緋弾のアリア 黒の武偵 (エイト☆5)
しおりを挟む

武偵殺し&AA 編
第0弾 プロローグ


初めましてエイト☆5です!
初投稿なんで優しく見守ってもらえると嬉しいです!


『空から女の子が降って来ると思うか?』

 

 それが俺が寮の同室の親友に聞かれた事だ。

 それに対し俺は・・・。

 

『そんな事あったらそいつはファンタジー的な冒険をするべきだろ』

 

 こう答えた。

 そして親友がこの質問をする朝、事件が起きた。

 

 

 


 

 

 ~数時間前~

 

 ピピピピピピッ! 

 という携帯のアラームに起される。

 

「朝か・・・、朝飯作らねーと・・・」

 

 俺は寝ていたソファーから立ち上がりキッチンに向う。

 その時始めて気付いた。

 

「寝オチしてたのか・・・」

 

 そんな事を思い出しながら冷蔵庫を覗く。

 キュウリ、にんじん、卵、残り一料理分ほどのマヨネーズ、食器棚の下のスペースにマカロニと食パンがあるのを思い出す。

 

「マカロニの卵サラダかな・・・」

 

 取り合えずキュウリを輪切りに、にんじんを千切りにしてボウルに移し軽く塩を振る、そしてマカロニを圧力鍋で、卵は割らずに鍋でそれぞれ茹で、10分にタイマーをセットしてその場を離れる。

 

 洗面所に向い、鏡を見る。

 身長158cmの体に、肩甲骨辺りまで伸びた艶の在るポニーテールに結ばれた黒髪、整った中性的な顔。

 知らない者が見たら可愛い女子と言うのだろう、何時もどおりの俺が・・・

 吉野遙が映っていた。

 眼が一重でキリッとしてるのが、唯一男らしいと言えばそう見えなくも無い。

 そんなコンプッレクスの顔をジト目で見ながら、歯ブラシを取り出し歯磨き粉(ミント風味)を乗せ歯を磨き、終えてから口を濯ぐと、次は顔を洗い、そしてその場で半袖のシャツを脱ぎそれで顔を拭き洗濯機に入れる

 

 自室に戻り防弾制服に着替える。

 そしてダブルショルダーホルスターを装着し、右側にS&W M19 6インチ、左側にはオーダーメイドのハンドガンタイプのフックショットをホルスターにしまう。

 大型マチェットナイフを柄が右下に来るようにホルスターと背中で挟み、サバイバルナイフはズボンのベルトに挟む。

 そしてカランビットナイフを右足のふくらはぎに専用のベルトで装着しズボンの裾を下ろし隠す。

 

「これでよし・・・」

 

 そもそも、なぜこんな武装をするのか? 

 それは俺が『東京武偵高校』の生徒だからだ。

 武偵とは『武装探偵』略称であり、凶悪化する犯罪に対抗するべく導入された武装を国際的に許可された何でも屋のような物である。

 武偵高校とは要するに一般の高等学校教育に加え、捜査・鑑識・武装犯罪者との戦闘などに係わる専門科目を履修できる教育の場である。

 ちなみに俺は、今日から2年で強襲科(アサルト)に所属している。

 

 その時タイマーが鳴り、俺はキッチンに戻る。

 マカロニをお湯ごとザルに流し、卵を茹でたお湯を捨てマカロニを水で冷やし、ゆで卵をの殻を剥き、そして大きめの皿の上でゆで卵をフォークで潰し、マカロニとキュウリとにんじんとマヨネーズを加え混ぜれば出来上がり。

 お好みで塩、胡椒を加えるのもお勧めだ。

 盛り付けた皿をリビングのテーブルに運び、食パンをトースターに掛ける。

 その時インターホンが鳴った。

 

「はいはーい、今出ますよー」

 

 そのまま玄関に向い扉を開けると、そこには大和撫子がいた。

 

「吉野君おはよう」

「おはよう星伽」

 

 星伽(ほとぎ)白雪(しらゆき)

 それがこの大和撫子の名前だ。

 つやつや黒髪前髪ぱっつんロング(白リボン付き)のザ・大和撫子。

 代々続く星伽神社の巫女で我が校の生徒会長で、幾つか部活も兼任で部長しているらしい非の打ち所の無い人物である。

 ある一部を覗いて···。

 

「悪いな、キンジの奴まだ寝てるから入って待っててくれ」

「待って吉野君! 今日ご飯作ってきたんだけど良かったら吉野君もどうかな?」

「良いのか? 朝飯くらい自分の分在るけど・・・」

「たくさん作ってきたから大丈夫だよ、それにみんなで食べた方が楽しいし!」

「それもそうか、俺も少し多めに作ったし分ければ良いか、取り合えずキンジ起して来るから待っててくれ」

 

 そう言うと俺は唯一のルームメイトの部屋に向かう。

 二段ベットの下の段にバカみたいに寝続けているのが俺の親友の遠山(とおやま)キンジ。

 遠山金四郎景元の末裔で武偵一家の次男。

 根暗、女嫌いと呼ばれている。

 

 取り合えず起すために普段からポケットに入れている俺の音楽プレイヤーのイヤホンをキンジの耳に装着し最大ボリュームで流す。

 ちなみにジャンルは俺の趣味の80年代ロックである。

 

「ドワッ!!」

 

 跳ね起きたキンジは引き千切る勢いで耳からイヤホンを毟り取る。

 

「なんだいったい!!」

「おはようさん、星伽も来てるからとっと来い」

「遙!! 何でこんな起し方なんだよ! もっと普通に起せよ!!」

「ならもっと早く起きろ! 俺は意外性を求める男なんだよ!」

 

 俺はそう言い残しリビングに戻る。

 リビングのテーブルにはそれはも豪華絢爛と言って良い程の料理の数々が重箱に収められてる。

 

 なんだこれ、実家の正月でも見た事ないぞ。

 

 そんな事を考えていたらキンジが欠伸をリビングに入ってきた。

 

「おはよう、白雪」

「おはよう、キンちゃん!」

「その呼び方、やめろって言ったろ」

「あっ・・・、ごっ、ごめんね。でも私・・・キンちゃんのこと考えてたから、キンちゃんを見たらつい、あっ、私またキンちゃんって・・・、ごっ、ごめんね、ごめんねキンちゃん、あっ」

 

 これが星伽白雪の唯一の欠点。

 遠山キンジの事になると暴走しがちに成る事である。

 それはもうキンジの事に成ると7、8割は正気じゃない。

 俺は一体何を見させられているんだ? 

 

「夫婦漫才も良いけど早く食わねーと遅れるぞ、いただきます」

「めっ、夫婦・・・!」

「そんなんじゃーよ!!」

 

 俺は星伽のトリップと、キンジのツッコミをBGMに飯を食べ始めた。

 

 


 

 

「ごちそう様でした」

 

 パンとマカロニの卵サラダのコンボは美味しゅう御座いました。

 珈琲の香りと暖かさに、パン達は負けじと味を高めていき最高の一時でした。

 

「さてと・・・」

 

 使った食器をキッチンのシンクに持って行き水に着けて置く。

 これで帰ってきてから洗うのも楽にできる。

 

「じゃ、先に行くからキンジの事よろしくな星伽」

「うん、行ってらっしゃい吉野君」

「おう、行ってきます」

 

 寮を出ると日差しが肌を焼いてくる。

 春の日差しに肌がヒリヒリするが心地良いのは何故だろう? 

 寮の前にあるバス停をスルーして学校に向う、小さな島だから、徒歩移動でも十分可能だろう。

 

『学園島』、それがこの島の名前だ。

 東京湾に浮かぶ南北2km、東西500mの細長い島だ。

 島内には校舎や寮のほかに、コンビニやファミレスなどがある。

 交通網はモノレールがあり、生徒達はしばしば近くにある台場に遊びに行く者がいるらしい。

 駅のそばにはゲームショップや、DVDレンタル店などが集まり、ちょっとした商店街を形成している。

 とにかく平和な島だ。

 

「なっ、何なんですか一体! キャ・・・!」

「いいから乗れ!! おい早く出せ!!」

 

 嫌がる女の子を乗せ、走り出す白のワンボックスカー。

 うん、平和だ。

 

「じゃねーだろオイ!!」

 

 呆気に取られていたところにツッコミを入れて追い掛ける。

 

 追い付けないよな徒歩じゃ・・・。

 

 俺は左胸のホルスターからフックショットを取り出し、袖口のベルトとフックショットを繋ぐ。

 ベルトはホルスターと繋がっており、肩だけではなく背中で固定されるので体に来る衝撃を分散出来るようになっている。

 銃口の先にフックが付いており、フレームに巻き取り用のモーターが付いている。

 ワイヤーにはカーボンワイヤーを採用しており、長さ150mほどまである(その長さまで射出できる訳ではないが)うえ、50kgを上方5mに0.5秒で引っ張り挙げる変態馬力のモーター。

 グリップセーフティ部分はフックの返しの出し入れ、セーフティレバー部分はワイヤーの出し入れに対応している。

 ついでにマガジン部分に付いてるタッセルを引けばフックの取り外しができる、製作者曰く、チートアイテムである。

 

 女の子を乗せたワンボックスカーが左折し住宅街に入って行く。

 

「好都合・・・!」

 

 俺は左側の民家の屋根に向かってフックを撃つ。そして、フックを引っ掛けたらもう一度トリガーを引く。

 勿論俺の体は屋根の方に引っ張られるがそれだけでは終らない。屋根に付く寸前にフックショットを引き、そのまま屋根に着地するのではなく跳躍した。

 

 このフックショットはただ使っているだけでも充分強力な物だが、真価を発揮するのはそこから先だ。タイミングを読み、角度を計算し、力を加え、考え方を柔軟にすれば、高機動力に跳躍力、対象の拘束、その他ありとあらゆる使い方ができる優れものだ。

 ちなみに、学校にいる間に使った事は無いので、フックショットの存在を知ってる奴はいない。

 

 俺は一軒先の家の屋根に着地すると、そのまま一回受身を取り走るのを再開する。

 

「このまま50mほど進んだ所に交差点があった筈だな・・・」

 

 フックショットは基本的に障害物や建物のあるところで生かされる物だ、広い場所に出れば効果は落ちる。

 交差点から先は基本ビル街になっているので地形的に使いにくくなる。

 

「上等・・・!!」

 

 フックを3軒ほど先の家に飛ばし引っ掛ける。

 それを最大出力で巻き取り移動する。

 いや、これは移動というより――。

 

「イッケェェェェーーー!!」

 

『飛翔』

 そう言った方が的確かもしれない

 俺の体は家3軒分のスペースを加速しながら突っ切る。

 腕の引きも加えた加速と跳躍で前の家2軒を、人類史上初であろう生身での20mクラスの距離を飛び越えた。

 交差点の右側上空に出ると、蹴りの要領で体の向きを反転させ近くの電柱にフックを放ち、振り子の要領でその場に着地しその場に左手の鞄を投げ捨て交差点中央まで移動しワンボックスカーの正面に立つ。そして上着の右側を捲ると、内側の収納ポケットに入れていたオーダーメイドの手裏剣を左手で取り出す。

 

 両端が尖った様な形の独鈷型手裏剣と、割とポピュラーな十字型の平型手裏剣を組み合わせた物が俺の手裏剣だ、形は長い楕円形で両端が尖っており、縁全体が研がれている。

 ちなみに上着の収納ポケットには、左右で6本程はあるその手裏剣を左手の親指と人差し指の第二間接辺りで挟むと、そのまま振り下ろすかの様に前に投げる。

 手裏剣はこちらに向かって走ってくるワンボックスカーのフロントガラスにぶつかり、そのまま弾き飛ばされて行った。

 

 フロントガラスは割れず罅が入っただけだ。けど、それで充分だ。

 手裏剣を投げたと同時にワンボックスカーに向かって走り出した俺は、その罅の入ったフロントガラスに向って飛び―—。

 

「ラッアアァァァッーー!!」

 

 それはもう自分でも見事と思うような気持の良い右足の飛び蹴りをガラスの罅に叩き込んだ。

 そして当然俺の体はワンボックスカーの中に吸い込まれ・・・

 

「「グハッ!」」

 

 俺の両腕が運手席と助手席にいた奴の喉にラリアット気味に決まった・・・

 ついでに左足をサイドブレーキに引っ掛けこの車を止める。

 この時に当然衝撃がくるので、後部座席の助手席側の犯人は当然助手席にぶつかり、

 誘拐された女の子は俺がぶつからない様に左手で受け止め、俺の方へ引き寄せる。

 

「きゃあっ!」

 

 後部座席の男は体勢を立て直し銃を構えようとするが――

 

「このッ・・・」

 

 遅い。

 

「武偵だ。観念して御縄に付きな」

 

 男の額にフックショットを右手で向けて短く言い放つ。

 男は諦めたかのように項垂れた。

 

 

 


 

 

 取り合えずあれから誘拐犯全員をフックショットのワイヤーで拘束し、警察に連絡を入れる。

 

「これでよし・・・君は大丈夫? 怪我とか無い?」

「はっ、はいっ! ありがとうございます!」

 

 誘拐された女の子は、見た目が肩くらいまで伸びる黒髪が特徴的で、パッと見2、3歳位下だろう。

 しっかり者の様な印象で、一般中学のブレザー制服を着ている。

 個人的にトラウマやPTSDになって無ければ良いなと思わせる。

 

「とりあえず警察呼んだけど多分調書とか作らないといけないから、ちょっと時間掛かると思うけど大丈夫かな? もしアレなら俺の方から君の学校に電話掛けて事情説明するけど・・・」

「あっ、お願いしちゃっても良いですか?」

「了解、番号教えてもらっても良いかな?」

 

 俺は教えられた番号に電話を掛け出た教師に事情を説明する。

 そこで俺は気付いた。

 

 俺この娘の名前しらねーな・・・

 

「ちょっと待ってください、君の名前は?」

「ののかです! 間宮(まみや)ののか」

「ありがとう」

 

 電話に戻ると彼女の名前を伝える。

 話がトントン拍子に進んで行くの意外と楽だ。

 

「これで大丈夫だな」

「ありがとうございます! 良かったら調書の後お礼させてください!」

「いやいや、俺が勝手にやったんだし別にいいよ、別に依頼でも無いし」

「そんな訳には行きません! 助けて頂いたからにはお礼させてもらは無いと!」

「そうだな・・・飴とか甘い物もってないかな? 俺甘党でさ!」

「甘い物・・・ですか?」

 

 俺は甘味を報酬として要求した。

 そして間宮さんの鞄から出てきた飴玉を貰ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1弾 運命の出会いとは時として良い物ばかりでは無かったりする

 パトカーが走り去っていくのを見送る俺と間宮さん。

 あれから誘拐犯たちを引き渡し調書を作るのに20分ほど時間を費やし遅刻ギリギリに開放された。

 これが事件の二次被害と言っても過言ではないだろう。特に俺の名前を言っていた時の警察の顔が気にいらねー。

 

「まっ、何はともあれ事件としては解決だから学校行かねーとな」

「もう行っちゃうんですか?」

「それはまぁ、こんなとこにずっと居る訳には行かないしな」

「そうですか・・・」

「ただその前に・・・」

 

 俺は回収しておいた自分の鞄から手帳を取り出し自分の電話番号とメールアドレスを書き写し、そのページを切り取る。

 そしてその切り取ったページを折ると間宮さんに渡す。

 

「これ俺の携帯の番号とアドレス。また何か事件や厄介事に巻き込まれたら何時でも掛けて来な! オジサン何所にでもすっ飛んで行くから! 勿論事件とかじゃ無くてもドンと来いだけど!」

「えっ、でも良いんですか?」

「良いの良いの! オジサンはアフターケアも受付けてるから何時如何なる時でもありとあらゆる無茶振りにも対応するからさ!」

「オジサンってまだ高校生じゃないですか!」

 

 おお! こんな事で笑ってくれるとは・・・良い子じゃ

 

「高校生の男子となりゃ大人ぶって格好付けたくなるんですよー、っとそろそろ行かないとな、間宮さんも早く学校行くんだよ!」

「はい! ありがとうございました!」

 

 俺ははそこで間宮さんと分かれ学校に急いだ。

 

 

 


 

 

「だああぁぁー!!!!」

 

 俺は登校ルートを爆走する。

 

「あの馬鹿共!! 次ぎ会ったらぶん殴ってやる!!」

 

 先程の誘拐犯達に対して恨み言を撒き散らす。

 なぜに俺が走らにゃならん!! 

 俺がそんな事を考えてると、俺を追い越そうとする様に自転車が走ってきた。

 乗っているのは・・・

 

「キンジ!!」

 

 俺はここで親友に会えた事に感謝しつつ、自転車の後ろに飛び乗る。

 

「バカ!! 何やってんだ遙!!」

「怒んなよキンジ! 困った時はお互い様だろ?」

「それは俺が言う事だろ!! それにこの自転車には爆弾が仕掛けられてるんだ!!」

 

 What? 

 自転車のサドル下を確認すると確かに爆弾のような物がある。

 

 マジかよ・・・

 

 後ろを見るとセグウェイとか言う大昔に流行ってた2輪車に小型の短機関銃のUZIをドッキングした謎の物体が追い掛けていた。

 

「キンジ!! お前朝っぱらから何やってんだよ!! 過激すぎるダイエットは体に良くねーぞ!!」

「こんなダイエットあるか!!」

 

 キンジは自転車を加速させながら経緯を説明する。

 バスに遅れ自転車にした事、しばらくしたらボカロ音声で脅迫して来た事、減速したり助けを呼べば爆発する事。

 

「わざわざ乗って来たんだからどうにかしろ!!」

「無理! セグウェイを破壊するには俺の銃じゃ連射性がないから反撃される! 爆弾は対処法は思いついたが人通りがあるとこじゃできない!」

「因みに対処法は!?」

「サドル引っこ抜いて投げる!! 今ならあのセグウェイにぶっけてやる!!」

「今できないだろそれ!!」

 

 キンジが叫びながら自転車を漕ぐも速度が落ちてきている。

 一体どれくらい前から漕いでいるのだろうか、もうばてている様だ。

 俺はキンジの漕いでるペダルの余った部分に足を掛け、全力で漕ぐのを手伝う。

 

「遙!?」

 

「良いから前見てハンドル切れ!! 今なら第2グラウンド誰も居ないだろ!!」

 

 そうしてしばらく漕いで学校の第2グラウンドに入る直前に廻りを確認する。

 金網と体育倉庫、近くに女子寮と校舎それ位だ。そして俺達は第2グラウンドに入る直前に気付いた。

 7階建ての女子寮の屋上の縁に女の子が立っていた。

 遠目からでも分かるピンクのツインテールの彼女は万人をひきつけるように綺麗に、ためらう事無く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 

 

 

 

 マジかよ・・・

 ツインテールを靡かせながら空中で体を躍らせる彼女は、屋上に広げて置いておいたのだろう、パラグライダーを広げこちらに舞い降りて来る。

 

「バッ、バカ! 来るな! この自転車には爆弾が――」

 

 キンジが叫ぶが彼女がが降りて来る方が早く、間に合わない。

 彼女が体を揺らし方向転換すると太もものホルスターから、銀と黒の大型拳銃を抜いた。

 そして――

 

「ほらそこのバカ2人! さっさと頭下げなさいよ!」

 

 と言いつつ俺達が下げる前に問答無用でセグウェイを銃撃した。

 14メートル以上の距離をパラグライダーから、2丁券銃の水平撃ちで。

 

「うっそーん・・・」

 

 悪循環のオンパレードなのに全段当てるってどゆこと? 

 セグウェイはそれはもうバラバラに破壊され反撃さえできなかった。

 そして彼女は銃をホルスターに納めこちらの方に飛んでくる。

 だがこちらには爆弾が在るんだから合流出来ない。

 第2グランドに入るとキンジが叫ぶ。

 

「く、来るなって行ってんだろ! この自転車には爆薬が仕掛けられてる! 減速すると爆発するんだ! お、お前も巻き込まれるぞ!」

「――バカっ!」

 

 とキンジの頭を白いスニーカーで踏みつけた。

 そして彼女はそのままフワッと上昇する。

 

「武帝憲章1条にあるでしょ! 『仲間を信じ、仲間を助けよ』――いくわよ!」

 

 俺達は何をする気だと思うと、彼女はあろうことかグランドに対角線上に急降下し、こちらに向けて鋭くUターンし、頭が下に向いた。

 いや、良く見たら手で引いていたブレークコードのハンドルに爪先を突っ込んで、逆さ吊りになっていた。

 

「――マジかよ・・・!」

 

 キンジは彼女が何をしたいのか察したようで思わずと言ったように呟く。

 彼女もキンジが気付いた事に気付いたらしく、彼女は・・・

 

「ほらバカっ! 全力で漕ぐ!」

「俺は自力でどうにか成るからコイツだけ頼む!!」

「了解よ!」

 

 彼女の強い返事を聞くと俺は左のホルスターからフックショットを取り出し、近くのフェンスにフックを放ち引っ掛け、ワイヤーを巻き取り移動する。

 そして、フェンスに着地しフックを収め地面に降りると同時に爆発が起こる。

 

「おー! 派手ですなー!」

 

 逆さまにぶら下った彼女に正面から突っ込んだキンジ達は、爆発に巻き込まれ防弾性の体育倉庫に吹っ飛んで行った。

 

「ほっとけねーよなー。かったるい・・・」

 

 俺は歩いて体育倉庫に移動しようとすると門の外から例のセグウェイが7台ほど入ってき、体育倉庫を銃撃し始めた。

 まぁ、先程の彼女なら対処できるだろう。

 そう思っていた矢先に、なんとキンジが1人で歩いて出てきた。

 

「おいおい! あいつ何考えてんだ!!」

 

 俺は咄嗟に左胸のホルスターからS&W M19を引き抜こうとした時に気付いた。

 何時もと雰囲気が変わっている。

 もっと正確に言うなら歩き方が何時もより落ち着きがあり、顔は大胆不敵な笑みを浮べている。

 何であいつヒステリアモードになってんだ? 

 

  ヒステリア(Histeria)サヴァン(Savant )シンドローム(Syndrome)、略称HSS、通称ヒステリアモード。

 遠山家に遺伝的に受け継がれる能力で性的興奮によりβエンドルフィンが一定以上分泌されると、神経伝達物質を媒介し大脳・小脳・精髄といった中枢神経系の活動を劇的に亢進され、思考力・判断力・反射神経・視力・聴力などが通常の30倍にまで向上する遠山家の人間が持つ特異体質。

 欠点が子孫繁栄を目的とした能力なので、女性のことを最優先で考えることで物事の優先順位付けが正しくできなくなったり、女性にキザな言動や対応を取ってしまうなどの反作用がある。

 様は女性に好まれようとする様になる。

 因みにヒステリアモードはキンジが命名した物である。

 

「キンジの1人勝ちだな・・・」

 

 俺はこの状態のキンジに勝った奴を知らない。

 だから俺はキンジがセグウェイのUZIから一斉に撃たれた銃弾を上体を後ろに反らして避ける事も、その状態からマットシルバーのベレッタ・M92Fを横凪にフルオートで応射し7発全てがUZIの銃口に吸い込まれて行き全てのUZIを吹っ飛ばしたとしても俺は不思議には思わない。

 

 だがこれだけは聞かせてくれ。

 

「アレはなんてチートですか?」

 

 英語で言うならWhat a cheat? 

 キンジは近づいてくる俺に気付いたのかこちらに軽く手を振ってる。

 

「どうしたんだキンジ? さっきの子と何があった?」

「色々とね」

 

 よく分からないが取り合えず体育倉庫に入るとさっきの彼女が跳び箱の中に入っていた。

『一体何が起きた?』と言った顔をして・・・。

 

 そりゃそんな顔になるわな・・・

 

 そしてキンジと眼が会うともぐら叩きの様に跳び箱の中に引っ込み、キンジの事を、ぎろ! っと睨む。

 何やったんだよ我が親友・・・

 

「――お、恩になんか着ないわよ。あんなオモチャぐらい、あたし1人でも何とかできた。これは本当よ。本当の本当」

 

 と強がりを言いながら跳び箱の中でゴソゴソしている。

 何してるんだ? 

 

「そ、それに、今のでさっきの件をうやむやにしようったって、そうはいかないから! あれは強制猥褻! レッキとした犯罪よ!」

 

 と彼女はキンジを睨む。

 ホントに何したお前!? 

 

「・・・アリア。それは悲しい誤解だ」

 

 といいつつズボンのベルトを外し、跳び箱に投げ入れるキンジ。

 何してんだお前!!? 

 

「アレは不可抗力ってやつだよ。理解してほしい」

「あ、あれが不可抗力ですって!?」

 

 彼女が跳び箱の中からスカートを押さえながら出てきた。

 そこで俺は気付いた。彼女のスカートがキンジのベルトで止められている。

 先程の爆破でホックが壊れたのか? 

 それに小さい。

 彼女の身長は145cmも無いだろう。

 

「ハ、ハッキリと・・・アンタ・・・!」

 

 彼女はキンジを睨みつけながら拳を握り、がいん! と床を踏みつける。

 なんか怒ってるけど俺しーらね! 

 キンジに任せた。

 

「あ、あたしが気絶している隙に、ふ、服を、ぬ、ぬぬ、脱がそうとしたじゃないっ!」

 

 お前そんな事してたのか・・・

 

「そ、そそ、それに、む、むむむ」

 

 がいん! 

 更に床への攻撃! 床は20のダメージを受けた。

 床に何の恨みがあるんだ!! 

 

「胸、見てたぁあああっ! これは事実! 強猥の現行犯!」

 

 おお! 赤くなった! 

 コイツ面白いな! 

 

「あんたいったい! 何する! つもりだったのよ! せ、せ、責任取んなさいよ!」

 

 がいん! がん! ががん! 

 彼女は床に攻撃! 床は60のダメージを受けた。

 それなんて地団駄ですか? 

 

「こう言ってんぞキンジ、どうにかしてやれ!」

「と言われてもだな・・・、よしアリア、冷静に考えよう。いいか。俺は高校生、それも今日から2年だ。中学生を脱がしたりするわけ無いだろう? 歳が離れすぎだ。だから――安心していい」

 

 ああ・・・地雷踏んだな・・・

 キンジが優しく言ったが彼女は両手を振り上げ絶句し涙眼に成ってキンジを睨みつける。

 そして――

 

「あたしは中学生じゃない!!」

 

 がすんっっ! 

 彼女は床に攻撃! 床は40のダメージを受けとうとう弾けて木片が散った。

 やめて! 床のライフはもう0よ! 

 このままでは床が抜けるかもな・・・

 

「・・・悪かったよ。インターンで入ってきた小学生だったんだな。助けられたときから、そうかもなとは思っていたんだ。しかし凄いよ、アリアちゃんは――」

 

 やりやがったこのバカ・・・

 彼女は、がばっと顔伏せる。

 顔の上半分が影で見えなくなり、ばし、と両太ももに手を突く。

 そして――

 

「こんなヤツ・・・こんなヤツ・・・助けるんじゃ、なかった!!」

 

 ばぎゅぎゅん! 

 

「うおっ!」「のわっ!」

 

 足元に撃ち込まれた銃弾に俺達は青くなる。

 コイツ、撃ったぞ! しかも二丁拳銃で! 

 と言うか俺は完全なとばっちりだ。

 

() () () () () () ()!!」

「ま、待てッ!」

 

 もう本気で知らん! 気配消して乗り越えてやる! 

 

 俺は静かに後ろに下がり呼吸を小さく静かにする。

 それとは逆にキンジは、至近距離から銃を向ける彼女に飛びかかりその細腕を両脇に抱え込み後ろに突き出させた。

 

 俺の方に向いてんだけど!! 

 

 ばりばりばりっ! がきんがきんっ! 

 

 彼女は反射的に引き金を引き、俺はその撃たれた銃弾を左に避け、今までいた場所の近くから着弾した音が聞こえた。

 

 危ねッ! 髪引っ張られるような感覚あったぞ!! 

 

 けど、今ので2丁とも弾切れだ、音でもわかるし実際引き金を引いてるのに弾が出ないのだからまちがいない。

 キンジ達はそのまま取っ組み合うような姿勢になる。

 

「――んっ――やぁっ!」

 

 彼女は柔術まで使えるのか体格差を物ともせずキンジを投げ飛ばした。

 あの動き何所かで・・・

 

「うっ――!?」

 

 キンジは辛うじて受身を取りながら体育倉庫から転がり出る。

 

「逃げられないわよ! あたしは逃走する犯人を逃がした事は! 1度も! ない! ――あ、あれ? あれれ、あれ?」

「ごめんよ」

 

 彼女は弾切れになった拳銃に再装填するために弾倉(マガジン)を探しているのだろう、スカートの内側を漁っていたが、キンジが既にその弾倉(マガジン)を持っていた。

 あの投げられる一瞬でスリ取ったのか・・・

 キンジはその弾倉(マガジン)を明後日の方向へ投げ捨てた。

 

「――あ!」

 

 遠くの茂みに落ちていく弾倉(マガジン)を目で追ってから彼女は無用の長物になった拳銃を上下に振り回す。

 子供だ・・・

 

「もう! 許さない! ひざまずいて泣いて謝っても、許さない!」

 

 彼女は拳銃をホルスターにぶち込むとセーター服の背中に手を突っ込み小太刀を取り出す。

 二刀流か・・・中々に多彩な戦闘スタイルだな・・・

 唖然としたようなキンジに彼女は、圧倒的な速度で飛びかかった。

 そしてその寸詰りの小太刀を、キンジの両肩めがけて突き出す。

 ザザッ! 

 キンジはそれを背後に転がって避ける。

 

「強猥男は神妙に――っわぉきゃっ!?」

 

 キンジの方に踏み出した彼女はいきなり、尻尾を踏まれた珍獣みたいな声を上げ――見えない相手に岩石落(がんせきおとし)を食らったかのように、真後ろに倒れた。

 彼女の足元を見ると、そこには銃弾がばら撒かれた。

 おそらくキンジが先程の弾倉(マガジン)の中身をばら撒いていたのだろう。

 

「こ、このッ・・・みゃおきゃっ!」

 

 立ち上がろうとする彼女はそれは漫画のように、両足が真上に向くくらい勢い良くコケる。

 そこでキンジを見ると地味にマバタキ信号を送ってきている。

 取り合えず解読すると――

 

『俺は先に逃げる』

 

 俺はそれに対して――

 

『後で昼飯奢れよ』

 

 と返すと、むかつくウィンクを飛ばし逃げる。

 ヒステリアモードのキンジならたとえ100人のFBIからでも逃げれるだろう。

 

「この卑怯者! でっかい風穴――あけてやるんだからぁ!」

 

 彼女の捨て台詞が印象的だった。

 これがオレの親友、遠山キンジと神崎(かんざき)・H・アリアの硝煙にまみれたファーストコンタクトだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2弾 自己紹介に銃をぶっ放す奴にろくな奴はいない

 キンジが逃げて行くのを俺は後ほど昼食を奢らせる事で見送ったが、そのあと俺はある事に気づいた。

 あっ・・・逃げ遅れた・・・

 その事に気付いたのか、彼女は俺の方に向かってくる。

 ああ・・・やめろ・・・こっち来るな・・・

 俺の願いとは裏腹にこっちに止まらず来る彼女。

 チクショー! 神様嫌いだ! 

 

「アンタ! さっきの奴の事いろいろ教えなさい!」

「いやいや! 俺無関係! コレホント!」

「だったら一緒に自転車なんか乗ってるわけないでしょ!」

「いやほんとに寮が同じで、元同じクラスで元相棒で、現在進行形で親友ってだけの赤の他人だ!」

「十分過ぎるわよ! いいから教えなさい!!」

 

 そこで俺は考える。

 キンジの事を話さねーと開放してくれねーよな・・・

 

「アイツは遠山キンジ。探偵科で今年17歳、性別男。現在一般校に転校思案中」

 

 ギリギリ話せる範囲と言えばこの辺りだろう。

 だがやはり彼女は納得はしていないようだ。

 

「何よ、もっと話しなさいよ」

「悪いけどこっから先は自分で知らべてくれ、信用しきれない相手に仲間の情報を明かすのはこの辺が限界だ」

「そう・・・いいわ、ここからはあたしが・・・」

 

 彼女がそう言いかけた瞬間、俺は視界の端にある物を捕らえた。

 アレは・・・セグウェイ!? 

 もちろんUZI付の先ほどの物が、しかも先程より量が増えている。

 セグウェイ達は俺達に向って予告もなくUZIを乱射する。

 

「ッラ・・・!」

 

 俺は咄嗟に彼女を防弾仕様の体育倉庫の奥に、倒立回転跳び1/4ひねり(ロンダード)と言うアクロバット技の応用で押し倒し、体を出口の方に向けて床に着地する。

 出口から外を見るとセグウェイが14機ほどいた。

 

「さっきの倍かよ・・・何? 俺達が厄日なの? それともアンタが呪われてんの?」

「軽口叩く暇があったら応戦する!!」

 

 彼女は両太もものホルスターからガバメントを引き抜くも・・・

 

「あっ・・・」

 

 キンジに弾倉を捨てられたのを思い出したようだ。

 しょうがないよな・・・

 俺は制服の上着の内側の平独鈷型手裏剣を左右から3本ずつ取り出し、親指以外の全ての指で1本ずつ挟む。

 

「ショウタイムだ!!」

 

 UZIの弾幕が止んだと同時に出口に飛び出し、腕をクロスに構えた状態から手裏剣を投げる。

 バツバツバツンッ!! 

 投げられた手裏剣は圧倒的回転数と速度で、6台のセグウェイとUZIを切り離した。

 コレは普通の人間では再現不能だ。

 なぜなら、タイミングと角度がかなりシビアな技術だからだ。

 俺がコレをできるのは()()()()()()()()()だ。

 投げた後は体育倉庫に戻り出口付近張り付く。

 

「6キルってとこか? 残り8台!」

 

 左の腰裏からソードブレイカーをベースにしたサバイバルナイフを取り出し、右手に持ち変える。

 そしてS&W M19を右胸のホルスターから引き抜き撃鉄を起す。

 

「特攻精神万歳だこのヤロー!」

 

 体育倉庫の中から、外のセグウェイを見ると、ここからの距離は10mほど離れて居るようだ。

 俺は一息付くと、真正面のセグウェイに飛び出した。

 走りながら真正面のUZIから()()()()()出てきた銃弾の、1発目と2発目を右手のナイフで軌道を反らし残りのUZIの弾を無視する。当然、走りながらなので正面以外の弾が当たる事はない。

 そのままS&W M19を片手で構え、まず正面のUZIの引き金部分に固定された金具を掠らせる様に撃ち、金具を外す。

 そして反動で跳ね上がったS&W M19を右手の手首で打ち付けるように撃鉄を起こし、更に打ち付けの威力を利用して照準を合わせ引き金を引く。

 シングルアクションの手ブレ軽減による精密射撃を2連続で行う射撃技。

 

 キンジ命名『二連精密射撃(ダブルタップ)

 2射目でセグウェイとUZIの連結部を破壊し切り離すと、サバイバルナイフを捨て切り離したUZIに向って転回気味に飛び込む。

 そして落ちたUZIを拾い着地すると、左側から水平に構え――。

 ズガガガガガガンッ!! 

 UZIをセグウェイに水平のまま乱射する。

 そのUZIの弾の大半が外れるが、その内の数発が確実に8台全てのセグウェイを破壊した。

 

Is the end(終わりだ)・・・」

 

 俺は使い切ったUZIをその場に捨てながら呟く。

 改めて見てもひでぇ状況だ。

 清掃係の方には頑張って貰おう。

 

「あー、もうこんな時間だー、急がないと遅刻だー」

 

 棒読みでこんな台詞を吐くのは始めてだ・・・

 

「えっ、ちょ・・・」

Let's meet again! (また会おう!)hahaha!!」

 

 俺はキメ台詞を吐きながらその場から逃げ出した。

 コレが俺、吉野遥と神崎・H・アリアの互いの名前も知らないファーストコンタクトだった。

 

 

 


 

 

 タキサイキア(Tachypsychia)サヴァン(Savant)シンドローム(Syndrome)

 それが俺の病名だ。

 コレは俺の任意のタイミングで発現させられる現象で、自身の脳の処理速度を一時的に常人の10~15倍ほどに引き上げ、自分の知覚する時間を何倍まで引き上げる事ができる。

 ヒステリアモードと違い精神に変化が現れる訳ではなく、ただ意識が加速し時間止まった様に見えるだけで、実際にはちゃんと動く。

 この状態でも動く事ができるが精神が加速しているだけで自分以外の時間が止まった訳では無いので自分の動きも遅く見え、その状態で早く動こうとすれば肉体のリミッターが外れだし、最悪筋繊維がズタボロになり一生その部位は使い物になら無くなるだろう。

 デメリットとしては、普段使う事が無いほどの処理速度を使うため使用後に頭痛に悩まされ、突発的な出来事があれば意思に関係なく発動してしまい、処理速度を上げすぎると脳が負荷に耐え切れず、脳にダメージが行き最悪脳が破壊され死に至るだろう。

 そしてコレは申し訳程度にだが聴力も僅かに上がりフローリングを裸足で忍び足で歩く音も聞き取れるようになる。

 更に、痛覚が鈍くなり肉体を貫通する程の攻撃を受けても怯まずにいられるようになるが、意識の倍率を戻せばその分の痛覚の2~3倍の痛覚に襲われる。

 ようは命の危機の状態に時間が止まって見える現象を自力で起せる能力。

 ただし倍率的にはキンジのヒステリアモードの半分程度なので癖がある割りに、使い勝手はそこまで良くはない。

 つまり何時でも自由に使えるヒステリアモードの下位互換能力だ。

 そしてそんな能力を使ったのだから・・・

 

「うにゅううぅぅぅぅん~~~・・・、頭痛い・・・」

 

 頭を押さえながら呻く俺。

 当然こうなる訳だ・・・

 俺はカバンの中から飴を取り出し口中に放り込む。

 ウム、甘い・・・

 イチゴミルクの風味が口に広がり、頭痛が少し引いていく・・・気がする。

 多少痛みが引くと俺は校舎の雨樋を伝って教室に向う。

 先ほど親友その2から今年のクラスと場所をメールで送って貰っていたので迷う事もない。

 とある教室の窓まで移動すると外から窓を叩く。

 

「おーい誰か入れてくれー」

 

 音に気付いたのか長い金髪をツーサイドアップにしたロリ巨乳娘が窓の鍵を開けてくれた。

 

「サンキュー理子! 遅刻するとこだったぜ」

「ハルハルってば変なとこから入ってきたね、何かあったのかな?」

「武偵好きの追っかけと格闘してた」

 

 彼女は峰理子(みねりこ)

 武偵校の制服をフリルだらけのロリータファッションに魔改造しているのが特徴で、俺の親友その2。

 探偵科(インケスタ)のAランクで、我が校の探偵科1のバカ。

 オタク友達でもあり、キンジと理子と俺の3人が基本的にチームを組む事が多かった。

 実際にはもう2人居るけどそれはまたの機会にしよう。

 ちなみにハルハルとは理子が付けた俺のあだ名だ。

 

 取り合えず自分の席に付いて見る。

 俺の後ろにキンジ、左後ろには理子、右後ろには親友その3と俺の回りの席は親友で固められているらしい。

 今年もそれなりに楽しい一年になりそうなクラスだ。

 

 

 

 

 

 しばらくして我が親友、担任の順番で2人が来た。

 そして担任の先生が教卓に立って言う。

 

「うふふ。じゃあまずは去年の3学期に転入して来たカーワイイ子から自己紹介してもらっちゃいますよー」

 

 はいフラグですね、ありがとうございます。

 って言うか同じクラスだったんかい!! 

 俺は気配を消して机に突っ伏して姿勢を低くする。

 

「先生、あたしはアイツの隣に座りたい」

 

 はいフラグ回収完了ですね、お疲れ様です。

 彼女こと神崎・H・アリアはキンジを思いっきり指差して言うのですよ。

 唯一の救いと言えば俺の隣ではなくキンジの隣だと言う事だろう。

 つまり1年間大人しくしてれば絡まれないわけだ。

 無理ですねコンチクショウ

 

 キンジなんて驚きすぎてイスから転げ落ちて絶句してる。

 回りは対照的に無茶苦茶盛り上がってるし。

 

「よ・・・良かったなキンジ! なんか知らんがお前にも春が来たみたいだぞ! 先生! オレ、転校生さんと席代わりますよ!」

 

 テメー武藤!! ふざけんなよ後でぶっ殺すからな!! 

 俺の親友その3、武藤剛気(むとうごうき)がキンジの手を握ってブンブン振りながら満面の笑みで席を立つ。

 身長が190cm近い大男でツンツン頭が特徴。

 専門科目は車輌科(ロッジ)でランクはAで、乗り物と名のつくモノならなんでも乗りこなすことができる特技を持っている。

 ようは高性能な変態だ。

 

「あらあら。最近の女子高生の積極的ねぇー。じゃあ武藤君、席を代わってあげて」

 

 先生はなんかキンジと神崎を交互に見て嬉しそうに武藤の提案をOK出す。

 かったるい・・・

 回りの奴らは、ワーワー。ぱちぱちと拍手喝采を始める始末。

 コイツら自由すぎる・・・

 

「キンジ、コレ。さっきのベルト」」

 

 とキンジに向ってベルトを放り投げるわけですよ。

 良く見れば上下共に新品になってるみたいだし。

 ただそんな事をして黙っていられる筈が無いんですよこの愛すべき馬鹿共は・・・

 

「理子分かった! 分かっちゃた! ――これ、フラグばっきばきに立ってるよ!」

 

 左後ろに座ってた理子が、ガタン! と席を立つ。

 

「キーくん、ベルトしてない! そしてそのベルトをツインテールさんが持ってた! コレ、謎でしょ謎でしょ!? でも理子には推理できた! できちゃった!」

 

 どうやら今日は探偵科(インケスタ)1のお馬鹿美少女峰理子の迷推理が聞ける様だ。

 ちなみにキーくんとは理子が命名したキンジのあだ名だ。

 

「キーくんは彼女の前でベルトを取るような()()()()()()をした! そして彼女の部屋にベルトを忘れてきた! つまり2人は――熱い熱い、恋愛の真っ最中なんだよ!」

 

 ツーサイドアップに結った天然パーマの髪をピョンピョンさせながら迷推理を披露した。

 そしてここはバカの吹き溜まり、武偵高。

 こんな話をすると盛り上がるわけで・・・。

 

「キ、キンジがこんなにカワイイ子といつの間に!?」「影の薄いヤツだと思ってたのに!」「女子どころか他人に興味なさそうなくせに、影でそんな事を!?」「絶対にキンジ×遥のカップッリングだと思ってたのに!?」「フケツ!」

 

 などと大いに盛り上がる訳ですよ。

 それと最後から2番目のヤツ、後でアックスボンバーぶち込んでやる。

 

 武偵校の生徒は一般科目のクラス分けと別にそろぞれの専門科目で部活のように暮らす学年を越えて学ぶので、生徒同士の顔見知りは多いにのだが・・・。

 お前ら息合い過ぎだろ・・・。

 

「お、お前らなぁ・・・」

 

 キンジが何か言おうとした時・・・。

 

 ずぎゅぎゅん! 

 

 鳴り響く2発の銃声が、クラスを一気に凍りつかせ。

 真っ赤になった神崎が、例の2丁拳銃を撃ったのだ。

 

「れ、恋愛だなんて・・・くっだらない!」

 

 翼のように広げた両腕の先には1発ずつ穴が開いていた。

 チンチンチーン・・・。

 薬莢が俺の後頭部にぶつかって落ちる。

 床に落ちたから薬莢がの音が、更に教室の静けさを加速させる。

 理子のヤツは前衛舞踏のような体制で体をよじらせたまま、ず、ずず、と着席。

 武偵校では、基本的に射的場以外での発砲は『必用以上しないこと』と明記されている。

 つまり必要だと思えば撃って良いと言う事だ。

 まぁ、銃を日常的に取り扱うには、軍人並に麻痺させておく必要があるからだろうが・・・。

 自己紹介で発砲するとは・・・、イカレタ女だ・・・

 

「全員覚えておきなさい! そういうバカなこと言うヤツは・・・」

 

 それが神崎・H・アリアが武偵校のみんなに発した――最初の台詞だった。

 

「――風穴あけるわよ!」

 

 何所にあける気だ!! 

 そして、神崎の下ろした腕を下ろし・・・

 

 ゴンッ! 

 

 と、俺は神崎に銃のグリップの底で後頭部を殴られ――。

 

「あっ・・・」

 

 俺は神崎に向けて右手で中指を立てて見せるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3弾 後輩の熱い気持に拳で応えるのは先輩の役目

 昼休みなった瞬間キンジはクラスのみんなに質問攻めにあった。

 その傍らで、神崎は俺の方に注目してた様だったので、俺はひとりで逃げた。

 許せキンジ・・・

 

 そんなわけで俺はサクサクと購買で買った幾つかのパンと飲み物をもって1つ隣の校舎の屋上に移動した。

 屋上に移動するまでに色々と神崎に付いての情報を注意深く聞き耳立てていたら分かった事が幾つかあった。

 神崎は俺とキンジの情報を何故か集めているようだ。

 そしてそれ以外は深く係わらず、あえて言うなら戦姉妹(アミカ)の1年生とその周りの子達を気に掛けているらしい。

 

 戦姉妹とは先輩の生徒が後輩の生徒とコンビを組み、1年間指導する二人一組特訓制度である。

 男子の場合『戦兄弟(アミコ)』、女子の場合『戦姉妹(アミカ)』と呼ばれ、男子生徒と女子生徒が組む異性間契約も存在する。

 

 とまぁ、分かったのはこれと、女子からは人気がほとんど無いと言う事だけだった。

 以上の事から察するに彼女の目的は・・・

 

「パートナー探しか? けど効率悪そうだしな・・・」

 

 取り合えず壁に背を預けてその場に腰掛ける。

 そして袋の中から購買パンを引っ張り出す。

 

「何このパン・・・」

 

 俺が購買で適当に方パンの中の1つ、メロンパン。

 名前だけ聞けば普通だが中身は違った。

 まず、コッペパンの真ん中にきゅうりが挟まっている。

 この時点で地雷だ・・・

 更にその上から蜂蜜がかけられている。

 家で作るならまだしも、購買でこんなもん売るなよ・・・

 

 まぁそんな事を言いながらも食べるのだが・・・

 そんなネタ系のパンに齧り付いているとある人物が屋上に来た。

 肩にドラグノフ狙撃銃を掛け、耳にはヘッドフォンを着けたショートカットの少女。

 

「レキ」

 

 彼女はそう呼ばれている。

 狙撃科(スナイプ)所属で、ランクはSランク。

 誰も彼女の苗字は知らないようで、分かっているのは、入試でSランクに格付けされた天才児だが無口・無感情・無表情という事と、性のことや自らの容姿にも無頓着のため『ロボット・レキ』というあだ名を付けられている事ぐらいだ。

 俺の親友化計画の第1号で現在進行形で親友にしようと模索しているところだ。

 

「レキもここで昼飯か?」

 

 俺の問い掛けにコクンと頷き、俺の隣に座りカロリーメイトを開け口に運び始める。

 騒がしいのも良いが偶には静かなのも良いな。

 

「いつもここで食べてるのか?」

 

 フルフルとと首が左右に動く。

 どうやら違うようだ。

 

「じゃあどうしてここに?」

「風がそう言ったからです」

「風?」

 

 うん、分からん。

 取り合えず、買った飲み物を袋から出す。

 

「これ()()()()1つ多く買っちまったんだけど良かったら貰ってくれねーか?」

 

 レキはこちらをジッと見詰めると直ぐに視線を戻し、コクンと頷いた。

 俺はレキの足元にその飲み物を置くと残りのパンを食べ進めた。

 

 

 


 

 

 放課後。

 一般的には帰宅して遊びに行くなりバイトするなりし、学校に残れば部活動に勤しむが生憎ここは武偵高。

 一般的な事から懸け離れたこの学校ではそれは通用しない。

 自主的に残って戦闘訓練や射的訓練、車の運転技術を磨くといった活動をしている。

 俺はそんな気の触れたような学校の中をある人物を探し散策し、現在校舎裏に来ていた。

 

「吉野先輩!」

「うん?」

 

 呼ばれて振り返って見ると俺には縁の無さそうな美少女がいた。

 金髪をポニーテールにし胸ポケットにコウモリ型の髪飾りと首にチョーカーをしており、スタイルがかなり良い。

 神崎と比べるともう圧巻だな・・・。

 日系ではある様だが純日本人では無さそうだ。

 そして、『先輩』と呼ぶからには後輩なのだろうが、165cm近く身長がある。

 俺158だぞオイ・・・

 すごくアサルトライフル持たせたら似合いそうだ。

 確か彼女の名前は・・・

 

火野(ひの)ライカ・・・だっけ?」

「そうです、1年A組の火野ライカです!」

 

 元気良く応える火野は強襲科でも話題に出る人物だ。

 1年の中でもかなり強い部類に入ると聞いた事がある。

 

「で? その1年の火野が俺に何の用だ? オジサンこう見えてもあんまり暇じゃないから、単刀直入の方があり難いんだけど?」

「じゃあ、アタシと『戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)』してもらっていいですか?」

 

 戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)とは名前のとおり、戦姉妹の資格があるかを実際に試験し見極める勝負事である。

 やり方は『エンブレム』など色々あるが、基本的に受けた側が自由に決めれる。

 

「良いけど、俺は加減はしても本気でやるぞ?」

「望むところッス!」

「なら良いぜ、何時でも掛かってきな! ルールは致命傷以外アリアリだ、制限時間は30分ってところか?」

「なら遠慮なくッ!」

 

 火野は言い終る前に右足で鋭いローキックを放ち、それを俺は脚を引いて避ける。

 そのローキックを避けられた火野は、その勢いを利用して左の後ろ回し蹴りに移行する。

 俺のこめかみに向けて放たれた後ろ回し蹴りを状態を反らしてやり過ごす。

 

「ラッ!!」

 

 火野は背中からトンファーを取り出すとそのまま殴り掛かって来る。

 軽いジャブの様に素早い右での突きを、左手で外に受け流す。

 そして素早く右手を引くとリズム良く左手の突き出す。

 ワンツーか・・・

 俺はトンファーのグリップを握る火野の手を右の手の平で受け止める。

 

「フッ!」

 

 左手でベルトに挟んだサバイバルナイフを逆手で引き抜くと同時に、火野が半回転させた右のトンファーで上から殴り掛かって来くる。

 ギャリンッ!! 

 サバイバルナイフでトンファーを、甲高い金属音を響かせながら反らす。

 そこからから左のトンファーをアッパー気味に打ち込んでくる。

 俺はその打ち込みを、バク転で回避する。

 

「ルールはアリアリだぜ? 近接だけじゃなくて遠距離攻撃もして来いよ!」

「申し訳ないッスけどアタシの銃は持ち歩きには不便なんで普段使わないんですよ」

「なるほどな・・・」

 

 雰囲気もそうだが、踏ん張り方や手の特徴的にもおそらくアサルトライフルが獲物だろう。

 基本的にでかいから武偵が持ち歩く際はパーツごとにバラシ、専用のケースや場合によっては大きめのカバンに収納し必要な場所に行く前に組み立て使う物だ。

 例外としては、依頼を受けた後直ぐに組み立てた状態で車などの交通手段に持ち込む際だ。

 だから火野の反応は武偵としてはありえない物では無いだろう。

 だが・・・

 

「舐めてんのか?」

 

 右手にサバイバルナイフを投げる様に持ち替え、左手でS&Wを右胸のホルスターから引き抜き火野に向け静かに問う。

 

「えっ・・・」

「武偵ってのは凶悪化する犯罪から人々を護る為にできた制度だ、その為には武力がいる、だから俺達武偵は卵だろうと関係なく銃の所持を認められている。言い換えれば人々からの信頼の形が銃だ。コレが依頼だった場合どうする気だ? 敵に「今は銃が無いから自分の戦いに合わせてくれ」とでも言う気か? 自分の武器が携行し難い物なら、変わりになる武器を持ち歩くべきなんじゃないのか? 刀が持ち歩き難いならナイフ、アサルトライフルが無理ならハンドガン、そうやって何時いかなる時にも対応できるようにするのが武偵じゃないのか?」

「・・・・・・」

 

 こんな台詞を吐いているが俺の心中はこんなことは考えていなかった。唯一俺の心の中にあった言葉は・・・

 キャラじゃねぇー!! 俺は自由と平和を愛するネタ要員だぞ!? シリアスよりトライフリングが似合う男になに言わせてんだ!! 

 

(まぁ、心構えや考え方は後々修正できるしな・・・今はそこより相性と技術を見る方が良いか・・・)

「ったく・・・」

 

 俺はS&Wを火野に投げ渡す。

 火野はもちろん、驚きながらもキャッチするも「なぜ?」と言った顔が浮かべていた。

 

「撃ってみろ、今回の目的は試験であって意識改革じゃねーからな、取り合えず今見れる技術はできる限り見てやる」

「っ・・・! はい!」

 

 火野は俺に向けてS&Wをダブルアクションで撃つが――()()

 俺は火野の視線とタイミングを合わせ、右足に向って放たれた銃弾を右手のナイフで弾いた。

 

「なっ・・・!?」

()()()()()、視線で軌道が読める、これなら精神加速させるまでもなく対応できる)

 

 続けて撃つも、同じやり方で左肩、左足と撃たれた銃弾を弾く。

 そして4発目、俺は少し油断していた。

 

 視線も銃口も俺の上半身、もっと言うなら右肩辺りを向いていた。

 だから俺は確実に右肩を狙っていると思った。

 故に予想外だった。

 

(なっ・・・なんだと・・・)

 

 俺に向いた視線は変わらなかった。

 だが、俺に向いた銃口が引き金を引く瞬間に――()()()

 

(前の3発はミスリード、その3発で俺は火野が視線を外して撃つミスディレクションが使えないと思ってしまった、あぁ・・・1年だと思って舐めていたのは俺の方か・・・今改めたぜ火野ライカ・・・!)

 

 俺は今まで視線から照準を読みタイミングを合わせナイフで弾いていた。

 言い換えるなら()()()()()()()()()()()()()を読み、その場所に障害物を置き防御する戦法を取っていた。

 だが、この瞬間銃口をずらされ空間的間合いこそ切れては無いが、銃口は視線から外れた。

 つまり、もう時間的間合いは計れない。

 

(ならば・・・!!)

 

 俺は時間的間合いを――()()()

 撃たれてはいけないのならば、弾道が読めているのならば、できることは1つ。

 

(撃たれる前に避ける!!)

 

 俺は撃たれる直前にその場から左に避ける。

 そして、右手のナイフを逆手に持ち代え、大きく踏み込み柄頭を火野の腹に埋め込む。

 

「グッ・・・!!」

「結構やるな火野・・・俺は考えを改めたぞ・・・加減抜きの本気でやってやる来い!」

「ッ、はい!」

 

 火野はS&Wを棄てると背中からサバイバルナイフを抜く。

 俺はサバイバルナイフを逆手のまま前に出し、櫛状になった峰に左掌を沿え構える。

 

「ハァッ!!」

 

 火野は大きく踏み込み上体を下げると、右手のサバイバルナイフで鋭い突きを放つ。

 俺の腹に向かって放たれた突きを左手で押さえながら右手のナイフで軌道を外に逸らし防御する。

 そして逸らした状態から左手の掌を火野の胸の中央に当てる。

 

「ッ!!」

「カハッ・・・!?」

 

 その瞬間火野の体が後ろに()()()()()

 火野は「一体何が起きたんだ?」と言う顔を苦悶の表情と共に浮べていた。

 

「これはとある流派と俺の家の技を組み合わせた技でな、必殺性や強さにおいては比較にならない程弱体化してはいるが、威力と衝撃は跳ね上がって安定した技になった物だ。特に名前も付けていけど敢えて名付けるとすると――、『空撃ち』と言った所か・・・」

 

 俺はサバイバルナイフを左手に持ち代え腰の鞘に直す。

 それと同時に火野は気を失った。

 

 

 


 

 

 ~side 火野ライカ~

 

 アタシが目を覚ましたらそこは保健室だった。

 何でこんな所に・・・

 アタシは保健室のベットに寝かされており、保健室にはアタシ以外は居なかった

 確かアタシは――

 

「吉野先輩に戦姉妹試験勝負を挑んで・・・」

 

 そうだ思い出した・・・

 

「吉野先輩に負けた・・・」

 

 アタシは上体を起こしベットに座ろうとすると、左手が何かに触れた。

 左手でその触れた物を手に取って見ると、それは小さな封筒に入った手紙とS&Wだった。

 アタシは取り合えず手紙の封筒を開け中身を読んで見た。

 

『火野へ

 これを読んでるって事は気が付いているとは思うが戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)は時間制限で終った。名目上ではお前の負けだが、正直戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)には一切この辺の勝敗は反映させてない。

 俺が見たかったのは相性や戦闘スタイルと言った方だったんで、それを言って無かった事は悪かった。

 戦姉妹(アミカ)にするかどうかの問題は、悪いが落とさせて貰う事にした。

 ただこれは、火野が如何とかと言う事では無く俺の問題だ。

 俺の戦闘スタイルと火野の戦闘スタイルは違いすぎて俺が教えられる物がほとんど無く、それどころか教えれば持ち味を消すような物もある。

 だからもし、戦姉妹が欲しいのなら俺の様な人間では無くもっとあった人間を探してくれ。

 ただ、もし本当に俺に教えて欲しいと思う事が在るなら、それが俺に教えられる物であるなら俺は何時でも歓迎するから遠慮無く来てくれ。

 PS そのS&W M19は俺みたいな未熟者の戦姉妹(アミカ)に成りたいと言ってくれた礼だ、使うかどうかは任せるが銃の携帯は心掛けろよ。

 

 吉野 遙』

 

「っ・・・ううっ・・・」

 

 アタシは気付けば泣いて居ていた。

 涙を止めようとすればするほど涙が溢れてくる。

 保健室に誰も居らず誰にも見られないのが唯一の救いだろう。

 アタシはS&Wを胸に抱いて泣き喚いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4弾 言葉のキャッチボールができる相手が回りにいるのは幸せな事だったりする

 あれから俺は気絶した火野を保健室に運び軽い用事を済ませると帰路に着いた。

 ついでに帰り道のスーパーで買い物を済ましてだが・・・

 

「ただいま」

「おかえりー」

 

 キンジは先に帰ってきてた様でソファーに座って窓の外を眺めていた。

 こちらもやる事をやるか・・・

 俺は買って来た物をキッチンに持ち込む。

 手を洗い買い物袋をから大根を取り出しまな板の上に置く。

 そして包丁で大根を輪切りにし、皮を剥き両面に十字の切込みを入れる。

 

「そういえば遙、お前今日帰り遅かったけど何かあったのか?」

「可愛い後輩に戦姉妹試験勝負挑まれてな、意外と強くて本気出しちまった」

「1年の頃の技術と能力に合わせてか?」

「いや、中2の頃の技術と能力に合わせてだ、流石に後輩相手に現在の俺の全力の本気を見せる訳には行かないからな」

 

 そう、武偵として本気で挑むのならば中二の頃の実力が丁度よかった。

 俺としても火野相手に加減なんて侮辱はしたくなかったので中学の頃の実力に調節した。

 それで俺と火野の実力を均衡した勝負になっただろう。

 それは間違いなく俺の本気だったのだから。

 

「何でも良いがその子を連れて来るなんて事はするなよ」

「大丈夫だろ落としたんだから・・・少なくともしばらくは女子を連れ込もうなんて状況にはならねーよ俺は」

 

 俺は買い物袋から鳥の手羽先を取り出し、少し切込みを入れる。

 そして切った大根と手羽先を鍋に入れ、水と薄口醤油で味付けし落し蓋をして弱火で炊く。

 これで今日のメインは良いだろう。

 

 次に薄口醤油とみりん、酢、砂糖、塩を混ぜ合わせ味付けを先に作って置く。

 そしてキュウリを小口切りにし塩をまぶし暫く置いておく。

 更に買い物袋から茹でた刺身用のたこを取り出しそぎ切りにする。

 キュウリがしんなりして来たので水気を切って、たこと味付けのたれを和えて2~3分馴染ませる。

 これで副菜の1つは良いだろう。

 もう1つは食べる直前で良いだろう。

 

 米櫃から4合ほど取り出し、米を軽く研いで炊飯器にセットする。

 炊き上がって余ったら、冷凍しておけば、しばらく持つだろう。

 俺もいない時もあるからキンジの分作り置きしておこうか・・・

 まぁこれで炊き終わるまで休憩してて良いだろう。

 俺はリビングのテーブルのイスに腰掛け様とした時――

 

 ピンポーン。

 

 この慎ましやかではないインターホンの押し方。確実に星伽ではない。

 そして星伽以外でこんな所に来る奴は俺は武藤位しか知らない。

 ならばコレはフラグだ。俺は絶対に出ない。

 

 ピンポンピンポーン。

 

 キンジの方を見てみると――

 あっ、目を逸らした・・・

 キンジも居留守で乗り切る気らしい。

 

 ピポピポピポピポピピピピピピピンポーン! ピポピポピンポーン! 

 

 キンジは立ち上がって玄関の方に向って歩いていく。

 やっぱり耐え切れなかったか・・・

 キンジは自らフラグを回収しにいく。

 取り合えず武装しておこう・・・

 左太腿のカランビットナイフを右手で抜き、右手首の方に刀身が来るように持ち掌にナイフを隠す。

 更に左手で腰のソードブレイカー形のサバイバルナイフを逆手で抜く。

 そして――

 

「遅い! あたしがチャイムを押したら5秒以内に出る事!」

 

 もう直接見なくても『びしっ!』と言う効果音が聞こえそうな張り上げた声。

 俺は咄嗟にテーブルの下に隠れる。

 Sランク武偵にこの程度の潜伏じゃどうにもならんが、戦闘的立ち位置ならここが俺個人のベストの立ち位置だ。

 俺は何時でも飛び出す、もしくはテーブルを引っ繰り返しぶつける体制を整える。

 

「お、おい!」

 

 どうやらキンジの静止も虚しく入って来たようだ。

 コレはいよいよガバメントの乱射タイムか・・・

 

(ガバメントの銃口からナイフを突っ込んで銃身を破壊し近接戦に持ち込めば・・・)

 

 軽く戦闘法を組み上げ凶暴に凶器を持たせた様なロリツインテガールを待つが・・・

 

「待て、勝手に入るなっ!」

「トランクを中に運んどきなさい! ねぇ、トイレどこ?」

 

 訂正、凶暴に凶器を持たせ我侭に服を着せたようなロリツインテチャイルドだった。

 その凶暴に凶器を持たせ我侭に服を着せたようなロリツインテチャイルドは勝手に部屋を見て、勝手にトイレを見つけて小走りに入っていったようだ。

 取り合えずガバメントの行き成り乱射と言う地獄は回避された様なのでサバイバルナイフを直しテーブルの下から出る。

 玄関を見るとキンジがやたらと重そうな女物のトランクを引きずり入れており、トイレから出て手を洗った先程の声の主である神崎はそんな事には目もくれず部屋を見渡している。

 

「あんた達ここ、2人部屋なの?」

 

 この手の相手は落ち着いたと思っても実際急に暴れ出すから警戒は解けない。

 俺は何時でも神崎に飛びかかり制圧出来るように準備している。

 その神崎はリビングの一番奥の窓あたりまで移動していた

 

「まあいいわ」

 

 何が良いんだ? 

 ていうかなんでコイツはこんなに自由に振舞えるんだ? 

 そんな事を思っていると夕陽に照らされ淡い光を纏った神崎は、くるっ、とこちらに振り向く。

 俺はそれが不覚にも美しいと思ってしまった。

 そして――

 

「――キンジ、遙。あんた達、あたしのドレイになりなさい」

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・What? 

 えっ? 何言ってんのコイツ? コイツ常識無いのか? 

 あぁ、駄目だこりゃ・・・コイツとは合わない、コイツだけは何が会っても合わない。

 俺は神崎は何が会っても反りが合わないと確信した。

 その瞬間、俺の身体が動かなくなった。

 

「落ち着け遙!! 頼むから落ち着いてくれ!!」

 

 俺は気付けばキンジに羽交い絞めにされていた。

 そして、左手には直していた筈のサバイバルナイフが握られており、右手に隠していた筈のカランビットナイフは逆手に握られ神崎の方を向いている。

 あっ、コレ半殺しにするつもりだったな・・・

 

「サンキュキンジ、もうチョットで半殺しぐらいしてたわ」

「頼むから落ち着いてくれ! 本気のお前を止めれる自信ないぞ・・・」

 

 おれはサバイバルナイフを腰の裏側の鞘に直し、カランビットナイフをズボンの尻ポケットに直す。

 ああ、落ち着け落ち着け、この手の人間に本気になったら負けだ。

 平常心平常心・・・

 

「ほら! さっさと飲み物ぐらい出しなさいよ! 無礼なヤツね!」

 

 ぽふ! 

 盛大にスカートを翻し少し前までキンジが座っていたソファーに座る。

 ちゃき、と組んだ足のふとももが少し見えて、そこに提げてる二丁拳銃が覗いた。

 俺にはそれが俺達を脅迫してるように思え――

 

 ブチッ!! 

 

 あぁ、決定的な何かが切れたような音が聞こえた。

 

 

 


 

 

 ~side 遠山キンジ~

 

 やばい、遙がキレた。

 正直このキレてるのに頭が冷静になって、無表情に少し笑みの入っている状態の遙が1番怖い。

 遙の怖い所は、淡々と論破して来るとこではない。

 むしろそんなタイプじゃない。

 遙の怖い所は、相手を延々と焚き付け相手が手を出そうと襲い掛かって来た瞬間、正当防衛を武器に相手に殴らせる事無く自分が一方的に殴る所だ。

 

 遙は無言でキッチンの方に歩いて行く。

 ああ、コイツら相性悪すぎだ・・・

 

「コーヒー! エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ! 砂糖はカンナ! 1分以内!」

 

 無礼者はそっちだ。

 てか、なんだその魔法の呪文みたいなコーヒーは。

 

 簡単にはご退出願えなさそうな事は直感的に分かるが・・・。

 

「ほらよ・・・」

 

 遙は恐ろしい行動に出た。

 

「ちょっと・・・なによコレ・・・!」

 

 遙は確かに飲み物を出した。

 そう、昨日買ったばかりの()()()()()を、()()()()()()()()()()()()()のデザインのマグカップで・・・

 

「悪いな、今それしか無いんだよ、まぁ良いんじゃないか? ()()()()()

「あんた、あたしに喧嘩売ってるの?」

「まさか! 俺はどこかの貴族と違って平和主義ですから! 喧嘩を売るだなんてまさかまさか・・・」

 

 遙はワザとらしく肩を竦めるも、その顔には今までに無い微笑が浮かんでいた。

 そして恐ろしいのが、ここまでのやり取りで一度としてアリア本人を特定できる発言をしていない事だ。

 煽りとしてはギリギリだが、侮辱的意図の含む発言は確かに含まれていない。

 更に恐ろしいのは、アリアが赤くなるにつれ、遙の浮かべる微笑はより濃くなって行くと言う事だ。

 ああ、今なら遙の考えが手に取るように読める・・・。

 

(コレで殴り掛かって来たら僥倖! 理性が勝っても常にこんな状態じゃ直ぐに嫌気が差して出て行くだろう、コレでどちらに転んでも俺の完全勝利!)

 

 と、思ってるんだろうな・・・

 アリアも遙の意図に気付いているのか、深呼吸をして落ち着きを戻そうとしている。

 

「まぁいいわ」

 

 変な所で大人の余裕を見せるアリアは特濃ミルクを1口啜る。

 取り合えずこの空気を切り替えよう・・・

 

「今朝助けてくれた事には感謝してる。それにその・・・お前を怒らすような事を言ってしまったことは謝る。でも、だからって何でここに押しかけてくる」

 

 口をへの字に曲げて言うと、アリアはマグカップを持ったまま、きろ、と紅い目だけ動かしてこっちを見た。

 

「わかんないの?」

「分かるかよ」

「あんたならとっくに分かってると思ったのに。んー・・・でも、そのうち思い当たるでしょ。まあいいわ」

 

 よくねえよ。

 

「おなかすいた」

 

 アリアはいきなり話題を変えつつ、ソファーの手すりに体をしなだれかけさせた。

 なんだか女っぽいしぐさに、俺はちょっと赤くなって視線を逸らす。

 

「なんか食べ物ないの」

「悪いけどこの煮物、2人用なんだ」

 

 遙はキッチンに戻り煮物の火を止め、ニヤニヤと笑う。

 性格悪いな・・・

 

「そんなにあるんだから少しは分けなさいよ!」

「俺達の食費は折半なんだよ! どうしても食いたきゃ金払えよ」

「いくら払えって言うきよ!」

「材料費+人件費+消費税で3150円だ」

 

 うわ、1回に使った分の料金じゃなく、平然と全ての材料の小売価格で請求したな。

 

「なによその法外な値段!」

「あぁ? 材料そろえて税金払って料理するのにどれだけの労力使ってると思ってんだ? 端数を省いてやってんだからありがたく思えよ、文句があるなら自分でなんか買って食うんだな」

 

 言いたい事は全て理解できるのにいちいち地雷に成って行くのは何でだ? 

 コイツら水と油とか、犬猿の仲どころの話じゃない。

 なんと言うか、空腹状態のネズミを二匹同じ空間に放置し、共食いさせている様な感じに見えてしょうがない。

 何で初対面でここまで反発し会えるんだ? 

 俺もアリアの態度には腹が立ったが、ここまでの事ではない。

 そもそも俺より温厚な人間である遙が、俺より先にキレるのはどう言う事だ? 

 俺は遙の近くに移動し遙にだけ聞こえる大きさの声で尋ねた。

 

「どうしたんだよ遙? 何時ものお前らしくないぞ」

「俺もそう思うんだけどよぉ、コイツとは始めて会ったと思えないくらい気が合わないんだよ」

 

 遙は頭を押さえながらため息を付く。

 そこでアリアはそれを見計らったように――

 

「いいわ! 払うからご飯寄越しなさい!」

 

 タイミングの悪い・・・

 遙も再びため息を付き静かに言った。

 

「気が合わないどころじゃないな、俺の存在がコイツの存在を認めていないと言われても不思議に思わないぞ・・・」

 

 何所まで気が合わないんだコイツ等? 

 俺こんなに気が合わない奴等始めて見た・・・

 遙はため息を付きながらも3人分のだし巻きを作り始める。

 フライパンに油を引き、白だしで味付けしたとき卵をフライパンに流し込み、卵を焼き始める。

 なんだかんだで作るんだよな遙って・・・

 何でここまで気が合わない奴に飯出してやるんだ? 

 

「はぁ~・・・かったるい・・・」

 

 と言いながらもしっかり手抜きする事無く作るんだよな・・・

 性格良いんだか悪いんだか・・・

 まあそんな所も含めて親友なんだが。

 

「キンジ皿取ってくれ」

「ああ」

 

 俺は食器棚から茶碗と皿と小鉢と器を3枚ずつ取って渡す。

 遙は嫌な顔しながらも皿を受け取り――

 

「何で迷う事無く3枚ずつ取るんだよ・・・」

 

 と呟きながらも、ちゃんと皿に盛り付けテーブルに並べる。

 遙は無言でキッチンに戻り、余ったご飯をタッパーに入れシンクの台に起きご飯を冷ます。

 そして平然と遙は、俺と遙の分のお茶をコップに注いでテーブルに持ってくる。

 コレに当然、アリアは腹を立てるわけで――

 

「ちょっと! ちゃんとお茶在るんじゃない! なんでアタシにはミルクなのよ!?」

「悪い、良く見たら在ったんだ、勿体無いからそれで我慢してくれ」

 

 あぁ、笑ってる。

 何でこんなに煽っている間だけ笑顔でいられるんだ? 

 そもそもこんな頻度で人間を煽れる物なんだな・・・

 

「まず飯を食ってからにしよう! せっかくの飯が冷めるぞ!」

「そうだな、取り合えず食うか」

 

 遙とアリアは同時に椅子に座り――

 

「「いただきます!」」

 

 同じ台詞なのにここまでテンションが真逆な二人を俺は始めて見たのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5弾 部屋を追い出されたからと言って夜に女の子の部屋を訪問する男を俺はどうかと思う

 俺達は飯を食っている。

 俺は眼で、目の前にいる傍迷惑な珍獣に『帰れ』と言う視線を向けながら。

 キンジは居心地悪そうな顔をしながら手場先に手を付け、神崎は俺の視線なんか何所吹く風の様に、旨そうにだし巻きを頬張る。

 

 武偵には気を付けるべき物が3つある。『闇』『毒』そして『女』だ。

 こいつを見ているとその最後には引っかからないと思えてしょうがない。

 

「・・・ていうかな、ドレイって何なんだよ。どう言う意味だ」

 

 キンジはこの空気に耐え切れなくなったのか本題を切り出す。

 

強襲科(アサルト)であたしのパーティーに入りなさい。そこで一緒に武偵活動をするの」

「なにいってんだ。俺は強襲科が嫌で、武偵高で1番まともな探偵科(インケスタ)に転科したんだぞ。

 それにこの学校からも、一般の高校に転校しようと思ってる。武偵自体、やめるつもりなんだよ。それを、よりにもよってあんなトチ狂ったところに戻るなんて――ムリだ」

 

 コイツ人の学科ボロクソに言うじゃん。

 俺若干傷付くぞこの野郎。

 

「あたしにはキライな言葉が3つあるわ」

 

 コイツ人の話し聞かねーな・・・

 

「聞けよ人の話しを」

「『ムリ』『疲れた』『面倒くさい』。この3つは、人間の持つ無限の可能性を自ら押し留める良くない言葉。あたしの前では二度と言わないこと。いいわね?」

 

 そう言うと、きゅうりとタコの酢の物を口に運ぶ神崎。

 人の台詞まで制限しようとするのかこのチビ・・・

 

「キンジのポジションは――そうね、あたしと一緒にフロントがいいわ」

 

 フロントとは、まぁ、字面で分かると思うが前衛の事である。負傷率ダントツの危険度MAXのポジションだ。

 ちなみに俺の普段のポジションはここだ。

 

「よくない。そもそもなんで俺なんだ」

「太陽はなんで昇る? 月はなぜ輝く?」 

 

 話が飛ぶなー

 

「キンジは質問ばっかりの子供みたい。仮にも武偵なら、自分で情報を集めて推理しなさいよね」

 

 子供みたいなのはどっちだこのチビ。

 

「遙はセンターで援護して」

「了承した覚えは無いんだが?」

「なによ。断る理由あるの?」

「山ほどある」

 

 少なくとも理由が2つ3つではないのは確かだ。

 

「言って見なさいよ。あたしが納得する理由が在るなら考えてあげるわ」

「まず、俺のお前に対する信頼が無い。いきなり寮に乗り込んできてドレイになれとか言ってくる奴を信用できる奴がいると思うな。

 2つ、お前みたいな銃を乱射する奴とは俺のスタイルと相性が悪い。お前みたいな奴と組んだら味方同士で潰し合いになるだけだ。

 3つ、そもそもお前との性格の違いがでか過ぎて連携が取れると思えない。スタイルも性格も違い衝突するならいくら個々の能力が高くても足の引っ張り合いになるだけだ。

 4つ、まずお前とはたぶん家柄の相性が悪い。お前と組むなんてあの世のジー様達に顔向けできなくなる。

 5つ、衛生科(メディカ)Bランクの人間に戦闘をがっつりさせるような人間と組みたくない。そもそも戦闘向きじゃない人間を戦闘ど真ん中に置くな。

 6つ、とにかく働くのがかったるい! もっと細かく言うともっとあるが大きく言うならこの位だ」

 

 俺は強襲科(アサルト)ではSランクだが、最近力を入れているのは自由履修で受けてる学科は衛生科(メディカ)であり、俺のランクはBランクである

 そして1番こいつの誘いを断りたい理由は、かったるいからだ。

 

「あんた確かに衛生科(メディカ)はBランクだけど強襲科(アサルト)はSランクでしょ!」

 

 of・・・バレテーラ・・・

 

「それと『面倒くさい』は禁止って言ったばっかりでしょ!」

「『面倒くさい』と『かったるい』は意味からして別物だ。それにお前のドレイになった覚えが無いんだからお前に俺の何かを制限される覚えは無い」

 

 とりあえず俺の考えの一部をぶちまける。

 ただコイツは言葉のキャッチボールが成り立たない。

 キンジの場合は投げっぱなしだし。

 俺の場合はもうドッチボール見たいなもんだから――

 

「決闘よ! 前の3つが本当かあたしが直接見てあげるわ!」

 

 ほら話が飛んだ! 

 

「やんのかよ、この『切り裂き魔(スラッシャー)』と」

 

切り裂き魔(スラッシャー)

 それが俺の幾つかある通り名の内の1つだ。

 俺の武装の基本がナイフであり、相手の武装や防弾服も割りと切ってしまうことからこの名が付いた。

 コレに近い意味で、『武器破壊者(ウエポンブレイカー)』という通り名もある。

 

「そうよ! 明日の五時間目強襲科棟(アサルト)にきなさい!」

「いいぜ、売られた喧嘩は買う主義だ。ただし覚悟してもらうぜ、勝つ負ける以前に手傷は確実に入れるんだからな」

「上等よ!」

 

 俺達は互いににらみ合う。

 この行為に意味はないが目が放せなくなった。

 その空気に耐えられなくなったキンジは俺達に割って入る。

 

「とにかく帰ってくれ。俺は静かに過ごしたいんだ。帰れよ」

「まあ、そのうちね」

「そのうちっていつだよ」

「キンジが強襲科(アサルト)であたしのパーティーに入るって言うまで」

「でももう夜だぞ?」

「なにが何でも入ってもらうわ。あたしには時間が無いの。うんと言わないなら――」

「言わねーよ。なら? どうするつもりだ。やってみろ」

 

 キンジが割りと珍しい毅然とした態度で言い放つ。

 それに対して神崎はギロッとキンジを睨む。

 

「いわないなら、泊まってくから」

 

 やっぱりな・・・

 キンジは頬が痙攣したように引きつっている。

 

「ちょっ・・・ちょっと待て! 何言ってんだ! 絶対ダメだ! 帰れうぇっ」

 

 うわ! 何やってキンジ汚ねぇ!! 

 キンジは驚きの余り逆流して来た夕飯を押し戻す。

 

「うるさい! 泊まってくったら泊まってくから! 長期戦になる事態も想定済みよ!」

 

 びしっ! と玄関のトランクを指差しつつ、キンジを睨み、キレ気味に叫ぶ神崎。

 やっぱり宿泊道具だったか・・・

 行動が幼稚なのに年齢が高2だから本当にやりたい放題できるんだろうなコイツ・・・

 

「――出てけ!」

 

 コレは俺のでも、キンジの台詞でもない。

 俺達が言うべき台詞を、先にこのチビが言ったのだ。

 

「な、なんで俺達が出て行かなきゃいけないんだよ! ここはお前の部屋か!」

「分からず屋達にはおしおきよ! 外で頭冷やしてきなさい! しばらく戻ってくるな!」

 

 と両拳を振り上げ、山猫のような威嚇をする神崎に俺達は追い出されたのだった。

 

 

 


 

 

「なんで俺達が追い出されるんだ遙?」

「しらん! 俺は今日はもう帰らないから!」

 

 俺達は寮の下のコンビニの前で立ち話をしていた。

 俺は今後の計画を立てているがキンジはノープランのようだ。

 俺はキンジに1万円を渡す。

 

「俺は誰かの家に止めてもらう。キンジはそれでどっかに泊まるなり何なりしろ、まあその辺はキンジに任せるが・・・」

「いやいや、だからってコレは受け取れないだろ!」

「いやそうじゃなくてだな・・・明日キンジのベレッタ貸してくれ、そのレンタル料だ」

「ベレッタを? それは良いがどうしたんだ何時ものS&Wは?」

「可愛い後輩にプレゼントした」

「なるほどな・・・どうせ明日の5時間目だろ? 昼休みに取りに来いよ」

「おうサンキュ、じゃあ俺はもう行くな」

 

 俺はキンジと分かれてぶらぶらと歩く。

 とりあえず泊まり用の服だよな・・・

 近くのディスカウントショップに入り、白い無地のTシャツと黒いハーフパンツ、あと最低限の衛生用品を購入した。

 後は泊まるとこを確保すればいいだろう。

 

「理子のとこは休める気しないしな・・・武藤は今日いらない事してくれたから却下だし・・・美咲のとこにするか」

 

 早速俺は携帯で美咲に連絡を取る。

 美咲はクレーム処理センターの対応の様に3コール以内で出た。

 さすが美咲、プロだ・・・

 

「もしもし美咲? 今大丈夫か?」

『はい、何か御用ですか遙くん?』

「ああ、なんか寮の部屋が占拠されて帰れそうにないから、1晩泊めて欲しいんだけど無理かな?」

『私の部屋でですか?』

「美咲の部屋って相部屋の奴いなかっただろ? 美咲には悪いけど1番迷惑が掛からないのは美咲の部屋なんだよ・・・それに久し振りに美咲にも会いたいしさ・・・」

『大丈夫ですよ、お待ちしてますね』

「ありがとな美咲」

 

 俺は電話を切ると近くのスーパーでお菓子や飲み物、明日の朝食や弁当の材料を買って、第3女子寮に向った。

 

 

 


 

 

 少しあるいて第3女子寮の近くに着いた時俺はある事に気付いた。

 第3女子寮前にある女の子がいた。

 長い黒髪のストレートが綺麗で少し前髪が長すぎて目が隠れ、地味目に成っておりメガネを掛けている美人さん。

 本当にどっかのピンクのツインテのチビとは違って、極度のあがり症で大人しく可愛いし、我侭ボディだし・・・

 

「美咲」

「は、遙くん・・・」

 

 彼女は中空知(なかそらち)美咲(みさき)

 俺の親友その4であり、極度のあがり症で、男性と会話する際はテンパってしまい、まともに会話することができなくなる。

 だが、通信機やボイスレコーダーを介するとアナウンサーのように滑舌が良くなる。聴力に長けており、常人には雑音にしか聞こえない音からでもその音を聴くだけで、周囲などの特徴を捉えることができるなどオペレーターとしての能力は優れている。反面、身体能力は武偵と思えないほど低いが、聴力だけならヒステリアモード時のキンジをも凌ぐ。

 なぜか俺だけは他の男性とは違いテンパらずに、少し吃りながらも会話できるらしい。

 たぶん俺の事どこかで同姓と思ってるんだろうな・・・俺ちょっと声高いし・・・

 専門科目は通信科(コネクト)でBランク。

 機会越しならSランクだと思うんだがな・・・

 俺も毎回任務や依頼の時にお世話に成ってるんだが・・・

 

「悪いなこんな時間にこんな事頼んじゃって・・・」

「だ、大丈夫です・・・は、早く入りましょう!」

 

 理子達が騒ぎたい時の面子だったとしたら、美咲はなごみたい時の面子だ。

 俺からすれば方向性は違うが、レキに近い存在と言えばいいのだろうか。

 

 俺達は取り合えず美咲の部屋に向かう。

 美咲が部屋の扉を開けるともう圧巻と呼べる物だった。

 音響機器がビッシリと集められ、ラックに詰まれた無数のスピーカーや高そうなアンプが、黒い机を半円形に囲んでいる。

 黒塗りの防音壁には、色とりどりのヘッドホンが家電量販店のようにブラ下げられている。

 ラジオ局のミキサー室みたいな光景に加え、室内には更に古今東西の通信機器が整然と並んでいる。

 

 コレが全てゲームなら俺の趣味ドンピシャだったんだが・・・

 

 処理用のPCや無線機だけじゃなく、携帯電話も50機種くらいあるし、アクセスランプが至るところでピカピカし電子機器の匂いがする。

 窓際にちょこーんと置かれた観葉植物が、なんだか『美咲だな』って感じがする。

 

「美咲は夕飯食ったのか? なんだったら俺が何か作るけど・・・」

「い、いえ・・・さ、さきほど食べたので・・・」

「そっか、なら風呂でも入るか? 入るなら俺、ベランダに出るけど・・・」

「あっ、お、お願いしても良いですか・・・?」

「了解、終ったら声掛けて」

 

 俺はベランダに出て戸をしめると、手すりに組んだ手を置きため息を付く

 

「今日はいろいろあったな・・・」

 

 誘拐の現場に出くわし誘拐された間宮さんを救出し、遅刻しそうな状況で通学路を爆走し丁度出くわしたキンジの自転車に飛び乗ったらその自転車に爆弾が仕掛けられていて、変なツインテのチビ(神崎)に助けられたと思ったらキンジがヒステリアモードに成って目を付けられ、それとほぼ同時に俺にも目が付けられ逃げたら俺のクラスに転校してき自己紹介と一緒に後頭部を殴られ、後輩の火野に戦姉妹試験勝負を挑まれS&W M19をプレゼントし、帰って見れば変なツインテのチビ(神崎)にドレイに成れとか言われ、なぜか変なツインテのチビ(神崎)に明日の午後から決闘を挑まれ、良く分からない内にキンジと一緒に変なツインテのチビ(神崎)に寮から追い出された、とっ・・・

 

「ちょ待てよ。色々あり過ぎだろー、こんなの続いたら俺過労死するぞ・・・」

 

 まぁそれはいいとして、一番重要どの高いのはチャリジャックか・・・

 細かい情報は明日探偵学部(インケスタ)情報科(インフォルマ)で調べるとして、手口は爆弾のジャック、狙いは武偵、コレに近い手口の犯罪者で思いつくのは『武偵殺し』だが・・・

 

「確か武偵殺しは掴まっているはずだが・・・」

 

 考えられる可能性は大きく分けて4つ。

『武偵殺しの模倣犯』これは可能性としてはかなりあるが、これの場合本物の武偵殺しより隠蔽が甘い事が多いので放て置いても掴まるだろう。

『掴まった武偵殺しは誤認逮捕、もしくは冤罪』コレは掴まった人間に会ってないし警察の態度も見ないといけないので保留。

『武偵殺しは集団』コレはほとんどないだろう、集団に成れば個人の油断が出て確実に数人はしょっぴかれる、在ったとして本人含め3人が良いとこだろう。

『武偵殺しとは無関係、キンジもしくは俺への恨み』・・・コレは心当たりしかない。そもそもこんな仕事恨まれるなんて日常茶飯事なんだから考えてもしょうがない。

 

「かったるい・・・」

 

 

 


 

 

「あーさっぱりした」

 

 あれから色々と物思いに耽っていたら、美咲が風呂から上がったので部屋の中に入れてもらった。

 一瞬こっちの事を本気で忘れ、奥の部屋に入って行きそうに成った時は本当に焦った。

 そして交代のように俺は風呂を借りて今出てきたところだ。

 もちろん今日買った服に着替えて、今まで着てた制服は小脇に挟んで運んでいる。

 

「ありがとな美咲、いいお湯だったぜ」

「は、はい・・・そ、それは良かったです・・・」

 

 俺は普段美咲が日常生活に使っているのだろう、共同スペースではなく美咲の為の部屋に入った。

 美咲の部屋は左の壁側にベットがあり、ピンク柄の布団が実に女子っぽい。

 右側の壁には本棚があり、その近くに普段部屋の真ん中に在るのだろう机が追いやられていた。

 机の上には何所からか回収されたのか、ぬいぐるみが乗っている。

 そして部屋の真ん中に布団が敷いておりその上に、薄いピンク色のパジャマを来た美咲が座っている。

 

 俺は美咲からハンガーを受け取ると、制服をハンガーに掛け適当な場所にハンガーを掛ける。

 うむ、眠い・・・

 

「どうする美咲もう寝るか?」

「は、はい・・・で、電気消してもらっても良いですか?」

「良いけどベットに入れよ、流石に宿主を床に寝かせられねーよ」

「い、いえ! お、お客様をゆ、床で寝かせられません!」

「いやいや! 女の子なんだから体に気を使いなさい!」

「で、でも・・・」

 

 コレは引きそうに無いな・・・

 押しに弱いくせになんでこういう時だけ引かないんだろう美咲は。

 

「しょうがないな・・・」

 

 俺は苦肉の策に出た。

 

 

 


 

 

 苦肉の策それは・・・

 

「あぁ、異性と同衾したのなんて妹以来だぜ・・・」

「す、すみません・・・」

 

 そう、両方同じ事で譲らないなら同じ事をしてしまおうと言う策。

 様は俺達は一緒にベットで寝る事にしたんだ。

 美咲はベットの奥の壁側で、俺がベットの外側だ。

 べ、別にちげーし! そう言う関係じゃねーし! ただの親友だし! 別にちげーし! 

 

「別にいいよ、正直女の子を床で寝かせたくないと思った俺の我侭だし、むしろ女の子をベットに無理やり寝かせてベットに侵入してる俺の方が悪いだろ、謝るのは俺の方だ、異性と同衾とかっていう人生最大に近いイベントを俺みたいな奴に使わせてるんだから・・・」

「そ、そんな! は、遙くんは悪くありません! わ、私の事を思って下さってますし・・・」

 

 俺は美咲の方に体を向けると、美咲はこっちを向いており少し涙眼になっていた。

 本当に可愛いなこいつは・・・

 俺は体勢的に上側を向いている左手で美咲の右頬辺りを髪の上から撫でる。

 

「親友だったら当たり前だろ? ほら・・・もう寝な美咲・・・」

「は、はい・・・」

 

 美咲をしばらく撫でていると俺の腕を抱き枕にして寝息をたて始めた。

 全く、何なんだこの可愛い生き物は・・・

 もうなんと言うか、目を放したら泣いてそうで少し怖いくらいだ。

 妹達も可愛かったが美咲のような庇護欲をそそると言う様なタイプではなく、なんと言うか愛玩欲のような物だったと思う。

 美咲がウサギ系女子なら、妹達はワンコ系女子だと良く思う。

 

 まぁどちらも大事な存在には変わらないんだがな・・・

 

 始めて在った頃にはまさか同衾するような関係になるとは思って無かったな・・・

 本当に人生ってのは良く分からん物だな。

 

「おやすみ美咲・・・」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6弾 戦闘前に準備を済ませて自分に有利にするなんて基本中の基本だろ?

「ふぁ~・・・体中イテェ・・・」

 

 俺は朝日の眩しさで目を覚ます。

 俺の右隣では美咲が俺の右腕を抱き締めながらまだ眠っている。

 もちろん眠っている間ずっと美咲が俺の腕を抱き締めていたので、当然俺は寝返りを打てないので体が強張り体中に痛みがある。

 好かれるのは嬉しいがコレは少ししんどいなー、物理的に・・・

 

「んっ・・・」

 

 良く見れば美咲の寝巻きが肌蹴て胸が少し見えている。

 しかも下着は付けていないし。

 好かれるのは嬉しいがコレは少ししんどいなー、精神的に・・・

 

「おはよう美咲・・・」

 

 俺は美咲の右頬辺りを左手で優しく撫でる。

 そして徐々に美咲が俺の右腕を抱き締める力が緩んできた所で、慎重に右手を美咲の胸から引き抜く。

 やっと抜け出せた・・・

 

 軽く伸びをすると、部屋にハンガーで掛けて在った制服に着替える。

 カランビットナイフを左の前腕に専用のベルトで固定し、フックショットだけとなったダブルショルダーホルスターを背負う。

 背中の右下に柄が来るようにマチェットナイフの鞘をホルスターと背中で挟み、ソードブレイカー型のサバイバルナイフを左腰裏のベルトに挟む。

 

「これでよし・・・」

 

 洗面所に向い顔を洗い歯を磨く。

 普段使っている洗面所ではないので普段使う石鹸が無いのに気づいた時は少し焦ったが・・・

 

 キッチンに行き昨日俺が買ったレジ袋から卵を取り出し、沸騰させた熱湯の鍋に3つほど茹でる。

 その間に食パンを取り出し、耳を包丁で切り落とす。

 そしてフライパンにマヨネーズを垂らし、その上に卵を割り入れ黄身を潰して混ぜながら焼いていく。

 オーブントースターで食パンを焼きその上に焼いた卵を乗せ、更に焼いた食パンをその上に置き半分に切る。

 そして同じ物を3つ程作り1つを弁当箱に詰める。

 茹で上がった卵を水で冷やし、ゆで卵の殻を向き、包丁で輪切りにそして焼いた食パンに輪切りにしたゆで卵を乗せる。

 その上に剥いたキャベツを乗せ、更にその上にハムを乗せて、焼いた食パンで挟み半分に切る。

 そして先ほどと同じように3つほど作り、その1つを先ほどの弁当箱に詰める。

 残りの2つは、2枚の皿に盛り付け1つにラップをして黒い机の上に置いておく。

 俺もちゃんと黒い机の前に座り、机の上に皿を置き・・・

 

「いただきます」

 

 優雅な朝食を楽しむのだった。

 

 

 


 

 

 俺は美咲の家で朝食を食べ片付けた後、美咲に手紙と朝食を残し寮を出た。

 内容は、泊めてくれた感謝と朝食をしっかり食べて遅刻しないようと言う忠告、あと寝顔が可愛かったと言う報告だ。

 

 そんな俺は現在、装備科棟(アムド)のとある部屋に訪れていた。

 その部屋は乱雑に詰まれた部品やら何やらが所狭しと並んでいて、この部屋の主でも楽に移動ができるのか少し疑問なくらいだ。

 

「平賀さんいるー?」

「はーい! ただいまなのだー!」

 

 その無邪気な声と共に部屋の奥の方から小さな女の子が出て来た。

 ショートカットの髪を左右の耳の脇でまとめた髪型の身長140程しか無い彼女。

 彼女の名前は平賀(ひらが)(あや)

 平賀源内の子孫らしく装備科(アムド)のAランク。

 機械工作の天才でキンジのベレッタも改造を施しており、腕はいい物のいい加減な所があり動作不良を起こす事もしばしば。

 本来Sランククラスの実力者なのに武器の違法改造や相場無視の吹っ掛け価格の改造などの問題行為でAランクに留まっているそうだ。

 

「おおっ! 遙くんなのだ! こんな朝早くにどうしたのだ!?」

「昨日の事件で例の手裏剣を使いきっちゃてな、回収の前に離脱選んで今手元に無いから補充できるかと思って」

「なるほどー! 待ってて欲しいのだ! 今すぐ取って来るのだ!」

「あとベレッタの弾倉も2つほどあったらお願い! 今日はベレッタ使うから」

「了解なのだ!」

 

 平賀さんは部屋の奥の方にパタパタと走って行く。

 よくこんな部屋で走れるな・・・

 がさごそがさごそと物音が聞こえた後、暫くすると平賀さんが手裏剣と弾倉を抱え戻ってくる。

 

「おまちどーなのだ!」

「サンキュ平賀さん!」

 

 俺は早速手裏剣を何時もの定位置で在る上着の内ポケットに収納し、弾倉をホルスターに収める。

 これで武装としては十分だろうが、まだ十全ではない。

 

「後1つ頼みたい事があるんだけど言いかな?」

「何なのだ? あややにどーんと任せるのだ!」

「いつものS&W M19 6インチを仕入れて改造しといて欲しいんだ、軽量化とシリンダーの回転速度が上がってると助かるんだけど・・・」

「それくらいお安い御用なのだ! 今回の分も合わせてこれくらいなのだ!」

 

 平賀さんは無邪気な顔で両手で指を4本ずつ立てて見せる。

 当然これは8千円や8万なんて優しい額ではない。

 

「はいはい分かってますよー」

 

 俺はカバンから封筒を取り出しそのまま平賀さんに渡す。

 中身は100万と言う高校生が持っているには大きすぎる金額だ。

 

「今回の分+何時もお世話になってる分、受け取ってくれ平賀さん」

「貰える分はありがたく受け取っておくのだ!」

「サンキュ! 美咲は変な所で頑固だから、話を分かってくれる平賀さんも大好きだぜ!」

「あややも金払いの良い遙くんが大好きなのだ!」

 

 俺は平賀さんの頭を撫でてやると気持良さそうな表情を浮かべている。

 商売人と客の関係性でこれはどうかと思うが、それでもこれぐらいが気楽で良い。

 どっかの変なツインテのチビと同じ位なのに、それでも性格や雰囲気に差があるんだから育ちって重要だなって思う。

 

「さてと、俺はそろそろ行くよ。今日は色々とやることが多いんで、他にも行かないといけないからな・・・」

「そうなのだ? またの御越しをなのだ!」

「またよろしく平賀さん!」

 

 俺はそう言い残すと装備科を出たのだった。

 

 

 


 

 

 次に俺が来たのは校舎の屋上だった。

 登校して来る生徒が下の方でチラホラ見えてくる。

 

「さて・・・いるか陽菜?」

「ここに・・・」

 

 俺が呼びかけると後ろに音もなく忍び寄り応える存在が現れた。

 俺は後ろを振り向くとそこには女忍者がいた。

 彼女は風魔(ふうま)陽菜(ひな)

 黒髪ポニーテールの少女で、口当てで口元を覆い、長いマフラーの様な赤布を首に巻いている。

 専門科目は諜報科(レザド)でランクはB。高名な相模の忍者の末裔だという噂がある。

 キンジの戦姉妹(アミカ)で、普段は修行と称してバイトに精を出す赤貧少女であり、よく腹を空かせている。そのため、報酬が食べ物でも依頼を請け負うこともある。

 

「よう! 昨日の依頼できてるか?」

「一応調べはしたので御座るが、吉野殿の期待に応えられそうな情報は今のところ少ないで御座る」

「ま、教えろよ陽菜、情報なんて物は使いようによって幾らでも化けるんだ、知っていて損はないさ」

「では、『神崎・H・アリア』16歳。誕生日は9月23日。血液型はO型。専門科目は強襲科(アサルト)でランクはSランク。二つ名は双剣双銃(カドラ)のアリア。父親がイギリス人とのハーフで、神崎殿自身はクォーター。祖母はデイムの称号を持っており、腹違いの妹がいる様で御座る。14歳からロンドン武偵局の武偵としてヨーロッパ各地で活躍し、狙った相手を99回連続、かつ武偵法の範囲内で全員捕まえ、その間1度も犯罪者を逃がしたことがない様で御座る。獲物は2本の小太刀とコルト・ガバメント・クローン2丁で御座る」

「なるほど、性格は見てて分かるから良いとしてH家については?」

「調べて分かったのはイギリスの方では『オルメス』と呼ばれており、神崎殿自身はそのH家の人間とは余り旨くいってはいないようで御座る。神崎殿に唯一懐いているのは神崎殿の妹殿だけの様で御座る」

 

 ふむ、『オルメス』か・・・フランス語のようだが・・・

 イギリス出身で貴族、ファミリーネームが『オルメス』か・・・

 

「あと、神崎の母君である神崎かなえ殿が現在服役中で御座る」

「母親が? いった何の罪で?」

「武偵殺し、その他もろもろで懲役864年の求刑で御座る」

「は?」

 

 懲役864年? 

 864年と言えば1年を365日に仮定して1日3食と考えれば、94万6080回食べれる回数だ。

 うん、言ってて分からなくなった。

 

「何て言うかあからさまな集団から冤罪を着せられましたて言う感じの年数だな、864年なんてオリンピック何回見れるんだか・・・」

 

 普通懲役100年越えをする人間はいない。

 大抵の人間は罪を犯している間に変な自信を持つようになり、残虐性が出たり事件を大きくしたりする物だ。

 すると、犯した罪にもよるが大半が死刑判決、もしくは終身刑を受けるようになる。

 例外があるとすればチマチマとした犯罪を息をするように犯し続けた奴か、遺族の意向や法律に精確過ぎなほどのっとた場合か、複数の人間に罪を被せられた場合だ。

 あのチビが躍起になって俺やキンジを引き入れ様としてたのは、母親の冤罪を晴らそうとして居るからってことか・・・

 

「格闘技や武術についてはどうだ?」

「バーリ・トゥードの使い手に御座る。イギリスではバリツと呼ばれているらしくその技術を利用した拳銃格闘技(アル=カタ)が得意な様で御座る」

 

 なるほど、アル=カタか・・・

 バーリ・トゥードは確かポルトガル語で『何でもあり』と言う意味の総合格闘に近い格闘技の一種だったはずだ。

 だが、昨日見たアイツの動きは日本武術に近い物を感じた。

 やはりそう言う事なのか・・・? 

 

「また厄介そうな事だな・・・重要度は落ちるが昨日の誘拐事件の方はどうだった?」

「昨日のとは吉野殿が昨日の朝に解決された事件に御座るな? 全容は不明で御座るがあの者達はアメリカの組織の下っ端どもで御座る。どうやら人質を取り今まで日本国内で掴まった仲間の釈放を要求するつもりだった様で御座る」

「バカだねー、人質取った所で犯罪者がそうポンポン釈放できる訳ないのに・・・」

 

 て言うかそんなバカな内容にあの子は巻き込まれたのか・・・

 

「人質の方に何か誘拐される理由のような物は在ったのか?」

「特になっかたようで御座る。強いて挙げるとするなら『大人しそう』な『女子』だったからだそうで御座る」

「うわ・・・」

 

 理由を聞けば聞くほど間宮さんが可愛そうになって行く。

 被害者に同情だとかそう言う感情を抱いた事もあったが、ここまで可愛そうだと思った事はない。

 せめてこれ以上事件に巻き込まれないように祈ろう。

 ただ、アメリカの組織というと言われたらあいつ等を思い出してしまうが・・・

 

 ぐぅ~・・・

 

 気の抜けるような音が聞こえてくる。

 かったるい・・・

 

「ほらよ、報酬だ! 追加報酬としてこれで何か飲み物でも買え」

 

 俺は今朝作った弁当と財布から取り出した1000円を渡す。

 

「かたじけない、吉野殿の手料理は絶品ゆえ依頼にも気合が入るで御座る!」

「そいつはどうも、弁当箱はキンジに渡しておけよ、また何か依頼した時に作ってやるからよ」

 

 俺は陽菜にそう言い残すと屋上を後にした。

 

 

 


 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 やっとの長かった4時限目の授業が終わり昼休みになる。

 俺としては面白いから良いけど30年前の世界の縦社会と、目の付けられない生き方なんて何の役に立つんだ? 

 まさか科学の授業がこんな飛躍の仕方をするとは・・・

 俺は席に座った状態で後ろを向き、キンジに話し掛ける。

 

「さてと、キンジくんベレッタプリーズ!」

「分かってるよほら」

「サンキュ」

 

 俺はキンジからベレッタを受け取り右胸のホルスターに収める。

 そもそも自動拳銃事態がほぼ使わないから試し撃ちしとかないとな・・・

 

「確か3点バーストとフルオートできるんだっけ?」

「ああ、けど遙はこの手の銃はあんまり使わないから単発の方がいいと思うぞ」

「それは実際に使って慣らすさ」

 

 ガバメントや短機関銃(サブマシンガン)も使った事があるし大丈夫だろう。

 問題が在るとするなら戦闘スタイルの押し付け合いだ。

 1番楽なやり方は昨日も考えた銃口からナイフを突っ込んで銃を破壊し、あの小太刀をベレッタで弾き飛ばせば楽なんだが。

 

「1つ聞いて良いかキンジ?」

「なんだ?」

「キンジ、お前にとって神崎はどう言う存在だ? 嫌いか? 鬱陶しいか? 二度と会いたくない位ムカつく奴か?」

「・・・・・・よく分からないってところが正直なところだ。確かに嫌いだし、ムカつくし、鬱陶しいが、二度と会いたくないとまでは思わない」

「なるほど・・・それだけ聞きゃりゃ十分だ、サンキュキンジ」

 

 俺は髪を結んでいたゴムを解き、ポニーテールの痕を崩す。

 

「やるのか遙?」

「ああ、相手は昨日みたいな可愛い後輩じゃない、Sランクの武偵だ、何があっても不思議じゃないんだ、油断も気を抜いたりもしないよ」

 

 俺はゴムをポケットに直すと席を立ちキンジに軽く手を振り教室を出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7弾 男同士の決闘(タイマン)はこう在るべきだろ! あっ、ごめん相手一応女だった

「集りすぎだろギャラリーよ・・・」

 

 俺は今、神崎と10メートルほど間隔を開け強襲科棟(アサルト)の第1体育館の真ん中に立っている。

 そしてその周辺には強襲科(アサルト)の愛すべき馬鹿共が集っている。

 お前等ちゃんと戦闘訓練なり射撃訓練なりやれよ! 

 神崎も若干この集り様には引いているようだ。

 あっ、神崎の近くに火野がいる・・・

 

「ルールは致命傷以外は何でも有り、降参か戦闘不能で終了で良いんだよな?」

「ええ、それでいいわ」

 

 防弾ガラスの衝立の上で酒瓶をラッパ飲みする2mほどある長刀を何本も背負った強襲科(アサルト)の女教師を見やる。

 我等が憧れの担任、蘭豹(らんぴょう)先生である。

 19歳という歳なのに香港では無敵と呼ばれた女傑だそうだ。

 何故か武偵校の教師になるも、凶暴すぎてクビに成ったそうだが。

 この人と同じ髪型やめようかな・・・サクッと纏まるからポニーテール好きなんだけど・・・

 

「蘭豹先生、合図お願いしまーす」

「おう! 任せとけや!」

 

 俺は神崎の顔を見直し気を引き締めなおす。

 視界の端で蘭豹がS&W M500を持ち上げるのを捉えると同時に、俺は左手でサバイバルナイフを、神崎は両手で両太腿のガバメントを掴む。

 

「思う存分2人で殺し合えや!」

 

 ドォン!! 

 蘭豹のM500が火を噴いた。

 その瞬間、俺はサバイバルナイフを引き抜き、左手の袖に右手を突っ込みカランビットナイフを取り出す。

 それとほとんど同時に、神崎は二丁拳銃を引き抜き俺の方に向けた。

 

 ここから重要なのはいかに相手に自分の戦闘スタイルを押し付けるかだ。

 神崎は迷う事なく引き金を交互に引き弾丸を放つ。

 狙いは俺の両腕の様だが、俺には関係ない。

 俺は弾丸に向かって真正面に向って走り出す。

 そして、当たる直前に少し体を傾け避ける。

 

「なっ!?」

 

 神崎は驚くも、それでも引き金を引くのをやめない。

 さすがプロだ。驚いても行動を止めない所は評価できる。

 そして驚くのも理解できる。

 普通の人間が銃弾に走って向って来るなんて思わないだろう。

 だが俺は神崎の一挙手一動がゆっくりと見える。

 タキサイキア・サヴァン・シンドローム。

 キンジのヒステリアモードの様に言うなら、『韋駄天』と名づけるこのモードを発動させる。

 

 銃弾がゆっくりと向かってくるのを、俺は体勢を崩して避ける。

 そして2発3発と放たれた銃弾を、先ほどと同じ要領で回避する。

 銃弾は基本的に直線状に移動する。

 ならば、空間的間合いを把握さえ出来れば避ける事は可能。

 時間的間合いは韋駄天による動体視力の底上げがあれば、把握は簡単だ。

 ならば、避ける事は難しくはない。

 ようは飛んでくるボールを手で取るような感覚がナイフで弾く『銃弾はじき(フリップ)』であり、今回のは飛んでくるボールを避ける感覚に近いと言えるだろう。

 

 そのままスローに見える視界の中、最高速度で走りぬけると神崎の二丁拳銃の銃口に両手のナイフを突き入れる。

 そして銃身を破壊して神崎のガバメントを使用不能にする。

 そしてそのまま神崎とすれ違うようにナイフを手放して走り、振り向くと同時に右胸のホルスターからベレッタを引き抜く。

 

「このっ!!」

 

 神崎は両手のガバメントを投げ捨て、背中の小太刀をゆっくりと引き抜く。

 その右手の小太刀を俺はキンジのベレッタでフルオートで打ち抜く。

 神崎の手から離れた小太刀が更に銃弾に当たり、小太刀が吹っ飛んでいく。

 これでこの銃の癖や衝撃にはもう慣れた。

 

 神崎は俺の方に駆けよると左手だけになった小太刀を逆袈裟切りに振るう。

 俺はそれとタイミングを合わせるように右手を抜き手のような形にし動かす。

 狙いは一点、小刀の刀身だ。

 

「えっ!?」

 

 俺の右手は小太刀の刀身の峰の辺りで第2、第3間接を曲げ、指先と掌で刀身を掴んでいた。

 そして左手のベレッタを3点バーストでは発砲し小太刀の根元辺りに当たり、神崎は小太刀を放す。

 俺は衝撃を逃がすように後ろに向って小太刀を投げ捨てると同時に、次は神崎が動いた。

 神崎は衝撃を逃がすよう体を動かし俺の左手のベレッタをその動きを利用して左足で蹴り飛ばした。

 

(クソッ! 攻撃が成功した瞬間気を抜いた!)

 

 基本的に俺達剣を使う人間において、攻撃とは一撃必殺であり、当たれば致命傷、つまり当たれば無力化された事と同義である。

 返し技や身を護る技は、『当たれば無力化』と言う絶対条件が前提として組み上げられており、相手に防御された場合にのみそれは発動させる事ができる。

 つまり攻撃が当たれば通常それ以上先は無いと言う事である。

 だからこそ剣を使う人間は、攻撃が当たった瞬間が1番無防備であり、その瞬間に対する対処法など当然無い。

 それは俺が武偵を始めてからも変わらず、今まで攻撃が当たれば無力化。武器が無く成れば引くと言うのが当たり前だった。

 だから、小太刀が無くなった後の攻撃に俺は一瞬反応が遅れた。

 

 俺はそのまま後ろに引き、余計な思考を降り払う。

 神崎はそのまま徒手格闘に移行する。

 上等だ・・・! 

 俺は手を開くとそのまま神崎に向って走る。

 

「ラッ!」「ハッ!」

 

 神崎と俺の掌底はほぼ同時に互いの胸に決まった。

 神崎の左手の手首を右手で掴むとそのまま、昨日火野に使った空撃ちを打ち込む。

 

「カハッ・・・!?」

 

 神崎の体は後ろに吹っ飛ぼうとするが右手を掴んでいるからそうは行かない。

 そこで神崎は予想外の動きを見せた。

 神崎の上体は後ろに反れた状態で、引っ張れば体制が崩れるだろうっと言う瞬間。神崎は後方宙返りの要領で掴んでいた俺の右手を蹴りあげた。

 更にその足は避けようとする俺のあごを打ちぬき、神崎はそのまま着地する。

 俺も衝撃を逃がすようにバク転で距離をとり、落ちていたガバメントを拾い上げる。

 

「たっく・・・こちとら平和に生きたいだけなのに何でこんなに面倒ごとが起きるんだか、かったるい・・・」

 

 俺はガバメントの銃口から左手でサバイバルナイフを引き抜くと、ガバメントを投げ捨てる。

 本当に世界って優しくないんだよな・・・

 

「それは・・・あんたが武偵なんて・・・やってるからでしょ・・・」

 

 神崎も近くに落ちてた小太刀を拾い上げる。

 

「ハッ! こんな仕事誰が好き好んでやるかよ、できるんならこんなとこ今すぐ辞めてやるってんだ」

「何よ! 辞められない事情でもあるって言うの!?」

「お前に話す義理はねーってのッ!!」

 

 

 全力で踏み込み左手で逆手に持ったサバイバルナイフを逆袈裟に振り下ろす。

 それと同時に神崎も小太刀を振り下ろし鍔迫り合いになる。

 

「なんでそんなにあたしを嫌うのよ・・・!」

「わからんか・・・、そこがわかんねーから嫌いなんだよ!!」

 

 俺はサバイバルナイフの櫛状に成っている部分に小太刀を咬ませると手首ごとサバイバルナイフを捻る。

 すると神崎の小太刀が折れ、神崎の体が後退する。

 

「あんたのその技、腸腰筋を利用して腰を回転させて威力を肉体に螺旋回転させて打ち出してるわね?」

「チッ! 空撃ちを2回見ただけで見抜くか・・・どこでわかった?」

「あんたの打ち込みは威力を出す瞬間僅かに腕を回転させていた。銃と同じ原理で回転は推進力に成りその推進力は威力に成って打ち出されていた」

 

 神崎はそこで一旦切り、息を吸い直す。

 

「けどあんたの腕の回転だけじゃ威力としては大きすぎる。そこで考えられるのは剣術や武術において威力を出す為の部位で有り人体の筋肉が集中する場所の駆動が1番考えられる。つまり腰の筋肉を回転させその威力を打ち出す手に伝えている。それがあたしが考え出した答えよ!」

 

 神崎はキリッと答えを出して俺を指差す。

 神崎の答えは合っていた。それも寸分違わず、だがそこで終っているなら大して問題じゃない。

 俺はサバイバルナイフを投げ捨てる。

 

「正解だよクソッタレッ!」

 

 右足で踏み込み左足で前蹴りを出す。

 神崎はそれをしゃがんで避けると俺の足を掌底で打ち上げた。

 その力に逆らわず左足を動かし神崎の腹に叩きこむ。

 そして右足を床に無理矢理付けると、腰を回転させ左足に伝え打ち出す。

『空撃ち ハンズフリー(hands free)

 

「うあッ!!」

 

 神崎は吹っ飛ぶがまだ起き上がってくる。

 空撃ちは近接格闘から距離を取る為に相手を吹っ飛ばし間合いをとる技。本質ではないが人1人を吹っ飛ばす威力があるのだから神崎もかなりダメージを食らっているはずだ。

 そろそろ決着を付けたいが・・・

 

 

 


 

 

 ~side 神崎・H・アリア~

 

 遙に吹っ飛ばされたあたしは床に手をついて起き上がる。

 まさかさっきの技が足でも使えるなんて思っても無かった。

 けど、あたしには引けない理由が在る。だからあたしは立ち上がる。

 

「絶対にこの勝負に勝って・・・あんたをドレイに・・・」

「だまれ!!」

 

 あたしが言いかけた台詞を遙が止める。

 遙は怒っている。

 昨日の比じゃないほど、殺意を振り撒くように、相手の心に食い込ませる様な殺気を放ち、遙は怒っていた。

 

「俺はお前のそう言うところが嫌いなんだよ! 人に対等を許さず、人を下に置き人を見下すお前の態度が気にいらねーんだよ!!」

 

 違う! あたしはそんな事を考えていた訳じゃない! 

 あたしはただパートナーが欲しかっただけだ! 

 遙はそんな事知らないと言うかのように言葉を続ける。

 

「言葉の意味を考えずドレイに成れと言うお前の事が心底嫌いなんだよ! ドレイに成れってのは自分の為に死ねと、自分の目的の為に使い潰されろと、自分の意思の為に役に立って消えろとお前は俺達に言ってんだ!」

 

 違う、あたしはそんな積りじゃない・・・

 あたしはそんなつもりで言ってた訳じゃないのに・・・

 

「そんな言葉を平然と言い放つお前が嫌いなんだよ! この言葉を理解して言っているのなら俺はお前の事嫌うのではなく軽蔑するぜ神崎!」

 

 遙は足元に落ちているサバイバルナイフの柄頭を思い切り踏みつける。

 跳ね上がったサバイバルナイフはくるくると回転しながら遙の右手にナイフの柄が納まる。

 

「やるんなら中途半端で止まんなよ! それ相応の覚悟を見せてみろ!」

 

 遙はナイフを手の中で回し刀身の方を掴む。

 そして制服のネクタイを外して捨てながらこちらに向って歩き、ナイフの柄をこちらに向けてさし出す。

 

「取れよ」

「えっ・・・?」

「取れって言ってんだ!!」

 

 あたしは遙の気迫におされて気づいたらナイフを手に取っていた。

 遙は上の制服のボタンを全て引き千切ると、制服とホルスターを投げ捨てた。

 

「――刺せよ」

「えっ・・・?」

「お前に人を使う覚悟があるのなら、いや、人を見下し支配下に入れようとするのなら、今ここで俺を刺して覚悟を見せろ」

 

 遙はあたしに向って歩いてくる。

 いや、あたしの持っているサバイバルナイフに向って歩いてくる。

 あたしのナイフを持つ手は完全に震えており、向ってきた遙の体を傷付けた。

 あたしのせいじゃない! ナイフに向ってきたのは遙であってあたしが傷付けた訳じゃない! 

 遙はあたしの震える手を取ると、ナイフがお腹に刺さるのも気にせずそのままあたしに近づく。

 そして――

 

「こんな事もする覚悟もない奴が人を下に見てドレイにしようなんて考えてんじゃねーよ!」

 

 遙はあたしの胸に手を当て――

 

「何が正しく何が間違っているのか判断できるように成って出直して来い! この馬鹿たれがッ!!」

 

 遙の空撃ちと言う技があたしの胸を打ち抜いた。

 あたしは後ろに吹っ飛び床に落ちた。

 もう、立てない・・・

 あたしの意識は薄れていく中、一言だけやけにハッキリと声が聞こえた。

 

「意識の海で自分に必要な答えを見つけてくるんだな神崎」

 

 そしてあたしは意識を失った。

 

 

 


 

 

 ~side 吉野遙~

 

 つ、疲れた・・・

 ちょっと説教のつもりだったんだが腹に穴を開けるとは思わなかった。

 

「人生何があるか分からないな」

 

 腹から血がダラダラと垂れて来て鬱陶しい。

 取り合えず傷口を押さえておく。

 周りのギャラリーは・・・

 あっ、ドン引きしてる。

 あぁ、血がどんどん垂れてヌルヌルして気持悪い···

 脱いだ制服と投げ捨てられた装備を回収する。

 さすがに前のボタンは引き千切ったし、腹に穴開いたから前を締める気に成らないから制服は羽織っておくだけにする。

 ベレッタは右胸のホルスターに収め、ナイフを鞘に直す。

 

 その間もがんがん血が溢れてくる。

 ああ、ホッチキスが有れば出血の大半が止めれるんだがなー・・・

 ガムテープも有ればなお良かったんだが・・

 そんなアホみたいな思考で意識を保ってはいたがそろそろ限界そうだ。

 たぶんこれは貧血だろうな・・・

 今日帰ったらできるだけ鉄分取れる料理を続けよう。

 俺はそんな事を考えながら意識が途切れたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8弾 腹痛に仲直りに考察、キンジはデートかこの野郎!!

「ッ、・・・痛ってぇ・・・」

 

 俺は目を覚ますと救護科(アンビュラス)のベットに寝かされていた。

 腹に開けた穴はご丁寧に糸で縫われており、何とも厨二心を擽る。

 こりゃしばらくは絶対安静だな・・・

 

「気付いたんですか吉野先輩!」

 

 俺が起きた時の音で気付いたのか部屋の奥から火野が出てきた。

 昨日戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)を落としたのに、火野の顔には心配の色が浮かんでいる。

 

「よう火野! お前がここまで運んでくれたのか?」

「はい、吉野先輩がアリア先輩に勝った直後に吉野先輩が倒れたんでギャラリーの数人で運んだんです」

「そうか・・・ありがとな火野」

 

 優しいな火野は・・・

 俺はお礼を言うとベットから降りる。

 

「吉野先輩! まだ動いちゃダメですよ!」

「本当にサンキュな火野。ただ、今動くべきなんだよ多分、だからさ・・・」

 

 俺は火野の方に振り返ると、できるだけ笑顔で火野に――

 

「さらしか包帯貰っていいか? 傷を固定したい」

 

 火野はため息をつき、さらしを取り出した。

 

 

 


 

 

 ~side 火野ライカ~

 

 アタシは吉野先輩のお腹にさらしを巻き付ける。

 この人はなぜお腹にナイフが刺さったのに平然と立っていられるのだろう・・・

 吉野先輩の出血は500mlを越えているはずなのだけど・・・

 

「悪いな火野、こんな事やらせて・・・」

「いえ、こんな状態の人を放置できませんから」

「俺みたいな奴の世話なんて焼きたく無いんじゃないのか? 昨日戦姉妹を断った張本人だぞ?」

 

 アタシは少し考える。

 この人は確かにアタシの戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)を落としたんだ。恨みこそすれ世話を焼く義理は無い。

 と、この人は思っているのだろう。 

 

「吉野先輩は確かにアタシの戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)を落としました。けど、吉野先輩はアタシの駄目な所を指導してくれましたし、S&Wもいただいた上に何時でも来いって言ってくださいました。だから、アタシは吉野先輩に感謝こそすれ何か思うところは無いですよ!」

 

 吉野先輩の顔を見ると意外そうな顔でアタシの顔を見ていた。

 一体吉野先輩はどう言う答えを予想していたのだろう

 

「サンキュな火野」

「ライカで良いですよ! 苗字で呼ばれるのは慣れてないんで」

「そっか、俺も遙で良いぜライカ!」

「はい!」

 

 アタシがさらしを巻き終わると遙先輩は制服を着る。

 その際遙先輩は「空撃ちを3発も入れたのに起き上がってきたよな・・・改良点を挙げるなら、一撃における威力か連射性か・・・」などと呟いていた。

 

「なぁライカ。神崎の奴今何所にいるか分かるか?」

「隣の病室で寝かされているらしいですよ。気絶しているだけなんで起きたら即退院らしいです」

「そいつは良かった。俺のせいで入院したなんて目覚めが悪いからな」

 

 遙先輩は笑いながら病室を出たのだった。

 

 

 


 

 

 ~side 神崎・H・アリア~

 

 あたしは目を覚ますと強烈な吐き気襲われた。

 それを無理矢理飲み込みやり過ごす。

 そしてジワジワと不快な感覚が戻ってくる。

 肉にナイフが刺さる感覚や、鼻を突く血の匂い、ナイフから伝わってくる脈や鼓動。その1つ1つがリアル過ぎて忘れる事ができる気になれない。

 思い出しただけで体が震え、吐き気がしてくる。

 そんな時に気を逸らすようにコンコンと言うノック音が聞こえてくる。

 気を紛らわすには丁度いいか・・・

 

「どうぞ・・・」

 

 扉が開けられ入ってきた人物にアタシは驚愕した。

 

「ぎゃあああぁあぁぁーーー!!」

「おいおい、女が出して良い声じゃないだろ、本当に病み上がりかお前」

 

 吉野遙その人がこの病室に入ってきた。

 

「あ、ああ、あんた! し、死んだんじゃ・・・」

「勝手に殺すな! ナイフや銃弾が当たった程度で人が簡単に死ぬわけねーだろ」

「普通は死ぬわよ! 何で死なないのよ! 死んでないあんたの方がおかしいわよ!」

「そいつはどうも、俺が普通じゃないから死なねーんだろ? 普通の事じゃねーか」

 

 遙と話していると普通が何か分からなくなって来る。

 普通じゃない事が普通とはどう言う事だ? 

 本当にコイツと話していると疲れる・・・

 

「まぁそれはそれとして・・・すまなかった」

「えっ・・・?」

「ただ感情にまかせてズケズケと言いたい事を全部ぶちまけた。ムカついたからってやっちゃいけない事をした。だからすまなかった」

 

 遙はあたしに向って頭を下げた。

 あたしは思ってもいなかった。だから・・・

 

「あたしこそ、ごめんなさい」

「――はい?」

「あたしも人に言っちゃいけない事を言った。自分の考えばかり優先して周りの事何も考えて無かった。だからごめんなさい」

「フフフッ・・・」

 

 遙が少し震えている。

 何も泣くことも無いのにと思っていたが・・・

 

「あははははは!!」

「ちょっと! 何で笑うのよ!」

「いや何、意外と似たような事考えてたんだなーと思ってな! あー、アレコレ謝る方法模索してた俺馬鹿みたいだな!」

 

 遙は一頻り笑い、笑い終わるとあたしは遙に聞きたかった事を切り出した。

 

「あんた、あたしの事が嫌いなんでしょ? なら、何でここに来たの? あたしの事が嫌いなら放って置けば良かったでしょ」

「そうさな・・・」

 

 遙は自分の顔全体を右手で一撫でし、顎に手を当て考え出す。

 5秒ほど考えた後、考えが纏まったのか顎から手を放し指を鳴らす。

 

「まずは、俺が悪い事をしたと思ったからだな。俺は自分がした事から逃げる卑怯者に成りたくなかったからだ。それから――」

 

 遙はそこで言葉を区切るとあたしから少し視線を外す。

 一体何なのだろう・・・

 

「確かにお前の事は嫌いだ。けどそんな事を知る前から俺は、人が経験や考え方で変われるって信じているからな。戦う前のお前は大嫌いだったが、それでも今のお前を好きに成れるのならと思ったから来たんだよ」

 

 遙は視線をこちらに向ける事は無くそう言う。

 だが、遙の顔は少し赤くなっている。

 

 そうか、遙は正直だけど素直じゃないだけなんだ。

 自分の感情を正直言い放ち、けど誰かに自分を知られたくないから突き放す言い方をする。

 あたしにだけきつかったのは、似通った部分があるから衝突したのと、自分を知られたくない防衛本能のような物だろう。

 そう分かると、途端に少し遙が可愛く見えてきた。

 

「フフッ・・・」

「笑うなよバカ・・・」

「良いじゃない別に!」

「ハッ、かったるい・・・」

 

 遙はそう呟いてソッポを向いてしまう。

 多分遙は、相手にもよるが対等な関係性で付き合おうとすればこんな物なのだろう。

 なんとなくだが遙と言う人間の性質が分かって来た気がする。

 

「取り合えずあたしは、あんた達を下に見ないわ。あたしと対等、同じ武偵よ。これで良いかしら?」

「ああ、まずはそれで良い。そこから先の人間関係はまた次考えれば良いしな!」

 

 遙はあたしの方に右手を差し出す。

 笑みを浮かべる遙の右手を、あたしも右手で握る。

 

「まっ、よろしくな神崎!」

「アリアで良いわよ遙!」

 

 

 


 

 

 ~side 吉野遙~

 

 アレから俺は、退院した神崎・・・アリアと分かれ荷物を持って屋上に来ていた。

 アリアはこれからキンジにくっついて依頼に出かけると行っていたが・・・

 

 取り合えずフェンスに凭れ床に座る。

 鞄の中からノートパソコンを取り出し、膝の上に乗せて起動する。

 学校のイントラネットに接続し『武偵殺し』の情報を探す。

 

 武偵殺しは爆弾を乗り物に仕掛けて相手の自由を奪い、短機関銃付きのラジコンへリで追い掛けまわし海に突き落とすやり口らしい。

 ジェ○ソン・・・? 

 毎回同じ電波を使い起爆しているらしいので、武偵殺しを特定できるそうだ。

 過去2件被害があったそうで、1件目はバイクジャック。2件目はカージャックらしい。

 バイクに車に自転車? 

 規模にバラつきが有り過ぎるな・・・無差別に襲っているのか・・・? それとも何か規則性の見落しが有るのか・・・? 

 いや、事件の見落としが有ると考えた方が良いか・・・

 陽菜に後で2件目後から昨日までに起きた、乗り物が爆破された国内の事件を調べさせよう。

 

 こじつけ的に考えるなら、武偵、キンジ、乗り物と連想ゲームのように考えると出てくるのはキンジの兄である金一さんだろう。

 

 浦賀沖海難事故。

 

 去年のクリスマスイブに起きた豪華客船の沈没事故だ。

 もしこれが武偵殺しの事件だったとしたら・・・

 いや、これは考えすぎだ。

 可能性として残すのは良いがこれに拘るな! 

 考えるのは結果に向うまで過程の可能性と、ここから先に起こる事に対する可能性とその対処法だ。

 これから考えるのは武偵殺しが次に何をするかだ。

 

 もし小さい順でジャックする物が大きく成っているのなら、バイク、車と来て、その次に何か船や飛行機クラスの物があったのなら、そこで武偵殺し本人がいたとするのなら、その大型の交通機が規則性によりジャックする物を一度リセットしたのなら、昨日のチャリジャックが武偵殺しが始めの事件と同じ法則性なら・・・

 

「次は四輪自動車か・・・」

 

 四輪自動車、もしくはそれに類する自動車で武偵と言えば、普通車、トラック、バスの3つだろう。

 基本的に爆発させるとしたら車両の下だ。ならフックショットだけなら車体の下に潜るのはきついし別のワイヤーも用意しておいた方が良いか・・・

 

「いや、他にも何か対抗策を講じておかないと不安要素がでかすぎる・・・」

 

 その時屋上の扉が開く。

 ドラグノフ狙撃銃を担ぐ影、ショートカットの上から掛けられたヘッドホン。

 俺の知る限りこんな風貌の少女を俺は1人しか知らない。

 

「レキか・・・」

 

 何故か俺の前まで歩いて来て、俺を見下ろす彼女に呼びかける。

 まぁ丁度いいか・・・

 

「遙さん。負傷したと聞きましたが大丈夫ですか?」

「ああ、ちと貧血で倒れただけだ。それよりレキに頼みたい事があるんだが良いか?」

「はい」

「多分近い内にまた武偵殺しが出る。俺の予想では四輪自動車なんだが・・・まぁそこは俺の勝手な予想だから外れるかもしれないが、そんな感じで不安要素が多いからレキにジャック系の事件をできれば受けて欲しいんだ」

「わかりました」

「良いのか?」

「はい」

 

 レキは抑揚の無い声でノータイムで応える。

 やっぱり良く分からん。

 

「サンキュなレキ。時間があるなら良かったら飯でも奢らせてくれないか? 報酬とは言わないが礼くらいさせてくれ」

 

 レキはこくんと首を動かし頷くと、俺はノートパソコンを鞄に仕舞いその場をレキと後にした。

 

 

 


 

 

 ~side 遠山キンジ~

 

 俺は猫探しの依頼に何故か付いて来たアリアと公園の適当なベンチでギガマックセットを食べていた。

 

「キンジ、遙の事を教えて」

「遙の事?」

「遙と決闘したけどかなり強かった。あの強さは何か武術に近い物を感じたけどあたしはあんな武術を見た事無い。遙の情報を集めたいの」

「と言われてもな・・・俺も一年ほどしか付き合いないから分からないぞ・・・」

「それでも良いから知ってる限り教えて」

「そうだな・・・吉野遙16歳7月20日生まれ、武偵としては中学2年から活動し、2年の夏休みに大きな事件を解決しているしい。武器は確認できてる限りではソードブレイカー状のサバイバルナイフとカランビットナイフ、S&W M19 6インチとオリジナルの手裏剣が6枚だ」

 

 俺が知っている限りこんな物だ。

 

「それだけ? 親友なのに」

「正直仲良くなったのは入試の後だし、親友と呼び合うように成ったのは去年の末だからな」

「何で親友に成ったの?」

「・・・色々あったんだよ」

 

 俺は色々と思い出す。

 兄さんが死んだと連絡が入ったとき、武偵を辞めると言った遙は俺の考えを認めてくれた。

 俺が潰れそうな時に何も言わず俺の傍にいてくれた。

 俺の八つ当たりの様にぶつけた感情を受け止めてくれた。

 

 だから俺は遙を裏切らない。

 遙が困っているなら手伝うし、遙が助けを求めるなら助ける。

 遙が1人でいるなら駆け付けるし、遙が俺の力を必要とするなら持てる力を全て貸す。

 俺はそれだけの事をして貰ったんだ。受けた恩義は必ず返す。

 

「俺は絶対遙を裏切らない・・・」

「そう、けど遙の事は調べておいた方が良いわ。遙自身は良い奴だけど、遙には何かあるわ」

「何かって何だよ?」

「分からないわ。けどあたしの戦姉妹(アミカ)に近い何かを感じた。それに多分あたしとの決闘、全力で戦っていなかった」

「全力で戦っていない? なら遙が完勝できただろ? 聞いた限り善戦したって聞いたけどどう言う事だ?」

「そこが分からないの。あたしの攻撃はちゃんと入っていたのに遙は余裕を保っていた。なのにあたしが遙を追い詰めるシーンもあった。だから良く分からないの」

「遙は自分の事は話したがらないからな・・・」

 

 アリアはコーラを手に取りストローに口をつけ吸い出す。

 

「なぁアリア、一言言いたいんだが」

「なによ。けぷ」

「それは俺のコーラだ」

 

 ぶぼぁ! 

 アリアは食道を通過しようとするコーラを吐き出したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9弾 強襲科(アサルト)よ! キンジは帰ってきた!!

 アリアとの決闘があった次の日、俺は依頼も受けずに家で料理を作っていた。

 ちなみに今日の料理は貧血に対する鉄分マシマシ料理である。

 

「ねぇ遙」

「どうした?」

 

 ソファーに座っていたアリアが話し掛けて来る。

 昨日の夜も思ったがコイツ本当に泊まってるとは・・・

 

「キンジは何時帰ってくるの?」

「さーな、けど依頼(クエスト)じゃないならキンジの事だからそろそろ帰ってくると思うぞ」

「そう」

 

 アリアは素っ気無く返事を返すと、手に持っている鏡で枝毛探しに戻る。

 テレビに視線を移すとニュースのキャスターは台風が近づいてると言ってるが・・・

 台風に備えて作り置きしておくか・・・

 

「ただいま」

 

 予想通りキンジが帰ってきたようだ。

 

「おかえりー」

「遅い」

 

 アリアはキロっとキンジを睨むと、前髪を上げパッチンと銀色の髪留めで纏め、おでこを出す。

 このビジュアルにこの体格。ドンピシャ過ぎる・・・

 アリアも分かってやってるんだろうなー

 

「遙が入れたのか?」

 

 キンジはうんざりした様な目をこちらに向けて聞いてくる。

 ヒステリアモードもあるだろうがそこまで嫌か・・・

 かなり我侭な所は押さえさせたつもりだったんだが・・・

 

「これでも一応レディーらしいんだぞ? そんな獲物を狙う仔ライオンを玄関の前に置いとく度胸俺にはねーよ」

「遙! 風穴よ!」

 

 俺はキッチンから移動してリビングに行きながら弁明すると、威嚇するアリアのおでこを人差し指で押し、アリアをソファーの上に倒す。

 キンジもアリアが延々と玄関の外にいるのを想像したのか頭を押さえている。

 他の寮生の連中に見られて残り2年間耐え切れる自信俺にはねーよ。

 多分キンジも同じだろう。

 

「あんたレディーを待ちぼうけさせる気だったの? 許せないわ」

「そもそもレディーが年頃の男子の部屋に泊まりに来るんじゃねーよでぼちん」

「でぼちん?」

「額のでかい女のことだ」

「――あたしのおでこの魅力が分からないなんて! あんたいよいよ人類失格ね」

 

 アリアは大げさに言うと、べー、とベロを出す。

 うん確かに可愛いな。小学生みたいで和む。

 俺の回りでこう言う事するのは後は理子くらいだ。

 

「この額はあたしのチャ-ムポイントなのよ。イタリアでは女の子向けのヘアカタログ誌に載ったことだってあるんだから」

「ちなみに俺のチャームポイントはこの小顔な、男らしい顔が良かったが・・・」

 

 俺もアリアに続いて言って見るがキンジはスルーする。

 この野郎。俺的には結構な自虐なんだぞ・・・

 アリアはキンジに背を向けて、楽しそうに鏡を覗きこみ自分のおでこを見る。

 

 ふんふん♪ 

 鼻歌まで歌いだすアリア。

 

 子供だ・・・おままごとしてる子供その物だ・・・

 キンジは不機嫌オーラMAXで鞄をアリアの隣に投げるが、アリアはそんな事どこ吹く風のように鏡を見続け、ご満悦のようだ。

 

「さすが貴族様。身だしなみにもお気を遣われていらっしゃるわけだ」

 

 キンジは洗面所に入って少しイヤミっぽく背中越しに言う。

 おお! キンジにしては珍しく強気だ・・・

 最近はかなり強気になってきたなキンジ。

 するとアリアは――

 

「――あたしのことを調べたわね?」

「今頃調べたんだな」

 

 アリアはどこか嬉しそうにキンジに向っていく。

 なぜ嬉しそうにするんだアリアよ・・・

 俺はソファーに座って2人を眺める。

 

「今頃って、遙は何時調べたんだよ?」

「アリアが転校して来た初日に情報収集して、次の日には大半は集ったぜ? 俺がその気に成ればスリーサイズから靴のサイズまで集められるぜ、やらないけど・・・」

「調べたら風穴地獄よ!」

 

 キンジは咳払いして話を戻す。

 本当にこの手の話し弱いなキンジ・・・

 て言うか俺そんなに信用無いのかよ・・・

 

「本当に、今まで1人も犯罪者を逃がした事が無いんだってな」

「へぇ、そんな事まで調べたんだ。武偵らしくなってきたじゃない。でも・・・」

 

 そこまで言うとアリアは背中を壁に付け、ぶらん、と片足でちょっと蹴るようなしぐさを見せる。

 どうでも良いがこのしぐさ、こいつじゃない感がすごいな・・・

 レキがしたらかなりに合いそうだ・・・

 

「――こないだ、1人逃がしたわ。生まれて始めてね」

「へぇ。凄いヤツもいたもんだな。誰を取り逃がした?」

 

 キンジはコップを取りうがいをしだす。

 俺はなんとなく察し、静かにキンジを指差す。

 

「遙正解よ。キンジを取り逃がしたわ」

 

 ぶっ! 

 キンジは余りにも驚きすぎて水を噴き出す。

 きたなっ! 

 やっぱりあのチャリジャックのときか・・・

 

「お、俺は犯罪者じゃないぞ! 何でカウントされてんだよっ!」

「強猥したじゃないあたしに! あんなケダモノみたいなマネしといて、しらばっくれるつもリ!? このウジ虫!」

 

 ドレイからケダモノ、ついにウジ虫か。キンジの評価暴落止まらねー・・・

 人の絡みは傍から見てると面白いな。

 

「だからあれは不可抗力だっつってんだろ! それにそこまでのことはしてねえ!」

「うるさいうるさい! ――とにかく!」

 

 びしっ! と真っ赤に成ってキンジを指差す。

 最近このポージング取る奴多いよな・・・

 涼宮ハ○ヒとか江戸川コ○ンとか・・・

 

「あんた達なら、あたしとパーティになれるかもしれないの! 強襲科(アサルト)に戻って、あたしから逃げた実力をもう一度見せてみなさいっ!」

「あれは・・・あの時は・・・偶然、うまく逃げられただけだ。俺はEランクのたいしたことない男なんだよ。はい残念でした。出ていってくれ」

「ウソよ! あんた入学試験の成績、Sランクだった!」

 

 鋭い・・・

 武偵は情報戦だからどれだけ相手の情報を掴めるか。もしくはどれだけ自分の情報を抹消できるかが勝負になる。

 ヒステリアモードじゃないキンジなら勝負に成らないだろうな・・・

 

「つまりあれは偶然じゃなかったてことよ! あたしの直感に狂いは無いわ!」

「と、とにかく・・・()()ムリだ! 出てけ!」

()()? ってことは何か条件でもあるわの? 言ってみなさいよ。()()()()()()()()()

 

 これの意味知ってる奴には爆弾発言だな・・・

 キンジを見ると――かあああっ、と赤く成っている。

 そりゃそうだよな、意味知ってる奴は『性的に興奮させてやる』って言ってる様に聞えるだけだもんな・・・

 

「教えなさい! その方法! パーティメンバーなら当然、手伝ってあげる!」

「・・・・・・!」

 

 あっ、キンジが赤くなった。

 想像したな、間違いなく。

 もう日が暮れ薄暗くなった部屋じゃ、しょうがないっちゃしょうがないか・・・

 

()()()()()()()()()()()! 教えて・・・教えなさいよ、キンジ・・・!」

 

 キンジにアリアが詰め寄る。

 ああ、これはまずいなキンジ的に・・・

 ヒステリアモードになるか・・・? 

 

「うっ・・・」

 

 やれやれ、助け舟出すか・・・

 俺は部屋の電気をつけると、キンジはそのムードから出たみたいだ。

 アリアの頭に手を置くと、何時もどおりの軽いノリでしゃべる。

 

「1回だけ自由履修として受けて見ればどうだ? キンジはそれで自分の実力を見せて、アリアはその1回でキンジの実力を見極める。ただしどんな小さな事件でも大きな事件でも1回ってことでどうだ?」

 

 アリアは俺達を自分の手駒にしたがっている、俺は無理矢理引き入れようとすると痛い目を見るのを学んだだろうが、キンジはそうは行かない。

 だから、実力を見れば考えが変わるだろうと言う案だ。

 

「そうね、それならキンジの言葉が本当かウソか判断できるし、あたしも時間がないからその1回で見極めるわ。キンジもそれでいいでしょ?」

「ああ。どんな小さな事件でも、1回だからな」

「OKよ。そのかわりどんな大きな事件でも1件よ」

「分かった」

「ただし、手抜きしたりしたら風穴開けるわよ」

「ああ。約束する。全力でやってやるよ」

 

 通常モードでやる気だな、キンジ・・・

 

 

 


 

 

 アリアは3日振りに自分の寮に戻った用で、ようやく静かな部屋が戻ってきた。

 キンジは少し憂鬱そうな顔をしてるが・・・

 

「しかしキンジ、お前どこでアリアの情報手に入れたんだ? 理子か?」

「ああ。ついでに遙の情報も手に入れたぞ」

「俺の? 俺の情報なら3行以内で教えてやるのに」

「吉野遙16歳7月20日生まれでA型、専門科目は強襲科(アサルト)でSランク、武偵としては中学2年から活動し、2年の夏休みにアメリカのビル占拠事件を始め、ありとあらゆる事件を解決している。武器は確認できてる限りではソードブレイカー状のサバイバルナイフとカランビットナイフ、S&W M19 6インチとオリジナルの手裏剣が6枚だ」

「ちなみにその立て篭もり事件、()()()()調()()()?」

「どこまでって、たまたま泊まったホテルに20人以上の男に占拠されて人質が130人ほど取られ、偶然居合わせたアメリカのエージェントと解決したとは聞いたが・・・」

 

 なら大丈夫か・・・

 

「キンジ良かったな、その話の詳細は国家機密クラスに成ってるから変に調べすぎたら消されるぞ」

「はっ? 何だよそれ、どう言う事だよ?」

「あいつ等アメリカのテロ組織の一部でな、アメリカ政府が最も危険視してるテロ組織が関与してて表沙汰にできないから、被害者の人間もほぼ事件の内容を把握してないんだよ」

「マジか・・・」

「ああ。かなりかったるい状況だった・・・」

 

 正直あの時はハードだった。

 何回死んだと思った事か

 何回殺したと思った事か

 あんな経験2度と御免だな、そうポンポンあってたまるかとも思うが・・・

 あいつ等に不幸がある事を祈ろう。

 許すまじ・・・

 俺あいつ等嫌いだ! 

 

「取り合えず飯にしようぜ! こんな話したとこでいい事ないぜ!」

 

 

 


 

 

 次の日、俺は心底泣きそうな顔をしたキンジに付き添って強襲科(アサルト)に来ていた。

 

 強襲科(アサルト)――通称『明日無き学科』

 麗しき我が学科であり、俺にありとあらゆるトラウマを与えたクソみたいなとこだ。

 卒業時生存率97.1%を誇る我が学科は、卒業時には100人いた人間の内、3人弱が居なくなっている。

 大抵が任務、もしくは訓練中に死んでおり、そういった奴は間抜けと呼ばれている。

 そんなとこが強襲科(アサルト)であり、武偵と言う組織の暗部の1つでもある。

 そんな強襲科(アサルト)は基本的にパーティを組んで行動する。そんな連中だからやたらフレンドリーになり・・・

 

「おーうキンジィ! お前は絶対帰ってくると信じてたぞ! さあここで1秒でも早く死んでくれ!」「まだ死んでなかったか夏海。お前こそ俺よりコンマ一秒でも早く死ね」「キンジぃー! やっと死にに帰ってきたか! お前みたいなマヌケはすぐ死ねるぞ! 武偵ってのはマヌケから死んでくもんなんだからな」「じゃあなんでお前が生き残ってるんだよ三上」

 

 とこんな感じに揉みくちゃにされるわけだ。

 この学科は死ね死ね言うのが挨拶なのだが、キンジが帰ってきたのにテンション上がり捲くってる奴等にキンジは律儀に1人1人相手にしてる。

 

 平和だな・・・

 死ね!! 

 俺はそんなお人よしじゃないから1人無視して人ごみを出ると――

 

「おいおい! これが切り裂き魔(スラッシャー)かよ!」

「らしいぜ! こんな女っぽいチビが切り裂き魔(スラッシャー)だってよ!」

 

 俺を見て馬鹿笑いしてる1年の馬鹿どもが、馬鹿みたいに集って馬鹿みたいに騒いでる。

 なんだこの馬鹿みたいな馬鹿どもは・・・

 おおかた入試で高ランクになって天狗になった馬鹿共だろうけど・・・

 こう言う馬鹿どもは基本的に1学期以内に伸びた天狗の鼻を蘭豹辺りに折られるのが好例だ。

 もしくは1年2年武偵を経験した馬鹿に遊び道具にされて鼻を折られるかだが。

 まっ、どっちにしろ碌な目に合わないのは決定事項だ。

 

 俺は軽く欠伸をして去ろうとしたその時――

 

「あんなのがSランクなら俺がSランクに成るのも遠くないな!」

 

 と馬鹿どもが笑い出す。

 こいつ等今なんて言った・・・? 

 

「待てよお前等」

 

 笑いながら去ろうとする馬鹿どもを呼び止める。

 

「アッ?」

「訂正しろ、Sランクはお前等みたいなカス共が成れるもんじゃねーよ」

 

 俺は殺気を発しつつ1歩づつ近付く。

 その馬鹿どもはすっかり怯えている。

 周りも引いている。

 それでも止める訳にはいかない。

 

「武偵ってのは市民の信頼の上で武装を許可されてる。そのなかでもSランクの人間は更なる信頼と実績、能力を認められた者に与えられんだよ。お前等みたいに見た目だけで自分より下だと思い込んで人を笑い物にする奴等がSランクに成れるわけねーだろ」

 

 俺は軽く前髪を掻き上げ、首を鳴らす。

 キャラじゃないが今日はもう良い。

 

「もし他にも簡単にSランクに成れると思っている奴が居るなら出て来い。お前等全員まとめて相手してやる」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10弾 喧嘩なんて何時もの事だとしてもやっぱりかったるい

 すっかり怯え切った1年の馬鹿どもを軽く睨みながら俺は思う。

 こっから先どうしよう・・・

 そんな事を思っていたら、この学校で1番面倒な人間がやってきた。

 

「何やこのどえらい殺気はー。またお前か吉野!!」

 

 この学校で1番面倒な人間(蘭豹)は豪快に笑いながら体育館に入ってくる。

 なんで強襲科(アサルト)の教諭のあんたが強襲科(アサルト)に来るんだ・・・

 

「1年がちょっと舐めた事言ってたんでちょっと説教してただけですよ。まぁ、返答しだいじゃ実力行使も辞さないつもりですが」

「そらええな! おい1年男子全員集れ! 吉野と勝負や!」

 

 たとえのつもりが本気にしたよこの教師! 

 別に良いが、巻き込まれた男子ゴメン。

 1年の男子30人ほどが集る。

 

「ルールは昨日と同じ急所以外アリアリの戦闘不能で負けや良いな!」

「良いですよ。分かり易い方がやりやすいんで」

 

 1年の男子達も驚いた顔しているが別に良い。

 このくらい中学の頃の立て篭もりよりマシだ。

 

「俺の武器はこれだけだがな」

 

 そう言って左腕の袖口に手を入れ、カランビットナイフを引き抜く。

 1年男子達は驚きに怒りが混じった表情を見せる。

 当たり前か、こんな小さいナイフ一本で相手すると言われたら怒り位湧くか。

 

「来いよ! 教育的指導してやる」

「じゃあ吉野! 1年共に痛い目見せたれや!」

 

 蘭豹のM500が火を吹く。

 それと同時に1年たちの拳銃の銃口がこちらを向く。

 狙いは悪くないが丸見えだ。

 

「全員撃て!! この人数ならいけるぞ!!」

 

 俺は左端の男子に向かって走る。

 一斉射撃された弾丸は外れ、俺が狙った男子に向ってナイフを投げる。

 ナイフをぶつけた男子は体制を崩し怯む。

 

 俺はその男子の左足のつま先を、左足で踏み付ける。

 そして左拳で男子の顎先を打ちぬく。

 更にその男子の後ろに回ると、首筋に左手で手刀を打ち込みその男子の意識を奪い、その男子の襟を左手で掴み盾にする。

 

「撃つな! 味方に当たるぞ!!」

 

 そしてその男子の右手にぶら下がっている拳銃を、その男子の手ごと右手を添えて撃つ。

 銃弾は5人に当たる。

 1人は右足の脛に、1人は左足の太腿に、1人は右足の太腿に、1人は左足脛に、1人は鳩尾に1発づつ打ち込む。

 

 更に、今掴んでる男子の左手に持っているサバイバルナイフをそのまま撃ち、サバイバルナイフを弾き飛ばし、落ちたサバイバルナイフの柄頭を打ち抜き跳ね上げさせる。

 掴んでいた男子を投げ捨てると、跳ね上がったサバイバルナイフの柄を左手で逆手に掴んで残りの男子達を見る。

 

 残り24人。

 

「余裕過ぎてかったるいな・・・」

 

 俺は更に特攻を開始する。

 次は中央の男子に狙いを定め、柄頭をその男子の鳩尾に叩きこむ。

 そこからその場で回り右隣の男子の銃身を水平切りで叩き切り、そのまま顎にアッパーを叩きこむ。

 そしてサバイバルナイフを真正面の男子の拳銃に向って投げ、銃口からサバイバルナイフを突き刺す。

 そのまま後ろに下がり、右手で後ろの男子に肘打ちを入れ、前のめりに成った後ろの男子の後ろに回りこみ、襟を掴んで引き寄せると同時に背中に左手で肘打ちを入れる。

 

 襟を掴む手を右から左に持ち変え、拳銃を奪い前に掴んでいる男子を蹴り出す。

 そしてその蹴り出した男子の後ろから奪った拳銃を、他の男子達に15発全てを1人ずつ撃ち込む。

 鎖骨や太腿、脛を撃たれた男子達は蹲り戦闘不能になっていく。

 

 残り6人。

 

 最初に俺を馬鹿にしてた6人だけが残った。

 

「覚悟は良いか? 馬鹿共が・・・」

 

 俺は拳銃を投げ捨て、軽い笑みを浮かべる。

 男子達が怯んだと同時に真正面から突撃する。

 

 1人目の男子の鳩尾に右手で肘打ちを打ち込み、そのまま右拳を右隣の男子の顎先に裏拳気味にぶつける。

 そのまま右足で回し蹴りを左の男子顎に打ち込み、右の殴った男子の右腕を右手掴み、引き寄せ男子の体に背中を向け、腕を脇で挟み男子が握っている銃を撃つ。

 1番俺を馬鹿にしてた男子を残して、両つま先、両脛、両太腿を撃った。

 

 これで残り1人。

 

「これがSランクだ。お前みたいに人を下に見て笑ってる奴がなれる様なもんじゃねーだよ!!」

 

 俺は1人に成ってすっかり怯えきった男子に語りかけ、その男子の顔面を右フックからの頭部にブラジリアンキックをぶち込んだ。

 そうして男子は意識を刈り取られた。

 

 残り0人。

 

 これで俺の勝ちだ。

 

「ハッ、まだアリアとかキンジとのタイマンの方が面白かったぜ」

 

 俺は軽く欠伸をしていると蘭豹がこちらにくる。

 冷静に見るとここ何所の戦場だよ・・・

 

「流石やなぁ吉野!」

「ちょっとやりすぎましたかね?」

「こんなもんや! 1年共もこれに懲りたら慢心せんように成るやろ!」

 

 教師がこう言うのなら俺は良いが・・・

 

「しかし強いのぉ吉野は! ウチもそのうち相手してもらおか?」

「ハハッ、先生みたいな綺麗な女性には弱いんで遠慮したいですね。では失礼します」

 

 俺は軽く礼をすると、強襲科棟(アサルト)を後にした。

 

 

 


 

 

 俺は校門前で待っていたキンジとアリアに合流した。

 やっぱり若干不機嫌だなキンジ・・・

 そんな訳で俺達は歩き始めた。

 

「・・・あんた人気者なんだね。ちょっとビックリしたよ」

「こんな奴らに好かれたくない」

「ヒデーこと言うなキンジ。親友だと思ってた奴にそんな風に思われてたなんて傷付くぜ・・・」

「遙に言った訳じゃねーよ」

 

 とそんな茶々を挟みつつ移動する。

 なにげにキンジとこう言うのんびりした時間を過ごすのは久し振りな気がする・・・

 

「あんたって人付き合い悪いし、ちょっとネクラ? って感じもするんだけどさ。ここのみんなは、あんたには・・・なんていうのかな、一目置いてる感じがするんだよね」

 

 まぁ、入試の時のヒステリアモード見られてるからなキンジは・・・

 強襲科(アサルト)の入試試験は、14階建ての廃屋に散らばり、武装の上で自分以外の受験者を捕縛すると言う試験だった。

 キンジはそこで受験者の半分ほどを早業で倒し、あるいは罠に掛けて捕縛した。

 抜き打ちで紛れ込んだ教官3人も含めて・・・

 

 ちなみに俺も同じ試験を受け、受験者の半分ほどと教官2人を倒し、キンジと格闘戦を演じた。

 俺はキンジと違い対応力は有っても罠に掛ける能力は皆無だからいつもどおりの脳筋スタイルでだが。

 韋駄天を使ってた俺をあそこまで追い詰めたのはキンジだけだからヒステリアモードはチートだ・・・

 

「あのさキンジ、遙」

「なんだよ」「あん?」

「ありがとね」

「何を今さら」 

 

 小声ながらもアリアは心底嬉しそうにそう言う。

 それに対してキンジは苛立った返事をする。

 余裕ないなキンジも・・・ 

 

「勘違いするなよ。俺は『仕方なく』強襲科(アサルト)に戻ってきただけだ。事件を一件解決したらすぐ探偵科(インケスタ)探偵科に戻る」

「分かってるよ。でもさ・・・」

「なんだよ」

強襲科(アサルト)の中を歩いているキンジ、みんなに囲まれててカッコよかったよ」

「・・・・・・」

 

 おお! アリアが珍しくデレた! 

 キンジも急にこんな事言われたからか言葉が詰まっている。

 

「あたしになんか、強襲科(アサルト)では誰も近寄ってこないからさ。実力差がありすぎて、誰も合わせられないのよ。・・・まぁ、あたしは『アリア』だからそれでもいいんだけど」

「『アリア』?」

 

 普段とは違うイントネーションで自分名を呼ぶアリアにキンジは首を傾げる。

 

「『アリア』ってのは確かオペラの『独奏曲』って意味だ。1人で歌うパート、ようは1人って意味だろ?」

「良く知ってたわね遙、正解よ」

「うちの婆ちゃんの趣味でな、オペラとかクラシックを良く聞かされてたぜ・・・」

「あたしは何所の武偵校でもそう。ロンドンでも、ローマでもそうだった」

「で、ここで俺をパーティに引き入れ『二重唱(デュエット)』にでもなるつもりか?」

「そこに俺も含めて『三重唱(トリオ)』ってな」

 

 アリアはクスクスと笑っている。

 どうやら見事にアリアのツボに嵌ったらしい。

 

「あんた達面白い事言えるんじゃない」

「そいつはどうも、俺はこう言う立ち位置の方が気楽で好きなんだよ」

「・・・面白いかこれ?」

「面白いよ?」「面白いだろ?」

「お前等のツボは分からん」

「やっぱりキンジ、強襲科アサルトに戻ったとたんにちょっと活き活きし出した。昨日までのあんたはなんか自分にウソついてるみたいで、どっか苦しそうだった。今の方が魅力的よ」

「そんなこと・・・ないっ」

 

 キンジは何所か悲しげに視線を逸らす。

 やっぱり自分の居るべき所を認めたくないか・・・

 あんな事が遭ったらそうだよな・・・

 

「俺と遙はゲーセンに寄っていく。 お前は1人で帰れ! ていうかそもそも今日から女子寮だろ。一緒に帰る意味がない」

 

 なんか俺も行く事になってるんですけど!? 

 まぁ、やるからには何時ものゾンビゲームで無双するつもりだが!! 

 

「バス停までは一緒ですよーだ」

 

 アリアはべーとベロを出して笑う。

 ほんとに楽しそうだなコイツは。まぁ、今まで1人だった反動だろうけど。

 

「ねえ、げーせんって何?」

「ゲームセンターの略だ。そんなことも分からないのか」

「帰国子女なんだからしょうがないじゃない。じゃあ、あたしもいく。今日は特別に一緒に遊んであげるわ。ご褒美よ」

「いらねえよ。そんなのご褒美じゃなくて罰ゲームだろ」

 

 キンジは少し早足にあるいて、アリアを引き離しに掛かった。てくてくてく。

 するとアリアはニヤーと笑って、同じ速度で歩いて行く。てくてくてく。

 それに腹を立てたのか、キンジは更に大股になって加速する。ざっざっざっ。

 それにアリアもスカートをひらめかせてついて行く。ざっざっざざざっ。

 

「ついてくんな! 今、お前の顔なんか見たくもない!」

「あたしもあんたのバカ面なんか見たくない!」

「じゃあなおさらついてくんな!」

「やだ!」

 

 だっだっだだだだだだ・・・

 と競争しながらあっという間に2人は俺の視界から消えて行った。

 なにやってんだあのバカ共は・・・

 まぁ、今日絡んできた馬鹿共よりはマシだが・・・

 

「かったるいな・・・どこもかしこも・・・」

 

 俺は学校を出た辺りから付いて来てる気配に意識を向ける。

 敵意や害意はなさそうだから危険性はないだろうが・・・

 

(誰だ? キンジやアリアの追っかけか? 探偵科(インケスタ)にしては尾行が素人過ぎるが・・・)

 

 今どうこう動く気が無いなら、もう少し泳がせてもいいだろう。

 そう結論付けると俺は何時もよりペースを落としてゲームセンターへ走ったのだった。

 

 

 


 

 

 ゲームセンターに付いた俺は、まずスイートランドと言うグルグル回っているお菓子を掬い、台座に乗せて落とすゲームにチャレンジする。

 お菓子タワーがあるので、崩せたらミルクチョコレートが20枚以上手に入るだろう。

 取り合えず1回プレイする。

 ボタンを押してアームを動かし動く速度を計算し、量と大きさが1番良さそうな所を見繕い――

 

 韋駄天!! 

 

 ゆっくりと動くお菓子たちにタイミングを合わせもう一度ボタンを押し、アームでお菓子を掬い上げ台に乗せる。

 すると、前の人達が頑張ってくれたのであろうお菓子たちが押され、お菓子タワーが崩れ、少しのお菓子と共に落ちる。

 

 能力の無駄遣いである。

 それも徒歩3分圏内のコンビニに高級スポーツカーで行くくらいの・・・

 

「なに大人気ない事やってんだ」

 

 と後頭部にチョップを食らう。

 当然その主は――

 

「大人気ない競争して俺を置いて行ったのはどこの誰だっけキンジ?」

「ぐっ・・・」

 

 俺は別の台に移動して同じ事を繰り返し着々と景品を稼ぐ。

 ものの5分で俺の背中には大量にお菓子の入った袋がぶら下がっていた。

 

「どこの髭の爺さんだよ・・・」

「フィンランドかな?」

 

 取り合えず袋を担いでゲームセンター内をうろついてアリアを探す。

 適当に探していると、意外な場面に出くわした。

 ネコ科なのは間違いないであろう何かのストラップが、うじゃうじゃと入ったUFOキャッチャーにへばり付いて口を逆三角形にしている。

 小学生だ。紛うことなき小学校低学年の幼女だ。

 

「かわいー・・・」

「やってみるか?」

 

 キンジが言うとアリアの顔がぱっと輝く。

 

「できるの?」

「やり方を教えてやろうか?」

 

 コクコクコクと頷くアリア。

 ネコ○ルク・・・

 

 俺は頭の中に出てきたどこかの謎生物を、頭を振って振り払う。

 その間にもアリアが挑戦するも失敗しキンジ変わったようだ。

 キンジは狙いを定めるとボタンを操作し、アーム操作しネコ科の謎生物を掴む。

 

「おっ!」

 

 そのまま引っ張りあげると、アームはネコ科生物を3匹掴んでいた。

 ま、マジか・・・ 

 

「キンジ放したらただじゃおかないわよ」

「もう、俺にどうこうできねえよ」

「あ、あ! 入る! 行け行け!」

 

 お、お、おおー!! 

 そのままネコ科動物達は穴に吸い込まれて行った。

 

「やった!」「っしゃ!」「おお!」

 

 こうして俺達は謎のネコ科動物こと『レオポン』をゲットしたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11弾 尾行されてるってのに今日は俺の視点おやすみ?

 1時間前

 ~side 間宮(まみや)あかり~

 

「アリア先輩来ないかな・・・」

 

 あたしは強襲科棟(アサルト)2階のトレーニングジムでエクササイズバイクに乗って基礎体力を付けていた。

 強襲科(アサルト)でのトレーニングは。最低限のノルマをこなしたら後は自由だ。

 自分ががなんの訓練をすれば生き延びられるのか自ら考え自ら実践する為で、その習慣を早くから身につけさせるためである。

 そのため多くの生徒達がこの強襲科(アサルト)で、射撃、近接戦、徒手格闘、ナイフ戦の自主的に技術を磨くのだ。

 

「志乃、行っちゃったな」

 

 プッシュアップトレーナーで腕立て伏せをするライカが声を掛けてくる。

 

「うん」

 

 あたしの友達である佐々木志乃は、とある先輩の戦姉妹試験(アミカチャンス)の為に暫く都会を離れ、その先輩がいる合宿先に行くそうだ。

 一般学区の車道にベントレー・ミュルザンヌ――佐々木家の専属の女性運転手付のウン千万円する高級車が志乃を迎えに来て・・・滅多にお目にかかれないミュルザンヌに「すっげー!」と少年のように目を輝かせてたライカが印象的だった。

 

戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)の形式にも色々あるんだね」

 

 あたしは前を向いてエクササイズバイクを漕ぎながら背後のライカと喋る。

 

「恐山で山籠もりさせるなんてヘンな戦姉だぜ――よしっ、100!」

 

 腕立て伏せのノルマを終らせたライカが、その場で仰向けでごろんと寝転がる。そして、

 

「まあ志乃がいない間、あかりはアタシが独占出来るけどな・・・ウヘヘヘェー」

「・・・・・・?」

 

 ライカがへんな笑い方をするので後ろを向くと、床に仰向けになったライカが、好アングルを見つけた写真家のように両手の人差し指と親指で長方形を作っている。

 ライカの指カメラは・・・

 エクササイズバイクを立ち漕ぎするあたしのスカートの中を捕らえていた。

 しかも斜め下から超アオリでアングルを定めている! 

 

「うわー白木綿。ガキっぽ。パンツと言うより『ぱんちゅ』だぜ」

「・・・・・・!?」

 

 そこで気付いたあたしは慌ててスカートを押さえる。

 

「バカライカ! ローアングラー! お金払え!」

「はんちゅー、丸見えー♪ キィーン」

 

 あたしは逃げるライカを追うがライカはあたしより足が速いので同じスピードぐらいに保って遊んでる。 

 ライカと恒例に成りつつある追いかけっこをしていると、1回の様子を見おろす男子生徒立ちの会話をきいてライカが足を止めてしまう。

 むぎゅ! 

 当然あたしはライカの背中に突っ込んでしまう。

 

 

「おい聞いたか? キンジが強襲科(アサルト)に帰って来るって!?」

「マジかよ! キンジって遠山キンジだよな?」

強襲科(アサルト)の首席候補って言われてた奴か!」

「遙とキンジのコンビが復活するのか!?」

 

 2年の先輩たちがそう語るのを盗み聞きしたライカは――

 勝気そうな顔に、緊張感を漂わせてる。

 

「ライカ?」

 

 シリアスな表情になったらいかに、あたしは怒りを中断させて呼びかける。

 その顔は嬉しそうでもあり、悲しそうでもあり何とも複雑な表情だ。

 

「遠山キンジ・・・あの人が帰ってくるのか」

「キンジ・・・? 誰それ?」

「2年の先輩。任務でいつもいなかったし、去年、探偵科に転科しちゃったけど・・・前は強襲科(アサルト)でSランク武偵だった」

「い・・・1年でSランク!? そんな人、いるんだ・・・!」

 

 武偵ランクの頂点――Sランク武偵は厳しい人数制限がり、各分野でと突出した能力を持つ物だけが選ばれる。大人の武偵含め、世界で数百人しかいない存在だ。

 あたしの戦姉妹(アミカ)であるアリア先輩もSランクだが、高校生がSランクに格付けされる事は稀である。

 それが1年と成るとなおさらだ。

 

「・・・入試で教官を倒したらしい、伝説の男だよプロ武偵に勝てる中坊なんてバケモノだろ」

「バケモノ・・・」

「そんな人とコンビを組んでたのが吉野遙先輩だ。こっちも入試で教官を倒して遠山先輩と格闘戦を演じたらしい。遙先輩は転科して無いけど最近は依頼(クエスト)はあんまり受けて無いから結構いる事が多いな」

 

 今あたしの頭の中には武偵高の制服がはち切れんばかりになっているくらいの筋肉ダルマで頬に傷がある黒人SPのような巨大男子2人を思い浮かべた。

 武器もただの銃ではなく、アクション映画の豪傑のようにミニガンとか。

 

(そんな人達がこの学校にいるなんて・・・あたしなんか入試、補欠合格だったのに・・・)

 

 想像しただけで震えてしまうあたしの横で、

 

「話した事はないけど、顔は知ってる。あっ、あれだ」

 

 ライカが1階のホールの方を指差す。そこにいるのは・・・

 

「おーうキンジィ! お前は絶対帰ってくると信じてたぞ! さあここで1秒でも早く死んでくれ!」「まだ死んでなかったか夏海。お前こそ俺よりコンマ一秒でも早く死ね」「キンジぃー! やっと死にに帰ってきたか! お前みたいなマヌケはすぐ死ねるぞ! 武偵ってのはマヌケから死んでくもんなんだからな」「じゃあなんでお前が生き残ってるんだよ三上」

 

 と言い合いながら強襲科(アサルト)の2年生にもみくちゃにされている根暗そうな人がいた。

 

(・・・・・・?)

 

 彼が遠山キンジ先輩・・・? 

 あたしの想像とは程遠い、どこにでもいる男子高校生に見える。

 最近見たと様な気がするが、だとしても5分ほどで忘れてしまいそうな風体だ。印象が薄く、存在感が無い。

 だが強襲科のみんなは遠山キンジが強襲科(アサルト)に戻ってきた事を喜んでいるムードだ。

 

「それであっちが遙先輩」

 

 ライカは更に指を動かし、人ごみから少し離れた生徒を指す。

 長い黒髪をポニーテールにしめんどくさそうに人ごみを眺めている、身長の低い小顔の生徒がいた。

 男子用の制服を着て・・・

 

「男? 女?」

 

 見た目的にはかなり華奢なのに何故か男子用の制服を着ている。

 性別を偽って活動する『転装生(チェンジ)』もあるが、それならあの髪型は説明が付かない。

 

「あの人は男だ。あんな見た目だけど・・・」

 

 女の子より女の子っぽい男の子って・・・

 しかもそれでSランクって凄いな・・・

 

「な、なんかイメージと違う・・・」

「遠山先輩はそう見えるんだよな。上勝ちすると大手柄だから狙ってる1年もいるけど・・・なんか、勝てなさそうな気がするんだよな・・・遙先輩には実際負けたし・・・」

 

 ライカの言う『上勝ち』とは武偵を1年経験した下級生が、2年経験した上級生に勝つと言う隠語である。

 通常1年と2年の実戦経験が大きく通常では起こりえないため、勝った場合教師達や周囲からの評価が上がるという物だ。

 口ぶりからするに、ライカも少し狙っているのかもしれない。

 

 そんな事を考えていたら吉野遙を見て笑っている男子達がいた。

 あれは、今年の入学試験でAランクになって天狗になっていた男子だ。

 

「おいおい! これが切り裂き魔(スラッシャー)かよ!」

「らしいぜ! こんな女っぽいチビが切り裂き魔(スラッシャー)だってよ!」

 

 男子生徒達は敢えて吉野遙に聞えるように行っているみたいだ。

 だけど吉野遙は慣れていると言わんばかりに余裕を保って無視している。

 

「あんなのがSランクなら俺がSランクに成るのも遠くないな!」

 

 その時、吉野遙の雰囲気が変わった。

 

「待てよお前等」

 

 吉野遙は静かに男子達を呼び止める

 明らかな殺気を放って。

 

「アッ?」

「訂正しろ、Sランクはお前等みたいなカス共が成れるもんじゃねーよ」

 

 吉野遙の口から、その見た目や高い声に似合わない言葉が出てくる。

 確認するまでも無く怒っている。

 しかも殺気を針のように細くし男子達に向けながら。

 少し敏感な子ならこの殺気を向けられ、なにも言わずにため息を付かれただけで失神するだろう。

 怖い・・・

 吉野遙に対してアタシは純粋な恐怖を感じる。

 

「武偵ってのは市民の信頼の上で武装を許可されてる。そのなかでもSランクの人間は更なる信頼と実績、能力を認められた者に与えられんだよ。お前等みたいに見た目だけで自分より下だと思い込んで人を笑い物にする奴等がSランクに成れるわけねーだろ」

 

 前髪を掻き上げ首を鳴らす。

 この場ではもう吉野遙を女の子っぽいと思う人間はいないだろう。

 そう、あれはあたし達『間宮』に近い何かだ・・・

 

「もし他にも簡単にSランクに成れると思っている奴が居るなら出て来い。お前等全員まとめて相手してやる」

 

 

 


 

 

 あの後、蘭豹先生が入ってきて急遽、吉野遙VS1年男子全員で試合になった。

 結果は吉野遙の完勝だった。

 常に敵全体を視界に入れ、倒した相手を盾にして武器を奪い取り、時に相手の銃をナイフで叩き切り、相手に反撃を許さない早業で相手の懐に入り込み昏倒させ、銃を持っても足を積極的に狙い致命傷になりえそうな攻撃は一切していなかった。

 ただ一度も攻撃を食らわず、ただ一度も致命傷を与えず、男子30人を5分と掛からず倒しきってしまった。

 次元が違うと感じた。

 EランクとSランクの差を改めて思い知らされた。

 そんなあたしは今人生最大急の修羅場にいる。

 

「・・・あんた人気者なんだね。ちょっとビックリしたよ」

「こんな奴らに好かれたくない」

「ヒデーこと言うなキンジ。親友だと思ってた奴にそんな風に思われてたなんて傷付くぜ・・・」

「遙に言った訳じゃねーよ」

 

 アリア先輩と遠山キンジ、吉野遙が仲良さげにあるいていた。

 

「あんたって人付き合い悪いし、ちょっとネクラ? って感じもするんだけどさ。ここのみんなは、あんたには・・・なんていうのかな、一目置いてる感じがするんだよね」

 

 遠山キンジの方を見てアリア先輩はそんな――

 褒め言葉に類するような事を言っている。

 

(なに!? なに!? なに!? なに!? なに!? なに!? なに!? なに!? なに!?)

 

 あたしはパニックになりかける。

 遠山キンジ、吉野遙・・・何者!? 

 絶対、絶対に突き止めねばあの胡散臭い男達が、何者なのか! 

 

「ついてくんな! 今、お前の顔なんか見たくもない!」

「あたしもあんたのバカ面なんか見たくない!」

「じゃあなおさらついてくんな!」

「やだ!」

 

 数分後、遠山キンジとアリア先輩は路上で追いかけっこをしながら帰宅していた。

 仲は悪そうに見えるが、喧嘩友達と言う物なのかもしれない。

 

「かったるいな・・・どこもかしこも・・・」

 

 吉野遙は呆れた様に走っていくアリア先輩と、遠山キンジを見送る。

 そしてそう呟くと、すこしため息を付き走って二人を追いかけていく。

 

 これはあたし的に大変良くない。

 というのも、ケンカ仲というのは後々スルッと恋人関係になってしまいかねない関係。

 それも、何時もその2人と一緒にいる男子なんて、少女マンガ的には3角関係まっしぐらな関係だと言う話だ。

 憧れのアリア先輩があんな男子達と万一そんな関係になってし待ったら・・・! 

 

 ・ ・ ・ () () () () () () () () () () () ! 

 

 遅れていた吉野遙に付いて行くとなんと、ゲームセンターに向っていた。

 挙げ句、UFOキャッチャーでぬいぐるみのストラップを3つ取って分配したりしている。

 2人はともかく、アリア先輩はぬいぐるみを気に入ったのか・・・

 笑顔になっている。アリア先輩が。

 

(た、楽しそうにしてる・・・!)

 

 そんな三人を道端のポストの影から盗み見る。

 

(遠山キンジ、吉野遙・・・! あの人達、もしや・・・アリア先輩につく悪い虫ってやつ!!?)

 

 アリア先輩は女神に等しい完璧な人物なので、問題があるハズはない。

 つまり、悪いのは全て遠山キンジと吉野遙だ。あの男達がアリア先輩を唆したに違いない。

 

「さてと、キンジ、アリア、俺ちょっと用事ができたからここで失敬させてもらうぜ」

「どうしたんだよ遙? 任務は無いんだろ?」

「可愛い子がいたから声掛けてくるだけだ。ついでに晩飯の材料も買って来る」

 

 と最低な事を言いながら2人からはなれて行く。

 遠山キンジと吉野遙のどちらが危険か目に見えている。

 アリア先輩に付いて行きたいけど、吉野遙の方が気になる。

 吉野遙を追おう! 

 

 吉野遙は軽い足取りで公園の方へ歩いて行く。

 左手はズボンのポケットに入れ、右手でゲームセンターの袋を担いで。

 なんであんなに重そうな袋を担いで軽やかに歩けるのだろう・・・

 

 しばらく歩いていると少し開けたところに、吉野遙が曲がって行く。

 

 桜の木の影に一瞬入って――

()()()()()

 

 あたしは慌てて追いかけるがそこには誰もいない。

 見逃した事に焦っていると、行きなり語りかけられる。

 

「何か御用かな? 可愛いお嬢さん」

 

 斜め上の方から声が聞えてきて、慌てて振り向く。

 桜の木の枝の上で幹に手を軽く付き、軽い微笑を浮かべている。

 気持のいい風が、吉野遙の長い髪を靡かせ、黒い髪と薄紅色の桜が独特のコントラストを描き不覚にも綺麗と思ってしまう。

 

 奇しくもそれはあたしの憧れであるアリア先輩とあたしの始めての会話のシーンとそっくりだった。

 

「なんてな!」

 

 冗談のように最初に言った言葉に添えるように。

 稀にライカが浮かべるようなイタズラ小僧のような笑みを浮べてそう言った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12弾 後輩をストーキングしながらデートするなんて俺は何て変態だよ?

 俺は尾行してた女の子を桜の木から見下ろして語りかける。

 ただその女の子は、1年にしても低身長だ。

 おそらくアリアより一回り小さく、八重歯、ツインテール、アホ毛と、萌キャラの3大神器を見に付けている。

 なにこれ可愛い・・・

 しかもアリアより大きいな、どこがとは言わないが・・・

 

 俺は木から飛び降り彼女と視線を合わせる。

 視線を合わせて改めて見てみるとある事に気付く。

 アリアだ・・・小さいアリアだ・・・

 

「で、まずは自己紹介かな? 俺は吉野遙だ、君は?」

「ま、間宮あかりです・・・」

 

 間宮? 

 俺の頭に真っ先に出てきたのはもちろん彼女だ。

 間宮ののか

 この間助けた中学生の女の子だ。

 この子はあの間宮さんの親族か? 

 

「それで? そのあかりちゃんはなんで俺を尾けてたの? 最初はキンジかアリアだと思ってたんだけど・・・」

 

 俺はできるだけ優しく聞くと、プルプルと震えだす。

 あれ? 俺なんか地雷踏んだ? 

 

「だって・・・だって、ズルイです!」

 

 ズ、ズルイ・・・? 俺何かしたっけ? 

 心当たり多いな・・・

 

 

「あたしは戦ってようやくお近づきになれたのに、アリア先輩が自分から追っかけるなんて! どういう関係なんですか!」

 

 アリアとの関係か・・・

 何なんでしょう? 

 

「友だちかな? 今はそうでもないが始めて会ったときは嫌い合っていたしな・・・」

 

 正直アリアとは対等宣言しただけだしな・・・

 

(アリア先輩と友だちなんて・・・何者・・・!?)

 

 俺は思い出した。

 確か、アリアには戦姉妹(アミカ)がいたはずだ。

 それが彼女ならこの状況の説明がつくか・・・

 

「もしかしてあかりちゃんがアリアの戦姉妹(アミカ)なのか?」

「はい。後なんで名前呼びなんですか?」

 

 少し怪訝そうな表情で聞いてくる。

 初対面で名前呼びはまずかったか? 

 

「あぁゴメン。この間仕事で助けた子が同じ苗字だったからさ」

 

 差別化図ろうとするのがまずかったか? 

 

「遠山先輩とアリア先輩の関係って何なんですか?」

「あいつ等の関係?」

 

 俺は少し考えて見るがパッと出てくるのが1つしかない。

 と言うか説明のために印象かえよう考えたのに、何一つとして印象が変わらなかった。

 

「勧誘者とそれを渋る男だ」

 

 簡潔に説明するならこれが1番妥当だろう。

 正直これ以外に思いつかない。

 

「は?」

「あぁ、キンジと俺がアリアの前で実力を1回見せたらパーティに入れって勧誘に来たんだよ。俺は戦闘スタイルがあれだから断ったが・・・」

 

 あかりちゃんは落ち込んだような表情に成っている。

 まいったな・・・この手の状況は俺苦手なんだよな・・・

 多分、この子は俺とキンジがアリアと自分を差し置いて仲良くしてたのが気に入らないのだろう。

 なら、対処法としては・・・

 

「もし良かったら俺の訓練や遊びに行くときに、アリアとあかりちゃん呼んであげようか?」

「へ?」

「いや。訓練だから同じレベルの相手がいたほうが俺は良いし、そこはアリアも一緒だろうし、戦姉妹(アミカ)の指導もできるから一石二鳥だろ? それであかりちゃんはアリアと一緒にいる時間が増えるし、指導と言う点においてはアリアの指示には従うが俺とアリアの2人のSランクの指導を受けられる。悪くないんじゃないか?」

 

 あかりちゃんは迷い出す。

 話し的にはあかりちゃんには悪い部分は無い、だからこそ迷うのだろう。

 30秒ほど考えるとあかりちゃんは答えを出した。

 

「良いんですか?」

「良いんです、次のSランクを育てるのも俺達の役目ですから!」

「吉野先輩、Sランクの事を言われて怒っていませんでした!?」

「Sランクを馬鹿にする奴は許さないけど、純粋にSランクを目指す子の目標になったり、強くなりたいと思ってる子の手助けをするのも俺達の仕事だからな!」

 

 俺は笑って答える。

 て言うか見られてたかー、なんか恥ずかしいぞ・・・

 もう時間もかなり経ってるしそろそろ移動した方が良いか・・・

 

「あたし・・・吉野先輩のこと少し勘違いしてました。あの、もし良かったらこれからあたしを指導してくれませんか?」

「いいよ、ただし俺のちっとばかしハードだから覚悟しときなよ!」

 

 と言う訳で俺は、あかりちゃんと少しの間話し、夕飯の買出しに付き合ってもらったのだった。

 

 

 


 

 

 あれから数日が過ぎ、平賀さんに頼んでいたS&Wが届いたので受け取りに行き、暇に成った俺は特にあても無く校舎の外をふらついていた。

 

 今日晩飯外食にしようかな・・・

 なんて事を考えてながら。

 

 学校特有の喧騒と、ぽかぽかとした陽気が心地良い。

 学校特有の銃声が、キンキンと来る怒鳴り声が耳ざわりだ。

 

「あっ、吉野先輩!」

 

 背中越しに話し掛けられ振り返る。

 そこにはもう幸せそうな表情を浮かべた、遠足直前の幼稚園児のような表情を浮かべたあかりちゃんがいた。

 

「あかりちゃんよっす! ずいぶんご機嫌見たいだけどうしたの?」

「これからみんなで『ラクーン台場』に行くんです!」

 

『ラクーン台場』とは、台場に楽天資本で造られたホテルつきのアミューズメントパークだ。

 俺も1年の時に理子に誘われてキンジと理子と美咲の4人で行った事がある。

 

「それでか・・・あかりちゃん浮かれるのも良いけど気を抜かない様にね、最近ちょっと気に成る連中もいるし・・・」

「さっきアリア先輩にも似たような事言われました」

「あぁ、アリアが言ってる事もそうだけど、最近アメリカの組織が掴まった仲間を釈放させるために人質を取ろうとする動きもあったから、もし事件が有って自分達だけじゃ手に追えないと思ったら他の武偵に応援を求めるんだぞ? 手柄は確かに業界では重要な物だけど、それでもあくまで人命が優先だぞ」

「はい! 待ち合わせしてるんで失礼します!」

 

 と元気に走り去って行くあかりちゃん。

 多分わかってないよな・・・

 丁度財布は潤ってるし、予定も入ってない。

 大丈夫だと思うが念のためだ。

 

「行ってみるか・・・」

 

 と言う事で急遽予定が決まったのだった。

 

 

 


 

 

 俺は適当な店で買った俺好みの黒い綿パンと、同色の黒い薄手のフード付きパーカー、白いシャツに近くのトイレで着替えラクーン台場に来ていた。

 もちろん最低限の装備を持って、武偵校の制服はコインロッカーに預けてだが。

 そして一人で羽を伸ばそうと思っていたのだが・・・

 

「ねえねえハルハル! アレ乗ろう! アレ!」

「お前を誘った覚えは無いんだがなー理子・・・」

 

 何故か付いてきた理子に俺は振り回される事に成った。

 今日の理子は白いワイシャツに黒いベスト、ピンク色のフリル付ミニスカートと言う格好だ。

 普段の制服姿を見てるから意外感が凄いな・・・

 俺はため息を付いてフードをかぶる。

 パーカーの中に解いた髪の毛を入れてるので楽にかぶれる。

 

「とりあえず、なにも起きなければ遊びに来ただけだしな・・・」

「そうそう! 遊ぼハルハル!」

 

 俺は理子に引きずられる様に連れ回される。

 

 

 

 

 

 理子に1時間ほど連れ回されてやっと開放され、フードコートの椅子に付く。

 

「やれやれ結構広いなここ、去年は気にならなかったけど・・・」

 

 俺はフードコートに売られていたコーラを飲みながら呟く。

 心がけ一つで感じ方も変わるのだから本当に不思議だ。

 

「ハルハルってばちょっとは気を抜けばいいのに、そんなにあの子達がお気に入りなの? もしかしてハーレム狙い!?」

「アホか! 俺はキンジみたいにモテねーしモテたとしてそんな事やる気ねーよ、1口貰うぞ」

 

 俺はフードを脱ぎ、机に身を乗り出すと理子のジュースのストローに口を付ける。

 おお! メロンソーダだ・・・

 

「あー! ハルハルってばズルイ! 理子にも頂戴!」

「ほれ、そこまで飲んで無いんだからそんなに飲むなよ」

 

 俺は理子に自分のコーラを差し出す。

 理子はそれに嬉しそうにストローを咥え飲みだす

 キンジならヒステリアモード待ったなしだな・・・

 

 俺は少しため息を付く。

 すると――

 

「ねぇねぇ君達今暇してない?」

「良かったら俺達と遊びに行かない?」

 

 まただよ・・・

 今年に入って何回目だよ本当に・・・

 俺達は柄の悪そうな連中に声を掛けられる。

 

 そう『ナンパ』と言う奴だ。

 理子は俯いて震えている。これは怖いからではない。

 テメー理子! 笑ってんじゃねーぞコラ!! 

 

「悪いけど俺男なんだよ、ナンパなら俺の女以外にしてくれ」

 

 とりあえずカップルの振りしてやり過ごす

 

「またまた~、いいじゃんいいじゃん! 遊びに行こうよ~!」

「かったるい・・・」

 

 俺は1人の男の手を取って俺の胸に当ててやった。

 

「!?」

「分かったろ、デート中なんだから邪魔しないでくれ」

「何だよだましやがって・・・行こうぜ・・・」

 

 ナンパ男達はぶつぶつと愚痴りながら去っていく。

 本当にかったるい・・・

 

「で、いい加減笑うの止めろよロリ巨乳」

 

 そこで理子は顔を上げる。

 その顔は引き攣っており口角が微妙に上がっている。

 うん、やっぱり笑ってたなこの女。

 俺は少し文句でも言ってやろうと思ったが、携帯の着信音が成りだす。

 それも俺だけじゃなく理子の携帯も同時に。

 俺は首を傾げ携帯を見てみる。

 

『Area江東区2丁目6Case Code:F3B-02-EAW特殊捜査研究科(CVR)インターン(中3)の(しま)麒麟(きりん)より発信あり(13:55)』

 

 これは武偵が良く使う暗号だ。

『ケースF3B』は誘拐・監禁されたと言う意味で、『02』は原則2年生以上と言う意味だ。

『EAW』は犯人は防弾装備であり、特殊捜査研究科(CVR)はいわゆる色仕掛けの罠ハニートラップの専門技術を磨く学科であり、美少女しか入科できない。

 つまり誘拐・監禁された島麒麟は武装はしていても自衛能力はないと言う事だ。

 

「デートは終わりだな・・・行くぞ理子」

「うー! らじゃー!」

 

 ビシッと敬礼をする理子を尻目にコーラを飲みほし移動を始めた。

 

 

 


 

 

 俺達は少し考えた結果監禁できそうな場所をかなり絞り込んだ。

 隔離できる場所と言えば個室、そして怪しまれずにそれができ、なおかつラクーンの近辺と考えると・・・

 トイレやアトラクションの控え室、そしてラクーン・グランドホテルくらいだ。

 

「やっぱり大穴を狙うなら島麒麟はラクーン・グランドホテルか・・・」

「けどりんりんなら何かアクションを起すはずだけど・・・」

「りんりん? お前島麒麟と知り合いなのか?」

「去年の理子の戦姉妹(アミカ)なんだー、理子に教えられる事は全部教えたつもりだけど」

 

 なら、確実に何かアクションを起す筈だ。

 その時俺はある事に気付いた。

 

 紙飛行機だ・・・

 何十と言う数の紙飛行機が宙を待っている。

 俺はその1つを捕まえ、広げて中身を見る。

 

『703 NF ターザン 戻りでダイブ』

 

 なるほど、面白い事を思いつく! 

 さすがは理子の元戦姉妹(アミカ)と言ったところか。

 703はそのまま703号室で、NFは応援要請(Need Friendly)、ターザンは屋上から窓側でスイングしろと言う要望、戻りでダイブはそのままスイングして戻ってきたタイミングで飛び降りるから捕まえろと言う事だ。

 

「お前に似た性格の子だって事が良く分かるよ理子」

「さっすがりんりん! 普通じゃ思いつかない事を思いつく! そこにシビれるあこがれるゥ!」

「やれやれだぜ、とりあえず居場所が分かったんだ救出事態はあの子達がしてくれるだろう。俺達はバックアップに徹するぞ」

「うー! らじゃー!」

 

 と言う事で俺達はもう1つの棟の703号室の向かい側にある部屋を取った。

 俺達はそのまま部屋に向かい、部屋に入ると俺は窓を開け、右胸のホルスターからS&Wを抜く。

 窓から向いの部屋を見ると、茶髪の140cmも無いだろう小柄の少女と男が3人。

 おそらく少女が島麒麟であり、男達が犯人だろう。

 俺はポケットから2発の弾丸を取り出す。

 通常、拳銃の有効射程距離は25m、最大射程距離は50mほど、それ以上は命中するのは個人の技術が反映される。

 そして、現在この部屋から向いの部屋は80mほど離れている。

 

「この距離じゃ届かないよハルハル?」

「分かってるっての!」

 

 俺はS&Wのシリンダーに先ほどの2発の弾丸を込める。

 それと同時にあかりちゃんと黒髪の1年生の女の子が突入する。

 そして、あかりちゃんが盛大に転ぶ。

 更に、それに対して黒髪の1年生が気を取られそっちを優先させ、銃を向けられ無力化されてしまう。

 

「えぇ~・・・」「うわぁ~・・・」

 

 俺と理子は同時に口から特に意味のない言葉が漏れる。

 普通そこで転ぶかね・・・

 

 あかりちゃん達の武器は奪われ、部屋の床に座らされている。

 島麒麟も銀髪の男に首を絞められるように掴まっている。

 

 けど、まだ終ったわけじゃない。

 あかりちゃんは学校でラクーン台場に()()()で行くと言っていた。

()()()()()()()()()()とは言わないだろう。

 つまり()()()()()()()()と言う事だ。

 

 そのとき、俺の予想通り金髪長身の彼女は向いの棟の窓の外に現れたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13弾 お楽しみは事件の後で? お楽しみってお仕置きの間違いだろ?

 ~side 間宮あかり~

 

「ハハッ、人質と銃が増えたぜ」

 

 あたし達は突入したがあたしが転んで無力化させられてしまった。

 現在は床に座らされていた。

 首を絞められるように拘束された島麒麟の顔には観念した表情が浮かんでいた。

 だけど、あたしはまだ絶望していない。

 

 バババババババババッ!! 

 

 その時、突撃銃(アサルトライフル)の銃声とベットルームのガラスを割る音が鳴り響く。

 室内にいた全員の視線が、その大きな窓に移る。

 ガラスを撃って割ったのはライカだ! 

 だが、ライカが見えたのは一瞬だった。

 ワイヤーを掛ける場所が真上に無かったのか、ライカはブランコのようにスイングして行き、窓のずっと先に消えてしまう。

 

「バカか。そっちにゃ誰もいねえよッ!」

 

 突然の銃撃に黒髪の誘拐犯は焦り、無人のベットルームを撃ったライカを笑う。

 あたしはこれで始めて絶望した。

 だが、島麒麟は逆に、ぱぁ、と明るい表情になった。

 そして――

 

「――がうですの!」

 

 島麒麟は自分の首を絞めるように拘束してた男の腕に噛み付き、拘束から逃れる。

 

「てめぇ・・・! 止まれッ!」

 

 誘拐犯に凄まれる島麒麟は――

 ――この絶望的な状況下において、全く場違いな、可憐な笑顔を浮かべていた。

 まるで1人だけ、この事件が解決した事を理解したかのように。

 

「――恋心は 振り子みたいに 揺れて 揺れて――♪」

 

 歌いながら、ぽん、ぽん――と、ダンスするようなステップで、島麒麟はベットルームの方へ逃げて行く。

 だがそこに出口は無く、ただ、割れた窓があるだけの行き止まりだ。

 その不可解な行動に誘拐犯だけでなく、あたし達まで眉をを寄せる。

 

「3、2、1」

 

 カウントダウンを数えた島麒麟は――

 ぽん! とベットをジャンプ台にして。

 

「きゃはーん」

 

 ゆるく握った両手を顔の下に寄せたぶりっ子ポーズで、背中から。

()()()()()

 窓の外、その、地上七階の虚空へと。

 

「――!」

 

 笑顔で投身自殺するようなその光景に、703号室の全員が唖然とした瞬間。

 

 ――パシッッ! ――

 

 空中に出た島麒麟の体を――今度は、右から、左へ――ブランコの要領で振り子状に戻って来たライカの両腕が、見事にキャッチした。

 その救出劇を、あたし達は室内から目撃する。

 あたしはそこで始めて紙飛行機に書かれていた『ターザン 戻りでダイブ』の意味が分かった。

 

 空中で島麒麟を救出したライカが、プツッ! とナイフでワイヤを自ら切る。

 その理由もすぐに分かった。

 あの軌道から放物線を描いて落ちれば――大きなプールに落ちる事ができるのだ。

 だが、そんな2人に今――

 

「――クソッ!」

 

 窓際に立った銀髪の男がコルト・アナコンダの銃口を向けている。

 

「ライカ!」

 

 あたしは咄嗟にライカに警告を飛ばす。

 ライカも気付いたのか島麒麟の頭を抱き、銃口に背をさらす。

 あたしはライカを助けるために、銀髪の男に向って走る。

 

「動くんじゃねえ!」

 

 その行く手を、黒髪の男が塞ぐ。

 デリンジャーを右手に握って。

 

「あかりさん! 危ない!」

 

 志乃ちゃんの声を聞くもあたしは止まらない。

 その脳裏には数日前に言われたアリア先輩の小言と、吉野先輩の忠告を思い出していた。

 

(アリア先輩、吉野先輩・・・先輩達の言う通り、あたし、武偵としての自覚が足りませんでした・・・!)

 

 あたしは無理矢理男の脇をすり抜けようとするが、二人の体がもつれ合い倒れてしまう。

 もう、あたしの手は銀髪の男の手のコルト・アナコンダに届かない。

 ――間に合わない! 

 コルト・アナコンダを構える銀髪男と、ライカ達の距離はまだ遠くない。

 狙って撃てば、素人でも当たる距離だ。

 そして、銀髪男の狙いは思った以上に正確で――

 

(あたし、心から反省しました・・・! だから――)

 

 あたしは声の限り――

 

「――助けてぇ――!」

 

 その声を掻き消すように、バスンッッッ! と言う発砲音が、無情にも鳴り響く。

 空中のライカは、より強く島麒麟の頭を抱きかかえる。

 

(・・・・・・!)

 

 だが、弾丸は――ライカに、当たらなかった。

 這うようにあたしはベットルームの窓から身を乗り出すと・・・

 ライカはスカートの内側からS&Wを引き抜き、銀髪の男残ると・アナコンダを撃って弾き飛ばし、島麒麟と抱き合いプールに落ちて行った。

 一方、

 

「――ガキどもがっ!」

 

 あたしともつれ合って倒れた黒髪の男は、顔を真っ赤にさせて起き上がってくる。

 そして、右手のデリンジャーを使ってあたしを脅そうとするが・・・

 

「・・・・・・!?」

 

 その手に、もうデリンジャーは握られて無く、あたしの手の中にデリンジャーが有った。

 

 ――鳶穿――

 

 交錯の瞬間に敵から物を掠め取る、その技によって。

 その光景を見た茶髪の男があたしのマイクロUZIを志乃ちゃんに向け――

 

 タァン! ダァン!! 

 

 と銃声2発の違う銃声が鳴り響く。

 そしてそれに遅れたように――

 

 カアァァン! 

 

 と何かの金属と金属がぶつかり合う音が聞こえたと思った瞬間――

 志乃ちゃんに向けられていたマイクロUZIが弾き飛ばされ、志乃ちゃんは拾い上げたサーベルで茶髪の男を無力化した。

 あたしは拾い上げたコルト・アナコンダとデリンジャーを銀髪と黒髪の男に向け、無力化する。

 そうして男達は両手を上げ投降したのだった。

 

 あたしは両手の銃を男達に向け、天に祈りながら波打つプールを見下ろす。

 その祈りは――天に、通じたらしい。

 プール中央で水しぶきが上がり、島麒麟と共に水面に顔を出した。

 2人には大きな外傷は無い様で、あたしはやっと安堵した。

 絶対に当たると思った弾丸は、奇跡的に外れたのか。

 

 いや、これはきっと――奇跡ではない。

 ・・・きっと、アリア先輩が・・・

 

 ふと割られた窓の正面を見る。

 正面の部屋には黒髪の人影が一瞬笑ったように見えた。

 ――あれって! 

 おそらくさっきの人影がマイクロUZIを狙撃したのだろう。

 ・・・ありがとございます・・・

 あたしは心の中で感謝の言葉を述べるのだった。

 

 

 


 

 5分前

 ~side 吉野遙~

 

 向いの棟の屋上からワイヤーでスイングしながら現れたライカは、7階の部屋の窓ガラスを打って割る。

 

 狙うべきは今ではない。

 

 突撃銃(アサルトライフル)を捨てたライカはスイングを続け、そこに、狙ったかのように後ろ向きに島麒麟が飛び降りる。

 飛び降りた島麒麟をキャッチしたライカ達に、銀髪の男が拳銃を向ける。

 

 違う、ここじゃない。()()()ならここでアクションを起す! 

 

 その瞬間、俺の予想通り銀髪の男の撃った銃弾は、別の狙撃された銃弾によって銃弾撃ち(ビリヤード)で外された。

 そこにすかさずライカは俺のやったS&Wで、銀髪男の拳銃を弾き飛ばした。

 あかりちゃんは交錯の瞬間に、銃を掠め取り男を無力化する。

 

 あの技は・・・

 

 俺は少し思考がずれかけるが無理矢理引き戻す。

 武器を奪われた仲間を見て焦ったのか、茶髪の男が丸腰の黒髪の少女に銃を向けようと動く。

 

 そこで俺は韋駄天を発動させる。

 世界はスローになり、俺は撃鉄を上げたS&Wを撃つ。

 だが、これだけじゃ飛距離が伸びずに落ちてしまい当たらない。

 だから、俺はダブルアクションで2発目の銃弾を()()()()()()()撃った。

 

 放たれた弾丸は、空中で甲高い金属音が鳴り響かせ、茶髪の男の持つ銃を弾き飛ばし丸腰になった茶髪の男を、サーベルを拾い上げた黒髪の少女が無力化する。

 そしてあかりちゃんは、拳銃を拾い上げ男達2人向けて無力化した。

 

「解決したみたいだねハルハル」

「ああ・・・」

 

 俺はライカ達が無事なのを確認しS&Wホルスターに仕舞う。

 そしてカーテンを閉めてベットの上にうつ伏せでダイブした。

 

「あぁ~、頭痛い・・・」

 

 ため息を付く俺の隣に、理子が仰向けに倒れこみ俺の方を向く。

 

「ハルハル、あの距離でS&Wって届かないよね? どうやったの?」

「何って、何時もの弾丸にホローポイント弾をぶつけて飛距離を伸ばしただけだ」

 

 弾速の違う弾丸と、同じ軌道を正確に撃ち抜ける技術があれば難しいことではない。

 2点バーストできる銃があれば簡単だが・・・

 

「で? 今回の本当の狙いって何だよ理子? デ-トだとか事件だからってだけじゃないんだろ?」

「くふ。ハルハルってば変な所で鋭いから話してると楽なんだよぉ!」

「そいつはどうも、それで?」

「ハルハルが武偵殺しに付いて調べてるって聞いたから、ハルハルがどこまで分かってるのかな~て思って!」

「どうせ情報仕入れてきてるんだろ? 俺が分かってるところ話したら情報寄越せよ」

 

 俺は一息つくと今までの俺なりの考察を纏める。

 仰向けに体を向け直すと1つ1つ語りだす。

 

「まず最初に言っとくけど、全部可能性の枠から出て無いから冗談のつもりで聞けよ」

 

 俺は最初に前置きしておく。

 

「まず俺の予想では武偵殺しは単独犯。ただしバックに何らかの組織が付いてる。共通した手口なのに証拠が一切残らないってのは手際が良すぎる。個人としての能力が低いならそのバックの組織が、能力が高いならその組織で学んだ事だと思って良いだろう」

 

 稀にいる天才と呼ばれる人間なら、まず共通した手口は使わないだろうし、共通した物が合ったとしてもまず犯人にしか分からないような事だろう。

 まぁ、共通した事や動機なんて後から聞き出せば良いのだから、まずは犯人を追い詰める事が先決だ。

 

「次に、現在掴まっている武偵殺しは十中八九別人だ。あの刑期に成るまでの罪を犯す人間が、子供と言う致命的足手まといを造ると思えない」

 

 前に考えてた、冤罪を掛けられたと言うのはまず間違いないだろう。

 本人に会えればおそらく合っているかどうかは確実に分かるはずだ。

 

「次、武偵殺しは規則性を持っている。小型、中型、大型の乗り物に爆弾を仕掛けている。小型はバイクやチャリ、中型で普通車のような一般車、大型で飛行機や客船のような船。そしておそらく大型で直接対決を挑み、そこでリセットされてもう1度その規則に沿ってやり直している」

 

 そこで俺は一息つき、少し考えた後に続ける。

 

「この傾向で考えれたのは、段階的に規模を大きくしてるって事だ。だから次狙われると予想したのは通学バス。もしくは車輌科の大型の車だろうってこと位だ」

 

 そこで俺は理子の方に向き、ジト目で理子の顔を見詰める。

 理子はどこか恍惚とした顔でこちらを見ており、すこしドキッとしてしまう。

 俺の周りでは、こう言ったストレートに人の・・・男の興奮を誘うような表情をする奴はいない。

 だから、俺は普段からただの親友で有り、そう言う感情を抱かないようにしてた相手に不覚にも興奮してしまった。

 普段ただの馬鹿なのに、なんでこんな表情するんだよ・・・

 

「で、理子の番だぞ」

 

 そこで現実に引き戻されたのか、何時も以上に興奮したように話し出す。

 

「良いよ()。遙のそう言う荒々しいのに冴えてる推理。理子ゾクゾクしちゃう」

 

 理子はまるで快感をえてるかのように、少し顔が上気し息が荒くなっている。

 何時もより妖艶的すぎる理子が、俺には酷く違和感に感じた。

 なぜ理子がこんなにも興奮するのか、理子は俺に何を見出してるのか俺には全くわからない。

 

「ハルハルもやっぱり探偵科(インケスタ)に来ない? ハルハルなら活躍できると思うよ?」

「そいつはどうも、ありがたいけどお断りさせて貰うよ。で、お前の情報は何なんだ?」

「アハハ・・・ハルハルに教えようと思ってたけど先に辿り着いちゃってた・・・」

 

 理子は今までの雰囲気を一気に吹っ飛ばし、微妙な表情で笑っている。

 まぁ稀にこう言う事も有るだろう。

 俺も今まででこう言う事が有ったのは1度や2度じゃない。

 1度や2度じゃないが・・・

 

(コイツそんな考えれば誰でもわかりそうな事の為に今日一日俺を連れ回したのか・・・)

 

 俺はため息を漏らす。

 これがかったるいと言う奴だ・・・

 俺はジト目で理子を見詰める。

 そして――

 

「ちょ・・・! やめっ! ハルハル許してッ! キャハハハハハッ!」

 

 思い切り理子の脇から脇腹に掛けて擽る。

 

「ムリムリムリ! 死んじゃう死んじゃうからー! アハハハハッ!」

 

 理子が! 泣くまで! 擽るのを止めないぃー! 

 そう言えば擽ったさってのは不快感だって聞いた事が在った様な・・・

 

「らめっ・・・! もうらめぇえぇぇぇー!!」

 

 もう呂律の回らなく成って来た理子だが、俺はまだまだ続ける。

 普段から色々と俺達もやられてるし、無駄について来きた分今日の出費が凄い事になっているし。

 そして何より、なんか理子を一瞬意識してしまったのがなんとなく腹立つし・・・

 

「アハハハハハハッ!! ゴヒュ・・・ヒュー、ヒュー・・・」

 

 理子がついに過呼吸に成りだす。

 いっその事このまま安らかに眠らせてやろうかな? 

 そんな事も考えたが、理子の眼に涙が浮かんでるのが見える。

 目標をクリアしたので擽るのをやめた。

 

 その後、復讐に燃えた理子と擽り合いをし続け、気付けば俺達はこの部屋に宿泊する事に成ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14弾 女の子とホテルでベットインしたってのに何一つとして進展しなかった俺って何なの?

 俺は見覚えの無い部屋のベットの上で目を覚ます。

 痛い頭を押さえつつ昨日のことを思い出す。

 そして――

 

「そう言えばホテルに泊まったんだっけ・・・?」

 

 体を起こし、右手で頭を押さえて右膝に肘を置き、左手をベットに付いて――

 

 ふにっ

 

 何か柔らかい物を掴む。

 

 ふにふにふに

 

 何かやわらかい物を俺は持っていたか? 

 思い出しても思い至らないので、直接見てみる。

 

「・・・・・・」

 

 すると俺の左手は隣に寝ている理子の胸を掴んでいる。

 ああ、そうだった。理子も一緒に泊まったんだったな。

 

 ふにふにふにふにふにふに

 

 取り合えず、理子の胸を揉めるだけ揉んでからヘタレて理子の胸から手を放す。

 アー、これ以上踏み込む度胸が無い。

 

 そんな俺に追い討ちを掛けるような状況なのが俺には理解できない。

 理子はなぜか、服を着ていない。

 一体何があった!? 

 なぜか俺も上半身が裸で、辛うじてズボンが穿いている様な状況だった。

 

「・・・夢だな、もう一回寝れば覚めるかな・・・」

 

 俺は口では現実逃避するが、頭の中は今までにないほどフル回転していた。

 

 なになになになになになになに!?!?!?!? 

 えっ!? どう言う事!? へタレの俺がこんな事できる訳ねーだろ!! 

 何時もの俺がシラフでこんな事できる確率は0.003%も無い。

 シラフじゃなかったとしても0.014%有ればいい方だ。

 つまり基本的に俺がこんな事ができない確率は99.983% 、つまり寮の天井が抜け、上の階の人が俺の腹の上に落ちてきて俺が死ぬくらいの事があればあるかも知れないくらい有り得ない。

 うん、よく分からない!! 

 

 えっ!? なに!? 俺襲われたの!? 

 ありがとうございます!! 

 

 そんな馬鹿な事を考えていたが、頭痛と吐き気が我慢出来なく成りトイレに駆け込む。

 

「うえッ・・・」

 

 俺は我慢しきれず、胃の中の全てを吐き出す。

 ツーンとした異臭が鼻を突くが、頭痛が引いて行きかなり楽に成った。

 それがまた夢じゃないのを嫌なくらい理解できてしまう。

 気分はまだ悪いので、冷蔵庫の水を飲んで気分を落ち着かせよう。

 そう決めてトイレを出ると、理子が起きだしていた。

 ・・・ここは何時もどおりの俺で行こう!! 

 

「おはよう」

 

 理子に軽く朝の挨拶をすると、冷蔵庫から水を取り出して飲む。

 理子の方を少し見ると何故か少し顔が青くなっている。

 それに裸だと思っていたが、どうやら下着は付けていたようだ。

 ちなみに色は上下ともに金色のようだ。

 

「言っとくが何もして無いぞ。と言うか記憶が昨日の途中からほぼ無いんだがなんか知らないか?」

「昨日の途中でハルハルが寝ちゃったから服が皺にならない様に理子が脱がして吊っといたよ」

「あぁそういう・・・良かった・・・」

 

 ここで何かあれば一瞬で御用からの武偵3倍法抵触で豚箱行きだからな・・・

 顔色の悪い理子に水を一本取り出し渡すと、吊られていた自分の服を着て理子の服も取り、理子に手渡す。

 

「とりあえずもう出るぞ、これ以上は俺の財布の中身がちと危ないしな」

 

 と言う訳で、俺達はホテルを後にしたのだった。

 

 

 


 

 

 あの誘拐事件の数日後、俺は強襲科棟の通称『黒い体育館』こと格闘訓練所に訪れていた。

 今日もライカは絶好調で男ども相手に投げ技で圧倒している

 

「今日も元気だねーライカは・・・」

「そうですね、ところでなんで吉野先輩まで見学しているんですか?」

「ハッハッハ! 俺が参加するとそれこライカ以上の無双状態になってしまうからだよあかりくん!」

 

 俺は久し振りに会ったあかりちゃんと一緒に訓練所の隅の方で見学していた。

 

「それに俺の戦闘スタイル的に物にもよるけど、割と見てるだけでその技が使えるように成るから、結構見てるだけでも勉強になるんだよな・・・」

 

 俺は鼻歌を歌いながら周囲を見渡すと、窓の向こうにある校舎の屋上に違和感を感じた。

 携帯を取り出しカメラを起動し拡大すると違和感の理由が分かった。

 金髪の小学生のような見た目の中学生が校舎の屋上から双眼鏡でこちらを覗いている。

 アレを俺は見覚えがある。

 それも結構最近。

 

「あかりちゃんあかりちゃん・・・」

「麒麟ちゃん、聞こえる? ライカはいつも通りだよ」

 

 あかりちゃんはこっちに興味を示さず襟元のマイクに話し掛けている。

 ふむ、後輩にも構って貰えなく成るとは・・・

 泣きそうだ・・・

 

 ライカは一頻り暴れた様で満足げな表情で帰ってくる。

 俺も軽く手を振り向えるが・・・

 

「クソッ! 男女がッ!!」

「なんなんだよアイツ!」

 

 などと言う1年の男子達の言葉に、ライカの表情は少し曇る。

 それに気付いた俺はその男子達を一喝しようとその男子達に近づこうとした、その時――

 

 ガシッ! 

 

 俺はライカに腕を掴まれ止められた。

 俺はなぜ? と思ったがその理由をライカ本人から語った。

 

「良いんです遙先輩。『男女』なのは自覚してます。そんな事を今更言われた所で何ともありません」

 

 といつもより少し落ち込んだ声で話してくる。

 何とも無くないじゃねーか・・・

 まったく、かったるい・・・

 

「お前は男女なんかじゃねーよ。傷ついた人を心配できる。嫌な事を言われて傷つく。そんな普通の事を普通に感じられるのが俺の知っている火野ライカって女だよ」

 

 俺は少し落ち込んだライカの頭を撫でながら言ってやる。

 ライカは少し俯いてその目には涙が滲んでいるが、その顔は仄かに赤くなっている。

 

「あんまり溜め込み過ぎるなよライカ。愚痴くらいなら常識的な時間内なら何時でも聞いてやるからよ」

 

 俺はライカの頭から手を離しあかりちゃんと合流したのだった。

 

 

 


 

 

 ~side 間宮あかり~

 

 専門科目の授業も終わり、用事があると言う吉野先輩と分かれライカと廊下を歩いていた。

 

「ちょろいヤツラばかりだったな」

 

 男子をちぎっては投げ、ちぎっては投げしたライカは気分爽快と言ったムードだ。

 吉野先輩と別れる寸前に言われた「ライカの事、もう少し気に掛けて挙げた方が良いよ」という言葉があたしには理解できなかった。

 

「ライカが強いんだよ」

 

 友だちが活躍をしたのだから、あたしも素直に鼻が高い。

 だが、ただ喜んでばかりもいられない。

 あたしもちゃんと麒麟ちゃんからの依頼に貢献しないと。

 

(ライカと麒麟ちゃんが仲良くできそうなきっかけが、うまく見つかるといいけど・・・)

 

 ライカをチラッと見つつ、考えて廊下を歩いていると――

 

「・・・火野ライカぁ? あんな男女は最下位だッ!」

 

 近くの教室の中から、強襲科の男子達の声が聞こえてくる。

 何やらライカの話をしているようで、あたしとライカは聞くとはなしに話を聞いてしまう。

 

「顔だけは美人だけどな、ありゃ男だぜ」

「かわいくねぇんだ。背だって170近くあるだろ」

 

 ・・・どうやら、女子としてのライカを評価しているようだ。

 それもかなり辛口採点の様である。

 教室と廊下を隔てるま殿からこっそり教室を覗くと、男子達は女子のランク付けをしているらしく、採点基準は可愛い可愛くないという基準のようだ。

 5人ぐらいの男子達は机を囲みノートを広げており、その面子の中には先ほどライカにコテンパンにされた男子もいるようだ。

 見ればノートには女子の名前がズラリと書かれており、失礼な事に◎○△×の4段階で評価されている。

 

 そのタイトルは『可愛さランキング』――

 見たところ、『間宮あかり(強襲科)』は『△~○? ←チビすぎ』。『佐々木志乃(探偵科)』は『◎』などになっている。

 

 納得いかない・・・

 

 と思うが、評価としては妥当なとこだろう。

 他にも、鑑識科や車輌科、諜報科や救護科などの女子達が勝手に品定めされる中――

 

「――じゃあ、最下位はライカで決まりな!」

 

 男子の1人が『火野ライカ(強襲科)』の文字の上に大きな×を付ける。

 可愛さランキング、最下位。

 ライカは影で、そう評されていたのだ。

 男子達の妬みや嫉みもあるのだろうが、実際男子達はライカに女子としての愛嬌をまったく感じていないようすで爆笑している。

 そのバカ騒ぎは、廊下のあたしとライカに筒抜けだった。

 

(武偵校の男子達は、デリカシーがなさすぎる!)

 

 怒るあたしはライカが教室に殴り込むなら加勢するつもりでいたが――

 

「・・・フン」

 

 ライカは鼻を鳴らしただけで、クールに近くの女子トイレへ入っていく。

 どうやらくだらない陰口には取り合わないつもりらしい。

 それでもあたしはその男子を睨んでやろうと見たとき――

 

「おいお前等。風魔のヤツ見なかったか?」

「吉野先輩!?」

 

 そこには何故か、先ほどまでいなかった吉野先輩がいた。

 

 えっ!? なんでここにいるの!? 

 吉野先輩は反応する男子の後ろにあるノートに目を付けると、何故か笑いだす。

 

「ハハハ! 懐かしい事やってるなお前等。俺達が1年のころも似たような事やった覚えがあるよ! 俺達の時は可愛い所を見つけて点数を加算していくシステムだったけど・・・」

 

 吉野先輩は軽くノートに目を通すと、少し笑みを浮かべる。

 どうやら誰かの評価見て笑っているようだけど・・・

 

「ライカが最下位か・・・お前等分かってないなー、あの手の子の可愛さって言うのが!」

「可愛いッスか? あんな背の高い男女が」

 

 あたしもライカの良いところは思いつくが、可愛いところなんて思いつかない。

 あたしよりもライカとの付き合いが短い吉野先輩に、ライカの可愛いところが見えているのと言うのだろうか? 

 

「必要以上に男らしい女って言うのは、自分じゃ分かってないだろうけど人より性別を意識をしているもんだ。だから偶に出る女の子らしい仕草とか表情もそうだけど、それに気付いて後から恥ずかしがるところなんて可愛いだろ?」

「そう言われて見れば・・・」

「ぱっと見の性格やしゃべり方が男っぽくてガサツそうだけど、根は素直で努力家なところとか、人の事を考えて人を心配できる辺りとか優しくて凄い可愛いじゃん」

「た、たしかに・・・」

「それにあんな子って意外と乙女趣味だったりするからギャップがあって最高に可愛い」

「あぁ~・・・」

 

 確かにそう言われたら、ライカって意外と可愛いところって多いのかもしれない。

 吉野先輩ってもしかして普段から人のそう言うところを見ているのかな? 

 

「なっ? 意外と可愛いだろあの子。お前等も人の悪いところばっか見えないで良いところ・・・」

 

 そこで吉野先輩の言葉が止まり、表情が少しずつなくなっていく。

 なにがったのだろうと吉野先輩の視線の先を見るとノートがあり、それを読んで見るとそこには・・・

 

『吉野遙(強襲科(アサルト))』『◎←もはや女』

 ・・・・・・

 

「誰が女じゃゴルァ!!」

 

 ダダダダダダン!! 

 ガキンガキン!! 

 

 吉野先輩は圧倒的速度で右胸のホルスターからS&Wを抜き、全弾を撃ちまくる。

 一瞬で撃たれた男子達は倒れ、撃鉄が固定式弾倉を撃つ音が響き渡る。

 そして――

 

「あんま調子乗ってっとはっ倒すぞコラッ!!」

 

 遙先輩は倒れている男子達に叫ぶと、無理矢理ノートを破いてゴミ箱に捨てて教室を出る。

 その際吉野先輩は口に手を当てて何かしていたようだが、あたしには何をしているのか分からなかった。

 確かに吉野先輩に関しては顔も良いし、性格も悪くないし、身長も可愛いと思われる範囲で小さいから、可愛いか可愛くないかで言うと絶対に可愛いと思う。

 

「あかりちゃんも食らいたいなら食らわせてあげようか?」

「ヒッ・・・!」

 

 よっ、吉野先輩にばれてたの!? 

 吉野先輩の穏やかな笑顔が今までに無いほどに禍々しい物に見える。

 

「そこまで怯えなくても・・・別にバカにしないなら怒らねーよ・・・」

 

 そう言ってあたしの頭を優しくなでる吉野先輩にひとまず安心する。

 

「ただ、そろそろライカを追いかけた方がいいんじゃないか? さすがにあそこまで追いかける度胸のある男子は俺含めそうそういないからな・・・」

「あっ!」

 

 そうだった! 今はライカを追いかけないと! 

 吉野先輩の登場で忘れかけていたが、最優先はライカと麒麟ちゃんの仲を取り持つ事だと再確認する。

 

「追い掛けるんならコイツも持っていきな、自分じゃどうしようもないと思ったら再生させて置いて来たら良いから」

 

 吉野先輩はそう言ってあたしにボイスレコーダーを手渡す。

 この中に一体何が入っているのだろう? 

 

「一応言っておくけど、ライカ以外が聞くのはお勧めしないから再生したら放置して帰るんだよ? もしアレならイヤホンも渡しておこうか?」

「他の生徒も来るかもしれませんし・・・」

「だな・・・」

 

 吉野先輩はポケットから未開封のイヤホンを取り出し、そのままあたしに手渡す。

 そしてまじめな顔をし・・・

 

「親友が何を思って何を感じているか、それを君は知るべきだ。その点に俺は手を貸さないけどそれが君にとって成長の糧になる事を俺は祈るよ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 あたしは吉野先輩に1度お辞儀するとライカのいる女子トイレに急いだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15弾 ついに来たぜ! あーきはーばらー! 後輩いたから尾行しよう!!

 2分前

 ~side 火野ライカ~

 

 アタシは男子達の話を聞いて、あかりをおいて女子トイレの個室に逃げ込んだ。

 確かにアタシは男っぽいだろう。

 アタシも自覚しているし納得もしている。

 だけど・・・

 

「っ・・・!」

 

 自然と涙がこぼれる。

 情けない。

 こんな惨めな場所に逃げ込んで、一人で泣いている自分がどうしようもなく嫌になる。

 それでもアタシだって女の子だ。

 噂をされれば気になるし、嫌な事を言われれば傷付く。

 

「ライカ」

 

 アタシを追い掛けてきたのか、あかりに声を掛けられる。

 その優しさが本当に嬉しい。

 けど、こんな所をあかりに見せたくない。

 だから・・・

 

「先行ってていいぞー、あかり」

 

 アタシはいつも通りにその言葉をひねり出す。

 丁度他の女子も入ってきたのか少し女子トイレ全体が騒がしくなる。

 

「・・・先行ってるね」

 

 あかりはこの場を離れようとする。

 アタシは気が抜けたのか押し殺してた泣き声が漏れてしまう。

 本当に自分が情けなくて嫌になる。

 

「ぐすっ・・・」

 

 流れてくる涙を制服の袖で拭う。

 その時、ドアの下の隙間から何かを投げ入れられる。

 アタシはそれを拾い上げて見てみる。

 

(ボイスレコーダー・・・?)

 

 使われた形跡がないイヤホンが巻かれたボイスレコーダーを見詰める。

 ほぼ間違いなくあかりがこれを投げ入れたのだろう。

 つまりこれはアタシに聞けって事だろう。

 イヤホンを耳に装着し再生ボタンを押す。

 

『ライカが最下位か・・・お前等分かってないなー、あの手の子の可愛さって言うのが!』

『可愛いッスか? あんな背の高い男女が』

 

 遙先輩と先ほどの男子達の会話が聞こえてくる。

 どうやら遙先輩がアタシを褒めようとして、男子達がそれを否定しようとしているような状況のようだが・・・

 

『必要以上に男らしい女って言うのは、自分じゃ分かってないだろうけど人より性別を意識をしているもんだ。だから偶に出る女の子らしい仕草とか表情もそうだけど、それに気付いて後から恥ずかしがるところなんて可愛いだろ?』

『そう言われて見れば・・・』

『ぱっと見の性格やしゃべり方が男っぽくてガサツそうだけど、根は素直で努力家なところとか、人の事を考えて人を心配できる辺りとか優しくて凄い可愛いじゃん』

『た、たしかに・・・』

『それにあんな子って意外と乙女趣味だったりするからギャップがあって最高に可愛い』

『あぁ~・・・』

 

 遙先輩の声で、アタシをほめる様な言葉が次から次に出てくる。

 それに対して男子達も意外と納得しているようだ。

 聞いているだけで顔が熱くなってくるくらい恥ずかしい・・・

 

『なっ? 意外と可愛いだろあの子。お前等も人の悪いところばっか見えないで良いところ・・・』

 

 遙先輩の声はそこまで言って途切れだす。

 いったい何があったんだろう・・・

 そう思ったとき――

 

『誰が女じゃゴルァ!!』

 

 ダダダダダダン!! 

 ガキンガキン!! 

 

『あんま調子乗ってっとはっ倒すぞコラッ!!』

 

 遙先輩の怒鳴り声と銃の発砲音、撃鉄が固定式弾倉を撃つ音が聞こえる。

 あいつ等、遙先輩も可愛さランキングに入れてたんだ・・・

 乱暴にノートを破きゴミ箱に捨てる音が聞こえたその時――

 

『だから言ったろ? お前は可愛い女の子だって、だからそんな所で泣いてないでもっと自信を持てよ』

「――っ!」

 

 アタシは驚いた。

 遙先輩は、アタシが男子達に馬鹿にされて落ち込む事も、落ち込んでここに逃げ込み泣いているのも知っているかのように語る。

 多分普通の人間ならこんなに自分の事を把握されていれば驚くだろうし、怖がったりするのだろうがアタシは違った。

 

 嬉しい・・・ッ!! 

 

 遙先輩がアタシの事をこんなに理解していてくれたのかと思うと、無性に嬉しくなる。

 確かに男子達にバカにされて傷付いたのに、今は、今だけなのかもしれないが嬉しくて傷付いた事も気にしないでいられる。

 もしまた似たような事があったとしても、これがあればアタシはまたやっていける。

 それを確信してアタシは個室を出たのだった。

 

 

 


 

 

 ~side 吉野遙~

 

 翌日、俺は前々から予定に入れていた取引のために秋葉原に来ていた。

 とあるビルの屋上で、俺の目の前に黒服のおっさんが立っていた。

 

「これが今回の分だ」

 

 黒服のおっさんは黒いガジェットケースを手渡してくる。

 俺はそれを受け取ると中身を開いて軽く見てみる。

 入っているのはリボルバーのスピードローダーと、試作品の武偵弾だ。

 

 武偵弾とは、本来プロの武偵に渡される特殊な弾薬で、1発数百万はくだらない代物だ。

 今回俺が受け取る武偵弾は、装備科(アムド)でAランクの幼馴染から届けられた物で、試作品ゆえに格安で仕入れる事ができ、定期的にレポートを提出すれば俺に適した武偵弾が届けられるという仕組みだ。

 今回の届けられた武偵弾は、6発3セットが4種類と、今まで使った中で相性が良かった武偵弾が6発4セットの3種類だ。

 

「確かに受け取りました。今回の報酬です」

 

 俺はガジェットケースをショルダーバックに収めると、茶色の封筒を手渡した。

 中身に25万ほど入っており、黒服のおっさんはその中身を軽く確認する。

 

「確かに受け取った。今回の武偵弾の取扱説明書はガジェットケースポケットの中だ」

「了解です。また次ぎよろしくお願いします」

 

 俺は軽く挨拶をすると、屋上を後にした。

 

 

 

 

 

 久し振りに秋葉原に来たので少しテンションを上げながら街中を練り歩く。

 好きなアニメのグッズもたまにはあるが、基本的に時期もズレているので減っていき少し寂しさを感じる。

 とりあえず喫茶店にでも入って計画を立てようかと考えていると・・・

 

「ライカ・・・?」

 

 黒いデニムのジャケットと、ショートパンツ、それにサングラスとハンチング帽と言う格好の髪をほどいた人影が見える。

 似ているだけで別人かとも思ったが、近くに制服姿のあかりちゃんと島麒麟がいたから間違いないだろう。

 そこで新たな疑問が生まれる。

 

「何やってんだあの子達は?」

 

 どうやらあかりちゃん達はライカを尾行しているようだが、ライカはそれに気付いていない。

 あんなに分かりやすいのに・・・

 

 面白そうなので俺も彼女達を尾行する事にした。

 近くで理子を見つけるも、尾行の邪魔になりそうだからスルーし、そのまま彼女達が入って行く建物まで追いかける。

 着いたのはラジオ会館。

 家電、実銃、モデルガン、PCゲーム、美少女フィギュアと秋葉原を象徴するような場所だ。

 

「こんな所にライカがねぇ・・・」

 

 俺が知る限りライカに嵌りそうな物はないが、意外と俺達みたいなアニオタだったりするのか? 

 俺はまだ見ぬ新たな同志が誕生するのかと期待を膨らませながらラジオ会館に入ったのだった。

 

 

 


 

 

 ~side 間宮あかり~

 

 あたしは、麒麟ちゃんと一緒にライカのプライベートを調査するために、休日にライカを尾行していた。

 ライカは少しボーイッシュな格好で秋葉原のラジオ会館に入って行く。

 それにあたし達も気付かれないようについていく。

 階段を上がり、ライカが向かったのは6階だった。

 

(ボークス?)

 

 ライカが向かったのはボークスと言う模型造形メーカーの会社だ。

 その店は、いわゆる女児の玩具向けではなく、いわゆる『大きなお友達』向けのドールが置かれており、顔の造詣も美少女アニメのようで、プロポーションもアニメ体系である。

 正直ライカに縁の無さそうな場所だと思うけど、ライカは少し活き活きしているようにも見える。

 

 吉野先輩が、ライカは意外と乙女趣味だったりするかもと言っていたが本当に当たっているとは・・・

 

 ライカは若い店員さんと話した後、店員さんの持ってきた人形にこれでもかと言うくらいにデレデレ顔に成り、幸せそうに人形を抱き締める。

 幸せそうに人形遊びをするライカは、普段の男勝りで銃、ナイフ、近接格闘と何でもこなす戦闘少女の火野ライカとはギャップが凄すぎて驚きが隠せない。

 どうやら、ライカは普段からここに来てこの様にストレスを解消しているのだろう。

 店員さんとのやり取りからしても2度や3度ではなく、しょっちゅう来ているのだろう。

 

「・・・い、意外すぎるストレス発散方法だね・・・でも、趣味は人それぞれだし、問題ないんじゃない?」

 

 あたしは隣の、険しいかをでライカを見ている麒麟ちゃんに小声で語りかける。

 ――すると

 

「いいえ」

 

 あたしは問題がない思うが、麒麟ちゃんはハッキリ否定する。

 

「あれは『()()()()』・・・それも重症ですわ」

「少女返り?」

「――武偵高では、女子でも男勝りの活躍が求められますの。しかしそれは不自然な事。ストレスが溜まるのです。そこで心のバランスを取るため、自分には無いものを求め――ああいう少女趣味に走るッ!」

 

 麒麟ちゃんは、グッと拳を握り力説する。

 

「そ、そういうもの・・・?」

「ええ、武偵高の女子によくある事ですわ」

 

 思い出してみると、たまに強襲科(アサルト)のロッカールームでクラスメートや先輩の女子がそんな事を話していたような気がする。

 射撃訓練所じゃ泣くお花畑に行きたいだとか、プロテインじゃなくてケーキが食べたいだとか、そんな話題が多かったような気がするが、そう言う事だったのだろう。

 しかし――

 

(・・・ライカ、幸せそう)

 

 まるで天国にいるかのような顔でドール遊びをするライカを見ていると、こちらまで幸せな気分に成ってくる。

 だから、そっとしておいた方がいいのではないかと思うが・・・

 

「――先日は、王子が姫を掬った。次は、姫が王子を救う番ですのよ!」

 

 誘拐された時のことを言っているのだろうか、麒麟ちゃん決意を呟き、身だしなみを軽く整える。

 その時、どこかで感じたような馴染みのある感覚があたし達の隣を横切った。

 

 

 


 

 ~side 火野ライカ~

 

 アタシはつくつぐ、こうやってドールを見てると思う。

 人間って自分には無いものを求める物なんだな・・・

 アタシがドールと戯れていると――

 

「へぇ~、ライカってこう言う趣味だったのか・・・」

 

 不意に後ろから聞き慣れた声が聞こえ振り向く。

 

「はっ、遙先輩ッ!?」

 

 そこには、いつもの武偵高の制服とは違い、茶色のロンTに、黒のチョッキとジーンズのズボンを穿いて、黒いショルダバックを掛けた黒髪のポニーテールの先輩。

 吉野遙先輩がそこにいた。

 

「よっ! ライカはファンシーなイメージはあったけど予想を超えたな~」

「や、やっぱり変ですよね?」

 

 アタシは遙先輩に普段から思っていた事を聞いてみる。 

 アタシみたいな男女にこんなのは似合わないのは分かってはいるが聞かずにはいられない。

 遙先輩は少し困ったような笑みを浮べ、アタシの頭に手を置く。

 

「趣味なんて大抵変な物だろ、人に話せない趣味を持ってる奴だってこの世にごまんといるし、それにライカの趣味は人様に迷惑掛けてないんだし、可愛いからいいんじゃないか?」

 

 遙先輩は恥ずかしげも無く平然と言いきる。

 やっぱり遙先輩はアタシが求める以上の言葉をくれる。

 遙先輩はやっぱりアタシを理解してくれている。

 やっぱりアタシは・・・

 

「良かったら妹に送るドールを見繕ってくれないか? 俺の趣味じゃドールと言うよりただのフィギュアになっちまうからさ・・・」

「いいですけど予算大丈夫ですか? ドールって結構高いですよ」

「そこの所は腐ってもSランクですから気にしなくてもいいよ、そんな事よりライカはあっちを気にした方が良いんじゃないか?」

 

 吉野先輩は困ったような笑みを崩さず先輩の後ろを親指で指差す。

 そこには最近良く見る人物が立っていた。

 

 

 


 

 

 ~side 吉野遙~

 

 ライカは彼女を尾行していた島麒麟を見た瞬間フリーズした。

 そして数秒後――

 

「――うぉあぇ!?」

 

 驚いて倒れるライカを受け止め支えるも、ライカの手からドールが放り投げられる。

 

「き・・・麒麟ッ!?」

「・・・っとぉ!」

 

 ライカは彼女の方を、ビシッと指差し驚きの声を上げる

 島麒麟の隣からあかりちゃんが出てきてドールを受け止める。

 危ねー!! 物によっては十万とか普通にある代物だぞ!? 

 

「あかりもッ!? なななな、なんでお前らが・・・」

 

 本当に気付いていなかったのか、ライカ・・・

 ライカは真っ赤に成って動揺している。

 

「あ、いや、その、いいと思う! こういうの! ライカかわいいよライカ!」

 

 あかりちゃんはライカに必死にフォローを入れる。

 キンジはもし俺がこう言う状況ならフォロー入れてくれるかな・・・

 だめだ・・・ドン引きした目で少し優しくなるくらいしか想像できない・・・

 

「あかり・・・っ」

「こ、この子もすごくかわいいと思うよ」

 

 少し頬を引きつらせながらもライカの趣味を肯定するあかりちゃん。

 俺にこんな状況があったとして、理子ならまず間違いなく変態だと言いいながらネタにするんだろうな・・・

 

「て言うか、いくら注意散漫でもこれくらいの尾行は気づけるようにしといた方が良いぞライカ」

「び、尾行!?」 

「――武偵が監視に気づかないのは、自分の落ち度ですわよ」

 

 ホホホと笑いながらライカを煽る島麒麟。

 確かにその理屈は武偵としては真理だ。

 だが、それが道徳的かと言うと・・・

 

「てめェ・・・!」

 

 やはりライカは怒り心頭の様で明らかな殺気を放って自力で立つ。

 始めて感じたのであろう殺気に怯える店員さんを、俺の背後に隠すように移動する。

 

 武偵の偵は探偵の偵

 人の秘密を暴くからには人に秘密を暴かれたとしても何も言えない。

 だが、武偵の武は武力の武

 武力を扱う物として人の秘密を暴きその報復として武力で訴えかけられても文句は言えない。

 つまり、偵で攻められれば武で反撃してもいいと言う事だ。

 

(わたくし)、はじめからお姉さまの秘めた欲求には、感付いてましたのよ。――要するに、私に対する態度はツンデレのツン」

 

 殺気を向けられている島麒麟はそれでも余裕を保った笑みを浮べている。

 その笑みは背後に並ぶドール達のようにあいらしく、その姿はまるでドールの世界から具現化したようなその姿、とても可愛らしく現実味を薄れさせていく。

 

「――言いふらしたら、殺す」

 

 言葉数少なくライカは脅しを返す。

 だが、やはりライカより島麒麟の方が一枚上手のようで、余裕を崩さず笑みを浮かべる。

 

「秘匿しますわ、その代わり・・・戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)して下さいますわよね?」

 

 なるほど、そう言う事か・・・

 島麒麟はライカの戦姉妹(アミカ)に成りたいが、ライカは島麒麟のビジュアルが自分の趣味に填まりすぎて恥ずかしいから遠ざけたいと・・・

 

「・・・そうきやがったか」

 

 ここでライカに絶対勝てる内容にすればこの状況は脱せるだろうが、その場合回りは納得せず大人気のない奴に成ってしまう。

 だから、今後の事を考えると相手にも勝てる可能性を残してある内容を提示するのがベターだが・・・

 

「――見たところ、お姉様は防弾制服ではいらっしゃらないご様子。徒手格闘(CQC)ではいかが?」

 

 島麒麟から思いがけない提案が出る。

 近接格闘(CQC)はライカに独壇場。少なくとも現在の東京武偵高の1年の強襲科(アサルト)でライカに勝てる奴はいないだろう。

 だが、敢えてその条件を提示してくると言う事は、それだけ近接格闘(CQC)に自信があると言う事か。

 それとも、自分のフィールドではなく相手のフィールドで勝って自分を認めさせようと言うのか? 

 もしくは、在るのか? 相手のフィールドでも勝てる策って奴が・・・

 

中坊(インターン)がナメやがって・・・」

 

 あぁ・・・こりゃ駄目だ。完全に相手のフィールドに誘き寄せられている。

 近接格闘(CQC)と言うから純粋な武の勝負だと思ったが、これは知の勝負だ。

 あきらかに、このままライカが戦えば確実に、島麒麟の策に引っ掛かりライカが負ける。

 

「屋上だ、来い」

 

 ライカは店の出口へ体を向ける。

 

 セーブしますか? 

 

 ▷ はい

▷あ  いいえ

 

 データの要領がありません

 データを消去してください

 ゲームオーバー・・・

 

 駄目だこりゃ!! 

 

「あかり、遙先輩、立ち会いお願いします」

 

 殺気のこもった目で半分振り向きそう言う。

 そんなライカを始めて見たのであろう、怯える店員さんにドールを返すあかりちゃん。

 

「う、うん」

「了解だ」

 

 俺もあかりちゃんも一応武偵だ。このような場面でも逃げ出すような事はしない。

 そして――俺達は屋上に向けて階段を上るのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16弾 始まりました!! 火野ライカVS島麒麟の戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)!! 今日も俺は空気だぜ!!

 現場は変わって秋葉原ラジオ会館の屋上。

 今宵始まるのは2人の武偵による、知と武の両方が試される一騎打ち! 

 

 向って左側! 東京武偵高校1年生にして武偵ランクBの猛者! 1年の間では男女共に彼女に勝てる者はいないとまで噂されその評判は他学年まで聞こえているぞ! 強襲科(アサルト)所属、火野ライカァァァーー!!! 

 

 向って右側! 東京武偵高校中等部3年にして武偵ランクC!! ランクでは負けているがそれだけに留まらないのは中等部(インターン)で高校に出入りできている現状が物語っている!! 今日はどんな戦いを見せてくれるか! 特殊捜査研究科(CVR)所属の期待のルーキー!! 島麒麟ゥゥゥーー!!! 

 

 尚、今回の実況及び視界進行は吉野遙がお送りさせて頂きます。

 今回の審判は強襲科(アサルト)のおちこぼれと言われながらも、武偵ランクSの戦姉(アミカ)を持ち最近メキメキと実力を付けてきた間宮あかりィィィー!!! 今日も見せてくれるか公平なジャッジィィーー!!! 

 

「じゃあ――時間無制限、武偵柔術ルールで。投極打、全部アリ。銃・ナイフ以外の道具使用は許可。ギブアップするか、背中が地面についた方が負けだよ」

 

 審判による今回の試合のルールが発表される!! 

 だがこの場には使えそうな物は無い!! つまり何も持っていないなら実質的に素手(ステゴロ)決闘(タイマン)だ!! 

 

「アタシが勝ったら、二度と近づくな」

 

 火野!! 左手の平に右拳をぶつける!! その目には並々ならぬ闘志が宿っているっ!! 

 

「今日戦う事は予定済みでしたのよ」

 

 両者共に睨みあう!! この圧だけで見ているこちらが潰されてしまいそうだ!! 

 そして! 先に構えたのは島だァァァーー!! 足を前後に開き体勢を落とてし左手の平を突き出し、右脇にキリンのヌイグルミを湧きに抱え構える!! この構えはァァァー!? 

 

「――中国武術(クンフー)か」

 

 島が頷き認めた!! 火野! 構えだけで島の武術を見抜いた!! やはり武術においては火野の方が上手かァァー!? 

 

「前の戦姉(アミカ)から教わりましたの。防御だけですけど」

 

 島!! 構えは立派だが対格差がありすぎる!! やはりこと体術、近接戦闘において火野の方が勝っているという事なのだろうかッ!? 

 この圧倒的不利な状況!! 島にこの状況を乗り越える策があるのだろうかッ!? 

 

「・・・いいんだぜ、銃とナイフ以外なら何使ってもよォ!」

 

 火野の挑発!! それと同時に先に動いたのは火野だッ!! 

 一気に距離を詰め、肉体の捻りを最大限生かした強烈な右足による中段蹴りだァァァーー!! 

 それを島は左足の膝を持ち上げ火野の鋭い蹴りを受けきるッ!! 

 

(・・・うっ!)

 

 どうした火野!? 蹴りを繰り出した後火野が固まってしまったァァァーー!? 一体何があったんだ火野ォォォーー!? 

 何かに動揺したように見えるが一体何に動揺しているんだァァー!? 

 

「これ、私なりに備えをしてきましたの」

 

 おっと島!! スカートの端を摘み軽く持ち上げる!! これは駄目だ!! 男子高校生の目には毒だァァァーー!! 

 火野はファンシーな物を好んでいる!! 火野はこのスカートのチラリズムにやられたのかァァァーー!? 

 

「お好きなんでしょう? こういうの」

 

 島!! その顔には妖艶と言って良いのだろうその表情が浮かんでいる!! そしてその表情にだろうか火野!! 僅かにだがたじろいでいるッ!! 

 そして私の隣では審判の間宮がその大胆な行動に赤面し顔を背けてしまっているッ!! これで成り立つのだろうか審判ッ!! 

 やはりこれは同性である火野にも恥ずかしい物があのだろうかッ!? 正直私はもう少し成長してからして欲しい思ってしまっているッ!! 

 

「す、すきっ、すきっ・・・」

 

 これはッ!? でるのかッ!? 誰も聞いた事無い火野の本音が出てしまうのかッ!? 

 

「・・・隙だらけだお前はァ!」

 

 堪えたァァァーー!! 火野堪えきったァァァーー!! 

 そしてそれを誤魔化すかのように火野は島の右腕を掴み背負い投げる!! 一本背負いだァァァーー!! 

 だが体重移動(崩し)が甘い!! これでは確実性が無い!! 火野焦りすぎたァァァーー!! 

 そして完全に投げられる前に島が動いた!! 

 

「いきなさい! ジョナサン3号!」

 

 島!! 右脇に挟んでいたヌイグルミを投げる!! おっと、四足で直立するように落ちたヌイグルミから鈍い音が聞こえた!! 鉛でも仕込まれていたのかァァァーー!! 

 さらに、火野に掴まれた腕を支点に回転ッ!! 普通なら自分の腕を折るような自殺行為だが、火野は今回の勝負に相手の腕を折るような覚悟はしていなかったのか自分から島の腕を離していしまうゥゥゥーー!! 

 そして島!! 今まさにヌイグルミの上に着地しましたッ!! 

 

「キリンは背高のっぽですの、お姉さま」

 

 ヌイグルミの上に立った島の身長は火野身長とほぼ埋ったァァァーー!! これで体格的有利は無いとでも言うのだろうかッ!? それとも別にこの状況でできる事でもあるのでしょうかッ!? 

 

 振り返る島!! その顔はなんと笑顔だァァァーー!! これでもかと言うような笑顔!! 落ち込んでるときに見せられたら確実に惚れてしまうだろう可憐な笑顔だァァァーー!! 

 そんな笑顔に目線まで同じになった火野は、固まってしまうゥゥゥーー!! これは仕方ない!! 反則級の笑顔に身も心も釘付けェェェー!! 誰も勝てないこの笑顔ッ!! 

 

「・・・!」

 

 完全にフリーズして締まった火野に島の追い討ちの・・・

 

 ・・・ちゅっ・・・♡

 

 キスだァァァーー!! 頬にキスだァァァーー!! 子供の頃からの憧れの頬キスだァァァーー!! 

 これは刺激が強すぎる!! 審判のツインテールが逆立つほどに刺激が強いッ!! 私にヒステリアモードが無くてよかったと思えるほどに刺激が強いッ!! 

 そしてこれを好機と見た島!! 右足を火野の左足内側から引っかけ刈る!! そしてそのまま押し倒される!! 

 どうした火野!? この投げ技を返すのが得意だったはず!! あっと駄目だ!! 火野は表情はもうすでに緩みきっている!! これでは得意の投げ技返しどころではない!! そのまま地面に・・・

 

「――え?」

 

 落ちたァァァーー!! 火野の背中が地面についている!! これは言い逃れはできない!! 後は審判しだいッ!! どのようなジャッジになる審判ッ!! 

 

「・・・はっ!?」

 

 火野正気に戻ったァァァーー!! だがもう遅い!! ここから先は何もできない!! そして今、公平なジャッジが行われるゥゥゥーー!! 

 

「えっ・・・えっと、一本・・・!」

 

 ついに勝者が決まったッ!! 勝者は島麒麟だァァァーー!! 勝者である島麒麟には優勝賞品である戦姉妹(アミカ)が進呈されます!! 今のお気持ちを聞いて見たいところですが今はそれどころでは無いようです!! 今週も終了のお時間がやってまいりました戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)。実況は吉野遙でした、また次回お会いしましょうキャットファイト。

 

 

 


 

 

 あの後俺達はラジオ会館を出て近くのファミレスに入った。

 4人掛けのボックスに俺の正面ライカにひっつく島麒麟、そして俺の隣にはあかりちゃんが座っている。

 

(や、やっちゃたよ・・・)

 

 ライカはいまだに負けた事を受け止めきれて無い様だ。

 俺も2人の決闘の時に変なテンションになった実況を付けた事実を受け止め切れてない。

 なんであんなにテンション上がったんだ・・・

 

戦姉妹(アミカ)戦姉妹(アミカ)ですの~♡」

 

 島麒麟改め麒麟ちゃんもかなりご機嫌なようで、その表情が嫌でもライカに巻けた事を再確認させるようで微妙な表情をしている。

 麒麟ちゃんは幸せの絶頂といった表情で、運ばれてきたパフェも気にせずライカの腕に頬ずりしている。

 その様子をあかりちゃんはホッとした表情で2人を眺めていた

 

「それにしても、初めて見ちゃったよ。ライカが徒手格闘(CQC)で負けるの」

 

 あかりちゃんのトロピカルアイスティーを飲みつつ放つ言葉にライカは・・・

 

「・・・」

 

 視線を逸らし、何も応えずアイスティーを飲む。

 だが、あかりちゃんによるライカへの精神攻撃は終らない。

 

「でも、倒された時、()()()()()()だったぞー?」

 

 確かに、ライカの投げ技返しは基本的に防御主体で攻撃技よりも反復練習が必要な技だ。

 つまり反射的に出てしまうほ使い込んでこそ特技と呼べる物であり、その反射は意識的かどうかは関係なく特定の条件が揃うと勝手に出てしまう物であり、それほどに()()()()()()事は難しい。

 なのにライカは返し技を出さなかった。

 

「・・・よく気づいたな、あかり・・・」

 

 赤くなってソッポを向くライカ。

 やっぱり可愛いなコイツ・・・

 

「へへへっ、まあねー、友だちだもん」

「ど、どういうことですの?」

 

 あかりちゃんには伝わったのだろう、ライカ敗北の真意――

 勝利に浮かれて麒麟ちゃんは気付けていないかったのか、困惑した顔になっている。ライカの心情が理解できないのは麒麟ちゃんにとってガマンできないらしい。

 

「最後の麒麟ちゃんの足技。あれを空かして投げに入るのがライカの得意技なの。でもライカはそれをやらなかったの。()()()()」 

 

 そこまで説明する必要ないだろあかりちゃんよ・・・

 ライカもそこを紐解かれると思ってなかったのか恥ずかしさで赤くなっている。

 凄い可哀想だなライカ・・・

 

「じゃあ、お姉様はわざと負けた・・・? 私、実力で勝ったと思ってましたのに・・・どうして・・・?」

 

 確かに一本背負いの時に1度麒麟ちゃんの色香に惑わされてはいたが、それでも2回目の麒麟ちゃんの投げ技の時には対処できたはずだ。

 つまり、ライカは麒麟ちゃんにわざと負けて勝ちを譲ったのだ。

 明確にではなかったのかもしれないが、譲ろうと言う意思があったのだろう。そしてその意思が勝敗結果として明確に現れてしまった。

 だが、それがなぜだか分からないのか麒麟ちゃんは涙ぐんでいる。

 あかりちゃんはライカにアイコンタクトで『ほら、言ってあげなよ』と言っている。

 この子、稀にドSに成る時があるな・・・

 

「い・・・『いい』と思ったんだよ! あの時」

 

 ライカはソッポを向きつつ、それでも麒麟ちゃんにそう教えてやる。

 

「お前を戦妹(アミカ)にしてやってもいいかっ・・・て。だから、しょぼくれんな」

 

 ライカのその言葉は横目だったけど、ちゃんと麒麟ちゃんの目を見て言った。

 

 それで良いライカ・・・俺はお前みたいな人間の先輩でいられる事を誇りに思うぜ・・・

 

 ライカはどうすればいいのか分からなくなったのか、赤くなりつつもキョトンとする麒麟ちゃんの頭を撫でてやる。

 そこで、あかりちゃんはライカに助け舟をだす。

 

「ライカにそう思わせたのは、麒麟ちゃんだよ。すごく頑張り屋さんだし、かわいいし」

「間宮さま・・・!」

 

 その言葉に、麒麟ちゃんの目はキラキラと輝いている

 ナイスフォローあかりちゃん! 

 

「麒麟ちゃん。ライカをよろしくね」

「はいですの!」

 

 最近の戦姉妹(アミカ)は進んでるな・・・俺等の時はただの師弟関係だったんだが・・・

 今はもう結婚みたいな感じに成ってるんだな・・・

 

「――バ! バカ! 余計な事言うなよ!」

 

 ちょっと怒ったようにライカが言い返すも、たいして気にした様子もなく続けられる。

 俺はその微笑ましい光景を眺めながらコーラを一口飲む。

 

「もう少し切り替えをハッキリさせないとなライカ、戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)だったからよかった物の実戦だったらやられてたぞ」

「はい・・・」

 

 やっぱり少し落ち込んでいるようで強く注意するのは躊躇われる。

 少しため息をつくと少し頭を掻く。

 

「また今度その特訓をするから覚悟しとけよ、とりあえず戦闘と趣味の切り替えぐらいはできるようするからな」

「はい」

 

 とりあえず言いたい事を言い終えるとコーラをもう一口飲む。

 

「ところでお姉様? こちらの殿方はいったい・・・」

「ああ、そういえば自己紹介忘れてたっけ・・・」

 

 少し咳払いをすると少し姿勢を正す。

 

強襲科(アサルト)所属の吉野遙だ、よろしく!」

特殊捜査研究科(CVR)所属、島麒麟ですの! お姉様は渡しませんの!」

「ちょ、お前何言ってんだよ!?」

 

 この事は無しとアリアとは違った方向に話しが飛んでいくな・・・

 

「俺は今のところ恋人を作る気は無いから安心しなよ」

 

 俺の発言の後何故か空気が微妙に重くなる。

 アレ? なんか間違えた? 

 

「そういえば吉野先輩はなんであんなところにいたんですか?」

「ん、ちょっと知り合いに会いに行ってその帰りに、ライカとライカを尾行する君達を見つけたから面白そうだったから俺も尾行してみた! 前も思ったけど尾行の練習した方がいいぞ! 気付かないライカもライカだけど・・・」

「・・・」

「まぁ、今無い技術は今後手に入れればいいさ。普通じゃ許されないけど好都合な事に俺達は学生だ。学生は学ぶの本分、学んでる間は敵も何もしてこないさね」

 

 言い終えると少し体制を崩して頬杖をつく。

 ライカも少しやる気に満ちた目に成っており、麒麟ちゃんもそのライカに感激したような表情だ。

 平和だ・・・

 

「吉野先輩・・・」

「ん?」

 

 あかりちゃんに小声で声を掛けられそっちを向く。

 少し話しにくそうな表情もしているが、話すまで待ってみると・・・

 

「この間ラクーングランドホテルで助けてくれたのって吉野先輩ですよね・・・?」

 

 と、あかりちゃんから意外な話題が出てくる。

 もしかして見られてたのか・・・? 

 

「さてはて、あかりちゃん達がラクーン台場に言った日の事を言っているのなら、俺はあの日俺の用事についてきたクラスメートとデートしてただけだぜ? まぁその用事の先で銃を撃つような事あったかもしれないけどな・・・」

「でも・・・」

「まっ、助けられたってことは実力不足ってことだし、ライカのと含めて鍛えて上げるからあかりちゃんも覚悟しておきな!」

「えっ・・・」

「あかりちゃんには教えて上げるけど、俺って意外と意地悪なんだぜ!」

 

 二ヒヒと笑いながらあかりちゃんの頭を撫でたり痛くない程度で頬を摘んだりしてみる。

 おぉ!? モチ肌って言うのかこういうの!? ずっとこうしていたい・・・

 

「ひょ、なにふるんでふか~!」

「ハハハッ! あかりちゃんはモチ肌だな~、癖に成りそうだ・・・」

「お姉様! あのようなスケコマシに恋慕するなど辞めてくださいですの!」

「バッ、バカそんなんじゃねーよっ!!」

 

 そんなやり取りをしながらも俺はそんな平和な日常を楽しむのだった。

 みんな1番高いパフェを頼むとは・・・



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17弾 休日はのんびりゆったり家でゲームでも・・・えっ? 今から来い? マジか・・・

 ライカと麒麟ちゃんが戦姉妹(アミカ)に成ってから数日。

 あかりちゃんの基礎体力アップと、ライカの尾行看破スキルの特訓につきあっていた。

 まぁ、ライカに俺の尾行をさせて1つ1つ解説しているだけだが・・・

 

 そして現在・・・

 

「・・・ひ、人前で喋るのが苦手だからって、なぜこんな仕事を・・・」

 

 ガチガチに緊張して今にも吐きそうな顔色をしている美咲と一緒に廊下を歩いている。

 

「大丈夫だよ、仕事って言っても1クラスだけだろ? すぐにすむんだから早く済ませて昼飯食べようぜ!」

 

 今回、通信科(コネクト)にとあるクラスが、4対4(カルテット)と呼ばれる1年強制参加の実践テストの班決め申請率が低いと言う話が来たので、その事を通達しにいく人間に美咲が押し付けられたそうだ。

 俺は今日、昼飯を美咲と食べようと美咲のとこに行ってみると今回の事が発覚。俺は美咲が少し心配だったのと、美咲の成長振りを確かめるべくついて来た次第だ。

 

「一応俺も教室の外にいるんだからそこまで怖い事ないだろ?」

「は、はい・・・」

 

 そんな訳で俺達は1年A組の前に到着した。

 よく見たらライカとかあかりちゃんとか居るじゃん・・・

 

「俺はここで待ってるから行ってきな!」

「は、はい・・・い、行ってきます・・・」

 

 美咲は自分で強めにドアを開け、その音にビビって両目が隠れるほど長い前髪を揺らしてキョロキョロと辺りを見渡す。

 おそらく強くドアを開けたのは緊張により意気込みすぎたと言う事だろう。

 ウサギだ・・・飼い始めたばかりの頃のウサギだ・・・

 

 そのままクリップボードを抱っこしながら身を縮めて入っていく。

 そしてガチガチの状態で教卓についた美咲は、前髪で班武隠れたメガネを光らせ、

 

「こ、通信科(コネクト)、にっ2年の中空地ですッ! 教務科(マスターズ)より伝令! せっ、せっ、静聴ゥ!」

 

 裏返ったり掠れたりのおっかなびっくりな声で、クラス中にそう告げる。

 普通の学校なら舐められるだろうがここは武偵高。

 基本的に卒業すればそのまま社会に出る人間が大半のこの世界では、在籍中に縦社会の厳しさを叩きこまれる。

 ゆえにどれだけ弱そうでも、どれだけだらしのない相手でも失礼は許されない。

 だから、美咲みたいな臆病な人間の言葉でもちゃんと背筋を伸ばし、真面目に話を聞く。

 

「こ、こ、このクラス、は! 4対4戦(カルテット)の、班決め申請率が、ひくひく、低いので急ぎ、申請するように、以上!」

 

 記載された文章を読みあげる美咲。アナウンスやオペレータをするよう学科なのにその喋りは吃音気味で聞き取りづらかった。

 

 中空知美咲のあがり症克服レポート31 

 1クラス分の人間の前で記載された文章の音読。

 吃音が5回 余計な区切が4回 言葉のかすれ、強弱の乱れ7割強 以後改善の余地アリ。

 克服にはまだ時間が掛かる模様。

 

「かったるい・・・」

 

 軽くため息をつく。

 美咲は教卓にプリントの束を置いてヨロヨロと出てくる。

 

「お疲れさん、さっさと行こうぜ!」

「は、はい・・・」

 

 と言うわけで俺達は屋上で昼飯を食べたのだった。

 

 

 


 

 

 次の日、俺は自分の寮の部屋でナイフを砥いで居た。

 指先で軽く刃に触れてみると、予想以上の切れ味で少し深めに指先が切れる。

 

「痛ッ・・」

 

 指先の切り傷から、肉体が思い出したかの様に送れて傷口から血が溢れ出てくる。

 これが嫌でも自分が生きてるって事を俺に分からせて来る。

 俺は軽く舌打ちすると、ベットの下においておいた救急箱から止血剤と絆創膏を取り出す。

 

 気が緩んでるな・・・

 軽く手当てをしながら考える。

 つい先日後輩に指摘した事をできてないとは我ながら情けなくなってくる。

 気を引き締めないとな・・・

 

「かったるい・・・」

 

 その時電話が掛かってくる。

 誰だよこんな時に・・・

 ベットの上に放置してた携帯を取り電話に出る。

 

「もしもし・・・」

『ハルハル! 今日暇だったりする?』

「別に用事はないけど・・・」

『じゃ、1時間後に白金高輪駅に来て!』

「行くとは一言も言ってないんだがな・・・」

『いいじゃん別に! 今日の夕飯奢ったげるからさぁー!』

「たっく、1時間後に白金高輪駅だな?」

『うん! なんだかんだ理子のお願い聞いてくれるからハルハル大好き!』

「はいはい、俺も休日になんだかんだ誘ってくれる理子が大好きだよ・・・」

 

 電話を切ると、携帯をベットの上に放り投げる。

 頭を掻くと、部屋着を脱ぎ捨て、部屋に掛けてあったYシャツとジーパン、黒いジャケットに着替える。

 いつものS&Wとサバイバルナイフをベルトに挟み、オリジナルの手裏剣6枚とフックショットをウエストポーチにしまい装着する。

 

「行くか・・・」

 

 ベットの上の携帯と財布を取りポケットに入れると、キンジに出かける事を伝えて寮を出た。

 

 

 


 

 

 電車に暫く揺られ白金高輪駅についた俺は、改札を抜けた先の柱に凭れ掛かり理子を待っていた。

 少し早く着き過ぎたが、遅れるよりは良いと思っていたが・・・

 

「暇すぎてかったるい・・・小説でも持ってくればよかった・・・」

 

 近くの自販機で買った缶ジュースを啜りながらぼやく。

 て言うかなんで俺が呼ばれたのかも不明なんだよな・・・・

 

「吉野先輩?」

「えっ?」

 

 声を掛けられて振り返ってみるとそこには見知った顔があった。

 

「あかりちゃん? ライカに麒麟ちゃんも・・・」

 

 そこには見慣れた後輩達の顔があった。

 なんで休日なのにみんな制服なんだ? 

 

「どうしたんですかこんなところで?」

「とある馬鹿を待ってるんだけど、ちょっと早く来すぎてな・・・」

 

 ため息をつき、頭を掻く。

 その時――

 

「あっ、いたいたお姉ちゃん!」

 

 見覚えのある顔がこちらに向かってくる。

 ああ、これが見たかった。

 俺は、助けた人達が笑って居られる日常を見たいから、だから俺は戦うんだ。

 武偵でも救済者願望でもなく、それが俺の原点だ。

 

「あ,あの時の・・・!」

「やあ、久し振りだね間宮さん」

 

 間宮ののか

 数日振りに見た彼女は、犯罪者や、俺みたいな人間とは縁が無さそうな日常を謳歌しているようだった。

 

「ののか、吉野先輩のこと知ってるの!?」

「うん、この前助けてもらったの!」

「そうなんですか!?」

「さてはて、どうだったか・・・おじさん最近物忘れが酷いからなー」

 

 二ヒヒと笑って言ってやる。

 改めて見てみるとこの子達、姉妹だけあってやっぱり似てるなぁ・・・・

 

「ところで、そっちはどうしてこんな所に?」

4対4戦(カルテット)が近いんでアタシ達の友達の家で合宿するんです」

 

 俺の問いにライカが応える。

 このメンバーで合宿てことはこの間のラクーン台場に居たあの黒髪の彼女の家だろう。

 

「なるほどな、合宿も良いけど気を抜きすぎるなよ! 友達の家って自分で思っているより気が抜けるもんなんだから!」

「「はい!」」「はいですの!」

「よし! 言い返事だ!」

 

 そうして俺は彼女達を見送ったのだった。

 

 

 

 

 

 あかりちゃん達を見送って数十分後。

 俺は飲みきった缶ジュースの缶を、人差し指の先でボール回しの要領で直立に回し遊んでいた。

 

「待ち人来ないか・・・かったるい・・・」

 

 今年の初詣の時に引いたおみくじの内容を思い出し、ため息をつく。

 

 本当に俺って女運が悪いみたいだ・・・

 そろそろ1時間のはずなんだけどな・・・

 

「だ~れだ!?」

 

 缶を捨てようと凭れていた柱から離れようとした瞬間、そんな声と共に視界がふさがれる。

 そして俺は・・・

 

「あ、藍田さん・・・?」

「だ、誰それ・・・?」

「多分とある学校で女子バスケ部に所属してる小学生、おそらく高飛車な正確だと思う」

「それ本気で言ってる?」

「俺は冗談をいう時も本気だ。って訳でいい加減離せ理子」

 

 そこで俺の視界が晴れる。

 少しため息をつきながら振り返る。

 

「で? なんで俺を呼び出したんだコラ?」

 

 そこには何故か、いつもの改造制服を着た、大きなバックを持った理子がいた。

 外出時は制服着用と言う校則を武偵高(うち)の女子は遵守し過ぎな気がする・・・

 

「ハルハルなんかご機嫌斜め? オコなの?」

「別に・・・ちょっと気が緩んでたから気を引き締め直しただけだ」

 

 俺は飲み干した缶ジュースの缶を近くの自販機の横にある、缶瓶専用のゴミ箱に投げ込む。

 缶はぶつかる事なくゴミ箱の穴に正確に入っていった。

 

「そろそろ俺を呼んだ訳を聞かせろよ、俺がブチギレた上でお前に傷害罪じみたセクハラしだすぞ?」

「そ、それはちょっとご勘弁願いたいかも・・・こないだハルハルとラクーン台場に行った時助けたあの子たちに4対4(カルテット)の特訓を頼まれちゃって」

「それでなんで俺なんだ?」

「理子じゃ戦略と対策しかしてあげられないもん! 純粋な戦力アップはハルハルの方が得意でしょ?」

「人に物教えるのが得意じゃないんだけどな・・・」

「と言う訳で、はい!」

 

 と言いなら俺にバックを差し出す理子。

 俺はそれを受け取らず・・・

 

「何のつもりだコラ」

 

 軽く見るだけでもわかるが、このバックは嫌がらせだろう。

 何故ならこのバック、男が持つにはちょっと躊躇うほどにまっピンクだからだ。

 それだけなら良い、なぜフリルにビーズでデコッてんだコイツ!! 

 

「みんなの特訓に良さそうな道具用意しておいたんだ~! ハルハルなら使いこなせるでしょ?」

 

 バックを受け取り中身を確認してみる。

 中には、手足のプロテクターとモデルガン、小太刀竹刀が入っていた。

 なんと言うか・・・

 

「二刀流用の小太刀竹刀を単体で渡してくる奴なんて始めて見たぜ・・・」

 

 そしてバックを受け取ったからには返品不可だろう。

 そう、これが・・・

 

「かったるいと言う奴だ・・・」

 

 バックを右肩に担ぐとため息を付きながらそう呟く。

 

「じゃ! 行こハルハル!」

「はいはい・・・」

 

 

 


 

 

 ~side 間宮あかり~

 

 夕食後、あたしたちは佐々木邸のオーディオルームに集っていた。

 部屋の壁には大きなスクリーンがあり、メイドさんたちが手際よく資料を投影させてくれた。

 それを司会役の志乃ちゃんが読み上げる。

 

 

4対4(カルテット)で、教務科(マスターズ)が定めた私たちの競技は 『毒の一撃(プワゾン)』」

 

 続いてスクリーンには毒虫である、『蜂』と『蜘蛛』のイラストが表示される。

 

「間宮班、高千穂班はそれぞれ『蜂』と『蜘蛛』の描かれた攻撃フラッグを持ちます」

 

 蜂と蜘蛛のイラストの下にそれぞれ4人ずつの人型のマークが現れる。

 そのてには、それぞれの班のマークが描かれた小旗を持っていた。

 あたしたちは蜂で、相手の高千穂さんたちが蜘蛛の旗だ。

 

「双方が守るべきフラッグもあり、それには『目』が描かれています」

 

 フィールドの沿う方の陣地に、目の描かれた旗が大きく表示される。

 

「――目を毒虫に刺されたら負け、って意味だね?」

 

 あたしの言葉に志乃ちゃんは『そうです』と頷く。

 

「アタシ達はハチかぁ」

「うひぃー、蜂はキライですの!」

 

 ライカの声を聞き、麒麟ちゃんは可愛く悲鳴を上げる。

 続いてプロジェクタースクリーンには、ほぼ正方形の地図が表示された。

 

「試験場は武偵高第11区全体で、区内に有るものは何を使ってもOKです。間宮班は南端、高千穂班は北端からスタートします」

 

 11区の地図を見ると間宮班は公園の敷地内、高千穂班は工事現場の敷地内にそれぞれスタート地点があった。

 つまりこっちは公園が、向こうは工事現場が陣地になると言うわけだ。

 

「基本ルールは――以上」

 

 指示棒を下ろし、志乃ちゃんは説明を終える。

 

「シンプルだねぇ」

「だな」

 

 アタシの呟きにライカも同意する。

 だが麒麟ちゃんはこの説明を聞いてもシリアスな顔を浮かべている。

 この場で最年少の麒麟ちゃんは、この中で最もこの戦いの深い意味を見抜いているようだ。

 

「・・・でも、隠匿・強襲・逃げ足・チームワークいろんな能力が試されますわね」

 

 目の旗を隠す。守る。持って逃げる。

 それを見つけ出す。攻める。旗を追いかける。

 争奪戦には、守り手も攻め手もチームワークが要される。

 そしてもちろん、この協議は武器による攻撃がアリ。

 旗に接近された、或るいは接近した場合は、チームの線応力も問われる。

 それに気付いた麒麟ちゃんを褒めるように――

 

「――その通り! さっすがりんりん、あたしの教え子だぁー!」

 

 オーディオルームに、弾むような声が響き渡る。

 その声に振り向くと――

 

Good evening everyone! (みんなこんばんわ!) 呼ばれてないのに来ちまったぜ!」

「吉野先輩!?」「理子お姉様!」

 

 先輩と思しきセーラー服の女子がいて、彼女の方へと麒麟が飛びついていった。

 

「ご紹介しますわ! 私の元戦姉妹(アミカ)探偵科(インケスタ)の2年生、峰理子お姉様ですの!」

「そんなお姉様の無茶振りに応える健気なおじさん吉野遙でーす!」

 

 吉野先輩は見るからにやけくそと言った様子で自己紹介するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18弾 最近の俺ってキャラにない事ばかりやってるけど、後輩達には俺のキャラってこれで確定?

 半ばやけくそ気味に自己紹介をした俺は思う。

 初対面の子いるのに悪いイメージ持たれたらどうしよう・・・? 

 

「・・・・・・」

 

 ライカの方を見ると、どうやら理子の方を眺めているようだ。

 いや、これは眺めていると言うよりも・・・

 

(睨んでいると言った方が正確か・・・?)

 

 自分の戦妹(アミカ)が元戦姉(アミカ)とは言え、他人に懐かれるとそれは気分のいい物ではないだろう。

 この辺も特訓中に発散させてやるべきだろう。

 そんな状況を一切スルーしつつ・・・

 

毒の一撃(プワゾン)かぁ。懐かしいなぁ」

 

 理子は麒麟ちゃんから離れると、スクリーンの方に歩いていく。

 それとほぼ同時進行で、俺は理子のバックから来る途中で買ったお菓子の手土産を、案内してくれたメイドさんに手渡す。

 その時・・・

 

「ハルハルは何か言いたい事あったりする?」

「戦力アップ顧問からすれば幾つか」

 

 理子に促されるようにスクリーンの前まで移動すると、とりあえず何から言うべきか頭の中で整理する。

 そして・・・

 

「まずは、これだな・・・」

 

 俺はこれまでに何度か見覚えのある、黒髪のこの家の主で在る少女の前まで行き・・・

 

「2年強襲科(アサルト)の吉野遙だ。よろしく」

 

 と、とりあえず自己紹介と握手を求め右手を出してみる。

 すると・・・

 

探偵科(インケスタ)佐々木(ささき)志乃(しの)です。よろしくお願いします」

 

 と、こちらの握手に応えてくれた瞬間。

 

 アダッ!! 

 凄まじい力でこちらの手を握り潰さんと言わんばかりに握ってくる。

 

 止めて止めて!! 鬱血してるから!! 手が青くなっちゃてるから!! 

 そして少し、彼女の方に引っ張られ、耳元でボソッと・・・

 

「あかりちゃんに手を出したら、どうなっても知りませんから」

 

 怖ェッ!! 目が本気と書いてマジって読んじゃってるから!! 

 それはもう、偶に星伽の奴が見せるハイライトの消えた目に勝るとも劣らない目をして、清楚なイメージを窺わせる笑顔で言うではありませんか。

 だから、こっちも言ってやる。

 

「安定した収入源ができるまでは、あかりちゃんに限らずそう言う気はないから安心しろよ」

 

 現在でも人一人をまかなえるほどの貯金はあるが、安定はしていないので俺にそう言った相手を作る気はない。

 まぁ、それだけが理由と言うわけでもないが・・・

 俺の言葉を聞いた後、ジト目でこちらを一瞬見詰め俺の手を離す。

 鬱血した手をグーパーさせつつ考える。

 

 これからは極力握手を求めるの控えようかな・・・

 物の数秒で年下の女の子にトラウマを与えられつつ、場を仕切りなおす。

 

「初対面の自己紹介も済んだところで、本題に移るか・・・」

 

 再びスクリーンの方まで移動すると、みんなの方に向き直る。

 そしてため息を付き、先ほど整理した考えを出す。

 

「佐々木さん。さっきの話しだけど、他にみんなに報告すべき点とかあったりしない?」

「? 特にありませんが・・・」

「ふむ、30点てとこか・・・」

 

 彼女の先ほどの話を分析して、その点数を出してみる。

 赤点クラスだな・・・

 すると・・・

 

「何が30点なんですか!!」

 

 やはり佐々木さんは怒り出した。

 それを俺は・・・

 

「じゃ、麒麟ちゃんに問題! 『先程の佐々木さんの話はなぜ30点と言う点数になったでしょうか?』」

「私ですの?」

「そう、この中で俺の知る限り1番着眼点と思考力に優れているのは君だからね。ヒントを出すなら『戦う人間より戦略が得意な人間の方が後の70点を欲しがる』」

 

 ヒントを出すと、麒麟ちゃんだけじゃなく、ライカやあかりちゃん達まで一斉に考え始めた。

 

 武偵憲章6条――自ら考え、自ら行動せよ。

 彼女達に教えようと思っていた事だが、彼女達は俺が教える前にできていた。

 この子達の事少し甘く見すぎたか・・・

 30秒ほど考えた後麒麟ちゃんは――

 

「『敵に関する情報がなかったから』ですの?」

 

 確信を持てていないようだが、それでも麒麟ちゃんは答えを出した。

 それに対して俺は――

 

「正解! やっぱり君はこう言う事に関してはピカイチだな麒麟ちゃん!」

 

 俺は麒麟ちゃんの満足行く答えに、笑い掛けて褒めてやった。

 そして緩みかけた空気を引き締めなおすと、佐々木さんの方へ向きなおす。

 

「始めて会ったばかりでこんな事余り言いたくないけど、佐々木さんが今後も武偵をやるのなら言っておく」

 

 一息入れると、佐々木さんだけでなくこの部屋にいるみんなに言う様に、できるだけ強く。

 だが威圧的にならないように注意して――

 

「情報戦舐めんな。相手の得意・不得意、癖、特徴、武器の種類や数、性格や容姿、どれか1つあるだけでも状況が大きく変わる要素になりえる。俺は情報を集めるのではなく使う人間だから、情報集めがどれだけ大変かは分からないが、情報はあるか無いかで人の生死にまで係わってくる。もし仲間が大切だと思うなら絶対に情報収集を怠るな」

「は、はい・・・」

 

 とりあえずは佐々木さんの認識を改める事もできたようなので、次へ話を進める。

 まずは今言った情報からが良いだろう。

 

「理子! どうせもう情報を集めてきたんだろ? とっとと教えろ」

「はいは~い!」

 

 俺はかなりの確信を持って理子に話を振る。

 理子は普段からふざけてばっかいるし、学校で1番探偵科(インケスタ)のお馬鹿と呼ばれているが、能力は本物だ。

 推理能力はそれなりだが、情報収集力はかなり高くそれでいて正確だったりする。

 

「リーダーは高千穂(たかちほ)(うらら)強襲科(アサルト)のAランクで誕生日は4月8日特殊捜査研究科(CVR)に勧誘されるくらい可愛い子で、かなりのサディストで一部の男子達から人気みたいで、武装弁護士のお父さんがいるっぽい。いつも扇子を持っていて、実家は鳥取県。感情が高ぶると因州弁口調になってキョドるらしいよ。武器はスターム・ルガー・スーパーレッドホークとフェンシングのフルーレ、扇子も一応武器になりそうだからここも注意。結構短気っぽいから冷静に行けば勝てるかも!!」

「サンキュ。理子70満点中60点。合格クラスには十分だな」

「えぇ~!! 残りの10点は!?」

「態度点だ! お前のしゃべり方は気が抜けるんだよ! せめて情報開示や作戦会議では態度変えろ!!」

 

 痛む頭を押さえつつ溜め息を付く。

 なんで1番簡単な事ができないんだこの親友は・・・

 

「ったく、この点だけで言えば断然佐々木さんの方が上だったぞ。お前も見習え!」

「は~い・・・」

 

 理子は少し詰まらなさそうな顔をして返事する。

 本当にこいつは・・・

 

「かったるい・・・次行くぞ!」

 

 そこから、高千穂班の面子の情報の開示は続いた。

 ただ、俺の指摘に反抗したのか、先程よりましましで口調が砕けていた。

 なのでここからは俺こと吉野遙が要約させていただきます。

 

 風魔陽菜

 専門科目は諜報科(レザド)でランクはB

 口当てで口元を覆い、長いマフラーの様な赤布を首に巻いている。

 高名な相模の忍者の末裔だという噂があり、一人称は「某」、語尾に「ござる」を付けるなど典型的な忍者口調で話している。

 普段は修行と称してバイトに精を出す赤貧少女であり、よく腹を空かせている。

 携帯武器はクナイと火縄銃。その他にも手裏剣・煙玉・刀・鉤爪なども使用している。

 意外と抜けているところが多く、真面目な正確なのでいたずら根性で罠を仕掛けると引っ掛かる可能性大。

 

 愛沢(あいざわ)湯湯(ゆゆ) 愛沢(あいざわ)夜夜(やや)

 専門科目は強襲科(アサルト)

 高千穂麗の取り巻きの双子。見分けがつくようにするためか、着用しているカチューシャにそれぞれ「や」と「ゆ」が書かれている。

 ややマゾヒストの気がある物の高千穂麗への忠義は高い。

 携帯武器はMAC-10かMAC-11。

 個人の実力に差はほとんどなく、コンビネーションは旨いが実力はそこまで高くないので2対1の戦闘に慣れれば制圧の可能性大。

 

「冷静に見れば穴だらけのチームだなこの子達・・・」

 

 この子達相手なら、通常モードのキンジと理子でもそれなりに面白い勝負になりそうだ。

 俺が行けば大幅なオーバーキルだけど・・・

 

「戦略は俺の専門外だから君達自身に任せるけど、この子達の対策とした訓練をしなきゃいけないんだよな・・・」

 

 これ絶対理子だけで十分だよな? 

 俺が来る必要は絶対なかったよな? 

 とかいっても了承してしまったんだから辞める訳にはいかないし・・・

 

 俺は彼女達の特訓法を考える。

 すると――

 

「遙先輩ならどうやって攻めますか?」

 

 唐突にそんな質問をされる。

 

「俺の戦法は基本的に参考にし難いぞ」

 

 再びフィールドの地図を見る。

 このフィールドで俺が用いる機動力を最大限に生かし、最高レベルまで思考を巡らせ合理的選択を取るとしたら・・・

 その上で1番俺が選択するルートといえば・・・

 俺は地図の間宮班の陣地である公園の敷地内を指す。

 

「俺ならフラッグの死守を味方に任せて、ここから・・・」

 

 そして、地図上の間宮班の陣地から、高千穂班の陣地である工事地帯まで、一直線に指先でなぞる。

 

「ここまでをこのルートで最短で駆け抜け、敵との遭遇率を最小限に押さえた上で、最効率でフラッグを見つけ出して終らせる」

 

 それが1番吉野遙が取るであろう行動だ。

 そしてこれが俺が提示できる最良の戦術だ。

 

「どうだ? 参考になったか?」

「え~と、その・・・」

 

 まぁ、こんな3流の作戦聞かされた所で、そういう反応になるだろうな。

 もちろん、俺だってこんな作戦聞かされた所で、今のライカのような顔をして終るだろう。

 

「まっ、自分より強いと思う奴に作戦を聞いたところで意味ないって事だな。重要なのは自分達に合った最適な作戦を自分達で練るってことだ」

 

 肩を竦めると、理子の方を見る。

 

「理子! こう言うのはお前の方が専門だろ! お前が面倒を見てやれ!」

「うー! らじゃー!」

 

 俺の言葉に軽く返事をし敬礼をする。

 これで考え事に集中できる。

 

 おそらく、理子の考え的にライカは守備役。あかりちゃんは攻撃役。麒麟ちゃんはライカの近くで連絡役及び作戦参謀。佐々木さんは俺の情報不足により不明といったところか。

 

 そして、おそらく向こうは陽菜が攻撃役。愛沢姉妹はこちらの攻撃役の迎撃部隊。高千穂麗は守備役だろう。

 

 つまり、ぶつかるとしたら高千穂麗とあかりちゃん。陽菜の奴はライカ。麒麟ちゃんは戦闘能力はほぼ皆無、防御だけの中国武術(クンフー)のみ。残る愛沢姉妹と佐々木さんは今回のカルテットにおいてはブラックボックスか・・・

 

 訓練で考えるなら、ライカは諜報科(レザド)の陽菜とぶつかる可能性大。そして諜報科(レザド)は諜報・工作・破壊活動を主とする学科。隠密を基本とする故に相手の死角に入るのを得意とする。

 故にライカに教えるべきは、感覚を研ぎ澄ませ相手を捕らえ続ける技術。

 

 あかりちゃんは今回の戦いにおける勝利の要だ。それと同時に今回の戦いの中では1番弱いと思って良いだろう。故に、この中で1番生存率を高めないといけない。そして、今回の特訓で得た物が次回無駄にならない様に叩き込まなければならない。

 あかりちゃんに教えるべきは、自己に対する危機察知能力の向上と、その危機に対処し分析する冷静さ、そしてそれらの危機を回避する術。

 

 麒麟ちゃんは正直強い弱いが通用する場所には降りれない程に戦闘力がない。更に彼女はこのチームにおいて司令塔の役目も担っている。そこを見抜かれたらほぼ確実にこのチームが負ける。そして、その負け方で1番怖いのは人質に取られる事だ。人質に取られれば彼女達の性格上、無抵抗な状態で一方的に倒されるだろう。

 故に麒麟ちゃんに教えるのは、人質に取られた時の脱出法。もしくは人質に取られたときに効率的に相手の意識を刈り取る方法。

 

 佐々木さんはそもそも俺に一切の情報がない。一体どんな戦闘スタイルなのか、どの程度そのスタイルを極めているのか。その情報が一切ないのが痛い。唯一ある情報は、ラクーン台場で確認できたサーベルが武器で、さっきの握手で本来の獲物が日本刀である事が分かっただけだ。

 つまり特訓としては、個人指導を最後に回してどういった指導にするか考えるしかない。

 

「かったるい・・・特に最後が・・・」 

 

 軽く思考を纏めてため息をつきながら呟く。

 実際これでどこまで戦力強化ができるのか・・・

 

「ハルハル~! こっちは終ったけど最後に言いたい事とかある?」

「じゃ、一個だけ言っとこうかな・・・」

 

 俺はスクリーンの真ん中まで移動するとみんなの方を向く。

 正直こうやって人の前に立つのは苦手、否、むしろ嫌いだとさえ言える。

 だが、これを言わない事には俺はこの子達を教えられない。

 だから、俺は逃げ出したい気持を押さえ込み口を開く。

 

「このチームはあかりちゃんを筆頭にみんなに言っておきたかったんだが・・・」

 

 多少喉が渇いてくるが、無理矢理言葉をひねり出す。

 

「自分の身を守れないのなら誰も守るな!」

「「「「ッ!」」」」

「自分の身を犠牲にして誰かを守ったって守れるのはその一瞬だけ、もしその次に大切な人が危険な目に合ったとき守れなくなる。それだけならまだ良い、自分が傷付いたせいでみんなの足を引っ張り仲間を全滅させる事さえある」

「「「「・・・・・・」」」」

 

 みんなは、黙って俺の言葉に耳を傾けてくれている。

 それが、また俺の苦手な重圧となって襲いかかってくる

 

「だから言っとく。『1の為に全を捨てるな』そして、誰かが危険な目に合ってるのにそれを無視するな。それは私生活にも影響を及ぼす。その瞬間は自分の身は守れるかもしれない。その後何事も無かったように生きれるかもしれない。けど、その後の人生、一生孤独に苛まれる事になる」

「~♪」

 

 理子の奴は鼻歌を歌っている。

 こいつは後で頭グリグリの刑だ・・・

 

「だからもう1つ言っとく。『全の為に1を捨てるな』ってな。つまり何が言いたいかって言うと『1の為に全を捨てるな 全の為に1を捨てるな 1の為に全を取り、全の為に1を取れ』それが俺が君達に教えてあげられる唯一の戦術であり、俺が君達に先輩として、指導者として、Sランクの武偵として命令する最後の命令だ。俺の命令に納得してくれる子だけで良い。返事!!」

「「「「はい!!」」」」

 

 俺の伝えたい事、今までに見て聞いて感じた事を、みんなに呼びかける。

 その呼びかけに、俺の予想とは裏腹に全員が応えてくれたのだった。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19弾 ライカと何してたって? それは内緒・・・ 麒麟ちゃん嘘だからそんなに睨まないで・・・グホッ!!

 俺達は佐々木邸の庭に集り、特訓の準備をしていた。

 ただ、俺は彼女たちの特訓に付き合うだけのお人好しじゃない。

 俺はウエストポーチに以前から収納していた、フックショットの製作者が送って来ていた最新型のウェイトを取りだす。

 脹脛と前腕の素肌全体にジェル状のパッドを貼り付け、その上にマジックテープで装着する。

 パッド自体が重く、1つ3キロほどあり、多少動くだけでもかなりの負荷だ。

 そしてこのウェイトは更に別の機能がある。

 このウェイトは、ダイヤルを調整すると電流が流れ、自動的に装着者の筋肉を一定のタイミングで伸縮させ負荷を与え続ける機能がある。

 試しに右手のウェイトのダイヤルを1つ変えてみると・・・

 

「うおっ!?」

 

 電流が強すぎ、開いていた右手を握りかける。

 製作者曰く「腕立てがダルイ奴が装着したら健康的になれる程度だから」だそうだが――

 

 腕立てダルイ奴がこんなのしたら最低1週間は筋肉痛だっての!! 

 

 電流はあろう事か、市販で売られている筋肉増強用の電流パッドの電流を軽く超えていた。

 てかこれ絶対に特許取れねーだろ・・・

 ウェイトの上から理子が持ってきたプロテクターを装着し、捲くっていた服を下ろす。

 これで、格闘したとしても怪我しないだろう。

 

「さて、やるか・・・」

 

 準備が終わり、その場から立ち上がり辺りを見渡す。

 理子は何故か竹刀の鍔にリボンを結んだ物で指導しているが、キャラのせいで場が、良い意味で言うと明るく、悪い意味で言うと少し締りが足りない雰囲気だ。

 

 佐々木さんは、愛沢姉妹対策として、佐々木家の双子メイドと戦っている。

 何故か剣道の防具を来て木刀だが・・・

 

 あの防具ってそこまで耐久力あったけ? 

 対する双子は、2人とも2本ずつ木刀を持って折り、計4本の木刀を佐々木さんは一本の木刀で捌いている。

 

 そこから右を見ると、ライカと麒麟ちゃんの特訓が行われている。

 組み手のようだが、相手の死角に潜りこむ諜報科(レザド)対策か、目隠しをした状態で一切攻撃なしの防御主体の訓練になっている。

 ライカは両腕で顔面をがっちり守り、ボクシングのピーカブースタイルで麒麟ちゃんの攻撃をガードし続けことしかできない。

 対する麒麟ちゃんは、手刀や掌底でライカに打撃を叩き込み続ける。

 

 1番強い奴ほど最大の防御力になるという考え方なのだろう。

 だが、この訓練は軽い攻撃でも、何十発と食らっていればきつくなって来る結構ハードな訓練だ。

 そして麒麟ちゃんは、特殊な状況における諜報活動に特化した学科の人間であり、普段から戦闘の訓練をしない最低限の防衛力だけしか身に付けていない。

 故に、すでに体力が尽きてしまっている。

 

 そして庭の片隅の方を見ると――

 

「な、な、なんであたしだけこんなのなんですかー!」

 

 あかりちゃんは、健康器具の乗馬マシーンに跨がらされた状態で、不満の声を叫ぶ。

 

 ごめんあかりちゃん。俺もこれの意味は一切分からないよ・・・

 

 確かに体感は鍛えられるが、そんな不安定な場所で戦う状況なんてこの対決ではないはずだが・・・

 まぁ、理子の考える事なんて凡人の俺には測れるところではないから、考えるだけ無駄だろう。

 

 とりあえず最初は・・・

 

「ライカ! カモーン!」

「はい!」

 

 

 


 

 

 ~side 火野ライカ~

 

 アタシ達は室内の方に移動し、おそらく普段食堂だろう部屋に来ていた。

 

「さて、まずライカに覚えてもらうのは、感覚を研ぎ澄まし視覚情報以外の部分で視覚を補う技術をおぼえてもらう」

「はい!」

「とり合えずは、その目隠しを貸してもらえるか? まず俺がどう言う物なのか実践して体感してもらう」

「わかりました!」

 

 アタシは目隠しの布を外して手渡す。

 遙先輩はそれを受け取り、眼を瞑り目隠しで蓋をするようにきつく結ぶ。

 

「よし! いいぞ、全力で来い!」

「じゃ! 遠慮無くッ!!」

 

 アタシは遙先輩に言われた通り、全力で右拳で顔面を狙って殴り掛かる。

 それを遙先輩は、見えているかのように左に避け、カウンター気味に右肩に拳をぶつけて来る。

 

「クッ・・・!」

 

 少しよろけるも、そのまま左足でミドルキックを出す。

 だが、これも右腕でガードされる。

 そして、その足を左手で掴まれ勢いよく引っ張られる。

 

「なっ!?」

 

 予想もしていない行動に、アタシは当然反応できず、右足を払われる。

 そのまま右手で左胸を押され、左手で右肩を掴まれたと思った瞬間――

 

「ラッアァ!!」

 

 アタシの背中は完全に床につき、吉野先輩はアタシを押し倒していた。

 アタシの胸を鷲掴みする形で・・・

 

「~~~~ッ!!」

 

 目隠しをしているとは言えかなり顔が近く、遙先輩の吐息の1つ1つが感じられる程の距離しかない。

 

 熱い。

 自分の顔が熱くなっていくのがわかる。

 これは、恥ずかしいとかそう言うレベルの問題じゃない。

 

「取り合えず、ライカにはこれからこれ位はできる様になって――」

 

 遙先輩は、そう言いながら目隠しを外そうとして――

 固まった。

 

「・・・・・・」

 

 遙先輩の顔はみるみると青くなっていく。

 そして、確認するかのように、吉野先輩はアタシの胸を揉む。

 

「――ッ!!」

 

 それがトリガーになったように今度は、土煙色に顔色が変わり――

 

「すいませんでしたッ!!」

 

 いきなり飛び退き、それは綺麗な土下座をしていた。

 

「ちょ、や、やめてください遙先輩! アタシは気にしてませんから!」

「いや、それでも麒麟ちゃんと言う伴侶がいるお前に、俺はとんでもない事をした。謝らせてくれ」

 

 はっ、伴侶!? 

 

「麒麟はそんなんじゃないです! とりあえず頭を上げてください!」

 

 ほんとに、遙先輩は変なところで律儀だなぁ・・・

 ここまで言ってやっと、遙先輩は顔を上げる。

 

「とにかく、事故はあったがライカにはあれ位の動きができるようになってもらう」

「はい!」

 

 吉野先輩は、立ち上がると外し掛けだった目隠しを取り手渡してくる。

 

「次はお前の番だ。ちゃんと学ぶんだぞ」

 

 目隠しの布を持った手をアタシに差し出してくる。

 アタシは遙先輩の手にある目隠しを取ろうとした瞬間。

 遙先輩はアタシの手を取り、アタシを引っ張りあげる。

 

「さて、やるか!」

 

 アタシは、きつく目隠しを締めファイティングポーズを取る。

 目隠しのせいで視覚情報が一切カットされ、予想以上の恐怖が襲い掛かって来る。

 

「視覚情報が一切起動しないのなら聴覚を使え、視覚情報の次に感覚が鋭いのが聴覚だ。それを使えば大雑把な位置までは掴めるはずだ」

「ッ!?」

 

 その声は、気付けばアタシの後ろから声が聞こえてくる。

 アタシはその声の方に振り向く。

 だけど、少し立ってもぜんぜん攻撃の気配が無い。

 どう言う事だと思っていたその時――

 

 フゥ~

 

「――ッ!?」

 

 背後から首筋に息を吹きかけられ、その場から飛び退く。

 今、凄いゾクッと来た・・・

 

「初心者は聴覚による空間把握は限度がある。だから触覚による僅かな振動や空気の乱れも探れ、それができたら・・・」

 

 その時、足元に僅かな振動を感じた。

 その振動の方に向かって走り、右足で前蹴りを出す。

 その蹴りはそこまで大きな期待はしていなかったが、右足には確かな感触があった。

 

「良いぞ! その感覚をもっと研ぎ澄ませば実践レベルで言うなら及第点だ」

「はい!」

 

 遙先輩が離れて行く感覚の後、急に額を指先で押された。

 アタシは少しよろけて後ろに下がる。

 

「ただ、この状態は急ごしらえのその場凌ぎの為の物だ。視覚障害者や目を潰されて何年も立った人間のように完全に把握できる訳じゃない。だから視覚が使えない状態で戦うのなら一撃で確実に倒すか、組み合いに持ち込み相手の体の動きを把握できる様にしておけ」

「はい!」

 

 その後、しばらく特訓を続けた後で次の奴に変わったのだった。

 

 

 


 

 

 ~side 吉野遙~

 

 今目の前にいる麒麟ちゃんは俺を睨んでいる。

 て言うか、この部屋にくるまでに腹に一発結構良いの貰ってしまった。

 

「まっ、ぐちゃぐちゃ言っててもしょうがない。やるか!」

「はいですの」

 

 取り合えず、話そうと思ってた事を言葉を選びながら話しだす。

 

「君はこのチームの司令塔だ。君はこのチームにおける要、それと同時にこのチームの最大の弱点でもある。狙われるとしたら多分君が1番狙われる。そしてその状況で1番最悪な展開が何かわかるかい?」

 

 俺は麒麟ちゃんに質問する。

 俺の教育的方針は『自分で考え自分で行動する』だ。

 武偵憲章と被るが、教えられた答えと自分で導き出した事えは本質が違うと言うのが俺の持論であり、その結果自分自身で行動するか人を使いやらせるのかは本人次第。

 その結果含めてその人の答えだというのが俺の考え方だ。

 故に俺は基本的に重要では無い場合や、逆にかなりの緊急時以外は情報は与えても、答えは与えないようにしている。

 そして麒麟ちゃんは、俺の質問に答えを出した。

 

「人質、ですの?」

「正解! ちなみにそれがどうして最悪かわかる?」

「お姉様達の性格上、人質を第一に考え行動すると思います。その性質上受身に回り反撃もできずに全滅してしまう可能性が高いかと思いますの」

「そう、俺もまったく同じ考えだ。それに武偵は現地の人間や他の武偵との連携も重要になって来るが、人によっては人質を犠牲にする奴だって中にはいる。それが同業者だとわかれば優先度が落ちるのもよくある事だ。そして君は基本的に人質に取られやすい立場の人間だ。ここまではいい?」

「はいですの」

「今回特訓するのは、人質に取られたときの対処法だ。だけど勘違いして欲しくないのは、教えるのは飽くまで自衛方法であって攻撃方法じゃない。もし掴まった状態で他に人質がいたとして君だけが犯人を無力化できたのなら、他の人質を救うために犯人達と戦おうとは思わないでくれ。たとえ誰かが犠牲になっても人命が優先だ。たとえ同業者だろうとそれは変わらない。自衛能力しかないのに無理に戦おうとすれば被害が増すだけだ。そんな事になるくらいなら情報を持ち帰ってきてくれるだけ100倍マシだ」

「了解ですの!」

 

 取り合えずは俺の話しは理解してくれたようだ。

 後は実際に行動してみるしか無いだろう。

 

「まっ、実際にやってみようか。俺が犯人で麒麟ちゃんが人質、犯人が直接人質を拘束しているって状況で始めようか」

「はいですの!」

 

 俺は麒麟ちゃんの後ろに回り、右腕で軽く首を締めるように拘束し、理子の持ってきたモデルガンを左手で麒麟ちゃんのこめかみに添える。

 麒麟ちゃんと密着する事によって、麒麟ちゃんから少し甘い香りが漂って来る。

 その匂いはなんと言うか、俺の好きなお菓子の様な匂いだ。

 そんな思考を振り払い、今のやるべき事に意識を戻す。

 

「麒麟ちゃん大丈夫そう?」

「はいですの」

「実際はもっときつく締められれることを想定しておいて、まずは締められてる腕を少しだけ崩し息を吸い込む」

 

 麒麟ちゃんは俺が閉めている腕を前に引っ張り、呼吸に楽な程度のスペースを作る。

 人質を取る犯人は基本、脅しや牽制が目的であり、反抗すると危険だが苦しんでるそぶりや多少抵抗する程度なら犯人からすれば、自分より弱い相手を捕まえていると言う主張ができるので犯人達からはそれについて危害を加えられるの可能性は低い。

 

「多少息ができたら、次に銃を自分から引き剥がして遠ざける。このときの注意は無力化のために使う腕とは逆の手で銃を掴む事。そして相手が銃を持っている方の手と同じ方の手で無力化する事。そうじゃないと振り返る時に手間取り最悪の場合君が無力化される。無力化は速度が命だ。タイミングを見て素早く的確にする事を心がけておいて」

「了解ですの!」

「後は鳩尾や顎、こめかみを打ち抜けば油断している奴は無力化できる。ただし確実に相手が油断している状況である事が前提だ。そしてやるなら相手の意識が確実に無くなるまでやる事、それと無力化したらできるなら拘束しておく事だ」

 

 説明した事により少し気が抜けた瞬間、いや油断したその一瞬――

 

 ズダンッ!! 

 

 俺は背中から床に叩きつけられていた。

 

 て言うか! 大理石!! 

 油断して他からモロに入った・・・

 

「こう言う事ですの?」

 

 麒麟ちゃんはあどけない笑顔が少し怖かった。

 そして俺は搾り出すように・・・

 

「ナイス、一本背負い・・・」

 

 俺はそこで意識が途切れたのだった。

 

 

 


 

 

 数分後、痛い背中を庇いつつも取り合えず意識を取り戻した。

 本当に、女の子って怖いなと再確認させられたのと同時に、俺のトラウマが更新されていた。

 

「さっきの俺が教えたのは、君がやって見せた一本背負いの打撃バージョンだと思ってくれて良い。ただ投げ技は安定した技ではあるが確実性に不安が残る。そっちの方が得意なら投げ技を主体にしても良いと思う。だけど無力化しないといけない場面は必ず増えると思う。だから拘束している人間を無力化する。もっと直接的な事を言うなら相手の脳を確実に揺らしきる技を磨いておいて」

「はいですの!」

 

 そうして俺は麒麟ちゃんとの特訓を終えたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20弾 次はあかりちゃんの番だよ! えっ、ちょ、待ってください佐々木さん! それ真剣ですよね? ちょ、アッ!!

 麒麟ちゃんの特訓が終り、次の特訓する子を呼ぶために一緒に佐々木低の庭に戻ってきた。

 理子が考えたライカのスパーリングの相手だった麒麟ちゃんが抜けた為か、麒麟ちゃんの変わりにあかりちゃんがライカのスパーリング相手になっていた。

 

「ライカお姉様、また間宮様と楽しそうにしていらっしゃいますの・・・」

 

 確かにライカとあかりちゃんはスパーリングしながらも楽しげだ。

 自分の戦姉(アミカ)が自分ではない人と楽しそうにしていれば良い気持ではないだろう。

 麒麟ちゃんは少し悲しげな表情をしている。

 

「かったるい・・・」

 

 俺は左手を麒麟ちゃんの頭の上に置くと、右手を上げ――

 

「おーい! 次はあかりちゃんの番だよ!」

「はーい!」

 

 あかりちゃんを呼ぶと、元気な返事が帰ってくる。

 そして俺は麒麟ちゃんの耳元に口を寄せる。

 

「行って来な! 言いたい事や押さえられない気持ちがあるなら行動あるのみだぜ!」

「はいですの!」

 

 麒麟ちゃんは無邪気な笑顔を浮かべてライカの方に走っていく。

 こう言う反応を見ると歳相応だと思うんだけどな・・・

 

「やれやれ・・・」

「麒麟ちゃんと何を話してたんですか?」

 

 いつの間にかこちらに来ていたあかりちゃんに質問される。

 俺は一瞬考え――

 

「上手に年上に甘える方法をちょっと・・・まっ、ライカなら俺が口を挟まなくても大丈夫だろうさ」

「そうですね」

 

 麒麟ちゃん達はすこし楽しそうに話をした後、スパーリングを始める。

 やはり俺の心配する必要はなかったようだ。

 

「さてと、俺達も行こうかあかりちゃん」

「はい!」

 

 俺の言葉にいちいち笑顔で応えてくれるあかりちゃん。

 嬉しいんだけどな・・・佐々木さんが・・・

 

 佐々木さんの方を見ると――

 

 怖ッ!! ハイライトの無い星伽みたいな目で、こっち睨みながら真剣握ってるんだけど!! 

 真剣を持った佐々木さんを、双子メイドさん達が止めていてくれる間に室内に入ってしまう。

 

 できるだけ時間を掛けず、できるだけ無駄を省いてあかりちゃんに教えられる事を教えよ・・・

 俺は今日だけで何個目になったのか、数えるのを辞めたトラウマを更に与えられながらそう決意したのだった。

 

 

 


 

 

 ~side 間宮あかり~

 

 吉野先輩の背中を追いかけるように、あたしは佐々木低の室内に入って行く。

 実際に吉野先輩の特訓を受けるのは初めてなので楽しみだったりする。

 

 一体どんな訓練をするんだろ? 

 そんな事を考えていると目的の部屋についたようだ。

 

「さてと・・・」

 

 吉野先輩が振り向いたとあたしが認識した時、あたしは吉野先輩に拳銃を突きつけられていた。

 

「――ッ!!」

 

 この部屋いっぱいに充満した殺気は、間違いなくあたしに向けられている。

 それもこの前、1年生の男子達と戦った時の殺気とは桁が違う。

 むせ返るような殺気は強すぎ、息が詰まり呼吸ができず、絶対的死の予感が大き過ぎ震えさえ起きない。

 

「怖いか?」

「――ッ、はい」

 

 あたしはからからに渇ききった喉を動かし声を絞り出す。

 これほどの殺気を発する人間をあたしは見た事がない。

 と言うより、これほどの殺気を人間が発せる物なのかとすら思える。

 

「それで良い。その感情は弱さの証だ。けどその弱さを忘れるて言うのは人としての有り方を忘れるってこと、自分と言う人間を見失うってことだ。その感情は大切にしてあげな」

 

 吉野先輩はそう言いながら拳銃を下ろす。

 その瞬間、今まで充満していた殺気が嘘のように霧散する。

 あたしはその場にへたり込んだ。

 

「ッ!! はっ! はぁ・・・・」

 

 止まっていた呼吸を再開させ、荒い息を落ち着かせる。

 体中から、一気に汗が吹き出しあっと言う間に制服がびしょびしょになる。

 

「うっ・・・!」

 

 緊張が緩んだからか、胃の中の物が逆流し、その場に吐物を吐き出す。

 

「ごめんなあかりちゃん。ちょっとやりすぎた」

 

 吉野先輩は優しく囁く様に謝ると、あたしの隣でしゃがみこむ。

 そして、あたしが落ち着くまで優しく背中を擦ってくれた。

 

 

 

 

 

 あたしが落ち着いた後、志乃ちゃんの家の使用人さんに吐物を処理してもらった。

 そして、再び特訓を再開する。

 

「さて、多少事故はあったけど特訓再開するか」

「はい!」

 

 あたしはできるだけ声を張り、元気よく返事する。

 ただ、先ほどの殺気も特訓の一部というのなら、この特訓がどう言う物なのかまったくわからない。

 あたしは少し首を傾げて考えていると――

 

「先に説明をすると意味がないと思ったから行き成りやったけど、今から教えるのは向けられている武器や殺気を察知して回避、もしくは無力化する技を学んでもらう」

 

 それなら先ほどの殺気は何だったんだろう・・・

 

「ならあの殺気はなんだったんだって顔をしてるから言っておくけど、武偵なんて仕事をしてると危険な目に合うなんて日常茶飯事になるから恐怖心が薄れるんだよ。今から教える技は恐怖心をちゃんと持ってないと覚えられないから、ちゃんと恐怖心が残っているか軽い殺気で確認したんだ」

 

 あ、あの量で軽く!? 本気の殺気ってどんな量なの!? 

 吉野先輩はさもあたり前と言ったような態度で言っている。

 

 どんな生き方をしたら17歳であんなに強烈な殺気を発せられるようになるんだろう・・・

 

「俺が君に教えるのは生きる方法だ。覚えないと絶対死ぬとは言わないけど、生存確率は格段に跳ね上がる。今から教えるのは全員に教える技の中で1番簡単だけど、1番覚えるのが難しい技だ。覚悟はできてるかい?」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 吉野先輩は少し困ったように頭を掻くと、先程の拳銃をベルトから引き抜く。

 先程の件があるので、少し怯んでしまう。

 

「俺は今から殺気に指向性を持たせて銃を向ける。君はそれを避けるなり防御するなりで致命傷を避けるんだ。もし致命傷部に当たればそれは君が死んだという事になる。君は致命傷を避けながら俺に攻撃してくるだけの簡単な話しだ。ただ、これについて注意なのは、防御する事を癖にするんじゃなくて、致命傷を避ける事を癖にするんだ。だから防弾制服を盾にするのは良いけど、制服を着てない時の事も考えて癖を付けるんだよ」

「はい!」

 

 吉野先輩は後ろを向くと、距離を開けるように歩いていく。

 ある程度距離を取ると、その場で立ち止まり――

 

「行くぞ・・・」

 

 吉野先輩はそう言いながら、どんどんその雰囲気を変えて行く。

 そして、振り向いたと同時に拳銃を発砲する。

 その弾丸を右腕でガードする。

 防弾制服を着ているから大丈夫だと思っていた。

 そしてその予想は当たっていた。

 だけど、本来発砲音であるはずの物がばねがはねた音になっていたり、来るはずだった衝撃がこない事がいやでもその拳銃が偽物である事わからせてくる。

 それなのに痛みは本物で、あたしは混乱させられる。

 

「殺気を弾丸より先に先行させ、脳に本物とほぼ同等の痛みと誤認させる。武偵なんて世界で生きてるから銃の威力は脳がちゃんと理解している。だから実践とほぼ同じ殺気を当てると誤認して銃で撃たれた痛みを感じる。訓練をするには丁度良い技術だ」

 

 つまり、殺気による牽制や誘導する技の応用ってこと? 

 けど確かに特訓と言う点においては理に適っている。

 

「見るべきは相手の目と銃の手元、後は気配を感じるんだ。目の前にいる相手以外も注意し、目や手の先ではない、相手が本当に狙っている場所に向けられている殺気を感じるんだ。最効率を選び、余分を削ぎ落とし、最重要を確実に取る。それができてから始めて余分を取り入れた上でそれを有効に活用できるようになる。覚えておくんだ」

「はい!」

 

 こうしてあたしは、吉野先輩に技を貰ったのだった。

 

 

 


 

 

 ~side 佐々木志乃~

 

 皆さんが一通り個人特訓を受けた後、私が一番最後に室内に呼ばれる。

 

 正直私はムカついている。

 初対面で行き成り駄目出しを食らったのもそうだが、何より、一番大切な友達であるあかりちゃんと2人っきりで何かしていたと思うと腸が煮えくり返るようだ。

 そして、その感情をぶつけようと真剣で切り掛かって見れば、ワザとらしい悲鳴を上げて常に余裕を保って避けられ、それがまた腹立たしい。

 

 そして何より腹立たしいのは、私服にウェイト、プロテクターと、小太刀竹刀をウエストポーチに差すと言うふざけた格好をしているのに、実力は本物だと言うのが本当に腹立たしい。

 

 先程の作戦会議の時も、情報戦における話も確かに道理ではあるし、ふとした時に考え込んでボーっとする時も有ったけど、最後の命令で何が言いたいか理解ができた。ただ、それが理解できてしまう自分が嫌になるほど腹立たしい。

 

 私がそんな事を考えているとは思ってもいないだろう、怒りの原因である先輩は、こめかみを右手の人差し指で一定のリズムで叩きながら何かを考えている。

 そして――

 

「よし、決めた!」

 

 何かをひらめいたのか、少し俯き気味だった顔が、パッと前を向く。

 

 どんな訓練だろうと手早く終らせて、早く双子対策の特訓に戻ろう。

 そう思っていたのに・・・

 

「根競べしようか! 今から1時間、この装備で本気でバトって先に音を上げた方の負け! 1時間経って両方立ってたら引き分け! それでいい?」

「はい」

 

 渡りに舟とでも言えば良いのか、ムカついてる相手本人から自分を叩き潰して良いと言って来ているのだ。

 これを受けない手はない。

 

「じゃ、おいで!」

 

 先輩は軽い口調でそう言いながら右手で小太刀竹刀を引き抜く。

 その顔は誰からも警戒され無さそうな、麒麟さんとはまた少し違う、ニコニコと笑顔で――

 

「佐々木さん! あそぼ!」

 

 まるで友達の家に、遊びに誘いに来た小学生のように言い切った。

 その態度が、あかりちゃんの戦姉妹試験勝負(アミカチャンスマッチ)の時のアリアにダブって見え、私は無意識に木刀を構えていた。

 

「ッ!!」

 

 木刀を上段に構え打ち込みに掛かる。

 先輩はその場から動かず、木刀を小太刀竹刀で受け止める。

 そのまま鍔迫り合いに持ち込もうとした瞬間、先輩は木刀を受け流しながら遠心力を利用し、凄まじい足捌きで左右の足で重心を交互に変え、回転しながら私の背後に移動する。

 それに対処しようと振り向いたときには拳銃を突きつけられていた。

 

「武器は目に見える物だけとは限らない。戦闘になったら相手の武器を把握して最適なレンジから一方的に攻撃できるようにしておく事、戦闘は自分の得意なフィールドに如何に相手を入らせるかの勝負だ。自分のフィールドを出て相手のフィールドに入ったりしないように」

「はい・・・」

 

 先輩は拳銃をウエストポーチにしまうと、バックステップで距離を取る。

 私は先程の動きを警戒して防御的に動く事に決める。

 

「こっちから来いってか、上等!」

 

 先輩は右手に握った小太刀竹刀を左手に投げ持ち返る。

 そして――

 

「ラッ!!」

 

 上段から振り下ろされた小太刀竹刀を木刀で受け止める。

 その時、突然左足に衝撃を受けしゃがみこむ。

 

「相手が武器を持ってるからって、その武器で攻撃してくるとは限らない。君達がこれから相手にするのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()じゃない。だから意識は相手の武器に固定せずに相手の全てがわかるくらい広く意識を持つんだ」

「はい」

 

 私は足に力を込めて立ち上がり、今度は私が後ろに下がり距離を取る。

 木刀を中段に構えて踏ん張り――

 

「ハッ!!」

 

 私は左手を離し、大きく踏み込み最速の突きを放つ。

 私の突きは確実に入ったと思った。

 その時、先輩は小太刀竹刀の腹で受け、そのまま右に受け流す。

 そして、すれ違いざまに胴に小太刀竹刀で水平に打ち込まれる。

 

「基本的に敵の戦闘能力は未知数、自分より強いという可能性は捨てるな。可能性を自分の中で確定させると、予想外の事態になったとき動けなくなる。だから可能性を考えるのは良いが、戦闘に絡ませて戦うな」

「はい!」

 

 私は返事をしたと同時に、両手で上段に構えた木刀を振り下ろす。

 このタイミングでも先輩は反応し――

 

「悪く無いけど――」

 

 バキッ!! 

 

 そんな音が部屋に響き渡る。

 木刀の先30センチほどが無くなり、1目で分かるほどに再起不能になっていた。

 

「!?」

 

 その違和感を理解しようとした一瞬、小太刀竹刀を捨てた先輩に左手で木刀を持つ手を右に払われ、右手に持った折れた木刀の先を喉に添えられる。

 

「戦闘には予想外と暴挙が付き物。それに驚いてそこで止まるのは自分の身を危険に晒すという事、だから驚くのはいいが絶対に止まるな。その1つが自分を殺し、味方を危機に陥れる事になるんだ。だから、それだけは忘れないでくれ」

「はい」

 

 この短い時間で吉野先輩に対する考え方が変わって来た。

 確かに、この先輩に対して腹立たしさは残っている。

 けど、この圧倒的な実力に、1つ1つの行動に対する説明もしっかりとした物であり、その言葉の1つ1つが純粋に私の成長を考えてくれている事が分かる。

 吉野先輩に対する腹立たしさは残っているが、それでも、この先輩は信頼できる。

 

 私はそれだけは確信できたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21弾 みんなどれだけだけ強くなったか見学と行きましょうか!

 取り合えず、全員分の指導を終らせた俺は、何故かその後理子との組み手をする事になった。

 

 て言うか、理子の奴思ってた以上に強かったんですけど・・・

 電気パッド付きウェイトに、蹴り無しという条件付きとはいえ、強襲科(アサルト)のSランクが、探偵科(インケスタ)Aランク相手に攻め切るのにかなり掛かったのは地味にショックだった。

 

 中国拳法(クンフー)を使う事は知ってたがここまでとは思って無かった・・・

 そんな理子達は現在、特訓を終えて佐々木低のでかい風呂に入りに行った。

 そして、俺は何故か佐々木邸の外で理子が出てくるのを待っていた。

 

 特に外に出ていろとも言われてないし、俺自身特に外に用事も無かったのだが・・・

 なんとなく、風呂に入ると言う話しになって、なんとなく俺ここにいたら駄目だと思い、佐々木邸を出たのは覚えているが・・・

 ハッキリ言うとまったく佐々木邸を出た意味が分からない状態だ。

 

「かったるい・・・」

 

 ため息を付きながら何時もの様に呟く。

 気付けば日も完全に落ちて暗くなっているし、帰るのも面倒な時間になってきている。

 

 早く出てこねーかな理子の奴・・・こっちは筋肉痛がどえらい事になってるんだが・・・

 ウエストポーチに入っていた、市販の棒付きキャンディーを右手の指先で遊ばせつつ待っていると――

 

「お待たせハルハル~!」

「ったく、やっと出てきたか・・・待つのは男の甲斐性だとしても、待たせすぎると嫌われるぞ」

「もう! ハルハルってばデリカシーな~い!」

「はいはい分かりましたよ、かったるい・・・」

 

 棒付きキャンディーの包装を外し口に咥える。

 俺好みのイチゴミルク味に口の中が犯されていく。

 

 控えめに言って、幸せ・・・

 

「じゃ、帰るぞ理子」

「うー! らじゃー!」

 

 と言うわけで俺の休日出勤は、割に合わない安い晩飯が報酬で幕を閉じたのだった。

 

 

 


 

 

 4対4(カルテット)当日

 昼過ぎに俺は高千穂班と間宮班の陣地の中間地点近くを歩いていた。

 

「このへんで良いか・・・」

 

 適当に見つけたビルで今回の4対4(カルテット)を観戦する事に決める。

 左胸のホルスターからフックショットを取り出し、右手の袖口のベルトと繋げる。

 

「よし、行くか・・・」

 

 ビルの屋上にフックを射出し、屋上の柵に引っ掛ける。

 ワイヤーを巻き取り、屋上に引っ張られるように屋上に移動する。

 

 これ、客観的に見て大分シュールだよな・・・

 そんな事を考えながらも、屋上に到着する直前でフックショットを引き、屋上のフェンスを飛び越える。

 フックショットのベルトを外してホルスターに戻す。

 

「あら? 遙じゃない。あんたも見に来たの?」

 

 そこにはあかりちゃん達の試合を見に来たのか、アリアとレキがいた。

 と言うよりレキは結構強引に連れ回されていると言う感じだが・・・

 

「アリアにレキも、お前等も見に来てたのか」

 

 レキは無言でコクンと頷く。

 やっぱり喋ってくれないよな・・・

 

 

「あんたもあの子達を鍛えてくれたそうじゃない。やっぱり自分の鍛えた子達の事は気になるの?」

「いや、そこは全然気にして無い。ただあの子達の内いくつか気になる点があったから見に来ただけだ」

「それってやっぱりあかりの事?」

 

 アリアの口から、予想していた人物の名前が出てきた。

 やっぱりアリアも気付いていたか・・・

 

「あの子だけじゃないけどな。遠目だったから確信は持てないけど知ってる技に似てたからチャンスがあれば確認しようと思ってな」

「ふーん・・・」

 

 ズボンのポケットから単眼鏡を取り出し、開始前の集合地点を見てみる。

 高千穂班と間宮班の面々が、ブランドスーツにネクタイを締めメガネを掛けた、細身で挑発の美青年の教師にルール説明をされているようだ。

 

「小夜鳴か・・・また面倒くさい奴が出て来やがったな・・・」

 

 小夜鳴(さよなき)(とおる)

 東京武偵高の救護科(アンビュラス)の非常勤講師で、誰に対しても敬語で話す武偵高では珍しい礼儀正しい人物。

 女子からの人気が高く、一部の男子からは嫉妬の目で見られている。

 ただ、どことなく胡散臭さがあり、俺の軽い殺気をやんわりと受け流したり、本人に少しだけ踏み込んだ質問をしても逃げられるなど、得体の知れなさがあって俺は少し警戒している人物だ。

 

 おそらく奴が監督しているなら多少の不正やイチャモンを付けても意味ないだろう。

 

「となると、やっぱり純粋な実力押ししかないか・・・」

 

 ただ、あかりちゃん達は以前、高千穂班の面々に1分足らずで負けたと言っていた。

 そして、ランクも戦闘系の学科を受けている人数も向こうの方が上だ。

 つまりあかりちゃん達が勝てるとするのなら、この短期間に教えた技術をどこまで習得しているかと、その場その場での機転を利かせられるかだろう。

 

「はてさて、お手並み拝見と行きますか・・・!」

 

 

 


 

 

 ~side 間宮あかり~

 

 4対4(カルテット)が始まり、あたしは志乃ちゃんと共に、ライカ達と分かれ高千穂班の陣地である工場地帯に向かうべく、11区のかなり見通しの良い大通りに差し掛かる。

 この大通りは高千穂班の陣地があるフィールド上の北側であり、高千穂班からするとここは絶好の防衛ラインだろう。

 

「奥に行くには、この先の通りを通るしかありません。待ち伏せ(アンブッシュ)に注意して下さい」

「うん」

 

 今まで以上に警戒しつつ、志乃ちゃんの先導で目的地に少しずつ近づいて行く。

 4対4(カルテット)だからと言ってフィールドエリアは封鎖されていない。

 むしろ、一般的日常を舞台にした模擬戦だから、周りの店も通常営業であり、武偵高の生徒も一般人も普通に行き来している。

 

「あははは」

「だよねー」

 

 女の子向けのカジュアル衣料店からは、武偵校のセーラー服を来た女子2人が楽しげに笑いながら出てくる。

 最近増えつつあるハイブリッド車が、片側2車線の道を静かに通り過ぎていく。

 何もかも、日常の風景なのだが――

 

(いつもの町なのに、不気味に見える・・・)

 

 疑心暗鬼とはよく言ったもの。ここが敵地と思うと、町のあちこちに敵が潜んでいるような気がしてくる。

 駐車している車の裏に潜んでいるかもしれない。建物の窓や屋上から狙撃してくるかもしれない。

 そう思うとあたしは――

 

(感じる。あたしに向けられる視線が・・・)

 

 先ほどの2人組みの明るい女子生徒の隣を通過しようとしたその時――

 

(殺気ッ!!)

 

 通り過ぎると同時に、感じた殺気から逃げるように前方倒立回転跳びで前に移動し振り向く。

 

「「なっ!?」」

 

 振り向くと先ほどの2人の女子生徒は、カツラを外して同時にローキックを放とうとしてた様で、あたしが避けた事で空振りしたようだ。

 その2人の顔は・・・

 

(愛沢姉妹!?)

 

 正体を現した愛沢姉妹に、あたしは太腿のホルスターからUZIを引き抜こうとしたその時――

 

「あかりさん!!」

 

 志乃ちゃんの声が後ろからしたと思った瞬間、志乃ちゃんはあたしと愛沢姉妹との間に割り込む。

 いや、より正確に言うなら――

 

 志乃ちゃんは愛沢姉妹を真後ろに引き倒してた。

 

(ランニング・ネックブリーカー・ドロップ!?)

 

 ランニング・ネックブリーカー・ドロップとは、とあるプロレス技で、相手の首にラリアット気味に腕を引っ掛け、駆け抜ける力を利用して相手を後ろに引き倒すと言う荒業である。

 少なくとも高校生が使う技ではない。

 間違ってもスカートを穿いた女子が使ってもいい技ではない。

 そして、そのまま湯湯さんをスピニング・トーホールド――倒れた相手の足を自分は立ったまロックする関節技で封じる。

 

「2対1は、特訓してきました!」

 

 更に、志乃ちゃんは夜夜さんに鎖分銅を投げ拘束する。

 峰先輩の特訓と吉野先輩の個人指導の成果か、以前より技のキレが増し、2対1でも余裕を持って愛沢姉妹の自由を奪って見せた。

 

「ここは私に任せて、先へ!」

 

 あたしは一瞬、志乃ちゃんと残るべきかと考えたが、次の言葉でこの考えも霧散した。

 

「勝ちましょう!」

 

 志乃ちゃんは勝気な笑顔を浮かべて激励を飛ばしてくれる。

 その顔を見た瞬間――

 ここは任せて大丈夫、いや、志乃ちゃんに任せるべきだと言う気持ちが固まる。

 

「・・・!」

 

 あたしは志乃ちゃんに頷き返すと、北にある高千穂班の陣地へと。

 

 

 


 

 

 ~side 吉野遙~

 

 佐々木さんが愛沢姉妹を拘束し、あかりちゃんを先に行かせる。

 あかりちゃんも覚悟を決めたように頷き返し敵陣地に向って走っていく。

 

「良い判断だな」

「そうね、風魔がライカの方に行っているのはあの子達もわかるから、志乃が愛沢姉妹を相手してる状態なら高千穂班の陣地には高千穂本人しか居ないから1対1に持ち込めるのはわかるけど、高千穂の方があかりよりランクが上だから普通に負ける確率の方が高いんじゃない?」

 

 確かにアリアの言う事はもっともだ。

 俺もあの子達の特訓に参加していなかったらアリアと同じ意見だっただろう。

 

「確かにランク的な意味では負けてるけどランク=実力じゃない。それに最低ランクのあかりちゃんなら高飛車な高千穂の油断を誘える可能性がある。理子の特訓は俺が見ても意味がわからなかったがあいつなら無駄な事を教える事はないし、俺が教えたのは監視の可能性がある佐々木邸の庭ではなく佐々木邸の室内だ。佐々木と高千穂は家柄的に対立しているから室内の監視、盗聴の恐れはほぼ無いと言っていい。だからあかりちゃんは高千穂の知らない切り札を持ってる事になる」

 

 もちろん、高千穂が油断するかしないかで成功率も変わるし、挑発されたあかりちゃんが冷静さをなくして攻撃をしだしたら負ける確率もある。

 けど、実戦形式の訓練なのだからそれも良いのかもしれないが・・・

 

「それならあかりも一緒に愛沢姉妹を倒してから志乃と一緒に行った方が良かったんじゃない? もっと言うならあかりと志乃の立場を逆にしたって・・・」

「それは逆に、2対1を想定した訓練をしてたのが佐々木さんだけだからな、あかりちゃんが入った事で佐々木さんのテンポが崩れると逆にやられる可能性が出てくる。そして、佐々木さんの武器はサーベルや日本刀が基本。銃を持つ事が少ないらしいから相手が近接戦ではなく遠距離戦を挑んで来たら佐々木さんにほぼ勝ち目はない」

 

 基本的に剣の強みは、間合いに入った者に対する素手以上に速く、致命的な攻撃を与えられる点であり、懐に入ってきた物を撃退できるところにある。

 だが基本的に剣の間合いは、腕のリーチ+剣のリーチ+一瞬で詰めれる距離であり、当たれば必殺という考えのもと作られているのに対し、銃は腕の長さ+火薬量であり、火薬量=速度にもなる。

 詰まり、銃とは剣よりも長大なリーチから、剣と同等からそれ以上の速度で攻撃し、そのうえ、剣とほぼ変わらない致命傷を与えられる武器であり、剣より銃が強いのは明白である。

 

「対してあかりちゃんの獲物は短機関銃(サブマシンガン)のマイクロUZI、命中率こそ良くないが銃撃戦において獲物を投げるか、俺みたいに無理矢理弾を避ける戦闘法しかない佐々木さんより、弾丸ばら撒いて弾幕張れるあかりちゃんの方が勝率が上がる。逆に佐々木さんは高千穂の居場所まで行くあかりちゃんの護衛役として付いて行き、銃撃戦より近接を選んだ愛沢姉妹の方が佐々木さんの実力は活かせるってこと」

「なるほどね・・・」

 

 ただ、やはりあかりちゃん1人で高千穂と戦うのは得策とは思えない。

 特に時間制限があるわけではないから仲間の到着を待つべきではあるが、仲間がやられる可能性があるし、合流できたところで2人同時にやられてしまうかもしれない。

 全ては神のみぞ知ると言う事か・・・

 

「まっ、問題はあかりちゃん達だけじゃないんだが・・・」

 

 俺は単眼鏡を間宮班の陣地に向け直した。

 

 

 


 

 

 ~side 火野ライカ~

 

 アタシは耳に装着したヘッドセットで、あかりからの状況報告を受け取る。

 あかりの情報によると、あかり達は愛沢姉妹と遭遇し、志乃と姉妹が交戦中。あかりは北側、詰まり高千穂班の陣地深部の侵入に成功した。

 状況としては、一進一退と言ったところか・・・

 

「お話を窺うに、愛沢姉妹の動きは遊撃的でしたわ」

 

 公園の林に陣取って、目のフラッグを一緒に守る麒麟が言う。

 愛沢姉妹が居たのは11区の南北を分ける道路近辺だったから、あかり達を待ち伏せてカウンターに転じようと言う作戦だったのだろう。

 となると、攻撃を姉妹に任せて守備を固める可能性もあるが、あの高千穂の攻撃的な正確を考えると、間違いなく守備的ではなく攻撃的に動くだろう。

 

「守備に最低一人は必要だから、あと一人攻撃手がいるな」

 

 高い木下でアタシは口に出しながら思考を巡らせる。

 

「――左様。それが、某に御座る」

 

 行き成り背後に感じた気配に肯定される。

 

「ッ!?」

 

 前に飛び退き振り返ると、木の上に逆さ吊りの状態でぶら下がっている風魔と目があった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22弾 勝利は基本劇的じゃないが、これほど典型と言えそうなのは見た事ないな・・・

 ~side 火野ライカ~

 

 木の上に逆さ吊りの状態でぶら下がっている忍者と目があう。

 

(風魔陽菜!!)

 

 風魔は高名な忍者の子孫らしいと、もっぱらの噂だ。気配を消して進入する事など簡単と言う事だろう。

 アタシがその存在を認識したとその時・・・

 

 ――サァッ――

 

 風魔は木から落ちてきて、アタシの背に隠した蜂のフラッグを掠め取っていた。

 

(これだから諜報科(レザド)()りにくいぜ・・・!)

 

 圧倒的攻撃力で敵をなぎ払いつつ敵陣地に攻め入る強襲科(アサルト)のやり方は、戦闘によるリスクやコストを払う事を前提にしている。

 しかし、諜報科(レザド)はそれを払わない事を前提にしている。敵に見つからないよう、敵陣に忍び込むのが仕事だ。

 そしてそのターゲットは、

 

(・・・麒麟!)

 

 それに気付き、アタシは風魔に攻撃しようとするも、その姿はアタシの背後にあった。

 風魔の素早さに体が追いつかない。

 

「――お覚悟ッ」

 

 アタシが察したとおり、風魔は麒麟に苦無を投げようとしている。

 それは確実に威嚇だろう。それは間違いない。

 だが武偵のそれは一般のそれとは訳が違い、威嚇と言っても確実に投げる物は投げるし、撃つ物は撃つ。

 ただそれがどこに当たるか、明確な違いはそれだけだ。

 それがたとえ、防弾制服で保護されていない場所であったとしても、それには変わらない。

 

「ひっ・・・!」

 

 麒麟は怯えながらも、その場を逃げる事はしない。

 それは足元に、埋めて隠した目のフラッグがあるからなのだろう。

 みんなの為に逃げる事のできない麒麟を、今助ける事ができるのはアタシだけだ。

 だが、風魔とは背中合わせでいるこの状況で、裏拳を繰り出そうにも僅かに距離が足りない。

 

(――それなら!)

 

 アタシは振り向くのを止め、地面を強く蹴りバク転する。

 今の状態では、手よりリーチの長い足の方が攻撃に向いている。

 重力と遠心力を味方に付けた背面サマーソルト・キックを放つ。

 そのけりが、風魔の脳天に入るギリギリの所で――

 

「ッ!!」

 

 風魔は両手を頭上でクロスさせ蹴りを受け止める。

 当てる事はできなかったが、ナイフ投げ(スローイング)を阻止できたのだから上出来だろう。

 苦無で足首を書ききられないように、地面に足を落とし着地する。

 そして風魔と麒麟の間に割り込み、背後の麒麟を守るように両腕を広げ・・・

 

戦妹(いもうと)戦姉(あね)()()!」

 

 力強く宣言する。

 潜入係は敵チームに潜入する場合、通常は司令塔、機関銃手、通信手と言った重要な固体(ユニット)をまず潰していくのが定石だ。麒麟は作戦担当(ブレイン)なのでアタシより先に麒麟を狙った風魔の判断は正しい。

 武偵としては100点満点の動きで、教務科(マスターズ)にも高く評価されるだろう。

 だが、麒麟は戦妹(いもうと)だ。それを攻撃する事は戦姉(あね)が許さない。

 

「・・・お姉様!」

 

 麒麟の嬉しそうな声が背後から聞こえてくる。

 後ろの麒麟は、それはもうかっこいい物を見るような目でアタシを見ているのだろうが、普段と違って今は戦闘中で反応を返す余裕がないのがつらい。

 麒麟の声を無視して風魔と睨み合い膠着する。

 その沈黙を風魔が破る。

 

「・・・島殿は、お手が汚れている様子。フラッグは、()()()()()()()()()()

 

 目ざとくそれを見て取った、風魔からの指摘。

 ぎくぅ! と言う音が聞こえてきそうなくらいの麒麟の動揺が周囲に伝わる。

 風魔の発言はカマ掛けだったのかもしれないが、風魔を自由にさせておく訳には更にいけなくなった。

 

「目がいいな」

 

 アタシは後ろ手でセーラー服の背後からT字警棒(トンファー)を2つ取り出し、それを両手で構える。

 

「でも、目はアタシと合わせろ!」

 

 風魔に飛び掛り制圧しようとしたアタシに、風魔は――

 

「目は、潰すものでござるよ」

 

 風魔は、ぴんっ! と背筋を伸ばした状態で、その見た目どおり忍術のような技で、足の裏から煙幕を出現させる。

 幸いな事に催涙性や毒性はないようだが・・・

 

(・・・見えねぇ!)

 

 想定外の煙幕に動揺しかけるが、遙先輩に言われた事を思い出す。

 

『いいか、五感情報に神経を研ぎ澄ます場合1番重要なのは冷静でいる事だ。焦りや動揺はストレスを生み、ストレスは脳に誤認を生む。だから予想外の出来事が起きたら、できる状況なら深呼吸して冷静になれ』

 

(まずは冷静に・・・)

 

 大きく深呼吸して冷静さを取り戻す。

 そして改めてみると、煙幕が少し乱れて動いている。

 おそらく風魔の通った場所の気流が乱れているのだろう、少しだが風魔が移動した軌道が見える。

 そして、その起動にこの間の特訓の成果も踏まえると、風魔の動きが手に取るようにわかる。

 

(来るッ!!)

 

 攻撃の気配を感じトンファーで防御する。

 風魔の苦無は予想通りの軌道で攻撃してきたので防げたが、予想以上に攻撃が軽く、あっという間に引っ込んでしまう。

 それは、まるでボクシングのジャブのように、連続した攻撃で耐えるのもきついが・・・

 

『仲間を信じて、時間を稼ぐんだよ』

 

 先日の特訓で少し腹立たしい先輩に言われた言葉を思い出す。

 

 上等・・・!! 

 

 アタシはあかり達がやってくれる事を信じて、風魔の攻撃を凌ぎ続けた。

 

 

 


 

 

 ~side 間宮あかり~

 

 あたしは志乃ちゃんに背中を押され単身、高千穂班の拠点である工事現場に肉薄していた。

 勝利条件は、相手チームの目のフラッグを、持ってきた蜂のフラッグでタッチする事。

 まずは自転車と原付が並ぶ駐輪場に潜み、工事現場を覗きこむと・・・

 

(!?)

 

 敵の目のフラッグをあっさりと見つけた。

 と言うよりも、隠しもせずに2メートル半ほどの高さの土砂の山の頂上に堂々と突きたてられていた。

 あそこまで走り、スカートの内側に隠した攻撃用のフラッグを取り出してあてればあたし達の勝ちなのだが、もちろんそんな簡単に話が進むわけがない。

 

「――お前が来たのね、これも因縁かしら?」

 

 土手の手前には敵チームのリーダーである高千穂麗が待ち構えていた。

 

 カツンッ

 

 足元にあるマンホールをヒールで踏み鳴らしながら、高校1年生とは思えない胸をツンと張る。

 丸腰って事はないだろうが、それでも今のところは高千穂さんは武器を持っていない。

 この辺り一体にすでにトラップが仕掛けられていると言う事だろうか・・・

 あたしは、訝しんで動けない状況にいると、

 

「・・・私ね、神崎アリア先輩に戦姉妹(アミカ)契約をお願いしてたの」

 

 おもむろに高千穂さんが話しかけてくる。

 

「でも契約試験に躓いちゃって、その後いくら契約金を提示してもダメだった」

 

 あたしが聞いた事がない話しだ。

 あたしと高千穂さんは因縁と呼べる物があっただなんて思いもしなかった。

 アリア先輩の戦妹(アミカ)になりたかった2人。片方はなれず、片方はなれた。

 その2人が今、4対4(カルテット)で互いの班の班長として相対してる。

 これが偶然か必然かはわからないが、これほどまでの遺恨試合があるだろうか。

 

(そうだったんだ・・・!)

 

 そう言えば先日の教務科(マスターズ)の掲示板の前で喧嘩になったとき、止めに入ったアリア先輩の顔を見て少し複雑そうな顔をしていた。 

 あれはそう言う事だったのか。

 

「でも、今は戦姉妹(アミカ)にならなくて良かったと思ってるわ」

 

 感情が表に出やすいのか、負け惜しみを言うような顔をした高千穂さんは・・・

 

「あんな気の狂ったような男に絆されて、手を組んだりして」

 

 気の狂ったような男とは、吉野先輩の事だろうか。

 よく知りもしないで、自分に良くしてくれている先輩の事を悪く言われ怒りが湧く。

 

「その挙句お前を戦妹(アミカ)にするなんて、錯乱されたとしか思えないもの」

 

 自分の手に入らなかった、『アリアの戦妹(アミカ)』と言う立場を、あたしと言う材料で誹る。

 あたしは挑発されている。

 高千穂さんにはおそらく、挑発する天性の才能があるのだろう。そしてその事を高千穂さん本人も自覚しているだろう。

 挑発するからにはカウンターや、罠による必殺の攻撃があるのだろうと言う事も理解できる。

 だけど――

 

「あたしのことはなんて言ってもいい・・・」

 

 高千穂さんはあたしにとって、1番言って欲しくない事を言った。

 そのせいで、あたしの中の何かが弾けた。

 

「先輩達を悪く言うな!!」

 

 あたしは怒りに任せて高千穂班の目のフラッグの方へ走る。

 短距離走はそれなりに早いほうだが――

 

(殺気ッ!!)

 

 ――ドウゥッッッッッ!! 

 

 高千穂さんまで、残り5mほどと言ったところで殺気を感じ、その殺気で冷静に戻り右に回避する。

 ただ、冷静さを欠いてしまっていたが故に、反応が一瞬遅れ左腕に被弾する。

 今回の銃弾は実践テスト用の非殺傷弾(ゴムスタン)。殺傷力はないとは言え、暴徒鎮圧用に使用されるれっきとした銃弾であり、その威力はまるで、猛スピードのオートバイにぶつかったようで左腕がしびれている。

 

「――ッ!」

 

 高千穂さんの手にはいつの間にか取り出された、巨大なリボルバー銃――

 スターム・ルガー・スーパーレッドホークが握られていた。

 9.5インチと言う長大な銃身(バレル)に加え、銃把(グリップ)には拳銃に付けるには稀なストックが装着している。

 そのシルエットがまるでライフルのようだ。

 ドレスのように改造したセーラー服のスカートもあの巨大な銃を秘匿するための物で、銃も実用性と言う点においては申し分無さそうだ。

 実用性と趣味を両立させた侮れない相手のようである。

 

「ほほほっ! 取り巻きがいないと何もできないとでも思ったのかしら!?」

 

 高笑いと共に高千穂さんはスーパーレッドホークを連射してくる。

 

 ――ドォンッ! ドォンッ! 

 

 威力に加え、グリップの後ろにショルダーストックを増設したその銃は安定性も高い。

 あたしは致命的被弾を避けつつ、先程の駐輪場まで退避する。

 自転車では盾にならないので、そこにあった原付バイク――

 イタリア製のスクーター・ベスパを遮蔽物にして裏側に隠れる。

 そして呼吸を整え、スカートからマイクロUZIを取り出すが・・・

 

(ダメだ。UZI(これ)の距離じゃない・・・!)

 

 UZIは拳銃と言うより散弾銃に近い設計思想であり、その連射性ゆえに、撃ち手が巨漢でない限り、弾があそこまで届きはするが、反動で狙いがぶれ当たる事はないだろう。

 一気に弾をばら撒いて、あわよくば何発か当てるか、あるいは弾幕を張って敵を足止めすると言う発想の銃だ。

 近距離なら良いが、この距離だと無駄に弾をばら撒き武器を失うだけだ。

 だが撃たずに持っておけば、安定性と命中率を高める為にストックが付き、小回りが効かないスーパーレッドホークより近接では攻撃力が高く、高千穂さんは近寄ってこないだろう。

 つまりUZIを持っていればこの状況を維持でき、味方を待つ事もでき、相手の弾切れを狙う事もできる。

 

(でも、このままじゃ・・・)

 

 せっかく敵陣に攻め込んできたのに釘付けになってしまう。

 インカムからの麒麟ちゃんの報告では、ライカは風魔さんと戦っており、志乃ちゃんは何故か通信圏外だそうだ。

 戦況は刻一刻と変わり、悪い方向に進む可能性だって十分にある。

 

(どうにかしないと・・・!)

 

 あたしはこの状況を変える一手を考える。

 

 

 


 

 

 ~side 吉野遙~

 

 試合も終盤に差し掛かり、間宮班も敵のフラッグ目前と言ったところだが・・・

 高千穂の攻撃によりあかりちゃんは攻めあぐねていると言った状況だ。

 

「やっぱりちょっと教え方が甘かったかなぁ・・・」

 

 あかりちゃんの生存確率を上げる特訓をしたつもりだが、それに気を取られすぎ攻撃に関しては教えられていなかった。

 その結果、あかりちゃんは回避ができるのに攻撃ができないと言う結果に陥ってる。

 

「あんた、一体あかりに何教えたの?」

 

 自分の至らなさを反省していると、右隣のアリアから不意に聞かれる。

 

「俺が普段使っている回避術の原理とコツ、あと本来人が感じるべき恐怖感」

「何よそれ?」

「人は怖い物を見ると逃げるし、本能的に防御的姿勢を見せるだろ? あれはその究極を付き詰めた回避術。その為に正常な恐怖的価値を思い出させた。ただしあかりちゃんに教えたのは回避だけだから攻めあぐねているって感じだが・・・」

 

 そもそもこの回避術は、武器や殺気の怖さを知った上で、それらを恐れずに対処できる精神性があって始めて攻撃できる。

 

「ただその欠点は本人だけで解決できたみたいだがな」

「えっ?」

 

 あかりちゃんは盾にしていた原付を解除(バンプ)キーでエンジンを掛け、原付に乗ってフラッグの方まで走らせる。

 意外過ぎるあかりちゃんの行動に動揺したのか頭部を狙った高千穂の射撃を、あかりちゃんはギリギリ掠める程度に抑え、更に原付を走らせ続け、ハンドルに何かで攻撃用フラッグを結びつけ、そのままあかりちゃんは原付から飛び降りる。

 

 そのまま攻撃用フラッグと目のフラッグを接触させようとする作戦に気付いた高千穂は、原付を打って転倒させようとした。

 だが、まさに撃とうとした瞬間、高千穂の足元のマンホールから佐々木さんが現れ、高千穂の銃のストックにサーベルを突き刺さっていた。

 そのまま、佐々木さんに銃を奪われた高千穂はただ原付が走っていくのを見る事しかできず、原付は2つのフラッグをぶつけたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23弾 4対4(カルテット)も終ったし後はのんびりと・・・、ってのは許されないわけね・・・

「終ったな・・・」

 

 4対4(カルテット)が終わり、俺達は解散ムードになっていた。

 工事現場にいる、集合して来たライカ達とあかりちゃん達も、負けた事に動揺し鉄製のバケツにお尻から嵌ってしまった高千穂以外は、どことなく解散の雰囲気だ。

 

「さてと、帰りに晩飯の材料でも・・・」

 

 俺は振り返り帰ろうとしたその時――

 空気が変わった。

 

 直感的に、この数秒で僅かに、けど確かに何かが変わった。

 

「レキ」

「はい」

 

 俺の呼びかけにレキはノータイムで応える。

 どうやらレキもこの変化に気付いているようだ。

 

(殺気や闘気なんかじゃない。もっと曖昧で粘着質で、それでいて純粋なこの感覚・・・)

 

 俺達には向けられていないこの感覚。

 俺はこの感覚に当てはまる名前を1つだけ知っている。

 

 悪意

 

 それがこの感情の名前だ。

 

(ただこの悪意はどこに向いてる? この島じゃ悪意を向けられる奴なんてありふれすぎて特定できねー!)

 

 この島は生徒が武偵である事が一般的な場所だ。

 つまり、悪意や恨みを買う事なんて日常茶飯事であり、そんな人間がうようよ居るような場所だから個人に向けられる感情を察知するのは難しい。

 どうすれば良いか考えてると更に空気が悪くなっていく。

 

 ゴゴゴゴッ!!! 

 

 まるで地響きの様な音が響いてくる。

 それも、どこかに地響きが向かっているようで・・・

 地響き・・・振動・・・

 

(まさか・・・!)

 

 あかりちゃん達が居る工事現場は、無数の足場が設置されており、この規模の振動では何時倒れてもおかしくない。

 かと言って、俺がこの振動を止めれる訳でもなければ、今からあの子達に非難を促せるわけでもない。

 落ちてくる足場を、銃弾撃ち(ビリヤード)の要領で弾くにしても、俺のS&Wや、アリアのガバメントじゃ届きすらしないだろう。

 

「レキ、全部とは言わない。あの子達を守れる範囲だけで良い。頼めるか?」

 

 俺の問い掛けに、レキは無言でコクンと頷き応える。

 そして、右膝を付きドラグノフ狙撃銃を構えるレキを見ると、これであの子達は助かったと言う絶対的安心感が訪れるが・・・

 

(安心ばかりもして居られねー!)

 

 俺は再び単眼鏡を覗きこみ、韋駄天を発動させ動きが遅くなった世界を見る。

 見る場所は、ビルの屋上。数は工事現場から半径500メートル圏内。

 

(こんな仕掛けを作るなら、成功の確認をするため近くで監視しているはず。ただし、自身が巻き込まれない様に距離も少し開けると考え、その上で既存の双眼鏡で倍率は良くて10倍。狙撃手(スナイパー)のように飛び抜けて視力が良いならともかく、普通の人間の視力なら良くてこの位の距離のはず)

 

 もちろん、監視カメラで見ている場合はその限りではないし、狙撃手(スナイパー)の様に視力が発達している人間の場合は捜索範囲を最低でも倍に増やす必要性もあるだろう。

 そして建物に阻まれないように上から見下ろす必要性があるから屋上辺りを見るだけで良い。

 

 まずは向って右のビル群を見るが――

 居ない

 

「――私は一発の銃弾――」

 

 精神加速の弊害で、何倍にも引き伸ばされた間延びのしたレキの声が聞こえてくる。

 その何かを歌うような声は、おそらく何かのルーティンか、自己暗示の一種なのだろう。

 こちらからは見えないが、確実に足場を撃ち抜き軌道を逸らしているのが分かる。

 

 次に真正面のビルを見るが――

 居ない

 

「銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない――」

 

 更に唱え続けるレキと共に、俺もこの状況を作り出した張本人を探す。

 更に向って左側を見る――

 

「――ただ、目的に向かって飛ぶだけ」

 

 レキのその言葉と同時に見つけた。

 黒いセーラー服に身を包み、まるで日本人形のような黒髪を靡かせ、その右手には煙管を持っている少女のような影。

 

(アイツか!)

 

 単眼鏡を目から離して、その少女の影が見えるビルに向おうとしたその時。

 俺の視界の右端にライトブルーの閃光が走った。

 

「なに!?」

 

 アリアの驚く声が聞こえてくる。

 それも当然、何故ならその閃光は、レキがあかりちゃん達を助けるために足場の軌道を変え、絶妙なバランスで作った足場の小屋のような物から発せられていた。

 

(あれは・・・)

 

 その閃光が収まり、足場でできた小屋のような物から逃げるように高千穂とあかりちゃんが出てくる。その時高千穂のお尻にもうバケツが嵌っていないので、おそらく破壊したのだろう。

 足場でできた小屋のような物はそのすぐ後、落ちてきた別の足場によって潰された。

 ライカ達も避難できていたようで、逃げ遅れたあかりちゃんや高千穂も無事なようだ。

 

「こっちは一安心か」

 

 視線を戻し先ほどの少女がいたビルを単眼鏡で再び覗くが・・・

 

「チッ、逃げられたか・・・」

 

 単眼鏡を制服の内ポケットに直すと、軽く溜息をつく。

 正直何が起こっているのか掴めていないし、分からないことが増えた感は否めなが、それなりに収穫もあったからよしとしよう。

 

「何だったのアレ? 遙は何か分かった?」

「まぁ、多少はな・・・これでも伊達に『技保有者(スキルホルダー)』何て呼ばれてねーよ」

 

技保有者(スキルホルダー)』とは俺が持つ中で1番有名な2つ名であり、1番俺だと知られていない物でもある。

 そしてこの2つ名は特殊で俺以外にもこの名を持つ物はおり、通常は技保有者(スキルホルダー)の後にその本人や技を象徴するような言葉がついており、『技保有者(スキルホルダー) ○』といった形になる。

 

「あんた技保有者(スキルホルダー)なの!?」

「調べなかったのか?」

「あんたの1番有名なのしか調べてなかったのよ」

 

 確かに切り裂き魔(スラッシャー)は有名だろうけどな・・・

 

「ハッキリとは言えないけど、さっきの閃光の色からして電気的信号が関係してると見て良いだろう。鉄製のバケツを破壊したと考えると、人間の肉体に存在する量の電気量じゃなく何らかの方法で増幅させてるだろう。そしてあのスペースで考えられる物となれば、電気的要素で肉体出力の向上を狙った物じゃない」

 

 電気的に肉体の出力を上げる方法は、あくまで肉体を強化しているだけであり、攻撃するにしても防御するにしても肉体駆動の原則からは抜けられず、あのような狭いスペースでは禄に威力は出せないだろう。

 

「となると、考えられる物は電気分解か、電磁パルスの増幅による振動破壊技か。電気分解はできない物もあるから技として可能性があるとすれば後者だが・・・」

 

 あかりちゃんは一般中(パンチュー)出身だと言っていたが、一般中(パンチュー)出身の人間が持っていて良いレベルの技じゃない。

 やはりあかりちゃんには何か裏があると見ていいか・・・

 

「だが何よ?」

「・・・いや、直接見れてないから情報量が少なすぎる。俺ももう暫くあの子の事を観察してみるさ。ただ気を付けろよ、俺が今立てた技の予想が当たっていたら触れ方1つで状況全てが傾く事もありえるからな」

「ええ、分かってるわ」

 

 少しため息を付き、ズボンの後ろポケットから財布を取り出す。

 財布の中に入っている1万円札5枚を取り出しアリアに差し出す。

 

「俺は少し調べ物があるからそっちに行けない。これであの子達に何か旨い物でも食わせてやってくれ。余ったら何かあの子達に何かご褒美でも買ってやれ」

「あんたはどうするの?」

 

 俺から金を受け取ったアリアが聞いて来る。

 それに俺は後ろを向いて応える。

 

「言ったろ? ちょっとした調べ物だ。もしキンジに会ったら今日はハンバーグだって伝えてくれ」

 

 俺は軽く手を振ると、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 先ほどの少女がいたビルの屋上に到着した。

 

「といっても、誰もいないんだよな・・・」

 

 実際、俺1人が来てもそこまで意味ないんだよな・・・

 せめて理子とか探偵学部(インケスタ)の連中をつれて来るべきだったか。

 

「まぁ、ここまで来たんだから何かしら調べておくか」

 

 強襲科(アサルト)の俺に何か分かるとも思えないが、取り合えず出来る範囲で調べておく。

 取り合えず辺りを見回し何かないか探す。

 

「見つかりそうに思え無いけど・・・」

 

 と言いつつも、早速見つけてしまった。

 と言うか片付ける気もないようにしか見えない。

 

「なんだこれ?」

 

 屋上の片隅に、傾くように設置された二本の鉄パイプの先に、いかにも転がしたと言わんばかりのフルーツの缶と、更にそれに続くよう設置されているピンポン球を転がせそうな小さな間隔の二本の鉄パイプと、更に続くパッと見ただけでウンザリしそうな仕掛けが並んでいた。

 

「ピタゴラ○イッチ?」

 

 パッと浮かんだ某教育番組の名前が口から出てくる。

 いや、どこかのネタで人殺○イッチってのもあったけ? 

 

 物騒な事を軽く考えてみるが、やっぱり性に合わない。

 ブラックジョークは良いが、笑いの無いただのダークはただただ気分が悪くなる。

 

「て言うかなぁ・・・」

 

 見れば分かりそうな物ではあるが、あきらかに労力の無駄な気がする。

 いちいち1つ1つの角度や向き、場合によっては速度や風力も計算に入れなければならないし、その割には少し目立つから妨害や、予期せぬ状況に見舞われそうな気もするが・・・

 

 それに、こんな大掛かりの物を作るのに人手なり時間なり必要そうだが、それに対する結果が伴っているようには余り見えないし・・・

 

「唯一の利点になりそうな物と言えば、特定するのが難しそうってだけだが・・・」

 

 パッと見える範囲での仕掛けは、基本的にどこでも入手できそうな物で構成されており、誰もが作ろうと思えば作れそうな物であり、自分で買わずとも回収して作れば特定しにくく、なおかつ自分の資金をほぼ使わないで作れそうな物であると言う事だけはわかる。

 

「この犯人超エコロジストだな。リサイクル精神があるなら殺人なんて消費活動は控えて貰いたいが・・・」

 

 馬鹿な事を言いつつも、頭の中にある情報を整理する。

 まず、この犯人はかなり頭の良い人間のようで、今回の襲撃は様子見、もしくはただの牽制。

 犯人の狙いは恐らく工事現場にいた一年生組みの誰か。俺の予想と状況からして恐らく犯人の敵はあかりちゃんだろう。

 動機は恐らくあかりちゃんが抱える秘密を知った人間による、その秘密を暴き自分の物にする為の布石と言ったところか。

 それにあの時に感じたあの感覚。あの悪意には執着も混ざっているように感じた。

 あの執着は人に向けられるようなものじゃない。あれはむしろ物や力に対して向けられるもので、誰かと居たいと言ったようなものではなく、何かを手に入れたいという収集欲に近いと感じた。

 そしてこれはなんとなく思っただけで考え過ぎなのかもしれないが、この事件はどこと無く武偵殺しに似ているような気がする。

 手掛かりが少なく、派手に行動を起こし、明確な行動による目的だけが分かり、本命が見えないこの感じ。

 良く有る事であり割りと普通ではあるが、ここまで徹底されたものが2つも同時に発生すると因果関係や関連性を考えてしまう。

 

「クソッ・・・やっぱり俺じゃ推測や予想を立てるくらいでしか考えられないッ! やっぱり理子か誰かを連れて来るべきだったか・・・」

 

 ため息を付き頭を軽く振る。

 今回の事件については俺みたいな半人前の武偵如きの推理能力では少しも見えてこないが、別の場所はなんとなく見えてきた。

 

 以前、ラクーン台場で見たあかりちゃんの技は恐らく鳶穿だろう。そして今回の土壇場で見せたあの電流色の振動技と仮定した技。

 そしてあの子の良過ぎる感覚の冴えと、稀に見るあの子の回避や攻撃の時に出る歩法や動きは日本拳法(にっけん)に近いが、それだけじゃないのが先程の技が物語っている。

 おそらくどこかの武家、もしくは流派に属した実戦を基本とした人間と言う事だろう。

 

「同族・・・? いや、まさかな・・・」

 

 俺と同族の人間がそうぽんぽん居るわけがない。

 それに俺と同族なら、良くも悪くもあんなに真っ直ぐで穢れを知らないわけがない。

 あの程度の殺気に、あんなに過剰に反応するわけがない。

 

「なんにせよ、今は情報が少なすぎる。できる範囲で注意喚起だけして様子を見るしかないか・・・」

 

 本当に最近は問題ばかり増えてきて泣けてくる。

 何が嫌ってほぼ何も解決してないのに増えるって言うところだ。

 気が短い人間ブチギレ案件だぞこれ・・・

 

「まぁ、言っててもしょうがない。現状記録して後は理子かキンジ経由で探偵科(インケスタ)辺りの連中に調べてもらうか・・・」

 

 ポケットから携帯を取り出しカメラ機能を開こうとしたその時、理子から画像添付されたメールが届いた。

 その画像は、1年生組みの祝杯を挙げてる写真で、みんな楽しそうにしていた。

 

「まったく・・・」

 

 微笑ましいその画像を閉じると、理子にメールを返信する。

 

『人の金で食べる飯って旨いか? 返信求む!』

 

 その文章だけを送ると、現状を携帯の写真で記録しその場を後にした。

 後日アリアと理子から、あの文面でみんなのテンションがダダ下がりしたと締められたのは別の話しだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24弾 アリアがキレてあかりちゃんが泣いて俺がフォロー。いやだな・・・

 4対4(カルテット)から数日後。

 結局あの複雑な超エコロジー精神に飛んだアナログ装置については、鑑識科(レピア)の鑑定でもほぼ何も分からないと言う事が分かった。

 装置の素材の入手元は不明。

 足跡による追跡も不可能。

 逃走経路までもが不明。

 精鋭ぞろいの鑑識科(レピア)が寄って集って調べても分からない相手であると言う事だけでもわかったのでまずはそれでよしとする。

 

 そして今日。

 射撃の腕が上がらないあかりちゃんに、ついに堪忍袋の緒が切れたアリアが昼休みを挙げて、強襲科(アサルト)の地下射撃レーンにて訓練を命じていた。

 そして、レキか理子をナンパして昼飯を食べようと思ってたのに、ご立腹のアリアに拉致られて感想の言い難いあかりちゃんの射撃を見せられていた。

 

 うん、酷いなんてもんじゃないな。素人の方が断然当たるレベルだ・・・

 

「もー。こんな命中率あり得ないわよ?」

 

 スコア・ペーパーをプリンターから取ってアリアは、俺にあかりちゃんが撃ったスコアを見せてくる。

 

 6/100 

 

 それが現在、あかりちゃんがマイクロUZIを正しい姿勢で15mラインから指切り射撃(バースト)で細かく撃った時の命中率であり、それが彼女の現在15mからの攻撃力である。

 

「すみません・・・」

 

 マイクロUZIを射撃台に置きながら、しょんぼりと肩を落とすあかりちゃん。

 この反応はもっともだが、この命中率は異常なレベルだ。

 素人だってもう少しにまともに当たるだろう。

 

「あんた・・・元々撃ち方に悪い癖がついてて、それを抑えてるんじゃない?」

 

 アリアの言葉にあかりちゃんは、ギクリ、と言った顔になる。

 そう、射撃命中率が悪い生徒に関して多くに当てはまるのは、入学以前に銃を撃ちその時の感覚が癖になっていて、その癖を押さえようとしていることだ。

 だが、そう言う子に関しては何かしらの兆候や、それを匂わせる何かが出るものだ。

 そう、()()()()()()()()()()()()()何かしら分かるヒントが出る。

 

「・・・やっぱりね。どうせ入学前に違法で撃ってたんでしょ。ちょっと見せなさい。元々手が覚えてた撃ち方を」

 

 アリアがロングマガジンを装填(ロード)したマイクロUZIをあかりちゃんに手渡す。

 だが――

 

「イヤです」

 

 あかりちゃんは俺が知る中で、始めてアリアの命令を拒んだ。

 普段の素直なあかりちゃんを知る人間からすれば、考え付かないレベルの事だ。

 

「矯正するためよ、どこに当ててもいいから」

 

 面食らいながらもアリアは気を取り直してターゲットを示す。

 普通の人間なら、これだけ撃てば油断して癖の一端を見せても良いものだ。

 それを一切見せなかったという事は、違法で撃っていたと言う生半可な理由で矯正しようとしていた訳じゃないんだろう。

 おそらく、その以前の撃ち方を恥じたか、恐れたとか、そんな理由であり、周りと違うからと言う理由で矯正しているわけじゃないだろう。

 

(ありえるのかそんな事・・・)

「イヤです。矯正なら自分でやります」

 

 あかりちゃんは頑なに拒絶している。

 そこまで拒絶するようなものなのか? 

 そう考えた瞬間2つの出来事が頭をよぎった。

 

 ラクーン台場で見た鳶穿 

 4対4(カルテット)の時に見たあの正体不明の電流色の閃光を放ったあの技。

 この2つの技がもし人間に向いた場合、状況として起こりえるものそれは――

 

 暗殺

 そんな人間が銃を矯正しようとしていると言う事は――

 

「おいアリ――」

「撃ちなさい!」

 

 止めようとした瞬間、生来気の短い事が分かるアリアが、キレたように叫ぶ。

 その声がトリガーになったように、あかりちゃんはUZIを取ると、目にも見ない速度で右手を振り上げ――

 

 ババババババババババッッ!! 

 フルオートで10発、一気に射撃した。

 

 ダダダダダダダダダダンッ!! 

 人型のターゲットに・ボードに穴があき、その奥の盛り砂に9mmパラベラム弾が撃ちこまれる。

 

 UZIは基本的に反動を押さえつけ、無理矢理狙いを付けて発砲する銃だ。

 だがあかりちゃんはUZIと言う暴れ馬を押さえつける事なく、反動を使って次弾の狙いを付けて自分の力を添えるだけで誘導して見せた。

 それも、俯いてターゲットを見ないどころか、レーンの方すら見ずに撃っている。

 それも額・右目・左目・ノド・心臓に2発ずつ、計10発。全弾命中していた。

 全て致命傷となる急所だ。

 

「・・・十弩(トウド)・・・」

 

 技名のようなものを呟くあかりちゃんの声に、ハッとしたアリアはターゲットを見る

 

「・・・!」

(間に合わなかったか・・・)

 

 アリアが愕然とした表情になっている横で、俺は少し後悔する。

 俺がもう少し深く考えれば回避できたかもしれない。

 それなのに実際にこの状況に成ってしまった。

 これは俺の責任だ。

 

「あかり、あんた・・・」

 

 武偵法9条――武偵はいかなる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない。

 これはダメだ。武偵としても、一般人としても。

 

「――こうすれば満足ですか」

 

 あかりちゃんは普段見せる事のないような睨み目で、自分に発砲を命令したアリアを見ていた。

 その瞳には涙が滲んでおり、彼女を見れば見るほど自責の念は強くなっていく。

 

「こんなの、武偵の技じゃない!」

 

 あかりちゃんはUZIを手に呻くように叫び涙を拭う。

 その姿が俺には痛々しく見えて、なにも言えなくなってしまった。

 

「アリア先輩、吉野先輩、すみません。見なかった事にしてください」

 

 あかりちゃんはその言葉を残して射撃訓練場から逃げ出してしまった。

 眉を寄せて考え込むアリアの方を見て1つため息をつく。

 

「何か隠しているとは思ったけど・・・9条破りの手癖とはね」

 

 9条破り。つまりは殺人技の癖。

 武偵法は各国で違い中国やアメリカでは、殺人は禁止されておらず、稀に殺人術に精通した人間が居る。

 だが、日本と言う禁止されたうえで技その物も衰退して来ているこの国で、殺しの手癖を持つ人間は例外中の例外だ。

 

『鳶穿』とは本来『敵の眼球や内臓を、敵や自分の突進力を利用して毟り取る技』だったはずだ。

 電流色を放っていたあの技も、振動破壊技である事は推測できていた。

 そんな技を人間に向けると起こりえる現象といえば、肉体内部からの破壊によるパッと見謎の死である。

 そんな2つの技を持っているなら、彼女の特異性に気付けたはずなのに・・・

 

「あんたは分かってたの? あかりの事」

「あかりちゃんが拒否しだした辺りでな」

 

 考えるのが遅すぎた。

 人の為だと思い、考えようとするも無意識に自分には関係ない事だと思っているから、こう言う事になったのだろう。

 本当に自分が嫌いになってくる。

 

「で? これからどうするつもりだ?」

「まだ分からないわ。一般中(パンチュー)出身なのにこんな技を持ってる子なんて見た事ないもの。触れ方が分からないわ」

「言ったろ? 触れ方1つで全てが傾くって、お前が触れたのはその一端だ。こっちはこっちでフォローするからそっちは今後の事をしっかり考えるんだな。今はちょっと触れて重心がすこし傾いてる状態だ。それを元に戻すか、一回崩すかはお前の判断とあの子の意思しだい。俺ができるのはその判断までの時間稼ぎだけだからな」

 

 俺は言うだけの事を言うと踵を返す。

 

「遙はどうするのよ?」

「言ったろ? フォローに行くんだよ。かったるいがあの子を傷付けたのはかわりないんだし行くのが筋ってもんだ」

 

 俺は軽く手を振ると地下射撃レーンを出た。

 

 

 


 

 

 放課後。

 俺は校門の近くの桜の木に凭れ掛かりあかりちゃんを待っていた。

 少し面倒ではあるが、今回の件は俺の責任もあるのだからそんな事言ってられない。

 ただこれだけは口から出さずにはいられない。

 

「かったるい・・・」

 

 今回の件についてもっと早くに止めれていれば、アリアにもっと強く警告できていれば、こんな事にはならなかったのかと思うと、自然と口から漏れてくる。

 

「まったく・・・」

 

 アリアの激情型の性格もどうにかしないとな・・・

 

 少し痛い頭を軽く振っていると、目的の人物が校内から出てくる。

 もっとも、出てきたのは彼女だけではないが・・・

 

「本当に大丈夫ですかあかりさん? 体調がわるいなら救護科(アンビュラス)までご一緒しますよ?」

「ううん。大丈夫だよ志乃ちゃん・・・」

 

 少し思い詰めたような表情のあかりちゃんと、心配そうにあかりちゃんに付き添っている佐々木さんが歩いてくる。

 あかりちゃんは俺の顔を見た瞬間顔を背けてしまい、それに気付いたのか佐々木さんに少し睨まれる。

 

 ああ、この目の時の佐々木さんに勝てる気がしない・・・

 だが、ここで逃げる訳にはいかないのでこの恐怖心を押さえ込みつつ、あかりちゃんに話しかける。

 

「やっ、ちょっと良いかなあかりちゃん?」

「吉野先輩・・・」

 

 やはりあかりちゃんの表情に不安や恐れのような色が見える。

 よほど見せたくない技だったのか、後悔している事がわかってしまう。

 

「あかりさんにどう言った御用ですか?」

 

 その言葉は穏かでこそあったが、あきらかに怒気が含まれていた。

 いつも向けられる嫉妬や余計な言動をした時に向けられるような怒りではなく、純粋にあかりちゃんの事を心配し、その原因である俺を憎むそんな怒りだ。

 

 あぁ、懐かしいなこの感覚・・・

 1度は慣れ親しんだ不愉快極まりない、理解が最もできる感情だ。

 

「あかりちゃんの指導方針についてアリアと話しあったから、その結果を伝えておこうと思ってね。あかりちゃんの家柄の話しもあるし、余り知られたくない事もあるだろうから1対1で話したいんだ」

「・・・・・・」

 

 佐々木さんは俺を信じるか否かで迷っているようで、黙り込んでしまっている。

 俺だって佐々木さんの立場なら似たような反応を返すだろう。

 その時――

 

「大丈夫だよ志乃ちゃん」

 

 あかりちゃんの声が、場を落ち着かせてくれる。

 佐々木さんも少し面食らったような表情だが、注目が俺から逸れたようだ。

 

「吉野先輩は大丈夫だから」

 

 あかりちゃんはその言葉と共にこちらに向ってくる。

 その言葉と行動にどれほどの覚悟と勇気が必要かと思うと、胸が締め付けられるように痛む。

 

「行きましょう吉野先輩」

「ああ・・・」

 

 頭を少し掻くと、後で面倒な事に成りそうなのを我慢して――

 

「ゴメンな佐々木さん。今度埋め合わせさせてもらうから・・・」

 

 俺は佐々木さんにそう言い残すと、あかりちゃんとその場を後にした。

 

 

 


 

 

 ~side 間宮あかり~

 

 志乃ちゃんと別れた後、吉野先輩と一緒に誰かに話を効かれる心配が無さそうな学園島の中央部辺りのビルの屋上に来ていた。

 

「おっ、綺麗な夕焼けだな! 麻婆豆腐が食べたくなる色だ」

 

 吉野先輩は手摺を掴んで少し体を乗り出し、鼻歌を歌いながらそんな事を言っている。

 呑気な事を言ってるが、この状況でそんな事を言えるこの人がある意味尊敬できる。

 と言うか、こんな状況が嫌いだから誤魔化そうとしてるように見える。

 

「まっ、本題に入ると・・・」

 

 吉野先輩は手摺から飛び降りるとこちらに振り返る。

 その顔はいつになく真剣で、こんな時じゃなかったらずっと眺めていたいと思う。

 そして――

 

「ごめん」

「――!?」

 

 吉野先輩は頭を提げてそう言った。

 それがあたしには理解できなかった。

 あたしは吉野先輩に技の事や家の事を問い詰められることを覚悟してきたが、謝罪される様な事態を想定していなかった。

 いつもは、無邪気で遊びたがりの面倒臭がりだが困った時には助けてくれる、ヒーローのような尊敬する先輩があたしに頭を提げて謝罪してくる光景なんて想像すらできなかった。

 ましてや、本人の意識が低そうとは言え、年功序列の色がかなり濃い武偵の、それもSランクの先輩が頭を下げる光景なんて想定外だ。

 

「少し考えれば気付けたのにそんな訳ないと蔑ろにした。可能性として十分気付ける範囲内だったのに勝手にありえないと判断してアリアに対して警告を怠った。少しでも早く止める事ができて居ればこんな事にはなってなかった。だからごめん」

 

 予想外すぎる。

 吉野先輩は起きた事に対して謝るのではなく、起きなかった事に対して必要のない、謝る事ではないような物に謝罪して来た。

 吉野先輩の言わんとしている事は分かる。

 だがそれは、普通の人間なら分かる筈もないような事だったし、基本的に避けようのない事だった。

 この話に触れようとしないのはわかるが、そんな事を謝りに来るなんて予想外も良いとこだ。

 

「あっ、頭を上げてください! 吉野先輩が悪いわけじゃありませんから・・・」

 

 意外すぎる展開をどうにか止めようとするが、吉野先輩は頑なに頭を上げない。

 

「いや、俺の責任だ。同族としてもっと気を張っていれば気付けたのに、同じような人間が密集する事がないと勝手に解釈して考える事を放棄していた。ちゃんと考えていたら気づけない要素の方が少ないのに気づけなかった俺の責任だ」

「いえ、吉野先輩に責任なんて・・・えっ?」

 

 その時、あたしは吉野先輩の言葉にありえない単語に気付いた。

 その単語の意味を理解したとき、あたし達の間に強い風が通り抜けて行った。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25弾 やっと面倒事終ったし平和に・・・あ? また事件だ? ふざけんな!!

 ~side 間宮あかり~

 

 強い風が吹き、あたしは一瞬背中を震わせる。

 だがそれが風が寒かったからなのか、吉野先輩の言葉に衝撃を受けたからなのか分からなかった。

 

「ッ、同族って、どう言う意味ですか?」

 

 あたしが問いかけると、やっと吉野先輩が頭を上げた。

 その顔は何所か悪い事をしたのがばれた悪戯小僧のような困った表情をしていた。

 

「そのままの意味だよ。と言っても武家育ちってだけで流石に間宮ではないけどな・・・」

 

 吉野先輩はその言葉と共に制服の右胸に左手を突っ込む。

 その瞬間――

 

 ダダンッ!! 

 

 いつの間にかホルスターから引き抜かれ、右手には左手から持ち替えられたS&W M19が握られており、真っ直ぐと右方向に向けられ、銃口から煙が昇っているのが発砲したのを教えてくる。

 だが、着弾音が聞こえてこないのに疑問が残った。

 

「・・・(イコール)ショット。等間隔で銃弾をかすらせる事で縫合できない傷を付け出血死を狙う技だ。元はナイフや剣で使う技だったのを改造した物だけどな・・・」

 

 そう言われ、改めて注意深く吉野先輩の手の先にある手摺を注意深く見てみる。

 手摺には確かに(イコール)の字になるように深く掠められた跡があった。

 

「君のそれと比べたら直接的攻撃でもないし、確実性にも欠ける不完全な技だ」

 

 吉野先輩は少し悲しげに笑う。

 この人はこの技で誰かを傷付けた事があるのだろうか。

 目の前の彼を見ているとそんな事を考えてしまう。

 

「こんな技を家で継承してるくせに、君のような存在に気づけなかった。だからごめん」

 

 これは武偵としての謝罪じゃない。

 同族として、殺す技を学んだ物として、本来ありえる筈のない状況を気づけなかった事に対する自分自身への戒めにも近い謝罪。

 そして、同族としての共感の様な物を感じたが故の謝罪なのだろう。

 だから――

 

「謝らないでください! ばれたのはあたしの自業自得です! 勝手に技を使って勝手にばれた・・・それは吉野先輩のせいじゃない! だから! 勝手に人の失敗を自分のせいにして満足しようとしないでください!」

 

 あたしは叫んでいた。

 我慢しきれなかった。

 吉野先輩の謝罪が、「お前は格下だ。そんなお前の正体がばれたのは俺の責任だ。お前の尻拭いは俺がするからお前はもうなにもするな」と言われているみたいで、いくら吉野先輩でもこの扱いには我慢できなかった。

 

「・・・君は強いな。俺なら押し付けっちまうのに・・・」

 

 吉野先輩は呟きながら頭を掻く。

 その目は先程までの真剣な目ではなく、たまに見せる優しい目に変わっていた。

 

「君は本当に俺の予想を超えて来る」

 

 吉野先輩は愉快そうに笑う。

 その顔はいつもの様に人を警戒させない優しく楽しげな表情で、今までのどこか信念を持ち、少し後悔を孕んだ真剣な表情は微塵も残っていなかった。

 愉快そうで満足げな表情はいつもより輝かしく、ずっと触れていたいと思う。

 

「ごめんなあかりちゃん。俺は君の事を舐め過ぎてたみたいだ」

 

 今度の謝罪は今までとは違い、ちゃんとあたしに向けられた謝罪だった。

 そしておそらく、これがあたしに向けられる最初で最後の吉野先輩の最大級の誠意のある謝罪だろう。

 あたしは何て返そうか少し迷い・・・

 

「あたしこそ生意気な事すいませんでした。ただ、1つ聞いていいですか?」

「なに? 機嫌が良いから初恋位なら応えてあげるよ」

 

 吉野先輩はふざけた様に言う。

 ただ、いつもの様に冗談を交えるも、何時もより楽しげでこちらまで少し楽しくなって来る。

 その気持を押さえつつ、あたしは吉野先輩に問いかける。

 

「なんであたしにさっきの技を見せてくれたんですか?」

 

 あたしの問いかけに、吉野先輩の表情は意外と言った風に変わる。

 そしてニヤリと笑い――

 

「秘密ってのは共有するのが1番安全だ。お互いの秘密を持ってる時が1番秘密が漏れないんだよ」

 

 この言葉を聞いて思う。

 この先輩はあたしなんかじゃ測りきれないと。

 吉野先輩の言葉は真理かもしれないが、ざっくり言うと「強い人間と弱い人間がいるとして、それを対等にするには強い人間の弱点を晒せば良い」と言っているのと同じだ。

 だが言うのは簡単だが、行動に移すのは簡単じゃない。

 理由としては当然、強者としての立場や強さの根幹が崩れるからだ。

 そんな行動を、この先輩は躊躇を一切見せず晒してしまった。

 あたしには何年経っても真似ができない行動に、尊敬を超えた畏怖を覚えてしまう。

 

「さてさて、もう良い時間だしそろそろ行こうか? 今日は馬鹿な事に付き合わせちゃった夕飯奢ったげるよ」

 

 吉野先輩はこちらの気なんか知らないとばかりに言い、あたしは脱力してしまう。

 確かにありがたいんだけど・・・

 

「ついでに妹さんも呼んであげな。遅くなって心配掛けるのも可哀相だしな」

「良いんですか? あたしだけじゃなくののかも呼んで・・・」

「可愛い後輩の女の子の晩飯を奢るくらいの余裕は、何時だって財布に持たせているから任せときな!」

 

 その後、あたしたちは屋上を後にしののかと集合した。

 そして吉野先輩のお気に入りの中華料理店に連れて行ってくれた。

 

 

 


 

 

 ~side 吉野遙~

 

 あかりちゃんの家柄の事が発覚して数日が過ぎた。

 アリアはあかりちゃんの件については深く問質すことはせずにあかりちゃん本人の判断に任せるようにしたようで、あかりちゃんもその状況に甘んじることにしたようだ。

 

「おーいキンジ! 俺先に行くぞ!」

「ああ、俺もすぐに行く」

「バスが出る前には来いよ!」

 

 キンジに釘を刺して寮の部屋を出た。

 あかりちゃんとの一件の後、佐々木さんに説明と言う名の尋問を受けた。

 俺は更に佐々木さんからのトラウマを与えられたが、悪意もなかったし、ある意味役得でもあったからまぁ良しとしよう。

 俺としてはどちらかと言うと、最近出費の多い中で、佐々木さんが何故か俺の金で尋問場のファミレスで飲み食いしていた事の方が痛い。

 あの子俺より金持ってるはずなんだがな・・・

 

「まぁ、後輩に出させる訳にはいかないよなぁ・・・向こう女の子だし・・」

 

 その後、特にあかりちゃんの技が見れる事も、佐々木さんの剣技を見る事もなく、更にキンジがアリアとの契約の事件が起きる事もなく平和な時間がすぎていた。

 平和と言うか暇だ・・・

 

「よう! おはよう遙!」

「はぁ~・・・朝からむさ苦しい顔ですこと・・・」

「なんだとコラ!」

「怒り方からしてうぜぇ・・・ちょっとはクールになったら印象変わるかもな」

 

 考え事をしながら歩いていると、いつの間にかバス停に到着していたようで武藤に声を掛けられた。

 取り合えず朝の早くから見ると悲しくなる顔を弄って煽ってみる。

 あぁ、虚しい・・・

 

「朝っぱらからかったるい・・・」

 

 武藤の無駄な言葉をBGMにバスを待つ事5分。

 目の前に止まった満員ギリギリのバスに乗り込み最後尾の席に座る。

 その時――

 

「のっ! 乗せてくれ武藤!」

 

 外から聞き慣れたBGMが聞こえてくる。

 窓から外を見ると、寮の同部屋の親友が必死に走っている。

 だからあれほど言ったのに・・・

 

「そうしたいところだが無理だ! 満員! お前は自転車で来いよ」

 

 チャリが爆破されている事を知っているのに武藤はキンジそう言い捨てる。

 意地悪な男ってのはやだねぇ~・・・

 

「俺のチャリはぶっ壊れちまったんだよっ。これに乗らないと遅刻するんだ!」

「ムリなもんはムリだ! キンジ、男は思い切りが大事だぜ? 1時間目はフケちゃえよ! という訳で2時間目にまた会おう!」

 

 バスの扉は無情にも閉まり、キンジを置いて走り出す。

 しばらくは見えていたがその内キンジが見えなくなっていく。

 強く生きろよキンジ・・・

 その後しばらく移動した時、唐突に武藤が話しかけてくる。

 

「そう言えばお前、最近後輩の女子を構ってるんだって?」

「なんで武藤が知ってんだよ? やだストーカー? キャー遙ちゃん怖い!」

「ちげーよ! 不知火が最近お前が火野とか間宮と一緒にいるって言ってたんだ!」

「不知火か・・・あのお喋りめ・・・」

 

 武藤の意外な情報源であるもう1人の親友に恨み言を呟く。

 不知火は強襲科(アサルト)の人間だから注意深く見れば、俺が誰と一緒にいる事が多いかは分かるだろうが・・・

 

「で? 誰がお気に入りなんだよ? やっぱり間宮か?」

「なんであかりちゃんの名前が出て来るんだよ? それも不知火情報か?」

「ああ、最近特に仲が良さげだって言ってたぞ?」

「喋り過ぎだろあいつ・・・まぁ、仲は良好ではあるがお気に入りって程じゃないかもな」

「じゃあ火野か? 男子の仲じゃ評判は高くないみたいだが」

「ライカも良い後輩ではあるが、あいつに教えるべき場所は俺には無いからな・・・やっぱりお気に入りってのではないかな」

「なら誰なんだよ? 後輩の誰かなんだろ? 火野の戦姉妹(アミカ)か?」

「麒麟ちゃんも基本的に完成した能力を持ってるから教えられる事がないしな。ライカと同じだな」

 

 麒麟ちゃん、ライカに関してはタイプが違いすぎて俺が手を付けるべきところがない。

 逆にあかりちゃんはタイプが近い分教えられる物もあるが、あの子は何だかんだ勝ってしまう体質っぽいから基本的に放置していても今すぐどうこうはならないし、意欲の強い子だから放て置いても強くなる。

 アリアも戦姉妹(アミカ)だし強くならない理由が基本的に見つからない。

 

「佐々木さんかな・・・同じ近接タイプで日本剣術がベースだから教えれる事も多いし、あの子はあの4人の中で1番強くなりそうな動機を持っているし、その感情が俺にも一応理解できるからな・・・」

 

 ライカと麒麟ちゃん基本的に手を加える事ができない。

 あかりちゃんか佐々木さんかになると、あかりちゃんはパッと見技の基本ができていた様なので下手に手を加えすぎるのはライカ達と同じく持ち味を打ち消す可能性もあるから、ライカ達よりマシだがそれでも慎重になるべきだろう。

 消極的に考えて1番俺が教えられる事がある子であり、動機に好感が持てるからお気に入りが誰かと聞かれたらおそらく彼女だろう。

 俺のトラウマの2割くらいは彼女に与えられた物だが・・・

 

探偵科(インケスタ)の佐々木か・・・お前あんなタイプが好みだっけ?」

「好みって言うか、普通に教えがいがありそうな子だからお気に入りってだけだ」

 

 正直武藤が聞きたがっている様な色恋沙汰は基本的にもう数ヶ月ほど係わってないと俺は感情すら湧かない。

 と言うかそこまで係わりがない相手に恋愛感情が湧く状況が俺には理解できない。

 

「まぁ、お前の聞きたいような話は・・・」

 

 無い。と続けようとしたその時――

 

「きゃあああああああああ!」

 

 武偵らしくない、少女の悲鳴がバスないに響き渡った。

 

「何だ一体!?」

「トラブルだろ?」

 

 俺は武藤と一緒に運転席近くの悲鳴の主の所まで移動する。

 悲鳴の少女は、メガネを掛けた中等部の後輩のようで、彼女は何かに怯えたようで涙ぐんでいる。

 

「何があったんだ?」

「よ、吉野先輩!」

 

 彼女の手には携帯が握られており、彼女の悲鳴の理由はこれだろう予想できた。

 だがこの携帯で何故ここまで怯えるのかはわからなかった。

 

「携帯借りても良いか?」

「は、はい!」

 

 怯えた彼女を安心させるように、できるだけ優しく問いかける。

 もう逃げ出したいと言った感じの彼女から携帯を受け取り電話に出る。

 

「もしもし」

『速度落とすと 爆発しやがります』

 

 耳に当てた携帯から、特徴的なボカロ音声がふざけた台詞を言ってくる。

 俺はこの特徴に一致する物を、1つだけ知識として知っている。

 

()()()()ッ・・・!」

 

 数日前に俺の親友を狙い、それ以前にも俺の予想では3人を狙った人間。

 狙った人間以外にも複数の人間を巻き込んだ犯罪者。

 俺は軽く息を吐くと、深く息を吸い――

 

「テメーコラ!! ざっけんじゃねーぞ!! 前回はギリギリで、今回は間違いなく遅刻じゃねーか!! 単位不足になったらどうしてくれんだ!! アァ!? こちとら単位ギリギリの武藤君が付いてんだぞ!! 今すぐ出て来い轢いてやる!!」

「おいコラ!! 人を勝手に単位不足にすんな!! あと人の台詞パクんな」

 

 取り合えず言いたい事を全部ぶち撒ける。

 やっぱり事件の当事者になるのは基本的にムカつく。

 俺の言葉で武偵殺しがどう言う反応をするのかで対応も変えなければいけないが――

 

 バリバリバリバリバリバリッ!! 

 

 いつの間にか並走して来てたルノー・スポール・スパイダーから銃撃され、バスの窓ガラスが割られた。

 これはおそらく脅しのような物だろう。

 

『黙りやがれです』

「気の長い事で・・・」

 

 溜め息を付こうとした時、俺の携帯が鳴る。

 

「誰だよこんな時にッ・・・!」

 

 緊迫した状況に電話が掛かってくるこの状況に腹が立つ。

 取り合えず手に持っていた携帯を彼女に返し電話に出る。

 

「現在、御掛けになった番号はやっベー事に巻き込まれているので、また後ほど御掛け直しください」

 

 ぷちっ

 適当な言葉をそれっぽく並べ、適当に話を聞く前に電話を切る。

 そして――

 

 ブルルルルル! 

 

 また電話が掛かってくる。

 だからもう一度――

 

「現在、御掛けになった番号は――」

『次切ったら風穴よッ!』

「何だアリアか・・・どうした?」

『事件よ! あんた今どこにいるの?』

 

 言われて割られた窓の外を見てみる。

 外には4対4(カルテット)の時にみんなが祝杯を挙げたと言う『ロキシー』が過ぎ去って行った。

 

「ロキシーを過ぎた所だ」

『今から迎えに行くからそこで待機してて』

「それが無理そうなんだよな・・・」

『なんでよ!?』

 

 運転席を少し覗きこみアリアに言ってやる。

 

「今時速40キロでロキシーを遠ざかってるからな・・・」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26弾 大量のスポーツカーが相手だが、この資金はいったいどこから出てんだ?

 俺と電話越しのアリアの間に一瞬の静寂が訪れる。

 まぁ、こう言う反応されるだろうと思っていたが・・・

 

『あんたまさかとは思うけど、もしかして・・・』

「そのまさかだと思うぜ・・・」

 

 電話の向こうから呆れや悩みに近い感情を感じる。

 しょうがねーじゃん巻き込まれちまったんだから・・・

 

『とにかく分かったわ。あたし達が追いつくまでそっちは任せたわよ!』

「はいはい。なる早で応援よろしくな~」

 

 適当に救助を頼み電話を切る。

 そして、状況を確認し整理する。

 

 外にはオープンスポーツカーの赤いルノー。

 ルノーは座席は無人で、無人の座席には前回同様、短機関銃(サブマシンガン)のUZIが銃座に固定されている。

 撃って来るタイミングは携帯による音声と、他にも何か別のセンサーやカメラがあると見て良いだろう。

 バスには爆弾が仕掛けられており、減速すると爆発し、爆発の規模と設置場所は不明。

 乗客は20人未満で、ほぼ男女が半数に分かれるほどで、全員武偵校の生徒であり、民間人は運転手だけのようだ。

 強襲科(アサルト)所属の生徒は5、6人いるようで、他の生徒は戦闘系以外の学科の生徒ばかりのようだ。

 現在、バスは40キロから少しづつ加速を続け、ガソリンはまだ半分以上残っているから、ガソリン切れによる減速の心配は暫くは要らない。

 

「さて・・・ここからどうした物か・・・」

 

 俺がここでできる行動は多くない。

 1つは一か八かで攻撃に出る。

 1つはこのまま大人しくして応援を待つ。

 1つはこのバスのどこかにあると言う爆弾を探し解体、もしくは被害のでないよう処理する。

 1つは1人ずつどうにかこのバスから下ろして、被害者を少しでも減らし被害を抑える。

 

 俺が足りない頭をフルに使って考えついたのがこの4つだ。

 ただこの4つでもまだ足りない気がする。

 だから――

 

「みんなどうする? 攻撃する? 応援を待つ? それとも爆弾を探す?」

 

 判断が面倒くさいのでみんなに聞いてみる。

 俺より状況判断が旨い奴がいるとか、そう言う事では無く単純に面倒くさいから。

 

「攻撃だろッ!!」「攻撃一択だ!!」「攻撃以外ねーだろ!!」「攻撃しないでどうすんだ!?」「攻撃以外在りえねー!!」

 

 わおっ!! コイツ等スゲー攻撃的何だけど!? コイツ等馬鹿なの!? 脳みそが筋肉に侵されてるの!? 

 面倒だから聞いてみたが、まさか男子の半数が攻撃を選択するとは・・・

 しかも、周りの男子や女子達もどう行動したら良いのか分からない様で、いきなりの悲鳴に銃撃も重なったのでまだ少し混乱状態のようだ。

 

「じゃ、どうやって攻撃する?」

 

 自信満々に攻勢に出るという奴等に問いかける。

 何の案も無く、唯攻勢に出るという発言は聞くに堪えない。

 コイツ等には案があるのか? 

 

「もうすぐ行ったところにトンネルがある。トンネルに入る瞬間、画質補正切り替えのタイムラグが起きるはずだ。そこを複数で狙い撃ちにする。的もデカイしいける!!」

 

 確かにこう言った遠隔からの操作をする際は、視界をクリアにするためカメラを自動で画質補正をする事はある。

 だが、100%と言う訳ではない。

 人によっては画質をそのままにする事もあるし、そもそも通常のカメラを使う保証もない。

 

「ダメだ、不確定要素が多すぎるから認められねーよ」

「なんでだよ!! ビビってるのかよ吉野!!」

 

 同学年の強襲科(アサルト)の男子に詰め寄られる。

 周りの男子を見ても、口には出さないまでも同じような事を考えているのだろう事を、彼等の目が物語っていた。

 これが今の強襲科(アサルト)の生徒だと思うと泣けて来る。

 

「ビビってる? 本気で言ってるならお前等中等部からやり直せよ!」

 

 男子の顔色が険しくなるが構わず続ける。

 Sランク武偵を舐めているのか、吉野遙と言う人間を舐めているのか分からないが、個人的に一言言わないと気が済まない。

 

「武偵憲章5条 悲観論で備え、楽観論で行動せよ。これは遊びじゃない。実際に人が死ぬかもしれない。自分が命を落とすかもしれない。勝率なんて万全に備えたとしても5割から9割。それなのになんで考え過ぎなくらい考える事ができねーんだよ!! なんで命を守る為に思考する事ができねーんだよ!! ビビってる? 当たり前じゃねーか!! 生き残る為に思考しない、人命軽視の甚だしいお前等武偵が大嫌いだ!!」

 

 気が済むように思った事をぶちまける。

 正直、この点がこうだから駄目だと言うか、良いアイディアならそれに任せるつもりだったのだが・・・

 お粗末なアイディアに、自分の意見を反対されたら貶してくる根性。

 それが引き金になったのは疑う余地はないが、ここ最近のストレスも一緒に出た様で妙な満足感と言うか、達成感が確かにあった。

 

「お前等はもう何もするな。被害が増えるだけだからな」

 

 何か言いたげな男子にそれだけを伝えて、左手で右胸からM19を取り出す。

 ただ、相手は短機関銃(サブマシンガン)のUZIと、スポーツカーのルノー。

 完全に止めるには普通の弾丸じゃ手数で負け、当たり所が悪ければ大参事、何て事もありえる。

 故に、俺は初弾を残し全弾を試作型武偵弾に入れ替え、通常弾をズボンの右ポケットに押し込む。

 そして、武藤に短く耳打ちする。

 

「すぐにキンジとアリアが来る。外のルノーは俺が何とかするから武藤はもしもの時に運転できる様に備えててくれ」

「あ、ああ・・・けど大丈夫なのか? お前1人で・・・」

「俺を誰だと思ってんだ? みんなの憧れSランク武偵の吉野遙ちゃんだぞ! これくらいどうにかするさね」

 

 軽く武藤に手を振ると、近くの座席にベルトのワイヤーを打ち込む。

 見えてきたトンネルにバスが入るまで後5秒ほど。

 軽く息を吐き気分を落ち着かせる。

 

 4

 今までのふざけていた気持や周りの男子に対して吼えたときの気持を切り替える。

 

 3

 意識が戦闘思考になる中で自身が最適だと認識できる動きを頭の中でシュミレーションする。

 

 2

 バスの通路の中央で、バスの後尾に向けてM19を構える。

 

 1

 M19の引き金を引き、最後尾の窓ガラスが甲高い音を上げ割れていき、窓の外に散っていく。

 

 0

 俺の影がトンネルの影に隠れた瞬間、俺は外の光を追いかけるように走り出す。

 最後尾座席を足場に、割れた窓の外へと大きく飛び出した。

 

「ッ!!」

 

 張ってあった腰のワイヤーを右手で掴み力を込める。

 左手の親指でベルトのワイヤー射出ボタンを止めると、バスにワイヤーで繋がれた体は体の向きとは逆の方向に引っ張られる。

 飛び出した時の勢いも無くなりそのまま地面に着地するも、ワイヤーで繋がったままの体は引っ張られ、ワイヤーを掴んだ見てでバランスを取りながら体をバスの方へと向かせ、水上スキーのような体制になる。

 今、俺の体を支え、地面の上を滑る俺の靴は防弾防刃性を上げるため、靴底と靴底の間に柔軟性を持たせる仕込み付きの鉄板を挟んでいる。

 間違っても、気づいたら自分の足がミンチになっていたなんて事態にはならないだろう。

 

「!?」

 

 バスの方を見たとき、俺は驚愕させられた。

 先ほどの男子達が銃を構えて、バスの右側に並走して来てたルノーに向けていた。

 

「バカ!! やめ――」

 

 止めようと声を掛けた瞬間、ルノーに取り付けられたUZIが火を噴いた。

 バス全体に弾丸をばら撒くように乱射したUZIは、男子達を撃退し非好戦的だった生徒を牽制し戦闘意思を完全に断ったようだ。

 俺が男子達のアイディアを否定したのは、非戦闘系の学科の生徒と一般人の運転手もいたから作戦が失敗した時の被害を考えたからだ。

 なにが何でもこの事態を止めようと思ったが、全て無駄になってしまった。

 

「クソッ!!」

 

 まず1発目にルノーの左側の前輪に弾丸を撃ち込む。

 すると、ルノーの速度が一気に落ちて、俺の隣に並んだ。

 ルノーがとなりに並んだ瞬間、UZIの銃口にもう1発を撃ち込み追い越していく。

 ルノーは完全に停止し、UZIの弾丸も発射されなかった。

 

「よし! うまくいった!」

 

 俺が撃ち込んだ武偵弾は粘着弾(ホールド)と呼ばれる物だ。

 ある特殊な樹脂が使われており、着弾すると瞬間的に伸縮性と粘着力が高くなり1、2秒ほどで固まる。

 狭いとこに撃ち込めば瞬間的に伸縮性が撃ち込んだところ以外にも伸び粘着し、すぐに硬化するし強度も1発銃口に撃ち込めばスナイパーライフルでも1発くらいは防げる優れものだ。

 問題点があるとすれば使いどころがかなり難しいと言う事くらいだろう。

 この弾丸は固い物に水滴を落とした時のように、撃ち込んだ角度の放射的反射上に広がるから、正面から撃って場所や物に別の物をくっつけ固定する事ができない。

 

「後は爆弾だけ・・・」

 

 左手でベルトのワイヤー巻き取りのスイッチを押そうとしたその時――

 

 ババババババババババッッ!! 

 

「カハッ・・・!」

 

 背中に衝撃が走り一瞬体制を崩しかけるも、何とか留まる。

 右手のワイヤーを放し、後ろに振り返る。

 振り返るとそこには、先ほどのルノーと同じようなオープンスポーツカーが3台ほど走ってきていた。

 それも当然の如く、助手席の辺りにはUZIが固定された銃座が設置されている。

 

「またかよ・・・どんだけ金持ってんだよ・・・」

 

 M19をスポーツカーに向ける。

 残り3発になった粘着弾(ホールド)を最小限の使用で最大効率を出す方法を考える。

 その瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グギッ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭の中に電流のように、不愉快な衝撃と音が響き渡った。

 そこで完全にバランスを崩し、ワイヤーに繋がったまま転倒してしまう。

 

(クソッ!! なんなんだ一体!?)

 

 転倒しきる前に首だけを動かし状況を確認する。

 スポーツカーのUZIは結構高めに設置されており、先ほど後ろから撃たれた事からわかるように、上半身に弾が当たったところで衝撃があってもバランスは持ち直せる。

 それなのにバランスを崩したと言う事は、バランスを取る根元である足元を攻撃されたという事だ。

 だが、たとえUZIの弾丸が命中率が低いとはいえ、あれだけの高さに設置されているUZIの弾が足に当たるほど弾道がズレるとは考えづらい。

 その時、地面に落ちている車のタイヤが流れて行くのが目に入った。

 

(そう言う事か、いらない事をしてくれらぁ・・・)

 

 おそらく、俺が飛び出したと同時に射撃しようとして反撃された時に、バスのスペアタイヤの金具が壊れて外れて俺の足に引っ掛かったのだろう。

 そのせいか右足首から先が先ほどから全く動く気配がない。

 

「クソッ!!」

 

 後ろ受身の要領で起き上がり、バランスを取り直す。

 だが、この足じゃバランスを取り続けるのも不可能だろう。

 次の行動を考えて行動に移す。

 M19の銃身を咥えて左手を放すと、腰裏のサバイバルナイフを引き抜き俺とバスを繋ぐワイヤーを切る。

 切った後の慣性で、後ろに倒れるのを後転でやり過ごして立ち上がる。

 

(かったるい。けどどうにかするって言ったんだ。死なない程度にやってやる!)

 

 咥えてるM19を左手で取ると、1番手前のスポーツカーのタイヤと、UZIの銃口に粘着弾(ホールド)を1発づつ撃ち込む。

 撃ち込まれ停車したスポーツカーを追い越し、残りの2台のスポーツカーがこちらに向かって猛スピードで突っ込んでくる。

 右足の状態を考えると回避が間に合わない。

 M19をホルスターに直し、左足だけで取れる行動を考える。

 

「オオォォォォーー!!」

 

 ぶつかる寸前に左足でできうる限り高く飛び、俺の下まで来ていたスポーツカーのボンネットの上をスライディングの要領で滑る。

 滑る間に右手で、左胸からフックショットを引き抜き、スポーツカーの前の地面に向ってフックを撃ち出す。

 フックはスポーツカーの下に入り込み引っ掛かり、ボンネットからフロントガラスを滑り、落ちそうになる寸前でワイヤーを止め運転席の上に落ちる。

 

「ラッ!!」

 

 左手に握ったサバイバルナイフで助手席の銃座を叩き切りUZIを黙らせる。

 フックショットのフックを収め、ワイヤーを巻き取り収納する。

 フックショットをホルスターに直し、左手のナイフを助手席にこていし突き刺して右胸のホルスターからM19を取り出し右ポケットの通常弾を2発込め直す。

 その時機械音が聞こえ、嫌な予感に従い伏せる。

 

 ババババババババババッッ!! 

 

 伏せた瞬間、俺の頭上を無数の弾丸が通り過ぎていく。

 通り過ぎたのを確認し、ハンドルを固定し操作している機械に2発弾丸を撃ち込み機械を外す。

 右手でハンドルを握り、大きく左にハンドルを切る。

 左に並走していたスポーツカーにぶつかり、スポーツカーのUZIが少し傾く。

 すかさずUZIの銃口にM19に込められた最後の1発を撃ち込む。

 最後の粘着弾(ホールド)が硬化したのを確認すると、M19を手放し助手席のサバイバルナイフを左手で引き抜き、適当な場所にサバイバルナイフを突き刺しハンドルを固定する。

 助手席のシートベルトを腕に絡め、左隣のスポーツカーに身を乗り出し右手でサイドブレーキを掛けシートベルトを引っ張り体勢を戻し、助手席に座り直すとブレーキを踏みながらナイフを引き抜き先ほど止めたスポーツカーの少し先に駐車した。

 

「アァ~、疲れた・・・」

 

 座席に凭れ掛かり前髪をかき上げトンネルの天井を眺める。

 卒業分の単位を取っているとは言え、最近は少しサボりすぎだったのか疲労感が半端ではない。

 

「後はキンジ達を待ってれば良いか・・・」

 

 安堵の為か意識を手放しそうになったその時、視界の右端に走り去る何かを捕らえた。

 この状況で走り去る物など想像するのは簡単だ。

 

「ふざけんなよ・・・!!」

 

 遠退き掛けた意識を手繰り寄せ、アクセルを強く踏む。

 前にいるスポーツカーは4台、距離は10mちょっとだろう。

 M19は弾切れで、走行中に運転しながらポケットの銃弾を取り出して込めるのは現実的ではない。

 使うなら先ほど切断した銃座に固定されていたUZIがいいだろう。

 

「やってやらぁ・・・!」

 

 右手でハンドルを固定し左手に持ったナイフを噛んで咥えると、自由になった左手でUZIを掴みハンドルに押さえつけると、右手でUZIの上からハンドルを固定し直す。

 咥えているナイフを左手で握りなおすと、引き金辺りの部品をナイフでノミのように外す。

 

「・・・ッ!!」

 

 左手でUZIのグリップを握り、前の4台を対向車線から追い越す。

 後ろスポーツカーのUZIがこちらに一斉射撃してくる。

 左手でサイドブレーキを引きドリフトの要領で無理矢理スピンさせる。

 ハンドルを握る右手の下にUZIを通し、車のドアの上に置き――

 

「アアアァアァアァァァ!!」

 

 少し下辺りに向けてUZIを乱射する。

 銃弾の大半が外れ、アスファルトに撃ち込まれる。

 だがその内の数発がスポーツカーのタイヤに当たりパンクさせる。

 これでもうまともには走行できないだろう。

 

「いい加減かったるいんだよクソッタレが!!」

 

 鬱陶しいスポーツカー共に吐き捨ててやる。

 が、その時――

 

 ガンッ!! 

 

 乗っているスポーツカーに、撃ったスポーツカーのボンネットがぶつかり、乗っているスポーツカーが制御できずにスピンしだす。

 ヤバいと思いスピンと逆方向にハンドルを切るも、止まる訳もなくトンネルの壁にぶつかる。

 

「グッ・・・!!」

 

 その反動でスポーツカーのドアに強く頭部をぶつけた。

 薄れていく意識の中で、最後に爆音と熱風を感じ完全に意識が途切れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27弾 そう言えば誰も事件は1つなんて言ってなかったな・・・

 あの後、車の中で気絶していた俺は気が付いた時には救護科(アンビュラス)併設の武偵病院のベットに寝かされていた。

 おそらくキンジ達が救急車の手配をしてくれたのだろう。

 担当医である救護科(アンビュラス)の男子生徒の話では、右足首の脱臼と全身の細かい擦傷、ついでに頭部の打撲程の外傷しかないそうだ。ただし右足の使用は禁止で安静にしろとの事で数日は松葉杖必須だそうだ。

 俺が寝ている間にレキがお見舞いに来てくれていたようで、彼女からの置手紙によるとアリアも一緒にこの病院に入院しているらしい。

 今回の事件は大きな被害も無く負傷者も俺とアリアだけだそうだ。

 

「さてっと・・・」

 

 ベットの上で起き上がると、枕もとの壁に立て掛けられた松葉杖を右手で掴み立ち上がる。

 先ほどの担当医も、めんどくさそうな顔でそれなりに動けるようになったら退院しても良いと言っていたので、荷物をまとめて病室を後にする。

 慣れない松葉杖に手間取りつつゆっくりと歩く。

 面倒事の時には何時もみたいに動けないから別で身を守る方法を考え無ければならないだろう。

 攻撃を避けるよりも、右足を前に左足で踏ん張って受けるほうが現実的か・・・

 

「かったるい・・・攻撃受けるの得意じゃねーのに・・・」

 

 言ってても仕方ないので渋々ながらも現実を受け入れる。

 そんな事を考えている間に、病院のロビーまで来ていた。

 

「これからどうしたものか・・・」

 

 今後の予定を考えようとしたとき、ふと視界の端に浮かない顔をしたあかりちゃんを捕らえた。

 俺のお見舞いであのような顔をするとは思えないから、おそらくアリアのお見舞いだろう。

 俺もあのような顔をして心配してもらえるくらいの人間に成りたいものだ。

 

「Hey! そこの美少女! そんな顔してると美人が台無しだぞ!?」

 

 取り合えず何時もより調子を上げて話しかける。

 最近忘れがちに成っていたが、やっぱりこう言う態度を取れる俺が一番楽で何も考えなくて良い。

 

「吉野先輩・・・」

 

 声をかけると反応こそしてくれるが、それでも表情が晴れることは無い。

 やはり俺ではどうしようもないと言う事か。

 

「アリア先輩は大丈夫なんですか・・・?」

「さてな・・・同じ事件の負傷とはいえ、負傷したタイミングも場所も違うからな・・・面会謝絶なのは確認できたがそれ以上になると忍び込むしかないな」

 

 俺の言葉に明らかな落胆の色が見える。

 やっぱり俺じゃこの子を元気付ける事ができないようだ。

 どうしたものかと考えていると・・・

 

「お姉ちゃん!」

「ののか!」

 

 いいタイミングで正面玄関からロビーに入ってきた間宮さんの方に、あかりちゃんの視線が外れた。

 ただ、入ってきた間宮さんの雰囲気にどこか違和感を感じる。

 

(なんだこれは・・・?)

 

 言い表しようの無い違和感の正体を探るために間宮さんを観察してみる。

 間宮さんの視線が何となく合ってない気がするし、よく目を凝らして見てみると間宮さんの眼がどこと無く濁っている様に見える。

 眼に影響が出るような病気を中学生が発症するとは考えにくし、視力の低下なら眼鏡なりコンタクトをするだろう。

 頭部に衝撃があり眼に影響がでるのなら、頭部に衝撃を受けた時点で病院に担ぎ込まれるはずだ。

 なら他に眼に影響が出そうな外的要因といえば・・・

 

(まさかッ・・・!!)

 

 ふとある可能性に思い至った瞬間異変が起こった。

 どういう話からこの状況になったかは分からないが、あかりちゃんが差し出した現金を間宮さんは受け取ることなく空を掴んだ。

 

「ののか?」

 

 あかりちゃんの疑問の声と共に間宮さんの体がふらつく。

 間宮さんから俺の考え肯定するかのように気配が消える。

 

(やばい!!)

 

 俺は韋駄天を発動させると、松葉杖を放し右袖のベルトを右手で引っ張り出すとそのまま左胸のホルスターのフックショットに繋ぐと、そのままフックショットを引き抜く。

 そのまま正面玄関側の床にフックを撃ち込みその場で大きく跳ぶとワイヤーを巻き取り移動する。

 俺の体は床をスライディングのように猛スピードで滑る様に移動し、ある程度移動するとフックの返しを収納してワイヤーを巻き取り回収し、倒れてくる間宮さんを床に落ちきる前に受け止める。

 

「間宮さん! 間宮さん!!」

 

 倒れた間宮さんに呼びかけるも反応が無い。

 おそらく先ほど現金を受け取ろうとした時には意識が朦朧としており、そのまま立ったまま気を失っていたのだろう。

 あかりちゃんは何が起きているのか分からないといった様子だ。

 

「ののか? ののか! ののか!」

 

 なんとか状況を理解したのだろうあかりちゃんが間宮さんに呼び掛けるがやはり反応は無い。

 周りの生徒達も気付いたのか、すぐに病院のスタッフが呼ばれ間宮さんが担架で運ばれていく。

 俺もフックショットをホルスターに直すと松葉杖を回収し、自分の力だけで何とか立ち上がる。

 

(最悪の状況だな。面倒事が起きすぎて処理しきれない。まるで目に見えない人海戦術で攻め立てられてるみたいだ。しかも・・・)

 

 あかりちゃんの方を見てみると、呆気にとられた用に呆然としている。

 彼女が崇拝の如く慕っているアリアに続き、自分の妹までもがいきなり倒れたとなるとこの状態も分からなくは無い。

 だが、この件は間宮さんに起こったことであり、俺が介入するのは最悪の時だけに控え、あかりちゃん自身が解決した方が彼女達の為だろう。

 となると、まず俺がするべきことはこの呆然としたあかりちゃんを正気に戻すことだろう。

 

(しょうがない。あかりちゃんに嫌われて見るか・・・)

 

 1度溜息をつくと、あかりちゃんの前に立つ。

 そして──

 

 パァァンッ!! 

 

 ロビー全域に乾いた音が響き渡る。

 振り切った左手の平がビリビリと痺れに似た痛みを感じる。

 あかりちゃんは自分が何をされたかも分かっていない様で、徐々に何をされたかを理解しだし右頬に触れる。

 

「よ、しの、先輩・・・?」

「君は一体何やってんだ?」

 

 俺はできる限り冷静にあかりちゃんに問いかける。

 

「あ、あたしは・・・」

「アリアの次に間宮さんもこうなってショックなのは分かる。不安だってあるだろう。けどな、1番不安を感じてるのは理由も分からず行き成り気を失った他の誰でもない間宮ののか本人だろ!!」

 

 少し口調が荒くなってきている気がするが構わず続ける。

 

「明確な何かをしろなんて言わない! 心配や不安を感じるなとも言わない! けど!! お前はののかちゃんの姉なんだろ!! だったらこんなとこで思考をとめて突っ立てんじゃなくて、ののかちゃんが目を覚ました時に不安にさせない為に側に居てやれよ!!」

 

 気付いたら俺は叫んでいた。

 その叫びは周りの生徒の注目を集めていたようで、野次馬根性で聞き耳を立てている奴等がチラホラと見える。

 

「ちっ・・・」

 

 これ以上注目を集めるわけにもいかないと判断し、俺はエレベーターまで戻り、降りて来る生徒達と入れ違いに入りボタンを押す。

 扉が閉じあかりちゃんが見えなくなると、壁に凭れ掛かり前髪を掻き上げる。

 取り合えずあかりちゃんを正気に戻す事には成功したし、俺が取れる行動も残りわずかだろう。

 

「クソッ・・・!!」

 

 左手の拳を凭れ掛かっている壁に叩き付ける。

 俺個人の判断として何一つ間違った行動をした覚えは無い。

 だが、間違ってないからとはいえ、俺の心に何も残さなかった訳じゃない。

 

「最低だな俺・・・」

 

 何一つとして間違わず、最善の手段だけを選んだ。

 それでも俺は、理不尽に後輩の女子に手を上げてしまった。

 人間としても武偵としても最低だ。

 俺はそんな自己嫌悪に苛まれた。

 

 

 


 

 

 エレベーターを出た俺は、近くにあった売店で缶のコーラと好きなライトノベルを購入し近くのベンチで思考を切り替えていた。

 やはり気分を切り替えたいときはやっぱり赤いラベルのコーラに限る。

 

「さて、行くか」

 

 近くのゴミ箱に空き缶を捨て、松葉杖を付きつつ歩き出す。

 少しずつ慣れ始め歩く速度が少しずつ早くなっているのがわかる。

 こんな怪我で仕方なくしなければならない行為を慣れたくは無いもんだが。

 

「かったるい・・・」

 

 しばらく歩き、近くの病室の前で立ち止まる。

 病室には面会謝絶の札が掛かっているが、躊躇無く扉を開く。

 

「おいコラ頭ピンク武偵! どうせ居るんだろ?」

 

 軽口を叩きながらも、病室に入る。

 病室はVIP用の個室らしく、少し洒落た机や椅子が設置されており照明も周りと少し違うものを使われているようだ。

 さすが貴族様。俺達一般人とは待遇が違う。

 

「あんた、面会謝絶の文字が読めないの?」

「俺は自由を愛する男なんだよ! 俺の行動は米軍だろうがドイツ軍だろうが止められねーぜ」

 

 いきなり入った俺が悪いとはいえ、そこはかとなく馬鹿にされた様な嫌味っぽい事を言われ地味に傷付く。

 そんな俺の心にダメージを与えたアリアは、患者服に頭に包帯を巻いた痛々しい姿だった。

 そして何時もの髪飾りは何故かしていなかった。

 

「お見舞いだ。くだらねーだろうけど暇つぶし位には成るだろうから読んでろ」

 

 左手に持っていたライトノベルをベットの上に放り投げてやる。

 アリアは少し訝しげな表情でライトノベルを見ると少しため息を吐く。

 

「で、何の用よ?」

 

 アリアは割と元気そうだが、俺と違いベットに腰掛ており、立って話をする気は無いようだ。

 こいつ面会謝絶の必要性無いだろ・・・

 

「お前の戦妹(いもうと)ピンチだぞ。助けろとは言わんが行ってやれ」

「あかりが? あんたが知ってるならあんたが行ってあげれば良いじゃない。あの子、あんたに懐いてるみたいだし」

戦姉(あね)はお前だ。あの子の味方をするのを決めたのは俺じゃなくてお前だ。だったらお前が行け」

 

 何時ものアリアらしくない事を何時もとは違った雰囲気で言うのに対し、俺も何時もとは違う態度で答える。

 そして1度病室を出て廊下に置かれている車椅子の上に松葉杖を乗せると押しながら病室に戻って言ってやる。

 

「それとそういう事を言うならもっと感情を入れるんだな。もっともそんな事言った日にはぶん殴るがな」

 

 車椅子に乗せた松葉杖を車椅子の持ち手に引っ掛けると、ベットの側まで押していく。

 

「ほら乗れよ。頭撃たれたんだろ?」

「あんたこそ足怪我してるんでしょ? あんたが使いなさいよ」

「男が気を使ってんだ。それに頼った上で気を使ってこそいい女だって言うのが俺の持論でな。それに俺は支えがあれば移動できるからこっちの方が良いんだよ」

 

 俺はアリアの手を握り少し強引に車椅子に乗せる。

 

「それじゃ、さっさと行きますよ!」

 

 少し重くなった車椅子の持ち手を握ると、車椅子を押して病室を出た。

 

 

 


 

 

「確かこの辺だって聞いてたんだがな・・・」

「あんた病室の場所くらい聞いときなさいよ!」

「俺はインスピレーションで生きてるんだ。自分がやりたい事をやりたい時にするだけだ」

「だからって自由に生き過ぎでしょ! もう少しくらい堅実に生きなさいよ!」

「必要さを感じたらそうする」

 

 適当に話を切り上げ間宮さんの病室を探す。

 歩きながら探すというより、車椅子で廊下を滑るように乗り回していると言った方が正確だろう。

 松葉杖よりも自分の腕力で体を持ち上げ左足で廊下を蹴るだけなので、体の負担が少なくかなり楽で良い。

 

「そういえば遙は何で妹さんが倒れたのか検討は付いてるの?」

「あぁ、多分だがありゃ毒だな・・・」

 

 ずっと気になってたのか、アリアが俺の考えを聞いてくる。

 確証は一切無いが俺の予想を取り合えず話しておく。

 

「事件に巻き込まれたのなら病院で倒れることは無い。同じ事で言うなら事故も除外できる。何らかの病気の可能性もあるが中学生の彼女じゃ可能性としては少ない。倒れた直前で何らかの要因があった可能性に関しては、あの場には俺やあかりちゃんも居たし、何よりも今回のバスジャックの関係者が出入りしている施設内で起きたからその線も無い。だから可能性が高いのは遅効性の毒物くらいだ。そしてパッと見た限りでは視覚に影響が在るみたいだったから多分神経毒か何かだろう」

「けど、妹さんはあかりと違って一般人じゃない。妹さんがそんな物に触れる機会があるとは思えないけど・・・」

「俺もそこが気になったんだが、その間宮さんが、いや間宮姉妹が一般人ではなかったらと仮定するとすべて解決する」

「確かにそうかもしれないけど、確証は無いんでしょ? それじゃこの話は破綻するじゃない」

「ああ、確かにそうだ確証は無い。この話はすべて俺が考え可能性の中で1番ありえそうな物を1つずつ持ってきて繋いだだけのルートの予想でしかない。けどな、俺達はその可能性の片鱗を見ただろ・・・」

「片鱗って・・・」

 

 そう、彼女たちが一般人ではない可能性の片鱗という物証を俺達は見ている。

 俺だけでも彼女の片鱗は4つも見たのだから、アリアならそれ以上に見ているだろう。

 鳶穿。閃光を発する振動技と仮定した謎の技。十弩と言う殺しに特化した急所に2発ずつ撃ち込む射撃技。

 そして、これが俺の1番彼女達が一般人ではないと判断した要素である。

 

 殺気に対する過剰なまでの察知能力

 

 俺は特訓の時に何度かあかりちゃんに殺気を当てる事があったが、加減して普通なら竦み上がる程度に抑えたが、それでも彼女は引付を起こす寸前まで感じ吐いてしまった。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()ような()()()()()()()()()()()()()()()ように。

 これは気配に敏感だとか、勘が鋭いだとかその程度の話ではない。

 そう、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()人間のようだった。

 これらの判断材料があったからこそ、俺があかりちゃんを同類だと判断した理由だ。

 

「あかりちゃんの技の1つ1つがその片鱗だと考えれば辻褄が合うんだ。そうなればどう言う経緯は分からないが毒に触れると言う場面が自然に生まれる」

「確かにそれなら話は通じるわね。けどそれだと・・・」

「ああ、間違いなく明確な敵がいる事になる」

 

 自分たちの毒を何らかのアクシデントにより摂取したのならその場で解毒するだろう。

 なら摂取するにしても注入されたにしてもそれは間違いなく悪意ある物なのは確実だろう。

 

「今日のあかりちゃん様子からすると敵に接触(コンタクト)された可能性があると俺は思ってる」

「確かなのその予想は?」

「さーな、表情から読み取っただけで確かなことなんて言えねー。そのあたりはアリアが直接聞くんだな」

 

 その時──

 

「──ついてこないで!」

 

 あかりちゃんの叫び声が通りかかった病室から聞こえてくる。

 気配からして他にもライカや佐々木さん達も居るようだ。

 

「どうやらここみたいだな・・・」

「そうみたいね」

 

 車椅子をそちらに向けて病室の様子を見る。

 どうやら少し口論をしているようだが・・・

 

「あたしが犠牲になれば・・・いいの!」

 

 その声と共に力強く扉が開く。

 

「・・・・・・!」

 

 病室の中には目に包帯を巻いた痛々しい姿の間宮さんと、あかりちゃんはもちろんライカや佐々木さんだけでなく、麒麟ちゃんと陽菜までいた。

 そして、部屋を出ようとしたあかりちゃんとばっちりと目が合い、少し気まずさを覚える。

 それを吹っ飛ばすようにアリアが空気を読まず口を開く。

 

「自己犠牲が『美談』になるのは、お伽噺の中だけよ」

 

 アリアがもっともな事を言う。

 だがそれは俺も同意の話でもある。

 

「自己犠牲は、現実では『逃げ』の手段よ。そして逃げれば逃げるほど、事態は深刻化する」

 

 アリアが少し鋭い目つきで、説教っぽくあかりちゃんに語りかける。

 やはりどこの世界でも先輩と言うものは、後輩に対してどこか説教臭くなるみたいだ。

 

「・・・アリア先輩・・・」

 

 それを聞いたあかりちゃんはしゅんと項垂れる。

 

「言ったはずだよ。『1の為に全を捨てるな 全の為に1を捨てるな 1の為に全を取り、全の為に1を取れ』って。やっぱり俺なんかの話は聞いてくれないかな?」

 

 俺はできるだけ静かに、なるべく穏やかにあかりちゃんに問いかける。

 あかりちゃんは俺の問いかけに顔を背けてしまうところを見ると、俺の話を完全に忘れていた訳じゃないようだ。

 それが何となく俺は嬉しいと思ってしまうのと同時に、こんな時にそんな事を感じてしまう俺に自己嫌悪を感じてしまう。

 かったるい・・・

 

「・・・・・・」

 

 しょんぼりと顔を伏せて口を閉ざしているあかりちゃんに対し──

 

「──敵に接触(コンタクト)されたのね?」

 

 いきなり確信に切り込むアリアにスゲーと言う感想を抱くも、腹の内にその感想を飲み込んでおく。

 あかりちゃんはアリアの言葉に何も言えず、アリアも『しょうがないなぁ』と言う表情になる。

 そして少し怒ったような顔で、

 

「あたし、勘は鋭い方なの。あんたが隠してるのは、その敵のことだけじゃない」

 

 きろっ、とアリアはそのツリ気味の赤紫(カメリア)の眼があかりちゃんに向けられる。

 

「──自分自身のことも、隠してる」

 

 アリアがどんどんあかりちゃんの逃げ道を塞いで行く。

 容赦ねーなこのピンクロリは・・・

 

「あんたは本当の自分をずっと隠して、力を抑えてきた。だから武偵ランクも低いまま。違う?」

 

 本当に嫌なくらい逃げ道を塞いでいく。

 本気になったアリアはここまで容赦なく人を追い詰めるのかと、背筋が冷たくなるのを感じる。

 こいつとぶつかる事があるのならそれなりの覚悟をする必要があるのだと理解させられた。

 

「──何もかも隠したまま、何もかも解決できるの?」

 

 その言葉がとどめになったのかあかりちゃんは俯いてしまう。

 そんなあかりちゃんの背中にみんなの心配そうな視線が集中する。

 

「・・・ごめん・・・」

 

 ゆっくりとあかりちゃんは口を開く。皆に対して。

 

「ごめんねみんな。今まで、隠してて・・・」

 

 涙を流し──

 

「・・・話します。あたし、先輩たちの前で・・・嘘、つけませんから・・・」

 

 空虚で、どこか壊れたような笑顔を浮かべている。

 俺はその笑顔を見た事は無いはずだ。それなのに俺はこの顔を覚えている。

 誰を見たのか、どこで見たのか記憶に無い。それなのに、俺は覚えている。

 記憶に無いのに覚えていると言う違和感。

 俺にはその違和感が酷く気持ち悪く、今すぐ逃げ出したくなってしまう程に不快に感じてしまう。

 だが、今はそんな違和感を思考の隅に追いやる。

 

「あたしは元々、この学校に入っちゃいけなかった生徒なんです」

 

 あかりちゃんはずっと隠してきた自分の過去と正体を明かしだした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28弾 最低と言う言葉は俺のためにある言葉だ

 あかりちゃんが打明けた話は壮絶と呼べるものだった。

 彼女の祖先が江戸時代に公儀隠密に属する間宮林蔵だった事。

 間宮林蔵がその命のやり取りの最中生み出した技の数々が、代々間宮家の長男長女に『人々を守るために戦う』と言う理念と共に受け継がれてきた事。

 2年前、間宮一族が夾竹桃と名乗る敵とその一派に襲撃され、間宮一族が散り散りになって逃げた事。

 その際にあかりちゃんと間宮さんが夾竹桃に捕まり、間宮さんが風魔家の符丁毒を撃ち込まれた事。

 そんな辛い体験をあかりちゃんは語ってくれた。

 時に苦しそうに、時に泣き出しそうに。

 

「なるほどな・・・」

 

 あかりちゃんの話を聞いて納得がいった。

 殺しの技を持っている人間が、取り締まる側の人間の近くに居て得られる利点なんて数えるほどしかない。

 技の矯正か、自分の姿を隠すと言った所だろうか。

 

「あたしたちが襲われたのは・・・ののかがこんな目に遭わされてるのは、間宮の術なんかがあったからなんです・・・!」

 

 あかりちゃんが目に涙を溜め、少しづつ感情的になっていく。

 あぁ、やっぱり俺はあかりちゃんの事を他人だとは思えない。

 ここまでの共感を覚える人物がこんな近距離いるのが偶然と思うことができない。

 これは運命なのだろうか。

 俺が彼女と出会った事は運命なのだろうかと真剣に考えてしまう。

 

「あかり。じゃあ、お母様の理念についてはどう思うの。『人々を守るために戦う』──世にはびこる悪から、無辜の民を守るために戦う。それは、立派な理念世絶対誰かがやらなきゃならないことだわ。その尊い理念を、あなたの一族は継いできたんでしょ」

 

 少し落ち着かせるように、アリアが語りかける。

 

「それは・・・守りたいです・・・」

 

 この言葉を聞いて俺は確信する。

 どんなに共感しようが、親近感を覚えようが、俺と彼女とでは根底にあるものが違いすぎる。

 

「でも、間宮の技は人を殺める技なんです。だから、あたしは武偵高で・・・」

「技の矯正か・・・豪く遠回りしたもんだ・・・」

 

 あかりちゃんの口振りからすると、彼女は間宮の殺人術のせいで一族がバラけ、間宮さんが毒を食らうはめになったと考えているのだろう。

 故にあかりちゃんは間宮の術を不殺(ころさず)の技に作り変えることで狙われる必要性を無くそうと考えた。

 そんな時に武偵法を絶対遵守し、違反数0の偉業を誇る憧れのアリアが現れたので、指示を仰ぎつつ技の矯正を進める事にした。

 おそらくそんな時に今回の事件が起き、今に至るということなのだろう。

 

 あかりちゃんの考えは理解できるし間違えてもいないと思う。

 だが、例え殺しの技だろうと、工夫や知恵の1つで相手を殺さないことはできる。

 そもそも技の矯正だけなら俺や別の技保有者(スキルホルダー)に話を持ちかければ相手にもよるが大体解決するはずだ。

 やはり遠回り・・・いや、これはあかりちゃんが純粋だと言うべきなのだろうか。

 おそらく、殺しの技を忌避したあかりちゃんは工夫と言う選択肢を思いつかず、完全な技の改変を選んだのだろう。

 

 良くも悪くもあかりちゃんは純粋すぎる。

 その純粋さが俺には眩し過ぎ、羨ましくもあり、妬ましくもあり、そんな醜い感情が溢れ出す俺自身がますます嫌いに成っていく。

 

「それで──『鳶穿』も、奪取の法に改変したと」

 

 ここまで沈黙を保っていた陽菜が口を開く。

 確か、陽菜の家である風魔はかなりの旧家と言う話だったはずだ。

 何か過去に間宮家と係わりがあり鳶穿の存在を知っていたのだろうか。

 

「うん・・・でも・・・何年もかかって、作り直せたのはそれだけ・・・体に染み付いた癖は、なかなか取れないんだ」

 

 自嘲気味に笑いつつ、あかりちゃんが椅子から立ち上がる。

 

「あかりさん・・・?」

 

 こちらに向かって歩いてくるあかりちゃんに、佐々木さんの不安げに声を掛ける。

 あかりちゃんは、自身の制服の腕を押さえるように立ち止まる。

 

「みんな、お別れだね」

 

 あかりちゃんは左袖の武偵高の校章を剥がした。

 武偵高の校章は国によって異なる物になっているので、所属が変わるたびに制服ではなく校章だけを替えれるようにマジックテープで着脱可能となっている。

 それを付け替え以外で剥がす理由は1つしかない。

 

 あかりちゃんは武偵校を去る気だ

 

「あたし・・・やっぱり行くよ。夾竹桃のものになって、ののかを助ける」

 

 あかりちゃんは佐々木さんたちのほうに振り返ることなく覚悟を決めた表情で病室のドアに向かっていく。

 

「あかり・・・」

 

 アリアにしては珍しい、少し弱気な声を出すもあかりちゃんは止まらない。

 

戦姉妹(アミカ)契約も解消します。あたしはアリア先輩みたいには・・・なれなかった」

 

 そう言ってあかりちゃんが病室のドアノブに手を──

 

 

 

 

 

 パシッ!! 

 

 

 

 

 

 かけなかった。

 いや、かけれなかった。

 気付いた時には俺は車椅子の取っ手を放し、壁に倒れるように凭れ掛かりあかりちゃんの右手首を右手で掴んでいた。

 

「放してください吉野先輩」

 

 あかりちゃんは自分の覚悟を邪魔されたと感じたのか、眉を顰め腕を放すように要求してくる。

 正直、自分でもなぜ動いたのか分からないが、動いてしまったのだからこの際言いたい事を言ってやろう。

 

「君が夾竹桃のところに行ったとして誰が救われるんだ?」

「そんなの・・・!」

 

 あかりちゃんが振り向き反論しようとしたが、振り向いた瞬間に言葉が止まってしまう。

 あかりちゃんの視線の先を見てみると、間宮さんの痛々しい姿があった。

 

「確かに君が夾竹桃の下に行けば間宮さんは延命されるかもしれない。けど、それは本当に救われてるのか? 命が助かったってのは救われたて言うのと(イコール)なのか? 自分が犠牲になって残され人間が何を思うか君は考えたことがあるか?」

「なら、吉野先輩は知ってるんですか? 誰かのために自分が犠牲になろうと決めた人間の思いを! 仲間が犠牲になって残された人間の思いが分かるんですか!?」

 

 あかりちゃんの言葉に、今度は俺が黙ってしまう。

 彼女達に話してもいいのだろうか。話すべきなのだろうか。話さずに彼女を納得させる事ができるのだろうか。

 俺はありとあらゆる思考を巡らせ答えを出す。

 

「分かる。いや、分かりそうになった事があるって言う方が正確かもな・・・」

 

 俺は全てではないが話す事に決めた。

 

「ある女の子の潜在能力を恐れた男がその女の子を殺そうとした。その女の子を殺させない為に今の俺でも絶対勝てるはずの無い相手に挑んだ。ただ、その戦闘はその男による俺の成長を促すために仕組まれたものでもあった。その後すぐ俺は家に居づらくなって家を出て今に至るってわけだ」

 

 かなり省いたが概ね間違った説明した通りだろう。

 思い出したくもない物を思い出し、気分が滅入ってくるが今は放ておく。

 

「話が逸れたけど、俺は君の問い掛けの2つを知っている。だからこそ俺は君を止める。その行為で救われる人間なんて居ないからな・・・それでもその自己満足を通そうというのなら──」

 

 俺は一瞬考えてしまう。

 これを言ってしまってもいいのか、この言葉を言って後悔しないのか、そんな事をほんの一瞬だけ考える。

 そして──

 

「──俺も一緒についていく」

「えっ・・・?」

 

 俺の発言にあかりちゃんは意外といった表情になる。

 ただ、それ以上に周りのメンバーがざわつく。

 

「遙!! アンタ一体何言ってんのよ!?」

 

 俺があかりちゃんを止めると思っていたのか、俺の発言にアリアが驚きの声を上げる。

 俺は基本的に第3者視点で適当な場所でのんびりしたいって言わなかったか? 

 場所はどこでもいいし、味方はしないが一度面倒を見たら最後まで面倒を見続けるスタンスなんだが・・・

 

「武偵校に入った理由は中学で達成できたからな。保険かけて高校卒業までいるつもりだったけど後輩の女の子がわかってて尚間違えようとしてるならほっとけないだろ」

 

 そう、普通ならほっとけば良いはずの事をほっとけないこの人間性が自分でもかったるいと思ってしまう。

 本当にこの性格をどうにかして、本当の意味で第3者の傍観者視点で平和に生きたいものだ・・・

 アリアは俺が引く気が無いのが分かったのか、ため息をつき話を戻す。

 

「とにかく! 規則上、戦姉妹(アミカ)の途中解散には双方の合意が必要よ。あたしは合意しない」

 

 アリアの言葉にあかりちゃんの足が完全に止まり、俺もあかりちゃんの手を放す。

 俺の話より戦姉妹(アミカ)であるアリアの言葉のほうが響く物もあるだろうから、俺が口を挟む事ももうしなくていいだろう。

 

「あたしの戦姉妹(アミカ)なら戦いなさい! 敵と──そして、自分と()()として敵を逮捕するのよ!」

 

 普通なら投げ出してしまってもしょうがない状況でも、アリアはまだあかりちゃんの戦姉妹(アミカ)であろうとしている。

 俺ならできないであろう戦姉妹(アミカ)として導くことを諦めないアリアが、俺には少しまぶしく映ってしまう。

 

「・・・でも」

 

 アリアの言葉にあかりちゃんが夾竹桃の下に行きペットになるか、武偵として夾竹桃を捕まえるかで揺れている。

 そんなあかりちゃんが声を絞り出す。

 

「敵は、夾竹桃は、強いんです・・・アリア先輩を傷つけた敵と、同じくらい・・・!」

 

 あかりちゃんの頬から涙が零れ落ちる。

 

「あたしは間宮の技もほとんど失っているんです・・・昔のものは封じて、新しいものは身につかなくて・・・」

 

 一体、夾竹桃に何を吹き込まれたのか、あかりちゃんの心が折れている。

 完全に相手を強者と認識し、本能的に戦うことを拒否しているようだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()・・・!」

 

 本当に何を吹き込まれたのか、自分はこうだと思い込んでいる。

 これは例え俺が口を挟んだところでどうにもならないだろう。

 これをアリアはどうするのか・・・

 

「違うわ」

 

 アリアはノータイムで否定する。

 

「見落としてるわよ、あかり。あんたが持ってる、大事なものを」

 

 アリアは座っていた車椅子から立ち上がり、あかりちゃんの隣に歩いていく。そして

 

「・・・何をですか・・・?」

 

 そう言って涙を拭くあかりちゃんの肩に手を置く。

 

「振り返れば、そこにあるわ」

 

 答えを示すように、アリア自身も振り返ってそう言う。

 そうやってあかりちゃんも促されるままに後ろを振り向く。

 そこには──

 

「──あかりさん!」

 

 佐々木さんの顔が──

 

「あかり!」

 

 ライカの顔が──

 

「間宮様!」

 

 麒麟ちゃんの顔が──

 みんながそこにいた。

 

「家が何だ、技が何だ! あかりはあかりだろ!」

 

 熱い感情を隠そうともせず、ライカが強く言い放つ。

 縛られるな、お前はお前だと。

 

「微力ですがお力添えしますの!」

 

 麒麟ちゃんも笑顔で宣言する。

 俺よりも、あかりちゃんよりも1歳も2歳も年下の女の子が戦うと言っている。

 だから俺は彼女を、麒麟ちゃんを尊敬するんだ。

 その隣では、

 

「あかりさんが死ぬと言うのなら私も一緒に死にます!」

 

 佐々木さんが涙ぐみ、自分の手で胸を押さえながら感極まってそんなことを口走っている。

 どうやら彼女の頭の中では独自のストーリーが展開していたようだ。

 興奮して我を忘れているようだが、それでもこの中で1番あかりちゃんの事を強く思っているのは間違いなく彼女だろう。

 

「某も助太刀致す。風魔の秘伝『符丁毒』の悪用、許すまじ」

 

 助太刀、つまり今回陽菜はあかりちゃんの味方として助けるということだ。

 佐々木さんが、ライカが、麒麟ちゃんが、陽菜が。

 友達があかりちゃんを助けると言ったのだ。

 みんなの声を聴いたあかりちゃんの目から、さっきとは違った意味の涙があふれた。

 

「みんな・・・助けて、くれるの・・・?」

 

 あかりちゃんは顔をぐしゃぐしゃにして仲間に問いかける。

 

「みんな・・・」

「1年暗誦(あんしょう)! 武偵憲章一条!」

 

 アリアが鋭く、この場の後輩たちに号令する。

 それを聞いた佐々木さん、ライカ、麒麟ちゃんが同時にビシッと直立不動の姿勢を取り、

 

「──()()()()()()()()()()()!」

 

 陽菜も含め、みんなで力強く声を合わせる。

 武偵憲章

 全ての武偵が遵守するべき心得、その一番最初に記述されている一番大切な心得を。

 

「・・・みんな・・・」

 

 あかりちゃんの目から涙が止まる事なく溢れ続ける。

 やっぱりあかりちゃんは俺にはない物を持っている。

 羨ましい

 そんな今の状況にふさわしくない汚い感情があふれてくる。

 

「──あかり」

 

 アリアの声にふと我に返り頭を振って関係のない思考を振り払う。

 アリアはまだ少し歩きづらそうにあかりちゃんに近づき、ぺたり、とあかりちゃんの腕に1度は捨てた武偵高の校章を貼りなおす。

 

「あんたに初めて、()()()()を下すわ」

「──!」

 

 作戦命令

 ここ1番の作戦の際には作戦コードがつき、基本的には戦姉(あね)が付けるものであり1人前として認められた証といってもいいだろう。

 あかりちゃんはお世辞にも1人前と呼べるほどの実力はないだろうが、それでもここ1番の時は来る時は来るんだ。

 だからこその作戦命令、だからこその作戦コードなのだろう。

 

「あたしはあたしの敵に、この傷をの借りを返す。あんたはあんたの敵を逮捕しなさい」

 

 額に巻かれた包帯を指しながら、アリアは言った。

 

「作戦のコードネームは──『AA(ダブルエー)』」

 

 コードネーム、俺には一度としてついた事のない物だ。

 やはり俺にない物をどんどん得ていく彼女は、俺以上に特殊性が存在するのだろう。

 

「アリアとあかりのAよ。同時に、2人の犯罪者を逮捕するのよ」

 

 そう、来る時は来る。

 そしてその時はきた。来てしまった。

 ならば、後は進むだけ。

 前に敵を見据え前に進み目的を完遂する。

 後に残っているのはそれだけだ。

 

「──返事ィ!」

 

 くわっ! とあかりちゃんに渇を入れる。

 それに──

 

「──はいっ!」

 

 応えるようにあかりちゃんは大きな声で返事した。

 これで進むのだろう。やっと解決に向かいだしたのだろう。

 

「やれやれ、やっと1歩前進だな!」

「吉野先輩」

 

 俺の言葉に反応しあかりちゃんがこちらに振り向く。

 その目はまだ少し涙が滲んでいるが、先ほどまでの迷いのこもった物ではなかった。

 

「もう間違える事も無さそうだな」

「はい!」

 

 あかりちゃんのその返事には確かな自信が見て取れる。

 

「ならもう最後まで信じな。君自身の力を」

「私自身の力?」

 

 あかりちゃんが少し不思議そうな顔をする。

 俺はそんなあかりちゃんの頭に右手を乗せ、優しく撫でながら話を続ける。

 

「たとえ敵がどれだけ強大で強くても、どれだけ恐ろしい絶望に打ちのめされても、君は強いんだ。それがたとえ君自身の力じゃなかったとしても、たとえ時の運に助けられただけだったとしても、それを成したのは君の過去と行いだ。それは間違いなく君の力だ。それを妨げるのは何時だって敵じゃなく自分の心なんだ。だからどれだけ臆病でも、どれだけ絶望しようとも、君だけは信じるんだ。君の力を、能力を、君自身の過去、覚悟、決意 のすべてを信じ求めるんだ」

 

 俺の経験してきた過去の過ち、絶望その全てを俺はこの子にさせないことに決めた。

 けど、これは思いやりや親切心、真心と言ったものじゃない。

 これは()()()()だ。

 俺よりも沢山の物を、()()()()()()()()()()()に対する()()()()()ができる唯一で最大の嫌がらせだ。

 俺が今までしてきた後悔も経験もあかりちゃんだけには絶対に()()()()()()()()!! 

 

「君の全ては君の中にだけあるんだ。誰かに何か言われたとしても、何かにぶつかって挫けそうになったとしても、結局あるのは自分を信じ進むか、自分を信じずその場に立ち止まるか、たったそれだけなんだ。それだけで誰か大切な人の為に生きられる。たったそれだけで人は無敵になれるんだ」

「はい」

 

 今度は俺が言いたい事を理解をしたようにあかりちゃんは返事をする。

 けど違う。

 俺は、俺の()()()()()()()()()()()()()にしておきたいだけだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でありたいだけだ。

 それを俺は心にしまっておく。

 そしてあかりちゃんの頭に置いていた右手を、あかりちゃんの左肩に乗せかえる。

 

「うん、いい返事だ。じゃ、ッ!!」

「──ッ」

 

 周りに漏れないように、俺はあかりちゃんに一瞬殺気をぶつける。

 その瞬間、あかりちゃんの意識は途絶え、身体の力が抜け前のめりに倒れるのを、俺は床に落ちないように受け止める。

 

「「あかり!?」」「あかりさん!!」

「大丈夫。不意打ちの殺気にビックリして意識を手放しただけだから明日の朝には目が覚める」

 

 急な状況に驚いたアリア、ライカ、佐々木さんに説明する。

 

「とりあえずまだ時間があるんだ、今日は休んで作戦決行は明日だな。疲れもそうだが、準備も必要だしな。ライカ、あかりちゃんを頼む」

「はいッ!」

 

 ライカに意識の失ったあかりちゃんを預けると1つ溜息をつき、この場の後輩たちに支持を出す。

 

「武偵憲章五条 行動に疾くあれ。先手必勝を旨とすべし。明日の作戦に備え即時帰宅せよ! 解散!!」

「「「「はい!!」」」」

 

 そうして彼女たちは明日の決戦に備えるため、各々の思いを胸に家路に着いた。

 

 

 


 

 

「やれやれ、まったく大変な1日だな・・・」

「ホントよ。あかりが武偵を辞めようとするし、アンタはあかりについて行こうととするし・・・」

「バスジャックが無いのはご愛嬌ってな」

 

 ライカ達が意識の失ったあかりちゃんを連れて帰った後も、俺とアリアは間宮さんの病室に残っていた。

 先程、あかりちゃんを受け止めた時に元々絶対安静の筈だった右足で踏ん張り、また痛みがぶり返しできたのでしばらく休憩させてもらうことになった。

 

(情けねぇ・・・)

「まぁ、全てがいい方向に進み出したんだ。良しとするか」

「そうね」

 

 俺とアリアは何となくだがお互いに笑みを浮かべあう。

 本当に大変な1日だったのに、お互いに笑みを浮かべられるとは割と余裕を持てているらしい。

 

「吉野先輩、アリア先輩。今日はありがとうございました」

「別にいいわよ。あかりはあたしの戦姉妹(アミカ)なんだから」

「俺に関しては、今日1日でしたことなんて怪我した後に怪我人運んだだけなんだから。間宮さんがお礼を言うことなんてないよ」

 

 そう、今回俺のしたことなんて実際問題それだけ何だから、そんなことでお礼なんて言われていたら誰でも直ぐにSランク武偵になれるだろう。

 

「間宮じゃなくて名前で呼んでください吉野先輩。間宮じゃお姉ちゃんと被っちゃいますし」

「そっか。ならこれからはののかちゃんって呼ばせてもらうよ」

「はい!」

 

 あかりちゃんを正気に戻したときに、勢いに任せて呼んでしまったが、せっかく本人の許可が出たのだから遠慮なく呼ばせてもらおう。

 

「まぁ、俺が居なくても全て旨くいったんだ。俺にお礼なんて言う必要ないさ」

「でも、吉野先輩はお姉ちゃんが1人にならないようにしてくれました。意図した事じゃ無かったとしてもそれがお姉ちゃんのことを思ってくれているんだ思うと嬉しかったんです。だから、ありがとうございました」

 

 年下の子がここまで言って来てるんだ、例えそれが勘違いだとしてもそれを否定し続けるのは野暮というものだろう。

 人が考え信じた物が本人にとって真実。

 それが全てでいいだろう。

 

「君がそう言うなら事実がどうあれ素直に受け取っておくよ。俺にとっては戒めになりそうだけどな」

 

 本当に情けないがこれを戒めに次を拾うとしよう。

 

「さてと、そろそろ俺たちも御暇するか。脚もそろそろ平気だろうし・・・」

 

 左足に力を込め、椅子から立ち上がろうとした時──

 

「少しいいですか吉野先輩」

 

 ののかちゃんに呼び止められ椅子から立ち上がるのを止める。

 一体何の用か見当もつかないが、おそらく面倒事なのだろう。

 それでも、好奇心からか、それとも何かほかの要因が絡んでいるのか、やはり断れない。

 

「なに? 面会時間もそろそろだし、用があるなら急いだ方がいいよ」

 

 ののかちゃんに話を少し急がせる様に促す。

 

「お姉ちゃん達を信用していない訳じゃないんですけど、何か嫌な予感がするんです。怪我をしている吉野先輩に頼む事じゃ無いのはわかってますけど、それでもお姉ちゃん達を助けてあげてくれませんか?」

 

 ののかちゃんが真剣な表情をして頼んで来る。

 その表情が、俺の状況を理解して頼んでいるのがわかる。

 おそらく、ののかちゃんが今頼れる武偵の人間はアリアか俺くらいなのだろう。

 アリアは頭部を負傷、俺は足を負傷。

 負傷度で頼る相手を消極的に考えるなら、アリアより俺を頼るのは当然の選択だろう。

 

「アリア。悪いけど今から最低な発言をするけど暫く黙っててくれないか?」

「・・・わかったわ」

 

 俺の頼みにアリアは訝しげな表情を浮かべ、少し考えから静かに了承してくれた。

 一息つくとののかちゃんに嫌われるかも知れないが、それでも聞いておきたいことを切り出す。

 

「ののかちゃん。君はその願いの為に何を差し出せる?」

「えっ・・・?」

 

 ののかちゃんは面食らったような表情になるが、実際この話は普通の事であり、一般的な武偵が依頼者に要求することができる権利だ。

 武偵に限らず一般社会ですらそれは当然であり、それがなければ現在社会は崩壊するであろう物。

 そう、報酬だ。

 

「俺は君を一度助けた。けどそれは目の前で起きた突発的なイベントに、俺が常識的、道徳的に動かされたからこそだ。俺たち武偵は正義の味方じゃない。俺は俺が必要性を感じないと動く気はないし、それでも尚、俺を動かそうとするのなら俺は、当然その働きに見合うだけのものを要求する。それが金であるかどうかは問わないけどな・・・」

 

 本当に自分が嫌いになってくる。

 こんな最低な言葉を吐く俺が、こんな事を聞かなくてはならない状況を甘んじて受け入れている俺が本当に嫌いだ。

 

「だからもう一度聞くよののかちゃん。俺を動かすために、そんなちっぽけで不確定な事の為に君は一体何を差し出せる?」

 

 俺の問い掛けにののかちゃんは少し困惑しているようで黙り込んでしまう。

 それでも俺は尋ねる。

 ののかちゃんの意思が俺の意思を曲げてまで実行するに値しない程度の物なのに、情の為に自分の意思を曲げるのは、今までの情を振り払い、自分の意志を貫き戦い続けた俺の全てを否定する行為だと思うから。

 

 彼女の出す答えが、俺の満足するものでなかったらその時は・・・

 

 俺はののかちゃんの出す答えのいかんによってとる行動を決める。

 そして少し考えた後、ののかちゃんは答えを出した。

 

「あたし個人で完結する範囲の全てじゃだめですか?」

 

 ののかちゃんの答えは俺の予想を大きく超えた。

 俺はののかちゃんがそこまで大した財力を持っていないと予想し、あえて少しだけ金では動かないような匂わせ方をして問いかけた。

 故に金以外の物を差し出すという反応をするだろうと予想を立てる事はできていたが、今までの俺が出会ってきた人間は大抵この質問をした時『自分の全て』と答えてきた。

『自分の全て』

 それは一言で済ませることのできる便利な言葉だが、ののかちゃんで言うのなら、間宮ののかの姉という名目で俺はののかちゃんだけでなく、あかりちゃんまで自分の所有物にできてしまう。

 そう、その言葉は自分を差し出すのではなく、自分と関わった人物全てを差し出すと言い換えることができる。

 俺は今まで、この問い掛けにそう答えた人の願いを、この思想に則りすべて拒否してきた。

 そして、例外なくののかちゃんの答えがそれだったら断るつもりでいた。

 だが、ののかちゃんは『個人で完結する範囲の全て』と、間宮ののかを個で縛る事により、自分と関わったすべての人を切り離したうえで自分にある全てを渡すと言ってきた。

 これは、俺が特に嫌いとする自己犠牲の究極系だが、金も価値あるものも持たない者が等価交換を持ち掛けるには最大の物であり、誰かの為に何かを差し出さなければならない時には最も合理的な物だろう。

 そしてののかちゃんの顔は真剣そのもので、明らかな覚悟を決めた顔をしている。

 

「クッ、アハハハハハ!!」

 

 俺はののかちゃんの答えに声に出して笑ってしまった。

 この問い掛けを今までに突破した者は、1人残らずとして俺に有益なものを見出し差し出してきた。

 だが、この短時間で俺に特に有益な物でなく、ここまでの覚悟を見せた人間は初めてだ。

 

「君たち姉妹は本当に俺の予想を超えてくるな・・・」

 

 俺は立ち上がると、アリアの車椅子の手摺を掴み、車椅子を押しながら出口に向かう。

 そして──

 

「君の願いは聞き入れた。報酬は君の手作り弁当1回分ってことで」

 

 俺はそれだけを言い残すと、アリアと共にののかちゃんの病室を後にした。

 

 

 


 

 

 アリアの病室に戻るために病院の廊下を車椅子を押しながら、急遽入った明日の依頼(クエスト)の為に思考を巡らせる。

 現在の俺の体で激しい運動はできないので行動は絞るべきであり、松葉杖の代わりに盾を使うなら防御的に動くほうがいいだろう。

 機動力も落ちてフックショットに頼る事になるだろうから、予備のバッテリーも持参するべきだろう。

 あの子達に俺が参加するすることを伝えるのは余計な不安を煽るだろうから、ぎりぎりまで黙っていたほうがいいだろう。故に今回はできるだけ隠密に動くつもりだが、恐らくそうも言ってられなくなるだろう。

 更に、敵は毒を使いながら前線にという話だから、できるだけ飛び道具を用意するべきだろう。

 

「かったるい・・・」

 

 いつもの様に呟きながらため息をつく。

 我ながら面倒事を引き受けちまったもんだ・・・

 

「遙・・・」

「うん?」

 

 アリアに呼びかけられ、アリアの方に目を移す。

 

「あんた最低ね」

 

 おそらく先ほどの、ののかちゃんとの会話を指しているのだろう。

 俺達庶民には普通の事であっても、貴族の生まれの人間にとっては普通ではないものもこの世には存在するのだろう。

 報酬をもらうことが俺達にとって普通でも、貴族にとっては仲間からは報酬を受け取らない事が家の格を上げるうえでは重要な事だと言うことも聞いたことがある気がする。

 そしてアリアは貴族だ。

 恐らくそう言うのと、先ほどの俺の要求の仕方そのものも含めてこう言ってきたのだろう。

 だから──

 

「ああ、知ってる」

 

 アリアの言葉に俺はこう答えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29弾 今日の作戦は『いのちだいじに』ってことで

 ののかちゃんと契約した翌日。

 俺は再び病院に訪れ、咄嗟の状況に対してある程度動けるようにと言う名目で、足をできるだけ硬めに補強し多少は動ける程度にメンテナンスに来ていた。

 

 取り合えず足のメンテが終わり、作戦決行まで少し時間ができたので、アリアが好きだというももまんと言う桃の形をしたあんまんを買えるだけ買い込みお見舞いも訪れていた。

 

「おい! 暇つぶしに来たぞ!! お茶出せお茶!!」

 

 松葉杖で体を支えつつ、病室の扉を少し乱暴に開けると部屋の主にお茶を入れるように要求する。

 アリアは明らかに面倒くさそうな顔でこちらを見る。

 

「あんたも来たの?」

「あんたも? キンジでも来てたのか?」

「ええ。使えない調査資料を置いて帰ったわ」

 

 アリアは近くのごみ箱に捨てられている資料ファイルに視線を移す。

 調査資料は探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)の双方が協力し、基本徹夜で血の滲むような苦労を重ね作られるものだ。

 断じてこのような扱いを受けて良い物ではない。

 俺は仲間の努力を馬鹿にされているように感じ怒りを覚えるも、取り敢えずは怒りを飲み込む。

 近くの机にももまんを置くと、アリアが座るベットの傍らに置かれたごみ箱から資料を回収する。

 

「ヒデェ扱いしやがる・・・」

 

 軽くファイルを払うと適当なページをパラパラと捲る。

 軽く読んでみると、拠点にしてたであろうホテルの一室は外部から情報を改竄されており、俺達を襲ったUZIやスポーツカー、セグウェイ達は全て盗品であり犯人に繋がるものは見つからなかった。

 

 と言うのが資料の建前だ。

 

「どこが使えないんだよ・・・重要な事書いてんじゃねーか・・・」

「えっ? どこに書いているのよ!?」

「どこっていうか全体的におかしいだろこれ・・・」

 

 そうこのファイルは全体的に手掛かりなしと書かれている。

 

「おかしいだろ。学生とはいえ探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)の精鋭が寄って集って徹夜で調査して何も出ない訳が無い。たとえプロの犯罪者だとしてもあり得ないだろ」

「確かにそうね、情報が役に立つ立たないは別にして、犯人に繋がりそうな情報が一切ないって言うのは変ね・・・」

「考えられる可能性はこういう調査に精通した職業の犯人だってことだ」

 

 そう、学生とはいえ武偵校の人間は実力主義の世界に身を置く立場であるが故に、皆が皆プロの社会人顔負けの実力を持つ者も間違いなくいるし、今回は武偵校の生徒が標的だったため彼らも全力だっただろう。

 それでも見つからないとなれば、考えられる答えは鑑識か探偵的な調査に精通した人間であり、範囲として現在そういった事を学び使える職業の人間だと断定できる。

 

「更にこの犯人は武偵の動きを熟知しすぎだ。セグウェイの動かし方然り、スポーツカーに取り付けたカメラ然り、武偵の動きの阻害の仕方然り。多分この犯人は武偵だ」

 

 そう、一番初めのセグウェイはキンジを限界まで走らせる為に何時どこで爆発するかわからない状況を作り出し不特定多数の人質を取り、追い打ちの様に爆発後に数台のセグウェイを送り込んだ。

 武偵という人種は普段から危険な目にあうことが多く、自身の身を守るすべにたけたものが大半なので追い打ちは正しい判断と言えるだろう。

 スポーツカーも武偵の攻撃的な思考を理解できていれば、俺は可能性があると思っていただけだったが、画質補正のラグのないカメラを使用し、攻撃をしようとした生徒たちを銃撃した理由に納得がいく。

 そして常に人質を取り自由な行動を阻害し、こちらが取れる行動を限定してきていた。

 明らかに素人や、ただの犯罪者にできる行動じゃない。

 

「ハッ、武偵なら自分の痕跡を消す事くらい簡単だわな。普段学んでいる事生かせばいいだけだし、調査書も簡単に改竄できるだろうしな」

 

 一番くだらなく詰まらない展開だ。

 刑事ドラマなら間違いなくチャンネルを変えるレベルの謎でもなんでもない話だ。

 

「仮定ではあるがこれでかなり犯人像を絞れた。基盤とは言わないが捜査をするときに思考の端に置いておいて損はないだろ」

 

 軽い考察をしてファイルを閉じ、ももまんを置いた机に置く。

 

「さてさて、小難しい話はこの辺にして甘い物でも頂こうか・・・」

 

 ももまんと一緒に買い、袋に入れていた団子を取り出し椅子に座る。

 団子を1つ咥えるとそのまま串から引き抜く。

 やはり三色団子が1番だ・・・

 

「ねぇ遙、あんたキンジがなんで武偵を辞めるか理由知ってる?」

「一応はな。なんでだよ?」

 

 2つの団子を串から引き抜き、団子のなくなった串をゴミ箱に投げ入れる。

 アリアがこんな事を聞いてくるなんて少し意外だ。

 

「少しキンジと喧嘩して『あたしに比べれば、あんたが武偵をやめる事情なんて、大したことじゃない!』って勢いで言ったらキンジが凄い怒って・・・」

「──お前、そんなこと言ったのか・・・」

 

 アリアの言葉に俺は一瞬声が詰まり、その次には怒りに任せて椅子を立っていた。

 右足の痛みも忘れ、松葉杖を取る事もせずにアリアの方に歩み寄る。

 俺は怪訝そうな表情のアリアの襟首を左手で掴み掛り、右手を思い切り振り上げていた。

 その右手は大きく指が開かれ、そのすべてが獰猛な猛禽類の爪の様に折れ曲がり、その形は間違いなく俺の持ち得る最も殺傷能力の高い技の形をとっていた。

 

「な、何よ・・・あんたまで何なのよ!」

「お前のそう言う所がムカつくんだよッ!! 自分の事情ばっか優先させて勝手に人巻き込んで人の気持ち考えず傷口抉ってッ!! いい加減にしろッ!!」

 

 叫ぶだけ叫ぶと初めてアリアの目を見る。

 アリアの目には怯えに似た感情が浮かんでおり、その表情に冷静さを取り戻す。

 

「ちっ・・・」

 

 盛大に舌打ちすると右手を下すと、アリアを投げるように襟首から左手を放す。

 正直このままずっとコイツと関わっていると、せっかく好きになりかけていたアリアを本気で嫌いになってしまいそうだ。

 松葉杖を回収すると扉まで移動する。

 

「ももまんと団子はくれてやる。じゃあな」

 

 それだけを言い残すと俺は松葉杖をつきながらアリアの病室を後にした。

 

 

 


 

 

 病院のロビーのベンチに座り、先ほどのアリアの質問で去年の事を思い出していた。

 

 浦賀沖海難事故

 

 去年の12月24日に起きたクルージング船の沈没事故。

 死傷者0名。行方不明者1名。

 謎の爆発事故によりクルージング船・アンベリール号が沈没。

 偶然居合わせた武偵の懸命な避難誘導により全ての乗員、乗客が無事に救助された。

 しかし、避難誘導にあたっていた武偵が沈没に巻き込まれ、行方不明となり遺体も上がらずに捜索は打切りとなった。

 その武偵がキンジの兄『遠山金一』だ。

 

 だが、キンジが武偵を辞めると決意したのはその後の事だ。

 乗客達からの訴訟を恐れたクルージング・イベント会社が、それに焚きつけられた乗客達が事故後に金一さんを激しく「船に乗り合わせていながら事故を未然に防げなかった。無能な武偵」とバッシングしだした。

 俺個人の感情では金一さんは苦手だが、それでもあの人は職務を全うし誇りと信念を持って生きた。

 このような扱いを受けてもいいような人では断じてない。

 そして、民衆の非難という刃はキンジたち家族に向かった。

 それはキンジの心を折るのには十分過ぎた。

 

 武偵なんて戦い抜いた挙げ句死体にまで石を投げられる損な役回り

 

 キンジの心にその事が強く刻み込まれ、武偵を辞める事を決意した。

 

「まったく、かったるい事思い出させてくれるぜ・・・」

 

 軽くため息をつくと左手をポケットにいれ、右手で松葉杖を付き立ち上がる。

 売店で気分直しに甘い物でも買おうと移動しようとしたとき。

 

「遙先輩!」

「ライカ・・・」

 

 ののかちゃんかアリアのお見舞いに来たのだろうライカと目が合う。

 

「よう、お見舞いか?」

「はい。遙先輩は?」

「足のメンテのついでにお見舞いだ。アリアと少しもめて出てきちまったけどな・・・」

 

 軽く笑いながらため息をつく。

 

「それで、作戦の方はどうだ? 上手くやれそうか?」

「どうですかね。作戦は悪くないにしても失敗できないんで少し緊張してるかもしれないです・・・」

「そっか。ちょい目を閉じてみ」

「えっ?」

「いいからいいから!」

 

 ライカは少し驚いたようだが俺の指示に素直に従う。

 その顔は少し赤く居心地が悪そうにも見える。

 俺はライカの両頬を両手で挟むように優しく触れる。

 そして──

 

「うりゃ!」

「へっ?」

 

 ライカの頬を痛くない程度に引っ張ってやる。

 

「ひょ! なんでふかひゅうに!」

「はっはっは! ライカはあかりちゃんと違って張りがあるな! あかりちゃんとは違った意味で癖になりそうだ!」

 

 暫くライカの頬で遊び、右手を松葉杖に、左手をライカの右肩に置く。

 

「どうだ? 緊張解れたか?」

「えっ? あっ・・・」

 

 ライカが少し意外そうな表情をし、どことなく残念そうな顔に変わっていく。

 いったい何を想像したんだか・・・

 

「なになに? ヒロインが主人公の緊張を解す様な事をした方がよかったか?」

「なっ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()とは簡単に言うと、頬や額に対するキスだろう。

 ライカもそのあたりを想像していたのか俺の言葉に図星をつかれたように驚く。

 

「そう言うの麒麟ちゃんに任せるよ。もし俺のが欲しかったら、そうだな、俺を超えるか、俺を救えるような人間になるか、何事もなく武偵校を卒業できたらやるよ」

 

 さすがに少し騒ぎすぎたのか少し注目を集めてきているのでそろそろ移動した方がいいだろう。

 甘い物を食べたかったが、ライカと話していて気分も変えることができたのだから良しとしよう。

 

「じゃあな」

 

 軽く手を振ると、ライカの横を通り過ぎ病院を出た。

 

 

 


 

 

 病院を出た俺は、近くの公園で自販機で買ったココアを飲み時間を潰していた。

 空はいつの間にか暗くなり、ぽつぽつと街の明かりが増え淡い光に包まれていく。

 そんな暖かく人の営みが見えるこの街で、これから戦いが発生するのかと思うと、先ほどのライカとはまた違った緊張を覚える。

 

「かったるい・・・」

 

 緊張は厄介な物のイメージがあるが、ある程度の緊張は集中と目的の統一化などができるので場合によっては頼りにもなる。

 だが、過度な緊張はストレスとなり、現実以上の脅威を感じたり、恐怖によって体を硬直させることもあり、吐き気や頭痛なども引き起こし肉体や精神に異常をきたすこともある。

 なんでも適度が一番というか、行き過ぎなのはいけないということだろう。

 

「この足でどこまでやれるのやら・・・」

 

 右足を少し眺め足首を少し動かしてみるが、昨日よりマシになったとは言え鈍い痛みはまだ残っている。

 この状態でどこまで動けるのか、それ以上にどうすればこれで動けるのか、それを考えると頭が痛くなる。

 

「まっ、何とかするしかないか・・・」

 

 空になったココアの缶を近くのごみ箱に捨てると、深いため息をつき空を眺める。

 そろそろ覚悟を決めないとな・・・

 

「おっ! 遙くん見つけたのだ!!」

 

 名前を呼ばれ振り向くと、そこにはいつもの無邪気な笑顔を浮かべ、大きなリュックを背負った少女がこちらに向かって手を振りながら駆け寄ってくる。

 

「よっす! ごめんな平賀さん。こんなとこまで来てもらって」

「大丈夫なのだ! それより遙くんはその足大丈夫なのだ?」

「平気平気! 最近は動いてなかったけど一応は強襲科(アサルト)の人間ですから!」

 

 取り敢えずはいつもの様に虚勢を張っておく。

 

「で、頼んでたのは持ってきてくれた?」

「もちろんなのだ! でも、遙くん使ったことあるのだ?」

 

 平賀さんは背負っていたリュックを下すとリュックの中から透明のポリカーボネート製のライオットシールドを取り出す。

 

 ライオットシールドとは成人男性の頭から膝程の大きさの物が一般的であり、覗き穴が開いた金属製の物もあり拳銃や散弾銃などの貫通力の低い物を基本に、榴散弾や火炎瓶のような投擲物・危険物から身を守る為の物だ。

 今回の物は台形に近い形の取っ手が付いており、松葉杖変わりにも使え、持ち方を変えればかなりの汎用性を見せるだろう。

 

 俺は平賀さんからライオットシールドを左手で受け取ると、強度を確かめるように軽く地面に盾の下の方を叩きつけてみる。

 地面に盾がぶつかる度に手に少し不快な振動が響いてくるが、盾の方には頼りなさは無くある程度杖代わりに使ってから盾として使っても大丈夫そうだ。

 

「使った事は無いけど何とかなりそうだ。サンキュ平賀さん!」

「どういたしましてなのだ! お支払いよろしくなのだ!」

 

 平賀さんは右手で3本の指を立てる。

 相変わらずのぼったくりの価格にため息をつき、胸の内ポケットから30万の入った封筒を手渡す。

 

「明日ちょっと相談したいことがあるんだけど大丈夫かな?」

「別に平気なのだ! 相談したいことって何なのだ?」

「サバイバルナイフを無くしちゃってな。この機会に装備を新調しようと思ってたから寸法の方を頼みたくてな」

 

 昨日のバスジャックの件で使っていたサバイバルナイフがスポーツカーの中にあると思っていたが、探偵科(インケスタ)の面々が捜索してくれたようだが見つからなかったそうだ。

 結構気に入っていたのだが無くなってしまったものは仕方ない。

 

「了解なのだ! 明日のお昼頃に装備科(アムド)に来てほしいのだ!」

「サンキュ。ついでに松葉杖も預かってもらってもいいか?」

「お安い御用なのだ!」

 

 俺は右手の松葉杖を平賀さんに手渡すと、盾を右手に持ち帰杖の代わりにしてバランスをとる。

 松葉杖に少し慣れだしていたから少し違和感があるが誤差の範囲で動くには問題ないだろう。

 

「さて、行くか!」

「いってらっしゃいなのだ!」

 

 平賀さんに左手で親指を立てると、俺は夜の街へと歩き出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30弾 足が痛くたってオジサンは頑張るぞい!

 青海の中心地に位置するビルの屋上で夜景を見下ろす。

 いつもと同じ景色のはずなのに、状況によって印象が変わるのは何故なのだろう。

 

「こんな事を考えられるとは我ながら余裕だな・・・」

 

 いつもの様にかったるいと溜息をつこうとしたその時。

 

 青海の倉庫街から少し外れたかなり御高めのホテルの一室から大量の閃光が溢れる。

 

 遂に始まったか・・・

 

 俺はズボンの左側ポケットに入った単眼鏡を取り出し、ホテルの方を見る。

 そして俺は驚かされた。

 

「う、浮いてる・・・」

 

 4対4(カルテット)の時に見かけた黒いセーラー服に黒く長い髪の少女が、あかりちゃん達の敵であろう少女、夾竹桃がホテルの一室の窓の外である空中に静かに立っていた。

 だが、彼女の足元に糸状に閃光の光が反射しているのにすぐに気付いた。

 

TNK(ツイステッドナノケブラー)か」

 

 TNK(ツイステッドナノケブラー)とは、武偵校の制服にも使われる防弾性の要となる極細繊維で、同じ重さの鋼鉄の5倍ほどの強度を誇るワイヤーであり、狭い通路などに張り巡らせばそれだけで罠になり、張ったワイヤーに生身の人間がぶつかればサイコロステーキに早変わりの何気に恐ろしい物である。

 

 だが、俺は今まで街中で空中に立っているように見えるほどの大規模なTNK(ツイステッドナノケブラー)の仕掛けを見たことがない。

 

「なんだこいつ・・・」

 

 意外過ぎる戦法にその感想が一番最初に出てくる。

 そして──

 

 パアァァン!! 

 

 銃撃音

 その音の元を辿るとワイヤーに逆さにぶら下がった赤いマフラーと黒く長いポニーテールを靡かせた忍の少女、風魔陽菜が火縄銃を構えていた。

 銃弾は黒い少女、夾竹桃の髪を掠め、向かいのビルの壁にめり込んだ。

 火縄銃は基本単発式、敵に気づかれれば最早再装填は叶わず必要がなくなる。

 陽菜は体を振り子のように動かし、火縄銃を捨て体を上方へ飛ばしワイヤーの上に屈み姿勢でワイヤーを然程動かすことなく降り立つ。

 その間にスカートの内側に隠した夜戦用に黒く着色された卍手裏剣を抜いて。

 

「ハッ! 陽菜のやつもなかなかやるようになったな。だが・・・」

 

 空中に立つ二人の少女達は何か会話しているようだが其の内、陽菜は何かを叫びながら左右両方の手で卍手裏剣を投げる。

 卍手裏剣はブーメランのようにカーブを描きつつ夾竹桃の足元のワイヤーを切断し、夾竹桃はそのスカートをパラシュートの様に広げ、慌てた様子もなく落ちていく。

 だが、夾竹桃は落ちていく途中で何かを投げるもこちらからは小さすぎて見えない。

 その何かは空中で大量の紫の煙のような何かを散布し、陽菜の方から夾竹桃の姿を完全に隠したのだろう。

 けど、これはおそらくただの煙幕ではない。

 

混合霧(メタミスト)か?」

 

 陽菜の様な顔を隠すものしている人間は基本、対毒性のマスクなり仮面をしているのは当然の事だ。

 あかりちゃんや陽菜の話によると夾竹桃は毒使いであり、毒の扱いに長けた人間なのは間違いないとの話だ。ならば対毒性の装備に対する毒なり、装備を破壊する術を持っているだろう。

 風魔も襲撃を受けたと陽菜が言っていたことから、風魔の人間が対毒装備を持っていたと仮定すれば夾竹桃は風魔の人間が対毒装備をしていることを学習し、風魔である陽菜に対して使われたあの煙がただの毒霧や煙幕では無い事くらいはわかるだろう。

 

 だが、そこまで考えが及ばなかったのか、陽菜は夾竹桃を追いかけ煙の中にダイブしていく。

 落下速度的に一息するまでもないだろうが、それでは済まないだろう。

 陽菜がビルとビルの間の路地に着地し夾竹桃を探そうと立ち上がろうとしたとその時、変化が現れた。

 

「酸だと!?」

 

 そう、陽菜の制服がボロボロと崩れだし、所々に穴が開き徐々に広がっていく。

 これは非常にまずい。

 武偵という物もそうだが、それ以上に忍は両手で持ちきれない武器を体の至る所に武器を収納しており(体に収納と言っても、もちろん生身の肉体ではなく衣服の収納スペースに携帯しているだけだが)衣服を溶かされるのは、それだけで携帯している武器を奪われるのと同義である。

 

 夾竹桃は陽菜の背後に現れ、陽菜はそちらに振り向こうとするが、その拍子に口当てが取れそうになり右手で抑える。

 陽菜の制服がどんどん溶けていき、瞬く間に陽菜の下着が露出していく。

 それでも尚、陽菜は自分の体よりも素顔を隠す口当てを守ろうとする。

 その時、俺の背筋に冷たい何かが走り、ゾクッとした感覚と共に背を震わせる。

 

「まさかあいつ・・・」

 

 嫌な予感が過ると共に、俺はその予感を含めたあらゆる可能性を考える。

 だが、俺が考えている間も事態は更に動いていく。

 陽菜の体がふらつき、自分ではバランスを取る事もできなくなってきたのか片膝をついてしまう。

 

「経皮毒もなのかよ!?」

 

 経皮毒とは皮膚から肉体が吸収してしまう毒であり、肺呼吸による食道といった内臓を介さずに肉体を蝕んでいく毒だ。

 俺は夾竹桃は酸と毒ガスで対毒装備を溶かした後に肺呼吸させるのだと思っていたが、予想外の攻撃方法に驚愕させられる。

 

 陽菜の制服はもはや原形を留めず、ぼろ布と化していた。

 夾竹桃は薄くなりつつある先ほどの紫の煙を指さし、陽菜に対して何かを話している。おそらくあの煙について説明でもしているのだろう。

 だが、最後の力を振り絞った陽菜は左手で人差し指から小指にかけて挟んだのだろう黒塗の苦無(クナイ)を、3本同時に夾竹桃に対し投げつけるが、夾竹桃は易々と躱してしまう。

 そして、片手で口当てをギリギリ押さえている陽菜に近づく夾竹桃は、陽菜のポニーテールを乱暴に後ろに引っ張り、陽菜を仰向けに倒してしまう。

 陽菜の両手の籠手や鎖帷子以外の衣服が勢いで外れてしまい、下着姿にされた陽菜の上に夾竹桃がのしかかり所謂マウントを取られた状態になってしまう。

 そして、抵抗する陽菜の口当てに手を掛けた夾竹桃は、そのまま口当てを勢いよく剥いでしまう。

 陽菜は羞恥か屈辱からか顔を背けてしまうが、夾竹桃はさらに陽菜に追い打ちをかけていく。

 遠目で何をしているかはわからないが、陽菜は少し悶えた後、彼女の体が脱力していく。

 

 ののかちゃんの話では、夾竹桃に物理的に接触されたのは間宮の町が襲撃された際に、逃げると背後から直に首を掴まれ、爪が突き立てられ毒が盛られたと言っていた。つまり毒は夾竹桃の爪に塗られていると言う事だ。

 

「弛緩毒か・・・それにこのやり口・・・」

 

 夾竹桃は陽菜の上から降りるとその場から去っていく。

 今回の夾竹桃の行動から色々と分かったことがあった。

 それは──

 

「俺と同じ性癖か・・・なんか微妙だな・・・」

 

 そう、即効性のない毒や致死性が高い毒をあまり使わず、更に必要ない事でも抵抗されたり何かに抗おうとする人間を追い詰めようとする行動。

 限度の違いがあれど、人の苦痛や困惑する姿。羞恥や屈服する姿を見たいという思想。

 

『サディズム』

 正式名『サディスティックパーソナリティ障害』

 別名『嗜虐症』『加虐性愛』

 

 フランスの作家『マルキ・ド・サド』の性的倒錯を題材とした作品と、作者の名前からとられたアメリカ精神医学会により正式な病名を持った精神障害。

 不満や失望、自尊心やエゴ、怯えなどを攻撃的に他者に向け、その行為で性的快感を得る人間に診断される症状。

 

 俺はそこまで酷い物ではなく、普段からアリアやあかりちゃん、ライカ達を少しからかう程度で発散できるし、いざとなればそういう本やDVD等で発散できるので日常生活に支障をきたさない程度の物だ。

 だが、夾竹桃は俺たち一般のサディストと違いこらえる事も、周りに害を与えずに処理する事もしない。

 奴は自分の欲望を満たすために行動する。風魔・間宮襲撃の際の毒物の強請や、陽菜に対する加虐的な行動の1つ1つがそれを物語っている。

 

「となると次の行動は・・・」

 

 俺と夾竹桃の嗜好は程度の差はあれど共通している。

 つまり、俺の嗜好性を深く掘り下げれば奴の行動を予想できる。

 そう、人の苦しむ顔が見たい。自分の手で苦しめたい。その2つが両立できる次の選択肢。

 誰か、今の状況で言うならあかりちゃんが1番苦しむ事は、おそらく仲間が傷つけられる事だ。

 そして、自分の手で誰かを苦しめるなら、おそらく佐々木さん性格と思考的にあかりちゃんと一緒にいるだろうから、必然的にターゲットが絞られる。

 

「ライカか!!」

 

 そう今の状況で俺の予想通りだとするなら、戦闘力の無い麒麟ちゃんはオペレーターと救出(セーブ)に徹するだろう。

 ならば必然的に攻撃力が高く、武偵校1年で最強の一角であるライカが1人で行動するのを予想するのは簡単だ。

 夾竹桃の方も、ライカの情報はないだろうが、1度は敵わなかったあかりちゃんが1人で自分の部屋に来ると思ってないだろうから護衛役がいると予想すると、逃走は当然の選択肢として、追跡役も2人か3人いると考えると、取るだろう選択は人気が無く逃走に適した場所に誘き寄せて狩る事だろう。

 

 陽菜の方も気になるが、様子を見るに致死性は低そうで、そのうち麒麟ちゃんが救出(セーブ)に来るのだろうから放置していても問題は無いだろう。

 その考えに至り、俺は身を返し盾で杖を突きながらライカの元へ全力で走り出した。

 

 

 


 

 

 ライカに仕掛けた発信機の反応を辿り、フックショットと盾を杖代わりに出せる速度を全力で出し、青海の倉庫街まで来ていた。

 

「頼むから無事でいてくれよライカッ・・・!」

 

 夾竹桃はサディストだ。

 サディストの特徴は、自身の攻撃性を人に向け、それに苦しむ人の姿を見て性的快感を得ることだ。

 そして今回の夾竹桃の行動は、執着であったり悪意であったりその行動の1つ1つが奴の趣味嗜好に基づいている。

 そのような性質を持つ人間が、わざわざ自分の楽しみが減る殺しを積極的にするとは思えない。

 取り敢えずは最悪の状況の1つは回避できるだろう。

 だが、それでも楽観的にはなれない。

 毒物による後遺症だって十分可能性はある。

 できるだけ早急にライカを見付けないと・・・

 

 ライカの反応が近くになってくる。この辺に居るはずのライカを注意深く探していると、近くの路地からおそらくライカの物であろう呻き声が聞こえる。

 ただその声は、どこか淫靡な雰囲気の混ざった喘ぎ声と言った方がいいような、そんな卑猥な声だった。

 

(これは、一体・・・)

 

 俺が知る限りライカに被虐性愛の趣味は無いはずだ。俺が知らないだけでライカの根底にその様な趣味があるのかもしれないが、他にも実は誰にも知られていない相手がおり()()()()しているだけかもしれないが、このような状況でライカの性格的にそのような事に耽るとは思いづらい。

 だが100%無いとも言い切れない。

 もし考えた通りの状況なら俺達の関係に罅が入るが・・・

 

「ダァァ!! かったりぃ!! もう知るか!!」

 

 ()()()()だったら死ぬほど土下座して、その後のライカには出来得る限り優しく接しよう。

 俺はそれだけを決めライカの声が聞こえる路地に入った。

 

「あン・・・!」

 

 ライカは路地に入ったすぐ近くに蹲る様に倒れており、慌ててライカに駆け寄る。

 俺はライカを仰向けに寝かせ軽くライカの状態を見る。

 

 鼓動がかなり強く脈拍も早い。体が熱く力も入っておらず、顔もかなり赤くなり発刊もすごい。口も閉まりきらず呼吸もハッハッと動物の呼吸に近い物であり、唇から唾液が流れ、目には涙が滲んでいる。

 太ももには1本の引っ掻き傷が付いており、身体の感度が高まっているようで何もしなくても快感に晒され続けているようだ。

 

 この症状に当てはまりそうな毒といえば・・・

 

「媚薬か・・・いい趣味してるぜ・・・ 」

 

 媚薬

 性欲を促進させ肉体感度を人為的に上昇させる薬。

 一般的に売られているもので低血圧や吐き気などの副作用があると聞いた事があるが、ここまでの即効性と効力を持つ薬がどの程度の副作用があるのか想像も付かない。

 たとえどんなにいい薬でもすぎれば毒になるという事か。

 

「やれやれ・・・」

 

 ライカの耳からヘッドセットを外すと、自分の耳に装着しなおす。

 ヘッドセットの向こうでは麒麟ちゃんが慌てているようで、此方に車輌科(ロジ)で借りてきたと思われる車でこちらに向かってきているようだ。

 盾を逆さに立てると、持ち手をズボンのベルトに仕込んでいるワイヤーで足に結び付け、数十メートルほど歩ける程度の簡易的な足を作る。

 ライカを両手で抱え上げると倉庫街の入り口付近に運び、見つかりやすい場所の壁にライカを凭れ掛からせ盾で作った簡易的な足を外し再び杖の代わりにつく。

 暫くして、麒麟ちゃんと思われる車が来たのを確認すると、右手でフックショットをホルスターから抜き、フックを撃ち込み建物の屋根を伝い移動を再開した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31弾 美女とのご対面は戦闘以外の方がいい

 ライカから拝借してきたヘッドセットからの麒麟ちゃんの情報では、夾竹桃はレインボーブリッジに居るらしく、現在あかりちゃんと佐々木さんも夾竹桃を追いかけレインボーブリッジに移動しているそうだ。

 俺はフックショットを使い、アメリカのスーパーヒーローの様に振子の原理を利用した移動法で青海の電柱や街頭の少し上あたりを移動していた。

 

「クソッたれッ! もっと早くッ!!」

 

 基本的に振子の原理は落下速度と軸移動であり、そこにジャンプや肉体稼働で移動速度をブーストしているが、移動している場所はそこまで高くない。

 何故なら、電線を巻き込み被害が出る可能性が高いからだ。

 それにより落下高低は精々3メートル程で、速度も精々30km出ていればいい方だろう。

 

『・・・夾竹桃!』

 

 ヘッドセットからあかりちゃんの声が聞こえてくる。

 あかりちゃんの声からすると、彼女達はもう夾竹桃と接触してしまったのだろう。

 そう、また間に合わなかった・・・

 

「クソッたれがッ!!」

 

 間に合わなかった

 だが、それでも俺がここで止まる理由にはならない。

 スイングの途中で体を反らすと、最高到達点の少し前でフックの返しを収納しワイヤーを巻き取り、体の反動を利用してさらに加速前進し再びフックを建物に飛ばす。

 

『ふざけないで!』

 

 更にあかりちゃんの叫び声がヘッドセットから聞こえてくる。

 夾竹桃の声が拾えないので、何の話がされているのかわからない。

 

『ここは、あたしの思い出の場所なの。犯罪者にいてほしくない!』

 

 アリアに聞いた話では、あかりちゃんの戦姉妹契約試験(アミカチャンスマッチ)であかりちゃんがアリアに認められた場所はレインボーブリッジだったそうだ。

 おそらくあかりちゃんは、夾竹桃があかりちゃんとの決戦の場所にレインボーブリッジを舞台にしたことを怒っているのだろう。

 

「見えた! レインボーブリッジ!!」

 

 俺は一際大きなスイングをすると、吊橋ワイヤーにフックを飛ばした。

 

 

 


 

 30秒前

 ~side 間宮あかり~

 

「ここは、あたしの思い出の場所なの。犯罪者にいてほしくない!」

 

 夾竹桃の『お礼を頂戴。こんな所に、決戦の舞台を作ってあげたんだから』という言葉に怒りが沸き、あたしは叫んでいた。

 許さない! ののかを、みんなを傷付け、思い出すらも汚そうとする夾竹桃が許せない! 

 

 あたしの叫びに夾竹桃は静かに笑う。

 そして、こちらを向き、見えないワイングラスでも持っているかのように開かれた左手の毒爪を見せつけてくる。

 

「私は猛毒──あなたごときじゃ消毒できないわよ?」

「・・・・・・」

 

 夾竹桃の言葉にあたしは手に持ったマイクロUZIを向けながら生唾を飲む。

 確かに夾竹桃の言うとおりあたしだけでは夾竹桃には敵わない。

 けど、志乃ちゃんと2人ならきっと仕留められる。 

 

 志乃ちゃんは今探偵科(インケスタ)仕込みの抜き足(スニーキング)で、あたしのほぼ真下に潜んでいる。

 あたし達は今レインボーブリッジ中間地点、通常は作業員たちが歩く鋼材の格子状の床の通路に立っており、たとえ床が格子状でも暗闇にまみれた今なら夾竹桃からは志乃ちゃんは見えないだろう。

 夾竹桃を倒す作戦は、あたしの少し前方に下から押し開けられる床があり、そことつながっている階段を使い志乃ちゃんが飛び出し、数mの距離を一瞬で詰めて攻撃する居合切り『飛燕返し』で倒す。

 その為には、志乃ちゃんの存在を悟らせないように夾竹の桃意識をこちらを引き付ける必要がある。

 

「そのトランク・・・どこか高跳びするつもり?」

 

 夾竹桃の腰掛けている幅1m程のトランクを話題に問い掛ける。

 

「これ?」

 

 夾竹桃は煙管でトランクを指した。

 風魔やライカは、夾竹桃は手ぶらだと言っていた事を考えると、恐らく夾竹桃の逃走用の車両に隠していたのだろう。

 

「イ・ウーでココに押し売りされたのよ」

 

 少しアンニュイに語る夾竹桃は志乃ちゃんに気づいてない様子だ。

 もう何時でも志乃ちゃんは飛び出せるだろう。

 絶好のチャンス。

 

「私は非力だからいらないって言ったのに・・・ 「無反動だから」って・・・でも、持ってきて良かったかもね」

 

 と、夾竹桃はトランクの2つの留め金を同時に外した。

 するとトランクが開き、がしゃがしゃがしゃ! と強力なスプリング音を上げ、中に折りたたまれていた黒い機械が自動的にものの3秒ほどで組みあがる。 

 は6本の銃身を蜂の巣の様に束ねた、マットブラックの武骨で凶悪な──

 

多銃身機関銃(ガトリングガン)!?)

 

 どこかの悪魔の様な技術を持つ天才によって1名携行用に作り替えられたのだろうM134改(ミニガン)

 夾竹桃は()()悠々と持ち上げる。

 もちろん()()は軽い訳では無いようで、パッと見ただけでも20kg近くはありそうだ。

 本体からだらりと垂れた剥き出しの銃弾ベルトには拳銃の弾丸の数倍ほどの大きさの弾丸がずらりと並んでいる。

 全身の血が引いていき、2年前の恐怖が蘇る。

 

「あからさまに距離を置くなんて、失敬よ」

 

 毒手を警戒するにしても不自然なほどの間合いに違和感を覚えたのだろうか、夾竹桃は淡々とそう告げ、ガトリングガンの銃口をこちらに向け、あっさりとトリガーを引いた。

 

 キュイイイイン!! 

 

 ガトリングガンの銃身が高い機械音を立てて回転を始める。

 回転から銃弾の連射まで若干長いようだが、周囲は遮蔽物のない通路だけで安全用の策すらない。

 あのような機関銃を細腕の夾竹桃が単身保持射撃できるわけがない。

 

 避けれるチャンスがあるならそこだ! 

 

 だがその時に気づく。

 ココッ! ココココッ! という音とともに銃身がブレているのに気付く。

 その正体は反動を電気的に検知して打ち消す、バランサーブースターだ。

 そして──

 

 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリッ!! 

 

 銃身が暴れ開散気味になった無数の弾丸は、それでもあたしの全身に向かってくまなく飛んでくる。

 これは避けられない。

 それでも致命傷は避けるためにマイクロUZIを顔の前に掲げる。

 そして全身を襲うだろう激痛に覚悟を決め──

 

「「──あかりちゃんッ!!」」

 

 2人の声にあたしはハッとさせられる。

 床の下からあたしの前に飛び出した志乃ちゃんが1m50cmを超える巌流の太刀・物干し竿のわずかな面積を盾にし、更に自らの体を盾にし銃弾を前に立ち塞がる。

 

 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチッ!! 

 

 ガトリングガンの弾が物干し竿を貫通し砕き、志乃ちゃんの体に被弾していく。

 腕、胸、腰、足に弾が当たり、掠めていき、こめかみにも弾が掠め、血飛沫が散る。

 銃弾に吹き飛ばされ志乃ちゃんこちらにのけぞり倒れ込む。

 その時、志乃ちゃんの前に黒い人影が割り込み、銃弾が来なくなったが今は気にしていられなかった。

 

「志乃ちゃん・・・?」

 

 受け入れたくなかった。

 あたし達を助ける為に戦ってくれ、そして・・・

 

(志乃ちゃんは・・・あたしを庇って・・・)

 

 崩れ落ちるあたしの膝の上に志乃ちゃんの頭部が乗る。

 その志乃ちゃんの体からあふれる大量の出血を見てあたしは現実だと悟る。

 

(いくら防弾装備でも、あんな大口径弾を何発も受けたら・・・)

 

 最悪の事態が頭に巡り涙が溢れてくる。

 

「ごめん。遅れた・・・」

 

 普段聞かない本当に怒ったような、でもこの状況をどうにかしてくれそうな、そんな声にあたしは頭を上げる。

 そこには、透明な盾を右膝をつき構える、長い黒髪を後ろで纏めた小柄な先輩が居た。

 

「吉野先輩・・・」

 

 その顔は、いつもの余裕を保った表情ではなく、真剣そのものでどこか恐怖さえも抱いてしまいそうな表情だ。

 

「吉野先輩!! 志乃ちゃんが・・・!!」

 

 あたしは吉野先輩に助けを求める。

 吉野先輩はこちらを少し見ると、左手にいつの間にか掴んだ銃弾に視線を移し投げ捨て、前を向く。

 

「それだけの物を無反動で撃つにはバランス・ブースターだけじゃ無理だ。そいつの弾は弱装弾だな。佐々木さんの被弾は見た限り致命傷は無いし、出血も派手だがそこまでの量じゃない。麒麟ちゃん達も今こっちに向かってる。つまり、今夾竹桃を速やかに無力化できれば・・・」

 

 志乃ちゃんが助かるかもしれない! 

 けど吉野先輩は足を怪我しているし、盾を持っている状況で単発銃のM19で対抗できるのだろうか。

 

「今の俺じゃ奴に届かないが30秒くらいは時間を稼げる。その間に決めるんだ。ののかちゃんの命か、佐々木さんの命か、それとも・・・」

 

 吉野先輩はそれだけ言い残すと、立ち上がり夾竹桃に呼びかける。

 あたしは今ある情報をできる限り思い浮かべ思考する。

 

 今あたしが、志乃ちゃんを背負ってレインボーブリッジの入り口まで走って逃げると、吉野先輩は夾竹桃の追撃を食い止める為にここに残り戦うだろう。だが、吉野先輩の戦い方はあたしが知る限り、機動力重視の戦法でこんな狭い場所で、しかも足を怪我している夾竹桃に勝てるのだろうか。

 この通路を使わずにここまで来た吉野先輩なら志乃ちゃんを連れて逃げ切れるかもしれないが、その場合あたしが残る事になる。あたしだけの力で、ガトリングガンを持った夾竹桃に勝てるのか、先輩達から意識を削ぐ事ができるのか・・・

 

 そこまで考えた時に、ぎゅ、と腕をつかまれる感覚に思考が止まる。 

 

「・・・あかり、ちゃん・・・」

 

 朦朧としつつもギリギリ意識を保っていたのか、志乃ちゃんは血塗れの自分の体を気にすることもせず,

 あたしを心配してくれている。

 

「ぶ、武偵勲章10条・・・諦めるな、武偵は決して、諦めるな・・・」

 

 志乃ちゃんはうわ言の様に、最後の力を振り絞る様に──

 

「あかりちゃんは、武偵高での、あかりちゃんのまま・・・武偵であることを・・・あきらめないで・・・」

 

 焦りと涙でぐちゃぐちゃの顔をしたあたしを落ち着かせる為か、志乃ちゃんはこのような状況にも関わらず微かな笑顔を浮かべている。

 志乃ちゃんはあたしが怒りに任せて、武偵の禁忌である殺人を犯さないようにと告げる。

 その言葉の直後に、志乃ちゃんの体から、がくっと一気に力が抜けた。

 

「志乃ちゃん・・・志乃ちゃん? ・・・志乃ちゃあああん!!」

 

 あたしの叫び声がレインボーブリッジにこだまする。

 

 みんなやられてしまった。

 ライカも風魔も、志乃ちゃんも。

 もう作戦は崩壊した。

 けど、このままじゃ退けない。

 このまま退いたら、ののかが死んでしまう。風魔が、ライカが、志乃ちゃんが繋いでくれた希望が潰えてしまう。

 もう二度と夾竹桃に勝てなくなってしまう予感がある。

 

「本当は毒に苦しむ姿を見たかったんだけど」

 

 夾竹桃は()()()()()()()()()()()()と言いた気に不機嫌そうに言い放つ。

 その言葉を聞いたあたしは──

 

 泣き止んだ。

 あたしは決意した。

 今日ここで、あたしは夾竹桃を倒す。

 

「いい加減黙れや腐れ年増がッ!!」

 

 吉野先輩が叫ぶと夾竹桃の表情が僅かに怒りに歪む。

 同時に吉野先輩は右胸に左手を突っ込み、親指以外の全てで手裏剣を挟んだ状態で引き抜き構える。

 一触即発の雰囲気になっているがあたしは気にせず呼びかける。

 

「吉野先輩。志乃ちゃんをお願いしてもいいですか?」

 

 吉野先輩に頼む。

 こちらを少し見つめた後、吉野先輩は盾を夾竹桃に向けたままこちらに歩いてくる。

 そして、あたしの右側にまで来ると左足と平行になる様に右膝を付き、志乃ちゃんの首裏に手を添え、先輩の右膝の上に志乃ちゃんの頭を移動させる。

 そして、吉野先輩は頼りになる笑顔を浮かべ──

 

「任せろ!」

 

 力強く答えてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 あたしは頼りになる先輩に感謝の言葉を告げると立ち上がる。

 そして最後に吉野先輩が言ってくれる。

 

「後の事は全部任せな。あかりちゃんはあかりちゃんの、己の為すべき事を為せ」

「はい!」

 

 吉野先輩の言葉に強く答えると、先ほどまで先輩が立っていた場所まで移動する。

 そして、あたしは夾竹桃が欲しがっている『鷹捲(たかまくり)』の構えを取った。

 

 

 


 

 1分前

 ~side 吉野遙~

 

「今の俺じゃ奴に届かないが30秒くらいは時間を稼げる。その間に決めるんだ。ののかちゃんの命か、佐々木さんの命か、それとも・・・」

 

 俺はあかりちゃんにそれだけを告げると、立ち上がり夾竹桃を見据える。

 

 本当に嫌になる。

 後輩達の危機に間に合う事ができない自分が、後輩たちを窮地に追いやる敵が、普通の女の子であるこの子達に平穏を与えないこの世界が、本当に嫌いだ。

 

「さて、なんでアンタがこんなとこでこんな事してるのか、話して貰おうか桃子先生」

「あら、私はあなたには会ったこと無いはずよ?」

 

 俺の呼びかけに、夾竹桃はこの場では使っていないはずの別の名で呼ばれ、少し驚いたようだ。

 正直、ずっと遠目だったから分からなかったが、ここまで接近して知っている顔だと言う事に気づきこちらも驚いている。

 

「同人誌即売会で何度か会ってるんだがな・・・覚えられて無い俺はファンとしてまだまだって事かな」

 

 わざとらしく肩を竦めて首を振る。

 そう、夾竹桃は俺がオタク趣味を持って以降、理子に薦められて初めて買った同人誌の作家であり、そのまま気に入り新刊が出るたびに購入することになった人であり、俺が知る中で一番クオリティの高い百合漫画作家である。

 

「私の作品はあなたの様なタイプには向かないと思うのだけど」

「意外とそうでもないさ。俺は自分に被害がなければ同性愛も基本的には肯定派だし、見るなら嫌なとこが見えてる同姓より異性同士の方が見てられる。自分の知らない世界が見れるからアンタの作品には助けられてるぜ」

 

 何度か同姓に迫られたからこそ言える。

 男よりも女の方がよっぽど良い。そして、そんな女が二人も絡み合ってるんだ、苦手意識を持つ方が変だろう。

 

「そう、それは良かったわ。取り敢えずそこを退いてくれるかしら? 珍しい異性のファンを殺すのは私も気が退けるの」

「そいつはお気遣いどうも。けど、アンタにゃ俺を殺せねーよ」

「面白い冗談ね。その足で私に相対できるとでも?」

「余裕だね!」

 

 夾竹桃の挑発的言葉におどけたように返してやる。

 これには少しイラついたのか一瞬夾竹桃の顔に青筋が見える。

 実際には余裕ではないが、相対する方法を4通りほど思いついてる。

 

 1つは、フックショットでの立体移動で、橋の外に飛び出してから夾竹桃までの移動の速度を乗せた攻撃で意識を刈り取る方法。

 

 1つは、飛び道具によるガトリングガンを破壊し無力化する方法。

 

 1つは、このまま距離を詰め銃口に盾を押し付け、弾丸を銃身内部に溜めさせ腔発させる方法。

 

 1つは、試作型武偵弾による攻撃で無力化する方法。

 

 俺が戦うなら、この中で1番合理的で安全で各実な物を選ばなければならない。

 そうでなければ後ろのあかりちゃん達に被害が向く。

 

「どうやらあなたは聞いてたより好みじゃなさそうね」

「そりゃ残念。ちなみに聞いたっていう俺の話と、アンタの言う好みってのを聞いていい?」

 

 興味本位半分。時間稼ぎ半分くらいのノリで聞いてみる。

 

「あなたに会ったら戦闘は行わずに逃げろって言われたわ。あと、あたしの好みはウブな子の顔を羞恥に歪ませることよ」

「よくわかんねーけど過大評価されてるみたいだな。それに、アンタと俺は性癖が微妙にずれてることも分かったみたいだし。ちなみに、俺の好みはアンタみたいな半端なサディストや生意気な奴を屈服させる事だ」

 

 多分意味は無いのだろうが、向こうが性癖を明かしたのでこちらも性癖を明かしておいた。

 そして、少なくとも今の夾竹桃とは反りが合わないことが分かった。

 この無垢なる物を羞恥に歪ませ自分の支配に置こうという発想は、口出しする気はないが気に入らない。

 

「作者と読者。こんな出会い方じゃなければ仲良くなれそうと思ったけど、あなたとは反りが合わなそうね」

「ああ。隠す者と晒す者。たとえ根幹が同じだったとしても反対の方向に枝を伸ばしてるんだ、反りが合わ無いのは分かってたぜ。それに、アンタは俺の可愛い後輩を傷付け辱めた。俺の大切な後輩に穴を開けた。例えそれがこの武偵という世界では日常的に起こる事だったとしても、俺はアンタを許さない。このくらいは分かれよ?」

 

 ただの時間稼ぎとペースを崩すための会話だったはずが、気付くと怒りに任せて喋ていた。

 最悪だ。ここまで敵に自分を晒すなんて、自分の弱点を敵に教えてるようなものだ。いくら最近動いていなかったとは言え、油断しすぎだ。

 

 もっと余裕を持て。自分の心に常に自身を入れろ! 

 

 気を引き締め直し夾竹桃を見据える。

 その時──

 

「志乃ちゃん・・・志乃ちゃん? ・・・志乃ちゃあああん!!」

 

 あかりちゃんの絶叫がレインボーブリッジにこだまする。

 佐々木さんの意識がぎりぎり残ってたが、今度こそ本当に意識を手放してしまったのだろう

 今のあかりちゃんが何を考えるか想像に難しくはない。だからこそ、俺はあかりちゃんが暴走しないか、その一点が怖い。

 

「本当は毒に苦しむ姿を見たかったんだけど」

 

 俺が懸念していた時、夾竹桃はまるで()()()()()()()()()()()()と言いた気に不機嫌そうに言い放つ。

 その言葉に俺は、ここ最近の立て続けの事件による影響か、それともライカ達後輩を傷付けられた怒りからかここ数年で初めてブチギレた。

 

「いい加減黙れや腐れ年増がッ!!」

 

 俺は特に意味を成さない罵倒を叫ぶ。

 左手で右胸の内ポケットから手裏剣を3本、指に挟んだ状態で引き抜き何時でも投擲できるように構える。

 

「吉野先輩。志乃ちゃんをお願いしてもいいですか?」

 

 その時、あかりちゃんに呼び止めら後ろに振り向く。

 その瞳には確かな覚悟が宿っており、見ているこちらが気圧されそうになる。

 

 後は彼女に任せるべきなのだろう。

 直感的にそう悟ると、俺は盾を夾竹桃に向けたまま、あかりちゃんの右側に移動すると左足と平行になる様に右膝を付き右膝の上に佐々木さんの頭を移動させる。

 そして、後の事は何も気にしなくていいという意味を込め、俺はあかりちゃんに笑いかけ──

 

「任せろ!」

 

 あかりちゃんの頼みを力強く引き受ける。

 

「ありがとうございます」

 

 あかりちゃんは俺に軽く礼を口にすると、立ち上がる。

 伝わりきらなかった部分もあるかもしれないという可能性を思い至り、あかりちゃんに最後に語り掛ける。

 

「後の事は全部任せな。あかりちゃんはあかりちゃんの、己の為すべき事を為せ」

 

 俺は常に自分の行動原理としているものを言葉として伝える。

 そう、人間とは結局、自分の意思と感情に基づき行動する。

 それが例え善性であっても、悪性であっても。

 ただ善悪なんて後から人が判断するものであり、その意志や感情が生まれた時点では善悪は存在しない。

 ならば生まれたものは全て正しく、そこから生じる行動に間違いなんて無いのだろう。

 迷う必要性は無く、ただ信じること成せばいい。それが己の為すべき事であり、それが己に必要な物なのだろう。

 

「はい!」

 

 あかりちゃんは俺の言葉に強く返事を返す。

 そして、あかりちゃんは俺が先ほどまで立っていた辺りまで移動すると、俺も見た事のない独特の構えを取る。

 

 古流空手のように足を開き腰を落とす、ここまでは良い。

 開手の右手を前に突き出し、開いた左手を引き首筋の辺りに置く。

 その手首と腕は限界まで捻られており、両掌は空に向けられている。

 そして、その指は俺が持ち得る技の中で最も殺傷能力の高い技の形と酷似し、その指は獰猛な猛禽類の爪の様に折り曲げられている。

 

 何なんだあの構えは・・・

 

「なに、それ」

 

 夾竹桃も同じことを考えたのか、少し目を見開き尋ねる。

 ガトリングガンを相手にマイクロUZIを拾わず素手で構えたのだから、夾竹桃の反応も当然と言って良いだろう。

 あかりちゃんは夾竹桃の問い掛けに──

 

鷹捲(たかまくり)

 

 これから放たれる技の名を囁く様に口にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32弾 事件は解決する物ではなく増えていく物

「そう、そうだったの」

 

 夾竹桃は技の構えを向けられているというのに、目を細め、歓喜しているかのような表情を浮かべる。

 

「あなたも私と同じ、()()使()()だったのね。灯台もと暗しだったわ。その手に、塗っていたのね」

 

 あかりちゃんの話によると、夾竹桃は『鷹捲(たかまくり)』を毒だと思ているそうだ。

 だが、数多の技を観て、己の物に昇華させ続けてきた俺にはわかる。

 あれは毒じゃない。物理的な効果を伴った殺傷技だ。

 

 それ故に心配なのは、この距離を被弾せずに駆け抜けその一撃を加えられるのかだ。

 近代ではゲームやアニメと言ったエンターテインメントの影響で、技という物を1度使えば確実に決まり、敵に大ダメージ、もしくは致命傷を与えられるイメージが付いているが、現実はそんなに都合よくはいかない。

 実際に技と言うのはただの肉体の動かし方であり、その動かし方から生まれる通常の動きでは為し得ない効果が最大の意味であり、その意味を成していないものは技ではない。逆に言えばその意味を成していれば、体の動かし方の形から外れていても技と言える。

 しかし、たったそれだけの物であり、それがあれば勝てるという物でもなく、決まらない事もあれば効かない事もある。

 避けられれば技の効果なんて発揮される事もなく、技の使っている途中、もしくは使う直前で攻撃を食らえば当然意味を成さなくなる。

 技とは実際にこの程度の物であり、決して万能な物ではない。

鷹捲(たかまくり)』という技は雨の様に乱射される弾丸を避け、攻撃を加えられるものなのだろうか。

 

「千本の矢をスリ抜け、一触れで死を打ち込む、死体に傷が残らない技──鷹捲(たかまくり) ・・・!」 

 

 なるほどな・・・

 夾竹桃の言葉に合点がいった。

 鷹捲(たかまくり)という技は、形こそ似ているが俺の持っている技とは全く違う物だろう。

 むしろ、父方の家である『相良』の性質に近い技だ。

 

「・・・中距離で使える毒手・・・あなたのその手に塗っているのね・・・」

 

 夾竹桃は先ほどまでの冷めた態度とは違い、興奮し昂ったように感情がハッキリと見える。

 それは待ち焦がれた瞬間が訪れた時の様に、ずっと会いたかった人にようやく会えた少女の様に。

 そんな様子の夾竹桃を前に、あかりちゃんは無言を貫く。

 精神統一、あるいは技を放つ為のタイミングを計っているのだろうか、その集中力が窺える。

 

「『約束練習』みたいだけど──」

 

 夾竹桃がガトリングガンの引き金を引く指に力を入れたと同時に、あかりちゃんは夾竹桃がガトリングガンを構える方へ、強く床をけり前へと走り出す。

 俺も左手で佐々木さんを隠すように盾を構え、首だけあかりちゃん達の決着を見届けるために固定し、体は佐々木さんの体に被せる様に移動させる。

 そして、スピンアップした銃身の束が──

 

「『千本の矢』は私がやってあげるわ!」

 

 夾竹桃の歓喜の叫びと共に火を噴いた。

 

 バリバリバリバリバリバリバリバリッ!! 

 

 ガトリングガンは猛スピードで回転し弾丸をばらまくが、あかりちゃんは怯む事無く進み続ける。

 弾丸の方へ全力疾走を続けてたが、ある地点でギュルン! と全身を回転させ、頭からまっすぐ地面と平行に飛ぶ。

 伸ばした全身をネジの様に回転させ、両腕の捻じれも解く様にさらに回転を加え、回転運動を強めていく。

 右手を前に突き出し回転しながら地面と平行に飛ぶことによって、弾幕に対する面積が最小となった。

 その姿はまるで、戦場を飛び交う銃弾を交わし、目標に向かって放たれたライフル弾の様だ。

 

 ガトリングガンから放たれる銃弾の隙間をあかりちゃんはすり抜けていく。

 それは『鷹捲(たかまくり)』と言う名の通り、獲物に襲い掛かる鷹の様に。

 

「──!」

 

 その様子に、夾竹桃は目を見開くのが見える。

 M134改は放熱の都合上2~3秒程しか連射できないものだ。それは先ほど佐々木さんを撃った時に分かっていた。

 銃撃が止んだ瞬間、地面と平行に飛翔したあかりちゃんが無傷で夾竹桃へと、無傷で到達する。

 だが、それでは止まらない。

 

「──っ──!」

 

 あかりちゃんの指先、爪の先端がガトリングガンの先端に触れた瞬間。

 

 バチィィイイィィイィィッ!! 

 

 静電気の何万倍もの電気が弾ける様な音が鳴る。

 それが以前入れが予想を立てたパルスの増幅による振動破壊技であることを裏付けた。

 おそらく先ほどの回転でジャイロ効果を生み、パルスを増幅、集約させコマの軸のようなあかりちゃんの正中線に集まった振動が、あかりちゃんが物体に触れた瞬間に指先からμ(マイクロ)秒単位で伝播されたのだろう。

 よって起こる事、それは──

 

 バリッ・・・バリバリバリッ・・・バリッ! 

 

 ガトリングガンの先端から()()していく。

 チタン合金の銃身が、タングステン合金のパーツが、銃弾やガンパウダーの一粒に至るまで、あかりちゃんの内部で集約、増幅され累乗的に強化、微細化された振動が分子レベルで結合を紐解きガトリングガンを破壊していく。

 その破壊は進むにつれ雑になっていくが、ガトリングガンの本体をしっかりと粉々に破壊し、本体を持つ夾竹桃の手元に伝わる。

 

「──!?」

 

 ──バッ──

 

 感電したかのように夾竹桃の腕から全身へと振動が伝わっていく。

 夾竹桃に悲鳴すら上げさせず衣服を四散させる。

 

「えっ? 服?」

 

 正確には黒いセーラー服とスカートが弾け飛び、純白の下着が露わになる。

 一体何を目的にした技なんだと思ったが、粉々になったガトリングガンを見て気づいた。

 

 振動技は本来、肉などの水を含む者には効果が薄く、振動が分散してしまう傾向にある。

 その傾向ゆえに本来は、振動技を人体に使用する場合は十分に威力を出す為に物体越しではなく直接打ち込むのが鉄則であり、物体を挟んだ場合の振動技は物体が緩衝材になり十分な威力が伝わりきらない。

 だからこそ、殺人を犯してはいけない武偵として使う場合には物体を挟むことによって、物体、装備の破壊のみに止まり人体に対する致命的損傷が現れない非殺の技として使った。

 そして、雑になった振動は夾竹桃の体内で相互にぶつかり、跳ね返り下着を通過し、最も肉体の外側にあるセーラ服で逃げ場を失いそこで弾け飛んだ。

 

 鷹捲(たかまくり)の威力は思ったより高く、夾竹桃は仰け反った状態で柵のないレインボーブリッジの

 縁から海へ落ちていく。

 

「やれやれ・・・やっとだな・・・」

 

 佐々木さんの左手を肩に回し担ぐと、右手で盾をつき立ち上がる。

 封鎖されているはずなのに車の音がするので振り返ると、麒麟ちゃんが運転するハマーがこちらに向かってきている。

 ハマーが到着したら佐々木さんを乗せれば俺の役割はすべて終わりだ。

 

 ドボンッ!! 

 

 海に何かが落ちたような音に海の方を見る。

 暗くてよく見えないが、あかりちゃんが夾竹桃の事を海の中で抱きとめていた。

 そして、スカートの中に隠し持っていた手錠を──

 

 ガチャ! 

 

「逮捕!」

 

 夾竹桃の手首にかけ、あかりちゃんは武偵として宿敵に対し勝利宣言を果たしたのだった。

 

 

 


 

 

 勝利宣言から数分後。

 到着したハマーに佐々木さんを乗せると、佐々木さんの処置を麒麟ちゃんに頼み、護送車に乗せられる夾竹桃を見に行く。

 あかりちゃんも思う所があったのか、俺の隣で乗せられていくのを見詰めている。

 

「吉野遙。同期からあなたに伝言があるの思い出したわ」

「伝言? 告白代行とかならお断りだぜ?」

 

 下着姿で尋問科(ダキュラ)の生徒たちに連行される夾竹桃が、不意に話しかけてきたので何時もの調子で答えると夾竹桃は、少し呆れたような表情になった。

 

「ちがうわよ。「近い内に会いに行くから」だそうよ」

「ハッ、それは楽しみですこと。で? そいつの名前は?」

 

 夾竹桃は少し考え、その名を出す。

 

「『神速の蜂』。私たち同期は彼女の事をそう呼んでいるわ」

 

 夾竹桃はそれだけを言い残すと、護送車に促される様に入っていった。

 

「神速の蜂・・・?」

 

 神速という言葉に関しては心当たりはあるが、蜂という言葉に覚えはない。

 蜂とはいったい何なんだ? 

 

「吉野先輩。何か心当たりあるんですか?」

「神速には何人か、蜂には一切なし。ついでに俺に会いたいって言う奴にも心当たりなし」

 

 神速とは吉野の剣術における通過点の1つであり、第2段階にあたるものだ。

 つまり、吉野の剣術を使う者の大半が神速に至るほどの剣速であり、近接戦だけに限って言えばAランク以上の人間ばかりと言う事になる。

 

 今の俺に勝てるだろうか・・・

 それに俺に会いたがる吉野って・・・

 

 吉野家を出た俺に会いたがっている吉野なんているはずがない。

 例外があるなら俺の末妹である『吉野芙雪(ふゆき)』位だろう。

 だがあの子はまだ10歳だ。夾竹桃のような人間に同期と呼ばれるような年齢でも人間性でもない。しかも剣術は一切習っていないので神速と呼ばれる事も無いはずだ。

 

 蜂

 昆虫綱膜翅目の昆虫であり、一般的に産卵管を毒針に変化させた種類が広く知られている。

 社会性を持ち、女王蜂と働き蜂に分類され、その大半が雌であり雄は特定の時期の交尾の為に生まれる。

 一般的な種類は蜜蜂((honey)bee)黄蜂(wasp)スズメバチ(hornet)雄蜂(drone)等が知られている。

 だが、今回の件はおそらく比喩表現だろう。

 と言うか、比喩表現じゃなければ夾竹桃の頭は致命的なバグが存在するのだろう。

 

「情報もない状態で考えたところで答えなんか出るわけねーか・・・」

 

 やはり俺には推理力がないようだ。

 軽く考えたが最終的に匙を投げだす俺には探偵科(インケスタ)の才能はなさそうだ。

 

「あぁ、足が限界だ。座りてー」

 

 ため息をつくと振り返り、麒麟ちゃんの操縦するハマーに向かう。

 少し腰掛けようとバックドアを開けると──

 

「えっ・・・」「あっ・・・」「はっ?」

 

 開けた瞬間、俺は死を覚悟をした。

 麒麟ちゃんが怪我をしている佐々木さんに包帯を巻いている。佐々木さんも意識を取り戻していたようで、同性でも少し恥ずかしいのか顔を少し背けているようだ。

 当然だが、佐々木さんは全身を撃たれており、手当の為には服を脱ぐ。

 そう、ばっちり見てしまった。佐々木さんの下着を・・・

 刺繍とレースがあしらわれた真っ赤なランジェリーと、普段の黒いストッキングを脱いだ素肌の足に巻かれた包帯と。更に所々に飛び散った血が鮮やかで、はっきり言ってエロい。

 

 ってそうじゃなく! 

 

「あー、えーとその・・・」

「・・・ッ!」

 

 麒麟ちゃんの顔がどんどん赤くなり怒っているのが目に見える。

 佐々木さんは赤くなりつつ、震える手は自身のサーベルを探しているようだ。

 今日の俺は足を引き摺っているから2対1の状況なら確実に俺が負ける。

 見るも無残に殺される未来しか見えない・・・

 

 この状況で俺が助かる可能性を見出せないので、覚悟を決めて諦めよう。

 

「失礼致しました・・・」

 

 丁寧に謝罪すると、バックドアを閉め──

 

「きゃあぁぁぁぁっ!!」

 

 ドアの隙間から、ビュン! と何かが飛び出してくるのを上体を反らし避ける。

 避けた後、投げたものを見ると──

 

「──サーベルッ!?」

「成敗ですの!!」

 

 ドアがバンッ! と開き胸に衝撃が走る。

 その正体は──

 

「──ジョナサン・・・」

 

 麒麟ちゃんが普段から持っているキリンのぬいぐるみが俺の胸にぶつかっていた。

 そう、鉛が仕込まれているぬいぐるみのジョナサンが・・・

 

「グハッ!!」

 

 俺はジョナサンを胸に抱き意識を手放した。

 その後、意識を取り戻した俺は佐々木さんのビンタを頂戴したのだった。

 

 

 


 

 

 取り敢えず頬に綺麗なモミジの形を作られた俺は佐々木さんに土下座を敢行した。

 切腹か指詰めくらいは要求されるかと思ったが、意外とすんなり許してくれたのは意外だった。

 後は符丁毒の解毒法を夾竹桃から聞き出すだけだが、そこは尋問科(ダキュラ)の生徒たちの仕事で俺やあかりちゃん達ができる事は無くなった。

 そう言う訳で俺たちは、麒麟ちゃんの運転するハマーで東京武偵校まで帰っていた。

 

「そういえば遙先輩はどうしてアタシ達の居場所分かったんですか?」

「うん?」

 

 助手席のライカが不意に訪ねてくる。

 ラゲッジスペースから後部座席のあかりちゃん、佐々木さん、陽菜の3人を見ると、そちらの方も気になっているようだ。

 

「まず戦闘の場合相手の不意を突いての視覚を奪うのは基本。大捕り物の場合は猶更だから閃光手榴弾を使うのは分かるから青海の高い場所で張っていれば、夜に動くのは聞いてたから確実にわかると思ってた。問題は場所によっては駆け付けられないって事だったから陽菜の方は行けなかった。すまなかった。それで次に俺がするべき事を考えたら、次に狙われるのはライカだと思った。だからライカの方に移動するともうやられてたから、ヘッドセットだけ借りてライカを分かりやすい場所に移動させてから情報を聞きながら移動した。結局全部間に合わなかったけどな・・・」

 

 ため息をつくと頭を少し雑に掻く。

 するとあかりちゃんが、少し疑問に思ったのか質問してくる。

 

「あれ? 吉野先輩はどうやってライカの居場所見付けたんですか?」

「ん? あぁ、ライカ。ちょっと良いか?」

「なんですか?」

 

 

 ライカが助手席から振り返りこちらを見る。

 ラゲッジスペースで立ち上がると、佐々木さんの座っている後部座席のヘッドレストに右手をつくと、身を乗り出し、ライカのセーラー服の右側の襟ラインの裏に仕掛けた小型の発信機を回収する。

 

「これがあれば誰だって見付けられるだろうさ」

 

 みんなに見えるように発信器を見せるとみんな納得した顔をする。

 て言うか、これがあって見付けられない奴は現代人ではないだろう。

 

「いつの間に・・・」

「夕方に病院で会ったろ? その時肩に触れるタイミング無かったけ?」

「あ!」

 

 そこまで言ってやっとどのタイミングで発振器を仕掛けられたのか気づいたようだ。

 

「まだまだ注意力足りないなライカ。気付かないまでもいつ仕掛けられたか分かる様にしろよ」

 

 発信器をズボンの左側の二重ポケットになおし、後部座席の裏にもたれかかるように座りなおす。

 

(やっと1つ事件が終わったてのに、めんどくさそうな問題はまた増えたか・・・かったるい・・・)

 

 外の空は少しずつ明るくなってきているのを気にせず、目を閉じ迫って来ていた眠気に徐々に体を委ねていく。

 そうして俺達は麒麟ちゃんが運転するハマーに、武偵校につくまで揺られたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33弾 面会室には美人な母親が居たんだけど・・・

「やれやれ・・・結局何も分からなかったな・・・」

 

 夾竹桃との戦闘の次の日、午前中に平賀さんに盾を返し新装備の寸法を取ってもらった後、学園島の駅の近くにある古本市場で蜂に関する情報を漁っていたが特に有益な物は見つからなかった。

 やっぱり比喩的な意味で蜂の特徴に近い人物像、近い戦闘方法を使う人間だって事を視野に入れて考えた方が良いのだろう。

 

「かったるい・・・」

 

 松葉杖を付きながら適当に歩いているとふと目に入った。

 

 アリアか・・・

 

 アリアはいつもの髪形に前髪を作っており、いつもと違う雰囲気を醸し出していた。

 前髪は間違いなく額の傷跡を隠す為の物だろう。

 後から聞いた話だが、アリアの額の傷は一生消える事は無いそうだ。

 そして服はいつもの制服ではなく、私服の白地に薄いピンクのワンピースで清楚なイメージだ。

 

 そしてその後ろには──

 

「何やってんだあいつ・・・」

 

 キンジがアリアの後を追っているように見える。

 最近は身近な人間の尾行が流行っているのか? 

 

「興奮してきたな。ちょっと行ってみるか・・・」

 

 どこかのお笑い芸人の様な事を口にしながら、アリアを尾行するキンジを尾行することにした。

 着ていた私服の黒のナイロンジャケットのフードを被り、少し離れた距離からキンジ達を追いかける。

 よくわからない2人を追いかけ駅に向かい、同じモノレールに乗車する。

 モノレールで新橋に出ると、そこからJRに乗り換え神田を経由し新宿で降りる。

 キンジから少し離れて尾行していると、町の男共の視線がチラチラとアリアに向けられているのが分かる。

 まぁ、アリアの容姿なら視線が集まるは分かるが、言ってもアリアの体型でこの視線って最近のこの国はロリコンばっかなのか? 

 そんな事を考えていると、キンジ達は西口の高層ビル街の方へ歩いていく。

 アリアの性格と普段のあの焦っているよう態度を考えると、彼氏という事は無いと思うが・・・

 するとある場所でアリアが足を止めた。

 

 新宿警察署

 

 おそらくアリアの母親が拘留されているのだろう。

 

「下っ手な尾行。シッポがにょろにょろ見えてるわよ」

 

 アリアは振り返らずに呼びかける。

 どうやらばれているようだ・・・

 

「あ・・・その。お前、昔言ったろ? 『質問せず、武偵なら自分で調べなさい』って」

 

 キンジは気まずさからか、少し逆切れ風にアリアの隣に立つ。

 

「ていうか、気づいてたんならなんでそう言わなかったんだよ」

「迷ってたのよ。教えるべきかどうか。あんたも、『武偵殺し』の被害者の1人だから」

「?」

「まぁ、もう着いちゃったし。どうせ追い払ってもついてくるんでしょ」

 

 と言うアリアはいつもより覇気がない。

 そして2人が署内に入って行こうとして──

 

「警察署でおデートですかー?」

「「は、遙!?」」

 

 2人だけの空気になりつつあるキンジとアリアに呼びかける。

 2人共俺の存在には気付いてなかったのか、本気で驚いているように見える。

 

「お前、いつの間に・・・」

「モノレールに乗る5分ほど前からだ。て言うかバレない様に尾行したとは言え、松葉杖使った人間の尾行ぐらい気付けよ・・・」

 

 Eランクとは言え探偵科(インケスタ)の人間がこれで大丈夫なのか? 

 アリアの方も気付いていなかったのか・・・

 俺の存在感何処に行ったんだ? 

 まぁ、この黒ファッションは紛れやすさを狙ったものでもあるが。

 

「まっ、俺も『武偵殺し』の被害者の1人だ。キンジに付いていく権利があるのなら俺にもあるよな?」

 

 アリアに尋ねると微妙な表情をしている。

 最後にあんな揉め方して再会したのが大切な人との面会直前なんだから、この反応も当然と言えば当然なのだろうが・・・

 

「良いわ。遙、あんたも来なさい」

「了解」

 

 アリアは少し考えた後、俺にもついてくる許可を出す。

 今度は俺も含めた3人で警察署内に向かった。

 

 

 


 

 

 拘留人面会室で2人の管理人に見張られ、アクリル板越しに現れた美人な女性が現れる。

 俺はこの人の顔を見た事がある。

 そう、アリアのガバメントのグリップに埋め込まれたカメオ。そこに刻まれた女性の横顔。それは間違いなく今目の前にいる女性だ。

 

「まぁ・・・アリア。そちらの方は? この方は彼氏さん?」

「ちっ、違うわよママ」

 

 俺とキンジを見て少し驚いているような、けどおっとりとした声を上げる彼女は・・・

 若い。

 アリアの言葉からして彼女がアリアの母親なのだろうが、どちらかというと母親というより姉といった印象の方が近い。

 

「じゃあ、大切なお友達さんかしら? お友達を作るのさえヘタだったアリアが、ねぇ。ふふ。うふふ・・・」

「違うの。こっちのは吉野遙。こっちのが遠山キンジ。2人共、武偵高の生徒で()()()()()じゃないわ、絶対に」

「あらま。そりゃ残念ですこと・・・」

 

 アリアの言葉に何となくつぶやくと、アリアに思いきりにらまれる。

 なるほど、黙れという雰囲気を呼んで黙る。

 

「初めまして。わたし、アリアの母で──神崎かなえと申します。娘がお世話になってるみたいですね」

「あ、いえ・・・」

「こちらこそ・・・」

 

 取り敢えず社交辞令的な事を口にしておく。

 かなえさんの態度や雰囲気はその場の空気を優しく包み柔らかくしていく。

 このタイプの人間は苦手だ・・・

 佐々木さんの、その場に吐き捨てられたガムでも見るような目が懐かしく感じる。

 

 キンジはかなえさんに少しどぎまぎしているようで、アリアもそれを感じたのか後ろにいた俺たち2人を睨みつけてくる。

 

「ママ。面会時間が3分しかないから手短に話すけど・・・このバカ2人は『武偵殺し』の被害者なの。先日、武偵高で自転車に爆弾を仕掛けられたの」

「・・・まぁ・・・」

 

 かなえさんの表情を固くする。

 

「さらにもう一件、一昨日はバスジャック事件が起きてる。ヤツの活動は、急激に活発になってきてるのよ。てことは、もうすぐシッポも手を出すハズだわ。だからアタシ、狙い通りまずは『武偵殺し』を捕まえる。ヤツの件だけでも無実を証明すれば、ママの懲役864年が一気に742年まで減刑されるわ。最高裁までの間に、他も絶対、全部なんとかするから」

 

 数日ぶりにかなえさんの懲役を聞いたが、真面目に考えるのも面倒になるような年数にため息が出た来る。

 

「そして、ママをスケープゴートにしたイ・ウーの連中を、全員ここにぶち込んでやるわ」

「アリア、気持ちは嬉しいけど、イ・ウーに挑むのはまだ早いわ──『パートナー』は見つかったの?」

「それは・・・どうしても見つからないの。誰も、あたしには、ついてこれなくて・・・」

「ダメよアリア。あなたの才能は、遺伝性のもの。でも、あなたには一族の良くない一面──プライドが高くて子供っぽい、その性格も遺伝してしまっているのよ。そのままでは、あなたは自分の能力を半分も発揮できないわ。あなたには、あなたを理解し、あなたと世間を繋ぐ橋渡しになれるようなパートナーが必要なの。適切なパートナーは、あなたの能力を何倍にも引き延ばしてくれる──曾お爺さまにも、お祖母さまにも、優秀なパートナーがいらっしゃったでしょう?」

「・・・それは、ロンドンで耳にタコができるくらい聞かされたわよ。いつまでもパートナーを作れないから、欠陥品とまで言われて・・・でも・・・」

「人生は、ゆっくりと歩みなさい。早く走る子は、転ぶものよ」

 

 なるほど、この人は強い。

 必要だと思えばこの人は自分の身を差し出すことを迷わず選べる。

 俺には無い強さを持っているのが見ているだけで分かってしまう。

 

「アリア悪い。ちょっと良いか?」

「何よ、遙」

「少しかなえさんと話したい。30秒で済ませる」

 

 アリアは少し訝しげな目を向けてくるが、渋々といった様子で席を代わってくれる。

 俺は変わってくれた席に座ると、3秒ほど目をつぶりかなえさんの方を見る。

 

「神崎かなえさん。今から俺のする質問に全ていいえで答えてください」

「はい」

 

 かなえさんに了承を取ると質問を考え聞く。

 

「あなたは女性ですか?」

「いいえ」

「あなたはアリアの父親ですか?」

「いいえ」

 

 まずは、嘘か本当かの判断基準を得る為の質問をする。

 次に本題である質問を考える。

 

「あなたは『武偵殺し』ですか?」

「──ッ! いいえ」

「あなたはイ・ウーの構成員ですか?」

「いいえ」

「あなたはイ・ウーの実情をご存じですか?」

「いいえ」

「では最後に、あなたは自身の罪状に該当する事を実際に犯しましたか?」

「いいえ」

 

 俺が聞きたい事はこれで全てだ。

 

「ありがとうございます。参考になりました」

 

 頭を下げて感謝の言葉を述べる。

 席を立ちアリアに変わろうとしたその時──

 

「神崎。時間だ」

 

 近くに立っていた管理官が、壁の時計を見ながら告げる。

 

「ママ、待ってて。必ず公判までに真犯人を全部捕まえるから」

「焦ってはダメよアリア。わたしはあなたが心配なの。1人で先走ってはいけない」

「やだ! あたしはすぐにでもママを助けたいの!」

「アリア。わたしの最高裁は、弁護士先生が一生懸命引き延ばしてくれてるわ。だからあなたは落ち着いて、まずはパートナーをきちんと見つけ出しなさい。その額の傷は、あなたがもう自分1人では対応しきれない危険に踏み込んでいる証拠よ」

 

 アリアが前髪に隠していた傷跡に気付いていたのか、かなえさんはアリアを叱る。

 

「やだやだやだ!」

「アリア・・・!」

「時間だ!」

 

 興奮するアリアを宥めようとアクリル板に身を乗り出したかなえさんを、管理官が羽交い締めにするような形で引っ張り戻した。

 あっ、とかなえさんが小さく喘ぐ。

 

「やめろッ! ママに乱暴するな!」

 

 アリアはまるで小さな猛獣のごとく検視を剥き出し、赤紫色(カメリア)の目を激昂させアクリル板に飛び掛かるが、当然アクリル板は透明でも厚く硬い。()()()()()()()少しも歪まず受け付けない。

 今回ばかりは俺もムカついた。アリアを手伝ってやる。

 俺は左手でアクリル板に触れると──

 

 バアァァン!! 

 

 アクリル板は大きな振動音と共に、アクリル板を固定する壁に少し亀裂が入る。

 パラパラと壁の一部が粉と化し、床に落ちる光景を見て管理官が固まる。

 

 全撃ち

 空撃ちと同じく腸腰筋の回転を体から腕へと伝え、対象に打ち込むのは変わらない。

 だがその瞬間左足を大きく踏み込み推進力に全体重を加えることによって、一撃における威力を大幅に上げた。

 

 そんな1撃をぶつけてもアクリル板は壊れないが、確実にダメージは蓄積される。

 あと5、6回打ち込めば破壊できそうだ。

 

「おい、その方を丁重に扱え。殺すぞ」

 

 管理官2人に殺気を向けると、顔を青くして固まってしまう。

 アリアとキンジも、俺の行動に目を剥いている。

 おそらく今、俺は仮面の如く張り付けた様な無表情なのだろう。

 それ程までにムカついていた。

 

「ちっ・・・」

 

 監察官がおびえた様子に舌打ちをすると、左手をアクリル板から離しズボンのポケットに入れる。

 それに安心したのか、管理官は逃げるようにかなえさんを連れ出していった。

 

 

 


 

 

「訴えてやる。あんな扱い、していいワケがない。絶対・・・訴えてやるッ」

 

 独り言をしながら新宿駅まで戻るアリアの後ろを、俺とキンジは何も言えずただを歩いていた。

 

「・・・・・・」

 

 かつん、かつん、とミュールを鳴らしてアルタ前まで戻ってきたアリアは急に立ち止まった。

 背後から見れば、アリアは顔を伏せ、肩を怒らせ、ぴんと伸ばした手を震えるほどきつく握りしめていた。

 

 ぽた。

 ぽた・・・ぽたた。

 

 その足元に、何粒かの水滴が落ちてはじけている。

 それは・・・聞くまでもない、アリアの涙だった。

 

「アリア・・・」

「泣いてなんかない」

 

 キンジはその光景を目の当たりにしアリアに声をかける。

 怒ったように言うアリアの背中は今までにないほどに小さく見え、顔を伏せたまま震えていた。

 町を歩く人々は立ち止まる俺達を見てニヤニヤと笑う。

 痴話喧嘩か何かだと思っているのか、視線が俺の神経を逆撫でして行くが反応する気にならない。

 

「おい・・・アリア」

 

 キンジはアリアの前に回り込み、少し背を屈め顔を覗き込む。

 泣いているであろうその顔は、おそらく俺が見ない方が良い物なのだろう。

 

「な・・・泣いてなんか・・・」

 

 アリアは絞り出すように声を出し否定しようとするが、その声はどんどん否定ができなくなっていき・・・

 

「ない・・・わぁ・・・うぁあああぁぁあああぁぁ!」

 

 アリアは糸が切れたように、泣き始める。

 キンジから顔を反らすように上を向き、ただの子供の様に泣く。

 

「うあぁあああああああ・・・ママぁー・・・ママぁああああぁぁ・・・!」

 

 そんな彼女に追い打ち掛けるように雨が降り始める。

 人が、車が俺達の横を通り過ぎていく。

 町の喧騒の中、俺とキンジは泣き続けるアリアに何もしてやれない無力感に苛まれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34弾 この状況でご帰宅とか許さんぞアリア!!

 アルタ前で泣き止んだアリアに「1人にして」と言われた俺とキンジは、大人しくJRの電車に乗って帰宅していた。

 人のいない電車で足を庇い俺は座席の端に座り、キンジはドアの前に立っていた。

 

 俺の耳には小型の無線インカムが装着してある。

 傍目には俺が独り言を呟いているように見えているだろう。

 

「ファイル1、2をベースにファイル3~6まで解析。呼吸筋の稼働、瞳孔の開き方、脈拍の速さを元に虚言を判定」

 

 その言葉と共に自分のPCにアップロードし、解析した結果がダウンロードされる。

 

 結果

 ファイル3     

 ファイル4

 ファイル6真実   ファイル5虚実

 

 つまり、かなえさんは罪を一切犯さず、犯罪組織にも属さず、だが自身に濡れ衣を被せた奴らには覚えがある。

 それ程までの情報を持っているのなら、自身で己の無実を証明できそうな物だがそれが成されていない。

 

 何故・・・

 

 成す事ができない? 

 成したところで意味を成さない? 

 

 どうして・・・

 

 そこまで考えたが、俺にはおそらくたどり着けない事を悟り考えるのをやめる。

 右の二重ポケットに入れていた専用のコンタクトケースに、コンタクトを外して収納する。

 コンタクトケースの外側に取り付けられた収納スペースに、インカムを外し収納すると右の二重ポケットになおす。

 

「遙。お前目が良かっただろ? なんでコンタクトなんてしてたんだよ?」

「遙ちゃんの内緒の7つ道具その3、その4。スキャニング(Scanning)(And)オペレーション(Operation)システム(System)SAOS(サオス)接続用ディスプレイコンタクト&SAOS(サオス)接続用インカム」

 

 スキャニング(Scanning)(And)オペレーション(Operation)システム(System)

 名前の通り解析と誘導に特化したシステムであり、その解析精度はX線スキャン、サーモスキャン、画像スキャン、動画スキャン、音声スキャン、パターン解析、数式解析、成分解析、と多岐にわたり、そこに加えられる指示に明確なルート算出するAI、通称SAOS(サオス)である。

 

 SAOS(サオス)接続用ディスプレイコンタクト

 視界に入った物をスキャンし、その解析後のデータを視界に出力する為の物で、瞬きの秒数と回数でモードや効果が変わる。

 瞬き2秒でカメラモードに成り、瞬き2回で撮影、瞬き3回で暗視。

 瞬き3秒で動画撮影モードに成り、瞬き2回で撮影、瞬き3回で暗視。

 瞬き4秒以上で視界内即時解析モードに成り、瞬き2回で解析情報の更新、瞬き3回で暗視。

 

 SAOS(サオス)接続用インカム

 スキャンの内容の結果を音声で伝達し、音声命令により解析したデータを素材に更に解析しコンタクトに出力する。スイッチさえ入れておけば十数m圏内ならどんなに小さな音でも拾い解析するものだ。

 

 これらの全てが、俺が普段使っている7つ道具その1であるフックショットと同じ製作者が1人で作ってしまったのだから異常だ。

 

「・・・雨止まないな」

 

 後ろの窓を見ながら呟くが、キンジからの返事はない。

 俺はため息を付き窓の外を眺め続ける。

 

「・・・俺は何もしてやれなかった・・・」

「ああ」

「俺は何かしてやるべきだったんだよな?」

「さあな・・・」

 

 俺にはキンジが何を思い何を感じているかわからない。

 故に俺には、キンジに対しはっきりとした答えを提示することはできない。

 けど──

 

「もし、キンジに思う事が、何かをしてやりたいという思いがあるのなら、次のその瞬間に本人だろうが別人だろうが関係なくしてやればいいさ。キンジ自身の為に・・・」

 

 キンジがしたい事の後押しくらいはしてやれる。

 後悔なんて後にしかしないのだから、今したいことをするのが1番本人には良い事なのだろう。

 それが本人だろうが別人だろうが関係なく、自分が感じた事をそのまま行動に移す事が重要なのだから。

 

「まぁ、収穫があったんだ。武偵殺しには間違いなく近づいてる。俺達は捕まえる準備をしっかりするだけだ」

 

 自分の足を見詰めながら考える。

 この足でどこまでやれるだろう。

 夾竹桃の時に俺が動いたのは、防御重視に動くというのを確定させていたからであり、持つ物をナイフではなく盾にしていたからだ。

 直接戦闘なんてできるはずの無い状態で、直接戦闘をする気もなく出向いていたのだから何とかなったが、それは直接戦闘はあかりちゃん達が行うのを前提としていたからだ。

 

 だが武偵殺しに関してはそうじゃない。

 いつ出会うか不明。どれほどの実力なのか未知数。どのような状況で出会うかも未確定。誰が一緒にいるかも分からない。

 不確定要素が多すぎ、自分以外に頼れる人間がいるかもわからない状況がある可能性の存在。

 これを無視する程の度胸を俺は持ち合わせていない。

 故に俺はその状況の為に全力で対応策を考えなければならない。

 それが交戦であっても、それが逃亡であっても。

 

「かったるい・・・」

 

 駅に着くまで俺とキンジの間、再び重い沈黙に包まれた。

 

 

 


 

 

 東京が強風に見舞われた週明け、アリアは学校を休んでいた。

 俺の方は松葉杖が取れ、ある程度自由に動けるようになったが、まだ少し足が痛み激しい運動も控えろとの事だった。

 一般科目の授業が終了し、後の時間はある程度自由になったが俺は席を立たずに考える。

 

 今までの俺の考えた武偵殺しの人物像と今ある情報を組み立て、武偵殺しを、次の標的を絞っていく。

 

 俺の考えた人物像はこうだ。

 乗り物を狙い武偵を追い詰め爆破し、乗り物は小型から大型、超大型の順番に変わっている。

 同時に同じような事件が起きてなかったり、模倣犯から本人につながるような情報が出ていないことから武偵殺しは単独犯。

 更に証拠の出なさ過ぎる事が目立つことから、探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)に所属する武偵である可能性が高い。

 

 そして今ある情報はこのくらいだ。

 使う爆弾はプラスチック爆弾で、遠隔操作の際に特定の電波を発する。

 武偵殺しは爆弾を設置した乗り物が乗られた際に、遠隔式の乗り物にUZIを取り付けたもので指示をしてくる。

 武偵殺しは何らかの組織に所属しており、あかりちゃんの話では夾竹桃は武偵殺しを同期と呼んでいた。

 今捕まっている武偵殺し『神崎かなえ』は冤罪であり、彼女は武偵殺しの所属する組織に対して何らかの情報を持っている。

 

「出揃った物を繋いでも虫食いみたいに情報が欠けてる。他の視点で考えるか・・・」

 

 ノートに情報と考察を書きだし鉛筆を置くと、更に思考を深めていく。

 

 アリアはかなえさんが捕まり武偵殺しを追い、その過程で電波の傍受に至った。つまりアリアはこの事件のほとんどに関係している。

 更にキンジはチャリジャックに巻き込まれ、バスジャックに関わっている。

 アリアは『パートナー』を『ドレイ』と言い換え探していたところにキンジと出会い、バスジャックの解決に出向いた。

 

 出来過ぎじゃないか? 

 母親が冤罪で捕まった娘がパートナーを探していて、そのパートナー候補が母親の冤罪と全く同じ手口の事件に巻き込まれ出会い、その真犯人を捕まえる為に起きた事件に出向く? 

 

「有り得ないだろそんな偶然・・・」

 

 狙いはアリアなのか? 

 ならチャンスはいくらでもあったはずだし、こんな回りくどい方法を使わなくてもアリアを殺す方法はある。

 

 目的はアリアを殺す事じゃない? 

 ならばアリアの持ち得るものは何だ? 

 金、称号、ランク、家柄、血筋、戦闘技術、容姿そのくらいだろうか? 

 そこから関係無さそうな物を省くとして残りそうな物と言えば・・・

 

 家柄、血筋、戦闘技術、だろうか? 

 そこから求められそうなことと言えば・・・

 

「まさか・・・」

 

 俺は1つの考えに行き着いた。

 この考えが当たっていればかなりまずい状況だ。

 

 だが、そこまで考えて思考が止まる。

 これ以上は情報が不足しすぎて考えが至らない。

 故に思考を切り替える。

 

 探偵科(インケスタ)に所属する人間で、俺の知りうる人間は、キンジ、理子、佐々木さんの3人だ。

 キンジは俺と同室だからアリバイは成立するし、佐々木さんは武偵殺しを同期と呼んでいた夾竹桃に行動不能に近い怪我を負わされているし、何より関連性が薄いように感じるから関係は無いだろう。

 それに対し理子は捜査にも加わっているし、アリバイも俺の知る限り確認できない。

 俺の周りで1番怪しいのは間違いなく理子だ。

 そう仮定すればラクーン・グランドホテルの件も納得がいきそうだ。

 だが──

 

「考えたくはないな・・・」

 

 理子は仲間で親友だ。

 そんな人間が誰かから恨みを買い、誰かを傷付ける様な事をしているなんて考えたくない。

 もちろん別の人間の可能性の方が高い。けど俺には理子が武偵殺しじゃないと証明できない。

 せめて祈ろう。理子が武偵殺しじゃない事を。

 

「やれやれ・・・どうにかしねーとな・・・理子の方も、アリアの方も・・・」

 

 筆箱に鉛筆をなおし、ノートを閉じて筆箱を学生カバンに入れて席を立つ。

 右肩に学生カバンを担ぎ教室を出ようとすると、残っていた女子たちの会話が聞こえてくる。

 

「ねー聞いた? アリア、イギリスに帰るんだって!」

「えー? アリアが転校してきてまだ1月も経ってなくない?」

「武偵殺しに負けたからじゃない? 逃した相手がいないってプライド高かったのに負けたから居づらくなったりとか?」

「ありそう! 絶対アリアってそういうタイプだよねー!」

 

 女子たちが馬鹿笑いしているのを横目に教室を出て廊下を歩く。

 右の二重ポケットに入れていたSAOS(サオス)接続用インカムを取り出し、スイッチを入れ右耳に装着する。

 

「検索。羽田空港発の今日のイギリス行きのチャーター便」

 

 この周辺で飛行機が乗れるのは羽田空港だけだ。

 そしてアリアのポケットマネーを軽く考えたうえで、アリアの性格を考えるとおそらくチャーター便を取っているだろう。

 

『検索終了。今夜7時に羽田からロンドン・ヒースロー空港行きの便があります』

 

 インカム越しにSAOS(サオス)のAIが結果を報告してくる。

 右ポケットから携帯を取り出し時計を確認すると17時30分を指している。

 

 あと1時間半か・・・

 

 携帯を開くと武藤に電話を掛ける。

 コールが5回程鳴り、他の誰かに変えようかと思ったその時──

 

『もしもし、遙か?』

「ああ武藤今いいか?」

『大丈夫だがどうした?』

 

 武藤の問いに去年の末に話していたことを思い出しながら答える。

 

「去年の末に使わないハーレーのスポーツタイプがあるって言ってたよな? 買わせてもらえないか?」

『あぁ、あれなら別に構わないが出して最低限のメンテをすると少し時間がかかるぞ?』

「どれ位かかる?」

『割と面倒は見てたから1時間もあれば新品同様になるぜ』

「それでいい、1時間後に車輌科(ロジ)取りに行くから」

『おう! 差し入れ頼むな!』

「はいよ」

 

 通話を切ると携帯を右ポケットに入れ購買に向かう。

 こんな時間じゃネタ系の総菜パンくらいしかないんだろうな・・・

 

「優しい遙ちゃんは、ちゃんと武藤クンに差し入れを持って行ってあげますよー! ケッケッケッ!」

 

 と言う訳で、俺は武藤の差し入れと言う名目で、パンにバナナと納豆が挟まった『バナ納豆パン』なる物や、ピンクに染まった、串に刺さったちくわ、大根、こんにゃくのおでんが挟まった『イチゴおでんパン』なる物等を購入したのだった。

 

 

 


 

 1時間後

 

 約束の時間になってので車輌科(ロジ)の倉庫の前まで来ていた。

 そこには、俺好みの黒いカラーリングのハーレーが止まっており、その傍らには武藤が無駄にいい顔をして立っていた。

 

「よう! 差し入れ持ってきたぞ! あと今回は手持ちがないからカードで良いか?」

「サンキュー! あと基本はカード払いだからな? 現金払いはそこまで嬉しくはないからな?」

 

 武藤に購買で買ってきたパンの袋を渡し、ハーレーを見る。

 形はスポーツタイプだが、サドルシートは二人乗りができそうなほど長く、後輪の方にサドルバックが付いているくらいで、武藤にしては改造が常識の反中のようだ。

 

「ハーレーXL883Nタンデム仕様だ。左右のサドルバックに好みそうなゴーグル付きの半ヘルを1つずつ入れておいたぜ!」

「サンキュ! 幾らぐらいだこれ?」

「そうだな・・・俺が使い込んだやつだし、愛着が沸いて買い替えようにも手放せなかったのだからな・・・50万でどうだ?」

「乗った!」

 

 武藤が取り出した小型の機械に、武偵手帳に挟んでいた武偵活動用のカードを通す。

 ピコン! と言う音で決済が済んだことを確認すると、カードを再び手帳に挟み胸ポケットになおし、右側のサドルバックからヘルメットを取り出し被ると、ハーレーにまたがり指しっぱなしになっていたカギを回す。

 

「ところで、いきなりバイクが欲しいって言いだしたけど、どこに行くつもりなんだ?」

「お節介な武偵の男を上げにってとこか?」

 

 武藤に笑いかけ、クラッチレバーを引き、アクセルを回し、チェンジペダルを押し下げる。

 そして──

 

「いってくる!」

 

 その言葉と同時にクラッチレバーを放し、羽田空港へと走り出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35弾 愛しの武偵殺しと空の旅を

 18時55分

 ギリギリの時間に羽田空港に到着したが、ハーレーを止めていたら飛行機に乗れなくなる。

 

「仕方ねぇ! これで動かなかったらぶっ殺すからな武偵殺しッ!!」

 

 覚悟を決めてハーレーで空港の玄関を正面突破する。

 観光客たちが驚き騒いでいるなか俺は、他人事のように考えてしまう。

 

(反省文で済んだらいいな・・・)

 

 そんなことを考えていると視界の端に第2ターミナルのエレベーターを捉える。このタイミングでエレベーターはこの階にいる様で、今エレベーターに乗れたら時間短縮になるだろう。

 韋駄天を発動しスローになる視界の中、左手で右胸のホルスターから1発の銃弾を取り出すと、親指でコイントスの様な形で銃弾を構える。

 

(タイミングとパワーを間違えるな! 今は1秒でも惜しい!!)

 

 人が俺の前に居ない状況になっているのは好都合だ。少し斜めの角度からエレベーターとの距離5m程の地点で左手全体を勢い良く突き出し、弾丸をエレベーターのボタンに向かって指で弾く。

 弾丸は真っ直ぐにボタンに飛びぶつかるが、ちゃんとボタンが押せたかを確認する余裕はない。ハーレーを傾けブレーキを引きドリフト走行の要領で前後を反転させるが、推進力は消えずエレベーターの方に進んでいく。

 

(どうだ!?)

 

 韋駄天を解き結果を祈るように待つ。

 ハーレーはエレベーターに勢いよく──

 

 

 

 

 乗り込んだ。

 

 歓声を上げたいところだが、それを飲み込み3階のボタンを押す。エレベーターのドアが閉まり動き出したのと同じタイミングでクラッチレバーを引きアクセルを捻る。エレベーターのモニターに1,2と階が変っていくき、そして3階。

 エレベーターのドアが開いた瞬間クラッチレバーを放す。

 

 第2ターミナルを猛スピードで突っ切り、空港のチェックインを武偵手帳についた徽章でスルーし金属探知機なども無視しする。すると前に見知った後姿が見える。

 

「キンジ!!」

「遙!?」

 

 俺の声にキンジが振り向くと、目を見開き驚いている様子だ。

 

 公共施設をバイクで走ってりゃそんな顔になるか・・・

 左手をハンドルから離し、左側のサドルバックから半ヘルを取り出しキンジの方に投げる。そしてハーレーを少し減速させ叫ぶ。

 

「乗れキンジ!!」

「ッ!!」

 

 キンジとすれ違う瞬間。キンジは俺の左肩に右手を置き、軸回転の要領で後ろに飛び乗るのを確認し、ハーレーの速度を先ほどと同じ速度に戻す。

 

「遙! お前何でここにいるんだよ!?」

「武偵殺しの目的と法則を考えて、そこから考えられる次の行動を絞って行くとここに行き着いた」

「遙は武偵殺しの目的が分かったのか!?」

「多分だけどな。武偵殺しはかなえさんに罪を被せる事でアリアをこのゲームに引きずり込んだ。チャリジャック以前に電波を傍受させ自分だっていう目印をつけアリアを誘導し、本来パートナーを必要とする性質を持ったアリアをキンジと言うパートナー候補に引き合わせた。だが、そんなことをするまでもなくアリアを殺す方法はいくらでもある。わざわざ強くなってしまうのにパートナー候補と引き合わせた理由はおそらく()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

「──ッ!!」

 

 キンジが息を呑む中、ボーディングブリッジに差し掛かりブリッジの先にハッチが閉じつつあるボーイング737-350、ロンドン・ヒースロー空港行きが見える。このままではハッチが閉まるのに間に合いそうにない。

 

「キンジ!! しっかり捕まってろよッ!!」

 

 キンジの返事を待たずにギアを上げ、アクセルをさらに捻り加速する。

 ブリッジの左側に車体を寄せ残り少ない集中力を手繰り寄せ、感覚を研ぎ澄ます。

 遅かったら飛行機に乗れず、早過ぎれば機内の壁に激突し負傷する可能性が高い。

 

「ッ!!」

 

 息を吸い込み止めると、ハーレーを傾けブレーキを引きドリフト走行の要領で機内に滑り込む。ハーレーは機内の壁の角にタイヤをぶつかり床に倒れる形で止まり、それと同時にハッチが閉まる。

 バクバクとなる不愉快な心臓の鼓動を無視して、半ヘルを脱いで投げ捨てる。

 

「もう二度とやんねーぞコレ!!」

 

 転倒したハーレーから這い出て、閉じたハッチに凭れ掛かりやけくそ気味に叫ぶ。

 

 て言うかなんで俺こんな事やってんだチクショー!! 

 基本的に今回の事件は俺の行動基準から外れているので、今回は俺が動く必要性は無いはずなのだが、なんで俺はバイクを飛ばして公共施設に乗り込むと言うリスクを背負ったんだっけ? 

 

 現実逃避しながらため息をつく。

 

「武偵だ! 離陸を中止しろ!」

 

 近くにいる目を丸くした小柄のフライトアテンダントに、キンジが武偵徽章を突き付ける

 

「お、お客様!? 失礼ですが、ど、どういう──」

「説明しているヒマは無い! とにかく、この飛行機を止めるんだ!」

 

 アテンダントは怯えた様子でうなずき2階に駆け上がっていく。

 そしてキンジはその場で両膝を落とす。合流するまでずっと走っていたみたいだし強襲科(アサルト)をやめて4カ月程立っているので無理のない話だろう。

 

「体力落ちたなキンジ・・・」

「そっちこそ・・・依頼(クエスト)さぼってたから・・・体力落ちたんじゃないか・・・?」

「怪我人に・・・無茶言いやがんなお前は・・・」

 

 息も絶え絶えで軽口を叩き合う。あとは飛行機の離陸が中止されれば俺の役目は俺の推理をアリアに伝えて丸投げで俺の役目は終わりで良いだろうが・・・

 

 ぐらり。

 機体が揺れる。

 

 動いたな・・・

 

「あ、あの・・・だ、ダメでしたぁ。き、規則で、このフェーズでは管制官からの命令でしか離陸を止めることはできないって、機長が・・・」

 

 2階から先程のアテンダンドが、がくがくと震えながらこちらを見ている。

 

「ば、バッカヤロウ・・・!」

「ハハッ・・・最高だなコンチクショウ」

「う、撃たないでください! ていうかあなた達、本当に武偵なんですか? 「止めろだなんて、どこからも連絡貰ってないぞ!」って、機長に怒鳴られちゃいましたよぉ」

 

 今拳銃で脅したところで機長はこちらを信用してないから止まらないだろう。それに窓の外を見るともう滑走路に出ている。ここで無理に止めたら他の飛行機と衝突しかねない。

 

「作戦を変えるぞキンジ」

「ああ・・・」

 

 後手に回ったのなら後手にできる手を考える。

 頭に酸素が回りだしたのを実感すると再び思考を回し始めた。

 

 

 


 

 

 取り敢えず期待が飛び立ちベルト着用のサインが消えたので行動を起こす。

 先ほどのアテンダントを落ち着かせ、別のアテンダントにハーレーを押し付けてから、アリアの個室に案内して貰う。

 この飛行機のキャビン・デッキは普通の旅客機と違い、1階が広いバーになっており、2階の中央通路の左右には扉が並んでいる。

 よくわからないが、何となく雰囲気で全席スィートクラスの豪華旅客機だということは理解できる。

 

「・・・き、キンジ!? 遙まで!?」

 

 生花で飾り付けられたスィートルームでアリアが紅の目を見開き驚いている。

 まず第1段階として合流はできた。

 

「・・・さすがリアル貴族様だな。これ、チケット、片道20万ぐらいするんだろ?」

 

 こいつ何でこんなちっさいのにダブルベットなんだろう? 

 そんなどうでもいい疑問を頭の隅に追いやる。

 アリアは座席から立ち上がりこちらを睨むのを、目を反らして受け流す。

 

「──断りもなく部屋に押し掛けてくるなんて、失礼よっ!」

「ごもっともなんだが・・・」

「お前に、その言葉を言う権利はないだろ」

 

 俺たちの寮にいきなり押しかけてきて、ドレイになれって言ってきたのだから、押し掛けられて失礼だのなんだの言うのはアリアには権利がないだろう。

 アリアもその考えに至ったのか、うぐ、と怒りながらも黙る。

 

「・・・なんでついてきたのよ」

「太陽はなんで昇る? 月は何故輝く?」

「うるさい! 答えないと風穴開けるわよ!」

 

 それは以前アリア自身がキンジに向けて言った言葉だ。

 その言葉に怒ったのか、ばっ、とスカートの裾に手をやる。その動きは間違いなく太もものホルスターから銃を引き抜こうとする動きだ。

 このような方法で確認はできたくなかったが、それでもアリアに自営能力があるのを確認できたのは喜ばしい。

 

「武偵憲章第2条。依頼人との契約は絶対に守れ」

「・・・?」

「俺はこう約束した。強襲科(アサルト)に戻ってから最初に起きた事件を、1件だけ、お前と一緒に解決してやる──『武偵殺し』の1件は、まだ解決してないだろ?」

「なによ・・・何もできない、役立たずのくせに!」

 

 がぅ! と、小さいライオンが吠えるようにアリアは犬歯を向く。

 

「帰りなさい! あんた達のおかげでよ──くわかったの、あたしはやっぱり『独奏曲(アリア)』! あたしのパートナーになれるヤツなんか、世界のどこにもいないんだわ! だからもう、『武偵殺し』だろうが誰だろうが、これからずっと1人で戦うって決めたのよ!」

「もうちょっと早く、そう言ってもらいたかったもんだな」

「本当にな。無駄な努力をさせられたもんだぜ・・・」

 

 俺はそういうと窓の隣に凭れ掛かり、キンジもアリアの向かいの椅子に座る。

 

「・・・ロンドンに着いたらすぐ引き返しなさい。エコノミーのチケットぐらい、手切れ金がわりに買ってあげるからっ。 あんた達はもう他人! あたしに話しかけないこと!」

「はっ、そんなの俺らの勝手だろ? ロンドンなら懐かしい顔を訪ねるっての」 

「それに元から他人だろ?」

「うるさい! しゃべるの禁止!」

 

 

 


 

 

「──お客様に、お詫び申し上げます。 当機は台風による乱気流を迂回するため、到着が30分ほど遅れることが予想されます──」

 

 機内放送が流れ、飛行機ANA600便が少し揺れながら飛ぶ。

 窓の外を見ると強い風と雨が窓を叩き、外の景色を滲ませ塗り潰していく。時折窓の外に青く滲んだ光が走る。

 

 ガガーン!! 

 そして──

 

 ガガガ──ン!! 

 

 一際大きい雷鳴が轟くと、アリアが目を丸くして、きゅっ、と首を縮める。

 

「怖いのか?」

「こ、怖いわけない。バッカみたい。ていうか話しかけないで。耳がイライラする」

 

 キンジがアリアの容姿を見て声をかけると、気の弱い奴なら引き籠りになりかねないような返し方をする。

 

 ガガ―ン!! 

 

「きゃ!」

 

 短く悲鳴を上げるアリアを見て、笑いをこらえる。キンジも苦笑しておりアリアの面白さを再確認する。

 アリアは雷が苦手なようだ。覚えておけばそのうち弄れそうだ。

 

「雷が苦手ならベッドにもぐって震えてろよ」 

「う、うるさい」

「ちびったりしたら一大事だぞ」

「バ、バ、バカ!」

 

 ガガガ──ン!! 

 

「──うあ!」

 

 激しく響く雷にアリアはとうとう座席から飛び上がって、本当にベッドに潜り込んでいった。

 ヤバい! 笑いが我慢できなくなる!! 

 

「アリア―。替えのパンツ持ってるか?」

「ぶっ、ハーハッハハハ!! おしめの方が良いんじゃないか見た目的に!?」

「バカ! 2人ともあ、後で風穴開けてやるんだから!」

 

 ガタガタと震えるアリアを見て面白がったかのように──

 

 ガガ―ン!! 

 再び雷が鳴り響いたのは機長の操縦が下手なのか、よほど運がないのか判断に困る。

 

「~き、キンジぃ」

 

 毛布の中から涙声を上げ、アリアは遂に席に座るキンジの袖を掴みだす。

 その状況にキンジは若干ドギマギしているようで、取り敢えずキンジにロリコン疑惑を掛けておく。

 

「ほ、ほら、怯えんなって。テレビつけてやるよ」

 

 キンジがリモコンで適当にテレビのチャンネルを変えていく。最新の映画やアニメが流れる中、キンジはなぜか時代劇のチャンネルで止める。

 

『この桜吹雪見覚えねえとは言わせねえぜ──!』

 

 遠山金四郎

 キンジのご先祖様であり遠山の金さんの愛称で親しまれた名奉行。

 多分この人露出趣味があったんだろうな、ヒステリアのDNAを持っているのだとすれば桜の彫り物を見せつけるあの行動にも納得がいく。

 

「ほら、これでも見て気を紛らわせろよ」

「う、うん」

 

 震えながら袖を掴むアリアに、キンジはどことなくときめいた雰囲気を出しており、その顔は武偵の物ではなく1人の男子高校生の物だ。

 親友の青春に水を差すのも気が引けるので、顔を窓の方に逸らし目を閉じる。

 

「アリア」

「き、キンジ・・・?」

 

 目を開けるとどんなラブコメが繰り広げられているのか気になるが、精神力をフル活動して意識を逸らし続ける。

 その時──

 

 パン! パァン! 

 

 機内に乾いた音が響き渡る。

 雷でも、誰かが扉をノックする音でもない。

 

 ──銃声──

 

「ッ!!」

 

 その音にキンジに対する気遣いをやめ目を開くと、部屋の扉を開け放ち通路に飛び出す。通路にはパニックになっていた。

 12の個室から出てきた乗客達と、数人のアテンダントが不安げな顔で騒いでいる。

 

 こんな状況で銃を撃たれたら・・・

 

 怪我人だけなら良い。死者が出る可能性もあるし、もし窓でも撃たれたら最悪気圧の変化で墜落の可能性も十分に考えられる。

 

(ヤバい!!)

 

 機体の前方の銃声がした方を見ると、コクピットの扉が開いている。

 

「!」

 

 そこには、先ほどの小柄なフライトアテンダントがいた。

 彼女は、ずる、ずるっと機長と副操縦士を引きずり出している。機長達は何をされたのか、全く動く気配がない。

 どさ、どさ、と通路の床に2人を投げ捨てるアテンダントを見て、キンジはベレッタを抜くが、俺は何もできなかった。

 

 目が放せなかった

 認めたくない。信じたくない。

 このような事実を受けいれたくはない

 

「──動くな!」

 

 キンジの声にアテンダントは、にいッ、と特徴のない顔で笑う。

 1つのウインクをして操縦室に引き返しながら、

 

Attention please.(お気を付け下さい)でやがります」

 

 彼女はしゃべりながら胸元から取り出した缶を放り投げる。

 

 このしゃべり方は『武偵殺し』の物で間違いない。

 認めたくないのに確証がどんどん集まってくる。

 やめてくれ・・・! 

 

「キンジッ! 遙!」

「ッ!?」

 

 アリアの声に正気に戻る。

 それと同時に、シュウゥゥゥ・・・! と先ほど投げられた缶からガスが放たれる。

 咄嗟に息を吸い込みとめるが、ふと脳裏に夾竹桃の顔が浮かぶ。

 だが即座にその考えを振り払う。

 夾竹桃が使った様な混合霧(メタミスト)の様なものならこのような密閉空間で使えば自身にも被害が来るし、ただの毒ガスならガスマスクもせずに使う訳もない。

 

 つまりフェイクだ。

 だが・・・

 

「──みんな部屋に戻れ! ドアを閉めろ!」

 

 キンジはアリアを部屋へ押し込むように戻りながら叫ぶが、俺は逆に前に進む。

 

(覚悟を決めろ!! なにも殺す訳じゃない。無力化するだけで良い!!)

 

 俺はふと去年武藤が言っていたことを思い出す。

 飛行機の換気口は壁の下の方に設置されており、エンジンから外の空気を取り入れ上から通し、下から機外に空気を逃がしているそうだ。それなら対処法はある。

 

 右手を上げて、そこから唐突に振り下ろす。すると──

 

 ガッ!! 

 

 右手が途中で()()()()()にぶつかる。その壁を無理に突破しようとはせず、ただ強く押す。

 すると、あたりのガスの大半が下の方へ移動し、多少床から壁を伝い上ってくるが大した量じゃない。移動する『武偵殺し』を追いかけ走り出す。

 

「待て!!」

 

 武偵殺しの背に手を伸ばす。武偵殺しの背まであと十数cmのところで、武偵殺しの足元にまた缶が落ちる。

 フェイクか、それとも何か別の物なのか一瞬考えたが、思考を振り払い進む。

 例えフェイクだろうと、別物だったとしても、捕まえてしまえば無力化できる。

 

()()ッ!!」

 

 無意識に、俺は『武偵殺し』の名前を呼んでいた。

 気付いていた。アテンダントに扮する彼女に初めて会った時から気付いていたが、ただの偶然だと思い込み否定しようとしていた。

 だが、彼女が行動を起こしてから確信してしまった。

 彼女は峰理子だ。

 

 そして、俺が彼女の名を呼んだと同時に、俺の網膜は焼かれ、耳を潰された。

 そんな状態でも残りの十数センチの距離を詰め、捕まえようとするが俺の手は空を切るだけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36弾 バーでの戦闘は男の憧れの一つだと思う

 理子を取り逃し、閃光と大音響で目と耳を潰された俺は、その場で膝を付き回復するのを待っていた。

 迂闊にも忘れていた。目潰しが複数存在する可能性は考えていたが、理子と組み手をした時にハンデはあったが、それでも攻め切るのにかなりかかったのを失念していた。

 あれほどの実力があれば空間把握能力を喪失した人間の攻撃を避ける事は簡単だろう。

 

「クソッたれが・・・」

 

 かなりゆっくりとだが、視界と聴力が戻りだして来たその時、誰かに左肩を掴まれる。

 

「お・・・か! 大・・・ぶ・・・か!?」

 

 何を言っているのかわからないが、声的に今触れているのはキンジだろう。触れられている手に右手を乗せ和文モールスを簡単に打つ。

 

『スタン メトミミ ヤラレタ イドウスル カタカセ カイワ モールスデ』

 

 スタンで目と耳をやられた。移動するから肩を貸せ。会話はモールスで

 

 その文章はうまく通じたのか、左手を担がれ運ばれているのが分かる。移動しながら左手首に和文モールスを打たれているのが伝わってくる。

 

『ブテイゴロシ イッカイノバー イル モールス サソワレタ』

 

 武偵殺しは1階のバーにいる。モールスで誘われた

 

 誘われたと言う事は、やはり俺が可能性として予想した考えが当たっていたようだ。だが、そうなると気になるのはなぜアリアを、H家を超えたいかだ。

 キンジが『武偵殺し』の狙いに気付いたという事はおそらくヒステリアモードになったと言う事だろう。つまり理子は自分の情報を悟らせない程度に流し、そのうえで自身の女という武器を使い誘惑して見せたという事だ。そして、策を弄してまで超えようとするという事は真正面からでは勝てない、もしくは真正面から挑み1度負けたという事だろう。

 という事は理子はH家の誰かに捕まった者、もしくは捕まった者の子孫という事になる。

 

(H家に因縁を持つ者。それもイギリスやフランス圏内と仮定し、変装技術に男を手玉に取る手腕を持っている者?)

 

 あいにく歴史上の事件や偉人にはそこまで詳しくないし興味もあまりないジャンルであり、それも海外の話となればさらに知識は薄くなるのは目に見えている。

 だが、理子の条件に当て嵌りそうな人物は1人だけ心当たりがある。

 もしそうなら俺と理子はアリアに対し、かなり似た人間関係と言えるだろう。

 

「こいつはかったるいな・・・」

 

 共感性を覚える相手と対立しなけらばならない現実に深いため息をついた。

 

 

 


 

 

 1階のバーに到着する頃には、目は中心点が黒く塗りつぶされ、耳鳴りがするが最低限の行動くらいはできるほどに回復していた。

 バーは豪華に飾り付けられており、シャンデリアの下のカウンターに足を組んで座る彼女が居た。

 

「!?」

 

 拳銃を向けながら彼女を見てキンジとアリアは驚いてるようだが、俺はたいして驚きもしない。彼女が武偵校のフリルタップリのヒラヒラ改造制服を着ているなんてあまりにも普通過ぎるのだから。

 

「今回も、キレイに引っかかってくれやがりましたねえ」

「素敵な空のデートをどうも。センスのいいデートは2人きりの時に願いたいぜ」

「くふ」

 

 俺の言葉に彼女は笑いをこぼし、ベリベリッと薄いマスクのような特殊メイクを剥がしていく。

 中から見慣れているいつもの彼女の素顔が現れる。

 

「──理子!?」

Bon soir(こんばんは)

Ce soir est aussi beau(今宵もお美しい事で)・・・」

 

 くいっ、と手にした青いカクテルを飲み、ぱちり、とウインクしてきた理子の言葉に、俺もフランス語に合わせて軽口を返す。

 

「アタマとカラダで人と戦う才能ってさ。けっこー遺伝するんだよね。武偵高にも、お前達見たいな遺伝系の天才がけっこういる。でも・・・お前の一族は特別だよ、()()()()

「──!」

 

 決まりだ。

 理子はH家の事を英語読みではなく、フランス語読みをした。つまり他のは可能性止まりだがフランス圏の一族なのは確定だ。

 

「あんた・・・一体・・・何者・・・!」

 

 アリアの問いに理子はニヤリと笑みを浮かべる。

 その顔が窓から入る雷光によりはっきりと見える。

 

「理子・峰・リュパン4世──それが理子の本当の名前」

 

 アルセーヌ・リュパン

 一般人でも知っているフランスの大怪盗で、H家の初代と引き分けた存在。

 紳士にして冒険家であり、探偵かつ義賊であり、脱獄、変装の名人であり恋多き人物だと言うのは有名な話だろう。

 

 ただの予想に過ぎなかったはずなのに、ここまで当たってしまうのか・・・ 

 

「でも・・・家の人間はみんな理子を『理子』とは呼んでくれなかった。お母さまがつけてくれた、このかっわいい名前を。呼び方が、おかしいんだよ」

「おかしい・・・?」

 

 アリアが呟く。

 

「4世。4世。4世。4世さまぁー。どいつもこいつも、使用人どもまで・・・理子をそう呼んでたんだよ。ひっどいよねぇ」

「なるほど。そりゃグレるわ・・・」

「どういう事よ・・・()()()()()()()()()

 

 同じ4世であるアリアはハッキリとその称号を誇りに言い放つが、理子はその言葉に目を見開く。

 

「──悪いに決まってんだろ!! ()()()()()()()!? あたしはただの、DNAかよ!? ()()()()()()()! ()()()()()()! どいつもこいつもよォ!」

 

 理子の俺達に向けられていない怒声がバーに響き渡る。

 その怒声は俺には悲痛な悲鳴に聞こえてしまう。

 

 やっぱり似ている。俺と理子の境遇は・・・ 

 

「曾お爺様を超えなければ一生あたしじゃない、『リュパンの曾孫』として扱われる。だからイ・ウーに入って、()()()を得た──()()()で、あたしはもぎ取るんだ──あたしをッ!」

 

 つまり彼女こう言いたい訳だ。

 初代が引き分けた相手の曾孫に勝てば、自身は初代を超えたことになり『4世』ではなく『峰理子』という自己を他者に認めさせられる。

 

 なんて哀れで、幼稚で、短略的で、不確かな考えだろう。

 なんて報われない子なのだろうか。

 俺は心底そう思ってしまう。

 

「待て、待ってくれ。お前は何を言っているんだ・・・? オルメスって、イ・ウーって何だ、『武偵殺し』は・・・本当に、お前の仕業だったのかよ!?」

「・・・『武偵殺し』? ・・・ああ、あんなの」

 

 じろっと理子はアリアを見る。

 

「プロローグを兼ねお遊びだよ。本命はオルメス()()──アリア。お前だ」

 

 理子のその目は普段の理子の目とは違う。

 その目は間違いなく獲物を捕らえた狩人の目だ。

 

「100年前、曾お爺さま同士の対決は引き分けだった。つまり、オルメス4世を斃せば、あたしは曾お爺さまを超えたことを証明できる。キンジ・・・お前もちゃんと役割を果たせよ?」

 

 狩人の目がアリアから外れキンジに向けられる。

 

「オルメスの一族にはパートナーが必要なんだ。だから条件を合わせるために、お前をくっつけてやったんだよ」

「俺とアリアを、お前が・・・?」

「そっ」

 

 その瞬間、理子はいつもの軽い調子に戻り、くふ、と笑う。 

 ずっと彼女は被ってきたのか。東京武偵校探偵科(インケスタ)1の馬鹿『峰理子』という仮面を・・・

 

「キンジのチャリに爆弾を仕掛けて、わっかりやすぅーい電波を出してあげたの」

「・・・あたしが『武偵殺し』の電波を追ってることに気づいてたのね・・・!」

「そりゃ気づくよぉー。あんなに堂々と通信科(コネクト)に出入りしてればねえー。でもキンジがあんまり乗り気じゃないみたいだったから・・・バスジャックで協力させてあげたんだぁ」

「バスジャックも!?」

 

「キンジぃー、武偵はどんな理由があっても、人に腕時計を預けちゃダメだよ? 狂った時間を見たら、バスにチコクしちゃうぞー?」

 

 そういえばバスジャックの日、結構ギリギリに寮を出たのに、キンジはなぜかまだ余裕といった態度だった。

 あれはそういう事だったのか・・・

 

「何もかも・・・お前の計画通りってワケかよ・・・!」

「んー。そうでもないよ? 予想外のこともあったもん。チャリジャックで出会わせて、バスジャックでチームも組ませたのに──キンジとアリアがくっつききらなかったのは、計算外だったの。それに──」

 

 理子はその言葉と共にこちらに視線を移動させる。

 その目はどこか忌々しい物を見る様なそんな視線だ。

 

「今回の最大のイレギュラーはお前だ遙。パートナーのセカンドプランとしてアリアと出会わせようとすれば計画以前に勝手に出会うから急ごしらえの襲撃になったし。そうかと思えば予想以上に合わなさ過ぎて勝手に決闘しだして最終的にパートナーにならない方向で和解するし。無理にパートナーになりやすいように情報を流そうとしたら自力で流そうとした以上の情報にたどり着いてるし。ヤバいと思って毒を盛れば次の日もケロッとしてるし。かと思えば積極的にかかわって来る訳でも無くあくまで巻き込まれただけだって状況だし。放っておいたら夾竹桃の方に絡んでいるし。何なんだお前は!?」

 

 毒ってのはたぶんラクーングランドホテルの時のあの吐き気だよな? 

『武偵殺し』の事件に関しては、正直巻き込まれたから情報を集めて警戒しただけで、俺自身に直接的な関係性はほぼ皆無だから関わる気が無かっただけだし・・・

 

「無敵だねーHAHAHA!」

 

 なんとなく出た言葉にエセ外国人風の笑いを乗せ理子の問いに対し提示する。

 微妙な笑みが浮かんでいる理子の顔に青筋が浮かぶ。

 

 ハッハッハッ! オコですオコ!! 

 

 これ以上俺と話していても無駄だと感じたのか、眼輪筋を若干ぴくぴくと痙攣させキンジとアリアの方に視線を戻す。

 

「他にも、理子が()()()お兄さんの話を出すまで動かなかったのは、意外だった」

「・・・兄さんを、お前が・・・お前が・・・!?」

 

 その言葉に、俺の血の気が一瞬で引いた。

 キンジの顔付きが明らかに変わった。そう、キンジは兄である金一さんを傍から見たら崇拝に少し近い勢いで尊敬しており、彼を侮辱されると冷静さを欠いてしまうのがキンジの弱点だ。

 そして、理子は今自身で襲った相手を、金一さんを引き合いにキンジを煽ってきている。

 

「くふ。ほらアリア。パートナーさんが怒ってるよぉー? 一緒に戦ってあげなよー!」

 

 さすがアルセーヌ・リュパンの末裔。言われて嫌な事を良く理解している。

 これはふざけてる場合じゃなさそうだ。

 

「キンジ。いいこと教えてあげる。あのね。あなたのお兄さんは・・・今、理子の恋人なの」

「いいかげんにしろ!」

「キンジ! 理子はあたしたちを挑発してるわ! 落ち着きなさい!」

「これがおちついて──」

 

 パァァンッ!! 

 

 振り切った右手がビリビリと不快な痺れを訴えかけてくる。

 俺の行動に驚いたのかキンジとアリアはこちらを見て目を見開いている。

 

「はる、か・・・?」

「感情に飲まれるな。飲み込め。心理戦は先に自分を見せた方が負けだ。心理戦の負けは戦闘の負けに直結する。だから、心に炎を、頭には氷を忘れるな」

 

 フィクションの世界では基本的に復讐を目的に行動すると負けるイメージがあるのは、実際には怒りやそれに準ずる感情に思考を引っ張られるからであり、その感情をコントロールさえできればフィクションの世界のような絶対的敗北には繋がらない。

 故に、目的はどのような物であっても、思考から感情は引き離すべきだというのが俺の持論だ。

 

 ただ、俺自身がそれを最近は実行できていないが・・・

 

 その時、俺の隣を何かが通過していき、キンジのベレッタが吹き飛ばされ、ガシャン! ガシャッ、と破壊された残骸が床に散らばる。

 

「良いこと言うじゃん遙! 強者の余裕ぅー? けど、そんなの触れられたくない物がない人だから言えるんだよねぇー」

 

 理子のその手には拳銃が、ワルサーP99が握られており、軽く銃口に息を吹きかけると手の中で遊ばせる。

 

「あいにく経験済みだから言ってんだよ。触れられたくない場所を隠してるだけだっての。あと煽りたいならもっと小ばかにしたように言うんだな、そんなんじゃ響かねーぞ。まっ、今回に限って言えばこの2人がいる限りは手を出す気は無いけどな・・・」

「遙ってばおっとな~! それならこれでもまだ言える? 実は・・・」

 

 理子が無駄に溜めて何か言おうとするが、俺自身に参加する積もりがないので意味は無いのだが・・・

 

「今、イ・ウーに『吉野菜月(よしのなつき)』ちゃんが居るんだよねぇー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっ? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「面白い事言ってくれんじゃねーか理子」

 

 吉野菜月(よしのなつき)

 俺が家を出たと同時に姿を消した俺の妹であり、吉野家の長女であり、俺が家を出ることが決まった際に最も激怒した人間だ。

 

 まぁ、芙雪以外は全員激怒していたんだが・・・

 

 たとえ喧嘩別れみたいな状態だったとしても、どれだけ罵られたとしても、妹が犯罪を犯したような連中がいる組織にいるって聞いて放って置けるわけがない。

 

「よし! 行けキンジ! アリア! 俺の代わりに理子にヤキをぶち込むのだ!!」

「ちょっと! なにアンタがあたしに命令してんのよ!」

「おいキンジ何やってんだ? あいつはお前の兄貴を馬鹿にしたんだぞ!? 冷静な振りして、遠慮せずにぶん殴ってやれ!!」

「言ってる事をアッサリ反転させるな!! 自分でやれよ!!」

「遙ちゃんは有言実行の子なんだよ!! さっさと行け!!」

 

 2人に指示を飛ばしながら、理子を指す。理子本人は漫才の様なやり取りをする俺とキンジの方を見ており、完全にではないが意識が俺とキンジに固定されている。

 このタイミングを逃すようならSランクにまで上り詰められる訳がない。詰まり──

 

「──ッ!!」

 

 アリアが床を蹴り、理子の方に飛び出していく。その手には二丁拳銃、ガバメントクローンが握られている。ワルサーP99の装弾数は16発。それに対しガバメントは7発、予め薬室(チェンバ―)に1発争点していたとして8発、その2倍の16発。弾数なら互角だが、理子が1発撃つのに対しアリアはそれぞれ違う場所から1発ずつ撃てる。弾数の総合計は一緒だが手数で言うならアリアの方が優位だ。

 だが──

 

「アリア、二丁拳銃が自分だけだと思っちゃダメだよ?」

 

 理子はカクテルグラスを投げ捨てると、その手でもう一丁ワルサーP99をスカートから取り出す。

 

「!」

「チッ・・・」

 

 俺は軽く舌打ちをする。

 ワルサーP99の二丁。16発の2倍の32発で、手数も2つとアリアと同じ。違いは弾数だけになった。武偵の戦闘は基本的に防弾制服を着ている性質上、銃は()()()()となり、一撃必殺とはなりえない。故に銃戦闘では総弾数がモノをいう。

 アリアが不利。だが、ここで止まる事はできない。動いた事を理子は理解している。つまり、攻撃に対する警戒態勢ができているので、止まるのは理子が有利だと認めることになる。その状況になってしまえばもう攻勢に出ることはできない。故に止まれない。

 

 バリバリバリッ! 

 

 アリアは理子を至近距離から銃撃戦に持ち込む。

 

「くッ・・・このっ!」

「あはっ、あははははははっ!!」

 

 アリアと理子は至近距離から銃撃戦による攻防を繰り広げる。

 時に射撃戦を避け、躱し、相手の手を逸らし、腕を弾きせめぎ合う。

 

 武偵法9条 

 武偵はいかなる場合でもその武偵活動中に人を殺害してはならない。

 それ故に、アリアは理子の頭部を狙えない。

 そして理子もそれに合わせてか、アリアの頭部を狙わない。

 その動きはまるで格闘技の様に荒々しく、その状況に慢心も傲りも存在しない、全力であるが故の美しさがあった。

 

 放たれる銃弾は互いの体を捉えず、壁や床、天井に着弾していく。

 

「──はっ!」

 

 次の瞬間、弾切れをおこしたアリアは両脇で理子の両腕を抱える。

 2人は抱き合うような姿勢になり銃声が止む。

 俺が懸念していたのは、理子の中国拳法(クンフー)における実力だったが、近接格闘に置いて強襲科(アサルト)のSランクであるアリアの方が実戦というキャリアが大きく上回っている。このまま押し切れるだろう。

 

「キンジ!」

 

 俺は戦う気がないのを理解しているからなのか、アリアはキンジの名前だけを呼ぶ。

 ジャキッ、とキンジは金一さんの形見であるバタフライ・ナイフを手の中で回転させて開く。ナイフの刀身は非常等の光が反射し赤く輝く。

 

「そこまでだ理子」

 

 キンジはアリアの背後に突き出た拳銃に注意しながら、慎重に近づいていく。

 

双剣双銃(カドラ)──奇偶よね、アリア」

 

 理子が不意に語りだす。

 

「理子とアリアは色んなところが似てる。家系、キュートな姿、それと・・・2つ名」

「?」

「あたしも同じ名前を持ってるのよ『双剣双銃(カドラ)の理子』。でもねアリア」

 

 キンジの足は止まり、俺は目を見開く。

 なんだこれは・・・

 

「アリアの双剣双銃(カドラ)は本物じゃない。お前はまだしらない。()()()のことを──!」

 

 しゅる・・・しゅるるるっ

 笑う理子のツーサイドアップのテールの片方が、まるで神話のメデューサのように動く。

 そして──

 

 シャッ! 

 

 っと、背後に隠していたと思われるナイフでアリアの襲いかかる。

 

「!」

 

 1撃目は、驚きながらもなんとかよけたアリアだったが──

 

 ザシュッ! 

 

 反対のテールに握られたもう1本のナイフがアリアの頭に鮮血を飛び散らせた。

 

「うあっ!」

 

 アリアが真後ろにのけぞる。

 側頭部から(あか)い鮮血ほとばしらせ。

 

「あは・・・あはは・・・曾お爺様。108年の歳月は、こうも子孫に差を作っちゃうもんなんだね。勝負にならない。コイツ、パートナーどころか、自分の()すら使えてない! 勝てる! 勝てるよ! 理子は今日、理子になれる! あは、あはは、あははははははは!!」

 

 理子は歓喜の叫びを上げ、アリアをこちらの方に突き飛ばす。理子の髪はかなりの力があるのか、キンジの足元にアリアの体が落下する

 アリアの負傷は幸いそこまで酷い物じゃない。本業じゃなかったとしても武偵の応急処置があれば、即刻動けるなるほどの物だ。

 

「アリア・・・アリア!」

 

 キンジはアリアの体を抱きかかえている。

 不味いな・・・

 

 俺が戦闘に参加しなかった理由は、武偵殺しに巻き込まれただけで興味が然程なかったからだけではない。

 俺の足は怪我が完治した訳ではない。おそらく全力で走れば10歩も持たずにぶっ壊れるだろう。俺の戦闘スタイルではまともに戦闘ができるかすらわからない。

 

「クソッたれ・・・」

 

 俺の状況じゃ仮に戦闘ができたとしても、理子の実力じゃ押し負けるのが目に見えている。

 だが、もしアリアが復活したのなら、キンジが冷静に対処できる状況なのなら、理子にも勝ち目はあるが、今の状況では負けるだけだ。負ければこの飛行機の乗客に未来は無い。

 

 仕方がない・・・

 

「キンジッ!!」

 

 キンジの名を叫ぶと、こちらに振り向く。

 それと同時にズボンの後ろポケットから、灰色のマッチの頭薬(とうやく)程のサイズの機械をコイントスの要領で弾く。

 小型の機械は理子の額にぶつかると、キュイイイイン! と言った音を発しながら一瞬だけ世界を白く染めるカメラのフラッシュの様な閃光を放つ。

 だが、それは俺が先ほど理子に食らった閃光手榴弾(スタングレネード)と比べると規模は小さく、精々爆竹より少し脅かす要素があるかどうかだろう。

 だが至近距離で作動すれば、網膜を焼き耳を潰す程度の働きはしてくれる。

 キンジはこちらを向いているので、なかっただろうが間違えても被害がいくことは無い。

 

「くッ・・・!」

 

 理子は耳を抑えて少し後退する。

 閃光手榴弾(スタングレネード)に比べると持続時間は少ないが隙は作れる。

 

「キンジッ!! 行けッ!!」

 

 俺は後ろの通路の方を指さし叫ぶ。

 キンジは俺の顔と通路の方を見比べると、一瞬迷った表情をするが覚悟を決めたようだ。

 

「悪い。あと頼む!」

「頼まれた!」

 

 キンジはアリアを抱え通路の方に走っていき、完全に姿が見えなくなる。

 そろそろ理子のスタンの効果も切れる頃だ。

 

「さてと・・・」

 

 誰もいなくなった通路を背に、俺はいつもの様に虚勢を張る。

 

「殺さねぇ程度に加減してやらぁ!」

 

 その口角は確実に上がっているのに、俺はしばらく気付く事ができなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37弾 ダンスを踊るのに必要なのは武器ではなく女性の手である

 理子は先ほど俺が使った装置によるスタンの効果の耳の方は落ち着いたのか目を擦っている。

 これほど回復しているという事は、目もそこそこ回復しているだろう。つまり、そろそろ向こうの目と耳が完全に復活するという事だろう。

 だがこちらの耳と目も完全に復活している。足のハンデはある物の五感的な状況は互角。特殊な体質に関しても、理子は自在に動く髪、俺には『韋駄天』がある。

 ハンデは足1本。まだ何とかなる範疇にいるように思えるが・・・

 

(理子は手数が倍。それに対し俺は情報処理速度が数倍から十数倍。だが見聞きし触れた物の情報を何倍もの速度で処理できるだけで、体がその速度で動ける訳じゃない。正直勝率は4割あればいい方だ)

 

 勝てる要素は今回は多くない。故に今回の戦いは交渉戦に持ち込むのがベストなのだが、そう旨く行くとは思えない。どうすればいいのかも考えなければいけないが・・・

 

「そろそろ回復してんだろ? いい加減に演技をやめてこっちを見ろよ」

「くふ」

 

 理子はいつもの様子で笑うと、目から手を放しこちらを真っ直ぐに見る。その顔には挑発的な笑みが浮かんでいる。

 こりゃ、ダメだ。交渉で落ち着ける事が出来ると思えない・・・

 

「なんでわかったの? 完璧に演技したつもりなんだけどぉ?」

「1回自分で食らったからに決まってんだろ。自分で使う物は自分で試すのは当然だろ?」

「さっすが遙! ぶっ飛んでるぅ~!」

 

 軽い調子で言ってくる理子に軽く肩を竦めて答える。

 本当にこいつと話していると調子が狂う・・・

 

「まっ、正直菜月の情報さえくれれば巻き込まれない限り邪魔する気もないんだが。菜月の情報教えてくんない?」

「理子をずっと邪魔してた遙が言う? 菜月ちゃんからも自分の情報はあまり与えないでって言われてるしぃ?」

 

 理子との交渉は決裂気味で、軽く溜息をつくと前髪を掻き上げ無造作に頭を掻く。

 かったるい・・・

 

「ったく・・・無駄な事ばっかやってるくせに、こう言うところはシッカリしやがって・・・」

「あ?」

 

 俺の言葉に一瞬で理子の表情が変わる。その表情はどこか先ほどの怒声の時に見せた表情に近いように感じ、明らかな怒りが見える。

 掛かった・・・! 

 

「武偵殺し程度でH家を超えた証明になる訳もないし、仮に勝ったとして誰もそれを認める事も無いのに無駄に努力してるじゃん? それなのに菜月との約束は律義に守ってるしお前らしいなと思ってな」

「無駄だと?」

「ん? もしかして気付いてないのかお前?」

 

 完全に素が出ている理子は男口調で問いただしてくるのを、俺はわざとらしくため息を付き首を振る。

 もう少しで釣れそうだが・・・

 

「よく考えりゃわかるだろうが、ギャラリーが居ない状態で勝負を仕掛けても、証人が居ないから超えたって認められる訳もない。武偵殺しでアリアを誘い出して勝ったとしても戦闘力という面で越えただけで、それ以外の面で勝った証明ができないんだからH家を超えた証明にはならない。そもそも犯罪と言う方面で行動を起こした時点で立っている土台が違うんだ。戦闘で勝っても、それ以外の面では勝負にすらなってないし。得られる物って言ったら勝ったという気分位だ。お前の状況は何一つとして変わらないんじゃ無駄しかねぇじゃん」

 

 そう、この『武偵殺し』と言う事件は最初から、存在証明という目的において破綻している。

 予告状も無ければ、自分の正体を示す物もない。この事件が教科書になる様な物になったとしても、それは『武偵殺し』が騒がれるのであって、『理子・峰・リュパン4世』は一切関与していないと判断され話題になる事もない。理子本人が自分がやったと公表しても語っているだけで本物ではないと思われるだけだろうし、自分がやったという証拠を提示すれば捕まるのは目に見えている。捕まるのが回避できたとしても歴史上の人物の名を語る罰当たりが出たと言うのが関の山だろう。

 

「案外素もいつもと大きく変わらないな。全部が嘘じゃないみたいで安心したぜ」

 

 いくら素が出た所で、根幹が変ってないのなら俺と理子の心理的な位置は俺の方が優位だ。

 理子が知っている俺は『武偵としての吉野遙』だ。武偵として見せられない部分がある『個人としての吉野遙』は知らない。例え菜月に何か聞いたとしてもそれは『5年前の吉野遙』だ。情報としてはもう古い。

 ただ、それだけじゃない。純粋に俺の知る理子の全てが嘘じゃなかったのがうれしかった。

 

「うるさい!! 黙れ!! 何も知らないくせに知った風に言うな!!」 

「何も知らないのはお互い様だ! お前も俺の事を知らないだろ? だから親友としてもっとわかり合おうじゃねーか!」

 

 理子の激昂に俺はニヤリと挑戦的な笑みを浮かべ返す。

 おそらく、もう理子との衝突は避けられない。故にこの際すべての思いをぶつける。

 

「正直に言うと理子、俺は今お前に対して尊敬の念を感じてるよ。H家に思う所がある俺としてはこんなやり方じゃなけりゃ理子に協力したんだが・・・」

「うるさいうるさいうるさいッ!! 今更そんな事を言われて信じられるか!!」

 

 ダァン!! 

 理子の握るワルサーP99から放たれた弾丸が、俺の右頬をかすめ通路の壁にめり込む。

 傷口から溢れてくる血を右手の甲で強く拭い、わざとらしく口角を上げて笑みを作る。

 

「まぁ、俺の前で菜月の名前を出したんだ。放っておく訳にはいかねーよな・・・!」

 

 ブレザーのボタンを外すと、右手でネクタイを解いて投げ捨てる。首を鳴らすと思考状態を切り替えていく。息を吐き、一種のトランス状態になるのを明確に意識する。

 

 名乗りを上げろ。己の為すべき事を為せ。

 

「主役はメインの為に引っ込んでんだ。幕間はこの俺が──」

 

 俺はその言葉と共に髪を纏めるゴムを解く。

 今なら何でもできそうな全能感と、そんなことある訳がないと理解する理性を鼻で笑い、目の前の理子を見据えゴムを投げ捨てる。

 

「『遙・J・吉野・4世』が楽しませてやるよ!」

「──ッ!!」

 

 理子が両手に握るワルサーP99から銃弾が放たれる。

 韋駄天を発動させ、スローになった世界で胸に放たれた銃弾を、右側のカウンターの椅子に飛び乗る様に回避する。椅子の回転による遠心力を加え、理子の方へ飛び出す。

 その回避した先を読んでいたのか、負傷している右足を狙って銃弾が放たれるが、弱点を狙われるのはこちらも予想済みだ。

 左足で強く床を蹴ると、飛び込み前転の要領で銃弾を避ける。

 

「ッ!!」

「クッ!!」

 

 床に大の字に寝転がっている俺の頭部を狙い銃弾が放たれるのを、両手で体を跳ね起こし壁を左足で理子の方へ強く蹴る。

 理子の方へ仰向けの状態で飛び出す。強く蹴りだして加速した体で攻撃態勢に入るが、理子はその場で大きく飛び回避すると同時に、髪の毛で握る2本のナイフをこちらに伸ばしてくる。

 

「フッ!!」

「きゃは!」

 

 そのナイフをクロスチョップの要領で左右両方のナイフを弾くが、理子の両手に握られているワルサーがこちらに向けられている。それを更に手刀の突きでワルサーを外側に弾く。

 弾かれた両方のワルサーから銃弾が発射され、床に銃弾がめり込む。それと同時に俺の体が床に落ち、後転の要領で受け身を取り、立ち上がろうとしたその時──

 

「くふ」

 

 理子が意味ありげに笑みを浮かべる。その瞬間。飛行機が急に傾きカウンターの机の収納スペースの裏部分に背中から落ちる。

 

「ッ・・・!!」

「あははははははッ!!」

 

 バリバリバリッ! と銃弾が放たれ、後転で銃弾を回避しワインやハイボール等の酒類が収納された壁側の棚を足場に、再び強く蹴り飛び出す。

 

 理子がこちらに向かってナイフを伸ばすのを、手刀で迎撃しつつ床に着地し近接戦に持ち込む。

 理子が髪で握る右側のナイフが、左手の銃が、左側のナイフが、右手の銃が俺の体に向けられるが、俺は手刀でナイフと手に持つ拳銃を弾き対処していく。

 サバイバルナイフは紛失したがカランビットナイフは手元に残っている。だが、今回の戦闘では使えない。カランビットナイフは防御的に使用される事が多いが、あくまで人体構造の範疇を相手に想定されている。その中には髪は含まれていないので使用しても効果的ではない。理子本人の肉体を相手に使おうにもナイフの湾曲した構造上、攻撃をいなす事に特化しており、指先で弾くのがやっとの範囲から銃撃してくる相手には効果が薄い。このような状況では変に使用のされ方が確立されイメージが付いている武器を無理に使うより、自分の肉体を自由に使える何のイメージもついていない素手の方が対処しやすい。

 だが・・・

 

「──ッ!!」

 

 理子の右手の拳銃を弾けば、髪で握る左側のナイフに切り付けられ、左側のナイフを弾けば、右手に握る拳銃で撃たれる。ギリギリ躱していくが徐々に理子の反応速度も上がっていき処理できなくなる。

 左手の拳銃と右側のナイフを弾くと同時に、突き出された左側のナイフが顔面に向けて突き出される。それを避けようと顔を左側に逸らすが右頬を刃を掠め大きな傷を付ける。

 傷そのものは深くはないが、でかく血がどんどん溢れてくる。不快なので強く拭いたいところだがそんな余裕は無いようで、気がそれた瞬間に腹部に銃弾を撃ち込まれる。

 

「グフッ・・・!」

 

 腹部に銃弾を食らった事により、肺の中の空気が強制的に吐き出させられ反射的に後退してしまう。

 

 マズい!! やらかした!! 

 

 俺が距離を詰めた理由は、遠距離の場合は理子のワルサーの方が俺のS&Wより弾数も連射速度も上であり押し切られるからである。

 致命傷を避けるには負傷を覚悟で距離を詰めるしかなかった。遠距離攻撃を無理矢理にでも致命傷を曲げる事が出来る近接戦闘を選ぶしかなかった。

 

 だが今、1歩引いてしまった。

 1歩。たったそれだけの事で自分の命の先が見えなくなる。

 

 獰猛な狩人の様に輝く理子の目に気圧されてしまう。理子がこちらに向ける双剣双銃をこの距離で全てを迎撃できるわけがない。

 理子の向ける銃は俺の頭部を狙っており、その表情は笑みが浮かんでいる。

 それを見た瞬間、俺の体が無意識に動いていた。

 

「!?」

 

 俺の右手に握った()()は理子の握る二丁拳銃を弾き飛ばした。

 武偵活動において初めての経験だ。()()を、マチェットナイフを抜いたのは初めてだった。

 

「クッ!!」

 

 逆手で握ったマチェットを手の中で回転させ握り直す。それと同時に理子が向けてくる双剣双銃を両手で握ったマチェットで迎撃していく。その迎撃速度は先ほどまでとは違いコンマの差もなく理子の武器を弾き飛ばしていく。

 

 押されていた速度を拮抗するまでに底上げできた秘密は獲物の長さにある。ナイフ等の短い獲物は剣速があまりない代わりに肉体的素早さという速さが特徴だ。それに対し長物の獲物は長さの分と手元の梃の原理でだけ加速し剣速が上がる代わりに零距離や素早さにおける速さは短い物より落ちる。

 故に、超近距離だった今まででは押されていたが、1歩引き長物に切り替えた今ではナイフや素手に比べて手の先への攻撃が数段速度が上がる。故に理子の圧倒的手数にも対応できる。

 

「ゼリャッ!!」

 

 理子がこちらに向けてくる武器を、髪で握る左のナイフ、右手のワルサー、左手のワルサー、右のナイフの順で弾く。

 更にワンテンポずらし上段から切り下ろそうとするが、理子が髪で握る2本のナイフがクロスするようにマチェットの斬撃を受け止める。だが、受け止められるのは予想済みだ。

 

「~~~ッ!!」

「オラッ!!」

 

 理子がマチェットを受け止めるナイフを軸に、今のマチェットの角度と左右対称の角度になる様にマチェットの柄を理子の方に押し込み、刀身に左手を添え理子の腹部に柄頭を押し込む。

 更に左手でマチェットの峰を掴み軸を作ると、その軸を頼りに理子を上方に投げ飛ばした。

 

「なッ!?」

「ッ!!」

 

 投げられるとは思っていなかったのか、理子は空中で理子は驚愕の表情を浮かべているが、そこで止まる事は無い。

 マチェットから左手を放し、理子が俺の頭上を越え背後に落下してくるタイミングと同時に背後に左手で掌底を繰り出す。

 だが・・・

 

 ぐらっ! 

 

 機体が揺れ攻撃が狙いから逸れる。咄嗟にマチェットを逆手に握り床に突き刺して体を支える。理子も床に落下したと同時に受け身を取り俺から距離を取る。

 揺れが収まり、追撃を加える為にマチェットを床から引き抜こうとした、その時──

 

 ズキッ

 

 5年前の光景がフラッシュバックして来る。

 マチェットから手を放し、胃の中の物が逆流して来るのを無理矢理飲み込み、深呼吸して動悸を落ち着かせる。

 その時、理子の敵意を感じ振り向く。理子はこちらにワルサーがこちらに向けられているのが見え、反射的に左側にあるバーカウンターを乗り越え身を隠す。

 

 ダダァン!! 

 

 理子の放つ弾丸がバーカウンターの上を通過し、棚に並べられた酒のボトルを割る。

 

「どうした遙! 幕間を楽しませてくれるんじゃなかったのか!? さっさと出て来い!!」

「幕間だって言ってんだろ? 主役の準備が終わるまでゆっくり楽しめよ!」

 

 軽口を叩いては見る物の正直かなりまずい状況だ。さっきのフラッシュバックで完全にトランス状態が完全に解けた。意識がしてしまったからマチェットももう握れない。

 もう1度理子に相対するには再びトランス状態になるか、それに準ずる何か別の精神状態にならないといけない。怒りでも憂鬱感でも何かしらトリガーを見付けないと押し負ける。

 

 何かないのか・・・

 

 辺りを見渡し何かないのか探してみると、どのタイミングで落ちたのかわからないが、割れずに床に転がった酒のボトルを見つける。

 ボトルを足で手繰り寄せて拾い上げラベルを見ると・・・

 

 SPIRITUOUS(スピリタス)

 

 穀物とジャガイモが主原料で、成分のほとんどがエタノールでできたアルコール度数96度のウォッカに分類される可燃性のお水だ。

 日本では消防法の第4類危険物に該当し、ガソリンと同等可燃性を持ち、地域によっては販売禁止になっているレベルの代物だ。

 

「良いもん置いてんじゃん・・・!」

 

 ボトルのキャップを外し投げ捨てると、注ぎ口に口をつけ味を感じる前に大きな1口で飲み下す。

 

「ゲホッ! ゴホッ! 予想以上だなコレは・・・」

 

 想像以上のアルコールの強さにかなりの量を吐き出してしまい、喉の奥を刺すような痛みと、どことなく甘い後味に襲われながらも噎せた呼吸を整える。

 

 正直、興味本位であんなに飲んだのは後悔してるが、風向きはまたこちらに変わってきたようだ。

 頭はくらくらするし体も重い。意識はボーっとするし体中が燃えるように熱い。だが、いつも以上に集中力が増している。

 つまり、絶好調って訳だ。

 

(やってやらぁ・・・)

 

 中腰状態で立ち上がると状況を整理していく。右側の端にカウンターの出口があり、俺と出口の丁度中間地点のカウンターの向こうに理子が居る。

 この一手で理子を無力化できなければおそらく、俺が理子に勝てるチャンスは来なくなる。俺の肉体的にも体力的にも限界が近い。

 

「ッ!!」

 

 少し気合を入れ姿勢を低くした状態で走り出す。

 

 1歩目

 右足にしびれた様な感覚が、床の硬さの感触と共に伝わってくる。

 

 2歩目

 左足で強く床を蹴り、右足の負傷で加速できないのを補うように前進する。

 

 3歩目

 右足が床についた瞬間、電流のような感覚が走り顔をしかめるが気にせず進む。

 

 4歩目

 左足が床につき右足の感覚の違いに、すさまじい違和感を感じ少し速度が落ちるが、代わりに足音がしない歩法に切り替える。

 

 5歩目

 殺気を少し先行させ、最早灼熱の様な感覚へと変わった激痛が走る右足で床を蹴る。

 

 6歩目

 殺気だけをカウンター裏の通路に直進させ、俺自身は飛んだ状態で体を捻り左足で左側の棚を思い切り蹴る。

 

 7歩目

 右膝でカウンターに着地すると、意識が殺気の方に向いている理子が着地の音に反応しこちらに視線を向けてくるのと同時に、左足でカウンターの縁を強く蹴り、理子の方へ飛び出す。

 

 理子と目が合うと、表情が驚愕に染まるがそれでも理子は止まる事無く、髪で握る2本のナイフをこちらに向けて伸ばしてくる。だが、それも予想済みだ。

 韋駄天を発動させスローになった世界で伸ばされた2本のナイフを、右手の人差し指と中指、薬指と小指でそれぞれ挟み拘束する。

 体はそのまま勢いに任せて理子の方へ移動し、理子は両手に握るワルサーを向けるが左手のワルサーを右足で、右手のワルサーを左手で逸らし、理子を押し倒す形で床に落下する。

 理子の左手首を右足で踏みつけ、左手で右手を抑え、右手で理子の髪をナイフごと押さえつける。だが、理子の目はまだ闘志が宿っている。

 

「くふ」

「!?」

 

 理子の笑みに直感的に左手を放し、床にベルトのワイヤーを打ち込む。それと同時に──

 

 ぐらっ! 

 

 飛行機が傾きバランスが少し崩れるが、ワイヤーを張っているのでよろめくような事は無い。傾いた瞬間に理子がこちらに右手のワルサーを向けようとするが、ワイヤーから左手を放し理子の右手首を掴み拘束する。

 

「なんで分かった? あたしが飛行機を遠隔操縦している事に・・・!」

「この短時間に2回も俺の行動を阻害するように揺れりゃいやでも気づくわ」

 

 軽く溜息を付きつつも、理子の目を真っ直ぐと見据える。理子はこのような状況に追い込まれてもどうにか俺の拘束を振り払おうとするが、さすがに素の筋力で男女の差を埋められる訳がない。

 だが理子の笑みは消えない。

 

「遙は何であたしを無力化しない。あたしが髪で締め落とそうとするのを考えないのか?」

「やってみろ。その時は頭皮ごと髪を引きちぎり脳を揺らしきる準備はできてる。俺が今それをしていないのは菜月の情報源になりえると判断したからだ」

 

 俺の言葉に恐怖を覚えたのか、理子の目に宿る意思が少し揺らいだのが見えるが気にせず続ける。

 

「菜月は・・・菜月は元気にしてるか?」

「えっ?」

 

 一体何を聞かれると思っていたのか、理子は目を真ん丸に見開いて驚いている。

 

「飯はちゃんと食べてるか? 病気とかしてないか? 友達とかできてるか? いじめられてたりしないか?」

「えっ、あ・・・うん。菜月ちゃんは元気にやってるけど・・・」

「そうか・・・菜月は元気か・・・よかった・・・」

 

 菜月の無事が確認できたので一息つくと、理子の上から退く。理子は何が何だかわからないといった表情で体制を起こす。

 

「なぜ止めを刺さない。あたしはお前を殺そうとしたんだぞ?」

「なんで親友に止めを刺さなきゃならないんだ? 俺は菜月の近況が聞ければよかったんだ。俺にはもうやる理由はなくなった」

 

 カウンターの椅子に座ると、近くに置かれているリキュールの瓶と未使用のグラスを引き寄せる。リキュールをグラスに注ぎ、グラスを右手に持ったまま椅子を回転させ理子の方へ向き直す。

 

「菜月の居場所を聞いたりするところだろ。なぜそれすらして来ない?」

 

 理子は俺の態度が気に入らなかったのか、表情を歪ませこちらを睨みつつ俺に問い掛けてくる。が、俺には菜月の心配はしたとしても、菜月が何をしても菜月の自由なんだから居場所を知っててもあまり意味は無い。

 

「菜月が何をしても菜月の自由だろ? 俺があいつにしてやれる事があるとしたら、目一杯心配して、悪い事をしてたら本気で叱ってやり、助けを求めてたら全力で助け、追い詰められていれば全てを賭けて守ってやる。それくらいしかないんだ。だから今は菜月が元気か、ちゃんと旨くやれているのかだけ知れればいい」

 

 俺は菜月の顔を思い浮かべ、生意気に煽ってくる表情が脳裏に過るのを肴にリキュールに口を付ける。なんて言うか思い出しただけで何となくムカつくが、滅多に会う事は無いんだから意味なく腹を立てても仕方がない。

 

「で? 俺は菜月の話聞けたからもうやる理由がなくなった訳だけど。理子はどうすんの?」

 

 面倒な状況に俺はここから先の判断を理子に判断を委ねる。キンジ達の方はそろそろアリアの手当ても済んだだろうし、仮に理子が挑んでもあの2人が後れを取る事は無いだろう。

 つまり、事件では俺はお役御免と言う訳だ。

 

「あたしはアリア達を追いかける」

「そうか・・・なら、俺がこんな状態でいるのはマズいよな・・・」

 

 俺は腰裏に仕込んでいたカランビットナイフを引き抜くと──

 

「──ッ!!」

 

 勢いよく自分の太ももを突き刺した。

 ナイフを引き抜き床に投げ捨てると、血がだらだらと溢れ出し激痛が走るが、元々右足はガタガタでもうしばらくは使い物にならないだろうから関係ないだろう。

 

「これで俺が追いかけない建前ができただろ? ほら、行って来いよ」

 

 理子はこちらを暫くジッと見つめていたが、そのうち視線を外し歩き出す。

 俺も止血の為に椅子から立ち上がりネクタイを拾おうとしたその時──

 

「遙」

 

 理子がバーの出口で立ち止まり、背を向けたまま呼びかけてくる。

 

「どうした?」

「ありがと・・・」

 

 理子はその言葉を残し走って行ってしまった。俺は理子が初めて見せた飾らない素の言葉に自然と口角が緩んでいる事を自覚するも閉めなおす事が出来なかった。

 

「まったく、かったるい・・・」

 

 ネクタイを拾上げるとマチェットナイフも回収し、背中の鞘に収納し元の椅子に座り足の刺し傷を強くネクタイで縛り上げ止血する。

 グラスに残ったリキュールを飲み干すとカウンターに突っ伏し──

 

「またやっちまったよ・・・」

 

 また感情に任せて自分の体に傷を付けた事に若干の後悔を覚えつつ溜息を吐いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38弾 面倒事は走って来るので歩いても逃げられない

 机に突っ伏しウトウトしていると、タッタッタッ! とこちらに走って来る足音が聞こえてくる。この足音の重さ的に小柄な女の足音だろう。

 

 理子か? 

 

 重い頭を持ち上げると飛行機全体が期待の前方の方へ傾いているのに気付いた。

 リキュールをグラスに注ぎグラスに口を付ける。俺好みのベリー系のまったりとした甘みが口の中に広がる。丁度いい甘みとアルコールで、酔いが回ってきているのを実感しつつ深呼吸する。

 

「ったく・・・」

 

 カウンターの裏のシンクに置かれていたアイスピックを手に取ると、足の傷の上に巻いたネクタイに差し込むと強く捻じりもう1度アイスピックをネクタイに差し込み固定する。

 かなり痛いが行動も問題なく行動できるだろうし、簡単に外れる事も無いだろう。グラスに残っているリキュールを飲み干すと椅子から飛び降り止血具合を確かめる。

 

「よし! 止血もちゃんとできてるし痛みも酷くない」

 

 軽く足を曲げたり伸ばしたりしても特に問題もなさそうだ。少し歩き辛さもあるが松葉杖を使ってた時ほどではないので動くのも大丈夫だろう。

 走る音が近づいて来たので振り向くと、そこにはいつものツーサイドアップのテールがバッサリと切り取られた理子が居た。

 

「あいつ等・・・追い詰められたからって女の髪切るなよ・・・」

「遙・・・もう動けるのか・・・」

強襲科(アサルト)の人間なめんな。肉が抉れたぐらいで動けなくなるような軟な鍛えかたしてねーよ」

 

 軽く肩を竦ませて見せると、理子はバーの奥の方へ歩いていく。バーの片隅の窓に凭れ掛かる様に立っていると──

 

「狭い飛行機の中──どこに行こうっていうんだい、仔リスちゃん」

「キンジッ!! 生きとったんかワレ!!」

 

 最近ふざけてなかったので、ここぞとばかりに思い付いたネタを入れてみる。キンジはどことなくいつもより落ち着いた表情で、いつもより低くリラックスしているような声音だが、俺の顔を見て驚いているようだ。

 

「無事だったのか遙!?」

「肉抉れた状態が無事だって言うなら無事だ」

 

 肩を竦めてみせると理子の方へ向き直す。

 

「くふっ。キンジ、それ以上近づかない方がいいよー?」

 

 理子は白い歯を見せながらニヤリと笑みを見せる。その理子が背にする壁には理子を中心に円状に粘土状の何かが──おそらく爆弾──が仕掛けられていた。

 

「ご存じのとおり『武偵殺し(ワタクシ)』は爆弾使いですから」

 

 理子は制服のスカートをちょこんとつまみ少し持ち上げ、慇懃無礼にお辞儀する。こういった芝居がかった仕草が好みの俺にはやはり趣味嗜好的には理子と相性がいい。

 

「ねぇキンジ。この世の天国──イ・ウーに来ない? 1人ぐらいならタンデムできるし、連れて行ってあげられるから。あのね、イ・ウーには──」

 

 理子はそこまで話すと眼を鋭くして──

 

()()()()()()()()?」

 

 理子は金一さんの存在を再び出してきた。理子は金一さんに拘り過ぎだ。やはりあの人は生きているという事なのだろうか・・・

 

「これ以上・・・怒らせないでくれ。いいか理子。あと一言でも兄さんの事を言われたら、俺は衝動的に()()()()()()()()()()()()()()()んだ。それはお互いに嫌な結末だろう?」

 

 武偵法9条

 武偵はいかなる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない。

 ヒステリアモードは元来子孫繁栄のためにβエンドルフィンを分泌させ身体機能を向上させる特異体質であり、そのため女性に対しキザな態度になったり、異常に優しくなる傾向がある。それなのに理子にこのような発言をするのだからキンジにとって金一さんの大きさが窺い知れる。

 

「あ。それはマズイなー。キンジには武偵のままでいてもらわなきゃ」 

 

 理子はウィンクしたかと思うと、両腕で自分を抱きしめるような姿勢を取る。

 

「遙はどう? イ・ウーに来ない? 歓迎するよ?」

「武偵でやるべきことはしたからな。別に行っても良いぜ」

 

 あかりちゃんの時と同じ理由で言ってる訳だが、あの子と違い1言だけ付け加えておく。

 

「それが本当に理子の望む事ならな」

「・・・・・・」

 

 理子は俺の言葉に答えず黙ってこちらを見詰めてくる。理子自身の言葉に嘘は無かったのだろうが、本気で理子が望むかどうかという面において思う所があったのだろう。

 軽く溜息をつくと更に続ける。

 

「その様子じゃ本気で俺を望んでる訳じゃないんだろ? それなら悪いが今回のお誘いは遠慮させてもらうよ」

 

 肩を竦めると目立たない程度に1歩前に出る。

 

「じゃ、アリアにも伝えといて──あたしたちはいつでも、3人を歓迎するよ?」

 

 理子がウィンクをしたと思うと──

 

 ドゥッッッッ!!! 

 

 理子の背後に設置された爆弾が一斉に起爆し壁に穴を開ける。理子は穴から機外へと飛び出す。

 パラシュートも持たずに──

 

「理子ッ!!」

 

 その光景を見た瞬間、俺は咄嗟に韋駄天を発動させ壁の穴に走り出していた。右足で地面を蹴ると、足首と太ももに鋭い痛みが走ると同時にフックショットを左胸から引き抜きバーカウンターの方へノールックでフックを撃つ。

 足の痛みで体制が崩れるが、左足で強く床を蹴り気圧差も味方につけ外に飛び出す。

 

「遙ッ!?」

 

 キンジの驚愕の声が耳に入るが気にせずに進む。冷たい雨がぶつかって俺の体温を奪い、傷が染み痛みをが全身に走る。視界も雨に反射し、線の様になった光を除き真っ暗でほぼ何も見えない。

 だが、目標は把握できているのだから視界なんて必要ない。

 思考する必要性はない。ただ目標に向かって翔けるのみ!! 

 

「理子オオオオォォォォォォッ!!」

 

 理子は俺の声で気付いたのかこちらに振り向く。残り数mの距離を、俺は体の角度を変え落下速度をコントロールし詰める。

 手を伸ばせば届く距離。俺は理子の右手を掴もうと左手を伸ばす。

 左手の指が理子の指先に触れ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つるっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 指先が雨に滑り掴めない。そして──

 

 ガクッ!! 

 

 フックショットのワイヤーが出尽くした。

 更に

 

 ビュン!! 

 

 飛行機の推進力と風で身体が大きく煽られる。当然飛行機にワイヤーが繋がれているので、飛行機の方へ体が引っ張られる。

 ワイヤーでぶら下がっているので身動きもほぼ取れるわけもなく、ジャンボジェットの速度では受け身が取れるわけもない。故に──

 

 ダンッ!! 

 

「ガハッ!!」

 

 飛行機の外装に背中から衝突し、口から血の塊を吐き出す。

 感覚的に肋骨が数本折れた様で、ダブルショルダーホルスターとフックショットを繋いで体重を分散させているので、引っ張られ肋骨に負担がかかりモロにダメージが来る。

 だが、痛みは気にならない。

 

「クソッ・・・クソッ!」

 

 苛立ちばかりが募り、苛立ちを左手に乗せ外装を叩きつける。

 

「クソッたれがアアァァァッ!!」

 

 怒りの全てを吐き出すように叫んだ声は、夜空に吸い込まれ消えた。

 叫ぶことにより冷静さを取り戻し、フックショットのトリガーを引きワイヤーを巻き取り移動する。飛行機は期待に穴が開いたときに自動的に塞ぐ為に化学物質をばら撒く仕組みがあると聞いた事がある。急がないと壁の穴が塞がり着陸まで外にいる事になる。

 

「ッ!!」

 

 風の抵抗でいつもより巻き取る速度は遅くなっているが、それでも何とか機内に戻り一息つく。

 窓からチラッと理子の方を見ると、理子が背中のリボンを解くと、布面積の多いブラウスとスカートが不格好なパラシュートになっていくのが見える。理子の方は分かっていたとはいえ危険がないのが分かった。

 取り合えず自分の今の状態を確認する。肋骨数本に右足首も使えない。俺が今1番するべき事と言えば病院に行く事くらいだろう。

 

「ハッ! まるでゴミの様だ! てか・・・」

 

 バーカウンターの椅子に座り息を整える。

 今日はいつも以上にきつい事が多いな・・・

 

「遙。大丈夫か?」

「だいじょばないに決まってんだろ。ダメージデカ過ぎだ・・・」

 

 溜息を付こうとしたその時、窓の外に恐ろしい速度で雲間から飛来する2つの光が見える。俺は咄嗟に韋駄天を発動させその光の正体を目を凝らし確認する。

 

 ミサイル、だと・・・! 

 

 ドドォォォンッッ!! 

 

 今まで一番大きな振動がこのANA600便を襲う。落雷や防風などとは明らかに違うその衝撃に、全身から嫌な汗が噴き出す。

 

「キンジッ!! 外確認!!」

「ああッ!!」

 

 キンジは窓にしがみ付く様に外確認するが、俺はキンジを置いてバーの出口の方に急いで移動を始める。この飛行機は理子が操縦しており機長と副操縦士は無力化されていた。その理子がいない今、普通に着陸するにしても不時着するにしても操縦桿を握る人間が必要だ。もちろん俺は飛行機の操縦なんてできないが、操縦室に移動しない事には状況を把握するのも対策を立てるのもできない。そして俺は右足を負傷しているので移動速度は常人よりも遅い。ならば状況確認をキンジにさせておき、俺だけ先に移動し追いついてきたキンジに情報を聞いた方が効率が良いだろう。

 

「クソッたれが! ちょっとは休ませろや!!」

 

 ここ最近の不満を漏らしながら機内の通路を歩きだした。

 

 

 


 

 

 移動の途中に追い付いてきたキンジの肩を借り操縦室に移動する間に、外の様子をキンジが聞かせてくれた。ミサイルは片翼の2基のジェットエンジンの内側のエンジンが1基ずつ破壊された様で何とか持ちこたえているそうだ。

 

「かったるい事してくれるな・・・」

 

 理子に無力化された機長と副操縦士は、麻酔弾を撃ち込まれたらしく昏倒しており起こして操縦させるのも不可能だろう。

 

「──遅い!」

 

 機長たちから拝借した非接触ICキーで操縦室に入ったらしいアリアが、やってきた俺達に犬歯を向いて叫ぶ。その足元にはあのセグウェイの銃座にも似た機械が転がっている。おそらくこれで理子は髪の毛に隠したコントローラーで機体を操作していたのだろう。

 アリアは操縦席に座るとハンドル状の操縦桿を握る。

 

「アリア──飛行機、操縦できるのか」

「セスナならね。ジェット機なんて飛ばしたことない」

 

 民間の乗り物ならその程度が精々だろう。アリアは大きく操縦桿を引きとそれに呼応して機首を上げ安定させる。だが状況は少し安定しただけで脱した訳じゃない。

 

「上下左右に飛ばすくらいは、できるけど」

「着陸は?」

「できないわ」

「──そうか」

 

 飛行機は水平になり、窓の方を見ると機体が驚くほど海面に近い場所を飛んでいた。高度は300mそこそこだろう。

 キンジはもう片方の席に座ると無線機を探し当て、インカムからスピーカーに切り替える。

 

『──31──で応答を。繰り返す──こちら羽田コントロール。 ANA600便、緊急通信周波数127・631で応答せよ。繰り返す、127・631だ。応答せよ──』

 

 声が聞こえ、キンジは計器盤に備え付けられたマイクをONにする。

 

「こちら600便だ。当機は先程ハイジャックされたが、今はコントロールを取り戻している。機長と副操縦士は負傷した。現在は乗客の武偵2名が操縦している。俺は遠山キンジ。もう1名は神崎・H・アリア」

 

 キンジの報告に無線機の向こうで安堵驚きが混ざったような声が上がる。取り敢えずはこの状況を外部に報告し指示を仰げる状況になった。

 俺はキンジが報告をすると同時に、キンジの席の背凭れの後ろに座り込んで凭れ掛かり、先ほど機長から拝借しておいた衛星電話を右手で操作する。携帯に似た形のこの電話は船舶通信などにも使われ、人工衛星を開始地上のどこからでも電話回線に接続できるものだ。コールと同時に電話機を、Bluetoothでスピーカに繋いでおく。

 

「誰に電話してるの」

 

 アリアの問いに、繋がった電話の向こうの人物が答えてくれる。

 

『もしもし?』

「よう武藤! お前から買ったハーレー最高だぜ!」

『は、遙か!? いまどこにいる!? キンジのカノジョが大変なんだぞ!』

「えっ? お前ら付き合ってたの?」

「カノジョじゃないが、アリアなら隣にいるよ武藤」

 

 武藤剛気。車輌科(ロジ)の優等生。

 改めて俺はコネクションの有難みを思い知った。

 

『ちょ・・・お前等! 何やってんだよ・・・!』

「羽田空港ハーレー爆走事件を起こして、ジャンボジェットの中で武偵殺しと拳骨ファイトしただけだぜ?」

『お前はマジで何してんだ!?』

 

 後ろを見るとアリアは顔を真っ赤にしており、キンジはそんなアリアの唇に人差し指を当てて黙らせている。アリアは恥ずかしさの成果硬直しているが今の状況には好都合だ。

 

「羽田コントロールにしか連絡してないはずなんだが、なんでアリアの事分かったんだ?」

『客の誰かが機内電話で通報でもしたんだろ。乗客名簿はすぐに通信科(コネクト)が周知してな。アリアの名前があったんで、今みんなで教室集まってたとこだよ』

「それはそれは、お勤めご苦労さん」

 

 キンジは、羽田コントロールと武藤に手短に状況を説明する。機がハイジャックされ、犯人が逃亡したこと。ミサイルを撃たれエンジンが2基破壊されたこと。

 

『・・・ANA600便、安心しろ。そのB737-350は最新技術の結晶だ。残りのエンジン2基でも問題なく飛べるし、どんな悪天候でもその長所は変わらない』

「ほう・・・そいつぁここ最近で1番いいニュースだ」

 

 キンジとアリアも羽田コントロールの声にホッとした表情になる。

 

『それよりキンジ。破壊されたのは内側の2基って言ったな。燃料計の数字を教えろ。EICAS(アイキャス)──中央から少し上についている四角い画面で、2行4列に並んだ丸いメーターの下に、Fuel(フユエル)と書かれた3つのメモリがある。その真ん中、Total(トータル)ってヤツの数値だ』

 

 まるで今ここに居るのような正確な支持に脱帽しつつ、キンジと一緒に計測器を見る。

 

「数字は──今、540になった。どうも少しずつ減っているようだ。今、535」

 

 武藤の盛大に舌打ちする声が聞こえる。

 

『くそったれ・・・盛大に漏れてるぞ』

「予想通りだよコンチクショウ!」

「ね、燃料漏れ・・・!? と、止める方法を教えなさいよ!」

 

 アリアのヒステリックな声を上げるが、その数秒後──

 

『方法はない。分かりやすく言うと、B737-350機体側のエンジンは燃料系の門も兼ねてるんだ。そこを破壊されるとどこを止めても漏出は止められない』

「正に風穴開けられたって訳だな。史上最高のクソみたいな状況だな」

「あ、あとどれくらいもつの」

『残量はともかく漏出のペースが速い。言いたかないが・・・15分ってとこだ』

「さすがは最先端技術の結晶だな」

「科学の発展万歳だな本当に・・・」

 

 俺とキンジは1言つずつ羽田コントロールに愚痴ってやる。

 

『キンジ、さっき通信科(コネクト)に聞いたがその飛行機はそもそも相模湾上空を うろうろ飛んでたらしい、今は浦賀水道上空だ──羽田に引き返せ。距離的に、そこしかない』

「元からそのつもりよ」

 

 アリアが武藤に返す。

 

『ANA600便、操縦はどうしているんだ。自動操縦は切らないようにしろ』

「自動操縦なんて、とっくに破壊されているわ、今はあたしが操縦してる」

 

 殺気から計器盤の一部でランプが赤く点滅し、同じテンポで警告音が鳴っているのはこの為だろう。

 理子の奴、本当にやってくれるな・・・

 

「──というわけで、着陸の方法を教えてもらいたいんだが」

『・・・すぐに素人にできるようになるものではないんだが・・・現在、近接する航空機との緊急通信を準備している。同期型のキャリアが長い機長を探して──』

「時間が無い、近接するすべての航空機との回線を同時に開いてほしい。できるか?」

『い、いや・・それは可能だが・・・どうするつもりだ』

「彼らに手分けさせて、着陸の方法を一度に言わせるんだ。武藤も手伝ってくれ」

『1度にってキンジお前、聖徳太子じゃねーんだから・・・』

「できるんだよ、()()()()()。すぐにやってくれないか。なにせもう、時間が無くてね」

 

 アリアが驚きの眼差しでキンジの方を見る。キンジはそれに気づくとウィンクで何か言いたげなアリアを黙らせる。

 確かに、中枢神経系に作用し常人の30倍にまで向上するHSSならそれくらいできても不思議ではない。

 無線機の向こうで11人が一斉にしゃべりだすの確認したと同時に、俺はキンジが座る操縦席と壁の隙間に放置されたこの飛行機の説明が書かれたファイルを拾い上げ開いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39弾 交渉とは実力を行使しない戦争であるって誰かが言ってた

 韋駄天を発動させた速読でファイルから欲しい情報を探し当て、全てのページを読み切ると韋駄天を解除し一息つく。それとほぼ同時にキンジの方も粗方説明を聞き終えたようだ。

 そして、横須賀上空に差し掛かったあたりで──

 

『ANA600便。こちらは防衛省、航空管理局だ』

 

 羽田のスピーカーから野太い声が消えてくる。

 このタイミングで防衛所が絡んでくるか・・・

 

『羽田空港の使用は許可しない。空港は現在、自衛隊により封鎖中だ』

『何言ってやがんだ!』

 

 防衛省の言葉に武藤が叫ぶ。

 

『誰だ』

『俺ぁ武籐剛気、武偵だ! 600便は燃料漏れを起こしてる! 飛べてあと10分なんだよ! 代替着陸(ダイバード)なんてどっこにもできねぇ、羽田しかねぇんだ!』

『武籐武偵。私に怒鳴ったところで無駄だぞ。これは防衛大臣による命令なのだ』

 

 保身に走ったな・・・

 着陸ができると思っているならわざわざ介入する必要性もないし、手助けがしたいと言うのなら、羽田を封鎖している自衛隊を引かせるだろう。

 その証拠に──

 

「おい防衛省、窓の外にお前のお友達が見えるんだが」

 

 窓の外に──F-15Jイーグル──航空自衛隊の戦闘機がピッタリとつけてきている。

 

『・・・それは誘導機だ。誘導に従い、海上に出て千葉方面に向かえ。安全な着陸地まで誘導する』

 

 言われてアリアは操縦桿を右に傾けようとするが、そこでキンジが羽田との回線を切りアリアの手を上から握り止める。ヒステリアモードのキンジも気付いたようだ。

 

「海に出るなアリア。アイツは嘘をついている」

「?」

「防衛省は俺達が無事に着陸できるとは思っていない。海に出たら、()()される」

「そ、そんな・・・! この飛行機には一般市民も乗ってるのよ!?」

「東京に突っ込まれたら大惨事だからな。背に腹は代えられないってことさ」

 

 アリアの手を握ったままキンジは左に押して──横浜方面へと舵を取る。

 

「き・・・キンジ?」

 

 アリアが不安げになんとも情けない声を出す。

 

「向こうがその気なら、こちらも人質を取る。アリア、地上を飛ぶんだ」

 

 キンジが豪く物騒で強気な事を言うが確かに効果的だ。だがスマートじゃない。

 あまりやりたくは無いがこんな状況だ、やるしかないか・・・

 

「キンジ。回線を繋いでくれ。露払いくらいはやってやる」

「できるのか?」

「知らね! けどこれ以上状況が悪くなる事はねーよ」

 

 立ち上がりキンジに頼み込む。

 キンジはこちらを訝しげにこちらを見ていたが、渋々と言った様子で回線を繋げる。

 

「さーて、久しぶりの戦争頑張るか!」

 

 

 


 

 

 ~side 遠山キンジ~

 

 遙が何処か自信ありげに言うので気乗りはしないが回線を繋ぎなおし無線機を手渡す。いったい何を言う積もりなのか分からないが生半可な言葉では、防衛省が動くとは思えないが・・・

 

「あぁ、えー、防衛省聞こえてる? 返事プリーズ!」

『誰だ?』

「俺? 俺は機内に同乗していた武偵の吉野遙だ。外の戦闘機どっかやってくんない? どっかやってくれたら緊張で手元が狂って街に突っ込むなんて事も無くなるんだけど」

『それは私ではできかねる。さっきも言ったように防衛大臣の命令なのだ』

 

 遙は自分よりも強大な存在に対しいつもの様な、むしろいつもより少し砕けた口調で脅しも交えて交渉するが、相手も揺るがない。

 だが、遙がわざわざ自分で交渉すると言ったのだから、こんな簡単な脅しで終わる訳もない。

 

「なるほど。ならアンタの上にこう言ってやれ。『俺達吉野は夜桜計画を忘れた訳じゃない。事を構えたくなきゃとっとと退かせろ』ってな」

『夜桜計画? いったい何の事だ?』

 

 遙の言葉から出た単語に眉をひそめるが、無線機の向こうも俺と同じ反応のようだ。

 

「国と吉野の問題だから一公務員じゃ知らないだろうな、分かりやすく言ってやるよ。吉野の特定の年齢を過ぎた直系の人間が全員Sランク相当で、使用人も全員最低でもBランク以上の連中が俺の死亡と同時にブチギレて日本政府の壊滅のために一斉に動き出す」

『それで何故日本政府に攻撃することになる? 吉野武偵の所在を誤魔化す事は容易いぞ』

「俺の動脈には常に俺の脈拍を計測し、止まって5分後に死亡判定を送信する小型のモニタ装置が埋め込まれている。その装置にはGPS機能も存在する。俺が死んだ場所が上空で、その周りに自衛隊の戦闘機がうろついた記録が残っていればさぞかし怪しむだろうな」

 

 話を聞いていると恐ろしい会話をしているのが分かる。特殊部隊一個小隊と張り合え、Aランク武偵が束になっても敵わない様な人間であるSランク相当の実力者が1つの血筋全員に集結してあり、その使用人も特殊訓練を受けた軍人並みの実力を持つBランクが最低ラインと言うのだから異常さは見て取れる。

 だが・・・

 

『例えその話が事実であったとしても日本政府が揺らぐ事は無い』

 

 そう、例えSランクの人間が数人いたとしても国家規模の軍事力を有する事が出来れば対処なんて容易いだろう。Sランクも所詮は人間であり兵器ではない。極端なまでの人海戦術で無力化することも可能だろう。

 

「だろうな。けど今の情報に古くから吉野と繋がりのある武田家、上杉家が加わったら? 俺個人のコネクションであるアメリカのSランク武偵『守護者(ガーディアン)』と『多才銃使い(マルチガンナー)』が加わったら? イギリスの武偵『ミス・クリムゾン』と無所属の武偵『特殊弾製作者(スペシャルブレッター)』の完全バックアップが付いたら? 更に俺が今まで依頼を受け顧客とまで言えるレベルで良くしてる依頼人が軍事関係にあたる会社達だったら? 俺が過去に解決した事件が国家クラスの物でアメリカに恩を売る事が出来ていたら? 日本政府はどうなると思う」

『なっ・・・!?』

 

 聞いてるだけで汗が垂れてくる。遙が今あげた武田家と上杉家は言うまでもなく武田信玄と上杉謙信の直系の家の事だろう。両家とも現在でも日本で名を轟かせる武家で次期当主は両方ともSランクの武偵だ。

 アメリカのSランク武偵『守護者(ガーディアン)』と『多才銃使い(マルチガンナー)』言えば、片や武装に盾を使い天才的投擲技術に銃撃やナイフなども使いこなす多少の異色感があるが実力は本物の武偵だ。

 片やありとあらゆる銃器、飛び道具を使いこなし、通常の装備も二丁拳銃、短機関銃、マグナム、散弾銃、投げナイフと異常に多く、場面によってはスナイパーライフル、アサルトライフル、グレネードランチャー、ミニガンなども使う。通常の武装でもかなりの重さになるのに、走り、パルクールで敵を躱し敵を銃撃するスタイルを確立したこれまた異色の武偵だ。

 2人とも、なったばかりの新人武偵でも知っている超有名な武偵だ。

 イギリスの武偵『ミス・クリムゾン』と無所属の武偵『特殊弾製作者(スペシャルブレッター)』は、前者は知らないが、後者は遙が個人で仕入れていた試作型武偵弾の製作者だったはずだ。

 他にも遙が受けていた依頼は、去年まで年間200を超えるほど動いていたのでその中に軍事系に関わる会社があっても不思議じゃない。遙はアフターケアやその後の関係も大切にするタイプなので猶更だ。

 アメリカの恩に関しても、この間話していたビル占拠事件の事だろう。そう考えるとほぼ全て事実なのだろう。

 

「お互いそんな事望まねぇだろ? 被害を出さずに着陸する方法あるんだ。さっさと外の腕白坊をどっかにやってくれ」

『・・・・・・』

 

 遙の顔を見てみると、表情こそ口角が上がり笑みが浮かんでいるのが見えるが、そんな表情とは裏腹に夥しい量の汗が滲んでいた。その表情を顔を見て察してしまう。

 

 ブラフだ・・・

 

 遙の話や経歴では全て有り得そうな話だし、全てがブラフって事は無いのだろうが遙の言う政府への攻撃に関して何か致命的な部分があるのだろう。

 それを向こうが鵜呑みにするかどうかだが・・・

 

「吉と出るか凶と出るか、だな・・・」

 

 10秒、20秒、30秒と経ちハラハラする状況は時間が経つにつれ不安が大きくなる。どうなるかと生唾を飲み込むその時、外の戦闘機が離れていく。どうやら、遙の交渉は旨くいったようだ。

 

「ハハッ! なんとか勝ったな・・・」

 

 遙は無線機を手放し疲れた笑みを浮かべている。本来遙は人の前に立ったり、人と口で揉めるのが苦手な人間だ。その遙が自分よりも遥かに強大な存在と交渉と言う戦争紛いの行為をしたのだから疲労は凄まじい物だろう。

 

「で? 被害を出さずに着陸する方法っていうのはどういう物なんだ?」

 

 再び回線を切り遙に訊ねるが、疲れた笑みを浮かべたまま答える。

 

「単に海に不時着するか、羽田に戻るかしか案ねーよ。突飛な思考はキンジに任せる」

 

 それだけ言い残すと出口の方へ向かっていく。

 

「どこに行くんだ?」

「貨物室だ。着陸のタイミングで合図を頼む」

 

 遙はそう言い残すと操縦室を出ていった。一体何をする気なのか分からないが遙の事だ、着陸の成功率を上げる事をするつもりなのだろう。

 

「遙はいったい何者なの・・・?」

「さぁ? 言える事があるなら遙は俺の大切な親友で、東京武偵校に所属するSランクの武偵って事だ」

 

 アリアの疑問にそれだけ答え、俺は武藤と着陸場所を相談し始めた。

 

 

 


 

 3分後

 ~side 吉野遙~

 

 右足を引き摺りながら何とか貨物室までたどり着いた俺は周囲を見渡す。そこには、乗客の荷物などを収納しているのだろうコンテナ群と、武藤から買ったハーレーが駐車されていた。

 武藤か誰かが前に言ってた気がするが着陸には2~3Km必要らしい。それはおそらく燃料に引火させない為に、機体を地面から離し、車輪だけでブレーキを掛けなければいけないからだ。つまり、ブレーキがする面積が増えればそれだけ使う距離は減るはずだ。

 そして、東京にはそんなに長い直線道路は無い。だから、たとえ焼け石に水でもやるべきだろう。被害を最小限にする為に。

 

「手持ちに何があったっけ・・・」

 

 今の持ち得る装備を確認する、手裏剣が6枚にM19、フックショットに予備のフックが4つ、カランビットとマチェットが1本ずつ、ベルトに仕込んだワイヤー300m。これでできる事を考える。

 ハッチから地面までの高さは、タイヤが地面に接地していると仮定し考えると3~5mと言ったところか。

 カランビットでワイヤーを10メートル間隔で切断し、全てを輪っかに結んでいく。さらに、カランビットで全ての手裏剣に2つずつ刃こぼれを作る。

 コンテナの重さは最大で30t程だ。それに対し、ワイヤーであるTNK(ツイステッドナノケブラー)は1本で5t耐えれるかどうかだ。輪にして負担を分散させた事で2倍の10t。さらにワイヤーを捻じり重ねる事によって20t。これをもう一度でする事によって40t耐えれる計算だ。

 それを手裏剣の刃こぼれ部分に引っ掛けるとコンテナを少し開け、手裏剣をコンテナ内に入れてワイヤー引っ張りながらコンテナを閉める。それと同じ工程を前のコンテナに同じワイヤーでする事により2つのコンテナを連結する。これと同じ様にワイヤーを1本ずつ増やしながら3つ、4つと連結していく。

 手裏剣が無くなればフックショットの予備のフックを使い5つ、6つと連結させ、6つ目のコンテナの扉を開け、残りの全てのワイヤーをM19のトリガーガードに通し、通したワイヤーの輪っかにワイヤーをM19のシリンダーが挟まる様に入れた物を扉の中に入れてワイヤーを引っ張りながら閉じる。

 カランビットを鞘に納め、鞘の上からすべてのワイヤの輪を巻き付け、貨物室の分厚い扉を開けカランビットを外に出し、ワイヤーを引っ張りながら扉を閉める。

 

「旨くいってくれよ頼むから・・・」

 

 ハーレーに跨りカギを回すと、ズボンのベルトをハンドルに余りが出るように巻き付ける。

 その時──

 

 ガクンッ!! 

 

 機体が大きく傾きだす。

 機体が傾きだしたと言う事は、着陸のタイミングが近いのだろう。ならばこちらもやるべき事をやろう。

 

「肉体的にも精神的にもとっくに限界点が仕事放棄してるんだ。残った意地も全部くれてやるよッ!」

 

 左側の壁に設置されたボタンまでハーレーを運び、ボタンを押してハッチを開く。雨と風が凄いが気圧にはそこまで影響はない程度までこの飛行機は降下しているようだ。そして外を見ると雨でかなり見難くはなっているが学園島が見える。と言う事は着陸する場所はおそらく学園島の北側にある学園島と全く同じ形の、だが建造物が風車しかない空き地の様な人工島『空き地島』だろう。

 

「やっぱりぶっ飛んでるな・・・最高だぜキンジ!!」

 

 機内のスピーカーからキンジの声で機内放送が入る。おそらくこの放送が先ほど言っていた俺への合図なのだろう。もう少しで地面に接地するだろう。

 その時──

 

 ピカッ

 

 外の地面から光が差し込んでくる。

 下の方を見ると雨でよくは見えないが、ボートや懐中電灯(マグライト)と一緒に人影が薄らと見えてくる。

 顔なんて見えない。何人もいるのに1人として顔は分からない。

 けど、俺には分かる。

 

 武藤達だ。

 

 武偵校の生徒たちは同じ生徒が危機的な状況で動く事は無い。だが、仲間思いの武藤が俺達を心配していたのだから、状況を察し動ける生徒を集め俺達を助けに来るのは想像に難しくない。

 そして、武偵はどれだけ同業者が危機的状況でも市民に危害が及ばない限り動かないが、仲間に助けを求められれば全力で助ける。それが武偵憲章1条だから。

 

「ハッ! やっぱり最高だぜ東京武偵校!!」

 

 皆がここまでやってくれている。キンジも本気だ。だったら俺も全力で答えよう。

 地上までの高さも残り数mもない。ハッチの開閉スイッチの隣にあるスイッチを押しコンテナを固定する金具を外す。

 それと一緒に──

 

 ザシャアアアァァァ──―!! 

 

 ANA600便は雨の中人工浮島(メガフロート)に強行着陸が開始される。その振動でコンテナ群はハッチから外に落ちていき、ワイヤーがピンと張りANA600便にコンテナが引き摺られる。

 それと同時にクラッチレバーを握りアクセルを回す。

 

「ハハッ、クソッたれが・・・」

 

 自然と漏れたその言葉と共にクラッチレバーを放す。ハーレーは勢いよく走りだし、ハッチから外に向かって大きく飛び出す。

 

「二度と、バイクで飛行機なんか乗らねーぞコンチクショ―!!」

 

 空中で叫びながらハーレーの上で立ち上がり、叫びながら韋駄天を発動させ、ハンドルに繋いだベルトを左手で掴み、右手で背中の鞘からマチェットを引き抜く。

 

「ラアァッ!!」

 

 ハーレーがコンテナの少し右側に着地した瞬間に、ベルト越しにマチェットを突き刺しコンテナに繋ぎとめると同時に着地の反動と一緒に空へ飛び出す。

 ANA600便は圧倒的な速度コンテナ群を引き摺り、コンテナ群が俺の足元を通り過ぎていくと同時に左手で裏拳の要領で体を反転させ右手の袖のベルトを引っ張り出し、フックショットに繋げて引き抜き、1番後ろのコンテナにフックを飛ばす。

 

「こんのヤラァァッ!!」

 

 地面に両足で着地し全力で踏ん張る。俺の右足は完全にぶっ壊れた音と異様な痛みが走る。

 

「ゴフッ!!」

 

 フックショットの衝撃で肋骨にモロに負担が来て血の塊を吐き出す。もう、どこにどれほどの痛みが走っているのかも分からないほどに体は悲鳴を上げている。

 故に──

 

「いいから止まれヤアアァァッ!!」

 

 祈るように、残った力をすべて絞り出すように、叫びながら踏ん張る。これ以上は体が持たないのが本能的に察してしまうが止められない。意識が飛びそうになるが痛みによって覚醒させられ続け、楽になりたいと言う思考が巡るも無理矢理に振り払う。

 

「ッ!!」

 

 ミシミシと体中から嫌な音が軋み、口から血が噴き出して止まらない。今にも視界がブラックアウトしそうだが、引っ張られる力が弱くなっている。

 

「──ッアアアァァァ!!」

 

 少し目を開け様子を見るが、ペース的に残りのスペースでは収まりきらない。より力を込めて踏ん張ろうとするが、その努力も虚しくANA600便は速度を緩めながらではあるが勢いよく地面を滑っていく。

 島から落ちる!! そう思った瞬間──

 

 ガスンンンンンッッ!! 

 

 ANA600便が何かにぶつかった衝撃の後に、俺の体は振り回され、フックショットのフックが外れゴミの様に空へ投げ出される。

 

「ハッ・・・」

 

 空中でANA600便の方を見ると、右翼が人工浮島(メガフロート)特有の風力発電の風車の柱に引っかかっており、機体が大きく旋回していた。

 

(なるほど。柱に右翼をぶつけて旋回させる事で距離を稼いだのか。やっぱキンジにゃ敵わねーな・・・)

 

 笑みが自然に漏れるのを自覚しつつ、フックショットのワイヤーを巻き取り、左胸のホルスターに収納する。それと同時に俺の体は地面に叩きつけられ、4回のバウンドの後、海に投げ出され完全に意識が途切れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40弾 俺がベットで寝ている間に事件は全て終わっている

「知ってる天井だ・・・」

 

 某アニメの主人公が言いそうなセリフを改変して起き抜けに呟く。

 俺の最後の記憶は飛行機を止めようとしたが、結果的に振り回された挙句海に放り投げられて意識が途切れた。だが、今の俺は病院のベットに寝かされ、パッと見える範囲には包帯が巻かれ、病衣が着せられていた。

 

「吉野先輩! 大丈夫ですか!?」

「美少女に心配されとか役得だ。って思ってるから割と余裕っぽい」

 

 俺の顔を、心配そうな表情で覗き込んで来るあかりちゃんに、いつもの様に軽口を叩いておく。

 改めて病室を見回すと、ライカや麒麟ちゃん、佐々木さんも来ているようで、なぜか俺は個室の病室に押し込まれていた様だ。

 

「よっ・・・ッ!?」

 

 上体を起こそうと、ベットに手を付き力を込めた瞬間、背中や右手に強烈な痛みが走りベットに倒れ込む。

 

(いづ)アアァァァッ!!」

 

 意識外から膨大な痛みの不意打ちに、ベットの上で一通りのたうち回ると、体中の状態を改めて意識して確認する。右足首は痛みがあるが動く気配はなく右足の太ももにも痛み、肋骨には痛みと一緒に違和感があり、右肩にも痛みがあり、右手もしっかりと開く事ができず開こうとすると痛みが走る。右頬にもガーゼが張られており表情を変えるのにも鬱陶しい状態になっており、全身に細かい痛みが残り、寒気がずっと続いていた。

 

「俺の診断どうなってるか分かる?」

「右足首の関節が完全に外れ炎症を起こしていたみたいで太ももの刺し傷も4針ほど縫っているそうで、肋骨も右側が5本、左側も7本折れているそうです。右肩も少し脱臼しかけていたみたいで、右手も異常なまでに固く握っていたせいか暫くは硬直したまま。夜の海で発見が長引いたので軽度の低体温症と体中に打撲も診断されたそうです」

 

 佐々木さんは少し心配そうな表情だが、いつもと変わらない様子で淡々と俺の診断結果を教えてくれる。

 

「成程そりゃ痛い訳だ」

 

 今週何回目になるか分からない溜息を付くと、壁に掛かっていた時計を見ると9時を過ぎ長針がそろそろ50分を指そうとしていた。飛行機に乗り込んだのが7時頃だから、2時間と少し経っていたようで結構な時間気を失っていた様だ。

 

「こんな時間に来てもらってごめんな。せっかく来てくれたのに悪いけど時間も遅くなってきたしそろそろ帰りな。俺も取り敢えずは大丈夫だし今日はもう寝るしかないからさ」

「いや! 遥先輩入院したばかりじゃないですか!? 色々大変だろうしアタシ達残りますよ!!」

「そうですの! 普段から助けられているので、こんな時くらい恩を返させてほしいですの!!」

 

 優しい後輩の意外な反論に少し泣きそうになるが、ギリギリで我慢して言葉を続ける。

 

「そう言う事なら退院したら学校での動くのが難しい事があった時に手伝ってくれたらいいよ。病院にいる間は看護師さんが面倒見てくれるし」

「でも・・・!」

「いいからいいから! もし俺に何かしたいって思うなら、バレンタインにチョコか何かくれたら良いよ」

 

 男女の憧れである素敵イベントに強制のような言い方をして心苦しいが、女の子に夜の遅くに出歩かせるのも悪いので適当に出たワードで説得する。

 結局、彼女たちの説得に1時間程掛かり、11時過ぎになり女の子だけで返すのも憚られたので病院前にタクシーを呼び運転手に2万円を渡し彼女達をタクシーに詰め込んだのだった。

 

 

 


 

 

 翌日

 

「かったるい・・・」

 

 俺は真昼間からベットに備え付けられた机に置かれた書類の上に突っ伏していた。

 今日の朝、教務科(マスターズ)からの報告と、お役所的手続きの件について聞かされた。

 武偵殺しである理子は逃亡に成功。探偵科(インケスタ)の精鋭が操作するも手掛かりは無し。ANA600便は不時着は成功し、怪我人もいなかったそうだ。ANA600便はその巨体故に今すぐ撤去できない為暫く空き地島に放置されるらしい。

 

「さっさと書けよ遙。それで全部チャラになるんだろ?」

「それはそうだけどさー。俺って司法取引するほど悪いことしたっけか? いや、言いたい事は分かるんだけどさ・・・」

 

 面会時間開始から俺の病室に入り浸り、俺のライトノベルを読み続けているキンジに上体を起こし書類に関して愚痴る。

 

 武偵殺しの事件が解決したと同時に別の事件が発生した。

 それは俺が昨日犯した法律違反である。詳しく言うなら、建造物侵入や道交法違反、迷惑罪に政府に対する脅迫等々だ。

 だがそれと同時にハイジャック事件の解決にも尽力したという事で司法取引が持ち掛けられた。

 

 司法取引

 アメリカではメジャーな制度で、犯罪者が犯罪捜査に協力したり、共犯者を告発する事で罪を軽減、あるいは無罪にする事ができる制度だ。

 だが、この制度は法の公正さ損ない、偽証や冤罪を生みやすいなどのリスクが伴うそうだ。そんなものなのだが、増加する犯罪に司法が対応しきれなくなってきた日本でも、近年導入された。

 意識改革はそんな簡単にできる物ではないと思うんだが・・・

 

「こうしてても仕方ないしな・・・」

 

 溜息を付きながら書類に目を通し、記入欄をボールペンで埋めていく。面倒な事この上ないが、この面倒な作業でこの先の人生が何の障害もなく過ごせるのなら安い方だろう。

 事務的な作業を続けるのも結構苦になるので、キンジに思い付いた話題を振ってみる。

 

「なぁキンジ。お前聞いたか? アリアの話」

「アリアの? なんも聞いてないが・・・」

「何もね・・・それなら今日にでもアリア自身が話すだろう」

 

 昨夜、後輩組をタクシーに押し込んだ後、事件後の精密検査で別室に入院していたアリアが俺の病室を訪ねて来ていた。暗い顔をして何の用か分からなかったので、いつもの軽口で適当にアリアを弄ってやると、少しいつもの態度に戻りぽつぽつと話し出した。

 

『武偵殺しの冤罪が証明されてママの公判が伸びたの。キンジは武偵殺しの事件の解決までが契約だったから・・・あたし、正式なパートナーを見つける為にロンドンに帰る事にしたの』

『ふーん。かなえさんの公判伸びたのか・・・よかったじゃねーか』

『うん。ありがとう・・・』

 

 俺が簡単な祝いの言葉を伝えるが、アリアの顔色が晴れる事は無かった。

 俺は軽く溜息を付き・・・

 

『結局お前は俺になんて言ってほしいの?』

『えっ?』

『パートナー候補でも紹介してほしいの? 俺の武偵仲間は基本的にクセの強い戦闘方法の人間ばっかだから紹介できねーぞ? それとも見送りにでも来て欲しいのか? 俺の体じゃ暫くは動けないから無理だぞ?』

『違うわよバカ!』

 

 いつものアリアに調子が戻ってきたので、おそらくアリアが俺に求めている言葉を言ってやる。

 

『あ? お前もしかして帰ったからって俺達との関係が切れるとでも思ってんの? バッカじゃねーの? その程度で切れる様ならお前との決闘の後に顔を出しになんていかねーよ。連絡もするし会いにもいくし助けが欲しいなら手助け位ならしてやる。お前が『独奏曲(アリア)』だって言うのなら、俺だって皆にバックアップを押し付けてワンマンチームを決め込んできた『独奏曲(アリア)』て事になる。だったら俺の気が向いたら、偶には『二重奏(デュエット)』してやるよ!』

『・・・・・・』

 

 取り敢えず頭の中に浮かんだ言葉を全部吐き出すと、図星だったのか呆けた様な顔をしていた。

 

『あんた・・・やっぱりバカでしょ?』

『そのバカを初対面で勧誘したのはどこの誰だっけ?』

 

 取り敢えずバカ扱いされたのが癪に障ったので、取り敢えず遠回しにお前の方がバカだと言っておいた。その表情はいつもより柔らかく、リラックスした表情だったので良しとした。その後、俺の怪我の度合いを知らないというアリアに診断結果を詳しく言ってみると、アリアは面白いほどの百面相を見せたが最後には安心した様で、少し談笑を楽しんだ後自分の病室に戻っていった。

 

「かったるいな・・・みんな・・・」

 

 アリアも後輩組のみんなも、俺よりも優先させるべき物があるだろうに・・・

 なんで俺に構うのかよく分からない。

 

「どういう意味だよ。それ・・・」

「別に、それよりキンジ。かなえさんの面会に行った日の帰りに俺がいった事、忘れてないよな?」

「遙が言った事?」

 

 キンジがあの時落ち込んでいたようだったので、取り敢えず俺の行動理念の1つをキンジに言っていたが、間違いなく自身が行動しなかったと言う後悔を残さないための方法だ。アリアの話を聞いたときにキンジがあの話を覚えているのなら後悔を残す事は無いだろう。

 

「『何かをしてやりたいという思いがあるのなら、次のその瞬間に本人だろうが別人だろうが関係なくしてやればいい』って奴か? 忘れてないが・・・」

「ならいい。どうせ人生にゃ後悔は付き物なんだ。精々後悔が残らないように足掻くんだな」

 

 俺はそれだけを言い残すと、書き終えた書類を机の上に放置し昼寝に耽ったのだった。

 

 

 


 

 

 1時間後

 

 病室で目を覚ますと見舞いに来ていたキンジの姿が無くなっていた。おそらく俺が寝たので帰ったのだろう。

 まだ時間は昼過ぎだ。のんびりと屋上で日に当たりながらベンチに座り、売店で売っているのを見付けた缶コーラを横に置き、同じく売店で勝ったシャボン玉を膨らませ童心に帰っていた。

 

「やっぱシャボン玉は良いな・・・心が和む」

 

 一際大きく膨らませたシャボン玉が空に飛び、風に吹かれて弾けた。

 なんとなく思うが、シャボン玉は人生に似ていると思う。空に向かって飛び立ち、もう少しで空に到達すると言うところで儚く消える。それはまるで当たり前にいた人が居なくなってしまったように、もう少しで達成する事ができると言った場所までたどり着き、その瞬間に挫折を与えられたかのように。

 

「で? 逃げたのに何でここに居る訳?」

 

 少し溜息を付くと背後の気配に声をかける。

 

「さっすがハルハル~! 気配消したつもりだったのにぃ!」

 

 その声の主、理子の方に振り返りジト目で見つめる。

 わざわざ逃げたと言うのになぜか俺の前にあらわるこいつの思考内容がよく分からん。俺が今後の作戦の邪魔になりそうだから負傷中の俺に止めを刺そうという事なのか? 

 

「まぁ見付けるのは簡単だったな・・・」

 

 理子は俺を同じベンチの開いてるスペースに腰掛ける。よくもまぁ昨夜に殺し合いをした相手の隣に座れるものだと感心する。逃げない俺も俺なんだが・・・

 と言うより・・・

 

(足やってるから逃げたくても逃げらんねーんだよな・・・)

 

 俺が入院してる理由を考えれば当たり前だが、足を負傷して思うように動けないんだから逃げるのも戦うのも無理なのは見ての通りだ。

 

「かったるい・・・」

 

 溜息を付くと、ストローを咥えシャボン玉を作る。その時、理子の気配が明確に変わった。

 

「遙。いくつか聞かせろ」

 

 いつもの理子の言動や態度では考えられない様な男口調に変わり、初めて会った頃のアリアとは違った意味で張り詰めた空気になる。

 

「良いぜ。恋愛対象から年収くらいまでなら答えてやるよ」

「・・・・・・」

 

 いつも通りの調子で理子に返すが、理子は口を開かずに沈黙を貫く。

 お、重い・・・

 この状況から逃避し、ひたすらにシャボン玉を量産し続けるが、限界を感じ冷や汗が流れる。

 

「何故あの時変装していたのがあたしだと気づいた?」

 

 正直想像していなかった質問が出てきた。俺が何者なのかとか、殺気をずらして視線を誘導した件について一体何をしたのかを問い詰めるくらいだろうと思っていた。だが、聞いて来た内容は後学の為の様な質問だった。

 意外にも思ったが、昨日の事を思い出しながら語る。

 

「バニラと、アーモンド」

「なに?」

「バニラとアーモンドみたいな甘い匂い。お前の使ってる香水だろ? お前の悪ふざけで女装させられたときとか、接触が多い時とかにも使っていた。俺達が飛行機に乗り込む少し前にお前をマークしだしたら、お前がどんな変装しても匂いが変ってなかったら気付くだろ。偶然を考え最初は声を掛けなかったけどな・・・」

 

 理子とは1年と少しの時間を一緒に過ごしてきた。匂いを嗅ぐような状況なんて理子の行動的にいくらでもあった。そして俺の体質的に体感速度が人の10数倍に突発的にしてしまう事も、自主的にすることもどっちもあった。理子達からすればたった1年だったかもしれないが、俺にとってはもっと長い時間だった。そんな長い時間を一緒に過ごせば匂いの1つや2つ嫌でも覚える。

 

「なら、乗り込む前に気付いていたのなら、なぜあたしを捕まえなかった? 遙の人望と思考能力なら例え証拠が揃っていなくても仲間を説き伏せあたしを拘束する事くらいできたはずだ」

 

 むしろ俺がそんな不良警官みたいな事するとでも思ってるのか? 

 なんとなく馬鹿にされている気がするが、取り敢えず理子の問いに答えていく。

 

「お前の言う通り証拠なんて無かったからな。俺がお前に目星をつけたのも俺の妄想の域を出ない想像だ。そんなもの誰かに話したところで鼻で笑わられるだけだ。それにお前に目星を付けたって言っても犯人候補ってだけで、お前以外の人間が犯人だって可能性もあの時点では十分にあった。ほかの人間の可能性がある限りお前だけを拘束なんてできないだろ。あと・・・」

 

 正直少し恥ずかしいと言う考えがあるので言うかどうか迷うが、この先理子に会えない可能性があるのかもと言う思考が頭の隅に過り、伝える事に決める。

 

「理子が武偵殺しじゃないって信じたかったから」

 

 言ってから顔を背ける。だいぶ恥ずかしい思いをして絞り出したのだが、後ろで理子が笑っているような気配を感じる。そのうち俺が理子を本気でしばく日が来るかもしれない。

 取り敢えず今は理子と目を合わせたくないのでシャボン玉の量産を再開する。

 

「呑気なことだな・・・」

「俺は平和主義なんだよ。呑気って言われるくらいの状況と態度位が丁度いいんだよ」

「どこまで信用できたものか分かった物じゃないな」

「何一つとして偽りなんて無いつもりなんだがな・・・」

 

 まぁ答えたくない質問をされてないから簡単に答えている訳ではあるが・・・

 

「最後に聞くが、何故あの時お前はあたしを助けようとした? お前ならあたしがパラシュートを用意している事くらい分かっていたはずだ。それなのになぜお前は死の可能性が十分に考えられたあの状況で、生き残ったとしてそれ程の負傷で済む保証もない状況で、なぜお前はあたしを助けに来た?」

「・・・・・・」

 

 正直この質問が1番理子の口から出た質問の中で答えづらい質問だ。何故ならその質問に対する答えなんて初めから無いからだ。故に今から理子の質問に答える為には今から理子の納得するような答えを作るしかない。

 果たしてそれが俺にそれができるのかだ・・・

 俺は緊張で乾く口を動かし思いつく限りの答えを出す。

 

「パッと見える範囲にパラシュートを持っていないとは言え何かしら助かる方法があるのは分かっていた。だが、それでも俺にはそれがどんな方法か分からなかったから俺が助けた方が確実だと思った。それにお前が用意した助かる為の手段が旨くいく保証も無かったから飛行機の方に連れ戻した方が良いだろうと考えた。あと・・・」

「?」

「・・・親友を、誰かを目の前で失うなんて事を繰り返したくなかったから」

 

 5年前の事を思い出しつつ語る。

 理子の方を見ると何処か納得したような表情をしていた。

 

「それだけ聞ければいい」

 

 理子はその言葉を残し立ち上がり、屋上のドアの方に歩いていく。俺は振り返らずに理子に声をかける。

 

「もう行くのか?」

「ああ。お前に聞きたい事は聞いたからな」

「そうか・・・ならお前が行く前にこれだけは言っておくよ。例えお前が何をしようと、どんな状況だったとしてもお前は俺達の親友だ。お前が本気で助けを求めてくれると言うなら俺達は全力でお前を助けるからな」

 

 最近みんなが単独行動が多く忘れがちになっていた事を理子に投げかける。

 俺達は理子がどんな状況になろうとも、何をしようとも助けを求めているのなら確実に助ける。それが俺やキンジ、そして理子が互いに誓った事だ。

 

「ああ。分かっている」

 

 理子は俺の言葉に短く返すと、ドアを開けて屋上から出ていった。その理子の返しが最後の方が少し高くなっているのに気付いた。理子とその思いの共有できている事が俺には凄まじく嬉しかった。

 

「ったく、やっぱりかったるいな。俺って人間は・・・」

 

 俺は自然と口角が上がるのを誤魔化す様に、再びシャボン玉のストローに口を付け、新しいシャボン玉を作った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔剣&精神露顕 編
第41弾 病院でなければ休暇と言うのは良い物だと思う


 理子と最後に会った日から数日後。

 あの日から俺の足はそれなりに動く様にはなったが、痛みはまだ残っており暫くは入院が必要そうだ。

 

「で? なんでお前等居んの?」

「うるさい! 別にいいでしょ!」

 

 今日もキンジは御苦労な事に俺のお見舞いに来ていたが、その隣には何故かロンドンに帰ったはずのアリアが一緒にいた。

 まぁなんとなくこうなる予想は出来ていたが・・・

 

「それとキンジ、なんか星伽から異様な量のメールが来てたんだけど。お前絡みで・・・」

「あー、それは・・・」

 

 この話題を出した瞬間、キンジの顔は少し青くなり、アリアはこちらから目を逸らす。

 

 あぁ、何かやらかしたな星伽の奴・・・

 理子と最後に会ったあの日の夜、最近充電を忘れていた携帯を充電した途端に夥しい量のメールを受信した。取り敢えず1番最初に届いていたメールを3件ほど覗いて見てみるのを止め、1番最後覗いたと同時に電源を切ってしまった。その内容とは──

 

『吉野君。キンちゃんが女の子と同棲してるってホント?』

『さっき恐山から帰ってきたんだけど、神崎・H・アリアって女の子が、キンちゃんを誑かしたって噂を聞いたの!』

『どうして返事くれないの?』

『今から行くから』

 

 俺はその内容を見た瞬間、病室の戸締りを確認し、完全武装の状態でベットの下に隠れた上で一晩眠れずに過ごすと言う病院では想像しにくい体験をした。

 本来は俺の異性の好みは星伽のような女性なのだが、なぜか星伽本人には全く惹かれなかった。

 むしろ星伽の事がどことなく苦手だ。黒髪にお淑やかな性格で、一途で向上心があり、尽くしたいタイプで真面目で誰にでも分け隔てなく優しくやきもち妬きである。どの要素を取ってもタイプの筈なのに驚くほど惹かれない。相手の好意が自分に向いていなかったとしても、惚れる時は惚れるし惹かれる時は惹かれる。それなのに俺が好きになる様な要素が基本的に全て揃っている筈なのに、苦手だし惹かれない。

 

「本当に変わった奴だよな星伽って。あんなタイプ星伽が初めてだぜ」

 

 対照的にその全ての要素持っている佐々木さんには多少なりとも惹かれたし、戦闘スタイル的にも性格的にも強くなりたいと言う動機も全てが好みであり現在進行形で惹かれていると言って良いだろう。

 

 まぁ、それが恋愛に繋がるかと言われれば別だが・・・

 あくまで今までのタイプの要素はこう言う人間が好ましいと言うだけで、本気で異性に惚れる時は見た目や性格などはほぼ関係無く気付いたら惚れている。そんな性格故に、俺は一目惚れをする事がない。

 

 それはさておき、佐々木さんは俺が出会った女子の中で1番と言って良いほどの量のトラウマを俺に与えてきたが、星伽は間違いなく俺に対して異性に関する最大級のトラウマを与えた人物だろう。あれは最悪と言っても良い程に、学生生活において間違いなくぶっちぎりの1番だろう。

 あれは初めて星伽が俺達の寮に来た時、俺を見た星伽は、俺を女だと勘違いし日本刀や機関銃を振り回し危うく殺されかけた。もう二度と星伽を敵に回すまい・・・

 

「なぁキンジ。なんか売店で暖かい飲み物と軽食買って来てくれないか? できるだけ変わり種のを頼む」

「あたしはコーヒーをお願い」

「なんで俺が行かなきゃならないんだよ・・・」

「レシート残してくれたら後で返すしキンジの分も買って良いからよ」

 

 キンジは渋々と言った様子で重い腰を上げ、病室を出ていく。

 病室に残されたアリアと目が合うと何処となく気まずい空気になる。その理由は間違いなくアリアと最後に2人きりで会ったあの日に話してたあの会話のせいだろう。あのような別れを思わせる会話をした2日後に会えば気まずくもなる。

 

「で、これからどうすんのお前?」

「何がよ?」

「あかりちゃんの事だ。お前がロンドンに帰る帰らないは別にいいんだが、これからあかりちゃんの育成方針をどう考えてんの? お前が帰った後どうするのかも気になっていたんだが、こっちでいるつもりなら俺もあの子達の特訓に付き合う事があるから聞かせろ」

 

 アリアは少し考えるように目を閉じる。正直、俺もあかりちゃんの育成を4対4(カルテット)以前の状態からで考えると悩みどころだ。俺から見てあかりちゃんの戦闘スタイルがカウンタータイプだと言うのは分かる。だが、武偵と言う枠から外れた途端に、あかりちゃんはカウンタータイプから超火力を誇るアタッカーに変わる。武偵と言う枠に収まった状態で殺しの技に折り合いを付けて使いこなせる様になればランクは兎も角、間違いなく俺以上の武偵になるだろう。

 だが、俺以上の武偵になるのは予想できるが、それがどう言うスタイルになるかは分からない。何故ならあかりちゃんの殺しの技は、近距離の鳶穿、中距離の鷹捲(たかまくり)、遠距離の十弩と揃っている。これらの中でどの距離感を主軸にするかで大きく変わって来る。武闘家(ファイター)銃士(ガンナー)そして俺のスタイルに1番近いである軽戦士(アサシン)の3つだ。

 

 アサシンは直訳の暗殺者を意味する訳ではなく、軽装備の機動力重視のスタイルだ。意味合い的にはゲームのジョブに近い。中距離から一撃必殺を狙い、攻撃を回避し、相手の視線から外れ不意打ちし、敵のリズムや体力を削る。それが軽戦士(アサシン)だ。

 

 あかりちゃんは3つのスタイルになれる素質がある。だが、全てを取ろうとすると良い言い方をするとライカの様なある程度の技術を一定水準でこなせる万能型になるが、悪く言えば技を使えるがおまけ程度にしか使えない器用貧乏になる可能性が高い。故に特定の距離感を得意とするスタイルに育てるのが1番成長するというのが俺の考えだ。

 

「正直に言うとどうすればいいか分からないって言うのが本音よ。あの子みたいな特殊な生立ちの子は初めてだもの。あたしは殺しの技は使えないから矯正もしてあげられないし・・・」

 

 違法で銃器や刃物を振り回していた位ならアリアでも十分矯正できるだろう。だが、あかりちゃんの様な殺しの技を持った人間の矯正は、ちょっとした癖を修正するだけで命の危険がある。その上あかりちゃんの技には成功率は高くないとは言え振動技を持っており、よっぽどの知識と能力がなければ防御ができない。アリアが慎重になっているこの判断は正しい判断と言えるだろう。

 

「成程な・・・アリアに殺しの技についての知識が無いから矯正する事ができないと・・・なら俺が代わりにあかりちゃんの技を矯正してやろうか?」

「どういう意味よ?」

「どういう意味ってそのままだが? 俺は殺しの技にも覚えがあるし、俺の持ち味はモデリング能力だ。素質の面が強い射撃は苦手ではあるが、純粋な肉体駆動が物を言う近接戦闘のフィールドに於いて、観察できない物や肉体的特徴により再現できない物を除き、大半の技を観察しトレースする事ができるから技の矯正はアリアより向いてるはずだ。やりはしないが、やろうとすれば鳶穿とかお前の拳銃格闘(アル=カタ)もできるぜ! 二丁拳銃は一切できないがな・・・」

 

 普段からM19を一丁しか使わないのは、フックショットを使っているからと言うのもあるが、それ以上に同時に2つの標的に狙いを定める事が出来ないからだ。普段の俺の射撃は近接戦で間合いから出た時に間を与えない為に使うが、それ以外の射撃については韋駄天を使い人の十数倍もの時間をかけ狙いを定めているので人よりも射撃と言う成績が良くなっている。だが、裏を返せば俺の射撃センスは韋駄天を除けばCランク程の成績があればいい方だ。本来ならDランクの中からCランクの下の方だ。

 拳銃格闘(アル=カタ)の様な手の先を相手に向け引き金を引く近接戦闘はトレースできるが、二丁拳銃の様な同時に複数の事をしなければならない遠距離攻撃はからっきしだ。

 

鷹捲(たかまくり)に付いてはどうなの? パルスを増幅させて打ち出す振動技だって聞いたけどアンタはあの技を使えるの?」

「はっきり言うと無理だ。形までなら完全にトレースできるが、実際に使った事も無いしパルス増幅の感覚も分からないから全く同じ動きをしたところで中身は伴わない。振動を起こせたとしてもあかりちゃんの5%にもみたないだろうな」

 

 俺も振動技が使えるから結果的に鷹捲(たかまくり)と同じような状況を作る事はできるが、だがそれは決して鷹捲(たかまくり)ではない。故に俺には鷹捲(たかまくり)は使えないし理解ができていない。

 

「ならどうする気なのよ? 知識もなく使えもしない技をどうやって矯正するって言うの?」

「使えない? 知識が無い? なら答えは簡単だ。使えるようになれば良い。知識を身に付ければ良い。さっき無理って言ったのは実際に使った事が無いからだ。実際に使えばわかる事もあるだろうし、目の前に観察できる相手が居る。それなら無理な事も無い」

「ほんとにできるの?」

「余裕だね!」

 

 俺はいつもの調子でどこかで言った事のあるようなセリフを吐く。実際には余裕なんて無いだろうが、だが不可能な領域の話ではない。

 

「アンタがそう言うんなら任せるわ。ただし、あの子はあたしの戦姉妹(アミカ)よ! 技の矯正は任せるけど、育成方針その物はあたしの役目なんだからアンタはそっちの方には手を出さないこと!」

「了解。あかりちゃん育成計画に手を出さずに、技の矯正だけをすれば良いんだな?」

 

 アリアに確認を取ると、黙って頷く。

 アリアはさも当然と言った様子だが、正直俺の内心は穏やかでは無かった。

 

(育成に関わらずに技の矯正とかできるかボケがァァァ!!)

 

 そう、技の矯正にはまず未完成の物がない状態が大前提だ。あかりちゃんの鷹捲はまだ未完成なので完成させなければいけない。それを指導するという事はつまり育成するという事だろう。

 まぁ、この矛盾はアリアの指示が悪いという事で無視しよう。

 

「さくさく行ったとしてアドシアードまでに技の完成まで行けて良い方だろうな・・・」

「そう。全部済んだとしてどの位になりそうなの?」

「あかりちゃんの呑み込みの速さや、発想力にもよるが早くて夏休み前ってとこだな。遅くても夏休み全部返上する気でやったとして2学期の最初だな」

「ふーん。ところでアンタ、アドシアードどうするの?」

 

 アリアが話しを切り替え聞いてくる。

 

 アドシアード。

 年に1度行われる武偵校の国際競技会だ。スポーツで言うならインターハイやオリンピックみたいなものだが、それらと違いアドシアードは武偵校の競技なので強襲科(アサルト)狙撃科(スナイプ)と言った学科から平和的とは言えない競技が開催されることだ。

 開催日がそろそろ1カ月程に近づいてきているので名のある生徒達が各競技の代表に選抜されている。

 

「俺は近接格闘競技(クロスアーツ)の代表に選ばれたぜ。まぁ、この怪我の治り具合で出場するかどうかは変わるがな・・・」

 

 近接格闘競技(クロスアーツ)とは、まぁ早い話が近接格闘戦を競うトーナメント方式の競技だ。原則として、銃器等の遠距離武器の使用は禁止であり、ナイフ等の近接武器の使用は可の本当に近接戦闘ではなく純粋な1対1の近接格闘を競う種目だ。

 

「きつい種目に選ばれたわね・・・大丈夫なの?」

「俺は近接戦闘でここまで上り詰めたんだぜ? こと近接戦じゃ東京武偵校で敵なしだ」

 

 1対1よりも多対1の方が得意なのは黙っておく。

 

「ほんとにアンタの場合は近接だけでSランクになってそうね」

「ランク考査で試験官にもの凄い微妙な表情をされた挙句、2度と俺の受ける考査の試験官にはなりたくないって言われたのは事実だ」

「アンタ一体何したのよ・・・」

「別になんもしてねーよ。ただ点数がな・・・」

「点数が?」

「筆記20点台。CQC90点台。射撃がギリギリ60点台。それで最後の格闘戦がな・・・」

「?」

「知っての通り制限時間に実践を想定しての試験だろ? それでランダム付加ルールがガラス張りの天井の上だったんだ。実践を想定してたしガラスの上だから時間を掛けるのはマズいと思って張り切ってたんだよ。それで速攻で終わらせようと思って始めたは良い物の、いざやってみると3秒足らずで相手が気絶しちまって結局採点には反映されず俺等の組だけ再試験だ」

 

 最終的に試験官の教員と再試験をする羽目になり、再々試験を回避する為にある程度バレにくいように加減をしながらやって結局勝ってしまうという事もやらかしている。

 しかもこれ、武偵校に編入して2回目のランク考査の時で、その前のランクはEだ。急なランクの上がり方にいらぬ嫌疑まで掛けられ、ドーピングや不正の検査の為に考査からしばらくの間ランク昇格はお預けになり、まともに依頼(クエスト)さえ受けられなかった。

 

「ほんとにアンタって無茶苦茶ね」

「俺としては手堅くやってる積もりなだけなんだがな・・・」

 

 その後、買い物を終えて帰ってきたキンジから受け取った季節限定フルーツのサンドウィッチとロイヤルミルクティーに舌鼓を打ちつつキンジとアリアの2人と談笑を楽しんだのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42弾 最近佐々木さんが面白い事になってるみたいだが何かあった?

 ~side 佐々木志乃~

 

 ANA600便の不時着から2週間程が経過した。

 あれ程に重体な状態だった吉野先輩は驚異的な回復力を見せ、完治とはいかないがたった2週間で退院すると言った離れ業をやってのけた。先輩には本当に人間なのか問い質したい所だ。

 私達は夾竹桃の逮捕からこれと言った出来事もなく、割といつも通りの毎日だった。

 ある一部を除いて・・・

 

「・・・・・・」

 

 あの日私は、私達は吉野先輩に助けられた。吉野先輩は「俺が居なくても結果は変わらなかった」と言っていたが、それでも私達が先輩に頭が上がらなくなった事には変わりない。

 それと同時に、吉野先輩に被さられる様に庇われたあの時の、朦朧とした意識の中で見た吉野先輩の顔をふとした時に思い出すようになってしまった。

 あのいつものおどけた態度や表情とは違う、真剣その物な表情を思い出すたびに顔が熱くなり、気恥ずかしさを覚える。

 

「──ッ!」

 

 それがどうしようもなく腹立たしい。私はあかりちゃんの事だけを考えていたいのに、あかりちゃんの事を考えるとどうしてもあの時の吉野先輩の顔がチラついて考える事が出来なくなってしまう。

 そんな苛立ちを発散を兼ねておしゃべりでもしようとあかりちゃんを探していると──

 

「吉野先輩! これののかが作ったお弁当です!」

「おっ! サンキュあかりちゃん! 楽しみにしてたぜ!」

 

 私の苛立ちの原因が私の癒しと一緒にいるところに遭遇し、反射的に廊下の角に身を隠す。

 一体何の話をしているのか聞き耳を立ててみる。

 

「次の土曜日予定空いてる? この間アリアと相談して決めたんだが、俺があかりちゃんの技の矯正を担当する事になったんだ」

「吉野先輩がですか? 良いんですか? あたしの技の矯正に付き合って貰って・・・」

「良いんです。正直去年までで武偵になった目的も達成できたし、自主練も限界見えてたしな。伸びしろのない人間を鍛え続けるより、君みたいな将来有望で伸びしろのある人間を鍛えた方が建設的だしな・・・」

「でも、危ないですし・・・」

「君の技を形までなら完全にトレースできる俺が食らうとでも? それに自分との向き合いとサンドバックの相手が基本だからその辺は心配する事ないよ」

「・・・土曜日ですよね? 特に予定は無いですよ」

「よし! じゃあ土曜日に学園島の駅前に9時集合で良いかな?」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 吉野先輩とあかりちゃんは一通り話を終えると離れていく。

 

 この状況は非常にまずい。

 吉野先輩とあかりちゃんが()()()()で特訓なんてしたら良くない事が起きるかもしれない。吉野先輩本人が直接あかりちゃんに何かするとは思えないし、そのような度胸があるとも思わない。

 だが

 偶然そういう状況にならないとも言い切れないし、有り得ないと思いたいがあかりちゃんの方から迫った場合に吉野先輩が断り切れると断言できない。

 もしあかりちゃんと吉野先輩が男女の仲になんてなってしまえば・・・

 

() () () () () () () () () () () () () () () () ()

 

 それだけは避けないといけない。

 その思考が頭に過ったと同時に私は吉野先輩の後を走って追いかける。いつもの様に呑気に鼻歌を歌いながら屋上への階段を上がっていく吉野先輩を、階段の最上階の踊り場で捕まえる。

 

「吉野先輩!」

「ん? あぁ佐々木さ・・・ン!?」

 

 吉野先輩がこちらに振り向くと同時に、先輩の本来の性格からなのか、少し怯えにも似た驚きの声を上げる。今の私はそれ程までに恐ろしい顔をしているのか少し問い詰めたくもあるが今は放置しておく。

 私は吉野先輩を壁際に追いやるとあかりちゃんとの先ほどの話を問い詰める。

 

「先程、土曜日にあかりちゃんと()()()お出掛けすると言う話していたようですね?」

「え? いや、えっと、あー・・・」

()()()お出掛けするって言ってましたよね?」

「おっしゃる通りでございます」

 

 少し強めに迫るとあっさりと肯定した。この程度の迫り方に口を割る辺りを見ると、本当に武偵として活動できているのか気になるところではあるがそれは置いておく。

 

「私「あかりちゃんに手を出したら、どうなっても知りませんから」って言いましたよね?」

「待て待て待て! 俺はあかりちゃんに手なんか出してないからね!? 俺もあかりちゃんも先輩後輩以上の感情は無いからね!?」

 

 吉野先輩は私の言葉に焦って否定の言葉を出す。やはりこの先輩の様子を見ているとあかりちゃんに限らず女性に手を出せる程の度胸があるとは思えない。

 

「吉野先輩の事はある程度信頼していますが、正直女性関係については全く信用していません」

 

 吉野先輩については基本的に浮ついた話を聞く事は無いが、実際に観察してみると友人関係の大半が女性で構成されており、本人の性格を考えるとあり得ないと思うがそれでも不安がある。

 それに吉野先輩は男性だ。女性である私達と全てとは言わないが考え方が違う部分もあるだろう。私達とは当然感覚も違うだろうからいくら吉野先輩と言えど何かの勢みで間違いが起こらないとも言い切れない。

 

「そんな人とあかりちゃんを2人きりになんて出来ません!」

「なら一緒に来る?」

 

 少し勢いよく言っていると、吉野先輩はふと思いついたかのように切り出してくる。本当に何となく頭に過ったことが気付いたら口から洩れていたような風だった。

 

「あかりちゃんに対しては直接技を観つつアドバイス程度で矯正を調整する積もりだったし、反復練習中は俺はする事が無いからどうしようかと思ってたけど、佐々木さんが来てくれるならその時間も有効活用できるし良いな。佐々木さん! 良かったら佐々木さんも来てくれないか?」

 

 吉野先輩はふと思付いた事を改めて考えたのか、利益が思っていた以上にあったのか少しテンションが上がった様子で、こちらから無理にでも同行しようとしてたのに、むしろ先輩の方から私を頼んでくる状況に驚かされた。

 

「い、良いんですか?」

「もちろん! むしろ来てくれないとちょっと困るくらいだし・・・」

 

 吉野先輩が不慮の事故であかりちゃんとその様な状況になったとしても、私がその場にいるのだから止める事もできるだろうし、なによりあかりちゃんと一緒にいる時間が増える。

 私には吉野先輩の誘いを断る理由は無かった。

 

 

 


 

 土曜日

 

 吉野先輩達との約束の時間である10時よりも1時間も早く、待ち合わせ場所である学園島のモノレールの駅に来ていた。

 今日は私服で白色のロングスカートと灰色のニットのセーターに、上から茶色のジャケットを羽織り、少し気合を入れると共に、念の為に運動着や水筒を入れたカバンを持ってきていた。

 確かに楽しみにしていたがよく考えると、なぜ1時間も前から出たのか分からない。あかりちゃんとの待ち合わせの時でもこんなに早く出た事は無いのに、それだけあの2人が心配だったのか、それとも何か別の理由があったのか、私自身にもよくわからない。

 

「・・・・・・」

 

 私にとって吉野先輩はどういう存在なのだろう。あかりちゃんはもちろん、ライカさんや麒麟さんも私にとって大切なお友達だ。なら吉野先輩は何なのだろう。

 最初はライカさんの憧れの先輩であり、あかりちゃんからも信頼されている傲慢で気に入らない先輩だった。

 その次に感じたのは駄目な点を実際に見せる事によって、意識的に駄目な点を改善させる為に敢えてきつい言い方たや、人に嫌われそうな言い方をする損な人間性ながらも指導者に向いた人だと思った。

 その次の印象は、決して正義の味方と呼べる人間ではないが、気に入った人間の為なら名声や立場を捨て、国だろうが何だろうが敵に回す事も厭わない、誰かにとっての味方だと感じた。

 その次に会った時にはもう分からなくなっていた。頼りになる先輩なのは確かだ。話し掛けやすく、良い意味で先輩らしくない。Sランクと言う肩書を笠に着ている訳でもなく、心配性で誰かが傷つく可能性を1%でも下げる為に全力を尽くし、私みたいな失礼だと言われても仕方ない態度を取っても怒る事もせず気にかけるお人好しだ。

 だが、それは私だけでなく、あかりちゃんやライカさんも同じような感想を抱いているだろう。吉野先輩に対する私のイメージと言うより、吉野先輩本人のパブリックイメージなのだろう。

 

「吉野先輩って一体・・・」

「ただの男子生徒Aですが何か?」

 

 ふと呟いたその時、背後からその呟きに答えが返って来たので驚きつつ振り返る。そこにはいつもの制服ではなく、白いシャツと銀色のボタンやチャックが多めに付いているフード付きのジャケット、黒い綿パンに黒いウエストポーチと言うどこかで見覚えのあるような恰好をしている吉野先輩がいた。

 

「吉野先輩!? どうしてこんな早い時間に・・・」

「佐々木さんの性格を考えて予定よりも早い時間に来るかと思ったから、ちょっと前に来て待機してたんだよ。レディーのエスコートは紳士の基本ですから!」

 

 吉野先輩はいつもと変わらない様子で言って来る。なんでこんなにナチュラルに女子とは言え武偵をここまで女の子扱いできるのか疑問だ。

 まぁ私だけではなくあかりちゃんやライカさんにも似た様な事を言っているので、よっぽどの女好きか天然かのどちらかだろう。

 

「あかりちゃんの技の矯正って何をするつもりなんですか?」

 

 取り敢えず私の独り言を追求されたくないので話を逸らすのも兼ねて、気になっていた事を聞いてみる。

 

「取り敢えずあかりちゃんの技を1つずつ対処し、技を使ってもいい相手だと本能レベルで理解させるのが第1段階かな。その為にあかりちゃんの技に近い技を実際に見せてみようと思ってる」

 

 吉野先輩はなんて事ないといった様に言うが、その発言は私に「自分はあかりちゃんと同じく、殺しの技が使える」と言っているような物だ。

 夾竹桃の時の話や、あかりちゃんの技の矯正の話を聞いた時に、もしかしたらそうかも知れないとは少し思ったが、今の吉野先輩の話はその想像を裏付けるに足るものだった。

 だが、吉野先輩がそんな簡単なミスをするとは思えない。これは吉野先輩に信頼されていると思っていいのか、それとも別の理由があるのだろうか・・・

 

「今日はその第1段階をクリアしたら、後はあかりちゃん本人に矯正のコツだけ教えて丸投げだな。自分で技の矯正や改造ができないと技が通じない相手が現れた時に不安が残るし・・・」

 

 それは尤な判断だ。技は基本的に形がある程度決まっている。その形さえ知っていれば対処法も考えやすくなるだろう。そんな相手が目の前に現れた時、最も重要になるのは応用性だろう。

 技を出すタイミング、技をどこに使うか、技でどのような効果を狙うか、技の形を崩しどのような形に再構成をするか、技を状況に合わせ形を変えた上でその技と同じ効果をどう発揮させるか、その全て学ぶというのなら吉野先輩のやり方は合理的だ。

 

「なら私が呼ばれた理由って・・・」

「そっ、あかりちゃんが自分の技の矯正中に俺が暇になるから、佐々木さんに俺の自主練に付き合って貰いつつ佐々木さんの剣術の上達を図るって感じかな・・・」

 

 まさかここまで考えていたとは思わなかった。基本的にふざけている態度を取っているが、時と場合によっては恐ろしい程に合理的な判断をする事がある。1つの行動やスケジュールに2つ以上の効果を生み出す様な事を平然とやってしまう。

 

「吉野先輩は何で私の上達を選んだんですか?」

「と言いますと?」

「私じゃなくても、ライカさんや麒麟さんの上達を図るって言う考えもあったんじゃないんですか?」

「あぁ、そういう事か・・・」

 

 吉野先輩は軽く溜息を付きつつ「かったるいなぁ・・・」と小声で呟きつつ頭を掻く。

 

「ライカは基本的に教えられる事がほぼ無い。むしろ俺のスタイルを教えるとライカのスタイルが大きく崩れるから教えない方が良い。麒麟ちゃんはまず前線に立つタイプじゃないからライカ以上に教えられる物がない。むしろ俺が教わる事になりそうだけど、それでも俺が教わって扱いきれそうな物が無さそうだったからあの2人には声を掛けなかった」

 

 そこまで言うと目線を逸らして一息付き続ける。

 

「それに比べると、佐々木さんのスタイルは俺と近い物があるし、教えられる事が結構ある。しかもまだ発展途上みたいだし君達の中で1番佐々木さんの伸びしろがあると思った。だから佐々木さん呼んだんだよ」

 

 吉野先輩は終始こちらを見ることなくそう告げる。その行動が恥ずかしさからなのだと思うと今まで先輩に対して抱いた事がなかった『可愛い』と言う感情を抱いてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43弾 矯正の初めはまず指導者から

 ~side 間宮あかり~

 

 吉野先輩との待ち合わせの時間が迫って来ていたので、急ぎ気味で駅まで行くと何故か吉野先輩と志乃ちゃんが仲良さげに話していた。

 吉野先輩は兎も角、志乃ちゃんはどことなく当たりが強いイメージを持っていたが、意外と仲の良さそうに話をしているのであたしの心配は杞憂だったみたいだ。

 

「よっす! おはよう。あかりちゃん!」

「おはようごいございます。あかりさん!」

 

 こちらに気付いた2人が呼びかけてくれるので、こちらも呼びかけに返す。

 

「おはようございます! 吉野先輩! 志乃ちゃん!」

 

 朝の挨拶を終わらせると、改めて2人を見て新鮮さを覚える。

 

「・・・・・・」

「ん? どうかした?」

「いや、なんか2人の私服を見るのって新鮮だなーって・・・」

「それを言うなら君達の私服なんて初めて見たぜ? 2人とも良く似合ってるよ!」

 

 吉野先輩に褒められ改めて今日のファッションを確認する。ベージュ柄のショートパンツに白いシャツ、上から水色のパーカーを羽織り、背中には水筒や運動着を入れたリュックサックを背負っており、志乃ちゃんの格好と比べるとラフ過ぎる格好だ。

 正直これで似合うと言われても微妙なとこだが、褒められているのだから良しとしよう。

 

「さて行こうか! 時間はいくらあっても足りないからな!」

 

 歩き出す吉野先輩を追いかけるように駅へと向かっていった。

 

 

 


 

 

 モノレールから電車に乗り換え十数分。江戸川駅から歩いて数分の某所をあたし達は歩いていた。

 

「吉野先輩。あたし達どこに向かってるんですか?」

「ん? 去年俺が依頼(クエスト)で知り合った人のとこ。去年まで危ない人達のたまり場になってたビルのオーナーで、俺が危ない人達を駆除をした時に、武術を嗜む人達を対象にしたレンタルスペースにすればって提案をしてさ。それでそのレンタルペースは武偵に割引が付くし、知り合いの所だからある程度の好きにやれるからな」

「その人って、危ない人じゃないんですよね?」

「もちろん! オーナー本人はいたって善良で優しい人だよ。寧ろそれが祟って付け込まれたって感じかな? だからこそ用心棒的意味合いを込めて武術経験者を対象にしたり武偵の割引を提案したんだけどな・・・」

 

 確かに、武偵は拝金主義な一面もあるが基本的に警察に近い組織でもある。基本的に自分に関係なければ動く事もあまりないが、公の場で露骨な事をすれば犯罪対策に設立された武偵と言う職種は黙っていない。それに、武術を嗜む人達は全てとは言わないが正義感の強い人達もいるだろう。そう考えると吉野先輩の提案は悪くない。武偵が出入りしやすい環境を作り、更に武術を嗜む人間を対象にする事で被害を最小限にし止められる人間を1人でも増やす合理的な案だ。

 

「さて、着いたぞここだ!」

 

 吉野先輩があるビルの前で足を止めるのであたし達も立ち止まる。

 

『レンタルスペース平岡』

 

 ビルの正面口に大きな看板が掛けられており、大きく名詞らしきものが書かれて居るのでおそらくそれがこのビルの名前なのだろう。

 吉野先輩がビルの中に入って行くのをあたし達も追いかける。ビルの中は意外にきれいで、フロントには観葉植物や自動販売機、休憩室の様なベンチや机が設置され、入り口の近くにはカウンターがあり、見るからに優しそうな50代前後の初老の男性が受付をしていた。

 

「お久しぶりです平岡さん」

「やぁ、お久しぶり吉野くん。そちらのお2人は吉野くんの彼女さんかな?」

「「なっ!?」」

 

 平岡さんと呼ばれた男性の発言にあたし達は驚きの声を上げる。志乃ちゃんの方を見ると驚きの表情で顔を赤くして固まっている。多分あたしの方も似たような表情をしているのだろう。

 

「俺にこんな可愛い女の子達は勿体ないですよ。こっちの2人は俺の後輩です。期待のルーキーなんで良かったら覚えておいてあげてください!」

「ほう、吉野くんが期待する程の武偵なのかい? それは忘れる訳にはいかないねぇ」

「はい。彼女たちは確実にいい武偵になりますよ。良かったら何かあった時に使ってやってください」

「何もない方が良いけどねぇ。何かあったよろしくお願いするね?」

「「はい!」」

 

 吉野先輩はあたし達を少し過剰なくらいに売り込む。

 先輩の言葉がどこまで本気なのか分からないが、少なからずそう思ってくれている事が嬉しかった。ここまで言ってくれる吉野先輩の期待にこたえたいと強く思う。

 吉野先輩によるあたし達の売り込みが終わり、本題の方へと話題が移る。

 

「お願いしていた物ってありますか?」

「あぁ、君達の部屋に運んであるよ」

「ありがとうございます! 部屋番号は・・・」

「5階の1番手前の右の部屋だよ。ここのシステム覚えているよね?」

「もちろん。何かあったらよろしくお願いします。じゃ行こうか」

 

 吉野先輩は軽くお辞儀してエレベーターの方に歩いていく。あたし達も先輩の後を追いエレベーターに向かう。エレベーターの中に入り数秒後5階で降り、指定された部屋へと入る。

 その部屋は16畳以上ありそうで、扉の近くには靴箱が設置され床にはジョイントマットが敷かれ天井からサンドバックが繋がれており、部屋の隅には竹刀やプロテクターなどが置かれていた。

 確かに特訓には丁度いい環境だ。

 

「さてさて、その様子じゃ運動着は持ってきてるんだろ? 俺は外で待ってるから着替えたら声を掛けてくれ」

 

 吉野先輩はそれだけを言い残すと部屋を出て行ってしまう。

 あたし達は持って来ていた運動着に着替える。パーカーを脱ぎシャツを脱ごうとしつつ、先ほどから気になっていた事をジャケットを脱ごうとする志乃ちゃんに問い掛ける。

 

「志乃ちゃんは吉野先輩が、あたし達の事をあんな風に思ってたなんて知ってた?」

「いえ、私も少なからず期待されているとは思っていましたが、あんなに期待されてるなんて思っていませんでした」

「吉野先輩の期待に応えられるくらい、強くなりたいね・・・」

「そう、ですね・・・」

 

 あたし達は自身の気持ちを確認し合うと、手早く運動着に着替えた。

 

 

 


 

 5分後

 ~side 吉野遙~

 

 部屋を出て暫く経った。俺はあの子達と違い運動着を持って来ていないので、ジャケットを脱いで腰に巻く程度でとどめておく。十全とは言わないが十分動く事ができる。普段から制服で戦闘をしているのだから、運動性能のそこまで高くない服でも一定水準の動きはできる。

 

「取り敢えずはこれで良いか・・・」

 

 軽く溜息を付くと、思考をクリアにしていく。思考を研磨し、余分を削り、雑念を払い、思考速度を催促にまで引き上げる。スポーツマンで言う所のゾーンに入った状態に近いだろう。

 

「吉野先輩! 着替えました!」

「はいはい、今すぐ行くよ!」

 

 あかりちゃんに呼ばれ部屋へ入ると、絶句させられた。

 

「えっ? なんで2人ともブルマ?」

 

 基本的に武偵校の体操着は定められておらず、中学の頃の体操着を持ち越しする事になる。2人が同じ中学だって話は聞いた事ないし、今日日ブルマを推奨するような学校なんてそうそうないだろう。それなのに2人ともブルマとはどういう事なのだろうか。

 俺そんなに凝った趣味だとでも思われているのだろうか? 

 ちなみに俺はブルマよりスパッツの方が好みだ。

 

「まぁ良いや・・・早速始めるか!」

 

 取り敢えず目の前に現れた疑問を全力で無視し、サンドバックの前まで移動すると軽く息を吐きあかりちゃん達の方に向き直る。

 

「今から実際に見てもらうのは、今日からあかりちゃんの目標である技の矯正を、俺の技で目に見える形で分かりやすくした技だ。よく観察して理解してほしい」

 

 それだけ言うと、サンドバックに向き直り左手を当てる。左足を大きく踏み込み、左腕の押し出しと同時に回転を威力として打ち出す。

 

 ドンッ!! 

 

 サンドバックは鈍い音をたて跳ね上がり、天井にぶつかって落ちてくる。かなりの勢いが付いていたのでぶつかるとこっちが吹っ飛ばされると判断し軽く避ける。

 

「これが矯正前の技である『全撃ち』。腸腰筋による筋肉の稼働によって体重分の威力と、踏み込みで実際に移動させる体重分を加えた、肉体の駆動で生まれる全ての威力を打ち込む技。そして──」

 

 サンドバックの揺れが収まったと同時に、もう1度左手をサンドバックに当て、腸腰筋を稼働させ回転を左手に伝え打ち出す。

 

 ドスッ!! 

 

 今度はサンドバックが重い打撃音をたて軽く跳ね上がり、小さく揺れながら落ちてくる。

 

「これが矯正後の『空撃ち』。踏み込みの体重移動を削って威力を『全撃ち』から半減させた技。技のコンセプトである攻撃と同時に間合いを取る。それをギリギリまで保たせた上で殺傷能力を省いた技。観察できた?」

「はい。けどこれって衝撃が強すぎて、非殺傷技としての矯正は旨くいってないんじゃ・・・」

「おっ! 良いところに気付いたね! 実はこの点が矯正してから気付いた肝なんだけどさ・・・」

 

 技の矯正中に偶然見付けた物で、寸勁などの技以外にも打撃技に応用できるかと思って突き詰めた技術だ。

 

「通常の打撃技は基本的に予備動作から出る速度と、肉体と対象のスペースで衝撃の強弱が生まれる。『全撃ち』は肉体と対象のスペースはほぼ無いけど、予備動作から生まれる速度を3つ程重ねる事によって衝撃を生んでいる。それに対し『空撃ち』は予備動作から生まれる速度は1つにする事で衝撃を大幅に減らし威力だけを出す技──」

「「?」」

「って言っても威力と衝撃はかなり近い物だからわかりにくいよな・・・」

 

 説明して見るが自分でもわかりづらくなって来たので、実演を交えて説明する方向に切り替える。

 

「『全撃ち』は簡単に言うなら、動きを特殊にした強めの掌底。もっと言うなら強めにぶん殴ってるだけだ」

 

 サンドバックを左手で思い切り殴ると、ドスッ! っと音をたて少し跳ねて小さく揺れる。

 

「それに対し『空撃ち』は踏み込みの体重移動と腕の押し出しによる加速を削るから、衝撃がかなり少なくなって純粋に押し出す力を底上げしているだけだから極端な話、発泡スチロールを叩き折る威力すらない。例えるなら・・・」

 

 今度はサンドバックに左手を当てると、少し強めに押す。サンドバックは、吊るしている鎖を軋ませながら大きく揺れる。

 

「『空撃ち』は押し出す力を早くする事で吹っ飛ばしているから大した衝撃は無いんだ。この技を使って失神する人間は肉体の接触の時の衝撃と、吹っ飛ばされた時の地面や床への接地の際の衝撃による脳震盪が基本だよ。殺傷能力も皆無だから矯正としては成功だよ」

 

 揺れているサンドバックを左手で受け止めると、軽く息を吐きあかりちゃん達の方に向き直る。

 

「取り敢えず、ここでは銃はどうにもならないから素手による近距離、中距離の技を矯正する。今日は君の鷹捲(たかまくり)を分析してから鳶穿の再矯正の案を最低3つ出してもらう。ただその前に・・・」

 

 今度は右手でサンドバックに触れる。

 

鷹捲(たかまくり)と言う振動技に対して、矯正を手伝うのにそれなりの能力がある事を見せておこうと思う」

「見せるって何を?」

「何ってそりゃ、振動技?」

「吉野先輩。振動技を使えるんですか!?」

「もちろん! 伊達に『技保有者(スキルホルダー) 連射(ブレェィズ)』なんて呼ばれてないよ!」

「『連射(ブレェィズ)』?」

「吉野先輩があの『連射(ブレェィズ)』なんですか!?」

 

 予想外な事に佐々木さんが俺の異名に食いつき、あかりちゃんは良く分からないと言った様子で首を傾げている。まぁあかりちゃんに関しては技保有者(スキルホルダー)自体知らないのかもしれないが・・・

 

「あれ? 俺言って無かったけか?」

「志乃ちゃん。『連射(ブレェィズ)』って何なの?」

技保有者(スキルホルダー)は技とその系統の物を極めた者に与えられる異名であり、『連射(ブレェィズ)』はその中でも特に異質な物です」

「『連射(ブレェィズ)』とは、技を何1つとして極める事が出来なかった者がたどり着いた、凡人の行き着く先の1つだ。ありとあらゆる技を己の物へ昇華させ、合成し銃弾の様に連続的に繰り出し使い捨てる。そんなスタイルを突き詰めた者に与えられる異名だ」

 

 本来の技保有者(スキルホルダー)は技とその系統の物を極めた者に与えられる異名であり、その後ろにその技や本人のスタイルにふさわしい名前が付けられる。それに対し俺は何も極めず、他の技保有者(スキルホルダー)に相対する程にそのスタイルを確立し続けた。技の1つではなく、技と言うくくりに理解を深め続けようとしたもの。それが佐々木さんが言う異質な物の正体だ。

 

「そんな異名を持ってるからには当然、振動技もちゃんと使えるよ! こんな風に・・・」

 

 ビシッ!! 

 

 右手で触れたサンドバックからそんな鋭い音が鳴ったと同時に、サンドバックの表面が弾け、ジョイントマットの上に砂がぶちまけられる。

 数年ぶりに振動技を使ったが、精度その物は落ちて無さそうだ。

 

「取り敢えずは片付けと替えのサンドバックだな。ちょっと取って来る」

 

 俺はそれだけ言い残すと部屋を出た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44弾 その日あかりちゃんは俺の中で萌えキャラだと確定した

 振動技を見せてから数分後、粉々にしたサンドバックの後処理をしてから新しいサンドバックを吊るし終わり、少し休憩を挟んでいた。

 

「サンドバックをあんなにしちゃって良かったんですか?」

 

 あかりちゃんが不安げに聞いてくる。

 まぁレンタルスペースの備品を破壊すりゃ不安にもなるか・・・

 

「このレンタルスペースは基本武偵仕様だからサンドバックの破損も視野に入れた経営形態なんだ。料金の支払の時に破損した備品の分の請求し、破損しそうな備品は多めに仕入れてるから、サンドバックとかの破損にも融通が利くんだよ」

 

 どうせ武偵に扱わせたら色々とぶっ壊されて終わりだと思ったので適当に言ったが本当に採用されるとは思わなかった。

 まぁ、そのやり取りでやりたいようにやれる用になったのだから何も言えないんだが・・・

 

「取り敢えずそろそろ鷹捲(たかまくり)の分析に入ろうか!」

「はい!」

 

 佐々木さんの近くまで下がると、あかりちゃんにサンドバックの前まで行かせ指示を出す。

 

「よし! じゃ、成功するまでサンドバックに鷹捲(たかまくり)を打ってみて。データはこっちで取るから」

「はい!」

 

 あかりちゃんは元気に返事をすると、1度目の鷹捲(たかまくり)を放つために構えを取る。

 助走をつけ、矢の様にサンドバックへ飛ぶ。全身の捻りを紐解き回転を増幅させ鷹捲(たかまくり)特有のライトブルーの閃光を放つも、夾竹桃戦の時に見た鷹捲(たかまくり)と比べるとその閃光は弱々しい。

 あかりちゃんの指先がサンドバックに触れるも、サンドバックが破壊される事も無く──

 

「ハブッ!!」

 

 あかりちゃんはサンドバックに顔面から突っ込み床に落ちる。

 これは痛そうだ・・・

 

 立ち上がったあかりちゃんは、健気にも未だ悠然と佇むサンドバックへと2発目の鷹捲(たかまくり)の構えを取る。

 ただただ、サンドバックに技を打とうとしている後輩を見ているだけなのに、ちょっとした感動を覚え涙が出てきそうになるのを堪える。

 そして、2発目の鷹捲(たかまくり)を打つが先程とそこまで変わらず弱々しい閃光を放ちサンドバックに触れ──

 

「きゃう!」

 

 そのまま床に落ちるあかりちゃん。

 なんて言うかもう可愛いなこの生物は・・・

 

 未だに大きく揺れる気配のないサンドバックがどことなく可哀そうに思えてくるが、あかりちゃんはそんなサンドバックに3発目の鷹捲(たかまくり)の構えを取る。

 そして3発目、今までの2発とは違い強い閃光を放ちつつサンドバックに触れ──

 

 バチィィイイィィイィィッ!! 

 

 静電気の何倍もの電気が弾ける音が響く。その音と共にサンドバックが触れた個所を中心に崩壊していく。

 鷹捲(たかまくり)の弱点と言えそうな点は、振動伝達速度と予備動作のデカさか・・・

 

「取り敢えずフォームのデータは取れたから、後は直接受けて体感して見るか! 百聞は一見に如かずって言うし・・・」

「え!? で、でもそんな事したら吉野先輩が・・・」

「大丈夫大丈夫! 対応策は3通りは考えてるからいざとなったら全部試すよ。技に精通しているって事は技の外し方にも精通しているって事になるし、殺されない方法にも精通しているって事にもなるんだぜ!」

 

 俺は適当なところで両手を大の字にして体を晒す様に立つ。間違いなく今から振動技を受けようとする人間の取る態度ではない様な気がするが、まぁ良しとしよう。

 

「さて、いつでも良いよ! 打ち込んできな!」

 

 笑みを浮かべ、若干煽る様にあかりちゃんに言い放つ。あかりちゃんは不安そうな表情を残しつつも鷹捲(たかまくり)の構えを取る。

 さすがに振動技は舐めては掛かれないので、こちらも少し息を吐き本気で集中する。

 

 振動技の対処法はいくつかある。

 

 1つは肉体を自分以外の物体と密着させ振動数を分散させる方法。これは1番振動技の対処法として知られている方法だろう。利点としては確実肉体に入る振動数を減らせる、次の行動へ移りやすい等がある。

 欠点としては、物体の硬度、大きさによっては十分に振動数を分散できない、状況によっては物体に接触できずこの方法を実践できない等がある。

 

 1つは振動技で相手の振動を相殺する方法。これは考え方的にはアニメやゲームでの技の相殺と原理的には変わらない。利点としてはどのような状況でも技さえ打てれば対処ができ、こちらの振動数が相手の振動数を上回っていれば、そのまま残りの振動数を攻撃として与えられる等がある。欠点としては技によっては使用回数がある物もあるので、そのような技を使う場合は状況を考えなければならない、技の系統的に相性が悪ければ使えない(例えば俺の肉体駆動による振動技と、あかりちゃんの電磁パルスによる振動技など)等がある。

 

 1つは自分の肉体を相手の振動と同調させることによって振動を逃がす方法。これは言い換えるなら振動を誘導していると言っても良い。利点としては先ほど挙げたように技を使わなくていいので使用回数の制限がない、同調させているので系統的な相性も無視できる等がある。欠点としては理論的にできたとしても、現実的には基本ほぼ不可能である等がある。

 

 技を体感する為なのだから避けるのも、技を崩すのも駄目だ。つまりこの3つの内のどれかを絶対に選択しなければならない。

 さて、どのやり方を取った物か・・・

 

「行きます!」

「よし来い!」

 

 俺の言葉と同時に、あかりちゃんは体の捻りを紐解きこちらに飛んでくる。だが、あかりちゃんの放つ閃光はまた弱々しい物へと戻っていた。

 俺は鷹捲(たかまくり)失敗と判断し俺の懐に飛び込んでくるあかりちゃんを受け止める。

 

「とっ、大丈夫?」

「は、はい! すいません・・・」

「良いよ別に。さっ、もう1回やろ!」

 

 あかりちゃんは顔を少し赤くしつつ、俺の腕の中から離れ再び構えを取る。そしてあかりちゃんは再度俺の懐に飛び込んでくる。先程とは違い強い閃光を放ちながら。

 

 成功だな・・・

 俺はそう確信すると強く後ろに飛ぶ。だが、これではただ避けてしまうだけになってしまう。故に俺は、あかりちゃんの突き出された右手を合唱するように()()()()()()()、あかりちゃんの()()()()()()()()()()()()全身を捻る。

 全身の皮膚がピリピリと痛みが走り、体の軸を中心に今まで回転技を使い感じてきた速度で体を補強されたの様な感覚を感じる。それも今まで感じた事も無いような強さだ。

 鷹捲(たかまくり)に触れた事で電磁パルスの動きも、今までに感じた事も無いほどに感じられる。これに関して初めての経験だ。

 

 成程、これなら鷹捲(たかまくり)もできそうだ・・・

 

 体が落下しだし、体中に駆け回る振動をどこかに逃がさなければならないが、空中で触れられそうな物もない。俺は足を大きく開きジョイントマットに触れる。

 その瞬間──

 

 バチィィイイィィイィィッ!! 

 

 鷹捲(たかまくり)の閃光は、あかりちゃんの体から俺の体を通しジョイントマットに歪な円を描く様に走り、俺の着地点から半径5メートル程の広さのジョイントマットが崩壊していく。

 

「ッ、はっ・・・」

 

 緊張故に止まっていた呼吸を再開させつつ、あかりちゃんを床に着地させ、あかりちゃんの両手を放す。あかりちゃんは初めての経験だったからだろうか、目を白黒させて困惑したような表情だ。

 

「吉野先輩、今のって・・・」

「君の鷹捲(たかまくり)を俺の体に同調させ受け流した。成功率はそこまで高くなかったけど、技の体感の為には1番いいと思ったけど、旨い事行ったな・・・」

 

 俺が選んだ方法は相手の技に同調し受け流すと言う1番難易度の高い方法だった。まず、なぜこの方法がほぼ不可能な程に難易度が高いのは、技の系統とが不明な場合が大半であり対処が出来ないのと、わずかでも振動数にズレが生じた時に同調が失敗するからだ。

 なら、なぜ今回その方法を使ったかと言うと、鷹捲(たかまくり)に対しては確実に成功すると確信してたからだ。鷹捲(たかまくり)は基本的に回転によって電磁パルスを安定、強化し振動として打ち出す。これによって分かる通りこの技の要は回転だ。ならその回転に同調してしまえば体の動かし方から電磁パルスの動きまで逆の形で知ることが出来る。あとは振動を適当な場所に散らせば問題無く技を受け流せる。

 これは相手の技が鷹捲(たかまくり)だったからこその方法だ。俺が使うような肉体の一部を駆動により細かく振動させるような技には通用しない、鷹捲(たかまくり)の為だけの回避方法だ。

 

鷹捲(たかまくり)に必要そうな情報は大体集まった。詳しい事はまた後日って事で・・・今日の残りは鳶穿の矯正案を出して貰おうか!」

「矯正案、ですか?」

「そっ! あくまで矯正するのはあかりちゃんだからね、俺は出題者であって回答者じゃないからな。ヒントは与えても答えを出すのは君の仕事だよ。最低でも2つの案を今日中に出してもらう」

「2つ・・・」

「まっ、鳶穿は効果の割に動作そのものは単純だから応用も効くし、技のメリットも目に見えてるから俺の知っている中でだけどかなり簡単だと思う。実際俺は軽く考えただけで5つ思いついたし、実際にやれば4つ程はすぐに実行できるよ」

「5つもあるんですか!?」

「教えられないけどな。コツは技のメリットを伸ばすか、技のデメリットは削るかだ」

 

 簡単な例として正拳突きで考えれば分かりやすいだろう。正拳突きのメリットは拳を回転させることによってより高威力を打ち出せる事だ。このメリットを伸ばすなら回転速度や回転数を増やして威力を上げればいい。

 正拳突きのデメリットは軌道の読みやすさと打ち終わりの隙だ。このデメリットを削るなら打ち込むと同時に予め拳を引く事を意識しておいたり、アッパーやフックと言ったパンチに回転を加える事によって通常のパンチに正拳突きの威力を加え軌道を絞らないなどの方法がある。

 

「その為にも技の特徴を1から考えて挑戦して!」

「はい!」

 

 俺はあかりちゃん元気な返事を確認すると、辺りを見渡し溜息を付く。

 

「その前に後始末かな・・・サンドバックにマットまで吹っ飛ばしちまったからな・・・」

 

 前髪を軽く掻き上げ再び部屋を出た。

 

 

 


 

 

「さて・・・これでやっと矯正に1歩近づいたな・・・」

 

 あかりちゃんと俺で好き勝手に吹っ飛ばしたマットとサンドバックの後始末を終わらせ、新しいマットとサンドバックに変え、あかりちゃんは矯正案出しに移り、サンドバックの前で俺が持ってきていたノートとペンで技の要素や矯正案を書き出している。

 近接戦闘は得意でも筋力は平均の俺は、新しいサンドバックを運ぶだけで体力を使い、休憩していたがいい加減回復もしてきたので、こちらも次の予定に移る。

 

「あかりちゃんが案を出し切るまでこっちも特訓に移ろうか! 平岡さんに頼んでた通り小太刀竹刀もあるし、前回と同じ先に音を上げさせるか、最後まで立っていた方が勝ちで本気でバトるって事でいいかな?」

「はい。でも大丈夫なんですか? 休憩を入れてるとはいえサンドバックを2つも運んだ後なんですよ?」

「余裕だよ! 佐々木さんは優しいなぁ。これから戦う相手を心配してくれるなんて・・・」

 

 思わず頬が緩んでしまう。やっぱりこの子達は良くも悪くも純粋だ。それはこの子達の長所でもあり、短所でもある。今回はそこも含めて指導してあげよう。

 

「それとも君にとってSランクは、それ程までに低い壁か?」

 

 少し威圧的に問い掛けると、心配の色が強かった佐々木さんの瞳に闘志が宿る。

 

 そう、それで良い。敵を前にして余計な事を考えなくていい。敵の動きを捕らえ、無駄な思考を省き、合理的に考え行動する。それができて初めて人の心配や手加減ができる。

 

 俺は部屋の隅に纏めて置かれている道具の中なら竹刀を取り、佐々木さんの方へ投げ渡すと小太刀竹刀を拾い上げ肩に担ぐ。

 

「さてさて、佐々木さんは俺には見せた事のない技とかあるんだろ? それも思い切り使ってきな。さすがにSランクや『技保有者(スキルホルダー) 連射(ブレェィズ)』なんて卑怯臭い肩書や技は使わないけど、吉野遙個人として本気で行くよ」

 

 俺は宣言する。それは俺が武偵として身に付けた全ての技を一切使わずに戦うと言う意味に他ならない。俺が武偵として活動し続けた4年間の経験を一切行使しないと言う事だ。実際にそれをするのは難しいがそれをするだけの価値はある。

 

「来な! 本気の遊びって物を教えてやるぜ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45弾 後出しで過去話するなって? 悪いが俺は秘密が多い男なんだぜ?

 ~side 佐々木志乃~

 

 吉野先輩はどこか楽しそうな表情を浮かべ、担ぎ上げた小太刀竹刀で軽く左肩を叩いている。

 以前あかりちゃんが気絶したとは思えない程に吉野先輩からは殺気を感じない。それなのに、もの凄いプレッシャーを感じる。

 Sランクや『技保有者(スキルホルダー) 連射(ブレェィズ)』としての実力は一切出さないという事だったが、それでも強いと言うのが分かってしまう。

 

「良いのか? わざわざ先手を譲ったのにその利点を活かさなくて」

 

 吉野先輩は楽しそうな表情を崩さずに、左手に握った小太刀竹刀を左肩から正面へと移動させ構える。

 構えると言う事は、この距離からいつでも攻撃できるという事だ。それでも攻撃してこないのは、先輩としての配慮なのか、それとも強者としての余裕なのか・・・

 どちらにしても先手の利点を活かさない手は無い。

 私は体を捻り、それと連動させるように竹刀をスライドさせる。体を右前に傾け、右手に握った竹刀を下方左腰より背後で構える。

 

「へぇー・・・」

 

 感心したような声を上げる吉野先輩は笑みを消し、正面に構えた小太刀竹刀を逆手に握り直し左腰裏へ移動させ、右手は顔の前で構える。

 その形はまるで──

 

()()()

 

 形的に本来鞘に添えるはずの手で逆手に小太刀竹刀の柄を握り、右手は意味あり気に顔の前で構えている。一体どういう技なのか、そもそもこれは抜刀術なのか分からない。

 本来なら受けに回って技の正体を見極めたいが、ただ技保有者(スキルホルダー) 連射(ブレェィズ)の実力は使わないとは言っても、他人の技を観て習得し続けそう呼ばれるようになった本人を相手に、攻めでも守りでも技を出し過ぎるのは得策ではない。

 

 そう、私が持ち得る技の中で最速の一撃で勝負を決める! 

 

 佐々木家に伝わる剣術『巌流(がんりゅう)

 祖先である佐々木小次郎が創始した剣術であり、門外不出とされた秘術の大系。現代剣道よりも先進的な技を私たち佐々木家は秘匿している。その数々の技の組み合わせの1つにして、今や伝説にもなっている秘剣・『燕返し(つばめがえし)

 元は敵の襲撃に即応する為、或いは間合いに入った敵を強襲するために編み出された居合斬りの剣速に注目し作られた、文字通り目にも止まらない斬撃技だ。

 これを行うには、まず居合の型を覚え、それを()()()で使う事が欠かせない。

 鞘無しで抜刀術を行う事によって、鞘から抜く際の摩擦係数を0にする事によって剣術における最速の剣を生み出す。

 それが大きな矛盾を孕みつつ、現在日本において確認されている全ての抜刀術を上回る技。それが秘剣・燕返し(つばめがえし)の正体だ。

 

(未だ窮めずの秘儀だけど、吉野先輩に唯一勝てるとしたらこれだけ・・・)

 

 吉野先輩の予想を超えるほどの速度と、初見である可能性に、これが最初で最後であると言う条件を踏まえてを放たなければいけない。

 深く息を吐き、呼吸を整える。そして──

 

「──ッ!!」

 

 瞬間的に重心を前に移動させる。それと同時に吉野先輩は顔が強張る。

 体重移動だけで反応するなんて、私達Aランク未満では気付いたところで反応するかどうかの様な物なのだから流石としか言えない。

 このまま燕返し(つばめがえし)を放ったとしても防がれるだろう。

 だが、ここまでは予想通り! 

 

 体重移動の勢いから、右足を地面とギリギリ設置しないように浮かしスライドさせ、吉野先輩が認識したであろう場所から踏み込み個所をずらす。

 そして──

 

「ッ!!」

 

 燕返し(つばめがえし)ッ!! 

 

 時速200kで飛ぶ燕さえ斬るその技を躊躇う事無く放つ。

 その瞬間、吉野先輩の顔に一瞬笑みが浮かんだ事に私は気付かなかった。

 

 

 


 

 

 ~side 吉野遙~

 

 佐々木さんが放つ竹刀による斬撃は恐るべき物だった。韋駄天を使わず素の状態だったとはいえ、その斬撃は並みのブレた竹刀ではなく、最早幅の短い扇状の板にしか見えない程だった。

 繋げるため、牽制のために小太刀竹刀を振ったところで迎撃できない。

 なら──

 

吉野一統流(よしのいっとうりゅう) 引き(ひき)ッ!!)

 

 普通の迎撃では間に合わない。そう悟ったと同時に動きだす。

 右肘を大きく右腰の方へ引くと、それと連動させる様に左肘を左の方へ肘打ちを入れる要領で押し込む。

 

 バシッ!! 

 

 佐々木さんの斬撃を上へ弾いた事により、佐々木さんの竹刀が俺の頭上を通り過ぎる。だが、俺は止まらず左手を右手まで移動させると、小太刀竹刀を右手で1度握り替え、もう1度左手で今度は普通に小太刀竹刀を握り直す。

 何故なら──

 

「ハッ!!」

 

 俺の予想は的中し佐々木さんの()()()()()()()()()()が来る。この2撃目を避ければ韋駄天を使わない限り間合いに入る事はできないだろう。つまり、これを捌けなければ確実に負ける。だが、これを凌げれば防御から反撃まで繋げられる。

 俺は一瞬の思考の後、次の行動を決めた。

 

 佐々木さんの切り返しによる2撃目の対処に動き出す。

 左肘を大きく後ろに肘打ちの要領で打ち出す様に、握った小太刀竹刀の柄の方を引き、先程と同じ様に佐々木さんの竹刀が頭上を通り過ぎるように打ち上げる。

 

「──ッ!?」

 

 2撃目を対処されるとは思っていなかったのか、佐々木さんは息を呑みつつ後ろに退こうとする。だが、こちらに踏み込んできていた為、ただ退くにしてもそれほど簡単な事ではない。何故なら、半歩踏み込んだ状態の佐々木さんが1歩退いたところで、俺が半歩進むだけで現状の距離感を維持できてしまうからだ。

 そこの利点を俺が逃す訳もない。

 俺は退こうとする佐々木さんを追いかける様に1歩踏み出す。大きく引いた小太刀竹刀は俺の体中の筋肉をバネとして打ち出す。 

 この技の真骨頂である、小回りの速さと次の手の行動とリンクする動きで締めくくれる事を、遺憾なく発揮した『先手必勝』ならぬ『後手必勝』の1撃。

 全身のバネを利用し佐々木季さんの方に突き入れる。

 そんな1撃を持って俺は佐々木さんの胸骨の若干上の方を少しだけ押した。

 

「キャ!?」

 

 佐々木さんは退こうとしていたタイミングで押されたからか、バランスを崩し尻もちを着いてしまう。

 その光景を見て俺は気を緩め、佐々木さんに右手を差し出す。

 

「大丈夫佐々木さん? 立てる?」

「はい。ありがとうございます」

 

 佐々木さんは俺の手を握ったので引き上げ起こすと、軽く目に入る場所で怪我はないか確認する。

 目に見える範囲で怪我はなさそうなので取り敢えず一安心といったところか・・・

 

 佐々木さんはどこか顔が赤いような気もするが、それ以上に腑に落ちないと言った表情だ

 

「どうして分かったんですか? 私の技が2連撃だって・・・」

「どうしてって、単発に見える技こそ連撃にするのは当然だ。それに、鞘無しの2連撃抜刀術は裏では結構有名だよ。九代目佐々木小次郎さん?」

「!?」

 

 佐々木さんは息を呑んで驚いているようだ。やはり知らないと思っていた本人に自分の肩書を言い当てられたのが衝撃だったのだろうか。

 

「『なんで分かった?』って顔してるからネタバラシするけど、佐々木さんと今日戦うまでに佐々木さんの実力を知るチャンスは3回あった。1回目はラクーングランドホテルの時、この時の戦闘で日本剣術を使う事は分かった。2回目は初めて佐々木さんの家に行った時、あの時に初めて戦って君の剣術における熟練度が分かった。正直君のそれは並みの強襲科(アサルト)の人間の能力を超えてるよ。3回目は4対4(カルテット)の時、この時に君の純粋な身体能力が分かった。剣術だけならあるいは才能や師に恵まれたと言えたかもしれないけど、身体能力や慣れはそうはいかない。強襲科(アサルト)以外の学科ならなおさら顕著にその結果は現れる。君の年で君の完成度まで行こうと思ったら普通に剣術やその師匠に出会うだけじゃそうはならない。となると家系的に剣術を収めていると考えた方が自然だ。佐々木性で剣術を収めている家系はそう多くは無い。そこから推察して佐々木小次郎の名前が出た。後は初代佐々木小次郎が生きてた年代から現代までを世代で考えると答えは出てくる」

 

 まぁ、あれだけサーベルや刀を振り回されると名前だけでもバレそうなものだが・・・

 そして彼女の正体が分かったのにはもう1つ理由がある。

 

「それと実は12年ほど前に8代目と、つまり君のお父さんと4歳の頃の佐々木さんに会ったことがあるんだ。それが大きな理由だよ」

「えっ!?」

 

 そう、俺が5歳の頃に1度、結婚前まで武偵だった親父の知り合いである佐々木さんのお父さんに会いに行くのに連れて行かれた覚えがある。

 親父の話では親父が緊急性の高い物や重要性の高い事件の犯人を捕まえ、佐々木さんのお父さんがその犯人が本当に事件の犯人なのかの真偽を確かめ起訴をすると言ったコンビの組方をしていたようで、割と揉める事の多い武偵と武装検事の関係性のわりに結構仲が良かったそうだ。

 その日は久しぶりに会って近況報告でもし合おうという事で、お互いの子供を連れ東京都内のとあるおしゃれなホテルのレストランで会った事があった。

 あの頃の佐々木さんは今で言うと美咲に少し似ており、佐々木さんのお父さんの後ろに隠れているイメージが強かったが、結構強引に佐々木さんの手を引いてホテル内を探検した覚えがある。

 

「でも、吉野先輩が初めて家に来た時に自己紹介をして・・・」

「うん。でも俺は一言も『初めまして』なんて言ってないだろ? 初対面みたいに自己紹介したのもお互いほぼ知らない状態に近かったし佐々木さんも俺のこと忘れてるみたいだったからさ、その証拠に俺が初めて佐々木さんの家に行った時に持って行った手土産のお菓子、親父のメモにあった君のお父さんのお気に入りのお菓子を持っていたんだけど・・・」

 

 佐々木さんはそう言われればと言った表情になるが、今まで気づいていなかったようだ。

 結構露骨に機嫌取りしてたつもりだったんだが・・・

 

「まぁ、お互い初めてのつもりの方が良かったんだよ。この年で俺の事を『お兄ちゃん』って呼ぶのも嫌だろうし、俺もこの年で後輩の女子を『志乃ちゃん』って呼ぶのも抵抗あったし・・・」

 

 軽くため息を着き佐々木さんの方を見ると、佐々木さんの顔がいまだかつてないほどに赤くなっている。やはり過去の覚えてすらいない出来事を語られるの恥ずかしかったのだろう。

 

「それにしても、まさか吉野の技を出させられるとは思わなかったよ。俺も修行不足だな・・・」

「あ、そういえさっきの技って・・・吉野先輩鞘無しの抜刀術が使えたんですか!?」

 

 佐々木さんは俺の言葉と先ほどの動きから連想したのがおそらく自分の抜刀術と同一の物だと考えたのだろう。

 だが・・・

 

「今ならともかくさっきまでの俺じゃ使えなかったよ。そもそもあれは技とは言ったけど剣術における抜刀術と同じような術の1種だし、もっと言えばあれは起源を辿れば剣術じゃないしな・・・」

 

 吉野一統流(よしのいっとうりゅう)とは吉野家に伝わる剣術であり、裏社会ですら名前が出る事は稀とされる程に秘匿されている様な物だ。

 特徴として、フィクションでの剣術で見る様な『一式(いちしき)』であったり『一ノ型(いちのかた)』と言うような数字による技の分け方はされず、基本である刀を一振りで抜いた状態で構えている時の技として『攻式(こうしき)』『守式(しゅしき)』と言ったカテゴライズに加え、納刀時からの『抜刀式(ばっとうしき)』や、刀を二刀構えている時の『二刀式(にとうしき)』等があり、ものによっては利用はできるが一切剣術は関係しなさそうな物まである。

『引き』とはその様なカテゴリーにおいて特にマイナーとされる物であり、極めた者は皆無とまで言われた物だ。本来の名称は『引き式(ひきしき)』であり、名前の通り攻撃その物より攻撃後に得物を引く事に趣きを置いた式であり、鍛えた人間なら防御にすら利用する事ができる。

 もちろん他の式と同様に固有の技も存在し、得物を引く動作すら攻撃に変えたり、一つの攻撃を二重当てするなんて事もできる以外に便利な式だ。

 

 ちなみに吉野一統流(よしのいっとうりゅう)の歴史は600年ほど前らしく、その間に色々と裏世界で活動していたそうで、辿れば俺の血縁には遠山や風魔などの血も多少混じるらしい。

 

「取り敢えず分かったのは、佐々木さんの技は未完成だが身体能力や戦闘能力は申し分ない。状況判断も悪くは無いし、剣術と言う面だけ見れば俺よりも才能がある。ただ、君の剣は純粋すぎる。言うなら君は真っ白なキャンバスだ。綺麗ではあるが美しくは無い。故に君が剣術家として目指すべきは、実践的な剣の使い方。実践を想定した動きや戦闘法に加え、効果的なタイミングや動きを察知し技を出す練習を基本にした方がよさそうだな」

 

 指導方針を固めると、日が暮れ出すまでひたすらに佐々木さんと実戦形式で竹刀を打ち合った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46弾 悪いけど俺は人に優しくできる程の余裕は無いんだよ

 すっかりと日が暮れ町の人混みが増えて来た頃、割と早い段階で佐々木さんとの特訓は切り上げ、あかりちゃんに次回までの課題として『1日10回限界ギリギリまで息を止める』という比較的楽ではあるがそれなりにきつい物を言い渡した。

 これで簡単に肺活量や体力を手早く増強できるだろう。俺もランニングの際にしており、キンジ達にも勧めたがキンジ曰く『殺す気か! こんなの人間が軽くでする事じゃねぇ!!』だそうだ。

 そんな訳であかりちゃんには普通に息を止めるだけにとどめて置いた。

 

 その後、平岡さんにサンドバックやジョイントマットの修繕費に2万5千円ほど払い『レンタルスペース平岡』を後にした。

 そんな訳で俺達3人は帰宅する事になり、俺はこのあと目黒の方に野暮用があったので1番近いあかりちゃんから送って行き佐々木さんを家まで送る事にし、現在俺達は、電車に揺られながら帰路に付いていた。

 

「やれやれ、今日は意外と大変だな・・・あかりちゃんは予想内だったけど、佐々木さんがここまでだとは思ってなかったし、急に野暮用が入るし・・・」

 

 軽く溜息を付く。最近面倒事に巻き込まれ過ぎな気もするが、それでも平和的な案件なので良しとしよう。

 だが・・・

 

「すみません吉野先輩。ご迷惑をお掛けして・・・」

 

 佐々木さんから、らしくない反応が返ってくる。

 あれ? 君そんなキャラだっけ? 俺の記憶では君はもっと『行け行けゴーゴー!!』なキャラなんだけど!? 『押せ押せレッツゴー!!』なキャラなんですけど!? 今回の特訓に付いて来たのもそんな行け行け押せ押せな感じで俺に詰め寄ってきたからだよね!? そんな感じできてくんない!? 俺今みたいな佐々木さんがモロ好みなんすけど!? 

 

「後輩が何言ってんの? 何かを本気でしたいと思うなら迷惑なんて気にしない! 男の先輩には精々格好つけさせて迷惑かけとけばいいんだよ! 去年なんてこれの比じゃ無いくらい迷惑掛けられ捲ったしな・・・」

 

 実際に去年の後輩は面白い位どうでも良い様な面倒事を毎日毎日飽きもせずに持って来ていた。それはもう経験したことないような恋愛話ばかりで、やれ『今の彼女と分かれそうだから仲取り持って』だの『最近彼女の様子がおかしいからそれとなく聞いてみて』だの『最近彼女に気になる男ができたっぽいから先輩と同じ学年の奴らしいから探りを入れてほしい』だのと・・・

 1言だけこの件について言わせてほしい。

 

 F〇〇K!! 

 

 そんな奴に比べたら佐々木さんが掛けてくる迷惑なんて、迷惑なんて言えない様な可愛い物だ。それに自己中心的なだけではなく友人を心配する純粋な優しさもあるんだ。そんな子の手助けなら喜んで手を貸そう。

 

「そういえば吉野先輩。この次は何をするんですか?」

「この次か・・・取り敢えずは今日出した矯正案を実際に実践レベルでも使えるのかを試すのと、鷹捲(たかまくり)の完成と矯正だな。この特訓の最終目標は矯正した技を実戦形式で何の問題もなく使えるようになる事だ。その為に2日に分けて1つの技の矯正と、未完成の技を1つ完成させるって考えていてくれていいと思う」

 

 今回のような特訓が週に1度と考えれば、だいたい2週間に1つ技の矯正ができるかどうかと言うとこだろう。

 そもそも技と言うのは1週間や2週間ではなく、最低でも1月、長ければ数十年と掛けて極める様な物だ。人よりも技に適応する事に特化した俺でも、既存の技の理論に頼らず既存の技には無い効果が得られる技を作ろうとすれば最低でも1週間は必要だろう。

 あかりちゃん技の矯正や鷹捲(たかまくり)の完成予想がこれ程までに早いのは、俺と言う技に理がある者が身近に居たのと、あかりちゃんが大半の技を完成させ、鷹捲(たかまくり)も中途半端な形とは言え成功させる事ができる程に練習を重ねていたからだ。

 努力を欠かさないのは大前提だが、それでも運の良い子だ。

 

「ただし、この特訓の理由である人を殺さない為に技を作り替えるって趣旨から外れてたりしたらその分この特訓の終了が長引くからそのつもりで!」

 

 結構当たり前の事を言ってみるとあかりちゃんの表情が少し強張ったように見えたが、俺はそれを無視した。

 

 

 


 

 

 ~side 佐々木志乃~

 

 あかりちゃんのアパートの最寄り駅であかりちゃんと別れた後、そのまま吉野先輩と共に白金高輪駅で降り街を歩いていた。

 

「すみません。こんなところまで送ってもらって・・・」

 

 学園島の寮に住んでいるはずの吉野先輩は、なぜか学園島の最寄り駅を過ぎても電車を降りず、今でも私の隣を歩いている。吉野先輩になぜ一緒にいるのか聞くと送ってくれると言うので一応お礼をしておく。

 

「別に良いよ。俺も目黒の方に用事ができたし、それにレディーのエスコートは紳士の基本って言ったろ? 男って言うのは格好付けないと生きていけない生き物なんだ。だから助けると思って『すみません』じゃなくて『ありがとう』って言って格好付けさせておいてくれ!」

 

 吉野先輩はいつもの様に楽し気に笑う。本当に楽しそうに笑う吉野先輩を見ていると武偵に向いていないと強く思う。吉野先輩は武偵と言うには考え方が常識的すぎる。それなのに、時折行動や発言が一般常識から大きく外れ、何を考えているか分からなくなる時がある。

 

「吉野先輩。1つ聞いてもいいですか?」

「ハイハイなんでございましょう?」

 

 吉野先輩は私の問い掛けにおどけた様に、私の質問を促してくる。そんな吉野先輩の態度を含め、私が自覚している初めて会った日から気になっていたことを聞いてみる。

 

「私は傍から見れば失礼だって思われてもおかしくない態度を吉野先輩に取っています。吉野先輩に嫌われても当然だと思っています。それなのに何で吉野先輩は私をあかりちゃん達と接する時と同じ様に接してくれるんですか?」

 

 ずっと気になっていた。

 今でこそ吉野先輩の事を信用できるし尊敬もできる。だが、それはここ最近で吉野先輩が私達に示してくれたからであって、最初からそれ程に信頼していた訳ではない。むしろ、私の大好きなあかりちゃんに近づく悪い虫として敵対心を持っていた。

 それなのに吉野先輩は多少怖がって見せたり、困ったような表情を見せつつもあかりちゃん達と接する時の態度と変わらずに接してくれる。

 それは確かにありがたい事だが、私が吉野先輩の立場なら係わりを絶たないまでも態度が悪くなるのは間違いないだろう。

 

「これは俺が武偵として初めて対決した相手からの受け売りなんだけどさ・・・」

 

 吉野先輩は少し懐かしむように微笑むと話し出す。

 

「自分が相手を嫌っているからって相手が自分を嫌ってくれるとは限らないぜ。むしろ、その感情を向けているからこそ好意を持たれる事だってある」

「好意!?」

 

 吉野先輩の言葉に一瞬で顔が熱くなってしまう。

 こんな事を言うという事は吉野先輩は私に好意を持っているのだろうか? 

 それに吉野先輩の言っている意味も良く分らない。ふつうは自分の事を嫌う人間を好意的に捉える事は無いのが普通だろう。

 

「俺に対して正常に嫌悪感を持てるのはそれだけ正しい判断ができるからだ。その理由が教育からなのか、将又誰か大切な人を守りたいからなのかは分からないが、それを露骨な態度で見せてくるあの子は面白い、興味深いからもっとしっかりとした繋がりを持ってみたい。そう思う人間もいたりするんだよ」

 

 吉野先輩のその言葉は、まるで「自分は正常な人間じゃない」と言っているように聞こえる。

 今だけではなく稀に吉野先輩の言葉には自虐とも取れるような発言をする事がある。吉野先輩自身は喋る気は無いようだが、私達に何かを気づかせようと、もしくは私達に吉野先輩を遠ざけさせようとしているように感じる。

 吉野先輩は一体何を隠しているのだろう。

 その時──

 

「ん?」

 

 吉野先輩が何かに反応した。

 吉野先輩の視線の先を追うと、コンビニから出て来たばかりであろう速足でこちらに歩いて来る10歳ほどの少年の姿があった。

 一体何が吉野先輩の興味を引いたのか良く分らず私は首を傾げてしまうが、少年とすれ違う瞬間に吉野先輩が動く。

 

「ちょっと待ちな少年」

「!?」

 

 吉野先輩がすれ違う彼の腕を掴む。

 

「お前、取ってきた物を出しな」

「はぁ!? 何も取ってねーし! いい加減な事言うんじゃねーよ!!」

「ほう。ならポケットの中身見せろよ。問題ないだろ?」

 

 吉野先輩はかなりの確信をもって少年に言い切る。

 最近注意深く吉野先輩を見て気づいた事だが、吉野先輩は物事を言い切る事があまり無い。基本的に「多分」、「おそらく」と言った言葉を入れるし、言葉の最後に「~だと思う」と言った言葉を付ける。

 そんな吉野先輩が言い切るのだから何か確証があるのだろう。

 少年は観念したのか赤い長袖のシャツの袖口からおにぎりを取り出す。

 

「・・・・・・」

 

 居所の悪そうな表情の少年の光景を見て、吉野先輩の表情が一瞬怒りに染まる。

 だが吉野先輩の怒りは彼本人には向いていない。

 一体吉野先輩は何に、誰に怒っているのだろうか私には良く分らなかった。

 

「・・・付いて来な」

 

 吉野先輩が少年の腕を引きコンビニへと向かっていく。

 私は吉野先輩たちの後を追いコンビニへと向かった。

 

 

 


 

 数分後

 

 私達はコンビニを後にする。

 吉野先輩はあの後、少年をコンビニの店長の所まで連れて行った。

 私は少年を店長に引き渡すだけで終わると思っていたのに吉野先輩の行動は私の予想を大きく超えてきた。少年を引き渡すだけで良いはずなのに、吉野先輩は店長に少年が万引きした商品の代金を支払い少年と一緒に頭を下げて見せた。

 それだけに止まらず吉野先輩のSランク武偵と言う立場を存分に使い、1回無料で依頼を受けると言う普通の武偵では考えられない方法で少年の処遇をほぼ御咎め無しの状態にまでして見せた。

 

 やっぱり私には分からない。

 一体吉野先輩は何がしたいのだろう・・・

 

「さて少年。お前さんの名前聞かせて貰おうか?」

「・・・・・・翔悟」

「翔悟か・・・なら翔悟、家の人に連絡しな。説明は俺がする」

 

 吉野先輩は翔悟と名乗る少年に携帯を差し出す。

 彼は吉野先輩の言葉に一瞬反応する。

 

(いや、これは反応したと言うより・・・)

 

 一瞬表情が強ばり、身体が少し震えているように見える。

 これは親に自分のした事がバレるのが嫌だとかそう言う事では無いのだろう。

 吉野先輩もそれを察したのか頭を掻きながら溜め息を付く。

 

「かったるい・・・家の人じゃなくても良い。誰か信頼できる人に掛けな」

 

 吉野先輩にそう言われ、翔悟さんは誰かに電話を掛ける。

 翔悟さんの話を聞くにお母様に掛けているようで、しばらく話すと吉野先輩に携帯を返す。

 

「もしもし、翔悟君のお母様でしょうか?」

 

 少し吉野先輩らしくないしゃべり方で応対する。

 夾竹桃の時のような真剣な表情でも無く、何時もより真面目な態度と表情が意外だった。

 

「はい。息子さんが高校生に絡まれていたので其方まで送りたいのですが・・・」

 

 吉野先輩の発言や行動は過剰だと思う。

 今回の件で吉野先輩がそこまでの事をする必要があるとは思えない。

 私ならここまでの事はしないだろう。

 いや、ここまでする武偵は世界に何人いるだろう。

 

「ええ、今はそちらの近くに居るので10分ほどで其方に着くと思いますんで・・・はいでは・・・」

 

 吉野先輩はそれだけを言うと電話を切りこちらに向き直る。

 

「悪い佐々木さん少し付き合って貰っても良いか?」

「はい」

「そっか、じゃあ翔悟。お母さんに会いに行くぞ」

 

 翔悟さんは吉野先輩の言葉に頷くと、吉野先輩は翔悟さんの手を取り歩き出す。

 私も吉野先輩達を追いかける。

 

「変な事になったな・・・かったるい・・・」

「優しいんですね吉野先輩は」

「そんな事無いよ。こんなのはただの打算だ・・・」

 

 吉野先輩の顔は何時になく嫌そうな表情を浮かべている。

 この状況は吉野先輩にとって嫌な事なのだろうか? 

 ならば吉野先輩の言う打算とは何を指しているのだろう。

 やっぱり私じゃ吉野先輩の言葉も行動も理解できない。

 

「吉野先輩の言う打算ってどこからどこまでの事を言ってるんですか?」

 

 私の問い掛けに吉野先輩は大きく溜息を付くと、今までとは違うどこか寂しそうな表情で考える。

 一体吉野先輩は何を考えているのだろうか。いや、何を思っているのだろう。

 10秒ほど過ぎただろうか、吉野先輩は一言だけ答える。

 

「全てだよ。俺が生きて死ぬその瞬間まで全て」

 

 私にはその言葉がまるで迷子の少年の泣き声に聞こえた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47弾 武偵にとって鬼ごっこ何て日常の内

 ~side 佐々木志乃~

 

 私達はあれから吉野先輩に連れられ、駅から自宅とは逆の方向に10分ほど歩いた所に小さなビルに来ていた。

 そのビルには『坂井株式会社』と書かれた看板が掛けられている。

 

「かったるい・・・」

 

 吉野先輩はどこか気の抜けたような表情で呟くと、右手で1度顔をなでるように強く擦り顔を引き締めるとため息を付きビルの中に入って行く。

 私と翔悟さんも吉野先輩を追いかけてビルの中に入る。エントランスには受付と、その前にいくつかのロビーチェアが並んでおりエントランスの端の方に自動販売機が設置されており、右側の壁にはエレベーターがある。

 

「話を通してくるから少し待っててくれ」

 

 吉野先輩は夾竹桃の時ほどではないがそれなりに真剣な表情で受付に歩いていく。

 受付の人に何かを話すとすぐに戻って来る。

 それからしばらく待っていると、髪の毛をお団子にした事務服姿の上にこの時期には少し暑そうなセーターを着た女性がエレベーターから降りてくる。

 

「お母さん!!」

 

 翔吾さんはその女性の方へ駆け寄り、吉野先輩はその女性に会釈するので私も吉野先輩に倣い会釈する。

 

「息子がお世話になりました」

「いえ、自分達は大した事はしてないんで。ただ、1つお話良いですか?」

「ええ・・・」

「ごめん佐々木さん。翔悟君の事少し頼むよ」

「わかりました」

 

 吉野先輩は私に翔悟さんを任せると、翔悟さんのお母様と一緒に離れて行く。

 一体吉野先輩は翔悟さんのお母様とどの様な話をする積もりなのだろうか、吉野先輩が話さなければならない事が私には思いつかない。

 そこまで考えた所であることに気付く。

 

(私、最近吉野先輩の事ばかり考えてる?)

 

 最初はあかりちゃんの事を考えようとすると自然に顔が浮かんできて何とも言いようのない苛立ちを感じていたが、何時からかは分からないがその苛立ちすら感じなくなって来ている。

 私の吉野先輩に対する印象が変わってきている? 

 ただそれがどういう風に変わっているのかが分からない。

 私は吉野先輩とどういうあり方を望んでいるのだろう。

 その時──

 

「お姉ちゃんってあの兄ちゃんの事が好きなの?」

 

 翔悟さんの言葉に一瞬思考が止まった。

 ただ、創作物の様に鼓動が跳ねたり、顔が熱くなるような事は無い。

 純粋に思考が止まった。

 しばらくして、思考が動き出し先程まで考えていた事を口にする。

 

「分からないんです。初めて会った頃は嫌いだったはずなのに、今は多分嫌いだと思えないんです。好きか嫌いで言えば間違いなく好きなのにそれが先輩として好きなのか、1人の男性として好きなのか、それとも1人の武偵として好きなのか、1人の人間として好きなのか・・・」

 

 私の思いを口にすると同時にふとある事が思考の端に過る。

 吉野先輩は私の事をどう思ているのだろう。

 翔悟さんと会う前まで話していたように好意は抱いているらしいが、それがどういう意味の好意なのかは分からない。

 一体吉野先輩は私のどこに好意を抱いているのだろうか。

 そこまで考えたその時──

 

「お待たせ。なんか話してた?」

「いえ、もう話し終わったので・・・」

「そっか、よし翔悟ちょっと来い!」

 

 吉野先輩は少し屈み、手招きしつつ翔悟さんを呼ぶ。

 

「安心しな。お前のした事は黙ってやる。だからもう二度とするな。もし何かあったり、今回みたいな事をしなきゃいけないと思ったら遠慮無く掛けて来い」

 

 小声で翔悟さんに話すと吉野先輩は自分の名前と電話番号が書かれた紙を手渡す。

 

「なんでここまで・・・」

「別にお前の為じゃないよ、俺はちゃんと見返りを求めてる。だから、お前も精々俺を利用すればいい。俺も必要な時に使えるのならお前を利用する」

 

 吉野先輩の言葉に翔悟さんはしばらく考えると、力強く頷く。

 吉野先輩もその様子に納得がいったのか、翔悟さんの頭を軽く撫で立ち上がる。

 

「さて、そろそろ行こうか佐々木さん」

「そうですね」

 

 私達は会社を後にしようとしたその時、翔悟さんに呼び止められる。

 

「兄ちゃんはそのお姉ちゃんの事が好きなの?」

 

 その質問に吉野先輩の動きが止まる。

 そして数秒ほど考えた後笑みを浮かべる。

 

「あははははは!! 俺が佐々木さんの事が好きかだって?」

 

 吉野先輩は本当に愉快そうに笑っている。

 翔悟さんの質問に吉野先輩はなんて答えるのだろうと思うと心なしかドキドキしてくる。

 

「そんなの、大好きに決まってるだろ!? そうじゃないと一緒に居たりしないさ!」

 

 その発言に唖然とさせられる。

 翔悟さんの質問は恋愛感情的に好きなのかどうかと聞いているのだろう。だが、吉野先輩の答えは人としてなのか後輩としてなのか武偵としてなのかは分からないが、おそらく親愛や友愛であろう事は明らかだ。

 吉野先輩はここまで鈍い人なのだろうか・・・

 

「いや、そういう意味じゃなくて・・・」

「? ああ、恋愛的な意味で好きなのかって聞きたいのか? 正直な話、今は好きって思いにカテゴリーを付ける必要は無いと思ってる。仮に俺のこの好きって気持ちが恋愛的な物だったとしても、今のこの俺じゃ佐々木さんと結婚するどころか付き合う事すらできない。精々今の距離から眺めてるのが俺にできる精一杯だ。なら、無理にこの感情をカテゴライズせずにいた方が俺にとってダメージは少ないんだよ。恋愛に付き物の悩みにも悩まされなくていいし、もし佐々木さんに恋人ができたとしても少ないダメージで切り替えられる」

 

 別に私の事が好きだと言ってほしかったわけじゃない。

 でも、吉野先輩の考え方は保守的すぎる。私から言わせれば吉野先輩は学生時代において重要な青春と呼べる物を丸々否定しているように聞こえる。

 

「この考えは俺が怖がりの臆病者だからだ。だから、お前はこんな男になるなよ」

 

 吉野先輩はその言葉を残すと外へと向かって行き私もその後を追いかけた。

 

 

 


 

 

 ~side 吉野遙~

 

「まったく、いい気分が台無しだ・・・」

 

 むしゃくしゃする気持ちを前髪を強く掻き上げつつ溜息を付く。

 この様な気分は久しぶりだ。

 

「吉野先輩。もしかして、怒ってますか・・・?」

 

 佐々木さんは俺が少しイラついているのを察しているのか、おずおずと言った様子で聞いてくる。

 後輩に気を使わせているこの状況に嫌気がさしてくる。

 

「ごめん大人げ無かった。翔悟の母親が嫌いなタイプだったから少し機嫌が悪くなってた」

「嫌いなタイプ?」

 

 佐々木さんが不思議そうな表情を浮かべている。

 まぁ、翔悟の母親はよく言えば当たり障りのない、敵を作りにくいタイプだろう。

 

「佐々木さんは気付いた? 翔悟の様子」

「はい。父親のワードが出た瞬間動揺してましたね」

「それに前腕の骨の歪みに、万引きしたのも食料品。母親の時期が若干ズレたセーター。虐待の典型だろこんなの・・・」

 

 前腕の骨の歪みは日常的に暴力を受けており、骨が歪んだ状態でくっついていたと考えれば納得がいくし、食料品も普段から満足な食事を与えられていればあの年の子ならお菓子やジュースを取るだろう。

 母親のセーターも暴力の後を隠すためと考えれるし、母親のそんな状態に父親のワードが出たら動揺するあの状況を見たら父親にDVを受けていると思うのは自然だろう。

 

「佐々木さんはさぁ、こんな状況であの母親は何て言ったと思う?」

「えっ・・・?」

 

 行き成りの俺の問いに佐々木さんは困惑しているようだ。

 普通の母親なら出てこないだろうセリフが出てきたので分からないのは仕方ないだろう。

 

「『お酒を飲まなければいい人なんです』だってさ。馬鹿げてるよな本当に、本当に良い奴は自分に酒乱の毛があるのに気付けば酒を飲もうとすら思わないって言うのに・・・」

 

 本当にあの手の女は腹が立つ。

 人に依存して守るべき対象も定める事も出来ず、守るべき相手を常に危険に晒し続ける様なあの性格や態度が気に入らない。

 出会った当初のアリアも気に入らなかったが、あいつは傲慢さもあったが貴族特有の庶民や弱者を助けようと言う意思があった。

 だが、あの手の女にはその意志が薄い。自分が悪い、自分が我慢すればいいと思い込んで巻き込まれる人間を一切考えない。

 翔悟が今後平穏に良きれることを祈ろう。

 

「まぁ、やれることはやった。後はあの母親の決断と、翔悟の判断に任せるしかないしもう考えるだけ無駄だ」

「そうですね・・・」

 

 話を切り上げると、ため息を付きつつ張り詰めてた気を解す。

 最近シリアスになり過ぎてる。俺のキャラじゃないってのに・・・

 この環境は少し良くない。やはり武藤や理子のようなネタ要因と一緒の方が俺の精神衛生上良いのだろう。

 あぁ、ネタが欲しい・・・

 

「真面目に生きるのが辛い・・・もっと気楽に生きたい・・・」

「この際もっと真面目に生きて見たらどうですか?」

「前にアリアにも似た様な事を言われたよ。必要さを感じたらそうする」

 

 本当にかったるい・・・

 確かに真面目なのは苦手だが、そこまで不真面目でも無いだろうに何で皆俺の生き方を矯正したがるんだ・・・

 

「明日はとりあえず鷹捲(たかまくり)の解析に使うとして、この1週間で俺も鷹捲(たかまくり)を習得し改良案を出すか・・・意外とハードスケジュールだな・・・タダ働き(ロハ)にしては結構な重労働だ」

「吉野先輩はそれだけの事ができるんですか?」

「不可能じゃないと思う。だけどそれが1週間でできるかと言われれば微妙なラインだな。どうしても時間が十分だとは言えないし、練習するタイミングと場所を確保できるかはその時次第だしな・・・」

 

 そう、鷹捲(たかまくり)と言うのは電磁パルスがかかわって来る関係上、1週間で習得するには突貫工事すぎる。仮に1週間後に鷹捲(たかまくり)が習得できていたとしても使うのは怖すぎる。欲を言うなら2週間は練習したいものだ。

 

 そんな事を考えていると気付けば佐々木邸の門が見えて来ていた。

 

「さて、俺はこの辺で別れるよ。そろそろ行かないといけないし」

「はい。今日はありがとうございました!」

「これくらい大した事ないよ。じゃ、また学校で」

 

 佐々木さんと別れ少し早めに人混みに紛れるように歩いていく。

 これで1人に成れたので、やっと自由に行動ができる。

 

「まったく、本当にかったるい・・・」

 

 人混みに紛れつつ背後に意識を向ける。

 

(居るな。一体何者だ?)

 

 そう、俺は何者かに今朝から監視されている。

 あかりちゃんや佐々木さんが狙いかもと思ったが、別れても俺の方について来る。

 どんなに気付かれないよう意識を向けてもその主の顔を拝む事ができない。大きめの黒いパーカーのフードがその主の顔を隠し、輪郭は何となく分かってもその素顔が拝めない。

 

(狙いを確かめたかったが見せる気配が無い。そろそろ鬱陶しいし、撒くか)

 

 そう決めたと同時に俺は、ガードレールを飛び越え車道に向かって走り出す。

 車の通りが多く常人では渡りきる事も出来ないだろうが、韋駄天を使える俺なら車を避けつつ渡りきれる。

 多少は車にぶつかるもそのたびに受け身を取り、大したダメージも無く渡りきるとガードレールを飛び越え裏路地に入る。

 

(付いて来てる。かなりできる奴らしい。ならば!)

 

 路地裏の十字路を右に曲がると、大きく飛びあがり壁を蹴り、室外機の上に飛び乗ると更に大きく飛び、ウエストポーチから引き抜いたフックショットのフックを建物の屋上まで飛ばしワイヤーを巻き取り屋上に移動する。

 

「これで奴も諦めて──はくれない訳ね・・・」

 

 ダンダンダンッ!! 

 俺が昇ってきたルートを三角飛びで上って来る音が聞こえてくる。

 確かに三角飛びでなら壁を上る事も可能だろうし、やろうと思えば俺でもできるだろう。だが、尾行中にそれを実行できるとなれば相当の実力者だ。

 少なくとも、俺よりも強いと思って良いだろう。

 

「やれやれ、折れるまで付き合ってやるよ」

 

 その言葉を漏らすと、目黒方面へ走り出す。

 そうして、誰とも知れない鬼を相手にした鬼ごっこが幕を開けた。

 

 

 


 

 

 ~side 佐々木志乃~

 

 その日、夢を見た。

 いつの頃かは分からないが幼い頃の私がお父様に連れられて都内のホテルにお父様の友人に会いに行く夢だ。

 お父様の友人とホテルで集合するとお父様たちは挨拶を交わす。だが、私の目を引いたのはお父様の友人の隣にいた私と同じ年頃の男の子だ。引っ込み思案な私は同じ年頃の男の子と言う事でお父様の背後に隠れる。

 男の子は少し困った表情を浮かべ、1歩前に出ると私に向かった右手を差し出す。

 

「よろしく志乃ちゃん!」

 

 一見男の子が私の事を心配して仲良くしようとしてくれているように見えるだろう。

 だが、私の目から見ると男の子は何かに縋る様な怯えと救いを求める様な目をしていた。

 この時、私は目の前の男の子の手を拒否してはいけないと、私がこの子を助けてあげなくちゃいけないと子供ながらそんな使命感を抱いてしまった。

 だから──

 

「よろしくね、お兄ちゃん」

 

 少し躊躇いながらも、目の前の男の子の手を取った。

 男の子はその瞬間、驚いた様な目をしつつも嬉しそうな表情を浮かべた。

 私はその事実がどうしようもなく嬉しく、この子の手を取ってよかったと思ったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。