。実力のほどを確認したかったもので」

 若い女の声だ。

「それで、わたくしめの実力は如何様に評価していただけましたかな?」

 不本意さを隠して返答しながら、飛び出すタイミングを探る。

「ええ、冷静に振る舞えることは、評価に値するわ」

 相手も、当然そのことに気付いているはずだが、慌てた様子はない。

 もっとも、慌てたところで実力が上下するなら、暗殺者にも兵士にも不向きだし、意味もない。

 こちらも平静でいるべきところだ。

「私は、あなた方に協力をお願いしたいのだけど、かまわない?」

「ご指名いただけるのは光栄ですが、名も名乗らない相手とは交渉いたしかねます」

「それは失礼。改めまして、私の名はフェリパ=ファハルド=ティヘリナと申します」

 やはり、アサシンのマスター。セイバーとそのマスターが、別行動を取らざるを得なくなるほどの暗示の達人。

 相手の足音まで暗示に利用したという情報から参加スタッフの一人に姉妹揃って歩くミーム汚染呼ばわりされた、今回の聖杯戦争で一番の面倒な人物だ。

 マスターやサーヴァントとの対峙は、想定内だが、これほど行動が早い者がいることには、驚いた。

 正体が割れていないアサシンが控えているのなら、下手に仕掛けても返り討ちに遭う。

 捨てゴマとバレないよう、アサシンの宝具は無理でも、手口くらいは開示させなくてはならない。

 一番捨てゴマとバレにくいとはいえ、リーダーは辛い。

 それに、彼女が相手なら、いくら耐性があっても迂闊に飛び出すわけにはいかない。

「スペイン人だからもっと長い名前を期待したかしら? なんなら、両親のファミリーネームを並べて名乗り直しますけど?」

 なるほど、こちらの情報網も、どの程度かは把握済みというわけか。

「いいえ、結構。それでフェリパ嬢は、サーヴァントを持たない我々になぜ協力の依頼を? 我々の組織で使用している重火器より貴女が連れているサーヴァントのほうが有用なのでは?」

 マスターだけにならともかく、情報も事前対策もない状態で、サーヴァントから逃げ切るのは無理だ。

「歩兵火力を競うつもりはありません。残念ながら、サーヴァントは一人に付き一騎が基本でして」

 要するに、人手がほしいわけか。

 露払い、もしくはマスターを暗殺するまでの囮役でもさせたいのか?

 たしかに、前情報なしに基本的に戦闘力の低いアサシンを他のサーヴァントと戦わせる気にはならないのだろう。

 捨て石にされる人間は、何人も見てきたが、この使い方は悪手だ。無駄な消費だ。

「我々の目的はわかっておいででしょう? まず、貴女単独での戦闘力を見せていただかなければ」

「そう、私の実力を見せればいいのね?」

 そういって、彼女は、先ほどトリベールに発砲された小美野を投げつけてきた。

 反応して、発砲してしまいそうになる。

 製造元とはいえ、貴重な対霊子弾を無駄撃ちしてしまったらどうするつもりだ?

 ともわれ、覚悟を決めるしかない。

 相手は、戦車でも戦闘機でもターミネーターでも化け物でもサーヴァントでもない、人間だ。

 多少、条件に不利はあるが、やれる。

 トリベールは、ドアのほうへ飛び出し、生きているか死んでいるかもわからない小美野を窓から投げ落とした。

 生きていれば、優しい危険生物扱いされる人間が一人増えるが、いまは気にしている場合じゃない。

 室内から人影は見えない。

 右か左か解らないが、せめて、得意な間合いで勝負を仕掛けよう。

 相手の位置については、仕掛けて確認するしかない。

 右に銃口を向けて飛び出し、いないと見るやすぐさま左を向いた。

 いきなりドアを閉められて正面から激突とならなかったのは有難いが、相手が相手だけにすでに退路は断たれ、どちらへ進んでも誘導されたように感じる。

 少女の手にしたメイスが突撃してくる。

 トリベールは、それをナイフの柄で受けた。

 見た目は華奢でも、相手は魔術師だ。

 素手で首の骨をへし折るくらいの強化魔術は使ってくる。

 事前情報によれば、彼女は、訓練として巣立ち直前の子熊とその母熊一家と戦ったが、熊の親子はまるで歯が立たず一方的に殺されたらしい。

 その程度では、化け物と呼ぶにはほど遠いが、治癒魔術が少々出来るだけトリベールにとっては脅威だ。

 しかも、メイスは、防具の上からでも致命傷を負わせることが出来る武器だ。

 防弾ベストを着て刃物を相手にするよりは場違いではないが、戦闘服の上からでもまともに食らえば骨や内臓に響く可能性があった。

 対生物なら、外郭を無視して内臓を狙うのは、どこでも変わらない。

 いくら大型とはいえ、ナイフはそんな武器を受け止めるのに使っていいものでもない。

 それに、この状況は、彼女に暗示を掛ける時間を与えてしまう。

 止めるも耐えるも出来ない相手に、不要な近接を続けるほど、愚かなことはない。

 しかし、実戦経験のある魔術師といえど、敵地にいつまでも留まるほど人間離れしたことは、そうそう出来まい。

 暗示だの魔術だのを使ったところで、多数の人間を圧倒できるなら世話ない。

 回避に徹しつつ、救援を待つのが自分とっては安全手ではあるが、それでは被害を増やしてしまう。

 ならば、一人で仕留めるまで!

「火が着いたかしら?」

「少しだけ……ですよ!」

 トリーベルは、この娘とも呼べる年代の少女に対して虚勢を張った。

 メイスにナイフの柄を乗せて跳び、天井を足場にして、フェリパの後ろへ回った。

 振り向き様に、フェリパが踏み込んでくる。

 さすがに、反応が速い。

 メイスを受けず、その場から下がらずに避け続けた。

 攻める隙は、なかなか見つからない。

 フェイントすらしてこないとは、駆け引きは嫌いなのか?

 そんなとき、トリベールが使っていた部屋から爆発音が鳴り響いた。

 トリベールは、壁まで破壊されたら、どうしようかと心配したが、耐震強度のおかげか取り越し苦労で済んだ。

 相手が、不測の事態である爆発に、どれほど動揺してくれたかは解らないが、この隙に攻めきれなければ、この場を切り抜けることはできない。

 当たれば致命傷になりかねない武器を相手に、拘束を目的とする決闘。

 せめて、相手が男だったら良かったのに。

「自分のいた部屋が爆発したのに気にならないの?」

 部屋自体は、気にならない。

 気になるのは、ある実験の使用されるはずだった特注の狙撃銃。

 北米支部にいる友人に頼んで、アメリカ本部から回してもらったもので、材質上、通常の手流弾程度では、破損することはないはずだが、もし破損したとなれば、叱責は免れない。

「部屋の様子を気にして抑えられる相手ではないので」

 思考を切り替えるついでに言ってはみたものの、彼女も自分の部屋が爆破されたにも関わらず、攻める手が止まらないことから、いまの爆発が誰の仕業か感づいているだろう。

 それでも、意表は突けていたのか、動きがぎこちなくなった気がする。

 無論、フェイントの可能性も十分考えられるが、その上で押し通る!

「あくまで雇用関係ではなく、対等な協力関係にしたいというわけね?」

「察しが良くて助かります」

 なにせ、自分はマスターの相手だけで手一杯なのに、後ろにはサーヴァントも控えている。

 少しでも使えるところを見せて置かないと逃げることも出来ない。

「不要な営業ですが、貴方の気が済むのでしたら、しばしお付き合いしましょう」

 フェリパは、メイスを振り抜くと同時に左手をトリベールに向けた。

 ガンド撃ちと呼ばれる、どこにでもある呪いの類いだ。

 ガンド撃ちの威力は、ほとんどないものからマシンガンクラスまで、攻撃用ではなく特殊な術式そのもの付加して射ち出すものもあるとかないとか。

 なんにせよ、当たりさえしなければ、無反動拳銃の類いと変わらない。

 この間合いで、射線を確認していては、一瞬で判断しても遅い。

 射線は勘に、連射力は運に頼るしかない。

 しかし、両手で使っていたメイスを片手に持ち変えたのだ、出来た隙は強引にでも使わせてもらう。

 強化されている手足を打撃でダメージを与えるのは難しい。

 なら、狙うべきは基本通りの位置。

 人体の急所となる場所。

 彼女の令呪がちらりと見えた。

 牽制か、本命か、どちらともわからないガンドが顔の横を過ぎて行く。

 彼女のメイスが棘付きでなくて本当に良かった。

 

「私の実力のほどは、評価に値するレベルでしたでしょうか? チームも実戦に対応出来るレベルに仕上がっています。互いによい条件での交渉が出来るでしょう」

 メイスを足で押さえ、どちらかが下手に動けば、フェリパの首に当たる位置にナイフを着けてトリベールは言った。

「貴方のいる組織は、人を不必要に使い捨てるって有名なのだけど、貴方は違うのかしら?」

 そんなことを、魔術師に言われたくはないが、ゲストには、ゴマくらい擦らねばなるまい。

「私は必要と判断して、友人を殺し、その死体を盾に使った男です。今回限りの付き合いになる相手に手心を加えるなどと」

「なるほど、それが貴方の長所になるのかしら? ともわれ、降参しますわ」

 

 意思表示としてメイスを手放したが、優劣は変わらない。

 トリベールがサーヴァントが近くにいると勘違いをしていることではない。

 罪悪感。

 自身に向けられた恐るべき罰。

 戦場帰りが掛かりやすい病気ともいえる。

 肉体的苦痛は、訓練で耐えられるようになっても、精神的苦痛はいづれ終わるという希望なしに耐えようとすれば、それこそ精神を潰す原因になる。

 これは、暗示を掛けるのには、もってこいの隙間だ。

 神がなにをお考えになられて、肉体的苦痛より先に精神的苦痛を感じる器官をお授けになられたのかは解らないが、おそらく殺し過ぎを防止するためなのだろうが、フェリパはこれを生物が持つべき優しさだと思っていた。

 でなければ、思考という概念はこの世界から早々に消滅していただろう。

 愚痴を吐くくらいは、許してやるべきだ。

 それに聞いている者が、警戒すべき相手でも。

 本来は、表情も視線も囁きも、警戒すべき毒。

 その言葉を信じてはいけない。

 その眼差しを信じはいけない。

 その肢体を信じてはいけない。

 そんな相手に、彼は自身の耐性を頼りに、気を許した素振りをしながら交渉と共闘をしなければならないのだ。

 偽装した令呪も自らの魔力で偽装したものならば、そう簡単に見破れまい。

 不敏ではあるが、お互い仕事だ。同情は出来ない。

 目を見て話さないことぐらい許してやろう。

 逆に、それが彼にとって仇となるのだから。

 

 トリベールは、フェリパを伴って会議用の部屋へ移動した。

「いつでも動けるよう、サーヴァントを実体化させて置かなくても構わないのですか?」

 霊体化したサーヴァントは、こちらからもあちらからも干渉をすることは出来ない。

 即座に、判断してもタイムラグが出る可能性はあった。

「ええ、霊体化を解除してから攻撃しても十分間に合う位置にいます。それに、こちらのサーヴァントはアサシン。闇に潜むのは得手でしてよ」

 それを埋めるために、疑念の種を蒔き、躊躇わせる。

 アサシンは、呼ばれることが多すぎて対策が立てられたハサン以外のアサシンであると感づかせる。

 そうなれば、反応が遅れるのは仕方ない。

「そもそも、あなた方のサーヴァントに対する評価は、強大ではあるが恐怖には程遠いという位置付けでしょう?」

 そもそも、駆け引きに揺さぶりやハッタリは付き物だ。

 好きなわけではないが、アサシンの真名はまだ検討中のはずだから、その分、優位のはずだ。

「ほかの魔術師は別として、私はあなた方が所属している『組織』の能力を評価しています。数秒間だけでも、あの蜘蛛の身体に水晶のキノコを付けたことは、それだけでも驚愕に値するのです」

 わざとらしく『組織』という単語を強調した。

 後ろが見えているとわざわざ強調するために、表向きでも本来の名称でもない『組織』という呼び方を使ったのだ。

 鉄砲玉扱いなのか、それとも管轄が違うからか、彼にはなんの事だか判らないらしい。

 物体を水晶に換える能力を持つ蜘蛛型の生物がいるところまでは予測できるだろう。

 キノコの意味やそれでも吹き飛ばなかったことも予想できるだろう。

 だが、その意味までは予想出来ない。

 彼の組織内での立場は、そこだ。

「話が逸れましたね。では、改めてまして、条件交渉を始めましょう」

 動揺していないのは、訓練の賜物かブラフに見えたか、まぁ、御し難い女と見られなければ、それで十分だ。

 

 身体強化は、魔術師にとって基本だ。

 火を起こすにしても風を起こすにしても、土地との相性、本人の属性、出力の調整力などの個人差が出るが、身体能力ならば、属性は関係ないし、姿勢が良くなって身長は多少伸びるかもしれないが、出力を上げ過ぎたところで体重が増減するわけでもない。

 土地との相性が合わないなら、そもそも、その土地で活動するべきではない。

 それは、マスターでもサーヴァントでも変わらない。

 ゆえに、身体強化は基本なのである。

 

 朝から晩までという言葉がある。

 身体能力の強化は、魔力の消費は少ないが、それでも朝から晩まで使い続けるのはキツい。

 しかも、今回はそれすら使用禁止とされた状態でサーヴァントと一緒にランニングしていた。

 キツいを突き抜けて、なぜ死ななかったのか疑問な状態からミケリーノもダールマンも気を抜いてしまった。

 一度、気を抜いてしまえば、即座に同じレベルの緊張状態へと持っていくのはなかなかに面倒である。

 キャスターだけは、笑みを浮かべている。

 どのようなキツい労働も面白みのない雑務も笑顔で胸を張って行うようにと掛けた暗示のせいだ。

 人当たり良くという暗示も掛けているが、これも狂化のせいで万人受けするか怪しいものに変異している。

 キャスターは、自らにすら正体を隠し修行してきた男であり、サーヴァントとしての彼は、主神のためならば、すべてを犠牲してしまうのが平常なのだ。

「サーヴァントランサー、推参! キャスター組がなんで朝からランニングしてんのかは知らんが」

「たっ、助かった」

「サーヴァントランサー! 今宵の鍛練の締めにふさわしい相手だ。我ら二人は足手まといにならないよう下がっている。キャスターよ、張り切って鍛練するがいい」

「任されよ!」

「うん、状況はなんとなく飲み込めたが、緊張感を持ってくれ」

 二人の様子から二人は本当にサーヴァントのランニングに付き合わされただけというのは、わかった。

 しかも、マスターの話だと、早朝からずっと。

 相手の油断を誘う作戦なら、これ以上ないほどの結果を出したが、当人たちにそんなつもりはないだろう。

「んなこと言ったって、このバーサーカーもどきのキャスターは言うことなんて聞いてくれないんだぜ。オレ、マスターなのによ」

「バーサーカーもどきのキャスター……」

 あれが、依頼にあったバーサーカーのマスターか? こちらも暗殺の必要があるようには見えない、横の男はどうか。

「なぁ、社長」

「なんだ?」

「ランサーのマスターって男? それとも女?」

「男だ。魔術は強化回復を得意としている。経歴のほうはわからん」

「そうか。キャスター、もしもの時は助けてくれ、ほかは任せた!」

「任された!」

 強化が得意なら直接殴りにくるだろう。

 ミケリーノにして見れば、勝敗は、サーヴァント任せにしてくれれば、一番ありがたいわけだけど。

「キャスターねぇ」

 ランサーはニ槍の長槍を構えた。

 キャスターが、陣地作成だけを条件に選ばれるのなら、この手のタイプはけっこうな数の該当者がいるが、術者と見るにはいささか難がある。

 身体は屈強そのもの。

 槍で薙いだら、槍のほうが折れそうだ。

 こちらとしては、本人の能力値が高いタイプより陣地作成や強固な工房を持っていたほうが、陣地進行で崩しやすくなってやり易いわけだが、そう簡単には優位相性には出くわさないか。

「接近戦でランサーがキャスターに後れを取るわけにはいかないわな」

 幸い、こちらの武器は薙刀ではなく槍、突くのが本業だ。

 キャスターが、武器を召喚した。

 あれは木製の杖……ではなく槍?

「貴殿の槍術を私に見せてくれ!」

「ランサーに槍で挑むか? いいぜ、勝負!」

「行くぞ!」

 キャスターが吠え、突進する。

「来い!」

 ランサーも来いと言いながらも踏み込んだ。

 

 サーヴァントは、各クラスの基本値というものが存在するが、とかく、この耐久自慢の風変わりなキャスターにいたっては、筋力・俊敏・魔力・幸運に+が付いている。

 この補正は、一瞬だが、+一つで二倍、二つなら三倍。C+ならAを上回る能力を発揮できる。

 しかし、耐久A+に筋力Cの攻撃が通じないわけではない。

 キャスターの槍は、キャスターの体格と比べ細くバランスが取れていない。

 あれでは、扱い辛いだろう。

 リーチは、こちらとさほど変わらない。

 魔術に関して素人だが、その辺りの備えはマスターに任せればいい。

 注意連絡なし、良し。

 数度の打ち合い。まんざら素人ではないらしい。

 片眼による支障もない。

 しかし、槍兵に敵うレベルでもない。

 ランサーは、キャスターの槍を振り上げた隙を突いて、そのまま槍を腹に打ち込んだ。

 槍は貫通し、キャスターは呻いた。

「悪いが、戦場で敵に指南してやるほど面倒見は良くないんだ」

 これで、キャスターは脱落。

 しかし、ランサーが次に取った行動は長年の戦働きで得た、スキルにすらならないほど誰もが持つ直感に従ったものであった。

 ランサーは、キャスターに突き刺した槍を手放し後ろへ下がった。

 ランサーとして現界したおかげか、寸前のところでキャスターの槍を避けることが出来た。

 槍を引き抜く暇もないほどの一瞬だった。

「おしい!」

 ミケリーノが声を上げる。

 キャスターは、ゆっくりと身体を起こした。

 まさか、ランサーが槍の一本を手放すとは考えなかったようだ。

 苛立ちからか、腹に突き立てられた槍を片手で引き抜きそのままへし折った。

 傷は、治癒魔術で即座に塞がれた。

「槍の一本は封じることが出来ただけ良しとしよう」

「……喜んでいるところ悪いが、槍を一本取った程度で無力化できるほど日本人をあまく見ないことだ」

 戦場で槍が折れないはずもなく、槍で名の知れた武将も槍しか使えないでは手柄を立てられない。

「なるほど、強化が得意というのは伊達ではないらしい」

「どういうことだ?」

 強化魔術とは、文字通りの意味であり、一流ともなれば武器や服、さらに上、神代の魔術師ともなれば他者も強化も自在となる。

 宝具には遠く及ばないにしても実用性は十分にある。

「そのままの意味だよ。どこまで耐えられるか試させてもらう!」

「くっそ、キャスター、魔術使え魔術!」

 ミケリーノはそれを理解していないまま、サーヴァントに指示をだした。

「いや、これは日本の槍術を学ぶチャンスだ! ゆえに、わたしは槍のみで戦う!」

「んなこと言ってる場合か!」

 キャスターは、マスターの命令に反し槍での戦闘をご所望らしい。

 座に帰ってしまえば、現界中に得た経験のほとんどが他人事となってしまうというのに、理解に苦しむ。

 それに、槍で鍔競り合いなどという愚行をするつもりもない。

 突いては下がるを基本戦術に、払いと誘いと隙を突く一撃。

 型や流派が整っていない時代の槍術。

 故に、動きは実戦経験から予測するしかない。

 しかし、キャスターの本職は技や術を覚えること。

 自ら助言したり、部下や武器に命じて戦局を変えさせたことはあっても、術もなしに戦ったことはほとんどない。

 そうなると、キャスターには頑丈さしか残らない。

 それが、ランサーからすれば一番厄介であった。

 先ほどは槍で貫いたが、大したダメージは残らなかったようだ。

 それでも通じてはいた。槍を無力化する能力ではなく、耐える能力が働いたのだろう。

 槍に耐える能力、もしくは、致命傷を受けても動ける能力。

 どちらかを使って時間を稼ぎ、後ろの二人のどちらかが治癒魔術を使う。

 令呪を持っている男は、騒ぐばかりで魔術を使ったように見えない。

 どんどん、らしさが無くなるな。

 時間経過で強化されるかもしれないし、弱体化するかもしれない。

 どちらにせよ、手早く仕留めるに越したことはないだろう。

 マスター、首を取るぜ?

 ああ、見てはやれんが、派手にやれ。

「よしっ!」

 ランサーは、槍を構え突進した。

 キャスターはそれを迎え撃つ。

 狙うは胴体、槍を崩す。

 狙うは槍、その技を盗む。

 ランサーは、縦横無尽に駆け、槍を受つ。

 キャスターは、動作こそゆっくりだが、視線は槍を追って高速で動いていた。

 そうして、ランサーの手癖を技として記憶していった。

 そして、

「止めた!?」

「その動きはすでに見た。別の動きを頼む」

「なら、これはどうだ!」

 ランサーは、全速力で突きを放った。

「この国の言葉で言えば、その技も見切った、と言えばいいか?」

 先ほどと同じように、キャスターはランサーの槍を止めてみせた。

「……さて、どうかな?」

 ランサーが、笑みを浮かべた瞬間、ミケリーノの頭が銃弾で吹っ飛ばされ、それとほぼ同時にオジェットの肩を銃弾が貫通した。

 それに、キャスターが反応した隙をついて、ランサーは撤退した。

 

「さて、ミスタートリーベル。貴方はあれをどう見ますか?」

 オジェットを狙撃したポイントから少し移動した場所でフェリパが聞いてきた。

「魔術に関して無教養なのですが」

 ランサーのマスターがサーヴァントの不利を悟り、キャスターのマスターを射殺した。

 銃を使う魔術師は多くはなく、技量からの絞り込みも、意味があるかは別として出来なくはない。

 しかし、湿らせたマントだけで位置を隠せたと余裕を見せるスナイパーが聖杯戦争に出てくるだろうか?

 それで聖杯を狙っているとならば、銃を扱った経験はあっても、実戦で使った経験は浅い者の犯行であろう。

 しかし、目的が聖杯ではなくキャスターのマスターであるミケリーノ=コスタの殺害なら、事は変わってくる。

 こちらなら、目的は果たしたし、その後を気にしなくてもよいのだがら、自分が討たれるのも覚悟の上というわけだ。

「絞り込むには情報が不足しています。結論を出すには早計かと」

 あのタイミングで撤退しては、キャスターはベルノルト=スキットル=ダールマンと再契約をして戦線に復帰することは目に見えているだろう。

 時計塔に雇われる男が、その程度のことに気づかないものか?

「狙いは、今後のランサーの行動如何で見えてくるでしょう。私が言えるのはここまでです」

「そう、そうね」

「別に懸念があるのでしたら伺います。それとも、ダールマンはこちらで狙撃して起きますか?」

 狙撃も人並み程度には出来るところも見せて置かないと、本当に元軍人かと笑われてしまう。

 わざと、ランサーのマスターを生かすようにしたのがバレるのはもっと不味い。

「いまはいいわ。キャスターのマスター、事前調査で過去が判らなかった人物の片方があっさり死んで拍子抜けしただけです」

 キャスターのマスターに関してはこちらと同じ。

 この分だと、ランサーのマスターの経歴もある時期を境に追えなくなっているのも、ダールマンや歌方スミレの経歴に不自然な箇所があるのも同様か。

 『改竄された文章』の写しから改竄を取り除くことは、ミーム汚染に耐性があっても難しいのだ。

「どちらにせよ、ランサー単独ではキャスターには勝てないでしょう。所持している宝具がどのようなものか判らなかったのは残念ですが、アサシンの敵ではありません」

 彼女は、自らのサーヴァントに自信を持っている。

 アサシンで、そこまで優秀なサーヴァントがいるのか?

 足を掬われないことを祈ろう。

 

「すまん、マスター。仕損じた上に離脱まで手伝ってもらって、サーヴァントの恥さらしだ」

 命じられた通り、計算通りという顔をして撤退したが、これは腹を切って詫びねばならぬとランサーは考えていた。

 最後の突きが止められた瞬間、ランサーは宝具を発動させようとして失敗した。

 通常ならあり得ないが、とにかく起こった。

 ならば、電撃をと思ったが、それもダメだった。

 おかげでオジェットは、二人を狙撃するつもりが、ダールマンからの反撃を受ける覚悟でキャスターのマスターだけを狙撃するはめになった。

 他のマスターに位置を知られるのだから、本来は令呪も使わねばならないところだが、そうしなかったのは、まだ使い道があるとかいう寝ぼけた理由ではなく、互いに牽制しあって追いかけてこないと踏んだからである。

 現に、肩に受けた傷はすぐにふさがった。

 毒や呪いの類いもない。

「いや、お前が苦労したおかげでキャスターの真名に当たりが着いた」

 そんなことは、気にもせずオジェットは言った。

「本当か!?」

 ランサーにしてみれば、確かに、宝具かスキルを食らったようだが、真名解放がされた様子はない。

 武器が木製以外に、どんな情報が隠れていたのか?

「種を明かしてしまえば、奴の使った宝具は真名を開かす必要はないものだった。かといって、常時発動型ではないだろう。おそらく、ある種のキーワードを相手に伝えることで発動するタイプだ」

 ある種のキーワード……、

「貴殿の槍術を私に見せてくれ、か?」

「察しがいいな。当たりだ」

 キャスターの宝具。自身の正体を隠した状態、現在の状態で相手に技の手本を見せることを強制するのが、キャスターの宝具の効果だ。

 武器が木製の槍、キャスターでありながらAランクの耐久。

 ランサーの武器制限を無視する宝具を上から塗り替え、それでいて、近くにあるだけで呪いの類いを打ち払う御刀を封じる宝具。

 後は、真名がわかった相手に対しても発動するか、すでに習得済み、見切った技能に対して発動するかは、仕掛けてみなければわからない。

「お前の攻撃用の宝具は御刀を使う。武器を槍のみに制限されていれば発動出来るわけもない」

 ランサーは、宝具を複数所持している。

 その一つが、ある一定以上の実力のある相手、要は武将格に該当する相手のみに使用できる攻撃用のものであり、生前、縁のあった刀を使用する。

 本来はトドメ専用で、威力が低く刀が破損する可能性もあり、使うサーヴァントは滅多にいない。

 ランサーの場合、無窮の武錬なしで、刀を平常使用できるランクまで上げる宝具を二つ所持しているが、ランサーの持ってきた御刀は、呪詛や病、鳥系が相手ならともかく、それ以外にはただの刀としか扱えない。

 ビームが出せるだの、ほかの能力なんてない。

 そんな御刀でサーヴァントと戦うわけには、いかない。

 もし、キャスターが魔術による遠距離攻撃をしていた場合のランサーは火力不足を承知で電撃で反撃し、異常に気づいただろう。

 故意にやったのなら、キャスターも中々に食わせ者だ。

「仮に名付けるなら、なんとするのが適切か?」

 智を欲し、他者を誘惑し、求めるものを見させ、それを学習する者。

「やっぱり、見切られる前に仕留められなかったおれの落ち度か」

「同時に、偽装の槍を持たせた上に、即座に宝具を使わせなかった俺の落ち度でもある。令呪の消失も確認出来なかったが、ダールマンがキャスターのマスターに化けていたか否か、こちらで得た情報も含めて依頼主に確認してもらわねばならん」

 仕事の一つは片付けたと中間報告はしたが、突発的な事故も聖杯戦争には多い。

 キャスターのマスターが、死亡した場合、強制的に蘇生させるレベルの魔術刻印を持っているなら、今頃、元気に跳び跳ねているだろう。そればかりはどうしようもない。

 

 

 




東京タワーが赤い本当の理由エンドからの日本の少子化の本当の理由エンドになってた気づいたのが、5月の終わり、
話の一部が飛んでいることに気づいたのが、今日、いつも一手遅い


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――3日目

読み辛いだけで、ミスはないはず


――3日目

「おお、マスターよ。銃弾にすら耐えられないとは情けない」

「うるせーよ。お前なんて、耐えられなかったら死亡なんだから差してかわんねぇだろ?」

 オジェットが危惧した通り、ミケリーノは狙撃され、頭部を破壊されたにも関わらず蘇生していた。

「死ねない男。如何なる奇術か知らぬが、脳が飛び散った分、知能が低下していないことを祈るよ」

 如何なるとは、蘇生のカラクリではない。

 この、なんの忠も持たない実力だけのアメリカ兵が蘇生条件に該当していることが、ダールマンには不思議でならないのだ。

「下がんないし、死ねないじゃなくて再生してるだけだから。ともかくあのやろうはどうにかしないと」

 狙撃ポイントからミケリーノのいた地点まではそれなりに距離があったが、訓練を積めば不可能な距離じゃない。

 ランサーからの情報で、あの陣営は、キャスターの真名に気付いたかもしれない。

 それでも、仕掛けてくるならば、他の陣営と組してのことになるだろう。

 それも、このビルに籠って居れば、凌げるはずだ。

「真名を知るもの同士、バーサーカー組と共闘して明日にもここへ仕掛けてくるかもしれん」

「それってヤバくないか?」

「ランサーのマスターがバーサーカーのマスターになれば危険だが、その時はバーサーカーをお前の口車に乗せて隙を突けばいい。神話の通りな」

 出来なければ、いまはマスターが足を引っ張って外も出歩けないバーサーカーが、強化された状態で攻撃を仕掛けてくる。

 バーサーカーの宝具ならば、このビルを消し飛ばすくらい容易なことだろう。

「社長の中でおれの口車はどうなってるんだ?」

「誠心誠意命懸けで説得すれば、というやつだ。無理だというのなら代わるが、どうだ?」

「頑張るよ、社長みたいな胡散臭い男より、おれみたいなイケメンのほうが相手も話を聞くだろうし」

「快諾、感謝する。それが通じなければ、マスター側の良識に期待するしかないのが現状だ。必要とあらばとならないよう、うまく誘導を頼む」

 魔術協会が雇ったのが、相手ごとビルを更地にすれば隠蔽も楽だと考える良識知らずかどうかは祈るしかない。

 どちらにせよ、自分たちが率先して逸脱していいわけがないのだ。

 

 彼女は、昨日の各陣営の動向など気にもせず、一日を読書と家事に費やしたのだが、今日一日は街の散策に当てることにした。

 幸い今日は平日というもので、一般人も仕事らしい。

 学生の一週間なら、授業と資料集めと自習に消えるものと知っているが、一般人と学生は違うのだろう、なにをするか自分で考えても良い日があることに少々驚いた。

 自分が、どちらに属するのかまで、アサシンに聞くのは、なんとなく可笑しなことに思えたので、この話は流すことにした。

 それに、今日はちょっとした情報を得ている。

 情報源は、なんと、海藤明子。

 今回の事件とは、なんの関わりもない彼女ではあるが、令呪を見て、流行っているのかと聞いてきた。

 先日、診察した中学生と病院で見かけた骨折をした高校生の右手にも似たようなものがあったという。

 おそらく、令呪だ。

 どこの誰かまでは教えてくれなかったが、少なくともライダーを召喚した彼ではないようだ。

 この時間なら、三人とは出会うことはないはずだ。

 なので、好きなだけ散策することにした。

 実際はそんなことはないのだが、メイドとして生まれ、囲いの中のメイドとして生きてきた彼女は、善性であっても、メイドとして不要な知識は乏しいのである。

「セイバーは、最優先でアサシンを狙うと言っていたわりに動きがありませんでした」

「はい、策を弄するにしても時間は必要。初日もあの兜を使えば済むと考えていたのなら、愚策を閃くことだけは得意なタイプ。この手の輩はしつこいから困ります」

 ようは、アサシンを討ち取ればいいのだから、フェリパが本物か偽物は関係ない。

 サーヴァントにさえ勝ってしまえば、あとからあれは影武者だとわめいても周囲がどちらを勝者と見るかは一目瞭然だ。

 しかし、聖杯戦争もまだ序盤。一昨日、あれだけボコボコにされたのだ、作戦の練り直しを考えてもおかしくはない。

「ねぇ、アサシン」

「はい、なんでしょう?」

「もし、私宛に連絡などあれば、教えてください」

「了解しました。ですが、現在なんの連絡も受けておりません」

「そうですか」

 右手には、自らのイメージとはかけ離れた紋章が浮かんでいる。

 令呪に関する知識はないが、自らの魔術回路と直結しているなら、もう少し穏やかな形が出ると思う。

 形がなにを基準に決まるかは知らないが、本人の魔力と気質とは無関係ではあるまい。

 記憶を消される前の自分は、このような刺々し令呪が出る毎日を送っていたのだろうか?

 記憶を無くした状態に加え、根源には、興味はない。

 ならば、聖杯に願うのは、記憶の回復。

 そのために、記憶は暗示により封印された。

 ただのメイドが聖杯戦争を勝ち抜き、根源に至ることが、魔術師にとってどれほどの屈辱になるか、それを考えれば、予防策を講じるのは当然の考えだ。

 ともかく、フェリパ=ファハルド=ティヘリナが聖杯戦争を勝ち上がったという実積さえ残せれば、魔術師としての偉業として細かい事はうやむやに出来る。

 自分は、フェリパ=ファハルド=ティヘリナを勝たせるための駒でしかないただのメイド。

 なるほど、そんな扱いをする主では、苛立っていても可笑しくはない。

「どうかしましたか?」

 心配になったのか、アサシンが声を掛けてきた。

「少し、昔のことを考えていました」

「昔? ですが、貴女は」

「はい、私の記憶はあやふやなものしかありません。叫ぶほどではないですが……地に足が着いていないといいますか、不安です」

 不安なだけなのは、仮とはいえ住まいがあってアサシンという守護者がいるからだろう。

「貴女を護るべき騎士でありながら、何の力にもなれず、申し訳ありません」

「大丈夫、貴方はセイバーに勝っています。それは貴方が優秀なサーヴァントである証です」

 この戦いは、自分がサーヴァントの足を引っ張らなければ勝てる戦い。

 フェリパは、スミレと同じ結論に達した。

 

「この辺りだったわね、セイバー組がいたの」

 昨日、使い魔を撃墜されたミラナは、セイバーを伴って、寒空の下、一晩中、待ち構えていたが、待ち人来たらず。

 アーチャーを説得しカイロと風邪薬と栄養ドリンクは渡したが、協力までは許可されず、朝からこうして独自調査をすることとなった。

「別に、あいつのことだけ気にして動いたわけじゃないからな」

「わかってる。その過保護気質が、実を結ぶこといいわね」

 烈火は、セイバーのマスターに続きライダーのマスターも気に掛けている。

 必要であれば、殺す覚悟はあると言ってはいるが、土壇場で躊躇うとアーチャーには思っている。

 聖杯に掛ける願いがないなら、セイバーのマスターの幸せでも願っておけと言ったら、ずいぶんと複雑な表情になった。

 彼女とその子孫は、呪いのせいで根源には辿り着けないだろうと言ったのに、この反応だ。

 余計なフラグを建ててしまったと後悔したものである。

「件のマスター。一体誰なんだろうな?」

 最大五騎とされる亜種聖杯戦争で七騎のサーヴァント。

 まるで、通常の聖杯戦争のようだ。

「この町の真ん中に、マスターになれる素養のある魔術師がいるとは思いたくはないわね」

「ああ、海藤のこともある」

 自分はアーチャー。ミラナはセイバー。オジェットがランサーで、海藤がライダー。ダールマン陣営はバーサーカーではなくてキャスター。初日にセイバーやライダーと打ち合っていたのは、信じられないがアサシンと呼ばれていた。

 残るは、サーヴァントはバーサーカー。

「危なっかしくても、フォローは最小限に、いいわね?」

「ああ」

 一人目の時は、気にしなかった。

 二人目の時は、無理に、悪ぶらなきゃいいのにと思った。

 今度は、なんと言って自分を誤魔化そう。

 

「面倒を掛けて済まない」

 アーチャーはため息を着いた。

「ワタシはまだいいよ。サーヴァントだし、期間限定の付き合いだから。でも、マスターはいずれ親の後を継ぐ身なんだから欲張りの境界線は、ちゃんと、見定めること。それと、私が自己判断で動かざるを得ないなんてことにならないよう、気をつけて」

「ああ、わかった」

 彼女個人と単独行動と陣地作成スキルを持つサーヴァントとしての二重の注意だ。

 烈火と違って彼女には叶えたい願いがある。

 その願いは、なにものにも換えがたい。

 烈火も必要なら誰であれという覚悟はしていた。

 サーヴァントにとってマスター殺しは然したるメリットがないからか、それに自分も入るとは考えていなかった。

 越えたくない一線はあるものの、その境界線は個々に違う。

 彼女の場合、マスターへの忠義は完全に線の外。

 心苦しいが、必要とあらば見捨てる。

 嘆きはするかもしれないが、やはり、我が子の命には代えられない。

 基本的に、サーヴァントが五騎までの亜種聖杯戦争で根源に至るには、現地のサーヴァント四騎とよそのサーヴァント一騎、さらに自らのサーヴァントの、計六騎分の魂を使う必要がある。

 サーヴァントからすれば、ひどい話だが、魔術師なら、平気でも可笑しくない。

 昨日今日会った相手のために宿願を放棄して、次に巡ってきたチャンスで、そんなやつと組まされるかと考えるとゾッとする。

 良いマスターと巡り合えても、結果が伴わなければ意味がない。

 ならば、結果を出せば丸く収まる話だ。

「幸い、アサシンのマスターはろくでなしらしいからライダーの次はこっちよりも先にそっちを叩いてしまうのもありなんじゃない?」

「私、ろくでなしなんかじゃありません!」

 あのお嬢ちゃんは自分で倒したいみたいだけど、と続ける前に横やりが入った。

 どうやら、件のアサシン組らしい。

 バーサーカー組を釣るために、気配遮断をしていなかったせいで余計なものが釣れてしまった。

「今の発言は我がマスターに対し、あまりに無礼。即刻、撤回していただきたい!」

 アサシンとは思えない騎士も一緒になって反論した。

 いきなり斬りかかってこないのは、見た目通りの騎士だからか?

「アサシンのサーヴァントとそのマスター?」

「ここに居合わせたのは偶然かしら?」

 アーチャーが、即座に口を挟んだ。

「はい、街を散策していましたら偶然」

「そうか」

 アサシンのマスターは、誰も信じないような言葉を吐いた。

 他陣営が、争っているところへわざわざ割り込む必要はないし、拠点に籠っていても構わない状況だが、使い魔を利用するのではなく直接確かめるタイプらしい。

 昨日、彼女に似た人物が入ったホテルで、窓から女性が投げ出され、その後、その部屋で爆発騒ぎ。

 彼女が凄いのか、相手が間抜けだったのか、どちらにせよ、力尽くで戦力を、手に入れたのだろう。

 彼女と対峙するには、そいつらにも気をつけなければならない。

 そもそも、そいつらがライダーを召喚していれば、こんなにも悩まずに済んだものを。

「いまは、人払いも音声封鎖も出来ていないし、こちらとしては先にライダーを倒して置きたいんだが、それでも勝負したいというなら相手になる」

 姿が見えないだけで、死角に人が居てこの会話を聞いているかもしれない。

 日中に騒ぎを起こせば間違いなく警察沙汰である。

 伝があるとはいえ、聖杯戦争中に逮捕されたなど、笑い話にもならない。

 この言葉で、事が荒立つかは、賭けではあるが、ある意味切実な話だ。

「私は、不躾にろくでなし呼ばわりするのはよしてもらいたかっただけです」

「ああ、そうだな。悪かった。すまない」

「はい、許します」

 彼女は、お姉さんぶった口調で言った。

 また、この手の女か。

「結局、謝っちゃって。相手は敵なのに」

 アサシンのほうは、納得していないようだが、マスターが引き下がるなら、ひとまずそれに従うように構えを解いた。

 たいした制限はないが、宝具が、投射系であることが多いアーチャーと死角から狙うことが基本戦術のアサシン。

 本来は、どちらも、正面から戦うには不向きなクラスだ。

 目の前の騎士が、接近戦が苦手には見えないが、セオリーを無視するのはまだ早い。

 マスターへの奇襲ができるアサシンは早急に封じておきたいが、容易に離脱出来る状況で仕掛けるほど、こちらもバカじゃない。

「セイバーのマスターから聞いた話だと、あんたは時計塔の法政科の人間らしいが、なんで、聖杯戦争に参加した? あそこは根源にも聖杯にも興味があるやつはいないんだろう?」

「それは……」

 魔術師は、神秘の秘匿は絶対という独自のルールを持っている。

 時計塔では、これを自己監督しているというだけでは信用できないと魔術師同士で法を創り互いに監視し合っている。

 それを、運用する人材を育成し、時計塔の秩序を護っている法政科という学部、謂わば内部警察。

 当然、魔術師との戦闘訓練もしているはずだ。

 戦うなら、殺す気でぶつかってくるだろう。

 厄介な相手だ。

「誤解されたくないので、正直に言います。私は、気づいた時は、この街に着いていて、あるのは役割だけ。それより前の記憶がないんです。なので、過去の私のことを聞かれても答えることは出来ません」

 確かに、隠してもこじれるだけだが、それを正直に話すのは、それはそれで感心する。

「セイバーのマスターはこのことを?」

「ご存じないはずです」

「熱を上げてたわりに向こうの片想いだったわけね」

 アーチャーは肩を竦めた。

「確認はあとでさせてもらうよ。さっきも言ったが、俺は、まずライダーを仕留めたい」

「理由は、聞かないであげてね。マスター同士の個人的な因縁だから」

 アーチャーは、追求してこないよう釘を刺してくれた。

「アサシンはどうです?」

 アサシンは、初日にライダーに再戦を希望すると伝えている。

 そのライダーがやられてしまっては元も子もない。

「マスター同士の因縁ならば、私個人の意見より優勢されるべきでしょう」

 そもそも、ライダーには拒否されていた。

「なら、ご健闘をとだけ言わせていただきますね」

 どちらにせよ、勝ち残っていけば、戦わないわけにはいかないが、倒したい相手がいるなら戦わせても問題ないだろう。

 勝ち数ではなく、最後までサーヴァントを残していた者が勝ちなのだから、放置している間に潰しあってくれるのは、他の参加者からすれば有難い話だ。

 アサシンのマスター、なかなかにしたたか。

「……これだけ、接近しているのにバーサーカーは仕掛けてこないし、魔術を使った痕跡もない。バーサーカーのマスターは魔術に関しては素人なのかもな」

 もしくは、残子を漏らしていないか、消えるまで大人しくしていたか。

 素人ならば、燃費の悪いバーサーカーを使わされるとは、よほど運がない。

 玄人ならば、終盤で一気に他陣営の殲滅に動くだろう。

「こちらは、やることを済ませた。あんたらはどうする?」

「どうすると言われましても、散歩の続きをするだけですけど?」

 素人のバーサーカー組を狙うよう誘導してみたが、あっさりした対応。

 それとも、油断を誘っているのか?

「そうか、夜に眠気を引き連らないようを気をつけてくれ」

 魔術師でありながら、この警戒感を感じさせない雰囲気は非常に危険だ。

 気配遮断があるアサシンはともかく、声が届く範囲まで近寄られてもアーチャーに気付かれなかった彼女だ、対魔力が高いサーヴァントならともかく、対魔力のないサーヴァントやマスターはすでに彼女の術中にはまっている可能性すらある。

「お気遣いありがとうございます。それと、ついでにと言ってはなんですが、ライダーのマスターには危害を加えないでください。彼は私のせいで巻き込まれたようなものなので」

 もしかして、見られていたことに、気づいていないのか?

「マスターに危害を加えるつもりないってのは、もとよりそのつもりだ」

 いったい、どう糸がもつれれば、素人が巻き込まれる事態になるのか疑問だが、戦争とは、そういうものなのだとひとまず割り切ることにした。

「まぁ! 重ねて、ありがとうございます!」

 彼女は、本当に嬉しそうに見えた。

 意味がわからない。

 

 アサシン組と別れ、無言で歩いていたアーチャーが口を開いた。

「あのアサシンはヤバイわ。いまのワタシじゃ、とても不意討ちは出来そうにない。かといって、正面からってのもキツい。勝つけど、キツい。ライダーで喚んでくれたら、チャリオットで撥ね飛ばしてやれたのに!」

 ライダーで召喚された自分は、ミラナ以上に落ち着きがなく、戦車を引く馬も姉への当て付けで取り寄せた光纏う悪、幻想種だから性格的にも能力的にも手に余ると言っていたのを忘れたのか? 胃に穴が開きそうな気分とは、まさにこのこと。

 ここは、別のことに頭を巡らせよう。

 セイバー並みのステータスのアサシンというのは、あり得るのかはともかく、あんな正規の騎士の姿をして暗殺者はないだろう。

 ここは、視点を変えて、セイバーとアサシンの霊基がなんらかの理由で混濁していると考えれば、話は別だ。

 そうなると、やはり、アーチャーはキャスターと混濁していると考えられる。

 キャスターも、バーサーカーと混濁しているなら、ダールマンはウソを言っていないことになる。

 ランサーは、アーチャー? 槍を使うアーチャーは……沢山いるな。

「どうしたの?」

「いや、少し考えをまとめてた」

 単独行動と陣地作成を持つサーヴァント、これほど燃費の良いサーヴァントはほかにいるまい。

 当人が言うように、彼女の技量なら、魔術でステータスを強化して近接戦に持ち込み、宝具さえ使わせなければ、あのアサシンにも勝てる。

 気配遮断を利用しての奇襲も、紋章魔術で探知を掛けて置けば、防げなくもない。

 眼の色は違うが、顔がテヘーラと似ているのは、彼女自身にアリバイがある上、あらかさま過ぎて判断出来ないので保留。

 あの赤い眼も、あれの人型が現れたという話も聞かないし、ホムンクルス特有のものか、生まれつきのものかも解らないので保留。

 問題は、宝具の使い所など一度の判断が勝敗を別ける点、死力を尽くさねば勝てない相手である点だ。

 勝利したとしても、別陣営から不意討ちされた場合、対処する余力などないだろう。

「うん、この状況、因縁と呼ぶには、ちょっと違うわね。なんと呼べばいいのかしら?」

「なら、因果あたりでいいんじゃないか?」

「なるほど」

 因縁と因果にどれほどの違いがあるかわからないが、アーチャーは納得したかのように見える。

「マスターは人間関係の中心になってきた感があるけど、バラバラの肉片にならないよう気をつけてよね」

「ああ、わかってるよ」

 アーチャーは、揶揄なのか予想なのか判別し辛いことを言った。

 烈火も、まさか自分が目に立つとは、本気で思っていなかった。

 それも、台風と逆で強風状態であるから困ったものである。

 

「アサシン、私のしたことは甘いのでしょうか?」

 アーチャー組と別方向へ歩いていたフェリパは気にしても仕方がないことを言った。

「たしかに、甘いと言われても仕方ないことをしています」

 フェリパの言ったことは、ライダーのマスターの役に立つかもしれない程度で、結局は誰も得をしない可能性だってある。

「ですが、サーヴァントを失ったマスターに危害を加えるべきではないという意見には賛同します。仕える者として貴女の考えに敬意を」

「そう言っていただけると、こちらも気が楽になります」

「……実は、バーサーカーのマスターについては、心当たりがあります」

 アサシンは、笑みを返してから表情を引き締めた。

 

 アサシンが、バーサーカーのマスターと思われる少女の下への案内を申し出た理由は二つ。

 一つは、バーサーカーを通じて自分の存在に勘づいた可能性が捨てきれないこと。

 もう一つは、彼女はマスター殺しに対処することが出来ないことだ。

 正直、アサシン自身は外れていて欲しいと言い、前回の聖杯戦争での顛末も聞いた。

 前回の聖杯戦争で、騎士に護られていた少女が再び戦場へ出ていることは気分のいいものではない。

 もしかすると、彼女を危険にさらすだけかもしれない。

 それでも、彼女の安否は確認しておきたい気持ちも理解できた。

 

 アサシンに案内されて訪れた一軒家。なにかの魔術が施されているわけでもければ、魔術工房となってるわけでもないようだ。

「アサシンの言うその女の子がバーサーカーのマスターだとしたら、アーチャーのマスターさんたちは、セイバーのマスターさんの誤解を解いてくれなくなりますね?」

 あの説明では、文句を言われる筋合いはないと思わないし、どのみち蹴散らすのだから恨まれることには変わりない。

「それどころか、セイバーとともに仕掛けてくる可能性も高くなります。しかし、彼女と先代のマスターであるディアナとは短い間ながらもたしかに信頼が存在しました。セイバーの私なら、主命とあらばと自らを剣とし捨て置けるかもしれませんが、いまの私はライダーの霊基に近く捨て置くことはないのです」

 いまの彼は、王とともに敵を討つ騎士ではなく、王とともに民を護る騎士。

 マスターによっては、セイバー時よりわずらわしく感じる。そんな言葉を聞いた気がする。

 飛行機の中ではない、何処からか城のような場所。

「それでも捨て置けと命じるのであれば、そのようにします」

 沈黙を行動の思案と見たのか、アサシンが口を挟む。

 アサシンとしても、令呪を使ってもらいたいわけではないのだ。

「ここまで来て、それはないでしょう?」

 もう後には引けない。というわけでもない。

 遠目に確認しようにも、この時間帯では、それも容易ではない。

 この方法が一番確実なのだ。

 セイバーやアーチャーなら、殺されていなければというお小言と可能性を突き付けてくるだろうが、彼はそのようなつまらない真似はしないのだ。

 

「マスター、今日も新たなサーヴァントとマスターが訪ねて来たぞ」

「……わたし、モテてるの?」

「ああ、モテているな」

 思い出してみれば、前回のライダー組やアーチャー組には助けて貰い、バーサーカー組とは因縁が出来た。

 今回も、着実に集まりだしている。

 カリスマ?

「身体のほうはどうだ?」

「それはまぁ、なんとか」

 いざ、戦闘となれば、バーサーカーは消費を抑えられない。

 宝具は、威力と魔力の消費が大きいため使えない。

 ライダーの時のように家の裏からマスターの横をすり抜けて敵を正確に射抜く、純粋に武人としての力量が試される。

 そも、バーサーカーは武人ではないのだが、

「鳩の人かな?」

「こちらの意図を酌んでくれない別のマスターやもしれんぞ」

「見た目は、どんな感じ?」

「マスターは女で、サーヴァントは西洋の騎士だ」

「マスターは女の人でサーヴァントが西洋の騎士?」

 といっても、幅が広過ぎる。

 けど、もしかすると……。

 

「ディアナさん! それにライダーも。二人とも生きてたんだね!」

「いえ、わたしは……」

 少し悩んだ。勘違いさせておいても問題はないのである。

「初めまして、歌方スミレさん。私はフェリパ、ディアナの妹です」

 令呪は消費済みのようだが、マスターには違いない。

 影武者であることは、さすがに伏せておく。

 追及された場合は、記憶喪失と言えばいいのだ。

「あっ、えっと」

 彼女の表情は、笑顔のままではあるが、目に見えて動揺している。

「ごめんなさい……」

「こちらこそ、勘違いさせて申し訳ありません」

「私からも謝罪させてください。前回はディアナも貴女も護れず、恥を晒らしてここに参りました」

「そんなことないよ、ライダー。いまはアサシンなんだね。とにかく入って」

 スミレは、二人を家に招き入れた。

 

「床に座るのはなしだよね? リビングへどうぞどうぞ」

「失礼します」

 スミレは、本当に嬉しそうだ。

「そうだ、バーサーカーのことも紹介しないといけませんね。バーサーカー」

 アサシンは、霊体化した男が立っている時点で、参加者であることは、わかったが、よりにもよってバーサーカーとは。

「サーヴァントバーサーカー、真名」

「いえ、真名を告げることはご遠慮願います」

 アサシンは、真名を名乗ろうとしたバーサーカーを止めた。

「護るべき者を護れなかった今の私は自らの真名を名乗るに値しない。しかし、相手にだけ名乗られては礼儀に反する。スミレは私の真名をご存知かもしれませんが、ライダーにさせてしまった無礼を繰り返したくはないのです」

 厳密には、真名を名乗られた訳でもないのに、アサシンは律儀なことを言った。

「おかしなことをと思うかもしれませんが、彼の顔を立てると思って納得してくれると助かります」

 フェリパも付け加えた。

「そうか。そちらがそう判断するなら、私も名は秘するとしよう」

「ありがとうございます。そちらのバーサーカーは、話に聞いたバーサーカーは、幾分と違いますね。バーサーカーというクラスは、かろうじて意志疎通が出来る程度の扱い辛いクラスだと、聞いていましたが」

 生真面目な騎士のフォローも兼ねて、フェリパは話題を変えた。

「まぁ、バーサーカーは狂化より単独行動のほうがランクが高いくらいですからね」

「こちらも適性がなさそうなアサシンですし、そういうのもあるんですね」

 生前は、よほど一人でいた期間が長かったのだろう。

 それでいて、バーサーカーとしての適正もある。狂人にも狂暴にも反抗的にも見えないが、名も知らぬ相手のなにが分かると言われてしまえばそれまでだ。

「しかし、バーサーカーを扱うことは、貴女の魔力では容易なことではないはず」

「うん、見ての通り、ランサーと違って大変ではあるかな」

「だったら、なぜ、放棄せずにいるのです。貴女は魔術師ではないし、聖杯に掛ける望みもないと言っていたではないですか?」

 アサシンは、声を荒らげたい気持ちを抑えながら、努めて穏やかに言った。

 参加資格の放棄、言ってしまえば、サーヴァントを自害させることだ。

 前回は、それが出来ず死にかけたというのに、人間は簡単に変わらないのか、それとも、変わってしまったのか?

 一長一短の話で、騎士でもない少女に対して、どちらを選ばせればいいか、どちらにせよ、アサシンに選択を迫る権利はない。

 しかし、優先すべきは、歌方スミレ当人の安全だ。やらせた者として出来る範囲でも責任を引き受けよう。

「ごめん、アサシン。わたしは命の恩人で友達になれた二人を殺した相手を恨まずにはいられない。ディアナさんも平崎さんも死ななきゃいけない理由なんてなかった。そう思うと我慢が出来なくて」

「平崎?」

「前回のアーチャーのマスターのことですね。私たちは、話に聞いただけで会うことはありませんでしたが」

「わたしは、道で倒れたところを助けてもらい、病院であの人から聖杯戦争の話を聞きました。アーチャーさんも病院で戦うことを良しとしない人だったので、戦うことはありませんでした」

「でも、そうでない方がいたんですね」

「病院でアーチャーさんと戦ったのは不本意だったと言ってはいました。でも、彼の家族まで殺してすべて無かったことにした人を信じろというほうが無理ですよ」

 たしかに、患者や職員のいる建物で騒ぎを起こすのは、本位ではないのは解る。

 家族まで殺したのは、アーチャーを取り逃したから、その分の令呪が出ることを見越してか?

 真相は、解らない。

「それに関しては、私とディアナも同意見でした。セイバーは、私たちが共闘して倒していましたので、どっちにしろそこで終わりとなることはわかってはいましたが」

 結果は、二組揃って返り討ち、前回のランサーがどれだけの実力だったかは、ともかく、ライダー時の彼を倒すだけの実力ともなれば、サーヴァントはもちろん、マスターも相当でなければならない。

 スミレがアサシンの真名を知っているということは、つまり、宝具も使用したが勝てなかったということだ。

「その方は今回も参加しているんですか?」

「いえ、サーヴァントは同じだそうですけど、マスターとクラスは変えるそうです。今回はキャスターにすると言ってました。本当のことを言っているかは、断言できませんけど」

 彼女の笑顔が一瞬だけ崩れた。当然のことながら、心底嫌っている。

 しかし、どうやって、キャスターにするのか、バーサーカーとアサシンを先に引かせれば、キャスターがくる逸話や触媒などがある英霊がいるのか?

「でも、キャスターを引き当てているなら、早めに対処したほうが良さそうですね」

 時間が経てば経つほど、陣地作成で強化された拠点での戦いは不利になる。

 特に、対魔力を持たないアサシンが相手をするのは難しい。

 殴打武器に使うほど強硬な盾も、さすがに魔術まで防せぎきってくれるわけじゃない。

 対魔力がないアサシンには、やり辛い相手だ。

 かといって、放置していい相手でもない。

「はい、こっちはいつでも大丈夫です」

 協力は惜しまない。むしろ、こちらから頼みたいと考えているのが、よく伝わってくる。

 さすがに、無用心が過ぎる。

「ですが、以前のを含めて、キャスターの真名はわかっていますか?」

「あっ、すみません。それは……判んないです」

「私も真名に繋がる情報は持ちあわせておりません。ご容赦を」

「いえ、お二人を責めたいわけじゃないです。えっと、なにか真名に繋がる情報はありませんか? 服や身体の特徴とか武器とか」

「そうですね。外見は、片眼で貧民のような服で、身体に鎖を巻かれた囚人のような男。私の鎧を貫ける木製の槍と金属製の盾。私が確認出来たものはその程度しかありません」

「わたしもです。片眼で、武器が木の槍だから、オーディンかと思ったんですけど、神様はあんなボロボロの服は着てないと思います」

 宝具すら出す必要がなかったほど、強力なサーヴァントなのか。

「そうですね」

 そもそも、オーディンは神霊に該当するので、サーヴァントとして容易に喚べるものではない。

 この娘は、そんなことも知らないで聖杯戦争に参加しているのだ。

 しかし、ただの木製の槍で、アサシンと戦えるわけがない。

 そのカラクリがわかれば、真名の手掛かりになるはずだ。

 せめて、その木がなんの樹かだけでも判れば、

「……もしかして、そのサーヴァント、アサシンの剣が槍が当たらないようにしていませんでしたか?」

「確かに、盾や鎖で受け止められたことは何度もありましたが、槍に止められたことは一度もありませんでした」

「そういえば、ランサーの槍は受け止めていたけど、アサシンの剣は触れさせるのを避けていた、見方によってはそう見えるかも?」

 盾で止められないなら鎖で、少なくとも槍は使わなかったのは確定。

「つまり、奴には、槍で受け止められない理由があった。そういうことですね?」

「そういうことです」

 木製とはいえ、サーヴァントの槍だ。そう簡単に燃えることはない。

 しかし、アサシンの聖剣が有する機能に加え、その樹自体が焼失する前の枝から作られたものであり、逆説的に熱や炎を弱点としているなら?

 死後の信仰により神性を持つのとは逆の現象、生前に自らを人間と誤認させた逸話のある神がいるとしたら?

 机上では可能とされた神でありながら神に該当しない神の召喚、デウスエクスマキナでも分神でもないオリジナルをサーヴァントに出来てしまうのではないか?

 ついさっき否定した無茶な推測だが、自分とは違う本物の魔術師をマスターとした彼に勝ったのだ、それくらいの無茶はしていかねない。

「一説に過ぎないので断言は出来ません。しかし、可能性がないわけでもない」

 そうなると、その枝は難物だ。なにせ、バーサーカー時なら出来なかったのかもしれないが、ほかのクラスなら、必中の投げ槍として機能してもおかしくない。

 サーヴァントが小聖杯にいくまえに、オーディンの下へ着くようなことはないだろうが、そうだとしたら、真っ先に潰さないと危険だ。

「バーサーカー、貴方は炎や熱を操る術を持っていますか?」

「私は、いかなるクラスでも全ての武器を十全に使いこなす事が可能であり、その中には、アグニ神の武器も含まれる。しかし、それを使うには、マスターの魔力が足りない。その時がくれば通常兵装で勝ってみせよう」

 アグニ、インドの炎神の武器が使えれば、心強かったのだが、それがなくとも、かなりの技量をお持ちのようだ。

「すみません。わたしの力が足りないばかりで」

 悄気てはいるのは判るが、表情は笑顔のまま。

 この娘の表情、何かがおかしい。

「気にしないで下さい。そのために、私たちは協力するのですから。そうですね、当面、バーサーカーにはスミレさんの護衛に専念してもらいます。しかし、キャスターには、期をみて仕掛けますので、皆様方、そのつもりで」

「わかった」

「お任せを」

「はい、ご一緒させていただきます。わたしは足手まといですが、バーサーカーは役に立つはずです」

 出来れば、この娘を危険にさらしたくはないが、そうも言ってられない。

 ニ騎のサーヴァントを支えるだけの魔力がない我が身が恨めしい。

「ですが、いまは自衛第一で、私たちに対しても含めて周囲への警戒を怠らないこと、これが同行の条件です」

「フェリパさんたちにも、ですか?」

「そうです。もしかすると、私たちに化けた偽物かもしれない。隙を見せれば、助けてくれた相手から攻撃されるかもしれない。常にそう思いながら行動してください。このあたりには、簡素な結界もないのですから」

 神を相手にするかもしれないのだから、それに対する抑止力が働くかもしれない。

 サーヴァントのような形で現れることもあるらしいが、その場合は、関係者を皆殺しにすることもあるらしい。

 抑止力からバックアップを受けたサーヴァントは、そのサーヴァントの最高の状態で現界する。

 どんなサーヴァントでも喚べるわけでもないが、こちらの有利に動いてくれる保証はどこにもない。

 武器制限のあるセイバーが弓を、ランサーが剣を持ち出すこともあるくらいの気持ちでいなければいけない。

「不得手なりに、結界は張って帰りますが、有って無いものとお考えください」

 見破られる確率を少しでも減らすなら、スミレに黙って作業しても良いのだが、フェリパは無意識に人間染みた行動をしていた。

 

 自室へ帰ってきた烈火は、携帯電話とにらみあっていた。

 やることは、簡単だ。

 ライダーをメールで呼びつけ、アーチャーに倒させる。

 誤字脱字はなし。度胸もなし。

 それに業を煮やしたアーチャーが動いた。

 烈火の携帯電話を奪い取り、すっかり慣れた手付きでメールを打ち直して送信した。

「おい」

 明らかに、烈火の打ったメールではなくアーチャー自身が打ったメールを送信していた。

「じれったいのは、良くないわ。諦めなさい」

 アサシン相手だったら、もう少し慎重になっただろうが、ライダー相手ではそうもならないらしい。

 こんな感じで姉に喧嘩を売っては撤退するを繰り返した結果、仕切り直しがAランクにまで伸びたのだが、いかんせん慎重さが見えないから怖い。

「今さら、怖じ気づいても遅いわよ」

「わかっている」

 メールの件名は、挑戦状。

 内容は、時間と日時だけが書き込まれている。いつもの言動に似合わない、必要最低限の内容だった。

 アーチャーも緊張しているのかと思ったが、それが、烈火の打った文章だと思わせるためだと考えるまで時間は掛からなかった。

 

 烈火からメールが届いた。

 文面を見て、霊体化していたライダーが、「あの女か」とぼやき、それに反応して「あの女?」と声に出してしまった。

 見えない相手に対しての返事は、周囲からは独り言として映る。

 普通の高校生は、女性を『あの女?』なんて呼ばない。

 骨折で休んでいる同級生の携帯から女性がメールを送ってきたとなれば、どういうご関係? と返ってくるのは当然のこと。

 機敏に反応するクラスメイトをなんとかやり過ごして、再度、メールの内容を確認した。

 挑戦状。緊張していたのか、無駄のない文章となっているが、それでも無愛想な感じがしない。

「アーチャーが打ったとして、日向に秘密でってことはないよな?」

 アーチャーを直接見たわけでもないが、なんとなくそう感じた。

「たとえ、アーチャーが打ったといて、送信履歴は残る。送信後、削除してもデータは消せぬ」

「削除したデータが残るって、おれも知らない話なんだが」

「うむ、その機械、生前の某であれば、さぞ重宝していたであろうからな」

 アーチャーは、熱中しているかもしれない。

 いまは、いつ消えるともわからないサーヴァント、しかも、行動範囲はこの街だけ、マスターと連絡を取り合うほど離れては護りが疎かになる。

 メル友が出来ても、迷惑を掛ける結果となるのは目に見えているので自粛しているのだ。

 話を戻そう。

「ライダーが情報が大事にしてるってのは、今さらな話か。時間は今夜、場所は日向の工場か」

 先日と同じ場所で続きをやろうというのだ。

 問題は、天気。いまは晴れているが、夜には雨が降る可能性がある気の滅入る天気だ。

 祖父に秘密で出掛けるのには、苦労しそうだ。

 

 問題の祖父は、空気を読んだかのように、『またしばらく旅に出る、今度会ったら、昔話でもしよう』と書き置きと新しい義眼を残して、旅立っていた。

 まるで、放浪癖があるかのように、自分でも止められないかのように、あちこちさすらっている。

 若い時に苦労して稼いだ金を消費しているだけらしいから、それはそれで構わないが、一年前に出掛け最近帰ってきてまた出掛て、よく金が足りるものだ。

 鉄も斬れる剣を打ったとか、着れば訓練なしでも5Gに耐えられるスーツを開発したとか、物騒な自慢していたから相応に稼げる仕事をしていたのだろう。

 日向も知らない業界の話で信憑性に欠けるのは否めないが。

「まぁ、ボケてるわけでもないからいいけどさ」

 その上、足腰も丈夫なのだから文句の着けようもない。

 愛用のコートも日本人の老人なら着なさそうな空色のコートだ。そうそう行方不明にはなるまい。

「なんにせよ、今夜のことに集中出来るな。何か準備しておくことはあるか?」

「ない!」

 ライダーは、気合いの入った声で言った。

「そっかぁ、ないかぁ」

 そもそも、秀は、仲間なし道具なしなのだ。

 用意出来るものは、自分の防寒具くらいしかない。

 相手指定の場所に、バカ正直に行く必要もないのだが、バカ正直に行くことにしたバカである。

 ライダーのほうは、バカ正直に行くわけではなく、前回、日向の敷地内に残して来た三ツ者から情報を得る予定だ。

 唯一の出入口である正面口が使えないゆえ、気配遮断をフルに活用して大人しくさせていたのだ。

 ただいるだけで、どれほど、情報を集められるかは別として、合流して罠と暗殺に備えなければいけない。

 烈火自身は、秀を殺すつもりはないだろうが、アーチャーまでそう考えているとは限らない。

 秀の祖父に、あの時自分が出掛けていなければと後悔させないようにしなくてはならない。

「む、大事なことを忘れておった」

「大事なこと?」

 なんだ?

「この家での話を聴かれぬようにしたゆえ、ぜひ話しておかぬばならぬことがあったのだ」

「それは?」

 ニュアンスからして重要な話のようだ。

「うむ、実は、某は……」

 

 真名は判明したが、宝具に制限のないライダークラスで、宝具が、あの軍配だけとは思えない。

 ほかの武器による逸話は見当たらなかったから、召喚、諜報、能力付与系か。

 逸話的には、召喚できるであろう騎馬隊は銃撃に弱いのだろうが、アーチャーの時代に銃なんてなかったから弱点は突けない。

 能力付与系なら、四天王に風林火山に準えたものがくるだろう。

 風なら高速移動、火なら火力上昇、そんなところか?

 削られた影と雷の対策も考えておくか。

 

 来馴れた友人宅ではあるが、いまや、敵の城だと思うと気が重くなる。

「初陣のような顔をしておるな。友との一戦ともなれば、緊張も当然か」

「それも格上、前回と違ってガチときてる」

 秀のやりたいことは、結局のところ、巻き込まれる人間がいなければいいだけの話だ。

 魔術師が、神秘の秘匿をどれだけ重視しているかという基本でありながら、行動指針に関わる情報を得られないのは致命的だった。

「気休めではあるが、ライダークラスには対魔力が付与されておる。それに宝具という奥の手もある。サーヴァントの力は、マスターの魔力が源流ゆえ、使われてキツいと感じるであろうが、それもマスターの責務である、耐えてもらわねばならん」

「ああ、わかった」

 最大消費の宝具も、令呪を一画使えば、マスターの魔力に頼らなくと一発は打てる。

 まだ、使うには早い。

 正門をくぐり、指定の場所。日向烈火が魔術師だと知ったあの場所へ。

 道中、三ツ者と合流し、情報を得た。

 サーヴァントのクラスはアーチャーで、外見は女。

 彼女は予想通り魔術を使う。

 詠唱系ではなく刻印系、敷地内の木や石にも付けられている。

 当然のことながら、空中刻印も可能で、同じ魔術なのかは断定出来ないが、前回の戦闘で使っていたのはこちら。

 さすがに、種子島や砲であれと撃ち合いはしたくない。

 それにしても、こうも早く、刀の腕を披露することになろうとは思わなかった。

 射撃相手に刀を使ってひどい目にあった経験はあるが、戦場でらしくないことをするのも、危険極まりない。

 軍を動かせないとなると、これが最善策だ。

 後は、その女が、どれだけ戦い慣れているかで判断するしかない。

 

「来てやったぜ、日向!」

 烈火は、一瞬だが正気を疑うような、苛立ちを隠せないような顔をした。

「ライダー、律儀に従わないで止めてもよかったんだぞ?」

 烈火は、まだ話が通じそうなほうに言った。

「越えねばならぬ壁ならば、早々に越えてしまうに限る。そちらもそう判断したのではないか?」

 ダメだった。

「だってさ、坊っちゃん」

 アーチャーは、本人なりに控え目に笑った。

「こちらにとっては、壁どころか柵にもならない。が、敵対するなら蹴散らすまでだ」

「日向、おれは、お前のことを敵じゃなくて対戦相手だと思ってる」

「なっ!?」

「ほかの連中に対してもそうだ。対戦相手だから勝負する。関係ないやつは巻き込まない。敵対じゃないからどっちが勝っても恨みっこなしだ!」

 正面から考えをぶつける。これが、戦闘で役に立たないマスターの戦い方だ。

「類は共を呼ぶ」

「うるさい。だいたい、魔術師相手にそんな考えが通じるか!」

「なんでも願いが叶うって話なら、イカれたやつだって寄ってくる」

「毎度、変な理屈を思いつきやがって」

 なにかあれば、すぐ首を突っ込みたがる。

 それでいて、自信満々。

「出来るようになったんだから、やらないわけにはいかない。それに、おれからきれいごとを取ったら、なにも残らない。だろ?」

 それも、自覚して開き直っている。

「今回は、いつもみたいにヒーローごっこで済ませられる状況じゃないって話だよ!」

「オレは、なにも知らないで巻き込まれるやつが出るのがいやなんだよ」

 烈火の、痛い目に遭う前に穏便に済ませたいという気持ちは届かない。

 アーチャーとライダーは、つくづく面白いマスターに巡り会えたと笑みを浮かべる。

 お互い、こういう手合いだから喚ばれたのかもしれない。

 微笑ましいライバル関係というやつだ。

 なにせ、二人のライバルは人の話を聞かない。

「ヒーローごっこだとしても、やれるならやらないわけにはいかない」

「埒が開かない、アーチャー!」

 進まない問答を諦め、烈火がアーチャーに指示を出す。

 会話で事態が動かなくなれば、後は武器であるサーヴァントの仕事だ。

「はいはい、まぁ、虚勢でもストレートなのは嫌いじゃないわよ」

 アーチャーは、我が子に言うかのように穏やかな声音で返した。

「ライダー、頼むぞ」

「うむ、我らの闘い、しかと付け焼きするがよい。時にアーチャー、お主は名前の関連付けというものを知っておるか?」

「そりゃ、知ってるけど、貴方、名前に関してなにもないでしょ?」

「やはり、心得ていたか。ほれ」

 ライダーは、秀に軍配を手渡した。

「いいのか?」

「仕事が欲しいと言っていたのでな。軍配持ちというやつだ。それに、やつを相手にするなら、軍配より刀を抜いたほうが良い」

 武器制限が緩いアーチャーが近接武器を使わないとは限らない。

 弓での殴打をしてくる可能性だってある。

 こと刀剣を相手にしないなら、この軍配よりほかの武器だ。

「適当に振り回しながら、観戦するがいい。刀以外にも、礫を払い落とすことにも使える優れものぞ。ついでに、これは、柵の代わりだ」

 そう言って、刃が二段になった薙刀を秀の前に打ち立てた。

 コンクリートにひびが入る。

「悪いな、気を使わせて」

 マスターが、サーヴァント相手に武器を奮って通じるわけがない。

 秀の能力は、烈火に届くまい。

「なにをする気だ?」

 烈火は、いぶかしんだ。

 杖相手だから三倍段を軽視しているのではあるまい。

 セイバーでないなら、長装を相手取るには長装を使うべきだ。

「武を持ってアーチャーを討つためだ。流れ弾を気にしながらというのは、武人として無礼というもの。無論、マスター狙いなどという粗末な真似もせぬ」

 まぁ、柄ではないかな。と、ライダーはアーチャーたちに聞こえないよう付け加えた。

「本気?」

「本気な上、正気だとも。ここで銃弾や砲弾での撃ち合いを所望するなら話は別だ」

 ライダーは、基本、前衛のクラスではあるが、基本値はセイバーやランサーに劣る。

 なのに、あの自信はなんだ? やはり、宝具であろう騎馬隊か?

「私、マスターのお友達にそんなことしなきゃけないほど弱くないし、するほどお強い相手でもないのでしょう?」

「なるほど、こちらについて調べはしたようだな。が、浅学を晒したな」

「へぇ、言うじゃない?」

 情報からあらゆる場合を想定し、対策を練るのは基本。

 奇声を発しながらの無策な正面突撃など持ってのほか。

 死角から奇襲となれば話は別だが、この場合、正面から仕掛る余裕があることを想定すべきであった。

「では、披露しよう。そうそう見れるものではないぞ!」

 そう言って、ライダーは朱色の甲冑に鬼面の兜を纏った。

 大袖だけでなく背中にまで盾を背負い、全体的に角張った印象を受ける。

「アーチャー、ライダーの筋力がB、耐久がAに上がって俊敏に+が付いたぞ」

「じゃあ、それ基準で」

 彼が使った甲冑には、なんの能力も逸話もない。

 それに、アーチャーもステータス詐欺師なので、文句は言えないし、烈火も、そんなもの知らないのだ。

 

「やあやあ、遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我は海藤秀のサーヴァント・ライダー。いざ、尋常に勝負!」

 十字手裏剣のような鍔の刀を抜いたライダーが、向かってくる。

「急に、知性が下がった気がするわ」

 妙にでかいライダーの足音を聞きながら、アーチャーは、強化を施した杖で迎え打つ。

 魔術で迎え撃つのもいいが、こちらのほうが好みなのだ。

 まずは、セオリー通り、正面から打ち合った。

 刀で斬れない木と金属がぶつかる聞きなれない音が辺りに響く。

 木製なのは、もはや見た目だけで、鉄棒と打ち合っているも同じだ。

 ライダーは、妙な懐かしさに近いものを感じながら、アーチャーの動きを観察する。

 打ち込み、薙ぎ、突きの中で、もっとも多様しているのは突き、突槍術を基軸とした槍使いであるのがわかる。

 正面から戦闘は不得手ではあるが、いまのところは、対応できる。

「なるほど、剣技に関しては無能ってわけでもないようね?」

「うむ、薙刀に射撃、砲撃も学ばせてもらったが、手持ちの中では、この刀が手に馴染む」

「余裕ね」

「女子供の前なら、余裕を見せてこその男というもの」

 言いながら、アーチャーの突きを、刀を逆手に持ち変えて止め、力任せに弾き飛ばし、片手に持ち直した刀を降り下ろした。

 怯まされたアーチャーは、これを避けるために、さらに大きく間合いを空けた。

 

 いま、鍔の形状と間合いが変わった?

 降り下ろした一瞬だが、鍔の形状が丸型に変化し、刀身が少しばかり伸びた。

 コンクリートに残った斬撃の後、あれは、ただの刀ではない。

 ライダー固有の能力ではなく、刀そのものに魔力放出やオーバーエッジに近い機能があり、制限があって元の刀と同時使用ができない。少なくとも、真名解放はしてはいなかった。

 が、あれもライダーの宝具の一つと見て間違いない。

 金属弾きで、無効化出来る保証がないまま受け止めるのは危険過ぎる。

「いまの一撃は入ったと思ったが」

「残念、仕切り直しよ」

 踏み込みの瞬間を狙っての一瞬、運が良かったというより、ライダーがいまの一撃がいけると判断ミスをしたことで、避ける隙が出来た。

 能力は上がり、近接で打ち合いも出来る力量となっている。

 それでいて、当人の戦闘に関する読みは甘いまま。

 付け入る隙はいくらでもあって楽なのだけど、まるで他人の力を借り受けたような……そうなるとかなりの手練れの能力になるが、何者だ?

 浅学というからに、見落としただけのようだけど、やはり上から目線な意見はムカつく。

「マスター共々、そんなに消耗していないみたいだな?」

 マスターの言う通り、消費が少ないのか、ライダー自身が肩代わりしてるのか、どちらにせよ、どちらにも疲労は見られない。

 数日前に、魔術回路を開いたばかりの人間には見えない。

 高揚はしているようだが、魔術回路が原因とも一概に言えないので、こっそり魔術の訓練をしていたのかも解らない。

 やはり、魔術師相手にどうやったか予想するなど、時間の無駄だ。

「武器をいくつも取り回さず、刀に絞って挑んだのは、正解であった。この刀ならアーチャーとも渡り合える」

「言うわね。使い勝手は杖も槍と変わらないというのに」

「ほかの武器まで使っていては気づけにいこともあった。それも含めれば、お釣りがくるわ」

 ライダーは、なにかを思い出したのか笑みをこぼす。

「そう? なら、刀に固執したまま、死になさい!」

「こちらとしても、もう一つの調べものに付き合ってもらおう」

 ライダーの知りたがりは、アーチャーの嫌いな焦れったさであった。

 

「魔力をもらうわよ! マスター!」

「ああ、ドンといけ」

 アーチャーは、宙に手を流した。

「断片展開!」

 燃えているような、紋様が浮かんで消えた。

 そのまま、正面のアーチャーと別方向から燃える腕が伸びてきた。

 動きは遅いが、いまの動きは、殴るのではなく、掴まえる動作。

 だから、腕だけで事足りる。

 アーチャーが空中に逃れたライダーのバランスを突進で崩し、反動を利用して下がった。

 まるで、薪束のようだ。

 ライダーは、伸びてきた腕を身近に見てそう感じた。

 捕まれる前に十字槍を引っかけ、羽根のように開いた大袖と背中の盾でうまくバランスを取りながら、十字槍を足場にして腕に飛び乗る。

 空いた左手に、呼び出した四角い鍔の太刀と二刀で×の字に切りつけた。

 密集した薪束は、両断出来ず、続いて縦に一撃。

 これも浅く、刀を鞘に納め、太刀を突き立てたまま腕の上を、鎧の力でブーストし、荒波を切り裂くが如く駆け抜けた。

 いまのは、どうにか凌いだが、あの腕とアーチャーを同時に相手取るとなると、宝具の使用も考えねばならない。

 ありがたいことに、ここは敵地、それも自分から招き入れたのだ。

 どれだけ破壊されても文句はあるまい。

 今回は、長引かせて、前回の二の舞になっては困る。

 残念だが、そうなる前に、アーチャーには、消えてもらおう。

 

「なるほど、典型的なハマると強いタイプなわけね」

 憑依芸で呼び出した、あの剣技の本来の持ち主は、おそらくは近接寄りの万能型。

 エクストラクラスでなければ、どこかに欠点が出てしまうのが難点ではあるが、一級の戦士として十分に通用する。

 翼のように開く盾は意味がわからないけど。

 対して、ライダー自身は、将ではあれど、戦士ではない。

 持ち前の計算高さか、とっさに致命傷を避けるまでは出来ているが、賢しさで出来るのはそこまでだ。

 身体に染み付いていない動きは単調さに繋がり、強者と戦う上でそれは致命傷だ。

 自分のような正面から攻めた経験が多い相手になら、なおのこと。

 どうせなら、憑いているほうと闘いたいが、仕方ない。

 ライダーは、炎の監獄で燃えてもらおう。

 

 彼の人生は、言ってしまえば、行き詰まっていた。行き詰まらせていた。

 金銭的、土地的には、どこにでもある一般家庭といって差し支えない。

 当人も、心身に障害を持って生まれたわけではない。

 違いは、祖先に由来する。

 千年以上昔、祖先は、人だか鬼だかわからない連中から侵略を受けた。

 裏切り者を出しながらも、逃げ延びた先は、幸運なことに多数にとって元いた土地よりも霊場として適していたことだ。

 なぜ、そんな都合のいい場所があったのかは、さておいて、彼の祖先を含めた少数には反対に不都合な場所であった。

 力が弱まったのだ。

 当時の北海道は、ほぼすべての土地が未開拓である。

 そんな場所で炎使いは重宝されていた。

 力関係は逆転し、それまであった地位から転げ落ちた。

 しかし、いままでの振る舞いから即座に心を入れ換えて……とはならなかった。

 後に、ウェンペとも呼ばれる凡人となった少数派は、時代が流れとともに次第に姿を消していった。

 そんな、祖先の話を聞いて、空虚を感じた子孫が一人。

 彼は、その空虚を埋めるため、魔剣使い、最優のセイバーとともに、祖先が奪われた土地での聖杯戦争に挑んだ。

 彼女との行動は、当時のランサー組とライダー組に、非道と揶揄され、数日で敗退。

 その後、訳の解らない連中に捕って、尋問され、たいした情報源にならないと解ると、薬物で記憶をいじって放りだした。

 らしい。

 元の土地に戻れば、力が得られる、そう思っていた。

 現実は、どう扱っても問題にならない力のないモブのままであった。

 彼の空虚を、さらに強めた。

 どれほどかといえば、赤い眼の声に魂を奪われてしまうほどであった。

 

 姿形は、白いボール、それが四つ列をなしがら、空から街を破壊している。

「で、なんなの、あれは?」

 興味のない人の世だが、あの手の生物は、まぁ、見なくはない。

 しかし、妙な感覚だ。あれは、無性に引き裂いてやりたい気分にさせられる。

 私が、聖杯を得られない極小特異点に、送り込まれたのは、こいつのせい?

「あれは、あなた方の世界には現れない存在です」

「この特異点、特有ってこと?」

「特有とまではいきません。俗に言う、あることが原因で、というやつでして、ラフムと同じような立ち位置の生物だと考えていただければ分かりやすいかと」

 ラフムは、別の特異点に現れた生物で、人間とは別の人間を創ろうとしたが、結局、外見を変えただけの人間に成り下がったくだらない生物だ。

 つまり、この特異点で過去になにかがあって、そこいらに湧くようになったヤツ。

「この世界での総称は肉叢、『火の有る塩』や『本来の名称』ではなにかと不都合でしたので、『この世界にいないもの』から名称をパクって広めました。個体名と特性は変わらず砂漠での戦闘を得意とするヘーゲル型。ポピュラーなやつです」

 いないものとか、広めたとかも気になるけど、

「砂漠での戦闘って、ここ街じゃない」

 一番でかいボールは直径4mほど、あのタイプが頻繁に現れるのであれば、倒れないにしても、高い建物が乱立しているのはおかしい。

「飛行出来ない者からすれば、飛行能力とそれと合わせた頭上からの魔力投射は驚異です。それに、無駄に見えた路面への体当たりも、砂中への潜るつもりで行っていたのなら、納得が出来ます」

 偵察を終え、戻ってきた友が言う。

 隠れる場所のない砂漠なら、狙いを定めた攻撃より面への攻撃のほうが有用だ。

 あの手も砂を掘るための数はあっても、舗装された場所を削るほどの力がない。

 なら、あれを街中に放ったのはなぜだ?

「何度もやってるってことは、無駄って理解出来ないのかしら?」

「肉叢はあのレベルになっても行動パターンはその形状に準じます。ですが、形状は、変異前の心理状態と魂が影響されているようで、適材適所とはいかないようです」

 変異前の心理状態、魂。

 それはまるで……、

「そう、あれは人間の魂を変異させたもの。枷が外れなかった方々は、煤や灰、塩のどれかになるのですが、外れてしまった場合は、あのようになります。貴女のような『純粋な火』の方々には存在そのものが不快なようで、小さいのが集まるとそれはもう大変なことに」

 変異させた……か。

「話が逸れてるみたいだけど、ようするに、裏でなにかしてるヤツがいるのね?」

 こちらの心を見透かしたように話す、この女に嫌味を込めて言った。

 いままでの特異点でのデータから、我々を異邦人と認知している者もいるのはわかっていた。

 しかし、こいつは、この世界に対し観察者ではあるが、本心は無感情、さして興味がないのが丸見えだ。

 私が本に対して抱いてする感情のほうが、まだ強い。

「ふっふっふっ」

 彼女は、わざとらしい笑みを浮かべた。

「そうです。そして、その黒幕は何者かと問われれば、なんと異世界の神様なんですよ!」

「はぁ?」

 思わず変な声が出た。

 通信が出来なくなっている時で、本当によかった。

「そんな強敵も相手にせねばならない少女たちを思うなら、助けに行ってバチは当たらないかと。それとも、遠縁の方々を狩っている寄葉に味方するのは、やはり抵抗がおありでしょうか?」

 神と敵対してバチが当たるとは言い得て妙だ。

 そもそも、寄葉ってなによ?

「そんな口車に乗ると思ってるの?」

「おや? 気になりませんか? 昨日、魔術使いのもどきな方々を蹴散らした双剣の冴え、もう一度拝見出来ると期待したのですが」

「やっぱり、魔術使いですらなかったのね。通りで引きがうまいわけだわ」

 そこそこ真面目に相手をしたが、死人が出る前に連携して引いたのは、十中八九他に目的がある集団だからだ。

「おや、彼らに興味が出ましたか?」

「出ないわよ。昨日のだって情報の借りを返しただけなんだから」

「でも、その柱、見立てられた世界樹の情報は思わぬ収穫でしたでしょう?」

「そうね、それが特異点の原因でしょうから」

 街中の住民から魔力を吸い、サーヴァントに分配する柱。たしかに、ただの魔術師には厄介なシステムだ。

 だからって、私に何の影響がないとでも?

 所長代理になったからといって、キリシュタリアめ、なにが、簡単な仕事だ、帰ったら文句の一つも言ってやらないと。

「感謝はしてる。その柱が地上8階地下2階を貫く柱で、どうにかするのは、もの凄く面倒だということも含めてね」

 爆発は爆発でも建物相手に使うのと、生き物相手に使うのでは効果が違う。

 こういうのが得意な……食堂で働いてるなんとかって……やつは、サーヴァントでもなければ、そもそもレイシフト適性もなかったな。

 サーヴァントなら、イシュタルか。あいつの宝具ならビルの柱くらい雑にふっとばせる。

 まあ、送ってもらおうにも、カルデアと通信が繋がらないから、それまでは自分たちでなんとかしないといけないわけだ。

「気になってないわけじゃないから、気には留めておくし、この街がなくなりそうなら、どうにかしに行ってあげる。それでいい?」

「そうですね。私も商人として出来る限りのサポートはいますので、いざというときにはお声掛けください」

「はいはい」

 ほんと、こいつと話すのは疲れる。

 

 新宿で破壊されたアレが撒き散らした呪いの被害者がまた一人現れた。

 もうひとつの原因は発生せず、受信機となるものも、ほぼ飛散もさせていないのに、元々の魔素濃度のせいか他より拡大が早い。

 あれだけが、病と分類されたのは、抵抗薬は存在するからなのだが、材料が材料だけに、品質は安定せず高価で希少。

 一般には、出回るどころか存在すら知らされていない。

 しかも、歳を取れば取るほど、効果は薄れ、一回に使用しなければならない量も多くなる。

 自分より安い他人のため、犠牲になる魔術師が存在しないように、ホムンクルスの製造法を秘匿しているように、これからも広まることはないだろう。

「ローサーヴァントを維持する程度ならば、七騎分を集めても発症者は出ないと予想したが、難儀なものだな」

 養父はぼやいた。身体に巻かれた鎖が音を発てる。

 相手によって性格が変わる方だが、誰でも、この意見は変わらないだろう。

 ローサーヴァントと名付けたそれは、世界中で行われているものではなく、その原型となった召喚術式に、義父たちが手を加えたもので、サーヴァントの能力値を高くても七割、肉叢やシャドウサーヴァント程度まで落とすことで魔力の消費を削減し、兵器足り得ない非戦闘員や宝具を所持しない者、幻霊止まりの霊基指数しか持たない者、対立を促すための反英雄、サーヴァントそのものまで召喚を可能としている。

 ほかにも、ショートバレルを持つならセイバー、ロングバレルを持つならランサーとしても召喚できるようにしたり、クラス間の能力差を無くすような調整もした。

 これに、聖杯と世界樹に見立てた柱を利用して街中から吸い上げていた魔力も合わせることで、条件が揃えば、格上の霊場を上回る速度で聖杯戦争が開催できるようにできた。

 しかも、開示されるステータスやスキルのランクは通常のサーヴァントとして召喚された時と変わらず、聖杯から与えられる知識に制限を掛け、即座に不自然と感づかれ難い仕様となっている。

 これが、一柱の生け贄へから養護心から出たものだから恐れ入る。

 相性によっては、人の力でも勝ててしまう、運用データが少ないためどのような不具合が潜んでいるかわからないのが難点だが、そのレベルの人間や通常のサーヴァントと鉢合わせることは、まずない。

 そのまずないは、早々に崩れたが。

 ローサーヴァントの情報は、協力者にも教えず、自分たちだけで秘匿しているので、外部に漏れることもない。

 代わりに面倒な覗きを招くことになったが、敵の注意もこちらに向けさせたのだ、良しとしよう。

 いずれ、私の存在や後年に起こるよう仕掛けた聖杯戦争も囮だと勘づかれるとしてもだ。

 歌方スミレに詠唱を教えることで、本来のステータスを誤魔化し、苦痛でマスターの行動力を鈍らせられるバーサーカーを引かせたのも、ミケリーノをマスターにし、外部とのやり取りを見て見ぬ振りをしていたのも、私が日本で商売をしているのも、このためだ。

 そう、他勢にとってどれほど重要でも、私にとっては、聖杯戦争など時間稼ぎに過ぎないのだ。

「計画とは、往々にして修正を求められるもの。そのために彼女を用意されたのでしょう?」

 私は、養父をたしなめた。

 水面下での交戦すらしていないながらも、様々な組織が動いているならば、探りすら楽はさせてもらえない。

「たしかに、計画そのものを見直すほどではないか」

 目標は必要最低限を、交渉では最高の結果を、目標に至るための問題点を予想し、保険を張り、見落としがあれば調整する。

 最前線ではなければ、大概の場所で通用する基本的な作業だ。

「此度は、現れたのが、結界が消滅する前だっただけ良しとする」

 もし、あの肉叢が現れたのが、この支社ビルを霊基体からぼかしている四ヶ所の結界を破壊し終えた後であったなら、出現位置からしてこの支社ビルも狙ってきただろう。

 結界を破壊して回っていたのは、ランサーのマスターだけだが、立地的に秘匿が容易ではない最後の一ヶ所が破壊されたのが数時間前、結界消滅までもう時間はない。

 この結界は、サーヴァントなどに対し、ビルが気配遮断をしているように見せ、諜報に特化したタイプでもなければ感知し辛かった。

 サーヴァントの秘匿を優先して、単身で結界を破壊してきた破壊フリークでも、ここをサーヴァントなしで落とそうとするほど、単純ではないようだ。

 ……いや、可能性がないとは言い切れない。

 時間稼ぎのために仕組んだ単身での潜入工作、それが仇となって、我が妻と我が師は死に、ボスはアメリカを脱出することとなった。低確率だからと、切り捨ててはならない。

 落ちこぼれて所属が変わっても、あの組織の関係者、本質は変えられない。

 原因がどうであれ、すべきことをしているという感情的な正義の味方が、悪に切り込める状態で、いつまでも大人しくできるわけがない。

 隠蔽工作を、自分でするにしても、ほかに任せるにしても、全員を始末しようとするのは容易に予測できる。

 目的達成の犠牲が、人一人、サーヴァント一騎の犠牲で済むなら安いもの。

 その価値観には共感出来る。

「ここからは、ワシも戦場に出ねばならない。手が足らぬ分の穴埋め、期待しているぞ」

「御意」

 元より帰る楽園などない。我が楽園は地獄にこそある。

 戦場よ、早くこい。

 

 そもそも、存在が初めて確認されてこのかた、年々増加しているのだから遭遇は時間の問題だった。

 病気も魔術回路のおかげで発病し辛いとはいえ、それも絶対じゃない。

 ありがたいことに、このビルはあちらさんには見えていないし、出番はあいつが他のマスターに倒された後、関わり合う理由もない。

 今後の人生でも、お近づきにはなりたくない部類のやつだ。

 白蛇殿が言うには、去年現れたアメリカ本土初の発症者は、ギリギリ人間と同サイズではあったが、魔術もなにも知らないやつにぶっ殺されたらしい。

 が、そんな人外じみたやつが、たまたま居合わせたなんて話を真に受けるほどお気楽じゃない。

 出現場所は、現地の製薬会社の研究施設が、機密保持のために用意していた爆薬で都市ごと破壊され、跡地近辺は米軍の管理下に置かれている。

 どこぞの組織が、研究のために回収して、それを隠すために偽装したように見えるが、この国には非核三原則もあるから街ごと爆発なんて事態にはならんと思いたい。

 それでも、かの英雄殿からすれば、世界に訴えるのに格好の材料を得られたわけだ。

 アメリカ政府も化け物に使うべき兵器を人に向けて使う非道を許すなと反論するだろう。

 そんで決着は、蛇同士が着けることになるわけだ。

 結果、白蛇殿がくたばろうが、オレには関係ない。

 ほかの連中と違って、安全な生き方をしたいのだ。

 それでも、仕事はしなくちゃならないのが、人間の辛いところ。

 詰めず、焦らず、適切に。

 それが理想の生き方というものだ。

 

 遠目には、ボールが四つ並んだようにしか見えないが、魔術で視力を強化するか望遠鏡を使えば、大量の腕の生えているのが解る。

 肉叢の元が人間だとは露知らず、フェリパは、それが虫に例えた。

「いい? 危ないと感じたら、ちゃんと、避難すること。前みたいにいつの間にか居なくなってたりしないでね」

 避難させようとする彼女を、暗示まで使って言いくるめたが、記憶を混濁させてしまったらしい。

「わかっています。早く行ってあげないと子供たちが心配しますよ?」

「そうね、わかったわ」

 海藤明子は、小児科担当で入院している何人かの子供の面倒を看ているらしい。

 病院へ連れて行かれても、なにもできない。理由としては妥当なところだ。

 病院へ向かう彼女を見送る。

「アサシン」

「了解」

 まず、街を巡回しながら、歌方スミレの家へ。

 彼女は、見た目に反して、非常に好戦的だ。釘を刺さねば戦いに行ってしまう。

 あの化け物の相手は、その後だ。

 まさか、スミレの家に施した結界とアサシンの気配遮断が役に立つ日がくるとは思わなかった。

「アレがなにかはわかりませんが、こちらの準備が整うまで、待ってはくれない。こちらも迅速に行動を」

 そんな時、いつの間にか、あの虫の横にいた『なにか』と眼が合った。

 サイズは、この国の標準的な人間の体格より少し大きい。

 自分と同じ赤い眼。

 感じられるのは、敵意。殺意。いや、そもそも、アレは、いったい、なんだ?

 解らない。

 どうやら、脳が拒否しているらしい。

 思考を第三者視点に切り替えて、そう予測できたが、なぜアレに対してそういう反応をしたのは、どちらが原因か。

 少なくとも、化け物と一括りにしてはならない、なにかがあるようだ。

「マスター、やつの狙いは貴女です!」

 アサシンの声に、はっとする。

 ターゲットがどこにいるかわからなかったから無差別に暴れていたのか、無差別に暴れている中、ターゲットが見つかったのか。

 それは、どうでもいい。

「予定変更です。とにかく、人の少ない場所へ、速く!」

「了解しました、失礼します」

 アサシンに抱えられ、建物が少ない場所、となると山か。

 あの場所も誰もいないというわけではないが、冬の北海道の山の中。

 それに、この騒ぎなら、人は少ないはず。

 まずは、山までのルートを選択。

 相手の地面への攻撃タイミングを計算して飛び越えられるビルは飛び越えながら、山へ。

 そこから山中の河へ誘導、そこなら、アサシンの聖剣も多少は使いやすくなる。

 それを使ってアレを撃破する。

 こちらに誘導されて、地上へ向けられる砲撃は少なくなったが、それでもあの巨体だ。

 移動するだけで、被害が出る。

 寄り道は出来ない。

 四つすべてがついてくる確証もない。

 バラけないよう、間を調整する時間もくれない。

 人類の驚異とは、かくも厄介なものだ。

 

 ビルがその重量になぎ倒される音は、けたたましく、それがいくつも重なり、街のどこからでも聞こえる轟音となった。

 こんなことが出来るのは、街の外から来た怪物かサーヴァントの仕業しかありえない。

 となれば、勝負なんかしている場合ではない。

 ないのたが、

「おい、日向。なんかヤバくないか!?」

「ないか? じゃなくて、正真正銘ヤバい状態だよ」

「だよな、この勝負は一旦」

「ダメだ、お前らはここで落ちろ」

「お前は、この期に及んで!」

「あの手の輩の相手はプロに任せればいい。ルールに拘る連中の監視もある。目立つ真似はするな」

 神秘の秘匿について説明しても、こいつの性格を考えれば、大人しくなんてしていられない。

 ライダーを倒して、アーチャーに捕縛させるほかない。

「プロに任せろってのは判るよ。でも、戦力があるに越したことはないし、そうしちゃいけないってルールはないだろ? 監視してる連中は、テヘーラさんくらいしか思い当たらないけど」

 確かに、いけないっていうルールはないが、連中は、推奨と絶対が=になってるし、融通も利かない。

「いや、監視の話は忘れろ。とにかくお前は大人しくしてろ」

 あの手の輩は、石祭家の担当だ。

 最近、不調な者が多いとは聞いているが、女性業界なのだからそういう偶然もあるだろう。

 それに、ほかの八家だって動いてくれるはずだ。

 ん、八?

「ちょっとまて」

 日向、石祭、粟都、紫月、橋木、挟森、津雲。

 どういうことだ、七家しかないぞ!?

「どうしたの、マスター?」

 不可解な言葉の意味を、サーヴァントより友人のほうが先に理解した。

「ライダー! おれたちは、あの街を荒らしてるやつを退治しにいくぞ!」

「おう」

 秀は、令呪を使い、ライダーとともに飛んだ。

「マスター!」

 声に反応した時には、秀たちは消え去った後だった。

「しまった」

 なんて、迂闊。

「で、いまのはちょっとまてはなんだったの?」

 さすがに、説明しないわけにはいかないか。

「気づいたことについて、情報を整理しながらになるが、聞いてほしい」

 人に害なす存在を寄り付かなくするための結界の管理をしている八家があり、その一つが記憶から欠落している。

 家が断絶したという話も聞かない。

 それを指摘した話も聞かない。

 そうなると、結界の穴が出来きている可能性、アーチャーすら騙せた可能性すらある。

 もしかすると、誰も気づいていないのかもしれない。

 だから、こんな事態になっているのだとしたら?

 アーチャーと一緒にした仕掛けがスムーズに進んでいたのも誘導があったか。

 やり手なのか、こちらのマヌケか。

 身内にいるのか、ダールマンのようなよそ者か。

 ほかの八家の結界と繋いで最適な場所に住んでいるやつなら情報を持っているはずだ。それを見つけないと。

 化け物は、これだけの轟音を響かせている、アーチャーの宝具と押し合いができるくらいのサイズはありそうだ。

 祖父母や両親に報告して、場所も確保しないといけない。

 どちらも早急に対処せねばならないが、生憎、身体は一つ、自分はこちら、アーチャーはあちらにと分担せねばならない。

「あれについても、説明してもらいたいもんだな」

 ライダーが薙刀を打ち立て、秀が引き抜い後を見た。

 なんで、先日まで魔術を知らなかったやつが、サーヴァントが突き立てたものを抜けたのか。

 片付けなければならない問題は多い。

 

 待ってなくていいから一人で逃げなさい。

 母からそう電話があった。

 母が心配しているというのはわかるが、どうにも、しっくりこない。

 あの白いボールと戦いに行く理由も家に残る理由も思いつくが、それだけにどうしたものかと悩んでしまう。

 そもそも、手を出していいのか。ほかのマスターたちなら、どうする?

「バーサーカーは、あれを倒せる?」

「聖杯から提供された情報を参照するならば、倒すことは出来る」

 倒すことは出来る。

「わたしは勝てる?」

「勝算は低い。マスターには、倒すべき相手がいる。不要な戦いは本来の目的の妨げとなるぞ」

 ごもっともな意見。

「海藤さんにした質問が、こっちにくるなんて思わなかったなぁ」

 このまま戦っては、本来の目的が叶わない。

 仇討ちをする前に、バーサーカーに魔力を吸われ動けなくなるかもしれない。

 足手まといになるだけかもしれない。

 しかし、動かないのはダメだ。

「バーサーカー、あいつを倒そう」

「……反対はした」

「はい、反対されました。けど、避けちゃダメなこともある」

 最後の令呪も切ってしまうか? いや、勝ち目が薄くても、そちらに掛けよう。

「ならば、少し厚着をした方がいいな」

「すぐ準備するよ」

 勝算が低くても、歌方スミレは捨て身ではなく、あくまで勝ちを目指す。

 

 この騒ぎの中で、一般人として紛れている者も、一般人と同じく避難を強いられる。

 しかし、避難しろと言われても、烈火の処か教会か、読めない日本語を頼りに先生の自宅を捜すしかあてがないミラナは、ホテルロビーで思わぬ襲撃を受けた。

 唸る不死の化け物、魂だけの存在、形状はいろいろ、狂暴で制御不可。日本大好きで、国外に出ることは断固拒否、不可思議。要するに神秘の塊だ。

 世の中には、凶悪過ぎて名が付いたり手配されたりする個体はいるが、種族全体が積極的に人類と敵対行動を取るタイプは、そうはいない。

 なにを思ってか、あれを神と崇める一派もいるらしい。

 完全に無力化するには、虹鋼だか綺羅鋼だかそんな名前の材料で出来た武器が必要とする面倒なヤツだが、セイバーは、それを失神するまで叩きのめすという力業で、瀕死の虫のようにしてしまった。

 こいつらもその武器も神秘に関わるものだから、興味はあるが、いまは聖杯戦争のほうが優先。

「こいつらのことは、警察に連絡すればいいって話は本当?」

「確かにその話は本当だが、この騒ぎでは、いつくるかわからん。むしろ、こちらから出向いたほうが早い」

「マジか」

 神秘であっても広域災害なので秘匿できない。

 それにしたって、警察まかせとは……。

 この国の魔術師は、神秘の秘匿の重要性が理解できないのか?

「でも、ここに放置して、また暴れだしたら面倒だし」

 そもそも、建物内に現れないのではなかったか?

 誘導されたわけでもなし、ホテルのロビーに突然涌いたぞ。

「なら、こちらから出向くか? オレは、斬って祓えぬ相手を何度も動かなくするほど勤労ではないぞ」

「だろうね」

 斬って祓うという言い回しはよく判らないが、セイバーは、価値なしと判断したものの扱いはぞんざいだ。

 そういうものに対しては、質問しても、イラッとさせられるだけで解るような説明はしてくれない。

 常日頃、こいつらの驚異にさらされている日本人には、信じられないだろう。

「あの、すみません。お客様」

 従業員の一人が、意を決して話し掛けてきた。

 やはり、ホテル内で力任せ暴れさせたのはまずかったか。

「お勤め、ご苦労様です。失礼ですが、そちらの男性はどこにお泊まりでしたか?」

 ああ、そっちか。そうだよね、一人分の代金しか払ってないのに、突然現れて、客とのんびり話してたら、無賃宿泊者に見えるものね。

「彼は、飲まず食わず寝ずに窓の外にいたです。部屋に入ったのは緊急事態だったからです」

 部屋は三階、凡人が忍び込めるものでもない。

 霊体化していたし、常時部屋にいたのはバレてないはず。

「そうでしたか、非常時に駆けつけてくださり、従業員を代表して感謝を申し上げます」

 従業員に頭を下げられた。

「気にするな。これも仕事だ」

「そう言っていただけると、気が楽になります。本当にありがとうございました」

 なんというか、これは、

「かしこまり過ぎではないです?」

「いえいえ、そんなことはありません」

「そうです?」

 まぁ、日本人はどこも客に親切らしいし、こんなものなのか?

「そんなことより、こいつらは外に出だすぞ」

 セイバーは、倒したやつらを外へ運び出す。

 その姿はいつもよりてきぱきとして見えた。

 まさか、セイバーが、従業員たちの勘違いを利用してロストボイスのふりをしているとは、夢にも思わなかった。

 足止め程度ならいざ知らず、セイバーのように力業であれを気絶させるなんて時代錯誤をする男はそうそう現れるものではない。

 セイバーの力技に対する贔屓目の評価。

 従業員たちとミラナが常識的であったがゆえの誤解であった。

 

「この一帯は、肉叢の襲撃を受けたことがない。私はそう聞いていたのですが、そちらはなんと?」

「こちらも同じく、よほど強固な結界と幸運に恵まれたのでしょう」

 この地に元々張られていた結界のおかげか、肉叢は襲撃されずにいた。

 さらに、ダールマンたちが自分たち用に張った結界。

 それが、オジェット=バーネンハに破壊され、消滅直前で肉叢が襲来した。

 このタイミングが、偶然か意図してかとなれば、襲われなかったことは偶然、襲撃は赤目がいるのだから意図があってということとなる。

 赤目の肉叢は、ほかの肉叢と違って知性があることが確認されている。

 その行動から、人類の殲滅を目的としていることもわかっている。

 だから、狙わない理由もない。

「結果として、ランサーのマスターは、ずいぶんなことをしてしまったように見えるわね?」

「おかげで、私たちのスケジュールまで前倒しすることになり、飛んだとばっちりですよ」

 偶然なのだが、いやな偶然ほど誰かの責任にしてしまいたいものである。

「アポを取り、キャスターの根城へ正面から向かう。協力を持ちかけておきながら、私はなんの手助けもしてあげられないわ。なにせ、私のサーヴァントはあれの対処に向かわせてしまったもの」

 彼女は、メイドたちが勝手にやったことを自分の指示で行わせたことにした。

「サーヴァントと離れてよかったのですか?」

「不測の事態というやつよ。自衛に手は抜いていないから安心して」

 誰から自衛しているかはあえて言わない。

「考えあってのことなら、協力者としてとやかくは言いません」

「ありがとう」

 にこやかに答え、無防備に背中を晒す。

 いまは、サーヴァントでも即座にくるには令呪が必要な距離にいる。あの肉叢は両断された瞬間に射たれるか、はたまた、決心がついた瞬間に射たれるか?

 どちらにせよ、そうなれば協力関係は終了。

 サーヴァントのいない陣営は、速やかに舞台袖に行ってもらう。

 サーヴァントなしに聖杯戦争で調査しようなどと、あまい考えは他所で活かしてもらおう。

 

「要するに、コンクリすら掘れないゲテモノと塩人間は放置してもいいってわけだ」

「ああ、表向きに考えるなら、おれたちも大人しくしているのが上策だ」

 ほかのホテルにいる連中は動く理由がない。

 この町の近辺を含めた守護職である石祭一派と警官隊が早々に返り討ちにあったのだ、近い立場であるアーチャーのマスターはそれを無視するわけにはいくまい。それに釣られてセイバーも出てくるかもしれない。

 本来、護られる側のライダーやバーサーカーのマスターたちも、性格的に見過ごせはしないだろう。

 複数のサーヴァントがいれば、撃破は可能。

 横やりが入らなければ、脱落者が出るようなこともない。

 しかし、攻撃範囲の広さから早急な対処は必要。

 弱い者に強いというのは、どこでも厄介者だ。

「ランサー」

「おう」

「いまのおれはフリーの魔術使いだ。が、実は自衛隊の第0特殊部隊にも席を置いている」

「おう。おう?」

 混乱させたか。聖杯からの知識でも、公には雇っているだけの怪異対策部隊なんてものの知識は入らないらしい。

「警察が蹴散らされたのなら、自衛隊の出番。所属している部隊はこの国の正式な指揮系統に組み込まれていないが、あれを始末するのも仕事の内というわけだ」

「要するに、国に使われる気はない。いや、違うな、頭は別にいるんだな」

「そういうことだ」

 現代では、軍人が動くには相応の手続きがいるという聖杯から得た現代常識に反することだ。

 上の意向を無視してかってに戦場に出たランサーでも、困惑するのは無理はない。

 もっとも、名目上の隊長は誰かに従う気もなければ、表向き隊自体が彼らのサポートをする存在のため指示もしない。

 先陣を騎って怪異を刈るのも、破壊欲求を満たすために過ぎない。

 ザコ相手でも、数さえいてくれれば、それが満たされるから、よその事情に踏み込み過ぎて案件沙汰になることもない。

 内面の凶悪さが、外面では勇ましさに映り、それがある種のカリスマ性となっている。

 そんな男の下は、処刑人にも正義の味方にもなれない半端者には有難い。

 隊に支給されている逆刃刀を手に取った。

 殺さずではなく、切り殺せない相手を行動不能にするための、術による強化もない、ただ軽くて頑丈で反りが深いだけの守り刀。

 別名、撲殺刀。

 武器ではなく盾である自衛隊の中で、盾として攻撃を受けるという名目で、御刀を持っている者も含め全員に支給されている。

 自衛隊を陸軍と称する内部のタカ派や警察への当て付け目的で副長殿が考えた案だ。

 矛盾した存在。まるで、自分のことのようで愛着もある。

 しかしながら、狂った不死を相手にするなら、なかなかに有用な武器。なにしろ、あいつらは痛覚がない場合が多い。

 なんとかとハサミというやつだ。

「使えるほうの宝具の使用を許可する」

「おう」

「では、人助けに行こう」

 狂人が善をなし、半端者が仕事を完遂する。

 それが、人の世である。

 夜中に奮戦していた献身的なお嬢さん方への感傷やら敬意やらも合わせて頑張らせてもらうとしよう。

 

 秀とライダーが、令呪で飛んだ先で、先頭の肉叢と肉薄する。

 アサシンやフェリパからも近い位置であったが、そのまま、最後尾が通過し地上に向かって落下していった。

「どうにかならないのか、ライダー!?」

「某は、このままでも大丈夫だ」

「オレは?」

「地面に叩き付けられれば、死ぬ」

「マジか、そんなギャグ的な死に方いやだ!」

「それはそうであろう。だが、着地を任されるのは、面倒でな。虎綱」

 ライダーは、信頼する部下の名を呼んだ。

「春日虎綱、こちらに。大旦那様、お初に御目に掛かります。春日虎綱にございます」

 現れたのは、黒甲冑の武者だった。

「マスターを頼むぞ」

「畏まりました」

 虎綱が、秀を引き寄せる。

「ですが、御館様に大旦那様、あれの相手はどのようにお考えですか?」

「ふむ、先頭で浮いてる六本腕。あやつはアサシンを狙っておるからそちらは任せるとして、我々でこのデカ物の相手することになる。面倒ではあるが、やってやれぬことはあるまい」

「こいつらもヒトと同じで頭を潰せばだいぶ楽になるって話をどこで聞いたような?」

「某が聖杯から得た知識では、奴らは初期が人型、そこから徐々に巨大な化け物になるとあった」

 四つに分裂してはいるが、その間はさほど離れてはいない。サーヴァントの足なら渡れる。

「つまり、デカイほうが親玉か」

 ライダー、続いて秀を抱えられた虎綱が着地した。

 見れば、先頭の先では、アサシンのマスターが笑顔で手を振っている。

「アレは、敵の前でやることじゃない」

「そうです。大旦那様、あれは我々に対して敵意がないって合図なんですよ」

 アサシンたちは、自分たちの意思を伝えるために、こちらに見える位置にいる。

 そうしながら、放たれる赤い魔力弾を、盾で受け止めながらはさすがに大変そうだ。

「なんか、感性がズレてないか、天然か?」

 いや、違うな、あれは疑うことではなく、こちらが先にやるべきだ。

「虎綱が敵意を感じぬなら、本当に敵意はあるまい。こちらも意を返してやるぞ」

 ライダーは、親指を立てて見せた。

 秀と綱虎もそれに習う。

「殺され掛けた相手にこんなことやってるのがバレたら、日向にまた小言を言われそうだ」

「たしかに、あれは少々頭が硬いな」

 非常時だとして流してもらいたいものである。

 アサシンたちには、上手く伝わったのか、足を速めた。

「秀には、ライダーのマスターらしく、馬を使ってもらうとしよう。秀、虎綱、もしものときはアレも使う。覚悟はしておけ」

 地面に降りた。一呼吸。

「……ライダーは、いいのか?」

「逃げも攻めも決断は早急に、だ」

「御意に……それはそうと、御館様、巨山殿より引き継いたこの鎧、私なりにアレンジしてみたのですが、これ、似合っていますか?」

 虎綱はクルッと回ってみせた。

「うむ、貴様は、どのような格好をしても似合うな」

「ふふ、ありがとうございます」

 そう言って、虎綱は霊体化した。

「ライダーは、あんな美人を戦場にまで連れて行ってたのか? うらやましいというかなんというか」

 春日虎綱、史実では男性とされていたが、あれはどう見ても、背の高い女性だった。しかし、

「さすがは、我がマスター。男を見る眼もある」

「アレが、男?」

「うむ、虎綱は男だ」

「……文献は事実を伝えてくれてたのか。そこは、虚偽記載でも良かったのに。いや、根本は変わらないか。とにかくごめんなさい」

 そこにいるか、いないのか判らない彼に謝罪した。

「なに、あやつが女と間違われるのはいまに始まったことではない。千代女を男と間違えるよりよほどいい」

「いくらなんでも、そっちは間違えないよ」

 秀はうなだれ、ライダーは笑った。

「では、マスター。我が愛馬を貸し与えるゆえ、見事扱ってみよ」

「おう」

 前回と違い、行き先は分からず、相手も殺す気で撃ってきている。

 でも、誰の犠牲も出さなくて済む。

 そう感じたし、たしかにそうだった。

 失敗は、それが、どこまでだったかを一瞬で失念してしまったことだった。

 

「こちらの意思は伝わりました。ライダーとは共闘できると考えてよいでしょう」

 もう、足を緩める必要はない、前進あるのみ。

 敵はこれだけの巨体だ、見失うことはあるまい。

 またも、人型が突撃してきた。

 六本の腕による乱打。

 通常なら、チャンスにできるが、いまはマスターを抱えている身。盾で受け、その反動で距離を取るのが、せいぜい。

 人型が距離を取り、後ろから肉叢が突っ込んできた。

 さすがに、これだけ重量差があると厄介だ。

「片手どころか指先ほども戦えず、すみません」

「なにをおっしゃいます。この作戦は貴女の存在があればこそ、むしろ、一番危険な役回りでありましょう」

 本来の役割はメイドであるが、いまは騎士に護られる姫の様。

 問題は敵はニ体の射撃持ち、盾には敵わないが、フェリパを護りながら、その両方を相手にするのは、さすがの太陽の騎士でも骨が折れる。

 いや、モンスターから姫を護り勝利するのは騎士の本懐。

 ならば、俄然やる気が出るというもの。

「山まではもうすぐ、このまま突破します!」

 

 アサシンは移動しながら敵と交戦中、ライダーたちもそれを追う。

「ランサーとそのマスター、一緒にいるのが、バーサーカーとそのマスターか。まだ、子供じゃん」

 この地に網を張ってから今日まで引っ掛からなかったバーサーカーのマスター。

 こちらは、姿はキャスターでも能力はアーチャーに寄っている。

 自分の能力を過信していたわけではないが、あちらも見た目そのままの子供ではあるまい。

 防寒着に身を包み、バーサーカーに抱き着いている少女。

 血色は悪いが、この状況でランサーと笑顔で話している。

 音声封鎖で内容は口の動きを観察するしかないが、ランサーも嬉々として答え、マスターもそれに横やりを入れない。

 規格外。その言葉が頭を過った。

「ひとまず」

 なにくわぬ顔で合流して、観察しながら、第一目標を撃破。

 その後のことはその時に考えよう。

 

 山に着いた。

 アサシンは、人型の拳を受けた反動で無理やり距離を取るのも、ここまでだ。

 向かってきた人型の顎に一撃。

 上空の肉叢近くまでぶっ飛ばした。

 人の眼には速くても、アサシンの眼には遅い。

 あの肉叢がどのように思考してフェリパを襲ってくるかは不明だが、この程度の相手はなんでもない。

 あいつには、実力が伴っていない。

 それより、後ろのやつのほうが驚異だ。

 フェリパと同じ赤目の。いや、ダメだ、あれと比べるのは、フェリパへの侮蔑だ。

 人型が堕ちてきた、改めて剣を構え直す。

 六本の腕を振り回しながら向かってくる人型を、アサシンは難なく両断した。

 両断された死体は聖剣の炎により焼失した。

「さすがはアサシン! すごいです!」

 フェリパが目を輝かせている。

 静止していたボール型が身動ぎをし、そこから這い出した人型が地上へ堕ちてくる。

 平地なら、楽な相手だが、ここは、山林だ。一挙にとはいかない。

 堕ちてきた一体がアサシンに襲い掛かる。

 そいつは、軽い一閃で動かなくなった。

 最初のやつと比べても弱いが、数は多い。

 さて、どう崩すのが手早いか?

「数を相手する用意はあんぜ!」

 声と共に朱色の槍は、人型を打ち抜いていく。

「フェリパさん、助けに来ました」

 声の主に続いたのは、バーサーカーに抱えられた歌方スミレ。

 やはり、来てしまった。来てほしくはなかったが、それまでに倒せなかったのは、自分だ。

「スミレさん、助かります。この方は?」

「あれは、ランサー。おれは、そのマスターのオジェット=バーネンハだ」

「おれはお嬢さんを口説くため、マスターは仕事、利害は一致しているんだ、協力くらいは出来るだろ?」

 お嬢さん? まさかこの輩、フェリパを狙っているのか!?

 アサシンは、誤解したが、心中を察せる者は居らず、誤解したまま状況は進んだ。

「まさか、先客がおるとは」

 そこに、ライダーたちも追い着く。

「歌方は、避難してくれて良かったのに」

 秀は馬から降りて、馬の首を叩く。

 すると、馬は鼻を鳴らして消えた。

「たいした役に立たなくても、これを無視できるほど厚顔じゃなかったんですよ」

 来てしまった以上、その点を考慮して配置しようと、アサシンは案を巡らす。

「では、バーサーカーたちには、マスターの警護をお願いします。ほかのものは私と一緒に前衛へ、ランサー、貴方は最前線ですよ」

「うむ、任された」

「それはいいんだけど、おれ、変に警戒されてないか?」

「まさか」

 ランサーの問いに、アサシンは、笑顔で答える。

「お前の好きな一番槍だ。これから活躍して魅せるつもりなのだから理由など構うまい? 魅せ場なのだから、うまく活用しろ。アサシン、戦力にはなれんが、おれも前に出させてもらうぞ。ランサーの槍は使い回しで回収役がいたほうが効率がいい」

「了解しました、無理はしないように。危なくなれば、ランサーを盾にしてください」

「なぜだろう、マスターとアサシンが仲良しだ。いや、サーヴァントがマスターの盾になるのは当然、戦場では首を取ってなんぼだ。いくぞ!」

 ランサーが、先陣を行く。

 堕ちてくる人型が、瞬く間に貫いていく。

「さて、アサシン。貴様のことだから手段あっての誘導だと思うが、敵は上空。これに対していかに戦う?」

「それは、こうするのです!」

 アサシンは、手近な木を足場にして上空へ出た。

 剣から火柱が昇りボール一球とそこから堕ちてくる人型を焼いた。

「わお、火の粉も落ちてこないし、おれら必要ないじゃん」

「そんなことないですよ、ランサー。マスターを守る役と前衛を支える役がいなくては、取れない方法です」

「使えるなら、犬の手でも借りたいってことか?」

「そういうことです」

 アサシンは、爽やかに答える。

 人通りが少ない場所がほかになく、やってやれないこともない。

 だから、この場所を選んだ。

「見事なものだ。某やアーチャーでは、こうはいかぬ」

「ちょっと、待って。私にだってそれくらい出来るわよ」

 遅れてアーチャーが合流した。

「アーチャー一人か? 日向は?」

「ああ、マスターならちょっと調べなきゃいけないことができちゃってね」

「調べものって、なにを?」

「マスターとサーヴァントが別行動せねばならぬほどの問題か、なら長話をする前にこいつを片付けねばな」

 ライダーは、秀とアーチャーを会話を遮り肉叢に向き直る。

 おせっかいなやつ、アーチャーは聞こえないように呟いた。

「軽めの音声封鎖と認識阻害はしておいたから感謝してよね」

 いつものように刻んでしまうと、逃げ遅れた人が立ち往生しまう。その点を配慮して軽めにした。

 神秘の秘匿からは外れるが、あんなモンスターが彷徨いている国では、そんな意識も薄い。

 大衆も、アサシンの火柱を気にしていなかった。

 サーヴァントの存在がバレなければなんとでもいえるのだ。

 

「そろそろね」

 アーチャーは、巨人の腕を出現させ、先頭のボールに降り下ろした。一番でかいだけあって少しばかり抵抗されたが、結局地面へ叩きつけられ、腕に押し潰された。潰れた際に、飛び散った血は空中で焼かれた。

「ごめんあそばせ」

 それからフェリパを庇おうと、割って入った四人に謝罪した。

「ありがとうございます、皆さん。大丈夫ですか?」

「主の危機とあらば、駆けつけるのが騎士というもの。お気にならさず」

「わたしも無事です、というか来なくても良かったというか」

「主に同じく私も無事だ。戦闘以外の理由で死にたくはない、この点は配慮させてもらった」

「考えなしに前に出たことをスルーしてくれれば、おれからはなにも」

「モテモテね」

「貴女は……私が言えた義理ではないですが、ヒヤヒヤさせないでください。アサシンのようにスマートにやってください」

 茶化すアーチャーにフェリパが代表して文句を言った。

 職業柄、服に血が付いたどうするとかも言いたかったが、それは飲み込んだ。

「若い子が、そんなことに気にしちゃダメよ。さぁ、次にいくわよ!」

 アーチャーが、前に出る。

 あれは、仕事は出来ても、家事をさせたらいけないタイプだ。

 雑な目分量は敵なのです。

 

「……なぜ、あなたまで我がマスターを庇いに来たのですか?」

 アサシンの問い。

「なんでって」

 なんでだろう?

 マスターとサーヴァントとは仲良くしたいとは思ってはいたが、動いた瞬間は無意識だった。

 共闘し初めてから三十分も経ってない。

 無意識に庇うほど印象が変えられたわけでもない。

 ある種の空白の解答。人が嫌うやつだ。なにか、理由を渇望するやつだ。

「欠片とか、いろいろ飛んできて怪我でもされたら、後味悪いし」

 適当にお茶を濁した。

「なるほど、たしかに」

 アサシンが焼いたやつは、焼け焦げたツボのように砕けてはいるが、塵になったわけではない。

 アサシンからすれば、落下した後に砕けるよう自ら調整出来たから慌てなかったが、アーチャーはそうしたかわからないから今回は庇いに来た。そんなところか。

「では、私は前線に戻ります。こちらはお任せます」

 気を使ってくれたアサシンの後ろ姿を見送った。

 気が緩んだのか、力が抜けた。

「大丈夫ですか!?」

「ははっ、気合いが足りないな」

 庇った女の前で、膝を着くとは、なんとも情けない話だ。

 

 戦局は、初めからこちらが優勢であったが、アーチャーの参戦でそれは決定的となっていた。

 初めのやつが特別だったのか、執拗に突撃してくるのは同じだが、いま相手しているやつらはその役を演じているような、アサシンは、そんな印象を受けていた。

 オジェットは、突き立てられた槍を回収し、ランサーに投げ渡していく。

 相手の動きを熟知しているゆえ、手際がいい。

 肉叢の身体能力は、常人を超えている。

 サーヴァントには及ばなくとも常人とは超えがたい差があるのだ。

 現に、彼も攻撃には加わっていない。

 素養と経験が抜きん出ていている人間ならばというものもなくはないが、トドメ役がいるだけで、こうも違うかと感じていた。

 そろそろか?

 オジェットだけは、これまでの経験から戦闘が長引けば、攻撃パターンの変化、人が言うところの奥の手を使ってくるやつがいるのを知っていた。

 出現確認から約四十五分、自分たちが合流してから約十分、その時間にはまだ余裕はあるが、念押ししておくか。

「人型を全滅するまで待つ必要はない。一体くらい仕留めてみせろ」

「おうさ」

 本来なら、令呪の一画でも使っていいタイミングだが、このランサーの場合、そうはいかない。

「貫け、三貫半柄!」

 戦闘後砕けてしまう代わりに、ただの棒を魔力で名前通りの長さのDランクの宝具の槍にすることが出来るランサーの宝具の一つ。

 それを、最後尾のボールに打ち込んだ。

 ボールを貫く長さの槍も、トドメとするには、一撃の威力が足りない。

 いいところがないな。

「お前ら、トドメは譲ってやるぜ!」

 ランサーは、槍ごと肉叢を地上へ投げた。

 アドリブとしては、なかなか上手い。

「仕方ありませんね」

 アサシンが、剣に火を灯す。そのまま一刀で両断した。

 ニ騎は、そのまま地上へ落下していく。

 残り十五分弱、余裕だな。

 その頭上では、残った一体が上昇し、形状を変化させていた。

 どこか、時間を読み違えた?

 直径は元の三倍、距離を取ったということは砲台タイプへの変化か?

 ランサーには空中で動く術がない。

 令呪は大事だが、肝心のサーヴァントが消滅させられてしまっては元も子もない。

 変化した最後の一体が、動かなくなった肉叢たちをゆっくりと吸い上げられていく。

 おそらく、ばらしたものを纏めるのだろう。

 それは、上空にいるアサシンとランサーに対しても同じ、やつからすれば、サーヴァントも強化素材同然だ。

 時間の狂いといい、いままでいなかったタイプだ。

「このままだとやつに食われることになりそうだが、アサシンのほうは打つ手はあるか?」

「試してみます。炎よ!」

 アサシンは剣から炎を放つが、そのまま肉叢の口に収まっていく。

「ダメか!?」

 アサシンが剣の真名解放を使えれば、打開出来るだろうが、ほかのアサシンでそんな能力を持つサーヴァントは世界中を探しても見つからないだろう。

「仕方ないわね!」

 アーチャーが、宝具を上空で展開した。

 さすがに、判断が早い。

「叩き落としてやりなさい!」

 巨人の組んだ両手が肉叢に降り下ろされる。

 あれだけでも、相当な威力になるだろうが、肉叢は上空に踏み止まった。

 最後の一体だからか、それとも、あれが本体だからかはわからない。

 とにかく、堕ちず抵抗しているのだ。

 川が近いとはいえ、あの巨人は燃えている。

 全身を出すわけにはいかないはずだ。

 甘いといえば甘いが、巻き込まないようにする気遣いに助けられているのは事実だ。

 それより、いま優先しなければならないのは、ランサーとアサシンが喰われるのを阻止すること。

「バーサーカー!」

 こちらが令呪を使うより早く、少女が叫んだ。

 

「待てぃ!」

 ライダーさんが声を響かせながらこちらへ下がってくる。

 私が、バーサーカーにアレを倒してもらうのを止めるためだ。

「ここは任せよ、マスターも良いな?」

「ああ、お前が出来ると判断するなら、構わない。その後のことは、気にするな!」

 海藤さんが、胸を張って応える。

 ライダーさんと海藤さん、こうなった時のことを考えていた。

 バーサーカーも、アレを落とせるほど力を使えば、わたしも死ぬのがわかっているから、なにも言わず弓も上げなかった。

 口振りからライダーさんが犠牲になるのはわかるのに、わたしは口を挟めなかった。声が出なかった。

「どうするつもりですか?」

 フェリパさんからすれば、令呪を使うしか手がないこの状況。誰がどうするにしても、時間がない。

「宝具を使う。あのような輩を相手にするにはとっておきの、それこそ令呪なしで、アサシンとランサーを助け、やつを一刀のもとに叩き伏せられるものだ。本来の某なら一考もせぬ手立てではあるが、これもマスターの影響というやつよ。虎綱!」

「こちらに」

 ライダーの横に、黒い鎧のお姉さんが現れた。

「マスター、その薙刀はお前が使え。曲げるなよ」

「わかってる。曲げないよう、せいぜい頑張らせてもらうさ」

「ならば良し。武人の真似事も思いの外楽しめた! 此度の役目、思い残すことなし!」

 ライダーさんは、お姉さんから受け取った刀を抜くと、鎧は白色に、背中の盾は消えてロボットっぽくなった。

 背中に羽根付いてるし、大砲付いてるし、男の子が好きそうな見た目だけど、あれなに?

「閃光剣よ、悪を切り裂け!」

 片手で刀を掲げ、横に一振り。

 その刀の名の如く、光が吸い上げられていた人型やらボールの残骸が一掃した。

 アサシンとランサーさんも一緒に斬られたけど、なんの影響も受けていない。

 世の中に、こんなにもキレイな一振りがあるなんて知らなかった。

「敵の首格よ、いざ、参る!」

 ライダーさんが飛んだ。

 アサシンやランサーさんを超える速度で飛び、ボールのさらに上へ。

「急降下!」

 あまりに速すぎで、なにをしたかわからなかったけど、ライダーさんが最後のボールを上から貫いた。

 

 サーヴァントライダー、入れ替わりにて消滅。お付きの虎綱さんも下がった。

 たった三日の付き合いで、なにか学べたわけでもないが、それでも別れは辛い。

 新しいライダーの真名は、マスター、サーヴァント含めて誰も気付いたように見えないのは悲しいけど、真名がわかったからと勝負を挑まれても困る。

 おれも疲れたし、これ以上の戦闘は避けたい。

「ライダー、その姿はなんだ?」

 みんなが知りたいであろうことを、最初に聞いたのはオジェットだった。

 大人でも男だからな、やっぱりこの姿は気になるよな、気持ちはわかるよ。

「拙者は先のライダー殿より力を託された者。宝具を使いはしたが、いまはまだ、アサシン殿の言に従い真名は秘させていただく」

 ライダーの話では、英霊の座には時間の概念がないから知名度と神秘補正は受けられないが未来人でも喚べるらしい。

 いまのライダーの場合、知らない人にだと、未来の英雄と認識されてそのままというのもあり得るか?

 その場合、顔や体格など、人間と違う部分はどう見えるんだ?

「力を託されっていうか、明らかに前より強くなっているでしょ? それに、姿がそのままってことは、まだ戦うつもりなのかしら?」

「この姿は拙者にとっての全盛の姿でな、武者姿に戻ることは出来ぬよ。それに、今宵は自ら犠牲になったかの御仁を静かに称賛したいのだ」

「なるほど、そういうこと。ならいいわ、私も今日は疲れたし、休ませてもらうわ」

「アーチャー、日向に、必要があれば、また共闘しようって伝えといてくれ」

「はいはい、ほかの人もじゃあね」

 アーチャーは、手をひらひらさせて消えた。

 あんな動きで、空中に文字を書けるとは、さすがだ。

「やれやれ、最後にいいところを持っていかれちまったな。どこの國の武将かは知らないが、あんたらは助けられた。恩返しは出来ないだろうが、礼は言わせてくれ。ありがとう」

 このランサー、槍を三貫半柄って言っていたな。

 貫ってどこの単位だ? 中国か、昔の日本か?

 虎綱さんの名前は出してたけど、近隣の戦国武将か歴史マニアじゃなけりゃ、身元はわからないだろう。

 反応からして、ライダーの隣國に拠点を持っていた戦国武将ではないこと以外に手がかりなしか。

「では、我々もお暇させてもらおう。ここの後片付けよりも先に街の被害調査をしなければならないのでね」

「街か。あんたも巻き込まれた奴は助けて、巻き込まむ奴は止めるってスタンスでいいか?」

 ここにくる途中、ライダーの力があれば救えた命を見捨ててきた。

 目の前にある命を助ければ、その手間の分だけ見えていないところにある命を救える確率が下がる。

 100%以上の数値から減点方式で確率を算出しているから解りづらいが、この状況で、被害者すべてを助けることなんて出来ないのだ。

 それでも、遅くはない。

「こちらが、どう動くかは状況次第だが、お前のスタンスは理解したよ、海藤秀」

「…………」

「安心しろ、お前の意見は一般常識に伴っている。肯定こそすれ、非難などせんよ。お前の邪魔をするのが仕事だというわけでなし、魔術やサーヴァントを見た人間の口を封じろという魔術師としてのルールに触れなければ好きにすればいいさ」

「…………」

 だから、フェリパさんは、あんな行動をしたのか。

「いまのライダーが、サーヴァントだってわかるのは魔術師くらいで、普通のやつには良くできたコスプレだと思われるだけだよ。それでも、見せるなと?」

「コスプレだと?」

 オジェットの表情が怖くなった。怒っているのではなくて驚いているのだろうけど、子供は泣きそう。

「ほかのサーヴァントはともかく、このライダーは姿と名が知れているんだ。おれも小学校の時から知ってた」

 シリアスに言っているが、そうとうおかしなことを言っている。

 二人の関係までは知らないけど、実際あるからこういうことが出来た。

「それなら、賭けてみればいい。しかし、いいのか? そんなこと、俺たちに教えて?」

「いまバレても構わないってこと。それより優先したいこともある」

 いまは雨が降る前に動きたい。

「バーサーカー、わたしたちも……」

「わたしたちもじゃない。歌方は、家に帰るんだ。こういうとき親にはなんて言えばいいか、わかんないけど、とにかく帰ったほうがいい」

 親の顔も忘れたやつが言えた義理じゃないが、心配はしているはずだ。

 まさか、家や家族が被害にあったのに来たりしてないよな?

「たしかに、もう子供をつれ回していい時間は過ぎていますね」

「フェリパさんまで。そこをなんとかなりませんか? 海藤さんもすぐには帰らないんですよね?」

「おれの身内はじいさんしか残ってないし、そのじいさんも旅に出てるから文句を言ってくる身内はいないんだ。けど、わかるだろ? 親御さんに心配かけるな」

「海藤さん……わかりました、帰ります」

 悄気てはいるけど、笑顔は崩れてないな、良し。

「大丈夫、私とアサシンも家まで同行しますから。構いませんか、アサシン?」

「はい、お任せを」

「なら、決まりだな。今日の戦いは終わり、明日も個々に人助けをしよう」

「ふっ」

 オジェットに笑われてしまった。

 話を反らしたとバレたのか、お気楽だと思われたのか。

 日向を相手にしているわけじゃないからわからない。

 フェリパさんと歌方は、殺し合いがしたいわけではないだろうけど、この人の場合、雰囲気と言動だけじゃ、わからない。

 本当に怖い人ってやつなんだ。

 

「街の一部を破壊しただけで、サーヴァントもマスターも実力で出せた脱落者なし。枷をされなながらの戦闘だったにしても、異界の神の尖兵、程度が知れると思わないかい?」

 同じ神でも、我らが智の神とは雲泥の差があると、彼は自ら信奉する神を誉め称えた。

「不謹慎ですよ、バルズ神父代行」

 それに対し、シスターは眉を潜めた。

 異教の神の教会で、いまはその信徒のふりをしているのに、彼は見た目だけ真似ただけで、隠す気が感じられないからだ。

「けど、考えてもみてくれ。彼らの立場は、言うなれば我々と同じなわけだ。それが見境なく暴れるしか能がなかったとくれば、笑いたくもなる」

 あのまま、アサシンやランサーを取り込まれた上、仕掛けまで発動しなかった場合、痛手になっただろうが、それは阻止された。

「ですが、人手を得ることはできました。明日からの避難者の対応をしながらでも、スムーズに事を運ぶことが出来るでしょう」

「たしかに、数日の戦いに活用するには、十分な人数がこちらに就いた。主と世界樹の警備、内外にある組織への牽制、我々には不得手なことが得意なものも多い」

 駒が多ければ、用途も増える。それも、文句を言わずに働く者ならなおのこと良い。

 いいことづくめではないか。

「魔力を多めに与えれば、サーヴァントの訓練相手になるものもいるだろう」

 しかし、

「異界の神、とくに人類の敵となるならばこの世界に居場所はないわけだが、まさか、同情的になったりはしていないだろうね?」

「それこそ、まさかです。あれは排除すべき存在に違いありません。ですが、封印の方法、人格を与えた彼を封印の犠牲にするのに納得が出来ないだけです」

「人格は信念を呼び、信念は封印をより強固なものとする。蓋の両親が計画を進めるうちに情が沸いたのは解る。けど、君は他人、ましてや魔術師だ。方法が実質一つだけなことに文句はあれど、必要な犠牲に関しては、割り切れる話だろう?」

「ワタクシは魔術師の落伍者、しがない魔術使いですよ」

「だから、イギリスから極東まで来たと?」

「はい、しがらみから逃げきれる場所を探して」

「逃げきれる場所か、君はここからさらに逃げるつもりなのかい?」

「すべきことが済めば」

「こんな居心地のいい立場はそうないのがわからないとは、女故かな?」

「ワタクシであるが故です。ですが、ご安心を、悪神の打倒ははたしてみせます」

「なら、小言を言い続ける必要はなさそうだけど、犠牲を渋って世界を滅亡させるのは勘弁してほしいね」

「自らが犠牲になる前提で進められた計画に乗って、彼は犠牲になるとお思いで?」

「なるだろう。なにせ、我らが智の神の計画だ。入れ替わりとはいえ、前のライダーは脱落。指示通り計画は進めるよ」

「……街が落ち着くまで、マスターの何人かは戦闘をしないでしょう。私も被災者支援に忙しくなります」

「ああ、計画のほうは、こちらで進めておくし、状況も逐次報告する。時期が来たら、本来の役目を果たしてもらうよ」

「わかりました」

 噛み合わない会話を切り上げて、テヘーラは自室に戻った。

 




アーチャーが霊体化しているシーンがあったので修正


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――4日目・前編

やっちまったなと思うことその一『ガイダルは女性詞ではない、ミラナは女性です』
やっちまったなと思うことそのニ『ライダーのステータスと口調がFGOと違った』

修正はまだしません


 街は、こんな状態だが、聖杯戦争は中止などされない。

 たとえ、泊まっているホテルが倒壊してしまったとしてもだ。

 むしろ、痕跡を隠しやすくなったといえる。

 魔術師としては、ありがたいが、それだけでは、人としては失格だ。

 現在ホテルは損害の確認中、避難を奨められたが仕事で離れられないと断った。

 詳細については、我ながら、うまく誤魔化せたと思う。

 その時、どこぞの会社のビルで、炊き出しなどの支援が行われていると聞いた。

 このビルは、セイバーは昨日まで在ることが気にならなかったという。

 無用心に行けない場所だ。

 さりとて、いまは復興作業の準備中で、どこもかしこも騒がしく、行かねばならない場所もない。

 これから、どうなってしまうのだろう?

 

 昨日の夜、あの戦いから声が聞こえる。

 ほかの誰も聞こえている様子はない、つまり幻聴、そもそも、声と認識しているだけで、本当に声かも怪しい。

 頭の中に、誰かが入り込んだみたいで、気持ち悪い。

 その声は言う、人類を滅ぼして世界を守れ。

 何様だ、馬鹿らしい。

 それなら、逆に人類を守ってやるわ!

 

 あの後、街中で人を助けて回った。

 ライダーを、コスプレと言う人もいれば、こちらからコスプレだと説明したりもした。

 女性の平均身長より少しばかり低い謎のコスプレ剣士。

 銃刀法違犯のおじさんと薙刀を持った高校生が街を駆け回っていたわけだけど、警察はほかで手一杯なのか、見逃してくれてるのか、ご厄介にはならずに済んでんだ。

 剣の腕は確かなのだから、真名が愛称として知れ渡ったかもしれない。

 それはともかく、寝る前より身体が重い。辛い。他愛ないことをさも重要そうに考えてしまうのはこのせいだ。

 小時間だけとはいえ、雨の中の作業。

 防寒具を着ていたのに、風邪を引いたとは思いたくないが、どうだろう。

 熱はなかったし、少し休めば動けるようになるはず。

「ライダー、付き合わせたのに悪いが、もう少し休ませてくれ」

 学校に被害はなかったけど、この状況なら休みだろうし、押し掛けてくるのも顔見知りくらいなものか。

「構わんぬ。拙者はお主のサーヴァントで、その前は将軍、その前は武者であったが、その前は農民で、民とは身近であった。率先して民を助けたマスターに文句を付けるはずもない。ゆるりと静養されよ」

 ライダーは笑顔で答えてくれた。

「ありがとうよ」

 気温、雨、倒壊した建物。昨夜だけで何人死んだかわからない。

 生存の確率は、時間が経てば経つほど下がっていく。いまからでも助けられるやつがいるかもしれない。

 いや、落ち着け。

 日向やテヘーラさんが、街のために動いてくれているはずだ。

 いまは、ローテーションの休息時間、落ち着け……落ち着け……。

 ゆっくり自分に言い聞かせる。

 

 街に昔からあった結界、これの配置に規則性はなく、結べば特定の形になるわけではない。そもそも、当時の人間に結界なんて概念があったかも怪しい。

 カタカタカタ。

 アーチャーの張った監視網、これは幅広いが一筆書きは出来る。

 時間の関係で死角なしにとはいかなかったが、通った道がすべて死角であったのは偶然だとは思えない。

 カタカタカタ。

 それに、アーチャーが気を向けられないように施されていたというダールマンのいる支社ビル。これについては、どこに結界の点を配置していたのかすら、わかっていない。

 アーチャーが気を回せるようになったのは、昨日の一件で綻んだか、破壊されたということだ。

 カタカタカタ。

 消された八家の一つも気になるが、そちらの洗いだしは祖父たちがやってくれている。

 こちらは、その間、被害確認に託つけてダールマンのいるビルへ行くことになった。

 霊体化出来ないアーチャーを連れていても、まさか、避難した人や支援物資を求めて人が集まっている場所で、仕掛けてくることはあるまい。

 カタカタカタ。

 海藤のほうは、考えて動いていたら、なにをしているか逆にわからなくなるから、同じ目線で考えたほうがいいか。

 カタカタカタ。

「で、お前はさっきからなにをやっているんだ?」

 街がこの状態でネットも使えないはずなのに、アーチャーはパソコンを使っていた。

 プリインストールされていたゲームをしているにしたって、タイピングスピードが速い。あれでは、パソコンの処理速度を越えてしまう。

「昨日のあれをなんとかする方法を考えてたら、やっぱり、私の宝具みたく殴れるタイプがいいと思ってね。それの基礎設計と制御システムだけでも用意しようと思ったの。昔……いや、未来かな? 姉さんが友達に預けた領域でのことだから細かくはわからなかったけど、影の国にそういうのを持ち込んだ女の子がいたから、たぶんいけると思う」

 基礎設計に制御システム、サーヴァントがパソコン上とはいえ、ロボットでも造るのか? そのパソコンにそんなことが出来るスペックはないはずだぞ?

 それに、影の国にマシーンで乗り込むなんて、いつの時代の何者だよ。

「昨日のやつと戦うなら20mくらいあったほうがいいかしら? そうなると、フレームや装甲にルーンを刻まなきゃいけないけど、それは我慢しましょう。でも、すぐ真似されたら癪だから、ほかの特徴、どこでも動けるようにしましょうか」

 パソコンを覗き込んでみた。

 こいつ本気だ。サーヴァントが本気でロボットを造ろうとしている。

 当然、金属製になるから、使いたくないルーンまで使うほどしっかりとしたものをだ。

「新商品の開発をしてくれるのはありがたいけど、あんまり要求スペックが高いものを提出してくれるなよ」

 我が社では、資金やパイロットを、ポンと用意出来ないし、人型メカなんて技術的に造れない。車両から非人型を経由すれば、なんとかなるか?

 パイロットも、秀にお友達価格でもやらせれば逆にいいのが出来るかもしれない。

「私がやれるのは、この通りに造ればいいってものの設計図を書くまでよ。ひとまず空陸水どこでも共用で動けるようにしておくから、武器とか通信機とか時間が掛かりそうな装置一式は任せるわ」

「マジかよ」

 サーヴァントは、天才以上とは言ったが、そこを外してくるのは予想外だ。

 

 アーチャーの言葉遣いは、この国での生の言葉遣いとして参考になるし、烈火とのオシャベリは気が楽だが、聖杯戦争の参加者同士で馴れ合いは良くない。

 烈火に相談するわけにいかないなら……そうだ、先生に相談しよう!

 そう思い、読めない文字を頼りに、語学教師殿の自宅を捜すことにした。

 住所、文字なんてただの記号だ。意味や成り立ちまで理解する必要などない。ましてや、読み方など……など……。

「外観だけでも聞いておけばよかった」

 歩きで回るには広く、倒壊している建物もある。

 電信柱についている標札と門に付いている表札から探してみた。

「セイバーは、人探しって出来ないの?」

「そこに、財宝の匂いでもあれば、見つけられるが、ただの人間相手ではな」

「ようは、財宝を持っている人であれば、見つけられるのか?」

 セイバーが欲しがる財宝なんて、こんな街にあるのか?

「隠し方にもよるな。当然、マスターに日本語を教えただけの人間なら興味はない。が、そいつが宝を隠しているなら話は別だ。手は貸してやるから名を教えろ」

「言われれば手伝ってくれるつもりだったのか。ありがとう、見逃さないでもらいたい文字はこの二文字、意味はわからなくていいから聞かないで」

 教えられた文字を描いて見せた。

 しかし、教えられた家のファミリーネームと先生のファミリーネームが一致していない。

 おかげで、人に訪ねても、必ず正解に当たると限らないじゃないか!

「ふむ、二文字は多くあったが、喜べマスター、その文字はなかったぞ。ところで、マスター、オレは貴様の師の匂いは知らんが、宝の匂いに関しては鼻が利く。もちろん、その男が宝の一つも秘蔵していないと思うなら、このまま宛てもなく探し続けることになるがどうする?」

 こいつ、名前を確認するだけだったのに、宝探しを提案してきた。

 宝にしか興味のない悪竜の意見だが、たしかに宝の一つも所持していないと思うのも失礼な話だ。

「上手く見つけたら、報酬に宝を要求するつもり?」

「つまらないことを聞くな。オレが行うのはあくまで略奪、報酬で宝を得るつもりはない。それも聖杯を手にした後にやるつもりだ」

 聖杯を手にして、巣を作った後か。

 でも、その時にこいつを倒せば、貴重なドラゴンの死体が手に入るわけか。

 手に架けて、咎められる相手でもなし。そうするか。

「わかった、略奪は報酬の聖杯を手に入れた後で存分にやればいい」

「ああ、マスターが願いを叶えた後の楽しみが増えたよ」

 根源に到達した魔術師に、ドラゴンの一匹がどれだけ対抗できるか見物だわ。

 

 自分が鋼を打つ後ろで、男たちが話をしている。

「ここを出ていく、その意思は変わらないか?」

「ああ、俺の仕事はアルファルズが引き継ぐだろうさ。もっとも、見た目や個性を着ける想像力なんてないだろうがな」

 『キャラかぶりでも個性』と言う感性はよくわからないが、姉妹が仲良くしているのが良いことだということは、わたしでも判る。

「きみもベルヴェルクのようにされるかもしれないぞ」

 ベルヴェルク。

 女を愛し、地位も記憶もすべて捨て、戦場へと赴いた。

 彼女のためならばと、愛すること、愛したことも不要。思い出も、これから作っていけばいい。

 それは自分に取って聞こえのいい言葉で、彼女に取ってどんなに残酷なことか考えが及ばなかったのは、やはり我々だと云える。

「詩を謳うしか取り柄のなかったベルヴェルクを仕官先ごと潰して、戦乙女の管理者だった俺には、なにもしないってのは、ちょっと考えられんな」

 たしか、生まれ持った役目の重要度に関してベルヴェルクは下から数えたほうが早く、彼は上から数えたほうが早い。

 それに、彼の仕事は容易にこなせるものじゃない。

「戦乙女を差し向けられるぞ」

「それも覚悟の上、自分の娘に殺されるなら、それも本望、ってのはカッコつけ過ぎか?」

 本気なのか、ふざけているのか、わかり辛いことを言う。

「そんな妄言を言っている場合じゃない、大王の四騎士も我々を狙っている。考え直したほうがいい」

 妄言か……。

「いまのが妄言に聞こえたなら、お前も相談役は向いてないぜ、ビヴリンディ」

 おれもそう思うよ。

 おかげで、打っている剣が名ばかりのものになってしまった。

 

 ドアの叩く音で、おかしな夢から自宅へ戻ってきた。

 無視したかったが、ものすごい叩いてくる。

「どれ、ここは一つ、拙者が行って」

「いや、一緒に行くよ」

 そう、自分にも言った。

「しかし、宝具の使用で消費した魔力が回復しきってないのではないか?」

 これ、風邪じゃなくて魔力消費が原因だったのか。

「でも、知り合いだったら、おれが出ないと逆に心配されるだろ? 顔見せくらいしてもバチは当たらないさ」

 そうでも思わなきゃ、メンドクサくて、動く気にならない。

 義眼の消毒どころか、外しもしていない、我ながらヤバい状態だ。

 ついでに、それもやっておかないと。

 薙刀を手に取り部屋を出る。少し重い。

「ライダー、必要だと思ったら」

「心得た」

 ドアを開けたとたん、不意討ちされる可能性もある。

 ライダーの剣みたくビームを射つことも出来るやつがいないとも限らない、アーチャーも巨人を使えば家くらい簡単に潰せる。

 家にいれば、安全とは言い切れないのだ。

 いや、そもそも、勝つことや生き残ることは、目的ではなかった。

「おれの目的は、街の人間を聖杯戦争から守ることだ」

「うむ」

 所詮自称の護衛役。それでも、

「その役目を放棄したら、堕落してほかのことも頑張れなくなる。先導したりも出来ないから、こういう言う方しかない。頼む、協力してくれ」

「サーヴァントの力を善行に使う。拙者にとって、これほど嬉しいことはござらぬ。こちらこそ、よろしく頼むぞ、マスター」

 自分への言い聞かせ、ライダーからの返事、薙刀は壁に立て掛け、深呼吸をしてドアを開けた。

「どちらさま?」

 そこには、やたら背の高い赤毛の女性と彼女と身長を比べちゃいけない男が立っていた。

 山で会った女性二人もそれなりに背が高かったが、彼女はそれ以上、男のほうは、ライダーと彼女の真ん中くらいだ。

「ッ! あなた、ライダーのマスター! です」

 出会い頭に、驚かれた。いや、本来ならこちらも警戒すべきところだった。

 日本語を習うのに、ダメな講師に当たったであろう、違和感のない発音で不自然にですを取って付けた彼女ではあるが。

「この場所は、あのシスターから聞いたのだ。不思議ではあるまい? それになるほど、名の通りか」

 後ろの男が言う。

 あの日、アサシンと戦っていた男。

 頭がフラフラして、動けなくなるスキルか宝具を使うやつ。

 クラスは、たしかセイバー。

 おれのところにライダー、日向にアーチャー、歌方にバーサーカー、フェリパさんにアサシン、オジェットにランサー、そして、主催者の部下にキャスター。うん、合ってるな。

 名の通りの意味はわからないが、テヘーラさんがなにか言ったのだろう。

「植物と同じ名前なんて気にすることか?」

「植物?」

 違うのか。この家におれがいることも知らなかったし、なにをしに来たんだ?

「そっちじゃないなら、誰の名前が気になってるんだ?」

 サーヴァント連れに警戒されては、ゆっくりお茶でもというわけにもいかない。

 頑張って、失礼だけはないようにしないと。

「ヴァーヴズ=オーダイン先生よです」

 よです。聞きづらい日本語だ。

「なるほど」

 我が祖父よ、あなたが変な日本語を教えたせいで、狙われてるんじゃないだろうな?

「残念ながら、昨日、入れ違いで旅に出たぞ」

 おれも彼女も入れ違った。

「――――……」

 なんと言ったかわからないが、マジかよ……とか、そんなところだろう。

 そんな表情をしてる。

 セイバーのほうは、やはりなという顔をしている。

「おれは、海藤秀。植物と同じ名前でライダーのマスターだ」

「カイドウシュウ」

「秋海棠って植物があるらしい」

「私は植物科ではないので植物は詳しくないです」

「草なんかより、オーディンと財宝の気配がするほうが重要だ。やつは役に立つものには、妥協しない。それが種一粒であったとしてもだ」

 オーダイン、オーディン、北欧の軍神。片目繋がり。

 魔法が身近だから、神の名も気になるのか。

 本当に力があったなら、片目を潰す一族に生まれた母も、息子が自分たちの死ととも思い出も忘れられることもなかったろうに。

「オーディンに関しては、名前が同じなだけだし、財宝もない。聖杯戦争に参加することになったのも、偶然。聖杯に掛ける願いもないし、一般人を巻き込まないようにしてもらえば、戦う理由もない」

「一般人を巻き込まないのはともかく、聖杯戦争の参加者は、率先して参加するか、聖杯に掛ける願いがあるかのどちらかで、偶然ではないです」

 なるほど、それがテヘーラさんの言っていたシステムが参加すべきと判断する基準か。

「たしかに、人に言える言えないはあっても、願いの一つもない人間なんていないから、理屈としてはそうだけどさ。おれにとってはどっちでもいいさ、聖杯も欲しけりゃくれてやる。でも、無関係な人間を巻き込まないことが条件だ」

「そこを気にするなんて、よほどこの街が好きみたいねです」

 この街が好きと言うほどではないが、記憶なしにとっても安心できる場所は、たしかに重要だ。

「祭りの時期すら覚えないけど、嫌ってはいないかな」

 この街に骨を埋める予定があるわけでもない、街はただそこにあるもの。

 その程度の認識だ。

「普通だよ、普通」

「その考えはオーディンの身内とは思えん。いや、やつの子でもまともなところはあったな」

 この口振り、トールとかとも知っているのか。詳しいやつならセイバーの真名を言い当てられるのだろうけど、おれの知識では足りない。

「――、―――――――――――――――――――」

 あんたは、日本語で話してくれ。

「現地に身内が居て、マスターが日本行きを決めたタイミングに都合よく現れたオーディンの名を冠する片眼の老人が、日本語を教えるためだけに時計塔に出入りしていたと思うか?」

「――――」

 名前だけで、なんでこんなに過大評価されてるんだか。

 孫が知らなくていい世界なのか、記憶が飛んだから過保護になってるのか。

「オーディンの身内を名乗れる実力があれば、昨日はもっと上手く動けたと思うよ。いまのままじゃ、渾名にも愛称にも出来ない」

「謙遜のつもりか?」

「事実だよ、素人なんだ」

 そう、素人なんだ。

 魔術に関しては、本当になにも知らない。

 アーチャーの魔術だって、ただ指を動かしていたわけじゃないから、見よう見まねで指を動かしてもなにも起きないはずだ。

「先生が本当にただ者なら、家になにもないはずです。探させてもらうです」

 たぶん、その先生は貴女方が思っているよりただ者だぞ。

「疲れてるから、寝かせて欲しいんだけど」

「そちらは寝ててもらって構わないです。わたしたちはかってに調べるからです」

 これは、断ったら難癖つけてくるぞ。

 これだから外国人は。

「ライダーを監視に付ける。それでもいいか?」

「構わんです」

 ライダーが武芸百般で対悪・対混沌に特化宝具持ちで、そこの混沌・悪面のサーヴァントに優位に立てるのを知らないからって、そんなことを。

「すまん、ライダー。お願いするよ」

「心得た」

 無言で会話を聞いていたライダーに仕事を押し付けてしまった。

 一国の主同然の大将軍に頼むべきことではないのだが、そろそろ立ったまま寝そうなのだ。

 背中を見せないよう、靴を脱ぎ、薙刀を手に取り、部屋に戻る。

「ライダー? 人?」

「姿が変わっているな。なにがあった?」

 ドアの影、死角にいたから、いるのはわかっても姿は見えてなかったのか。

「宝具を使ったら変わった」

「なるほど、セイバーと同……いやなんでもないです、我々は宝探しをするです!」

「ああ、ここには教会に運ばれた宝と同じ気配がある。なにが出てくるか楽しみだ」

 二人は、靴を脱がずに家に入って来た。

「待たれよ、お二方」

「なっ、なんです? この廊下に罠はないです」

「いや、日本では、家に上がる前に三和土で靴を脱げって教わらなかったか?」

 ライダーに任せればいいのに、思わず割り込んでしまった。

「靴です?」

「足跡がついてる。言っとくが、スリッパなんてものはない。文句があるなら、捜しものは諦めろ」

 仕方がないので、ありがちなギャップを指摘した。

 ライダーが素足で出入りしているのは、気づかないでくれ。

「よその国は知らないが、日本では普通のことだ。わかれ、セイバー組」

 焦っていたせいか、靴のせいか、セイバー組って言っちゃたせいか、彼女はポカンとしている。

「……ミラナです」

「ん?」

 ミラナ?

「ミラナ=ガイダール。名前です。マスターはわたしで、サーヴァントをメインにされるのも気に食わないです」

 そう言って、呼びづらいファミリーネームの彼女は靴を脱いで玄関に揃えた。

 対して、セイバーは、

「オレは貴様の命令に従うつもりはない。しかし、マスターの守護と財宝の探索という仕事があるのも事実だ。なので、貴様の巣に土足で入ってかつ床を汚さない方法を取らせてもらう」

 などと言うから、どんな手を使うかと思えば霊体化だった。

 確かに、靴は脱いでないし床も汚さない。下らないトンチか。床を汚さないよう配慮してくれてありがとう。

「オッケー、ミラナ組。おれが寝てる間にトラップと一緒に関係ないものまで壊さないでくれよ」

「靴は知らない慣習だから失敗しただけで、トラップなんか、発動前に解除できるわです!」

「たしかに、知らなかったなら仕方ない。トラップにも引っ掛かったら助けてやれないから、その心配がないのもありがたい話だ。安心して寝ていられる」

 それでも、起きたら関係ないものがトラップとして壊されてたり、ライダーが羽根で壁を擦ったりするくらいは覚悟しておこう。

「そんな顔をされると、先生秘蔵の霊装を見つけても、教える気が失せるです。あのサーベルみたいな霊装が出てくれば、あの突然現れる不死だけでなく、サーヴァントにも対処し易くなると思わないです?」

 日本で不死に対処出来る霊装、かどうかわからないけど、あれか?

 斎藤一も、丈夫な刀として一時期使っていたらしいから、男しか住んでいない家にあってもおかしくはないし、すべての力を引き出せば、スキルと宝具を封じたサーヴァントなら互角に渡り合えるけど、所有許可なんて取ってないから、我が家にあったら銃刀法違反になる。

 あるなら、大事になる前に、見つけてもらわないと。

「マスター、あれはサーベルではなくカタナというものだ。だが、材質はなんであれ、我が宝物に加えておく価値があるものも多い」

 現れたセイバーが、こちらを見ながら言った。見つけたら、いただいていくぞとアピールらしい。

「使えたとしても、サーヴァントと戦うのは勘弁してもらいたいね」

 もし、サーヴァントと同じだけ動けるようになったとしても、手を読まれてぼこぼこにされるのがオチだ。

「せいぜい、頑張って奪ってくれ。おれは寝る」

 その欲しがってるモノは、番を選ぶ。

 選ばれなければ力を貸さないことをセイバーが訂正しないのは、マスターの夢を壊したくないからか?

 ……なんで、おれはそんなことを知っている? そんな話を聞くことがあったか?

 いやいや、あれは番じゃなくて武器からデータを……まぁいいや。

 ほかにも、なにかやろうとしてた気がするけど、とにかく、寝直そう。

 

 朝が来て、昼が来た。

 フェリパはいつもの通り、昼食を作り、食べ、片付けた。

 この家に戻って来たのは、あの時、施錠している時間がなかったからだ。

 食事はもののついで。

 節約してもよかったが、食材を放置する気にはならず、通常通り使った。

 すぐ腐ることはないだろうが、これも慣習だ。

 街がこんな状態なのに、インフラが無事なのは気になる。

 さすがに、災害やらが多い国だけで片付けるには、無理がある。

 これから、どうすればいいか? というのが、目下の課題だが、この状況になっても、お嬢さまからはなんの指示もない。

 なにもなければと思ってしまうのは、メイドとしての性か?

「明子さんは、いつ帰ってくるかわかりませんし、いまのうちにスミレさんも誘って、街の様子を把握しに行きませんか?」

 被災した者は、学校などの公共施設へ避難しているが、この時間なら誰も彼もそこに籠っているわけではない。

 ここが襲撃される前に、この街のどこでなら戦えるかも、把握して置きたい。

「はい、私がいまだ現界しているということは、聖杯戦争はまだ続くということ。次の戦いのためにも、情報収集は積極的に行うべきでしょう」

「では、決まりですね。まず、スミレさんの自宅へ。不在なら、そのときに考えましょう」

 スミレには、先走るなと釘を指したが、彼女の性格からして攻撃されれば引かずに反撃するだろう。

 穏やかだけど、こだわっていることに関しての沸点はわりと低い。

 お年頃というより、優しいせいで大事なものが多く、それを傷つけられるとしっかり怒れる女の子。

 誰も手を出さなければ、家に潜んで居てもおかしくはない。

 避難しようと言う親と喧嘩になるまえに顔を出しておこう。

 

 オジェットさんによると、あの支社ビルの広場では、桜良心製薬やユグドラシル・コーポレーションなどいくつかの会社がボランティア活動をしているらしい。

 手配の良さに、ベルノルト=スキットル=ダールマンは、この事態を事前に読んでいたかのように思えた。

 事前と慈善、読んでと呼んで。

 我ながら、ダジャレみたいな言い回しになってしまったと表情が崩れそう。

 避難した人に紛れて襲撃したくもあったけど、神秘は秘匿すべし、ディアナさんに言われたことだ。

 この言葉がどれだけの拘束力を持つかわからないけど、いま騒ぎを起こせば、フェリパさんの迷惑になるかもしれない。

 母は帰宅していないどころか、足取も掴めない。

 この惨状で、電話も使えない。

 こういうときに、携帯電話はまだ早いというのが足を引っ張る。

 水道とトイレが使えるだけ、まだマシか。

「今日の夜、ダールマンのいるブルースカイウィズの支社ビルに乗り込む。お前はその間、敷地の外からビルを見ていてもらいたい。サーヴァントの眼があれば、ほかは動かないはずだ。その間に、ダールマンは仕留める。1時間もあれば、片付くだろう。その上で余裕があれば、キャスターも始末する」

 と、朝に告げに来たオジェットさん。

 相手は、乗り込んできたオジェットさんにはもちろん、バーサーカーにも気を張らなければならない。

 それだけで、オジェットさんがダールマンを仕留める確率が上がる。

 そう、ただ立っているだけ。

 とにかく、夜まで寝てまてばいい。

 だから、眠くなくてもベットに入っていた。

 そこへ、窓を割ってなにかが来た。

 先に気づいていたバーサーカーが斧で止めてくれたおかげで、飛んできた槍は刃先しか部屋に入らず窓ガラスも飛び散らなかった。

「あれが件の槍か。マスター、家に穴を開けることになりそうだ」

「穴だらけにの間違いじゃない?」

「いや、特性を見抜けば……」

 バーサーカーが動き、わたしの身体は痛んだが、バーサーカーは鞭のような剣で壁を貫いてきた槍を巻き取り、それを足で抑えつけた。

「後は予測できる」

 加減なく魔力をもっていかれるのは昨日もやられたけど、最小限の動きで済ますなど、バーサーカーなりに加減はしてくれている。

 でなければ、作り笑顔どころではなく痛みで死んでしまう。

「バーサーカーはスゴいね」

 特性の自動追尾、そこから、いつどこからくるかまで予測できるなんて、これも無窮の武練の効果?

「オジェットさんが行く前に、キャスターが先手を打ってきたのかな?」

「まだ断定出来ないが、マスターを狙っているのは間違いない」

「そっか」

 この槍の形状、あのとき見たのと同じだ。

 大量生産すれば、自動追尾するミサイルの出来上がり。

 そんなもの、一級のサーヴァントでなければ相手にならない。

 家ごとやられても、いまの街の惨状を考えれば、誰も騒がない。

「たしかに、わたしは、槍一本で済む力しかない」

 悔しいが、それは事実だ。

「でも、バーサーカーは違う。バーサーカーの強さはきっと誤算になる」

 本来、戦闘技能の乏しいサーヴァントが、せめて殴りあいだけでも優位に立てるようにしたのが、本来のバーサーカーだ。

 そんなバーサーカーでありながら、彼の実力は数々の戦士を育て、自らその相手もした一流のもの。遅れを取るはずがない。

 その分、負荷は凄いが勝つためには耐えなくてはならない。

「神話で、この槍が折られた話や新しいのを創ったって話は見つけられなかった。つまり、新しい槍が飛んでくることはない。バーサーカー、この槍は残しておけない」

「了解した」

 バーサーカーが、力を込める。それでも、槍が折れることはなかった。

 バーサーカーは、マスターのせいでステータスが下がっているが、筋力はBランク。

 アサシンも同値だが、いまの時間帯ならそれ以上の力が出せるし、聖剣もある。

 この槍には、優位なのだ。

「破壊して」

「了解した」

 が、それに頼るまでもない。

 バーサーカーは、魔力の消費量ゆえに、実戦では真名解放できない宝具を器用に使って槍を灰にした。

 

「……我が神槍、いま焼かれました」

「そうか」

 シスターの言葉に、片目の老人は静かに答えた。

「授けたものとはいえ、あの槍は大神にとっても、貴重な品。それをローサーヴァント一騎に対して無用に消費した。いったい、なにが狙いです?」

 バルズ神父代行が老人に質問した。

「それはな、戦いに置いて、あの槍がどれほど役に立たないか見せておく必要があったからよ。世界は広く、世界樹の上からでも見えぬものはある。それを解らせるには実演してみせるのが手っ取り早い」

 そうしなければ、焦って枝を抜きかねない。

「あの方から不信を買いかねませんよ?」

「あれは、力の大半を委ねた老人や神槍を焼かれた戦乙女が歯向かうとは思っても足を掬われるとは思うまい。神槍よりサーヴァントのほうが役に立つとわかれば、貴公の忠言を聞き入れる余地があるはずだ」

「……言伝てがあれば承ります」

「わしのほうからは、事実を伝えてくれるだけでよい。シスターはどうか?」

「では、私闘と神槍を失った処分はいかようにとお伝えください」

「承りました。しかし、弁護については期待しないでいただきたい。なにせ、わたしは口下手ですので」

 そう言い、彼は教会を後にした。

「次はお主の番か。避難者の出前、いま消えられては困る。槍を使わせた分の手助けはしてやりたいが、ダメか?」

「ダメですね。冷徹なわがまま娘を待たせてもろくなことになりません。違契借家の身の上で挨拶はしたくはないのですが、多面他人ではないことは伝えてはおかないと、込み入っているときに来られても困りますから」

 魔術師、ましてやその裏家業の人間に身内の情など期待出来ない。

「彼女が、こちらの手を把握するまえに終わらせてきます」

 老人は、ケルト十字にも似た盾を持った彼女を見送った。

「たしかに、あれこれ言える立場ではなくなったが、必要とあらば難民の話し相手くらいはしよう。老人の発する言葉だからこそ聞こえるものもあろう」

 

 身体に染み付いた感覚故か、彼女の位置はすぐにわかった。

 視線を向けると、バルズ神父代行が離れるのを待っていた彼女は姿を現した。

「こんなところで、シスターの真似事ですか? それとも代行者の使い走りに落ちましたか?」

「…………」

「ご当主が、駒を動かそうとしています。貴女も本来の役割を果たしていただきたい」

「……残念ながら、その役割を果たすべき彼女は死に、いまいるのはしがない機織り女に過ぎません」

「機織り女? さっきの修道士にでも惚れて気が狂いましたか?」

 ディアナは、この発言は心底気持ち悪いと思った。

 本人は、挑発ではないのはわかるが、相手の性格と恋愛対象と見れるかは別だ。

「いいえ、違います。貴女なら判るでしょう? ワタクシが貴女の姉とは別の」

 その目を見たフェリパは、テヘーラの言葉を遮るタイミングで攻撃を仕掛けた。

 

「ディアナなら反応出来ないと思ってのことですか? ワタクシは、貴女が笑っていた言葉遊びをしていないでしょう? ワタクシの言ってるのは比喩ではなく事実です。ワタクシはディアナではありません」

 メイスを姿勢を変えずに受け止めた姉の身体を使うなにか。

「では、問います。貴女は何者ですか?」

 メイスを打ち込んだ瞬間消費された魔力はサーヴァント並みの魔力放出だった。

 七騎以上のサーヴァントが現界する聖杯戦争など、本物の大聖杯もなしにできるわけがない。

 まさか、この街に? たしかにそれだと、いろいろと辻褄があってしまう。

 しかも、ディアナに憑いているのは、ただの亡霊の類いではない。

 あの臆病な次期当主が、ディアナを使って降霊術をするとは思えないし、弟のほうにはそこまでの技量がない。

 何者の仕業だ?

「ワタクシが、何者かは考察するのは自由ですが、いまは聖杯戦争の監督補佐、シスターテヘーラ、一人の人間に過ぎませんよ」

 魔術の種類だけ、どうやったかが存在する世界で、どうやったかを問うのは、まさに愚問だ。

 考えるべきは、ディアナに憑いている理由、目的だ。

 彼女がやったことで特筆すべきは、先ほどの投げ槍、バーサーカーか、そのマスターを狙ってのこと。

 自動で向かうなら、狙うのはマスターだが、歌方スミレは強化魔術すら使えないマスターで、魔力もサーヴァントを使役するには心もとないどころか最底辺を下回るのレベルで、始末しようと思えばいつでもできる。

 なら、あの場に、別の誰かがいた?

 これは、情報を集めないといけない。

「この状況で3秒も悩むくらいなら、早々に引き上げていただきたいのですが、いかがでしょう」

「そうですね、今回は我々の敗け。大人しく引き下がるとしましょう」

 わかったのは、投げ槍と盾、機織り女。

 正体には届かない。そもそも、サーヴァントのような伝承があるかもわからないのだ。

 最高峰の使い魔であるサーヴァントには劣るとは思うが、侮るのは危険だ。

「貴女は、パスも回路もそのままなのに、私の打ち込みを片手間で止めました。そんな使い方で身体が持つとお思いですか?」

 私たち姉妹に身体能力の差はない。

 それに、ディアナは使いなれた暗示が効かない相手、護衛対象、相手も無傷で下がらせねばならないと悪条件が重なっても、圧倒しているふりはしない。

 身体と中身で戦闘スタイルや思考パターンが違うということは、

「重要な局面で足を掬われる前に、ディアナの身体から出ていくことをお奨めしますよ」

「なるほど、人間でもパスを繋いだ者同士ならではの気づきというものがあるのですね?」

 つまり、人間ではないが、人間ではない者同士でパスを繋いだことがあると?

「姉妹が大切なのはわかりますが、ワタクシにも仕事があります。それが済むまで、この身体を渡すわけにはいきません」

「その仕事は、いつ終わるか、わかっていますか?」

「…………」

「やはり、そうですか。未定なら、こちらの用事に手を貸してくれても問題ないと思います」

 当主どころか、次期当主までやる気を見せている。

 もう、内部からでは、止められない。

 なら、自分たちにとって有用な魔術師に勝ってもらうしかない。

 そのためには、少しでも多くの戦力が必要なのだ。

「残念ながら、ワタクシは役目を果たすだけのシステムに過ぎません」

「なら、役目を果たせなかったシステムがどうなるか、それを忘れないで」

 捨てゼリフを残して、逃げていないかのように、この場を去る。

 いま置けるカードは、すべて置いた。

 あとは、相手がこちらの手に負える相手であることを祈だけだ。

 

 ミケリーノたちは、歌方スミレの家に神槍が撃ち込まれるのを、会社の屋上から見ていた。

 会社の屋上、社長室の上からの眺めは、なかなか良かったが、そこで見たのは、家に入ったまま神槍が戻っていかないという、ヤバいものだった。

「マスター、我が智神の槍は、その場に留まる槍ではないのだ」

 それは、あまり聞きたくなかった話だよ。

「私は、神槍の行方、そして、それにどう対処したのかを知らねばならぬ!」

「だめだ、絶対にだめだ!」

 たのむから、余計な仕事を増やさないでくれ!

「いざ!」

 キャスターに掴まれたミケリーノは、屋上にいたこと、キャスターの横にいたことを激しく後悔した。

 少女は、それをニヤニヤと眺めていた。

 

 キャスターは神秘の秘匿など無視して街の上空を飛んでいた。厳密には、ビルを蹴った勢いで移動、ようはジャンプしているのだ。横に。

 キャスターに掴まれたミケリーノは、このスピードなら服が破れるなりして、落下したら、魔術で強化しても死ぬなと考えていた。

 サーヴァントのやることに、魔術で挑むのはバカのすることではあるが、こんなバカな理由で死にたくない。

 かといって、このまま目的地に到着しても衝撃で死にそうだし、いまさら令呪を使っても結果は変わらないだろう。

 いや、難しく考えるな、判断が遅くなる。

「キャスター、着地する前に俺を上空へ投げて、一度着地してから上空にいる俺をキャッチしてくれ」

「うむ、了解した」

 こちらの意図が上手い伝わったかも判らないが、とにかくやってもらうしかない。

 バーサーカーのマスターの家がぐんぐん近づいてくる。

 さぁ、こい。

 無事に生き残るか、お嬢様に笑いをお届けするだけで終わるか、勝負だ!

 

 宝具を使わせた瞬間、痛みが走って、身体がおかしくなった。

 まるで、身体の中でなにかが切れたような、目の前は赤くなり、痛みは消えた。

 なるほど、魔力を吸われ過ぎると人間はこうなるのか。

 かまわない、もとより死ぬ気でやっている。痛まないなら好都合というもの。

 槍か焼かれるのを事前に予測していたのか、怨敵が来た。

 厳密には、まったく同じってわけでもないし、マスターを上に投げて落ちてきたところをキャッチした理由はわからないけど、とにかく、

「敵討ちの機会が来たってことね」

 部屋で待機か、人目を避けられる場所へ行くか。

 相手はこんな状況でも攻撃してきたやつだ。

 場所を変えても意味はない。

 それに、背中を見せるのも危ない。

 キャスターのマスターと目が合った。

 敵に、パジャマ姿を見られるのは非常に恥ずかしい。

 せめてもの抵抗として、睨んでやった。

 彼は額に手を当てた。

 次にこちらの見た時は、目付きが変わっていた。

 なるほど、殺す気なったというのは、こういうことか。

 目の色が変わったという表現はぴったりだ。

「お初にお目にかかる、我はキャスター! 貴公がどこの国の英霊で、なにを得意としているのかも、いかようにして我が智神の槍を排除したのかも、わからぬ。ゆえに、貴公には全力を見せていただきたい!」

 キャスターの言葉に反応し、バーサーカーは声を掛ける間もなく割られた窓から飛び出して行く。

 身体は痛まない。

 そうだ、全力でやってもらうからには、この程度で動けなくなっては困る。

 わたしの反撃は、これからだ。

 

 まず、上空にいる間に矢を射ってきた。

「智神の槍よ!」

 その矢は神槍で打ち払った。

 続く槍は神鉄の盾で払った。

 着地したバーサーカーは、今度は金属の鞭を振るう。

 これは神槍の石突きを持って巻き取った。

 ならばと、空いている手で斧を神鉄の盾に打ち込んでくる。

「貴公の技からは、神の息吹を感じる。神域に達したもの、神の加護を受けたものは数居れど、神の技を写したものはそうはいない。実にスバラシイ!」

 バーサーカーの武器は神の加護も受けたものであるが、それとは別に神霊サーヴァントでないにも関わらず、技自体が神霊のような気配を放ってくる。

 神でなく、神の加護でなく、神の域に届いたわけでもない。

 実に学びがいのある、全力を出させた甲斐のある相手だ。

 

 この槍を焼いても、三本目、四本目と出されるだけ。

 それなら、マスターの負荷の高い宝具は使うまい。

 どのような力であっても、この剣鞭なら真名を解放せずとも巻き付けておくだけで封じることが出来る。

 破壊するのは、この男が槍を使うときでいい。

 それより、部屋から飛び出した一瞬だけ走ったパスのノイズ。

 マスターから送られてくる魔力量は増えはした。

 なにかある。が、予測は狂化に邪魔されてか浅いところで止まってしまう。

 だから、あえて真名解放はせず、打ち負かす。

 すでに片腕は封じているのだ、次は反対の腕を突破すればいい。

 斧を打ち込んでも、盾は砕けそうにない。

 斧を天に返し、今度は棍棒を呼び出す。

 棍棒を打ち込んだ盾は鑼のような音を響かせたが、砕ける様子はない。

 しかし、叩き続ければ盾が無事でも、腕のほうは無事では済むまい。

 

 キャスターとバーサーカーの戦いの音がここまで響いてくる。

 キャスター、令呪を使う。なんとか堪えろ、なんなら勝ってもいい。

 念話で、キャスターに指示を出し、返事を待たずに令呪を一画使用した。

 社長のバーサーカー対策を使えなくしたのは、キャスター自身なのだからそれくらい責任を持ってもらう。

 人間が一度に放出できる魔力には限界がある。

 しかし、サーヴァントは回す魔力は多ければ多いほど強化される。

 一級のサーヴァントに、無制限の魔力、そこに狂化も乗って、もともとAだったステータスなら、+が三つ付いているものがあってもおかしくない。

 考えるのを止めて、神に祈りたくなる事態だ。

 対して、キャスターは、主神の恩寵でステータスの底上げされているとはいえ、それでも、魔力切れをしない全力のバーサーカーに勝てるとは思えない。

 不本意な仕事だ。あの娘がどれだけ世の中を怨んでいるかは知らないが、個人でしていいことには限度がある。

 バーサーカーのマスターは、相変わらずこちらを見ている。

 そんなに見つめてくれるな、気分が悪くなる。

 割れている窓に向かって、一発射ってみた。

 それは最低限の動きで避けられた。やはり、これだけ離れていれば、弾道予測はできるか。

 凡庸なサーヴァントや回避特化の人間でも避け難くなる3m圏内からの射撃なら、当てるぐらいはできると思いたい。

 それでも、通常弾が効いてくれる保証はない。効かなかったら、令呪でキャスターを呼ぼう。

 成り立てなら、サーヴァント1騎でもなんとかなるはずだ。

 窓へ飛んで無防備になるわけにはいかないので、正面から家に入る。

 案の定、上から見た家の奥行きと内部の距離が一致していない。

 その上、光源はいじられていないので、窓のない通路の奥は薄暗い。

 スイッチを入れて点灯するライトは二つ。ないよりマシか。

 ドアの隙間の足元に侵入感知のためであろう、血判が捺されている。

 足元に設置したのは、汚れと勘違いさせるため、攻撃性がないのは、これの存在を気取らせないための小細工。

 バレれば、襲撃者を急かすことになる。

 これを付けたときは対面するまでの時間を少しでも長くしたいと考えていたはずだ。

 指のサイズ、子供のものじゃない。形からして、あまり指に力を入れない性格。

 思い付くのはアサシンのマスター、事前情報のわりに体力がなく体幹が弱いとは思っていたが、顔だけ変えた別人だというなら、納得だ。

 問題は、この状況。手間取れば味方に、早く済めば敵になるアサシンの存在だ。

 一目すればこちらの味方にするのは昨日の行動からもわかるが、アサシンが敵になったとなれば、危機感から自分の転移能力に気づくかもしれない。

 そうなっては、後々面倒だ。

 早急に駆除しなくてはならない。

 そのためには、奇襲役が必要になる。

 元々が普通の民家なら、二階へ行くのに複雑な通路はあるまい。

 銃の弾数はただの子供一人殺すには十分だが、何発で死んでくれるかわからない相手への道中で無駄弾は使えない。

 かといって、ゴリラではないから、ナイフだけで突破しようとするのも自殺行為だ。

 だまし絵の中でリトライを繰り返すのも、ごめん被る。

 戦闘は極力回避して、迅速に進むのが一番だ。

 ナイフで壁に一撃入れた。

 キズはつかない。

 木製に見えるが、実際は研いた鉄より固い硬質。

 それでも、建物自体が生きているという可能性はなさそうだ。

 呼吸、脈拍、心拍数、どれも許容値。

「確認できることは確認した。それじゃあ……行くとしますか!」

 彼は、当然のことながら、靴を脱がず敵陣に踏み込んだ。

 フェリパ以外の人間が丁番に細工をしていることに気づかずに。

 

 スミレの家の近くで、大きな魔力の衝突、それに続けて、家に魔術回路を回しながら侵入したやつがいる。

 家の周りにも、同じ結界を張っていたが、昨日の騒ぎのせいで切れてしまっていたらしい。

 家の中には、なにも仕掛けてない。バーサーカーが誰かと戦っているなら、スミレは無防備だ。

 この状況では、急いでも間に合わない。

 間に合わなければ、仇討ちをするだけだが、急げは助けられると思いたい。

 戦っているのは、バーサーカー以外のサーヴァントで、バーサーカーはスミレの近くに控えている可能性だってなくはないのだ。

 罠を警戒すべきなのに、こんなことを考えているのだから、根が戦い向きの性格じゃないのはわかるだろう。お嬢様はわからなかったのか?

 アサシンに担がれて移動するのはいい、友人が増えたのもいい。が、それ以外の部分で文句を言いたい。

 お嬢様、いまどこにいらっしゃいますか?

 

 相手がモンスターの類いなら、どこから不意討ちしてくるかわかったもんじゃない。

 だから、警戒は天井から床までしっかりしなくちゃならない。

 奇襲にも警戒しつつ、ドアがあれば、耳を着けて中の音を盗む。

 音がしないのを確認して開けたら、なんの仕掛けもない壁だった。

 そんなことが、続いているが、確認を怠る訳にはいかない。

 なにせ、予測に反して、二階への階段が見つからない。

 日本の家は狭く角もない。

 そのおかげで、距離感が弄られていても端にあるリビングまでいくのは容易だった、途中に階段はなく足元や天井にも仕掛けがないため、ドアを一つ一つ開けて確認する必要が出てきたというわけだ。

 本来はどうだったかわからない上、窓の数も数えていないから、予測するしかない。

 ありがたいことに、化け物に遭遇することなくドアのチェックが終わった。

 いつもなら、ひどい焦らし方だと思うだけだが、今回は仕掛けた当人にも厄ネタになっているから。

 マスターとサーヴァントを引き剥がせたのに、肝心のマスターにたどり着けない。

 たどり着けたからといって、あの化け物相手では、経験しか優位なものがない。

 一番楽な相手だったはずが、一晩でこんなにも厄介なことをしてくるようになるなんて思わなかった。やはり、あれを人間の常識で考えるのはいかんな。

 バーサーカーが、人類の敵なら誰であれ容赦しないタイプだったら、こんな苦労もなかったというのに。

 さすがに、アサシンのマスターは屋根を渡らずに来るだろう。

 そうなると、先に狙われるのは、二階ではなく外から丸見えの位置にいる敵だ。

 共闘も、状況を把握してもらわなければ、無理というものだ。

 魔術師の足なら10分、サーヴァントの足ならもっと速い。

 ここに入ってから5分が過ぎようとしている。

 つまり、先にアサシンと鉢合わせする可能性が高い。

 時間がない。

 バーサーカーがあれでは、トドメをさせない位置にキャスターを呼ぶわけにもいかない。

 戦場で生き残る術は、それなりに知っているが、一体を確実に仕留める術に関しては、素人同然だ。

 少なくとも、集中を乱していいことはない。

 愚痴でも言って落ち着いておこう。

 いまさら、無理をしていた凡人なのでこれ以上のことは出来ませんで済ますわけにはいかないのだから。

 

 屋根の上にいるバーサーカーと初めて見るキャスター。

 様々な武器を駆使しながら戦うバーサーカーと高笑いを上げながら戦うキャスター、その姿はどちらがバーサーカーかわからない。

 スミレの家の二階の窓は割れ、玄関のドアは開けられたままだ。

 キャスターの相手はバーサーカーに任せて、先にスミレの安否を確認しないと。

 人探しのための魔術は知らない、キャスターのマスターに先回りは出来ないという考えを振り切って、二階から入る。

 子供部屋、そこにいたのは、塩の化け物。

 昨日ので全部じゃなかったのか。

「アサシン!」

 向かってきたところをアサシンに首を跳ねさせた。

 

 なんで?

 

 人型と呼べなくもない姿だったそれは、絶命して粉々になった。

 大きさは、スミレより二回りほど大きい。

 襲われれば、スミレの生存は絶望的だ。

 もしかしたら、どこかに隠れているかもしれない。この部屋でなくても、別の部屋にいるかもしれない。

 まだ希望は……。

「先を越された、いや、手間を掛けさせたか?」

 部屋に入ってきたのは、おそらくキャスターのマスター。

「スミレさんを、バーサーカーのマスターを知りませんか?」

 努めて冷静に聞いた。

「ここにいた化け物が……俺の場合、窓から入ろうとしたら無防備になるからな。時間が掛かるのを承知で下から向かっている間にやられちまったんだろうな。バーサーカーがまともだったら、結果も違っただろうが」

「…………」

 バーサーカー、いったいなにがあったのか、彼ならマスターを連れて逃げることだって出来たはずなのに。

「マスターがいなくなったバーサーカーには、話す時間もない。あいつの始末はキャスターにやらせとく。お前らはここに居てやってもいいし、気の済むまで家の中を探すでもいいし、好きにやりな」

「…………」

 たかが、数分のやり取りでどっと疲れた。

「アサシン、少し警戒をお願い」

「御意」

 友人の死というものは、存外堪えるものだ。

 

 やればやるほど、出来ないという根拠がつみ重なっていく……。

 それでも、諦めずに……。

 

 人間は物事を忘れる生き物である。

 しかし、忘れていたことを、いきなり思い出すこともある。

 世界地図が、記憶と実際とで違う場合もあるから世界線を飛び越えている可能性もある。

 77,772,227回。

 それが、歌う灰の母体と対面で戦って返り討ちにあった回数で、ほかのを含めるともう少し多い。

 ……たぶん、少しだけ。

 生き残るためと割り切って犠牲を出しても、結局は失敗してしまう。

 人が創れる聖杯では、歌う灰の母体を消しさるだけの魔力をくべられない。

 代わりに、肉叢をすべて消しさっても、自分たちを強化しても、一時しのぎにしかならなかった。

 世界は霊長が無意識に考えている方へ流れる。

 肉叢にアラヤを抑えられた時点で、霊長が起こす奇跡に頼ることも出来なくなった。

 だから、正道を外れて場所にいる方を頼ってみた。

 フィリップや剣崎さんの手を借りて、ようやく巡り会えた盟主の言葉。

 あなたには、足りないものがある。

 それが自覚出来なければ、名も無き兵士に劣る。

 他のことは他の者に任せて、自分のことに専念せよと。

 言われて、数年ぶりに日本に帰ってみれば、異様に強くなった歌う灰の母体の前に、第0は吾朗の生徒も含めて全滅。

 レッドドラゴンという切り札を失い、ドラゴンをサーヴァントとして召喚する作戦も失敗、防いでくれる壁のなく日本中を駆け回る肉叢に対し政府も乱立した組織も壊滅寸前、上位者の狩人のおかげでなんとか持たせている、北米にいる間に気づかないのことがおかしい状況になっていた。

 理外の執行者の全力を見た。

 それでも、あの時の歌う灰の母体は打倒できたとは思えない。

 対して、フォースライザーが使えるとはいえ、マスターが一人も死んでなくても、強化魔術がなければ日常生活もままならなくなっている身体。

 だから、力だけで打倒するというのは違うと思う。

 日本で起こる聖杯戦争に関わり続けていれば、あの異常な歌う灰の母体にならず、レッドドラゴンが勝つこともある。

 問題は、肉叢の活動に影響が見られない、つまり、粉々に崩れただけの可能性があること。

 レッドドラゴンが、意思を感じなくなったというから時間差や統括個体に権限が移っただけなのかもしれないが、どちらにせよ、統括個体の排除が終わる前に、他所から世界規模の被害が出る攻撃がきて終わる。

 特に、外核を漂いながら、聞き馴染みのある物質からCパルスやライフストリームなど詳細を教えてもらえないオカルト物質まで好き嫌いなく吸い上げている岩でできたハリネズミみたいな化け物。

 世界の地熱を少しずつ下げているヤバい存在なのだが、スケールがでかすぎて人理をまるごとぶつけないと打倒できないレベルなのに肉叢のせいでそれが出来ない。

 盟主も、こちらは任せろとは言うものの、組織のある北米からも火の手が上がるあたり、雰囲気に騙されているだけで思ったほど頼りなる方ではないのかもしれない。

 未来を思い出すのも、日本で起きる特定の聖杯戦争でマスターが死んだタイミングだから、世界を守っている各組織が手を取り合って事件に対処してもらうには、結局のところ時間も情報も信用も足りない。

 記憶以外に引き継げるものがあれば、もう少しやりようがありそうものだが、いまのままでは完全に手詰まり状態だ。

 

 濁った緑の空の下。

 目の前にいる影は、投げれば自動で動く槍を持っている。

 おまけに雷撃。

 かたや、肝心な時に壊れる形だけ似せた薙刀を、乱造と強化でやりくりするスタイル。

 意気込みだけで向かうには怖い相手だ。

 アイギスのようにやれればいいが、あいにくそう上手くいかない。

 それも、なんとか全勝している。

 ここで殺されれば、それはそれで変化があるかもしれないが、それは抵抗する気力がなくなってからだ。

「自分の女が死んだ時のことを忘れるようやつに世界は救えない。そのことをわからせてやる」

 いつもの口上。

 彼女と死別してから現れるようになった影。

「忘れてないさ。口に出ないから、そう見えないだけだ」

 何度目かの同じやりとり。

 おそらく、ついさっきまで元気だった彼女が、ついさっき殺されたのだろう。

 大人になるまで生きて、見た目が同じになっても同じ人間に見えない。

 遺伝子や魂が一緒でも、なにかが違うのだろう。

 『歌方』と『スミレ』を同一視出来ない。

 知っている人間が死んだ、それ以上の感情が持てない。

「おれが、どう思っているかをかってに語ってくれるな。お前は、おれじゃない」

 浮気をするには、甘え過ぎた。

 

 影が踏み混んでくる。

 電撃で間合いを取りながら、槍に仕留めさせる作戦を取れば楽なものを、こだわりが捨てられないタイプらしく、初手にこうしてくることが多い。

 突くための武器を降り下ろされる。

 威力はあるが、初動から動きは読めるし、押し負けるほど力の差はない。

 間合いを調整して、槍を受け止めた。

 久方ぶりに受けた槍は、記憶より重く感じる。

 その分、いつもより苦戦した気がする。

 

 もしかすると、記憶を持ち越せていないだけで、続きを見たこともあるのかもしれない。

 同じ年に死ぬ記憶を積み重ねれば、発狂もするし、鬱にもなるし、世界に命を狙われている感覚に陥る。

 すがるものがないと、人格に異常が出てしまう。

 それだけ、この世界の人間は弱い存在なのだ。

 困ったことに、人間と造りが違っても、差が出るほど強くない。

 それでも、戦うために強くあらねばならない。

 そのためには、ただ、不幸に耐えるだけではダメだ。

 戦う理由、リトライする理由が必要だ。

 世界を滅ぼす事件をすべて潰し終えるまで安心はできない。

 それなりの回数を重ねて、諦めていないのは自ら挑んで返り討ちに合いながらも一手ずつ先に進んでいるて考えられているから。

 他人に期待することで未来に希望を持つことは出来るから。

 

 この聖杯戦争が終わったら、日本の地形、世界各国の国境と政府機関のチェック。

 年単位でする作業で、徒労に終わって嘆くこともあったが、いまは後回しでいいやと割りきれる程度には成長している。

 部屋には、父が買ったプラモデルやオモチャが置かれている。

 いまはまだまだ狭い稼働域だが、どんどんが進化していく。

 先見の明というより、精神的に実家から逃げきれてないだけだが、相性のいいサーヴァントたちの触媒になってくれたようなので、感謝しかない。

 クローゼットから新品のくせに色褪せている青いコートを出す。

 趣味がいいのか悪いのかは別として、ないよりマシ程度には機能する魔術礼装。

 魔術に対しての耐性はないが、悟られず手入れ要らずで収納性が高く一年を通して着ていられるのがいい。

 

「お前ら、出かけるぞ」

 今後の準備を済ませたおれは、のんきに人の家のプリンを食べていた三人に声をかける。

「マスター、これは」

「出かけるって、どこにです?」

 狼狽するライダーはどうやって食べているかいまだわからんし、この頃のミラナは紅茶があればジャムを一瓶を空けるし、嫌がらせで二つ食べているセイバーは気にすると喜ばせて話も長くなるだけから無視して、話を進る。

「キャスターのところへ威力偵察に行く。それに、もたもたしてアーチャーたちがキャスターに負けたら後味が悪い」

「烈火たちがです?」

 今回は、烈火呼びか。

 この三日間でなにがあったか知らないが、三人の幸せのために、背中を押すのもやぶさかじゃない。

 期待出来る未来は多いほうがいいのだ。

「なんで烈火たちがキャスターのところへ行くことを知っている!? ……その情報はどこから聞いたです?」

「見聞きした話じゃなくて予測だよ。キャスター陣営は元々この街を拠点にしてる上に、昨日の騒ぎで無傷。おれやバーサーカーのマスターもこの街の人間だけど魔術回路があるだけで魔術師じゃないからいつでも潰せる。残りを相手にするには相手の工房がどれだけ被害を受けてるか気にしないといけない。その点、最初から被害を受けてないなら、ブラフを気にする必要もない。逆に、野放しにしておくと、街の権力構造にも影響が出かねない。日向烈火ってやつは理由がなければサボるけど、理由があれば動くタイプなんだ。それにおれたちが少しでも隙を作っておけば、ランサー辺りがキャスターを倒してくれるかもしれない。手を貸しても損じゃないだろう?」

 むしろ、オジェットさんが動いてくれないと、第0との繋がりも薄くなって、情報収集が面倒になるので、上手くやりたいところ。

「たしかに一理ある、手を貸してやるです」

「助かるよ。聖杯戦争でミラナみたいに頼りになる魔術師が味方してくれることはそうそうないからな」

 いまは携帯電話のことも知らない、なにもないところで転ぶタイプだが、時計塔の基礎学科を飛び級したり、短期間で聖杯戦争の準備を一から済ませるほど優秀ではあるのだ。

「そうです、頼れるです」

 もし、なにかあってもフォローするのは日向の役目だから、おれは少し動くだけなのもいい。

「じゃ、いくか」

 慣れたことだが、不信感を与えないように慎重に、油断なくいこう。

 

 魔力量が心許ないわけではない。

 しかし、サーヴァント並みの魔力消費を一度にされるのは、さすがに堪える。

 理由もパスを繋いだ相手を攻撃したので、それを受けるために使われたという間抜けなもの。

 こんなこと、ほかでは起こるまい。

 さすがに、メイドのほうも自分の状況を理解してくれている頃だ。

 面倒に巻き込まれる前に、アサシンたちと合流しよう。

 

 現在のマスターとサーヴァントの行動パターンの一つ。

 キャスターはバーサーカーに攻撃をしかける。

 アーチャー組とオジェットさんは手薄になったキャスター組の拠点へ。

 ランサーは、オジェットさんと一緒か歌方のところ。

 セイバー組、もといミラナ組は現在同行中。

 リタイアしたのが歌方なら、バーサーカーも一緒にリタイアしている。

 問題は、アサシン組。

 困ったことに、この組はどこにいるかはパターンが多すぎて逆に特定出来ない。

 ビルで起きることを考えると、ちょっと手が足りなかったりするが、借りを作るために捜す時間も惜しい。

 アサシンのマスターが、今回の聖杯戦争を生き延びた場合、その後どうしていたかは記憶にないが、外様の魔術師だ、単純に会うことがなかったのだろう。

 歌方のところへ向かっていれば、へこんでいるところを急かすことになって、アサシンに睨まれる。

 それに会った時、どんな顔をすればいいかもわからない。だから、遭わないで済むならそうしたかった。

 しかし、見掛けてしまった。

 どこで会うにしろ、これなら見なかったことにするのが最善なのだが、昨日と同じく身体が反応してしまった。

「げっ!」

 ロシア人も、げって言うんだな。

「フェリパさん、大丈夫か?」

 顔色が悪くても、美人は美人だ。

「……敵の心配などしている余裕がありまして?」

「余裕はないげど、見つけたから。急ぎたいからミラナは少し待っててくれ」

 口調と雰囲気が、昨日とは違う。それだけ余裕がない状態なのだろうが、サーヴァントを連れているのに、この寒空の下でなにがあった?

 長くても短くても、聞きたくない話か?

「おれたちは、これからキャスターの工房に行く。揚げ足を取らず邪魔もしないでほしい。マスター殺しはしたくないんだ」

 生き残ってほしいと言いたくなったが、強化が使えなくても魔術師だ、甘さを見せてはいけない。

 イライラするほど疲れているなら、一緒に来てもらう必要もないだろう。

「出来ることを出来る時にしておく。それが人生を楽に生きるコツってものよ」

 会った記憶が少ないせいで、上手い返し方がわからない。

「こっちは、キャスターの工房まで、万全の状態で行くのが優先。正面からならともかく、ここからならアサシンに奇襲されてもマスターも含めて相討ちに持ち込める。それなら、そちらも漁夫の利でも狙ったほうが得だろ? 昨日の借りとアサシンの要望のためってことで見逃してくれ」

 この言い方は、傲慢と思われるか甘過ぎると思われるか。

 避けたいことを考えないようにするのはダメだな。

 ひとまず、後ろで不機嫌になっているミラナが爆発する前に先を急ぎたい。

「アサシンの要望ですか。わかりました。私とアサシンは、どちらの味方もしません。存分に潰し合いなさい」

「ありがとう、助かるよ」

「礼を言われることじゃありません。さっさと行きなさい」

「わかった。いこうぜ、ミラナ」

 実際のところはわからないけど、たぶん正解を引けたと思う。

 

 魔術師同士なら、すれ違っただけで接触したと言われ兼ねない。

 だから、避けて通りたかった。

 ランサーのマスターは、それを阻止しよう、先回りをしてくる。

 あちらも見えていると仮定しても、足はこちらのほうが速い。

 少しずつではあるが、目的地へ近づいていた。

 それを、薙刀をバッグに積めたバカがひっくり返してきた。

 会っていたのは、昨日の戦闘の間だけ、ライダーの部下がまだ使えたからといって、アーチャーに気付かれず、連絡を取り合うには力量が足りないはずだ。

「なんなんだよ、お前ら!?」

 三人の反応は三者三様だが、驚いているのはミラナだけだ。

 いままでのはなんだ、演技か?

「落ち着けって。実は家でこんなものをみつけてな」

 海藤が取り出したのは、ブルースカイウィズの社員証。

「本物か?」

 ランサーのマスターが反応してくる。部外者でも社員証があれば、少しの間は安全に動ける、そう思っているのだろう。

「どうぞ。オジェットさんには不要でも、おれには必要なものですから折らないよう注意してくださいよ」

 海藤はランサーのマスターに社員証を渡す。

 それを見たミラナは、抗議の声を上げているが、イギリス訛りがひどくてなにを言っているかわからない。

「礼装じゃないから別にいいだろ? 乙女チックなことに頭回すより落ち着きなよ」

 その言葉に、顔を赤くして抗議するミラナ。

 オトメチックなことを言ったのか?

「天国を目指しているやつの情報がいつまでもある保証はないですが、行くのでしたらタイミングよくお願いします」

 確認を終えたランサーのマスターは社員証を海藤に返し、無言で俺や海藤たちが来たほうへ歩いていく。

「日向、ダールマンのところに行くんだったら、おれとライダー、ミラナにセイバーも連れてけ」

「話が飛びすぎだ。お前はなにを知ってるか、まずは、そこを話せ」

「言っただろ。なにも知らないで巻き込まれるやつを減らしたいって。あそこには、死人を出すことに躊躇がないやつがいる。神秘の秘匿にもなるから協力してくれ」

「なら、質問に答えろ」

「おれが知ってることは、教えたらまずいことだよ。それを証明するには時間が足りない」

「本性が見えてきたな」

「なるほど、そういう化けかたもできるのね」

 セイバーとアーチャーは、なにかに勘づいたらしい。

 こいつ、何者なんだ?

「本性でも化けてるわけでもなくて、利用されてるだけだよ。これからまた、十八年間苦労することは自分で選んだからかまわないけど、さっきも言った通り証明するには時間が足りない」

 こいつの言っていることが事実なら、少なくとも十八年の間に魔法の一つが消えることになる。

 魔術世界で、そんなブレイクスルーが起きるものか?

「確かに、時間が面倒を運んでくることもあるか。坊っちゃん、ここは折れてやりなさい」

「……わかったよ。けど、これからは、時間がないのに頭を冷やしたくなることしないでくれ。それと責任はとれよ?」

「ああ、責任、しっかり取ってやるさ」

 言ってくれる。

 なにかあった時の責任なんて誰も取れやしないのに。

 

 目的地では、寒空の下、多数の多数が動き回っていた。

「日向に海藤、こんな状況で、なんで美人を連れてるんだよ!?」

「木野、おまえまでいるのか?」

 烈火は偶然居合わせた同級生をにらみつける。

 にらみつけられた木野はたじろぎ、秀は二人の間に入る。

「日向、街がこんなになってるんだから近所の同級生の一人や二人いるもんだ。木野、言っとくが、おれはなにもしてないぞ。こちらのアーチャーさんは日向のところに仕事で来た人で、こっちのミラナさんはうちのじいちゃんの生徒だけど、おれと会ったときは日向のことを烈火って呼んでた。つまり、抜け駆けしたのは日向だけってことだ」

 秀は、烈火が誤解したり、ミラナが暴れたりしないよう言葉を選んだ。

「初めまして、木野くんでいいかしら? 彼が言ったように日向くんのところに仕事のことで来たのだけど、いろいろと大変でね。二人のことも温かく見守ってあげると嬉しいわ」

 アーチャーは、木野の手を握り、ミラナに手を出さないように言った。

「そうですか、大変ですね。ビルの中も近くも寒いです。それじゃ、俺はこれで」

 手軽な暗示にかかった木野が去っていく。

「なにか面白い話が聞ければと思ったけど、一般人目線ならこんなもんか。このぶんなら、ほかの人からもたいしたことは聞けなさそうね?」

「邪魔が入らないならいい、いくぞ」

「あいよ」

 

 確かに、ビルの中の温度は外気より低く感じたが、内部の状況から早くても昨日の夜から下げられたようだ。

「雨が降ってきたら、さすがに入ってくるだろうから早めに済ませないとな。おれたちは、招かれてないから階段で行くよ。なるべく急いではみるけど、烈火はちゃんとミラナを守ってやれよ。おれや他のやつには出来ない、お前しか出来ないお前の役目だからな。あれで人見知りなところがあるみたいだから、大変だとは思うけど、いざとなったら一緒に逃げるのも手だ。頑張れよ」

 言葉の違和感に気づいたときには、秀は階段をかけ上がっていた。




脱字はなといいなぁ


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