善逸が拾った女の子 (フ瑠ラン)
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1話

原作は持っていない為、殆どオリジナルストーリーで行こうと思います。鬼滅の刃初心者ですので口調などが可笑しければ報告よろしくお願いします


「早く木から降りて来んか!!」

「嫌だね!!て言うか無理だよ!!木から降りられない!降りようとして足滑らせて死ぬ!!仮に生き残ってても何かで死ぬ!!だって俺弱いんだもの!!」

 

 

汚い高音を発しながらギャーギャーと叫んでいるのは我妻(あがづま)善逸(ぜんいつ)。木の下で善逸の名を呼んでいる老人、元雷柱の桑島(くわじま)慈悟郎(じごろう)。善逸の師匠である。

 

慈悟郎は降りてくる素振りすら見せない善逸を見て深いため息をつく。何故ならこうなったら善逸は何がなんでも降りてこないからだ。善逸と慈悟郎は数年の付き合いだが、それくらいは分かった。

 

 

夜虂(よる)、善逸を降ろせ」

 

 

慈悟郎から名を呼ばれた少女、夜虂は縁側で読書を楽しんでいたが、慈悟郎から呼ばれ渋々本を閉じた。立ち上がると善逸が上ってきて降りない木の下に立ち、細長い腕を広げた。

 

 

「善逸、大丈夫。怖くないよ。だからおいで。落ちても私が受け止めてあげるから」

 

 

綺麗なソプラノの声で優しく、善逸に言った。善逸は目に涙を溜めて首を大きく横に振る。

 

 

「だ、ダメだよ!!夜虂危ないよ!!俺が落ちたら夜虂が下敷きになっちゃうもの!!夜虂は女の子なんだよ!!女の子は体を大事にしないとダメなんだ!!」

「…善逸が降りてくるまで、私はここを退かない」

 

 

夜虂と善逸は慈悟郎に会う前からの深い仲だ。お互いを信頼しあっている。だから善逸は知っていた。夜虂は芯の真っ直ぐとした、一度口に出したらそれは曲げたりしない子だって。

 

ホントは降りたくなかった。ここを降りたらまた慈悟郎に無理矢理厳しい修行をやらされる。その修行が終わったら死人が沢山出ていると言う噂の最終試験に行かなくてはならないではないか。そんなの嫌だ。死ぬ、絶対に死ぬ。だって俺、弱いんだもの。

 

善逸は慈悟郎の修行をやりたくないと昔から駄々を捏ねていた。慈悟郎の修行が厳しかったのもある。でも、何よりもこの修行を始めたら夜虂と離れなくてはいけなくなるかもしれないと本能的に悟ったからだ。

 

嫌がる善逸を見て、夜虂も修行をやり始めた。夜虂は善逸よりも才能があって善逸は壱ノ型しか使えないのに対して夜虂は拾ノ型まで使えるし、最近は雷の呼吸だけではなく、水や炎、風や岩の呼吸を使えるように独自に修行を始めた。

 

もう、何が何だか分からなかった。だって夜虂は善逸と違って女の子なのに善逸よりも遥か前を立っている。善逸は「死ぬ」や「怖い」「自分は物凄く弱い」と自分をかなり卑下する言葉を使うが自分の手の届く範囲は『護りたい』そう思える程にはカッコイイ性格をしていた。

 

なんやかんや言いながらも影で努力する善逸だがどうやっても善逸は夜虂に追いつけない。そんな悲しみと苛立ちが今日、こんな風に変に爆発していたのだ。

 

 

「善逸」

「な、なんだよぅ………」

 

「善逸は強くてカッコイイよ」

 

 

凛とした声で夜虂は言った。目は真剣だ。善逸が強くてカッコイイ事を疑っていない目。自分が今言ってることは全て正しい、そんな雰囲気が今、夜虂の周りにはあった。

 

本気のガチトーンでそんなことを言われると思っていなかった善逸は目が点になった。ついでに全身の力が抜けた。そして木から落ちた。

 

善逸が前から落ちれば夜虂とぶつかっていたのだが、残念(?)な事に後ろから落ちた為、夜虂とぶつかる事を逃れた。善逸はホッとするが直ぐに顔が赤くなる。

 

 

「も、もうやめてよね!!そんな恥ずかしいことをサラッと言うの!!こっちが恥ずかしくなるんだから!!」

 

「あーもうヤダヤダ。これだから男心を分かってない奴はダメなんだよ」

 

 

パシパシと尻についた砂を叩く善逸。善逸は夜虂と目を合わせようとしない。せめてもの抵抗だろうか。そんな善逸が可愛く見えた夜虂はクスッと笑った。

 

 

「あー!なんで笑うのさ!!」

 

 

この物語は鬼とバトルを繰り広げる物語ではあるが九割位は金髪少年と少女のラブストーリーである。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

「夜虂、ちょっとお使いに行ってきておくれ」

「…………」

「…善逸、夜虂を起こせ」

 

 

夜虂は基本、夜行性である。昔はそうでも無かったのだが、とある日を境によく昼間は昼寝をするようになった。しかも夜虂は一度寝ると中々起きないのでかなり手間がかかる。まあ、それも善逸がいなかったらの話だが。

 

 

「夜虂、起きなよ。爺さんが呼んでるよ」

 

 

スー、スーと寝息をたてて寝ていた夜虂だが、善逸が夜虂に喋りかけた瞬間目をカッ開き、起き上がる。これもいつものことである。

 

善逸と夜虂は深い仲で、善逸と慈悟郎が会う前から夜虂は善逸と共に行動をしていた。善逸曰く最初はお転婆娘だったらしいのだが、今はかなり大人しい子になっている。

 

慈悟郎が夜虂にお使いに言ってきて欲しいと言うと夜虂は顔を歪めた。善逸達の家から村までかなりの距離があるからだ。

 

それでも夜虂と善逸は慈悟郎にお世話になっている身。善逸がかなり我儘なので夜は基本的に顔を歪めるだけで断ったり等はしない。現に夜虂は頷くと袴から着物へと着替え始める。

 

 

「ちょっ、なんで目の前で着替えるの!?」

「?だってここには二人しか居ないし…慈悟郎さんがそんなことする筈がないって知ってる」

「ここには年頃の男がいるでしょ!!」

「何処に?」

 

 

滝のような涙を流す善逸。泣いている善逸になんて目もくれず夜虂は着物に着替え終えるとお金を持って家を出た。慈悟郎は家を出る時お見送りをする。

 

 

「行ってきます。慈悟郎さん」

「おう。気をつけて行ってくるんだぞ」

 

 

歩いて村に向かっていく夜虂の後ろ姿を見て慈悟郎は心配になる。

 

 

「そんなに夜虂が心配なら俺も夜虂と一緒に行かせれば良かったじゃん」

「バカを言え。夜虂も心配だが、儂としてはお前の修行の方が心配に決まっとるだろ。毎回毎回駄々を捏ねおって。少しは夜虂を見習わんか」

「年取ると小言が多くなるって噂はホントだったんだね。あーヤダヤダ」

 

 

ゴツンと鉄拳が落ちる音がした。勿論、鉄拳が落ちた先は善逸の頭である。善逸は悲鳴になってない声をあげると頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

 

「無駄話なんかしとる暇はないぞ!! さっさと走り込み行ってこい!」

「ひぃー! 鬼ぃぃい!鬼畜ぅぅう!!」

「追加するぞ」

 

 

更に善逸の悲鳴があがった。

善逸の顔色は真っ青だった。

 

 

▼▲▼▲▼

 

「いやあ、何時見ても別嬪さんだねえ」

 

 

ストレートな金髪、切り長の大きな漆黒の瞳、ふっくらとした紅い唇、日光を吸収することを忘れた白い肌、その肌を更に白く見させる桃色の着物。何処をどう見ても綺麗な女だった。

 

八百屋のおじさんは一通り夜虂を褒めるとおまけをしてくれた。

 

 

「いいんですか?」

「もう1人の金髪の兄ちゃんによろしく伝えてくれ」

 

 

もう1人の金髪とは10割善逸のだ事だろう。夜虂は頷くと八百屋のおじさんは夜虂の肩をつつきながら問うた。

 

 

「それで、上手くやってんのかい?金髪の兄ちゃんとはよ」

「上手くも何もいつも通り、普通ですけど?」

 

 

「マジかいそりゃ!?」八百屋のおじさんは驚いたように声をあげた。まるで夜虂の返答が可笑しかった様な驚きぶりである。

 

 

「(金髪の兄ちゃんはどー見ても金髪の嬢ちゃんを好いてると思うだがなあ)」

 

 

そうなのだ。善逸は夜虂と二人きりで出かける時、必ず周りを威嚇しながら歩く。夜虂には近づかせない、手ェ出してみろ殺すぞ、と。と言っても二人がよく来る村は若い人間が不足しており、基本60〜80の歳の人が多いため善逸を優しく見守っているのだが。

 

勿論、善逸は村の皆に見守られてるなんて知らないし、夜虂に至っては善逸が夜虂に好意を抱いている事すら知らない。

 

そんな善逸を少し可哀想だと思ったのか八百屋のおじさんは涙ぐむと夜虂の肩に手を置いて言った。

 

 

「金髪の兄ちゃんと末永く幸せに過ごすんだぞ」

「は、はあ……?」

 

 

夜虂は訳が分からなかった。しかし適当に頷いておく。世渡りの術である。

夜虂は八百屋のおじさんと別れると家から出てきたおばあちゃんに話しかけれた。

 

 

「夜虂ちゃん、古着だけど持っていくかい?」

「高畑のおばあちゃん…。いいんですか?」

「いいさいいさ。どうせ古着だし私はもう着ることもないからねえ」

 

 

高畑のおばあちゃんは昔、団子屋を営んでおり慈悟郎から少し多めに貰ったお金で善逸と共にお団子を買っていたりしていた。その時に知り合ったのだ。

 

歳が来たこともよって団子屋は悲しくも閉店してしまったが、こうやって時々村に下りてくると何かと世話をやいてくれる。優しいおばあちゃんなのだ。

 

 

「夜虂ちゃん、その着物しか持っていないんだろう? 沢山あるから持っていけるだけ持っていきな」

 

 

現在、夜虂が着ている黄色の向日葵の刺繍が入った着物で善逸が初めて夜虂に買ってくれた着物だ。夜虂はその着物以外を持っていないものもあるが、大切に大切に着ていた。夜虂の宝物だった。

 

夜虂は礼を言う。おばあちゃんがくれた着物はとても可愛らしい着物ばかりでホッコリした。

 

 

「そう言や、善ちゃんはどうしたんだい?」

 

 

善ちゃんとは言わずもがな善逸のことである。どうやらおばあちゃんの中では善逸と夜虂はセットのようだ。

 

 

「今、慈悟郎さんと地獄の修行してる」

 

 

夜虂がそう言った後、心做しか善逸の叫び声が聞こえたような気がする。おばあちゃんは笑うと「善ちゃんも頑張ってるんだねえ」と言った。

 

 

「うん、善逸は頑張ってるよ。沢山」

「ふふふ、夜虂ちゃんはきっといいお嫁さんになるよ」

「…誰の?」

 

 

夜虂がおばあちゃんに聞けばおばあちゃんはまた「ふふふ」と笑った。

 

 

「夜虂ちゃん、それを聞くのは野暮ってものさ」

「そうなの?」

「ああ」

 

 

おばあちゃん曰くそうらしい。この後少しおばあちゃんと世間話をした末、夜虂は慈悟郎達が待っている家へと戻った。

 

 

「夜虂ぅううう!! 大丈夫だった?誰かに何もされなかった? 触られなかった??」

 

「高畑のおばあちゃんに着物貰ったよ、慈悟郎さん」

「そうかそうか。それは良かったな」

 

「無視!?? ねえ、無視なの???」

 

「八百屋のおじさんがね、おまけしてくれた」

「ほお…。それは今度あった時礼を言わねばな。勿論、高畑さんもだが」

 

「………もういいもん。皆滅びちゃえばいいんだ…」

 

 

この後、滅茶苦茶善逸はいじけた。そりゃあ面倒臭い程には。



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第2話

「いーやーだー!!」

 

 

今日も今日とて飽きずに木に縋り付いているのは我妻善逸。もう慣れた日常である。しかし、今日は何がなんでも善逸を木から引っペ剥がさなくてはならない事情があった。

 

 

「誰が最終選別なんかに行くか!! 死ぬに決まってんじゃん!!馬鹿なの?馬鹿でしょ!?そうでしょ!! うわあーん、人殺しー!!!」

 

 

もうすぐ鬼殺隊最終選別が始まる。その為、善逸と夜虂はもうここを離れ藤襲山に向かわなくてはならない。なのに善逸がずっと愚図るため、未だに出発出来ないでいた。

 

最初は説得しようとしていた慈悟郎だったが何十分か経ってとうとう堪忍袋の緒が切れる。慈悟郎が思いきり木を揺さぶると気を抜いていた善逸は直ぐに落ちてくる。

 

それでも逃げようとする善逸の襟首を捕まえ両頬を往復ビンタする慈悟郎。ビンタは善逸の両頬が腫れるまで続いた。

 

これ以上ここに留まっていれば命の危機に値すると善逸は思ったのだろう。素早く荷物を持って纏めると夜虂の手を引いて走って行く。

 

 

「……行ってきます、慈悟郎さん」

「…ああ、必ず戻ってくるんだぞ。二人とも」

 

 

珍しく慈悟郎の優しい声を聞いて善逸は泣きそうになった。善逸は夜虂に笑われた。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

藤襲山に行くまでが凄く大変だった。善逸達がいる場所から藤襲山まで二つの山を越えて行かなくてはならない。

 

その一つ目の山を登っている時だった。ビクビクとしながらも歩いていた善逸の姿が急に消える。夜虂は首を傾げ、近くを探すと何時もの高音を出しながら叫んで川を流れている善逸を見つけた。どうやら善逸は足を滑らせ川に落ちたようだ。川の流れは早く、善逸は自力で戻れそうも無さそうだ。慌てて夜虂は善逸の後を追う。

 

 

「いぎゃあああああああ!!おぼ おぼぼぼぼ」

 

 

ぶくぶくと流されていく善逸を見て夜虂は桃太郎を思い出した。この場面で何故、桃太郎なのかは分からない。気がつけば流されている善逸の元に滝が迫ってきている。流石にあの善逸でも滝に落ちてしまえば一溜りも無いだろう。

 

しかし、どうやって善逸を助けるか。夜虂は空を飛ぶことなんて出来ないし、慌てているからか冷静じゃないからか、方法が浮かび上がって来ない。

 

しかしこのままでは善逸が――。

仕方ない。夜虂は決心し、川に飛び込んだ。川に飛び込んだ夜虂は善逸の腕を掴み、そして抱きしめた。二人は滝へと向かい、重力に逆らうことなく落ちていく――。

 

 

「ゴッホ、コホ」

 

 

滝から落ちてもギリギリ生きていた夜虂と善逸は川から上がり、咳き込んでいた。善逸は口から水を出しながら気絶している。変な所だけ器用だ、夜虂はそう思った。

 

 

「善逸、善逸」

 

 

善逸を揺さぶるが起きる気配は無い。息はしている。だから生きているのだが。夜虂は少し安堵し息を吐いた。ふと、善逸が気絶していることをいいとこに夜虂は善逸の顔をマジマジと眺め初める。

 

 

「(善逸は寝てたら幼さも残ってて、でもカッコイイのに。普段の態度が残念だから、気づかれないんだと思うけど)」

「(な、なになに!?急に顔近くない!?お、俺鼻息とか荒くなってないよね!? も、ももも、もうしかして人工呼吸とかされちゃうのかな!?き、キスとか出来ちゃう感じ!?)」

 

 

実は夜虂に揺さぶられた時目を覚ましていた善逸。だが狸寝入りをしてラッキースケベを狙おうとしていたのだ。しかし、そんなこと夜虂には通じなく。善逸の顔を眺めるのに飽きた夜虂は小さく呟いたのだ。

 

 

「起きないなら、慈悟郎さん直伝の往復ビンタを」

 

 

夜虂の呟きで一瞬にして目を覚ます善逸だった。

 

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

山を降りている時だった。ブーンと言う音に善逸が反応する。善逸は昔から皆よりも聴覚が優れており、それは夜虂も知っている事実だった。

 

 

「ね、ねぇ、夜虂…。なんかさ、音しない…?」

「私はしないけれど、善逸がするって言うならするんじゃないかな」

「だ、だよね?するよね!?こう、ブーンって、まるで蜂みたいな…は、蜂ぃいい!? 夜虂近くに蜂いるよ!!多分。きっと蜂がいる!!何か見えない!?」

 

 

善逸は夜虂の背中を叩き興奮した様子で言った。

善逸は人一倍“聴覚”に優れている。夜虂にもそれはあった。善逸の様に聴覚が優れている訳では無かったが、人一倍“視覚”に優れており、約十五キロメートル先にいる動物や虫、勿論人だって目視できる。本気を出せば、更にいけるらしい。

 

善逸が蜂がいると言うので、夜虂は辺りを見渡した。すると、善逸の言う通り本当に蜂は居たのだ。

 

善逸の後に。

 

 

「ぎぃやぁぁあああ!!」

 

 

 

蜂は一匹だけじゃなかった。十は軽く超える大軍が善逸の後ろにいて。逆にこれだけの数がいたと言うのに何故、気づかなかったのかが分からない。

 

蜂は一匹たりとも標的を変えることは無く、善逸を狙う。

善逸は蜂の大群に襲われた。

ただでさえ腫れていた頬が更に腫れた。

 

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

二つ目の山に向かう途中だった。綺麗な女性が居た。

 

 

「そこの綺麗な髪をしたお嬢さんとお兄さんや」

 

 

話しかけられ、歩く足を止める善逸と夜虂。夜虂は無視して歩こうとしていたのだが、それは流石にダメだと善逸が止めた。

 

善逸達に話しかけた女性は占い師をやっているらしい。善逸を見て「1つ占っていかないかな?」と聞いた。

「占ってくれるなら…」と善逸は女性に頼む。女性は笑って了承すると机の上に置かれていた水晶玉に手を翳した。

 

 

「お兄さん、これから貴方は大変な目に沢山遭うよ」

「え、ええ!!」

「こりゃ普通の人間だったら死んでるねぇ…」

 

 

善逸は「死」という単語に敏感である。元々小心者の性格のせいでもあるが、今、善逸達が向かっているのは生きて帰れるかわからない藤襲山である。「死」という言葉に更に敏感になっていた。

 

善逸は顔を真っ青にし、慌てる。

 

 

「死にたくないのなら、これを買っていきな」

 

 

女性がそう言って出したのは黄色のブレスレット。善逸は「それを持っていて死なないなら何個でも買うよ!!」と無駄に大量購入した。隣で夜虂が呆れているのにも最早気づいてはいない。

 

結果、善逸は一文無しとなってしまった。カモられたのだ。何度も夜虂は制止の声をかけたのに聞かなかった結末がこうである。なんとも情けない。

 

 

「ごめんよぉ…夜虂……」

「仕方ないよ」

 

 

これから先が不安になってくる夜虂だが、頭を横に振って不安を拭った。

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

二つ目の山に登っている時だった。町で優しいおばあちゃんに貰ったお米でおにぎりを作り、それを食べていた時。善逸が夜虂の作ったお握りを落としてしまった。それも運悪く、お握りを落とした場所はちょうど急な坂になっておりコロコロと転がっていく。善逸はお握りを捕まえるため駆けた。気がつけば善逸は夜虂とはぐれてしまった。

 

 

「ここ、何処……」

 

 

最初はギャーギャーと何時もの汚い高音で叫んでいたのだが、善逸の声に驚いて飛んでいく鳥が怖くて叫ぶことをやめてしまった。

 

因みに、転がっていたおにぎりは無事に捕まえ泥が着いたところは取って食べた。多少、ジャリジャリと砂の感触はしたものの、夜虂が丹精込めて作ってくれたものを吐き出すわけにもいかず、ちゃんと完食した。

 

もう、山の中は薄暗い。それが更に善逸を怯えさせるポイントである。ビクビクとしながらも一歩踏み出す。するとパキッと何かが折れる音がした。

 

 

「ひいぃいいい!!」

 

 

折れたのは細い木の棒で、ホッとすると同時に「紛らわしいよ!!」と木の棒に逆切れをする。端から見たら完全に怪しい人なのだが、現在地は山である。人目を気にする必要は無かった。

 

この後も、山にいる野生動物や小さい木の棒等に怯えながらも歩いていたら夜虂を見つけた。「夜虂ぅうう!!」と夜虂に駆け寄ろうとしたその時。

 

ブニュッとした何かを踏んだ。「…え?」と恐る恐る下を見てみると……。

 

巨大な大蛇が善逸を見ている。大蛇の胴体を善逸が見事に踏んでおり、善逸の顔色は臨界点に突破した。

 

夜虂が善逸を見つけ、山を降りようとした時、善逸は大蛇にぐるぐる巻きにされた。善逸は命の危機を感じた。最後はやっぱり夜虂に助けて貰った。

 

善逸は夜虂がカッコよくて可愛い女の子だと改めて感じた。そして自分の不甲斐なさに後悔した。

夜虂は今日の善逸は不幸に取り憑かれていると思った。正直あまり近づきたくないなと思った。

 

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

藤襲山に着くと夜虂の横で善逸は怯えていた。いつもの事なので夜虂は善逸を見て放置する。

 

 

「何で、夜虂はそんなにも平気な顔してられるのさ!?」

「…平気って何が?」

 

 

夜虂が善逸に聞けば善逸は顔を真っ青にして「この季節外れの藤だよ!!」と言った。一体どこが怖いというのだろうか。夜虂が首を傾げれば善逸は青い顔色のまま「羨ましいよ!!その据わった肝がね!!」とやけくそのように叫んだ。

 

そのあと、しばらくの沈黙が続く。そして、ふと夜虂が口を開けた。

 

 

「そう言えば、試験が始まったら私、善逸とは暫く行動しないから」

「何で!? …も、もうしかして俺の事嫌いになっちゃった!? やだよ、嫌いにならないでー!!!」

「別に嫌いじゃ無いよ。善逸のこと」

 

 

「じゃあなんで見捨てるんだよぉおお!!」と夜虂に縋り付く善逸。そんな善逸に目もくれることは無く、夜虂は歩く。

 

 

「だって、善逸は強いから。きっと善逸と居ると私は善逸に頼っちゃう。それじゃダメなんだよ。だってこれは試験で試練なんだから。自分の実力でどうにかしないと」

「よ、夜虂……」

 

 

ズビッと鼻を啜る善逸。そして叫んだ。

 

 

「違うよぉおお!! それは違うよ、夜虂ぅぅうう!! 俺は夜虂より弱いんだよ!? 今日何回助けて貰ったと思ってんの!? 夜虂が居ないと俺死んじゃうよ!? それでもいいの!? 見捨てちゃうの!? 俺を殺すつもりなの!?」

 

 

善逸の叫びに返すことは無い。ズルズルと善逸を引きずりながら夜虂は歩いた。

こうして、最終選別は始まる――。



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第3話

善逸の刀鍛冶が誰か分からないのでオリジナルキャラクターを作りました。また、出てくるかは分からない。


走って、走って、走る。

 

ただただひたすらに、後ろに振り返ること無く、ひたすら走った。時には木の根に足を引っ掛けて盛大に転けた時もあった。けれど、ひたすら走り続けた。

 

 

「いぃぃぃやぁぁぁああ!!」

 

 

金髪の少年、我妻善逸は鬼を一目見ると抜刀することはせず一目散に走り出しひたすら逃げていた。

 

 

「やだやだやだやだやだやだ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ。誰か助けて。お願いだから。見捨てないで、夜虂は何処!?」

 

 

ブツブツと唱え続ける善逸は一種の恐怖である。鬼を見ては逃げ、時には急に出てくるものだから気絶したりした。運悪く生き残ってしまう善逸だが、生き残るよりも自分が倒れている場所には必ず血溜まりが有るのだ。誰かが助けてくれたにしろ、もう少しやり方と言うものを考えて欲しいと思った(勘違い)。

 

夜はずっと鬼から逃げるため走り続け、朝になると朝日の当たる場所で蹲り「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」と独り言をブツブツと唱え続ける。

 

休もうにも今、善逸が居る場所は鬼の巣窟である。太陽が出ているとはいえ、気を抜けば直ぐ様殺されてしまう。善逸は1人で行動していたが為に碌に休む事は出来なかった。

 

何でここに夜虂が居ないの!?と逆ギレすることも多々あった。けれどその後すぐ、罪悪感に蝕まれ心配するのだ。

 

日頃は近くに居たからしなかった心配。怪我して無いかな、俺は傷だらけ、とか、ちゃんとご飯食べてるのかな、俺は食べてない、とか色々と考えてしまう。

 

夜虂は女の子で鬼とは違って人間は腕や足を斬られても回復はしない。夜虂は善逸よりも強い。だから、そんなヘマはしないと分かっているのだが、顔に傷なんてものを作ってしまったら夜虂はお嫁に行けなくなってしまう。そんな時は善逸が貰ってあげればいいのだが、ビビりで小心者の善逸にはそんな事を言える勇気が無かった。

 

1回夜虂の事を考えて始めると止まらない。夜になるまでずっと夜虂の事を考えてしまう。ダジャレでは無い。

 

そんなこんなで善逸は7日間を過ごしたのだった。善逸の功績と言えば、汚い高音で走って逃げ回り近くに居た鬼を誘き出した(そんなつもりは無い)ことや気絶して誰かに護ってもらった(気絶した善逸が自分で自分の身を護った)事ぐらいである。

 

最後の最後に少し落ち込んだ。

 

 

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

最終選別の結果と言えば、善逸も夜虂も無事に突破出来た。善逸は泥だらけできっと転んだり地面に這いつくばったりしたのだろう。そうで無ければ善逸はあんなにも泥だらけになることは無いと夜虂は思った。

 

善逸に対して夜虂の袴は綺麗だった。土埃一つついておらず、同じく最終選別を突破しただろう緑と黒の市松模様の羽織を羽織った少年からは驚いたような目で見られていた。

 

無事に夜虂は善逸と合流すると善逸は泣いて夜虂を抱きしめた。

 

 

「良かったぁぁああ!! 夜虂も俺も生きてるよ!! 体もあるし、心臓だって正常に稼働してる!! 本当に良かったぁぁああ!!」

 

 

何時ものように汚い高音で泣かれるのはいい。しかし、時と場合を考えて貰いたいもので、双子の少女から「説明したいからどうにかしろ」と言ったような目で見られるのは非常に居た堪れなかった。

 

説明役の双子から話を聞いた後、日輪刀に使う陽光石を選んだり、服の採寸等をしたりした。その中でも一番驚いたのはお供についてくる動物だった。皆は黒い鴉を貰っていたのだが、夜虂と善逸は違った。

 

 

「え、鴉? 雀じゃね…?」

「私は梟だよ」

 

 

ぴよぴよっ、ホーホーと鳴いて近づいて来た鳥は明らかに鴉とは言えないもので。少々疑問に思ったが、替えてくださいと進言しに行くまでのものでも無かったし、夜虂は梟と友情を深めた。

 

制服を貰った後は各自解散と言う事になり、善逸と夜虂は藤襲山を降りていく。町を歩いていると善逸が「待って」と夜虂に声をかけた。

 

 

「…どうしたの? 善逸」

「どうせだから羽織買っていこうよ」

 

 

「誰の?」と夜虂が問えば善逸は「夜虂のだよ」と答える。夜虂は善逸のように羽織を着ていなかった。理由としては、袴を着るのは修行の時だけで、基本は着物を着ていた為にわざわざ羽織を買う意味が無かったのだ。

 

しかし、最終選別を通過出来た今、着物を着ることは殆どと言ってもいいぐらいないだろう。だから、せめても羽織ぐらいは女の子らしい物を買おうと善逸は言う。

 

 

「いいの?」

「別に羽織ぐらいなら大丈夫だよ!! 俺だって買えるよ!! 見くびらないで!!」

 

 

そう言うと善逸は夜虂の手を掴んで羽織専門店へと入っていく。

店の中には色んな羽織が置いてあり、夜虂は圧倒された。夜虂はもう一度善逸の顔を見る。善逸は「大丈夫だから早く選んで!!」と夜虂の背中を押した。

 

女性とは買い物が長いものであるが、夜虂は案外早く終わった。しかし、善逸は「早すぎる!!」といい、「まだ選んでても大丈夫なんだよ!?」とも言った。

 

しかし、夜虂は「これがいい」と手に持っていた羽織を離さず「夜虂がそれでもいいならいいけどさ…」と善逸は言って会計を済ませる。

 

そして善逸は思い出した。そう言えば最終選別に行く前にカモられたんだった、と。しかもこういう時に限って夜虂が持ってきた羽織はまあまあ高く、更に善逸を焦らせる。善逸の焦りに気がついた夜虂は自分も払うと行ったのだが、女性に支払いをさせるなど善逸が許すことも無く、寒かった財布が更に寒くなった。ちなみに、ギリギリ、本当にギリギリ買えた。

 

夜虂が善逸に買ってもらった羽織は勝色に深紅色の糸で刺繍してある羽織だった。刺繍されていたのは彼岸花と言う花で、紺桔梗によく映えていた。そして、その羽織はとても綺麗でシンプルだった。

 

嬉しそうな夜虂を見て善逸も嬉しくなった。

 

 

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

無事、合格出来た夜虂と善逸は師匠に逢いに帰った。もうじき帰ってくると予想していたのだろうか。慈悟郎は家の前で立っていて、夜虂達の姿を見ると安著した顔をしながら出迎えてくれた。

 

善逸も慈悟郎を見て、無事に帰ってこれた事を実感したのだろう。慈悟郎の硬い胸元でワンワンと泣いて寝てしまった。

 

 

「二人ともよく、無事に帰ってきてくれた」

 

 

善逸を布団に入れた後、慈悟郎は辞めていた酒を今日だけ許し、一人で月見酒をしていた。酒を飲みながら、空いている手で夜虂の頭をひたすら撫でくり回す。

 

嬉しかったのだろう。慈悟郎からしてみれば夜虂と善逸はかなりの問題児で手のかかる子供だ。夜虂達が慈悟郎を祖父のように思っているのと一緒できっと慈悟郎も夜虂達のことを自分の孫のように思ってくれている。

 

 

「怪我は無かったか」

「うん。泥だらけだったけど、これと言って大きな怪我は無いよ」

 

 

「ほら」と慈悟郎の前でクルクルと回る夜虂。夜虂が回る度に羽織に刺繍されていた彼岸花も揺らりと動く。怪我が無いと見せているようで実は善逸に買ってもらった羽織を自慢していた。

 

 

「善逸に買ってもらったのか」

「うん。もう着物を着ることは少なくなるだろうからせめても羽織は女の子らしいのを買ってくれるって。似合ってる?」

「嗚呼、似合ってるとも」

 

 

慈悟郎は嬉しそうに目を細めた。昔、拾った頃はあんなにも小さかった夜虂。今となっては月明かりに照らされる姿はとても美しく、綺麗だ。こんなにも大人になってしまったのか、と嬉しく思う反面、少し悲しかった。

 

 

「もう夜虂が着物を着ることも少なくなってしまうのか」

「これからはこの制服で善逸と一緒に頑張って行くよ」

 

 

そう言う夜虂に慈悟郎は「死なない程度に頑張るんだぞ」と言った。

 

 

「今日は皆で川の字になって寝ようか」

 

 

慈悟郎の言葉に大きく賛成するように夜虂は首を縦に振った。

 

皆で川の字になって寝た翌朝。何時ものように善逸が朝ご飯を作って皆で食べた。寝ぼけながら作ったのか少し焦げていたのはご愛嬌だ。

 

暫く皆で日向ぼっこしていると、刀鍛冶の人が来た。二人の人で顔に面を付けていた。二人ともお面は微妙に違う。

 

 

「爺ちゃん、あれ誰?」

「刀鍛冶だ。お前たちの刀を打ってくれたのだろう」

 

 

刀鍛冶は一度、慈悟郎に一例すると夜虂と善逸の前に立つ。

 

 

「貴女が夜虂ね」

「え、あ、はい!」

 

 

夜虂に話しかけた刀鍛冶は女性だった。刀鍛冶では非常に珍しい。着物着ている目の前の女性は非常にスラッとしていて、手足も細い。そんな人が刀を打っているんだから世の中凄いものだ。意外と回っている。

 

 

(わたくし)剛鑄之塚(ごいのづか)絢夢(あやめ)。今回、貴女の専属刀鍛冶につく者よ」

「…よろしくお願いします」

 

 

夜虂がそう言えば絢夢は「ええ」と頷いた後「一つ言っておくわ」と言う。一体、何だろうか。

 

 

「私は女で刀鍛冶になる程変わり者なの。それは自分でも重々承知よ。そんな私は刀がだぁいすき。鬼殺隊を辞めて刀鍛冶になる程にはね」

「え」

「だからその刀を使ってみて何か改良して欲しい所があれば言ってちょうだい。直ぐに改良するから。後ね、私は刀だけ、って言う概念には縛られない女なの。銃って奴も作ってみたからこれ、雑魚鬼にでも試し撃ちしといて貰えないかしら。撃ちにくかったら言ってちょうだい。あ、そう言えば刀渡して無かったわね。はい、これ貴女の刀。鞘から抜いてみなさい。刃の色が変わるはずよ」

 

 

ノンブレスでぺちゃくちゃと喋り始める絢夢。そこまで、用語とかは入っていなかったのだが、基本人の話を黙って聞くことが苦手な夜虂にとっては凄く眠たかった。と言うか半分寝てた。

 

 

「ほら、早く抜いてみなさい」

 

 

どうやら、鞘から抜いて見せればいいらしい。金と紺色の交わっている柄を握りしめ、鞘から抜き出す。すると瞬く間に刃の色は変わり勝色に変わった。

 

 

「へぇ」

 

 

うんうん、と頷いている絢夢。何が何だか分かっていない夜虂だが絢夢がそんな夜虂の肩に手を置いて「頑張りなさい」と言う。更に何が何だか分からない。

 

 

「それじゃあ翔鷹(とだか)を連れて帰ると――あんたら何してるの?」

 

 

 

 

「――――」

 

 

善逸の前に立った男、翔鷹(とだか)蹄鉄(ていてつ)は短きながらも自己紹介をした。しかし、如何せん声が小さすぎる。善逸だったから聞き取れているものの、聞にくいことには変わりなかった。

 

 

「俺、声が小さすぎて誰も聞こえなくて、刀、受け取って貰えなかった。お前、俺の声聞こえるのか?」

「まあね。俺、耳いいし」

「俺、こんなに会話続いたの、初めて。嬉しい。ありがとう権逸」

「善逸ね!! 普通に名前間違えないで貰えるかな!?」

「ごめん…。人の名前、覚えるの苦手で。えっと……逸三郎だっけ?」

「一回、アンタの頭かち割った方がいいんじゃないの?」

 

 

 

 

 

▼▲▼▲▼

 

 

「ホーホー、任務! 任務!」

「チュンチュン! チュンチュン!」

 

鍛冶屋の二人が帰って直ぐに、梟の福太(フクタ)(夜虂命名)とチュン太郎(善逸命名)が鳴き始めた。それも福太は喋りそれを聞いた善逸が「ふ、福太が喋ったぁぁああ!?」と驚き腰を抜かした。

 

 

「四つの山を越えた、1.5m先の村二て鬼出現!! 直ち二殲滅セヨ!」

「チュンチュン!」

「四つの山を越えるゥ!? 藤襲山よりも遠いじゃん!! もっと近くに人いるでしょ!? 何で俺達なの!?」

 

 

善逸の何時もの叫びを聞いても動じることの無い慈悟郎は「諦めて行ってこい」と言った。早々に荷物を纏め、一番の荷物、善逸を引きずって歩き出す夜虂。

 

 

「行ってきます」

「嗚呼。文はちゃんと寄越すんだぞ」

 

 

最終選別に行く時のように慈悟郎は見送ってくれた。引きずられている善逸は四六時中叫んでいた。

 

漸く四つの山を越えたと言うのに善逸は相変わらず五月蝿い。それに苛ついたのか福太は器用に飛びながら善逸の頭を蹴り、チュン太郎は善逸顔を嘴でつつく。

 

 

「痛い、痛い、痛い!! やめてよ!! 何で二匹して俺をいじめるのさ!? そんなにいじめても行かないからね!? だって死にたくないんだもの!! まだ生きていたいんだもの!!」

「ホーホー、主を置イて一人で逃ゲル事は赦サヌ!!」

「夜虂を置いて逃げるわけないじゃん!! 夜虂と一緒に逃げるんだよ!!」

「逃げないよ」

 

 

福太は夜虂の右肩に、チュン太郎は夜虂の左肩にとまる。夜虂は善逸の襟首を掴むと引きずって村を目指す。勿論、善逸は抵抗し、手足をバタバタさせてみたりするが夜虂が止まる事は無かった。

 

もし、夜虂が男だった場合は「命にかけて俺を護ってよ!!」と言うのだが、女の夜虂にそんなことも言えず。逆に「命にかけても夜虂を護るよ!!」と善逸は言わなくてはいけない立場である。

 

何だかんだ言って、夜虂は善逸が想っている人で。昔からずっと一緒にいるから、こうして素でいられるのだが鬼を目の前にして夜虂の前で背を向けて逃げる事は出来ない。想い人の前でそんなにかっこ悪いのは見せられない。ああ、俺死んだわ…。そう思った善逸だった。

 

目的地の村につくと、村人達は少なく出歩いている人も少なかった。もう既に被害にあっている人達がいるのだろう。外に出ていた村人達の表情は固く、恐怖に染まっていた。それに早々と家へと戻って行ってしまう。

 

誰かから話が聞けないかと歩いていた時だった。大きな怒鳴り声らしきものが聞こえる。慌てて夜虂と善逸は声の聞こえる方へと走って行った。

 

 

「待ちなさい! 蒼也(そうや)!! 何処に行くつもり!?」

「姉ちゃんが攫われたんだ! 俺が、長男の俺が助けに行かなくちゃいけないだろう!?」

「…やめて。蒼也まで私の前から居なくなるのはやめてちょうだい!ミアが死んで、蒼也まで居なくなったら……」

 

 

少年の母はそう言うと悲しそうな顔をした。それと対称的に少年は怒りに満ちたような顔をして怒鳴る。

 

 

「何で姉ちゃんが死んだって決めつけるんだよ!! まだ、攫われて時間も経ってない!! 今、助けに行けばきっと…!!」

「変な希望を持つのはやめなさい!!」

 

 

怒鳴って怒鳴り返して、の繰り返しだ。村の住人はそんな喧嘩を止める事は愚か、家から出てくる事さえしなかった。なんとも悲しい村である。

 

見かねた夜虂が嫌がる善逸を連れ、仲裁に入った。

 

 

「…喧嘩はよしたらどうですか?」

 

 

と言っても夜虂は喧嘩を止めたことも無いし、善逸とも喧嘩をしたことがないのでこんな事をやるのは初めてである。更に相手の怒りを焚き付けてしまったらどうしよう、と少し不安になった。

 

しかし、怒りを焚き付けるどころか夜虂が仲裁に入ったことで2人の怒りは少し収まったらしい。怒りよりも喧嘩を見られていたことの恥ずかしさが勝ったようだ。親子2人とも顔を少し赤めている。

 

 

「お、お見苦しい所を見せました…」

「い、いやいやいや!! 別に大丈夫ですから顔上げて!? お願いだから!!」

「そ、そうですか…?」

 

 

頭を下げる母親を見て居た堪らなくなった善逸が慌てて言う。母親は申し訳なさそうに顔をあげた。

 

 

「一体…何があったんですか?」

「姉ちゃんが攫われたんだ」

 

 

夜虂が聞けば少年が答えてくれた。

ここ1週間程、村で行方不明者が増えていると言う。行方不明者が共通していることと言えば『山に登った』こと。山から帰って来た者は居らず、怖くなった村の住人達は山を登ることを禁じたらしい。

すると、次は山に登らなくても行方不明になるものが出てきた。人攫いはどうやら山から降りてきたらしい。そんな噂がたち、住人達は遂に家から出ることも無くなったという。そして今日、数時間前。少年、蒼也くんの姉が攫われたらしく、助けに行こうとした蒼也くんを慌てて母親が止めた、そして今に至ると言うことだった。

 

人攫い、それは十中八九鬼の仕業だろう。善逸と顔を見合わせると善逸も頷いた。

 

 

「…姉ちゃん、結婚が決まってるんだ。夫さんは今、仕事で村を出てて居ない。けど、明日帰ってくるんだ!! そして明後日祝宴を挙げるって嬉しそうに話してたんだ!! だから、だから姉ちゃんの幸せの為にも助けに…行こう、と……」

 

 

善逸が屈み、蒼也くんと目が合うようにした。善逸はニコリと笑い蒼也くんの頭を撫でる。

 

 

「お姉ちゃんを助けに行こうとしたの? 凄いね」

「俺、長男だから。長男は家族を護らなくちゃいけないんだ。昔、父ちゃんが言ってた」

「家族を護りたいんだよね。分かるよその気持ち」

 

 

――俺も護れてはないけれど、小さい頃、爺ちゃんに逢う前は夜虂を護ろうと必死だったから

 

そんな事は口に出さなかった。恥ずかしいからだ。蒼也を昔の自分と重ねた善逸は笑って「俺が君のお姉ちゃんを助けに行くよ」と言った。

 

 

「ぜ、善逸!?」

 

 

ありえない、そんな表情で善逸を見る夜虂。当たり前だ、夜虂の知っている善逸はそんな事は言わないのだから。善逸は「俺を何だと思ってるの!?」と言う。

 

 

「ビビりですぐ逃げて臆病な善逸」

「そうだけど!! 否定出来ないけれど!! でももう少しオブラートに包んで言って欲しかったよね!?」

 

 

何時ものように汚い高音で叫ぶ善逸だが、先程の言葉を撤回しなかった。さっきまでこの村に行きたくないと喚いていたのは誰だったか…。

 

だが、珍しくやる気を出してくれたんだ。それに便乗する他はないだろう。

 

 

「分かった。行こうか」

「夜虂はここで待ってて」

「え?」

「俺一人で行きたい」

 

 

本当に彼は善逸なのだろうか? 一人で行かせるのは少し心配だ。何時も「俺はとても弱いんだ」だの「恐怖が膝に来てるせいで歩けない」だのと言って鬼との接触を極力避けていた善逸。そんな善逸が自分から鬼と戦いたいなんて言ったことが一度でもあっただろうか? いや、ない。本当に無い。記憶をほじくり返してみても思い出せない。と言うかそんな記憶自体がない。善逸は、そんな男だ。

 

けれど、善逸が強い事は夜虂が一番知っている。善逸に拾われた夜虂。夜虂が今、生きてるのだって善逸が拾ってくれたからだ。人一倍臆病で弱虫な癖に捨てられた夜虂を見捨てることはしなかった。誰かの為にならどんな怖い敵とも戦える優しい男だ。

 

だからこそ、夜虂は善逸を信じたのだ。

 

 

「分かった。死なないでね」

「ぜ、善処する……………あ、やっぱ無理かも…」

 

 

最後の言葉は聞かなかった事にした。



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